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-ノベルゲーム・タイピング-

光輪の町、ラベンダーの少女【19】(終)

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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──隣の島。


そこも、ラベンダーに溢れた幻想的な大地が広がっていた。


あれから海を越えた。


もう追っ手の姿はない。


はるかも、少し水を吐かせて休ませると持ちなおしてくれた。


一面の紫色。


小さな島らしくて、ヘリを見つけるのは簡単だった。


すぐ近くまで風が飛んでくる。


つまり、助かったんだ。

 

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「宗介・・・」


ヒカルが、心底安心したように手を振りながら駆け寄ってきた。

ヒカルに続いて、続々とみんなが集まってくる。

 

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「先輩、無事でなによりです」

「ああ、はるかを頼む」

「わ、わたしは、だいじょうぶだよ・・・」


言いながら、はるかはふらふらとアキナに体を預けた。

みんなの顔を見て、気が緩んだのだろう。

俺も、眠くなってきた。


「レイカは?」

「ヘリコプターのなかで休んでます」

「さっき、やっと寝たんだ」

「そうです。 策を練るのよって、ずっと言ってきかなくて」

「そうか、心配かけたな」


俺は、ここまで来た経緯を話した。

三田さんがひょっこりと、顔を出した。

 

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「男だねえ、椿くん。 いや、君には驚かされるばかりだよ」

「・・・ど、ども・・・」

「やっぱり君は、彼女たちの中心だね」


目に狂いはなかったと、なにやら満足げだった。

 

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「まったく、たいした奴だな・・・」

「見直したか?」

「さあな・・・」


まったく、かわいくない。

けれど、それがヒカルらしいとも思えた。


「じゃあ、帰るぞ」


しかし、俺は静かに首を振った。


「すいません、ちょっとだけここで休ませてください」

「なんだ、動けないなら私が・・・」

「・・・いや、ちょっとだけ、このラベンダーを目に焼き付けておきたいんだ」


言って、俺は草むらに腰を下ろした。


「じゃあ、先にヘリで待ってるよ。 少し休んだら、来なさい」

「ああ、リコとアキナ・・・」

「はい」

「はるかを連れていってくれ」

「わかりました。 じゃあ、あとで」


アキナたちは、はるかを肩にかかえ、歩いて行った。


「おい、ヒカル・・・」
「なんだ?」
「いや、二人っきりだな」
「それがどうした」


当然だろ、といった顔に思わずふきそうになった。


「ほんと、なんでだろうな・・・」
「なんだ、なにかおかしいぞ宗介」
「お前みたいな女っけのないヤツから、どうしてラベンダーの匂いがしたんだろうな」
「好きだからだ。 汗の匂いも紛れるだろ?」
「はははっ・・・なんか男くさい理由だな」

 

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「これでも、ラベンダーについては詳しいんだぞ。 どうだ、女の子らしいか?」
「ふうん、そりゃまた今度聞かせてもらうよ」


・・・今度があれば。


「で・・・」
「うん・・・」


さすがヒカルだった。


「なにか話があるんだろ?」


だから、俺は隠さずに言うことにした。


「俺は残る。 水嶋と話がしたい」


最初ヒカルは眼を大きく見開いた。

 

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「・・・そんな・・・」


わなわなと唇が震えだす。


「話を、するだって?」
「そうだ。 俺にはやり残したことがある」
「話が通じる相手だと思うのか?」
「・・・わからない」
「よく考えろ。 私たちは勝ったんだぞ」


ヒカルの声は穏やかだが、はっきりと怒りをはらんでいた。


「水嶋家の無法の証拠はつかんだし、私たちもこれから証人として・・・」
「そういうのは、あまり考えたくない」


戦って、なんになるというのか。


「友達なんだ・・・水嶋は」
「友達が宗介を殺そうとするか?」
「俺も、殺そうとしたことがある」


お互いさまなんだ。


「事故の話か? それはもう、終わったことじゃないか・・・?」
「それは、水嶋が決めることだ。 罪は、他人が決める・・・」


水嶋の受け売りだが。


「ともかく、ここを逃げて、レイカの家や保護団体の力を借りて、水嶋家と泥沼の争いが始まる・・・そういうのは、嫌だ」
「だったら、死ぬっていうのか? それはいままでの私たちの苦労を・・・」


言いかけて、口をつぐんだ。


「すまない・・・一番苦労したのはお前だな」
「悪いな」
「ずるいぞ、宗介。 だから、私をこの場に残したんだな」
「お前なら、サムライダマシイみてえなのを、わかってくれるかなあと思ってさ」
「・・・・・・」


ヒカルはそっぽを向いて押し黙った。


「お前がきっかけなんだよ」
「・・・剣術部か? あれははるかが・・・」
「部としては、はるかだけど・・・なんだろう、ほら、最初会ったときのことを覚えてるか?」
「・・・不良にからまれてたな」
「あのとき、ぶっちゃけ惚れたのかもな」


竹刀を片手に凛々しくたたずむヒカル・・・。

忘れられない・・・。


「そしたら、なんか面白かったよな」
「・・・・・・」
「お前、転入してきたとき、無理に作ってただろ」
「・・・・・・」
「無理にかわいくしようとして、なんかおかしかったよ」


軽く笑うと、俺は立ち上がった。

もうすぐ夜が明けそうだった。

ふと見ると、ヒカルはうつむいていた。


「みんなに説明するっていう損な役回りを押し付けて悪かったな」


じっとラベンダーの花を見つめていた。


「じゃあ、俺は行くよ」


背を向けたそのとき、ふっと、ラベンダーの匂いが強くなった。


「し、らない・・・?」


くぐもった声が聞こえた。


「あなたを待っていますって、い、いうんだよ・・・」


初めは誰の声かわからなかった。


「不信とか疑惑とか、そういう意味もあるけど・・・」


あまりにらしくない。


「・・・ラベンダーの花言葉

 

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ヒカルが、泣いている。


「だから、行くな・・・」


あまりのことに声も出なかった。


「待ってたんだ。 ずっと待ってたんだ。 だから行くな・・・い、行かないで・・・」


すすり泣くヒカルから、目をそらせなかった。


「行かないで・・・お願い・・・なんでも、なんでもするから・・・する・・・するわ・・・するよ・・・」


ぎこちない口調に、俺は気づいた。


「私・・・だから、もっと女の子っぽくなるから・・・だから・・・」


俺を普通に説得するのは無理だと思ったんだろう。

そしたら、つい、素が出たのかもしれない。

普段は男口調のヒカルが、いまはずっと小さく見える。

やわらかくて、つい守ってやりたくなるような・・・そんな存在。


「みんな、みんな、待ってたんだ。 わたし、どう言えばいい? ねえ、なんて説明すればいい・・・?」


ラベンダーの少女は、ずっと待っていたんだ。


「ヒカル・・・悪いけど・・・」
「やだ!」


はっとさせられるものがあった。

もしかして、一番もろいのは、ヒカルだったのかもしれない。

誰かにたよりたくて、素直になれなくて、八方ふさがりの穴倉のような毎日をすごしていたのかもしれない。

剣術部に加入しても、しばらくはぎこちなかった。

大会でセツナを倒しても、それはあくまでセツナとの確執を解消しただけで、本当は・・・。

本当は・・・。


「お願い、なんて言えばいいかわからない・・・」


いま初めて、桜木ヒカルは、ぎこちなく他人を求めているんじゃないか?


「だって、ずっと剣術しかなくて・・・そうやって、強さにすがるしか・・・守れなかったんだ、自分を・・・。 どうしたら、どうしたらいいんだ? こういうときに、どうしたら、他人を動かせるんだ・・・? 教えて、教えてくれっ・・・私に教えてくれたみたいに、教えてくれっ・・・。 苦しい、苦しいんだ・・・身動きが取れなくて・・・」

 

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おそるおそる他人を必要とする少女。

まさかヒカルが、そんな存在だったなんて。

そばに、いてやりたい・・・。

動物的な本能をくすぐられる。

理屈抜きで、弱い者を守ってやりたい。

そんな絆を感じさせられる少女だった。

俺は、最後の最後に、そんな少女に逆に守られたような気がした。


・・・水嶋に会う。

会って、話をつける。

そんななかで、死ぬなら死ぬでかまわないような・・・酔っぱらった気持ちがどこかになかったか・・・?

違う。

この少女を、絶対に放っておけない。


「・・・うっ・・・ぐっ・・・やだ、いやだ・・・ひとりに、ひとりにしないで・・・」


それ以上は言わせたくなかった。

腕を伸ばし、抱きしめる・・・。

そして、力強く言うことにした。


「必ず、戻ってくるから・・・待っててくれ」

 

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ラベンダーの少女は、そのまま泣き崩れた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


もう一度、ボートに乗って島に戻ったとき、すでに空が明るくなっていた。

俺はすぐに取り囲まれた。

両手をあげて、戦う意思がないことを伝える。

軍服の群れのなかから、水嶋が前に歩み出てきた。

 

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「戻ってくるとはな・・・」


穏やかに言った。


「話し合いがしたくてな」
「・・・ぜひ、聞きたいな」


朝焼けに海がきらめいている。

恐怖の対象でしかなかった海が、いまはこんなにも美しい。


「終りにしないか?」
「ほう・・・」
「俺は、お前に協力する」
「それは、罪滅ぼしのつもりか?」
「それもあるが・・・そんな簡単な言葉では言い尽くせないな」


水嶋は小さくうなずいた。


「戻ってきたか・・・そうか・・・戻ってくるとはな・・・。 お前は勝ったのに、戻ってきた・・・そうか、そういうこともあるんだな・・・」


深いため息を交えながら言った。


「まさか、俺のためか?」
「・・・そんな格好のいい話じゃないと思う」
「殺されるかもしれないんだぞ?」
「俺は、死なない。 これは絶対だ。 帰るって、約束してきたんだ。 生きるためなら、お前の靴の裏だって舐めてやる」
「やけに力強いな・・・本気のようだ」


水嶋は軽く首を振った。

 

「守ってみろっていったよな?」


あの監禁部屋で。

死が絶対だと言ったとき、水嶋はたしかにそう言った。


「あれは・・・どういう意味だったんだ?」
「言葉の通り、女たちを守ってみろと言ったんだ」
「つまり俺は試されていたのか?」


水嶋はめんどくさそうに言った。


「少しだけ、銃撃の精度を落とした。 ボートのバッテリーとエンジンが生きているのは確認している。 だが、射殺の可能性はいくらでもあった。 山で病気になったり、崖から身を落として死ぬ可能性もあっただろうな」
「そうか・・・」
「お前が死んだり、お前が誰かを死なせたりしたら、それまでの話だった」
「全部、読み通りだったんだな・・・」


