ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【16】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


--------------------

 

 

 

 

──訓練校時代。

 

 



「なあなあ、見てみろよこれ」

「なんだ。ただの雑誌じゃないか」


休み時間、いつものメンバーが侑祈に呼び出された。


「女日照りな俺たちには最高の代物だって」


そう言って開いたのは、女が全裸の写真だった。

 

 



「なな、なんだこれっ!?」

「そんなに驚くもんでもないだろ?」

「これは、なんとも……ごくっ」


「涎でてるぞ尊」

「出てない! 僕は興味ないね」

「とか言いながら凝視してるじゃねえか」

「フッ……普段見る機会がないから、後学のためやむなくだ」

「私は見ないぞっ!」

「なんでだよ、お前も女に飢えてんじゃないの?」

「わ、私は別に……」

「ひょっとして薫……」

「や……少しだけ、興味、がある、かな?」

「やっぱり? ほれほれ、遠慮せず見ろよ」


顔を真っ赤にしながらも、薫も雑誌に目を落とした。


「よく手に入ったな」

「まぁね。こっそり抜け出して買ってきた」

「また無茶をしやがる」


「あー、俺も早く男になりたいぜ」

「まったく……侑祈のエロに対する行動力には頭が下がる」

「そんなもののなにがいいんだか……私にはさっぱりわからない」

「……」

「…………」

「な、なんだ……?」

「やっぱり、女に興味ない感じがする」

「無理して見る必要ないぜ?」

「そ、そんなことはない! 断じてない!!」

「確かに今までも疑問に思うところは僕にもあった」

「なにを馬鹿なっ!?」

「正直に言っちゃえよー。薫がどんなヤツでも俺たちの友情は変わらないぜ?」

「はぁ……お前たちは、そんなに女が好きなのか!?」

「…………」

「…………」

「なぁ尊。俺の言ってること間違ってるか?」

「残念だが、薫はやはり……」

「そこ聞こえてるぞっ」

「ひぃっ!」



 

猛獣をも睨み殺す鋭い視線が侑祈を貫いた。


「海斗! お前のおホモだちだろ! なんとかしてくれ!」

「申し訳ないが、お前が想像するような関係はない。だが、望むんなら相手してやってもいいぜ? 幸いにもお前のツラは女っぽいし」

「ふ……ふざけるなぁ!」


ガンッ!


「あぐっ!」


「おお、右ストレートが顔面に」

「あの速さは、さすがに避けられないな」


「蚊に刺されて死んでしまえ!」


「本気で殴りやがったな……」


どくどくと鼻血が溢れてきた。

 

 

 

「あ、なんかちょっとエロい」

「このスケベェが」

「全然意味がわかんねぇよそれ」

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、野郎と寝るもんじゃねえわ」


一年前の夢を延々と見ていた。

忘れかけていた、いや、忘れていた夢。

だが、しっかりと記憶にこびりついていたみたいだな。

目が覚めていくとともに、スッとまた記憶の奥へと潜り込んでいく。

1分が経過した頃には、なにを見ていたかさえ薄れきってしまっていた。

大量の水に、一滴の醤油が混ざっても誰も気がつかないように。


「ぐぅ……ぐぅ……」


まだ早い時間のせいか、あるいは単純に心地よくてか、ベッドの上で爆睡していた。


「……おい、お前の好きな女は誰だ?」

「ん、ぅん……麗華、おじょう、さま……」

「うわっ寝言に返事がっ!」


衝撃の出来事に腰が抜けそうになった。


「と……」

「と? まだいるってのか?」

「か……いと……」


ゾクゾクゾクゾク!


「聞いちゃいけないことを聞いた気がする」


とにかくこの現実はすぐに忘れよう。

知らない男ならともかく、こいつに掘ったり掘られたりするのは困る。


「オ〇ニーは右手か左手、どっちでするんだ?」

「……みぎ、ときどき……ひだり……」

「そ、そうか。実に素直だな。感心感心」


……こうやって無意識下の脳に質問を投げかけ、尊の思考を刺激する。無理に答えようとする脳は、少しずつその回路を壊していく。


「……12+4は?」

「……15……16」

「そうだ、いいぞ。思考回路が徐々に壊れてきた。知り合いで一番嫌いな人物は? また、その理由を述べよ」

「……メイド……理由は……」

「メイド? ツキのことか」


嫌われてるとは思っていたが、オレを差し置いてナンバー1とは生意気な。


「…………」

「で、理由はなんだよ」

「……なに、耳元で呟いている、気持ち悪い」

「あ?」

「ふわ、あ」


どうやら目が覚めてしまったらしい。


「どうも頭が痛いな」
「気のせいだろう」


……もうちょっと遊びたかった。


「他人のベッドというのは妙だが、少なくとも座っているよりは良く眠れた」

「そのようだな。小さいテントもあるし」
「なに見てる! と言うか小さいって言うな! 勃起して3センチあれば十分なんだっ!」
「力説されてもな、使う相手がいないだろ」
「頼むから、朝一番そんな話をさせないでくれ」
「それもそうだな」


…………。

 

……。

 

 

 



「どうだった?」


がちゃりと音を立て、手錠が外される。



 

「疲れた。とんでもなくな」

「同じくです」

「だけど、ちょっと仲直り出来たんじゃないの?」

「そうは思えませんが……少なくとも怒る気力は失せたようです」

「まぁそうだな」

「ふふん。私のアイデアもまんざらじゃなかったわね」

「元は佐竹が考えたことだろうが」

「そうだったかしら。いいじゃない。なかなか楽しかったでしょ?」

 

 

「そうです。絆が深まったはずです」

「テメェらにも同じ苦しみを味わわせてやろうか?」

「あら、どうしようって言うの?」

「それは……」


オレは麗華の手に持たれた手錠と鍵を奪う。


「ちょっと、なにすんのよ」

「とりあえず、この鍵は邪魔だな」


オレは鍵を机の角を使い、折り曲げる。


「それスペアないんだけど……」


呆れた様に呟く。


「それはいいことを聞いた」

「なにを考えてる海斗。麗華お嬢さまが迷惑がられてるだろう」

「知らねえな。オレはオレの思うようにやる」


手錠を片手に持ち、麗華の細い腕を掴んだ。



 

「こら! 私の身体に触るな!」

「貴様無礼な!」

「すぐ離してやるよ」


手錠の輪を持ち、麗華の右腕へ振り下ろした。


かしゃん。


と言う音を立てて、手錠がはまる。


「まさか、彩と繋ごうって思ってるの?」

「いーや」


ぐいっと麗華を引き寄せて、尊の下へ。

 

 

「おい、なんだなんだっ?」

「まさか──」

「尊と仲良く手錠にでも繋がれなっ」

「阻止しなさい尊徳!」

「は、はいっ!」

「おらっ」

尊の手に振り下ろした。

しかし、抵抗する、それも尊ほどの男となると、麗華のように簡単にはいかなかった。

尊に腕を掴まれ、腕を捻り上げられる。


「ち──!」

「甘いぞ海斗。その程度の動き、たやすく見切れる。麗華お嬢さまに土下座させてやるぞ!」


そしてそのまま床へとねじ伏せさせられた。


がしゃん。


一つの、小気味良い音を残して……。


「…………」


「…………」


「…………」

 

 

「あ……」

「おい」


オレの腕にはまった、同居者を待つ輪。

一瞬、その場は凍りついた。


……。

 

 

 

 



「でも、そんなに慌てることでもないでしょ」



 

