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第11章
彼の戦い
-Takuru Miyashiro-
「…………っ」
こみ上げてくる吐き気が、たまらなく嫌な汗を噴き出させた。
……なんだよ。なんだっていうんだよ……
さっきから同じ質問だけが、僕の頭の中を回り続けていた。
「立てるか?」
世莉架が、ゆっくりと手を差し出してきた。
「…………」
口調は違うけれども、あの、見慣れた世莉架だ。
「あ、ああ……」
僕はいつもそうしてきたように、その手をつかんで立ち上がろうと──
──!
「……っ!」
反射的に、その手を振り払った。
違う。……違う! そうじゃないだろ……!?
一度に色々なことが起こって混乱している頭が、カッと熱くなってくるのがわかった。
大切な人の死の光景が蘇ってきて、"怒り"がかろうじて僕を支えた。
1人で立ち上がると、世莉架を睨め付ける。
吐き気はいつの間にか引いていた。
(そうだ。こいつは、乃々を……!)
「…………」
世莉架は、振り払われた手を抱いて、僕を見つめ返して来た。
……なんだよ、その顔は?
まるで、傷ついているみたいに──
「他に取る手段がなかった。来栖乃々には、正体を感づかれてしまったから」
「……な、に?」
「私は、"私のままで"お前を生存させ続けなければいけなかった。そのためには、彼女が邪魔だった」
「!」
──!
不意に、世莉架の身体がわずかに浮いて、近くの壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
意識する間もなかった。
気づけば能力(ちから)を発動していた。
(ふざけんなよ。お前と、乃々は……)
「友人ではない。私には、友人など一人もいない」
「……!」
こいつ、僕の考えてること──
「それが私の能力だ。私は、この能力でお前を護り続けてきた。お前に生み出されてから、ずっとだ」
護って来た? 嘘つけよ!
「嘘ではない」
「だから、嘘はやめろ!」
「………」
……なんだ、よ……?
なに、笑ってんだ?
「……相変わらずだ。自分にとって望まない情報が出て来ると、まず"逃避"から入るんだな?」
「っ!」
「幼い頃から、変わっていない」
……やめろ。
「私を生み出したときもそうだった」
やめろよ……!
「私は、お前に生み出された存在。そして──お前を生き延びさせること……それ以外は、私にとって二の次なんだ」
──「おい……くだらない思い出話なら、死んでからやれ」
低くて獰猛な声が、した。
久野里さんだった。
──!
おもむろに世莉架に近づいたかと思うと、首を絞めるようにつかみ上げ、壁に叩きつける。
「くっ!」
「文句はないよな?」
「う……くっ……」
世莉架の喉から、ミシミシという嫌な音が聞こえ始めた。
呼吸が出来ないのか、世莉架が口を開いてあえぐ。
「お前たち委員会の、その理屈じゃ、二の次の奴には何をしても構わないんだろ?」
──「やめなさい、澪ちゃんっ!」
「黙れ。私はこいつを──」
「らしくないな。思考が滅茶苦茶だ。まるで、頭の中が沸騰しているようだぞ」
「なに……」
「私は、委員会に協力していたが……属してはいない。お前のアメリカ時代の件とは無関係だ」
「……っ! 勝手に私の心を読むなっ」
──!
久野里さんの手が、世莉架の喉をさらに食い込んだ。
「くっ……。何を言っている? お前が"考える"から、私に伝わってしまうんだ」
「………」
「まぁ、考えるなと言っても無理か。"白熊効果"を直に感じたのは初めてだな」
「お前……」
「別に馬鹿にしているわけじゃない。手を離してくれないか」
「…………」
「目的は、話をすることだと言っただろう。……ああ、望むなら"委員会"の情報も、知っているだけ話してやる。有村がいれば、本当のことかどうか、分かるだろう?」
「…………」
世莉架が、視線で有村を指す。
有村は、それに気圧されるようにわずかに身を引いて、2人を見た。
「……………っ」
──!
久野里さんが、乱暴に手を放した。
その手は震えていて、世莉架の首には生々しい指の痕が残っていた。
「はぁっ……はぁはぁはぁ……」
「ふぅーっ」
久野里さんは気持ちを押さえつけるように、長く息を吐いたあと、
「今回の事件を含めて、こちらが訊いたことに関して全て話せ。自分で言った通り、有村がいる以上、嘘をついても無駄だ」
「ああ」
「それから──今のように私の思考を読んで会話をするな。頭の中が能力者に覗かれていると思うと、吐き気がする」
「……わかった。それで構わないか?」
突然、世莉架が僕のほうを見て言った。
「………」
言葉が出なかった。
……なんで、僕に確認を求めるんだ?
「知りたいんだろう? 真実を」
「え……」
「お前は、新聞部の部室で色々な仮説を立てては、事件の全容を追っていた。確かに、いいところまで行っていたが……最後に間違えた。佐久間や組織の存在に気づくことが出来なかった」
僕は、間違えた……?
そう、間違えたんだ。一番最後の詰めを誤った。
「………」
「私が全て知っている。お前がずっと追ってきた事件の全てを」
「………」
その言葉に、腹が立った。
まるで、全て僕のために話してやる、みたいな顔をして……!
「馬鹿にするなよ……。僕はもう、事件のことなんて……」
「……なに?」
意外そうに世莉架が言葉を返して来た。
「………」
事件のことなんて、今さら聞いてどうなるんだ?
事件を追った結果、結衣も、乃々もいなくなってしまった。もう帰ってこない。
それに──
『復讐なんて絶対に考えないで。危険なことはしないで。何もかも忘れて、他の人と同じ日常を、だけど埋もれないように、強くしっかりと過ごしていって下さい』
「もう、危険なことはしない」
「……来栖乃々のせいか」
「っ!」
くそ! また考えてることを!
「心配しなくても、私が、お前を危険な目に遭わせない。むしろ、お前が危ないことをしないでくれると助かる。だが、委員会と事件のことに関してはお前も聞いておけ。今後、身を守るために必要となる。あと──」
「やめろっ!」
我慢できずに、思わず声が出た。
やめろ、世莉架!
その、僕の味方のような言い方はやめろ!
結衣や来栖を殺し、伊藤をあんなふうにしたのは──お前だろうが!
「……理屈より感情を優先するのか。それが情報強者の取るべき態度か?」
「……うるさい」
そんなことは、言われなくてもわかってる!
