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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【12】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

●購入先●

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●公式サイト●

game.mages.co.jp

 


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『ということで、吉祥寺で今行列が出来ているラーメン店、3つ、ご紹介しました~。どうですか、気になるお店ありましたか?』
『2つ目のつけ麺のお店が気になりますね。魚介スープではなく味噌ラーメン風のスープというのが新しいなと思いまして』
『そうですね。味噌と言ってもつけ麺用にアレンジされていて、けっこうさっぱりしているんですよね』
『えー、今、テロップが出ていますね……』

 



『──速報です。今日お昼頃、フリージャーナリストの渡部友昭さん、22歳が……』


画面上部には大きく、『フリージャーナリスト渡部友昭さん、講演中に変死の情報』というテロップが躍った。


『渋谷署では事件、事故の両方の可能性があるとして、渡部さんの死因や病気の有無など、詳しく調べています。渡部さんはつい先日、渋谷で大量に貼られている力士シールと連続自殺事件に関連性があるという内容のスクープ記事を書き、注目されていました』


…………。


……。

 

--------------------

 



茶髪女「ねえ聞いた? 渡部死んだって」

ツインテ「マジで!? 渡部っての渡部? うわーショック」

黒髪男「そう?」

ツインテ「渡部くん。。。泣きそう」

メガネ男「知り合いなん?」

ツインテ「違うけど、私あの人好きだったから」

メガネ男「ただのファンか(笑)」

ツインテ「なんか知的っぽかったじゃん」

茶髪女「でもよくよく見たらそんなイケメンじゃなくない?」

黒髪男「結局顔かw」

メガネ男「つーかなんで死んだの?」

茶髪女「え、知らないけどなんかRINEで流れてたから」

黒髪男「昨日テレビ出てなかった?」

メガネ男「渋谷の力士シールがヤバイって記事書いてた」

ツインテ「あ! あれって渡部くんが貼ってたの?」

茶髪女「wwwww」

メガネ男「ちげーよ(笑)」

黒髪男「貼ってない」

茶髪女「力士シールがなんかの事件と関係あるとか」

メガネ男「ニュージェネな」

黒髪男「もしかして渡部殺されたのかな」

茶髪女「力士シール貼ってる人たちに? こわ~w」


黒髪女「その目神の目?」


茶髪女「は?」

メガネ男「え?」

黒髪男「は?」

ツインテ「?」


黒髪女「その目   神の目?」

 



その目神の目? その目神の目? その目神の目?
その目神の目? その目神の目? その目神の目?
その目神の目? その目神の目? その目神の目?
その目神の目? その目神の目? その目神の目?
その目神の目? その目神の目? その目神の目?


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……。


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【訃報】渡部友昭死亡wwwwww


1 名前:影のキングジョージ革命反対φ ★@転載禁止

警視庁渋谷警察署によると、10日午後13時頃、渋谷区内でフリージャーナリストの渡部友昭さんが亡くなっているのが発見された。

渋谷署では事件、事故の両方の可能性があるとして、渡部さんの死因や病気の有無など、詳しく調べている。


2 名前:名無しさん@転載禁止

真紀子


3 名前:名無しさん@転載禁止

2げっつ


4 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りします(AA略


5 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りしますw


6 名前:名無しさん@転載禁止

メシウマ


7 名前:名無しさん@転載禁止

不運(バッドラック)と踊(ダンス)っちまったか


8 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りします


9 名前:名無しさん@転載禁止

自業自得


10 名前:名無しさん@転載禁止

うわマジか


11 名前:名無しさん@転載禁止

誰?


12 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福


13 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りしますwww


14 名前:名無しさん@転載禁止

その目だれの目?


15 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りしますwww


16 名前:名無しさん@転載禁止

消されたか?


17 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールの闇は深い


18 名前:名無しさん@転載禁止

え、つーか本気で怖いんだけど。
なんでおまいら笑ってられるんだ?


19 名前:名無しさん@転載禁止

絶対殺されてるよね


20 名前:名無しさん@転載禁止

うわああああああああああ鳥肌あああああああ


21 名前:名無しさん@転載禁止

今日って10月10日だぞ!


22 名前:名無しさん@転載禁止

ニュージェネか?


23 名前:名無しさん@転載禁止

始まったか


24 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りします


25 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神
異論は認めない


26 名前:名無しさん@転載禁止

ざまぁ


27 名前:名無しさん@転載禁止

やりやがったーーーーー!!!11


28 名前:名無しさん@転載禁止

ざまぁああああああああああああああああああああああああ


29 名前:名無しさん@転載禁止

え? つまりまた日付が一致?


30 名前:名無しさん@転載禁止

>>14
その目神の目?


31 名前:名無しさん@転載禁止

お前らなんでそんなにこいつのこと嫌ってるんだw
ただのパクリ野郎ってだけだろ


32 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りしまーす


で、誰?


33 名前:名無しさん@転載禁止

こんな奴が死んだぐらいで速報出るとかふざくんな!
コナン録画中だったのに!


34 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールを崇めろ


35 名前:名無しさん@転載禁止

でっていう


36 名前:名無しさん@転載禁止

確定だな
次は10月23日だ


37 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神
異論は認めない
悔い改めろ
犠牲者はこれからも増える


38 名前:名無しさん@転載禁止

おいおいマジじゃねえかwwwww
自分が殺されてるとかwwwうはwww


39 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神


40 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神
力士シールは神


41 名前:名無しさん@転載禁止

ニュージェネ再来だクマーーー(11´(エ)`11)


乳ジェネ再来1 こっちみんな(o´▽`)oノ
乳ジェネ再来2 音漏れたん♪\(l´□`l\)
乳ジェネ再来3 回転DEAD +I+I(@□@)I+I+
乳ジェネ再来4 (審議中)
  ……to be continued? (゜ロ゜)ギョエ!!


