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-ノベルゲーム・タイピング-

Steins;Gate【6】

 

 

「…………」

ダルがハッキングを始めて、20時間が経過した。

夜が明けて、爽やかな夏の朝。

俺は、ケータイで@ちゃんねるを見ながら、チラリとダルの様子を窺(うかが)った。

貧乏ゆすりのスピードはもはや高速ピストン状態になっていた。

カタカタカタ、というキーボードの音と連動するように、足も小刻みに上下している。

かれこれ40時間は寝ていないはずだが、ダルは相変わらずPCの前から離れようとしない。

ちょっと休んだらどうだ、と何度か声をかけようとしたが、それすらもためらわれた。とにかく話しかけるなというオーラを全身から発しているのだ。

俺は少し身を縮こまらせつつ、再びケータイの画面に目を落とした。

ジョン・タイターとの議論は、噛み合わないままに進んでいた。

やはりタイター自身どころか、他の誰もが10年前のタイターの件について知らないようだ。

不特定多数が集まる@ちゃんねるにおいて、俺以外の全員が示し合わせているとは考えにくい。

しかし、そんなことはあまりにも不可解ではないか?

というわけでしびれを切らした俺は、タイターの呼びかけ通り、直接メールをすることにした。

ヤツは大胆にも、@ちゃんねるに自らのアドレスを晒している。これはヤツからの挑戦と受け取るべきだろう!

送るメールの内容については、10年前と今とで、書き込みが変わっていることについての追及である。

10年前にあった書き込みで、現在のタイターが触れていないこと。

俺もおぼろげにしか覚えていないが、主に以下のようなものだった。


・2015年ごろに第3次世界大戦が始まり多くの人が死ぬ。
2036年は核戦争によって地球は汚染されている。
2036年からタイムトラベルしてきたのは1975年のIBN5100を入手するため。それは第3次世界大戦にて失われたテクノロジーの復興のためである。
・IBN5100には隠された機能が存在する。APLやBASIC以前のIBN独自仕様の特殊なコンピュータ言語をデバッグすることが可能。
・ただしその事実を知っているのはIBNの一部技術者のみで、この機能はマニュアルには載っていない。
・タイターは1998年にアメリカで『幼い自分』や『まだ若い頃の両親』と会っている。
・タイターは軍人としてタイムトラベラーに志願した。
・タイターはアメリカ人である。

さらにタイターは2000年の書き込みで、未来に起きる出来事について言葉を残していて、そのいくつかは的中している。

2001年2月のペルー沿岸沖地震の発生、新たなローマ教皇の誕生、イラク戦争の勃発、中国の宇宙進出など。

どれも曖昧な言い方ではあるものの、的中したと取ることができる。

一方で、的中しなかった予言も存在する。

例えば2000年問題アメリカの内戦、北京五輪の中止、2009年にアメリカ史上初の女性大統領誕生、など。

他にもあるが、ひとまずここでは捨て置く。

なぜ予言は的中しなかったのかについても、質問しておこう。

よし、メール送信、と。

このメールにまともに答えられなかったとしたら、今になって@ちゃんねるに降臨したタイターは偽物だということ。

これは試金石だぞ、ジョン・タイター

ククク、さあ、どう出てくる?

 

 

 

 

「トゥットゥルー♪ おはよー」

まゆりが入ってきた。

食い物の恨みは昨日のうちに晴れたらしく、いつものニコニコ顔だ。

「こんな朝早くからどうしたのだ?」

「うん、2人が2日連続徹夜って聞いたから、差し入れ買ってきたよー」

「そうか。それはご苦労」

正確には俺は昨日の昼に眠ったから、2日連続ではないが。

まゆりは手に提げたコンビニ袋をガサガサと漁り始めた。

そして取り出したのは──

「じゃーん。おでん缶!」

受け取ったおでん缶はまだ温かかった。

さっそくフタを開け、牛すじを口に運ぶ。

まゆりは付き合いが長いだけあって、俺の好みをよく分かっている。

俺はおでん缶の中では“牛すじ入り”が一番好きなのだ。

「まゆしぃからのプレゼントだよー。1個270円もするんだから、大事に食べてねー」

「最近、バナナやからあげは食べ飽きていたところだ。今後もこの差し入れで頼む」

 

「さすがにしょっちゅうおごれるほど、まゆしぃのポケットマネーは多くないのです。あと、バナナやからあげはまゆしぃが大好きだから今後も続けます」

むっ。

“冷凍食品ばかり食べていたら太るぞ”という脅し文句が浮かんだが、まゆり相手では効かないことが分かっていたので、あえて口にしなかった。

こいつは、どれだけ食べても太らないという体質の持ち主なのだ。

「あとね、他にもあるよ。はい、じゃ~ん♪」

次に出されたのは『雷ネット』のイラストが描かれた小箱だった。

 

「雷ネットソーセージ。あのね、おまけで『うーぱ』のボトルキャップが付いてくるんだー。すごくほしかったから買っちゃった」

えへ、と小さく舌を突き出す。

予言しよう。数ヶ月後、このラボは『うーぱ』グッズで埋め尽くされると。

今はソファに座っているクッションをはじめとして数えるほどしかないが、きっと増える。

「んで、ダルくんはどう~?」

「苦戦中だ。少しぐらい休んでもらった方がいいんだがな。なにもぶっ通しでなんとかしろとは一言も言ってないんだから」

「ダルくんのスーパーハカー魂が、メラメラバーニングしちゃったんだねー」

「そこっ、ハカーって言わないように!」

しっかり聞こえていたようで、ダイエットコーラの空のペットボトルが飛んできた。

俺の頭に当たって、カコンと気持ちいい音を立てる。

「ピリピリしてるー……」

まゆりとともに談話室の片隅へと避難し、そこでおでん缶を静かに食べることにした。

「でもー、ハッキングって悪いことなんだよねー? まゆしぃはね、2人にそういうことしてほしくないなー」

「ダルの、スーパーハカー……じゃなくてハッカーとしての腕前、使わなければ宝の持ち腐れだ」

ちなみにSERNは、2008年にもハッカーにシステムを乗っ取られそうになったことがある。ネットで調べてみたらそのニュースがヒットしたのだ。

つまりworld wide webを開発した集団であろうと、セキュリティには穴があるということ。

ダルほどの腕前ならば、そんな穴のあるセキュリティに侵入するなど造作もないことのはずだ。

「それにこれはSERNの悪事を暴くため。世界を陰で支配する巨大な闇との戦いなのだよ!」

 

「悪いことは悪いことだよー」

む? 珍しくまゆりが俺の言うことを真に受けない。

まあ、悪いことをしているというのは俺としても自覚している。

しかしだからと言って止めるわけにはいかないのだ。

ここはなんとか話を逸らすべきだろう。

「まゆりよ、薩摩あげをやるから牛すじをくれないか?」

「ええー? それならウズラ卵がいいなー」

「ふざけるな。俺は牛すじの次にウズラ卵が好きなのだ」

「まゆしぃもウズラ卵、好きだもん」

「ちくわで手を打ってくれ」

「ん-、分かったよー。薩摩あげよりはちくわだもんねー」

というわけで串でちくわをぶっ刺し、まゆりの持つ缶に入れてやる。

代わりに牛すじを抜き取った。

そして話を逸らすことにも成功した。まゆりは食べ物の話ならばたいてい食いつくからな。誘導はたやすいのだ、フゥーハハハ!

