ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【5】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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引き抜かれた拳銃が、俺の心臓を捕らえていた。

心臓の音が喉の奥から這い上がっていた。

だが、もう引き返せない。

この握られた手がある限り。

障害を通して守り抜くと決めた限り。


『引き返せ、今ならまだ間に合う』


友が、制止の言葉を投げかける。

ぶつかり合うことも多かったが、切磋琢磨し合ったかけがえのない存在。

だが俺の耳に言葉は届かない。

緊張と不安と温もりだけを感じていた。

『どれだけの大罪を犯しているかわかってるのか! 警護対象者と駆け落ちなど……あまりに信じがたい!』


わかっているさ。

これが許されざる禁忌であることは。


『見逃してくれないか……』


そう呟いていた。

俺たちが敵対しないですむように。


『必ず幸せにする、約束する』


友の腕は震えていた。

拳銃の先端が揺れていた。


『ふざけるな、約束するだと……!? 約束された未来もないくせに、彼女を幸せに出来ると言うのか!』


少女の手が強く握られた。


『もう引き返せない。引き返すつもりはない』


走り出す。

友に背中を向けて、走りだす。

撃たれればすべてが終わる。

それでも、俺はこの手を離すことはない。

それはある日の夜。

それはある日の時。


…………。


……。

 



夕べは徹夜していたせいか、寝起きは最悪だ。

意識が重たいせいで身体を起こすのが億劫だな。

時間的には、朝食まで時間がある。

最悪朝食を抜くこともやむなし。


…………。


……。

 



「おっす、おはようさん海斗」

「おう」

「む……」

「偶然ね」


自然と男と男、女と女に会話がわかれる。

無論オレたちのすぐ目の前は、警戒態勢にある。

 



「眠そうだな」
「かなり眠たい」
「授業中寝てたら格好悪いぞ?」
「大丈夫だ。訓練校時代に寝てても寝てないフリをするのはプロ級だったからな」
「いやー俺も今日は眠いんだよね。海斗様直伝のサイレントスリープを真似させてもらおうかな」
「お前の場合バレバレだろ」
「それで思いついたんだよ、いい方法」
「どんな」
「それは海斗でも教えられないね。一応ルールスレスレだろうし」
「居眠りの時点でルール違反だろ。残忍なやり方だったりしてな」
「それはないって…………多分」


多分、とかボソッと付け加える辺りやや怪しい。


……。

 



「麗華も、結構頑張ってるみたいじゃない」
「頑張ってる?」
「だってあんな下っ端のボディーガードをずっと使ってるし。私だったら怖くてそばに置いとけないかなぁ。もし襲われたら、絶対真っ先に逃げ出すんじゃない?」
「どうかしら」
「わっかんないなぁ……どうしてそんなに自信ありげなの?」
「別に海斗に関して自信があるわけじゃないわ」
「え?」
「私の言うことが正しいからよ」
「…………」


「今のは、さすがに呆れるんじゃないか?」


女同士の会話に失礼して、突っ込む。


「そ……」

「そ?」

 



「その自信たっぷりかつ傲慢な態度がムカつくー!」

「むしろシャクに触ったみたいね」

「実に低レベルなお嬢だな」

「だろ~? もう代わって欲しいって」


「勝負、勝負よ麗華! 今日こそ決着をつける!」

「殺ってしまえ、海斗」

「負けるな侑祈、突撃ぃ!」


当人の心境などいざ知らず。

世界の中心は我こそと集う、憐桜学園の一日の始まり。


……。

 



「今日は少し寄り道して帰るから」
「許可取らなくても変わらないだろ」
「ちゃんとしたボディーガードだったらね。あとから言うとあんたブツブツうるさいでしょ」
「まぁな」
「だから教えたのよ」
「それでどこに寄って帰るんだ?」
「そこまで言う必要はない」
「……まぁな」


…………。

 

……。

 

 

 

 



「そう言えば……あんた免許持ってないの?」
「藪から棒になんだ」
「いいから答えなさいよ」
「持ってねぇ」
「実に予想どおりの答えね」
「興味ないしな」
「じゃあ保険証くらい持ってるでしょ?」
「持ってねぇ」
「なんでよ。幾らなんでも保険証くらい持ってるでしょ」
「今は持ってないって、言い直した方がいいか?」
「帰宅すればある、ってこと?」
「紛失したんだよ」


一体、こいつはなにが言いたいんだろう。

レンタルショップの会員証でも作りたいんだろうか。

いや……欲しい者があれば、わざわざ返却が必要なレンタルより購入を取るだろう。


「これからどこに行くと思う?」
「ネットカフェとか」
「はぁ? なにそれ」


どうやら違うらしい。


「探偵事務所よ」
「探偵って……あの探偵か? 行く先々で殺人事件が起きるって言う……。福引がやたら当たったりして、旅先でも事件と言う……あの探偵か!?」
「……は?」
「なんでもない、忘れてくれ……」
「私が行くのは素行調査を主な仕事とする事務所よ」
「なんでそんなとこに」


麗華の複雑そうな横顔を見て、オレは事態を察した。


「あぁ、そうか」


オレは麗華の肩に手を置く。

 



「気安く触らないでよ」


ペシッと叩かれる。


「確かに金持ちで、妻が死んでて、ダンディだと心配だよな」
「あんた金持ちで妻がいてダンディなの?」
「だから、源蔵オッサンのことだろ? オレの予想では97%ぐらいの可能性で女と遊んでるだろうな」
「どうして私がお父さまの素行を調査しないといけないのよ」
「女と遊んでるか心配なんじゃないのか?」
「別に。お父さまの自由でしょ」
「なんだそうなのか?」


いくら母親が死んでいるとは言え、父親が別の女と関係を持ってると知れば、嫌そうなもんだが。


「お母さまが病死して8年になるし、そろそろ新しい人が出来てもいいくらいよ」
「よく出来た娘さんですわね。と近所でも言われそうだな。となると誰を調べるんだ?」
「あんた」
「……オレ?」
「まったく素性が知れない曲者じゃない」
中流家庭に生まれた平民ですがなにか? 幼少期はワンパク小僧として友だちに親しまれ、川や山や海に行く際には必ず誘われ、ルックスで女の子たちを魅了したオレを素行調査すると?」
「その胡散臭さが気に食わないのよ」
「別に隠すような過去はなにもねえって」
「じゃあ言いなさいよ」
中流家庭に生まれた一人っ子。実家は県外になるが、こっちに来たのはボディーガードになるため。一度辞めようとしたのは、オレに合わないと思ったことや、実家に戻って職についた方がいいんじゃないかと考えた結果の行動だった」
「うそね」
「あのなぁ……お前、それはないだろ。どうせなにを言ったって信じないんだろ? 信じるとしたら自分が想像してる、あるいは逆に想像も及ばない話をしたときだけってやつだ」
「そうかも知れないわね」
「人の言うことが信じられないなら、勝手にすればいい。だけどな、人の親切や発言を信じられなくなったらそれは自分も信じてもらえなくなるってことだ」
「…………」
「それでもいいのかよ。二階堂麗華っ」
「あんた……」
「わかってくれたか」


