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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【2】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら

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……。

 



「んで、これが今月の7日に起きた事件の週刊誌の特集の画像」
「7日ってーと……。ニコニヤ生放送中の公開自殺か。読んだよ、その記事」
「自殺と決まったわけじゃないけどな。それに、ネットでは『こっちみんな』って言い方が主流になって来てる。で、これがその生放送の映像」

 



「それも見た。つか、一緒に見ただろ」
「で、これがその現場の建物。尾上が昨日、更に追加してきた」
「それも知ってるって」
「で、これがその部屋の中」
「は? うっそ、お前撮ったの!? いつ? てかどうやって!?」

 



それまで僕の話には興味を示さず、カメラを廊下の吹き抜けに飾ってあるド派手な装飾に向けていた伊藤が喰い付いて来た。

それはそうだろう。

まだ、どこにもこの画像は出回ってないんだから。


「先週末な。現場向かいのカラオケボックスの五階の部屋から見えるんだよ」
「マジで?」

 



「えーと……」

 



「ここ、ここ。この五階から」
「はー……」


こいつの、情報に貪欲なこういうところは非常に頼りになる。

 



「で、何? お前一人で入ったのか?」
「は?」
「いや、カラオケボックスに。ヒトカラ?」
「……仕方ないだろ。別に恥ずかしいことじゃない。それに歌ったわけじゃないから、正確にはヒトカラとは言わない」
「ふーん……」


本当は少し恥ずかしかった。

バイトであろうチャラチャラした店員の兄さんが、不審な顔をしてこっちを見ていた。

真昼間に制服で堂々と行ったのが目をひいたのかもしれない。

それに初めて行ったところだったから、入会手続きをやらされたのだ。

やり方がよくわからずに手間取ってしまった。

まあ、そもそもカラオケなんてどこの店にも行ったことないけれど。


「……うし、ここはオッケー。次行こうぜ」
「……面倒くさいな」


……。

 

 

 

 



2階の渡り廊下から体育館に入ると、何が楽しいのかきゃーきゃー歓声を上げる学生たちでごった返していた。

今、学校は来週にある文化祭に向けて準備を進めている。

今度の文化祭はかなり大掛かりになる予定だ。

元々、碧朋(へきほう)学園は、復興事業の一環で震災後としては初めて渋谷に創立された私立高校で、内外の注目を集めている学校だ。

自由度の高い校風から学校活動や部活動が熱心だということも、文化祭がやりたい放題になっている原因としてあげられるけれど、一番の原因は再来月に迫った『渋谷平和復興祭』だろう。

再来月の2015年11月9日で、渋谷地震から丸6年になる。

去年、震災から5年経った節目として行われ始めた祭りの熱は、渋谷の街全体をどこか浮かれた空気にしていた。

渋谷に経っているこの学校も、その雰囲気に呑まれた形だ。

一高校の学校行事に過ぎない今度の文化祭も、半ば復興祭の前祝いとして捉えられている節があり、当日にはTVカメラも入るらしい。

 



「うわ、あのパチモンの着ぐるみ、大丈夫かよ……。つか、なんで今着てんだ?」


伊藤がカメラを、プロレスもどきで暴れている一団に向けて言った。

文化祭の準備の段階と当日の賑わいを記録として残すのが、僕と伊藤が所属している新聞部の役目だ。

『全ての部活動は文化祭に参加すること』という校長命令が下ったため、『文化祭の記録』という適当な企画でお茶を濁したのだ。

映像や画像を記録として撮ることは僕の趣味みたいなものだし、何より一番カロリーが少なそうだったからだ。

野球部の『白球揚げアイス屋台』(おそらく適当に丸めたバニラアイスを揚げるのだと思う)や──。

ミステリ研と占い研合同の『即席除霊式』、プロレス研の『ゆるキャラプロレス』など、祭りの準備特有の悪ノリで決まったとしか思えない演し物をする気にはなれなかった。


「……暇なんだろ」


男子生徒「ちょ、ヒゲを引っ張んなって! もげる!」

女子生徒「は? これ触角じゃないの?」

男子生徒「どう思うよ。触角だとしたらもいだほうがゆるキャラっぽくないか」

女子生徒「え、なに? 私そのくだらない質問に答えなきゃ駄目?」

 



「くそ。リア充め。爛(ただ)れろ。死んでしまえ」
「おい、リア充を馬鹿にするなよ。僕だってリア充だ」
「は?!」
「あ! 馬鹿、カメラ──」


お、落としやがった!!

高級品が!

 



「おい、どういうことだ」
「く、苦しい……! ちょ、カメラ……!」
「裏切ったのか。レベル下がったか。いつ彼女なんて作りやがった」
「は? で、出来てないよ、彼女なんて。それより、カメラ!」
「なに……?」

 



首を絞めていた伊藤の手を逃れて、カメラを拾う。

…………無事みたいだ。

良かった。

僕はほっと一息ついて、伊藤にカメラを渡しながら、


「全く……。しっかりしろよ。僕らはあいつらと違って情強だろ? 一席ぶとうか? いいか。リア充ってのは、2005年あたりから使われ出した言葉で、リアル──つまり現実が充実している連中の総称だ。最初は対義語としてネト充があげられることが多かったけど、その境目はもうほとんどない。リアルの中にネットが組み込まれてるのが当たり前になったからな。当初は友達が居るだけでリア充と呼ばれていたけど、次第に恋人がいることがリア充の条件になっていった。だが、これも変わりつつある。昨今のリア充は、本当の意味で現実が充実しているかどうか。つまり、やりたいことが出来ているかどうかで判断されるんだ。そういう意味で、僕はリア充だ。だから、暇に任せてふざけているあいつらはリア充なんかじゃないんだよ。言葉は正しく使え」


まったく、気をつけて欲しい。

今の世の中、情弱は、それだけで罪なのだから。

 



「…………」


一席ぶち終わった僕を、伊藤はどこか呆れた感じの表情で見ていた。

なんだ、わからなかったのか?

