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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【21】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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この間の一件以来、麗華と妙は落ち着きがなくなったようだ。

オレのことで、中途半端に知ったことが気にかかっているんだろう。

……それは、オレも同じだった。


朝霧雅樹。


オレの親父にして、ボディーガード。

源蔵のオッサンや佐竹、そして亜希子と同級生。

その中でも、倉屋敷亜希子は、オレの親父に片思いだったという。

オレは親父にソックリらしく、亜希子は片思いだった親父の息子を娘のボディーガードにと思った。


……ここまではいい。


妙を快く送り出した理由にも繋がる。

しかしまだまだ見えない部分は多い。


「くそ……」


オレは麗華や妙、そして源蔵のオッサンたちと違い、持っていないピースを幾つか持ってはいるが、あてはまらない。


「気持ち悪ぃ……」


どうして今さら、こんなことを考えなきゃならない。

それが嫌でここにいるんだ。

今さらだろ……。


「気分でも紛らわせにいくか」    


今麗華や妙と顔を合わせると根掘り葉掘り聞かれかねない。

妙に関しては、あの日以来距離も開いてるしな。

 

 



小さく柔らかく、そして熱かった唇。


……おい。


煩悩を振り払う。

もう気にしないと決めただろ。


「侑祈のところにでも行くか」


……。

 

 

 

 

「あ……」


神さま、呪ってもいいか?


いや、呪ってやる。


まさにゴッドタイミングで、妙に出くわしてしまう。

 

 

 

柔らかかった……

 

それはもうええっちゅーねん。


さすがに、あからさまな無視はしづらい。

 

「よう」
「……うん……」


暗っ!


「じゃあな」
「ま、待ってよ」
「ちょっとマテオ?」
「なにそれ」
「すまん、気にしないでくれ。で、なんだ」
「ちょっと、付き合ってよ」
「……どこに?」
「…………ウィンドウショッピング」
「侑祈でも連れて行け」
「まだ寝てる」


もう昼だというのに、立派に眠りこけているようだ。



 

「起こせばいいだろ」
「…………う……」


今にも泣き出しそうな顔だった。


「なんか、私のこと避けてる……」
「別にそんなつもりはない」
「絶対避けてるよ……」
「…………」
「わ、私……なんで……う……」


じわっと目の端に涙。

こいつ、すっげぇ弱い。

なんと言うか、心が。

 

「ったく、わかったよ。付き合えばいいんだろ」

 



「ほんと!? やった!」
「…………」


軽く詐欺に会いました、母さん。


……。

 


麗華に許可をもらい、妙と二人で外へ。


『あんたまさか──』


と言う意味真なことを言われたが、気に留めないでおく。



 

「ウィンドウショッピングなんて、どういう了見だ?」
「ほら、あれ……色々問題があるじゃない?」
「問題?」
「うん。あのときの……こととか」
「あぁ」


どうやら、妙なりに答えを出したようだ。

オレはとっくに割り切ってるけどな。

たかだかキスくらい……

 

 

 

「だからもういいっての!」

 

「うわ! びっくりしたなぁもう!」
「気にするな」


割り切ってる……と思いたい。

 

……。

 

 

 

 



「…………」
「…………」

 

……。

 



 

「…………」
「…………」

 

……。

 

 



「ふー、ついたぁ……」
「遠っ! つーか、ウィンドウショッピングじゃねえ!」
「誰がそんなこと言ったのよ?」
「お前だ……」


これじゃあハイキングだハイキング。


「ま、街中で話せるようなことじゃないでしょ?」
「それは確かにな」
「そうよ」
「…………」
「…………」
「で?」
「で?」
「…………いや、話があるのは妙だろ?」

「なに言ってるの。話があるのは海斗の方でしょ? 私は……ほら、なんと言うか……お膳立て?」
「…………」

 


ダメだ、さっぱりわからん。

 

もしかしてオレが考えてることじゃないのか?

 


「こういうのは、男からでしょ?」
「…………」


冷静に頭を捻ってみるが、いい答えは浮かばない。

こいつは、なんの話があると思ってるんだ?


「ね、ねぇ……まだ?」
「まだとか言われてもだな……」
「そりゃ、やっぱり、不安だと思うケドさ。こっそりとか、ヤだけど、でもでも、仕方ないと言うか」
「…………」
「だから、言ってよ」

 

 

だからなにをだよ。

材料はあまりに少ないが、状況を整理してみる。

オレはこの前、妙から突然キスをされた。

そして、オレはややそのことを気にしていた。

それがどんな感情によるものかは、置いておく。

侑祈にアドバイスを求めたこともあって、気にすることは良くないと、ある程度距離をとることにした。

ここまでは間違ってないはずだ。

それから亜希子さんと出会い、少しだけ妙がオレの過去に触れた。

今日、妙からウィンドウショッピングがしたいとせがまれた。

そこにはぎこちなくなった関係を修復、あるいは清算するために誘ったものではないか。

……よし、ここまでは大丈夫だ。

 

 

誘われてやって来たのは、森の中。

いきなりお膳立てと言われオレに回答を求めてきた。

ダメだ一気にわからなくなったぞ。

 

 

 

「……あ、その……大丈夫」


だからなにがだ!?


「断らないで、いて、あげる」
「…………」



 

「…………」
「は?」

「だ、だからぁ! ……その……ごにょごにょ。そりゃ、海斗に非があるわけで、私を少し避けたくなる気持ちもわかるよ?」
「……はぁ」
「でも、それを流して、あげるって言ってるの。だから……わ……私のこと好きなら、ちゃんと言ってよ……」
「好き? どうしてオレが、お前を好きなんだ?」
「私に言わせる気!?」
「多分世界中探しても、お前しかわからないだろ」

「ば、ばか……それはほら……私が、可愛いから?」
「妙が可愛いかどうかの審議は別として、だ。どこをどう思考回路が駆け巡れば、オレがお前を好きだってことになるんだ?」
「き……キス、してきたじゃない」
「…………いつ、どこで?」
「この間……ベッドの、下で……」

 

 


こ、こいつ……正真正銘の大アホか?

 

 


どうなってるか知らないが、紆余曲折した結果、事実が真逆になってやがる。

オレは目が点になっていた。


「いや……確かに、あのときのお前は可愛かった。そこはひとまず認めることにしよう」
「……素直じゃないなぁ」


顔を赤らめるな顔を。


「だが、よく思い出せ? あのときキスしたときのことだ」
「……うん、覚えてる。海斗が、私に……やんっ!」


バシッ!


「痛い!」
「この頭か! この頭か!」


バシッ!



 

「痛い痛い!」
「ヨガヨガヨガ」


バシッ!


「な、なにすんのー!」
「思い出したか?」
「う……」


だから、顔を赤らめるな……。

 

 

 

「ってなんでだよ!」

 

 

 

 

目を瞑って、上を向く妙。


「…………」
「ちょっと殴りすぎて、思考が2週半したか?」
「…………」
「だからお前よう……」


…………。


「だから、だな……」
「…………」
「あのときお前は、自分から、こう……」


実はオレをからかってるんじゃねえか?

心の中で内心笑ってる可能性もある。


「お前あと5秒その体勢だったらキスするぞ」
「…………」


まるで微動だにしない。


本気、か?


それは妙に対する疑問より、オレに対する疑問。


ここでもしそんなことしたら戦犯は一転、オレになる。

 

 



妙の肩に手を置く。


びくっと、少し反応を見せたが、変わりない。


「知らねぇぞ? おい……」
「……ん」


あのときと同じく、熱を帯びた唇。


ほんの、数秒間のキス。


明らかにオレは被害者のはずなのに、加害者にされていた。


……。

 

 

 

「……えへへへへへ」
「ったく……可愛いヤツめ……とか言って片付けるか!」


バシッ!


「痛い!」
「テメェなにキス要求してやがんだこら!」


バシッ!


小さいから、かなり頭が叩きやすい。

 

 

 

「な、なんでそんなに叩くのー!」
「事実を捻じ曲げてるからだろうが!」
「じ……事実?」
「いつオレからキスしたってことになってんだよ」
「今」
「その前だその前!」

 

 

 

「…………えへへへへ。心配しないで。これは、二人だけの秘密」



 

 

すまん侑祈。

 

どうも、本当に壊れてしまったようだ。

 


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 



 

そして、夜。


──コン、コン……。


「……いる?」


「いない」


「いるじゃない。入って……いい?」


「よくない──なに勝手に入ってきてんだよ」

 

 

 

ぎゅっと枕を抱きしめた妙が、入ってきた。

風呂上がりなのか、髪が艶やかに光っている。


「枕持参か」
「なにか抱いてないと、ちょっと不安で…………」
「…………」
「なにか言ってよ」
「いや、まぁ……立ってないで座れよ」
「うん……」
「……いいのか?」
「良くなかったら、来ないよ……」


ポンッ……と、可愛らしい音を立て、オレの腕に妙が収まった。



 

「…………」
「…………」
「…………」
「朝まで黙り込むつもりか」
「…………か、髪」
「髪? 髪がどうかしたか?」
「髪……いい香りがするな。オレのために準備してたのか?」
「…………は?」


一体、こいつは突然なにを言い出すんだ?


「ま、まったく、本当に可愛いお姫様だな……だ……抱きしめたくて、たまらねぇぜ」
「……なんのマネだ」


まさか、男の部屋に来た緊張のあまり壊れちまったのか?


