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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【2】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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ボディーガードを引き受けると、麗華はすぐ退室した。

オレはというと……

 

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「あなたのお部屋に案内します」


少女に連れられ、今日から自分の部屋になるだろう場所へと案内されていた。


「ツキ……って呼ばれてたな」
「はい。私の名前はツキです」
「いわゆるメイドってヤツか?」
「……それが?」
「別に他意はない。なんとなく聞いてみただけだ。ここに仕えて長いのか?」
「答える気はありません」


なんとも絵に描いたような真面目なメイドだった。

いや、昨今のメイド事情を知ってるわけじゃないが。


「これだけ広いと、掃除するのも大変だろ」
「……別に」


短くそう答えるだけだった。

歩き出そうとしたメイドは、何故かこちらを振り返りジッと見つめてきた。


「あなたは……」
「んだよ」
「…………」
「……?」
「いえ、なんでも」
「わけわかんねぇな」


まぁいいさ。

オレだって無駄に喋るのは、あまり好きじゃない。


……。


長い廊下を曲がったり上ったりして、ようやくオレの部屋になるらしい場所にたどり着いた。


「ここがあなたの部屋です」

 

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外構え同様、中もシンプルだが実にゴージャスだった。

おそらくここに住む人間からすれば、特別豪勢な作りになってるわけじゃないだろうが……。

 

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「今日からここをお使い下さい」
「近くのコンビニまで買出しに行くの大変そうだな。屋敷を出るだけでも時間を使いそうだ」
「…………」
「冗談だ。夜間の外出に制限があったりするのか?」
「ボディーガードは本来、自由な時間などないと聞いておりますが?」
「オレは真面目なボディーガードじゃないから問題ない」

 

 

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「…………なにかわからないことがあるなら、聞いて下さい」


今あからさまに態度が変わったな。

早くも嫌われてしまったようだ。


「オレはこれから、どうすればいいんだ?」
「足りない頭で考えろ」
「ぶっ!」
「……冗談です」


いや、明らかに冗談には聞こえなかったぞ。

なんともわからないメイドだ。


「まぁ、なんとかやってみる。下っ端は大変だろうが、お前もがんばれ」
「…………」


ぺこりと頭を下げて、メイドツキは部屋をあとにした。

 

「やれやれ……」


「あ、忘れてました」


「うぉっ!?」


にゅるっと顔を出して戻ってくる。


「なんだよ……」
「これを支給します。鳴ったら3コール以内に出て下さい。3コール以内ですよ」


黒い携帯電話を渡される。

見るところ新しい機種っぽいが。


「これでエッチなサイトを見て回っていいのか?」

「アダルトサイトは規制かかってます」
「詳しいな……試したのか?」
「どうでしょうか」


ふふ、と不気味に笑う。


「それは、普段外出時での連絡に使います。私からかかるか、旦那さまからかかるか……その辺りは、まぁ色々あるんで限定は出来ません」
「とにかく3コール以内に出ればいいんだろ」
「それなんていうあなたのルール?」
「どっかのメイドが言ったんだろ、3コール以内に出ろって」
「それは部屋に設置された電話の話」
「聞いてねーよ。じゃあ、携帯電話はなんコールで出ればいいんだ?」
「いえ、取り立てて部屋の電話と違いはないです」
「しばかれんぞお嬢ちゃん」
「それから、携帯は私用には利用しないで。友だちと深夜に延々と電話されたらお金が勿体ないから」


金持ちのクセにケチだな。

 

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「あ……。でも、心配はいらないですね。登録したくても、あなた友だちいないでしょ」
「すっげーバカにするの上手いな、お前」
「それと夕食は決まって午後7時からとなってます。夕食に遅れた朝霧海斗は食事を抜かれるそうですので」
「ずいぶんとひいきされたもんだな」
「朝食は午前6時からで、休日の昼食は12時からです」


朝6時か……結構早いな。


「と言うわけで」


スススと消えていく。


「…………」


気配は消えたが、いなくなった自信がない。

一度廊下に顔を出して、左右を確かめる。


「いないか」


……。


「ふぅ……」


まさか、こんな急展開を迎えることになるとは……。

今頃、学園じゃどうなっていることやら。

始業式が終わっている頃だろうか。

オレがこなかったことに不信感を抱いてるだろうが、尊や薫たちは定刻通りにプリンシパルと会い、これからのことについて話し合っていることだろう。


「……そう言えば、あいつ……麗華はなにしてたんだ?」


誘拐されそうになっていたのは、ちょうど始業式が始まる頃だ。

ボディーガードだけでなく、お嬢さま達もまた、始業式に出ているはずだが。


「……いいさ。オレの知ったことじゃない」


…………。


静まり返った一室。


「これからベッドで熟睡でもしてろってことか?」


──プルルル……。


「そうじゃないらしい」


部屋に備え付けられている電話が鳴る。


「あえて無視を決め込んでみるか」


…………。


……。


電話はずっと鳴り響いている。


「一度出ないと決めた以上、出ん」


と言うことで電話はずっと鳴りっ放しだ。


「若き衝動の日よ。時に過ちを犯すから人生は面白い」


──ッ!!


思い切り拳を振り下ろした。

衝撃で電話機は床に落ちる。


「ふん、ふん、ふんっ」


──ッ!!


腕の力より脚の力。

電話機という名称はやがて、スクラップへと変貌を遂げた。


「これでこの電話はもう、鳴るまい」


代わりに『ジジッ……』と壊れた機械音が聞こえてきた。


「寝るか」


ちょっと暴れてスッキリしたので、眠ることにする。


──「そのまま眠って。次に気づいたら海の底だから」


「突然眠気が吹っ飛んだ。つーか、気配を殺して近付くとは、やるな」

 

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「……壊しましたね」
「ああ、これでお前は自由の身だ」
「束縛された運命を壊された覚えはありません」
「束縛されているのか?」
「いえ、余裕で自由の身です。話を誤魔化さないで下さい。電話を壊しましたね?」
「落ちたんだ」
「今も足でゲシゲシ踏んでるじゃないですか」
「おお、気づかなかった」

 

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「これから修理代を取り返すのは大変ですね。その電話はスイスから無駄に取り寄せた高級なモノです」
「ここにMTTって書いてるぞ」
「気づいてしまいましたか。一生ただ働きさせる作戦失敗ですね」
「えげついな」
「まぁ、電話機の話はあとにしましょう」


……。


ツキに案内される途中、暇なので外の景色を見ながら歩く。

窓から覗かせる中庭は、実に綺麗に手入れをされているようだ。


「金なんて、あるところには本当にあるもんだな。メイドのバイトって給料が良かったりするのか?」


…………。


質問を投げかける相手が、目の前にいなかった。


「なんてこった。あいつ迷子になりやがったな?」


仕方のないヤツだ。

……いや、迷ったのはオレか。


「くそっ、こんな迷路みたいな屋敷でどうやってたどり着けってんだよ。……ん?」


誰かに麗華の場所までの道を聞きたいと思っていたところで、一人のオッサンがこっちに向かって歩いていた。

 

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「ちょうど良かった。少し道を聞いてもいいか?」
「なんだ、貴様は」


随分と態度のデカイオッサンだな。

体型や姿勢からしてボディーガードではなさそうだ。

メイドとくれば、やはり執事だろうか。


「書斎に行きたいんだ」
「書斎だと? なんの用件だ」
「あんたには関係ないだろ」
「……私が誰だか知ってるのか?」
「執事ってヤツだろ?」
「…………」
「それで、書斎に行くにはどうすりゃいいんだ?」
「ついて来い」


偉そうなオッサンが、スタスタと歩き出す。


「そっちはオレが来た方向だぞ?」


……。

 

 

 

 

「おお、ここが書斎か」

 

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「2秒で来るように言ったのに」
「無茶言うな」


書斎の扉の前に、ツキと麗華が立って待っていた。


「あっ……旦那さま!?」

「旦那さま?」


オレの後ろ、執事のオッサンが旦那さまだって?

