ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【3】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


--------------------

 




──部屋の電話が鳴る……。


「な、なんだ……? なんで電話が……」


外が暗い。

まだ時刻は朝の4時だった。


「まさか、麗華お嬢さまのお出かけか?」


コンビニにカップ麺でも買いに行く気だろうか。


「出る出る……出るっての。あい、もしもし……」
『起こすの成功』


正気ですか、メイド長よ。

まさかこれが仕返しか?

紳士であるオレも、さすがにぶち切れそうだぜ。


「寝るぞコラ」


もぞもぞと布団の中に潜る。


…………。

 

……。

 

──部屋の電話が鳴る。

 



「ぐ……まだ眠いぜ……」


またツキからの悪戯電話か……。


「あんまりおいたが過ぎるとひん剥くぞ」
『ひっ……わ、私……起こそうとして……ご、ごめんなさいっ!』


──電話の相手は彩だった……。


痛たたたたたぁ。

 

……。

 

 

 

 



「この性犯罪者」
「てめぇの企みだろ。彩に誤解されただろうが」
「これに懲りたら屋敷を汚すのはやめて下さい」
「おあいこってことか」
「そういうことにしておきます。皆さんもう席に着いてます。早く入って下さい。それから、美味しくご飯を食べる方法を教えてあげます」
「なんだよ」
「『今日もご飯を食べさせてくれてありがとうツキ様』って言ってから食べるのがいいと思います」
「……どこまで頭が高いんだよ。つーか、食事はお前が作ってないだろ」
「バレたか」
「最初っからな」


……。

 

さて、行くか……。


…………。

 


……。

 



「顔が面白いことになってるな」
「ああ。この傷か」


薫の顔に、青アザのようなものが出来ていた。


「昨日、神崎さまに手合わせをしてもらったんだ。ちょっと分不相応なお願いだとも思ったが」
「それで、引き受けてもらえたってわけか。結果はどうだったんだ?」
「真剣な試合だったとは言え、お遊びに似たものだったからな」


お遊びで、薫の顔に傷を負わせるのは、相当の腕だな。


「本気でやって勝てる可能性は……4割くらいかな」
「体術の優等生が謙虚だな」
「それだけ強いってことさ」
「だが、それはあくまで素手でってことだろ?」
「もちろんだ」
「じゃあソイツを使えば勝てるってことか」


薫の腰に構えられる竹刀を差す。


「武器があるから有利になるわけじゃないさ」


ほんとに熱が上がってるみたいだな。


「有意義なボディーガード生活を送ってるようで」


──「まったく、代わって欲しいぜ。俺なんかチンクシャの世話で疲れてるってのにさ」

 



「どうして錦織は倉屋敷お嬢さまには発情しないんだ?」

「は、発情だぁ?」

「他のお嬢さまにはフンフン鼻鳴らしてるじゃねえか」

「それは美人や可愛い子限定だからな」

「彼女もかなり可愛いうちに入るだろう」

「そうかぁ? 俺には子供にしか見えないぜ」

「主には発情しないようにプログラミングされてるんじゃないか?」

「そうかも知れないな」

「なにぼそぼそ話してるんだよ」

「いや、気にするな。どうせ言っても信じないから」


……。

 

授業が始まった。

新任教師(数学が担当らしい)の初授業だ。

ちなみに教科書もノートも必要ない。

なぜなら……。

 



「今からそれぞれ自己紹介してもらいます。まだ先生も顔と名前が一致しなかったり、皆がどんな物が好きなのかわからないしね」


などと言い出したからだ。


「じゃあ、まずは先生から教えて下さいよ。スリーサイズから初恋、男性経験の数も!」


バカが特攻した。

お嬢さまから、『信じられないー』と声が飛び交う。


「あんた……私の恥になることわかってんの!?」

 



「確かに、私から紹介するのはごもっともね。私の名前は、柊朱美(ひいらぎ あけみ)。なにか質問はある? でも、彼みたいないやらしい質問は一切受け付けないわよぉ? それ以外ならなんでも聞いてね」


とは言え、侑祈以外には積極的に質問する人間はいない。

普通の学園のようにふざけた生徒は少ないからな。


「どうやら一般の質問はないみたいですねぇ。やはりちょっとサービス的な質問にも答えて下さいよ」

「仕方ないなぁ……じゃあ一つだけ聞いてあげる」

「っし!」


グッとガッツポーズして、侑祈はニヤリと頬を緩めた。


「じゃあ先生、初体験はいつですか?」

「このアホ! 倉屋敷の恥さらし!」


ビシビシと蹴りを入れるお嬢さま。


「あんたと同じで下品ね、ふふ」

「く、くぅ~~~!」


麗華の挑発に顔を真っ赤にする妙お嬢さま。


「場外はほっといて教えて下さいよぉ」

「さすがに、ちょっとその質問はまずいなぁ」


そう言いながらも、学生時代の経験話を語る教師。

周囲の男は祭りのように騒ぎ立てていた。


「おーっ」


教室から、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。

真面目ぶってても、やはりこういう話には弱い。


「まったく……」


中には薫のようにため息をつくヤツもいるが。


「あら、鼻の下が伸びてると思ったのに」

「んなもんで伸びるか」

「良かったわ。妙みたいに恥をかかずにすんで」


キスのことで騒ぐ侑祈。

あれはもう、生き恥だな。


「私は答えたわよ。皆も答えてねー。じゃあこっちの子から、後ろにお願い」


指名されたお嬢さまが、『はい』と答えて自己紹介を始めた。

一人の持ち時間が2分前後としたら、この時間で消化出来る人間は7、8割か。

オレまで回ってこないことを願う。


……。


4時間目の授業が終わり、昼時になった。

薫は昨日のように教室をあとにする。

これから毎日そんな生活を送るんだろう。

 



「なあ海斗、一緒に飯食おうぜ」

「そうしてやりたいが、そうもいかないだろ」

「心配要らないって。麗華お嬢さまも呼べばさ」

「どう考えても、お前んとこと相性悪そうだぜ?」

「こっちは折れなくても、良識ある麗華お嬢さまなら大丈夫だろ」

「聞くだけ聞いてやってもいいけどな」


無理だと思うんだが。


……。

 



