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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【17】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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……。

 

神成さんに電話で教えられた場所──そこは、桜丘町にある雑居ビルの一室だった。

室内にはいくつものデスクが並べられ、それぞれの上に雑然と資料が積み上げられていて、普段の僕であれば興味深い情報のるつぼだったろうと思う。

でも、今はそれを見て感じ言っている場合じゃなかった。

神成さんの顔を見ると、僕はすぐに詰め寄って、

 

 

 

「あの子がいなくなったって、誘拐されたんですか? 警察がついてて、どうして?」

「いや、電話でも言ったけど、そうじゃなくて──」

「でも、彼女がいなくなったのは事実ですよねっ?」

「ちょ、ちょっと拓留、やめて。どうしたの?」

「あ……ああ、悪ぃ」


山添うきという子が、つい、昔のあの少女──南沢泉理──と重なってしまい、冷静さを失ってしまった。

そんな僕を、来栖が慌てて止める。

ちなみに、なぜ来栖までここにいるかというと、お目付け役というか、要するに、僕が無茶なことをしないかどうか監視するつもりでいるらしい。


「とにかく、誘拐とかそういうんじゃないんだ。いきなり姿が見えなくなってしまって」

「だから、それが誘拐されたってことじゃ?」

 

 

「それはないわ。だって、この部屋には私と神成ちゃん、それに澪ちゃんの3人が、一緒にいたんだもの」


フリージアの社長、百瀬さんは、僕らがここへ来た時からずっと困惑顔のままだった。

僕がAH東京総合病院へ潜り込んだ夜、車の中で見た彼女はとても豪放なイメージだったけれど……今夜は少し違っていて、どこかくたびれているように感じられた。


「彼女をソファに座らせて、俺たちはこっちで話をしてたんだよ。で、ふとソファを見たら、彼女がいなくなっていた」

「トイレとかじゃないんですか?」


部屋の奥にある洗面所を指さす来栖。

しかし、神成さんは考え込むように額に手を当て、


「真っ先に探したよ。でもどこにもいなくてね……それどころか、窓やドアすら開けた形跡がない」

「考えられることはひとつだ。彼女はギガロマニアックスだからな。能力を使って、自分で出て行ったんだろう」

「能力……?」


そういえば、まだ聞いていなかった。

山添うきって子の能力は、いったいどんなものなんだろう?


「瞬間移動(テレポーテーション)とか、そういう?」


僕がそう尋ねると、久野里さんはこちらを見ようともせず、忌々しげにつぶやいた。


「よく分からない」

「分からないって……」

「ああ。彼女、俺たちの質問にほとんど応じる様子がなくてね。能力に関しては、久野里さんが探ろうとしたんだが、無駄だった」

「そもそも、瞬間移動だとすれば、とうの昔にここを抜け出していたはずだ。だが、あいつはそうしなかった」

「………」

「ただ、うきくんは少し特殊なようだ。今回はそれにやられたらしい」

「特殊?」

 



「私ね、少し前から考えていたのよ。うきちゃんを、一度どこかの児童養護施設に預けた方がいいかも知れないって。それで、さっき神成ちゃんと澪ちゃんに提案したら、快くOKをもらって──」

「俺はOKなんて出してませんよ」

「私もです」

「ちょっと黙っててちょうだい。こんがらがっちゃうから」


百瀬さんは、何か言い出そうとした二人を手で止める。


「コホン……とにかくOKをもらったの。それで私は、うきちゃんを連れて駐車場に降りて、車に乗せようとしたわけ。知り合いの施設に相談してみようって」

「じゃあ、彼女を連れ出したのは百瀬さんじゃないですか!」


どうしてそれで、山添うきが消えたとか騒いでるんだ?

百瀬さんが外へ出しただけじゃないか。不思議でもなんでもない。

僕と来栖がポカンとしていると、神成さんが言葉を引き継いだ。


「──という夢を見たんだそうだ」

「は? 夢?」

 



「違うわ。あれは絶対にあったことよ。だって、うきちゃんの手の感触とか、車のエンジンをかけた感覚とか、全部、リアルに残ってるもの」

「けど、うきくんを自転車に乗せようとした途端、我に返ったんですよね? そうしたら百瀬さんは事務所の中にいて、俺たちと話をしている最中だった」

「……え、ええ……そうなの」

「俺たちは、児童養護施設の話なんて提案されてないし、うきくんと百瀬さんがここから出ていくのも見ていません。百瀬さんとは、ここでずっと話をしていただけです。間違いありません」

「…………」

「なのに、うきくんは部屋からいきなり消えた」

「あの、どういうことですか? よく分かりません」

「たぶんそれが、山添うきの『能力』なんだろう。彼女を"捕獲"したら、改めて調べてみよう」

「……!」


久野里さんが、『捕獲』という言葉を使ったことに、僕は思わずムッとなった。

有村が言っていたように、僕らを人間扱いしていないのはなんとなく分かってた。でも、あんな少女にまで、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。

いくら能力者が嫌いといっても、なんでそこまで!?


「…………」


僕が睨みつけても、久野里さんは何一つ感じることすらないように、知らんぷりをしていた。


「うきくんの行先ですけど……宮代くんたちが知らないとなると、あとは、あそこしか考えられないですね……」

「私も、今、そう思ってたところ」

「ふん。もしそうだとすれば、少しばかり骨が折れるな……」

「ど、どこなんですか、それ?」


僕の問いに、苦々しい顔をして答えたのは神成さんだった。


「君も良く知ってる所だよ。あの子の"元の家"だ」

「ええっ? まさか、そんな……」

「ううん。うきちゃんったらね、あそこへ帰してくれの一点張りだったのよ?」

「あんな地獄みたいな場所に……いったいなんで?」

「さぁてな。とにかく、やっかいなことになる前に取り戻さないとな」


…………。


……。

 

 

 

 



「拓留……ねぇ、拓留?」
「しっ。見つかったらどうするんだよ」


フリージアで百瀬さんたちの話を聞いてから、一時間ほど後。

僕と来栖は、AH東京総合病院近くの植え込みに潜んでいた。


「神成さんたちに任せないと駄目よ。私たちみたいな素人がでしゃばったりしたら──」
「それじゃダメなんだ。山添うきって子は、僕が見つけて、『青葉寮』へ連れて帰る」
「ええっ? ど、どうして?」
「彼女を──今の久野里さんには渡せない」


力が入るあまり、奥歯がギッと鳴ってしまった。


「拓留……?」


あの後、神成さん、百瀬さん、そして久野里さんの三人は『AH東京総合病院』の地下に潜る算段を始めた。

当然、僕らは同行を許されるはずもなく、すぐに帰るよう言い渡された。僕らも最初はそのつもりだった。

でも──そういうわけにはいかなくなった。

久野里さんが、山添うきを、児童養護施設ではなく自分が所属しているどこかの研究センターに連れて行くと言い出したからだ。

そこで未知の能力について研究するというのだが、久野里さんは、僕や有村に対する時と同じように、山添うきという子のことまで、『実験動物』扱いし続けた。

一回だけじゃなく、何度もはっきり『捕獲』と言った。


(あの子は苦しい実験から解放されて、やっと地下から出られたっていうのに……!)


また、同じような生活に逆戻りさせられてしまうんじゃないのか?

そんな、ゾッとするような想像が、僕に決心をさせた。


──彼女は、僕が助ける。


「もしここであの子を見放したら……また同じことの繰り返しだ。またこの場所で、誰かを見捨てることになってしまう」
「……?」
「昔、僕は、来栖の親友だった南沢泉理を見捨てて逃げた。それを、今でも後悔してる」
「……っ」
「あの山添って子も、実験の犠牲者だ。だから、今度こそ僕は助けたい。そんなことくらいで南沢泉理が許してくれるとは思わないけど……でも、助けたいんだ」
「……っ………」


悲惨な運命に翻弄されていた親友のことを思い出したのだろうか、来栖が声をつまらせた。


「た、拓留……あの……あのね……」
「え?」
「本当は、泉理は……泉理は……っ」
「か、彼女のこと、何か知ってるのか!?」
「……っ」
「おい、来栖っ」
「ご、ごめんなさいっ、気が動転してしまって……。泉理はね、渋谷地震で死んだの。あなたのせいじゃないわ。絶対に違う」
「来栖……」
「だから、拓留が責任を感じ続ける必要なんてないの。忘れていいのよ。ね?」
「…………」


それきり、来栖は顔を伏せてしまった。

彼女がそうすると髪の毛が表情を覆い隠してしまうため、その気持ちはもう読み取れない。


(今、来栖は何を言いかけて……何を言いやめたんだろう?)


