ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【18】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


--------------------

 

 

 

 

-倉屋敷 妙編-

 

 

……。

 

 

 

 

 

パーティーが始まって2時間近くが経過した。

食事はほぼ終わり、雑談に花を咲かせていた。

あのツンケンした麗華が、侑祈や尊、彩を交え楽しそうに談笑している。

普段接している見からすれば、やや信じられない光景だ。


「思ったより人を惹きつけるのかね……」


あまりそんな感じはしないが、見ているとそうなのだと思わせられる。

他の連中はどうだろうか。

どいつもこいつも、呆れるほど個性的だからな。


「……意外だ……」


薫は神崎と楽しそうにしているし……と言うよりも、そばで護衛出来てるだけで幸せなんだろう。

その神崎はまだ食べるのに夢中で、忙しそうだ。

佐竹も源蔵の執事やメイドたちと会話している。

年配の中に混じってなにやら話してるツキは見なかったことにしよう。

だが、そんな中、一人だけ浮いた存在がいた。

 



「…………」


一人だけ誰とも口を聞かず、呆然と視線だけが真正面を捕らえていた。

もちろん誰かと対面しているわけじゃない。

時折ポカンと口を開けては閉じ、開けては閉じ。

 

 

 

「じいさんや、晩御飯はまだかのぅ? ばあさんやご飯はさっき食べたじゃないか。そうだったかいのう?」


妙のパクパクに合わせてアドリブを入れてみた。

見事にぴったりと合う。


「痴呆か?」


遠目にからかっていると、妙はスッと席を立ちその場を外す。

不思議と、誰かがそれを気に留めることはなかった。


……。

 

 

 

「はぁ……」


私は、深いため息をついた。


「来るんじゃなかった」


本音とウソが、ポロッと零れ落ちる。

ここに来れば少しはなにか変わると思った自分が情けない。

結局、誰も私には近付いて来ない。

いつも冷たく人を突き放すくせに、気づけば麗華の周りには人がいる。

人徳とかいう、よくわかんないけど、そういうものを麗華は持ってるんだと思う。


「ふんっ」


かつんっ。


そばに落ちてた石ころを蹴ったけど、1メートルくらいしか前に飛ばなかった。

ストレスを蹴っ飛ばそうとしたのに、それが余計ムカついた。

憐桜学園に入学して、もう1年以上経つ。

だけど、私が友だちと呼べる人間は一人もいないまま。

いつもついてくるのは、母が作ってくれたロボットの侑祈だけ。

あんなロボなんかにいてほしいわけじゃないのに。

パッと一瞬屋敷の中が明るくなった気がした。

そして次の瞬間、笑い声が聞こえてきた。

今も食堂で誰かが笑っている。

一つの笑い声は、やがて色々な笑い声と混ざり合う。

私が席を外したことにすら気づいてないんだ。

かれこれ、10分は中庭にいるのに……。

ジッと立っているのも疲れたなぁ。

近くのベンチに腰を下ろして、空を見上げる。

 

 



厚く暗い雲に覆われた空。

そこには小さく星たちが姿を見せていた。

でも薄汚れた雲がその空の美しさに染みをつくっていた。

どこか遠い田舎の空は、綺麗に輝いていると聞いたことがある。

雲一つない、星々が広がる澄んだ夜空があるらしい。


「…………」


両手を膝の上で握り締めた。

少しだけ、涙が出た。

侑祈やお母さんに、私はよく泣く子だってバカにされる。

言われるたびにバカにするなって思ってたけど……。

これじゃ笑われても仕方ないよね。

もう、このまま一人で歩いて帰っちゃおうかな。

だって、誰も、私になんて……。

 

 

──「こんなところで天体観測か?」

 

 

 


オレは厨房からもらってきたオレンジジュースの缶を妙の頬に押し当てる。



 

「ひゃっ!? な、なにすんのよ!」
「差し入れだ」


驚いてた妙を見てから、横に腰を下ろす。

 

 

 

「なに勝手に座っちゃってるのよっ」
「これはお前のベンチじゃねえぞ」
「私が利用してる間は私のもの」
「どんな理屈だそりゃ。とにかく、やるよ」
「私がなにかしでかさないか、探りに来たってワケ?」
「なに言ってんだお前」
「隠さなくてもいいわよ、別に」
「よくわかんねぇけどいいや」
「別になにもしないから戻りなさいよ」
「お前は戻らないのか?」
「騒がしいのは嫌い」
「うそつけ。どう見ても騒ぐタイプだろうが」
「騒がないわよ」
「深夜に芝刈り機で隣人に迷惑をかけるのが趣味なんだろ? 寝静まってた隣人の家に電気がついたらガッツポーズしたりしてな」
「そんな雑用しないっ」
「……どーも突っ込み方が違う気がする……」
「早く戻れってば。邪魔っ」
「そうかよ」


邪魔と言うなら、退散するか。

立ち上がる。


ガシッ。


「…………」


小さな手が服の袖を強く握っていた。


「……早く行けっ」
「いやいや、その手を離せよ」


軽く引っ張ってみても、離れる気配はない。


「なんだよ」
「い、いいわ……暇つぶしに付き合ってあげる」
「断る」
「私の命令を断るなっ」


グイッ。


強引に引っ張りこんで、ベンチへと連れ戻された。

 

 

 

 

「なんなんだ一体」
「どうやら麗華の使いで来たんじゃないみたいだから」
「はぁ?」
「ほら、あれよ……麗華って私をライバル視してるでしょ?」


カケラほどもしてないと思う。


「だからあんたに様子を探らせに来たと思ったの」
「様子を探ってもどうにもならんと思うがな」
「と言うか、なに普通にタメ口聞いてるのよっ。敬語使いなさいよね」
「面倒」



 

「面倒でも使えっ!」
「かしこまったぜ」
「それ使えてないから!」
「ぐちぐち細かいこと言うな、かったりぃ」


ベンチに思いっきり背中を預ける。


「騒がしいのが嫌で逃げてきたんだろ?」
「そうよ」
「だったら大人しく、澄み切った空でも見上げようぜ」
「澄み切った? どこがよ」
「綺麗な夜空じゃない、か?」
「当たり前よ。この辺りは汚染が進んでて汚いんだから。綺麗っていうのは、星が見えるくらいの空よ」


そうか……ここの空は、汚いのか。

星は眩いほど輝いていて、散りばめられているように、オレの目には映っている。


「……そう、そうだったな」
「変なヤツ」
「まともじゃない、かもな」


こんな夜空を、美しいと思ってしまうんだから。

初めて夜空を見上げたとき、その美しさに言葉を失ったこともあった。

世界には、なんて綺麗なものがあるんだろうと思った。

まだオレの知らない夜空があるのか。

想像もつかない。


「あんたさぁ、どこの出身?」

 

 

 

「あん?」
「すっごい態度が悪いよ。ボディーガードのクセに。どこかで教育課程を間違えたに違いない」
「お前みたいなのに言われるとは……」
「少なくとも名家じゃないでしょ? と言うか名家だったら絶対変」
「実は某国の王子なんだ。自分の妃にふさわしい女性を捜しにお忍びで日本にやってきたのさ」
「絶対ない」
「完全否定かよ」
「ほんとのこと言いなさいよ」
「別に……中流家庭さ。裏も表もないどこにでもあるような」
「へぇ。庶民からボディーガードになったのね」
「庶民風情が! とか言うんじゃなかったのかよ」
「だって、一般人がボディーガードになるのって、凄く難しいんでしょ?」
「まぁな」


憐桜学園は、門の広い学園だ。

普通の人間でもボディーガードになる資格は与えられる。

しかし、その人物の経歴が大きく左右することも事実だ。

家の資産や地位も少なからず必要になってくるからな。


「しかも凄く口が悪いし」
「ほっとけ」
「でも、じゃあなんで辞めようとしてたのよ?」
「……なに?」
「一回学園を辞めようとしたんでしょ?」
「なんでそれ知ってんだ」
「ふふん。私は倉屋敷よ? それくらいの情報収集は楽勝」
「これだから権力を軽々しく振り回すヤツは……」
「ねぇねぇなんでよ?」


