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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【7】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。


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……。

 

連続で手紙を受け取って、5日目。

ついに手紙が途切れた。

飽きたのか、これ以上リスクを背負えないと思ったのか。

 

 



「これで心配事もなくなったな」
「また玄関でぶつぶつ言って……」
「気にするな」


……。


だが、もっと早く、もっと危機感を持つべきだった。

手紙が途切れたということは、目的を放棄した場合と、達成した場合があるということに。


ざわ……ざわ……。

教室の周りが騒がしい。



「なにかあったのかしら」
「誰かがこっそり持ってきたドリアンが外気に触れたとか」
「それは一大事ね」


オレたちは教室に向かう。

 



「あっ……」


侑祈がオレたちを見つける。


「なにかあったのか?」


教室を覗き込もうとして、止められた。


「今ドリアンが充満してるから、開けない方がいいって」

「アホかお前。んなことあるわけないだろ」

「同レベルでしょ」

「…………」


気のせいじゃ、ないか。

周囲の視線が殆どオレ一人に向けられていた。


「どけ」

「ダメだって」


教室の扉を開こうとするオレの肩を掴む。


「離せ」

「う……」


威圧し侑祈を引き離すと、オレは教室の扉を開いた。


……。

 

別に、オレの机に花瓶が置かれてあったり、死体が転がってるなんてことはない。

もちろん異臭なんてしなかった。

 



ただ一つ……黒板に、殴り書きの文字。

オレは背筋がゾクリと凍りついた。

 



オレの後ろから、麗華が覗き込むのがわかった。

そして、ごくりとツバを飲む音。

それが鮮明に耳に届いた。

 



『朝霧海斗は人殺しだ』


そこには、ただ、それだけが書かれていた。


…………。


……。

 

 

 

 



一時間ほど遅れて、授業が始まった。

誰もがざわめきを消しきれず、浮ついたような雰囲気を濃く残していた。

 

 



「気にすることじゃない」
「あ?」
「どこの誰がやったかは知らないが、すぐに犯人は見つかる」
「なんだ、まさか慰めてるのか?」
「そうは思わないが、名指しされて良い気はしないだろう。内容が悪質なだけにな」
「まぁ、確かに」

 



「麗華お嬢さまは大丈夫ですか?」

「海斗なら、正直人殺しってイメージがないわけじゃないしね」

「は、はは……まるで気にされてない様子で……」

「大胆な行動をとった犯人に、興味はあるわね。十中八九、学園関係者ってことでしょ?」

「そう、ですね……悲しいことですが間違いないでしょう」

「お嬢さまだろうとボディーガードだろうと、悪と呼ばれる人間は必然的に存在する。オレも含めてな」

「ことがことだけに、あまりそういうことを言わない方がいい」

「別に。注目されるのはうざったいけどな」

「あんた、恨み買いそうな性格してるものね」

「悪かったな。つーか、少しはお前にも責任がある」

「私に?」

「お前は有名どころらしいからな……そいつのボディーガードの身にもなってみろよ」

「見事なまでに吊り合ってないわね」


ケロッと言うなケロッと。


「とにかく、もしもなにか困ったことがあったら言ってくれ。友人として力を貸そう」

「金がなくて……」

「金銭面では自分でなんとかしてくれ」

「なんて頼りがいのない友人だ」

「それは海斗だっ!」


薫のおかげ、と言うか……

多少なり重かった空気が軽くなった気がした。

しかし、今日の出来事は確実に真相へと導き出す一つのキッカケとなる。


…………。

 

……。

 

 



「とぅるり~とぅるり~らら~。とぅるりらら~とぅるりり~とぅる~るり~」
「妙にご機嫌ね。なにしてるの?」
「見てわからないか? 折り紙だよ折り紙」
「確かさっきの授業でテストが返ってきてたわね」
「テストは紙に、紙は紙にってな。出来た」
「あんた、不器用なのか器用なのかほんとわからない」


出来上がった鶴を見て、そう言った。

自分で言うのもなんだが、出来栄えは最高だ。


「学習能力が常人より遥かに高いからな」


一度覚えたことは大抵忘れない。

もっとも、会話や人の名前とかには自信がないが。

意欲的に覚えたことは忘れない……と訂正しておこう。

 



「それで何点だったの?」
「点は天に還れってな」


窓の外へ鶴を投げ捨てた。


「相当酷かったのね……」
「見たら目が腐るくらいな」


…………。

 

……。

 



熱く滾(たぎ)る衝動は、何者にも止められない。

そう、オレは自由な旅人。

お嬢さまのボディーガードだなんだと、束縛されたような生活はうんざりだ。

だから今、オレは一人で繁華街にいる。

無論本来であれば、学園から帰宅し屋敷で休んでいる頃だ。

だがいつまでも麗華のお守りなんてやっていられない。

オレはオレの意志で、そんな寂しい生活を脱却した。


「フリーダム!」


「はい。これ二匹の餌です。今時のボディーガードさんはお嬢さん方のパシ……いえ、お買い物もされるんですね。感心です」
「しばき倒すぞ?」


一気に現実に引き戻された。


「ありがとうございましたー」


「なんでオレが、こんなことをしなきゃなんねーんだ」

 



「確か、前にあんたを連れてペットショップに行ったわよね? 今日餌が来ることになってるから、引き取ってきて。私? 私は今忙しいの」


「自分のペットは自分で面倒を見るのが正しい飼い主のあり方だ」


今度麗華を驚かせるために、チーターを丸焼きにして料理として出してやろう。

変わった肉の味ね、と言った所で亡骸を見せてやれば、今後二度とオレに命令しようなんて思わなくなるぜ。


「…………」


麗華に殺される前に動物保護団体に殺されそうなので、あくまでもちょっとした頭の妄想ということで留めておく。


「少しくらい寄り道してもバチは当たるまい」


幸いにも前回のようにダンボールではなく、ビニール袋に片手で持てる分だけだった。

冷凍された肉が溶け始めたときが怖いが、そのときはそのときってことで。


……。

 



放課後の駅前は、やはり人通りが多い。

隅っこを歩いていても肩がぶつかったりする。

その度に睨まれるが文句を言われないのは、けしてオレの人相が悪いわけではない。


──「ちょっとなんですのあなたたちは!」


「ん?」


人通りの多い中、揉めているような声。

無視しようとしたが、その姿を見て思いとどまる。

 



憐桜学園の制服だ。


「僕たち芸能プロダクションの人間なんだけど、時間とらせないから少し付き合ってくれないかな?」

「ほらこれ名刺」

「そういうものには興味ありませんの」

「そう言わないでさ。こっちで話そうよ」

「は、離しなさいっ!」


おいおい、ボディーガードはなにやってんだ?

人の波を掻き分け、オレは男たちの前に飛び出した。


「なんだよお前ら」

「あぁ? あんたこそなんだよ」

「制服くらい知ってるだろ? うちのお嬢さまになにか用件でも?」

「……おい、ボディーガードだぜ」


小声で男に耳打ちする。


「ちっ……」


力づくで押してくる人間でもなく、二人は舌打ちをして人混みに消えた。

政府が行った改革も、まんざら役立たずってわけじゃないな。

ある程度良識常識あるヤツなら、暴力沙汰にならず引き上げることを学んだ。

もっとも、もっと常識のあるヤツなら憐桜学園の生徒に声なんかかけないだろうがな。

 



「どこのどなたかは存じませんが、助かりましたわ。私が美しいからと、どうも殿方は言葉をかけてくるので困ってましたの」
「お前のボディーガードは?」
「聞いて下さいます?」


なにか、嫌な予感がした。

そう思ったときには遅かったが。


「私今日は映画の鑑賞に参りましたの。もちろん我が屋敷には映画館にも劣らぬスクリーンを完備してますけど、醍醐味は違いますでしょう? それで二人のボディーガードを連れて来たんですが、この人混みの中はぐれてしまいましたの。主を見失うなんて、三流もいいところ」
「…………」


麗華や妙とは、また一味違うお嬢さまだな。

オレが持ってた偏ったお嬢さまのイメージを、そのまま現実に引っ張り出してきた感じだ。


「携帯は?」
「持ってませんわ。機械はあまり得意ではないの」
「威張ることじゃねえよ」
「ところで、あなたはひょっとして憐桜学園の生徒ではなくて?」
「ああ。そうだ」


一応、と思い生徒手帳を軽く見せる。

 



「なら丁度良くてよ」
「なにが?」
「私にお供しなさい」
「……は?」
「ですから、私にお供しなさい」
「どこに?」
「映画館に決まってるじゃありませんの」
「ふざけんな」
「今度襲われれば、私どんな酷い目に合わされるか……」
「さっき助けたのは気まぐれだ」


踵を返す。


「ちょ、ちょっと、本気ですの!?」


本気だ。

オレは放置して家路を目指す。


──「ねえ彼女、今暇してるの?」


「…………」


「なんですのあなた」

「ひゅう。気が強そうでいいねぇ、ちょっとお茶しようよ」


政府よ……もう少し頭のいい人間を増やしてくれ。


「これから映画を観に参りますの」

「じゃあ俺が連れてってあげるよ」

「結構ですわ」

「そういうなよ。ね? ね?」

 



「勝手に私に触れないで下さいます!?」

「いいからいいから」


ゲシッ!


「ぎゃあ!」

「消えろ。それとももう一回ヤクザキック食らいたいか?」


蹴り飛ばしたあと、軽く睨みをきかせる。


「ひ……!」


男は地面を這うように逃げていった。


「帰ったのではなくて?」
「ちょっと震えてるくせに、なに強がってんだよ」
「失礼な。私は震えてなどいませんわ」
「家まで送ってやる」
「冗談ではなくてよ。私は映画を観に来たんです」
「…………」


辺りを見渡すが、こいつを探してるボディーガードの姿はない。


「わーったよ。映画に付き合ってやる」
「なんですの。可憐な私を放っておけなくて? おーっほっほっほ!」

「うら!」


ゲシッ!


