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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛【28】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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-南条 薫編-


……。

 

 

どこか物足りない昼食を終えたオレたちは、教室に戻るべく席を立つ。

席では、一人で昼食を食べる神崎。

向かい側に料理がないところを見ると、あれから30分薫が来てないことになる。

「神崎」


オレは声をかけることにした。

 

 


「……欲しいの?」


スッとスパゲッティーの皿を持ち上げる。


「いや、薫の姿が見えないと思ってな」
「今日は用事があるから、昼休みは一人で食べて欲しいって」
「用事?」


そんなふうには思えなかったが……。


「まぁいい。じゃあな」

「待って」
「どうした」
「ちょっと、お願いがある」
「お願い?」
「また、あの場所に行きたい」
「……本気か?」
「うん」
「やめとけ。無事で帰れる保障はないぞ」
「キミが、手を貸して……。薫は、連れて行けない。禁止区域に入ると知ったら、止める、から……」


そりゃそうだろうな。


「あのな、パートナーに無断で行動するな」
「わかってるけど、でも、行きたい」
「なんでそこまでして、あんな場所に」
「わからない。それを確かめたい」
「…………もう一度行けば、二度と行かないか?」
「……約束は出来ない」
「ったく」


このまま断ったら、こいつ一人で行きかねない。


「いつだ」
「明日の放課後」
「……麗華に確認を取っとく」
「ありがとう」


……。

 

 

 

「随分長かったわね」
「執拗にスパゲッティーを勧められてな。うどんじゃないから蹴飛ばしてやったが」
「うどんにこだわり過ぎ」


……。

 

 

 

「まだ戻ってないか」



 

「誰捜してんの?」
「侑祈か。もう教材の搬入は終わったのか?」
「教材? なにそれ」
「朝、教員に頼まれてただろ」
「……そうだっけ?」


忘れてた、ではなく忘れてるのか。


「都合のいい頭してるぜ」


男子生徒「南条なら、3階に行ったぞ」


「3階?」


そう言えば、教材の運搬も3階だったな。

麗華がこれ以上教室から出ないことを確認して、オレは3階に向かった。


……。

 

 

 

3階。

普段は移動教室で使用される階のため、今は一般生徒の姿は見受けられない。


だから、目的の人物を見つけるのは容易かった。


「よう」



 

「ん? なんだ海斗じゃないか、どうしたんだ?」


額に水滴の汗を浮かべながらダンボールを運び込んでいる薫。


「一人でなにやってんだよ」
「啓志に頼まれたんだ」
「啓志?」
「海斗の場合、山崎って言えばわかるか?」
「……あぁ」


そう言えばいたな。

確かオレのあとで柊教員に呼び出されたヤツだ。


「用事があるから、頼まれて欲しいと言われてな」
「厄介ごとを引き受けたもんだな」
「別に構わないさ。神崎さまも許可をくれたし」
「まだ終わってないのか」
「これで7割くらいかな」
「そうか、随分運んだな。誰も見てないところで努力しても意味ないぜ。オレだったら絶対やらねーな」



 

「そんなことはないさ。こうしてるだけでも筋力トレーニングになる」
「そうかよ」
「悪いが、もういいか?」
「ああ」


薫は、教材を運び込む教室に向かう。


「…………」


……。

 

 

 

「ふぅ、ふぅ……流石に、キツイな……。これだけ運んで、まだ3分の1か。どうやら放課後に食い込んでしまいそうだ──ッ! しまった!」


「っと。足がふらついてるじゃねえか」

「か、海斗っ!」


前に中身をぶちまけそうなダンボールを支える。


「どうしたんだ。なにか用事か?」
「もうやめとけよ。別に怒られやしないんだから」
「そうはいかない。引き受けた以上やり通すさ。まだまだ余裕だしな」
「どこがだ」
「お、おいっ!」


オレは少し強引にダンボールを奪い取る。

軽くはなかったが、それほど重いわけでもなかった。


「お前力ないんだ。明らかに不向きだろ」
「なんのつもりだ。これは私が引き受けたことだぞ。それに、見えない努力は嫌なんじゃないのか」
「大嫌いだね」

「海斗っ」


歩き出したオレについて歩いて来る。

 

「余計なことをしないで欲しい」
「なに?」
「お前は……私が……だから、手伝うんだろ? 私にとっては最大の屈辱だ」
「だからなんだよ」
「え……」
「お前が屈辱だろうと、知ったことか。たまたま偶然、筋トレがしたくなっただけだ」
「そんなうそを……」
「それに、元はオレが頼まれたことでもあるしな」
「…………」
「お前は休んでろよ」
「余計なお節介だ」
「なんのことだか」


オレは教材を運び、また次の教材を取りに下りた。


……。

 

 

 

「ふう、ふう……」
「休んでろって言ったろ」


2つ目の教材を運んだ少し後ろから、ふらついた薫がダンボールを運んできていた。


「放っておいてくれ。トレーニングしてるだけだ」
「……意地っ張りが」
「なんのことだ」


オレたちは、そのあと無言で往復を繰り返した。


……。


「終わった……はぁ、はぁ、はぁ……」


チャイムが鳴る少し前に、教材全ての搬入が終わった。

 

「二人がかりだと早いもんだな」
「…………」



オレたちはその場に座り、運び込んだダンボールの山を見る。


「アレだけ運び込んで、疲れてないのか?」
「あぁ?」
「私の倍近く運んだだろ……」
「さぁどうだったかな」
「…………」
「どうする、そろそろ教室に戻らないと遅れるぜ?」
「そうだな。っ……」
「おっと」


立ちくらみでも起きたのか、足をもつらせた薫。

オレはそれを抱きとめる。


「満足に歩けないほど疲れたのか」

 

 

「は、離せ……」


ぐっと胸を押して、オレから距離を取る。


「普段冷たいくせに、こんなときだけ優しくするな」
「別にそんなんじゃねえよ」
「…………」


──キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……。

 

「あ……」
「鳴っちまったな」
「私はいいから、教室に戻れ。遅刻扱いされるぞ」
「お前は?」
「悔しいが、ちょっと動けそうにない」



 

その場に座り込む。

「長時間の剣術ならどうと言うことはないんだが……。純粋に力を使うと、ダメみたいだ」
「じゃ、オレは戻るわ」
「ああ」
「助かった、ありがとう」
「別に……」


…………。

 

……。

 

 

 

 

「…………」


廊下に座り込み、目を閉じる薫。

オレはその無防備な頬に手に持ったものを当てた。

 

 

「きゃっ!」

飛び跳ねるようにして、目を覚ます。


「か、海斗っ!?」
「他の生徒は授業に勤しんでるってのに、なにちゃっかり眠り込んでやがる」
「あ……いや……」
「ほら」
「……缶ジュース? こんなもの、どこで」
「外で買って来た。ちなみに小銭がなくてちょっと困った」


どうやって調達したかは墓の下まで内緒だ。


「な、なにやってるんだっ」
「安心しろ。オレもお前も柊教員に頼まれて授業を抜けるって伝えたからよ」
「そういう問題じゃないだろう」
「いいから飲めよ。好きだろ、オレンジ」



 

「……ばか者」


しぶしぶだが、なんとか受け取ってくれた。


「どうだよ。ボディーガードは」
「どう、とは?」
「率直な感想」
「まだあまり実感がない、と言うのが本当のところだ。柊先生が言っていただろう。私たちはまだ、守られたところにいると」
「そうだったな」
「事実そのとおりだ。将来仕える要人たちは、世界を飛び回る政治家だったりする。今よりも遥かに気を抜けない時間が続くんだろう。とてもじゃないが……まだ、想像すら出来ない」
「肩肘張ってんな」
「当たり前だ」
「オレにはまだ、よくわかんねぇ。ボディーガードであることの意味、意義がな」
「そういうお気楽な部分、少しだけ羨ましい」
「ただ、単純に夢がないとも取れるぜ?」
「ふふ、そうだな」


平日の昼下がり、オレたちは授業が終わるチャイムが鳴るまで話し込んだ。


………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

──それからややあって、神崎が"屋台"を作る為に神崎家の複数ある道場の清掃をし、アルバイト代を貰うということになる。


オレはその手伝いをすることになった。


神崎のことを名前の"萌"で呼ぶようにもなった

……。

 

 



誰かと力を合わせて、一つのことを成し遂げる。

それは難しくもやりがいのあること。

一年前のオレには理解出来なかったこと。


「薫、釘が斜めに打ち込まれてるぞ。角から先端が突き出してるじゃねえか」



 

「すまない。なかなか上手く出来なくて」

「萌ももう少し綺麗に接着しろ。一箇所一箇所は目立たなくても完成したあと粗が目立つ」



 

「うん」


自分が先導し仲間を導く行為。

それは鬱陶しく面倒なものであると同時に、心の中がこそばゆくなる心地良さも持っていた。

いくら言葉を羅列しても、説明がつかない。

オレは、今の自分が不思議で仕方がなかった。



 

