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光輪の町、ラベンダーの少女 【鈴木はるか編-ダイジェスト版-】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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光輪の町、ラベンダーの少女 

鈴木はるか編-ダイジェスト版-

 

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─第一章途中から─

 

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「あたし、人間の女の子となにを話せばいいかわからないんです。 宗介くん、教えてくれませんか?」


※                      

 「そうだなぁ。 昨日やってたTV番組とか?」

※                      


「好きな音楽とか? そういう他愛もない感じがいいんじゃないか?」
「TVですか。 うちのテレビは白黒です」
「え? なんで?」
「なぜだか分かりません。 故障かな。 だからアタック36ってクイズ番組を見ると誰が勝っているか分かりません」
「あ~、あれ4色いるからな」
「だから、テレビは見ません」
「それ、修理した方がいいんじゃねーの? じゃあ音楽はどうだ?」
「音楽ですか。 あまり聴きません。 でも歌うのは好きです」
「じゃあ、カラオケとか誘ってみたら?」
「でも、あたしの好きな歌は、あたしが作った歌だからカラオケにはないと思います」
「自作か。 じゃあカラオケじゃ歌えないよな」
「やっぱり、話す話題がないです。 やっぱり友達できません」
「はるかとかどうだ? 鈴木はるか」
「鈴木はるかさん?」
「あいつはまぁ、いい奴だから仲良くなれると思うぞ」
「鈴木はるかさん。 分かりました、明日から挑戦してみます」


・・・。

 

 

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「お前は不良なのか?」
「今さら気付いたのかよ。 どっからどうみても不良だろ」
「不良というのはなにをするんだ?」
「え? なにって」
「活動内容だ」


活動内容・・・。

 

※                

 「そうだな、まず基本遅刻だよな」

※                


「それから夜、意味なく町をぶらぶらしたり、目が合ったやつと速攻ケンカしたり、他の学園に因縁つけにいったり、まあそういうのだよ」
「ほう。 それは何か意味があるのか?」
「意味? 意味なんてねぇよ。 それが不良ってもんさ」


俺はカッコつけて言った。


「カッコ悪いんだな、椿は」
「おまえには俺の美学っていうの? そういうのは分かんねえーだろーな」
「意味なく町をブラブラする美学はちょっと分からないな」
「ちげーよ。 ただブラブラすんじゃなくて、その、なんか、面白れーことねえかなぁって探してはいるよ」
「目が合ったやつとケンカしてたら体がもたないだろ? 体力のないおまえじゃ」
「バカか。 ガンつけてきた奴にだよ」

・・・。

 

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「もうすぐ、コンサートなんだろ? 練習しなくていいのかよ」
「お稽古なんてしなくても問題ないわ。 ピアノなんて簡単よ。 黒と白の鍵盤があるでしょ? それを適当に叩けば音が鳴るもの」
「へぇー。 そんなもんなのか。 曲とか弾けたらモテそうだな」
「あなたもやってみたら? 2、3日もやればヘンリー・ピーターソンみたいに弾けるようになるんじゃないかしら?」


俺はレイカに質問した。


※                   

 誰だって? ヘンリー? ピーターポン?

※                   


「そうよ。 あの、緑の帽子をかぶっていて空が飛べる少年ね」
「ああ、やっぱりね。 そうだと思ったよ。 あれでしょ? 手がフックになってるやつとかいる。 海賊だ、海賊!」
「そうよ。 フックで鍵盤を叩くわ」
「すげーな。 その演奏、どこにいったら見れるんだ?」
「外国じゃないかしら?」
「外国かぁ。 遠いなぁ」
「庶民と話していると少し疲れるわ」

 

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「違うよ。 ヘンリー・ピーターソン。 海外の有名なピアニストだよ。 レイカ様、先生の方には今日はお休みすると伝えておきました」
「ありがとう。 いつも悪いわね」


・・・。

 

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「ところで、あなたは、鈴木はるかの、なに?」
「え? 急になんだよ」
「いつも一緒にいるみたいだから・・・」


俺は少し考えて答えた。


※         

 「ただの友達だよ」

※         


「友達? それはお金は絡んでいるの?」
「は?」
「友達って利害関係があるものでしょ?」
「利害関係?」
「そうよ。 需要と供給よ」
「難しいこと言うんだな。 まあテストのノート貸してくれたりするから利害関係あんのかもしんねーけど」
「そうよ。 きっとあるわ。 誰かのために無償で働くなんてありえないもの」
「そうかもしれないな」
「お金がないと誰も力なんて貸してくれないわ」


・・・。

 

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-第三章途中から-

 

 

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ここで昼寝するのも気が引けるし、練習でもみるか。

誰の練習をみよっかなぁ・・・。

・・・はるかの練習でも見てみるか。

この前の練習試合でも素人とはいえ、結構頑張ってたもんな。

俺ははるかの近くに寄った。

はるかは気合を入れて竹刀を振っている。

 

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「お! なかなか様になってるじゃねーか」
「ううん。 まだまだ全然ダメ。 もっとヒカルちゃんに色々と教えてもらわないと」
「1週間もあるんだ。 きっと強くなれるよ」
「私、強くなれるかな・・・。 もっと強くなりたいんだ。 ヒカルちゃんの足手まといにはなりたくないから」
「大丈夫。 はるかは運動神経抜群なんだ。 ちゃんと練習すればきっと星雲にだって勝てる!」
「宗介・・・ありがとう。 私、頑張るね。 合宿に行くことを許してくれたお父さんのためにも。 それに・・・」
「それに?」

 

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「それに、もっと強くなって、宗介をビシビシ鍛えるの!」
「は?」
「宗介がだらしないことしたら、私の竹刀でバシバシ叩くつもり! 覚悟しといてね!」


おい・・・。

はるかよ・・・ほどほどに強くなってくれ。


・・・。

 

 

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「私、自分でもビックリするくらい運動音痴だって気づいたんです。 だから、知識だけでもつけて先輩たちに追い付かないと」


沢村の焦りがヒシヒシと伝わってきた。

※                         

「勉強したからって、剣術は強くならないんじゃないか?」

※                         


沢村は暗い顔をしている。


「スポーツは自分の体を使ってなんぼだと、俺は思うぞ」

 

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「それが私には出来ないから、こうやって勉強してるんです」
「俺、野球やってたんだけど、本読んだりしたことなかったなぁ。 毎日毎日、壁に向かってボール投げてたら、いつの間にか速い球が投げられるようになったんだ」
「それは椿先輩が運動出来るからですよ。 私、逆上がりだって出来ないし、50メート走だって、もの凄く遅いんですから」
「最初から出来る奴なんていない。 出来ないと決め込んで、やらないのは違うと思うぞ。 きっとやればマシになる」


俺は沢村の参考書を閉じた。


「もうすぐ練習がはじまるぞ。 頑張れよ」



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俺は沢村の手を取り、練習所へ向かった。


・・・。

 

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俺はそれなりにイケメンだと自分で思っている、少し痛い男だ。

そんなイケメンの笑顔はきっと人の心を和ませるはず!

ニコッ!

桜木は冷めた目で俺を見たが・・・なにか、ドギマギした顔をしている。

その顔を見て、俺は思った。

※          

 あれあれあれ・・・?

※          

 

桜木の表情に戸惑った。

怒らせちゃったのかな・・・。


「すまんすまん、冗談だから。 ははは」
「分かってるよ。 気を遣わせて、すまなかったな」


桜木はすっと表情を戻した。


「俺って、やっぱ馬鹿だよな。 あ~腹減った! 行こうぜ!」


俺が合宿所に戻ろうとすると、距離をおいて桜木もついてきた。


・・・。

 

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「今までありがとう。 そして、これからもよろしく」


屈託のない笑顔を俺に向けた。

はるか・・・。

夕日に染まる、はるかの笑顔がまぶしかった。

俺ははるかが・・・。


※          

 よくわからない・・・

※          


俺は嬉しかった。

はるかが自分を受け入れてくれたことが。

誰とも深くかかわろうとしなかった俺に、はるかは触れてくる。

それがたまらなく嬉しかった。

この感情はなんだ。

俺にはよくわからない。

家族のような兄妹のような、不思議な関係。

今の関係が居心地良かった。

このまま、何でも話せる関係でいたい。

好きとは違う・・・愛情。

そのままでいたかった。

・・・。


でも・・・。

やっぱり俺は、はるかが好きなのか。

・・・自分の気持ちを整理できないでいた。

俺にとって、はるかはどういう存在なんだろう。

いつも一番近くにいてくれた。

どんな時も、俺ははるかに頼っていた。

一人だった。

いつも、一人だと思っていた。

そんな俺の孤独な心を、陰ながら支えてくれたのは・・・。

はるかだったんだ。

強がっているけど、俺は弱い人間だ。

どうして、はるかはこんな俺を見捨てないんだ。

俺は、はるかが・・・。

 

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「私、もっともっと強くならなきゃダメなんだよね。 優しいだけじゃ、ダメだって分かってるから」


はるかは笑った。


「そうだな」
「色々話したら、お腹すいてきちゃった~! 合宿所に戻ろううか?」
「ああ」


俺とはるかは、海を離れた。


・・・。

 

 

俺は練習を見守っていた。

一生懸命練習する彼女たちに釘付けになっていた。

特に気になったのは・・・あいつだ

 

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あいつはいつもそばにいてくれた。

だから、これからも俺ははるかを見続けていたい。

練習の度に強くなっていく。

潜在能力の高さが、これから始まる大会への期待を膨らませていった。

優しいはるかが、大会でどこまで通じるか。

楽しみだった。


・・・。

 



 

 

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「なーに黄昏れてるんだぁ? 宗介らしくないよ!」


はるかが立っていた。


「俺だって、しんみりしたい時もあるんだよ」

 

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「ふ~ん。 どうせ、変なこと考えてたんでしょ?」
「変なことってなんだよ・・・」
「宗介って、たしかパスタ好きだったよね?」
「なんで知ってるんだ?」
「知ってるよ。 だって幼馴染だもん。 宗介のことは何でも知ってるつもりだよ」
「うそつけよ」
「今度、パスタ作ってあげるね。 はるか特製トマトクリームパスタ!」
「げっ・・・」


はるかはもの凄く料理が下手だ。

俺不安になった。


「なによその顔! 言っときますけど、料理の練習もすっごくしたんだよ。 宗介に美味しいって言ってもらいたいから」
「う、うん」

「だから、食べてほしいんだぁ。 好きな人に、料理を食べてもらうのって女の子の夢なんだよ」


好きな人?


「あ、その、宗介が好きってことじゃなくて・・・例えばの話ね」
「不味かったらどうする?」
「その時は、宗介の望みを一つだけ聞いてあげる」


望み?


「なんでも聞いてくれるのか?」
「宗介、目が怖い・・・。 でも、ほっぺにチューくらいはしてあげるよ」

俺は動揺した・・・。


「私はずっと宗介のそばにいるよ。 例え、何があっても」


まっすぐな瞳だった。


「だから、ずっと一緒にいて欲しいの・・・」


俺とはるかは、ただ海を眺めていた。

少しだけ、海を好きになれるような気がした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


明後日は試合か・・・。

大きく伸びをした。

痛てっ・・・。

傷が痛む。


ふと振り返ると、見慣れた顔があった。

 

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「その顔見てると、こっちまで痛くなっちゃうよ。 はいこれ、ハンカチ使って」
「・・・ありがと」


はるかが立っていた。


「ちゃんと返してね。 そのハンカチ、お気に入りなんだから」
「わかってるよ」
「私、強くなってると思う? 自分ではそれが、分からないんだぁ」
「俺みたいな素人が言うのもなんだけどさ、はるかは強くなってると思うぞ」
「そうかなぁ? ヒカルみたいにはなれないよ」
「勝てよな。 俺はおまえが勝つところが一番見たいんだ」

「ありがとう。 じゃあ、私を応援しててね。 ずっと一番近くで応援しててよ」
「あたりまえだ」

 

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「私の初恋の話、してあげよっか?」
「なんだよいきなり・・・」
「私の初恋の人は、野球が大好きで、ちょっと不良で、だらしなくて・・・顔は普通より少しマシで・・・寝坊する人なの」
「最悪だなそいつ」
「そうだね。 最低! でも優しくて、強くて、なによりまっすぐな人」


・・・。


「試合に勝つことが出来たら、その初恋の人に会いに行こうと思うんだ」
「え?」
「決意したの。 ・・・自分の気持ちにウソはつきたくないから」
「・・・おまえ」
「だから、しっかり応援するんだぞ!」


そう言って、はるかは道場に戻っていった。

初恋か・・・。

俺だって、同じだよ。


・・・。

 

