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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【1】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
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暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~

 

-麗華編&鏡花編-

 

 

 

 

黒服「到着いたしました」

 


「ご苦労様。あなたたちは帰ってよろしくてよ」


黒服「しかし……」


「私の命令が聞こえなかったのかしら?」


黒服「ですが……」


「もう一度だけチャンスをあげますわ。家族のことを考えて、よく検討しなさい。あなたたちは帰ってよろしくてよ?」


黒服「は、ははあ!」


「ほっ本当にここに行くんですか、鏡花お嬢さま」

「無論ですわ。私に出来ないことはなくってよ」

「あー面倒くさ」

「いいから、あなたたちはついて来ればいいの」

「はいはい」

「鏡花お嬢さまの行く場所に、僕の居場所があります。キリッ」

「気持ち悪いですわね」


──!


「あひんっ!」

「マジきしょ……」

「ぼ……僕はこの差別社会に謀判と唱えるっ……イケメンのセクハラはセクハラじゃなくて、ブサメンは存在だけでセクハラなんて許せそうにないよっ。もっとも、僕はフツメンなんだけどさ」

「なに言ってますの豚、早く行きますわよ」

「イエスお嬢さま!」


……。

 

 

 

「誰かいなくって?」


……。


「誰かいませんの?」


……。


「誰か──」


「……じー」


「あら、いるじゃありませんの。メイドが一人」



 

「ふん。僕はリアルメイドは嫌いだね。内心じゃなに考えてるかわかんないし、ろくでもない女ばかりなんだよっ。これがゲームなら従順で優しいメイドなんだろうけどさ。僕は世間を風靡したメイド喫茶なるものが嫌いなんだ。メイドのコスプレって確かに魅力的だけど、その実中身はくだらないビッチどもに決まってるんだ。時給がいいからモテないオタクを相手にして、心の中じゃ『この童貞野郎キモイんだよ』とか考えてそうだし。へらへら作り笑い浮かべて純真無垢なオタクから金を巻き上げる姿を想像するだけで憤慨だねっ」



 

「そんなこと、誰も聞いてないから」

「ほら、さっさと案内しろよメイド─────」


「? 私の顔になにか」


「あん? なんか、こいつ突然固まったぞ」

「早く言っておやりなさいな。私が今日ここにやって来たわけを」


「きゅんっ☆」


「うわなんだ、今の変な音!?」

 

 



「きゅんきゅきゅん☆ な……なんだ……僕の心に今、突き刺さったような痛み! 雷太に電流はしる! って感じだよっ!」

「こいつなに言ってんの?」

「元々こんな感じですわよ」

「……確かに」


「あの、なにか御用でしょうか?」

「きゅきゅんっ☆ ぼ……僕がリアルの……? まさか……。うそだ、そんな……女の子にっ……くぅう!」

「ついに壊れましたの?」

「あーだる……」


「それで、なにか御用で───」


「僕と付き合って下さい!!!!」

 

 

 

ある晴れた昼下がり。

誕生日会が終わって間もなく、何気ない日常を送っていたオレの預かり知らぬところで、色々と厄介事が起き始めていた。


……。



 

「あの……麗華お嬢さま」

「どうしたの? なにか用事?」

 

 

 

「実はお客様が来ておりまして。その、彩お嬢さまをお呼びになっておられます」

「なら彩に言えばいいじゃない」

「そう思ったのですが、麗華お嬢さまの方が適任かと思いまして」

「適任?」

「おそらく憐桜学園のお嬢さまではないかと」

「学園? 彩の友だちってこと?」

「そうは見えませんが、そうなのでしょうか?」

「なにそれ。まあいいわ、会って見ればわかるし」

「玄関先でお待ちです」


……。


「……アレ?」
「はい。そうです」
「勘違いじゃない? なんで彩に用事があるのよ」
「用件はお伺いしたのですが、とにかく彩お嬢さまに会わせてくれと仰ったので」
「説明なしに返って……はもらえないでしょうね」



 

「あら、私は彩さんをお願いしたはずですわよ?」

「あいにく今彩は取り込み中なの」

「そう。なら代わりにあなたでもよくってよ」

「代わりにされるほど暇じゃないから」

「ちょっとお待ちになって。むしろ、そう……あなたに用事があると解釈していただいて結構ですわ」

「なにそれ……」

「実は、お宅のボディーガード、引き取りに来ましたの」

「…………はっ? 宮川のこと?」

「なんて名前だったかしら……とにかく、あの男を私に差し出せと言ってるんです」

「却下」



 

「止めなさい雷太!」

「待つんだな二階堂麗華っ!」


「…………」

「麗華お嬢さまに触れないようお願いします」



 

「は、はいっ! 指一本触れませんっ!!」

「あなたは誰の命令を聞いてますの!? そのようなメイドは跳ね飛ばして追いかけなさい」

「いえ、その……メイドは丁寧に扱わないとっ」

「あたし帰っていい? くだらない」

「あなたも立場がわかってないんじゃなくて?」

「どんな男だろうと、あたしには関係ない」

「あら、あなたも一人探してるんではなくて?」

「それは……ぶっ飛ばすためさ。これはどうでもいい」

「帰れ帰れ、僕とこのメイドのラブを邪魔しゅるなっ!」

「はぁ……騒がしい」


「ぼぼ、僕は疫病神じゃない!」

 

「誰も言ってない」
「誰も言ってないだろ」
「誰もいってませんわ」
「誰も仰ってませんが」

 

「僕モテモテ!?」


「ああもう、この豚とトレードしてくださらない? もっとも私と離れることを必死で拒むでしょうけれど」

「今日からお世話になります!」

「全然拒んでなさそうね……」

「…………」

「こっちは大金積まれても引き取りたくない」

「あれ、もしかして、僕モテモテじゃなくて……その、嫌われてます?」

「今さらだろ……」

「いきなりやって来てなんなわけ? あんた私はもちろんのこと、彩とも仲良くないでしょ?」



 

「物分かり悪いですわね。私はボディーガードを希望しているだけですわ」

「希望って、突然すぎるでしょうが」

「突然のなにがいけなくて?」

「……そう平然とした顔で言われると、こっちが悪者みたいね」

「とにかく、私に引き渡してくださる? そうすれば代わりの護衛役くらい、用意して差し上げますわ。もっとも、二階堂ならば私の力添えも必要ないでしょうけれど」


「なんて横暴な人なんでしょう(ぼそっ)」


「そんなに宮川が必要なの?」

「そうです。早くしてくださるかしら」

「ま、彩も好きじゃないでしょうし」

「麗華お嬢さまがご判断されていいんですか?」

「とりあえず、呼んで来てくれる? 宮川もこんな無茶な話を呑むとは思えないし」

「畏まりました」


「ああ、健気でプリチーだ……あれこそ僕が求めていた2次元における3次元っ! 誰にもわかってもらえない僕の性癖も、この子ならすべて受け止めてくれそうな気がする」

「……なに言ってるかさっぱりわからない……」


……。

 

 

 

「僕が黒堂家に!? いえ、僕が人気者なのは致し方ないことですが、急にそう仰られましても……。確かに優秀です。容姿も上等です。しかしながら、僕には仕えるべき場所があります」



 

「誰ですの? あなた」

「え? あ、僕が宮川です。首席の」

「それで?」

「それで、と言うか……僕を護衛役に希望されてるとか」

「してませんわよ」

「…………」


「…………」

 

 

 

