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-ノベルゲーム・タイピング-

ドキドキ文芸部プラス!-DOKI DOKI Literature Club Plus!+-【自己愛パート】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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作品著作表記
© 2021 Team Salvato & Serenity Forge. All rights reserved. Licensed to and published by Serenity Forge LLC and Active Gaming Media Inc.

デベロッパー公式サイト
https://ddlc.plus/

当社公式サイトおよびゲームストアリンク
https://playism.com/game/doki-doki-literature-club-plus/

 

 

--------------------

 

 

ユリの手紙が、モニカからナツキに手渡されてからまだ一日しか経っていなかった。

その日はユリが部活を休んだため、ユリとナツキは直接顔を合わせていなかった。

いつもの昼休みだったが、ユリは部活の時間を気にして何度も時計を見ている自分に気付いた。

自分の努力の結果がいかなる結末となるかが不安だったのだ。

学生が通り過ぎるたびに不安が募るため、ユリは人のいない場所を選び、そこで昼休みを過ごすことにした。


……。

 

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この階段はメンテナンスを行っているため、生徒は近づかないだろう。

慌ただしい学校生活の真っ只中に一人の瞬間があると、本当に落ち着く──

 

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「──!」

「え──!」

「……ここで何やってんの?」
「あ──私はただ──」


親指で押さえつけたページに皺(しわ)ができるほど、ユリは本を握る。


「えっと──"あなたこそ"ここで何を?」
「……。アタシは……そこの自動販売機に、飲み物買いに来たのよ。もう一つの自動販売機は、好きなものが売り切れてたから」


ユリは、ナツキが数枚の硬化を指でいじくり回しているのに気がついた。

ユリは目を合わせずにうなずいた。

ナツキも目をそらし、ぎこちなく自動販売機へ向かう。

彼女の動作一つひとつの音が、静けさに包まれた階段の吹き抜けに響いていた。

長い時間をかけてナツキは飲み物を買い、今度は硬化の代わりにそれを指でいじる。

アイスティーか何かのようだ。

だが、ナツキはすぐにその場を立ち去らず、辺りを見渡した。


「ねえ、ここって静かすぎて……不気味じゃない? い──今のは……違うの、そういうつもりじゃなくて。その……アンタの好きなものとかはすごくイケてるし……えっと、ホントにアンタに合ってると思うし、だから……。アンタが──キモいとかそういうことを思ってるわけじゃないから! そんなつもりはないからね! ああもう、黙っとくわ。その方が良さそうだし」
「別にいいですよ。何も……問題ありませんから」


ナツキが口ごもって気落ちするのを聞いて、ユリは励まそうと言葉を口にしようとしている自分に気づく。

それに応じてか、ナツキは階段の一段目に近付き、ユリのそばへためらいながら腰を下ろした。


「えっと、いない方がよかったら消えるけど」


ユリは首を振る。

ナツキは缶のフタを開け、一口飲む。

ユリから許しを得たにもかかわらず、ナツキはそれから一言もしゃべらなかった。

ユリは読書を続ける──あるいは、少なくとも、そのふりをする。


……。


それから、二人は長い間そこに座っていた。

時間が経つごとに、緊張感が少しずつ薄れていくようだ。

言葉は交わさなくても、何か意味があることのように思える──それが何なのか、はっきりしないとしても。

……。


昼休みは、思ったよりも早く終わった。

ナツキが空き缶を持って、先に立ち上がる。

 

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「アンタ、今日は来るの? 部活」


ユリはうなずく。


「悪かったわね……すっごい気まずい会話で。こういうことを話すの、ほんとヘタクソなのよ。どうしてかわかんないけど。……けど、話せるようになりたいの。いつかは」
「私は急ぎません。急ぎませんから」
「……ありがと」


……………。

 

……。

 


翌日。

角を曲がって現れたナツキが自動販売機へ近づくと、そこにいたユリと目が合った。

今日は、何かの本を抱えているようだ。

 

 

 

 

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「ああ、アンタ、またここにいたのね。……これを読みに来ただけよ。 この辺りは人もいないし」
「え? あなたはこういった静けさを好まないと思っていましたが」
「まあ……好きじゃないわよ。けど、ここには人がいないでしょ」
「そうですね」