疑問に思ったその時、僕の耳にかすかな足音が聞こえてきた。


(来た……!?)


以前、ここに忍び込んだ時、百瀬さんの車が僕らを拾ってくれた裏路地──今回も、百瀬さんたちはそこにライトバンを停め、病院の様子をずっとうかがっていた。

そのバンから、神成さんと久野里さんらしき影がそっと出てきて、小走りに敷地内へと入っていくのが見える。


「来栖っ、向こうが動いた。大丈夫か? 行けるか?」
「え? あ、うんっ」


肩をそっと叩くと、うつむいていた来栖がパッと顔を上げた。

さすが、碧朋学園の"女帝"と言われるだけのことはある。

もうその姿からは、直前までの取り乱した様子はみじんも感じられない。


「ごめんね。ちょっと泉理を思い出しちゃって。でも、もう平気よ」
「本当は、ここで待っててもらいたいんだけど──」


でも、能力の現実化(リアルブート)は1人では出来ない。どうしても、誰かパートナーが必要になってしまう。


「何言ってるの。あなたのことを心配しながら待ってるなんて、こっちからお断わりよ」
「……だと思った」


そんなことを言いながら、僕は来栖とともに、神成さんたちの後を少し離れて追った。

 

しばらく行くと、二つの人影は病院の裏手──非常口にピタリと身体を寄せた。

そこは遠目に見ても、以前より厳重に封鎖されていた。

鍵も新しく、もっと強固なものが取り付けられているようだった。

でも、神成さんはすでにキーを入手しているらしく、ポケットからそれらしき物を取り出して鍵穴に差し込もうとしている。


(あそこから入るつもりだな……)


それなら!

僕は、脳内で必死にイメージを作り出す。

神成さんが手にしているキーのようなもの。

それが、跳ね飛ばされるイメージを描く。


(くっ。やっぱり、もっと訓練しとくんだった……)


焦れば焦るほど、雑念が入り込む。

なかなか上手く妄想が寝れない。


「くそっ……」


(落ち着け。大丈夫だ。落ち着けっ)

 

 

(よ、よしっ、見えた!)


視界に、僕のディソードがだんだんと浮かび上がってくる。


「来栖っ、ちょっと脳を使わせてもらうな」
「ど、どうぞ……っていうのもなんか変だけど……」


僕は、自分の中で描き切った妄想を、そのまま来栖、神成さん、そして久野里さんの脳内へと送り込むよう強くイメージした。


「あっ……」


何かを感じたのか、来栖がかすかに声を上げる。

途端に、僕らの間で妄想が共通認識化され、実際の物理現象として、現実化(リアルブート)が起こった。


キィンッ!

 



神成さんの手から金属製の小さなものが転げ落ち、地面で鋭い音を立てた。

続いて、あっと息をのむ2人の声が響いてくる。

鍵はそのまま不自然に地面を転がって、金属柵がはまった深い下水溝の中へと落ちて行った。

僕の抱いたイメージ通りだ。


(よしっ!)

 



「バカっ。隠れて、拓留っ」


つい喜び勇んでしまいそうになる僕の手を、来栖の手がつかんで引っ張った。

そのまま引きずり倒され、地面に伏せる。


「わ、悪い……」
「調子に乗らないのっ。これだから、私がついてないと駄目なのよ」


偉そうにそう言う来栖の手は、でも、少しだけ震えていた。

たぶん、何度その目で見せられても『能力』が怖いのだろう。

普通の人なら当たり前だ。

僕はためらいつつ、来栖の手を一度だけ握り返すと、それをそっと放してから、神成さんたちの様子をうかがう。

2人は、ヒソヒソ何かを相談していたが、いったん車へ引き上げることにしたのか、足音を忍ばせて戻って行った。


「今だ」
「ええ」


僕らは身を低くしたまま、非常口へ向かう。

小走りになってドアにたどり着くと、来栖を振り返った。

彼女は少し遅れて僕に追いついてくる。息が少し荒くなっていた。


「す、済まない。ちょっと速かった」
「ううん、こっちこそゴメン。もっと運動が得意ならよかったんだけど……。鍵、開けられるの?」
「たぶん。来栖、もう一回……いや、何回かやるよ、悪いけど」
「構わないわ。そのために来てるんだから」


僕は、目の前のドアを睨んだ。

やはり僕や神成さんたちが忍び込んだせいだろう、とにかく厳重に封じられている。


「……っ」


僕は、鍵が解除され、ドアが開くイメージを頭に強く思い浮かべた。


ガチャリ……とドアから重々しい音が聞こえ、僕の妄想通りになった。


……。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」


『能力』のおかげで、僕らは難なく地下施設に潜り込むことが出来た。

そのまま、記憶を頼りに、山添うきを保護した部屋へと足早に向かう。

ただ……暗闇の中を進んで行くにつれて、来栖の様子が少しおかしくなってきていた。


「うっ、く……はぁ……はあ………」
「だ、大丈夫か?」
「あっ、うん……実はちょっと閉所恐怖症がね……でも平気、気にしないで」
「平気って……すごい汗だぞ?」


僕はそこで、あることに思い至った。


(まさか、傷が痛むのか!?)


ずいぶん元気になったように見えていたけれど……よく考えればあれだけの怪我だったんだ。まだ完全には治っていないはず……。

 



「お、おい、来栖──」
「平気だから。ほら、急ぎましょう?」
「あ、ああ……」


背中がグイッと押され、僕は仕方なく、止まりかけていた足を再び進み始めた。


「……もうちょっとだ。あと少しで例の部屋だから、我慢してくれ」
「ええ」


そうだ。あの部屋は、もう、この角の向こうに──


──「うくっ……ううっ……」


「!?」
「!?」


暗闇の中、いきなり誰かのすすり泣きが響いてきて、僕と来栖は、思わず抱き合ってしまいそうになった。


「うぅっ……ぐすっ、ぐすっ……」


それは……少女の静かな泣き声だった。


「た、拓留……この声……?」


幽霊……?

いや、そんな馬鹿なこと、あるわけがない。

となると、この声は間違いなく……。

僕と来栖は頷き合うと、声のする部屋へ踏み込んだ。


……。

 



「うぅ……うぅっ………」


神成さんに聞いていた通り──その部屋からは全てが消えていた。

並んでいたベッドも、そして、拘束されていた被害者たちも、何もかも。

そこには、ただ、何もない空間だけが広がっていた。


「…………」


そしてその、ガランとした部屋の真ん中に立って。

山添うきは、たった一人で泣いていた。


「う……うっ……」


いったい、いつからそうしていたのか……?

母親を見失った迷い子のように悲痛な表情で、ポロポロと涙を流し続けていた。


「………いない……誰も、いない………。……誰か……返事、して……」


来栖が、耐えかねたように彼女を抱きしめた。

いつの間にか、来栖も一緒になって涙をこぼしていた。

 



「いままで……よく、頑張ったね……でも、もういいの……だから、おうちへ帰ろう? ね?」


でも、そんな来栖の声も耳に届いていないのか、山添うきは、いつまでもいつまでも静かに泣き続けていた。

その間──僕はただ、立ちつくしていることしか出来なかった。


…………。


……。


「はぁ、はぁ……はぁっ……」

「大丈夫っ? 代わりましょうか、拓留っ?」

「い、いいよっ、もう目の前だから。はぁはぁ……」


……。

 





追われるように青葉寮まで戻って来た僕は、背中に担いでいた少女を、ゆっくりとソファに横たえた。


「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁっ……」


そのまま、大の字になって床にひっくり返る。


(我ながら、情けない……)


そんなに重い子じゃないのに……普段の運動不足が恨めしい。


「だから、代わるって言ったのに……」

「はぁはぁ……運動オンチに任せたら、落っことすかも知れないだろ……」

「失礼ね。そこまで言われるほどヒドくないわ。それに、拓留よりマシだと思うんですけど?」


来栖は、真っ赤な目をしていた。

頬には、涙をぬぐった跡が幾筋も残っている。

それが恥ずかしいのか、顔を僕からそむけ気味にして、わざと悪態をついた。


「はいはい、分かったよ。その子のこと、父さんに……」

「あ、うん。そうね」


来栖が父さんを呼びに行った後、僕は疲れ切った身体をようやく起こして、ソファの上を見た。


「………」


この山添うきという子は、地下施設から連れ出そうとした時、予想通りひどく嫌がった。

けれど、来栖の懸命の説得と……あと、地下で待っていてももう誰も戻ってこないという現実を僕からつきつけられて、最後は来栖に抱きついて泣き崩れた。

そして、僕が背負って歩いているうちに、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。


「う……んん……」


(この子の家族はいったいどうしたんだろう? 本当の家は? 学校は?)


