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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【6】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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肉体や精神を鍛え抜き、緊迫した状況下でも己を見失わない冷静さ。

食料を奪われ一週間飲まず食わずで生き延びるタフネス。

それらの類い稀なる力を持っている者たちでさえ、ときには己を休ませることも必要不可欠である。

それは生物だけに限られたことではない。

侑祈のような機械にも、同じことが言えるだろう。

形あるものいつかは壊れるが、無理をすればその分だけ、寿命も縮まってしまうのだ。

 



「と言うわけで今日は護衛をしない」
「はぁ? いきなり職務放棄?」
「厳密には職務じゃないけどな。まあそういうことだ」


放課後。

オレには麗華と帰りながら、今日はボディーガードとして働かないことを決めた折を伝える。


「この辺りは治安が安定してるとは言え、またボディーガードにあるまじき発言ね」

「ボディーガードも人間だ。疲れもする」


一人の要人に対し、一人というのは特にそうだ。


「第一襲われることなんて早々ないだろ?」


憐桜学園のお嬢さまに限定して考えても、大きな……つまり護衛を必要とする事件は数年に一度しか起きていない。

どちらかと言えば内部の事件の方が大きかったりするものだ。

同い年で美しく、将来を約束された高嶺の花。

そんなお嬢さまと二人きりで毎日共に過ごせば、狂ってよからぬ行動に出てしまうこともあるだろう。

そういった内部での事件を防止するためにも、やはり適度な休息を取ることが大切。


「自分の中で、都合のいい解釈してない?」
「してないしてない」
「まあ、この間みたいなことは、まずないでしょうけど」
「この間?」
「もう忘れたの? 繁華街でのことよ」
「……ああ」

 



繁華街での出来事は、あれから何度か調べてみた。

真昼間、人通りも少なくないあの場所で大胆な犯行に及び、拉致誘拐に成功した三人組。

その後あいつらが捕まった報道を、インターネットで確認したのを覚えている。

犯行の動機については、金目当てという明確な証言が取れたらしい。

しかし、あの時刻あの時間に麗華を誘拐したことに警察は一つの不信感を抱く。

ヤツらが事前に憐桜学園に情報を調べ上げ、誘拐する人物を麗華に限定していたとしても、不審に思われる点が残っていたのだ。

あの時間帯は、憐桜学園の始業式真っ最中。

まだ麗華が学園内にいるはずなのに、ヤツらはそれを見越したように繁華街で張り込んでいた。


『情報を売った人間がいる』。


それが三人組から聞き出した警察の見解だった。

ヤツらの後ろには、まだなにかが潜んでいる可能性がある。

それを知ったからこそ、オレは毎日神経を尖らせてきた。

だが、あの麗華と出会った日以来、そんなことは起きない。

オレの身体が休息を求めていた。


「具体的には、どうして欲しいわけ?」
「別になんてことはない。今週の休日に、休みをくれ。お前が出かけなきゃ、特別意味をなさないお願いだ」
「私が出かけるとしたら?」
「自粛するか、あるいは別の護衛をつけるか……もしくは一人で買い物に行け」
「凄い物言いね」
「もし外出して誘拐されたら、心配はしてやる」
「はぁ……いいわ。休日は大人しくしてあげる」
「珍しく優しい配慮じゃねえか」
「あんたが日頃、どれだけ気を配ってるか、これでもわかってるつもりだしね」


意外なことを言われてしまった。


「おいおい、なかなか節穴だな。自慢じゃないが、オレほど注意力がなく、集中力も持続しないヤツはあんまりいないぜ?」
「前から思ってたけど……」


突っ込もうともせず、真面目な顔で麗華はオレを見上げた。


「あんた、どうして自分を低く見せてんの?」
「あ?」
「私だけじゃないけど、ボディーガードって人種を、少なからず数百人以上私は見続けてきたわ。だから、匂うのよ」
「昼に食ったミートソースか?」
「……あんたのボディーガードとしての素質……」
「やめてくれ気持ち悪い。万年落第候補筆頭のオレを買いかぶりすぎだ」
「ムカつくわね、いい加減。ここまで言っても、あんたの主である私には話さないってわけ?」
「特別話すようなことがないだけだ。とにかく、今週末はそういう方向で頼むぜ」


無理やりにでも話を中断させる。


「……わかったわ」


これ以上追及しても無駄だと、麗華も諦めたんだろう。

オレたちは無言で屋敷へと帰った。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「ティアーモッ……んっ、ぅ、ティ、アーモッ!」

 

 

「海斗さまどういうおつもりなのですか!」
「ほらお前も一緒に言え。ティ、アーモッ」
「……てあーも?」
「違う。舌を丸めつつ、相手を強く思いやるようにして……」


オレは舌をくるっと丸め発する。


「ティ、アーモッ」
「遊んでる場合じゃないんです」
「……全然遊んでねぇ。昨日読んだ小説の主人公が妻に残した最後の名シーンでのセリフなんだ」
「そんな変態みたいなことしてないで、早く麗華お嬢さまを追いかけて下さいっ!」
「なに? ……そうか、出かけたんだな」


休日の昼過ぎのことだった。


「今日は海斗さまがボディーガードをお休みすることになっていると仰っていましたが、初耳です」
「本当のことだ」


ネクタイをキュッと首元まで締める。


「お嬢さまがお出かけになるというのに、呑気にてあーもてあーも言ってないで下さい」
「違う。ティ、アーモッだ」
「なんでもいいですから、急いで下さい」
「断る」
「え?」
「麗華から聞いたんだろ? オレは非番なんだよ」
「お一人で出かけられたんです」
「そりゃ、一人だろうなぁ。お前が誰かを護衛にと打診したんだろうが、どうせ断られたってオチだろ?」
「海斗さま以外は連れて行かないと」
「モテる男は辛いな」
「寝言は寝てから言って下さい。今ならまだすぐに追いつけると思います」
「何度も言わせるなよ? オレは非番だ」
「認められません」
「そう言われてもな……第一、前から休むことは伝えてたんだぜ?」
「それを承知で出かけたんだからいいじゃねえか。現にオレを呼びに行けと言われたわけじゃないだろ」
「ボディーガードとしての自覚が足りないにもほどがあります」
「メイドがわかったようなこと言うじゃねえか」


充電器から携帯を抜き取り内ポケットへ。


「これから暇か? オレとデートでもしようぜ」
「なにふざけたことを抜かしてるんですか。海斗さまが行かないと言うなら、急ぎ私があとを追いかけます」
「勝手なことしたら怒られるぜ?」
「麗華お嬢さまに見つかれば、間違いなく追い返されます」
「だったら大人しく……」
「気づかれないように追いかけて、お守りします」
「お守りしますって言うが、お前なんかが護衛の真似なんて出来るのかよ」
「少なくとも、麗華さまを追おうともしないどこかのボディーガードよりは役に立ちます」


