ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【11】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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2015年10月10日(土)

12時28分。

碧朋学園分棟、未使用教室──

 

 

「何もないところですいませんが、ここでお待ちいただけますか」

「いえ、早く来てしまったのはこちらですから」


そう言って渡部が会釈をすると、職員室からここまで案内して来た男は、会釈を返して部屋を出て行った。

名前は聞いたがすぐに忘れた。優男の普通のどこにでもいる教師。

渡部にとって、認識はそれで十分だった。


(しっかし……なんでもねえところだな)


内外から注目されていると聞いていたが、入ってみれば多少小奇麗なだけの普通の高校だ。

途中、どこかの局のTVカメラが生徒にインタビューしていたが、訊くべきことがあるとは思えなかった。


(ま……多少は見どころのあるやつらもいるみたいだが)

 



一応、文化祭の取材という名目で来ている以上、それらしい写真は撮らなくてはいけなかった。

どこでも良かったので校舎を適当に歩いていたら、ゲロカエルんをモチーフにした喫茶店をやっている教室の前で、ちょっとした騒ぎになった。

次々にサインや握手を求められた。そこのクラスはほとんど全員が渡部の名前を知っていた。

渡部の大ファンだという女子とは、写メまで撮ってやった。

内緒だよと言い添えたときに、無邪気に笑顔を浮かべていた。

それでいい。凡人はそうでなくてはいけない。



「……もっと上に行ってやる」


渡部が今回の件に関して、オンラインの友人から提案を受けたのは、ついこの間だった。

一連の事件の力士シールに気がついて記事をまとめていたとき、忌々しいことにこの学校の新聞部がほぼ同様の内容をタッチの差ですっぱ抜いた。

公開は諦めたがせめて誰かにと思い、その友人に記事を見せたところ、これは是非アップロードするべきだとの助言を受けた。

確かに、記事の内容には自信があった。新聞部が遠くからしかおさえきれなかったラブホテルの力士シールも、渡部はおさえていた。

しかし、後追いだとパクりだと思われてしまう恐れがあった。しかしその友人は更に続けた。

『その炎上を利用してこそお前だろ』と。

挑発的な言い方に、渡部はむしろ興奮した。よく俺のあるべき姿がわかってるじゃないか、と。


(……所詮は、高校生の一部活だ)


この後の対談でどう丸め込めるかだが、渡部はどう転んでも自分の知名度を更にあげる自信があった。

最上の結果は、実はやっぱり新聞部のほうがパクリでしたという流れだろうか。

ニコニヤ動画に新聞を定期的に上げている部活だ。こちらのことは知っているはずだから、今後の記事の執筆の手伝いでもぶら下げれば、あっさり食いついてくるだろう。

うだつの上がらない生活から、ようやくここまで来た。

自分は、どんなスクープでも創り出せる。

この力は、一流のジャーナリストを目指していた自分に与えられた天恵だ。

これまでのマスコミ業界の歴史で、ネット記者が警察や新聞社、TV、雑誌などの記者に先駆けて犯人を特定した例はない。

かつて週刊誌の人間が警察より先に犯人をすっぱ抜いたときは、日本中が大騒ぎになった。渡部は、それを超えたかった。

 



(……あとは、警察へのコネがあれば完璧だな)


唯一の不安は、今回のラブホテルの事件だった。

現場に突撃した際、警察官ともみ合っているうちに、カメラのピントがずれてしまい、肝心の力士シールが一部不鮮明になってしまっていた。

それを参考に今回のスクープを創り出したが、警察関係者で力士シールに注目している奴がいて──。

くわえて渡部の記事を仔細まで確認する酔狂な性格の持ち主だった場合、不信感を抱くかもしれない。


(ま……大して違ってはいないだろうからな)


本当に喜ばれるのは真実ではない。

美談で脚色され、真実の皮を被った虚実なのだから。


トン、トントン、トン……。


「ん……?」

 



その音が聞こえたとき、渡部はとっさに自分の中のスイッチを余所行きに切り替えた。


「はい、どうぞ」


コン、コンコン、コン……。


「どうぞ」


相手はいっこうに開こうとしなかった。返事もなかった。

 

渡部は聞こえないように毒づきながら、しかしあくまで微笑みを浮かべ、ドアに向かった。


…………。


……。

 

 

 

 



「な、なんですか、あれ!? なんなんですか!?」

「わ、分からない……っ」

「う、あ……?」

 

「うぐおっ……うがあああああああああああああっ」


男子生徒「うわああああ!」

男子生徒「わぁぁーーーっ!」

男子生徒「うおわぁぁっ!?」

女子生徒「きゃぁぁあーー!」

女子生徒「きゃーーーーっ!」

女子生徒「きゃあああああ!」

 



生徒たちが一斉にパニックを起こし……体育館に阿鼻叫喚が満ちた。

その中で、渡部の身体が、まるでスローモーションのように床に崩れ落ちた。

だらりと投げ出された足。

死の恐怖に見開かれた眼。

その眼からは血の涙──。

そして──。


「あ、あれは……っ」

「そんな……」

 



「っ……!?」

「力士、シールっ!?」

「き……きゃあああああーーっ!」


そう、それは大量の力士シールだった。

すでに絶命していると思われる渡部の口から、ゲホッゲホッという逆流音が響き、ぐちゃぐちゃになったシールがこぼれ出続けていた。


「うああっ……」

 



心臓がばくばくと早鐘(はやがね)を打つ。

噴き出した冷たい汗が背中を伝う。

喉まで出かかっている恐怖の声が、何かにせき止められているかのように、口から出て来ない。


「け、警察……電話……っ!」

「……あ、ああ……」


渡部の見開かれた目は虚空を睨み、ピクリともしない。

その狂気をはらんだ死相から、目を逸らしたい。

でも、逸らすことが出来ない。


「警察って、何番……? そ、そうだ、117!」


って、違う! 警察は──!

あ、あれ、何番だ? 117じゃなくて、119!?