 

「もうすぐなんだよ……SQLのテーブル一覧さえ手に入れれば、パスワード特定余裕なんだよ……ぐへへ……僕をナメんな……」

 

ダルがブツブツ言い出している。

どうやらそろそろ決着しそうな気配だな。

ダルって本当にスーパーなハカーだったんだな。

ヤツの本気を初めて見た気がする。

と、ダルが身を乗り出して、画面を食い入るように見つめた。

画面には、さっきと変わらず数字やアルファベットの羅列が映し出されているだけだが……。

「おほっ、キタキタキター、いいよいいよ、おら、観念して俺の前に全部晒しやがれっつの、素っ裸にされてる気分はどうだよ、ヒャッハー、ハ、ハハ……」

目は完全に血走っていた。

なにやら気色悪い独り言をつぶやいているし。

一睡もしていないせいで、妙なテンションになってしまったのかもしれない。

ダルは今度は新しい窓を開いて、そこに12文字ほどの単語(?)を入力してエンターキーを押した。

エラー音が鳴る。

するとすぐに入力した文字列を消して、別の文字を入力。

そんな行動を何度か繰り返していると──

 

「……おおっ、キタ! キターーーーーー! IDとパス一致ひょっほう! ログイン完了だゴルァ! 死ね! なめんな! YESYESYES!」

な、なんというハイテンション……。

「ダル、やったのか!?」

俺の声に振り返ったヤツの顔は艶やかで、スッキリした表情だった。

まるで賢者タイムに入ったときのようだ。

 

「ミッションコンプリート」

「本当か!?」

「わー、すごいね。よく分かんないけど」

およそ20時間の苦闘はついに終わった。

俺はねぎらうように、開けていないおでん缶をダルへと放り投げた。

「仕事の後のおでん缶って、最高すぎだろ」

「よくやった。やはりお前は世界最高のスーパーハカー──」

ハッカーな」

「ハ、ハッカーだ。お前が敵でなくてよかった。それで、世界滅亡計画の証拠は見つかったか?」

 

「いや、まだ見てねーっつの。繋がっただけ」

「ま、ここまで来れば後は楽だけどな」

「ならば、疲れているところ悪いがさっそく調べてくれ。きっとあるはずなのだ、陰謀の影が」

「はいはい、やりますよ。でもその前におでん缶食わせろ」

 

食事を終えて一服したダルのキーボードを叩く指さばきは、さっきよりも軽快になっていた。

 

「手に入れたパスが、SERNの誰のものなのかってのが問題なんだよなー」

「どういうことー?」

「SERNのデータベースに入って、データのテーブル一覧をゲットしたんよ」

「そっから、『11111111』とか『ABCDEFGH』みたいな簡単なパスワード使ってる関係者に的を絞って、ID手に入れたわけ。そのIDの持ち主がサーバー管理者だったら最高なんだけど、さすがにそこまで運はよくないと思われ」

「日本語でOKだよー」

「右に同じく」

「要するにSERNのサーバー管理者のパスだったならSERNの前身をなめ回すように視姦しまくりだけど、そうじゃない普通の研究員かなにかなら、おっぱいしか見せてもらえない的な?」

「ダルくん、エッチだねー」

「エロい例えをするな。つまり見られる情報が限定されてしまうということだろう?」

「そういうこと。ま、サーバー管理者を特定してパスをゲットするのも時間の問題だけど。それはまた今度にするわ。さすがに眠くてあんま頭が働かん」

これ以上ダルを働かせるのは酷だな。

残酷だが仕方がない。休息を取ってもらって、早く元気になってもらおう。

「おっ、どうやら手に入れたIDは加速器部門担当者のものらしいよ」

「サーバー管理者じゃないのか……」

「一発で当てるなんて奇跡でも起きない限り無理だっつーの。SERNに何人の関係者がいると思ってるんだぜ?」

「何人?」

「6000人以上」

そんなにいるのか……。

「ま、とりあえずこの加速器部門担当者の、ええと名前は……」

「ジャックさんのメールのログを、ちょろっとのぞかせてもらおうよ」

出てきたメールは、案の定英文だった。

「うわわー。まゆしぃは頭が痛くなってきました……」

フン。英語ごときでひるむとは情けないヤツめ。

「ダルよ、なんと書いてあるのだ?」

「翻訳しないと……」

「エキサイト先生にご登場願え!」

「そんなめんどいことしてらんねーっつの」

ダルは翻訳ソフトを立ち上げて、開いているページを自動的にすべて翻訳してしまった。

つたなく不自然な日本語が表示される。

最初の行は『ハッピーニューイヤー』だった。

「新年の挨拶みたいすな~。バカンスでスペイン行くとか……うらやま」

そのメールに特に不自然な点はなかった。ごく普通の内容だ。

「こういうログを漁っていけば、そのうちサーバー管理者も特定できるのだぜ」

「あのね、他人のメールを勝手に見るのって、すごくごめんなさいって気持ちになる……」

まゆりは罪悪感でも感じたのか、すっかり落ち込んでしまい、PCの前から離れていった。

黙ってソファに腰かけ、『うーぱ』の巨大なクッションを抱きしめてため息をついている。

確かに俺たちがしていることは、社会的にはよくないことだ。それは認めよう。だが──

「俺はとっくに悪の道に踏み込んだ身、なんの良心の呵責も感じないのだ、フゥーハハハ! 責任はすべてこの俺が取る。ダルやまゆりに罪をかぶせるつもりはない」

「うほっ。僕、オカリンになら掘られてもいい」

「それはお断りだ。というわけでダルよ、心置きなくのぞき見るのだ」

「オカリンって悪いんだー。まゆしぃは悲しいです」

知ったことではない。

せいぜい偽善者ぶっていろ。

さらに調べていくと、“Experiment report”というタイトルのメールがいくつかあることを発見した。

日本語だと“実験報告”となる。

ほぼ毎日、このメールが送られているようだ。

LHCの実験レポートか。タイムマシンのヒントが得られるかもしれん。開いてみるべきだろう」

「これ見たら、確実にヤバそうだけどな……」

そう言いつつ、ダルはそのメールをクリックする。

出てきた文字列は、意味不明な記号の羅列だった。

「これ、暗号化されてる」

「くっ、さすがに簡単にはいかないか……」

「ま、この程度の暗号解くのは屁でもないがな」

ナイス、スーパーハカー。

こいつは間違いなく天才だ。

ものの10分ほどで、ダルはセキュリティを解いてしまった。

翻訳されたテキストは日本語として無茶苦茶で、それを正しい意味に解読する方が時間がかかりそうだ。

 

