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大逆転裁判 ─成歩堂龍ノ介の冒險─【5】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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同日 某時刻
ラクレイ号 壱等船室 廊下


スサト「……ケッキョク、つまみ出されてしまいましたね」
ナルホド「……ケッキョク、“まだらの紐”の手がかりもつかめなかったし……」
スサト「……そもそも。船室を調べることもできませんでした。それに……」

 



スサト「あの船員さまが、カッチリ。“見張り”をしていらっしゃいます」


(……アキラカに、このぼくに“狙い”を定めているな……)


ナルホド「……あ! そういえば……」

スサト「……? なんでございましょう」
ナルホド「あの“名探偵”さん……どこへ消えたのですか?」
スサト「あ! 言われてみれば……さっきから。姿が見えません!」
ナルホド「いつのまに……」

 



(……リチギに手錠を戻して、風のように消えてしまった……)


……。


(ニコミナさんの船室……調査しておきたかったんだけどな)


ストロガノフ「……………なんだ。ものほしそうなカオでこっちを見やがって」

ナルホド「え」

ストロガノフ「もしかして……もう一度、つまみ出されたいか?」

ナルホド「あ。いえ……決して、そういうワケでは……」

ストロガノフ「今度、つまみ出すときは……海の中だ。よーく、覚えておけッ!」

ナルホド「お。覚えておきます」


(……ぼくのカオを忘れるまで寄りつかないほうがよさそうだな)


スサト「……そうカンタンには忘れてくれないと存じます」

……。

 



スサト「これは……弐等船室区画へ通じるトビラでございます」
ナルホド「……………カギがかかっていて、開きません」
スサト「そうでございましょうね。なにしろ……殺人犯に、逃亡を許すワケにはまいりませんから」

(寿沙都さん……ぼくの目をまっすぐ見て、言い切ったな……)


……。


ナルホド「そういえば……ホソナガ刑事さん。なにか、新しい“手がかり”を発見してないかな……」
スサト「一度、ようすを見るのもよろしいかもしれませんね」


……。

 

同日 某時刻
ラクレイ号 壱等船室 壱号室


ナルホド「……現場の捜査はつづいているみたいですね」
スサト「そういえば……。ホソナガ刑事さまは、ご健勝でございましょうか」
ナルホド「ど。どういうことですか?」
スサト「成歩堂さま……お忘れになったのでございますか? 囚われの身だった成歩堂さまに、調査の自由を与えるため……『イノチにかえて船長(キャプテン)を説得する』。そう、おっしゃっていました」
ナルホド「あ……そうでしたね。まあ。『イノチにかえて』は、さすがに大ゲサだと思いますが……。あらためて、ごアイサツをしておきましょうか」


(なにか、新しい“情報”が手に入るかもしれない……)


……。


ナルホド「あの……」

 

センイン「キサマ! どこに行っていたのだッ!」
ナルホド「は、はいッ! トナリの船室で、“調査”をしてきま──」
センイン「いったいッ! 誰の許可があって、そんな勝手なマネをしたのだ!」
ナルホド「え。ええと……“ホソナガ”という船員さんです」
センイン「あの新入りか……。あとでクタクタに丸めて、冷凍庫に放りこんでやるッ!」


(トビラの前へ戻っていった……)


スサト「ホソナガ刑事さま……放りこまれてしまうのでしょうか」
ナルホド「なんだか。ずいぶんお世話になってしまいましたね。帰国したら、《ラ・クワントス》のビフテキでも、ゴチソウします」
スサト「……それは、ずいぶん“先”のコトになりそうでございますね……」


……。


ナルホド「床に落ちた洋墨(インキ)で書かれた文字だ。たしか……露西亜(ロシア)語で《洋箪笥(クローゼット)》という意味でしたね」
スサト「その中で眠りコケていた成歩堂さまをズバリ、指し示しておりますね」
ナルホド「ズバリ指し示すのなら、露西亜語で《ナルホドー》と書くべきだと思います」
スサト「……いずれにせよ。ひとつ、たしかに言えるのは……。一真ままが《露西亜語》を書き残すとは考えにくい……ということです」


(では……いったい、これは誰が書いたものだろう……)


……。

 



ナルホド「この船に“備えつけ”の本がキレイに並んでいる」
スサト「先ほどは、全部キレイになぎ倒されておりました」
ナルホド「そういえば……寿沙都さんが並べなおしてくれたのでしたね」
スサト「いけませんよ。船室内で、暴れては」
ナルホド「……だから、なぎ払ったの、ぼくたちじゃありませんから」
スサト「やはり。ご本たるもの、美しく並んでいないと落ちつきません」


……。


ナルホド「……亜双義は、ここで最後になる《日記》を書いていた」
スサト「『午前壱(いち)時弐拾参(にじゅうさん)分 低い“口笛”のような音を聞く』。『午前壱時参拾伍(さんじゅうご)分 通気口に、“まだらの紐”を目撃す』」


(開いたままの日記帳を見ると……。アイツが“いなくなった”なんて。とても、信じられない……)


スサト「一真さまが、わたしどもに残してくれた“手がかり”……。きっと、その謎を解いてさしあげましょう!」
ナルホド「……ええ。そうですね!」


……。

 



ナルホド「この通気口は、トナリ……ニコミナさんの船室につながっている」
スサト「……さようでございます」
ナルホド「そして、死の直前。亜双義は“目撃”したのですね。あの通気口に……“まだらの紐”を」
スサト「ですが……ニコミナさまは、心当たりがないそうでございます」
ナルホド「それって……本当なのでしょうか」
スサト「……わかりません」


(……ぼく自身も、疑われている身だけど……。ニコミナさんの様子は、どうも“引っかかる”な……)


スサト「……………」

……。

 

 

 

 



ホソナガ「……おかえりなさいませ」

ナルホド「ほ……ホソナガ刑事……」

スサト「ど。どうされたのですか! その……無残な顔面は!」

ホソナガ「ああ……気にしないでください。ほんの“カスリ傷”ですので」


(……ちょっとやそっとの“カスリかた”ではなさそうだぞ)


ホソナガ「あなたに、事件の調査を許したことを船長(キャプテン)に報告したトコロ……。鉄拳制裁の上、海に放りこんでやる! とのコトバをいただいたのですが」

ナルホド「……え!」

ホソナガ「“あわや”というところで、鉄拳だけで済んだ……と。ただひたすら、それだけのコトですから」


(コトバどおり“イノチにかえて”説得してくれたみたいだ……)


スサト「おかげさまで、トナリのお部屋の様子が、すこしわかりました」

ホソナガ「ああ……そのようですね」

スサト「え」

ホソナガ「先ほど、“名探偵”と名乗る紳士が、そのようなコトを言っていました。名前は、たしか……アノシャーロック・ホームズ、とか」


(……やっぱり、そうなるよな……)


ナルホド「……とにかく。セッカクですから、《情報交換》をしませんか」

ホソナガ「はい! おねがいします!」


─トナリの船室─

ホソナガ「……なんと。トナリの船室に“ニコミナ・ボルシビッチ”が……!」

ナルホド「あれ。ご存じなのですか?」

ホソナガ「バレエ好きで、かの妖精を知らぬ者など。いるワケがないでしょう! ……げほ! ……げほほッ! げげほおおおォォォ……ッ!」


(怒られた……)


ホソナガ「とにかく……これで、トナリの船室は事件に“無関係”だと確定しましたね」

ナルホド「え……どうしてですか?」

ホソナガ「妖精が、ワルいことをするなどあるワケがないでしょう!」


(また怒られた……)


スサト「……あの。コチラでも調査は進んでいるのでしょうか」

ホソナガ「正直なトコロ……我々にできるコトは、それほど多くないのです。我々は、現在。現場が荒らされぬまま、香港の警察に引き渡せるように……。一瞬たりとも目を離さぬよう、この船室の“警備”をしています」

スサト「そう、なのですね……」

ホソナガ「ああ……そうだ。それでも。新しい《情報》がヒトツ、ありましたよ」

ナルホド「え……!」

スサト「き……聞かせてくださいっ!」


─新しい情報─

ナルホド「それで。新しい《情報》というのは……?」

 



ホソナガ「……コチラです。《アラクレイ号》の船医の“検分”が終わって……さっき、報告が届きました」

ナルホド「亜双義の……《遺体検分記録》ですか」

スサト「……一真さま……」

ナルホド「……それで。アイツは……どうやって亡くなったのですか」

ホソナガ「《頸椎(けいつい)の損傷》……記録には、そう書いてあります」

スサト「……クビの骨が折れてしまった、ということでございましょうか」

ホソナガ「ええ。そういうコトですね。被害者には、目立った外傷が見当たらなかったため……当初、死因は《毒》ではないかと考えられていたのですが。どうやら、《毒》の痕跡は見つからなかったようです」

ナルホド「それで。“凶器”は……!」

ホソナガ「……まだ、発見されておりません。“外傷がなかった”ということは……。おそらく。キズの残らないカタチの《鈍器》だと思われます」

ナルホド「そう、ですか……」

スサト「頸椎には、中枢神経(ちゅうすうしんけい)が通っています。強い衝撃を受ければ、死に至る……。外見上、“外傷”が残らずに命を落とすことも、あり得ると存じます」


(……亜双義……)


ホソナガ「ここに、遺体検分記録の複製を作らせておきました。よかったら……お待ちください」

ナルホド「え……でも。いいのですか?」

ホソナガ「……いいのですよ。アナタを信用していますから」

スサト「……!」

ホソナガ「もし、信用していなければ……。そもそも、この船室から出る許可を与えるワケがないでしょう」

ナルホド「あ……」

スサト「……………」

 

─遺体検分記録─

ラクレイ号の船医による記録。
死因は、頸椎の損傷。
外傷や毒の痕跡は、発見されず。

証拠品《遺体検分記録》の
データを法廷記録にファイルした。


─名探偵のこと─

スサト「……あの! ホームズさまがいらしたのですか? ここに」

ホソナガ「ええ。そのへんに這いつくばって、うれしそうに床を調べていましたよ。すぐに飽きたようで、せかせかと出て行きましたが」

ナルホド「なにか言ってましたか? 名探偵さんは」

ホソナガ「ああ……そういえば。ヒトコトだけ……それは大声で『コイツは靴墨(くつずみ)だッ!』……そう、おっしゃっていましたね」

ナルホド「“くつずみ”……? なんのことですか?」

ホソナガ「たしか……そのあたりです。“硝子のカケラ”が落ちているでしょう?」

 



スサト「この、煉瓦(レンガ)色の“引っかき跡”……で、ございますか?」

ホソナガ「ああ……そう! それですよ」

ナルホド「でも……どうして、これが“靴墨”だとわかるのですか?」

ホソナガ「……さあ。ワタシに聞かれましてもクビをヒネるばかりです」

スサト「……………」

ナルホド「どうかしましたか? 寿沙都さん」

スサト「そういえば……。一真さまは、“深い緋色”の革の編み上げ靴をはいていました」

ナルホド「深い、緋色……(黒に近い“赤”……か)」

スサト「葡萄酒(ワイン)を濃くしたような色で……よく、手入れをされていました」

ナルホド「あ……! それでは、これは……」


(亜双義の、靴墨でついた“跡”……というコトなのか……)

 

─床の痕跡─

小物が半分に割れた硝子の破片と
亜双義の“靴墨”と思われる跡が
ハッキリ、残されている。

証拠品《床の痕跡》の
データを法廷記録にファイルした。


……。


ホソナガ「……ワタシがお話しできるのは、これぐらいでございますね。そろそろ、見張りに戻ります。後ろアタマに、船員の視線を感じます」

ナルホド「わかりました。……ありがとうございます」

ホソナガ「ふう…………けふ。……けふ」

スサト「なんだか……お疲れのご様子でございますね」

ホソナガ「ああ……いえ。なにしろ……。亜双義さまをお守りするという《任務》を果たせませんでしたから」

スサト「………………」

ホソナガ「モチロン。友人であるアナタたちの心労とくらべれば、小さなものです。それに……どうにも。今朝から、すこしアタマの奥が痛んでおりまして」

ナルホド「頭痛……ですか。(そういえば……ぼくもまだ、ズキズキしているな。ニブく……アタマの奥が)」


……。

 



同日 某時刻
ラクレイ号 壱等船室 廊下


スサト「あ……っ! ごらんください、成歩堂さま! ストロガノフさまがいなくなっております!」
ナルホド「す。すとろ……が……?」
スサト「あの、屈強きわまりない露西亜人の船員さまでございます!」
ナルホド「うううん……露西亜人の名前は、どうも覚えにくくて……」


…………………

…………ららら………


ナルホド「な。なんだ……」


(……どこからか、高らかに歌い上げる“鼻歌”が聞こえる……)


………ららら………

……われらの名探偵……


スサト「この、やたらに通る声。聞きおぼえがあるような……」

ナルホド「……まあ、それはともかく。これは、絶好の“好機(チャンス)”ですね」

スサト「……はい! 今のうちに、もう一度……。ニコミナさまの船室を、お調べいたしましょう!」

ナルホド「ええ。あの、“ス……なんとか”という船員さんが戻ってくる前にね」

スサト「ストロガノフさまです!」


……。

 



スサト「ああっ! ほ。ホームズさまです!」

ナルホド「まったく。どこに現れるか、予想がつきませんね……」

スサト「鼻歌を歌いながら、なにか盗み見ていらっしゃいます!」


………ららら………

……われらの名探偵……


ナルホド「ぼくたちが見つめているのに、まだ歌っていますね」

スサト「とても、キモチよさそうです」


……おお、その名は……

……その名前こそは……

……誰もが知ってる……

……みんな知ってる……


ナルホド「あの、スミマセン」


……孤高にして至高……

……その名前こそが……


ナルホド「……シャーロック・ホームズさんッ!」

 



ホームズ「うおおおおおおおおッ! な。なんだ! キミか! ヒトの歌のジャマをしないでくれ! いよいよ盛り上がるトコロだったのに!」

ナルホド「いつまでも名乗らないので、“もういいかな”って思いました」

ホームズ「振り向きざまに、ジマンの《拳闘(ボクシング)》でキミを殴りたおすトコロだったよ!」

ナルホド「……わかりましたから、その拳(パンチ)をひっこめていただけますか」

スサト「それで……ホームズさま。先ほどから、なにか調べていらっしゃるようでしたが……」

ホームズ「……ああ、これのコト、ですか。なに。さっきのデカい船員クンが記していた《航海日誌》ですよ」

スサト「航海日誌……」

ナルホド「なにか、変わったコトでも書いてあったのですか?」

ホームズ「昨夜の頁(ページ)は……午前2時以降、ほとんど“空白”になっているね」

ナルホド「それは、つまり。ゆうべは特に変わったコトはなかった、という……」

ホームズ「あーっはっはっはっはっは! はっはっはっはっはっはっはっは! これだから、ニホンから来た黒っぽい留学生ときたら!」

ナルホド「え」

ホームズ「……“逆”なのだよ」

スサト「ど……どういうことでございますか?」

ホームズ「他の頁を見れば、わかるさ。 どうやら。あの船員クンは、この壱等船室区画を見張り続けて……。30分おきに『異常ナシ』と記録をつける“規則”のようだ」

ナルホド「30分おき……」

スサト「『異常ナシ』……」

ホームズ「つまり。ナニゴトもなければ……当然。『異常ナシ』と書かれているはずだ。ところが……」

ナルホド「ゆうべの《航海日誌》は……“空白”。報告が……“書かれていない”……」

スサト「そ。それでは、まさか……」

ホームズ「ゆうべ。カレは、何かの事情でこの持ち場を離れたのだよ」

スサト「それは、いったい……どんな事情だったのでございますか!」

ホームズ「まだ、わかりませんが……かなり、特殊な事情だったのでしょう。……あとで、日誌に『異常ナシ』と書きこむのを、忘れてしまうほどにね」

ホームズ「この、《航海日誌》のコト。覚えておくといいだろうね!」

 