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後悔は、ないのか。

俺は自分の気持ちを・・・もう一度だけ思い返した。


※       

 剣術部を辞める

※       

俺は色々なことを思い出した。

剣術部をつくることになったのあの日のこと・・・。

星雲学園との交流試合のこと・・・。

合宿で見た、海のこと・・・。

今となってはどうでもいい思い出だ。

・・・。

でも、あいつの顔が頭から離れない。

それは・・・。

 

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頭の中に浮かんだ顔。

いつもそばにいた少女の顔。

元気で優しい、あの少女。

はるか・・・。

はるかの顔が頭に浮かんだ。

 

 

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俺はおもむろに、電話をした。

今の気持ちを、あいつにだけは伝えたい。

受話器を握る手が汗ばんでいた。


・・・。


「もしもし、宗介!? どこに行ってたのよ! 心配したんだからね!」


開口一番に、はるかは捲し立ててくる。


「ごめん・・・。 ちゃんと説明したいんだ。 今、どこにいるんだ?」
「一人で道場にいるよ。 練習してる」
「すぐに行くから、待っていてくれないか?」


そう言って俺は電話を切った。

俺は部屋を出て、道場に向かった。

はるかに会いたい・・・ただそれだけだった。




 

 

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フラフラと辿り着いた道場に、その姿があった。

一人で、竹刀を構えているはるかの姿が・・・。


はるか・・・。

・・・はるかは俺に気づき、近づいてくる。


「・・・」
「なんで連絡してくれなかったのよ・・・心配したんだよ」


ボロボロの俺を見て、はるかは慰めるように言った。


「もう・・・俺、ダメかもしれんね」

 

 

はるかは悲しそうな目をした。


「俺、・・・剣術部を・・・」


それ以上言葉が出なかった。

 

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「もう、何も言わなくてもいいよ。 私、宗介のこと分かってるつもりだから」
「・・・はるか」
「これ以上、傷つく宗介は見たくないから・・・」


俺はその優しい言葉に心が震えた。


「はるか・・・好きだ」

 

・・・。


そう言って、俺ははるかに抱きついた。


「ちょっと、・・・宗介・・・」


一瞬、体が強張ったが、はるかはギュッと俺を抱きしめ返してきた。


「大丈夫・・・大丈夫だからね。 私が、宗介を
守るから・・・」



そのまま、俺たちは道場の中で、堕ちていった・・・。


・・・。


俺とはるかは、しばらくそうしてつながりあったまま、見つめ合っていた。

俺たちは黙って寄り添っていた。

・・・。


「なぁ・・・俺な・・・」


俺はボソボソと切りだした。


「俺、剣術部を・・・辞めるよ」

 


-------------------------------------

 

 

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※               

 「まだあきらめきれない・・・」

※               


あきらめたくない・・・。

 


俺はみんなが帰ったあとも、その場から離れられずにいた。

一人、勝利の余韻に浸っていたかった。


勝ったんだ・・・。

剣術部が・・・。

俺たちの剣術部が・・・。


ふと、影が近づいてくるのが分かった。

それは、はるかだった。

 

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「どうしたんだ? 帰らないのか?」
「宗介を待ってたんだ」
「俺を?」
「一緒に帰ろうよ。 こんな日にひとりで帰るのは・・・寂しいじゃない」
「そうだな。 帰ろう」


俺は、はるかがいたことが嬉しかった。

 

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「ねぇ・・・宗介。 今日はずっと一緒にいたいんだ」
「え?」
「宗介の部屋に行ってもいい? 試合の興奮が冷めなくて・・・・」


俺は一瞬、考えた。


「分かった。 来いよ」


・・・。

 

 



 

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「宗介の部屋に入ったの・・・何年ぶりかな」
「・・・そうだな」
「今まで・・・本当にありがとう」

はるかのそれは、最後の挨拶のようにもとれた。


「宗介のおかげで、私、頑張れた。 強くなれた」
「・・・はるか」
「もう自分の気持ちを隠して生きていくのはつらいよ」


はるかの目は真剣だった。


「・・・俺もだよ」


二人は分かっていた。

お互いが、ただの幼馴染ではないことを。

 

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「私は、ずっとずっと前から、宗介のことが・・・。 宗介のことが、好きです」


どうなっても良かった。

・・・そこまでしてでも、はるかとは結ばれたかった。


「はるか・・・俺もずっと前から・・・おまえのことが・・・好きでした」


俺ははっきりと答えた。

そっと、はるかを抱きしめた。


・・・。


ベッドの上に移った俺たちは、お互いを求め合った・・・。


・・・。

 


幸せだった。

全てが満たされていた。

剣術部を作ろうとした日から、俺の人生は180度かわった。

なにも無くて、真っ暗だった生活が、色をつけた。

生きていることが楽しいと初めて思えた。

・・・俺は生きている。

幸せの中、俺は眠りについた。

全てを忘れるように・・・。


・・・。

 




 

 

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小さな部屋の窓から覗く。

この町の空は広い。

どこまでも、どこまでも続いているのだ。

一度、終わりを迎えた俺の人生は、この空のように、

再び・・・

広がったのだ。

流れる雲を見ながら「生」を改めて感じることが出来た。

大きく息を吸う。

合宿じょで吸った空気よりも・・・うまい気がした。

車の排気ガスや、工場の煙で覆われた、近代的なこの町の空気が、

新鮮で、混じりけのない美味しさをもっていた。

こんなにも世界が違って見えるのか。

俺は義務という鎖から解放され、新しい自分を見つける。

そのスタートラインに立たされた。

人生にはコンティニューはないと思っていた。

だが、今まさに俺の冒険の章は再び始まったのだ。


・・・。

俺は・・・。

俺には、夢があった。

野球でプロになる夢・・・。

今からでも間に合うだろうか。

どうやったら、夢を叶えられるのか・・・。

その手段が今の俺には分からなかった。

・・・。

なにをしようか・・・。

偶然にも今日から学園は3連休だ。

俺はテレビをつけっぱなしにしてぼーっとしていた。

なんとも電波な曲が流れてきた。

・・・。

 

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魔法少女ミルティーchanだった。

なんか、これすげー再放送してんな・・・。

おもむろにテレビのボリュームを上げた。


「魔物たち! 悪事はそこまでよ!!」
「でたな!! 魔法少女ミルティーchan!!」
「土地を買収しようなんて許さないわ」


・・・土地の買収ってリアルだな。


「うるさい! 倒産しかけの店の土地を買収して何が悪い!!」
「国の許可は得てるんでしょうね!!」
「魔界に国もくそもあるか!」
「あなた・・・いくらほしいのよ!」
「うるさい! おまえに関係ないだろ!」
「お金払うから魔界にかえってよ!!」


・・・あ、いまのが有名なキメ台詞だ。

ミルティーchanはガマ口から、札束を出して魔物に接している。

げ・・・。

こいつ、金もらって魔界に帰ってるし。

なんだこのアニメ・・・。

脱力感溢れるエンディングが流れてくる・・・。

俺はテレビを消した・・・。

見なきゃよかった。

俺はなんだかやたらと現実にリンクしたミルティーchanを見て悲しい気分になった。

なんだかなぁ・・・。

 

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「宗介、おはよう! お! ちゃんと起きてるんだね~。 感心、感心」


はるかが窓から入ってくる。


「おまえなぁ・・・。 もう大丈夫なんだから普通にドアからはいってこいよ」

 

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「ごめんごめん、クセで窓からしか入れなくなってるかも・・・」
「そのクセなおしたほうがいいぞ」
「ねぇ? これから暇でしょ? 暇だよね?」
「俺が暇人みたいじゃねーかよ。 忙しいかな・・・」
「嘘ばっかり、どうせ暇でしょ」
「いろいろやる事あるからさ」
「やることってなに?」
「え? 昼寝」
「いつも寝てるのにまだ寝るの?」
「そうだよ。 悪いか」
「たまたま映画のチケットが2枚あって、たまたま行く人がいなくて、たまたま宗介誘ってるんだけど」
「それは、それは。 光栄だね」
「その映画っていうのが、これまた、たまたま観たかったやつなんだよね」
「なんて映画だよ」

 

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「『幸せになる2500の方法』っていうんだけど、知ってる?」
「2500ってありすぎだろ」
「これが泣けるらしいのよ・・・」
「2500探してるうちに人生おわっちゃうぞ」
「いまCMとかやってて、すごいヒットしてるしさ。 たまには流行にのりたいなって」
「映画かぁ・・・」
「行こうよ。 やっと、二人で映画いける日が来たんだよ。 ちっぽけなことだけど、私にとっては大きなことなんだからね!」


ちっぽけなこと・・・。

二人で映画を観にいく。

そんな当たり前のことが、俺たちにとっては、当たり前ではなかったんだ・・・。

俺はささやかな幸せを感じていた。


「わかった! 行くか!」


俺は服を着替えて、準備を始めた。

映画なんて・・・何年振りだろう。


「あ、これ野菜を入れるのに使ってた新聞なんだけど、面白い記事が載ってたから読んでみてよ」


はるかは、新聞の切り抜きを俺に渡してきた。

服を着替えながら新聞に目をやる。


「日の出モンスターズの畑山投手が2日の小倉ツイスト戦で48打者連続アウトのリーグ新記録を樹立した。 畑山選手の記事じゃん・・・」
「そう! たしか宗介って畑山選手のファンだって前に言ってたから」
「でも・・・これって随分前の記事だな。 ツイスト戦で完全試合を達成した畑山投手は、前日のオレオンズ戦で降板直前に打ち取った打者と合わせ、28打者連続アウトでツイスト戦に先発。 7回2死に四球を出すまで20連続アウトを取り、連続打者アウトを48とした・・・か。 懐かしいな・・・。 この試合ってさ・・・」
「そうだよ。 一緒に観に行ったよね。 まだ宗介がリトルリーグにいたころの話だけど」
「・・・そうだったな。 この試合は忘れられないよ」
「今でも畑山選手って活躍してるの?」
「もちろんだよ。 ベテランだけど、モンスターズのエースだ」
「凄いなぁ~。 野球やってる人ってカッコいいよね」
「だよな・・・」


・・・でも、なんでこんな古い記事、いきなり持ってきたんだよ。


「服も着替えたみたいだし、さて、楽しい楽しい映画デートに行きますか!」
「はいよ」


俺たち部屋を出た。




 

「宗介とこうやって二人で歩くのって、なんだか新鮮だな。 幼馴染なのにね」
「そうだな。 しかも、デートだぜ。 笑っちゃうよな」


義務のせいで、これまでは堂々とデートするなんてことは避けていた。

今はこうして一緒にいられる。

それだけで嬉しかった。

 

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「この道、学園に行くときにいつも通ってる道。 だけど、こんなに景色が違って見えるんだね」
「え?」
「おんなじ道なのに、隣に誰がいるかで変わって見えるの。 学園に行くときは坂道でちょっと嫌な道だなぁって思ったけど、いまは凄く楽しいよ」
「そうか? ・・・俺はきついけど」
「もう、宗介はもっとロマンチックになったほうがいいよ」
「悪かったな」


・・・そういうつもりじゃねーよ。

ただ・・・慣れてねーんだよ。


「今日ね、お弁当作ってきたの。 肉じゃがなんだけど、映画観終わったら、どこかで食べようね!」
「え!?」
「なによその顔。 可愛い幼馴染がせっかくお弁当作ったんだよ? もっと嬉しそうな顔しなさいよ」
「・・・あ、うん」

 

まずい!!