 

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「ツキ。まさか麗華が言っていたのはこの男のことじゃないだろうな?」

「いえ……それは……」

 

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「そうよ。そいつが私のボディーガード」

「…………」

「立ち話もなんですので、書斎にお入り下さい」


……。


書斎に入ると、見たことのある顔がふたつあった。

 

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「え……海斗!?」

「尊じゃねえか。なんでここに?」

「そ、それは僕のセリフだ! なんでここにお前がいるっ!?」

 

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「宮川さまは、彩お嬢さまの、この男は麗華お嬢さまのボディーガードです」


オレだけ名前で呼ばれなかったな。


「か、海斗が……麗華お嬢さまのボディーガード!?」

「静粛に」

「っ!? し、失礼しました」

 

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「私がこの屋敷の主、二階堂源蔵(にかいどう げんぞう)だ。今日は私の娘たちが、それぞれのボディーガードを連れて来ると聞き、この場にいるわけだが……」

「宮川尊徳です。彩お嬢さまのボディーガードをさせていただくことになりました。よろしくお願いします」

 

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「うむ」

「…………」

「…………」

「…………」


ズビシ!


「な、なんだっ?」


腹部に、麗華の打ち込まれた。


「挨拶よ挨拶」

「…………」

「ああ……」


面倒くさいが、やらなきゃならんか。


「朝霧海斗だ、よろしく」

「…………」


なんか、オッサンの額に青筋が見えるな。


「朝霧……」

「人の名前にケチつけようってのか? あ?」

「貴様どれだけ失礼なヤツなんだっ!」

「これが佐竹の推薦したボディーガードか?」

「そうよ。なんか文句ある?」

「文句を通り越して、言葉が出ん」

「やや強引だが、褒められてると解釈していいか?」

「強引すぎね」

「それぞれ、特技はあるかね?」

「自分は柔道空手を初めとする格闘技です」

「ふむ。中々に立派だな。……キミは?」

「特技ねぇ……」

「ないの?」

「ま、強いて言うならピッキングか」

「……なんだと?」

「自販機荒しや自転車のカギ開けとかだよ」

「…………」

「…………」

「な、なかなかユニークじゃないか」

「そうか? まぁそれほどでもねえさ」


「帰れ!!」


今まで装ってきた温厚な表情は肌を脱ぎ、獣の咆哮をあげた。


「貴様のような男がボディーガードだと!? 人を舐めるのも大概にしろ若造がぁ!」

「じゃ、帰るわ」

「帰るな!」

「──ッ……殴るなよ……」

「お父さま、約束したじゃありませんか」

「なに?」

「私が認めた者なら反対はしないと」

「あれはお前が誰もボディーガードにつけようとしなかったからだ。それが、なんだコレは」

「確かに態度はカスだけどね。でもボディーガードに必要なのは実力よ」

「実力? そうなのかね宮川くん」

「え、あ……いや……」

「君のように主席で課程を終えたのなら納得も出来るが……。どうなのかね、彼の実力は」

「それは……」

「麗華に遠慮することなく、本当のことを言ってくれ」

「何者にも臆さない度胸は持ち合わせており、その点は立派だと思います。しかし勉学においてはやや他の者に劣る部分があり、体術や非常時の対応力には物足りない部分もあるかと。結果的に協調性と積極性に欠け、非常に不安定なボディーガードだと、僕は考えます」

「…………」

「だそうだが?」

「私には、こいつがそいつに劣ってるとは思えないわね」

「おいおい。あんま挑発するなよ」

「とにかく、私はこいつ以外をボディーガードにする気はないから。誰も警護する人間をつけないで私に外出されるのと、こいつでもそばに置いて外出されるの、どっちがいいの?」

「れ、麗華っ……」

「0よりは1でしょ? 決まりね」


間髪いれず物申し、オッサンを黙らせる。


「……いいだろう。ただし、なにか問題を起こしたら即刻クビだ!」

「それでいいわ」


源蔵は怒りを露にしたまま、書斎をあとにした。

 

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「強引だな」

「あんたが余計なことさせるからよ」

「…………」

「じゃ、オレは部屋に戻るぜ?」

「勝手にしてなさい」

「あ……」


彩がこちらを見ている。


「じゃあな」

「……はい」

……。

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「海斗!」
「どうした、なんか用か?」
「なにがあった。どういうことだ!?」
「なにがだ」
「麗華お嬢さまのボディーガードなんて、聞いてないぞ!?」
「オレも今日知ったばかりだ」
「……今朝も始業式に出なかったな」
「色々あったんだ」
「……くっ!」
「そんなに怖い目で見るなよ」
「僕は認めないぞ、麗華お嬢さまのボディーガードなんて」

「オレだって認めてねーよ」
「き、貴様も部屋を与えられたのか?」
「ああ」
「……つまり、これからは毎日顔を合わせるわけだ」
「そういうことになるな」
「突き止めさせてもらおう。どうして麗華お嬢さまのボディーガードになれたのか」
「不真面目だから、らしいぜ?」
「戯言を……。今まで黙ってたが、僕は貴様が嫌いだ」
「そんなことは入学当初から知ってる」


つーか平然と嫌い嫌いと言ってただろ。


「……せいぜい生きながらえろ」
「どこに行くんだよ」
「部屋に戻る」


……。


「どうして僕についてきてるんだ」
「オレの部屋がこっちにあるんだよ」


……。

 

「ここだ、僕の部屋は。じゃあな」
「ああ」

 

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それぞれが扉の中に消える。


「隣同士かっ!?」


……。

 

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「さて、完全に暇だな」


部屋に戻ったのは良いが、娯楽関連がひとつもない。


「この際テレビゲームでもいいんだが」


……と思ったが、ゲームどころかテレビすらなかった。


「……暇だ」


ごろんとベッドを横になっても、眠気が襲ってこない。


「ボディーガードの雇用形態にもよるが、基本的にオレたちに自由な時間はないんだよな」


この屋敷の中にいるうちは、ある程度自由も許されるだろうが、のうのうと外出することは認められないだろう。


「かったりぃ」


尊は自室に戻ってなにをしているのだろうか。


「……ひょっとして」


あいつも健全な男の一人だ。

寮から宝物を持ち出して、よからぬことをしているかも。

よからぬ現場を押さえたら、面白いことになりそうだ。

退屈は人を変えてしまう。


……。



「おい尊、入るぞ」


ノックしてから、中の返事を待たずに入室。

 

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そこに尊の姿はなかった。


「オレの部屋とまったく同じだな」


余計な荷物は運び込んでいないのか、そっくりそのままの形をしていた。

自分の部屋に戻って、尊の部屋に行くまで数分。

その間にどこかへ行ったことになるな。

とは言え、外出するとは考えにくい。


「少し屋敷の中を歩いてみるか」


リビングから自室までの道のりは記録したが、それ以外の場所についてはさっぱりだしな。

そんなわけで、オレはしばらく屋敷をウロウロして自室に戻った。

途中、不審者のような目で見られることもあったが、ひと睨みすると目を逸らした。


……。


ゆっくりと静かに、扉が開く音が聞こえた。

眠りに落ちていれば聞き逃していただろう。

あまりに静か過ぎるドアの開きに、不信感を覚えた。

抜き足差し足、そんな気配だ。

まさか尊がオレを刺しに来たとか?

