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-ノベルゲーム・タイピング-

ef - the first tale.【8】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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今日も今日とて目覚めはバッチリだった。

いつものように、素早く制服に着替えて準備を整える。

昨日はバタバタしてしまったけど、今日こそはあの子と話をつけないと。

映研でも、何度となく女優と出演交渉はしてきたけど──

間違いなく、新藤景がこれまでで一番の難物だ。

それでこそ、やりがいがあるってもんだけどね。


……。



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「おはよーっす」

「………」


左右に友達を従えた新藤は、あからさまに嫌な顔をしている。

これはこれでいい表情だ──とか思えてしまうのは、俺がもう彼女を撮ることしか考えられなくなってる証拠だ。


「ごめんね、ちょっと新藤さん借りてもいいかな?」


新藤の友人たちににこやかに笑いかける。


「は、はあ……」

「わたしたちはまあ……景がいいのなら」


彼女たちは戸惑いつつも警戒をゆるめてくれたようだが、肝心の本人は──


「借りるとか借りないとかって……わたしはレンタルビデオじゃないのよ」
「ああ、会員証がいるのかな?」


ぎろり、と鋭い目で睨みつけてくる。


「ごめん、冗談だってば」
「わたし、冗談は大嫌いなのよ」
「覚えとくよ。それはそれとして、ちょっと話したいことあるんだけどな」
「……はぁ~」


新藤は深々とため息をついて、左右の女の子たちに疲れた笑みを見せた。


「ごめんね、ちょっと先に行っててもらえる?」

「いいけど……」


なぜか、彼女たちは不安そうな顔をしている。


「大丈夫よ、別に殺したりしないから」


やっぱりこの子はちょっとばかり危険すぎるような。

というか、友達にまでそんな心配をされてどうする、新藤景

彼女たちは困ったような顔をしながら、俺たちから離れて先に行ってくれる。


「歩きながら話しましょう。立ち止まってたら遅刻するわ」


……。

 

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「んで、考えてくれた?」


例によってゆっくりと歩く新藤の横に並ぶ。


「また、堤先輩の映画に出ろって話ですか?」
「もっちろん」
「バカじゃないの」


あら、一刀両断。

昨日も同じこと言ってたけどね。


「なにが楽しくて、わたしが映研に付き合わなきゃいけないのよ」
「あ、言ってなかったっけ。俺、映研じゃないよ」
「え……?」


ぴたっと新藤は足を止める。


「退部したんだよ、今年の春先に。君と同じだね」


にっこりと笑いかけても、新藤は胡散臭そうな目を向けてくるばかりだった。

すぐに信用してもらえるとは思ってなかったけど、相当警戒されてるな。


「ちなみに、俺はそこそこ君のこと知ってるんだけど……。昨日もちょっと訊いたけど、そっちは俺のことどれくらい知ってる?」


信用を得るにはまずこちらのことを知ってもらわないと。


「……どれくらいって」


再び歩き始めながら、新藤はぼそぼそとつぶやく。


「時々、バスケ部の試合を撮影に来てた映研の人。女子生徒に割と人気があるってこと」


そこで新藤はちょっと嫌そうな顔をした。

たぶん、俺に関するろくでもない話を耳にしたことがあるんだろう。


「そこに関しては俺としても色々と弁解したいけど……後回しにしよう。他にもなんかある?」
「それと……」


すっ、と一瞬遠い目をする新藤。

そう、その目だ。

心の底から俺が撮りたいと願うのは──

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「広野先輩の友達……よね」
「まあね」


実は少女漫画家だったという、ふざけた野郎。

友人である俺に一言の相談もせず、学園を去ってしまった男。

そして、目の前の少女がひたむきな想いを寄せていた相手だ。

広野絃の友人──現状では、それが彼女の俺に対する認識のすべてなんだろう。


「そう、君が挙げたことは全部合ってるけど……今は全部関係ない。俺はただ、君を撮りたいだけだから。映研の人間でもなく、広野の友達とか、そういうことは全部関係なくね」


もちろん、俺は本気だ。

冗談で撮影させてくれなんて言ったことは一度だってない。

だけど、新藤はそんなことを知らないから、不機嫌そうな顔のまま口を開いた。


「わけわかんないわ」


……。

 

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小さい頃からだいたいなんでも上手くこなせた。

手先を使うことは少し苦手だったけれど、勉強もスポーツも、それに人付き合いだって悪くはない。

特に努力してきたってわけでもない。

人に言うと、たいがい顰蹙(ひんしゅく)を買うのだけど、特別なことをしなくても大抵のことはできてしまうのだ。

自分でも不思議だとは思う。

でも、普通にどんなことでもこなせてしまうせいだろうか。

なにをやっても物足りなさを感じるのは……。


「じゃあ、この問題を……宮村、やってみろ」

「はーい」

 

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ふざけた返事をして、宮村が立ち上がった。

軽い歩調で黒板の前に進み出て、数秒間考え込んだかと思うと。


「えーっと」


軽快な音を立てながらチョークを走らせ始める。


因数分解して、んで共通因数の……」


かなり難易度の高い問題であるにもかかわらず、宮村は迷いもせずに解答を書き込んでいく。

俺もシャーペンをゆっくりと動かす。

それから数分──

 

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「できました!」


宮村がにこにこ笑いながら、教師に振り返る。


「ん、正解だ。さすがだな、宮村」
「ええ、さすがでしょ」


宮村の軽口に、教室内で笑いが起きる。

俺は手元のノートを見て、自分で導いた答えと宮村の答えが一致してることを確認する。

だけど、少しだけ宮村のほうが速かったな。

あいつはどうなんだろう。

宮村は努力して、あの学力を身につけたんだろうか……。


「それでは、次の問題は……佐々木」

「ガンバレ、佐々木ちゃん」


宮村は指名された女子生徒に、小声で声援を送る。

佐々木ちゃんも明るく笑って、宮村に小さく手を振って黒板に向かった。

なにはともあれ、宮村は以前と比べて確実に変わっている。

そして、これからも変わり続けてゆくんだろう。


……。


キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン>


あー、終わった終わった。

やっと昼休みだ。

 

