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-ノベルゲーム・タイピング-

光輪の町、ラベンダーの少女【18】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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嫌な予感だけが募っていた。

胸騒ぎといっていい。

だから俺は、ある日突然部屋にやってきた水嶋以外の人物を見て、立ちすくんだ。

 

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「・・・椿くん・・・!?」


ドアの鍵はすでに開け放たれていた。

三田さんは初め、俺を見て呆然としていた。


「良かった・・・無事だったんだな・・・」
「三田さん・・・」
「助けに来たぞ・・・もうだいじょうぶだ」


助けに・・・?

信じられなかった。

三田さんが信じられないのではなく、この状況が。


「どうしたんだ、ぼうっとして・・・ああ、そうか。 何ヶ月もこんな島に監禁されてたんだもんな・・・」


無理もない、と三田さんはうなずいている。

まるで、遠い世界の出来事だった。


「えっと・・・どうやって?」
「かいつまんで言うと、レイカ様と学園長のおかげだ。 ずっと君を探していたんだ」
「・・・そんな、簡単に?」
「簡単じゃなかったさ。 いろんな力を借りたよ。 とくに尽力してくれたのはある団体でね。 君みたいに特別高等人に不当な扱いを受けている人を救うのをなりわいとしている」
「・・・そんな団体が・・・」
「主導者は、もと、特別高等人の候補生だった人らしい。 ちょっとイカれてるような若者だったけど、事情を話したらすぐに動いてくれた」
「そうですか・・・ありがとうございます」


素直に喜ぶべきなのに、どこかひっかかった。


「さあ、すぐにここを出よう」
「・・・は、はい」
「みんな、待ってるぞ」
「えっ!?」


とたんに、不安を期待がかき消した。


「み、みんなって・・・まさか・・・!?」
「剣術部のみんなだよ。 どうしても椿くんを迎えに行きたいといってきかなくてね」
「・・・そ、そんな・・・」


次の言葉が出てこなかった。

うれしさと懐かしさに、目頭が熱くなった。


「さ、行こう」




 

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部屋を飛び出して、三田さんと一緒に山を降りる。


「それにしても、よく耐えたね」
「みんなのおかげです」
「もっとぼろぼろになっているかと思ったけど、あまりに普通に生活しているようだったから、拍子抜けしたよ」


くすりと、笑っていた。


「前より、もっと強くなったんだなあ。 穏やかな眼をしてるよ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

足取りは軽く、二日かからずに山を降りた。

 

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「ここからはどうやって?」
「海岸までもう少し歩こう。 ボートを停めてある。 それで、ひとまず、隣の島に渡る。 そこにヘリを手配してある」
「隣の島?」
「知ってるかもしれないが、この最北の地は、いくつかの小さな島が連なる諸島でね。 この島には水嶋家の息がかかっているから、あまり目立った動きが取れなかったんだ」
「じゃあ、この島を脱出することさえできれば・・・」
「そう、君は晴れて自由の身だ。 いくつか証拠写真も撮らせてもらったよ。 これを神山グループと例の団体の力を借りて世間に公表する」
「そうですか・・・」


勝ったんだな・・・。

買った、のか・・・?

勝ち負けを争っていたようなつもりはなかったが、とにかく解放感はあった。


「島の人たちも、戻ってこれるんですね。 ぜひ一度謝罪したいんですが」
「というと?」
「勝手に家に入ったり、食べ物を盗んだりしましたから」
「なるほどね、でも君は運がいい」
「え?」
「ここは、うちの実家なんだ。 ご近所さんとは親戚みたいなもんさ。 事情を話せばわかってくれる」


そうか・・・そういえば、実家の牧場を継ぐとかなんとか言っていたな・・・。

三田さんは、だからこの島の地理に明るいんだ。


「えっと、別の島には、ボートで?」
「え? なにか問題でも?」
「あ、いや・・・」


少しだけ、恐怖を覚えた。

あの水難事故以来、どうも海が怖い。

見るだけならいいんだが・・・。


「いや、ごちゃごちゃ言ってられないっすよね」


まあ、水につかるわけじゃないんだ。

そんなやりとりをしてたときだった。


「ん・・・?」


三田さんが何かつぶやいたのと、俺が気づいたのは、ほぼ同時だった。


「・・・あれは・・・」


ラベンダーの野原の向こう、民家の近くに人影があった。

ひとつ、ふたつ、みっつ・・・五人だ。


「まさか・・・」


俺は駆けだしていた。

声を上げ、手を振る。

向こうも俺に気づいたようだった。

ラベンダーの野を踏み分け、一斉に駆け出してくる。

徐々に輪郭が整ってきた。

仲間たちが手を広げて、俺を迎えに来てくれたのだ。

 

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「宗介っ!」

 

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「よかったです! 無事だったんですね!」

 

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「宗介くん、お腹すきましたか?」

 

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「まったく、探したわよ」

 

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「無事でよかった。 なによりだ」


あっという間に、俺は取り囲まれていた。

口々に、名前を呼ばれる。

もう何年も会っていないような気がした。

安心感に全身の力が抜けていく。

誰かが、手紙のことを詫びていた。

ずっと罪悪感に苛まれていたと。

・・・かわいそうに。

俺は何も気にしていないと、はっきりと言った。


「君たち・・・海岸で待ってろって言ったのに・・・」

 

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「ごめんなさい。 でも待ちきれなくて・・・」

「三田、三日で戻ると言ったじゃないか・・・なにかあったのかと思ってな」

「いてもたってもいられなかったんです」


「・・・そうか。 まあ仕方がないな」


俺はみんなの手を取り、その感触を味わっていた。

他人の温もり・・・。

しばらくぶりの感動に、心を打たれていた。

 

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「さあ、いきましょう。 積もる話はこの島を出てからよ」


イカが言うと、みんなひとしきりうなずいた。

俺たちはそろって歩き出した。


・・・・・・。


・・・。

 


「疲れてないか?」

 

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「だいじょうぶです。 練習で鍛えてますから」

「宗介くんこそ平気ですか? ご飯食べてましたか?」

「一人で飯を食うのは慣れてるからな」

「これからは、一緒に食べられるんだよね?」

「そうなるといいな・・・」


夢のようだった。

みんなでラベンダーの野を進む。

みんな、弾んだ表情で、この先の未来に幸せを感じている。

どこへだって行けそうな気がしてきた。


「宗介・・・よく、がんばったな」

「お前らこそ・・・」


ヒカルがぼそりと言って、俺も何か言い返そうとした。


「あれは・・・」


ふと、立ち止った。

つられて視線の先を追う。


何台かの車両。

それも普通の車じゃない。

黒い鋼鉄に覆われ、屋根には丸い筒状のものが取り付けられていた。

装甲車両・・・というのだろうか。

テレビで見る、戦争で使うような車。

それが、何列にも渡って、遠くの道路を闊歩していた。


「まずい・・・っ」


三田さんが叫び、とっさに後頭部を押された。

 

