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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【1】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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Twitter─ @Zippydle_s
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暁の護衛


人の記憶は曖昧で、人の記憶はおぼろげで

人の記憶は時に幻想を作り出す。

それは防衛本能であり、それは、実を虚に変えるものとなる。


……。

 

物心がついて最初に教わったのは、人を疑うことだった。

腐りきった世の中で信じられるのは、自分だけだと。

そう教えた人さえも、俺を信じるなと言った。

人はいつか、裏切るからと。

震えを隠し切れなかった。

だって、その人が大好きだったから。

だから震えた。

なんて……恐ろしいんだろう。

なんておぞましい世界なのだろう、と。

こんなにも溢れた同じヒトを、なに一つ信じられないなんて。

それが現実。

その人は一度頭を撫でて、漆黒の瞳でそう言った。


……。

 

少なくとも、ここ一年間を平凡な毎日だと思ったことはない。

繰り返す日常はいつも新鮮だった。

単純に、日常かどうか考える余裕がなかったとも言える。

だからこの一年、耐え続けることが出来た。

そして───

 

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平穏な街並みそのものに見える景色。

そこに浮かぶ異質な存在たち。


「くっ……離せ、このバカ者が!」

「早く押し込め! 邪魔が来るぞ!」


黒光りするバンに、少女を押し込む複数の男。

それも夜間ひっそりではなく真昼間から。

よっぽどの大物か……単純に手柄を焦ったバカか。

男を観察すべく視線を送る。


……あの二人、顔濃いな。

いや、そんなことはどうでもいいことか。

人生で一度お目にかかれるかどうかの、誘拐現場。

しかし行き交う人間は誰も止めに入らない、入れない。

一般人なら、ただ唖然と誘拐現場を見つめているだけだろう。

屈強そうな濃い男たちに飛び掛り制止する人など誰もいない。

それが現実。

他人が傷つけられようが死のうが、知ったことじゃない。

その場では可哀想と言いつくろい、やがて忘れ去る。

それは、人のあるべき姿。

こっそりと携帯で撮影するヤツ。

仕事先に向かうため無視して歩き続けるヤツ。

どうしようかと迷いながら視線だけを送るヤツ。

例え少女を救い出すことが正しいことだとしても、見捨てる、あるいは見過ごすことが多勢なら、それが正しいこと。

だから──周囲の人間は異常ではなく正常。


「軽々しく、私に触れる、なっ……!」


冷静に観察している間にも、少女の身は危険にさらされていた。


「半殺し程度で済むと思っていたら、大間違い……!」

 

現状に怯まず、抵抗を見せる少女。

その姿は学生服。

それも、よく知った制服だった。


「うるせぇ!」


飛び交いあう怒声。

そして、一方的な暴力。


「くぁっ!」


小さな悲鳴と共に、少女の頬は赤く染まった。


「これ以上痛い目みたくなかったら、さっさと乗れ!」


このまま見過ごせば、なにかは必ず消える。

少女を取り戻すために支払われる巨額の資金か。

……その逆、少女の命か。

あるいはもしかすると、思想宗教的なものが絡んでいるのかも知れない。

少女の姿がバンの中へと消えていく。

あと数十秒で、この場はいつもの静寂な日常へと戻るだろう。

予め言っておく。

オレは周囲の自己保身に走る人間と同類だ。

けっして愚かな正義感に走ったりはしない。


──駆け出していた。

 

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駆け出して、男たちの車に手を伸ばしていた。

なぜ? と問われたとしたら、オレはこう答える。

真逆だからだと。

日常を逸脱した異常行為だからだと。

そう、オレは求めていた。

逸脱した世界を。


……。

 

2週間前……

 

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「そろそろ起きた方がいい。遅刻してしまうぞ?」
「むにゃ、山手線を乗り過ごすとさぁ大変。同じ所に戻ってくるまで一時間もかかるんだぜ?」
「素直に乗り換えような」
「う~ん……それは、盲点だったな……むにゃ」
「起きているんだろう?」
「…………」
「やっぱり」
「先に行けよ。オレはもう少し寝てる」
「了解した。ただし、くれぐれも遅刻はするな」
「あぁ……」

 

暁東市(ぎょうとうし)。

人口、約230万人で、大都会と呼ぶに十分な場所。

日々若者が夢見て田舎からやってきては、苦悩による挫折によって去っていく街。

それでも日々人口は増え続けている。

その理由は大きく分けて2つ。

ひとつは、大手企業の本社が市にあることから、常に多くの人材を求めていること。

次に、犯罪が急増したことが、人口増加に密接な関係がある。

この暁東市は、日本でもトップクラスの犯罪対策が進んでいる都市として有名なのだ。

未然に犯罪を防ぐことはもちろん、セキュリティや警官などの人員も他とは比べ物にならない。

平和の島国などと言う甘い言葉に自惚れ、各都道府県が犯罪への対処に出遅れた中で、最初に改革を行った場所としても有名だ。

 

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それが原因で物価は跳ね上がり、土地の値段は他都市の追随を許さない。

金持ちはより金持ちに安全に、貧乏人はより貧乏になり危険に。

今世紀初め、問題視されていた生活水準の格差は、今では手の施しようがないほどに広がってしまった。

腐女子の一人歩きは、まさに命にかかわる時代。

親切なんて言葉は消え、疑惑と疑念の塊ばかり。

そしてそれを改善し、打開しようとする姿勢はまるで見えない。

悪は見て見ぬフリをし、一部の人間だけが平和に暮らせる政治へと変貌した。

闇に背を向けたままの日本に、未来はないと言っても過言ではないだろう。

では、いったいいつ、どこで狂ってしまったのか。

前にこんな本を読んだことがある。

それは、無名の哲学者がつづったものだったはず。

タイトルなんかはよく覚えていない。

中身は眠たくなるような専門用語を並べ立てただけの、見栄に覆われた話が延々と書かれていた。

しかし、その中で目にとまった一文があった。


『人間の遺伝子が、成長の過程で狂っていく』


そしてそこには、こうも書かれていた。


『遺伝子が狂う前に正しい遺伝子へと導け』


オレはこの一文が割と好きである。


……。

 

 

 

 

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「着いたか……」


目と鼻の先にあるのは、贅(ぜい)の限りを尽くした校門。

一部の人間だけが平和に暮らせる象徴だ。


『憐桜学園(れんおうがくえん)』


そこにはそう書かれている。

一年前、オレが入学した超一流の学園である。

別に頭のいいヤツが入れる学園ってわけじゃない。

超一流の『資産家』のみが入ることを許される限られた聖地。

しかし、オレは資産家でもなんでもない。

むしろゴミの価値しかない男だ。

いや、そこまで自分を悲観することもないか?

……この議題は今度考えることにしよう。

では資産家でないオレはなんなのか。



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「これが本校に続く中庭だ」


変に捻らず、一流と表現するのが端的かつ直接的な表現。

整備された完璧な中庭は見た目だけでなく、とても都心に建造されたとは思えない広大な敷地面積を誇る。

香るのは微かな緑の香りと、甘い香水の匂い。

すべて一般の学園では遠く及ばない施設だ。

そこらの石ころでさえ、どこか有名な物かも知れない。

こっそりとポケットに忍ばせて、持っていくところに持っていけばいい値になりそうだ。

ただし、その前に首が残っていないだろう。

あちこちに設置された、監視カメラ。

石ひとつくすねようものなら、たちまち警備員に取り押さえられる。

まさに石に躓く人生になりかねないわけだ。

トイレや更衣室ならまだしも、中庭においてはアリ一匹の侵入さえチェックしているかも知れない。

こんなにも警備が厳重なのにはワケがある。

近年、資産家が犯罪グループのターゲットにされるケースが非常に高い。

さっきも言ったが、油断は許されない社会になっている。

どこにでもある学園程度の設備では、大事の際にまるで対応することが出来ない。

それはテレビを見ていて誰もが知っていることだろう。

しかしここ憐桜学園は違う。

監視カメラもそうだが、そばには警察の詰め所を始め、非常時のSPも十分に配備されており、犯罪者が手の出しにくい環境設備が揃っている。

そして、万一学園内侵入することが出来たとしても、オレのような存在が、そこらじゅうにいるのだ。


「遅かったな、海斗(かいと)」
「ん?」


思考を中断して、声の方へと視線を向ける。

 

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「寝ぼけて訓練施設に行ったんじゃないかと思ったぞ」
「そんな間抜けなことするかよ」
「海斗ならしかねないと思ったんだ」
「……そうかい」


この目の前にいるのは、オレのルームメイト、薫(かおる)。

オレのような話題性のない者にも、比較的話しかけてくる変わり者だ。

もっともオレはこいつに好かれていないようで、ルームメイトだから話しかけている節があるのが現状だ。

剣術の腕前は学年一位で、頭脳明晰。

中の下であるオレと比べると、怒られるだけだろう。


「今日で決まるんだな」
「ああ、雇われ先か?」
「雇われ先? まあ、言わんとすることはわかるが……」


どうやら表現の仕方を少し間違えたらしい。


「正確に言えば、私たちは雇われるわけじゃないだろう? 給与をもらうわけでも、保障が付くわけでもないのだから」
「そうだったな」
「私は少し心配だ。お前がちゃんと選ばれるのかどうか」
「成績が悪いからだろ?」
「そうじゃない。どうもお前は緊張感に欠けるんだ。それで本当に、ボディーガードが勤まるのか?」
「さぁ、な」


聞きなれない単語が、聞こえたと思う。

ボディーガード。

オレや薫が、これから目指す道の職業。

警護対象者を命がけで守る、名誉ある仕事。

一般の学園において、なぜボディーガードなんて単語が出るのか。

それはこの憐桜学園が、他の学園と一線を引いたところにあるからだ。

この憐桜学園は、資産家が通っていることや、警備が厳重なことが『ウリ』ではない。

資産家のお嬢様を育成すると共に、将来的にそれを警護する『ボディーガード』の育成も同時に兼ねていることだ。

入学する男子は、全てボディーガードを志望する者たちだ。

逆に女子は、資産家であること。

これが憐桜学園に入学するための最低条件である。

この2つをひとつの学園にまとめたことには、大きな意味がある。

警察署の中に金品があっても、泥棒は手を出せない。

それと同じ効力をこの学園は持っていることになるからだ。


「なにを考え込んでるんだ?」
「改めてうちの学園の凄さを思い知っていた」
「凄さ?」
「いや……」


話題を変えようと薫を見やると、その顔はいつにも増して自信に溢れていた。


「この日が待ち遠しかったか?」
「……ああ」


自信に溢れているはずなのに、どこか儚げな瞳を揺らせ、薫は校舎を見つめた。


「もちろんさ」


それは一見、枯れ落ちてしまいそうな花びら。


「そんな仕草見せるから、色々厄介な目に合うんだぜ?」
「なんだ、その仕草とは……」


──「自覚ないのは考え物だよな。俺も何度襲いそうになったことか」


「侑祈(ゆうき)か」

「うっす、おはようさん」

 