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「さて、つっつん」
「ぐぁ」


いきなり机の前に現れる宮村みやこ


「あ、とりあえずパシリとかじゃなくて」
「とりあえず!?」
「うん、まずはちょっとお話があるから。ジュースはその後。つっつんをお払い箱なんかにしないから、安心して」
「そうですか……」


むしろ僕を捨ててください。


「あ、お話って言っても告白とかそういう甘酸っぱいイベントは起こらないよ。あたし、絃くん専用だから」
「そんな期待は微塵もしてない……というか、専用ってアナタ」
「実はさあ、さっきの授業で引っかかったところがあるんだよね」


俺の話、聞いてないし。


「だったら、先生に質問してこいよ」
「先生だってお昼休みじゃん。邪魔したら悪いよ」
「俺もメシくらい食うんだけど……邪魔しても悪くないの?」
「あたしは別に気にしないよ♪」
「………」


少しは俺のことも気遣ってくれ。


「つーか、宮村にはわからないことは俺にもわかんないよ。おまえ、中間で学年トップだったじゃん。俺なんてしょせん3位だし」


そう、この宮村みやこは2年の3学期あたりから真面目に登校してくるようになったと思ったら。

元々優秀で、常に学年トップ10内に入っていた成績が更に上昇し、瞬く間に頂点まで上り詰めやがったのだ。


「んー、まあ3位には3位なりの考え方があると思うの」


3位っていうな。


「悪いけど、俺は用があるから。他の奴に訊いてくれ。ジュースも自分で買ってきて」


俺はそう言って、立ち上がる。


「ふーん……強気だね。用ってなに?」
「なにもしなかったら絶対に上手くいかない。努力したって報われるとは限らない」
「ん?」
「そういう面白いことがあるんだよ」


なにをやっても物足りない俺が知っている、たった1つの楽しみ。

映画を撮るということ。

もっともっと楽しむためには──あの子がどうしても必要なんだ。


……。


ピンポンパンポン。

2年の教室に向かおうとしたとたん、間抜けな音が校内に鳴り響いた。


「お?」


『2年D組の新藤景さん。繰り返します、2年D組の新藤景さん。浅黄先生がお呼びです。至急、職員室まで来てください』


「……なんだ?」


校内放送で呼び出しなんて、よっぽど悪いことをやらかしたと思われるってのに。

横着して放送使わずに、直接呼びに行ってやればいいんだよ。

とりあえず、新藤が呼び出しをくらうというのは、無視できることじゃない。

行き先変更だな。




 

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「失礼します」

「しまーすっ」


新藤の手前、一応頭を下げてから職員室を出る。


……。

 

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「やれやれ、肩が凝っちまったよ」
「それより……なんで先輩まで来たのよ?」
「君ひとりじゃごまかしきれなかったろ?」
「うっ」


と、新藤は言葉に詰まる。

呼び出しの理由は、ごく簡単。

要するに、昨日の新藤の暴挙が教師の耳に入ってしまったのだ。


「まあ、校内で堂々とあんな立ち回りやらかせば、呼び出しもくらうよね」
「原因を作ったのはどこの誰よ!?」
「誰なんだろうねえー」


なぜか俺のほうは呼び出しをくらわなかった。

先生にチクった奴が俺の名前を知らなかったとか、そういうことだろうが……。

こういうとき、俺はついてるんだよなー。


「君って、割と運が悪そうだな」
「そういう先輩は悪運強そうですね。おまけに、しれっとした顔で先生をまるめこんじゃうし。信じられないわ」


ただちょっとふざけてただけ──なんて、自分でも苦しい言い訳だと思うが、結果オーライだ。


「これでも俺は優等生だからね。成績がいい奴には、教師だってなかなかキツいことを言いにくいみたいだよ」
「遠回しにわたしの成績が悪いって言ってない?」
「とんでもないっすよ。単に俺の成績のことを言っただけ」
「なんにしてもムカつく話ね……」


新藤はかなり納得できないみたいだ。


「事なきを得たんだからオッケーじゃん」


ぽんぽん、と新藤の肩を叩く。


「ちょっと、気安く触らないでよっ!」
「じゃあ気難しく触ろう」
「心構えの問題じゃねぇっ!」


色々と注文の多い女の子だった。


「って、どこ行くの?」


新藤の教室とは方向が違う。


「どこだっていいでしょ」
「そりゃそうだ」


そうだ、どこだってかまわない。

俺にとって、新藤さえいれば場所は大した問題じゃない。


……。

 



 

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。

 

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予鈴が鳴ると同時に、バスケやバドミントンに興じていた生徒たちが散っていく。

それでも新藤は動こうとせず、体育館の隅で彫像みたいに立ちつくしたまま。

あらぬところを見つめている視線が、ちょっと危うい感じがして怖い。

 

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「昼休み、もう終わるけど」
「わかってるわよ」
「メシもまだ食ってないだろ?」
「食欲ないもの」
「そっか」


俺はちょっと腹減ってるけど、ここは我慢だな。


「……そんなことより、授業始まるわよ」
「知ってるよ」
「行かないの?」
「別にいいんじゃない? 俺がいなくても授業は始まるんだから」
「あったりまえじゃないの」


そう言ってから、新藤は黙り込んでしまう。

どこからか聞こえてくる蝉の鳴き声に耳を傾けつつ、俺は新藤の顔を眺める。

生意気そうな印象を与える吊り上がったまなじり、固く結ばれた唇。

だが、凛とした顔つきにはなんの表情も浮かんでいない。

本鈴が鳴っても、新藤は立ちつくしたままだった。


「少し前までは──授業サボるなんて考えられなかったわ」


ぽつりと新藤は口を開いた。


「なのに今は当たり前みたいにこうしてる。昔は、人がサボってても腹が立ったくらいなのに」
「俺もそうだなあ。真面目だったからじゃなくて、特にサボる必要性もなかったからだけど」


新藤は少し意外そうに俺を見た。

俺はにやりと笑い、


「最近は、教師に目をつけられない程度にサボって──じゃん」

 

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ビデオカメラを取り出して、録画ボタンを押さずに新藤に向ける。