これは、まずいぞ。

はるかの料理の下手さは・・・折り紙つきだ。

どうにか回避せねば・・・。

じゃないと・・・このデート、生きては帰れない。



「腕によりをかけて作ったんだぁ~。 あ、心配しないで! ちゃんと料理の本をみて作ったから」
「あ、うん。 ははは・・・楽しみだなぁ・・・」


料理本など無力だ・・・。

はるかの不器用さな、そんなものを軽く超越している。

 

──「あれ~? 宗ちゃんに、はるちゃんじゃん! 久しぶり~!!」


こっちに樹が走ってくる。



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「よう。 元気だったか?」

「うん、元気だよ~。 二人してなにしてるの?」

「これから二人で映画に行くの」

「ふ~ん・・・。 てことは、デート!?」

「そんなんじゃねーよ」

「やっぱり二人って、そういう関係だったんだね~。 なるほど~」


樹はニヤニヤしている。


「たまたま暇だったから、私が強引に宗介を付き合わせてるの」

「へぇ~。 なんか羨ましいな~。 あたしなんて剣術部引退してから何もすることがなくって、超~暇って感じ」

「じゃあ、樹ちゃんも・・・その映画に行く?」

「え~!! それほんと!? 超嬉しいんですけど~!!」

「はるか・・・」


俺ははるかを見た。


「一緒に行く!! って言いたいところだけど、やめとく~。 ほら、あたし超裸足だし、映画館に入れないと思うから~」

「おまえ、まだ裸足なんだ・・・」

「うん。 だから、二人で楽しんできてよ~。 じゃあね~。 バイビ~!」


樹は走り去って行った。


「行っちゃったな」
「樹ちゃんも、一緒で良かったのにね。 気を遣わせちゃったかな~」
「今日は、おまえと二人がいいんだよ・・・」


つい、口が滑った。

はるかは、ビックリした顔をしていたが、すぐに微笑んだ。


「そうだね。 私も宗介と二人がいい・・・うん」


俺は顔が赤くなる。

 

──「あの~、ちょっと道をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」


「え?」


振り向くと腰の曲がった、おばあさんが立っていた。


「なんすか?」

「向井台病院はどこでしょうか? 道が分からなくなってしまって」

「病院なら、この裏ですよ。 ほら、あそこに見える白い建物がそうです」


俺が教えると、何度も頭を下げた。

 

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「おばあさん、気をつけて行ってくださいね。 この辺、車も多いから」

「親切にありがとうございます。 もう足が弱くなってしまって・・・。 お二人のような若い夫婦をみると羨ましいですよ。 若いことはそれだけで素晴らしい」

「夫婦じゃないっすよ! ・・・その幼馴染で」


老婆はうんうんと頷き、去って行った。


「あのばあちゃん、完全に夫婦だと思ってるな」
「そうだね。 でも、私たち、夫婦にみえたんだね~」
「なぁ、さっきのばあちゃんの胸元、見たか?」
「うん。 見たよ・・・。 バッジついてたね・・・」


老婆の胸には、義務をおった者がつけるバッジがついていた。

 

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「人ごととは思えないな・・・」
「人には色々事情があるから。 ・・・あれこれ詮索するのは良くないよ」


遠くに老婆がみえた。


・・・。


気にはなったが、俺たちは映画館に向かった。




 

 

向井台ホールは映画館を兼ねた総合施設だ。

 

 

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「やっぱり休日だと人が多いね」
「そうだな。 滅多にない3連休だもんな」

 

向井台はもともと何もない所だったが、ここ数年で目覚ましい発展をとげた町だ。

総合的なホールやブランドショップが出来た。

美味しい飲食店も多く立ち並び、昔ながらの田畑などは姿を消した。

ホールの周りには人があふれている。


「なあ、観る映画チェンジしたりできないの?」
「え~。 私、『幸せになる2500の方法』ずっと観たかったんだよ」
「大丈夫だって。 そんな映画観なくても、じゅうぶん、おまえは幸せだって」
「女心がわかってないなぁ宗介は。 女の子はこういう映画に弱いんだから」
「おまえもそこらへんの女と一緒ってことか」
「それってどういう意味かな?」
「いや、はるかはその、なんつーか、もっと違うっつーか、特別っつーか。 そこら辺にいないタイプっていうか・・・」
「ほわ、私、いつも店に出てるでしょ? ちょっと前は剣術やってたし。 だから、たまには普通の女の子っぽいことしてみたいんだよね。 今日ね、メイクしてみたの。 どう?」


はるかを見ると、少しだけいつもより派手に見えた。


「ああ。 いいと思うぞ」
「そっけないなぁ。 でも、メイクって大変なんだよね。 できればしなくても可愛い顔に生まれたかったなぁ」


・・・しなくても、可愛いさ。

そのままでも、はるかは・・・。


「香水とかもつけてみたの! でも、慣れないから少し頭がクラクラする~」
「随分張り切ってるんだな。 映画くらいで」
「うん。 だって宗介とデートなんて何年ぶり? って感じでしょ。 ちょっと頑張ってみた!」
「そっか」
「ねえ、私たちって周りから見たらやっぱり、カップルに見えたりするかな?」
「そりゃそうだよ。 男女二人で映画館だぜ」
「じゃあ、もうちょっとカップルっぽくしようか?」
「え?」


はるかは俺の手をつかんだ。

ギュッと俺の手を握る。

 

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「これで、完全にカップルだね」
「・・・」


俺は、はるかの手をはなした。


「もう、恥ずかしがっちゃってどうしたの?」


・・・今日のはるかは大胆だ。


「もう10年になるんだよ」
「え?」
「お母さんが死んでから今日でちょうど10年」
「そうか、もうそんなになるのか」
「もう涙も枯れちゃったよ。 10年分の涙、あの日に使いきっちゃった」
「泣きたいときは泣けばいいさ」
「ありがとう。 宗介」
「え?」
「お母さんが死んだあの日、私が学園休んで、公園で泣いてたことがあったの覚えてる?」
「ああ。 なんとなく」


・・・あの日のことは今でもはっきり覚えてる。


「宗介、なんにも言わないし、なんにもしてくれなかったよね。 でも、なんにも言わずに私の手を握ってくれたんだよ。 私が泣いてる間、ずっと手をつないでくれた」
「そうだっけ?」


そうだ。

俺には何もできなかった。

だから、はるかの手を握ったんだ。

少しでも、はるかの悲しみが癒えればと思って。


「10年ぶりに宗介と手をつないでみたくなっちゃった」
「それでさっき・・・」
「うん。 10年経っても同じ、温かかった。 でも、あのときよりもずっと大きくなってた」
「当たり前だよ。 成長してんだから」
「今までは、遊ぶことも出来なかったから、こうやってデートするだけでもすっごく、幸せだよ」
「はるか・・・」
「今日はめいっぱい、休日を満喫するぞ~! 映画楽しむぞ~!!」
「ばか! 叫ぶなって。 みんな見てるだろ」


通行人が俺たちをジロジロ見ている。


「なあ、『幸せになる2500の方法』ってどんな内容なの?」
「雑誌で読んだ感じだと、恋愛映画みたいだよ。 外国の映画らしいんだけど、大草原に住んでる偏屈なおじいさんがいてね。 そのおじいさんには子供がいないの。 しかも、おじいさんはとっても頑固で、村の人たちから嫌われてるんだって。 そこへ一人の少女がやって来て、おじいさんの家に住むことになるの」
「なあ、それ恋愛映画か? まさか、そのおじいさんと少女の恋愛とかっていうんじゃないよな・・・」
「そうじゃなくて、その少女っていうのがね、おじいさんの姪の娘で、親戚から厄介払いされちゃって、おじいさんのところに強制的に連れてこられるの。 都会で育った少女はなかなか自然に馴染めないんだけど、だんだんと、羊や牛と触れ合っていくうちに、自然が大好きになって、おじいさんの心も次第にやわらいでいくの」
「で、その少女は誰と恋に落ちるんだ?」
「羊飼いの少年。 二人はとっても仲良くなって、いつしかそれは恋心なんだって気づくの」
「なぁ、それって舞台は雪山じゃねぇよな?」
「え? なんで分かったの?」
「・・・どっかで聞いたことあるぞ」
「そのあとね、その少女はまた強制的に都会に戻されるの。 おじいさんや羊飼いの少年と別れた少女は、悲しみにくれるんだけど、その都会で少女は家政婦に辛い仕打ちをうけるの」
「で、あれだろ?そのあと、車いすのお嬢様に出会って、親友になって、一緒に雪山に戻って、立った~立った~っていうんだろ」
「なんだ知ってるじゃん」
「それ完全にパクリだろ」
「でもそのあとがまだあって、今、私がいったのは冒頭の10分くらいでやるらしいよ」
「ダイジェストかよ」
「その少女が2500の幸せを、大草原の小さい家で見つけるらしいの」
「なんかもうミックスしすぎて逆にみたいわ」
「でしょ? あとは映画館で観ようよ」
「う~ん」


俺は悩んだ。


※                        

 「よし、『幸せになる2500の方法』を観よう!」

※                        

 

「よし!『幸せになる2500の方法』を観よう!」
「うん。そうこなくっちゃ! じゃあチケットを買いに行こう」


・・・あれ。


「チケットはもうあるだろ?」

 

俺が指摘するとはるかは照れたのか、無言のまま足早に映画館の方にいってしまった。

こんなドジは、はるからしくないが、もしかしたら、それだけ二人で映画を見に来れたのが嬉しかったのかもしれない。

何とも言えない気恥ずかしさを感じながら、俺もはるかの後を追って映画館に入った。




 

・・・。


・・・・・・立った~、立ったよ~!!!


・・・。


俺たちは映画館を出た。

 

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「面白かったねぇ~。 最後らへんよく分からなかったけど、すっごくおもしろかった!」
「ああ。ほんとに10分で立ちやがったな・・・」
「そのあとすごいよね。 まさかあそこで雪山に隕石が落ちてくるなんて想像もできなかったよ」
「その隕石に二人の宇宙人乗っててな。あそこ、マジで興奮したよな」
「『我々は地球を侵略しますけどなにか?』って、もう最高におかしいんだもん」
「真っ裸だしな、あの宇宙人」
「でもラストシーンすごかったよね。少女が魔法のステッキで大人の女性に変身するところ。CGがものすごく迫力あったよね」
「さすがSF! 無駄にあそこだけ金かけすぎだよ。 そのくせ宇宙人の持ってたレーザー銃なんて、ただの水鉄砲だぞ」
「でも魔法のステッキで三十路になった少女は思うんだよね。子供のときの方が幸せだったなあって。子供時代は見るもの全てが新鮮で輝いてたことを知るんだよね」
「こじつけ臭かったけど、まあまあ楽しめたよ」
「やっぱり観に来て良かったでしょ?」


・・・はるかも喜んでくれたみたいだし、よしとするか。


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※             

 「なあ、別のにしないか?」

※             

 

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「なあ、やっぱり別の映画にしないか?」
「え~、別のがいいの? 私はこっちが観たいんだけどなぁ・・・」
「もっと、おもしろいやつ、やってんじゃないの?」
「じゃあどれだったら宗介、観てみたいの?」


俺はホールにあるディスプレイで上映映画をチェックした。


「今やってるのはと・・・」
「刑事ものと、アクション大作と、アニメ、それから戦争もの、あとはコメディーね」
「なあ、この中だったらどれがいい?」
「刑事ものとかアクションはちょっと苦手かなぁ。 戦争ものもあんまり観たくないかなぁ」
「じゃあ、アニメでも観るか?」
「アニメかぁ。うんいいよ」
「タイトルは『劇場版 魔法少女ミルティーchan』か」
「ああ、これ、最近流行ってるんだよね! まだやってたんだ~!」


はるかは目を輝かせた。


「これにするか? なんか楽しそうだし」


俺はミルティーchanが気になってたまらなくなった。


「そうだね! じゃあ、ミルティーchanにしよう!」
「まあ、流行ってんだから、おもしろいだろ。 テレビでちょっとだけ観たけどいい感じだったぞ」
「うん! でもちょっと恥ずかしいかも・・・ほら、周り子どもばっかり。私たち浮かないかな?」
「恥ずかしがるなって。大人向けなんだろ?」
「テレビシリーズは大人も観てるよ。そうだね、せっかくのデートだし、恥ずかしがってたってしょうがないもんね!」
「じゃ、チケット買ってくるよ」


俺はチケット売り場のカウンターの前に立った。


魔法少女ミルティーchan、2枚ください!」


周りの子どもたちが俺をじろじろと見てくる。


「おい、ガキども! なに見てんだよ。わりぃかよ、デートで魔法少女ミルティーchan観て!」


子どもたちは俺から目をそらす。


「宗介、なにやってるの? はやく入ろ!」
「おっけ~」


チケットを購入し、映画館に入った。


・・・。


・・・・・・驚き桃の木山椒の木!

・・・ブリキに狸に洗濯機、やって来い来い魔法人!

元気100倍、魔法少女

・・・ミルティーchan、ただいま来たわよ!