以前、地下施設に侵入してデータを見た時には、そこまでチェックすることが出来なかった。しかもそのデータは、たぶんもう廃棄されてしまっただろう。

 



「父さん、今、上がってくるって」

「うん」


戻って来た来栖はソファの横に座って、少女の髪をそっと撫でた。


「この子、捜索願いとか出てないのかしら……」

「神成さんの話だと、今のところ該当するデータはないって」

「そう……」

「やっぱり、渋谷地震のせいかも知れないな」

 

 

あの地震のために、正確なデータの残っていない行方不明者や死者は、想像以上に多い。

 


それに加えて、今年、史上最大の太陽嵐による大規模な電子機器障害が発生した。

 



僕たちの住む渋谷にはそれほど影響がなかったけれど、他の地域では数多くのデータが失われたという。


「分かってるのは名前だけ、か。せめて、手がかりでも持っていればいいんだけど……」


──「乃々姉え、拓留兄?」

──「何かあったの?」


その時、ドアが開いて結衣と結人が顔を覗かせた。

 



「しーっ」


「え?」
「え?」


来栖に言われ、2人はキョトンとした顔のまま、戸口で固まった。


「まだ寝てなかったの、2人とも?」

「寝ようと思ってたら、乃々姉えたちの声が聞こえたから……」

「あの……大丈夫? また喧嘩とかしてない?」

 



結人の言葉に、僕と来栖は思わず顔を見合わせた。


「だ、大丈夫よ。私たち喧嘩なんてしてないから」

「ほんと? だったらいいんだけ……」


言いかけた結衣の言葉が止まった。

ソファで寝息を立てている少女を見つけて、目を真ん丸にする。

いきなり見知らぬ女の子が寝てたら、驚くのも無理ないな──と、思った時。


「うき、ちゃん?」


結衣の口から出た言葉は、僕たちが予想すらしていないものだった。

 



「えっ?」
「えっ?」


「どうして、うきちゃんがここに?」

「ゆ、結衣? 知ってるの、この子のことっ?」

「うん、たぶん……。あ、でも待って、そんなはず……」


結衣はソファに近づいて、来栖の横に腰を下ろす。

そして、じいっと山添うきを見つめた。


「ご、ごめん、私の勘違いかも」

「いや、勘違いじゃない。確かにこの子はうきって名前で──」

「だって、おかしいよ。昔のままの姿なんて。そんなの絶対に変」

「昔のまま……って?」

「うきちゃん、私のクラスメートだったんだよ? "小学校2年の時の"」


…………。


……。

 



そして、翌朝──。

 



「もう一度整理するぞ? 名前は『山添うき』年齢は結衣と一緒だから、13、もしくは14歳」

「うん」

 



結衣の言葉を、父さんはPC上のカルテらしきものに打ち込んでいく。


「小学校2年の時に、結衣と同じクラスだった。だが、渋谷地震の少し前から学校に来なくなり、その後どうなったかは結衣も知らない」

「そう」

「んで、彼女は、その頃、つまり6年前と見た目が全く変わってない……と、結衣は言うんだな?」

「うん。絶対に変わってないと思う」

 



「ふ~む」

「一応、証拠も見つけてきたんだ」


そう言って、結衣は僕らの前に一枚の写真を出した。


「あ!」


それは、クラスの集合写真だった。

ずらりと小さな子供たちが並んでいる中に、幼い結衣の姿がある。

そして、写真の前列……中央に陣取った教師の横に、その姿はあった。


「これ……!」

「どう思うよ、拓留?」

 



「他人のそら似……っていう感じじゃないな」

「うきちゃん本人だよね、やっぱり」

「ふむ。となると……成長ホルモンの異常かな」


──「みんな、うきちゃんが起きたわよ」

 



「ほんと!?」

「おう。連れて来てくれ」

「ちょっと父さん?」

「んん?」

「『おう』じゃないわ。うきちゃんの前で、そんな声、出しちゃだめよ。もっと優しく」

「ええ? これで普通の声なんだがなぁ」

「いいから、優しくする!」

「はい」

 



父さんは、昨日に引き続き『こんな娘に育てた覚えはない』とかなんとかブツブツ言いながら、来栖を恨めしそうに見た。


「うきちゃん。さ、入って?」


来栖が自分の後ろへ呼びかけると、ずいぶんと間があってから、おずおずと小さな姿が入ってきた。

 



来栖に手を引かれ、椅子に腰を下ろす。


「うきちゃん、おはよ!」


結衣が明るく声をかけると、彼女はびっくりしたように身を引いた。


「えと……あの……?」
「ああ、分からないよね。6年前の私しか知らないもんね」

 

 

結衣は、クラスの集合写真を掲げて、その中の自分を指さしてみせた。


「ほら。これ、私だよ」

「…………」

「橘結衣。覚えてる?」

「……たちばな、ゆいさん……。あ……」


目の前で笑う結衣と写真とを交互に見比べていた山添うきは、ふいに小さな声を上げた。

 



「思い出してくれた!?」

「あ、はい。えっと……お久しぶり、です……」

「もう。同級生なんだから、敬語とかやめてよー」

「で……でも……」


そんな2人の様子を見ていた父さんは、PCにまた何かを打ち込んだ。


「ふむ、決まりだな」

「そうだね」


これではっきりした。

間違いなく、結衣のクラスメートだった『山添うき』本人だ。

彼女の家族のことなどを調べる大きな手がかりになる。


「けど、すごいよー。まさか本当にうきちゃんだったなんて」


僕たちも驚いたが、やはり一番驚いているのは結衣だった。

これまで行方知れずになっていた同級生が、いきなり兄姉の手で運び込まれて来たのだから。

しかも、見た目が6年前のまま。



「うきちゃん? ちょっと話、いいかい?」
「あ、はい」


父さんの白衣を見て緊張したのか、山添うきは背筋をビクリと伸ばした。

 



「何か、遺伝的な病気とか言われたことは? 成長が止まってしまう、とか」

「その……よく分かりません、すみません」

「じゃあ、君の背が伸びなくなったのはいつか、覚えているかな? 結衣と同じクラスだった頃はどうだい?」

「……すみません、それも分かりません。でも、私……地震があってから、なんか変になって……」

「そうか。あの地震の後だね」

「はい……」

「ふむ、やっぱりPTSDで成長ホルモンが……いや、あるいはターナー症候群みたいな染色体異常って可能性もあるが……。こればっかりは、しかるべきところでちゃんと検査をしなきゃわからんな……」


父さんはPCでカルテをいじりながら、普段見せないような真面目な顔でつぶやいた。


「あ、あの……」


と、診察室のドアから結人が顔を覗かせた。

どうやら、ずっと廊下にいて、中の様子をうかがっていたらしい。


「結人? そろそろ行かないと、学校遅刻するわよ?」

「そうだよ、ユウ」

「だ、大丈夫、すぐ行くよ」


2人の姉にピシャリと言われ、結人は困ったような顔になった。

が、勇気を出して室内に入ってくると、うきに向かって手を差し出した。

 



「……これ、あげる」


結人の手のひらに乗っていたのは、小さなチョコレートバーだった。

スーパーで売っているようなお徳用パックの、チョコレートバー。


「え? あ、はい……ありがとうございます……」

「こら、ユウ。うきちゃんは年上なんだよ。そういう言い方はダメでしょ?」

「年上……?」


ひどく不思議そうに、そして、少しだけ不満そうに実の姉を見る結人。


「…………」

「どうしたの、うきちゃん?」

「あ、はい。なんだか不思議な気分……です。こういうことに慣れていないので……」

「こういうことって?」

「ええと……こうして家族が集まって……みんなでお話したり、です……」

「君の家族はどうしたんだ?」


この子は、神成さんたちには何も言わなかったというけれど……今の雰囲気なら、ちゃんと話してくれるかも知れない。


「私が小さい時に……私を先生たちの所に置いて、行ってしまいました」


『先生たち』という言葉に、僕は眉をしかめる。

たぶんそれは、かつてあの地下実験室にいた科学者たちのことだ。

そしてこの子は、南沢泉理と同じように、人体実験の犠牲に……。

なぜ彼女の両親は、そんなむごいことを?


