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光輪の町、ラベンダーの少女【佐田リコ編-ダイジェスト版-】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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光輪の町、ラベンダーの少女

佐田リコ編-ダイジェスト版-

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-第三章途中から-


リコの練習をみることにした。

 

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リコはボーっと突っ立っている。


「どうした? 練習しないのか?」



「は! 宗介くん。リコは今、瞑想中です」
「瞑想? なるほど! イメージトレーニングか?」
「そうです。今、シミュレーションをしていました。竹刀を持ったリコの周りにたくさんの動物たちが集まっています」
「はぁ?」
「そして、その動物たちがダンスを踊りはじめました。とても楽しそうです」
「うん。剣術の練習しようよ」
「そうですね。でも、リコは弱いし、何から始めたらいいか分かりません」
「竹刀を振ってみたらどうだ?」
「そうですね。やってみるです!」


リコは竹刀を振ってみる。

フラフラしながら、一生懸命に振っている。

というより、竹刀に振られている感じだ。

俺は可笑しくなって笑ってしまった。


「わ、笑わないでくださいよ! リコは真剣なんですから」
「悪い悪い」
「リコもヒカルさんみたいになりたいです。ヒカルさんの剣術をみて、そう思いました」
「桜木みたいには、なれないかもしれないけど強くなれるといいな」
「はい! だから、宗介くんはリコを応援してください。よろしくお願いするです」

 

 

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リコはペコリと頭を下げた。

頑張れよリコ!

強くなるんだ。


……。

 

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俺は練習を見守っていた。

一生懸命練習する彼女たちに釘付けになっていた。

特に気になったのは……あいつだ

 

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あいつは弱かった。

どうしようもなく、ダメな子だった。

だが、一生懸命に竹刀を振っている。

そんなリコを、俺はたまらなく応援したくなった。

奇跡は起こる。

信じてあげたかった。

戦うことを嫌い、一人ぼっちでここまで我慢してきたリコを俺は。

栗林が休憩の合図を送った。

俺はひとり、海へ向かった。


……。




 

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「宗介くん、海は好きですか?」


リコが立っていた。


「いや、あんまり好きじゃない」
「リコは大好きです。海にはたくさんの動物たちが生活しています。だから、リコは海が好きです」
「そっか」
「リコは動物が大好きだけど、やっぱり人間が一番好きだということに最近気づきました」
「人間?」
「はい。剣術部のみんなのことが大好きです。それから……その……宗介くんのことも大好きです」
「ありがとな」
「宗介くんは、リコと犬さんとカラスさんの中だと、どれが一番好きですか?」


変な質問だな……。


「俺も人間が好きだ……」


人間が好き……。

本当だろうか……。

ただ言えることがあった。


「俺はリコが好きだよ」


リコの顔が真っ赤になった。

 

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「そ、それはウソではないですか? もしも本当だったら、とても嬉しいです」
「ウソじゃないよ」
「じゃあ、カブトムシとリコはどっちが好きですか?」
「カブトムシ? 虫はあんまり好きじゃないかもな」
「では、ミドリムシとリコはどっちが好きですか?」
「だから虫はあんまり好きじゃないって」

 

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「では、カブトムシとリコはどっちが強いですか?」


……。


「そうですか。リコはあまり人間に好かれたことがないから、もしも宗介くんがリコのことを好きでいてくれたら、珍しい人間になります」
「珍しいか……」


俺はおかしくなった。


「リコも宗介くんが好きです。これはウソじゃないです。なんだか変な気持ちがします……」
「早く両親に会えるといいな」
「はいです。でも、今はあまり寂しくなくなりました。近くに宗介くんがいるから」
「……ありがとな」


俺とリコは、ただ海を眺めていた。

少しだけ、海を好きになれるような気がした。


……。

 

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明後日は試合か……。

大きく伸びをした。

痛てっ……。

傷が痛む。

ふと振り返ると、見慣れた顔があった。

 

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「なんだか、とっても可愛いですね」
「え?」

 

リコが立っていた。


「宗介くんの顔、いつもよりも可愛いです」
「どういう意味だよ」
「顔、さわってもいいですか?


リコは俺の顔をさわる。


「痛いですか? ここも痛いですか?」
「……いてーよ」
「痛いの痛いの、どっか知らない国に飛んでいけ~」
「なんだそれ」
「知らない国に行って、そのまま戻ってこ~い!」
「戻ってきたらだめだろ」


俺は思わず、笑ってしまった。

 

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「可愛いです。宗介くんの笑った顔、パンダさんみたいで可愛いです」
「微妙だな……」
「最近のことですが、ちょっとだけ勝ちたいと思いました」
「勝ちたいって、試合にか?」
「そうです。今までは負けてもいいかなぁ~って思ってたんですけど、今は勝ちたくて。お父さんやお母さんも喜ぶと思うし」
「そうだな。リコが立派になったところ、見せてやらないとな」
「はい! そのときは、宗介くんも紹介せねば」
「両親にか?」
「はい。大切な人だって紹介します。だから、会ってくださいね」
「ああ。でも、リコの親に嫌われないといいけどな」
「大丈夫! 宗介くんは可愛いから」


そう言うとリコは、道場に戻っていった。

……可愛いか。

言われたことなかったな。

だけど、俺なんかよりずっと可愛いよ。

リコは……。

俺も道場に戻るか……。


……。

 

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俺は自分の気持ちを……もう一度だけ思い返した。

 

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剣術部を辞める


……。


でも、あいつの顔が離れない。

それは……。

 

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屈託のない笑顔……少女の顔。

素直で無邪気な……あの少女。

リコ……。

リコの顔が頭に浮かんだ。

俺はおもむろに、電話をした。

今の気持ちを、あいつにだけは伝えたい。

受話器を握る手が汗ばんでいた。

……。

 

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『もしもし、いまリコはお風呂に入っていました』
「……リコ」
『あれ? 宗介くんですか? どこに行ってたですか?』
「……いろいろあってさ」
「そうですか……。今日は試合ですよね。来てくれますよね?」


……俺は口ごもった。


「なぁ? 今から会えないか? 家に行ってもいいか?」
『はい。わかりました。……待ってるです』


俺は電話を切って、家を出た。


……。




 


フラフラとリコの部屋に入った。

 

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「どうぞ……あ、なにか飲みますか?」
「いいよ……。それより話があるんだ……」


リコはきょとんとしている。


「俺……実は……」


言葉が出ずに、俺はリコに抱きついた。

 

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「ちょっと……宗介くん……」
「……リコ……好きだ」


俺はつい、思っていたことがあふれ出てしまった。

 

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「……あたしも、宗介くんのことが……好きです」


リコは俺を抱きしめ返してくれた。


「俺……もう……ダメだ」
「大丈夫です。リコがいますから……宗介くんにはリコがついています」


俺たちは見つめ合った。

リコの体が小さく感じた……。

リコ……。

俺はそのままキスをした……。

……。


誰もいない部屋の中で……俺とリコは……禁断の世界に堕ちていった。


……。


キスの後、俺とリコは立ったまま服を脱ぎ捨てた。

俺たちはお互いを求め合った……。


……。


俺たちは黙って寄り添っていた。


……。


「なぁ……俺な……」


俺はボソボソと切りだした。


「俺、剣術部を……辞めるよ」


……。


---------------

 

 

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「まだ、あきらめきれない……」

 

……。

 

俺はみんなが帰ったあとも、その場から離れられずにいた。

一人、勝利の余韻に浸っていたかった。

勝ったんだ……。

剣術部が……。

俺たちの剣術部が……。

ふと、影が近づいてくるのが分かった。

それはリコだった。

 

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「どうしたんだ? 帰らないのか?」
「道に迷ってしまいました。てへ」
「てへじゃないだろ」
「リコはここから家までの道を知りませんので、連れて帰ってくれませんか?」
「分かった。行こう」

 

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リコは嬉しそうに笑った。


「あの……できれば、宗介くんの家に行ってみたいです!」
「え? うち?」
「そうです。家に帰っても一人だから、寂しいです。今日みたいな日は、誰かと一緒にいたいかなぁって」


俺は一瞬考えた。


「……わかった。いいよ」

 

……。




 

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「ここが、宗介くんの部屋ですか。とってもいいですね」
「そうか? 普通だろ」


……。

 

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「宗介くん、いままでありがとうございました」
「なんだよ、改まって」
「リコはダメな子でしたが、宗介くんのおかげで、ちょっとダメじゃない子になれました」
「俺はなにもしてないよ」
「リコはウソばかりついていたけど、本当のことを言います」
「え?」
「リコは、宗介くんが大好きです。犬さんや猫さんも好きだけど、もっともっと宗介くんが好きです」


俺は戸惑った。

今まで伏せていた気持ち。

リコへの思い……。


「俺も……リコが好きだ」
「それは、ウソではないですか? 本当のことですか?」
「本当だよ」
「嬉しいです。とっても、嬉しいです」

 

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俺はリコの頭をなでた。

……ずっと一緒にいたい。

そう思った。

俺はリコにそっとキスをした。


……。

 

お互いを見つめながら、俺たちは服を脱ぎ、ベッドに上がった。

俺たちはお互いを求め合った……。


……。


幸せだった。

全てが満たされていた。

剣術部を作ろうとした日から、俺の人生180度かわった。

なにも無くて、真っ暗だった生活が、色をつけた。

生きてることが楽しいと初めて思えた。

……俺は生きている。

幸せの中、俺は眠りについた。

全てを忘れるように……。


……。

 

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俺には夢があった。

野球でプロになる夢。

今からでも間に合うだろうか。

どうやったら、夢を叶えられるのか……。

その手段が分からない。


「宗介く~ん! 出ておいで~!」


聞き慣れた声がした。

可愛い声だった。


「リコですよ~! はるばる来たですよ~!」


はるばるって、そんなに遠くないだろ。

俺は階段を下り、リコの元へ急いだ。


……。

 

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「宗介く~ん! 早く来るですよ~! 待ちくたびれたです~!」
「おい、リコ……こっちこっち」


リコは向かいの家に叫んでいる。

 

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「はへ?」


くるりと振りかえった。


「俺んちはこっちだよ」


リコは完全に家を間違えていたようだ。

ただの天然か、はたまた体を張ったギャグなのか……さすがリコ。

 

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「す、すいません。あまりにも家の形が似ていたもので……」


確かに、二階建てという点では似ているが、その他は全く似ていない。


「こんな早くにどうしたんだ?」


リコはもじもじした様子だ。

その姿に俺も少しだけドキドキした。

なにか、特別な感情が芽生えていた。

今まで伏せてきた感情。

義務のない俺には自由な感情だった。


「その……あの……朝から大変悪いのですが……」


そう言うとリコは目をつぶった。

こ、これは!

目をつぶっている。

リコの口は心なしか尖っている。


……これは、あれなのか!

あれだよな!!