「……海斗のマネ」
「は? ちょっと待て。オレはそんなこと言った覚えはねえぞ」
「だって……海斗がこれから言ってくれるセリフだもん」
「言わねぇよ」
「……言わないの?」
「オレのやり方は、こうだ」
「あぅ……いきなり……んんっ」

 

 

 

唇が交わる。

少しだけ強引に交わらせる。


「んっ……んん……」


重ねるだけのキスなら、何度かした。

だが今回は明らかにそれとは違う。

押しつけるように重ね、荒々しく触れる。

妙も初めは驚いていたみたいだが、すぐに応えるように唇を押しつけてきた。


「ん……ちゅっ……んっ……ちゅ……ん……」


オレたちの唇は互いに押し潰し合い、形を変える。

 

 

 



「ふぅ……ちゅ、ちゅ……ん、ちゅっ……」
「……甘いな、お前の唇は」

「ん……いちご味の歯磨き粉、使ってるから」
「……ガキだな」
「ガキじゃないもん!」
「……そうじゃない。これはお前自身の味だ」



 

「え? えへへ……、うん…………ちゅっ……んっ、ちゅ、ちゅう……」

 

 

 



どれだけ妙の唇を味わっていただろうか……。

 

 

 



「ん……んちゅっ……はぁ~……ふぁ……海斗、なんか、上手……」
「適当言ってるだろ。他の男のキス知らないじゃねえか」
「だけど……なんか上手……わかるもん。他の子と、したことあるんだ……」
「嫌か?」
「そうじゃないけど……なんか、比べられたら、ヤだな……」
「別に比べてねえ」
「うん」


頷いたものの、妙はどこか寂しそうだった。


「悪いな。正直に言うと、こういうことには慣れてる」
「…………」
「でもな……こんなに一人の女を好きになったのは初めてだ。って、あーそれもっと最低か? 好きでもない女とも、色々やっちまったってことだしな」


自分の頭を殴りたくなった。

けれど、本音で語ろうとすると、どうしても不器用な言葉しか並べられない。


「悪ぃ」
「……ほんと?」
「あ、あぁ……まぁ……何人かは、覚えてねぇけど」
「そうじゃなくて! ……その、だから……好きになったのが、私が、初めてだって……」
「それはうそじゃねえ」
「本当に?」
「本当に本当だ」
「……えへへへ。嬉しいな」
「そう、か?」
「うん……」


彼女のオレを見つめるまなざしに、うそはなかった。

胸の奥から込み上げてくるような熱を感じる。

オレは自分の衝動を、抑えるつもりはなかった。

そのまま、妙を抱きしめる。



 

 

 

「温かいね……海斗……」
「お前もな」
「ずっと、このままいられたらいいな……」
「その願いを叶えるのが、これからのオレの役目だ。まずは、朝まで密着して護衛だな」
「……はいっ! お、お願いします!」
「いい返事だ」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

「ねえねえ」


ベンチで読書していると、妙が話しかけてきた。

 


どうしますか?


→無視  無視  無視  無視

カーソルを動かす。

 

 無視  無視 →無視  無視

よし、これを選択するぞ?

 

 

海斗は『無視する』を選らんだ。


「…………」

「ねえってばー」
「…………」



 

「……えへへへ、キスしちゃうぞ?」
「なんだ」
「うわ、喋った」
「人様の了解なしにキスしようとするな」
「だって……えへへへへ」


先日のキス以来、今まで以上に懐っこい顔で寄ってくる妙。

出逢った頃の印象など古ぼけたプリンタのように薄れてしまった。


「やっぱり一度くらいデートしようよ」
「オレとお前が?」



 

「他に誰がいるんだよー」
「さぁ?」

 

 

 

「恋人同士、まずはデートで親密にならなきゃね」

 


身体を重ねて、これ以上どう親密になると言うのか。


「……恋人?」
「うんうん」


聞きなれない単語だな。


「ガムのことじゃないよな?」
「? ガムのことじゃないよ?」
「じゃあ、どうしてオレとお前がデートするんだ」
「そんなの言わせないでよっ」
「言って欲しいんだ」

「や、やだ……そこまで言うなら……」
「人の胸に『の』を書くな」
「好きな人と、想い出を作りたいし……」
「…………」

 


やはりあの行為を経て、晴れてオレと妙は恋人同士にでもなっていたのか?

是非にも口に出して聞きたいが……。

 

 

 

「あんまり冷たいと、ミサイル撃っちゃうからね」
「……は、はは……」


乾いた笑いしか出ない。


「知ってるか? ボディーガードとプリンシパルは恋愛しちゃいけないってこと」
「うん。でも私たちは問題ないよね」
「なんでだ。秘密にしてればバレないってか?」



 

「親が了解すれば問題ないんだから」
「了解するわけない」
「ちゃんと電話で確認したもん」
「海斗と付き合うことになったって」
「なに勝手なことしくさってくれちゃってんだ。秘密にするって約束しただろ」
「あれは、お母さん以外には秘密にするってことだよぉ」


今初めて聞いたぞ。


「お母さん、良かったじゃな~い、ってさ」


それでいいのか倉屋敷重工社長。


「本当なら麗華たちに自慢したいくらいなんだから」
「あのな……こっちのことを考えたことがあるか?」

 

 

 

「海斗のこと? うん、いつも考えてる」
「だったらどうしてこんな結論になるんだ」


確かに、最近意識してるのは事実だ。

だがいつオレが好きになったと言うのか。

オレからキスしたわけでもあるまいし……。

 

 

 

森の中。

 

 

 

 

小さく熱い唇の感触……。

 

 

オレからしてるじゃねえかっ。

ホイホイの餌につられて、踏み込んでしまった一匹の黒子さん。

もはやネバネバから逃げられないと言うことか?


「カサカサカサカサ」

 

 

 

「わぁ! 地面這ってどこに行くの!」
「自由を求めて!」


……。

 

 

 

 

 

せめてもの救いは、誰もオレたちの関係を知らないことだ。


「カサカサッ」


二人のことが表に出ない限り、事実もまた無実。


「ふふ、このまま部屋に閉じこもってやる」

 

 

 

 

「あれ、妙お嬢さまとデートしないんですか」


ずるぅっ!


「あ、ひっくり返った」
「一体なんの話だねホウサンダンゴよ」
「先ほど、妙お嬢さまがデートだと言ってただけです」

 



全然秘密にしてねぇ!

 

 

 

ディキショナリーでもプレゼントしてやろうか。


「オレはなにも知らない。なにも聞いてない」


カサカサカサカサ。

 

 

「気持ち悪い歩き方しないで下さい」
「うるさい。オレは部屋で寝る」


……。

 

 

 

 

まったく冗談じゃないぜ。

そりゃ、特別嫌がる理由があるわけじゃないが。


「あいつ可愛いし……」


いや、いやいや……


あの強引さはいずれオレの身を破滅させるに違いない。

甘い果実の匂いにつられて噛み付いたら、猛毒でコロッとイってしまうこともありうる。


「綺麗な薔薇ほどトゲがあるのさ」


フッ、とか言ってポーズを決めてみる。


「いかん、最近オレまでアホになってきたかも知れん」

 

…………。

 


……。

 

 

 

 


言い知れぬ不安が、オレの意思を包み込む。


泣きじゃくる女の子。


その子は真夜中、怖い夢で目が覚めたらしい。


俺のそばで、泣きながら言った。


『どうして人は死んじゃうの?』


そのとき俺はなんて答えたんだろう。


……思い出せない。


でも、それは誰しもが考えることじゃないかな?


この世界に生を受けた者すべてに与えられる、生と死。


ただ一つ平等なもの。


女の子は、誰かが死ぬ(あるいは死んだ)夢を見たんだろうか。


怖い怖いと呟いていた。


そう、いつか人は死ぬ。


それは、けして変えられぬ運命だけど、だからこそ人は懸命に生きるんだ。


やがて泣きつかれた女の子は、俺のそばで眠った。


目の端にはうっすらと涙のあとがあった。


きっと正解なんてない。


人は生きてる限り考え続ける。


生きるって、なんだろう? と。


……。

 

 

 

 

「お、今日はハンバーグか。朝食には少し重たい気もするが、いいだろう」


──「ハンバーグは好き?」


「なんでも好きだ」


「偉い偉い。好き嫌いはダメよねー」


「うおっ! なんかいる!」


「おはー」


「なんであんたが侑祈の席に座ってんだよ。つーか侑祈は?」


「あそこ」


「えぐ、えぐえぐ……」


テーブルの一番端っこで泣いていた。


「どうしたんだアイツ」

「さぁ? パクパク。うん、美味しい」

「俺のハンバーグがー」


悲しみの雄たけびが聞こえた。


「なにしに来たんだよ、しかも朝っぱらから」

「このーこのー」

「肘で押すな肘で」

「妙とヤっちゃったんだって?」

 

 

「ブーーーッ!!」

 


使用人「ぎゃあ!」

 

 


「また豪快に吹いたわねー。前の子のハンバーグがメンチになったみたい」

「あんた、なにを! まさか妙が?」

「あの子はなにも言ってないけど……」

「じゃあなんで!?」

「昨日電話があってね、例え話されたのよ」

「た、例え話……」


それは嫌な予感しかしなかった。


「赤ちゃんできちゃう? だってさ」

「あ、あのアホ……」

「あぁ、こりゃヤっちゃったんだなーって」

「…………」

「顔、青いよ?」

「オレを社会から抹消にでも来たか?」

「なんで?」

「なんでって……わかるだろ」

「言い訳しないの?」

「事実、だしな」


ヤったことを後悔はしてないが、小作りに励む気は毛頭なかった。


「困ってる海斗くんもステキよ」


細身の腕が絡みつく。


「おい、人前だぞ……つーか妙の母親だろあんた」

「私は別に、海斗くんがいいんだったら…………フー」

「耳に息をかけるな息をっ!」

 


──「今のうち、幕の内……」


「はしたない!」

 


ザンッ!