「……えっ、こっちじゃなくて、あっち!?」

「そんなバカな!?」


「あっちって、まさかあっち!?」


「なにを驚いていらっしゃるの?」


「麗華お嬢さま(ぼそっ)。ひょっとして、大きな勘違いをしているのでは?」

「そうね……南条と間違えたとか?」

「ですね、あの男なはずがありませんし」

「ありえませんありえません」


「ひそひそ話してないで、連れて来てくださる?」

「ね、念のため確認するけど……その護衛役って長髪?」

「違いますわ」



 

「……や、やっぱり海斗のこと?」

「あの粗大ごみを引き取るお嬢さまなんていません。そんなお嬢さまが存在するならびっくり仰天ですよ」

「悪かったわね」

「ふ、ふいまへん。ほっほはひっはらないでくらはい」

「じゃあ、もう一度確認するけど、その男って態度が悪くて性格も酷いヤツ?」


「まさに、その男性ですわ」

「…………」

「…………一体、どういう接点が?」

「何度か顔を合わせたことはあったはずだけど……」


「どうでもいいけど、早くしてくれない? ぼけっと突っ立ってるのも疲れるんだけど」

「では、彼に伝えていただける? 私のボディーガードを務めてみないか、と」

「悪いけど、権限は私にあるわ」

「つまり?」

「あいつは、私の護衛役よ」

「あら、あなたには贅が過ぎるのではなくて?」

「贅って言うほどのものじゃないでしょう。底辺の男よ」


「確かに。でもそれなら譲ってもいいのではなくて?」

「底辺だからって渡す理由にはならないし」

 

 

 

「なんであんな男を、取り合いしてるんでしょうね……」

「はぁはぁ、はぁはぁ。はぁっ、近くで見るとますます可愛い……こ、これが本当に3次元なのかっ、はぁはぁっ」

「息が荒いですが、大丈夫ですか」

「心に病を負ってしまったみたいなんだ。そう、恋という、厄介な病に」

「はあ……大切にしてあげるといいんじゃないでしょうか」

「こんな僕でも、幸せに出来るかな……」

「不潔じゃなければきっと」

「僕は清潔だよっ。自慢じゃないけどね」

「なら心配はいりません」

「……く、くうううう、なんて完璧なメイドなんだ! 僕は今まで、偏見の目で見ていた……くぅっ。恥ずかしいっ、僕は自分が恥ずかしいっ!」



 

「気持ち悪いだろ? こいつ」

「いえそんな……」

「正直に言いなって、皆言ってる」

「いえ、私は……」

メイドさんが困ってるだろ!」

「…………汚い唾、顔にかかった……」

「僕の唾が汚いだとぉ! 喜んで受け取れっ、ぺぺぺぺぺっ!」

「………………死ね」


──ッ!!


「くっ、よくもやったなぁ!」

「来な。遊んでやる」


──ッ!!


──ッ!!

 

 

 

「いつものことですから、お気になさらず」

「楽しそうな人たちですね」

「うざったいだけじゃない?」


「それで、一度彼を連れて来てもらえないかしら?」

「断らせてもらうわ。何度も言うようだけど、あいつの管理権限は私にある」

「でも、彼はどちらを選ぶかしら?」

「どういう意味?」

「私の方が彼にいい待遇を出せると思いますの。それに……私の勘違いでなければ、彩さんはきっとあの彼のことを……。であれば、早々に私の僕にしてしまうのが面白いと思いませんこと?」

「わけわかんないこと言ってないで、帰ってくれる?」

「お話になりませんわね。当事者を呼んで頂ければはっきりしますわ。二階堂と黒堂、どちらがいいのか」

「…………」


「やはり帰っていただきますか?」

「海斗を起こしてきなさい」

「しかし……」

「ここまで侮辱されたら、引き下がれないでしょ」

「はあ……」

あいつだってわかってくれるわよ。一応、二階堂に仕えてる人間なんだから」

「では呼んでまいります」


……。

 

──コン、コン……。

 

 

 

部屋で読書をしていると、扉が鳴った。


「誰だ」

「私です」

「どうした、なにか用か?」



 

「海斗にお客さん? が来てます」
「含みのある言い方だな」
「悪いこと言わない、深く関わらない方がいい」
「なんなんだ一体」

「そっとカーテンから覗いてみる。そしたらわかる」
「誰が来てるんだ?」


借金とかした覚えはないんだが。

そっと覗いてみると……あの女がいた。

確か映画館で一緒になったり、学園で何度か見かけたな。


「用件はなんだって?」
「さぁ。正直真意は図りかねますが、どうやら海斗を護衛役にしたいそうです」
「はぁ?」
「そんなサルのようにアホな顔されても……」
「なんであいつがオレを護衛に?」
「存じません。いいえ、理解のしようがありません。ほんと、こんなクズになにを見出したんでしょうね」
「ちょっと酷すぎない? それ」
「とにかく一度降りてきて下さい。でないと、お引き取り願えそうにないので」
「ったく雷太までいるじゃねえか……ん?」


その雷太と殴り合っているヤツがいた。


「…………」
「海斗? なんだかエイリアンみたいな顔してます」
「どんな顔だ、どんな」
「あ、元に戻った。ブサメンに」
「エイリアンの方がいいような気がしてきた」
「えいどりあーん」
「うんそう、とりあえず下に降りるまでもない。オレが麗華以外に従うなんて真っ平ごめんだと伝えてくれ」



 

「おお、なんという忠誠心」


オレはそそくさと窓際から離れた。

間違いない、杏子だ。

前に気配を感じたことがあったが、やっぱりあいつ、こっちに来てやがったのか。

しかもどういうわけか、あのお嬢さまのそばにいるだと?

ま、その辺の事情はどうでもいい。

兎にも角にも、会うわけにはいかないからな。


「とりあえず、そうお伝えすればいいんですね」
「そうだ、頼むぞ」



 

「あいあいあさー。とりかじいっぱーい」


見えない船が右に曲がる。


「一応補足しておくなら、右に向けるのは面舵な」
「海斗の頭はざしょーざしょー」
「……意味がわからん」

 

 

 

「まったく、船というより台風なヤツだった」


にしても……。

上手く追い返してくれればいいが……。


……。

 



 

「お待たせしました」

「やっと連れて来て下さった……のではないですわね」

「伝言をお預かりしてきました」



 

「伝言? 連れて来いって言ったわよね?」

「オレは、麗華という女を認め、麗華に従う。だが、他のお嬢さまに従う意思は一切ない(やや誇張あり)とのことです」

 

 

 

「ば、ばかね…………あいつ……なに格好つけてんのよ」

「ちょっと嬉しそうです」

「べ、別に。そんなことないわよ」


「なっ、なんですのそれ!? 私は認めませんわ!」

「認めるも認めないも、元々こんな話は成立のしようがないってことよ」

「こうなったら構いませんわ、雷太、杏子、あの男を引きずり出して来て。普段から体力だけは有り余ってるのでしょう?」


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

「はぁ、はぁ……こ、このデブ。無駄に粘りやがって。外見も性格も体臭も最悪なのに、なんなのっ、はぁっ」

「ふ、ふふ。ぜぇ、僕を、ぜぇ、舐めないでもらいたい」


「随分と衰弱なさってますね、お二人とも」


「ああもう、どうして私の周りはこんな連中ばかりですの!?」

「ふっ。いい気味ね」

「では、お帰り願いましょうか」

「く……こうなったら奥の手ですわ」

 

「まだ粘ろうっての?」


「この本、欲しくありませんこと!」



 

「わ……本を天にかざしてます」

「頭がおかしくなったんじゃない?」


「ミステリーの巨匠『大久保ブーデ』が書いた伝説の未発表作『育成方針殺人事件』ですわ! 今なら漏れなく、差し上げてもよろしくてよ!」


「物で釣る作戦に出たわね……くだらない」

「今時引っかかるヤツがいるんでしょうか」

「あいつも部屋で呆れてるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 


めちゃめちゃ欲しい!!!