俺は直感で感じとった。

リコは何かをせがむように口をムニュムニュしている。

やはり、あれだ!

間違いない。

だけど、大胆すぎやしないか。

こんな朝に、しかも外で……ジョギングをしているオバサンがこっちをチラ見して去っていく。

まずいよぉ~。

こんなところで……。

そう思いつつも、俺の顔はリコに近づいていた。

一センチ……また一センチと、リコの唇に向け俺は進んでいく。

ドキドキ……。

鼓動は高鳴った。

小さなリコの体は震えているように見えた。

……緊張してるのかな。

心配するな。

俺も、滅茶苦茶緊張しているぞ……。

リコの顔が目の前にあった……。

意を決して唇にキスした。


「はっ! な、なんですか!」


リコは突然目をあけ、俺から離れた。

え!?


「あの……その……違うの?」
「違う? なにがですか?」
「その、キ、キス……じゃないの?」
「キ、キス!! ち、違うです。ただ、寝てしまっただけです……」
「寝てたの? なんで?」
「あまりにも天気が良くて、ウトウトしてしまいました」
「……どういうことだよ」


リコをなめていた。

こいつは、所構わず寝れるようなやつだ。


「えっと……話あるんだろ?」
「はっ、そうです。あの……朝から大変悪いのですが、宗介くんに手伝って欲しいことが、あるんです」
「手伝って欲しいこと?」
「はい、探して欲しいモノがあるんです。探してくれますか?」
「探して欲しいモノ? なんだ?」
「モノというよりは、動物なんですが……」
「動物? まさか、野良猫のミューちゃんとかいうんじゃないよな?」
「ミューちゃんは諦めました。すぐに逃げ出すし、追いかけるのも疲れるので」


野良猫じゃないようだ。

……てことは、なんだろう……。


「探して欲しい動物は、伝説の未確認生物……『ぬっちょんげ』です!」
「ああ、ぬっちょんげか……って、なにそれっ!!」


俺は嫌な予感しかしなかった。

伝説……未確認生物……。

この時点ですでに、嫌な予感はしていたが。

ぬっちょんげって……。


「……あんまり聞きたくないんだけど、その『ぬっちょんげ』って何?」
「さぁ? リコもよく知りません。未確認なんで」
「……」
「ぬっちょんげを見たことがある人間はまだ、いないとされています」
「……それを探すのか?」
「はいっ! 宗介くんと一緒に探したいんです。ダメですか?」
「ダメじゃないけど、どんな生き物かも分からないのに、探すなんて出来るのか?」
「そう言われると思って、『ぬっちょんげ』のイメージ図を書いてきました」


そう言うとリコは紙を取り出し俺に渡してきた。

 

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紙には気味の悪い動物が描かれている。

頭は6つ。

手は3本。

尻尾は1本だが、途中で切れている。

目つきは悪く、こっちを睨んでいる。

なぜか、手に買物かごをぶら下げている。

……怖い。

底なしに、怖い。


「これが、ぬっちょんげ……。怖すぎやしないか?」
「それは、あくまでイメージ図なんで、本物とはあまり関係がありません」
「はぁ?」
「あくまで未確認なので、それはリコが勝手に考えて書いたものです」
「じゃあ、意味ねーじゃん!」


俺は紙をリコに突き返した。


「この絵は、偽物ですが、この町のどこかに、『ぬっちょんげ』は必ず存在するんです」


リコはどうやら、真剣なようだ。

たまに、こういう類の話はある。

どこどこの財閥の隠し金山が存在するだの、宇宙からの使者が現れただの。

いわゆる都市伝説というやつだ。

『ぬっちょんげ』もその一つなんだろうか……。


「なんで、ぬっちょんげを見つけたいんだ?」


朝から、こんなに真剣になるからには、それなりの理由があるに違いない。

懸賞金がかけられているとか、名誉ある賞がもらえるとか……。


「ここで話すのもあれですので、公園に行きましょう」
「分かったよ」


俺たちは公園に移動した。




 

 

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リコは周りを気にしているようだ。


「ぬっちょんげって、そんなにコソコソしなきゃいけない話なのか?」
「ぬっちょんげは、この世に一匹しかいないと言われています。ですからとても貴重なんです」
「ふ~ん」
「ですから、誰かに見つかってしまったらリコは一生見ることができなくなるんです。だから、一番に見つけなければいけません」
「他に探しているやつ、いるのか?」
「たくさんいるみたいです。誰よりも早く見つけて、ぬっちょんげに逢いたいんです」


リコの目はウソをついているように見えなかった。


「でも、ぬっちょんげを見つけたら、なにかいいことでもあるのか?」
「それは……あります。とってもいいことが」
「とってもいいこと? それはなんだ?」


リコは周りをキョロキョロと見回している。


「ぬっちょんげを見たものは幸せになると言われています。そして、たった一つだけ、願いが叶うと言われているんです」
「願いが叶う?」
「はい。だから、リコは見つけ出して、願いを叶えたいんです」


なるほど……。

そういう迷信があるわけか。


「それに、見たこともない、動物とはなしてみたいです。ぬっちょんげが何を考えているかも知りたいし」
「さすが、動物好きなだけはあるな」


俺は感心した。


「でも、どうやって見つけるんだ? 手がかりもないだろ」
「問題はそこなんです。この町にいることだけは確かなんですが……」


すると、学生の声が聞こえてきた。


「なぁ? ぬっちょんげの話、聞いたか?」
「聞いた聞いた。マジでこの町にいるらしいじゃん」
「俺、ぬっちょんげを見つけたら、マジで捕獲すっからね」
「じゃあ、今から、釣り竿買いに行く?」
「餌は何がいいかな?」
「ハムじゃね? ぬっちょんげの大好物らしいし」
「マジで? 俺が聞いた話だと、バームクーヘンが何より好きなはずなんだけど」
「それ、『へらちょんぺ』だろ」
「そうだっけ?」
「罠も用意しないとな」
「じゃあ、穴でも掘るか?」
「ばーか。ぬっちょんげの飛行能力なめんなって」
「だよな~。ぬっちょんげ捕獲できるやついんのかよ」
「でも、捕まえたら願い叶うんだろ?」
「らしいな。お前だったら、何願う?」
「不老不死」
「つまんねぇ~。ゲーセンでも行くか」


学生たちは公園を出て行った。


「……どういうことだよ」


どうやら、学生たちも、ぬっちょんげの存在を知っているようだ。


「あの人たちも、ぬっちょんげを探しているようですね。急がねば」


……ぬっちょんげ。

一体何なんだ……。

俺は変な興味が湧いてきた。


「宗介くん、お願いです。一緒に探して下さい」

 

リコはペコリとお辞儀をした。


「探すのはいいんだけど、どうやって探したらいいもんかな……」
「手掛かりがあればいいんですけど……」
「リコは、ぬっちょんげのことをどこで知ったんだ?」
「それは、魔法少女ミルティーchan第153話『不法投棄、許さない!』の回で出てきたんです」
「どんな回だよ」
「あれ? 124話だったかな……」
「どっちでもいいよ。そのアニメのどんなシーンで出てきたわけ?」
「意味なく出てきました……。突然、うわごとのように、見るティーchanが口走ったんです」


どんな展開だよ……。

 

「伝説だよ! って言ってました」
「……あ、そう」


なんだか俺は不安になってきた。


「ネットでも調べました。ちゃんとヒットしたんですが、なかなか画像は出てこなくて」
「う~ん。困ったな」
「とにかく、ぬっちょんげがいそうな場所に移動しましょう」
「そうだなぁ~。情報収集も必要だな」


俺は仕方なく、リコとぬっちょんげ探しの冒険に出かけることにした。

ちょうど学園は今日から3連休だ。

やることも特にないし、謎の生物を探すのも悪い話じゃない。

いや、そうじゃない。

3日間、リコと二人っきりでいられることの方が、嬉しかったのかもしれない。

馬鹿らしいことだとは思うが、俺にとっては幸せな冒険が、始まろうとしていた。


……。




 

俺たちは、ぬっちょんげの情報を少しでも多く集めることにした。

 

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「どこに行けば会えるでしょうか? 何か、思いつく場所はありませんか?」
「ぬっちょんげって、動物なんだろ? だったら、あんまり町中に出てこないよな?」
「それは分かりません。ぬっちょんげは、都会のコンビニで残飯をあさっていたという情報もありますから」
「……どこにいるか、見当もつかないよな」
「闇雲に探すしかありませんね。学園も休みですし、私たちに残された時間はたっぷりあります」
「まぁな」


俺たちは辺りをキョロキョロして、ぬっちょんげの影を探した。


……。


…………。


「ここには、どうやらいないみたいだな」
「そうですね。虫さんたちに聞いたら、ここでは、見ていないと言っています」


そうか……リコは虫とも会話できるんだったな。


「どうしますか? どこかに移動しますか?」
「そうだな」


俺たちが場所を変えようとすると、後ろから声がした。


「あれ~? 宗ちゃんとリコちゃん?」


振り向くと、樹が立っていた。

 

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「おう! 樹じゃん。元気か?」

「もっちろん! 元気だけがとりえだからねぇ~」

「はっ! 樹さん、こんにちはです」

「こんにちは。この前の地区大会以来だね~」

「そうだな。ってまた裸足か?」

「当然だしょ! 裸足大好き!」

「では、リコも裸足になりますね」

「リコはいいから!」

「二人で何してたの~! もしかして、デート?}

「いえ、その……デートではないですけど」

「うっそだ~! 楽しそうにしてるし、隠さなくても大丈夫だよ」

「そういうんじゃないから」

「良かったね~。あたしとしてはちょっと残念だけど、こんな可愛い彼女が出来たなら、諦めがつくかな~」

「か、かのじょですか? ……リコが宗介くんの彼女……。ということはリコの彼氏が宗介くん……」


リコは少しだけ、照れたように微笑んだ。


「ほんとにデートじゃないんだよ。今、ぬっちょんげを探してるんだ」

「ぬっちょんげ?」

「そうです。伝説の動物……未確認生物ぬっちょんげ。樹さん、知りませんか?」

「知るわけないよな……。すまん、忘れてくれ」

「……知ってるよ。ぬっちょんげでしょ?」

「え!?」


意外な答えに俺たちは驚いた。


「知ってるんですか? なんでもいいんです。情報をくれませんか?」

「私をなめてもらったら困るなぁ~。流行には超敏感なんだよ~。ぬっちょんげくらい知らなかったら、遅れてるって思われちゃうもん」


どうやら樹は知っているようだ。


「なぁ? ぬっちょんげってなんなんだ?」

「あれでしょ? ぬっちょんげって妖怪なんだよね~。それもボスなの、妖怪の。頭が禿げてて、目つきが悪くて、妖術を使うんだって」

「……聞いてた話と違うなぁ」

「色んな情報が出回ってるみたいなんだよね~。今ね、『ぬっちょんげ探し』っていうのが、学生の間でブームになってるの」

「ぬっちょんげ探し、ですか?」

「そう。ゲーム化もされるみたいだよ。画面いっぱいに、たくさんの人がいて、その中かから「ぬっちょんげ」を探してクリックするの」

「でも、ぬっちょんげがどんなのか分からないんだから、見つけられないだろ」

「そうだよね~。まぁゲームだから」


樹の話から、とにかく巷では「ぬっちょんげ」がブームであることだけは分かった。


「宗介くん! これはまずいです。早くぬっちょんげを探し出さないと、誰かに発見されてしまいます」

「そうだな……」

「あ、だったら、SF小説を読んでみるといいよ。何かヒントがあるかもしれないし」

「SF小説ですか?」

「"日本"っていう国のことを書いた小説があるのは知ってるよね? それに詳しくのってるらしいよ」

「日本か……」


日本……。

この国と似ていると言われている、架空の世界。

そのSF小説が人気であることは知っている。

日本は何でも、義務というものが存在しない世界らしい。

俺も、その国に憧れ、読んでみようと思ったが、自分の置かれている状況が更につらいものになることを恐れ、避けていた。


「そのSF小説に書いてあるみたいだから、読んでみたら?」

「宗介くん、読んでみましょう! きっと学園の図書室にあるはずです」

「行ってみるか。……ありがとな、樹!」

「なんだか、二人とも楽しそうだね~。お似合いって感じ。なんか羨ましいかも」

「ありがと。んじゃ、またな」


俺たちは樹と分かれ、学園の図書室に向かった。




 