──「おい」


「え?」

「え?」


いきなり声をかけられ、僕たちは、ようやく渡部の遺骸から視線を切り離すことが出来た。

出口へ殺到する生徒たちをかきわけ、ひとりの女生徒が僕らに近づいてくる所だった。

……女生徒? いや、それにしてはひどく大人びている。

しかも、着慣れた感じで白衣を羽織っていて……その眼光の鋭さとあいまって、一瞬、もう監察医がやって来たのかと錯覚した。

 



「いったい何があった?」


彼女はゆっくりと体育館内を眺め、そして──舞台上に転がる渡部の遺体で、その視線を止めた。


「あれは……?」


そして、眉一つ動かさずに行った。

 



「やったのは、お前たちか?」


…………。


……。

 



第4章

お話の裏側が妄想を始める

-Her Words-


……。

 

「なるほどな。じゃあ、被害者──渡部さんは、時間になっても体育館に現れなかった、と」

「……はい」

「そこで、宮代くんと香月さん、それから有村さんが待っていたところ、彼がいきなり舞台に上がって来て……そこで事件は起きた。間違いないね?」

「は、はい」

「ん……」


……あの後。

呆然としている僕らを尻目に、全ては慌ただしく進んだ。

 

 

いきなり現れた黒髪の女性がすぐさま神成刑事さんを呼び、すぐに駆け付けてきた神成さんが、所轄署に連絡。

僕たち新聞部は、渡部と対談する予定だったこともあって、一応、部室で事情を訊かれていた。

 

その間、生徒たちの大騒ぎする声や、何台ものパトカーのサイレンなどが聞こえて来たけれど、しばらくして、だんだんと静かになっていった。

たぶん、学園全体が警察によって封鎖されたんだろう。

文化祭がどうなるかについては、いまのところまだアナウンスはない。

けれどこんな事件が起こってしまったんだ。

おそらく中止は免れないと思う……。

 



「で? 伊藤くんと尾上さんは、事件の前に、渡部さんの控室へ行ったんだよね? 渡部さんとは会わなかったのかい?」


『え!? まさか、俺、疑われてる!?』


とでも思ったのか、伊藤はいきなり挙動不審になって、


「で、で、でもっ。控室には誰もいなかったんす。な、尾上?」

「う、うんっ。部屋は空っぽでした」

「生徒会の役員は? 渡部さんの世話をしてたハズだろう?」

「そ、それもいなかったです」


ぷひゅひゅ、ぷひゅ~……


世莉架も、突然の質問に動揺しているのか、例によって、ゲロカエルんストラップを無意識にいじり始めた。


──「おい、お前」


「う?」

 



「不愉快な音を立てるな。うるさい」

「え? ふわっ、ごめんなさい」


指摘されて気付いたらしく、あわててストラップから手を放す。

 



「尾上、落ち着け。誰もお前を疑ったりしないって」

「う、うん……ありがとう、タク」

「有村さん? 2人の言ってることは本当かな?」

「ええ、嘘じゃないですね。本当に誰もいなかったみたいですよ」


有村さんは、ハッキリと答える。

まるで、全てを知っているかのような顔で。

しかも、それを聞いた神成さんは、なぜか納得したようにうなずいた。


「そうか、了解だ」

「……?」


不思議なことに、事情の聴き取りが始まってからずっと、有村さんの言葉だけは全て、すんなり信用されていくように見える。

それだけ、彼女との間に信頼関係があるということなんだろうか?

 



「一応、訊いておくが……有村さん。キミは体育館に行く前は、何をしていたんだ?」

「何言ってるんですか? 直前まで、あなたたちと一緒にいたはずですけど。もしかして忘れてます? もしそうなら、脳の精密検査を受けることをお奨めしますけど?」

「あ、いや。もちろんわかっているさ。ただ、念の為、というやつで」


有村さんの冷たい言葉に、神成さんは困ったように頭を掻いた。

前言撤回。

どうやら有村さんと神成さんの間には、あまり信頼関係はないらしい。むしろ、有村さんの扱いに手を焼いているようにも見える。

だったら何故、有村さんの“言葉だけ”信用するんだろう?

そこはかとない違和感が……。

それと、もうひとつ。

有村さんは、直前まで神成さんたちと一緒にいたって言う……。

 

確かに、渡部が舞台の上であんなことになってから、神成さんたちが来るまでに、ほとんど時間がかからなかった。

でも……刑事さんが、どうして都合よくこの文化祭にいたんだ?


(まさか……最初から何かが起こると予想してた!?)

 

そして、事前に有村さんと接触を……?


「ふむ。状況から考えると、君たちが彼の死に関与してることはなさそうだ。しかし、そうなると誰が──」


誰がどうやって、そして何のために、渡部をあんな風に殺害したのか──。


「渡部さんが舞台に上がって来た時、怪しい人を見たりしていないか?」

「は、はい、誰も……」

「君はどうだ?」


壁に背を預けて腕を組み、僕たちのやりとりを聞いていた黒髪の彼女が、顔を上げた。


「残念ながら……。私が駆けつけた時、現場はパニック状態だったからな」



見た目と同じく、ひどく大人びた口調で言う。

たぶん三年生だとは思うけど……学園内で姿を見るのは初めてだった。

制服の上に白衣を着ているのは、生物部とか科学部とか、そんな部活に所属しているからかも知れないけど……でも、一介の生徒が、どうして刑事さんと一緒に、ここに同席しているんだろう?

 


「まったく。面倒なことだ。お前たちが犯人だったら、簡単に済んで良かったんだが」

「それ、どういう意味です?」

「どうもこうも、そのままの意味だ」

「私からすれば、あなたのほうが怪しいですけど?」

 

「私は犯人じゃない。……ほら、どうだ? 私が嘘をついているかどうか、お前が“一番よく分かってる”はずだが」

「チッ……」


有村さんが、露骨に舌打ちをする。

でも黒髪のその人は、全く意にも介していないようだった。


「まあまあ、久野里さん。それくらいにしといてくれ」

「……ふん」


どうやら彼女──久野里さんという名前らしい──と、有村さんは顔見知りのようだ。けれども、お互いを快く思っていないのは、今の会話を聞けば明らかだった。

しかも、なぜか──


「おい、お前?」

「え? あ……は、はい、僕……ですか?」

「他に誰がいる」

「それは……」

「さっきから、何をジロジロ見ている」

「い、いえ……別に……」

「だったら下でも向いていろ、鬱陶(うっとう)しい」

「は……い……」


──なぜか、久野里さんの敵意は有村さんだけでなく、僕にも向けられているようだった。


(いったい、なんなんだ……)


僕が、何かしたって言うのか?

初対面の相手に、そこまで言われる覚えなんてないし。

 

(……って。いや、待てよ……)


それとも、初対面っていうのは僕の思い違いで、どこかで会ったことがあるんだろうか?