「ええと、意訳すると……」

「『ハーイ、ポール』」

「そういう演技は無用だ」

「さいですか……」

 

「『今日付の実験データをサーバーにアップしておいた。LHCの調子は良好だ。あくまで“LHCは”だが。こいつはまるで猫みたいに気まぐれだが、ここ1ヶ月ほどは驚くほど素直だ。ずっとこの調子だといいんだがな。しかし報われない仕事だと思わないか。この子猫──大猫と言うべきかHAHAHAHA──が稼働して9年になるが。この人類史を塗り替える研究は一部の人間の目にしか入らないわけで。もっとも、公表されたらされたで、いい晒し者になるのがオチだろうがな。世の中の連中はきっとこう言うだろうさ。今すぐロバート・ゼメキフをSERNに読んでください。そうすれば1年と経たないうちに作ってもらえるだろう、ってな』」

「……9年?」

ダルが読み終わるのを待って、俺はこめかみを親指でグリグリト揉んだ。

落ち着け。整理しろ。

「今のメール、翻訳ミスということはないのか?」

ダルも不自然さに気付いたのか、いつものように茶化したりしてこない。

「翻訳ソフトを信じるなら、ミスはないんじゃね? ところどころヘンテコな日本語になってるのは確かだけど……」

「だとしたら妙なことになる」

LHCが稼働を開始したのは、去年の春ぐらいだったはずだ。だがこのメールでは、9年前から稼働していたと読み取れる」

「おかしいな」

メールの送信日は今年、2010年だから、その9年前となると2001年。

ジョン・タイターは昨日、@ちゃんねるにこう書いていた。

『あえて説明を付け加えるとするなら、彼らの言う事を容易に信じてはならないと言う事です。既に彼らはマイクロブラックホール生成に成功しています』

たまらず俺はゴクリと息を呑んだ。

このメールの文面から読み取れるのは、まるで……なにかの極秘実験をしているようなニュアンス。

そしてロバート・ゼメキフと言えば、ハリウッド映画の超有名監督だ。

20年近く前に公開され大ヒットした、三部作のタイムトラベル映画の監督でもある。

たまらずうなってしまった。

まさか……俺の予想が当たったというのか?

SERNは世間に対して、とても重要な秘密を隠している?

しかもそれは、タイムマシンかそれに近いものについての研究……?

「ダル。もっと調べてくれ。タイムマシン研究の痕跡を探すんだ」

「マジでか……」

ダルがそうつぶやいたのは、俺の指示に対してか、SERNに隠された秘密に対してか。

いずれにせよ俺の言葉を受けて、ダルはまたキーボードを叩き出す。

「ん-、どのメールにもタイムマシンって単語は出てこないけど……。“Zプログラム”って単語が、この数ヶ月で100カ所以上も使われてる。これ、今LHCを使ってるやつの実験のことじゃね?」

「その具体的な内容は? ブラックホールの生成実験か?」

「えーっと、どっかに資料は……おっ、見つけた」

ダルは、メールに添付されていたPDFファイルを取り出して、展開させた。

「ほほー、なんかこれ、フランスとイギリスとオランダのトップシークレット扱いっぽい」

「……国家最高機密?」

「SERNは国家機密じゃないはずなのに、なんでだろ。つーか国家機密て。さすがにまずいんじゃね?」

「構わん。詳細を調べろ」

「いやいや。バレたらタダじゃ済まんし」

「お前はハッキングで足が付くような無能なのか?」

「……そうならないようにはしてる」

「だったらなにも問題はない」

「そりゃどうも」

ダルは少し照れくさそうな顔をしてから、Zプログラムについての詳細についてのファイルを、翻訳ソフトで翻訳した。

 

「ふむ、『5月14日 第137次Zプログラム実験レポート。なお、ミニブラックホール生成ミッションはすでに確立しているため報告を省く。第1に──』」

「ストップ! ストーップ!」

冒頭からいきなりタイターの“予言”が現実になった……!

「やはりSERNは、LHCを使ったミニブラックホール生成に成功していたのだ……!」

「公式には、実験はまだ成功してないって発表されてるのにな……」

タイターの書いた“彼らの言うことを信じるな”とは、このことを指しているのだ。

「そもそも実験の目的は、新しい素粒子反応を起こすことであって、ミニブラックホール生成じゃないし……」

ダルはモニタから目を離さず、呆然としている。

「だが実験にはすでにミニブラックホールは生成されている」

「みたい、だな」

「その先にはなんと書いてある?」

「ええと……」

「『実験結果:エラー。ヒューマンイズデッド、ミスマッチ。詳細は別紙ゼリーマンズレポート・ナンバー14を参照。リフターの調整、および各局所場適合地点をオンラインとして確定できない限り、実験は停止するべきと提案する』?」

「ど、どういう意味だ?」

「ヒューマンイズデッド、って、人が死んだ、って意味じゃね?」

「なっ……」

人が、死んだ?

マジで?

俺はたまらずうなった。

お、お遊びじゃ済まない領域になってきたぞ。

とんでもないことに手を出してしまったというか。

深みにはまって、抜け出せなくなるかも。

いわゆるやぶへび。

フッ、だからなんだと言うのだ。

お、恐れることはない。なぜなら俺は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。

ここまで来たら止められない。

好奇心を抑えきれないし、本当に悪事が行われているとしたら見過ごすのも後味が悪い。

気付けば緊張して喉がカラカラだった。

ゴクリと生唾を呑み込む。

逃げ腰になりそうな自分を叱咤し、なんとか冷静さを保った。

「ゼリーマンズレポート、というのはなんだ?」

俺の問にダルはキーボードを操作したが、すぐに小さく舌打ちする。

「うーん、ジャックさんのメールには見当たらないな。誰かもっと偉い人かサーバー管理者のパスを手に入れないと」

「ではそれは後回しだ。タイムマシンについて探してくれ」

「さすがに出てこないんじゃね~?」

その後、ダルは15分ほど、加速器部門担当者のメールを徹底的に読み漁ったが、やはりタイムマシンという表記はどこにも見当たらなかった。

加速器技術委員会とか、LHC計画責任者とかって単語が出てきたから、その辺のIDを見当つけて探すかな。そっちからならもっと突っ込んだ情報が手に入るかもしれん罠」

「ジャックさんのIDでは調べられないのか?」

ダルはうなずく。

「では、今日のところはこれまでか……」

「ちなみにさ、今見てたのがSERNの一番でかいサーバーなんだけど、実はもう1個、妙なデータベースがあったんだよね」

「妙、というと?」

「……バグってた」

「バグ?」

「いや、バグっつーか、一応プログラムのコードらしきものは出てくるんだけど……」

「もうイミフすぎて無茶苦茶っつーか、まったくもって解読不能です本当にありがとうございました、っつーか」

「暗号化されている可能性は?」

「あれは暗号には見えないのだぜ。そもそもプログラムとして成立してないんだよね。ただ、そんな誰にも見られないようなデータベースがなんで置いてあんのかは、気になる……」