「えぇっ!? でも、鍵は折れてしまいましたが……」

「なるほど、そうです。海斗がいるじゃないですか」

「海斗さん? あ!」

「ほら、ツールは戻ってきたんだ、すぐに開けろ」

「まったく危ないところだわ。不幸中の幸いにも、海斗に特技があって良かったわね」

「…………」

「ほら、早くしなさいよ。いつまでもこんな距離じゃ嫌じゃない」

「まあそうだな。ソレは最悪だ。だがオレが鍵を開けるとは言ってないぜ?」

「な、なにを馬鹿な……このまま繋がれていたら羨ま──大変なことになるだろ!」

「男と繋がせて復讐しようとしただけだ。結果的にオレという面倒なことにはなったが」

「あんた、本気で言ってんの?」

「別に何日も一緒にいようとはおもわねえし、御免だ。今日一日だけでも苦しみを味わわせてやるさ」


腰を下ろすためにベッドへ。


「きゃっ!」


隣人が尊のときには、パワーバランスの関係で強引に歩いたり引っ張ったりは出来なかったが、貧弱な麗華であればたやすいことだった。

前のめりになる麗華をよそに、オレは腰を下ろす。


「なんとなく気分がいいな」

「ったた」

「貴様ぁああ!」

「おいおい、オレに掴みかかると麗華も困るぜ?」


「ぐっ──!?」


「明日には開錠してやるから」

「ふ、ふざけんじゃないわよ。一日も男といられるわけないでしょ!」

「まさにそういう気持ちを教えたかった」

「あんたたちは男同士じゃない!」

「男同士は一番駄目だろ」

「あんたの頭が悪いことは知ってたけど、どう考えても男女で繋がれてる方が駄目じゃない!」

「面白いだろ?」

「まったく。いいから今すぐ外しなさい!」

「断る」

「私が命令してるのよ?」

「作戦は『ガンガン行こうぜ』だろ?」

「はあ……あたまがガンガンしてきたわ……」


上手いこと言うな。



 

「もういいわ。悪いけどツキを呼んできてくれる?」

「あ、はいっ」

「彩についてあげて」

「しかし、海斗と二人きりになってしまいますが……」

「心配ないわ。もしものときは蹴り上げるから」


どこを蹴り上げるのか、是非聞いてみたいものだ。


「わかりました……」

 

……。

 

 

 

「二人きりになったな」
「気持ち悪いこと言うな」
「ツキなんか呼んでどうする気だ?」
「専門家を呼んで外してもらう。以上」
「なるほど、それならすぐに解決しそうだな」
「本来なら感謝される私が、どうしてこんな目に遭わされなきゃならないのよ」
「その傲慢さはすげぇな」


オレはポケットからツールを取り出す。


「なによ、今になって開けるの?」
「どうせすぐ開錠されるんなら、今でいい。なにやら面倒なことになりそうだしな」


すぐに鍵を開け、手錠を外した。


「こんなもんいつまでも持っとくなよ?」


そう言って外した手錠を渡す。


「確かに私には似合わないわね。いる?」
「なにに使うんだよ



 

「拘束プレイ?」
「アホか」


結局、麗華は手錠をオレのベッドに放り投げ、部屋をあとにした。

疲れる休日だった、本当に。


…………。

 

……。

 

 

 

 

後日、麗華の使いっぱしりでペットの餌を購入しにいった。

 


道中、鏡花という憐桜学園のお嬢さまと出会い、色々あって映画を見終えたあと、オレはその鏡華を引っ張って本屋へと案内させた。

 

 

そしてその映画の小説、前編後編をまとめ買い。

ちなみに資金源はクレジットカード。

ペットの餌を買う際に受け取ったものだ。

少しくらい使ったところで、気づきゃしないだろう。


……。

 

 

 



「それで? どうして帰りが遅くなったの?」
「だから何度も説明しただろ? 熱中症に襲われて休んでたら遅くなったって」
「まだ春先よ」
「不運なこともあるもんだな」
「百歩譲って、熱中症だったとしても、クレジットから余計な出費が出てるのはどうしてかしら?」
「…………」
「…………」
「それは、あれだ。勘違いだ」
「文圏堂にて、ベルリンの屋根上下巻」
「く……」
「調べれば簡単にわかるのよ? まだ白を切るって言うなら監視カメラで調べてもいいけど?」
「そういう本を買った記憶がないわけでもない」



 

「大体あんたは──」

 

それから小一時間、オレは説教を受けた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「くそ、耳元で怒鳴りすぎなんだよ」

 

まだ耳の奥で麗華の声が響いている。

 

 

 

「どうかなさったんですか?」
「ん?」
「なにやらお怒りのようですので」
「今日ちょっと、最高に自己中心的な女に会った。それも憐桜学園のお嬢さまで、無視するに無視出来なくてな」


オレは愚痴を零す意味で、彩に今日のことを話した。



 

「それは、もしかして鏡花さんのことでは?」
「そういや、そんな名前だったな」
「あ、はは……なんとなく、わかりました」
「知り合いか?」
「私と同じクラスです」
「苦労しそうなクラスだな」
「担任の先生より、鏡花さんが物事を決めることが多いです」


それは学園としてかなり問題があるな。

 

 

「……綺麗な、人ですよね」
「あ?」

「いぃえっ!? なんでもありません! お休みなさい!」


1、2の3で走り去ってしまった。


「はぁ……女の相手は疲れる……」


じゃあ男の相手は楽なのか?

と聞かれたらこう答えるだろう。

どっちも一緒だ、と。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 



「海斗さーん。テレビゲーム、しませんか?」
「ああ?」


突然なにを言いだすんだ、こいつ。

……またそれか。


「この間、成り行きとはいえ付き合ってやっただろうが」



「い、いえそうなんですけど……。屋敷では皆さんに内緒ですし」
「一人でするゲームなんて幾らでもあるんだろ?」
「ええ、まぁ……無限の貯蔵庫にはありますが……」


それは、先日が事の発端だった。

ノックせずに彩の部屋を訪ねたところ、部屋の隅でゲームをする彩を見つけてしまったのだ。

慌てて隠していたが、時すでに遅し。

屋敷ではテレビはもちろん、ゲームなんてもっての外らしく、口止めされた。

そこまではいいんだが……

何故オレがそれに付き合わなければならないのか。

 

 

「だったら好きなだけ楽しめばいいだろ。RPGの冒頭5分プレイを100本やってみるとか」
「それは、限りなく疼くだけになりそうです」
「どうせ、対人ゲームかなんかだろ?」
「ププ」


──!


「きゃ!」
「今の笑いは気に食わん」



 

「ご、ごめんなさい。普通、対戦ゲームと言うので。RPGもロープレって言いますし」
「オタクと一緒にするな」
「じゃあパーティーゲームでもいいです」
パーティーゲーム?」
「スゴロクだったり、カードだったり。どれも運要素の強いゲームですので」
「…………」


なにがなんでも人とプレイしたいようだった。


「わかったわかった。少しだけ相手してやる」
「ほんとですか!」
「しつこそうだしな」


彩と一緒に、部屋の中へ。


……。

 

 

 



「いいい、今のは海斗!? 二人仲良く室内に入って行ったぞ!? どどどどど、どういうことだ……。まさかあいつ、弱みを握って良からぬことを!?」


……。

 

 

 



「ここで『まおう』を召喚です。装備『サイバーブレード』」
「む……よくわからんが、こっちは『戦士ダイン』だ」


カードを選択しそれぞれが戦闘へ。

格闘ゲームのように操作する必要がない以上、勝つ確率は5割……には届かないにしてもあるはずだ。

そう思い挑むが……


「圧勝です」


グッと握り拳を作り、余裕を見せる。

そんな戦いがこれで7度目だった。


「これ、本当に運要素か? どう見ても相性やらテクやらがあるような気がする」
「やだぁ気のせいですよぉ」


カチカチカチ。

ああ、また名も覚えていない勇敢な戦士が死んだ。


「こうなれば総力戦だ」


銀に光っているカードは強いだろうと知略巡らせ残しておいた2枚を同時に使用する。


「こっちは『勇者かずお』『戦士きよたろう』だ」
「むむ……ヒーローコンボですね」


なにやら呟いている。


「あぁ、ピンチだなぁ」


全然ピンチじゃなさそうだった。


「私は『魔王バラララン』です」
「…………」


なんか、金色に光ってるんだが?