・・・。

俺たちは映画館を出た。

 

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「お、おもしろかった・・・よね」
「ああ、おもしろかった」
「やっぱり、小さい子ばっかりだったね・・・」
「そうか? 大きいお友達もいたぞ」
「でも、前から思ってたんだけど魔法少女ミルティーchanってタイトルなのに、なんで魔法を使わないんだろうね」
「そこがミソなんだよ」
「返信するときもデパートの試着室で着替えてたよね」
「てか、魔法使えないんじゃね?」
「魔法は使わないけど、お金だけはすっごい持ってるんだよね」
「ああ、劇場版でも魔物にこっそり現金つかませて、帰ってもらってたな。 さすがだよ」
「ある意味、魔法より効果あるよね」
「決め台詞すごいよな」
「お金を払ってんだからさっさと魔界に帰りなさいよ! やばい・・・ハマっちゃいそう」
「ミルティーchan、おそるべしだな」
「ねえ、次はどこに行こうか?」
「腹減ったな。 飯でも食うか」


そう言って俺は後悔した。



「やっと私のスペシャル弁当の出番だね! じゃあ、広いところで食べようよ~」
「・・・マックリア行かない?」
「そうだな~、ついてきて! お弁当を食べるのに最適なところ知ってるから」


俺の言葉を無視し、はるかは俺の手を引っ張った。


「お、おいっ!」




はるかに引っ張られてきたのは新山学園だった。



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「おい、ここはまずいだろ」
「こっそり忍び込もうよ! 中庭で食べたいんだよね~。 誰もいないからすっごく気持ちがいいと思う」


今日のはるかはやけに大胆だ・・・。


「でも教師に見つかったら怒られるぞ」


ふと、目をやると栗林が見えた。


「栗林だ! ほら、まずいって」
「栗林先生、何やってるんだろ?」


栗林がこっちに気づいた。

 

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「椿くん、鈴木さん、こんにちは。お休みなのに登校するなんて、感心ね」

「でしょ?」


俺は誤魔化した。


「先生、こんにちは! 今日は天気がいいですね」

「はるか、行こうぜ」

「先生、なにやってたんですか?」

「花壇に水をあげていたの」

「え? 先生が!?」


栗林は手にじょうろを持っている。


「意外って顔をしてるわね?」

「そりゃまあ、鬼が花に水をやるなんて・・・」

「誰が鬼ですって?」

「なんでもないです!」

「空いた時間にはなるべく、水をあげるようにしてるの。私たちがお腹が空くように、植物だって水を欲していると思うから」

「優しいところ、あるんですね」

「あなたたちは、何しに来たの? 休日の学園には立ち入り禁止よ」

「ですよね~」

「それは分かってるんですけど、ちょっと中庭でお弁当が食べたくて・・・ダメですか?」


・・・。


「・・・わざわざ、ここで食べなくてもいいでしょ?」

「お願いします! ここがいいんです!」

「・・・分かったわ。今日だけよ。他の先生たちには内緒よ」

「ありがとうございます!」

「はいこれ。・・・そのかわり、あなたたちが続きをやってちょうだい」

「俺たちがっすか?」

「一つ一つ丁寧に水をあげるのよ。いい?」

「え!? ここ全部ですか?」

「そうよ。文句あるかしら?」

「な、ないです」

「食べ終わったら、すぐに出ていくこと。それから、不純異性交遊は禁止よ。・・・目立たないようにしなさい」

「・・・もちろんっすよ。ははは・・・」

「それじゃ、よろしく頼むわね」


栗林は学園を出ていった。


「なんか、栗林のやつ、やけに丸くなったな」

「ほんとうは、優しい先生なんだよ。さ、はやく水撒き終わらせてお弁当食べよう!」


俺たちは、花壇にくまなく水をやる。

栗林が毎日水をやっていたなんて知らなかった。

普段、気が付かなかったけど、色んな花が咲いてたんだな。


「この黄色っぽいやつはなんて花だろう」
「それは、向日葵だよ。そんなことも知らないの?」
「花の名前なんてしらねーよ。あ、でもこれは知ってるぞ」


俺は紫の花をさした。


「ラベンダー・・・。こんなところにも咲いてるんだね」


ラベンダーか・・・。


俺たちは水撒きを終わらせ、中庭に向った。




 

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「やっぱり外は気持ちいいねぇ~。しかも誰もいない! 私たちだけだよ!」
「そうだな」


見慣れた中庭が違って見えた。

この広い世界に俺たちしかいないような・・・。

そんな風に感じた。


「あ、俺、眠くなってきた・・・」
「もう、寝ちゃダメだよ~」


はるかはカバンから弁当箱を取り出した。


「いっぱい作ってるからどんどん食べても平気だよ!」
「う、うん・・・」


マジかよ・・・。

どうしよう。


「あのね、今日は私としてはなかなかうまくできたかなあって思うんだ。でも、もし、まずかったりしたら無理しなくていいからね」
「う、うん無理しない・・・」
「さぁ、召し上がれ!」


はるかは弁当箱を俺の前に突きつけた。

俺は硬直した。


「宗介、どうしたの? どうぞ召し上がれ」


・・・目の前に可愛い弁当箱があらわれた。

・・・どうする?


「戦う」
「逃げる」


RPGのソーブレならこんな感じのコマンドがでるだろう。

だがこの戦いに、「逃げる」のコマンドは存在しない。

え~い!

一か八かだ!


「逃げる!!」


俺は叫んだ。

 

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「え? 逃げる? どういうこと?」
「いや、その・・・」
「もう、意味の分からないことを言ってないで、食べてよ」


やはりこの戦いに逃げるのコマンドは存在していないようだ。

くそっ・・・。

逃げても「だが、回り込まれた」状態だ。

俺は覚悟を決めて、おそるおそる、可愛いお弁当箱を手にかけ、慎重に蓋を開けようとした。


「あのさぁ、爆弾解体してるわけじゃないんだから、男らしくガバッと開けてよ~」


・・・爆弾とかわんねえよ。

「・・・よ、よし」


・・・もう、どうにでもなれ。


俺は勢いよく蓋を開けた。

「・・・」


・・・。


「こ、これは・・・」


清々しい夏の午後だった。

 

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その平和な中庭を地獄の庭にいざなう香りが一面を襲った。


「うっ・・・うぐ・・・。こ、これは・・・う、あっ・・・。あっ・・・あっ・・・」


顔が歪んでいく。

なんだこの異臭は・・・。


「あ、あの、臭いはそんなに良くないかもしれないけど、味は、味はきっと大丈夫だから」
「そ、そうだな。料理は味だよな・・・うっ・・・。あ、あの、そんなに臭くないよ。あっ・・・。うん」


鼻が・・・。


鼻がもげそうだっ!!!


「うん・・・ちょっと酸っぱいにおいってくらいだよね。 ちょっとだけ臭いけど、美味しいと思う!」


はるかよ・・・。

臭いものはたいていまずい。

そして酸っぱいものはたいてい腐っている。


「あのさぁ、ちょっと訊いてもいい? これってなんて料理?」


弁当箱の中に現れたエイリアンのような固形のものを指して、俺は訊いた。


「・・・さっきも言ったはずだけど・・・肉じゃがだって」
「肉じゃが・・・? この、ドス黒い、ころっとした塊が、肉じゃがだってのか!?」
「そうだよ。 本見て作ったんだから間違いないと思う。いま人気の料理本があって、彼氏ごはんっていうの」


彼氏ごはん?

彼氏を料理で殺す気か・・・。

俺は自分に言い聞かせるようにいった。


「いや、これは間違いなく肉じゃがだ。たしかに少し黒くて、まるでドブに落ちた石ころのようだが、肉じゃがだ・・・」
「見た目はちょっと不格好だけど、中身は肉じゃがだよ。だって本みて作ったんだもん!」
「そうだよな。本見たんだもんな・・・うん」
「朝の4時から作り始めたんだけど、ギリギリまでかかっちゃった」
「あ、そうなんだ・・・そんなにかかったんだ・・・てか、これ、独創的だよな~」


独創的、なんて都合のいい言葉だ。


「とりあえず、食べてみて欲しいんだぁ。今後の参考にもしたいから感想も教えて!」
「はるか、先に食っていいぞ」
「え! 私? 最初は宗介が食べてよ。そのために作ってきたんだし」
「じゃあ、飼育小屋のウサギに食べてもらうか・・・」


はるかが俺を睨んだ。


「あのさあ、もしかして、嫌がってる?」
「そんなことないぞ・・・最初に俺が食べていいのかなぁ~って思ってさ」
「当たり前でしょ。これは、宗介のために愛情込めて作ったんだもん。食べて」


・・・。


・・・・・・。


そうだよな・・・。


せっかく俺のために作ってくれたんだ。

朝の4時から作ったんだ。

こんなに真っ黒い塊になるまで、素材をこねくり回したんだ。

不味いはずがない。

臭いし、形もいびつだし、もう食べ物には到底見えないが、きっと味だけは、味だけはうまいはず。

でなければ、この世に神など存在しないことになってしまう。

・・・がんばれ・・俺。


「いただきます!!」


俺は意を決して、箸でその塊を刺した。


ブス・・・。

鈍い音がする。

突き刺さったその塊をゆっくりと口に運ぶ。

パク・・・。

モグ・・・。

モグ・・・。


ん!?

これは・・・!!


なんとも言えない風味が口の中に広がる。

噛めば噛むほど、独特の食感が舌に伝わる。

これは・・・。


・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・。

 

 

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まじぃっ!!!!!!!!!!!!


俺の口は死んだ。

もう復活の呪文くらいでは蘇らない。



「宗介? あの、味はどうかな?」
「・・・うん、そうだね。独創的で壊滅的な味だね」


俺は必死でオブラートに包んだ。


「なにか、ここは良くないとか、ここをこうした方がもっと良くなるとかあったら教えてほしいんだけど・・・」
「そうだな、もう少し砂糖をたすといいかも」


・・・そういう問題じゃない。


「砂糖か。そうだね。ちょっと少なかったかも。他にこれってアドバイスとかはある?」
「アドバイス? 特にないかな・・・」


・・・はっきりとしたアドバイスがあるぜ。

・・・もう二度と作るな。


「私もまだまだ苦手意識が先行しちゃってうまくならないんだよなあ」
「剣術だってうまくなったんだ。 料理だってなんとかなるさ・・・」
「・・・てことは、やっぱり美味しくなかったんだよね」
「いや、そうじゃなくて」
「私、鈍感だけど、そのくらいわかるよ。美味しくなかったんでしょ? ハッキリ言ってよ!」
「・・・いやその・・・不味かった・・・」
「私、やっぱり料理向いてないのかな。なんかごめんね」
「まあ、がんばったんだし・・・その・・・」
「気は遣わないでいいよ。どうせ私は不器用な女だし」


はるかは弁当箱をしまった。


「怒るなよ・・・」
「怒ってないよ。自分に腹が立ってるだけ! 悪かったね。こんな不味いもの食べさせちゃって」


・・・なんだか空気が悪いな。


「なぁ? どうしてわざわざ中庭にしたんだ?」

 

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「ここに入学してから、一度も一緒にお昼ご飯食べたことなかったから」
「ああ」
「だから、ここで食べたかったの。それだけ・・・」


そうか・・・。

俺はいつも一人で昼飯を食べていた。

楽しそうに休み時間食べている周りを尻目に、こそこそと食っていた。

 

「今日は楽しく、二人っきりでお昼ご飯食べられると思ったんだけどな~。残念」


はるかは弁当箱を見た。


「なんかごめん・・・」
「気にしないで。悪いのは料理のできない私だから」


・・・。


変な沈黙が流れた。


「もうすぐ、卒業だね」
「そうだな。ちゃんと学園歌も覚えられずに卒業か・・・」
「色んなことがあったね。私ね、一緒の学園に入れて、凄くうれしかったんだよ」
「ああ」


新山学園は名門だ。

俺みたいな落ちこぼれが簡単に入れるほど甘い学園ではない。

必死で受験勉強したのは・・・。

はるかと同じ学園に行きたかったからだ・・・。


「ねぇ? 宗介はここを卒業したらなんになるの?」


俺はギクッとした。

ちょうど今、悩んでいることだったから・・・。


「俺は・・・まだ決めてないよ。はるかはどうするんだ?」
「私は、お店を手伝いながら、看護師になるために勉強するつもり」
「看護師になる夢、諦めてなかったんだな」
「剣術をやって分かったの。夢は諦めなかったら叶うって。ずっと思い続ければきっとなれるって」
「そうだよな・・・がんばれよ」
「宗介は・・・もう野球はやらないの?」


見透かされている気がした。


「俺は・・・いいよ。野球はそんなに簡単じゃないし」
「そうだよね・・・簡単じゃないよね」
「うん・・・」
「でも看護師になりたいって決めたのは・・・宗介が野球で怪我したときに治療したかったからだよ」
「・・・」
「ねぇ? 今からでも遅くないよ。何か行動してみたら? もう自由になったんだし、宗介の未来は広がってるんだよ」
「でも・・・ブランクあるし・・・今更、野球なんて・・自信ねぇよ」
「やってみなきゃ分からないじゃない。私たちだって初心者だったのに剣術で準優勝できたんだよ。だから、宗介だって・・・」
「・・・やめてくれよ。野球で食っていくってことはそんな甘いことじゃない」


