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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【27】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

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--------------------

 

 

 

 



萌と一緒に迎えた朝。

圧縮袋に入った布団が未使用で放置されていたのは、オレたちにとって幸運だった。


……。


オレは隣で無防備に眠る少女を見つめた。


「こういうときは、もう三日後とかになっててもいいもんじゃないだろうか……」


昨日の行為から、まだ半日と経過していなかった。

つまりなにが言いたいかと言うと、これから先オレたちには試練が待ち構えているということだ。

幸いなのは、昨日一日大雨だったことか。

帰り際に誰かがオレたちを目撃したとしても、萌も憐桜学園の制服を着ているわけじゃない。

誤魔化しきれるかも知れない。



 

「…………」
「うぉっ、起きてたのか」
「…………」
「なんか言え」
「あ」
「朝から萎える返答してくれるな……」



 

「おはよう」
「おう」
「海斗と、夜と共にした」
「そうだな」
「じっと考えてたこと、私にだってわかる。でも心配しないで。私が守るから」
「萌が?」
「私が海斗を好きになった」
「一つだけ事実確認をしておこうじゃないか」
「事実確認?」
「もしも、オレたちの関係がバレ、最悪の方向に話が進んだとしても……全ての責任はオレにあることにしておけ」
「それは、絶対に、ダメ。海斗がここに、いられなくなる」
「いいか萌。よく聞け。オレは──オレはな……」
「なに?」
「…………いや、とにかく全部オレの責任にするんだ」
「それは困る」
「納得出来ないなら、お前とはもう会わない」
「卑怯だ」
「卑怯でもなんでもいい。約束してくれ」
「……ん……」


不服そうだったが、萌は小さく頷いてくれた。


……。

 

 

 

 

まだ陽が昇り始めた早朝。

オレたちは人目に気をつけながら、山を降りた。


……。

 



 

急ぎ足で屋敷へと送る。

朝、萌がいないと騒ぎ立てる前に帰さなければならない。


……。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。ここまでで大丈夫」
「そうか」
「もう、理由がなくても会ってくれる?」
「約束してやるよ」



 

「うんっ」


この場で抱き合うことが出来ない代わりに、オレたちは両手を握り合う。


「もう一度屋台も作ろうぜ」
「一緒に」
「じゃあ、またな」


互いに名残惜しそうに手を離す。


「薫にも謝っておけよ」
「ん」


萌は何度かこっちを振り返りながら、屋敷の中に戻った。


「帰るか」


──「お待ちいただきたい」


「…………」


背後からの、男の声。

振り返らなくても、ただの一般人じゃないことはわかった。


黒服「ご同行願えますかな?」


「そりゃ、背中に物騒なもの突きつけられてるし」


オレの行動なんて、見抜かれてたってわけか。

覚悟を決めるしかなさそうだな。


「そうだろ? 薫」


オレはゆっくりとそいつと対峙する。

オレを信じオレを行かせた仲間に。



 

「私はある種、こういうことも覚悟していた」

「そうか……。で、オレを連れて来るようにジジイにでも言われたか?」

「……少し席を外してくれ」


黒服「それは出来ない。逃がすわけにはいかないからな」


「心配するな。海斗は逃げないさ」


黒服「5分だ、それ以上はない」


「ああ」


「今さらなんだよ、オレを殴るか?」

「なぜ」

「言わせるなよ」

「……私は、怒ってなどいない。ただ……このままお前が行動しなければ、神崎さまは遠くの学園に編入させられるだろう。そして海斗は、この世界から消される。新しい仕事に就こうとしても、神崎家がそれをさせないだろう」