「どこに持ってたのよ、それ」
「いい画を求めて、あちこちウロウロしてるんだよ」
「バッカみたい」


容赦ない一言に、俺は苦笑する。


「自分でもたまにそう思うけど──間違ってはいなかったな。だって、君を見つけたんだから」
「………ふん」
「あんとき、カメラ持ってりゃあなあ。ちくしょー、本当に惜しいことした」
「あのとき?」
「そう、体育館で立ちつくしてた君の姿は……神々しいと言ってもいいくらいだったな」
「よ、よくそんな恥ずかしいことさらっと言えるわね」
「ホントのことだからさ」
「バカ、ほんっとうにバカね」


新藤は一瞬、カメラのレンズを見つめてから、顔を逸らした。

今は、体育館での遭遇を否定する気はないらしい。

 

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「……先輩は。映研、退部したって言ってたわよね」
「え? ああ」
「訊いていい?」
「もちろん、なんでもどうぞ」
「なんで……部活やめたの?」


カメラを持った手を下げ、ちょっと言葉を選んでみる。


「まあ……やめたっつーか、追い出されたみたいなもんだね」
「それ、先輩の被害妄想じゃないの?」
「これまた手厳しいお言葉。けどまあ、半分くらいそうかも」
「あんたねぇ……」
「ま、方向性の違いってやつ。映研の連中が求めてるものと、俺が撮りたいものが違ってたんだな、うん」


映研の仲間たちが目指しているものは、"コンクールで上位を狙える作品"だった。

自分たちがやり遂げたことを認められたいと思うのは当然だと思う。

文化部だって、良い成績を残せば回ってくる予算も違ってくるし。

それはわかってるから、彼らのやり方を非難しようなんて微塵も考えていない。


「しょうがないよ。あいつらが悪いわけでもないし、もちろん俺だって。俺がいたら現場が上手く動かないんだから、いなくなってほしいと思うのも当然だろ」


俺はただ、1カット──いや、1コマでもいい。

身体が震えるような、いい画を撮りたい。

目指すものはそれだけであり、他人の評価なんて二の次だと思っている。


「堤先輩は……それで良かったの?」
「そう思えるかどうかは、君にかかってる。映研にいたら、君を撮ろうなんて思わなかっただろうからね」
「結局、そこに持ってくるのね……」


そんなに嫌がらなくてもいいのに、かたくなな子だ。


「なんでわたしを撮りたいのか全然わからないし……。もう3年の夏なんだから、受験勉強に集中すればいいじゃない。映画なんて、進学してからでも撮れるでしょ」


俺はゆっくりと首を振った。


「そうじゃないよ。今しか撮れない一瞬ってのがあると思う。一度見逃してしまったら、二度と取り戻せない、そういうものが」
「二度と取り戻せない……」


新藤はわずかに目を見開き、俺をじっと見つめてくる。


「俺は君を撮りたいと思った。自分のその気持ちに従うだけだよ」
「……先輩は、その一瞬を捕まえられるの?」
「わからないけど、捕まえようっていう意志が重要なんだと思う。そのために、君にお願いしてるんだから」


いい画は待ってたって撮れはしない。

自分の足で探しにいって、強引にでもモノにしなきゃいけないもんなんだ。


「それにさ」
「それに?」
「映画撮ってない俺なんて、俺じゃないんだよ」


…………。


……。

 

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「それはまたカッコいいことを言ったものですね」
「俺はいつもカッコいいのに……」
「初耳ですね」


熱が籠もる礼拝堂の中で、雨宮優子は涼しい顔をしてそう言った。

どんな信念に基づくのか、そろそろ本格的な夏が到来しようとしているのに、彼女はなぜか長袖を着ている。

どことなくシスターっぽい服装だが、別に教会の関係者でもなんでもないらしい。

発言の容赦の無さといい、服装といい、雨宮はどこか浮世離れしてるよな……。


「しかし、妙なことを思いついたものですね。女の子一人だけを使って映画撮るなんて、あまり聞いたことないですよ」
「さほど珍しい手法でもないけどね。ま、ちょうどいいよ。普通に撮るのに飽きてたしね」
「なんだか無駄なくらいに前向きですね……」


ああ、完全に呆れられてる。

広野が言うところの、不良社会人の雨宮にバカにされるのは納得できないが。


「変わってますよね、あなたは。さすがに、広野さんの友人だけのことはあります」
「広野と同類にされるのも、ちょっとな」
「同類ですよ。あなたと広野さんは似てます、表面的にはともかくね」
「そうかなあ……?」


思い当たるところが全然ない。

あんなひねくれ者と、常に真っ向勝負の俺とどこが?


「もっと言うなら、みやこと付き合う前の広野さんに、ですか」
「オトナの階段を登る前とも言うな」

 

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「あなたの頭の中は常にそっちのことでいっぱいですか?」
「君の頭は、そろそろ俺のことでいっぱいにならない?」
「今のところ、そんな予定はございませんね」


笑顔のまま、全力で拒絶される。

うーむ、この雨宮優子を落とすのはやっぱり難しそうだな。

美形すぎて逆にカメラ写りが悪そうだけど、彼女にするには申し分ないんだけどなあ。


「それで、その子は受けてくれそうなんですか?」
「どうかな、わかんないよ」
「ですけど、言うべきことはすべて言ったのでしょう?」
「そうだな、打てる手は全部打った。後は彼女の判断を待つだけだよ」


新藤がアレを観てくれれば、彼女の反応もなにか変わると思う──思いたいな。


「だったら、私は祈りましょうか。あなたの言葉が彼女に届くように」


雨宮は、さきほどまでと少し違う大人びた笑顔を見せた。

こういう顔を見ると──この女の子が俺より年上というのを信じてしまいそうになる。


「祈るだけならタダですからね」
「………」


これで余計なことを言うタイプじゃなけりゃ、全力で口説くのに。


…………。


……。

 

 

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あの堤という先輩は、本当にわけがわからない。

映研でもなく、演技の経験だって皆無のわたしを使って映画を撮りたいなんて正気とは思えない。

案外、正気じゃないのかも。

 

