ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【22】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


--------------------

 

 

 

 

 

 


-神崎 萌編-

 

 

 

 

 


……。

 


賑やかながらにも、さすがはお嬢さまたちと言うべきか。

訓練校の食事時とは違い比較的静かな会食。

一度に口元に運ぶ量も、スズメの涙程度しかない。



 

「もぐもぐ……もぐもぐ……」


ただ一人を除いて。


「食ってんなぁ神崎」


侑祈も結構がっつく方だが、こいつはそれを凌ぐぞ。


「どの、もぐもぐ、料理も、もぐ…………もぐもぐもぐ」

「せめて『食べるか喋るかどっちかにしろ』ってセリフくらい言わせてくれよ」

 

 

 

「神崎さまは、食べてる時が一番幸せなんだ」

「人生を楽しんでるのかどうか微妙だな」

「喜んでらっしゃるんだから、いいじゃないか」


自分のことのように、嬉しそうな表情を浮かべる。

凄くいい顔をしていた。


「惚れるぞ」

「そういう笑えない冗談はやめてくれ」


一瞬にして嫌悪感タップリの表情に変わってしまう。


「多少、女に見えるかも知れないが、こう見えても私だってちゃんと女性に興味がある」

「……真面目に訴えなくてもわかってるっての」


「もぐもぐもぐ」


「隣の住人が食べ物に夢中だからいいものの、やや不謹慎は発言だぜ? 今のは」

「元はと言えば、海斗が話題を振るからだろ」

「悪い悪い。だがお前の趣味はちゃんとわかってるぜ?」

「なんだって?」

「これでも一年間ルームメイトだったんだしな」

「余計な発言をしたら、斬る」

「言うのが先か、斬るのが先か、勝負するか?」

「峰打ちには出来ないから、覚悟をしておけ」

「竹刀じゃないのかよ……」

「材質が木材だろうと関係ない。断つべきものは断つ……それが私の剣技だ」

「ハッタリとは思えない気迫だぜ」


「本当に、薫の剣は、なんでも斬るよ」


「神崎さま。もう食事はよろしいのですか?」

「まだ。小休止するだけ」


まだ食う気なのか。


「それで、どんなもんを斬ったりするんだ?」

「この間は、電柱」

「待て待て待て! 公共物じゃねえか!」


オレだってそんなものをぶっ壊すのは難しい。

なにか仕掛けでもあるのか……。


「竹刀の刃には電動チェーンでも付いてんのか? だとしても人間の腕力を加えた斬撃で斬り倒せるのか? それとも強力な酸を塗りたくっている? しかしそうすると不可解な点も出てくるか……。どんなに強力な酸でも、一瞬で溶解は始まらない。それに刃に酸を塗っている時点で、その竹刀が酸によって溶解されていないのも変だ。いや、そこは有機ケイ酸塩を用いれば……だが……」


「考え込んでも答えは出ない。ウィットなジョークだから」

「さすがです神崎さま。ウィットでした。はい、ウィットに拍手」


──パチパチパチ……。


「全然ウィットじゃねーよ……。真面目に考え込んだだろうが」


こいつらは漫才でもやりたいのか?


「結局のところなにも斬ってないのか?」

「特別固い物はなにも。人間くらい、だよね?」

「はい。二人ほどバラバラにしました」

「殺人かよっ!」

「殺人かよっ……ツッコミ、いただいた」

「いただくぞ、海斗っ」

「てめぇらいい加減にしろよ。無知のくせに」

「別に侮辱するわけじゃないけど、成績の良くない海斗が私に対して無知を言えるのか?」

「はん。だったら一つ教えてやるよ。瓶のラムネジュースについてだ。聞いて驚くがいい」

「ちょっと待ってくれ海斗」

「なんだ。これから豆知識をひけらかそうと優越感に浸っていたと言うのに」

「瓶のラムネジュースとはなんだ?」

「なんだと?」

「私も、知らない……美味しいジュース?」


こ、こいつら正真正銘のアホだ。

金持ちって人種は本当になにも知らないんだな。


「佐竹、本当にこれで教育してると言えるのか?」


「一応声は聞こえていたが、ラムネジュースのことか」

「普通知ってるだろ? 仮に飲んだことがなくても」

「しかし、今あれは中々飲む機会がないだろう。一時期は懐かしさから一般の店にも並ぶようになったが……」
「だが納得がいかんぞ。なあ侑祈」


麗華たちと会話していた侑祈の首をぐいっと捻る。



 

「ギャー! な、なにすんだ突然!?」

「ちょっとこっちの席に来て話すぞ」

「強引……」

「一体なんなんだよ、いきなりさぁ。折角麗華お嬢さまといい雰囲気になりかけてたのに」

「話しかけても無視されてたじゃねーか」

「なんでチェックしてんだよ」

「とにかく、薫も神崎も瓶のラムネジュースを知らないそうだ」

「ほんとに? へぇー」

 



「そんなにメジャーなのか?」

「マイナーな部類だとは思う」

「美味しいなら、飲んでみたい」

「味はいいですよ。それは保証します」

「よし。なら用意させよう」


辺りを見渡して暇そうな人間を捕まえることにする。

源蔵のそばで、邪魔にならないように立っている老人、つまるところ執事に話しかける。


「瓶のラムネジュースを4本くれ」


執事「……は?」


「だから、厨房辺りから瓶のラムネジュースをもらってきてくれ」


執事「そのようなものは、ございませんが」


「天下の二階堂家の厨房にないのか? 金持ちなら、どんなものでもストックくらいしとけ」


執事「どのように申されましても……」


「仕方ないな。じゃあ買いに行ってくれ」


執事「なぜ私が……」


「執事だろうが」


執事「そ、そんなっ……私は源蔵さまの……」


「執事は執事だ」





「強引だぞ海斗。その辺にしておくんだ」

「じゅる、ラムネジュース飲みたい」

「いけ執事! 早く買ってこなければ斬る!」


執事「かっ畏まりましたぁ!」


「どっちが強引だよオイ……」

 

 

 

「はっ、しまった……つい我を忘れて……」

「あの執事泣いてたな」

「ああ……酷いヤツもいるもんだ」

「あれは海斗が先に!」

「先とか後とか言ってる時点で終わってるな」

「可哀想に」

「く……くぅ……不覚!」


……。

 

 

 

 

 

 

 

 

執事「お待たせいたしました。瓶のラムネジュースでございます」

 

 


ビニール袋に入れられたそれは紛れもなく本物。

 

しかし……。

 


「4本って言ったんだが?」


どう見ても10本以上あるように見える。


執事「買い足りず困ることはあっても、買いすぎて困ることはありませんので」


「庶民の家では、きっと買いすぎは困ると思う」


とりあえず、半泣きの執事から袋を受け取った。


「じゃあ薫に神崎、飲んでみろ」



 

「変わった形をしているな」

「透き通っていて、美味しそう」

二人はまじまじと瓶を見つめてから、瓶の口の包装されたビニールを取った。

しかし、そこで怪訝そうな顔を見せる。


「なんだ、このプラスチックのパーツは?」

「不良品を、掴まされ、た」

 

 