「なら、どうしろと?」

「ありのままの事実を話し、佃吾郎氏を納得させろ。それが、領域を踏み越えた海斗の責任だ」

「……そうだな」

「本当に、そう思っているのか?」

「なんだ、オレが拒否するとでも思ったのか?」

「昔の海斗なら」

「…………」

「ひょっとしたら、お前は……まるで躊躇いもなく神崎さまを切り捨てる……そうしてしまうんじゃないかと、思った。ただ欲に溺れ、快楽を望んだだけなんじゃないかと」

「…………」

「信じていいのか?」

「生憎と、信じろと言えるほど、オレは人が出来てない。いつ裏切ったって、おかしくない男だ。だが、今言えることが一つだけある。オレは萌が好きだ。その気持ちにウソはない」

「行こうか。その意思が本物なら、私はもうなにも言わない」


……。

 

 

 

 

「海斗を連れて参りました」

「……うむ。そこに座るがよい」


道場の真ん中、じじいの前には座布団が敷かれていた。


「ココに座ればいいんだな?」

「そうじゃ」


これから一方的な言葉の暴力か、純粋な拳の暴力が飛んでくるってのか?

薫みたく納得はしてもらえないだろう。

上等だぜ。

言われたとおり、オレは腰を下ろす。

 


ブゥーッ!

 

 

「か、海斗っ!?」


緊張感が一気に吹き飛ぶ、強烈なオナラの音。


「いやオレじゃねえ! オレじゃねえぞ!」



 

「ぶ、ぶわはははは!」

「じ……じじい?」

「なにを慌てておるか、ブーブー座布団じゃ」

「…………」

「で、佃吾郎さま……」

「どんな茶目っ気のじじいだよ」



 

「なにを笑っとるか! 喝ッ!!」


じじいの唐突な喝で道場が揺れる。


「真剣な話を前にして笑うとはなにごとか!」


そりゃアンタだ……。

オレは座布団を蹴り飛ばして、そのまま床に座る。


「で、オレをどうしようってんだ? それに萌は?」

「ふんっ。そんなに孫とイチャイチャしたいのか」

「今は取り立ててそんな気分じゃないな」

「孫娘とイチャイチャしたいと言え!」


どんな強要プレイだ、これは。


「ワシを怒り震わせるくらいの大きなことが言えんのか! なんと小心者な男よ。あーあ……なんかワシ眠たくなっちった」

「なら目が覚めること言ってやるよ」

「無駄じゃよ。ワシの心は鋼の如し」

「早く萌の胸を揉みまくりてぇ」



 

 

「死ぬ覚悟は出来ておろうな小童がぁ!!!」

 


心が乱れまくっていた。


「はーっ……はーっ……」

「いい加減話を進めようぜ」
「わかっておるわ」

居住まいを正し、じじいは口を開く。


「本来であれば、まずお主に明日はない」

「…………」

「これが、清く美しくプラトニックな関係であれば、まだワシも強引な行動に出ることはなかったじゃろう」

「だが、オレはそのラインを越えた」

「罪の自覚はあるようじゃな」

「罪……好きな女を抱くことが罪なのか?」

「そうじゃ」

「…………」

「外の世界のことは知らぬ。じゃが、少なくともここでは大きな罪じゃ」

「ま……そうだな」

「つまり、罰せられても文句は言えぬということ」

「結論から言ってくれ」

「お主が取れる道は二つ。ボディーガードをやめ、二度と萌には会わないと約束する。それが一つ」

「もう一つは?」

「ここにおる薫を倒し、お主が萌のボディーガードになる」



 

「!?」

「……薫と?」


「表立って、萌との交際を認めることは出来ぬが……今の関係を維持していくことを許しても良い。じゃが破れた際には、萌に会えぬことはもちろん、ボディーガードもクビ。そして社会での死を意味することになる」


つまり、萌とボディーガードを諦めて、別の人生を探す選択肢が一つ。

もっともそれには大きな制約が付きまとうが……。

そして萌を賭けて薫と勝負し、負ければ全てを失うか……。


「オレは前者を選ぶ。と……今回はギャグでも言わないぜ?」

「つまり薫くんと勝負すると言うことじゃな?」

「そういうことだ」

「じゃが、わかっておるのか? もしもお主がこの勝負に勝てば、薫くんはボディーガードを続けることは出来なくなる」

「なんだと?」

「…………」

「それを覚悟して、立ち会うんじゃな」

「ふざけるなよ? 薫は関係ないだろ。これはオレと神崎家の問題だ」

「抜かすな。それこそ、萌を守るべき薫くんに責任があるわい。良からぬ虫から遠ざけることも、また役目よ」

「くっ……」

「薫くん、萌の様子を見てきてくれ」

「はい、わかりました」

 