しっかりと理論立てて最初から説明したっていうのに。


「……宮代」
「なんだよ」
「お前は、リア充じゃないよ。言葉は正しく使おうな」


──え?


「な、なぜだ!」
リア充はそんなこと言わない」
「は? だから、なんでだ。そ、それに補強するなら、女子の知り合いもいるんだぞ。勿論男も」
「だから、リア充はそんなこと言わないんだよ」
「り、理由はなんだ、理由は。更に付け加えるならな──」


続く言葉を、僕は慌てて飲み込んだ。


(……ファッションの勉強だってしているんだ)

 



昨日、しまう前に呼んだクールキャットに、『宇都宮のファッションリーダー』という特集があった。

かなり、イケてると思う。

 



あれを着こなせるようになれば、そこそこ──


「? なんだよ?」
「な、なんでもない! とにかく、僕はな──」
「あーわかったって。次行こうぜ」


不条理に取り残された僕は、相変わらずふざけあっている一団に目をやった。

 



男子生徒「わかった、じゃあもう全員で同じ着ぐるみにしようぜ」

女子生徒「あー戦隊モノ風だ! 色分けしようよ。私イエロー」

男子生徒「その方がウケ取れるか。でも予算は?」

女子生徒「あんたの小遣いがあるじゃん」

男子生徒「馬鹿じゃないの」

女子生徒「それか身体に直接塗るか。ウケ取れればいいんでしょ?」


……ふん。

 



「……こっちは忙しいんだ」


……。

 



女子生徒「お帰りなさいませ、ご主人様ケロン~?」

男子生徒「可愛くなくね? もちょっとどうにかなんね?」

女子生徒「可愛くないとかゆーな。てか、別にウェイトレスって女子限定じゃなくてもいいじゃん。男子もやんなよ」

 



「……ゲロカエルんってあんな語尾で喋るキャラクターだったっけ?」


カメラで、教室内の風景を収録し終わった伊藤が言った。


「……どうでもいいよ」


僕と伊藤のクラス、3年1組。

クラスの大半は、文化祭でやる喫茶店、『ゲロカエルん喫茶』の準備に動き回っていた。

中には我関せずで勉強しているやつ。

騒ぎに馴染めないのかラノベを読んでいるオタク連中(書店のカバーで覆えばラノベだとばれないとでも思っているんだろうか)もいるけれど……。

ほとんどが張り切って飾りつけのゲロカエルんをつくったり、ゲロカエルんの着ぐるみを着てふざけたりしている。

文化祭には部活動も全参加だけど、クラスも全参加なのだ。

僕は知らなかったけれど、なんでも数か月前からゲロカエルん喫茶をやることに決まっていたらしい。


男子生徒「馬っ鹿、ゲロカエルんの声は女じゃん」

女子生徒「や、そうだけどさ。そこは文化祭のノリ的なアレでいーじゃん、別に」

 

「……違うっての」
「は?」


なんだ? と伊藤が首を傾げる。

話を戻すことにした。

ポケコンを取り出して、伊藤に指し示す。

 



「で、これが今月の19日の事件の画像」
「音漏れたんか。どれ……。お、これはまだ見てないな。どこで拾った?」
「事件の“まとめWIKI”に一瞬な。消される前に魚拓取った」
「あーこっちの方がアングルいいな。なあ、さっきのカラオケのやつと合わせてニヤ動にアップさせてくれよ」
「もう新聞部のオンラインストレージに上げてある。見やすいように加工して使ってくれ」
「なんっか最近再生数がいまいち伸びないんだよな……。この前俺一人で作った動画のタグにも『カメラ仕事しろ』とか『アングルだいたいあってない』とか書かれるし……」


心底残念そうに伊藤が言った。

まあ、気持ちはわからないでもない。

僕たち碧朋学園新聞部は、全国の高校で初めてニヤ動に、定期的に動画版の学生新聞をアップし始めた部活だ。

新聞の内容は、渋谷に関連することならなんでも。

以前、渋谷の復興を特集した動画は地元の新聞に取り上げられて、都の学校新聞コンクールで特別賞を受賞し、クソ真面目な動画にも関らず再生数が8万を超えた。

そういった経緯があるから、今僕らが追いかけている事件をまとめた動画が3ケタ行かないことが不満なんだろう。


「ああ、カメラ仕事しろのタグをつけたのは僕だ。あれ、アングルひどいぞ」

 

女子生徒「じゃーん! ゲットしてきた!」

女子生徒「おー! オリジナルじゃん!」

男子生徒「つっかれた……」


買い物に行っていたらしいカップルが、戻ってきた。

手には、大量のゲロカエルんのぬいぐるみを抱えていた。


「……だから、違うっての」
「は? いや、だからなにがだよ」


伊藤は気づいていないらしい。

僕は、その買ってきたぬいぐるみで早速遊び始めるクラスメイトたちを見ながら、


「……前も、話したことあったろ? 大半の中高生は、日頃アクセスしてるサイトで情報レベルが知れるって」

 



僕の持論だった。

スマートフォンなり、ポケコンなり、携帯端末が宗教と化している中高生にとって、そこから得る情報の影響は絶大だ。

ツイぽやRINE、FACEMOOKといったSNSと、@ちゃん、ニコニヤ動画しか見ないやつ。

それにプラス、そこに貼られたリンク先のサイトまで見るやつ。

更にそれにプラス、気に入った芸能人のブログや、大手の@ちゃんのまとめブログ、一過性の笑いのためのネタサイトしか見ないやつ。

こいつらは皆情弱だ。

そしておそろしいことに、その情弱が10人中9人いるのが、今の中高生だ。

 