俺には分かってた。

出来ないことを・・・。

はじめから、分かっていた。


「諦めなければ夢は叶うって教えてくれたのは・・・宗介じゃない」
「え?」
「くじけそうになった私たちを、励ましてくれたのは宗介でしょ・・・なのに・・・そんなに簡単に諦めないでよ」
「でもさ・・・」
「今度は・・・宗介の番なんじゃないかな」


俺の番・・・。


「宗介のこと、大好きだよ。・・・でも好きな人には好きな道に進んで欲しいの。そう思うのは、私の我がままなのかな?」

 

・・・・・・。


「偉そうなこと言ってごめんね。私・・・帰るね」
「待てよ・・・」


はるかはそのまま立ち去ってしまった。

・・・なんだよ。


俺は芝生に寝転んだ。

せっかくのデートなのに・・・。

なんで、こうなるんだよ・・・。

野球・・・。

・・・今更できっかよ。


・・・。


・・・・・・どうすりゃいいんだ。

 



 

 

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俺はとぼとぼと家路についた。

はるかとのデート。

楽しむはずだったのに。

・・・くそっ。

俺はいたたまれない気持ちになった。


──「あれ? 宗ちゃん? 今、帰り?」


後ろから声がした。

 

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樹だ。


「ああ、樹・・・」
「どうしたの? すっごく暗い顔してるよ~。なにかあったの?」
「なんでもないよ・・・」
「はるちゃんと一緒じゃないだね? もしかして、ケンカでもしたの?」
「・・・まぁ、そんなところ」
「え!? マジで!? どうしてどうして?」
「俺が悪いんだよ」
「何があったの~? あたし超、興味ある!」


・・・明るすぎだろ。

こっちは落ち込んでんのにさ・・・。

 

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「はるかってさ、すげー不器用なんだよ。あいつが作った弁当を不味いって言っちゃった」
「ふ~ん。そんなことでケンカしたんだ? 超意外」
「やっぱりウソついてでも美味いって言えば良かったかな。女心は難しいや」
「違うでしょ? はるちゃんとケンカしたのって、そんな理由じゃないんじゃない?」
「・・・」
「はるちゃん、そんなことぐらいで怒らないと思うんだけどな~」


・・・。


「あたし、相談にのるよ~! 恋愛関係には強いんだよね~!」
「実はさ・・・俺がグダグダしてるのが気に入らないみたい」


・・・。


「あいつは看護師になりたい夢があるんだ。 だけど、俺には夢がなくってさ」
「え? 宗ちゃんは夢がないの?」
「・・・昔はあったよ」
「どんな夢?」
「笑わないで聞いてくれるか? ・・・野球選手になりたかったんだ」
「野球選手? すごいじゃん! 超カッコいい! なればいいじゃん! 宗ちゃんがプロになったら、あたし、毎日応援に行くよ!」
「なれるわけ・・・ないんだよ」

 

・・・。


「そっか。だから、はるちゃん怒ったんだね。そういうことか~。納得した~」
「・・・え?」
「それで、宗ちゃんは諦めるの? なにもしないで、出来ないって決めつけて諦めるんだ?」
「・・・仕方ねぇだろ」
「はぁ・・・。宗ちゃんって、もっとカッコいいと思ってたんだけどな~」
「どういう意味だよ」
「はるちゃんの気持ち、分かるな~。今の宗ちゃんだったら、はるちゃんはもったいないね~」


・・・。


「はるちゃんのこと、どう思ってるの?」
「・・・好きだよ」
「だったら、答えは出てるんじゃないの?」


答え・・・。


「はぁ・・・あたしって何かピエロだよね~。相手がはるちゃんじゃなかったらな~」
「え?」

 

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「なんでもない! はるちゃん泣かせたら、あたしが許さないからね~。それじゃバイビ~」
「おいっ樹!」


樹はそのまま走り去って行った。


・・・答えは出ている。

そうかもしれないな・・・。

俺は部屋に戻った。

 



 

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ふぅ・・・。

せっかくのデートがこんなことになるなんて・・・。

俺はバカだ・・・。

ふと、はるかがくれた新聞の切り抜きに目をやった。

「日の出モンスターズの畑山選手が2日の小倉ツイスト戦で48打者連続アウトのリーグ新記録を樹立した」


畑山選手・・・。

俺は畑山選手のファンだった。

いや、今でも大ファンだ。

こんな風になれたら・・・。

押入れから、グローブを取りだした。

長年使っていなかったせいで、埃をかぶっている。

ゆっくりとはめてみた。

懐かしい感覚が手に伝わった。

・・・出来るのか。

まだ遅くないのか・・・。

夢は諦めなければ叶う・・・。

綺麗ごとだ・・・。

でも・・・。

奇跡を見てきた。

剣術部が準優勝した奇跡。

自由になれた奇跡。

3度目の奇跡は・・・。

机の下に転がっている野球ボールを強く握りしめた。


・・・。

 

 

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・・・。


目覚まし時計が鳴った。

それを手で止め、布団から出た。


辺りはまだ暗い。

時計を見た。

深夜・・・4時。

・・・グローブとボールを持ち、カバンに詰めた。

俺は母親を起こさないように、ゆっくりと家を出た。




 

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ふと、はるかの部屋を見上げた・・・。

なぜか電気がついていた。

あいつも起きてるのか・・・。


「あれ? 宗介くん、こんなに早くにどこかに行くのかい?」


親父さんが、仕入れから戻ってきたようだ。


「なんでもないっすよ。ちょっと忘れたものを取り戻しに行くだけです」
「なにか忘れたのかい?」
「そうっすね。ちょっと昔の忘れ物です。はるかには内緒でお願いします」


親父さんは不思議そうな顔をしている。

さて・・・、まずは基礎体力の確認だな。

俺は公園まで全力で走ることにした。

行くぞっ。

勢いよく飛び出した。




 

全速力で走った。

ありったけの力で走った。

体力の限り・・・。

はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

 

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ふぅ・・・。

俺は呼吸を整えた。

くそっ・・・。

その時点ですぐに気付いた。

体力がかなり落ちている。

昔はもっと余裕だったはずなのに・・・。

何年もふてくされて生きてきたせいだ。

体力を取り戻すこと。

出来るのか・・・。

俺に・・・。


「やるしかねぇ・・・」


公園の周りを走る。

はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

吐きそうになるまで走った。

・・・げほっ。

苦しい・・・。

これほどまでに体力がなくなっているとは・・・。


俺はその場にしゃがみこんだ。

・・・諦めたくない。

すぐに立ち上がり、また走る。


はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

俺は・・・。

夢を諦めたくないんだ・・・。

 

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何周も何周も走った。

次第に辺りが明るくなってきた。


はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。


息が苦しくなり、また、その場にしゃがみ込んだ。


ちょっと休憩・・・。

ペットボトルの水を飲んだ。

 

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「もう休憩?」


樹が立っていた。


「なんだ・・・おまえも練習か?」
「うん。毎朝ここで走ってるの。ここだったら、裸足でも安全でしょ?」
「そうだな」
「へぇ~。練習することにしたんだね」
「まぁな。でも、なかなか体がついてこねーや」
「継続は力なりだって! 意味わかんないけど、三田っちが言ってた」
「だな。まだ始めたばかりだもんな」
「練習、付き合ってあげるよ。一緒に走ろっか?」
「そりゃ助かるな。星雲剣術部の元エースに手伝ってもらえるなんて」
「でしょ?感謝してね~!じゃあ、公園の周りを百周するからついてきて!」
「百周!? 冗談だろ?」
「宗ちゃんプロになりたいんでしょ? だったらそのくらい普通だよ。行くよ~」


樹は走りだした。


「ま、待てよ!」


樹を追いかける。

樹はどんどんとペースをあげていく。

俺はそれに必死で喰らいつく・・・。

さすが星雲剣術部。

そこらへんの男なんかよりも段違いに速い。

はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。


離されまいと、俺は必死で走った。

負けねぇ・・・。

こんなところでへこたれてたら、プロになんて・・・なれるわけねぇ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。

「なかなかやるね~! 思った以上に宗ちゃんって体力あるじゃん!」
「気を抜いたらぶっ倒れるけどな・・・」


・・・。


・・・・・・。


俺たちは百周、きっちりと走った。

はぁ・・・はぁ・・・。

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。


しゃがみ込み、げーげー吐いた。

 

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「凄いね! 百周完走おめでとう!」
「・・・おまえ、化けもんだな。ケロッとした顔しやがって」
「だって慣れてるもん! 凄いでしょ? 樹のこと好きになった?」


樹は顔を近づける。


「茶化すなよ・・・」


俺は水を飲んだ。


「あれ? 照れてる? 超かわいいんですけど~」


なんか、樹のペースにのまれてる気がする・・・。


「なぁ? ちょっと手伝ってくんないか?」

 

俺はグローブを取りだし、樹に渡した。



「これ、野球のグローブだよね?」
「ちょっと投球練習の相手してくれないか?」
「いいけど、あたし、野球やったことないんですけど~」
「構えてればいいから。絶対に手を動かすなよ」


俺は樹から離れた。


「いいかぁ~。座って真ん中で構えてろ。グローブを胸の位置からずらすなよ」


樹は頷く。


「行くぞ!」


俺は大きく振りかぶった。

懐かしい感覚がした。

ボールを投げるなんて・・・。

何年振りだろう。

そのまま、グッと腕を振った。

俺の手からボールが離れていく。

そのまま、まっすぐと直線を描き、樹のグローブにおさまった。

乾いた音が公園に響き渡る。

樹のグローブから、ボールがこぼれた。

 

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「痛った~い!! 超、痛いんですけど!!」
「す、すまん!! 大丈夫か」
「う、うん平気。でも、ちょっとびっくりした。こんなに速いなんて・・・」
「加減したつもりだったんだけど・・・悪かったな」
「宗ちゃん、凄いね・・・。思った以上だよ」


樹は手を押さえている。

これ以上、樹を投球練習に付き合わせるのはまずいな。

久しぶりだったせいで、力の加減が出来ない。


「あとは、一人でやるよ。ありがとな」
「見ててもいい?宗ちゃんが投げてるところ」
「いいけど、別に面白くないぞ」


樹は目を輝かせ、俺の壁当てを見ている。

・・・投げる相手に対して、しっかりと横を向き、相手のグローブをみる。

足を上げて、軸足一本で立つ。

フラフラしないようにする。

そして目線は外さない。

両腕を下から上にあげて、シッカリと大の字を作る。

足とつま先を、投げる方へまっすぐ出す。

肩・ひじと回転させて前足に体重を移しながら、ひじを前にもっていく。

腕を大きく振り下ろしながら、ボールを出来るだけ前ではなす!

最後まで相手とボールから、目をそらすな!


「ストライクッ! すっごい~! プロみたい!」
「プロはこんなもんじゃねーよ」


・・・俺は何度も何度も投球練習を繰り返した。

投げれば投げるほど、気付くことがあった。

・・・こんなんじゃだめだ。

これじゃあ、プロなんて程遠い。

投げれば投げるほど、夢が大きく遠のいていくのを痛感した。

くそっ!

くそっ!


俺はグローブを投げた。

・・・だめだ。

やっぱり甘かったんだ・・・。


「どうしたの? もう終わり? ねぇ? 止めちゃうの?」
「・・・」
「見てるよ。はるちゃん」
「え?」


公園に、はるかがいるのに気付いた。


「はるか・・・」

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「ご、ごめん。たまたま買物の帰りに通りかかったら二人がいたから・・・。私帰るね」


はるかは俺に背を向けた。


「待ってよ。帰らなくてもいいんじゃない?宗ちゃんがね、はるちゃんに話あるんだって」

「おい、樹!」

「ほら、さっき、はるちゃんに言いたいことあるって言ってたじゃん!」

 

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「何?」

「いや、その・・・」

「さ~て、あたしは帰るとしますか」

「樹ちゃん・・・」

「もう、幼馴染ってなんか面倒臭いって感じ! あたし超ピエロだっつーの!」


樹はそのまま公園を出ていった。

・・・。


・・・・・・。


「話ってなに?」
「特にないけどさ・・・」
「練習、してたんだね」
「別にプロになるとか、そんなんじゃねーよ。 ただ、今の自分がどんなもんか、確認してたっつーかさ」

俺はグローブをバッグにしまった。


「昨日はごめんね。いい過ぎたよ。ごめん」
「俺こそ、なんか悪かったな」


心なしか、はるかの顔がやつれているように見えた。



「これ、持って。お父さんから頼まれてた買物なの。一人だと重いから」
「わかったよ」


俺ははるかの荷物を半分持った。


・・・。


そのまま公園を出た。


・・・。

 



 


俺たちは黙ったまま、商店街に戻ってきた。


・・・・・・。


「ここでいいか?」


荷物をはるかに戻す。


・・・。

 

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「ありがとう。あのね、昨日のことなんだけど、忘れて。宗介には宗介なりの考えがあるんだよね。一方的に野球やれなんて勝手だよね」
「・・・そんなことねぇよ」
「ただ、何かに熱くなってる宗介が好きだから、つい、あんなこと言っちゃったの。ほんとに、ごめん」
「はるかは悪くねぇよ。俺が悪いんだ・・・」


・・・。


──ッ!!

