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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD【21】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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第9章

錯綜する思惑の行き着くところ

-Duel-

 

 


結衣の死から4日──。

 

 

 

バラバラにされた遺体の検死や、僕らの事情聴取などもようやく一段落ついて、彼女は無事に荼毘(だび)に付された。

 

 

 

その魂は薄い純白の煙となって、今、高い空へと昇って行く。

僕と来栖は、斎場の木立の間に立ち、肩を並べていつまでもそれを見送っていた。


「……今の火葬場ってさ……フィルターとか通して、クリーンな煙しか出さないんだってな……」
「ふぅん……」


どうでもいい情報を口にして、それをうわのそらで聞く。

僕らは、さっきからずっとそれを繰り返していた。

火葬が終わるまで遺族が待つ部屋では、たぶん、父さんの力強い腕に抱かれるようにしながら、結人がずっと震えているだろう。

そんな結人を見ながら、でも、山添や世莉架、有村や香月にはきっと何も出来ず、無言で時間が過ぎていくのを待っているだけに違いない。


「不思議ね」
「ん?」
「あんなに悲しくて、涙が止まらなかったのに……今はもう平気なの。お葬式の費用のこととか、お墓をどうしようとか……そんなこと、普通に考えてる。私って、きっと薄情なんだわ……」


でも、そんなふうに言っている来栖は、心痛のせいで、可愛そうなくらいやつれ……でも、その瞳だけが仄暗(ほのぐら)い炎のような光を常に宿していた。

来栖のそんな眼差しを見るのは、僕は初めてのことだった。


「いや。来栖以外にそういうのを仕切れる人がいないからだよ。父さんも、気が抜けたみたいになっちゃってるし……」
「そう、かな?」
「そうだよ」


それに、僕は知っている。

 



深夜の青葉寮。来栖の部屋から、毎晩、押し殺したようなすすり泣きが聞こえて来ることに。

 



「………」


あの日から、結局僕は、トレーラーハウスではなく、ずっと青葉寮で暮してていた。

来栖や結人、山添、そして父さん……みんなが結衣の死に大きなショックを受け、悲しみに沈んでいる。こんな時に、もし僕まで寮を出て行ってしまったら……。

結衣が消え、僕までいなくなった青葉寮は、あまりにも寂しくなりすぎると思ったんだ。

それに僕自身も、1人きりでいると、結衣のむごたらしい姿をいつの間にか思い出してしまい、気が変になりそうだった。

だから、お互いにいたわり合うことの出来る誰かと、一緒にいたかった。

こういった気持ちこそが、僕が捨て去ろうとしてきた『家族の存在する意味』なんだと、僕はこの先、いやと言うほど思い知ることになるのだけれど……。

今は、結衣をこんなふうにした犯人を見つけ出すことで、頭の中がいっぱいだった。

 



「拓留?」
「んん?」
「葬儀が終わったら、少し休むといいわ。あなた、ひどい顔してる」
「それは、お互い様だ。お前だってちゃんと休んでないだろ?」

 



「だって……夜、眠れないんだもの。恐ろしい夢ばかり見てしまって……何回も飛び起きて……」
「………」
「あの、ね?」


来栖は、両手のこぶしをぎゅっと小さく握り込んだ。


「ひと晩だけでいいから……今度、拓留の部屋で寝ちゃ駄目、かな」
「え……?」


そ、そんなの、ダメに決まって──

即座に断ろうとしたが……『1人じゃ眠れないの』と繰り返す彼女の憔悴し切った様子に、僕はただ無言でうなずくしかなかった。


……。


やがて結衣の全てが、雪のような色をした欠片(かけら)となってしまうと、僕らは箸(はし)を使って丁寧に骨壺へと納めた。

重さというものをほとんど失い、小さな陶磁器の中に入ってはじめて、彼女は、他のどんな死者とも変わらない平穏な『死の形』となった。

それで、ようやく僕の胸のつかえがひとつ取れた。

大切な妹に、いつまでもあんな無残な姿でいて欲しくなかったからだ。

結人は、姉の骨を壺に移している間、ずっと震えていた。

でも、その目は虚ろで何も見ておらず、泣きも叫びも喚きもしなかった。

結衣のクラスメートや教師がグスグスと鼻を鳴らしている中、結人は、ただただ、震える手で機械的に言われるがままの作業をこなし、最後に、全く焦点の定まっていない瞳で姉の遺影を見つめた。


……。



 

「………」
「結人。僕が必ず……本当の犯人を見つけ出してやるからな。約束する」


静かにそう声をかけたが、何ひとつ、言葉は返ってこなかった。


……。



 

葬儀がつつがなく終わり……。

結人の体調を考え、付き添いの山添と父さんは先にタクシーで寮へ戻った。

僕と来栖は、世莉架や有村と香月とも分かれ、ポツポツと帰宅の途につく。

その足取りは、やはり重い。

 

 

 

 



「結人、大丈夫かな」
「……来栖や父さんもいるし……なにより、山添がずっとそばについてるから」


最愛の姉を失った結人の症状は、渋谷地震直後の状態にまで悪化し、重度のPTSDによって、ほとんど意思表示というものが出来なくなってしまっている。

暗闇を極端に恐れ、時折、ひきつけのような発作も起こす。

今日は結衣の葬儀ということで特別に外出許可が出たが、今の結人は自分の部屋で休むことすら出来ず、父さんの判断で、青葉医院の病室に入院させられていた。


「不思議な巡り合わせ、だな」
「……?」


今、結人の世話を献身的に行い、なんとか心の支えになろうとしているのは、山添うき。

結衣のかつての友達であった彼女が、僕たちの手で救出され、青葉寮で暮らし始めていたのは、まるでこのことが予見されていたかのように思われた。

僕がそう言うと、来栖は哀しそうな顔をして、『ただの偶然よ』とだけ口にした。


「あのね、拓留。そのうきちゃんのことだけど……」
「うん?」

 