俺たちは校門の前についた。

学園が休みのせいか、誰もいないようだ。

 

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「校門は、休みの日にも開いてるんだな」
「そうですね。まるで、あたしたちを歓迎しているようですね」
「そうか? まぁいいや。中に入ろうぜ」
「もうすぐ、ぬっちょんげに逢えるです」
「……まだ、逢えないだろ」


校門をくぐり、図書室へ向う。




 

図書室の鍵も開いていた。

俺たちは手分けして、日本という国を舞台にしたSF小説を探した。

図書室には膨大な量の本が並んでいる。

最近は勉強のためによく図書室を利用するせいか、なんとなく、どこに何があるか分かっていた。

俺は小説のコーナーをあさる。

……。


…………。

 

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「宗介くん、ありましたか? どうやら、こっちには動物の図鑑しかないようです」


リコは早々に小説を探すのをやめ、図鑑に夢中になっている。

仕方ないな……。

俺が探すか。

どこだろ……。


……。


探していると、廊下の方から足音が聞こえてきた。

……誰か来る。

俺は息を殺した。

休みの日に学園には入ってはいけないという校則がある。

見つかったらまずいな。


「リコ、静かにしろ。誰か来る、そこに隠れてろ」
「え? は、はいです」


俺は本棚の影に隠れた。

足音は、廊下から図書室に入ってきた。



「誰か、いるのかしら?」


その声は栗林だった。

……見つかるとまずいな。

俺は、体を丸めじっと我慢した。


「あら? 本が出てるわ。……どうやら、ねずみが紛れ込んだみたいね」

「チュー!」


馬鹿っ!!


「あら? 本当にネズミがいたのね。それも、大ネズミ……」

「チュー、チュー!!」

「……出てらっしゃい。……佐田さん」


ばれた……。


リコはのそりと、栗林の前に姿を表した。

 

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「図書室でなにをやってたの? 学園が休みの日は入ってはいけないはずよ」

「その……えっと……調べたいことがあって」


リコは動揺している。


「あなた、ひとりかしら?」

「そ、そうです。宗介くんはいません」


ばか……。


「椿くん? そう……椿くんもいるのね。出てきなさい」


俺は仕方なく、本棚の陰から出る。


「どうも……」

「あなたたち、どういうつもり? こんなことをして、ただですむと思ってるのかしら?」

「……いや、その、探し物をしていて」

「探し物? ……なにかしら?」

「ぬっちょんげです。えっと、正確には、ぬっちょんげが載っているSF小説です」

「ぬっちょんげ?」


栗林は眉をひそめた。


「あの……俺たちって処分されるんですか?」

「そうね……こんなことをしたんですものね……また義務を背負うことになるかもしれないわね」


義務……。

俺はその言葉を聞いて、金縛りにあったような気分がした。


「図書室に入ってはいけない義務……。バッジを用意しなきゃ」

「……」

「バッジ?」


栗林はニヤッと笑った。


「……ウソよ。そんなことぐらいで、義務を負わせたりはしないわ。からかっただけよ」

「……冗談きつすぎっすよ」

「ごめんなさいね。でも、あなたには随分と手を焼いたんですから、このくらいのイタズラ、させてもらわないと」

 

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栗林はニッコリと微笑んだ。


「では、見逃してくれるんですね」

「学園に勝手に入ったらダメよ。今日は、見なかったことにしてあげるわ」

「マジっすか?」

「私だって鬼じゃないわ。それに、あなたたいみたいに勉強が嫌いな生徒が図書室で調べものなんて、いい心がけじゃない」

「まぁ、勉強じゃないんですけどね」

「ぬっちょんげを探してるんでしょ?」

「先生、知ってるんですか?」

「当たり前よ。私は教師よ。知らないことはないわ」

「俺たち、ぬっちょんげの情報が知りたくて……。なんでもいいんで、知ってることを教えてくれないか?」

「そうねぇ~。私が聞いた話だと、ぬっちょんげは食べると甘いらしいわよ」

「え! 食えるの?」

「醤油をかけると、ウニのような味がするって聞いたわ」

「ウニですか? それは初耳です」

「私も一回でいいから食べてみたいわ。ぬっちょんげ」


……。


なんだかよく分からなくなってきたぞ。


「まぁ、あくまで噂なんだけどね。SF小説なら、その棚よ」


俺は栗林が指差した棚を調べた。


「あった!」


表紙には日本という文字が書かれている。


「栗林先生、ありがとうございます」

「本を読んだら、すぐに学園から出ること、いい?」

「分かりました」

「ちゃんと卒業するのよ。椿くん」


優しい声だった。

俺は小さく頷いた。

栗林は図書室を出て行った。


「栗林先生、なんだか、とっても優しかったですね」

「そうだな。人って、ああも変るんだなぁ」

「では、早速、小説を読んでみましょう」


俺たちは小説の表紙をめくった。


この国は、飢えていた。

目に見えない何かに飢えていた。

モノは溢れていた。

それなのに、飢えていたのだ。

人々はコンピューターの前で呟いた。

とにかく呟いた。

140文字という制限の中で、ひたすらに呟いた。

その呟きを、ある者は見て楽しんだ。

呟いて、呟いて……繋がった。


「なんだこれ?」
「日本では、呟くことが流行ってるみたいですね」
「変なの……」


ゆはり、この国は飢えていた。

コンピューターの前で、日記を書いた。

友達限定の日記を書いた。

たまには知らない人と繋がった。

つながりを求めた。

誰でも良かった。

とにかく、日記のコメントを増やしたかった。

なによりもコメントを求めた。

みせかけのコメントが欲しかった……。

かりそめの友達が増えていく。

フレンドを登録することが生きがいになっていた。

赤い文字でテンションが上がった。

この国の人間は、とにかく繋がりに飢えていたんだ……。

 

「変な小説だな……」
「どこの国も同じなんですね。みんな、誰かと繋がっていたいんです」
「……」
「そんなことより、ぬっちょんげを探しましょう!」
「そうだった!」


俺はページをペラペラとめくった。

ぬっちょんげ……ぬっちょんげ……。

……あった!


「これだ!」


俺は小説に目を通す。


5月24日、岡山県木山町の水路で奇妙な動物の死骸が発見された。

それは灰色の蛇のような動物で、体長約90センチ、胴の直径は太い部分で35センチだった。

発見者は「顔はひげのないナマズみたいでかわいかったが、背中にウロコがあって気持ち悪かった」と証言した。

その死骸は、水路から引き上げて畑に埋められた。

その後、噂を聞きつけた町職員が掘り出そうとしたが、死骸はあとかたもなく消えていたのだ。

逃げ出したと町では大騒ぎとなり、その動物に懸賞金2000万円が懸けられた。。

その名を「ぬっちょんげ」と呼んだ。

ぬっちょんげを見たものは、願いが一つだけ叶うという伝説があり、人々は血眼でそれを追った。


「なんか、気味が悪い話だな……」
「そうですか? ひげがないナマズって可愛いですよ」
「そうだけどさ……」
「これで、ぬっちょんげがいることが証明されましたね」
「でも、これって小説だろ。作り話じゃないの?」
「たしかに…」
「いるわけねーよ」
「でも、願い事、叶えたいんです」


リコはしょんぼりとしている。


「願いごとってなんだ?」
「それは…言えません。言ってしまったら叶わなくなってしまいますから」


リコは口を閉じた。


「すまん…腹、減っちゃった」
「じゃあ、遅くなりましたがご飯を食べに行きませんか?」
「いいね。ハンバーガー食いに行こうぜ!」


俺とリコは、ぬっちょんげ探しを一時中断して、腹ごしらえをするためにファーストフード店に向かった。


……。




 


リコは、ハンバーガーをバクバク食べている。

 

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「おいしいですっ! リコ、初めてたべました」
「うまいか。俺のもいるか?」
「それはいけません。宗介くんもお腹すいてますから」


俺はなぜか、食べる気になれなかった。

今までのくせか、どうもまだ誰かと何かを食べるのになれない。


「ほら、はやく食べてくださいよ。食べるのをじっと見られると、恥ずかしいです」
「リコの食べっぷりが、あまりにも豪快で気持ちいいから、見とれちゃったよ」


俺はぼんやりと、リコの顔を見ていた。


「宗介くんは、大人になったら何になるんですか?」
「え? まぁ、もう大人なんだけどな」
「もっともっと大人になって、この学園を卒業したら、なにになるのかなぁって思って」


突然の質問だった。

義務から解放され、漠然と悩んでいた将来のこと。

リコに見透かされているような気がした。


「リコは知りたいです。宗介くんが、どんな人になっていくのか」
「俺は……」
「夢はありますか?」


重く、強い質問だった。

夢……。

俺には夢があった。

だけど、そんなものはとうに諦めていた。

あまりにも非現実的で、好きな人の前で胸を張って語れるほどのものではないからだ。

リコの前で虚勢は張りたくない。

大好きな……彼女の前では……。


「宗介くんの夢、聞きたいです。本当の気持ちが、リコは知りたいです」


俺は迷った。

……。


…………。


「俺……野球選手になりたいんだ」
「野球選手?」


笑われないか怖かった。

野球選手になんてなれやしない。

そんなことは自分が一番分かっている。

否定されたくなかった。

リコにだけは…。


「凄いですねぇ。さすが宗介くんです! なれますよ。きっと。だから、頑張ってください」
「……うん」


リコは屈託のない笑顔を俺に向けた。


「夢は思い続ければ叶うって、お父さんもお母さんも言いました。だから、宗介くんも思い続けてください」


……リコ。


嬉しかった。

馬鹿にするやつはいっぱいいる。

夢なんて持つもんじゃないと思ったこともある。

でも、リコは違った。

こんなにも素直に、俺を受け入れてくれた。

それが、たまらなく嬉しかった。


「…俺、頑張ってみるよ」
「リコの夢はなんだか知っていますか?」
「え? なんだ?」
「お嫁さんになることです。可愛いドレスを着て、ケーキを切ります。大好きな人の、お嫁さんにリコはなりたいんです」
「お嫁さんか…」