でも、このどうしようもない気持ちはどうなるんだ?
大人しく、お前の話を聞けるわけないだろう……!
「今だけ割り切るんだ。どうせ、もうじき決着がつく。そして──どう転ぼうと、私はお前の前に2度と姿を現さない」
「なに?」
「だから、今は割り切ってくれ。長くて24時間ほどの協力体制だ。それに……久野里澪?」
「……?」
世莉架が、つい今しがたまで自分の首を絞めていた相手を指差した。
「取引だ。お前の望みを叶えてやる。その代わり、今後、宮代拓留を預かってもらいたい」
「え……?」
「……なんだと?」
「順を追って話す。その途中で、お前の訊きたいことを訊いていい……だが、その前に座っていいか。壁に叩きつけられた時に、腹の傷が開いた……」
そう言うと、世莉架はソファーへ行って、浅く腰掛けた。
「………」
(う……?)
言われて気がついた。
……父さんは、さっき言っていた。
世莉架の腹を裂いた、とかなんとか。
その言葉通り、座る時に一瞬だけ傷を押さえた世莉架の手には、血がベッタリとついていた。
でも、不気味に感じたのは世莉架の態度だった。
傷をかばって座ったのに、痛がるそぶりもない。
まるで、そういった傷なんて日常茶飯事ででもあるかのような、どこか諦めきった目。
……今まで僕と一緒にいた世莉架とは、まるで別人の目だった。
「……佐久間にやられたということは……あいつもディソードを持っているのか?」
「質問は、佐久間のことからでいいのか?」
世莉架は、指についた血を拭きもせずにそう問い返した。
「……いや。おい、有村。こっちに来い」
「な、なんですか?」
「お前も座れ。長くなる。こいつが嘘を言ったらすぐに教えろ」
久野里さんは、有村に向かって一方的に言うと、自分は世莉架の対面に腰を下ろした。
有村は、世莉架に対する警戒の姿勢を崩さないまま、
「……はい。私も訊きたいこと、ありますから」
自分に言い聞かせるようにして、久野里さんの隣に座った。
「………」
僕は、世莉架のそばに近づきたくなかった。
結衣や乃々の死姿が脳裏にちらつき、気持ちも千々(ちぢ)に乱れていて、突発的に何をするか分からない。
結局、どうしていいか分からないまま、壁に背中を預けた。
「百瀬さん。神成さんにも聞かせたい話です。電話をして……スピーカーで繋いでおいてもらえますか」
「わかったわ」
「……それから、さっきはすみませんでした」
「なにが?」
「………」
久野里さんは、百瀬さんに会釈してから、表情を引き締め直した。
百瀬さんが電話を繋ぎ、二言三言、おそらくは神成さんに向かって何かを告げ──しばらくしてから、頷いた。
久野里さんはそれを見届けてから、静かに切り出した。
「まず、根本的なことからだ。委員会の目的はなんだ」
「分からない」
「あ?」
「分かると言えば嘘になってしまう。そもそも、私は佐久間と協力関係にあっただけだ。お前がさかんに"委員会"と呼ぶ組織のことは、知らされていないんだ。佐久間自身だって、委員会の末端組織で、ギガロマニアックスの研究をしていただけの人間だ。委員会全体のことは窺(うかが)い知れない」
「末端の組織というのは?」
「6年前、サードメルト──渋谷地震を起こした連中が属していた研究グループだ。『AH東京総合病院』の地下の研究所を管理していた」
「……っ」
──!
聞こえてきた単語に、わずかに身体が震えた。
僕にとってのトラウマだった南沢泉理という子が、拷問まがいの実験をされていた、あの場所……。
うきがずっと軟禁されて、実験の被害者たちの世話をさせられていた、あの施設……。
実は、あそこに、父さんが所属していたなんて。
「今、"渋谷地震を起こした"と言ったな? じゃあ、やっぱりあれは、人為的なものだったのか」
「人為的、というよりも、なんらかのトラブルと聞いている。詳細は極秘で、佐久間も知らされていないらしい」
「ふん……。どうやら、私の仮説は正しかったようだな」
確かにそれは、久野里さんが言っていた説とほぼ一致する内容だった。
「渋谷地震が、実験中のトラブルだとすると……委員会は、そのせいで研究そのものを放棄したのか?」
「少なくとも、佐久間はそう言っている。6年前、事故のせいで委員会は手を引き、地下の研究所も解体させられた、と。しかも委員会は、ギガロマニアックスとは違う案件に力を注ぐようになったそうだ。佐久間は、自分たちが切り捨てられたと怒っていたが……詳しくは分からない」
「ギガロマニアックス実験の被験者たちが、地下で放置されていたのもそのせいか?」
「そうだ。ハシゴを外された形の研究者たちは、山添うきをはじめとする被験者たちを持て余し、ああやって軟禁しておくしかなかった。だが、しばらく経って……イレギュラーが発生した」
世莉架は、壁際に立つ僕をチラリと見た。
「……白い光による『能力者』のことか」
「ああ」
「私はその光を、事故によって飛び散った、ギガロマニアックスの『発生因子』だと推測したが……その通りか」
「そう考えていいと思う。佐久間も、仲間の研究者たちとそういう話をしていたからな」
「仲間がいるのか?」
「いや、元の仲間、と言った方がいいな。佐久間以外は研究を諦めて、一応、堅気(カタギ)でやっている。──前に、宮代や有村が脳の検査をしに行ったクリニックの院長とかな」
「ええっ?」
「なに? じゃあ、あのクリニックで撮った、宮代たちの脳の断層写真は……」
「フェイクだ。昔のよしみで作らせたらしい」
「チッ……」
「…………」
淡々と語られていく世莉架の言葉。
そこには、僕にとって驚くような情報がたくさん含まれているにも関わらず、『驚く』という感覚そのものがどんどん麻痺していくように感じられた。
(……父さんが……本当に?)
本当に、その"組織"とやらの人間だったのか?
あの、酒呑みの父さんが……?
だらしがなくて、乃々や結衣にいつも叱られていて、……でも、実は青葉寮のみんなが頼りにしていた、あの人が……?
僕にとっては、生みの親よりもずっとずっと好きだった、あの人が……?
