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……。
トイレの帰り。
お嬢さま「あの……朝霧海斗さんですよね?」
「あぁ、そうだけど?」
お嬢さま「よろしかったら、その、お願いします!」
「……手紙?」
お嬢さま「ラブレターです!」
「なんだと?」
まさかオレがラブレターをもらうとは。
確かに容姿に自信がないわけじゃないが、お嬢さまから受け取るとは夢にも思っていなかった。
「しかし困ったな」
お嬢さま「やはり、ダメですか?」
「色々問題はあるな」
お嬢さま「でも、海斗さんにしかお願い出来ないんです。直接渡そうと思っても、ボディーガードの薫さんに止められてしまうので」
「……一応確認させてくれ。これは誰に渡すラブレターだ?」
お嬢さま「決まってるじゃないですか。神崎さまですっ」
びりびりっ。
お嬢さま「あぁっ、酷い!」
「紛らわしいんだよ。ちょっと期待したじゃねえか」
お嬢さま「あなたなんかに出すわけありませんっ!」
「なんかって……」
お嬢さま「下品で乱暴で頭も悪いって、最低です!」
お嬢さまは泣きながら去っていった。
「女にモテるんだな、神崎」
…………。
……。
数日間、神崎と顔を合わせることはなかったが、意外にもあっさりとした形で再会した。
……そりゃそうだわな。
別にケンカをしてるわけでもなんでもない。
同じ学園にいれば望む望まないに関わらず会うことになる。
もっとも、今の神崎は出会ってから一度も見たことがない表情をしているが。
「海斗……」
ざわっ。
神崎の異変に気づいた生徒たちがざわめく。
それは麗華やオレも含めてのことだった。
今にも泣き出しそうなのだ。
「お、おい……なにがあった?」
「…………」
ただただ、薫も無言で俯いている。
まるで自分が力足らずだったかのように。
「放課後、ウチに来て欲しい……お願いだ」
ざわざわっ!
「必ず来てくれっ」
それだけを告げ、逃げるように立ち去ってしまった。
生徒達の関心だけが残る。
「あんな神崎先輩を見たの、初めてね」
「どういうことだ?」
「私の口から伝えることは出来ない。直接、神崎さまの自宅に来てもらえればわかるさ」
「まさかあのじじいが死んだとか?」
「バカね。財界の大物が死んだら私たちが知らないはずないでしょ」
「それはわからんだろ。階段から足を滑らせて死んだとか、格好悪くて言えないだろ」
「んなわけないでしょうが」
「じゃあなんなんだよ。あの神崎が泣きそうなことってのは」
「私が知るわけないでしょ」
…………。
……。
神崎たちに導かれるまま、やってきたのは道場。
だが、そこには見慣れないものがあった。
おおよそ道場では必要としない木材。
そして工具。
「なんなんだよ、これは」
「見て……わからないだろうか……」
「全然わからん。かろうじて、なにかを作ろうとしていたことはわかるが……」
木材と木材を繋ぎ合わせる釘は曲がっているし、角の切断は粗い上に木工ボンドも使ってない。
「正直言って子供の図工以下だな」
「これでも、薫と二日間眠らずに、頑張ったのだ」
「悪いが10分あればこれよりマシなものを作れるぞ」
「なら、是非手伝って欲しい」
「……屋台作りか?」
「なぜそれを? やはりコレを見て……」
「それは絶対ない。つーか昨日までの状況から考えたらそれしかないだろ」
「もちろん、私たちだけで用意するつもりだった」
「お前言ってたもんな。屋台用意したら手伝ってくれるか? って」
耳打ちされたときのことを思い出した。
「だから……二人だけで……」
「なるほどな。だが、お嬢さまとボディーガードには作れなかったわけだ。こんなもん業者に頼めばすぐだぜ?」
「プロに頼むというのは簡単だが、それでは神崎さまが納得されない」
「じゃあ、この粗い木はひょっとして……」
「私が山から切ってきた」
「…………」
まさか、本当にやらかしてるとは。
「次の質問だ。この屋台の設計図は?」
「これだ。神崎さまが直筆された」
「これは……酷いな……ただの落書きだ」
このとおりに組み上げても屋台なんて出来上がらないぞ。
せいぜいテーブルがいいところだ。
「もう一つだけ質問だ。なんで道場で組み立ててるんだ。広い庭があるんだからそこで組み立てた方がいい」
「それは出来ない。神崎さまが屋台を作ろうとしていると神崎さまのご両親に知られたくないんだ」
「お嬢さまとして問題があるってか。でも道場使ってるじじいは知ってるんじゃないのか?」
「神崎さまにはお優しいですから」
「……なるほど。納得だ」
見渡してみる限り、材料はそこそこ揃ってるな。
断ることは出来る。
そうすれば、麗華の望むとおり突き放すことになるだろう。
「…………一つだけ事実確認だ。屋台を完成させたら……どうするつもりだ?」
「…………」
「そのことについては心配ない」
「心配ないとは?」
「最初は、街に出て販売されたいと言われたが、それは学園の生徒として、神崎家の娘として許されることではないと説明させてもらった」
「…………」
「だけど、屋台を作るだけでは、成し遂げる意味が薄い。私たちが出来る最高の選択は、屋台を完成させそこで作ったものをごく少数の人たちに食べてもらうことだと思う」
「つまり侑祈や尊、麗華たちってことでいいのか?」
「ああ」
なるほど。
知り合いだけなら、ギリギリセーフってとこだろう。
もちろん金を取るわけにはいかないが。
「今の話は間違いないんだな?」
「……ん」
少し煮え切らない態度だが、自分の望みどおりにはならないことを考えればこんなもんか。
「仕方ない。手伝ってやるよ」
もう少しだけ、こいつらに関わらせてくれ。
「ありがとう」
「あくまでも手伝うだけだからな」
「うん」
「それでなんの屋台をやろうと思ってるんだ?」
「食べ物屋さん」
──!
「いた、い」
「海斗っ! 神崎さまの頭を叩くとは何事だ!」
「ちゃんとした方向性を持たせるために決まってるだろうが。屋台一つ取ってみても、色んなモノがあるだろ」
「だからと言って叩くことは……」
「改めさせるのに体罰は必要だと思ってるタイプだからな」
「時代遅れにも限度があるぞ」
「……納豆ごはん」
──!
「またぶたれた」
「海斗っ!」
「そんな無茶なもん屋台にすんなよ! 店を出したいなら別のにしろ」
「…………クレープ」
──!