さすが特別高等人というべきなんだろうか。


「全部じゃない」
「え?」
「お前が戻ってくるのは、計算外だった」


水嶋は海に目をやった。


「話し合いをしにきたと言ったな」
「そうだ・・・具体的にはあまり考えてないが・・・」


馬鹿か、と水嶋はつぶやいた。


「この出来事を世間に公表するのを控えてもらう」
「・・・それは・・・」
「できるはずだ。 お前が頼めばな」


たしかに・・・三田さんたちは、俺を救うために水嶋家と戦うつもりなんだ・・・だったら・・・。


「わかってる。 お前の義務を解消するよう大法廷に申請する」
「そ、それじゃあ・・・」
「晴れて、自由の身というヤツだな・・・」
「あ、ありがとう・・・で、いいのか?」
「舞い上がるな。 ただの取引だ。 俺にはまだやることがある」
「やること?」
「お前には関係ない」
「ばっか、友達だろ?」


水嶋はこれみよがしに舌打ちした。


「特別高等人は、歳を重ねることに社会に呑まれていくという。 俺はまだ若い。 だから、若いうちに、自分なりの仕事をしたい。 今回、お前に与えた試練も含めて、それが正しいのかどうか、見極めてみたい・・・」


・・・俺にはわからない世界だった。


「電話くれよ、たまには」


できることといえば、そんなことだろう。


「また、ゲーセン行こうぜ。 ダーツもさ・・・」


友達でいようと、努力することだろう。


「なによりさ、飯、食いに行こうぜ。 学園帰りにラーメンとか最高じゃん」


朝日が、まぶしい。

俺はただ、しゃべり続けた。

友達として、普通の世界の普通のことを提案し続けた。

水嶋は・・・マコトはそれを黙って聞いていた。

黙って、海を見つめ続けていた・・・。

波しぶきが一段たかく跳ね上がり、光の輪のような形を作った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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小さな部屋の窓から外を覗くと、視界に光が注いだ。

据えたベッド上から見るこの町の空は広い。

どこまでも、どこまでも続いているのだと身を持って実感していた。

一度、終わりを迎えた俺の人生は、この空のように・・・。

再び・・・広がったのだ。

流れる雲を見ながら、「生」の意味を改めて感じることが出来た。

大きく息を吸い、吐いた。

合宿所で吸った空気よりも、監禁されたあの部屋で吸ったどれよりも美味かった。

車の排気ガスや工場の煙で覆われた、近代的なこの町の空気が、新鮮で、混じりけのない美味しさをもっていた。

こんなにも世界が違って見えるのか。

俺は義務という鎖から解放され、新しい自分を見つける、そのスタートラインに立たされた。

人生にはコンティニューはないと思っていた。

だが、今まさに俺の冒険の章は再び始まったのだ。

 

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あの運命の日から、4週間が過ぎた。

最初の1週間を何もしないで過ごした。

次の2週間を、母と二人で過ごした。

息子として、出来なかったことを精一杯やった。

母は泣いていた。

俺が義務を負った日から、母は一度たりとて俺の前で涙を見せたことはなかった。

なのに、義務から解放されて家に戻った日、母は一目もはばからず泣いた。

大声で、まるで子供のように、俺にすがりつき、泣いた。

そんな母を見て、俺はたったひとつの言葉しか出てこなかった。


ありがとう・・・。


自分のために泣いてくれる人間がいる。

それだけで、嬉しかった。

今まで・・・こんな俺を見捨てずにいてくれて・・・ありがとう、ほんとうに、ありがとう。

それから数日、普通の生活を送った。

ちゃんと学園に行き、遅刻は一度もしなかった。

試験に備え、図書室で遅くまで勉強した。

不良だった自分を払拭するように、俺は必死で生きようと思った。

一日十善・・・。

その言葉を座右の銘にした。

横断歩道で、重い荷物を持っていた老婆を荷物ごとおぶって渡った。

ケンカをしている他校の生徒の仲裁に入った。

うまく仲裁できず、ケンカの矛先が俺に向きかけた時はかなりあせったが・・・。

いいことをしよう・・・。

中々慣れないが、ゆっくりとやっていきたいと思う。

それと・・・。

水嶋マコト・・・。

あいつは俺が学園に戻ると、まるで元々存在していなかったかのように消えていた。

誰に聞いても、あいつの名を知るものはいなくなっていた。

マコトとの約束を果たすため、あの島であった出来事の全てを記憶の底に押し込めた。

全てを忘れることなんて出来はしないが、それがマコトに出来るせめてもの「償い」だと決め込み、自分の胸の中に刻み込んだ。

学園生活に戻ると、剣術部は再開されていた。

また、あのメンバーで冬の大会を目指すのだという。

今度こそ、みんなで勝利したい、マネージャーとしてあいつらを支えてやりたい・・・そう心から思った。

解放された俺だったが、今一つだけ悩みがあった。

それは、将来のことだった。

進学か・・・就職か。

いずれは、剣術部も引退して、この学園を卒業することになる。

これまでは未来のことなんて考えていなかった。

俺には未来なんてないと思っていたからだ。

それが急に、「人生、続くよん!」って言われたもんだから、焦った。

どうしよう。

俺は剣術部の面々のことを想像した。

アキナは進学するだろう。

姉の後を追って、国を動かすような立派な人間になるのかもしれない。

はるかは、鈴木青果店は続けるだろうが、あいつには看護師になる夢がある。

進学して、医学を勉強して欲しいな・・・。

イカは神山グループの社長令嬢という生まれ持った肩書きがある。

社長令嬢から女社長になるのかもしれない。

媚びて、俺も入社できないかなぁ・・・。

ふと、レイカの秘書になった俺を想像した。

・・・・・・。


・・・やめよう。


リコは、どうするんだろうか。

両親とは会うことが出来るんだろうか。

会わせてやりたいな・・・リコには幸せになって欲しい。

俺は・・・。

なにをしようか・・・。



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学園は土日の2連休で、その間は剣術部の練習もない。

この休み中に、自分の将来について考えるべきなんだろう。

だけど、将来のことよりもあいつのことを考えてしまう・・・。

あの監禁部屋にいたときから、あいつのことを考えない日は無かった。

どんなに孤独や飢えに襲われても、強くいようと思えた理由。

あいつの笑顔が頭から離れたことはない。


・・・・・・。


・・・桜木ヒカル。

あのラベンダー畑で交わした、別れ際の約束を思い出す。

必ず、戻ってくるから・・・待っててくれ。

もう誰にもヒカルを渡したくなかったし、ずっと一緒にいたいと思うようになっていた。


・・・。

 

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自販機で、甘ったるいコーヒーを買う。

こんな日に、苦いコーヒーを飲むなんて出来るはずもない。

俺はヒカルの家を目指した。


・・・。

 




 

 

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「世界中の不幸は私の手の中にある」


ラベンダーの咲くころ、私はこの町に生まれた。

私が産声をあげたその日に、母は死んだ・・・。

母の記憶は定かではない。

それはそうだ。

私が生まれてすぐに死んだんだから、母の温もりなど覚えているはずがないのだ。

父は私を抱きかかえ、泣いたという。

・・・私は生まれてきてもよかったのだろうか。

それは、私には永遠に分からない課題だった。

父の涙は、母の死に向けられたものか・・・。

それとも、私の生に向けられたものか・・・。

その判別が出来るほど、私は強くなかった。

 

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「ヒカル? このダンボール運んじゃっていいか?」
「あ、それは最後でいい。 大事なものが入ってるんだ」
「じゃあ、台所の方を先にやっちゃうぞ」


宗介は女らしい色気がまったく感じられない台所を片付ける。

徐々に無くなっていく馴染みの家具が、少しだけ愛おしく思えた。

私は段ボールの中を開けた・・・。

中から出てくるものは、父との稽古で使っていた思い出のツバや「都築道場」と記された、タレに付けるボロボロのネームだった。

捨てようと思ったのに、なぜか捨てられず箱の中に詰めてこの町にやってきてしまった。

その奥には見慣れた仲間との一枚の写真が入っていた。

父を真ん中に、ツワモノどもがどっしりと構えたその集合写真は、都築道場の栄華を物語る最後の代物だった。

父の傍らに、ちょこんと座った作り笑顔のできない無愛想な少女は私だった。

その隣に、これまた無愛想で作り笑顔さえしない少女はセツナだった。


・・・。

 

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物心ついたころには、私は竹刀を握っていた。

いや、正確には握らされていただけだったのかもしれない。

幼い少女が持つには、あまりに重く、そっけない代物だった。

町とも言えない小さな町の子供たちは、みな、髪飾りや化粧に興味をしめし、

どんどんと魅力的な女性への階段を正しく上って行った。

私はそんなものには目もくれず、竹刀という味気のない玩具をただ日々振り続けた。

竹刀を振るのはすぐに慣れた。

手にマメが出来て血が出ようとも、私は竹刀を、ただひたすらに振った。

雨にも負けず、強風にも負けず、吹雪にも負けず、砂嵐にも負けず、ただ竹刀を振ることだけが、私に課せられた使命だった。

強くならなければならない理由など、腐るほどあった。

父は厳しく私に接した。

弱音を吐こうものなら、道場から追い出され、部屋にも入れてもらえなかったから、泣きながら朝が来るのを待ったこともあった。

練習で負けることがあろうものなら、何日も食事をとることさえ許されなかったから、

たまらず庭の木の実をむさぼり食った日もあった。

父は私を、心の底から憎んでいるんじゃないかと思うほどのしごきだった。

そんな修羅の日々が日常と化し、私はどんどんと強くなっていった。

都築道場を世界一の道場にすることを使命とし、都築又八の後継者として恥ずかしくない剣士になるために・・・。


強くなりたい・・・もっと、もっと強くなりたい。

ある日のことだった。

隣町の道場の有名な剣士が、稽古をしたいといって都築道場を訪ねてきた。

その剣士は、簡単に言ってしまえば「道場破り」をしに来たんだろう。

父はあろうことか、まだ少女である私にその相手を命じたのだ。

大男と対峙し、その迫力を目の前にした私は足が震えた・・・が、私の力を試す絶好のチャンスだと思い、気を引き締め竹刀をギュっと握った。


・・・。


一瞬で勝負のかたがついた。

大男は私の前で倒れ、のびている。

その勝利は、私のプライドを高いものにした。

私は確実に強くなっている、自分で思う以上に・・・。

ふと、父の横顔が見えた。

父の口は緩み、どこか笑っているように見えたのだ。

そうか・・・私が強くなれば父はこんな顔をするのか・・・それが、私を動かす原動力となっていった。

父の僅かな笑顔を求め、私はただひたすらに竹刀を振る幼少期を過ごす。


・・・。

 