「ここの塗料は、どう、塗ればいい?」

「ちょっと貸してみろ。手本見せてやるから」


人に親切にするということは、それだけその人物に信頼を置くことに似ている。

信頼出来ない人間に対しても親切になれるというのはうそだ。

もし善人や悪人を選ばず、対等の親切を与えられる人間がいるとすれば、それは世渡り下手の証拠。

いつ背中から刺されても文句は言わせない。

誰もが、自分のためだけに生きている。

オレはずっとそう考えて生きてきた。

それが現実。

だからこそオレは人として賢く生きようとしてきた。

今でもその心情は揺るぎないと確信しているが。

なら、今している行為はなんだ、と思う。


「ここを少し押さえておいてくれ」



 

「ここだな? よし」


自分のためになることなのだろうか。

確かに退屈を紛らわせることは出来る。

麗華のボディーガードになったことと同じなのかも知れない。

利用される代わりに、利用する。

……しかし。

今のオレは、退屈しのぎをしているという感覚がまるでない。

屋台を作り上げたいと思ってしまっている。

読書する楽しみを知ったときのように。

共に掃除を始めた頃から、微かな兆候は見られた。

変化していく自分を遠く眺めていた。

こいつらといることが……楽しい……と。


プツッ!


「っつ……」



 

「大丈夫か?」

「あ、あぁ……木材の尖った部分で指を切っただけだ」
「結構血が出てるな」


人差し指の中心から、ぷっくらと赤い血液が溢れた。


「こんなもん放っといても問題ない」
「ちゃんと消毒するべきだ。木材なんかには良くないものも含まれていそうだ」
「面倒だな……。いいっての。放っとけ。それよりも少しでも製作を進めた方がいい。屋台を作ることは萌にとって、そしてひいてはお前にとっても必要なことなんだろ? だったら少しでも早く完成させた方がいいじゃないか」
「ダメだ。それでも怪我を治療する時間くらいは取った方がいい」
「よくもまぁ、そんなことをオレに言えるな」
「含みがある言い方だな。私には怪我を心配する権利がないとでも?」
「訓練や自主トレの度に怪我して、それをオレが心配したら怒鳴り散らしてたじゃねえか」
「別に怒鳴り散らしてなんかいない……」
「早めに治しておけよ? って言えば『海斗には関係ないだろう!』だ」
「う……」
「それでも心配してみれば、『いい加減にしてくれないか、疲れてるんだ』だ」
「それはだな、えっと」
「他人の心配はしても自分の心配はしないのか」
「そうだ。私はそうなんだっ」
「独りよがりだな」
「それでもいい。ほら、早く手を出せ」
「なに?」



 

「洗いに行くのが面倒なんだろう? 私が治療してやると言ってるんだ」
「やめろよ気持ち悪い」
「なにが気持ち悪いだ、人の親切を受けられなくなったら人間おしまいだ」


それをお前が言うな。


「傷口は軽く洗わないと」


そばに水分補給用として用意していたミネラルウォーターのペットボトル。

それを開け軽く傷口にかけた。

きちんとタオルで水がこぼれるのを防ぐ。


「よし、これで汚れと血は流せたな」
「また出てくるぜ?」
「わかってる」


ポケットから、絆創膏を取り出す薫。


「そんなもん持ち歩いてるのか?」
「私自身怪我をすることが多いからな。それに、神崎さまも小さな怪我をされることが多い」
「確かフグを食べようと生きたまま鷲掴みしてトゲが刺さったりしたんだよな?」
「どこで聞いた話だ、それ……危ないじゃないか」


オレの冗談を軽く受け流して、絆創膏を丁寧かつ素早く巻きつけた。


「これでよし」
「不器用なくせにこういうことは得意なんだな」
「手先の不器用さは、努力でカバーするさ。自分で言うのもなんだが、やればなんでもこなせると思っている」
「優等生だけが言える特権だな」
「さあ、作業を再開しよう」
「ああ」


………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

──ピピピピピ……。

 

 

 


「こんな時間に電話? ──もしもし…………。誰だ」
『…………海斗』
「薫?」
『…………』
「なんだよ、こんな時間に」
『頼みが……あるんだ』
「眠れないから子守唄を歌ってくれと言うなら、断る」
『真面目な話だ』
「わーってるよ」

 


こんなに沈んだ声を出されてたら、嫌でもわかる。


『直接会って話したい』
「おいおい、本気か? もう12時になるぜ」
『頼む』
「オレにどうしろと?」
『いつもの、道場まで来て欲しい』
「支度するからちょっと待っててくれ」
『出来る限り、急いでくれ』
「なんだってんだ?」

 


……。

 

 

 

 



静まり返った夜の道場。

今日は月が出ていないせいで、よく見えない。


「いるんだろ?」


声をかけて、目が慣れるまであたりを見渡す。

 



「ここだ……」


「そこにいたか……!? お前……泣いて……」

 

「っ」


ごしごしと、袖で涙を拭う薫。


「なにがあった」
「明かりをつけると、誰かに気づかれる。……アレを、見てくれ」
「アレ?」


薫が指を差す場所。

暗くてまだ見えないが、屋台が置いてある場所だ。


オレはそこに駆け寄る。

そして、徐々に目が慣れてくることで、その悲惨な姿を見つけることが出来た。


「なんだコレ……」


三人で懸命に作った屋台は、見る影もなく無残な姿だった。

木材がヘシ折れてるだけじゃない。

懸命に掃除して買った器材まで壊されている。


「まさかお前か?」
「…………いや」
「そうか、じじいがやりやがったのか!?」

 

 

 

「海斗……」
「だとしたら、マジで許せねぇぜ……」


オレがムカつくから、オレに当たるのは構わない。

しかしこれは孫娘が望んでたものじゃねえか!


「じじいどこだ、呼んで来い!」
「違うんだ……」
「なんだと?」
「これを壊したのは……神崎さまなんだ……」


──!


雷光が光った。

それから間もなくして、大粒の雨が降り注ぎ始めた。


……。

 


「バカな。萌が壊した? なんで、どうしてだ。あれだけ楽しみにしてたじゃねえか、屋台が完成するのを」
「…………」
「それで萌はどこだ」
「屋敷にはいない」
「……なんだと?」
「…………」
「屋敷にいないって、お前ボディーガードだろ!」
「そんなことはわかってるさ!」
「ならなんで──」
「私じゃダメなんだ……私じゃ……」
「どこに行った。神崎はどこに行ったんだ」
「……高畑山」
「や、山ぁ? こんな時間に? それに大雨だぜ? すぐに行かないとヤベぇんじゃないのか」
「私は止めた。だけど、聞き入れてはもらえなかった」
「あいつはなにしに山に行った」
「作るためさ。また、一から屋台を作るために」
「それ全然理解出来ねぇよ。これじゃダメだったのか?」
「わかってるだろ? 海斗」
「…………」
「海斗と過ごす時間を作るために、行ったんだ」
「だとしても、間違ってるだろ。丹精込めて作った屋台を壊して、それもボディーガードのお前を置いて行くなんて……」
「神崎さまだって、こんなこと、望まれちゃいない。けれど仕方ないじゃないか。私も、神崎さまも、自分の気持ちをどうしていいかわからないんだからっ!」


ぽろぽろと流れる大粒の涙。

それを恥じようともせず、いや……

今の薫には、涙を見せることなど恥でもなんでもないのか。


「悔しい……悔しいが、私じゃダメなんだ……」


けして薫に落ち度はない。

オレから見ても、十分に立派なボディーガードだ。

すべてオレの責任だろう。


「すまん。オレが、萌に関わらなければ」
「謝るなっ、謝らないでくれっ……もっと、もっと惨めになるからっ」
「…………」
「なにしてる、早く行ってくれ……」
「お前を放ってはいけねぇ」
「なに、バカなことを言ってるんだ。こうしてる間にも、神崎さまには危険が及んでるかも知れないんだぞ? わかっているのかっ」



 

「オレには、今のお前の方が、よっぽど危なっかしい」


気づいたときには……オレは薫を抱きしめていた。


「なっ……なにをしているっ!」


暴れ、逃げようとする動きを束縛する。


「悪い。オレは、お前の道端に転がる、石ころだ」
「わけのわからないことはいい、行けっ!」
「お前の夢を応援するつもりが、気づいたら、邪魔しちまってた」



 

「男同士……変じゃないか……」
「そうだな……」
「神崎さまが、好きなんじゃないのか?」
「他のお嬢さまと違うのは確かだ。それは認めてもいい……だが、きっと違う」
「悲しむ……」
プリンシパルとボディーガードってのは、元々交わることのない関係だ。わかるだろ」



 

「バカ者……」
「一緒に行こう。あいつのところへ」
「……私は、また一つ、お前に貸しが出来るのか」
「たくさん借りてたのはオレの方さ」


……。

 

 

 

オレたちは、濡れることも構わず森にやって来た。

萌が先に立ち尽くしている。


「オレじゃない。お前が行け」



 

「しかし……」
「あいつのボディーガードはお前だろうが」
「…………」
「一つ、オレは怒ってないと伝えておいてくれ」


小さく頷くと、大雨の中薫が駆けて行った。

雨の音で、薫たちの言葉は搔き消され聞こえなかった。

だが、しどろもどろになりながらも、薫は懸命に気持ちを伝えているだろう。


「…………」


あいつなら、なんとかするだろう。

オレにはそんな確信があった。

 

 

 

いつからだったのだろうか。

オレが本当に見ていたのは、薫だった。

しかし不思議と驚きはない。


「話したら侑祈が騒ぎやがるな。ついに男色に目覚めたかって」


なにを言われても、悪い気はしないだろう。

オレはこのとき、自分の気持ちに気づいたのだから。

それだけで十分だ。


…………。

 

……。

 

 

 


オレは、この世界でもっとも地獄と言われる、無法地帯……禁止区域の出身だった。

そんなオレが表の世界でボディーガードなんてやることになったのは、一つのきっかけからだった。

それが、薫との出会い。



 

「な───!」


──ッ!!


