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-ノベルゲーム・タイピング-

ef - the latter tale.【14】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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04.消えない想い
 Desire where it doesn't disappear. 
 
 

……。

 

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キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。


「……ん?」


ぼやける視界。


段々とピントが合ってきて……いつもの教室の風景だとわかる。


教室。


……教室!?


がばっと身体を起こす。

 

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「お、起きたな火村」
「久瀬……?」


やたらと上機嫌な久瀬が、ぽんぽんと俺の肩を叩く。


「旅立つ前に火村の寝顔を見らえて俺はもう満足だよ」
「満足したなら、夏休みになってからと言わずに今すぐ旅立て」


ぼんやりした頭で、ようやくそれだけ言った。

まさか、この俺が授業中に居眠りしてしまうとは……。

もう4時間目が終わって、昼休みになっているようだ。


「久瀬、おまえ気づいてたんだろ?」
「当たり前じゃないか、隣に座ってて気づかないほうがどうかしてる」
「だったらなんで起こさないんだよ……」


こちらは特待生として学費を免除してもらってる身だ。

居眠りなど些細なことだろうが、学園側の心証を悪くするのはできるだけ避けたい。


「ああ、先生なら大喜びしてたよ。なんにしても、貴重なものが見られるのは気分がいいとか言って」
「なんなんだ、この学園は」


おとがめがなさそうなら、それで良しとしておくか。

今後は二度とこんな油断をするつもりはないが。


「けどさ、おまえが居眠りなんて……。なんだ、ゆうべ寝かしてもらえなかったのか?」
「ただれた生活送ってるおまえと一緒にするな」
「そういえば、昨日凪に会うとか言ってたけど……。まさか!?」

 

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すぱーん!


飛んできた上履きが、小気味いい音とともに久瀬の頭にヒットしていた。

 

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「……なんてことするんだ」


あくまで落ち着いて、久瀬が近づいてくる凪に抗議する。


「君こそなんてことを言うんだ」


凪は鋭い目つきで久瀬を睨みつける。


「僕たちのことを君に詮索される筋合いはない」

「おまえもそういう言い方はよせ」


"僕たち"なんて微妙な言い回しはいらぬ誤解を招きかねない。


「おまえ、盗み聞きしてたんだろ。良くない趣味だな」

「バカを言うな。君の声が大きいから嫌でも聞こえてきたんだ」

「ああ言えばこう言うな。ホントに可愛げのない……」

「凪に可愛げを要求するほうが間違ってるな」

「君ら……か弱い女の子をよってたかっていじめて楽しいか?」

「か弱いって……」


久瀬はなにか続けようとしたが、結局黙って凪に上履きを返した。

会話が不毛すぎる方向にむかっていることに気づいたらしい。

 

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「さてと、俺は昼メシを食う約束があるから」

「……女だな」

「だろうな」

大和撫子と食事をともにできるのもあとちょっとだからね。今のうちに楽しんでおかないと」


朗らかな顔で久瀬はそう言った。

こいつはドイツに行ったら、「ゲルマン娘は最高だ」とか言うに決まってる。


「そういえば夕も彼女ができたみたいだぞ」

 

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「ええぇっ!?」

「なんの話だっ!」


さりげない爆弾発言に、俺と久瀬はほぼ同時に反応する。


「えーと、確か……"ゆこ" とか言ったか?」

 

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「優子だっ! おまえは3文字以上の名前を認識できないのか!」

「ああ、そうそう優子。なかなか可愛らしかったな。1年生か、あの子は?」

「待て待て、1年のユウコって、もしかして美術の雨宮の妹さんのことか」

「おまえもなんですぐにそんなことがわかる?」

「そうか……雨宮先生の妹だったのか」


こいつは、本気で名字をスルーしてたみたいだし。


「たとえ学年が違っていても、あんあ可愛い子に俺がチェックを入れてないはずないだろ」

「なにを偉そうに語ってるんだ」

「じゃ、行こうか」

「どこへだよ?」

「優子ちゃんの顔を見に行くに決まってるじゃないか」

「……なぜそうなる」


誰かとメシを食うんじゃなかったのか。


「いや、正確に言うと優子ちゃんと一緒にいる火村の顔を見てみたい──だな」

「正直すぎるな、久瀬は」

「そういうところがいいと言ってくれる女の子はたくさんいるぞ」

「陰口を叩くみたいで気が引けるが、その子たちは少し人を見る目を養ったほうがいいと思う」

「つーか、おまえらちょっと黙れ」


久瀬と一緒でなくても、こっちから優子に会いに行くなんて冗談じゃない。

できればもう二度と会いたくないくらいなのに。

あいつとさえ会わなければ──

会わなければ。


「火村? なんか汗かいてるぞ」

「いや……なんでもない」

「あ」

「あ?」


凪は少し驚いたような顔で、俺を見ている。

こいつがこういう表情をするのは珍しい。


「そういえば、雨宮先生が夕を呼んでた。美術室に来てくれって」

「来てくれって……いつ行けばいいんだ?」

「今日の昼休み」

「昼休みって……今じゃねぇか!」

「そのようだな」

「……あのな」


いくらこっちが避けたいと言っても、教師からの呼び出しを無視するほど強気にも出られない。

俺は舌打ちし、久瀬と凪を置いて急いで教室を出た。

 

……。

 

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一応、軽くノックをしてから扉を開けた。


……。

 

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「雨宮先生」


雨宮は窓際に立って、かすかに入り込んでくる風を浴びながら煙草を吸っていた。

この男、喫煙癖があったのか。


「先生」
「……ああ」


もう一度呼びかけると、雨宮はようやくこちらに顔を向けた。

どういうわけか、表情にまるで覇気が感じられない。

 

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「ごめん、ごめん。気づかなかった。実はここ2日ほど寝不足でね。注意力散漫になってるらしい」
「そうですか」


悪い夢のせいでこっちを寝不足だが、この男の前で気が抜けてるところは見せたくない。

俺は背筋を伸ばして、雨宮のそばまで歩いていく。


「悪いけど、これ最後まで吸わせてもらっていいかな。まだ火を点けたばかりなんだよ」
「かまいません」

 

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雨宮は微笑んで、天井に向かって煙を吐き出す。


「職員室は禁煙だし、校内はあまり吸えるところがないんだよね。正直、授業以外でここに近づきたくないんだけど、ゆっくり煙草を吸える場所が他になくてさ」
「美術室に近づきたくない……んですか?」
「うん、ここは絵の具くさくていけない」
「はあ」


妙な返事をしてしまう。


「絵の具の匂い、嫌いなんですか?」


美術教師の台詞とも思えない。


「ああ、大嫌いだね」
「変わってますね」
「いや……絵の具の匂いに包まれてるとね、どうしても思い出してしまうから」
「なにをですか?」


雨宮は短くなった煙草を近くに置いてあった空き缶の中に捨てた。

中身がまだ少し残っていたのか、じゅっと火が消える音がした。

 

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「本気で画家になろうとしていた自分を、かな」


悔やんでいる様子は微塵もない、あっさりとした口調だった。

だから、俺はそれ以上追及しなかった。


「そうだ、休み時間にわざわざ悪かったね。お昼はもう食べたのかな?」
「いえ、俺は昼食は摂らない習慣ですから」
「君くらいの歳なら、ちゃんと3食摂ったほうがいいと思うけどね。ま、余計なお世話か」
「ええ、そのとおりです」
「火村くんは相変わらず面白いな。職員室でも評判だよ。なにをやらせてもずば抜けてるけど、性格で損をしてるんじゃないかって。アンバランスなところが面白いのにな。教師といっても、君の価値がわからない人ばかりだね」
「なんと言われても、美術部には入りませんよ」


褒められているのか微妙なところだが、一応牽制しておく。


「今日はそういう話じゃないよ。警戒しなくてもいい」


雨宮は明らかに面白がってる顔をする。


「じゃあ、どういう話です?」
「決まってる、優子のことだよ」


まあ、そうだろうなと俺は内心で頷く。


「ウチに引き取られる前に優子が施設にいたのは知ってたけど……君もそこにいたんだって?」
「はい」
「なるほどね、優子が君に妙に懐いているのが不思議だったんだ。いわゆる幼なじみってやつかな? いいねえ、幼い頃の甘酢っぱい思い出。セピア色の少年時代か。何回くらい優子と一緒に風呂に入ったの?」
「入ってませんよ!」
「え? じゃあ、結婚の約束は?」
「そんなエピソードは微塵もありませんでした」