 



「不条理な選択だぜ」
「世の中、なんでも思い通りにはいかぬもの」
「だがオレは手を抜かない。あんたはオレが薫に同情することを狙ってるかも知れないが……。一切の手抜きはしない」

「お主こそ気をつけよ。薫くんは強い」
「…………」
「話は終わりじゃ」
「一つ聞かせろ。萌はなにしてる」
「今朝からずっと物置小屋に閉じ込めておる」
「なんだと?」
「そう……あれは、萌がまだこんなに小さい頃」

 

明らかにじいさんの手は猫のサイズだが、果たして生まれたときのことか、小さくしすぎてるだけか。



 

「修行のために、物置小屋に閉じ込めたことがあってのぅ」
「それ虐待じゃないのか?」
「さすがにわしの孫だけあって、初日は泣き言一つ言わんかった」
「それは凄いな」
「じゃが、二日目になるとさすがに空腹になったのか、『おじいちゃんお腹空いたよう』と訴えてきての。わしは心を鬼にして言った。『お前に食わすタン麺はねぇ!』とな」
「間違いなく虐待と認定した」
「萌は、元気が有り余った子供じゃった。その分よく悪戯をしておったが、その都度物置小屋で学んだんじゃ」
「今回もそうだっていうのか」
「『もう同じ悪さをしないなら食事を与えてやっても良いぞ?』と言えばイチコロじゃ」


確かに萌の中での『食べ物』は通常の人よりも随分と比重が大きそうだ。


「そういうわけで、お主が頑張ろうとも萌がお主を取ってはくれぬかも知れんのー。かっかっか」
「さぁ、それはどうかな……」


オレはいつまでも、ここにいるわけにはいかないと立ち上がる。


「明日……だったな」
「うむ」
「いつ始めるんだ」
「早朝からじゃ」


平日だってのに、言ってくれるぜ。

最後の最後まで麗華に迷惑をかけることになるな。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 



「ほんと、あんたって身勝手だわ」


すべてを話し終えると、深いため息をつかれた。


「オレもそう思う」
「全部、あとの祭りで話してるじゃないの」
「そうだな」
「自覚あるのもムカつくわね」
「悪い」
「お嬢さまには手を出す、挙句の果てにはもう私のボディーガードは出来ない」
「すまん」

 



「二度と二階堂の敷居は跨がせないわ。今日寝たら、ここには二度と来ないで」
「……ああ」


当然だろう。

結局、オレはこいつになに一つ答えてやれていなかった。


「学園で顔を合わせても声かけないでよ」
「本当に、悪かったな」

 



「思ってもないことを言わない。人は必要なときには頭を下げる。でも、そんなものは形だけ。早く私の前から消えてくれない?」
「…………」


オレは、ほんの少し、麗華にはわからないぐらいに……

頭を下げて麗華に背中を向けた。

快く送り出してもらおうなんて、鼻から思っちゃいない。

人が幸せになるとき、どこかで人が不幸になる。

オレは深く、それを刻み込んだ。


……。

 

 

 

「お部屋にお戻り下さい、朝霧さま」
「部外者に、出歩かれたら困るってか?」
「…………」
「わーってるよ」


ツキに従って、先導されながら自室へ。



 

「…………」


その途中で、悲しそうな顔をする彩がいたが、ひと言も言葉を交わすことはなかった。


……。

 

 

 

「では夕食はこちらにお運びさせていただきますので」
「食堂でも食べられないのか」
「失礼します」
「…………」


仕方がないことだ。

仕方がないこと。


……。

 

 

 

この部屋とも、今日でお別れか。


明日のオレはどんな道を歩んでいるのだろう。


萌の隣にいる?


