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-ノベルゲーム・タイピング-

planetarian ~ちいさなほしのゆめ~【1】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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●公式サイト●

www.prot.co.jp


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planetarian~ちいさなほしのゆめ~

 

 

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プラネタリウムはいかがでしょう?

どんな時も決して消えることのない、美しい無窮(むきゅう)のきらめき

満点の星々がみなさまをお待ちしています

プラネタリウムはいかがでしょう?

どんな時も決して消えることのない、美しい無窮のきらめき

満点の星々がみなさまをお待ちしています

プラネタリウムはいかがでしょう?…

 

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planetarion~ちいさなほしのゆめ~

about ten thousand days later...

 

 

……。

 

 

「おめでとうございますっ!」

光の両眼を射られた。網膜を焼かれるよりはやく、暗視眼鏡(ゴーグル)を顔からむしり取る。

その数秒、どうすることもできなかった。

襲ってきたのは、機関銃弾の掃射でも、神経ガスの噴出音でもなかった。

 

「あなたはちょうど、250万人目のお客様です!」

場違いもはなはだしい、ほがらかな若い女の声。

高い天井に反射して、方向がひどく捉えにくい。

気配に合わせて単装榴弾銃(グレネーダー)をむけた。

引き金から力をぬき、銃口はそのまま保つ。

嚇(おど)しだけでいい、充分な効果があるはずだ。

ただし、相手が・ま・と・も・な・人・間・であれば。

「………」

声の主は、とたんに沈黙した。

そして…

「申しわけありません。本当に、本当に、申しわけありません」

ものすごい勢いであやまりはじめた。

「本当はちがうんです。お客さまは、本当はちょうど2497288番目のお客さまなんです。2712番もごまかしてしまいました」

「ですが…きっと、よろこんでいただけると思ったんです…」

なにを言っているのか、まったく理解できなかった。

頭の中に疑問が渦巻いていた。

こんなところになぜ人がいる?

それもなぜ若い女なんだ?

屑屋相手の凝った罠(トラップ)なのか?

それならなぜ、自分はまだ生きているのだろう?

そしてなぜ、こいつはしゃべるのをやめない…?

「じつは、今お伝えした数字も不正確なものなんです」

「さきごろ、ちいさな男の子とちいさな女の子のふたり連れのお客さまがいらっしゃった時」

「入園料のおもちあわせないということで、特例として無料で入館していただいたんです」

「ですから本当は、お客さまはちょうど2497290番目のお客さまなんです」

「重ね重ね申しわけありません…」

張りついた残像がにじみ、照明のむこうに人影が形をとってくる。

 

 

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小柄な…少女らしい。

注意ぶかく銃身(バレル)を保持したまま、その姿を観察した。

都市はせいぜい十五、六だろう。左右にふりわけられた、ごく浅い色の長髪。片耳だけが突き出た、奇妙なかたちの耳当て。

頭にちょこんと載せた帽子と、荷帯のように大げさな髪飾り。膝の上だけをおおった短いスカート。

腕の中になにか抱え持っている。

武器とも思えないが、まったく用途のわからないなにか。

ありえない姿、そうとしか言いようがなかった。

ごっこ遊びの人形でさえ、もっとまともな格好をしている。

 

 

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「あの、お客さま?」

とめどないおしゃべりが、やっととぎれた。

小首をかしげる

その動作にあわせて、羽虫がたてるようなジジジという音がきこえた。

長く癖のないふりわけ髪が、風もないのにふわりと膨らむ。

重さのない絹糸を身体の周りに浮かべているかのようだった。

ようやく思いあたった。

無人のはずの廃墟にあって、無防備な少女の形をしているもの。

40ミリ口径の榴弾銃をかまえた男を前に、白痴のようにほほえみつづける存在…

「…自動人形(ロボット)?」

「はい。ロボットです」

うれしそうに、彼女は応じた。

「当館解説員の、ほしのゆめみと申します」

子供じみたほほえみと一緒に、手に持ったなにかをこちらに差し出してくる。

「なんだ、それは?」

「花束です。ご来館の記念に、どうぞお受け取りください」

あらためてそれを眺める。

蛍光灯、旧式のマイクロホン、電源コード、カメラレンズ、銅線の切れはし、有機プラスチックの破片…

さまざまなガラクタの束に不透明なフィルムをかぶせ、根元をリボンよろしく平形ケーブルでしばってあった。

なぜか絶望的な気分になる。

もちろん、本物の花束などは見たことは一度もない。

だが、それでもわからないはずはない。

これは断じて花束ではない。造花ですらない。

「ご来館の記念に、どうぞお受け取りください」

同じ言葉を繰り返す。

邪心なく笑っている…ように見える。

なりゆきのまま、自称花束を受け取った。

爆発物や妙なしかけがないか確認してから、床に投げ捨てた。

「申しわけありませんっ」

「じつを申しますと、本物のお花が用意できなかったんです」

「本物の、お花?」

「はい。お花は当デパート1階の生花売場でおもとめになれます。ご来店いただかなくても、お電話一本で迅速丁寧(じんそくていねい)に配達いたします」

「でもこのごろ、売場まで電話が通じないんです。ですから、自分でつくってみたんですが…」

「恥をしのんで申しますと、わたしは、きれいな花束というものが、正確には理解できないんです。本当に申しわけありません」

ロボットというものについて、いくらかの知識はあった。

大戦がはじまる前まで、それはこの国における主要な輸出産業のひとつだった。

それは非常に精巧で、一見して人間と区別がつかない。

それはひたすら人間のことを考え、人間のために働く…

だが、目の前にいるこれが、こちらの都合を気にしているようには、とても思えなかった。

「…壊れているのか?」

「はい。すこしだけ、こわれています」

当然というように、答えがかえってきた。

「現在、自己診断プログラムに未知のバグが存在します」

「バックアップ用電池が消耗しているので、交換が必要です」

「サポートセンターとの通信が確立できません」

「メンテナンスコールを送信していますが、受行されません」

「パーソナルデータバックアップアーカイブに接続できません」

「頸椎部動力ユニットが摩耗しているので、交換が必要です…」

長生きにあきた老人よろしく、不具合箇所を得意そうにならべたてる。

「それから、対人情報データベースと会話ルーチンに既知のバグが存在します」

「そのため、時間経過を考慮せず冗長な会話をくりかえしてしまうのが、機体固有の使用なんです」

「でも、館長さんとスタッフのみんなが、『このままがかわいいよ』と言ってくださって」

「自動アップデート機能を物理メディアのみ有効にしてあるんです…」

彼女の言葉を理解する努力は、とっくに放棄していた。

榴弾銃を肩にかけなおしてから、部屋の中を見わたしてみた。

 