「君は、それからずっと、あの地下施設に?」

「はい」

「どうして、その……逃げなかったんだ?」

「お母さんに、どこにも行くなと言われたので……」

「そ、そんなの、ひどい」


結衣が、口をおさえる。

僕も、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 



(この子は……僕と同じだ)


子供の頃から実の両親にかえりみられることなく、ただ放っておかれて。そのうち、親は勝手にいなくなって。

……でも、いつまでもその呪縛から逃れることが出来ない。


「君は、あそこで実験の被害者──いや、みんなの世話をしていたけど、それはなぜ?」

「……。地震の、せいです」


彼女は、いなくなってしまった人たちを思い出したのか、悲しそうに目を伏せながら言った。


「……?」

地震で、先生たちは病院からいなくなってしまいました。みなさんのお世話をしていた看護の人たちも、です。だから、代わりに私が世話をするようにと、病院から言われて……」

「学校はどうしたんだい? 君が今着ているのは、碧朋学園の制服だろう? 年齢から考えて、中等部に在籍してると思うんだが」

「碧朋、学園……?」

「私たちが通ってる学校よ。うきちゃんはウチの生徒なのよね?」


でも、山添は首を横に振った。

 



「これ……お友達が着てたものです」

「友達?」

「はじめ、地下でみなさんのお世話をしていたのは私だけじゃなくて……もうひとり、同じ歳くらいのお友達がいました。時々、この服を着ていて。私、可愛いねってずっと言ってたんです」

「ああ……もしかしてその子、君と違って外から通って来てた?」

「はい」

「なるほど、碧朋の生徒だったのはそっちの子か……」

「彼女、最初は私と一緒にお仕事をしてたんですけど……だんだん具合が悪そうになって、お休みも多くなってきて……そうしたら、ある日、これをプレゼントしてくれたんです。……自分にはもう必要ないから、代わりに、大切に着てねって」


彼女は、さらにうつむき加減になった。


「だから、このお洋服は私の大事な宝物です。いつも綺麗にして着ています……」


その表情で、僕には理解できてしまった。

たぶん、その友達は──自分の死期を悟ってたんだ。南沢や山添たちと同じように拷問まがいの実験をされ……それが原因で、身体のどこかを病に侵されていて……。


「それじゃあ、君が老人を連れて外を──」

「拓留」


来栖の優しい声が、割って入った。

 



「一度に色々訊くのは、やめましょう?」

「あ……」

「うきちゃん、つらいこともいっぱいあると思うし……また夜にでも、ね?」

「……そう、だよな……」

「それに、朝ごはんだってまだだものね。お腹すいたでしょう?」

「いえ、私はそんな……」


タイミングを図ったかのように、可愛らしいお腹の音が聞こえた。

山添は、ううっと小さな声を上げ、顔を赤くしてうつむいた。


「父さんも、それでいいかしら?」

「ああ。……なぁ、うきちゃん? このおねーちゃんはちょっとおっかないが、メシだけは美味い。上で食べてくるといい」

「父さん」


来栖が山添の手を取って立ち上がらせながら、口を尖らせた。


「あっ。これ、チョコレート。もう一個あげる」

「……ありがとうございます……」


出て行きかけた彼女に、結人が慌ててチョコをもう一つ手渡した。


…………。


……。

 

 

 

 

昼休み──。


昼食もそこそこに、僕と伊藤は部室に向かっていた。

 



「じゃあ、あの山添うきって子、今、青葉寮にいるのか」
「ああ。この先どうなるか分からないけど……なんとかしてやりたいとは思ってるんだ」
「ふーん。けどまさか、結衣ちゃんの同級生とはなぁ……」
「うん、驚いた」
「でも、ま、良かったんじゃねーの?」
「良かったって?」
「結衣ちゃん、喜んでたんだろ?」
「ああ、そういうことか……確かに」


結衣は、今朝、本当にうれしそうだった。

たぶん普段は、結人のために『お姉ちゃん』を一生懸命演じているんだろう。

でも、よくよく考えれば、あいつだってまだ中学生なんだ。友達と再会出来れば、それは嬉しいに決まってる。


「へへっ」
「ん? 何がおかしいんだよ?」
「いや、お前、口ではなんだかんだ言いながら、結構大事にしてるからなー、今の家族のこと」
「そ、そんなんじゃないって……」
「照れるなって。お前にとってもいいことなんじゃねえの。そういう存在がいるってことは」
「ぼ、僕は別に照れてなんか……っていうか、そんなこと、どうでもいいんだよ! ほら、早く部室、行こう。尾上や有村や香月にも、山添のこと話さなきゃ」


もちろん、みんなには非常招集をかけてある。

そろそろ、部室に揃っているだろう。


……。

 



「──というわけで、今、山添うきって子は青葉寮で保護されてる」


「タク、大活躍だったんだねー!」

「ん-」

「いや、それほどでも……」

 



世莉架や香月たちに、思い切り感心された。

世莉架は、拍手代わりに、『ゲロカエルん』ストラップをぽひゅぽひゅぽひゅ~と鳴らす。

何度聞いても、手に入れた当時とは程遠い音で、ひとつもテンションは上がらないけど……もういい加減、慣れた。

 



「駄目よ世莉架、香月。あんまりおだてると、いい気になって、また無茶なことするから」

「……。しないって」


ったく。心配してくれるのはありがたいけど、来栖はちょっと過保護過ぎる。

特に、みんなの前では恥ずかしいからやめてくれないかな。

 



「けど、気持ちいいっすねー。今ごろ、神成さんや久野里さん、悔しがってますよー。ざまぁみろです、ぷぷぷ~」

「有村は前から知ってたのか、山添のこと?」

「ええまぁ、電話でちょっと話したくらいですけどね……。彼女、フリージアでは肝心なことはほとんど喋らなかったみたいですよ。たぶん、久野里さんたちを怖がってたんでしょうね」

「まぁ、そうだろうな」

「それに比べて、あの子、宮代先輩の前では割と素直だったみたいですね♪ 先輩ってー、とぼけた顔して、実は女の子の扱いがうまかったりするんですかー?」


有村は、ニヤニヤしながら僕を見た。

そりゃあもちろん、『クール・キャット・プレス』を愛読してるからなっ!


──とは言えないので、謙遜しておく。


「ち、違うよ。来栖と結衣がいてくれたから」

 



「当たり前じゃないですか。なに本気にしてるんです? 気持ち悪いですよ」

「ぐ……」


ほんと、いつまでたってもこいつのこのノリには慣れることが出来ない。僕が思いっきり仏頂面を作っても、涼しい顔をするだけだし。


──ガチャ……。


「……?」


有村にイヤミのひとつでも返してやろうかと考えていると、突然、ドアが開け放たれた。

ドアの開け方は静かなものだったが、その前に立っている人が激怒しているのは、身にまとっているほの暗い雰囲気で分かった。

 



「おい……」


噂をすれば、というか、彼女はいつもの冷たい瞳に獰猛な光を宿して、そこにいた。

そして、怒鳴るのではなく、むしろ低い声で恫喝をしてくる。

山添うきを連れ出したのが僕らだとバレて、いつか来るとは思っていたけれど……こうまで早いとは、さすがに想像していなかった。


「お前、どういうつもりだ」

「ど、どうって……?」

「あいつは重要な"証拠"なんだ。勝手なことをするな」


──!