幼なじみというものい偏見持ってないか、この男。


「勝手に盛り上がってるところ失礼ですが、俺たちは幼なじみってほど親しくなかったですよ」
「そうなの?」


俺はこくりと頷いた。


「あいつは震災の後、割とすぐに施設を出ましたから」
「ふーむ……そういえばそうだったね。火村くんは優子をどう思ってる?」
「特になんとも」


ほとんど反射的に答えてから、雨宮の質問があまりに意味ありげなことに気づいた。

完全に雨宮は教師としてではなく、優子の家族として俺と向き合っている。


「そうか……」
「施設にいた頃だって、ずっと一緒にいたわけじゃないですから。そもそも、どう思うかとか考えられないですね」


べらべらとよどみなく言葉が出てくる。

──実際のところ、優子の存在は小さくはない。


だけど、それはあいつが悪夢への扉を開けてしまう存在だからだ。

二度とのぞきたくない、意識の深い底に押し込めた悪夢を……。


「火村くん」
「はい」


雨宮は新しい煙草を取り出して火を点けた。

 

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「優子の家のことは知ってる? いや、ウチのことじゃなくて」


優子の実の家族のことか。


「いえ、ほとんど……」


昔、聞いたかもしれないがまったくと言っていいほど記憶にない。


「優子にはね、父親がいないんだ」
「……死んだってことですか」
「いや、優子の母親は妊娠したときに相手が誰なのか一切話さなかったらしいんだ。もしかしたら、本人にもわからなかったのかもしれないね」
「そんなことを俺に言われても」


いまさら、優子の生い立ちなど聞いたって……。

けど、あいつは父親を知らないのか。

俺は……少なくとも俺には両親がそろっていた。


「優子は一人っ子だったし、母親は毎日朝から夜遅くまで仕事漬けだった。よく知らないけど……コンクリートかなにかの研究者だったかな。その母親も震災で亡くなってしまった。研究室で倒れてきた棚の下敷きになったそうだよ……」
「研究室……ですか」
「そう、優子の母親はあの地震のとき家にいなかった。優子はひとりで母親の帰りを待っていたんだ。それはいつものことだったけど……。まだ小さかった優子が、燃え上がるアパートからひとりで逃げ出せたのは奇跡としか言いようがない」
「だけど、そのときにやけどを負って、そのせいであいつは……」


夏でも長袖を着なくてはならなくなったわけか。


「優子がそう言ったの?」
「はっきりとは言いませんでしたけど」
「へえ……」


雨宮はなぜか感心している。

優子は、よっぽどやけどのことを人には話していないんだろうか。


「まあ、色々あってウチが優子を引き取ることになったんだけど。ウチの父親は、優子を引き取ってすぐに海外に単身赴任になっちゃったし、母親は少し足腰が悪くてね。ほとんど寝たきりなんだ」


俺はなんでこんな話を聞かされているんだろう。


「優子は生まれてからずっと、家族にかまってもらったことがないんだよ」
「雨宮先生がいたんじゃないんですか」
「いや……」


雨宮は少し悲しそうな顔をした。


「優子を引き取った年に、教師になったからね。忙しくて、とてもじゃないけどあの子の面倒を見てる暇はなかった」


ふうー、と雨宮は煙を吐き出す。


「優子は今まで誰にも甘えたことがない」
「俺に甘えさせてやってくれ、とか言うんじゃないでしょうね」
「そこまでは言わないよ」


雨宮は微笑して、首を横に振った。

少し芝居がかった仕草に思える。


「君がどうするかは君が自分の意志で決めればいい。ただ、優子のことを知っていてほしかった」
「そういうのは、余計なお世話っていうんじゃないんですか」
「かもしれないね」


雨宮はわずかに肩をすくめた。


「お話はそれだけですか」


まだ長い煙草を缶の中に捨てて、雨宮はまた首を振る。


「実はここからが本題なんだが……」


じゃあここまではなんだったんだと問いたくなったが、こらえる。


「実は昨日、美術の課題のことで1年の女子が何人か美術室に来たらしいんだ」
「は?」
「君の口から言ってくれないかな。広野さんに、美術室で裸にならないようにって」
「…………」
「この前は、美術室の前を歩いてた女子生徒を捕まえて、いきなり『脱いでくれ』とか頼み込んだらしいし……。困ったことに、顧問の俺のところに苦情が来るんだよね。広野さんは、あまり俺のいうこと聞いてくれないからね……火村くんならもしかしてと思って」
「失礼します」
「え、ちょっと火村くん」


俺は頭を下げて、問答無用で踵を返した。

優子の話も、もちろん凪の話も俺には関係ないことだ。

昼休みは俺がのんびり過ごせる貴重な時間だというのに……。

無駄な時間を過ごしてしまった。

本当に……無駄だ。


…………。

 

……。

 

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放課後。

凪は午後の授業から姿を見せず、久瀬は約束があるといってHRが終わるとすぐに教室を出て行った。

もう教室には誰もいない。

今日はバイトもないので、いつもなら図書室で勉強でもするところだが……。

 

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カバンを開け、教科書の間に挟まっていた紙切れを取り出す。

それは、優子が飛ばした紙飛行機だ。

白い紙飛行機。

 

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赤い腕時計。

 

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すべてが失われたクリスマス……。


俺はひとり、歯噛みする。

自分が見えない糸に絡め取られたような気がしてしまう。

もう決してほどけることのない、固く絡まった糸に……。


……。

 

 

扉の向こうには、オレンジ色の光景が広がっていた。

かすかに吹く風が、熱気を払っていく。



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優子はいた。

屋上の縁に立ち、風に髪を遊ばせている。

背中を向けているあいつは、どんな顔をしているのだろう。

一歩近づこうとしたそのとき。

 

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「先輩……?」


優子がこちらを向いた。

そして──

 

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「あら?」


間抜けなつぶやきとともに、優子のヒザががくんと落ちた。


「──!」

 

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優子が少し体勢を崩しかけたその瞬間に、俺はもう走り出していた。

 

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倒れそうになった優子の手をつかみ取る。

 

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「くっ!」

 

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柵のない屋上の向こう側に落ちかけた身体を、渾身の力で引き寄せた。

どっと鈍い音がして、俺と優子の身体が屋上の床に転がる。


「つっ……」

 

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「大丈夫ですか?」


抱き合うような恰好のままで、優子が問いかけてくる。

 

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「それはこっちの台詞だ。なにしてるんだよ、おまえは」
「わたし、ちょっと体力が無くて……。たまにふら~っと倒れちゃうんですよね」
「だったら、こんなところに立ってるんじゃねえ」
「ごめんなさい……」


すぐに起き上がる気力も湧かず、俺はため息をつく。

なにを考えていやがるのか、こいつは。


「実は……」


優子はかすかな笑みを浮かべた。


「ここにいれば……また火村先輩が見つけてくれるんじゃないかと思って……」
「バカか、おまえは」
「会いたかったんです、会って話がしたかったんですよ……。自分から近づいたら叱られるからこんなことしかできなくて……」


もう一度ため息をつきたくなった。

叱られるのが怖いだなんて、まるで子供じゃないか。


「いいか、優子」
「え、はい」
「危ないことをするな」
「……はい」

 

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にっこり笑って、優子は素直に頷いた。


「でもそういう偉そうなこと言うのなら……」
「なんだよ」
「お兄ちゃんって呼んじゃいますよ」
「俺はおまえの兄貴じゃない」


こいつは茜とは違う。


俺の妹は……俺を兄と呼べるのは茜だけだ。


「それに、おまえにはちゃんと兄貴がいるだろう」


たとえ甘えることができなくても、優子の兄は雨宮なのだ。

あの美術教師も、あれでそれなりに優子のことを心配している。

だからこそ俺を呼び出したりしたのだろうし。


「先輩」
「なんだよ」
「わたし、先輩とまた会えて嬉しかった。そう言いましたよね」
「ああ、聞いたよ」
「なんでわたしが嬉しいか、わかりますか?」
「知るわけないだろう」


俺が甘えさせてくれる相手だからか、と思ったが言わない。

口に出せば、本当に優子が甘えてくるかもしれないと思ったからだ。


「先輩は鈍いなあ……本当、相変わらずですよね」
「ケンカ売ってんのか?」
「火村先輩はね」


優子はかすかに頬を染めた。

 

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「先輩は、わたしの初恋の人なんです……」


それには応えず、俺は無言で優子を押しのけて立ち上がるが──


どっと衝撃が来た。

今度は抱き合うように──ではなく、優子がしっかりと抱きついてきている。

 

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「そうですよ、わたしはあなたの妹なんかじゃありません……妹だったら、こんな風にして抱きつけません」
「優子……」
「わたしの初恋は……今もまだ終わっていないんです」