─航海日誌─

壱等船室区画を見張っている
船員の記録。昨夜午前2時から
今朝まで、ほとんど空白。

証拠品《航海日誌》の
データを法廷記録にファイルした。


(さすが……“名探偵”と自称するだけのコトはあるな……)


ホームズ「どうやら……キミもわかったようだね。ホームズ氏が、なぜ。ホームズ氏なのか。あーっはっはっはっはっは! はっはっはっは……はっは。……いててててててて」

ナルホド「ど。どうかしましたか?」

ホームズ「いや。なんだかね。どうも今日は、朝からアタマが重くて。ズキズキするというか、なんというか」

スサト「……!」

ホームズ「……それでは、諸君。……またどこかで会うとしよう!」


(鼻歌が遠ざかっていくな……)


スサト「……………」

ナルホド「どうかしましたか、寿沙都さん。……なんだか、考えこんで」

スサト「じつは……わたしも、なのです」

ナルホド「え……?」

スサト「今朝は……なんだか、すこしだけ、アタマが重くて。ずっと……ズキズキしているのでございます」

ナルホド「寿沙都さんも……ですか」

スサト「……………」


……。

 

 

 

 



同日 某時刻
ラクレイ号 壱等船室 弐号室


(……ニコミナさん。まだ戻っていないようだな……)


ナルホド「寿沙都さん……あれ。(いない……)」

 



ナルホド「ちょっと! マズいですよ。そんなところを、勝手に……」

スサト「時間がございません! 調べられるうちに、調べませんと」
ナルホド「……わかりました。亜双義のためですからね」
スサト「………………それだけではございません」
ナルホド「え……」
スサト「次の港……香港まで、あとわずかでございます。それまで……その《手錠》をつけたままでよろしいのですか?」
ナルホド「……す。寿沙都さん……」
スサト「事件を解決いたしましょう。……わたしどもの手で、かならず」
ナルホド「………………ええ。わかりました!」


……。

スサト「ああああッ! さきほどの旅行鞄(トランク)が……開いています!」
ナルホド「……中は、カラッポです。あの“名探偵”のスイリによれば……。ニコミナさんは、この中に“トモダチ”を隠していたんですよね」
スサト「はい。でも、それは“ヒミツ”にする必要があった……」
ナルホド「《アラクレイ号》では、“動物”の持ちこみが禁止されていたから、ですね」


(この中には、いったい何者が潜んでいたのだろう……。そして……そいつは、今。どこに消えてしまったんだ……?)


……。


ナルホド「ここにも書かれていますね。《アラクレイ号》の『乗船規則』……。『船室内に、武器などの“危険物”“動物”の持ち込みを一切、禁ずる」
スサト「これを読んで、ニコミナさまは旅行鞄(トランク)の中を隠そうとしたのですね。……ご自分の“トモダチ”を」
ナルホド「その“トモダチ”は、旅行鞄から消えてしまったようですね。のんびり、船内のサンポを楽しんでいるのでしょうか」
スサト「ストロガノフさまに見つかって、海に放りこまれないことを祈ります」
ナルホド「……それはイヤですね」


……。

 



ナルホド「本が倒れていますね。……キレイに、ぜんぶ」
スサト「これは、海の守り神……でしょうか。倒れていますけど」
ナルホド「なんだか……これと同じ光景、前にも見ましたね。……亜双義の船室で」
スサト「もしかして……。ニコミナさまが、《西洋舞踊(バレエ)》の“おけいこ”で、なぎ払った、とか?」
ナルホド「ううん……亡命した初日に踊るかなあ」
スサト「それでは……やはり。成歩堂さまがカンシャクを起こして、なぎ払ったのでしょうか」
ナルホド「……だから、なんでもぼくのせいにしないでください」
スサト「ともあれ。コチラも並べておきますね。……気になりますので」


……。

 

ナルホド「この船に“備えつけ”の本がキレイに並んでいる」
スサト「いけませんよ。部室内で、踊っては」
ナルホド「……だから。ニコミナさんに言ってください」
スサト「やはり。ご本たるもの、美しく並んでいないと落ち着つきません」


……。

 

 

ナルホド「机の上には、本がすこしあるだけですね」
スサト「なにしろ。この船室に逃げてきたのはゆうべのことでございますからね」
ナルホド「ちなみに……。ニコミナさんは、どんな本を読んでるのでしょうね」
スサト「ええと。そうでございますね。ニコミナさまが読まれているのは……露西亜(ロシア)語の本、でございますね」
ナルホド「……それは、聞かなくてもわかっています」
スサト「寿沙都に、それ以上を求めるのは少々、“酷(こく)”かと存じます!」


……。


スサト「これは……この船室の《クズカゴ》でございますね」
ナルホド「……ちょっと、のぞいてみましょうか」
スサト「成歩堂さま。他人さまのクズカゴをのぞくのは、よくないと存じます」


(……クズを見るような目で言われてしまった)


スサト「とはいえ。非常事態ですから、いたしかたございませんね……」
ナルホド「そうですよね! いたしかたございませんよね! ……………」


(見た感じ、ほとんどゴミが捨てられていないな)


スサト「うううん……ちょっぴりザンネンでございます」


……。

 



スサト「……ポットの中は、からっぽでございますね」
ナルホド「うううん……きっと、露西亜人は異様にノドが乾きやすい人種なのですね」
スサト「もしくは。ゆうべ、ここへ来たばかりでお茶の用意がなされていなかったか……。その、どちらかだと思われます」
ナルホド「……………ぼくは、ノドが異様に乾くほうに二銭銅貨を賭けますから!」
スサト「……強情でございますね。成歩堂さまは」


……。

 



ナルホド「ぼくたちの船室と同じ、カンタンな作りのカンヌキがついていますね。カンヌキをかえてしまえば、この船室への侵入は、不可能……」
スサト「この、カンヌキ……。小さくて軽そうですけれど……ひとりでに動くはずはございません」
ナルホド「トビラも鉄製だから、磁石を使って部屋のソトから操作することもできない」
スサト「しかも、海水の侵入を防ぐため、シッカリ、密閉されておりますから……。これまた、部屋のソトから糸などを使ってカンヌキをかけるのも、不可能」


(……ぼくが犯人として疑われるの、ムリもないのかな……)


……。


スサト「……成歩堂さま。いらっしゃいますか?」
ナルホド「は、はい。さっきからずっと、ここにいますけど……」
スサト「ああ、よかった。すこし目を離したスキに、またあの中に閉じこもってしまったかと」
ナルホド「……ぼくは、洋箪笥(クローゼット)と見れば入りたがる《怪奇・箪笥男》ではありませんから」
スサト「さすがに……コチラには、どなたも詰まっておりませんね。舞台(ステージ)で使うものと思われる、ウツクシイ衣装が並んでおります」
ナルホド「……ニコミナさんの“トモダチ”の小動物が入っているかと思いました」


……。

 



ナルホド「この『通気口』……亜双義の船室とつながっているのですよね」
スサト「ええ。どうして、そのような構造になっているのか、わかりませんが」
ナルホド「あ! もしかしたら。一方の部屋で瓦斯(ガス)が漏れたとき。トナリのヒトが気づくように、とか!」
スサト「おトナリのヒトもろとも、瓦斯中毒になってしまうのでは……」
ナルホド「……まあ。そうなりますね」


(ゆうべ。亜双義はここに“まだらの紐”を見たんだ……)


スサト「……………」


……ジリリリリリリリリリリリ……


スサト「きゃああああああああッ!」


……ウウウウウ……

………ウウウウウ……

 

操舵室に緊急停止指令あり!

500ヤード先に、船影を確認との連絡!

衝突回避のため、転舵(てんだ)および緊急停止!

総員、接触と衝撃の事態に備えよ!


ナルホド「なな。なんですか、これ……」
スサト「なんだか……この船が、他の船と衝突する、とか……」
ナルホド「ええええええええええッ!」
スサト「あ……あああ。足元が……」
ナルホド「寿沙都さん! ……ぼくに、つかまってください!」


うわあああああああああああッ!


……。


ナルホド「寿沙都さん、大丈夫ですか! ケガは……ありませんか!」
スサト「は……はい。ありがとうございます……成歩堂さま」



ナルホド「どうやら……衝突はまぬがれたみたいです」
スサト「ふ。船は……」
ナルホド「どうやら。停船したようです」
スサト「あ……成歩堂さまは! ご無事でございましたか!」
ナルホド「ええ。大丈夫です……」


???「おい! 中に誰かいるのか! ……ヘンジをしなさいッ!」


ナルホド「あの声は……」
スサト「ホソナガ刑事さま……」


ホソナガ「ミスター・ナルホドーか! はやく、カンヌキをはずしなさい!」

ナルホド「か……“カンヌキ”?」

スサト「あ……見てください、成歩堂さま!」

 



ナルホド「カンヌキが……“かかっている”……! 寿沙都さん。トビラのカンヌキ、かけましたか?」

スサト「い……いえ! わたしは手を触れておりません!」

ナルホド「……おかしい。いったい、いつのまに……」

 



(それに……この、本……。……この光景。ついさっき、見たばかりだぞ……)


スサト「とにかく。トビラを開けますね!」


(……ぼくは、散らかった部屋をざっと元に戻しておこう……)


……。


(……《謎》と呼ぶには、あまりにもハデすぎる“緊急停船”だった。トビラを開ければ、絶対的な確率で“よくないこと”が待っている……。そんなことを考えながら。ぼくはモタモタと、乱れた部屋を片づけた)


……。

 



同日 某時刻
ニコミナの船室


(……緊急停船の際、いつのまにかかかっていた、トビラのカンヌキ。寿沙都さんは、大きく深呼吸をして、静かにそのカンヌキをはずした……)

 



ストロガノフ「キサマらッ! ニコミナさまの船室で、ナニをしていたッ!」

ホソナガ「……どうやら。ふたりとも、無事だったようですね」

ナルホド「は……はい。いったい……なにが起こったんですか? 伝声管から、船が衝突すると聞こえたのですが……」

ホソナガ「それが……どうやら、《誤報》だったようです」

ナルホド「ご。誤報……?」

ホソナガ「船内で、非常事態を知らせる警報機が鳴らされたそうなのですが……。海上の霧が濃く、事態が把握できないため、とにかく一時停船したようです」

ストロガノフ「もう、船内はメチャクチャだぜ! 乗客はわめくし、船員はテンテコ舞だ」

ホソナガ「この壱等船室区画だけは、静かなものですがね」

スサト「そうだったのですか……」


(……《緊急警報機(アラーム)》が鳴った、ということは……。誰かが、あの《釦(ボタン)》を押した、ということか……)

 



ニコミナ「きゃあああああああッ! あ……アナタ。黒い《侵入者》……ッ!」

ナルホド「は。……はい! (ハラに響く呼び方だな……)」

ニコミナ「ニコの《旅行鞄》……勝手に、開けたッ!」

ナルホド「え……あ! いえ! ぼくたちじゃありません!」

スサト「そ……そうでございます! わたしどもが船室に入ったときには、すでに、あのような状態で……」

ニコミナ「……刑事サン!」

ホソナガ「はい」

ニコミナ「コイツ……つかまえて。ニコ……シッテル! このヒト……サツジン事件。《ハンニン》……なんでしょ?」

ストロガノフ「そのとおり! ついでに“密航者”でもあるがなァ!」

ナルホド「ぐ……」

ニコミナ「今すぐ……連れていって! “侵入者”の《罪》もつけて」

ストロガノフ「“殺人者”“密航者”“侵入者”……よりどりミドリだな、オイ!」


(とにかく……この状況。イイワケしようがない……)


ストロガノフ「この船には、独房がある。……すぐに、ブチこんでやるぜ。明日には、香港に着く。そのまま、警察に引き渡してやる!」

ナルホド「ど。どくぼう……」

スサト「ホソナガ刑事さま! なんとか……ならないでしょうか」

ホソナガ「……ここは、露西亜の船の上です。ワタシに、警察としてのチカラはない。先ほどは、船長(キャプテン)を説得しましたが……今度は、おそらくムリでしょう」

スサト「……そんな……」


(……この、最大の危機を打開する方法を見つけないと……。それも……今、すぐにッ!)



ホソナガ「アナタも、困ったことをしてくれましたね。……ここで“不法侵入”とは」

ナルホド「す……すみません。なにか“手がかり”がほしくて……」

ホソナガ「とにかく……ワタシには、もう。どうすることもできない。次は、もう1発、殴られるだけではすまないでしょうからね」

ナルホド「刑事さん……」

ホソナガ「……これは、あなたたちを自由にさせた、ワタシの責任でもある。ただちに、船長のところへ出頭することにしましょう!」


(……どこかに、いないだろうか……。この、究極の危機を救ってくれる“救世主”は……!)


……。


ナルホド「お願いします! もうすこしだけ、時間をください!」

ストロガノフ「ふざけるなッ! ……オレにできるサービスは、《独房》までの道案内だけだぜ」


(くそ……デカいくせにウマいこと、言いやがって……)


ナルホド「でも! ぼくは、やっていません! 《殺人》なんて……!」

ストロガノフ「……《密航》と《侵入》は?」

ナルホド「それは……まあ。いろいろありますから。人生は」

ストロガノフ「ホラ! さっさと行くぞッ! ……《独房》がキサマを待ってるぜ」


(どこかに、いないだろうか……! この、究極の危機を救ってくれる“救世主”は……!)


……。


ナルホド「あの。ニコミナさん……」

ニコミナ「……出て行って」

ナルホド「勝手に船室に入ったのはあやまります。でも……」

ニコミナ「二度とコナイデ」

ナルホド「ぼくたちは、事件の調査をしたかっただけで……」

ニコミナ「……До свиДания!」


(ううう……聞いてもらえない。とにかく。この、最大の危機を救ってくれる人物を見つけよう!)


……。

 



ナルホド「そ…………そんなところで、ナニをしているのですか……」

 

ナルホド「シャーロック・ホームズさんッ!」

ホームズ「なあに。2万ルーブルの重さをアタマで味わっていたのですよ。探偵としては。なにごとも知っておかなければなりませんからね。……決して、ちょろまかしてやろうとか、そういうコトではないワケです!」

ナルホド「ああの……それ以前に、カベのフックにブラ下がっていたのは……?」

ホームズ「ああ。2万ルーブルぶんの重さがいかほどのものか、知りたくなってね。あの、ナマイキに突き出したフックをヘシ折ってやろうと思ったのですよ!」


(……ダメだ。ナニを言ってるのかホンキでわからない!)