「却下」


……。


「無理だ」

 



「諦めるのが早すぎるんだよぉ! チンクシャ以外のお嬢さまと接したいんだよぉ!」

「ったく……無茶言うぜ」


オレはもう一度麗華お嬢さまに交渉してみる。


……。

 



「いつまでも雑談してないで行くわよ」

「却下した理由を聞いてないぜ」

「あの小娘とは気が合わない、以上」

「つまり同レベルってことだな」

「……私を挑発してるつもり?」

「向こうが嫌ってる、つーかライバル視してるのは明らかだけどよ、それでも同席していい位の器を見せてくれよ」

「その必要はない」

「あるさ。強引にオレを引きずり込んだんだ、多少は無茶をやってのける姿を見せてもらわないとな」

「…………」

「どうだ」

「すぐに行くわよ。来ないんだったら認めないから」

「あいよ」


……。

 



「は、離せこのポンコツ~!」

 



「お待たせお待たせ~、こいつったらトイレが長くって」

 

なに食わぬ顔で、人間一人引きずってきた。


「わ、私は麗華なんかとご飯食べたくない~!」


子供のように駄々をこねる。

 



「品性の違いが食事からも出るから、無理ないわね」

「なっ、なぁにぃ!?」

「まぁまぁ……本当のことだけど」

「むきー! 思い知らせてやるわよ! ほらそこの男、奥に座りなさいよ」

「オレの隣に座る気か?」

「死んでも麗華の隣になんて座れないわよ」

「なら、オレが麗華の隣に行こうか」

「いいっていいって。それは俺に任せてくれよ。ねー麗華お嬢さまー」

「騒がしくしたら、追い出すわよ」

「わかってるって」


こうして一つのテーブルに四人がつく。

実に相性が悪そうだ。

麗華は淡々としているが、やはりどこか落ち着かないような気もする。


「そういや、彩とは飯食わないんだな」

「別に関係ないでしょ」

「同学年なんだし、一緒に食ってもいいんじゃないか?」

「双子だからって一緒に食べる理由にはならない」

「去年までは食べてたじゃない」

「・・・うるわいわね」

「うるさいとは何ようるさいとは! ほんとのことでしょ!」

「なんだ、今年からか」

「・・・・・・」

「あぁ、なるほどね」


と、なにやら事情を理解した素振りを見せる。


「ボディーガードが気に食わないんでしょ」

「……だったら?」

「尊のことか? あいつは侑祈と違って失礼じゃないぞ」

「俺が失礼な人間だってか!」

「当たり前だろ」

「海斗には言われたくねーっ!」

「確かに成績は良かったみたいだけど、私も興味ないわね」

「なんでだよ」

「ああいったタイプ、嫌いなのよ」


実に理由になっていないが、こいつと麗華の態度は同じような仕草だった。

麗華が言ってたな。

真面目が取り柄のボディーガードに興味はないと。


「彩も断れば良かったのに」

「お前がどれだけ、そういったタイプが嫌いかは知らないけどな、尊なら任せられると思うぜ。少なくともオレや侑祈よりはな」

「俺を数に入れんでくれっ」

「……ふん」

「それにしてもあんた……海猿だったっけ?」

「オレは海保かよ」

「海斗だよ海斗」

「そう、海斗。あんたタメ口なんて寿命縮めるだけよ。まぁ麗華に対してタメ口なのは気持ちいいけどさ」

「麗華だけじゃなくてお前もな」

「私には敬語使いなさいよ!」

「差別は嫌いなんだ」

「そういう問題じゃなくて……身分の違いわかってる?」

「そうだぜ。ちゃんと敬語使えよ」

「お前だって使ってないだろ」

「俺はチンクシャ以外には使ってるぜ?」

「と言うことで、私に忠誠を誓いなさい。そして麗華の弱みを握って報告するの」

「許可するわ。海斗、妙の首を絞めて良し」

「よし」

はえ?」


妙の首元に両手を伸ばす。

しかしそれが触れることはなかった。

テーブルに身を乗り出し、オレの腕を掴む侑祈。


「悪いけど、触れるな」

「…………」


その目は、見たこともないほど冷酷な目。

感情など一切もたない、カラクリ人形。


「私に触れる者は全て敵……そう認識してるらしいの」

「なるほど……」


妙からスッと腕を戻すと、侑祈の腕が引っ込んだ。


「さ、馬鹿なことやってないで飯注文しようぜ」

「…………」


掴まれた腕がびりびりと痛む。

相当な力で握られたようだった。


「……ちょっと席を外すぜ」


三人をおいて、オレはトイレに席を立つ。


…………。

 

……。

 

すると、ちょうど薫たちと出くわすことになった。

 



「おう薫。飯食ってたのか」
「…………」


薫は小さく頷く。

 



「…………」


なるほど、プリンシパルの手前自由に喋れないってか。


「あんた、相当強いんだって?」

「…………」

「口のきき方には気をつけてくれ」

「こればっかは治せないな」

「……さよなら」


まるで相手にされていないようだ。


「いやー薫も苦戦するって言うから、どれだけ強いんだろうと思ったが、所詮女か」

「海斗っ。その発言は侮辱に当たるぞ」

「…………」


もちろん覚悟の上だったが、怒らないみたいだな。

ちょっと古武術ってヤツを見てみたかったんだが。


「シッ……」

「ん?」


風が、鼻先をかすめた。


「おい、なんだ今の音」

「女が不利とは……限らない……。今のが、見えてないなら……修行不足……」

「見えて……? もしかして、今の拳の音か?」

「…………」


喜怒哀楽をなに一つ見せず、神崎は立ち去っていく。


そして二人が見えなくなった時、オレの後ろにあるガラス窓にヒビが入った。


「……風圧で割った?」


そっとガラスに触れる。


「これだけのことが出来るお嬢さまか」


あの神崎というお嬢さまが繰り出した拳の速さは、ボディーガード訓練生にもいないと言っていい。

薫が色々と言うだけはあって、やるじゃないか。

最初から当てる気配がなかったから良かったが、危うく回避してしまうところだった。


「っと、そろそろ食堂に戻らないとな」


…………。

 