やっぱり、ただ優子は誰かに依存したいだけなんじゃないかと思う。

ずっと、人のあたたかさを知らずに来たから……。

俺はあたたかさを知っている。

茜の手のぬくもりを今でもまだ覚えている。


「夕くん……」


そうだ──


お兄ちゃんと呼ぶなと言われた幼い優子が、恐る恐る口にした呼び方。

そうだ、優子は俺をそう呼んでいた。

 

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俺は優子の背中に手を伸ばした。

彼女のあたたかさに触れてみたい。

俺はずっとずっと──失われたものを取り戻したかった。

 

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『おにいちゃんは勝手だよ』


頭の中で声が響き、手が止まる。

 

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『茜のこと忘れられないからって……その人を茜の代わりにするの?』


そうじゃない、俺はもう過去を断ち切って、前に進みたいだけなんだ。


『そんなの、ゆるさない』

 

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許されようだなんて一度だって考えたことはない。


『おにいちゃんが、茜を殺したんだよ』


あのとき、俺が逃げ出さなければ──少なくとも、茜はひとりで死なずに済んだ。

全部、わかっている。


「優子」


俺は優子の身体をそっと離す。

彼女の顔はさらに上気していた。

 

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「あのクリスマスの日、すべてが燃えたあの日に」
「先輩……?」
「明け方近くになって、火がおさまってきてから──俺は家に戻った」


生まれ育った小さな家は完全に崩れ落ちていて、そこら中からまだ細い煙が幾筋も上がっていた。


「俺は茜が寝ていた辺りの瓦礫を1つ1つどけていった。子供だったからな、全然作業は進まなかったけど」


朝が訪れても、空は雲に覆われていて太陽は姿を見せてくれなかった。


「いつまでも薄暗い空の下で──俺は見つけたよ。真っ黒に焦げた短い丸太みたいなものを──」
「先輩、もうやめてください」
「それが俺の妹だった……」


いや、それはもう茜ではなかった。

俺をお兄ちゃんと呼んでくれたあの笑顔は──もうこの世界のどこにも存在していない。

細い腕が握りこんでいた腕時計を目にした瞬間、俺はそのことを理解した……。


「先輩」
「おまえの気持ちを知ったって、俺はなにもしてやれない」


少なくとも、俺が優子の気持ちに応えることはない。

妹を見殺しにした俺に、そんな資格はありはしないのだ。


「だから優子。おまえはもう俺なんかに関わるな」
「勝手なことを言いますね。あなたがここに来たんですよ」
「……そうだったな」

俺は苦笑する。

優子との関わりを断ち切りたいのか、それとも逆なのか。

明らかに俺は、言葉と行動が矛盾している。


「わたしが忘れさせます」
「……なに?」


意志を秘めた瞳が俺を見据えている。


「わたしが、あなたの悲しい思い出を……消しますから……」

 

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彼女の髪から、芳香が漂ってくる。

不意に──優子はもう幼い子供ではないのだ、と思う。


「だから、わたしにそばにいさせてください。あなたのそばに……いたいんです」


俺はなにも答えられない。

ここではっきりと拒絶してしまえば、面倒はすべて片づくのに。


「今日はこのまま暗くなるのを待って、星を見ませんか」
「……そんな趣味はない」
「でも、綺麗なんです。ここから満点の星を見上げていると、吸い込まれそうになりますよ。たぶん、ふたりで見ればもっともっと綺麗……」

 

 

まだ頭のどこかで、茜の言葉が断続的に響いてるような気がする。

きっとあの子は俺を許してくれない。

妹はもう、美しい夜空を見上げることもできず、冷たい土の中にいるのだから。


…………。

 

……。

 

 

 

 

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05.心の向こう
 The mind over there.


人は生まれてくるときも死ぬときもひとりだという。

それは少し違うと思う。

生まれてくるときは、確かに誰もが孤独かもしれない。

だが、人がその命を終えるときには、近しい者のなにかを確実に連れて行くことになる。

火村夕の一部は、妹とともに確かに死んだのだ。

だが──俺の大部分はまだ生きている。

 

……。

 

 

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生きているから腹も減る。

1日1食の生活に慣れていても、食欲が消えるわけじゃない。

せめて朝メシくらいは食ってから登校したいもんだが……。

と、内心でぼやきながら俺は教室に向かう。


……。

 

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「夕くん」
「…………」
「おはようございます、夕くん」


俺は、当たり前のように隣に並んだ奴を睨みつける。


「朝っぱらからいきなり気が滅入った」
「なんという優しくないお言葉」


わざとらしく、驚いたような顔をする優子。

こいつ、ちょこちょこ芝居がかった仕草するな。


「仮にも年上に対してその呼び方はないだろ。ガキじゃないんだから」

 

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「同い年なら呼び捨てですよ。ちゃんとくん付けしてるじゃないですか」
「わかったからもう行け……」


そこで言葉が止まってしまう。

 

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「おまえ、なんで上履きはいてないんだ?」


なぜか、優子は靴下のままでここまで来たらしい。

夏に冬服、美術室で裸に続いて今度はこれか。

今までに比べればおとなしいものか……?

 

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「そんな問題じゃねぇよな」
「自問自答の一部だけ声に出さないでくれます?」
「ああ……。いや、おまえが妙な真似をするからだ」
「ですけど、よくすぐに気づきましたね。あの愛らしかった夕少年も、とうとう女の子の腰から下に興味がいくようになったんですね……」
「おまえこそ、独り言は聞こえないように言えよ」
「あら、めざといだけじゃなくて、耳もいいんですね」


優子はなかば本気で感心してるらしい。

だけど、そんなことで感心されても全然嬉しくないな。


……。

 

「で、それでどうしたんだ? まさか、雨宮は上履きを買う金もくれないのか?


優子は軽く笑って首を振った。


「登校してきて、下駄箱開けたら上履きが綺麗さっぱり消えて無くなってまして」

 

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「なんでまたそんなことに?」


傘ならともかく、上履きなど間違って持って行かれるとは思えない。


「う~ん……最近流行ってるストーカーとかいうやつでしょうか。上履きを盗むなんてなかなかマニアックですね」
「そういう問題だろうか……?」


俺は少し考え込むが、情報が足りない状態でどれだけ考えても無駄だろう。


「でも、意外とショックです」


さすがの優子でも上履きを盗まれたのはキツいのか。

 

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「久しぶりに再会した幼なじみが……美少女の持ち物をかすめ取るような外道に成り下がってるなんて」
「……念のために訊きたいんだが、その外道って誰のことだ?」


"美少女"へのつっこみはこの際放置しておく。


「まさかとは思いますが、匂いとかかぐためですか?」
「誰に訊いてんだよ!」


このガキ、冗談だとしても言っていいことと悪いことがあるだろうが。


「無いものは仕方ないですからね。あきらめます」
「あのな、上履きをあきらめる前に俺に謝れ」


──「いやいや、女の子に頭を下げさせちゃダメだよ」

 

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「どこから湧いて出た、久瀬」


当たり前のように、俺の横にバカが一人現れていた。

 

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「いつだって、男は許してもらう側なのさ」

「おまえら、朝っぱらから人を怒らせてそんなに楽しいか?」

「割と」

「うんうん」

「…………」


久瀬と優子は、確か初対面のはずだよな。

この息の合いっぷりはなんだ?


「あ、そうそう自己紹介が遅れたね。俺は久瀬修一。ここにおわす火村夕くんの唯一無二の親友です」


気持ちが悪いくらいの愛想を振りまきつつ、久瀬は丁寧な挨拶をした。


「あ、はじめまして。1年の雨宮優子です。なんと、火村先輩の愛の奴隷です」

「奇遇だなあ。俺も君の奴隷になりたいなあ……」

「おまえら、いいからもう帰れよ」


真面目に帰ってほしい。

 

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「それではそういうことで……」
「ご主人様が怖いので、優子は教室に参ります。お世話になりました」


会話を切り上げて優子は自分の教室に向かおうとする。


「ちょっと待て」

「はい?」

「職員室に行けばスリッパを貸してくれる。そんなので歩き回ってたらケガするぞ」


素早く言って、俺は優子に背中を向けて教室へ向かう。

久瀬と優子が何事か話し始めたようだが、振り向きはしなかった。

いったいなにをしてるんだろうか、俺は。

嫌になってしまうほど、優子の前では違う自分になっている。

どうして柄にもなく、あんな優しいことを言ってしまったんだろう。

このところ、ペースが狂いっぱなしだ……。

 

……。


教室に入ったところで久瀬が追いついてきた。

 

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「なにも先に行くことないじゃないか」
「あれ以上おまえらと会話してたら、廊下を血の海にしてしまいそうだ」
「まあ、夏だからなあ。海はいいよな」


こいつは真性の愚か者だな。

俺は呆れながら自分の席にカバンを置く。

 