「ちょっと休憩でもするか・・・お茶飲むか? 俺が淹れてやるよ」


後ろから優しい声がして、少し驚いた。


「だが、台所はもう片付けてしまったんじゃないか?」
「あ、そうだった・・・」


宗介は照れたように笑った。

笑う・・・。

私はあの日から笑顔を無くしていたのかもしれない・・・。

笑うことが極端に怖くなっていた。

可笑しいことなどこの世には存在しない。

そう思うほど、私の心は錆ついていたのだ。


「どうするよ・・・。 タバコでも吸うか? っていってもチョコレートなんだけどさ」


また笑う・・・。

その笑顔が・・・私の心をいつも揺さぶるんだ。


「実は、タンスの中に隠しておいてた飲み物があるんだ。 ・・・どうだ? 飲むか?」


なにかあったときのために、常に色んなところに飲食物を隠している。

これも、厳しい修行の中で身につけた悲しいサガなのかもしれない。


「・・・普通、タンスに飲み物入れるか?」
「まぁ気にするな・・・オレンジジュースなんだが」


私はタンスの一番上の引き出しをあけ、ペットボトルを取り出した。


「お! いいね・・・あ、でも俺、ここに来る前に缶コーヒーを飲んできたからいいや」
「そうか・・・」


私はペットボトルのキャップを開け、オレンジジュースを飲んだ。


ん?


なんだ・・・この味は・・・。


「ブハッ・・・!」


勢いよくオレンジの液体を吹き出す。

噴射したオレンジジュースは霧状になり・・・宗介の顔にかかった。

 

「わぁっ! ちょっと!」

 

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「す、すまない・・・」
「ちょっ・・・どうしたんだよ・・・」


宗介は顔を手で拭いながら慌てている。


「味が、味がおかしいんだ・・・。 オレンジの味が全くしない!」
「どういうことだ・・・?」


私は台所から、慌てて布巾を取り、宗介に渡した。


「これで、顔を拭いてくれ・・・」


宗介は必死で顔を拭いている・・・。


「ん? なんだよこれ!」
「どうした!?」
「これ・・・なんか臭いんだけど・・・」
「し、しまった! それはトイレの雑巾だ!」
「おいおい・・・」


宗介は顔を洗いに洗面台に走った。


「ほんとにすまない・・・わざとじゃないんだ」
「わかってるよ。 ・・・でも、なんでオレンジの味がしないんだ?」


私はマジマジとペットボトルを見た。

 

「これは・・・賞味期限が1年も過ぎている・・・」
「どんだけだよ・・・」


呆れた顔をしている。


「物もちのよさが、わざわいしたみたいだ・・・」
「ヒカルは物を大事にしそうだもんな」
「食べ物は出来るだけ、早く食べるようにするよ」


俺は苦笑いを浮かべた。


「でも、俺、コーヒー飲んでてラッキーだったな」
「そうだな。 私は運が悪いな・・・つくづくついてない」


口をゆすぎ、冷静さを保った。


「そんなもん飲んで、腹、大丈夫か?」
「大丈夫だ・・・お腹も鍛えているからな」
「んじゃ、残りをちゃっちゃとやっちゃうか」
「そうだな。 夕方までには全部終わらせないといけない」


夕方になれば、頼んでいた業者が私の荷物を運び出してくれる。

それまでに、荷物をまとめるという約束なのだ。


「まぁ、余裕だろ」
「宗介・・・」
「なんだ?」

「寂しくなるな・・・」
「当たり前だろ・・・。 でも、おまえが決めたことだ。 俺は、何も言わないよ」


何も言わない・・・。

その言葉はどこか、罪を犯しているような気持ちにさせ、私に重くのしかかってきた。

どこかで・・・私は・・・まだ・・・。

次の瞬間・・・。


──ッ!!


物凄い衝撃を感じた。


「なんだ・・・」


ガタガタと小刻みに揺れ続け、また、大きく揺れた。

私はその揺れに、立っていられずに倒れてしまった。


「きゃっ!」
「ヒカル!」


宗介は私をかばうように、上から覆いかぶさる。

まだ、部屋が左右に大きく揺れている。


「大丈夫だ・・・そのまま動くな」
「うん・・・」


揺れは次第に弱くなり、やがておさまった。

宗介はゆっくりと私から離れる。


「揺れ、止まったみたいだな」
「・・・なんだったんだ、今のは」
地震だよ・・・たまにあるよ。 まぁ大した揺れじゃない」
「これが地震か・・・」
「前に住んでたところではなかったのか?」
「あの町は地震津波も起きないんだ。 不思議なことにな」
「そりゃ凄いな。 じゃあ、これからは安心だな」
「・・・そうだな」


私は笑えなかった・・・。


「でも、今のヒカル、いい顔してたぞ」
「それはどういう顔だ?」
「なんつーか、か弱くて可愛い女の子って感じかな」

 

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「か、可愛い? ・・・私は、可愛くなんてない」
「きゃっ! って言ってたぞ」
「言ってない! そんな、声は出してない・・・」
「なんだかんだで、女の子なんだよなぁ」
「変か? 私が悲鳴を上げたら・・・」
「変じゃないよ。 むしろ安心した。 一人で何でも出来るヤツなんていないしな」
「そうだな。 剣術ぐらいしかやってこなかった・・・。 もっと色んなことを宗介に教えてもらいたかった」
「・・・」


宗介は黙ってうつむいている。

私も、黙ってうつむいた。


・・・。


・・・・・・。


私はまた、ダンボールの中を漁った。

都築道場の写真の隣に、見慣れたメンバーが写った真新しい写真が入っていた。


「このダンボール、中に何が入ってると思う?」
「さぁ?」
「みんなで撮った写真だ。 私の宝物・・・」

 

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学園長室で撮った写真だった。

あの男が入って来て、私たちはどん底へ落とされたが、偶然にもその瞬間シャッターが押され、写真だけはとれていた。

宗介が連れて行かれてからというもの、何度もこの写真を見て・・・一人だけ写真に写っていない宗介のことを想い続けた。

もう会えないと思っていたのに、今、その男が目の前にいる。


「よく写ってんな・・・ってこれ、撮れてたんだ」


宗介はその写真をマジマジと見て懐かしんでいる。


「はるかは、可愛いな。 見習いたいよ」
「あいつは明るいのが取り柄だからな」
「レイカは、綺麗だ。 さすが大会社の令嬢だけのことはある。 華がある」
「わがままだけどな」
「沢村もいい表情だな。 頭の回転も早いし、将来が楽しみだ」
「あいつは、この国を変えてくれるかもしれないな」
「リコにはいつも元気づけてもらったよ・・・。 素直でいい子だ」
「俺も笑わせてもらったよ」
「・・・それに比べて、私は無愛想な女だな」
「・・・」
「なんだ? フォローしてくれないのか?」
「ヒカルがたまに見せる笑顔・・・俺は好きだよ」


・・・好き。

好きという甘美な言葉に全身が痺れた。

父を殺し、全てから逃げた私を・・・。

剣術しか取り柄のない私を・・・。

どうして好きだと思えるんだ・・・。


「おまえは、おまえが思っている以上に・・・素敵だよ」
「私が・・・素敵・・・」
「なぁ? 本当に行くのか?」
「ああ。 ・・・行くよ。 みんなに、よろしく伝えてくれ」
「・・・そうか。 剣術部のことは心配すんな。 俺がきっちり守ってやるからさ」


・・・ん?


「なんだ?」


玄関の方で、何かが落ちる音がした。

 

・・・。

 



 

 

その日はいつもとどこか違う朝だった。

学園にも無事に戻り、栗林や学園長も、義務のことには触れずに、普通の学園生として俺を迎え入れてくれた。

あのバッジの重さがどこにもないことが、たまらなく幸せだった。

剣術部のマネージャーとして、次の大会を目指すことになり、俄然、やる気になっていた。

あいつらの袴を洗うことにも慣れてきて、楽しみになっていた。

でも、やはりその日はどこか違う朝だったんだ。


・・・。

 

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「おはよう、宗介」
「おう! 元気か?」
「・・・元気だよ」


どこか弱々しい言葉だ。


「なあ。 俺も剣術やってみようと思うんだ・・・」
「え? どういうことだ? 宗介が剣術をやるのか?」
「おまえらの練習を見てたら、俺もちょっとやりたくなってさ」
「でも、マネージャーがいなくなったら困るな・・・。 誰が私たちの胴着を洗うんだ?」
「マネージャー兼、選手っていうのもありじゃね?」
「宗介に出来るかな? 剣術は難しいぞ」
「分かってるよ。 だからヒカルに話してるんじゃないか」
「まさか、私に教えて欲しいっていうんじゃないよな?」
「正解!」
「言っとくが、人に教えるのはあまり得意じゃない」
「そうか?」
「すまんな・・・」


どうしたんだ・・・。

ヒカルは妙にソワソワしていて、視線をあまり合わせようとしない。

 

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「ヒカル! おはよう~!」


ヒカルは笑顔をはるかに向け、そのまま黙って席についた。

栗林が教室に入ってきた。

 

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「今日は、みなさんに連絡事項があります」

「なんすか? いい話?」

「椿くん、黙って聞きなさい」

「・・・すいません」


なんだよ。

栗林のやつ、いつになくマジメな顔しちゃって。


「桜木さん、前に来て」


ヒカルはゆっくりと教壇に向かった。

 

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「私から言う?」

「先生から、お願いします」


なんだ?

ヒカルがうかない顔をしている。


「桜木さんが、今日で新山学園を去ることになりました」


・・・。


教室は静まり返った。


「桜木さん、あとは自分の口でみんなに説明しなさい」

「ですが・・・」

「みんなもそれを望んでいると思うわよ」


ヒカルは俯き、ゆっくりとしゃべりだす。


「短い間でしたが、仲良くしていただいて、ありがとうございました・・・」


頭を下げ、席に戻った。


「・・・」


最初に立ち上がったのは、はるかだった。

 

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「納得できません・・・理由はなんなんですか?」

「・・・故郷に戻ることにしたんだ」

「故郷って、どこですか? どうしてですか?」

「剣術部の合宿で行った町だ」


そう言うと、席についた。


教室はざわつく・・・。

ヒカルが学園を辞める?