「違いますよ。このプラスチックは開封するのに必要なんです」

開封?」

「ほら、瓶の中にビー玉があるでしょう?」

「本当……だ。やっぱり、不良品?」

「これは炭酸が逃げないための工夫ですよ」

「す、凄い……侑祈が丁寧だ」

「それで、まぁ力のない人はこのプラスチックのパーツをビー玉の上に乗せて……こう、グッと押し込むんです」


手の動作を形だけ真似、教える侑祈。


「しかし、力があるないは関係ないだろう」

「そう? 俺はこうやって開けるぜ?」


そう言って、人差し指をビー玉の上に乗せる。

そしてその指を軽く曲げて押し込んだ。

シュワーッという音と共に、あふれ出すラムネ。



「おぉーっ」

「なんと奇想天外な」

「おっとっとっとっと」


慌てて口をつけて、溢れるラムネを飲む。


「これが力のあるヤツの開け方さ」

「じゃあ私も」

「私もそれで」


「待て待てパワー自慢ども! 平然とやろうとするな」

「私ならやれる」

「同じだ」

「やれるとかやれないとかじゃねえよ。そんな開け方するのは危ないって言いたいんだ」


下手したら指を怪我しかねない。


「そんな無謀な開け方するのは侑祈だけにしとけ」

「でも、武人としての誇りが」

「ラムネジュースなんかに武人の誇りを持ち込むな」

「悔しいですが、怪我をするのは避けた方がよろしいかと」

「……ん」


どうにか納得した二人は、テーブルに瓶を置く。

そしてグッと手の平で押し込んだ。


──!


「わ、っと……」


溢れてきたラムネに慌てる薫。

ちょっと恥ずかしがりながらも、口元に持っていった。

対する神崎は……


「なにしてんだ」

「溢れそうだから、押さえ込んでる」

「なるほどな……」


確かにその方法もラムネの開け方の一つだ。


「だが、ベテランならこうする」


プラスチックの玉出しを押し当てて、一気に真っ直ぐに押し込む。


──!


そして素早く手を離して口元へ。

その間、時間にして0.5秒以下。


「ぷはっ」

 

「おお」

「なんか、プロみたい」

「ラムネを飲んだ数ならそこらの連中には負けん」

「多分、ここじゃ海斗くらいしか飲んだことがないと思う」


──「そんなことはないぞ? 南条」


「佐竹校長」

「昔は私も飲んだものだ」

「勝手に取るんじゃねーよ」

「1本くらいいいじゃん」

「ったく……ほらよ」


「いつもいつも、校長に対する態度じゃないな、海斗」


佐竹は瓶をテーブルの上に置き、玉出しを押し当て、体格に似合わずゆっくりと押し込んだ。


──!


「凄い、溢れてない……」

「こうやって開けるのも一つの技量だ」

「ちょっと小さいけどな、やり方が」

「ん……ん……」

「神崎さま?」


困ったような声を出す神崎。

オレはそれを聞いて、なんのためにラムネを用意させたか思い出した。


「ビー玉が、口に引っかかって……飲めない」

「本当ですね……私も飲めなくなりました」


量が減り、傾ける角度が増したことで、ビー玉が口元に転がり入り口を塞いでしまったのだ。


「不良品か?」

「なんでもかんでも不良品扱いするな」

「そうそう。それは──」

「おっと、待て侑祈。オレが教える。薫より知識の勝ってるオレがな」

「小さいなー海斗ぉ。お前競争意識とかもってないだろ?」

「たまには抗いたくもなるのさ」

「なるほど……確かにそのとおりかも知れない。こういった雑学も、また知識。是非ご教授願おう」


「ん、ん-?」


必死にあれこれと神崎は試行錯誤を繰り返している。


「よく見ておけ? こうやって飲むんだ」


薫から尊敬の眼差しを受けながら、オレは瓶を水平に近い角度に傾けた。


「こうやって、少しずつ瓶の底を上に持っていく。そして飲む。そしたらビー玉は引っかからず……」


カポッ。

ゆっくりと転がったラムネが、瓶の口を塞いだ。


「ダメじゃないか」

「すまん。ちょっと失敗したみたいだ」


もう一度繰り返す。


「今度こそ……」


カポッ。


再び瓶の口をビー玉が塞いでしまう。


「…………」

「…………」


熱い視線は、とっくに冷めていた。


「本気かよ海斗! あれだけラムネ語ってたのに!」

「いやこれはだな……調子が悪いからと言うか」

「調子に左右される飲み方があっては、商品として成立していない気がする」

「よく見てて下さいよ、神崎さま、薫」


侑祈は普通に飲むように、グイッと瓶を傾ける。


「バカが。それじゃあビー玉が口に……」

「おぉ」


明らかにビー玉が転がる角度でもあるのに、ビー玉は口元に転がらず制止している。


「これがラムネの飲み方だよ」

「お前、ビー玉を磁力みたいな力で引き付けてるんじゃないか?」

「どうやって磁力を発生させるんだよっ」


「こんなものは誰でも出来るさ」


佐竹も侑祈と同じ位の角度で飲み始める。


「な、なにがどうなってるんだ!?」

「あぁ……そういうことか」

「私もわかった」


侑祈、佐竹両名を見ていた神崎と薫は、互いに頷いて飲み始める。


「どういうことだ……オレは確かに以前、成功したのに」


浅い角度で飲んでいくのがコツなんじゃないのか?

もう一度、今度は周りの連中と同じ普通の角度で。


カポッ。


「…………」


飲めなかった。



 

「どうやら、雑学面でも私の方が優秀みたいだな」

「く……」

「いいことを思いついたぜ」


なにを思ったか侑祈は席を立ち、この場にいる全員にラムネを勧め始めた。

麗華や彩はラムネの存在を知らなかったが、物珍しさも手伝って飲んでみることにしたようだ。

そして神崎や薫と同じように、最初ビー玉が詰まって飲めなくなってしまう。

しかし、しばらく悩んだあと、気づけば普通に飲み始めていた。

この場にいる者が次々と飲みほしていく。

そして残ったのは……



 

「な、なぜ飲めないんだッ!?」


オレと尊だけになっていた。

もちろん麗華たちが飲んでいる間に、ビー玉を詰まらせながらも繰り返し飲むことは出来た。

だがそれをさせない雰囲気が既に出来上がっていたのだ。



 

「こんなのも飲めない愚か者がいると聞いて飛んできたわ」

「これはだな……オレのが不良品なんだ」

「言い訳が苦しいぞ海斗。なんでも不良品にしちゃいけない」

「海斗にだけは負けるわけにはいかないっ!」


ぐいっと傾ける尊。


カポッ。


「どうやらビー玉はお前の敵みたいだな」


冷や汗をかきながら、瓶を傾ける。


カポッ。


「貴様こそ」


「ひどく次元の低い争いだな」

 

 

 

「お、お教えした方がよろしいのでは?」

「放っておきなさい。簡単なことなんだから」


「おかしい……なにか変だ……」


確かに前に飲んだときは、スムーズにいったんだ。

つまり一度答えにたどり着いていたということ。

ビー玉に直接触れるわけでも、瓶を壊すわけでもない。

手を加えられる部分は限りなく狭いはずだ。

傾ける角度……?

それは考え難くなっている。

麗華や彩が角度を計算しているようには見えなかった。



 

「一体、どういうことだ……」

「二人して真剣に考えちゃってるよ」


「凄く低、レベル」


角度じゃないとしたら持ち方か?

しかし持ち方を変えたところで、ビー玉に影響はない。

やはり角度としか思えないが……。


……待て。


瓶を傾ける角度ではない、としたら?