その時に、何か怒らせるようなことをしてしまったとか?


「…………」


だめだ。

思い出そうとしても……思い出せない。

ただ、不思議なことに、


(彼女の……声……)


あの声だけは、どこかで聞いたような気がする、

いったい、どこだったろう?


(……ダメだ。こういう時に限って思い出せない)


ものすごく、もどかしい。

確かに自分の中にあるはずなのに、必要な時に取り出せない『情報』ほど無意味なものはない。

有効に使えてこその『情報』だって言うのに。


「とにかく、もう一度確認させてくれ。君たちは、舞台の下で対談を待っていた。だが、いくら待っても渡部さんは現れず、伊藤くんと尾上さんが様子を見に行った。その後しばらくして、突然、渡部さんが舞台に上がって来て……そこで倒れた。間違いないね?」

「はい」


思わずあの時の、渡部の姿を思い出してしまう。

どこにも焦点が合っておらず、恐怖に目いっぱい見開かれた眼。

ダラダラと流れ落ちる血の涙。

助けを求めるかのように虚空に伸ばされた手。

そして──大きく開かれた口からは、吐血とよだれにまみれた『力士シール』

とにかく異常な光景だった。

隣に座る有村さんの様子を窺うと、やはり思い出してしまったのだろう、露骨に顔をしかめていた。

 



「両目から出血。口からは“異物”を嘔吐か。吐き出したのは『力士シール』と呼ばれる、妙なシールだったな? 検死は進んでいるのか、神成さん? 解剖はいつ行われる?」

「ちょっ……。子供たちの前で、そこまでは……」

「……。子供たちの前、か。フンッ」


神成さんが止めると、久野里さんは不愉快そうに鼻を鳴らした。


「……まぁ、とにかく。君たち新聞部には、全員ちゃんとアリバイがある。心配しなくていいからな」


その言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろした。

いくら自分たちが無実だとわかってはいても、もしかしたら冤罪で捕まってしまうんじゃないかという最悪の状況を想像して、戦々恐々としてしまうものだ。


「ただ、キミと有村くん、それと香月くんは、事件を間近で見た目撃者だ。申しわけないが、所轄の担当者が資料を作るのに協力して欲しいと言ってる」

「はいはい。ヤダって言っても、どうせ連れてくんですよね?」

「いや、別にキミたちは被疑者じゃないから……あくまでも協力をだね……」

「この前も、そんなこと言ってましたけど?」

「…………オホン。……しかし、なんだろうな、君たちは……?」


しばらく散髪に行ってなさそうな頭髪をぐしゃっと乱しながら、神成さんはごまかすように言った。


「え? 何がです?」

「前回の柿田さんの事件といい、先日の彼女──来栖乃々さんの刺傷事件といい、ここのところ、怪しい事件といえば必ず君たちが関わっている。これは偶然なんだろうか」

「それは……」


確かに神成さんの言うとおりだ。

来栖の事件は別としても……『回転DEAD』に続いて、今回もまた変死事件に遭遇した。

でも、僕たちはただ巻き込まれているだけだ。

そのことは、誰よりも僕自身が知っている。


「僕たちは本当に、たまたま……」

「たまたま?」


僕のその言葉を聞きとがめたのか、久野里さんが割って入ってきた。


「本当にたまたまなのか? お前たちが気づいていないだけで、何かある可能性は? 事件を呼び寄せるような何かが」

「…………」


何か言い返そうと思ったけれど、言葉がうまく出ない。

それくらい、この久野里さんという人の、僕に向ける視線は冷たいものだった。

くそ。いったいなんなんだ、この人は?


「あ、あのっ!」


なんだかだんだん腹が立ってきて、その勢いのままようやく口を開く事が出来た。

 



「僕、あなたに何か……!」

「なんだ?」


だがすぐに後悔した。やっぱ怖い……。


「ぅ……えっと、その……」

「言いたいことがあるならハッキリ言え。時間の無駄だ」

「っ……じゃ、じゃあ、訊く……訊かせて、もらいます、けど……その、僕……あなたに何か、しましたか?」

「ああ?」

「その、なんだかすごく、嫌われてるような……」

「…………」

「あ、いや、僕の気のせいだったら、えっと……す、すみま、せん……」

「気にしない方がいいですよ、先輩。この人は、誰に対してもこんな感じですから」


誰に対しても?

そうなのか。

だったら、別にいいんだけど──

 



「誰に対しても、というのは違うな。お前たちに対してだけだ」

「お前、たち……?」

「ああ、そうだ。お前たちだ」


それは、僕と有村さん、ということだろうか。

それとも……?


「あの? もしかして以前どこかで……?」

「いや、お前のその辛気臭い顔を見るのは、初めてだ」


くそ!

だったら、なんでそこまで言われなきゃならないんだ!


「っ……あー、とにかく、手口から見て今回の事件も、これまでの猟奇事件との関連性が疑われる」

 



「『ニュージェネの狂気の再来』、すか?」


渡部の、あの異常ともいえる死の様相。

そして今日──10月10日というこの日に起きたという事実。

神成さんが言うように、確かに関連性があるかも知れない。


「ああ。司法解剖の結果を待たなければ断定は出来ないが、日付と犯行の異常性は一致する。──ところで、宮代くん? 訊いてもいいか?」

「あ、は、はい、なんでしょう、か」

「あのボードは君たちが?」

 



神成さんの視線の先には、僕たちが事件についてまとめている例の地図があった。


「はい、そうですけど……」

「ちょっと見せてもらってもいいかな?」


神成さんは僕の返事を聞くまでもなく立ち上がると、既にボードに向かって歩き出していた。

壁際でじっと腕を組んでいた久野里さんもそれに続く。


「これ、どう思う?」

「そうだな……」


そのままふたりは、何やらひそひそと話を始めてしまった。

耳を澄ませてみるが、どんな話をしているのか、会話の内容が聞き取れない。

仕方なく僕は、有村さんに耳打ちをする。

 



「あのさ……あの久野里って人、うちの生徒なのか?」
「…………」


何故か有村さんは、驚いたような顔で僕をじっと見つめた。


「えっと……僕、なにか変なこと言った?」
「いえ。先輩がタメ口だったから」
「あ……」


事件のせいで気が動転していたせいだろう。いつの間にか普通に話しかけていた。


「ご、ごめんなさい。つい」
「いえ、そのままでいいです。私は前からそうしてくれと言ってましたし」
「わ、わかりまし……じゃなくて、わかったよ。有村さん」
「有村」
「え?」
「さんもつけなくていいです」
「わかった……あり、むら……」


二人そろって異常な事件に遭遇した上、やたら偉そうな女が現れて
僕たちを敵視して来ているのだ。

敵の敵は味方──という心理なのかも知れないが、これまでなんとなく敬遠していた後輩に対し、ようやく普通に話せるような気がした。

 



「えっとそれで、何の話でしたっけ?」
「あ、だからあの人……」


ふたりは、僕たちの作った地図の前でまだ何やら話をしている。


「知らないんですか? 先輩と同じ3年生だそうですよ? といってもい、ほとんど学校に来たことないらしいですけど」
「学校に来ないって……不登校ってこと?」
「さあ。私もそこまでは」


僕たちと同じ学年か……でも、確かに、一度も学園内で見たことはない。

伊藤や来栖なら顔も広いし、知ってるだろうか?