……。

 

 



「また、ずいぶんと遅いトイレだったなぁ。ひょっとして大の方か?」

「だ、大っ……!?」

「余計な誤解を生むから否定させてもらうが、さっき神崎ってヤツにあったんだわ」

「あんた、神崎萌にちょっかい出したの?」

「自殺行為ね自殺行為」

「昨日教えてあげたでしょ」

「ボディーガードを再起不能にしたって話だろ」

「知ってる知ってる。手を出そうとして返り討ちにあったっていう典型的パターン」

「別に下心がないなら問題ないだろ」

「下心のない男がいるとしたら、それはもう性欲が存在しないってことね」

「男は獣ってか」

「当たり前じゃない。あー汚い汚い」

「こら、なに勝手に人の制服で手を拭いてんだっ」

「えんがちょーってヤツ」

「ヤツ、じゃねえよ。何とかしろ侑祈」

「無理」

「こいつと触れ合ってるけどいいのかよ」

「男からはダメだけどね」

「私の命令に逆らえるわけないじゃない。どんなにバカでも3原則くらい守るわよ」

「話しかけないもらわないついていかない、だっけか」

「それなんか違う!」

ロボット三原則ってヤツよ」

「オレが言ったのは?」

「妙三原則」

「わたしは子供じゃなーいっ!」


ぶんぶんぶん! 豪快に腕を振り回す。

十分に子供だった。


「欲しいものは強引に手に入れるタイプだろ」

「当たり前でしょ!」

「当たり前じゃねーよ」

「子供の相手してると、子供になるわよ」

「ムキー!」

「……そういや、なんでロボット三原則なんて出てきたんだ?」


そんなこんなで、騒がしい昼食が終わった。


…………。

 

……。

 



「提案なんだけどさ」
「棄却されました」
「まだ提示してないって!」
「どうせくだらないことなんだろ」
「いや、かなり有意義なことだと思う」
「てことは99%女絡みだな」
「なんで100%じゃないんだよ」
「この世に100%と0%は存在しないからだ」
「あ、何か前にも言われた気がする」

 



「時々、ちょっと変わったことを言うからな海斗は」

「別に変わってないだろ」

「1+1=2だろ」

「99%な」

「いや、100%だって」

「じゃあ99.999999%」

「……なんでだよ」

「なんでもなにもそのままだ」

「んで提案なんだけどさ」


気難しい話に流れてると察知して、流してきたな。


「これから出かけようぜ。海斗も薫も」

「申し訳ないが、これから神崎さまのところへ」

「だからさ、神崎お嬢さまも麗華お嬢さまも誘うんだよ」

「バカだろお前」

「なんでだよ! 俺もチンクシャ誘えばいいだけじゃん!」

「誘いは嬉しいが、私たちはボディーガードだ」

「だからそばにプリンシパルがいればいいじゃんか」

「私たちが守るのはなんだ?」

プリンシパルの命」

「そしてライフスタイルだ」

「う……」

「警護対象者の生活を乱すようなことはしてはいけない」

「基本中の基本だろ」

「海斗に基本とか言われた!」

「確かに、海斗には言う資格はないかも」

「そうかい」

「お嬢さま方が進んで言ってくれるならともかく、な」

「そういうわけだから諦めろ」

「くっそー……」


……。

 



「あの侑祈って、バカね」
「ロボットとは思えないだろ」
「確かに。普通の人間より人間らしいわ」
「だから嫌われないんだろうな」
「やっぱり強いの?」
「そりゃ人間と比べれば遥かに:
「最低限の機能は果たしてるわけか」
「少なくともオレよりは優秀だぜ」
「言われなくてもそんな気がしてるから」
「さよーか」


……。

 



屋敷に戻るなり、解散を命じられ部屋に戻ってきた。

玄関先にツキがいなかったということは、屋敷のどこかで掃除でもしているのだろう。

そんな時、どこからか猫の声が聞こえた。


「あん?」


屋敷でペットを飼ってる話は聞いたことがない。

考えられるとすれば……。

窓の外から下の庭を見下ろす。

猫の姿は見当たらないが、彩の姿があった。


「もう帰ってたか」


あんなところでなにをしているのか。

不安げな瞳で気の上を見つめていた。

気になるな。


「どうせ暇だしな」


部屋ですることもないオレは、彩のところへ行ってみることにした。


……。

 



「……………」
「どうしたんだ、こんなところで」
「あ、海斗さん……」
「泣いてたのか」
「ごっ、ごめんなさい」
「別に謝る必要はねぇよ」


彩は指先で涙を拭うと、木の上を見つめた。


「猫か」
「はい……」


小さな子猫が、ニーニー鳴きながら木の枝に掴まっていた。


「可哀想です」
「助けたいと思っていたのか?」
「は、はい……」
「なら登ればいいんじゃないか?」
「ですが、宮川さまに止められてしまいました。服が汚れるからやめて下さいと。それに私は、その、木登りなどやったことがなくて」
「なるほど。それで尊は?」
「放っておけばいい、と……」


実に尊らしい意見だ。

オレは2階を見上げる。

案の定、窓の奥には尊の姿があった。


「あいつが登れば早いってのにな」
「落ちてしまってはいけないので、ずっと見てるんです」
「そうか……」


彩は運動神経がよさそうには見えない。

猫が落ちて来た瞬間、うまくキャッチ出来るのか?


「オレが登ってやろうか?」
「えっ……けれど、お洋服が……」
「だからって落ちるまで待てないだろ」


木に登るべく、手をかける。


──「やめておけ海斗。服が汚れるぞ」


「うお! 尊! いつの間に降りて来た。……別にいいさ。どうせツキが洗濯するんだ」

 



「そういう問題じゃない。清潔感だ」

「清潔感ねぇ」

「ま、登ると言うなら話は早い。彩お嬢さま、もう屋敷内にお戻り下さい。薄汚れた猫は、その男が回収するそうですから」

「け、けれど……」

「もし猫に引っかかれて病原菌でももらったら、自分は旦那様に顔も合わせられません」

「……………」

「彩お嬢さま」

「ね、猫が無事に降りるまで、待って下さい」

「しかし……」


「よ、ほ……」


二人の会話を尻目に、オレは木に登り猫を捕まえる。

反抗する動きを一瞬見せたが、すぐにおとなしくなった。

長い間木の上にいたのか体力がない。

がさがさと木が揺れる。


「もう少し離れて下さいお嬢さま。服が汚れます」

「は、はい……」


「っと」


猫を抱えたまま飛び降りた。


「これでよしと」


猫を下に下ろすと、ふらふらと歩き出した。


足取りはおぼつかない。


「だ、大丈夫かしら……」


ふらっと手を伸ばす。


「彩お嬢さま!」


ビクッ!


