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同日 午後1時14分
大審院 第弐号大法廷
──ッ!!
サイバンチョ「……それで? 法務助士よ。審理中に、何用であるか」
アウチ「はッ! 何者かと思えば。法務助士……しかも、婦女子とは。そもそも……この、大審院。婦女子の立ち入りは、許されておらぬ!」
スサト「それは、承知しております。ほんの、5分だけ……お時間を! 弁護人に、渡さなければならない《証拠》がございます」
アウチ「かッ! もう、遅いワ! 審理はすでに、決したのだ!」
──ッ!
サイバンチョ「……5分。それ以上、待つことはできぬ」
アウチ「さ……裁判長閣下……!」
スサト「……ありがとうございます!」
……。
ナルホド「あの。あなたは……」
スサト「……時間がございません。さっそく、こちらを」
(これは……英語で書かれている。なにかの《報告書(レポート)》みたいだ……)
スサト「ジェゼール・ブレットさまの《研究資料》でございます」
ナルホド「……! あの、レディの……?」
スサト「先ほど……審理が再開してから、勇盟大学へ行ってまいりました。そして……医学部の、ワトソン教授の研究室で、これを借り受けたのです」
アソウギ「……そうか。レディは、ワトソン教授の研究室で学んでいるのだったな」
ナルホド「もしかして。その“研究”が……なにか、事件と関係があるのですか?」
スサト「わかりません。なにしろ……わたし自身は、この審理を聞いておりませんので」
(あ……そうか)
アソウギ「《クラーレの人体におよぼす効果、反応、および特徴について》……か」
ナルホド「く。“くらーれ”……なんのコトだ? (聞いたコトがないな……)」
アウチ「……時間ですぞ。場をわきまえぬ法務助士に、すみやかな退廷を求めるッ!」
スサト「……時間がなくて、詳しく読むことはできませんでしたが……。《資料》の最初に、内容をカンタンにまとめておきました。よろしければ、目を通してくださいませ」
ナルホド「……わかりました。ありがとうございます!」
─ジェゼールのレポート─
ジェゼールが勇盟大学で
研究している、日本では
未知の猛毒の報告書。
証拠品《ジェゼールのレポート》の
データを法務記録にファイルした。
スサト「それでは。ご武運を……」
……。
──ッ!!
サイバンチョ「英国からの客人を、これ以上待たせることはできない」
ジェゼール「…………」
サイバンチョ「最後に。もう一度だけカクニンしておくが……。検察側、弁護側とも。新しい《証拠》の提示は……もう、ないであろうか」
アウチ「……もちろん、ございません。審理はすでに、じゅうぶんかと!」
アソウギ「成歩堂。キサマには“選択の余地”など、存在しない。……これが。文字どおり、本当に最後の“機会”だ」
ナルホド「ああ。わかっているよ。……裁判長ッ! 《証拠》の提示をお許しください!」
サイバンチョ「……………その、目……。日本男児の、あきらめを知らぬ燃ゆる目である。……証人。ミス・ブレットよ。よろしいでしょうか」
ジェゼール「あら……なんでしょう?」
サイバンチョ「よろしければ……もうすこしだけ。おつきあい願えますかな?」
ジェゼール「せっかくのお誘いですけど……。そろそろ、午後のお茶の時間ですの。よろしければ、このへんで失礼を……」
サイバンチョ「恐れ入りますが、ミス・ブレット。“願えますか”とは尋ねましたが……。これは“要請”である。……そう、とらえていただけますかな」
ジェゼール「………………前から、思っていましたの。日本人の言語は……論理的ではない」
サイバンチョ「……恐れ入ります。レディ」
──ッ!!
サイバンチョ「……それでは、弁護人よ。提示するがよい。この審理で“検討”するべき新たな《証拠》とは……!」
──はいッ!
ナルホド「……ジェゼール・ブレットさん。勇盟大学では、ワトソン教授の研究室で研究されているそうですね」
ジェゼール「……………」
ナルホド「しかも。なんの偶然か……『猛毒』の研究を」
アウチ「な。なんですと!」
サイバンチョ「も。もうどく……。それは、いったい。どういうことかッ!」
アソウギ「その名は、《クラーレ》……。ほんのわずかな量が、体内に入っただけで《即死》する“猛毒”です」
──異議あり!
アウチ「な。なにを、ユメみたいなコトを言い出すのだ、キサマたちはッ! く。く。“くらーれ”だと……? そんな“毒物”……聞いたコトがないッ!」
アソウギ「……当然だ」
アウチ「な。なんだと……!」
アソウギ「聞いたコトなど、あるはずがない。なにしろ……我が大日本帝国には、まだ存在しない《毒物》なのだから」
ホソナガ「そ。“存在しない”……?」
ナルホド「そうなんです。つまり……。帝都警察が、いくら検査をしても。その《毒物》は絶対、検出されない。……なぜなら。この国では、それを検出する“方法”が存在しないのだからッ!」
アウチ「なんだとおおおおおおおおおおおッ!」
──ッ!!
──ッ!!
──ッ!!
サイバンチョ「静粛に! 静粛に! 静粛にッ! そのような“猛毒”……本当に、存在するのであるか……!」
アソウギ「……この、大英帝国の留学生による《研究資料》によれば。南亜米利加(アメリカ)の狩猟民族のあいだで、古くから矢毒(やどく)として用いられていて……欧州(ヨーロッパ)の科学者、医学者のあいだでは、よく知られた存在であるようです」
アウチ「や……どく……」
アソウギ「アマゾンの密林(ジャングル)に群生する、樹木の皮から抽出される猛毒で……今世紀初頭。探検家が欧州に持ち帰り、その存在を知られるようになった。これを塗った吹き矢が刺されば……その獲物は、“瞬時に”死ぬそうです。……そうですね? レディ」
ジェゼール「………………」
──異議あり!
アウチ「そ。そんな主張……もう、滅茶苦茶ですぞッ! そもそも! そんな“猛毒”が体内に入ったのならば。被害者は……もがき苦しみ、抵抗したはず。店内の者が、気づかないはずがない!」
サイバンチョ「むう……たしかに。どうだったのか? 刑事よ」
ホソナガ「モチロン。そのような騒ぎがあれば、当然……気がついたでしょう」
(……たしかに、教授が“苦しんだ”ようすは、記憶にないな……)
アソウギ「この《資料》によれば。“逆”……であるようだ」
アウチ「な。なんだと……“ぎゃく”……?」
アソウギ「被害者は、苦しむ“そぶり”を見せなかった。それこそが……《クラーレ》が使用された“証拠”と考えることができる」
サイバンチョ「それは……どういうことか。説明を願おう」
アソウギ「この毒は、体内に入ったその瞬間、全身の筋肉をマヒさせるそうです。つまり。チカラが完全に抜けて“動けなくなる”。たとえ、苦痛があったとしても、それを“表現”することができない」
ホソナガ「な……なんという……」
アソウギ「当然、チカラが抜ければ、被害者は倒れてしまう。だが……イスを使って、身体を支えれば……騒ぎにはならなかっただろう」
ナルホド「でも……亜双義。どうも、よくわからないな。筋肉がマヒするだけで……どうして“即死”なんだ?」
アソウギ「………………非常に、恐ろしいハナシだ。“猛毒”によって、全身の筋肉が瞬時にマヒして、被害者は動けなくなる。そして、そのマヒは最終的に……“呼吸”を司る筋肉を停止させるのだ」
ナルホド「こ。呼吸を……?」
アソウギ「つまり。直接的な死の原因は……“窒息”ということになります。その間、被害者の意識は“生きている”。ただ……動くことだけが、できない」
アウチ「そ。そんなことが……」
アソウギ「見ている者にとっては、ほんの一瞬。眠るような“即死”だが……。被害者にとって……これほど残酷な“死”は、ない。……それが、《クラーレ》という“猛毒”の正体……なのです」
…………………………
サイバンチョ「この、《硝子瓶》の中に……そのような“猛毒”が入っている、というのか……」
──異議あり!
アウチ「そ。そんな……イイカゲンな言い分があるかッ! 『未知の毒だから、検出できません』……だと? ふざけるなッ!」
ジェゼール「あの……ヒトコト、よろしいかしら」
アウチ「学生が、リクツばかりコネおって! 少しは、社会の規則を学べッ!」
──Shut up!
ジェゼール「学ぶのは……アナタ、ですわ」
アウチ「……は。はは。はははああああああっ!」
ジェゼール「………………つまり。これが、日本人の“やり方”というワケ、かしら?」
ナルホド「……どういうことですか?」
ジェゼール「勝手に他人の《資料》を盗み見て、自分で発見したかのように勝ち誇る……。まさに“卑劣”……そう言わざるを得ないわね」
アソウギ「恐れながら……“お互いさま”と言わせていただこう」
ジェゼール「……どういうことかしら?」
アソウギ「他人の“無知”につけこんで、堂々と《罪》を逃れようとする……。これもまた、“卑劣”……そうは思いませんか? レディ」
──異議あり!