オレは麗華に優しく笑いかけ……


「バッチリ捜査を依頼するわ」


言葉巧みに誘導したはずの発言は、軽く無視された。


「って、そのまま流しちゃダメだろ」


立ち塞がるようにして麗華の歩みを阻止する。


「なによ。邪魔」
「あのな……そんな意味のないことするなよ」
「調べられたら困ることでもあるの?」
「そういうわけじゃないが……」
「暇つぶしに言っただけだから、安心しなさい」
「えっ?」
「今日行くのは、この間のペットショップよ」
「なんだそうなのか」
「……表向きには、止められてるしね」
「なにか言ったか?」
「なんでもないわよ。ほら、急ぎなさい」
「あぁ……」


…………。


……。

 

 



「おい、ちょっといいか?」

「ん?」


源蔵のオッサンに用事があったのか、屋敷に来ていた佐竹を呼び止める。


「ちょっとここじゃ話しにくい」


……。


オレの部屋に佐竹を呼ぶのもなんなので、外に連れ出すことにした。

この辺りは、夜中になると人通りがなくなる。

話すにはこの上ない場所だろう。

佐竹はその大きな体格を壁に預ける。

 



「珍しいこともあるものだな」


感心深げな表情だが、真意は計り知れない。

周囲が闇に包まれてもかけ続けるサングラス。


「ちょっと気になることがあってな」
「と言うと?」
「オレたちの間で取り決めた、一年前のルール」
「覚えてないな」
「なに?」
「くく、冗談だ。しかしすぐ噛み付く。簡単に牙を見せるクセは直せと言っただろう」
「あんた相手に隠しても意味ねぇだろ」
「それで話とはなんだ」
「麗華に関してだ」
「ほぅ……」


ポケットから煙草を取り出す。


「吸うか?」
「いや、やめとくぜ」


佐竹は煙草を咥え煙をふかす。


「想像するに、お前のことに関してじゃないか?」
「どうしてそう思う」
「お前が私に話を切り出すとすれば、もうボディーガードを辞めると言うか、お前のことに誰かが首を突っ込んでるかの二択。切り出しの言葉が麗華お嬢さまなら、既に前者は消えたも同然だろう」
「そうか? 麗華に関することだが、オレはもうボディーガードを続ける気はない……そう話すかも知れないだろ?」
「それはないな」


ニヤッと笑う。

その笑みには予想ではなく確信を含むものがあった。


「他人を気遣うように対象を先に挙げることはない」
「人を冷血な人間のように言わないでくれ」
「くく。しかし、麗華お嬢さまが探りを入れているのはお前と出会った直後からずっとだろ」
「確かにな」
「人は未知な存在に興味と不審を持つ。過去を隠されれば、誰でも知りたくなるのが必然」
「本当にアンタの処置は正しかったのか?」


一年前、取り決めたことを思い返す。


「もちろんだ。それ以外の選択肢はない」
「対策を取らないことが対策だとアンタは言ったな」
「下手に小細工をすれば、そこから崩れて行くものだ」


吸い終えたタバコを、小さいケースでもみ消ししまう。


「事実は事実でしかない。お前は、『戸籍』も『家』も『家族』も『親戚』も『知人』も『恩師』も『友人』も、なにも持たない存在」
「いるとすれば、『敵』だけだな」


ちょっとした笑いのテイストに、佐竹は歯を零した。


「お前は、私たちに言わせれば『死人』同然。そんなお前に偽りの経歴を用意したとしよう。しかし、やがて誰かが経歴を不審に思えば、それを探る。探られれば当然、虚実は明るみに出てしまう。過去を偽る男として、イヤでも注目を浴びることになってしまうじゃないか」
「だが、それは探られた場合だ。予めある程度の虚実があれば、それを真実にも出来た」
「リスク面の問題だな。お前が思っている以上に、金持ちは情報を持つ」
「…………」
「お前の過去がわからなければ、どんなに黒に近くても、黒だとはわからない。限りなく黒に近い白としていられるわけだ」
「このまま、今までのようにやり過ごすってことか」
「誰がいる? お前を知る人間がこの世界に」
「ゴールがなきゃ、たどり着けない……か」
「お前自信は、隠すつもりはそれほどないかも知れん。しかし、なにがあっても過去を話すことは許さんぞ」
「あんたの顔に泥がつくからだろ?」
「どう考えるかはお前の自由だ」


吸い足りないのか、佐竹は二本目の煙草に手を伸ばす。


「私の方でも麗華お嬢さまには釘を刺してある。表立って詮索することはないだろう」
「そうかよ」
「どうなんだ、麗華お嬢さまのボディーガードは」
「面倒だな。思ってたとおり」
「なに、普通の学生とそれほど変わりない。ボディーガードの仕事を実感するようになるのは、憐桜学園を卒業したあとからになるだろう」
「それまで続けられる保証はねぇな」
「続けてもらいたいものだ。私はお前に期待している」
「勝手に言ってろ」
「聞きたいと思わないか?」
「なにをだよ」
「なにもないのなら構わないが」
「……なら、聞かせてくれるのか? あんたが、オレをこっちに呼び寄せた理由を」
「やはり気にしていたか」
「気にならないと言えばウソになる」
「そうか」


だが結局、佐竹は言葉を紡ぐことなく背を向けた。


「あんたはもう帰るのか?」
「今日の仕事は終わったからな。また、時間があれば朝食でも共にしよう」


一度屋敷の中に消えた佐竹は、数分して車で屋敷をあとにした。

オレはしばらくの間、その場に止まった。


…………。

 

……。

 



「絶食ゲームしようぜ」
「前触れもなく聞き覚えのないゲームだな」
「でもタイトルで内容がわかるだろ? 親切設計」
「よし……断る」
「なんでだよっ!」
「タイトルから予想するに、どっちが長い間絶食していられるか、だろ?」
「そのとおり!」

 



「そのままじゃない」

「だけど面白そうですよね?」

「……どの辺が?」


オレも麗華の発言に深々と頷いて見せた。


「そりゃあ、ほら、空腹で苦しむ姿とか。お腹が空きすぎて逆に食欲がなくなるもどかしさとか」

「ホラービデオでも観てろ」

「せっかく考え出した究極のゲームなのに」

「究極なのは認めよう」

「じゃあシリアスな内容なんだけど、シリアスになりきれないシーンごっこして遊ぼうぜ」

「今度は想像が難しい遊びが来たな」

 

「笑顔で喋ってるとか?」

「迫真の演技で」

「じゃあおかしな格好をしてるってことかしら」

「そうじゃないか?」

「試しにやってみようぜ」

「断る」

「なんでだよ!」

「面白くなさそうだろ、どう考えても」

「でもどうやってシリアスなのにシリアスじゃなくするか気にならない?」

「今晩の飯の方が気になる」

「いいじゃんやろうぜー」

「腕を掴むな、気持ち悪いっ」

「暇なんだよぉ~」


──「誰か暇なヤツいないか~っ!? 廊下でゲロ吐いた生徒がいるみたいなんだ、片付けるの手伝ってくれ~」


「仮にもお嬢さまたちの教室で叫ぶことじゃないな」


下品な言葉に反応したのか、男子生徒は冷ややかな視線を向けられた。


「ぼ、僕だって言いたくはないって……。とにかく暇なヤツでいいんだけど」


しかし周りを見ても手伝おうとする生徒はいない。

オレと麗華は顔を見合わせ、知らん振りしてる侑祈を指さした。


「ひどっ!?」

「侑祈か。お前なら遠慮いらないな、来てくれ」

「俺ならってなに? いや、遠慮しろよ! 楽しく忙しく雑談してたんだって! なあ?」

「そうなの?」


確認を取ってくる。


「いや」

「全然暇らしいわよ」

「と言うことで、行くぞ」


ずるずるずると引きずられていく。


「お、鬼ぃ!!」


涙の叫びと共に、廊下へと姿を消した。


「うわああ! ゲロの上まで引きずるなよ! 雑巾か俺は!」


「……戻ってきたら距離を置くか」
「そうね……」


前の席で、妙が頭を抱えていた。


…………。

 

