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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【16】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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2015年10月12日(月)

 



「…………」


夜空にそびえる白い巨大な病棟を見上げて、神成は大きな息をひとつついた。

AH東京総合病院。

久野里澪の報告を受けて、神成岳志はその病棟を訪れていた。

時刻は、そろそろ午前零時を過ぎようかという頃合い。

面会時間などとうの昔に過ぎており、正式な捜査令状なども出ていない。つまり、全ては神成の独断である。

けれど、今の時点で正攻法で攻めてみたところで、令状などでるわけもないのだから、これも致し方ないと、彼は考えていた。

本来なら地道に捜査を積み上げていくところだが……そんな時間があるとは思えないほど、この病院の捜索は急を要すると思ったのだ。


(久野里澪の話が本当であることを、まず確かめる……そうすれば、令状なんていくらでも出るようになるはずだ……)

 



神成が色々な方面で聞き込みをしたところ、この病院は、渋谷地震発生のその2年前……2007年ごろに、水面下で妙な動きを見せている。

当時、渋谷には、『アークハートメディカル会』という、新興宗教がらみの治療施設があった。

表向きは、心のケアを目的としたメンタルクリニックで、大学病院出身の優秀な精神科医をおおぜい抱えていたという。

実際にどんな治療が行われていたかは知るよしもないが、悩みを抱えている患者相手に、洗脳まがいのことをしているのではないかという疑惑もあったらしい。

しかし、その施設が突如、非営利の自立厚生施設を含む病院へと姿を変えることになり──。

その時に、アークハートメディカル会を解雇された医師たち全員を、AH東京総合病院が雇い入れている。

 

 

そして、6年前の『ニュージェネレーションの狂気』と呼ばれる事件。

あの事件のうちの5番目──

脳を切除された状態で1週間も生かされた挙句、死亡したとされる、いわゆる『ノータリン』事件の被害者、高科史雄が勤めていたのも──。

ここ、AH東京総合病院だった。


(いったいなんだ、この気味の悪い符号は……)


どうにも、きな臭いことが多すぎる。


(──こういう時、先輩ならどうする?)


そんな風に考えて、神成は頭を振った。

自分は自分のやり方でやれ──あの人なら間違いなくそう言っただろう。

いずれにせよ、この病院の地下に存在するという施設さえ確認できれば、捜査の方向性は大きく変わるはずだ。

仮に事件の背後に巨大な何かが動いていたとしても、目の前に確たる証拠を突き付けられれば、警察としても動かざるを得まい。

なにせ、モノは施設だけではない。

そこには、おおぜいの人間が関わっているのだ。

『被験者』という名の被害者たちの、命と尊厳が。


(人体実験か。胸糞の悪い話だ……)


全国の行方不明者や失踪者の数は、年間10万人近くにのぼる。

その一部が何らかの目的で実験に供されていたというのだから、事は穏やかではない。

 

 

「それじゃあ、ひとつ、行きますか」


気の抜けた言葉に、けれど確かに気合を入れて、神成は病院の内部へと足を踏み出した。


……。

 



施設の在り処は既に久野里から聞いて、頭に叩き込んである。

救急用の緊急搬入口から忍び込み、地下へと向かった。


……。


地下は上階とは明らかに気温が違っていた。

 

 

 

そこからさらに、解剖室へ。


……。

 



 

(確か、ここに地下への入り口があると……)

 

 

教えられた通り、電源ボックスを開けて奥を覗くと、そこにオートロックらしき装置が見えた。


(こいつか……)


それへ向けて、久野里から預かったカードキーをかざす。

と、扉の鍵が開く音がした。


(なるほどね……。こりゃあ尋常じゃないな……)


解剖室の奥に隠された階段。

実際に目にするまでは、信じきれない部分もあったが……こうなってくれば、ほぼ間違いないだろう。

ここが普通の病院ならば、こんなものは必要ないはずだ。

 

 

「ふぅ……」


神成はゆっくり息を吐き出すと、再び気を引き締めて、地下への階段を降りて行った。


……。

 

 

「…………」


階段を降りきったそこは、古びた廊下だった。

カビ臭さとホコリ臭さが入り混じった匂い。

ペンライトで照らすと、壁などはかなり傷んでおり、ずいぶん古い施設のようだと分かる。


(でも、間違いなく、ここは使われている……)


建物は、放置されれば朽ちてしまう。

誰かがそこを行き来して、日常的に使ってやらなければ、すぐに駄目になってしまうのだ。

けれど、ここは違う。

古いながらも、誰かが使用しているのは、ほぼ間違いないと思われた。


(確か、この先だと言ってたな……)


神成は、久野里から得た情報の通り、目的の場所へと進んでいく。

まずは、施設の重要な情報があるというモニタールーム。

そこに設置されているパソコンのデータが欲しい。

さらに、なんとしても、人体実験の『被害者』たちが収容されている部屋を発見したい。

 

いくつもの角を曲がり、その場所を目指す。

途中に見つけた牢のような部屋も気になるが、それらは後に回す。

今は一刻も早く、重大な事実に関する確証を得ることだ。

 

 

(ここか……)


神成は、ようやくその場所を見つけた。

カードキーでロックを外す。

そして、軽く唾を飲んでから、取ってに手をかけた。


「──っ」


室内へ踏み込んだ神成は、見た──。


「な──!?」

 



「くそっ! はぁはぁはぁっ!」


急いでもうひとつの部屋──山添うきが被害者たちの世話を任されていたという、収容施設へ走る。


(冗談じゃない! まさか! まさか!)

 

 

すぐに目的の部屋を見つけ、何のためらいもなく扉を開ける。


「…………」


そして神成は、そのまま呆然と立ち尽くした。

そこには──。



 

“何もなかった”。


被害者たちの姿も……ベッドも……。

久野里に聞いていた物は、なにひとつ存在しなかった。

さきほど踏み込んだモニタールームにも、何も。

監視モニターもなければ、パソコンも置かれておらず……。

あったのは、ただの“無”。

“何も無い”という事実だけがそこにあった。


…………。


……。

 

 

 

 

 

「なあ、宮代。部活、行くんだろ?」
「もちろん。今日は色々と事件について整理したいんだ」
「んじゃ、行こーぜ」
「あ、悪いけど先、行っててくれ」
「なんだ。用でもあんのか?」
「用ってか、今日、掃除当番」


僕は、ガタガタと机を動かしたり、ほうきで床を掃いたりしているクラスメートを指差した。


「ああ。……しっかし、なんで生徒に掃除とかさせるんだろなぁ」
「確かにな。そもそも、生徒が学校を掃除するなんて習慣があるのは、日本を含めわずかな国だけで──」
「あー、ストップ。一席ぶたなくていいから。んじゃ、後でな」

「あ……ったく……」


掃除なんてさっさと済ませて、部室へ行こう。


「ん?」


ゴミ箱の横に、紙屑が落ちているのが目に入った。

誰かが投げ捨てたもののゴミ箱に入らず、そのまま放置したんだろう。ああいうのって、掃除する方の身にもなって欲しい。


「…………」


僕は、あたりをそっと見回す。

ちょうど、すぐ近くにクラスメートの田中さんがいて、床のモップがけをせっせとやっていた。

都合のいいことに、まわりには誰もいない。

よし……やってみるか。


(っ──!)


心の中で、あの紙屑がふわりと浮かび上がる場面を妄想する。

これがなかなか難しい。雑念が少しでも入ってしまうと、うまくいかない。


(どうだ!? いけるか!?)


妄想したその場面を、田中さんに向かってぶつけるようなイメージをする。


すると──。

 

 

(よしっ!)


紙屑が、僕の思った通り、ふわりと浮かび上がった。

そしてそのまま、ゆらゆらと揺れながらゴミ箱の中へと──。

 

 

(ナイッ、シュ)


僕は小さくガッツポーズを作った。


「あ、あれっ?」


一方、田中さんは驚いたようにキョロキョロしている。

僕の方を見ると、おずおずと、


「ね、ねぇ、宮代くん……?」

「は、はいっ? なん……ですか?」

「今さ、なんか紙屑がね、勝手にゴミ箱に……」

「はぁ?」

「手も触れてないのに、ゴミ箱に入ったっていうか、ね」

「ええ、まさか? 何かの見間違いじゃないですか?」

「あ、ああ、うん……そうだよね、あはは」


そう答えながらも、田中さんは腑に落ちない表情のまま、ゴミ箱をためつすがめつしている。


「あ、あの……ゴミ、捨てて来たいんですけど、いいですか?」

「えっ? う、うん。ごめんね」


僕はゴミ箱を持つと、そそくさと廊下へ出た。

 



「ふぅ……」


(もっとだ。この能力を、もっと……!)