うるせぇな。

これなら食堂にいた方が良かったかも知れん。

静かに休めると思ったから、出てきただけなんだがな。

妙と落ち着いた会話が出来ると考えたオレが甘かった。


「別に。ちょっと分不相応と思っただけさ」
「庶民風情が、私たち資産家と一緒にいることに対して?」
「やや気に食わない言い方だが、そういうことだ」
「そんなこと気にするようにも見えないけどっ」
「ふん……心はナイーブなんだよ。隣人の電話がやかましいと眠れないようなもんだ」
「よくわかんない例えしないでよ」


少し笑ったあと、妙はジュースのタブに手をかけた。


カチ。


カチッ。


「むぅ……」


カチカチッ。


「うるせえなぁ。なにやってんだよ」
「仕方ないでしょ! 固いんだから」


人差し指でタブを引っ掛けようとしているが、指の力が足りないせいか開けられないようだ。


「子供にも開けられる作りになってるだろ」


カチッ。


「……なってない」
「ったく。貸せ」


パッと奪って、パッと開ける。


「早っ」
「こんくらいウチのメイドでも開けるぞ。よし、開けたついでに飲ませてやる」
「へっ?」
「オラオラ、遠慮せず飲めや」
「あ、ちょ……何勝手に……ごく、ごく……っ、ごぷっ!? げほっ! げほっげほっ!」
「うおっ、吹くなよ!」
「あ、あんだがむりやりのばぜるがらっ! は、鼻に入っだよぉ!」
「ぶわっ、なにそんくらいで泣き出してんだコラ!」


慌ててハンカチを取り出して拭き取る。

常に持たされていて良かった。


「は、鼻が、つーんとする……」
「慌てて飲むなよ。なくならないから」
「キッ!」
「……悪ぃ」


……。

 

「酷い目に遭わされた」
「それもまた人生の経験というヤツだ」
「今のがウチの使用人だったら、クビねクビ。ううん。クビだけじゃなくて再就職も困難にさせてやるとこ」
「人生を崩壊させる気満々だな」
「だけどあんたはウチの使用人じゃないから……」
「無罪放免か?」
「私にも同じことやらせなさいっ」
「……本気か?」
「げほげほ言わせてやるぅ」


オレの手から缶を奪い取り、口に押し付けてきた。


「飲めぇ! 飲め飲めイエィ!」


缶の底が空に突き上がるほど高い角度にされる。


「ちょ……ごぷっ……ごぽ、ぽ……ぶはぁ!!」
「ギャーーー!」


口から吹き出したジュースが、妙に直撃した。



 

「なんでこっち向くのよぉ!!」
「げほげほ……あー酷い目に遭った」
「私の方が酷いっ!」
「この濡れたハンカチで拭けばいいだろ」
「濡れてるからダメじゃないの! もーっ!」


ぷりぷり怒りながら自分のハンカチを取り出した。


「誰かの口に入ったのを吹きかけられたのは生まれて初めてよっ」


まあ、吹きかけられるケースは多くないわな。

 

 

 

 

「はぁーっ。あんたの行為にキレッキレよ」
「キレてなーい」


顎をさっとひと撫で。


「なにそれ……」
「なんでもないからこっちを見るな」
「……なんで私があんたと話さなきゃいけないんだかっ」
「知るか。お前が絡んでくるからだろ」
「そもそもあんたが……」



 

二人で奇妙な言葉のキャッチボールをしながら、パーティーの終わりを告げるまで空を見上げ続けた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文献を読む程度でしかなかったが、今の時代の機械産業について学んだことがある。

技術力がどれほどのものかを表したものだった。

過去より現代まで、人類は様々な発明を行ってきた。

地面を走る車、空を飛ぶ飛行機。

大量殺戮兵器に、治療薬や医療器具。

そして、今現在に至っては人工頭脳を搭載したロボットまで。

と言っても、ロボット産業は始まったばかりに過ぎない。

世界各地、進行形で日進月歩を続けている。

そこに先駆ける形で飛び出したのが、『倉屋敷重工』である。

 

 

 

『錦織 侑祈』。

一見すると、バカで能天気な学生。

だが実際には人口頭脳を搭載した最新型のロボットだ。

もっともこれが『真実』であるとは限らない。

オレが知る限り人口頭脳に関する技術が進歩したと言っても、人間たちと同じように食事し談笑し、そして学ぶことが出来るロボットの存在はやや不可思議だ。

先進国アメリカですら、まだこの領域には踏み込めていないと聞く。

侑祈をロボットだと判断しているのは、あくまで第三者から聞いたことに過ぎない。

それほどに精巧にして精密。

身体が金属であることも確認出来ないし、メンテナンスをしているとも思えない。

しかしながら、侑祈は間違いなく人ではない。

体力による数値は人間が出せる記録ではないし、視力や聴力に関しても常識では考えられないものを持っている。

定義としてはロボットでも、近く親しげな表現を付けるとすれば、アンドロイド、疑似人間と言ったところだろうか。

完璧にも見える侑祈だが、恐ろしいほど知能は低い。

本来、記憶力なんかに関しては、ロボットが優れているはずだが、侑祈の場合はなぜか学習する力が弱い。

そう言ったところがまた、妙な人間臭さを持っている。



 

こいつは『倉屋敷 妙』。

その侑祈を作り出した企業の一人娘。

母親は天才技術者らしいが、その才能は欠片も受け継がれなかったようだ。

勉学は下の下。

体力面でも下の下。

態度は上の上という、やや? 救いのないお嬢さま。

つまり、侑祈と主従関係にある二人はバカコンビというわけだ。

二人の成績を足して、二倍にしても麗華に届かない。



 

「あ、妙ちんなに食ってんの? 俺にも頂戴」

「これはリップクリームっ」

「クリーム? 甘いの? 食べてみてよ」

「こう口の中に入れると、甘さが広がって──」



 

「ぐぺっ! ぺぺっ! 食べちゃったじゃない!」

「うわツバっ! 汚っ!」

「汚い言うなぁ!」


実に面白い二人。

 

「もー! あんたはあっち行ってなさい! しっしっ!」


最近思うことがある。

妙は侑祈をあまり好いていないようだと。

いいコンビだとは思うのだが、妙は侑祈の態度が気に食わないのか、深く接しようとしない。


それはプリンシパルとボディーガードの関係として間違っているとは思わないが……。

倉屋敷重工の手によって開発された侑祈であれば、例外として深い関係でも問題はないはずだ。


「まぁ……バカ、だからな」


妙は意味もなくプライドが高いところがあるせいか、おバカな侑祈を毛嫌いしているのかも知れない。

 

 

 

「朝から賑やかね、あの辺りは」
「オレたちも楽しんでみるか?」
「どんなふうに?」
「麗華が割り箸を鼻と口に挟んでこの場で踊るとか」
「……ちなみに、その間あんたはなにしてるの?」
「その姿を見て笑う」
「凄く楽しそうね」
「だろ?」
「じゃあさっそくやったげるわ。割り箸を挟めばいいのね?」
「…………」
「…………」
「うわぁ! 冗談ですお嬢さま! おやめ下さい! ……とでも言うと思ったら大間違いだぜ?」
「私の心が侵害される可能性があるのに、随分とノウノウとしたボディーガードね」
「頼もしいだろ」



 

「涙が出てくるくらい頼もしい」
「前々から思ってたんだが、この学園は生徒間の付き合いが殆どないな」
「子供でもわかる簡単なことよ」


そう言って、麗華は両手の人差し指の先を、それぞれぐっと近づけて……引き離す。


「S極はけしてS極に引き付けられない」
「お前ら全員サドってことか?」
「あんた、ストレートに受け取りすぎ」
「なんだサド。違うのか?」
「サド言わない! 私たちからしたら、同じお嬢さまはライバルみたいな意識を持ってるからでしょ」
「それはわからんでもない。だが、オレたちボディーガードも似たようなもんだろ。凌ぎを削り合い、互いにライバルとして意識する。しかし練習のあとなんかはよく雑談もするしな」