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「みんな伏せろ!」

「わっ・・・!」


女の子たちの悲鳴が上がる。


「な、なんですか・・・あれは?」

「まずいな、見つかったかも・・・」


三田さんは苦しそうな顔をしていた。


「三田さん、あれは、いったい?」

「わからないが、水嶋が差し向けたものに違いない」

「そんな、まるで軍隊じゃないですか・・・」

「それに近いものだろうな」

「ど、どういうことですか? なにが始まるんですか?」


地面に伏せたはるかの横顔が、不安そうに揺れるを見て、俺も腹をくくった。


「わからないけど、見つかったらただじゃすまないだろう」

「その通りだ。 大勢の武装した人間を連れてこなきゃ始められないようなことが、これから起こる」


三田さんは冷静に言うと、俺の手を握った。

いや・・・なにか堅いものを握らされる。


「携帯電話だ。 これから先は別々で行動しよう」

「じゃあ、三田さんは?」

「一足先に、逃げ道を確認してくる。 もう海岸線は固められているかもしれないが、どうにかして船を用意する」

「そんな・・・危険にもほどが・・・」

「だいじょうぶだ。 多少なりとも武術の心得はあるし、小銃の扱い方も知ってる」


三田さんが強いのは知ってる。

でも、あんな軍隊みたいな連中と渡り合えるわけがない。


「君には、それまで女の子たちを守ってもらおう」

「わ、わかりました・・・」


そう言うしかなかった。


「じゃあな、うまく船を確保できたら、連絡する」


言い切ると、三田さんは腰をかがめながら一気にラベンダーの野原を駆けて行った。

俺は・・・いや、俺たちは、どうする・・・?

みんな不安げに俺を見つめている。

決まっていた。


「とにかく、隠れ・・・逃げるんだ」

「宗介に、ついてくよ・・・」


みんな、納得してくれたようだ。

だいじょうぶだ。

俺だって、この島で二カ月以上暮らしてる。

この辺りの地図は頭の中に入ってるつもりだ。

三田さんを信じて、連絡を待つんだ・・・。


──ッ!!


瞬間、何かが飛来して、辺りのラベンダーの花が乱れた。    


「きゃああっ──!」


とたんに俺たちは自分を見失った。

銃撃の恐怖に我を忘れ、わめき散らした。


「お、おい、レイカ! 頭を上げるな!」


すでに、見つかっていたのだ。


「や、やめろっ!」


・・・撃ってきた。

いきなり、何の前触れもなく。


「こ、殺す気かっ・・・!?」


ヒカルの叫びに答えるように、また銃声が連続した。

また絶叫が上がる。

ふと顔をあげると、装甲車両がかなり近くに止められていた。

車の中から、ぞろぞろと軍服を来た男たちが飛び出してくる。

大きな銃を構え、そして、容赦なく・・・!

 

「あああっ・・・」


みんな錯乱しているようだった。

俺も、あまりのことに、体を伏せるのに精いっぱいだった。


「宗介っ、宗介っ!」


言いようのない恐怖が襲ってくる。

死ぬ・・・!?

殺されるんだ・・・!

下腹に力を込めて、どうにか発狂を防ぐ。


「いいか、落ち着けっ・・・」


みんなに言いながら、自分に言い聞かせた。


「あの山に向かって走るんだ」


近くの小高い山は深い森林に包まれていて、身を隠せそうな場所はたくさんある。


「ヒカルっ、お前が一番前を走ってみんなを先導しろっ!」

「わ、わかった・・・宗介は?」

「いいから行けっ!」


再び、銃声が響いた。

もう声を上げる暇も惜しかった。

ヒカルが前を走る。

みんな一斉に、後に続く。

一心不乱に走る。

この場の誰もが状況を現実として受け入れていなかった。

最後尾の俺は、一瞬だけ後ろを振り返った。

軍服に身を包んだ連中は、黙々と追ってくる。

重そうな荷物を背にかかえ、大きな銃を持っているにも関わらず、足が速い。

隊列を作って、じわじわと迫ってくる。

たまに、後ろのほうに控えた数人が、何発か弾丸をとばしてくる。

俺たちは恐怖に足を取られながら、必死に前の人の背中を追った。


「・・・っ!?」


リコが転んだ。

けれど、地面に体を打ちつけるより、俺の腕のほうが早かった。

リコを支え、肩を貸しながら、地面を蹴りまくった。

リコの顔を見る余裕もなかった。

ふと、後方から拡声器を使ったような声が響いた。


「宗介、どうだ、死が間近に迫ってるぞ・・・! なにも考える余裕なんてないだろう!? 友情や愛情や絆・・・俺に言わせれば、そんなものこそ、余裕のある人間の冷やかしなんだ。 いまからたっぷりと、それを教えてやる」


それから何度、銃撃があったか。

耳が痛くなるような爆音もあった。

いったいどこをどう走っているのか。

それすらわからずに、ただひたすらに駆け続けた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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無我夢中だった。

山を駆けあがり、駆け下りて、走りに走った。

いつの間にか、昼でも暗いほら穴にたどり着いていた。

 

「はぁっ、はぁ、みんな無事か?」

 

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「だ、だいじょうぶだよ・・・」

「なんとか・・・」


誰も、怪我はないようだった。

なんとか追手を振り切るのには、成功したらしい。


「ごめんな、みんな」

 

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「何を言ってるのよ」

「そうです。 謝りたいのは私たちのほうです」

「あの手紙のことならもういい」


・・・むしろあの手紙のおかげで、俺はいま生きてるんだ。


「俺のためにこんな目にあって・・・」


銃撃される・・・。

あまりに非日常的な事態に、誰も気持ちが追い付いていないのだろう。

俺だって、初めてのことだった。

怖いと一言でいうには重すぎる。

死を目前にすると、ありとあらゆる考えが、悪い方向に向かう。

水嶋の言っている意味がわかるような気がした。

すべてが刹那的で、誰かを想う余裕もなかった。


「でも、ありがとう。 来てくれて」


「逆に、足を引っ張る形になってしまったな」

「馬鹿を言うなよ。 いま一人じゃないことが、どれだけ心強いか」


無理に笑って見せた。

どれだけぎこちない笑みだったか、想像にかたくない。


「宗介くん、変わりましたか?」

「え?」

 