それとも、路上の上に?


まだ見えない。


なにも見えない。

 

 

 


萌に、会いてぇなぁ。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

その日の目覚めは、少し心地悪かった。

どうやらあまり深く眠れなかったらしい。

オレとしたことが色々とナーバスになってるようだ。


「目まぐるしすぎたな」


ここに来て、まだ僅かな月日しか経っていないのに、もう随分と長い間過ごしてきた気がする。


「行くとするか」


手持ちの荷物は、殆どない。

ほぼ手ぶらで出るにも関わらず、ここに残るものなど、なに一つなかった。


……。

 

 

 



早朝のためか、誰もいない廊下。

ツキの姿を見つけることも出来なかった。


……。

 

 

 

 

ここにも、誰もいない。


「なに考えてるんだオレは」


勝手に誰かを捜していた。

これから出て行くオレを、見つけて欲しかった。


「自分勝手に辞めといて、なにを今さら」


ただ嫌な目で見られるだけだろ。

そう言い聞かせ、オレは重い足取りを急かした。


結局、オレは誰にも会うことはなかった。


……。

 

 

 

陽が射し込んだばかりのそこには、ジッと立ち尽くす薫の姿があった。

そして、その奥で正座し、これからすべてを見守るじじいが。



 

「予定よりも少し早いが、始めるとするか」

「はい」

「ああ」


オレは荷物を壁に置き、前に出る。


「…………」

「…………」

「急所を除くすべての攻撃を認める。顔を殴るも良し、腕を折るも良し。自ら敗北を宣言するまでの戦いとする。異存ないな?」

「はい」

「こっちもだ」


互いに向き合う。

これからの戦いは、今日の敗北だけではない。

破れた方がここから去ることになる。


「では……はじめい!」


待ったなどない。

ゆっくりと茶を飲む時間も与えられない。

言葉を交わす時間すら、与えられない。


「はああああ!!」


素早い動きで間合いを詰め、薫は拳を繰り出す。

その流れに無駄はないが……


「当たらねぇよ!」


見切れない動きではない。


「くっ!」


単純な体術における試合であるなら、百回やって百回勝つ。

長物を持った薫であったなら、万に一つ、可能性があったかも知れない。

しかし、どちらにせよ『殺し合い』であれば、例え薫が本物の刀を持っていたとしても、オレに勝てる可能性は皆無に等しい。

別に驕ってるわけじゃない。

それだけ圧倒的な実力差があると、わかっている。

それに、薫に関しては一年間近くで接してきた。

好む戦術、苦手な戦術、それらすべてわかっているのだ。

悪いな薫……。

薫からの、素早く精密な拳の嵐を避け、懐に潜り込む。


「…………」


見てなじいさん。

あんたは薫が手ごわいと言った。

それは確かに事実だ。

だが、本気を出したオレの前では無力同然だってことを教えてやる。

拳を強く握りこむ。

こいつを腹部に叩き込めば、それで終わりだ。

次の攻撃は必要ない。

一般人より遥かにタフとは言え、オレからすれば体力がない薫は、必然打たれ弱い

だから長物を持ち相手を懐に入れずに倒すことを好んだ。

相手に殴られる前に、一撃必殺の威力を誇る剣技で仕留めたがる。

いや違う……それしか『倒す術』を持たないから。


「終わりだ!」


回避不可能。

反撃不可能。


そう、薫には絶対に対処出来ない一撃。

薫の表情にも、絶望と恐怖の色が映る。


だが───


「な──!?」

 



「っ!?」


誰よりも驚いたのは、オレ自身だった。

がら空きの腹部、全力の拳。

そのオレの拳を止めたのは、他でもないオレ自身だった。



 

「はあ!」


刹那動きが硬直したときを薫は見逃さなかった。

オレの腕を固め取り、そのまま地面へ倒れこむ。


──ッ!!