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「おはよう」

「今日も一段と女に見えるなぁ、薫は」

「身体的特徴を侮辱しないでくれ。生まれながらのことに関して、私にはどうすることも出来ない」

「そうは言われてもなぁ……」


ジロジロと薫の身体を、上に下に見つめる侑祈。


「身体つきだって華奢だし、俺たちと一緒に着替えようとしないじゃん」

「同性でも、あれだけじろじろ見られれば着替えにくい」

「ほんとかぁ? 憐桜学園7不思議のひとつに、実は薫が女なんじゃないかってのもあるくらいだぜ?」

「付き合ってられんな……」


オマケに声も女みたいだ、侑祈がそっと付け加えた。


「もうすぐ薫とのルームメイトから解放されるから言うが、侑祈のモノより、持ってるモノはデカイからな」

「マジで!?」


オレは深々と頷いて見せた。


「お、おい! なんの話をしてる!?」

「何度か寝込みを襲いに来たヤツがいたが、自分より大きいことに気づくと、泣きながら帰っていったな。怖いだろ」

「そ、それは確かに怖い……」


震え上がり身を縮みこませる侑祈。


「やっぱり、童顔とか女顔のヤツのがデカイのかな」

「オレに聞くな」

「なあ薫、どうなんだ?」

「そんなことは知らん! まったく……付き合ってられないっ」


顔を真っ赤にして、薫は学園へと向かった。

 

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「デカイなら自慢してもいいはずじゃね?」
「大きすぎるのも悩みってことだ」
「オレなら振り回して自慢するけど……」

「振り回せるほどデカくないからな」

「ぐ……海斗に言われたら言い返せない……」


こいつの名前は錦織侑祈(にしこおり ゆうき)。

オレや薫と同じボディーガードとして憐桜学園に入学してきた。

とは言え……こいつは例外中の例外だ。

誰に言っても初対面では信じてもらえないが、こいつは人間ではないのだ。

なんでも………………なんだったか。

とにかく凄い金持ちの企業が作り出した最新鋭の『護衛用ロボット』なのだ。

バカな発言はするし、飯だって食べるから、一見人と変わらないように見える。

実際こいつの低能ぶりを間近で感じていると、本当にロボットかと疑うことも少なくない。

なにせこいつは、自分がロボットである自覚がないのだ。


「んあ? どうかしたか? 顔に米粒でも付いてる?」
「いや……」


ほんと、下手な人間より人間らしい。


「今度から女として見るのはやめるわ……薫はライバルだ」
「そんなことで張り合うなよ。まあ、中にはその場で男色に目覚めたヤツもいたがな」
「おお……薔薇な展開じゃん。絶対イヤだけど。それで、そいつはどうなったんだ? まさか薫とホモサピエンスなドッキングを!?」


小さく首を振って否定した。

そして首の前をスッと、親指で右から左に流した。


「ひ、ひぃ……」
「何人か負傷で退学したヤツらがいただろ? あいつの強さが、遺憾なく発揮された証拠だ。お前も気をつけるんだな」
「だ、誰が手ぇ出すかよ、いくら女の子な感じがするからって男なんかに……それならまだお嬢さま狙うって」
「その発言の方が危険だ。音声を拾われたら死ぬぞ」


ここに在学する以上、それがもっとも触れてはいけないタブー。

これからボディーガードになる人間が、警護対象者に恋心を抱くなど許されるはずがない。

そんなことは訓練校で365日聞かされ続けた。


「それにお前はもう相手が決まってるだろ」
「……あのチンクシャのお守りか」


がっくりと肩を落とす。


「おっと、少し話し過ぎたな。もうこんな時間だ、急ぐぞ」
「ああ」


反応はどうあれ、薫も侑祈も、新たなる門出に胸を膨らませていた。

無理もない。

一年間血の滲む努力を続けて、ようやくここまで来た。

憐桜学園入学合格者数、男子生徒280人。

2年へと進級出来たのは、僅か数十人。

本来ならば十分すぎるほど非日常の世界。

そう、思ってたんだけどな……。

おもむろにポケットへ手を突っ込む。

握りしめた拳が、くしゃっと封筒を握り潰した。


……。

 

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教室の中に入ると、訓練校と同じ見慣れたメンバーが揃っていた。

それぞれが浮き足立った空気の中雑談している。

薫や侑祈の姿もあった。


──「思い出すな、入学式のことを」

 

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「突然背後から話しかけるな、心臓に悪い」
「一年前にも同じようなことを言われたな」
「一年前と同じことしてるからだろ」
「ふん。貴様程度の実力で、よく進級出来たものだ」
「生まれつき幸運の持ち主なんでな」
「せいぜい、中流のお嬢さまでも警護することだ」
「オレは誰も警護しない」
「なに?」
「……なんでもない」
「まぁ、僕は麗華(れいか)お嬢さまで当確だろう」
「麗華?」
「まさか、知らないなどと抜かすな?」
「…………」
「おい」
「ああ、あの……」
「覚えてないのか!?」
「…………」
「いくら高嶺の花とは言え、それくらいは覚えておけ。日本でも有数の資産家である二階堂。そしてその二階堂家の長女である、麗華お嬢さまだ」
「有数の資産家だから、そのボディーガードになりたいのか?」
「当然だろう。僕らボディーガードにとって、要人の資産価値はそのまま僕らの価値に繋がる。二階堂家で僕の名を売れば、やがてさらに有名な要人をガードする日も遠くないだろう。そしてVIP専属のボディーガードとして、新たに誕生するボディーガードたちの手本になるのさ。って、なにをしている……」
「今後の参考のため、すべてメモしてるだけだ、尊(そん)は気にせず喋ってくれていいぜ」
「……学園長宛てと書かれてあるぞ……?」
「後輩ボディーガードたちの手本となり、僕は最強のボディーガードとして君臨し、庶民からかけ離れた生活をしてやるぜ、へっへっへ」
「そんなこと言ってないだろっ!」
「腹黒くていいよな」
「よくないわ!」


メモ用紙を取り上げると、細々と破かれてしまった。


「なにがしたいんだお前は」
「それは僕のセリフだ、僕のっ!」
「これはほら……あれだよ……」
「なんだ……」
「恋文に決まってるだろ、お前から学園への」
「お、おい……そんなことで付き合うことになったらこれからボディーガードとしての仕事が大変に……退学になるわ!」
「ノリツッコミか」
「くぅっ……! 頼むから、僕に恥ずかしいことをさせないでくれ……。貴様くらいだぞ、僕をここまでからかうのは」
「遠慮だったらする必要ない」
「やはりどこか頭のネジが抜けてるみたいだな。まったく……態度や度胸だけは一級品なんだが……」
「成績は下から5番目だからな」
「自慢にもならない。それに5番と言っても、最終試験で僕や薫と同じチームにされていなかったら、もっと下だったかも知れないじゃないか」
「間違いなく進級出来なかったな」
「そんなことを堂々と言わないでくれ。ふぅ……同期として恥ずかしい」
「おっと、そろそろ席についてた方がいいんじゃないか?」
「……言われずともわかってるさ」


……。


席について、オレたちは教官がやってくるのを待っていた。

そしてチャイムが鳴るとほぼ同時に、やって来る。


「全員揃っているな?」


ピシッとしたスーツに、ピシッとした姿勢。

一年間びしびしとオレたちを鍛え上げてきた教官の一人だ。


「お前たちが進級出来たこと、心より嬉しく思う。今年は特に豊作と言っていいだろう」


毎年進級出来る生徒の割合は、入学当時の10%以下とか。

ここにいる人数を入学当初から割っても、10%以上だ。


「僅か数%ではない。数%も違うのだ、誇っていい」


普段からは考えられない温かい言葉に、緊張していた生徒たちに笑顔がこぼれた。


「ただし……それはこの教室を出るまでだ。お前たちは新しい門出とともに、今まで以上に厳しい現実と立ち向かっていかなければならない。今ここで、もう一度思い返してもらいたい。自分に与えられた使命はなにか、自分の存在意義はなにか?」


バン、バンとうるさい。

教壇を叩くクセは相変わらずだな。


「尊徳(ただのり)、どうだ、答えられるか?」

「我々の使命は、プリンシパル(警護対象者)を命がけで守ることです。如何なる危険においても、命を懸けてそれを貫きます」

「今ここで私が拳銃を抜き、お前のプリンシパル銃口を向けたらどうする?」

「盾となり身を守ります」

「腰が引け、臆することはないのか?」

「恐怖はありません。それが自分たちの使命です」

「よし、その心がけを忘れるな」

「はい!」


尊の言葉に、オレを除く生徒が同意するように頷く。

それを見逃さなかった教官は、


「海斗、お前はどうだ」


などと、手間のかかる質問をされてしまった。

素直に頷いておくんだったと後悔する。

がたっと椅子をひいて立ち上がる。

不良学生のように無視を貫いても、損しかない。

そのことは一年も前に経験済みだ。


「我々の使命は、プリンシパルを命がけで守ることです。如何なる危険においても、命をかけてそれを貫きます」


さっきと同じ言葉で返しておく。

訓練校では、毎日のように繰り返されたセリフ。


「なら、ここで拳銃を抜きお前のプリンシパル銃口を向けたらどうする?」
「盾となり身を守ります」

「それは本当か?」

「…………」

「どうした、戸惑っているうちに引き金をひかれるぞ?」

「さぁ、どうかな……」

「……なに?」

「あぁ……いや……」


しまった、尊と同じように答えればいいだけのものを……。


「……もういい、座れ」

「…………」

「そんなことでは困るぞ。しっかりしてくれ」


やれやれと首を傾げて、教官は他の生徒へと視線を移した。

本当はこっちがやれやれだ。

こんな『意味のない』選択を迫られても困る。


「我々の仕事は常に危険がつきまとう。そしてその危険に対処しプリンシパルを守れて初めて優秀と言えるだろう。今のように判断を思考していては、対象者に危険が及ぶ」

「僕たちと海斗を同じ扱いにしないで欲しいですね」

「オレはお前に救われたようなもんだしな」

「…………」

「とにかく、気を引き締めるんだ。まだ訓練生だからと言って、犯罪は待ってくれないのだぞ。さて……そろそろ本題に入ろう」


そのひと言で、この場にピリッとした空気が流れ込む。


「正式なボディーガードとして選ばれた34人のお前たちに、それぞれ決定したプリンシパルを告げる。今日までに正式決定したのは22名だ。残りの12名は春休み中に発表されることになるだろう」