アウチ「と……とにかくッ! この、亜内……認めるワケにはいかぬ! 大日本帝国に存在しない“毒”など……まさに、反則なりッ!」
ジェゼール「……ふふふふふ……」
ナルホド「な……なにがおかしいのですかッ!」
ジェゼール「……Excuse me. 裁判長サマ、でしたかしら?」
サイバンチョ「な。なんですかな? ミス・ブレット」
ジェエール「その、《硝子瓶》……ちょっと、よろしいかしら?」
サイバンチョ「あ。ああ……よいでしょう」
……。
ジェゼール「思い上がらないコトね。ちっぽけな……極東の島国のみなさま」
アソウギ「……どういうことでしょうか」
ジェゼール「英国人の目から見れば。ここで行われていたのは、まるでコドモの遊び。“警察ごっこ”に、“裁判ごっこ”……それはそれは、微笑ましいコト」
ナルホド「……!」
ジェゼール「でも。そろそろ、コドモの“お遊び”は終わりにいたしましょうか。……Cheers!」
ナルホド「ああああ……ッ! な。なんてコトを……!」
ジェゼール「ふっ……。……気の抜けた、炭酸水。まさに、この場にふさわしい一杯ね」
ナルホド「……………」
アウチ「……………」
サイバンチョ「……………」
…………………
ジェゼール「……あら。どうしたのかしら? みなさま……そんな顔をなさって」
ナルホド「………………」
アソウギ「その、硝子瓶に……《クラーレ》は“入っていなかった”と言うのか……」
ジェゼール「……ふふふふふ……『信じられない』という顔ね。でも……それが、《現実》なの。ワタクシの研究を、このような場で発表してくださって、感謝しますわ」
アソウギ「ぐ……ッ!」
ジェゼール「ごくろうさまね、ボウヤ。それじゃあ……裁判長サマ」
サイバンチョ「あ! な。なんでしょうかな!」
ジェゼール「……今度こそ。失礼してよろしいですわね? じゅうぶん、おつきあいしましたわ。……両国の“友好関係”のためにね」
サイバンチョ「お……恐れ入ります、レディ。……感謝のコトバもございません」
ナルホド「………………」
アソウギ「……こんな、馬鹿な……。あの《硝子瓶》には……“猛毒”が入っているハズなのだ! ……でも。それならば、なぜ……あの女は、それを飲みほして……平然と“生きている”のだッ! ……わからぬ……」
ジェゼール「極東の小さな島国で、戯れに見た、一幕ものの《喜劇》……。……我が大英帝国への、ゆかいな“みやげ話”といたしましょう」
(……あの硝子瓶に、“猛毒”は入っていたのか、どうか……。そして。もし、入っていたのなら、彼女が倒れない理由は、なにか……? “手がかり”はそろっているハズだ。あの《硝子瓶》。“猛毒”は……)
ナルホド「ワトソン教授が飲んだ《炭酸水》に、犯人は、猛毒《クラーレ》を入れた……。ぼくは……弁護側は。“主張”を変えるつもりはありません!」
アソウギ「な。なんだと……」
──異議あり!
アウチ「貴様は……いったい、今。なにを見ていたのだッ! この硝子瓶に《毒》など入っているハズがない! なぜなら……」
ナルホド「その“水”を、レディが飲んだから……ですか」
ジェゼール「そう……アキラカに《ムジュン》しているわね」
ナルホド「その《ムジュン》を解決する“コタエ”が……あるかもしれません!」
アウチ「な。なんだと……」
ジェゼール「……………」
(……目の前にある《謎》をひとつずつ。考えていこう……そのコタエは、かならず……《法廷記録》の中にあるはずだ!)
──ッ!!
サイバンチョ「……それでは。被告人……いや。若き弁護人よ」
ナルホド「……!」
サイバンチョ「そなたに《証拠品》の提示を命ずる。猛毒(クラーレ)の混入した水を飲んだにも関わらず、この承認が無事だった理由とは……!」
──はいッ!
ナルホド「その“コタエ”は……もちろん。証人の《研究資料》の中にあります!」
──異議あり!
アウチ「そんなもの。“コタエ”になっておらぬ!」
ナルホド「え……」
アウチ「なにしろ……。ワレワレは、英語などサッパリとコレ、理解不能なりッ! 小生意気な若造め! 馬鹿にするなッ!」
(……馬鹿にはしてないし、イバるところでもないような……)
サイバンチョ「たしかに……この《資料》は、あまりにも膨大すぎるようだ。では……さらに、弁護人に“提示”を求めるものとする。この《資料》……どの項目に、そなたの主張する“コタエ”があるのか!」
===================
◎概要◎
南亜米利加(アメリカ)の密林地帯において、
ある樹木の樹皮から精製される。
この地の狩猟民族が、古くから
獲物を狩る際に使用してきた。
◎特性◎
効果:ごく少量で、瞬時に全身の筋肉を
マヒさせて、死にいたる猛毒。
条件:吹き矢など、傷口から体内に
入ったとき、毒性を発揮する。
◎応用◎
全身の筋肉がマヒするという特性から、
《麻酔薬》としての利用が考えられる。
全身マヒにより、患者の呼吸が停止する
問題の解決が課題となるであろう。
==================
ナルホド「……今。《クラーレ》のコトをいろいろ、聞いていて……。……ひとつ。気になったことがありました」
サイバンチョ「気になったこと……?」
ナルホド「この“毒薬”は、ムカシから狩猟民族が使っていて……。吹き矢の先に毒を塗って、獲物を“狩る”わけですよね」
サイバンチョ「さよう……そのようである」
ナルホド「それで。狩った獲物は……みんなで“食べる”わけですよね」
アウチ「それが、なんだと言うのだッ!」
ナルホド「……でも。獲物の体内には、さっきの吹き矢の“猛毒”が残っているワケですよね」
アソウギ「た……たしかに、そうだ……!」
ナルホド「ふつう、食べませんよね? 恐ろしい“猛毒”を持った獲物なんか」
サイバンチョ「それは、無論……“食べよう”とは思えぬ……」
ナルホド「それで、気がついたんです。この、《研究資料》……。『特性』の項目に、こう書かれているのです。“傷口から体内に入ったとき、毒性を発揮する”……と」
サイバンカン「……き。“傷口から”……」
ナルホド「わざわざ、そう書かれているのが引っかかったのです」
ジェゼール「…………」
ナルホド「つまり。この《資料》から読み取れる“事実”は……こうです。《クラーレ》は、傷口から体内に入ると、恐ろしい“猛毒だけど……。“口”から入った《クラーレ》には……毒性は、存在しない!」
アウチ「な。なんだと……」
ナルホド「……ジェゼールさん! あなたは、この“猛毒”……《クラーレ》の“特性”を知っていた。だから! あれほど自信たっぷりに飲みほすコトができたのです!」
ジェゼール「…………………この。ナマイキな……」
ジェゼール「ガキめがァァァァァァァァァァァァッ!」
アソウギ「……成歩堂。キサマは……オレの思った以上に優秀な弁護士だったぜ」
ナルホド「……亜双義……(この、ぼくが……“弁護士”……)」
──異議あり!
アウチ「そ。そんな、ツゴウのいい《毒》など、あってたまるかッ! だいいちッ! それならばいったい、なぜ……」
──Shut up!
ジェゼール「……無知なオコサマが、“知恵”というオモチャを手に入れた、ってワケ? でも。慣れないオモチャを振りまわしたって、コッケイなだけ」
ナルホド「……どういうことですか?」
ジェゼール「ボクちゃんの、ザツな主張には致命的な《ムジュン》があるってコト」
ナルホド「ぼ。ボクちゃん……」
アソウギ「む。ムジュン……」
ジェゼール「ご想像のとおり。《クラーレ》は飲んでも安全な“猛毒”よ。。ヒトの胃液の“酸”と反応して、吸収されなくなると考えられているわ」
ナルホド「そ。そういうこと、なのですね。(……なんだ“イエキ”って……)」
ジェゼール「……でも。飲んでも安全な“猛毒”だったのならば……。あわれな教授が、炭酸水を“ガブ飲み”したって、死ぬハズがないじゃない?」
ナルホド「あ……」
アウチ「た。たしかに……」
サイバンチョ「そのとおりであるッ!」
ジェゼール「それが、“カガク”よ。おかわり? ボクちゃん」
──ッ!!
──ッ!!
──ッ!!
サイバンチョ「静粛に! 静粛に! 静粛にッ! 同じ《猛毒》を飲んだのであれば、当然。その結果は“同じ”である……」
アソウギ「そ。それでは……つまり!」
アウチ「この《クラーレ》という猛毒は、事件と“無関係”というコトですな!」
ジェゼール「……そういうコト。それぐらい。文明から取り残されたボクちゃんにも、わかるわよねえ!」
ナルホド「………………」
(……この、感じ……)
(……はじめて感じた。自分の中から、ほとばしる……“ムジュン”に対する《確信》と、《怒り》にも似た、この感情……。……すべて、ぶつけてやるんだ。この指の先にいる……“獲物”に!)
──異議あり!
ナルホド「そうはいきません。……ジェゼールさん」
ジェゼール「な。な。なによ……その目は!」
ナルホド「……あなたには、わかっているはずです。同じ《猛毒》をクチにした被害者と、あなた自身……被害者だけが亡くなった、その“ムジュン”のコタエを!」
ジェゼール「……!」
──ッ!!