「くっ!」

「取った!」


下からの腕十字固。


「くそっ!」


振りほどこうとするが、完全に決められてしまっている。


「ギブアップしなければ肩を外す!」
「やってみろ!」
「な、く──!」


非力な方とは言え、完全に決められた状態から抜けだすのは容易くない。


なら……


「や、やめろ! 本当に外すぞ!」
「やれって言ってるだろ」


オレは強引に力を入れ、自ら外されにいく。


「ど……どうして、こんなっ!」
「これから人を守っていくってんなら、この程度のことで悩んでんじゃねえ!」
「く、くそぉ!」


──ッ!!


「ぐっ!」


脳を揺さぶるような痛みが走ったが、一瞬。

あとは肉体的にズキズキと責めあげる程度だ。

寝技から逃げ、立ち上がる。



 

「海斗っ……」


ぶらぶらした左腕を見て、目を逸らす。


「相手から視線を逸らすな」


左腕を掴み、間接をはめ治す。


──ッ!!


「まだこれからだろ」
「な──」
「別におかしな話じゃねえ。間接くらい自分で治そうと思えば簡単なことだ。寝技で倒すなら、折るくらい考えろ」


もっとも簡単な骨折なら同じ手順を踏ませてもらうだけだが。


「っ!」


──ッ!!


拳でのラッシュに切り替えたか。

オレは薫の拳を回避しながら、自分の行動を振り返る。

絶好のチャンスで、なぜ動きが硬直した?

まさか、じいさんが気でも放ち、動きを止めたか?


「ありえねぇ!」


もう一度踏み込む。

幾らでも隙を見つけることが出来る。

だが……


──ッ!!


「く!」


また寸前で拳が止まり、逆にカウンターをもらった。

どうなってんだ、これはオレの身体か!?

いくら余裕の相手と言っても、何度ももらえば致命傷になりかねないってのに。

こいつに勝って、萌を───


──ッ!!


「ぐぅ!」


ダメだ、考えながら戦えば、それだけ邪魔になる!


だが……だが……!


──ッ!!


迷っているのか、オレは……。

目の前で懸命に拳を振るい、本能でオレに敵わぬと悟りながらも、自分の信念の為に戦うこいつを相手に……。

本当に勝ってしまっていいのか? と。

勝てば必ず敗者が生まれる。

こいつは萌のボディーガードから外され、どうなる?

他のお嬢さまに空きはない。

麗華が、そばに置くとも考えにくい。

なら、当然憐桜学園には在籍出来ない。


「戦いの最中に、考えごとか!」


──ッ!!


一喝され拳を入れられても、思考は解除されない。

こいつはどうなる?

こいつの人生はどうなる?

オレのようなヤツに誰かの人生を壊す権利が……?


『奪う』


っ!!


『欲しい物は奪う』


っ!!


『弱いものを踏みにじるのは世の理』

『迷うことは一つもない』


「あああ!」


──!


「ぐっ!」


薫の腕を強引に払い、首を掴む。

そしてそのままの勢いで地面に叩きつけた。


──ッ!!


「かはっ!!!」

 

「む……いかん!」


簡単なことだ。

なにを迷う必要がある。

このまま足で何度も顔面を踏みつける。

そうすれば鼻は陥没し、脳にもダメージを与えられる。

それで終わりじゃねえか。

確かに薫とは一年同じ釜の飯を食ってきた。

正直、迷惑も沢山かけた。

尊や侑祈も気さくで面白い友人だと思った。

しかし一番近しく大切だと思えた人物を一人あげるなら、間違いなく薫だ。

そう……大切な存在。


───だからなんだ?


大切な存在なら、オレが苦渋を舐めるのか?

違うな。

オレは勝者。

勝つべくして勝つ者。

自分でも気づかない迷いがそこにあっただけだ。

いい経験になったぜ、ありがとよ薫。

オレは手を首から離すと同時に、薫の腹部を思い切り踏みつけた。


──ッ!!