ナツキは座り込む。

今日の雰囲気は、昨日とは大きく違った。

昨日の昼休みとその後の部活を経て、再び互いがそばにいるということに、ナツキとユリは安心感を覚え始めていた。

ナツキは、ユリの手紙のことは心の奥にしまったままにしていて、できるだけ考えないようにしていた。


「ですが、私がここにいても構いませんか?」
「ええ、気にしないわ。うるさく言ってくる友達の相手をする気分じゃないの。特に……わたしが文芸部に入ってから、マンガを読まなくなったって思ってるからさ。別に、隠そうとしてるわけじゃないんだけど……。けど、ずっと待ってた新刊がやっと発売したから、"今は"そっとしておいてほしいのよね。何か月も待ってたのよ」
「マンガが好きな友人はいないのですか?」
「ネット友達以外だと、いないわね。サヨリはいるけど、"ハマってる"ってわけじゃないし。あの子はただ好きなだけ。意味わかる?」
「ええ」
「正直、少なくともまともに見える本をハマってるアンタはラッキーよ。だって、自分の読んでるものをとやかく言われずに済むでしょ?」
「そんなことをされたら、とても不愉快でしょうね……。私はあれこれ構われるのが嫌いですから、特に」
「まあ、アタシが鈍感でよかったわ。ところで、ネットで友達つくるのってホントおすすめよ。アンタがアタシみたいに、趣味の話ができる相手がいないならね」
「ああ、ネット友達ならいます。……実際は中学校からの、ですが。当時は本当に友人がいなくて。その……当時のことを思い出すのは、いささか恥ずかしいですが。数年前の私がここにいたら、その顔を引っ張たいてやりたくなる時があります……」
「まあ、いいでしょ。中学の頃なんて、アタシたちみんな、バカな子どもだったんだし。アタシが書いた二次創作なんて……ペンネーム使ってて、ホントよかった。けど、その時は好きだったのよね。めちゃくちゃ充実してた。それに、当時と比べたら自信を持って言えるわ。アタシはマシな人間になったって。だから過去を変えたいとは思わないわね」
「でも数年後の私たちは、今の私たちと同じことを考えているんでしょうね」
「あはは! かもね」
「そう考えると、不安になりませんか?」
「まさか! 人にどう思われようが気にしないわ。それがまだ存在しない人間なら、特にね」
「確かに……」
「いいわ、じゃあ……」


ナツキは手を自分の顔まで持ってきて、頬を力強く叩く。


「今のは、現在のアタシを受け入れる。未来のアタシからの分ね。痛かったー。あんまり強く叩くつもりじゃなかったんだけどな」


ユリは無言のままだった。

しかし直後、恥ずかしそうにそっぽを向いたユリが、驚くことに腕を振り上げてナツキと同じことを──自分の頬を思い切り叩いたのだった。

ユリは顔を赤くして膝に目を落とすが、笑顔を隠せていなかった。

まるで本当におかしい冗談だったかのように。


「そうこなくっちゃ。アンタもやるとは思わなかったわ」
「わ……わかりません。私、どうしてこんなことをしたのか。きっと楽しいと思ったのかも──ごめんなさい、邪魔ばっかりしてますよね……。読むのを楽しみにしていたって言ってたのに、私がどうでもいいことをずっと勝手に話してましたね。どうぞ読書に戻ってください」
「ああ……そうね。……ええ、読書に戻るわ」


会話はすぐに終わり、ナツキは自分の本を開く。

二人は昼休みの残り時間を、黙って本を読んで過ごした。

だがその間ずっと、会話をそっけなく終わらせてしまったことを後悔し、ユリは読書に集中できなかった。


…………。


……。

 

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「また来たんですね」
「うん、また来たの」


また、明くる日のことだ。

昼休み、ナツキはまた吹き抜けの階段へとブラブラとやって来る。


「ねえ、あれ買ったのってアンタ?」


ナツキはすぐ、自分がいつも座っている階段のところに、アイスティーの缶があることに気付いた。

ユリは目をそらしてうなずく。


「え、アタシのため、みたいな? けど、今日アタシがここに来るかもわかんなかったのに。来なかったらどうしてたのよ?」
「えっと……その──それなら、自分で飲んでいたと、思います……。確かめもせず馬鹿なことを……」
「ううん、べ、別に気にすることないわ。あの──……何でもないわ。ありがとう、って言いたかっただけ。あと、うれしかった」
「そう思ってくれなくても、私はいいので……」
「思ってるわよ! 前のあれも、そんなつもりじゃなかったの。絶対に。信じて」
「えっと……」


ユリは動きを止め、うなずいた。


「会話は……難しいです。私も何度も間違えてきました。だから信じます」


ナツキはホッとして息を吐く。

それからユリの隣に座り、飲み物を手に取る。

ユリのことだから、自分のぶっきらぼうな返事を真面目に受け取り過ぎて、自信を失っていたのだろうとナツキは思った。


「……次は、アタシがアンタのために何かするわ」
「いえ、無理はしないで……」
「アタシがやりたいの! アタシも、優しくしたいの」
「……わかりました。ありがとうございます」
「感動するなら、アタシが優しくしてからにしてよね」
「その時にも、お礼は言います」