尊の怒声が響き渡る。


「絶対に猫には触れてはいけませんよ」

「は、はい……」

「そこまでする必要があるのか?」

「あるに決まってるだろ。僕の役目は彩お嬢さまを守ることだ」

「猫一匹でさえ敵ってわけか」

「そうだ」

「そうかよ」


猫を抱きかかえる。


「あの、どちらへ……」

「腹が減ってるだろうからな、飯でもやるさ」

「くだらん同情だな」

「同情ねぇ」

「お前が今後、その猫が朽ち果てるまで面倒を見るなら止めはしないが、そういうわけじゃないんだろう?」

「まぁな」

「偽善を振りかざしてポイントを稼ごうとしても無駄だ」

「別にそんなことじゃねえさ。助けたいから助けた。飯をやりたいからやるんだ」


猫や犬には以前、色々と世話になったからな……。

恩返しというより、世間一般では罪滅ぼしというものだろうが。


「勝手な男が……」


おお怖い。


「このままじゃ噛み付かれかねないな、隣の猫に」

「貴様、僕を猫だと!」

「じゃあな。猫は心配するな」

「ありがとう、ございます」


彩の目には、猫が助かった安堵は見られなかった。


……。

 



「そこのピーナッツ顔の男、待て」
「激しく誤解される言い方をするな」
「服が汚れてる」
「お前まで猫は放っておけってか?」
「ここだと屋敷が汚れるから」
「ついてきて」
「お、おう」


ツキに先導されるようについていく。


……。

 



「ここなら、汚れてもいいから」
「ここは?」
「旦那さまの部屋」
「汚れたらあかんやろ!」
「なんで関西弁やねん……空き部屋だから」
「脅かすなよ。つーか、汚れるのは許せないんじゃないのか?」
「私が掃除するからいい」
「そ、そうか……」
「牛乳持ってくる。キャットフードはないけど」
「いいのかよ」
「あなたが来なければ、私が助けてたから」
「見てたのか」
「…………」


……。


「彩お嬢さまが可哀想」


猫に牛乳を与えながら、頭をなでるツキ。


「可哀想?」
「……失言だった」
「尊のことか」
「失言だった。今のはメイド失格」
「別に誰も聞いてねえって」
「あなたが聞いてる」
「いてもいなくても一緒だろ」
「それは確かに」
「そのあたりは素直なのな」
「だけど、やっぱり今のは失言」
「そうかよ。でも、たまにはいいんじゃないか?」
「たまには?」
「言いたいことを口にしてもよ」
「…………」
「案外すっきりするかもな」

 



「あーいなくならないかな……朝霧海斗」
「……オレかよ」
「別にスッキリしない」
「なら本心じゃないんだろ」
「ただ、そう……心の底でニヤッとしたくなる」
「……間違いなく本心ってことだな」
「メイド失格だろ」
「…………」


ピッとオレを指差す。


「どうせボディーガード失格とか言うんだろ? ま、言われたところで、別に痛くも痒くもないけどな」
人間失格
「……今のは割と効いた」
「猫は、私が逃がしておく」
「そうしてくれ」
「だから脱いで」
「なに?」
「脱いでほしいの」
「ま、まさかコイツ……」


発情?


「別に、脱いでやらんこともないが……」
「いいですよ。エッチしても」
「いやそこはベタなオチまで持っていこうぜ」
「なに言ってるのよー。汚れた服を洗濯するからよーバカー」
「完全な棒読みありがとよ」
「顔を赤らめない……ナウい童貞くんじゃない」
「そういうの口にするタイプじゃないからやめろ」
「私は結構、淫乱」
「……そうか」


案外、本当にそうかも知れない。

なので深入りするのはやめておく。


「今、こいつには深入りしないでおこうと思った」
「そりゃ思うだろ」
「私はきっと、甘く切ない言葉に弱い」
「絶対嘘だなそれは」
「ピュアな心の持ち主ですから」
「棒読みになってる棒読みに」
「私を射止めることが出来たら、凄い」
「なんか景品くれるのか?」
「メス豚って額に書いてもいい」
「本当だな?」
「うわ、凄いあくどい顔」


なんかコイツ、屈服させたくなるんだよな。

多分生意気だからだろう。


「お前に恥をかかせるのは面白そうだ」


ぐっと近づいて、ツキの顔を覗き込む。


「あ、剃り残し」
「お前のために残しておいた」
「えい」


ブチッ。


「痛っ!」


豪快に顎鬚を抜かれてしまった。

めげずに甘い言葉をささやくことに。


「普段は憎まれ口ばっかだが、好きだぜ」
「えっ……」

 



頬を赤らめるツキ。


「お前といると、いつもどきどきするんだ」
「ほ、本当……に?」


上目遣いに見つめてくるツキ。


「あっ、ああ……」


なぜか、オレがどきどきしてきた。


「本当に私のこと……」
「だーっ!」


慌てて距離をとる。


「て、てめぇ……恋愛の女王かっ」
「チッ……」


危うくこっちがキュンキュン言わされるところだったぞ。


「つーことで勝負はなしだ。オレは消える」


……。

 



「ツキには羞恥心ってものがないんだろうな」


平然と男と付き合う最近の若者タイプだ。


「今後は女として見るのはやめよう」


…………。

 

……。

 



「ああジュリエット、あなたはどうしてジュリエットなの? あなたはロミオ。どうしてロミオなの?」

 



──「……衝撃!」


「待て待て待て!」


……。

 