友人でありながらも、ライバルって感じか。

だが毎日この教室に通っていて見えてきたものは違う。

確かにお嬢さま同士で雑談もあるが、天気がいいだの、お花が綺麗に咲いただの、本当に世間話を軽く交わすことがほとんど。

集団グループが出来ることはまずない。


「お前や彩なんかも、個人的に誰かと遊んでる様子はないしな」
「規則、規律、規制、色んなものがあるのよ。男と違って女は、単純な動物でもないし。男な拳を交えれば友情は芽生えるかも知れないけど、私たちの場合は大抵溝を作ることになるでしょうね」
「そう聞くと、夢も希望もないな」


世間体で抱かれるお嬢さまのイメージが崩れる。


「一昔前までは、互いに交流を深め合うためにときどきパーティーを開いては賑やかにしてたみたいだけど」
「昨日の誕生日は、異例ってヤツか?」
「間違いなく」
「親兄弟も信じなくなった世の中が関係してるのかね」
「あんたは親兄弟を信じてないの?」
「誰も信じちゃいねーよ。ボディーガードとして当然だろ?」
「はぐらかすような言い方ね」
「そうか?」
「じゃあ聞き直すけど、真面目な話どうなの?」
「世界で一番好きなのは家族です」

「棒読みじゃない」
「真実を話すとき棒読みになるんだ。麗華は可愛い」


──!

 

 

 

「殴るわよ」
「もう殴っただろ……」


……。

 

 

 

 



「今日は私が読んだ書物についての話をするわね」


春うらら、陽気な午後の授業。

恒例となりつつある柊教員の独りよがりな授業が始まった。


「また脱線ね」


呆れたように隣でため息をつく麗華。


「侑祈は既に寝る準備してるな」

「あなたたちは、日頃からボディーガードと行動を共にしているけれど、格好いいボディーガードってどういうものだと思う? はい、錦織くん」

「うぇ、俺っ!?」


眠らせる気はさらさらないようだった。



 

「えっと……えー……優秀なこと?」

「もうちょっと具体性が欲しいかな」

「つまり、常時周囲を警戒し、プリンシパルのライフスタイルを乱さないことです」

「模範的な回答ねぇ」

「すんません……。答えはなんなんですか?」


早く寝たい侑祈は、切り上げるべく進んで問い返す。



 

「ズバリ、イケメンであることねっ!」

「…………」



 

「うそ! ごめんうそだから!」


慌てて否定する。

顔が赤いところを見ると半分くらい本気だったか?


「悪いことではないですよね、それ」

 

「えっ? そ、そぉ?」

 

意外なところから賛同者が出てまたも慌てる柊教員。


「外見だけで人物を判断することは最低ですが、外見に関して評価を下すことは必要なことですし。なら、同じ優秀なボディーガードでも、外見が整っている方がいいんじゃありませんか?」



 

「そうなの、それが言いたかったのよ~」


否定したんじゃなかったのかよ。


「やっぱり二枚目のボディーガードの方がいいものね」

「教師として、その発言問題じゃないですか? もっとも俺は超二枚目なので問題ありませんけどね」

「教師としてじゃなく、個人の意見ってことで」


今授業中で、目の前にいるのは教師なんだが……。


「恥ずかしいから黙ってなさいよっ」


グッと袖を引っ張って座らせようとする妙。


「あんたはいいとこ二枚目半でしょ」

「三枚目じゃない? どちらかと言えば」

「痛いっ! 突き刺すような言葉が痛いっ!」


調子に乗っていた侑祈に対してなのか、男子生徒からはニヤニヤとした顔つきをしているものが多い。


「くだらねぇな」


俳優のような格好いいボディーガードだろうが、エイリアンのようなプリンシパルだろうが、そんなことにどれだけの意味があるというのか。


「とにかく、もう座っていいわよ、錦織くん」

「先生は二枚目だと思ってくれてますよね?」

「はい、座って座って」

「お答えになっていただけない!?」

「こほん。今日教えるのは、あなたたちが学んだボディーガードに必要なもの『外伝』よ。一つは外見、他にはなにがあると思う? 今日は木曜日だから……南条くん」



 

「はい」


スッと席を立つ前の住人。

オレには木曜日と薫が指名されたことを絡み合わせるのは知恵の輪より難しそうだ。


「訓練校で学んだこと以外で考えてね」

「……スタイル、でしょうか?」

「うーん間違ってはないけど、外見のカテゴリかなぁ」

「コミュニケーション、存在感、すべて学んだことだし……」


さすがの薫もわからないようだ。


「出てこない?」

「申し訳ありません」

「じゃあ、その後ろの朝霧くん」


「呼んでるぞ」


男子生徒「俺っ!?」


「朝霧はアンタでしょうが。隣の生徒の肩を叩かない」

「チッ」

「二枚目の朝霧くんならわかるでしょー?」

「あいつのどこが二枚目ですかっ! 四枚目もいいとこですって!」

「そんなところで反論するなよ」

「大事なことだろっ!」

「……バカらしい」

「答えてくれないと、評価1にするぞー」

「職権乱用じゃねえか」

「ほらほら。今も答えは出てるわよー」

「答えが出ている?」


軽く推測してみる。

ボディーガードに必要なもの……それが外見というくだらないものであることから、恐らく他もそんな感じなんだろう。

そして、今も答えが出ているということは……。


「人としての個性、つまり性格か?」

「…………」

「…………」

「…………」


なにやら、険しい顔をしたり、ニヤッとしたり。


「……ざぁんねんっ! 正解は、コレ」


口の中を指差す。


喉ちんこ?」

 

 

 

「ちんこじゃない!」

 

「喉ってつけろ、喉って」

「声よ」

「俺のソプラノ調の声みたいな?」

「全然ソプラノじゃねえ」

「さっきからうるせぇなー。色々俺に負けてるからって妨害するなよ」

「…………」


もう放っておくことにしよう。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 



昼休み。

私は侑祈を連れ出して廊下を歩いていた。


「朝霧海斗」



 

 

「突然どうしたの妙ちん」
「なんか変わったヤツよね」
「変態だから」
「あんたには言われたくないと思う」
「厳しいなぁ」
「なんて言うか、ミステリアス?」


誕生日の日、感じた印象だった。

他の人とは違うなにか。

 

 

「まさかちょっと惚れ気味!? やめときなって、あいつは」
「そんなわけないでしょっ」
「だよなぁ……」
「ただ、ボディーガードとしての能力が気になるのよ
「あ、それは俺も俺も」


どうすれば、あいつの力を調べられるだろう。


「ねえ……この間バッジを渡されたみたいね」
「おう。コレね」


侑祈がバッジを指差す。

あのときの説明は、よくわかんなかったけど……とにかくなくさないように言われてたっけ。


「あんた、あいつのバッジ奪って」


なくさないように言われたばっかりでなくしたりしたら、きっと朝霧海斗も麗華も、慌てるに違いない。

 

 

 

「それはまずいって。ボディーガード同士の争いはご法度だぜ?」
「やっちゃいなさい」
「やっちゃいますか? …………本気?」
「木に気と書いて木気(マジ)よ」
「いや、ちょっと違うくない?」
「合ってる」
「なんかややシュート回転と言うか……」
「合ってるってば」