ゲーム上ではオレの配下である二人が敵に斬りかかる。

しかし紙くずのように捻り潰されてしまった。


「危なかったです」
「うそつけや!」



 

わざとらしくコントローラーを投げ出す。

 


「弱いヤツいたぶるのがそんなに楽しいかよ」

 

 

 

 

「楽しく……ないですか?」
「ボコボコにされるだけで、爽快感一つありはしない」
「…………」
「やり込んでるヤツがそこそこ以上強いのは当たり前だ。強さを誇示する前に相手をフェアゾーンまで連れて行け。やめだやめ」

 



「あぁ、あのっ!」
「なんだ」
「ちゃんと教えますから、その……一緒に遊んで下さい……」
「…………」
「ダメ、ですか?」
「ちゃんと教えろよ」



 

 

「はいっ! まずはこのボタンをですね……」
「おい、なんかさり気なくソフトが換わってるぞ?」


明らかに対人……対戦ゲームになっていた。


「強くなっていただくなら、こっちかなと」
「まあいいけどな」


確かこのゲームは初めてやったとき、ぼっこぼこにやられたヤツだったな。

この際、軽く説明を覚えて抜き去ってやるか。

才能の怖さを教えてやる。


……。

 


一通りボタンの操作を聞き終えた。


「なるほど、固有技なんてあったのか」


これさえ基礎に応用を混ぜれば、敵はないな。


「それじゃあ、始めましょう」


オレは『こうき』を選択。

彩は『しにがみ』を選択していた。

まあ、誰であろうと関係ない。

『こうき』はヨーヨー使いだ。

そして簡単なコマンド入力でヨーヨーを伸ばして攻撃出来る。

しかも冗談にも対応出来るということは、直進してくれば前にヨーヨーを、ジャンプしてくれば上段にヨーヨーを出せばいい。

ハメとも取れる必殺技を考え出してしまった。


「知略策略巡らせた人間が勝つのよ」


対戦が始まる。


「うらぁ!」


ヨーヨーを伸ばし相手を殴り飛ばす。

彩は防御もせずバカみたいに直撃される。

あとは怯んだ隙に次の……

ところが、キャラは反動を受けることなくヨーヨーの攻撃を受け止めながら直進してくる。


「エンド!」


そう言って、『しにがみ』は手刀のような攻撃を繰り返す。

こうきが近接に弱いのか、それとも実力不足か。

アッという間にKOされてしまった。


「勝ちました!」
「おい、どうなってんだこれ。なんで怯まないんだよ」
「考えは悪くないと思いますが……この『しにがみ』は攻撃による反動を一切受けないんです」
「……つまり、殴られてる途中でも殴れるのか?」
「はい」


卑怯だ。


「次だ次」


オレはすぐに『しにがみ』を選択する。

こっちが反動を受けないなら、殴る蹴るの連打で倒せるってことだ。


「じゃあ私は……『むねお』にします」
「そんなグラサンで勝てるかよ」


対戦が始まると同時に、オレはダッシュ

懐に潜りこんで殴り殺してやる。


「ほ、ほ、ほっ」
「んっ?」


『むねお』の放った蚊ほどの攻撃をくらい、『しにがみ』は痺れたように動かなくなる。

そして、下段の蹴りで空中に浮かされ、追撃してきた『むねお』が空中で殴る蹴るを連打する。

画面にはコンボの文字が次々と数字を重ねていく。

着地する頃には、『しにがみ』の体力は残っていなかった。


「……オレは前進しかしてないぞ」
「『しにがみ』は反動を受けない代わりに、一切防御が出来ないので、コンボには弱いんです。本来は空中コンボも無効に出来るんですが、『むねお』の必殺技から繋がれるとダメなんです」
「…………」


ニコニコした顔で、容赦なく弱点キャラをぶつけてくる。


「姑息な……」


だが裏を返せば、オレの実力を恐れているとも取れる。

ここで怒っては勝ちを逃すというもの。

然るべき実力を以って、必ず勝利をもぎ取ってやる。

キャラ選択画面。

オレはコントローラーを動かす手を休めていた。


「先に選べよ」
「わかりました」


弱点を突いてくるなら、先に選ばせておく。

それで知識の差……つまり有利なキャラを故意に選ぶことは不可能になったということだ。


「じゃあ私は『かずお』を選びます」


スタンダードそうなヤツか。

まあ姑息な彩のことだ、誰にでも対応出来るようにしたつもりだろう。

オレはカーソルを一番下にもっていき、『バラララン』を選択した。


「あ……」
「待ったはなしだぞ」


そう言って素早くステージセレクト。

さっきのカードゲームで思っていたことだが、おそらくこのキャラは相当強い。

ボスのようなものだろう。

悪には悪を、邪道には邪道を。

そうして挑んだ試合……。


……。


オレはなにをするでもなく負けてしまった。


「なんだこのキャラ……凄く遅いし重たいぞ」
「一撃の破壊力とコンボの強さは一番なんですが、使う人が下手だと一番弱いキャラになってしまいます」
「…………」
「じゃあ次の試合……」
「もうやめだ!」


本日二度目、コントローラーを投げ出した。


…………。

 

……。

 

 

 

 



「ちょっと彩の教室に行って来てくれない?」
「彩の教室に?」
「これを届けて欲しいの」


休み時間、鞄の中から一枚の紙を取り出した麗華はオレの前にそれを差し出した。

なにかと思いそれを受け取る。


「問題用紙?」
「彩に借りてたのを思い出したのよ」
「なにも今返しに行くことないだろ」
「あの子、確か使うって言ってたから」
「で、それをオレに届けろと」
「そう」
「オレはパシリじゃねえぞ」
「似たようなもんでしょ」


どこが似たようなものなのか小一時間問い詰めてやりたかったが、反抗するよりも届けた方が早い。

無理に拒否して、麗華が届けることになっても、結局はオレも行かなければならないのだ。


「行ってくりゃいいんだろ」
「素直でよろしい」
「けっ」


……。

 

 

 

廊下に出る。

休み時間ということもあり、それなりに生徒が出歩いている。


「…………」


お嬢さまの連中から、見られることは少なくない。

本校に通学するようになってから、オレはなにかと注目を集め始めていた。

別に二枚目でクールだからって理由じゃない。

お嬢さまをお嬢さまとも思わぬ異端児。

側近にそぐわぬ横暴な発言。

そういった異分子であることが、主な要因であることは疑う余地がない。

それでも改善するつもりはないがな。

と言うか、改善出来ると思っていない。

です、ますのような丁寧語を使うとむずむずする。

だから、少しくらい変質な目で見られた方が楽。

もう一つ理由を挙げるなら、まったく気に留めないお嬢さまもいることか。

全生徒がオレを毛嫌いし、凝視するなら最悪だが、お嬢さまの半分は空気ほどにしか認識していないだろう。

自分を中心に地球があると思っている、そんなお嬢さまも少なくない。


……。

 

「ここか……」


特別作りは変わらない教室。



 

スッと扉を開けて教室の中へ。

普段、何気ない生徒の入室であれば、注目を浴びることはない。

しかし別の教室の生徒であるだけですぐに変化を感じ取り、視線を絡めてきた。

ざわっ……教室の空気が少しだけ変化した。

気に留めず彩の下へ。



 

「なんだ。ここは貴様の教室ではないぞ」

「彩にちょっとした用事だ」

「貴様が?」


不審がった尊が、彩との間に割り込むようにして距離を詰めさせない。



 

「あの……どうかしましたか?」

「これを渡せと頼まれた」


四つ折にされた紙を差し出す。



 

「まさか恋文!?」

「ええっ!?」


ざわっ!


「アホが……んなわけないだろ。無駄にデカイ声出すな」

「そ、そうだな。そんなわけないか」

「そんなわけないって、それ、どういう意味ですか?」


泣き出しそうな、不安そうな顔で彩が尊を見る。


「いやその、えと……」

「お前がブスだって言いたかったんじゃないか?」

「…………」


ぶわっ、と目の端に涙を溜める。



 

「私、可愛くありませんから……そうですよね……」

「き、貴様は僕を困らせに来たのか! こいつのウソに騙されないで下さい!」

「フォロー必死だな」

「っ!」


あからさまに舌打ちをして、紙をふんだくった。


「さっさと出て行け!」

「言われなくても退散するっての」

 


──「あれ? 海斗くんじゃないかぁ」

 


「……この粘りつくような声は……」


まさかヤツもこのクラスだったのか?

そんな嫌な予感を感じつつ、声の主へと視線をやった。



 

「僕だよ雷太だよ。久しぶりぃ」

「ああ……やっぱりそうか」


尊に視線を向けると、『どうなっても知らんぞ』といった目をしていた。


「ひょっとして、僕に会いに来たの?」

「どこをどう巡り巡ってその結論に至ったか説明しろ」

「……友情?」

「うおおおおおお!!」


ぞくぞくと背中を虫が這いずり回るような感覚。

 

「ど、どうしたんだい?」

「いや……気にするな」

「それはともかく、僕の友情が呼び寄せたのかな?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「どど、どうしたんだい?」

「いや……気にするな」

「…………友情」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! やめろや!」


──!