……。

 



「ふむ……特に悪いところは見当たりませんな」

「でも、元気がないのよ?」

「先天性の病気もありませんし、ケガをしていると言ったこともありませんので。おそらくは精神的に落ち込んでいるのではないかと。すぐに良くなりますよ」

「そう、ありがとう」


「こちらです、先生」

「ではお大事に」


学園から帰ったあと、オレは麗華に呼び出されていた。

カナタがぐったりしていると知らせを受けたのだ。

特別オレになにが出来るわけじゃないが、一人では不安だったのだろう。

病気の可能性もあると言うことで、麗華は急ぎ獣医を呼んだが、異常はなし。


「良かったじゃねえか。少なくとも病気じゃなくて」

「ええ……」


普段落ち込んだりする表情を見せない麗華だが、カナタとソナタに関しては強く感情を揺れ動かしていた。


「だけど心配よ」

「…………」


ひざの上で、優しく麗華に撫でられているカナタ。

しかしそこにいつもの元気はなかった。

ソナタも心配そうに見つめている。


「ほら、いつもみたいに嚙んでみろ」


嫌われ者のオレがちょっかいを出してみる。


「…………」


しかし、いつもの元気はなかった。


「昨日まではなんともなかったのに」
「ペットの感情ばっかりはな」


その表情からでは、なにを考えているか読み取ることは出来ない。


……。


結局、役に立てることもないまま部屋をあとにした。

 



「どうした、なにかあったのか? さっき医者らしき人間が帰って行ったが……」
「ああ、獣医だ」
「獣医? と言うことは、チーターの子供か」
「ああ。別に病気ってわけじゃなかったが」
「どういうことだ?」


オレは、かいつまんで事情を説明した。


「なるほど、片方に元気がないのか」
「時間が解決するのを待つしかないだろうな。人間にはその他の動物が考えてることなんてわかりゃしない」
「そうだな……いや、そうとは限らんぞ」
「あ?」
「確か倉屋敷から今度、ペットの気持ちを理解出来る商品が販売されることになっていたはずだ」
「オモチャだろ」
「そうは言うが、ペットの鳴き声なんかを人間の音声に変換する優れものだと聞いたことがある」
「信憑性は高くなさそうだな」
「試してみる価値くらいはあるんじゃないか?」
「まだ発売されてないんだろ?」
「ああ」
「それ、どうしようもないってことじゃないのか」
「麗華お嬢さまと倉屋敷のお嬢さまは交友関係があるんじゃなかったのか?」
「交友?」
「前に開かれた誕生日パーティーに出席していただろう」
「あ……そうか、あいつ倉屋敷だったな」


一人の少女、妙のことを思い出した。


「どうするかは、麗華お嬢さまが決めることだがな」


佐竹は源蔵のオッサンに用事でもあるのか、書斎の方へと歩いて行った。


「とは言え、麗華と妙は仲が悪いからな」


麗華から弱みを見せて頼み込むとは思えない。

そもそもの商品の信憑性が疑わしいならなおさらだ。


「侑祈に連絡でもしてみるか」


……。

 



携帯で侑祈の番号を検索する。


「…………」


だが、アドレス帳には存在しなかった。


「しまった、あいつの連絡先知らんわ……」


そもそも、ツキ以外の連絡先がわからない。


……。


「そういうわけで、ツキ、お前に電話した」
『私にどうしろと?』
「悪いんだが倉屋敷に連絡を取ってくれよ」
『あなたが電話で話すの?』
「ツキ」
『無理です。私は、一介のメイドですから』
「大したことないメイドだな。お嬢さまの一人や二人を統べる力はないのか」
『無茶言わないで下さい。そもそも、どうして電話してるんですか』
「だからツキしか連絡先がわからないんだって」
『切ります』
「おい、一方的に交渉を打ち切るな!」


プツッ。

切られてしまった。


「強引なやり方のせいで、麗華が泣くかも知れんな」


──「いえそうでなくて」

 



「どこから沸いて出やがった!?」
「さっきから目の前にいたじゃないですか」
「庭で掃除してる生意気そうなメイドがいるなぁとは思ってたが……まさかツキだとは」
「99%くらい私だとわかってましたね」
「そんなことより、どうにかしろよ」
「侑祈さまの携帯電話の番号なら、わかりますが?」
「それで十分だ」
「えっと、これです」


携帯を開いたまま、画面をオレに向けた。


「よし、ちょっと待ってろ」


そして素早く侑祈の番号を打ち込む。


「サンキュ」
「いえ……なかなかお優しいですね」
「動物を愛する人間として当然のことだ」
「素直じゃない」
「うっせ」


手でニヤニヤするツキを追い払い、電話する。


プル……


『もしもしぃ!』


早っ。

すっげぇ早っ。

ツキに初めて会った日を思い出すぜ。


『ツキちゃんだよね!? そうだよねっ!?』


どうやらオレをツキと勘違いしてるらしい。


「もう毎日眠れなくて辛かったよぉ。嬉しいなぁ。うふふふふふふ」


プツッ。


「しまった。あまりにも気持ち悪くて切ってしまったぜ」


慌てて掛け直す。


『どったの? 電話悪かった? それとも、海斗につきまとわれてるとか?』
「…………」
『俺のツキちゃんに触れるやつは、どんなヤツでも成敗しに行っちゃうよーん』
「へえ、そうなのか?」
『あ、あれ……ツキちゃん、声変わりした?』
「ツキは頭からオレにバリボリ喰われて死んだ」
『かかか、海斗ぉ!』
「オレがツキにつきまとってるねぇ」
『それはほら、モノの例えっていうか、うあはは。ど、どうしたんだよいきなり。今まで海斗が電話してきたことなんてなかっただろ?』
「ああ、お前に頼みがあってな」
『頼み?』


オレは手短に今起こっていることを話し、佐竹から聞いた情報を尋ねてみた。


『あるある。そんなの作ってた』
「マジか。信憑性は高いのか?」
『詳しくは知らないけど、そうみたいだな』
「それ一台貸してくれ」
『でもなぁ、許可降りるかなぁ……。直接行ってみたら?』
「どこに」
『倉屋敷ビル』
「オレが行ったってダメだろ」
『だけどオレも妙ちんも持ってないしなぁ』
「なんとかお前から頼んでみてくれ」
『……わかった。あまり期待しないでくれよ?』


そう言って一旦電話を切る。


「これでなんとかなればいいが……っ……また随分早いな……もしもし」
『すまんダメだったわ』
トロイの木馬
『うぎゃああ!』
「もう一度頼め」
『無茶言うなよぉ!』
スパイウェア
『うどぅううう!』
「もう一度頼め」
『オレじゃ取り付く島もないんだよ、ほんとに』
「そうなのか?」
『だから二階堂の使いってことで、海斗が直接出向いた方が確立が高いんだ』
「しかしな……」
『この番号にデータ送信してやるから、な?』
「いや、やっぱりそれは……」