リコらしい可愛い夢だと思った。

大好きな人……。


その相手になれたら…。


「さ、はやく、ハンバーガーを食べてください。どうぞどうぞ」


俺はハンバーガーを口に入れた。

あまり、味がしない……。


「どうしたですか? 美味しくないですか?」
「いや、そうじゃなくて…」


胸が苦しくなった。

俺の心は締め付けられていく。

誰かと何かを食べるなんて……。


「宗介くん?」


じわじわと味が戻ってきた。

たまらなく、美味しい……。

不思議な気持ちだった。

ずっと一人だった。

こそこそと生きてきた。

それなのに…今は…そばに誰かがいる。

誰かといっしょに、楽しみを分け合いながら、メシを食っている。

こんな単純なことが、こんな些細なことが…。


……。


………くっ。


「……泣いているですか?」
「……泣いてないよ」


リコはそっとハンカチを差し出してきた。


「泣きたいときは我慢するもんじゃないです。男の子だって泣きたいときはあります」
「すまん…少しだけ、泣かせてくれ」
「はいです」


俺は人目をはばからず、大声で泣いた。

そんなバカな俺を、リコは何も言わずただ、見ていてくれた。


……。

 

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二人で並んで歩いた。

手を繋いでいたかもしれない。

泣いた目がまだ、腫れていた。

 

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「宗介くん、家まで送ってくれて、ありがとうございました」
「気にすんな。じゃあな…」


リコに手を振った。

リコも手を振り返す。

どこか名残惜しかった。


「あの…宗介くん、部屋にあがりますか?」


俺は悩んだ…。

悩んで首を横に振った。


「今日は…やめとくよ」
「わかりました。そうですね。ぬっちょんげ探しで疲れましたもんね」


疲れたからじゃない…。

なにか、後ろめたい気がしたのだ。

リコのお父さんやお母さんにも悪い気がした。

一人娘が俺みたいな不良上がりとつるんでいたら、残念がるに違いない。


「いつか、宗介くんを紹介したいです。戻ってきたら、すぐに会って欲しいです」
「そうだな」
「今日は、とってもとっても楽しかったです」
「あのさ…」


俺はリコを止めた。


「なんですか? ……わぁっ」


俺はリコを抱きしめていた。

 

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「宗介くん……苦しいです」
「ちょっとだけだから、我慢してくれ」
「はいです」


リコの小さな肩を抱いた。

……。


……人のぬくもりを感じた。


「明日も、会ってくれますか?」
「もちろんだ」
「ぬっちょんげ…探しましょう」
「だな」


俺はリコを抱きしめながら思った。

ぬっちょんげ…。

なんだか分からないが、また明日リコと会える。

ぬっちょんげのおかげだ…。

俺はぬっちょんげに感謝した。

……。


リコを離し、俺はマンションに消えていくリコを見送った。


……。

 



 

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俺は部屋に戻った。

はじめて人間らしい休日を送ったような気がした。

マコト…。

ありがとう。

明日はぬっちょんげ探しの続きだな。

見つからなくてもいいと思った。

あと2日、学園は休みだ。

このまま見つからず、リコと色んなところへ行きたい。

ぬっちょんげを探しながら、リコとのかけがえのない時間を過ごしたい。

俺は雑誌をおもむろに取り出した。

埃をかぶった、古い雑誌だった。

野球少年だったころによく読んでいた雑誌だ。

もう一度、夢に向かいたい…。

やれるだけ、やってやる。

リコに見せてやりたかった。

義務から解放されて、夢を見れるようになったんだ。

だから、絶対に叶えてやる。

雑誌を読みながら強く誓った。

ふとテレビからニュースが流れてくる。


「巷で、空前のぬっちょんげブームが巻き起こっています」


ん?


ぬっちょんげ?


俺はテレビの画面にかじり付いた。


「ブームの元になっているのは、一冊のSF小説。この中に出てくることから、ぬっちょんげを探す若者が急増しているとのことです」


やっぱ流行ってるのか…。


「ここまでブームになった理由の一つが、この小説に書かれた地図にあります」


地図?

テレビ画面に地図が映し出される。


「みなさん、ごらんください。この、ぬっちょんげが目撃されたとされる場所の地図です。どこかで見覚えがありませんか?」


俺は地図を見た。

これって…。

その地図は、見慣れた地図だった。

この地図…。

向井台周辺の地図に他ならない。

しかも、X印がされている場所は俺の住んでいる町の付近だ。

どういうことだよ…。


「偶然でしょうね。ですが、こういう話は夢があって楽しいのではないでしょうか。テレビの前のみなさんも、探してみてはどうでしょう。……それでは次のニュースです」


やっぱり気味が悪いな…。

SF小説にこの国と同じ地図が載ってるなんて。

…ましてや、この辺かよ。

明日、ちょっと探してみる価値ありそうだな。

俺は冒険心に火がついた。


「続いてのニュースですが、南部で行われている紛争についてですが、激化の一途を辿っています。この国の軍隊も危険にさらされう可能性があると政府が報告しています…」


俺はテレビを切った。

紛争か…。

俺の生活は平和になった。

だが、この国の外では苦しんでいる人間がいっぱいいる。

哀しい現実だが、今の俺にとって、それは絵空事でしかなかった。

まるで、SF小説のように。


……。

 

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ぬっちょんげ探し。

夜にネットで調べた。

SF小説に載っていた地図をプリントアウトして用意した。    

俺は少しだけ、いつもよりオシャレをした。

ぬっちょんげを探すといっても、夢物語でしかない。

それを口実にリコと会える。

ぬっちょんげ探しと称したデートだ。

髪型を整え、リコのマンションに向った。




 

俺が到着すると、リコが下で待っていた。

 

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「宗介くん、おはようございます。今日もとっても晴れていますね」
「そうだな。ぬっちょんげ探し日和って感じだな。あ、これ」


リコにプリントアウトした地図を渡す。


「これはなんですか?」
「ぬっちょんげが目撃された場所の地図だ。ネットに転がってたんだよ」

 

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リコはまじまじと地図を見ている。


「この、X印がついてるところで発見されたらしいんだ」
「ほうほう」
「でも、X印はこの町についてるんだけど、これじゃ、どこだか特定出来ないんだよな」
「そうですね。でも、ぬっちょんげを見つけ出さないといけません。願いを叶えたいんです」
「願いか…。その願いは教えてもらえないのか?」
「それは秘密です。こればかりは宗介くんにも言えません」
「気になるな……その願い」
「では、情報を集めるために町に行きましょう!」


俺とリコは繁華街に向った。

 



 

休日の街は人でごった返していた。

親子連れや、カップルが楽しそうに買物をしている。

リコを見た。

 

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周りから見れば、俺たちも立派なカップルだ。


「リコ、ソフトクリームが食べたいです」
「ぬっちょんげ探しが先だろ?」
「そうでした。危うく、甘いものに惑わされるところでした」


街に来てみたはいいが、情報を集めるにはどうしたらいいだろう。

 

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「あの……ぬっちょんげを知りませんか?」

 

リコは見ず知らずのおっさんに話しかけている。


「おい、リコ!」


おっさんは、びっくりしたように逃げていく。

 


「あ、待っておじさん!」


リコはおっさんを追いかけようとする。


「ダメだって! 急にそんなこと言ったって、ビックリされるだけだぞ」
「す、すみません。つい、話しかけてしまいました。お母さんにも知らない人について行ってはダメだって言われてたのに」


リコは申し訳なさそうにしている。


「……ん?」


街の中央に人だかりが出来ていることに気付いた。


「なんだ?」
「人がいっぱい集まっていますよ。もしかして、ぬっちょんげがいるのかも!」
「それはないだろ。でも、気になるな。ちょっと行ってみるか」


……。


俺たちは人だかりが出来ている方へ向かった。

人ごみをかき分ける。


「なんだなんだ?」


……。


「あ、あなたはっ!」


リコは目を丸くしている。

人だかりの原因はある人物だった。

いや、人物とは言い難い。

人ではない…。

それは…。


魔法少女ミルティーchanだ!」


リコは高揚している。

なんでこんなところにミルティーchanが……。


「そ、宗介くん、リコのほっぺたをつねってもらえますか?」
「え? なんで?」
「いいから、お願いします」


俺は仕方なく、リコの柔らかいほっぺたを軽くつねった。


「い、痛いっ! こ、これは夢じゃないです!」


リコは目を丸くして歓喜の声をあげた。


「わくわく、わくわく。あたし……ミルティーchanとお話したいです」


ミルティーchanは街ゆく人たちにポケットティッシュを配っているようだ。


「まて、よく見てみろよ」


ミルティーchanと騒いではいるが…ただのキグルミだ。

後ろにはファスナーがついている。

薄汚れていて、今にも中から綿が出てきそうな雑な作りだった。


「人形だよ。本物じゃない」
「そんなことないですよ。きっと本物です。だって、テレビで見たまんまですよ」
「テレビで見たまんまって、どう見ても、でかいだろ」


身長は俺よりもでかい。

頭も相当でかい。

4頭身…。

そりゃそうだ。

だって、キグルミだから…。


「握手、したいです。お話したいです」
「だから、あれはキグルミなんだって。よく見てみろって、ほら、瞬きしてないだろ」
「いいえ。本物です。間違いありません。…あのぉ…ミルティーchanですよね?」