サイバンチョ「……それでは、弁護人。《証拠品》の提示を命じます。クチにしても、害のないハズの《猛毒》だったにも関わらず……。なぜ。被害者だけが、《クラーレ》によって、命を落としてしまったのか……?」
──くらえ!
ナルホド「ワトソン教授と、この証人は、たしかに、同じ“水”を飲みました。しかし……2人には、決定的な“相違点”があったのです」
サイバンチョ「決定的な……“相違点”……?」
ジェゼール「……!」
ナルホド「《クラーレ》は、傷口から体内に入ったとき、その毒性を発揮する。……だから、健康な人間がそれをクチにしても、害にはならない。しかし……その、クチの“中”に、《キズ》があったら……どうでしょうか」
アウチ「く。クチの中……ですと?」
ナルホド「……そうです。たとえば……。歯科医院で、ムシ歯を抜いた直後だった……とか」
アウチ「あ…………」
サイバンチョ「ああああああああああああああッ!」
ナルホド「……ジェゼールさん。あなたは何度か《証言》していますね。あの日。ワトソン教授が、ムシ歯を抜くのを“知っていた”……と」
ジェゼール「ぐ……ッ!」
アソウギ「そうか……この証人は、それを“利用”したのだな……」
ジェゼール「…………………………くっ……くっ……くっ……」
(……な。なんだ…………笑っている……)
ジェゼール「セッカクなので……もう一度。言わせていただきますわ。ホント……まるで、コドモの遊びね。詰めのアマい、“裁判ごっこ”……」
ナルホド「ど。どういうことですか……」
ジェゼール「こういうことよ。……ボクちゃん──」
ナルホド「……!」
アソウギ「……!」
アウチ「……!」
サイバンチョ「……!」
ジェゼール「ダイジな《証拠品》を、考えなしに渡すとどんな“事故”が起こるか……」
ナルホド「や……やめろ!」
ジェゼール「……このワタクシが。特別に、教えてあげますわ」
──ッ!!
ジェゼール「……あら。どうしましょう。ダイジな《証拠》がなくなってしまいましたわねえ」
ナルホド「え…………ええええええええええええッ!」
……なんだ!
なにが起こったのか……ッ!
あの、英国人が……
硝子瓶を、コナゴナに……!
大審院の審理だぞ!
……なんたる失態かッ!
サイバンチョ「係官ッ! なにをしている! はやく……床にこぼれた《炭酸水》を、回収するのだッ!」
ジェゼール「……ムダなコト。このジュータンは我が大英帝国が寄贈したもの。それはそれは、キモチよく“水”を吸いますのよ。……貴国の技術では、とうてい回収は“不可能”……ですわよ。おーっほっほっほっほっ!」
ナルホド「な。なんというコトを……。こんなの……決して許されるコトじゃないッ!」
ジェゼール「まあ……ボクちゃんが、いくらがんばって机を叩いてみても。硝子瓶に《毒》が入っていたか……もう。永久に、わかりませんわね」
アソウギ「……き。キサマ……!」
ジェゼール「そして……その、一方で。ハッキリと《証拠》が残っているコトがある。そうですわね? ……検事サマ」
アウチ「……ええ。ええ。この《写真》でございますね!」
ジェゼール「……そう。この《写真》を見れば、誰だって、ナットクするでしょう。あわれな教授は、このワタクシに背を向けて座っているのですから……。被害者を《正面》から撃つことができたのは“ボクちゃん”だけ」
──異議あり!
アソウギ「……あの日。貴女は、《クラーレ》を用いて、被害者を“毒殺”した。そして……成歩堂龍ノ介にその《罪》を着せるために……」
アソウギ「床に落ちていた《拳銃》を拾った、その瞬間を見はからって……。……隠し持っていた拳銃で、教授の“遺体”を、撃った! そして……事件の騒ぎにまぎれて、遺体ごと、イスを“回転”させればよい。……これならば。貴女にも犯行は“可能”であるッ!」
ジェゼール「……くっ……くっ……くっ……たいした“空想”ね……ボウヤ」
アソウギ「……!」
ジェゼール「“隠し持っていた拳銃”……? “すでに死んでいた教授”……? ザンネンだけど……なにひとつ。《証拠》なんて、存在しないわ」
アウチ「そ。そのとおりですぞッ! 《証拠》がない以上。検察側の主張は、変わりませぬ! 被害者……ワトソン教授に銃弾を放って、その命を奪ったのは……。被告人・成歩堂龍ノ介より他にはいないのでありますッ!」
ナルホド「……うう……ッ!」
サイバンチョ「……むうううう……」
(く……くそッ! こんな。馬鹿なことが……。ここまで追いつめたのに……逃げられてしまうのか! ……あの女の、卑劣な“証拠隠滅”によって……!)
アソウギ「……成歩堂!」
ナルホド「あ……亜双義!」
アソウギ「ここまで来たら……あとは、もう……キサマしか、いない!」
ナルホド「え……! ど。どういうことだ……」
アソウギ「決定的な《証拠》が失われた、今。最後の“手がかり”があるとすれば……。それは、もう……キサマの“アタマの中”だけだ!」
(ぼくの……アタマの中……)
アソウギ「たしか、言っていたな? “観察眼”だけは自信がある……と」
ナルホド「も。モチロンだとも!」
(……イヤでも目立つ西洋美人を見落とすテイドだけど……)
アソウギ「もう一度、思い出すんだ。あの瞬間……その“光景”を! キサマが見て、感じた……その“色”や“匂い”までも」
ナルホド「……!」
(あのとき。ぼくが見て、感じた……)
(……その“色”までも……。……どうだろう……この、“総天然色”の《記憶》の中に、眠っているのだろうか……? ワトソン教授を撃った犯人を示す“手がかり”が……)
ナルホド「……亜双義。もしかしたら……見つけたかもしれない。ぼくの《記憶》の中に眠っている……“手がかり”を!」
アソウギ「……マッタク。驚くべきオトコだな、キサマは。ヤツらに、つきつけてやるがいい。……その“手がかり”をな!」
ナルホド「……ああ。わかった!」
(……ぼくの《記憶》の中に眠っている、ある“違和感”……。それこそが。《真実》にたどりつく“カギ”になるのか……)
ナルホド「……ワトソン教授を撃った犯人を示す“手がかり”とは……!」
──くらえ!
ナルホド「ホソナガ刑事さん! ……よろしいでしょうか」
ホソナガ「はッ! はい! なんでしょうかッ!」
(……硝子瓶をパリンとやられて放心していたようだな……)
ナルホド「あの。たしか、刑事さんは“カンペキ”を目ざしているのですよね」
ホソナガ「そのとおりですッ!」
ナルホド「もしかしたら……刑事さん。現場から“押収”していませんか? あの日。被害者の食卓に運ばれたビフテキの“お皿”を……」
──異議あり!
アウチ「ま。待ちなさい! いったい……どういうコト」
──Shut up!
ジェゼール「いったい……どういうコトかしら?」
ナルホド「……ぼくの《記憶》です」
ジェゼール「“キオク”……?」
ナルホド「あのとき。ぼくは“見た”のです。この、現場を撮影した《写真》……ここに写っている、ビフテキの乗った、木製のお皿に……」
ナルホド「……“血”がついていたのを」
アウチ「な。なんですと……」
ジェゼール「………………それが、なんなのかしら? 当然……アナタが、教授を撃ったときに飛び散ったのでしょうね」
ナルホド「……それは、違うと思います」
ジェゼール「……!」
ナルホド「もう一度。《写真》の“位置関係”を、よく見てください。ビフテキの“皿”は……被害者のほぼ《真後ろ》にあるのです。もし……ぼくが、“正面から”教授を撃ったとしたら」
ナルホド「その《真後ろ》にある“皿”に血が飛ぶコトは、あり得ません!」
アウチ「あ……!」
アソウギ「……そうか……。ビフテキの“皿”に、血痕が付着したということは。被害者を撃ったのは……“皿”を挟んで、食卓の“向かい側”にいた人物。……ジェゼール・ブレットだ」
ジェゼール「……What……?」
──異議あり!
アウチ「こんな……ムチャクチャな“言いがかり”があるかッ! キサマの“キオク”だと……? そんなもの、信じられるかッ!」
──待ったッ!
ホソナガ「……この、細長 悟は……。……たった今。この一瞬のために、刑事となったのかもしれません」
ナルホド「ほ。ホソナガ刑事……! それでは。もしかして……」
ホソナガ「モチロン。持ち出してありますとも! 『現場保存』という正義の名のもとに! たとえ“現場ドロボー”と呼ばれようと。食べ残したニクごと、すべて!」
ジェゼール「……なんですって……」
ホソナガ「レディの召しあがったビフテキも、ついでに、軍人が食らったニクすらも」
ホソナガ「すべて“平等”に《正義》を振りかざして押収してやりましたッ!」
ナルホド「……レディの“皿”に、血痕が残っているか、どうか……今すぐ、調べてくださいッ!」
サイバンチョ「……それでは、刑事よ! 事件当日。被害者の食卓にあった“ビフテキ”の提出を命ずるッ!