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「たしかに、ちょっと痩せたわね」

「私もそう思っていた。 外見もそうだが、なんというか・・・」

「わかります・・・」

「優しくなった?」

「な、なんだよみんなして・・・」

「もとから優しかったけど、なんだかもっと頼もしい感じがするよ」

「そうです。 さっきも、とっさにあたしを守ってくれました」


・・・あれは、完全に無意識だった。


「強く、なったんだな・・・」


・・・わからなかった。

いまも、銃声が耳に残っていて、足がすくみそうだった。

でも、この期待のまなざしから逃げるなんて断じてできない。

だから俺は、暗い顔をしないように注意した。


「そういや、お前ら稽古はどうした?」


皮肉っぽく笑ってみせた。


「練習続けてるんだろ? 次はちゃんと全国制覇するんだぜ」

「なにを言い出すかと思えば・・・」


ヒカルは呆れているようだった。


「よく、こんなときにそんなこと言えるよね・・・」

「根が単純だからなー」


さらりと嘘をついた。


「二カ月以上この山の上のマンションみたいなところに住んでたんだけどさ、まあ、もともとがニート気質だから、余裕だったわ」


去勢を張りながら、自分に暗示をかけるように続けた。


「さっさと帰って、稽古やろうぜ。 栗林も待ってるんだろ?」


アキナがつられたのか、ちょっと顔をほころばせた。


「栗林先生、先輩がいなくなってから、めっきり機嫌が悪くなりましたよ」

「そうだね。 マネージャーがいないと困るわって」

「そのくせ、新しいマネージャーをぜったいに入部させないの」

「マネージャーは宗介くんですから」

「そっかー。 よくよく考えたら、俺ってすっげーいいポジションだよな」

「なぜだ?」

「ばっか、マネージャーだろ? お前らの袴とか洗うのも仕事じゃん」


・・・言いながら──。


「スケベなやつだな・・・」


・・・いいようのない恐怖が──


「ホント、安心したよ・・・」


・・・心の扉をノックする。

余裕を見せれば見せるほど、強がれば強がるほど、追い立てられるような恐怖に襲われる。


「なんだか必死になってあなたを探してた私が馬鹿みたいだわ」


・・・どうか頼む──


「とか言いながら、神山先輩、泣いてましたもんね」


・・・頼むから、ばれませんように──


「しかし、安心したよ」


・・・いま、足が震えているということを──


「そうだね。 やっぱり宗介がいてこその、剣術部だね」


俺は地面に腰をおろした。

 

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「はー、どっこいしょーっと」


わざとらしくため息をついて、足の震えを隠すことにした。


「ま、ひとまず追っては振り切ったみたいだな。 兵隊さんが何人いるかわかんないけど、この山は広い。 だから、そう簡単には見つからないはずだ。 あとは、三田さんの連絡を待てばいいよ」


俺はわざとらしくあくびをすると、みんなもそこかしこに腰を下ろした。

みんな、俺を頼りにしている。

それが、痛いほどよくわかった。

自分で考えるのをやめて、判断を俺に任せているんだ。

本来なら、うれしいことだろう。

でも、あの軍隊みたいな連中を前にしては・・・。

・・・いったい、俺になにができるんだ?

みんなを救うという命題は、俺のようなただの学園生には重すぎる。


「宗介といれば、だいじょうぶだよね。 剣術部だって、準優勝に導いたんだもんね」

「当たり前だろ・・・」


眠っているふりをしながら、まぶたが恐怖に震えていることをひたすらに隠した。


・・・・・・。


・・・。

 


夜が訪れた。


「おい、腹減ったヤツ、手あげろ」


すると、みんなして手を上げた。


「だよな・・・俺もだよ」


嘘だった。

空腹なんて感じる余裕はなかった。


「仕方ねえな。 熊でも殺してくるか」

素手でか?」

「だめです。 熊さんがかわいそうです」

「冗談だよ、リコちゃん」


・・・食糧か。

・・・いや、待てよ。

俺は、そのときになって初めて、ポケットのなかに、チョコレートが入ってることを思い出した。

・・・そんなことすら忘れるほど、俺は取り乱しているのか?


「ここに、一枚のチョコレートがあります」

「なんですって」


イカが真っ先に食いついた。


「紅茶がなくて悪いな、レイカ。 まあ、これをみんなで食べよう」


板状のチョコを割って、みんなに配った。


「たまには甘いものもいいもんだな」

「いつもキュウリばっかり食ってるからだ」

「そういえば、うちの野菜ね。 学食で使われるようになったんだよ」

「学園長がそういうふうに取り計らってくれたんです」

「おいしいです。 毎日学食食べてます」

「そりゃよかったなー・・・って」


あれ?

 

「あ、ひょっとして、もしかして」

「そういえば」

「俺、初めてお前らといっしょに飯くってねえか?」


少しだけ、嘘偽りなく気持ちが安らいだ。


「そうだ、そうだよ・・・おめでとう」

「初めての食事がチョコレートだなんて・・・」

「いやあ、なんかうれしいな。 でも、こんなもんかーって感じだな」


・・・いや。

こういうのが、大事なのだと思う。

人と寝食をともにしてはならない。

たしかに、普通はこういう小さな絆を繰り返しつむいで、人は打ち解けていくんだ。


「思えば俺達って、そろいもそろって友達の少ないヤツばっかりだったよな」

「うん・・・」

「そだね・・・わたしは多いつもりだったんだけどね」

「あたしはいつも一人でした」

「友達なんて必要なかったからよ」

「私も、勉強だけでした」

「いいもんだな、人と一緒に飯食うってのは」

「今度はお屋敷でご馳走してあげるわ」

「それは助かるな。 私も招いてくれ」

「ははは、お前貧乏だもんな」


食事をすると、どこか気持ちが落ち着く。

そんなとき、誰かがそばにいると自然と笑いが生まれるもんだな・・・。


・・・。

 

火を起こすわけにはいかなかったので、みんなで身を寄せ合って眠った。

寒さに何度も目が覚めたが、そのたびにお互いより強く身を寄せ合った。

それぞれの小さな体が、いまはそれぞれに、温かい。


・・・・・・。


・・・。

 

そして、何度目か、寒さに目を覚ましたとき、誰かのすすり泣きが聞こえた。

 

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「おい・・・」


俺は声をかけた。


「あ、はい。 なんでしょう?」


すぐに振り返ったが、目が赤くはれていた。


「どうしたんだ?」


わかっている。

怖いのだ。


「せ、先輩・・・すみません・・・」
「ああ・・・」
「な、なんだか、現実に引き戻されたみたいで」
「そうか・・・」
「だって、あんな、あんなことがあって・・・」


俺は何も言わず、背中をさすってやった。


「銃を持って、撃ってきて・・・それで・・・」
「怖かったな・・・」


・・・どうしてだろうか。


「せ、先輩は、よくそんな平気でいられますね」


・・・他人が怖がっているのを見ると、不思議と立ち直る。

 