(なにもかも、全部……)
全部、作り物──だったのか。
青葉医院での医師としての姿も、青葉寮での父親としての姿も。
そして父さんは、自分を信じ切っていた、結衣と乃々を──
──ッ!!
「……っ!」
壁に打ちつけて手から、痛みが伝わって来た。
けれど、様々な感情が混じった気持ちが紛れることなんてなかった。
「……佐久間の目的はなんだ」
「言っただろう。イレギュラーで発生した能力者の始末だ」
「違う。本当の目的だ」
「……?」
「能力者の始末が目的なら、もっと簡単に殺せたはずだ。なのに、なぜこんな面倒なことをした? 『11番目のロールシャッハ』画像を現場に残したり、六年前と同じ日付に事件を引き起こしたり」
「…………」
そうだ。全てはその謎が始まりだった。
僕らはその謎に惹かれて、部室でみんなと一緒に考えて……。
そして僕は、真犯人の狙いが、僕と"ゲーム"だなんて勝手な結論を出して……"間違えた"。
「あれは、"委員会"へのメッセージだよ」
「……メッセージ?」
「6年前、トラブルによって発生した危険なイレギュラー……つまり、想定外のギガロマニアックスを、自分が"掃除"してやっているというアピール、とでも言おうか」
「掃除……?」
その無神経な言葉に、有村の眉根が吊り上った。
僕もカッとなり、思わず能力が出てしまいそうになる。
──ッ!!
(ふざけんなっ! 結衣をあんなふうに殺したのは、"掃除"だったって言うのか!?)
僕の気持ちを察したのか、百瀬さんがそっとそばに来て、『今は抑えて』とささやいた。
その静かな声音に、怒りをかろうじて納める。
「……想定外のギガロマニアックスというと、大谷や高柳、柿田、渡部、あるいは……こいつらのことだな?」
久野里さんが、有村や僕のことを指差す。
世莉架は無言でうなずいた。
「そうだ。佐久間は末端の組織の人間で、委員会と直接コンタクトする手段がない。だから、委員会が注目するような形で、事件を起こしていったんだ。さらに、『11番目のロールシャッハ』画像、つまり、本物の力士シールも、委員会にとって見過ごせないファクターだと佐久間は考えた。あれは、6年前の計画破棄とともに、データごと全て消去された。当然、1枚たりとも残っていてはいけないものだ。ところが、そんなトップシークレットが、よりにもよって事件に使われ、ニュースで公開されたら……委員会だって放置は出来ないだろう。必ず佐久間に接触してくる。それが狙いだった」
「……データごと消去されたのなら、佐久間はどうやってあの画像を手に入れたんだ?」
「"ある場所"に画像が保存されていたんだ。委員会の想像もつかないような場所にな。それを取り出すことに、佐久間は成功した」
「というと……」
「"脳の中"だよ。地下で実験を受けていた被験者の。山添うきが連れていた老人を覚えているか?」
「あ……」
有村が声を上げると同時に、僕も思い出していた。
あの、盲目の老人……。
「むろん、あの老人だけでは何の役にも立たない。でも、非常に珍しい能力を持ったギガロマニアックス……山添うきとの組み合わせを発見した時、佐久間は狂喜していたよ」
「……山添の能力は、他人の妄想を現実化(リアルブート)してしまう。それを使ったんだな?」
「そうだ。あの画像にとり憑かれていた老人は、食事を求めるように画像を求め……それを山添が現実化(リアルブート)するようになった」
「そうして、『11番目のロールシャッハ』画像は、渋谷の至る所に出現し……佐久間はそれを回収して、犯行に使った。ここまでやれば、委員会が動かないはずがない」
「佐久間は委員会と接触することで、何を望んだんだ?」
「自分が中心となった、ギガロマニアックス研究の再開」
「………」
たった……?
たった、それだけのために?
そんなことのためだけに?
「で、実際にあったのか? 委員会からの接触は?」
「そのようだ。委員会は、研究再開の条件として、今回の事件の収拾をつけるよう、佐久間に命じた。そこでヤツは、私との約束を反故(ほご)にし、宮代に全ての罪をかぶせて、事件の終息をはかろうとしている」
淡々と話ししていた世莉架が、初めて口元を忌々しそうに歪めた。
「……結局、佐久間に裏切られたわけか。何故、佐久間はこいつを犯人に仕立て上げようとしている?」
久野里さんが、僕の方を指差しながら言った。
「本来であれば、事件は『南沢泉理』が犯人となって決着するはずだったんだ。自殺という形でな」
「え……」
いきなり出て来た南沢泉理の名前に、虚をつかれた。
「といっても実際は、お前たちも知っての通り、杯田理子という別人だが」
「…………」
「宮代拓留。お前は、ずっと南沢泉理が生きていて、自分に復讐しようとしているのではないかと怯えていたが……それは杞憂だ」
「……?」
「本当の南沢泉理は、この世にはいない。確かに死んだんだ。そもそもあいつは、お前を恨んでなどいなかったしな」
「お、お前……南沢泉理のこと、知ってたのか?」
「直接は知らない。が、来栖乃々の思考を読んだ」
「……また思考盗撮か……たいした芸だ……」
「皮肉はいい。……とにかく佐久間は、全ての事件の後、杯田理子を南沢泉理ということにして自殺させ、事件の幕引きにするつもりだった。だが、その計画は上手くいかなかった。さすがは宮代拓留だ、とほめておくが……お前たちは、こちらが思っているよりもずっと早く事件の裏に気づき、すぐに行動を起こした。そのせいで、殺す予定だった能力者が殺せなくなり……順番が狂ったんだ」
そう言った世莉架は、一瞬だけ僕の方を見て、目をそらした。
「くっ……!」
たぶん……うきだ。
あんな子まで、手にかけようとするなんて……。
僕は、世莉架の横顔を思い切り睨め付けた。
「……それで仕方なく、杯田理子を先に殺したのか?」
「そうだ。『ニュージェネの狂気の再来』事件を途切れさせるわけにいかなかったからな」
殺人について躊躇なく語る世莉架に対して、とにかく嫌悪感だけが湧き上がってくる。
やっぱりこいつは……僕のよく知ってる世莉架ではありえない。
「それで……最終的に宮代拓留を犯人に仕立て上げようとしている理由は、なんだ?」
「実はよく分からない……が、委員会の指示かも知れない」
「え……?」
"委員会"なんて、僕は全く知らない。
なのに、どうしてそんな?