 

「ぬふぅ!」

「特に用がないんだったら、オレは行くぞ」


こいつ……奥本雷太と関わってると非常に疲れる。


「ま、待って欲しいんだな」

「……なんだよ」

「こうして久しぶりに再会したのに、挨拶だけで別れちゃうなんて勿体ないんだな」

「むしろ、贅の限り話しただろ」


それこそ一生分の会話量にしてもいいくらいだ。


「尊が話したいってよ」



 

「僕に振るな!」

「み、宮川くんは怒ると怖いんだよ?」

「オレは怖くないのか」

「親友だし」

「てぇりゃああ!!」


渾身の回し蹴りを雷太の腹部に叩き込んだ。


ドバギッ!


「あぁん! い、痛気持ちいいっ……」

「きもっ!」


「ぼ、僕3次元に興味はないけど……海斗くんだけは、ちょっと別かも……はぁはあ」


「仲良くな」

「ま、待ってくれ尊、一緒にいてくれ」

「僕はそんな趣味を持ってないんだ」

「僕と最新型フィギュアの話でもしようよ」

「うそなんだろ? そんなオタク設定うそっぱちなんだろ? 相手を油断させる為にオタクを装ってるとか、キャラが被らないためにオタクっぽく振る舞ってるんだろ?」

「ふふ」


スッ、とポケットから女の子の人形が顔を覗かせた。


「や……やっぱりモノホンのオタクか……」

「今さら現実逃避しても遅い。そんなことは1年も前にわかってることだろ」

「まるっきりオタクっ気のないオレに、どうしてここまでコイツは……」


訓練校のときから、特別親しくしていたわけじゃないのに……。


「確か、小説で話が合ったのが原因じゃなかったか?」

「……言われてみればそうだった気がする」


オレは単純にストーリーを褒めただけだが、その小説が後にアニメ化されるほどの美少女アニメモノだったとは知らなかった。



「ほらほら、あの電脳少女ミクちゃんだよ」


もう片方のポケットからも女の子が顔を覗かせた。


「そんなもん持ち歩くなよ……」


──「お人形さんですか? 私も子供の頃よくお人形遊びをしていました」

 

 

 

 

「ただの人形と一緒にしないでいただきたい!」

「きゃ!」

「これは美少女フィギュアです! 男のロマンが詰まった人形なんです!」


「これ以上彩お嬢さまに近づくと許さんぞ、雷太」
「指一本でも触れたら殺す」


ほぼ同時に、オレと尊が彩と雷太の間に割って入った。

 



 

「なぜ貴様が怒る」

「……特別な理由はない」

「ゆ、指一本触れたら……」

「お顔が赤くなってます……まさか雷太の異臭に!? すぐに医者を呼びますか!?」

「い、いえっ! わ、私は大丈夫です」


「二人して怖い顔だよ。はっ!? も、もしかして! これに気がついたのかい?」


そう言って胸元のポケットから、また女の子のフィギュアを取り出した。



 

「じゃぁん、セーラたんのフィギュアだよぉん」

「…………」

「…………」


オレと尊は顔を見合わせ、同時にため息をついた。

別に悪いヤツではない。

方向性が人として問題あるだけだ。


「そのフィギュアの首、もいでもいいか?」

「じょじょじょじょうだんはやめてよ!」

「あら? このお人形……ではなくてフィギア……」

「フィギュア! ですお嬢さま」

「ふぃ、ふぃぎゅあ……ですね」


二人で睨んでいても口を挟む辺り、雷太にとって妥協出来ない点のようだ。


「フィギュアフィギュアと連呼してると、感覚が少しおかしくなってこないか?」

「僕は既に自律神経に異常をきたし始めている」


それはそれで、おかしいな。



「かずおの大冒険──」

 


「びくん!!! ししししし、知ってるんですかぁ!」

「え、えっ!?」

「体臭が臭うから、それ以上彩お嬢さまに近づくなと!」

「だだだ、だって今かずおの大冒険って!!」

「あの駄作がどうかしたのか?」



 

「駄作じゃない!」

「駄作ではありません!」

 

 

「…………」

「あ、彩、お嬢さま?」

「はっ!? あはは、は……なんでもありませんっ」

「……そういや……」


この間、彩の部屋で見たテレビゲームに、この人形のキャラクターがいたような……。


「ぼ、僕3次元の女の子は、ちょっと怖いけど……だけど漫画やアニメが大好きな可愛い女の子は好きかも」

「この世から消滅しろ!」

「見えるっ!」


雷太の危険な発言に拳を繰り出した尊だが、体格に似合わない速度で、雷太はそれを回避した。


「ほ、本気で僕を攻撃したね!?」

「危険人物には容赦しない」

「相手が本気なら容赦しないんだ、僕だって!」


二人の間に電撃が走る。


「おい、まさかこの場でおっぱじめる気か?」

「これ以上彩お嬢さまに危険が及ぶ前に始末する」

「今の僕は伊達じゃない! 海斗くん、口でBGMを!」

「……は?」

 



「せ、僭越ながら私が……。チャン、チャン、チャーチャチャン、チャン……チャララララーチャラララー」


「人は……同じ過ちを繰り返す……まったく……!」


「よ、よくわからないが来い!」

「邪魔はさせない!」


拳を振り上げる雷太。


「ふん!」


正面からそれを受け止めにかかる尊。


「……こいつら、面白い性格してんな」


近くにいながら、遠い目線で三人を見つめていた。


……。



 

「ふう、さすが宮川くん……」

「貴様もやるじゃないか」

「ふ、二人とも凄いですね」

「身体能力でも、トップクラスだからな。そろそろやめとけよ。これ以上やると、ご法度に触れかねないぞ」

「そんなことはわかっているさ」


どちらも、別に外傷を負ったわけじゃない。


「訓練みたいなものだよね、ふう。いい汗かいたなぁ」

「うっ!!」


がくっと、その場に膝をつく。


「どうした?」

「ぐ、がは!」


吐血したように口を大きく開き苦悶の声をだす。

 



「う!」


次に彩も頭をふらふらさせ、その場で目を瞑った。


「なんだ?」


ざわめきだす教室。

そして、次々と生徒が苦しそうな声や表情を見せ始めた。

オレもすぐに原因を知ることとなる。


「……ああ……そうか……」


強烈に鼻をつく異臭。



 

「どど、どうしたの皆ぁ!?」

「そ、そう言えば……こいつ、そうだったな……」


汗をかくと持ち前の異臭を発生させる雷太。

訓練校のときから誰もこいつとは組みたがらず、仕方なしにオレが相手をしてたんだっけか。


「臭ってるぞ」

「そうかな? くんくん、全然わからないや」

「自身の体臭には気づきにくいというが、ここまで異常さを発揮しても気づかないのはさすがだな」

「ほんとだ、みんな泡吹いてる……」

「相当臭いからな」

「海斗くんは、やっぱり親友だね。僕の体臭にちっとも苦しがってないし」

「臭いは臭い」

「でも、そんな僕の臭いがたまらない?」


ドスッ!