ナツキはため息をつく。


「えっ?」
「何でもないわよ……。最近、友達と会ってないなって思っただけ……」
「ここに来ているからですか?」
「ううん、違うわ、そうじゃなくて……。意識して避けてるとか、そういうわけじゃない。ただ……最近は、昼休みに他にやりたいことがあるだけ。ただ遊ぶだけなら、友達と一緒にいるのは好きよ。けどアイツら、何も真剣に考えないの。だからアタシが……その、気分が落ち込んでる時は……アイツらの態度、ホントイライラするのよ。文芸部に入部してから、そのイライラがひどくなる一方よ」
「どうしてですか?」
「さあね……。そういうのを我慢するの、得意だったはずなんだけど。だって、アタシが冗談が気に入らないからって感情的になるなんて、ホントバカバカしいでしょ。けど……最近は、なかなか我慢できない。まあ、気にしすぎるアタシが悪いんだけど。そんなことで周りの人間に変わってほしいなんて思ってないし!」
「でも……」
「うん、わかってる。モニカとサヨリは、こんな考え方には絶対に賛成しない。だけど、二人はアタシとは立場が違うからさ。自分の気持ちを伝えるべきとか何とか言うのは簡単よね。けど、"アタシ"の友達グループはそういうタイプじゃないし! アタシが恥ずかしい思いをするだけでしょうね。……ゴメン、アンタには全然関係ない話よね。何でこんなこと話してるんだろ」
「いいんです。聞いているのは楽しいです」
「え? 人の悩みを聞くのが?」
「はい」
「あはは! 変なの」
「……。ただ……人の話を聞くのが好きなんです。おかしいでしょうか?」
「う、ううん! おかしくない! アタシ、誤解してたみたいだから……。えっと……それじゃあさ、話を続けてもいい?」
「あなたがそうしたいなら……」
「わかった……。えっと、何を話せばいいかな……」
「お友達のどんなところが好きなんですか?」
「たくさんあるわよ! アイツらと放課後とか週末に出かけるのはホント楽しいし…‥。アタシがつくったお菓子も気に入ってくれてるし……。一緒に学校のことを愚痴るのも楽しいわね。いっぱい笑わせてくれるし。それから、いい思い出や内輪ネタもたくさんあるわ」
「ああ……。私の苦手なことばかりですね」
「……そうなの?」
「それは、あなたにとっては重要なことなんですか?」
「まあ……ある程度はね。けど、その"すべて"を友達"みんな"に求めてるわけじゃない。クラブのみんなとは全然違うけどさ。アイツらはアイツらで友達なの」
サヨリちゃんは、あなたのお菓子が大好きです。それに、あなたを笑わせてくれます。……愚痴も多いですし」
「でも、アタシの他の友達とは違うわ」
「それに、その人たちと違って、サヨリちゃんはあなたの気持ちを気にかけてくれるいい子です」
「ちょっと、何よそれ? 何も知らないくせに、わたしの友達のことをそんな風に言わないでくれる?」


ナツキは立ち上がる。


「いえ、待って──ごめんなさい! そんなつもりではなかったんです! 悪く言おうとしたんじゃなくて──行かないでください……」
「……」


ナツキはため息をつき、首を横に振る。


「……別にいいのよ。そんな風に人を決めつけちゃダメだって、アンタがわかってくれてれば」
「ごめんなさい」


ナツキは座り直した。


「そんな風に……誰が誰よりマシか、みたいなやり方で友達を並べちゃダメよ。みんな違うんだから」
「ごめんなさい。私はただ……。……あなたを傷つけようとする人が……嫌なんです」
「……」


二人の間に沈黙が広がる。


……。


「別に、アイツらは、アタシを傷つけようとしてない。バカなことでからかいあってるだけ。楽しいから」
「私はそういうのは好きではありません」
「まあ、だからアイツらは、アンタじゃなくてアタシの友達なんでしょうね」
「あなたは好きなんですか?」
「……。そんなに心配してくれなくていい。大したことじゃないわ」
「ごめんなさい。人との間に生まれる葛藤と向き合うための、便利な方法を私が知っていたらよかったのですが。モニカちゃんみたいに。彼女はこういうことが得意なので」
「そんな悩んでないわよ。それに、アタシはいつも助けてほしいってわけじゃない。自分で対処しないといけない時もあるわ。モニカとサヨリには絶対にわからないことでしょうけど。アタシたちのやることなすことが間違ってるように見えると、二人はいつも『ああ、どうしたの? 問題ない?』って感じでさ。干渉しないでほしい時だってあるわよ! それに、話すかどうかは自分で決めたいわ。そういうのを理解してくれるのは、アンタだけよ。だから、アンタはそんな無理にがんばらなくていいの。アンタは……自分で思ってるほど、悪くはないわよ」
「私に……気を遣わないでください……」
「嘘じゃないわ。それと、あんまり話したがらない人は聞き上手になるって納得ね」
「ありがとうございます。あなたも……いい人です」
「……。アタシは聞くのがホント下手だからさ。性に合わないのよね。自分は何でも本音が言える人間だって思ってたから、ホント変な感じ。でもイライラしたり、何か意地悪なことを言いたい時だけ、ずばずば言えちゃう気がするの。どうしてそんな性格なのかしら? 答えなくていいわ、独り言よ」