「覚えていないか? 宮代自身が、以前、疑問に思っていたことだぞ」
「……? な、なんのことだよ?」
「能力者は、1人で1つの能力しか持てないのか、という疑問があったろう」
「あ……」
確かに……。
新聞部の部室でみんなと話した時、そういう話が出た。
あの時は、結局、結論が出ず……そのままにしてしまった。
「お前は、私という存在を現実化した。これだけでも大した能力だが……その後、さらに別の能力まで使えるようになっている。渋谷地震で発生した『白い光』それを浴びた者の中には、こんな例は存在しない。そうだな、久野里?」
「……ああ。今のところ、データ上は皆無だ」
「だが、佐久間によれば……かつて佐久間たちの組織が研究していたギガロマニアックスというのは、"そういうもの"だったそうだ」
「なに?」
「念動(サイコキネシス)だの、思考盗撮(テレパス)だの、特定の力だけを持つ『超能力者まがい』ではなく────心の中に思い描いたどんな妄想でも現実化(リアルブート)出来る存在。それをギガロマニアックスと呼んだ。つまり、本来のギガロマニアックスは、能力さえ開花すれば、どんな力でも使えるはずなんだよ」
それを聞いた久野里さんは、目を細めて僕を見た。
「……つまり、宮代拓留は"本物"ということだな? そして、委員会はなんらかの理由で"本物"を危険だと考え、排除したがっている」
「推論だがな。6年前の事故に、何か関係があるのかも知れない。──私が話せることは、これで全てだ。あとは知らされていない」
「………」
「どうだ、有村?」
「嘘はついてない、みたいですね」
有村は、最初からずっと世莉架の顔を火のつくような眼差しで見ていた。
それをじっと見返した世莉架は、少し考えた後、口を開いた。
「……、ああ、その通りだ、有村」
「……っ!」
──!
有村は、弾かれたように立ち上がった。
「だから、勝手に人の心を読むな!」
「さっきから考えていることがあるだろう。言葉に出さないと、他の連中に伝わらないぞ」
「……最っ低っ」
恨みのこもった声を、有村は世莉架に叩きつけた。
それでも世莉架の表情は変わらず、有村はますます眉を吊り上げた。
「せり……じゃない、尾上世莉架。あんたは、思考盗撮を使って能力者を見つけ、殺していた。そうよね?」
「ああ」
「ラブホテルで、柿田さんが殺された事件。どうして柿田さんの方を殺したの?」
「………」
「私も能力者だって、分かってたんでしょ? 2人であそこにいたんだから」
「簡単だ。私の能力と柿田の能力が同じだったからだよ。『思考盗撮』の能力者は邪魔だ。私や佐久間の正体がばれる」
「……たった、それだけの理由で……っ?」
「私たちの計画には重要なことだ」
「ちきしょうっ! あんたのっ、せいでっ!」
有村の目には、いつしか大きな涙の粒が浮かんでいた。
「そうだ。私がいたせいで、あの日、柿田は死んだ」
「あんたなんかっ!」
有村が中空へ手を掲げ、ディソードを引き抜こうとして……止まった。
涙で濡れた頬を怒りの色に染めたまま、世莉架を見下ろしていた。
「…………」
「…………」
「……っくしょうっ!!」
──!
有村はディソードをつかむことなく、ぼすん、と腰を落とした。
そのまま涙を拭おうともせず、両手で自分の身体を抱きしめる。
「……神成さん。聞いていたか?」
しばらくの沈黙の後、スピーカーがオンになったままの電話に向かって、久野里さんが声をかけた。
『……ああ』
「あんたに、やってもらいたいことがあるんだがな……」
『なんだ?』
「青葉寮にまだ捜査員が残ってるなら、なんとかして欲しい。あとマスコミも」
『ああ。家宅捜索自体はもう終わってる。可能だと思うが……どうする気だ?』
「場所をそっちへ移す。佐久間の調査と──あと、山添うきを、私たちの目の届くところに置いておきたい」
…………。
……。
青葉寮から全ての捜査員が撤収したと、神成さんから連絡があったのは、それから数時間後のことだった。
全員、百瀬さんが運転する車に押し込まれ、神成さんから教えられた検問のないルートを使って、無事に青葉寮へ到着した。
「………」
「………」
「ん? 百瀬さんは?」
「フリージアに戻りました。別の線から色々調べてくれるとか……」
「そうか」
リビングに上がると、神成さんが待っていて、世莉架を監視するような位置に立った。
ふっと、嗅ぎ慣れた匂いがして……いらだっていた気持ちが、ほんのわずかに落ち着くのがわかった。
(……ああ、ここはやっぱり僕の家だ……)
行方不明の来栖を探して飛び出してから、ほんのわずかしか経っていないのに、ひどく久しぶりな感じがした。
「ここに来るまで、大丈夫だったか」
「はい」
頷きはしたものの……実は、街全体がおかしいと思った。
車の後部座席で身をかがめながら、時折り気になって、外の様子を盗み見た。
人通りが異常に多かった。
そろそろ、空が白み始めてくる時刻だというのに、どこもかしこも集団で騒いでいる人たちだらけだった。
馬鹿話をしているのか、不愉快な笑い声が、締め切った窓を通して僕の耳に入って来た。
「……みんなが浮かれてる。うちの署は、全員、街のあちこちで警戒にあたってる」
僕の顔を見て察したのか、神成さんが言った。
「……僕を、探してるんでしょうか?」
「いや、そうでは……」
と、かぶりを振ろうとした神成さんだったが、
「……すまん。正直その可能性が高い。復興祭で、いつもより人が多いのは事実だが……。ネットは見たか?」
「あ……いえ」
見て、いなかった。そんな気分ではなかったのだ。
「君を捕まえた者に、懸賞金が出るというデマが広がっている」
「え……」
そんな……懸賞金って……!?