ホソナガ「あ。あなたは! 自称“名探偵”の……」

ホームズ「やあ、刑事くん。じつはね。ずっと、キミたちを探していたのだよ。……ゼヒとも。《報告》したいことがあってね」

ホソナガ「……ワタシは、キホン的にカベにはブラ下がっていませんがね」

ストロガノフ「それで……なんだ? 《報告》ってのは!」

ホームズ「……名探偵の《報告》といえば。ヒトツしか、あり得ないだろう。すなわち。ゆうべ、この《アラクレイ号》で起こった、奇怪な殺人事件は……たった、今。完全に“解決”した。……その《報告》だよ、諸君」

ニコミナ「……!」

ナルホド「な……」

スサト「なんですって……!」

ホームズ「『結論』まで、すべて読み切った。……他の可能性は、存在しないはずだ。それでは……今から。キミたちに、お目にかけるとしよう。名探偵の、名探偵による、名探偵ならではの《名推理》をね!」

ストロガノフ「はッ! “解決”だと……? なにを、バカなことを言ってる! あの事件のハンニンなら、最初っからわかりきってるじゃねえか! そこの、“手錠”が似合う《密航者》がやった……それだけのコトだぜ!」

ナルホド「ぼくは、やっていません!」

ホソナガ「ですが……他の者に、被害者を殺害することは、できなかった。なにしろ……あの船室は、内側からカンヌキがかかっていたのですから。犯人は、船室の“中”にいた人物としか、考えられません」

スサト「《探偵小説》で言うところの『密室殺人』……でございますね」

ストロガノフ「そうだ! それだ! 『みっしつ』ってヤツだぜ!」

ニコミナ「……ミッシツ……」

 

(たしかに……。あのカンヌキは、船室のソトからかけることは、不可能だけど……)


ホームズ「……ザンネンですが。あの船室は……完全な『密室』ではなかったのですよ」

スサト「え……」

ホームズ「現場の船室には……もうひとつ。“出入り口”があった。ハンニンは、犯行の際。その“出入り口”を使ったのです!」

ホソナガ「その……“もうひとつ”の《出入り口》というのは……!」

ホームズ「諸君の目の前に、今もパックリとクチを開いているじゃないか……そこの《通気口》さ!」

ホソナガ「つ。《通気口》ですって……」

ストロガノフ「がっはっはっはっはっはァ! コイツは、笑わせてくれるぜ! あんな、ちっこい穴。ウデの1本も、通らねえじゃねえか!」


(……それは、船員さんのウデがフトすぎるからだろう……)


ホソナガ「ハンニンが、あの小さな穴を通って出入りした、ですって……? いったい! それは……何者だというのですかッ!」

ホームズ「じつは、ゆうべ……。被害者は、そのハンニンの《姿》を“目撃”しているのですよ」

ニコミナ「……………」

 



スサト「……もしかして、それは……一真さまの《日記》に書かれている、このコト、でございますか……? 『午前壱時弐拾参分 低い“口笛”のような音を聞く。『午前壱時参拾伍分 通気口に、“まだらの紐”を目撃す』」

ホームズ「……まさに、そのとおりです」

ホソナガ「まだらの……紐……いったい、なんのことですか……?」

ホームズ「……その“謎”の《コタエ》が……この部屋に潜んでいるのですよ」

ナルホド「ほ。ホームズさん……いったい、なにを……」

ホームズ「……シンパイはいらない。少々、お騒がせするかもしれないが。……これから、トテモ興味深いものを引きずりだして、ごらんにいれる……」


……そこだッ!


   きゃあああああああああッ!

   
うおおおおおおおおおッ!


  こッ! これは……!
  
  







ストロガノフ「……………」

ホームズ「……諸君。紹介しよう。これこそが。恐るべき“まだらの紐”の正体なのさ!」

ナルホド「こ。これは…………“ヘビ”……ですか!」

ホームズ「……ごらんのとおりだよ」

ニコミナ「……………」

ホソナガ「……………」

スサト「……………」

ナルホド「………………あの、ホームズさん。ひとつ……よろしいですか」

ホームズ「……ああ。なんなりと、どうぞ」

ナルホド「その、ヘビ……なんというか。“まだら”というより……。……どう見ても。“しましま”だと思うのですが……」

ホームズ「え」

スサト「た。たしかに……これならば……いっそ。“しましまの紐”かと存じます」

ホームズ「………………くっくっくっ……。なかなか、いいトコロに気がつきましたね。しかし……それこそが。ハンニンの、巧妙な“ワナ”だったとしたら……?」

スサト「えええええええええッ! わ。わな……で、ございますか……」


(どんな“ワナ”なんだ……)


ホームズ「……それでは。そろそろ、ボクの『結論』を述べるとしましょう。よろしいですか? ……ミス・ニコミナ」

ニコミナ「ニホン人、死んだ……カワイソウ。……でも。それだけ。ニコ……関係ない! そんな、事件……関係ないの!」

ホームズ「今回の、ボクの『結論』は、2つ。まず、1つめは……。……ゆうべ。あなたの“トモダチ”は、被害者の船室に《侵入》した!」

ニコミナ「あ……」

ホームズ「そして、もうひとつ。2つめの『結論』……被害者は……その“トモダチ”によって、イノチを奪われたのです!」

ニコミナ「うう……ッ!」


(またしても……ニコミナさんが、青ざめた……。どうやら……今回も、2つとも“図星”みたいだ……!)


ホソナガ「この少女の“友人”が……亜双義さまの、イノチを……?」

ストロガノフ「………………ッ! ……………? ………………!」


(……ヘビにシメつけられて、声が出ないみたいだ……)


ホームズ「……船員クン。キミは、あまり動かないコトをおすすめするよ。その長い“トモダチ”に噛まれたら、大変なコトになるだろうからね。それでは……みなさん。始めるとしましょうか。シャーロック・ホームズの『論理と推理の実験劇場』を……!」

 

─推理開始─

The game is afoot!



Topic 1
 侵入者の正体

 


ホームズ「……ミス・ニコミナ。あなたは、言いましたね。『ニコ……関係ない。そんな、事件……関係ないの』…………しかし。自分にウソをつくことは、できないのです! ……そう。事件を思い出せば、その“小さなムネ”が痛むのは、当然です。その“痛み”こそ……あなたが被害者の死に関係している“証拠”です。では……あの夜。《通気口》から現場に侵入したのは、何者だったのか? それは……あなたが、この船に持ちこんだ“トモダチ”ですね? ……やはり。思ったとおり……今回も、“視線”が動きましたね。あなたの“トモダチ”……それは、モチロン。“ヘビ”だったのです! ……しかし。そうなると……ヒトツ。問題があります」

 

ホームズ「被害者が、事件当夜に“目撃”したのは……“まだらの紐”だった。……しかし。ザンネンだが。カレはどう見ても、“まだらの紐”とは呼べそうもない。それでは……ゆうべ。被害者が見たのは、なんだったのか?」

 



ニコミナ「み……見ないで! コレ……関係ない!」

ホームズ「……そう。その《コタエ》は、あなたが、今。隠そうとしたもの」



ホームズ「それは……もちろん。その、“ヘビの抜けがら”に間違いない! ……そう。あの事件のあと。あなたの“トモダチ”は…………《脱皮(だっぴ)》したのですね?」

ニコミナ「い。いったい……ナニ、言ってるの……?」

 



ホームズ「ゆうべ……あの通気口から、まだら模様のヘビが侵入した」



ホームズ「そのヘビは、《呼び鈴》を伝って、ゆっくりと室内へ下りていった……。……それが、ウス暗い明かりの中、“まだらの紐”に見えたのです」

ニコミナ「…………」

ホームズ「……つまり。ゆうべ、現場に忍びこんだあなたの“トモダチ”の正体は……。脱皮するたびに《模様》が変わる、それはそれは珍しいヘビだったのです! ……印度(インド)の奥地には、そういった奇妙なヘビが、いるとかいないとか」



Topic 1
 侵入者の正体

Conclusion
 “トモダチ”のまだらのヘビ
 

……。


 
Topic 2
 死に至る道


ホームズ「それでは……次に。その《死》の核心に迫るとしましょう。被害者は、“なぜ”“どうやって”イノチを落としたのか……
?」

ニコミナ「………………」

ホームズ「ボクの知っている《情報》によれば。遺体には、いっさい“外傷”がなかった」

ニコミナ「あ……!」

ホームズ「つまり、被害者の“死因”は……“恐るべき猛毒”が示しているのです! ……そして。それが“事実”であれば……。その“死”の《痕跡》が、事件現場のどこかに残っている可能性がある!」

ニコミナ「……う。ウソ……よ!」

 



ホームズ「そう! “遺体の痕跡”を調べれば……死の“原因”は立証されるのです! 被害者の身体には……目に見えないほど小さな、《毒牙》の跡があるはずです。あなたの“トモダチ”……恐ろしい毒ヘビが噛みついた《痕跡》がね」

ニコミナ「い。いったい。なんのハナシ……?」

ホームズ「……ミス・ニコミナ。トボけても、ムダなのですよ。あなたは、事件のあと……すべてを隠そうとしましたね? ……そう。まさに“視線”を向けた先に、その『隠し場所』がある」

 



ホームズ「被害者の命を奪った“証拠”を……あなたは、旅行鞄に隠したのです! ……最初に、この船室に入ったとき。その《旅行鞄》が、動いたことがあった。《凶器》であるヘビくんが、中で気まぐれに“ひと暴れ”したのですね?」

ニコミナ「そ。それは……」

 



ホームズ「ちなみに……被害者は、事件の前に低い《口笛》の音を聞いています。それは……あなたが、ヘビを“操る”ために吹いた、《合図》だったのです」

ニコミナ「……あ。“アヤツル”……」

ホームズ「通気口からヘビを放って、一定時間ののち、《口笛》を吹いて呼びもどす。一度で噛むかどうかは、わからない。だから、隣室のようすを探って……被害者が、まだ生きているようならもう一度。ヘビを放つ……。……あのヘビは、そういうふうに訓練されていたのでしょうね」

ニコミナ「ち。違う……!」

ホームズ「通気口から《呼び鈴》を伝って下りて、その毒牙で、ほんの“ひと噛み”……。猛毒は被害者の体内を駆けめぐり、そのイノチの灯は、永遠に消えた。これこそが。被害者のイノチを奪った“まだらの紐”の《正体》なのです! このスイリが間違っていてくれたら……そう、願わずにはいられません」

 

Topic 2
 死に至る道

Conclusion
 猛毒を持つヘビに噛まれ、中毒死

 

ホームズ「以上。シャーロック・ホームズの《名推理》でした」


……。

 



…………………


ホームズ「ミス・ニコミナは、ヘビを訓練して“凶器”として作りあげたのです。……そこに、ミルク皿がある。ミルクをエサに、訓練したのでしょう」

ナルホド「……す。すごい……。今度こそ……本当に“解決”してしまうなんて!」

ホソナガ「なんという……スバラシイ《名推理》だ……! これが……“名探偵”シャーロック・ホームズ!」

ホームズ「……なあに。ほんの“初歩”ですよ。退屈しのぎにはなりましたが、ね」

スサト「………………あの……ちょっと、よろしいでしょうか? ……ホームズさま」

ホームズ「ええ、モチロン。……なんでも、どうぞ」

スサト「今の《スイリ》をうかがって……ほんの少し、気になった点がございます」

ホームズ「ああ。質問ならば、大歓迎です。ズバリと音を立ててお答えしますよ!」

スサト「はい。それでは、まず……。ヘビはタマゴから生まれる、いわゆる“は虫類”に分類される生き物です」

ホームズ「ほお。よくご存じだ」

スサト「“は虫類”は……《お乳》を“飲まない”のです」

ホームズ「え」

スサト「《お乳》を喜んで飲むのは、“ほ乳類”だけですので……。ヘビを、《お乳》で訓練することはできないと思われます……」

ホームズ「……ああ。それでしたら。ベツのエサで訓練したのでしょう。ミルクは、単なる“たとえ”ですよ。たいしたモンダイではありません」

スサト「次に……もうひとつ。ヘビには“耳”がございません」

ホームズ「え」

スサト「だから。《口笛》を合図にすることはできないと思われますが……」

ホームズ「で、でも! だって……アレです! 亜剌比亜(アラビア)の国では、笛でヘビをくねくね踊らせるというウワサですよ!」

スサト「あれは、ヘビの動きに合わせて笛を吹き、それらしく見せているのだそうです」

ホームズ「そう、なのですか…………手も足も耳もないなんて。どれだけ“質素”なイキモノなんだッ!」

ナルホド「ヘビに“八つ当たり”しないでください」

スサト「……あの。次、よろしいでしょうか」

ホームズ「ま。まだあるのですか!」

スサト「ヘビは、おなかのウロコを使って移動をするわけですが……《呼び鈴》の平たい“帯”に巻きついて伝うことは、できないようでございます」

ホームズ「なんでできないのですかッ!」

スサト「わ。わたしに怒られても困りますが……とにかく。《通気口
》からヘビを放りこんでも。ヒトリでは、戻ることができません。つまり……そのヘビさんには、あらゆる意味で犯行は“ムズカシイ”かと……存じます」

 

ホームズ「……………」

 

ホソナガ「……………」

 

ニコミナ「……………」

 

スサト「……そういうわけで。今回も、やってやりましょうとも。……成歩堂さま!」

ナルホド「“やってやる”……って。まさか……」

スサト「ええ。今の《スイリ》を……そっと、《名推理》に変えるのでございます!」


(……やはり。そう来たか……)


ナルホド「わかりました。……やりましょう!」

ホームズ「そのコトバを待っていたよ。……ミスター・ナルホドー!」

ナルホド「あ……は。はいッ!」

ホームズ「今回も。両手を見てみたまえ」

ナルホド「“手”……ですか?」

 



ナルホド「……ま。またしても……」

スサト「手錠が……ございません!」

ホソナガ「ああ……ッ! い。いつのまに……」

ホームズ「……シンパイはいらない。後でまた、キチンと戻してあげるから」


(……さすがに、もういいのではないかしらん……)


ホームズ「それでは……みなさん。始めるとしましょうか。シャーロック・ホームズの『論理と推理の実験劇場』を……!」

 

 

─検討開始─

Holid it, Mr holmes!

 

Topic 1
 侵入者の正体

Conclusion
“トモダチ”のまだらのヘビ


ホームズ「……ミス・ニコミナ。あなたは、言いましたね。『ニコ……関係ない。そんな、事件……関係ないの』……。……しかし。自分にウソをつくことは、できないのです! ……そう。事件を思い出せば、その“小さなムネ”が痛むのは、当然です」

 

ナルホド「ニコミナさん……たしかに、悲しそうなカオをしていますね」
スサト「はい。たしかに……。一真さまの“死”に、ムネをいためているように見えます」
ホームズ「でも。ホームズさんのコトバがピンと来なかった、ということは」


(……あの表情には、ほかにも違う“意味”があるのか……)


スサト「……それでは。ニコミナさまを、じっくり“観察”してみましょう!」


─小さなムネ─

ナルホド「……ニコミナさん。本当に、ツラそうな顔をしていますね」
スサト「はい。たしかに、あの表情は“ホンモノ”かと存じます」
ナルホド「でも……よく見ると。なんだか、他のところに目をやっているようにも見えますね」

スサト「他のところ……でございますか?」


(痛むところが、他にないか。もう少し“観察”してみるか……)

 

─ニコミナの右耳─



ナルホド「ウツクシイ御髪(おぐし)のあいだから、桜貝のような“お耳”がのぞいでいます。あ……あれ?」

 



ナルホド「ニコミナさんの、耳……なにか、ついていますね」
スサト「ああ。これは……おそらく。《耳飾り(イヤリング)》の金具のようでございます」
ナルホド「“いやりんぐ”……ですか。ずいぶん、小さいですね」
スサト「どうやら。“飾り”の部分は壊れてしまったようですね……。今は、その“金具”の部分だけ、耳に残ったままになっております」

 

(ニコミナさん……。《耳飾り(イヤリング)》が壊れたこと、気がついていないみたいだな……)


─ニコミナの左耳─

 



スサト「ウツクシイ御髪のあいだから、桜貝のような“お耳”がのぞいでいます」
ナルホド「お……おや? ニコミナさんの、耳……なにか、ブラ下がっていますね」

 



スサト「《耳飾り(イヤリング)》でございますね。木でこしらえた三日月、でしょうか。……とても、愛らしいです」
ナルホド「本当に、女性というのは“飾り”が好きなのですね。髪や指先、首まで飽きたらず、耳までブラ下げますか……」
スサト「愛らしいものは、女子の永遠のアコガレでございますから」

 



─ツメ跡のキズ─

スサト「あ……見てください! これは……痛そうでございます」
ナルホド「小動物に“ひっかかれた”みたいですね……コイツは」


(……しかも。まだ、それほど時間がたっていないみたいだ)


スサト「でも……そのような“小動物”。見かけませんでしたが……」


──はいッ!