「あぅ」
「すまん。別に間違ってなかったな」
「……私も一撃構わないだろうか……」
「青筋立ててないでお前も準備しろ」
「なにを?」
「とりあえず余分なゴミを捨てるんだ」
この辺に落ちてる失敗作をゴミ袋に突っ込む。
「私の自信作がっ!?」
「……ただのゴミじゃねえか」
「どこかで使えるかも知れないだろう?」
「スーパーの袋も輪ゴムも納豆についてるカラシもそんなに出番はないんだよ」
取っておくだけ無駄。
「よ、よくわからないことを言うな」
三人で手分けして必要ないものを処分する。
神崎は割り切っているが、やや貧乏臭いのか薫は渋っている。
「勘、センス、閃きで捨てちまえよ。余分なもの残すたびに肩パンな」
「罰ゲーム!?」
……。
片づけを初めてから1時間後。
ようやく作業を始められる段階までやってきた。
「設計図はこんなもんでいいだろ」
軽く描いた屋台の絵を見せる。
少なくとも神崎や薫より自信はある出来栄えだ。
「人には少なからず取り柄があると言うが、本当だな」
「うまいうまい。特にこのクレープ」
「ちっとも褒められてる気がしねーな」
「ここに書き込まれている文字はなんだ?」
「凄く細かい……」
「屋台に無知なお前らにわかるように書いたんだよ」
必要最低限、屋台に必要なもの。
その1・調理機能。
屋台の命とも言える調理する部分。
神崎が望むクレープを焼くために必要な『クレープ焼き器』を2台。
その2・看板機能。
正面上部、下部、及び側面に看板を取り付ける。
本格的にやるなら、夜にも対応出来るよう照明を取り付けるが、今回は取り付けなくてもいいだろう。
その3・移動機能。
屋台下部に4個の車輪を取り付け、目的の場所への移動を可能にする。
その4・棚機能。
お客さんからは見えない反対側に、持ち帰り容器や備品を保管出来る棚を取り付ける。
その5・陳列機能。
出来上がった商品や見本品をきれいに並べるため、正面部及び左右にそで机を設ける。
その6・調理補助機能。
この箱の中に、調理道具を組み込む。
ガスを引き込み、調理道具の高さを調整しながら理想の火力に近づける。
「これくらいの設備があれば十分だろう」
「詳しいんだな」
「雑学っつーか、色々本を読んでたからな」
「確かに、寮にいるときもよく本を読んでるとは思っていたけど、屋台に関する知識なんかを持ってるとは……」
「お前と違ってボディーガードの知識はないけどな」
「ちょっと可愛さが足りない気がする」
「デザイン性に関しては、なんとも言えんぞ」
このまま設計にかかれば、オッサンのような屋台になる。
……クレープ屋って雰囲気じゃないか。
「この看板の部分に"神崎流"、と入れるのはどうだろう?」
「やめておけ」
「…………」
床にがっくりとうな垂れる神崎。
「だったらこんな感じのマスコットを描いてみたらどうだろう?」
設計図にペンを走らせる。
「そのネズミだけは書くな」
「…………」
床にがっくりとうな垂れる薫。
こいつらにはセンスもなかった。
「とにかく可愛さについては諦めろ。屋台として完成させることが大切だ」
「……残念」
「ところで、看板とクレープ焼き器に関してだが……」
「?」
「これは購入出来るんだよな?」
「お金がいるのか?」
「当たり前だろうが。石ころじゃねえんだぞ」
「それでは当初の目的であるお金を使わずに屋台を作ることが出来ないじゃないか」
ペラペラ文句だけは一人前だった。
「だったらどうすんだよ。看板は百歩譲るとしても、焼く器材……こればっかは作れんぞ」
「それでも私は……自分の力だけで作りたい……」
「神崎さま」
「自分の力だけっつってもな」
「頼む海斗。なにかいい方法を考えて欲しい」
「…………」
別に方法がないわけじゃない。
しかし、それは憐桜学園の規則を完全に破ることになる。
ここまでの屋台作りは、異様な眼で見られることはあったとして非難されるものじゃない。
これ以上先に進むと言うなら、破らざるを得なくなるぞ。
「正直に言って、木材のようには絶対にいかない」
「……ん」
「先に聞かせて欲しいんだが、ここにいる三人以外の力を借りずに作りたいって言うのがお前の望みなんだな?」
「そう」
「だったら方法は、オレが考える限り一つしかない」
「方法があるなら試すべきだろう」
「憐桜学園の規律を破ることになってもか?」
「なに……?」
「クレープ焼き器なんてもんは、偶然拾えたりもらえたりする代物とは思えない。だったら金を出して買うしかないが、家族の支援はダメ。ならお前らが金を稼ぐしかないだろうが」
「…………」
「お前にそれが出来るのか? 薫」
「それは……」
オレたちボディーガードは、アルバイトなど認められない。
言うまでもないが、お嬢さまに至っては尚更だ。
アルバイトなんかをして校則を破った生徒など学園設立以来一人もいないだろう。
「良くて停学……もちろん退学だってありうる」
神崎に関してはお咎めはないかも知れないが、生徒や教師、家族からの非難は想像するだけでも恐ろしい。
「私が働く」
「お待ち下さい神崎さま! それは絶対にいけません!」
「薫たちがアルバイトをすると、とてもリスクが大きいけど、私なら平気」
「そんな簡単なものじゃありません! これからの将来にだって関わってくるんです!」
「それにな、神崎。ボディーガードは執事じゃねえから、神崎の生活において口出しはしない。だがアルバイトなんて危険なものを許可したと扱われ、薫は責任を問われることになる」
「じゃあ、どうすれば、いいんだ……」
「屋台を諦めるか、家族に資金を出してもらうか」
「…………」
「つまり、実質は手立てがないってこと……」
「そういうことになるな。普通なら」
「え?」
「工事現場のアルバイトが、日給1万だとして……まぁ2週間くらい働けば焼き器くらい買えるだろ」
「まさか海斗」
「お前らに働かせるわけにいかないなら、オレが働くしかないだろうが」
「ダメだ。絶対にそれはダメだ」
「だったら諦めるか? それなら簡単で早いぜ?」
「……でも、海斗が、もし辞めることになったら、嫌だ」
「なにかを始めることってのは、簡単じゃない。まして金をかけずにやろうと思ったらな」
「…………」
「お前がやろうとしてるものってのは、そういうものなんだよ」
薫にはわかっていないかも知れない。
今、神崎がなにを望みなにをしたいと願っているのか。
だから警告しておかなければならない。
けして簡単なものじゃないと。
「…………」
「異議がないなら、オレが」
「ならば、ワシがアルバイトとして雇ってやる」
「おじいちゃん」
「じじい」
「仕事の内容は、道場の清掃。一つの道場につき1万円の手当てを払ってやる」
「だけど……」
「ワシは孫じゃからと上乗せはしておらんぞ? むしろ業者に清掃を頼めばそれ以上の費用がかかるんじゃ」
「佃吾郎さま」
「どうじゃな海斗」
「この広さからしたら、だいぶ割に合わねえな。けどま、オレたちには丁度いいくらいだぜ」
「萌、やれるな?」
「……うん。やる」
「ちなみに、道場って幾つあるんだよ。この屋敷」
「全部で24じゃ!」
「ありすぎだろ道場……。道場の数半分くらい綺麗にすればいいだろ」
「どうせなら全部やってもいいんじゃぞ?」
「断る」
「私が一人で全部、やる」
「あん?」
「……屋台、作れないから……」
「嫌だね」
「え?」
「三人で作るんだろ?」
「そうですよ。協力してやらせて下さい」