「良かったら、でいいんだけどね……そろそろ、名前で呼んであげてくれないかな……」
「え?」


胸の奥に、例のチクリとする痛みが一瞬湧き上がった。

半年ほど前、僕が『乃々』から『来栖』へと呼び方を改めてしまったこと──今となっては、その理由は実にくだらなくて、馬鹿な自分に本当に腹が立つ。

でも、どこか意地になってしまっていたのと、あと、妙に気恥ずかしくて、元の呼び方に戻すタイミングを逸してしまっていた。

時折、来栖が寂しそうな目をするのも知ってたくせに……だ。

 



「その……僕は別に構わないけど、山添はそれでいいのか?」
「実はうきちゃんがね、そう言ってたの。みんなに名前で呼んでもらって嬉しいって。なんだか、青葉寮(うち)の家族になれたみたいだって」
「………」
「でも、うきちゃんには、『家族みたい』じゃなくって、本当の家族になって欲しいなって。そう思うから。ね?」

 



来栖が──おそらく今日初めて──微笑を浮かべた。


「分かった。山添、じゃなくって、うき、な? ……了解」
「ありがとう。彼女にも言っておくわ。拓留のこと、名前で呼んでいいって」
「ああ。あと……それだったら、さ……」
「んん?」


お前の事も、さ……。

『乃々』に、戻してもいいか?

僕が、思い切ってそう切り出そうとした時、



 

──『宮代くん、来栖さん?』


「え?」
「はい?」


突然、背後からかけられた声に、振り向く。

 



そこには、神成さんが立っていた。

僕らに対して責任や負い目を感じているのか、いつものようなバイタリティが感じられず、顔もうつむき加減だ。


「済まない。葬儀に出ようと思ってたんだが……間に合わなかったみたいだね」

「そんな、気を使わなくていいですよ。お仕事、相変わらず忙しいんでしょう?」

「……今日は病院での検査に、思ったより時間がかかってしまって……」

「検査?」

「伊藤くんの、だよ」


その言葉を受けて、僕と来栖との間に横たわっていた静かな空気が、一瞬にして変わった。


「意識が戻ったんですか!?」

「会わせてください。お願いします」


2人で詰め寄ると、神成さんは困ったような顔になり、首を横に振る。


「いや。依然、昏睡状態のままだ」

「え? ……そ、そう、ですか」

「でも、脳の検査結果は予想通りだったよ」

「……肥大化が……?」

「ああ。大脳新皮質が異常に大きくなっている。久野里さんの見立てだと、これまでに診たどんな患者よりひどいそうだ。それだけ長期間に渡って、しかも協力な『思考誘導』を受けていたんだろうと、久野里さんは言っている」

「じゃあ、伊藤は無実ということになりますよね!?」


僕は、親友が自らの意志で結衣を惨殺したと思いたくなかった。

来栖の言う通り、誰かの傀儡(かいらい)にされていたんだと信じたかった。


「君たちの言うように、彼の後ろには誰かがいるはずだ。少なくとも、俺はそう思う」


でも、神成さんの言葉は歯切れが悪い。


「ただ、実行犯が伊藤くんであることに変わりはない。君たちや俺や久野里さんなら、『思考誘導』がいかに強力なものか理解出来るし、伊藤くんには罪がないと言い切れるが……。他の捜査員や……検察、それに裁判所はそうはいかない。むろん、世間もだ」

「……っ」

「もちろん、来栖さんの証言を元に、彼が洗脳のようなものを受けていた、という線で捜査を進めているが……捜査員はみんな混乱してしまっている。とにかく不可解な点が多い上に、裏付けすら取りようのないことばかりだ。全てが、常識の範疇(はんちゅう)を超えている。かといって、ギガロマニアックスだの超能力だの、そんな話をするわけにもいかないだろう?」


神成さんは、口惜しそうに唇の端をかんだ。


「そのせいもあって、今の捜査方針に疑問を抱き始めている連中が増えてきた。……伊藤くんに不利な証拠も、色々と出て来てしまっていてね」

「どういうことですか、それ?」

「たとえば……失くしたはずのキミのスマホから、伊藤くんのスマホに、脅迫まがいの無言電話があったろう」

「はい。──え?」


ま、まさか、あれって伊藤が!?

でも、どうやって!?


「単純なトリックだった。彼のスマホに、ニセの着信と電話番号を表示するアプリがインストールしてあって……宮代くんの名前と電話番号が登録されていたよ」

「あ……!」


そうか! なんで、それに気づかなかったんだろう!

確か、スマホ用のアプリにそんなフリーウェアがあった。

嫌いな相手との会話を打ち切ったり、会議などを中座したい時に便利だとか、そんな説明が並んでいた覚えがある。


「あと、彼のパソコンから、妙なチャットの履歴が見つかってね」

「チャット?」

「君たち、『エド・ルーカス』って名前に聞き覚えはないか?」

 




「……エド・ルーカス」

「誰です、それ?」


いきなり聞いたこともない名前を出され、僕も来栖も、表情に戸惑いの色を浮かべた。


「それじゃあ、『あみぃちゃん』は?」

「あ、それなら」

「都市伝説の……」


子供の頃、僕が例のAH東京総合病院へ忍び込むきっかけになった、因縁の"キャラクター"だ。


「いや、その『あみぃちゃん』じゃない。伊藤くんのパソコンを調べたら、そういうハンドルネームの2人が頻繁にチャットを行っていたんだ。『エド・ルーカス』というのが伊藤くんだ。チャットの内容は……一連の殺人や、宮代くんを監視しているような内容ばかり。犯行動機として十分すぎるくらいのね」

 



「そんな……!」

「でも! そのチャット相手を捜査すれば、真犯人の手がかりに──!」


勢い込んで言った僕だったが、神成さんは無念そうにこぶしを握った。


「もちろんサイバー犯罪対策課に、調べさせたよ。……その結果……『あみぃちゃん』は存在しなかった」

「は?」

「どういうことですか?」

「『あみぃちゃん』の正体も……伊藤くんだったんだ。彼は"ひとりで"チャットもどきをしていた」

「そ……そんな、バカな……」

「どうして……?」

「これは久野里さんの説だが……伊藤くんの心は、長期に渡る思考誘導のせいで、すでに壊れていたんじゃないか、と……」

「………」

「だが、法廷で『思考誘導』という能力の存在が認められない以上……非常にまずい証拠になる。犯人しか知りえない情報が含まれているんだ」


僕の中に、新たな怒りが生まれていた。

結衣をあんな目に遭わせた犯人は、同時に、伊藤の精神までも追い込んで──いつの間にか壊してしまった。


「くそッ!」


──!