「っていうか、そもそも何者なんだ? 僕たちのこと嫌ってるみたいだけど」
「さあ」
「さあって、知り合いなんだろ?」
「私も、この前会ったばかりで詳しいことは知りません。ただ……」
「ただ?」


僕たちの会話は、突然鳴り響いた携帯電話の音に遮られた。


「失礼」


神成さんがズボンのポケットから携帯を取り出した。

今どき、ガラケーだ。

そんな情弱で事件解決なんて出来るんだろうかと余計な心配をしてしまう。


「ああ。そうか……わかった。それじゃあ……」


どうやら呼び出しがあったようだ。

携帯を折り畳んでポケットに仕舞い、僕たちに向き合う。


「俺たちは先に失礼する。キミたちの迎えは少し後になると思うが……くれぐれも、協力、たのむな」

「はあ」

「ん……」

「わかりましたぁ」

 



「だから、そう面倒くさそうな顔、するなって。時間がかからないように手は打っておく。……それじゃあ、頼んだぞ」

「…………」


神成さんに促され、久野里さんも部屋を後にした。

去り際、僕たちを一瞥した瞳に冷たい光が宿っていたように思えたのは、気のせいではないはずだ。

部室に、静寂が訪れた。

みんな、なんとなく会話を交わす気にならず、スマホを取り出して眺めたり、雑誌を読んだりし始めた。

迎えの警官が来るまで、少し時間があるようなことを言っていた。

僕も、そうやって時間をつぶすしかないだろう。


「なあ……」


なんとなく有村に話しかけてみたが、聞こえなかったのか返事はなかった。

見ると彼女もスマホをいじっていた。誰かと連絡を取っているようだ。友人も多そうだし、文化祭がどうなっているのか聞いているのかもしれない。


(もう一度、事件の整理をしてみるか……)

 



「ねぇ、タク?」
「ん?」


ボードに貼られたマップの方へ行きかけた僕を、世莉架が止める。


「どうした、尾上?」
「『のーりょくしゃ』ってなんだろうね?」
「は?」


『のーりょくしゃ』……?

『のうりょくしゃ』?

……って、『能力者』か?


「なんだそれ? ラノベかなんかの話か?」
「ううん。さっき……えっと、しんどうさん?」
「神成(しんじょう)さんか?」
「うん。さっきしんじょうさんが、制服の上に白衣着た人と、そんなこと……」
「お前、2人の話、聞こえたのか」


確かに、さっき神成さんたちは、このボードの前でヒソヒソと話をしていた。

僕にはほとんど聞こえなかったけど、世莉架が座っていた場所からだと、言葉の断片くらいは聞き取れたらしい。


「力士シールの不可思議なげんしょーとか、のーりょくしゃがなんとか、とか。事件に関係あるのかなって」


このタイミングであのふたりが話していたということは、もちろん、関わりのあることだろう。

でも──『能力者』だって?

なんだ、その厨二病っぽい言葉は。

まさか、今回の一連の事件が、特殊な能力かなにかによって引き起こされているとでもいうつもりだろうか?


(いくらなんでも、警察がそんなこと真面目に……?)

 



「聞き間違えじゃないのか?」

「んー」


伊藤と香月も、胡乱(うろん)そうな目をしながら口をはさんでくる。


「そ、そうかなー。確かに、そんなふうに聞こえたんだけど……」

「なぁ、有村? えと、なにか心当たりはないか?」


時々、神成さんと一緒にいる彼女なら、何か知っているかも知れない。そう思って訊いてみたが、


「…………」

「有村?」

「えっ? あ~、なんですか、それ? 私、アニメとか見ないんでー」


特に興味なさそうな答えが返ってきた。

まぁ、『能力者』なんて言われたら、普通はそういう反応になるよな……。


「尾上。他に何か聞こえなかったか? 神成さんたちの話」

「他に? 他にはね、えーっと……」


世莉架が先を話そうとして、口を開いた。

が、扉が開く音でその声は遮られた。

 



「おーい、宮代くん、香月くんいる? それに有村くんも」

「先生?」

「よしよし、おとなしくしてるね。そろそろ警察に行くよ」

「え? 警察の人が迎えに来るんじゃ……?」

「引率係だよ。君たちは別に犯罪者じゃないし、あくまでもウチの生徒だからね。警察に呼ばれたなら、僕が連れて行くのが筋だと思って。どうだい? 僕っていい教師だろう?」


自分で言うな。普段の部活じゃ、顧問らしいことなんにもしてないくせに。

……と思いつつ、なんだか少しだけホッとした。


「それじゃあ、行こうか。……ああ、伊藤くんと尾上くんは、すぐに帰宅すること、いいね?」

「ういっす」

「はーい」


2人は、帰り支度を始めた。


「あの、先生っ」

「なんだい?」

「その、文化祭はどうなるんで……しょうか?」

「さあ。今ちょうど、会議中でどうなるかはまだわからないねえ……」


ただそれだけ言うと、先生はさっさと部屋を出てしまった。


「…………」


不思議だ。

どうして僕はあんなことを聞いたんだろう。


「文化祭なんて、別にどうでも良かったのにな」

 



「……嘘ね」

「え?」

「…………」


嘘? なにが?