「無神経だからな」


安心させようと思った。

 


「・・・それは、嘘じゃないですか?」
「えっ?」
「本当に、怖くないんですか?」


アキナの眼は、まっすぐだ。


「私、知ってます。 先輩も、震えていたこと・・・」
「・・・・・・」


何も言えなかった。

恥ずかしい思いでいっぱいだった。

でも、どういうわけか、アキナの泣き顔が晴れていった。

 

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「いいんですよ、先輩・・・」
「なにがだ?」
「わたしたちの前では、本音でいてください」
「・・・馬鹿いえ」
「いいんです、本当に。 仲間じゃないですか」
「でもな・・・」
「かっこつける必要ないんです。 仲間の前では・・・」


思い知らされていたような気がする。

一人で背負いこもうと、無駄に焦っていたような気がする。


「なんていうんでしょう・・・先輩の顔見てると、落ち着いてきました」


俺もだった。


「先輩も怖いんだって思うと、なんだか恐怖が薄れていきます」


アキナも同じだったみたいだ。

つらいことも、仲間なら共有して負担を減らすことができる。

礼を言いたい気分になった。


「どうも・・・すんまへんなあ」
「は?」
「面白いですか? 私、自分のことつまらないと思ってたんで、最近、ギャグの勉強してるんです。 そしたら、どうも大阪弁の才能があるみたいで」
「ははは・・・なんだそれ・・・」
「おもろいやろ?」
「エセもいいとこだろ」


二人して笑った。


大阪弁ができたからって、なんだよ」
「大阪は面白いんです。 全部、SF小説の話ですけど」
「ああ、あれなあ、みんな読んでるからなあ・・・」


笑っていると、いつの間にか、安心して眠ることができた。

ありがとう・・・アキナ・・・。


「先輩、ありがとう・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

翌朝、現実に引き戻された。

・・・銃を持った男たちに、追いまわされている。

アキナのおかげで、気持ちがずいぶん楽になったとはいえ、まだまだ差し迫るものはあった。

いまも、山を捜索しているに違いなかった。


「三田から連絡はあった?」

「あったらとっくに知らせてるさ」

「まったく、使えないわね・・・なにやってるのかしら」

「お腹すきました・・・」

「そうだな・・・」


空腹は不安を呼び寄せる。

飲水は近くの小川で取るしかないが・・・問題は食いもんだな・・・。

・・・取りに行くか。

水嶋から隠しておいた、食料を。

この山を降りた、ラベンダーの野原にそれはある。

大きな木の根本に埋めておいた。

・・・ここからなら、そう距離はないはずだ。

よし・・・。


「ちょっと、食料を取ってくる」

「えっ? どこに?」

「すぐ近くだ。 一時間くらいで帰ってこれると思う」


・・・なにもなければな。


「ヒカル、この電話、預かっておいてくれるか? 三田さんから連絡が来るかもしれない」

「それはいいが、一人で行くつもりか?」

「あんまり目立ちたくないからな」


言って、少し思いとどまった。

できれば、一度に全部の食糧を持ってきたい。

俺は何度かにわけて埋めたから、相当な量があるはずだ。

一人じゃ、運びきれない。


「あたしも行きます」

「リコが・・・?」

「私が行こう・・・山道は苦手じゃない」

「いや、いっしょに行くならリコだな」


リコは背が小さいから、その点、敵に見つかりづらいともいえる。

それに、リコの帽子には、なにかとモノが詰められそうだ。


「だいじょうぶ? 気をつけてね」

「がんばります」

「心配するな。 すぐ戻ってくるから」


俺とリコは、みんなの不安を押し切って、ほら穴の外に出た。




 

山林を二人で静かに移動する。



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「リコ、あんまり急ぐな」
「は、はいっ・・」


ちょこまかと歩いて、たまに木の枝に足を取られそうになっている。

見ていて危なっかしい。


「どうして、俺についてくる気になったんだ?」
「宗介くんと、二人で少しお話したかったんです」
「二人で?」
「はい。 だいじょうぶかなって、思ったんです」
「なにがだいじょうぶだって?」
「だって、ずっと一人ぼっちだったんですよ?」
「・・・・・・」


アキナと同じようなことを言う。

俺を、気づかってくれている。


「心配すんなって、ほらっ、もうすぐだ・・・」
「・・・・・・」


しかし・・・。

 

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・・・なんてことだ。

いや、幸運というべきかもしれない。

俺たちはとっさに茂みに身を隠すことができたんだから。

草むらからのぞくようにして、向こうの様子を探る。

食糧の埋めてある場所まで、あとほんの少しというところで、水嶋の兵隊に出くわした。

黒い銃を構え、辺りを見渡している。


「リコ、引き返すぞ・・・」


小声で言った。


「でも・・・」
「どうしようもない」


けれど、リコに袖をひかれる。


「・・・待ってください。 こっちにも道があります」
「えっ・・・」


見れば、それは道とは言えないほどに狭かった。

入り組んだ木の枝が邪魔して、とても歩けそうにない。


「あたしなら、通れると思います」


たしかにその通りだった。

リコの小さな体なら、枝の隙間をくぐっていけそうだった。


「この先の、ラベンダー畑の大きな木の下ですよね?」
「そうだけど・・・」


不安だった。

一人で行かせるということが。


「駄目だ。 やめておこう」
「信じてください」
「・・・・・・」
「もっと、信じてください」
「リコ・・・」
「宗介くんは、一人で抱え込もうとしてます。 ずっと一人ぼっちだったからわかるんです」
「でもな・・・」
「信じてください。 みんなお腹をすかしてるんです」


有無を言わさぬ迫力があった。

こんな目をする少女だっただろうか。


「・・・わかった」
「わかってくれましたか」


にっと、笑い、それから振り返りみせずに脇の茂みに入っていった。


・・・。


・・・信じて待つというのが、どれだけつらいか身にしみた。

他人に任せるということが・・・。

信じていなかったんだろうか。

俺は、どこかでみんなを邪魔もの扱いしていたんだろうか・・・。


・・・いろんな考えが頭をめぐる。

ただ待った。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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判断を誤ったんだ・・・。

どう考えても、遅すぎる。

道に迷ったのか・・・それとも。

最悪の事態が頭をよぎる。

もう限界だった。

あんな小さな女の子を一人で行かせてしまった・・・。

後悔で胸が張り裂けそうだった。

俺の先には、いまだに銃を構えた男がいた。

男は訓練されているのか、何時間もずっと同じ姿勢でいられるようだった。

・・・あいつを襲う。

リコを探す。

食糧を持って、みんなのところに帰る。

どんどん嫌な汗が流れてくる。

しかし、いてもたってもいられなくなって・・・。

がさりと、茂みが揺れた。

思わず大声を出しそうになった。

 