…………。


……。

 

 

 

 

 

第7章

侵した過去に間に合うために

Their Resistance II





「みんな揃ってるか?」



僕と有村がパイロキネシストの女に襲われてから、すでに3日が経っていた。

あれ以来、いつまた襲撃を受けるかも知れないと用心していたものの……今のところ、これといった事件も起こっていない。

そのおかげでようやく気持ちも落ち着いてきて、今日、再び事件について考えてみるだけの余裕が出来た。


「まず、話を始める前に、紹介──」

 



「チャオっす。いつもニコニコ笑顔が一番、有村雛絵でっす! これからヨロシクねっ☆」

 



「………」

「こちらこそよろしくー、パチパチパチ」


相変わらず、有村のテンションの変化にはついていけない。

世莉架だけが、無邪気に手を叩いて歓迎している。

 



「………」


香月はといえば、いつもの通りエンスー2か何かをプレイしていて、一瞬だけ有村を振り返ったきり、またPCの画面に顔を戻してしまった。


「え、っと……有村は別に新聞部に入るわけじゃなく、あくまで協力してくれるということで……」

「いちおー所属は文芸部なんで。でもまあ、かたいことは抜きにして、とりあえず来れる時は顔出すってことで、どーかひとつ」


ちなみに、有村の能力については、新聞部のメンバー全員にすでに話してある。


「ねぇねぇ、ひなちゃん、ちょっと訊いていい?」

「いいよ。あ、でもスリーサイズは乙女のヒ・ミ・ツ!」

「有村のスリーサイズは別になぁ……」

「おいコラてめぇきさま」


またコロッと有村のテンションが変わった。


「……ひなちゃんってさ、どれが本当なのー? 明るかったり真面目だったり怖かったり……」

「そうだなー、どれだと思う?」

「う? うー? ん-?」

「あははっ。やだなー、そこまで真剣に考え込まれてもなー。ただね。ひとつ言えるとしたらさ、嘘かホントかわかっちゃうっていうのは、せりが思ってる以上にずっと大変だってこと。こうやってふざけてないと、やってらんないくらいにね?」

「うー?」


よく分からないのか、世莉架はしきりに唸っている。


「あ、そうそう、そこのあなた!」

 

 

「──っ」


いきなり声をかけられ、香月は文字通りビクンと跳ね上がった。

 

 

「ねーねー、彼女。きみさー、1年だよね?」

「ん、んん……」

「あー、ごめん。出来れば口に出して言ってもらえるかなぁ?」

「あ、ひなちゃん。ダメだよ。華ちゃんは喋らないから」

「え? そうなの?」

「…………」

「ふーん。それって、喋れない、ってこと?」

「いんや。そういうわけじゃないはずなんだけど、とにかく喋りたがらねーんだよ。だから俺たちも、まだ一回も香月の喋ってるとこ、聞いたことなかったりしてな」

「へぇ、そうなんだ……」


有村は、香月の顔をまじまじと見た。


「おっけーおっけー。えっと……香月華ちゃん、でいいんだよね? てことは、華でおっけー?」

「ん……」

「んじゃ、華。これから夜露死苦~!」


有村にとって、香月は付き合いにくいタイプなのかも知れないと思っていたけれど、そうでもなさそうだ。

むしろ香月が何も喋らないぶん、いちいち言葉の真偽を知らなくて済むので、楽なのかも知れない。


「それじゃあ、早速、始めるか」

「待ってくれ。その前に、もうひとつ言っておかなきゃいけない。実は来栖が……」


──「遅れちゃってごめんなさい」


来栖が、扉を開けて入ってきた。

ケガが順調に回復し、もう動いても大丈夫だろうという父さんの許しを得て、今日から登校して来ている。

 



「げ、副部長……」

「もう話、はじまってる?」

「ああ、いや! 俺たちは別に、例の事件についての話とかこれっぽっちも──」

「いいんだ、伊藤」

「んあ?」

「来栖も一緒に、事件の解明をしてくれることになった」

「えっ? そうなのか?」

「ええ。みんなのお目付け役ってところね」

 



来栖は、一瞬だけ、心配そうな顔で僕を見た。

しかし、それも本当に一瞬のことで、すぐに毅然(きぜん)とした、いつもの彼女に戻る。


「とにかく、これまでの事件について、意見を聞かせてもらうわ。少しでもおかしな所があれば、遠慮なく指摘するからそのつもりで」

 



ケガで寝ていた時の気弱な態度はどこへやら、すっかりいつもの調子──そんな来栖に、伊藤は肩をすくめながらも、どこか嬉しそうに笑った。

普段は口やかましくて、時にはウザったく感じることがあっても、やはり来栖にはこうあって欲しい……それが、みんなが共通して思っていることだった。

 



「じゃあ、全員揃ったところで、ミーティングを始めようと思うんだけど……先にひとつ、見ておいて欲しいものがあるんだ」

「ん? なんだ?」

「まだ、尾上と来栖にしかちゃんと見せてない。成功率も100パーセントじゃないから、失敗するかも知れないけど」

「……?」
「……?」
「……?」


伊藤と香月と有村が、不思議そうな顔をこちらに向けた。

 



僕は小さく頷くと、近くにあったペンを取り、テーブルの上に置く。


「………」


じいっと精神を集中させる。

そして、先ほどと同じように、頭の中でペンが動く妄想をする。


(問題はここからだ……いけるか……?)

 



必死になって集中していると、視界の端に、ゆっくりとそれが現れた──。

 

(よし、来た!)


あとは、自分の妄想を、みんなの中へ送り込むイメージを描けばいい。

 



「……っ!」

 



次の瞬間! ピクリ! と、ペンが動いた。

 



「あ!!」

「うおっ!?」

「う……?」


そのままゆっくりとペンが持ちあがっていくのを見て、3人が一斉に声をあげる。


「はぁ……っ」


ペンが宙に浮くイメージを解くと同時に、視界からディソードが消え、ペンがテーブルの上にカタン! と落ちた。


「おっ……おい、宮代! すげぇ! すげぇよ!」

「………」

「言った通り、まだ完璧じゃないんだけど……」

 



「いつの間に出来るようになったんです!?」

「尾上に協力してもらって、色々とやってみたんだ」


伊藤が、おぉと声を上げた。

パイロキネシストに襲われたあの時、僕は、自分に能力があることをはっきり認めた。

それ以降、能力から逃げず、逆に自分の意志に従わせてやろうと、何度も何度も試行錯誤を繰り返した。

最初は1人で色々やっていたけれど、全く上手くいかなかった。

そんな時、僕は久野里さんの言葉を思い出したんだ。

ギガロマニアックスは、相手の脳のデッドスポットとかいう場所に妄想を送り込み、その妄想を『共通認識化』させることで、現実化(リアルブート)することが出来る、って話だ。

つまり、僕と同時に妄想を共有する相手がいないと、能力は発動しないんじゃないか? と気づいた。

そこで、世莉架に協力してもらったところ、だんだんと出来るようになってきた──と、そういうわけだった。

 



「でも、先輩? 言っておきますけど、そういうの、いい気になって使ったりすると、ろくなことになりませんからね」

「有村さんの言う通りよ?」

「そ、そのくらい分かってるよ。これは、僕やみんなの身を守るためにやってるんだ」

「ふぅん。だったらいいんですけど……」


今の言葉は、決して嘘じゃない。

パイロキネシストの炎を、僕はあの時、無我夢中で弾き返した。

それでなんとか殺されずに済んだ。

でもあれは、まさに火事場の馬鹿力というか……必死だったから、偶然、出来たことに過ぎない。

次に襲われた時のことを考えると、どうしても能力を自分のものにする必要があると思った。

だから、こうやって練習を重ねてるんだ。

 

 