42 名前:名無しさん@転載禁止

>>41
おせえよ


43 名前:名無しさん@転載禁止

>>41
これを見に来た


44 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神


45 名前:名無しさん@転載禁止

渡部が言った通りだったな


46 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは世界を救う


47 名前:名無しさん@転載禁止

荒らしは巣に帰れよクソが


48 名前:名無しさん@転載禁止

渡部が自分の記事を証明するために
自殺したんじゃね?

だとしたら大したもんだ


49 名前:名無しさん@転載禁止

奇蹟のカーニバル開幕だ!

凸((゜)(゜))凸


50 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神
力士シールは神


51 名前:名無しさん@転載禁止

渋谷テラカオスw


52 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神


53 名前:名無しさん@転載禁止

力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神力士シールは神


54 名前:名無しさん@転載禁止

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55 名前:名無しさん@転載禁止

ご冥福をお祈りします


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……。

 



黙って建物を仰ぎ見る。

三階の居住スペース。その端の部屋には確かに電気が点いている。

ということは、起きているということだ。

わかっていたことではあるが、それでも嘆息を禁じ得ない。

これで僕に残された一縷の望みは絶たれたということだ。

あの後、電話に出た世莉架は、来栖の声を聞くよりも先に僕にスマホを手渡した。

 

 

聞こえてきたのは、案の定必要以上に冷静な来栖の声。

それが、かなり怒っている時だということは、僕も世莉架も、そして伊藤たちも経験上当然知っている。

感情の起伏のない声で、とにかく来るようにという声に言い訳すら出来なかった。

僕が着いた頃には眠っていてくれないだろうかと心の中で願っていたけれど……。

そんなものは淡い期待に過ぎなかったと今まさに思い知らされたところだ。


「…………」


いや、まだ今日の件と決まったわけじゃない。

もしかしたら別の可能性だって──

いや、ないな。

そんなものあるわけがない。

十中八九間違いない。

僕は諦めて、大人しく来栖の部屋へと向かった。


……。

 

 

部屋へ入ると、来栖はベッドのふちに腰をかけ、背筋を伸ばして僕を待っていた。


「傷に障るだろ? ちゃんと寝てないと──」
「また、警察に連れて行かれたって聞いたんだけど」


僕の言葉を遮り、開口一番、来栖はそう言った。

それはとても穏やかな口調だった。

普段ならホッとするところだが、相手が来栖の場合それが更に恐ろしさを助長させている。

 



「この情報に間違いはないわね?」
「だ、誰の情報?」
「そんなの誰だっていいでしょ? それより、本当なの? どうなの?」
「っ、それは……」

 



きっと川原くんが言ったに違いない。

くそっ、よりによって、来栖に言うなんて、余計なことを。

きっとこれからまた、くどくどとお説教が始まるんだ。

いや、お説教だけならまだいい。

それ以上になると……。


「っ……」


そこから先は考えたくない。

とにかく、口調が丁寧なものに変わった場合は要注意だ。

そうならないように、探り探り話を運んでいかなければ。

 



「さっきから黙っているなんて、いったいどうしたんでしょうね。もしかしたら、私の声が聞こえなかったんでしょうか」


いきなり変わったーっ!!

嘘だろ!?

いつもならもう少し猶予があるはずなのに!!

 



「そういうことなら、もう一度お聞きしましょうか? さきほどのお話は……」
「き、聞こえてます! 大丈夫です」

 

「そう。だったらどうしてお返事してくれないのかしら?」
「す、すみません」
「まあいいでしょう。それで?」
「は、はい。さっきの話は、その……本当です」
「…………」
「あっ、でも、それは僕のせいじゃなくて、事件が起きたんだからしょうがないっていうか。ほら、来栖も知ってるだろ? 渡部との対談の件……」


……。

 

僕は声が震えそうになるのをこらえて、今日の一部始終を話した。


「そういうわけで、警察に連れて行かれたのは、僕たちが重要な目撃者だっただけで……他には何もないから。本当に」
「…………」

 



来栖は、僕が説明している間中、非常にクールな目で僕を睥睨(へいげい)していた。

それをなんとか見返しながら僕は──言い訳とは別の──ここしばらく感じていたことを素直に口にした。


「でもさ、最近、なんか少しおかしいと思ってるんだ……」
「おかしい? 何が?」
「最初はさ、もちろん僕たちから興味を持って、事件のことを調べてた。けど……最近は、その事件自体が、逆に、僕らを追って来てるような……そんな気がするんだよ」


事件の方が追ってきている──口に出してみて、それがとても的確な表現だと思った。

特に今日の事件に関しては、そう言うしかないような感じだった。

対談を申し込んで来たのは、渡部のほうからで。

しかも、渡部は僕らの目の前で“勝手に”死んだ。

すべて向こうからやってきたこと。

 



「昨日……」


来栖が、静かに口を開いた。


「昨日、言ってくれたわよね?」
「う……?」

 



「昨日、考えるってそう言ってくれたわよね?」
「それは……」


確かに言ったけど。


「僕だってそのつもりだったよ。でもさ、でも……今日またいろいろあって、それで新しくわかったことがあるんだよ」
「わかったこと?」
「そうなんだ。さっき部室で皆と話してたんだけど、今回の事件の被害者には共通点があるんだよ」
「…………」
「その共通点とはなにかっていうと、実は……」


そこで僕は言葉を切った。

どう言ったら来栖にちゃんと分かってもらえるか、迷ったからだ。

でも、結局なにも思いつかなくて、そのままストレートに言葉をつないだ。


「実は一連の事件の被害者って……みんな特殊な現象を体験してたみたいなんだよ。未来予知とか、人の心を読んだりとか、念写とか……つまり、ええっと……超能力ってことで……」
「ちょう……のうりょく……?」