久野里さんはツカツカと歩み寄ってきて、僕の胸倉をつかみ上げた。

こんな細い腕のどこに、というくらいの力だった。まるで憎しみの塊からあふれてくるような、そんな暗い力を感じる。


「う、くっ……!」

 

 

「ちょっと、やめて下さいっ!」

「暴力反対ですーっ!」


仰天した来栖と世莉架が久野里さんにしがみつき、僕から引き離そうとする。でも、彼女の手はゆるむことなく、僕の胸元をひたすら締め上げてくる。


「ぼ、僕は、無理にあの子を連れて帰ったわけじゃ、ないですっ……」

「なに?」

「か、彼女は、うちに来るのを望んだんです……あなたたちの所には行かないって、言ったんですよっ」


これは、半分は嘘だ。

でも、このくらい言ってやらないと僕も気が済まない。


「………」

「だいたい、『証拠』って、なんなんですか? 彼女は、物じゃないです。実験動物でも、ない、ですっ。だから、あなたには渡せませんっ」

「何も知らないくせにっ、貴様……っ」


久野里さんの手に、さらに力がこめられた。


「ぐうっ!」


なんなんだっ!?

なんなんだよ、この人はっ!!

僕の中に、激しい怒りの感情が渦巻いた。

低いハムノイズのような耳鳴りがして、来栖や世莉架たちが僕を助けようと叫んでいる声も急速に遠くなる。


(くそォォォォッ!)

 

 

その瞬間、視界の中に、ディソードが浮かび上がった。



 

──しかも、これまでにないほどハッキリと。


「こいつっ! 放、せよぉっ!」

「っ!?」


久野里さんの顔が、ふいに苦痛に歪んだ。

かすんだ目で見ると、僕をつかんでいる真っ白な手首に、ギリギリと何かが食い込むような真っ赤な跡(あと)が浮かび上がっている。

食いしばった彼女の歯の間から、激しい痛みをこらえるような息が漏れた。それでも手を緩めようとはせず、僕を真正面から睨みつけて来る。

 



「宮代先輩っ!! ダメですっ! ダメぇっ!」


有村の悲鳴が、まるで水の底から聞こえてくるようだ。

それほどまでに僕は、自分の中に初めて生まれた"暴力的な力"の誘惑に支配されつつあった。

『こいつ、許せない! 僕の手で排除してやる!』

そんな義憤と同時に──

『この能力があれば! どんなことでも出来る!』

 



そんな、狂おしいくらいに甘い万能感が、勝手に身の内からあふれ出し、止まらなくなっていく。

そうだ! やれ! こんなヤツ、やってしまえ! と。


「やめなさい、拓留っ!!」


──!

 



耳元で来栖の声が響くと同時に、いきなりぱぁんと頬を張られた。

そのまま強引に、僕と久野里さんは引きはがされる。


「……!!」


ハッと我に返った。

来栖と伊藤と世莉架が僕を、そして、有村と香月が久野里さんを背中から羽交い絞めにしていた。


「く……っ!」


──!


久野里さんは憎悪のこもった目で僕を見た後、有村と香月を思い切り突き放した。


「あっ!」

「っっ!」

「危ないっ!」


転びそうになった彼女たちを、世莉架が飛びついて支える。


「だ、だいじょうぶ?」

「んん……」

「ありがとう、せり」

 



「……。もうやめてください、久野里さん」


今度は、女帝の怒りが我慢の限界を超える番だった。


「お帰り下さい。ここは部外者がいていい場所ではありません」


両のこぶしを白くなるまで握りしめ、僕たちをかばうように、一歩も引かない構えで立ちはだかった。


「あなたが何のつもりで、"うちの"拓留やうき、それから有村さんにひどい仕打ちをするのかは知りません。でも、私はそれを許しません」

 



「お前の許可などいるか。今、実際に見ただろう。『能力者』は危険な──」

 



「今すぐお引き取りください」


有無を言わさぬ口調で来栖が言った。

2人は一触即発の状態のまま、身動き一つせず対峙し続ける。


──「ああ、ちょっと待ってくれ。ストップだ、ストップ!」


その時ふいに、廊下から息切れを伴った声が聞こえてきた。


「……?」

 



「はぁはぁはぁ……どこへ行ったのかと思えば、やっぱりここか、久野里さん」


入って来たのは神成さんだった。

走って来たのだろう、髪の毛は乱れ、額には汗が浮いている。

 



「俺に任せてくれと言わなかったか?」

「あんたの悠長なやり方では、大切な証拠が消されてしまう」

「焦るのは分かるが、ものには言い方というものがだな……。申し訳ない、来栖さん。俺たちは、なにもモメたくて来たわけじゃないんだ」

「じゃあ、なんの御用ですか?」

「……そう怖い顔をしないでくれるかな……」


神成さんは、困ったように来栖と久野里さんの顔を見比べた。

それから僕に向かって、


「なぁ、宮代くん。君の言いたいことは分かる。昨日、うきくんを連れ去ったことも、別に責めたりしない。確かに俺たちが間違っていたかも知れん」

「…………」

「だから、今日はちゃんと頼みに来た。うきくんと……あと、出来れば君と有村さんも、しかるべき場所で、一度、検査を受けて欲しいんだ」

「はあぁっ!?」


僕よりも先に反応したのは、有村だった。

 



「神成さんこそ、頭ん中、診てもらったらどうですか!? 『はぁーい! 私ぃ、喜んで実験台になりまぁーす!』なんて言うとでも思います!?」

「話は最後まで聞いてくれ。これは、本当に君たちのためなんだよ」


神成さんは有村に向かってそう言うと、意外な名前を口にした。


「実は、今しがた、佐久間先生に相談をしてきたんだ」


「父さんに?」
「父さんに?」


期せずして、僕と来栖の声が重なった。


「君たちは、その……久野里さんのやり方が気に入らないんだよな? だったら、佐久間先生の友人の病院ならどうだ?」

「おいっ、何を勝手に決めて──っ」

「久野里さんっ」


神成さんは、久野里さんの前に手をかざして言葉をさえぎった。

 



「分かるだろう? そうしなきゃ、彼らは検査になんて応じないよ。ちゃんと君も同席させるから」

「く……」

 



久野里さんは不愉快そうに額にシワを作ると、そのまま踵を返して、足音も高く部室を出て行ってしまった。

彼女の足音が聞こえなくなるのを待ってから、神成さんは少しホッとしたような表情になって、話を続けた。


「ということで、どうだろうな、宮代くん、有村さん? なんでも佐久間先生、以前は大学の医学部で准教授をしていたらしいじゃないか」


それは初耳だった。

来栖もそうだったらしく、思わず僕と顔を見合わせる。

 



「父さんが准教授?」

「知らなかったな……」

「ただの変なおじさんだと思ってた」

「おいおい。まぁ、あのルックスじゃあ、そう思われるかも知れないけど……」


神成さんは、父さんに同情するように笑って、


「佐久間先生の友人なら、信頼できると思うんだけどな。どうだろう?」

「私は、どっちにしてもイヤですよ」

「そう言うと思った……」


有村の返答は予想済みだったのだろう、神成さんは『やっぱり』という顔で苦笑した。


「でもな、有村さん? 佐久間先生の話だと、君らの能力は身体に対して良くない影響を与えているかも知れないそうだよ」

「え?」

「山添うきくんに会ってくるといい。あれで14歳というのは明らかにおかしいと思うんだ。な、宮代くん?」

「………」


確かに山添は、結衣の小学校時代の写真のままだった。まるで、彼女だけ月日の流れから取り残されてしまったかのように。

もしあれが、能力を原因とする異常だとしたら……。


「うきくんに関しては、絶対に精密検査をすべきというのが、佐久間先生の意見だ。そのついでに、宮代くんと有村さんも異常がないか診てもらったらどうだろう? まぁ、人間ドックだと思えばいい。……それでもダメかな?」