言葉の真意を問いただしてみたかったけど、有村さんの背中は明らかにこれ以上の質問を拒絶していた。

そのまま、先生に続いて廊下へ出て行ってしまう。


「…………」

「どうかした、宮代くん?」


部室の外から先生の声が聞こえた。

 



「ん……?」


香月も『行こうよ?』というジェスチャーをして、僕の顔を見る。


「あ、えと……」


実は、僕にはどうしても気になることがあった。

つい今しがたの世莉架の話だ。

『能力者』だのなんだのと……あの神成さんや久野里さんが真面目に話していたという。

先生が入ってきたせいで、世莉架の会話は途中になってしまったけれど──。

その『能力者』とやらの話を、とるに足らない世迷言として、スルーしてしまっていいんだろうか? という迷いがあった。


「すみません、その……これから警察行くなら、けっこう時間かかりますよね?」

「んー、そうなるだろうねえ」

「だったら、貴重品とかまとめて、持って行っていいですか? 置きっぱなしっていうのもなんなんで」

「ああ、確かに。……有村くん、君も自分の教室へ行って持って来なさい。僕は、昇降口で待ってるから」

「はい」


パタパタと廊下を遠ざかっていく二人分の足音。

よし。これで、少しだけ時間がかせげる。

 



「おい、尾上?」

「う? どしたの、タク?」

「しっ。……さっきの話の続きだけどな。聞かせてくれないか?」


…………。


……。

 

 

 

 


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2015年10月10日 現在の参加者2人
【あみぃちゃん】さん【マックス・ケイディ】さん


【あみぃちゃん】さん

対象は


マックス・ケイディ】さん

事件の関係者として事情を訊かれています


【あみぃちゃん】さん

容疑者には


マックス・ケイディ】さん

その可能性はなさそうですが

さすがにそろそろ勘付いたかもしれません


【あみぃちゃん】さん

了解。継続せよ


マックス・ケイディ】さん

わかりました


--------------------


……。


2015年10月10日(土)

 



“死”の匂いにむせ返りそうだと感じ、神成は顔をしかめた。

渡部友昭の遺体は、事件発生から2時間もしないうちに、御茶ノ水にある大学病院に運び込まれ、解剖台に寝かせられた。

本来であれば司法解剖がこれほど迅速に行われることはなかっただろう。

通常、遺族の了承や法的な手続きなどが必要だからだ。

だが、渡部の死亡時の状況が異常すぎて、とにかく、一刻も早い死因の特定が求められた。

そのため神成は上に強硬に掛け合い、かなり強引に遺族に了承を取り付けて、電撃的な司法解剖に持ち込んだのである。

警察全体でも今回の一連の事件について、6年前の轍は踏みたくないと考えているようだった。

ただ、予定外だったのは久野里がそこで解剖に立ち会うと言い出したことだ。

いくらなんでもただの一般人──しかも女子高生──を1人で立ち会わせるわけにはいかず、こうして神成も付き合うことになった。

大学病院の解剖室は小ぎれいで掃除も行き届いており、海外の映画などで見られるジメジメした雰囲気などとはほど遠い。

にもかかわらず神成はこの場所に、目には見えない“死”の匂いが充満しているのを肌で感じていた。

現場で仏さんを見るのとは、まるで違う。

居心地の悪さすら覚える。

にもかかわらず、神成から見た久野里澪は、あまりにも平然としているように見えた。

神成と久野里は、解剖室のすぐ隣にある控え室からその様子を見つめていた。ちょうど壁がガラス張りで仕切られ、解剖室内の様子を見学することができるのだ。

すでに検死は済ませ、外景検査、内景検査を経て、胸部、腹部を切り開いての検査に移っている。


「君は、こうなることを予見していたのか?」
「予見?」
「今日は、わざわざ渡部の対談を見に行くと言い出したのはなぜだ? それどころか、有村雛絵にも、渡部と接触するよう昨日から指示していたんだろう?」
「ふん」
「まさか、実は君が黒幕だとかいうオチはやめてくれよ?」
「そうできるなら、そうしてもいいかもな」


久野里の目からは、その言葉が本気であるか否かを判断することができなかった。

神成にしてみれば、ここ数日一緒に行動しているこの女子高生がなにを考えているのか、いまだに理解できずにいる。


「渡部が殺されるかもしれないという予感はあった。予感を確信に変えるために有村に接触するように指示したんだ。だが、まさか今日殺されるという予想はしていなかった」
「有村雛絵が渡部に接触すると、なにが分かるんだ?」
「…………」


久野里は答えなかった。

神成からは警察の情報を流しているというのに。

せめてもう少し協力的になってほしいものだと、苦々しく思う。


「渡部はあの若さで、スクープを連発しすぎていたと思わないか?」
「あ、ああ、それがなにか?」


神成が聞き返したとき、解剖室の中から執刀医がうめく声が聞こえてきた。


『っ! これは……!』


解剖室内部の声はマイクで拾われ、控え室にも届くようになっているのだ。


「どうしたんだろう?」

『……こんなの、信じられない』

「どうしたんだ!」


神成はガラスを叩き、解剖室内部の執刀医になにが起きたか説明するよう促す。

執刀医はうなずくと、神成たちに遺体が見えやすいように立ち位置を変えた。それから分かりやすいように手に持ったピンセットを掲げる。

そのピンセットを、開腹された遺体の内臓部分へと差し込んだ。

神成や久野里が立つ位置からは、遺体の内部までは見えない。

執刀医はピンセットでなにかを挟み込んだようだった。


『見てくれ』


そう一言だけ告げて、ピンセットを持った手をゆっくりと持ち上げていく。

そこに挟み込まれていたものは──

 



とてもキレイな、力士シールだった。


『胃の中で見つかった』

「キレイすぎるな」


ねじれたりやぶれたりしていない。

シールはほぼ原形を留めていた。


『それだけじゃない。こんなのは……異常だ……』

「…………」


と、久野里はなにを思ったのか、突然解剖室へ繋がる扉を開けた。


「おい! 勝手に──」

 



着替えもせず、消毒もせずに解剖室に足を踏み入れるなど、許されることではない。それを注意しようとしたが、途中で口を閉ざした。

今はなによりも、執刀医が見たものを確かめるべきな気がした。

だからよくないことだと思いつつ、神成も久野里の後に続いて解剖室へと踏み込んだ。

 