あまりにも突拍子もない話を聞いたせいだろうか、来栖が、動きを止めた。


「そうなんだ。全員が何かしらの能力を持ってた可能性があって。この予想が本当なら、事件そのものだけじゃなく、世界的な常識を根本から覆すことになるかも知れない。これって、凄いことじゃ──」


まくしたてるように言って、僕はようやく来栖の様子がおかしいことに気づいた。

さっきまでの、恐ろしいくらいに穏やかな表情はどこかへ行ってしまって……ただただ無表情な彼女が座っていた。


「…………」


しまった、と思ったけれど時すでに遅し。

完全に噴火の寸前だった。

こうなった時の来栖は、この先にくる怒りの爆発を溜めている状態である。

もはや僕に出来るのは、頭上から降ってくる彼女の雷をただ黙って全身で受ける事だけだ。


「っ……」


来る!

そう覚悟して思わず目を瞑った。


しかし──。

いくら待っても、怒りの矛は落ちてこない。

おそるおそる目を開けた僕を待っていたのは。


「……お願い……」


今まで見たことも無いような、弱々しい来栖の姿だった。


「拓留……お願いだから……これ以上はやめて……もう、やめて」


彼女は、身を乗り出すようにして震える手を伸ばすと、僕の両腕を掴んだ。


「来、栖……?」
「怖いの……私……」
「え?」
「これ以上、あなたが事件に首を突っ込んで……何かあったらと思うと……いてもたってもいられない……怖くて怖くて……」
「…………」
「あなたにだってわかるでしょう? 大切なものを失うのが、どれだけ辛いことか……。私はもう失いたくないの……家族を……大切な人を……。だから、お願い、拓留……そんなおかしな事件を追うのはもうやめて……お願い……」


来栖は、あまりにも弱々しく……そして、泣きそうな顔をしていた。

ショックだった。

まさか彼女が、こんな顔を僕に見せるなんて。


(あ、ああ……そうか……)


僕は、まだわかっていなかった。

どれだけ来栖に心配をかけていたのかを。

──僕の両手を掴む来栖の手に力が入る。

僕を止めるように。

僕に縋(すが)るように。


「っ……」


来栖の口から、苦痛の声が漏れた。

もしかしたらまた傷が開いてしまったのかもしれない……。

それでも、来栖は手の力を緩めようとはしない。

しっかりと僕の両腕を握ったまま、離そうとはしない。


「…………」


馬鹿だ。

僕は……なんて馬鹿なんだ。

ちょっと新しいことがわかったくらいで、すぐに調子に乗って。

それが、どれだけ近しい人を傷つけていたかも忘れて。


「……ごめん……」
「…………」
「ごめん。ほんとにごめん。そんなに心配させてたなんて、僕……」
「拓留……それじゃあ……」
「でも……」


ほんの僅かに緩んだ来栖の手を、僕はできるだけ優しく離した。


「え……?」
「ひとつだけ、やっておかなきゃいけない事があるんだ。それだけは許して欲しい」
「それは……大事なことなの?」
「……うん」
「私たち家族より大事なことなの?」
「同じくらい大事なことかな……」
「同じくらい……。いったい何がそんなに……」
スマホ……取り返さなきゃ……」

 

あの夜、奪われた僕のスマホ

それを持っているはずの謎の少女が、一連の犯人とつながりがあるのか……あるいは、犯人そのものなのか、それは分からない。

けど、これまでの事件の流れからすれば、少なくとも、無関係だとは思えない。

なら、やっぱりあれだけは取り戻さないと。


「そんなの……!」
「ダメなんだ。あれには新聞部のデータが入ってる。それにここのことも。もしそれが見られたら……」
「データって……連絡先とか、取材の成果とかでしょ? それにロックだってかけてあるって……」
「うん。でも、もしものことだってあるし……」


超能力が存在するなら、データを取り出す方法だってあるかもしれない。

そうしたら、最悪の事態になる可能性だって──

 



「う!?」


突然、電気が消え、室内が真っ暗になった。

訪れた闇に目が慣れず、ほとんど何も見えない。


「来栖!? どうしたんだよ、おい!?」


でも、今までそこにいたはずの彼女から、応(いら)えがない。

あるのはただ、シンと静まり返った夜の闇だけだった。


「……来栖? 返事しろよ。どこ行ったんだよ?」

 



──「来栖乃々ならいない。もう殺した」


「うわぁっ!?」


いきなり、闇の中から声がした。

ギョッとしてそちらを向くと──

立っているのは小さな影。

 



「……宮代拓留、だな……?」

「お、お前っ……?」

「愚かな奴だ。余計なことに首を突っ込まなければ、死ぬこともなかったろうに……」

「う、あ……ああっ……!?」

「ふ……」


彼女の手には数本のメスが握られていた。

銀色の刃に血のような真紅の光を湛(たた)えている。

いや、血のように見えるのは、光だけじゃない。

その先端から、ポタリ、ポタリとしたたっている液体も、まるで血のように見え──


(い、いや、違う……あれは血だ……本当の血だ!)


「そうだ、血だよ。言ったろう? 来栖乃々を──殺したと」

「……っ!!」


メスを持った少女は、ニタリと酷評な笑顔を浮かべると、部屋の隅の暗がりを指した。

 



そこには──まるで頭のようなシルエットをしたものが。

ゴロリと転がっていた。


「う、うあ、うあ……うああぁぁぁぁ!!」


……く、来栖が……来栖がっ!!