はああああああああああいッ!
……。
ホソナガ「……お待たせいたしました。……こちらが、その“ビフテキ”でございます」
ナルホド「そ。それで、ち……血は! どうなのですか血はッ!」
アウチ「あ。あるワケがない……血などッ!」
サイバンチョ「は。はやく……見せなさい! 血をッ!」
ホソナガ「……それでは。ココロゆくまで、ご覧ください」
……“血”の、跡は……
……どこにも、ない……
ナルホド「そ。そんな……そんな。馬鹿なあああああああああああああッ!」
(……だって。たしかに……あのとき。ぼくは、見たんだ! 教授の背後にあった、ビフテキ。……あの皿の“血”を……!)
ジェゼール「……くっ……くっ……くっ……。みっともないカオねェ、ボクちゃん! だから! 日本人のコトバは信用できないと言われるのよ!」
ナルホド「……ぐ……ッ!」
アウチ「まさに、そうですぞ! ……この、日本人めがッ!」
──ッ!!
サイバンチョ「本法廷は……今度こそ“結論”が出たと考える」
ジェゼール「……Sure. モタモタ見苦しい“裁判ごっこ”……。慈愛の目で、『見なかったこと』にしておきましょう」
ナルホド「…………………」
アウチ「はッ! こんな、ショボくれたニク、何度見つめても同じコトだ。ショボくれた目で、ココロゆくまでご覧になるがいいワッ!」
─ビフテキ皿─
ジェゼールが注文したという
ランチ。事件の直後、
被害者の食卓から押収された。
証拠品《ビフテキ皿》の
データを法廷記録にファイルした。
(……ぼくが見た“血”は、マボロシだったのか……。……今度こそ。……ぼくたちの、負け……)
アソウギ「……成歩堂。まだ、最後の《木槌》は鳴っていないぞ」
ナルホド「え……」
アソウギ「……キサマ自身を信じろ。最後まで、目をそらすな」
(……自分を、信じる……。……自分の目で、一度。くわしく“調べてみる”べきか……)
サイバンチョ「弁護側の要請によって提出された《証拠品》に、問題はなかった。……これにて、すべての《証拠》の検討を終了する。それで、よいな? ……弁護人よ」
(……あの“血痕”こそ、最後の《決め手》になるはずだった。……教授の食卓の、ビフテキ。もう、他に《手がかり》は……。常識で考えれば。さすがにこれ以上、“手がかり”なんて……)
アソウギ「……常識で考えれば。そもそも。シロートの学生たるキサマが、ここまで闘うことなど、不可能だった」
ナルホド「亜双義……」
アソウギ「“好機(チャンス)”とは、それを逃さぬ意志を持った者のみ、つかむことができるもの。そのビフテキ……もう一度、よく調べてみろ。……弱音を吐くのは、それからだ!」
(……《証拠品》を、くわしく“調べる”か……!)
……。
ナルホド「えええええええええええッ! なな。な……な。なんだなんだ、コレはッ!」
アソウギ「どうやら……《小判》だな。“極印”から見るに、『宝永』か……」
ナルホド「いやいやいや! そういうコトじゃないよ! なんで、ニクをめくったら下から《小判》が出てくるんだよ! ………………待てよ。『宝永』だって……?」
アソウギ「うむ……肉汁まみれだが、状態はよい。なかなかの《値打ちもの》だろう」
(“宝永の小判”……どこかで聞いたような……)
アソウギ「『ネコに小判』は聞いたコトがあるが、『ニクに小判』は、初めて聞いたな」
ナルホド「……もう二度と聞くこともないと思うぞ」
(とにかく……ここへ来て、トンでもないものが出てきたな……)
アソウギ「まさか、ブ厚いニクの下から貴重な《小判》が出てくるとはな。しかも。『宝永』といえば、かなりの《値打ちもの》だぞ」
ナルホド「しかも。ほどよく肉汁とからめられているとはな」
アソウギ「……食らうつもりか? 成歩堂」
ナルホド「とにかく。これから、洋食堂でビフテキが出てきたら……まず、ドキドキしながらめくってみることにするよ。ニクを」
アソウギ「……キサマ。『当たりつき』かなにかと間違えてないだろうな……」
(ニクの下から現れた、小判。……考えられることは……)
ナルホド「この、鉄板の《刻印》は……ネコかな」
アソウギ「ウシだろう。洋食の王様といえば、やはり“ビフテキ”だからな。洋食堂(レストラン)ごとに、特注で《刻印》を打った鉄板を使っているのだ」
ナルホド「《ラ・クワントス》の“商標(マーク)”というワケか……」
……。
──ッ!!
サイバンチョ「……どうやら。弁護側は、完全に沈黙したようである。その“沈黙”を最終的な回答と答えるものとして……」
──異議あり!
ナルホド「……裁判長、お待ちください! このビフテキには……まだ。驚くべき《手がかり》が隠されているのですッ!」
──異議あり!
アウチ「“驚くべき”は、ビフテキに対するキサマの異常なコダワリだッ!」
ジェゼール「……裁判長サマ。わかっているわね? これ以上の“モタモタ”は……さすがに、目はつぶれませんわ」
サイバンチョ「ここまで来たら。すべての《手がかり》は、検討すべし。それが、本法廷の判断である。……申しわけございませんな、淑女(レディ)殿」
ジェゼール「……それが、友好国に対する貴国の回答、というワケ……?」
ナルホド「さ……裁判長……」
──ッ!!
サイバンチョ「それでは、弁護側に《指摘》を命じます! 被害者の食卓にあったビフテキ……そこに隠れた《手がかり》とは!」
──ここだ!
サイバンチョ「こ。こ……こ。これは……!」
アウチ「こ。こ……こ。コバン……?」
ジェゼール「なによ……これ……」
ホソナガ「これは。『宝永』の小判……」
ナルホド「……ジェゼールさん。これは……事件当時。あなたが食べたはずのビフテキですね」
ジェゼール「…………」
ナルホド「……どうして。ニクの下に、こんなものが隠れているのですか?」
──Shut up!
ジェゼール「ナニ言ってるのよ! 知るワケないじゃないの! そんなの……見たコトない! ヘンなコトに巻きこまないで!」
──異議あり!
アウチ「そんなコトは、どうでもいいッ! ニクの下の、小判など……。あわて者の料理長がウッカリしてたまたま、まぎれこんだだけだッ!」
──異議あり!
アソウギ「こんなシロモノが、たまたままぎれこむ厨房(キッチン)があるかッ! なにげなくニクをめくってみたら、宝永の小判が挟まっていた……。もし。これが事件と“無関係”ならば。英国留学など、いつでもやめてやるッ!」
(……たしかに、そうだよな……)
ナルホド「……あの! いいでしょうか!」
サイバンチョ「なんであるか? 弁護人よ」
ナルホド「なにげなくニクをめくってみたら、おつゆまみれの小判が挟まっていた……。もし。これが事件と“無関係”なら。弁護人なんて、いつでもやめてやります!」
──異議あり!
アウチ「誰もアンタになど、頼んでおらぬ! 今すぐにでも、やめちまうがいいわッ!」
──Shut up!
ジェゼール「そもそも。アンタ自身が“無関係”なのよ……ボクちゃん」
(……うううう。裁かれているの、ぼくなのに……)
ナルホド「……とにかく! この小判の“持ち主”に、事情を聞くべきです!」
サイバンチョ「……小判の“持ち主”……」
(そう……単純に考えれば。“あのヒト”しか、いない……!)
ナルホド「ビフテキの下からあらわれた、小判。……その“持ち主”の名前は……!」
──くらえッ!
ナルホド「……それは、もちろん。骨董屋《ぽんこつ堂》の亭主、園日暮三文(そのひぐらし さんもん)さんです!」
ジェゼール「……ソノ……ヒ……? 日本人らしい、奇々怪々な名前ね」
サイバンチョ「その名は、たしか……。さきほど、帝国軍人とともに《証言》した人物……であるか」
ナルホド「はい。そのとおりです」
アソウギ「……たしかに。あのご老人は、《小判》について、語っていた。事件が起こった、その“瞬間”……」
~~~~~~~~~~~~~~~
ソノヒグラシ「“銃声”など、そっちのけで、床に這いつくばっておった也」
ナルホド「“這いつくばって”……って、なにをなされていたのですか?」
ソノヒグラシ「……“探し物”じゃよ。小判じゃ! 上物の、『宝永』の小判なのじゃ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~
サイバンチョ「ほ。『宝永』の小判……それでは。もしや、これは……!」
──異議あり!
アウチ「し。しかしッ! 骨董屋の小判が、なぜ……。被害者の食卓のビフテキに挟まってなきゃならんのだッ!」
──はいッ!
ナルホド「それを……ご本人のクチから聞くべきだと思います!」
──ッ!!
サイバンチョ「……係官よ。先ほどの2人の証人を、大至急連れ戻してくるように。……今、すぐにッ!」
(まさか……こんなところで、またあの2人の存在が浮上するとは……。でも。なんとなく……確信にも似た“予感”がある。この、小判の“意味”を追及していけば……。それは、かならず。今回の事件につながっている……!)