「音も立てずに人の部屋に入り込むな。かつ悟られないよう気配を殺すなよ」
「メイド長クラスになると、サイレントモード可能になる……みたい」
「適当だなオイ」


始めて会ったときからそうだが、こいつの気配は本当に希薄だな。

ここまで気づかずに他人をそばに寄せ付けたことなどここ一年以上なかったというのに。


「おおロメオーあなたはどうしてロメオなのー」
「真似せんでいい。つーかロメオじゃなくてロミオだ。オレは気に入った本の分は口に出す癖があるんだよ」
「凄くアホ丸出しやね」


なんだよその憎らしい口調は。


「とにかく変な誤解はするな」
「大丈夫」


実に信じがたいが、信じるしか方法はない。


「ところでなんの用だよ」
「掃除が終わって暇だったから」
「オレをからかいに来たって解釈で合ってるか?」
「概ね正解」
「ここまでオレを翻弄するヤツは初めてだ」
「麗華お嬢さまも、きっとそう」
「……そうだな」
「遠慮しないで部屋に入って」


……。

 



「間違いなくオレの部屋だから」
「誇りが落ちてる」
「なんか漢字間違えてないか? 失礼なヤツめ」
「合格ラインギリギリだけど、綺麗には部屋を使ってるみたい」
「まぁな」
「エッチな本は持ち込んでる?」
「答える気はない」
「持ち込んでるみたい」
「……いや、持ち込んでないっての」


本当に持っていない。


「それは後日探してみるとして……」
「勝手に探してたらゴムパッチンするぞ」
「想像すると、ちょっと怖い」


前言どおり、ツキは遠慮することなくベッドに座った。


「…………」


こうしてツキを目の前にしても、本当に存在が薄いな。


「お前実はこの屋敷の幽霊とか?」


それなら納得がいく。

生前屋敷に尽くしきれなかった霊が……。


「言ってて恥ずかしくない?」
「悪かった。あまり現実味がなさすぎたな」

 



「実はかずおとむね子の間に出来た子供なの」
「かずおとむね子? どっかで聞いた名前だな」
「あ……そろそろ食事の時間」
「今日も料理はしなかったのか」
「メイドは料理、しない……」
「じゃあ作ろうと思えば作れるのか? 掃除が出来て料理も出来る万能娘だとでも言うのか?」
「当然」
「そうかよ」


ベッドから立ち上がる。


「食堂に行く」
「そうだな」
「……この部屋は、凄く落ち着く部屋」
「そうなのか?」
「うん。海斗は、邪魔だけど」
「悪かったな」
「対応も、雑になってきた」
「言われ続けたら嫌でも慣れるんだよ。つーか気づいたら完璧にタメ口な。お前の方が年下に見えるぞ」
「麗華お嬢さまより、一つ下」
「だったら人生の先輩に敬語を使え」
「わかりました。海斗さま」


ゾワワッ!


「やっ、やめろ気持ち悪い!」


既に変な耐性が生まれていた。


「ほほー」


面白い物を見つけた子供の目をするなっ。

 



「海斗さま。私あなたについていきます」
「ぎゃああ! 耳が腐る! オレが悪かったからこれ以上は勘弁してくれ!」
「あなたさまがいなくなったら、私は生きていけません」
「ごふ! マジでやめろって!」
「早くこの屋敷を乗っ取っている魔王を倒して下さい」
「それ主人に対する暴言だろ! 首飛ぶぞ!」
「すべて朝霧海斗に強要されたことなんですっ」
「完璧な逃げ道だなオイ!」
「狩る者と狩られる者」


末恐ろしい女だな。


……。

 



「なんだ、随分と早いじゃないか海斗」
「お前はもっと早いみたいだけどな」
「ん? メイドと一緒に来たのか」

 



「こんばんわ、宮川さま」

「ふん」

「…………」


なんかこいつ、ツキが嫌いみたいだな。

ツキの顔を見ようともせず鼻を鳴らす。


「くれぐれもお嬢さまたちに粗相のないようにな」

「はい」

「ツキ、お前嫌われてんのな」

「別に」


こいつはこいつでなんとも思ってないみたいだ。


「まあいいや。飯食うぞ飯」

「毒は盛ってないから安心して」

「言われると怪しいからやめてくれ」


……。

 

食事の時間。

使用人とメイドの殆どが、一緒に食事を取る。

席を一緒にしないのはメイドのツキと、二階堂の名前がつく人間。

それからこの時間に仕事のある少数の人間だけ。

もう少しボキャブラリーがあってもいいと思うが、雑談らしい雑談は殆ど伺えない。

たまに聞こえてくる会話は仕事のことばかりだ。


堅苦しいぜ、まったく」
「少しずつ慣れるしかないな」
「んなこたぁわかってる」
「私は毎日、いつお前が逃げ出すのか心配でならん」
「本当に逃げ出してやろうか」
「麗華お嬢さまが悲しむからやめてくれ」
「あいつが悲しむタマかよ」
「お前のことは大切な駒だと言っていた」
「使い捨てって意味じゃねえか」
「ふはは、そうとも言うな」


佐竹はつまらんこと言いやがる。


「今度飯でも奢ってもらうぞ」
「ここより豪勢な物は無理だからな」
「そんな期待はしてねぇよ」


──「佐竹校長、少しよろしいですか」


「なんだ?」

「なぜ海斗なんかに構うんです?」


おいおい、随分とストレートだな。


「成績も素行も悪いのに、やたらと庇うので。一部の先生方の間では、あなたが強引に海斗を進級させたとも聞きます」

「お前ほどの男が噂を真に受けるのか」

「そういうわけではありませんが……」


麗華のボディーガードに決まってから、本当に尊はオレを敵視しているらしい。


「出来の悪い子ほど可愛いと言うだろう。お前は一人にしても不安はないが、海斗の場合はいつも見ていないと心配でな」

「なるほど、そういうことですか」


妙なところで納得するなよ。


……。

 

 

 

 

夕食後。

 



「今日は、今からお風呂に入ってきて」


と言われたので風呂場に向かうことにした。

食事の時間と違い、入れる人数も限られる上、風呂にかかる時間は人によって随分と違う。

そのため日ごとに時間帯が異なっているのだ。

 