ナルホド「……そう。事件を思い出せば、その“ツメ跡のキズ”が痛むのは、当然です」

ホームズ「まさしく! 見たところ……まだ新しい“傷”ですからね」

ニコミナ「……!」

ナルホド「……ニコミナさん。もしかしたら、その《ツメ跡》……。引っかかれたのは、ゆうべのコト……なのではありませんか?」

ニコミナ「ああ……ッ! ………………ニコだって。トナリのヒト、死んで……カナシイ。そして。カナシイと……このキズ、イタイの」

ホームズ「その“痛み”こそ……あなたが被害者の死に関係している“証拠”です。では……あの夜。《通気口》から現場に侵入したのは、何者だったのか? それは……あなたが、この船に持ちこんだ“トモダチ”ですね? ……やはり。思ったとおり……今回も、“視線”が動きましたね。あなたの“トモダチ”……それは、モチロン。ヘビだったのです!」

 



ナルホド「ニコミナさんの手に刻まれた、あの“ツメ跡”ですけど……。彼女の“トモダチ”にやられた《傷》なんですよね? でも……ヘビには……“ツメ”はありませんよね?」
スサト「……はい。そもそも。ツメが生えるべき“手”すら、ないと存じます」
ナルホド「そうなると……。彼女の“トモダチ”の《正体》。……何者なのでしょうか」
スサト「ニコミナさまが、思わず視線を向けてしまったもの……。そこに《コタエ》があるハズでございますとも!」


─ヘビ─

 

ナルホド「それにしても。見れば見るほどに……じつにミゴトな“しましま”のヘビですね」
スサト「ええ。本当でございますね。まあ……この、ヘビさんときたら。船員さまのアタマも砕けよとばかり、シメ上げております」
ナルホド「……オソロシイような、微笑ましいような光景ですね」


(とりあえず。近くには寄らないほうがよさそうだな)


─ストロガノフ─

ナルホド「ニコミナさんの視線の先に立っているのは……やはり。ストロガノフさん……だと思うのです」
スサト「うううん……たしかに、“お友だち”かもしれませんが……。あの《通気口》を通りぬけるのは、やや、ムリがあると存じます」
ナルホド「でも! ぼくだって。あの《洋箪笥》に詰まって、ここまで来たワケですからね」
スサト「………………『だから、なんですか』とうかがいたいキモチもありますが。ここは、アイマイに微笑んでおくことにいたします」

 

ティーポット─

ナルホド「……なんとなく。ニコミナさんは、このポットをチラと見たような気がしたのです」
スサト「……このポットが“おともだち”なのでございますか?」
ナルホド「まあ、そういうのは“人それぞれ”ですからね。ボクたちが、とやかく言ってもしかたないと思うのです」
スサト「それでは。わたしも、とやかく言うのはやめておきますね」


(……なんだか、ポットとトモダチにされてしまった)

 


─写真立て─

ナルホド「これは……《写真》ですね」


(おそらく。ニコミナさんが船に持ちこんだものだろう)


スサト「はあ……やはり、ニコミナさま。おウツクシイですね」
ナルホド「たしかに、そうですね。でも、ぼくとしては……。……コチラの、黒っぽい“小動物”が気になります」

(……この《写真》。もうすこし、よく見てみるか……)


ナルホド「ニコミナさん……舞台衣装を着ているみたいですね」
スサト「本当に、キレイでございますね。あこがれてしまいます」
ナルホド「アタマには、例の2万ルーブルを載せています」
スサト「……それは、2万ルーブルではなく“宝冠(ティアラ)”でございます」


(ニコミナさん……。華麗な舞台の世界を捨てて、たったヒトリで逃げてきたのか……)


ナルホド「ニコミナさんが抱いているの。こいつは、ネコ……ですね」
スサト「……たしかに。愛らしい“子ネコさん”でございますね。“黒っぽさ”では、成歩堂さまといい勝負だと思います」


(黒い《子ネコ》……か。見た感じ。とてもニコミナさんになついているように見えるな……)


──はいッ!


ナルホド「あなたの“トモダチ”……それは、モチロン“子ネコ”だったのです!」

ホームズ「そう! あなたの手に刻まれた《ツメ跡》を見れば、アキラカだ」

ニコミナ「あ……」

ナルホド「黒い、子ネコ……今、どこにいるのか、わかりませんが……。亡命のために、つれてきた……そういうコトではありませんか?」

ニコミナ「きゃああっ! ………………クロッポイは……ニコの“トモダチ”……置いてくること。デキナイ……」

ホームズ「子ネコの名前は“クロッポイ”クンですか。……しかし。そうなると……ヒトツ。モンダイがあります。被害者が、事件当夜に“目撃”したのは……“まだらの紐”だった。……しかし。ザンネンだが。カレはどう見ても、“まだらの紐”とは呼べそうもない。それでは……ゆうべ。被害者が見たのは、なんだったのか?」

ニコミナ「み……見ないで! コレ……関係ない!」

ホームズ「……そう。その《コタエ》は、あなたが、今。隠そうとしたもの。それは……もちろん。その、“ヘビの抜けがら”に間違いない!」

 

 

スサト「ニコミナさま……。ポッケの中身を出して、思わず背中に隠してしまわれました!」
ナルホド「あのまま、ポッケに入れておけばバレずに済んだような……」
ホームズ「それこそが。ホームズさまお得意の“ハッタリ”なのです!」


(……名探偵の“お得意”は《スイリ》じゃないのか……?)


スサト「……いずれにせよ。あれが“ヘビの抜けがら”とは考えにくいようでございます」


(それでは、いったい……。ニコミナさんは、なにを隠そうとしたのだろう……?)

 



ナルホド「……たしかに。“まだら”で“ヒモ状”のシロモノですが……。なんでしょうか……コレは」

(……モコモコとやわらかくて長い“布”で、できている。ハジっこには、小さな“取っ手”もついているな)


スサト「これは……おそらく、西洋の『ネコじゃらし』でございます」
ナルホド「ネコじゃらし……?」
スサト「ネコが、じゃれて遊ぶための“おもちゃ”でございます。特に、子ネコなどはこういうのが大好きなのですよ。目の前で動かせば、どこにいてもスッ飛んでまいりますとも」
ナルホド「それは……なんともカワイイかぎりですね」


──はいッ!


ナルホド「それは……もちろん。その、“ネコじゃらし”に間違いありません!」

ホームズ「そう! つまり。それこそが“まだらの紐”の《正体》だったのです」

ニコミナ「あ……ッ!」



ホームズ「あなたは……このオモチャを、あの《通気口》から垂らしましたね。ブラブラと振ったりしたのかな……? 被害者の目についたのも、ムリはない」

ナルホド「でも。それって、いったい。なんのため……だったのですか?」

ホームズ「……そんなの。決まっているだろう。あの《通気口》から、トナリの船室に逃げこんでしまった“子ネコ”くんを……まだら模様の《ネコじゃらし》で気をひいて、“呼び戻す”ためさ!」

ナルホド「あ……」

ホームズ「……そう。ゆうべ、現場に忍びこんだあなたの“トモダチ”の正体は……。イタズラ好きの子ネコ……クロッポイくんだったのです!」

ニコミナ「きゃあああああああああああああッ!」

ホームズ「……実に困ったニャンコだ。見かけたら、ふん捕まえてやりましょう。クロッポイくんの《写真》……ちょっと、お借りしておきますよ」

 



─ニコ&ネコの写真─

ニコミナと、彼女の“トモダチ”
子ネコのクロッポイの写真。
舞台衣装の宝冠も映っている。

証拠品《ニコ&ネコの写真》の
データを法廷記録にファイルした。


……。

 



ニコミナ「……ゆうべ。あの子に、“お夜食”あげていた……。そのとき。ニコの、手。ひっかいて……突然。あの、《呼び鈴》に……。あっというま……《通気口》の向こう。消えたの」


ニコミナ「……クロッポイ。……わるい子……」



Topic 1
 侵入者の正体

Conclusion
 “トモダチ”の子ネコ


……。

 

Topic 2
 死に至る道

Conclusion
 猛毒を持つヘビに噛まれ、中毒死

 

 

 

ホームズ「それでは……次に。その《死》の核心に迫るとしましょう。被害者は、“なぜ”“どうやって”イノチを落としたのか……?」

ニコミナ「………………」

ホームズ「ボクお知っている《情報》によれば。遺体には、いっさい“外傷”がなかった」

ニコミナ「あ……!」

ホームズ「つまり、被害者の“死因”は……“恐るべき猛毒”が示しているのです!」

 



スサト「たしかに。ホームズさまのおっしゃるとおり……一真さまに、“外傷”がなかったのは《事実》でございます」
ナルホド「……はい。でも、どうやら……ホームズさんは、知らない《情報》があるようですね」


(……亜双義は、《毒》で死んだのではなかった……)


スサト「そのようでございます。その《情報》を、ホームズさまに教えてさしあげましょう!」

─はいッ!


ナルホド「そう。つまり、被害者の“死因”は……“遺体検分記録”が示しているのです!」

ホームズ「まさしく……ボクも、どちらかだろうとは思っていたのですよ!」

ニコミナ「……ッ! く……クビの、ホネが……?」

ホームズ「クビのホネが折れても生きているのは、あの船員クンぐらいでしょうね!」

ナルホド「……ストロガノフさんもニンゲンだと思いますけど……」

ホームズ「とにかく。被害者は、クビのホネを折ってしまったのです。……そして。それが“事実”であれば……。その“死”の《痕跡》が、事故現場のどこかに残っている可能性がある!」

ニコミナ「……う。ウソ……よ!」

ホームズ「そう! “遺体の痕跡”を調べれば……死の“原因”は立証されるのです!」

 



ナルホド「……亜双義は、クビのホネを折って、亡くなった……。それは……やはり“殴られた”ということなのでしょうか」
スサト「その可能性はあります。ただし……。今のところ、《凶器》と思われる証拠は見つかっておりません」


(侵入した子ネコが、亜双義をブン殴ったとも思えないし)


スサト「あるいは……。ムリな姿勢で“転倒”した際にもし、打ちドコロが悪かったら。……不運にも、クビのホネが折れてしまうことは考えられます」
ナルホド「あ。たしかに……(ムリな姿勢で“転倒”か……)
スサト「……ですが。あの一真さまにかぎって。そのような“不手際”など……考えにくいと存じます」
ナルホド「……とにかく。“入れ替え”をしてみるしかありませんね。亜双義の“死”の《痕跡》が残っているのは……どこなのか」


──はいッ!

 



ナルホド「そう。床の痕跡を調べれば……死の“原因”は立証されるのです!」

ホームズ「実際。残っていたのですよ。現場の床に……“靴墨(くつずみ)”の《痕跡》が」

ニコミナ「クツ……ズミ……」

ホームズ「いつも趣味で持ち歩いている、ボクが作った《分析機》で調べたところ。“蜜蝋(みつろう)”“獣脂(じゅうし)”“染料”……靴墨のい配合、成分と完全に一致した」

ナルホド「そして靴墨の“色”は、亜双義の“革の編み上げ靴”と、同じものです」

ニコミナ「……!」

ナルホド「この《痕跡》を見れば……なにが起こったか、想像がつきます。おそらく。アイツは……なにかの“原因”で、あの場所で、足をとられて……《転倒》したのです」

ニコミナ「……い。イヤ……」

ホームズ「……そして。不幸にも、どこかにクビを強打して、そのまま床に倒れた。頸椎(けいつい)に、致命的な《損傷》を受けた被害者は……その瞬間。息絶えたのです」

ニコミナ「いやああああああああッ! ………………ニコ。知らない……なにも、知らない……」

ナルホド「……本当に、そうでしょうか?」

ニコミナ「……!」

ナルホド「被害者が亡くなったとき。現場には、ある“証拠”が残ったのです」

ホームズ「そう。そして……。その、致命的な“証拠”を……あなたは、必死に隠そうとしましたね? ……そう。まさに“視線”を向けた先に、その『隠し場所』がある。被害者の命を奪った“証拠”を……あなたは、旅行鞄(トランク)に隠したのです!」

 



スサト「そ。そんな……。一真さまが、足をすべらせて転んで、死んでしまった……など。そんなの。ウソでございます! 寿沙都は……信じられません」
ナルホド「でも。床に残った《痕跡》は、たしかに……それを示しています」
スサト「うううう……」
ナルホド「そして……ホームズさんの《スイリ》によれば。ニコミナさんは、そのときの“証拠”を隠そうとしたのです。この、船室……ニコミナさんの“視線”の先に」
スサト「ニコミナさまは……いったい。どこに隠したのでしょうか……」
ナルホド「よく“観察”してみましょう。かならず《コタエ》があります!」


─旅行鞄─



ナルホド「……この中に、“トモダチ”が詰め込まれていたのですよね」
スサト「そのようでございます。ちなみに、ヘビさんではなく……。子ネコのクロッポイくんですね。……今、見あたりませんが」
ナルホド「どうやら。勝手に鞄を開けて、出かけてしまったようです」
スサト「どこかで。どなたかのカオに巻きついているのでしょうか……」
ナルホド「もしくは。どこかで、誰かの手をひっかいているかもしれません」


(……いずれにせよ。どこにいるのかな……)


─宝冠─



ナルホド「おや。こんなところに2万ルーブルが落ちていますね」
スサト「“落ちている”のではなく、“置いてある”のだと存じます」


(……考え方がホームズさんに似てきてしまったな……)


スサト「『名探偵になりました』っぽく言わないでくださいまし」

─クズカゴ─



スサト「これは……この船室の《クズカゴ》でございますね」
ナルホド「ニコミナさんは、ゆうべこの船室に来たのですから……。まだ、それほどゴミは出ていないと思いますけどね」

 



ナルホド「……あれ。これは……」
スサト「……硝子の、カケラ……でございますね」


(なんだろう……。どこかで見たことがあるような気がする……)


スサト「……おそらく。“気のせい”ではないと思われます」


──はいッ!


ナルホド「被害者の命を奪った、“証拠”を……あなたは、“クズカゴ”に隠したのです!」

ニコミナ「あ……!」

 



ホームズ「この、ウツクシイ硝子のカケラ。……どこかで見たことがあるようです」

 



ナルホド「はい! 亜双義の船室の床に落ちていた、この“カケラ”と……」

 



ナルホド「……このとおり。ピッタリ、合うのです!」

ニコミナ「……ぐ……ッ!」

ホームズ「さあ……ミス・ニコミナ。説明していただきましょうか。現場に落ちていた、割れた硝子のカケラ。……その“片割れ”が、なぜ。この船室の《クズカゴ》の中にあるのか……その“理由”をね!」

ニコミナ「きゃああああああああああッ!」

ホームズ「……この、硝子の“鐘”。当然。あなたは、ご存じですね?」

ニコミナ「………………そ。それは……」

ホームズ「……お得意の『ニコ。知らない』は通用しませんよ……なぜならば。コイツと、あなたを結ぶ決定的な“証拠”があるからです」

ニコミナ「え……!」

ホームズ「……そうですね? ミスター・ナルホドー!」

ナルホド「は……はい! この硝子の《鐘》と、ニコミナさんをつなぐ“証拠”……それは!」


──はいッ!


ナルホド「……この《写真》に、ハッキリ写っているのです。クロッポイくんのクビにブラ下がっているのは……」

 



ナルホド「……まさしく。この硝子の《鐘》なのです!」

ニコミナ「……うううううう……」

ホームズ「……ミス・ニコミナ。もう、逃げることはできません。被害者は、船室の床に《転倒》して、運悪く……イノチを落としてしまった」

ナルホド「……そして。その、運命の《転倒》には……」


あなたの“トモダチ”……
クロッポイくんが関わっていたのです!


ニコミナ「……………………………どうしても……言えなかった…………ゴメンナサイ……」



Topic 2
 死に至る道

Conclusion
 ネコに足をとられ、事故で転倒

 

─推理完了─
Elementary!