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『これ、去年の映画コンクールに出した作品なんだけど、観てみてよ』
『観たくないわよ、そんなの』
『まあそう言わずに。一応、佳作とった作品だから、そんなにつまんなくはないと思う』
『だからいらないって──』
『ちなみにカメラと監督は俺ね』
『人の話を聞けーっ!』


……。


最後まで抵抗したのに、結局押し切られて受け取ってしまった。


「だからどうってことはないけどね……」


こんなの観たからって、わたしの気持ちが変わるわけないんだから。

 

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「普通の映画じゃない、これ」


一応、再生してはみたものの、あんまり面白くない。

はっきり言ってお話はかったるいというか、眠いというか。

役者の演技はたどたどしいし、台詞だって棒読みな上に滑舌が悪くて聞き取りにくい。


「でも……」


なのに、なんで停止してしまわないんだろう。

こういうおとなしくて、うじうじした話なんて趣味じゃないのに。

舞台になっているのは音羽の街。

見慣れているはずの風景が、どこか遠い異世界のように思えてしまう。

次々と場面が切り替わっていく。

そのたびに人と物と、そして光──

それらを絶妙としか言いようのない位置から撮影している。

カメラはあまり動かない。

固定されたフレームの中で、光景がいきいきと描写されている。

画面から目が離せない。

まるで魅入られてしまったかのように。


『今しか撮れない一瞬ってのがあると思う』


あの人はそんなことを言っていた。

わたしだってわかってる。

なによりも大切にしなきゃいけないのは、今という時間だということを。


「わかってるわよ……」


どんなに過去を悔やんでみても、時間を戻すことだけはできない。

そして、先のことばかり考えていたら、勇気を出せなくなる。


「想いを告げたら、どうしたって今までどおりじゃいられなくなる。だから、わたしは……なにも言えなかった……」


冬までのわたしは未来を恐れ、今は過去に縛られている。


『映画撮ってない俺なんて、俺じゃないんだよ』


堤先輩は、居場所を失っても、自分がやりたいことをあきらめてない。

かけがえのない一瞬を求めて、頑張っている。

わたしはなんだろう。

ただ学園に行って、友達と話して、遊んで──

決して退屈ってわけじゃない。

でも、なにもしてないのと同じだと思う。

──わたしはずっと知らなかった。

なにもしないってことが、こんなにも疲れるってことを、わたしは知らなかった。

目は画面を見たまま。

 

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パソコンのキーボードに手が伸びる。

ねえ、わたしはどうしたらいいと思う?

ここにはいないあの子に問いかける。

もちろん、答えは返ってこなかったけれど。


……。


答えは──もうわたしの中にあるような気がした。


…………。

 

……。

 

 

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「え……?」
「だから、協力してあげてもいいって言ってるの!」


3時限目と4時限目の間の休み時間。

たまたま廊下で出会った新藤はなぜか不機嫌そうだった。


「いや、協力してくれるのは嬉しいんだけど」
「なにか不満でもあるの?」
「不満はないけどさ、なんでまた突然?」
「……やっぱりやめた。サヨナラ」


くるりと踵を返そうとする新藤。

彼女の肩を、俺は慌てて掴む。


「待った、待った!」
「だから軽々しく人の身体に──」
「じゃあ……」
「重々しくとか言ったら死なす」
「い、言うわけないじゃないですか……」


俺は新藤の肩から手を離して、ぶんぶんと首を振る。


「とりあえずはそれだけ。あとの細かいことは放課後に話しましょう。それでいいわよね?」
「もちろん、もちろん」


俺は何度も頷く。

あのテープが功を奏したのか、それとも特に理由のないきまぐれなのか、ともかくOKがもらえたことは確実なようだ。


「なによ、その締りのない顔は。ただでさせ、バカみたいに見えるのに」
「いやー、マジで嬉しいもん。まさか受けてくれると思ってなかったしさー。ありがとー、景ちゃん!」

 

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「ぎゃーっ、抱きつくんじゃねぇっ!」


新藤は俺を勢いよく突き飛ばして、距離を取る。

 

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「それと、ちゃん付けで呼ぶのも禁止!」
「じゃあ、景たん?」
「……もういいから、家に帰って死ね!」


なんでわざわざ帰宅して死ななきゃいけないのやら。


「君はジョークが通じないね」
「先輩が人の気持ちを逆なでするからでしょ! ともかく、あんたはもうちょっと間合いに気を遣いなさい!」


今時珍しいくらい、堅苦しい子だな。

でもそういうところも、新鮮で悪くないんだけどね。


「あと、撮影するのはいいけど条件があるわ」
「条件?」
「そう、無条件になんでも撮らせてあげるほど心広くないの、わたし」


そういって、新藤は人の悪そうな笑みを浮かべた。


…………。


……。

 

 

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「つっつん、なにニヤニヤしてんの?」


放課後、帰りの準備をしていると、またもや奴が現れた。


「もしかして、やっと水虫が完治したとか?」
「んなもんにかかってない!」
「おや? そうなの?」


なぜそこで不思議そうにする。


「楽しげになんてこと言うんだ、おまえは。いったいどこからそんな発想が出てくるんですか?」
「部活から追い出されて、彼女もいない夏をこれから過ごす人が楽しそうにしてたら、普通そう思うよ」
「いや、アナタは普通じゃないから」
「んー、確かにあたしは人並み外れて可愛くて、頭もいいけど……」
「差し支えなかったら、そろそろ行ってもいいっすか?」


こういう自覚症状の無い奴には付き合いきれません。


「でもさ」


あれ、いきなり真面目な顔に。

というか、同じクラスになって初めてこいつの真剣な表情を見たような。


「堤くん」


ずいっと、宮村は顔を近づけてくる。

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「景ちゃんとなにを話してたの?」
「………」


話してるところを見られてたか。


「なんでおまえがそんなことを気にするんだよ?」
「あたしは酷い奴だけど、あの子のことを放っておけるほど冷酷にはなれないの。景ちゃんのこと、気にならないはずがないよ……」
「そうか」

 