「あぶぅ!!」

「さっさと教室を出るか、このままオレに殴り殺されるか選ぶか?」

「わ、わかった。出るよ出るっ」


……。


しかし、廊下に出たからといって、根本が解決するわけではなく、むしろ失敗だった。


──「ひぐぅ!!」


──「くっせぇ!!」

 

廊下に出たことで、どんどんと臭いが広がっていく。



 

「どど、どうしよう!?」

「焦るな。また汗かいてきてるぞ」

「教室にいた方が、被害が少なくていいんじゃないかな?」

「そうかもな」


教室に戻る雷太をその場で見送る。



 

「ただい──」

「臭い!!」



 

 

 

 

「ぶるぶるぶる……」

「なに戻ってきてんだよ」

「お、お嬢さまに怒られた」

「お前のプリンシパルか?」


身を震わせて(全然可愛くないが)頷く。



 

「今すぐ屋敷に戻って着替えてなさい!」


「ん?」

 


「あら?」


怒りながら出てきたお嬢さまには見覚えがあった。



 

「あなた……」

「か、海斗を知ってるんですか?」

「臭いから喋らないで。あと私の半径10メートル以内に入らないでくださる?」

「は……ははぁ!」


ずざざざざ! と凄い勢いで10メートル離れる。

遠くで他の生徒の悲鳴があがった。

 

 

「うちのブタとお知り合いでしたのね」
「同じ訓練校の出身だからな」
「でしたら、私にリストが回ってきていても、おかしくないはずですのに……。それよりあなたのプリンシパルは誰ですの?」
「あ?」
「少し興味がありましてよ」
「その喋り方が気持ち悪いから言わん」

 

 

 

「う……。あなたこそ、もう少し丁寧に喋ることをしてほしいですわねですね」
「それくらい簡単でございますよ」


……。

 


「おほほほほほ」
「あははははは」


どっちもグダグダだった。

 


──「あ、あのぉ……」

 


そろっと教室から顔を覗かせる彩。


「どうした」

「む……」

「いえ、特別どうしたと言うわけではないのですが」


ちらちらと様子をうかがっているが、どうやらオレと言うよりは鏡花を見ているようだ。

 

 



「あ~ら彩さん。どうかしまして?」

「おい、なんだ」


オレの腕に肩を当ててくる鏡花。

 


「あっ……」

 

 

「今は私と海斗で仲良く談笑中ですのよ?」

「ちっとも仲良く談笑してないけどな。偶然な。幸か不幸かは言うまでもなく」

「幸運の極み、と仰ってましたわね」

「いつだいつ」

「私たちで映画を観た日に決まってるじゃありませんの」

 

 

 

 

「ええ、映画っ!?」

「楽しい二人きりの一時でしたわね」

「あの映画は面白かったな」

 

「…………」

 

「まだ私たちに御用がありまして?」

「いぇ……」


すすっと顔に影を落としたまま、彩は教室に姿を消した。



 

「なんなんだ?」
「あなた、彩さんとお知り合いでしたのね」
「まぁな」
「……もしかして、あなた……二階堂麗華さんのボディーガード?」
「まあそうだな」
「そうでしたの……へぇ……」


オモチャを見つけたような笑みを浮かべる鏡花。


キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……。


「おっと、時間だな」
「御機嫌よう、海斗」

 

 

 

 

「二階堂に恥をかかせる、面白い機会を得ましたわ」


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 



「海斗さんっ」


「ん?」
「黒堂さんと、お知り合いだったんですね」
「お前もまた似たようなことを聞くんだな」
「え?」
「あいつにも同じようなことを聞かれたからな」
「そ、そうですか……」


がっくりとうな垂れて、とぼとぼと歩いて行ってしまった。


「なんなんだアイツ」


──「まったくだ」


「うお! お前、そんなところでなにやってる……」


天井を見上げると、そこに張り付いていた尊。


「お前はクモ男か」

「彩お嬢さまに元気がなく心配だったんだ」

「だからってそこにいる理由にはならんぞ」

「一人にして欲しいと言われたからな」

「……降りて来いよ」

「とぅ」



 

「貴様が彩お嬢さまにとってゴミ同然でも、二階堂の所有物としては考えてくださってるようだ」
「なんだそりゃ」
「前にも少し言わなかったか? 彩お嬢さまとライバル関係にあるお嬢さまがいると」
「そんなこと言ってたような言ってなかったような」
「それが、黒堂鏡花お嬢さまだ。簡単に言えば、麗華お嬢さまと妙お嬢さまのようなものだな。もっとも、麗華お嬢さまが群を抜いているが」
「ライバルねぇ……どこにでもいるもんなんだな」


尊と薫、そして雷太たちが訓練校でも切磋琢磨したようにお嬢さまたちもまた、近くに目標を置き精進しているのか。


「特に彩お嬢さまは、お優しく傷つきやすい方だ。貴様がライバルと仲良くしているのを見て不快になったんだろう。いつも自分が座るレストランの席を嫌いなヤツが座っていたら不快になるのに近いな」
「わかりにくい例えだ」
「貴様が欠片でも、二階堂に忠誠心を抱いているなら、これ以上黒堂と関わるのはやめておくんだな。もっとも、黒堂家に寝返りたいと言うなら、僕は笑顔で貴様を送り出してやろう」
「寝返るもなにもねえだろ。たかだかボディーガード一人。しかもオレのようなヤツなら尚更だ」
「それもそうだな。貴様はむしろ周囲にマイナスを発生させている」
「イオン?」
「身体に優しくないマイナスだっ。今日も随分と、あのあと彩お嬢さまは注目を浴びていた。あのような下品な男と知り合いなのですか、とな」
「それお前等のことじゃないか? 雷太と肩組んで、セーラたんチュッチューって言ってたし」
「言ってないだろ! 肩も組んでない!」
「そうだったか?」
「礼儀知らずの下品お下劣無味無臭が!」

 

 

 

 

「…………無味無臭?」


だが、どこか尊の言ったことが引っかかった。

いや無味無臭はどうでもいいんだが。

確かにオレは礼儀を知らない。

それを心がけようと思ったこともない。



…………。

 

礼儀か。

周りのヤツらからすれば、礼儀正しいのは当たり前と言う。

しかしオレにとっては、簡単なことじゃない。

それでも、礼儀という世間で当たり前と言われるものが欠落していることが、彩たちに少なからず影響を与えている。

オレはその事実を、受け止めるべきなのかも知れない。


…………。

 

……。

 

 

 

 



「……眠い」
「眠気打破ならありますよ?」
「いらん。そんなもんを飲んでまでゲームはしたくない」



 

「あ、はは……そうですよね。こんなの何本も平気で飲んで徹夜するの、ゲームしかとりえのない根暗な私くらいですよね」
「…………」
「いいんです、最初からわかってたことですから。一人でだって、面白いですからぁ」
「わかった、わかった!」

ドリンクを奪って、一気に飲み干す。


「これでいいんだろこれでっ!」

 

 

 

「あ、レベルアップです」
「……勇姿くらい見ろよ」

「えっ? あ、飲んだんですね。じゃあ二人用にしますね」


これもある意味、お嬢さまの為せる業か。

尊も意外と大変なヤツの護衛になったもんだ。


「オレが言えることじゃないが、人の話は聞くようにした方がいいぜ?」



 

「海斗さんには言えませんよぉ」
「…………しばくぞ?」
「あ……」


急に寂しそうな顔を見せる。

こんなとき平気で女の武器を使うのは卑怯だ。

もっとも、意識してないだけマシなわけだが。



 

「ごめんなさい……。私、誰かとこんなに親しくお話することって、ないから……。つい調子に乗ってしまって……」
「友だちぐらいいるだろ」
「いえ……いません」

 


暗っ。

 


「恋人もいません」
「いたら今ごろ大事件に発展してるだろ」
「死んだ方が、いいんでしょうか?」
「おいおい目がうつろになってるぞ!?」


よく見ると、栄養ドリンクの空き瓶がそこかしこに散らばっている。

 

 

 

「なんか副作用が出たんじゃねえか?」


説明書きを読むと、当然『一日一本』と書かれてある。


「ったく過剰摂取は逆効果だっての」

「うぅ~」


頭を押さえながら、ふらふらとベッドに倒れた。

間もなくして寝息が聞こえてくる。


「ふう……」


なんとかゲームで徹夜させられるのは回避か。

布団をかけてやってから、部屋に戻ることにした。


……。

 

 

「お前は、こんなところでなにしてる」



 

「お掃除です」
「頭に鍋被って、手に包丁と携帯を持ってか?」
「これは、ツキ弐式掃除装備」
「オレが彩を襲うとか、思ってたのか」

 

 

「まさか。全幅の信頼を置いてますので」
「携帯のダイヤル先が110になってるんだが?」



 

時報を聞こうとして間違えました。てへ」
「怒りの鉄拳をくらえ!」


──!