ユリはうなずき、沈黙を守る。

ナツキは、ユリの指がページをいじっているのに気付いた。


「アンタ、どうしてそんなに本読むのが好きなの?」
「えっ、えーと……。その、理由はたくさんあります。でも……本当にあっという間に夢中になったんです。没入感がすごくて。物語の一部になりたくなるほどです。思うに……現実では、人に不愉快になったり腹が立つことがたくさんあります。規則に従うことや、グループ内での交流に関しては、特に。私には……そういうことが本当に理解できないです。仲間に入りたいと心から思うこともありません。ですが、本は違います。登場人物のそばにいたいと、いつも感じるんです。本の登場人物には、現実の人にはまったく感じたことのない、感情の強い結び付きを感じます。だから……そう、現実よりも現実味を感じる時もありますね」
「そうなの? 人と一緒にいることがイヤなの? その……いつも?」
「うーん……頻繁に、ですね。集団の中だと特に感じます。みんながいろいろな会話をしたり、冗談を言ったりしている時……私はどうすればいいのかわからなくて、ポツンとしていると言うか」
「ええっ……それって寂しくない?」
「そうは思いません。一対一で誰かと時間を過ごすのは、まだ楽しめます。それに、ネット友達もいますからね」
「アンタさ……本の登場人物と友達になりたいって思ったことある?」
「いつも思っています。時に、胸が痛むくらいに強く思うこともありますね」
「ああ……。私もなの」
「そうなんですか……?」
「ええ。ものすごくね。たぶん……他の誰よりも、そう思ってる」


ナツキがそうつぶやいた後、再び吹き抜けに沈黙が広がる。

しかしそれは、二人が共有して感じ会える──

互いの理解に満ちた沈黙だった。


…………。

 

……。

 

 

 

 

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「おつかれー」
「ああ、こんにちは。今日は来ないのかと思っていました」
「ああ、まあね……」


昼休みはすでに半分ほど過ぎていた。

ナツキはいつもならもっと早い時間に、階段にいるユリに会いに来ていた。

友人に会いたくない時、避けるのにいい方法だったからだ。

今日は、大きなプラスチック容器を手にしている。


「友達と会ったから、ちょっとたむろってたの」
「そうだったんですね」
「まあね。今日は気分が良かったから、いいかなって。しばらくアイツらと会ってなかったしね。会わなかった理由を考えないといけなかったけど、わかってたことだし。それに、たくさん作り過ぎちゃったから、アイツらにも分けようと思って……」


ナツキは座り、容器の蓋を開ける。


カップケーキを作ったんですね」
「そうよ。久しぶりだったから……またそろそろ作ってもいいかなって。ほしいなら食べていいわよ」


ユリはカップケーキを一つ手に取り、まじまじとそれを見つめる。

茶色のカップケーキには、濃い緑色のフロスティングで丁寧につくられた花の模様がついており、てっぺんにはキラキラと光る粉末がかかっている。


「とてもかわいいです。昼食を食べたばかりだから、食べきれないかもしれません……。部活に持っていくのですか?」
「うん、たぶんね。持っていこうとは考えてなくって、ただ作っただけなんだけど」
「ああ……緑はモニカちゃんの好きな色だから、てっきり部活用かと」
「ああ──そうね、けどそうじゃないっていうか……」


ユリは小さくかじる。

 

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「……抹茶味ですね。抹茶は大好きです」
「ああ──そうなんだ? 思いつきでやってみただけよ、だから……」
「あははっ」
「笑わないでよ……」
「いえ……笑っていません。幸せな気分になっただけです」
「ああ……ゴメン。アタシはね──……まあいいわ。アタシが言いたいのは、良かったってこと。またつまらないこと言って悪かったわね。気の利いたこと言えたら良かったんだけど。それに、お菓子つくりはアタシが得意なことだし。あと、今まで見てて、アンタがお菓子好きなのはわかってたし」
「う──」