「くああああああ!」


そして、足を上げる。

あとは顔に落として終了。


「……海斗……強いな……」


これからズタズタにされるとも知らず、呑気にこっちを見上げてやがる。

満足だろ、これだけ強いヤツに敗北するなら。


「だから……死ねよ」


そう言い残し、オレは足を踏み下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

『た、頼む……今のは、見なかったことにして欲しい』


これは、一年前薫に出会ったときの、記憶……。


『私は絶対にボディーガードにならなければならないんだ』


あのときあいつは、オレから一歩も引かなかった。

圧倒的不利な状況下にも関わらず……。


「こんなことで、躓いてはいられないっ!」


そう言って、鋭い眼差しで、オレを──

 



 

 

「それまで!」

 


「っ!」

 

薫に直撃する寸前で、オレの足が止まった。


「それ、まで……だと?」


確か試合は……


「私の負けだ、海斗」

「薫……」


宣言していたのか……負けを。

雌雄決するとき、下る。


「まったく、何度打ち込んでも、倒れないんだな」

「…………お前が弱かった。ただ、それだけのことだ」

「そうか……そう、だな…………く……ぅ……ぁ……!」

「薫……」


その場にうずくまったまま、必死に堪える嗚咽が聞こえてきた。

身体を丸め、自らの崩れた表情を隠す。

オレは声をかけることが出来ず、それに背を向けた。

じいさんが小さく頷く。

終わったのだ。

あまりにも呆気ないほど、脆く。

また一人……傷つけた。

そして、心傷した……いや……傷ついたフリをしたオレは……道場をあとにした。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「……本当、なんですか?」
「でなければ、わしが直接来ると思うか?」
「そうですか……。早急に対処いたしましょう。ヤツを叩き出すことになれば麗華も黙ってはいませんが、子供の戯言ということで片付けさせていただきます。まさかあの小僧が、神崎氏にご迷惑をおかけしているとは……」
「いやいや、少し勘違いをしておるようじゃのう」
「と、仰いますと?」
「わしがここに来たのは、あの事件を、すべて水に流そうと思ってのことじゃ」
「なんですと!?」
「もう、良いではないか」
「…………」
「わしは思う。あの時の決断は、間違っていたと」



 

「冗談ではありません。私は、私は朝霧を許すことなどっ! 私は今でもヤツが憎い!」
「悔いておるのじゃろう?」
「っ!」
「肩肘はって、お主が背負う必要がどこにある。憎んで居るから追い出すとお主は言うが……ならば何故、海斗を受け入れた」
「それは……まさか、ヤツの息子だとは……」
「笑わせるでないわ。気づかぬはずがあるまい? 朝霧の姓をもち、なによりあの顔立ちは、ヤツの息子であることのなによりの証明。知っていて、黙って受け入れたのじゃろう?」
「…………」
「わしにうそをつこうなどと、百年早いわい」
「ですが、私はっ……」
「ならば、決まりじゃな。わしはこの朝霧海斗を、婿養子として神崎家に迎えるぞ」
「な──なんですって!?」
「実は今朝方、お主の与り知らぬところで、海斗を神崎家に迎え入れるかの試験をさせた」

「試験……」

「海斗は無事、試験をクリアした。ワシが拒む理由はなに一つない。萌もまた、海斗を信頼し必要としておるしの」
「しかしそれではケジメが!」
「意中の者同士を追い詰め、苦しめることがワシたちのケジメか?」
「それは──!」
「愛し愛され、互いを支える環境を与えてやりたい。海斗を見てワシは、それをよく考えさせられた」
「神崎家の一人娘が、ボディーガード……いや、婿養子として迎え入れるなんて、冗談では済まされないことです!」
「源蔵」
「くっ!」
「もうええんじゃ。許されても」
「私は……私はっ!」
「誰もお前を責めることは出来ん。そして、海斗を責めることも出来ん」
「…………どうなっても、知りませんよ」
「うむ」
「朝霧の血は……強そうですな……」
「強かろう。ワシらの血などよりも、ずっとな」