僕は、思わず足元の小石を蹴った。

石は乾いた音を立てて近くの壁に当たると、そのまま二つに割れた。


「神成さん? このままだと伊藤はどうなるんですか? その……法律的に」

「まだ分からない。未成年とはいえ、事件が事件だけに……」

「でも、真犯人が逮捕されれば別ですよね? そうすれば、伊藤の罪だって軽く──」

 



「ダメだ! 君は自分の身を守ることだけ考えろ。犯人なら俺が捜す(さが)す」


俺の意図をすぐに察したのか、神成さんが途中で言葉をさえぎってきた。


「犯人を捜すって……いったいどこをどう捜すつもりなんですか? それに、犯人が分かっても、ギガロマニアックス相手に、神成さんに何が出来るんです!?」

「……っ!」

「これまで、結局、なんにも出来てないじゃないですか。そんなだから、結衣や伊藤は──!」


こんなの八つ当たりだ。

それが分かっていても、悔しくて悔しくて、口をついて出てしまった言葉を止めることが出来なかった。

 



「拓留」

「あ……」

「神成さんは、一生懸命やってくれてる。責めるのは違うわ」


来栖にとがめられた僕は、神成さんの顔を見て、それから思わず目をそらした。

そこに、今の僕らと全く同じような、ひどくつらそうな表情があったからだ。


「……すみません……つい」

「いや、キミの言うとおりだ。俺はキミたちにどう謝罪していいのか、未だに分からない。けれど……頼むから、命を危険にさらすような真似はしないでくれ。特に、宮代くん。11月4日に何かしようと考えているのなら……」

「11月4日?」

「『ニュージェネレーションの狂気』、最後の事件の日ですよね。となれば、その日に真犯人は必ず動く」


僕がそう言うと、神成さんの表情が激しい焦燥へと変わった。


「だから、宮代くんっ……」

「………」

「………ダメか」


僕の決意が固いことを見て取ったのか、神成さんは来栖の方に向き直った。


「来栖さん?」

「はい」

「どうやら、俺から頼んでも無駄らしい。宮代くんがおかしなことをしないよう見張っててくれないか? 俺はこれ以上、犠牲者を出したくない……」


それを聞いた来栖は、静かに首を縦に振る。


「……分かりました。11月4日が過ぎるまで、"拓留には"危険なことをさせないよう、注意しておきます」

「……来栖……?」


その言い様がなんだかひどく引っかかって、僕は思わず彼女の顔を振り返る。

でも、その時にはもう、来栖は神成さんに頭を下げ、スタスタと青葉寮の方へ歩き出してしまっていた。


…………。


……。

 


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[東京] 【事件】今度の被害者はまさかの箱入り娘! さすがの俺たちもこれは引く


956 名前:名無しさん@転載禁止

結局『非実在青少女』で決まり?
ネタ古くね?
非実在青少年とかってけっこう前だろ流行ったの


957 名前:名無しさん@転載禁止

焼身女の『上手に焼けました』よりはマシだろ

てか、非実在性少女の方がよくね?

非実在 性少女って書くとエロスwww


958 名前:名無しさん@転載禁止

性少女 結衣たん

959 名前:名無しさん@転載禁止

性少女 結衣たんか


960 名前:名無しさん@転載禁止

しかも結衣たん、女子〇学生とか胸熱だな

ごっつぁんデスのおっさんとか
上手に焼けましたのメンヘラーババァより萌えるわ
ちょっとトイレ行ってくる


961 名前:名無しさん@転載禁止

おまわりさん、ここに変態がいますよー!


962 名前:名無しさん@転載禁止

でも犯人捕まったらダメだろwww
11月4日はどうすんだwww


963 名前:名無しさん@転載禁止

>id:gF4Co7lq0
お前がかわりにやれば?

非実在 性少女II とか作ってこいや


964 名前:名無しさん@転載禁止

>id:Jsn0epKfv
通報しますた


965 名前:名無しさん@転載禁止

てかおまえら 性少女とかwww
エロゲやりすぎだろwww


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──ッ!!


「っざけんなよ、こいつら!」



 

僕は、新聞部の大事な備品であるPCのモニターを、あやうく叩き壊してしまいそうになった。

下手をすれば、この先、香月がエンスー2をプレイすることも出来なくなってしまうところだった。

部室の隅に固まって、こちらの様子をこっそりうかがっていた世莉架と香月と有村が、僕の剣幕に驚いて飛び上がった。


(何が、非実在青少女だ!?)

 



結衣はっ……結衣は、あんなむごい目にあって死んだんだぞ!?

なのに、興味本位の傍観者どもが、集団でセカンドレイプまがいのことしやがって! ふざけんな!