・・・鈍器で頭を殴られたかのように、思考が停止した。

なにも考えることが出来なかった。

あまりにも突然で、理解することすら出来なかった。


「それでは、授業をはじめます・・・教科書を開いて」


栗林は、冷静に授業を開始した。

納得できない・・・。

なんで突然、転校なんだよ・・・。

何も頭に入ってこない。

リコもはるかも、そんな表情をしていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

休み時間にヒカルに話しかけることが出来なかった・・・かつてのヒカルのように、近寄りがたい雰囲気を感じたからだ。

俺が部活にでるため道場につくと、ヒカルの周りにみんなが集まっていた。

 

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「ヒカル? 私たちが納得できるように、説明してもらえるかな?」

「・・・」

「なに黙ってるのよ。 さっさと説明しなさいよ」

「そうです! どうして学園をやめるですか?」

「お願いします。 理由を教えてくれませんか?」


俺はその輪に入る。


「そんなにみんなで騒ぎ立てると、ヒカルだって話しづらくなるだろ」


感情的になっているメンバーをなだめるように、話に割り込んだ。

俺が冷静でいられたのは、ヒカルを信じているからだ。

ヒカルのことだ、きっと何か事情があるのだろう。

問いただすにしても、まずはそれを聞いてからじゃないと何にもならない。

 

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「宗介は何も思わないの? いなくなるんだよ? それでいいの?」

「いいわけないだろ・・・。 でも、こんな風にヒカルに群がっても意味ないだろ」

「いいえ、桜木さんが辞めるなんて、認めませんから」

「すまない・・・」

「説明してくれないか? みんなこんなに心配してるんだ」

 

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「実は・・・」


ヒカルは重い口を開いた。


「父がやっていた道場を再建しないかという話をもらったんだ」

「父の道場って・・・」

「都築道場だ。 その道場を町の人間がまた始めるそうなんだ・・・」

「それで?」

「その道場で働かないかと勧められたんだ」

「・・・なんて答えたんだ?」

「少し考えて・・・承諾したんだ」

「どうしてですか? なんで・・・」

「あそこは父がやっていた道場だ。 娘として・・・継ぎたいと思った」

「そういうことか」


道場に沈黙が走り、誰も何も言えない時間が続いた。

だが、その沈黙を打ち破ったのはレイカだった。


「だめよ。 その道場を継ぐことは、私が許しません!」

「もう、決めたことなんだ。 許してくれ」

「どうしてよ。 なんでそんなに簡単に決められるのよ。 あなた頭大丈夫?」

「簡単ではない・・・。 悩んで、悩んで、悩みぬいて出した答えなんだ」

「ダメですよ。 ヒカルさんは新山学園の剣術部の代表ですから、辞めれませんよ」

「リコ・・・許してくれ」

 

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「どうしてよ・・・どうして私たちに相談もせずに、勝手にそんな大事なことを決めるのよ」

「これは・・・私の問題だから」

「桜木先輩だけの問題じゃありません。 私たち剣術部全体の問題です」

 

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「ここで口論していても埒があかないわ。 鈴木さん、一緒に職員室へ行きましょう」

「どうするつもりだ?」

「決まってるじゃない。 桜木さんの退学を止めさせるのよ」

「そうだね。 栗林先生に言って、止めてもらおう」

「学園長に言ったほうがいいかもしれませんね。 私も行きます」

 

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「リコもいきます。 みんなでヒカルさんを止めるです」

「待てよ」

「宗介も一緒に行こうよ」

「待てって」

「何よ」

「そんな一方的に話を進めてどうすんだよ。 ヒカルの気持ちは無視かよ」

「・・・・・・」

「ヒカルも黙ってないで、こいつらが納得できるような説明をしたらどうだ?」


ヒカルは頷いた。

 

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「私はこの学園に来るまえは、いろんな学園を転々としていた。 どこに行ってもうまくいかなかった。 だから、すぐに転校をした。 うまくいかなかったのは・・・どこかで、未練があったからだと思うんだ」

「未練ってどういうことですか?」

「剣術に対する未練・・・故郷に対する未練・・・抑えていたが、どこかにそれがあったんだ」

「なによそれ。 全然、意味が分からないわ」

「私は、剣術を一度は捨てた。 だが、今はこうしてまた竹刀を握っている」


・・・。


「あの道場が好きだった。 あの都築道場をもう一度、再建できるなら、戻りたいと思ったんだ」

「ようするに、その道場のほうが、新山学園の剣術部よりもいいってことなのね」

「そうじゃない・・・」

「そういう風にしか聞こえません」

「みんなには感謝してる。 私がこうやって竹刀を持っているのは、新山学園剣術部のおかげだ」

「だったらどうして平気でここを去るなんて言えるの?」

「都築道場には、私が必要なんだ・・・」

「ここにだって、ヒカルさんが必要です」

「それは違う・・・。 もう、ここに私は必要ないはずだ」

「それ・・・本気で言ってるの?」

「本気だ。 ・・・都築道場には私が必要だ・・・」

「見損なったよ。 ヒカルがそんなこと言うなんて」

「分かってくれ・・・。 あの道場は父の形見なんだ」


・・・父。

自分の手で殺した父の道場・・・。


「私は償いたいんだ・・・。 未練とかそういうことじゃない。 ただ、父との唯一の絆を取り戻すチャンスなんだ」


父との絆。

完全に無くしてしまった肉親との絆。

父が盛りたてた道場を、娘がまた、盛りたてる。

俺は納得がいった。

ヒカルだって悩んだんだろう。

ただ・・・。


「ふ~ん。 あなた、散々、仲間だ絆だ言ってたけど、結局は自分が大事だったってことね」

「レイカ、言い過ぎだぞ」

「そういうことでしょ? 地区大会や、椿宗介のこと・・・一緒に乗り越えて来たのに・・・。 酷いわ」


イカは道場を出て行ってしまった。


「お父さんの道場を継ぎたい気持ちは分かります。 でも、新山剣術部だって桜木先輩を必要としています。 この5人だからやってこれたんです。 ここで桜木先輩がいなくなったら、私たち、どうすればいいんですか?」

「分かってる。 分かってて出した答えだ・・・」

「ヒカルさんはもう、リコたちと一緒にやらないということですか?」

「そうだ・・・私がいなくても、みんな立派にやっていける」

「・・・やっていけませんよ。 リコはまだ何も分からないです・・・教えて欲しいことがたくさんあります」

「大丈夫だ。 はるかや、沢村や、レイカがいる」

「・・・もう、行こう。 もう決めたことなんだよね」

「そうだ」

「分かった。 こんなに言ってもダメってことはヒカルも凄く考えたんだよね・・・分かった」


・・・。


・・・・・・。

 

はるかたちは去って行った。


・・・。

 

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「・・・嫌われてしまったな」
「ばーか。 そんなに簡単に嫌うようなら、最初からあんなに必死になって止めたりしねーよ」
「・・・宗介は私を責めないんだな」
「責められるかよ・・・。 親父さんの道場なんだろ? じゃあ仕方ないさ」
「宗介・・・」
「ただな、あいつらがなんであんなに怒ってるか分かるか?」
「え?」
「おまえは、最大のミスを犯してるよ」
「最大のミス・・・」
「誰にも相談しないで、決断したことだ」
「・・・」
「なんで事後報告なんだ?」
「それは・・・絶対に止められると分かっていたから・・・それが、辛くて・・・」
「ちゃんと相談してたら、あいつらは止めたりしなかったよ」


・・・。


「おまえの境遇はみんな知ってる。 理由だって真っ当だ。 話したら分かってくれる奴らだしな。 なのにおまえは相談しなかった。 それにみんな腹を立ててるんだよ」
「・・・」
「おまえに、心の底から信頼されてなかったんじゃないかって、思ったのかもな。 ・・・いつ、向こうに行くんだ?」
「明日、この町を出る。 色々と身辺の整理をしないといけないからな」
「・・・ずいぶんと急なんだな。 ・・・また機会があったら会おうぜ」
「・・・宗介・・・待ってくれ」


俺は足を止めた。

 

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「もう会えなくなる前に、言っておきたいことがある・・・私は宗介のことが・・・」


・・・。


「・・・じゃあな」


俺はヒカルの言葉を遮り、そのまま道場の外に出た。


・・・。



ヒカルは不器用だな・・・。

どうしようもないほど、不器用だ。

あいつはみんなが悲しむ顔が見たくないから・・・だから、全部自分で決めた。

バカだなヒカルは・・・もっとあいつらを信じればいいのに。

誰だって別れはつらい。

でも、なにも言わずに勝手に行ってしまうのはもっとつらい。

 

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「今日は練習はお休みみたいね・・・」
「先生・・・」
「あらあら・・・桜木さんだけ残して、みんな帰っちゃったのかしら?」


道場内をチラッと見た。

ヒカルが立ち尽くしている。


「みたいですね・・・」
「椿くん、随分と物分りがよくなったのね」
「見てたんですか?」
「ええ。 私が入って行く問題じゃないと思ったから」
「先生はどう思うんですか?」
「私は桜木さんの出した答えを尊重するわ」
「ですよね」