大男の左こぶしは、オレの腹部を容赦なく殴りつけた。


「ぉ……ぇ……」



 

「昼前で良かったな」


こみ上げた胃液がポタポタと土に染みを作る。


「ふっ!」


──ッ!!


「ふっ!」


──ッ!!


「がはっ、ぐほっ!」
「ふん、口だけか……恐喝をするなら相手を選ぶんだな」


大男は強い力でオレの髪を掴み、倒れそうなオレの体をらくらくと引き上げる。


「ぐ、ぉ……離し、やがれ……」
「一つ聞きたいことがある。この辺りに、朝霧という姓を持つ男がいるはずだ。その男に心当たりがあるなら、教えて欲しい」
「ぺっ!」


ピチャ。


「知らねぇな」
「……そうか」


──ッ!!


「ぁぐ……!」


すべて腹部の同じ場所を殴られる、激痛が貯蓄され、足に効いてきた。

大男は頬についた唾を手の甲で拭き取る。


「この野郎、マジでぶち切れたぜ!! うらぁ!」


ガッ。


オレの繰り出した拳を、男は手のひらで受け止める。


「な、なに……?」


大男を一撃で倒す予定だった拳は、オレよりも大きい手で包み込まれた。


「ふんっ!」


──ッ!!


「ぐっ!! は、はぁ……はぁ……」
「この辺にしておけ。私は殴るために来たんじゃない」
「うるせぇ……」
「ん?」
「は、はは……はははははははは!!!!!」
「気でも狂ったか?」
「認めてやるぜ。結構、やるじぇねぇの」
「命乞い、というやつか? 安心しろ、これ以上やるつもりはない」
「気ぃ……はれよ……オッサン……」
「……?」
「ここからは対等に扱ってやる……」
「なにを言ってる……」
「ふっ!」


オレは反動を使って、体を起こした。


「まだ、立つ力があったか」
「ケンカは、これからだろぉ!!」

──ッ!!


「な……っ!?」


構えさせる前に、拳を叩き込む。


「オレは、手加減なんてしねーぜっ!!」


──ッ!!


「調子に、乗るなっ!!」


ブンッ!

オレは涼しい顔で身をかわし、しなやかに大きく曲げた脚を大男の左腕に見舞う。


──ッ!!


「くっ!」


上半身と痺れさせた左腕が下がったところで腕を伸ばし、大男のスーツを掴み上げた。


「歯ぁ、喰いしばれよ」
「っ!!!」


──ッ!!


がら空きとなった左頬を捉え、全力の拳を叩き込んだ。


「ぐあっ!!」



 

倒れかけた男の体を、髪を掴んで引き止める。


「まだまだぁ!!」


──ッ!!


同じ箇所、左頬を全力で殴りつけた。

ヤツの口内が切れたのか、辺りに血が飛び散る。


「おら、おら、おらぁ!」


──ッ!!


「ぐ、ふぁ……あ、ぐ……」


数発当てたところで、ゼンマイのネジが切れた人形のように大男の首がカクンと曲がった。

オレが掴んでいた髪を離すと、大男は地面に倒れた。


「ふーーっ……」

「は、はぁ……くあっ……はああっ……」

「さっさと金目のモノを置いて、消え失せろ」


──ッ!!


「ぐぅっ!」
「ほら、早く出せ」
「残念だが、私は金目のモノは持って来ていない」
「なんだと?」
「さっきも言ったが、私は朝霧という姓を持つ男に会いに来ただけなのだ」
「ふざけんじゃねえよ」
「本当だ……朝霧、朝霧雅樹という男だっ」
「…………」



 

「まさか、知っているのか?」
「その男にどんな用がある。てめぇ何者だ」
「私は、雅樹の親友で……」
「親友? 冗談はやめろ」
「わ、私は……本当に……」
「はっ、何が狙いなんだか」


──ッ!!


「かはっ……!」
「ちっ……頑丈だな。あんたが何者だか興味ねぇけどな、あっち側の人間がオレに勝てると思ったら大間違いだぜ。ここは暴力と疑念と裏切りだけが強さを証明してくれる場所なんだからな」


今もどこかで、オレたちを見ているハイエナがいる。

動かなくなるまでコイツを痛めつければ、コイツは下着一枚残さず身ぐるみを剥がされるだろう。

ネクタイを締め上げる。


「こんなご立派な服を着たアンタが、どう転んだらオレの親父と知り合うかね」
「親父? まさか、雅樹の息子かっ!?」
「だったらなんだって言うんだ?」
「頼む、雅樹に会わせてくれっ!」
「何者なんだよ、お前」
「私は……ボディーガードだっ……」
「ボディー、ガード?」
「そしてアイツは……雅樹は、私と同期の、ボディーガード、だったっ……」
「親父がボディーガード? なに言ってんだアンタ。冗談はよせよ。生憎だがそんなことは知らねぇな」
「このバッジを……持ってなかったか……」


小さく光る金色のバッジ。

それは随分昔に、親父が持っていたモノにそっくりだった。


「なんだよそれは」
「ボディーガードだけに与えられる……証だ」
「……はっ。あの親父がボディーガードだ? く、くく……」


こいつは傑作だぜ。


「大方どっかで盗んだものだろうさ。もしくは殺して奪ったか……。あんた、そのやられた仲間の敵討ちに来たんじゃねえのか?」
「ち、違う……私はただ、純粋に、もう一度アイツに会いたいと思って……」
「…………なんだよ、そこまで会いたいのか?」
「ああ……頼む……」
「なら教えてやる。その願いは死ぬまで叶わない、ってな」
「な……まさか……まさか……」
「殺されたさ。このドス黒い世界の中で」


そう……あいつは他でもない、このオレが……。


「そんな……まさか……」
「とっとと帰れ、そして二度と来るな」


……。

 

 

 

「……来るなって言わなかったか」
「確かに……」
「目から血が出てるな」
「…………」
「オレが潰した右目がイッたか?」
「左目が見えているなら、大した問題じゃない」
「そうかよ」
「いつから、こんな暮らしを?」
「産まれたときからずっと。ずっとさ」


ここには、物語の中にある平和な世界は存在しない。

星明りさえ迷い、包み込まれる闇の世界。


「あんたのようなあっち側の人間はよく知ってるだろ。特別禁止区域のことは」
「追いやられた犯罪者や、職を持たない人間だけが住まう場所……か」
「ここは政府の偉い人間だって管轄を逃げ出す。それだけ危険な場所なんだよ。あんたがどれだけ向こうで強いか知らないけどな……。こっち側じゃ、大したことじゃねえんだよ」
「確かに……な」
「で……なんの用だよ」
「お前の父親の話を、聞かせてもらいたい」
「……なんで死んだ人間にこだわる」
「友だからだ。かけがえのない友だからだ」
「…………帰れ。話すことはなにもねえよ」


……。

 



 

「かーっ。懲りないなあんたも」
「話を聞かせてもらってないからな」
「あんた怪我してんじゃねえか」
「ここに来る途中、数人に襲われた」
「五人組か?」
「ああ」
「くく、あいつらは追い剥ぎだよ。タチの悪ぃな。その様子だと、身ぐるみを剥ぎそこなったらしい。光もん出してきたろ」
「だから手加減出来なかった」
「はん。やるじゃねえか」
「聞かせてくれ。アイツのことを」
「…………あんたの中でどれだけ親父が美化されてるんだか」
「……そうだな。だから知りたい。なぜアイツのことを悪く言うのか。それも実の息子がだ」
「…………」
「私から話そう」
「あ?」



 