「た、タク……あの? 大丈夫?」

「えっ?」


心配そうな世莉架の声に、僕は我に返った。

思い切り机に叩きつけたこぶしが真っ赤になって、じんじんと痛む。しばらくすると、腫れてくるかも知れない。


「あ、ああ……みんな、ごめん……」


僕は、画面に表示されている@ちゃんねるのカキコミをもう一度だけ横目で見てから、ブラウザを閉じた。

 



「だから、今朝、警告したんですよ。@ちゃんねるは、しばらく見ない方がいいって」

「ん……」

「いや、ネット上に何か情報がないか探してて、つい……」


あんな、自称・情報強者のたまり場、覗くんじゃなかった。

連中は、実際は、金で雇われたプロに巧みに誘導され、踊らされているだけだというのに。


(……いや、それは以前の僕も同じだったのか)


今回の、連続猟奇殺人事件……少なくとも『回転DEAD』の前までは、僕も傍観者として、事件の謎を楽しんでいた。

それが、だんだんと事件の当事者になっていくにつれ、ネット上の情報の無責任さや無神経さ、それとは逆に、現実世界で起こる出来事の重さを、身をもって感じさせられた。

因果応報……かつて情報強者を勝手に自認していた自分への戒(いまし)めなんじゃないかとさえ、今は思う。


「もう見ちゃったんなら言っときますけどね……伊藤先輩の個人情報も出ちゃってますよ。連続殺人犯かどうかって話になってます」

「ほんの少し前は、南沢泉理のことで騒いでたくせに」

 



僕は、立ち上がると、この前取り外したマップを引っ張り出し、壁のボードに再び貼り付けた。

 

 

「え? タク?」

「どうするんです?」

「もう一度、これまでの情報をチェックして……見落としていることがないか調べてやる。そこに、真犯人につながるヒントがあるかも知れない」


結衣をあんなふうにした奴を、絶対に逃がすものか。

絶対に捜し出して、僕のこの手で──。

この手で──!


「それなら、来栖先輩も呼んできましょうか?」

「いや、あいつは生徒会の仕事に専念するって言ってた。なんでもいいから、忙しく働いていたいって。そうしてないと……結衣のことを思い出してしまうからって」

「……そう、ですか」

 



有村は、なぜか一瞬、不審そうな顔をした。

彼女のその表情の意味が分かるのは、まだ少し後のことで……この時の僕は、特に気に留めることなく話を続けた。

 



「最初の事件『こっちみんな』と、二番目の事件『音漏れたん』については、僕は直接関わっていない。だから保留にしておくとして」

 



「3番目の事件『回転DEAD』ここからが本題だ」

「私と初めて会ったのも、この時でしたね」

「ああ。で、あの事件で何か見落としがなかったか、ずっと考えてたんだけど……。それほど重要じゃないと思って、放っておいたことがあったんだ。覚えてないか、尾上?」

「え? なぁに?」

 



『ラブホテルの中を学園の制服で歩いていたのに警察に補導されなかった』


「そう。僕と尾上はラブホの中を、この制服で歩いてたんだ。普通なら補導されるだろ?」

「ん……」

「確かにそうですね」

「尾上がとっさにカップルのふりをしたから、ごまかせたと思ったけど……よく考えれば、やっぱり変だ。碧朋の制服は目立つ。警官が気づかないはずないんだ。なのに、僕らはそのままスルーされた。あの時、違和感を覚えたんだよ」

「ん~。タクは、考え過ぎだと思うけど……」

 



『警官が真犯人に[思考誘導]されていた可能性あり』


「いや。今思えば、あの警官……犯人に『思考誘導』されてたんじゃないだろうか」

「思考誘導? 何のために、です?」

「僕らを、有村たちのいる殺人現場へ導くため、とか」

「だから、なぜそんな必要が?」

「それは……まだ分からない。後でもう一度、考えてみる」

 



『真犯人は宮代拓留に殺害現場を見せるのが目的だった?』


無残な殺害現場を僕に見せ、有村と出会わせることが、真犯人の目的だとしたら……そこには、どんな理由があるというんだろう?

 



「その次の事件では、この学園でネット記者の渡部が殺された。この事件にも、見逃しているポイントがある。あの時は、それほど不思議だと思ってなかったけど……よく考えると、なんかおかしい」

「おかしいって、なにが?」

「あの時、すでに渡部は有名なネット記者だった。それに比べて……まぁ、こんなことは言いたくないけど……うちは、有名でもなんでもない、ただの高校の新聞部だろ。なのに、渡部の方から、僕らとのディスカッションを申し込んで来たんだ」

「えと、それって……宮代先輩たちの方が力士シールについての情報が早くて……で、ネットでパクリだって騒がれた渡部さんが慌てて、ごまかしに来たんじゃないんですか?」

「うん、そうだったよね」

「ほらな? やっぱり変だ」

「う? なんで?」

「有村や尾上は、それほどヘビーなネットユーザーじゃないよな?」

「ええ、まぁ」

「普通、かなぁ」

「そんな2人でさえ、今みたいに思ったんだろう? 『渡部が、自分のパクリをごまかしに来た』って。つまり、僕らと対談なんかしても、渡部の意図はみえみえで……余計に炎上するだけだと思うんだ。メリットなんか、どこにもないだろう?」

「ああ、確かに……」

「その程度のこと、ネット記者としてやってきた渡部に、計算できないはずがない」


彼くらい姑息な記者なら、ネット民がさらに興味を持つような『より新鮮な情報』を矢継ぎ早やに提供して、話題をそらしていくことだって出来る。

常に新しいネタに飢えている多くのネット民にしてみれば、強烈な情報を次々に与えてもらっていれば、いつの間にか、パクリ疑惑なんか忘れてしまうものだ。

 



「うー? じゃあ、どういうことなの、タク?」

「これは、僕の考えなんだけど──」

 



『渡部は文化祭前からすでに思考誘導を受けていて正常な判断が出来なかった』


「そう。渡部自身すら気づいてなかったかも知れないけど……僕らに対談を申し込むよう、思考を誘導されてたんじゃないかと思う。そして、みんなの注目を集めた所で……殺された」

「でも、宮代先輩? ラブホの件もそうですけど、やっぱり動機が分かりません。犯人は、何がしたかったんです?」

「……。動機、か」


確かに有村の言う通りだ。

犯人にとって、渡部にそんなことさせる意味なんてあるのか?

その裏に隠された意図はなんだ?