栗林は寂しそうな目をしている。

ヒカルがいなくなれば、新山剣術部の戦力はガタ落ちする。

だが、そんなことを悲しんでいるようには見えなかった。

ただ、戦友がいなくなることへの悲しみが、栗林の目に溢れていた。


「改めてみると、古ぼけた建物よね」


俺は道場を見た。

趣があり、どっしりとしたこの過去の遺物が俺は好きになっていた。


「確かに古いですね。 ・・・ここっていつ出来たんですか?」
「この学園が設立された当初からあるから、少なくとも50年以上前ね」
「50年か。 そりゃ古くても当然だな・・・」
「でも実際はもっと古いらしいのよ」
「どういうことですか?」
「学園に残っている文献を見る限りでは、ここ一帯は、昔、お寺だったの」
「・・・お寺」
「ここは、尼寺だったのよ」
「尼寺って女の人しかいないっていう、あれですか?」
「そうよ。 その尼寺の尼達の修練場として、ここが建立されたと言われているわ」
「じゃあ、ここで丸坊主の女のお坊さんが竹刀を振ってたってことですか?」
「尼達が、心の鍛錬のために、剣術をやっていたらしいのよ」
「そうだったのか」
「だから、その名残で学園長は剣術に力を入れていたし、建物も取り壊さずに残したの」
「歴史があるんですね」
「だからね、ここは、女が剣術をする為にあるような場所なの」
「男子剣術部は今まで無かったんですか?」
「普通はどこの学園にも男女ともに存在するのに、新山学園で男子剣術部は一度も存在したことがないの」
「そうなんだ・・・」
「建物自体は古いけど、中は私たちの時に改装されたわ」
「なるほど」
「もう一つ、面白い話があるの」
「なんすか?」
「私も驚いたんだけど、尼寺の名前よ」
「寺の名前がどうかしたんですか?」
「桜木寺、っていうのよ」
「桜木寺!?」
「そう。 そして、ここの建物を桜木道場って呼んでいたの」
「桜木道場!?」
「偶然だと思うけど、不思議な話よね」
「たしかに・・・」
「もしかしたら、ここで剣術をするように、尼たちが桜木さんを呼んだのかもしれないわね」
「偶然でしょ」

 

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「ここが無くなる事を阻止するために、死んだ尼達の魂が桜木さんを呼び寄せた。 そう考えるとなんだか面白いわね」
「・・・」
「桜木さんがいなくなると、寂しくなるわね」
「そうですね」
「強い子よ。 あんな子はそうそう出てこないでしょうね」
「あいつは天才ですから」
「せっかく蘇った道場ですものね・・・もう、無くしたりはしないわ」
「よろしくお願いします」


俺は頭を下げた。

道場の中で、ヒカルが正座をして、じっと瞑想しているようだった。


・・・。

 



 



俺はふらりと公園に寄った。

なんでこんなに平静でいられるのか自分でも不思議だった。

ヒカルが遠くへ行ってしまう、もういなくなってしまう、また会えなくなる、せっかく戻ってこれたのに・・・。

それなのに・・こんなにも平常心を保っている自分に驚いた。

どこかで、俺たちの絆を感じてるからだろう。

絆・・・。

その意味を俺は知った。
剣術部が準優勝したこと、義務から解き放たれたこと・・・全ては絆のおかげだった。

俺を助けてくれたのは、他でもない絆という力だった。

・・・俺はその時分かったんだ。

一度結ばれた絆はそう簡単に切れたりはしない・・・そんな、弱いものじゃない。

どんなに遠く離れていても、俺たちが結んだ絆は繋がり続けているということを、知っている。

 

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「久しぶりね」


声をかけてきたのはセツナだった。


「よう。 何やってたんだ?」
「読書よ。 夕方の公園は好きなの・・・静かでしょ?」
「俺がいると邪魔だろ?」
「そんなことないわ。 ・・・うるさいのにも少し慣れたわ」
「今日は何読んでるんだ?」
「・・・漫画」
「漫画はいいだろ?」
「そうね・・・。 小説みたいに字も多くないし。 絵が描いてあるから楽ね」
「だろ? 漫画は最高なんだよ」
「でも、この漫画変ね・・・」
「どうして?」
「この人たち、どうして剣を振ると、レーザー光線みたいなのがでるの?」
「いや、だから、それ漫画だから」
「漫画は現実なの?」
「?」
「私も訓練すればレーザー光線は出る?」
「でないと思うぞ」
「そう。 残念ね。 これがあれば、桜木ヒカルに勝てると思ったのに」
「まぁ、反則になるだろうけどな」
「そうね」
「ヒカルのことなんだけどさ・・・」


・・・。


「あいつ、明日この町から出ていくんだ」


・・・。


「・・・そう。 今度はどこに行くの?」
「あいつの生まれた町に戻るんだ。 道場を継ぐんだってさ」
「道場って、都築道場?」
「そうだよ。 あいつの親父さんの道場だ」
「そう・・・」
「・・・」


セツナはどう思うのだろう。

セツナにとっても、都築道場は故郷だ。

それをヒカルがひとりで継ぐ・・・。


「いいと思うわ。 あの人は強いもの。 適任よ」
「そりゃ、そうだけど。 ・・・おまえは継ぎたいとは思わないのか?」
「私に継ぐ権利なんてないわ。 あそこは、もう私の故郷じゃないもの」
「・・・そうか」

 

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「・・・戻る場所は、他にあるもの」


戻る場所・・・セツナの戻る場所は、もうどこでもない、この町の星雲学園剣術部・・・そこなんだ。


「変ったな、セツナも。 おもしろい漫画があったら、俺に教えてくれよな」

 

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セツナはにっこりとほほ笑んだ。

今まで見たこともないような、清々しい笑顔だった。


・・・。

 



 

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ん?

道の傍らに、はるかたちが集まっている。


「こんなところで集まって、なにやってるんだ?」


振り返った、はるかの顔を見て驚いた。

 

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はるかの目は腫れていた。

 

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イカの目も・・・。

 

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アキナも、リコも・・・目を真っ赤にしている。

寄り添い合い、みんなで泣いていたようだ。


「泣くなよ・・・」


俺はポツリと声をかけた。

 

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「泣かせてよ・・・今日くらい」


はるかは袖で、目をこすりながら、落ちてくる涙を拭っている。


「こんな悲しいことはないわ・・・」


人目もはばからず、レイカも声をひくつかせている。


「ヒカルさん・・・行かないで欲しいです」

「そうですよね・・・やっとみんなで頑張れると思ったのに」


みんなの涙を見て、俺は気づいた。

こいつらだって分かってるんだ。

ヒカルが行ってしまうことが、自分たちの力じゃどうにもならないことだと・・・。

それでも、諦めがつかずに・・・感情的になってしまったんだ。

本当はみんなだって、ヒカルの門出を笑顔で送ってあげたいはずなのに。


「・・・なぁ?」


俺は一つのアイデアを提案することにした。

泣いているこいつらの心と、去っていくヒカルの心を、

ヒカルが去る前にもう一度だけしっかりと繋ぐ方法・・・。


「なぁ? みんなでヒカルの送別会を開いてやらないか?」

「送別会・・・ですか?」


その提案に、みんなはきょとんとした表情で、俺に注目した。


「そうだ。 泣いてたってヒカルは行っちまうんだ。 どうせ見送るなら、笑顔の方がいいだろ」

「でも・・・私、笑っていられる自信がないわ」


いつもは勝気なレイカが、どこか弱々しく見えた。


「つらい時こそ笑顔を忘れるな・・・だろ?」

「だけど・・・」

「ヒカルはこれから、自分の道を進むんだ。 剣術をやめるわけでも、おまえらを裏切るわけでもない」


・・・。


「ヒカルが、自分の道を進むんだぞ。 それを仲間の俺たちが祝ってやらなかったら、誰が祝ってやるんだ?」

「自分の道・・・」

「今までヒカルにどれだけ助けられた?」

「数え切れません・・・」

「そうだろ? あいつがいなかったら、剣術部は存在してなかったんだぞ」


ヒカルがいたから、俺はあのつらく厳しい監獄から逃れることができた。

義務から解放され、普通の人間に戻ることができたんだ。


「・・・そうよね。 桜木さんがいたから、今の私たちがあるのよね」

「剣術のことだっていっぱい教えてくれただろ?」

「ヒカルは私にいっぱい教えてくれた・・・。 だから、初心者の私が勝つことができたんだよね」

「これからは、ヒカルがいなくてもおまえたちだけの力で剣術部を強くしていけよ」

「あたしたちだけで・・・ですか?」

「ヒカルにはじゅうぶん頼っただろ? 今度は、おまえたちの力で優勝して、ヒカルを喜ばせてやれよ。 もちろん、俺もマネージャーとして、手伝うからさ」

「そうですね。 私たち、桜木先輩に頼りすぎていたのかもしれません・・・」

「・・・笑顔で見送らなきゃ、いけないのよね」

「そうだ。 だから、送別会を開こう。 ヒカルは明日、この町を去る。 だから、今日しか時間が無いんだ」

「わかった。 悲しいけど、送別会やろう」


俺の気持ちが通じたのか、はるかの目に精気が戻ったようだった。

その言葉に触発されたようにリコも続く。


「やりましょう! ヒカルさんを笑顔で見送りたいです」

「じゃあ、俺の部屋でやらないか?」


誰かを入れることを禁止されていたあの部屋で、一番好きなヒカルの門出を祝いたいと思った。


「でも、何をするんですか?」

「そうだなぁ・・・こういうときは、しんみりしたくないよな。 そうだな・・・あれかな?」

「あれってなに?」

「・・・テレビゲームだよ」

 

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「ゲーム?」


みんな、キョトンとした顔をしている。

確かに送別会でゲームってのも変かもしれないけど、ずっと誰かと遊ぶことのなかった俺には、このくらいしか思いつかない。

でも、ゲームに夢中になっていれば、みんな余計なことを考えず、笑顔でいられるかもしれない。


「こういうときこそ、何も考えずに楽しめるものがいいんだよ。 はるか、おまえ得意だろ?」

「得意っていっても、ひとつだけだよ。 格闘ゲーム


はるかの親父さんはゲーム好きで、はるかがその相手をいつもしていることを俺は知っていた。

一回、戦ったことがあるが、はるかはもの凄く強かった。


「それでいいよ。 最後くらい、何も考えずに、笑いながら送ってやろう」


それぞれ、頷き、俺たちは部屋へ向かって歩き出した。




 


俺たちは電話で、ヒカルを家に呼んだ。

ヒカルは部屋に現れ、申し訳なさそうにしている。

 

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「では、今から、ヒカルの送別会をはじめます」


みな、拍手する。

はるかは、悲しみを見せぬように必死で明るく装っている。


「ほら、ヒカル、みんなに挨拶してよ」

 

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「このたびは・・・その、私のために、このような場を開いてくれて・・・どうも、ありがとうございます・・・」


ヒカルはぎこちなく、礼をする。


「まぁ、挨拶はこのくらいにして、テレビゲームでもやりますか!」

「ゲーム?」


ヒカルはきょとんとしている。

 

「そう。 テレビゲーム!」


そう言うとはるかはテレビをつけた。


「おまえら、ゲームとかってするの?」

 

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「テレビゲームはやったことないわ。 カジノに行ったとき、ギャンブルはやったわね」