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ほの暗い半球形の屋根(ドーム)。よく見ると、一面に均等な筋が刻まれている。

照明灯らしいものは設置されていない。

 

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さしわたし20メートルほどの、ひろい円形の床。

簡素な椅子がびっしりと放射状に設置されている。

どれも部屋の中央をむき、座面が跳ねあげられている。

扉は三つ、その上に光る長方形の緑色誘導灯。

理由はわからないが、自家発電装置が生きている、とういことだ。

空気の渇き具合からすると、空調も作動しているらしい。

椅子の群れの中心には、見たこともない機械がすえられていた。

 

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たとえるならそれは、巨大な双頭の黒蟻(くろあり)だった。

無数の丸い穴があいた、球形のかたまりがふたつ、円柱の両側の瘤(こぶ)のようにぶらさがっている。

鉄骨で組まれた架台にそれは斜めにすえられ、ヤジロベエのようにあやうく釣り合いをとっている。

架台の両軸に、すり鉢のようなカバーで覆われた室内灯が上向きにとりつけられ、室内全体を照らしている。

弱々しく無害な、橙色の光だ。

突然灯されたそれを暗視眼鏡で直視さえしなければ。

蟻の頭の最上部は人ふたり分ほどの高さがあった。

すべての椅子に人間が座ったとしたら、きっとそれを崇めているようなかたちになるだろう。

おなじようなものを、一度だけ見たことがある。

ここよりもっと寒い土地、第三次絶対防衛線(サードライン)の外側に見捨てられ、最終殺戮からかろうじて生きのこった人々が形成した集落だった。

屋根がやぶれた協会に、戦闘機械の残骸をよせあつめてつくった奇妙な円筒形の偶像があった。

彼らはそれを、大昔に姿を消した夏の花の名で呼んでいた。

偶像の周囲をぐるりととりまいて、わけのわからない言葉をとなえて祈る。

そうしていれば雨が降りやむと、彼らは本気で信じていた…

 

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「…あの、お客さま、あらためてよろしいですか?」

彼女の声で我にかえった。

榴弾銃で狙いなおしても、なんの頓着(とんちゃく)もない。

「お客さまは、ちょうど29年と81日ぶりのお客さまです」

「ようこそ、花菱デパート本店屋上プラネタリウム館へ」

彼女はそう言って、深々と頭をさげた。

 

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封印都市だった。

開戦初期に、遅拡散性BC兵器による戦略攻撃を受け、放棄された区域。

直接の原因は、全地球規模の人口超過と宇宙開拓計画の破綻、それに資源枯渇だったと言われている。

今となってはどうでもいいことだ。

地上には愚かで身勝手な人間があふれ、中でも極めつけの馬鹿がボタンを押して、衛星斬道から細菌弾頭を撃ち込んだ。

事がおわるまでじっくりと待ち、悠々と乗っ取るつもりだったのだろう。

だが、この街に新しい住人がやってくることはなかった。

遺伝子細菌をばらまいた側の街はすべて、熱核弾頭で住人ごと蒸発していたのだから。

最初の一年で、世界の人口は半分になった。

二年目にはまた半分、次の年にはそのまた半分…

十年たった時には、最初の国家群はあとかたもなくなっていた。

それでも戦争はおわらなかった。

人手がたりなくなれば、自律戦闘機械(ウォーモンガー)を空挺投下してまで、殺しあいに励んだ。

戦争は土地の奪いあいではなく、復讐と殺戮そのものになっていった。

世界は広くなり、人口を数える暇人はいなくなった。

生きのびることが生きる目的になり、人間は人間以外、なにひとつ産みださなくなった。

二十年の間、そんな状態が続いた。

 

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そして、『雨』が降りはじめた。

雨は昼夜を問わず降り続き、世界から陽光を奪い、季節を抹殺した。

土と水を汚し、草木を腐らせ、コンクリートを蝕み、鋼鉄を赤茶けた屑に変えていった。

人が人を産み出すことさえ、やがては廃(すた)れ果てるだろう。

世界には、水びたしの大地と、ものを言わない廃墟だけがある。

 

 

 

 

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俺のような屑屋にとって、封印都市は宝の山だ。

開戦から30年、ワクチンが開発されることのなかった人口細菌は、すでに死滅している。

かつては都市全体を覆っていた巨大な防疫天蓋(ドーム)も、今は雨に負け、全て剥ぎ取られた。

それでも、その土地が忌避されている事実は今もかわらない。

全住人に強制退去命令が出たその時のまま、すべての物品、備品の類が虫ピン一本に至るまで放置されている。

運よく未使用の避難壕(シェルター)や破壊をまぬかれた軍事施設が見つかれば、長期保存食糧、薬品類、燃料、電池、精密機器、武器弾薬など、

今では入手のむずかしいさまざまな品が密封されたまま見つかる。

最高に運がよければ、戦前の蒸留酒や煙草がケースごと手にはいることさえある。

ただし、すこしでも油断をすれば、それなりの対価をはらうことになる。

殲滅モードのままうろつく自立掃討戦者(ヘッジホッグ)や軽装対人戦者(メンシェンイェガー)のたぐい、扉をあけると起動するベアリング地雷。

足を踏み入れただけで崩れるグズグズの床や鉄骨、突然変異した細菌が原因らしい、得体のしれない熱病、腹をすかせたドブネズミの群れ。

こっちよりマシな武器をたずさえた同業者…

あげたらキリがない。

『封印都市にだけは近づくもんじゃない』

年老いた屑屋が、そう言っていたのを思い出す。

ふたりで組んで、一年ほど仕事をした。むこうが案内役(ストーカー)で、こっちが護衛薬(クラッシャー)、繰り言には閉口したが、屑屋としてはいい腕だった。

発掘物の酒(J&B)を飲みかわすと、東海岸沿いの非汚染地帯にはまだ手つかずの封印都市がいくつか残されていると教えてくれた。

そこで得られる獲物と危険の豊富さも。

『だがな、封印都市でいちばんやっかいなのは、ロボットに会っちまった時だ』

なぜと聞いても、言葉をにごすばかりだった。

砲弾の破片で鼻筋がゆがんだ顔をさらにゆがめ、相手にするな、あれはこの世界のものじゃない、ただそう繰り返した。

ほかにもなにか言っていたような気もする。もう覚えていない。

結局はその屑屋も、見え見えの置罠(ブービートラップ)にひっかかって、死んだ。

俺の故郷(くに)のサーディンだよ、なつかしいなあ…それが最後の言葉だった。

だから墓を掘って、その缶詰と一緒に埋めてやった。

邪険にせずに、もっとしっかり話を聞いておけばよかった。

今となっては、そう思う。

 