「……」


ミルティーchanは何も言わずに、ティッシュを俺たちに渡してきた。


「くれるですか? ありがとうです」


俺はティッシュを見た。

…CR魔法少女ミルティーchan、遂にデビュー。

なんだ…パチンコのPRイベントかよ。


「ミルティーchan、きょうはどうして、この町にやってきたですか?」


リコは果敢に話しかけた。

キグルミは何も答えない。


「ミルティーchan、今日はアニメはお休みですか?」

「……」


キグルミは困惑しているようだ。


「ミルティーchan、いつも楽しみに見ています。握手してください」


キグルミはしぶしぶ手を出して、リコと握手した。


「はふ。ミルティーchanの手、思った以上にフカフカしてます。あったかいです」


そりゃそうだろ。

だって、キグルミだもん…。


「リコ、もういいか? あんまり絡むと、ミルティーchanも困るだろ」


キグルミはうんうんと激しく頷いている。


「でも、もっとお話がしたいです。ずっと逢いたかったんです」


リコはその場を離れようとしない。


「おい、ぬっちょんげはいいのかよ?」
「はっ…。そうでした。あの…ミルティーchan、ぬっちょんげがどこにいるか知ってますか?」


キグルミは左右に首を振っている。


「知らないって言ってるぞ。ほら、行こうぜ」


リコはそれでも食い下がる。


「ミルティーchanはここで何をしてるですか?」

「……」

ティッシュを配ってるんだよ」

「ミルティーchan! 答えてください」

「……バイト」

「へ?」


あーあ。

言っちゃったよ…。

キグルミの中の人は痺れをきらしたのか、ボソリと呟いた。

が、リコには聞こえなかったようだ。


「魔物がこの町に現れたんですか? リコたちの平和を守ってくれてるんですか?」

「だから…バイトなんだよ。時給のために働いてるの」


リコは質問をやめない。


「ミルティーchan! いつもこの国の平和を守ってくれてありがとうございます」

「……」

「実はリコのお父さんとお母さんも、この国の平和のために戦っているんです。一生懸命に、戦っているんです。だから、ミルティーchanも負けないでください」

「……」


キグルミは完全に困っている。


「まじで、行こうぜ」

「ミルティーchanと逢えて嬉しかったです。ずっと応援しています」


俺はリコの手を引っ張り、キグルミから離れた。


……。

 



 

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リコはまだ興奮している。


「ずっと逢いたかったんです。ミルティーchanに。やっと逢えました!」
「……良かったな」
「はい、思い続ければ、願いは叶うんですね」


リコはニコニコしている。

俺はその笑顔を見て思った。

思い続ければ、願いは叶う…。

リコが本当に逢いたいのは、ミルティーchanじゃないのかもしれない。

それは、ぬっちょんげでもない。

…多分。

本当に逢いたいのは、父親と母親なんだろう。

なんだか、そんな気がして切なくなった。


「さて、ぬっちょんげ探しに戻りましょうか」
「ミルティーchanからは情報を得られなかったもんな…」


俺たちは途方に暮れてしまった。

なんの手がかりもない。

地図もアバウトでどこを探していいのか分からない。

そもそも、ぬっちょんげなんて存在するのか…。


「楽しいこといっぱいですね」
「え?」
「一緒にこうやって町を歩けるなんて、幸せです」


リコ…。


「リコはいっつも一人ぼっちだったけど、今は宗介くんがいます」
「俺もだよ」
「剣術をやって、本当に良かったです」
「そうか…」
「そのおかげで、たくさん友達ができました。リコに友達が出来たのは全部、宗介くんのおかげです」
「そんなことねぇよ」
「ありがとうです。だから、これからもリコの近くに──」

 

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リコが言い終わる前に何かが草むらから飛び出てきた。


「デート、デート! ウラヤマシヤ!」

「お前は……サシミ!」


突然現れたのは星雲学園のサシミだった。


「やあ、こんにちは」


爽やかな笑顔をこっちに送ってくる。


「……キャラが違う」


なにか、いつものサシミとは雰囲気が違う。

 

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「わたし、キャラクターを変えたの。嫌でしょ? ムニュムニュ言うのも」

「ど、どうなってるですか? サシミさんが、サシミさんじゃないみたい…」


サシミが流暢(りゅうちょう)に喋っている…。

変だ。


「おまえ、普通にしゃべれたのかよ」

「とうぜん! この町はすでに魔物にのっとられているわ」

「魔物!?」

「やつはとんでもないものを盗んでいったわ。それは、あなたの心」

「あ、あたしの心?」


サシミは唐突に切り出してきた。


「ひとつだけ約束守って。お願い、1日でいいから私より長生きして」

「はぁ?」

「はやく人間になりたい」

「!? ……おまえ、人間じゃないのか!?」

「実体を見せずに忍び寄る白い影……」

「は???」

「驚き桃の木山椒の木、やって来い来い魔法陣」


な、なんだこれは……。

リコとサシミがシンクロしはじめた。


「元気100倍、魔法少女!」


魔法少女!?

 

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「ミルティーchan、ただいま来たわよ!」


……。


「ムニュー! ムニュー!」


サシミは飛び跳ねて喜んでいる。

どうなってんだ…。


「今のはミルティーchanに出てくる有名なセリフです。サシミさんも見ているようですね」

「サシミ、アニメ好き!」


なんだよ……。

喋れるようになったんじゃなくて、アニメのセリフを暗記しただけかよ。

ビックリした…。


「ソウスケ、リコ、デート?」

「そうです。いま、宗介くんと遊んでるんです」

「ウラヤマシス…。サシミモマゼロ」

「サシミさん、ごめんなさい。それは出来ません」

「リコ…」

「ドシテダ?」

「えっと、その、リコは宗介くんと二人でいたいから」


恥ずかしそうに答えた。


「ソウスケ、リコ、イッショニイタイカ? フタリガイイノカ?」

「…ああ。ごめんなサシミ。今日は二人でいたいんだ」

「ソウカ…。デモ、ナゼフタリデイタイ?」

「…それは、その」

「好きだからです。リコは宗介くんが、世界で一番好きだからです」

「フム。ナルホド…」


リコ…。

いつもふざけているリコは真剣な顔をしている。


「サシミさん、また今度遊びませんか?」

「アソブ? リコトサシミ…テキ!」

「敵って…」


サシミはじっとリコの目を見ている。


「敵じゃないです…」

「テキ、リコトサシミ、タタカッタ。ダカラ、テキ」

「違います。あれは、スポーツです。あのときは敵でも、今日は友達です」

「トモダチ?」

「そうです。リコはサシミさんが好きですよ」

「リコ…サシミ、スキナノカ?」

「はい。友達ですから」

「…ナゼダ。リコトサシミ、タタカッタハズナノニ…」

「戦うのは悪いことです。いつも、平和がいいです。みんな手をつないで、輪になって、笑顔をいっぱい作るです」

「エガオ…イッパイ…ツクル」

「そうです! 世界中が笑顔になれば、涙が消えて、みんな幸せになれます」


サシミは黙っている。


「リコの言う通りだ。世界には理不尽なこともいっぱいあるけど、誰かが誰かのことを思いやる気持ちがあれば、世界は変わると思うんだ」


俺は自分でもびっくりしていた。

何をやったって、世界なんて変わらないと思っていたはずだったのに…。

リコの笑顔をみると、気持ちが穏やかになる…。


「オモイヤリノ、キモチ…」


リコはサシミに手を出した。


「握手、しましょう」


サシミは恐る恐る、リコの手を握った。

 

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「アタタカイ……リコノテ、アタタカイ」

「これで、友達です」

「トモダチ…ナゼカ、ウレシイ」

「はいです!」


サシミはぼんやりとしている。


「…ジャマシタ、ゴメン」


サシミはペコリと頭を下げた。


「気にするな」

「サシミさん、リコたち、ぬっちょんげを探しているんです。何か知ってることはありませんか?」

「ヌッチョンゲ?」

「知るわけないよな…」

「シッテル! サシミ、ソレ、シッテル!」


俺とリコは顔を見合わせた。


「本当か?」

「ピポップ、ヒロポッペ、パパムーン!」

「は?」


サシミは突然、意味不明の言葉を発しはじめた。


「ふむふむ」


リコはうなずく。


「え? リコ、今の分かったの?」

「ペッケロンテ、スポポンポ?」

「ストロコ、ストロコ」

「サザムチ、キロンテ?」

「ストロコ、ストロコ」


……。


…会話している。

俺の知らない言葉で…。

会話をしている…楽しそうに。


しばらく見守る


「ピリピッパ、テロテ」
「ロトマニ、キリッソラ?」
「ソジムア、チエソケ!!」
「フッヤフッハ、ドルダポ!」
「モモパセコニ! ピリフヤ!!」
「ニベルアケ、ポスルヌフ!!」


「なげーよ! わかんねーよ!!」


俺は耐え切れず、二人を止めた。


……。

 

----------------

 

俺も混ざってみる


二人とも楽しそうだな…。


ピッポコ、ピッポコ!」

 

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「……え?」
「……え?」


「え?」


「宗介君、なんですか今の?」

「え、いやその、楽しそうだったから…混ぜてもらおうかと…つい……」


いまだかつてない羞恥心が俺を襲った。

……やらなければよかった。

……。

二人は何、この人? という感じで顔を見合わせている。


……。


「なんだよ、この沈黙!」

「……フッ」


サシミが鼻で笑った。

……本当にやらなければよかった。

 


「で、サシミはなんて言ったんだ?」

「ちょっと地図を見せてください」

「あ、うん」

 

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俺はリコに、ぬっちょんげの地図を渡した。


ピコレット、ムニュー」


サシミは地図を見て、指差している。


「ポロンテ、ポロンテ!」

「なんだって?」


「どうやら、サシミさんはこの地図の場所が、どこか知ってるみたいなんです」

「本当か? それはどこなんだ?」

「新山学園の……道場の前…だそうです」

「うちの学園? それも道場…マジかよ」

「そう言っています。なんでも、サシミさんは、ぬっちょんげを探したことがあるって。……ここじゃない国で」

「ここじゃない国?」

「どうやら、日本という国で暮らしたことがあるって…」

「日本? SFの世界だろ」

「マニア…。サシミ、ニホンマニア…」

「…なんだ。ただの趣味か。びっくりさせんなよ」


小説の世界の住人なんて、笑えない。


「まぁ、手がかりもないし、道場に行ってみるか?」

「そうですね。サシミさん、貴重な情報ありがとうございます」

「…リコ、トモダチ、ダカラ、オシエタ」


サシミは笑顔をみせた。


「プロップパラサラ、ピピプップ……」


そう言い残して、サシミは去っていった。


「リコ、サシミは今、なんて言ったんだ?」
「ふたりとも…いつまでも…仲良くね…って」
「…そうか。中々、気の利くやつだな」


俺たちは学園の道場を目指した。




 

サシミに言われたとおり、道場の前についた。

この地図のX印はここを指していたのか…。

といっても、まだ半信半疑だが。

辺りを見るが、ぬっちょんげらしきものはいない。


「来てはみたものの、いないな」

 

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リコはおもむろに地面を掘りはじめた。


「どうしたんだ!?」
「地図からすると、ここで間違いありません。この土の中にきっといます」
「ぬっちょんげって、土の中にいるのか?」
「冬眠しているかもしれません」
「今、夏なんだけどな…」


リコはどんどん掘っていく。


「仕方ねぇな…。付き合うよ」


しぶしぶ土を掘る。


……。


ザクザク…。

ザクザク…。


掘っていくたびに、爪に土が入る。

リコはそんなことも気にせず、どんどんと掘り進める。


「汗、すごいぞ」
「手を休めてはダメです! ほら、掘らなきゃ」
「なんで、そんなに必死なんだよ」
「ぬっちょんげに、願い事をかなえてもらわなきゃ…」


……。


…………。


掘っても掘っても、なにもでてこない。

出てくるのはミミズや虫の幼虫ばかりだ。


「ミミズさん、寝てるところごめんなさいね」


リコはミミズを優しくすくった。


……。


…………。


もう、50センチほど掘り進めた。

温泉でも出てきたらどうしよう。

道場の前に、温泉が湧きでたら練習のあとに入れて、便利かも……。

どうでもいい妄想をしながら、俺は掘った。


「まだです。もっと深く、もっと深く」


……。


…………。

 

土を手ですくったとき、何か固い感触をおぼえた。

もしかして!


