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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD らぶCHU☆CHU!!【2】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


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──2016年3月


……この日、この時。


僕は、このくそったれなゲームを……。

 

 


……リタイアしまーす♡

 


……

 

 

 

 

──2015年3月

 



 

「ということで、みんな! 今月こそ、世間をアッと言わせるスクープ記事をモノにし、第一面を飾る! それが僕たち新聞部の使命であり、存在理由でもあるんだ! では、今月号の編集会議を始める!」

 



 

「ねー、せり? クッキーの缶取って、クッキー」

「う? チョコチップの入ったのでいいー?」

「うん、それ」

「じゃあ、私はおせんべにしよっと。華ちゃんも食べるー?」



 

「ん-ー!」

 

 

 

「しっ! 今、香月には話しかけるな。こいつのパーティは"ダゴンの王"と交戦中だ。しかも全滅寸前! 風前の灯!」



 

「ん-。全滅とかありえない、かも!」

 

 

 

「俺に怒るなよ。だいたい、自業自得だろ? だからあれほど忠告したんだ。まだ装備が足りないって!」

「んんー! 黙ってて欲しい、かも!」

「あー、分かった分かった。余計な口出しはしねーって」

「ぐあーーーーー!」

「あー、死んだ。やっぱ死んだ」

 


──!


──!

 

──!

 

 

 

「んぐっ! んぐうっ! んぐふうっ!」

 


「ちょっ、ちょっと、やめなさい香月! 女の子の手でそんなに壁を叩いたら折れちゃう! うきも止めて!」


来栖が、山添うきと一緒に香月華に飛びついて、その手をつかんだ。

 

 

 

「んむふ~~、はぁはぁはぁ……」

「ほら、すりむいちゃってるわ。保健室、行く?」

「んーん!」


「なぁ、香月? ちょうどキリがいいだろ? これから編集会議を始めるからログアウトを──」


「今はダメ、かも!」

 

 

 

 

「ダメ! じゃなくて、ログアウトしろよ!」

 


ちなみに、さっきから香月華が『ん-』とか『んんー』とか、あるいは、『……かも』とかたどたどしい言葉を発しているのには理由がある。

本来なら普通にしゃべることが出来るのに、だ。



 

実は彼女には、発生したワードを"現実化(リアルブート)"してしまうという、恐ろしい能力があるのだ。

たとえば、『こんなバランスの悪いゲーム作った連中、爆発しろ』と口にしようものなら、本当にその会社が爆発してしまうのだ。

そういう事態になるとものすごくまずいので、彼女は『ん-』などの意味を持たない音声だけを使っていたのだが──


──最近の久野里さんの研究で、『……かも』など、断定や断言を避ける表現を使えば能力の発現を抑えられることが分かってきた。


ちなみに、ここだけの話だが、僕らの中には他にも特殊な能力を持ってしまっている者がいる。

その原因や能力の論理に関しては長くなる上に難解なので別の機会に譲るとするが、とにかく能力を使わないよう注意しながら、僕らは学園生活を送っているのだ。

 

 

 

かく言うこの僕は──小さな物体や軽い物質に限られるけど──手を触れずに物を動かすことが出来る。



 

尾上世莉架は、相手の視覚を通じて、その人が何を考えているのか受信できてしまう『思考盗撮』の持ち主。



 

有村は、相手の言葉が真実であるか欺瞞(ぎまん)であるか、ほんの一瞬聞くだけで、判別できてしまう。



 

そして、うきは、他人の強い『望み』にさらされると、能力が勝手に発現し、相手の望む妄想を無意識に現実化(リアルブート)させてしまう。



 

来栖も何か能力を持っているようだが……その話題になるとなぜか口をつぐんでしまうので、どんな能力なのか、まだ誰も教えてもらっていない。



 

そして、伊藤はといえば!

 

 

 

 

──今のところ、ひとりだけなんの能力も持っていない。

 

 


本人はそのことをものすごく悔しがっていて、『大器晩成って言うだろ? いつかすごい能力が発現するのさ』と言い張っており──

ときどき怪しげな通販で『エスパーカード』だの『エスパーリング』だのを買っては、金の無駄遣いを繰り返している。

もちろん、今の所、それらは全く効果をあげていない。


なお、新聞部のルールとして、『能力を安易に使わない』というのがある。



 

僕らの同級生の『久野里澪』という天才少女が脳科学の専門家なのだけれど……彼女が僕たちをいつも監視しているからだ。

そして、『能力はまだ分からないことが多く、危険だ。乱用したら命の保証はないぞ』と脅されている。

少しでも能力を使ったことがバレると、ものすごい勢いで罵倒され、叱られる。

その恐ろしさといったら、『生徒会の女帝』と呼ばれている来栖がキレた時といい勝負だ。

 

 

 

「ってか、香月? その階層のボスだったら、先に北のダンジョンに行って、水龍殺しの剣(アクアグラム)を手に入れないと、倒せないぞ?」

「ん-っ!?」


「いや、そうじゃなくて、ログアウトをだな……!」


「華ちゃんは、こうなると無理だよ、タク~」


「そうですね。ははは……」

 



「あ、うきちゃんは、何かお菓子いる? チョコもあるよ?」

「あ、えと、すみません。私……今、ちょっと"だいえっと"を……」



 