ゲロカエルんなど、元をたどれば6年前に突発的に謎の流行を見せた携帯ストラップのぬいぐるみが起源なのだ。

それが最近、ツイぽに貼られたゲロカエルんを使ったネタ画像と……。

ニコニヤ動画に貼られた素人のアニメ動画──確かアニメソングにあわせてゲロカエルんが台詞とともに踊っているやつだ──によって、

流行と呼ぶのも馬鹿らしい一時的なノリが発生しているだけだ。

その動画にあった女性の声と台詞の語尾をオリジナルと信じて、また携帯ストラップではなく最近売りに出されたぬいぐるみをオリジナルと信じて盛り上がっているのが、僕には信じられなかった。

察するに、おそらくツイぽでしか情報を確認していないのだ。


「……それに、男の場合はウェイトレスじゃなくてウェイターだっての」


僕が、新聞部をやっている理由の一つはこれだった。

ああは、なりたくない。


と──


女子生徒「あの……宮代くん?」


どうやらウェイトレスを担当するらしい女子が話しかけてきた。


(…………う)


だ、誰だっけ。

藤田さんか、藤本さんか……。

藤がついたような……。

 



「なに? 田中さん」


田中。

全然違った。


「あのさ、教室で流す映像のビデオ撮影のことなんだけどさ」


なんだっけそれ……。

あ、そうか。

例の流行った動画を真似て、着ぐるみで踊るんだっけ。


「その……アップとか出来るのかな。こう、ずっと同じで撮るんじゃなくて……」


な、なんだろう、注文をつけるつもりだろうか。

こっちは勝手にビデオ撮影係を押しつけられたというのに。

……まあ、踊れとか小道具作れとか言われるよりはましだけど。


「あ……え、と…………そ、その」

「ん?」

「……ふぃ、FIXじゃなくて色々動かせってことで、すか?」

「ふぃっくす? え、よくわかんないけど……」

「あ……で、出来ますよ! アップでも、なんでも……」

「ほんと? 良かった。じゃあ本番までに、どこをどう撮って欲しいかまとめて渡すから」


そう言うと、逃げるようにウェイトレスは行ってしまった。


「…………」


び、びっくりした。

びびらせないでくれよな。

緊張して少し汗をかいてしまった。


「…………」


と、伊藤がこちらをわずかに呆れ気味の表情で見ていた。

なんだよ。


「……お前、やっぱリア充じゃないわ」


なんだと!?


「相変わらず慣れない相手だとキョドるし。丁寧語だし」
「しょ、しょうがないだろ。いきなりだったんだから」


それに、僕は必要のない会話はしない主義だから、伊藤以外のクラスメイトと話したのも久しぶりなのだ。


男子生徒「どうだった?」

女子生徒「なんか自慢されてなかった? ふぃっくすとかなんとか」

男子生徒「んだそれ。また蘊蓄(うんちく)か?」


早速意味のない情報の拡散を始めた。

……やめてくれよ。

教室内で、そんなふうにひそひそ噂されると、昔のことを思い出して、比喩ではなくて息苦しくなってしまう。


「…………っ」
「おい、大丈夫か?」


苦しげな表情をしていたのだろうか、伊藤が心配そうに覗きこんできた。

慌ててなんでもない、というように頷いた。


「……陰口は聞こえないように言えってのな。しかも、自慢でも蘊蓄でもなんでもないっての」
「……別に。気にしてないよ。藤田さんは──」
「誰だよ」
「あ、た、田中さんは情弱なだけなんだから」


そうだ。

別に気にすることじゃない。

……彼女は、モノを知らないだけだ。

伊藤は盛り上がっている連中を見て、


「ったく。オポチュニストが……」
「……?」


オポチュニスト……?

やばい。

意味、なんだっけ。

耳馴染みはあるけど。


僕は伊藤にばれないようにすぐにポケコンでそれを検索した。


…………。


オポチュニスト。

日和見主義者か。


「そ、そうだな。言い当ててると思う。皆と同じ方向に日和ってるだけだよ」
「まったくな……」


やってられない、という感じで伊藤が頷いた。

……よかった。

ばれてないみたいだ。


「はあ……。いつの時代もスクールカーストの底辺にいる俺らオタクは、上部にいる方たちに話のネタを提供する運命なのか……」


む? ちょっと待った。

スクールカーストなんていうどうでもいい順位はともかく──


「おい、僕はオタクじゃないぞ」
「……またかよ」
「またってなんだ。理屈に合わないことが気持ち悪いだけだ。一席──」
「いい! ぶたなくていい!」
「オタクの定義は流動していて、当初あった悪いイメージは徐々に払拭されつつあるけれど──2015年現在でもアニメやらラノベやらゲームやらアイドルやらにはまっている人のことを指す場合が大半だ」


視界の隅でラノベを読んでいる男子がこっちを向いた気がするけれど、どうでもいい。


「僕は、くだらないアニメやラノベは見ない。時間の無駄だ」
「……以前、お前なんかのアニメを絶賛してなかったか? なんだっけ、ブラチュー?」


……うっ。


「く、くだらないアニメは見ないと言ったんだ。『素晴らしき哉、我が人生!』や『ふたりのヴェロニカ』とかの名画を検索しようとすらせずに同じようなアニメばっか観て『このアニメを見てないやつはにわかだ』とか言ったり──」
「わかった、わかったって……」
「『数列都市』や『冬の庭』とかの名著を『ああ、いいよね』とか嘘ついて済ませてラノベばっか読んでいる──そういう、自分の好きな知識しか吸収しないやつを言うんだ、オタクっていうのは」

 

男子生徒「カメラオタクってなんか怪しいイメージあるよな」

女子生徒「別に人様に迷惑かけなければいいんじゃん? 好きなんでしょ。うちだってジョニオタだし」

 