俺はカバンを手に、立ち上がる。


「待って、ちゃんと答えて」
「ただ、新藤景に俺の映画に出てもらうだけだよ。それ以上のことはなにも望んでないから」
「映画……? 景ちゃんに?」
「カンだけどね、あの子はいいものを持ってると思う。色んな意味で面白い素材だよ。それにたぶん、宮村に心配されるほど弱くもない」
「それは君の思い込みじゃないのかな……まだほとんど喋ったこともないんでしょ?」


俺はにやりと笑いかける。


「それをこれから確かめてくるさ」


…………。


……。

 

夏の光が差し込む体育館で──

出会った女の子は、背中に影を背負っていた。

誰だって、生きていれば悲しいこともせつないことも味わうだろう。

それらを避けることはできないけれど、悲しみをどう受け止めるか。

それは人によって違ってくる。

彼女は、あの小さな身体にどんな想いを秘めているんだろう。

それを知りたい──いや、彼女の心をフレームの中にとらえることが俺の望みだ。


「あ」


校門の前に一人で立っていた新藤が顔を上げて、こちらを見た。



「ごめん、待ったー?」

 

 

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「デートの待ち合わせみたいな言い方はやめてくれる?」
「似たようなもんじゃん」
「全然違うわよ!」
「まあまあ落ち着いて」
「あんたがいらんこと言うからでしょ」


あまり自覚はないが、新藤の反応を見る限りは彼女の言う通りなのかも。

もちろん、特に改めるつもりはない。


「それじゃ、どうしようか。まだ暑いし、どっか喫茶店でも入ろうか?」
「歩きながら話せばいいでしょ」
「そう? ああ、公園とかのほうがムードが出ていいかもしれないよ」
「ムードを出す必要なんてないでしょ! あんた、なにがしたいわけ?」
「ああ、ごめん。ついいつもの癖が……」
「念のために言っておくけど、わたしはあくまで撮影に付き合うだけ。そこを勘違いして、おかしな真似したらマジで命取りになるからね」
「それはもう充分すぎるほど身にしみております」


いきなり殴りかかられたらたまらないしね。


……。

 

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「映画撮るって具体的にどうするのよ? 他に役者さんとかスタッフとか集めてくるの?」
「いんや、基本的には君と俺の二人きり」
「……本気で?」


新藤は心底驚いたような顔をしている。


「僕はいつでも本気です」
「あんたは本気になるところを間違ってない?」
「心配しなくても、これからゆっくりと俺の正しさを教えてあげよう」
「頭に来る言い方ね……」
「気にしない、気にしない」


軽く笑いながら、新藤の肩を叩く。


「だからぽんぽん人の身体に──ってもういいわ」
「え、これからは触りまくりオッケー? いつでもどこでもどうぞ?」
「そんなわけあるかーっ!」

 

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どがっ!


「ぎゃあっ!」


「今度からは実力でわからせることにしたのよ」
「な、なんでもいいけど、グーで顔面はやめようよ……」
「それもそうね、けっこう人の顔って堅いから」


自分の拳を撫でながら、新藤は事もなげに言う。

新藤、なんて恐ろしい子……。


「言っておくけど、わたしは演技なんてできないわよ。できてもやるつもりはないし」
「あ、それは全然オッケー。地方のCMじゃあるまいし、素人が無理に演技したって面白くもなんともないからね」
「……もっとまともな例えは出せないの?」
「あれ、なにかおかしい?」
「全力でおかしいけど、とりあえず置いておくわ……。演技しないならどうやって映画なんて撮るのよ?」
「君はありのままでいいってこと。どこにもいない誰かを無理矢理作り上げるんじゃなく、新藤景をフレームの中にとらえる」
「わたしを……? そのまま……?」


新藤は驚いてるのか呆れてるのか。

ともかく微妙な顔をして首を傾げた。


「もうなんだかどうでもいい気分だけど、そんなので本当に映画になるの?」
「なるよ」


俺はそういって、新藤に笑いかける。


「俺の腕と君の協力があればね。君は難しく考えずに、要するにドキュメンタリーみたいなもんだと思ってくれればいいよ」
「ふーん……」


ちょっと考え込んでから、新藤はカバンの中からビデオテープを取り出した。


「……これって、全部あんたが撮ったの?」
「え? ああ、撮影はほとんど俺だね」


テープを受け取りながら、俺は頷いた。

これを撮影した当時の映研は部員6名、ビデオカメラを持ってたのも俺だけだったもんな。

「ちなみに、新藤さんのご感想は?」
「辛気くさいお話ね」
「それだけかいっ」


シナリオ書いたのは俺じゃないけど、もうちょっとこう──なにかあっても良さそうなもんだろ。

などと思っていると。


「ん……」


新藤は少し頬を赤らめて、なにやらもじもじしている。


「映像は……。ちょっと、キレイだったかな」


……。

 

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新藤はなんだかんだと文句をたれてたが、映画出演を蹴るつもりはないらしい。

一度OKした以上、なにがあっても自分から引き下がりたくはないんだろう。

意地っ張りもこういうときには都合がいい。


「さてと……」


新藤には明日からさっそく撮影を始めると言っておいた。

俺はカレンダーを眺め、頭の中でスケジュールを組み上げる。

夏休みまであと1ヶ月ちょっと。

新藤が部活をやってないとはいっても、休みに入ればそれなりに予定もあるだろうから……。

けっこうギリギリだな。

普通に撮影するだけなら2週間もあれば余裕だけど、さすがに毎日付き合ってはくれないだろうし。


「ふーむ……」


その辺も考慮して、撮影プランを立てないと。

撮影開始前日に考えることじゃないけどな、こりゃ。

 

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ヴィィィィィ……ヴィィィィィ……。


「っと」


携帯が振動している。

いきなり電子音が鳴るのは嫌いなので、常にマナーモードにしてあるのだ。

 

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「ハイハイ、もしもしー」
『……ども。あたしだけど』
「ああ、泉か。久しぶり。元気だった?」


電話の相手は映研の仲間で、今は部長を努めている女の子だった。

元仲間、というべきなのかな。


『あんたはずいぶん元気そうね。もっと落ち込んでるかと思ってたけど』
「なんでー? 俺はいっつも元気じゃんか」
『それがおかしいでしょうが。映研やめても今までどおりなんて、変でしょ。いつもバカみたいに張り切ってたくせに』
「だって、映研はやめたけど、映画作るのは続けてるからね」
『え……?」』
「面白そうな素材見つけたんだよ。プロットとか台本は特に作らずに、明日からいきなりカメラ回すつもり」
『あんたって……なに考えてるの?』
「なにって、そりゃあ──」
『女のこと以外でね』
「うっ」