……既に切られていた。


「あの野郎」


ほどなくして、一通のメールを受信する。

そこにはビルまでの地図が記載されていた。


「マジで行かなきゃならんのか?」


とても相手にしてもらえるとは考えにくい。


「ツキ……はもういないか」


どこかで掃除でもしてるんだろう。


「やっぱり、やめるか」


…………。


……。

 


「こっちの方か」

 



結局、尋ねることにした辺り、オレも甘いな。


……。


30分ほどかけて、目的の場所を見つける。

 



「……デカイな」


ここが倉屋敷のビルか。


入口にはガードマンらしき男が二人立っている。


「お待ち下さい。入館証はお待ちですか?」
「入館証?」
「当社の関係者以外は入館出来ません」
「…………」


……オレがここの関係者と証明出来ればいいのか。

証明……証明……


「学生証じゃダメか?」
「別に身分証明書を見せて欲しいわけじゃない。この施設は関係者以外立ち入り禁止なんだ」
「そう言わず見てくれ。写真うつりいいだろ?」
「でも、これちょっと顎が上向いてるな。写真を撮るときは顎を引いた方がいい」
「……そうか」


……。


「オレが関係者だと証明出来ればいいのか?」
「なにかあるんですか?」
「これだ」


ガードマンの手を握り、オレの股間へと運ぶ。


「な、なにをっ……」
「これがオレの証明だ」
「これは……かなり大きいっ!? マイケルのモノくらいあるではありませんかっ」
「マイケルが誰だか知らないが、巷では外人クラスだと噂されてる」
「ごくりっ……」
「これでオレとお前の上下関係は決まったはずだ」
「は、ははぁーっ!」
「わかればいい、わかれば」


……。


「君、さっきからなにブツブツいってるんだ」
「気にしないでくれ。ちょっとした妄想だ」


もちろん、証明出来るのは熱い拳だ。

ガードマン二人くらいなら、殴り飛ばして突破することが出来る。

しかし、間違いなく人生のゲームオーバーになるので、熱い拳を証明するのは切り札にとっておこう。


「とにかく、中には入れられない」
「信じられないと思うが聞いてくれ」
「なんだ」
「おそらくきっと、オレはここに来るフラグを持ってないんだ」
「…………」
「意味がわからないって顔だな? これはつまり、RPGで言うところの、前の街で通行証を取り忘れて砦に来た場面なんだ」


二人のガードマンは顔を見合わせる。


「言いたいことわかるだろ? RPGなら取りに帰るところだが、現実じゃあそうは行かないよな?」


オレの理解しやすい必死な説明が通じたのか、二人のガードマンが同時に頷いた。


「帰れ」


……。


「くそ……簡単に追い返されてしまった」


警戒心を強めたのか、ジッとオレを睨んでいる。


「とにかく侑祈に電話すれば……」
『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか───』
「電源切りやがったなっ!」


諦めるしかないだろう。

元々やらなくていい親切をしようとしてただけだしな。

そう思い引き返そうとしたところで……


「おいちょっと待て」

「なんだよ」


一人のガードマンが呼び止める。

もう一人はなにやら無線で会話しているようだった。


「はい、はい……ええそうです。よろしいのですね? わかりました」


肩口につけていた無線マイクを元の位置に戻す。


「許可が下りた。入ってもいいそうだ」
「あ?」
「社長は25階の開発室にいらっしゃる」
「あ、ああ……」


どうやら侑祈からの話が伝わったようだ。

あいつもやるじゃないかと思いながら、ビルの中に入った。

エレベーターに乗り、25階へ。

直電があったのですぐだった。

エレベーターを降りると、すぐ扉があった。

『開発室』と書かれたプレートが取り付けられている。


「……誰かいないのか?」


声をかけるが、反応がない。

どうするか立ち往生していると、ようやく住人からの返事が返ってきた。


「ふぁーい。どーぞー」


なんとも気のない返事だ。

 



ずらりと並んだパソコンが目に付いた。

室内はがらりとしていて、誰もいない。


「おい?」


呼ぼうとして、奥から足音が近付くのを感じた。

 



「侑祈から話は──」
「…………話は?」
「…………」
「…………なんだよ」


笑顔で固まった女に声をかける。

 



「く──クリソツじゃなーーーーーい!!」
「お、おいっ!」


強襲ビンタか?

などと一瞬思ったが、抱きつかれた。

 



「私よ亜希子! 覚えてる!?」
「知らねーよ、なんなんだアンタ」
「あーそっかそっか。初対面なのよね、私たちー」


凄い浮かれた姉ちゃんだな。


「暑苦しいから離れろ」
「いいじゃないのー。あーもう、信じられないっ!」


なにが嬉しいんだ、この女は。


「なんで!? なんでこんな子が存在するのぉ!?」
「なんだよあんた」


──「うわ、なんか抱き合ってる……」


「おいこら侑祈、フェードアウトするな。するならカミングアウトしろ」

「なにが?」

「このイってる女は誰だ?」

「誰って……倉屋敷亜希子さんだよ……妙ちんのお母さん」

「…………」

「一児の母でーす」

「……マジで?」

「全然見えない?」

「あぁ、20歳そこそこかと思った」

「嬉しいなぁ、あなたにそう言われると」

「つーか、いい加減離れろよ」

「ずっとこうしてたいな」

「恋人同士かよっ」

「私未亡人だから、それでもいいけど?」

「…………」


一体、こいつはなにを考えてるんだ?


「あーもう、私胸がいっぱいっ」

「悪いんだが全然話についていけん」

 



「実は俺も」

「オレはただ機械を借りに来ただけだ」

「これでしょ?」


そう言って、見せてきた機械。


「こっちの送信機を動物に取り付けて、こっちの受信機で会話を変換して聞き取るの」

「ほんとに出来るのか?」

「もちろんよぉ。研究に研究を重ねて作ったんだから」

「……へぇ」

「そんなことより、あなたなんなの!?」

「言ったでしょう。二階堂家のお嬢さまを護衛してる同級生の友人だって」

「そうじゃなくて! あなたもしかして、朝霧って言うんじゃ……?」


なにか期待を込めたような目だった。


「ああ、そうだ」

「やっぱり~!」

 

「きゅーん!」

「……鉄拳」


ゴツッ!