 

 


「マジか! あいつあんなすげぇもんを持ってんのか!」


思わずカーテンを開けそうになった手を、必死に止める。

待て待て、落ち着けオレ。

確かに想像を絶する物だが、早まるんじゃない。

今ここでカーテンを開け放ち、杏子に見られでもしたら一貫の終わりだ。

どう考えても面倒なことが起きる。



ああ、でも読みたい!

 


あのブーデが事情により発表出来なかった作品だぞ?

そりゃ、ファンの一人としては読みたいのが自然だろう。


……。



 

「あ、カーテンがふさふさ揺れてる。葛藤してそうですね」

「あのバカ……本で釣られそうになってんじゃないわよ。にしても、なんであいつに興味持ったわけ?」

「良くも悪くも、ボディーガードなんてどれも一緒でしょう? けれどあの男にはなにか感じますの。個性とでも言うの?」

「こう言うのもなんだけど、その太ってるのも十分個性的よ」

「これはただの家畜……いいえ、家畜以下ですわ。もしお気にめしたのでしたら、交換して差し上げてよくてよ?」

「それだけは絶対イヤ」


「ぼ、僕ひょっとしてバカにされてる?」

「ったり前でしょ。何回確認すりゃ気が済むんだ」


──ッ!!


「また蹴ったなぁ!」


「やれやれ、これでは話が進みませんことよ」

「帰ってくれれば早いわね」

「そう……二人とも、帰りますわよ」

「へっ? は、はい」


……。

 

 

 

「なんだか呆気なく引き下がりましたね」
「……私も意外だったわ」
「あら、門の前で立ち止まりましたね」
「早く帰ればいいのに」


……。



 

「どうしたんですかお嬢さま。足が痛いとか?」

「雷太」

「はいっ?」

「今から屋敷に乗り込んで、彼を連れて来なさい」

「ええっ、それ不法侵入じゃないですか」

「私が許可しますわ」

「許可しますわって、ここ二階堂の屋敷ですって!」

「あなた、私に人形を捨てられて泣いてましたわね」

「限定フィギュアだったのにっ! ううう!」

「あれを私の力で、再度手に入れてあげてもよろしくてよ?」

「だけども、あれは本当に限定で、手に入らないかと……」

「私を誰だとお思い? 簡単なことですわよ」

「やります、やらせて下さい!!!!!」



 

「アホくさ」

「それから杏子、あなたも行きなさい。屋敷の人間が止めに入らないとも限らないから」

「いーや。あたしはやらない」

「まったく……」

「いいですよ。僕一人でやります。海斗くん程度なら、僕でも引っ張り出せますから」

「……かい、と……?」

「じゃあ行ってきま──」


──ッ!!



 

「はぶう! な、なんで殴るこの女ぁ!」

「今なんて言った!?」

「なにがだよぉ!」

「海斗……海斗って言ったの!?」


「し、知ってるの? 朝霧海斗くん……お前が?」

「あさぎり、かいと…………かいと……」

「杏子?」

「鏡花。あんたの前に引きずり出す前に、その海斗を殴ってもいい? いや、殴る」

「やる気が出たんですの? まぁ多少なら痛めつけても構いませんことよ」

「きゅ、急にやる気出してる……」


……。

 

 

 

「なにやら三人で話されてますね」
「他所で話しなさいよ」
「あ、二人が振り向きました。それでもって、こっちに向かって走り出しましたね」
「なに、まだなにかあるの? いい加減に──」


「邪魔───」

「───します!!」

「え、不法侵入?」


……。

 



 

「あいつら、素直に引き上げたか?」


あのお嬢さまは麗華と同じくらい聞き分けなさそうだからな。

下手に粘られてると面倒だ。


──ピリリリリ……。


「携帯?」


ディスプレイを見ると麗華からだった。


「ったくなんだよ」


通話ボタンを押す。


『今すぐ逃げた方がいいわ。そっちに二人向かってる!』


──!



 

「海斗お!!」



 

「海斗くううん!!!」


「…………遅ぇよ…………」


オレは一瞬で頭が真っ白になるのを感じた。

息を切らせる二人の人物に、ゆっくりと視線を移す。

このあと、自分がなんと喋るのかさえ予測がつかなかった。

この窮地を乗り切る策が、智謀が、オレの口から出るだろうか。

二階堂の馬謖(ばしょく)、今こそ、山頂に陣を張れ!


「ど……どちらさまでしょう?」


必死に出てきたのは、そんな言い訳だった。


──ッ!!


──ッ!!

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

「連れて来てやった。ほら」


ドサッ。



 

「うわ……これまた派手に殴る蹴るの暴行を受けましたね」


「イケメンが酷いフェイスになったろ……」

「いえ、顔は以前とまったくかわりなく酷いです」

「慰めどころか、追い討ちをありがとよ」

 

 

 

「そんなに褒めないで下さい。てれり」



 

 

「あのね、一歩間違えば警察沙汰よ? わかってるの?」

「それはないですわね。なぜなら、私ですもの」

「あー、はいはい、わかったわよ。堂々とし過ぎてて、怒りが飛んでいくわね……」


「で、鏡花が言ってたのは、このクズってわけ」


──ッ!!


「敗者にこれ以上ムチ打つなよ」

 

 

「なよなよしたフリして、なにそれ」


──ッ!!


「…………」

「……あんた、こんなとこで、なにやってんのよ……」


怒りに震えていた杏子が、急に泣きそうな顔になっていた。

相変わらず感情のコントロールが下手なヤツだ。


「なによ、知り合い?」


杏子との関係について、突っ込まれるのは避けたい。

オレたちが禁止区域出身だとバレれば、最悪ここから出て行かなければならない。


「前に……そう、街でナンパしたことがあってな」

「はぁ?」

「あの乳に釣られただけなんだ、ほんと。結局ひと揉みすら出来なかったけどな、くっそー」


「最低ですね、それ」

「ほんと、最低」


くそ、已む無しとは言え辛い役目だ。


「…………」


一応杏子にも、オレが意図した意味を受け取れたようだが、明らかにまったくもって納得はいってないようだ。

それとなく、説明しておく必要はありそうだな。

……真実は話せずとも。



 

「お久しぶりですわね」

「ああ。そんなに経ってない気もするけどな」

「この頭の固い女では話にならないところでしたの」


「なっ……!?」

「あなた、私のボディーガードにならなくて?」

「断る」

「ふっ」

「……ちょっと早急に聞きすぎましたわ。では、少し考えてみてお答えくださって結構よ。私のボディーガードにならなくて?」

「……断る」

「…………」

「そういうこと、あんたにも伝わった? 頭の固い人物は、飲み込みが悪くて困るのよね」

「くっ! きっと裏で彩さんやあなたに大金を積まれているに違いなくてよ!」

「被害妄想ってヤツね」

「必ず、必ずあなた方二階堂を困らせてやりますわ!」


だんっと庭の地面を蹴ると、踵を返した。

 

 

「帰りますわよ、雷太、杏子!」

「は、はいお嬢さま!」

「……海斗、逃がさないから」

「見つかった以上、逃げねぇよ」

「あんたはうそつきだから、信じない」

「ああ、そう……」


……。

 