角度角度と囚われているから、としたら?



 

「なるほど、すべて解けたっ!」

「これが正しい飲み方だっ!」


オレたちが瓶を傾けたのはほぼ同時。

おそらくどちらか、あるいはどちらも正しい。


カポッ。


真横からそんな音が聞こえた気がした。

そしてオレの方はと言えば……。


「ぷはっ!」


しっかりと飲みほしていた。


「ち、違っただと!?」


尊は最初にオレが試したいたような、浅い角度での飲み方をしていた。

 

 

 

「頭が固い人間は、ラムネ一本満足に飲めないと見える」

「お前も今飲めたじゃん!」

「ぼ……僕が海斗に負けた……だと……? そんな現実を認めろと言うのか?」


がっくりとうな垂れる敗者。


「正解を教えてやるよ。それはこれだ」


瓶の一部を指さす。



 

「それは……?」

「瓶のくぼみだ」


瓶の上部に、2箇所丸くヘコんだものがある。


「まさか、そこにビー玉を?」

「そうだ。くぼみが丁度口の下に来るようにして飲めば、転がってくるビー玉はくぼみの間に挟まり落ちてこない」

「っ!?」


慌てたように、尊は瓶を回し、くぼみを下にして飲んだ。

ビー玉は当然のように固定され塞ぐことはない。


「よく考えて作られているものさ。何十年何百年前に誕生した物でもな」

「うまい……ちょっとヌルいが」


フラストレーションから解放された表情だった。



 

「もっとも先に気づいたのはオレだったがな」

 

「全然自慢になりません。私はすぐわかりました」

「うるさいメイド」


「庶民の飲み物ではありますが、少し勉強になりましたよ」

 

全員が、きちんとした飲み方でラムネを飲み終えた……

 

 

 


かに見えたが。

 

 

 

 

全員が解散し、静寂に包まれたリビングで……。


カポッ。



 

「ム……懐かしいと思い飲んでみたが……またビー玉が引っかかってしまったか。これだから貧乏人の飲み物はイライラするのだ……」


食堂の隅で、ラムネと格闘している源蔵を見つけた。

ツキは慌てて駆けつけ、丁寧にくぼみの説明をしたと言う。

 

…………。

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

ふとしたキッカケは、互いを深め合ったりする。

その反対だってもちろんあるわけだが。

屋敷にやってきてしばらくが経つが、オレと麗華の関係が深まるようなキッカケは訪れない。

登校帰宅、そして学園内だけの付き合いだ。


「これくらいが丁度いいのかもな」


あまり深入りしすぎて、妙な情が移ったら厄介だ。

それは薫や侑祈たちのことで反省している。

いつまでもここにいるわけじゃない。


……。

 

 

 

 

帰宅を済ませたあと、有意義な時間をいかにして過ごすか考える。


「尊辺りは部屋で読書してそうだ」


オレも読書は好きだが、未読の本は残っていない。

麗華が屋敷で大人しくしているのなら、頼めば外出させてくれるかも知れない。

もっとも、そんな自由を許すかどうかはわからんが。


「そうだな。聞くだけ聞いてみるか」


無理であれば部屋で寝るなり、尊から本を借りて読めばいいだけのことだ。


……。

 

「麗華、いるか?」

 

 

 

 

 

「……なにか用?」


気だるそうな返事だ。


「今日はどこかに出かける用事はあるのか?」
「ない」
「だったら、出かけてもいいか? なんのために出かけるか? そうだな、強いて言うなら自分探しの旅ってヤツだ」
「そ。好きにしなさい」


簡単に了承を得てしまった。


「もういい? なら早く行って」
「なんだよ、体調でも悪いのか?」


学園にいる間は、特別なにもなかったようだが。


「あんたには関係ない」
「そうかい」


なら、素早く立ち去ることにしよう。


……。

 

 

 

 

 

思えば、こうして一人で外を出歩くのは1年ぶりだ。


「いや……学園を辞めようとした時、一人だったな」


それを少し遠い日のように思ってしまうのは、悲しい事実な気がしたので、考えないようにする。


……。

 

 

 

 

 

以前のオレが満足にこの辺りを歩いたのは訓練校への入学が決まってすぐだったか。

あの頃のオレは無知だった。

思い出したくない過去を一つ、思い出す。

そう、過ちを犯してしまったあの時……。


「確かこの辺りの露天商に騙されたんだ」


国外から取り寄せた高級時計と勧められ、勢いで買ってしまったその時計は、ガチャガチャの景品レベル。


「あの時計を自慢して、薫たちに笑われたもんだぜ」


一年前に今くらいの知識が備わっていれば。

悔やんだところで、もうあの露天商には出会えないだろう。

明らかな違法行為なのだ。

今頃は刑務所の中で商売しているんじゃないか?

ひょっとするとケツを売ってたりしてな。


──「ソコのおねーさん、チョット寄って行きませんか?」


「……いた」


街中を歩く人間全員に声をかける、怪しげな外人。

それは紛れもなく、一年前に時計を売りつけた人間だった。

逮捕されるどことか平然と商売してやがるとは。


「オォ、そこのおにーさん」


オレと目が合った。


「チョット寄って行きませんか?」


どうやら、オレのことは覚えていないらしい。

それもそのはず。

ヤツにとっては100人に1人の客だからだ。

顔なんぞ覚えているはずがない。

だが、オレにとっては一人の商売人。


「どんなのを売ってるんだ? 時計か?」
「の、ノー。ウォッチ売ってないネ。もしかして、前に勝ったことある?」
「いや……チラッと見かけたことがあるだけだ」
「オーそうでしたか。残ねーんながらウォッチは売ってないネ。今は生活必需品を売ってるヨ」
「生活必需品?」


外人らしからぬ言葉を聞かされた。


「どんな汁でもすくえる『おたま』とかネ」
「おたまならすくえなきゃ、おたまじゃないだろ」
「ハハハ、面白いこと言うボーイじゃなーい」


面白いのはお前だ。


「元来おたまは、母親が子供を躾けるためにと作られた、お仕置き7つ道具の一つだったのデース」
「うそつけ」
「いきなり否定しないで下さいヨ。せめて、由来とかあるのか? って返してクダサーイ。おたま……アタマ……似てませんカ?」
「……まぁ、そりゃ似てるな。2文字は一緒なわけだし」
「でしょー? つまりそういうことなのデース」
「…………」
「…………次の商品の紹介にいきまーす!」
「勝手に進めるな、おたまについて語れよ。わかったのはおたまとあたまが似てることだけじゃねーか」


全然子供を躾る道具だった話が出なかった。


「これはもう品切れデース。売れないモノを幾ら語っても、無駄ってモンデース」
「背中のダンボールいっぱいにおたまが入ってるのはなんだ?」
「予約商品デース」
「……そうかよ」