イカも取り繕うように平然を装い、いつものレイカでいようとしている。


「私もやったことありません。 でも、興味はあります」

「ヒカルは?」

「やったことないな。 ・・・ゲームを買うほど余裕がなかったから」

「だよな」

 

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「リコちゃんは?」

「少しだけあります。 寂しくなるとゲームをして気分を紛らわします」

「そうなのか」

 

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はるかはゲームの電源を入れた。

はるかが持ってきたのは今、流行りの格闘ゲームだ。

中々、通ごのみの代物で素人には少々難しいゲームだった。

だが、それで良かった。

何も考えず、ただゲームに夢中になり、笑顔をみせあい、時間が過ぎ、いつのまにかヒカルと別れる。

それが俺たちにとって、一番幸せな別れ方だと俺は思っていた。


「・・・それは面白いのか?」


ゲームの画面を物珍しそうな顔で見ている。


「面白いよ。 コンボ決めるとすっきりするしね」

「はるか、さすがに詳しいな」

「うん! 実はうちのお父さん、ゲーム大好きなの」

「コンボ? ・・それはなんだ?」

「連続攻撃みたいなものだな。 剣術でもやるだろ」

「ああ、小手から面の連続攻撃みたいなものか」

「そうそう!」


ぎこちなく、暗かった部屋が、次第に明るく色づきはじめた。


「私、実はこのゲームで負けたことないんだよね!」

「たかがゲームで偉そうに。 かわいそうな人ね」


「神山さん、できないから、そんなこというんでしょ?」

「ふん。 そんなものすぐにできるわ」

「ふたりとも・・・ケンカはゲームの中でやってください」

「じゃあ、みんなで勝ち抜き戦やろうよ」


「やるです!」


勝ち抜き戦か・・・。

そういえば、星雲とのはじめての試合も勝ち抜き戦だった。


もう、ダメだと思ったときに、俺たちの目の前に現れ、樹を倒したのはヒカルだった。


「やり方が分からないから、ちょっとやってみてくれないか?」

「じゃあ、私と宗介が試しにやってみるね」

「え? 俺?」

「宗介しかいないでしょ~。 久しぶりだから実力でるかなぁ」

「そんなこと言いながら、毎日やってんじゃないよな?」

「う~ん、勝てる自信ないなぁ」


はるかはニヤニヤしている。

どうやら、親父さんと相当やりこんでるらしい。

もちろん俺はこのゲームではるかに勝ったことがない。


「ごちゃごちゃ言ってないで。 さっさとやりなさいよ」

「じゃあ、始めるから、良くみててね」


はるかはキャラクターを選んでいる。

このゲームには扱えるキャラクターが10人いる。

この手のゲームにしては少ない方だが、それぞれに個性があり一人のキャラクターを極めるのに相当な時間と才能を要する、難易度の高い格闘ゲームだ。

個性があるキャラクター・・・。

新山剣術部も個性の塊だったように思う。

それぞれが、それぞれの特性をいかし、地区大会準優勝という快挙に導いたのだ。

この中の誰かひとりが欠けてもならなかっただろう。


「はるかがいつも使う、槍持ってるキャラいるじゃん?」


槍をもっている中世の騎士のようなカッコいいキャラクターをはるかはいつも使っている。

「ステイジーのこと?」

「あ、あれステイジーっていうの? あいつ強く出来てるんじゃねーの?」

「どこが?」

「あれさ、槍がすげー伸びるだろ? あの技って絶対ズルだと思うんだよな」

「槍が伸びるのか?」

「ああ。 画面の端から端まで伸びるんだよ。 あんなの避けられねーよ」

「私のお屋敷にも槍があるわ。 たしかランギヌスの槍とかいう名前だったかしら。 でも伸びないわ」

「ランギヌス? 聞いたことあるな」

「お父様から聞いたんだけど、神様の脇腹を刺したといわれているそうよ」

「なんでそんなものがおまえの家にあるんだよ」

「知らないわよ。 お父様の趣味なんだから」


神山家ってどうなってんだよ。


「槍は人類最古の武器とされている」

「そうなの?」

「それ、聞いたことあります。 確か、槍って原始の時代から存在してるんですよね」

「へぇ」


「だが、伸びるなんて聞いたことがない。 完全に反則だな」


「はるかさん、反則はいけません」

「これだから素人は困るんだよね」

「こんなゲームに素人もくそもあるかよ」

「ステイジーは槍が伸びる分、スキが多いキャラなの。 だから使いこなすのが難しいんだよ」

「それにしても槍が伸びるのは卑怯だな」

「槍が伸びたら、私どうしたらいいかわかりません」


剣術の試合で竹刀が伸びたら、あの試合もどれだけ楽だっただろう。

俺たちはそんな夢のような技もなく、反則もせず、身ひとつで大会にのぞんだ


「そこまでいうなら、宗介がステイじー使っていいよ」    

「マジで?」

「いいよ。 私はミミッキー使うから」

「ミミッキー?」

「うん。 このネズミのキャラクター。 一応、このゲームで一番弱いキャラクターなの」


手にボクシングのグローブを付けた、いかにもヘロヘロなネズミがいる。

ミミッキー! と書いたヨレヨレのTシャツが、いかにも弱そうな感じを醸し出している。

そういえば、リコもこのキャラクターみたいに最初はフラフラしていたな。

でも、今は一人前の剣士に成長した・・・それもみんなヒカルの指導があってこそ。


「・・・よし、やろうぜ!」


槍さえ伸びれば俺にも勝機があるな。


ましてやこんなどこかのテーマパークのパチモンみたいなキャラクターに負けるはずがない。

槍で串刺しにしてやる!

俺はコントローラーを握りしめた。


レディーファイト!

ゴングが鳴った。

 

 

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俺は瞬時に槍を伸ばす!


「もらった!」
「甘いわ!」


槍は空をきり、ミミッキーは空高く飛びあがり、ステイジーの懐に着地した。


「なんていう跳躍力なの。 さすがネズミね」

「これはまずいぞ! 懐がガラ空きだ!」

「これでは、まるで袋のネズミです!」

「ボディがお留守よ!」


──ッ!!


ミミッキーのパンチがステイジーの懐に炸裂する。


「タンマ!」


俺は慌ててガードするが間に合わず、ガラ空きのステイジーの腹にネズミは何発もパンチを繰り出す。


「これがコンボか!」

「速すぎて見えないわ!」

「そうだよ!」


ステイジーはボコボコにされ、吹っ飛んだ。


KO!!


画面にでっかくKOの文字が映し出される。

 

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「はい、私の勝ち~」

「つまんねえよ」


俺はコントローラを投げた。


「どんなキャラクター使おうが、結局は使う人間次第なのよ、宗介くん」

「ずるい」

「どこが? ずるいことなんてしてません!」

「このネズミ、技がせこい」

「特にせこい感じはしませんでしたけど」

「せこいよ。 ジャンプ力がありすぎる。 人間業じゃね~」

「人間じゃありません。 ネズミです」

「どっちでもいいよ」


見えないパンチをくりだしたネズミを見て俺は思った。

そういえば、ヒカルの竹刀も速かった。

速すぎて、目で追うのがやっとだった。


「なかなか面白い余興ね。 良く出来てるじゃない」

「私も・・・やってみようかな」


ヒカルはコントローラを手に取った。

・・・興味を持ってくれているようだ。

・・・送別会が盛り上がりをみせ、俺はほっとしていた。


「まず、ボタンが四つあるんだけど、上の二つがパンチで、下の二つがキックね。 ジャンプは十字キーを上に押せばできるよ」

「難しそうです。 おぼえられません」

「やってみれば、そんなに難しくないよ」

「出来るわけないじゃん。 ヒカルみたいな素人が」

「さっき素人もくそもないって言わなかった?」

「ふん」


「やってみないと、わからないぞ・・・。 1対1の戦いには慣れてるからな」


・・・。


1対1の戦い・・・。

剣術はみんなで戦うスポーツでもあるが、根本的には1対1の孤独な戦いだ。

どんなに相手が強大であろうと、逃げ出すことなんてできない。

その一人ひとりの戦いが繋がり、輪をつくり、私たちはあの戦いを乗り越えて来たんだ。


「じゃあ、神山さんとヒカルでやってみたら?」

 

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「桜木ヒカルと私ね」

「わかった」


二人はコントローラを握りしめた。


「じゃあ、キャラクター選んで」


「私はこの方がいいわ」

イカが選んだのはドレスに身を包んだ女性のキャラクターだ。


「そのキャラは女の子に人気のピコットってキャラだよ」

「服のセンスがいいわ」

「可愛いよね」

「ええ。 ピコット、私にぴったりのキャラクターだわ」
「ヒカルはどれにするんだ?」


「私はこれでいく」


ヒカルが選んだのは、武道着をきたショートカットの女キャラだ。


「そのキャラはミドリっていって剣術が得意なの」

「おまえみたいだな」


剣術が得意なミドリは、まるでヒカルのようなキャラクターだった。

凛とした袴姿が、ヒカルのそれを髣髴(ほうふつ)させ、俺は胸が少しだけ苦しくなった。


「武器は竹刀か?」

「真剣だよ」

「真剣!? そんなものを使ったら危険じゃないか?」

「ゲームだからいいの! 試合だったらだめだけどね~」


ヒカルにはじめてあった日、あの公園で、俺は竹刀を握るヒカルの姿をみて、心を奪われていたのかもしれない。


「そうか。 しかし本物の刀を使うのは気が引けるな」

「ピコットの武器は何?」

「ピコットは新体操の選手だよ。 だからバトンを投げたりして攻撃するの」

「バトンを投げるなんて野蛮ね」

「ゲームだからね」

「勝負よ、桜木ヒカル!」

「望むところだ」


二人はコントローラを強く握りしめた。

ゲームだと分かっているのに、胸がえぐられるような錯覚に襲われた。

真剣なヒカルの目は、何度も試合で見た、あの目と同じだった。

レディーファイト!!