オレは容赦なく女の頭に拳を落とした。


「うあ……」

 



「痛いぃ~えへへへへへ」

「どっか壊れたか?」

「お前さ、わかってる? 倉屋敷の社長に初対面でゲンコツって……」

「貸してくれるのか貸してくれないのか、どっちなんだよ」

「はい。貸すわ。と言うか欲しい?」

「ちょっと! それ大切な試作品ですって!」

「あぁそうだっけ? あげるのは無理みたい」

「よくわからんが、借りていこう」

「さっきまで、頼み込まれても貸さないって言ってたくせに」

「そうなのか?」

「だって信用出来ないじゃない? それ一つ持って持ち込むとこに持ち込めば、何百億ってお金が手に入るんだから」
「……そうなのか」


この手の平ほどの機械が、数百億。


「じゃあなんで? 海斗なんて人相悪いから明らかに売り飛ばしちゃうようなヤツなのに」

「おいっ」

「それは運命だったのよ。しばらく貸してあげるから、お話しましょうよ!」

「割と急いでるんだ」

 



「えぇーっ」


バタバタと足を動かして犯行する大人。


「じゃあそれ返しに来る時は、絶対お茶してもらうから、そのつもりで!」

ピッと指を突き立てられ、約束させられた。


…………。

 

……。

 

 

 

 



「なんでオレがここまで苦労しなきゃならないんだよ」


麗華の部屋の前までやって来た。

今さらだが、妙にテレ臭い。

あいつのために走り回ってたんだと考えると、どうやって訪ねていいかわからなかった。


「くそ……ガキかオレは」


別にいつもどおりにいけばいい。

ただちょっと、チーターが心配なだけだ。


「入るぞ」


麗華の沈んだ顔を捜す。

ところが……


「なによ、こんな時間に」


落ち込むどころか全然平気だった。

 



「……お前、チーターは?」
「ああ、あんたの足元にいるじゃない」
「あ?」

 



「フーーー!!」
「フーーー!!」


今朝の弱々しさはどこへやら……二匹揃って敵意剥き出しだった。


「おい……もしかして……」
「あんたと医者が帰って元気になったみたい」
「じゃあオレの努力は?」
「努力?」


教訓・努力が実るとは限らない。


…………。


……。

 



「どうも、麗華お嬢さまとの壁を感じるんだ」


突然、尊に相談をされた。


「壁ねぇ……」
「貴様のように、ボディーガードとしての常識を越えた間違った接し方をしたいと思ってるわけじゃない」
「随分な言いようだな。だったらもう少し積極的になれよ」
「それはわかってるんだが、こう……麗華お嬢さまの前だと緊張してしまうんだ。彩お嬢さまと同じように振る舞おうと、心の中では思っているんだが」
「悪いオーラでも感じるのか?」
「まさか。その逆さ。凛々しくも美しい瞳、見る者すべてを虜にする流れるような髪……そして小さな口から紡がれる小鳥のさえずり……。あぁ、目の前にいるわけでもないのに、僕の心臓は張り裂けそうなほどに緊張している」
「それは病気だ」
「病気……僕が病気だと言うのか!?」
「どう見ても、それは病気だな」


厄介なことに来いの病と言うヤツだ。

しかも、よりにもよって麗華で発症してしまったか。


「正直に言って、こんな深い悩みを貴様に打ち明けるのは非常に不愉快かつ辛いんだ。だから治せ」
「図々しいヤツだな」
「当然だ。家族からも、お前の図々しさには勝てないとよく言われる」
「家族の中での扱いはよくないみたいだな」
「とにかく急ぎ直せる方法を教えてくれ」
「そう言われても困る」
「お礼ならする」


こいつが、オレに礼をする?


「そこまでして治したいのか」
「当たり前だ。このままだと、いつかミスをしてしまうに違いない」
「仕方ない……」

 



「協力してくれるのか?」
「このまま放っておいたら、最悪ボディーガードをクビになる可能性もあるだろ」
「それはない」
「なんでだよ」
「僕が凄いからさ」
「根拠のない自信はやめろ」
「それでどうすればいい?」


……。


「そうだな……まずは、やはり喋り方だろう」
「口調が問題だと言うのか」
「今日一日、麗華にタメ口で接してみたらどうだ?」
「麗華お嬢さまにタメ口だとぉ!?」
「そうすれば、案外平気になるかも知れんぞ」
「む、無理に決まっているだろう! そんな、そんな、麗華お嬢さまにタメ口なんて……」


……。

 



「麗華、ちょっといいか?」
「あらどうしたの尊」
「今日も一段と綺麗だと思ってな」
「……バカ」


……。

 

「ぬぉああああ!!! 絶ッ対無理だぁ!!」
「どんな妄想してたか知らんが、鼻血でてるぞ」
「と、とにかくそれはダメだダメだ! 僕にはそんな破廉恥まがいの態度はとれん」


一体なにを想像して破廉恥になっているのか。


「でもな、これ以外となると……手を握るとか」
「れ、麗華お嬢さまの手を握るだとぉ!?」
「これでも一応免疫が出来るんじゃねえか?」

 



「そんな、そんな、麗華お嬢さまの手を握るなんて……」


……。

 



「麗華お嬢さま、お時間よろしいでしょうか」
「あら、なにかしら? きゃっ!」
「おっと……大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」
「この辺りは足場が悪い。どうぞ、私の手に」
「尊……」


……。

 

「くぬぅううううう!! もっと無理だッ!!」
「ワガママめ」
「もっと、紳士的で興奮しない治療法にしろ!」
「無理だ。これ以上のアイデアは思いつかん」
「一日一錠飲むだけでいいとか、ないのか!」
「んなもんあるわけないだろ」
「そうだな、荒療法でいいなら浮かばないでもない」
「どんな」
「ここを切り落とすとか?」


そう言って、手刀で切り落とす素振りを見せる。


「ここって……」
「男のシンボル」
「全然関係ないじゃないか!」
「いや大有りだろ」
「ハッ!? まさか、貴様僕を女にして、自分のモノにしようと考えてるんじゃ!」
「ないない」
「なら……そう、女にしてボディーガードをクビにする気だな!」
「妄想の激しいヤツだな。こっちが言葉を繋げらんねーだろうが。とにかく、オレに頼るってんなら二つに一つしか方法はないと思え。タメ口をきくか、手を握るか」
「くっ……ぬうう!!」
「どうしてもイヤなら部屋から出てけよ」
「…………わかった。お前の言う条件を飲んでやる。とは言え、麗華お嬢さまの手を握るなんて絶対に出来ることではないし、許されない」
「つまりタメ口をきくと?」
「トゲトゲしい言い方をするな。そう、大切な友人に接するときでも言おうか」
「なんでもいい。ならそれでいけ」
「よし────お前も来い!」
「なんでだよ。助言だけで十分だろ?」
「ダメだ。ぼ、僕一人だと足が震えるんだ」
「どんだけチキンなんだ?」


とても訓練校を首席で卒業したとは思えん。


「お前、麗華を最大限利用するとか息巻いてただろ」

 



「ばかもの!」


何故か一喝された。


「とにかくお前も来い。それで僕の代わりに許可を取れ」
「どうしてそこまでしなきゃならん」
「貴様が僕に借りを作っているからだ」
「ここでそれを持ち出すかよ」
「大きな借りだろう?」
「まぁ……そうだな。お前がいなきゃ、オレは卒業出来てなかった」
「わかってるじゃないか。今日、僕がこの試練を克服出来たなら、その借りをチャラにしてやってもいい」
「……わかった。その借りは返さないといけないからな」


最終試験での、犯人追跡試験でのミス。

その借りを返しておくとしよう。


「なら行くぞ」


……。

 



「こんなに緊張するのは、久しぶりだ。そう、わかり易く例えるとしたら……」
「こっそり学園でウンコするような緊張感だぜ」
「授業中に催し、休み時間のチャイムと同時にダッシュ。出来る限り人がいない離れの校舎、そこのトイレに駆け込む。誰もいないことを廊下を見渡して確認し、個室へ。あとは一分一秒を争いながらも冷静に処理を済ませる。足音が聞こえたら、息を殺しトイレに入ってこないことだけを祈る…………って、なにを言わせる貴様ぁ!」
「とんでもなく長いボケだな。突っ込んで落とすに落とせんだろが」
「悪いんだがちょっと練習台になってくれ」
「オレを麗華だと例えるんだな?」
「あぁ……僕の想像力なら可能だ」
「その発言に対してのコメントは控えさせてもらう」
「僕の隣にいるのは、麗華お嬢さまだ……」
「…………」
「あ、れ、麗華お嬢さま……っ!」