昔のオレはこんな怪しいヤツに騙されたのか。

疑うことにかけちゃ、誰よりもずば抜けてたと思ってたのによ。

この辺の人間は、騙される側だけしか住んでないと高をくくってたのが失敗だったように思う。


「じゃあそれはなんだ?」
「オーさすがですネお客さん。お目が高い」


指差したのは、一見なんの変哲もないタッパーだった。

しかしフタの部分に数センチの円形の穴が空いている。

それに湯切りの口みたいなものがフタについていた。


「お客さん、スパゲッティー作るとき、どうしてまス?」
「作ったことはねえ」
「どうしてデス?」
「飯は勝手に出てきてたからな。それに作り方は知ってるが、面倒だからやろうとは思わない」
「つまり、面倒でなければ作ってもいいってことデスネ?」
「そういうことになるな。スパゲッティー自体は好物だ」
「そこデース!! そのお悩みをまさにベリーベリー解決するアイテムデース!」
「そのタッパーみたいなヤツがか?」
「イエス。今までスパゲッティーを食べようと思ったら、鍋いっぱいにお湯をはって、ぐつぐつ泡立て、そのあとに麺を入れて茹でる面倒な食べ物でした」


大げさ過ぎるほど驚いてみせた外人は、周囲の迷惑も顧みず大声で宣伝を始めた。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここにあるのは、あの面倒な料理スパゲッティーを簡単に作れちゃう道具ネ」


そこまでして言うほど、面倒な料理ではないだろ……。

とは、もはや言える雰囲気ではなかった。


「まず、このタッパーに記されたラインまで、水を入れマース」


しっかりと用意しているところが、商売人。

ペットボトルに入った水をラインいっぱいに注ぐ。


「次は麺を用意しマース」
「ちょっと待て、まさかその微量でスパゲッティー……つまるところパスタを茹でようって言うのか?」
「そのとおりデース」
「明らかに足りないだろ……」


オレの他にも疑問を抱いたのか、はたまた宣伝に惹かれてきたのかは謎だが、数人の男女がそばへと群がってきた。


「このタッパーと少量の水、そして一人前のパスタ。これとあと一つの道具でパスタは美味しく茹で上がるネ」


うそだー。


うっそー。


周囲からは当然の声があがる。


「それでどうしようってんだ。ガスコンロなんかには、当然タッパーは使えないぜ?」

「そこで、こいつの出番デース」


ドンッ!


外人の足元から飛び出したのは、電子レンジだった。


「まさかコイツで?」

「そうデース。この生麺を水の入ったタッパーに入れ、あとは電子レンジでチンすれば出来上がりなのデース。そして、これが実際に完成したパスタデース」


さらに足元から、一枚の皿が取り出された。

そこには見事な茹で上がりを見せたパスタの姿が。


すっげー。


凄ーい。


周囲からは、またまたオレと同じような意見が飛び出していた。


「マジかよ……あのパスタがこんなに簡単に」

「鍋で煮込むと、最後まで目を離せない上にその場に足止めをされてしまいますが、これを使えばその必要も一切ありませーん。このタッパーは水洗いも楽々出来ちゃうので、使い終ったあとの面倒な洗いも簡単なのデース。さらに、余分な水なんかも消費しないので、自然に優しく家計のサイフにも優しいダブルエコ!」


なにか間違った言葉の使い方な気もするが……。


「今なら、この近未来自然に優しい商品を……」

「待て」

「ギクッ。な、なんデース」

「今から実際に作って見せてくれ」


この見本品が、本当に電子レンジで作られたとは限らない。


「ナルホード、もっともな意見ですネー。けれど少し時間がかかってしまいますが、よろしいデース?」

「構わない」


タッパーに浸っているパスタを一本掴みあげる。


「確かに生のパスタだな」

「あとは、適量に食塩を振りかけてもらいマース」

「……よし、これでいいな」

「それでは本物と確認出来たところで、電子レンジ、イン!」


パタンと扉をしめ、タイマーを回す。


「数分間デース」


僅かな隙間も見逃さないように、覗き込むようにして回転するタッパーを見つめた。

もしこれが本物なら、買おう。


……。


チーン。


「出来上がりデース」

「オレに取り出させてもらってもいいか?」

「もちろんデース」

「…………」


扉を開け、蒸気の上るタッパーを取り出した。


「出来てる」

「当然ネ。あとはこのフタを閉めて、湯切りをするだけネ」

「こうして、こうか?」


ジョボボボ。


「熱くないでショー? お子様でも安心して作れマース」

「親切な設計になってるんだな」

「現在特許申請中デス」

「あとは、皿に移してみるだけだな」

「ホイ」


どこまで準備がいいんだ、この外人。

惚れ惚れするほどの手つきで皿を用意してもらえた。

それにタッパーのフタを外して麺を盛り付ける。

パスタはタッパーにはりつくことなく、滑り落ちた。

銀色の輝きが眩しい。


「お味を試されてはいかがでショー?」

「じゃあ一本もらうぜ」


俺もだー。

 

私もーっ。

 

あとに続くように、客たちも夢中で味のないパスタに手を伸ばした。


「しっかりと茹で上がってる」


先っぽが生茹でだとか、茹ですぎてるってことはない。


「これで本物とわかってもらえましたネ?」

「ああ。凄いぜこの道具は」

「ではそろそろ本題に入りマース」

「値段か……」


相当なものじゃないだろうか。

1万や2万で買えるのか?


「失礼ですが、お客さんのご予算は?」

「きっかり1万だ。悪いがそれ以上は出せない」

「ワーォ! 1万円!?」


あまりの少なさに驚いたのだろうか。


「まさにアンビリーバブルデリーシャス! 実はこの商品、本来であれば定価5万円はくだらないデース!」

「やっぱりそれくらいはするのか」

「スパゲッティーをメインとする飲食店では、これなくしてお店が成り立たないほど重宝していマースので」

「……残念だ」

「ノンノン! 驚いて下さいお客サン! なにを隠そうこの簡単にパスタを茹でちゃうアイテムは、今だけ1万円ぽっきりの大サービス販売中なんデース!」

「おお……!」

「こんなチャンスは他にないのデース」

「そうなのか、でもなんでそんなに安く売れるんだ?」


定価の5分の1というのは、幾らなんでも安すぎるような……。


「それは企業秘密ですョ。コホン……さー買う人は早いもの勝ちデース!」


俺にくれー!


私にもーっ!


「うぉっ!?」


ぐぐっとオレを押しのけるようにして、客たちが万札を伸ばして商品を求めだした。


「お一人様一つとさせてもらうネ!」


在庫が、アッという間にはけていく。


「まずいな……悩んでる間に売り切れてしまうぞ」


急いで懐に手を伸ばし、佐竹からもらっていた万札を取り出した。


「オレにもくれ!」

「アリガトネ!」


忙しい中、しっかりとお金を握らせ、商品を受け取った。


「おっと……」


買い終わったならどけと、客に追い出される。


……。

 

「群がる気持ちも、わからなくはないぞ」


素晴らしい買い物を終えたオレは、未だに買えずに群がる客たちを見つめて笑う。


「有意義な金の使い方とは、まさにこのことか」


……。

 


「あの男は帰ったのネ?」


「ああ。さっき角を曲がってったぜ」

「これアルバイト代ネ」

「10分あんたの話を聞くだけで500円なら安いもんだぜ」

「早く次の客を掴まえてねー」

「任せるネ。エキストラのバイト十人で5000円。でも、あのタッパー代は定価300円ちょっとだから、一つ売るだけで4500円以上の儲けデース。偽の客が十人集まると、自然と普通の客も興味を持って覗き込むネ。結局購入したのは、バカな客だけデースケド。笑いが止まらないデース!」

 

……。

 