ないとも言い切れない辺りが怖い。

足取りはオレの隣で止まり、小さな息を吐いた。

 

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「起きて下さい」
「……メイドか」
「麗華お嬢さまがお呼びです」
「またか?」


時計を見ると、さっき呼ばれてから30分くらいしか経っていない。


「なんの用事だよ」
「お出かけになられるようです」
「いってらっしゃい」

 

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「この椅子を顔面に落としたら起きるかな……」
「目覚めを通り越して死ぬわ」
「早くリビングに行って下さい」
「わーったよ。ったく……」
「それと新しい電話を設置しておきます。今後壊すようなマネはやめて下さい」
「そうする」


こいつに近寄られると、何されるかわからんからな。


……。

 

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「来たわね」
「来たぞ」
「さっそく出かけるわよ」
「さっき外で酷い目に合ったばっかりだってのに、懲りてないお嬢さまだな」
「黙ってついてきなさい」
「……へいへい」


……。

 

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外に出ると、黒光りした車が止まっていた。


「お送りします」

「ベンツかよ。まさに金持ちの象徴だな」


執事らしき老人が、後部座席のドアを開く。

 

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「私は歩いていくつもりだったんだけど?」

「ですが……」

「いいじゃねえか。車の方が楽だし」

「回させたんなら、仕方ないわね」


こいつ車が嫌いなのか?

文句を言いながらも納得はしたようだが。

麗華が乗り込むと、オレはそのあとに誘導された。


……。

 

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「どこに向かうんだ?」
「あんたは黙ってついてきなさい。本来ボディーガードは黙ってついてくるものよ」

「……あいよ。だけどひとつ聞かせろよ」

「なに?」

「今日、なんで始業式に出てなかったんだ?」

「くだらないからよ」

「くだらない?」

「…………」

「おい、くだらないってなんだよ」

「うるさい黙れ」

「なんなんだよ」


中途半端に喋られると余計気になるぜ。


……。

 

 

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「止めて」


道の途中、麗華のひと言で車が止まった。

執事らしき人間が、戸惑った表情を見せる。


「心配いらない。こいつもいるしね」


しかし……と言葉をつむごうとする執事をおいて、麗華は降りてしまう。


「なんなんだよ」


こんなところでなにをしようと言うのか。

 

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「ここに寄りに来たのよ」


そう言って指をさしたのはペットショップだった。

中々の大手なのか、外装はかなり綺麗で建物も大きい。


「これはこれは麗華お嬢さま。直接ご足労頂きまして……今日はなにか?」

「特に用事ってわけじゃないわ」

「左様で御座いますか、どうぞゆっくりとご覧下さい」

「それから、今日は荷物持ちもいるからスプリングボックは持って帰らせるわ」

「はい、畏まりました。今回も極上の取り寄せてございます」


スプリングボック?

聞きなれない名前に首を傾げる。


「なんだ、そのスプリングボックって」

「知らなくてもいいことよ」

「そうかよ」

「えっと、こちらの荷物持ちさんにお渡ししますね」


ボディーガード併用の荷物持ちかよ。

奥から大きなダンボールを持ってきた店員。

それも二人がかりで。


「ふう、ふう、早く受け取ってもらえますか?」

「あ、ああ……」


二人から手渡される。


ドシッ!


「うぉ……やけに重いな」

「60キロございますので」

「なに?」


一体なにが入っているんだ。


「じゃあ私はしばらく店内を見てるから」

「だったら直接手渡すなよ」


段ボールを床に置こうとする。


「ずっと持ってなさい」

「なんでだよ」

「特別に理由はないわ」

「なんだよそれ、ふざけんなよ? 意味もなしに持ってられるか」

 

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「じゃあ理由をあげるわ。滑稽だからよ」

「このアマ……」


最上級の鬼畜だな。


「じゃああとはよろしく」


スタスタと店の奥へ姿を消していった。


「とんでもねぇ女だな、オイ」


店員はニコニコと笑顔を崩さない。


「金持ちに尻尾振ってんじゃねえよ」


ニコニコ。


「う……」


店員の目は笑っていなかった。

訳・テメェも同じ穴のムジナだろうが!


「す、すいません」


平謝りするしかなかった。


……。

 

時間が経つに連れて、ダンボールの中から臭いがすることに気づく。

片手で荷物を支え、ダンボールを開けようと手を伸ばす。


「あ……」

「なんだよ、その『あ』って」

「い、いえ……」


もう一度手を伸ばす。


「あ……」

「だからなんだよ、その『あ』って」

「い、いえ……」

「ここで開けたらまずいのか?」

「…………」

「まぁいい」

「ホッ」

「なんて言うと思ったか!」


アホなやりとりの店員を出し抜くように、強引にガムテープへと手を伸ばした。


「!」


咄嗟に身体が動いたのか、飛び掛って止めにくる店員。

まさに刹那の瞬間だった。


「帰るわよ」

「…………」

「…………」


「あんたら、もつれ合ってなにやってんの? 気持ち悪い」


……。


「それじゃあ、また来るわね」

「ありがとうございましたー」

「さて、いい加減クソ重たいんだ、置かせてくれ」

「家まで持ってなさい」

「はぁ? 車に乗ってる間もか?」

「そうよ。なにかあるの?」

「なにかもなにも、置かせてくれりゃいいじゃねえか」

「いやよ、汚れる」

「なんだよ汚れるって。ん?」


なにやら、ダンボールの底が湿ってきた。


「急いで帰った方がよさそうね」

「結局持ってなきゃダメってことかよ」


……。

 

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「あーくそ、重たい……」
「まさか1時間以上も持ちっぱなしだなんて……」
「なに驚いてんだよ、お前が持たせたんだろうが」
「……そうね。ご苦労様。彼らに箱を渡しておいて」


ずらっとコックが立ち並び、マスクと手袋をしていた。


「…………」


そしてオレから素早くダンボールを奪うと、一斉に厨房の方へと姿を消した。

 

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「あなたはお風呂。英語で言うとゴートゥーヘル」

「全然違うだろうが」


下っ端の嫌がらせを受けて、風呂へ。


「って、風呂場はどこだよ」

「そんなこともわからないのですか」

「ここに来たばっかりでねぇ!」

「こっち」


激しい突っ込みを華麗に無視し、ツキは廊下の奥へと歩いていった。


「ほら早く言って来なさい」

「わーったよ」


……。


「風呂を上がったと思ったら、また呼び出しやがって」


一日で三度も呼ぶなんて実にステキな屋敷だ。

 

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「見せておこうと思ったのよ」
「見せる?」
「私の同居人をね」
「なんだよその同居人て」
「部屋で飼ってるペットのこと」
「ペットなんて飼ってんのか」
「お父さまは動物が嫌いだから反対するけど。私より動物が好きな彩は、お父さまが怖くて飼えてないの」
「あんたは平気で逆らえそうだな」

 

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「川の流れを見てると、逆流させたくなるし」
「それは我がまますぎだな」
「ここよ」


他の部屋の扉と違い、気品に溢れていた。

 

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室内。

カブリ!