「ってぇ!」
「ふふ無敵の防具……ではなかった」


殴ったオレも痛かったが、殴られたツキも痛いようだった。


「彩お嬢さまは優しいから、ひょっとして間違った方向に走っても泣き寝入りされるかも知れないので」
「へぇ」

 

 

 

「こら。そのいやらしい笑みをやめる。でも、お相手をしてくれるのは素直に嬉しい」
「夜の?」
「遊びの。ふざけないで」


ひゅっ。

包丁を鼻一閃かすめた。


「危なっ!」
「包丁にはトリカブトが塗ってあるから」
「死ぬだろ!」


かすってないか慌てて確かめる。

どうやら切れてはいないようだった。

 

 

「彩お嬢さまは、ずっと一人だったから」
「一人? 姉も父親もいるだろ」


母親は……まぁ想像はつくが。


「どちらも多忙だったり、一人を好まれてましたので」
「残った一人が寂しがり屋だったってわけか」
「ちなみに、ぴこぴこのことは私も知ってます」
「ぴこぴこ?」
「え?」
「今、ぴこぴこって言ったよな?」
「……言ってません」
「じゃあなにを知ってるって言ったんだ」
「テレビ専用遊具機」
「…………」
「…………」
「あ、あぁ、テレビ専用遊具機のことか」


無言で包丁を突きつけられたので、納得することにした。


「掃除のときに見つけてしまいました」
「あいつは誰も知らないと思ってるんだろ?」
「海斗と私だけです」
「二人だけの秘密だね」



 

「うん」
「なんだか、ドキドキするね」
「あなたも? わたしも」
「…………」
「……もういい?」
「満足した」
「良識のある範囲で、彩お嬢さまをよろしく」


……。

 

 

 

 

しかし、あいつもやるなぁ。

麗華も彩もしっかりと世話してるというか、心配してるんだな。


「ゲームの相手は正直疲れるが、またときどきは付き合ってやるとするか」


…………。

 

……。

 

 

 

 

「ね、眠れん……」


眠気覚ましのドリンクがバリバリ効いていた。

 

…………。

 

……。

 



 

「す、すまん……今、なんて言ったんだ?」
「何度も言わせるな。礼儀、というやつをオレに教えてくれ」
「……痛い」


自分の顔を、ぎゅっとつねる尊。


「これは夢じゃないのか? あの無作法で無礼な海斗が、僕に礼儀を教えてくれ?」
「酷い言いようだな」



 

「本気か? それ以前に正気か? と問おう」
「ああ、まぁな」
「理由はなんだ。貴様が無意味にそんなことを言いだすとは思えん」
「さあ……オレも少し計りかねてるとこだ」


彩に迷惑をかけていることが気にかかったのか、それともただ、自分に注目されることを避けるためか。

その真意はまだ、わからない。


「冗談じゃないのか」
「ああ」
「……海斗……」


オレの肩に気安く手を置く尊。

 

「無理だ。諦めてくれ」
「なに?」
「僕がどんなに天才で教え上手でも、魚に人間の言葉を喋らせることは出来ない。貴様が礼儀を知るとは、それと同レベルなんだ」
「さりげなく馬鹿にしてるな。それもかなり」
「試しに『ですます口調』で仰れ」
「殺すデスよ。殺すとデスをかけた。上手いだろ」
「誰がシャレを言えと言った!」
「今、『口調でシャレ』って言わなかったか?」
「そうじゃない! 『ですます口調』にしろと!」
「わかったです」
「なんか違うだろ、それ」
「そうですます?」
「愚か者!」


……。

 

 

 



「……ついてくるな」
「お前が引き受けてくれるまではついていく」
「だから言ってるだろう、貴様には無理だと」
「そこをなんとかするのが一流の教師だ」
「僕は教師になった覚えはない。佐竹校長にでも頭を下げてみればいいじゃないか」
「それは断る」
「何故だ」
「……お前だから、頼んでるんだ」
「なんだと?」
「オレが唯一信頼しているのは、尊だけだからな」

 

 

「そ、そうだったのか……」
「だから頼む」
「よし任せろ! ……などと言うわけないだろ! バレバレのウソはやめてくれ」
「ちっ。やっぱりバレバレの大嘘と見抜かれたか」
「ウソはウソで、ちょっと傷ついたじゃないか」
「だけどな、マジで本気なんだ」
「…………」
「少しのアドバイスでも構わない」
「本当の本当に本気なのか?」
「そうだ」
「僕に対し敬服と忠誠心を示し、敬語を使えるか?」
「敬服と忠誠心はないが敬語を使ってもいい」
「…………なら、僕のことは今後、尊徳さん、と呼べ」
「尊徳さん」

 

 

「うわっ! 背筋がむず痒い!」
「お前が呼べっつったんだろ」
「名前だけは尊のままでいい。貴様に『さん』なんて呼ばれたら気持ち悪くて仕方がない。しかし敬語だ。僕に敬語を使え」
「警護する者は敬語から学べってな」
「そんなシャレはいらん!」
「それで、まずはどうしたらいいんだ?」
「敬語」
「……どうしたらいいんですか?」
「よし」


ある程度学び終えたら殴ってやろう。

 

「礼儀と言うからには、言葉遣いだけでなく態度や気配も正しくなくてはならない。貴様の場合、言動に始まり気配までが下品だ。そこのところを踏まえた上で僕と行動を共にしろ。そして、僕から吸収出来るだけ吸収してみるんだな」
「わかった」
「敬語」
「……わかりました」


……。

 


「あそこにいるのは、彩お嬢さまじゃないか」
「そうみたいだな」


窓から外の景色を眺めているようだった。


「さっそく僕に倣ってみろ──おはようございます、彩お嬢さま」

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、彩お嬢さま」

 

 

「えっ!? お、おはよう、ございます」

「なんか驚かれたぞ?」

「当たり前だ。貴様が突然敬語を使えばこうなる」

彩に聞こえないように話す。

 

 

 

「今日もいい天気ですね」

「あ、はい。そうですね」



 

「今日もいい天気ですね」

 

 

「えっ!? は、はい……いい天気です……」

「誰がそのまま言葉を真似ろと言った。これじゃコントみたいじゃないかっ。もっと工夫して喋れ」

「……わかった」

「あの……どうかされたんですか?」

「いえ、特別どうかしたということはありませんです」

「…………」

「実は海斗が、礼儀を学びたいと言い出しまして」

「礼儀……ですか?」

「まずは、荒々しい口調や態度を、僕のようにしたいと泣きついてきまして、はっはっは」

「おい」

「敬語」

「く……」

「そうでしたか、でも、なんか変ですね。いつも普通に喋ってらしたので」

「いえ、それこそが異常だったんです。これからは心を入れ替えて、僕のような正しい人間を目指すでしょう。しかし……それもどこまで叶うか……」

「オレならすぐ成長します」

「オレ、などと言うな。僕……もしくは自分と答えるべきだな」

「……自分」

「よろしい」

 

 

 

「まるで兄弟みたいです。ふふ」

「もちろんオレ……自分が兄ですな」

「なんだ『ですな』って。『です』で区切れダメ弟」

「身長もアソコの長さも自分が上です」

「高さや長さで兄の座を奪う気か! 世の中には、背が低い兄や姉もいる! 惨めでもそんなものなんだ!」


──「へえ……惨めねぇ」

 

 

 

 

 

「はっ!?」


「お、お姉さま……おはようございますっ!」

「おおおお、おはようございます!」

「背が低くて惨めな姉で悪かったわね」

「そそそそそ、それは、海斗が言ったことで!」


勝手に人のせいにする男。


「それはともかくとして、なんか面白いことしてるみたいね」

「そうか?」

「敬語!」

「そ、そうかですかな?」

「…………」

「ぜんっぜんダメじゃない」

「さっきは、結構お上手でしたよ」

「そうですか?」

 

 

 

「ほら」

「そう、ですね……」

「あんたのプリンシパルは?」

「お前」

「……それ、わざと? ふふっ、だったらやるわね」

「怒るな怒るな、わざとじゃねえ」

「敬語!」

「ぐ……なんか知らねぇけど、麗華に敬語を使いづらい。チビで貧乳で傲慢な面を見てると、お嬢さまというより世話の焼ける妹って感じがするからだな」

クロスチョップ!」


──ッ!!