「お前の、父親のことについて。アイツと知り合ったのは、もう20年以上も昔だ。共にボディーガードを目指す訓練生として出会った。気さくな男だった。いつも明るく、厳しい訓練に弱音を吐くこともなかった。成績優秀頭脳明晰、そして弱きを助ける心の強さも持っていた」
「あの親父がねぇ……くく」


とても信じられる話じゃねえ。


「プレゼントを配るっていう平和なサンタクロースくらい信じられねぇぜ」
「私はいつも2番だった。どれだけ努力しても、一度もアイツには勝てずじまい。やがて俺たちは卒業し、それぞれの守るべき人間に下へと別れていった。それがなぜ……。雇い主に話を聞いても、そんな男を雇った覚えはないと言う。まるで、初めから存在しなかったように、あいつのことを語る人間がいなくなっていた」
「…………」
「事実こうして、アイツに息子がいることも知らなかった」
「…………」
「お前の母親はどこにいる? この区域で共に生活しているのか?」
「女子供が容易に生きていける場所じゃねえよ。オレの母親は小さい頃に死んだ」
「……病気か?」
「くく……殺されたのさ」
「…………」
「オレの親父にな」
「な、に……?」
「あんたの言う親父は偽物さ。いや、そんな皮を被った時期があったのかも知れないがな。一番記憶の底にあるのは、確かに優しさを持った親父だった。けどな、そんな親父はいつしか皮を脱ぎ捨てたのさ。生きるためには人を騙し、裏切り、這い上がるしかないとな。最初に教わったのは、いかに他者をいたぶるかということだった。動物相手に練習させられたもんだ。腕を折り脚を折り、苦しめる、痛めつける。だが殺さない。最後のラインだけは越えない。動物は敵意をむき出しにする。そしたらまた痛めつける。何度も何度も。そしたらどうだ。敵意をむき出しにしていたはずが、恐怖に染まり尻尾を振り出す。服従しますから、虐めないで下さいってな」
「…………」
「それが始まりだった」


オレは体の隅々まで親父に虐待された。

他者に陥れられても、根底である心が折れぬように。

そして身体も折られないように鍛え上げた。

何日も睡眠や食事を奪うことは日常茶飯事。

唯一許されるのは、誰かから食べ物を奪うことだけ。


「わかるか? いないんだよ、そんな親父はどこにも」
「…………」
「これがオレの、オレたちの日常だ」
「…………」
「もういいだろ。もうここには来るな」
「名前は?」
「ん?」
「お前の名前はなんと言う」
「……海斗」
「海斗……私と一緒に来い」
「なに?」
「お前は、こんなところにいるべき人間じゃない」
「冗談はよせよ」
「私は本気だ。お前には未来がある」
「くく……真っ黒に染まった未来はあるだろうさ」
「お前は私を殺さない。なぜだ」
「別に……」
「その力があれば、私を殺すことなど容易だろう」
「…………」
「お前には良心がある。捨てられぬものだ」
「うちの親父もそうだが、あんたもイカれてるぜ」
「生活は保障する。満足に暮らせるだけの金もやろう」
「どんな義理立てだよ。うちの親父とは同期ってだけだろ? 誰かを救う満足感が欲しいなら、そこらにゴロゴロ転がってるぜ。助けてくれ、助けてくれってな」
「目に見える人間全てを救えるほど、私は偉くない」


『お前の父親が見た世界を、見てみたくないか?』


今でも覚えている。

そのあと語った、佐竹の言葉を───。


…………。

 

……。

 

 

 



「……なんだここ。家じゃなくて学園じゃねえか」


それも一般の学園とはどこか雰囲気が違う。



 

「今日からお前はここに住むんだ」
「なんかきな臭くなってきやがったな」
「とにかく、こっちに来てもらおう」


……。



 

「教室なんかに連れて来て、どうしようってんだ」
「これを書いてもらう」


机の上に差し出されたのは、履歴書だった。


「受験でもしろってのか?」
「そのとおりだ」
「帰る」
「まぁ待て。別にテストを受けるわけじゃない。受験期間はとっくに終わってるしな」
「じゃあ説明しろ、ちゃんとな」
「あくまでも形式だ。履歴書がなければ他の教師たちに面目が立たないだろう」
「つまり……?」
「明日は入学式。お前はその生徒達に混ざって三年間の生活を送ってもらう」
「はっ、冗談じゃないぜ。おいしい生活が待ってるからとついてきてみれば、生徒に混ざって生活しろだ? それは詐欺ってんだぜ」
「このままこっちに来て、なにが出来る」
「なに?」
「資格もない学歴もない家族もない……そんなお前を誰が雇ってくれると言うんだ」
「……それは」
「ここは有名な学園だ。卒業すれば安定した職に就ける。もっとも、ここを卒業する人間の8割は同じ職だがな」
「なんだよその職って」
「わからんか? ボディーガードだ」
「ボディーガードだと?」


こいつと、親父がやってた職業……。


「あんた何者だよ」
「ここ、憐桜学園の校長。それが私の肩書きだ」
「話が上手すぎると思ったぜ。なんの冗談だよ。親父と同じ道でも歩かせるつもりか?」
「元の生活に比べれば、遥かにましな待遇だと思うが?」
「てめぇ……」
「経験してもみないで否定するのは浅はかだぞ」
「3食メシ付きなんだろうな」
「ああ」
「布団やベッドはあるんだろうな」
「もちろんだ」
「……ちっ。貸せ」


ペンをふんだくって、履歴書に向かう。


「悪いが字は汚いぜ。それに知ってる漢字も少ないからな」
「心配するな」


オレは書ける限りを、適当に埋めていった。


「……特技、ピッキング?」
「自販機荒しは区域内でも、オレが一番だぜ」
「まあ、手先が器用だと受け取っておこう。詳しいことは明日説明するとして……これからメシでも食いに行くか」
「メシ?」
「寿司でも食いたくないか?」
「食う」


…………。

 


……。

 

 

 

 

朝。

オレは校門の前にまで足を運んだ。

先日佐竹に聞いた限りでは、この訓練校では1年だけを受け入れるらしい。

そして2年と3年は本校で授業を受けるようだ。


「ぞろぞろとヤローが来てるな」


それぞれが背筋を伸ばし、未来に希望を抱いた若者が校門をくぐっていく。

そこには女っ気はまったくない。

この訓練校で生活をするのは、男のみらしい。

女子禁制のボディーガード育成のみを目的とした学園。

それとは逆に、1年生男子のみ立ち入りが許されないお嬢さま育成を目的とした本校。


……。

 

 

 

 

昨日渡された学生服に手を通す。


「うげ……」


生まれて初めて着る正装服。


「なんか首元が苦しいな」


このまま、またあの場所へ戻ろうかとも思う。


「…………」


戻ってどうするというのか。

あのまま闇の中にいれば、腐っていくだけだ。

それでもいいと思う自分はいるが、この陽の中で生きてみたいと思う自分もいる。


「厄介なもんを、植えつけやがって」


知らなければ良かっただけなのだ。

陽の光がこんなにも気持ちいいことを。


……。

 

 

 

初めての入学式は、新鮮さと退屈に満たされていた。

最初の5分こそワクワクしたものの、やはりと言うか、他人の話を聞き続けるのは面倒だった。

なにより頭の悪いオレには、偉い人間の話すことは理解出来ない。

そんな入学式を終えると、オレたちは番号順に教室へと割り振られた。


「ふあ……ぁ……」


眠い。


長々とした念仏を聞かされ続けたのが原因か。


「よし、お前らどこでもいいから席につけ」


離席していた半数の生徒を座らせる男。

この学園の教師か。


「これから一年間、お前たちはここで生活することになる。既に詳細は頭に叩き込んでいるだろうが、もう一度おさらいしておこう。あとで聞いていなかったと泣きつかれても困るからな」


教師は黒板に文字を書き綴っていく。


「まず我が学園における最重要項目。それは言うまでもなく『将来における優秀なボディーガードの育成』である。しかし、ただのボディーガード訓練校とは大きく異なる点をいくつか持っていることを忘れるな。その一つは、通常の訓練校と違い、学生であるお前たちには一般の高等学園と同じカリキュラムをこなしていくことだ。つまり、この憐桜学園を卒業する時には、高等学園の卒業とボディーガードの資格を手に入れることになる」


佐竹が言ってた利点のことだな。


「とは言え、本来三年間かけて卒業する高等学園と、二年間かけて習得するボディーガードの知識や技術……それらを合わせて三年間で取得しなければならないわけだが。なんにせよ、これまでの楽な生活でいられないだろう」

「楽な生活ねぇ……」


あそこより辛い場所なんて、この世には存在しねぇよ。


「次に、憐桜学園が他と違う点だが……。この一年間で男子はボディーガードとしての技術を学ぶが、女子はそれに沿わず令嬢としての知識や作法を学ぶ。ここは男女平等の学園ではない。男子は盾となり女子を守る場所だ」


朝っぱらから顔の赤くなるようなことを言う。

それに対し、いっそう表情を強める生徒の気が知れんぜ。


「お前たちには期待している。この一年間をやり遂げ、立派なボディーガードとなってくれ」


生徒たち
「はい!」


オレ以外の全員が、元気よく声を出す。


「ではこれから、寮におけるそれぞれの部屋割りを伝える。基本的に二人で一部屋を使うことになるだろう」

「……だから二段ベッドってわけか」


オレの部屋に来たヤツは、パシリとして使ってやろう。

教師は二人ずつ名前を読み上げていく。

やがて、オレの名前が呼ばれた。


「次、朝霧海斗と、南条薫」


薫?