……。
ウズクマル「い。いったい。今の今さら、何用だと言うのかッ! この、渦久丸。我が子九郎丸にゴハンを食らわす時間であるッ! ハラをすかせた我が子九朗丸は、野良イヌ以上に凶暴ぞッ!」
ソノヒグラシ「ワシらは、警察のイヌとして、いつわりの《証言》をしたと暴かれ……。文字どおり《ぽんこつ》のラク印を押され、法廷から追放されし野良イヌ。すでに、語る言葉ヒトツもなく、タソガレに今日を生きる所存也」
サイバンチョ「……《ぽんこつ》の亭主よ。ひとつ、カクニンさせていただく」
ソノヒグラシ「嗚呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼ッ! そ。それは。それこそは。まさにそれこそは。まさしくそれこそは……あの日。この《ぽんこつ》が失いしヒカリ輝く『宝永』の上物也ッ!」
アウチ「な……なんと……!」
ナルホド「やっぱり……そうでしたか」
ソノヒグラシ「若いのッ! ……この、明日をも知れぬ老いぼれに、教えてくださらぬかッ! いったい……我が珍宝。どこに落ちていたのかッ!」
ナルホド「えッ! “落ちていた”と言うべきかどうか、わかりませんが……」
アソウギ「……小判は、牛のニク片と鉄板の間に、“調味液(ソース)”にまみれて挟まっていました」
ソノヒグラシ「な。な。な。なんと……? ニク片と……鉄板、となッ!」
アソウギ「……当然。そんなトコロに小判を“落とす”のは、不可能です。つまり……“誰か”が、そこに《隠した》ということになる」
ソノヒグラシ「我が『宝永』を、ニクと鉄板の間に……《隠した》……じゃと……? いったい……誰がッ! そのような、不届きなコトをッ!」
アソウギ「………………」
アウチ「………………」
サイバンチョ「………………」
ホソナガ「……恐れ入りますが。ワタシから……ヒトコト。よろしいでしょうか?」
ナルホド「ホソナガ刑事……!」
サイバンチョ「申し述べるがよい……刑事よ」
ホソナガ「………………。先ほども申し上げましたが……この、ホソナガ。ある事件の捜査のため、給仕長としてあの洋食堂に“潜入”しておりました」
アウチ「そういえば、そうでしたな。《潜入捜査》とか……」
ホソナガ「《ラ・クワントス》は、高級西洋料理店。外国人をはじめ、裕福な客が集まります。最近。そのような客の持ち物を狙った同じ手口の“盗難”が相次いでいる……。先日、そのような“通報”が帝都警察本部に入ったのです」
サイバンチョ「むううう……許しがたき“卑劣漢”であるな……」
ホソナガ「被害者には、外国人も多く、迅速なる解決が求められました」
ナルホド「それで……刑事さんが《潜入》していたワケですか……」
ホソナガ「ハイ。憎むべき“不届き者”の犯行をおさえるべく、料理を運んでおりました。……どうやら。この“小判”も。同じハンニンの仕業と考えられます」
アソウギ「洋食堂に出没する《大泥棒》……か。オレたちの知らないトコロで……。あの洋食堂では、すでに“事件”が起きていた……というコトらしいな」
ナルホド「……《大泥棒》かどうかは、ともかく。亭主の小判を盗んで、隠した者の“正体”は、アキラカです」
アウチ「え……!」
ソノヒグラシ「な。なんじゃと……」
──ッ!!
サイバンチョ「どうやら……弁護人の“考え”を聞くべきようである。園日暮老人の小判を盗み、ニクの下に秘匿した、憎むべきハンニンとは……!」
──くらえ!
ナルホド「それは……もちろん。……あなたですね! ……渦久丸軍曹ッ!」
ウズクマル「き………キサマ……。なんという……この。“人でなし”めが……!」
ナルホド「ひ。ひとでなし……?」
ウズクマル「“小判を盗んだ”……だと? “洋食堂の大泥棒”……だと? キサマは……ホンキで“告発”するつもりなのか……?」
「この……我が息子、九朗丸が! すべての“ハンニン”であるとッ!」
ナルホド「…………………」
アウチ「………………」
サイバンチョ「………………」
ナルホド「……ムジャキな我が子に“罪”をなすりつけるなんて……。“人でなし”は、あなたのほうです! ……渦久丸軍曹ッ!」
ウズクマル「……………う……………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッぱからッががあああああああああああああああああああああああああああああああああッ……」
ウズクマル「大日本帝国陸軍 渦久丸泰三軍曹。……大審院にて、散りぬッ!」
……。
ウズクマル「……キサマたちは、知っているか。この国を守るべき、帝国軍人の……ビックリするほどの給金の“低さ”を」
サイバンチョ「先の戦時における臨時増税より、戦争が終わった今も、税率は据えおかれ……。下士官(かしかん)たちの生活は、苦しいとは聞いているが……」
ウズクマル「この九朗丸に……あたたかいメシを食わせてやりたかったッ!」
ナルホド「それで……あの洋食堂でドロボーを……?」
ウズクマル「……あの店には、カネ持ちが集まってくる。我は……3日に一度。あの洋食堂に通って、《獲物》を探していたのだ。……ランチのビフテキを、我がジマンの歯で噛みちぎりながらッ!」
(……見た目どおり。ナイフとフォークは使えないみたいだな……)
アソウギ「……それで、あの日。ご老人の、小判を……?」
ウズクマル「………………そのとおり、である。ご老人は、スキだらけで……その。我は、難なく小判をポッケに入れた」
ソノヒグラシ「ううううむ……なんたるミゴトな“怪盗”っぷり也……」
ウズクマル「そして。食いかけのビフテキもそこそこに、帰ろうとした……その瞬間」ナルホド「……あの“事件”が起こったワケですね……」
ウズクマル「あのとき。ポッケを調べられては、我が身と九朗丸は、破滅するしかない。そう考えた我は……とっさに、小判を隠したのだ。ビフテキの、その“下”に……いつか、再会できることを祈って!」
ナルホド「………………」
サイバンチョ「………………」
ソノヒグラシ「………………」
アウチ「………………」
アソウギ「………………」
………………………
……バカバカしいコト……
ジェゼール「……くだらない茶番は、ワタクシのいないトコロでやっていただけるかしら」
ナルホド「……ジェゼールさん……」
アウチ「お……おおお。これは失礼いたしましたぞッ! ワケのわからぬ“足止め”も、今度こそ。オシマイにさせますので……。どうぞ。ココロおきなく、お帰りいただきますよう……ッ!」
サイバンチョ「むううう……たしかに。ご老人の小判を盗んだのは、この“子連れ軍人”である、ということは。ワトソン教授の“殺人事件”とは無関係……ということになる」
ジェゼール「……そういうコト。ビフテキに小判を隠すなど……まるで“ノンセンス”な発想ですわね」
ナルホド「の。のんせんす……」
ウズクマル「……うううううう……ッ……」
ジェゼール「そもそも。ナイフとフォークも使わず、ビフテキにかぶりつく……なんて。むしろ、“ノンセンス”以下……センスのカケラもありませんわ」
──ッ!!
サイバンチョ「……その《証言》の疑問がついに、すべて消えた以上。本法廷は、この証人を引き留めることはできぬ。……どうぞ。お帰りください、レディ」
ジェゼール「……それでは。失礼いたしますわ。みなさま。ごきげんよろしゅう。……Ciao.」
ナルホド「…………………」
アソウギ「どうした? 成歩堂。ボンヤリしている場合ではないぞ!」
ナルホド「あ。いや……。今の、ジェゼールさんの“最後のコトバ”なんだけど……」
(なんだろう……妙に、ココロに引っかかる……。まるで。《証言》に、致命的な“ムジュン”があったときのような)
アソウギ「……それならば! 考える前に、とりあえず叫ぶんだ!」
ナルホド「え……」
アソウギ「考えるのは、それからでいい。……審理が終わる前に、叫べ!」
──待った!
ナルホド「お待ちください! ……ジェゼールさん……!」
ジェゼール「……まだ、なにか?」
ナルホド「ジェゼールさん。今度こそ……最後です。どうか……説明をしていただけますか。あなたの、最後のコトバ。……その“ムジュン”について」
ジェゼール「……なんですって。“ムジュン”……?」
──異議あり!
アウチ「き。キサマ……いったい、ナニを言い出すのだッ!」
アソウギ「どういうことだ、成歩堂! あの女の“最後のコトバ”といえば……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ジェゼール「ビフテキに小判を隠すなど……まるで“ノンセンス”な発想ですわね。そもそも。ナイフとフォークも使わず、ビフテキにかぶりつく……なんて。むしろ、“ノンセンス”以下……センスのカケラもありませんわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(……やっぱり。このコトバには決定的な“ムジュン”がある……!)
──ッ!!
サイバンチョ「……それでは、弁護人に、《証拠》の提示を求めるものとする。証人、ジェゼール・ブレットのコトバの“ムジュン”を立証する《証拠》とは!」
──くらえ!