「さて、有意義な買い物だったとは言え、金はなくなったな」


このまま帰ってツキ辺りに自慢してみるのもいい。

私も明日からスパゲッティー職人になれます、と泣いて喜びそうだ。


「タダでは使わせてやらんけどな」


──「ん? なんだ、海斗じゃないか」


「その声は……薫か」

 

 



「こんなところでニヤけて、なにをしていた」
「なに睨んでんだよ」
「ここがどこだかわかってるのか?」
「どこって……」


薫が視線を向けたのは一軒の店。

そこは女性の下着専門店だった。


「いや、別にこの店を見てニヤけていたわけじゃない」
「ならいいが」


疑っているようだ。


「それよりお前はなにしてるんだ。こんな場所で」
「神崎さまが店に入られている」
「神崎?」
「まさかもう忘れたのか?」
「いや、確かお前のプリンシパルだったな」
「ああ」
「なんで一緒に店に入らない」
「だから……ここは女性専門の店だ」
「ボディーガードならそばにいてもいいだろ。それこそ、女のヒットマンでも紛れてたらどうする」
「もちろん、私はそばにいると申し出たが……断られた。私に恥をかかせるからと恩義を下さったんだ」
「恩義ねぇ……」


話によれば神崎は強いらしいし、心配はないか。


「私がここにいる経緯がわかったところで。それで、話を戻そうか。お前がここにいる……ここにいてニヤけていた理由を教えてくれ」
「これだよ」


がさっとビニール袋を目線まで持ち上げる。


「なんだこれは。下着か?」
「笑えない冗談はよせ。現代科学の集合体だ」
「……どれ」


袋の中から、例のタッパーを引っ張り出す薫。


「それがなにかわかるか? わからんだろ」
「これは……」
「聞いて驚け。それは──」
「パスタを簡単に茹でるヤツだな」
「…………」
「違うのか?」
「いや、概ね正解だが……なんで知ってる」
「割と有名だろう?」
「なるほど。もう有名になっていたのか」
「しかし二階堂家に住んでるのに、これは必要ないんじゃないか?」
「なに、小腹が空いた時に作れるだろ」
「そうか。スーパーかデパートで買ったのか?」
「スーパーなんかに置いてるわけないだろ」
「え?」
「定価5万の商品を、一介のスーパーでは扱わない」
「5万……なにが?」
「これのことだ」
「このタッパーが?」
「ああ」
「……5万で買ったのか?」
「いや正確には1万円だ。偶然安く入手出来た」
「これ400くらいで買えるぞ」
「うそつけ」
「ほら、ご丁寧に値札がついてる」
「本当だ……」


スーパー弾出 398円。



 

「…………」
「今にも人を殺しそうな形相で怒ってるところを見ると、本当に1万円で購入してしまったのか?」
「悪いが……ちょっと行くところが出来た」
「お、おい、まさか暴力を振るうつもりか? ボディーガードの一般人への暴行は、停学どころじゃすまないぞ!」
「止めてくれるな」
「わ、私もついていく。しっかりとした形で返金させよう」
「お前は神崎のボディーガードだろ」
「神崎さまは30分はかかると言っていた。あと20分くらいなら付き合ってやれる」
「いつ出てくとも限らんだろうが」
「だが、このまま海斗を放ってはおけない」
「…………」


オレは露天商へと足を向けたが、歩くのをやめた。


「やめだ」
「なに?」
「お前を巻き込むこと考えたら、やめた方がいいと思ったんだよ」
「しかし、それではお前の気が晴れないだろっ」
「まぁ、それはな……」

 


──「なんの……話……」

 

 

「か、神崎さま!?」


にゅるっと現れたのは、薫のプリンシパル神崎。

 

 


「もう買い物はよろしいのですか!?」
「……外が騒がしいから、出てきた……」
「もっ申し訳ありません!」
「ん……気にして……ない……。……それより……なにがあったの……」
「はい、実はここにいる私のクラスメイトが……」


薫はオレの騙された経緯を簡単に説明した。



 

「……それは……騙される方が、悪い……」

「ぐ……」


そのとおりだった。


「確かにそのとおりですが、この辺りで堂々と人を騙している人間を放置しておくのは……」

「…………」

「……すみません。私風情が出すぎた発言を」

「そんなこと、ない……。……確かに……このまま……放置するのは……良くない。手を、貸して……あげる」

「別にアンタの力を借りなくても問題ない」

「海斗一人で行けば、暴力沙汰になるだろ。素直に神崎さまの手を借りて欲しい」

「……勝手にしてくれ」

「勝手に……する……」


案外、善人だな神崎は。

薫と同じように他人を見過ごせないタイプ。

こういう人間は自分が損しかしていないことを自覚していない。

意味のないことに関わってどうしようというのか。

仮に暴力を振るったとして、迷惑などかけはしないのに。

もっとも、憐桜学園の名誉に傷がつくってことでは、全て的を外しているわけでもないが……。


「さあ、早く案内してくれ海斗。その悪徳商人は場所を変える可能性があるぞ」

「そうだな」


……。

 

 


二人を連れ、さっきの場所へ戻ってきた。


「いるか?」

 

幾つか見られる露天商に目をやる薫。



 

「……お好み焼き……美味しそう……」


神崎は食べ物の露天商しか見ていなかった。

「いたぞ。呑気にベラベラと売り込んでるぜ」


外人は悪びれた様子もなく客に商品の説明をしている。


「こいつを強引に押し付け返せばいいんだな?」

「いや、現行犯で押さえるのが一番だと思う」

「今問い詰めても……お好み焼……じゃなくて……あの人を裁くのは難しい」


なんだ、今なんて言いかけた?


「私が騙された客のフリをしよう。少しの間おそばを離れますが、構いませんか?」

「うん……だいじょうぶ」

「ありがとうございます」


「ならオレは出て行かないほうがいいな」

「この辺りの遮蔽物に身を隠していてくれ」

「わかった」

「高等な値段で売ろうとしたときに飛び出してきてくれ」

「ああ」

「少しの間、神崎さまを頼むぞ」


勇ましく薫は商人の下へ。

オレと神崎は物陰へと姿を隠した。


「あいつならうまくやれるだろ」


すると、その瞬間腕を絡め取られた。


「な、なんだ?」



 

 

「……なんで腕を絡めてる」
「ん。アレの真似」


神崎が指差したのはアベックたち。

男女は仲良さげに腕を組んだり、手を取り合ったりしている。

仮にも平日かつ昼間だと突っ込んでやりたい。


ニート群だ。仕事もせず遊ぶ金もないから、あぁして寒い心を温め合ってるんだ」

「にーと?」

「ある意味お前の将来もニートかもな。しかし金は湯水のように湧いてくるから問題はない」

「私もにーと?」

「連呼はするな。だが卒業後はニートだ」

「今は?」

「予備軍ってところだな」

「そう、か……」


落ち込んだか?