 

 


ナルホド「……ニコミナさん。聞かせていただけますか。ゆうべ……いったい、なにがあったのか」

ニコミナ「………………あれは……夜中の、1時すぎのコト……。クロッポイに、お夜食。あげていたとき……。あの子。突然、暴れだして……逃げた。ニコの手の中から」

ホソナガ「ネコは、新しい環境におかれると、トテモ神経質になると聞きます」

ニコミナ「あの子……通気口に、消えてシマッタ。あっという間……」

ホームズ「その際。あなたは、その手を“ひっかかれた”のですね」

ニコミナ「……そう。船の“規則”……知ってた。あの子……乗船、デキナイ……」

ホソナガ「動物が、伝染病の病原菌を運ぶ……その可能性を恐れてのコトです」

ニコミナ「だから……ニコ。トナリの船室のようす、じっと聞いていた。トナリ。トテモ、静かで……きっと。寝ている……そう思った」

 

ホームズ「だから……あなたは、子ネコくんをコッソリ、呼び戻そうとしたのですね? あの《通気口》から、お気に入りの《ネコじゃらし》をブラさげて……」

ニコミナ「クロッポイ。いつも、夢中になる。ソレナノニ……いくら“オモチャ”で気をひいても、口笛を吹いても……戻らなかった」


(亜双義の聞いた『低い口笛』は、“子ネコを呼ぶため”だったのか……)


ホームズ「ニャンコは、怯えると物陰に隠れて出てこなくなる習性があると聞きます」

ニコミナ「しかたなく……待つコトにした。あの子が、落ち着くまで。そのとき……」


……にゃああああッ……


……ガタン……


ニコミナ「……心臓……止まるかと思った。突然。叫び声、聞こえて……ものすごい音、聞こえて。そして……ナニも。聞こえなくなった」


(……亜双義……)


ホソナガ「……………現場の床に残った《痕跡》を見るかぎり……。被害者が足を取られた、そのとき。硝子の《鐘》を踏み砕いたのでしょう。《アラクレイ号》は、巨大な蒸気船だが不意に、大きく揺れることがあります。それで倒れかけたとき、足元に怯えた子ネコがまとわりついてきて……。不幸な偶然が重なって、ムリな姿勢で“転倒”してしまったのでしょうか」

スサト「………………」

ホソナガ「それで…・・その後、“子ネコ”はどうなったのですか?」

ニコミナ「……………なんとか。《通気口》から呼び戻すコト、デキタ」

ホームズ「だが……今は、クロッポイくんの姿は見えないようですね」

ニコミナ「……あの《旅行鞄》。カギ。かけるの、忘れて。あの子。また、どこかへ……」

ホームズ「……ヤレヤレ。このボク並みに落ちつきのないニャンコだな」


(……“落ちつきがない”という自覚はあるのか……)


ニコミナ「朝になって。トナリのヒト。“死んだ”と聞いた。でも……どうしても。言い出すコト、できなかった。ニコのコト、バレたら。連れ戻されてしまう。それが……コワかった」

スサト「……………」

ナルホド「あ。それでは……いったい。……あの、“ヘビ”は……なんだったのでしょうか」

ホソナガ「あ……! た。たしかに……」

ナルホド「ニコミナさんの“トモダチ”でなかったのであれば……なぜ」

 



ナルホド「こんな、キケン極まりない“イキモノ”が船内に……!」

ストロガノフ「ああ……言ってなかったか。コイツはなァ……オレの“トモダチ”さ。“ピロシコ”っていうんだぜ」

ホームズ「え……」

ホソナガ「え……」

ナルホド「えええええええええええッ!」

ホソナガ「あ。アナタのヘビ……ですって?」

ストロガノフ「さっきの《警報機》の騒ぎでオリから逃げちまって、探してたんだ。まさか。こんなトコロに迷いこんでいたとはなァ!」


(どうやって迷いこんだんだ……)


ホソナガ「し……しかし! “動物”は、船内に『持ちこみ禁止』ではありませんか!」

ストロガノフ「フン! オレたちはなァ。1年のほとんど、海の上なんだぜ? キモチの通いあう“トモダチ”がそばにいてほしいじゃねえか!」


(……他に、いないのかしら。キモチの通いあう“トモダチ”……)


ホームズ「……だがね、船員クン。よりによって、猛毒の“大蛇”とは。……ボクとしては、感心できないね」

ストロガノフ「《毒》なんか、ねえよ」

ホームス「え」

ストロガノフ「……この、ピロシコはなァ。人畜無害(じんちくむがい)で、長いだけが取り柄の、カワイイやつなのさ!」

ホームズ「む。むがい……?」

ストロガノフ「今は、ハラペコで気が立ってるが。エサをやれば、ニコニコしてるぜ!」

ナルホド「あの。“エサ”……って。やっぱり。『お乳』とか……」

ストロガノフ「はッ! そんな“おとぎ話”みたいなかわいらしいヘビなんか、いるかッ! コイツの好物はネズミだよ! まるまるとフトったヤツが好きなのさ!」

ナルホド「……もしかして……船室のソトの廊下にあるあの《ネズミとり》は……」

ストロガノフ「……モチロン。コイツの“大好物”を捕まえるための《ワナ》さ!」


(うううう……自然の《掟(おきて)》はキビシイな……)


ホームズ「……………ミルクも飲まず、口笛も聞こえず、呼び鈴も伝えず、猛毒すらないなんて。まさに! 『手も足もでない』というヤツじゃないかッ!」

ストロガノフ「知らねえよ! オレにドナるんじゃねえ! とにかく。オレのピロシコは、事件なんかにゃア関係ねえぜ!」

ナルホド「………………」


(これが…………亜双義の“死”の《真相》だというのか……)


ホームズ「……………」

ホソナガ「……………」

ニコミナ「……………」

スサト「………………ニコミナ・ボルシビッチさま」

ニコミナ「……………」

ニコミナ「あなたさまの置かれた、つらい立場は理解できるし、同情もいたします。しかし。だからと言って……ヒトの命を奪ったうえ、その《罪》をウソで逃れようとするのであれば……。それは、いかなる事情があっても許されることではございません!」

ニコミナ「え……」

ホソナガ「な……なにを言い出すのですか! 今。すべての“謎”はアキラカになったではありませんか。すべては、不幸な偶然が重なった“事故”だった、と……」

ホームズ「………………」

スサト「……わたしには、ホームズさまのようになにかが“見える”コトはございません。でも……ハッキリ、わかるのです! “こんなはずはない”……と。いかがですか……成歩堂さま!」

ナルホド「……………」


(正直なところ……ぼく自身も、感じていた。……ニコミナさんの話にはなにか“違和感”がある……!)


ホームズ「……………じつはね。このあとのことは、《倫敦警視庁(スコットランドヤード)》に任せようと思っていたんだ」

ナルホド「え……」

ホームズ「ボクが、この事件を調べていた理由は……ただ、ひとつ。キミが“目ざわり”だったからだ。……ミスター・ナルホドー」

ナルホド「え……! ぼ。ぼく……ですか!」

ホームズ「その、両手の《手錠》さ。……どうにも、気になってね」

 



ナルホド「あ……ッ! (また……い。いつのまに……)」

ホームズ「……どうやら。ボクのせいでかけられた《手錠》みたいだからね。とりあえず。次の港に着くまでになんとかしておこうと思ったんだ」

ナルホド「……ほ。ホームズさん……」

ホームズ「だが……ヒトツ。忘れていたことがあったよ。亡くなった被害者は……キミたちの大事な“トモダチ”だったことだ。……そうなんだろう?」

ナルホド「……………はい。亜双義は、ぼくの“親友”で……ぼくを救ってくれた“恩人”です」

スサト「…………」

ホームズ「……それならば。この先にある《真実》は……キミ自身の“目”で見つけ出すことだ」

ナルホド「……ぼく自身の……“目”……」


(……ニコミナさんの話に感じた“違和感”……。それを“追及”していけば、見えてくるのだろうか……)

 



(おまえの、《死》……その、本当の『風景』が……!)


ナルホド「わかりました。……やってみます」

ホームズ「……そう来なくてはね」

スサト「成歩堂さま……!」

ニコミナ「………………」

ホームズ「それでは、始めるとしようか。……ミスター・ナルホドー!」

ナルホド「はいッ!」

ホームズ「……それでは。まず、最初に考えるべきは……。内側からカンヌキのかかった船室で遺体となった、“被害者”のコトだ。『本当に“事故”だった』のか? ……それとも。『ただの“事故”ではなかった』のか? ……それを、ハッキリさせるとしようか」

ホソナガ「だ。だから、それは……。《通気口》から侵入した子ネコのせいで転倒した……“事故”ではないですか!」



──待った!

 


ナルホド「いや……ちょっと、待ってください。そう考えると……なんだか、オカシイのです」

ホソナガ「……説明を求めましょうか」


(……そうだ。だんだん、見えてきたぞ……。……亜双義の《死》……その、アキラカな“ムジュン”が!)


ナルホド「だって。亜双義の船室には……決定的な《証拠》が残っています。アイツの《死》は……ただの“事故”ではなかったのです!」

ニコミナ「……!」

ホソナガ「な。なんですって……」

ホームズ「それならば。その“証拠”とやらを見せてくれたまえよ。被害者の《死》が、ただの“事故”ではないことを立証する“証拠”をね!」


──はいッ!


ナルホド「それは……この《写真》にハッキリ“記録”されています!」

 



ナルホド「亜双義に、これを書き残すことは“不可能”だったのです!」

ホソナガ「これは……たしか、露西亜(ロシア)語、でしたね」

ホームズ「……そのとおり。《クローゼット》という意味です」

ホソナガ「死に際に《伝言》を残すとしたら、たしかに“日本語”が自然ですが……」

ニコミナ「……でも! 露西亜語、ベンキョウしていたかもシレナイ! 露西亜語……カンタンだから。ビックリするほど」


(……そうは思えないけど)


ナルホド「まあ……いずれにせよ。そんなことは、関係ないのです」

ホソナガ「ど……どういうことですか?」

ナルホド「さっき、言ったとおりです。亜双義には、これを書き残すことは“不可能”だったのです。その“理由”は……ハッキリ、ここに書かれています! 『頸椎』を損傷して、即死』……《即死》です」

ホソナガ「あ……!」

ナルホド「つまり。アイツは、床に倒れてから文字を書き残すことはできなかった。……すでに、死んでいたのですから!」

ニコミナ「………ッ!」

スサト「そして……それだけではございません。一真さまの船室には。今、思えば……もうひとつ。どう考えても、つじつまの合わない“不可解”な《痕跡》がございました!」

ホソナガ「……なんですって……!」


(……どうやら。寿沙都さんも気がついたみたいだな……)


ナルホド「……この、露西亜語で書き残された“文字”のほかに、もうひとつ。あれが、ただの“事故”ではなかったと立証する、もうひとつの“証拠”とは!」


──はいッ!


それは……もちろん。床に残された、これらの《痕跡》です」

ホソナガ「で。でも……その、まっぷたつに割れた硝子の《鐘》ならば。被害者が、足を取られて、“転倒”した際に、踏んでしまったのでは……。そうです! そう考えれば。なんの問題もないでしょう!」

ナルホド「ザンネンですが……ひとつ。“致命的な問題”があるのです」

ホソナガ「え……!」

ナルホド「もし、そうだったとしたら。……いったい、なぜ。その《鐘》の、もう片方のカケラが、“この船室”から見つかったのでしょうか」

ホソナガ「あ……!」

スサト「もう片方の硝子のカケラは……その《クズカゴ》の中にありました。説明していただけますか? ……ニコミナさま」

ニコミナ「う。うううう……」

ナルホド「……つまり。2つの“証拠”が示している《事実》は……ひとつ。亜双義が死んだとき。あの船室には……もうひとり」



ナルホド「……“別の人物”がいたのです!」

ニコミナ「……!」

ナルホド「そして……その人物は、現場に“偽装工作”をした。……自らの《罪》から逃れるために!」

ニコミナ「きゃああああああああッ!」

スサト「……事件が起こったとき。現場にはもうひとりの人物が“存在”した……」


──待った!

 



ストロガノフ「……はッ! くだらねえぜ! “もうひとりの人物”なんて……そんなの、アタリマエじゃねえか!」

ナルホド「……どういうことですか」

ストロガノフ「……なにしろ。あの船室には“密航者”がいたんだからなァ」

ホソナガ「あ……」

ストロガノフ「あの留学生が死んだとき。船室にいたのは……キサマ自身だ!」


──はいッ!


ナルホド「……たしかに。あのときぼくは、あの船室にいました」

ホームズ「より正確には『船室のクローゼットに詰まっていました』……だがね」

ナルホド「でも! ぼくならば。露西亜語の《伝言(メッセージ)》など、書きません!」

ホームズ「より正確には『書きません』ではなく『書けません』……だがね」

ナルホド「……あの。ちょっと、黙っててもらえますか」

ホームズ「あっはっはっはっは! こいつはシツレイしたね!」

ナルホド「……とにかく。“犯人”は、現場の床に露西亜語で《洋箪笥》と書きました。その中で眠りこんでいたぼくに、《罪》を着せるためです」

スサト「そして……床に落ちていた、硝子の《鐘》のカケラを回収したのですね。一真さまの《死》の原因を特定する“証拠”になってしまうから……」

ホソナガ「しかし……それならば。カケラをすべて持ち去らなければ、意味がない! 現場には、“半分”残っていました。これは、不自然だと思われますが……」

ナルホド「そ。それは……」

ホームズ「事件が起こったのは、“午前1時”すぎ。船室内は、かなり“暗かった”はずだ」

 



ホームズ「明かりは、小さな洋燈(ランプ)がヒトツだけ。床に、光はほとんど届かなかっただろう。カケラを“見落とした”としても、不思議ではないね」

ニコミナ「ミンナ……疑っている。ニコのコト……」


──待った!

 



ナルホド「す。ストロガノフさん……」

ストロガノフ「……この子はな。もともと、船乗りのムスメなんだ。2年前……その才能に目をつけたバレエ団に買われていっちまったが……。それまでは、音楽隊と一緒に、この船の舞台で踊っていたんだ。オレたちの《妖精》に妙な“言いがかり”は、ユルさねえ!」

ナルホド「……そうだったのですか……」

ストロガノフ「あの留学生が死んだとき。この子が、現場の船室に“いた”……。そんなコトは、あり得ねえんだ! ……ゼッタイになァ!」

ホームズ「ほお……そいつは興味深いね。どうして、そんなコトがキミに断言できるんだい?」

ストロガノフ「はッ! よく、わかってるハズだぜ。……“名探偵”さんよォ! 現場の船室のトビラには、“内側から”カンヌキがかかっていたんだ! この子だけじゃねえ! ほかの誰だって、同じコトだ。あの船室に出入りするなんて。それこそ“不可能”じゃねえかッ!」

ナルホド「ぐ……ッ! (そのとおり……なんだよな)」

スサト「で。でもッ! そういえば……以前、《探偵小説》で拝読したのですが。こういうときは、ハリや糸を使って、部屋のソトからカンヌキをかけるとか!」

ストロガノフ「“ハリや糸”……だと? バカバカしいッ! この船室のトビラを、そのへんのヤワなトビラと一緒にするなッ!」

ホームズ「……たしかに、そのとおり。なにしろ、蒸気船のトビラだからね。防水のため、重い鉄製になっていて……針も糸も、磁石も通用しないだろう」

スサト「うううう……わたしも、そう思ったのですが……。さきほど。成歩堂さまがそう言い出したものですから……」


(……寿沙都さん、ずるい……!)


ホソナガ「それでは……やはり。船室のソトからカンヌキをかけることは、不可能……」

ホームズ「……ところが。そうともかぎらない」

ストロガノフ「……なんだと……」

ホームズ「断言しよう。この船室のトビラ……ボクならば。いっさい、手を触れるコトなく、カンヌキをかけるコトができる」

ニコミナ「……!」

ホームズ「そして、現に……この船室には。その《方法》を使ってカンヌキをかけた……その“痕跡”が、残っている」

ホソナガ「な……なんですって!」

ホームズ「どうだい? ミスター・ナルホドー。キミには、わかるのではないかな?」


(このカンヌキを、船室の“ソト”から、かける方法……)


ナルホド「……たしかに。ひとつだけ、考えられます」

スサト「そ。そうなのですか! 成歩堂さま……」

ナルホド「ええ。だって……。ぼくたちは、それを“目撃”していますからね……!」

ホームズ「では。指摘していただきましょうか。……ミスター・ナルホドー! この部屋に残された、カンヌキをかけた方法を示す“痕跡”とは……!」


──はいッ!