「気になるな」

「ちょっと解析してみるお」

ダルはその謎のデータベースに対し、あれこれ試行錯誤を始めた。

けれど1時間ほどが経つ頃には、貧乏揺すりのピストンスピードが速くなっていき、ついにキーボードに両手を叩き付けて、癇癪を起こした。

「あー、分からん! ぜんっぜん分からーん! こんなん絶対プログラムじゃねーよボケ! 死ねカスが! うっきー!」

ダメだ、キレてしまった……。

「もうやめた方がいいよー」

いつの間にか裁縫を始めていたまゆりまでが、心配そうな顔をダルに向けている。

「頭もよく回らんし……もう無理……ふへ、ふへへ……」

まずい、ダルが壊れかけている。

さすがに無理をさせすぎたか。

丸2日間も徹夜したのだから、そろそろ限界だろう。

 

「ご苦労だった、もう休め、ダル」

「んあ。そうするわ~。つーかさ、もしこれがバグじゃなくてガチでプログラムだとしても、作ったヤツにしか分らんよ……。こんなん、見たことないし……」

見たこともないプログラム……か。

そのとき、俺のポケットからメロディが流れた。

メールの着信音だ。

「……!」

送信者は、ジョン・タイターだった。

さっき俺が送った質問メールに対する答えだろうか。

「…………]

思わずゴクリと息を呑んでしまった。

頭の中で、電撃のようなひらめきが走っていた。

かなりの長文だったが、俺の目を引いたのは最初の数行だった。

「ククク、そうか……今、点が線で繋がろうとしているぞ」

「えー? なんの話?」

そばにいたまゆりが問いかけてくるが、それに答える余裕はなかった。

自分の推論を頭の中で構築するのに必死だったのだ。

ジョン・タイター、SERN、タイムマシン……」

驚くべきほどのキーワードの一致。

そして今、さらにもう1つ──

俺は自分のひらめきに震えた。

「ダルよ、もしかするとそのプログラムの正体、判明するかもしれんぞ」

「え、マジで? どうやって?」

握りしめているケータイのカメラ機能を使って、俺はPCモニタに表示されている、ダルが“バグ”と称したプログラムを撮影した。

それをメールに添付し、『このプログラムコードがなにか分かりますか?』とだけ書いてタイターのアドレスに送信する。

SERNの内部にある、謎のデータベース。スーパーハカーのダルですら見たことのないというプログラム。その正体は──

「俺のひらめきが正しければ、ジョン・タイターが知っている……!」

「はあー? それはないわー」

「なんとでも言うがいい。答えはすぐに出る」

タイターからの返信を待った。

それは実際には数分のことだったが、俺には永遠にも感じられた。

「来た!」

焦りつつ、着信したメールを開く。

そしてそこに書かれていた単語を見て、ゾワリと全身に鳥肌が立った。

「ク、ククク……。やはりな」

「やはりって?」

「ダルよ、俺の予想は正しかった」

「判明したぞ、そのプログラムの正体が」

「IBN5100……!」

 

そのレトロなPCには、意図せず偶然にも搭載された、とある機能が存在する。その事実は1975年の発売以来25年間、IBNの一部の技術者以外誰にも知られることはなかった。

その機能の存在が公にされたのは、2000年に現れたジョン・タイターが最初だ。

タイターの書き込みからしばらくして、実際にIBNの元技術者が隠れていた機能の実在を認めた。

そう言えば鈴羽ともつい昨日、この話をしたな。

 

「APLやBASICが普及する前に書かれた、IBNの独自のプログラミング言語も解読できちゃうのってさ、驚愕だと思わない?」

「いまやIBN5100でしか解読できない、失われたプログラミング言語があったりするんだよ?」

恐るべき奇妙な一致。

まさにシンクロニシティ

強大な意志にでも操られているかのようだ。

「ククク、否……断じて否だっ! 我らにとってこの発見はまさに必然。これこそ運命石の扉(シュタインズゲート)の選択だということだっ!」

「つまり、SERNはIBN5100を使ってこのデータベースを構築したって? 互換性のないマシンを使って? なんでそんなわけ分らんことを?」

「ならば聞くが、外部からのクラッキングに対する最高のセキュリティ方法はなんだ?」

「そりゃスタンドアローンだろ──」

俺の質問の意図を、ダルはすぐ理解したようだ。

「IBN5100でしか解読できないなら、それは擬似的なスタンドアローンってわけか……」

「故にそこに眠るのは、SERNにとって最重要の機密だということだ!」

「つか、オカリンはなんでその隠された機能のこと知ってるん? ソースは?」

「俺の頭の中に眠る膨大な禁書目録(インデックス)に記述されている、とでも言っておこう」

どうせ10年前のタイターが言っていたという事実を話したところで、誰も信じてくれないのだから。

「パクリ設定乙」

ダルのツッコミは無視。

「まゆり、大事な話があるから集まれ!」

「んー? ここからでも聞こえるよ?」

裁縫中のまゆりは、ソファから離れようとしない。

「聞こえるとか聞こえないとか問題ではないのだ!」

 

「これは我ら未来ガジェット研究所にとって、いや人類の未来にとって運命を左右するの会議なのだよ! だからもっとこう、秘密めいた感じというか、企んでいる感じを出したい」

そのためには、近い距離でモニタを見ながら思わせぶりなセリフのやり取りをするのが大事なのだ。しかし今のラボはそんな雰囲気とはほど遠い。

特にまゆりが。

「まゆしぃは、悪だくみには参加しませーん」

仕方ない、形にこだわるのはやめよう。

「2人とも聞け! これより未来ガジェット研究所は、緊急極秘作戦を発動させる! これは世界を陰から操る巨大な闇との闘いの第一歩となるだろう! 敵はSERN! 世界的な研究機関でありながら邪悪な研究に魅入られた連中である!」

「オカリン、声でけえ……。徹夜明けにはきついっす……」

しまった、確かに声が大きすぎた。

これでは全然秘密めいた感じになっていない。

しかも窓全開だ。窓の下に鈴羽がいたら、確実に聞かれているだろう。

というわけで俺は少し声のトーンを落とした。

「いいか、世界的にマッドサイエンティストは2人いらん。ヤツらに先んじられる前に、我らが出し抜いてやるのだ……!」

「ヤツらって?」

「ヤツらはヤツらだ」

「あのね、まゆしぃは全然分かんないよー」

「つまり、このアキバのどこかにあるという、幻のレトロPC……IBN5100を手に入れるっ」

バシッと宣言してやったが、ダルは目をしょぼつかせ、まゆりは針仕事に戻った。

くそっ、リアクションの薄いヤツらめ!