サイバンチョ「事件直後に撮影された写真(ほとがらひい)……ですか」
ナルホド「注目するべきは、そこに写っている食卓の上の“ビフテキ皿”です」
サイバンチョ「これは……事件が起こったときレディが召しあがっていたビフテキ……」
ナルホド「……正確には。事件が起こったとき。“被害者の食卓にあった”ビフテキです」
アウチ「ど。どっちも同じコトではないかッ!」
ジェゼール「……………」
ナルホド「このビフテキには……ひとつ。トテモ“不自然”なトコロがあります」
アウチ「なんだと……“不自然”……?」
ナルホド「それは……もちろん。ニクの“切り口”です」
ジェゼール「……!」
ナルホド「お気づきになったようですね。……ジェゼールさん」
サイバンチョ「どういうことかッ!」
ナルホド「ジェゼールさんは、先ほど……こう言いました。ナイフとフォークを使わず、ビフテキに“かぶりつく”など、考えられぬ……と」
アウチ「そ。それは、そうでしょう! この方は“レデエ”なのですぞッ!」
ナルホド「……では。このビフテキの“切り口”を見てください! ……ごらんのとおり。野性味あふれる“歯型”が刻まれている!」
アウチ「あ………!」
サイバンチョ「ああ……ッ!」
ジェゼール「…………Ah……!」
アソウギ「あの、女……なにかに気づいたようだな……」
ナルホド「もし。証人が、ナイフとフォークで“上品に”いただいたのならば……。ビフテキが、このような“無残な姿”になるハズがないのです!」
──異議あり!
アウチ「し。しかし……だから、なんだと言うのだッ! それは……レデエだって、ハラペコのあまり、ニクにかぶりつくコトだって」
──Shut up!
ジェゼール「………………」
アウチ「あ。な。なんでしょうかな、レデエ……」
ジェゼール「……もう、本当に、失礼しないと。外務大臣と、午後のお茶の約束がありますので」
アウチ「あ……し、しかし。本当に、もうすぐ、終わりますぞ! この亜内におまかせいただければ、若造に“ぎゃふん”と言わせて」
──Shut up!
ジェゼール「……ダマりなさいな。……この、メガネサムライくずれがッ!」
アウチ「……は。はははははああああああッ!」
アソウギ「な。なんだ……レディめ。急に、様子がおかしくなったぞ」
ナルホド「……どうやら。あのレディにも、わかったみたいだ。ビフテキの“歯型”が、最終的に『なにを意味するか』……?」
アソウギ「な……なんだと! 成歩堂。キサマ……」
(今度こそ……これで。すべてが、つながった……。上品にいただいたハズのニクに刻まれた、みにくい“歯型”も……。ぼくが見たはずの“血痕”が消失してしまった“理由”も…………そして。誰が、ワトソン教授を撃ったのかを立証する……その《証拠》も……!)
──ッ!!
サイバンチョ「……たしかに、このビフテキは“不自然”かもしれぬ。しかし……それで、いったい。なにがわかると言うのか」
ナルホド「……この事件の“すべて”です」
アウチ「す。“すべて”……だと……?」
ナルホド「この、みにくい“歯型”の刻まれたビフテキは……決定的な《証拠》につながっているハズなのです。誰が、ワトソン教授を撃ったのか……それを立証する《証拠》に!」
──Shut up!
ジェゼール「そんなコトバは、もうたくさん! ……決定的な《証拠》ですって? あるはずがないわ! 日本人らしい、ウスっぺらいハッタリね」
アソウギ「……どうして、そんなことが断言できるのですか?」
ジェゼール「カンタンなコト。そんなものがあるのなら。とっくに《提出》されているからよ!」
ナルホド「……たしかに。現時点で、提出されてはいないようです」
アウチ「な……なんだと……!」
ナルホド「でも。だからと言って……それが“存在しない”とはかぎりません」
──異議あり!
アウチ「馬鹿な! ここまで審理を続けて、提出されておらぬ《証拠》、など……それは、つまり。そんなものは“存在しない”ということだッ!」
──異議あり!
ナルホド「でも! その《証拠》を“持っている”人物ならば……わかっています!」
ジェゼール「……!」
ナルホド「その人物にお願いして、《証拠》を提出してもらえば……。それで、この事件は、すべて《解決》すると思います!」
アソウギ「……ここまで来たら、もう、何も言うまい。最後の《証拠》とは、なにか。それを、何者が提出できるか……。キサマは、それを知る“手がかり”をじゅうぶん、持っているのだから。この法廷。美しい幕切れを飾るのは、キサマだ……成歩堂!」
──ッ!!
サイバンチョ「それでは……これが、弁護人に対する、最後の要請となるであろう。この事件の“真相”をアキラカにする最後の《証拠》を手にしている人物とは!」
──くらえ!
ナルホド「……もちろん。それは、ホソナガ刑事さんです!」
ホソナガ「も。『もちろん』とはなんですかッ!」
ナルホド「え」
ホソナガ「このワタシが……決定的な《証拠》を隠している、など……。言語道だげほほッ! げげほげほッ! げほほほッ!」
ナルホド「いやいやいや! そういうコトではありません! すべての“焦点(ポイント)”は……この、“歯型”のついたビフテキです」
サイバンチョ「はがた……」
ナルホド「先ほど……渦久丸軍曹さんは、こう《証言》していました。『ランチのビフテキを歯で噛みちぎった』……。そして。ご老人から“くすねた”小判を『ニクの下に隠した』……と」
ウズクマル「な……なんだ若造めッ! この軍曹と一戦まじえるつもりかッ!」
ナルホド「……軍曹さん。ひとつ、カクニンさせてください。そのとき。小判を“隠した”のは……ご自分のビフテキでしたか?」
ウズクマル「……喝ッ! アタリマエだッ! いくら、この帝国軍人とて。英国レデエの目の前のニクを『失礼ながら』と、めくる勇気はないッ!」
ナルホド「……つまり。先ほど、刑事さんが提出した、このビフテキは……。渦久丸軍曹のビフテキだったということになります」
──異議あり!
「し。しかし……それはオカシイではないかッ! だって! これは、被害者の食卓から押収されたのだからして……」
──異議あり!
ナルホド「“淑女”は、ニクにかぶりつかないし、小判を盗む“機会”もありませんでした」
ジェゼール「……あ。アタリマエよ! そのような“言いがかり”……大英帝国に対する“ブジョク”ですわ!」
サイバンチョ「しかし……それでは。この“ムジュン”、どう考えれば……?」
アウチ「そ。そうだッ! まさか……キサマ。この帝国軍人が、ビフテキを皿ごと“取りかえた”とでも言うのかッ!」
ナルホド「………………」
サイバンチョ「………………」
ウズクマル「………………」
アウチ「………………皿ごと“取りかえた”と言うのか……?」
ウズクマル「………………じつは……あのとき。目の前で“殺人事件”が起きて……我がアタマは、まっ白になった。とっさに、目の前の我がニクをめくり、小判を隠したのだが……。給仕長が“刑事だ”と名乗り……我、現場からの逃亡に失敗すッ! もし。刑事が、気まぐれに我がニクをめくったら……我が人生、万事休すッ! そこで。その大学生が捕らえられ、厨房に連行されていった、そのスキに。我がビフテキと……レデエのビフテキを零秒の早ワザで、取りかえたのだッ!」
ジェゼール「え……し。知らない……ワタクシ……そんなの、見ていないわ!」
ウズクマル「作戦名、『電光石火』……考えているヒマは、なかった。やらなければ、コチラがやられていた。……そう。やるしかなかったのだッ!」
アウチ「なんだとおおおおおおおおおおおッ!」
ウズクマル「……しかしッ! 安心めされよ、検事殿ッ!」
アウチ「な。なにがだッ!」
ウズクマル「帝国軍人として、ここに誓うッ! 我が所業は“それだけ”だとッ!」
アウチ「“それだけ”でじゅうぶんだッ!」
──はいッ!
ナルホド「ビフテキは“取りかえられた”……ということは。渦久丸軍曹は……ジェゼールさんのビフテキを……“自分の食卓”に持ち帰ったワケです」
サイバンチョ「……たしかに。当然、そういうことになる」
ナルホド「ホソナガ刑事さん!」
ホソナガ「……はい」
ナルホド「……あなたは、こうおっしゃっていましたね。ジェゼールさんのビフテキも、渦久丸軍曹のビフテキも……。その“両方”を押収した……と」
アウチ「あ……!」
ジェゼール「……!」
ホソナガ「……そのとおりでございます」
ナルホド「……それでは。今度こそ、提出していただけますか!」
ナルホド「事件が起こった、その“瞬間”。被害者の食卓にあった、ビフテキを!」
──Shut up!
ジェゼール「今さら、そんなものがなんだってのよッ! 冷えてコチコチになったニクなんて。事件には、なんの関係もないわ!」
──異議あり!
アソウギ「……そうはいかない。レディ……」
ジェゼール「な……なによ!」
アソウギ「そもそも……貴方は、覚えているだろうか。 ……このビフテキが《問題》となった、その“キッカケ”を……」
ジェゼール「フン! それを勝手に《問題》にしたのは、アナタたちでしょ……?」
アソウギ「その“キッカケ”は……このオトコの、ある《記憶》だった」
ジェゼール「き。記憶……」
ナルホド「あのとき。ぼくは、ハッキリと“見た”のです。ワトソン教授の“真後ろ”にあったはずの、ビフテキの皿には……」
ナルホド「たしかに。飛び散った《血》が付着していました!」
アソウギ「……オレは、この被告人の《記憶》を信じている」
ジェゼール「……!」
アソウギ「その《記憶》をたしかめる《証拠》こそ。……貴女の“ビフテキ”なのだッ!」
──ッ!!