 

「きゃっ!」


ジャンパーの男が、はるかにぶつかってきた。

はるかは、そのまま倒れた。


「はるか!?」


俺は、はるかに駆け寄った。

男はそのまま、謝りもせずに走り去って行った。


「おい! てめぇ、ふざけてんのかよ!!」


俺は男に怒鳴ったが、そのまま消えていった。

 

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「大丈夫か?」
「うん、平気・・・」


俺は、はるかを抱き起こした。


「ったく、ひでぇヤツだな」
「・・・あ、ない」
「え?」
「買い物袋がないの」
「あ、ほんとだ」


買物袋が一つ消えていることに気付いた。


「あいつか! はるか、追うぞ!」


俺たちはジャンパーの男を追いかけた。




 


・・・。


・・・・・・。

 

必死で追ったが、すぐに見失ってしまった。

 

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「闇雲に探したってみつかんねーよな。ったく、ふざけやがって。買物袋に何が入ってたんだ?」
「大事なものなの。取り戻さなきゃ・・・」
「そっか。 こっちの方に行ったと思ったんだけどな・・・誰かにきいてみるか」


そこに老婆が通りかかった。


「あれ? あのおばあさん、昨日もいたよね」


おばあさんが荷物をのせたカートを押している。


「ほんとだ。病院を探してた、ばあちゃんだよな。今日も病院かな」
「まあ、手がかりくらいは掴めるかもしれないよね。聞いてみよう」


はるかは老婆に近づいた。


「あの、すいません」

「はぁ?」


老婆は耳があまり良くないようだ。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「はぁ? あたしかい?」

「はい。おばあさんにちょっと聞きたいことがあるんですが」


はるかは少し大きめの声で言った。


「そうかいそうかい。 なんだい?」

「この辺で、ジャンパーの男をみませんでしたか?」

「はぁ? なんだい? もう一回言ってもらえんかね?」


昨日とは様子が違う。

「ジャンパーの男をみませんでしたかぁ?」

「ジャンパーの男?」

「そうです。ジャンパーを着た、怪しい男!」

「さあどうだろうねぇ」


おばあさんは首を横にかしげた。


「他あたったほうがいいんじゃないか?」


俺は別の人間を探した。


「ああ、ジャンパーの男なら・・・」

「みたんですか?」

「みたかもしれないし、みてないかもしれない」

「どっちですか?」

「確かあれはもう50年以上前のことかねえ」

「50年前・・・。はるか行くぞ」

「まあ、聞きなさい。50年前、わたしがまだ若かったころの話だ」


おばあさんは話はじめた。


「世の中は戦争の真っ只中だ。わたしはまだ若い生娘でね、そうそう、ちょうどお嬢さんみたいな感じだったねぇ」

「聞いてる時間ないよな。行くぞ、はるか」

「でも、おばあさん、話してるし」

「そうだけどさ」

「戦争中は食べるものもろくになくてな、今みたいになんでもそろう時代ではなかったからねぇ」

「はぁ・・・」

「大変な時代じゃった。それに比べて今はいい時代だ」

「あの、ジャンパーの男は・・・」

「戦争が終わって、混沌としておった時代にわたしは食べるものもなく、壊れた街を彷徨ってる時にな、目の前にジャンパーの男が現れたんじゃ」

「やっとジャンパーの男の登場だな」

「その男が、わたしに銀紙で包んだ茶色の食べ物を差し出してくれたんじゃ。なんだと思う?」

「チョコレートですか?」

「そうじゃ。チョコレートじゃ。わたしはその男の身なりがジャンパーのような軍服じゃったもんで、これは敵兵の罠じゃとおもってな」

「・・・」


「だが、その男は澄んだ青い目をしておってな。わたしに食べろといってチョコレートを渡してくるんじゃ」

「それで、おばあさんはどうしたんですか?」

「空腹には勝てんかった。わたしはそのチョコレートを食った」

「へぇ」

「甘かった。いまでもその甘さは忘れられん」

「あの、それでジャンパーの男は・・・」

「笑顔をみせて、去っていったんじゃ。その後、すぐに終戦じゃ。もしあのチョコレートがなかったら、わたしはこの世にはおらんかったかもしれん。ありがたや。ありがたや」

「いい話なんですけど、俺ら急いでるんですよね」

「お若い夫婦よ。年寄りの話は最後まできくもんじゃ」

「だから、夫婦じゃないって」

「ジャンパーの男なら、あの道を抜けて駅のほうへ行ったぞ」

「本当ですか?」

「ああ、本当じゃ。ぶつかったのに謝りもせん。今時の若い者は礼儀をしらんな」

「お怪我はなかったですか?」

「わたしは大丈夫じゃ・・・それより、これを持って行きなさい」

老婆はカートの荷台からチョコレートをだした。


「これ俺たちにくれるんですか?」

「甘いものを食べると不思議と心が和らぐものじゃ」

「ありがとうございます」

「おばあさんもお気をつけて」

「ありがとうね。こんな老いぼれの話に付き合ってくれて」

「いえいえ。行くぞ、駅前だ」


俺たちは老婆と別れ、駅前に向かった。




 


駅周辺を見渡すがジャンパーの男らしき人物は見当たらない。


「あのばあちゃんの言うこと、信じてよかったのかな」


俺は手に持ったチョコレートを見て言った。

 

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「あのおばあちゃん、何をやったんだろうね」

老婆の胸のバッジを思い出した。


「あれは、大切な人と会えない義務の一種だな」
「大切な人・・・誰だろう」
「それは分からない。けど、つらい思いをしてるんだろうな。俺も似たようなもんだったから分かるよ」


はるかは、悲しそうな目をした。


「とりあえず、男を捜さないとな」


──「やだやだ~。買ってよ~」


なんだ?

俺たちの目の前で子供が叫んでいる。


「買ってくれるっていったじゃーん」
「この前、買ってあげたでしょ」


子どもが駄々をこねている。


「いう事きかないなら置いていくからね」
「やだ~。やだ~。ミルティーchan人形買ってよ~」


どうやら魔法少女ミルティーchanの人形を欲しがっているようだ。


「子どもを持つって大変だな」


「お母さんのいうことがどうしてきけないのよ」


母親は困り果てた様子だ。

子どもはその場で泣き出してしまった。

 

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「ねぇ、僕、これあげる」


はるかは俺の手から、チョコレートを取り子供の前に差し出した。

子供はチョコレートに興味をもったのか、泣き止んだ。


「おい、はるか」

「まあ、まかせておいてよ」

「おねぇちゃんそれは何?」

「これ? これはチョコレートだよ。とっても美味しいよ。はい、どうぞ」


子供は嬉しそうにチョコレートを握った。


「もう泣いたらだめだよ。それからお母さんを困らせたらだめ」


子どもは、こくりと頷いた。


「ミルティーchanだってお母さん困らせる子は嫌いだと思うよ」


子どもは美味しそうにチョコレートを食べている。

みるみる子どもは笑顔になった。


「あの・・・どうもすいません。ほら、おねえちゃんに、ちゃんとお礼をいって」

「おねぇちゃん、ありがとう」

「ほんとに、ありがとうございます。あの、なにかお礼をしないと」

「お礼なんていいですよ」

「あ、これ良かったらどうぞ」

 

母親は財布から紙切れのようなものを取り出した。


「これ、つまらないものなんですけど商店街の福引券なんです」

「福引券?」

「商店街でやってるんですけど、温泉旅行とかもあたるみたいなんです。当たったらお二人で行ってください」

「いや、それは・・・」

「彼氏さんと一緒に、ね?」


はるかは福引券を三枚受け取った。


「あ、そうだ。この辺でジャンパーの男を見ませんでしたか?」


母親は考え込んでいる。


「僕見たよ。ジャンパーの男、あっちでみた」


子どもは商店街の方を指差した。


「それ、本当か?」


うんうんと頷く。

「行ってみるか。ありがとな!」


親子はその場を離れていった。


「少し驚いたよ。はるかがあんなに子どもに慣れてるなんて。子どもの扱いがうまいんだな」

「子どもは好きだから。他人の子どもでもあれだけ可愛いんだもん。もしも自分に子どもが出来たら、どれだけ可愛いんだろうね」


・・・子どもか。

はるかの子ども・・・。

可愛いだろうな。

俺たちは商店街に戻った。




 


「結局、戻ってきちゃったな」


俺たちは辺りを見回し、ジャンパーの男を探した。


「おい、あれ、福引会場じゃないか?」


ハッピをきた女性の前にガラガラと回る機器があった。

通称「ガラポン福引機」といわれるものだ。

福引開催中です~。

一枚につき一回できまーす。

大当たりはなんとハワイ旅行でーす。

などと、女性が声を出している。

 

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「だってさ。さっき貰った福引券でできるよな」
「でも、今は福引どころじゃないよね」
「まあ、そうなんだけどさ。せっかくある訳だしさ」


俺は福引の景品の詳細が書いてある看板をみた。

五等 CDラジカセ

四等 調理器具

三等 マッサージチェア

二等 ミルティーchanレアフィギュア

一等 温泉旅行ペアチケット

特賞 ???


なんか変なの混じってるけど、まさに福引って感じだ。


「調理器具!? 宗介! ちょっとやっていこう!」


はるかは妙に食いついた。


「じゃあ、やるか」


はるかは福引券を渡した。

三枚なので、三回、挑戦できるようだ。

はるかは福引券のハンドルに手をかけた。

勢いよく回す。


黄色い玉が出てくる。


「おめでとーございまーす!!」


女は鐘を鳴らす。


「おい、まさか!!」

「残念賞でーす!!」


・・・。


女は、はるかにポケットティッシュを渡してきた。


「なんで鐘が鳴ったのにティッシュなんだ?」

「その方が盛り上がるでしょ?」

「紛らわしいんだよ!」

「あと2回です。どうぞ~」


「調理器具・・・調理器具・・・調理器具・・・」


はるかは念仏のように唱えている。


今度は緑色の玉が出てきた。

女はまたもや鐘を高らかに鳴らす。


「こんどこそ当たりか!?」


女は首を振って、ポケットティッシュを渡してくる。


「おい!! なんで緑も残念賞なんだよ。黄色じゃねーのかよ」

「良くみてください、ティッシュの色違うでしょ?」

「あ、本当だ。こっちは紙の色が黄色いね」

「こっちは緑だ」

「そういうことです。残りはあと一回!! さあ頑張って!!」

「なんか当たる気がまったくしないんだけど」

「最後まで諦めないで。諦めなければ夢は叶う! さあ頑張りましょう」

「私、当たる気がしない。ここは宗介にかけてみようと思うんだけど」

「え? 俺? ・・・分かったよ。だけど、俺、クジ運悪いぜ?」


俺はガラガラに手をかけた。


「あのぉ~、すいません」


突然、男が声をかけてきた。


「なんすか?」

「突然で悪いんですが、お願いがあります」

「え? なに?」

「もしも、その二等が当たったあかつきには、譲っていただくことは出来ないでしょうか?」

「二等ってミルティーchanフィギュアだよね?」
「違います! ミルティーchanレアフィギュアです!!」


見るからに怪しげな男はさらに鼻息を荒くして詰め寄ってきた。


「どうする?」

「私は構わないけど。たぶん、当たらないと思うし」


男は満面の笑みを浮かべた。


「このミルティーchanyは魔法スティックの変わりに、ごぼうを持っているという大変珍しい代物でして、ここでしか手に入らない幻のごぼうミルティーchanなんです」


男は嬉しそうに話す。


ごぼう? そんなもの持ってるのかよ」

「こちらのフィギュアはこの福引のために作者の永塚ミルオ先生が商店街とコラボして作ってくれた大変レアなものなんです」

「そうえいば作者がこの町の出身だったって聞いたことあるかも」

「なあ、この特賞のところ、??? になってるだろ? これってなんなの?」

「ほんとうは内緒なんですが、特賞はサインボールなんです」

「サインボール? 誰の?」

「日の出モンスターズの畑山選手のサインボールです」

「マジで!?」


日の出モンスターズのエース畑山宏志。

160キロの剛速球と抜群のコントロールで数々の記録を打ち立てた投手だ。

俺の憧れの選手。

まさかこんなところで、こんなお宝に出会えるなんて!