「キャ!」


威力は激減だが、女にヤクザキックをお見舞いする。

「な、なんてことしますの! 野蛮人!」
「気色悪い喋り方しやがって」
「き、きしょく!?」
「映画観るのか観ないのかハッキリしろ」
「あなたのような野蛮人といご一緒したら、私は末代まで恥を背負う事になってしまいますわ!」
「なら好きにしろ。もう絶対に知らん」


男どもが、ちらちらとこの女を狙っていた。

女もそれに気づき困惑した顔を見せる。


「わかり、ましたわ……あなたで手を打って差し上げます」
「ふざけんなよ?」
「なんでですの! 不服ですの!」
「……はあ」


別に悪気があってデカイ態度を取ってるんじゃないだろうが……。


「せめて口調をなんとかしろ」
「く、口調?」
「お嬢言葉を使うな、普通に喋れ」
「難しいことを仰いますのね」
「でなきゃマジで無視して帰るぞ」
「わ、わかりました……わ……」
「…………」


無理だな。


「で、どうすりゃいいんだ」
「…………」


女はスッと指で高い建物をさす。

どうやら映画館らしい。


「ボディーガードには、知らせないままになるが平気か?」
「心配いりませんわ。……心配いらないですよ?」
「違和感だらけだな」
「仕方ないじゃありませんの! 仕方ないですから! ……仕方ないですので、から、しません……か?」
「最後疑問になってる疑問に」
「とにかく、急いで下さいな。上映時間が近いんですの」
「権力でなんとかしろ。上映やり直せつって」
「それいいですわね」
「…………」


ぐいっ。


「きゃぁっ!」


オレは無言で女のロールした髪を掴んだ。


「痛たた……な、なにしますの! 乙女にとって命の次に大切な髪ですのよ! 野蛮人!」
「上映中のお客様に大変ご迷惑がかかりますので、無断撮影はもちろん、携帯電話の電源オフからお嬢さま一人の上映時間変更はご遠慮下さいませ」
「わ、わかりましたわ! だからお放しなさい!」


どうやら改心したようなので、釈放した。


「まったく、なんて自分勝手なヤツだ」


今どこかの画面の前からだろう。、お前が言うな、と言う批判の声が飛んできた気がするが気のせいだろう。

そう、悪人の自分以上の悪人を見たら、ちょっぴりいいヤツの行動をとってしまうような原理と同じだ。

金品を奪うが殺生はしない泥棒と人殺しも容赦なく行う泥棒が組んだらちょっと前者の泥棒はいいヤツに見えてくるだろ?


「あなた本当に憐桜学園のボディーガードですの?」
「疑うのかよ」
「ひょっとしたら、私をナンパしている男かも……」
「お前みたいな自己中を誰がナンパするか」


無人島に放りこまれたら真っ先に死ぬタイプだ。

いや、軽い男を引っ掛けて無駄に生きるタイプかも知れん。


「ドラマじゃ人気の出ないポジションだな」
「ドラマ?」
「こっちの話だ。ところでどんな映画を観に行くんだ?」
「ベルリンの屋根ってタイトルのラブロマンスです。わ」


壁……ではないのか。

ベルリンの屋根といわれても想像出来ないな。

 



「殿方にラブロマンスは理解できないかしら」
「そんなことはない」
「……本当ですの?」
「映画は少し疎いが、小説ならラブロマンスの博識王子と呼ばれたこともある」
「ベルリンの屋根をご存知ないのに?」
「それは知らないが、博識であることに違いはない」
「では、どういう作品を知ってますの? 私もラブロマンスに関してはうるさくてよ?」
「『昨日の天気雨にな~った』」
「なんと、あの隠れた名作をお読みになられましたの?」
「ああ。世間じゃあまり評価されてないが、起承転結のまとまりから、激しい恋愛模様まで濃く表現された作品だった」
「感心しましたわ。なら『百鬼夜行~悲しみ都会砂漠~』はご存知?」
「20回以上読み直した。冒頭はこうだ『あぁ都会砂漠……あなたがいてくれれば……』だろ?」
「か、完璧ですわ」


そんなこんなで、意外な共通点が見つかった。


…………。

 


……。

 

 

 

 



「はい、には~い」
「あ、すいません硬麺でお願いします。お前も?」
「に~かた~。はい、おまちどうさん」
「すいません替え玉下さい」
「たま~」
「お前も?」
「たまに~」
「どっちも堅麺で」
「硬い玉~」


迂闊だったのは、オレの方だった。

ベルリンの屋根と聞いて、勝手に映画の舞台だと決め付けていた先入観。

しかし実際は、ベルリンの屋根を用いて主人公の青年が作ったラーメン屋を舞台にした作品だった。


「くだらねぇ……」


とは言え、面白くなくても物語を完結させないと気がすまないタイプなので寝ないように意識をしっかり保つ。


「…………」


女は真剣に魅入っていた。

見たがっていた映画だから変な違和感もないんだろう。

話が合ったときには同志とも思ったが、この程度の脚本に満足してるようじゃ話にならないな。


……。

 



「どうして!? 私が都会の女だから!? 愛してないならそう言えばいいじゃない!」
「違う……そうじゃない! 僕は、僕は君がベタカタを食べられなくても愛してる!」
「ヒデキ……」


「…………」


わかる、わかるぜお前の気持ち。

だが抱きしめられないんだよな?

抱きしめたくても……。


「だけど……僕の手はベタまみれなんだよ……。年中油のついたドンブリを触っているから。普段でもベタベタなんだ!」
「関係ない! ネギも紅ショウガも、油も関係ない! 私はあなたとあなたの作るラーメンが大好きなの!」
「ノブヨ!」

 

「ぐす、すっ……」


隣で鼻をすする女。

オレも客が周りにいなかったら、ちょっと泣いてそうだ。

なんと奥の深い作品だろう。

ヒデキが大切にしてきたドンブリがゆっくりと落ちる。

だが、ヒデキは迷うことなくノブヨを抱きしめる。


「そばにいて欲しい。ずっと……」
「ゴマまみれになっても、嫌いにならない?」
「当たり前だ」
「汁が真っ赤になっても?」
「ああ」
「替え玉ばっかりして、汁がなくなっても?」
「そんな君だからこそ……僕は……」
「ヒデキッ」


二人が抱きしめ合う。

ゆっくりと引いていくカメラ。

なんて感動的な演出だろうか。

日頃は小説を好むオレだが、映画も素晴らしい。


…………。

 

……。

 



「いや、実に素晴らしい作品だった」
「映画館でグッズを買わず、小説を買う方を初めて見ましたわ」


映画を見終えたあと、オレは女を引っ張って本屋へと案内させた。

この感動を書物でも味わいたいと思ったのだ。

そして前編後編をまとめ買い。

ちなみに資金源はクレジットカード。

ペットの餌を買う際に受け取ったものだ。

少しくらい使ったところで、気づきゃしないだろ。

解凍されはじめた肉が臭って来ていたので、ビニールを3重にして臭いを閉じ込めた。


「あら、あそこにいるのは私のボディーガードのようですわ」


遠くにスーツで身を固める男の後ろ姿が見えた。

辺りを見渡してるってことは、この女を捜してるってことだろう。


「じゃあ、オレは帰るぜ」
「お待ちになって」
「なんだよ」
「出会ってから何時間も経過してますのに、私たちお互いの名前も知りませんわ」
「そういやそうだな……」

 



「私の名前は、鏡花。本来なら、私から名乗るなど例外中の例外ですのよ?」
「オレは海斗だ」
「どこかで耳にした名前ですわね……」
「お前のボディーガードに聞いたりするなよ? オレは色々と問題児として見られてるから」
「確かに、そのようですわ」
「じゃあな」
ごきげんよう


……。

 



「…………」
「はぁ、はぁ、はぁ、捜しましたよ鏡花さまぁ」
「臭い!」
「え? そ、そうですか? はぁ、はぁ……」
「肥満の体臭というのは、耐えられないわ!」
「今からなら30分後の上映に間に合いますけど、はぁ」
「臭いから近寄らないで、このブタ!」
「ひ、酷いっ!」
「それに私、もう映画は鑑賞しましたの」
「ええっ! お嬢さま一人で!? タッチスイッチ式の自動ドアをいつまでも理解できず故障してると社長を呼び出してクビにしたあのお嬢さまが!?」
「あなたもクビになりたいの?」
「めめ、滅相もないですっ……はぁはぁ」

 



「ところであなた、私を捜してたと言う割には、なにやら手荷物が増えている様子ですけど?」
「ちょ、ちょうど決算セールやってて……方は古いんですけど美少女フィギュアが格安で──あぁーーーっ! 僕の大切なフィギュアが!!」

 



「いつまでも人形を愛でてなさいブタ。あなたもあなたで……なにやってましたの杏子。クビにされたくて?」

「なんか物腰が柔らかくて気持ち悪いな」

「い、いつもどおり厳しい、はぁはぁ」

「うるさいデブ」


ゲシッ!

 



「あばっ! け、蹴ったなぁ! 鏡花お嬢さまならともかく、お前が僕を蹴るなよぉ!」

「死ね。いっそ車に撥ねられて死ね」


──ッ!!