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「いやー、しかし優子ちゃん可愛いなあ。近くで見たの初めてだけど、あれは1年じゃトップクラスだね。いや、学園でも5本の指に入るね」
「だったら口説いてきたらどうだ。それとももうちょっかいかけてきたのか?」
「まさか。ちょっと火村の悪口で盛り上がってきただけだよ」
「……そういうことはわざわざ言うんじゃない」


こいつと優子のことだから、本当に俺の悪口を言っていた可能性が高い。

別になにを言われようと知ったことじゃないが、黙っていろ。


「冗談はおいといて、ちょっと口説く気にはならないね」
「ほー、おまえの好みに合わなかったか」


久瀬の好みなんて知ったことじゃないが、可愛ければ見境なしだと思ってた。


「うーん」


珍しく真面目な顔になって、久瀬は首を振った。

 

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「正直なとこ、あの子は俺の手には負えないね」
「……手に負えない? どういう意味だ?」
「はてさて」


久瀬はとぼけた返事をするだけ。

こいつがこういう態度を取ったときは、どれだけ問い詰めても喋りはしない。


「……それは、まあいい。おまえ、優子にチェック入れてるとか言ってたよな?」
「うん、言ったけど?」
「だったら、あいつが何組かくらい知ってるだろ?」
「えーと、確か1年B組だな。女子出席番号2番」

 

こいつ、なんで出席番号まで……。

まさか身長体重、スリーサイズとかまで調べ上げてるんじゃねえだろうな。


「そのB組に知り合いはいるか? 男でも女でもいいけど、口の固いやつだ」
「いるよ。その子を紹介すればいいのかな?」
「頼めるか」
「他ならぬ火村からのお願いだしね。ドイツへ行く前に、おまえに友情の素晴らしさについて実感させる機会ができてうれしいよ」


久瀬が友情とかいう幻想を抱えているのはどうでもいい。

とにかく、利益をもたらしてくれるなら、この男に1年以上振り回されてきた甲斐も少しはあるというもの。

自分の行動には相変わらず疑問があるが、止められないのもまた本当のことだ。


……。


昼休みになった。

さっそく久瀬はどこかに姿を消してしまい、俺は自由な時間を手に入れた。

いつものごとく昼食は摂らないが、昼休みはのんびり過ごすことにしている。

久瀬がいなければ、静かな時間も保証されて──

 

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「夕、ちょっといいか」


そうか、こいつもいたんだ。


「なんだよ」
「ここではちょっとな……。そうだ、美術室に行こうか」
「美術室か……」


俺は渋い表情を作る。

この間みたいに、雨宮が煙草吸いに来てたら面倒なことになるんじゃないか。


「心配しなくても、雨宮先生なら今日は出張だとか言ってたぞ」
「あ、そうなのか」


そうか、雨宮だって学園で美術教えるばかりが仕事じゃないのだ。


「それじゃあ行こう」


凪は弁当箱らしい小さな包みを手に、さっさと扉に向かった。


……。


昼休みの美術室に、人の姿は皆無だった。

 

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「こんなところでメシ食いたがる奴もいないか」
「ん? なぜだ?」


凪は不思議そうな顔をして、手近な椅子を引き寄せて座った。


「理科室とかと同じで独特な匂いがするだろ」
「そうかな……? 普通だと思うが」


画家の娘として育った凪は感覚が少しズレているのだろう。

首を傾げながら、凪は弁当箱を開けた。

 

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「夕もたまには昼くらい食べたほうがいいんじゃないか?」
「大きなお世話だな」


1日1食は辛くても、死なない程度の栄養は接種している。


「じゃあ、そこで僕が食べてるところを見ているといい」
「……おまえはあっさり引き下がるところがいいよな」
「僕は直観だけで生きてるヒトなので。議論に持ち込まれると困るからな」


確かに、こいつには理屈というものはない。


「どうでもいいけど、そんなにじっと見られてると食べにくい」
「食べるところを見とけって言ったのはおまえだろ!」


理屈だけじゃなくて記憶力もゼロかよ。


「そうだったか。さすがは校内一の優等生、なかなかの記憶力だな」
「おまえがどうかしてるんだって」
「ま、どうでもいいことだな」


凪はつまらなそうに言って、箸を動かす。


「凪、おまえ俺に用があったんじゃないのか?」


「僕の昼食に付き合ってるじゃないか」
「……用ってそれかよ」


昼メシくらいひとりで食えないのか。


「そういえば、なにか久瀬と悪だくみでもしてるのか?」
「は?」
「休み時間になるたびに、久瀬がどこかに出て行って、戻ってきたら君になにか報告してただろ」
「よく見てるじゃないか」
「絵描きはなんでも観察するクセがあるんだよ」


絵描きの中でも凪は特殊な気がしないでもない。


「それで、なんなんだ? まさか久瀬に話せて、僕に話せないなんて言うのなら……」


じーっと、突き刺さってくるような視線で見つめられる。

こいつはたぶん簡単には引き下がらないだろうな……。

凪自身に理屈がないだけでなく、こちらからの理詰めの説得もまるで通じないのだ。


「大丈夫だ、自慢じゃないけど僕は口が固い」
「というか、凪の場合は言いふらすような友達がいないんだよな」

 

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「…………」


あ、肩が震えてる。


「ううううぅ……」
「ごめん、俺が悪かった」


うるうると目を潤ませる凪にぺこりと頭を下げる。

 

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「許す」


……凪は、謝ればさっさと期限を直すのがいいところだ。


「許すから、話してくれ。僕を仲間はずれにするな」
「……マジで人には言うなよ」


凪が頷くのを確認してから、俺は事情を語り始めた。

といっても、話し終わるまで3分もかからなかった。


「ふむ。つまり、久瀬に1年B組の様子を探らせている
わけだな?」
「あいつは、交友範囲広いからな。こういうときは役に立つ男だ」


もっとも、こういうときじゃないと使い物にならないとも言う。


「ふむふむ」


凪はまた頷いて、立ち上がる。


「凪?」


返事もせずに凪はまだ中身が残っている弁当箱を俺に預け、美術室を出て行った。

なんだ、あいつは。

この弁当を俺にくれた──わけじゃないよな。


………………

 

…………

 

……

 


待つこと10分。

凪は音もなく扉のところに現れ、すたすたと俺の前まで歩いてきた。


「どこ行ってたんだ、おまえ」
「ほら」


凪はさりげない仕草で、なにかを床に投げ出した。

 

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「あれ、これってもしかして?」


床に転がっているのは紛れもなく上履きで、それも女子用のものだった。


「うん、たぶんゆこちゃんのだろ」
「ゆこじゃないけど……、どこで見つけた?」


凪は椅子に座って、再び弁当を食べ始める。

他人事だが、上履きに触ったのなら手くらい洗えよと思う。


「1年B組の下駄箱の上」
「上?」
「そう、上に乗っかってた。手が届かなかったから、その辺にいた1年に踏み台になってもらって取ってきた」
「……なんでそこにあるってわかった?」
「僕も昔、上履きを無くしたことがあったんだよ」


そう言って、凪は微笑む。


……凪は、昔から友達少なかったって言ってたっけ。


全然悪い奴でもなんでもないが、学校ってところは異質なものを排除する傾向がある……。


「凪、言いにくいかもしれないけどどう思う?」
「僕が言えるのは2つ。ひとかけらの悪意も無しに、上履きをあんなところに置く輩はいないってことと、君はさっさとそれをゆこちゃんに届けてやれってことだ」


言うだけ言うと、凪は弁当箱に目を落として食べることに集中し始める。

昼メシに付き合わなくていいから、行ってこいという話らしい。

今日の凪は変に優しいのが不気味だが、今は気にしないことにしよう。


……。

 

 

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教室に優子の姿はなかった。

ぱっと見たところは平和そうなクラスに見えたが……。

何事も外面だけではわからないものだ。


「教室にいないとすると……」


あいつが居そうな場所は1つしか思いつかない。


……。

 

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と思ったが、予想に反して屋上への扉には鍵がかかっていた。


「……おかしいな」


トイレにでも行ってるのか。

あるいは、天文部の部室とか……?