これから、オレたちが二年間、ひいてはその後も行動を共にするかも知れない警護対象者……プリンシパルが誰なのかを教えられる。


「我々が厳しく正確に作り上げたお前たちのデータを、プリンシパルに配布した。そして指名されたボディーガードの能力とプリンシパルの危険度が近しい者を優先し決定してある。この決定に対しての異議は一切認められない。宮川尊徳(みやがわ ただのり)!」

「はい!」

「お前には首席として、もっとも危険な人物を警護することが決定した」

「ありがとうございます!」


やはりと言うべき雰囲気だ。

それぞれが納得したように頷き、尊もまた、当然だと言うように引き締まった顔をしていた。


プリンシパル、二階堂……」


あいつの言ってたとおり、二階堂ってヤツか。


「二階堂……彩の警護を命ずる」

 

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「……え?」


自信に満ちていた表情が一変、驚きに変わる。


「すみません、今なんと……?」

二階堂彩(にかいどう あや)の警護を命ずると言ったんだ」

「バカな……なにかの間違いでは?」

「それはどういう意味だ」


強烈な睨みが、尊の身体を射抜く。


「い、いえ……なんでもありません」

「なにか予定と違ったのか?」


オレは隣に腰をおろしている薫に耳打ちした。


「……尊徳は、麗華お嬢さまだと思っていたんだ」

「そうすると今呼ばれた彩ってヤツはまったくの別人か」

「当然本人ではないが、かなり近しい人物だ」

「近しい人物?」

「麗華お嬢さまの、双子の妹だ」

「それは、そんなに違いがあるのか? 双子なら資産価値も同じようなもんだろう」

「……尊徳はそう思ってないみたいだけどな」

二階堂彩のボディーガードとして、恥じないように励みたいと思います」


強がっているが、悔しさがにじみ出ていた。

ちっとも理解出来ないが、相当な違いがあるみたいだ。


「本来なら、なにも教えるべきことはないが……。二階堂麗華はボディーガードをそばに置くことはないそうだ」

「それは、僕らのような候補生でなくても、ですか」

「そういうことになるな」


「……噂は、本当でしたか」

「教えてやれるのはここまでだ。以後、私語は慎め」

「……はい」

「尊徳にとっては残念な結果だったが、それでも誇るには十分すぎる役割だと私は思う」

「なるほどな」

「では、次……南条薫(なんじょう かおる)!」

 

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「はい」

「お前には神崎萌(かんざき もえ)のボディーガードが決定した」


さっきの尊と同じように、教室がざわっとする。

しかし少し異なった驚きのようだ。


「彼女はお前よりひとつ年上になるため、学園内ではバラバラに行動することも多くなるだろう。本来なら同学年で優先的に組み合わせを決めるが、神崎に関しては少し事情が異なる。詳細はのちほど個別に話すのでそのつもりでいろ」

「はい。わかりました」


聞いたことのない名前だな。

と言っても、オレはほとんどの名前も知らないわけだが。

どうやら呼ばれているのは名前の順番ではなく一年間における成績順のようだった。


「次、奥本雷太(おくもと らいた)!」

 

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「はい……」


こうして、次々と生徒の名前が読み上げられていく。

ところどころの生徒でプリンシパルの名前を告げられないのは、まだ決定していないということだろう。


「錦織侑祈(にしこおり ゆうき)!」

 

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「はい」


侑祈が呼ばれた。

丁度半分くらいの人数が呼ばれた頃か。


「お前には、事前通達していたと思うが……」

「妙(たえ)ちんでしょ?」

「そういう呼び方はどうかと思うが……そうだ。お前はある程度発言が許されている立場だが、言葉遣いには気をつけたほうがいいだろう」

「わかってますって」


修了証書を受け取り、侑祈が席につく。

アイツが警護することになる人物は、一年前から決まっていたらしい。

だいぶ前に説明された気がするが、よくは覚えていない。

そうこうしているうちに、オレの番が来た。


「朝霧海斗(あさぎり かいと)!」

「ああ」


手短に済ませるため、急ぎ足で教官の前へ。


「お前は、色々な意味で印象深い生徒だった」

「どうも……と言うべきか?」

「危ない箇所も多々見られたが、この日こうして修了証書を渡せることを嬉しく思う。お前のプリンシパルに関してだが……まだ検討中のため、この場では伝えられない」

「そうか。そりゃ良かった」

「良かった?」

「いや、なんでも」

「春休み中に告げられる報告を待て」

「ああ」


修了証書を受け取って、席に戻る。


「やはり決まらなかったか」

「わかってたみたいだな」


「海斗に対する評価と成績を考慮すると、一度目でプリンシパルが決まるとは思えなかった」

「そうかい」

「だが受験とは違って助かったな。全員分の席は必ずある。もっとも、憐桜学園の席であるとは限らないわけだが……」

「どっちでもいいさ」


……。


「以上34名の修了証書授与を終了する」

「起立。礼」


教官に頭を下げ、オレたちは解放された。

 

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「よーし。これで今日から二週間休みだぜ!」

 

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「外出もある程度自由に許されるから、嬉しいだろう」

「もち!」

「さっさと寮に戻ろうぜ」

「そうだな」


オレたちは三人並んで、教室をあとにする。


「待て朝霧。少し話がある」


面倒だが、無視して帰るわけにもいかないか。


「お前たちは先に行っててくれ」

「廊下で待ってるとしよう」


……。


「なんだよ」
「お前は、正直なところどうなんだ?」
「なにが言いたい? 言葉が抜けてるんじゃないか?」
「ふ、教官にここまで言い返せるのはお前だけだな」
「…………」
「この一年お前を見てきて、私は掴みきれなかった。今までどんな生徒でもある程度心理は読めていたんだがな……」
「オレは少し変わってるからな」
「そのようだ」
「特に用がなきゃ行くぜ?」
「ああ。頑張れ朝霧」


……。

 

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「くそっ!」


廊下に出ると、不満顔でいっぱいの尊がいた。


「そんなに麗華ってヤツのボディーガードが良かったのか? 同じ二階堂ならそんなに変わらないだろ。さらに聞くところによると双子らしいじゃないか」
「全然違うな。双子でもまるで話にならない」
「オレにはなににこだわってるのかさっぱりわからん」
「低レベルな考えで見られると虫唾が走る。が……こればかりは仕方がない部分でもある」
「なんだそれは?」

 

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「極度のボディーガード嫌いなんだよ、麗華お嬢さまは」

「噂は耳にしていたが、本当にそばに置かないとはな。僕くらい優秀な成績をおさめていれば可能性も十分あると思っていたんだが」

「ボディーガード嫌い?」

「まあ、ボディーガードだけじゃないらしいけどね。そばに誰かを置くのを良しとしないらしいよ」

「なら今まではどうしてきたんだ? プロのボディーガードがついてたんだろ?」

「そうでもないらしいんだよね。だからほとんど外出することもないんだとか」

「そんなヤツも中にはいるんだな」


ここに通うお嬢さまたちは、なにもオレたちが初めてのボディーガードというわけではない。

オレたちはあくまでも訓練生であって、正式なボディーガードにはまだなっていないのだ。

人それぞれだが、中にはプロのボディーガードを何人も連れ歩いているお嬢さまだっていることだろう。

そんな中で、オレたちは学び取っていくのだ。


「彩お嬢さまか……。麗華お嬢さまには劣るが、扱いやすい点では好感が持てそうだ。そういったところで、ポイントは稼ぎやすいかもな」


にやりと微笑む。

自分の出世街道を想像し、喜んでいるのだろうか。


「オレが言うことじゃないが、尊のようなボディーガードがいたら嫌だな」

「それは同感」

「僕くらい優秀なら、多少のことは許されるさ。そこらのプロを名乗ってるボディーガードにだって劣っていると思ったことはない」


実に自信満々だ。


「にしても、お前は誰を守るんだろ?」

「……さぁな」


今日正式決定されなかったのは、ラッキーだった。

これからのことを考えると、面倒にならずに済む。


「薫、尊、どこかで飯でも食ってかないか?」

「そうだな。いいだろう」

 

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「私も問題ない、海斗は?」

「悪いがオレは先に帰る」

「この中じゃお前だけ決まってないからな」

「そうだな」


そういうことにしておいて、さっさと立ち去ろう。


……。

 

1年最後の終業式を終えこの場をあとにする。


「もう、ここに戻ってくることはないだろ……」


そう……このポケットの中にある退学届を提出すれば。

オレはここにいる仲間たちと同じように、進級するつもりはないのだ。

不意に、さぁっと風が流れた。

何故だろうか……。

オレは思わず、風の流れへと目を奪われた。

 

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「…………」


制服を見るに、オレと同じ1年か。

終業式を終え帰宅するところなのか、校門へ向かって一人で歩いている。


「おい」


思わず声をかけてしまった。


「はい?」


オレのような人間の言葉が届いた。

ゆっくりとこっちへ振り返る。

本来、校門の外を一人で歩くことは入学以来禁止されているはず。

だからと言って申請しても許可が下りるとは思えない。

まさか校門から出てはいけないことを知らない?