 

 

「想像しい人たちでしたね。うちに劣らず」

「一つ言えるのは、騒動の中心にあんたがいることね」

「オレは無関係だ……と思いたい」

「とにかく、一度来てもらうわよ海斗」

「あ?」

「それから、一応ツキも参加しなさい。第三者から見た客観的意見も欲しいから」

「よくわかりませんが、畏まりました」


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

その日、全員風呂から上がって、彩の部屋に集合した。



 

 

「ぼ……僕がなにかしたでしょうか?」


事情も説明されず呼び出された尊はびくびくしている。



 

「私もよく把握出来てないことだから、なにか間違ってたりする部分があったら、教えて」

「は、はぁ……でも一体なんの話し合いなんですか?」


同じく事情説明をされてない彩が首を傾げる。


「まずその点から説明させてもらうわ。ずばり今日の話し合いの中心は、黒堂鏡花について」

「今日のことでしたか」

「え、鏡花さんが、どうかしたんですか?」

「順を追って説明していくから聞いておいて」

「はい……」

「ちょっと本読んでていいか?」

「張本人のあんたは黙って座ってる! 本も読まない!」

「ふぁい……」

「黒堂鏡花。憐桜学園2年。彩と同じクラス。ボディーガード役に奥本雷太が指名されている」


全員が頷いた。

一名、ツキは場の流れで適当に頷いたんだろうが。


「その黒堂が、なぜ~か、海斗に興味を持ってるらしいわ」

「海斗に? 悪い意味でですか?」

「さぁ……どっちとも取れそうだけど。正直、私が海斗にいるときに、鏡花に会ったのはほんの少しだけ。会話を交わす程度で、特別興味を引いた感じはしなかった」



 

「ふむふむ」

「彩、最近海斗はあんたのそばにもいたけど、そのときなにか変わったことはなかった?」

「そうですね……私もお姉さまと同じです。海斗さんが顔見知りそうなのは知っていましたけれど」


そして、次にあんたは? と麗華に話を振られる。

一瞬答えるべきか考えたが、黙っていることでもない。

むしろ混乱を避けるためには説明をした方がいいだろう。


「ある。一度だけだがな」

「詳しく説明して」

「詳しくと言われても、休日の話だ。駅前まで出かけたら偶然、その鏡花ってヤツに会ってな。やたら変な連中に絡まれてたから、優しいオレは放っておけず助けてやったわけさ」

「作り話はやめる」

「作り話じゃねえよ……まぁ優しい助け方だったかは別だ」

「なるほど。納得」

「それでまぁ、成り行きで映画を観ることになった」


本当にそれだけだ。

しっかりと記憶を再確認する。

誕生日会が終わり、一時期彩と接する機会が増えた。

そのとき、確かあのお嬢さまに出会ったはずだ。

映画を観て本の話で意気投合? して……終わり。

気づけば今日のような出来事だ。


「どこをどうなれば、そこに行き着くのよ」

「それはオレが聞きたいくらいなんだがな」

「ほらあれですよ。助けたお礼になんちゃら」

「鏡花がそんな性格だと思う?」

「…………」

「いいわ。百歩譲ってそうだったとして、それで?」

「それだけ」

「そ、それだけ?」

「助けて映画観て、それだけ」

「ホテルにしけこんだとか、そういうのもなくて?」

「あるわけねぇだろ」

「たったそれだけで、海斗を気に入るとは思えないけど……」

「オレ気に入られたのか? 迷惑な話だな」

「いえ、これはむしろ罠かも知れません」

「罠?」

「普通に考えて、海斗が気に入られるでしょうか。もしや映画を観た際になにかとんでもなく失礼なことをしてしまって黒堂お嬢さまの怒りを買ってしまったとか」

「それ、ありうるわね。海斗を気に入ったなんてのより、随分と信憑性があるというか……真に迫るものがある」

「おいおい……」

「違います。きっと海斗さんの良さに気づいて、その……ボディーガードにしたくなったんです」

「はははははは!」

「盛大に笑うなや」

「ああ、失礼しました。あまりに非現実過ぎてつい」



 

「私は……そう思いますが……」

「なんにせよ、鏡花がなんらかの感情を海斗に抱いてると見て間違いないわ。それから、彩が嫌われてることもね」

「それは……」

「ま、その辺のことは、私も多少知ってるけど」


確か好き勝手やる鏡花にそれとなく注意を促してる、ってな感じだったか。


「そうすると、オレが狙いと言うより彩に対してなんらかの仕掛けを打ちたいからってことも考えられると思わないか?」

「なるほど。それは、ありうるかも知れない」

「でも、それなら宮川で良くない?」

「いえそれはありえません」

「理由は?」

「僕は完璧で隙などありませんが、海斗は違います。自堕落で不衛生で、実力なく隙だらけ。つまり狙う相手としては絶好のカモと言うことですよ」

「…………」

「当たりすぎてて怖いですね」

「不衛生ってとこだけは、否定させてくれ」

「くんくん。犬のフンの臭いがする」

「しねぇよ!」

「おそらく私に対する態度から見て、彩を嫌う延長上で、二階堂を嫌ってるはず」

「それは放ってはおけません。彩お嬢さまもそうですが、麗華お嬢さまも僕が守ります」

「そんなことはどうでもいいから」

「う……」

「今後鏡花がなにか言ってきても、基本は無視すること。彩の場合、クラスメイトだから最低限の接触は仕方ないけれど、こちらからコンタクトを取るのも避けて」

「そこまでする必要があるのか?」

「あんたを守ってやろうとしてるのよ。放っておいたら、あんた監禁されるかも」

「どんなお嬢さまだどんな」

「鏡花ならありえる」

「は、はは……」

「こっちから接触しなければいいんだろ?」

「そうよ」


なら、いつもどおり生活してればいいってことか。

たまたま出会ってしまっただけの話だ。

もうそんな偶然もあるまい。


「これでこの話は以上よ」

「じゃ、部屋に戻らせてもらうぞ」

「おっとまだ」


立ち上がろうとしたオレの袖を引っ張る。


「なんだよ」

「あんた、あの鏡花のそばにいた女と知り合い?」

「だから言っただろ。街でナンパしたって」

「ナンパ!? 貴様いつ抜け駆……そんなこと!」

「さぁいつかの休みに一人でふらっとな」

「不思議なことに、あの女の情報がないのよね」

「あん?」

「鏡花、雷太、そしてその杏子って名前の女。一応二階堂の使いに経歴を調べさせたの」


この女、さらっととんでもないことしやがる。


「そしたら、あんたと同じで経歴不詳。偶然?」

「偶然だ」

「偶然経歴不詳で、偶然鏡花のボディーガードをしてる女を、偶然街でナンパしたの?」

「無理に偶然って付け過ぎだ。つか、へぇ、あの女ボディーガードなのか。女で」

「ほんとは知ってたんじゃない?」


それは本当に知らなかった。


「ちょっと前に一度会っただけだ。そんときしつこくナンパしたから嫌われてたんだろ」

「なんとなく昔からの知り合いに見えました。それに、気配がどことなく海斗に似てる」

「…………」


こいつ、なんでこんな無駄に鋭いんだ。


「別に知り合いでもなんでもない。鏡花の件にしても関わらないよう気をつける」

「信用ならないわね」

「わかったわかった。どれか一つでも嘘だったら、裸で盆踊りしてやるよ」

「約束よ?」

「ああ」

「お待ち下さい、麗華お嬢さま」


交渉成立寸前で、横槍が入る。



 