念のために頭の中で書いてみる……うん合ってる。


「そうかなぁ? でも『き』に『き』と書いてって言われても実際のところ伝わって来ないんだけど」
「ふさふさした『木』に念力込めるような『気』」
「……余計わかんなくなったぞ」
「だからバカなのよ」
「もう少し、サルにでもわかるように説明してくれ」
「ロボットならこれくらい理解してよ……ふぅ」
「なんでそこでロボ」
「じゃあアレよ。横線書いて真ん中に縦線書いて交差したところから左にカーブした線を一本と右にカーブした線を一本ずつ書いた『木』」
「もっと難解になった!?」
南海大地震かっ!」
「……えっ!?」
「こ、こほんっ。聞かなかったことにして」
「今のツッコミっ!? 南海大地震かっ! ってツッコミ!?」
「う、うるさいっ……」
「ただ俺としてはわかりやすく本気って字を説明して欲しかっただけなのに、凄いツッコミをされちゃったぜ」
「うるさいってば! そもそも、なんで『マジ』程度の字を説明しなきゃならないわけ? わかってるんならそれでいいじゃない」
「いやほら、しっかりとしておきたいし」
「普段だらしないのに、こんなとこだけ……。わかったわかった。明日までにメモに詳細を書くから。だからそのとおりに行動してね」
「おお。それはわかりやすくていいなあ」
「あの海斗ってボディーガードを探ってやるんだから。願わくば麗華のみっともないところを……ヒヒッ」
「怖っ。今の笑い怖っ」


……。

 

 

 

「なあ、あいつらなにやってんだろうな?」
「私に聞かないで」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

「昨日徹夜して書いた完璧なスケジュール、ふふ、これで、ふふ……ふ、ふわぁぁ」



 

「大きいアクビだなぁ」
「11時過ぎまで起きてたからね。誰かに怒られそうでドキドキしたっ。ちょっと大人になったって感じ?」
「11時って……子どもじゃん(ぼそっ    )」
「11時って言ったら十分大人でしょ」
「どの辺が?」
「テレビで、ちょっと大人なのやってるし……」
「あーまた亜希子さまに内緒でテレビ見てたんですね?」
「ち、ちが……例えばの話!」
「ホントに?」
「ももも、もちろん」
「…………」


「6時以降禁止されてるテレビを、11時頃に見てるわけないじゃない! それに、テレビだって部屋に置いてないし。まさか堂々とオフィスで見るわけにもいかないでしょ?」
「ぺらぺら口が軽いのが気になりますな」
「侑祈が疑ってるから」
「そう言えば、この間小型の液晶テレビ買ってましたよね? 折りたたみ式の」
「なんで知ってんの!?」
「皆知ってますよ。番犬のポチも」
「ポチまで!?」
「と言うより、ポチが情報発信源ですが。こっそり購入した日、ポチに自慢したでしょ?」
「どきっ!」
「友だちがいないからって犬にそういうこと話さなくても……」
「哀れんだ目でみないでっ! うーーっ! お母さんもロクなもの作らないんだからっ」
「いや、皆が待ち望んでたものですから。『アレ』は」
「ふんっ。くだらなーい」
「試作品が完成したとき、号泣して喜んでたのはどこの誰ですかねぇ」
「喜んでないっ! ポチのバカぁ! 帰ったらお腹こちょこちょの刑に処してやるんだから!」
「キャンキャン喜びそうですね」
「ほら、これ!」



 

「おっと。確か海斗を探るメモでしたっけ?」
「正確には、麗華撃沈のための秘策メモ。あとでこっそり読んでおいて」
「んじゃ、ポケット入れとくわ」
「長話が過ぎたみたい。早く行くよ」
「うーい」


……。

 

 

 

 

「今の妙たちよね?」
「多分な」


オレたちが学園に入ってきた直後、妙と侑祈らしき人物の後ろ姿が校舎内に消えていくところだった。


「昨日今日と妙の後ろだなんて、ちょっと気に食わないわね」
「んなところが気になるのか」
「マラソンじゃ、誰かのお尻を見ながら走るのは嫌だから」
「したことあるのか? マラソン


普通の学校なら体育くらいあるものだが、憐桜学園にはそれがない。

お嬢さまたちに怪我をさせるわけにはいかないし、なにより個人の能力が露呈されてしまうからだ。

 

「小さい頃にね。市でやってるマラソン大会に黙って出場したことがあるの」
「黙ってって……危ないヤツだな」

「バレないと思ったのよ」
「結局はバレたわけだろ? なんでだ」
「目立つつもりはなかったんだけど、子供の部で優勝しちゃったのが原因よ。あとでお父さまに絞られた記憶があるわ」
「そうか……」


こいつの幼少期については、あまり触れないでおこう。


「あら? なにコレ」


地面になにか落ちているのを見つけた麗華。


「オレが拾おう」
「お願い」


敷地内だから心配はないと思うが、危険なものであることもありえる。


「……手紙?」


土のついた手紙を、手で払い落とす。


「可愛らしい封筒ね」
「ひょっとするとラブレターかもな」
「ないとは思うけど……差出人は?」
「特に名前は書いてないな」
「中身を確認してみましょ」
「勝手に見ていいのかよ」
「そう言いながら開けてるじゃない」
「開けちゃいけないものを見ると開けたくなるんだよ」
「泥棒みたいな発言ね。さすがにピッキングを特技にしてるだけあるわ」


カッターの刃が仕込まれてるなんてことはなさそうだ。

とすると、純粋に落とし物だろう。


「……ん? これは」
「見せなさいよ」

 

 

 

 

「あ……」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

「……そして、次に狙うのが木(×)命の二階堂麗華。回(×)りのお嬢さまや教師にはいい子ぶってるけど、実は対(×)したことのない頻(×)乳のお嬢さま」

 

「ぅん~~っ! んんんーーっ!!」

 

「木(×)来なら私が完膚なきまでに叩きのめすんだけど、学園では採取完備? ……あぁ、才色兼備で通ってるからあまり表だって叩きのめすわけにはいかないの」

 

「んーーーーー!!」

 

「そこで侑祈に指示を出すわ。まずは麗華のウィークポイントであるはずのあさぎり海斗から攻めて行って」

 

 

 

「うん、うん」

「なるほど、海斗がウィークポイント、ねぇ。確かに私を叩きのめすなら、そこから狙うべきよね」

「それにしても見事なまでの誤字だな。何故か妙に難しい漢字知ってるし」


普通貧乳の『貧』は出ても頻繁の『頻』のが難しいだろ?


……どっちにしても低レベルだけどな。


「ちなみに、私が見つけたあさぎり海斗の特長(×)を書いておくからなにかの参考にしておいて」

「ほう。それは楽しみだな。なんて書いてるんだ?」

「まず、知能は激しく低い」

「テメェには言われたくねぇよ」

「ひぅっ!」


デコピンでも食らわしてやるところだが、それは侑祈がさせてくれそうにないので喝を浴びせておく。


「次に普段からボディーガードとしての常式(×)が欠落しているのか──」


欠落しているのは、漢字の知識だと思う。


「どうもぼんやりとしているケイ向にあるみたい。そこを突けば簡単にギャフンと言わせられそう」

「今時ギャフンはないだろ」

「昔でもないと思う」

「んんんんっ!!」

「それから追記として、前に侑祈が話してくれた、海斗の弱点を書いておくね。海斗は一見弱く見えるけど、実は強い。へぇ」

「侑祈の勘違いだけどな」


それに、手紙にも『実は強い?』と疑問になっている。


「それと、海斗は日本男児とは思えないキョコンだ。へぇ、巨根なの」

「お前、なんつーこと教えてんだ」

「意味はわかってないみたいよ。ところでキョコンってなに? って小さく # して書いてるし」

「普通は※じゃないか?」

「でも事実じゃん」

「この場合事実かどうかは関係ないだろ……」

「大きすぎるのも悩みというヤツね?」


別に悩んだことはないけどな、そんなことで。


「欧米か! って何度も突っ込んだくらいですから」

「欧米くらす……へぇ」

「悟ったような頷きしてんじゃねえ」

 

「?」


一人だけクエスチョンマークが浮かんでいた。


「さて、巨根の話はまた今度するとして」

「しねーよ」


ペシッ。


「ひぅ!」

「随分と、体型に似合わない大きな企みねぇ」

「体型は負けてるだろ」


バキッ!