「だけどさー、なんでだろうねぇ」


世莉架が、唐突に首をかしげてみせた。


ぷひゅひゅ、ぷひゅ~……。


考え事をしている時のクセで、『ゲロカエルん』ストラップを指でもてあそんでいる。

 

「……なんでだろうって……何がだ?」

 

 

「相変わらずいきなりね、世莉架は。あなたの頭の中では話がつながってるのかもしれないけど……」

「あう、ごめんごめん。そのね、ほら、ひなちゃんは相手の話がウソか本当か分かるんでしょ? で、タクは物が動かせる……。人によって、使える能力(ちから)に違いがあるのはなんでかなー、って」

「あ……」


なるほど、今まで考えてもみなかったけれど、改めて言われると、確かに気にかかる。

『どうして人によって能力に違いがあるのか』か。

久野里さんも、その点は何も言ってなかったと思う。


「つーかさ、そもそもその能力自体、いつからお前らに備わってたんだろうな? 生まれつきか?」


そう、そこも疑問に思っていたポイントだ。


「宮代。お前はどうなんだ?」

「少なくとも、僕自身はここ最近まで、自分にそんな能力があることを自覚してなかった。だから正直、分からない」

「そんじゃ、有村は?」

「私は、たぶん渋谷地震の後ですかねー。あれ以降、急に人の言葉のウソが分かるようになったっていうか」


僕とは違い、有村の場合は、渋谷地震を境に急に他人の言葉の真偽がわかるようになったらしい。


(ってことは、あの地震に何か関係があるのか……?)


その理由もいずれ調べてみよう。


「あと、今のせりの疑問──どうして人によって能力が違うのかって話だけど、それについては、なんとなく思ってる事があって」

「なになに?」

「たぶん、『願望』なんじゃないかな、と」

「願望……?」

「そです。私、地震の時に、ちょっぴり“そう思う”ことがありまして。で、気づいたら、こんな感じになってたってゆーか」

「そう思うことって?」

「やだなー。だから『本当のことか知りたい』って話。言わせないでよ恥ずかしい」

「いや、別に照れるとこじゃねーだろ」

「そもそも、本当のことが知りたいなんて、いったい何があったんだよ?」

「やだ、先輩やらしー」

「なっ、なんでそうなる!?」

「そういうのは、いたいけな乙女の秘密なんですよ。だから訊いちゃだめっ! めっ!」

「………」


このテンションの有村と話していると、真面目な会話をする気が完全に削がれるな、まったく……。

 



「と、とにかく、いったんこれまでのことを整理してみようか。『ニュージェネの狂気の再来』事件。その被害者には、明らかに共通するポイントがあったよな」

「っていうと、あれだねー」

 



「そう。前にも推測した通り、全員、なんらかの『能力者』だということだ。最初の事件『こっちみんな』被害者と、その特徴は──」

『予知能力:未来が分かると豪語していて その予知で有名だった』

 



「そう。たぶん、予知能力があったってことだ。次は『音漏れたん』被害者と、その特徴は──」

『感情誘導:歌声を聞いた人々がトランス状態になってしまった』

 



「トランスってゆーと……歌を聞いた人の気持ちが、うわ~って気持ちよくなることかなぁ?」

「まぁ、そんなようなものですかね」

「つまり、相手の感情を、歌で誘導出来たってことだな。で、僕たちが目撃した『回転DEAD』被害者と、その特徴は──」

『思考盗撮:顧客の心が読めているみたいな営業ぶりだった』

 



「たぶん柿田って人は、思考盗撮能力(テレパシー)を持っていたんだ」

「ええ、その通りです。私にはそう言ってました」

「そして、学園祭で起きた『ごっつぁんデス』被害者と、その特徴は──」

『念写:スクープ写真を念写することが出来た』

 



「そう。渡部が有名になったスクープ写真は、全て、ありえない角度や場所から撮られているものばかりだった。たぶん、念写だったんだろう」

 



「やっぱり私が言った通りですよ。どの能力者も、『願望』が入ってる気、しませんか?」

 



「願望か……。『こっちみんな』の大谷は、元々、ニコニヤ動画で生放送していて……“有名人になることが出来た”」

 



「『音漏れたん』の高柳は、神成さんの話だと、確か……“大量のファンを持つヴォーカリストになった”。『回転DEAD』の柿田……さんは、僕たちじゃ分からないな。有村は何か知ってるか?」

「そういう話はあんまりしませんでした。けど、仕事でいつも、裏切りとか騙し合いとかあったみたいで……。でも、能力を持ってからは、その心配もなくなったって」

 



「“ビジネスが順調に進むようになった”……。そして、『ごっつぁんデス』の渡部か」

 



 

 

「なるほどな。こうして見ると、確かに有村の言う通りかも知れない」

「つまり、『願望』がその人の能力に影響してるっていうことね?」

「ってことは、宮代のその能力も、なんかの願望が現れてるってことか?」

「手を触れずに物を動かせたら、とか、そんな風に考えたことあるんですか、先輩?」

「いや、僕は……」


そんな力が欲しいと思ったことなんて、思い当たる節は……。

 



「あ、あれじゃない、タク。ほら、あの時。タクって地震のあと、ずっと寝込んでたじゃない?」

「あ……」

「……そういえば……あの頃の拓留は、歩くのも大変だったから……」

来栖の言うように、僕は地震の際にひどい怪我を負っていた。

ようやく起きられるようになった後も、リハビリのためにほんの少し歩くだけでも、ひどい苦痛を伴った。

それこそ、ちょっと動けば手に届くような物を取るために、何分も何十分もかかるほどだったのだ。

その度に歯がゆい思いもしたし、向こうから僕の方に来てくれればと思ったことだって幾度もあった。


(それじゃあ、あれが僕の能力に影響しているっていうことなのか……)

 



「なるほどな。『願望が能力にあらわれる説』ってのは、ほぼ正解と考えて良さそうだな」

「それじゃあ、あの女──僕たちを襲ったあの女の能力も、なんらかの願望ってことになるのか?」

「何かを燃やしたいと思ったってこと?」

「そこまで思いつめるほど燃やしたいモノって……なんだろうな?」

「おイモとか?」

「冗談言ってる場合かよ」

「いえ、先輩。せりは本気でそう思っています」

「マジか……」

「う? なんかおかしなこと言った?」


ああ、すごくおかしいぞ、世莉架……。


「まぁいい。あの女が、どうして発火能力(パイロキネシス)を持つようになったかは、今は置いとこう。もうひとつ、あの女について考えたいことがある。大事なことなんだ」


僕は、ぐるっと全員の顔を見回した。


「あいつが、これまでの猟奇殺人事件の犯人かどうか、ってことだ」


あのパイロキネシストは、確かに僕たちを狙ってきた。

でも、だからといって、これまでの事件も奴の手によるものだったのかどうか、確証がない。

僕はもう一度、ボードに向き直った。


「香月。例のもの、頼む」

「ん……」


僕は、香月にプリントアウトしておくように頼んでいた画像を受け取った。


「『ニュージェネの狂気の再来』の話題で埋もれてしまってるけど、ここ最近、渋谷で連続放火事件が起きてる」


全員が知っているらしく、こくりと頷く。

 

 

「それが起こった場所と、これまでの事件の場所を比較してみようと思うんだ……。まず最初の事件。『こっちみんな』現場はここ。それに、連続放火事件の現場を重ねる」

「ふわぁ、すごいね!」

「だろう? 次は第二の事件。『音漏れたん』現場はここだ。ここに、連続放火事件の現場を重ねると──」

 

 

「おいおい、マジか……」

 



「そして第三の事件、『回転DEAD』が発生したラブホテル。このラブホテルのまわりでも、不審火が異常に発生してる」

「確かに、集中してるわね……」

「そうなんだ。そして、第四の事件『ごっつぁんデス』は、みんなも知ってる通り、この学園で起こった。そして、それに連続放火事件の現場を重ねてみると──」

 



「なんか、すごいですね」

「だろう? MAP全体を見てもらえば、もっとよく分かる」

 



「わ……?」

「最初にこれに気づいた時は、僕も驚いたよ。で、これらのデータから考えると……」

「『ニュージェネの狂気の再来』事件と不審火との間には、なんか関係があるかも知れない……ってことか」

「ああ。この通り、偶然にしては、あまりにも場所が一致し過ぎてる。あの女との因果関係を疑っていいんじゃないか、と思う」


僕がそう結論づけると、世莉架は『おー、すごいねタクー』と感心したように言った。

でもそれ以外の面々は考え込むような表情になる。

 