廃部になったんだから、もうそんなもん無いよな。

当然ながら、俺は優子のことをほとんど知らない。

あいつの行動パターンなんて読めるわけがないんだ。


「なんかむなしいな」


わからないのは足りないからだ。

考えが、時間が、情報が。

なにもかもが全然足りていない。

もしも優子がいじめを受けていて。

それをどう受け止めているのか推測する材料すら、俺は持ち合わせていない。


「はぁ……。もう昼休み、終わっちまうな」


…………。

 

……。

 

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キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。


結局、なんだかんだで放課後になるまで優子に上履きを渡しに行けなかった。

まあ、あいつもスリッパを借りただろうから、慌てることもない。

 

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「ときに火村よ」
「なんだよ」


隣の席から声がかかる。


「ただでさえ普段から人殺しみたいな顔してるのに、今日は一段と凶相に磨きがかかってるぞ」
「おまえは男の顔にまで興味を持つようになったのか?」
「例の件、そんなに深刻な話なのか?」
「は? 例の件?」


俺は首を傾げる。


「優子ちゃんの教室での様子を調べろって言ったのはおまえだろ」


小声で久瀬はささやいてくる。


「ああ、言い忘れてた。その件はこっちで確認できたんだ」


上履きを隠すなんて幼稚きわまるが、この学園に子供はいないのが問題だ。

優子が学園に訴え出ても、"軽いいたずら"で済まされる程度のいじめを繰り返すつもりなのではないか。


「待てよ。じゃあ、俺は?」
「おまえ、もういいや」
「なにぃーっ! ヤブヘビにならないように散々苦労したのに……俺の努力はいったい」
「努力は必ず報われるってものでもない。人生の厳しさを知れて良かったじゃないか」
「……いい性格してるよな、相変わらず」
「おまえにだけは言われたくねえよ」


俺は会話を打ち切って立ち上がる。


……。

 

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いつも思うのだが、1年生の階は、2年3年の階と比べると微妙に騒がしい気がする。

音羽は県内でも指折りの進学校であり、無邪気に騒いていられるのも1年生の内だけなのだから当然か。

ずっと勉強と生活に追われてきた俺にはそんな無邪気な時代は無かったけどな……。


……。

 

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「…………」


1年B組の教室の前を素通りしてしまう。

 

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考えてみると。

どうやって優子に上履きを渡せばいいんだ?

まさか1年の教室に乗り込んでいくわけにもいかないし、優子を呼び出すというのも論外だろう。

仕方ない。

それこそストーカーくさいが、優子が教室から出てくるのを待つか。

 

………………

 

…………

 

……

 

 

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20分経過。

優子は出てこない。

もしかして、出てきたのを見落としてしまったのか。

さっき教室の前を通ったときには、確かに優子の姿がちらりと見えたのに。


「しょうがないな」


つぶやいてからもう一度B組の教室に向かう。

 

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教室はがらんとしていた。

窓から風が吹き込んできていて、廊下よりも涼しい。



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俺は教室に一歩踏み込んだ。


「あら?」


教室でひとり、椅子に座ってぼーっとしていた優子が顔を上げてこちらを見た。

 

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「火村先輩、教室間違えてますよ?」
「バカ言ってるんじゃない。ひとりでなにやってるんだ、おまえ」
「放課後の教室でひとりたたずむ少女。なかなか絵になるでしょ?」

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優子はにっこりと微笑む。


「そんな演出、面白くねえよ」


俺は素っ気なく言って、ビニール袋に入れておいた上履きを床に放り出す。

 

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「…………」


優子はじっと上履きを見つめてから、小さく首を傾げた。

 

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「やっぱり火村先輩が犯人だったんですね……」
「違うって言ってるだろ! しつこいぞ!」

 

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「冗談っすよ先輩ー」
「誰だよ、おまえは」
「あは、わざわざ探してきてくれたんですね。ありがとうございます」


優子は小さく笑って、スリッパから上履きに履き替える。

 

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「あらぴったり。これで王子様と結婚できますね」
「……自分ではなにもせずに、幸せにしてくれる誰かを待つことをシンデレラ・コンプレックスって呼ぶらしいぞ」
「へー、先輩は物知りですね」


からかうような優子の言葉に、俺は肩をすくめる。

そのとき、優子の机の上になぜか教科書が積まれていることに気づいた。


「なんだ、居残りで勉強してたのか」

 

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俺はなにげなく教科書を手にとってぱらぱらとめくってみる。


「…………おい」
「なかなか面白いでしょ?」


優子はにこにこ笑っているが……これはシャレになっていない。

 

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教科書のあちこちに、黒マジックや赤ペンでわけのわからないキャラクターや記号のようなものが書き込まれている。


「クソ野郎どもめ……」
「口が悪くなりましたね……昔もかなりのものでしたけど」
「なにを落ち着いてるんだよ、おまえは」


なんだか優子にまで腹が立ってきた。


「くだらねえことしやがるバカがいるんだな」


俺は乱暴に教科書を閉じる。

これ以上見てたら教科書を引き裂きたくなってしまいそうだ。


「少し不思議なんですけど……」
「あ?」


思わず声を荒げてしまったが、優子は小さく笑っただけで受け流した。


「どうして火村先輩が怒ってるんです? もしかして、わたしを愛するがゆえに?」
「今はおまえの冗談に付き合う気分じゃねぇ」
「わたしにとってはいつものことですからね……冗談の1つも出るというものですよ」
「いつものことだと……?」

聞き捨てならないことを言っている。

俺もこれが最初じゃないとは思っていたが……やはりそうなのか。


「そんなにハードじゃないですよ。行ってみれば、ミディアムいじめ」


優子はあくまでさばさばしている。


「いじめにミディアムもウェルダンもあるかよ」


呆れたものだ。


「いつからなんだよ?」

 

優子は俺から視線を外して考え込み始める。

やはり、その表情にはまるで翳りが見られない。


「比較的最近ですね。でも、入学した頃から割と無視されがちだったんですよ」
「なんでそんなことになる?」
「ちょっとね……友達を作るタイミングを逃しちゃったら今日までズルズルと。攻撃が始まったのは、衣替えの後からですけどね」


一人だけこの格好では、浮いてしまうのも当然かもしれないが……。


「不気味だとか、魔女っぽいとか言われて……少しはお話する人もいたのに、もう今じゃ教室で"ぽっつーん"って感じです」
「だけど、なんでいじめにまで発展するんだよ」


優子は少し困ったような顔をする。


「さあ? ま、彼女たちも色々悩んだり立ち止まりそうになったりする年頃でしょうし、ストレス解消したいのでは。わたしみたいな、孤立無援の儚げな女の子は絶好のサンドバックに見えるんじゃないでしょうかね」


まるで──いや、完全に他人事のようだ……。

幼稚ないやがらせとはいっても、気にしなければ済むというレベルでもないのに。


……。

 

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くだらないこと。

ごくありふれたこと。

もちろん、俺にはなんの関係もないことだ。

たとえ優子がどんな目に遭っていようと、俺が関わるべきことじゃない。

 

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『わたしが、あなたの悲しい思い出を……消しますから……』


あんな言葉は信じちゃいない。


──死んだ子の歳を数えるなという。


取り返しのつかないことを悔やんでも仕方ない。

それくらいは誰だってわかっている。

わかっていても数えずにいられるものか。

この言葉を考えた奴は、身近な子供を失った悲しみを知らないんだろう。

もしくはよほどの冷血漢かだ。


「火村先輩ーっ、お待たせしました!」


優子の声が聞こえても、俺はそっぽを向いたまま。

もしも茜が生きていたら、今頃どんな女の子になっていただろう──

茜と同い年の優子を見て、それを考えずにいられるはずがない。

俺のような男でもそう思う。

優子は俺の思い出を消すどころか、さらに鮮明にしてしまうだろう。

 

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「ん? なんですか、そんな怖い顔して」
「これは生まれつきだ」


素っ気なく言って、俺は優子の前を歩き出す。

どうしても優子に甘くなってしまう自分が嫌で、目を合わせていられない。


「……? なにしてんだ、おまえがうるさいからこうして一緒に帰って……」


優子がついてくる気配がしないので、やむをえずに振り返る。


「……なんだそれは」
「よっぽどわたしの靴に恨みがあるみたいですね」


なにげなくそう言った優子は、ぼろぼろになった靴を手に持っている。

足下は上履きのままだ。

 

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「ずいぶん念入りです。神経の細かい人がいるもんですね」
「ちょっと貸せ」


返事を待たずに、俺は優子の手から靴をひったくった。


「……ずたずただな。刃物か」
「これを素手で切り裂けるような人はあまりいないでしょうね。いたら一度やって見せてほしいくらいです」


こいつ、笑ってやがる……。


「行くぞ」
「はい? どこへです?」
「おまえ、さっき"彼女たち"はストレスがたまってるとか言ったよな。犯人の見当、ついてるんだろう」
「あはは、先輩の前ではうかつなこと言えませんね」


優子は笑顔を消さずに、小さく首を振った。


「どうでもいいので放っておきましょう」
「よくねえよ。これはさすがに悪質すぎる」
「ですから、先輩が怒ることじゃないですよ。どうしてそんなに気にするんです?」


俺は優子を睨みつけた。


「薄汚いからだ」


この薄汚さを見逃せば、自分までそういう人間に成り下がってしまう。

たぶん、俺はそんな風に考えているのだ。


「この程度は可愛いものですよ」
「なにを基準にそう言ってるんだ」


俺は怒りを抑えて問いただす。

わざわざ刃物など使うあたり、当事者ではない俺でもぞっとする。

優子は少し考えてから、口を開いた。


「だって……。人間ってそういうものでしょう?」

 

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そして、俺から靴を取り返すと、それをぶらぶらさせながら歩き出した。


──同情されるのが嫌なのか。


それとも、本当になんとも思っていないのか。

優子の心は見えない。

見えるのはただ俺の心だけ。

優子への悪意を持った誰かへの怒りだけ──


「あ、そうだ」


彼女はぴたりと立ち止まり、こちらを向いた。

口元になにか企んでるような笑みが浮かんでいる。

 

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「先輩、ちょっとしたお願いがあるんですけど」


…………。

 

……。

 

 

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06.彼女のせつな
 Her moment.