突然慌てたような仕草を見せる。

どうやら妄想で麗華を眼前にしているようだ。


「ほら、タメ口タメ口」
「え、あ……と……れ、れ、れい、れい……っ……」
「なんだよ。早く名前を言え」

 



「れい、れいか……お嬢さま。ダメだ! やっぱり僕には出来ない!」
「部屋に帰る」
「ま、待て! もう一度だ!」
「何度やっても同じだってことが一度でわかった」
「なら慣れるまで百回でも二百回でも練習すればいい」
「イヤだ。一人で練習しろ」
「そういうな。やはり誰かがいないと不安になる」
「なら罰ゲームを設けるぞ」
「罰ゲームだと?」
「もしタメ口がきけなかったら、ボディーに一発パンチをぶち込むってのはどうだ」
「どうして僕が殴られなきゃならないんだ!」
「だから罰ゲームだって。オレのパンチは、お前の鋼のボディーにはあんま効果ないだろうけど、オレに殴られるのは屈辱だろう?」
「まだゴリラに殴られた方がマシだ」
「それ死ぬぞ、確実に」
「だがいいだろう……確かにその方が緊張感が生まれる」
「なら再スタートだ。オレの名前は?」
「れ、れいかおじょ……うざまっ!?」
「さっそくミス」
「き、貴様……本気で殴ったな?」
「全力で殴ってもちょっと痛い程度だろ? オレのパンチ力は、クラスでも下の方だったし」
「く……!」
「ほら、やり直し。オレの名前は?」
「れっ、れいか……あぶぅ!」
「ドモるな」
「る、ルールは守ったじゃないか!」
「ドモると気持ち悪いから」
「初めて聞いたぞ……」
「ドモらず喋れ」
「………………麗華、いだいっ! 呼び捨てにしてるしドモらなかったじゃないか!」
「声が小さい上に、名前呼ぶの遅せぇよ」
「それも聞いてないぞ!」
「普通に喋れよ」
「ふ、普通ってどんな風にだ」
「おい麗華。今日お前どんなパンティーなんだ? ってな」
「破廉恥な! 破廉恥な!」
「うっわ……顔真っ赤な、お前」


こんなに慌てる尊を見るのは久しぶりだ。

それほどに麗華はウィークポイントになってしまったらしい。


「くう、どうして僕にこんな弱点が……。それも原因不明だと? バカな」


原因は明らかだが、勿論放っておく。


「ほら、次だ次」
「貴様……ただ僕を殴りたいだけなんじゃ……」
「じゃあ部屋に帰らせてもらう」
「冗談だ! 冗談だから行かないでくれ!」
「だったら早く続けろ」
「……よし」


気を引き締め直したのか、表情に締まりが戻る。

 



「麗華、麗華、わかる? 僕だよ~」
「キモイ」
「あばぁ! け、今朝食べたエッグが……喉元までっ」
「会話が全然普通じゃない、やり直し」
「やっぱり、僕を殴りたいだけとしか思えないっ……」
「帰るぞ?」
「く……続ければいいんだろう続ければ!」
「なんか嫌々みたいだな。なら帰ってもいいぞ」
「待て、悪かった! いてくれ!」
「態度もデカイし」
「いて下さい! お願いします!」
「だったら早く慣れてくれ」
「よ、よし……」


……。

 



「それで麗華、キミはどんな花が好きだい?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「もちろんプレゼントしたいからさ」
「言ってもわからないんじゃないかしら?」
「いいから聞かせてみなって。こう見えても僕は花知識チャンプって呼ばれてたんだ」
「そう? ジギタリスって言う花なんだけど」
ジギタリスって、あのジギタリスかい? ヨーロッパ原産の多年草で、高さ1メートルから1.5メートルくらいに育ち、強心剤として使用されているって言う?」
「ステキなくらいの説明口調ね、尊」
「言ったろ? 僕は花知識チャンプだって。でもキミがそんな花を好きだったとは意外だなぁ。だけどキミが欲しいなら、もちろんプレゼントさせてもらうよ」
「ありがとう。葉っぱをすり潰して、お茶に混ぜて尊に飲ませてあげるわね」
「本当かい? だけどジギタリスの花を食したら、胃腸障害、嘔吐、下痢、不整脈、頭痛、めまい、重症になると心臓が停止しちゃったりするじゃないか」
「ウフフ、面白いわね。ピクピクって痙攣しだしたら」
「そうだね……って麗華お嬢さまがそんなこと言うか!! ──あだっ!」
「タメ口と怒鳴ることは違うぞ。いくらなんでもお嬢さまにそれはないだろう」
「とんでもないことを貴様が言うからだ! 麗華お嬢さまが本当に好きな花を言え!」
「悪い悪い。実はトリカブトなんだ」
「はい嘘!」
「実は家庭栽培してるかも知れんだろうが」
「ありえん。きっと麗華お嬢さまのことだ……そう、薔薇の花が似合うだろうなぁ」
「お前の一方的な趣味を押し付けるなよ?」
「もちろんだ」
「あいつの好みが知りたきゃ直接本人に聞け」
「どうしようもなく使えない男だな貴様は」
「意外と尊と変わらなかったりしてな」
「僕は必要な人間だ」
「自分で言うな自分で」


ゆっくりと歩いてきたが、そろそろ麗華の部屋は目前だった。


「心の準備はいいか?」
「よし……いや待て」
「どっちだよ」
「手の平に文字を書かせてくれ」
「海斗って書けよ」
「海……斗……と。よし、あとはこれを飲めば……腹を壊すだろ!」
「失礼な」
「舞い上がってるときに変なことをさせるな!」
「お前乗りやすいしな」
「麗華お嬢さまの前で、醜態をさらさせないでくれよ」
「それは尊が心がけてくれ。じゃあノックするぞ」
「よし……いや待て」
「今度はなんだよ。トイレか?」
「服が汚れてないか気にかかる」
「汚れてるのはお前の顔だけだから安心しろ」
「顔なら仕方ないな。ってどういう意味だそれは!」
「すまん訂正させてくれ。気持ち悪いの間違いだ」
「訂正するところが違う! はーっ、はーっ!」
「1キロ全力ダッシュしても息が切れない尊が、息を切らしただと? 一体なにがあったと言うんだ……」
「全部貴様が原因だ! 僕をからかうなっ!!」
「ほら、じゃあいくぞ」
「よし……いだっ! な、なんで殴る!?」
「悪い、また止められると思ったから先に殴っとこうと」
「どうして先に殴る必要がある!」
「前に前に行く気持ちが大切だからさ」
「なんだそのスポーツマンみたいなセリフは!」
「こりゃ空回りだったみたいだな」
「いい加減にしてくれ、本当に……はーっ……」
「だったら今度こそいいな?」
「無論だっ」


オレは麗華の部屋の扉を叩く。


「麗華、いるか?」


…………。

 

……

 