 


「…………」


亜希子が何気なく握っていたフォークが、侑祈の指に突き刺さる。


「あ、危なっ! 刺さったらどうするんですか!」

「私のハンバーグ盗ろうとしたでしょ?」

「つーか思いっきり刺さってるし」

「へっ?」

「あらヤダ。ほんと」


テーブルにまで貫通して刺さったフォークを抜く。


「おい今抜くと……」


ドピュー。


「ぎゃーーーーーーーー!!!」


悶絶打って転げ回る。

「フォークが指を貫通したくらいで大袈裟ねぇ」

「かなりの重症だろ」


なんて恐ろしい女だ。

幾らロボットとはいえ、確か痛点は備わってるだろ。


「侑祈は放っておいて、続きでも話しましょうか」

「……はい」


敬語を使わせる威圧感があった。

 

「海斗くんはどう考えてるわけ?」

「それは、もちろん……責任は取ろうかと……」

「ボディーガードなのに?」

「そのことに関しては、違反した事実を認めると言うか……」

「本来なら許されない、そう、禁断の恋よ?」

「覚悟はしてるつもりだ……です」

「…………」

「もち、妙と引き離されると言うなら、あいつを連れ出してでも」

「ついて来るかな?」

「え?」

「もちろん、妙は海斗くんが好きだと思う。でも、だからって海斗くんについて来てくれるかな? って。家を出るってことは、今までの生活を捨てることよ? 拾い部屋も贅沢な食べ物も、自由だってなくなる」
「…………」
「一般家庭の子ならともかく、あの子は生き抜く力を持ってないのよ?」
「そう、だな……確かにそのとおりだ」


楽で楽しい毎日が約束されていて、どうして自ら保証のない明日に飛び込むだろうか。

それは火を見るより明らかだ。


「だが少なくとも、オレは足掻くだろうな。やれる限り精一杯」

「…………海斗くん……はい、あーん!」

「なんでそうなる!?」

「なんでって?」

「妙からは身を引きなさいとか、あんたはもう陽の目を拝めないわよとか、そういうことを言うんじゃなかったのか?」

「言って欲しいの? 『人の大切な娘を穢した罪は死よりも重いのよ? 悪いけど、今日あんたを始末させてもらうから。逃げよったって無駄だからね?』とか?」

「出来れば、もう少しソフトに、ソフトに」

「別に怒らないわよ。海斗くんなら」

「……オレなら?」

「正確には、朝霧くんの息子だから……だけどね」

「親父が好きだったから、か」

「もちろんそれだけじゃないよ? 海斗くん自身が、とても素晴らしい男の子だから」


男の子、なんて言われるとこそばゆい。


「これから半年なのか、一年なのか……それとも一生なのかはわからないけど。あなたたち二人が望む限り、好きにすればいいのよ」

「大切な娘……なんだろ?」

「私って割と放任主義だから。最近は話す機会も多いけど、仕事ばっかりでさ」

「…………」

「それにぃ……妙の彼氏ってことは、私の彼氏みたいなものじゃない?」

「あんたも頭が回転しすぎてるんじゃないか?」

「これでも随分若いって思われてるのよ?」

「確かに源蔵のオッサンと同い年には見えないな」

「でしょ? 妙の子供っぽさに飽きたら、私でも……」


どこまで本気なのかわからん人だ。


「あなたみたいなタイプは嫌いじゃない。むしろ好感が持てる方と言ってもいい。あんまり近づきすぎると、遠慮なく抱くからな」

「え……」


キュン。


ん? なんだ、今のメルヘンな音は。


「やだ……からかってる、つもりだったのに……本気になっちゃうぞ?」


それはそれで、オレとしても願ったり叶ったりではあるが……。


「とりあえず、そろそろこの話題は終わった方がいいな」

「どうして?」

「周りが全員、こっちに注目してるから」


…………。

 

「あ、あらやだ。おほほほほほほ!」


さすがに恥ずかしかったようだ。


「ぐ、ぐおおおお……」


約一名、まだ悶絶してる男もいるが。

 

オレに伝わった、こそばゆい感覚。


人はこれをなんと言うだろう。


懐かしくも温かい感覚。


亜希子……彼女を見ていると、感じる想い。


……そう、人はこれを……。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 



「で、どうなんだよ」

「どうなの?」

「朝っぱらから、なんのことだよ」

「昨日はデートに行かないで、部屋でイチャついてたんでしょ?」

「はぁ?」

「とぼけてもムダよ? もう妙から聞いてるし」

「聞いたってなにを?」

「あんたから強引にキスされて、仕方なく付き合うことになったって」

「あのバカが……」


なに一つとして秘密になっちゃいなかった。


「どうなんだよ。もうその先にいっちゃったのか?」

「お前な、なんで麗華側なんだよ」

「えっ?」

「その話が事実だとしたら、怒るべきじゃないのか?」

「……なんで?」

「この前オレを説教したこと忘れたのか?」


ちょっとは見直した瞬間だったのに。


「なんか言ったっけ?」

「最低だな、お前」

「なんか言ったとしても、もう関係ないし」

「なんでだよ。お嬢さまがボディーガードと恋愛してるかも知れないんだぜ?」

「亜希子さんからも、温かい目で見てやれって言われた。つまり、妙ちんと海斗が付き合うことは賛成」

「…………」

「まったく、あんたもやるわね。妙と付き合うなんて、万馬券みたいなものよ。もうハズレてる気がしないでもないけど」

「うははは、言えてる」

「いや、だから別に付き合ってねえって」

「キス……したんでしょ?」

「その部分だけ抽出されると如何ともしがたい」

「2回もしたんだろ?」

「1回は妙からだっ」


それにあの夜を数に入れると何十回、か。

 

 

 

「おー」


しまった……。


「とにかく、別に付き合ったりとかはしてない」

 

 

「テレちゃって。か~わいい」

「か~わいい」

「うっせぇな……」


本当にボディーガードとお嬢さまか? こいつら。

久々に、マジモードで不機嫌になりそうだ。


──「ねえねえ、なに話してるの?」


オレの気持ちなど知らず、へらへらと妙が来た。



 

「あんたと海斗の話をしてたのよ」

「えぇ~、ちょっとやめてよぉ、もうっ」

「こいつ恥ずかしがって、満足に答えないんだぜ?」

「…………」

「えへへへへ、恥ずかしいね」

「お前だけな」

 

……。

 

 


昼休みを知らせる鐘が鳴ると同時に、くるっと振り返った妙と目が合った。



 

「オレは少し用事が出来た、悪いが侑祈と食堂に行け」

「はぁ? ちょ、ちょっと?」


……。

 

 

 

 

急ぎ足で廊下に出る。


「冗談じゃねえぞ」


確かに妙とはただならぬ関係になったが、あちこちでその話をされるつもりはない。

色恋沙汰の話は、他所でやってほしいもんだ。

 

……。

 

 

 



「あら? 朝霧くん? 二階堂さんは?」
「今忙しい」
「忙しいって……なにかあったの?」
「念のために聞くが、キス、と聞くとなにを浮かべる?」
「魚?」
「よし」

「なにかあったの?」
「ちょっと苦しい現実にぶち当たってな」

 

 

 

「なになに? 先生に話してみて」
「残念だがそれは出来ない相談だ」
「簡単に悩みって、打ち明けられないわね。わかるなぁ。私も学生時代は悩んだもの」


話し込むつもりはなかったが、柊教員の話が始まってしまった。



「好きじゃない男の子に告白された時とか」

 


「わざとだろ?」

 


「えっ?」
「……いや、なんでもない。そんときはどうしたんだ?」
「悩んだんだけど、断ったわ」
「ナイスセーブ」
「でも、その男の子とは凄く仲が良かったの。だから、ちょっと後悔してるかな」
「後悔?」
「よく言うじゃない。友だちの関係を壊したくなかったって。告白を断ったあとは、遊ぶこともなくなったもの」
「いいことじゃねえか」
「あははは、朝霧くんなら言いそう。だけど今考えたら、私が彼を拒んだ理由は好きじゃなかったからじゃないと思う。怖かったのよ……」
「怖い?」
「って、ちょっと生徒と話すことじゃないわね」



 

ケロっと笑って話を中断する。


「あなたの悩みが、どういうことかわかれば、それに合わせた話をしてあげられるんだけど」
「心配ない。痔で悩んでるだけだ」

「そ、そうなの? だったらそう言ってよぉ。その場合はね、ドーナツ型のクッション使うといいわ。想像してるより凄く効果があるんだから~」
「……あんた、痔?」
「…………」
「…………」
「あ、あははははははは」
「はははははは」



 

「あはははははははっ」
「ははははは」
「あはははっ」
「ははは」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 


──キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……。

 

 

 

「よし、オレは用事があるから先に帰るぞ」
「却下」
「なに?」
「あんたね、そんなサボリが認められるわけないでしょ? 午後の授業も丸々サボったりして……。前代未聞だって、教師が騒いでたのよ?」
「トイレで奮闘してたんだ」
「ふーん。私はてっきり、妙とのことで辱められるのが嫌なのかと思ったけど」

 

 

 

「一緒に帰ろーっ」

「あんたも遠慮を知らなくなってきたわね」

「海斗をもらう日も近そうだね、ふふ」

「それはそれ、これはこれ」

 



「妙ちんには俺がいるじゃない」

「大いに不満だよソレ」

「ガーン!」

「海斗みたく格好いいなら、話は別だけどっ」

 

飛び跳ねて腕に掴まる。


「……離れろよ」


周囲から向けられる視線が気持ち悪い。


「公認なんだからいいじゃない」

「良くねぇ」


「……?」



「俺、容姿には自信あるのに……うぅ」

「過信しすぎない方がいいわよ」

「ガガーン!」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

なにやら煙り臭い。


「うお、屋敷から黒煙が上がってるぞ」


火事か?