「ぎゃー!」

「雷太、男は皆、私に服従し生きる生き物よね?」

「は、はひ……」

「なら私に従わない男がいるとすれば、それは一体どういうことなのかしら?」

「そんな男は、存在しませんです……あぁ……僕のフィギュアの腕が折れてるぅ」

「そう、存在しないはずですのよ」

「なんなの?」


…………。

 

……。

 



「それで? どうして帰りが遅くなったの?」
「だから何度も説明しただろ? 熱中症に襲われて休んでたら遅くなったって」
「まだ春先よ」
「不運なこともあるもんだな」
「百歩譲って、熱中症だったとしても、クレジットから余計な出費が出てるのはどうしてかしら?」
「…………」
「…………」
「それは、あれだ。勘違いだ」
「文圏堂にて、ベルリンの屋根上下巻」
「く……」
「調べれば簡単にわかるのよ? まだ白を切るって言うなら監視カメラで調べてもいいけど?」
「そういう本を買った記憶がないわけでもない」

 



「大体あんたは──」


それから小一時間、オレは説教を受けた。


…………。

 

……。

 

 

この世で一番大切なものがなにかと聞かれたとき、迷わず『自分』だと言える人間は正しい。

親友や恩師などと答えるヤツは万に一人もいないだろうが、よく耳にするのは『家族』『恋人』と答える人間である。

『恋人』と言うのは論外だ。

愛する人間など、その人物に限ったことではない。

その場では彼女(あるいは彼)だけと言いながらも、そんなものが守られる保証など明日にすらない。

怠惰、浮気、離婚、綻びはどこにでも存在している。

では家族はどうだろうか。

それも、血が繋がった両親や息子娘たちなら?

……もちろん論外だ。

赤の他人よりは信頼出来るかも知れないが、例え家族であれ心の中でなにを考えているかなどわかりはしない。

結局、残るのは自分だけ。

だからこそ、自分だと物怖じせず言えるヤツは正しい。

 



ある男は言った。


「今のお前は、私に生かされている。今のお前は、一人では生きていけない」


間違いのない事実。

男は、ことあるごとにそれをオレに言った。


「生き抜くためには、力と運、そして宝がいる」
「たか……ら……?」
「そうだ。宝とは、自分を支えて行く上で必要なもの。非情さや冷酷さと言った心の強さ、あるいは権力や支配力、金と言うこともありうる。俺の宝は、すべてここだ」


男は、大きくゴツゴツした手の平で、横にある大きな金庫に手を置いた。

男が世界でもっとも大切にしているもの。

中身がなにか、オレは知らない。

だが確かにそこには、男の宝がある。

金庫に触れようとすれば、男は容赦なくオレを殴り飛ばした。


「力を身につけろ。自分が必要だと思う宝を手に入れろ」


何度も、何度でも言う。

心に刷り込むように。

安らかでいられるはずの夢にも、現れるように。

濃く深く、男は刻み込む。

幼いながらにオレは悟った。

男は待っているのだ。

いつの日か、オレがその金庫を奪いに来るのを。

敵として相まみえることを望む狂人。

狂人だ。

だからオレも望む。

この男を殺し、かつオレは宝を欲しないと。

 



あの日、あのとき、だからオレは……


…………。

 

……。

 



「あ……」
「…………」
「失礼しました」


……。


──「待て、淫乱メイド。テメェなにしてやがる」

 



「まだ特別なにも。本能が逃げろと告げましたので……」
「つまり本能がオレを恐れた、と?」
「調子に乗らないで下さい。海斗さまのどこを恐れる必要があると仰いますか」
「矛盾してるじゃねえか」
「最強の私と最高の私、どちらが勝つと思いますか」
「……さぁ」
「でしょう? この世は矛盾不純物汚物だらけなんです。それでは、日本汚物代表の海斗さま、失礼いたします」
「待ってくれ、日本不純物代表のツキよ」
「どうかしましたか汚物野郎」
「その手に持ったスポイトはなんだ」
「これですか」


スポイトのゴム状の部分をギュっと握る。

ピュー。


「熱っ!!!」
「寝起きドッキリ、超高温熱湯スポイト」


ピュ、ピューッ。


「熱っ!! あっつ!! あち、あち、あちぃ!!」
「たかだか100℃で大袈裟な」


ピュピューッ。


「あっち! ちょお前、やめ、熱!」

 



「補充補充と」
「補充するな!」
「予めお答えしておくと私は別に熱湯を飛ばしたくて来たんじゃありません」


わかりやすすぎるうそだった。


「明日はお前の部屋に忍び込んで、スポイトに入れた唾液をお見舞いしてやるからな」
「私の部屋は24の鍵によってロックされてますから」
「甘い。チーズケーキより甘いとはそのこと。オレのホルスターに取り付けられたキーピックが火を噴くぜ」
「電子ロックですが」
「……あ、そう」
「じゃ。しっかりと起きるように」


最近大人しくなったと思ったら、これだ。


「……しかし……」


不満を垂れ流しながら起きたオレは、ふとした疑問に小首を傾げた。


「すげぇ悪夢見てた気がしたんだけどな」


もう思い出せなかった。

怪我の功名と言うか、なんと言うか……。

今回だけは勘弁しておいてやるか。


…………。


……。

 



「でりゃ、どら! とと、そらぁ! ここでトドメのラッシュ!」

「残念だな侑祈。その猛攻は私には通じない」

「今日こそは小手先技術をかわして、殴りこむ! おらっ! っぁー、くそっ、負けた……」

「いつもいいところまでいくが、負けは負けだな。ただパワーを使えばいいってもんじゃないぜ?」

「くそう……昭和の力士特攻丸が負けるなんて……」

 



「……なにしてるの?」


休み時間の教室、後方からオレたちに話しかけてくる無粋な女がいた。

振り返ると、オレのプリンシパル傲慢女が、美しい湖で優しくさえずるオレたちをライフルで狙っているかのような鋭い目で冷ややかに見つめていた。


「なに、その紙の人形?」

「あ? 見れば単純明快、わかるだろ? 誰もが知ってる紙相撲に決まってるじゃないか」

「紙相撲? そう言えば、随分昔の遊びだったわね」

「良かったら、麗華お嬢さまも参加します?」

「要するに、机を叩いて相手の紙人形を倒せばいいのね?」

「はい。本当は人形を手作りするのが一番なんですが……時間もありませんし、よろしければ私の鳳凰竜をお使い下さい」

「へぇ……いいわ。やってみる」

「相手してやれよ侑祈」

「でも、真剣勝負では手が抜けない男よ? いくら麗華お嬢さまと言っても、全力でやっちゃうよ?」

「当たり前よ。手なんか抜いたら殺すわ」

「こ、殺されるのは困ります」

「じゃ座るわね」


スッと薫は席を立ち、その場所を麗華に譲る。


「どこかの融通のきかない男と違って、さすがは麗華お嬢さまですね。いいノリです」

「だから、オレはお前とは試合しないんだよ。すぐムキになって人の人形壊すだろうが」

「ふんっ。どうせ改造人形なんだろ? 違法男め」

「どんな改造だそれは」


呆れながらも、薫にやり方を教わる麗華に視線をやった。

 



「机の両端を、こう軽く叩くと、人形が中心に寄ります」


とととと、と軽く机を叩く。


「あとはタイミングと力加減で相手を倒すか土俵の外に押し出せば勝ちになります」

「わかったわ」


紙相撲を制するのは、単純な連打やパワーではない。

タイミングを計り、相手を出し抜ける者。


「では恐縮ながら私が……はっけよーい、のこった!」

「うらああ! 蒙古蒙古蒙古ぉ!!」


……なぜモンゴル?


「猛攻、って言いたいんじゃないか?」

「……なるほど」


凄い勢いで麗華の操る鳳凰竜に向かっていく特攻丸。


「…………」


麗華は慌てることなく、右側を多く叩く。

ひょい。

そんな音が聞こえそうなほど軽やかな動きを見せ、突進してくる特攻丸をかわすと、軽く横から突き出した。

コテッ。


「あ、勝てた」

「俺の特攻丸が初心者に負けた!!」

「それも秒殺」

「案外簡単なのね」

「こいつの腕と人形が悪いせいもあるけどな」

「次はどっちが相手?」


どうやら、続けてやりたいらしい。


「相手してやれよ」

「しかし人形が……」

「俺の特攻丸貸してやるって」

「それだと勝負にならないからな」

「ひどっ!」

「仕方ないな。オレの闇のサンタクロースを貸してやる」

「あんた、サンタ好きね……」

「好きじゃないけどな」


オレは人形を手渡す。


「なにそれ……力士じゃなくてほんとにサンタみたいね」

「前に、子供たちに混じって紙相撲をしたことがある。そのときにチートチートと叫ばれたほどの恐ろしい人形だ」

「ちーと?」

「まぁ、反則なほど性能の高い人形と言うことだ」

「けど人形の良し悪しじゃ決まらないでしょ? 私の鳳凰竜も形や動きはいいみたいだし」

「……わたしの鳳凰竜です……」


慌ててフォローするが、隣にいたオレにしか聞こえなかった。


「なら遠慮なく借りよう」

「全力で倒せよ? 使い手が違っても、今オレのサンタクロースは98連勝中だ」

「やれる限りはやってみる」

「じゃ、はっけよーい……のこった!」


……。

 



何気ない日常。

つまらないはずなのに、どこか満たされる日常。

続くならいい。

こんな日常が。

閉じた口元から薄っすらと笑みを浮かべる。

なにかをしているわけでもなく、楽しかった。

今なら少し緩やかになれそうだと、そう思った。


コテッ。


「あ……」

「やった、私の勝ちね」

「薫ーー!!!」


…………。

 

……。

 

「なにをやらせてもグズだな、お前は」
「ご、ごめんなさい……今度はちゃんとやりますっ……」
「今出来ない者が、次にやれる根拠はなんだ?」
「こ、こんきょ?」
「根拠とは、存在の理由。私にはあって、お前にはないものだ」
「ごめんなさい! だから殴らないで!」
「殴られるのが嫌か?」
「殴られるのは、痛いよ……」
「そうか」


──ッ!!