 


「ってぇ!」

「本当に失礼なヤツね」

「ゆ、ゆっくりやればいいと思います」

「わかっ……りました」

「だけどなんで急に?」

「理由を話したがらないんですよ」

「…………」

「ふぅん」


オレと彩を交互に見やる麗華。


「どんな理由があるか知らないけど、彩が相手だと練習しやすそうね」

「私が、ですか?」

「こいつの持論で言うに……少なくとも私よりはお嬢さまって感じがするんでしょ?」

「核ミサイルと子供くらいの差があるけどな」

「敬語!」

「ぐ……」

「いいわよ。期待してないから。ま、せいぜい頑張りなさい」


……。

 

 

 



「なにしに来たんだあいつは……」

「貴様ぁ……敬語を使えと言ってるだろ!」

「当然です」

「ぐぅ~っ!」

「ふふ、お二人とも仲がよろしいですね」

「がーん!」

「死にたくなってきた」

「それは僕のセリフだ!」

「なら頭で窓ガラスを突き破れ」

「なぜっ! 死ぬじゃないか!」

「死ねばいいのに」

「きっさまぁ!!!」

 

 

 

「本当に、仲がいいですね」


……。

 

 


「おはようございます」



 

「おはようござ─────誰?」


……。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 


執事「おはよぅござぃ───……え?」

 

 


「おはようございます」

 

 

「あ、頭でも打ったのか海斗」

「いえ、違います」

「まさか昨日から続けてるのか? 本気で?」

「はい」

「しかも成長している!?」

「自分でもやれば出来ます」

「そ、そうみたいだが……非常に気持ち悪いな」

「敬語を使えと言ったのはそっちです」

「わかった、そこを撤回させてくれ。目上の方に敬語を使うようにし、それ以外は普通でいい」

「……そうか」

 

 

「あれだけ敬語を嫌っていたクセに、凄い進歩じゃないか」

「素直に褒めてくれるのか?」

「貴様と違って捻くれ者ではない。褒めるべき部分は徹底して褒め、叱るべき部分は徹底して叱るのがモットーだ」

「うそくせぇ」

「とにかくその敬語を用い、常日頃から麗華お嬢さまや彩お嬢さまに接することが出来れば、貴様への偏見も少しずつ薄れていくだろう」

「そうだな」

「…………」

「なんだよ」

「なんとなくムカつくな」

「意味わかんねぇよ」

「貴様が真面目だとどうも調子が狂う」

「まさに偏見だな」

「僕は未だに、真面目な海斗をイメージ出来ない。人は簡単に変われるものではないだろう。もっとも、生まれや身分と違って、変えられないものではないがな」

「確かにそうだな」

「少しくらいは応援しておいてやろう」

「ありがとよ」


……。

 

 


「今日はどこか、寄って帰られるんですか?」



 

「…………」
「麗華お嬢さま?」



 

「え!?」


ガバッとオレを振り返る麗華。

その表情は幽霊に出くわしたソレよりも驚きに満ちていた。


「いい、今、なんて?」
「麗華お嬢さま」
「ひいい!」


ぶるぶると身を震わせながら耳を塞ぐ。


「その嫌がらせ効く!」
「こっちは真面目にやってんだ……ですよ」
「ひいぃい!」


苦しいといいながら、ケラケラと笑い出す。



 

「無理無理! あんたと敬語なんて無理!」
「額叩きつけてコンクリ舐めさせんぞ」
「そうそう、あんたそれが普通だから」
「いえ……自分敬語使いますから」

 

 

「ひいいぃ!」

 


「あのな……敬語の度に笑われてたら会話にならんだろ」
「無茶いわないでよ、ふひひひひ」
「なんつーあくどい笑い方だ」
「ほ、本気だったの? 礼儀を学ぶって」


どいつもこいつも、同じこと言いやがって。


「やれば出来る子なんだよオレは」
「やればねぇ……好きにしてみなさいよ。でもちょっと私としては、嬉しくないけどね」
「あ?」
「私としては、あんたの不真面目さを買ってたのに」
「真面目になったらお払い箱か?」
「真面目の度合いにもよるわ。尊徳のようになったらお終いね」
「それだけはないと言い切れる」
「だったらいいんじゃない? あんたにもそれなりの理由があるんでしょ?」
「まぁ……な。それを話す気はないけどな」
「別にいいわよ。と言っても、彩のことでしょうけど」
「…………」
「図星みたいね」
「なんだっていいだろ」
「はいはい、私には関係のないことね。ほら、やるんだったら敬語に戻しなさい。もう笑ったりしないから」
「……はい。麗華お嬢さま」



「…………ふ、ふひひひひひ!!!」

 


「だぁら!」


──!


オレは笑い出した麗華の頭にゲンコツを振り下ろした。

 

 

……。

 

 

 

「ちょっと、頭にコブが出来たじゃないの!」
「どこにですか」
「ここよここ」


ぐいっと頭を突き出してくる。


「髪が多すぎてわかりません。いっそのこと丸坊主にしたらいかがですか?」
「丁寧な言葉でも中身はドロッドロのヘドロね」
「いえ、普通です」
「なんかあんたの敬語って変よね。発音もイマイチだし……英語を日本語訳したみたいよ」
「いいえ、それはペンです」
「そんな感じ」



 

「こんにちはお姉さま、海斗さん」


昼休み、昼食前のオレたちのところへ彩と尊がやってきた。


「あの……ご一緒してもよろしいですか?」

「珍しいわね、あなたがそう言い出すなんて」

「いけません……か?」

「いいわ。座りなさい」

「はいっ!」


ご主人様に認められた子犬のように、パァッと明るい笑顔を咲かせる。


「ふんっ」


朝の食堂ではそこそこ普通に話したが、こいつは、やっぱり機嫌が悪いな。


「お姉さまや宮川さまの好きな物は大体わかってきたのですが、海斗さんはどのような物を好まれるんですか?」

「自分は──」

「なんでも食べるわよ」

「麗華さまのアソコの毛も少々」



「ぶーーーっ!」

 


「どうも、死にたがりの狂人ね」

「落ち着いて下さい。自分は礼儀の中に礼儀を持つ礼儀の塊です」

「どこが礼儀だ! 貴様というやつは! 貴様というやつは!」

「二回繰り返してるぞ」

「貴様というやつは!」

「三回目」

「貴様というやつはぁああああ!」


──!


人様の襟首を掴み、ガクガクと前後に揺らす。


「ちょっとしたジョークだろ」

「限度を知らんか!」

 



──「仕方ないんだな。生物の仕組みなんだな」

 

 


「この腐敗したような臭いと声は……雷太か」

 

 

「やっ」

 

 

 

ごきげんよう皆さん」


一つのテーブルに、ワラワラと集まり始めた。

六人なんて初めてじゃないだろうか。

一気に騒がしくなる。


「兎にも角にも、食事中の話としてはこの世でも底辺の底辺に位置する話ね」

「そうだ。もうこの話は打ち切るべきだ」

「別にいいけどな」

「よくないよ。僕としては解決させておきたい問題だね」

「引っ張るなっ!」

「僕は引けないよ。そう、3次元を否定するいい機会だからね」

「この豚は放っておくとして、相席しても構わないかしら?」

「えっと、お姉さま?」

「初めまして……でいいのかしら?」

「そうなりますわね。けれど互いに自己紹介は必要ないでしょう」

「そうね。相席の件は構わないわ。ただ……」

「心配なさらないで、この豚は別の席で食べさせますから」

「そう、それは助かったわ」

「なんか僕迫害されてる!?」

「臭いもの」

「臭いが……」

「死体と一緒には食べられないわね」

「鼻が腐る」

「目の毒でもあるよな」

 

 

 

「かか、海斗くんまで酷いよ! 僕の海斗くん!」

「誤解を生むからやめろ」

「じゃ、じゃあ僕と一緒に食べようよ!」

「あなた、食堂で食べることを禁じられているでしょう?」


そう言って、鏡花がすっと食堂の壁を指差した。


『奥本雷太の食堂での食事を一切禁ずる』


「お前なにしたんだ?」

「臭いに決まってるだろう。一説では米軍の新型ミサイルに雷太の体臭を使用することを検討しているとかいないとか」

「ぼろくそ言われてるな、お前」

「僕を庇ってくれるのは海斗くんだけだよぉ」

「少しも庇った覚えはない」

「それより僕と、排便について語ろうよ」

「気持ち悪いな。お前もよくこいつをボディーガードに選ぶ気になったよな」

「気が抜けてるわよ? 口調口調」

「っと、そうだったな……」

「外見は0点でしたけど、成績が良かったでしょう?」

「まぁ上から3番でしたから」

「……敬語?」

「僕は優秀なんだな」

「人間としては最低だけどな」

「そのキツイ性格も魅力的だよ、親友!」

「こいつ地中に埋めてきてもいいか?」

「地中が腐るぞ。雷太を埋めると70年は草木が育たないらしいからな」

「生きてても死んでても迷惑な奴だ」

「ここに僕の味方は海斗くんしかいないっ!」


いや、尊に負けず劣らず侮辱してるつもりなんだが。

こいつの目と聴覚にはフィルターがかかってるんじゃないだろうか。


「それで排泄物の話なんだけど……」


そして酔っ払いの如く同じことを繰り返す。


「わかったわかった聞いてやるから急げ」


他の四人は雷太をオレに任せ、すでにメニュー表に視線を落としていた。



 