「…………」


……やめてくれって。

そもそも。


──あんたらと一緒に、してもらいたくない。

 


女子生徒「…………」


と、教室のドアが勢いよく開いた。

一人の女子生徒が、教室内をのぞき込んでいた。

彼女は急いできたのか、ほんのわずかに息が弾んでいた。

顔にかかった、背中まである長い髪を払いながら、そのまま中に入ってこようとする。


女子生徒「乃々? どしたの?」

男子生徒「おー、女帝! ちょうどよかった」


クラスのみんなが口々に声をかける。

 

 

「ええ、ちょっと」


なにか言いかけたところで、不意に足許のケーブルに足を引っかけ。


「あ」


いきなり蹴つまづいた。

転びそうになったけど、彼女はなんとか自力でバランスを保った。

 



「…………」


ちょっとはにかみつつ、ホッとしたのか小さく息をついている。

周囲でわらわらと、男女問わず人が動いた。

まるで久しぶりに再会した家族を迎えるような表情でその女子生徒を取り囲む。


女子生徒「ちょっと誰~? こんなところにケーブル置きっ放しにしたの! 危ないなあ!」

女子生徒「乃々、ごめんね!」

男子生徒「女帝、大丈夫か?」


「ええ。気にしないで」


笑顔で周囲の声に答えつつも。


「…………」


目が、合った気がした。

思わず僕は視線を逸らした。

来栖乃々(くるす のの)。

碧朋学園の初代生徒会会長であり、現会長。


男子生徒「あのさ、うちの喫茶でキッチン側と、それ以外のこっち側の……なんての、お客さんスペースってか……」


話しかけられた来栖は、軽く微笑んでいるような表情を向けて、


「ホール側?」

男子生徒「そうそう。ホールだ。そのさ、間を仕切る暗幕の数の調整って、わっくんしてくれた?」

「調整……? 和久井(わくい)先生が増田くんにそう言ったの?」

男子生徒「え、聞いてない?」

「ええ……。ということは、絶対やってないでしょうね。わかった、私から言っておく」

男子生徒「でーじょぶ? なんか女帝、先生たちから目ぇつけられてんじゃん。てか怖がられてんじゃ……」

「生徒会長なんて、生徒側から学校側に無理難題を押しつけるためにいるものでしょう。大丈夫。なけなしの権力を振りかざすから。あと増田くん、女帝はやめて」

男子生徒「おーさんきゅ、女帝!」

「あなたね……」 


大半の男子連中は来栖のことを、悪ふざけに女帝と呼んでいた。

全校朝礼における校長の自己満足の長い話を廃止に追い込み、購買のパンの種類及び学食のメニューを倍に増やした辣腕を讃えたあだ名だ。

 



女子生徒「乃々ー着ぐるみありがとね。ぴったりだった」

「田中……。それ私が試着した時、最後までファスナーあがらなかったんだけど……」

女子生徒「あっ……と。……じ、地雷?」

「……呼び込み禁止にするからね」

女子生徒「あーんごめん! 嘘々! ピチピチだから! これはわりとマジで! いや、てかどーせ胸で引っかかったんでしょ?」

「冗談。期待してるから。笑いとってよ?」


……相変わらず、顔の広い生徒会長だ。

他のクラスの生徒の名前まで知ってるのか。

スクールカースト上位。

なんとなく、そんな言葉が浮かんだ。

と、

 



「拓留、話があるの。ちょっと来てくれる?」


来栖が、わざわざ僕と伊藤の目の前まで歩いてきてそう言った。

表情がわざとらしいほどに輪をかけて優しかった。

先ほどまで来栖を囲んで騒いでいた連中が、こちらを注目しているのが分かった。


男子生徒「……女帝、カメラっ子に何の用だ? 友達なのか?」

女子生徒「え、知らないの? 乃々は……」

男子生徒「はぁ? マジで!?」


「…………」


ひそひそと話すクラスメイトの話を無視して、僕は来栖を注視していた。

笑顔に見えるけれど、どこか薄皮一枚でそれを貼りつけているようにも見えた。

というか、こんな表情をしているときの来栖が、そっくりそのまま上機嫌のわけがないんだ。


「……今はごめん。事件に関して気づいたことがあって、それをまとめてる最中なんだ」
「…………」
「生徒会、文化祭の準備が佳境だろ? だから、来栖が落ち着いたらで──」
「……っ!」


びくっと来栖の頬がわずかに引きつった。

……しまった。

来栖は、僕から苗字で呼ばれること快く思っていないのだ。

 



「ちょっと、来てくれる? 部室」
「…………」


女帝失格なほどドス黒い雰囲気を背中に背負って来栖が繰り返した。

 



「来てくれる?」


ち、近い近い……!

 



「……い、行こうか、部室。な、なあ宮代!」


恐怖に耐えかねた伊藤が言った。

……ダメだ。誤魔化せそうになかった。

僕は仕方なしに頷いて席を立った。


……。


──「来栖!」

 



……げ。


「来栖、ちょっと……」

 



「グラウンドに出す屋台のコンロの数でしょう? やっぱり一つの屋台につき一つで統一する」

「え? いや、それは……おう」

「悪いけど例外はなし。校長にかけあったけどダメだったから。人数が多くて不満があるところは、私があとで直接説明に行く」

「……了解。いや、じゃなくて、なんで持ち場離れて──」

 



「来栖、だから忙しかったら落ち着いたらでいいって」

「もう終わったから。ごめんね川原くん。急ぎなの」


口調は優しいがどこか有無を言わさぬ感がある響きでそう言って、部室に急ごうとする来栖を、

 