「あ、ぐっ!」
「殴られるのが嫌なら、いつまでも殴ってやろう」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「謝るな。どうして言われたとおりにしない」
「だ、だって──」


──ッ!!


「げほ、げほ、ごほっ……!」
「早くしろ。一番苦しんでいるのはお前じゃない。後ろで殺されるのを待っている、ソレだ」
「う、うぅ……」
「可哀想なんて思うな。ソレはお前の食事を奪った、貴重な食べ物をだ。許せば、また繰り返される。強者は弱者の匂いを的確に嗅ぎ分ける。早くしろ。また殴られたくないならな」
「う、う……ごめん、ごめんよぉ……。僕……もう、痛いのは、嫌なんだ……。う……うああああああ!!」


──ッ!!


「もっとだ。もっと強く。頭を的確に叩き潰せ」
「あああああ! ああああああ!!」


──ッ!!

──ッ!!


……。


「はーーはーーはーーっ……」
「そうだ。よくやった」
「はーーっ、はーーーっ……」
「次からは心を取り乱すな。泣くな。騒ぎ立てるな。静かに冷酷に、残酷に殺せ」
「はーーー、はーーー」
「そのミンチになった肉を食うなり捨てるなりは、お前の好きにすればいい。それが学ぶことだ」
「はーーー、はーーー」
「もう何度も教えただろう? 食べ物が欲しければ、奪え。殺戮に駆り立てられるなら、殺せ……とな。金も、地位も、人としての尊厳もお前にはない。しかし、俺は全て持っている。欲しいと思うならいつでも、俺から奪ってみせろ。命の保証がなくてもいいのなら、いくらでも」


…………。

 

……。

 

 



「あぁ、目覚め悪ぃ……今日一日はついてなさそうだな」


今日は出来る限り大人しくしておこうと決めた。


……。

 



「あ、年中暇で無能なタダ飯食らいの男発見」
「そんなグータラこの屋敷にいたか?」
「ここにいる」
「ここ? どこだよ」
「ここ。ここ。つんつくつん」
「マシュマロのようなオレの頬を突くな」
「どこがマシュマロか。うわ、油でベトベトに」


ごしごしとハンカチで指先を拭う。


「誤解されるからそういう表現はやめろ」
「こんなところでなにしてるか」
「ちょっと新鮮な空気を吸いにな」
「自室は海斗の体臭で汚れきってるから?」
「本当に容赦ないな、お前」
「真実しか物申さない口」
「どこがだ。10に1しか真実話さないだろ」
「それは、えっと、ほら、なんとか海老丸ってヤツのこと。ですよね?」
「なんでオレが海老丸って名前になってんだよ」
「名前忘れてしまいました」
「朝霧海斗さまだ」
「そうそう。海老丸さま」
「ぜんぜん聞いてねえな、お前」
「とにかく、庭の空気……もとい地球の空気をあまり汚染しないで下さいね。地球破壊の35%は海老丸の責任らしいですし」
「エコ大王と呼ばれたオレに対する発言かそれは」
「エロ大王?」
「そう言われる気がした……」
「じゃ、私は忙しいから」
「だったら最初から話しかけるなよ」
「寂しいのかと思って」
「寂しくねーよ!」


こいつは本当に人を怒らせる天才だな。

何事もなかったかのように、てくてくと庭の奥へと姿を消した。

どうせ清掃でもするんだろう。


「暇だな……」


ちょっと、麗華のところにでも行ってみるか。


……。

 



普段、必要外に麗華と話したりしないからな。

たまにはオレから交流を深めてやってもいいだろう。


「入るぞ」


ノックせずにドアノブをまわす。

鍵はかかっていないようで、すんなりとドアノブは開いた。

 

室内に入ると、そこにはあることに夢中の少女がいた。

その姿を見て呆然と立ち尽くしてしまった。

 



「……胸を揉むと女性ホルモンがたくさん分泌されて、それで胸が大きくなる……ほんとかしら」


なにやら独り言のように呟きながら、自分の小さい胸、つまるところ貧乳を揉んでいた。

部屋に入られているのに気づかないとは、よほど集中している証拠だが。

そばに置いてある本は、胸を大きくする秘訣でも書かれてあるのか。

 



「ん……いっ、いたた……」


苦悶の表情を浮かべる。


「大きくなるどころか、痛くなる一方ね」


どうやら今回が初めてではないらしい。

日頃強がってはいるが貧乳が悩みなのだ。

大きければ、確かにそれだけで揉み応えは最高だ。

しかし男あっての話で、女だけの場合巨乳をなぜ望むのか……。・

一瞬疑問だったが、男の例に例えるとなんとなくわかる。

侑祈や尊は、自分が小さいことをネックに思ってるしな。

女の中で胸は男の性器とイコールしても過言じゃない、か?

どちらにせよオレにはわからない悩みだ。

大きかろうと小さかろうと。

もっとも、からかうという意味では面白そうだ。


「えっ……」


ようやくオレの存在に気づいたのか、視線が上を向く。


「涙ぐましいものを見てしまったぜ」


熱くなった目じりを拭うと、濡れていた。

 



「な、なにしてんの!?」
「ちょっと暇だったから様子を見にな。そしたら、まさか一人ほそぼそバストアップを図っているとは」
「っ!?」


慌てて本を隠すが、時はすでに遅い。


「心配するな。誰にも言わないから」
「なんで携帯取り出してるのよ!」
「いや、今日の日記を忘れないうちにつけておこうと思ってな」
「今つけるな!」
「印象の強いことほど、詳細に覚えておくためにだな」
「…………」


肉食獣も逃げだす形相でにらまれる。


「じゃ、オレはそろそろ部屋に戻るか」
ソナタカナタ! 包囲!」


「ふーーーっ!」

「ふーーーー!」


素早く飛び跳ねた二匹が、オレのズボンに噛み付く。


「オレの一張羅が!」
「うちが用意してあげた服じゃないの」
「オレが来てるんだからオレのだろ」

 



「気にしないでいいわ。全身ぼろぼろになったら新しいのあげるから」
「ぜ、全身をぼろぼろにする予定はないんだが?」
「そう? 私の中には予定にあるわよ? それも今からね」


「ぐあああああああああああああ!!!」


その後、二度と息子が勃たないのでは?

と医者に相談したくなるほど、強烈な一撃で股間を蹴り上げられたとさ。


…………。

 

……。

 

「……ん?」


朝。

眠りに落ちていたオレだが、微かな気配に目が覚めた。

小さく、ガチャ、という音が聞こえた。

誰かが無断で扉を開けたのだ。

無断、平然、というキーワードを上げると、ツキが思い浮かびがちだが、そうじゃない。

あいつが部屋に侵入する時には、もっと気がつかなかったりするもんだ。

ゆっくりと侵入者が入ってくる。

オレは薄目で相手を確かめた。

 



「…………」


それは予想外の人物。


「起きろ、もう朝だ」
「……なんだよ」


今起きたかのように振る舞う。


「少し貴様に相談がある」
「相談?」
「いつも、洗濯物は室内に置いておけば、メイドが運んで行ってくれるだろう?」
「そうだな。それがどうかしたのかよ」
「今日一日、僕の衣類を貴様の衣類として置いておいてくれ」
「なんで」
「理由は聞くな」
「断る」
「なぜだっ。貴様に影響はないだろっ。ただ自分の衣類と一緒に置いておけばいいんだっ」
「なにかあるから、オレんとこに来たんだろ?」
「そ、それは……」
「丁寧にビニール袋なんかに入れやがって」


オレはのそりと起き上がり、それに手を伸ばした。


「触るなあああああああああああ!!」
「…………」
「触るな」


今さら普通に言い直されても意味がない。


「お前、なにをやらかした?」
「なにもない」
「その露骨すぎる反応に裏がないなんてうそだ」
「よしわかった。僕も男だ、これで黙っておいてくれ」


スッと万札を差し出した。


「金で買収するのが男かよ」
「不服か。衣類を置かせてもらうだけで1万だぞ?」
「……じゃあ中を見せろ」
「男が履いていたものを見たいのか貴様は」
「履いてた、ねぇ」
「あ、いや……着てた、だったな」
「まさかウンコでも漏らしたとか?」
「汚いな貴様は。そんなわけがないだろう」


反応が普通ってことは、違うか。


「とにかく預かってくれ」
「わかったわかった。じゃあそこに置いといてくれ」
「よし」


洗濯カゴの中にビニールを置く。


「くれぐれも中身をチェックしようと思うな?」
「んな面倒なことするかよ」
「ではな」
「…………」


……。


「そんなわけないだろ?」


オレは素早くビニール袋に手を伸ばした。


──「直後に調べに走ってないだろうな?」


「いっちに、さんしっ」
「…………」
「なんだ尊。人を疑ってるのか?」
「いや……。ちょっと疑いすぎてたようだ」


……。


「なんとあ誤魔化したか」


オレはもう一度腕を伸ばす。


──「やはり信用ならんな」


「にーにっ、さんしっ」
「……さっきから、なにをしてるんだ」
「見てわかるだろ。朝の準備運動だ」
「貴様が着替え終わり部屋を出るまで、ここで待機させてもらう」
「オレのフルチンが拝みたいのか?」
「なんと言われようと僕はここに残る」
「ちっ……」


その後、フルチンを披露してから着替え終えた。


…………。

 

……。

 

 

 

 



ひそ、ひそひそ。

学園から戻るなり、オレはメイドたちに注目されていた。


「なんだ?」


学園でも注目ならついに屋敷でもか?