「くくくっ……今さら後悔しても遅いぞ、宮代拓留。これは、全てお前が招いたことだ」「


彼女は笑いながら、ジリッジリッと近づいてくる。


「あ、あ、ああああっ! ……に、逃げろっ……結衣っ、結人っ! 父さんっ!!」


僕は必死になって、廊下の向こうへと絶叫する。

でも、誰も応えてくれない。

なんの声も返ってこない。


「ああ、無駄だよ。お前の妹も弟も父親も……みーんな殺しておいたからな! ふふふ、ははははは!」

「え? え、え……!?」

「あとはお前だけだ。さっさと──死ねっ」


──!

 

 

「うわああああああ!」

 


「拓留っ? どうしたの、拓留っ!?」
「は……っ!?」

 

我に返ると、そこはいつもと変わらない来栖の部屋だった。

目の前には、僕を案じて手を伸ばして来ている来栖がいて──

僕のせいで刺されてしまった怪我が痛々しくはあったけれど……でも、彼女は死んだりしていない。ちゃんと生きていた。


「はぁ……ああ……」


た……ただの……妄想……。

僕は額に浮かんでいる冷や汗をぬぐうと、どうしたのかと何度も問いかけてくる来栖に向かって、『なんでもない』と繰り返した。


(……で、でも……今の妄想は……)


下手をすると、現実になってしまう可能性がある。

やっぱり、あのスマホの中に残ってるデータは危険すぎる。

もちろん、取り返したい理由はそれだけじゃない。

だってあれには……。

 

写真──。

みんなで撮った写真がある。

来栖には言っていないけど。きっと言わないけれど、あれは僕の『ただ一つの大事な想い出』なんだ。

ただひとつ。

だからバックアップすらとっていない。

そんなことをすれば『大切さ』が薄れてしまうような、そんな気がして。

僕の家族の──。

家族だと思っていた頃の。

楽しかった頃の。ただひとつの大切な──宝物。

だから──。


「とにかく、あれだけは何としても取り返さなきゃならないんだ……」

 



僕は来栖の手をそっと押し返すと、ドアへと向かった。


「拓っ──っ!!」


来栖がベッドから立ち上がろうとして、痛みにうずくまるのを、背中越しに感じた。

急いで駆け寄ってやりたかった。

駆け寄って、ちゃんとベッドに寝かせて、父さんを呼んで……そうしてやりたかった。

でも、いま戻ればたぶん僕は行かせて貰えないだろう。

だからそのまま振り返らずに部屋を出て、後ろ手で扉を閉めた。


「拓留っ……!!」


扉の向こうから聞こえる来栖の声が、僕の耳を突き刺す。

 



「拓留兄!? いま、乃々姉ぇの声が!」
「また傷が開いたかもしれない。すぐに父さんを呼んでくれ」
「ええ!? わ、わかった……って、拓留兄、どこ行くの!?」
「僕にはやることがあるから……」
「えっ、そんな! 拓留兄、ひどいよ! 乃々姉えの傍に……! ちょっと! 拓留兄ってば!!」


……。

 

激しい口調で責めてくる結衣を置いて、僕は外へと飛び出した。

大切なものを取り返すために。

 

 

もう一度あの場所──AH東京総合病院へ行かなくちゃいけない。


…………。


……。


2015年10月10日(土)

 

来栖乃々は、静かに閉じられたドアをただじっと見ていた。

その心の中にあるのは後悔だ。

もっとしっかりと止めれば良かった。

お腹の傷のことなんて気にせずに、縋(すが)りついてでも止めるべきだった。

幸い、傷は開いていないようだ。

あの瞬間。父──佐久間恒に言われた言葉が頭をよぎった。


『次、無理して傷が開いたら、痕(あと)が残るかもしれないぞ』


その言葉が来栖を躊躇させた。

結果、宮代拓留は行ってしまった。


「…………」


結局、自分にとって可愛いのは……自分自身なのかもしれない。

家族を失いたくない、そう思っているのは確かだ。

けれど──。


「ダメ……なの……。あの病院に近づいちゃ……ダメなのよ……」

 



ベッドから転んだ拍子に床に落ちていたスマートフォンを来栖は手に取った。

震える指で画面を開く。

そこには──。

 



「…………」


…………。


……。

 

 

 

 

 

「すまん、待たせた」


通りの向こうから僕たちの姿を見つけると、伊藤は小走りで駆け寄ってきた。

 



「悪いな」

「いや、それよりも声……」

「っと……すまん」


伊藤は慌てて声を潜める。


「こっちこそ、すまないな。こんな時間に」

「ううん。タクと私たちの仲だもん」

「それに、お前ひとりで行かせて何かあったら、女帝に殺される」

「…………」


“女帝”という言葉に、僕を必死で止めようとする来栖の顔がよぎった。

頭を軽く振って、そのイメージを追い出す。

昨日、来栖と会った後、僕はそのままの足でAH東京総合病院に向かった。

今回は、この前、精神科病棟に忍び込んだ時のような行き当たりばったりなやり方をするわけには、絶対にいかない。

一晩かけて、夜間救急窓口や、非常口の位置の確認、また、それらの警備体制などを綿密に観察した。

 

 

さらに、翌日昼、患者の見舞いのふりをして院内の偵察も済ませると、その夜、世莉架の家に向かった。

本当は独りでやるつもりだったけれど、さすがにそれは無謀だと気づいたからだ。

何かあった時、すぐに神成さんとかに連絡してもらえるような相棒が必要だった。そんなことを頼める相手は世莉架と伊藤しかいない。


「うまく取り戻せるといいな、スマホ。ここの連中が犯人と関係あるかどうかしらねーけど……やっぱり、あれを渡したままにしておくのはまずい」

「ああ。おかしな着信もあったしな」

「思い出させるなよ。今考えても、恐ろしい」

 

 