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「お待たせです・・・」    


リコは落ち着いていた。


「・・・よ、よく無事で」
「はい、ちょっと道に迷いました」


両手に缶詰をたくさん抱えている。


「途中でいくつか缶詰を落としてしまって、それを拾っていたんです」
「ばか、そんなものいいから・・・!」
「しーっ」


うっかり声がでかくなった。


「すまん・・・」


しかし、よく無事でいてくれた。

食いもののことなんてどうでもよかった。


「宗介くん、いま、こう思っていませんか?」
「え?」
「やっぱり俺が行けばよかったって」


図星だった。


「あの大会で星雲学園と試合したときも、誰かがこう思ったかもしれません。 リコは弱いから、誰かが代わりに戦えないかな、って。 でも、試合は一人ずつやるんです。 仲間は仲間を信じて見てるしかないんです。 それは、つらいことですが、仕方ないんです」


俺は返す言葉もなかった。

・・・教えられたんだ。


リコは小さく笑った。

 

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「帰りましょう・・・みんなお腹をすかしてます」


・・・・・・。


・・・。

 


みんなの待つほら穴に戻ると、俺はリコの英雄っぷりを吹聴して回った。

 

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「・・・鳥さんが道案内してくれたんです」

「もう、馬鹿ね。 あなた変にガンコなところあるんだから」


リコととくに仲のいいレイカは、ひとしきり怒っていた。


「なんにしても助かったよ。 ありがとう、リコ」


みんなで、缶詰を食べた。

質素な食事だけど、いままで食べたどんなものよりおいしく感じた。

・・・母親には悪いけれど。

母さんか・・・。

いま、元気だろうか。

心配ばかりかけて、ごめん・・・。


・・・。


・・・レイカがおかしな席をし始めたのは、その晩のことだった。


・・・。

 

翌朝起きると、すぐに異変を察した。

 

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「・・・はあっ・・・っ・・・」


イカが荒い息を吐きながら、水を飲んでいた。


「おい、レイカ・・・」
「・・・くっ・・・」


ふらりと崩れた体をそのまま抱きかかえる。


・・・熱がある。

 

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「すごい汗・・・」

「水にあたったか・・・!」


お嬢様のレイカは、山での暮らしなんて初めてなんだろう。

思えば、よくいままで愚痴の一つもこぼさなかったものだ。


「レイカっ、おいっ・・・!」

「う、うるさいわね・・・聞こえて・・・る・・・」


いつもの悪態すら最後まで続かなかった。

 

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「駄目だよ・・・体が冷え切ってる・・・」

「暖めないと・・・」

「水、いっぱい汲んできますっ」


リコは空いた缶詰を持って、駆けだした。

・・・なんにしても、このままじゃまずい。

いままで、火を起こすのはためらわれていた。

連中に煙を見つけられるかもしれないからだ。

しかし、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

 

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「火を起こそう」


ヒカルも、考えていることは同じだった。


「摩擦で火を起こすやり方は、一応わかる」

「俺も、なんとなくわかる」


昔、父親がやっていたのをはたから見ていたことがある。

実際にやったことはないので、できるかどうかわからないが、やるしかない。

そのとき・・・携帯が鳴った。

三田さんだ・・・!


「も、もしもしっ!」


みんなの注目が集まる。


「やあ、椿くん、生きてるかい?」

「だいじょうぶです。 みんな・・・」


みんな元気だと言いかけて、レイカの顔色をうかがった。


「ちょっとレイカが体調を崩してて・・・」


言うと、三田さんの顔色がかわった。


「いいか、よく聞け。 すぐに海岸まで来てくれ。 場所を今から言う」


それは、島を歩きまわっていた俺にはわかる場所だった。

説明もしやすい。


「アキナ、よく覚えておいてくれ」

 

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「わ、わかりましたっ」


俺は声を出して、場所を言い聞かせた。

神もペンもない状況では、みんなの・・・とくにアキナの記憶力が頼りになる。

山のちょうど裏手を降りると小さな牧場がある。

赤い屋根のならんだ民家が数件。

三田さんは、そのすぐ近くの海岸に、船を寄せたという。


「あまり時間がない。 連中は、数時間おきに、海岸線を巡回している」


そのタイミングをつかむために、いままで電話を控えていたのだという。


「わかりました。 すぐに向かいます」

「頼んだぞ・・・長くはいられない・・・」


通話が切れた。


「みんな、場所は今言った通りだ」


「わかった。 急ごう」

「帰れるんですねっ?」


リコが戻ってきた。


「いくぞっ!」


俺はレイカの肩を背負って、道を先導した。




 

急がなければ・・・。

俺達六人は、ぞろぞろと山のなかを歩いた。

口数は少ない。

なるべく木の陰や茂みに隠れながら、山中を急いだ。

空がよく晴れているおかげで、道に迷うことはなさそうだった。


「・・・っ・・・はあっ・・・そうすけ・・・」


俺の首筋に荒い息がかかる。

いろんな意味で、急がなければならない。

けれど──

気づけば、いま歩いている場所は、ちょっとした崖になっていた。

傾斜は緩やかだが、滑り落ちれば、かなりの距離を落ちることになる。


「あ、ああああっ」


悲鳴を上げたのは、はるかだった。

振り返ると、傾斜を滑っていくはるかの姿があった。

滑り落ちたというわけではないが、落下を食いとめるような木の枝や土のくぼみがない。


「・・・っ、ああっ・・・これっ・・・くっ」

「はるかああっ!」


はるかの悲鳴はどんどん小さくなっていく。

どんどん恐怖がつのっていった。

やがてはるかの体が見えなくなるくらいの距離で、落下がとまった。


「おーい!」


敵に見つかるかもしれないということも忘れ、大声を出した。

崖下から、かすかにはるかの声が聞こえる。

 

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「なんて、なんてことだ・・・」

「ご、ごめんなさい・・・手が、届かなくて・・・」

「沢村さんのせいじゃないです。 あたしも、ぼうっとしてました」


・・・思えば、当たり前のことだった。

登山の経験もない少女たちが五人もいて、誰かが事故にあわないわけがない。

焦っていたし、早く逃げなければならなかった。

三田さんの指定する海岸までたどりつけば・・・と、どこか気持ちが緩んでいたのかもしれない。

なんて軽率だったのかと、自分を責める前に考えた。


「どうする・・・」


イカの熱はひどい。

三田さんも長くは待っていられないと言った。

いまから、この崖を降りて、間に合うのか・・・?