と思ったが、学園とは180度雰囲気が違った。

 



「おかえりなさいませ」
「なんかあったのか?」
「なにがでしょう」
「やたらオレを見て、ひそひそ話が聞こえるんだが」
「さぁ……私には精子しかねますが」
「は?」
「え?」
「いや、今なんて言った?」

 



「さぁ……」
「そのあとだ」
「理解しかねますが、と」
「そうだったか? 本当に?」
「はい」
「聞き間違いならいいんだ。じゃあな」
「あ」
「なんだよ」
「今晩のデザートにミルクセーシが出るそうですよ」
「…………」
ミルクセーキ
「おい、一体なにがあった」
「存じませんが」
「うそつけや!」


オレはツキに詰め寄った。

 



「に、妊娠するぅ~」
「…………」
「人参すきー」
「強引だろ」
「落ち着いて下さい」
「落ち着くのはお前だ、やたら精子精子と……」
「男性として自然の原理だと思います」
「だから、それはなんのことだ」
「男らしすぎます」


ダメだ、オレには話の内容についていけ……そこで今朝のことがフラッシュバックする。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「起きろ、もう朝だ」
「……なんだよ」


今起きたかのように振る舞う。


「少し貴様に相談がある」
「相談?」
「いつも、洗濯物は室内に置いておけば、メイドが運んで行ってくれるだろう?」
「そうだな。それがどうかしたのかよ」
「今日一日、僕の衣類を貴様の衣類として置いておいてくれ」
「なんで」
「理由は聞くな」
「断る」
「なぜだっ。貴様に影響はないだろっ。ただ自分の衣類と一緒に置いておけばいいんだっ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 



「あいつまさか……」
「孕まされたと噂されるので、私は行きます」
「一つ聞かせてくれ。もしかして、オレの部屋から洗濯物を回収したときビニール袋に入ってたヤツに、なにかあったのか?」
「いえなにも。精子なんてなにも」
「わかった」
「……認めた?」


……。

 



一枚の扉の前。

オレは怒りを内に秘め、立ち尽くしていた。

なら、なぜすぐにでも踏み込まないのか。

ここで怒りを撒き散らしたとして、オレが満足出来るかどうかを悩んでいたのだ。

例えフルチンマラソンをさせたとしても、オレが納得出来ない可能性は高い。

 

 

そう、耐えるんだ。

今は耐えよう。

ちゃんとした復讐の機会を待つべき。

深く頷く。

強く握りこんだ拳を引き戻し、自室へと戻った。


…………。

 

……。


「って、無理に決まってんだろ!」

 


ドン!


扉を叩き、中の住人をたたき出す。


「なんだ、誰だ?」


不審な顔して変態が廊下に出てきた。

 



「よう」
「っ……どうした。今僕は忙しいんだが?」
「お前、今朝のビニール袋に精子入りの下着が入ってただろ」
「せ!? ななな、な、なにを根拠に! まさか、メイドたちがそんな下々の下品な言葉を口にするとは思えないし……」
「世の中には、摩訶不思議なメイドも存在するんだよ」

 



「す、すまないっ……今朝の僕はどうかしてたんだ。起きた直後にも関わらず夢見心地状態だった。まさかこの僕が、夢精するなんてっ」
「…………」
「さ、さぁ赤裸々に告白jしたんだ、もういいだろっ」
「今のでオレが納得すると思ってんのか?」
「不真面目エロの名を欲しいままにする海斗なら、夢精したことがバレても影響はない。だろう?」


オレはポンと肩を叩いた。


「理解してくれたか」
「お前は、本当にすげぇよ。最近オ〇ニーしてなかったのか?」
「そ、そんなこと聞くなっ!」
「夢の中の相手は麗華だったのか? ん?」
「なな、なっ!?」
「どうやら図星のようだな」
「まさかそのことを口外するつもりじゃっ! ただ僕は、アソコを踏んでいただく夢を見ただけだ!」
「前々から薄々感じてたが、お前Mだな」


確かにSであろう麗華とは相性がよさそうだ。


「よし、もう水に流してやる」
「本当だな」
「オレは自分の口でお前のことは言わない」
「うむ」
「じゃあな」
「や、約束だからな!」
「ああ」


……。

 

オレは、なにも口外しねぇよ。

尊の部屋の扉が閉まった後、オレは携帯を取り出した。

その次の日、録音した尊との会話を屋敷中で流しまくった。

…………。


……。

 

 



「あ、ちょうど良かった。少しいいかしら朝霧くん」
「なんだ?」


今朝、屋敷から黙って持ち出したドーナツをこっそり授業中に食べてたら手がべっちょりしてしまったので、手を洗いに来たら担任に声をかけられた。


「朝霧くんの家ってどこなのかな?」
「藪から棒になんだ」
「履歴書のミスなのか、空欄だったのよ」
「…………」
「だからもう一度教えてもらってもいいかな?」
「佐竹に聞いてくれ」

 



「佐竹……って、佐竹校長のこと?」
「ああ。佐竹が知ってるはずだ」
「今教えてくれた方が早くて助かるんだけれど」
「佐竹に聞け」
「わ、わかったわ」


少し脅迫っぽくなってしまった。


「それだけなら戻るぜ?」
「えぇ……ありがと」


背後から、酷く突き刺すような視線を感じたが、オレはあえて気づかなかった振りをした。

あの教師とは、深く関わらない方がよさそうだ。


…………。


……。

 



「まさか、侑祈に負ける日が来るとは……」


先日受けさせられたテストの点数が、張り出されていた。

オレの順位は37位で、侑祈は36位。

点数の差は3点だった。

先ほどから侑祈は、自分が勝った実感がまだないのか、オレの点数と見比べている。


「相変わらず低レベルな次元で争っているな」

「ほっとけ」


薫は訓練校時代と同じで、2位。

そして言うまでもなく1位は尊だ。

ちなみに、尊と薫の順位は半々の確立で入れ替わる。

つまり実力的にはほぼ同じってことだ。

 



「平均得点が、僕のクラスより7点も低いな。どうやらレベルの低い生徒が寄せ集められたらしい」

「それはちょっと聞き捨てならないわねぇ」

「柊先生」

「もう少ししっかりしてよ、朝霧くん」

 



「そうだそうだ。うわはははは」

「3点差で威張るな」

「錦織くんも頑張ろうね」

「先生に応援されたら、やれる気がしてきましたよ」

 



「ふふふ、よくやった侑祈!」

「おお妙ちん。見てくれ、海斗に勝ったぜ」

「3点差じゃない」

「3点でも勝ちは勝ちよ。ふふん」

「先生よ。ここはお嬢さまも点数を公開しようぜ」

「だ、ダメ! それはもうダメ!」

「って言ってるわよ?」

「相当ひどかったみたいだな」

「あとでこっそり教えてあげましょうか? 倉屋敷さんの点数と順位。私はお嬢さま相手に気を遣わないし」

「それは興味深い、是非」

「そんなことしたら、地方に飛ばしてやる」

「ごめんなさい。規則だから教えられないの」



「地方行きを恐れたか。所詮一介の教師だな」

「私はクラスでトップよ。去年と同じで」

「そうか、個人の成績は個人に教えられるんだよな」

「当たり前でしょ。少なくとも妙には負けてない」

「くーっ! 今回はたまたま1位なだけでしょ!」

「去年からずっとだけどね」

「むきー! ボディーガードはバカのくせに!」

「侑祈もな」

「神崎さまも1年の頃からずっと一番だそうだ」

「信じられない現象だな」

「つまり日頃から勉強さえしていれば、一定の点数を取ることは難しくないってことさ」


…………。

 

……。

 

「ん?」


こんな朝にメールを受信するなんて珍しいな。

開いてみる。


『二階堂家の屋敷の皆様へ』と題したメールであることから、オレにだけでなく屋敷の関係者にあてたメールであることがわかった。

『麗華お嬢さま、及び彩お嬢さまの提案により、本日の旦那さまのお誕生日には、嗜好を凝らし庭先で行なうことが決定いたしました。パーティーの時間まで、旦那さまには内密にとのことですのでよろしくお願いします。また事前にお知らせしていた調理場の皆様に追伸です。本日はイタリア料理のフルコースの予定でしたが、旦那さまのお好きなものを食べていただきたいというお嬢さま方からのご要望でバーベキューに変更いたします』


「あのオッサン、いい歳して肉が好きなのか。そう言えば、二階堂ってなにをしてるんだ?」


源蔵のオッサンが普段なにをしているのか、オレはまったく知らない。


「まぁいいか、そんなことどうでも」


……。

 

「誕生日会つったって、オレが特別なにかするわけでもなし」


単純に晩飯が焼き肉になったぞって知らせと同じだ。

いつもどおり過ごしているとしよう。


「うそ、それ本当なの?」
「うん。料理長クビになっちゃうんじゃない?」


メイドたちが集まり、なにやら話していた。


「なんかあったのか?」

「朝霧さま……実は……」


……。


「肉がない?」

「はい。旦那さまがお好みになられる牛肉が、配達業者の事故で届かないみたいなんです」

「牛肉なんてどこででも手に入るだろ?」

「旦那さまは、特定のお肉しかお食べになりませんので」

「外国産の安い肉食わしとけばいいだろ」

「そんなことしたら、私たちは全員クビです」


たかだか牛肉の産地が違うだけでクビになるかよ。

こいつらは主従関係ってもんに臆病なだけだ。


「金持ちなら空輸なりなんなりで、取り寄せられるだろ」

「今、そのことで掛け合ってるそうです」

「尽くす人間も色々大変なんだな」

「朝霧さまは、いつもお気楽……いえ、堂々たるお姿でいらっしゃいますね」

「今、間違いなくお気楽つったな? あ?」

「きゃああ!」


両方の握り拳でメイドの頭をグリグリしてやった。


……。

 