「なんでそんなスゲーもんがここにあんだよ」

「畑山選手のお婆さんがこの辺に住んでいまして、その関係で畑山選手が商店街に寄付してくださったんです」

「スゲー!! 俺、絶対、特賞狙うわ!」

「あのぉ、ミルティーchan・・・」

「そんなのしらねーよ!」

「調理器具は?」

「サインボールしか目にはいんねーよ!」


それぞれの思惑を胸に、俺はガラガラを握り締めた。

俺は勢いよくガラガラを回す。


こい!!


白い玉が出てくる。

これはまさか!!


・・・。


・・・・・・。


「お、大当たりですー!!」

「何等だ!!」


特賞こい!!


「二等大当たり~!!」


帽子の男はガッツポーズをしている。


二等・・・。

俺とはるかは落胆の顔を隠せない。

俺はフィギュアのデカイ箱を渡された。


「・・・ほら、やるよ。約束だからな」


俺は帽子の男に箱を渡した。


「うれしす! うれしす!!」


男は大声で喜んでいる。


「残念だったね~。でも、あの男の人、あんなに喜んでるし、良かったかもね」


帽子の男が近づいてくる。


「なに? まだなんかあんの?」

「これ、よかったらどうぞ」


男は後ろに下げていたリュックから何かを取り出した。


「これ!?」

「はい。畑山選手のサインボールです」

「なんでもってんの?」

「私、100回やったんです。フィギュアは当たらなかったのですが、こっちは当たってまして・・・」

「それを早くいえよ!!」

「私、野球は良く分かりませんから、どうぞ、使ってください」

「マジで! ありがとう!!」


俺はサインボールを手にする。

畑山選手の直筆サインボール・・・。

涙が出そうだ。

野球少年だったころの記憶が蘇る。

 

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「良かったね。あこがれの選手のボール、貰えて」

「・・・うん。あれ?」


物陰で何かが動いたのに気付いた。


「あれ! ジャンパーの男だ!!」
「え?」
「今、そこの影から見てた! 行こう!!」
「お、おう!!」


俺ははるかの後を追った。

ジャンパーの男は俺たちに気づき、とっさに逃げ出した。

・・・逃がすかっ!

必死で追いかけるがなかなか追いつけない。




 

公園の方まで追いかけてきた。

ジャンパーの男は20メートルほど先に見える。


「くそ、あいつはえーな」


ジャンパーの男はそこら辺にとめてあった自転車に乗ろうとしている。

 

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「自転車に乗られたら追いつけないよ!」
「どうする!?」
「宗介! それ! それだよ! サインボール!」
「え?」


はるかは俺の手にあるボールをみて言った。


「そのボールを投げて、止めるしかないよ!」
「おい、待てよ。こいつは貴重な畑山選手の・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「だけどさ・・・」


男は自転車にまたがった。


「宗介が投げないなら、私が投げるから貸してっ!!」
「やだよ! これは大事なもんなんだから!」
「いいから、貸してっ!」


はるかはサインボールを無理やりとろうとした。

畑山選手ごめんなさい。

あなたの偉大なボールを、俺は今、変なことに使おうとしています。


「早く貸してっ! じゃないと逃げちゃう!」
「はるかじゃ、無理だよ」
「え?」


男との距離は20メートル以上。


「この距離で正確にあいつに当てるなんて、普通のやつじゃ無理だ。・・・俺なら当てられる」
「宗介・・・」


俺は大きく振りかぶった。

そしてボールを自転車の後輪に目掛けて投げる。

ボールは物凄いスピードで獲物をとらえた。


──ッ!!


「当たった!」


自転車はそのまま倒れ、男は地面に投げ出された。

俺たちは倒れた男の元に駆け寄る。

男の体を押さえ込んだ。


「おとなしくしろよ」


ジャンパーの男は観念したのか抵抗しなくなった。

ボールはころころと転がり、溝の底へと落ちていった。


「ちょ! サインボール!!」


・・・。

 


ジャンパーの男は、職を失い、途方に暮れて、つい、盗んでしまったのだと白状した。

俺はこっぴどく叱った後、少しだけ食べ物を分けてやった。

男は泣きながらお礼を言って、去って行った。


・・・。


俺とはるかはベンチに座っていた。

 

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「あーあ。俺のサインボール、消えちまった」
「残念だったね。せっかく貰ったのに・・・」
「ほんとだよ。あいつ、一生恨んでやるからな」
「でも、凄かったよ」
「何が?」
「宗介の投げたボールだよ。すっご速かった。・・・ちょっと昔を思い出しちゃった」


はるかは嬉しそうに言った。


「ばーか。あんなもんじゃねーよ。俺の本気はさ」
「知ってる。宗介はもっともっと凄い選手だったよね」
「俺、自分に自信が持てないんだ。プロでやって行くって、そんなに楽なことじゃない」
「わかってる。だから、私は、無理にプロなんてならなくてもいいって思うよ」
「すまん・・・」
「でも、まだあんな球、投げられるんだね。正直、びっくりしちゃった」
「体は・・・覚えてるもんだな。好きな事はなかなか忘れられない」
「好きなんだね・・・それだけでも・・・嬉しいよ」
「好きなだけじゃ、どうにもならないことだってあるんだよ」

 

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・・・。

ダメかもしれない。

やれるかもしれない。

その狭間で、俺は揺れていた。

やりたいのは自分なのに・・・。

それなのに・・・。

はるかは優しい目で俺を見ていた。

その優しさが・・・つらかった。


・・・。

 




 

俺たちは部屋に戻ってきた。

 

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「そういや、買物袋に何が入ってたんだ?」
「なんでもないよ。ただの食材かな」
「なんだよ。もっと大事なものが入ってるかと思っただろ」
「私にとっては・・・大事なんだよ」
「そっか」
「ねぇ? 朝、樹ちゃんと練習してたんだね」
「たまたま樹と会っただけだよ」
「樹ちゃんって、いい子だよね」
「そうだな」
「ねぇ? 樹ちゃんのこと、どう思う?」
「どう思うって、別に」
「ほんとに? なんだかいい感じだな~って思って」
「なんだ? 嫉妬してんのか?」
「そ、そんなんじゃないよ。ほら、樹ちゃんって可愛いし、明るいし、私も大好きだから聞いてみただけだよ」


はるかは、慌てている。


「はるかの方が、可愛いよ」
「また~。いつも適当な事ばっかり言って!」
「ほんとだよ・・・」

俺ははるかに、顔を近づけた。


「ちょっと! 宗介、近いよ・・・」


俺は、はるかにそっとキスをした。


「宗介・・・」


互いを求める前に、俺ははるかにひとつお願いをした。


「家で使ってるエプロンだけつけてくれないか?」


いつもはるかが家で使っているエプロン、服を脱いで、それだけを身に着けて欲しいと頼んだ。

はるかは恥ずかしそうだったが、俺の頼みを聞いてくれた。

店先でのエプロン姿は見慣れていたが、身に着けているのがエプロンのみというはるかの姿は新鮮だった。

俺たちはお互いを求め合った・・・。


・・・。


はるかが、隣で寝ている。

可愛い寝顔だった。

はるかの笑顔がすきだ。

俺ははるかの笑顔をずって見ていたい。

だから・・・。

はるかを起こさないように、そっと布団から出た。

動きやすい服に着替え、グローブとボールをバッグに詰めた。

まだ・・・。

まだ諦めてないからな・・・。

俺は部屋を出て、公園に向かった。

 



 

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俺はボールを握りしめた。

静かに目を閉じた。

マウンドにいる自分をイメージする。

バッターをイメージする。

キャッチャーをイメージする。

多くの観客たちをイメージする。

9回裏、ツーアウト満塁。

フルカウントからの最後の一球。

足を上げて、軸足一本で立つ、フラフラしないようにする。

そして目線もはずさない。

両腕を下から上にあげて、シッカリと大の字を作る。

足とつま先を、投げる方へまっすぐ出す。

肩・ひじと回転させて前足に体重を移しながら、ひじを前にもっていく。

腕を大きく振り下ろしながら、ボールを出来るだけ前ではなす!

まっすぐにボールが飛んでいく。


・・・。


最後まで相手とボールから、目をそらすな!

もっと速く、もっと強く・・・。

多くの観客たちの中に、ひと際大声で応援する顔が見えた。

その顔は・・・。

もっと速く、もっと強く・・・。

俺は何度も何度もボールを投げた。

一歩一歩近づくために・・・。

夢を取り戻すために。


・・・。

 



 

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部屋に戻ると、はるかの姿はなかった。

もう、家に戻ったのだろうか。

俺は、グローブとボールを置いた。

ふぅ・・・。

爽やかな気分がした。

久しぶりに野球に触れたからか・・・。

やっぱり俺は、野球が好きなんだ。

その確かな気持ちを再確認した。

 

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「おかえり、戻ってたんだね」


はるかが部屋に入ってきた。


「おまえこそ、起きてたんだな」
「ちょっと、やらなきゃいけないことがあったんだよね」
「やらなきゃいけないこと?」


心なしか、はるかの顔は今日もやつれているようにみえた。


「ねぇ? 今日もデートしない? 暇でしょ?」
「あんまり寝てないんだけどな・・・」
「え? どうして? 何かやってたの?」
「・・・なんでもねぇよ。分かった。付き合うよ。どこにいくんだ?」
「お母さんの、お墓参りに行きたいんだぁ」
「珍しいな・・・」


墓参りか・・・。

そういや、随分と行ってなかったな。


「あ、忘れ物しないでね。グローブとボール、持っていくんだよ」
「え? ・・・分かったよ」


俺たちは部屋を出た。




 


はるかの母親の墓は向井台からバスで少し行った小高い山の上にある。

店が忙しすぎて、はるか自身、そんなに墓参りに行けてないようだった。

 

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「お母さん、怒ってないかな? お墓参り、久しぶりだし」
「怒ってないだろ。むしろ、喜んでるんじゃないか? 店も順調だし」
「最近ね、お客さんも増えたってお父さん言ってたの」
「親父さんも元気そうだしな」
「うん。なんだか、とっても生き生きしてるの。それも全部、宗介のおかげだよ。ありがとう」


・・・そうか。

親父さんが変わってくれて、良かった。

俺たちはバスが来るのを話しながら待っていた。


「お母さんに会ったら、報告したいことがあるの」
「へぇ。何を報告するんだ?」
「好きな人ができましたって、言うつもり」
「・・・うん」


まっすぐなはるかの視線に不覚にも少し照れてしまった。


「その人は、だらしなくって、どうしようもない男の子だけど、私がいないとダメなのって」
「そんなこといったら、お母さん、心配するだろ」


そんな風に紹介されたら、俺が親の立場なら心配するに違いない。


「そんなことないよ。お母さんの知ってる人だし、喜んでくれると思う」
「俺が守るよ・・・。はるかは、俺が守る。絶対に」
「ありがとう。無理ばっかり言ってごめんね」
「無理? なんのことだ?」
「今まで、ずっとつらかったのに、それなのに、あれやれこれやれって言って、ごめんね」
「そんなことないよ。はるかは正しい。間違っているのは俺だよ。逃げてるのは、俺だ」
「私、純粋に見たいだけなの。汗びっしょりになって、頑張ってる宗介が。プロとか、そういうのじゃなくて」


・・・。


「一生懸命な人が・・・好きなの」
「ああ」


・・・。


俺たちはバスを待った。


「なかなか来ないな」
「そうだね。お母さんが来るなって言ってるのかも」
「待ってると思うぞ。おまえが来るの」


俺たちが待っていると、老婆がウロウロしているのが視界に入った。

 

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「なぁ? あそこにいる、ばあちゃんって、この前のチョコレートくれた、ばあちゃんじゃね?」
「ほんとだ! また、会ったね。何か探してるみたい、声かけてみようか?」
「そうだな」