……それはないと思うが。


「あの……なにか?」
「一人で校門の外に出るのは危険だ」
「え?」
「それくらいは知っているだろ?」
「…………心配……してくださっているのですか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「ではどうして?」
「…………」
「…………」
「ただ、なんとなくだ」
「なんと、なく?」
「ああ……」


なにを感じたのか、少女は口元に手をあて、


「ふふ、ふふ、ふふふふ……」


くすくすと品のある笑顔を零した。


「なぜそこで笑う」
「ご、ごめんなさい……けれどあなたがおかしかったから」
「…………」
「ご機嫌を、悪くされましたか?」
「いや……」


そんなことはまったくなかった。

笑われても不愉快にならないのは、少女の持つ魅力そのものではないだろうか。


「凄く真面目な方のようでしたので、なにか凄いことを言われると思ってました」
「……オレは真面目じゃない」
「ふ、ふふ……。家の使用人以外で、私に話しかけてくれたのはあなたが初めてです」
「そうなのか?」
「はい……」


どこか寂しげな表情を見せて頷いた。


「あの……お名前を聞いてもよろしいですか?」
「オレの名前か? 聞いてもどうしようもないと思うが」
「構いません。それとも、いけませんか?」
「いや、オレは朝霧と言う」
「朝霧様……」
「よしてくれ。あんたはお嬢さま、オレはボディーガード候補生だ。冗談でも様付けなんてよせ」
「ふふ、おかしな方」
「おかしい? オレは別に普通のことを……あぁ……」


そうか、そう思われるのも当然か。


「悪いな。敬語には慣れてない。使った方がいいか? ……よろしいか」
「あ……」


そんなオレの言葉を聞き、顔に影を落とす。


「やめて下さい」
「やめる?」
「さっきのままで、いて欲しいんです」
「敬語を使うな……と?」


それは、オレにとってはありがたいことだが。


「でないと、泣いてしまいますよ?」


笑えない冗談だった。

こんなところで泣かれたとなれば、犯罪者として裁かれかねない。

それだけボディーガードとお嬢さまの差は大きい。


「わかった……普通に話させてもらう」
「はい、そうして下さい」
「…………」

ペースを乱されるお嬢さまだ。

もうボディーガードなど辞めようと思っているオレが、この少女に対して守りたいという感情が表れる。


「あと少し、あなたに早く出会いたかったです。そうすれば……指名させていただいたのに……」


小声でぼそぼそと言っているため、よく聞き取れない。


「なんだ?」
「い、いえ……お気になさらないで下さい。私はそろそろ、行かないといけないので」
「だが、一人で出歩くのは……」
「ご心配なく。迎えの者が来ておりますので」


あれは……。

校門の前に、何人かの男達が立っていた。

オレの動きを見逃さないように睨んでいる。

相当腕の立つボディーガードたちだ。

彼らが誰を警護する者かは明らかだった。


「それでは、失礼します」


頭を下げ、少女は校門の外へと歩いていく。


「名前を聞きそびれたな……」


もう二度と会うことのない少女の背中を追った。

そして車に乗り込み見えなくなったあと、オレも校門に向けて歩き出した。

そして、一度振り返る。

まだ学園には、薫や侑祈たちが残っている。


「お前らとバカやれるのも、もう終わりか」


ゆっくりと、学園をあとにした。


……。

 

「悪いな、わざわざ呼び出して」
「気にするな」


オレは、退学届を男の前に差し出した。

 

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「今日この日まで残ったのは、あんたへの義理だけだ」
「…………」


眉一つ動かさず、じっと視線を交わしてくる。

この男の名前は佐竹明敏(さたけ あきとし)。

憐桜学園の校長を務める男だ。

スーツでは隠し切れないほどの筋肉質な身体は、歳を感じさせることのない強烈な威圧感を持っていた。


「義理……か……。本当にここを出て行くのか?」
「確かにこの一年、想像したよりも遥かにマシだった」
「だが、それだけだ。やっぱりオレには溶け込めなかった」
「ボディーガードの仕事は、誰にでも務まるものじゃない。資質を持った者だけが、その域にたどり着ける」
「そんな話、聞きたくもないな」


もう、説教じみたことはうんざりだった。


「人の進化など、微々たるものだ……」


佐竹はスーツの内ポケットに手を入れる。

なにを取り出そうというのか。

現金を積んで学生を続けてくれとでも?

……そんな非現実なことはありえない。

ごとり、そんな音を立てて、それは机の上に置かれた。

随分と年季の入った代物だが、未だに重圧感と重量感、そして迫力を備えたものを、それは確かに持っていた。


「今の日本が、一部の者にこれの所持を許可していることは知っているな?」


猟銃の許可とは次元が違う、対人用携帯武器。

今から十年ほど前に法改正され、日本各地に拳銃が広まった。

日本の警察官が所持する、リボルバーではない。

目の前にあるのはグロック17。

前世紀終盤に、主に米国で多く普及したハンドガンだ。


「掘り出し物だな……」
「そう、確かにこれは、今となっては古い型に過ぎん。ほとんどの者が見向きもしない代物」


右手でグリップを掴み、銃口をオレへと向けた。


「学生に拳銃を突きつける校長は、初めて見たぜ」
「これはもう時代遅れの産物だ。しかし引き金を引けば、お前は死ぬ」
「…………」
「これが何十年も前の拳銃だろうと、関係はない」
「……確かに」


目の前のグロック17よりさらに数十年古い拳銃であっても、オレは簡単に死ぬだろう。


「これは驚異だ。どれだけ進化と過ちを繰り返しても、変えようのない事実なのだ。だから人は狂う。これを手にして狂ってしまう。過去も現代も未来も、これひとつで差は埋まる」
「なにが言いたいのかわからないな」
「これに立ち向かえるものは、本当に僅かしかいない。戦争経験者、自衛隊経験者、武道の達人、それらは確かに必要な技術だが、絶対の力とは違う。どんな強者も、子供の持つマシンガンには勝てない。素質を無駄にするな、海斗」
「物騒なモノを持ち出して言うことは同じか」


机を軽く叩いて、退学届けをさらに前に差し出した。


「受理しておいてくれ、春休みが終わったら出て行く」
「……考え直す気はないか」
「まったく」
「あの日、私と約束したのは嘘だったと?」


まるで飼い犬に噛まれたような表情だった。


「約束ってのは破るためにあるんだよ。真面目なあんたにはわからないだろうけどな」


……。

 

「……ふう……」

 

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「さっきから何度目のため息だ?」
「なんだよ」
「明日から二週間ほどの休みに入る中、お前だけが暗いぞ。なにかあったのか」
「別に、なにもないさ」
「なにかあるからそんな顔してるんだろう?」
「…………」
「偶然とは言え、一年間同じルームメイトだったんだ。少しくらい話してみてもバチは当たらないはずだ」
「話すことなんてない」
「私の想像だと、指名されなかったことが引っかかってるな?」
「……そうだ」
「違ったか」
「肯定しただろ」
「目が泳いでた」
「…………」
「それほど気にとめることでもないのか、あるいは話せることじゃないのか……。どちらにせよ、これ以上追求しないほうが良さそうだ」
「そうしてくれ」
「しかし、これ以上つまらない顔はしないでくれ」
「この生活もあと二週間で終わるんだ、最後で気まずい雰囲気を残してしまうこともない」
「そうだな。オレとしてはここ一年、お前に怒られっぱなしだった気もするが」
「怒られるようなことばかりしてきただろう?」
「記憶にございませんな」
「まったく、調子のいいやつめ」


本当に、この一年薫に怒られ続けた。

だがそれは同時に、助けられた回数でもある。

性根が腐っているからな、オレは。


「聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前はどうしてボディーガードになろうと思ったんだ?」
「なんだかデジャヴを感じるな」
「デジャヴ?」
「一年前、私たちがルームメイトになったときもそんなことを言ってなかったか?」
「うまくはぐらかされたな」
「許せ。あの時はまだ海斗を信用していなかった」
「じゃあ、今は信用してるのか?」
「少なくとも一年前よりはな」


喜んでいいのか微妙だな。


「私の家系は、代々ボディーガードをやってるんだ」
「代々? そんなに長いのか?」


ボディーガードに関して法改正されたのは、せいぜい数十年前だ。

何代にも渡る年月は経っていない。


「ずっと大昔からさ」


つまり、まだ安全の認識が甘い時代からの家系ってことか。


「初耳だ」
「誰にも話したことがないからな。だから私もボディーガードになった」
「……それは望んでたことか?」
「もちろんさ。ボディーガードに誇りを持ってる。それはここに来た者全員がそうだろう? 尊徳も、お前も、他の仲間も……錦織は、少し特別だが」
「…………」
「海斗こそ、どうしてボディーガードになったんだ? オレは、単純に儲かりそうだったからだ」
「不純だな」
「現実的と言ってくれ」
「儲かりそうと言うのは、間違いだと思う」
「そんなことないだろ。初任給は大卒のサラリーマンの倍はあるんだ」
「サラリーマンは労働力をお金に換えるが、私たちは命をお金に換えているんだ。けして割のいい仕事だとは思わない」
「サラリーマンが仕事中に死ぬことは、事故や病気を除けばまずないわな……」
「そういうことだ。軽はずみな気持ちのままじゃ、いざというとき危険な目に合ってしまうぞ?」
「肝に銘じておく」


そこでオレたちは会話を終え、それぞれが眠りについた。


…………。

 

……。

 

「今だから話すけどさ、海斗ってば自己チューだぜ? この間も、深夜にエロ本買いに行けって安らかに眠る俺を強引に起こしてさ」


──「ほう……朝から随分楽しそうな話をしてるな」

 

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「お、おぉう!?」
「いつも遅刻寸前の割には、休日は早起きなんだな、海斗」
「どこかの誰かが悪口を言ってる気がしてな」


と言うか、そばで騒がれてれば嫌でも起きる。


「それにいつも遅刻寸前なのは否定しないが、別に寝坊してるわけじゃない」

「さーて、ストーカーしにいくかぁ」

「物騒なこと言って逃げようとしても無駄だ。いつ、誰が、どのように、なにを買いに行けって?」

「痛たたた、頭痛がしてきた、こりゃ腹痛だわ」

「お前は頭と腹が一体化してるのか? 言い訳するなら、もう少しマシなのにするんだったな」

「そんな怖そうな顔するなよHAHAHA」

トロイの木馬

「うぐっ!?」

「ワーム」

「へぐ!!」

スパイウェア

「あぶぶぶぶぶぶぶぶ!」

 