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「わたしは、廉価版の5000シリーズなので、頭部のインフォメーションリボンは特注オプションとなっています」

「このように、色およびパターンを変化させることができます」

「わたしが勤続十年を記念して、館長さんとスタッフのみなさんからお贈りいただいたものです」

封印都市で遭遇しうるいちばんのやっかいごとが、自分の機能を懇切丁寧に実演している。

「標準オプションとしましては、カード印刷機能とホログラフィック録画再生機能が、イヤレシーバーに搭載されています」

わるい冗談としか言いようがない。

「カード印刷機能では、当館のプログラムと今月の天文現象案内、党デパートの催事案内、それに、周辺地図、各種割引券などをご用意できます」

左耳にあるスリットから、手品のようにカードをひきだした。

 

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「どうぞ。当館のプログラムです」

さしだされたカードを開き、一瞥する。

紙もインクも30年前に装填(そうてん)された骨董品(こっとうひん)だ。ちいさな文字はひどくかすれ、かろうじて読み取れるのは見だしだけ、それも右端は、とぎれてしまっている。

「無料ですので、遠慮なくお受け取りください」

無視を決めこむことにする。

彼女は笑顔をくずさないまま、カードをくしゃくしゃに丸める俺の指先を楽しげに見ていた。

「ではつぎに、ホログラフィック録画再生機能をお見せします。お客様、当館にお越しになった記念に、ぜひ一言どうぞ…」

かぎりなく続く独演に、溜息を返す。

手袋(グラブ)を外し、何十時間かぶりに肌を外気に露出させた。

雨中での行動が長すぎたせいで、手首の筋を針を刺されるように疼(うず)いていた。

ふところの防水ケースに煙草(キャメル)が一本残してあった。

半年前に立ち寄った交易倉で複合燃料電池(クラスタセル)2ダースと交換した、とっておきのやつだ。

取り出すなり、いやな予感がした。

蓋の留め金がはずれていて、中から茶色い水滴がしたたった。

「くそっ…」

思わず頭をかかえた。

そのまま天井を仰ぐ。

今回の仕事は、はじめからケチのつきどおしだった。

まず、この場所までの唯一安全な道のりをめぐって、三人組の同業者と一悶着(ひともんちゃく)あった。

どうにかケリをつけたが、なけなしの弾薬は半分になった。

封鎖壁を突破するなり、今度は軽対人戦車(メンシェンイェガー)一個小隊の出迎えを受けた。

瓦礫と泥の中を、半日這いずりまわる羽目になった。

三両を擱座(かくざ)、一両を索敵不能にした時は、機関拳銃(PDW)の弾丸を撃ちつくし、榴弾銃の残弾も三発。食糧の入った雑嚢(パック)もなくした。

街の様子をしらべると、期待はずれもいいところだった。

封鎖壁沿いの店舗や公共避難壕(シェルター)はあらかた荒らされ、めぼしい物資はなにも残っていなかった。

この時点で脱出をはかるべきだった。

だが、俺は深入りした。

灰色の雨煙のむこう、古めかしい扁平台風構造をした高層建築が魔法の塔のようにそびえていた。

それを目的に、市街の中心部をめざした。

意地もあったし、焦りもあった。

だが、そんなことは大した動機ではなかった。

きっと俺は、うんざりしていた。

だれもいない箱庭のような廃墟にも、絶え間なく降りつづく雨にも、支配者の役目を人から剥奪し、薄闇に環っていくこの世界にも。

「あの、お客様、お客様…」

顔をあげると、至近距離の彼女の童顔があった。

俺から反応がかえってこないのを見て、不安そうに首をかしげている。

 

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「もしかして、お体の具合がよろしくないのでしょうか?」

「お命にかかわるような容体なのでしょうか?」

「わたし単体では対処できない事態です。とても困りました」

厭世(えんせい)趣味も感傷も、あったものではなかった。

「お客さま、当デパートの医務室に連絡を取ってもよろしいでしょうか?」

「お客さま、お客さま、お客さま?」

「だまれ! 俺は客じゃないし病気でもないっ!」

天井で跳ね返ってきた自分の怒声さえ、あきれるほど滑稽だった。

「そうですか。お元気そうでなによりです」

そして当のロボットは、どこ吹く風でほほえみをかえす。

「じつは以前にも、投影中にお客さまの具合が悪くなったことがありまして。それ以来、当館におきましては、常に万全の救護体制を…」

「俺は客じゃないし、おまえの話にもこの施設にも興味はない」

「はい。そうなんですか」

俺の真意をはかるように、彼女がまた小首をかしげた。

「やはりもう、プラネタリウムは、流行おくれなのでしょうか?」

見開いた瞳の、水と油の混じりあったような反射は、光学樹脂(オプティックアクリル)独特のものだ。

焦点(ピント)をととのえる間、虹彩が動き睫毛(まつげ)がふるえているように見える。

「恥をしのんで申しますと、最近は、お客さまがめっきりすくなくなってしまって」

「館長さんは、わざわざ外出しなくてもいい娯楽がたくさんあるからだとおっしゃるんですが…」

「わたしがこちらではたらきはじめた当初は、たくさんのお客さまにつめかけていただいたんですが…」

愁(うれ)いに睫毛を揺らし、ほっと溜息をつく。

「最近では、コンパニオンロボットもめずらしいものではありませんし、わたしよりも性能のいい次世代機種が、各社から続々と発表されていますし」

…まったく、嫌味なほどによくできている。

「あっ、申しわけありません。このところお客さまがすくなくて、つい愚痴をこぼしてしまいました」

「それでは、あと7分ほどで投影開始となりますので、そろそろ席にお座りになってお待ちください」

「もう一度言うが、俺は客じゃない」

「はい、そうなんですか」

「でも、お忙しいこととは思うのですが、せっかくお越しいただいたのですから」

「これもなにかのご縁ということで、ぜひ投影をご覧になっていってください」

「だまれ」

「ちなみに、投影時間は、ほんの45分ほどですので」

「いいからだまれ」

「それから失礼ですが、投影中のお煙草は…」

「だまれ、口を聞くな、たのむから静かにしてくれ」

「はい。承知しました」

しぶしぶといった様子で、ようやく口をつぐんだ。

やれやれだ。

ロボットというものはみんなこうだったのだろうか?