執刀医は何も言わない。

ただ、遺体を前にピンセットを持ったまま立ち尽くしている。

さすがの久野里も、遺体の腹部をのぞき込んで愕然としていた。

神成も続く。


「これは……」


たまらず、口元をハンカチで押さえた。

あまりにも、異常な光景。

そこにあったのは、パンパンに膨れあがった胃。

メスで切り開いたその傷口から見える胃の内部には。

10枚どころではなく、何百枚という大量の力士シールが詰まっていた。


「まだちゃんと確認はしてないが、食道にも異常なほどの膨張が見られる。シールが、途中で詰まっている可能性が高い」

「考えられる死因は?」

「…………窒息死だろうな」

「つまりこういうことか? 渡部は、窒息するほど、何枚も、何枚も、何枚も──“力士シールを飲み込んでいた”、と」

 



執刀医も神成も、そのあまりにも不可解な事実に言葉を失っていた。


…………。


……。

 



僕と香月が警察署から戻ってきた時には、学園は、すっかり様子が変わっていた。

 



お祭りの雰囲気に浮かれていた校舎内も、今は閑散としてしまっている。

事件のあった体育館以外は、立ち入り禁止のテープもなくなっていて……どうやら一通りの現場検証や検視は終わっているらしい。

 

 

この様子じゃ部室に戻っても誰もいないかもしれないけれど、とりあえず──

 


「あ……?」

 



「あー。タク、華ちゃん、おかえりー」

「なんだ。思ったより早かったな」


そこには、世莉架と伊藤の姿があった。


「有村は?」

「警察から、まっすぐ帰った。……もしかして、僕たちを待っててくれたのか?」

「ははっ。誰が好きこのんで、野郎を待たなきゃいかんのだ。“香月のことを”待ってたんだよ」

 



「ん、んん……」


香月が、伊藤に向かってペコンと頭を下げた。


「華ちゃん、騙されちゃダメだよー。真ちゃんは、片付けに時間がかかってるだけだから」

「ん-?」

「こらこら。言うな、お前は」


まぁ、そんなことだろうとは思った。けど。

でも、少し……いや、かなりホッとした。

あの時見てしまったおぞましい遺体のビジョンが、まだ脳裏に残っている。

ともすれば、朝から何も食べていない胃の奥から、酸だけが逆流してきそうになる。

そのせいで、食道あたりがキリキリと痛んだ。

そんな精神状態の中、みんなとこうして馬鹿話が出来るだけでも、ずいぶんと救われる気がする。


「あ、でも片付けってことは、やっぱ中止なのか、学祭?」

「うん。タクが出てったあと、アナウンスがあって」

「そうか。もしかしたら延期って可能性もあるかと思ったんだけど」

「ま、しゃーねーわな。なんたって殺人だからな」


しかも、今話題になっている一連の猟奇事件と関連があるかもしれない──ときては、学校側としてはやむを得ない判断だろう。


「で、お前らのほうはどうだったんだよ。犯人扱いとかされなかったか? 大丈夫か?」

「なんで僕が疑われるんだよ。むしろ、重要な目撃者だぞ」

「だからじゃねーか。ミステリーで目撃者っつたら、容疑者確定だろ?」

「刑事ドラマの見過ぎだって」


とは言ったものの、さっき神成さんが口にした通り、怪しまれてもおかしくないな……とは思う。

この前の『回転DEAD』に引き続き、今回も、僕のすぐ間近で人が死んだのだから。


「それにしてもさ……ホントに今日、事件が起こるなんてな。これで俺たちの推測は当たってた、ってことだな」

「そう、だな……」

 



僕はぐったりと疲れた身体を椅子に預けると、壁に貼ってあるマップを見上げた。

確かに、これで確信はさらに強くなった。

今朝の事件も『ニュージェネの狂気』と呼ばれる事件になぞらえた一連の殺人のひとつと見て、間違いないだろう。

けれど……犯人の正体や目的がどうにもハッキリしない。

手がかりは、あのシール……見ているだけでひどく気分が悪くなってくる、あの力士シールだけだ。


「……しかも、今回の渡部の殺人には、それが直接、凶器として使われていた」

「あん? なんだって?」

 

 

正直、あまり思い出したいビジョンじゃない。

実際に見たことのないヤツにはわからないだろうが、映像で見るのと実際に見るのとでは、まったくの別ものだ。

特に違いが大きいのは臭いだ。

今回のように血が出ていなくても……現場には独特の臭いが残っている。

吐しゃ物や筋肉が弛緩したことによる排泄物なんかもそうだが、それ以上に、死者が持つ独特な臭気──そう、きっとあれを死臭というのだろう。

映像を頭に浮かべると同時に、その臭気までもが記憶として蘇ってしまうのだ。

 



「警察の話だと、渡部の死因は窒息死、だよな? 口ん中に例のシールがいっぱいだったんだろ?」

「シールを口に入れられて、喉につまっちゃったのかな……」

「犯人はなんでそんなことしたんだ? つーかさ、そもそも、今までの事件と犯人が同じだと思うか?」

「う? どういうこと?」

「だって、なぁ……」


伊藤は言葉を切ると、首をかしげてみせた。

確かに、伊藤が何を言いたいのかは分かる。

 



これまでの事件が一連のものだと考えた場合──。

最初の『こっちみんな』、続く『音漏れたん』、そして『回転DEAD』。

この3つと比べて、今回の事件は、一見すると毛色が違うように思えるからだ。

『力士シール』を口に詰め込んで、それで窒息死させる手口。

確かに残忍ではあるけれど、なんというか……ひどく雑で乱暴で、大雑把に見えてしまう。

けれど。


「僕だって……最初はそう考えたよ。警察から話を聞くまでは、ね。でも──」


警察署を出るとき、警官が解剖の結果を話しているのを聞いたんだ。

渡部の遺体は、“胃の中までびっしりと力士シールが詰まっていた”、と。

だから猟奇性という意味では、前の3つの事件となんら変わらない。

僕は椅子に預けていた身体を起き上がらせようとした。

しかし、身体の芯にまだ疲れのようなものが残っていて、少しよろめいた。


「すべての事件の特徴を順を追って見てみると……今回の事件も明らかに同一の事件に属するものじゃないかと思えるんだ」

「これまでの事件と、共通点があるってことー?」

「それを聞いてほしい。順を追って話す」


そう。これから僕が説明しようとしていることは、これまで検討すらしてこなかった重要なファクターが加わる。

それはあの時──警察に向かう前に世莉架と話したこと──。

 



「さっきの話の続きだけどな。聞かせてくれないか?」
「さっきの話?」
「言ってたろ。神成さんと久野里さんの話。能力者とか不可思議なこととか……」
「ああ。なんだっけ、えーっと」
「っ……」
「そうそう。なんかね、変なんだって。これまでの事件が」
「そりゃ変だろう。だからこそ僕たちだって追っかけてるわけだし」
「あー、そういう意味じゃなくてね。死んだ被害者の人たちが……」
「……?」

 



「最初の犠牲者『こっちみんな』の人のニヤ生のタイトル知ってるよね?」
「『俺氏、未来が見えてしまう件』だろ?」
「本当にね、その……未来を予知出来たのかも、って」
「は!?」


そんなバカな。何の冗談だ?