即座に解約したはずの僕のスマホから、なぜか伊藤に着信があったのだ。

あの時はさすがに生きた心地がしなかった。

しかも、昔の携帯電話と違い、スマホには個人情報が保存され過ぎている。

どう考えてもそのままにしておいていいはずがなかったんだ。


「それにさ、あれには大事なものが入ってるもんね」

「な、なにが?」

「素直じゃないのって、よくない事もあると思うな。怪我してるのんちゃんを喜ばせてあげてもいいのにね」

「…………」

「ま、宮代らしいけど」

「悪かったな……」

「んじゃ、行こうぜ。お前が調べたデータだと、そろそろ、警備が交代する時間だろ」

「ああ……」


僕たちは頷き合うと、AH東京総合病院の堀沿いに、小走りに進んでいく。


……。

 

 

「ここまでは予定通り……いや、むしろ上々だな」


伊藤の言う通り、病院内に入り込むのは想定していたよりうまくいった。

潜入経路が既に頭に入っていたというのはもちろん大きな要因だが、最も大きかったのは、難関だと思っていた職員用の裏口の鍵が、なぜか開いていたということだろう。

あれがもし施錠されていたら、経路を変えて、救急窓口の方から入るしかなかった。

それは職員に発見されるリスクが高い──そう考えていた僕を尻目に、裏口のドアノブを回した世莉架が、鍵が開いていることを教えてくれたのだ。


(また鍵が開いてた。この前と同じか……)


ふと、精神科病棟に侵入した時の事を思い出し、考えにふけりそうになった。

が、慌ててそれを頭から追い出す。今は、スマホ発見に集中しなきゃダメだ。

夜の病院。特に、入院用の病棟ではなく、診察室などが並んだロビーは真っ暗で……。

時折、どこから聞こえる何の音なのか、カチャカチャという金属同士の触れ合う響きが、神経を逆なでするように聞こえてくる。

身を低くし、足音を忍ばせながら歩いていく僕たちが、いつ、どこから誰何(すいか)の声が飛んでくるか、気が気じゃない。

こんな季節なのに、冷たい汗が背中を伝わるのを感じる。


「問題は、スマホがどこにあるかだよね……」

「だな」

 



スマホを拾ったのは、間違いなくあの少女だ。

ということは、あの子を探すのが発見への近道だが……そもそも、彼女がどこにいるのか分からない。


「だからって、病院の中を全部探して回るわけにもいかないしな」

「あの日、どこであの子と会ったんだっけ?」

「ええと……」


あの日の僕たちの行動をトレースしてみる。

 



まずトイレに隠れて──それから、

 



「精神科の病棟へ入った」

 



そこで、血で描かれた大量の『力士シール』の絵を見たんだ……。


「てことは、まずはそこに行かなきゃいけないってことか?」

「いや。何もそこまでする必要は……」


それに──。

 

 

「っ……」


あそこにはもう行きたくない……。


「病棟から逃げる時に、非常階段を使った。階段をずっと降りて行って、そこでスマホを落として、あの子に拾われた」

「となると、その非常階段に向かえばいいってことか。どっちだ?」

「それが……逃げるのに夢中だったから、ハッキリとした場所がな……」


昼間、院内を偵察している時にも、どの階段だったのか思い出せなかった。


「えと……たぶんあっち、かも……」


世莉架が、キョロキョロとあたりを見回しながら歩き出す。


「覚えてるのか?」

「ううん、なんとなくだけど……」


自信なさげに歩を進めていく世莉架。

それを追って、僕たちも続く。


……。

 



「ここか?」

「違う、かな?」

「いや、そうだったかも知れない」

 

 

目の前に、非常用階段の轍扉。

ノブを回して、そっと押してみる。

ほんの少しだけ重かったが、特にひっかかることもなく、扉は簡単に開いた。

やはりここも施錠されていないようだった。


「……」

 

暗く冷たい蛍光灯に照らされて、非常用階段が上下に続いてる。

じっと見つめていると、確かにこの階段を下りて行ったような記憶が蘇ってきた。


「どうだ?」

「うん、たぶんここだ。すごいな、尾上は」

「えへへえ。褒められちゃった」


世莉架が得意げに微笑んだ。


「よし、行こう」

「ああ……」


うす暗い階段を、慎重に降りてゆく。


「…………」


どんどん緊張感が増す。

ふと、いくら下調べしたとはいえ、ここまでの侵入が、前回よりも更に簡単過ぎるんじゃないか? という不安にかられたりもする。


(もしかしたら、僕たちは罠にかけられているんじゃないか? この先に、何か恐ろしいものが待ち受けていて、僕たちはそれに飲み込まれてしまうんじゃないか?)


そんな疑問が高まってくるのを、頭を振って払しょくしようとする。


「あの子、今夜もまたどこかを歩いてるのかな……」

「どうだろう?」


そもそも、あんな時間に、どうして真っ暗な廊下を老人と共に歩いていたのか。

何処から来て、何処へ向かったのか。

また……この後、仮に彼女と遭遇できたとして、その後どうするのか。

出来れば、騒ぎにならずにスマホを取り返せるのがベストだけど……さすがにそこまで都合よくいくとは思えない。

とりあえず、逃走経路も考えてはあるけれど……かなり危ない橋を渡ることになるかも知れない。


「ね、タク。ほら、あれ」

 

もう、階段の終わりまで来てしまっていた。

目の前には、鉄製の冷たい扉。

これ以上、下に続く階段は無い。

この向こうに、あの廊下が──僕がスマホを落としたあの廊下があるはずだ。


(……もう、ここまで来たんだ)


尻ごみしてる場合じゃないと思い直した僕は、世莉架と伊藤に向かって静かに頷くと、冷たいドアノブに手をかけた。

幸いなことに、その扉にも鍵はかかっていない。

蝶番(ちょうつがい)が立てるやけに大きく鈍い音にヒヤリとしながら、廊下の様子を探る。

 