戦前の人間はよほど酔狂な趣味をしていたか、耳が聞こえなかったにちがいない。

「あの、お客さま。静かにする前に、わたしからもひとつだけお願いすることがあるのですが」

静寂は十秒ともたなかった。

「お客さまはちょうど2497290番目のお客さまなのですが」

「さしつかえなければ、ぜひ、当館来客者数250万人記念の特別投影をご覧いただきたいのですが、いかがでしょう?」

「………」

どうでもよくなってきた。

身体は泥のように疲れ切っていて、馬鹿げた口論など願い下げだった。

なにを見せられるのか知らないが、これ以上狂った状況など地獄に行ってもないだろう。

「勝手にしろ」

 

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「ありがとうございます」

深々と頭を下げる。

そうして、上目づかいに俺の様子をうかがい、はにかむようにほほえんだ。

「それではどうぞ、お好きな席にお座りください」

はじめての悪くない申し出だった。

まず背嚢(はいのう)を降ろし、防水外套(ぼうすいがいとう)を脱いだ。

都市迷彩と赤外線防護処理(サーモプルーフ)がほどこされた軍用のそれは、泥水を吸うだけ吸い、鉄板のように重くなっている。

「それでは、投影の準備をいたしますので、そのまましばらくお待ちください」

軽く会釈をして、いそいそとドームの奥に向かう。

「ちょっと待て」

声をかけたとたん、予想していたかのように一動作で立ちどまった。

「はい、なにかご用でしょうか?」

「なにを見せてくれるんだ? 立体映画(ホロシネマ)か?」

「星空です」

「星空?」

「はい、星空です」

はっきりと、そう答えた。

「それでは、投影開始まで今しばらくお待ちください」

「星空ね…」

どこがどう壊れるとそんな突拍子もない言葉が出てくるのか、見当もつかなかった。

椅子の座面を下げ、注意ぶかく腰をおろした。

ぎしっという音とともに、白い埃がまきおこる。

背もたれに体重をあずけてみると、寝椅子に近い角度まで深くかたむいた。

腕時計の防水蓋をあけ、時刻を確認する。

だが、針は止まっていた。

軽装対人戦車(メンシェンイェガー)との追いかけっこにかまけて、竜頭(りゅうず)を巻かなかったせいだ。

仕方がない、少なくとも、日没はとっくに過ぎている。

気はすすまないが、ここで夜を明かさねばならないだろう。

装備を乾かしておくことにした。

両手を揉んでから背嚢の口をひらき、防水袋から中身を取り出した。

予備の外套も携帯浄水器も、気休めに持ち歩いている抗菌アンプルの注射器(インジェクター)も、なにもかもがじっとりと湿っていた。

食糧は戦闘食(レーション)のハードビスケットが三袋のみ。わかってはいたが、予備弾倉はなかった。

装備を左右の椅子にひろげ、泥水を吸った煙草がどうにかならないか未練がまぶしく思案していると、また彼女があらわれた。

定規で計ったような一定の歩幅、通路を澄まし顔で歩いてくる。

どうやらもう、出し物がはじまっているらしい。

こちらを振り向き、うやうやしく一礼する。

「本日は、花菱デパート本店屋上プラネタリウム館にようこそおこしくださいました。わたしは当館解説員のほしのゆめみと申します」

「投影をはじめます前に、簡単な注意事項をおつたえします」

「ドーム内ではたいへんよく音が響きます。投影中の私語はほかのお客さまのご迷惑となりますので、おひかえください」

「たいへんお手数ですが、携帯電話、時計のアラームなどはあらかじめお切りください」

「また、投影中の飲食および喫煙はおひかえくださいますようにおねがいします…」

音声増幅機能を自前で持っているのだろう。

すべての椅子に客がひしめているかのような、朗々とよく通る声、よどみのない口調、そして満面の笑み。

彼女がロボットでなければ、客一人では居たたまれないところだ。

途中で席を立つ場合とか、地震や火災時の避難誘導とか、くだらない説明が延々と続く。

星を見るというのはずいぶん煩雑(はんざつ)な手続きがいるらしい。

煙草を弄(もてあそ)びながら、適当に聞きながす。と、彼女の口調があかるく切り替わった。

「それでは最後に、みなさまを星の世界へおさそいする大切なパートナーを紹介します。盛大な拍手でおむかえください」

 

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「イエナさんですっ」

心臓が飛び出るかと思った。

とっさに榴弾銃をつかみ、安全装置を外す。

何者だ? どっちの扉から来る!?

……………。

だれも現れる気配はない。

「実はぁ、イエナさんというのはぁ、このおっきな機械の名前なんですねえ」

ことさらゆっくりとした口調で、彼女が種明かしした。

上体を乗り出すようにして、たったひとりの客の様子をうかがう。

その背後には、例のかたむいた鉄亜鈴が鎮座しているだけだった。

「あの…お客さま? ここは笑うところなので」

「笑えると思うか?」

むしろ榴弾を撃ちこみたいぐらいだ。

「はい。たくさんのお客さまがこのくだりでお笑いになります」

「余計なことはせずに、さっさとはじめてくれ」

「ありがとうございます。そんなに楽しみにしていただけると、とてもやりがいがあります」

「だれが楽しみにしてると言った?」

「それでは、イエナさんからみなさまに、お近づきのご挨拶を~!」

「………」

都合が悪いことは聞こえない仕組みになっているらしい。

右手をかかげて背後の機械をしめし、客の注目をうながす。

だが、なにかが起こる気配はなかった。

「…少々お待ちください」

「では……あらためて、イエナさんからみなさまに、お近づきのご挨拶を~」

機械は微動だにしない。

気まずい沈黙だけが客席を埋めていく。

 

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「あの……お客さま」

「星を見せてくれるんじゃないのか?」

訊いたとたん、彼女が絶句した、ように思えた。

「申しわけありません。本当に本当に、申しわけありませんっ」

そしてまた、とめどない謝罪の洪水。

「恥をしのんで申しあげますと、どうやらただいま、投影機に深刻な故障が生じているようでして」

「本当に申しわけありません」

「常日頃のメンテナンスは万全に行っているはずなのですが」

「ただいま、館長さんもスタッフのみなさんもご旅行に出かけていて、わたし単体では状況を把握できません…」

思わず天を仰いだ。

 

 

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雨は降りつづいていた。

透明な滴で織られたカーテンの奥、凍えた両耳がかすかな響きをとらえていた。

静音モードにある自律掃討戦者(ヘッジホッグB)が、1ブロック先で索敵暖機(アンブッシュ)している。

それは死神のつぶやきだった。

手持ちの装備でかなう相手ではなかった。

最終反政(ヒューマンウォー)の末期、南方巣群(サウスプランツ)の総攻撃に加わった義勇歩兵中隊が、あいつ一両のために全滅したのを見た。

十歳ほどの少年兵もいた。

居住区(コロニー)が殲滅(せんめつ)攻撃に遭い、着の身着のまま人類解放軍に合流した孤児たちだった。

支給された突撃小銃にも、戦闘食(レーション)に入った代用チョコレートの包みにも、いちいち目を輝かせていた。

戦区に向かう輸送車(トラック)の中で、この戦いに勝って『世界』を元通りにするんだと、勇ましく話しあっていた。

その間も、指先だけは小刻みに震えつづけていた。

みな手足の区別はおろか、認識票(ドッグタグ)さえ黒く焼きただれ、ねじくれた子銃の銃身とひとつに溶けあい、雨粒に冷やされていた。

生体探知器(センサー)に補足されないうちに、瓦礫の隙間に身体を押しこまなければ…

仰向けのまま、注意深く体重を移動しようとして、地面に泥がないことに気づいた。

そこで目が覚めた。

 