「おはようございます」
「おう。まだ、食事は来てないのか。今朝はスズメのスープとか聞いてて楽しみだったんだが」

 



「スズメじゃなくてツバメだ」

「スズメもツバメも似たようなもんだろ」

「まるで違うな。貴様にはスズメとツバメの区別もつかないのか? 巣も食べられなければ、鳥としても食べられない。その上人間の食べる穀物にまで被害を与えるんだぞ。害鳥だ」

「は? スズメは食えるぞ」

「うそをつくな」

「うそじゃねえよ。焼き鳥にして食うと美味いぜ」

「……想像したら気持ち悪くなってきた。貴様どこで育った。人間が食べるものではないっ」
「普通に売られてたりするんだがな……」


金がある場所で育つと、そんなことも知らないのか。


「それに穀物を荒らすと言っても、害虫を駆除してくれる役目を持っていることを忘れるな」

「ふん。本当かウソかわからない雑学に付き合うだけ時間の無駄だな。ちなみに、正確にはツバメの巣のスープだ」

「なんだツバメを煮込んでるわけじゃないのか」


「スズメといいツバメといい、そんなに食べたいのか」

「食べたことのないものなら食べたいと思うのが普通だろ」
「節操をわきまえた上でならば、な」


…………。

 

……。

 

「申し訳ございません皆さま。料理長が体調を崩したため、ツバメの巣のスープは後日ということでご了承いただきたいと思います」

「小耳に挟んだが、旦那さまにお出しする肉の調達に戸惑っているとか?」

「は、はい……」

「空輸の手配をしたんじゃ?」

「それが……どうやら輸送中に事故があったようで、肉がダメになってしまったと連絡が……」

「なんと」


「また買い直せばいいだろ」

「貴様の脳はとろけるプリンか。旦那さまが唯一口にされるお肉は日本でも一年に限定された量しか取れないんだ」


コックもそれに頷く。


「年に一度、お取り寄せするのが精一杯で……それが今回配送していたお肉だったのです」

「どうせ肉の違いなんてわからないだろ。適当に国内産でも選んどけばバレやしねぇよ」

「味音痴の貴様にはわからないかも知れないがな」


とても深刻にはおもえなかったが、オレを除く全ての人間がうろたえていた。


……。


急遽、朝食に料理が出せなくなったため、調理の必要がないパンを出すということになったらしい。

 

「オレは不満だ。ということで、パンが運ばれてきたら鋭いローキックでテーブルを蹴飛ばして料理をメチャクチャにしてくれ」

「そんな不道徳なことを僕に頼むな! 気安く肩に手を置かないでもらいたいっ」

「色々確かめ合った仲じゃねえか」

「気色の悪いことを言うな!」


…………。

 

……。

 



「聞いたぞ海斗」
「うぉ、いきなり現れるな、心臓に悪い」
「学園関係者がどこにいようと自由だろう」
「新しく入ってきた訓練生の面倒は見なくていいのか?」
「私が指導するカリキュラムは少ない。それは去年のお前が一番よく知っているだろ」


……そう言えば、あまり見なかったな。


「なるほどな。こっちでお嬢さまのケツを追いかけてたってことか」


「…………」

「少し距離を離して歩いて下さい」

 



「バカモノ! 大きな声で誤解されることを言うな!」
「めちゃめちゃ警戒されたな」
「そんなことよりも、肉がなくなったそうだな」
「あんたまで肉かよ。どいつもこいつも……」
「そうは言うが、これは一大事だ。旦那さまのパーティーで、アレがないなんてことになると数年ぶりの参事が起きかねないのだ」


どうやら屋敷の人間が肉にこだわるのに、過去の出来事が関係あるらしい。


「詳しくは聞いていないが、調達は不可能なのか?」
「そうみたいだな」
「…………そうなると、当初の予定だった料理に戻すべきか……。肉をメインにしなければそれでなんとかなるだろう」
「ちなみに料理長は倒れて病院に運ばれたぜ?」
「なんだと!? ますます参った」
「いっそのこと、パーティーを開かないってのはどうだ? 源蔵のオッサンは知らないんだろ?」
「毎年行っていることだ。報告せずとも旦那さまは楽しみにしておられる」
「あ、そ……」
「なにか舌を満足させられるものがあればいいが」


そんなことを言いに、ここまで来たんだろうか。


…………。

 

……。

 



「参ったわね」


放課後、真っ直ぐ屋敷には帰らず、オレは麗華に付き添って街を歩いていた。


「そんなに肉が必要なのかよ」
「少なくともバーベキューにするならね」
「今から凄腕のコックを呼んで、イタリア料理なりフランス料理なりやらせればいいだろ」
「無駄よ。お父様は信用したコックの料理以外は口にしないから」
「毒でも盛ると思ってんのか?」
「前に聞いたことがあるけど、お父さまは若い頃から好きなものばかり食べてきたらしいわ。あと、同じ料理を好んだの」
「かなりの偏食家だな」
「自他共に認める、ね。だから食べ慣れたコック以外の料理には、嫌でも拒絶反応が出てしまうのよ」
「食べなれない肉を食べた場合も同義、か」


麗華が頷く。


「で、どんな拒絶反応が出るんだ?」

「聞かないほうがいいわ」

「なに?」

「前にお父さまが拒絶反応を見せたとき、その場にいた私たち家族と佐竹を除いた全員がその場で解雇されてるから」
「……どんな惨劇があったんだ……」
「でも、食べ慣れた食材以外でも、本当に美味しければ美味しいって言える舌は持ってるの。だから最悪お父さまを唸らせるものを出せれば、今年のパーティーも無事に切り抜けられるんだけど」
「祝ってる感じじゃねえな、それ」
「そうね。怒らせないことを前提にした催しだし」


源蔵のオッサン哀れ。


「でも世界の料理も色々食べてきてるだろうし……。はぁ、ダメね。簡単に見つかるなら苦労はいらないわ」


食材店を見て回っていた麗華が折れた。


「私たちは帰宅するわよ」
「大丈夫なのか?」
「屋敷には何十人何百人っているのよ? 人数の数だけ脳があるんだから、誰か一人くらい満足出来る食材や解決方法を見つけてるでしょ」
「なるほどな……」


待てよ?

そう言えば今朝の尊との話で、少し話題に出たアレはどうだ?

牛肉や豚肉に比べればクセは強いが……。


…………。

 

……。

 



「お出かけですか」
「ああ、ちょっとな。麗華には許可を取ってる」
「そうですか。いってらっしゃいませ」


……。

 



オレはあの食材──スズメを求めて屋敷を出た。


「べ、別に源蔵のオッサンを満足させようと思ってるわけじゃないんだからなっ! ……さ、行くか」


ツッコミが返って来るわけでもないのに、一人で叫んでると逮捕されてしまうぜ。

本当に源蔵のオッサンのためではない。

ただ、安くて美味しいものはある。

尊の態度や麗華の話を聞く限り、金持ちは高いものしか食べない傾向にあるのは間違いない。

オレたちのような下々にさえ、毎朝毎晩出てくるのは当たり前のように高級食材。

だからこそ可能性がある。

間違っても屋敷にいる誰一人として、スズメを食べた者はいないはず。


……。

 



問題点をあげるとすれば、扱っている店は極端に少ないであろうこと。


「と言うより、扱ってる店を見たことがない」


趣味である本では何度か見たことがあるが……あと、自分で掴まえて食べたりな。

オレはスズメの調理法は焼き鳥しか知らない。

手軽で場所を選ばず、簡単だからだ。


「最近じゃスズメも減少傾向にあるらしいな」


ここ数年で思い返しても、確かにスズメを見る機会は減っていた。

とにかく聞いて回ることにしよう。

個人で肉屋をしている店を訪ねてみる。


「スズメの肉って扱ってる?」
「スズメの肉ぅ?」


聞いた途端、顔をしかめる。


「鳥肉ならあるぜぃ。ニワトリだけどな」
「スズメの肉を捜してるんだが……」
「おれは肉屋始めて20年だが、スズメの肉を求めてきた客に会ったのは初めてだ。食ったこともねえが、あらぁ狩猟してもいいもんなのかね?」
「ああ。鳥獣保護法でも狩猟鳥に指定されてるはずだ」


う~んと腕を組み考え込む。


「しかし、扱ってるとこはわからねぇなあ。もしかしたら……」
「なにか知ってるのか?」
「3丁目で肉屋開いてる爺さんがいるんだが、昔カエルの肉を販売してて客に怖がられてたことがあったな」
「カエルも美味いんだよな」
「なかなか変わったもんを食うんだな……。気になるなら行ってみたらどうだ」
「そうだな」


他に手がかりもないなら、行ってみるのもいいだろう。


「ただ少し変わってるから気をつけな」
「変わってる?」
「人付き合いが悪いんだよ。それもかなり。カエルの肉を売りさばくくらいだからな」
「確かに悪そうだ」
「住所は──」