「おそらく裸で盆踊りなど、海斗にしてみれば呼吸するのと大差ないはず」

「人として色々失いそうなものだけど……」

「いいえ、海斗は平気でやるタイプ。むしろ、喜んでやってしまうかも知れません」


喜びはしないが、確かに平気だ。

つか、この女鋭すぎるだろ。


「じゃあどうしろってんだ?」

「私は海斗の弱点を知っています。それも致命的な」


それは面白いことを言う。

オレに弱点だと? 残念だがそんなものはない。


「鼻で笑ってるわよ、海斗」

「ふふ。いつまで笑っていられるかな」

「なんでもしてみろや」

「では、もしものときは海斗が好きな本のネタバレをする、と言うことで」

「な───!?」

「それいいわね。確かに効きそう」

「お父さまも、よくお姉さまにそうやって脅されますよね」

「脅すって言うと聞こえが悪いけど、本を愛する人種はネタバレを凄く嫌うみたいだし」

「ぐ、ぐぐ……」


それは、確かに恐ろしい。

まだ知らぬ恐怖にオレは身を縮こませた。


「あんたも、鏡花に踊らされるのはイヤでしょ?」

「麗華となにが違うのか具体的に説明を求め──」


──ッ!!


「温厚なところじゃないかしら?」

「今爽快に顔面を殴られたのは気のせいか……?」

「とにかく、鏡花の狙いが明らかになるまで、各自注意して生活を送るように」


麗華がそう締めくくり、この日はお開きとなった。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「おはよう海斗くん」
「おう」
「昨日は災難だったね」
「まったく、お前んとこのお嬢さまどうなってんだ」
「僕も手を焼いてるんだ、困ったものだよ。海斗くんもトイレ?」
「ああ」


別々に行く理由もないので、二人でトイレへ。


……。

 

ごそごそっ。


「うわ……あ、相変わらずえげつないね」
「人のを覗き見るなよ」
「だって見えてるから……」
「近づきすぎると便器に当たるんだよ」
「大きすぎる悩みの一つ、ってことだね……。僕のは多分標準サイズだから、そんな心配はないよ。……多分、標準サイズ」
「んなもん気にするな。つか、男同士でキモイだろ」
「そうだ……トイレの中でなんなんだけどさ」
「あ?」
「その、ぼ……僕がリアルの女の子に恋をしたって言ったら、どうする?」
「まずは『うそだろ?』と聞く」
「僕も、普段なら『うん』って言うところなんだけど……。あの胸の高鳴りは、まず間違いないと思う」
「へぇ。ずっと2次元2次元言ってたのに、良かったんじゃねえか?」
「海斗くんならそう言ってくれると思ってたよ」
「オレの知ってる女とかか? まさかな」
「ズバリそのとおり。その、メイドのツキちゃん」
「…………」


思わず、放尿が停止してしまったぞ。


「今なんつった?」
「だから、メイドのツキちゃん」
「うそだろ?」
「ほんとだよ。僕がそんな無意味なうそをつくとでも?」
「そりゃそうだが……。まだ麗華を好きって言った方が、良かったと思う」
「僕を見て、嫌そうな顔一つしないんだ」
「メイドだからな」
「ううん、そんなことない。メイドだって僕を見たら嫌悪感を出すもん」
「そうなのか……」


オレに対しては暴虐なツキだが、他の相手には完璧なメイドを演じやがるからな。

そうか、雷太のやつツキに惚れたか。


「厄介な女だと思うぞ、あれは」


内側に色々溜め込んでるタイプだ。


「それで、海斗くんにお願いがあるんだ」
「その流れからすると、ツキとのセッティングか?」
「そう。なんとかデートまで持ち込みたいんだ」
「あいつは難攻不落の要塞クラスだと思うぜ。確か彼氏がどうとか、言ってたような覚えがある」
「彼氏いるのか……」
「確か処女以外は腐ってるとか言ってたよな」
「だって他の男に抱かれてるなんて最低じゃない?」
「そうか?」
「あのツキちゃんが、純粋そうなツキちゃんが……っ」


男生徒「…………」


「なあ、とりあえず、便所から出ようぜ」


軽い軽蔑の視線をオレまで受けていた。


……。

 

 

 

「それにほら、僕って童貞じゃない?」


話は続いていた。


「初めてでやり方もわからないの見て、相手の女の子が『なにこいつ』とか『下手なんだ』みたいな考え方されちゃわないか心配なんだ」
「よくわからん悩みだな」
「海斗くんはモテそうだからね……。それに、僕のが小さいかどうか他の男と比べられちゃうのもムカつく。これが初めてだったら、身体も穢れてなければ大きさもわかんないわけで。なにより新品と中古の差は埋められないのさ」
「お前の持論はわかった」
「わかってくれた?」
「ああ……」


究極の変態だってことがな。


「海斗くん、僕が変態だと思ってる?」
「そりゃ思うだろ」
「さすが、歯に衣を着せないね。だけど僕の持論を聞いてくれよ」


休み時間はまだある。

しかし、このまま持論を聞いていると時間がなくなりそうだ。


「僕は処女にこだわってる。それ以外は付き合いたくない。結婚なんて論外だ」
「はぁ……」
「でも、それっていけないことなのかな? 雑誌やネットなんかじゃ、女に処女にこだわってる男は最低って言われるんだよ。それなら、どうして男を顔で判断するの? 少しならオシャレでなんとかなるかも知れないけど、根本的なブサメンは、生まれつき変えられない身体的特徴じゃないか! 大げさな話、差別だよね! イケメンのセクハラは許されて、ブサメンのセクハラが許されないのとかさ! だけど僕は違う。女の子は最初皆処女だ。生まれつきどうしようもない顔に対して、イケメンがいいブサメンは死ねって言っておいて、いざ処女を気にする男は最低って、なんだそれ!」


相当キレていた。


「そんなの非処女の言い訳じゃないか。だから僕は処女がいい。断固として処女がいい!」
「……そうか。別にその考えが悪いとは言わねぇよ」


鬼気迫る雷太を相手に、これ以上言えることはなさそうだ。


「人それぞれ、なにか好みがあっていいからな」
「だよねっ」


オレ個人的には、可愛かろうがブサイクだろうが、まして処女でも非処女でも、女として機能してれば十分だがな。

あとは、性格の問題だろ。


「でもね……」
「あん?」
「不思議なんだ。確かに、僕は真正の処女厨さ。某大手掲示板でも、処女マンセーを書き込み続けてる。ゲームに非処女が出ようものなら、貼り付けにしてめった刺しにしてやるのさ。それが僕のポリシーだ。だけどそれでも! ……それでもね……。僕は、多分ツキちゃんなら許せる……」
「お……」
「他の男とイチャイチャして喜んでるツキちゃんを想像するだけで、心が張り裂けそうだけど……それでも僕、いいような気がするんだ。ツキちゃんなら、構わないって、思えた」
「偉いじゃねえか、それ」
「そ……そうかな?」
「それだけ想いが強いってことだろ。自分の考えなんかじゃ抑えきれない感情ってことだ」
「……うん……」
「ちょっと応援してやりたくなった」
「協力してくれるかい!?」
「少し検討させてくれ。言ったがあいつは難攻不落なんだ。手はずを整えるのだって簡単なことじゃない」
「わかった。海斗くんの策略を待つよ!」


──キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……。


雷太の話を聞き終えたところで、チャイムが鳴った。


……。

 