ユリはナツキのカップケーキをたっぷりと楽しんだ時のことを思い出し、顔を赤くする。

皮肉にも、口の中はカップケーキでいっぱいだったため、言い訳を口ごもることもできず、ユリは不服の表情を浮かべる。


「どうしてお菓子づくりにハマったんですか?」
「ああ、えーと……何でかしら。何か心が惹かれるのよね。うーん、何年か前、お菓子づくりをたくさんするマンガを読んだから、しばらくのめり込んだわ。ほとんど毎日作ってたかも。でもとにかく楽しかったわ。お菓子づくりは芸術みたいなものだけど、うまくできた時には美味しくもなるでしょ」
「心を込めてこんなに素敵な芸術作品を作っても、最終的には人に食べられてなくなっちゃうと思うと、ちょっと悲しいですね」
「あはは。まあ、現実的に言えばそうね」
「私は食べる側の方がいいです」
「そこも、お菓子づくりで好きなところよ。たくさんの人を、何て言うか、無償で幸せにできるの。みんないつでも、すごくありがたがってくれて、自分が喜びをもたらせる人間になったように感じる。わかんないけどさ、何か自分に……」
「価値があると感じる?」
「……そうね。そうだと思う」
「それで、今日、お友達と仲直りできたんですか?」
「え? アイツらと仲直りしないといけないような事なんてないわよ。ケンカしてたわけじゃないし」
「そうなんですか……? 勘違いしていたみたいです……」
「アタシがカッとなったらケンカになるだろうけどね。そんな大騒ぎする必要ないし。状況が悪くなるだけよ」
「だから……彼女たちはからかうのをやめないのでは?」
「まあ、時々からかわれるけどね。それがアイツらだし。問題に思ってるのはアタシだけよ。大したことじゃないわ。今は、アイツらといたくない時に行ける場所があるしね」
「ああ……。そうですね」


ユリが手のひらでカップケーキを包んでいたホイルをギュッと握ると、音を立ててクシャクシャになった。


「問題が解決してよかったです。それに、あなたが……あの人たちをこれ以上避ける必要がなくなって、よかった」
「……ええ。アタシもよ。……それに、アンタの一人きりの時間をこれ以上邪魔しなくてもよくなるしね。読むものが溜まってるんでしょ?」
「……はい」
「わかってる……カップケーキは、アンタがアタシにしてくれたことの埋め合わせにはならない。けど、これがアタシの精一杯なの。だから、残りも食べていいわよ」


ナルキは箱を滑らせるようにして、ユリの足元まで押し出す。

ユリは箱をじっと見つめる。

それから、首を振ってその箱を押し返した。


「あなたのお友達のために取っておいてください」
「でもさ──アタシはアンタのために作ったのよ」


ナツキは涙声で言い返した。


「わかっています。ケーキを楽しめてよかったです。あなたの思惑通りに。あなたの願いは叶ったんです。……ですが、あなたは他のお友達も幸せにしたいと思っているんでしょう。このカップケーキがお友達を幸せにする手段なら……あなたからカップケーキは奪えません」
「違うって! これはアンタを幸せにするために作ったの!」
「"アナタ"がいるから、私は幸せなんです! アナタをカップケーキより大事に思っている人もいるんです。だから、そんな人たちは…‥あなたと一緒に時間を過ごしたいんです。そして、あなたと友達になりたいんです」


前触れなく、ナツキの目から涙がこぼれる。

ナツキは膝を胸まで引き寄せ、腕の中ですすり泣き始めた。

 

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「ナツキちゃ──」
「アタシって最低……!」
「えっ、うう──」


ユリは口ごもり、混乱する。


「あなたを傷つけようとしたわけでは……」


ナツキは顔を横に振り、涙を拭った。


「傷ついてない。ただ──」


ナツキは泣きじゃくる声を抑えて、必死に話そうとする。


「自分がすっごくイヤになる時があるの。それに、アンタがアタシに優しい言葉をくれる時、すごく申し訳なくなる。アタシにはもったいないなって思うの。」
「ごめんなさい……」
「違うの、謝るのはこっち。アタシ、ホントに扱いづらいし。誰かに好かれてるなんて……ちっとも思えない」
「……」
「アンタの昼休みを邪魔してる自分も大嫌いだった。思ったの──親切にして、アンタが手紙に書いてたことをすれば、マシな人間になれるチャンスだって。クラブでそんなことしたら、サヨリとモニカがすっごく気にするだろうし、大事になるだろうと思ったわ」
「その……。私も、自分について、ネガティブなことばかり考えています。自分が良い人間だなんて、一度も感じたことはありません。いつも言葉をじっくり選んで……なのに、後になって間違ったことばかり言ってるなって思えて。考えているのは自分のことばかりで、自分で自分が嫌いだし、みんなも私を嫌っているに違いないと思っています。だから……自分の経験から、ナツキちゃんの気持ちが分かります。だから、手紙にして自分の気持ちを表現したかったんです。自分を見ているようで……辛かったんです」
「……」


ナツキは鼻をすする。

ユリはバッグをごそごそとあさり、ティッシュを何枚か取り出すと、ナツキへ手渡した。


「良い人間になるのに必要なのは物事を見つめ直すことだって、モニカちゃんが言っていました。自分自身を成長させたいと思うことが、あなたを良い人にしてくれるんです。だから、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。それに……あなたには……みんなに好かれるところがあります、例えば……」
「……例えば?」
「……例えば……あなたのそばにいると、とても楽しいんです。それに、恥ずかしがり屋でもありません。それに、人を笑わせる方法を知っています。それから、物事にすごく情熱的に取り組むし、あと、人を引っ張っていく術も知ってます。それと、他の人のことを、すごく気にかけていますよね。それから、それから……」
「あのさ……ええと、すっごく恥ずかしくなってきたんだけど」
「だって──あなたが聞いたんじゃないですか! 恥ずかしいのはこっちの方だと思いませんか?」