……ぬっちょんげか!

 

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「宗介くん、何かありましたか?」


それは丸い球のような物だった。


「…なんだこれ」


土をはらった。


「それは…カプセルですか?」


丸い球はプラスチックで出来ていた。


「これ、ぬっちょんげじゃないよな?」
「…多分、違います。ぬっちょんげはもっと、可愛いはずです」


そのカプセルの中に紙のようなものが入っている。


「なんでしょうそれ?」
「もしかして…タイムカプセルじゃないか?」
「タイムカプセル?」
「そう。いま大事にしてるものとか、手紙とかを入れて土の中に埋めるんだよ。それを何年後かに開けて、思い出を懐かしむっていうか…」


リコはカプセルを俺から取った。


「じゃあ、これも誰かが埋めたものなんですね」
「多分な。…開けてみるか?」
「でも、人の思い出を勝手にみるのは悪い気がしますです」
「う~ん…」
「でも、ちょっとみたいかも…」
「だよな。また、元にもどせばいいんだしな」


ちょっとしたイラズラだ…。

悪く思わないでくれ。

俺はカプセルに手を合わせ、開けた。

中から、色あせた手紙が出てくる。


「やっぱり、手紙みたいだな」


リコは手紙を読み始めた。


『未来の私へ。いま、どこで何をしていますか? 元気でやっていますか』


どうやら、本当にタイムカプセルのようだ。

 

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『私は今日、この新山学園を卒業します』


「これ…俺たちの先輩のだな」

「色々とあったけど、私は後悔なんてしていません」


後悔?


「本当は、剣術を続けたかった。…だけど、出来なかった」

「剣術部か?」

「こんなことで、この道場が使えなくなること、この学園に剣術部が無くなること…。悔しくて哀しくて涙が止まりません」

「…剣術部がなくなる?」

「未来のあなたは、もう剣術をやっていないかもしれない。でも、私はあなたがもう一度竹刀を握っていると信じています。そうであってほしい」


……。


「そして、この学園にまた、剣術部が出来て、道場が活気づき、私の後輩たちが稽古している光景が見れることを願っています」


……。


「未来の私へ。言えなかった言葉を送ります。私は剣術が……大好きです」

「これ……」

「3年B組、栗林夏美……これ…」
「栗林のだ…」
「先生……剣術、本当はやりたかったんですね」
「そうみたいだな…」
「あんなに嫌ってたけど、本当は違ってたんですね」


…………。


「もとに戻すか…」
「待ってください。…まだ続きがあります」
「続き?」
「未来の生徒たちへ。…私が果たせなかった夢…叶えてください」
「…果たせなかった夢か」


事故で剣術部が廃部になった日、栗林はこんなことを思っていたのか…。

そうか…。


「栗林先生の夢…叶いました」
「え?」
「剣術部は出来ました。…みんなこの道場で練習しました。大会にも出ました」
「あぁ」
「良かった。先生の夢が叶って…」


リコは嬉しそうに微笑んだ。

俺はカプセルを元に戻した。


「ぬっちょんげ……見つからなかったな」
「そうですね。…でも、とってもいいものを見つけることが出来ました」
「ああ。でも栗林には内緒だぞ。ばれたらまた、怒鳴られそうだ」
「そうですね。これは、二人だけの秘密です」


俺とリコは小指を絡ませた。


「そろそろ戻るか…また明日探そうか」
「そうですね。おうちに戻るです」
「家まで送るよ」


俺はリコと手を繋ぎ、家路についた。


……。

 

辺りは夕日に染まっている。

ここでお別れか……。

以前は一日がもっと長ければいいなんて思ったことはなかった。

リコと会って、俺の中で何かが変わった気がする。

手の感触。

その感触が、心まで伝わっていく。

この小さな体をずっと離したくなかった。

ずっと…。

一緒にいたかった…。


……。


「着いたな……」


俺は名残惜しそうに言った。

 

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「そうですね…。ここでお別れです」
「明日、また来るよ」


リコは頷いたが、なかなか手を離そうとしない。


「どうした?」
「……うちに来ませんか? 一人は寂しいです」
「でも…」
「お願いします。一緒にいてください」


俺は困惑した。

‥…長年の義務の影響も少なからずあるだろう。

どこかで、まだ恐れているのかもしれない。


「ね? 宗介くん。それとも…リコといるのは嫌ですか?」
「嫌なわけ、ないだろ」


そうだ…。

もう、俺は自由だ。

何にも縛られることはない。

好きな事をして、好きなように生きられる。

好きな人間と、一緒にいる権利がある。


「俺も…一緒にいたい」


リコはニッコリと笑った。


……。

 

部屋に上がった。

 

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「今、お茶を淹れますね。それとも、コーヒーがいいですか?」
「じゃあ、コーヒーで」
「お、大人です。あんな苦いものを好むなんて」
「う、うん」


リコは台所の方へ向かった。

なんだか緊張している自分がいる。

この部屋には何度も来ているはずなのに…。

心臓が高鳴っている。


……。


ソファーの上で、もぞもぞと動いた。

……落ち着け、俺。

リコがコーヒーを持ってきた。


「どうぞ。コーヒーになります。熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとう」


俺はフーっとカップに息をかけ、コーヒーを飲んだ。


「熱っ!! そして…苦い」
「もう! だから気をつけてって言ったです」
「すまん」
「リコがフーフーしてあげますね。…フー、フー、はやく冷めるです」
「あ、ありがとう」
「どうぞ! これでもう、熱くないです」


俺はコーヒーを飲んだ。


ゴク…。

ゴク……。

苦さにたえ、一気に飲み干した。


「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。夜は長いですから」


長い…。

たしかに時間がゆっくり流れているように感じた。


「テレビでも見るか?」
「そうですね。音がないと寂しいですもんね」


リコはリモコンのボタンを押してテレビをつけた。

どうでもいいお笑い芸人がネタを披露している。

ゲラゲラと笑い声が聞こえてくる。

だが、俺は笑うどころではなかった。

 

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リコが近くにいる。

そのせいか、テレビに集中できない。


「宗介くん、どうしたんですか? 元気がありませんよ」
「そ、そんなことないよ」


俺は誤魔化した。

 

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「熱でもあるんですかね?」


そう言うとリコは自分の額を、俺の額にくっつけた。


「お、おいっ!」


リコの顔が近い…。

リコは目をつぶっている。


「熱は、ないみたいです……えっ?」


俺はリコのほっぺたにキスをした。

 

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「そ、宗介くん……」


リコは目を開けない。

そのまま、リコの唇にキスをした。


「く、苦しいです」
「ご、ごめんな」
「ううん。嬉しいです」


俺たちはお互いを求め合った……。

 

……。

 

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……。


…………。


暗い部屋にテレビの音だけが響き渡っていた。

 

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「宗介くん……」
「……なんだ?」
「リコは幸せです。こうやって、宗介くんと一緒にいられるなんて夢みたいです」
「俺もだよ…」


どうでもよかった世界が…輝いて見えた。

誰かと一緒にいること。

誰かと繋がること。

誰かと幸せになること。

誰かを好きになること。

そんな当たり前で、普通のことが、目の前に訪れた。

今までの俺とは違うんだ…。

大切に行きたい。

それを教えてくれたのは、他の誰でもない。

…リコだ。

ちょっと間抜けで、

とんちんかんな事ばかり言って、周囲を困らせる。

そんなリコが、

今では、自分にとってかけがえのない存在に変わった。

無垢で純粋で、俺とは正反対のリコが…。

俺を変えてくれたんだ。


「リコは宗介くんが…大好きです…」
「俺もだよ」


テレビのボリュームが大きくなった。


「ん?」
「す、すいません! リモコンを踏んでしまいました」
「あ~あ、せっかくいい雰囲気だったのに!」
「ドジで、すいませんです」


恥ずかしそうに苦笑いした。

和やかな空気が流れる。

俺はテレビのリモコンを取り、ボリュームを下げた。


「あれ? これ、ぬっちょんげのニュースですよ」
「え?」


テレビから流れていたのは報道番組だ。

ぬっちょんげが大流行しているという内容だ。

それに便乗したような商売が繁盛しているようだ。

ぬっちょんげストラップ…。

ぬっちょんげTシャツ…。

ぬっちょんげ仕様の痛車…。

どんな生き物かも分からないのになんでこんなに流行ってるんだよ…。

極めつけは、ぬっちょんげハンターという携帯ゲームだ。

通信対戦ができるらしい。


「なんか、すげーことになってるな」
「そうですね。大人気ですね」
「でも、なんでそんなに流行ってるんだろ。いるかどうかもわかんねーのにさ」
「それは多分、ぬっちょんげが、願いを叶えてくれるからですよ」
「願いねぇ…」


テレビを消そうとした、その時だった。


『ぬっちょんげ特集の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えいたします』


スタジオが慌てている。

臨時ニュース?

なんだろ…。


「ただいま入りました情報によりますと、南部で起こっております紛争で犠牲者が出た模様です」


犠牲者?