なんともまぁ、女らしい名前だ。

どこのどいつかは知らないが、運がなかったな。


……。

 

 

 

教室をあとにし、オレは部屋に行ってみた。

薫とかいうヤツを待つことにする。

そして、そいつはやって来た。



 

「……お前が、オレのルームメイトか?」
「南条薫だ。君は朝霧海斗くん、でいいのかな?」


ノックもせずに現れた、この部屋の同居人。


「はっ……なんの冗談だよこりゃ」
「え?」
「てめぇ女じゃねえか。ここは女人禁制のボディーガード養成校だろ?」
「あ、ああ……よく言われるよ。女みたいだってね。でも、あいにくと私は男だ」
「くく、男と言いながら『私』かよ」
「昔からの口癖なんだ、責めなくてもいいだろう」
「昔から言われてきたのか?」
「そういうことになるな。容姿ばかりは変えられない」
「これまでよぉ、何人くらいにそんなこと言ってきたよ」
「さぁ、いちいち覚えちゃいない」
「まぁいい。どんだけそうしてきたかは関係ない」


オレは強引に胸倉を掴みあげた。



 

「な───!?」
「匂いでわかるんだよ……どれだけ言葉や態度を並べ立てたところで、お前が女だっていう匂いが出てやがんだ」
「く……!」



 

「ほら、やっぱりな」
「きさまぁっ!」
「───な」


油断していた。

胸倉を掴みあげることで見えた、確かに膨れ上がった胸元に視線を捕われた一瞬。

オレは空中を舞っていたのだ。


──!


「ぐっ……!」


投げられたと気づいたのは、床へと叩きつけられたあと。



 

「は、は、は……!」


頬を上気させ、胸元を隠すように押さえる仕草。

それは女であることの証明でもあった。



 

「見た……な……っ!」
「そりゃ、見ようとしたからな」


女人禁制の養成校に、男装してまで入学してきたんだ。

この状況は絶対に引き起こしてはならなかったはずだ。



 

「どうする。暴力で口止めさせるか?」
「た、頼む……今のは、見なかったことにして欲しい」
「…………」
「私は絶対にボディーガードにならなければならないんだ。こんなことで、躓いてはいられないっ!」
「それが男装ってわけかよ。確かに物証が出なきゃ、お前が男だって証明出来ないだろうが……。本当に三年間隠し通せると思ってんのかよ」
「出来る……だから私はここにいるっ!」
「オレにバレたのは例外ってことか?」
「ここに来る人間に、ここまで乱暴な男がいるとは思ってなかった」
「なるほど。そりゃ確かに。でもな、オレは知っちまったわけだ。隠し通さなきゃならない秘密ってヤツを」


じりっと、薫に一歩詰め寄る。


「それは、脅しというやつか? だとしたら私にはどうすることも出来ない」
「そんなになりたいもんかね、ボディーガードに。男女が同じ部屋で生活して間違いが起こらないと思うか? 寝込みを襲うかも知れないぜ?」
「申し訳ないが、それは不可能だ」
「なに?」
「そんなことがあれば、私は全力で君を倒す」


その目には確かな自信があった。


「くく……面白ぇ」


全力でやってやってもいいが、佐竹にも釘を刺されてることだしな。


「いいぜ。わかった、オレはなにも知らなかったことにしてやる。お前は女みたいだが、男だ」
「ほ、本当か?」
「ああ」


これがオレと薫との出会い。

そして、最初に交わした大切な約束。


「オレはお前を男としてしか見ないぜ」
「ありがとう……しかし、君にずっと嘘をつかせるのは忍びない」
「なら嘘はつかないことにしよう」

 

 

「え?」
「今後誰になにを聞かれても、オレはお前を女だとも言わないが、男だとも言わない。そうすれば問題ないだろ」
「…………」
「なんだよ、これじゃ不満だってのか?」
「いや、そうじゃない。感謝するよ、海斗」

 


性欲が禁じられたと思ったが、これはラッキーだったな。

近いうち、こいつには楽しませてもらうとしよう。


……。

 



 

薫が女のような容姿をしていることは、すぐに広まった。

しかし、ルームメイトであるオレが言葉巧みに男であるかのように振舞うだけで、周囲は納得し、信じ込んでいった。

あまりに女扱いを受ける薫は、見られるのは不愉快だという理由から、他の男たちの前で着替えることを否定した。

こうして秘密が外部に漏れることはなかった。


……。

 

 

 

入学式が終わって、初めての夜。

薫は明日に向けて必要な物の整理をしていた。



 

「君は、やらなくていいのか?」
「朝起きたらやる」
「それはやめた方がいい。意識がはっきり覚醒しているうちに準備しないと忘れ物をしてしまうぞ」
「別にいい」
「どうも君は緊張感に欠けるな。それに、その張り詰めた気配はどうにかしたほうがいい」
「癖なんだよ、ほっとけ」
「そうはいかない。君は私に出来た初めての友だちだからな」
「うぉぉぉ!!」


ぞわぞわと背筋を這い上がる悪寒。


「気持ち悪いこと言うんじゃねえよ!」
「気持ち悪い?」
「なにが友だちだ、バカかお前は」
「事実じゃないか」
「オレは誰とも慣れ合うつもりはねぇよ」
「つまり、『ライバル』と言うことか?」
「ちげーよ!」
「よくわからない男だな君は」
「あーうっせうっせ!」



 

「こうして出会ったのもなにかの縁だ、仲良くやろう」
「断る。あんまりうるせぇと正体バラすぞ」
「困った男だな君は」


よくわからない上に困った人間にされた。


「約束したからって、バラされないと高をくくってんじゃねえか?」
「そうかも知れないな」

 

 

なんてにっこりと笑いやがった。


「約束ってのは破るためにあるんだよ」
「君は、そんな男じゃない」
「は?」
「目がそう言ってるからな」
「んだよそれは。根拠になってねぇよ。話してるとイライラするぜ」


ごろっと横になり薫に背中を向けた。


「オレは寝るから起こすな」
「じゃあ、私が君の分を用意しておくぞ?」
「勝手にしろ」


初めて人間として対等に扱われるのが、不愉快だった。

そして心のどこかがくすぐったかった。

それは、少し怖いことだった。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

早朝。

いつも目覚める時間よりも若干意識の覚醒が早かったのは、やはり上で眠る住人の影響だろうか。

しかし、肝心の住人の姿はベッドの上にはない。

水道水で顔を洗い終える頃、住人が姿を現わした。



 

「おはよう海斗」
「随分と早いんだな」
「早起きは三文の徳と言うじゃないか」
「知らん、聞いたこともない」
「そうなのか? 結構有名な言葉だと思うんだが」
「お前の中のマイナールールだ」
「それは申し訳なかった」


それきり会話はなくなり、静かな朝が訪れる。

互いにどう接していいかわからない……とは少し違う。

オレからの一方的な拒絶。

一緒に生活することも、こいつの性別も受け入れたが、仲良くじゃれ合っていくつもりは毛頭ない。

オレがこれから行なうのは吸収だ。

知識を得て、技術を得る。

ボディーガードなんてものに役立てるつもりはない。

一人でやっていけることを証明してやる。


……。

 



 

寮と学園が一体になっていることから、教室までの移動時間はほんの僅かだ。

予め伝えられた教室に行き、待機する。

それぞれの生徒が、二人一組のグループになっているのは、単純にルームメイトとのみ親しくなったからだろう。



 

「入り口に突っ立っていられると邪魔だ」

「突然背後から話しかけるな、心臓に悪い」

「ならさっさと席につけ。子供じゃあるまいし」

「あぁ?」



 