「………」


有村はまだ迷っているようだったが……山添の身体的な異常というのが気になったのだろう、やがて不承不承、前言を撤回した。


「少し、考えさせて下さい」

「ああ、それで構わない」

「まだOKしたわけじゃないですよ」

「もちろん」

「あ、あのっ……!」

「ん?」


一方、僕は、久野里さんが出ていった方向を見ながら言った。


「父さんが必要だと言うなら、検査を受けてもいいです。けど、その途中で、もし久野里さんが……その……山添や有村を実験動物みたいに扱ったりしたら……」


そこで僕は、なんと言おうか迷ったけれど、ゴクリと唾を飲み込んで言葉をつないだ。


「……ぼ、僕だって怒ります。能力を使って、その……検査なんか出来ないよう、めちゃくちゃにしてやりますから、覚えておいてください」

 



「タ、タク!?」

「おいおい!」

「ダメよ! 何、言ってるの!」


普段の僕とは思えない言葉に、部員全員がビックリして、顔を見つめてきた。

でも、僕はといえば、先ほど自分の中に激しく渦巻いた力への衝動というか、万能感というか……とにかくそれを思い出して、密かに身震いしていた。

 

 

 

そう。僕はやれる。やってやる。

いざとなったら、さっきみたいに──。


「……了解だ。検査中は俺が注意をしておく。それでいいだろう?」


神成さんは小さくため息をつくと、首を左右に少しだけ振った。

あの久野里さんをどうやって黙らせておけばいいのか、今から頭が痛いようだった。


「それじゃあ……部活中のところ、お邪魔したね」


そう言い残して部室を後にしようとした神成さんは、廊下へ足を踏み出す直前で、思い出したように振り返った。


「ああっと、いけない。もうひとつ大事な話があったんだ。久野里さんのせいで忘れるところだった」

「なんでしょうか?」

 



先ほどからの不機嫌さを残したまま、来栖が尋ねる。

久野里さんのあの態度には慣れているらしい神成さんも、女帝の迫力はまた一味違うようで、少し鼻白んだ。


「ええっと……宮代くんと尾上さん、あと、伊藤くんにちょっとね」

「え?」

「わ、私ですかー?」

「俺、何も悪いことしてないっすよ?」

「してないですー」

「君たち、病院の地下へ不法侵入したじゃないか」

「げ! あ、あれはですねっ!」

「というか、それを言ったら、神成さんや久野里さんだって──」

「はは、その通りだ。だから、今のは冗談として」

「冗談になってねぇ」

「本気でびっくりしちゃったよ……」

「訊きたいことって言うのは、実は、その地下施設のことでね」


神成さんは声の大きさを少し絞って話を続けた。


「久野里さんの話だと、施設のPCに『南沢泉理』という女の子のデータがあったと言うんだが」

 



「……っ」


来栖が小さく息を飲む音が聞こえた。

でも、来栖と南沢泉理との関係を知らない神成さんは、少し不思議そうな顔をしただけで、すぐに話を続けた。


「久野里さんは、君たちも一緒に見たと証言してる。覚えはあるかな?」


いきなり出て来たその名前に、僕も幼い頃のトラウマを思い出しそうになりつつ、


「……はい、見ました」

「データは確かにあったんだよね?」

「はい」

「そうか」


神成さんは、伊藤と世莉架にも目で確認をする。

2人はコクリとうなずいた。


「なら、これを確認して欲しい。証拠品でね、実物を持ってくるわけにはいかなかったんだが」


上着の内ポケットに手を入れると、神成さんは写真を取り出した。

 



そこには、1枚のIDカードらしきものが映っていた。


「……!!」


僕は、思わず目を見張った。

カードはけっこう前の物らしく、だいぶ汚れて、あちこちに擦り傷が入ってしまっている。

それでも、表面にプリントされている氏名と顔写真は、はっきりと読み取ることが出来た。


(南沢、泉理……!)


そう。IDナンバーの下には、『南沢泉理』という名前が刻まれていた。

無表情に映っている顔写真もまた、間違いなく、僕がかつて地下で見た少女のものだった。


「どうだろう? 同姓同名の別人ってことはないかな。久野里さんはこの子で間違いないと言ってるんだが」

「間違いないです」

「えと、俺もそう思います」

「私も」


三人とも即答だった。

神成さんはうなずくと、写真をポケットに戻す。


「そうか、ありがとう」

「あ、あの? その子……南沢泉理さんが……どうかしたんですか?」


僕は来栖に気を遣いながら、おずおずと尋ねた。


「昨夜……そうだな、ちょうど君がうきくんを青葉寮に連れて行ってしまった頃か……神泉駅付近を警ら中だった巡査2名が、"連続放火事件"の容疑者らしき女を発見した」


「え!?」
「え!?」


「っていうと、私たちを襲ったパイロキネシストですか!?」

「ああ。君らの証言や、有村さんに協力してもらった似顔絵と特徴が一致していたそうだ。なによりも、『火』を使ったらしいからね」


『そうだ』とか『らしい』とか、ひどく歯切れが悪い。

ということは、たぶん……。


「……逃げられたんですね?」

職務質問をしようと近寄った途端にやられた。1人は重度の熱傷で、今、病院のICUにいる」

「………」

「もう1人の巡査は、女を取り押さえようともみ合いになった。結局、彼も手足を焼かれ重傷なんだが、その時、女が落としたのが──」


神成さんは、写真をしまった内ポケットのあたりを、指で叩いた。


「は……!?」


あの女が、『南沢泉理』のICカードを!?

いったい、なぜ……!?


「そ、それってっ、宮代を襲った犯人が、そのっ……ってことですか?」


──!


室内に、ガシャンという大きな音が響いた。

振り向くと、真っ青になった来栖が、よろける身体を支えるようにしてテーブルに手をついていた。

その拍子に落としたのだろう、テーブルの上にあった来栖のティーカップが砕けて散らばっていた。


「来栖っ!」

「先輩!?」

「大丈夫っ!?」

「え、ええ……ごめんなさい。ちょっとめまいがしたものだから……」

「座ってろ、副部長」

「んっ」

「あ、ありがとう」


来栖は、香月が引きずってきた椅子に、崩れるように腰を下ろした。

神成さんは、そんな彼女の様子を見て、さすがに何かあると勘付いたようだ。

どうするか一瞬迷った上で、やがて、いたわるような口調になって尋ねる。


「来栖さん? もしかして君も……南沢泉理のことを何か知っているのか?」

「あのっ、神成さんっ、そのことは──」

「平気よ、拓留」


来栖は気丈にも顔を上げて、僕を制した。

そして……自分が南沢泉理の幼馴染であったことや、当時、地下で実験のようなものが行われているのを知っていたことなどを……この前、僕らに話してくれたように、丁寧に説明する。

そして、最後に、


「でも、泉理は渋谷地震の被災者として慰霊碑にも名前が刻まれています。犯人であるはずがありません」


そう締めくくった。


「そ、そうですよ。あの地震の犠牲になったんだろうって、久野里さんも言ってましたし」


僕も慌てて付け加える。

話を聞き終えた神成さんは、少し考え込んだ後、声色をさらに優しくして言った。


「来栖さん。よく話してくれたね、ありがとう。彼女の死の記録が事実かどうかは、今、警察で再調査を進めている。その状況次第では、申し訳ない、改めて署の方で話を聞かせてもらうかも知れない」

「構いません。何かの間違いだと信じてますけど」


来栖はきっぱりと言い切った。

それに対し、神成さんは少しだけ苦笑いの表情に変わって、

 



「君の友達を疑いたくはないが、因果な商売でね……。犯人の正体はともかく、宮代くんと有村さん、君らはまた狙われる可能性がある。用心だけはしていてくれ」

「う。やっぱりそうですかね……?」

「君たちは、能力者だとバレてしまったんだ。……何かあったらすぐに連絡を。24時間、いつでも構わない。あと、南沢泉理の件に関しては、警察から正式に発表があるまで外部にもらさないでくれ。真偽がはっきりするまで、マスコミあたりに騒がれたくない。──頼んだよ」


神成さんは、そう念を押すと、もう一度、来栖を心配そうに見てから、今度こそ部室を出て行った。

後に残された僕たちは、しばらく、それぞれの物思いに沈んでしまって、誰も言葉を発することがなかった。


……。

 