ぐいっ。


腕をさらに絡める。


「今のうちに、練習しておく」
「……は?」
「にーとの真似事」
「いや、ちょっと解釈を間違ってるぞそれは」


こんなところを見られたら、薫に殺されかねない。

強引に腕を振りほどく。


「ったく、見られてないだろうな」


薫の方を見やると、こちらには気づいていなかったようだ。


「助かったぜ。ところで……ん? ……神崎?」


隣にいるはずなのに気配がなくなっていた。

忽然と姿を消していた。


「お、おい?」


任された手前、目を離すわけにはいかないってのに。

焦って周囲を見渡す。


「…………」


思いの外そばにいた。

神崎をお好み焼きを売っている屋台の前で、指を咥えるようにして見つめていた。


「な、なんでぇ姉ちゃん。買うのかい?」

「見てる……だけ……」

「そ、そうかい」


「あいつは子供かっ」


連れ戻すべく駆け寄る。

腕を掴んで引っ張ろうかとも思ったが、背後から拳法の達人に触れたら、どうなるかわからんしな。


「なにやってんだよ」

 

 

 

「……いい匂いがしたから」

 

「いらっしゃい。なんにする?」

「オレは客じゃない」

「なんでぇ……二人とも客じゃねえのかい」

「さっきの場所に戻るぞ」

「もう少し……見てる……」

「ヨダレ出てるヨダレ」


なんだこのお嬢さまは。

お好み焼きなんていつでも食えるだろうに。



 

「美味しそうか?」

「……凄く……」

「なら買えばいいだろ」

「お金……持ってない、から……」


「はは、憐桜学園のお嬢さまがお金がないって?」


学園の近くで商売をしているからか、疑うような笑いを見せるオッサン。


「これしか、ない……でも、使えない、でしょ……」


ポケットから平然と取り出した一枚の黒いカード。

縁が一生ないオレでも、その存在は知っている。


「ぶ……ブラックカード……!?」


高級レストランだろうと高級車販売店だろうと、そのカードを一枚差し出せば一瞬で買えてしまうという幻のカードだ。


「確かに……無一文だわ……」

「侮りがたし、お嬢さま」


オッサンと合わせて口をあんぐりと広げる。

こんなお嬢さまばかりだから、犯罪のターゲットにされるんだな。


「早くしまえ。誰が見てるかわからんぞ」

「ん……」


ごそっとポケットに突っ込んだ。


「無用心だな」

「金庫より……安全……」


ぐっと握りこぶしを作る。


「なるほどな」


腕っ節があるから平気ってか。

ほんと危なっかしいぜ。

こういうタイプはむしろ、狙いやすい。

もちろんオレ個人の考え方だけどな。


「いいモン拝ませてもらった礼だ、一枚タダでやるよ」

「そんな……悪い……」

「ヨダレ、ヨダレが鉄板に落ちてっから!」

「キミも……遠慮、して……」

「じゃあお前は店の割り箸に手を伸ばすな」

「遠慮するねぇ。ほれ」


焼きあがったばかりのお好み焼きを、紙パックに乗せる。


「…………」

「遠慮しないのか?」

「ここまでされたら……仕方ない……」

「そうかよ」


無表情だが、確かに嬉しそうだった。


「いいのか? タダで食わせて」


露店でやってる人間が、楽な暮らしをしてるとは思えない。


「なぁに、元々趣味で始めたようなもんさ。こうやって美味しそうに食べてくれたらそれで満足よ」

「大成しないタイプだなアンタ」

「それに比べて、あのガキときたら……」

「あのガキ?」

「ほれ、そこの物陰からこっちを見てるだろ」

「あ?」


後ろを振り返ると、一瞬だが子供の姿が見えた。

オレに気づいたからかさっと消えてしまった。


「俺が少し目を離すと、盗んでくんだよ」

「なに?」


この辺りに住む人間が盗み?

考えられないことじゃないが、少なくともお好み焼きなんかを盗むなんてな。


「あの格好を見るに『あっち』側じゃないかと思ってる」

「…………」

「……禁止区域……のこと……か……?」

「ああ。最近ちらほらと抜け出してきてちゃ過ちを犯して逮捕される虫けらが増えてるらしい」

「虫けらか。確かにそうだな」


『あっち』に住むヤツらは、ここでは人間扱いされない。

家畜以下として扱われていると聞く。

こっち側の人間が盗みで5年の罪だとしたら、あっち側であるだけで10年も20年もぶち込まれる。


「この辺りにまでやって来るなんてなぁ……。どうせなら禁止区域ごと殲滅しちまえばいいのによ。そうは思わないか?」

「……私は、別に……関係ないから……」

「まぁオレもそうだな」

「おいおいしっかりしてくれよ。関係ないなんて言ってたら、いつ寝首かかれるか。この間、あの禁止区域に入ってった団体知らないか? テレビでも大きく取り上げられてただろう」

「オレはテレビを見ない」

「……ん……」


どうやら神崎も見ないらしい。


「あっち側にいるヤツを救おうって団体さ」

「……そんな物好きがいるのか」

「正確には、『いた』だけどな」


ボウルに入ったお好み焼きの材料を鉄板に広げていく。


「十人中に入って、二人が死んだよ」

「……殺され……た……?」

「ああ。靴下一足残ってなかったらしい。残り八人は、命こそ無事だったものの身包み剥され、相当な暴力も受けたみたいだった。中には若い女性もいたってんだぜ? 鬼畜どもが。この国に巣くった、ガンってヤツさ。ん……?」

「どうし──」


オッサンがなにかに気づき、視線を上にあげた。

その瞬間だった。


──!


「あ……」


オレを横切り、神崎の手に持っていた紙パックが奪われる。


「っ!!」


話し込んでいた一瞬を狙って、盗んだ。

古武術の達人である神崎も、オレでさえも、子供を捕らえられなかった。

伸ばした腕は空を掴む。


「またやりやがったな!」


「……私の、お好み焼き……」

「すげぇぜ、あのガキ」


オレたち二人に気配を感じさせず、かつ捕らえられない速度で盗みやがった。

今まで相当な修羅場をくぐり抜けてきたのか。

 

 

 

お好み焼きっ……!」


ダッ!


「なに?」


神崎は走り去る子供の背中を追いかけて走り出した。


「お前無茶だろ!」


薫を置いて単独行動かよ!

追いかけないわけにはいかず、慌ててあとを追う。


……。

 

 


「ん~っ!」


「……逃がさない……!」


子供の足も速いが、オレたちとの距離は縮まっていく。

手に持ったお好み焼きが致命的なようだ。

 

……。


それを処理するべきことに気づいた子供は、指でお好み焼きをつまみ上げ、口の中にほおばった。


「あ……!」


そしてゴミを投げ捨て、一気に加速。


「もう追いかけるお好み焼きはない! 止まれ!」


これ以上薫と離れるのは非常に良くない。


だが神崎は止まるどころか、さらに加速していく。



 

「絶対……許さない……」


「金持ちが大人げないぞ!」


「そんなこと、関係、ない」


息も切らさずによく喋る。


……。

 

 

 

温室育ちで、よくここまで体力を身につけたもんだ。


「キミは、薫のところに、残ってて……」


「そうもいかねぇんだよ。ボディーガード事情ってヤツがあるからなぁ!」


……。

 

「……このままじゃ、振り切られる……だから私も、キミを、振り切る……」


グン!