「犠牲者のお名前は…この国の軍部に所属しております…佐田ヤスオ・ミサ夫妻の2名です」


……。


…………。


『繰り返し、お伝えします。南部紛争におきまして、この国、初めての死者が出た模様です。被害にあわれた方の名前は、佐田ヤスオ・ミサ夫妻と確認されました…。この時間は予定を変更してお伝えいたします…』


俺はおもむろに、テレビを消した。


「……」


リコは茫然としている。

目の焦点が合っていない…。


「あの、リコのお父さんの名前って…」
「……」


答えを聞くまでも無かった。

リコの顔から容易に想像できた。


「あ…あ……」


リコは声にならない声を出した。

俺はどうすることも出来なかった…。

一歩も動けなかった。

 

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「……宗介くん……どうしましょう…」
「リコ…」
「お父さんと、お母さんが……」
「…落ちつけ」


俺はリコを抱きしめた。

そのままじっと抱きしめていた。

リコは電池がきれた玩具のように動かない。


「大丈夫だ。…きっと、何かの間違いだ」


俺はそういうしかなかった。


「……」


リコを強く抱きしめた。

リコも俺の体を強く抱きしめかえす。


「ずっと一緒にいるから。だから、落ち着いてくれ」


いつまでもいるから…。

だから、だから…。

 

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……。


…………。


そのまま、ただ時間だけが流れた。

俺はリコを抱いたまま、離さなかった。


……。


…………。


それは、俺にとって誰かと二人きりで過ごす、初めての夜だった。

……。


……なのに。

こんなのって、あるかよ……。


……。


…………。

 

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いつの間にか、朝になっていた。

俺は一睡もできなかった。

リコは茫然としたまま俺の腕の中で眠りについたようだ。

俺はリコを抱え、ベッドに寝かせた。

泣きつかれたのか、すやすやと寝ている。

その無垢な寝顔をみると、胸が締め付けられる。

俺は起こさないように慎重に移動した。

もしも、目が覚めて両親のことを知ったら…。

リコは現実を受け止められるだろうか。

いっそのこと、このまま目が覚めない方がリコにとっていいのではないだろうか…。

ふとリコの部屋に飾られた写真立てが目に入った。

そこには小さい頃のリコの手をひく、優しそうな両親の写真が飾られていた。

その幸せな家族の写真がさらに俺の胸を締め付けた。

俺はどうすることもできないまま、ただ窓から外を見ていた。


……。


おもむろに携帯を開いた。

ネットに接続する。

あのニュースは何かの間違いだったんじゃないか。

そうだ、もしかしたらあれは俺が見た夢だったのかも。

そう自分に言い聞かせながら、俺はニュースサイトを開いた。

多くのどうでもいいニュースの中に、昨日のニュースが載っていた。


『南部紛争……初の犠牲者……』


小さくその文字が現れる。

"佐田"という名字。

間違いなく、リコの両親だった。

どうすりゃ……いいんだよ。


俺はうなだれ、ソファーに倒れた。

くそっ……。

俺はどうしようもない無力感に苛まれていた。

確かに、軍人には死の危険もついてまわるもんだとは思う。

でも、それがよりによってリコの両親だなんて…。

最悪だ。

幸せな気持ちでデートをしていた記憶が消えていく。

…ぬっちょんげを探していたあの、楽しかった2日間が…。

頭の中に思い浮かぶリコの顔が、どうしても悲しげなものになってしまう。

俺はすっと立ち上がり、玄関に向かった。

振り返り、小さく呟く。


「リコ…少し出てくるな…」


靴をつっかけ、寝癖のついた髪を掻き毟り、部屋を出た。


……。

 



 

 

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全速力で走ってきた。

無意識に辿り着いたのはここだった。


はぁ…。

はぁ……。

はぁ………。

 

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「そんなに息を切らして…どうしたんだ?」
「ああ、ヒカル…。すまん、なんでもない。ちょっと走り出したくなってな…」


顔をしかめたヒカルを置いて、俺はまた走り出した。




 

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全速力で走った。

走りに走った。

しばらくして…大きな屋敷の前についた。

…なにを、やってるんだ、俺は?

馬鹿みたいだ。

踵を返そうと思ったとき、三田さんが屋敷から出てきた。

 

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三田さんは驚いて俺を凝視している。


「…あの、すみません……なんていうか…いや、リコが…」
「リコ? 佐田くんがどうかしたのか?」
「……その、だから……紛争が」


三田さんは何かを悟ったように言った。


「佐田くんって……まさか、南部紛争の……」
「……すいませんでした」


俺は三田さんに頭を下げ、また走った。




 

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俺は何も考えず走った。

坂道をものともせずに、走った。

ただ、ひたすらに走った。


はぁ…。

はぁ……。

はぁ………。


息が切れるのもかまわず走り続けた。




 

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俺はフラフラになりながら、町の中心に来ていた。

車のクラクションが鳴る。

その音さえも、俺には遠くで鳴っているように感じた。

なぜだろうか…町ゆく人々の顔が幸せそうなものに見えてくる。

なんでだ…。

よりによって、なんでリコがつらい目に遭わないといけないんだ…。

町ゆく人の幸せそうな顔を見る度に、頭の中に悲しそうなリコの顔が浮かんでくる。

そんな俺に近づく、小さな足音が聞こえた。

少女だった。

俺の前に立ち、じっと俺を見ている。

少女の目は澄んでいた。


「お兄ちゃん? どうして泣いてるの?」


少女に言われて、自分が泣いていることに気づいた。


「……」


少女は俺の前に屈んだ。


「お兄ちゃん、ぬっちょんげを探してるんでしょ?」


俺はわけもわからず、小さく頷いた。


「わたし、知ってるよ。ぬっちょんげはね…こころのなかにいるんだよ」


…え?

そう言うと、少女は母親の手を握り歩いて行った。

母親と並んで歩き去るその姿を、俺は茫然と見ていた。

……こころのなか。

その親子と入れ違いで、俺の傍に立っている影があった。


「宗介くん…立ってください」


小さな手が、俺に伸びた。

俺はその手を掴んだ。


「リコ……」


リコは優しい目をしていた。

何かを吹っ切ったような、そんな目だった。

 

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「リコは、だいじょうぶですから。だから、泣かないでください。宗介くんが泣くと、リコも泣きたくなってしまいます」

 

……。


「ごめんな…いや、ほら、ぬっちょんげを探してたんだよ…」


無理矢理笑おうとした。


「うれしいです。…とっても。でも、今は一緒にいてくれることの方が、うれしいです」
「リコ…」
「リコを一人ぼっちにしないでください」


俺はリコを抱きしめた。


……。


「そんなに強く抱きしめたら…苦しいですよ」


リコは気丈に笑った。

その笑顔が、さらに俺の胸を締め付けた。


「なあリコ、俺、こういうときさ、どうしたらいいか…分からないんだ」
「あたし…行きたいところがあるんです。一緒に来てくれませんか?」


そういうとリコは俺の手を引っ張った。




 

リコが俺を連れてきたところ…。

それは公園だった。

 

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「リコは、ここが大好きなんです」
「……」
「ここはリコの友達がたくさんいるんです。犬さんでしょ…猫さんでしょ…。それから鳥さん!」
「……」


俺は何も喋ることが出来なかった。

何事も無かったかのように話すリコを見るのが辛かった。


「どうしたですか? いつもみたいに、変なこと言ってくださいよ」
「リコ…。もう、無理しないでくれ」


……。


「なぁ? そんなに俺は頼りない男か? 俺に出来ることは、なんでもする…だから……」
「この公園は、小さい頃にお父さんとお母さんと一緒によく来ていたんです」


下をむき、ゆっくりと話す。


「あの頃は今みたいじゃなくて、ずっと家にいたから。日が暮れるまで遊びました。まだ帰りたくないって、お父さんとお母さんを困らせました」
「……」
「困らせなければ良かったです。…こんなことになるんなら、もっといい子でいたかったです」
「…そんなことないよ。リコはいい子だ…」
「いいえ。あたし、ウソばかりついてました。悪い子です。だから…二人ともいなくなってしまったんです」


……。


「あたしがもっといい子だったら、きっと戻ってきたのに…」


……。


「…会いたいです。もう一度だけ会って、謝りたいです。今まで迷惑かけてごめんなさいって」
「…迷惑なんてかけてない。…なんて言っていいか、分からないけど、それだけは分かる」


リコは目にたくさんの涙を浮かべている。


「リコ…」


俺はリコを包んだ。


「でも、泣いたらダメです。強い子になるって決めたんです。剣術をやって、リコは強くなりましたから…」


涙を必死でこらえている。


「泣けばいいよ…」
「……」
「今泣かないで、いつ泣くんだよ…」


……。


「泣かないことだけが、強さじゃない。泣いてくれ…お願いだから。俺も一緒に、泣いてやる」


リコの顔が歪む…。

張り詰めていたものが切れ、弾けるように、リコは泣き出した。


「…お父さん、お母さん……」



ベンチに座り、俺はただ一緒に泣いた。

一緒に泣くことしか出来なかった。

そうすることで、リコと気持ちを共有できればと思った。

悲しみの共有。

リコが背負った悲しみを、半分でも受け持つことが出来れば。

俺は人目をはばからず、声をあげて泣いた。

空は綺麗な色をしていた。

俺たちの心とは裏腹に、澄んでいた。

雲はゆっくりと流れていく。

人生とはうまく出来ている。

俺は泣きながらそう思った。

一つ喜びが訪れれば、次は一つの悲しみが訪れる。

全てが、軸となり、連鎖する。

良い事があれば、悪い事もあるもんだ。

今この瞬間にも世界中で悲しみが生まれているだろう。

リコの手を強く掴んだ。

もうこの手は離さない。

一生、離すものか。

俺はこの先、ずっとこの小さな手を守り続けていく。

それが、俺の誓いだ。

沈みゆく太陽に、固く誓った。


……。


一匹の猫が俺たちに近づいてきた。

それに続いてどこからともなく、犬や猫が俺たちのまわりにやってきた。


「猫さん…」


悲しい鳴き声をあげている。

まるでリコの悲しみが分かっているかのように…。


「おまえら…」


……。


オレンジから、紫へと空は変化する。

そのま漆黒の闇が、俺たちを襲い始めていた。


……。


…………。


雲の隙間で、何かが光った。

星のような、月のような小さな光が確かに光ったんだ。


……。


俺は強く祈っていた、何を祈っているのかも分からずに。

その光に、無意識に祈りを捧げていた。

次の瞬間、携帯が鳴った。

鳴ったのは俺の携帯ではなく……リコのものだった。

リコはポケットから携帯を取り出した。

 

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「誰からだ?」
「……知らない番号です」
「出なくていいんじゃねえか」


今は誰とも話したくないだろう。

そう思い、俺は携帯を切った。

空気を読まず、携帯はまた音をあげる。

俺はおもむろに携帯をとった。


「俺が出るよ…」


リコは黙って頷いた。


「もしもし…」


受話器の向こうから声がした。


「佐田リコの携帯で間違いないか?」
「…そうだ」
「本人ではないな? 代わってもらえるか?」


業務的な声に俺は警戒心を抱いた。


「今、リコは電話に出られるような状態じゃない。あんた、誰だ?」
「本人に代わってくれ」


……。


男はそういうと黙ってしまった。


「……なんの用だ? イタズラならよしてくれ」
「軍の人間だ。佐田リコに話がある。代わってくれ」


……軍だって?


「軍の人間が…リコに何のようですか…?」
「佐田リコに伝えてくれ。すぐに自宅に戻れと」
「どういうことだ?」
「来れば分かる…」


そういうと、男は一方的に電話を切った。


「宗介くん…誰からですか?」
「よく分からない。ただ、軍の人間としか言わなかった」
「そうですか…」


リコの両親に関わることだろうか?