「……宮代。またお前か。今度は何したんだ」


川原くんが遮った。

下の名前は知らない。

僕や伊藤と同じクラスで、生徒会の副会長。


「いや、いい。言わなくてもわかってる。また例のくだらない記者ごっこだろう? それとも探偵気取りか?」

「…………」


彼が何かと絡んで来る理由はわかっている。

僕と来栖の関係が気に喰わないのだ。


「……べ、別に、その……」
「なに?」
「か、川原くんに迷惑は、かけてない……と思いますけど」
「かかってるんだよ。来栖の時間が割かれると、同じ生徒会の俺たち全員にな」
「…………」


つ、付き合ってられない。

疲れるだけだ。

僕は無視して、行こうとした。


「お前、小中と不登校だったんだって?」
「っ!」


足が強張るのがわかって、僕は立ち止まった。

かあっと顔が熱くなり、反射的に、責めるように来栖を見た。

来栖はすぐに、違う、とかぶりを振って、


「川原くん。急いでいるから」

「…………」


そう言われながらも、川原くんは僕から視線を外さなかった。

どこか口元がわずかに歪んでいる気がして、僕は、腹が立った。

でも、何も言い返すことが出来なかった。

そのまま、精一杯彼の言葉を無視して、背を向けた。


「…………」


聞こえるように打っただろう彼の舌打ちも、僕は無視して部室に急いだ。


……。

 

 

 

 



 



「違うからね」


部室に入って、僕たち三人きりになった途端、来栖がふっと表情を変えて僕に言った。

 



さっきまで貼りつけていた生徒会長の笑顔が消えていた。

……やっぱり。こっちが素だ。


「……何が」
「川原くんが言ってたこと。私が彼に言ったわけじゃないから」
「……別に、気にしてないよ」
「嘘」
「…………」


本当に、気にしていない。

あのときの僕とは、何もかもが違う。

 



「ま、まあまあ。で、何? 副部長。話があんでしょ?」

「…………」


伊藤の言葉に、来栖は切り替えるようにため息をついて、


「……拓留。あなた、ちゃんとご飯食べてるの? 少し痩せたんじゃない?」


……は?

いきなり、なんだ。


「これから、どんどん寒くなって来るでしょう。住んでるところの防寒対策とか、ちゃんとしてるんでしょうね」


う……。

駄目だ、小言モードだ。

 



「進路調査、結局就職で提出したんですって? 進学で提出しなさいって言ったのに。勉強できないわけじゃないんだから。確かに今からだと厳しいけど、受験なら私が面倒見るってこれも前に言ったでしょう」

「……調べたの? ……というより、話って、それ?」

「どうなの。ちゃんと食べてるの?」

「た、食べてるよ。大丈夫だって」


手を振って強引に話を打ち切った。

昔みたいに六時間も延々説教されてこちらの人生を全否定された挙句に、罰当番で強制労働させられるわけにはいかない。

来栖は全然言い足りない様子で僕を見ていたが、しばらくして、

 



「あなた、先週の金曜日、学校サボったでしょ」


……え。

なんだ、そんなことだったのか。


「……サボったよ。別に問題ないだろ」
「あるに決まってるでしょう。どこで何してたの」
「…………」
「ストレージにアップした画像。あれを撮りに行ってたんじゃないの」


くそ。やっぱりそれか。

確かにカラオケボックスから撮った画像は、先週の金曜日に学校をサボって撮ったものだ。

朝から張り付いて、マンションの管理人が部屋のカーテンを開けるのを待っていた。


「……苦労したんだ。でもおかげで、警察以外まだ誰も見てない現場の画像を撮れた」
「こういう事件ばかり追いかけるのはやめなさいって前から言ってるでしょう」
「…………」


新聞部の副部長である来栖は、僕や伊藤の新聞づくりのスタンスに以前から反対していた。

僕たちが追いかけているのは、主に渋谷で起こった犯罪やそれにまつわるであろう物事だ。

地震後に渋谷に溢れ、今もその問題が続いているホームレスへの暴行。

不自然に多い監視カメラを街中に張り巡らせた復興企業が、何かを企んでいるのではないかという都市伝説の噂。

未だに犯人が捕まっていない、連続の不審火。

そして、今回の“不可解すぎる連続猟奇事件”。

一方の来栖は、高校生による学生新聞は犯罪などとは対極にあり、健全であるべきと主張し、有言実行で真面目な記事を書き、その動画を創っていた。

例の学生新聞コンクールで特別賞を受賞した、渋谷復興を特集した動画は、来栖が主導で作成したものだ。


「……拓留。今回、あなたおかしい。学校をサボってまで事件を追うなんて、今までなかったでしょう」


……それは、そうだけれど。

でも、理由なんて言わずもがなだ。

目の前に、こんな大きな謎が運良く転がり込んできたんだぞ。


「……今回に関しては学校をサボるのもしょうがないよ」
「なぜ」
「だって、新聞部を立ち上げてから初めて起こった渋谷での大きな事件じゃないか。こんなおいしいネタ──」
「おいしい?」
「ひっ……!」

 



そ、その顔はダメだ。

怖い。

僕はそばにあった伊藤の身体をぐっとつかんだ。

 



「おい、盾にすんなって! ……え、盾なの!? てか副部長なにその顔?!」

「おいしいですって? 人が死んでるっていうのに?」

「ち、ちがいます……すいません……」


ち、近寄るな。

ほんとダメだって……!