 

「海斗ーっ!」


玄関の扉が開いたかと思うと、黒煙と一緒に妙が飛び出してきた。


「煙臭っ……原因はお前か」
「じゃじゃ~ん!」
「ブラック玉手箱?」


いや、徐々に煙が晴れていく。



 

「人生初、私の手作りお弁当なのだ!」
「弁当だぁ?」
「厨房を使わせてって言ったら、快く了承してくれたの」
「後ろでコックたちが泣いてるぞ」


コック「あのキャビアは特産品だったのに……」

コック「一年で10頭しか取れない大田原牛が黒焦げにっ」

 

「気にしない気にしない。はいっ」
「……いらねぇよ」
「テレなくていいよっ」
「別にテレてねぇ」
「いいからいいから」
「こら、勝手に人の鞄に入れるなっ」
「えへへへへ」
「乳揉むぞテメェ」



 

「ば、ばか……そんなこと、こんなとこで言わないで……」


逆効果だった。

 

追伸・弁当は不味かったです。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 


楽しかった。


毎日はとても新鮮で、面白さに溢れていた。


見るもの触れるものは未体験で、ドキドキした。


この青く広い世界。


俺はそこで、確かに生きてるんだと自覚した。


記憶に刻む。


忘れないように、しっかりと。


心に刻む。


忘れないように、しっかりと。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

部屋を出る。



 

「うおーん! 最近妙ちんが冷たいよー!」


号泣した侑祈が、オレの目の前を通り過ぎていった。


そのあとを追う者はいない。


「なんなんだ?」


しばらく立ち尽くしていると、妙が歩いてきた。



 

「あーもう、デリカシーがないんだから!」
「そんなに自分を責めるな」
「侑祈のことだよっ!」
「あいつがなにかしたのか?」
「私が着替えてるのに、ノックもしないで入ってきたんだから」
「へぇ……」

 

 

 

「あ、心配しないで! すぐ隠したから!」
「そんなに慌てなくてもいいだろ」
「落ち込んでるかと思って。あとで侑祈をボコボコにしちゃうパターン?」
「なんでだよ」
「テメェよくもオレの愛しの姫君を覗き見たな! って」
「ないない」


むしろ、やや侑祈に同情してしまった。


「ちゃんとノックするように躾けたのに」
「あいつはペットか」
「似たようなものじゃない。むしろ、可愛い分だけ、麗華のチーターが羨ましい」
「ボディーガードとしても頼もしいじゃねえか」
「もういいもん。だって、海斗がいるし」


頬を赤らめ、腕を絡ませてくる。


「調子に乗ってるとこ悪いが、オレは麗華のボディーガードだから」

 

 

「なんで!? キスしたのに!? それに……も……」


バシッ!


「いたいー!」
「声がデカイ声が。それに、キスしたからボディーガードって……」
「誓いのキスじゃない」
「全然違うから」

「ひ、酷い……私を弄んだんだーー!」


──!

 

 

 

「……………おいっ」


小さく突っ込んでおいたが、返事は当然なかった。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 



「うーん……うーん……ううーん……」

 

 

 

「もう、さっきからうんうんうるさーい!」
「うーん」
「だからうるさいってば!」
「あ、ああ……ごめんごめん」
「なんなの?」
「ちょっと最近、頭がボーッとするんだよね。風邪かなぁ?」
「ロボットのあんたが風邪なんて引くわけないでしょ」
「無敵超人だからね、俺。ロボットのような鋼鉄の体だし」
「そういうことじゃないけど……気のせいじゃないの?」
「かなぁ」
「ここの食事が合ってないとか?」
「それはないなぁ。凄く美味しい」
「だったらやっぱり気のせいだよ」
「だけど、なんかこの辺が……」
「あ!」

「どしたの?」

 



「海斗みーっけ!」

 

 

 

 

 

「なんか最近、露骨になってきたなぁ……。うーん……この場合、どうすればいいんだろ。海斗から妙ちんにちょっかい出してるなら全力で止める必要があるけど、妙ちんからだし……。ああそうか、亜希子さんから許可下りたんだった。つまり二人は正式に付き合っていいわけで……気にしないでいいってことか。うーん……なんか変だ」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「なあ」
「なぁに?」


オレたちは身体を寄せ合いながら、のどかな一時を過ごしていた。


「お前は将来のこととか考えたことあるか?」
「将来?」
「お嬢さまに聞くのも、アレなんだけどな」


働かなくても、一生遊んで暮らせる余裕があるのだから。

 

 

「海斗のお嫁さん」
「そういうことじゃなくてだな……」
「喜んでない! ちっとも喜んでない!」
「今はそういう話、してないだろ!」
「むー……」
「筋書きとしてはやっぱり、亜希子さんの跡を継ぐのか?」

 

 

「それは絶対にヤダ」
「そうなのか?」
「それよりも、亜希子さんってなに!?」
「亜希子さんは亜希子さんだろ」
「海斗が人を呼び捨てにしてないなんて変!」
「……別に」
「ま、まさかお母さんと……」
「なにを想像してるか知らんが、違うから」
「…………」
「お前の母親だからだよ」
「それって……将来のことを考えるって、こと?」
「ああ」


そういうことにしておこう。



「そっか、そっかそっか。それなら、仕方ないね」
「跡を継ぐの、なんで嫌なんだ?」
「だって機械のこととかよくわかんないし。それに……研究所に篭りっぱなしとか最低」
「…………」


亜希子さんが言ってたな、仕事ばっかりだったって。

過去の寂しかった経験から拒絶しているのか。

あるいは単純にバカだから無理なのか。

 

 

「私は自由気ままに生きたいなー」
「親の脛をかじりながら?」
「そうそう」
「まさにお嬢さまに許された特権だな」
「海斗は私のボディーガードだもんね」
「まだ麗華のボディーガードだけどな」
「ぶー」
「ボディーガードか……」
「なになに、海斗ってボディーガード嫌なの? だったら生涯無職で、ずっとそばにいてもいいよ?」


なんというニート


「……そういうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」


ただ、知っていてなお、親父と同じ道を歩こうとしてる自分が可笑しいだけ。

 

 

 

「なに笑ってるのよー」


妙の声。

 


「ん?」
「ねえねえ、なにが面白いの? 教えてよ。ねー」
「いつかな」


そう、いつか。


オレと妙の関係が今よりもいっと深まって、本当にお互いを信用出来るようになったとき。


そのとき、話してみてもいいかも知れない。

 

 

 

今は静かに見守ろう。


妙の歩いていく道を、誰よりもそばで。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 



「じゃあ次は……錦織くんに読んでもらおうかしら」

「今日も珍読が期待出来そうだな」

「柊先生もいいタイミングで指すわよね」

「妙と侑祈は、飽きてきた授業を刺激的にするからな」


授業では寝ることの多いオレだが、二人のどちらかが朗読するときは耳を傾ける。


「……錦織くん?」

「呼ばれてるよ、侑祈」


「ン……ん?」


今気づいたように、侑祈はトロンとした目で辺りを見渡す。

 



「……ふぁい!」


ようやく目が覚めたようだ。

ガバリと本を持って立ち上がる。


「34ページだぞ」

「えっと、34、34……立ち上がったかずおは、覚醒したバラララン相手に一歩も引き下がろうとはしなかった。不適に笑うバララ……あり?」

「今は漫画の時間じゃないわよ~?」


ドッと笑いが起こる。

気づけば、侑祈はお嬢さまたちの中でもムードメーカーになっていた。


「いつもああなの?」


麗華も笑っていた。


「いつもああだ」

「ほんとに、どう見ても人間よね」

「凄い高性能なんだろうが、そう思えないな」

「そうね」

 

……。

 

 

 

 

 

昼休み。

オレと麗華と、妙と侑祈。

この四人で食事することが当たり前のようになっていた。

そして隣には妙が座っている。


「…………」


こくり、こくり。


箸を持ちながらウトウトする侑祈。


「昨日徹夜でもしたのか?」

「わかんない。ほら起きなさいよ」

「……ん-……次は、俺の番なー……」

「すっかり夢の中みたいね」

「まったく使えないんだから。その点、海斗は……えへへへ」

「おい……こんなところで腕に抱きつくなよ」

「いいじゃない。誰が咎めるわけじゃないんだから」


いくら亜希子さんが許可してくれたと言っても、さすがに学園内でイチャつくのはどうか。


「仕方ないヤツめ」

 

「ん、ううんっ」

 

「海斗の腕って大きいね」

「普通だ普通」

 

「ううんっ、んっ!」

 

「あれ、どうしたの? 風邪?」

「目の前で盛らないでくれる? 迷惑だから」

「怒ってるの? ボディーガード取られたからって」

「あのね、まだ海斗は私のボディーガードなんだけど」

「『まだ』ってことは、半分認めてるってことでしょ?」

「ここまで露骨にやられちゃね……」


睨むなよ。


「…………」


「むにゃむにゃ」


幸せそうなヤツめ。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「お帰りー」


四人で歩きながら屋敷に戻ってくると、ベンチに座ってパソコンを触る亜希子さんがいた。


「なにやってるの?」


ちょっと呆れてるようだ。

ここ最近、やたらと入り浸ってるからな。

とても最前線で働いてる人のスケジュールじゃない。



 

「今日はどうしたの?」

「ちょっと怒ってる?」

「別に?」

「そう? じゃあ行こっか海斗くん!」


「モテるわね」


「うるさい」

「むー! 海斗の腕を掴まないでよ!」

「なんで?」

「全部私のなんだからね!」

「うっわー妬ける妬けるー」


まさに似たもの親子だ。

オレは妙と亜希子、それぞれに左右から腕を掴まれる。


嫌な気はしないが……。



 

「今夜は親子丼ですよ(ぼそっ)」

 

「…………」

 

親子丼か、それも悪くないな。


ギューッ。


「痛っ……つねるなよ」

「今変なこと考えてなかった?」

「考えてない考えてない」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

少し暑い日の夜。


──コン、コン……。

 

「……はい」


ひょっとしたら妙か? という期待がよぎった。


「俺、俺だよ」


「まさか侑祈?」


「実は交通事故起こしちゃってさ」


「事故って、お前は大丈夫だったのか?」


「だけど相手に軽傷を負わせちゃって……警察の人を呼んだら、このままだと裁判になるって」


「裁判!?」


「弁護士さんに相談したら、示談っていう方法があるらしいんだ」


「幾らいるんだ?」


「ほんの4億円なんだけど……」


「多っ。ATMで振り込めないだろ」

 

 

 

「よ」
「こんな時間にどうしたんだよ」
「なんかガッカリした顔してない?」
「してないしてない」
「妙ちんが来れば良かったのに、ハァハァ」
「違うって。それよりどうした?」
「ん? まあ、ちょっとね」
「座れよ」
「おう」