「海斗、今のは自分に非がある、突っかかるな」

「テメェはオレのなんだ? いちいち指図すんじゃねえよ」

「…………」


勝手に席につこうとする優男の肩に手をかける。


「誰が子供だ、もういっぺん言ってみろ」

「何度でも言ってやるが、その前に手を離せ」

「嫌だね」

「……参ったな。ボディーガード同士の争いは禁止だ。こんなところで点数を下げたくないんだよ」

「知ったことじゃねえな」


一発ぶん殴ってやる。


「やめるんだ、敵う相手じゃないだろう」

「んだと?」

「すまない、私のルームメイトなんだ」

「しっかりと躾けてくれ」

「てっめ!」

「落ち着け、初日から先生方に目をつけられることもない」

「ちっ……」

「とりあえず、席につこう」

「わーったよ」


確かに面倒ごとは避けたい。

指定されてある席に腰を下ろして、昂ぶった気持ちを抑えていく。


──「なんか場違いな、お前ってば」


「あ?」


目の前の男が、こっちを振り返って笑う。


「なんか文句でもあんのかよ」

「いやいや。むしろ興味があるって言うかさ。海斗、って名前でいいんだっけ」

「気安く名前呼ぶんじゃねえよ」

「俺は錦織侑祈ってんだ、よろしくな」

「知るか」

「なんか不良みたいだな海斗って」

「だから気安く名前呼ぶな」

「でも、女の子みたいなヤツに呼ばれてたじゃん」

「あいつはルームメイトだからだ」

「ルームメイトは良くてクラスメイトはダメ? なんじゃそりゃーって感じじゃん」

「うるせぇ。話しかけんな」


なんなんだコイツは。


「俺さ俺さ、あいつとルームメイトなんだよね」


そう言って指差したのは、さっきの男だった。


「なら言っとけ。月のない夜には気をつけろって」

「いいけどさ。あいつ誰だか知ってる?」

「ただのボウヤだろ」

「かの有名な宮川家の人間さ」

「宮川家?」

「うそっ! 知らない?」

「ああ」

「家族は全員優秀なボディーガードって名家さ。前総理大臣のボディーガードも、あいつの家族が務めてたんだぜ?」

「別にあいつが凄いわけじゃねえだろ」

「いや、そりゃ関係はないけどさ……。でも凄い血筋なんだって、絶対実力もすげぇよ!」

「どうだか。そんな人間だからこそ落ちぶれてるかもしれねぇ」

「うーん……」

「とにかく話しかけんな。潰すぞ」

「わはははは、マジ不良みてー!」


ケラケラ笑ってやがる。

どうにも、勝手が違うようだ。

あっち側じゃこのひと言で、大抵の人間は逃げ出す。

それはオレが有名だったことも原因だが。

まるで恐れるって感情がない。

単純に仲間内ではケンカをしてこないと高をくくっているのか?


「……くそ」


……。


「よーし、全員揃っているな? さっそくだが、これからグラウンドに出て、お前たちの体力の測定をさせてもらう。当然、個人個人の能力は全員に発表するからな。自分が周りと比べて、どれだけの実力が違うか計る試しにしてくれ」


つまるところ、いい成績を残せばそれだけ目立つってことか。

教師から向けられる視線も変わってきそうだ。

周りの状況に合わせて、目立たないようにやろう。


…………。

 

……。

 

 

 


「な? な? 俺の言ったとおりだったろ?」

 

「これで実力差がよくわかっただろう」

 

「んだよ」


オレを見下ろしているのは、宮川尊徳。

さっきの体力測定で1位だった男。


「僕に勇んでくる人間だから、どれくらいなものかと思ってみたら……。まさかビリだとは。正直言って、よくここに入学したと感心する」

「うるせぇよ」


まさか、オレが測定の一番最初だとは思ってなかったんだよ。

朝霧海斗の『あ』が原因だった。

いい具合に手を抜こうにも、周りの人間の実力がわからない。

結果手を抜いて抜いてやったせいで、ダントツの最下位。



 

「確かに……アレでは低すぎたな」

「南条薫か。これからよろしく頼む」

「こちらこそ」


ちなみに薫は2位。

女ながらに、周囲の男には負けていなかった。


「まぁせめて1ヶ月は退学しないようにしてくれ」

「てめぇ!」


強がってみるも、最下位の成績ではまるで威圧感がない。

 

 

 

「これから一年あるんだし、少しずつがんばっていけばいいって」

「そのとおりだ。体力は鍛えれば誰にでも身につく」

「やー薫って女の子みたいだな」

「よく言われる」

「あっと、気を悪くしたらごめんな」

「気にしてないさ」

「でもすげぇのな、尊徳とほぼ並んだ体力だなんて」

「一応、小さい頃から鍛えてるんだ」

「俺ももう少し本気出せば良かったかな。一応半分位の力でやれって言われてるんだよね」

「はは、4位の成績で半分だったら凄いさ」

「どうせハッタリだろ」

「うわ突っ込まれた!」

「…………」

「なんか顔が赤くなってない?」

「なってねぇ、つーか向こうで話せ」

「なんと言うか会話が下手なのだな」

「うるせーって」

「こいつなんか面白いなぁ」

「どうだ、これから皆で昼食にでも行くのは」

「それいいね」

「勝手に行け」

「まあまあ、一緒に飯でも食おうって」

「なんでオレなんだよ。どこにでも相手はいるだろうが」

「私はルームメイトだから、誘うには十分な理由だろう」

「俺はほら、席が前後だしさ」

「くだらねえ」

「そんなもんだって、最初のきっかけってさ。こんなふうに仲良くなってくんじゃん。もう俺ら友だち友だち」

「……知らん」


…………。

 

……。

 

 

 

 


友だちなんてものは、知らない。


そう、思っていた。


だがいつしか……オレは、その輪の中にいた。


薫が近くにいた。


あれはいつだったか。


確か夏を終え、秋がやってきた頃。

 

 

 

王様ゲーム?」

「そ、親睦を深めるレクリエーション」

「親睦もなにも、もう十分だろ」


ここにいるメンバー……

薫、侑祈、尊、雷太とは他の生徒たちと比べ格段に親しくなっていると言ってもいい。


「なんつーかなぁ。友だちから親友へのステップ?」

 

 

 

「一人友人でもない男がいるがな」

「そんなに自分を悲観するなよ」

「僕の貴様に対する評価のことだ!」

「またケンカする……」

王様ゲームのことはよくわからないが、確かにもう一歩親睦を深めた方が良さそうだな」


オレたちを見て、呆れたように笑う。


「こんな男と仲良くなってたまるか」

 

 

 

「で、でも王様ゲームってなんだい?」

「確か随分昔に流行った遊び、だったよな?」

「さすが海斗。よく知ってるじゃん」


侑祈はごそっと割りばしを取り出した。


「食堂から持ってきた」

「それを使うのか?」

「そ。これ使って王様ゲームやるんだ」


侑祈が簡単にルールを説明する。


「まず割り箸でくじを全員分作り……と」


割り箸にマジックでなにかを書き、侑祈が握りこむ。


「ほら全員引いて」


それぞれが一本ずつ引き、侑祈は残ったくじになった。


「それぞれ番号が書かれてるだろ? でも、その中に一人だけ番号じゃないものが書かれていると思うんだけど……」

「僕のは番号じゃない」

「王様って書いてあるだろ?」

「うん」

「くじを引いたら、まず皆で『王様だ~れだ?』って掛け声に合わせて、王様くじを引いたヤツが名乗り出るんだ」

「僕なんだな」

「そしたら、王様は『〇番が〇で〇〇をする』とか『〇番と〇番が〇〇をする』とかの『命令』を出せるんだ」

「つまり雷太が当たりってことか」

「そうそう。ただし王様を対象にするのはなしね。基本的に時間のかかること意外ならなんでもオッケー」

「なんでも?」

「番号の人は『絶対に拒否』出来ないからな」

「ええっ!?」

「そうじゃないと、遊びとして成立しないだろ?」

「確かにな。それに名前で指名するわけじゃないから公平だ」

「ルールは守らないとな」

「そうそう。約束しとこうな」

「もし破ったら全裸で学園を一周ね」

「僕が引いたら絶対に海斗にしてやる」


「そう簡単にいくと思うなよ」


指名される確率は5割と高いが、オレになるとも限らないから迂闊な命令は出せないだろう。


「なら……2番が1番に本気で肩パンチ」


それぞれが自分の番号を再度確認する。



 

「オレ2番だ……1番誰?」

「……僕だ」

「一番盛り上がりに欠ける組み合わせになったな」

「じゃあ飛ばすか」


侑祈は尊徳に本気で肩パンチを繰り出した。


──ッ!!