「押すなって……! ちょっと待てマジで盾なの?!」

「やばいやばい」


あの表情は本当にダメだ。

女帝は女帝でも鬼を仕切る鬼の女帝だ。

鬼に会ったことはないけど、とにかくそれくらいなのだ。



「もう一度言ってくれる? よりによってあなたが、人が死んでおいしい、ですって?」


ま、まずい。

なんとかして、止めないと──

 



と、空気が耳を撫ぜる音がした次の瞬間、


「え…………」

「あ」

 



「…………」


最低のタイミングで、風が部室を吹き抜けていった。

来栖がおさえることすらしなかったおそらくは貴重な時間を、その場に放り出して。


「…………」

「…………」

 

テニス部女子「はーい、サーブ一本ー!」

テニス部女子「とれるよー!」


来栖と目があったまま、それまで意識になかった、開け放たれていた窓の外の音が聞こえてきた。

特別棟の屋上に設置してあるテニスコートだ。

テニス部だろう。

 





「…………」


……何か、喋らなくては。

み、見てないとかでいいのかな、こういう場合……。


「ふ、副部長……?」

 



「…………」

「し、白なんですね……。はは。イメージ通りというか」


馬鹿! 死ぬ気か!


「私の下着の色が何色か、今関係あんのか──」

「ひぃ!」


突然走った音に首がすくんだ。

ごめんなさい。ごめんなさい。


「…………?」


と、気づいた。

てっきり来栖が壁を蹴るなり伊藤を殺すなりしたと思ったけれども、そうじゃない。

部室の奥から聞こえてきている。

 



「あの子は……まったく……。香月、来てたの?」


ドン!

 



「香月! ……そうか、ヘッドホン……」

 



来栖はため息をついて、陰に隠れていた奴がいつもしているヘッドホンを取り上げると、


「……エンスー2でイラついたからって壁を殴るのはやめなさい。何度も言ってるでしょう」

 



「……ん」
「壁へこんでるじゃない、もう」


香月華(かづき はな)。

新聞部、唯一の一年生。

それより、これはチャンスだ。

赤くなった香月の手を、さすってあげている来栖に、


「……とにかく、僕は事件を追う。発見があったんだ。もしかしたら、大きな手掛かりになるかもしれない」

「…………」


来栖は、一瞬こちらを強く睨みつけたが、

 



「おお、マジか! よし、すぐ準備する。聞かせてくれ。ぜひ聞かせてくれ!」


地獄から逃げ出したい伊藤がわたわたと部の共有PCの元に向かい、場を遮った。

僕は少し来栖と視線をぶつけあってから、


「……PC立ち上げて、ストレージの画像プリントアウトしてくれ」

「りょ、了解だ!」


伊藤は不必要に大声で応え、PCのスイッチを入れた。


「…………。もう殴らないこと。いい?」

「ん」


来栖は香月に言い含めたあと、一人元気に空回りする伊藤が不憫すぎたのか、こちらを止めることをせず、けれど不機嫌を隠そうともせずに腕を組んで壁に寄りかかった。

聞いていくつもりらしい。

あるいは逃がさないつもりだろうか。


「……お前、後で飯奢れよ」
「……なんで。嫌だよ」
「盾にしやがって、気まずすぎんだろ……! こんなもん10ー0の巻き込み事故じゃねえか……!」
「そ、それは謝るけど……。でも今回はまだましだ。手が出なかったから」
「え……手って……副部長?」


頷いた。

 

品行方正で見なから慕われている来栖だが、実はかなり短気なのだ。

僕は本気でビンタされた回数は両手には足りないけれど片手に余る。

そのことを伊藤に告げると、


「マジか……。そんなん、なんて言うか……ありなの? そんなことする女子高生ほんとにいんのか……。ヒスかSっ娘手前じゃん……」


「ねえ。あなたがた、陰口は聞こえないように言えって言われないの」


ヒス手前がこちらを見もせずに言った。

 



「い、いやあ、その台詞を言ったことはあるんだけどね。それもついさっき、教室で。はは……」

「そう」


そして来栖は沈黙した。

……怖すぎた。

動くと殺される気がした。


「……奢りだ。決定だ。大盛にデザートだ。異論は認めん」
「5-5じゃん、今のは……」


というか、余計な一言をもらしたのは伊藤じゃないか。


「……なあ」


なんだよ。


「……見たか? 見たよな?」
「み、見てないよ」

 



嘘だ。

本当はばっちり見てしまった。

白かった。


「…………」


視界の隅でこっそりと来栖を見る。

確かに、イメージ通りというか、なんというか。

とは言え、見れたのは一瞬。

僕の見間違いだった、ということも有り得る。

脳内にしっかり焼き付けておけば、今後このような突発的な出来事に遭遇しても、我を失うことなく冷静でいられるかもしれない。

だから僕は、再びの幸運に期待した。

もしその幸運が訪れたら、そのときこそ僕は、情強としてふさわしい態度を取ろうと誓った。

情強は、女子の下着を見たという短絡的な出来事ぐらいであたふたしない。

むしろそういうときこそ、沈着冷静な振る舞いを求められるのだ。


「ん?」


伊藤がPCとプリンターを立ち上げた音を聞いて、香月がいつものようにこちらにとことこと寄って来た。

 



部で一番PCのスキルがあるのは、このほぼネトゲ廃人の香月だ。

香月がいるときは、この共有PCを使った情報整理や情報検索は基本的に彼女に任せているのだけれど、


「香月、手伝わなくていい。この件については部の活動と認めてないから」

「…………」


そうなの? という感じで香月がこちらを見て来た。


「あーと……。う、うん。そうなんだ」


来栖の語調に負けてそう言うと、香月はやはりいつものように、ん、とだけ言って離れていった。

香月はヘッドホンをして、部屋の隅に行き、またボタンを連打し始めた。


「…………」


……相変わらず、あいつとのコミュニケーションはよくわかんないな。

というか、会話したのも久しぶりな気がした。

これを会話と呼ぶとしたらだけど。

香月が新聞部に入って半年、ゲーム好きで無口でPCに詳しいということ以外、全くよくわからない。

結局伊藤が画像をプリントアウトし、僕はそれを受け取って、来栖の気が変わらないうちに、そそくさとコルクボードの前に立った。

 