さすが、付き合いが長いだけのことはある。

俺が言いそうなことくらい、お見通しか。


「映画撮ること、かな。それしか考えてないっていう説もあるけど」
『へえ、多少は自覚あるわけね。あんたがもうちょっと他のことにも気を回せたら、映研をやめることもなかったし……。あたしたちも、もっと続いたと思わない?』


映研の仲間として丸2年。

そして、2年生の冬から俺が映研を去った春までの間は、恋人同士としても彼女と付き合った。


「そうかもしれないな。でも、もう終わったことだろ」


だけど、俺が退部届を出したあの日──

彼女のほうから、俺に「終わりにしょう」と告げたのだった。


『……そうね。変なこと言ってごめん』


俺が振られた形なのに、むしろ彼女のほうが傷ついたような顔をしていたことを今でも覚えている。


「いや、気にしてないよ。そっちの調子はどう? そろそろ撮影始めるんだろ?」


夏休みが明けたらすぐに、学園祭が行われる。

1年を通して、映研がもっとも注目を集められるイベントであり──俺たち3年生にとっては最後の晴れ舞台でもある。


『ああ、そうそう。去年の学園祭で上映したやつのマスター、あんたが持ってるでしょ?』
「あ、そうか。ごめん、返してなかったか。えーと、じゃあどうするかな」


…………。


……。

 

返却の段取りをつけると、なぜか彼女は黙り込んでしまった。

受話器の向こうからはかすかな雑音が聞こえてくるだけ。

他にもまだ用があるんだろうか。


「あのさ……」
『ん? あ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた』
「なんだ、まさか夏バテとか?」
『まさか。ただでさえ、ウチは部員少ないのに、今年の新入部員が使えなくて。部長兼監督のあたしとしては色々苦労が耐えないのよ』
「ははっ、そりゃ大変だ」
『笑い事じゃなーい! ホンットに大変なんだからね!』


どこか彼女の口調は楽しそうで──

俺が映研を去ったことも、別れてしまったこともすべてを忘れているかのようだった。

だけど、ふとよみがえった懐かしい空気は一瞬で霧散してしまう。

それはたぶん、俺が昔に戻ることを望んでいなくて、彼女がそれに気づいたから。


『……京介』
「うん?」
『あんたの映画、あたしは好きよ。他の誰がなんと言おうともあたしはあんたの腕前、認めてるから』
「ありがと」
『京介は──』


なにかを言いかけ、彼女は口をつぐんでしまう。


『……なんでもない。もう切るから』
「ああ。おやすみ」
『バイバイ』


俺はそっと電話を切る。


「……」


最後まで言葉は噛み合っていなかった。

もっとも、それが当たり前か。

お互いの言葉が届かなくなったからこそ、別れたんだから。

今となっては、もうどうでもいいことだ。

俺はもう他にやりたいことを見つけてる。

過去を振り返って、時間を無駄にするわけにはいかない。


……。


「さーて」


明日からの撮影が楽しみだ。

新藤はどんな顔を見せてくれるだろう。

こんなにも明日が来るのが待ち遠しいのは初めてかもな。


…………。


……。

 

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「はい、回ったよー」
「…………」


モニターに映し出された新藤は、口を開くこともなく、ただこちらを睨むようにしている。


「新藤、聞こえてる? カメラ回ってるけど」
「き、聞こえてるわよ」
「それならいいけど、なんで固まってんの?」
「うるさいわね。カメラ向けられるのなんて慣れてないんだから、しょうがないでしょ!」
「そうか、親に愛されずに育ったんだねえ……」
「違ーうっ! あんたみたいに怪しげな男にカメラ向けられれば固まりもするわよ!」
「気にしない、気にしない。綺麗に撮れてるよ~」
「ナメてんのか、あんた!」
「怒った顔も素敵♪」
「ほう……よーくわかったわ」


ゆら~りと新藤の身体が揺れる。


「よし、御託はもういいからかかってきなさい!」
「なんでかかっていかなくちゃいけないんだ」
「あんた、わたしをおちょくって遊んでるんでしょ」


おお、めちゃくちゃ疑わしそうだ。


「遊んでるっていうのは否定しないけど」
「なんだとこの野郎!」


この子、たま~に男口調になるな……。

 

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「楽しくやろうってことだよ。深く考えず、気楽に気楽に」
「ホントに、なんなのかしら……」


新藤は呆れたように言って、小さく首を振った。


「そういえば、1つ忘れてたわ」
「はい?」
「あんたの目的がよくわからないのよね」
「目的……とおっしゃると?」
「映画撮って、どうするのよ? コンクールにでも出すの?」
「いや、そういうことは全然考えてないよ」


コンクールで受ける作品を撮りたけりゃ、なにを言われようが映研に残っていただろう。


「じゃあ、なに? わたしを撮ったそのテープは、あんたのところで腐っちゃうわけ!?」
「俺が大事に大事に、テープがすり切れるまで何度も観るよ」
「やっぱり変質者でしょ、あんた!」
「なんと罵(ののし)られようが、いい画を撮るためならなんだってするよ、俺は」
「完全に開き直ってるわね……」


呆れられても、新藤が逃げ出さない限りは追いかけ続ける。

もうとっくに腹はくくってるからな、こっちは。


「それに君も言ったじゃん。撮るのはいいけど、テープを勝手に人に見せないことって」


それが、新藤が出演OKする代わりに出してきた条件だった。

もちろん、こっちとしては全然かまわない。

コンクール狙いでもなければ商業作品でもないんだから。


「誰に観てもらうかなんて、後で考えればいいことさ。今は撮ることに集中したいしね」
「でも、ずーっとこうやってわたしを追いかけ回すつもり?」
「もちろん。ゆりかごから墓場まで
「一生つきまとう気かよ!」
「冗談だってば」
「このろくでなしめ……」