侑祈をイスに座らせオレはベッドに腰を下ろす。


「用件は?」
「用件というか、最近どうかと思ってさ。凄く明るくなったよな」
「前触れなくおかしなヤツだな……」
「いいじゃん。たまには青春っぽい会話もさ」
「青春ね」
「まさかまさかだったけどね」
「なにが」
「妙ちんと親密な関係になること」
「不満か?」
「いや全然。むしろ嬉しいかな」
「妙を守るお前としては、複雑かと思った」
「うーん……妙ちんがもう少しグラマーだったら不満垂らしてたかも」
「もう少し?」
「もうかなりに訂正」
「その割には、麗華なんかに熱じゃねえか」
「うーん確かに。多分、妹みたいに思ってるんだろうなぁ」
「お前は……こういうこと聞くのもあれなんだが」
「なんだよ」
「いつから妙のことを知ってるんだ?」
「いつってそんなの…………………」
「侑祈?」
「いつ、からだ……っけ」
「悪い。ちょっと難しいことだったか?」
「別に難しくなんてないって。今思い出すから」
「…………」
「なんでだ? なんで思い出せねーんだろ。でも確かに覚えてるはずなんだ。こんなに小さい頃だって覚えてるしさ」


ぶつぶつと独り言のように呟く。

 

 

 

「お前忘れっぽいからな」
「うはは、やっぱりそう?」
「どうせ部屋に戻ったあと思い出すパターンだろ」
「だなっ。とにかく妙ちんを頼むぜ?」
「ああ。だけど、お前もだからな。オレとお前でアイツを守っていくんだ」
「じゃあ一生、海斗は活躍出来ないぜ」
「言うじゃねえか」
「無敵ですから」


二人で笑う。


誰かのボディーガードとして、この世界で生きていくことを……オレは長く続けていく自信がなかった。

だから一度、逃げ出そうとした。

だが、こいつとなら、楽しくやっていける。

人間としてこいつが好きだ。

 

…………。

 

……。

 

 



「うん、バッチリじゃない!」

「まさに馬子にも衣裳だな」

「そうそう馬子にも衣裳!」

「お前ら二人、バカにしてるだろ?」


くすくすと、通行人に笑われる。

学園からの帰り、オレたち四人は寄り道をしていた。

 



「でも、ちょっとビックリね」

「麗華もか」

「そうじゃなくて……」


三人の視線は、オレが着る私服に向けられたものだった。

オレが学園の制服とスーツしか持ってないことを知った妙が、オレに服を買ってくれたのだ。


「結構センスいいわね妙って」

「でしょでしょ? やっぱり。麗華って服のセンスなさそうだもんね」

「褒めるんじゃなかったわ」

「オレには良いのか悪いのかよくわかんねぇな」

「心配しなくていいよ。私が見立ててあげるから」


「あー暑い暑い」


「じゃあ俺たちはそこのホテルで休憩でもします?」

「セクハラで訴えるわよ」

「ごめんなさい」


「うんうん、格好いいね。海斗」

「……そうか」


悪い気はしないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……」


すれ違った一人の少女。

オレは振り返り、少女の姿を目で追う。


…………。


だが、もう一度姿を確かめることは出来なかった。


「気のせい……か?」


妙に向き直る。

 

 

 

「…………」


とてつもなく怒っていた。


「一、二秒前まで笑顔だと思ったんだが……」

「前まではね」

「なにを怒ってるんだ」

「巨乳だった」

「あ?」

「今海斗が見惚れてた女、巨乳だった!」

 

 

 

「爆発力あったよね」

「わかった妙? しょせん男ってそんなもんなのよ?」


「散々言うな、別に見惚れてたわけじゃない」

「ほんとほんと。海斗は鼻の下しか伸ばしてないぞ」

「火に油を注ぐようなこと言うな」

「私だって、あと少ししたらアレくらいになるから」

 

 

「それは絶対無理」
「それは絶対無理」
「それは絶対無理」

 


「酷いっ!」


やっぱり、気のせいじゃなかった、か?


……あいつも、こっちに来てるのか……。


ぎゅ~~っ!



 

「また見てる!」

「……悪い」

「あーーーっ認めたーーー!!」

「しまった」

 

 

 

「巨乳なんて、巨乳なんて認めないんだからーー!!」


貧乳の雄たけびが公衆の面前に響いた。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

「行ってくるわ」

「行ってくる」

「行ってきます」

 


「行ってらっしゃい」


バコッ。

 

 

 

「あんたもでしょ」

「行ってきます」


「はい。皆様いってらっしゃいませ」


……。

 

 

 

ツキ、そしてその他のメイドに見送られて屋敷を出る。

こうして大勢で出かけるのは、少しテレ臭い。

そう考える自分に気づき、さらにテレ臭い。



 

「あーそろそろ中間テストだー」

「あと二週間くらいね」

「麗華は余裕そうで羨ましいよぉ」

「だったら勉強しなさい」

「勉強はヤダ。楽して点数が取れるならいいけど」

「授業聞いてるだけでも80点は固いわよ?」

「ムリ」

「最初から頑張ろうとしなかったら、いつまで経っても成長しないわね」

「努力してるの?」

「もちろん」

「その割には……」

「どこ見てるのかしら?」

 

 

「平らな胸」

「何度も言うけど、ほとんど変わらないじゃない。それに、私のほうが大きい可能性だってあるわ」

「私のほうが大きいもん。ね?」


「麗華のを触ってみないことにはな……」

「触ってみる?」

「よし、任せろ」

 

 

「こらー!」


パコ!


「そ、そういうのは他の子にしちゃダメ!」



 

「そうだそうだ! なので俺が代わりに──」

「一ミリでも触れたらスクラップにしてやるわ」

「ひっ! なに、この差! この扱いの差!」

「安心して。海斗にも触らせる気はないから」

「もし海斗が触れてたら?」

「核弾頭にくくりつけて北に射出する」

「なんで北……」

「さぁ?」


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

午前中は、暇を潰しながら過ごし、昼休みは四人で談笑する。

どこにでもあるようなありふれた日常。

オレが一番恐れていたはずのもの。

けれど待っていたのは、心地よい時間。

 

 

 

「また寝てるー。起きろー」

「初めまして……むにゃ……」

「どんな夢なんだか」


このまま続けばいい。


ずっと、このまま。

 

 

 

長居時間をかけて、やっとオレは──悪夢から目を覚ますことが出来そうだった。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

「今日はお母さんのところに寄るように言われてるから」

「なんだ、まだ帰るわけじゃないのね」

「海斗をすぐにでもくれるなら、帰るけど?」

「そ」

「海斗も一緒に来る?」

「あのね、そしたら私が帰れないでしょ」

「一人で帰れば?」

「この小娘は」

「悪いな。さすがにそれは……」

「そっか、残念」



 

「んじゃまたあとで」

「ああ」


……。



 

 

真っ直ぐ屋敷に戻ったオレは、部屋のベッドで横になっていた。

侑祈や妙がいないだけで、随分と暇なもんだ。

騒がしい時間が長かっただけに、少し変な感じがする。


「一眠りするか……」


最近騒がしかったせいか、意識は簡単に深く落ちていった。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

随分眠っていたようだ。

外はもう暗くなっている。


「メールか」

携帯が光っていたので、中身をチェックする。

ツキからだった。


『夕食の時間ですが、寝てるようなので無視します』


「……おいっ」


飯を抜かれては困ると、急いで食堂に向かう。


……。

 

 

「おっ海斗じゃん」


玄関の方から歩いてきた侑祈。

そして、そのあとに続くように妙が戻って来た。

 



 

「ただいまー」

「随分と遅かったな」

「色々あってさ」

「その顔の傷か?」


ところどころ、擦り切れたような傷があった。

制服なんかも少し汚れている。


「実は帰りに絡まれちゃってさぁ」

「本当か?」

「唾を吐き捨てるヤツがいたから注意したの」

「お前はまた無茶を……」

 

 

 

「平和的に解決しようと思ったんだけど、もう思いっきり鉄バットで頭をぶん殴られちゃって」

「それで平然としてるのはさすがだな」

「無敵ですから」

「で、相手は?」

「ちゃんと救急車呼んでおいた」

「……そうか」


再起まで何ヶ月かかるかわからんが、頑張れ。


「久々に運動したから腹減っちゃったよ」

「じゃあ一緒に飯行くか」

「オッケー」

「私も行く」


そう言えば、普段妙は麗華たちと食べてるんだっけか。

メイドや使用人たちが気を遣うからという源蔵のオッサンの配慮らしい。

時間も遅いし、今なら問題もないだろ。


「手当していかないでいいのか?」

「平気平気」

「どれだけ殴ったってケロッとしてるんだから」

「じゃあ行くか」

「たくさん食うぞー」


三人で食堂へ。


……。

 

 

 

思ったとおり、殆どの者は食事を終え退席していた。

オレたちはいつもどおりの席に向かう。

 

 

「私は海斗の隣っ」

「ああ、問題ない」


尊はすでに食堂にいなかった。

席を下ろす。



 

「わ、っと……」


──!


「なにやってるんだ?」


イスではなく、床に腰を下ろす侑祈。


「ちょっとドジった」


笑いながら立ち上がり、イスに腰を下ろす。


「マヌケなんだから」

「そういうお茶目な一面がある方がいいでしょ?」

「ただ格好悪い」

「傷つくなぁ……」

「……お前……」

「ん?」

「本当になんともなかったのか?」

「殴られたこと?」

「ああ」

「おう、全然平気だ」


うそは感じられない。

つまり、本当に平気なんだろう……。


「…………」

 

 

 



「お待たせしました」

「今晩はツキちゃんが持って来てくれるんだ」

「給仕の方はもう上がられましたので。倉屋敷さまも、同じものでかまいませんか?」

「うん。海斗と一緒でいいよ」

「ではどうぞ」


侑祈と妙に食事が運ばれた。


「……あれ、オレのは?」



 

「ありません」

「あるじゃないか、侑祈と妙には」



 

「海斗さまの食事の時間は終わりました。おいしそうに食べていたじゃないですか」


「なんだ、もう海斗は食べちゃってたの?」

「いや……オレは食べてねぇ」


屋敷に戻ってからすぐに寝たはずだ。


「ご冗談を」

「新しい虐めか?」

「いえ、滅相もない。確かに海斗さまは夕食を召し上がられました」

「食ってねーって。それに、お前が夕食は抜きだってメールを送っただろ」

「いいえ?」

「証拠はちゃんとある。見てみろ」


携帯を取り出して受信ボックスを開く。

しかし、何故かツキから届いたはずのメールがなかった。


「どういうこと、だ?」

「ですから食べられたと」

「オレは耄碌(もうろく)したジジイかよ」

「では、失礼します」

 

「…………」



 

一体、なにがどうなってるんだ?