 



ナルホド「……あの《本棚》を見てください。本や、置物……みんな、倒れています」

スサト「おそらく。先ほどの“緊急停船”の際に、倒れたのではないでしょうか」

ホソナガ「ええ。間違いありません。……これだけ巨大な船ですから。急に停止すれば……かなりのチカラが、全船内に働きます。そういった、小さなものが動いたり倒れるのは、当然でしょう」

スサト「たしか……“慣性”のチカラ……というものでございますね」


(さすが、寿沙都さん……ムズカシイことを知ってるな)


ナルホド「そして……そのチカラで、本棚の本が倒れた、そのとき。……もうひとつ。この船室で、“動いた”ものがありました。それが……あのトビラの“カンヌキ”だったのです」

スサト「え……」

ナルホド「さっき、“緊急停船”したとき……ハッキリ、わかったんです。あのとき……当然。ぼくたちは、カンヌキなど、かけていませんでした。それなのに……」

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 



???「おい! 中に誰かいるのか! ……ヘンジをしなさいッ!」

ナルホド「あの声は……」

スサト「ホソナガ刑事さま……」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 


スサト「あ……。そうです! 船が止まったとき。カンヌキが、かかっていました……」

ナルホド「このトビラのカンヌキは、金属製ですが……小さくて、軽いものです。先ほど言われた“慣性”のチカラで、動いてしまったのです」

ホソナガ「そ。それでは……まさか。ゆうべ。事件が起こった、その後……」

 





ホソナガ「この《アラクレイ号》は……ゆうべ。“緊急停船”したというのですか!」

ナルホド「……今朝。船室で目が覚めたとき、なんだか変だと思ったんです。本棚の、本や置物が……すべて、倒れていた。まるで“なぎ払われた”ように……今と、マッタク同じ状態です」

スサト「あ……そういえば。たしかに、倒れていました! そのとき。もとどおり、並べなおしておいたのですが……」

ナルホド「そして……その後。この船室に入ったときに、驚きました。やはり、本や置物が、すべて倒れていた。……亜双義の部屋と、同じ方向に」

スサト「あ……!」

ナルホド「……いかがですか? ニコミナさん」

ニコミナ「……………」

ストロガノフ「バカバカしい! 《アラクレイ号》が“停船”だと……?」

ホソナガ「……そうです! そんな大それたコト、カンタンにできるワケがない! それとも。“犯人”は、この船の《機関士》だとでも……」

ホームズ「……なあに。そんなにムズカシイことではありませんよ」

ホソナガ「え」

ホームズ「そこの廊下のカベにも、あっただろ? ……《緊急警報機(アラーム)》の《釦(ボタン)》が」

スサト「え。ええ……たしかに。『緊急事態の際にのみ、《釦》を押すべし』……と書かれていました」

 



ホームズ「霧の深い夜、見張り台の者の目だけに頼っては、安全が確保できない。そこで、船の各所に、船員が《緊急》を知らせるための《釦》があるのだ。そんな、楽しそうな《釦》。一度は、押してみたいものだよねえ……」



ストロガノフ「…………お。オマエ……まさか……!」

ホームズ「その《釦》を押すと。この船は、安全のために……。非常警報を鳴らして、一時、完全に“停船”するのだ。……さっきみたいにね」

ホソナガ「…………………」

ニコミナ「…………………」

スサト「……あ。あの……まさか、ホームズさま……」

ホームズ「ボクが思うに。《釦》というものは……。“押す”ために存在しているのですよ。……いつ、いかなるときもね!」


(この、“名探偵”……スズシイ顔で言い切ったな……)


ストロガノフ「き。キサマ……勝手なコトをしやがって! 船長(キャプテン)に報告してやる! どうなるか……思い知るがいい!」

ホームズ「まあまあ。そういうのは“後回し”にしようじゃないか。とにかく……それによって、カクニンすることはできたワケだ。この船が“緊急停止”すれば……船室のカンヌキをかけることができる。そうなれば……次に考えるべき問題は、ヒトツしかない」

スサト「……それは、もちろん。ゆうべ。一真さまの事件が起こった、その“後”に……。この《アラクレイ号》が“緊急停止”したかどうか……でございますね?」

ストロガノフ「か……カンタンに言うなッ! 巨大蒸気船の“緊急停止”だぞ? そんな“大事件”が起こったら。夜中だろうと、大騒ぎになったハズだ!」

ホームズ「……キミは、どう思う? ミスター・ナルホドー」

ナルホド「………………もしかしたら。少なくとも、ゆうべ。この船で、なんらかの《緊急事態》が起こった……。その“事実”ぐらいであれば。……立証できるかもしれません」

スサト「え……そ。そんな《証拠》があるのですか……成歩堂さま!」

ホームズ「……それは、おもしろい。ゼヒ、見せてもらいたいものだね。ゆうべ。この船で《緊急事態》が起こった可能性を示す“証拠”とは?」


──はいッ!


ナルホド「……ストロガノフさん。あなたは《壱等船室区画》を警備しているそうですね」

ストロガノフ「……え! あ……ああ。それが、なんだッ!」

 



ナルホド「《航海日誌》……これは、その警備の“記録”ですね?」

ストロガノフ「あ……! そ、それ。オレのじゃねえかッ!」

ホームズ「ああ。キミが、あの机の上に“置き忘れていた”みたいだったので……。後でお渡ししようと、セキニンをもって“保管”していたワケだね」

ストロガノフ「それは“置き忘れた”んじゃねえ! そこに“置いといた”んだッ!」

ナルホド「……とにかく。この“記録”を見てみると……。30分おきに、『異常ナシ』の記入があります。……ところが。昨夜の午前2時から、今朝にかけて。……いっさい、“記録”がないのです」

ホソナガ「“記録”が……ない……?」

ストロガノフ「そ。それは……それ。モチロン! 異常がなかった、ってコトだぜ!」

ナルホド「……もし、異常がなかったのなら。『異常ナシ』と書かれているはずです」

ストロガノフ「……むぐ」

ホームズ「……そう。つまり、午前2時すぎ。この《アラクレイ号》で……“何か”が起こったのだ」

ストロガノフ「……!」

ホームズ「この《航海日誌》の存在を忘れてしまうほどの……“何か”がね」

スサト「……それが……この船の“緊急停止”だったというのでございますか……!」

ストロガノフ「か……勝手なコトを言うなッ!」

ホソナガ「………………正直なトコロ。ワタシも、さすがにそれは、少々……ナットクできませんね」

ナルホド「どうしてですか?」

ホソナガ「いや……だって。そんな“大事件”が起こったのなら……。いくらなんでも。我々が気がつくはずじゃないですか!」

スサト「たしかに……先ほど、わたしどもは“緊急停止”を実際に、味わいましたが……。あれだけ大きな“警報”と、あれだけ大きな“揺れ”……。いくら、深夜のこととはいえ。目をさましたハズでございます」

ナルホド「ま。まあ。そう、なのですけど……」

ホームズ「………………なんだか……妙にズキズキしませんか?」

ホソナガ「え……えッ! なんのコトですか……」

ホームズ「アタマですよ。なんだか、今日は。朝からずっと、アタマが痛くてね」

スサト「あ……!」

ホソナガ「た。たしかに……この、ホソナガ。じつは……どうも今朝から“本調子”ではありませんでしたが」

スサト「……わたしもです! 今日は……ずっと。アタマが重く感じておりました」

ホームズ「……やはり。みなさん、そうでしたか」


(そうだ! そういえば……ぼく自身も、そうだった! ……ゆうべ、晩ゴハンを食べたらなんだか急に、眠くなって……。なんとか《洋箪笥》にたどり着いて……その後は、覚えていない……。今朝。最初に感じたのは、ズキズキと脈うつような、アタマの痛み……。……気がついたら、《洋箪笥》から引きずり出されていて……)

 



(……両手には、《手錠》までかけられていた……。そんな扱いをされて……目が覚めないハズがない!)


ホームズ「ああ……ところでミスター・ナルホドー。キミは、この船に図々しくタダ乗りしている“密航者”だったね?」

ナルホド「……え。ええ……メンボクないです」

ホームズ「“密航者”の旅に、食事はついていない。……ゴハンは、どうしていたのかな?」

ナルホド「ああ……それは。なんというか、その。亜双義のゴハンを、ちょっぴり。わけてもらっていました」

ホームズ「たしか……ゆうべのメニューは、“チキンの丸焼き”だったっけね」

ナルホド「あ。そういえば……ゆうべは、ぼくがゼンブ食べました。亜双義のヤツ、トリがニガテで……」

ホームズ「ほお。では……被害者は、チキンを一切“食べなかった”……?」

ナルホド「はい! ……でも。それが、なにか……?」

ホームズ「………………キミ。自分で話していて、なにも気がつかないのかな?」

スサト「あ……ッ! もしかして……ホームズさま。その“鶏肉”は……。“尋常ではなかった”……そういうことですか?」

ホームズ「……そのとおりです」

ナルホド「あ……! (そういうコト、か……)」

ホームズ「ゆうべ。この船内で出された夕食には、『仕掛け』がほどこされていたのです。食べると、甘美なる眠りに誘われる……という『仕掛け』がね」

ホソナガ「……《睡眠薬》ですか……」

ナルホド「そ。それでは……。犯人は、船を“緊急停止”させるために、すべての食事に《睡眠薬》を……!」

スサト「な、成歩堂さま。……さすがに、それはムリがあると思います……」

ホームズ「……そのとおり。……すべての食事に《睡眠薬》を混入するなど、不可能なのですよ。この船の、すべての船員が……全員。“協力者”でないかぎりはね」

ホソナガ「な……」

スサト「なんですって……!」

ホームズ「……どうだろうか。船員クン」

ストロガノフ「え……!」

ホームズ「この件は……もう、隠しとおすのはムズカシイと思うのだよ」

ストロガノフ「……………」

ホームズ「キミが話さないのであれば。船舶(せんぱく)会社に調査の要請をすることになる。そうなれば……船長以下。キミたち全員が、処罰を受けることになるだろう。……“亡命”を援助した罪でね」

ストロガノフ「……ッ! ……………」

ニコミナ「……もう、いい。おハナシする……ゼンブ」

ストロガノフ「え……!」

ニコミナ「……この船の、ミンナ。メイワク、かけたくないカラ……」

ホームズ「……かつては、一緒に旅をしていた“仲間”だったのですね」

 



ニコミナ「だから……助け、求めた。逃げるコト、決めたとき」

ストロガノフ「……オレたちは、全員で手を貸すことにしたんだ。祖国と、バレエ団での栄光を捨てたプリンセスを助けよう……ってな」

ホソナガ「……なんということだ……」

ストロガノフ「……たしかに。ゆうべのチキンには、《睡眠薬》をたっぷり、混ぜておいた」

ナルホド「そういえば……なんだか、ニガいカタマリが入っていましたけど」

ストロガノフ「ああ。たぶんそいつは溶けきらなかった《睡眠薬》だな」


(ううう……トンだ“香辛料(スパイス)”だな……)


ストロガノフ「……午前零時。海上のとある地点で、オレたちは、プリンセスを乗船させた。彼女には、現地の協力者がいた。連中の、小さな漁船(ボート)で現れたんだ」

ホームズ「ぼくたち船客は、それに気づくことなく、眠りつづけたワケだ。美味なるチキンにかけられた、甘美なる“魔法”のおかげで……ね」

ナルホド「そ。それでは……。ゆうべ。この船で……その時刻。“目を覚ましていた”のは……。この船の船員たちと、大の鶏肉ぎらいの者。そして……。新たな乗客となった、ニコミナさん。……あなただけ、ということになります」

ニコミナ「……………」

ナルホド「……つまり。あなたには“可能”だったのですね。船が急停止する際に生じる“慣性”を利用して、カンヌキをかけることが!」

ニコミナ「……………」

ホソナガ「でも……もし、本当にそんなことをしたのならば。この船の、すべての船室のカンヌキがかかって、大騒ぎになるのでは……!」

ホームズ「……いや。そうはならないだろうね」

ホソナガ「え……」

ナルホド「あ……そ。そうか……! ゆうべ……ぼくたちは、自分の船室で夕食をいただきました。そして……キョーレツに眠くなり、そのまま寝てしまったはずです」

ホームズ「したがって……乗客は全員、自分の船室にいたことになる」

スサト「あ……!」

ホームズ「目が覚めて、船室のカンヌキがかかっていても、不思議ではない。……だから。誰ひとりとして、異常には気がつかなかったのですよ。つまり。犯人は、たったひとつの船室のカンヌキをかけるために……。……ゆうべ。この《アラクレイ号》を“緊急停止”させたのです!」

ストロガノフ「………………なんだか、長々とリクツを並べていたようだが……。それが……ケッキョク。なんだって言うんだ?」

ホームズ「……今、キミがその耳で聞いたとおりだよ。被害者の《死》の現場には、たしかに。“第三者”がいたのだ。他人に《罪》をなすりつけるために、床に露西亜語のメッセージを残して……。“証拠”となる、硝子のカケラを必死で隠そうとした。そして……。この船を“緊急停止”させて、現場のトビラのカンヌキをかけたのだ。……なかなか“ご苦労”だったね」

ニコミナ「で……でも! ニコ。知らない! そんなコト……」

ストロガノフ「……オマエらが、意味のない“英国語”をまき散らすのは自由だ。だがなァ。あいにく、船乗りはリクツを聞く耳なんざ、持たねえ。船乗りが信じるのは。テメエの目で見たものだけ、だぜ」

ホームズ「………………じつに、いいココロがけだ」

ストロガノフ「え……!」

ホームズ「じつは……ボクも、そうなのだよ。この目で見たものが、すべて……。……ミスター・ナルホドー」

ナルホド「は……はい!」

ホームズ「キミには、聞こえているかな? 《罪》を告発する……この、叫びが」

スサト「《罪》を告発する……叫び……」

ナルホド「す、すみません。ぼくには、なんのことだか……」

ホームズ「《罪の証》……その、声なき声を“聞く”のは、耳ではない。それは、やはり“目”なのだ。すべては《観察》から始まる」

ストロガノフ「だから。いったい……なんだって言うんだッ!」

ホームズ「……それでは、始めるとしよう。今度こそ……これが、最後です。……《真実》へたどりつくための……『論理と推理の実験劇場』をね! ……さあ。よろしく頼むよ。ミスターナルホドー!」

ナルホド「ほ。ホームズさん! どういうことですか、これは……」

ホームズ「今、言ったとおりさ。……彼らを《観察》するのだよ」

ナルホド「……《観察》……」

スサト「一真さまが、お亡くなりになった、そのとき……。その現場には、何者かがいて、さまざまな“偽装工作”をした。……その者の《痕跡》を探すのでございますね」

ホームズ「……そのとおり。さすが、飲みこみが早い……」

ナルホド「……わかりました。やってみます! ゆうべ。事件の際、《第三者》が現場にいたことを示す《痕跡》とは!」


──はいッ!

 



ナルホド「……ストロガノフさん。その、白い制服……ムラサキ色の“シミ”がありますね」

ストロガノフ「え……! あ。ああ……どこかでヨゴしちまったようだぜ」

ホームズ「その、“シミ”について……なにか、思い当たることはないかな?」

ストロガノフ「なんだと……?」

ホームズ「どうやら。そのシミの“重要性”にピンと来ていないようだ。……次は、その《問題》をハッキリさせるとしようか!」

ナルホド「ストロガノフさんの制服に付着した、ムラサキ色の《シミ》……」

スサト「その“正体”ならば。アキラカだと存じます」

ホームズ「……そのとおり。では。その“証拠”をつきつけてやろうじゃないか!」

ナルホド「……はい! ストロガノフさんの制服の《痕跡》。その正体を示す“証拠”は……」


──はいッ!