「……うん。あり、がと」
こうして、オレたちの屋台制作は始まった。
…………。
……。
朝、一時間目の数学。
「珍しいこともあるものね」
「確かにな」
「こくっ……こくっ……」
「訓練校の厳しい訓練のあとでも平然と起きてたんだけどな、薫は」
目の前の薫は、頭をコクコクとさせ居眠りしている。
「なんかあったの?」
「心配のしすぎだったんじゃねえか?」
普通のお嬢さまなら屋台を作りたいなんて言い出さないし。
問題が一つ解決したことがよほど嬉しかったんだろう。
「南条って、どんなヤツなの?」
「優等生で真面目なボディーガード。だが尊とは違って融通も利く」
「おまけに女の子みたい?」
「言うと怒るけどな」
「普通に見てると、ほんとに女に見えるわよね」
「まぁな」
「あんたと一年間同じ部屋だったんでしょ?」
「ああ」
「間違いを犯しそうになったことは?」
「あるわけないだろうが」
「ぽいだけじゃダメ?」
「当たり前だろ……」
「だけど南条も大変だったでしょうね。海斗と一年間同室だったなんて」
「自慢じゃないが迷惑をかけた覚えしかない」
「ほんと、自慢じゃないわね」
「ここは教師に気づかれる前に起こしてやるか」
「ボディーガードが居眠りって、良くないものね」
「とは言え普通に起こしても面白くないな」
「普通に起こしなさいよ」
「スタンガンで電流を流すってのはどうだ?」
「非人道的過ぎる」
「お前、オレを脅したときのこと忘れたのかよ!」
「実際には使用してないし」
麗華は……だがな。
……しかし、今なら確信を持って言える。
こいつは平然とスタンガンを使うヤツだと。
「ボールペンで思い切り背中を突き刺すとか」
「あとで叩きのめされるわよ?」
「そんなもんが怖くて悪戯が出来るかよ」
「あんたの度胸が据わってることはわかったから、もう少し普通に起こしてあげたら?」
「例えば?」
「普通には普通によ。肩を叩くとか」
「シラケるな、それ。せめてもう少し工夫を凝らそうぜ」
「……消しゴムのカスを背中に入れるとか。あとはシャープペンの芯を全部折っておくとか」
「それは起こすと言うより陰険な虐めだな」
「まどろっこしいわね」
「ここはスタンダードにいくか」
「そうよ。肩を叩けばいいのよ」
「手の平に画鋲を忍ばせておくんだろ?」
「肩に突き刺さるじゃないの」
「刺激があった方が眠気も吹っ飛ぶ」
「あんたは黙ってなさい。私が起こすわ」
数々の名アイデアを無視して、普通に起こそうとする。
薫を悪ふざけにハメる機会などそうないんだけどな……。
「南条、ちょっと起きなさい」
肩に手が触れた。
「か、海斗……」
「オレ?」
「寝言みたいね」
「なんで手を止めるんだよ」
「なんとなく、続きが気になるから」
「だめだ、そんな大きいもの……」
「どんな夢見てんだよっ!」
小声で突っ込む。
「カマを掘るってヤツね」
「ちげーよ! つーか違うと言え!」
「…………」
どうやら、オチを聞ける様子はない。
「あんた、やっぱり男同士でやったんじゃ……」
「そういう汚い発言をするな。お嬢が」
どうやら普通でもなんでもいいから早く起こした方が身のためだな。
相手が薫だけに変な誤解をされかねない。
「おい薫───」
肩をゆすって起こそうとしたとき、薫の首がガクンと下がった。
ゴチーン!
「うわ……」
「っつぅ~!」
一瞬深い眠りに落ちたのか、額を思い切り机に叩きつけた。
幸い教師は黒板に文字を書くことに集中していたのか、薫の失態には気づかなかったようだ。
薫は顔を赤らめキョロキョロと辺りを見渡す。
そして注目が集まってないとわかると、安堵のため息をついてこっちを振り返った。
「…………」
「…………」
「…………」
「口元に涎ついてるぞ」
「…………」
信じられないほど顔を真っ赤にする。
「うぅ……」
見られていた事実に打ちひしがれる。
「なんて言うか、可愛らしいわね……」
「根が真面目だとな」
……。
「あぁっ……一生の恥をかいてしまったっ!」
休み時間になると、頭を抱え込んで落ち込んでいた。
「こういう場合、同性と異性、どっちに慰められる方が嬉しいかしら」
「惨めなことに関しては同性の方が、オレはいいな」
「だったら慰めてやりなさい。うまくフォローするのよ」
「任せておけ。これでも1年同じ釜の飯を食った」
薫の前に行き、そっと肩を叩く。
「……なんだ。私は今落ち込んでいるんだ」
「ばっちり涎垂らしてたもんな」
「うわああ! 私はなんてことをぉ!! あぐっ!」
机に突っ伏すつもりが、勢い余って額を叩きつけてしまう。
失敗したようだ、と目で合図を送る。
「…………」
目と手振りから『お前が悪い』と合図が返ってきた。
『ちゃんとフォローしろ』。
「額が赤くなってるぞ、大丈夫か?」
「放っといてくれ……大したことじゃないから」
「そりゃそうだよな。額よりも恥で真っ赤になった頬の方が大変だ」
「うわぁぁん! 私は、私はぁ!!」
ゴンゴンゴン!
額を連続で机に打ちつける。
「……!!」
『わざとやってるでしょ!』。
「…………」
『だって面白いし』。
「もうあっちに行ってくれ!」
「居眠りしたことは、お前にとっちゃ恥ずかしいことだったかも知れないけどな……」
「こんな恥ずかしい思いは初めてだっ」
「それだけ嬉しかったんだろ?」
「え?」
「神崎が喜ぶ顔が見れて、さ」
「海斗……」
「だからいいじゃねえか」
「…………そう、だな」
「…………」
うんうんと麗華が頷いている。
どうやらオレは答えにたどり着いたようだ。
だからそっと薫に耳打ちする。
「ちなみに、居眠りくらい全然普通だったぜ。お前と同室だった一年間はイビキに悩まされてたけどな」
「えっ……」
「あの強烈なイビキも聞こえてこなかったんだから全然気にすることはねぇって」
「…………」
ぷるぷると肩を震わせる薫。
どうやら慰めの言葉に感動した……はずがないか。
「その記憶を胸に秘めたまま死ね!」
──ッ!!
「……バカ」
…………。
……。
「ほんっと、あんたはボディーガード失格ね」
「悪いな」
「いいわよ。最初からわかってたから」
今日もまた、オレは神崎の家に行く。
「ただしわかってると思うけど、必要以上に神崎先輩には近付いちゃダメよ」
「ああ。フクロにされるのは嫌だからな」
「どーかしら。あんた平気で規律破るし」
「……ごもっとも」
「帰りは迎えを寄越した方がいい?」
「そんな大した距離でもないし、別に必要ない」
「そ。じゃあね」
「ああ」
……。
玄関で別れ、屋敷を出た。
…………。
……。
さっそく屋台の制作……に入りたいところだが。
「とりあえず道場を綺麗にするんだったな」
それもこの規模のものを12棟も。
既に神崎と薫は掃除を始めていた。
「雑巾がけ、一緒にやろう」
「競争はしないからな」
「えー……」
やっぱりか。
……。
「トルネードダッシュ!!」
「とととととととー」
二人して全速力で床を駆け抜ける。
「早すぎだろ神崎!」
「小さい頃は、よく雑巾がけで鍛えた」
息も切らさず、既に何往復もしていた。
最初はほぼ同じだったにも関わらず、少しずつ距離が離れていく。
「くそ……って、おいおい!」
オレから数メートルリードを取った神崎を見ると、短いスカートから、チラチラと下着が見え隠れしていた。
「あいつ自覚してねーな、絶対……。黙って堪能させてもらうか」
「でやぁ!」
──!