 

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「レイカ、手加減はしない!」

「望むところよ。 私は負けるのが嫌いなの」

「いくぞ!」


ヒカルのキャラクター、ミドリが突きをくりだす。


「ヒカル凄い!」

「ピコット、よけるのよ!」


イカは叫ぶがピコットはよけず、思いっきり突きを喰らってしまった。


「どうしてよ! よけろというのが聞こえなかったの?」

「声で反応するゲームじゃないからさ」


「まるで、剣術で神山先輩が負けたみたいですね」


ヒカルがレイカに抜き胴を教えていたことを思い出していた。

ヒカルの指示は的確で、そのおかげでレイカは右近シズルから勝利をもぎ取ることが出来たんだ。


「レイカ? もう終わりか」

「こうなったら、バトンを投げるわ」

「簡単にあたるかな?」

「ちょっと! どうやればバトンを投げるのよ!?」

「この十字キーを回して、パンチボタンだよ」


イカは必死でコントローラ自体を回す。


「コントローラ回したって、投げないと思います」

「くそ、くそ、動け!! 動いて!」

「神山さん、落ち着いて!」


「喰らえ!」


偶然か、バトンが飛び出す。


「出たわ! よけてはダメよ!」

「そのバトン、叩き斬る!」

「なんですって!」


ヒカルはレイカが放ったバトンを真っ二つにした。


「・・・そんな」

「神山レイカ、破れたり」


ミドリは日本刀で振りかざし、レイカのキャラクターを攻撃する。

ミドリの太刀筋は一直線にピコットの脳天を貫く。

KO!!


ピコットは力なく倒れ、そのまま動かなくなってしまった。


「ヒカルの勝ちだね」

「レイカ、なかなかいい試合だったな」


ヒカルは項垂れたレイカに握手を求めた。

なかなかいい試合だった。

ほんとうに剣術をしたら、ヒカルには到底敵わないだろうが、ゲームの戦いは清々しいものだった。

 

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「甘いわ!」


イカはゲーム機のコンセントを根本からひっこ抜く。


「神山先輩、ずるいです!」


テレビの画面が真っ暗になり、すぐに砂嵐が現れた。


「・・・電源が、落ちました」

「ふ、この勝負、引き分けのようね」

「これは・・・ずるい。 レイカの剣術そのものだな」


ヒカルは冗談めかして言った。


「言ったでしょ? 私は負けるのが嫌いだって」

「そうとうの負けず嫌いですね・・・」

「今のは無効試合、よって引き分けね」

「引き分けじゃない! 私の勝ちだ!」

「いい勝負だったんじゃない? 桜木さん、なかなかのものね」

「神山先輩とは試合したくないですね」

「さ、次は誰がやるの?」

「あ、まだやるつもりなんですね・・・」

「あのぉ、リコもやりたいのですが」

「そうね、あなたまだやってなかったわね。 電源を付けなwさい」

「自分で切ったくせに・・・」


俺はレイカの抜いたコンセントを差した。

画面がもとに戻る。


「じゃあ、リコちゃんは誰と対戦する?」

「そうですね。 じゃあ、はるかさんで」

「え? 私?」

「やめとけって。 はるかは強すぎてやってもつまんないよ」

「はるかさんがいいんです!」

「リコちゃんが相手ならもちろん手加減するから」

「俺の時も手加減しろよ」


「リコ? やり方は分かるのか?」

「はい。 見ていたので大体、把握しました」

「どのキャラクターでいくんですか?」

「はい、それは、はじめから決めてます。 この人です」


リコが選んだのはリコの数倍はあるであろう巨漢の男だった。


「なんでまたそんなデカイキャラ選ぶんだ?」

「強そうです。 リコは小さいから大きい人がいいです」

「でかければ強いってものでもないぞ。 柔よく剛を制すという言葉もある」

「これでいいです」

「質より量ってことね。 庶民が考えそうなことだわ」

「この人の名前はなんですか?」

「そのキャラはドンガーっていってね、檻から逃げ出した巨大な囚人っていう設定なの」

「囚人? 怖いです」

「怖いなら別のにすれば?」

「この人の武器はなんですか?」

「こん棒だと思うよ。 全然人気なくて、使ってる人あんまり見たことないんだよね~」

「確かに、人気の出る容姿ではなさそうだな」

「誰にも使ってもらえないなんて可哀想です」
「ゲームのキャラに可哀想もくそもあるかよ」

「これでいきます!」

「じゃあ、私は宗介を瞬殺したミミッキーで」

「ああ、あの卑怯なネズミか」

「案外、宗介より強かったりして」

「んなわけねーだろ。 リコが出来るわけないし」

「やってみないとわからないぞ。 なぁリコ?」

「はい。 頑張ります」

「困ったら、コンセントを抜けばいいのよ」

「それはやめましょうよ」

 

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「じゃあ、はじめよっか?」

「オッケーです。 ドンガー頑張ります」


そうだ。 やってみないとわからないってことは、俺たち剣術部なら誰でも知っていることだった。


レディーファイト!!

 

「リコちゃん、どっからでもかかってきなさい!」

「いくです!!」


リコはボタンを激しく連打する。

ドンガーはもの凄いスピードで突進した。


ドン!

 

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「え!?」

「おい!!」


ドンガーの突進はミミッキーに直撃する。


「はやいっ!」

「おい、はるかの体力が半分になったぞ」

「凄い攻撃力です!」

「・・・」

「す、すいません」

「じゃあ、今度はこっちからいくからね!」


ミミッキーは華麗にジャンプした。

懐に潜り込みボディーをかますつもりらしい。

俺を倒した時と同じ攻撃だ。


「よけられるかなぁ?」

「リコ、よけろ!」

「はいです!」


リコはボタンをまたもや小刻みに連打した。


「バカ、よけろって」


ミミッキーはドンガーの懐に潜り込もうとする。


ドンガーは背中からこん棒を取り出し、飛んできたミミッキーを叩き落とした。


「え!?」


KO!!


「やりました!!」


「リコ、すげー」


「偶然とはいえ、華麗なこん棒さばきだったな」

「はい。 簡単でした」

 

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「そ、そんな・・・。 偶然って怖いよね・・・」

「偶然にしては出来すぎね」

「あーあ、はるかさん、素人に負けちゃったね」


俺は、はるかが負けるのを初めてみた。

はるかが負けるのを・・・はるかはあの大会でかけがえのない勝利を掴んだ。


「・・・て、手加減しすぎたみたい」

「ほんとに? 実力で負けたんじゃないの?」

「言っとくけど、私、このゲームで負けたことないから」

「でも、今、負けたよな・・・」

「負けてません!」

「鈴木先輩、そんなに必死にならなくても・・・」


必死・・・。

勝負に必死になった、あの夏の日々・・・。


「ええ。 鈴木さんの完敗ですわ。 見事に叩き落されましたもの」


「知らず知らずのうちに手加減してたみたい。 もう一回やらない?」


はるかは冷静さを保とうとしてるが、顔には必死さが表れている。


「はい。 やります!」

「また負けたりして」

「あ、ごめんね。 次は手加減しないから」

「はい。 手加減抜きで、お願いします」


はるかはボタンを押し、再度スタートする。

ミミッキー VS ドンガー

何度、栗林に倒されても、はるかは立ち上がり、向っていった。


レディーファイト!!


「頑張るです」

「先手必勝!」


先手必勝・・・。

はるかは素早くリコに近づく。


「リコ、ガードだ!!」

「はい!!」


リコは防御の姿勢をとった。


ミミッキーはボクシングスタイルで何度もストレートを繰り出す。

ドンガーはその攻撃を必死でガードしている。


「言い忘れてたけど、ガードしててもちょっとずつ体力減るからね」

「うっ・・・」


リコは防戦一方だ。


「リコちゃん、そのままだとやられちゃうよ?」


ドンガーの体力はどんどん減っていく。


「リコ、相手のスキをつくんだ」

スキをつく・・・試合中にヒカルが繰り返しメンバーに飛ばした言葉。


「スキをつく・・・はい!」


リコはボタンをまたもや連打する。

ドンガーの体から青白い炎がでてくる。


「これはなに!?」


リコは再度連打する。

ドンガーは背中からこん棒を二つ取り出し、ミミッキーの体を挟む。


「え? これは!」


こん棒がミミッキーを挟んでそのまま高く体を持ち上げ、吹き飛ばした。


KO!!


「やった! 逆転だ!」

「今のはすごい技だな」


はるかは茫然としている。


「おい、またリコが勝っちゃったな」

「あっけないわね」


「かろうじて勝ちました」

「おい? はるか?」


「・・・・・・」

返事がない?


「相当ショックだったみたいだ」

「・・・なにかの間違いよ、そうだこれは夢よ。 夢に違いない」


はるかは、わけのわからないことを口走りはじめた。


「そっとしといてやろう・・・」

「そうだな。 このゲーム得意っていってたのに負けたんだもんな・・・」


「素人に負けるなんて、プライドがズタズタだわ」

「なんだかすいません。 勝ってしまって」


「もう一回! もう一回勝負しよ!」

「もういいって」

「違う。 これは違うの。 そうだ、キャラクターが悪い。 私の本気はステイジーなんだよ」

「誰でやっても同じでしょ」

「ステイジーで、もう一回やろ!」

「送別会でそんなにムキになられても・・・」


・・・送別会。


ヒカルの一言で部屋の空気が瞬時に変った・・・。

 

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「そうだね・・・盛り上がったね」


ヘンな沈黙が流れ、ゲームのBGMだけが、むなしく部屋に響き渡る。


「そうね・・・これ、送別会なのよね」


改めて送別会という言葉の意味を、それぞれが噛みしめているような、そんな力ない声だった。


「そうですよ・・・送別会なんです」


アキナは、首をガクンと落とし項垂れている。


「すっかり忘れてたけど、送別会でした」


リコは笑顔を必死で作って見せたが、目は、寂しげでいまにも崩れ落ちそうな弱い光を放っていた。


「そうだよ・・・これは送別会だ」

 

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「剣術部らしい・・・送別会だったな。 ありがとう・・・」