 



「で、次の『音漏れたん』なんだけど。ライブに来てた人が変だったんだって」
「変って、どういう意味だ?」
「えっとね。なんか熱に浮かされてたみたいな感じ? 歌自体はたいしたことないんだけど、歌声に憑りつかれたみたいな?」
「……なんだよそれ。よくわかんないな」
「そんなこと言われても、そう言ってたんだもん」
「まあいい。で、次の『回転DEAD』は?」
「ん-っと、バイトなのに業績がすごく良かったって」
「それは単に有能だっただけじゃないのか?」
「そうなんだけどね。なんかこう、相手の望んでることがわかるっていうか? もしかしたら盗聴でもしてるんじゃないかって陰で言われてたみたい」
「…………」
「えと、私が聞いたのはこれで全部だけど……」
「いや、上出来だ。よくそこまで聴き取ってくれたな」
「えへへぇ。もしかして、役に立つ?」
「ああ」


神成さんたちはかなり小声で喋ってたから、僕には全く聞こえなかった。

この『情報』は、間違いなく世莉架の手柄だ。

とはいえ……。


(能力……? そんな、まさか……)


「おーい、宮代くん。まだなのか?」

 



「あ、すみません! すぐ行きます!」


……。

 



「…………」


あの時、世莉架から聞いた話。

信じられない情報ばかりだったけれど、それらを合わせて考えてみると──


「すべてを確かめるために、もう一度事件を整理してみるから。見ててくれ」

 



僕は、壁際に設置されたコルクボード向き合った。

そうすることで、疲れ切っていたはずの身体にも心にも、力が戻ってくる感じがする。

よし、大丈夫だ。

今日の朝の事件で、僕は決して臆病風になんてふかれてない。

全員が渋谷のMAPを覗き込む。その中には香月の姿もあった。


「なんだ。エンスー2をプレイするんじゃないのか?」

「…………」


香月は、これを使う時だけは何故か必ず参加してくる。

まあいい。

とにかく、事件を最初から検証してみよう。

キーワードは、僕が警察に向かう前に世莉架が残した言葉と、被害者たちの特徴だ。

これらのことから考えられるのは──。


(そうか。やっぱりそういうことなのか?)


いや、でも待てよ。いくらなんでもそんなことがあるんだろうか。


(……けど、そう考えれば全ての辻褄が合う)


むしろ、そう考えないと説明がつかないことが多すぎる。

思考がぐるぐると回る。

そして、いつしか僕の中で、猟奇的な事件に遭遇した時の恐怖心や嫌悪感をさえ押しのけるほどに、激しい好奇心が高まってくるのを感じてしまっていた。


「うん、やっぱりそうだ。信じられないけれど……あり得る」


すごく馬鹿げた考えかもしれない。

だけど、もしこれが真実であるとしたならば、とんでもないことになる。

世界の在り方を、根本から変えてしまう。


「えへへえ……」

「……な、なんだよ? 気持ち悪いな、急に変な笑い声出すなよ」

「ううん。だってね、なんかいつものタクに戻ったなって」

「あ……」


そういえば、いつの間にか夢中になってて、自分の身に降りかかった悪夢のような出来事だちを忘れてしまっていた。

話を戻そう。


「僕は気付いたんだ。直接本人につながらないかも知れないけど、事件の全容を知る上で……いや、ひょっとしたら世界の常識を覆すような、大きな“共通点”に」

 



「!?」


あの香月がびっくりして息を飲むのがわかった。


「マジかよ」

「すごい!」


僕は全員の注目を浴びながら、一つずつ説明していく。

 



「まず今回のは渡部氏殺害事件が、『ニュージェネの狂気の再来』と呼ばれる一連の事件の延長線上にあるという話」

「でもよ、さっきも言ったけど、ただの窒息死なんだろ?」

「いいや、違う。渡部の死因は確かに窒息死だけど……単に口の中いっぱいに力士シールを詰め込まれて死んだわけじゃない」

「どういうことだ?」


僕はそこで一度、大きく深呼吸をした。

その事実を想像したら、身震いしてしまいそうだったから。


「彼は力士シールを、“胃の中までいっぱいに詰め込まれて死んだ”らしい」


全員が、目を丸くして僕を見た。

言葉の意味を頭の中で反芻しているのがハッキリとわかる。


「胃の中まで? それって……」

「そう。力士シールを無理矢理、それも噛み砕くことなく原形を残したまま、大量に飲み込んで、あるいは飲まされて……それが原因で窒息して死んだ。そういうことになる」

 



「そいつは、また……」

「うう……」

「…………」

「雑、どころじゃないんだ。むしろあまりにも偏執的なんだよ」

「だったら、確かに今回の事件も一連の事件と同じ流れの中にあるってことになるわけか……」

 



僕はうなずくと、渡部の事件の概要をメモして、マップに貼りつけた。

 



「だがな、宮代。それがさっき言ってた、世界の常識を覆すほどの共通点なのか?」

「いや、今のはただ渡部氏殺害事件が連続殺人事件の一環であるということを確認しただけで、もちろん本題はこの先にある」


僕はそこで一度言葉を切ると、全員の顔をぐるりと見回してから続けた。


「まず『こっちみんな』と呼ばれている第一の事件の被害者、大谷悠馬。彼は“未来がわかる”と言っていた」

「んなの、ただの煽り文句だろ」

「いいから最後まで聞けって」


僕の言葉に、伊藤はわざとらしく肩をすくめて口をつぐむ。

 



「第二の事件『音漏れたん』被害者、高柳桃寧の歌声には“妙な魅力があった”って、ファンは口を揃えて証言してる。聞いているだけでトランス状態になれる、って」

「うんうん。あの刑事さん、そんなようなこと言ってた」

「クラブとかで踊ってる連中と同じだろ? 音楽や歌が、聞いてる人間をトランス状態にするのはよくあることだ」

「人をそういう状態にするには、それなりの条件が必要だろ? クラブなんかは、そういう効果をもたらすために作られた閉鎖空間だ。でも、高柳桃寧がストリートライブをしていた場所は違う。なんの設備もない路上だ」