たぶん死に関わる、正式な通達だろう。

俺はそんな酷なことを、今のリコにさせたくなかった。


「…今は何も考えるな」
「…軍の人なんですよね。だったら、お父さんとお母さんのことですね」
「多分な…」
「なんて言っていましたか?」
「…なにも言ってなかった」
「本当のことを言ってください。あたしは、弱くないです。だいじょうぶですから。これからのこともありますし、娘として、やらなければいけないことも」


俺はハッとした。

リコは親の死と向き合おうとしている。

…俺は自分が恥ずかしくなった。

娘として…。

死を受け止めようとしているリコを、俺は邪魔しているのではないか。

大人へと成長していくリコを…。

死から目をそらし続け、ただ悲しむだけじゃ、それは逃避でしかない。

…そうだ。

やっぱり俺は…なんてバカなんだ。


「軍の人間は、すぐに自宅に帰るように言っていた」


俺は電話で聞いたことを伝えた。


「そうですか。分かりました。戻りましょう」


もう涙は無かった。

正確には涙を隠していた。

芯のある、毅然とした態度だった。


「宗介くん、一緒にきてください。まだ、一人だと……不安です」
「当たり前だろ」


俺とリコは公園を出た。




 

リコのマンションに向かう道がやけに長く感じる……。

二人は無言で歩いた。

俺はいろいろなことを考えた。

死を目の当たりにして、リコは耐えられるだろうか…。

俺はそれを受け止めなければならない。

軍の人間は非情だと聞く。

まるで、受験の通知をするように、作業のように死を宣告するのではないか。

…怖かった。

時間がやけに長い。

…一歩一歩、近づくその道のりは、遠く果てしなかった。


……。

 

 

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リコのマンションの前に辿り着いた。

辺りは暗く、重かった。

額に一粒、何かが落ちた。

それは、雨粒だった。

さっきまでの天気がウソのように…弱い雨が降りだそうとしていた。

マンションの前に不自然に黒い大きな車が止まっている。

それが何か俺にはすぐ分かった。

軍か政府の車だ。

俺たちが来たことを確認すると、車の中から降りてきた。

黒いスーツにサングラスをかけた男だった。

男は俺たちに近づいた。


「佐田リコで間違いないか?」


リコは頷いた。


「君は?」

「恋人だ…」


俺が答えた。

 

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「軍のかたですよね? …お父さんと、お母さんのことですよね?」


男は頷き、答えた。


「そうだ。紛争のニュースはもう知ってるな?」


男のぶっきら棒な言い方に、俺は怒りを覚えたが、ぐっとこらえた。


「知っています…」


声が震えた。


「これから起こることを、誰にも話してはいけない」


……。


男は意味不明なことを言った。


「どういうことだ?」

「それを守れなければ、おまえたちは処罰される」


リコは困惑した表情をした。

男は車に戻り、後部座席のドアを開けた。


…………。


車の中から、ゆっくりと二つの影が降りてきた。


……。


暗くてよく見えないが、中年の男と女だった。


「……っ」


リコはハッとした表情をした。

目を丸くし、何度も何度も手でこすっている。


「あとは君たちから説明しなさい」


そう言うと、男は車に戻った。


「そんな…どうして……」


リコは放心状態だ。

二人はリコにゆっくりと歩み寄った。

俺はすぐに分かった。

唖然としたリコの表情から…。

その二人がリコの両親であることが…。


「お父さん…お母さん……」


リコは呆然としている。

ゆっくりと男の方が口を開いた。


「リコ…」


リコは何も言わずに、父親に抱きついた。

 

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「会いたかった……」


母親もリコに抱きつき、三人で泣いていた。

俺は何が起こったか、理解が出来なかった。


「どうして…どうして……ここにいるですか……」

「ごめんね……ごめんね」


三人はただ、抱き合い泣いていた。

俺は遠巻きにそれを見ていた。


……。


これは…。

幽霊か、幻か……。

俺は目の前の光景を信じることが出来なかった。


「本物ですよね? これはウソじゃないですよね?」

「すまないリコ…。おまえを悲しませるようなことをしてしまった」


父親は申し訳なさそうに言った。


「じゃあ、あのニュースはウソだったんですね」

「…ウソじゃない。私たちは死んだんだ」

「……え?」

「正確には、死んだことになったの…」


死んだこと?

どういうことだ?


「軍からの命令なんだ。紛争をはやく終わらせるために……犠牲者が必要だったんだ」


犠牲者?


「どういうことですか?」

「この国から犠牲者が出れば、紛争を止める口実になると軍は踏んだのよ…」


なんだって…。


「そのおかげで、一時的に休戦協定が結ばれた。私たちはその大役をかってでたんだ…」


リコは不思議そうな顔をしている。


……休戦協定だと…。

じゃあ、あのニュースは、仕組まれたものだったのか?

それも、俺たちにとっては良い意味の。


「ビックリさせて…ほんとうに…すまなかった」

「会いたかったです。もう会えないと思っていたです。……だから……」

「私たちも、会いたかった……。あなたのことを忘れたことなんてなかった……」


母親はリコを抱きしめ、泣いている。

…俺は複雑な気持ちになった。

リコの両親が生きていた。

それがどんなに幸せな事か…。

ただ、あまりのことに頭がついていかない。


「ちょっと、ビックリですね」


俺はリコの両親をぼうっと見ていた。


「君は?」

「椿宗介くん……大切な人です」

「リコは、とても悲しんでいました」

「……すまない。でも、こうするしかなかったんだ。平和のためにも」

「いや、俺なんかには分からないことがあるんでしょうね。すみません」

「……」

「軍に言われたんだ。……もしもこの任務を遂行したら、娘に会わせてやると……」

「…ええ、まあ、はい」

「会いたかったんです。私たちはリコに……」


リコの父親は俺に、深く頭を下げた。


「あ、いや……頭あげて下さい」

「ごめんなさい…ごめんなさい」


リコの母親も同じように、深く頭を下げた。

すすり泣きが伝染する。

俺は戸惑い、うろたえていた。


「リコは……」


なにか口走ったそのときだった。



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「いいえ。リコは寂しくなんてありませんでしたよ」

「……」

「お父さんとお母さんが死んだって聞いたとき、辛かったけど、ずっと一緒にいてくれた人がいました。……だから、リコは寂しくなんて、なかったです」


……リコ。

 

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「リコには好きな人がいます。それは、椿宗介くんです……」


リコは笑顔をみせた。


「だから…寂しくなんてないです」

「リコ……強くなったんだな」

「はいです」

「椿さん……本当に、ありがとうございました」

「……」


生きていただけで良かった。

リコにとって、それが何よりの宝だと思ったから…。

リコの絶望が無くなるのなら…。


「お父さんとお母さん、もう心配はいらないですよ……。リコには宗介くんがいますから」

「リコ…」

「だから宗介くんも約束してください。この先、なにがあっても、リコのそばにいてくれるって」


俺はリコの両親の目を見た。


「……任せて下さい」


二人は大きく頷いた。


「それでは…この辺で」

「もう、帰るですか? ……一緒にいましょうよ」

「バカ。今日は、家族水入らずでいろよ…」


俺は手を振り、家路についた。

リコは俺が小さくなるまで、ずっと手を振っていた。

ずっと……。


……。

 




 

 

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部屋に戻ると雨が本格的に降り出していた。

俺はどこかほっとしていた。

誰かが死ぬのはもう、見たくない。

……良かった。

ほっとして、俺はベッドに倒れ込んだ。

雨は強さを増していく。

夏にしては寒い夜だった。


……。

 


…脳裏にリコの顔が浮かんだ。

両親と会えた時のリコの顔が…。

あの顔が忘れられなかった。

幸せそうな顔。

俺は、これから先、あの顔をたくさん見たいと思った。


……。


……ふと思うのは、水嶋のことだ。

リコのご両親が帰ってきたのは、水嶋が手を回してくれたからじゃないか。

元気でいるだろうか。

俺には手の届かない場所にいったマコト。

もう会うこともないのだろうか。

ありがとう、マコト……。


……。

 

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雨が強さを増していく。

屋根の上に何かが動いた…。

…ん?

それは白い猫だった。

びしょ濡れで鳴いていた。

白猫は震えている。


「こんなところにいたら、風邪ひくぞ?」


俺は追い払おうとした。


「しっし! しっし!」


だが、奴はなかなか離れようとしない。

悲しい目でこっちを見ている。


「そんな目、するなよ」


それでも白猫は見つめてくる。


「仕方ねぇな…。今日だけだからな」


俺はびしょ濡れの猫を部屋に入れた。

猫は嬉しそうに俺のベッドに飛び込んだ。


「図々しいやつ……」


白猫はかわいい声を出した。


「おまえ、なかなか世渡り上手だな」


俺は感心した。


……ふぅ。

俺もベッドにもぐりこんだ。

猫は俺に擦り寄り、ペロッと舌を出した。


「もう寝るぞ…」


そのまま、俺と一匹は眠りについた。


…………。


……。

 

「むにゃむにゃ…」

「ん?」


何かが俺に抱きついてくる感触があった。


…猫か。


「むにゃむにゃ……」


さらに抱きついてくる。


…おい。


「いい加減にしろよ…ってリコ!?」


俺に抱きついてきていたのは猫ではなく、リコだった。


「もう、たべられませんです…」
「おまえ、なんでここにいるんだよ!」


リコは俺のベッドの中にいた。

 

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「はっ! しまった! 起こしに来たはずが、一緒に寝てしまいました…」
「おいおい…」
「ミイラ取りがミイラになるとは、このことです…」


俺は時計を見た。


「やべっ…。遅刻だ」
「そうですね。急ぎましょう!」


俺は服を着替えた。


「じゃあ、走るぞ!」
「はいです! あ、そのまえにこれをどうぞ!」
「なんだ?」
「バッジです!」


……バッジ?


「これをつけるです」


リコが差し出したバッジに猫と犬が仲良くしている絵柄が描かれていた。

俺はバッジを見て、ぞっとした。

もう、バッジはコリゴリだ…。

 

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「どういうつもりだよ…」
「これは、仲良しバッジです。付けてください!」
「あのなぁ…」
「だって宗介くん、前は可愛いバッジをしていたのに最近はしてないでしょ? だから、リコが作ったです」


…‥。    


「おまえ、本当に何も分かってなかったんだな」
「はて? なんのことだか……」
「…さすが、リコ」
「では、学園に行くですよ~」


リコは部屋を出ようとする。


「あ、リコ。ちょっと待って」


俺はどうしても訊きたいことがあった。


「もしも、ぬっちょんげが見つかったら、なんてお願いするつもりだったんだ?」


リコはずっと願い事を教えてくれなかった。

俺はそれがどうしても知りたかった。

 

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「リコの願いは……。宗介くんのお嫁さんになることです!」
「え!?」
「でも、その願いは、自分で叶えることにします!」


そう言ってリコは部屋を出ていった。


……。

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昨日の白猫が屋根の上にいた。

こっちを見て、笑っているように…見えた。


……。


END