「……誰もいないね」

「ああ」


横から顔を出した世莉架と伊藤が、少しホッとしたような声を出した。

その言葉通り、廊下には誰の姿もない。

足音を立てないよう注意しながら、少しだけ開けた扉の間をすり抜け、廊下を先へと進んでみる。

心なしか、上の階よりも寒く、空気も澱(よど)んでいるような感じがした。

左右には同じようなドアが続いて、どの部屋に何があるのかわからない。

ドアの上に貼られたプレートの文字も薄暗く、目を凝らさなければ読めないようなものばかりだった。

なんとか文字を読み取ろうと、近づいたその時──。

 



「おい、誰か来るっ!」

「──っ!!」


一番後ろにいた伊藤の鋭い声に、僕と世莉架は飛び上がった。

聞き耳を立てる。

と、確かに背後から──

 



それは、やけにゆっくりとした足音だった。

それもひとつではない。複数の……。

ゆっくりゆっくり、一歩一歩確かめるような速度の……。

聞き覚えがある。

この足音は──。


(あいつらだ!!)


「と、とにかく一度、隠れようよっ」

「隠れるってどこへ!?」


僕達が下りて来た非常階段への扉は、足音が近づいてくる方向にある。

今からそこへ戻っていたら、間に合わない。


「ここ、空いてる!」


世莉架の声に導かれるまま、真横にあったドアの向こうへ身体を滑り込ませる。

その直前、僕の目には、プレートに書かれた嫌な文字が飛び込んできた。

 



「なにここ? ロッカールーム?」


部屋の中には、無機質な金属製キャビネットの扉が多数並んでいた。

ちょうど、人ひとりが横たわって入れるくらいの大きさの扉だ。

や、やっぱりここは──!


「あっ、そうだ。もしかしたら、この中に隠れられるかも知れないよっ」


そう言いながら、世莉架は並んだ扉のひとつに手をかけた。


「え、ちょっ、おいっ!!」


部屋のプレートに書かれていた文字。それは。


──『解剖室』

 



ということは、その扉の中にあるものは──!


「だ、ダメだ、尾上! それは──!」

「う?」

「──!」


そこから姿をあらわす物を想像して、思わず目をつぶった。


「どうしたの、タク?」

「え?」


不思議そうな世莉架の声に目を開けると、ロッカーの中には誰も──いや、何もなかった。


「なんか、変なロッカーだね」

「お、尾上……これ、ロッカーじゃなくて……」


僕が耳打ちして教えてやると、いつも能天気な世莉架ですら、さすがに頬を引きつらせた。

伊藤もとうに気づいていたのだろう、青い顔をしつつ、


「とにかく、この中に隠れるなんてごめんだ。どこか別の場所を探そう」

「ああ」


廊下の向こうでは、足音がさらに近づいてきていた。

しかも、なんだか、この部屋に向かって来ている気がする。


(う、うそだろ!? なんで、解剖室なんかに!?)


こんな場所、普通は用なんてないはずだ。

伊藤も、ひどくうろたえて、


「み、宮代。どうする? こっちに来るぞ……」


もう一度、耳を澄ましてみる。

間違いない。

明らかに、足音はここへと迫ってきていた。

しかし、あたりを見回しても隠れられそうな場所はどこにもない。


──ある場所を除いては、だ。


「くそっ」

 

 

「ねえッ。やっぱり、ここにっ!」


世莉架が小刻みに震えながら、並んだキャビネットの扉のひとつに手をかけた。


「ば、バカ! そこはダメだって。隠れるなら他に──」

「他ってどこだ!?」


見回してみるが、三人で隠れられそうなスペースはどこにも見当たらない。


「早くしないと来ちゃうよぉっ」


もうダメだ、やるしかない。

ランプが緑色に光っている扉の中は、空いているということだろうか?

それとも逆に……?

全身の毛が恐怖に逆立つのを感じつつ、僕は世莉架と一緒に扉を引き開けた。

幸い、キャビネットの中は空っぽで、なにも入っていなかった。


「やっ……!」


こういう時の世莉架は、普段の天然ぶりとは違って、本当に勇気があると思う。

全身をわななせながらも、腰ほどの高さのキャビネットの中へ率先して飛び込んだ。


「タクッ。もう一人、入れるよっ」

「えっ?」

「わ、私ひとりじゃ怖いよっ。お願いだよっ」


中から手を引っ張られる。

確かに、小柄な世莉架となら、なんとか二人で入れそうだ。


「伊藤っ、悪いがここに三人は無理だ。お前は隣へっ」

「いいいっ?」

「尾上を一人にしとくワケにいかない!」

「俺だってこんな所に一人はいやだ!」


その時、廊下でうごめいていた足音が、一斉に止まった。

やはり、この部屋の前だ。

背筋に冷たい刃を突き付けられたような恐怖が走る。


──「……待っていて下さい。今、ドアを開けますから」


そう告げる声が聞こえた。

 

「もうダメだっ、とにかく入れ伊藤!」

「え? いや、待て! やめ──!」


伊藤の激しい逡巡に構わず、僕は隣の扉を開いた。

そして、その身体を、頭から強引に押し込む。


「いいから早くっ!」

「むぐぁわぁぁあっわっ」


両手で口を押え、必死に絶叫を押し殺している伊藤。

その全身をキャビネットの中へ納めると、扉を閉めた。

密閉してしまうと大変なので、微かな隙間だけ開けておく。

それから僕も、隣のキャビネットの中で身を小さくしている世莉架のそばに滑り込んだ。


「よし、閉めるぞ!」
「うんっ」

扉を引き寄せ、外から分からないくらいの隙間を確保しつつ閉める。

キャビネットの中はやけに硬く、そして寒かった。

ここに入って文句を言う人間なんていないのだから、それも当然か。

 



世莉架とぴったり密着するハメになっているため、彼女の身体に触れている部分だけが妙に熱い。

ただ、そんな体温を感じてドキドキしたりしている余裕は、今の僕らにはなかった。

極力、音を立てないよう、息をひそめながら外の様子を窺う。


間一髪……

彼らはドアを開いて室内にノロノロと入ってきた。

数は、だいたい5、6人といったところか。

てっきり老人ばかりだと思っていたが、中には中年や、若そうな男も交じっているように見える。

老人だけなら、いざとなれば力ずくで……と思っていたけれど、そう簡単にはいかなくなった。


──でも、こんな場所であの連中は何をする気なんだろう?