「もちろん、警察はそんな発表はしていない。逆に、デマだと発表したんだが……それが分かっていないのっか、仲間と一緒に君を探している連中も多いらしい」
「………」
「デマだなんて……みんな分かっているさ」
「……なに?」
ぽつりと言った世莉架に対して、神成さんが敵意のこもった目を向けた。
「ネット上の"祭り"というのは、こういうものだ。連中にとっては、情報が正しかろうと間違っていようと、そんなことはどうでもいい。……そうだろう? 宮代拓留」
「………」
なぜか、わずかに楽しそうに言う世莉架から、僕は目を背けた。
それは、まさにネットの"祭り"の基本的なメカニズムだった。
「有村? 久野里さんと、香月たちは……?」
話題を変えたくなり、さきほどどこかへ行った面々のことを尋ねる。
「久野里さんは、1階。佐久間で仕事が使っていたPCの中を、ダメ元であさってます。華たちは──」
有村は、横目で世莉架を見てから、
「結人くんも一緒に、うきの部屋にいてもらってます。近くにいないほうがいいと思ったから……」
「………」
有村は言葉を濁したが、『世莉架の近くにいないほうがいい』という意味なのは間違いなかった。
「……うきは、その……大丈夫かな?」
「ええ。結人くんのおかげ、と言っちゃなんですけど……自分がしっかりしなきゃって思ってるみたいです。そういう時の女の子は強いですよ? 覚えておくといいです」
「そっか……」
そういえば、来栖や結衣もそうだった。
護るべき人がいる時、彼女たちは、どんな困難があろうと絶対に諦めなかったように思う。
「あとは、父さ──佐久間が、おかしなことをしてこなければいいけど」
「それは、心配しなくていい。佐久間は、私と宮代のことにケリがつくまで、有村や山添には手を出さない」
「ねえ、あんたさ……」
挑みかかるような口調で有村が言った。
「まるで仲間みたいな顔して、言うのやめて。めちゃくちゃ腹立つから」
彼女は、真っ白になるくらいきつく手を握り締めていた。
その唇が、わずかに震えている。
「………」
世莉架は表情を完全に消すと、黙り込んだ。
そのせいで、何の感情も読み取れなかった。
──!
と……屋内電話が鳴った。
見ると、1階の診察室からだった。たぶん、久野里さんだろう。
電話のボタンを押し、スピーカーにする。
『宮代か?』
「はい」
『佐久間がふだん使っていたPCは、診察室のもの以外にあるか』
「いえ……ないと思います」
……僕の知ってる限り、だけど。
父さんは──あの人は、何もかも隠していたんだから。
『おい、尾上。青葉寮(ここ)の他に、佐久間が隠れていそうな場所は、思い当らないんだな?』
「ああ」
不機嫌そうに尋ねた久野里さんに、世莉架が答えた。
青葉寮の捜査員が撤収するのをフリージアで待っていた数時間、久野里さんは、矢継ぎ早に世莉架に質問を投げかけ続けていた。
質問の内容は、徐々に今回の事件というよりも委員会全体のことになっていき……聞いたこともない単語や、二人の間でしか理解できないような情報が飛び交っていた。
そんな中、どうしても目を引かれたのは、久野里さんの怒りの表情だった。
常に恐ろしい形相で口を引き結び、時に机に拳を打ち付け、世莉架の首を再び締めそうになるのを、必死でこらえているように見えた。
やはり彼女は、"委員会"という組織に対して強い──とても強い恨みがあるらしい。
たぶん、久野里さんがアメリカにいたときの過去と何か関係しているんだろうとは思ったけれど……それを聞くことは出来なかった。
スピーカーの向こうから、PCを操作する音が聞こえてきた。
『駄目だな。何も出ない。……おい、尾上』
「なんだ」
『お前が、私に与えられる情報はこれで全てか』
ああ、と世莉架は頷きながら言った。
『なら、宮代を私に預けるというのはどういうことだ?』
「………」
……そうだ。それを聞きそびれていた。
世莉架は、フリージアで確かにそう言ったのだ。
「言葉通りだ、久野里澪。お前には今後、宮代拓留を可能な限り生かし続けてもらいたい」
『……ああ?』
「私はこれから、佐久間の指定した場所へ行く。もちろん、1人でだ」
そう言いながら、世莉架が僕のほうを見た。
「え……?」
「あいつはお前を連れて来いと言っていたが、それに従う必要はない。私は、必ずあいつと刺し違える。だからお前は、久野里澪の手引きで、この街から逃げるんだ。あいつが死んで真実が明らかになれば、いずれお前の無実も証明されるだろう」
(な……!?)
「……なんで……?」
「お前は、もう、危ないことはしないんだろう」
……違う。そうじゃない。
「なんで、お前がそんなことするんだよ?」
「私の存在する理由が、"お前を生かすこと"だからだ」
「…………」
『私が、そいつを引き受けるとでも思ってるのか?』
悪い冗談だ、とでもいうかのように、久野里さんが冷たく言い放つ。
「受けてはくれないか」
『当たり前だ。私は委員会に復讐するためにここにいる。ギガロマニアックスのお守りをするためじゃない』
「宮代拓留を渋谷の外に連れ出せば、お前の望みがかなうかも知れないぞ?」
「え……?」
『…………』
久野里さんが、突然、何かを考え込むように沈黙した。
何だ? いったいどういうことだ?
僕を渋谷の外へ連れ出せば……何が起こるって……?
「いいか、久野里澪? 佐久間は、委員会の中枢へ入り込んで行きたいらしいが、そんなのはただの夢物語だ。委員会に、そんなつもりはないだろう。結局、佐久間をどうしようと、お前の望む中枢にはたどり着けない。だが……お前が宮代拓留を連れて逃げれば、話は別だ」
『……"カオスチャイルド症候群"か』
ああ、と頷く世莉架を見て、僕は顔をしかめた。
"カオスチャイルド症候群"……?
渋谷地震の後、若い世代に見られるようになったPTSDが……いったいなんだ?
「それが出来るのはお前しかいない。委員会に対して知識を持ち、碧朋学園や青葉寮の特殊性に気づいていて──"なぜ能力者が、渋谷に集まっているのか"。それを理解している、お前にしかな」
「…………」
「どうだ? お前が復讐を望んでいる連中が、向こうから現れるかもしれないぞ?」
「………」
意味が、わからない。
「……?」
見れば、有村も怪訝な表情を浮かべていた。
碧朋学園や青葉寮が特殊……?
それに、どうして能力者が渋谷に集まっているのかって──
(それは、能力が生まれるきっかけになったあの『白い光』が、渋谷で起こったからで──)
……いや。
待て。そうじゃない。
確かに、能力者たちが生まれた原因はあの光だ。これまでに拾い集めた情報ではそうなっている。
だけど……。
(能力者たちが、渋谷にとどまり続けている理由は、ない……?)