「そんなにお腹空いてるの?」

「空腹だ」

「じゃ、半分こしようよ」

「いいのか?」

「うん」


「うっわー、なんか俺との間に結界が……」


そっと手を伸ばしてくる侑祈。


「ぐあ! 熱すぎて触れないぜ」

「なに言ってんだバカ」

「もう少し、正しい選択をするべきだぜ、妙ちん」

「どういうこと?」

「もしこのまま海斗と付き合い続けたら、将来的には結婚するかも知れないだろ?」

「結婚……えへへ」

「余計なこと言うな」

「ほら聞いたか? この亭主関白な態度。きっと子供が出来たら、厳しい父親になっちゃうよ」

「私と海斗の子供……えへへへへ」

「だから腕を引っ張るなっての」


いつまでたっても飯が食えん。


「厳しい父親になったって、いいじゃない。海斗はどう考えてる?」

「そんなわかりもしない先のこと考えても意味ないだろ」

「あるよー。人生プラン」

「…………ま、オレは放任主義になりそうだな。子供には自由に生きてもらいたい」

「うんうん。厳しいのは嫌だもんね」

「ダメダメ。やっぱりある程度、親父は怖いって思わせないと」

「暴力でも振るうのか?」

「さいてー」

「振るわないって! もう、俺しっかりするから! いつも一品だけおかずが多いとかね」

「微妙だな……」

「こんな小さい男が父親になるのは、ダメだと思う」

「くっそ、なんか虚しいぞ……」


……。

 

 

 

 

 

 



「ふんふーん、ふふーん、ふーふーん」



 

「ご機嫌だなぁ」
「なんかいいことでもあったの?」
「まぁねー」
「海斗のこととか?」
「えへへへへ、わかる?」
「最近ベタベタだもんな」
「あぁ、私今恋してるんだなぁって、そう思うとドキドキするのよっ」
「亜希子さんに感謝しなきゃダメだぞ?」
「わかってるよぉ」
「それに──」
「それに?」
「…………」
「侑祈?」
「あ……ぁぁ……あ……」

 



「おーい。ちょっとどうしたの?」
「え、なにが?」
「なにがじゃなくってさ。それに、なんなの?」
「うん?」
「もうっ、その歳でボケたんじゃないの?」
「うははは、なんのことか全然わかんね」
「これからちょっと海斗と話してくるから」
「もう夜中だぞ?」
「すぐ戻るから」
「すぐ戻らなきゃ、色々問題だと思う」
「じゃあねー」

 

 

 

「はいはい………………ん? あれ、妙ちん? さっきまで一緒にいなかったっけ……?」


…………。

 

……。

 

 

 

 


友だち。


それは、とても大切なもの。


家族。


それは、とても大切なもの。


失いたくないもの。


白黒の日常に光を与え、色を与えてくれるもの。

 

 

 

友だちでもなく、家族でもなく、恋人でもない。


なによりも守りたいもの。


生涯に渡って、唯一絶対のもの。



 

「ちょっと侑祈、まだなの?」

「今行くってー」

「それ、5分前にも聞いた」

「着替えるのに手間取ってるんだから仕方ないじゃん」

「男の着替えなんて、1分あれば十分でしょ」

「それ差別だ」

「うっさい。早くしてよ。海斗が行っちゃうじゃない」

「っと、と……よし」

 

 

 

「お待たせ」

「遅い!」

「だからお待たせって言ったじゃん」

「ほら走るよ」

「えー」

「えーじゃない!」

「うーい……あ……れ? …………あ…………」


ドサッ。

 

 

 

「ちょっと、なにこけてるのよー。侑祈? ……侑祈……?」



 

 

「侑祈ーーーーーーっ!」

 

……。

 

 

 

 

 

悲鳴のような妙の叫び。

オレは駆けつけるように妙の元へ急いだ。

尊徳も少し後ろから走ってきていた。

 

 

「まさか賊か!?」

「んなわけないだろ、おおかたゴキブリでも出たんだろ」


しかし、そんな軽はずみな言葉は、もう出てこなかった。

 

 

 

「侑祈っ! 侑祈ぃっ!」


取り乱す妙が、侑祈の肩を揺すっていた。

ただ事ではないことなど、侑祈を見た瞬間に理解出来た。


「どうした侑祈、おいしっかりしろ!」


尊も同じように侑祈に駆け寄る。


「これは……」


目を開いたままピクリともしない。

一瞬死んでいると思ったが、決め付けるのは早い。

侑祈はロボットなのだ。

なにか一時的なトラブルのようにも思えなくはない……。

妙の取り乱し方が尋常ではない、不安要素を除いて。


「ダメだ、意識はない。この場合救急車……ではないと思うが……」

「亜希子さんを呼べ!」

「そうだな。連絡してこよう」


尊に任せ、オレは妙のそばに行く。


「侑祈! 侑祈!」

「落ち着け妙。今は呼びかけても意味ないんじゃないか?」

「で、でも! ……だって……」


下唇を噛み締める。



 

「なにかあったのか?」
「私のせいかも知れない……侑祈、最近どこか、おかしかったのに……」
「今それを悔やんでも仕方ない。それに、こいつの性能は高いんだろ?」
「……だけど……」


──「どうしたの?」


──「なにか、とても騒がしいですが……あっ!」


「突然侑祈が倒れたらしいんだ」


「……倒れたって、こいつはロボットなんでしょ?」


「…………」


何故だろうか。

倒れた侑祈を見て、オレは一つの小説を思い出していた。

とても悲しい物語。

とても、悲しい物語の中に、オレたちはいた。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

オレたちは一度学園に行くべきだと話し合ったが、妙が首を縦に振らなかったので、オレが残ることにした。

尊に任せた麗華は、彩と一緒に車で登校した。



 

「どうしよう……どうしよう……」
「心配すんなって。今亜希子さんが見てくれてるんだろ?」
「だけど……」


さっきから同じことの繰り返しだ。

早く戻ってきて欲しいと切に思う。

しかし、すでに2時間経過しようとしていた。

状態を確認するだけで、ここまで時間がかかるだろうか?


「…………」


…………。


……。

 

 

──コン、コン……。

 

 

 

「っ! 侑祈!?」


駆けるようにして、扉を開く。



 

「私」

「あ……お母さん……侑祈は?」

「今、研究所の方に搬送したわ」

「それって……損傷が激しいってこと?」

「…………」

「私も研究所に行く!」

「ダメよ」

「な、なんで?」

「お昼からになっちゃうけど、学園に行きなさい」

「ヤダよ! 侑祈は私のボディーガードなんだから!」

「海斗くんがいるじゃない」

「そうだけど、でも侑祈だって私のだもん!」

「直すのに、少し時間がかかりそうだから」

「どれくらい?」

「さぁ……それは戻ってからじゃないと……」

「……絶対に直る?」

「心配ないわ」

「絶対?」

「絶対よ」

「……わかった。学園に行く」

「いい子ね」


優しく妙の髪を撫でたあと、亜希子さんがこっちを向く。

 



「送っていってくれるかしら?」

「ああ」


抱き寄せるようにしていて、妙には見えなかったが……亜希子さんの顔は今にも泣き出しそうだった。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

侑祈が欠席と聞いて、周囲に少しざわめきがあったものの、いつもと変わらない時間が続いていた。


「…………」


妙はずっと沈んだままだ。

時折、侑祈の席を見ては落ち込んでいる。

なにやってんだよ侑祈。

お前は無敵なんだろ?

だったら、妙を悲しませるな。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

 

妙のいいところを挙げろと言われたら、オレはまずあいつの元気さだと答える。

むしろ、そこが唯一のいいところかも知れない。

なら、元気の抜けた妙は、なんなんだろう。


……。

 



 

「…………」
「…………」


授業が終わっても、しばらく呆然としていた妙。

屋敷に帰宅する頃には、陽が傾きかけていた。


「なあ、少しだけ外に出るか?」
「…………」
「夜になったらさすがにまずいが、少しくらいなら麗華も怒らないだろうぜ」
「いい……」
「そうか」
「部屋で休む」
「部屋まで送るぜ」
「ううん、ここまででいい」
「…………」

 

 

「重症だな」


いつもそばにいたからこそ、突然いなくなったときに襲う絶望感は大きい。


「…………」


オレも部屋に戻ろう。

元々、妙と親しくなることがなければ、普段のオレの行動範囲は極端に狭いんだ。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

こんなに目覚めが悪いのは、久しぶりだ。


「侑祈の阿呆め」


あいつが倒れさえしなければ、オレも妙もいつもどおりだったんだ。


「ったく……」


……。

 

 

 

 

朝食には、まだ少し早い時間。

オレは寝ているだろう妙の部屋をノックする。


「誰?」


期待に満ちたような、少し不安の色を含んだ声。


「……オレだ」



 

「あ……」
「彼氏だとわかって落胆するのはどうかと思うぞ」
「……ごめん」
「しっかり起きてたみたいだな。ぐっすり眠れたか?」
「ばっちり」


うそつきめ。

声を聞けば、一晩中泣きじゃくっていたことくらいわかった。


「お前さ」


ちょっと心配しすぎなんじゃないか?