「顔! 顔!!」

「さて……計画は目前にして破綻したわけだけど。なにか制裁を加えておかないと、また悪い芽が出そうね」

「むー! むぅーっ!」

「海斗、鼻血でてるぞ」

「そうか。どうりで鼻がスースーすると思った」

「じゃ、そろそろ口を解放してあげなさい」


「はい麗華お嬢さま」


今まで妙の口を塞いでいた侑祈の手がどく。



 

「ぷぁっ! なにしてくれちゃってたの!」

「変な日本語」

「侑祈も侑祈で、麗華の言うこと聞くなぁ!」

「だって、麗華お嬢さまの方が可愛いし」

「それ全然関係ない! と言うか麗華は可愛くない!」

「自分のほうが可愛いくらい言えよ」


オレは発言してから、ハッと息を呑む。


「あ……いや、悪い。今のは聞かなかったことに」


「な、なによそれぇ!」


ぐじっと涙目になる。


「どうどう」

「どうどうじゃない! 侑祈のバカ! 大切な手紙を落とすなぁ!」

「それはごめん」

「謝っても遅い! このポンコツ!」

 



「前から思ってたんだけど、あんたどうして私を敵視してるわけ?」

「別に……敵視なんてしてないし」

「こんなメモ書いてるのに?」

「それ、本当に私が書いたのかなぁ?」

「なんなら、筆跡鑑定してもいいんだけど?」

「……ふんっ」


さすがに筆跡鑑定から逃れる自信はないようだ。


「これでも、特別誰かと関わらないようにしてきたつもり。気に食わないところがあるなら言ってみなさい。もっとも誰かに指図されたことを私が実行することは、まずないけれどね」

「言う意味がねーな」

「参考までにってヤツ」

「別になんでもないって言ってるでしょ、首席っ!」


「それか」
「それか」


麗華が学年で一番なのが気に入らないらしい。

その主張もわからないではないが……下で1、2を争ってる妙に言われると麗華としても苦笑いするしかないだろう。

ただのやっかみだ。


「とにかく、なんでもないんだからっ」

「そ」

「それより、この男どうなの?」

「海斗?」

「前にもちょっと言ったけど、どうしてこんなボディーガード選んだの」

「いいじゃない。常識外れで。学年でも優秀なお嬢さまが、ボディーガードでも底辺の男をそばに置く。今までの憐桜学園にはなかったことだし」

「納得いかない」

「私の勝手じゃない。どう選ぼうが」

「納得いかないー!」


「不満みたいだな。この心境はアレか? ライバルには負けたくないが、ライバルにはしっかりとしてもらいたいっていう……」

「戦い終わったあとで『あなたもやるわね』って認め合うあのパターンを夢見てるんだろうねぇ」


確かにオレがボディーガードじゃ、麗華が軽く見えてしまうかも知れない。


「いいわ。ならこうしましょ。もちろん海斗と侑祈、それから妙が納得するならの話だけど」


チラリと麗華がオレたちの方を見る。


「数日間、学園にいる間だけボディーガードを替えてあげる」

「へっ?」

「おいおい」


麗華のヤツがとんでもないことを言いやがった。


「さすがに学園外では無茶だけど、それくらいなら大きな問題はないでしょ」

「賛成!」

「あんたは黙ってる!」


パコン!


「あてっ」

「なんか企んでる?」

「なんで私が企まなくちゃいけないの。あんたが海斗を選んだ理由がわからないって言うから、どういうボディーガードなのか知ってみたら? と思っただけ」

「…………」

「お前はお前で問題のお嬢さまだが、色んなものが欠落してる妙は勘弁願いたい……」



 

「よーし、受けて立つ!」

「…………」

「侑祈、数日間海斗とチェンジ!」

「あいあーい」

「軽っ。お前それでいいのかよ……」

「妙ちんを守ることは重要だけど、最優先なのは妙ちんの命令だからねぇ。それに数日間とは言え、麗華お嬢さまのボディーガードになるのはボディーガード冥利に尽きると言うか」

「こっちはいい迷惑だぜ」

「別に大した変化はないわよ。学園の中じゃ移動することも少ないんだし」


トイレと昼休みくらいなもんだが……。


「じゃ、今からさっそく交代しましょ」


席を立って妙に移動するように促す麗華。


「しっかりしてよね」


ぽんと隣に腰を下ろす妙。


「それから麗華。念のため確認しておきたいんだけど」

「なによ?」

「交代してる間は、私が海斗にとってのプリンシパルよね?」

「そうよ」

「つまり……私の言うことは、海斗にとって絶対よね?」

「一般的に解釈すれば」

「ふふん。そーぅ」

「なんだそのニヤついた顔は」

「あともう一つ。確かに家の中までボディーガードを変えるのは問題だけど、帰宅するまではいいんじゃない?」

「それは問題だろ」

「なんで? 言えもそばじゃない」

「……そうなのか?」

「私の屋敷から徒歩5分」

「近いな、それは」

「ここに通ってるお嬢さまのほとんどは隣人みたいなものだし」


それだけ金持ちがあの区域に集中してるってことだな。


「でも、さすがに学園外は賛成しかねるわね」

「なによ、ビビってるの?」

「…………」

「図星ぃ?」

「いいわ。帰宅するまでにしましょ」


「挑発に乗るなよ」

「乗ってない」


どう見ても乗ってるじゃねえか。


「決まりね」

 



……なにも起こらなきゃいいけどな。

 

……。

 

 

 

放課後がやってきた。

 

 

「じゃ、頑張りなさいよ」


スッと席を立つ麗華。


「お前はこのまま真っ直ぐ帰るのか?」
「特に寄るところもないし。それに、あまり一緒にいたくないしね」
「侑祈のことか?」
「ロボットってことで、まだマシだけど」
「…………」


そういや、こいつはそばに誰かを置くのが嫌なんだっけか。

言うことを聞くだけの~
みたいなことを言ってた気がするが。

オレに対してそんな素振りを見せたことがないからあまり意識したことはなかった……。


「本当に良かったのか? あんな話して」
「数日の間だけよ。それにあんたの横暴さを見たら、すぐに取り消してくるかも」


それにしても……。


「なぁ、なんでオレを選んだんだ?」
「今更ね」
「今改めてそう思ったからな」
「直感。感性。同調」
「あん?」
「帰る。ロボ。帰るわよ」


「なんでロボ?」


スタスタと歩いていく麗華を慌てて追いかける侑祈。

一度立ち止まって、オレに振り返る。



 

「海斗」

「なんだよ」

「絶対に妙ちんを危険な目に遭わせたりするなよ?」

「ああ」

「絶対だぞ」

「そんなに睨むなよ」

「え、オレ睨んでる?」

「今は睨んでない」

「なんだそりゃ」


「ロボっ! 早く来なさい!」

「はいはいーっ」

 

 

 

妙を守るための護衛ロボット、か。

基本的には三原則に縛られてるんだろうが、もしものときは容赦ないんだろうな。

容赦なく人を殺しそうな眼光を見れば、一目瞭然だった。

妙は不満そうだが、あいつの護衛は心強いはずだ。

トラックすら簡単に持ち上げるパワーに、100メートル10秒を切る素早さ。

常人を遥かに凌駕したパワーと素早さに加え、数多くの武術や体術を完璧に使いこなす。

訓練の際の動きを見るに、相当な質と量の戦いにおける経験がインプットされている。

どちらかが死ぬまで殺り合ったなら、オレも無傷じゃすまないだろう。


「……さて」


麗華や侑祈のことはひとまず忘れるとして……。


「くーーっ、くーーっ」


豪快に机に突っ伏して寝ているお嬢さまを送るとするか。

こいつ5、6時間目と爆睡してやがったな。

ここまで堂々と寝るお嬢さまは、妙くらいなもんだろう。


「どうするかね、コレ。……鼻と口を手で押さえてみるか」


強引にでなく自然に、そっと手を添える。


「…………」


10秒経過。


「…………」


20秒経過。


「…………」


30秒経過。


「…………」

「…………」

「おいっ!」


ペシッ!