 

……。

 

 

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日曜日の正午近く。

照りつけてくる太陽の下で、俺はひとり立ちつくしていた。

気温は止まることなく上昇し続け、なまぬるい風がひどく不快だ。


「遅ぇ……」


俺は腕時計を見た。

約束の時間を既に15分も過ぎている。

もし相手が久瀬あたりだったらとっくに帰っているところだ。

などと思っていると。

 

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「火村先輩ーっ、お待たせしましたーっ」
「遅ぇよ」

 

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小走りにやってきた優子を睨みつける。

当然といえば当然だが、私服でもこいつは長袖だ。


「ごめんなさい、道が混んでいて……」
「そのボケも面白くねぇし」
「お笑いって難しい……」


なにをぬかしてるんだ、こいつは。

 

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「ごめんなさい、ホントは寝坊です。実はなかなか寝つけなくて、眠ったのが朝方だったりして」
「そんなことだろうと思った」
「緊張してたのかなー。意外と可愛いとこあるでしょう?」
「なめてんのか、おまえ」

 

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「遅れたお詫びに、少しくらいならどこかお好きなところをなめてもいいですが……」
「おまえなあ……」


賭けてもいいが、こいつは全然反省していない。

人の貴重な時間を奪っておいて……。


「うーん……それにしても……うわぁ」
「なにをぶつぶつ言ってる?」
「ちょっと感動してるんですよ。先輩と日曜にふたりっきりで会えるなんて……なんか、嘘みたいですね」
「…………」


感動するようなことではないし、嘘でもない。

こいつの思考回路はいったいどういう構造になっているんだろう。


「おまえの戯れ言でこれ以上時間を無駄遣いしたくない。さっさと行くぞ」
「まずはお昼ごはんからですよ」
「……なんだと?」


俺は歩き出そうとした足を止める。


「靴を買うのに付き合えっていう話だっただろうが」
「なんのために待ち合わせをこの時間にしたと思ってるんです」


優子はあくまでしれっとした顔のままだ。


……このクソったれな状況はどうしたことだろう。

ほんの2日前、優子の靴が切り裂かれたあの日。

彼女の"お願い"というのは、新しい靴を買いたいから付き合ってほしいというものだった。

そんなことに付き合う義理などまるっきり無い。

無いのだが……。

 

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『凪さんには付き合えて、わたしはダメなんですか……。やっぱりあの人と特別な関係なんですね……。夕くんってもう大人……』


などなど、じわじわと俺を追いつめる発言が次々に繰り出され、根負けする形で同行をOKしたのだ。


「メシに付き合うなんて一言もいってねぇし……。前にも言わなかったか? 俺は昼メシは食わないんだよ」
「わたしは食べますよ」


優子は満面の笑顔を俺に向けてくる。

どうして俺はこいつのペースに巻き込まれているのだろう……。

 

……。

 

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しかもよりによってここかよ。

優子が選んだのは、なんと俺がバイトしている喫茶店だった。

 

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「前から一度入ってみたかったんですよ。なかなかいい感じのお店ですよね」
「あーそうかよ」


マスターが含みのありそうな笑みを浮かべていたのが気になる。

今日は夕方からシフトが入ってるっていうのに……どんな顔して来ればいいんだ?


「先輩もやっぱりなにか食べたほうがいいですよ」
「……そうだな」


なんかもうどうでもよくなってきた。

いつもなら、日曜は午前中に洗濯や掃除を片づけた後、夕方のバイトまでじっくり勉強に打ち込むことにしている。

だが、その貴重な時間を使って、俺はこんなところにいる。

どうせバカげてるなら、もう今日という日はせいぜいバカをやるか。

俺はカレーとサラダを、優子はサンドウィッチとアイスコーヒーを注文した。


「ところで、前から訊きたかったんですけど」
「ん?」


俺は水を口に含みながら答えた。


「先輩がお昼を食べないっていうのは、やっぱりその……」
「金が無いからだよ」


隠しても仕方ないことなので正直に言う。


「食費が一番削りやすいんでな。ま、死なない程度に食ってりゃいいんだよ」
「でも……」


優子は心配そうな顔をする。


「そりゃまったく金が無いわけじゃねぇけどさ、学資を積み立てとかしなきゃいけないからな」
「火村先輩は進学するんですか」
「ああ」


俺は頷く。

色々と可能性を模索してみたけれど、この頭を使って生きていくのが一番だと判断した。


「……上に行きたいんだよ」
「上、ですか」
「全部燃え尽きて、なにもかも無くなった。どん底にいるんだから、上を目指すくらいしかやることねぇだろ」
「……そうですね」


優子はこくりと頷いた。


「やっぱり火村先輩は凄いですよ。どんな逆境にいてもへこたれないんだから。辛かったり苦しかったり……そういうときにこそ、人の本当の強さって現れるんですね」
「そうじゃねぇよ」


守るべきものがなにもないから──

攻撃だけに徹することができる。

落っこちたときに誰かを巻き添えにすることもないから、ひたすら上だけを目指せるのだ。

多少やけくそじみてることは自分でもわかっている。


「でも、ちょっと……」


優子はなにやら言いよどんでいる。


「なんだよ」
「もう絵は描かないんですか?」
「……なんだ、おまえはやっぱり雨宮……先生の回し者か」
「まさか、違いますよ」
「誰に言われようが、俺は絵なんぞ描くつもりは毛頭ない」
「だから違いますよ……心外ですね」


本当にそんなつもりはないらしく、優子はかなりむきになっている。

まあ、あの雨宮もそんな搦め手を使うような策士ではなさそうだしな。


「ただわたしは、火村先輩が描く絵が好きでしたから……。先輩の絵は凄かったですよね。施設の子供の中で、大人よりも上手なのは火村先輩だけでしたよ」
「あれはガキの遊びだ。遊びじゃ食っていけないだろ」


もうこの話は終わりだと言う代わりに、俺はそっぽを向いた。

ちょうどマスターが注文の品を運んでくるのが見えた。


……。


食事を終えて喫茶店を出ると、また不快な熱気に襲われる。

 

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ところが、隣を歩く優子は当たり前のように汗1つかいていない。

特異体質なんだろうか……。


「本当におごっていただいてよかったんですか?」
「いらんこと気にしなくていい」


こっちにも男のプライドというものがある。


「それでは、ごちそうさまでしたということで」
「ああ」


2日くらいメシを抜く必要があるな、これは。


「では、そろそろ靴を買いにいきましょうか」
「ああ、さっさと済ませよう」
「ちなみにわたしも女の子のはしくれですので、お買い物は長いですよ♪」
「…………」


………………

 

…………

 

……

 

「やっぱり新品はいいですね」
「まだ履き慣れないだろ」
「ぴかぴかなのがいいんですよ」
「ガキかよ、おまえは」


優子はさっそく新しい靴を履いて歩いている。

ちなみに、ついさっきまでは少しサイズが合わなくなった古い靴を引っ張り出して履いていたのだ。

なんでそんな靴をずっと待っていたのかも謎だが……。


「しかし、散々悩んだ挙げ句、それかよ」


優子は、切り裂かれた靴とまったく同じものを買ったのだ。


「いいじゃないですか、これが気に入ってるんですし」
「それに、けっこう安物じゃねえか」

 

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「また被害に遭わないとも限りませんから。高い物買うのはちょっとためらわれます」


なぜか、にこにこと優子は嬉しそうだ。


「……本当に犯人どもシメなくていいのか」
「火村先輩に脅されたら一生のトラウマになりますよ。それはあまりに気の毒です」
「なんか、おまえをシメたくなってきた」
「きゃーっ、とうとう先輩にまでいじめられちゃうんですね!」


俺にはやっぱり理解できない。

やられっぱなしで、抵抗しようともしないなんて。


「優子、それがおまえの生き方なのか? 嫌なことがあっても笑ってごまかす。自分をごまかして辛くないフリをする。本当にそれでいいのかよ?」
「いいも悪いもないでしょう」