さらにもう一段加速し、子供を追う。


「くそ……!」


……。

 

 

 

 

右へ左へ。

子供は素早く最小限の動きで駆け抜けていく。

そして向かっている方角は……


「最悪だぜ、あっちはよ!!」


本気で走っているにも関わらず、追いつけない。


神崎と差を開かせないだけで精一杯だった。


本当にマズイ。


これ以上奥に進むことは。


……。

 

 

人影は少なくなっていく。

鮮やかな街並みは、徐々に腐敗していく。


……。

 

そして、追いつけないまま……


オレたちはこの地へと足を踏み入れてしまう。

 



 

「はーっ、はーっ……!」

 

 

 

 

 

「やっと……追い詰め……た……」


「お前、こんなところまで追ってきて……どうする気だっ……」


息を整えながら、子供に対峙する神崎に投げかけた。



 

「……叱る……」

「な、なに?」

「私は、別に……お好み焼きを取られたのが、悔しいわけじゃない……」


うそつけ。


「犯罪をした、この子を、怒りたかった、だけ……」


「…………」


子供は神崎に耳も傾けず、逃げ出す隙をうかがっている。

だが、隙のない神崎から逃れることは至難だ。


「どうして……悪いこと、する」

「…………」

お好み焼きが欲しいなら、お金を出して、買う。そうすれば、誰も、迷惑かからないから」

「おい……?」


最初、なにを言っているのだろうと思った。



 

「お金を出したら、たくさん、お好み焼き、食べれる。……こうやって逃げなくて、いい……。どうして……?」


そんなことは決まりきっているのに。


こいつは……なにを言っているんだ?


「なに言ってやがる、そんなのは……」


──「金がないからに決まってるだろ」


「とうちゃん!」

 

 

 

「……おとう、さん……?」


子供は男の下へ一目散へ駆け、飛びついた。


「なんだお前たちは?」


子供の親らしき男の後ろから、さらに数人の男たちがぞろぞろと出てきた。


こいつら全員……あっち側の人間、か……?


確信はないが、この場所にいることでほぼ間違いないだろう。


「叱りに来ただけ……。あなたが父親なら、よく、教えてあげて欲しい。悪いことは、しては、いけない」


「…………」

 

男たちは怪訝な表情で顔を見合わせている。


その気持ちは、よくわかるぜ。


「わけのわからん姉ちゃんだな、あんた。俺が子供に盗みをさせたいと思ってんのか?」

「……思わない、けど……。事実、泥棒を、した」

「そりゃするだろうさ。金がないんだからな」


ぽんぽんと頭を叩き、子供を抱き上げる。


「仕方ねぇだろう?」


不気味な笑顔を浮かべ、男たちは笑う。


「引き返すぞ、神崎……これ以上はヤバイ」


「おっと、まだ帰るには早いぜ?」


「……ち」


どれだけの人数がこの辺りにいやがるんだ。

物陰から、ぞろぞろと出てきた男たちが背後に立ち塞がる。

ざっと見ただけで十人はいるぞ。


「どうして……知っているのに、注意しないの……?」

「この状況でまだ言うかよ」


どこまで大物っぷりを見せ付けてくれるんだ。


「悪いな、こいつは世間知らずなんだ。謝らせるから穏便にな」

「私は世間知らずじゃない……」

「いいから黙ってろって。笑いが完全になくなったら、とんでもないことになるぞ」

「なんだよ、そのとんでもないことって」

「そりゃ……色々だ」

「女は弄ばれて、男は身ぐるみを剥がされる……か?」

「そこまでは考えたくないな」

「二人とも威勢がいいじゃねえか。今時、野良猫でもココには迷い込まないってのに。さっきから、悪いことするなって言うよな?」

「ん」

「金がないと食べるものもない。そしたらどうなる? 俺たちゃ飢えて死んじまうってわけだ。だったら言いことだの悪いことだの言う前に、生きることを優先しちゃいけないってのか?」

「……お金がないのは、働いていないから……。働けば、お金がもらえて、食べ物、買える」


「……く、くくく……。本当に面白い姉ちゃんだな。働く場所がないんだから、仕方ないだろう」

「……ちゃんと、探した? 私でも、たまに、見つける……。コンビニや……本屋……で、バイトの、募集してる……」

「神崎っ!」


お嬢さまの中には、世間知らずだっていることはわかってた。

だけどこれほどかよ……!

一刻も早く、ここから立ち去らなきゃ、オレたちは布切れ一枚まで奪いつくされる。


「よく聞け神崎。あとから社会について個人レッスンしてやるから、これ以上喋るな」

「……どうして……」

「どうしてもこうしてもねえんだよ、しばくぞ!」


「あー……イライラしてきたぜ……。バイトの募集だぁ? 本気かよ……なぁ?」


男は仲間に相槌を求める。


「俺たちが雇ってもらえると思ってんのか、あぁ!?」

「私には、よく、わからない……。どうして雇って、もらえないの…………募集しているのに……」

「わからないだとぉ!? ど、どこまでも俺たちを侮辱しやがってぇ!!」


ダメだ。


こいつ、本当になにもわかっちゃいない。


「頼むからこれ以上、余計なことを喋るな、神崎」

「……どうして……?」

「どうしてもこうしてもねえ」


腕を掴んで引き下がろうと目論むが、神崎はするりとオレの腕をかいくぐる。


「お前が達人なのはわかったから、ここは大人しく掴まれ」

「納得、出来ない……。……私は、おじいちゃんに、悪いことをしてはいけない、させてはいけない、と教わった。だから、見過ごせ、ない……」

「立派な心がけなのは帰ってから褒めてやるっての」


男たちは神崎の言葉にますます刺激され、既に人を殺さんばかりに目が血走っていた。

なりふりなど構っていられない。


「あっち側とこっち側では、生活そのものが違うんだよ」


わかっていたが抑えきれなかった。


「あっち側……だと?」

「……事実だ」

「そんな隔離した呼び方をするんじゃねえよ! 俺たちは同じ人間だ! それを、お前らが……お前らがぁ!」

「…………」

「知ってるぜ、姉ちゃんよお。あんたのその制服、お嬢さま学園の制服だよなぁ?」

「……憐桜、学園の生徒」

「さぞ毎日贅沢な生活を送ってるんだろうよ」

「そんなことは、ない。私は、誰とも変わらない、日常を、送ってる……。贅沢をしたことなんて、ない」

「そう、かよ。お前ら、ヤっちまうぞ」

「くそが……なんでこんな展開になんだよ!」

「よく、わからない」

「オレにはお前の頭ん中がわかんねえ。言っとくけどな、オレたちは襲われてんだぞ」

「そう、なの……か?」

「そうなんだよ。オレたちの衣服まで盗もうとしてんのさ」


言うまでもなく、神崎の女としての価値もな。


「親子揃って盗みは、見逃せ、ない」

「方向が全然違うが……理解したならいい」

「キミは、危ないから、ジッとしてて」

「あ……?」


ひゅっと、風のように走り出す神崎。


「どこまでも泣かせてくれるぜっ」


ボディーガードって言葉の意味を、知らないんじゃないだろうか。



 

 

「正義の拳で、目を、覚まさせる」


──ッ!!


「な──!?」


襲いかかろうとしていた男たちに、襲いかかる神崎。

その強さは圧倒的だった。


──ッ!!


次々と男たちが宙に舞う。

まさか自分たちが殴り飛ばされるなんて、思ってもいなかっただろう。


──ッ!!


「ぐあ!」


正攻法な戦いでは、男たちは神崎の敵ではない。


「薫が尊敬する理由がわかった」


──ッ!!


「げぇ!」


「く……ならテメェだ!」

「オレが、なんだって?」


──ッ!!