「はうっ!」


首筋に手刀を落として、抜けかけの魂を元に戻す。

 

 

「なにするの!」

「静かに永眠しようとしてるからだっ」
「永眠?」


どこか身体が悪いんじゃないだろうか?

 

 

「真っ直ぐ帰るだろ?」
「ううん」
「……真っ直ぐ帰ろうぜ」
「やだ」
「おいっ」
「どうして私がボディーガードに指図されなきゃいけないの?」
「そりゃ、そうだが……」
「私は私のしたいように行動するから」
「例えば?」



 

「今から遊園地に行く」
「絶対ない」
「なんでー?」
「考えなくてもわかるだろ、それくらい」
「じゃあ動物園」
「発言レベルに変化がない」
「こんなボディーガード初めてっ!」
「オレもこんなお嬢さま初めてだぜ……」


なんとなく、憐桜学園の凄さがわかった。

学生のうちからこれだけ我儘なお嬢さまと接してれば、将来誰かを護衛するとき忍耐強い護衛に成長しているはずだ。

 

「いくら侑祈に頼んでも連れて行ってもらえないから、チャンスだと思ったのにぃ」


まさかこのために、好感を容認したんじゃ?

まさか……いや……ありえる。


……。

 

 

 



「なんか背中がもにゅもにゅする」
「なんだそりゃ」
「侑祈以外のボディーガードが、久しぶりだから」
「そうか、麗華と違って普通はボディーガードがついてたりするもんだしな」
「まぁね。でも、無口で無愛想なボディーガードばっかりだったけど」
「普通だろ」
「常にサングラスかけて、周囲ばっかり見てるの」
「だから普通だろ」
「普通なんだけどね」
「だからそう言ってんじゃねえか!」
「……なに一人で怒ってるの?」
「なんでもねぇ」
「もう少しお嬢さまに対する言葉遣いにならない?」
「ならない」



 

「生意気」
「お前も十分生意気だ」
「こんなののどこがいいんだか」


こいつに言われるとすげームカつくな。


……。

 

 

 

「いつもなら、ここから車で帰るの」
「今日もいつものようにしてくれ」
「無理」
「なんでだよ」
「そばに男の人を連れてるって知れたら、海斗頭を撃ち抜かれるんだから」
「マジで? ボディーガードなのにか?」
「うん」


どうやら侑祈以外の人間は、ボディーガードだろうと容赦しないってことか。

 

 

 

「だから、今日は侑祈と歩いて帰るって連絡しておいた」
「その侑祈が先に帰宅したらわかるんじゃないか? 妙が一人、あるいは他のボディーガードと一緒にいるって」
「ステルスモードにして、外で待機してるように言ってあるから」
「ちょっと凄そうなモードだな」
「屋敷のそばのゴミ箱の中に隠れるの」
「全然大したことないモードだったな」


……。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」
「なんだ」


帰り道、少し距離の開いたオレたち。

無言だった空気に耐えられなくなったのか、妙が口を開いた。



 

「海斗はどこから来たの?」
「その質問は聞き飽きた」
「聞くの初めて」
「うそつけ」
「調べてもわからないなんて、なんか変」
「調べるような過去がないだけだ」
「ふーん。なんか納得いかないなぁ」
「どいつもこいつも、過去を知りたがる」
「麗華とかにも聞かれる? やっぱり」
「まぁな」
「なんか普通の人と違うよね、海斗って」
「そうか?」
「荒々しいって感じ」
「言葉遣いが汚いからだろ」

 



「うんうん。それは間違いない」
「お前こそ随分と頭は悪いし、行動も子供っぽいよな」
「う、うるさいなぁ。別に頭悪くないしっ」
「本当にあの倉屋敷重工の一人娘か?」
「正真正銘のね」
「全然見えん」


倉屋敷重工と言えば、最先端技術をいく世界でも有数の技術力を持ってる。

こいつの母親らしいんだが……。

どうにもこうにも、信じられないと言うのが本音だ。


「私はこう見えても博識──」
「ちょっとこっちに寄れ」
「ひゃっ!」


前を歩く妙の腕を引っ張り、胸元近くに引き込む。



 

 

「な、ななな、何すんのっ、エッチっ」
「勘違いするな」


少し距離を離して、隣を歩かせる。


「こっち見てるヤツらいるだろ」


そっと耳打ちするように教える。


「ほんとだ」


オレはそいつらに何度か見覚えがあった。

麗華と帰宅する際に、たまに見かける男たち。

年齢は十代後半から二十代前半。

茶髪にピアス、不良座りといった典型的な外見のワル。

どれだけ悪を排除しても、必ず悪は存在する。

あいつらを悪と判断するのは早いか。

現状は『悪そうなヤツら』……だな。

 

「なんか怖そう」


少し怯えたような顔を見える。

普段車で帰ってる妙には、見る機会がなかったんだろう。


「アレはなに?」
「悪ぶりたい年頃の若者。格好つけ屋ってことだな」
「そうなんだ……テレビだけかと思ってた」
「お前テレビ見るのか?」
「……たまに、ちょっとだけね」
「ならわかるだろ。じろじろ見てると声かけられるぞ」
「うん」


そう言いながらも、物珍しいのかジッと見つめていた。

そして、それが男たちに目をつけられる最大の要因となる。

妙の視線に気づいた男が、ニヤリと笑った。


「ちっ」


男が立ち上がると、周りにいた男たちも気づき、ぞろぞろと揃ってこっちに歩いてきた。


「なんか、こっち来てるよっ?」
「お前がジロジロ見てるからだ」
「だ、だって……ベロにピアスしてるから……」


すっぱそうな顔をしていた。


──「ねえ彼女」


すらりとした外見の男が、妙に声をかけた。


「な、なに?」

「おれのことジッと見てたけど、なんか用?」

「別に……」

「別にってことないでしょ? ねぇ?」

「お前、オレらが誰かわかってないんじゃないか?」

「なにが」

「制服見ればわかるだろ」

「そこのお嬢さまガッコだろ? 知ってるよん」

「だったら、今やってることがどういうことかわかるな?」

「やってること? 声かけてるだけじゃん」


ドン、とオレの肩に身体をぶつけてくる。


「道を塞いでるってことは、お嬢さまの妨害をしてるってことだろ?」

「失礼だなぁ。別に塞いでなんていないぜ」


随分と慣れたような態度だ。

ひょっとしたら、こんな行為をするのは初めてじゃないのか?