「分かった。この事件についても、もう少し考えてみる」

 



『渡部は操られて新聞部に対談を申し込んだのか?』


僕は、渡部に関して、一応メモを貼りつけた。


「ちなみに、渡部の体内から出て来たシールは、みんなニセモノの力士シールだったことが分かってる」

「どうして本物を使わなかったのかなぁ?」

「それは、たぶん、犯人も能力者だからだろう」


能力者にとって、本物の力士シール、すなわち『11番目のロールシャッハ』画像は、精神を侵食する恐ろしいものだ。

渡部を殺すために本物の力士シールを使おうとすれば、犯人も、かなりの危険をおかすことになるだろう。


「犯行現場で、犯人自身が誤って精神汚染を受けたりすれば、僕や有村と同じように身動きが取れなくなってしまう。そうなったら逃げることが出来なくなるからな」

「確かにあのシールを見ると、タク、ひどいことになるもんね……」


それを聞いて、有村も顔をしかめながら何度もうなずいた。

 



「本当に嫌ですよね、あれ。なんていうのか……悪夢みたいな妄想がどんどん心の中に広がってきて、そのうち、それが妄想なのか現実なのか分かんなくなって……」

「そうだな。──あの夜のこと覚えてるか、有村?」

「あの夜?」

 



「僕と有村が、パイロキネシスト……杯田理子に襲われた時のことだ。あの夜は、尾上もいたよな? 確か、お前が僕のトレーラーハウスに来て──」

「のんちゃんの話を聞いてあげてって、お願いした時だよね? でも、私、タクにそれだけ伝えて、ウチに帰っちゃったからなぁ。その後のことは……」

「そうか……。でも、家への帰り道、何かに気づかなかったか?」

「う? 何かって?」

 



『公園や街中の力士シールの数がいきなり増えていた』
『それらのシールは本物ばかりだった』


「確かに。なんかあっちこっちベタベタ貼ってあったね」

「ああ。僕は、来栖に会おうと思って、青葉寮へ向かったんだ。ところが、公園や街中の力士シールの数がいきなり増えてた。しかも、本物のシール……『11番目のロールシャッハ』が。そのせいで、僕は精神を完全に侵食されそうになった」

 

 


「ひっ……!」


あの時の恐怖を思い出してしまったらしく、有村が小さな悲鳴を上げて、自分の肩を抱きしめた。


「……あ、あの時期は、いろんなテレビ番組やネットで、力士シールが話題になってたんですよ。そのせいで、どんな恐ろしいものか知らない馬鹿な連中が、面白がって貼りまくってたんです。迷惑な話です」

「いや……よく考えてみると、ネットやテレビのせいじゃないような気がするんだ」

「え……?」

「……?」

「どういうことー?」


首をかしげる有村たちに向かい、僕は、自分自身にも確認するようにしながら、言葉を繋いでいく。


「あの夜もそうだけど……僕は、ネットニュースやテレビが力士シールを話題にするたびに、ずっとチェックをしてきた。でも、ニュースで扱っているのはどれもニセのシールばかりだったんだ。本物の力士シール……『11番目のロールシャッハ』画像は、ほとんど見たことがない」

「……?」

「つまり、テレビやネットのシールを真似て喜んでるような連中は、実は、『本物』がどんなデザインなのか知らないんだよ。そんな連中の作ったシールなんて、いくら大量に貼ってあっても、怖くもなんともないだろ?」

「じゃあ……どうしてあの夜は……?」


「おそらく……真犯人がやったんだ。自分も精神汚染されるかも知れないのに、そのリスクをおかしてまで、本物のシールを貼って回った。その目的は、おそらく──」

 

 

「あの夜、僕らはひたすらシールから逃げ回って……」

「……行き着いた先に、あの杯田理子って人が現れた。なるほど、そうですね」



 

『真犯人は力士シールを使って僕らを杯田理子の元へ誘導した』


「つまり犯人は、シールを使って、杯田理子が待ち受けている場所へ僕らを誘導したんだ。そして、杯田理子は僕らを襲ってきた……」

「でも……考えてみると、あの人も伊藤先輩と同じだったんですね。思考を操られて、犯人役をやらされただけ……」

「かわいそう、だね……」

「ああ……。僕らは真犯人に完全にはめられて、彼女を『南沢泉理』だと思い込んでしまった」


そのために犯人は、『ニセの証拠』まで用意するほどの周到さだった。


「証拠……か。僕たちが、杯田理子を南沢泉理だと完全に信じ込んでしまったのは……」

 



『杯田理子が[南沢泉理]のIDカードを持っていたから』

 
「『南沢泉理のIDカード』あれには完全に騙された」

「でも、なんで彼女が、あのカードを持ってたんでしょうね?」

「その理由が全く分からない。完全に謎のままだ」

 

 

『杯田理子はそれをどこで手に入れたのか?』



 

「思うんですけど……やっぱり本物の南沢泉理が生きてて、杯田理子に罪をかぶせようとしたんじゃ?」

「でも来栖は、そんなことありえないって、ずっと言ってる」

「来栖先輩は、南沢泉理をかばってるだけだと思います。下手をすれば、その……共犯かも知れませんよ」

「ちょっ、お前! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」


僕は、思わず有村に詰め寄りそうになった。

来栖が犯人と共謀して、結衣をあんなふうにしたって言うのか!? と。

 



が、香月が僕の袖をぎゅっと握って、それを止めてくれた。


「ん-ん……」


落ち着けと言うように、首を横に振る。

 



「タク。怒鳴らないで……怖いよ」

「あ。ああ……悪い。有村も、すまなかった」

「いえ……こっちこそ、軽はずみでした。……でも、宮代先輩? 疑うのであれば、全てを疑ってみるべきです。以前、来栖先輩が私の前で嘘をついたの、覚えてますよね?」

「………」


……そう、だった。

来栖は、『南沢泉理は死んだ』と頑(かたく)なに言い張っている。

でも実際には、彼女が死んだところを、その目で見ていない。


「もちろん、私やせり、華も例外じゃないですよ」

「ええ?」

「ん-?」

「そんなこと言い出したら、誰も信用できないじゃないか」

「伊藤先輩の事件を考えれば、そのくらい用心した方がいい……という話です」

「………」

 