降りて登るだけで、二時間くらいはかかりそうだ。

また、崖下からはるかの声が聞こえた。

いて・・・って・・・。


その言葉の意味するところに、俺の腹は決まった。

置いていけるわけがない。


「みんな、先に行っててくれ」

「言うと思ったが、それは駄目だ」

「駄目です。 みんないっしょです」

「私たちも行きます」

「私たちは宗介を迎えに来たんだ。 宗介も一緒じゃないと、意味がない」

「言いたいことはわかるが・・・はるかを置いてはいけない」

「だから、みんなで崖を降りようと言ってるんだ」


ヒカルの声に苛立ちの色が混じった。


「そんなことしたら、間に合わなくなるぞ?」

「間に合っても、みんな一緒じゃなきゃ意味がないだろう?」

「桜木先輩の意見に賛成です」

「駄目だ、アキナ・・・場所は覚えてるだろう? ここをまっすぐ抜ければ、多分、海岸に出る」


響く不協和音。


「どうすれば・・・」


リコが何か言いかけたときだった。

ふわりと、肩の重みがなくなった。

 

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「私は・・・行くわ・・・」

 

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イカは自分の足で、よろよろと先を進み始めた。


「お、おい、レイカ・・・」

「レイカ、なに言ってるんだ。 そんな体で・・・」

「・・・るさいわね・・・私は、一人でも行くって言ってるのよ」

「一人でもって・・・」

「薄情だと思うなら勝手になさい・・・」

 

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少しずつ、レイカとの距離が離れていく。


「まったく・・・冷静に考えてもみなさいよ。 いま、ここで、みんなして崖を降りたりしたら、まず間違いなく間に合わないわ・・・。 私たちは六人もいるのよ・・・仲間が多くて心強い反面・・・足手まといも多いってこと・・・。 だったら、一人でも多く、先に三田と合流するべきでしょ? みんなで崖を降りるということは、この山にいる時間が長くなるってこと・・・この意味、わかるでしょ?」


・・・また、誰かが事故にあうかもしれない。

そうなったら、いつまでたっても海岸にたどり着けない。


「私は、最初から、みんなで宗介を迎えに行くっていうのは、反対だったのよ・・・まあ、人を使い慣れてない程度の皆様にはわからないでしょうけど・・・」

 

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ゆっくりと、しかし確実な足取りで、レイカは前を歩いていた。


「とにかく、三田と合流して、一度逃げたっていいのよ。 安全な場所で安全な人間が、万全を期してピンチの人間を助けるのよ・・・そんなこと、当たり前でしょう?」


思えば、レイカは中堅だった。

中堅は、局面に応じてもっとも冷静な判断を求められるという。

中堅の動きが試合の流れを左右する。

あの試合のとき、星雲圧勝の流れを変えたのは、レイカだった。


「もし、どうしてもというなら、宗介だけが行きなさい。 私たちは、三田といっしょに善後策を練るわ。 必ず助けるから安心なさい。 行くわよ・・・話は終り・・・」


イカの言葉は、この場の決定事項だった。

誰も何も言わず、レイカに従った。

ヒカルとリコとアキナはレイカに続いた。

俺は一人、崖を降り始める。

イカは、最後まで振り返らなかった。

まったく、プライドの高いお嬢様だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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・・・崖の下にたどり着いた時、すでに空は暗くなり始めていた。

もう、三田さんは待ってくれてはいないだろう。

あの四人が、間に合ってくれていればいい。

きっと、間に合っただろう。

あのレイカの力強い背中が目に焼きついて離れない。


「宗介・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・・・・」
「そういうのはあとだ・・・」
「足、くじいちゃったみたいで・・・動けなくて・・・」
「おぶってやる」
「こ、怖かったの・・・本当は・・・」
「ほら、手え貸せよ・・・」


いつまでもこの場にはいられなかった。

なぜなら・・・。

 

──「いたぞ・・・!!!」


崖の上、さっきまで俺たちがいた場所から声が降ってきた。

有無を言わさず、はるかを背に乗せた。

 

 

日の落ちかけた山の中を、着々と進んだ。

 

 

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「宗介・・・」
「なんだ?」
「宗介、ごめんね、あの手紙・・・」
「またその話か。 聞いてるよ。 親父さんを脅されたんだろ?」


はるかが息を詰めるのがわかった。


「・・・でも、ショックだったよね?」
「いいや、偉いと思ったよ」
「え?」
「うざいくらい優しいお前が、あんな手紙寄こすなんて」


・・・成長したんだな。


「・・・ありがとう・・・」
「俺のほうこそ、いままで幼馴染らしいこともできずにすまなかったなあ」
「なに、幼馴染らしいって」
「俺は、お前に救われていたんだ・・・。 こんな義務を負っていても、お前だけは友達でいてくれたんだなって。 ぜんぶ、お前がきっかけだったんだよ・・・」

 

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「ど、どうしたの、急に・・・」


テレているのがわかった。


「なあ、どうしてだ?」
「なにが?」
「どうして、俺みたいな不良の犯罪者と縁を切らなかった?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

しばらく沈黙が続いた。

俺は、黙々と目的地を目指した。

はるかの体重だけが背中に心地いい。


「・・・なんか、おかしいな・・・」
「な、なにが?」
「お前と改めて話すことなんて、なにもねえよ」
「そう、だね・・・」


話さなくても、わかる。

お互いがお互いを信頼しあっている。

そういう絆もあるんだろうな・・・。

だから、はるかは聞いてこない。

俺が、どこへ向かっているのかも。

すべて、俺に預けている。

ならば俺は、全力でそれに応えなければならない。


・・・。

 

 

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「わからないよ・・・」
「ん?」
「いま、ずっと考えてたんだけど、やっぱり答えは出なかった」
「ああ・・・」
「宗介とずっと友達でいた理由・・・」


俺も、一生わからない・・・。

そう思った。


・・・・・・。

 


・・・。

 



 

 

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一度、三田さんから着信があった。


「事情は聞いた」


簡潔に言う。


「一度、四人を連れて隣の島に避難する。 そっちの状況は?」
「はるかと合流して、いま追われてます」
「見つかったのか?」
「はい・・・」


振り返ると、山のそこかしこから、俺たちを探すライトの群れが瞬いていた。


「わかった。 なんとか逃げ延びてくれ。 また迎えに来る」
「どれくらいかかります?」
「安全に上陸するタイミングをみはからうなら・・・」


三田さんが、初めて言葉に詰まった。


「二日は・・・かかる」
「わかりました。 ありがとうございます」


通話を切った。

二日も、逃げ切れるとは思えなかった。

だから、俺は・・・。


・・・。

 