サイバンチョ「それでは……細長刑事よ。そなたに、《証拠》の提出を命じる。事件当日。この軍人の食卓にあった……もうひとつの“ビフテキ”を!」
はあああああああああああいッ!
……。
ホソナガ「……お待たせいたしました。こちらが……もうひとつの“ビフテキ”でございます。……ココロゆくまで、ご覧ください」
……“血”の、跡が……
……ハッキリ、残っているッ……!
──はいッ!
ナルホド「……これで、アキラカになりました。ここに“血痕”があるということは……。被害者は、撃たれた“瞬間”。ぼくに、“背中を向けていた”のです」
アソウギ「つまり。成歩堂には、被害者を撃つことは《不可能》だったのだ!」
ジェゼール「あ………!」
アウチ「ま……まさか……」
ナルホド「あのとき。ワトソン教授の“正面”から撃つことができたのは……。たったヒトリしか、いません。もう、言うまでもありませんね?」
ジェゼール「……ぐ……ぐうぅぅぅぅ……ッ!」
ナルホド「それは……そう。“ジェゼール・ブレット”さん!」
「……あなたです!」
ジェゼール「……………………日本人が……日本人ごときが。この、ワタクシに……信じられない……」
……。
ジェゼール「……大変、失礼いたしました。ほんの少々、取り乱したようですわ。大英帝国の淑女として、あるまじきコト。お許しくださいませね」
サイバンチョ「それでは……証人よ。話していただけますかな? ……本当のことを」
ジェゼール「………………よろこんで。……《クラーレ》を用いて、教授のイノチを奪ったのは、ワタクシです。あの日を“犯行の日”に選んだのは、お察しのとおり……教授が、抜歯の治療を受ける……そう、うかがっていたからです」
アソウギ「教授が亡くなり、炭酸水を調べられても、《毒》が検出されることは、ない。この国では、《クラーレ》は“存在”しないのだから……」
ジェゼール「あの日……。私は、あれほど長く、あの洋食堂にとどまるつもりは、なかったのです」
ジェゼール「教授が、ヒトクチ。あの炭酸水を飲んだのを確認したら、それでおしまい」
ジェゼール「あとは、ひとりで食事をしたと思わせるため、ビフテキを教授の前に置いて……。すぐに立ち去るつもりだったのです。ところが……。そこに、思いがけない人物があらわれたのです」
ナルホド「も。もしかして……ぼく、ですか?」
ジェゼール「……ええ。モチロン、貴方ですわ」
ジェゼール「……大した用もないのに、貴方がアイサツに来たせいで……」
ジェゼール「ワタクシは、あの場から立ち去るタイミングを逃してしまったのです」
ジェゼール「やがて……教授は、あのグラスにクチをつけて、意識を失いました。ワタクシは……あの方が倒れないよう、イスで身体を支えました。 ……もう、後戻りはできない……。そこで……あの場で、とっさに“計画”を考え出したのです」
アソウギ「ワトソン教授の、“死”。その罪を、コイツに着せる計画……か」
ジェゼール「………………教授は……いつも、護身用に《拳銃》を持っていました。それを“利用”することを思いついたのです。……あの日。私は、手鞄(ハンドバッグ)の中にクラーレの小瓶を入れていました。そして……スカートの下に、自分の《拳銃》を隠し持っていたのです」
アウチ「す。スカートの、下……」
ナルホド「やっぱり。あのとき……《拳銃》は2挺、あったんですね」
ジェゼール「……Yes.」
ナルホド「あのとき。珈琲を飲み終えたぼくは、店を出ようとしました。あなたは、教授の《拳銃》を床に置いておいたのですね? ぼくが、かならず通るところ……その、目につきやすい場所に」
ジェゼール「……計画どおり。貴方は、落ちた《拳銃》に気がつきました」
ジェゼール「そして。それを床から拾い上げた、その瞬間……」
……バアン……!
ナルホド「……あのとき。あなたは、自分の《拳銃》を撃ったのですね。すでに亡くなっていた教授の遺体に、銃弾を撃ち込んだ……」
ジェゼール「店内に、銃声が響きわたって……給仕長が現れました」
ホソナガ「ワタシは、ハンニンと思われた被告人の身柄を拘束して……厨房のヨコの倉庫に閉じこめたのでございます」
ジェゼール「そのスキに、ワタクシは……遺体を、イスごと“回転”させました」
アソウギ「……それは、もちろん……」
アソウギ「被告人がワトソン教授を撃ったように見せるため……ですね」
……………………
ジェゼール「……以上。これが……ワタクシの《犯行》……その“すべて”でございます」
ナルホド「……………」
アウチ「……………」
サイバンチョ「……………」
ジェゼール「……裁判長さま」
サイバンチョ「……なんでしょうか」
ジェゼール「よろしければ、のちほど……。貴方と2人だけで、お話できますかしら?」
サイバンチョ「……うかがいましょう」
ジェゼール「それでは、みなさま。ご機嫌よろしゅう……。許してくださいませね。成歩堂さま」
……。
サイバンチョ「……どうやら。この審理も、ついに結審のときを見たようである。いかがか? 亜内検事」
アウチ「ば……バカなッ! この、亜内武土が……。シロートの大学生ごときに……敗れる、などと……ッ!」
アソウギ「……今後。検事としての貴公の出世は、キビシイと考えるがいいだろう」
ナルホド「は……はい」
アウチ「この“恨み”……亜内家、末代まで忘れはせぬぞッ!」
アソウギ「……おごれる者は、若き者によって、足元をすくわれる。それが《歴史》の必然。……今の想い。しかと心に刻むがよい!」
──ッ!!
アソウギ「たとえ、百代(はくたい)の年月(としつき)が流れようとも。貴公の一族、成歩堂の敵するに能わずッ!」
──ッ!!
サイバンチョ「……本日。大審院における、この審理は……我が国の法廷史に、新しい章の幕開けを告げるものになるであろう。被告人でありながら……見事な論証(ろんしょう)であった。成歩堂龍ノ介よ」
ナルホド「あ。ありがとうございます!」
サイバンチョ「《証拠品》と《論理》によって、“真実”を追求する、近代裁判。……あの《開国》から、数十年。西洋から“Science”なる学問が渡来、我が国に『科学』なる言葉が生まれた。科学は……近い将来。新しい捜査、そして新しい法廷を生み出すだろう。法の、未来。その《扉》の先に、いったい、なにがあるのか……。それを探求するのは、これからの若い諸君の責務である。……亜双義一真よ」
アソウギ「……はい」
サイバンチョ「貴君は、この法廷の終了後、大英帝国へ司法留学の旅に出る。広い世界、最新の文化。存分に吸収してくるがよい。……そして……課せられた《使命》を果たすがよい」
アソウギ「……………わかっております。……裁判長閣下」
ナルホド「ど……どうした? コワい顔をして」
アソウギ「いや……なんでもない」
サイバンチョ「そして。成歩堂龍ノ介よ」
ナルホド「……はいッ!」
サイバンチョ「貴君には……なんだろうか。不思議な《可能性》を感じる。それが、どう開花するか……楽しみにしておくとしよう」
ナルホド「ありがとうございますッ!」
……。
──ッ!!
サイバンチョ「……それでは。被告人・成歩堂龍ノ介に最終的な《判決》を言い渡す!」
《無罪》
サイバンチョ「本日の審理は、これにて終了!」
──ッ!!
……。
同日 午後2時46分
大審院 被告人控室 伍号室
(……今。こうしてここに立っているコトが、信じられない。ぼくは、闘いぬいたんだ。あの、大審院の法廷を……!)