「ぐおっ!」
背中に、思い切り竹刀を叩き込まれた。
「今なにを見ていた!」
「な、なにってお前……パン──」
「口にするな!」
──!
「信じられないことをする。ボディーガードとしての誇りはないのか!」
道場に正座させられ説教を受けた。
「プリンシパルの、その……下着を覗くなんて信じられないっ……!」
「別にオレのプリンシパルじゃねえし」
「同じことだ!」
「……ふぁい」
「私は同じ仲間として、友として恥ずかしい」
「男として当然の反応だと思う。とか言ったら怒られるだろうな」
「だったら口にしないでくれ……」
「…………なにを遊んでるの?」
座り込んでいるオレを見て、遊んでいると思ったらしい。
「すみません。実は海斗が……」
「コラ。説明しなくてもいいだろうが」
「ダメだ。私には報告する義務がある。これは神崎さまの安全を害するものだからな」
「なんの、こと?」
「先ほど──」
オレは薫の背後に回りこみ、口を塞ぐ。
「んぅ、うぅ!?」
「もう少しボディーガードの生活を満喫したいなら、余計なことは言わない方がいいんじゃないか? 薫ちゃん」
「ん~~~っ!!」
「おぉー。あの薫を押さえ込んでる」
「…………」
神崎のひと言に、我を思い出す。
「ぷはっ! 海斗ぉ!」
「落ち着けよ。ちょっとした冗談だ」
「だったら鼻と口を塞ぐな! 窒息させる気か!」
「お前が油断してるからだろ」
「私は油断など……っ!?」
「なんだよ」
「…………いや、なんでもない」
怒ったように視線を逸らす。
「次に非人道的な行為に出たら許さないからな」
「わかったよ。なら雑巾がけはオレと薫だけでやるぞ」
「えー……」
「不満がらない」
「確かに、それなら問題は解決するな」
「だろ?」
そういうわけで、神崎には壁や窓などを拭いてもらう。
一日一つの道場を綺麗にして、時間の許す限り屋台の制作に入るか。
…………。
……。
「かーっ……道場の清掃って大変なんだな」
陽が暮れる前には終わらせるつもりだったのに、道場の清掃が終わる前に夜が来てしまった。
「床の方は、随分綺麗になったが……」
神崎は、まだ懸命に壁を拭いていた。
「私たちも、壁に取り掛かろう」
汗を拭いながら薫が言う。
こういう作業、ツキだったら迅速かつ喜んでやるんだろうな。
……などといないヤツのことを考えても仕方ない。
「こりゃ当分は屋台作りには入れねぇな」
…………。
……。
「ふーっ……」
「終わりましたね、神崎さま」
「うん。お疲れさま、海斗」
「本当だぜ。もうくたくただ」
屋台を作る元気を根こそぎ持っていかれてしまった。
「とにかくじじいに言って賃金をもらうぞ」
「呼んで来る」
「あーしんど」
まだまだ元気な神崎を見送って道場に倒れこむ。
「訓練とは、また違った疲労感があるな」
「まったくだ」
部活動や習いごとをしている連中は、自分たちが使用したモノを自分たちで片付けさせることが当たり前だ。
だが、オレたちボディーガードの訓練校ではその片付ける時間も惜しまれ、訓練に割り当てられた。
慣れてないことというのは本当に大変だと痛感する。
「なんにせよ、今日はここまでだろう」
「そうだな。もう時間も遅い。神崎さまもこれから武術の練習があるし。終わらなかったとしても、ここまでだったよ」
「これからまだ身体を動かすのか、あのお嬢さまは」
「もちろん、私もご一緒させてもらうつもりだ」
「……練習の虫め」
「どちらにせよ、間に合って良かった」
「だな」
「道場の清掃が終わったようじゃな」
「おうじじい。しっかりやっといたぜ」
「薫くん、萌が待っておるんで行きなさい」
「わかりました」
「すぐ練習に入るのか」
「じゃあ、また明日な」
「おう」
「じじい、これで3万だぜ?」
「…………」
道場を見渡しながらやってくる。
「ピカピカすぎるから、滑って頭をぶつけないようにしろよ」
じじいはサッと床に指を走らせる。
そして、次に窓の枠。
「姑か、あんたは」
「手を抜かずに清掃したんじゃな?」
「ったりめぇだろうが。オレ一人だったら手抜きもいいところだろうが、神崎や薫がいるのに手を抜くわけないだろ」
「なるほどのぅ」
「なんか文句があんのかよ」
「見てみよ、ワシの指先を」
「指先だぁ? よく見えねぇよ」
じじいの眼前まで歩いて行って覗き込む。
「埃がついておろう」
「…………」
じじいが触れた窓枠を見る。
確かに、僅かだが埃があった。
「でもよ、十分だと思うぜ? 天井からも埃が落ちてきてるんだ、完璧には無理だろ」
「なら明日もやれば良い」
「……なんだと?」
「伝わらんか? これで掃除したとは言わん」
「てめぇ。そりゃイチャモンってヤツだろ。神崎は屋台が作りたいんだ。それを我慢して掃除してんだぞ」
「やりたくないことなら手を抜いてもいいと?」
「そうは言ってねぇ。実際ちゃんとやってるじゃねえか」
「喝ッ!! まるで綺麗になっておらんわ!」
「んの野郎……」
「ほぉ。なんじゃその目は。なんなら殴りかかってもいいんじゃぞ?」
このじじい、自分が殴られないと高をくくってやがるな?
実力を過信しすぎることの危うさを教えてやる。
「……どうした、殴らんのか?」
「…………」
「力の篭った拳で殴ってみんか」
「腸が煮えくり返る気分だぜ」
「当たらぬ拳を振り回す気にはなれんか、んぅ?」
「ちっ……」
「とにかく、このままでは給与は支払えん。埃一つ逃さんよう、清掃するんじゃな」
「ふざけんな。誰がこれ以上やるかよ。てめぇはてめぇで孫娘の悲しむ顔でも見るんだな。あいつがどれだけ懸命にやったかわかるだろ」
「懸命にやろうと、結果が伴わねば意味がない。帰りたければ帰るがいいわ」
「じじい……本気か?」
一人道場に取り残される。
──!