……。



 

 

「待たせたの」
「別に……」



 

「これからが大変じゃぞ? まさに禁断の恋をしようとしておるのじゃ。あちこちから非難され、お主や萌に危害が加えられぬとも限らん。それは肉体的なことだけにとどまらず──」
「悪あがきしていいんだろ?」

「してもらわねば困る」
「なら心配するな。オレは性質が悪いからな」
「うむ」
「ありがとよ、じいさん。色々……してもらってよ」
「礼を……礼を言われることじゃないわい。そう、礼を言うのは……」
「……一つだけ謝らせてくれ」
「む?」
「オレにとっては何気ないうそだが、どうもあんたたちには大きなことらしいからな。オレの親父たちは……本当は……」
「いいんじゃ。言わずとも。洞察力が優れすぎるのも、考え物じゃな」
「じゃあ、じいさんあんた……最初から知って?」


じいさんのしわだらけの中にある二つの瞳が揺れていた。

その瞳にはオレは映し出されていない。

オレの知らない親父たちが、見えているのか。



 

 

「過去とは、けして忘れられるものではない。じゃから人は過去を大切にする。正しいこと、間違ったこと、それを見失わないために」
「…………」
「しかし……感情は移ろいやすい。人はふとしたことで傷つける側にも、傷つけられる側にもなる。過去は必要なものじゃが、けして未来に進むために欠かせないものとは限らん。わしは生涯、お主の父親について過去を語らん」
「…………」

 

 

 

「そしてお主も、生涯父親について語ることは許さん」
「だが……」
「今のお主と萌にとって、それは必要なことではない。正しいことでも間違ったことでもない。二人が出逢ったときには、すでに過去じゃった」
「…………」
「萌とて、お主の過去に興味はあるまい?」
「一度もそんな素振りは、見せなかったな」
「考えておらぬのよ。当然のことじゃ。目の前におるお主がすべてじゃからのう。けして立ち止まり後ろを振り返るな。今は前を向き、二人で歩いていくこと、それがすべて。いつか歳を重ね、ふとしたときに振り返れ。そのときお主に見える過去は、必ず今とは違うはずじゃ」
「ああ……わかった」


オレは身体が熱くなっていた。


「これから……」
「…………」
「これから、オレは、沢山の人を苦しめる……。だが、今までもオレは、何人も困らせた」
「…………」
「この二階堂家もそうさ。麗華にも彩にも、尊にもツキにも、源蔵のオッサンにも、ここに住む人間すべてを困らせた」


そして……薫も。


「許してもらえるとは思っちゃいない。それが仕方のないことだと割り切れる。それでも……辛いもんなんだな。誰かを裏切り……悲しませ、怒らせることってのは」


ポンと、じいさんはオレの背中を叩く。

とても老人の手の平とは思えないほど力強く逞しい。



 

「見てみい」


じいさんの指先が、ある方向へと向けられる。


「あ?」


「お主は本当に、この家に迷惑をかけたのか? 誰からも非難されるだけの立場にあったのか?」

「なにを当たり前の……っ!」


庭先から屋敷へと、目をやってオレは息を呑んだ。



 

ずらりと、屋敷の者すべてが、入り口の前に立っていた。

そこには突き刺す視線も、憎む表情も見えない。

まるで友を送り出すときのように……。

無論それは、こちらの勝手な妄想かも知れなかった。

オレが友と思う者たちにとって、オレが友である保証などどこにもないのだ。


「あいつら、なにやって……」


ツキが一歩だけ前に出る。

ざぁっと風が流れ、オレへと向かってきた。

強風に目が細まって、視界が狭まる。


「なんなんだ、なんなんだよお前ら……」


心の中がかき乱され、強風が吹き荒れる。

息苦しくなるほどの瞬間。

頭がピリピリと刺激され、小刻みに震えた。

ツキがそっと目を閉じ、そして、深く頭を下げた。



 