 

「なにか異論でもあるか?」

「異論とまではいかないけど……ちょっといいかしら?」


来栖が、手を挙げた。


「うん、なんでも言ってくれ」

「ええっとね……」


彼女は、少しだけ傷をかばうような姿勢で立ち上がると、ボードの前に立った。

 



「再確認なんだけれど……拓留たちを襲った女の人の能力っていうのは──そう。『炎』を使う能力だったのよね?」

「ああ」

 



「でも、これまでの殺人事件では、『炎』なんて一回も使われていないじゃない」

「………」

「えっと……最初が『こっちみんな』だっけ? 次が『音漏れたん』? そして、『回転DEAD』。この学園で起こったのは……『ごっつぁんデス』ね。殺人事件にこんな名前を付けるなんて不謹慎だわ……。ほら、見て? どれも炎なんて出てこないでしょう?」

「あれれ。確かにそうだね……」

「………」


来栖に、いきなり痛いところを突かれた。

確かにその点は、僕も変だと思ってたんだ。

どの殺人事件にも、炎なんて全く使われていない。

とすると、パイロキネシストの女が『ニュージェネの狂気の再来』事件の犯人だと考える根拠が、非常に薄くなってしまう。


「なぁ、こういうのはどうだ? 発火女は、自分の能力を試していた、とか」

「試す?」

「ああ。発火能力を身に着けるまで、自分で自分の能力がよく分かっていなくてさ、色んなことを試してたんだ。それで殺害方法にいくつものパターンがあった」

 



「うー、なるほど! 真ちゃん、頭いいねー」


世莉架は納得してるが、でも、それはちょっと──。


「でも、それってちょっと無理ないですか?」


僕が言おうとした台詞を、そのまま有村に言われてしまった。


「そ、そうか?」

「いくらなんでも、強引すぎるかなーって」

「私もそう思うけど……」

「うーん、そうか」


その場にいる全員が、黙りこんでしまった。

まだ検証を始めたばかりだというのに、分からないことが多すぎる。


(あの女が犯人だとするなら……なぜ炎を使わないで殺人を行ったのか……そして、なぜあんな殺し方が出来たのか? いや……待てよ……)


ふと、頭にひらめいたことがある。


「なぁ、有村、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんです?」

「お前、けっこう久野里さんと一緒にいたよな?」

「好きで一緒にいたわけじゃないですけどね」


久野里さんのことがよっぽど嫌いなんだろう、有村は露骨にイヤそうな顔をした。


「久野里さんは能力について研究してるんだろ? 何か言ってなかったか? ギガロマニアックスが持てる『能力の数』、とか」

「数……? ですか?」

「ああ。今まで気づかなかったけど……能力者は、1人で1つの能力しか持つことが出来ないとか、決まってるんだろうか?」

「さぁ、どうなんでしょう……でも、確かにそんな制限、久野里さんから聞いたことはないですね」

「現実化(リアルブート)の理屈から考えれば、妄想さえうまくコントロール出来れば、どんな能力だって使えると思うんだよな……。つまり、1人で複数の能力を持つことも可能なんじゃないかってことなんだけど」


伊藤が、顎に手をおいてふーむと唸る。

 



「宮代たちを襲った女は、単なるパイロキネシストじゃないってことか」

「あくまでも可能性のひとつだけど……どうだろう?」

「まだ、決定的とは言えないわね」

「だったらさ、犯人の女には、別の能力を持った『仲間』がいるという可能性もあるんじゃないか?」

 



「仲間? ああ、そっか! 複数犯ってことだな。それと後は……最初に戻ってしまうけど、パイロキネシストは事件とは無関係で、犯人は『全く別の誰か』……という可能性」

「その場合、拓留たちが襲われた事件と、これまでの連続殺人事件は別のものだと考える……ってことね」

「うん……」


色々な可能性がありすぎて、さっぱり分からなくなった……。


「ねぇ? とりあえず、この件は保留にしない? たぶん結論は出ないわ」

「……そうだな。とりあえず今はこのまま置いとこう」

「宮代と有村は警察に話したんだよな? お前らを襲った女のこと」

「はい」

「警察から何か情報はないのか?」


あの事件があった日、僕たちは神成さんんい連絡を取って、パイロキネシストに襲撃されたことや、女の特徴などを事細かに伝えた。

有村はその後、女の似顔絵を描く手伝いもしたという。

警察は、僕らを襲った女を、とりあえず『連続不審火』の犯人として追っているらしい。いわゆる、“別件逮捕”というやつだ。

彼女が『ニュージェネの狂気の再来』事件の犯人かどうかは、逮捕してから改めて取り調べるそうだ。


「何か分かったら連絡をくれるはずなんだけど……特に何もない。女の特定に至ってないんだと思う」

「そっか……じゃあ、女に関する推理は、今のところ、ここまでしか出来ないなぁ」

「だと思う」


僕は、しゃべり続けて渇いた喉をなんとかしたくて、自分のバッグの中をあさった。

 

 

そこには、抜かりなくマウンテンビューが1本。

それを開けて、ぐいっと飲む。


「ふ~~っ」


みんなも、思い思いの飲み物を出して来て、喉をうるおした。


「……ぷはーっ。あと、もういくつか、俺が気になってることを言ってもいいか?」

「うん、頼む」

「まず一つ目な。被害者は、全員『能力者』だよな? 犯人はどうやって、ターゲットの能力者を見つけてるんだ?」


伊藤の疑問はもっともで、その質問が出るだろうことは予想済みだった。


「それについては、一応考えてある。犯人は能力者を特定するために、たぶん力士シールを使ってるんじゃないかと思うんだ」

「力士シールを~?」

「正確には『11番目のロールシャッハ』AH東京総合病院の地下にデータがあっただろう? あのシールを見せられた能力者は、激しい反応を示すって。それは、僕や有村も経験済みだ」

「う……思い出しただけで、ちょっと……」


嘔吐感を覚えてしまったのか、有村が目を閉じて口をおさえた。


「だ、大丈夫、有村さん?」

「は、はい、すみません。……続けて下さい、宮代先輩」

「ああ。で、伊藤や尾上は地下で見たと思うけど、街中のシールが監視されてたよな、カメラで。能力者の素質がある人間を集めて、その……地下施設で実験するために」

「…………」

 

 

来栖の表情が、明らかに曇った。

あそこで実験を受けていた親友、南沢泉理のことを思い出してしまったのだろう。

そんな来栖の様子に心が痛んだけれど、いまは事件の謎を追うことが先決と、僕は感情を抑えて先を続ける。


「だから犯人は、あの地下施設の出身者じゃないかと思うんだ。力士シールの秘密を知っていれば、能力者の特定は容易だろ? シールを見て過剰反応を起こしてる人間を探し出せばいい。事実、僕や有村も、力士シールのせいでパニックに陥(おちい)った時、あの女に狙われたわけだし……」

 



「じゃあ、犯人は地下施設の監視カメラを利用してるっていうのか? それは無理だろ。あそこへ入るには、カードキーとか必要だし」

「それに、もう廃墟みたいだったよー? シールの監視とかもされてなかったし、実験もやってなかったし……」

「いや。あの施設にいなくても……“シールの監視”だけなら出来る」

「ええ?」


来栖が、ピンときたようにうなずいた。


「拓留の言いたいこと、分かったわ。カメラで監視してるとかじゃなく、実際にシールの近くで見張っていて……拓留や有村さんのような反応を見せた人を狙うのね」

「そう。パイロキネシストの女も、シールの近くに潜んで、待ってたんじゃないかな。蜘蛛の巣に獲物がかかるのを待つように。そして、僕と有村が見事にひっかかった」

「そいつぁ、しかし、気の長い話だな」

「でも、不可能じゃない」

「けどさ……」

「待って。その点に関しても、いま議論したって結論は出ないわ。保留にして、次へいきましょう」

「保留ばっかりだねー。いいのかなぁ」

「仕方ないわ。とにかく今は疑問点を出して行くのが先だから。──伊藤くん、まだ気になることがあるのよね?」

「ああ。あと2つなんだけど……」


伊藤は、さらに疑問を並べ立てた。

その2つをまとめると、次のようになる。

 