「待ってください。どういうことですか!?」
勢い込んで、有村が電話に向かって尋ねた。
「能力者は──私たちみたいな人間は、どうして渋谷ばかりに!?」
『………』
返事がなかった。けれども、聞こえているはずだ。
「………」
世莉架も、黙って答えを持つように電話を見つめていた。
……なんだよ。『能力者』と"カオスチャイルド症候群"が、何か関係あるのか……?
『……本当に、そう考えているのか?』
「なに?」
『宮代を渋谷から逃がすことが、宮代の生存につながると?』
「佐久間を殺したところで、あいつに思考誘導をかけられた人間は、正気に戻らない。宮代拓留の居場所は、渋谷にはもうない。であれば、逃がすしかないだろう?」
『……有村。そいつは、嘘を言ってないか』
「言ってない、はずです。それよりなんなんですか。何を知ってるんですか?」
『………』
また、沈黙があった。
今度は回線が切れたと思うくらい長い沈黙だった。
『……それなら、有村と山添も渋谷から離したほうが、委員会と接触する可能性は高まるな』
「好きにすればいい。宮代拓留を連れて行ってくれるなら、文句はない」
「──は? ちょっと──」
『宮代と有村は荷物をまとめろ。山添にもそう伝えておけ。神成さんにも手伝ってもらうぞ』
唐突に、電話が切れた。
「……どういうことだ?」
「こっちが訊きたいですよっ。ちょっと行ってきます!」
有村は苛立たしげに言って、
久野里さんが居る診察室へと、駆け降りていった。
「…………」
僕は、有村の後ろ姿を見送りながら考えていた。
……まだ、事件について分かってないことがあるのか?
「知りたいか?」
世莉架が、こっちを見ていた。
まるで試すような目つきをして。
……まただ。
また心を読まれてる。
「僕は……僕は………っ」
『危険なことはしないで』
「くっ………べ、別に……。勝手にすればいいじゃないか」
心の中に生まれかけた気持ちが、はっきり言葉として浮かび上がってきてしまう前に、僕は、顔をそむけた。
そうだ、それでいい。
きっとそれは、乃々に対する裏切りになってしまうから。
「…………」
横目でうかがうと、世莉架は、僕から目を離していなかった。
その表情は、これまでと全く変わっていない。
けれど、なぜか僕には彼女の顔が、フリージアで手を振り払った時のように──大切な物を落として壊してしまった時のように──哀しげに見えた。
…………。
……。
2015年11月6日(金)
「──では最後に。『新生の街、渋谷』の益々の発展を願い、開催の言葉とさせて頂きます。皆様、ご協力のほど、よろしくお願い致します!」
2015年11月6日、午前九時。
第二回『渋谷平和復興祭』開幕。
ヒカリヲの前に集まった民衆は、実行委員長である渋谷区長の挨拶が終わると同時に、喝采の拍手を打ち鳴らした。
それと同時に、あるいは挨拶が終わるより早く、目当ての出店やライブ会場へ向かって三々五々に散っていく。
集まった人間の八割以上は渋谷区以外の住人だ。
東京近郊は勿論、海外からも復興を祝って賑う街を見届けようと、多くの旅行者が訪れていた。
予想動員人数……のべ10万人以上。
地震から丸五年経った去年から行われ始めたこの復興祭は、渋谷区全体を挙げての、文字通りのお祭りだった。
同様の趣旨のイベントは被災して一年経った時点で企画立案され、渋谷の各所で実行されていたが、それは復興祭というよりも慰霊祭に近かった。
その時はまだ、急ピッチで復興が進められたとはいえ、『街が新しく生まれ変わった』と言えるようになるまでの景観になっていなかったのだ。
しかし、去年。
未だに瓦礫(ガレキ)の残る地域が存在したりするものの、地震から5年という節目を迎えたことや、『祭』から見込まれる収益を区が鑑み、初めて渋谷全体を使った祭が開催されるに至った。
結果、わずか一日のイベントにもかかわらず8万人強を動員し、内外の注目をさらった。
それを受けて第二回目の今年は、評判の良かったライブイベントをより充実させ、要望の多かった飲食店の数の増強にも力を入れ、去年を超える動員を見込んでいた。
主な会場は、ここヒカリヲを中心として、渋谷文化公会堂、渋谷107前、渋谷サインシティなど。
また駅周辺の主要道路は、関係者や機材搬入以外は全面車両通行禁止の歩行者天国になっており、特に文化村通りや道玄坂通りは出店やパフォーマーでごった返していた。
女性レポーター「……今度はここ?」
東京NEXテレビのレポーターは、自分の問いに頷くカメラマンと目の前に広がる光景を見て、自分の中にまたくだらない疲れが積もって行くことを自覚した。
センター街。
渋谷を代表する商店街の一つ。
普段は若者が多いこの通りも、復興祭仕様によって様々な出店が立ち並び、それに引き寄せられた老若男女たちで溢れていた。
(人、多すぎ……)
数ヶ月前に、渋谷復興祭のレポートを担当することが決定したときは飛び上がって喜んだ。
密かにひいきしていたバンドのボーカル、高柳桃寧が復興祭のステージで歌うことがわかっていたからだ。
偶然ライブハウスで彼女の声を聞いたときから、一瞬にしてファン──どころか、信者のようなものにまで引きずり込まれてしまった。
多少無理をしてでも、復興祭をレポートしている最中に、彼女のライブにカメラとともに潜り込み、その素晴らしさを視聴者と共有したかった。
だというのに。
(……なんで、死んじゃったのよ)
ニュージェネレーションの狂気の再来というおぞましい事件に巻き込まれ、彼女は命を落とした。
その時点で、この復興祭をレポートする価値はほとんどない。
にもかかわらず、上司の命令に従って笑顔でここまでやって来ている。挙句に──
(噂話を追いかけるなんて……)
大手のTVの底が知れる。これでは、本当にただの野次馬と変わらないではないか。
カメラマン「あ、いたいた。ほら」
カメラマンが指差した先には、自作のTシャツなのか、白地にとある写真をプリントし、その写真を切り裂くようなデザインで赤い大きな?印が描かれたものを着ている集団が居た。
やはり、いずれも若かった。これまで取材してきた連中と同じように。
女性レポーター「………」
レポーターは、うんざりした気持ちを上司にも見せた営業スマイルで押し隠し、人ごみをかき分けて、その集団に近づいて行った。
……。
女性レポーター「こんにちは。なにしてるんですか?」
男性「うお、テレビ? どこすか?」
どこでもいいだろう、どうでもいいだろう、と思いながらも東京NEXですと答える。