 

「……え、飛ばされた!?」

「ああ。ばっちり飛ばした」

「酷い!」

「か……肩が、折れるかと思った……」

「本気と言っても、セーブはされてるだろ。マジで殴られてたら死んでる可能性あるしな」

「侑祈の本気はとんでもないからな」


第二回戦……。


「王様だーれだ!」



 

「私だ」

「是非海斗を狙ってくれ」

「ぼ、僕に悪いことは嫌なんだな」

「そうだな……2番は腕立て伏せ50回」

「2番誰?」

「オレじゃないな」

「僕も……」

「……僕だ……」


がっくりとうな垂れる。


「すまないな」

「いいさ。50回くらい大したことじゃない」

「1分で100回くらいやらせれば良かったのに」

「黙ってろ!」


その場ですぐさま腕立て伏せをする。

オレたちにとって、50回は大したことじゃなかったのであっという間に終わった。


「んじゃ次行ってみよー。王様だーれだ?」

「……オレだな」

「ちっ」

「ちょっと過激なのがきそうだな」

「4番が腕立て伏せ200回だ」

「私は3番だな、良かった」

「僕は2番なんだな」

「俺が1番ってことは……」

「ぼ、僕かっ!?」

「ほらさっさとやれよ。手抜きしたらカウントやり直しだからな」

「手抜きなどしない! くぅ、海斗に命令されるのがムカつく!」


慌てて200回始める尊。


「その間暇だから本でも読むか」

「ちゃんと見てろ!」


……。

 

「はーっ、はーっ……終わったぞ」

「もう息が切れたのか」

「急いでやれと急かすからだ!」

「ただ腕立て伏せ見ててもつまらんしな」

「次こそ海斗を餌食にしてやる!!」

「王様だーれだ!」

「僕! ……じゃなかった」

「またオレだ」

「なにっ!?」

「3番が腕立て伏せ200回」

「僕が3番だ!?」

「ついてないな、尊」

「これで450回なんだな」

「くっそぉ!」


……。

 

「ぜぇーっ! はぁーっ! ぜぇーっ! はぁーっ! 次だぁ!」


腕がプルプルしてるな。

さすがにキテるらしい。


「王様だーれだ?」

「残念、オレじゃなかったな」

「同じく」

「同じく」

「僕か!」

「あ、俺だ」

「く~~~っ!!」

「ふっふっふ、ついに俺が王様か」

「早く言えよ」

「なら……1番が3番にキス! もちろん唇と唇を重ね合わせた濃厚なキス! 時間は……そうだな、10秒間密着で!」


「お前、男同士になにさせる気だよ」

「いいじゃん。過酷な方が面白いし」

「しかし、そういうのは……」

「王様の命令は絶対。さ、皆確認してくれよ」

「僕は……4番……セーフ」

「げ」


オレの割り箸には、1番と書かれていた。


「う……!」

「僕が2番、ということは……」


オレと薫に視線が集まる。

 



「ほっ本気か? こういうのは、困るっ……」

「やらなきゃ、罰として全裸で学園を一周だったな」

「ううっ……」

「そうだそうだ、やれやれ!」

「お、男同士でキスとか最悪なんだな……」

「くっ……や、約束は約束だ」


某をググッと握りながらそう言った。


「お前、いいのか?」


ただ一人事情を知っているオレがそう言うと、すぐに睨んできた。


「男同士、確かに気持ち悪いが……これも約束なら仕方ないだろう」

「そうか……ならするぞ?」

「む、無論だ……」


そう言うなら、遠慮する必要性はないな。

オレは薫が女だとわかっている。

それを理解した上で薫を見れば、間違いなく美人だ。

訓練校で色々とお預けを食らってる身としては、少しでも性欲を発散出来る機会だろう。



 

「なっなんかドキドキしてきたぞ」

「俺も……男同士なはずなのに、ちょっと勃起してきた」

「美男子同士だからなんだな……」


三人が固唾を呑む。


「……は、早くしろ。私からして欲しいのか?」


ここは引き下がるわけにはいかないようだ。

オレは薫の唇を奪うことにした。



 

「んっ!?」

 

 

 

「ぬ、ぉおおおおおっ……」

「完・全・勃・起!!」

「気持ち悪いはずなのにエロいんだなぁ!!」

 

 


「ん、ん、ふ……」


オレは横目で侑祈にカウントしろと合図を送る。


「あ、あぁ……1、2……」

 

 

 

「んん~~っ!!」

 

 


「3、4……やべぇ、マジ興奮するっ」

 

 

 

「ん、ん……!」
「…………」

 

 

「7……8……9……10!」

 

 

 

 

 

「ぷあっ! はー、はーっ、はーっ!」

 


顔を真っ赤にした薫が顔を背ける。


「次から、こういうのはなしにしろ。って……なんでお前等前屈みなんだ」



 

 

「お、大人の事情だ」

「やべぇ、俺ってホモっ気があったのか!?」

「ぶつぶつぶつぶつ」


それぞれが色々と気色悪いことになっていた。


その後も王様ゲームが続いたが、オレと薫が言葉を交わすことはなかった。

あの日からだろうか、少しだけオレたちの関係に溝が出来たのは。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「……また、妙なことを思い出したもんだぜ」


あのときはそれほど深く考えなかったが、薫にとってはファーストキスだったんじゃないだろうか。


「お前にとっては、ただの罰ゲームだったか?」


あのときは勿論そうだっただろうが、今となっても、それは変わらないのだろうか。

ペンを置く。

一年前と比べれば、天と地ほど字は上手くなったし、多くの漢字を学んできた。


「正直、こんな形になるとは想像しなかったぜ。なあ……薫」


改めて書き直した白い封筒を手に、そう呟いた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

あれから数日、萌と薫は学園を休んだ。

二人して風邪を引いたらしい。

あの雨の中、長時間立ち尽くしていれば無理はない。

オレ?

オレは天才だから風邪は引かないのさ。

 

 

 

オレも今日、学園を休んだ。

と言うのも……薫に呼び出されたからである。



 

「学園をサボってる上に、オレまでサボらせるってどういう了見だよ。麗華を納得させるのに小一時間はかかったぜ」
「すまない」
「ま、別にいいけどな。それでなんだよ。もういい加減体はいいんだろ?」
「ああ」


座禅を組み、静かに話す。


「なんなんだよ」
「一つ……海斗にお願いがある」
「お願い?」
「……たまにでいいから、神崎さまに会ってあげてほしい」
「話しが見えねえな」
「……私は、学園を辞めようと思う……」
「なんだと?」
「理由は聞かないで欲しい」
「おい、本気か? マジで辞めるってのかよ」
「そうだ」
「…………」


理由を聞くなと言うのは、酷い話だ。



 

「その学園を辞めるお前が、オレになんの用だ」
「私と一本、勝負して欲しい。もちろん……本気の海斗とだ」
「…………随分手前勝手だな。学園を辞める。萌に会え。理由は聞くな、私と勝負しろ。だと?」
「すまない」
「ったく……どうしたんだよお前」
「勝負して欲しい」
「…………やる気満々ってツラだな。だったらこっちも一つだけ条件がある」
「なんだ」
「オレが勝ったら、辞める理由を話せ」
「それは……」
「野暮な引止めをしようとは思わない。ボディーガードなんて職業に、オレはなにも特別なものを持ってないからな。だがこの条件が飲めないってんなら、悪いがオレは断らせてもらう」



 

「…………わかった、いいだろう」

 


スッと立ち上がる。

その姿には、どこか迷いがあるようだった。


「なら行くぜ!」


前回同様、待ったなどない。

ゆっくりと茶を飲む時間も与えない。

言葉を交わす時間すら、与えない。



 

「はああああ!!」


素早い動きで間合いを詰め、薫は拳を繰り出す。

その流れに無駄はないが……


「当たらねぇよ!」


見切れない動きではない。


「くっ!」


長物を持った薫になら、万に一つ、勝ち目があったかも知れない。

しかし……単純な体術における試合であるなら、10回やって10回勝つ。

幾つかの精密な銃弾を避け、懐に潜り込む。

拳を強く握りこむ。

こいつを腹部に叩き込めば、それで終わりだ。

二の矢三の矢は必要ない。

日頃から体力がない薫は、必然打たれ弱い

だから長物を持ち相手を懐に入れずに倒すことを好んだ。

違う……それしか倒す術を持たないから。


「終わりだ!」


回避不可能。

反撃不可能。

そう、薫からは絶対に対処出来ない一撃。


…………。


しかし……薫は背中から抜きだした刀の柄でそれを防いだ。

拳に鈍い音が走る。


「っかぁ! いってぇ!」

「使わないつもりだったが、そうも言ってられないようだ」


距離を取り刀を構える。

卑怯だ、と言う気はない。

そもそも素手だけで正々堂々戦うなんて、決めてなかったのだ。


「上等だぜ、来い!」

「はっ!」

「ふっ、く!」


振り下ろされる刀をかわすが、距離が詰められない。

さすがに長物を持った薫は一筋縄ではいかないか。


「だが!」

「っ!」


打ち込まれること、多少のダメージを覚悟の上で突っ込む。

波の人間なら一撃の威力を恐れるが、ことオレに限ってそれはねえんだよ!

肩口に一撃を叩き込まれるが、怯まずに前に進みあげた。


「あああ!」

「ぐっ!」


薫の腕を強引に払い、首を掴む。

そしてそのままの勢いで地面に叩きつけた。


──ッ!!


「かはっ!!!」

「あとは武器を取り上げて終わり──!」


──ッ!!