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「その辺で許してやれ、ショートするぞ」

「そうだな」

「このヤラァ! 人の嫌いな言葉を連発しやがって!」

「頭から煙でてるぞ、煙」

「出るわけないだろっ!」

「……いや、実際に出てるけどな」


侑祈はウィルス関連の単語に弱い。


「こうなったら腕相撲で白黒つけようぜ」

「なにが『こうなったら』かちっともわからんぞ。それにお前と腕相撲したら片腕が引き千切れるわ」

「地中深くまで片腕を運んでやるぜ」


それ、実際にやりかねんからな、こいつなら。


「前に大型トラックを素手で持ち上げてたな」

「オリンピックに出られそうだろ?」

「出たら優勝だな」

「いや、バカ過ぎて失格になるだろ」

「んだとぉ!? バカで失格ってなんだよ!」

「海斗、単純なんだから刺激してやるな」

「それよりもこれから二週間どうするんだ? 今のうちくらいだぞ、外出が認められるのは」

「オレは特に出かける用事はない。残ってるさ」

「私も同じようなものかな」

「なら僕くらいか、長期空けるのは」

「どこか行くのか?」

「一度実家に戻って、詳細を報告しようと思ってる」

「二階堂家のボディーガードをすると伝えたら、驚くだろうな」

「いや、当然だと言われるだけさ」


……。

 

「さて……今日一日どうして過ごすかな。他のヤツらにも言ったように、大人しくてしてるか」


……。

 

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「…………」
「…………」
「なあ海斗」
「……ああ」


オレたちはほぼ同時に、ぱたりと本を閉じた。


「この漫画、面白くないな」
「侑祈に勧められるまま読んでみたが、意味が理解出来ない」
「電脳用語……などと言うレベルじゃないな」
「表現するなら?」
「デンノー! ってところだろうか」
それにしても凄い単行本の数だな……この『かずおの大冒険』って作品」
「く……何気にその流しは痛いな……」
「顔を赤くするくらいなら、言うなよ。デンノー、なんてちょっと痛い子だったな」
「……わかってたなら、反応くらいしてくれ。この内容だと、1、2冊で打ち切りがセオリーかと思っていたが」
「キャラの顔とか似すぎて区別がつかんぞ」
「それに何故か女キャラクターもいないし」
「読むのやめるか」
「そうしよう」
「いきなり下品な単語を連発してみるか?」
「どうしてそんな狂人ごっこをしなきゃならない……」
「新しい道が開かれるかも知れん」
「私は警察に通報する役目でいいだろうか」
「ゲロ」
「いきなり始めるな! やるとは言ってないだろ!」
「いきなりやれば反射的にやるかと思ったんだ」
「入学した当初は、随分な狂犬だと思ったのにな」
「物騒な単語を使うな」
「私が挨拶したら、いきなり胸倉を掴んだじゃないか」
「そのあと投げ飛ばされたがな」
「当たり前だ」
「ほら、よくあるだろ。自分はエースだと思ってたってヤツ」
「エース?」
「小さい頃野球部でエースだったとして、学園上がってもすぐレギュラー取れると思っていたのに、いざ入部してみたら凄腕ばかり、って状況だ」
「結局は上手い人間がやり続けるわけだからな」


まぁ努力家や本当に好きなヤツもいるだろうが……。


「オレも粋がって入学したものの、上には上がいると思い知ったわけだ」
「そんなものなのか」
「優秀な薫にはわからないだろうさ」


実際、薫や尊は信じられないほどに強い。

オレたちの中だけでなく、歴代のボディーガード訓練生の中でも相当優秀な部類になるだろう。


……。

 

「訓練がないならないで暇だな」
「確かに。一年間ハードスケジュールだったから、無理もない」
「朝の尊じゃないが、薫は帰省しないのか?」
「……しない。家は私に対し、特に興味をもってないから」
「興味?」
「すまない。今のは聞かなかったことにしてくれ。仲間たちに家庭のことを話したくないんだ」
「そうか。なら聞かなかったことにしよう。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つあるだろう。じゃあお前のプリンシパルについて教えてくれよ。昨日の様子じゃ、お前だけ3年の警護らしいし」
「神崎さまのことか」
「様ぁ?」
「当然だろう、私の警護対象者なんだ」
「……まぁいいけどな」
「彼女は二階堂家ほどじゃないが、有名な資産家の一人娘らしい。幼い頃より古武術を祖父にならっていたそうだ」
「強いのか?」
「相当な腕前らしい。私や尊徳でも勝てる保証はない」
「そりゃまた、凄いお嬢さまもいたもんだ。警護対象者が警護者より強いってことか」
「正直嬉しいと思ってる」
「嬉しい? プレッシャーが大きいだけそうだが」
「神崎さまとご一緒していれば、もっともっと強くなれる。そんな気がするんだ」
「強くねえ……。だがなんで別の学年なんだ? 前にいたボディーガードはなにやってんだよ」
「すまない海斗。その辺りの事情に関しては私の口から説明することは出来ない」
「そうか。なら別にいいさ」
「海斗は、あまり強くなることに意欲的じゃないな」
「まあな」
「私は訓練校に入る前も、家系柄、色々なボディーガードを見てきた。その誰もが、強さを誇りにしていた。実際ここでも、皆負けじと強くなろうとしていたしな」
「確かに」


頭の勉強じゃ、優劣で大騒ぎしないくせに、体術とかの実践になった途端、皆目の色を変えてたな。


「それだけボディーガードの仕事は、体術などの実践技術が大きいと言うことだな」


もしくは単純に男の本能が負けを嫌っているだけか。


「…………」
「どうした?」
「お前は優等生だし、オレが何を言うでもないわけだが。大切なのは体術だけじゃないぞ」
「もちろんだ。プリンシパルに対する信頼や、どんな些細なことにも注意を払うことも忘れない」
「……そうか」
「私は理想どおりのボディーガードとしてやっていけそうだが、肝心なのは海斗の方じゃないのか?」
「オレ?」
「確実にプリンシパルが決まっていないのは、海斗を含めて12人」
「ああ」
「その全員が、うちの学園で警護出来るとは限らないのだぞ」
「適正者が見つからない場合、どこか他の学園に転入する可能性もあるらしいな」


もしくは純粋な訓練施設への移動か。


「そんな他人事のように……」
「なるようになるだろう」
「色々と海斗には苦労させられたが、一緒に卒業したい気持ちはあるし」
「そう言ってもらえるだけで十分だ」


実際、薫は少し人が良すぎる。

そこまでオレなんかを気にしていると思っていなかった。


「いいプリンシパルが見つかるといいな」


オレは小さく頷くことしか出来なかった。


…………。


……。


「朝だぞ海斗、そろそろ起きろ」


朝、頭上からの声に目を覚ました。


「今日から新学年だ、初日から遅刻するわけにもいくまい」
「ああ……大丈夫だ」
「だったら目を開けて起きろ。朝には弱くないんだから簡単だろう」

 

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「おはよう」
「おう。……これで満足したか?」
「次は身体を起こすんだ」
「それは聞いてない」
「今言ったぞ」
「……そうだな」


のそりと起き上がる。


「私は早めに出ようと思う。急いで準備するなら待たないでもないが?」
「結構だ。先に行け」
「そうか、遅刻はしないようにな」


小さく頷いて、薫が部屋を退室するのを待った。


「その心配はないさ」


今日で……いや、、昨日の夜でオレの生活は変わった。

もうここの生徒ではないのだ。

オレは制服に袖を通すことなく、ここをあとにする。

もう少し眠るか?


…………。


やめておこう。

手早く準備を済ませ、着替える。


「さて……行くか」


一年間世話になった部屋を見回す。


「慣れないと思ってたんだがな」


気づけば、ここが当たり前のように馴染んでいた。

それも今日で終わり。

明日からは先の見えない日々が待っているだろう。

きっと誰もが、馬鹿げていると言う日々が。

オレには、帰る場所も行く場所もない。

ただ行き場を求めて彷徨う霊魂のようなもの。


……。

 

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「海斗……」
「朝っぱらから、こんなところでなにしてる」
「本当にいくんだな」
「くどいぜ」
「もう、止めようとは思わない。だからこれを持っていけ」


差し出されたのは、白い封筒だった。


「なんだこれは」


受け取って中身を確認する。


「…………」
「ここに一年間束縛した迷惑料だ」
「いらないな。こんな物を渡されても困るんだよ」
「遠慮する必要はない。行くあてはないんだろ」
「余計な雑念を、持って行くつもりはない」
「雑念?」
「この金を使う度、あんたの顔を思い出すのはごめんだ」
「そんな情にほだされる男でもないだろう」
「……だとしてもだ」


差し出し返すが、受け取ろうとしない。


「もうやった金だ。捨てるなり焼くなり好きにしろ」
「あんたも、変わってるぜ」


オレは札束の中から、一枚だけを抜き取る。

そして残りをつき返した。


「一枚だけもらう、それで勘弁しろ」
「…………」
「あんたが引き取らないなら、ここに置いておく」


封筒を地面に放り、オレは行く。


「海斗……私は……」


何か言いかけていたが、聞く耳を持たずこの場をあとにした。


……。

 

 

 

 

 

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さて、これからどこに行くか。

臨時収入……と言っても1万円だが、これのおかげである程度生活することは出来る。


「少なくとも、この辺りには住めないか」


ここはあまりに鮮やかで綺麗過ぎる街だ。

昔も今も、荒れているところは荒れていると言うのに。

と、丁度自販機が目に入った。


「…………」


別に、この1万円でジュースを買うわけじゃない。

万札は自販機で使えないしな。

オレが考えていたのは、少し別のことだ。

ポケットを弄り、長年愛用している相棒に手を伸ばす。

そんなときだった。

 

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平穏な街並みそのものに見える景色。

そこに浮かぶ異質な存在たち。

 

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「くっ……離せ、このバカ者が!」

「早く押し込め! 邪魔が来るぞ!」


黒光りするバンに、少女を押し込む複数の男。

それも夜間ひっそりではなく真昼間から。

よっぽどの大物か……単純に手柄を焦ったバカか。

男を観察すべく視線を送る。

……あの二人、顔濃いな。

いや、そんなことはどうでもいいことか。

人生で一度お目にかかれるかどうかの、誘拐現場。

しかし行き交う人間は誰も止めに入らない、入れない。

一般人なら、ただ唖然と誘拐現場を見つめているだけだろう。

屈強そうな濃い男たちに飛び掛り制止する人など誰もいない。

それが現実。

人のあるべき姿なのだから。


「軽々しく、私に触れる、なっ……!」


冷静に観察している間にも、少女の身は危険にさらされていた。


「半殺し程度で済むと思っていたら、大間違い……!」


現状に怯まず、抵抗を見せる少女。

その姿は学生服、それもよく知った制服だった。


「うるせぇ!」


飛び交いあう怒声。

そして、一方的な暴力。


「くぁっ!」


小さな悲鳴と共に、少女の頬は赤く染まった。


「これ以上痛い目みたくなかったら、さっさと入れ!」


このまま見過ごせば、なにかは必ず消える。

少女を取り戻すために支払われる巨額の資金か。

……その逆、少女の命か。

あるいはもしかすると、思想宗教的なものが絡んでいるのかも知れない。

少女の姿がバンの中へと消えていく。

あと数十秒で、この場はいつもの静寂な日常へと還るだろう。

予め言っておく。

オレは周囲の自己保身に走る人間と同類だ。

けして愚かな正義感に走ったりはしない。


──ッ!!