男性「これっすよ、これ」
Tシャツを引っ張るようにして見せてきた。
その中心の写真には、合わさった二つの太った男の顔──力士シールが写っていた。
男性「テレビ来てるってことは、やっぱマジなんすか? ツイぽの情報」
女性レポーター「えっ、なんですかそれ」
空とぼけて驚いて見せる。
まさかこっちもツイぽで流れてきた、嘘か本当かもわからない──そしておそらくは嘘に決まっている情報を頼りにやって来たとは言えない。
男性「宮代が、ここで自殺するって噂が流れてんすよ」
知っている。夜明け前は大型ビジョンの前だったし、数時間前は駅前のハチ公の隣だった。
女性レポーター「宮代って、あの指名手配になっている宮代拓留くんですか?」
男性「あ、画像ありますよ」
そう言うと、頼んでもいないのにスマホを慣れた操作でいじり出した。
映しだされたのは、既に見飽きた宮代拓留の顔写真──上司の話では生徒手帳のものらしいが──だった。
女性レポーター「えっ、こ、こんなものどうして持ってるんですか」
男性「ははっネット見てないんすか? 皆持ってますよ」
男性「俺ら、マジで懸賞金狙ってますから」
……懸賞金。そういえばそんなデマも飛び交っていたか。
女性レポーター「……そのTシャツは、ご自分で作られたんですか?」
男性「まさか。さっき三百円で買ったんすよ。ちょーぜつダサイっしょ? ネタネタ」
そして、何がおかしいのか仲間うちでげらげらと笑い出した。
女性レポーター「…………」
更に、気持ちが鬱陶しくなるのを如実に感じた。
同様のTシャツやプラカード、あるいは正反対に宮代拓留を神と讃えて力士シールを賛美するようなグッズがあちこちで散見された。
中には、本当に復興祭という舞台のことを案じて、事件の象徴となっている力士シールを撤廃する運動の一環として販売を行っている人もいたが、大半はこのように火事場見たさだ。
……最も、懸賞金を本気で信じている連中は初めて見たが。
女性レポーター「宮代拓留くんについてどう思いますか?」
男性「ちょーしこいてますね。連続殺人? しかも同じ施設のやつもでしょ? なにやっても良いと思ってんすよ、こいつ」
男性「こいつのこと、神とかいってるオタク連中、マジキモくないすか。俺ら、そーゆーの許せないんすよ」
口々に並びたてられる言葉を、外国語で唱えられている念仏のように受け流した。
別段、深く掘り下げる必要などないのだ。カメラの記録に残っていればそれで役目は果たせる。
(でも……)
やはり、宮代拓留は既に犯人として扱われているようだった。
これは今までにインタビューした、どうやら宮代目当てで復興祭にやって来ている人間たち全てに共通していた。
そして、おそらくそれは当たっている。
公式発表では重要参考人としての手配に留まっているが、未成年の実名を晒してまで犯人ではないということはないだろう。
それに出所は不明だが、警察は実質、宮代拓留を犯人として断定し捜索を続けているという情報もあるらしい。
(宮代拓留……ニュージェネレーションの狂気の再来の犯人……)
不意に、彼女の中に怒りが湧きあがって来た。
本当の目的はどうひっくり返っても達成できない。天上の声の持ち主は死んでしまった。
しかし唯一、復興祭に参加している意義を見つけるとしたら──
(そうだ……。噂話でもなんでもいい。宮代の目撃情報をどうにかしてかき集めて……わかりやすくこういうやつらの前に晒してやる)
民衆の前で自殺を宣言するなど、愉快犯の類いだろう。
注目を集めて、宣言通りに自殺を実行してしまえば、また阿呆な連中が宮代を崇めるかもしれない。そして、それはおそらく宮代の思惑通りなのだ。
そんなことはさせない。彼女を殺した罪はそんなことでは少しも償えない。
みじめに、そして無様に、出来るならば昔の歴史ドラマに出てくるように民衆に石でも投げられながら、情けなく死んでいく姿が、宮代にはお似合いだ。
カメラマン「ちょっと、どうしたの?」
女性レポーター「あっ……」
呼びかけられて、いつの間にか目の前の連中のどうでもいい口上が終わっていることに気がついた。
ありがとうございましたと言い残し、そのまま次にインタビューする人間を探そうと足を出して──
女性レポーター「そうだ。すいません、最後に一つ」
ふと、立ち止まった。既に人ごみに紛れつつある連中に、思いついたことを尋ねる。
女性レポーター「今日は、どちらから?」
男性「埼玉っすよ。チャリで来ました」
また、何がおかしいのか笑い声が響いた。
今度は礼も言わずに背を向け、そのまま人ごみに突っ込んで行った。
最後の質問の意図が分からなかったのか、ついてきたカメラマンが怪訝な表情を浮かべているのがわかった。
埼玉から。渋谷区の人間ではない。あの様子では、おそらく被災者でもないだろう。
完全に渋谷地震とは無関係な人間が、宮代を追っている。
先ほどインタビューした、被災者であり復興祭の成功を心から願っている人間も。
そして──自分のように明確な恨みがある人間もだ。
(出て来い……宮代)
このとき、彼女が強く思った言葉は、勿論カメラの映像には乗らないし、近くを歩いていた人間に聞こえることもなかった。
しかし、圧倒的多数の声を真実とするのであれば、その言葉はこの復興祭という場において、どうしようもないほど真実の願望であった。
彼女は、力士シールをモチーフとした何かを身に着けている人間であれば、宮代目当てだと踏んでインタビューを行っており、それはまさにその通りであった。
だが、実際のところ、深夜から現時刻にかけてのニュースによって、宮代の『衆目の中、自らの命を絶つ』という声明は知れ渡っていた。
その数は、復興祭に参加している人間の実に──九割八分を超えていた。
宮代拓留の居場所は、文字通り渋谷にはなくなっていた。
…………。
……。
男性『ちょーしこいてますね。連続殺人? しかも同じ施設のやつもでしょ? なにやってもいいと思ってんすよ、こいつ』
「………」
聞こえてきた声に気分が悪くなり、僕は乱暴にTVを消した。
足の裏がつりそうになっていたことに気がつき、いつの間にか丸めるように折り曲げていた指を伸ばした。
……どこでもいいから力を入れていないと、叫んで何かに当たり散らしてしまいそうだった。
普段から、当事者の事情を少しも考えないことを言う部外者にはうんざりしていたけれど……これまでとはその重さが違う。
(誰が調子づいてるって……?)