微笑みを浮かべたまま、優子はきっぱりと言い切った。


「王子様と結婚して幸せになったシンデレラは、継母(ままはは)たちに復讐したでしょうか?」
「……知らねえよ。おとぎ話に興味はないんでな」
「いいんですよ、わたしは。憧れの先輩と日曜日にデート。今が楽しいから、いいんです」
「ずいぶんと刹那的だな。……ん?」


こいつ、今さりげなく変なこと言ったよな。


「ちょっと待て、これはデートじゃねえぞ!」
「もう手遅れです。わたしはデートだと思ってますからね」
「てめえ、勝手なことを……」


そこで、優子は小さく首を傾げた。


「ときに火村先輩」
「そろそろおまえは黙れよ」
「もしかして、先輩もこれが初デートだったりします?」
「なんでそんなことをおまえに言わなきゃいけないんだよ」
「初めてなんですね……」
「なにも言ってねぇぞ」
「よかった、嬉しいな。初めて同士、大事な記念日になりますね」
「……勝手に言ってろ」


だいたい、これはデートなんかじゃない。

ガキのわがままに付き合っているだけだ。

それ以上の意味はありはしない。


「実は、付き合ってほしいところがあるんですけど」
「てめえ、本当の目的はなんだ?」
「目的? そんなものありませんよ。乙女心は複雑なので、自分でもなにがなんだかわからないのです」


それは確かに厄介なことだろうが。

一番の災難は、それに付き合わされる俺だろう。

施設に入ってから、毎日耳にしていたのは教会の鐘と、子供たちのすすり泣く声。

泣いたってどうにもならないのに。

そんなこともわからないのかと、俺はいつも腹立たしかった。

だが──

 

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「うわー。変わってませんね、ここ」


あの頃、俺が抱えていた怒りは誰に向けられていたのか。


「あ、でも少し建物が小さくなったような……わたしが大きくなったんですよね」


本当は泣くこともできない自分への怒り。

そして、ひとりだけのうのうと生き残った自分への──


「あら? わたし、なにか怒らせるようなこと言いました?」
「いまさらこんなところに来る羽目になったんだ。不機嫌にもなるさ」
「そう言わないでくださいよ」


優子は申し訳なさそうに微笑む。


「わたし、ずっとここに来たかったんですから」
「来ればよかっただろ。教会は別に立ち入り禁止じゃない」
「なかなかそういうわけにもいかなかったんですよ」


こいつもそれなりに、施設に残った俺たちに気を遣っていたようだな。


「おまえ、施設のほうに顔出してみるか?」
「……それはやめておきましょう。先輩もそこまでは付き合ってくれないんでしょ?」
「当たり前だ」


俺にとって、施設は唯一のホームと言える存在だ。

だけどもう、帰れる場所じゃない。

上を目指すために施設を出て、まだなにも成し遂げていないのに、かつての仲間や先生たちに会えるものか。


「それより、礼拝堂の中って勝手に入っていいんでしょうか」
「ああ、それは問題ないはずだ──ん?」


教会の扉に向かいかけたところで、足になにかが当たった。

俺はしゃがみこんで、それを拾う。

 

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「あら? ボールですね。施設の子のものか。道路のほうで遊ぶなって言われてるはずなのに。先生たちの言うことを聞かない子が今でもいるんですね」


優子は笑いをこらえるような顔をしている。


「なにが言いたい?」

 

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「わたしが施設にいた頃は、勝手に抜け出す常習犯がいたんですよ」


そういって、くすくすと優子は笑いだした。

そう、昔は──

震災直後の施設の陰鬱な空気には耐えられなかった。

だから俺は復興中の街に出ては、広告の裏などに街並をスケッチしていた。

拙い絵ではあったけれど、それを見せると異様なくらいに喜ぶ女の子がいたな……。

 

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「でも、そのボールって見覚えがあるような……」


俺は手の中でくるくるとボールを回してみる。


「名前が書いてあるな、かすれてて全然読めねえけど」
「あら、やっぱり。それ、"ゆうこ"って書いてあるんですよ」
「施設の物に自分の名前を書くとは、昔からいい度胸してたんだな」
「それほどでもないですよ」


褒めてるんじゃねえよ。


「わたしなんか可愛いものですよ。ほら慎治くんなんか、壁一面に落書きして叱られてたじゃないですか」
「慎治か。そうだな、あいつはいつもバカばかりやってたな」
「あ、そういえば彼はどうしてます? やっぱりあの後で施設を出たんですか?」
「出たけど、死んだらしい」
「……え?」


優子の顔が笑顔のまま凍りつく。


「慎治だけじゃない。おまえも知ってる何人かが死んでるよ」
「死んだって……。ど、どうしてですか?」
「さあね。俺はよく知らない」


里親に引き取られた者たち、施設で育った者たち。

どちらも何人かが既にこの世を去っている。

施設の先生たちは、死んだということ以上はなにも教えてくれなかった。

だけどおそらく、彼らのほとんどは病気や事故で死んだんじゃないと思う。

 

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「もしかして、その人たちは……」
「だから知らないって言ってるだろう」


ただ、推測することはできる。

俺も彼らも、かつて大事なものをことごとく奪われてしまった。

その心の傷は、いつまでも癒えることがなく、見えない血を流し続けて──


「死んだ奴らは、生きることが悲しくなっちまったのかもしれないな」


……。

 

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思い返してみれば、礼拝堂に入ったことは数えるほどしかない。

この中で遊んではいけないとキツく戒められていたからだ。


「ん? 誰かいるな……」



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祭壇の前に一人の男が立っている。

お祈りでもしてるんなら、邪魔をしないほうがいいが……。


「おや」

「兄さん……?」


俺の後ろで、優子が驚いたような声を出した。


「なんで雨宮……先生が」


そういう俺も充分に驚いている。

雨宮が信心深いタチだとはまったくもって知らなかった。


「優子が珍しく日曜に出かけるなんて言い出したから、なにかと思えば……。なるほど、なるほど」


にやにやと嬉しそうに雨宮は笑っている。


「雨宮先生、変な誤解をしてませんか」

「うんうん、見なかったことにしてあげよう」

「そんな必要はありませんよ」

「まあまあ、そうむきにならなくても、若いっていうのはいいね」


この野郎……。


「雨宮先生こそなにしてるんですか。クリスチャンだとは知りませんでしたよ」

「え? ああ」


雨宮は少し驚いた顔をしてから頷いた。


「俺じゃなくて、妹がね……」

 

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「妹……?」


俺の隣でなんだかばつの悪そうな顔をしている優子に目を向ける。

こいつこそ、信心なんぞかけらも持ち合わせてないと思うが。

 

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「ま、ここでデートっていうのはどうかと思うけど、見逃してあげるから」

 

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「だから違いますって──」


雨宮は笑ったまま、ぽんぽんと俺の肩を叩く。


「日村くん、ちょっと耳を拝借」

「?」


頭を嫌な予感がかすめつつ、俺は言われたとおりに耳を雨宮に向けた。

 

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「もしかして、もう優子と不純異性交遊したの?」

「あ、あんたなあ……」


俺は呆れつつ、雨宮をぎろりと睨みつける。


「あはははは」

「あの、なんの話を?」

「おまえは向こうに行ってろ」

「そうそう、男同士の内緒話だから」


雨宮は再び顔を寄せてくる。


「やるなって言っても無理だろうから、忠告だけさせてもらおうかな」

「だから別に俺は……」


優子もそうだが、この男も人の話を右から左に流してやがる。

雨宮は仮にも教師であるはずだが、音羽学園もろくでもない人材飼ってるな。


「もしも優子を自分のものにしたいのなら」


すうっとにわかに雨宮の目が真剣みを帯びる。

なんだ、この目は──


学園では一度も見せたことのない、鋭すぎるほどの目。

 

「もっとも大事なのは──覚悟だよ」

「覚悟……?」

「覚悟も無しに、優子に触れたら君はきっと後悔するよ」

「……俺にはそんなつもりはありませんよ」

「どんなつもりだろうと、君はもう踏み出してるみたいに見えるけどね」


また雨宮はぽん、と俺の肩を叩く。

 

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雨宮の顔から真剣な表情が一瞬にして消え、いつものすっとぼけた美術教師に戻った。


「あ、そうだ」

「まだなんかあるんですか」

「君だけじゃなくて優子の問題でもあるんだけど」


蚊帳の外に置かれていた優子がこちらに寄ってくる。

雨宮はにやりと笑って──


「避妊は忘れないようにね」

「兄さんっ!」

「…………」


なんか本気で殺意が湧いてきたぞ……。


「じゃ、そういうことだから。俺は人と会う約束があるんで失礼するよ。人の恋路を邪魔する趣味もないしね」

「さっさと行ってください」

 