そう言いかけてやめた。


「なに?」
「いや……とにかく、着替えたら飯食えよ」
「ありがと」


妙はバカだが、少なくともオレなんかより侑祈の容態なんかについては詳しいはずだ。

だとすれば、不用意に発言することも出来ない、か。


……。

 



 

侑祈が倒れたことに対し、こいつはどう思ってるんだろうか。


「なんだ。僕の顔になにかついてるか?」
「目と口が」
「鼻はどうした鼻は?」
「おっと、低すぎて気づかなかったぜ」
「…………」
「ふざけるな! って言わないのか?」
「随分と元気がないな」
「妙か?」
「貴様だ」
「オレは別に普段どおりさ」
「普段どおりと思っているなら重症だな」
「なんだそれ」
「確かに侑祈が倒れたことには驚いた。しかし、あれは人間じゃなくロボットだ」
「そんなことはわかってるさ」
「なら、どうして悲しそうな顔をする」
「それは……」
「やはり、思うところがあるようだな」
「尊の鼻から、毛が出てるから……。言うべきか言わないでおくか悩んでいたんだ」


スッと立ち上がる。

 

 

「ちょっと席を外す」
「右から2本出てるからな」


ダッ!


手で鼻を隠すようにして食堂を飛び出した。


「……人間じゃなくロボット……か。確かにそのとおりだな」


テレビが壊れて涙する人間は、まずいない。

だが……テレビと侑祈はイコールじゃないだろ。

少なくとも妙にとって、侑祈は人間以上の人間。

そうなんだよな? 妙。


……。

 

 

 

 

「え? 今、なんて言ったの?」
「だから外出する許可をくれって言ったんだ」
「そのあとよ」
「亜希子さんのところに行ってくる」
「本気なの?」
「2日も連絡がないんだ、気になるだろ」
「落ち込んだ妙を見てるのが辛いって?」
「悪いか?」
「悪い──って、普通なら言うんだけどね。まったく、プリンシパルとボディーガードの恋が禁じられたものだって、自覚がまるでないわね、二人とも」
「まぁな」
「褒めてないわよ」


カナタとソナタを撫でながら、紙を手に取る。

 

 

「ほんと、あんたは恵まれてるわね。亜希子さんの好きだった人が海斗の父親でなきゃ、妙との恋愛なんて絶対認めてもらえなかったのよ? はい。この住所に、倉屋敷のビルが建ってる」


紙を受け取る。


「ありがとな」
「別に大したことじゃない。その代わり、帰って来たら私にもい報告しなさいよ」
「お前も心配なんだな」
「そんなんじゃないわ。このまま戻って来なかったら目覚めが悪いだけ」
「そうかよ」
「妙に心配かけるなってぶん殴っておいて」
「ああ。思いっきり殴っといてやる」


……。

 

 

 

麗華に教えてもらった住所を目指した歩く。

妙を連れて行こうかとも思ったが、逆効果になる可能性もあるのでやめておいた。


……。

 

 

 

「こっちの方か」


駅前にはあまり来たことがないので、少し迷った。


そして、30分ほどかけて、目的の場所を見つける。

 

……。

 



 

「……デカイな」


ここが亜希子さんの会社の一つか。

入り口にはガードマンらしき男が二人立っている。



ガードマン「お待ち下さい。入館証はお持ちですか?」


「証明書?」


ガードマン「当社の関係者以外は入館出来ません」


「…………」

 

……オレがここの関係者と証明出来ればいいのか。


証明……証明……

 

"熱い拳"


もちろん、証明出来るのは熱い拳だ。

ガードマン二人くらいなら、殴り飛ばして突破することが出来る。

しかし、間違いなく人生のゲームオーバーになるので、熱い拳を証明するのは切り札にとっておこう。


"股間"


「オレが関係者だと証明出来ればいいのか?」


ガードマン「なにかあるんですか?」


「これだ」


ガードマンの手を握り、オレの股間へと運ぶ。


ガードマン「な、なにをっ……」


「これがオレの証明だ」


ガードマン「……これは……かなり大きいっ!? マイケルのモノくらいあるではありませんかっ」


「マイケルが誰だか知らないが、巷では外人クラスだと噂されてる」


ガードマン「ごくりっ……」


「これでオレとお前の上下関係は決まったはずだ」


ガードマン「は、ははぁーっ!」


「わかればいい、わかれば」


ガードマン「君、さっきからなにブツブツ言ってるんだ」


「気にしないでくれ。ちょっとした妄想だ」


"学生証"


「学生証じゃダメか?」


ガードマン「別に身分証明書を見せて欲しいわけじゃない。この施設は関係者以外立ち入り禁止なんだ」

 

「そう言わず見てくれ。写真写りいいだろ?」


ガードマン「でも、これちょっと顎が上向いてるな。写真を撮るときは顎を引いた方がいい」


「……そうか」

 

ガードマン「とにかく、中には入れられない」


「なら亜希子さんに聞いてみてくれ」


ガードマン「社長に?」


「知り合いなんだよ」


ガードマン「…………」


二人のガードマンは顔を見合わせる。


「聞いてくれるだけならいいだろう?」


ガードマン「わかった。問い合わせてみよう」


……。

 

ガードマン「はい、はい……ええそうです。よろしいのですね? わかりました」


肩口につけていた無線マイクを元の位置に戻す。


ガードマン「許可が下りた。入ってもいいそうだ」


「サンキュ」


ガードマン「社長は25階の開発室にいらっしゃる」


「わかった」


エレベーターに乗り、25階へ。

直通があったのですぐだった。

エレベーターを降りると、すぐ扉があった。

『開発室』と書かれたプレートが取り付けられている。


──コン、コン……。


「はーい。入ってー」


元気そうな亜希子さんの声。

 



室内に入ると、寒いくらいクーラーが効いていた。

 



「ごめんね、寒いでしょ」
「温暖化を促進させまくってるな」
「そう言わないでよ。熱が篭ると機械に良くないから」


ずらりと並ぶパソコン。

しかし、室内には亜希子さん以外の姿は見られない。



 

「今日はどうしたの? ……って、決まってるわよね」

「侑祈の様子は?」

「妙に確認してくるように頼まれた?」

「いや……あいつには黙ってきた」

「……そう。いいわ、侑祈に会わせてあげる」

「会えるのか?」

「ええ」


そう言うと、パンパンと手を叩く。



「悪いんだけど、ちょっと来てくれる?」


『わかりました』


部屋の奥から侑祈の声。


「なんだ、元気そうじゃないか」

「そう思う?」

 



「…………」


一目見て、違和感を感じた。


『お呼びですか、亜希子さま』


「侑祈?」


『はい。私は侑祈です』


「いつもどおりの侑祈でーす……なんちゃって」


声とは裏腹に、亜希子さんに元気はなかった。


「どうなってるんだ、これは」

「外見は侑祈そのままだけど、中身が違うの。人間で言うところの、脳だけが別人ってところかな」

「それは、なんて言っていいか困るな。オレには状況が飲み込めない」

「あはは、そうよね」


『…………』


表情も体勢も変えず、侑祈はジッと立ち尽くしている。


「命令がなきゃ、瞬きもしないのよ?」

「ロボット、だな」

「そうね。悪いけど下がっててくれる?」


『畏まりました』

 

 

「外見がそのままなだけに、すげー変だ」
「あいつは不真面目だったからね」
「それで、侑祈……オレたちの知ってる方は?」
「あいつはココ」


亜希子さんの手の平。

その上に数センチの棒があった。


「簡単に言うと、内臓記憶メモリーね。わかる?」
「小型のハードディスクみたいなもんだっけか」
「まぁ似たようなものね。これが、私たちで言うところの脳みそなの」
「本当にこんなのが、あいつの身体にあったんだな」


とても小さい。


「それでいつ侑祈は直るんだ?」
「…………さあ、わからない」
「……わからない?」
「だって、直せないんだもの」
「…………」
「人工頭脳についての知識は? 神経細胞樹状突起って言葉、理解出来る?」
「出来るわけないだろ」
「そーよねぇ。いくら四方八方学ぶことが多いボディーガードも、さすがにそんな面白くもなんともないこと、学ばないわよね」


自分の分野を面白くないと言うのはどうか。


「海斗くんは、侑祈の容態を聞きに来た。つまりいつ修復出来るのか、また壊れた原因はなんなのか。……そういうことよね?」
「ああ」
「それを話すには、人間とロボットの違いから話さないと」
「身体のパーツってことか?」
「もちろん大前提でそれはあるわ。侑祈の身体の材質は80%は人間と同じなんだけどね。だから、肌触りや柔軟さは人間と同じなの」
「外見なんかじゃ区別つかないもんな」
「じゃあどこが機械なのか……それは脳の中ってことになるんだけど……。人間と人工頭脳の決定的な違いって、なにかわかる?」
「決定的な違い……?」
「それは『記憶容量』」
「容量……」
「私たちがロボット……正確にはアンドロイドって言った方が近しいか。アンドロイドを開発する上で、もっとも大きな壁になるもの。それが記憶容量」
「…………」
「私たちが日々、見て、感じて、学ぶものを機械的なもので記憶していくには、膨大な容量を消費するの」
「なんとなく、だがわかる」
「だから今までアンドロイドらしいアンドロイドの完成は見送られてきたのよ。今さっき海斗くんが見た侑祈は、人間に見えた?」
「外見はそのままだったが、雰囲気は明らかに違ったな」
「でしょ? 今回侑祈が動かなくなったのは、その容量が一杯になってしまったことが原因なの。もっとも、記憶装置を痛打されたコトも無関係じゃないんだけどね」
「痛打?」
「記憶を覗いてみたけど、頭部を殴られてたの」


そう言えば、この間そんなことがあったな……。

 

 