「はい留守」
「留守じゃすまないぞ、海斗っ」
「んなこと言われても知るか」


いなかったんだから、これ以上付き合う義理はない。


「じゃあオレは帰るからな」
「捜しに行くぞ。ボディーガードの貴様を連れてないんだ、間違いなく家のどこかにおられるはずだ」
「面倒」
「折角練習したのに、これじゃあ殴られ損だ」
「尊だけに」
「そんなつまらん会話はやめてくれ」
「『そん』な、か。やるな」
「捜しに行くぞ」
「待て待て。いちいち捜しに行かなくても、待てばいいだろ」
「部屋の前で待つなんて失礼だろう」
「あれこれワガママなヤツだな。じゃあ捜させよう」
「捜させるだと?」
「この屋敷と麗華を知り尽くしてるヤツにさ」


それは……


「やはり源蔵のオッサンしかないだろう」


麗華の父親であり、この屋敷を建てた人間なら間違いない。


「な、なんの冗談だ……僕はそんな選びがたい選択肢が出るとは思わなかったぞ。おそらくメイドの女か、最悪でも彩お嬢さまかと」
「変化球で言ってみました」
「そんな変化球いらんわ! 旦那さまに聞けるわけがないだろう! 選びなおせ!」
「普通は考え直せって言うんだぞ」


どうも源蔵のオッサンはダメらしい。

オレは改めて考え直すことになる。

それは……


「その辺を歩いてるメイドを捕まえるか」
「そうだな」
「それから、人気のない部屋に連れ込むぞ」
「そ、それで? ごくっ」
「もちろんイケナイことをするに決まってるだろ」
「イケナイこと……はぁはぁ」
「名前がバレるとまずいから、オレのことはミスターJとでも呼べ」
「僕は?」
「尊」
「すぐバレるだろっ! いや、その前に連れ込むな!」
「ちょっと興奮したくせに」
「興奮していない! やはり僕らの足で麗華お嬢さまを探すべきだ」
「結局地道に探さなきゃならんのか」
「僕のために頑張ってくれ」


なにが悲しくて尊のために頑張らなきゃならん。

空は清々しく晴れ模様。

オレの心は曇り模様。


「捜すったって、そう多くないだろ、オレたちが行けるのは」
「確かにな……風呂やトイレを捜しに行くわけにはいかないし、かと言って一室一室覗いていくわけにもいかない」


実質満足に探せそうな場所と言えば、庭先や食堂くらいなものだ。


「とにかく食堂に行こう。歩いてる途中で麗華お嬢さまを見かけるかも知れない」
「それしかないか」


……。


休みの日は朝食、昼食、夕食と日に三度訪れる食堂だが、食事以外では、やはり静寂に包まれていた。

 



「食堂にはいないみたいだな」
「ああ。となると、あとは庭か」
「確率的には、食堂より遥かに高いな」


ぶらっと散歩気分で庭に出ることくらい麗華にもあるだろう。


……。

 



「どうだ、いたか?」
「こっち側にはいないようだ。そっちは?」
「ん? ああ、捜してない」
「捜せよ!」
「行けばいいんだろ行けば」
「遅い亀は待っていろ! 僕が行ってくる」
「いってらっしゃいうさぎさん。……あーだる」


──「あんたそんなとこでなにしてるの?」


「麗華?」


頭上後方からの声。

振り返ると、自室の窓から姿を覗かせる麗華がいた。


「部屋にいたのかよ」
「なに、部屋に来てたの? 気づかなかったわ」
「痴呆が進んでるからな。2階から辞典を投げるな。避けなかったら当たってたぞ」
「音楽を聴いてたからよ」
「音楽? お前にそんな教養があったとはな」
「あんたに言われたくないわよ」
「資産家のお嬢さまはどんな音楽聴いてたんだ? どうせ流行の歌は聴かないだろ?」
「最先端を突っ走ってるわよ」


そう言ってジャケットらしきものをヒラヒラさせる。


「明日発売予定の、『笹かまぼこの一人旅』を聞いてたのよ」
「その明らかな地雷臭のするタイトルはなんなんだ!?」
「まさか知らないの?」
「知らん。演歌であろう予想だけはつくな」
「ヒップホップだけど?」
「本気で聴いてみたい」
「教養のないあんたには聴かせられないわね。ま、休日どう過ごすかはあんたの勝手だけど、子供みたいにはしゃぎすぎないでよ」
「わーってるよ」


麗華は窓を閉め、カーテンを元に戻した。

 



「ふーっ……くそ、麗華お嬢さまは見当たらなかった」
「じゃあ次はどうする?」
「これ以上は捜しようがない。仕方ないから一度戻ることにしよう」
「それが無難だな」
「だが、この次は必ず最後まで協力してもらうからな」


…………。

 

……。

 



「お帰りなさいませ、麗華お嬢さま。そしてさようなら、海斗」

「なんでだよ」

「なんとなく?」

「なんとなくでさよならするな」

「じゃあ、逝ってらっしゃい」

「死ねってか!」

「はいはい、あんたたちは漫才でも楽しんでなさい」

「こんな変態と二人きりにしないで下さい」

「もう少し気の落ち着ける女はいないのか」


麗華といいツキといい、その多色々……問題児ばっかだぜ。


……。

 



「部屋に戻ってきたぞ。どうするかな」


奇声をあげることにした。


「おおおぁぁぁあああああぁぁぁっっ!!! ふぉおおおおおおおっ、おおおぉぅおおお!! ああああああ、ぅあ、ぅあ、ぅおあああああ!! …………」


なにをやってるんだろうと、虚しくなった。


…………。

 

……。

 



「前にも注意したでしょ。二度としないでって」


小鳥たちも小枝から逃げ出す、恐慌なる声。

誰かが怒らせたのか?

食堂で軽く食事を取り、部屋に戻る途中、麗華を見つけた。

誰かを本気で叱っているようだ。

後ろ姿から見るに、二人のメイドだった。


「そんな……私たちは、なにもしていませんっ……」


震えて、今にも泣きだしそうな声で弁明している。

屋敷でも、源蔵のオッサンの次に権力を持つ麗華を敵に回しては、当然メイドは仕事をしていけなくなるだろう。

オレは子犬のように震えるメイドを見て……


「あのままじゃ、メイドを噛み殺しかねないな」


オレは声をかけることにした。


「なに揉めてんだ?」

「あんたには関係ないでしょ」

「泣いてるじゃねえか」

「…………」


メイドたちの顔を見ると、床に染みこむほどの涙を流していた。


「それがなに」

「どういう理由で揉めてるか教えろよ」

「あんたは私のなに? ただのボディーガードでしょ。だったら引っ込んでなさい」

「ツンツンしてんな。んなことじゃ乳も育たんぞ」

「……それで、覚悟は出来てるんでしょうね?」

「無視か」

「ですからっ、私たちは、なにもっ……!」

「だったらどうしてあの子の服がボロボロだったのかしら」

「存じませんっ、私たちはなにもっ!」

「…………」

「私たちがそうしたと、言ったんでしょうか」

「それは……言わなくても、あんたたちしかいないことくらいわかるわ」

「絶対に私たちではありませんっ!」

「信じて下さい麗華お嬢さま!」

「…………」


オレが介入したことで流れが変わったのか、追い詰めていた麗華が言葉に詰まっていた。


「もういいわ。行きなさい」


そっぽを向き視線を外した。


「私たち、絶対にしておりませんのでっ」


二人は泣きながらも懸命に頭を下げ、廊下の向こうへと歩いて行った。

 