耳が痛いねぇ。


「その結果、屋敷の仕事をサボって怒られるわけか」
「麗華さまが無事に帰られるのであれば、構いません」


見上げた忠誠心だな。


「そんなことに時間割くなら、デートするか」
「もういいです。失礼します」
「待てよ」


退室しようとするツキの腕を掴まえる。

 



「離して下さい」
「麗華のことは放っとけって。園児じゃあるまいし、一人で出歩くくらいは出来る」
「見損ないました。私の中で海斗さまの評価は、ちょうど崖から転落した位のものでしたが、今ではもう断崖に叩きつけられて死にやがりました」「救いようがないほど低い評価だったんだな」
「失礼します」


……。


「さてと……」


オレはチラリと窓から外を見やる。

ちょうど麗華が屋敷を出て、姿が塀の向こうに消えたところだった。


「行くとするか」


……。

 



ゆっくりと室内の扉を開くと、駆け足で廊下を走っていくツキが見えた。

本気で追いかけるつもりらしい。


…………。


……。

 

 

多少の変更点は出来たが、概ね予想どおりの展開だな。

オレはメイド姿の後ろを追う。

今の世の中、あの程度の格好でうろついても不審がられない。

事実この付近ではメイドは当たり前のように存在し、繁華街辺りになら買い物にやって来ることも普通だ。


「しっかし……」


電柱や、停車中の車に身を隠しながらとはいえ、ツキの動きは明らかに不審者のそれだった。


「アレじゃ見つけて下さいって言ってるようなもんだぜ」


もっと自然に歩けないのか。

放置していく方針だったが、あのままでは尾行がバレかねない。


「さ……ささ……さささっ……さささ、ささ」

「口で足音を出すな、足音をっ」

「っ!?」


ピクッと身体が跳ね、後ろを振り返る。

 



「どうしてここに死体がっ」
「まださっきのネタ引きずってんのか」
「結局心配になって追いかけてきたということですか」
「違うな。最初からこうするつもりだったんだよ」

 



「え?」


想定外に出来てしまった仲間? にオレはこの間から考えていたことを話すことにした。


……。

 



「麗華お嬢さまを一人きりで外出させ、犯人を誘い出す?」
「そういうことだ。まだ後ろに黒幕がいる可能性があるから、一度試してみようと思ってな」
「ふざけないで下さい。それならより一層危険です。こんなおとり捜査のような真似は即刻やめて下さい」
「もし襲われたら、助ければいいだけだろ」

 



「簡単に言って……これがどれだけ危険なのかわからないのですか」
「危険度? そりゃヤベェよ」
「な……」
「何事もなく一人きりで外出させることも、今の世の中ってのは不安だらけなもんさ。一般人はともかく、この辺りに住む金持ちはな。それに加えて、今も誰かが麗華を狙っている可能性がプラスされるとするなら、絶望的と言っていい」
「それがわかってるなら、どうして……」
「面白いからに決まってるだろ?」
「……最低ですね……」
「そうだな。オレもそう思うぜ」
「…………」
「とにかく、お前は帰れ」
「絶対に嫌です。今からお嬢さまを連れ戻します」
「あのな、お前にどんな権利があってそんなこと言ってんだ」
「そっくりそのままお返しします」
「返されると返せねぇな」
「今すぐに連れ戻して……」


遮蔽物から身を乗り出して麗華の元へ駆け寄ろうとするツキの腕を掴む。

さっきのように振りほどけない強さで。


「わかった、全部話す」
「……今さらなにをですか……」
「オレが麗華に話したことに関してだ」
「あなたが非番などというありえないことを言い出したときの話なら聞きたくない」
「いや……そのあとのことさ」
「そのあと……?」

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 



『あんた、どうして自分を低く見せてんの?』
『あ?』
『私だけじゃないけど、ボディーガードって人種を、少なからず数百人以上私は見続けてきたわ。だから、匂うのよ』
『昼に食ったミートソースか?』
『……あんたのボディーガードとしての素質……』
『やめてくれ気持ち悪い。万年落第候補筆頭のオレを買いかぶりすぎだ』
『ムカつくわね、いい加減。ここまで言っても、あんたの主である私には話さないってわけ?』
『特別話すようなことがないだけだ。とにかく、今週末はそういう方向で頼むぜ』


無理やりにでも話を中断させる。


『……わかったわ』
『そんな不満そうな顔するな。これには考えのことがあって言ってんだ』
『考え?』
『お前が誘拐されたときの男たち……あいつらには黒幕がいる可能性がある』
『それ本当なの?』
『確証はない。可能性って話だ』
『それで、その話と非番がどう関係するの?』
『休日お前は一人で外出しろ。そのとき、いつも外出を見送るツキにはオレが非番であることを告げればいい』
『あの子怒るわよ?』
『それが合図になる』

 



『合図?』
『お前がいつ出かけても、直後にツキが文句を言いにオレのところへ来るはずだ』
『それは、間違いないでしょうね』
『そしたら、オレはすぐに準備してあとをつける』
『つまりボディーガードを連れてない状況であれば、黒幕が私を狙ってくるかも知れないってこと?』
『オレがそばにいるよりは確率が高くなる。そしてもし何事もないようであれば、黒幕などいなかったってことで、より安心になる』
『そういうこと』
『嫌ならやめてもいい。いくらあとをつけると言っても危険なことには変わりない』
『いいわ。普通なら絶対引き受けないでしょうけど、私も黒幕って存在に興味がないわけじゃないから』
『さすがにぶっ飛んだお嬢さまだ』
『街を出歩く時は好きに行動していいのね?』
『ああ、いつものように振る舞え。オレが尾行してることを悟られる真似はしたくない』
『わかったわ』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「麗華お嬢さままで、こんな危険なことを……?」
「あいつは度胸あるからな」
「…………」
「これでわかっただろ? だからもう戻れ。確かに話を持ちかけたのはオレだ。お前がオレを恨みたくなる気持ちもわかるけどな」
「ついていきます。例え麗華お嬢さまが許可しているのだとしても、これが危険であることは絶対に変わりません」
「お前がいたからって、どうにかなるわけじゃないけどな」
「納得していただけないなら、やはり止めます」
「……わかったわかった」


幸いにも、こいつは気配を殺すことにかけては一流だ。

オレですら気を引き締めていないと見失う。

それほどの希薄な存在。


「よし、愛言葉を決めておくぞ」
「そんなもの必要ないと思いますが」
「念のためだ」
「わかりました。では『テメェ、マル暴だな?』と言ったら『俺はただの密売人さ』と言い合うことにしましょう」
「街中で言おうものならたちまち注目の的じゃねえか」
「不服ですか」
「もっとわかりやすいのにしようぜ」
「例えば?」
「そうだな……ツキが『ティ、アーモッ』と言ったらオレが『メルドリーノ』と返すことにしよう」
「意味がわかりません。なんですか『てあーも』って」
「イライラする味のない発言だな。イタリア語で『私はあなたを愛している』だ」
「なんて恥ずかしいセリフを言わせてるか」
「愛言葉なんだから気にするな。それに一般人には理解出来ないから最適だろう」
「……いいでしょう。と言うことは、さっきの『めるどりーの』と言う軽やかで爽やかな言葉は『あぁ、あなたは美しい』といった感じですか」
「そんなところだ」
「まったく、なんという告白ですか。でも私には好きな人がいるので、ごめんなさい」