アソウギ「……成歩堂! 今度こそ、やったな。『おめでとう』と言ってやるぜ」
ナルホド「それでは、ぼくも言わせてもらうよ。……ありがとう、亜双義」
アソウギ「あっはっはっはっ! キサマの弁護。なかなか痛快だったぞ。『勇盟食堂』の牛鍋、特大盛りだ。……忘れるなよ」
──「……本当に、おつかれさまでございました」
スサト「《無罪判決》……心より、お祝いを申し上げます」
アソウギ「これは、御琴羽法務助士。そなたも、ご苦労だった」
スサト「いいえ。わたしは、なにも……」
ナルホド「あ、あのッ! ありがとうございました! この《研究資料》がなかったら……どうなっていたか、わかりませんでした」
スサト「そのコトバは……父におっしゃってくださいませ。わたしは、ただ。父の言いつけで勇盟大学へ行っただけ、でございます」
ナルホド「お父上……(そういえば、この子……)」
「審理を中断させてしまい、申しわけございません。被告側弁護人の《法務助士》。御琴羽寿沙都(みことば すさと)と申します」
(……“ミコトバ”と言えば……)
──「……やあ、みなさん。ご苦労さまでしたね」
ミコトバ「成歩堂龍ノ介くん。……本当に、よくやりましたね」
ナルホド「あ……ありがとうございます」
ミコトバ「いやいや。礼を言うのは、コチラです。なにしろ……。我が友人のイノチを奪った“真犯人”の正体を、暴いてくれたのですからね」
(……“我が友人”……)
ナルホド「……そういえば。先ほどもおっしゃっていましたね。ワトソン教授を、勇盟大学に招いたのは、ミコトバ教授だ、と……」
ミコトバ「ええ。そのとおりです」
アソウギ「御琴羽教授は、法医学を学ぶため数年間、大英帝国に留学されていたのだ。その際に、ワトソン教授とお知り合いになったのでしょうか?」
ミコトバ「ええ。そのとおりです。我々は、かつて。ある病院で、いっしょに仕事をしていたのですよ」
ナルホド「“いっしょに”……ですか」
アソウギ「それは……オレも初耳です、教授」
ミコトバ「もう、何年も前のハナシですよ。そんなことより……。亜双義くん。次は、いよいよキミの番ですね」
アソウギ「……!」
ミコトバ「大英帝国は、現在、全世界の頂点に君臨している、偉大な国です。科学、医学、工業、文化……そして、犯罪学においても……ね。しっかり、見てくるのですよ。世界の中心で、なにが起きているか」
アソウギ「……はい。しかと、見届けてきます」
アソウギ「この……亜双義の《魂》をもって!」
ナルホド「おまえ……そのカタナ、大英帝国に持っていくつもりか?」
アソウギ「……もちろん。カタナこそ、日本人のココロ。そして。すべてを断つ、その刃(やいば)は……。オレが進むべき《道》を指し示してくれるのだ」
(……たしかに。その“切れ味”は鬼気迫るモノがあったな……)
アソウギ「……ああ。そういえば……あの女は、どうなりましたか? ワトソン教授を殺害した《真犯人》……ジェゼール・ブレットは」
ミコトバ「……彼女のことですか。じつは……あまり、話したくはないのだが……」
ナルホド「……どういうことですか? 《真犯人》は、彼女だったのですから、今度は、彼女が裁かれるのでは……」
ミコトバ「彼女は、この国を去ります。近いうち、上海(シャンハイ)へ向かうでしょう」
ナルホド「しゃ。上海……?」
アソウギ「………………」
ミコトバ「ジェゼール・ブレットは、この国で裁かれることは、決してありません」
ナルホド「え……どうしてですか!」
──「……《領事裁判権(りょうじさいばんけん)》の発動です」
ナルホド「……ほ。ホソナガ刑事……!」
ホソナガ「本日は、まことにミゴトな《近代法廷戦術》でございました。ヒトコト。お祝いのコトバを……」
ナルホド「そ。そんなコトより。《領事裁判権》というのは……」
ホソナガ「我が国は……あの外国人の《犯罪》を裁くことができないのでございます」
ナルホド「裁くことが、“できない”……? では……いったい。誰が、彼女の《罪》を裁くのですか!」
アソウギ「大英帝国の《領事裁判所(りょうじさいばんしょ)》……我々の声の届かぬ、海の向こうだ」
(……領事裁判所……)
アソウギ「しかし……御琴羽教授。どうにも、ナットクがいきません。先に締結された《日英和親航海条約(にちえいわしんこうかいじょうやく)》で、英国の《領事裁判権》は、失効しました」
ミコトバ「……ええ。そのとおりです」
アソウギ「両国にとって、高度に政治的な《重大事件》でないかぎり……。そうカンタンに、《領事裁判権》が発動されるはずがない!」
ナルホド「……そう、なのか……?」
アソウギ「いくら留学生とはいえ。あの女のため、両国の政府が“密約”を交わすなど……。どう考えても、不自然です!」
ミコトバ「………………」
(……ジェゼール・ブレットは、この国では、“裁かれない”……)
ミコトバ「つまり……最初から。あの留学生にとって、今日の審理は……。自分の身に、決して危険のおよばない“お遊戯(ゆうぎ)”のようなものだったのです」
ナルホド「……なんということだ……」
ホソナガ「本件に関して、大英帝国の外務省から、身柄の引き渡しの要請がありました。留学生の“殺人”という事態に、英国政府も慎重になっているようです」
ミコトバ「………………すべては……これから、変えていくのです。私たちの手で。来るべき、20世紀へ向けて……今。すべては激動のなかにある。いつの日か……あの者に、正義の鉄槌が下されるときが……かならず、来るでしょう」
アソウギ「……ええ。かならず。オレたちが、変えてやります」
ミコトバ「……では。ムズカシイ話は、ここまで。これより、今宵は皆で祝杯を上げるとしましょうか」
ナルホド「ミコトバ教授……」
アソウギ「……ええ、そうですね! 暗いカオをしていても始まらない。チカラいっぱい、祝うとしましょう。……成歩堂龍ノ介の《無罪判決》を!」
ホソナガ「そういうことでしたら……ゼヒ。我が《ラ・クワントス》へどうぞ! 給仕長たる、このホソナガ。特別なる晩餐(スペシャルディナー)をご用意いたしますので!」
ナルホド「……あの。ホソナガさんは“刑事”なんですよね……?」
ホソナガ「……けふ。……けふ。まあまあ。ムズカシイことは言わず。それでは、参りましょう! 教授も、ご一緒いただけますね?」
ミコトバ「モチロンです。《ラ・クワントス》のカツレツは、絶品らしいですからね」
スサト「それでは。成歩堂さまの“釈放”の手続きに行ってまいりますね!」
ナルホド「……はい。ありがとうございます」
(……ジェゼールさんは、この国で裁かれることは、ない。と、いうことは……永遠に“わからずじまい”なのか……? 彼女が、なぜ。ワトソン教授を殺害したのか……)
ナルホド「……亜双義」
アソウギ「なんだ、成歩堂」
ナルホド「……もう一度、礼を言うよ。今日は……本当に、世話になった」
アソウギ「あっはっはっは! オレは、なにもしていないさ。……キサマの《弁護》をしたのは、キサマ自身だったじゃないか」
ナルホド「亜双義。おまえは……きっと。世界最高の《弁護士》になれると思うよ」
アソウギ「そいつは、どうだろうな」
ナルホド「……?」
アソウギ「じつは……審理のあいだ、オレは、ずっと思っていたのだ。キサマこそが……《弁護士》になるべき人間なのではないか……とな」
ナルホド「え……な。ナニを言ってるんだよ!」
アソウギ「今日。オレが、キサマを助けたのは本当に、ほんの最初だけさ。キサマには“才能”がある。……《弁護士》のな」
ナルホド「いやいや! あんなキビシイ闘いは……もう、二度とゴメンだよ。ぼくは、ただ……おまえを信じて、最後まで、言うとおりにやっただけだ」
アソウギ「だからこそ……だ」
ナルホド「……どういうことだ? “だからこそ”というのは……」
アソウギ「……なあ、成歩堂。弁護士にとって、最も重要な“武器”は……なんだと思う?」
ナルホド「え。それは、やはり……法律の知識、とか……」
アソウギ「……違う。“信じる”チカラだ」
ナルホド「しんじる……チカラ?」
アソウギ「弁護士は、依頼人のために戦う。どんなときも、彼らを信じて……」
ナルホド「たしかに。おまえは、ぼくを信じてくれたな」
アソウギ「オレは、ただのニンゲンだ。“真実”を知る《神通力(じんつうりき)》など、ない。それでも……なにかを信じて、弁護席に立たなければならない。……法廷で、ギリギリまで追いつめられたとき。自分の信じるべきものを、最後まで“信じる”ことができるか、どうか……。……それは、決して、誰にでもできることではないのだ」
ナルホド「依頼人を“信じる”……」
アソウギ「……キサマは、今日。たかが学生ふぜいのオレを、最後まで信じ抜いた」
ナルホド「え……」
アソウギ「何度、絶体絶命の危機に立たされても……キサマは、目をそらさなかった。決して、オレの言うことを疑わず、キサマ自身の手で《真実》をつかんだ」
ナルホド「……亜双義……」
アソウギ「………………成歩堂。じつは……キサマに、ハナシがあるのだ。この、亜双義一真。ココロからの“頼み”がある」
ナルホド「な……なんだよ。あらたまって……」
ホソナガ「……おや! まだ、ここにいたのですか!」
ナルホド「あ……ホソナガ刑事さん……!」
ホソナガ「人力車を手配いたしました。いざ、参りましょう!」
アソウギ「ああ……申しわけありません。今、すぐに行きます。成歩堂。ハナシは、あとだ。今は……キサマの《無罪》を祝うとしよう」
ナルホド「……そして。オマエの大英帝国への《留学》をな」
アソウギ「……ああ。そうだな」
こうして、ぼくの
さいしょの《事件》は、幕を閉じた。
亜双義、
ミコトバ教授、
法務助士の、寿沙都さん……
……まあ。このヒトは、ともかく……
……みんなに助けられたから、
最後まで、戦うことができた。
……そして……
このときの、亜双義の“頼み”が……
ぼくの人生を、大きく
変えることになるのだが……
……このときのぼくには、
マッタクわかっていなかった……
おわり