 

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「そうそう、気をつけて。私以外の人間には容赦しないから」
「そういうことは、もっと早く言え……」


腕に走る強い痛み。


「くそ、犬でも噛み付いたのか?」


そう思い視線を腕に下げる。


「グルルルル……」

「…………」

「私が飼ってるペット」

「……イヌ?」

「グルルル」

「明後日の方角向いて、現実逃避しなくてもいいでしょ」

「これはなんだ?」

チーター」

「寒い冬に着るって言う?」

「それはセーター」

「なら寒い日に使う暖房装置だ」

「暖房器具の方が言い方としては格好いいわよ。ちなみにそれはヒーターだから」

「お前チーターって、ペットに出来るのか?」

「世の中なんだってペットに出来るわよ。それが人間だったとしてもね」

「悲しき現実ってヤツだな」


頭をむんずと掴んで、引き剝がす。


「フー!」

「敵意むき出しだ」

「言ったでしょ。私以外には容赦しないって」


猫のように首の後ろを掴む。

前足をジタバタさせオレに向かってこようとしていた。


「子供ながらに、将来が楽しみだな」

「そうね。成長したら人間のボディーガードはいらないわ」

「おお、オレの後釜ってヤツだな」

「可愛いでしょう」

「子供だしな」


これが大人のチーターなら、さすがにビビる。


「いくら足掻いても無駄だ。その短い手足ではオレに傷ひとつ負わせられんぞ」

「フー!」


ガブ!


「おい……」


痛烈な痛みが右足に走った。


「言ってなかったけど、二匹飼ってるから」

「先に言え」


……。

 

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チーターの子供は、麗華の膝の上でグルグルと鳴いていた。

しかしオレが手を伸ばすと、途端に牙を剝く。


「しっかり躾けられてるみたいだな」

 

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「子供のうちに、私がボスだって教えておかないと成長したあと牙を剥けられたら目も当てられないでしょ」
「ごもっとも。しかし、お前の部屋って、オレと同じなんだな」
「それがどうしたのよ」
「二階堂のお嬢さまなら、もっと凄い部屋だと思ってたぜ」
「あんたが二階堂のなにを知ってるって言うのよ」
「そりゃそうだ……」
「部屋なんて寝るだけの機能があれば十分よ」
「イビキかいて寝そうだな」
「やれ」

「ガゥ!」


ガブガブ!


「ギャー!」


……。

 

「麗華お嬢さま、お食事をお持ちしました」

「なんだもうそんな時間か? つーか、お前自分の部屋で食べてるのか」

「私のじゃないわよ。入って」

「スプリングボックでございます」

「ご苦労様」


ツキが入ってくると同時に、チーター二匹は尻尾を振る。


「スプリングボック? それって箱の中身……」


ツキの手には豪勢な大きな皿。

そして生肉の塊。


「なんだ、アレを運ばせてたのか」


生肉なら生肉と言えば良かったのに。


「部屋で食べさせると色々汚れるだろ」
「別に構わないわよ、掃除すればいいだけなんだし」

「それでは失礼します」

「ご苦労様」

「……海斗さま……くれぐれもご乱心なさらぬよう」

「絶対ないから安心しろ」

「この世に絶対なんてない」


いや、それはごもっとも。

ツキのありがたいお言葉を胸のうちに残しておくことに。


「ほら、突っ立ってないでエサをやりなさい」
「オレがか?」
「少しでもこの子たちに、あんたを親しませるためよ」
「こいつら、名前はなんていうんだ?」
ソナタにカナタよ」
「見てくれもソックリなのに、名前もソックリかよ」
「ぶちぶち言ってないでホラ」
「仕方がない。エサやりの達人に任せろ」


丁寧に切られたスプリングボックの生肉を口に咥える。


「ちょっと、なにしてんのよ」
「スキンシップだ」


そして、顔をチーターたちの位置まで下げていく。

嫌っているオレを無視し、こいつらは生肉にかぶりつくだろう。

そしてそばにいるオレも一緒にエサを食べる仲間としてこいつらの中にインプットされる。

食べ終わる頃にあh仲良しって算段だ。

しかし……。


「フー!」

「グルルル!」


めちゃくちゃ敵意むき出しだった。


「な、なぜだ?」

「さながら……『俺たちのエサに手を出すとはいい度胸だ新人!』」


わかりやすいひと言あざーす!


ガブリ!

当然のように、顔を噛みつかれてしまった。


……。

 

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「あー痛てて……」


いくら子供でも、さすがハンター。

なかなかに痛ぅございました。


「にしても、すげぇところに来ちまったな」


屋敷は学園みたいに広くて清潔、かつゴージャス。

飼ってるペットは猫や犬じゃなくて、チーター。


「どうにも現実味を帯びてないってのが正直なところだ」


この人生類稀なる軌跡を、日記に書いていこうか……。


「やめておこう」


そんな無駄なことをするのは面倒だ。

テレビでも見てぇな……。

そうだ、確かこの携帯。

オレは携帯を取り出して、適当に触ってみる。

するとテレビを視聴する機能がついていた。


「よし、これで暇が潰せる」


最近どんな番組をやっているのかわからないが……。

適当にチャンネルを回してみる。

そして興味深い番組を見つけた。


『法と無法~第168回~』

 


『こんばんは、司会の松本です。今日も解説に田中さんをお呼びしております』
『こんばんは』


緊張感に欠ける二人だな。

 

『今週も、禁止区域についてお話を伺いたいと思います』
自治体や支援団体が、今週も派遣されることになりました』
『退去を願う運動と言うことでしょうか?』
『そのとおりです。新しい職を紹介し、低家賃による住居などの提供となります』
『しかし、今までもそう言った団体を派遣して、失敗に終わっていますよね?』

 

「…………」


禁止区域。

この腐った日本の根源とも言われる、ある地域のことで、オレが住むこの街にも存在する。

凶悪犯罪者の9割はそこの出身者とも言われているが、これはあながち、外れた話ではないようだ。


『悲しいことですが、団体の人間が彼らの被害にあったことも事実です』
『政府の方の中には、強制退去させるべきだと言う声も上がっておりますが?』
『私は断固反対です。もしも警察の人間が一帯に踏み込んだ場合、恐ろしいほどの被害者が出るでしょう』
『それでも強行すべきだと言う姿勢もあるようです。先日政治家の問題発言がありました。……もはや禁止区域に住まう者は人間ではない。視聴者の皆様の記憶にも新しいと思われます』


「人間じゃない……か」


それが同じ人間から出てくる言葉かよ。


『インターネットなどでは、大量虐殺を呼びかける声も上がっているそうです。そこで凶悪犯罪者を排除すれば、今の日本は平和への道を辿ると……』
『あまりに非人道的過ぎる!』
『も、もちろんそのとおりですが、一部にはそう考える者もいると言うことで……』


「…………」


これ以上見る気はおきななくなっていた。

そのまま布団に入り、就寝することにした。

 

……。


「玉ぁぶっ潰すぞワラァ! お前らヒヨっ子は、時に過ちを犯す!」


体育館に集められた生徒約100人。

この頃はまだ、これだけの人数が残ってたっけな。


「ボディーガードとプリンシパルは、近しい存在なれど、親しい間柄ではない! 共に生活する中で、淡い恋心を抱くヤツらも少なくない! お前らはどうなんだぁ!」

「我々は過ちを犯しません!」

「声も玉も小せぇぞワラァ!」

「我々は過ちを犯しません!」

「万一にでも過ちを犯したら、ボディーガードとしての資格だけでなく、今後未来までも剥奪されると知れぇ! オラ聞いてんのか朝霧ぃ!」

 