一人で勘違いし一人でオレを振りやがった。

ちなみに、『メルドリーノ』とはイタリア語で『うんこちゃん』という意味だ。


「あ……」
「なんだ」
「麗華お嬢さまがいません」
「いつの間に」
「どう考えても愛言葉を考えてた間にです」


ダッと駆け出すツキを追ってオレも走った。


……。


繁華街につこうかという頃、オレたちはなんとか麗華を見つけることに成功した。

 

「まったく、ツキのせいで危ないところだったぜ」
「人のせいにしないで下さい」
「それよりもこんなに堂々と歩いて平気なんですか?」
「なにが?」
「麗華お嬢さまはご承知でしょうが、本来の目的である黒幕に怪しまれるのでは?」
「違う。むしろこうすることが自然なんだ。犯行を行おうとする人間は、当然だが一番にターゲットを警戒する。そして次に周囲に気を配るわけだが、このときコソコソ身を隠していると逆に警戒に引っかかる」
「なぜか?」
「警戒してる人間は、同じ警戒する者を探しているからだ。気配の糸を、手繰り寄せられてしまう」
「……そういうものですか」
「そういうものだ」
「しかし、自然にするというのも難しいですね」
「ま、そうだな」
「…………」
「…………」


麗華のあとを、黙って追いかける。

黙っている必要はないし、むしろ喋っている方がより自然なのだが、特別会話がない。

こいつと話すことが多いが、大抵がろくでもないことばかり。

普通の会話に限定してみると、ほとんど話してないな。


「そういや、憐桜学園に入学して思ったことだが」
「はい?」
「お嬢さまの喋り方ってのは、案外普通なんだな。確かに一般の学生に比べれば幾分丁寧だが……。『なんとかですわ』『ですのよ』なんて言わないだろ」
「一体いつの時代の話ですかそれは」
「生憎、お嬢さまってのは文献の中でしか知らなかったもんでな」

それだけこの国が歳月を重ねるごとに自由の国として確立されていった証拠なんだろうか。

妙や神崎なんかは、丁寧な喋りすら見せない。


「今でも伝統を重んじ、言葉遣いなども大切にする学園は存在します」
「そうなのか」
「私が通う学園なんかが、そうです」
「……お前、学生なの?」
「はい。とは言っても、休学していますが。書面上では学生です」
「なるほど……」


ちょっと意外な一面を知ってしまった。


「復学するつもりはないのか」
「ありません。これからもメイドとして働くつもりです」
「親後さんは納得してるのか、そのことに」
「お金が入るならいい、と」


分かりやすい両親だ。


「おい見ろ、ブティックに入るぞ」
「どうしますか」
「……よし、お前が行け」


あそこは女性専門のブティックだ。

オレが入ろうものならたちまち注目の的になってしまう。


「この格好でも問題ないでしょうか」
「ない」
「はっきり言いますね」
「だが、麗華に接触するようなことはするなよ?」
「わかりました」


……。


「ふう……」


ツキがブティックの中に消えるのを確認して、オレは一度辺りを見渡した。

どこにも怪しい気配はない。


「考えすぎだったか……?」


それとも、諦めたのか。

麗華を狙う大きな理由は、簡単に考えて二つ。

一つは言わずと知れた資産家の娘であること。

そしてもう一つは、ボディーガードを連れ歩かないこと。

リスクを最小限に、かつ見返りの大きいターゲット。

だからこそ、この街であんな大胆な行動を起こせた。

今は違う。

人数は最小限、おまけに学生であるオレだが、ボディーガードはボディーガード……。

つまり襲うにはリスクが付きまとう。

だから、麗華から手を引いた?

あるいは、黒幕など存在しなかったか。

なにか引っかかりを感じながらも、これ以上の危険はないという結論に達しようとしていた。

オレは街を見上げた。

高層ビルが立ち並ぶ、発達した街。

大きなデパートには大きなポスターが貼られている。


『平和。守っていこう。日本人』


そう書かれた、平和を願うポスターだ。

少年少女たちが無邪気に微笑んでいる。


「そんなものは、紙切れ同然だ」


吐き捨てる。

どこが平和なのか、なにを守っていこうと言うのか。

この都市が日本でも有数の安全な場所?

女の一人、満足に出歩けないこの街が、平和なはずがない。

誰もが目を逸らし、問題に向かおうとしていないだけだ。

電気店に映し出されたテレビ。

そこには禁止区域が上空から撮影されていた。

いつものことだ。

諸悪の根源はそこにあると、民に植え付ける一種の洗脳。

リポーターが街の人に意見を求めている。

音声は聞こえないが、字幕では禁止区域のことを話していた。


『なくなってくれればいい』

『いっそのこと、全員逮捕するべき』

『閉じこめてしまえ』


様々な意見は出ていても、望むものは一つ。

自分たちが、同じ種族同じ人間を差別している。

ヤツらが死のうと、心は痛まない。


「…………」


結局、世界から犯罪が消えることはないだろう。

実際に政府は、打てる限りの手を打ってきた。

少年法の大幅な見直し、罰則の強化、監視カメラの設置数、警官ボディーガード等の護衛育成。

それらにどれだけの効力があったと言う?

救った顔して、誇らしげにしてんじゃねえよ。


「くそ……まぁたなに考えてんだオレは」


空白な時間が出来るといつもこれだ。

オレがどう思ったところで、なにも変わりはしない。


「早く出て来いってんだ」


ガラス越しに中を見ると、まだまだ出て来る気配はなかった。


「女の服屋とトイレは長いって言うしな」


諦めて待つしかない。


──「入りたい、のか?」

 



「あ? よう神崎。珍しいこともあるもんだな」

 



「それはこっちのセリフだ、バカモノ」

「ここ、女の人が入る、お店」

「わかってる」

「ああ、そうかすまない。中で麗華お嬢さまがお買い物をされてるんだな?」

「さすがに、一緒には行けない?」

「私と同じってことか」

「なんだ、お前らもこの店に用か」

「ここは多くのお嬢さまが利用されるお店だ」

「どうりで高級臭そうなわけだ」

「それじゃあ、行ってくる」

「もし麗華と話すことがあっても、オレのことについては触れないでくれ」

「?」

「嫌そうな顔して待ってると、知られたくない」

「……わかった……」


口数の少ない神崎なら、軽く口止めしておくだけで十分だろう。

 