じろりと睨みつけられ、俺は首をすくめる。


「女の子の後をついて回るなんて、完全に不審人物よね。学園でもカメラ回すの?」
「あ、大丈夫。俺は1年の頃からカメラ抱えて学園歩き回ってるから。生徒も先生も、いまさらだ~れも怪しまないって」
「自慢にならないわよ、そんなの」


…………。


……。

 

学食で昼食を食って、教室に戻る途中。

何人かの友達と一緒に歩く宮村みやこを発見した。


「………」


昔、俺が口説いた頃は友達なんて一人もいなかったくせになあ。

今じゃ、クラスでも男女を問わず人気があるんだから、人生なんてわからないもんだ。


「あ」


げ、目が合った。


「ごめんね、あたしちょっと離脱~」


友達に軽く断りを入れて、まっすぐこっちに向かってくる。

 

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「つっつん、ちょっといいかな?」
「あんま良くないけど……逃げても無駄なんだろうな」
「ほほう、だいぶわかってるじゃないか、堤くん」


……。

 

 

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「あー、ここに来るの久しぶり!」


ふらふらと歩きながら、宮村は嬉しそうな声を上げる。


「最近、一人になる機会もなかったからなー。1ヶ月以上来てなかったかも」
「質問があるんですが」
「はい、堤くんどうぞっ」


びしっと人差し指を向けてくる宮村。


「なんでおまえ、屋上の鍵なんて持ってるわけ?」
「ふふふっ、あたしのこの美貌を使えば手に入らないものなんて無いんだよ? そう! 宇宙の海は、あたしの海!」
「本当のところは?」


昼休みは残り少ないんだから、ちゃっちゃと話を進めないと。


「絃くんにもらったんだよ」


あっさり吐いたな。


「広野が持ってた理由もよくわからないけど」
「うん、実はねえ──」


…………。


……。


宮村の説明によると、音羽の卒業生である広野のお姉さんがなぜか鍵を持っていて、入学祝いとして弟に渡したらしい。

そして、既に学園を去った広野が、今度は宮村に鍵を託したというわけだ。

 

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「でも、これはもう……あたしには必要ないのかもね」


鍵を手で弄びながら、宮村は少し複雑そうな顔をする。


「そろそろ誰かに渡そうかなー」
「そうですか」
「つっつん、本当に景ちゃんを撮ってるんだね」


ころっと話題を変えるなよな。


「朝、景ちゃんと一緒に歩いてるのを見たよ」
「俺は冗談で映画撮りたいなんて言わないよ」
「景ちゃん一人をずっと撮影して、それだけで映画になるのかな? アイドルのイメージビデオじゃあるまいし、そんなの面白いとも思わないけどなあ」
「みんな俺を見くびってるな。そんなの、どうにでもするさ」


俺はひたすら新藤を追いかけ、話しかけ、彼女には心の中を語ってもらう。

俺の言葉はもちろん、新藤が語ったことも後で全部カットしてもかまわない。

今回の撮影に関しては、普通の"映画"の体裁にこだわるつもりもないし。

 

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「俺が作りたい映画はさ」
「うぁ?」
「客に難しいこと考えさせるとか、泣かせるとか、そういうのはどうでもいいんだ」


映研を離れ、自由に好きなものを撮れる状況を手に入れたんだから。

これまでと同じことをやる必要なんてない。


「なんでもいい。観てくれる人の心が少しでも揺れてくれれば──それでいいんだよ」


彼女を追っていればそんなカットがきっと撮れる。

こういう予感が外れたことは一度もないんだ。


…………。

 

……。

 

 

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「やっぱり、堤先輩の考えてることは理解不能よね。心が揺れればいい? いったいなんなのよ、それは」
「と言いつつも付き合ってくれてるじゃん」


俺はカメラを向けたまま、新藤に微笑みかける。

今日はクラスのHRが長引いてしまったのだが、なんと新藤は先に帰らずに、教室で待っていてくれた。

不覚にも、ちょっと感動しました。


「景ちゃんってば、優しいんだよなー」
「その人をナメきった態度を改めないと、あんたに明日はないわよ」
「ごめんなさい、新藤さん」


俺の美しい明日のために、素直に頭を下げる。


「バカ」


いつものことながら、恐ろしい女の子だけど……。

本気で起こってるわけじゃないみたいだな。

というか、新藤は怒ってるように見えても、実はそれほどマジになってないように思える。

いつもどこか──力が抜けてるっていうか。


「とりあえず、行っていい?」
「ああ、もちろん。俺に気を遣う必要はないよ。行きたいところに行って、言いたいことを言ってくれればいい」
「言いたいことなんて、なにもないわよ」


……。

 

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新藤はゆっくり歩き始め、俺もその横に並ぶ。


「ホントにあんたっておかしな人よね」
「そうかな? 映画作ってる奴なんて、たいていどっか頭のネジ飛んでるけどね」
「たぶん、あんたはその中でもとびっきりよ」


もしかしてバカにされてるんですか、僕は。


「わたしだってたまには映画観るけど、誰か一人を追いかける映画なんて観たことないわ」
「俺も観たことは無いね。つーか、あんまり映画って観ないんだよね」
「観ないの!?」


新藤のひっくり返った声が、廊下に響き渡る。


「あんた、映研なんでしょ!?」
「元映研、ね。知識だけはそこそこあるけど、モノクロ映画とかもほとんど観てないし……。情報雑誌とかTVとかで面白そうな映画見つけたらとりあえず劇場行ってみる、って感じかな。後は、劇場で見逃した大作とかをレンタルで観るくらいか」
「それじゃあまるっきり普通の人じゃない!」


どうやら俺は映画オタクとでも思われてたらしい。


「俺の趣味は撮る側に集中してるからさ。小説を読まない小説家、漫画を読まない漫画家だって珍しくないって言うじゃん。それと同じだよ」
「そういうもんかしら……」
「まあ、学生映画撮ってる奴の中では、俺みたいなのはマイノリティだろうけどさ」
「……えと」