親切なオヤジに店を開き、オレはそこに向かった。


……。


賑やかな繁華街の中にあって、少し閑散とした場所。

人通りの少ないそこに、一軒の肉屋があった。

客の姿はない。

さっきの店のオヤジによると、肉の目利きや捌く腕は相当のものらしいが、偏屈な性格のせいであまり繁盛はしてないようだ。


「雰囲気も悪いしな」


この店に入るくらいなら、あっちにしよう。

とまず思われてしまう典型的に潰れていく店の筆頭だ。

店の前に立ってみるが、その爺さんの姿が見えない。

オレはカウンターの肉に目を落とした。


「違いはよくわかんねぇな」


肉屋になるセンスが、オレにないことはよくわかった。


「なんじゃあお前は」


カウンターの肉を見ていると、煙たがった顔つきで爺が出て来た。

こりゃ、間違いなく客に逃げられるわ。


「冷やかしなら帰れ」
「肉を捜してるんだ」
「ふん。そんなもん向こうのスーパーで買えばよかろう」


まがりなりにも商売人なら、自分のを売れよ……。


「スーパーなんかじゃ手に入らない肉なもんでな」
「なんじゃと?」
「スズメの肉が欲しい」
「なにを言いだすかと思えば、スズメの肉じゃと?」
「ああ、マジで捜してるんだが意外と見つからなくてな。スズメなんて沢山いるし、すぐ買えると思ってたのが甘かったぜ」
「なんにも知らん小僧が……スズメの肉は貴重な食材に数えられるのよ」
「あんなにいるのにか?」
「数はおっても、取れる肉の量が少ないわ。それにスズメは地方でも一部でしか食されとらん」
「あんなに美味いのにな」
「最近の者は食べもしないで不味いと勝手に決めつけよる」
「この辺で売ってるとこは、ないってことか」
「ない。スズメには需要がない。需要がなければ店頭に並ばん」
「カエルの肉を売ってたっつーから、ちょっと期待して来てみたんだが……。さすがに爺さんも扱ってないみたいだな」
「今どき、そんなもん用意してどうする気だ」
「あ? ちょっと見返したいヤツがいてな」
「話してみい」
「断る。面倒くせぇ」
「年寄りの言うことには黙って頷け!」


バシっと頭に巻いていたタオルを床に叩きつける。


「なんなんだよ……」


仕方なしに、オレは今までのことを話した。


……。


「金持ちを見返してやりたい、か……」
「悪いかよ」
「ふん、変わっとるの」


爺さんは立ち上がり、急にカウンターに幕を下ろす。


「今日は店じまいじゃ。ほれ、手伝わんか」
「オレが?」
「小僧以外に誰がおろうか」
「背中を蹴り飛ばしてもいいか?」
「ぶつくさ言っとらんで手伝え!」
「…………」


……。


店じまいを始めること二十分。

まだ夕方前にもかかわらず、本当に店を閉めてしまった。


「では、行くぞ」
「は? どこに」
「スズメの肉がいるんじゃないのか」
「いやそうだけどよ……」
「だったら黙ってついてこんか!」
「……関わるんじゃなかった……」


……。


「ときに小僧。少しはスズメについて知ってるようだが……。今どれだけ貴重な食材かよくわかっとらんようだな」
「数はいるが、一羽から取れる量は少ない。また需要がないことから量販店には並ばない……だろ? 雑学王のオレに言わせれば簡単なことだな」
「ワシがさっき言ったことではないか!」
「ち、もうろくしてるから気づかないかと思ったんだが」
「なんという罰当たりな小僧だ……。それだけじゃない。スズメは狩猟こそ認められているものの、大量に捕ることが非情に難しい鳥なんじゃ。仮に需要があったとしても、スズメはうずらと違い、容易に家畜化出来ない生き物だからな」
「そうなのか……さすがに歳食ってるだけあって、物知りだな。いや、歳とかの問題じゃないな。まさに雑学の知識じゃねえか。無駄知識」
「いちいち文句が多いわ!」
「った、ったいって」


バシバシとタオルで叩かれる。

マジでその辺のゴミ山に蹴り飛ばそうか。


「ワシが生まれた頃は、まだかすみ網を使用することも出来たんじゃが」
「かすみ網? 聞いたことないな」
「もう何十年も前に一切の使用を禁じられた罠だ。今捕獲するとすれば、空気銃なんかが必要になるの」
「とんでもない代物だな……。庶民的な食べ物とばかり思ってたのに。しかし、そんなもんをどうやって用意するんだよ」
「黙ってついてくればええ」
「……ったく」


…………。


……。

 



「お、おいおい……じいさんこっちは……」
「心配いらん。ワシのあとをついてくれば問題ない」


やって来たのは、立ち入りを禁止された区域。

同じ世界にありながら、別世界とも言える混沌とした場所。


「…………」
「ふん……なにを怖がっとる」
「別に、そんなんじゃねえ」
「ならさっさとついて来い」
「ああ」


足取りが重くなるのを感じながら、オレは爺さんについて行った。


……。


「これは……」


そこは廃墟と化したはずのスラム街。

だが、パラパラと人の姿が見える。


「こんな昼間から、ここの住人が出歩いてるなんてな……」
「ほう? 詳しいの」
「別に……」
「ここ数ヶ月で誕生した闇市だ。カエルの肉、スズメの肉……需要はないが、求める者はおる。そういったものを売ってるのさ」
「…………」
「ここで待っとれ。交渉してくる」


そう言うと、闇市の中にいた一人の男に話しかけた。

こっちを見ながらなにやら話している。


「……商売か」


闇市と言うからには、非合法なものも売られているんだろう。

しかし変わっていた。

オレの知るこっち側の世界とは違う。


「…………」
「ふむ、まぁこんなもんだろ」
「手に入ったのか」
「ざっと20羽ってところか」


袋をかかげ、袋の口からスズメを覗かせた。


「大勢で食うには物足りんがな」
「幾らだそれ」
「別に金はいらん」
「それはマズイだろ」
「いらんと言っとろうが!」
「頑固だな」
「戻るぞ。このままじゃ焼いて食うにも食えんだろ。ワシが捌いてやる」


…………。

 

……。

 



繁華街に戻り、爺さんに捌いてもらった頃には、すっかり陽が沈みはじめていた。


「ほれ」
「ああ、悪いな」


見事な手際に、思わず魅入っていた。


「ほんとに金はいいのか?」
「いらん」
「そうか。ありがたくもらっとくぜ」
「用が済んだなら、とっとと帰れ」
「そうする。……あんた、あっち側の出身なのか」
「…………」
「上手くいったんだな」


繁盛はしちゃいないが、こうして店を構えてるのがなによりの証拠だ。


「苦労ばっかりよ」


そう言ったじいさんの目は、どこか悲しげで……

少し誇らしさを持っていた。


「じゃあな、また来るぜ」
「ふん、二度と来るな」


そう言葉を交わして、オレは屋敷へと戻った。


…………。


……。

 



屋敷まで戻ってくると、庭先は慌ただしくなっていた。

どうやらバーベキューという方向で決まりらしい。


「よく考えてみたら、そうじゃないとオレが困ってたな」


イタリア料理とかになっていたら、とてもじゃないがスズメの肉は出せない。


「結局、なんか目新しいものは見つかったのか?」    


作業を見守っていた麗華に話しかける。

 



「残念だけど無理だったみたいね。とにかく出来る限り高級な食材を集めさせたけど、どれもお父さまを唸らせるには、至らないわね」
「どうやら、オレの出番が来そうだな」
「……もしかして、その手に持ってる袋?」
「ああ」
「でもあんた、確か私が渡したのって……」
「ああ、1万返すな」
「……それ、なに?」


無償で持ち帰った食材に不安を隠さない。


「楽しみにしてろ。きっと上手くいく」
「ちょっと待ちなさい。もし変なもの出したらあんた一瞬でクビよクビ!」
「変なものってなんだよ」
「……人肉?」
「最低だな、その発想」
「じゃあ見せなさい。今すぐ見せなさい!」
「断る。楽しみはあとに残しておけって言うだろ?」
「永久に残しておきたいわ……」


まるで期待されてなかった。


…………。


……。

 



「おめでとうございます。お父さま」

「おめでとうございます」

 



「うむ。毎年のことながら、お前たちに祝ってもらえるのは嬉しい」


二人の姉妹から、源蔵のオッサンは花束を受け取る。


「あのオッサンも笑うんだな」


そんなことを思いながら、パーティーの進行を見守る。


……。


つつがなくパーティーは進行していく。

どこか張りつめた空気があるのは、おそらく今焼かれている肉が誰かの人生を終わらせかねないと思っているからだ。


「くく、すぐにこいつをお見舞いしてやんぜ」


秘密兵器を投入する機会を今か今かとうかがう。

 



「ほんとやめてもらえる?」
「なにを」
「その怪しい袋」
「お前の親父が納得しなかったときのために、オレがわざわざ自分の足で調達してきたんだぞ」
「それが怖いってのよ」
「そんなに疑うなら、食わせてやろうか?」
「食べる前になにか説明しなさい」
「肉だ」
「なんの肉でどこの産地?」
「日本産で鳥肉だ」

 



「鶏肉? ほんとに?」
「ああ、鳥肉だ」
「わかったわ……食べてみればいいんでしょ」
「ちょっと待ってな」


麗華を待たせ、オレは肉を焼きに行く。

スペースは沢山あったので、場所取りは簡単だった。


「…………」


隣で肉を食べていたメイドが、ジッとスズメの肉を見ていた。


「なんだよ」
「い、いえ……あの、なにかなぁ、と」
「食ってみるか?」
「結構です……」


ちょっと距離をおき、恐る恐るオレの手元を見ていた。


「どいつもこいつも、見た目で判断しやがって」


このまま丸焼きに近い状態で持って行くと、麗華も嫌がる可能性がある。


「串のようにしてみるか……」


そうすれば串焼き鳥に見えるだろ。

優しい気配り。

爺さんには剥いて羽先を切ってもらい、胸を開き内臓を取り除く工程までやってもらった。

頭は自分で切るために残してもらったのだ。

手元にハサミを用意し、頭を開くように切り落とした。


「ひぎっ!!」
「あ?」
「な、なんでも……ありませんっ……」


今にも泣きそうな顔を見せる。


「ああ、わかるわかる」
「え?」
「頭を切り落とさず焼けってんだろ? オレもそう思うんだが、そしたらアイツ食べないだろうからな」
「あ、頭……食べるんですか……?」
「当たり前だろ。この白い脳みそが美味いんだろうが」