ええと。

来栖も聞くのなら、最初からいったほうがいいだろうか。

 



来栖は事件に興味はないだろうけど、かといって置いてけぼりにして更に不機嫌になったりしたら今度こそ伊藤を盾にしても足りない。

 



「……い、今、僕らが追っている事件は二つ。まず一つ目は、今月の7日に起きた、ニコニヤ生放送公開自殺事件。通称『こっちみんな』。……場所は、ここ。神南。事件の内容は、名前の通り。ニコニヤ動画で生放送をしていた男が、放送中に突然自殺した。厳密に言うと完全に自殺と決まったわけじゃないんだけど、死んだときの状況から、そう言われてる。名前は、大谷悠馬。21歳。『俺氏、未来が見えてしまう件について』っていう、預言者もどきみたいな放送を定期的にやって、結構アクセス数を稼いでいたニヤ生主。で、その状況だけど……。まず、放送中に大谷氏はコメントを設ける時間をとって、いったんカメラ前から姿を消す。その後、ドアがノックされて誰かが来たらしい音を、わずかだけどマイクが拾ってる。聞き取れないけど、何かを話す声も。そしてカメラ前に戻って来ると、右腕が半分なくなってた。細かく切断されて、自分が持ってきた皿の上に乗ってたんだ。そして、その指を自分で食べた。まるで痛みを感じていない素振りで」

「…………」

 

来栖の表情がわずかに変わった。

そこまではまだ知らなかったんだろう。

公開自殺ということくらいはTVでも大々的に報じられているから知っているだろうけれど、事件の細かい経緯は、あまりに猟奇性が高いためかTVではまだ報じていなかった。

が、こんな情報はネットではいくらでも落ちているし、そうなれば公に全部を取り上げるのも時間の問題だ。

そもそも、問題の映像があちこちに出回ってしまっている。

 



「そして、少し経ってからいきなり苦しみ出して──死亡した。見ていた人は事件として発覚するまで、イタズラか何かだと思っていたみたい」

「出血性ショック死な。警察の発表でもそうなってたし、昏倒するまでの時間を考えても間違いない」

 

伊藤が補足した。

こういったことに関しては伊藤は僕より詳しい。

殺人犯の手記やら猟奇事件のノンフィクションやらを、僕の十倍は読んでいる猟奇マニアなのだ。


「何らかの理由で精神が錯乱した上での自殺って見解が濃厚らしいけど、警察は自殺の直前に部屋を訪ねてきた誰かを探してるらしい。もしかしたら、自殺幇助や自殺教唆の疑いがあるんじゃないかって」


日本では、自殺しようとしている人間を見殺しにしても、殺意の立証がされない限り基本的に罪には問われない。

だけど、自殺の手助けや自殺を促す行為は犯罪とされている。

その点から、警察は大谷氏が直前に会った人間を追っているはずだ。


「…………」


黙っているが、来栖は一応視線をボードに向けて聴いている様子だった。

大丈夫っぽい。次だ。

 



「二つ目は、19日に起きた事件。死体の状況から『音漏れたん』っていう通称がついてる。場所はここ。神泉。名前は、高柳桃寧。20歳。ニコニヤの歌ってみたの歌い手で、最近ネットで有名になって来てる、アニメソングのコピーバンドのボーカル。復興祭のステージで歌うことも決まってた。バンドの派手な衣装を着たまま一人でストリートライブもしていて、晴れの日は毎日決まった場所、決まった時間で演奏していたらしい。その日は、いつもの場所にかなり遅刻して現れて、ライブを始めた。だけど、何か様子がおかしかった。声が小さくて、いつもの感じじゃなかったらしい。そして、結局、ライブの最中に──死亡した。こっちも失血死。ライブを始める前から、お腹を刺傷していたんだ」

「…………」

「妙なのが、やっぱり遺体の状況で……伊藤、再生してくれ」

「おう」


伊藤がPCを操作した。

しばらくして、

 



女性「きゃー! いやーっ!」

女性「は、マジで? マジで!?」

男性「死んでるって! マジで死んでるって!」

男性「救急車呼べって!」

女性「……とう。ゆっ……して……」

 

「…………?」


音声を聞いた来栖が疑問を浮かべた。

聞き取れなかったようだ。


「あーそっちじゃなくて、渋谷にうずが音声いじってアップしてくれた方」

「ああ、そっちだよな。えーと……」

 

 



女性「きゃー! いやーっ!」

女性「は、マジで? マジで!?」

男性「死んでるって! マジで死んでるって!」

男性「救急車呼べって!」

「ありがとう。ゆっくりしていってね。ありがとう。ゆっくりしていってね。ありがとう。ゆっくり──」


「…………?」


表情が変わった。

今度は聞こえたらしい。


「『ありがとう。ゆっくりしていってね』、常連のお客さんによれば、いつも彼女はこの一言からストリートライブを始めていたんだって」

「ニヤ動ユーザーだからな。なんでも、歌ってみたの歌い手の中では、彼女のライブが一番だって、最近評判だったらしいぞ」


来栖は、僕と伊藤の言うことなど聞いている素振りを見せず、問題の声が聞こえてきたPCの画面をずっと睨んでいた。


「今のは……?」

「悲鳴は、死体を発見したお客さんたちのもの。動画で撮っていた人がいたんだ。で、今のは高柳さん自身の声で──お腹に埋め込まれていた小型のスピーカーから聞こえてきたんだ」