「ん-? まあいいや、続けてくれ」

 

「そして第三の事件『回転DEAD』の被害者、柿田広宣。彼はまるで顧客の心が読めているみたいだったそうだ」

「ん? おい。まさか……」


どうやら伊藤は僕が言わんと気づいたようだ。

さすが、僕の相棒。察しの良いヤツだ。


「渡部のあの写真。力士シールの表情が違うってことは言ったよな?」


僕がラブホテルで撮影した力士シールと、渡部の記事の力士シールが違っているということは、すでにみんなに話してあった。


「最初あれはコラージュかなにかだと思った。実際渡部にはそういう噂があったからな。でも、どうやら違うらしいんだ。刑事に確認してみたんだよ。そしたら、渡部の撮った写真には、改竄された形跡はなかったらしい。となると、考えられる可能性は──」


渡部の“あまりにも出来過ぎな”写真の数々は、普通に撮影されたものじゃない可能性がある。

おそらく、『念写』のような能力で──

僕は、思いつくままにメモ書きすると、さらにマップに貼りつける。

 

 

「ははっ」


僕がメモを貼りつけると同時に、伊藤が笑い声を上げた。


「いやいや、待てって。いくらなんでもそりゃないだろ」

「う? 真ちゃん、今のでわかったの?」

「…………!」


──!


香月は、自分より先に伊藤が答えを導き出したのが悔しいらしい。

いつものように壁をゴスゴスと叩き始めた。


「って、おいこら、やめとけ」

「…………」

「要するに宮代はこう言いたいんだ。今回の事件の被害者に共通するのは、全員、『不可解とも思える現象』を引き起こしていたという点だ。それが意味するのは──」


そう、これらの事件が意味することは──


「そう、彼らはみんな──」

「彼らは『特殊な能力』を持っていた──そうだな?」

 



伊藤が僕のセリフを持って行った。


「特殊? って、つまり?」

「尾上が神成さんから聞いた言葉で言うなら『能力者』つまり、超能力者ってことだよ」

「ちょーのーりょく!?」

「…………!」

「はははっ。超能力って……ミステリー小説だったら噴飯ものどころか、読者が怒っちまうぜ」

「残念ながら、これは小説じゃない。事実だ」

「だったらなおさらだよ。なあ、みんな?」


同意を求めるように伊藤は皆の顔を見た。

しかし、香月は一瞬驚いていたものの、今は相変わらず何を考えているのか解らない表情に戻っているし、世莉架は見当違いの方向にワクワクしていた。


「超能力って、あれでしょ!? こう、透明になって女子更衣室に忍び込んだりするやつ!」


いやいやいや!

いったい、どこからそのイメージが出て来たんだ!


「ま、まあ、そういうのもあるかもしれないけど、普通は、テレパシーとか」

「あー、テレパシーいいなー! 携帯電話とかいらないから、料金かからないし」


もういい、こいつには難しい話はやめることにする。


「でもさ、超能力なんて言いはじめたらなんでもアリだろ。それこそ、誰かが遠くから超能力を使って殺人を犯したとか」

「いや。超能力って言っても、たぶんそこまで便利なものじゃないんじゃないかな。せいぜい、ひとつの能力しか使えないとか。それに忘れてもらっちゃ困るけど、超能力者なのは『犯人』ではなく『被害者』だってことだ」

「でも、被害者が超能力者ってことは、犯人もそうだってことも考えられるだろ」

「まあ、な」


その可能性は確かにある。

いや、むしろ可能性は高いかもしれない。


「あ、そういえばさあ……」


僕と伊藤のやりとりを遮るように、世莉架が緊迫感の無い声を上げた。


「前に、@ちゃんねるか何かで、そういう都市伝説があるって、タク言ってなかった……? 確か、渋谷で生活してると不思議な力が身につく、とか……」

「あ……!」


そうだ!

そんな大事なこと、どうして忘れてたんだろう。


「ああ、それなら俺も知ってるけどさ。でもあれって地震で死んだ人の霊が憑りつくとかなんとか言われてる話だろ? いくらなんでもそれは、なぁ……」

「霊の話は後付けで、現象だけは実際のものだとしたら?」

「んなこと言ってもさ……」

「火の無いところに煙は立たないっていうよー?」

「火の気のないところに、火を点けて回るのが@ちゃんねるだろうが」

「それはそうだけどー」

「でも、尾上は聞いたんだよな? 能力者がどうとか言うのを」

「そう! そうだよ! 警察の人が言ってたもん」

「だからってよ……」


伊藤はあくまでも納得がいかないようだ。

まあ、無理もないことかもしれない。

言っている僕だって、突飛な話だとは思っているんだから。

でも、僕の中で何故かこの説が真実に近いような、そんな気がしていた。


「伊藤の言いたいこともわかる。でも、仮説のひとつとして考えておいてもいいとは思わないか?」

「それは……まぁ……」


黙りこむ。


「…………」


いつもなら会議の途中で飽きてパソコンの前に陣取ってしまう香月が、今日は動こうとしない。

僕たちの話に参加はしないものの、珍しく興味は持っているようだ。

 



「まあ、百歩譲って、宮代の仮説が正しいとしようじゃないか。じゃあ、もうひとつの共通点との関係は?」

「もうひとつの共通点って?」

「力士シールだろ」

「あ、そっか……」


今回も置かれていた力士シール。

いや、今回はその力士シールそのものが凶器といってもいい。


「そもそも、何ですべての現場に力士シールがあるんだろうな」

「普通に考えたら、殺された人が残すんだよね。ダイビングメッセージ、だっけ??」

「ダイイング、な。でも今回の場合は、凶器そのものが力士シールなんだから、それは当てはまらない」

「となると、犯人が置いてったってことだよな。自分がやったってことをわからせるためか、あるいは──」

「誰かに何らかのメッセージを送るためか……」


その場合、被害者たちにとって、やはりあのカードが共通の意味を持つことになる。

今のところ、被害者に共通するのは『能力者』かもしれないということだけれど……。


──!


「あ、電話だ」


ポケットからスマホを取り出した世莉架は、画面を確認すると困ったような顔で僕を見て、そして言った。

 



「……のんちゃんから」


……。