「それにしても、キミ可愛いね」

「…………」


ネジが外れてる妙も、さすがに元気がない。

オレの横で小さくなっていた。


「こう見えてもおれたち、結構モテるんだぜ?」

「そうなのか。世の中ゲテモノ食いもいるもんだな」

「へへ、そうだろ? お嬢さまも変わってるよな」


軽く挑発するも、まるで乗ってこない。


「変わってる……って」

「そ。おれら憐桜学園のお嬢さまと親しかったりするわけ」

「…………」

「色々、深い仲だったりするわけよ」


そう言えば、訓練校時代話に聞いたことがある。

憐桜学園のお嬢さまたちが世間に疎いのをいいことに、食い物にした事件が幾つかあったと。

これは、けして表に出ることはない。

弄ばれたお嬢さまが、実際に何人いて、誰なのかは一部の人間しか知らないことだ。

その『事実』を親たちは絶対に表沙汰に出来ないから。

お嬢さまを守りきれなかったボディーガードは当然解雇されたらしいが。

そのときにお嬢さまを襲った男たちは逮捕されたが、撮影されたと思われる写真のネガの流出なんかで騒がれたとも言ってたな。

どれだけ警備が厳重になろうと、犯罪をゼロにするなんてことは出来やしない。


「おれの親父さ、医者なんだよね。それも教授」

「…………」

「あー、これって自慢にならないか。キミのとこの方が何倍もお金持ちだし」

 

 

「海斗、行こっ」

「そうだな」


幾ら強がって見せても、こんな人通りで迂闊には手を出せないだろ。

少し強引に男たちを振り払う。


「ち」


やっぱりな。

なんだかんだ言っても、口先だけだ。

しかし……次の瞬間男は予想外の行動に出た。


「あっ──!」


妙が手にしていた学生鞄を奪い取ったのだ。

そして一斉に逃げ出した。

相手が一人二人なら盗らせやしなかったが、五、六人に囲まれるようにされていたこともあり、阻止することが出来なかった。


「ど、泥棒っ!」

「ちっ……」

「海斗、鞄取られた!」

「わーってるよ。……この辺も物騒だなっ」


オレはどうするか思案する。

すぐ追いかけることも出来るが、妙を残していくわけにもいかない。

かと言って妙を連れて行くわけにもいかない。

ポケットに手を伸ばし、携帯を取り出す。

ひとまず警察に連絡してから……。


「いや、待て」


携帯を閉じ、ポケットに戻した。

なにか違和感を感じる。

なんだ、この違和感は。

犯罪者にとって刑務所に近い感覚のこの街で、リスクを犯してまで学生の鞄を奪うか普通。

まして真夜中でもない、真昼間に。

この間麗華を誘拐しようとしたヤツらといい、昼間から行動を起こすのが好きな連中だ。

これだけ周囲に人がいるにも関わらず……。


「そう、周囲には……」


辺りは大勢の人間が行き交っている。


「…………」


ただの不良? 本当かよっ。

オレは妙の腕を引く。


「走れ、追うぞ」


……。

 

 

 



「はーっ、はーっ、苦しいーっ!」
「まだ50メートルくらいしか走ってねぇ!」


だらんと力が抜けた妙を、強引に引っ張る。

オレは男たちの走り去る背中を逃がすまいと追った。


……。

 

 

 

 

男たちの背中を必死に追って来た。

たどり着いたのは人気のない倉庫街だった。

ま、この辺りで人気のない場所に行こうと思ったら、この倉庫街か禁止区域になるからな。



 

「はぁ、はぁはぁ、はーっ……」

「……倉庫の中か」


扉が閉まる音が微かに聞こえてきた。


「も、もうダメ……一年分くらい走ったっ……」
「体力ねぇな」
「うるさいっ。この役立たず!」
「…………」


事実なので、反論出来ない。

麗華のときなら、こんなことはなかったってのに。

どこか油断していた自分に苛立ちが募った。


「待てよ?」


今回油断したときに限って?

……なにか、きな臭いな。

それにさっきの周囲の人間。

別に殺人が起きたわけじゃないが、人が鞄を盗られる犯罪が起きた割に、騒ぎはなかった。

他人がどうなろうと知ったことじゃない。

そう言われてしまえばそれまでだが……。

明らかに不自然すぎる。


「…………」


ある一つの予感。


「少し後ろをついてこい。絶対に離れるな」

 

 

 

「わ、私も行くの?」
「ここに一人で残りたいか?」
「絶対やだ」


もっともどちらを選んだとしても、変わりないだろうが。


「なら、しっかりついて来い」
「うん」


ぎゅ。


「…………」


指先が、オレの学生服の裾を握っていた。


……。

 

 

 

まだ夕方前だと言うのに、薄気味悪い倉庫。

前に来たとき同様、埃っぽい。


「へへ」

 

「あ、いた……」


隠れようともせず、オレたちの視線の先には男たち数人がニヤニヤとこちらを見て笑っていた。

手の上で妙の鞄を回している。


「警察も呼ばずに、よく追いかけてきたなぁ」

「さっさと返してもらおうか、その鞄」

「そうはいかねぇよ」

「お前らが欲しいのは、そんなものじゃないだろ?」

「へぇ、ひょっとして女の子と遊ばせてくれたりするの?」



 

「え……」

「確かにここまで追いかけて来たはいいけど、あんた一人じゃボコボコにされちゃうだけだもんね」

「…………」

「いいよ。その子置いてってくれるなら見逃しても」

「じゃ、あとよろしくな妙。色々可愛がってくれるから」

 

「か、海斗っ!?」

「なんて、冗談だ」

「冗談って酷い!」

「冗談なんだからいいじゃねえか」


「…………欲しいもの、置いていってくれるんじゃないの?」

「誰も欲しいものを置いていくなんて言ってないだろ。欲しいものがなにかわかっただけだ」

「へぇ、じゃあそれってなにかな?」

「正確には物が目的ではなかったんだろうが……欲しいものを例えるとするなら、ってことだが。コレだろ?」


「え?」

「…………」


男たちから流れてくる空気が変わった。

オレが指し示した物、それで合っているようだ。


「どうやらビンゴだったみたいだな」

「なんでわかった」

「理由は幾つかある」

「是非全部聞かせて欲しいなぁ」


「ね、ねえ、どういうこと?」

「こいつらはただの不良じゃないってことだ」

「不良じゃ……ない?」

「まず、最初に引っかかったのは、お前らの現れた時期が、ちょうどコイツ……襟首につけたバッジを配られた直後からだったこと」

「…………」

「次に感じたのは違和感。どう見ても柄の悪い雰囲気のお前らを、一般人が極端に避けたり、不満、あるいは恐怖の視線をやることがなかったこと。これは恐らく、事前になにかするであろうことを周辺の市民に伝えていたからだろうと思った。警察なんかにも手回しをしてる可能性が高いな。そう……憐桜学園でテストを行うのでご協力お願いします、とでも言ってな」

「……そ、そうなんだ……」

 

 

 

「お前らの格好がありきたりすぎるのも一つだな。今時不良ですって雰囲気まとったヤツらばかりってのも変だ。自然と訓練校で習ったことを思い返させる外見。医者の息子だと言う割には体型はしっかりしてるし、オレたちを囲むときの身のこなしは素人じゃなかった」

「さすがだな……まさか、そこまで見抜いたのか」

 

「まだあるぜ?」


笑ってみせると、男の顔から笑みが消えた。

 

 


「あんたらは妙に興味がある素振りをしながらも、必要以上に触れようとしていなかった。普通女に声をかけて止める時、軽く腕を握って逃がさないようにしたり、あるいは囲みこむようにして包囲するのが定石。ところが、お前らは全員オレに意識を集中させていた。むろんボディーガードを警戒してってことも考えられるが、その時点で既に半端な不良でないことはわかる。不用意に妙に触れなかったのは、お嬢さまとして傷つけないように配慮したんだろ? そして最後確信を持ったのは、お前らの逃げる足の速度、そして動きだ。振り切ることは簡単なのに、あえて追いつける速度で逃げていた。まぁ、誘い込むための罠ってこともあり得るが、これだけのヒントがあれば嫌でもわかってくる。つまりお前ら全員───」


「見事だ」


ぱちぱちと拍手が漏れる。


「察しのとおり、おれたちは試験官さ」


試験官……。

佐竹と話していた先日の会話と繋がっていく。


「いや、ここまでの男とはね。さすがに一番の要注意人物なだけはある」

「…………」

「一人の生徒に一人の試験官ってのが普通の割合らしいんだけど、キミには六人だ」

「そりゃ買いかぶりすぎだな」

「佐竹校長が、随分キミを買っていたよ」

「それで、大人しく帰れるのか?」

「残念ながら……それは無理だ」


男たちはヘラヘラした表情を捨て、鋭い視線へと変貌する。


「おれら全員、自衛隊経験者でね」

「…………」

「バッジを頂くことでボーナスが入るんだよ」

「そうか。やっぱこいつはただの飾りじゃないってことか」


なくすなと念入りに教えられたのは、こういうときのためってことか。

バッジをなくした者は、即ち学園の罠にやられたってことだ。

ペナルティがあるかどうかは知らないが、少なくともなんらかの影響は及ぼすだろう。

 

「少し下がってろ、妙」


なによりもありがたいのは、妙を狙う者がいないことだ。


「え、あ、うん……」

「別に学園側の評価が下がろうと興味はないが……タダでやるほどお人好しでもないんでな」

「だったら、少し痛い目に遭ってもらうぜ」



 

相手は精鋭六人。

当然一対一などあり得ない。

オレを逃がさないように素早く囲い込む。


──ッ!!