結局、部活はほどなく解散となって、来栖はまだ青い顔をしながらも、残っている仕事をしに生徒会室へ向かった。

僕らは全員、帰り支度は済ませたものの、なんとなく部室に残っていて……世莉架や有村は雑誌のページをぺらぺらとめくっていた。

香月は、例によってエンスー2を無言でプレイ中。

俺と伊藤は、壁に貼られたマップを横目で見ながら、あれこれと考えを巡らせていた。

 



マップ上には、新しいメモが貼り付けてある。

 



僕らが"そのデータ"をマップに加えていいものかどうか躊躇(ちゅうちょ)しているうちに、来栖が自ら記して、貼っていったものだ。

いつも綺麗な彼女の字が、少し乱れている。

たぶん、震えながら書いたんだと思う。


「南沢泉理、か」
「ああ……」
「確かに……似てたな。IDカードにあった子供の頃の写真と、有村の証言の似顔絵……」


有村が、雑誌からパッと目を上げた。

僕の方をじっと見る。

口にはしないけれど、それは『私もそう思います』という言葉と同じだった。

 

 

パイロキネシストの女に襲われた場面が蘇る。

年相応に雰囲気は変わっていたけれど、確かに、IDカードの少女が少し大人になれば、あんな感じに……。


(それじゃ、僕らを襲ったのは? いや、でもそんな……)


「なんかもう少し、情報らしきものがあればな」
「………もしかすると、"あの子"なら何か知ってるかも知れない」
「あの子?」
「ああ……」


僕はためらいつつも、このままではらちがあかないと、伊藤に手を差し出した。

 



「悪いが、スマホ貸してくれ」
「お前、まだ新しいの手に入れてないのかよ」
「もうじき買うよ。──サンキュ」


伊藤からスマホを受け取ると、もうすっかり暗記してしまっている番号をプッシュする。

数コールの後、よく知った声が電話の向こうから聞こえた。

それは、ここ最近、毎日のように聞いている野太い声だ。


『はい、青葉医院です』
「もしもし、父さん? 僕だけど」
『ん? ああ、拓留か。どした?』
「あのさ、山添さん、なんだけど……今、どうしてるかな、と思って」
『ああ。今、診察室のベッドで点滴をしてる。軽い栄養失調が見られてな。お前が言うように、かなり劣悪な環境にいたんだろう』
「今って、電話に出られるかな?」
『眠ってはいないから、大丈夫だとは思うが……ちょっと待ってろ』


父さんの声が電話口から遠ざかった。

ややあって、女の子のキンキン声が僕の耳に飛び込んできた。


『ちょっと拓留兄! うきちゃんは治療中なんだから、邪魔しちゃ駄目だよ!』
「……。お前の大声の方が、治療の邪魔じゃないのか?」
『うう?』


結衣は、たぶん山添のことが心配で、学校が終わるなり急いで帰宅したんだろう。その友情は立派なものだが、今はたいへん面倒くさい。


「いいから、山添さんに代わってくれ。大事な用なんだ」
『後じゃいけないの?』
「えっと、これ、絶対に内緒な。出来れば、来栖には聞かせたくない話なんだ。お前も黙ってろよ?」
『………』


電話の向こうで、何かじっと考えるような間があった。

やがて、不承不承といった感じで応えがあった。


『分かった。待ってて』


相手が僕なので、結衣は電話の保留ボタンを押す必要はないと思ったらしい。そのまま、パタパタ、パタン……と病室に入った音が聞こえてくる。

ボソボソと、何事か小声のやりとりがあった後、別の少女の声が僕の耳に届いた。


『あ、あの……もしもし……?』
「ああ、急にごめんな。えと、具合、良くないのか?」
『大丈夫です。私は平気だと言ったんですが、佐久間先生と結衣さんが心配して下さって……』
「そっか」


山添の体調がそれほど悪いわけではないことを知って、ホッとする。これから訊くことは、彼女にとっては精神的に良くないかも知れないからだ。


「あの、な……もしかして、『南沢泉理』って子を知ってたりしないか?」
『はい?』
「南沢泉理。記録によると、渋谷地震まで君と同じ施設に通っていたハズなんだ。年齢は、えっと……6年間だから12歳くらいかな」
『南沢、泉理さん……』
「そうだ。どんなことでもいい、彼女について、何か覚えていることはないか?」
『……南沢さん……南沢さん……』


彼女は、一生懸命、思い出そうとするような声を出した。

一方、新聞部の部室の中では、伊藤だけでなく、世莉架や有村、そして香月までも、いつの間にかこちらを注視して、話の内容に耳を傾けている。

山添は、なおもしばらく考え込むようにしていたが、ようやく口を開いた。


『ええと……直接、会ったり、お話したことはないです……でも』
「でも?」
『何度か、治療室に入っていく姿を見かけたことがあります。……あの子は、私よりもつらい"治療"をしてるって。だから、私も頑張るようにって、先生に言われました』
「………」


僕は、子供の頃に見てしまった人体実験の光景と、助けを求める少女の声を思い出し、背筋に耐えがたいようなおぞけを覚えた。

けれど、こうして話してくれている山添うきにしてみたら、僕どころでは済まないだろう。彼女は、実際に、南沢泉理と同じような拷問にさらされていたのだから。


「ご、ごめんな。イヤなこと思い出させて……」
『いいえ。私は、それがイヤなことだとは思っていませんでしたから』
「……そっか。ええと、他に、何か覚えてることはないか?」
『あと……そうですね……南沢さんは、ずいぶんと足が悪かったみたいです』
「足?」
『はい。私が見かけた時は、いつも片足を引きずっていて……先生に支えられるようにして、治療室へ入って行きました』
「片足を引きずって……」
『なので、私はてっきり、施設で足の治療をしているんだと思っていたのですが』
「………」

 



足を、引きずって歩いていた……?

それって、確か……?

確か、あのパイロキネシストの女も同じように……。



『あ、あの……宮代さん?』
「いや、ごめん。また何かあったら訊くよ。ありがとう」
『はい。それでは、結衣さんに電話を戻──』
「そのまま切っちゃってくれ、うるさいから。じゃあ、また後で」

『ちょっとぉ、なんか聞こえたよ! うるさいって何──』


結衣の文句の途中で電話を切った僕は、伊藤にスマホを返すと、マップを見つめ直した。

 



そこには、来栖の震える文字で書かれた、2枚のメモ。


パイロキネシストを発見。女は泉理のIDカードを所持』

パイロキネシスト=事件の犯人は、泉理の可能性』


「……あの女は……本当に南沢泉理なのか……?」



「でも、彼女はもうこの世にはいないんだろ? 副部長が言うように、慰霊碑にも名前があるし」

「ああ。でも、地下で見たデータでは『行方不明』になってた」

「だから、それは──」

「そう。神成さんにも言ったけど、僕は、それが彼女の死を意味すると思い込んでいた。来栖もそう言ってたし。けど、もしそれが……データ通り、本当に行方が分からないだけだとしたら?」

「どういうことー?」


世莉架がキョトンとした目付きで、僕とマップとを見比べた。


「尾上も覚えがあるだろ? 『AH東京総合病院』は渋谷地震の時、災害拠点病院の一つになっていた。被災者のデータは、いくらでも共有出来たはずだ」

 



「そうなると、ちょっと変ですね。『慰霊碑』に名前があるってことは、どこかの病院……あるいは警察で、彼女の『死亡』が正式に確認されたってことですもんね」

「だろう? あんな実験までやっていた連中が、大事な被験者の『死亡』を見逃すハズがない」

「確かに、『行方不明』なんて書かないよなぁ、普通」


伊藤が難しい顔をしながら、腕組みをする。


「ってことは、死亡したっていう情報が間違い……もしくは嘘か?」

「神成さんは、たぶんそれを疑ってる。南沢泉理という子はまだ生きていて……そして、僕たちを狙ってるってことだ」

 



室内を赤く染めていた夕陽が、そろそろビル街の向こうに姿を消そうとしていた。

空から見上げた空ではその残照が雲を照らし、見事な夕焼けを作り出している。が、それももう間もなく消えて、冷たい夜が訪れるだろう。


「でもさ、仮に犯人が南沢泉理だとして、なんでお前を襲うよ?」

「それは……分からない。なぜか能力者を恨んでいて、たまたま僕がひっかかったのか……」

「だったら、わざわざ『ニュージェネの狂気』事件をなぞる必要なくね?」

「………」

「宮代の推論通り、犯行に何かメッセージがあるとすれば、別だけどな」

「………」


何かのメッセージか……。

 



あの時──。


あの時、僕は助けを求める南沢泉理を、見殺しにしてしまった。

『子供だったんだ、しょうがないじゃないか』

僕がいくら言い訳をしても、彼女はそうは思わないだろう。

手を差し伸べてくれると思った希望の光が、自分を見捨てて逃げて行ってしまったのだから。

それは決して忘れることのできない記憶──憎悪や怨嗟(えんさ)となって、彼女の中に残っていても不思議じゃない。

そして、渋谷地震で自由を得た彼女は、僕を襲ってきた。


「あ……!!」


ふいに、彼女に襲撃された時の光景が脳裏に蘇ってきた。

あの時、彼女は、僕を見てゾッとするような笑顔を浮かべたんだ。

しかも、こう言って──。

 



『……見ーつけた』


(まさか、復讐──?)