 

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「ここは・・・」


浜辺に出た。

夜の海は真っ暗で、正直、見ているだけで恐ろしい。


「・・・誰も、いないね・・・そうだよね」


この浜辺に誰もいないのは、当たり前のことだった。

ここは、三田さんが言った、待ち合わせ地点じゃないからだ。


「みんなは、先に隣の島に渡っているらしい。 そこは安全だ」
「うん、わかるよ。 そこまでヘリコプターできたから」


・・・なんにしても、俺はツいてる。

まず、はるかを背負いながらも、なんとか捕まらずにすんだ。

次に、この海岸は水嶋の兵隊に固められていなかった。


「宗介、休もう・・」」


遠くに、車両のエンジン音が聞こえてきた。


「ありがとう。 宗介は、よくがんばったよ・・・」


しばらくすると、人の声すら聞こえてくる。

 

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「いっしょに、海でもみようよ・・・」


ちらりと、ライトの明かりが、すぐそばの砂浜を浮かび上がらせた。

見つかるのは、時間の問題だった。


「ごめんね、宗介・・・。 わたしを置いていけば、助かったのに・・・」


はるかはあきらめた様子で俺の背中から降りようと、身をよじらせた。

それを、手でぐっと押さえつける。


「え・・・?」


俺は漆黒の海原をまっすぐに見ていた。


「・・・あそこに、ボートがある」

 

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「・・・あ、ある、けど・・・?」


俺は、冷静に、はるかを心配させないよう努めて冷静に言った。


「免許はないが、運転はできる」


実際は、かなり怪しかった。

親父の運転をそばでみて、たまに操縦桿を握らせてもらっただけなのだ。


「三田さんたちのいる隣の島の方向はわかる」


これも、賭けに近い。

目的の島が、いくら視認できる距離にあったとはいえ、夜の海で迷わないという保証がない。


「で、でも・・・宗介、言ってたよね?」
「ああ、海は怖い」
「でも、いくんだね・・・」
「やるしかない」
「ついていくよ」


はるかはまた、俺に身を預けてくれた。

一挙にボートに駆け寄った。


・・・。

 

 

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ちょと前に見たとき、ボートは動きそうだった。

俺ははるかをボートに乗せると、一気にエンジンを始動させた。

低いうなりのような音が断続的に続き、やがてボート全体が震えだした。

操縦桿をしっかりと握りしめる。

そのとき、後方から怒鳴り声があった。


「宗介っ!!!」


水嶋も、まさか俺が海を渡るとは思わなかったらしい。

死は絶対だと水嶋は言ったが、まさしくその通りだった。

生き延びるためなら、なんだってやれるんだ。

そう、なんだってやれる。

そう自分に言い聞かせないと、そのまま卒倒しそうだった。

暗い海。

穏やかだが、とにかく底が見えない。

波が船を揺らす。

胃がぎゅっとしまって、いまにも吐きそうだった。

胃ががちがちにこわばって、視野が一気にせまくなる。


「宗介っ、危ないっ!」


はるかの声と、銃声が同時に響いた。


「逃がすな、撃て!!!」


銃撃が始まっていた。

すぐそばの海面がびちびちと跳ねている。

俺は叫び声をあげて一気に加速した。

もう無我夢中だった。

方向も速度もなにもかもをいつの間にか定めていた。

自分がままならない。


「宗介っ! 宗介っ!」


はるかが必死になって俺を呼びかけているが、なんの助けにもならなかった。

殺される・・・!

海に、銃に、闇に、恐怖に・・・!

過去。

水嶋を見捨てて一人で助かった。

助かってよかった。

ライフボードを俺だけのものにして、とにかくよかった。

助かったんだから・・・!

俺は、俺だけは生きていたんだから・・・!

視野が明滅する。

速度が速すぎるのか、波が高いのか、船がぐんぐん揺れていく。

揺れというよりも、ほとんどジャンプに近い。

駄目だ・・・。

もう、ダメだ・・・!


「・・・すけっ・・・しっかりっ・・・気を、しっかり・・・!」


誰かがなにか言っているが、邪魔だった。

いま、目の前に大波が来ているんだ。

雨だって降ってる。

どしゃ降りの大嵐だ。

父さんは、それで死んだ。

だから俺も死ぬ。

今度は助からない。


・・・。


「あああっ・・・!!!」

 

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自分がいまどこでなにをしているのかもわからない。


──そ、う、す、けっ!!


かろうじて、心の奥底にあった人間としての理性が、そんな絶叫を拾った。

呼吸が戻る。

自分が荒い息をしていることくらいは自覚できた。

犬みたいに、はっ、はっ、はっ、と肺が動いている。


「・・・・・・」


いつのまにか、船が、止まっていた。

暗い海の上、俺は一人ぼっち。

迫りくる恐怖を再確認した。


「・・・ひ、とり・・・?」


はっとして振り返った。

 

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「はるかっ!!!」


・・・いない・・・。


「はるかっ! はるかっ!」


落ちた、いや・・・落としたんだ・・・。

俺が。

幼馴染が海に落ちるのにも気づかなかったんだ。


「はるかあああ!!!」


その絶叫は、呼びかけというよりも、自分の心に溜まりこんだ鬱憤を晴らすためのものだった。

・・・泳げる、よな?

初めに、そんなことを思った。

・・・泳げないよ。

誰かに言われたような気がする。

・・・だって、足くじいてたんだぞ。

水嶋に言われたような気がする。


「あ、ああ、あ、あ・・・」


とたんに言いようのない苦痛が体をむしばんだ。

暗黒の海に落ちた。

救命具もつけていない。

助かるわけがない・・・。

もとより、助けられるヤツなんて、いない・・・。

海を見る、それだけで吐き気がする。

ちゃぷちゃぷといった波の音を聞くだけで、足がすくむ。

無理だ、無理に決まってる・・・。


「は、はるかは知ってるじゃないか・・・」


俺はまた、ぶつぶつと独り言。


「あのとき、あの合宿で、俺は、自分の過去を、話したじゃないか・・・」


俺は悪くないと、いいわけが始まっている。

いま、海上にいる。

それだけで、俺は精一杯なんだ。

・・・でも、ボートに乗り込んだのはお前じゃん。

水嶋がまたささやいた。

・・・あのとき、俺を誘ったのもお前じゃん。


「う、あ、ああああ・・・。 だ、誰か・・・。 誰か、助けてくれ・・・」


三田さんが来ないだろうか。

なんで来てくれないんだ?