……。


一日に使用する回数の限られる風呂場は遠い。

一般家庭では何気ない離れでも、この巨大な屋敷の離れにしたらとんでもないものだ。


「おっと、ここだここ」


既に中の脱衣所から何人かの声が聞こえる。

ちなみに隣は女風呂だ。

そしてさらにその隣は二階堂専用の風呂。

使用人が間違えて風呂場でばったり、なんてことは起こりえないわけだ。

脱衣所で衣服を脱ぐ。

もう慣れてはきたが、風呂の規模も恐ろしい。

民衆が利用する銭湯など足元にも及ばない。

サウナはもちろん完備されているし、使われているお湯は県外から運んできたどこぞの有名な温泉とも聞いた。


「使用人でこれだ、お嬢さま方クラスなら札風呂に入ってるかもな」


万札で泳ぐのは痛そうだが、実に爽快な気分になれることだろう。


…………。

 

……。

 

「あんたもお風呂上りなのね」
「この自信たっぷりな声は麗華か」
「変な基準で聞き分けるな」

 



湯上りなのか、麗華の髪は程よく艶やかだ。


「いつもこの時間に入ってるのか?」
「比較的早い時間ね、入るのは」
「やっぱり札風呂か?」
「札風呂?」
「いや、なんでもない。妄想と現実がごっちゃになった」
「なにそれ……。どう? もう屋敷には慣れた?」
「とりあえずはな。つーか色んな物に金を使いすぎだろ」
「色んな物?」
「料理から風呂から、全部だよ」
「ならあんたは金持ちになったらどうするの?」
「そりゃお前……好きなもん買ったり食ったりだな」
「それは料理や風呂場が豪勢なのとは違うわけ?」
「それはそうだけどよ。なんつーか、使用人にまで豪勢にする必要あるか? 自分たちだけおいしい思いすればいいじゃねえか」
「そんなこと、出来るワケないでしょ」
「なんでだよ」
「いくつか理由はあるけどその一つが、金持ちは見栄っ張りだからよ。第三者に対しても、私は金持ちだって言いたいの。廊下に飾ってる皿やツボがいい例ね」
「見栄ねぇ」
「貧乏に人にはわからない美意識よ」
「そうみたいだ」
「あとは、本人たちだけ贅沢な思いをしてたら、周りに仕えてくれる人間に不信感を与えるわ。今と同じだけの給与を与えるとしても、あんたたち全員がボロアパートしか提供されなかったらどう?」
「……確かに」
「こんなこと少し頭を使えばわかるでしょ」
「悪かったな、わからなくて」
「いいわ。そんなことも考慮してあんたにしたんだから。別に今以上を期待してはいないわ」
「実にありがたいお言葉だな」
「湯冷めしないうちに寝なさい」
「あいよ」


……。

 

早朝……オレはある人物と向かい合っていた。

 

「…………」
「…………」


オレが下、少女は上。

もっともオレは、つい先ほど彼女の気配で起こされただけだが。

気配で気づいたと言っても、目前まで侵入を許してるってことは、一つ間違えば殺されてたってことだ。

メイドに殺されるボディーガード……情けなさすぎるぜ。


「朝一番の、ばっどにゅ~す」


なにやら少しだけ楽しそうな声。


「先日買い物に出たとき、見かけたバカップル。スーパーの前に駐車していた車に乗り込む彼氏。そしてそのあと、助手席に座ろうとする彼女。けれど、まだ助手席のロックは外れる前で、ドアを引いてもドアは当然開かない。『うわ! カギ閉められたかと思った!』、爆笑する彼女。『それマジでウケるっちゃ!』、今世紀最大の笑いのように爆笑する彼氏。今時の若者の笑いのツボは変……。嘆かわしい。まさに痛いバカップル」
「…………もしかして今のつまんねー話がしたくて、心地よく眠ってるオレを起こしたってことか?」
「そう」
「……オレが何を言いたいかわかるか?」
「くたばれ厚生省?」
「ちげーよ! 物騒だろそれは! つーか『マジでウケるっちゃ』って、どこの方言だよ、この辺の言葉じゃねえだろ」
「じゃあ、お休み」


……。

 



「これで二日連続、起こされてしまった……」


もちろん部屋の鍵はかけて寝ていたが、恐らくメイド長であるツキはマスターキーを持ち歩いているんじゃないだろうか。


「不法侵入するメイドに、そんなもの持たせちゃいかんだろ」


鏡で全身をくまなくチェックする。


「寝癖はないが、ちょっとヒゲが邪魔か」


普段からあまりヒゲが伸びるタイプではないのでひと月に1、2度しか剃らない。

個室ごとに簡単な洗面所があるので、軽くヒゲを剃っていくことに。


「ヒゲを剃るのは、あまり得意じゃない。よし……」


ジョリジョリジョリ。


「いや、今の音は正しくない。そんなにヒゲが生えてるわけじゃないからな」


ソリッ、ソリッ。


「うん。まあそんなもんだろう」


…………。

 

……。

 



カリカカリカリカリ。

カリカリカリ。

カリカリカリ。


突然だが、現在小テスト中だった。

担任である柊教員による、いきなりの展開だった。

 



「皆の実力が知りたいからお願いねー」


がきっかけだ。


お嬢さま方も男子生徒も熱心に取り組んでいるようだ。

若干名を除いて。

まず隣前後にいる麗華や薫は真面目の筆頭。

おそらく満点辺りを軽く取るであろう。

問題は離れにいる侑祈。

腕自慢はともかく、オツムは非常に悪いため、このテストの難易度から見るに低い点は必至。

頭からもやや煙が上昇気味だ。

そしてその隣に座る倉屋敷。

何故かコイツもまた、頭を抱え込んでいた。

そして悩んでは鉛筆を転がして、記入していく。

テストの中にある選択問題を、鉛筆占いで決めていると言ったところか。

アイツもおバカだったんだな。

その他別段と言って目立つ人間はいない。

さて、どうしたもんか。

テスト問題自体は、それほど難しくない。

どれも訓練校時代に学んだ箇所だ。

ざっと見る限り記入ミスさえしなければ、満点は取れるが……。

全20問中、7問くらいの正解にしておくか。

あとは空白や適当な答えで問題を埋めておく。

目立たず騒がず、平穏にやらねぇとな。

あとあと面倒だし。


……。

 