駆け出していた。

 

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駆け出して、男たちの車に手を伸ばしていた。

なぜ? と問われたとしたら、オレはこう答える。

真逆だからだと。

日常を逸脱した異常行為だからだと。

そう、オレは求めていた。

バンを掴む。

だが……急発進の勢いに、身体を振りほどかれてしまう。


「チィッ!」


倒れこみながら、車のナンバーを頭に叩き込む。


「なにか移動出来る手段はっ……」


そばにいくつも置かれてある自転車くらいなものだった。


「大事の前の小事、ってことにしておくかっ!」


ポケットから、長年愛用してきたブツを取り出す。

そして、それを後輪や前輪に設置されてあるカギ穴へと差し込んだ。

僅か1秒ほどの作業。


「少しの間借りるぜっ……」


束縛から解放された自転車に跨り、車を追って一気にこぎ出す。


……。


「親分……少しいいですかい?」
「なんだ。くだらないことだったらぶっ飛ばすぞ」
「実はさっきからチョロチョロと自転車がついて来てるんですが?」
「チョロチョロ? チョロ松か?」
「はい?」
「いや、ただの新聞配達員だろ」
「いえ、そうは見えないんですが……」
「くだらないこと言ってないで、手錠しろ手錠」
「へ、へい……」


「く……ん……!」


「痛い目にあいたくなかったら大人しくしてろっ」


……。

 

「はーっ、はーっ、はーっ!」


全速力の立ちこぎで、なんとか車に追いすがっているが、やはり速度差からすれば、間もなく振り切られてしまう。


「多少の無茶も、やむなしかっ……!」


自転車で、脇を抜き去って行こうとする車の横につける。


「……?」


運転手が間抜けそうにこちらを振り向いた瞬間……

飛び移る!


「ひ、ひぃぃ!!」


借りるだけの予定だった自転車は、原動力とコントロールを失い、ふらふらと揺れ地面へとぶっ倒れた。


「そのまま前に走って、あの車を追え!」
「な、なんだお前はぁ!?」
「ただの通りすがりだ!」


車のボンネットから指示を出す。


「ば、馬鹿言うな! 俺は止めるぞ!」
「今車を止めてみろ、殺すぞ」
「ひぃ……!」
「とにかく今は前の車を追え。 追って追って追いまくれ!」
「せ、せめて理由をだな……」
「死にたくないなら追う、最大の理由だろうが」
「そ、そんな無茶苦茶な……!」
「行け!」
「ど……どうなっても知らねーぞーっ!」


……。


「親分、少しいいですかい?」
「今度はなんだ。腹が減ったんだったらもう少し我慢しろ。こいつの身代金でたんまり食わせてやる」
「いえそうではなくて……後ろから変な青年が車のボンネットに掴まって追いかけてくるんですが……」
「それがどうしたってんだ」
「お……追っ手ではないかと」
「どこの世界にボンネットに掴まって追いかけてくるヤツがいるってんだ。そんなのは映画の中だけだ。変なこと言ってんじゃねえ」
「そ、それもそうですね」
「騒々しいんだよ、いちいちお前は」


……。

 

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そのバンは、計算しつくしたように人気のない道々を選んでいた。

幸いなのは、近辺に単純に長いだけの直線はなく、左右に曲がりくねっているため思う以上の速度を出せていないであろうことだった。

やがてたどり着いたのは、さらに人気のない倉庫だった。

 

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「つ、ついたぜ……あんちゃん……」
「中々のドラテクだったぜ、オッサン」
「これでも昔、峠でブイブイ言わしてたからな」


ブイブイなんていうところが、トシを感じさせる。


「でもさすがに……死ぬかと思った……」


ぐってりとハンドルにもたれかかり、気を失う。

オレはボンネットから飛び降りて、男達が消えていった倉庫の中へと追っていく。

 

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陽の光がほとんど届かない、隠れるにはもってこいの場所。

男たちは一斉に車から降りると、少女を強引に引きずり出した。

手首にはどこで手に入れたのか本物の手錠、口元はガムテープでふさがれているようだ。


「まさか、こんな幸運が舞い降りるなんて、思いませんでしたねぇ。憐桜学園、それもあの二階堂ですよ。大金をせしめて、早くバラしちまいますか」
「そう慌てるな。まだ始まったばかりだろうが」


オレが聞いてるとも知らず、呑気に会話している。


「ん……ん~っ!」

「怯えた瞳を見せるどろか、威嚇しているのか? さすがは二階堂の娘だ。だが……その白い肌にタバコの火でも押し付ければ、少しは恐怖に変わるだろうな」


ゆっくりとタバコの先端を近づける。

ちりちりと赤いその部分を皮膚に押し付けられれば、確実にヤケドさせられるだろう。


「…………」

「ほぅ……それでも恐怖しないのか」


ほんの1cm程にまで近づいたタバコを、すっと離す。


「大切な商品だ、見せるところを傷つけるつもりはない。内心は叫びたいほど、怖かっただろ? くく」


いや、そうだろうか。

少女は見抜いていたのではないだろうか。

あの男がヤケドさせる気など、持ち合わせていないことに。


「二階堂家の電話番号は控えてあるな?」

「いつでもかけられます」

「……よし」


白い服の男が、黒服へと視線を移す。

その瞬間を、他でもない……少女は見逃さなかった。


「ん、ぅ……!」


両手、そして口を封じられているにも関わらず、男を身体で突き飛ばし、駆け出した。


「つぁ……くそが!」


少女の思わぬ行動に感情が弾けたのか、男は懐へと腕を伸ばす。


「ちっ……!」


一昔前なら、簡単には仕入れられなかった代物。

今ではもう……止めようのない程に普及してしまった危険物。

このまま飛び出して、ヒーローのように登場……。

そんなことをすればあっと言う間にあの世行きだ。

人間はあまりにも脆い生き物だから。

幸いなことに、少女はこちらへと逃げ延びてきていた。

だからオレの脇を駆け抜けようとする少女の身体を、思い切りオレの方へと引きずり込んだ。


「!?」


──ッ!!


刹那の差。

少女の頭スレスレの位置を、銃弾がかすめた。

 

「なんてことを!? 死んだら意味ないんですぜ!」

「く……そうだったな!」

「それより、今の見ましたか……!?」

「ああ……ネズミが紛れ込んでいるらしい」


……。


「……ん、んっ!」
「静かにしろ」


口元に貼られたガムテープを剥がす。


「あ、あんたは……?」
「通りすがりの一般人だ」
「通りすがりの一般人は、こんなことしない」


確かに。


「とにかく、オレのことはいいから逃げるぞ」
「そうね……と言いたいところだけど、この両手じゃ満足に入れないわ」


すっと両腕を持ち上げると、はめられた手錠が痛々しく少女の手首に食い込んでいた。


「ちょっと貸せ」
「勝手に触るなっ……!」
「いいから黙ってろ」


助けたオレに対しても敵意をむき出しにする少女にどこか感服しながらも、強引に両手をおさえた。

そして例のモノを取り出す。


「なに、それ?」
ピッキングツールだ」
「あんたバカ? そんなもので簡単に開くなら苦労しないっ──」
「よし、走る準備をしろ」
「だから、これがあるからうまく走れ……」


少女は自らの自由になった両手を見て、目を丸くする。


「あ、あんた……どうやったのよ?」
「さっき言っただろ。こいつで外した」


ポケットにスッとツールを戻す。


「……変わった特技ね」
「よく言われる」


「そこにいるのは誰だ? お嬢ちゃんの他にもいるだろっ?」


「…………」
「…………」


「俺たちがおとなしいうちに出てこないと、気づいたときには死体になってたってこともありうるぜ?」


「どうする気? 拳銃さえなかったら、男の一人くらい倒せるけど」
「頼もしいお言葉で」
「勝手に助け出すだけ助けといて、ここから先は考えてなかったとか言う気? あ、あんた、こんなときになんで目なんか閉じてんの?」
「…………」


足音が少しずつ近づいてくる。

この距離からすれば、10メートルほどか……。


「まさか、死んだふりしようって魂胆じゃ……」


邪魔な少女のノイズを省く。

そして足音に集中。

9……8……7……二手に別れた。

足音がブロックを挟んで二手から近づいてくる。

動く足音は2つ。

てことを考えると、一人は7メートルの地点で停止したか。

6……5……。


「く……どうすんのよっ……」
「ヤツらの意識がオレに流れたら、迷わずに倉庫の外へ走れ。車が止まってる」
「え?」


迷うことなく、身体を左側へ投げ出した。

 

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「ちょっ……!?」

 

「えっ……?」

 

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──ッ!!


身を硬直させる前に腹部に拳を叩き込み、前かがみに崩れたところで、首筋を狙い打つ。


──ッ!!


「あぐ!」

「なにぃ!?」

「なんだアイツは!」


これで注意は少女からオレへと向けられる。


「っ!」


それをうかがった少女が、一目散に倉庫の入り口へと駆けた。


「ひゅぅ……やるじゃねーか」


普通は身体がこわばって動けないもんだが……。


「ちっ!?」

「ガキを取り押さえます、あの女をお願いします!」


「無駄だな」


「な──」


突き出された、腰すら入っていない、単純な攻撃を受け流す。


「こんなもんは、ケンカの拳とも呼べないぜ」


もっとも、仮に男のパンチ力がボクサー級の威力と速度を兼ね備えていたとしても、オレにすればなにひとつ変わらない。

一流と呼ばれるボクサーや柔道家程度など、あの場所に放り出されたら、一日で死に絶える。

その程度のもの。


──ッ!!