「私、けっこう好きだったんですよ、伊藤先輩。もちろんラブとかじゃないですけど……あんなに言葉が真っ直ぐで、裏表がなくて……。たとえ嘘をついてもバレバレで……その嘘だって、誰かを傷つけるような悪い嘘じゃなかったし……。すごくいい人だなって感じてました。だから……だから……今、初めて思ってます。自分の『能力』を、もっとちゃんと使えばよかった、って」



 

「有村……」

「ひなちゃん……」

「これまで、私、ずっと後悔してたんです。こんな能力が欲しいなんて思ってしまったこと。結局、人の言葉の裏表なんて、知らない方が幸せだったから……。でも……今は、もっと後悔してます。私が『能力』をちゃんと活かしていれば、たぶん、伊藤先輩の言葉がどこかおかしいことに気づくことが出来たはずです。そうしたら、結衣さんだって、あんなことには……」


有村が、ひどく哀しそうな目をして言った。


「……。いや、違う。有村のせいじゃない」


僕は、ふうっと小さな息をひとつ吐いて、マップのそばから離れた。

 



「そろそろ昼休みも終わりだ、このくらいにしとこう。あと、しばらく新聞部の活動は休止にする。和久井先生にそう言われてるし……放課後も集まらなくていいから」

「……そっか……」

「仕方ないですね……」

「ん……」

「あ、でも、香月は別に、エンスーとかプレイしに来ても構わないからな。部室の鍵は、いつでも開けとく」

「んーん」


僕は、あえて笑ってみせたが、香月は静かに目を伏せて『NO』という意思を示しただけだった。


…………。


……。

 

 

 

 

 

晩秋の太陽は、やはり沈むのが速い。



 

昼間宣言した通り、放課後に新聞部の部活はなく……ほんの少しだけ世莉架と雑談を交わしただけで、真っ直ぐ青葉寮(いえ)へと向かった。


……。

 

 

それでも、あたりはすでに薄暗く、街灯の作り出す影の中に襲撃者が潜んでいるのではないかと、つい想像してしまう。

けれど、僕の中にあるのは、以前のような恐怖だけではなかった。

むろん、正体すらわからない殺人者は怖い。

自分の身体が猟奇的な手段によって凌辱され、苦痛とともに命を奪われるのだって恐ろしい。

でも、そんな恐怖を塗りつぶすくらいに真っ黒な憤怒の感情が、鎌首を持ち上げてくるのもまた感じていた。



 

(ヨクも……よくモ結衣を……アんな姿ニ、シテくれタナ……XXス。必ず、貴様ヲ捜し出シて、XXシテやる)


そんな気持ちが、ドロドロと僕の中にわだかまっていく。


……。



 

男性記者「ああ、キミ、宮代拓留君だね!? 悪いけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな!?」

男性記者「キミが第一発見者なんだよね!? 最初に見た時、どんな気持ちだった!?」


青葉寮のまわりには、相変わらずマスコミ連中が張り付いていて離れない。

いや、結衣の事件があったせいで、前よりもその数がどっと増えた。

 

 

 

しかも、僕らが哀れな被害者になった途端、正義の代弁者にでもなったつもりなのか……遠慮というものが全くなくなった。


男性記者「犯人はキミの親友だってウワサだけど、本当なの!? すごいショックだよね!? どうやって謝罪して欲しい!?」

男性記者「友達はなんでこんなことしたと思う!? 何か悩んでいたとか、心当たりはないかな!?」

 


「うるさいっ! お前ら全員、結衣と同じにしてやろうかっ!」


──ッ!!


──ッ!!


僕のことを照らしていた取材陣のライトが、いくつも同時に砕け散った。


「わぁっ!?」
「うわぁっ!」
「ひぃぃっ!?」

 



その瞬間、ハッと我に返る。

自分の中の獰猛な衝動と、視界の隅に出現しているディソードの不気味な光に驚いて。


(今日はまだ11月2日。問題の日は明後日だ……それまでは大丈夫。何も起こらない……何も)

 

 

まるで呪文かなにかのように唱えながら、マスコミを振り切って、僕は青葉寮(いえ)へと飛び込んだ。


……。

 

 

「ただいま」


気持ちを落ち着けようとしながら、何もなかったかのように、キッチンに声をかける。

怒鳴り声を聞かれたりすると、病室で寝ている結人が怖がるからだ。


「あ、おかえりなさい。……た、拓留さん」


キッチンから、山添──じゃなくって、うきの小さな姿がちょこんと覗いた。

まだお互い、名前で呼び合うのに慣れていないので、ほんの少し会話がぎこちない。

 



「晩ごはん、もうすぐ出来ますから」
「ありがとう」


僕たちは……父さん含めて全員……ほとんど食欲はなかったけれど、彼女はけなげにも、毎食、きちんと作ってくれていた。

そうすることで、おそらく彼女なりに、悲しみに押しつぶされないようにしているんだと思う。


「父さんと来栖は?」

「先生は……警察、です。結衣さんのことで……」

「……そっか」

「乃々さんは、診察室で結人くんの看病を」

「うん。……なぁ、うき?」

「はい?」

「今日は、まだいいけど……明後日……11月4日は、そうやって1人になっちゃ絶対にダメだ。みんなと一緒にいること。あと、誰に誘われても、絶対に外へ出ないこと、いいな?」
「えっと、それは拓留さんでも、ですか?」
「………ああ、そうだ。誰も信用しちゃだめだ」


さっきの有村の言葉を思い出し、少しだけ胸がチクリと痛む。

うきは、僕の言ったことを咀嚼するように、しばらく口の中でくり返していたが、やがて『はい』と小さな返事をしてきた。

 



「ちょっと結人の様子を見てくる」
「じゃあ、乃々さんにもご飯だって伝えて下さい。結人くんのお世話は、私が交代しますから」
「分かった」


僕は、寮のダイニングを出ると、医院へ続く階段をそっと降りていった。


……。

 



診察室のドアをそっと開けると、ベッドの上で結人がぼんやり天井を見つめていた。

事件直後よりは感情を表すようになり、話しかけると返事もするようになってきた。ただ、強い向精神薬を使っているらしく、ほとんどの場合、眠っているか、こうしてぼうっとしていることが多い。