「はーい、じゃあテストを返しますねー。それぞれ点数を読み上げていくから、点数の低かった子は次から頑張るように」

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

「どしたの?」

「個別にテストを返すならともかく、皆の前で点数を読み上げるなんてありえない!」

「そ、そうだそうだ! 妙の頭が悪いのがバレるだろ!」

「うるさいなぁ!」

「あたっ!」

「そう言えば、この学園って原則で禁止なんだっけ」

「そうなのか?」

「ええ。個人の能力を無下に周囲に晒さないのよ」

「オレたちの場合はそうでもないけどな」

「ボディーガードと資産家を比べちゃダメだろう」


むしろ、点数の悪かった人間は進んで教官にいびられたもんだ。


「私は、別に、公開されてもいいけど? 他の頭の悪い子たちが可哀想だと思うわけよ。つまり慈悲ってヤツ」


ふふん、と鼻を鳴らす。


「それもそうね」

「納得してくれたみたいね」

「倉屋敷妙さん。15点」

「ブッ! 頭悪っ!」

「なに発表しちゃってんのよ!」

「え、だって自分は公開してもいいって……」

「ハッ!?」


ギョロンと目をひん剥いて、麗華を見る倉屋敷。


「ふ」


あ、何気に勝ち誇ってる。


「き、きーーーっ!」

「鉛筆転がして回答埋めてたとこだけ、正解だったみたいね」


どうやら柊教員も見ていたらしい。

つーことは、実質0点みたいなものか。

よく進級出来たな。

……いや、この学園なら留年はないだろうな。

いろんな手を使って進級できそうだ。


「柊先生。私のテストは何点?」

「二階堂さんは……ふふ、さすがね。満点よ」

「その程度の問題なら当然ね」

「た、たまたま鉛筆を転がして正解しただけでしょ!」


それはお前だ。


「こうなったら……ボディーガードの点数で勝負! 先生、侑祈の点数は!」

「えっと……。あら、凄いじゃない!」

「マジっすか!」

「倉屋敷さんと同じで15点よ、偶然ねぇ」

「ガーン!」

「ガーン!」

「じゃあ海斗のは?」

「勝手に聞くなよ。別にいいけどな」

「えっと、朝霧くんは……35点ね」

「あんたあったま悪いわねぇ」

「ほっとけ」

「でもいいわ。あんた一人でも、あいつら二人の低能よりは良かったわけだし」

「ギク……」

「二人足しても30点なんて……信じられないわね」

「きょっ、今日はたまたま調子が悪かっただけよ! いつもなら100点x3くらいなのよ!」


成績の良し悪しに、調子はあまり関係ない。


「はいはい。そういうことにしておくわ」

「お、覚えときなさいよぉ~っ!」


…………。

 

……。

 

 



昼休み。

それは唐突に起こった。

オレたちが食堂に向かう道の途中、顔に包帯を巻いた男が、窓ガラスを叩き割った。

 



「変質者?」
「……さぁな」


この学園に易々と侵入出来るとは思えないし、暴れようなんて気にも普通はならないと思うが。


「神崎、神崎、神崎ぃ!」


どうやら男の怒りの矛先は、神崎にあるようだ。

 



「…………」

 

 

「神崎さま、この男は?」

「……えっと……知らない、ひと……」

「ぐっ……ふっざけんな!」


ぐるぐると男は、包帯を取る。

その下からは、アザだらけの顔が姿を現す。


「あ……」

「これで思い出したかよ」

「……今、お腹が鳴った……」

「ち、ちくしょー!」


拳を構え、殴りかかる男。

その動きは素人ではない。

確かに武道に心得のある人間の動き。


「貴様が何者か知らないが……。神崎さまに手をあげる者ならば容赦はしない!」


男が繰り出した攻撃も、けして悪いわけじゃない。

しかし相手が悪かった。


「な───!?」


自ら仕掛けたはずの男は、気づけば宙を舞っていた。

僅かな瞬間で抜刀した薫は、その模造刀で男を薙ぎ払った。


「ぐぅ!」


「やるじゃない、あいつ……」

「まぁな」

「なんであんたが自慢げなのよ」

「薫……食堂、行こう……」

「はい、神崎さま」


二人は何事もなかったかのように、立ち去っていった。

 

「思い出した」
「なにを」
「そこで伸びてる男よ。確か一年前神崎先輩のボディーガードだった男よ」
「なんだって?」


つまりアレが、振られたあげく人生の路頭に迷い果てた男の末路と言いうことか。

意識不明の重体から回復し、復讐を果たすために乗り込んできたものの、神崎は既に記憶の片隅にも覚えていなかった。

挙句の果てには薫に一撃で葬られ、また重体に逆戻り。


「……少し目頭が熱くなる話だな」
「なんでよ」


男は駆け付けた警備の人間に引きずられていった。

あとで聞いた話、男は退学届けを提出に来たと言って学園の中に侵入したらしい。

元々憐桜学園の生徒だけあって、警備の人間も油断していたんだろう。


「ボディーガード一つ取ってみても、やっぱり雲泥の差があるのね」
「そらそうだ」
「あんたが極端なハズレでないことを祈るわ」
「ハズレであることを否定しようぜ」
「無理」


……。

 

 

いつもより遅れること数分。

食堂はさっきの騒動で持ちきりだった。

話の中心である神崎はつゆ知らず、なにやら売店で受け取っている。

 

「パンか?」
「食堂以外で食べたがる生徒もいるからね」
「そらそうだわな」


時には教室や中庭、屋上なんかで食べたくなるときもあるだろう。


「神崎先輩はいつも外で食べるらしいわ」
「なんでまた」
「そこまでは知らないわよ」


オレは神崎のことが……何故か気になった。


「ほら、さっさと席につくわよ」
「ああ」


…………。

 

……。

 

 



「失礼します、麗華お嬢さま」


時刻は、間もなく日付が変わろうと言う頃。

いつもと変わらない素振りでツキがやってきた。

私は椅子に腰掛けたまま、彼女の手に持たれたノート大の大きさの資料に目をやった。

 