俺たちは今まさに、とんでもない陰謀の入り口に立っているというのに!

この状況に心躍らさずして、どうするというのだ!

「僕、探すのはパス~。マジで寝させてよ。それと、SERNの中をもっと探りたい件について」

「そうだったな……。まあ、それができるのはダルだけなのだから、そっちは任せる。ではIBN5100の捜索は、俺とまゆりで──」

「無理だよー」

まゆりは申し訳なさそうな顔をした。

「コス作りもあるし、バイトもあるんだもん」

「…………」

つまりこの2人は、こう言いたいわけだな。

ヒマなのはこの俺だけだと。

「いいだろう。この件は俺がなんとかする。そうと決まった以上、俺のやり方に口出しは無用だ。分かったな?」

「またなにか悪いことしようとしてるー?」

「いや、口だけじゃね」

好き勝手言っている仲間を置いて、俺は颯爽とラボを出た。

 

……。

 

 

 

 

階段を駆け下りていくと、

ちょうど目の前で自転車が豪快に横滑りし、スリップするように停止した。

 

「はぁい、岡部倫太郎」

自転車を降りながら、鈴羽が挨拶をしてくる。どこぞの欧米人だと言いたくなったが、それより先にヤツが乗る自転車に目が行った。

昨日もブラウン管工房の前にあった自転車だ。鈴羽の持ち物だったらしい。

いくらぐらいするのだろう。けっこう高そうだが。

「なかなかのテクだな」

「自転車って、ホント楽しいよねっ。あたし、自転車乗るのってこの街に来てからが初めてでさっ」

「初めて!? 自転車に!?」

「そう。バイクはよく乗ってたんだけどねー」

それは順序が逆じゃないか?

変な女だ。

それに、さっきの鈴羽の止まり方。街中であんなことをしたら、かなり危なっかしい気がする。初心者が調子に乗って事故を起こすパターンだ。

少なくとも、あんな走りをするようならばヘルメットをかぶるべきだな。

「今からバイトか」

「うん、そう」

ブラウン管工房のシャッターは開いているが、この店はいつも11時か12時くらいが閉店時間である。正確な時間は知らない。いつも店長の気分によって変わるのだ。

「ちょうどよかった。お前に話がある」

「ええー? これから開店準備しなきゃいけないんだよね」

「このオンボロブラウン管屋に、なにを準備することがある?」

「ないね。まったく。店の前をちょろちょろっと掃き掃除するくらい。中は掃除しようとすると店長が起こるし。“これが完璧な配置なんだよ”って」

掃除しろと怒るならまだしも、掃除するなと怒るとは。

やはりあの店長はどこかおかしい。

「ならば話をさせてもらおう」

「でもなぁ、眠いしなぁ」

つまり話すのは面倒ということか。

俺は鈴羽をにらみつけた。

「あまり……俺を怒らせない方がいい」

「今すぐじゃないとダメな感じ?」

にらみつけはまったく効果がなかった。たじろぐフリすら見せない。

俺はそれでも険しい表情を維持して、コクリとうなずいた。

「じゃあどうぞ」

鈴羽は肩をすくめ、自転車に鍵をかけてからこっちへ向き直った。

「ただし手短に頼むよ」

「IBN5100はどこにある」

「……ふめい」

「ふめ……? なに?」

「ふ・め・い」

ふめい、って“不明”のことか。

「昨日のお前の口振りは、知っているように見えた」

「知ってるのはあたしの知り合いだってば」

「ならば、その知り合いのところへ案内してもらおう。イヤだとは言わせん。拒否すればお前はこの世の地獄を見ることになる」

「無理」

この世の地獄を見ることになるって言ってるのに!

「会いたくても会えないからさ」

「どういう意味だ? まさか想像上の存在か──」

「死んだから。何年も前に」

「…………済まなかった」

「ああ、いいのいいの。ま、そんなわけであたしの持ってる情報、そんなに大したことないわけ。むしろあたしの方が教えてもらいたいぐらいだよ」

鈴羽は逆に励ますように、俺の肩をポンポンと叩いてきた。

と、ブラウン管工房の扉が開き、店長がヌッと顔を出した。

 

「おーい、バイト。まだ3日目なのに遅刻してんじゃねえ!」

「あ、店長、ごめーん。ちょっと朝から立て込んでてさ」

「真面目にやらねぇならいつでもクビにするからな。岡部もウチのバイトに手ぇ付けようとしてんじゃねぇぞ」

「欲情しているのは貴女ではないのか、ミスターブラウン」

「おめえ、もし綯がいる前でそういうこと言ってみろ。マジで殺すからな。父親としての沽券に関わる。そもそも、そんなしょんべんくせえガキに欲情なんかするかよ」

「なにおう!? 店長、今の取り消して!」

珍しく鈴羽が怒りを露わにした。

「なんだよ、怒ったのか?」

「あたしは、ガキじゃない! 一人前の戦士だよ!」

「はあ? お前、なに言ってんだ?」

店長は呆れたような顔をしているが、俺は鈴羽の強い想いに感銘を受けていた。

思わず鈴羽の手を取り、ガッチリと握りしめる。

「いい目をしているな、バイト戦士。現代人にはいない、野獣さながらのギラギラした輝きがある。その目を忘れるな、そうすればお前は必ずや、バイト戦士から真の戦士へとクラスチェンジできるだろう」

「っていうか、あたしはもう戦士なんだってば」

「SERNとの最終聖戦(ラグナロック)の暁には、ともに戦おうではないか。それまで精進するがいい」

ラグナロック?」

鈴羽はそこで首をひねった。

「なにそれ?」

「SERNとの最終決戦だ」

「そんなの、起きる予定があんの? あるならぜひ参加するけど、聞いたことないなぁ」

「当たり前だ、今初めて明かしたのだからな。最終聖戦(ラグナロック)は俺が起こす。世界を作り替えるためにだ!」

「おおー、岡部倫太郎ってば勇ましいじゃん。どうせ失敗するだろうけど、その心意気は好きだよ。あたしの仲間も、君ぐらい気概があればよかったんだけどな」

 

どうやら鈴羽には仲間がいるらしい。

それはぜひ紹介してもらいたいものだ。

鳳凰院凶真所属の大軍団『鳳凰十字軍(フェニックス・クルセイダース)』を作り上げるためにな。

というかちょっと待て。

なぜ俺のラグナロックを失敗前提で語るのだ。

鈴羽には俺の恐ろしさをきちんと教えておく必要があるな。

「なんでうちの店のまわりには、変なヤツばっか集まってくんだよ、ったく。おいバイト。いいからさっさと店に入れ」

「はーい。じゃね、岡部倫太郎!」

鈴羽は俺に片手を挙げるようにしてウインクすると、店の中に入っていった。

 