「……電話? もしもし」
『こんな時間までなにやってるか』
「なんだツキかよ。今何時だ?」
『7時』
「げ……飯の時間か」
『遅刻したら夕食抜きって教えておいたはず』
「勘弁してくれ。色々忙しかったんだよ」
『勘弁して欲しいなら急いで帰ってくる』
「ああすぐ帰るって」
『じゃ』
「……あ」
『なに』
目の前に広がる、清掃が終わってないと言われた道場。
「仕方ねぇな。今日のエビフライはお前にやるよ」
『夕食いらない?』
「もうしばらく帰れそうにないからな」
『今日カレーライスなのに』
「うっわ、超食いてーっ……」
『残念』
「くっそ……」
『今帰ればお代わりも出来る』
「だーっ、もう言うな。帰れんもんは帰れん」
『カレーだけにカぇレーん』
「うるせぇ。つまんねぇよ」
『なにしてるか知らないけど、ばいばい』
「優しさがあるならカレーを残しておいてくれ」
『もぐもぐ』
「なに話しながら食ってんだよ。下品なヤツめ」
『海斗のカレー』
「こ、この鬼がぁ!」
携帯を切る。
「……失敗したな」
勢い余っていらないなんて言っちまったが。
「カレー食いてー」
だけど、あいつは嬉しそうだった。
自分の力でやり遂げられることの喜びを学んでいる。
それをじじいの捻くれた姑攻撃に邪魔させるかよ。
「オレの方が捻くれてるってことを教えてやるぜ」
なにか間違ってる気もしたが、そうとでも思わなきゃ掃除なんて出来ねぇ。
…………。
……。
「遅せぇよじじい……はーっ」
「道場に電気がついておるから来てみれば……。まぁだ残っておったのか」
「てめぇが掃除し足りないって言ったんだろ」
「…………」
さっきのように、床を指で触り窓枠にも指を滑らせる。
「…………」
「どうだ。まだ文句あっかよ」
「まだまだ」
「な、なにっ!?」
「これだけ甘々な採点は今日だけじゃぞ」
「ふざけんなよ。どれだけ磨きに磨いたと思ってる」
「じゃがお主は最初、これ以上綺麗に出来ないと抜かしたではないか」
「……それは」
「もう一度清掃すれば、さらに綺麗になるじゃろうて」
「くっ……」
「じゃから今日だけはこれで良しとする。しかし明日からはこれよりもっと綺麗にするんじゃぞ」
「いつか背中を刺してやる」
「ふぉーっふぉっふぉ! いつでも来い!」
「チクショウ。すっげー疲れた」
……。
外に出ると、既に真っ暗だ。
「11時回ってんじゃねえか」
あれから一人で、4時間掃除してたんだな。
…………。
……。
「風呂は朝にしよう。とりあえず寝るぞ」
部屋の前まで戻ってくる。
……。
「ん?」
部屋の扉を開くと、微かにカレーの匂いがした。
「……あいつ」
なんだかんだ言いながら、カレーを運んでくれたのか。
布がかけられた物を机の上に見つける。
ちょっぴりツキの行動に感動。
「ありがたくいただくぜ」
さっと布を取った。
「………………か、空?」
丸い皿にはおいしそうなカレーの姿はなかった。
代わりにメモ用紙が置いてある。
『カレーは美味しくいただきました。食器は洗っておいて』。
「ふ、ふざけにゃねーー!! っつー!」
舌を噛んだ。
「もう寝るぞ、オレは寝るぞ!」
メイドからの虐めに屈しそうになりながら、そのヘトヘトの身をベッドへ。
「な、なんだ?」
布団が少し盛り上がっている。
ツキが潜んでいる? なんてことも思ったが小さすぎる。
「なんなんだよ」
最悪タランチュラやコブラの可能性も考えに入れておきながら布団をそっとずらした。
そこには小さなメモ用紙……
『引っかかった? これ余り物』
そしてそばには小さめの皿に乗ったカレーがあった。
「憎い演出じゃねえかよ。ふん。ちょっと小さいし」
一口食べてみる。
「冷た……カレーは温かいから美味いんだぜ?」
なんてな。
「……ありがとよ」
オレは夢中になってカレーを食べた。
…………。
……。
「なぁ、ついさっきも掃除しなかったか?」
「24時間前にはしたぞ」
「うん」
「もう24時間経ったのか」
こいつらより4時間も余分に掃除をしていたせいだろうか。
「今日学園に行った記憶すらない」
「豪快に居眠りして怒られてたじゃないか」
「だから後頭部にこんなもんが出来てるんだな」
「見事に腫れたな。麗華お嬢さまの一撃」
「なでなで」
「いたっ!? 触んなよっ!」
「痛いの痛いの、飛んでいけって、やろうとした」
「ミリ単位も飛んでいかんわ!」
「なら、アンモニアかける?」
「そうそう、虫刺されにはアンモニアがよく効くって……違う! これはコブだ!」
「そういうお金儲けは、学生がするものじゃない」
「そりゃ株だろ。コブだっての」
「ジングルベージングルベー」
「イヴだろそれは。タンコブのコブ」
「ぐるぐる回る車?」
「それは───なんだよ!?」
「タンコブローリー、ならぬタンクローリーですね」
「そうそう。タンクローリー」
「全然似てねーよ! 最初だけだ!」
「ボタンは一つのかけ違いからずれて行く」
「だーっ! オレはコントやりに来たんじゃねえぞ!」
「遊びはこの辺にして、頑張ろう」
「はい神崎さま」
「こいつら、しばきまわしたろか?」
……。
「念入りに掃除しろよー」
床に雑巾がけしながらそれとなく促しておく。
「大丈夫。昨日おじいちゃん、凄く褒めてくれた」
「私たちの仕事ぶりに感心していたぞ」
「私が好きな納豆を買っていてくれた」
「……そうかよ。そりゃ良かったな」
あのじじい、なんだかんだ言って孫には激甘じゃねえか。
ひょっとしたら昨日は、からかわれていたのかも知れない。
じじいから見れば孫娘に手を出す害虫のような目でオレを見てるみたいだしな。
「だーくそー!」
加速して一気に薫を抜く。
「最初からそんなに飛ばすと、バテるぞ?」
「お前と同じ扱いすんなっ」
「な……なんだと? 下から数えた方が早い海斗と、一緒にするなっ!」
ビュン!
オレの脇を、薫が凄い勢いで滑る。
「上等だコラぁ!」
「おー……二人とも、早い早い」
…………。
……。
昨日よりも、スムーズに進行していたが、それでも大きく時間を短縮出来てはいなかった。
その理由は明白だ。
「海斗、ちょっとグズグズしすぎじゃないか? そこは十分磨いただろう」
「まさかとは思うが、じじいに文句をつけられたらウザイからな」
「昨日と同じようにやれば大丈夫。それよりも少しでも屋台を作れるように頑張ろう」
「早く屋台作りたい」
「苦しいことばかりでなく、楽しいことも混ぜなければ長続きしないぞ?」
「わかってるよ。んなことは。でももう少しだけな」
オレだって綺麗になってるとは思う。
だけどこのままじゃ昨日と同じ出来だ。
一度拭いた場所ももう一度丁寧に拭いていく。
「まったく」
…………。
……。
「よし、これで終わりだ」
バケツの上で水を絞ると、真っ黒になった水が滴り落ちる。
「汚れてるもんなんだな、意外と」
時間はかかっちまったが、これで文句はないだろう。
「屋台、屋台」
「疲れた。少し休憩させてくれよ」
「やったい、やったい」
「ったく……仕方ねぇな」
立ち上がり、屋台の置いてある道場へ向かおうとする。
「すみません、神崎さま。これから稽古の時間です」
「もうそんな時間?」
「思いの外、清掃が遅れましたので……」
「オレのせいかよ」
「ゆっくりしているからだ」
「……へいへい」
「明日は、早く終わるようにしよう」
「頼むぞ海斗」
「鋭意努力する」
二人は道場をあとにした。
「あのじじいのせいだっての」
「誰がじじいじゃと?」
「驚かすなよ」
神崎たちと入れ違いに入ってきた。
「昨日よりも綺麗にやれたんじゃろうな?」
「ったり前だ」
「ふむ……確かに昨日よりは綺麗じゃ。昨日よりは、な」
「ひっかかる言い方だな」
「いやなに、年寄りの戯言じゃて」
壁を見ながらこっちに歩いて来る。
「気をつけろよ。バケツが近くにあるぞ」
「ふむふむ。壁もそこそこじゃなぁ」
「おいっ、足元!」
「なんじゃ? 足元がどうかしたのか? おっと!?」
──!