「休日に麗華お嬢さまに付き添い買い物とは、感心感心」

「なんだそりゃ」

「海斗のことだから、面倒だ、パス、と言い出しかねない」

「失礼なヤツだなお前は」


まさにそのとおりだが。


「ははは、すまない。けれど私自身、思うところがないわけじゃない」
「思うところ?」
「お嬢さまたちに確固たる規律がないことだ。憐桜学園の姉妹校では、ボディーガードは最低三人以上、あるいは平日の徒歩による外出を禁止している場所もある」
「そうなのか……」
「常識、なんだがな……」
「授業はほとんど聞いてなかった」
「知ってる」
「治安の問題ってヤツか」
「そうだ」
「オレはある意味、ここが一番危険だと思ってるがな」
「禁止区域のことか? しかし、それはどの県や都市にもあるだろう? 大なり小なりの違いはあるけどな」
「まぁな……」
「それに、確かに見境のない者が多いが、彼らは臆病であり無作為だ。だから、お嬢さまを狙おうという考えは持っていない」
「知りようがないよな、麗華たちが金持ちだとは」
「それに一部の話では、まもなく大きな強制退去及び強制収容を開始するとの話も出ている」
「なに!?」
「海斗の言うように、彼らがこの日本でもっとも危険であることは事実だ。何度も自治体を送り、仕事をしたり衛生面に気を配る配慮をしてきたのは知ってるだろう?」
「その度に手痛い仕返しを食らってたな」
「あぁ。そしてこの間の自治体の行動で、ついに犯罪に巻き込まれてしまうことが起こった」
「…………」
「おそらく、今年中には禁止区域がなくなるだろう。私個人の考えだが、そう思っている」
「……そうか」
「政府も重い腰を上げたということだな。これが成功すれば、この都市における犯罪率は7%以下にまで下がるとも言われている」
「そりゃすげぇ」


話が一段落し、オレが自然に視線を外すと、薫はブティックへと目をやった。

オレはもう一度テレビへと視線をやる。

番組は既に切り替わっていて、何気ないバラエティー番組を放送していた。


「年内……か……」


直感していた。

ある一つの答え、これから日本が辿る道。

恐ろしい時代がやって来る確信。

政府が強制退去の姿勢を貫き通し行動を起こすならば、間違いなく、幾百幾千もの犠牲者が出るだろう。

そしてそれは恐らく、避けられない。

争いが始まったとき、オレはどこでなにをしているのか。

大切ななにかを……失うのだろうか……。

今はまだ、なにもわからない。


……。


それからしばらくして、ツキが慌てたように出てきた。

 



「じゃあな」
「え? おい、麗華お嬢さまは?」
「心配ない」

 



「失礼します、南条さま」

「あ、あぁ……」


オレたちは遮蔽物に身を隠し、麗華が出てくるのを待った。

そして麗華が歩き出すと薫に手を振って別れた。


「な……なんなんだ?」


…………。

 

……。・

 

 

 

 



ブティックに寄ったあとは、駅前。


……。

 



ときどきナンパな男が話しかけることはあったが、オレが考えていた人物は一人も接触してこなかった。

 



「喜んでおきましょう。お嬢さまを狙う不届き者はいなかったということです」
「そう、だな」


自分の読みが外れたことには少しショックだったが、ここまで無防備にさせてなにもないのは、そういうことか。


…………。


……。

 



早朝。

学園に登校した頃から、奇妙な視線を受けていた。

麗華は特別気づいた素振りを見せない。

つまり、尾行しているのは素人じゃない。


「……誘い出すか。ちょっと待っててくれ。トイレ寄ってくる」
「わかったわ」


……。


「出て来い。つけてんのは誰だ」


背後に忍んでいる人間に声をかけた。


……。


「すぐ出てこないなら、こっちから行くぞ」


そう脅しをかけると、柱から影が伸びた。

 



「ぼ、僕だよ、海斗くん」
「なんだ雷太か。珍しいこともあるもんだな」


オレたちの同期で、共に訓練した男子生徒。

奥村雷太(おくむら らいた)がオレの前に現れた。

確か卒業試験で怪我をして入院していたはず。

もう退院したのか。

……そう思って振り返ると、終業式にいた気がする。

よくは覚えていない。


「まさか、麗華をつけてたってわけじゃないよな?」
「ち、違うよ。僕は君に用事があったんだ」
「オレに?」
「うん……」
「なんだよ、用事って。またアニメの話か? 悪いんだがそれだったら侑祈にあたれ」
「そうじゃなくて……その……」


もじもじと指を絡め、なにかを言いたそうにしている。


「……なんでもない」
「どこがなんでもない、だ」


明らかになにか言いたそうだったが……。

オレから追う必要もないだろうと思い、麗華のところへ戻る。

 



「今の雷太じゃなかった?」
「侑祈か」

 



「おはようございます、麗華お嬢さま」

「おはよう」

 



「なんだ、まだ生きてるんだ」

「まだ死ぬ予定はないわよ」

「明日くらい?」

「一体死因はなにになるのよ」

「えっと……転んで死んじゃう、とか?」

「それ、どれだけドジなの」


ジャレ? 合う二人を横目に、侑祈と話す。


「久々に雷太見たなぁ。退院したんだ」

「そうみたいだな」

「なに話してたんだ?」

「別に。なんか用事あるみたいだったけどな」

「また美少女系の話なんじゃない?」

「そういうのは侑祈にしろと、つくづく思うよな」

「俺も詳しい方じゃないけどなぁ……でも確かに海斗に話すよりはって感じはする」

「だろ?」


それに、雰囲気からするとそんな軽い話とは思えなかったが。

 



「ちょっと、お、押さないで妙っ……」

「転んで死んじゃえ! とぉ!」


妙の猛攻にあった麗華は、つんのめる形で足が出た。

前のめりに飛び出した上半身が、重力に導かれて大きく頷く。


「きゃ!」

「おいっ」


オレは咄嗟に腕を伸ばし、倒れこむ位置をずらした。


「うわわわ! か、海斗! なな、なんてことをっ!」

 



「なんてことを、っつーか、こけるのを阻止しただけだ」


両腕の中にすっぽりと納まった小さな身体。


「…………」

「うわ、うわ!」

「なんちゅーことを!」


一体なんだと言うのか。

褒められることはあっても、責められることじゃない。


「なあ、麗華」


オレは抱きしめた麗華に問う。

……抱きしめた?