「お嬢さまたちだって下品に排泄物を出すよね」
「下品かどうかは知らんが、そうだな」
「この辺を否定する男が多くて困るんだよ。それに比べて海斗くんはズバッと言うから好きだよ」
「お前に好まれたくはない」
「麗華お嬢様も彩お嬢さまも、そして鏡花お嬢さまだって例外じゃないよね?」
「お前、色々世間を敵に回したい?」
「真実を追求してるだけだよ」
「するする」
「だよねぇ? 3次元は汚いことだらけなんだ」


すすっとポケットに手を入れて、フィギュアを取り出す。


「だけど2次元は排泄物なんてしないもんね?」
「結局はそれが言いたいだけか」
「2次元は清く正しく美しく、だよね?」
「アニメとかに真実を求めたら、飯も食わないし呼吸もしないってことになるぞ?」
「ご飯は食べるし呼吸もするよ!」
「だったらクソもするだろ」
「しししし失敬な!! 不愉快だよ!」
「…………」


痛い子を見る視線を、他の奴らにもと思ったがまるで空気のようにスルーしていた。


「テメェら、ほんと人間デキてるぜ」


所詮、人は自分が可愛い生き物だからな。



 

「ほら退場しろ」
「僕は、僕は海斗くんを見損なったぞ!」


泣き叫び体臭を撒き散らしながら、雷太は食堂をあとにした。



 

「解雇したくなりますわ」

「すればいいじゃない」

「なまじ成績がいいだけに、切り捨てる口実を作るのが難しいんですの」


表でも裏でも、こんなこと言われてんだろうな。


「悪いヤツではない」

「フォローするか、あいつを。貴様だけ体臭に耐えるし。僕なら嫌いな海斗と嫌いな雷太、どちらかを選べと言われたら貴様を選んでしまいそうだ」

「どんだけ嫌ってんだよ」

「体臭と口臭でポイントを消失している。改善出来る部分なのだから、努力すればいい。日本だから許されるものの、これがアメリカなら肥満は罪になりかねないんだ。努力は誰もが持つ凡才だというのに」

「いや、努力出来る人間は天才だけだ」

「なんだと? また貴様はわけのわからぬことを」

「そう? 私は海斗の意見に賛成ね」

「え……?」

「彩、あなたは尊徳の意見派みたいね」

「努力って、誰もが持つものじゃ、ないんですか?」

「興味深い会話ですわね」

「まったく興味深くない……ですよ」

「麗華お嬢様も、海斗を庇う必要はないのでは?」

「別に庇ってなんかいないわよ。私がそう思うから、賛同したに過ぎないわ」

「なら海斗。お前の考える努力を言ってみろ」

「深く考えることはなにもねぇよ。努力しろ努力しろと誰もが言うが、本当に努力出来る人間は一握りしかいない」

「それは努力していないからだ」

「そう……だから天才だけしか努力出来ない。勉強すれば良い学校に、鍛えればプロの格闘家に。……言うだけなら簡単だ。だから努力は天才にしか出来ないんだよ」

「ふん、ただの詭弁だ」

「努力ってのは自発的なプロセスだろ。本気で努力出来るか手を抜いてしまうか、それらは自身の自主裁量の範疇になってしまう。そこで心理を突く、甘えを一切排除し目標に到達出来るヤツなんて、本当に一握り。そいつらが天才でなくてなんだってんだ」

「だから詭弁だと!」

「そう思うなら、反論すればいいじゃない。納得出来るだけの理由をね」

「努力とは、そういう論理的なものとは、違うかと……」

「お前スポ根好きだからな。努力を美化したくなる気持ちはわからないでもないが」

「くぅ……海斗に言いくるめられているようで腹が立つぞ」

「なんだか、海斗さんのお話を聞いてると、ちょっとだけ悲しくなってしまいますね」

「あらそうかしら? 結構正しそうですけど?」

「努力って、宮川さまの言うように、その……頑張るってことで、素敵なことです」

「…………」

「結果に必ず結びつく、とは言えませんが……その日そのとき努力したことは、必ずどこかで報われるんじゃないかと、私は思います。根拠はありませんが……」

「いいんじゃねえか? 別にすべてを否定するわけじゃない。そんな風に考える努力があって当たり前だ」

「そうでしょうか?」

「ああ。いいと思うぜ、そんな考え。オレは好きだ」

「は、はいっ」

「なら僕にも言えっ!」

「……好きって言われたいのか?」

「考えが正しいってことをだ! 頑張ることは素晴らしいですねって言え!」

「断る」


オレは代わりに、尊の耳元で付け加えた。


「頑張ろうってのは、努力を強制することに近い。つまり根性論になるが……これは今問題視されてる自殺なんかにも直結してくる危険な発言でもある」

「貴様、彩お嬢さまにはいい考えだと言っておきながら」

「それは本当だ。一つの考えとしては正しい」

「口八丁めが」


「それじゃそろそろ頼むわよ」


……。

 



それぞれが注文を終え、メニューの到着を待つ。


「でも、私たちと食事しようなんて、どうして?」

「特別に他意はございませんわ。強いて言うなら、麗華さんのお噂が気になっていたからですわね。文武両道容姿端麗、けれど貧乳と聞いてましたの」

「貧っ……」


ピキッと青筋を立てる麗華。


「とりあえず、最後だけは事実のようですわね」

「この女のクルクルした髪をストレートにしてやろうかしら」

「それは色々問題が発生するな」

「また口調戻ってるわよ?」

「む……」


昨日である程度理解出来たと思ったが、気を抜くとすぐに素が出てしまうな。

思う以上に敬語を使うのは難しい。

二十年近く好き勝手に喋ってきたからな。

仕方がないと言えば仕方ない。

地道に慣れていくしかないだろう。


「面倒だな……」

「えっ?」

「やっぱり、オレには敬語なんて無理」

「三日坊主ならぬ二日坊主ね」

「でも、海斗さんらしくていいと思います」

「自分らしいってのは大切だよな」

「はいっ」

「単純に、我慢と努力ができないだけだろ」


尊の呆れたため息が聞こえてきた。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「そんなにゲームやってて、楽しいか?」
「楽しいですよ? いつまででも出来ます」


テレビ画面では武装した少女がゾンビを撃ち殺している。

実にギャップを感じさせるゲームである。


「つーか、一人用ならオレはいらないんじゃないか?」
「じゃあ私が見てるので、やりますか?」
「なんでだよ。やらなきゃ楽しくないだろ?」
「そんなことない……と思います」
「思う?」
「誰かがゲームをしてるそばで、自分が見ていたことなんてないので」
「そう言えばそうか」
「ささ、どうぞどうぞ」


無理矢理にコントローラーを押し付けてくる。

 

 

「ったく……どうやればいいんだ?」
「まずは新しいデータを作って……」


こうしてゲームに誘われる度、色々とわかってきた部分がある。

彩は半分一人っ子のような性格をしている。

一般的に一人っ子と言うと、『わがまま』『世間知らず』『競争心がない』『場の空気が読めない』『甘え上手』……こんなとこか。

それを彩にあてはめると、どれもが半分ほどあてはまりそうだ。



 

「どぞどぞ」
「ああ」


特別やりたいわけじゃないが(むしろやりたくない)、がっかりされるのもなんなので、やってみることに。


「難易度ってあるぞ」
「初心者で下手な海斗さんはイージーがいいと思います」
「…………」

オレは無言でベリーハードを選ぶ。

 

 

 

「そ、その難易度は無茶だと思います。私でもまだ途中ですし」
「舐められたままでいられるかよ」


それにハードだと言っても、イージーやノーマルとの違いも知らないんだ。

これを普通だと思えばなんてことはない。


…………。


むろん、この後すぐ挫折したことは言うまでもない。

 

……。