昼休みになった。



 

「お姉さま」

「あら彩、うちの教室に来るなんて珍しいわね」

「はい。その、お昼をご一緒したいと思いまして」



 

「黒堂のお嬢さまの件もあるので、ご一緒させていただけた方が、色々助かるのですが」

「お前は麗華と一緒したいだけだろ」

「んな、なにを根拠に!?」


その反応だけで十分だ。


「今日もその、海斗さんについて色々聞かれました」

「そうなの?」

「はい。ある程度は、答えないわけにもいかず……」

「あんたに人を無視することが出来ないのはわかってるつもり。いいわ。一緒に食べましょ。いいわね?」

「オレに許可取る必要はないだろ。お前が好きにすればいいだけだ」

「そうね……。じゃ、行きましょうか」


「っし!」


尊が小さくガッツポーズしていた。


「そういうとこ、可愛いんだかキモイんだか」


……。



 

──「あら、偶然ですわねぇ皆さん」


昼休みが始まって10分ほどして着いたオレたちを明らかに待ち受ける形でそこにいた鏡花を見つけた。



 

「早く食べないと時間なくなるわね」

「ええ、早く席に着きましょう」

「そ、そうですね……」


「あらなんですの皆さん、私を無視する気?」


「オレ、カレーうどん

「だからないわよカレーうどんは」


「…………なんですの皆さん、私を悪者みたいに」


「悪の女幹部だろ」

「海斗」


思わず芸人の性が出てしまった。


「気に食わないですわね……」


面白くないと言った顔をして、鏡花は一人席に着いた。


「雷太の姿が見えないな」

「いつも一人ですよ、鏡花さん」

「雷太は一緒に食事する権利を与えられてないらしい」

「あいつも悲惨だな……」


にしても、だとしたらいつも一人なのか? 鏡花は。

杏子は学園には当然来ていないようだし……。

お嬢さまってのは基本友だちがいないみたいだからな。

オレのように片手で足りる(むしろ余る)数の友人しかいないヤツに言われたくなんてないだろうが。


「ちょっと聞いてんの?」

「?」

「あんただけよ、メニュー決めてないの」

「ああ。尊と同じでいい」

「適当ね」

「別に腹が膨れりゃ特に文句はねぇよ」

「なら、宮川みたいな面白くない料理はやめて、もっと面白い料理を頼んでもいいってこと?」

「お、面白くない料理……」

「好きにしてくれ。ちゃんと食堂の食べ物ならな」

「じゃ、例の頼んでみる?」

「もしかして、あの伝説の?」

「そ」


……。

 

数分ほど経ち、各々料理が運ばれて来た。


「尊、つまらん料理だな」


ハンバーグ定食。


「ほっといてくれ。僕の自由だ」


麗華と彩は同じパスタ系の料理だった。


「オレのは?」

「少し時間かかって……あ、来たわよ」


店員の手によって運ばれてきた皿。

それがドームカバーによって料理を隠されていた。


「なんでゲテモノ系の扱いなんだよ」

「そりゃ、ゲテモノだからよ」

「…………」

「噂には聞いてましたが、本当に存在したんですね……」


テーブルに皿を置く店員の手が震えている。


「おい、大丈夫か?」


店員は言葉を発することも出来ず、乱雑に皿を置くと、逃げるように去って行った。


「これはあれか? 料理ド素人が生み出す激マズ料理よりやばいのか?」

「昔々、憐桜学園にはゲテモノ料理を愛するお嬢さまがいた。そのお嬢さまは昼食のありふれたメニューに嫌気がさし、料理人を呼び出してゲテモノ料理を作らせるようになったと言い伝えられてるの」

「言い伝えるほど古い歴史がある学園じゃないだろ」


「ところが、そのお嬢さまは料理人たちが出すゲテモノ料理にも飽き始めていた。もっと凄いゲテモノ料理は出せないの? お嬢さまに追い詰められた料理人は、自分を料理人失格と思い込み、半年間失踪した。そんな料理人が、半年後お嬢さまの前に戻ってきたの。究極のゲテモノ料理を見つけてきました。お嬢さまはバカにした。また、私を満足させられる料理じゃないんでしょう? 料理人は不敵に笑い、あなたのゲテモノ好きを、正反対にしてしまうほどのゲテモノ料理を作ることに成功いたしました、と」

「それ、ただ不味いだけじゃねえの?」

「それが……この料理よ」



 

「言われてみると禍々しいオーラが発生している気がする。それで、これは一体なんのゲテモノ料理なんだ?」

「……さぁ……」

「知らんのかい!」

「ただわかってるのは、これを食べたそのゲテモノ料理好きのお嬢さまが、二度とゲテモノを食べなくなったことくらいね」

「そりゃすげぇ……」

「あっちで手を振ってるのが、その当時の料理人で、現憐桜学園料理長よ」

「……こっち見て舌なめずりしてるぞ」


つか、只者じゃないぞあのジジイ。

凄まじい気配を持っている。


「ほら、さっさとフタ取りなさいよ」

「あ、ああ……。ったく食うのはオレだと。急かすな」


とは言え、オレの好奇心が騒がないと言えばうそだ。

これでもネズミやらなにやら、それはもう考えうるゲテモノと呼ばれるものを食ってきたオレだ。

当時はゲテモノとすら認識してなかった。

ぜひとも味わわせてもらおうじゃないか。

フタに手をかける。

 

 

 

「!?」

「どうしたのよ、早く取りなさい」

「いや……ふたを持ち上げようとすると、なにやら下に押さえ付ける力が働いてるような……」


実際、そんな力は働いていないことにすぐ気がついた。

……オレがフタを押さえつけているのだと。

持ち上げちゃいけない、そんな危機感。


「はぁ……っ……く……」

「ちょっと凄い汗じゃない。あんた、どうしたのよ」

「悪い。なにか、悪い予感がする……」


我慢出来ずにフタから手を離した。

オレの勘が危険だと告げている。


「あのね、ゲテモノって言ってもたかだか料理でしょ? パッとしなさいよね」

 

 

代わりにと、麗華がフタに手をかける。


「う……!?」

「お姉さま? どうかしたんですか?」

「う、腕が動かない……」

「どうやらオレの勘違いじゃないらしい」


オレは震える腕の麗華の手の上に自分の手の平を重ねた。


「ちょ、なに触ってんのよっ」

「貴様、麗華お嬢さまの可憐な手に触るな!」

「二人で持ち上げるんだ、いいな」

「仕方ないわね……いくわよ」

「いくぞ……3,2、1……!!」


二人で意を決し、フタを持ち上げた。


──!