麗華のために切り落とした頭を見せる。


「うぅ……ぐ……気持ち悪い」
「あとでお前にも食わせてやるから」
「え……」


…………。


……。


「よし。見事に美味しそうな焼き鳥になった」


それを持って麗華の元へ。

 



「ほら。焼き鳥だ」
「……なんか、臭いと色が違うんだけど?」
「産地や飼育方法によって多少は変わるだろ。お前は親父と一緒で食べ慣れたものしか食えないのか? この偏食家が!」
「わ、わかったわよ……食べるわ。でもその前に、毒見させていい?」
「断る」
「私の人生も、思ったより短かったわね」
「食ってから文句を言え」
「強引に押しこんで食わせるぞ」
「……はむっ!」


断崖の絶壁から飛び降りる覚悟を決めたように、決死の顔をしてからかぶりついた。

カリっとするほど焼いたため、パリパリとした食感が口の中に広がっていることだろう。

オレも一口サイズに切り取ったそれを食べる。


「なんか……普通、って言うか……むしろ美味しいわね」
「だろ?」
「でもこれ、鶏肉じゃないでしょ?」
「鳥肉だ」
「……鳥……なんの肉?」
「スズメだ」


ビニール袋の中身を見せる。

 



「げろげろげろっ!」
「ぶわぁ!!」

麗華の口で生成された食べ物がオレの服に吐き出された。


「汚ねぇなあ!」


お嬢さまが口からものを吐き出すところを見せまいとさっと姿を隠させる。


「あぁ、あんた……スズメなんて食べさせるな!」
「美味いだろうが」
「そういう問題じゃなくて……」
「立派な食い物なんだよ、これも」
「む……」


ごしごしと持っていたハンカチで口を拭く。


「お前の勝手な嫌悪で、スズメを否定するな。カエルとかも、どうせ食べもしないで嫌いって言うんだろ?」
「それは」
「牛や豚が食えて、カエルやスズメが食えないのは納得できねぇ」
「確かに……そうかも。なんで私があんたに説教されなきゃなんないのか、わからないけど」
「美味かったんなら食え。クセになるから」
「わかったわよ。でも、もう生は見せないで」
「脳みそも美味いぜ?」
「そういうことは言わなくていいから」


プルプルと箸を振るわせながら、口元に運ぶ。

そして何度か繰り返していた麗華は、慣れたのかスムーズに箸を動かすようになった。

うまくいったようだな。

過程はどうであれ、麗華が好んでくれて良かった。

もし源蔵のオッサンに食べさせる機会がなかったとしても、満足するには十分だろう。


「さて、オレは自分の食べる分でも焼くか」


なにぶん一羽から取れる量が少ないからな。

一口、二口で一羽を消化してしまう。


「か……かいと」
「あ?」
「……少し残しておきなさいよ……」
「…………」
「なによ?」
「わかった。残しとく」


……。

 



「……不味い」

「旦那さま……」

「この肉は凄くまずぅい!」

「ひい!」

「肉を出すからには、例の肉かと思ったが……」

「も、申し訳ありません!」

「心地いい気分が台なしだな」

「今調達出来る肉で一番良いものをご用意させていただいたのですが……」

「不愉快だな」

「おいオッサン」

「…………」


オレはニコニコ顔で源蔵のオッサンのそばへ。


「そんな肉じゃ満足出来ないんだろ? これ食え」


そう言って秘密兵器を差し出した。


「ふん」


しかし、料理に見向きもせず屋敷の方へと歩いていく。


「テメ、食わずに逃げる気かよ!」

「ここにある肉など、どれも一緒だ。私を怒らせる前に消えろ」

「この偏食家オヤジが」

「本来ならクビにするところだが……肉が事故で手に入らないことは耳にしている」

「あ、ありがとうございますっ!」

「……野郎」

「あ、ありがとう朝霧くん!」

「あ、あぁ?」

「君が口を挟んでくれなかったら、きっと私はクビになってしまっていた!」

「そ、そうか……そんな泣くことでもないだろ」

「おおん、おおん!」

「…………」


その場で嬉し泣きするコックを放置し、オレは屋敷に向かった。


……。

 



「部屋に戻ったのか?」


すぐに源蔵のオッサンの部屋へ。


……。

 



「なんだ貴様、ノックもせず!」
「食え」
「いらんと言っただろ」
「アンタが食ったことのない肉だ」
「……なに?」


そこで初めて、源蔵のオッサンが肉に目を落とした。


「確かに見たことがないようだ。キジ、ニワトリ、カモ、ハト……なんだこれは」
「ふふん」
「ん? ……なるほど、そうか、アレか」


どうせわかってないんだろ?


「スズメだな? この肉」
「な、なんで知ってんだ?」
「スズメは食用ではないか。あまりに下等すぎて記憶から掘り起こすのが大変だったがな」
「まさか食べたことも?」
「食べるまでもない。まずいに決まっている」


どうやら最後の一線だけは守れたようだ。


「批判は食ってから聞こうか」
「必要ない」
「なんだと?」
「私くらいになれば、ある程度想像がつく」
「その舐め腐った態度が鼻につくぜ」
「貴様ももう少し、礼儀をわきまえた方がいい。どうしても食え……と言うなら、賭けをしよう」
「賭けだと?」
「私が不味いと判断すれば、お前はクビだ」
「な……」
「麗華のためを思い、今までは目を瞑ってきたが目に余るところが多すぎるからな」
「そんなもん、仮に美味くても不味いって言えるアンタが圧倒的に有利じゃねえか」
「そのとおりだ。不条理な賭けだこれは」
「…………」
「もっとも、料理に関してウソを言うつもりはないが……。どう判断するかは貴様に任せよう」
「……いいぜ」
「随分と早い決断だな。後悔するぞ?」
「オレは自信がある」
「よかろう。貸せ」


オレは皿を手渡す。


「フォークやナイフは持って来ていないのか」
「手で食え手で。そのために骨がついてる」
「どこまでも口の減らんヤツだ」


麗華のように見た目で嫌うこともなく、源蔵のオッサンはスズメを手に取った。


「香りは悪くないが……」
「頭が一番美味い」
「なるほど」


少しは躊躇するところも見たかったが、そのまま頭からカブリついた。

ヤバイ……と思ったが、時は既に遅い。

偏食家で食わず嫌いだと思ったが、麗華の言うようにオッサンは色んな料理を食べてきたんだろう。

別にスズメの焼き鳥に自信がないわけじゃない。

だが……


「…………なるほど。もう十分だ」


一羽を平らげ、源蔵のオッサンは手を休めた。


「どうだったんだよ」
「所詮はスズメだな」
「くっ……」
「今日本ではほとんど捕獲されておらず、主にアジアの国から輸入するだけの食材にすぎん」
「つまり不味い、ってことか」
「……そうだ……と、言いたいところだが、良かったな。私が初見で。食べたことのない味というのは、評価が難しい」
「なんだよそれ」
「もう下がれ」
「ああ……」


どうやら、気に入ってはもらえなかったらしい。

悪いなじいさん。

心の中でそう謝り、オレは退室した。


……。



「くそ……」


皿に残った肉を見下ろす。


「絶対美味いって言うと思ったんだが」


真正面から受け止められ、それを否定された。


「ムカつくオッサンだぜ」


……。

 



「あんたどこ行ってたのよ」
「ちょっとな」
「ちょっとって、まさかお父さまに食べさせたんじゃ……」
「ああ」
「あんたねぇ……私は美味しいって言ったけど」
「わかってる。もう言うな」
「落ち込んでるの?」
「別に。好みなんて人それぞれだろ」
「……貸しなさいよ」
「あ?」
「残ったの全部食べるから」
「無理すんな。いくら美味しいつっても、そんなに食べられるほどのもんでもないんだろ?」
「随分弱気になったわね。生憎だけど、お世辞で油者食べるほど、私の心は寛容じゃないから」


そう言って皿を奪い取る。

本当に美味しそうに、麗華は肉を口に運んだ。


「…………」
「なにジッと見てんのよ」
「案外、いいヤツだなお前」
「はぁ? なにそれ……あんたこそ、随分熱が入ってるじゃない」
「そうかもな」


麗華と並び、祝うべき者のいないパーティーを見る。

大騒ぎほどではないが、それぞれ楽しそうにやっていた。


……。


夜が、更けていく。


「おら食え!」

「いやぁああ! 覚えてたんですかぁ!!」

「遠慮なくあたまからガブリと食わせてやる!」

「ひいいいい!!」


…………。

 

……。

 

それから、しばらく経ったある日のこと……。

 



「お、おい海斗……貴様なにをやったんだ!?」
「これ……」


オレたちは、並べられた料理に目を丸くしていた。


「えー、グルメ家であられる旦那さまの発案により、屋敷の料理メニューに新しく加えられました。私も名前は聞き及んでおりましたが、口にしたのはつい先日のことであり、とても美味でした。それがこの、スズメの姿焼きです。おそらく最初は戸惑う方もいるかもしれません。しかし旦那さまと、私がオススメする一品でございます」

 

「あ、あのオッサン、全然素直じゃねえ!」


……。

 



「うむ。実に美味い。さすがは私の見つけた隠れ食材」



その日以来、二階堂の屋敷にメニューが一つ増えた。


……。