「いってらっしゃいませ、海斗さま」


ツキに続くようにして、全員が頭を下げる。

屋敷に住まう者すべてが……オレのような人間にだ。


「な──」


憎むべきオレを、笑って送り出していた。

これが本当に現実なのかと、信じられなかった。


「お主は、自分で思っているよりもずっと、皆に好かれておったようじゃな」


じいさんのひと言で、これが現実なんだと理解出来た。


「なんで──こんな──オレなんかに、バカなんじゃないか……」

「頭を下げんか、バカ者」


視界が霞むのを隠すように、オレは不器用に頭を下げた。

腹いっぱいに空気を吸い込んだ。


「行って参ります!」


涙声のそれは、それはもう、ただただダサかった。


「海斗。行くぞ」

「ああ──」

 

 



親父たちが昔、どんな軌跡を辿ったのかオレは知らない。

だが、オレはオレの道を行く。

後悔しないために。

萌と二人で歩いていく明日のために。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

神聖な道場。

そこは己を鍛える場所。

何人も穢れし者は立ち入ることを許されない。


その神聖なる場所で、オレたちは本能の命じる行為に余念が無かった。


「ん……ふ……んっ……ふぁ……、ん……海……斗……、私、ん……うまく、出来てる、かな?」
「ああ、そのまま続けてみてくれ」
「はぁっ……、ちゅっ……」
「……萌は、すごく柔らかいな」
「……んっ。うれひい……」

 

 

オレとの繋がりを確かめるかのように、萌のキスはつづく。

やわらかな唇と舌先が、オレを離さない。


「……あ」
「……なんだ?」
「海斗の唇って、おいしそうだな……って」
「絶対に噛むなよ」
「…………じゅる」
「もう一度言う……絶対に噛むなよ!」


唇をかみ切られたら、たまったもんじゃない。

腹を空かせたこいつの場合、本当にやりかねないからな……。


「……ん……ぅ……だめ?」


目を細めて、潤んだ瞳をオレに向ける萌。


「そんな顔をしても、ダメなものはダメだ」
「ちぇ……」
「さて、そろそろ学園に行───はう!?」


するすると伸びた萌の指先が、オレの胸元から入り込んできた。

ちょっとひんやりした感触が、肌を丁寧になぞるように刺激してくる。


「う……」


こ、こいつ、どこでこんな技を身につけた!?


「……こういうのは、どう?」


その薄く開いた唇からは、熱っぽい吐息が漏れている。


「む……く……」
「なんだか、海斗の息……荒くなってきた……」


さわさわと、指先がオレの胸元から奥へと滑り込んで来る。


「き、気のせいだ」
「気持ち……いい?」


熱を帯びた唇との、二点同時攻撃。

気持ち良くないわけがない。


「……お、おう」
「ここ、噛んでいい?」
「……お、おう……って、引っかかるか! こっちもそっちも、ダメなものはダメだ!」
「……かぷっ」
「!!!! やっ、やめっ」
「海斗、おいひー。もうちょっとらけ……」
「だ、ダメだ! それ以上───っう、うああああ!! く、食われる…………!!!!」

 

 


「ぶわっかもぉおおおおおおおおん!!」

 

 

 

「げっ!」

「あっ」


瞬間的に状況を察したオレは、さっと身を翻し逃走を図る。

 

 

「逃がすか!」


老人ならぬ物凄い速度で回り込み、すさまじい殺気を放ってくる。


「ワシの訓練をサボっておいて、神聖なる道場で萌とニャンニャンなど許せん!!」

「しとらん! 気のせいだ! 見間違いだ!」

「海斗、キスが上手い。いろいろと上手い美味い」


「喝ッ!!」


「うお! 急所を蹴り上げようとすんな!」



 

不能にしてくれるわぁ!!」



 

 

逃げるオレ。

 

追いかけてくるじいさん。

 



 

オレの腕にまとわりついたまま、萌が嬉しそうに笑う。

温かく、手に入れたかったもの──

ここには、すべてがある。


……。

 

 

 

 

-神崎 萌編END-