これは、南沢泉理の、僕に対する復讐なのか!?


「くそっ、そんなワケあるか!」


そんなことを考えている自分に気づき、僕は必死にそれを打ち消そうと、自分の頬を両手でぱちんと叩いた。


…………。


……。

 


「ほんと!? ほんとにいいの?」

「おう、まかせろや」

「やった! やったよ、うきちゃん! 今日から一緒に暮らせるって!」


帰宅した僕と来栖を待っていたのは、ひとつの朗報だった。

 



「は、はい。よろしくお願いします」

「も~。だから敬語はいらないってば」


昼間、神成さんがここに来た時に父さんと話し、結果、そういうことになったらしい。

理由はいくつかある。

まず、フリージアという会社では、これ以上、少女を預かるわけにはいかず……かといって、普通の児童養護施設には、彼女の『能力』がある以上、簡単に預けることが出来ない。

また、神成さんは今回の事件を、他の捜査員とは別の意思を持って追っている節があって、警察関連の施設で山添を保護するわけにもいかないようだ。

そして、なによりも決めてになったのが、山添うき自身の意思だった。幼馴染の結衣がいることが、やはり心の支えになっているらしい。

 



「良かったわね、うきちゃん」

「はい……」


山添は頬を少しだけ赤くして、うなずいた。


「父さんも、ありがとう」

 



「なあに。むしろこっちがありがたいってもんだ。誰かさんと違って、とっても気が利くし、家事の手際もいい。もう少し元気になったら、医院の手伝いもしてくれるって言うし、大助かりだ」


「……えっと、父さん。それは私に対する当てつけと考えていいの?」


結衣が、ぷくっと頬を膨らませながら言うと、父さんは豪快に笑って結衣の頭をグシャグシャと撫でた。

 



「部屋はどこにしようかしら? 今、空いてる所ってないわよね」

「私と一緒でいいでしょう? ね!?」

「そういうわけにはいかないわ。結人はどうするの」

「別にいいじゃない! 平気よね、ユウ?」

 



「えっえっ……」

「ほら、結人、困ってるでしょ。ダメよ」

「だったら、僕の部屋は?」

「うそぉっ!? 拓留兄ってば、やらしいっ」

 



「いくらなんでも、そりゃマズイだろ……」

「ち、ち、違うよっ、そういう意味じゃなくって!」


事件が片付いたら、僕はここをまた出ていくつもりだ。

だから、僕はダイニングかなにかで寝起きして、部屋は山添に明け渡してもいい、そう考えた。

でも、そういう企みにすぐ気付いてしまう来栖は、素知らぬ顔をしながら脇腹をつついてきた。


「な、なんだよ……」

「ダメですからね。また勝手に出て行ったら」

「ここにいるのは事件が終わるまでって、約束したろ?」

「そうだけど……あなたがだらしないからよ。1人暮らしなんて気が気じゃないって何度も言ってるでしょ」


小声で応酬していると、父さんがポンと手を打った。


「ああ、そうだ。ひとつ部屋が空いてるじゃないか」

「え?」

「ほら。今は使ってないが、以前、ナースの宿直室だった──」

「ええ? あそこって物置じゃない、今」

「でもな、日当たりもいいし、物置にしとくのはもったいないと思ってたんだ」

「そう思ってたのなら、もっと早く片付けて欲しかったわ」


来栖はため息をつくと、僕らの方に向かって


「明日、部屋の片づけをしましょう。手伝ってね」

「はーい!」


結人が元気よく返事をした。


「でも、今夜はどうしようか……結衣とうきちゃんが一緒で、結人は父さんと、でいい?」

「う、うん」

「よし決まり! 布団、用意しなきゃ。ユウ、手伝ってくれる?」

「うん」

「あ、私、自分でやりますから」

「大丈夫。うきちゃんは何がどこにあるのか、まだ分かってないでしょ? あと、敬語はいいってば」

「は、はい」

「だから、そこは『はい』じゃなくて『うん』ね、言ってみて」

「う、うん。でも、私も手伝うので……」

「そう? それじゃあ、一緒に──」

「あ、ちょっと待ってくれ」


結衣と連れ立って部屋に向かおうとする山添を、僕は呼び止めた。


「どうしたの、拓留兄?」

「山添? 神成さんから話は聞いたけど……もう一回だけ、確認させてくれないかな」

「はい?」

「僕のスマホ、今、どこにあるか本当に知らないんだよな?」

「すまほ? ええと……」

「ほら、こういうのだよ」


結衣が自分のスマホを取りだして、山添に見せてやった。

それを見て、山添はようやく思い出したようだ。


「ああ、神成さんが見せてくれた電話機のことですね。あれは、その、落ちていた場所に戻したんです」

「そのあと、誰が拾ったのか……分からないか?」

「はい。すみません……」

「……そ、そうか」


やっぱり、神成さんの言っていた通りか。

じゃあ、僕のスマホ……そして、大事な写真を持ってるのは誰なんだろう……?

そして、なぜ、どうやって伊藤のスマホに電話をかけてきたんだろうか?


「拓留兄、もういい? 話は終わり?」

「あ、ああ……」

「それじゃ、寝る準備しに行こっ。父さん、とりあえず病院の使ってもいいよね?」

「おう。この前干してから、まだ使ってないやつがあったろ。あれ使え。あと、シーツも……」

「わかってるって。……ああ、そうだ。ね、うきちゃん? お風呂も一緒に入らない?」

「え? は、はい」

「だから、『はい』じゃないでしょ~?」

「あ……。う、うん」

 



「言っとくけど、ユウは別だからね」

「わ、わかってるよぉ」

 


「……結衣のやつ、随分とはしゃいでるな」

「そうね。でも、わかるわ。やっぱりお友達っていいものよ」


結衣は山添と結人を連れて、ドタバタどダイニングを出て行った。

 



「来栖は、大丈夫か?」
「どうして?」
「ほら。食費とか、いろんな世話とか1人分増えるだろ」
「世話は平気よ。うきちゃんはいろいろ手伝ってくれるって言うし、むしろ楽になるくらい。食費とかは、まぁ……父さんが頑張ってくれれば」

 



「お、おうっ、任せとけ。……あ、ちょっとトイレに」


来栖の視線を受けた父さんは、そそくさと逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 

「もう……」

 



しょうがないなあと苦笑いを浮かべた来栖の言葉の奥には、でも、どこか優しげな響きがあった。


…………。


……。

 

 

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2015年10月18日 現在の参加者2人
【あみぃちゃん】さん【マックス・ケイディ】さん


【あみぃちゃん】さん

宮代は


マックス・ケイディ】さん

完全に目覚めました

やりますか?


【あみぃちゃん】さん

もっと


マックス・ケイディ】さん

もっと?


【あみぃちゃん】さん

そう、もっとだ

更なる苦しみを

更なる後悔を

見捨てられたものの

そのためには

もっと

もっともっと


もっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっと
もっともっともっともっともっと


マックス・ケイディ】さん

承知しました

 

 

 

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……。