ナルホド「その、制服のシミの“正体”は……《洋墨(インキ)》です!」

ストロガノフ「い。インキ、だと……」

ホームズ「ムラサキ色のインキ……。かなり、めずらしい色だね」

ストロガノフ「あ。あああああ……!」

ホームズ「……どうやら。その“意味”に気がついたようだ」

 



ナルホド「現場の床の、露西亜語の文字は……ムラサキ色の《洋墨》で書かれていた。……その、制服についたシミと、マッタク同じ色の《洋墨》です!」

ホームズ「インキが乾いてしまえば、制服に付着することなど、あり得ない。……つまり。キミは、インキがこぼれた“直後”。あの船室にいたことになるのさ!」

ストロガノフ「………………わかった。認めてやるよ。オレがやったんだ。……ゼンブ、な」

ナルホド「……!」

ストロガノフ「留学生が死んだ船室に、“偽装工作”をして……。この船を“緊急停止”させて、トビラにカンヌキをかけた。……プリンセスに疑いの目が向かないようにするために……な」

ニコミナ「……ミトロフ……」

ストロガノフ「いいんだ……プリンセス。オレが話す。ゆうべ……午前1時すぎのコトだ。オレは、あの廊下で見張りをしていた。……そこに、青ざめたプリンセスが駆け寄ってきた」

 



『ミトロフ! 助けて! ……おねがい……』


ストロガノフ「彼女と一緒に行ってみると……船室のトビラは、開いていた。船室をのぞいてみると……あの留学生が倒れていたんだ」


ストロガノフ『……いったい、何があったんだ!』

 

ニコミナ『……………誰にも、ナイショにして…………ニコの、“トモダチ”が……』


ストロガノフ「船室で起こったコトは……さっき、プリンセスが話したとおりだ」

ナルホド「……子ネコが、《通気口》を通って亜双義の船室へ逃げこんだ……。アイツは、そのネコに足を取られて“転倒”して、イノチを落とした……」

ストロガノフ「……ああ。そのとおりだ」

ホソナガ「その“事件”の後……ミス・ニコミナは、トナリの船室を訪ねたのですね?」

ホームズ「そして、そこで被害者の“亡きがら”を見つけた……というワケだね」

ストロガノフ「……ああ。倒れたときの音が気になって、ようすを見に行ったそうだ。……そうだな? プリンセス」

ニコミナ「………………」

ストロガノフ「あの船室のトビラには、カンヌキがかかっていなかった……。プリンセスは、船室をのぞいて……そこで何が起こったか、知ったのさ」

ニコミナ「……………」

スサト「……ひとつだけ。カクニンさせていただけますか」

ストロガノフ「……なんだ」

スサト「ニコミナさまが、一真さまの船室を、お訪ねになったとき。……一真さまは……もう、亡くなっておられたのですね?」

ニコミナ「え……」

ストロガノフ「……だから、そう言っただろう! プリンセスガ、トナリの船室をのぞいたとき。あの留学生は……」

スサト「わたしは、ニコミナさまにうかがっているのでございます」

ストロガノフ「……!」

ナルホド「いかがですか? ……ニコミナさん」

ニコミナ「……………………Да……」

スサト「え……」

ニコミナ「そう……デス。ニコ……見た。あの、船室の中。黒いオトコのヒト。……倒れて……動かなくて。コワくなって………………」

スサト「……………わかりました。そのコトバを信じます」


(……それでは。今度こそ、これが………亜双義の《死》の“真実”ということか……)


ホームズ「ああ! そういえば。忘れていたコトがあったよ!」

ナルホド「……ほ。ホームズさん……?」

ホームズ「この《写真》……ああ、コレ、ボクが撮影したんだけどね。……被害者の死因は、頸椎(けいつい)の骨折。おそらく、即死だったはずだ。その原因は……不幸にも、ニャンコに足を取られて“転倒”したという……。……しかし。もし、そうだとすると。この《写真》には……1カ所。なんとなく“不自然”な部分があるような気がするのだよ」

ストロガノフ「ど。どういうコトだ! ……“不自然”だと……?」

ホームズ「ミスター・ナルホドー! ……キミは、どう思う?」

ナルホド「え! ……は。はいッ!」


(亜双義は、不意の“転倒”で不幸にも、イノチを落とした……。……この、《写真》。なにが“不自然”だというのか……)


──はいッ!

 



ナルホド「この露西亜の文字は、亜双義が書き残したのではないワケですから……。アキラカに。この“指先”は、オカシイと思います!」

ホームズ「ああ……まあ、そうだな。たしかに“オカシイ”のだが。コイツは、そもそも。現場を“偽装”した者の『工作』だからね。“不自然”とは違うようだ。……ザンネンだが」

スサト「ううう……そうなのでございますか」

ホームズ「キミが、不意に足をとられて、床に転んだ……そう想像してみたまえ。そのとき。被害者の倒れた姿には、どうにも“不自然”なところがある。ボクは、そう思う。だから。キミも、そう思うはずさ!」

スサト「さすがは、ホームズさま! やんわり、押しつけてまいりますとも!」


──はいッ!


ナルホド「この“コブシ”は……なんとなく、違和感があります」

ホームズ「……ボクも、そう思う。フツーに転倒したのなら。手は、“開いている”のが“自然”だ。それなのに……被害者は、固くコブシを握っている。そう。まるで……」

 



ホームズ「そのコブシの中に、なにかを“握りしめている”かのように」

ニコミナ「……!」

ストロガノフ「……な。なんだと……」

ホームズ「……それでね。ボクは……さっき……調べてきたのですよ。被害者の“コブシ”の中を」

ナルホド「え……」

ホームズ「……いったい。なにが出てきたと思う
? ……諸君!」

スサト「見せて……見せてくださいましッ!」

ホームズ「ええ、ええ。モチロン。お見せしますよ」

 

ホームズ「……コイツだ」

スサト「これは……金剛石(ダイヤモンド)をあしらった《三日月(みかづき)》でしょうか」

ホソナガ「たしかに。世にもウツクシイ《三日月》のようですが……」

ストロガノフ「ふ……フン。それが、なんだってんだ!」


(……なんだろう。この《三日月》……。どこかで見たような気がする……)


ホームズ「それが《観察》だよ。……ミスター・ナルホドー」

ナルホド「え……」

ホームズ「《真実》は、もう……すぐそこまで来ているようだ」

スサト「……!」


(あの《三日月》……どこからコブシの中に“現れた”……)


ホームズ「さあ、ミスター・ナルホドー。いよいよ、最後の“手がかり”だ。《三日月》は……いったい、なにを意味しているのか……? 《観察》するのだ。……キミ自身の“目”でね! さあ。ここまで来たら、もうボクから言うことは、なにもないよ」

スサト「《三日月》……一真さまが最後に残してくれた、手がかり……。それが“すべて”だと存じます!」


(……あとは、このぼくが“見つける”だけだ……。あらゆる角度から《観察》しよう。コタエは、かならずここにある!)


──はいッ!


ナルホド「……ニコミナさん。あなたの、その“耳”……」



ナルホド「《耳飾り(イヤリング)》の金具がついていますが……かんじんの“飾り”がありません。……どうやら。細いクサリが切れてしまったようですね」

ストロガノフ「え………な……なんだと……?」

ナルホド「そして。もう片方の、“耳”……」

 



ナルホド「そこに、《三日月》があります」

ホソナガ「ああ……ッ!」

ストロガノフ「ま……まさかッ!」

ニコミナ「…………」

ホームズ「そして。その《三日月》は、被害者の“手の中”から発見された。……この事実から導き出される《結論》は……ヒトツしかない。そうだろう? ……ミスター・ナルホドー」

ナルホド「……はい。ニコミナさん。亜双義は……あなたの“耳”から、この《三日月》を、“つかみとった”のです。おそらく。床に倒れそうになった……その“直前”に」

ニコミナ「……!」

ナルホド「つまり、あなたは……。ゆうべ、亜双義が倒れた“瞬間”。その“目の前”に立っていたことになる。……文字どおり。その手を伸ばせば、届く距離に……」

ストロガノフ「…………」

ナルホド「それでは。亜双義は……なぜ。そんなことをしたのでしょうか。あなたの“耳飾り”を、むしり取って……死んでも、その手を開かなかった」

ニコミナ「あ……あああ……」

ストロガノフ「ぷ……プリンセス……」

ナルホド「……今度こそ。もう……誰も、あなたを“守”ことはできません。ニコミナさん……答えてください。あなたは……ゆうべ。亜双義に…………何をしたのですかッ!」

ニコミナ「……あ……ぐ…………」

 

ニコミナ「Нееееееееееееееееееееееееееееееееет!」

 

……。

 

 


思えば……本当に、きのうはいろいろなコトが、ありすぎた……

上海(シャンハイ)から逃亡、深夜の海へ漕ぎ出して巨大な蒸気船と“接触(コンタクト)”……

……そして……

嵐のような1日が終わって、やっとこの船室に落ち着いた、そのとき……

……にゃああああああッ!……

……あ! 待って!……

 

…………………

 

《通気口》の向こう側へ、あの子が消えたとき……血の気が引いた。

……低い口笛で呼んでも……

オモチャで気を引いても……

……どうしても……

あの子は、帰ってこなかった。


……

 

……ゴン……ゴン……ゴン……

……………………

……カチャ……

……どうかしましたか、刑事さん。

こんな時間に……

 



アソウギ「ああ……これは……失礼、レディ。てっきり、知り合いが訪ねてきたのかと思いました」


東洋の留学生は、礼儀正しく……

そして、理解のあるヒトだった。

クロッポイを探してくれて……

『秘密にする』と約束してくれた。

ところが。クロッポイを抱いて、

船室を立ち去ろうとしたとき……

……あの。

お待ちください、レディ。

 



ニコミナ「……な。なに……?」
アソウギ「貴方の、お顔。どこかで拝見したことがあるような……」
ニコミナ「え……」
アソウギ「そうだ。露西亜の《踊り子(バレリーナ)》……“ミス・ボルシビッチ”ですね」
ニコミナ「え…………ち。チガウ! そんなヒト。知らない……」


……心臓が、凍りつくような……

まさに“致命的”なヒトコト……

……まさか。東洋の留学生が、露西亜バレリーナを知っているなんて……


アソウギ「日本公演を拝見して、《西洋舞踊(バレエ)》の美しさにムネを打たれました。しかし……どうして、貴女がこの船にいらっしゃるのですか。たしか……貴女たちは、今。上海に招かれているのでは……」


……この留学生をごまかすことは、できない……

……味方になってもらって、見逃してもらうしかない……


アソウギ「……なるほど。《亡命》ですか……」
ニコミナ「……オネガイ! ニコのコト。誰にも、言わないで……!」
アソウギ「そういうことなら、お待ちください。……相談したい者がいます」

 



……《呼び鈴》を鳴らして、船長に知らせるつもりだ……

……この留学生は……

……味方になってくれない……

 



……“永遠”にも思えた、あの運命の《一瞬》……

……すべてのことが、“同時”に起こった……

『待って!』

……思わず、声を上げたとき……


『にゃあああ……ッ!』


……あの子は腕の中から逃げ出して、留学生の足元に飛びおりた。

……そして……

 



留学生が振り向こうとした、そのとき……


──ッ!!


……思いきり……

……つきとばしていた……

……あのときのコト。

ニコ。自分でも、ワカラナイ……

なぜ、つきとばしたのか。

……今でも、ワカラナイ……

……ただ……

どうしても、止めたかった。

……ヒトを、呼ぶのを……。

 

……。

 

 

ナルホド「……………そして、あなたは……助けを求めたのですね。廊下で見張りをしていた……ストロガノフさんに」

 

ストロガノフ「オレのほうから駆けつけたんだ。……悲鳴と、物音が聞こえたから。船室の前で、プリンセスは震えていた。……そして。オレに、こう言った」

 


……助けて! ミトロフ……

……つかまったら……ニコ。

もう。どこにも行けない……

 


ナルホド「それで。あなたは…………亜双義の船室に“偽装工作”をしたのですね? トナリの船室の“客”に疑いの目が向けられないように」

ストロガノフ「ああ……そうだ。オレは、死体が倒れている船室に入って……念のために、室内を調べてみた。そして……そのとき、見つけたんだ。《洋箪笥》の中でグッスリ眠りこんでいる“密航者”をな」


(……ぼくのこと、か……)


スサト「……そこで、あなたさまは考えたのでございますね。その“密航者”に、すべての《罪》を着せてしまおう……と」

ストロガノフ「………………オレは、《洋箪笥》を閉じて……あの、謎の“札”を貼りなおした」

 



(おかげで。寿沙都さんの疑いを解く“キッカケ”になったけど……)


ストロガノフ「留学生の遺体を動かして……オレは床にこぼれたインキで、文字を書いた。“ГАРДЕРОБ”……犯人は《クローゼット》に隠れている……と」

 



ホームズ「……ちなみに。この、硝子のカケラを“始末”しようとしたのは……?」

ニコミナ「それは……ニコ、自分でやった。目の前に、落ちていたカラ……」

ホームズ「ほお……あなたが」

ニコミナ「でも……部屋の中、暗くて。もう半分が、見つからなかった……」

ストロガノフ「そして。プリンセスを船室に帰して……オレは、最後の仕上げにかかった」

ナルホド「……廊下の《緊急警報器》の《釦》を押したのですね」

ストロガノフ「……そのとおりだ」

ホームズ「かくして、《アラクレイ号》は、午前2時すぎに“緊急停止”……船室のトビラにカンヌキがかかって……《密室》は、完成した」

ストロガノフ「……………」

ナルホド「あの……ひとつ。いいですか? ミス・ニコミナ」

ニコミナ「ハイ……」

ナルホド「ゆうべ、あなたが……亜双義に“亡命”のことを打ち明けたとき。アイツは、船長に知らせようとした。だから、あなたは“つきとばした”……。……そう、言ってましたね?」

ニコミナ「ハイ。そう……」

ナルホド「でも。たとえアイツが、《呼び鈴》を鳴らして、船長を呼んでいたとしても。この船の乗員たちは、みんな……あなたの“味方”なのですよね? 困ることは、なかったのでは……」

ニコミナ「……………あの、留学生。最初のヒトコトが……コワかった」

ナルホド「最初の、ヒトコト……?」


……どうかしましたか、刑事さん。こんな時間に……

ああ……

これは……失礼、レディ。

てっきり、知り合いが訪ねてきたのかと思いました。


ニコミナ「“刑事”……“知り合い”……」

 



ホソナガ「あ! そ。それは……。亜双義さまの“護衛”の任務についていた、ワタシのことです……!」

ニコミナ「“刑事”に……知られたら、タイホされる。そう思った……。…………………だから。あのヒトが、《呼び鈴》……鳴らすマエに……」

スサト「……お待ちください。ニコミナさま」

ニコミナ「……!」

スサト「わたしには……そこが、どうにも“引っかかる”のでございます。一真さまは、本当に……《呼び鈴》を鳴らすつもりだったのでしょうか」

ニコミナ「え……」

スサト「成歩堂さま。……いかがでしょうか」

ナルホド「……………ぼくはアイツじゃないから、なんとも言えません。だけど……。……少なくとも、アイツは。相手に断りもなく、いきなり船員を呼んだりはしないと思います」

ニコミナ「で……でも! あのヒト……たしかに、歩いていった! 《呼び鈴》……鳴らすために! ニコを……送還するために……」

ホームズ「……どうやら。ミスター・ナルホドー。最後に……もう一度だけ。《スイリ》が必要のようだね」

ナルホド「え……! す。《スイリ》ですか……」

ホームズ「……あのとき。被害者は、本当はなにをしようとしていたのか……?」

 