「あ、あんた……」


こけなかったことに対する安堵の声……

ではなく、怒りに満ち満ちた震えるような声だった。


「……意図したことじゃない」


すぐに口から出た言葉が弁明の時点で、終わった気がする。


「わ、わかったから、離しなさいよ」
「おう……」

 



「あ、あれ……私、なんかいけないことした?」

「間違いなく」

「子供じゃないんだから、やめなさいよ」

「うん……ごめん……」


悪気があったためか、素直に謝る。


「教室、行くわよ」

「そうだな」


少しだけ気まずい中、四人で教室に向かった。


……。


そして放課後。

玄関口。

オレはいつものように下駄箱を開いた。


「…………」

 



「なにボーッとしてるの。早く帰るわよ」
「ああ……」
「下駄箱になにかるわけ? ひょっとして虐め?」
「ちげーよ」


普通に靴を取り出して履く。


「なんだ、画鋲が仕込まれてたり靴が隠されてたりしてるわけじゃなかったのね」
「残念だったな」


…………。

 

……。

 



部屋に戻ってきた。

オレは、さっきポケットに入れたものを取り出す。


「ラブレター、ってことはありえないだろうな」


白い封筒。

オレの靴の上に置かれていたものだ。

触ってみる限り、カッターの刃が仕込まれているといったこともない。

オレは念のためにと、ハサミで横口……つまり本来の開け口とは違う場所を切り開いた。

そこから出てきたのは一枚の紙。


「……やっぱ、ラブレターじゃねえな」


そこに書かれていたのは……『今すぐにボディーガードをやめろ』という文字。

だが、興味があったのはその次の文。

『やめなければ、お前の過去を暴露する』という添え書きだった。


「過去を暴露……ね」


オレを妬んでる人間が、学園内にいるとはあまり思えない。


「いや、そうでもない、か?」


麗華のボディーガードであることに対し、尊を筆頭とし反対している生徒は少なくない。

もしかしたらその中の一人ってことも考えられなくはないが。


「…………」


もしも、ことが公になれば、そいつは問答無用で追放だろう。

リスクを犯してまで、こんなことをするだろうか。

しかし、ほぼ間違いなく内部犯ではある。

一般の人間は、玄関口までやってくることなどまず無理。


「麗華に見せなくて正解だったぜ」


オレは机の引き出しからマッチを取り出す。

以前部屋でサンマを焼こうとして手に入れておいたものだ。

だが、煙が出ることで警報装置が発動することを知り、やめたのだ。


「始末してくるか」


……。

 



庭先で燃やし、手紙をなかったことにしておく。

残しておいて得することは何もない。

黒墨となった手紙が、ボロボロになって飛んでいった。


「よし──っが!」


──「よしじゃない!」


脳天が叩き割れそうな痛み。

 



「今なにを燃やしてたか!」


仁王立ちするツキが、後ろに立っていた。

相も変わらず気配を感じさせないメイドだった。


「ってぇな……頭が割れたらどうすんだ」
「今なに燃やしてたか!」
「なに怒ってんだ」
「いいから答える!」
「って! ホウキで叩くな」
「答えなければ今日の夕飯に燃えカスを混ぜて食べさせる」
「病気になるから、それな」
「素直に答えるのが身のため」
「テストのプリントだ。点数宇が悪かったからな」
「子供か」
「念には念をだ」
「今すぐ、一欠片も残さず集める」
「は? 無理に決まってんだろ」


すでに細々になった紙は、草の間や風の中だ。


「それでも集める」
「なんでそんなことしなきゃならないんだ」
「庭が汚れるからに決まってる」
「見た目にも変わりゃしねーって──っだから痛てぇよ」
「今すぐ掃除しないなら、棺おけに詰め込んで掘削機(くっさくき)で掘った地中奥深くに埋めてやる」
「目が座ってるぞ、落ち着け。つーか、よくわかったな、オレが燃やしてるって」


バレないように人気のない場所を選んだつもりだったが……

 



「屋敷の敷地内なら、どこでどんなゴミが生まれたかわかるから。あ、今2階の廊下に紙くずが落ちた」
「マジで!?」
「うそ」
「……殴るぞ? 女だが遠慮なく殴るぞ?」
「殴る前にゴミを回収する」
「そこまでして片付けたいなら、お前がやれよ」
「偶然の産物なら仕方ないけど……海斗の場合は明らかに悪意があったから、ダメ」
「拾わないと許さない」
「ったく……なんでオレがこんなことを」
「当たり前のこと」
「……くそ」
「下品な言葉をやめる」
「ウンコ! 便器いっぱいのかったいウンコ!」
「楽しいか」
「ツキが言ってくれたら楽しいかも知れない」
「ウンコウンコウンコ」
「オレが悪かった!」


その場に座り込むようにして頭を下げた。

ここまで下品なことを平然と言える女は他に知らねぇ。

新しい生物に出会ったような不思議な感覚だ。

うまく意思疎通を交わすことが出来るのか。

オレはおそるおそる人差し指を伸ばした。


「…………」


その意思を汲み取るかのように、この新しい生物も、人差し指を伸ばしてきた。

繋がり合う人差し指。

オレは今、まさにコンタクトに成功したのだ。

 



「掃除して」
「……そうだな」


せこせこと、散っていった燃えカスを集める。


「手伝ってくれないのか?」
「私は関係ない」
「わかった上で聞いてるんだ。人の血が通ってるなら助けてくれてもいいだろ? ってな」
「助けを求めるなら、それなりの代償か態度を見せてもらえないと、助ける気になれない」
「手伝って下さいツキさま」
「なんという棒読みか」
「お前の真似をしただけだ」
「……馬鹿にしてる?」
「してないしてない」
「海斗に言われなくても、掃除はするから。敷地内を綺麗に保つのは私の仕事」


そう言い、適当に歩いていく。


「よく目を凝らさないと見つからないぜ?」
「私はすぺしゃりすとだから」
スペシャリストねぇ」


ゴミを集めながら、ツキに目をやる。


「…………」


適当に歩いているようにしか見えなかったが、突如前屈みになると、ひょいと燃えカスを摘み上げた。


「すげぇ」


それも、一回や二回じゃなく、素早く何度も。

まるでどこに散ったかすべて把握しているような動きだ。


「何者だよ、お前は」
「天才?」
「異才ではありそうだな。あれだけの芸当が出来れば、世界を周れるかも知れないぜ」
「世界……悪くない」
「だろ? そうだな、コンビでも組むか? 海斗とその手下ってコンビ名で売り出そう」
「とてもコンビとは思えない。それに海斗はなにをするの?」
「お前のアシスタント。必死に掃除のスキルをアピールする横で、あーでもないこーでもないって指示を出してやるぜ。挙句の果てには、満足に客を集められないお前を石油王に売りつけて気ままな老後を楽しむぜ」
「頼もしすぎるアシスタント」
「だろ?」
「口ばかり動かしてないで手も動かして」
「……わかってるって」
「わかってないから注意してる」
「少しくらい楽しそうな話をしながらでもいいだろ」
「手を動かすなら」
「よし、なんか話してオレを楽しませろ」
「傲慢な男」
「好きに言え」
「どんな話がお好みか」
「お前のわき毛が濃いか薄いか聞かせてくれ」
「下ネタばっかり……私は」
「待て! 本当に反省した。お前が躊躇(ためら)いなくそんなことを言うことも間違いなく理解したから! だから黙れ」
「喋れと言ったり黙れと言ったり……」