じじいの足が、バケツにぶつかる。
「な、なんてことしやがるこらぁ!」
「お、おぉ!? なんと言うことじゃ! こんなところにバケツがあるなんてぇ!? ワシも歳じゃのう、つまづいてしもうた。バケツが倒れてしまったわい」
「めっちゃ地に足がついてるだろうが! バケツが倒れたっつーより蹴飛ばしただろ!」
じじいの足元から転がったバケツまで軽く10メートル。
「いやいや、つまづいたんじゃよ」
「天井付近までバケツが空中回転してったぞ!」
おかげで道場の半分近くが、どす黒い水で汚れてしまった。
「ワシは達人じゃから、反射的に蹴り飛ばしてしまったんじゃな。てへ」
「気持ち悪っ!」
「今日は合格ラインかと思うたが、これじゃあやり直しじゃのー」
「昨日の一件ならまだしも、今回はきっちり反論させてもらうぜ」
「昨日もきっちり反論しとったじゃろ」
「これはじじいのミスだ。オレや神崎たちに責任はねえ」
「ふむ……」
「だからこの後片付けをする義理はない」
「弱ったのぅ。確かにワシにも責任はあるかもしれん。じゃが、バケツを片付けていなかったのは、紛れもなくお前たちの責任じゃないのか?」
「なんだと?」
「ワシは道場の、それも真ん中に汚れた水の入ったバケツがあるなどと思いもせんかったわ」
「なんてジジイだよ」
「無論帰ってもらってもよいが、あとで萌たちには悲しいことを話さなきゃならんのう。道場一つ満足に掃除出来ないのなら、金を払うことも、屋台を作らせることも出来んとなぁ」
「この野郎!」
「ぬっ!?」
じじいの胸倉に掴みかかる。
それを阻止しようとした手を、オレはさらに阻止する。
「いい加減にしろよ、あ?」
「ぬっふっふ……やるのぉ~。今の動きはいなしきれんかったわ。それがお主の本気と言うわけか」
「チッ」
「喝ッ!」
──ッ!!
「ガッ!」
「ほほぉ……いっちょ前に化勁(かけい)を使いおったか。骨の一本は折ってやるつもりじゃったが……やはりそこらにおる若造とは一枚も二枚も違うわい。さて、ワシは萌の稽古でも見学に行くかのー。綺麗にして帰るも良し、そのまま帰るも良しじゃ」
「く……あ……びしょびしょじゃねえか」
吹っ飛ばされ、濡れた床に叩きつけられた。
じじい、本気で掌底を打ち込みやがって……。
咄嗟に衝撃を拡散させなきゃ、本当にアバラを持っていかれてた。
「くっせー……」
雑巾と汚れの臭いだ。
掃除させられて殴られて汚されて……。
なにやってんだよオレは。
「帰ってやる」
これ以上、じじいの茶番劇に付き合ってられるか。
「…………」
ポタ、ポタ……。
歩く度に、水滴が綺麗だった床まで汚していく。
「知るか」
そのまま道場から出て行く。
……。
「くそじじいー!」
叫びながら高速で雑巾がけをする。
「くそじじいー!」
端まで行って、折り返す。
「くそじじいー!」
さらに端まで行って折り返す。
なかなかに調子の上がる掛け声だった。
──!
「くそ──携帯? ツキからか。はいもしもし。忙しいから手短に頼む」
『今日も夕食はいらないか?』
「昨日みたくツキの優しさがあると泣いて喜ぶ」
『アレは気まぐれだから。今日はなし』
「……じゃあ抜きでいい」
『そう。今日は肉じゃがだったのに』
「肉じゃが食いてーっ」
『妙に庶民的』
「うっせー。そんなお前も肉じゃが好きなくせに」
『……どうしてバレた?』
「そんな雰囲気してるから。つーかウソだろそれは。あの屋敷で肉じゃがを見たことないし」
『それがなんと肉じゃがだった』
「うっそ! 残しとけ! 久々に食いてぇ!」
屋敷だとほとんど洋食だからな。
『じゃあ、人参と玉ねぎは残しておいてあげる』
「肉とじゃがいもは!?」
『残念ながら……』
「それもう肉じゃがじゃねーよ」
『それよりなにしてるか。昨日と今日と』
「掃除だよ掃除」
『掃除?』
「こっちは綺麗にしてるってのに、まだ綺麗に出来るだのケチつけやがってよ。オマケに自分から汚しやがって」
『全然状況が理解出来ない……でも、まだ綺麗に出来るならきっと綺麗に出来る』
「あのな、こっちは真剣にやったんだ。もう滑って転ぶくらい綺麗にな」
『一つの場所を綺麗にするのは、とても大変。やれたと思っても、汚れていたりするものなの』
「……そういや、お前は掃除のスペシャリストだったな」
『人は私を掃除姫と呼ぶ。フフ』
「凄いんだか凄くないんだか……ちょっと大層な名前だ」
『うるさい』
「いや、待て。でも参考になるかも知れん。帰ったらちょっと力を貸してくれ、ゴミ姫」
『車に撥ねられて死んでしまえ』
「あぁ……余計なひと言だったか」
逃がした肉じゃがは大きい。
「早く終わらして帰るしかねーな」
…………。
……。
「どうだじじい。これで文句ないだろうが」
「そうじゃな、今日はこれで良い。終わったならさっさと帰るんじゃな」
「やたらオレを可愛がってくれてるみたいだな」
じじいは立ち止まることもなく道場をあとにした。
「……帰るか」
……。
「実は肉じゃがが机に置かれてある、そんなパターンを期待しているオレ」
……。
室内の様子は昨日と変わりない。
強いて言うなら食べ物、カレーの様な匂いはしない。
「机の上に……ない」
置き手紙すらない。
布団……もいつもと変わりないな。
「期待しすぎた」
やはり二日続けてツキがサービスするわけがなかったか。
──コン、コン……。
「こんな時間に誰だ? ……まさか」
二日連続で、ツキが優しさを見せた?