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びっしりと並んだ椅子のひとつに、身体を預けていた。

水気の薄い空気、変質した機械油の臭い、黴(かび)と埃の臭い、かすかに響く空調の音。

頭上を覆うのは灰色の空ではなく、室内灯に照らされた丸天井だった。

雨はそのむこうで、今も降り続いているだろう。

顎をあげて、視線を巡らす。

いくつもの穴をうがたれた黒い鉄球が、こちらを無表情に見下ろしていた。

昨夜はあのまま疲れ果て、眠ってしまったらしい。

手首をそっと動かしてみる。

乾いた室内で目覚めたのは、本当にひさしぶりだった。

ふと視線を下げると、腹の上になにかがうずくまっていた。

「うわっ」

あわてて払いのけた。

反射的に榴弾中をつかみ、そいつの正体に気づいた。

昨夜俺が投げ捨てた、ロボット手製の『花束』だった。

「縁起でもない…」

座席をひととおり眺め渡す。

花束の贈り主…ロボットの姿はなかった。

壊れて動かなくなったのか、あるいはまだその辺をうろついているのか。

世迷い言を言っているうちはいいが、こっちに危害を及ぼすようなら、先手を打つ必要があるかもしれない。

もっとも、花を手向けられるほどに熟睡していたのなら、寝首をかかれても文句は言えないところだが。

立ち上がり、榴弾銃を肩にかけた。

機械から見て反対側の席に回ってみた。

呆気にとられた。

床一面に、わけのわからないガラクタが積み上げられていた。

あけっぱなしの工具箱と注油缶、山のようなボロ布、ビニール袋に包まれた部品の数々…

おそらくすべて、この機械のためのものだろう。

分解整備の途中だったのか、意図があってここに集積されたのか、今となっては知りようもない。

都市放棄時の混乱が、今もそこに放置されていた。

部品類は痛みは少ないが、持ち帰る価値はなさそうだった。

機械の台座には、古めかしい金属製のプレートが掲げられていた。

カールツァイス・イエナ社製
プラネタリウム
現在使用されている最古の二球式投影機

「イエナさんね…」

あのロボットの言うことも、出鱈目ばかりではないらしい。

『二球式投影機』というのは、光学式観測機器の類なのだろうか?

それにしては、天蓋が密閉されているのか解せないし、同心円状に並んだ『客席』はもっと説明がつかない。

だが、この施設の正体がなんであれ、今は無意味な遺跡でしかない。

長居は無用だ。

手早く荷物をまとめ、生乾きの防水外套を羽織る。

と、開いた扉のむこうから、かすかに声が聞こえてきた。

『…プラネタリウムはいかがでしょう?』

『どんな時も決して消えることのない、美しい無窮のきらめき』

『満点の星々がみなさまをお待ちしています』

『お客さま、ようこそいらっしゃいました』

『あなたはちょうど2497291番目のお客さまです!』

「………」

まさかとは思うが、確かめた方がいいだろう。

円弧上にたわんだ廊下を進む。

ほどなく、行く手に光と雨音が戻ってきた。

足音をひそめ、ゆっくりと角を曲がった。

 

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施設の受付だった。

かつては昇降口までひさしが渡してあったのだろうが、今はアーチ形の骨組みだけが残っている。

ここから先は雨の支配下だった。

カウンターの中に簡素な椅子が二脚、旧式の管式モニターがついた情報端末、乱雑に積まれた書類や書籍、筆記用具、拡声器、懐中電灯…

二度とつかわれることのない備品たちは、水を吸い込み、錆びつき、変色し、その機能を静かに忘れている。

雨は知らぬ顔で降りつづいている。

昨日侵入した時から異変は認められない…

ただ一点は除いては。

 

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ガラスが敗れた扉の脇、見捨てられた番犬のようにロボットが立っている。

吹きこんでくる雨に濡れるのを厭(いと)わず、身体の前で両手のひらを重ね、柔和なほほえみを浮かべている。

プラネタリウムはいかがでしょう?」

がらんとした屋上に、とうとうと語りかける。

「どんな時も決して消えることのない、美しい無窮のきらめき」

「満天の星々がみなさまをお待ちしています」

完璧すぎる役者のように、同じ言葉を正確に繰り返す。

と、彼女がこちらを振り向いた。

 

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「こんにちは、お客さま」

「ご気分はいかがでしょう? もしもまだご体調がすぐれないようでしたら…」

「寝ていただけだ」

 

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ロボットが不思議そうにまばたきをした。

とぼしい自然光の下で見ると、化学加工布らしい独特の衣装はところどころ薄汚れ、くすんだ風合いをしていた。

「お元気そうでなによりです。ですが、もうしばらく休んでいかれてはいかがでしょう? ただいま、当デパート医務室に連絡を取っておりますので…」

心遣いはうれしいが、救護が来るとはとても思えない。

「なにを騒いでいた?」

「失礼ですが、騒いでいたと申しますと?」

「だれもいないのに喋ってただろ?」

「はい。発声練習をしていました。いつお客さまがいらっしゃってもいいように、万全の体勢でお迎えしなければなりませんので」

「なるほどな…」

適当に答えながら、不自然な兆候がないか辺りを確認してみる。

と、カウンターの脇に宝石店のような陳列棚があるのに気づいた。

オペラグラス、ペンダント、ハンドブックという文字だけがかろうじで判読できた。

 

 

 

 

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「おみやげがご入り用ですか? それでしたら、当館人気ナンバーワンの立体星座早見はいかがでしょう?」