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「……すっかり記憶に植えつけられてるみたいだな」


朝の目覚め。

ボディーガード初日にして、教官たちの言葉を夢に見るとは。


「心配されなくても、あんなチビに惚れるかよ」


のっそりと起き上がり、支度する。

学園に戻ってくることになるとはな。


またオレは縛られた世界に引きずり込まれたわけだ。

 

部屋の電話が鳴る。

 

「なんだよ、こんな朝に。……誰だ」

「わ……起きてた」

「起きてちゃ悪いか」

「寝坊するタイプだと……思ってました」

「生憎と目覚めはいい方なんだ。もっとも目は覚めていても、布団の中にいる時間は長い。これは単にオレがうだうだしてるのが好きなだけだ。それでなんだ? 用件がないなら切るぞ?」


ツーツー……。


「…………」


既に切られていた。


「あの下っ端メイドには、主従関係を植え付けておいた方がいいかも知れん」


鏡を前にして、学生服に着替える。

またこいつに着替えるとはな。

これからオレは、麗華のボディーガードとして、憐桜学園での生活を送ることになる。

どうして引き受けたんだろうか。

言葉選びで一本取られたからと、律儀にボディーガードを引き受けなくても良かったはずだ。

……やはり、匂いを感じたからか。

非日常的なものを感じ、そこには退屈を感じさせる隙間などないからと、そう……思ったからだろうか。


「だが……」


誰かを守る仕事など、オレには向いていない。

自分を守るだけで精一杯の世の中で。

赤の他人である者をどうして守らなければならないのか。

矛盾してるくせに、つい自問自答したくなる。


「……面倒くせぇ」


……。


廊下に出ると、偶然にも隣の尊が出てきた。

 

 

 

 

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「嫌な偶然だな」
「運命でも感じるか?」
「まったく」


一緒にはいたくないが、同じ方向へ向かう。


「お前は麗華お嬢さまに相応しくない」
「んなことはわかってる」
「なら辞退しろ。それが貴様のためでもある」
「検討中だ」
「…………」
「オレが嫌いなのはいいけどよ、ちょっとあからさますぎじゃねえか? オレとお前の実力差はハッキリしてるんだぜ」
「関係ない。どれだけ実力差があろうと、敵は敵だ」


なんでこんなに必死なんだ?

なんか始業式の日に言ってたな。


……忘れたが。


……。

 

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「おはようございます。宮川さまとその片割れ」

 

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「…………」

「どんどん態度酷くなってないか?」

「席におつき下さい」


ずらっと並んだ使用人や屋敷の警備員たち。

どうやらお嬢さま方とは食事が別らしい。

朝も早いし、まだ寝てるのかも知れないな。

 

 

「起きてきたか」

「あんたもここで飯食ってんのか」

「しばらくの間、お前たちの面倒を頼まれた」

「正確には、海斗の、ですか」

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「そういうことになるな」

「出来の悪い人間のお守りは大変だぜ?」

「重々承知の上だ」


……。

 

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「いってらっしゃいませ」


下っ端メイドは、食事を終えた使用人や同じメイドに対しても頭を下げていく。


「あっ……」


頭を下げたメイドが、尊にぶつかった。

 

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「おい、気をつけてくれ。服が汚れるだろ」

「すみません……」

 

「ツキはドジだなー」

 

「…………」

「今後は気をつけてくれ」

「はい」


……。

 

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「随分と賑やかだな」
「心を弾ませてる新入生が多いからでしょ」
「きっと一年前のお前は冷めてたんだろうな」
「あんたはマヌケ面してたんでしょうね」
「そうかもな」
「行くわよ」


麗華を先導に、学園の中へ。


……。

 

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教室に向かう途中、異様な視線を数多く感じた。


「うそ……なんで二階堂さんが男の人を連れてるの?」

「なんで朝霧が隣を歩いてんだぁ!?」


お嬢さまだったり元クラスメイトだったり……。

あるいは他校から連れて来たボディーガードだったり。

 

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「私がボディーガードをつけるとは、誰も思ってなかったみたいだから」
「そうみたいだな」

 

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「ふふ……驚いたわね。卒業するまで一人で過ごすって言ってた割に、なんだか頼りなさそうなボディーガード連れてるじゃない」
「……朝から元気そうね、妙(たえ)」
「もちろん。今年からあなたと同じクラスだもん。これでようやくどっちが優れたお嬢さまかはっきりするじゃない」

 

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背は、麗華よりちょい上くらいのチビ。

自信たっぷりな表情といい、どこか麗華に似ている少女。

そしてその一歩後ろには見知った男がいた。


「よっ海斗。どうやらすげーお嬢さまについたみたいだな」

「色々な意味でな」

「侑祈、このボディーガード優秀なの?」

「それは成績って意味で?」

「当たり前でしょ」

「下から5番目」

「下から5番目!? あ、あははは、ほんとに? 完璧を二階堂麗華の目は、とんだ節穴ってわけ?」

「こいつは?」

「私をライバル視する、うるさい小娘よ」

「そこ聞こえてるから! あんたに小娘言われたくない!」

「黙れ小娘」

「黙るのはそっちよペチャパイ!」

「ちょっと私より大きいからって、あんたも同じでしょ」

「ふっ」


あ、今の笑いは完全にバカにしてるな。

確かにいい勝負だが、向こうの方が確実に大きい。


「私が許可するわ。殺しなさい」

「あのな、オレはヒットマンじゃねえぞ」

「麗華お嬢さま、お生憎ですが俺が守ってますから。例えチンクシャでも俺のプリンシパルに傷は負わせませんよ」

ポンコツ風情が」


どうやら侑祈の正体を知っているらしい。


「おい、あんまり毒吐くなよ」

「今日から一年間面白くなりそうじゃない」

「今年もヨロシクな、海斗っ」

「ああ……」


無茶なメンバーが揃ってなきゃいいが。


……。


教室に入ると、さらに見知った顔の人物がいた。

 

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「おはよう海斗」

「なんだ、お前も同じクラスなのか」

「どうやらそうらしい」

 

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「あんたのプリンシパルは誰?」

「これは、麗華お嬢さま。おはようございます」


薫は驚いた表情で、オレを見つめた。


「まさか……海斗のプリンシパルなのか?」

「そんなに驚くことなのか?」

「驚くこともなにも、信じられない……」

「私の質問に答える気はないの?」

「あっ、すみませんでした。神崎萌さまです」

「神崎……なるほど。だからここにいないわけね」」

「はい」

「じゃ、私は席に着くから。あんたは自由に雑談でもしてなさいよ」


……。

 

「一体どんな魔法を使ったんだ?」
「それはオレが聞きたいくらいだ」


オレは掻い摘んで、薫に事情を説明することにした。

もっとも、学園を辞めるつもりだったことは伏せる。

あくまでも始業式にサボろうとしたことにしておいて。


「誘拐現場に立ち会うなんて……凄い偶然だな。なんか運命を感じるな」
「こんな運命なら必要なかったぜ」
「でもそうすると、海斗は本来誰と組む予定だったんだ?」
「なに?」
「春休みの間に通達があったんじゃないか?」
「あ、ああ……」