「あんたのせいだから」
「なにが」
「あと少しでクビに出来てたのよ」
「あ? クビにするなんて簡単だろ。お前が辞めろと言えばそれまでじゃねえか」
「雇用主は、簡単に辞めさせられないのよ。実質権限はお父さまが持ってるし」
「んで、なにをやらかしたと思ってたんだ?」
「話すつもりはないわ」
「オレにまで怒るなよ」
「別に怒ってない」
「怒ってるじゃねえか」
「怒ってないって言ってるでしょ」
「デレっとしたところを見せたらポイント上がるかも知れないぜ? 手作りのお弁当を食べさせてみるとか」
「べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからね! ……って言って渡せばいいの?」
「よくわかってるじゃねえか」
「バカらしい」


やりとりに呆れたのか、麗華は話もそこそこに切り上げていった。


「なんなんだよ」


…………。

 

……。

 

 



「遅いわよ、彩」
「ごめんなさいお姉さま。先生に呼び止められてしまって」


学園の帰り、オレと麗華は彩たちを待っていた。

どうやら今朝、彩が麗華と一緒に帰る約束をしていたようだ。


「なにかあったの?」

「そういうわけでは、ないのですが……」


問い返しに言葉を濁し、うつむく彩。

なにかあったと言っているようなものだった。

 



「少しいざこざがありまして」


歯切れの悪い彩の間に入り説明を始める。


「黒堂お嬢さまは、ご存知ですよね?」

「あぁ、あのいけ好かない女ね」

「誰だよ黒堂って」

「どうせ貴様には言ってもわからん」

「そうかよ」


別に興味ないからいいけどな。


「ケンカでもしたの? だったら面白いけど」

「授業に取り組む姿勢が悪いと、少し注意をしたら口論になってしまったようで」

「彩にしては強腰じゃない」

「い、いえ……ほんの少し……注意というほどでは」

「口論にしても、黒堂お嬢さまが一方的に罵声を浴びせるような形でしたので。先生が心配して声をかけてくださったんです」

「教師に注意させなさいよ」

「担任は、黒堂お嬢さまの権力を恐れてますので……」

「権力?」

「貴様は口を挟むな」

「はいはい」

「黒堂って生徒の親は官僚なのよ」

「かんりょうって美味しいのか?」

「…………」

「この男には説明するだけ無駄ですよ」

「そうみたい」

「かんりょうねえ……」

「もうそのことは忘れました。帰りましょう」


…………。

 

……。

 

麗華と彩が一緒に帰る日は、歩いて帰るのが決まりだ。

それは麗華が車での登下校を嫌っているための必然。


「あの、前から聞きたかったんですが……」


帰り道、意外なことに尊から麗華に話しかけた。

 



「なに?」

「初めて屋敷に通されたときにも、一度お聞きしてるんですが……麗華お嬢さまはどうして、その、この男をボディーガードに?」


確かオレにも似たようなことを自分で言ったな。

なんでオレを選んだんだと。

そのときは……なんて言ったんだったか。

真面目が取り柄だけの~って感じだったと思うが。

興味ないので忘れてしまった。


「そんなこと聞いてどうするの?」

「どうすると言うわけでもありませんが……」


単純にオレへの嫌味みたいなもんだろう。


「今後の参考にと言いますか……」

 



「私も、興味あります」

「彩まで?」

「だってお姉さまは今まで、色々な人のボディーガードを断っていらしたし」

「物好きね」


お前が物好きだから聞かれてるんだよ。

オレの話なので、突っ込むことはせず聞き流した。


「そうね……最初は楽そうだった、って理由よ」


──バシッ


「痛ってぇ!」

「他の堅苦しいボディーガード相手には、こんなこと出来ないでしょ?」

「は、はは……」

「それは確かに……」

「しばくぞ」

「こんな反抗的な返事も返って来ないだろうし」

「褒めるところとは、とても思えませんね」

「だけど最近気づいたわ」

「え?」

「私が海斗を選んだ理由……」


そう言って、オレを見つめた。


「ま、まさか……恋……」

「そっそんな!? あ、愛……」


二人が同時に不安と怒りに満ちた表情を見せる。


「いや絶対に違うだろ」

「パーソナルスペース」


二人のバカな意味合いを軽く無視して、麗華は普段聞きなれない言葉を口にした。

もっとも、オレと尊はよく知った言葉だったが。


『他社に侵入されると不快になる空間』

『なわばり意識』


人間の誰もが持つ、他社との間にある物理的な空間のことだ。


「えっと……?」


彩だけは知らないみたいだが。


「人に踏み込まれると嫌悪感を感じる、距離感みたいなものよ」

「嫌悪感を感じる距離ですか……よくわかりません」

「食事をしてると思って。隣に私が座ってたら嫌?」

「そんなことありませんっ!」

「なら、あなたの知らない男が隣に座ったら?」

「それは……居心地が悪い、です」

「それがパーソナルスペースよ。居心地が悪いと思っても、男の人が離れてたらそんなに感じることもないでしょ?」

「はい」

「私は多分、人よりもパーソナルスペースが大きいのよ。だから親しい人間や信頼してる人間ならともかく、よく知りもしないボディーガードをそばに置くのが嫌だったの」

「なるほど……」


言葉の意味を知っている尊は、ある程度納得したようだ。


「それはわかったんですが……それと海斗さんを選んだ理由というのが、結びつかなくて。海斗さんを選んだというのが、出会ってすぐだったと聞きました……」

「僕もその点は理解できません。僕もパーソナルスペースについては学びましたが、それらはプリンシパルとの距離を測る勉強でした。プリンシパルの持つ領域を読み取り、土足で踏み込まない距離を保つこと……。海斗は距離感を読み取るどころか、考えもせず土足でズカズカ踏み込む男ですよ!?」

「そうね、私もそう思うわ。ただ……こいつ、生意気にも不快に思わせないのよ」

──バシッ


「ってーな。殴るなよ」

「僕は不快に感じてばかりです……麗華お嬢さまが特別なだけでは?」

「なんか、私もわかる気がします」

「えっ!?」

「海斗さんがそばにいても、不思議と、その、嫌な気持ちになりません」

「でしょうね。私じゃなくてコイツが特別。たぶん、そういうことね」


オレにはわからんが、そうなんだろうか。

……もしオレがもう一人いたと仮定したら物凄く嫌だけどな。


「…………」

「なに涙目で睨んでんだよ」

「な、涙目なんかじゃない!」

「あんたの特性を見抜いて引き入れた私に感謝しなさい?」

「感謝ねえ……」


オレが在学を望んでいて、プリンシパルが決まっていない状況であったなら、そうであったかも知れないが。

辞めようとしたヤツを無理に引き止めただけだからな。


「海斗さん自信は、そういったものを実感されてるんですか?」

「あ? パーソナルスペースのことか?」

「はい」

「考えたこともないな。むしろ遠ざけるように意識してるくらいだ」

「つまり、意識レベルじゃないってことね」

「身長や胸が小さいのと一緒か?」

 



「……死にたい?」

「満面の笑みで言われると怖いな」

「僕は認めないぞ、絶対っ」

「そんなに目くじら立てて怒ることかよ」

「ふんっ!」

 

……。