「いや、必要ない」

ゆがんだ円盤状のプラスチックを示され、銃口でさえぎる。

「それでしたら、ポスターなどはいかがでしょう? こちらは12星座をモチーフにしており、特別な蓄光塗料で印刷…」

「必要ない」

「それでは、当館オリジナルの12星座ペンダントはいかがでしょう? 今ならプレゼントにも最適なクリスタルケースに…」

「必要ない」

「でしたら…」

自分が勧めている土産がすでに廃品と化していることは、彼女にとってさほど重要ではないらしい。

ここまで強気な売り手には、どこの交易倉でも会ったことがない。

他にも動くものがないのを確かめてから、銃口を上向けた。

「今、何時だ?」

「はい。ただいま午後3時31分です。あと29分ほどで次回投影となります」

丸一日近く眠っていたらしい。

世界標準時など失われてひさしい。彼女の内臓時計がどれだけ正確かわからないが、郷に入っては郷に従えだ。

竜頭を巻き、時刻を彼女の言うとおりに合わせた。

明るさの具合からしても、日没までそう時間はない。行動を起こすなら一刻を争う。

「邪魔したな…」

踵を返そうとした時、彼女が怪訝そうに首をかしげた。

「あの、お客さま?」

「大変さしでがましいですが、あと18分ほどで次回投影の受付終了となりますので、そろそろお並びになった方が、見やすい席をおとりになれますが」

無垢な笑顔で、親切にもそう忠告してくる。

「壊れてるんだろ? あの機械は」

「あの機械というのは、イエナさんのことでしょうか?」

「そうだ」

「はい、イエナさんは現在故障中です」

一片の疑問をはさむ余地もなく、ロボットは力強く答える。

「現在スタッフと緊急連絡を取っておりますので、到着次第早急に修理できる見込みです」

どこをどう見込めばそんな楽観ができるのか。

「悪いが、待つのは嫌いなんでな」

振り向こうとするが、すがるような視線に引き止められる。

「それでしたら、修理の間、当デパートでお買い物をなさるというのはいかがでしょう? よろしければお得な割引券をご用意できますので」

言いざま、耳横のスリットからまたカードを取り出す。

「どうぞ。当デパート全フロア共通でご使用になれます」

またも笑顔で差し出された紙切れを無視する。

階下の様子なら、昨日念入りに確認した。

食品売場があったはずの地下は完全に水没している。

その他のフロアも似たり寄ったりだ。

割れたガラスに崩落した壁、30年前に流行した洋服や電化製品の残骸を、鼠と黴(かび)以外だれが気に入るというのか。

「買い物の趣味はない」

「それでしたら、当デパート6階には特選食堂街がございます」

「和洋中華すべてのメニューが揃った清潔で明るい店内で、ゆっくりとお食事などはいかがでしょう?」

「できるものなら、そうしたいがな…」

「あの…大変失礼ですが、おもちあわせがないということでしたら…」

「そうじゃなくてだな、だれがあれを修理できる?」

「あれというのは、イエナさんのことでしょうか?」

「そうだ。あのわけのわからない機械だ。昨日俺に星を見せると言った時、動かなかっただろ?」

噛んで含めるように言ってやるが、まったく堪えた様子はない。

「はい。その説は大変ご迷惑をおかけしました」

「ですがご心配にはおよびません。ただいまスタッフを呼び出しておりますので、到着次第すぐに修理にとりかかります」

「………」

「あの、お客さま? もしおかして、どこかお体の具合が悪いのでしょうか?」

彼女がまだ、心配そうに問う。

雨空にわめきちらしたい衝動を必死で抑えた。

ロボットというものは、決して人間に逆らわず、危害を加えることもないと聞いている。

それが本当なら、彼女の行動パターンは明らかに異常をきたしている。

これ以上は相手をするべきではなかった。

「わかった。俺は下にいるから、修理ができたら呼んでくれ」

用心金(トリガーガード)に指を添えながら、慎重に言葉を選んで言った。

「はい。ありがとございますっ」

大きな瞳をきゅっと細めながら、彼女が答えた。

「わたしはとてもうれしいです」

「じつを申しますと、お客さまが不機嫌なご様子でしたので、なにか粗相をしてしまったのではないかと、心配していたものですから」

夜露を払ったような、はれやかな顔を俺にむける。

「人間のみなさまを不安にさせたり、不快な思いをさせることのないよう、いっしょうけんめいお仕えすることが、わたしたちロボットの喜びです」

胸の前で手のひらを合わせ、なにか大事なものを包むようにそっと握る。

誠実で誇りに満ちた台詞、やさしく繊細なしぐさ、そしてはにかんだ笑顔。

邪気のかけらもないそれらは、この世界ではとうに滅んでしまった貴重品だ。

たとえそれが、プログラムで仕組まれたものがいまのものだったとしても。

「それでは、投影機の修理ができ次第、館内放送でお知らせします。スタッフと連絡がつき次第、早急に修理いたしますので」

「ああ」

喉に詰まるような返事になった。

「昨日お約束した通り、お客さまには記念投影をご覧いただきますので、再入館の際はわたしにお申しつけください」

「お客様の花束は、大切にお預かりしておきますので」

「じつを申しますと、記念投影をご覧になるのはお客様が最初なんです」

「当館のスタッフ一同が心をこめて制作した自信作ですので、わたしも粗相がないよう、いっしょうけんめい務めさせていただきます」

その『記念投影』が人間の目に触れることはないだろう。

今日も、明日も、恐らくはこれからもずっと。

忘れられた廃墟の屋上、壊れたロボットだけがただ幸せそうに、生気に満ちあふれた瞳をしている。

永遠に来るはずのない客に、今も待ち焦がれている。

これ以上ここにいるのは、苦痛でしかなかった。

俺は防水外套のフードをかぶり、雨の中に踏み出した。

「心よりお待ちしています…」

俺にむけて、深々とお辞儀をしたのがわかった。

いつまでも見送る気配が、背中にまとわりついていた。

 

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もう夜も更けている。

「本当に申しわけありません。お客さまに、こんなことまでしていただいて」

室内灯の光が照度を増し、半球形の天蓋(ドーム)を淡く浮かびあがらせている。

 

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彼女が心配そうな顔で、俺の手元を見つめている。

「俺は客じゃない」

「いいえ。大切なお客さまです」

「客なんて来ない」

「わたしの基本データベースおよび、現在までの蓄積データベースを照合しますと、お客さまはかならずお越しになると考えます」

「賭けてもいいが、ここにはもう客は来ない」

俺の言葉を吟味するように、しばらく押し黙る。

そして、おずおずと言った。

「ですが、実際にこうして、お客さまにお越しいただけたわけですから」

「だから俺は…」

答えようとして、思わず言葉に詰まった。

俺は、なにをしているんだろう?