そうか。

佐竹に退学届けを出していたから、当然のようにオレのパートナーなど決まっていなかった。


「忘れた。オレは物覚えが悪いからな」
「そんな大切なことを忘れるのはどうかと思うぞ」
「しかしお前だけ浮きそうだな。一人で授業を受けるんじゃないか?」
「それは神崎さまも同じだし、特になにか思うことはない」
「なるほどな。ところで家の方はどうなったんだ?」
「神崎さまの屋敷で一部屋貸していただくことになった」
「やっぱりそうか。どのお嬢さまもそうなのかね」
「海斗もか」
「オレも、それに麗華の妹、彩のパートナーの尊もな」
「どちらかと言えば、私たちの方が珍しいだろうな」
「そうなのか?」
「私たちはボディーガードと言っても所詮見習い。大抵は学園の中だけ守ってることが多いらしい。外出時には親が雇ったボディーガードと外出することがほとんどだそうだ」
「……猛烈にそいつらが羨ましい」
「いいじゃないか。いい経験になるぞ」
「お前と違って、そこまで熱心にはなれないんだよ」
「ふふ」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
「海斗の実力は少し不安だけど、性格や思考は随分と丸くなったと思って」
「ほっとけよ」
「これから一年、よろしくな海斗」
「ああ」


……。


チャイムが鳴り、いよいよ授業初日の始まりである。

昨日サボったこともあり、オレは担任の顔を知らない。

前の席に座る薫に声をかけてみる。


「どんな担任なんだ? ゴリラのような教官か? 文句を垂れようものなら屋外にまで殴り飛ばすような」
「はは、そんなわけないだろ」
「なら常に舌なめずりしながらナイフを振り回すちょっと目がイったナイスガイか?」
「普通の先生だよ。お嬢さまがいるのに、そんな野蛮な先生が担任になるわけないじゃないか」
「それもそうか」
「男子生徒に人気の出そうな先生だよ」


てことは、女か。

そうこう考えているうちに、教室の扉が開いた。

 

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「はい、皆おはよーっ」


元気のいい第一声。


「…………」


オレは思わず声を失ってしまった。


「どうした海斗。まさか見惚れてるのか?」

「いや……なんでもない」


一瞬脳裏を埋め尽くした邪念を、振り払う。

鋭い氷の刃。

そんな印象を受けた気がしたのだが……気のせいだったようだ。

 

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「おやおや? 昨日欠席のお二人さんもちゃんと登校して来てるみたいね。二階堂麗華さんと朝霧海斗くんね。私の名前は柊朱美(ひいらぎ あけみ)よ。新米教師だからって虐めないでね」


無理に明るく振る舞っているわけじゃなさそうだ。


「気持ちのいい先生だろ」
「そうだな」

「それじゃ、出席とるからね」


……。


かったるい授業が終わり、昼休みになった。

薫はすぐに席を立つ。


「一緒に飯食わないか?」

「訓練校のようにはいかないさ。私は神崎さまのそばで昼食をとることにする。海斗だって麗華お嬢さまについてなきゃいけないだろ?」

「自由のない昼休みだな」

「じゃ、またあとで」

 

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「ひとつ聞いてもいい?」
「うお、なんだよ」
「ボディーガードって女子禁制よね?」
「ああ」
「さっきの生徒、女生徒じゃないの?」
「そう言いたくなるのも無理はない」

 

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「アレは男ですよ、男。それもすげぇモノ持った」

「美男子ってヤツね」

「あの容姿に騙されたバカは数知れず……」


先日までその仲間だったヤツがよく言う。

 

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「そんなの放っといて食堂行くよ」

 

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「えー……」

「なんで不満そうなの!」

「一緒に食事でもどうですか、麗華お嬢さま」

「遠慮するわ。賑わうのは好きじゃないから」

「そうか。じゃあ無理についていく必要はないな」

「あんたはついてきなさい」

「……ちっ」


……。

 

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「かったりぃな」
「うるさい。許可なく喋るな」
「人権まで預けた覚えはないぞ」
「なら飲み物買って来なさい」
「オレはお前のメイドでも執事でもない。そんなパシリは他のヤツに頼め」


他に誰がいるのよ? と言いたげな視線が返って来た。


「そこらへんにいる男を捕まえて……冗談だ。オレはボディーガードだぜ? 勘違いしてもらっちゃ困るな」
「こんな時だけボディーガードだって言うわけね」
「都合いいだろ」
「ほんとに」


……。

 

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漫画や小説で読んだ食堂とは少し異なっていた。

定食やパンに群がり、我先にと食べ物に飛びつく人間は一人もいない。

購買に並んで買う光景すらないのだ。

訓練校と廊下や教室は同じクセに、やはり金のかけ具合はまるで違うようだ。

 

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「私の席があるから、そこに行くわよ」
「学園は皆のモノじゃないのか?」
「年間シートってヤツね」


そんなものがあるのかよ。

麗華に先導されるままついていくと、窓際の一際良さそうな席にためらいなく腰を下ろした。


「親の権力ってヤツよ」
「このテーブルが、お前の席ってわけか」
「そういうことね」


麗華の前に腰を下ろす。

まだ数人は簡単に相席出来るだろうに。

おそらく一年間こいつは一人で利用してきたんだろう。

メニューを手に取ってみる。

そこには値段は書かれていない。


「これ、なにが幾らでどうなってんだ?」
「昼食費用として、既に徴収されてるみたいよ」
「なるほど……」
「どれでも無料になってるから心配いらないわよ」
「そうなのか?」
「……やっぱり、そんなことも知らないのね」
「悪かったな」


しかし無料なら遠慮する必要はないわけか。


「上から順番にもってこいとか言わないでよ」
「下からならいいのか?」
「しばかれてもいいなら好きにしなさい」


間違いなく、こいつはしばいてくるな。


「じゃあ適当に頼むわ」
「そ……」


麗華はテーブルに備え付けられたボタンを押す。

するとメイドらしき女性がやってきて、麗華の注文を承っていた。

これだけ混んでいるのに、待たされることはないのだろうか。


「料理が来るまでの間、少し話をしなさい」
「話?」
「あんたの経歴について」
「なんだそりゃ」
「雇用者は労働者の経歴を知る権利があるわ」
「一年前に履歴書は提出してるぜ。それに訓練校で学んだ事柄はすべてあんたらお嬢さまに行き渡ってるはずだろ」
「確かにね。昨日佐竹から、あんたに関する資料は受け取ったわ」
「なら説明するまでもないだろ」
「あんなふざけた履歴書を見たのは初めてよ。最終学歴にはなにもなし、特技はピッキング。その他長所短所もはちゃめちゃな回答だったわ」
「そんな履歴書も味があっていいだろ」
「肝心なのはそこじゃない。あんたの『過去』が一切わからないってことよ。入学前はどこに住んでいたのか、両親の職業はなんなのか……なにもわからずじまい」
北アルプスだよ」
「ボディーガードの窓口は広い。興味半分で合格したって一年ももたないから」


うわ、寒いギャグをスルーされた。

……北アルプスだけに。


「でも素性のわからない人間を合格させるほど、馬鹿げたことはしないはず。あんた、誰が学費を払ってるの?」
「…………」
「このことを佐竹に聞いても黙り込むだけだし」
「残念だが、話は終わりだな」
「答えなさい。命令よ」
「話は料理が来るまでの間だろ?」