刀のツバで、思い切り顎を打ち上げられた。

視界がブレ、脳が揺れる。


「く──!」

「もらった!」


がら空きであろう腹部に、刀を走らせる薫。

オレはその一撃も覚悟し……手のひらで刀を掴む。


──ッ!!


「ぐあ、らぁ!」


腹に受けると同時に、前面へ丸まるようにして刀を逃がさず、それを腕で抱え込む。

手痛いダメージは受けるが、これで──


「せやぁ!」


──ッ!!


薫の蹴りが脳を蹴り飛ばしていた。

薫の手に、刀はない。

オレに奪われることを覚悟しての一撃だったのか──

完全に手玉に取られた瞬間だった。

十中八九、薫の勝ちだっただろう。

たった一つ、オレの規格外の打たれ強さを除いていれば。



 

「なっ!?」


オレは一撃を食らいなお立ち続け、薫の隙を見つけた。

そして思い切り一撃を腹部に叩き込む。


──ッ!!


「あ……ぐっ──!」


オレと薫とでは、一撃の重みが遥かに違う。


「あ、かは──!」


その場にうずくまった薫が、再び立ち上がることはなかった。


「くは……あっ……」
「ふぅ……効いたぜ。大丈夫か?」
「う、く……ふあ、ふ、ふふ……」
「あ?」
「ふふふふふ、はははははっ……」


痛む腹を押さえながら、薫が笑った。


「なんだよ。どっか壊れたか?」
「強いな、私の負けだ海斗」
「…………」
素手ならば不利かも知れないと思っていたが、まさか長物を使っても、勝てないなんてな。悔しさを通り越して……面白いっ…………これで、思い残さず、辞められる……」
「なんなんだよ、お前の辞める理由って」
「負けておいてなんだが……言いたくない」
「おいっ」
「冗談だ。言いたくないのは本当だが……約束を破るのは、最低だからな」


ふらふらと立ち上がる。

 

 

 

「大丈夫か?」
「ああ、心配ない……」
「それで、理由ってなんだよ」
「私が……女でボディーガードになろうとしてるのは、知ってるな?」


オレは頷く。

薫が自分を女だと言ったのは、入学式以来か。

普段は絶対に口にしないヤツだ。


「私の家系が代々ボディーガードだったことも話したと思うが……娘の私がそれを継ぐには、自分が男となりボディーガードになるしかなかった」
「…………」
「実は、父と約束をしていたんだ」
「約束?」
「父は私が男の真似事をすることを嫌ったから、絶対に守るようにと言いつけられたことがあった。それを破れば、即家に戻る約束だったんだ」
「まさか、その約束を破ったのか?」
「ああ。絶対に守れると思っていたんだけどな」
「その約束ってなんだよ」
「……男として生活すること。つまり完全に女を捨てて生活すること」
「なら守ってるじゃねえか。実際、お前を女だと知ってるのはオレだけだ」



 

「そういうことじゃないんだ……私の気持ちが、男になりきれなかった」
「気持ち?」
「入学してからずっと、抱いていた小さな不安。女として……お前に、惹かれる自分がいたこと」
「っ……」
「先日の夜、あれはもう、決定的だった。お前の胸に飛び込み、温もりを感じたい思う自分がいた。本当に、ボディーガード失格だ……」
「そんなもん、破ったっていいだろ。別にいいじゃねえか。男と女、そんなことだってある。周囲が誰も気づかなきゃ……」


薫はゆっくりと首を横に振る。


「私はこれ以上、自分を偽っていくのは無理だ」
「…………」
「化粧もせずスカートも履かず……男としてお前と肩を並べるのが、嫌なんだ……」
「…………」
「実家に戻って、私は結婚する」
「なに?」
「これも父との約束。私が約束を守れなかったときは、優秀なボディーガードの妻となり、子を産む」
「…………」
「相手の男性は、これから選ぶらしい。おそらく、政界の大物を護衛する一流のボディーガードたちが、候補に選ばれるんだと思う」
「婿選びの大会でもありそうだな」
「はは……そうだな。私目当てではなく、南条の名前欲しさに大勢集まるだろう」
「なんだよそれ。お前の気持ちは……それにオレの気持ちはどうなんだよ。オレもお前を──」


薫は人差し指を、オレの唇にあて言葉を止めさせた。


「ありがとう……すまない」


薫が、オレの胸元へと飛び込んできた。

 

 


「私は……女としても、南条の娘としても、なに一つ……お前に応えてやることは出来ない。約束を破ったそのときより、もう私は、私だけのものではなくなったんだ。お前に会えて良かった。本当に」

 

 

薫は、振り返らない。

 

オレがいくら見つめても、返してはくれない。

 

 

 


薫は──オレの目の前からいなくなった。


「諦めろってのか……」


ようやく、大切にしたいものが出来たと思ったら……

それがすぐに消えてなくなるっていうのかよ。


「…………」


冗談じゃねえ。

しかし、オレに止める術はなかった。


…………。

 


……。

 

 

 

 


……それから一週間後、薫は姿を消した。

 

 

 

 

萌はいつもどおり呑気だったが、新しいボディーガードが気に入らないのか、放置して一人で飛び出すことが多いらしい。


男「神崎さま!? どこですか神崎さま!?」

 

……。

 

 

 

「ムシャムシャ……。うん、やっぱり美味しくない、ぞ」


葉っぱを食べるのは、初心者にはオススメしない。


何度言っても聞くことはなかった。

この辺の食い意地が張ってるところ、ボディーガードだったお前ならよくわかるだろ?


……。

 

 

 

「うーん、わっかんねぇなぁ~」


侑祈のバカは、相変わらずバカだ。

静かにやるテストでも、四六時中唸っている。



 

「う~ん……う~ん……」


それは妙も同じだった。

こいつらはこんな感じでずっとやっていくんだろう。

侑祈は誰とでも打ち解ける気さくなヤツだし、妙はおバカだが、恨まれたりするヤツでもない。


……。



 

 

二階堂彩は、特別変なお嬢さまじゃない。

むしろ普通すぎるくらいだ。



 

「ふわ……」



 

 

「大きなアクビですね、お嬢さま」

「み、宮川さま!? や、やだ……。ちょっと空を見てたら、ぼーっとしまして」

「今日もいい天気ですからね」


なんだかんだ言いながらも、尊は彩のボディーガードに満足しているようだった。

彩も、少しずつ打ち解けてきている。

こいつらなら、うまい関係を築いていけるだろう。


……。

 

 

 

それから、一度だけ会ったことがあると思う。

メイドのツキ。

本当に謎の多いメイドだ。

出来るなら、お前に紹介して意見を聞きたかったぜ。



 

「これで廊下の清掃終わり」


掃除大好きメイド長は、掃除三昧の毎日だ。

掃除に生き掃除に死ぬんだろう。

放っといてもコイツは生きる、そんな確信がある。


……。

 

 

 

「もうすぐ命日ですな」

「ん? そうだな……もうそんな時期か」


源蔵のオッサンのことは、よく知らん。

佐竹もそれなりにはやってる。

ちょっと話が脱線し始めたか。

薫には、あまり馴染みのない連中が続いてしまった。


……。

 

 

 

お前がいなくなっても、世界はいつもどおりだ。

なに一つ変わらない。

それぞれが自分の意思で行動し、生きている。

二階堂麗華、オレのプリンシパルだが……。



 

「う、んっ……。これで予習終わりね」


天才ってのは努力の積み重ねなのか。

麗華は勉強に趣味に、のんびりと生活している。

最近やっと、あいつの凄さを認めてきたところだ。


「こんなにいい天気だし、これからどこかに出かけようかしら」


……。

 

おっと、あと一人忘れてたな。

なんだよ、誰のことかわからないのか?

オレのことだ、オレの。

自分で話題を振っといてなんだが、特別変わりはない。

ただちょっと、諦めの悪い不良ってだけ。

つまり今までと同じように、生きてる。


「それにしても……暑っついぜ……」

 

 

 

 

高々とした断崖から、だだっ広い森を見下ろす。


「クソ暑い森の中、丸二日歩き通したからな」


今の感動を言葉にするのは難しい。

森の中でもはっきりと見える大きな洋館。



 

「ふぅん……あそこが南条邸ねえ」


ぞろぞろとそこに向かうリムジンなんかの車も見える。


「婿選びは始まるかも知れないって、言ってたな」


だとすると、その立候補の人間だろうか。

南条。

ちょっと調べてみたが、確かに凄い家系のようだ。


「関係ねえな、そんなもん」


ニヤッと笑ってから、歩き出す。

力ずくで手に入れてやるぜ、お前をな。


「お前がもう、オレを意識していないなら、再認識させてやるだけさ」


一歩を踏み出す。

新しい非日常の世界、そして薫の下へ。


───まだオレは知らない。


───これからの、壮絶な戦いと苦悩を。


だが関係ない。

あいつを笑わせられるのは、オレだけなんだからな。


そして、オレの心を動かせるのも───

 

……。

 

 

-南条 薫編END-