「オカリン、待って待ってー」

と、鈴羽の入れ違いのような形で、まゆりが階段を下りてきた。

「やはり一緒に探す気になったか。いいラボメン精神だ」

「あ、ううん、違うよー。お昼ご飯を買ってこようかと思って」

「…………」

本当によく食うヤツである。まだ正午にもなってないと言うのに。

 

……。

 

 

「で、どこで買うつもりだ?」

「ん-っと、どうしようかなー」

歩きながら唇の下に指を当て、まゆりは考え込んだ。

「『サンボ』の牛丼もいいなー」

この小柄な女子高生は、1人で『サンボ』に入ってしまうほどの猛者だったりする。

いい意味で空気が読めてない子なのだ。

あの、一見さんは入店するのを躊躇(ちゅうちょ)してしまうほどの独特の雰囲気を持つ牛丼店『サンボ』。

濃い男性客で満席になっている店内で、まゆりは他の客と相席になろうともニコニコしながら牛丼を食べる。

ネット上のサンビスト──『サンボ』を愛する常連客の俗称──たちの間では、まゆりが『サンボ』に現れると“女神降臨!”“女神キター!”という書き込みが相次ぐとか。

「だが『サンボ』はこの時間だとまだ開店してないぞ──」

そう忠告したが、横を歩いていたはずのまゆりの姿がない。

消えてしまった。

まゆりはたまにこういうことがある。

そのたび俺は、まゆりが本当にこの世から消え失せてしまったのだと錯覚して、ドキリとするのだ。

 

周囲を見回すと、少し離れたところでまゆりは立ち尽くしていた。

雑居ビルの間からのぞく空を、ぼんやりと見上げている。

──また始まった。

道のど真ん中で立ち止まっているため、他の歩行者は何事かとまゆりを横目で見ながら通り過ぎていく。

そんな視線を気にもせず、まゆりは魅入られたように、ゆっくりと右手を空へと伸ばした。

その姿勢のまま、固まっている。

これはまゆりのクセだ。

俺は勝手に“星屑との握手(スターダスト・シェイクハンド)”と呼んでいる。

昔から、まゆりは夜空を見るのが好きだと言っていた。

手を伸ばす理由は、ロマンティストのようというか子供のような理由で、

 

「星に、届かないかなーって思って」

前に俺が聞いたとき、はにかみながらそう答えていた。

最初は夜空に対してだけやっていたそのクセだが、最近は所構わず、時間も関係なくやり出すようになった。

今のように、誰かと一緒に歩いているときや会話している最中にでも不意にそのスイッチが入る。はっきり言ってデンパである。

「星なんて見えないだろう」

歩み寄ってそう声をかけると、ぼんやりした表情に微笑みを浮かべて、ようやくまゆりは手を下した。

 

「あのね、お昼でも、お星様はそこにあるんだよー」

「哲学的なことを言うのは結構だが、道のど真ん中で立ち止まるのは危ないだろうが」

「えっへへー。そうだねー」

「そうそう、今、空を見てて思ったんだけどね、まゆしぃは今日のお昼はラーメンにします」

ラーメンと星にどんな因果関係があるのか、それはまゆりにしか分からない事柄であり、俺は深く追及することを諦めた。

 

……。

 

IBN5100を探すと言っても、手がかりはゼロだ。

1時間ほどネットカフェで情報を漁ってみたが、収穫はなかった。

ヨドバシ内にあるジューススタンドで買ったタピオカ入りマンゴージュースを飲みながら、俺は思案にふけっていた。

土曜日ということで、駅前は混雑し始めていた。

何人かのメイドが、駅から吐き出されてくる人々にチラシを配っている。

ダル以上にレトロPCに詳しいヤツは誰かいないだろうか。

そう言えば、あの閃光の指圧師(シャイニングフィンガー)が、IBN5100にご執心だったな。

あのメール魔に連絡するのは、あまり気が進まないが……。

聖戦の勝敗がかかっているわけだから、好き嫌いを言っている場合ではないと分かってはいるのだが。

指圧師のケータイ電話番号は知らないので、ひとまずメールを送ることにした。

タピオカ入りマンゴージュースを飲み終えると、俺はアテもなく中央通りへと向かった。

 

……。

 

 

と、すぐにメールが来た。

送信者は閃光の指圧師。

なんというレスの速さだ。

だが電話求むと書いたのに、なぜメールを返してくる?

 

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やっと連絡キター

 

電話は苦手だからメール

のやり取りでお願いね

 

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メールで、だと?

込み合った話をしようとしているのに、なぜそんな面倒な方法を取らなければならないのだ。

なんとか電話番号を聞き出してやる。

『電話番号を教えろ。それとIBN5100についての、そちらの情報を求む』

これで送信、と。

 

メールを終えて顔を上げると、ものすごい数の人垣ができていた。

相変わらずラジ館前はすごい人の数だな……。

マスコミの数も、墜落した日からほとんど減っていない。

ラジ館は、今日も休業中である。

 

当然、人工衛星は今もそこにあった。

返事は30秒と経たないうちに来た。

 

メールを見ようと視線を落としたところで、見知った顔と目が合った。

「あ」

 

「助手か。ここでなにをしている」

「あのな。私がいつ助手になった」

今にも噛みついてきそうな勢いだったので、気勢を削ぐため俺はメールチェックに戻った。

 

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こっちの情報はほぼ無し。

そっちは?

 

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あのアマァ……!

電話番号を教えろと言っているのに無視か!

しかも情報すら無しとは! 使えないにもほどがある!

 

「……なんで私、あんたににらまれてるわけ?」

「気にするな。イライラしているのはお前が原因ではない」

「八つ当たりか。にらまないでよ」

「お前だって以前、俺のことを何度もにらんだだろう」

「それはあんたがHENTAI行為を──あ、いや、なにも言うまい」

って、また来た……。

 

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スーパーハカーさんの連

絡先教えて♪

 

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その場でケータイを折って地面に叩き付けたくなった。

なにが“教えて♪”だ! “♪”とかバカにしているのか! このクレクレ女めが!