俺は老婆に話しかけた。


「ばあちゃん? また道に迷ったのか?」

「あの~、これを孫に届けたくってね・・・。でも、孫がどこにもいないんだ」


老婆は、持っていた袋から何かを取り出した。


「それ? 野球ボールですか?」

「そうだと思うんだがね・・・。どこにも孫がいないんだよ」


取り出したのは、紛れもなく野球ボールだった。


「これって、ばあちゃんの孫のボールなの?」

「そうじゃ。ほら、ここを見ておくれ、ヒロシって書いてあるだろ?」


マジックでヒロシという名前が書いてあった。

老婆は大事そうにボールを撫でた。


「お孫さんに、これを渡したいんですか?」

「そうなんだけど・・・渡すことがどうしてもできないんだ」


俺は老婆の胸のバッジを見た。


「はるか・・・これって」

「もう随分、会っていない。孫には悪いことをしてしまった。それ以来、わたしは孫と会ってはいけないんだよ」


すぐに分かった。

老婆は義務を負っている。

そのせいで、孫と会ってはいけないのだろう。


「孫に会いたい・・・。死ぬ前に一度でいい。会って謝りたい。このボールを渡したい」


俺はボールを見た。

ヒロシ・・・。


「そこのご夫婦に頼みがあります。どうか、このボールを孫に渡してくれませんか?」


俺は躊躇した。

どこの誰かも分からない人間に渡すなんて不可能だ。

老婆はすがるような目で俺たちをみた。


「分かりました。私たち夫婦が、お孫さんにこのボールを届けますから、安心してください」

「おい、はるか・・・」


はるかはボールを受けとった。

老婆は何度も何度も頭を下げ、満足したようにどこかへ去って行ってしまった。


「いいのかよ。そんなこと引き受けてさ」

「だって、見てられなかったんだもん。あの、おばあさん、きっとつらいんだよ。だから少しでも助けてあげたくて」

 

・・・義務のつらさは俺も身に染みて知っている。

あの老婆の気持ちも痛いほど分かる。

でも・・・。


「宗介のつらさを知ってるから、ほっとけないよ」
「うん」


俺はボールを改めて見た。

ヒロシ・・・。


「どこにいるんだろうな、ヒロシ」
「はい、これ。宗介が責任もって届けてあげてね!」


はるかはそう言って俺にボールを渡してきた。


「おい!」
「いいじゃない。野球ボールなんだし」


はるうかはあっけらかんとしている。


・・・はぁ、とりあえず預かっとくか。

と、ちょうどバスがやってきた。

俺たちはバスに乗り込み、はるかの母親の墓がある墓地へ向かった。





俺たちは墓についた。

墓の周りを綺麗に掃除する。

綺麗になった墓に線香をあげ、手を合わせた。


「お母さん、元気だった? 私は元気だよ。今日はね、お母さんに紹介したい人がいるの」
「・・・」
「私が好きになった人。・・・これから、ずっと一緒にいたい人。私たちを、見守っていてね・・・お母さん」


俺は手を合わせ、目をつぶり心の中で祈った。


「はるかは俺が幸せにします。だから、はるかを俺にください」


線香の香りが、辺りを包んだ。

俺たちは墓を後にした。




 

俺たちは公園に行った。

ずっと手を繋いでいた。

 

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「宗介・・・これからもよろしくお願いします」
「こっちこそ、よろしくな」
「さっきね、お母さんに報告したの」
「剣術部のことか?」
「うん。ヒカルやみんなと一緒に、剣術部を作って、必死で頑張って、準優勝出来たって言ったの」
「そしたらなんて?」
「良く頑張ったわねって、笑ってた」


そう言ったはるかも、柔らかく微笑んでいた。


「そっか」
「ねぇ? 宗介? 小さい頃に約束したこと、おぼえてる?」
「え?」
「お母さんが死んで、私がメソメソしてた時、宗介、言ったんだよ」
「なんて?」
「はるかのそばに、ずっと居てやるって」
「・・・おぼえてるよ」
「宗介、その時、まだ身長も今みたいに大きくなくて、私、よくお姉ちゃんですか? って言われてたんだよね」
「そうだったな」
「私の方が、身長高かったもんね。いつの間にか、追い越されちゃったけど」
「学園に入ってから、急激に伸びたからな」
「生意気な弟って思ってたけど、いつの間にか、いい男に成長したなって近頃は思うんだよね」
「おまえだって・・・」
「え?」
「おまえだって、小さい頃は男に負けないくらい活発で、髪とかも短くてさ、ボーイッシュだったよな」
「そうそう。よく男の子に間違えられてた」
「でも、今は、女らしくなったっていうか、その、大人になったよな」
「え? それって褒めてる?」
「別に褒めてねーよ。事実を言ったまでだ」
「事実かぁ。捻くれ者の宗介くんにしては、随分と正直ですね~」
「誰が捻くれ者だよ」
「ヒカルの試合みて思ったんだぁ。私も強くなりたいって」
「強くなりたい?」
「そう。もちろんヒカルみたいに強くなるのは無理だと思うけど、少しでもヒカルに近づきたいって」
「そっか」
「私、強くなれたかな?」
「強くなったよ。剣術だけじゃなくて、心だって・・・」
「じゃあ、やっぱり次は宗介の番だね」


・・・分かってる。


「次は宗介が、夢を叶える番だよね。私も、次の夢、叶えるから。一緒に、頑張らない?」


俺はポケットから、新聞の切り抜きを取り出した。


「『ツイスト戦で完全試合を達成した畑山投手は、前日のオレオンズ戦で降板直前に打ち取った打者と合わせ、28打者連続アウトでツイスト戦に先発。7回2死に四球を出すまで20連続アウトを取り、前日の試合から併せ48打者連続アウトを成し遂げた』。この試合なんだよな。まだ小さかった俺はさ、この試合をみて、畑山選手が大好きになったんだ。野球を始めようと思ったのもこの頃だったと思う。すげー試合だった。出てくるバッターは次々にアウト。俺はいっぺんで畑山選手のファンになったんだ」
「私もあの試合、すっごく興奮したの覚えてる。野球なんて興味なかったのに、夢中になってた」


記事には、ガッツポーズをしている畑山投手の写真がのっていた。

まだ若いなー。

記事は続いている。

「この日、畑山広志選手の祖母の畑山菊絵さんも応援にかけつけ、孫の晴れ舞台を喜んでいた」


畑山選手の祖母?


・・・ん?

このばあちゃん、どっかでみたような・・・。


見覚えのある顔だった。


「この、おばあちゃんって、チョコレートをくれた、おばあちゃんじゃない?」
「まじで?」
「そういえば、畑山選手のおばあちゃんがこの辺に住んでるって福引の女の人が言ってたよね?」


「いい冥土の土産ができました。長生きはするものですね。私は戦中の生まれで、食べるものもなく・・・」


記事にはそう書いてある。

「やっぱりそうだ・・・」
「宗介! あのボールってもしかして!」


俺はさっきのボールを取りだした。

ヒロシ・・・。


「ヒロシって畑山広志のこと!?」
「きっとそうだよ! そっかぁ。あの、おばあちゃんが探してた孫って、畑山選手だったんだね」


どうして畑山選手に会えない義務を負ったのかは分からない。

ただ、ばあちゃんは今でも畑山選手に会いたいに違いない。

そのことだけは、分かった。


「じゃあ、そのボール、ちゃんと届けないといけないね。あの、おばあちゃんのためにも」
「だけど、どうやって届けるんだよ。相手は天下の畑山選手だぞ」
「簡単じゃない。宗介が有名になって、一緒のチームになるとかすれば、すぐに届けられるでしょ?」
「言ってくれるな・・・」

 

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「約束は、守らないとね」


俺が有名になって、畑山選手に会ってこれを届ける・・・。

なるほど・・・なかなか大きな使命だ。

んじゃ・・・。

やるしかねぇかな。

ばあちゃん、このボール・・・。

俺が、あんたの孫に届けてやるよ。

待ってな。

・・・。


・・・・・・。


「ねぇ? お腹すかない?」
「そういや、すげーすいたかも。どっかで食ってくか?」
「実は、お弁当作ってきたんだよね」
「え!?」
「そういう顔しないの! 分かってるよ。どうせ期待してないんでしょ? それは自分が一番分かってるから」
「・・・うん」
「でも、今日はほんとに違うの。すっごく頑張ったの。一生懸命作ったの。だから、食べて欲しいんだ」
「・・・分かったよ」


はるかは弁当箱を開けた。

 

「不味かったら、ハッキリ言って。その時はもう二度と作ったりしないから」


はるかの顔は真剣だった。


・・・。


たとえどんなに不味くても、俺は真剣に感想を言おうと思った。


「不味かったら、不味いって言うからな。でも、怒るなよ」
「わかった。絶対、怒ったりしない」


俺はハシで、肉じゃがをつまんだ。

ゆっくりと口に入れる。


・・・・・・。


「どう、かな?」


・・・。


「うん・・・。不味くない。・・・うまいよ」
「ほんとに?」
「ああ。ほんとにうまいよ」


お世辞じゃなかった。

・・・本当にうまかった。

ちゃんと、肉じゃがだった。


「努力したんだもん。あれから何度も練習したんだよ」
「うん、うまいよ」


俺は肉じゃがを、口いっぱいに頬張った。


「嬉しい!!」


突然、はるかは抱きついてきた。


「おい、やめろって。苦しいよ・・・」
「いいじゃん! だって、嬉しいんだもん!」
「誰かに見られたら、恥ずかしいだろ・・・」


はるかは俺から離れようとしない。

俺も、はるかを抱きしめた。

温かかった。

はるかの体温が、俺を温めてくれる。


「これで、心おきなく、お嫁さんになれるね!」


はるかは、微笑んだ。

・・・そっか、はるかは苦手だった料理にも諦めずに取り組んで、うまい肉じゃがを作ったんだ。

じゃあ、次は俺の番だな。


「なあ? 俺の頼みも聞いてくれないか?」
「なに?」


俺はカバンからグローブを取りだし、はるかに投げた。


「キャッチボール、やろうぜ」


はるかは、きょとんとした顔をした。


「ほら、やるぞ」


はるかは頷いて、グローブを構えた。

 

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「いいか? 本気で投げるからな。しっかり、受け止めろよ!」
「ちょっと! 本気で投げられたら、私、取れないよ!」
「ウソつけよ。小さい頃から俺の球をちゃんと受け止められるのは、はるかだけだよ」


俺はおもいっきり、ボールを投げた。


はるかはきっちりと、ボールを受け止めた。


「うん。いい球だね。・・・この感じ。宗介の球・・・」


はるかは俺に球を投げ返す。


「私、やっぱり野球をやってる宗介が、一番好きだよ」


その言葉を聞いて、俺は何かが吹っ切れた気がした。

ふつふつと勇気が湧いてきた。

漠然とした、勇気だった。

根拠のない、無謀な決意だったのかもしれない。

それでも良い。

俺は、自分のやりたいことをやる。

それが、どんなに困難な道でも、俺は進む。

夢は思い続ければ叶う。

その言葉を信じてみよう。

諦めず、進み続けるんだ。


「な~!! はるか~?」
「なに~!?」
「俺さ~!」
「うん~!」
「俺~、もう一回~、ちゃんと~野球・・・やってみようと思うんだ!!」


俺は、自らの決意を口にした。


「・・・うん」


・・・。


深呼吸、同時に心の準備をする。

我ながら今言うことか、とも思うが、今言っておかないと言えなくなりそうだ。

だから、意を決して口を開いた。


「だから~、ずっと~、そばで~見守って~いてください!!」


頬が熱い。

きっと、顔は赤くなっているに違いない。

はるかは、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその顔に幸せそうな微笑みを浮かべた。

「しょうがないなぁ~。分かった。一緒に、いてあげる~!」


・・・俺たちは、日が暮れるまでキャッチボールを続けた。

まるで、子供の頃に戻ったように。

何度も何度も・・・。

微笑むはるかを見て思う。

はるかは物心ついたときから、近くにいた。

頭がよくて、運動ができて、優しくて、みんなから好かれていて、こんな美人・・・。

美人。

たぶん近くにいすぎてピンとこなかったけど、はるかは美人だ。

商店街一、いや学園一、いやこの町で一番、・・・いやきっと世界一、

かわいい。

・・・絶対。

 

改めて自己紹介をしようか・・・。

俺は・・・えっと、とりあえず学園生だ。

名前は椿宗介。

母親と二人暮らし。

趣味は野球。

友達はいる。

恋人もいる。

みんなでいることが多い。

退屈な町で刺激的な毎日を過ごしている。

学園はちょっとした坂道を登ったところにある。

私立新山学園。

坂道というのが曲者で、遅刻しそうになった日なんかはちょっとした地獄だ。

全力で坂をダッシュする。

もう、それだけで一日分の体力は使い果たし、授業なんか聞いていられない。

俺はいわゆる不良ってやつだった。

元不良。

カッコ悪りぃ。

だけど、今はそんなカッコ悪い自分を変えようとしている。

座右の銘は、一日十善。

なかなか難しいけど。

とはいえ、別に俺はそんな上等な人間ってわけじゃない。

どこにでもいる普通の人間だ。

過ごしている日々も、いたって平凡なものだろう。

だけど、俺にとって。

その平凡な日々は、かけがえのないものなんだ。

気力が湧いてきた。

さて、今日も今日とて、とりあえず生きてみるか。

そう、俺は生きている、自分の足で、しっかりと生きているんだ。

この車輪の下で──。

 

END