 

 

 

 

「こ、これは……!?」

「なにか……の、肉みたいね……」

「う……なんですか、この嫌な臭い……」

「ぐっ意識が朦朧としてくるっ……」

「これは一体……」



 

料理長「その昔、私がまだ若かった頃の話です」


「うお、いきなり出て来て過去語りだしたぞ」


料理長「ゲテモノ料理を好まれるお嬢さまを満足させるため、私は各国を放浪しました。アメリカ、中国を始め、アフリカからロシア、先住民族にまで満足させるゲテモノ料理を探し求めました。時には先住民族たちとの戦闘に発展し、数多くの死傷者を出す惨事になったこともしばしば」


「頻繁にあったのかよっ!」


料理長「断崖から突き落とされ、意識を取り戻したとき、私を解放してくれた村娘と恋に落ちたことも、しばしば」


「断崖から突き落とされたり村娘と恋に落ちることも頻繁かよ! って突っ込みづれえなオイっ」



 

料理長「とにかく、様々な苦難を乗り越えゲテモノ料理の研究に明け暮れたものです」


「そこまで頑張ってたのね……」


料理長「しかしながら、どの料理もあとわずか、お嬢さまを満足させるには至らないと感じておりました。そんな私がエジプトの砂漠を横断しているとき、突然空から隕石が降ってきたんです」


「いきなり凄い展開だな」


料理長「私は駆け出し、落下した隕石を覗き込んだのです。すると……そこには謎の死骸が……」


「し、死骸……」


料理長「私はその未知なる生物に恐れを抱くどころか、むしろ食べてみたいと心踊らされました。その死骸は大きく、全身を持って帰ることは難しいと感じたため、尻尾の部分のみを切断し持ち帰りました。それが……これです。あの日お嬢さまに一部お出ししてから、冷凍保存によりずっと保存しておりました」


「つ、つまりあれか。地球外生物……?」


料理長「そのとおりで御座います」


「そのとおりもなにも……」


信じられないと言うのが正直なところだが……。

禍々しいオーラを放っているところを見ると、確かに地球外の肉な気がしないでもない。


「食べてみなさいよ」

「簡単に言うな、これはヤバイだろ…………」


おそるおそるフォークを手に持つ。


「これも経験か……生きてればいいな」


地球の食べ物なら自信もあるが、地球外ともなれば、その保障も出来ない。

果たして、エイリアンを食べる人間などこの世に存在したのだろうか。

小説や映画の世界でも、オレは知らんぞ。

フォークに肉を突き刺す。

感触は牛肉なんかに似ているが、中が妙にざらついている気がする。



 

「いざ……」


口元に近づけると、なんとも言いようのない不思議な感じの匂いがした。

特別不快なわけじゃないが、かと言って食欲を誘うものでもない。


「む、無理はしないで下さいね。不味いと思ったら吐き出すのも勇気です」


なにやら励まされる。

なんで、オレこんなメニュー食べることになってんだ?

そう思いながらも、口の中に肉を放り込んだ。


「もぐ……。あ? 意外と普通……」

「え、普通なの? ……まぁ、地球外生物を口に入れられる時点で凄いけど」

「ああ。別に───…………」

「か、固まっちゃいました……ね……」


料理長「南無」


その後、オレはしばらくの間喋ることも出来なかった。


…………。

 


……。

 

 

 

 


「…………」

 

 

 

「ちょっと、あんた顔が真っ青よ?」
「身体がだるい……」
「もしかして、昼に食べた地球外生物が?」
「それはわからん……とにかくだるい」


身体に力が入らない。

このまま机に座っているのも億劫だった。


「ちょっと休んできていいか」
「保健室? 連れて行ってあげるわよ」
「いや……なんとか、一人で行けそうだ」


ふらふらになりながらも席を立つ。

担任がいぶかしげな顔をしていたのを見て、麗華が体調のことを伝えてくれた。


……。

 

 

 

「はーっ……なんだこりゃ……」


こんなに身体がだるい経験は、幼い頃高熱を出して以来初めてだ。

とにかく、ベッドの上で横になりたい気分だった。


……。


保健室まであと少しというところ。



 

「こんなところでなにしてますの?」


会いたくない人物に出会ってしまった。


「悪いが、今お前の相手をしてる暇はない」
「なんですの生意気な。今は授業中だとわかっていて?」
「あーいいから……またな」
「お待ちなさい。逃がしませんわよ」
「ぐ……」


鏡花の腕を振り払おうとしたが、力が入りきらず無理だった。


「あなた、サボってどこ行くつもりですの?」
「保健室で、寝るんだよ……体調が悪いんだ」



 

「まぁ。大胆不敵過ぎですわ。授業を抜け出すだけでなく睡眠まで貪ろうとなさるなんて。もっとも、それだけ度胸があることでもあって?」


さっきからなにを言ってるのかよくわからん。

相当頭がぼーっとしているらしい。


「つまり……学園を抜け出すのも、造作ないですわね」
「あぁ?」
「実は今日上映開始の、『なにわ探偵シリーズ』を観に行きたいんですの」

 



「なにっ!?」

 


衰弱中とは思えないほど、喉から声が出た。


「映画化されてたのかよっ」
「あら、知らなかったようですわね。しかも小説版でなく、オリジナルストーリーですのよ?」
「なにぼさっとしてる、さっさと観に行くぞ」


先導するように前を歩き出す。


「そっち、トイレですわよ?」
「……失敬」


映画は観たいが、身体は凄くだるいままだった。


……。

 

 

 

 

「こっちだ。よし止まれ」
「なんですの?」
「監視カメラに映ると厄介だろ」
「そんなこと気にしてたら、学園を抜け出せませんわ。いったい幾つカメラがあると思っていて?」
「確かに、大抵どこも監視されてるが24時間すべての場所が監視されてるわけじゃない」


カメラは左右に首を振りながら周囲に異常がないかを確認している。

つまり、必然的に空白のポイントが生まれる。


「毎日通ってれば、ある程度わかる」
「そんなことあるわけないですわ」


ごちゃごちゃ説明するのもなんなので、鏡花を真後ろに立たせ、オレのタイミングで学園を出た。


……。



 

「中庭を出るのに10分以上も使うとか、信じられませんわね」
「うるせぇな……つか、その喋り方やめろって言った炉」
「あなたこそ、もっと仕える者としての口調に出来ませんの?」
「無理……」


ふう、外は少し温度が低いから、落ち着いた。


「しかし、お前なら先行上映で観れるんじゃないか?」
「ええ、先日観る機会がありましたわ」
「ならそのとき観とけよ」



 

「私も今までは、一人ホームシアターで鑑賞したり、映画館を貸し切って見たりしたものだけれど……。上映日に、庶民の方々と肩を並べて鑑賞も乙でしょう?」
「ま、他のヤツと作品を共有するのもいいもんだな。上映時間は?」
「2時ちょうどからですわ」
「なら、急がないとな」


……。

 

 

「あー……だる……」



 

「さっきから何度目のため息ですの? これから映画を楽しく鑑賞しようと思っていますのに」
「ため息っつーか……いいや、突っ込むのも面倒だ」


頭を働かせないようにしていたが、確か麗華たちに鏡花と接するのをやめろと言われていたな。

……いいか。

オレとしては、少しでも早くなにわ探偵シリーズを映画館で観たい。

鏡花なら金も出してくれるだろうしな。

額に浮き出て来た汗を腕で拭い、歩いた。


……。

 

 

 

「大きく宣伝されてるみたいですわね」


映画館の外観に備え付けられた大型スクリーンで、なにわ探偵シリーズの紹介が行われていた。

平日の昼間にも関わらず、映画館の周囲が混雑している。


「ギリギリに来たからな……。とにかく行ってみるか」


もしかして席が取れない可能性もあると思いながら、オレは人ごみの中を掻き分けて行く。


「ほらちゃんとついてきてくだ……あら?」


……。

 



 

「くそ、やっぱりか……」


上映時間や混雑数の確認出来るディスプレイには2時からのなにわ探偵シリーズの文字があり、そこには空席なしと表示されていた。

どうやら次の4時からの回も、残り僅からしい。


「ご希望の映画はなんでしょう?」

「あー、なにわ探偵なんだが……やっぱり2時からのはないよな?」

「申し訳御座いません、先ほど満席になってしまいまして……。4時上映の分でございましたら、こちらの右上が僅かに空席となっておりますが」


映画を観る位置としては少し微妙だ。

だが、この際贅沢は言ってられないか。


「つか、4時からでもいいか? …………」


隣にいると思っていた鏡花の姿がなかった。


「おいおい……どこ行ったんだよ」


……。

 