ナツキは笑顔を隠そうとする。

それから、ため息をついて再び笑顔を消した。


「ここに来るたび、最後にしようと思っては、どういうわけか戻ってきちゃうのよね」
「それは……悪いことですか?」
「……。すごく混乱してるだけ。その、友達とは昔からの知り合いなの。だから、アイツらを放っておくのは……何て言うか」
「何て言うか?」


ナツキが口をつぐむ。


「……腹を立てられそうで怖いのかも」
「ああ……」
「どうしたらいいのか、全然わかんない」


ナツキは言葉を止める。

ユリは遠く、床のタイルの模様に目を沿わせながら、心の中で考える。


「仮に、ですが、あなたの友人が怒っているのではなく、喜んでいるとしたら?}
「何を喜ぶの?」
「新しく入った部活で、あなたが楽しんでいることを、です」
「えっと──それは……例え話にしたって良くないわね」


ナツキは自信なさげに言った。


「アタシは……人に認められなくたって幸せになれるって、ずっとそう信じてきた。今もそう思ってる。けど……一緒に過ごしてる相手は、アタシのことを認めてくれなくて、悪口を言ってくる。すごく混乱するのは、そのせいかも。だって……アタシを幸せにしてくれる"はず"のもののせいで、悪く言われるんじゃないかって怯えるんだもの。だから、幸せになろうとしたら、どうしても不幸になっちゃう……。そう思うと頭が痛くなるわ」
「それで……不安になってしまっているのですね。ただ自分らしくいるということでさえ、間違いだと感じてしまっているのでは」
「……ホント……自分が信じてるものと……全部逆を行ってるわよね……。アタシがなりたい人間に反したことをしてる。もうウンザリ。あれもこれもウンザリよ」


ナツキは額に手のひらを押しあてて、首を振る。


「何が一番ベストかわかってる。だけど、それは違うって自分に言い聞かせてる。気楽に不幸でいる方が、本当に怖いことをするよりずっと簡単だから」
「怖いこと?」
「わかってるでしょ……終わらせるの」
「……友人関係を?」


ナツキはうなずく。


「縁を切ろうと考えているとは思っていませんでした」
「最近までは考えてもみなかったわ。よくあることの一つに過ぎないって言うか……。長い間それが普通になっちゃってたから、馴れちゃってた。今までの大半がそんな感じだった。それこそが自分の人生だって感じるくらい長がった。これを捨てるのって、人生の大部分を捨てるようなものなの。そう考えるとウンザリしてくるわ」


ナツキはため息をつく。


「でも……本当に怖い。ゾッとする」
「何が怖いのですか?」
「わかんない……たくさんある。一人になることとか。話したり出かけたりする人がいなくなるとか。アイツらと一緒にやってたことは、これからどうするんだろうとか。それに、アイツらには嫌われたくはないの。あと、逆らって傷つけられるのも怖い」
「暴力を振るわれたり?」
「殴られたりはしないけどさ! けどさ……」


ユリは拳を握りしめる。


「ナツキちゃん」
「何よ?」
「もし誰かがあなたに危害を加えようとするのなら……。私が地獄を見せてやります」


ナツキは笑い始めた。

 

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「笑わないでください!」
「あはは。ゴメン、でも──それ、気に入ったわ。最高ね」
「あの……。私は本気ですよ」
「わかってるわよ」


ナツキはユリに愛情のこもった表情を向ける。


「それを待ってたのかも」
「えっと……」


会話が途切れ、ナツキが再び、カップケーキの箱をユリへ滑らせる。


「食べてよね、いい? 他の人には、もうあげたくないから」
「……いいんですか?」


ナツキはうなずく。


「いいの」
「それでは、いただきます」


ナツキは目をそらすが、あたたかな感情がユリから広がってくる。

ナツキはそのあたたかさを抱き締めた。

それが、勇気を与えてくれるから。


…………。


……。

 

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「ああ、今日はあなたが先でしたか」
「うん」
「それに、読むものを持ってきたんですね」
「まあね」


ナツキはいつもの場所に座っている。

今回は、昼食を隣に置いて、マンガを一冊手に持っている。

ユリも同じように腰を下ろし、自分の本を開く。


「面白いシリーズが終わる時って、ホント最悪。生活の大きな部分を占めてたものが、ある日突然なくなっちゃう感じ。残るのは、喪失感だけ」
「悲しいことですが、私も同じことを経験しそうです。今読んでいるのは、このシリーズの最終巻なんです」
「最悪よね」
「でも……物語が完結を迎えると、満足感もあるんです。永遠に続いてほしいかと言われると……」
「かもね。でも、そうだったらいいのにって思うものもあるわ」
「逆に、引き伸ばされ過ぎたものを読んだことはありますか?」
「ああ、あるある。話の途中で本気で耐えられなくなって、最終回はホント最悪だったやつ。いくつか思い浮かぶわ。だから……面白いものが終わらないといけない時は最悪だけど、無理やり続きをつくられて嫌いになっちゃうのも最悪ね。どっちも最悪」
「はい。まあ、何にでも当然のことですよね。終わりが来るのは」