「まぁそれは併発作用のようなものかな。新しいことを記憶出来ないのに、記憶しようとしたことが、決定打だったみたい」
「つまり、容量を確保出来ないから、直せない?」
「そういうこと」
「パソコンと同じ扱いをしていいのかわからないが……コピーしたりして、どうにかならないのか?」
「残念だけど、複製は不可能なの」
「…………」
「この侑祈の記憶が含まれた情報は、他の器に入れることなんて出来ないのよ。人間の記憶を移植出来ないのと一緒でね。私も色々と試してみたけど、やっぱりムリだったし」
「つまり……?」
「ここに侑祈の記憶はある。それに身体もある……だけど、もう侑祈は死んだの」
「随分と、あっさり言うんだな」
「開発の段階から、いずれこうなることはわかってた。あなたの知ってる侑祈は、未完成だったの。これでも一応アンドロイドは完成してるのよ? 今見た侑祈は、あなたたちの知る侑祈と違って記憶がいっぱいになってショートすることもないもの」
「……よく、わかんねぇな」
「漫画を読むと、それを記憶するでしょ?」
「ああ」
「それが面白い漫画なら、細部まで覚えてるし、面白くなければ曖昧な形でしか覚えてない。あなたの知る侑祈はね、全てを学習していくようにプログラムされてた。昨日の晩ご飯がなんだったか、雨が降っていたか、風は強かったか……そういうのをね」
「だがアイツは、結構忘れっぽかったりしたはずだ」
「それは記憶の優劣と、検索に時間がかかってたからだと思う。時間をかけて思考すれば、やがて思い出すことなのよ。今の侑祈は余分なことを一切覚えない。だからその日に覚えた余分なものを消去出来る」
「それが違いってわけか」
「私はどこまでも、人間に近いアンドロイドが作りたかった。不真面目だったり、どうでもいいことを覚えてたり。本当に全てを学習させたら、こんな小さな媒体なんてアッと言う間に使い切っちゃうの。だから、勉強嫌いにしてたのよ?」


それは驚きだ。

あいつは一度たりとも勉強したがらなかったが、プログラムとして拒否されてたからなのか……。


「そういうわけで、まぁ、侑祈はもう……」
「こうなることがわかってたって言ったよな?」
「ええ」
「つまり、妙が悲しむことになるのも」
「……そうね。あの子は、性格に問題があるでしょ?」
「かなりな」
「だから友だちを作ってあげたかったし、侑祈をキッカケに交友が広がればと思った。ただ主を守るボディーガードを、毛嫌いしてたし」


麗華と少し似てる……のか。


「だから明るくて、楽しい、嬉しいアンドロイドが作りたかった。最後には辛いことになるとしても」
「…………」
「そのときが来たら、あっさりと打ち明けようと思ったんだけどなぁ……。私自身が、すっごい悲しくてさ」
「亜希子さん……」
「だから、言えなかった。もう侑祈はいないのよ……なんて。同じ外見でよければ、幾らでも作ってあげられる。今みたいに感情のない侑祈で良ければ、ずっとそばにいてくれる。でも、違うものね? 海斗くんや妙の知ってる侑祈じゃなきゃ……」
「どうするつもりなんだ?」
「わからない。わからないから、海斗くんに話したの」
「ガキにすがりつきたかったと?」

 

 

 

「手厳しいな」
「もう、あいつはいないんだな」
「ごめんね」
「オレはいいさ。だが、アイツは……」


とてもじゃないが、侑祈はもう死んだなんて口に出来ない。

あいつの心が壊れてしまいかねない。


「呆気ないもんなんだな」
「えっ?」
「……現実なんて、呆気ないよな。普通に朝起きたら、あいつが死んだなんて……」
「…………」
「誰もあいつに、満足な言葉一つ残してやれてない。そして、奇跡のような真似事で直ることもない。それが現実……か……」
「そうだね……」
「なあ、直せないって言うのは──」


オレは思わず振り返る。


「海斗くん?」


「まさか──」


背後から感じた、微かな気配。

オレは息を殺して扉に近付く。

そして、僅かに開いている扉を開いた。


「っ!?」

 



「お前……どうして、ここに……」

「麗華に、聞いたの。海斗が、お母さんのところに、行ったって言うから……あいつ、これが好きだから持って行ってあげようって……」


妙の手には青い液体の入った消毒液が握られていた。


「研究所になら、たくさんあるって、わかってたのに。私の手で、お見舞い、しようって……」

「…………」

「もう、いないんだね、侑祈は」

「妙……」


──『お嬢さま』

 

 

 

「っ! 侑祈? わ、私がわかるの?」

『はい。妙お嬢さまです』

「…………」


すぐに、侑祈が侑祈でないことを理解する。



 

「妙のことは、インプットしてるから……」


無言で妙を見下ろしている。

その目に妙は映っていない。


「別にいいよ。そうよ。侑祈なんて、ただの、ロボットじゃない。いなくなったって、寂しくなんかないし」

「強がるなよ」

「強がってない! 強がってなんてないっ! 私、別に怒ってないよお母さん。うるさいやつがいなくなっただけだし」

「…………」

「そう、別に……全然……全然、へいき……っ」

「本当にいいのか? 例え、救う方法があったとしても」

「はは……慰めてくれてるの? 私は大丈夫だよ。海斗がいるしさ」

「慰め? 違うな。なあ亜希子さん」

「……なに?」

「オレの聞き間違いじゃなきゃ、侑祈は、今は直せない、ってことでいいんだな?」

「え、ええ……」

「海斗?」

「これから、もっと技術が進歩すれば、また侑祈と話せるときが来るんじゃないのか?」

「もちろん、その可能性は、ゼロじゃないわ。記憶そのものは、ここにあるんだもの。でも……」


オレはその先の言葉を遮る。


「亜希子さんでも難しい、か」

「…………」

「…………」

「絶望するのは自由だ。諦めるのも自由。オレにはプログラムだの機械だの、正直全然わかんねぇしな。亜希子さんでも難しいってことは、そりゃ世界中の殆どの人間が、到達出来ない領域ってことだな。だけど、ここにいるじゃねえか」


オレは力強く妙の背中を押す。


「えっ……」

「クラスでも飛びぬけてアホで、自分から勉強するのが嫌いな……だけど、天才である亜希子さんの一人娘が」

「…………」

「あんたに出来なくても、オレはこいつになら出来ると、そう思うぜ」


妙は無理だと言うように首を振る。


「オレは、この事態に直面したとき、一つの物語を思い出した。これでも小説なんかは、たくさん読んできた。その一冊に、お前や侑祈に重なる物語があったんだ」

「…………」

「少年だった主人公のそばにいつもいたロボットが、ある日動かなくなる話だ。少年は思いつく限りに行動し、ロボットを直そうと頑張った。だが結局、そのロボットを直せる人はどこにも存在しなかった。なら諦めるしかないのか? もう二度と笑い合うことは出来ないのか? いや違う。誰も直せないなら、自分自身が直せるようになればいい。その小説で少年が選んだのは、その一つの答えだったんだよ」

「わたし……が……?」

「弱虫な人間は、弱虫なままか? 頭の悪いヤツは、いつまでも頭が悪いのか? そうじゃねえだろ。だが、一定以上の領域にたどりつくには、資格がいる。お前は、その資格を持ってんだよ」


誰よりも侑祈を知り、天才の血を引くお前なら。


「…………」


小説の世界……そう言われてしまえばそれまでだ。

いくら酷似した状況とはいえ、夢物語の一つにすぎない。


それでも──


それでも、無茶をやってのけるこいつになら───


夢物語の話を、現実にしてしまう気がした。

ふらふらと、妙は亜希子さんの前に立つ。

そして、手の平から小さなそれを受け取った。



 

「出来るかな……私に……」

「人がする努力の何倍も必要だろうな」

「何倍も努力すれば、出来るかな?」

「お前が、それを望むなら」

「…………」

「オレはお前だけだと思う。侑祈を元どおりにしてやれるのは」

「私……」

「どうするんだ、倉屋敷 妙」

「私……」


ぎゅっと、小さなスティックを抱きしめる。


「私、やるよ……どれだけかかっても……。1年でも、10年でも、必ず。必ずやってみせるっ」


学ぶことを嫌い、受け継ぐことを拒絶した妙が、自らの道を示した瞬間だった。


亜希子さんはその姿を優しく見つめていた。


ひょっとしたらこの人は、ここまでを予測していたのかも知れない。


悩み、挫折し、そして立ち上がる。


その過程をすべて考えてのことだったとしたら。


だとしたら、とんでもなく凄い親だ。


……まさか、な。


「勉強しないとな」

「うんっ」

「思ってるよりもずっと大変だぞ?」

「それでもやる、絶対っ」


意思は固い、か。


決意が本物であることは間違いがない。


だが、やがて挫折し心折れる日は、必ず来る。


世界中の誰もが出来ないこと。


それを達成することは、不可能に近い。


嘆き苦しみ、果てには挫けてしまうだろう。


「これからお願いね、妙のこと」


そっと耳打ちする亜希子に、オレは小さく頷いた。


そのとき、オレが支えてやろう。


倒れた妙に手を差し伸べ、立ち上がらせてやろう。


「オレも見てみたいからな。こいつが凄くなっていくところを」


そして……もう一度、侑祈のバカに会う。


妙は抱きしめる。


大切な思い出の詰まったそのメモリーを。


…………。

 

……。

 

 

 

 

また、新しい春がやってきた。

 

 

オレは新学年と共に、正式に妙のボディーガードとなった。

麗華は新しいボディーガードをコロコロと変えては、自分一人の時間を楽しんでいるようだ。

 

 

「今日から新学期ね!」
「張り切るのは勝手だが、無茶するなよ。恥ずかしい思いをするのはオレなんだからな」



 

 

「そのときは海斗が止めてくれればいいって、ね」
「人任せなヤツ……」
「じゃあ行こっ!」
「あ……ちょっと待て」
「なぁに?」
「ほら、ちょっとこっちに来い」
「?」
「ずっと考えてたんだが……。オレ一人じゃ、お前のお守りは大変だからな。もう一人助っ人を呼ぶことにした」
「助っ人? 誰?」


オレは、ポケットから取り出したそれを、妙の首にそっとかける。


「これなら、ずっと一緒にいられるだろ?」

「あ……」


大切なメモリーをネックレスのアクセサリーに見立てたもの。


「ネックレスは安物だけどな」

「い、いいの? こんなの、もらって……」

「お前だからやるんだよ」

「……ありがとう」


俯き、小さくお礼を言う妙。

こういうところは、素直に可愛いと思う。

いつもこれくらいおしとやかなら……

そう思った矢先、グッと腕を引っ張られる。



 

「さっそく行くわよ海斗!」
「ぉいっ、どこにだよ!?」


駆け出し始める。

 

 

 

 

「そんなの決まってるじゃない! 学園サボって研究室!」


……。

 



 

-倉屋敷 妙編END-