「なぜ今回の事件は、かつての“ニュージェネ事件”と同じ日付けに起きているのか。そもそもその動機は?」

「なんだかまるで、騒ぎになること自体が目的みたいにも見えるわね……」

「そうだな」

 



犯行日時から、殺害方法に至るまで、全てがセンセーショナルに行われている。

世間の注目を集めるためか、はたまた特定の誰かに向けた何らかのメッセージなのか。


「それが、犯行動機なんですかね?」

「私、知ってるよー。愉快犯っていうんだよね、そういうの」

劇場型犯罪とも言うよな」

「もし、この先も『ニュージェネ事件』と同じ日付けに犯行が行われるなら、次は『ノータリン』事件と同じ日……10月23日ってことになるけど……」


逆に言えば、それまで事件は起こらないことになる。

 



「なるほど、だからか!」


伊藤が、突然、得心(とくしん)がいったように指を鳴らした。


「……?」

「お前と有村さ、パイロキネシストに襲われたけど……結局、女は宮代たちを殺さなかった」

「ああ」

「それって要するに、『殺す日』じゃなかったってことじゃないかな」

「殺す日じゃなかった……?」


ってことは、別に、僕の能力のおかげで助かったわけじゃない?

いや、でも……あの時、女は本気で僕らを殺そうとしてたように思えるし。


「………」

 



考えれば考えるほど、僕の思考は迷路の中へと入りこんでいった。


……。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私はそろそろ生徒会の方へ行くけど……くれぐれも、私のいない所で危険なことはしちゃだめよ。約束してくれるわね?」
「そんな何回も念を押さなくても、分かってるよ」
「ほんとうね?」
「う、うん」

 



久しぶりに、来栖にすごまれてしまった。

やっぱり、復活した女帝はおっかない……。


「あ、そうそう。それから拓留。あなた──」


来栖は僕に近づくと、小さく耳打ちした。

 



「今夜から、青葉寮に帰って来なさい」
「え?」
「狙われているのかも知れないんでしょう? 今の場所にひとりでいては危険よ」
「………」
「ずっととは言わないわ。しばらくで構わない。事件が解決するまで、うちで暮しなさい」
「いや、でもさ──」

 



「ダメ。問答無用。もし帰ってこなかったら、こっちから連れに行くからね。それじゃあ」

 



「あ、ちょっと待──!」


僕が言い返そうとするのも聞かず、来栖は生徒会室へと向かって走っていってしまった。

僕が言い返そうとするのも聞かず、来栖は生徒会室へと向かって走っていってしまった。


(生徒会長のくせに、廊下を走っちゃダメだろ……)


「ん? 副部長、なんだって?」
「いや、別に……こっちの話だよ……」


今夜から、青葉寮へ戻れって?

どうしようか……。

別に言うことを聞く必要はないんだけど……来栖のことだ、本当にトレーラーハウスに押しかけて来かねない。

 

 

「しっかしなー、いくら考えても、分かんねーことばっかだったなぁ」

「そうですね」

「なんか頭痛くなってきちゃったよー。ね、タク?」

「………」

「タク?」

「えっ? あ、ああ。そうだな」


結局、今日の検証でハッキリしたことはほとんどなかった。

確たる証拠も特になく、全て推論の域を出ない。


「なあ? 久野里さんに相談してみるってのはどうだ?」

「久野里さん、か……」

「ほら、彼女なら俺たちの知らないこと、いろいろ知ってるんじゃねーのかなって」

「あー、それはやめといた方がいいっすよー」


有村がきっぱりと伊藤の意見を否定した。


「なんで?」

「あれ、言ってませんでしたっけ? あの人ってば、私たちのこと、人間だと思ってませんからっ」

「ええ?」

 

 

「伊藤先輩だって、あの人にヒドイ態度とられてたじゃないすか。それとも、そういうの喜んじゃう系とか? だったら、私もそうしてあげますけど」

「だから、俺はそういう趣味はねーっての。宮代とおんなじこと言うな」


有村が、伊藤に対して僕と全く同じ感想を持ったらしいので、少し笑ってしまった。

すると有村は、そんな僕らに向かって笑顔を絶やさないまま言った。


「別に冗談じゃないんですけどね。私、人の言ってることが本当かどうかわかるんですよ? 久野里さん、私たちによくヒドイこと言いますけど……本気で、私たちが死ねばいいと思ってますから」

「え……?」


さすがに驚いた。

いくらなんでも、そこまで……?

僕たちが、いったい何をしたっていうんだろう?

有村は、まるで友達と放課後の予定を相談するような明るい口調で、こう付け加えた。


「あの人の目には、私たち、害虫駆除のための実験台にしか見えてないみたいです。害虫と同じ扱いでいいんですか、伊藤せんぱい♡?」


……。

 



「ふぅ……」


新聞部でのミーティングを終えた僕は、学生食堂の自販機でマウンテンビューを買い、近くのベンチにドサリと身体を投げ出した。

色々考えることがあったせいで、かなり疲れている。

ペットボトルのフタを開け、噴き出しそうになる炭酸の泡ごと、それを喉に流し込んでいく。

 



「……。ふ~」
「また、それ飲んでるのかよ。お前、ほんと好きだなー」


伊藤はブラックの缶コーヒーを買い、同じくベンチに腰を下ろすと、一息で飲み干した。


「……ふぃー。けど、さっきはビックリしたなあ」
「うん?」
「お前の能力だよ」
「まぁ、僕自身もまだ驚いてるけどな」
「とにかく感心したっていうか、普通にカッコよかったぜ」
「やめろって。男に言われても、ひとつも嬉しくない」


そういうのは、ラブコメとかでヒロインが言うセリフだろ。

それで主人公がドキッとして恋が始まる、みたいな。


「……。いや、それもないな」


頭の中に、世莉架の『えへへぇ』という気の抜けた笑顔や、来栖の怒ってる顔、ついでに、エンスー2をプレイしてる香月や憎まれ口を叩いている有村の顔が、次々と浮かんだ。

けれど、その中の誰とも恋が始まる予感なんて全くしない。


「なんだよ、せっかく褒めてやったのに。──よっ」


伊藤が、飲み終えた缶をゴミ箱へ向かって放った。


「あー、おしい」
「全然おしくないだろ」


ゴミ箱にはフタがついていて、缶を入れるための小さな穴が開いているだけだ。あんな所に投げて、入るわけがない。


「なぁなぁ? またやってみせてくれないか?」
「何を?」
「だから、『能力』だよ」


伊藤が、食堂の中を少しだけ気にしながら言った。


「ええ?」


こいつ、最初からそれが狙いで、わざと缶を投げ捨てたな?

さいわい、放課後の営業がもうじき終わる時刻なので、食堂内の人影はまばらだ。

ダラダラとどうでも良さそうなことを喋っているやつらが数組と、あとは、熱心に本を読んでいる文学少年、少女っぽい連中が数人。

僕らの方に注意を向けている生徒は誰もいない。

これなら、おおぜいに見られて騒ぎになることはないと思うけど……。


「お前って、どのくらいの物が動かせるんだ? 重さとか大きさとか、数とか」
「ええと、そのへんはまだテストしてないな」
「じゃあ、狙いは正確なのか? ターゲット以外の物が動いちゃったりしないのか?」
「それも、まだ……」


なるほど。そういったことは、ちゃんとチェックしておいた方がいいかも知れない。

どうしようか……。

いや……今は、やめとこう。

能力はまだ使い慣れてないし……だいたい、こんなに疲れてる時に、更に頭を使わなきゃいけないとか、荷が重すぎる。


「今日はダメだ。また今度にしよう」


僕はそう答えると、ベンチに身体を預けたまま、マウンテンビューを飲み干した。


「なんだよ、ケチだな」
「ケチとかそういう問題じゃないんだって」


でも、伊藤が指摘した能力の限界に関しては、いずれ試してみようと思う。

そんなことを考えながら、僕は伊藤と同じようにマウンテンビューの空のペットボトルを、ゴミ箱に向かって放ってみた。

当然、それは穴の中になど入るはずもなく、まったく見当違いの場所に当たって、床にゴロゴロと転がった。


…………。


……。

 