カウンターで叩き込んだアッパーで、黒服の体は面白いように浮き上がり、弾け飛んだ。


「ちゅ、宙に舞った!? バカな……!」


オレを唖然と見つめるだけで、満足に引き金を引けないようだ。


「お前ら、犯罪者には向いてねぇな」


高圧な態度と行動で相手の動きを抑止する。

衝動的に身体が硬直する相手を見て、思わず笑みがこぼれた。

 

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「これじゃ、どっちが悪党かわかんねぇよな」


一年間、訓練校で手を抜きに抜きまくったせいで、オレの体は久々に興奮しているらしい。


「ヒィ……! なっなんなんだお前はぁっ!」

 

一歩前に出ると、男は一歩後退した。


銃口が震えてるぜ? 人、撃ったことないのか? 世の中には、そんなもんじゃビビってもくれない人間だっていることを、覚えておいた方がいいな」

「黙れっ! 殺すぞ!」

「引けるのか?」


オレの中に存在する悪の本質が、相手のちっぽけな悪を呑み込みたがっている。


「テメェにその引き金が」

「くそ、舐めるなぁ!!」

「遅ぇ───」


一気に男に近づく。


──ッ!!


「ガハッ!!」


全力で殴るまでもなく、男はその場に崩れ落ちた。


「やれやれ」


倒れた三人を見て、軽く息をつく。


「一件落着、か」


長い間使われてなかったであろう倉庫で暴れたせいか、埃をかぶってしまった。

それらをパッと手で払い、倒れた男に手を伸ばした。

念のためにやっておくことがある。


……。

 

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「あいつらは?」
「倉庫の中で、ぐっすり眠ってるだろうぜ」

 

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「あんたが倒したって言うの?」
「神様が味方してくれたんだよ」
「さすがは憐桜学園で鍛えられたボディーガードね」
「なんだそれ、意味わかんねぇよ」


なんでバレたのだろうか。


「で、その手にあるのは?」
「弾薬」


ハンカチに包んで持ってきたソレを、倉庫裏に見える海の中に放り投げる。


「なにしてるの」
「万一追ってきたときのためだ」


弾倉から抜き取ったすべての弾だ。

 

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「拳銃ごと捨てれば良かったんじゃない?」
「逮捕されたときの決定打にならないだろ?」
「…………」
「ほら」
「私の鞄……」
「私物がなにも取られてないか確認して、それから警察に電話しろ」
「ええ……そうね」


オレはその間に眠ってるオッサンを起こす。


「おっさん、起きてくれ」

「ん……」

「悪いんだが、少し乗せてってもらうぜ」


…………。


……。

 

 

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「このあたりでいいか?」

「どうだ」

「……悪いけど、そこを左折して」

「左折? 左折って、この先は……」

「大丈夫、私がいれば通れるから」

「…………」


この先は、指定警護区域。

上流階級の人間が住まう高級地だ。

許可のない人間は検問で止められ、通行することが出来ない。


「この女生徒は憐桜学園の生徒だ、心配するな」

「ああ……そうか、どうりで見た制服なわけだ」

「あんたはその学園のボディーガードでしょ」

「だから、なんでそう思う」


学園の制服は寮に置いてきた。

特に身元を特定するモノは身につけていないはずだ。


「勘よ。それに若い男がスーツ着てるってのも引っかかるし」


まあ、サラリーマンってのは変だな。


「勘……ね。確かに当たっちゃいるが……元、がつく」

「なにそれ」


……。

 

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「こ、ここか?」

「そう……ご苦労だったわね」

「いや……き、気にしなくていいさ、はは……」


男が困惑するのも無理はない。

これだけドデカイ屋敷を目の当たりにしたらな。


「あんたもここで降りて」
「なに?」
「助けてもらったお礼がまだだし」
「いらねーよ」
「いいから降りなさい」
「…………」


強引に連れ出されるように、降ろされる。


「じゃあなアンちゃん。いいボディーガードになりねぇ」

「…………」


ニカッと笑って、おっさんは車を走らせて行った。


「マジで礼とかいらんぞ」

 

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「あんた、元ってどういう意味?」
「そんなこと聞いてどうする」
「いいから答えなさい」


こいつ、誘拐されてる時もそうだが、凄い態度だな。

これがお嬢さまってヤツなのだろうか。


「辞めたんだよ、オレは」
「退学届けを出したってこと?」
「そういうことだ」
「なるほどね……それで理由は?」
「理由?」
「やっぱりいい。関係ないわ」
「ああ。お前には関係ないわ」
「そうじゃないわよ」


少女はおもむろに携帯電話を取り出すと、どこかへかけ始めた。

 

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「ああ、佐竹。私よ」


佐竹? あの佐竹か?


「少し前に退学届けを出したバカがいるんじゃない?」

「おい……バカとはオレのことか」

「そう。ちょっと待ちなさい。あんた、朝霧海斗って言うの?」

「なんで名前聞き出してんだよ」

「そいつの退学届け、破り捨てておいていいから」

「……なに?」

「意味は理解出来るでしょ? そういうこと」

「理解出来ねーよ。いったいなにを考えてんだ?」

「あんたに決めたわ」


まるで、悪びれた素振りなんて欠片も見せない。


「決めた?」


自分の意見だけを押し通し、他人を無視する横暴さ。


「あんたは今日から───」


断られることなんて、考えてもいないような。

 

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「私のボディーガードよ」



少女は涼しげな表情で、そう言ったのだ。


……。


「なによ」
「さーて、そろそろ行くか────!? ……頭を叩くな」


小さいくせに凄いジャンプと力でしばかれた。


「あんたがアホ丸出しにするからよ」


アホ丸出して、またお嬢さまらしからぬ言葉遣いだな。


「とにかく、あんたは私のボディーガードよ、わかった?」
「そうかお前のボディーガードか」
「そのとおり」
「さよなら」
「踵を返すな」
「なら冗談はやめとけ、笑えないぜ?」
「冗談なんかじゃないわよ。だから感謝しなさい。行き場のないあんたを救ってあげる救世主よ? 私は」
「脳みそが豆腐かなにかで出来てるんじゃないか?」


ぐわしと、頭を引っつかむ。


「な、なにをする無礼者!」
「ホントに憐桜学園の生徒か? やたら小さいじゃねーか。学年……もとい学園をひとつ飛び越してないか?」
「ぐ……ぐぐ……人が気にしているところを……!」
「やっぱり気にしてるのか」
「ええい、放しなさい!」


ぶんと腕を振って、思い切り手を叩かれた。


「感謝もなにも、お断りだな」
「なに?」
「さっき言ったろうが。オレは辞めたってよ。第一、なんでオレなんだよ。言っとくけどな、お前を助けたのはたまたまだ。普段なら華麗にスルーしてるところなんだよ」
「ふん……助けてもらった恩情で言ってるわけじゃない」
「なら放っておけよ」
「とても一年間、佐竹の下で教育されたとは思えないわね」
「遅れてきた反抗期なんだよ」
「どこかの二流芸人?」
「微妙にそんなこと知ってんのな……」


すげぇ昔のネタなのに。


「とにかく、オレは行く。じゃあな」


そうして振り返ると。

 

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「うぉっ!?」


背後に気配を殺して、佐竹が立っていた。


「つーかなんでここにいんだよ!?」


寮にいるんじゃなかったのか?

おもむろに両肩を掴まれる。


「な、なんだテメェ!?」

 

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「佐竹、素早く連行しなさい」

「多少手荒にしても?」

「なによ、そのまま拘束して連れて行けないの?」

「人を放置して喋ってんじゃねえ!」

「この男は少々、扱いが難しいので」

「死なない程度になら許可するわ」

「ありがとうございます」

「おい、さっきからなにを……」


──ッ!!


「づぅっ!!?」


首筋に突っ走る、危険な衝撃。


「て、てめぇ!」

「ぬっ……」


佐竹の腕を掴み、動きを制限しようと試みるが……

くそ……体が痺れてやがる……。


護身用レベルなんかじゃない、相当な威力のスタンガンを食らわされたようだ。

力が入りきらない。


「ちょっと……なんで気絶しないのよ」

「海斗はお勧めのボディーガードですよ、お嬢さまには。このとおり、並々ならぬ頑丈さを持ってますので」

「て、め、ぇ……」


全身が痺れている上に、佐竹に押さえつけられては手がない。



「なるほど。最後の最後にして掘り出し物ってわけね」

「多少クセがありますがね」

「それくらいじゃないと、とてもこれからを乗り切れないわよ」


オレは大人しく連行されるしかなかった。


……。

 

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産まれて初めて立ち入る、この世界でも限られた人間だけが入ることを許される場所。

オレには不釣り合いな眩しさを放っている。

広さやテーブルを見るに、どうやらここは食堂らしい。

そんな場所に、すでに10分以上ロープで身体を縛られている。


「…………」

 

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「不満そうな顔つきね」
「そりゃそうだろ。感謝されることはあっても、スタンガン当てられて拘束される言われはない。さらには、お前の誘拐事件の話を延々と聞かされ続ければな」

 

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「すみません。言葉遣いを直させる努力はしたんですが」

「いいわ。むしろその態度が気に入ったから」

「は……」

「あんた、憐桜学園の校長だろ? 一生徒に敬語使うなんて、どういうつもりだ」

「…………」

「だんまりか」

「佐竹は私の父の元ボディーガードよ」

「なに……?」

「そういうことだ」

「今でもウチに仕えてるボディーガードの教育をお願いしてるの」


だから電話のあとすぐに現れたのか。


「しかし驚いたぞ。まさか誘拐された麗華お嬢さまを救い出すなんてな。お前にもボディーガードとしての自覚が芽生えていてくれたとは」

「……うれしそうな顔をするな」

「とにかく、説明は理解出来たわね?」

「はい。私に異存はありません。海斗は非常に優秀なボディーガードです。その才能を殺さないですむのなら、喜ばしいことだ」

「あんたは今日からここに住んで、私の警護に勤めなさい」

「断る。オレはボディーガードなんてごめんだ」

「強情ね」

「当然の主張だ」

「なら、どうすればいいわけ? 言ってみなさいよ」

「なにしようが断る」

「…………」

「…………」

「佐竹、少し席を外してもらっていい?」

「わかりました」

「それから、ツキに声をかけておいて。あと、お父様への報告もお願い」

「わかりました。では」

「おいっ、ロープはほどいていけ」

「それはお嬢さまの判断されることだ」

「……そうかい」


……。

 