 

 

 

「ああもう、使えない男ですわね! あれほど逸れないように伝えましたのに…………ちょっと、どこですの……」


男「誰かお探しですか?」


「どなた?」


男「通りすがりの親切な男です。なにかお困りのようでしたので、つい」


「人を探してますの」


男「と言うと?」


「制服を着た学生ですわ」


男「それって、憐桜学園の、訓練生かなにか?」


「ご存知ですの?」


男「ええ。あなたの制服からも察しはつきます。確かあの小さなお店に入って行ったような」


「映画館とは真逆じゃありませんの」


男「どうやら迷ってしまったようですね」


「まったく、本当に使えない男ですわね」


男「僕の勘違いかも知れませんので、ご同行させていただいてもよろしいですか」


「結構よ。私一人で平気ですわ」


男「…………いえ、やはり心配ですね」


「結構と申してるでしょう?」


男「でもね───はべぇ!」


「はいちょっくらごめんよ」


「あら。あなた、あちらで迷子になったのでは?」

「はあ? なんで映画館の逆に行くんだよ。つか、思わず殴っちまったけど良かったか?」


ぶっ倒れて気絶してしまった男。


「いいんじゃありません? とにかく、早く映画館に行きますわよ」
「それが、調べたんだが、満席だってよ」
「それがどうかしましたの?」
「だから2時からの上映は観れないってことだ」
「どうしてですの?」
「……だから、満席つったろ?」


頭痛いのに、さらに頭が痛くなってきた。



 

「席がないなら、用意させればいいの」
「…………」


……。

 

 

 

「2時から上映の、なにわ探偵シリーズが観たいの」

「申し訳御座いません、満席で……黒堂お嬢さま!?」

「席は……そうね、真ん中少し上かしら」


おいおい、そこは真っ先になくなる席だろう。


「畏まりました! すぐ準備いたします!」

「なんとかなるのかよ!?」

 

……。

 

映画館内。

チケットを持った客がぞろぞろと入っていく。



 

「はい」


埋まったはずの席のチケットを出す鏡花。

そのチケットは普通と違い、黒色だ。

館内の店員は、一瞬不思議そうな顔をして、いきなり驚いたように声をあげた。

そしてすんなりと通す。


「ほんとに入れたよおい……」
「当たり前じゃありませんの」
「この席、他の誰かが買ってたんじゃ……」


後ろから子供の泣き声が聞こえてきた。

母親は怒りながらチケットを見せている。

店員は頭を下げながら、なにかの手違いで、と説明していた。


「……なあ、オレたちはひょっとして無垢な親子を傷つけてしまったんじゃないか?」
「は? なにを言ってますの」
「なんでもない。言ってもわからんだろ」


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「実に素晴らしい映画でしたわね……。見終わったあとも、心に残ると言うのかしら」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「な、なに息切れしてますのよっ!」


もうダメだ、体調が悪すぎる……。

無理して映画を観ていたが、後半の記憶は殆どない。


「うぷ……吐き気もしてきた」
「楽しかったムードが台無しじゃないですの」
「う……」



 

がくっと膝が折れ、思わず地面に手をついた。


「もしかして……体調が悪いんですの?」


ここまでそばにいながら、初めて気がついたらしい。


「やっとわかってくれたか」



 

「それならそうと言えばいいじゃないですの」


言ったが、聞く耳を持たなかったのは誰だ。


「つーことで、学園に戻るぞ……」


あと少しで授業が終わってしまう。


「オレも鏡花も学園にいなければ、騒ぎになりかねないからな」
「それは、そうですけれど……」



 

「だから早く……」


──!


「ちょ、ちょっと、突然倒れないでくださる!?」
「無茶……言うな……」

 

…………。

 

……。

 

 

 


頭が、ずきずきする。

身体が痺れて動かない。

意識が徐々に覚醒しつつあるのは感じたが、はっきりと目覚めるまでには至らない。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 



「…………」


重い瞼を、ゆっくりと開く。

見慣れた天井があった。

眼球だけを動かし、周囲を見渡す。

特に、なにも変わりない。

 

 

「…………」


ジッと覗き込むメイドを除いて、だが。



 

「やぁやぁ」
「……よぅ」
「海斗にしては、随分無防備」
「いや、今ならほんと、子供にも殺されるかも知れん」
「一応報告しておくとですね……」


なにやらクリップボードを持っていた。


「倒れた原因は不明、だそうです。さっきまで、死ぬかも知れないって言われてました」
「マジで……?」


深々と頷く。


「大きな病院に搬送する手続きをとってたら、少しずつ体調が回復し始めたようで。てんやわんやの大騒ぎだったんです」
「ほう……それでお前の目の周りが赤いのか」
「…………」

 

さっとツキはオレのそばを離れた。


「なにバカなこと言ってるか。死んでくれなくてちょっと残念」
「麗華たちは?」
「皆さん自室に戻られてます」
「ああ、そうだ。あと、あいつは?」
「黒堂お嬢さまのことでしょうか?」


小さく頷いて見せた。


「麗華お嬢さまとご一緒ですよ、心配なさらず」
「それは、大丈夫なのか?」


非情に危険な感じがしないでもない。


「ええ。心配はいらないと思います。では皆さんに伝えてきますね、海斗が死んだって」
「おいっ」
「冗談です」


笑ってツキは部屋をあとにした。


「まったくもって、信じられん……」


このオレが完全に意識を失ったのなんていつ以来だ。

まして、今現在も満足に身体が動かない。

少しずつ体調が回復していることから、完全に動けるようになるのも時間の問題ではあるだろうが。

さすがに、地球外生物に対する免疫はなかったようだ。

昔、これを食ったお嬢さまは大丈夫だったのか?

 

 

「海斗、目を覚ましたのね」

 

 

 

「あなたは心配し過ぎですのよ」

「はぁ? 別に、心配なんてしてないわよ」

「先ほどまでピーピー泣いてたじゃありませんの」

「それはあんたでしょうが!」


「どうでもいいから、騒ぐな……頭に響く」

「え、ええ。そうね、悪かったわ」

「目を覚ましたのなら、私は帰りますわ。一応、2%ほど私にも責任があったので残ってましたが、これ以上は必要ないでしょうし」

「少なっ。3割ぐらいお前のせいだ」

「映画に釣られた、あなたのせいでしょう?」

「……ぐふ」

「では、ごきげんよう


そこは、お大事に、くらい言ってもらいたい。



 

「なんだかんだ言って、心配してたわよ、鏡花」
「そうなのか? 全然そうは見えんな」
「素直になることを知らないのよ」
「心配だったか?」
「私? 私は別に、心配なんてしてやらなかったけど。料理を頼んだ責任は、感じてたから」
地球外生物は二度とごめんだ」
「多分食べたいと思っても二度と無理よ」
「……だろうな」
「それで、体調の方はどうなの?」
「まだ全然ダメだな。痺れた感じがして動かん」



 

「あんたならなに食べても平気そうだと思ってた」
「オレもだ。そういう意味じゃ、いい経験だったのかもな」
「今日はゆっくり休みなさい」
「そうさせてもらおう」


気がつけば、オレの瞼は閉じられていた。

どうやら、意識を保っていられなくなったらしい。


……。