2015年10月15日(木)

 



監察医制度──。

伝染病をはじめ、事故死、あるいは明確な死因が判明しない遺体を精査、もしくは解剖することで、死因を解明する為の制度である。

監察の順序としては次の通りだ。

まず異常死が起きた場合、検視官によって検視が行われ、合わせて、監察医による検案が行われる。

ここで死因が特定されれば、遺体はそのまま遺族の元へと引き渡される。

それでも死因が判明しない場合、死因の特定のため、はじめて監察医による行政解剖が行われる。

そして、その死が犯罪にまつわるものであると判断された場合には司法解剖にかけられることになるのだが……渡部友昭の遺体は既に一度司法解剖にかけられていた。

今日、こうして再び解剖されるのは異例のことである。


「どうだ?」

 



法医学者の手によって遺体にメスが入れられてゆく様から目を逸らしつつ、神成は訊ねた。

司法解剖の場には何度も立ち会ってはいる神成だが、いつまで経っても慣れない。たぶんこれから先も慣れることはないだろうと思っている。

一方、法医学者の横に立っているもうひとりの人物はといえば、顔色ひとつ変えることなく……開頭されすっかり頭蓋を取り外された頭部を、興味深そうに覗き込んでいた。

 

 

「やはり、肥大化の傾向が見られるな」
「肥大化、というと脳が?」
「この状況で他に何がある。開頭された頭を見て、内臓の肥大が分かるとでも言うのか?」


相変わらずの険のある態度に、神成はわずかに肩をすくめた。

出会って初めの頃こそ戸惑いもしたが……こう毎度のこととなると、『いつもそんな調子で疲れないんだろうか?』などと、逆に心配になったりする。


「さっき聞いた話じゃ、死因は間違いなく窒息死ということだったが……」
「窒息だけで、こんなふうにはならない」
「ってことは、これまでの被害者と同じってわけか。脳の肥大の原因については……?」
「何しろ検体が少なすぎる。果たしてこの症状が一連の被害者だけに見られるのか、それともギガロマニアックスに共通するものなのか……」
「分からないか……」
「……知る方法なら、あるにはあるがな」
「なに?」
「あのふたり──宮代拓留と有村雛絵の頭を開いて調べればいい。そうすれば、これがギガロマニアックスに共通する症状なのかどうか分かるだろう」
「ば、馬鹿なことを言うなよ。そんなこと出来るわけがないだろう」
「冗談だ。今はCTやMRIがあるんだ。わざわざ脳をむき出しにする必要もない」
「…………」
「なんだ。私が冗談を言うのがそんなに意外か?」
「い、いや……」


“冗談”などと言っているが、たぶんそうではないだろうと、神成は密かに思った。

彼女──久野里澪はギガロマニアックスたちを嫌っている。いや、憎んでさえいる。

それも心の底から。

どうしてそこまで嫌うのか、その理由が神成にはわからない。

もちろんそこには、深い事情があるのだろうが……頼むから、もう少しだけ態度を軟化させて欲しいと思った。

彼らだって、好きでギガロマニアックスになったわけではないだろうし……何よりも、捜査への協力を得られなくなってしまったら困る。


「さて……これからどう捜査していったらいいんだろうな」


地下施設に被験者たちが囚われているようなら、警察としても動きようがあった。

でも、神成が乗り込んだその場所には、既に何の痕跡も残っていなかったのだ。


「証拠なら、あるだろう?」


久野里はいつもの冷淡な声で言った。


「証拠?」
「なんのためにあの娘を連れ出したと思ってるんだ。知ってることを全部、吐かせろ」
「おいおい、相手は子供だぞ?」

 



「子供じゃない。危険なギガロマニアックスだ」

「……はぁ」


神成は困り果てたように、こめかみに手を当てた。


…………。


……。


2015年10月15日(木)

 

 

 

「はぁ……」


信用調査会社フリージア

その雑然としたオフィスの端の応接室で、百瀬克子は困った様子を隠そうともせずため息をついた。バサッと髪をかきあげる。


「………」

 

 

「……帰してください」
「………」
「私を……帰してください」


どれだけ質問をしようと、あるいは、なだめすかして話をさせようとしても、帰ってくる返事は全く同じだった。

時には、何か食べたい物はないか? とか、欲しいものはないか? とか、ご機嫌を取ろうともしてみた。

でも、やはり答えは同じ。


「お願いです。帰してください」


ここへ連れて来て以来、何一つ進展がなかった。

これでは、いくら粘り強い百瀬であっても、ため息くらいつきたくなるというものだ。

この『山添うき』という少女の生い立ちがどういったものなのか、どういう経緯であの病院に居たのかは、まだわかっていない。

ただ、これまでの態度から考えるに、かなり虐(しいた)げられた生活をしてきた可能性が考えられる。

しかも、そこから突然救出され、全く違う環境に連れて来られてしまったのだから、彼女の混乱は相当なものだろう。

そういう状況の被害者に対しては細心の注意が必要になると、これまでの経緯から、分かっていたことではあったが──。


「私が早く帰らないと、みなさんが困ってしまうんです……」


まるで壊れたオーディオプレイヤーのように延々と同じことを繰り返す彼女に対して、そろそろアプローチを変えないとだめだと思い始めていた。

“その事実”を明かしてしまえば、この少女がどうなってしまうか分からない……これまでは、彼女の精神的な安定を考え、明かさずにいたけれど。


(ちゃんと話して……現実を認識させてあげた方がいいかも知れない……)


「お願いです。私はあそこへ戻らないといけないんです……」


(しょうがない。話してみようか……)


一度決断すると、ためらいはもう消えていた。

それが百瀬の長所でもあり、また短所でもある。

 

 

「あのね、うきちゃん?」
「はい……?」
「そこまで帰りたいと言うのなら、教えてあげるわ」
「え? 帰してくれるんですね? ありがとうございます」
「聞いて? あなたがどれだけ帰りたいと望んでも、もう無理なのよ」
「……無理?」
「だって、あなたがいたあの場所……病院の地下にあったあの場所は、もうなくなってしまったんだから」
「……え?」

 



始めて見せたうきの驚愕の表情に、百瀬は心の中で安堵していた。


(良かった。この子には、ちゃんと普通の感情がある)


久野里が言っていたように、少なくとも、感情を破壊するような脳の手術などは受けていないようだ。


「この前ね、あなたがここへ来てからすぐに、刑事──あの、若いくせにくたびれた刑事いたでしょう? 彼が、例の病院へ行ってみたんですって」
「…………」


少女はつぶらな瞳を見開いて、百瀬の言葉を黙って聞いていた。

その様子を注意深く観察しながら、百瀬は続ける。


「それでね、ええと……解剖室? から地下へ行ったそうよ。あなたのいた場所へね。でもね……そこには何もなかったって。あなたがいた部屋の中も、空っぽだったそうよ」
「そ、そんな……じゃあ、みなさんは? あそこにいた、みなさんは……?」
「いなかったそうよ、誰も」
「誰も……?」

 



うきは、百瀬の言葉の意味を頭の中で噛み砕いて、必死に理解しようとしているようだった。


そして──。

 

 

「うそ……うそ……うそです……!」
「そんな嘘ついてなんになるの? 本当のことよ」
「だ、だって……それじゃあ、わたしはどうすれば……? わたしは……どう、すれば……?」


うきの目から、静かに涙が零れ落ち始めた。


…………。


……。

 


「…………」

 

 

「ははっ、どうした拓留。辛気臭い顔しやがって」
「顔は生まれつきだよ……」
「はっ。なんだ、もう少し面白ぇこと言ったらどうなんだ。ん?」


父さんは、相も変わらず、豪放磊落(ごうほうらいらく)を描いたような人だ。

白衣を着てなければ、誰もこの人のことを医者だとは思わないだろう。


「どうだ? ん? やっぱ、自分の家が一番落ち着くだろ?」
「……別に、そうでも」
「ま、1人暮らしを始めたばっかじゃ、まだそうは思えねーか。でもな、いずれ分かる時が来るもんだ。我が家が一番ってな、ははははは!」
「…………」


結局、僕は、青葉寮(ここ)に戻って来てしまった。

学校で、来栖にこう言われたからだ。

 



『狙われているのかも知れないんでしょう? 今の場所にひとりでいては危険よ。ずっととは言わないわ。しばらくで構わない。事件が解決するまで、家で暮らしなさい』

 


「…………」


別に、来栖の言いなりになったわけじゃないけれど、ただ、彼女の言うように1人きりでいるのが危険なのも事実だ。

特に今回は、犯人の正体も動機も何も分かっておらず……誰かが近くにいてくれた方が、いざという時、神成さんたちへの通報もすぐに頼めるだろう。

それに……これは、来栖にはたぶんこの先もずっと言えないと思うことだけれど……この家を飛び出した時のすさんだ気持ちが、少しずつ消えつつあった。


「…………」


来栖が、僕を守ろうとして怪我をしたり──。

あの勝気な彼女が、僕のために弱々しく涙を流したり──。

そういったことのおかげで、この家を出る前には気づかなかったことが、いくつも分かってきて。


(……なんだよ、くそ!)