「っと!」


早い突き。


「しぃや!」


──ッ!!


拳からの連携で繋ぐ蹴り。

自衛隊経験者と豪語するだけあり、動きは軽快。

一撃も重そうだ。


「マジでやれってことでいいのか?」

「手を抜いても構わないぞ?」

「……遠慮したほうがよさそうだ」

「はっ!」


「っせぁ!」


──ッ!!


殴りかかってきた拳をかいくぐり、隙の生まれた脇に蹴りを叩き込む。


「が……」


呼吸が出来ず動きが硬直したところで、さらに蹴りをぶち込んだ。

地にひれ伏すが油断は出来ない。


「やるじゃないか」


不適に笑った男は、ズボンから光モノを取り出した。


コンバットナイフ。


刃渡りは20センチ弱といったところか。


「俺は無人島で半年、このナイフ1本で生き延びた」

「なんだと?」


にやりと歯をこぼす。

かなりのサバイバル技術を持ち合わせてるってことか。


「クククッ」

「ちなみに、どこの無人島だ?」

江ノ島

 

 

「そこ無人島じゃねえ!」

 

 

バリバリの観光地だ。


「ちゃあ!」


ツッコんでる間に、間合いを詰めて来た。


「もちろん油断させるためのジョークさ!」


──ひゅっ。


小さなナイフがオレの顔手前、僅かな距離を一閃した。


「マジで刃物振り回すかっ……」

「関係ないね。切り刻んでやる!」

「ほんとに試験官のセリフかよ!」


──ひゅっ。


お構いなしに、男は斬撃を繰り出す。

それをかわすと、次は蹴りが飛んできた。


──ッ!!


空手に似た蹴り方だが、実戦で相手を確実に仕留める蹴り。

さっきの冗談はともかくとして、実力は本物のようだ。


「くっ!」


紙一重で蹴りをいなす。


「ちなみに、俺が言った無人島の名前は、佐渡島だ!」


「な───!?」



そ、そこも無人島じゃねえ!

 


「隙あり!」

「あぶなっ──!?」


──ひゅっ。


紙一重で、ナイフの切っ先をかわす。


江ノ島だの、佐渡島だの……ただの観光地じゃねえかよ!」

「金山を求めてなにが悪い!」


──しゅぱっ。


「結局見つからなかったけどな!」

「あ、当たり前だっ」


その一言に動揺したオレは、ナイフはかわしたものの、繰り出された左拳を交わせず、脇腹を直撃された。


──ッ!!


「がっ!」


倒れはしなかったが、確実に大きなダメージを与えられた。


「くっ……アホな会話に気を取られすぎた……」


一撃で足に負担が来た。

さすがに訓練を受けた一人と言ったところか。

的確に急所を狙いやがる。


「そろそろ、このナイフで切り裂いてやるぜ」


舌先でナイフを舐める。

ちょっと舌が切れたみたいだが、気にした素振りはない。

どこまで本気かわからないが、目は完全にイってやがる。

明らかに理性を失っていた。


「どう考えても試験官に不適任だな……」


半ば呆れながらも、力は抜かない。

やるしかないか。

試したことはないが、相手が刃物を持っているなら、むしろチャンスだ。

バックステップで距離を取り、僅かでも足の回復を試みる。

勿論相手がそれを許さない。


「ああああっ!!」


──ひゅっ。


幸いなのは、ナイフから繰り出す攻撃に大振りなものが多いことだ。

それが、隙となる。

今までの切りをかわされ、パターンを変え突き出してきたところを迎える。


「だあああ!!!」


今───


「はあっ!」


──ッ!!


突き出されたナイフをかわし右手を掴むと、それをいなすようにして、力の全てを跳ね返した。


「がはっ!」

「悪いな……峰打ちじゃないぜ」


ナイフの刃は、深々と相手の腹部に突き刺さった。


「この感触は……まぁいい」


崩れ落ちた男の頭を思い切り踏みつけ、完全に意識を断ち切ってやる。

男たちの中でざわめきが起きた。

 

 

 

「来いよ。まとめて相手してやる」

 

 

 

 

 

「もっとも手加減しねぇから、覚悟だけはしておけよ」


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

「……終わった、の?」
「ん? ああ。待たせたな」


汚れた拳を軽く拭いて、鞄を妙に手渡す。


「悪かったな。色々面倒に巻き込んで」


オレの油断がなければ、ここまでさせずに済んだ。

もっとも、時期をおいて狙ってきたかも知れないが、そうであったなら妙を巻き込むことにならなかった。


「ううん、それは別にいいけど……」


なんだか元気がないな。


「ちょっと刺激が強すぎたか?」


ナイフが刺さって倒れてる男、顔面がボコボコに膨れ上がった男、その形状は様々だ。

本来なら犯罪者でもないヤツらに対して、救急車くらい呼んでやるべきなのだろうが……。

外見だけ見れば、一番重症そうな、ナイフが刺さった男に視線を落とす。


「良かったな、あんた。そんなナイフ使ってて」


オレの言葉の意味が理解出来ないのか、不安な表情をしたまま妙は首を傾げていた。


「ほら出るぞ」

「う、うん」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

街に戻ってくる頃には、陽が暮れ始めていた。

 

 

 

「…………」
「…………」


今日の一件で、もう歩いて帰るのは嫌だと言いそうだ。

そうなったら今日一日で交代が終わる可能性もある。

妙にとっては不幸な出来事だったかも知れないが、オレとしては少し助かるな。


「転びでもしたのか? 汚れてるぞ、制服」


オレは手の平でパパッと腰辺りの汚れを払う。



 

「…………」
「なにジッと見てんだよ」
「じじ、ジッとなんて見てない!」


……。



 

 

「お前の家はどこだ?」
「ちょっと、麗華のとこに寄って」
「別に構わないが……」


……。


そのまま真っ直ぐ二階堂家へ向かった。

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。えっと、お客様ですか?」

「あぁ。どうも麗華に用があるみたいなんだが」

 

 

 

「ここで待ってるって、伝えて」

 

「わかりました。少々お待ち下さい」


……。

 

 

 

 

 

「随分と遅かったじゃない」

「おう」

「なんで服が汚れてるの?」

「ちょっとひと悶着あってな」

「それで、妙が私に用があるって?」

「あぁ、それは恐らく……」


妙自身が落ち込んでいるだろうから、代わりにオレが言ってやることにする。


「今日のことで多分──」



 

「麗華!」

 

「──な、なによ」

「私決めたわ」


何故だろうか。

少し前にも、こんな感じのやりとりを聞いていた気がする。


「……なにを?」


大きく息を吸い込み、そして言った。



 

 

「朝霧海斗を私のボディーガードに頂戴!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

その日、二階堂家で一番長い沈黙が流れた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

「いてててててぇ……」

「大丈夫か?」

「あぁ、酷い目に遭ったぜ。コレが一定の力で押し込むと刃の引っ込むオモチャじゃなきゃ死んでたぞ。実際ちょっと刺さってるし……いてぇ」

「文句なしに合格だな、あいつ」

自衛隊に誘いたい」

「あんな暑苦しいとこ、絶対嫌がると思うぞ」

自衛隊を馬鹿にすんな! あ、だめ、喋ると顎が痛い……」


……。