みんな、ひどいよ・・・。

どうして、俺が・・・俺だけが、こんな目に・・・。

無理だよ・・・無理だったんだ・・・。

特別高等人と、軍隊に追われて・・・いままでよくがんばってきたじゃないか。

泣きそうだった。

泣いてもいいような気がする。

だって、誰も見てないんだから。

かっこつけなくたっていい。

自分を憐れんで、泣けばいい・・・。

深い海の底に気持ちが沈んでいく。

原点に回帰するように、俺はまた、一人ぼっちの不良に戻っていく。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「そうすけ・・・宗介、朝だよ・・・。 ほら、遅刻しちゃうよ」


いくつかの記憶が混在していた。

 

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「・・・ごめんね、店、潰れちゃうんだ」


それはたしか、はるかの青果店での出来事。

 

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「もう、いいんだよ。 どうせ、すぐ引っ越すし、わたしが店にたったって、意味ないんだよ」


あのときはるかは、あきらめていた。

 

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「もう、いいって。 いままでありがとう」


あきらめて、窓を閉めた。

窓が、閉められた。

もう、開くことがないように思われた。

もう、はるかの顔を見ることがないように思われた。

・・・そうだ、仕方ない。


はるかだって、あきらめたんだ・・・。

俺も・・・。


・・・。


・・・。

 

いや──


何かが聞こえる。

静かな波の音とは少し違う。

海をかき分けるような、そんな音。

じゃぶじゃぶと・・・もがいてる・・・。

あきらめてない。

あのときは逆だった。

はるかはあきらめていて、俺はあきらめていなかった。

徐々に、意識がはっきりとしていく。

いま、はるかが、あきらめていない。

とっさに俺の体に熱が戻っていく。

はるかは、あきらめてないんだ・・・!

これでやっと対等なんだ。

お互いがお互いを高め合う。

そんな人間関係こそを、どこかで切望していたんじゃないか?

俺があきらめるわけには・・・。

 

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「はるかああっ・・・!!!」


船に常備してあった懐中電灯を使い、海中をくまなく照らした。

海風と恐怖に手が震える。

黙ってろと、怒鳴りつけてやりたかった。

探せ。

はるかは、まだ生きている。

必死にもがいて、俺の助けを待っているんだ。

暗闇の海にライトが反射する。

ぬるりとうごめく怪物のようだった。

よく考えろ。

はるかが落ちたのはいつなのか。

パニックになった俺が船を急停止させたからじゃないのか?

それはつまり、はるかがすぐ近くに落水したってことだ。

いる。

はるかは、ぜったいに近くにいるんだ。

 

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「はるか、はるか、どこだああっ!」

俺は叫び続けた。

叫びながらボートの上を歩きまわり、周囲の海面に目をくれ続けた。

もう一度、もう一度でいい・・・!

さっきのチャンスを、もう一度、俺にくれ・・・!

頼む、はるか!


「がんばれ、はるかっ、がんばれ・・・!!!」


言いながら、俺はいつの間にか救命胴衣を身に着けていた。

もちろん、次のチャンスを逃さないためだ。

じっと目を凝らした。

海面に起こる、些細な変化も見逃さないように、神経を張り詰めた。

祈りが通じたのか。

ふと、海面が激しく揺れた。

波じゃない。

ライトを照らす。

見えた。

はるかの頭。

もがきにもがく腕。

俺は震える足を引きちぎる思いで、海に飛び出した。


──ツ!!

 

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漆黒の海に飛び込むと、すぐに体の熱が奪われていった。

まるで、何度も咲き、何度も枯れる花。

俺の気持ちは、再び折れはじめていた。

耳鳴りがする。

嵐の記憶。

水嶋を見捨てた罪。

物言わぬ自然の恐怖。

あと少し・・・!

あと少しでいいから。

はるかを救うまで、もう少し待ってくれ・・・!

徐々に近づいてきている。

恐怖にこわばりきった両腕で、ゆっくりと水をかいていく。

その手が届く。

もう少し、もう少しなんだ。


・・・。

 

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「ぐっ、はっ・・・!」


つかんだ。

たしかに、はるかの腕をつかんだ。

すぐに抱きあげる。

はるかはすでにぐったりとしていて、浅い呼吸を繰り返すばかりだ。

冷え切った体に、濡れ切った衣服。

はるかの体は、とてつもなく重い。

けれど、けっして離すまいと、俺ははるかの肩に手をまわした。


「ぐっ、うっ・・・!」


少し、水を飲んだ。

喉がやけるように熱い。

むせこむと、すぐに恐怖が募ってくる。

俺をまたパニックに陥らせようと、死が迫ってくる。

・・・負けるものか。

俺は、昔は、泳ぎは得意だったんだ。

船乗りの息子だぞ。

いまは、嵐じゃない。

遭難しているわけでもない。

そうやって、ひとつひとつ自分に有利な状況を考え出していく。

はるかを抱えながら、片手の立ち泳ぎで船を目指す。

足を懸命にばたつかせて、とにかく沈まないように気を張った。

苦しい。

息も絶え絶えになっている。

はるかの声がする。


「・・・っ・・・そ・・・」

 

水を吐いたようだ。

 

少し安心する。

 

自力で水を吐ければ、まだだいじょうぶだ。

 

きっと、ずっとあきらめなかったんだろう。

 

俺が助けてくれると、信じて待っていたんだろう。

 

何も言わなくても、わかりあえる関係なんだから。

 

焦る必要はない。

 

船は逃げない。

 

恐れるべきは、自分の心だけだ。

 

死の恐怖は、いつだっていまかいまかと、チャンスを待ちかまえている。

 

俺をまた、水嶋を見捨てた少年に戻そうとする。

 

思えば、一度死んでいたようなものなんだ。

 

いまのいままで、俺は、ずっと世間にそっぽを向いて生きてきた。

 

あのころから、誰とも本気で関わろうとせず、死んだような毎日を繰り返していた。

 

 

・・・水嶋・・・マコト・・・。

 

 

マコト・・・ごめん・・・。

 

こんな海に放り出されて、さぞつらかっただろう。

 

生きていてくれて、良かった。

 

生きている・・・。

 

それは、究極の絆なのかもしれない。

 

だって、また助け合える。

 

生きていれば、何度でも・・・車輪のように繰り返すことができる。

 

失敗したら、次は、同じ道を走らなければいいんだ。

もう少しで、船に手が届く。

 

俺は寒さと重さに押しつぶされそうな体に、ありったけの力を込めた。

 

会えてよかった。

 

みんなとともに、生きてこられて・・・。

 

・・・。

 

 

やがて・・・。

 

俺の腕が、硬いなにかをつかむのをはっきりと感じた。

 

船・・・。

 

船だ・・・。

 

・・・。