というよりなぜそんな短いメールを2通連続で送ってくるのか。

どうせなら1通にまとめて送ればいいものを。

「そんなにイヤなメールが来たの?」

「イヤというより、常識外れなのだ」

一言もの申してやらねば気が済まない。

『小刻みにメールを送ってくるのをやめろ。頼むから言いたいことはまとめて送ってくれ!』

そんなメールを送りつけてやったことで、俺は少し満足した。

改めて紅莉栖に向き直る。

「それでクリスティーナ、ここでなにをしている?」

「せめて呼び名ぐらい統一してほしいわけだが。……私がなにしてたって、別にいいでしょ」

「なんだ? なにを拗ねている」

「拗ねてない。ただ、できればあんたとはもう関わり合いになりたくなかっただけ」

「なにをバカな。お前はすでにラボメンなのだぞ。ラボの利益のために働いてもらわないと困る」

期間限定ではあるが。

いや、期間限定だからこそ、この天才少女の知識を1分1秒でも多くラボに注ぎ込んでもらわねばならないのだ。

「……好奇心に負けたあのときの自分を恨むわ」

紅莉栖はため息をつきつつ、頭上の人工衛星を見上げた。

俺たちだけでなく、他にもこの場で立ち止まって見上げている人間は何人もいる。

アキバの新たな観光名所になりつつあるな。

人工衛星を見に来たのか?」

「……まあね。信じられないと思わない? 人工衛星って普通、大気圏で燃え尽きるように軌道を計算して落とされるのに。あそこまで完全な形で残ってるなんて」

しかもビルに激突して大穴を開けたにもかかわらず、だからな……。

人工衛星というのは、そんなに強度のあるものなのだろうか。

どちらかというと、もっと脆そうなイメージなんだが。

「そもそもあれはどこの人工衛星だったのだ?」

「まだ分かってないって。旧ソ連のものかもって噂だけど、ロシアは否定してる。おかげで撤去しようにもできないらしい」

3日経つのにまだ不明とは、興味深いな。

陰謀の匂いがする。

「そうか、あれも“機関”の差し金だったのだ……! あのとき、ラジ館にいたこの俺を抹殺するためのな!」

「“機関”? なにそれ?」

「“機関”は“機関”だ。正式名称は別にあるが、その存在を知る者は全員、畏怖の感情をこめて“機関”とだけ呼ぶ。世界を陰から操る、国家を超越しした秘密機関であり、政治、経済、宗教、すべてを掌握しているのだ」

「どう見ても陰謀論です。本当にあり──…………っ」

なぜか紅莉栖は赤面してうつむいてしまった。

 

「どうかしたか?」

「ど、どうもしてないっ。ホント、なんでもないからっ。それ以上追及したら叩くわよっ」

変な女だ。

「そ、それよりっ、例の電話レンジはどうなった!?」

「なにをそんなに興奮しているのだ。ちなみに電話レンジではなく、電話レンジ(仮)であって──」

「いいから答えなさいっ。どうなったの?」

「……進展はない。実験を繰り返してみたが、今のところあの放電現象、および過去へ遡るメールは一度も再現できていない」

「そう……」

またメールだ。

指圧師め、あれほど小刻みにメールを送るなと言ったのに、まだ理解できていないのか。

メール魔には付き合いきれないな。

メールは後で確認することにしよう。

「偉そうだけど、最低限のマナーは知ってるみたいね」

「なんのことだ?」

「人と話してるときにケータイをいじり出す人って、私嫌いだから」

「そうか、だからお前、初めて会ったとき俺から強引にケータイを奪ったのだな」

「初めて会ったとき? そんなことしてない」

「しただろう。俺が定時報告をしているときに、お前は俺の手から──]

奪っていった、と続けようとして、俺は口をつぐんだ。

ラジ館での出来事。

あのときのことを話すと、ダルともまゆりとも、そして紅莉栖とも話が噛み合わなくなる。

やはりあれは、夢か幻だったのだろうか……?

「なに? 定時報告ってなんのこと?」

「いや。なんでもない。それで、電話レンジ(仮)の話だったな。お前はあの実験の後、“タイムマシンなんてウソだ”などと悲痛な叫びを上げていた。過去のトラウマでも思い出したか」

「おいこら、勝手に私にトラウマ設定を付けるな」

「そう、あれはまだ5歳の頃。クリスティーナはアーカンソー州の草原で雷に──」

「打たれとらんわ! 5歳の頃はまだバリバリ日本在住よ。っていうかなんでアーカンソーなのよ」

「のどかな風景を思い浮かべたとき、最初に浮かんだ州の名はアーカンソーであり、次に浮かんだのがオレゴンだった」

「そこはユタじゃない? 相対的に見て、ユタの方が“っぽく”ない?」

「では答えよ、クリスティーナ! なぜあのとき“ウソ”だと言った!?」

「……別に確信があって言ったわけじゃない。単に信じたくなかっただけってロジックよ。トンデモ科学は小説や映画の中だけでじゅうぶんだわ」

「トンデモ科学だと? なにをバカな。お前もはっきり見たはずだ、メールが過去へと跳んだあの現象を! バナナが瞬間移動したその瞬間を!」

「……見たけど、なにかの間違いのはず。あるいは、私たちが都合のいい解釈をしてるだけ。ATFで言わなかった? タイムマシンは今の技術では夢物語よ。ましてやあんたたちみたいなお遊びサークルが、電話と電子レンジをくっつけただけのガラクタで、タイムトラベルを起こせるわけがない」

「だが実際に起きた。お前は自分自身の目で見たことを否定するのか? 現実よりも理論こそが正しいと言うのか? ならば一生、詭弁を弄して言葉遊びをしているがいい」

「言葉遊びってどういうこと?」

量子論など、俺からしてみれば言葉遊びにしか見えないということだ」

「……ちょっとあんたね、現代物理学を否定する気? 何様?」

「現象に対して素直になれ。起きたことがすべてであり、起きていないこと、観測できていないことはすべて仮説でしかない」

「仮説を積み上げて、理論が証明されたとき、それは本物になる。そうやって現代物理学は宇宙のすべての真実を理解するの」

「だが仮説が間違っている場合もある。かのアインシュタインでさえ、間違えたことがあるのだ」

「間違いかもしれないから、やらないの? だったらあんたは一生、あの小汚いビルに引きこもって王様を気取っていなさい。そんなことじゃ、真実には絶対たどり着けない。失敗は成功の元よ」

「なるほど。いい反論だな」

「……あくまで上から目線なのな」

「ところでクリスティーナよ、俺は堂々感じていた。物理学者には矛盾がある」

「……矛盾?」

「現実に起きていて、誰もが知っているが、いまだ解明されておらず、物理学者も手を付けようとしない現象というものは、確かに存在する。それについてはどう思う?」

「例を挙げてもらわないと分からない」

「例えば幽霊」

「オカルトかよ……」

「オカルトだからと言って思考停止か? それはお前がたった今言ったことと矛盾するぞ」

「“そんなことじゃ、真実には絶対たどり着けない”」

「っ……」

「幽霊を見る人間は確かに存在する。映像としても証拠が存在している。にもかかわらず、なぜ他の仮説をこねくり回し続けていられるのだ?」

「……専攻が違うわ」

「解明されていない現象に専攻もクソもあるまい」

「……そうだけど」

「というわけで、過去へメールを送る現象も、きちんと検証すべきだ。助手も力を貸すがいい」

「イヤよ」

紅莉栖はきっぱりそう答えた。

例によってにらみつけてきている。

やはり俺はこの天才少女に恨まれているのだろうか。

「私はトンデモ科学には手は出さない。父と同じ失敗は犯さない」

「父……?」

「あんたの考えは、口だけは立派だけど、学会じゃ通用しない。タイムトラベル理論を研究してるなんて言った日には、干されるのがオチよ」

「なぜそう言い切れる」

「私の父がそうだった」

紅莉栖はギリリと歯噛みした。

「物理学者の父は、タイムマシンが大好きだった。ウェルズの『タイム・マシン』に魅了されて、本気で研究していたわ。でもそれにこだわりすぎたせいで、学会からは追及に近い扱いを受けた。そんな父を見てきたから、私は、タイムトラベル研究には関わりたくないの……!」