くそ! 何も知らないくせに!
何も理解(わか)ってないくせに!
本当のことが分からないなら、好き勝手に喋るなよ!
乃々や結衣を手にかけたのは、僕じゃ──!
「………」
「………」
世莉架は、あれからじっと椅子に座って、ほとんど身動きしていない。
壁の一点だけを見て、ただ時間が過ぎるのを待っているようだった。
「……あの、拓留さん」
「………」
「おい、ここへ来ちゃ駄目だろ──」
言いかけた口を、思わず閉じた。
うきと香月が、きつい目をして世莉架を見ている。
恐怖のために怯えているのか、怒りを我慢しているのか──あるいはその両方なのか、二人の繋いだ手は、ほんのわずかに震えていた。
「……神成さんと結人は?」
「神成さんは、今、電話を……。結人くんは、お薬を飲んで、私の部屋で眠ってます」
「そっか……」
寝ていてくれて助かった。
実の姉と育ての姉を手にかけた張本人を前にしたら、たぶん耐えられないだろう。結人は、まだ小学生なんだから。
「…………」
「…………」
「…………」
二人は、世莉架をじっと見つめたまま動かなかった。
世莉架も、また、動こうとしなかった。
が……。
「本当だ」
「………?」
唐突に世莉架が言った。壁を見つめていた視線が、いつの間にか2人の方を向いている。
「来栖乃々を殺したのは私だよ。山添うき。香月華」
「あっ……」
「う………」
2人が表情を変えた。
世莉架に、思考を読み取られたらしい。
うきと香月は思わず数歩下がって、身を震わせた。
「……他の全ての事件も……あなた、なんですか?」
「そうだ」
「どうして? ……いえ、だったら──」
淡々と続ける世莉架とは対照的に、うきの声はか細く、震えていた。
「私が、居た場所のこと……なにか知ってるんですよね? 私がお世話をしていたみなさんは、今、どこに……?」
「さあな。私にはわからない」
「……こ、答えてください、お願いです。あなたが、すべての犯人なら……知っているはずです……」
食い下がるうきを見て、思い至った。
(……そうだ)
うきは、父さんのことをまだ知らない。
事情を話す暇なんてなかった。それに──
(……うきは、父さんを慕っていたから……)
人見知りが激しいうきに、ここでの居場所を与えたのは乃々であり父さんだ。
しかも、誰かを世話することに自分の存在理由を見出してきた彼女にとって、医者という職業は、とても高潔に映っていたはずだ。
(話せるわけ……ないだろ)
「山添うき。お前は、何も聞いていないようだな」
「……!!!」
「……?」
──!
「やめろっ!」
思わず、座っていた椅子を蹴って立ち上がった。
「お前なら、佐久間の正体に気づける可能性があったんだがな。おそらく、6年前に会っているはずだ」
「え? あ、あの……何の話を……?」
「まぁ、あんな状況では無理かも知れないが、佐久間は──」
「だから、やめろっ!」
──ッ!!
僕は叫ぶと同時に、無意識に『能力』をぶつけていた。
「ぐはっ……!」
世莉架が椅子から落ち、床に思い切り叩きつけられた。
──!
そのまま世莉架に詰め寄ると、今度は能力ではなく自分の手で彼女の髪の毛をつかんだ。
女の子に、こんな乱暴なことをするのは初めてだった。
うきと香月が、普段の僕とは思えない行動に息を飲む音が聞こえた。
「こっちを見ろっ!」
髪の毛をつかんだのは、僕の目を真っ直ぐに見させるためだった。
(いい加減にしろよ、お前っ! これ以上、大切な家族の心を壊すなっ!)
精一杯の憤怒を頭の中で言葉にし、目の前の瞳に向ける。
これで僕がどのくらい怒っているか、伝わるはずだ。
「…………」
僕の怒りを読み取ったのか、それとも髪をつかまれているのが痛いのか、世莉架はわずかに表情を歪めた。
「た、拓留さん……っ!」
背後からの声に振り返ると、うきが目を見開いて僕と世莉架を見ていた。
香月も、はっきりと哀しそうな表情をしていた。
「も、もうやめて下さいっ……いくら尾上さんが、その……悪い人でも……拓留さんがそんな怖いことするの、見たくないです」
「ん………」
「あ、ああ……そう、だな」
僕は、世莉架の髪から手を放した。
世莉架はくしゃくしゃになった髪を、乱暴に整える。
「あの、拓留さん。先生はどうしたんですか? 今、どこにいるんですか」
「………」
「それに、神成さんが突然、荷物をまとめろって……。それと何か関係あるんですか?」
「それは……」
うきはいつしか、目に涙を浮かべていた。
けれど、本当のことを告げる気持ちがどうしても沸いてこなかった。
「チッ……」
世莉架は、小さく舌打ちをすると立ち上がった。
そしてそのまま、なぜか自分の腹部をおさえる。
その手に、ベッタリと血がついていた。
(……父さんにやられたっていう、傷か……)
そういえば、フリージアで僕が能力で吹き飛ばした時に、傷が開いたようにも見えた。
「………………………」
……くそっ!
泣きそうな目でこちらを見続けているうきに、向き直った。
「あとで、必ず話すから。今は、言われた通りに荷物をまとめてくれ、うき」
「でも……」
「……ん」
食い下がろうとしたうきの手を、香月がもう一度強く握り、首を横に振った。
そして、そのまま寄り添うように柔らかくうきの肩を押し、部屋の外へと出て行った。
(ありがとうな……)
香月の気遣いに、僕は胸の中で礼を言った。
……。
そして2人が、うきの部屋で静かに荷物をまとめ始めたことを音で確認すると、僕は一階へと世莉架を誘った。
「……ついて来いよ」
「……?」
「いいから来いって」
……。