再び、その疑問が頭をよぎる。


「……!」


突然、あらぬ妄想が襲いかかってきて、ゾッと全身が総毛だった。

まさか、あいつらはすでに屍人で……このキャビネットは彼らの寝床……?

そ、そんなバカな?

いくらなんでもホラー映画じゃあるまいし!

そう思いつつも、身体ががくがくと震えてくるのが分かる。

それは世莉架も同じだったのだろう、まるで幼子がするように、僕にギュッとしがみついてきた。

 



「……こ、怖いよ……怖い……」


そこで思い出した。

これは……あの時と似てる。

子供のころ、二人揃って、あの恐ろしい光景を目にした時と。

 

 

 

──いつしか僕は、世莉架の身体を強く抱き返していた。

 



「大丈夫だ。僕がいる。絶対に大丈夫だ」

 



 



そうつぶやきながら、扉の隙間から目を逸らす。

狭く暗い視界の中を、いくつもの影が蠢(うごめ)いているのが見えた。

怪しげな男たちと、そして……。


「あ……!」


もう一人、彼らとは明らかに異なる存在。

 



──例の、背の小さい女の子。


(やっぱりアイツだ!)


彼女はゆっくりとした足取りで部屋を横切り、そのまま僕たちの方へと向かってきた。

気づかれた!?

心臓がバクンと跳ね上がる。

が……どうやらそうではなかったらしい。

彼女に先導されるように男たちが僕らの視界を横切り、部屋の一隅、何もないはずの壁の前に立った。


(……? なにをしてるんだ?)

 



少女は、壁の脇に設置されている電源ボックスのようなものの扉を開く。

黄色に赤と黒の文字やロゴが入り、『高電圧注意』と書かれているあれだ。

そして、ポケットからカードのようなものを取り出すと、ボックスの奥の何かにそれをかざした。

壁の向こう側で大きな音がした。


(あ……?)


少女は電源ボックスの扉を閉めると、壁に手をかけて横に引く。

 



まるで重さがないかのように、軽々と壁が開いた。

それは横にスライドする鉄扉だったらしい。

彼女は男たちを気遣いながら、導くようにその奥へと姿を消した。

 



そして、再び壁が閉じると……解剖室内は静けさを取り戻した。


「……隠し扉……だったのか」
「びっくりしたね」
「ああ。……もう大丈夫だ」


しばらく待ち、少女も男たちも戻ってこないのを確認してから、僕はようやくキャビネットの扉を開けた。

世莉架と二人、ごそごそと中から這い出す。


「はあぁぁ……っ」


それまでひそめていた息を解き、大きく空気を吸い込む。


「なんか、ここって秘密基地みたい」
「そうだな」


あんな大掛かりな仕掛けがあるなんて。

この病院はいったいなんなんだ?

それに、あの壁の奥に何があるっていうんだろう?


「おい、伊藤? もう出てきても平気だぞ」


僕は、伊藤を入れた扉を外から軽くたたいた。

 



「うぁぁぁぁぁーーっ!」

「わ!?」

「真ちゃん!?」


伊藤が、キャビネットの中から飛び出してきた。

真っ青な顔をして口を押えている。


「しーっ! 静かにしてくれっ」

「うぐうっ、はああっ! ああうっ!」


伊藤は悲鳴を必死におさえ、その場にしゃがみ込んだ。

その様子を見て、初めて、伊藤を閉じ込めたキャビネットには先客があったらしいことを悟った。

よく見れば、扉の上のランプが赤く点灯している。

ちゃんと確認している間がなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまった。


「う……うぅっ……」

 



「し、真ちゃん、大丈夫?」

「す……すまない。非常事態だったんだ」

「非常事態じゃなかったら、今頃ただじゃ済ましてねーぞ、てめー」

「ほんと、悪い」

「も、もういい。それより行こうぜ、ほら」


伊藤は、フラフラと立ち上がった。

が、貧血を起こしたらしく、そのままバタリと倒れた。


……。

 

伊藤が落ち着くのを待ち、僕は謎の少女がやっていたように、電源ボックスの扉を開けた。


「隠し扉だって?」

「ああ」


ボックスの奥を探ってみる。

そこには、駅の自動改札にあるような非接触型のセンサーが隠されていた。


「これじゃ……カードがないと開かない……」


まずいな、どうしよう。

こんな仕掛けまでは想定していなかった。

そう思っていると、壁のあちらこちらを興味津々でいじっていた世莉架が『あれ?』と声を上げた。


「なんだ?」

「これ……ちゃんと閉まってないよ」

「なに?」

 

世莉架が足元を指していた。

スライド壁は、床に敷設されたレールに乗って開閉するようになっているようだが、そこになにか布のような物がはさまっていて、確かに、壁がちゃんと閉まっていなかった。


「伊藤、手を貸せ」

「OK」

「んっ!」

「よっ!」


二人で、強引に壁を横に引っ張った。

ガチリ……という何かが外れるような重い音がしたかと思うと、壁がギシギシと音を立てて横に開き始めた。

レールにはさまっているのは、どうやら、男たちの誰かが落としたハンカチか何かのようで、世莉架がそれを引き抜くと、スライド壁は一気に軽くなった。


「お!」

 