ホームズ「彼の“視線”の先にあったもの……ボクたちも見てみようじゃないか! 被害者の、船室内の“配置”……覚えてるかな。ミスター・ナルホドー」
ナルホド「はい! ……あの船室のことならば。ハッキリ、覚えています。……ずっと、《洋箪笥》の中に詰まっていたとはいえ……。ぼくは、あの船室でここまで“密航”してきたのですから」

スサト「それでは……これが。一真さまがゆうべ、見ていた光景……なのですね」

ナルホド「……はい。間違いありません」

ホームズ「それでは……用意はいいね? ミスター・ナルホドー」

ナルホド「……はい!」


(今日……ぼくは、学んだ。視線は、自分でも気づかないうちに《真実》を語ること。そして、その《真実》を正しく知るためには……視線の先の“一点”に、ほんの少しの《ズレ》も許されない)


ナルホド「ニコミナさんに背を向けたとき。亜双義の“視線の先”にあったのは!」


─クローゼット─


ナルホド「……ゆうべの状況。たしかに《呼び鈴》を鳴らして船員を呼ぼうとしたようにも見えます。そう。しかし……」

 



ホームズ「その《呼び鈴》の横には、《クローゼット》がありました」

ニコミナ「……“くろーぜっと”……“ГАРДЕРОБ”……」

ホームズ「そして。その中には……彼の“トモダチ”がスヤスヤと寝ていたのですよ」

ニコミナ「あ……」

スサト「……ニコミナさま。思い出してください。被害者……一真さまがあのとき、なんと言ったか……」


そういうことなら、お待ちください。

……相談したい者がいます。


ニコミナ「……“相談”……」

ホームズ「彼は……船員を呼ぶつもりなど、なかった。ただ、あなたのチカラになろうと……友人を起こして、相談しようとした。『自分たちにできることは、なにかないだろうか?』……とね」

ニコミナ「そ……そんな……」

スサト「……もちろん。今となっては、《真実》を知ることは不可能です。ただ……あのとき。一真さまの視線の先に、何があったのか……。……あなたさまは、しっかり見定めるべきでした」

ニコミナ「……………」

ナルホド「……ニコミナさん。最後に、本当のことを話してくれて、ありがとうございました。しかし……あなたが、彼の命を奪った“事実”は……決して、消えることはありません。それだけは……忘れないでください!」

 



ニコミナ「……ゴメンナサイ……。本当に……本当に。ゴメンナサイ……」

 

 

 

 

ニコミナ「……ううううううううう……」


……。


……こうして……

……蒸気船《アラクレイ号》で起こった“事件”は……

……静かに幕を下ろしたのだった……


……。

 

 

同日 午後7時14分
ラクレイ号 壱等船室 廊下

 



ナルホド「それでは……ニコミナさんは?」

ホソナガ「大英帝国で、《倫敦警視庁(スコットランドヤード)》に身柄を引き渡すことになります」

ナルホド「《亡命》は……どうなるのですか? 露西亜から、身柄の引き渡しを要求されたりするのでは……」

ホソナガ「……あの、英国の探偵が、移民局にかけあって、なんとかするそうです」


(ホームズさんが……)


ナルホド「それでは……彼女は、もう露西亜には戻らないのですか?」

ホソナガ「それは……そうでしょうね。この先。たとえ、戻りたくなっても、二度と故郷には帰れなくなる。《亡命》とは、そういうものです」

ナルホド「そう……ですか」

ストロガノフ「……モウシワケなかった」

ナルホド「す。ストロガノフさん……」

ストロガノフ「なんとかして……プリンセスを助けてやりたかった。親友を失った、オマエたちのことを……オレは、なにも考えていなかった。プリンセスと一緒に。オレも《倫敦警視庁》に出頭するつもりだ」

ナルホド「……そうですか」

 



ナルホド「とりあえず……“自由”にしていただいて、ありがとうございました。……亜双義のことは、悔やんでも悔やみきれませんが……。ニコミナさんのこと。よろしくお願いします」

 



ストロガノフ「……ああ。わかった」

ホソナガ「それでは……そろそろ、下船の準備をしたほうがいいでしょう。明日、この船は香港に到着します。キノドクですが……あなたは、領事に引き渡されたうえ、本国へ“強制送還”されることになる」

ナルホド「……わかりました」


(なにしろ、ぼくは“密航者”だ。しかたがない……よな)


ホソナガ「……それでは。船室に戻るとしましょうか」


……。



(……ぼくの《英国留学》も、始まる前に、オシマイ……か。アイツと2人。倫敦で暴れてやろうと笑っていたのに……。……今では。それが遠い昔のように感じるな……)


ナルホド「………………おや……?」


(……小さく、すすり泣く声が聞こえる……)

 

スサト「………………」

ナルホド「……寿沙都さん……」
スサト「……!」

 



スサト「い。イヤでございます、成歩堂さま。いつのまに、いらしたのですか」
ナルホド「あ……その。今、戻ってきたところです。ホソナガ刑事さんに言われてきました。……下船の準備をするように、って」
スサト「…………………今も。どうしても……信じられないのでございます。ひとの命というものが、こんなにも……あっけなく、終わってしまうなんて」
ナルホド「……寿沙都さん……」


……。


スサト「一真さまは、大きな夢を持って、この大いなる旅に出たのでございます。その夢を……旅路の途上で、無情にも“断ち切った”者がいる。ゼッタイに、許さない! ……そう思っておりましたのに。それが……まさか。ほんの小さな“不運”が積み重なった《事故》だった、などと……。あんまりでございます。……あまりにも、はかない……」
ナルホド「…………本当に、そうですね」


──「そのことについては……お詫びのコトバもありません」

 



スサト「刑事さま……」

ホソナガ「ワタシの任務は、亜双義さまをブジ、大英帝国へ送り届けるコトでした。それだけのコトもできず……そのうえ、ご友人まで、ヒドい目にあわせた……。この、ホソナガ。お詫びのシルシに……なんでもいたす所存です!」

ナルホド「……ホソナガ刑事を責めるつもりはありませんよ。このとおり。やっと“自由の身”に………」

 



ナルホド「あれ!」


──「あーっはっはっはっはっはっはっ!」

 



ホームズ「……驚かせてしまったかな? ミスター・ナルホドー! い。いったい、コレは……どういうことですか!」

ホームズ「いや、なに。なにしろ。“手錠つき”でアタマに《記録(インプット)》してしまったからね。いざ、なくなると……なんだか“バランス”が悪くて、“目ざわり”だ」

ナルホド「え」

ホームズ「記念に、ブラ下げておきたまえよ! どうせ“密航者”なのだからね。あーっはっはっはっはっはっはっはあ!」


(ううう……どこまでも、ヒドい……)


……。


スサト「……ホームズさま。このたびは。本当に……ありがとうございました。……この、寿沙都。ココロから、お礼を申し上げます」

ホームズ「いや。コチラこそ……お悔みのコトバが、遅くなりました。ご友人は、本当に……残念でした。ココロから、哀悼(あいとう)の意を表します。どうか……彼のぶんまで、英国で学ばれることを祈っています」

ホソナガ「ああ……それが。そうもいかないのです。我々は、次の港……香港でこの船を下りることになりますゆえ。現地の領事に報告をして……日本へ戻らなければなりません」

ナルホド「え……ちょっと、待ってください! それは……“密航者”のぼくだけ、ではないのですか……!」

スサト「……………」

ホソナガ「今回、日本政府が送る《留学生》には、領国の司法省(しほうしょう)の“取り決め”がある。“弁護士”と“法務助士”がそれぞれ、ひとりずつ……」

ナルホド「……“ひとりずつ”……」

ホソナガ「“弁護士”である亜双義さまが亡くなってしまった以上……《留学》は、中止するしかない。……やむを得ません」


(……ぼくのことはどうでもいい。でも……。……寿沙都さんまで……)


ホームズ「……なんだ。カンタンなハナシじゃないか。つまり。“ベンゴシ”がヒトリいれば。キミたちの旅は、続くワケだろう?」

ナルホド「……!」

スサト「しかし。その“ベンゴシ”の資格を持つ者が、ほかにいないのですから……」

ホームズ「《資格》ねえ……。そもそも。キミたちの国の《資格》など、大英帝国では、なんの意味もないがね」

スサト「そ。それは……」

ホームズ「いずれにせよ……倫敦に到着するまで、あと、1カ月はある。かわりの“ベンゴシ”を探すことは、不可能ではないと思いますよ」

スサト「……はあ……」

ナルホド「……………あの……寿沙都さん」

スサト「はい……なんでございましょうか」

ナルホド「ぼく……じゃ、ダメでしょうか」

スサト「え……」

ホソナガ「しかしッ! キミは、弁護士ではないでしょう。あ。それとも……もしかして、キミも法学部の学生なのですか?」

ナルホド「いえ。そういうわけではありませんけど……」

ホソナガ「……それでは。そもそも、おハナシになりませんね」

ホームズ「だが……大英帝国に着くまで、あと1カ月以上もある。……そうだろう? ミスター・ナルホドー」

ナルホド「その1カ月で、勉強します! ……弁護士になるために必要なことを」

スサト「……成歩堂さま……」

ホソナガ「ば……バカな! たった40日で、なにができると言うのですか!」

ナルホド「やってみなければわかりません! 40日。死ぬ気でがんばります。だから……やらせていただけませんか。大英帝国に着いたとき。ぼくが、弁護士として認められなければ・・…。そのときは、どんな罰でも受けます」

ホソナガ「……ど。どうして……そんな、ムチャなことを……」

ナルホド「亜双義は……言っていました。大英帝国で……自分には、やらなけらばならないことがある。そのためならば。なにを犠牲にしても、かまわない……と」

スサト「……!」

ナルホド「アイツの、その“想い”を……こんなところで終わらせたくない。そして……もちろん。この、ぼく自身のためにも。ぼくは、“弁護士”になります。……かならず。……どうでしょう? 寿沙都さん」

 



スサト「………………スバラシイと存じます」


(……寿沙都さん……)


ホームズ「……ふうん。どう思う? メガネの刑事クン」

ホソナガ「な。なんですか!」

ホームズ「弁護士がヒトリと、法務助士がヒトリ。数はピッタリ合うじゃないか」

ホソナガ「い……いやいや! そ。そんな、デタラメな……」

ホームズ「いいんじゃないかな。なんだか、面白そうだし」

ホソナガ「お。“面白そう”……?」

ホームズ「《任務》とか《規則》よりも、結局。“面白いかどうか”……それだけだよ」

ホソナガ「“それだけ”なのは、あなただけです!」

ホームズ「……それに。大事なのは《資格》じゃない。その人間の《中身》だろう?」

ホソナガ「……!」

ホームズ「キミだって、その目で見てきたはずだよ。……今日。夜が明けてから、今、この瞬間にいたるまで……。友人の死という事態に直面して、自らが犯人と疑われた、彼が……。その重荷を背負ったまま、どう動き、なにを成し遂げてきたか」

ホソナガ「……………わかりましたよ。我が国の政府には、私からなんとか、うまく報告してみます」

ナルホド「ホソナガ刑事さん……」

ホソナガ「考えてみれば……先ほど、約束したばかりですからね。お詫びのシルシに、なんでもいたす所存である……と」

スサト「あ……ありがとうございます! ホソナガ刑事さま!」

ホソナガ「……それでは。ワタシはこれから、船長室に行ってきます。本国へ事件の報告と、これからのことを相談しなければなりませんので」


……。


スサト「本当に……なさるのですか。今から、法律の勉強を」

ナルホド「……はい。もし、よかったら……。ぼくに、教えていただけますか。『弁護士』のコトを……全部」
スサト「………………もちろん、お手伝いいたします。わたしは、法務助士なのですから!」
ナルホド「……ありがとうございます!」
スサト「それから……成歩堂さま」

 



スサト「よろしければ。どうか、これを……おさめてください」
ナルホド「え……でも。いいのでしょうか? ぼくが……」
スサト「きっと。一真さまも、それをお望みだと思うのです。代々、亜双義家に伝わる名刀……その名を《狩魔(カルマ)》というそうです」
ナルホド「……わかりました。ぼくが、預からせていただきます」


……。


ナルホド「それでは、あらためまして。よろしくお願いします。……寿沙都さん」
スサト「こちらこそ、よろしくお願いいたします。……成歩堂さま。これから、40日間……いっさい、容赦はいたしませんので。トコトン、おつきあいいたしますとも!」
ナルホド「は……はい! 望むところです!」
スサト「……じつは……。この寿沙都からも……ひとつ。お願いがあるのでございますが……」
ナルホド「え……あ、はい。なんでしょうか」
スサト「………………この、寿沙都を……3回ほど。ブン投げてくださいまし」
ナルホド「え」
スサト「……このたびの事件。成歩堂さまが、親友である一真さまを、手にかけるなど……決して、“あり得ないコト”。……そんなの。はじめからわかりきっていたはずなのに。わたしは……成歩堂さまを疑ってしまいました。いくら、動揺していたとはいえ。……許されることではございません」
ナルホド「そ。そんな……あの状況では、ムリもありません。内側からカンヌキがかかった部屋で、オマケに、ぼくは“密航者”だったワケ──」
スサト「いーえ! イイワケなど、聞きたくありません! どんな理由があれ……投げ飛ばすなど。しかも……1度ならず、5度までも!」
ナルホド「……はあ。(さっきより、回数が増えてるぞ……)」
スサト「だから! お願いでございます! 寿沙都を! ひと思いに、スパッと! 放ってやってくださいましッ!」
ナルホド「いやいやいや! そもそも、ヒトを投げたこと、ありませんから!」


ホームズ「いやあ、たしかに。あれは、誰にでもできるコトではないでしょう」


スサト「あ……ほ。ホームズさま……」

ホームズ「先ほど、何度か拝見していましたが。ミゴトな投げっぷり……感服しました」


(どこで見ていたんだ……)


ホームズ「あれが、いわゆるニホンの“武術”なのですか」

スサト「は……はい! 古くから伝わる柔術に、わたしなりの工夫をしてみました」

ナルホド「“寿沙都投げ”だそうですよ。食らうと、目の前がカスみます」

ホームズ「ほほお……それは興味深い。じつはね。ボクも、《拳闘(ボクシング)》の使い手としては、なかなかのウデなのですよ」


(……踊りだした……)


ホームズ「よかったら。そのミゴトな“投げ”……ゼヒ。伝授していただきたいのですが」

スサト「……………光栄でございますっ!」

ホームズ「ちょっと。投げてみてもらえますか。ベンキョウさせてもらいますので」
スサト「よっ。よろこんでっ! それでは、成歩堂さま。……失礼して」

ナルホド「え………」


とおおおおおおおおおおおおおおッ!


──ッ!!


スサト「……このように。ヘソで投げる“感覚(イメージ)”でしょうか」

ホームズ「すばらしい……それが秘伝“スサトナゲ”……ですか!」

スサト「いえ。コチラは必殺“寿沙都落とし”でございます!」


(……薄れゆく意識の中…………あの夜の“光景”が、一瞬。アタマをよぎった……)


ナルホド「……《狩魔(カルマ)》……?」

アソウギ「ああ。我が亜双義家に代々伝わる、名刀だ」
ナルホド「それにしても……よく、政府から許しがもらえたな。《留学》で、大英帝国に日本刀を持ちこむ、なんて……」
アソウギ「日本刀は、日本人の魂……どうしても、この身から離したくないのだ。コイツが、オレを支えてくれる。……そう、信じている」
ナルホド「悪を“一刀両断”する……オマエらしい心意気だな」
アソウギ「ああ。そんなところだな。オレには……どうしても、やらなければならないことがある。……そのためならば。なにを犠牲にしても、かまわぬ。それを……キサマに見届けてもらえるとありがたい」
ナルホド「あ……ああ。わかった。きっと。最後まで、見届けてやる」
アソウギ「……キサマならそう言ってくれると思っていた」

 



(……あのとき。亜双義の言っていた、“やるべきこと”。今はまだ、ハッキリとわからないけど……。ぼく自身の目で、たしかめてやる。……大英帝国の帝都・倫敦(ロンドン)で……!)


おわり