こんな街にかかわるのはもう御免だった。

できるだけ素早く行動して、日没前には封鎖壁に辿り着いているはずだった。

なのに、いつの間にか足はとまっていた。

そして今、錆びた工具を片手に、機械油まみれになっている自分がいる。

「戦争がおこって、何年も続いた」

「世界じゅうの人間が死んだ」

「生き残った奴も、星になんか興味はない」

「おまえが働いていた頃とは、なにもかもが変わっているんだ…わかるか?」

ドライバーをこじりながら、根気強く説明してやる。

もう一度、彼女は何事かを考えるように首をひねる。

そして10秒後に口を開いた。

「サポートセンターに該当情報を照会していますが、受行されません」

「申しわけありません、お客さま」

右に15度ほどかしげた首を戻し、声量を落として答える。こちらの言葉が理解できない時には、きまってその動作をする。

無知も無理解も、彼女の落ち度ではないのだろう。ロボットが与えられた義務を忠実に遂行するためには、余計な知恵は必要なかった。それだけの話だ。

「でも、たとえ当館にご用のない方であっても、お越しいただいた方は、すべて大切なお客さまだと考えています」

「ああ、そうだろうともよ…」

こっちは文字通り、命を削ってつきあっているのだ。せめて賓客(ひんきゃく)扱いしてもらわなければ浮かばれない。

「そうそう、以前にこんなことがありました」

「ちいさな男の子のお客さまが、こわれてしまったご自分のおもちゃをわたしのところまで持ってこられたんです」

「ロボットならおもちゃを修理できるだろうと思われたらしいのですが」

両手を胸の前でかさね、くすっと思い出し笑いをする。

慇懃無礼(いんぎんぶれい)な物言いに、こういった人間くさい仕草がまじるにつけ、なんとも妙な気分になる。

「結局、当デパート5階のおもちゃ売り場に連絡し、特例として無償修理するということでご納得いただけましたが、あの時は、本当に困ってしまいました」

「たとえ当館にご用のない方であっても、お客さまをがっかりさせるようなことなど、あってはなりませんので」

彼女の無駄話から要点のみを抽出するに、やっと状況がつかめてきた。

まず、この建物は軍の偽装施設でもなんでもなく、本当に単なる百貨店であったこと。

屋上の形状から防空設備のレドームだろうとあたりをつけ、ガラクタをかきわけ潜入したのは、まったくの無駄骨だったわけだ。

おどろいたことに、戦前には有料で客を集め、つくりものの星を見せるという娯楽があったらしい。

彼女は『解説員』として、『同僚』の人間たちとともに働いていたが、都市廃棄のどさくさの中でこの場所にとりのこされた。

同僚たちはこの際、致命的なミスをおかした。

彼女の記憶装置(メモリー)を消去せず、物理電源(メインスイッチ)も切り忘れたのだ。

この『花菱デパート本店』の非常用電源は、なんらかの理由からおそらく軍用の発電ラインを一部共用…もしくは、盗用していた。

この建物のこのフロアにおいてのみ、電圧はごく低かったものの、都市廃棄中も電力供給が中断されなかった。

その結果、なにが起こったか?

1年に一度…彼女の作法にのっとって正確に言えば8760時間のうちの168時間だけ、彼女は停止状態から目覚める。

内臓時計が9時50分になると受付の扉を開け、来るはずのない客を待ち、夜7時になると扉を施錠する。

深夜0時3分前にスリープモードに移行し、翌朝9時ちょうどに通常モードに復帰する。

そして再起動から168時間後、バッテリーが低下した彼女は充電ケーブルに自らをつなぎ、ふたたび8592時間の深い眠りにつく。

30年もの間、それはこの無人の都市において神聖な儀式のごとく、正確にくりかえされてきた…だれにも知られることなく。

彼女が職務に戻る期間は、1年のわずか52分の1にすぎない。

それをまるで狙いすましたように、事情を知らず運もない屑屋がのこのこと現れた…というわけだ。

彼女の異常な歓迎ぶりも、もっともな話ではある。

だが、なによりやっかいなのは、自分が眠っている間に世界でなにが起こっていたのか、彼女がまったく理解できていないことだった。

同僚たちはみな、長期の慰安旅行に出かけていて、世の中の流行が買われは、客は必ず戻ってくる。かたくなにそう信じこんでいる。

 

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「あの、お客さま。わたしが思いますに、この工具がご入り用ではありませんか?」