「開いてるぜ」
「なんだかんだ言って優しいなお前」
「……なんのこと?」
「肉じゃがを残しておいてくれたんだろ? ほら早くくれ」
「そんなの持ってない」
ツキの手には、なるほど確かに肉じゃがはない。
それどころかなにも持っていなかった。
「なにしに来たんだよ」
「呼んだのはあなた」
ピッと指で差す。
「オレが? お前を? なんで?」
「……夜の営み?」
「浮かんだパターンがまず下ネタかよ」
「一回だけなら」
「なに脱ぎ始めてんだオイ!」
「性の発散がしたいのかと思って。海斗のことは嫌いだけど、一度だけならさせてあげないでもない」
「謹んで断る」
「メイドとして、その辺の技量は凄いのに」
「お前じゃ勃たんからいい。つーか、こんな話をするために呼んだんじゃないだろ」
「じゃあなんの用か」
「……なんだっけ?」
「電話での応対からするに、掃除に関することとか?」
「おお。そうそう、そのとおりだ。お前に掃除について聞きたかったんだ」
オレはじじいとのやりとりと、自分たちで道場を清掃することになったのを簡単に説明した。
「と、まあそういうわけだ」
「道場の清掃……」
「涎出てるぞ」
「ハッ!?」
「本当に掃除が好きなんだな」
「凄くやりがいがありそう」
「でまあ、お前を呼んだのは他でもない。掃除のテクニックってやつがあるなら教えて欲しい」
「テクニック?」
「屋敷を一人で掃除したりすることがあるんだろ?」
「うん」
「だがこんなに広い屋敷だと時間がかかるじゃねえか。そういうのを効率良くやるための知恵があるのかと思ってな」
「知恵、と言うか……技量。机一つ拭くのだって技術がいる」
「誰がやったって一緒だろ」
──!
「殴るなよ……」
「ちょっと待つ」
「なんだ?」
「ただいま」
「早っ……なにしてたんだよ」
「ここに雑巾があるから、汚い海斗が使ってる机上半分を拭いてみて」
「机が汚いんじゃなくて、オレが汚いんかい」
「無駄口はいいからやってみて」
「わーったよ。見てろ?」
ここ二日間でだいぶ慣れたからな。
素早く手を動かして机を拭いた。
「どうだ」
その間、僅か数秒。
いくらツキが掃除マニアだとしても、これ以上の時間短縮は無理なはずだ。
「全然ダメ」
「遅いってのか!?」
「それ以前。雑。粗い。汚い」
「どこがだよ、ちゃんと拭いてるだろ」
「雑巾というのは、しっかりと押さえないとダメ。海斗は雑巾の面積分だけ綺麗になってると思ってる。ここと、ここ。それからここも拭けてない」
「…………」
ツキが指差す箇所は、埃が残っていた。
確かに雑巾で拭いたはずなのに。
「見てて」
そう言って、ツキはさっと手を机下半分に滑らせる。
その所要時間はオレとほぼ同じか……ひょっとしたらツキの方が少し早い。
けれど大した差はなかった。
しかし……。
「マジかよ……全部拭けてる」
机の上半分と下半分を見比べると明らかだった。
まだ、上半分が汚れているとはっきり肉眼で分かる。
「まだ綺麗に出来ると言った人が言いたかったのは、そういうことだと思う」
「…………お前、凄いのな。こんな小さな手にどんなパワーがあるってんだよ」
「人は私の手を『スイーパーハンド』と呼ぶ」
「いや、ホントにそうだな。掃除姫ってあだ名に威圧感を感じるぜ」
「フフ。おだてても肉じゃがは出ない」
「コツを教えてくれよコツを」
「私の領域まで来るには年中掃除をしても5年はかかる」
「それは長いな……」
「だけど海斗は雑だから教えれば少しはマシになるかな」
「少しでもいい、頼むわ」
「仕方がない」
見てろよじじい。
掃除姫さまの力を借りれば、二度と文句を言わせねぇぜ。
「よそ見しない」
「わぷ! 雑巾で顔を拭くな!」
…………。
……。
「うん。少しはマシになった」
「くそ疲れた……スパルタだなツキは」
「不満垂れない」
「そうだな、助かったぜ」
「それはいい。掃除を頑張るのはいいこと」
「練習してたら部屋中ピカピカになっちまったな」
「元々、私が管理してたから綺麗」
「へいへい。お見逸れしたぜ」
「少しだけ、ボディーガードを見直した」
「なんだそりゃ」
「ちょっと言い間違い。海斗を見直した」
「オレを? そりゃ殊勝なこともあるもんだ」
「凄く適当だと思ってたけど、嫌いなことにも懸命に取り組めるとわかったから」
「やられっぱなしが鼻につくだけだ」
「理由がどんなものでも、それは偉いこと。そういうことが出来ない人は多い」
「さすがにメイド長ともなると、言うことが違うな」
「えっへん」
「もう少し普通に喜ぼうぜ」
「喜んでる」
「どーも棒読みなんだよ喜び方が」
「喜び方は人それぞれ」
「ごもっとも」
「もういいか?」
「助かったぜ」
「ちゃんと、使って汚れた雑巾は片付けておくように」
「戻るついでにやってくれるんじゃないのか?」
「甘えない」
「メイドにお願いしたい心情を察してくれ」
「さよなら」
逃げられた。
「朝やるか。机にでも雑巾置いとこう」
「今すぐやる」
「うわ怖っ! 気配殺して戻ってくんなよ」
「今すぐやる」
「わーったよ。今やればいいんだろやれば」
「それから、廊下のも片付けておいて」
「そこはお前の管轄だろ──もういねぇし!」
……。
「なんなんだよ。廊下の片付けってのは」
辺りを見渡すが、それらしいものはない。
「ん?」
扉のすぐそばに小さなお茶碗。
「……なんだ?」
手にとって蓋を外す。
「タマゴかけご飯だ」
おおよそ、この屋敷に似つかわしくない食べ物。
それにしても可愛らしい茶碗だ。
大きさから見ても子供用だ。
「人生で数多くの人間に出会ってきたが、指3本に入る謎の存在だな、ツキは。ちゃんと片付けておくぜ」
肉じゃがには程遠かったが、ありがたくいただくことにした。
…………。
……。
学園を終えた放課後。
連日のように道場に訪れていた。
いつもはちょっと億劫なこの時間帯だが、今日は少しだけ楽しみにしていた。
「粗いな、お前らの清掃の仕方は」
薫や神崎の雑巾がけや、壁拭きを見て呟く。
「粗い?」
「海斗、神崎さまの手際に問題はないぞ。綺麗にされてるじゃないか」
「見てみろ、拭き残しがあるじゃないか」
「ほんとだ……気がつかなかった。ちゃんと拭き直す」
「見る目は厳しいみたいだが、海斗自身はちゃんとやれているのか?」
「当たり前だろ」
「丁寧にやるだけじゃダメなんだぞ? 時間にしても迅速にやらなきゃならない」
「勿論だ」
「……凄い自信だ」
「まぁ見てろって」
雑巾の面積だけにとらわれているようじゃ、いつまで経っても優秀なスイーパーにはなれんぜ。
オレは昨日教わったように、雑巾を使いこなす力加減と持ち方で素早く丁寧に壁を拭いていく。
「早い、それに綺麗だ」
「おー」
二人の熱い視線を受けながら、まるで自分だけでたどり着いた境地のように披露。
「昨日まで、私たちと変わらなかったのに……」
「お前等とは経験値の稼ぎ方が違うんだよ」