「結人?」
「……あ、おかえりなさい」
「どうだ、具合は?」
「う、ん。良くなったよ。もう平気」

 



僕に心配をかけまいと思ったのだろう、結人は無理に笑顔を作った。

が、表情を作る筋肉がまだ思い通りにならないらしく、その笑顔はまるで泣き顔のように見えた。


「ん? 来栖は?」


見回したが、ベッドのそばに来栖の姿がない。

 



「あっち。今、眠ってるから、そっとしておいてあげて」

 



父さんがいつも電子カルテなどを作っているPCのデスクに、彼女がいるのを見つけた。

長い髪に埋もれるようにして突っ伏し、柔らかなリズムで寝息を立てている。

PCは起動しっぱなしで、そんな彼女の髪をキラキラと輝かせていた。どうやら、何かの作業中に眠ってしまったらしい。



「乃々姉ちゃん、あんまり寝てないみたいなんだ。僕の世話だけじゃなくて、生徒会のお仕事とか、いっぱいあるみたいで……ずっとパソコンに向かってるし……。僕なら、もう大丈夫って言ってるのに」
「大丈夫かどうか、診断するのは父さんだろ」
「そ、そうだけど……」
「お前はあんまり難しいこと考えるなよ。早く元気になれって」


僕らは2人とも、決して結衣のことには触れない。

それが出来るようになるのは、たぶん、結人がもっとずっと大人になってからだろう。

僕は結人の肩をポンとひとつ叩くと、隣のベッドにあった毛布を手にして、来栖の所へそっと足を運んだ。

いくらヒーターが利いているとはいえ、こんな所で居眠りしていたら風邪をひいてしまうと思ったからだった。

 



が──。


「……っ!?」


来栖の前のPCの画面を見て、僕は言葉を失った。

そこには、『ニュージェネの狂気の再来』事件を扱ったまとめサイトがいくつも表示されていた。

 



しかも、それらの一番手前には、例の『こっちみんな』の動画

被害者が自身の手を切り刻んでいたことに気づき、血の涙と泡を吹きながら失神するあたりで、一時停止されていた。

 



突っ伏している来栖の手元にはまだ新しいメモ帳が置いてあって、そこには几帳面な字で、びっしりと色々なことが記されている。

それは、事件の発生場所や時刻、被害者の情報など、これまで僕が部室でマッピングをしてきたデータと重複するものも多かったが、中には来栖らしい鋭い視点のものも含まれていた。

たとえば──


『第2の事件。被害者はなぜ最期の路上ライブなのに化粧をちゃんとしていなかったのか? →『思考誘導』をしている犯人は男性? 女性が化粧をすることまで気が回らなかった?』

『泉理のIDカードについて→彼女の形見として慰霊碑の下に埋めたことは、私しか知らない→犯人が私の心を読んで掘り出したとしか考えられない? →犯人に『思考盗撮者』がいる』
『→ということは、犯人は『思考誘導者』と『思考盗撮者』の2人組? 拓留の『犯人複数説』とも一致』


──そういったことが、何ページにも渡って、事細かにメモされていた。


(この短時間で、よくこれだけ……。でも、何のために?)

 

 

「う、ううん?」

「あ……」

 


僕がじっと見つめていたせいで、その気配を感じたのか、彼女が身じろぎをした。

切れ長の目がゆっくりと開いて、幾度かまばたきをする。

そして、頭をもたげると、僕の方を見た。


「んん……? ああ、なんだ、拓留か。おかえりなさい……」
「た、ただいま。えと……ほら、毛布。風邪ひくぞ」
「やだ。私、居眠りしちゃってたのね。ありが──」


そこまで言いかけた来栖は、自分のミスに気付いてハッという顔をした。

慌ててPCのモニターに手を伸ばし、電源スイッチを切ろうとした来栖の手を無理やり取った。


「………」
「………」
「あの、ね、拓留……これは……」


手をつかんだまま、来栖に問いただす。

 



「……いったいなんなの、拓留?」
「それはこっちのセリフだ。さっきのアレが、生徒会の仕事だっていうのか?」


来栖が少したじろぐ。

それは、いつもの僕たちとは全く逆の構図だった。

 



「そうだけど?」
「そんなわけあるかよ」
「い、痛いから……いい加減、手、放して」


それでも僕は手を握ったまま、しばらくの間、来栖のことを睨み続けていた。

来栖も、最初こそ動揺していたものの、やがて、持ち前の勝気な部分が戻ってきて、睨み返してくる。


「………」
「………」


どのくらい、そうしていただろう……先に根負けしたのは、意外にも来栖のほうだった。

僕が掴んでいる手の上に、もう片方の手を静かに添えると、


「……ごめん、なさい。だから放して……」


僕はようやく力を緩めると、やや乱暴に来栖の手を自由にした。

 



「なんで、1人であんなことしてんだよ?」
「………」
「まさか……自分1人だけで真犯人を捜そうなんて思ってないよな? 誰も巻き込まれないように、とか」
「そ、それは……」
「僕が同じようなことをしたら怒るくせに……自分はいいのかよ……」
「………」
「自分は……いいのかよっ?」
「……っ」
「もしも、犯人に目をつけらえて……。結衣みたいにされたら、どうするんだ? そんなの……冗談じゃないっ」
「拓留……」


僕が吐き捨てるように言うと、来栖は長いまつ毛を揺らしながら、少しの間じっと黙り込む。

それから、何かを迷うように言葉を選びつつ、静かに話し始めた。

 



「……前に拓留が……言ってたでしょう? 『事件が、自分のことを追いかけて来てるみたいだ』って……」
「……ああ」
「私も………そうなの」
「……?」
「この事件に泉理が関わってるって知った時から……私はいつも、彼女に追われてる」
「え?」


泉理って……南沢泉理?

彼女が来栖を追ってるって……どういう意味だ?

彼女は渋谷地震で死んだって、言ってたじゃないか。

やっぱりあれは嘘で……しかも、僕じゃなくて、来栖を狙ってるとでも言うのか?