僕は、ガラにもないことを考えている自分に気づいて、頭を横に振った。

冗談じゃない。

いつまでも姉離れできない結人じゃあるまいし。

 



「おい、なに赤くなってんだよ?」
「な、なんでもない」
「とにかく、さっさと荷物置いて来い。お前の部屋は、乃々の奴がちゃんと掃除してくれてる」
「あ、ああ……」


父さん(このひと)は、僕が勝手に出て行っても、勝手に帰って来ても、怒ったりとがめたりしない。

そういえば、僕がここを出ていくと決めたあの日には、たった一言、こう言っただけだった。

 



『“そうせざるを得なかった乃々の”気持ちが分かるようになったら、戻って来い。じゃあな』


「…………荷物置いてくる」


──「ねえ、父さん。拓留兄が帰って来るって──」

 

僕が自分の部屋へ行こうとしたところで、結衣が入って来た。

 



その後ろから、ちょこんと結人も顔を出す。


「おう。拓留ならもう帰って来てんぞ」

「あ……」


僕の姿を見つけた結衣は、一瞬、満面の笑顔になりかけて、でも慌てて厳しい顔を作った。

 



「なにやってんのっ?」

「え?」

「お風呂とキッチンと廊下の掃除! 拓留兄が当番の時、私とユウが代わりにやってたんだからっ」

「あ、ああ……悪い……」


思わず、謝ってしまった。


「これからしばらく、私たちの当番、拓留兄が代わってよねっ? いい?」

「お、おう……」

「た、拓留兄ちゃん。別にいいよ。僕、気にしてないから……」

「ダメ。こういうことはきちんとしなきゃいけないんだから。親しき仲にもって言うでしょ?」

「でも、そんなこと言ったら……拓留兄ちゃん、またどこか言っちゃうよ。せっかく帰って来たのに……」

「ダメなものはダメなのっ」

 



「ははは……なぁ、拓留? 結衣のやつ、乃々に似てきたと思わんか?」

「う、うん。特に怒ってる顔が……」

「なんか言ったぁ?」

「いえなんでもないですごめんなさい」


結衣は両手を腰に当て、無い胸を思いっきり張って僕を睨みつけた。そうすると、確かに雰囲気が来栖に似てきている。


「もうっ。父さんが甘やかすから、拓留兄は勝手なことばっかり」

「うおっと。今度はこっちに飛び火か……」

「で、拓留兄? もうどこにも行ったりしないんでしょうね?」

「え? いや、その……」

「拓留兄がいなくなって、どれだけ乃々姉えが悲しんでたか、分かってる? ユウだって、すっごく寂しがってたんだから」

「そ、そっか……」

 



「わ、私も……ううん、私はっ、別になんでもなかったけどっ」


と──僕を睨んでいた結衣の顔が、ふいに歪んだ。


「なんでもなかった……けどっ……」

「お、おい……っ?」

「……ぐすっ……」

「え、あ、ちょっ……ゆ、結衣!?」

「…………」


や、やめろよ、お前……!

僕、そういうの苦手なんだよ! 泣かれたりするの、ダメだから!


「なっ、なんでもないっ……ぐすっ」


結衣は顔を両手で覆うと、足音も高く、自分の部屋へ走って行ってしまった。

結人が、びっくりしてそれに続く。

そんな2人を見て、父さんが、ちょっと困ったように後ろ頭をかいた。


「ほら。さっさと荷物置いて来い、拓留」
「わ、分かった」


そして僕も、逃げるようにその場を後にした。


……。



 

「ふう……」


……お、驚いた。

まさか、結衣のやつ、突然泣き出したりするなんて。


「…………」


僕がいなくなっても、この家はたいして変わらないだろうと思ってた。

でも……。

こんな僕でも、ここでは必要とされてたってこと……だろうか?

もし、そうなら……。


「………」


(いや、でも……)


──コン、コン。


「わ……?」

 

 

ぼんやり考え事をしていたので、ノックの音に思わず声を上げてしまった。


「……だ、誰だ?」

「拓留兄ちゃん……」

「あ、ああ。結人か」

 



「その……乃々姉ちゃんが、着替えたら降りて来いって。ご飯だって」
「あ、ああ。サンキュ」
「…………」
「どうした?」
「あの、さ……結衣お姉ちゃんのことだけど……」


結人は、お腹の前で組み合わせた手をもじもじさせながら、僕を上目づかいに見た。


「お姉ちゃん、なんか色々怒ってたけど……本当はずっと拓留兄ちゃんに帰ってきて欲しいって言ってて……だから、怒ってたのは本気じゃなくって……」
「……大丈夫、分かってるよ」
「ほんと?」
「ああ。だから先に降りててくれ。すぐに着替えて行くから」

 

 

「うんっ」


僕の言葉にホッとしたような表情を浮かべ、結人は部屋を出て行った。


(結人、ちょっと背が伸びたな……)

 

 

結衣と結人の姉弟は、僕とほとんど時を同じくして、ここにやって来た。


(一緒に暮らし始めた頃は、どうなるかと思ったけど……)



 

あの渋谷地震は、結衣と結人のふたりに、両親を亡くした不幸だけでなく、大きな心の傷を背負わせていた。

結人は地震の際、ずっと暗い場所に1人で閉じこめられていたらしく、そのせいで異様なまでに孤立と暗闇を怖がるようになった。

今でも姉にべったりなのはそのせいだ。

 

そして結衣は──地震の直後に彼女の身を襲った悪夢のような出来事のせいで、“男”を恐れるようになってしまった。

最初は、僕のことすら怖がるほどに。

 

 

けれど、ふたりとも少しずつ打ち解けて……。

僕がここを出て行く頃には、心の傷もだいぶ癒えたようだった。

そして、今、結衣は輪をかけてしっかり者に。

結人はまだまだ幼いけれど、それでも以前に比べれば、少し大人っぽくなってきたように思う。

世界は変わっていないように見えても、やっぱり時間は確実に進んでいて……。

でも、僕はどうだろう?

何か変われたんだろうか?


……。

 



「はい、そろそろいいわよ」

「それじゃ、いただきまーす」

「いただきまーす」

 



「ほほー? すき焼きなんて、久しぶりじゃねーか?」

「なに言ってるの。先月もやったじゃない」

「あのなあ。ありゃ鶏肉だっただろ。牛肉じゃないとすき焼きとは言わねぇんだ」

「そんな贅沢をする余裕、うちにはありません」

 



「誰かさんが、『困ってる人から治療費なんかとれるかー』とか言っちゃうから。……まぁ、別にいいんだけど」

「そういう言い方はねーだろ。もっと尊敬しろ、尊敬」

「はいはい」

「ほら、拓留? お椀貸しなさい、よそってあげるから」

 



来栖が、僕に向かってすっと手を伸ばして来た。


「え? い、いいよ……」
「ダメ。あなた、最近ちゃんと食事してなかったんでしょう? 遠慮なんてしないの」
「あ……」


来栖は僕からお椀を奪い取ると、溶き卵の中に、肉と野菜をこれでもかというくらいに盛ってよこした。


「はい。ちゃんと食べるのよ」
「ああ、うん……」

 



「拓留兄、こっちにもお肉あるから。はい」

「も、もういいって」

「なに? 乃々姉えのお肉は食べられても、私のは食べられないって言うわけ?」

「……お前、酔っぱらいのおっさんかよ……」


「って、おい、ちょっと待てお前ら! もう肉ないじゃねーか」

「こういうのは早い者勝ちだって、いつも父さん言ってるじゃん」

 



「言ってるじゃん」

「……だから、もうちょっと尊敬をだな……」


ひとつの鍋を囲んで、みんなで取る夕食。

食事なんて、満腹にさえなれば、それでいいものだと思っていたけれど……。


「拓留、結人? お肉のお代わり、まだ冷蔵庫にあるからね。たくさん食べて」

「……おいこら」

「父さんは、少し痩せないとだめでしょ。野菜食べなさい、野菜」

「俺は、お前をそんな娘に育てた覚えはないんだがなぁ」

「覚えがなくても、育っちゃったんだからあきらめて」


みんなの会話を聞きながら、こうして囲む食卓ってのも悪くないと思っている僕がいて……。


(あ……!)