今、彼女は工具箱をものめずらしそうに物色しては、二分に一度、琴線にふれた工具を俺に差し出してくる。

「必要ない」

「そうですか…」

心底残念そうに、錆が浮いたレンチを工具箱に戻した。

「たのむから余計なことはしないでくれ」

「ですが、この事態は完全に当館側の落ち度ですので、わたしとしましても、だまって見ているというわけには…」

「だまって見ててくれ。それがいちばんの手伝いだ」

「はい、承知しました」

神妙に答えるが、もう百回はその言葉を聞いてくる。

おどろくべきことは、もうひとつあった。

彼女が『イエナさん』と呼んだこれだ。

俺が物心ついたときには、大気はすでに狂いはじめていた。

昼間に太陽を拝むことさえまれだったし、星にいたっては、単なる知識以上のものではない。

太陽の周りを惑星が回り、地球の周りを月が回る。銀河、星雲、星団、天の川、彗星、小惑星、流れ星…

巡回教師(ミッションナリ)の年寄りがもったいぶった声で説く、例の黴(かび)くさい説話の一節。

それすら今は廃れている。

この装置は、おびただしい数のレンズと電球と歯車のみで、複雑怪奇な星の運行をすべて再現する…という触れ込みらしい。

立体映画(ホロシネマ)や網膜投影機(レテナビジョン)にくらべて、あまりにも原始的で非効率だ。

『最近客が入らない』という彼女の言葉もしごく当然に思えた。

「じつを申しますと、イエナさんはわたしよりもずっと長い間、ここではたらいていますから、多少の機械的な不具合は仕方がないんです」

こちらの顔色をうかがうように、彼女がまた喋りはじめる。

「ただ、わたしがこちらではたらきはじめたおりに、電装系を改修した上、コンソールは総交換しましたので」

「イエナさんが完全に作動不能になるような重大な事態は、今までに経験したことがありません」

何度も聞いた言い訳を、飽きもせずに繰り返す。

相手をせずにいると、また工具を漁りはじめた。

投影機の不調の原因はすぐにわかった。

露出している可動部分には、浸(ひた)すと言っていいぐらいにグリスが塗りたくってあった。

恐らくメンテナンスの担当者が、都市廃棄の際に防錆のためにほどこしたものだろう。

皮膜はモーターの電気接点にまで及んでいて、動かないのも当然だった。

最初にするべき作業は、端子の接点を元通りに磨きあげることだった。

真っ黒にかたまったグリスをドライバーで削ぐと、複雑にからまった歯車とフレームの隙間から、ばらばらと床に降りそそぐ。

原始的だが、他に方法はない。

「あの、お客さま。わたしが思いますに、この工具はとても役に立ちそうな気がします」

にこやかな笑みと共にさしだされたのは、大工が使うような金槌だった。

「…それは置いといて、ボロ布取ってくれ」

「はい、ただいま」

ドライバーをベルトに挿し、あたらしい布を受け取る。

ヤジロベエの両端についた丸い錘は、恒星球と呼ぶらしい。

表面に無数の丸い穴があり、そのひとつひとつの縁に、細長い円筒がワイパーのようにとりつけられている。

彼女の話では、穴のすべてにレンズが填め込まれているという。

恒星球の先端には、同じ形をした小型の球がとりつけられている。

もちろんこちらにも、ちいさなレンズがびっしりと填め込まれている。

さらに、上下の恒星球を結ぶ骨組みの中にさえ、ふたつ一組のレンズが積み重なっている。

ひとつひとつ、磨かなければならないだろう。

気が遠くなるような作業だ。

「あの、失礼ですが、お客さまは、あまりお話にならないのですね」

「話す相手がいなかったからな」

「じつを申しますと、わたしはとても話すのが好きなんです」

「そうだろうと思ったよ」

「はい、そのとおりなんです。いろいろなお客さまとお話をしていますと、なんと申しますか、心がゆたかになる気がします」

「お客さまは、そんな風にお思いになったことはありませんか?」

手を止めないまま、適当に聞きながす。

「あの、お客さま。お聞きしてよろしいでしょうか?」

「今度はなんだ?」

「イエナさんの修理は、あとどのぐらいで完了する見込みでしょうか?」

「さあな。見当もつかない」

「明日午前11時からの投影には間に合うでしょうか?」

「無理だな。早くてもあと一日はかかる」

それまで俺の根気と体力が続けばの話だが。

「そうしますと、明日は、投影中止の告知をした方が、よろしいでしょうか?」

「勝手にしてくれ」

「わかりました。職務上の優先事項として登録します」

生真面目な口調で宣言したので、すこしばかり面食らった。

客を和ませるためのろくでもない会話と、解説員としての職務は、彼女の中で厳然と区分けされている、ということになるのか?

「………」

試してみる価値はあるだろう。

「喋らないでくれ。職務上の優先事項だ」

「はい。承知しました」

深々と頭を下げる。

そうだ、これこそが人間の忠実なるしもべ、ロボットというものだろう。

「ところでお客さま、わたしの見たところ、この工具はまだ使用されていませんので、そろそろご入り用かと思うのですが」

「やっぱりそう甘くはないか…」

「はい、なんでしょう?」

「いやいい。期待した俺が馬鹿だった」

「イエナさんの修理に関して、わたしにできることがありましたら、なんなりとお申しつけください。誠心誠意お手伝いしますので」

「それはわかったから、工具を勝手にいじるのはやめろ」

「はい。承知しました」

「わかったならとりあえずそのペンチを置け」

「そうしますと、この工具はまだお使いにはなりませんか?」

「自分の口でもつまんでろ」

「あの、申しわけありませんが、よく意味がわかりませんでした」

「本当はわかっててやってないか? おまえ」

「はい。それはそれとしまして、こちらの工具は、お客さまに使ってもらう機会を待っているように思えるのですが」

「…だからちゃんと人の話を聞け」

「はい、なんでしょう?」

「………」

ロボットの妨害に辟易しつつ、何枚かのレンズを磨いたその時だった。

恒星球の裏側に、レンズのはまっていないひときわ大きな穴があるのに気づいた。

端子から外されたらしい二本のコードが、穴の縁から所在なげにぶらさがっていた。

本来そこに収まるべきものは、容易に想像できた。

 

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「電球で星を映す仕組みだったと言ったな」

「はい、そのとおりです。そもそもプラネタリウムと申しますのは、古代ギリシャの発明家であるアルキメデスが…」

「この機械の電球のことを聞いている」

「はい。イエナさんの恒星投影機には、定格電力1000ワットのタングステン電球が使われています」

ダイオード球が主流の現在では、フィラメントを用いた昔ながらの電球は大変貴重なものであり…」

「その貴重な電球が見当たらないぞ」

「はい?」

小首をかしげる。かすかなマイクロモーターのうなりと共に、投影機を上から下まで几帳面に眺めわたす。

「はい。南天および北天の恒星電球がとりつけられていません」

最初から知っていたと言わんばかりに復唱した。

「電球がないのに、どうやって投影するつもりだったんだ?」

「はい。わたしも同じ疑問を覚えましたので、以前館長さんに確認したところ」

「なにも心配することはないとのことだったので、使用が変更されたのだと理解していました」

「そんなわけないだろ?」

状況を把握するためか、彼女は何秒か押し黙り、

「はい、そうですね。ただいま蓄積データベースを修正しました」

徹底的な修理が必要なのは、投影機よりもうしろ彼女の方に思われてならない。

「予備の電球はあるのか?」

「はい。ただいま4個在庫しています」

30年前の在庫が今も使えるかは相当に怪しい。先に試してみるべきだろう。

溜息をつきながら、手のひらのグリスを布切れでぬぐい落した。

「それで、電球はどこにあるんだ? このガラクタの中か?」

「はい、そちらの…」

指さそうとして、なぜか途中で動作を止めた。

首の高さを変えないまま、なめらかにこちらを振り返る。

「あの、お客さま。大変申しわけありませんが」

「あと3分で深夜0時となりますので、わたしは通常義務設定どおり、現状にてスリープモードに移行させていただきます」

さもすまなそうに、しかし有無のない口調で言った。

こちらの反応を待たず、投影機の台座からすたすたと降りる。

それから腰をかがめて最前列の椅子をおろし、ここが特等席だと言わんばかりに座り込んだ。

修理中の機械がふたつの鋼球を左右に晒す、その真ん前だ。

「起床時間は明朝9時です。それでは、おやすみなさい」

彼女は無造作に瞳を閉じた。

「待てよ、おい…」

こちらの声は届かなかったはずだ。

彼女が眠りに落ちるまで、一秒もかからなかった。

正確には、それは眠りではないのだろう。

いっさいの動作を止めた彼女は、その雰囲気を一変させていた。

呼吸による喉の上下も、睫毛の震えもない、精密で美しい等身大の人形。

薄い色の唇には、最後に浮かべたほほえみが貼りついていた。

「くそっ」

悪態をつくのは、これで何度目だろう。

工具を床に放り投げた。

きんという鋭い金属音が減衰すると、笑い出したくなるような馬鹿馬鹿しさだけが残った。

巨大な投影機を見上げる。

無数のレンズと歯車をまとった級世界の機械は、百眼を持つという賢王のように荘厳な沈黙を守っている。

封印都市のはらわれた奥、死んだように眠るロボットの道化、復活祭の出番を待つ古めかしい部品と工具の良民たち…

背中を丸めてドライバーを拾い、俺はグリスを落としに戻った。

新入りの侍従はなんと勤勉だろう。

自分を慰めずにはいられなかった。

 

 

……。