「ひ──!?」


殴りかかろうとした男の胸倉を掴み、壁に叩きつける。


「やめとけ、お前ら……」


「ぐ……ぐぅ……!」

「見てのとおりあの女は化け物だ、敵う相手じゃねえよ」


「ぐ、ぐぎ……ぎ……!」

「今後余計なこと考えるなよ?」

「ぐ…………」

「っと、しまった」


慌てて手を離す。

ばさりと地面にうつ伏せになって男は倒れる。


「締めすぎたか」



 

「じゃすてぃーす、ぱんち」


──ッ!!


「じゃすてぃーす、きーっく」


──ッ!!


砂塵を巻き上げるその強さは、まさにちびっ子が憧れるヒーロー。

主役の顔がやる気ないのと、声に覇気がないのは致命的か。


「まぁアレだ」


春のちょっとしたアバンチュール……ってことでいいか。

神崎の暴れっぷりを見ながら、そんなことを思った。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「……反省……」
「柱に手をあててうな垂れるな」
「夢中に、なりすぎた」


ボロボロになって倒れる男たちを見つめて、深いため息。


「おじいちゃんに、やりすぎるなと、注意されてたのに」

「死んでないだけ助かったな」


無事に立っているのは、オレと神崎、そして子供の三人だけだった。


「と、とーちゃん……」


「悪は、滅びる」

「おいっ」


ビシッと頭にチョップを入れようと試みるが、回避された。


「悪いことをする者は、必ずどこかで失敗する。これからは、心を入れ替えて」

「……イヤだ……」

「ど、どうして……?」


初めて神崎の顔に、曇りが生じた。


「お前なんか嫌いだ!」


子供は倒れる父親の背中にしがみついて、泣きじゃくる。



 

 

「…………」


「帰るぞ」


逆らうことなく、神崎は小さく頷いた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「私は、なにか、間違っていたのだろうか……。おじいちゃんのようには、いかなかった」
「あんたのじいさんがどれだけのもんか知らねぇけど。今日のお前のした行為は、間違っちゃいない」
「……私も、そう思いたい……」
「間違っちゃいないが……間違ってたんだよ」
「なぞなぞ、か?」
「ちげーよ。そういうことじゃねえんだよ」


今日の出来事は、簡単に説明出来ない。

説明がつくのなら、今の日本はこんなに腐っちゃいないからだ。


「……よく、わからない……」
「ならもう考えるな。つーか考えるなら他所で考えろ」


オレのいるところで変な悩みを話されても困る。


「あ……」
「なんだよ」
「キミは、ちょっと、暴力的……」
「どうしてお前に言われなきゃならん」


一方的に拳を振り上げていたのはオレじゃない。


「言葉遣いが、荒い」


そっちかよ。


「持ち味だ、持ち味」
「そういう、問題では、ないような……」


口元に人差し指をあて、考え込む。

その仕草は年上とは思えないあどけなさを強く持っていた。


「薫とはうまくいってるのか?」
「ん……」


小さく頷く。

 

 

 

「とても、頑張ってくれてる……」
「そうか。あいつのこと、任せたぜ」
「大丈夫……私より……キミより、しっかりしてるから」


違いない。

ただ、少しだけ心配してしまっただけさ。

あいつは頑張りすぎるから。

って、ちょっと待て……。

慌てたようにポケットに手を突っ込み、携帯を取り出す。


「あれから1時間近く経ってる……」

 

バババババババ。


「な、なんだ!?」


上空……。


大量のヘリが大空を旋回していた。



 

「あ……」
「まさかお前の捜索隊か!?」


自衛隊でも、一人の人間にここまでのヘリは飛ばさんぞ!



 

「……やっほー……」


ヘリに向かって呑気に手を振る。

すると神崎に気づいたのか、ヘリから男が姿を見せた。

手にはスナイパーライフル。


「スナイパーライフル!?」
「疑われてる、みたい……」
「じょ、冗談じゃねえぞ……」


早々に両手を挙げ、敵意がないことをアピールする。


──「神崎さま~!」


「おい、薫……この騒動は一体なん───だッ!?」


ドスン!


いい音がしたな~。


「じゃ、なくてだな……」


……。


「なに張っ倒されて、かつ腕を決められにゃならん!」



 

「信じていたのに……海斗っ……!」

 


薫の目じりが熱くなっていた。

オレを思い涙しているのか……。

いや、今のウソ。


「薫の顔が見えないから、適当にアドリブを入れただけだ」

「なにわけのわからないことをっ!」


ぞろぞろと足音が近づき、オレを取り囲んだ。



 

「……神崎さま誘拐の疑いで、拘束させてもらう」

「な、ナニッ?」

「私たちに逮捕権はない、このあとは警察で取調べを受けてくれ」

「ちょ、ちょっと待てコラ、凄い展開になってないか。なんでオレが神崎を誘拐せにゃならん。むしろナイスセーブだろうが!」


──「この男、麻薬常習犯か? 言葉の意味が理解できん」


「悪徳露天商などとウソをついて、誘拐するなんて……」


「いやいや、ウソじゃなかっただろ?」

「バカな……私はしっかりと確かめた。そして、その上で決断を下したんだっ」


ガサッと、ビニール袋が目の前に置かれた。

そこにはオレが買わされたタッパーが二本も……。



 

「これは、従来の簡易スパゲッティーを作るタッパーじゃない。電子レンジ内でマイナスイオンが発生し、スパゲッティーをより美味しく、健康にしてくれるものなんだ」

「…………」

「それを悪徳などと、よく言えたものだな」


最初に悪徳だと言い出したのはオレじゃないけどな。

どうやら薫はあの商人に騙されてしまったらしい。

マイナスイオンなどとわかりやすいウソに騙されやがって。


──ファンファンファン!


「って、本気で警察呼びやがったのか!」

「当然だ。友だちとは言え、こればかりは許せない」

「だから誤解だ、なぁ!?」


押さえつけられ顔は上げられないが、神崎に向かって救いを求めた。


…………。

 

「つかぬことを聞くが……神崎は?」

「神崎"さま"だ」

「その神崎さまは?」

「すでにヘリで帰宅された」

「…………ひょっとして、人生のゲームオーバーか?」

「間違いなく」

「そ、そんなバカな……」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 


それから、10年の月日が……

 

 

 

 

 

 

──「流れないわよ」

 

 

 

 



「まったく、人騒がせにも程があるわね」
「それはオレのセリフだ」
「うるさい。私に面倒を煩わせないでよ」


警察に引き渡されて30分、麗華の力添えにより釈放された。

つーか、薫が神崎に真意を問い正してくれたんだが。


「一人で満足に外出も出来ないの?」


誤認逮捕ってだけでも腹立たしいのに、何故怒られにゃならん。


「落ち着けよ麗華」


ここは切り札で納得してもらうしかないだろう。


「これを見ろ」


商人から買った例のタッパーを取り出す。


「なによそれ」
「聞いて驚け。これは簡単にスパゲッティーを作れるアイテムだ」
「…………」
「驚けよ」
「スパゲッティーなんて簡単でしょ」
「いや、だからさらに簡単なんだって」
「まぁいいわ……だからって、別に凄くないでしょ」
「百聞は一見にしかず、見せてやるからパスタよこせ」


二階堂家にスパゲッティーブームを巻き起こしてやるぜ。

 

それが儚くも夢に終わったのは、語るまでもないだろう。

 

……。