「経験値の稼ぎ方?」
「いいか、毎日ただ漠然と掃除を繰り返しても新しい発見や効率なんて発見できねぇ。だからどんな小さな作業でも、単調な時間の連続でも、新しいモノを探す探求心が必要だ」
「海斗がまともなことを言うなんて…………明日は雪だな」
「そう言った監督の次の日は雨模様」
「え?」
「今のは聞かなかったことにしてくれ。あまりにもマイナーなポイント過ぎた」
「なんにせよ、少し見直した。誰にでも得意な分野はあるものなんだな」
「どういう意味だそれは」
「ボディーガードとしての素質は、やや目を覆いたくなる部分もあったが、掃除に関してはこれ以上ない適応だと思って」
「喜んでいいのか複雑になってきた」
「今も目を閉じれば、あの無気力でやる気のない海斗が脳裏に浮かぶようだ」
「だったら永遠に目を開いてろ」
「残念ながら人は眼を閉じてしまう生き物。つまり、いい部分があったとしても、悪い部分を隠しきれるわけじゃないってことだな」
「なに変なオチつけてんだ」
ぶんっと雑巾を振る。
「うわっ! 雑巾の水を飛ばすな!」
「どんなことにも、探求心が必要……うんうん」
「オレの言葉に心打たれたか?」
「感動した。もっと頑張る」
「さすが神崎さまだ」
「今のはオレの言葉が熱すぎたんだろ」
「そうか?」
「素直に褒めておこうぜ。オレは褒められて伸びる子」
「だったら、もう少し褒められる回数を増やす努力をしなきゃな」
…………。
……。
「むぅ……」
「どうだよじじい」
いつもより30分も早い清掃の終了。
時間の余裕もあってか、薫や神崎も一緒だ。
「二人がいない時と同じように判断してくれや」
「……むむぅ」
「うんうん唸って、どうしたのおじいちゃん」
「どんな魔法を使ったんじゃ?」
「オレという魔法だ」
「全然意味がわからないぞ」
「昨日までとはまるで清潔感が違うではないか。こっそり業者を呼んだとか?」
「なんでだよ。つーか、金稼ぐために稼ぎ以上の支払いをしてどうすんだよ」
「ぐむぅ。ご、合格じゃ」
「当然だな」
苦節数箇所めの道場にして、ついに一発オーケーを叩き出した。
「やっと満足いく晩飯が食えるってわけだ」
「明日もこれ以上の清掃を心がけるんじゃな! 時間が余ったなら、それ以上に稽古するぞい、萌」
「うん。じゃあ、また明日」
「ああ」
「この調子で頼むぞ海斗」
「帰りに電柱に頭をぶつけて死んでしまえ!」
なんか捨て台詞を吐かれた。
「っしゃ」
グッと小さくガッツポーズを作り、辺りを見渡す。
「なんとなくわかるぜ」
じじいが不満を言ってた理由が。
時間が大幅に短縮出来ただけでなく、清潔感が一回り二回り違って見える。
おそらく昨日までは、あちこちに拭き残しがあったからだろう。
どこか拭ききれてなかったんだ。
…………。
……。
片付けを終えて外に出た。
「おっと、ちょうど陽が暮れたか」
携帯で時刻を確認すると、夕食まで30分を切っていた。
「まぁ、そんなに時間はかからないがな」
……。
屋敷まで、あと数分というところ。
──「くぅ……ぬぁっ!」
──!
「なんだ? ケンカでもやってんのか?」
この地区にしては珍しいこともあるもんだ。
そう思い、声の方向へ視線を向けた。
「はーっ、はーっ……こ、こいつ強いんだな」
「冗談じゃありませんことよ!? 命がけで守り通しなさい。こんなことでバッジを奪われでもしたら、私に恥をかかせることになるのよ」
「わ、わかってるんだな」
男「…………」
「憐桜学園の制服……これは……」
そっと物陰から様子をうかがう。
バッジを奪われる? なんのことだ。
「これでも僕は、ボディーガードの中では3番目に優秀なんだな……うん」
「……雷太か」
特徴ある声だと思ってたが。
「だけど、こいつ強いんだな。僕の計算だと、ギリギリの勝負になっちゃうんだな」
──ッ!!
雷太と、それに襲い掛かる男との激突。
攻防戦はほぼ互角だった。
資産家を狙う犯罪の線も一瞬疑ったが、そうじゃない。
相手はお嬢さまではなく、明らかに雷太を狙っていた。
男「しっ!」
──ッ!!
「あぐっ! し、しまったな!」
一瞬の間生まれた隙を逃さず、男が雷太の腹部に拳を打ち込んだ。
つーか、あいつあんな喋り方だったか?
また漫画やアニメに影響でもされたか。
「ええい、なにをやってますの!? 本当にどうしようもないボディーガードですこと。あなたも加勢しなさい、杏子」
「冗談じゃない。私には関係ないでしょ」
「そ、そうなんだな鏡花さま。こんな女の力なんて借りなくても平気なんだな」
「って言ってるみたいだけど?」
「だったら早く倒しなさい!」
「わ、わかってるんだなぁ……」
男「しっ!」
──ッ!!
「ボディーガードは一人じゃないみたいだが……あと一人は、声から察するに女、か」
だとすれば憐桜学園とは関係ないな。
「しかし面白い場面に遭遇したもんだぜ」
見知らぬヤツなら素通りして帰るとこだが、雷太となっちゃ話は別だ。
尊、薫に次ぐ成績で訓練校を卒業した男。
卒業間近に身体を痛めて入院してたって聞いてたが、どうやら退院して、無事ボディーガードをやってたようだ。
「あ、ぐ……ぅ……」
しかし押されている。
体格こそ太っちゃいるが、体術はかなり優秀な成績だったはず。
「杏子!」
「なによ」
「これ以上、私を怒らせないでくれます?」
「わかったわよ。やればいいんでしょやれば」
闇に紛れていた声が、スッと灯かりの下へと現れる。
スーツは着用していない。
そう、私服だ。
「…………かかって来な。遊んでやる」
「よ、余計な手出しなんだなぁ」
「黙ってろデブ。私だってやりたくない」
──!
女が踏み出した。
「早い」
瞬発的な踏み込みは、神崎以上か。
──ッ!!
男は防御する余裕もなく、思い切り顔面に拳を叩き込まれた。
その一撃で十分。
──ッ!!
怯んだ男に、女は容赦なくラッシュを浴びせた。
「初めからこうしていれば良かったのよ」
「…………」
あの女、どこかで……。
薄暗い中、女の顔を盗み見る。
「ん?」
「どうかしたのかしら?」
「……誰かいる気配がした。だけど、もう気配は消えたみたい」
「あなたを見て逃げ出したのでは?」
「さぁね」
「帰りますわよ。ほら、早く立ちなさい」
「わかってるんだな……でも、この女の手出しは余計だったんだな」
「だったら自分で尻拭いしろっつーの」
「うるさいんだな!」
「威勢だけは一人前みたいだな」
「なら、いつだって受けて立つんだな!」
「いつでも相手になってやるわ」
「くっ!」
「二人とも、もうお黙りなさい。これ以上騒がしくして、私を怒らせないでくれる?」
「は、はい……」
「…………」
……。
しかし、あれはなんだったんだ。
犯罪者の類ではなさそうだが……。
佐竹と話したことや、日頃背後に視線を感じるとき、それらを考慮すると、学園側からのアクションってことも。
……。