「成果はどうなの?」
「ご覧になっていただくのが一番かと」
「それもそうね」


資料を受け取り、昨日と同じように目を通していく。


「……特に変わったところはないようね」


落胆を隠し切れない。

けれど逆に、胸の奥底に眠る興奮を呼び覚ましそうだ。


「朝霧海斗なる人物について、各方面から調べてはみましたが……」
「出身は不明、両親も不明。どこを卒業し進学してきたかも不明、でしょ?」
「はい」
「こんなことってありえるのかしら」
「通常では考えられません」
「そうよね」


曲りなりにも私の家は二階堂。

日本でも有数と謳われる資産家であり、情報網一つとってみてもかなりのもの。

 



「あなたはどう思うの?」
「私ですか」
「ハトが豆鉄砲食らった顔しないの」
「なにかと言えば、機関銃を撃ち込まれた気分です」
「それ死んでない?」


相変わらず面白い子だ。

この子でなければ、張っ倒してるでしょうけど。


「あなたにしては珍しく、海斗に心を開いてるみたいだから」


ん……我ながら今の言葉は訂正したくなった。


「素のあなたを表現させたのって、海斗が初めてじゃないの?」
「……別に。ただ、少し匂いがするだけです」
「匂い?」
「どこか懐かしい匂い……そしてどこか怖い匂い……」
「……懐かしくて、怖い……?」
「それがなにかは、私にはわかりません」
「……そう」


やはり、あいつに聞くしかないわね」

もっとも難関だけど、こうやって外側を探っていても埒があかない。


「佐竹を連れて来て、ツキ」
「もうお休みになられてるかと」
「いいから連れて来なさい」
「畏まりました」


……。

 



「お呼びですか、お嬢さま」

「こんな時間に悪いわね」

「いえ」

「ツキは席を外してもらえる?」

「はい」


……。


「素直に言うわ。朝霧海斗に関して知ってることを話して」
「と言いますと?」
「学園から提出された資料以外のことよ」
「そう言われましても……資料にあること以上のことは私にもわかりません。一年間接してきた教師たちなら、多少のことは知りえているかもしれませんが」
「つまり、今私の手元にある資料が、あんたの知ってる全てのことだと認識していいわけ? 忘れてたとか、記入漏れだったとか、みっともない言い訳は聞かないわよ?」
「すみません、一つ忘れておりました」


間髪いれず、口を開く佐竹。

内心で強く舌打ちをする。


「その資料には載っていないことなのですが、彼……朝霧海斗は私が訓練校に推薦しました」


やっぱり。

佐竹からもらった資料以外に、私が集められた情報はただ一つ。

佐竹が海斗を連れて来たと言うことだけ。

そこを突いていこうと思ってたのに……。


「推薦、ってことは……あいつはどこから来たの?」
「質問にはお答えできません」
「どうして」
「私も知りえないことだからです」
「そんなはずないでしょ。子供だって騙せないわよ、それじゃ。どこの誰かも知らない人間を、天下の憐桜学園に入学させるわけがないじゃない。隠す理由はなに? たかだか学生の一人じゃない。それにボディーガードをそばに置くのは私よ? 過去を知っておくことは必要なことなの」
「私は予め確認いたしました。彼がどこの誰であり、どんな経歴でも気にしないですか? と」
「気が変わることだってあるし、そこを責められる理由もないわ。私がプリンシパルで、彼がボディーガードである限りね」
「彼は信用にたる男です」
「ならその証拠が欲しい。それだけのこと」
「…………」
「あいつとの間に、なにがあるの?」
「これが集められた資料ですか」


目の前にある資料を見つめる。


「……そうよ」
「資料を見せていただいても?」
「好きにしなさい。もっとも、大したことは載ってないけどね」
「確かに、麗華お嬢さまの仰ることは正論です」


パラパラとめくってはいるものの、集中して読んでいる気配はない。


「意見させていただいてよろしいですか」
「言ってみなさい」
「世の中には、知るべきことと、知らざるでいるべきことがあります」
「……後者だと言いたいわけ?」
「私に質問を投げかけたのはお嬢さまが初めてではありません。訓練校では私が彼を推薦したことを知る教師が何人かいますので。けれどその度に同じことを言いました。彼について語ることはなにもない、と」


サングラスのせいで、眼光を探ることも出来ない。

もっとも、私の洞察眼程度で、佐竹の思考を看破出来るはずがないけれど。


「拒まれれば拒まれるほど、人ってどんどん欲求に駆られていくのよね。私はたどり着くわよ? そこになにもなかったとしても。どんな手を使ってでもね」
「探求心を抑えられない方だ」
「謎を謎のままにしておくのが気持ち悪いだけ」
「止めはしません。あなたが資産家として生まれた以上、なにをなさってもたどり着けないでしょうから」
「どういうこと」
「…………。私にはあなたを止める権限はありませんが……。いざとなればやめさせることもできます」
「面白いことを言うじゃない。いくら父と長い付き合いだとしても、あなたが私に命令出来るとでも言うの?」
「あなたが犯した大罪、それを公表しても?」
「……へぇ。耳を疑う発言ね。まさか脅される日が来るなんて。誘拐を経験したと思ったら今度は脅し。私の人生も愉快ね」
「もちろん私の独り言に過ぎませんが、その独り言を他の誰かに聞かれてしまうこともあるかも知れないと言うことです」
「あんたのことは嫌いじゃない。でも、私に楯突こうって態度は気に入らないわ」
「申し訳ありません。ですが、麗華お嬢さまのためです」
「ひとまずは、手を引く。あいつのことを調べさせるのはやめるわ」


万が一にもあの事が外部に洩れたら、あの子は……。


「ありがとうございます」
「でも覚えておきなさい。私は諦めたわけじゃないから」
「はっ……」
「下がっていいわ」
「失礼いたします」


……。

 



「まったく……」


朝霧海斗……あんたは何者なのよ。

どんな経歴だったとしても別に構わないのに。

成績や態度なんて二の次なのよ?

ただ知りたかった。

あんたがどんなヤツなのか、ってことを。

それだけ……。

 

……。