お待たせしました、とメイドが料理をテーブルに並べる。


「ふん……いいわ。あんたが話したくないのならそれでもね」
「話すほどのことがないだけだ」
「ほら食え。更に額を擦りつけて食え」
「オレは犬かっ。バカにするなよ」
「わめいてないで犬のように食え。じゃないと食わさないわよ」
「ワンッ!」


徐々にクールで知的なオレから離れていくな。


「いつ知的になったのよ」
「人の心を勝手に読むのは禁止だ」
「単純なだけでしょ」


……。

 

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「それで、結局のところあの男はどうなの?」

 

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「どうってなにが?」
「大したボディーガードじゃないみたいだけど」
「ああ。海斗のこと?」
「そうよ。データ見る限りじゃ底辺も底辺だけど、あの腹黒い麗華がボディーガードにつけたのよ? なにかあるに決まってる」
「なにかねぇ……」
「体術総合評価28位。頭脳総合評価30位」
「うお、海斗のデータ持ち歩いてるのかよ」
「麗華に関することはチェックしてるの」
「なんでライバル意識出すかねぇ。どう考えても麗華お嬢さまの方が十枚も二十枚も上手じゃん」
「黙っててポンコツ。あんたには私の優秀さがわからないんだから」
「へいへい」
「あんなにボディーガードはいらないなんて豪語してたくせに……。よし侑祈、あの男を半殺しにしてきて」
「なんだよそれ。ボディーガード同士の争いはご法度だぜ? ケンカひとつ許されてないことは知ってるだろ」
「く……。とにかく、あいつは大したことないってことでいいの?」
「さぁ……どうかな」
「はっきりしないなぁ」
「俺も海斗に関しては計りきれてないんだよね。アイツはきっとなにかある……くくっ」
「あんたのプログラ……脳じゃあてにならない」
「考えるだけ無駄だって」
「ま、それもそっか。なにがあっても私が上に変わりはないし」
「その自信がどこから来るのやら……あー……もっと可愛げのあるお嬢さまが良かったぁ」
「うるさい!」


……。

 

長い一日の授業が終わった。

 

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「よし、薫、ゲーセンに寄っていこうぜ」
「なに学生みたいなこと言ってるんだ」
「……流れに身を任せてみたくもなるっての」

 

 

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「帰るわよ」

「へいへい」

「じゃあな。私も神崎様のところへ行く」


ボディーガードには自由がない。

いっそ、麗華の意見を無視してめくるめく放課後の誘惑に身を任せてみるか?

 

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「わかったよ、帰ればいいんだろ」
「嫌そうに言うな。なんなら今以上に厳しくしてもいいのよ」
「命令ばっかりしやがって。もうグレちゃおっかなーっ」


机の上に足をどっかりと乗せる。


「あんた……子供ね」
「訓練生の中で5番目の実力者に対する扱いじゃないぜ」
「下からで自慢するな」
「オレより下が四人いる」

 

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「それは薫と尊のおかげだろ? あいつらと最終試験受けなかったら、34位くらいだったぞ」

「それでもまだ一人下がいるだろ」

「つっても、そいつは都合で最終試験に挑戦できなかったからなんだけどな」

「つまり実質ビリってことね」

「そうとも言う」

 

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「ふふふ、ふふ、ふくく……。お似合いじゃない麗華、ふくくくっ!」

「上一番と下一番ってわけね」


……。


ぞろぞろと二人組みの……傍目にはカップルに見える男女が揃って帰宅しようとしていた。

 

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「ふと生まれた疑問なんだがよ」
「あんたに発言権はないと、何度言わせる気?」
「じゃあ独り言だ。お嬢さまってのは恋愛出来ないのか? お嬢さまに手を出すのがご法度なのはオレも知ってる。かと言ってボディーガードは男しかいない……」
「ケツでも掘れば?」
「……さらっとすげぇこと言うなよ」
「あんたバカでしょ。これだけいる一流の資産家が、コロッとボディーガードなんかと恋愛するとでも?」
「それはレベルが低すぎるってことか?」
「仮に万が一、ボディーガードにうつつを抜かすお嬢さまが現れたとしてもそんなのは実現しないわ」


そこで麗華の口は閉ざされる。

考えるに、両親が猛反対すると言うことか。

将来は、当然どこかの御曹司と結婚するわけで、その前に開通トンネルなんてことになってたら問題だ。


「獣のように腰を振りたかったら、教師にでも手を出すことね。毎年少なからずいるみたいだから」
「普通は教師と生徒の関係こそが禁断なんだがな」


この学園では至って普通の恋愛そうだ。


「いい例があるわ」
「いい例?」
「ちょうど神崎先輩が帰宅するところよ」


神崎……確かその名前は……。

 

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二人の美人……いや、薫は違うんだが。

並んで帰宅しようとしていた。


「そういや、あの神崎ってやつのボディーガードは」


今年で三年なら去年いたはずだが……。


「再起不能。意識不明の重体よ」
「なんかの事件に巻き込まれたのか」
「神崎先輩に手を出そうとしたのよ」
「……てことは、本人に?」
「正確には本人にもやられたんだけどね」
「掟破りには制裁を、ってことか」


もちろん非合法なことだが、この掟は厳しい。

プリンシパルに手を出せばなにをされても文句は言えないのだ。


「結局命懸けて神崎先輩に手を出したものの、満足に指一本触れられないままやられたらしいの」
「そりゃ、悲惨だ」
「しっかしアンタには緊張感がないわね」
「緊張感だ?」
「言っておくけど、これから歩いて帰るから」
「だからどうした」
「いくら安全区域だからって、安心出来ないってことよ」
「んなことはわかってる」
「……どうだか」
「常に気を張って注意しろなんて、確かに教わるけどな。アレはどう考えても間違いなんだよ」

 

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常に周囲を警戒しながら行動してみろ、ものの30分で限界が来る。

そうすれば、あとは襲って下さいと言ってるようなもんだ。

尊や薫は常にピリピリしてやがるからな。

その点では非常に狙いやすい獲物になってしまう。


……。

 

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「お、ここだここ。麗華がさらわれた場所は」
「黙れ。余計なことを思い出すな」
「…………」


周囲に、チリッと嫌な空気が流れた。


「どうしたの」
「そういや、昨日の犯罪グループは、逮捕されたのか?」
「二人は逮捕されたらしいけど、主犯格の男には逃げられたみたいね」
「そうか……」
「心配しなくても、今ごろは遠くに逃げ出してるわよ」
「かもな」


……。

 

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「あ……」

「ただいまツキ」

「おう。しっかり掃除してるみたいだな」

 

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「お帰りなさいませ、麗華お嬢さま。それと犬」

「犬言うな」

「へえ……珍しいじゃないツキ」

「なにがですか?」

「あんたが上手に出ることよ」

「そうだ。下っ端メイドなら下っ端らしくしろ」

「下っ端? なに言ってんの。この子はメイド長よ?」

「……お前こそなに言ってんだよ。どう見ても下っ端だろ」

「この屋敷でももっとも古株だし。あんたより数百倍偉いんだから」

「フッ」

「マジか……」


それはかなりのカルチャーショックだ。


「仲良くしなさいよ」

「それはコイツ次第だな」

「まだ偉そうにする辺りは、ちょっと尊敬」

 

……。

 

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「ツキがメイド長ね……」
「まだ信じられないの?」
「オレなんかの世話にあてられるから、てっきり下っ端なんだと思ってた」
「あの子は多くの使用人やボディーガードの面倒を見てるわ」
「マジか」
「放っておけば一人で屋敷中を掃除するしね」
「……おいおい」