これが麗華や彩なら止めはしないが、ツキの下ネタなど聞きたくもない。


「じゃあ、あれだ。お前がここで働いてる理由とか」
「お金がもらえるから」
「そんな極端な話じゃなくて、もっと理由があるだろ?」
「稼ぎがいいから」
「……話が続かねーだろ」
「それ以外に理由なんかない」
「じゃあ、稼いだ金はなにに使ってるんだ?」


強引にでも繋げていってやる。


「貯蓄」
「…………」


繋がりが切れてしまった。


「両親はどこでなにして働いてんだ?」


今度こそ繋げてやる。


「死んだ」
「……そうか」


繋げられない話だった。


「うそだけど」
「おいっ!」
「と、言うのがうそで……」
「どっちだよ」
「自分のことは誰にも話さないのに、他の人に対しては過去を聞く。それはどうか?」
「不満か?」
「不満」


素直に返された。


「聞かれて嫌なことは答えないが、聞きたいことは嫌がられても聞くのがオレだ」
「好き勝手な生き方」
「それが真情だ」
「終わった」
「あ?」
「もう、この辺りにはゴミは落ちてない」
「まだ全然拾えてないぜ?」
「私が拾った」


そう言って両手を少し広げた。

そこには燃えカスがびっしりとあり、ほとんど回収していたと言っても過言じゃなかった。


「ほんとに凄いな」
「早くゴミ」
「ああ」


オレが拾った、ツキの十分の一くらいのゴミを渡す。

煤(すす)のせいでツキの手は真っ黒だった。


「もう二度と火遊びはしないように」
「今度ケツにロケット花火を突き刺して遊ぼうと思ってたのに、残念だ」
「そのときは許可する。だから点火を私にさせて」
「お前にやらせるとケツを焼かれそうだ」
「容赦なく火あぶりにしてあげる」


無表情で、本気なのか冗談かわからないままツキは屋敷の中へと歩いていった。


「プロだな」


メイドと言うよりは、掃除の。


…………。

 

……。

 

早朝。

本来なら、まだ寝ているはずの時間帯。

 



「なにが悲しくて男とベンチに座っていなきゃいけないんだ」
「いいじゃないか。たまには清々しい朝日を観察するのも」
「オレには興味がない。部屋に戻らせてもらう」
「待て海斗!」
「……なんだよ」
「新鮮な空気を汚れた身体に流し込むんだ。少しは真人間に近づけるかも知れないぞ?」
「…………」
「無言で立ち去ろうとするな!」


立ち上がったオレの腕を引っ張ってベンチに引き戻す尊。


「男を隣に座らせてなに企んでやがる」
「失礼な男だな貴様は。僕が親切心だけで呼び出したのが信じられないのか?」


深々と頷く。


「僕は純粋な気持ちで──」


ギィ。


小さく玄関の扉が開く音。

 



「いらっしゃった……!」
「なにが」
「静かにしていろ!」


見つめる玄関口。

そこから出てきたのは、制服に身を包んだ麗華だった。


「あぁ……」


どっと冷めた。


「どこが親切心だ」
「な、なんのことだっ!?」
「朝から散歩してる麗華を見たかったんだな」
「違うっ! 断じて違うぞ、朝霧海斗!!」


動揺は見て明らかだった。


「お前、これはちょっと、ストーカーじゃないか?」
「僕がストーカーだと? ふざけるな!」
「あ、麗華がこっち向きそう」
「とうっ!」


バキッ!


「ぐあっ!」


一瞬、尊の腕が見えたかと思うと、座っていたベンチの後ろへとラリアットで吹っ飛ばされた。

 



「てめ……」
「静かにしろ。見つかってしまう!」


やましいことがなければ、別に見つかってもいいだろ?

言えば間違いなくまた殴られるから言わない。


「…………」


麗華が早く立ち去れ、と見ているんだろうか。


「小鳥さえずる時間に優雅に歩くあなたは、世界を眩く包む太陽よりも輝いています……」
「うわー」


「さて部屋に戻るか」
「何事もなかったかのように戻ろうとするな!」
「なんだ海斗。もうすぐ朝食だぞ?」
「悪質なストーカーは、昼間は善人ぶってるヤツが多いそうだ」
「しかし海斗は善人じゃないな」
「オレじゃなくてお前お前」
「僕がストーカー? やめてくれよ」
「あ、麗華」
「おっおっぱいございます!!」
「…………」
「…………」
「おっぱいございます、ねぇ……」
「貴様が焦らせることを言うからだ! どこにも麗華お嬢さまはいないじゃないか!」
「ストーカー尊」
「これ以上言うなら殴る!」
「よう麗華」
「おはようございます、麗華お嬢さま!!」
「……」
「き、貴様というヤツはぁ~!」
「麗華」
「麗華お嬢さまっ!?」
「うそだ」
「く~~~~っ!!!」
「麗華」
「麗華お嬢さまっ!?」


かなり、面白いかも知れない。


「これ以上からかうなら、僕はもう……!」
「僕はもう?」
「…………その続きを言わせたいのか?」
「なんとなく聞いてみたいな」
「それは──」
「なんだ麗華、そこにいたのか」
「今日もいい天気ですね麗華お嬢さま!」


「え?」


メイドに話しかける尊。


「…………」
「見間違いだったみたいだな」
「どこをどう見れば、おばさんメイドと見間違う!」
「顔とか似てなかったか?」
「全然似ていない! 天と地の差……酸素と毒素だ!」


「う、うぅ~!」


「しまった!?」
「あーあ。泣いてたなあのメイド。ひょっとしたら自殺するかもな」
「それは、それは非常に困る! こんなところで責任問題なんてことになれば、僕の将来に渡るプランが崩れてしまうじゃないか!」
「最低だな。その考え方」
「なにがあったとしても、貴様にだけは言われたくない」
「なんでだ」
「精神テストで逆満点だったじゃないか」
「あぁ、アレか」
「問一、横断歩道を渡れず困っている老婆を見かけたら?」
「背中から蹴り飛ばす。って書いたな」
「どう考えても渡る手助けをする、だろ。問二、コンビニで万引きをしている子供がいました。それを目撃したあなたはどうしますか?」
「自分も便乗して盗む」
「問三、道端で財布を拾いました。中には免許証やキャッシュカード、現金が入っていました。あなたはその財布を拾いどう行動しますか?」
「現金だけ抜き取り、あとは処分する」
「……これがふざけてるわけでなく、本心から書いてるんだから救えないな」
「全部正しいだろ」
「正しくない正しくない」
「オレの性格に問題があるとしても、さっきのメイドに対しては解決策にならないけどな」
「どうにかしろ」
「どうにかと言われてもな」
「よし、アレは海斗が無理やり言わせたことにしよう」
「人として問題があると思わないか?」
「心配ない。海斗なら影響はない」
「……最近つくづく思うんだが、よく主席で卒業出来たよな? まぁいいか。部屋に戻るぞ」