なにやら顔を赤くしながら戸惑っている。


「どうかした?」


今の会話に恥ずかしい表現が含まれていたとは思えないが。


「あの……」
「俺、またなんかマズいこと言った?」
「そ、そうじゃなくて……。ま、まいのりてぃってなに?」
「……なるほどね」
「バカにしてるの!? バカにしてるんでしょ!? バカにしてるのよね!?」
「いやいや、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うからね。質問できるだけ、君は偉い。少数派って意味だよ」
「そ、そうなの……」


うーむ、この子は本当にものを知らないんだなあ。

あー可愛い。


「なんにしたって、俺のことなんかどうでもいいさ」
「わたしのことだって、どうでもいいわよ」
「待った、それは全然よくない!」
「なにがよくないのよ?」


じろりと睨みつけられても、怯んでいられない。


「撮影の趣旨わかってないじゃん。君が面白いからこそ、俺はこうしてカメラ向けてるんだよ」
「面白い? ああ、確かに面白いかもしれないわね」


新藤は平坦な口調でそう言うと、ぴたりと足を止めた。

なにか──あきらかに雰囲気が変わっている。

そう、俺が初めて彼女を撮りたいと思ったあの瞬間と同じ空気だ……。

 

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「堤先輩もわかってるんでしょ? わたしの広野先輩への気持ち……」
「……まあね」


新藤の気持ちに気づいていなかったのは、広野だけだろう。


「ずっと好きだった男の子に振られて、本気で打ち込んでた部活もケガしてやめて──どん底にいる人間を眺めてれば面白いでしょうね」
「すんげー面白いよ」
「……っ」


俺の言葉に、新藤はびくりと身体を震わす。

彼女の言うとおりだ。

新藤景は画になる上に、彼女の失恋と挫折はドラマを作る素材になりうる。

無理にストーリーをでっち上げる必要もなく、彼女は彼女のままで銀幕のヒロインになれるのだ。


「……やっとわかった。あんたは、人でなしなんだわ。というより、人間じゃないみたい……」
「俺のことは、口をきくビデオカメラだとでも思ってくれ」


言いながら、思わず口元がほころんでしまう。

なるほど、新藤は勉強はできないかもしれないが、カンはいいようだ。

俺は、どん欲にいい映像を求めるだけのマシーンでありたい。

無理に物語性を出そうとせず、ありのままの新藤を撮ることで、映画としての形を作りたい。

いや──必ず作ってみせる。


…………。


……。

 

 

夕暮れが近づく時間になっても、外はまだ蒸し暑い。

下校する生徒たちの間を縫うようにして、俺と新藤は歩いていく。

 

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「先輩って──」
「なに?」
「先輩、わたしの試合を見たことがあるのよね」
「2、3回だけどね」


バスケ部からの依頼で練習試合の撮影に行ったときだ。


「俺はバスケのことはよくわかんないけど、ごつい選手たちの中に混じっても一歩も引かずにプレイしてたよね。新藤は本当にすごかったと思うよ」
「お世辞なんて聞きたくない。それに──どんなにすごくたって、自分の不調にも気づかないようじゃ選手として失格だわ」
「……君のケガってどういうものだったの?」


俺も詳しいことは知らない。

ただ、女子バスケ部の1年生エースが突然の負傷で戦線から離脱したというのは、ちょっとした噂になったものだった。

その頃は、特に新藤に興味はなかったから、俺も事情を詳しく知ろうとは思わなかったが……。


「ナイソク……ソクフク靭帯損傷……とか言ってたかな」
「それ、酷いケガなの?」
「わたしの場合は手術するほど酷くはなかったし、固定とリハビリでほとんど回復してるわ」
「だったら、またバスケやってもよかったんじゃない?」
「………」


…………。


……。


新藤本人も、いつケガをしたのかわからないらしい。

俺も見ていたあの試合──新藤が突然倒れたあのときには、既に彼女のヒザは壊れてしまっていた。


「話はそんなに簡単じゃないの」


新藤はあくまで淡々としている。


「治ったって言っても、ヒザに爆弾を抱えたことに変わりはないもの」
「その割には、俺に襲いかかってきたときはやたらと俊敏だったような……」
「襲いかかったなんて人聞きが悪いわね。あれはワルモノ退治よ」
「ワルモノ……」
「あのときだって、わたしが万全なら、堤先輩なんて3秒でバラバラにできたわよ」


君はいったいどんな技の使い手なんですか。

あれでも一応、ヒザをかばって動いてたってことか?


「万全じゃないって言っても、あちこち故障抱えてやってるスポーツ選手だって多いだろ?」
「そうね」
「なら、どうして?」
「わからないわ」


新藤は小さく首を振った。

そして、俺をまっすぐ見据えてくる。


「堤先輩、これまでなにかスポーツやってた?」
「いや、特には」
「結局のところ、勝負の世界で上を狙える人間っていうのは、常に気持ちでも勝ってるものなのよ。その強い気持ちを──わたしは無くしてしまったから。転んで、うずくまって、なんとか顔を上げたそのときには──どこにもゴールが見えなくなってたの。もういいの。上手く言えないけど、もういいのよ……。それが今のわたしの現実だもの……」


…………。


……。

 

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「よし……」


本日撮影した素材の確認終了。

今回、コンテもなにもないのだからマメにチェックして使える部分をピックアップしておかないと、編集時にえらい目に遭ってしまう。

といっても、本当に最終的にどんな形になるのかもわからない状態だからな……。


「ふぁーあ」



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どさっと勢いよくベッドに横になる。

新藤景

実のところ、俺は彼女を不幸だとは思わない。

彼女自身も、悲劇に酔ってるわけじゃないだろう。

どうすればいいのかわからない──

今の新藤の状態はきっとこんな感じ。

彼女には追い求めてるものがあったから。

描いてた夢が鮮明であればあるほど、それが失われたときに心に生じる空白は大きくなるだろう。

なにかを成し遂げたときの達成感なんて、あっという間に消えてしまうくせに、喪失感はいつまでも続いてしまう。


「そうか」


俺は身体を起こす。

今の彼女にはなにもかもを喪失した──抜け殻の状態。

だけど、すべてを無くしたからこそ、なにかが始まる予感が生まれるんじゃないだろうか。


「うん、うん」


この映画の終着点が、なんとなく見えてきた気がした。


……。