あとは、実に軽々と壁が横にスライドし、その口を開いた。

そして、その向こう側には──。


「また階段だぜ……」


地下へと続く階段が見えた。

病院の地下の、さらに地下。

やけに手の込んだ仕掛けに守られた場所。

 



「なんか、ヤバイ雰囲気だな……」

「どうする、タク……?」

「こ、ここまで来たんだ。僕は行くよ」


この下にいったい何があるのか。正直、恐ろしい。

けど、どうしてもやらなくちゃいけないことがあるから。

一瞬だけ、来栖の顔が浮かんだ。

 



『拓留……お願いだから……これ以上はやめて……もう、やめて』


「尾上、伊藤。お前たちはここで待ってても──」

「冗談じゃねーよ」


伊藤が、背後に並んだたくさんの扉を見て唸った。

 



「私も行く。いざとなったらタクを守らなきゃ」

「逆だろ。さっき『怖い』って震えてたのは誰だよ」

「そんなことしてないもん」


互いに顔を見合わせ、それぞれが小さく頷くのを確認すると、僕たちは階段を下へと降りて行った。


……。


階段は降りて行くに従って次第に暗く、また空気もじめじめとしたものに変わっていく。


「大丈夫か、尾上?」

「うん……」


そうして降りて行くこと数分。

すぐにドアに突き当たった。

たぶん、一階ぶん降りたくらいだろうか。

ノブを回してみると、そこは元々施錠されていないのか、扉はたやすく開いた。

 



「ここ、は……?」


わずかな明かりに照らされただけの薄暗い廊下。すえたような臭い。

決して荒廃しているわけでも、放置されてホコリだらけなわけでもない。

むしろ、きちんと掃除されている感じすらもする。

 



でも……それでもどうしようもないような古さが……。

長い間、かえりみられることもなく、何の価値も認められていないような場所の寂寥(せきりょう)感が……この地下全体を支配していた。

おそらくここは、病院が建てられてから手を入れられないまま、それなりの時間が経ってしまっているんじゃないだろうか?

そして、この空気を、僕は──。


僕は──知っている。

 

 




「ぐっ……」


忌まわしい記憶を強引に引きずりだされるかのように、頭の隅がじくじくと痛み始めた。

 



「ねえ、タク……ここって……」

「あ、ああ……」


世莉架も思い出したらしい。

そうだ、ここだ。間違いない。

いったい、どうやったのかは分からない。

けれど、子供の頃。

僕たち二人は、この『AH東京総合病院』の地下に忍び込んだことがあったんだ。

『あみぃちゃん』と称される、ある都市伝説を調べるために。

そしてその時、僕と世莉架は──。

 

僕たちは、目撃してしまったんだ。

それを僕は、記憶の奥底になるべく封印しようとしてきた。


──けど、出来なかった。


何かの拍子にふと頭をよぎっては消え、消えてはまたよぎった。

大きくなるにつれて、もしかしたら何かの見間違いだったんじゃないかと思い込もうとすらした。


──けど、それも出来なかった。


まるで悪夢のような非現実的なビジョンなのに、それは事実だったんだと、心のどこかが告げていた。


そして──。


やはし、それは──本当の事だった。

 

『タ……』


そう。間違いなく、本当の事だったんだ。

 


『……タス、ケ……テ…………』


「あ……ああ……」

「タク、出ようっ。ここ、ヤダ。出ようっ……」

 



「おいっ? どうしたんだよ、二人ともっ?」


僕と世莉架の異常に気付いた伊藤が、階段の上へ戻ろうと、僕らの手を引いた。


でも──


それは、出来なかった。

僕たちの背後で、突然、“何か”の足音がした。


「っ……!?」


『ふーっ。ふーっ。ふーっ』

という、獣の呼吸音のようなものが、背中越しに聞こえてくる。

首筋を、生暖かく、生臭い息が撫でていく。


(な……何か……いる……)


振り向くことが出来なかった。

恐ろしくて身がすくみ、そのまま、うずくまってしまいそうになる。

でも、そんなことをしたら、背後にいる“そいつ”は間違いなく僕に襲いかかって来る……そんな予感がして動けない。


「た、タク……」


ふいに、世莉架のか細い声が聞こえた。

僕の真横にいたはずなのに、その姿がいつの間にか消えている。


「おの、え……?」

「……た、助け……」


彼女の声はそこで途切れた。

げぼっ! という、何かに潰されるような声を残して。


──!


ぐちゃ、ぐちゃ……という、まるでミンチ肉をこねるような音。

そして、その合間に、ボリボリと骨が砕けていく音が混じる。


「あ……ああ……あああ……」


思わず後ろを振り返ってしまった伊藤が、恐怖の表情を浮かべたまま、固まっていた。


「……み、宮代、あれ……あれ……なんだ? なんなんだよ……おい……」


バカ。駄目だ、見るなっ。

見たら……殺される。

だから、見るなよ!


──!


僕たちの足音に、ベシャッ! と血だらけの肉塊が叩きつけられた。


それは──もともと“世莉架だったはずのもの”だった。

 

「うわああぁぁぁぁ!」


伊藤が絶叫した。

 

僕は、逆らえなかった。

 

ついに振り返って、伊藤の視線の先を追ってしまった。

 

そんな僕の、視界に入って来たものは──

 

 



「うああああああ!」



 

『うううああああ……』という、怨嗟(えんさ)の声とも苦悶の呻(うめ)きともとれない音を発しながら、“そいつ”は、そこに立っていた。


……。