……。

 

 

「やはり、僕は病気を治しておくべきだと思うんだ」
「……まさかこの間の話か?」
「今朝のことでもそうだが、麗華お嬢さまを見るどころか名前を聞くだけで緊張と嬉しさに包まれてしまう。結果、冷静な判断力を欠落させてしまう以上、このまま放置しておくことは出来ない」
「一人で頑張れ」
「僕に協力しない気か?」
「前に協力したじゃないか」
「解決してないのに、あれで手助けしたつもりか」
「無駄だから諦めろよ」
「無駄かどうかは試さなければわからない」
「もうわかってるんだがなぁ」
「とにかく今日も一日付き合ってもらうぞ。まだ最終試験での借りを返しきってないからな」
「やれやれ」


オレに対していつまで貸しを引っ張るつもりなんだか。

最終試験。

非協力的だったオレは、尊徳たちの足を引っ張った。

全員で目的地店にたどり着かなければならないものだったが、チームから抜け出したせいで時刻ギリギリになってしまったのだ。

ゴールにたどり着くまでが完璧だったようで、幸いにもトップの成績をもらうことになったが、あと数分オレが合流に遅れていたら全員不合格だった。


「不合格になる予定だったこっちとしては、ありがた迷惑だったぜ」


もちろん合流せず全員を不合格に巻き込むことも出来たが、必死にオレを探し出していた、あのときの真剣な薫や尊を見捨てることが出来なかったのも事実。


「ほんとに面倒だぜ」


当分返せそうもない大きな借りに、首をがっくりと落とした。


…………。


……。

 



「な、なあなあ……アレ、どういう組み合わせだ?」

「残念ながら、私にも分かりかねる」

「剣と銃、野球とサッカー、テレビとラジオみたいな関係だもんな」

「最後のはどうかと思う、と言うか、全部微妙な関係じゃないか?」

「どれもライバルじゃん?」

「…………なんにせよ、プライベートであの二人が一緒なのは知り合ってから初めてだ。それも尊からなんて」

「携帯で撮っておく?」

「あとで怒られるからやめておけ」

 



「まったく、休み時間の僕になんの用だ?」
「それはこっちが言いたい」


目の前、オレの机に腰を下ろす尊。

正直言って目障りだった。


「隣のクラスの人間が、なにしに来たんだよ。それに彩のことはほったらかしにしてていいのか?」
「ちゃんと許可はもらっている。敷地外であればそうもいかないが、学園の中ならある程度自由はきくからな」
「なるほど、それはわかった。帰れ」
「全然わかってないじゃないか」
「男とこんな近くで顔を合わせたくない」


椅子に座ったオレとの距離は数十センチだ。


「……オレにそっちの趣味があるように見られるだろ」
「間違っても見られないから安心しろ…………」


ちら、ちら。


「…………」


ちら、ちら。


「なあ、お前、やっぱりストーカーだろ」
「なっ、なんだと?」


オレと向き合っているように見せて、横目の視線は麗華を追っていた。

その麗華は同じクラスの生徒と会話している。


「いや、お前の気持ちはわからないでもない。オレも昔、意味なく好きな子を目で追ったことがある」
「す──!? なにを勘違いしている、ふざけるな!」
「…………」
「僕はだなぁ、そう、貴様と会話をしに。たまには互いに娯楽的な内容で語り合ってもいいと考えた」
「どんな会話をしに来たんだよ」
「社会情勢だ」
「帰れ」


まるで娯楽的じゃなかった。


「でもお前、まるで相手にされてないよな。珍しい客人だってのに、麗華は話しかけてもくれないし」
「言葉を交わすことが全てじゃない。そこにいる、そばにいる安心感を与えるのが僕だ」
「自分で言うなよ自分で」
「む……もう5分も経過したのか」


やっと5分だ。


「僕を楽しませるようなことを言え」
「何様のつもりだ」
「立場を考えれば当然だと思わないか?
「同じ学園で同期でもあるのに、立場が違うのか?」
「優等生と劣等生」
「本当に容赦なく現実を突きつけるな」
「事実は事実」


こいつは一年前からなにも変わらないな。

自分が優等生であることを誇りと自慢にし、劣る相手には容赦なくその差を見せつける。

下の人間からしたら憎らしいことこの上ないだろう。

ただ、オレの見方は少し違う。

純粋な部分を持つ尊は、からかうと面白い。

これは出逢ったときから何気なく思っていたことだが、最近関わり合う時間が増えてから、よりそう思う。

とは言え、基本的には『鬱陶しい』。


「早く楽しませろ」
「ったく仕方ないな」
「僕がわからないような話はやめてくれよ?」
「じゃあ生涯童貞を貫き通した男の話をしてやろう」
「や、やめろっ」
「同じ童貞ならよくわかるだろ?」
「そういうことじゃないっ。下々な話をするのはよくないと言ってるんだ!」
「小せぇなあ。モノも器も」
「第一貴様はどうなんだ貴様はっ。僕と同じじゃないのか」
「なにが?」
「だから、だからだな……」
「童貞?」
「はっきり言うな!」
「残念ながら経験者だ」
「…………本当かどうか、確かめようはないがな」


強がりだった。


「別にいいけどな、どう捉えても」
「なんだ、なんなんだ、この敗北感は……」
「もう時間がないだろ、戻れ戻れ」
「確かにそうだな」


ようやく落ち着けそうだ。


「じゃあ昼食の件、頼んだぞ」
「前もって伝えてたかのように言うな。聞いてない」
「……どうしても僕たちと昼食をとりたい、そうだな?」
「そうじゃない」
「海斗。次の時間も僕に遊びに来て欲しいのか?」
「……あ、ああ……」
「うむ。よろしく頼むぞ」


……。


「はぁ……ドッと疲れた」


机にうつ伏せになる。

……尊のケツで机が程よく温められていた。


…………。

 

……。

 

 



「彩と昼食?」
「あぁ。ここに来てから一緒に食ったことがないと思ってな」
「去年から、学園では一緒になったことないけどね」
「そうなのか?」
「いつも家では一緒なのよ? 無理に学園でも一緒にいる必要はないでしょ」