混乱した僕の思いが伝わったのだろう、来栖は『ううん』と、静かにそれを否定した。

 



「泉理は地震で死んだわ。それは間違いない。私を追いかけて来るのは……なんて言ったらいいのかな……彼女の、"亡霊"なの」
「……あ?」


来栖がいきなり言い出したワードが理解できず、僕は口をぽかんと開いた。よりにもよって"亡霊"なんて非科学的なことを、彼女が口にするとは思っていなかったからだ。


「な、なんだよ、それ? 意味が分からない」
「……ごめんなさい。今はまだ、これしか言えないの。話す勇気が……出ないから……」


来栖が、切なそうに顔をゆがめる。


「……そうか。来栖には……まだたくさん、僕に言えないことがあるんだな……」


しまった! と思った時には遅かった。

胸の奥の"あの痛み"がふいに蘇って来て、つい口を滑らせてしまった。

来栖に向かって、もう絶対に言わないようにしようと決めていた言葉だったのに──。

案の定、それを聞いた彼女は切なげな表情のまま、きゅっと唇をかみしめてしまった。

 



「……く、来栖、違うんだ。今のは本心じゃない」
「けど……」
「前にも言っただろ? 今の僕は、もう、昔とは違うって……。それに、僕は、ちゃんと今、青葉寮(ここ)にいるじゃないか。まだ怒ってたり、嫌ってたりしたら、戻って来るはずがない」
「………」


来栖はベッドに疲れたように座り込んだ。

気づけば結人はベッドから抜け出していた。

……そりゃそうか、そろそろ食事の時間だし、何より気を遣わせてしまったんだろう……。

それから、長い長い沈黙があった。

僕も来栖も、どちらも口を開かず、それぞれ別の場所をじっと見つめていた。

やがて、来栖がポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。


「いつか……」
「……うん?」
「いつか、拓留にだけは……私が言えないでいること、何もかも全部、話したいと思ってる。そのせいで、また嫌われちゃうかも知れないけど……それでも構わない。その時は、ちゃんと最後まで聞いてくれる?」
「……ああ」
「ありがとう」


彼女は、ようやくその顔に笑みを浮かべた。


──ひどく弱々しく、今にも消えてしまいそうな笑みを。

 



「ねぇ、拓留?」
「ん?」
「覚えてる? 地震の後、昏睡から目を覚ました日のこと」
「……あの時は、頭がぼーっとしてて、あんまり……。でも、最初に見たのが来栖の泣き顔だったことだけは、はっきり覚えてるよ」
「そう……」
「今考えると、不思議だな。お前、なんで泣いてたんだ?」
「嬉しかったからよ。目を覚ましてくれて」
「どうして? あの時の僕と来栖は……その……まだ赤の他人だったろ」
「拓留はそうだったかも知れないけど……私は拓留のこと、一年以上、ずっと面倒見てきたのよ? 私にとっては、大切な家族の一員になってたもの」
「………」


来栖は、相変わらず弱々しい笑みをたたえたまま、


「だからお姉ちゃんは、拓留のことなら、なんでも知ってるのよ。恥ずかしくて他の女の子には言えないようなことまで、全部ね」
「やめろよ。そういうこと言うのはナシって約束だろ」
「ふふ……そうだったわね。ごめん、もう言わない」


それからまた、僕らの間に長い空白の時があった。

2人とも、いつの間にか遠い過去の記憶にとらわれて、時間というものの存在を忘れてしまったかのようだった。


──「あの……?」


僕ら2人の間の時間が、それで再び動き出す。

 



「あっ、そっか。晩ごはん、ほったらかしだった。悪い」

「いえ、すぐに温め直しますから」

「ごめんね、うきちゃん」


うきは、僕と来栖の間の空気を知ってか知らずか、それ以上は何も言わずに、寮へと上がって行った。


「拓留、先に行ってて」
「分かった。──あ、来栖?」


ベッドから立ち上がって寮へ向かおうとする来栖を、僕は思わず呼び止めていた。


「うん? なぁに?」


振り向いた拍子に、栗色の柔らかな髪がフワリと舞う。


「……僕……僕はさ……」


彼女の、美しい色をたたえた瞳をじっと見つめながら、僕は、ようやく『それ』を言うことが出来た。


「もう、"家族"の誰も失いたくないんだ」


僕が、来栖を指して『家族』という言葉を使ったのは、いったいいつ以来だろう?

彼女の目が一瞬、見開かれ……そしてゆっくりと、濡れたような光を帯び始めた。


「拓、留……」
「だから、本当に頼む。やめてくれ。1人で犯人捜しなんて、危険なこと……。もしもお前まで、あんなことに……結衣みたいなことになったら……」
「………」
「あ、あれ? 情けないな……泣くなよ、僕は……情けないな……」
「………。分かった、もう、しない。だから、お願い……拓留も約束して? 私を残して、行ってしまわないって……私を置いて、消えてしまわないって……」
「………ああ」
「私、耐えられない。こんなに悲しいの……耐えきれない」

 



それはきっと、無意識にしたことだろう。

僕のそばまで駆け戻ってくると、彼女は胸に顔をうずめてきた。

決して僕を離すまいとするかのように、背中に手を回して。


「……っ。……」


僕の胸の中で、彼女の嗚咽はいつまでも続いていた。

微かな声で『結衣……結衣……』と言いながら。


「……来栖……」


今まで、僕の中でずっとわだかまりのあった、家族という名の関係。

そんなものは自分には必要ないと思っていた、鬱陶しいだけの重い枷(かせ)。


(でも……そうじゃなかった……)


僕にとって、父さんの来栖や結衣、結人、そして新しく加わったうきたち青葉寮のみんなは──

間違いなく『家族』だったんだ。

そう思った瞬間、自分の中に、結衣を失った実感が堰(せき)を切ったように押し寄せてきて……。

来栖の華奢な身体をきつく抱きしめると、そのまま僕も、みっともないくらいボロボロと涙を落とし続けた。


……。