二人は黙り込む。

それぞれ読書を進めながら、ゆっくりと昼食を進める。

しかし、ナツキは自分の昼食にまったく手をつけようとしない。


「……この週末、出かけたりしないわよね?」
「……えっ?」
「その、友達とよ。モールとか、商店街とか、そういうとこに」
「私はまったくのインドア派というわけではありませんよ」
「ああ……決めつけて悪かったわね」
「まあ……あなたやサヨリちゃん、モニカちゃんたちなんかと比べたら、出かける頻度は少ないでしょうし。友人と待ち合わせて、気ままに時間を過ごすことはあまりありませんね。ボードゲームのグループとはよく会っていますけど」
ボードゲームのグループ……?」
「えっと……気にしないでください。とてもオタクっぽいものなので。ところで、どうしてそんなことを聞くのですか?」
「興味があっただけ! アンタが出かけるの想像できないから……気になっただけよ」


ナツキに目を向けると、ユリは彼女が震えていることに気付いた。


「そんな風に見ないでよ」
「ごめんなさい……」


ナツキは胸元に膝を引き寄せ、顔をうずめる。


「耐えられない」
「私……何か言いました?」


ユリは動揺し、自分が何か言ったか、しでかしたのか、思考を巡らせる。


「やったの。終わらせたわ。さっきアイツらにメッセージ送って、言ってやったの。反応が怖いから、ブロックしちゃった。今は死にそうな気分」
「ああ……それは……。……大変でしたね」


どうすべきかまったくわからず、ナツキを慰める言葉がなかなか出て来ない。

その中、ナツキがとても苦しそうに呼吸する音が辺りを包む。

それから、ほとんど囁くような声で、再び話し始めた。


「……助けて。胃がむかむかして、何かに頭をぶつけたい。お願いだから助けて。耐えられないの」
「──もしかして、パニック発作では」


それは理解すると、ユリの顔つきが突然変わる。


「わ…‥私にも経験があります。だから、一緒に乗り切りましょう。私がついています。いいですか?」


ナツキは浅い呼吸をしながら素直にうなずくが、まだ膝に顔をうずめたままだ。

ユリはナツキのところまで行き、後ろの段に座る。

それから、ナツキの肩の上に手を置いた。


「私の手を感じますか?」


ナツキはうなずく;

感触を通じて、ナツキの震えがより一層伝わってきた。

小さな声で緩やかに、ユリは続ける。


「大丈夫ですよ。今、あなたがいるのは安全な場所です。あなたを怖がらせるものは何もありません」


ナツキはもう一度うなずく。

ユリはナツキの肩に触れているだけなのに、首の付け根を通してナツキの鼓動が感じられる。


「一緒に呼吸法をやってみましょう。私の呼吸音に耳を済ませてください。私に合わせて呼吸をするんです。さあ、吸い込んで」


ユリは深く、ゆっくりと息を吸う。

ナツキが真似して息を吸い、その肩が上がるのを、ユリは手のひらに感じる。

二人は一緒に息を吐き出すが、ナツキの息は震える。


「いいですよ。続けましょう」


ユリはもう一度息を吸い、ナツキも真似をする。

ユリが注意深く見守る間、二人は数回、同じ動きを繰り返した。

やがて、ユリはナツキが体重を預けて来るのを感じ取る。


「体に意識を集めましょう。息を吸って吐く感覚に集中するだけで構いません」
「それと、あなたの肩の上にある私の手の重さを感じてください。あなたは今、安全で心の安らぐ空間にいます」


……。


沈黙のまま、数分間が過ぎた。

最悪の状態は乗り越えたが、ユリはナツキに言われるまで、そばを離れないことにした。

しばらくして、ナツキが膝から頭を上げる。

呼吸はほとんど安定していた。

それから最後に深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がる。

ユリはナツキのするがままに任せた。

ナツキは伸びをした。


「ごめん。こうなるつもりじゃなかったの。アタシ、どうしちゃったんだろ」
「謝らなくていいんです。あなたにとって、かなりストレスだったんでしょうね」
「こういうことってまた起こるの?」
「それは……そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。未然に防ぐ方法もありますが、時間が経てば自然とよくなっていくと思いますよ」