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「それで、オレと一対一でなにを話そうってんだ?」
「あんたがどんな理由でボディーガードを辞めるのか、そんなことに興味はないわ」
「それは結構なことだ」
「だけど……私はあんたをボディーガードにすると決めた」
「それはそれは。だが断る。オレなんかを雇うより、もっと優秀なのは腐るほどいる」
「そうね。たくさんいるわ」
「だったらもういいだろ」
「そう……優秀なだけの、くだらないヤツばっかり。私はね、あんたと同じで束縛されるのが嫌いなの。自分の身は自分で守る、誰かに守ってもらうほどやわな鍛え方はしてないわ」
「今日誘拐されてた人間のセリフじゃないな───ッ!?」
「黙れ」
「て、てめぇ……殴りやがったな……」
「いくら完璧な私でも、たまにはミスもするわ」
「あんたにはそのミスを埋めてもらいたいの」
「だから、それは他のヤツでもいいだろうが」
「自分の地位や、優秀で生真面目であることを誇りにするボディーガードをそばに置くこと? そんなの、ヘドが出るだけね」
「ヘドて……言葉遣い悪ぃな……」
「その点、あんたは地位や生真面目なんかとは無縁じゃない。そんなあんただから、そばに置いてやる気になったのよ」


確かにオレみたいなボディーガードは、日本中を探してもそうはいないだろうが。


「本来なら、学園生に報酬は存在しないわ。あくまでも候補生、学生としてボディーガードとしての経験を積む二年間でなければならない。だけどあんたが辞めるって言うなら、それなりのモノを用意して引き止めてもいいわ」
「あいにくと欲がない人間でな、特に欲しい物はない」
「ありえないわね」
「なに?」
「特になにかなくても、なにかあるでしょ」
「…………」
「そのなにかを用意してあげるから、私のボディーガードになりなさい」
「お前、なにかあるな?」
「……どういうこと」
「確かにオレみたいなふざけたボディーガードは少ない。だけどな、どうも臭うんだよ。それ以外の企みが」
「あんたの勘違いよ」
「いや……どうかな……」
「バカげたことを言ってると、こいつをあんたに食らわせるわよ?」


いつの間にか佐竹から受け取っていたのか、手にはスタンガンを握っていた。


「脅すとき、どういった手口で脅すのかは非常に大切だ」


オレは不敵に笑い、ジッと少女の瞳を覗き込む。


「なによ」
「拳銃なんかで脅すより、ナイフを首筋にあてがい一筋の切り口をつけてやる方が、遥かに相手に恐怖を与えられる。なぜなら、拳銃とは概念の外にある物であり、刃物は概念の内側にあるものだからだ。そのスタンガンという選択肢は、悪くない。さっき一度使ってるから、さらにな。しかし無防備なのはいただけないな」
「縛られてるあんたに、なにが出来るって言うのよ」
「縛られてたらなにも出来ないだろうさ」
「あっ……!」


伸ばした腕で、少女の細い手首を掴み取った。


「こんな縄でいつまでも縛れると思うなよ?」
「なにっ? く、放しなさいっ!」
「放してやるさ、もちろん」


どんと少女を突いて、オレは扉へと駆けた。

入り口までの道のりは、連れてこられる間に覚えたからな。


「じゃあな」


豪勢なドアノブに手をかける。


──ッ!!

 

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「ぐあああ!」


「言ってないけど、登録されてない指紋が触れると、電流が流れる仕組みになってるのよ」
「ぶ、物騒だなオイ……」

「そしてカギがかかるの」
「…………」
「あんたは私のボディーガードになる運命なのよ」
「単純にセキュリティーのお陰だろ」
「条件なら飲んであげるから、言いなさい」
「しつこいなお前も……」


いや待て。

モノは考えようだ。

ここは、これを利用すれば、案外簡単に抜けられるかもな。


「わかった。今から条件を言う」
「いいわ」
「ただし、今から言う条件が守れない場合、あとはなにを言われてもお前のボディーガードになるつもりはない。当然だが、野暮な引き止めもやめろ」
「わかった。けれど、出来ないことを言うのはなしよ」
「ああ。非現実なことは言わん」


ただし……無理だろうけどな。


「いいか、言うぞ?」
「早く言いなさいよ」
「オレに1億積め」
「…………」
「今、ここで、もちろんキャッシュだ」
「…………」


呆気に取られたのか、呆然とオレを見つめる。


「無理なのか? なら、当然だがオレは断るぞ」


黙り込むこと1分。

 

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「墓穴を掘ったわね。約束は守りなさいよ?」
「それはオレが言うセリフだ」
「ツキ」


突如、鍵の閉じられた扉が開く。


「はい、お嬢さま」


一人のメイドを筆頭に、屈強そうな男が、ジュラルミンケースを持ってきた。

そして、おもむろにオレを抑え付ける。


「なんの真似だ? わぷ!」
「約束どおり、1億積んだわ。あんたに」
「…………は?」
「今ここであんたに1億積んだら、いいんでしょ?」

 

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「1億……ちゃんと積みました」

「ふざけんな。言葉の意味が違うだろ」


金なんて、さらさらやる気はなかったらしい。


「そんなの私の知ったことじゃないわ」


なんて、自分勝手な女なのだろうか。


「将来に渡って、あんたを束縛する気はない。だけど私が卒業するまでの間、ボディーガードを勤めて」

「…………」

「あんたとなら、やっていけそうなのよ」

「なんだよそれ……」

「手を貸して」

「オレは……ボディーガードなんざ───ッ!?」

「人が頼んでるんだから、一発サインしろ!」

「ぐぉ……また殴りやがったな……」


一瞬見せた悲しげな表情は、演技かっ……。


「どんな現状に飽きて辞めたがってたか知らないけど、私といれば退屈な日々は送らせないわ」

「はっ……変わってるぜ、あんた」

「あんたに言われたくないわね」

「つーか、あんたあんたって、変だな……」

「なんて言ったっけ、そう……海斗だったわね」
「名前を間違うボケはしなかったか」
「私の名前は、二階堂麗華よ」
「麗華? どっかで聞いた名前だな」
「それで、受けるんでしょうね」
「断ったら?」
「あまり勧めたくはないけど、拷問ね」
「拷問?」
「毎日佐竹と夜を共にさせるわ」


それは恐ろしい拷問だ。


「ったく……マジでわかんねぇ女だぜ……」


クソ思い札束を背中から追い出す。


「ボディーガードなんて、クソのやるもんだぜ」

 

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「…………」

「一年間訓練した人間のセリフじゃないわね」

「それがオレだ」

「まったく前後してないけど、わからないでもないわね。あんたは他のヤツとは違う」

「とにかくイヤだな。言葉選びでは一本取られたが、とにかくイヤだ。ヤダヤダ、ヤダぁ! ボディーガードやるのなんてヤダぁ!」


ジタバタ。

散らばった札束を手足でさらに散らばらせる。


「醜い子供……ぼそっ」

「そこ、ぼそっ、とか言って聞こえてるぞコラ」

 

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「これは失礼しました」

「なんて言うか、そんなことして恥ずかしくない? 私は滑稽な見世物を見物してる気分だけど」

「ぐ……死ぬほど恥ずかしい、つーかみっともない」


今までの人生で、一番恥ずかしい行動をとった気がする。

いそいそと立ち上がる。


「こんなボディーガード願い下げよ、キー! とか言えよ」

「むしろ高感度アップよ。やるわね」


相当の変人だな、コイツ。


「それでどうなの」

「どうもこうもないだろ」

「引き受けるのね」

「どうしてそうなる。ボディーガードがイヤで辞めたのに、ボディーガードを引き受けるわけがないだろ、ターコ!」


──「貴様お嬢さまに向かって!」


黒服の一人が声を荒げた。


「よしなさい」


──「しかし……!」


「いいから」


──「……は」


「あんたに聞くわ」

「なんだよ、欲しい物はないからな」

「そんなに誰かを守るのがイヤなら、どうしてあの時私を助けるマネなんかしたの」

「なに?」

「一般人なら一般人らしく傍観者でいれば良かったのよ」

「誘拐されそうになってたヤツが言うな」

「誘拐されるのと助けられるのは全然違うわ。あんたの意思じゃない」

「あれは……」

「中途半端に正義感振りかざして、はい興味がありません? 舐めんじゃないわよ」


小さい腕が、ガッとオレの胸倉を掴んだ。


「私は誰かに頼らなくても生きていける。今までそう思ってきたし、やってこれてたのよ」

「…………」

「あんたが初めて私の心情を打ち砕いてくれたってワケ。ここでいい訳がましいこと言うなら、私はあの状況下でも一人で逃げ出せてたわ」

「そりゃ、確かに言い訳だな」

「でもそういうことなのよ」

「オレが邪魔したってことか、お前の今までを」

「その責任を取りなさい。無責任な優しさや正義感が足を引っ張るってことね」

「強引すぎだ」


「それが麗華お嬢さまの持ち味です」


「会話中に突っ込むメイドなんか雇ってるしよ」

「…………」

「結局のところ、引き受けるの受けないの? 確かに私も……もしかしたらほんの少し僅かな可能性だけ強引なところがあったかも知れない事実があるような気がするからハッキリ言うわ」


ハッキリしていたのは最後だけだな。


「次のあんたのひと言で決める。やるならやる、やらないならやる、どっちなの?」


どっちも『やる』しかないぞ。


「ったく……」


呆れて、意図せず深いため息が漏れた。

気のせいか、少女の顔が初めて強張った気がする。

誘拐されていた時にも見せない、不安を秘めた眼をしていた。

けれどそれも一瞬。

すぐに凛とした何者にも屈しない眼に戻っていた。


「少しの間だけ、付き合ってやるよ」


自分でも理由はわからない。

もともと、これからあてもなかった人間だ。

少しくらい立ち止まってみてもいいだろう。


「引き受けてやるよ……ボディーガード」

「……そ」


返ってきた返事は今までで一番素っ気なかったが……

 

 

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「これから頑張りなさいよ、海斗」


初めて見せた笑顔だったので、いいこととしよう。


……。