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ひらひらと手を振り、軽薄な笑顔を見せて雨宮は教会から出て行った。


「なに考えてるんだ、あの人は」


俺は今、自分の行動の正しさを確認している。

本当、美術部に入らなくてよかった。

凪に加えてあんな顧問がいるんじゃ、俺は今頃胃か神経をやられていたかも。

 

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「火村先輩、すいません……」
「おまえが謝ってどうするんだ」


むしろ、毎日雨宮と一つ屋根の下で暮らしている優子に少し同情する。


「だけど、おまえが宗教信じてたとはな」
「いえ、違いますよ」
「え? だって、さっき雨宮が──」


妹が信者だとかなんとか。


──待てよ。


考えてみりゃ、そんなの雨宮が教会にいる理由になってないな。


「兄さんも火村先輩と同じなんですよ」
「同じ?」


俺とあの男のどこが……。

優子は寂しそうに微笑んだ。


「兄さんもあの震災で妹さんを亡くしてるんです」
「…………」


音羽の街では震災で身内を失った物なんて、珍しくもない。

だが……あの雨宮も妹を失っているのか。


「兄さんの本当の妹さんは敬虔(けいけん)なクリスチャンだったらしいです。きっと、教会にも何度も足を運んでいたんでしょう」
「雨宮は……」
「あの人、今も妹さんの思い出から離れられないんでしょうね……」


いつまでも過去に囚われている男。

 

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俺と、同じなのか──

 

…………。


……。

 

 

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やれやれ、今日も忙しかった。

バイト先の喫茶店はピラフやパスタもなかなか人気が高く、夕食時に店を訪れる客が多いのだ。


「あーあ……」


昼間歩き回った後でのバイトは思いのほかキツかった。

いや、肉体的な疲労ではないのかもしれない……。


──「辛気くさい顔をしてるな」


いきなり暗闇の向こうから声が投げかけられた。

 

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続いて、制服姿の少女が姿を現す。


「凪。なんだおまえ。待ち伏せか?」
待ち伏せとは、あまりいい言葉じゃないな。ただ僕は君に会いにきただけなのに」
「どうかしたのか」


仮にも女の子である凪がこんな時間に夜道をうろついてるのはおかしい。

凪は元々、おかしなところだらけだけれど。


「まあ、立ち話もなんだ。君の家はこの近くなんだろ?」
「よく知ってるじゃないか」
「去年、年賀状を出したからな。夕は返事をくれなかったけど」
「葉書だってタダじゃねえんだよ」


ぶっきらぼうに言い、俺は我が家に向かう。

当然のように凪も後ろをついてきた。


「本気でウチに来るのかよ」

 

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「僕との間に間違いでも起こると思ってるのか? それとも期待してる?」
「間違ってるのはおまえの頭ん中だ」


……。

 

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凪は平然とした顔で俺の正面に座っている。

俺が信用されてるのか、こいつが並はずれて警戒心が薄いのか。

なんにしても、気を遣わなくて済むのは助かる。


「ところで、お茶は出ないのか?」
「悪いが、我が家に水以外の飲み物はない」
「……ホントは全然悪いと思ってないだろう?」
「さすがにわかっているな」


こういうどうでもいい会話が今は心地良い。

やはり、俺には凪や久瀬のほうがよっぽど付き合いやすいな。


「しかし、本当に殺風景な部屋だな。まるで監獄のようだ」
「監獄にいたことがあるのか?」
「僕は君と違って、善行を積み重ねてきてるのでね」


おそらく、凪は本気でそう信じ込んでいる。

まったくもっておめでたい……。


「ん? なんでおまえ制服なんだ?」
「僕は休日でも制服だよ。というか、ほとんど私服は着ない」
「家に帰っても着替えないのかよ」
「面倒くさい」


なんてわかりやすい理由だ。


「どうでもいいが……」
「ん」
「風呂に入ったあとはどうするんだ?」
「なにも着ない。お風呂のあとは髪を乾かして寝るだけだからな」


だと思ったよ。

凪の親父さんや弟はさぞ困惑してることだろう。


「もしかして、ウチに泊まりに来たいのか?」
「んなこと一言も言ってねえ!」
「そうか、その気になったらいつでも言ってくれ。部屋は余ってるから、ウチに居候してもいいくらいだぞ」
「それは謹んで遠慮しておく……」


たとえ飢え死に寸前でも誰かの世話になるのはごめんだ。


「実はな、夕」
「なんだ、やっぱり話があるのか」
「雨宮先生が僕の家に来たんだ」
「雨宮が?」
「ああ、正確には僕の父に会いに来たんだけど」
「凪の親父さんって、雨宮と知り合いなのか」
「父上は昔、自宅で絵画教室を開いてたんだ。困ったことに教えたがりな性分でね」
「へぇ」
「その絵画教室の生徒だったんだ、雨宮先生は」
「それで、今でもたまにおまえん家に遊びに行ったりしてるわけか」
「付き合いはずっと続いてるな。雨宮先生を音羽の美術教師に推薦したのは父上なんだよ。父上は音羽の理事とも知り合いらしいから」
「雨宮はずいぶん、凪の親父さんに可愛がられてるんだな」
「というより、雨宮先生の才能を買ってる──と思う」
「あれ? あいつって、そんなに才能あるのか?」
「え?」


突然、凪は目を丸くした。

なにか、俺はよっぽど妙なことを言ったらしい。


「それもそうか……。夕はそっちにまるで興味がないものな。本当に知らないんだ」
「悪かったな、無知で」
「雨宮先生は並じゃないぞ。学生の時分に絵画だのデザインだのの賞を獲りまくったらしい。それこそ、ウチの父上より名が売れていてもおかしくないくらいだ」
「そんなにすごいのか、あいつ」
「ま、あの震災の後は1枚も描いてないらしいけど」


絵描きになりたかった──

確か、美術室で雨宮はそんなことを言っていた。

その夢に手が届きかけていた──いや、届いていたはずなのにそれを捨ててしまったのは。

 

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『兄さんもあの震災で妹さんを亡くしてるんです』


やはり、そこに理由があるのだろうか。


「……雨宮も筋金入りのバカらしいな」
「なにか言ったか?」
「いや、なんでも」
「というか、僕はなんの話をしてたんだっけ?」
「俺が知るかよ」


雨宮が凪の家を訪ねたことと、凪がこうして俺のところにやってくることの間にどんな因果関係があるというのか。


「もういい、なんか話し疲れた。帰る」


あきらめやがった。

まあ、俺としてもさっさと帰ってくれたほうがありがたい。


「…………」


と言いつつも、凪は立ち上がろうとしない。


「おい、凪」
「雨宮先生が……」
「雨宮が?」

 

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「君とゆこちゃんがデートしてたって言ってたんだが、それは本当なのか。いや、別に僕に言うことじゃないけど、気になるだろう。仮にも僕らは友達なんだから──」
「あのな、もっとゆっくりしゃべれ」


いくら俺の頭の回転が少々速くてもついていけない。

 

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「ああ、悪かった……」


今度はあからさまに落ち込んでる。


「デートじゃなくて買い物だ。いつもおまえが俺を連れ回してるのと変わらないよ。雨宮と会ってすぐに優子とも別れたしな」
「なんだ、そうだったのか……。雨宮先生があまりに意味ありげな顔をしてたから……」


あの野郎。

見なかったことにするとか言ってたくせに、あっさりと凪にしゃべってるじゃねえか。

「だいたい、なんで凪がそんなことを気にするんだよ。どうでもいいことだろ」
「君のことが嫌いになりそうだ」
「は?」


全然会話が噛み合っていない。

困惑する俺を睨みつけてから、凪は立ち上がった。

 

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そして、そのままなにも言わずに部屋を出て行ってしまう。


「なんだったんだ」


やはり今夜の凪はいつもの3割増しくらいでおかしかったと思う。

まあ、たぶん明日の朝にはいつもどおりの凪になっているだろうが。


「ふう……」

 

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俺は床に寝ころぶ。

凪のことは置いておいて、雨宮のことは気になるな……。

天才的な絵描きだった男。

震災後は一度も作品を発表せず、覇気に欠ける美術教師として日々を送っている男。


「あいつにも妹がいた……」


妹を失ったことと、絵を描かなくなったことはおそらく無関係ではないだろう。

あの震災は多くの人間の生き方を変えてしまった。

近しい者の死は、やはり生きた人間からもなにかを奪っていくのだ。

心に生じた隙間を埋められるか。

埋める必要があるのか。


「優子……」

 

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俺は、優子に期待しているのか。

いったい──なにを?


……。