 



いや、違う。

こんなの、絶対にホームシックとかそういう感情じゃない。

得体のしれない敵に狙われるかも知れないという状況で、そばに誰かがいてくれる安心感というか。

僕一人で困っていた問題に、来栖たちが協力してくれるようになった頼もしさというか。

とにかく、家に帰れたから嬉しいとか、自分の居場所に戻って来られて喜んでいるとか、そういうわけじゃ──。


「……る兄? 拓留兄ってば!」

 



「え? あ、なに?」

「お茶。いるの? いらないの? さっきから訊いてるのに、全然答えてくれないんだもん」

「ああ、ごめん」

 



「ははっ、そいつのことだ。どうせまた、難しい屁理屈でもこねくり回してたんだろ」

「屁理屈ってなんだよ? 僕は、いつも理路整然と、正しい思考を──」

「はい、ストップ。そんなこといいから、お茶は?」

「あ、できればマウンテンビューを……」

「うちには置いてませんっ」

 



「…………」

「ん? 結人ったら、どうしたの。ニコニコして?」

「うん。やっぱりみんな揃ってた方が楽しいなって……乃々姉ちゃんだって、すっごく嬉しそうだよ」

「そう? ふふっ……そうね。そうかもね」


「…………」


……。

 



「……っ!!」

 



「────!」

 



「っ……く……! はぁ……」



 

やっぱりダメだ。

僕のディソードは、だいぶハッキリと形が見えるようになってきた。

でも、引き抜き方がわからない。

やり方を有村に訊いても、どうも要領を得ないし。

念動(サイコキネシス)などの能力と違い、ディラックの海からディソードを抜くだけなら、1人きりでも出来るんだそうだ。

ただ、その状態だとただの幻というか……現実化(リアルブート)出来ていないので、攻撃も防御も出来ない。

それを実際に武器として使いたければ、他の能力と同じように誰かと共通認識化をし、現実化(リアルブート)してやらなくちゃいけないと有村に言われたけれど──

とにもかくにも、その前段階として、引き抜かなきゃ話にもならない。


「くそ、もう一回。っ──!」

 

 

(ここから腕を伸ばして……剣のイメージを固定化って……ああくそ!)


ディソードに近づこうとすると、まるで蜃気楼のように、同じ歩数だけそれは遠ざかってしまう。

かといって、必死になってディソードの方向へ手だけ伸ばしてみても、これが全く届かない。


「くっ……て、手が、攣(つ)る……っ」


──コン、コン。


「拓留? 入るわよ?」

「あ、ちょっ、待っ!」

 



「………」
「………」


まるで変身ヒーローの決めポーズみたいに、虚空に手を伸ばしている僕。

それを、真ん丸な目で見つめている来栖。

 



「ち、違う! 違うんだ! ゆ、結人に新しいヒーローの変身ポーズをだな!」
「結人はもう卒業したわよ、そういうの」
「え? あー、そうだっけ?」
「………」


来栖は頬に手を当てると、小さくため息をついた。


「もし自分が本物のヒーローになれると思ってるなら……やめておきなさい?」
「そ、そんなこと思ってないよ。僕をいくつだと──」
「いくつになっても子供なんだから、拓留は」

 

そして、じいっと僕の目を覗き込んで来た。

その濡れるような瞳は、僕を責めているのではなく、ひたすら案じているような色をしていた。

 


「拓留。ちょっとそこに座って?」
「いや、これから風呂に入ろうかなーと」
「いいから、座りましょうね?」
「あ……はい」


僕は、おとなしくベッドに腰を下ろした。


「拓留?」


来栖は、僕が腰かけているベッドに一歩近づくと、真っ直ぐに見下ろしてきた。

人間とは不思議なもので、上から見下ろされるとそれだけで気圧されてしまう。

僕は急いで立ち上がり、逆に来栖を見下ろす。

そして、初めて会った頃は目線がほとんど同じだったのに……と、場にそぐわないことを考えつつ、言い返した。


「これは別に、やましいことをするための訓練じゃない」
「……能力のせいで狙われているのに、そうやってむやみに使おうとするのは──」
「逆だよ。もっとちゃんと使えるようになれば、自分の身も守れるし、もしもの時は、新聞部や青葉寮のみんなのことだって助けられる」
「だから、そういうのは警察の仕事でしょう?」
「今回の事件、いざって時に、警察に何か出来るとは思えない」
「けど──」
「来栖こそ、よく口にするじゃないか。僕らのことを守るとかなんとか……でも、能力者が襲ってきたらどうするつもりなんだ?」
「それは……」
「ほら見ろ。やっぱり僕が能力を磨くしかないんだよ」
「………」


僕の答えを聞いた来栖は、そっと目を伏せて足元に視線をさ迷わせた。

それからもう一度、顔を上げると、僕の目を見つめて、


「ね、拓留? 私は、あなたのことをずっと見てきてわ。だから分かるの。あなたがこの先、何を考えるか」
「この先……?」
「拓留はね、必ず自分を危険にさらすようなことをする。たとえば──自分の能力(ちから)で犯人を捕まえてやろう、とか」


ギクリ……とした。

まだハッキリ自覚していたわけじゃないけれど、僕ならたぶん……いや、絶対に、そう考える気がする。


「な、なんだよ? 能力者でもないくせに予知か……」
「いつも言ってるでしょう? 能力なんかなくても、拓留の行動は簡単に読めちゃうって」
「う……」
「とにかく、お願い。自分の身を守ることだけ考えて。ね、拓留?」
「え、えと」
「お願い……」
「……。あ、ああ」
「じゃあ、約束のゆびきりね」
「ええっ?」


ゆびきりって……子供かよ。

冗談じゃない、恥ずかしいって。

 



「嘘ついたら、針を千本飲ますどころじゃ済まさないから」


しかも、怖いって!


──!

 

 

その時、まさに天の助けとばかりに、スマホの着信音がギャラルホルンよろしく鳴り響いた。

僕はスマホをまだ新しく入手してないので、当然、来栖のスマホの音だ。

 

「で、出なくていいのか?」
「今は、あなたと話をしているところでしょ」
「でも、事件に関係あることかも知れないし……」


僕がそう言うと、さすがに気になったのか、彼女はスマホを取り出して画面を見た。

その途端、不安げに眉をしかめる。


「……神成さんだわ……」
「ええ?」


話をはぐらかそうと思って口にしただけなのに、本当に事件に関係のある電話がかかってきたらしい。

来栖はすぐに通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。

僕も緊張しながら、来栖の様子を見つめた。


「もしもし、来栖です。はい、はい……ええ……」


電話の向こう。

神成さんが緊迫した口調で何か言っているのが、かすかに聞こえる。

はっきりとは分からないが、どうやら誰かがいなくなったとか、そんなことを言っている。


「いいえ、来てません。だいたい、この家を知らないはずですし。……え? 拓留が?」


な、なんだ?

僕がどうかしたのか?

そう思っていると、来栖がスマホから耳を離し、僕に向き直った。


「山添さんって子、知ってるわよね?」
「え? ああ。例の病院の地下室から助け出した子だよ」
「その子がね、行方不明なんですって」
「ええっ?」


彼女が? 行方不明?


「拓留が連れ出したりしてないかって」
「そんなわけないだろ? 今日は、来栖たちとずっと一緒だったじゃないか」
「そう、よね」
「ちょっと貸してくれ。神成さんと話したい」


僕は、来栖のスマホに手を伸ばした。


……。