はるかはコントローラを落とした・・・。

ただのゲームだったはずなのに、やればやるほど俺はあの夏の大会が蘇って来ていることを感じた。

それは、他のやつらも全く同じだったのかもしれない。

下を向き、何かをこらえるように、黙ってうつむいたまま、誰も何もしゃべらない。


「じゃあ、・・・もう一回やらないか?」


俺の言葉が、虚しく部屋にこだまし、空気のように通り抜け消えた。


「ぐす・・・ぐすっ・・・うっ・・・」


堪え切れなくなり、感情を最初に開放したのは、はるかだった。


「うっ・・・うっ・・・」


次第にその感情は、ひとり、ひとりと感染していく。


「ぐす・・・ぐすん・・・ぐす・・・っつ」


俺のこころに伝染しそうになる、その涙を、必死でこらえた。


「ひっ・・・ぐすっ・・・」


静かな部屋に・・・鳴き声が連鎖した。


・・・・・・。


おまえら・・・やめろよ、そういうの。

そういうことされちゃうと・・・俺、どうしたらいいかわからないだろ。

ヒカルは困惑した表情を浮かべ、俺の方をみている。


「泣くなよ・・・。 笑って送り出すって決めただろ」


俺は、毅然とした態度で、泣いている連中に喝を入れた。


「ぐっ・・・でも・・・」

「泣かないでくれ・・・お願いだ・・・」


ヒカルの目にも涙が溜まっていた。

俺は絶対に泣かないと決めていたから、必死でそれを堪え、あえて笑って見せた。


「なぁ? 最後なんだぜ! 笑おう。 な? 笑って送り出してやろうじゃないか」


そう言いながらも、俺の顔は泣いていたのかもしれない。

自分の崩れた顔を鏡で見るのが、たまらなく、怖かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

気がつくと、とうに、日が暮れていた。


送別会は終わりいつの間にか、俺は眠りについていた。

目が覚め、周りを見渡すが、はるかたちはもう、いなくなっていた。

 

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「宗介・・・起きているか?」


目の前に髪の長い、美しい少女が立っていた。


「あ、うん。 みんなは?」
「もう、帰ったよ」
「そうか。 ・・・おまえは帰らないのか?」
「宗介に挨拶したいと思って・・・」
「なんだよ改まって」
「ありがとう・・・宗介のおかげで、私は強くなれた」
「こっちこそ、色々とありがとな」


ヒカルのその「ありがとう」は、まるで永遠の別れの挨拶のような気がして、俺は素直に受け取る気にはなれなかった。


「私は、その、最後まで普通の女の子にはなれなかった」
「・・・・・」
「でも、今はそんな自分を受け入れられるようになったんだ」
「・・・・・・」
「これが私だ。 可愛げがなく、ガサツで、乱暴な性格だが・・・これが私の全てだ」
「ああ。 それが俺の知ってる、桜木ヒカルだ」
「こんな私だが、受け入れてくれた仲間がいた」
「そうだな」
「こんな私を、好きでいてくれる人がいた」
「ヒカル・・・」
「こんな気持ちははじめてだ。 誰かを強く思うなんて私らしくない。 そう思って生きてきた」
「・・・・・・」
「でも、いまは違う。 私は宗介が・・・」
「俺はヒカルが好きだ」
「・・・」
「誰よりもおまえを愛している」


・・・。


・・・・・・。

 

ヒカルよりも先に言いたい言葉、誰よりもおまえを愛してる・・・その一言をずっと言いたかった。

ヒカルは優しい顔で、俺を見た。


「やっぱ明日、行くのか?」


ダメだと分かっているのに、食い下がる自分が、どうしようもなく情けなく思えた。


「決めたんだ。 ・・・父の道場を継ごうと思う」
「おまえの気持ちは分かったよ。 じゃあ、引っ越しの手伝いにいってやるよ」
「ありがとう。 助かるよ・・・」
「あいつら、泣いてたな・・・」
「みんなには悪いことをした・・・だが、許してくれ」
「誰も恨んでなんかいないよ・・・ただ寂しいだけなんだ」
「寂しい・・・」
「友達がいなくなることが、好きな人がいなくなることが・・・寂しいだけなんだ」
「私も寂しいよ・・・だから人を求めてしまう」
「そうだな」
「絆を求めてしまう」
「それが、人間だろ?」
「私は人間らしく、生きているだろうか?」
「ああ。 人間臭いよ。 いやっていうくらいにな」
「・・・」

 

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恥ずかしそうな顔をして俯いた。


「ほら、笑ったほうがいいぞ」


ヒカルは一生懸命に口角をあげ、引きつったように笑った。

次第に眉をひそめ、その顔は、ぐちゃぐちゃに崩れ、声を漏らした。

 

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「ひっく・・・ひっく・・・」


毅然としたヒカルが、ボロボロと涙を流し始めた。


「泣くなよ」
「そんなつもりはないんだ・・・ただ、涙が、涙があふれて・・・とまらないんだ」


・・・。


水嶋に会いに行くと決めたときも、ヒカルは泣いてくれた。

別れを惜しみ、行かないでくれとすがった、あのラベンダー畑を思い出した。

でも、この涙はあの時とは違う。

死ぬとか生きるとか、そういう切迫した別れではなく、お互いがお互いを尊重した、そんな優しい別れに他ならない。


だから、俺は泣きたくないと思っていた。

鼻をあの香りが通り抜けた。

うなだれて、崩れそうに泣く、そんなラベンダーの少女を俺は強く抱きしめた。


「宗介・・・温もりが欲しい・・・宗介の温もりが・・・」


ヒカルの髪に顔を押し付ける。

これが最後の温もりを確かめる時間になるかもしれないだろう。

だから、俺は、俺の精一杯で、ヒカルと愛し合いたいと強く願った。

ヒカルもそうしたいと言わんばかりに、俺を強く抱きしめ返してきた。


「・・・俺も、ヒカルの温もりが欲しい」


ヒカルはこくりと頷いた。


・・・。


服を脱ぎ、ベッドに移動した俺たちは互いの温もりを求め合った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

月明かりに照らされて、俺たちは窓の外を見ていた。

監禁部屋で見ていた窓からの景色は孤独を感じさせる道具以外の何ものでもなかった。

でも、今は隣にヒカルがいる。

ヒカルと見る月は、誰と見る月よりも綺麗で、輝いていた。

ずっとこのまま、ヒカルの横顔を見ていたかった。


「明日・・・引っ越し、手伝ってやるからな・・・」


離れたくないと思う心とは裏腹に、俺は口走っていた。

ヒカルは何も言わず、俺の腕に手を絡め、目をつぶり安らかな顔を俺に向けた。


・・・。

 

 

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「世界中の幸せは私の手の中にある」

 

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順風満帆に道場を継ぎ、父を支える一人前の剣士になる事だけが、私の望みだった。

だが、あの日から・・・。

戦争孤児の哀れな少女、暁セツナが道場に現れた日から、私の歯車は次第に狂いはじめていった。

私を構成するものが、セツナに対する嫉妬と狂気へと変わっていった。

父はなぜ、私ではなく、セツナをあんなにも可愛がるのか不思議でならなかった。

やはり、父は私を心の底から憎んでいるのではと疑うようにさえなっていた。

私が生まれたことで、父の最愛の人間は死ぬことになったのだから。

だとしたら、なぜ私は生まれてきてしまったのか。

セツナの儚げな顔が、どこか、写真で見た母親の顔とダブって見えるほどに、私の心は荒んでいった。

 

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父をこの手で殺めた、あの日・・・後悔してもしきれないあの日。

私は親を二人とも、この手で殺めてしまったという強迫観念に駆られ、道場を出た。

もう誰とも関わりたくない、誰の温もりも必要ない・・・。

倒れた父が、最後に私に向けた笑顔の理由も分からずに、私はいくつもの町を転々した。

どこにいっても友達などできはしなかった。

誰と会っても本当の笑顔なんて、心の奥底に深く沈めて、決して引きずり出しはしなかった。

なのに・・・。

それなのに私は、あの道場に戻り、再び父の遺志を継ごうとしている。

ゆっくりと時間をかけて、私は自分の犯した罪を償いたいと思っているんだ。

逃げ続けた私が、逃げないで戦おうと決められたのは、他でもない、あなたがいたから・・・。


・・・。

 

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何かが落ちる音が玄関の方からした。


「玄関の方だな・・・」


私たちは玄関に向かった。


「あれ? これって・・・」
「ドアノブが・・・取れてる」


床にノブの部分が無様に転がっている。


「どうするんだ・・・これ」
「これじゃ・・・外に出れないな」


転がったノブを見た。


「どうやって荷物を外に出すんだよ」


宗介はため息まじりにそう言った。


「どうしたもんだろうな」


私たちはどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。

ふと、視界の端に何かが入った。

ヒラヒラと写真が舞い、私の足元に落ちた。

玄関の様子を見る時に慌てて置いたせいで、落ちてしまったかな・・・。

 

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足元の写真を手に取った。

馴染みの連中が、楽しそうにこっちを見ている。

写真から溢れてくるのは、はるかの優しい声だった。

リコの屈託のない笑顔だった。

イカの高飛車な、明るい笑い声だった。

アキナの控えめな気遣いだった。

写真に写る、私の知らない、私の、なんともいえない誇らしげな顔だった。


「こりゃ、神様の仕業かな?」
「どういうことだ?」
「行くなって・・・言ってるのかもな」


お父さん、ごめん・・・。

私、離れたくない居場所を見つけたの・・・。

無くしたくない、たくさんの絆を見つけたの・・・。


「分かった・・・じゃあ、残るよ」
「え!?」


宗介はキツネにつままれたような顔をして私の顔を覗き込んだ。

ごめんね・・・お父さん。

 

「私も、みんなと一緒にここにいたいんだ」
「・・・そうか」
「宗介と一緒に、いさせてくれないか?」
「もちろんだ」


力強く、逞しい声だった。

私は自分がいかにちっぽけで、愚かで、惨めな人間だったかを、今になって思い知った。

絆を持ちたくても持てなかったあなたと、絆を持てたのに持つことを拒み続けた私。

私の悩みは果てしなく小さかった。

もう一度失くすのが怖くて、絆を持つことに怯えていただけだ・・・。

でも、今は・・・繋がっていたい。

あなたと・・・。

 

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「なぁ、宗介、もう少しこの町で、おまえの側で・・・笑っててもいいかな・・・」


泣いていた。

泣きながら・・・。

笑っていた・・・。


「一緒に・・・いよう。 俺も、もっとおまえの笑顔を見ていたいよ・・・」


私の愛した男は・・・顔をクシャクシャにしながら。

また・・・笑った。

その笑顔を見て、父がなぜあの時、私に笑顔を向けたのか、分かったような気がした。

やっぱり、私は愛されていたんだ・・・。

ずっと胸の奥に刺さっていた棘が、抜けたような気がした。

枷が外れたかのように晴れやかな心の中に、ある強い想いが息づいている。

ラベンダー畑での別れのあと・・・再会してからずっと思っていたことだ。

もう、宗介とは別れたくない・・・と。

これから、私の歴史は・・・また、新しく始まる。

私の新しい歴史に、そして愛する男に向かって、私は一歩、足を踏み出す。

歩みに合わせるように、ふわりと。

優しいラベンダーの香りが、部屋を包んでいった。


・・・。

 

 

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光輪の町、ラベンダーの少女 END