「…………?」


よくわからない、という顔をする来栖に伊藤が、


「つまり、その日のライブは最初っから、録音されたものだったんだよ」

「後で発見された証拠によると、彼女はコンビニで売ってるカッターで、自分で自分の腹を割いて、BLUETOOTHのスピーカーを埋め込んだらしい。ガムテープで止血とも呼べない適当な応急処置をしたあと、来ている服と衣装でその傷を隠して、ライブを始めたんだ。最初は、録音した自分の声に合わせてギターを弾いていたらしいんだけど、途中からは歌声だけになった。それからはうつむきっ放しだったみたいだから、そのときには既に死亡してたんじゃないかな。だけどお客さんは様子がおかしいとは思いながらも気づかずに、ずっと聴き続けて──彼女のポケットに入れていた携帯音楽プレーヤーが、傷から流れた血液で壊れたのか、最初からそういう設定だったのか──とにかく、さっきの音声トラックがリピート再生されるまで、死んでいるとは気づかなかった」

「…………」


来栖の表情に、若干の居心地の悪さと不可解を訴えるものが混じっていた。

当然だろう。

こんな事件、聞いたこともないのだから。

僕はしまっていた興奮を隠しきれずに、


「な、すごいだろ?」

「…………」


来栖は同意せず、考え込むように眉根を寄せた。

心なしか、組んでいる腕が自分を抱きしめているように見える。

ん……。

どうしたんだろう? 気味が悪すぎたかな。


「で?」

「ん?」

「ここまでは単に、これまでの事件の整理だろ。発見ってのは?」


そうか。そうだった。

僕はPCを操作して、ある画像を連続でプリントアウトする。


「……当然だけど、両方とも事件の目的はわからない。今のところ唯一の不審人物である、大谷氏の部屋を訪ねてきた人間が何者で、何を考えて、何を話したのかも見当がつかない。でも僕は、この妙な事件はまだ続くと思う。被害者の共通点からの推測でしかないけどね」

「は!? マジか!?」


椅子に座っていた伊藤が仰天して立ち上がった。

まあ、無理もない。


「共通点に関しては散々話し合ったろ。わかったのは渋谷に住んでることと、ニヤ動のユーザーだったこと。あとはまあ、二人ともある程度の知名度があって、自殺した状況が異常だってことくらいか。でも、そんなもんじゃそれ以上のことは何も見えてこなかっただろ」

「気づかないか? 別の共通点」


僕はコルクボードを示しながら言う。

伊藤は、思いきり不機嫌な気配を全身から出して、


「ぐ……。偉そうにしおってからに……。そもそも、こっちの気を引くようにプリントアウトしてるやつはなんだ」


ふふん。

そのくらい悔しがってくれないと発見した役得がないってものだ。

まあ、僕もこれに気づいたのは昨日だったけど。

 



「焦らさなくていいから。何を見つけたの」


来栖が急かした。

なんだかんだ言ってここまで聞いた以上、気になるのだろう。

お、プリントアウトし終わったかな。

 



「っ!」


いきなり、目の前に香月が立っていた。


「ん」


ぶっきらぼうに、プリントアウトし終わった画像を差し出してくる。


「あ、ありがとう……」

「ん」


更にずいっと、何かを目の前に出される。

 



……ロリポップ


「…………」

「…………」

「……く、くれるの?」


こくんと頷く。


「……どうも」

「ん」


自分の世界で謎のコミュニケーションをしているらしい香月は、そのままコルクボードの前まで来ると、

二つの事件の概要が書かれたプリントを指で叩いた。


「香月……? どうした?」


伊藤が香月に尋ねる。


「…………」


繰り返し香月は概要を叩いた。

その指が示している場所を見て、僕は頷いた。


「……そう。日付だよ。7日。19日」

「……?」

「共通点。9月7日と、9月19日。渋谷で発生した異常な事件。わかるだろ?」


僕は伊藤を見て続けた。

本来これは、伊藤が先に気づくべきものだったんだから。

しばらくして──


「あ……」


伊藤が動きを止めた。

気づいたらしい。


「うん。猟奇マニアのお前なら、わかるだろ」

 



僕はそう言って、コルクボードの地図に、先ほどプリントアウトした画像を貼っていく。

 



「9月7日。集団ダイブ」

 



「9月19日。妊娠男」

 



「9月29日。張り付け」

 



「10月10日。ヴァンパイ屋」

 

 

「10月23日。ノータリン」

 



「10月28日。美味い手」

 



「11月4日。DQNパスル」

 

 



「ニュージェネレーションの狂気……」


そう。

今から6年前の2009年。

渋谷地震が11月6日に発生する直前に、渋谷で立て続けに起こった連続猟奇事件。

キャッチコピーは、現場に残されていた文字である『その目、だれの目?』。

通称、ニュージェネレーションの狂気。

当時、事件現場になった渋谷のみならず、日本中の関心を攫った事件だ。

僕はその時小学六年生で、大多数の人間と同じように、ネットにかじりついて事件の経過を追っていた。


「日付が、6年前の事件とぴったり一致してるんだ。事件も自殺っぽいっていう内容はともかく、猟奇的だという点で同じ」

「……偶然でしょう」

 



絞り出すように来栖が言った。

ちょっと様子がおかしい。

自分を抱きしめている腕が、深く食い込んでいた。


「……副部長?」


気持ち悪い写真が続いたせいだろうか。

来栖が明らかに震えていた。

そして、それを抑えるように力を込めて、


「……なんでも関連付けて大きくしたがるのはやめなさい。二つ、たまたま一致しただけでしょう」

「……偶然かそうではないかはすぐにわかるよ。ニュージェネ第3の事件が起こったのは、9月29日。つまり──今日だ」

「…………」

「もし今日、渋谷でまた妙な事件が起こったら、そのときは間違いない。偶然が三つ続くなんて、放っておける要素じゃないだろ」


スマホが鳴った。

僕のだ。


「はい、もしも──」
『事件だ! いや、事故? と、とにかくタクの言う通りのことが起きたかもしれないんだよ!』


その報告を聞いたとき、僕はどくんと胸が高鳴るのを自覚していた。


……。