この屋敷を一人で掃除するなんて、軽くやるだけでも相当な時間を使うぞ。


「メイドってのはね、いかに屋敷を利用する人間に不満を与えないかなのよ。ツキが管理する屋敷は素晴らしいわ。常に行き届いた清掃、清潔な室内」


確かに、この屋敷はよく管理されてると思う。

しかしそれを束ねるのが、オレと同じ位の歳の少女とは。


「あんたとあの子が給与をもらうとしたら、軽く考えても3倍は開くでしょ」
「そりゃ人間としての価値の違いって言いたいのか?」
「人間としての価値は10倍以上ね」
「……左様か」
「とりあえず、屋敷の中にいる間は自由にしていいわ。ただし外出は禁止よ」
「わかった」
「それから支給された携帯電話は常に身につけておくこと。電源をオフにしないで、コールがあったらすぐに出て。以上よ」


そこで麗華と別れる。

恐らく自室に戻って休むんだろう。


「どうするかな……。そうだな」

 

……。

 

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オレは部屋に戻ると、早速上着を脱ぎ棄てた。

別にいやらしいことをするわけじゃない。

空いた時間で身体を鍛えておこうと思っただけだ。

誰かに見せる努力は……あまり好きじゃない。


…………。

 

……。

 

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夕食の時間になった。

確か遅れるとオレはメシ抜きになるんだったな。

冗談だとは思うが、あいつならやりかねないので急ぐことにした。


……。

 

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「あー食った食った」


寮とは違って、出る食事出る食事豪勢だ。

けして寮の食事が貧しかったわけじゃないが、やはり屋敷で出される料理は規模が違っていた。

ボディーガードを引き受けて良かったと思える少ない利点だ。

 

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「あっ……」
「彩か。尊ならまだ食べてるぜ」
「い、いえ……海斗さんにお話しがあって。その、ちゃんと話せてなかったからと言うか」
「そうだな。校門ですれ違ってから、もう会うことはないと思ってたんだが」
「はい。私もそう思ってたんですが、まさかお姉さまのボディーガードだったなんて」
「急遽決まったことだろ?」
「当日まで、断り続けてましたから。……ちょっと羨ましいです」
「ん?」
「あ、その……なんでもありません……」


本当に麗華の妹なんだろうか。

身体の成長を始めとして、性格もまるで違う。

 

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「海斗さんはどうして、お姉さまのボディーガードを引き受けたのですか?」
「これはまた、おかしな質問だな」
「え?」
「普通、ボディーガードを受ける人間は相手を選り好みなんかしないぜ?」
「あ……」
「もっとも、オレの場合は少し事情が異なるけどな。たまたま強引に引っ張ったのが麗華だった、ってだけだ」
「そうですか」


「貴様……彩お嬢さまになにをしている!」

「あ、宮川さま……」

 

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「もう少しお離れ下さい彩お嬢さま。こいつは恐ろしい病気を持ってるかも知れません!」

「どんな病気だよどんな」

「アホ原菌やバカ原菌だ!」


くわっ! と目を見開いて真面目に叫ぶ。


「か、海斗さんをそこまで悪く仰らなくても」

「こればかりはお嬢さまのお言葉でも聞けません!」

「は、はぁ……」

「根はいいやつだから、我慢してやってくれ」


「は、はい」

「そこ! お嬢さまに近づきすぎだ! それにコソコソと会話するな!」

「私から話しかけたんです、ごめんなさい」

「彩お嬢さまが謝る必要はどこにもありません。そもそもここにいることが、二階堂家にとって最悪のことなんですから。貴様も自分の身分を今一度確認しろ」

「オレとお前はなにが違うんだ? 同じボディーガードなら、身分も同じだろ」

「なにをバカな。貴様は僕に救われた人間だ。それを同じボディーガードとして見られたら困るな。それに僕の家は代々由緒正しき家系だ。二階堂家と比べるほどではないが、それなりの資産力もある。それに比べて貴様はどうだ? 朝霧など聞いたこともないじゃないか。これだけイニシアチブが違えば、当然同じ身分であろうはずがない。大体、凡夫であるならばそれなりの努力が必須。にも関わらずそれすらないようでは……」

 

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「アレがヘラクレスだ」

「まぁ……綺麗ですね。でもあれはヘラクレスじゃなくて射手座です」

「ちょっとしたミステイクだったか」

「僕は素質や才能だけでなく努力も怠らず……って、なに勝手に星の鑑賞をしてる! 彩お嬢さままでそんな男の隣に並んで!」

「お前の話は無駄に長いんだよ。そんなもん一言で済む話だろ」

「一言で伝えられるものなら伝えてみるんだな」

「くどくどくどくど」

「わ……伝わりました」

「だろ?」

「くどくど言ってるだけじゃないですか! もう行きましょう、彩お嬢さま」

「あっ!」


尊は彩の手首を掴み取ると、引きずるように去っていった。

 

「あんまり彩に関わらない方がよさそうだな」


尊をからかうのは面白いが、このままあいつがボディーガードの本質を誤ってしまうのは避けてやりたい。


……。

 


「なんだこれは」


部屋に戻る途中、ポケットに手を突っ込んだら、なにやら繊維のクズのようなものが出てきた。


「このスーツのか」


ゴミだな。

小さく丸めて、ポイと投げ捨てる。

ズダダダダダ!

スパーン!


豪快な音とともに、頭をしばかれた。

 

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「今なにを捨てたか!」
「おぉう……お前かツキ」
「今なにを捨てたか!」
「なにって、ただの繊維だ」
「つまりゴミを捨てた!」
「ありていに言えばそうだな」
「私が掃除した屋敷で、ゴミのポイ捨て……。もう日の出を拝めなくてもいい、と解釈」
「するなするな、間違った解釈だ」
「回収」


探すことなく、小さな繊維を拾い上げる。


「汚れてしまったのならいざ知らず、明らかなポイ捨ては見逃せない。それがポリシー」
「ポリシーってセリフは言ってみたかっただけと見た」
「余計なこと言って誤魔化さない」
「お、おう」


いつにもまして有無を言わせぬ迫力があった。


「確かに、ちょっと考えがなかった」


一生懸命に清掃して、今みたいに汚されたら怒りたくもなるか。


「次にポイ捨てを見かけたら、拾ったゴミを料理の中に混ぜ込んで食べさせる」
「殺す気満々だな」
「月のない夜には気をつけて。……私がツキなだけに」


笑うところなのかどうか微妙な言葉を残し、風のようにツキは去っていった。


「とにかく、ポイ捨ては気をつけるとしよう」


ところでツキは許してくれたのだろうか。

根にもつタイプな気がするが……。


……。

 

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「さて、そろそろ寝るか」


部屋を明るくしたまま、オレは布団の中に潜り込む。

今にして思えば、一年間薫には迷惑をかけたな。

オレは真っ暗闇の中で、眠ることが出来ない。

自分を照らす光がないと、満足に眠れないのだ。

もちろん世の中にはオレのような人間も多くいるだろう。

だが、暗闇の中で眠れないのはオレの場合、後遺症なんだと考える。


瞼を閉じる。

暗闇の中にある、確かな光を感じる。

だから安心して眠れる。

ここには敵はいない。

いや、少し違うか……。

自分が警戒するほどの敵は、いない。

意識が沈むまで、長い時間はかからなかった。


……。