……挙動が少し変だった。

どことなくうそをついたときの表情だ。

しかし追及することでもないので、流しておく。


「四六時中顔合わせてたら疲れる、か」
「そういうこと。それにあの子、私のことあまり好きじゃないしね」
「乱暴な姉だから?」
「そうよ」


当たり前のことのように、納得したように頷く。

「妹に対して私は厳しいから。だから、あんたの提案は──」
「いいじゃねえか」
「え?」
「彩が姉恐怖症だって言うなら、それを克服する機会を与えてやってもよ」
「簡単な問題じゃない。あんた兄弟いないの?」
「弟が十人」
「ず、随分……子沢山な家庭なのね」
「オレの息子は数億人」
「はい?」
「そりゃ精子だろ、って突っ込みくらいしろよ」
「それは精子でしょ」
「……すまん」
「謝るくらいなら最初から言わないで」


少しは恥じらう表情をして欲しいもんだ。


「弟って何歳がいるの?」
「なんだその弟って」
「あんたの弟のことに決まってるでしょ」
「オレは一人っ子ですが?」
「…………ほんと、あんた面白いわね」
「そう言ってる割に目は笑ってないな」
「なに逃げてんのよ」
「お前は手癖悪いからな」
「悪くさせてる原因があるから」
「イライラしてると老けるぞ?」
「だったら治す努力しなさい。その見下したような態度がムカつくのよ」
「そこがチャームポイント」
「あ、そ……」
「ちなみに、彩たちは食堂で待ってるはずだ」
「もう勝手に話を通してるってこと」
「そういうことだ。諦めろ」


…………。

 

……。

 

「あ、お姉さま」

「麗華お嬢さまっ」


二人が、ほぼ同時に駆け寄って来る。


「人気者だな」

 



「嫌味?」

 



「約束どおり、連れてきてくれたんだな」


小さく耳打ちしてきた尊から少し距離をとる。


「約束しなくても食堂には来るだろ。飯食いに」

「聞き直そう。許可は下りたんだな?」

「あぁ」


……賛成の意見はもらってないが、ここに来るまでに反論もなかったし。


「本当に、ご一緒してよろしいんですか?」

「あなたが構わないなら」

「はいっ。私は全然っ」


並んで二人は席につく。

 



「なんなら、麗華の隣に座るか?」

「麗華お嬢さまの隣っ!? ふんふふん!」

「鼻息荒いぞ」

「しかしそれは、色々まずいだろう。それに彩お嬢さまの隣に貴様を座らせることには一抹の不安がある」

「そうかよ」

「ただ、彩お嬢さまの対面に座らせてやる」

「自分が麗華の前に座りたいんだろ?」

「違う。海斗が彩お嬢さまの前に座りたいんだ」

「……好きに解釈してくれ」


もう、ある程度合わせよう。


「心配するな。今日はこれ以上貴様には頼まない」

「それは本当にホッとする。一抹の不安を言わせてもらうとすれば、今日『は』ってところだけだ」

「うむ。また近いうち協力してもらおう」

「勘弁してくれ……」


…………。

 

……。

 

例えば、勘違い。

あるいは一度きりの好奇心。

どちらでもないにせよ、似た類のものだと思っていた。

登校した朝、そこには一枚の手紙があった。

昨日とまったく同じものだ。

麗華や他のお嬢さまボディーガードがいるそばでは、さすがに中身を確認するわけにはいかない。

オレはポケットに忍ばせておき、あとで確認することにした。


「…………」


周囲に気配を配ってみるが監視しているような視線は感じられない。


「なにしてるの。早く行くわよ」
「ああ」


……。

 



こういったことは、初めてじゃない。

すっかり忘れてしまっていたが、訓練校時代にも同じようなことをされたことがある。


『お前はボディーガードになるべきじゃない』


そんな感じの言葉だったように思う。

犯人は、結局辞めていった生徒の一人だった。

誰よりも真面目だったが、実力が及ばず辞めざるを得なかった。

オレに対して怒りをぶつけたい気持ちは、理解出来なくはない。

必死に学ぶべき訓練にも身を入れず、ふざけた態度で望んでいたオレを疎ましく思うことは自然なことだろう。

それが、この学園にもいたというだけのことか?

……不純物。

その思考にはなにか、悪鬼ならぬ不純を感じる。

訓練を乗り越え進級した人間が、果たして手紙などという逃げ腰の手段をとるだろうか。

確かに麗華の前では言い出せないとしても、一人になるトイレなんかで言えそうなものだ。

面と向かって言えない臆病者……


「……姿を、見せられない人物……? まさかな」


オレを疎み辞めていった生徒の顔がぼんやりと浮かぶ。

簡単ではない。

いくら元生徒とは言え、この学園に忍び込み手紙を送り込むのは容易なことじゃない。

考えても埒があかないか。

危害が加えられない限り無視すればいい。

オレの過去を知ってるというが怪しいものだ。

入学直後のオレを知るものであれば、偽りの経歴を想像し、他者に植え付けることも出来るだろう。

それだけのことだ。


……。


柊教員がやって来た。

昨日はツキにうそをついたが、今日が本当のテスト返却日だ。

 



「それじゃあテストを返すわね。90点以下の人は追試をすることにしたから覚悟してね」


ハードル高っ。


「女の子の点数は口に出来ない決まりだから、気になる人は私の表情で判断することにしてね。朝霧海斗くん……はい」


苦笑い。

反応だけでも90点未満だとわかる。

確かこのテストは、50点くらいにしたはずだ。

返却されたプリントに目を落とす。

48点。


「だろうな」


最初に呼ばれてから、次々と名前を呼ばれていく。

苦笑いするか、笑顔かの二択。

つまり前者は不合格、後者は合格。

単純だった。


「南条薫くん」


笑顔。

当然のように合格だろう。


「二階堂麗華さん。はいっ!」

満面の笑顔。

誰もが満点だと確信した。

今回は名前順に呼んでるみたいだな。

ん? とすると、アイツが呼ばれてないのはなんでだ?

問題児、妙が呼ばれていない。

 



「錦織侑祈くん」

「うぃーす!」

「はいっ」


苦渋を飲まされたような表情だった。

プリントを見て、侑祈も渋い顔になった。


「自信あったのに」
「もう、また冗談ばっかり」
「えっ!?」


泣きそうな顔をして侑祈が席に戻った。


「以上です」

「え? 私呼ばれない!」

「……やっぱり、これ倉屋敷さんね」


ひらっとプリントを揺らす。


「名前が書かれてなかったから、0点よ」

「そんな! 名前がなかっただけで不合格なんて理不尽!」


普通だろ。


「心配しないで。名前が書かれてあっても……っ!」


泣きそうな顔。

 



「な、なによぉ……」


プリントを受け取る。


「うわ!」


腰を抜かした。


「私、0点取る人を見たの、初めてよ」
「なに公表しちゃってるの!」


どうやら、名前があろうとなかろうと0点らしい。


「酷いなぁ妙ちん」


そんな侑祈の手元から見えたプリントの点数は4点だった。

いくら掛け算しても0の妙と比べれば、お前のその点数は誇りに値するぜ。


……。