 

そのあまりの迫力に、今度は俺が鼻白むことになった。

ええと、本気で怒らせてしまっただろうか。

思わぬ地雷を踏んでしまった感じ。

どうしよう、これ以上怒らせたら、刺されかねないぞ。

少しなだめよう。

そうしよう。

ええと、なんて声をかけるべきか……。

「……ごめん。感情的になって」

先に謝られた。

クリスティーナが冷静な性格で助かった。

「フゥーハハハ! 気にすることはない! 今のはお前の資質を試すため、あえて怒らせたのだからな!」

「…………。……とにかく電話レンジは、タイムマシンなんかじゃない。メールの送受信は、人の手で作られたシステムなんだから、そのシステム範囲内での現象を説明できるはず」

「……助手の考えは分かった。そこまでタイムマシンを嫌っているとはな。お前の反応はアレルギーに近い」

「…………」

「無理にラボメンに誘って迷惑をかけたな。もう二度と来なくていい」

「……言われなくても、来ない」

「だが、これだけは伝えておく。クリスティーナよ」

「クリスティーナって言うな」

「ラボメンナンバー004は、永久欠番としておく。この番号は……ずっと、お前のものだ」

決め台詞を最後に、俺は紅莉栖に背を向けた。二度とは振り返らない。

目を閉じて、ゆっくりと歩き出す。

前が見えないので誰かにぶつからないかと不安だった。

というかそもそも俺はまっすぐ歩けているか?

「なにカッコつけてんのよ」

突然、肩を後ろからぐいっと引っ張られた。

後ろ向きに転ばされそうになり、かろうじて踏ん張る。

 

 

「なにをする! 俺によるささやかな演出──後腐れのない別れのシーンを台無しにするとは、貴様それでも俺の助手か!」

「だから助手じゃないと言っとろうが! それにこっちはまだ話があんのよ!」

くそう、もののわずかでいつもの強気な助手に戻りおって……!

「この前は聞けなかったけど、私が刺されたってあんた言ってたわよね? それについての説明を要請する」

そう、あれもまた“現実に起きたのに解明できていない事象”のひとつだ。

「あれは俺が見た幻だ」

今はそういうことにしておく。

「なんであんたの夢に私が出てくるの?」

「そんなことは知らん。それと夢ではなく幻だ」

「ドクター中鉢がどうとか言ってたけど、それは?」

「あの日、ラジ館でドクター中鉢がタイムマシンの発表会をしていた」

「発表会は中止になった。人工衛星が堕ちたから」

「そういうことになっているようだな。だが俺が見た幻では無事開催された。俺はそれをまゆりと一緒に見に行って、お前に声をかけられたのだ」

「私はナンパなんてしない。ましてやあんたみたいなバカに声はかけない」

「だから幻だったと言っているだろう。いや、あるいは……幻なのはこちらの世界なのかもな。だとしたら電話レンジ(仮)の謎の解決だ。幻ならば、物理法則を無視したことも起こり得る」

「現実逃避? 意外とチキンね」

「仮説を提示したのだよ。物理学者お得意のな」

「それで私は誰に刺されたの? もしかしてあんた?」

あのとき、血溜まりの中に倒れていた紅莉栖の姿が脳裏をよぎり、俺はゾクリとした。

あれは本当に幻だったのだろうか。それにしてはリアルすぎた。

血の匂いすらはっきり思い出すことができる。

「俺が駆けつけたときには、すでにお前は血まみれで倒れていた。犯人は見なかった」

「分からないな。なんで私が幻でとは言え殺されなくちゃいけないのよ。……恨みでもあるの?」

「まったくない。その時点では俺とお前は一度だけ話したことがある程度の、ただの通りすがりの他人だった」

いや、一度だけ話した、というのも幻の中での出来事だから、厳密に言えばその時点では、牧瀬紅莉栖という人間に関する情報は雑誌から得たものだけだったことになる。

「とにかく接点などほとんどなかった。故に俺はお前の死体を見た後、119番に通報することなくその場を後にしたのだ」

「薄情者」

「なにを望んでいる? 過去に戻って、お前の死体を丁寧に扱えと? そのためには電話レンジ(仮)を使えるようにしなければな」

幻の中へ戻れるのならば、という問題もクリアしなければならないが。

「……もういいわ。今後、そんな幻見ないで。他人の夢の中とはいえ、自分が殺されてると思ったらいい気分はしない」

「保証はできないな。それを実行するためには、24時間完璧に、俺の脳内を監視しなければなるまい」

「本当にあんたって、ああ言えばこう言うわね」

紅莉栖は呆れたように首を左右に振り、駅の方へ向かって歩き出した。

どうやらこれで話は終わりと言いたいらしい。

俺はさっきのお返しとばかりに、紅莉栖の華奢な肩を背後からつかんだ。

「きゃっ、な、なによ──!?」

「俺の話は終わっていない」

 

 

「ケンカ売ってるだろ」

「別れのシーンを台無しにしたお返しだクリスティーナ! 己の軽率な行動を恨むのだな!」

「はいはい分かりました。で、なによ?」

「IBN5100の件だ」

「件だ、とか言われても知らないわよ。なんなの?」

「……いや、知らないのならばいい。さらばだ。もう二度と会うこともないだろう」

今度こそ俺は紅莉栖に背を向けて──

「言いかけたままやめないで。気持ち悪いでしょ」

二の腕をつかまれた。

おのれこの女。一度ならず二度までも……!

「IBNごせん……なに?」

「IBN5100。1975年発売のレトロPCだ。今、探している」

「ふーん。なにに使うつもり?」

どうやら気になるらしい。

ラボに来たときもそうだったが、この女はかなり好奇心旺盛のようだな。

「気になるか?」

「…………」

紅莉栖はサッと目を逸らした。

だが俺の二の腕をつかむ手は離そうとしない。

「気になるのだな?」

「……少しだけよ」

「ならば答えよう。IBN5100はSERNの秘密に繋がっている」

「SERNって……あの、SERN?」

「いかにも。そして我がラボが総力を挙げて調べたところによれば、SERNはタイムトラベルについて研究している痕跡がある」

さぁ、驚くがいい。

「……バカみたい。聞いて損した」

紅莉栖は冷めた眼差しで俺を一瞥すると、今度こそ手を離して1人で歩き去っていった。

お・の・れぇぇぇ!

今に見ていろ。

俺が必ずや、SERNの陰謀を暴いてやるからな!


……。