ナツキが再び座り直すしぐさを見せたので、ユリは脇へ避ける。

ユリは、ほこりまみれの床に慌てて放り出して開きっぱなしになっていた本を手に取り、表紙のほこりを払った。


「アタシ……一人で乗り越えられる気がしない」
「……あなたは、一人ではありません」


再び恥ずかしさを感じながら、ユリは自分の膝に話しかける。


「これからは、全部、一人でしなくていいの」


ユリは言いながら、緊張してくる。

こんなにも素直に自分の考えを話すのは、珍しいことだ。

だが、他でもないナツキに対しては、そう話すのがとても自然なことのように感じた。

ユリに似て、ナツキもとても臆病で自分に自信が持てないのかもしれない。

ナツキは、臆病さを隠すのがひどく上手い。

ユリは長い時間をかけて、そのことを理解した。

そしてそのおかげで、ユリは、彼女自身が望んでいた安心感を届けることができた。

自分が他者の愛を受けるのにふさわしいのだと証明すること。

それを認められて初めて、自分自身を愛することを学ぶ、嵐のような旅を始めることができるのかもしれない。


……。

 

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「本気で、言ってるの? 本気なら、後悔するかもよ」
「どんな後悔ですか?」
「だってさ。これからアタシ、週末がすっごく暇になるかもしれない。だから、アタシがいろんな場所にアンタを引き摺り回して困らせてもいいって許可を与えたってことよ」
「なるほど」
「でももう言っちゃったんだから、今さら取り消せないからね」
「ええ……」
「それなら、その責任を受け入れるしかなさそうですね」
「うん。アタシ、おいしいアイスクリーム屋さんを知ってるんだ」
「あら。ということは、私の好きなアイスクリームの味がやっとわかりますね」
「何のこと?」
「覚えてませんか? 初めてあなたが部活に来た日……あなたはみんなの好きなアイスクリームの味を当てましたが、私のだけは、さっぱりわからないと言いました」
「そうだった? 全然覚えてないわ。……あっ、ちょっと待って、思い出した。わたし、抹茶かもって言ったわね」


ユリは首を横に振る。


「いい読みですが、私は基本的に、チョコレートとラズベリーを合わせるのが好きです」
「チョコレートとラズベリー? すごく意外」
「どうしてです?」
「うーん、さあね。言われてみれば、そっちの方がユリっぽいかも」
「今度は……チョコレートとイチゴを試してみようと思っています」

 

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「あ、アタシ、イチゴ味、好き!」
「へえ……偶然ですね」
「楽しみに待っていることがあると、気分が楽になるわ。まだ胃のあたりが気持ち悪いけど。今は自分が正しいことをしたんだって、自分で納得できてる」
「気分が良くなるよう、何か私にできることはありますか?」
「アタシが知る限りは、ないわね。そう簡単に楽になることでもないし。アンタはもう、アタシにこれ以上ないことをしてくれたわ」
「えっと……。考えてみたら、アンタが書いた手紙について話し合ってなかったわね。でも、あそこに書かれていたこと以上のことがもうできた気がして……何話したらいいかもわかんない。ただ、あの手紙のおかげで……自分が必要としているものが、ちょっと理解できたと思う。自分がどう接されたいかって、わかった。あと、アタシがどんなタイプの人と友達になりたいかも。だから、アタシはここに来たの。もっと大きな問題に悩まされるのを恐れていたとしても」
「最初にあなたとここで出会ったのは、偶然だと思っていましたが?」

 

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「あー……まあ……。えっと、そうじゃない……わけでもないっていうか……」
「どういう意味ですか?」
「何でもない。アタシが先に……アンタを探そうとしたかも。サヨリの助けを借りてね」
「それは──でも、あなたは──」
「恥ずかしかったのよ、いい? 心の準備もできてなかったし……。……とにかく、わかるでしょ」
「あの……勇気を奮い起こしてくれて、よかったです。それが、例え自分なりのやり方だったとしても。あなたはこれまで、たくさん決心をしてきたんでしょうね。勇敢です。それに、長い目で見ればいい方向へ変わっていきますよ。あなたを見て励まされる人だっているはずです」
「励まされる人? ……それって、例えばアンタとか?」
「……はい。私とか、です」
「何か、アタシもそういう恥ずかしい言葉に慣れてきたかも」
「その……あなたが私をからかい過ぎなければ、ですが」
「もちろん。ちょっとだけにする」
「ちょっとだけですよ」
「今のあなたがどれほど心もとないか、よくわかります。……ですが、いいことが待っていると心から思います。それが私の正直な気持ちです」
「ありがとね。安心するって、いい気分ね」


二人の少女は、残りの時間も会話を続ける。

だが、新しい感覚──自分たちの前に広がる道が、より確かになったという感覚が、そこにはあった。

数時間後には、文芸部の活動が始まる。

4人の部員は一緒に幸せな時間を過ごすだろう。

4人それぞれに特別な面があって、お互いに分かち合える唯一無二のものを持っている。

友情と文芸を通じて、部員はともに成長し、新たな幸せを見つけ続けるはずだ。

章が終わる。

そしてまた、新たな物語が幕を開ける。

ユリは考える。

長編シリーズを読み終えそうだから、新しい本を探した方がいいだろうか?

この週末は、本屋に行くのがいいかもしれない。

一緒に。


……。