「ダイエット!? ちょっとうき、ダメよ? あなた、痩せすぎてるくらいなんだから。中学時代から不必要なダイエットとか、身体に悪いわ。いけません」


来栖が、姉らしくピシッと言った。

ちなみに、二人の名字が違うのに『姉』と言ったのには理由があって──来栖乃々も山添うきも渋谷地震で孤児となった被災者であり、今は、同じ青葉寮で暮らしているからだ。

戸籍上は他人なのだが、寮の中では、すっかり本物の姉妹のように暮らしている。


「で、でも、姉さん……私ね、最近なんか急に体重が増えて来ちゃってるの。お洋服も、胸やお尻のあたりとか、すごくキツイし……」


それを聞いた途端、バカ伊藤が、明らかな地雷だと分かりつつ、ふたりの会話に割って入った。

 

 

 

「そ、それは太ったんじゃないぞ、山添っ」

「え……?」

「山添は確か今、中等部の二年だよな? ということは……おおう、いよいよ、大いなる成長期をむかえようとしているわけかっ? まさか、こんな所に期待のニューフェイスがっ!」

 

 

「オホン。ねぇ、伊藤くん?」

 

「ぐっ?」

 

 

 

「そういうのって、完全にセクハラ発言よ? アウトよ? 分かってるのかしら?」

「わっ、わっ、分かっておりますっ、副部長様っ!」

 


伊藤のバカは、来栖にものすごい目で睨まれて、椅子の上で土下座の態勢に入った。

何度も繰り返し言うが、ほんとにバカだ、こいつは。

いや。それとも、伊藤は真性ドMで、来栖に罵られるのが好きなんだろうか?

 

 

 

「……? あの?」

「気にすることないわ、うき。今は育ち盛りなんだから、体重とか増えて当然なのよ。気にしちゃダメ。いい?」

「ほんとう……?」

「ええ。今度、一緒に新しいお洋服、買いに行きましょう?」



 

「あー、私も一緒に行きたーい! うきの服、選びたーい!」

「う、うん……」


ウキがホッとしたように顔をほころばせた。


「よーし、どんな服が似合うか一緒に考えよ? 私、ちょっとコンビニ行ってファッション誌買ってくるね」


「いやいやいや! 待てこらーーっ!」


「う~?」

「う~、じゃない! お前、話を聞いてなかったのか!? これから全員で編集会議をするんだっ!」



 

「あのぉ、宮代せんぱーい? 読書の邪魔なんで、もうちょっと静かにしてくれませんか~?」


有村が読んでいた単行本から顔をあげて、口を尖らせた。

 

「あ、ああ、悪い………って、ちっがーーう!」



 

「お~」
「おお~」
「ほお~」


僕が雷を落とすと、なぜか尾上と有村と伊藤が『おー』とか言いながら拍手をした。


「な、なんだよ、その拍手は?」

 

 

 

「いやぁ、お約束通りの反応に、つい」

「宮代先輩のツッコミは、やっぱりたまりませんなー」

「これはもう、新聞部の"宴会芸"だねっ!」

「それを言うなら、"伝統芸"だぞ、尾上」


「宴会芸でも伝統芸でもないから! っていうか、有村!」

「はい」

「なんで毎日ここにいるんだ!? お前、新聞部じゃなくて、文芸部員だろうが!」


そう。彼女は新聞部員ではない。

香月の親友なので、以前から時々遊びに来ていたけれど……最近は、放課後になるといつもここに来て小説などを書いている。

 

「えー。あー、それは、まぁ、色々とありまして……ゴニョゴニョ……」

 

 

 

「バカッ、察してやれよ、宮代」


「なにを?」

「ウチの部に好きな男が出来たからに決まってるだろ? だから、毎日ここへ来ちまうんだよ」

「な、なんだってー!?」


あの男まさりで生意気で口が悪くて、恋愛なんか絶対に関係なさそうな有村に、好きな男、だと?

しかも、新聞部の男といえば、僕と伊藤しかいない。

そして、この僕が、ルックスや性格や言動で伊藤に負けるハズがないわけだから……必然的に有村のお目当ては……。

 


「おほんおほん、おほーん! すいませーん。いくら小声でも、この距離なら完全に聞こえちゃってるんですけどー?」



 

「はっ!?」
「うっ!?」


有村の妙に明るい声に、僕と伊藤は我に返った。


「想像力がたくましいのは結構ですがー、変な期待をするのはやめてくださいねー」

「へ、変な期待なんてしてないぞ」

「してないぞ」

「残念ながら、宮代先輩も伊藤先輩も私のタイプじゃないので──ごめんなさいです」



 

「あーあ。ふられちゃったわね、拓留?」


「だ、だから僕は別に──って、なんだよ来栖。とにかく有村は文芸部へ帰れ」



 

「はっはっは、それは出来ねー相談ってもんです。私、部の先輩にちょっと生意気言って、シメられそうになってましてね。ほとぼりが冷めるまで、ここに避難してるもんで」

「なんだよ、その理由!?」

「『好きな男が出来た説』の方がよっぽどマシだ!」


「あはは。とにかくぅ~、しばらくここで部活させて下さいよ、せんぱぁ~い。すごく居心地がいいんですってば~」

 

 

 

有村はわざとらしくしなを作ると、クッキーを口に放り込みながら、小説の続きを読み始めた。



 

「いいじゃない、タク? 私もひなちゃんがいると楽しーし」

「そうね、大目に見ましょう。にぎやかなのはいいことよ」


『いいことよ』って、それでいいのか鬼の生徒会長!?

校則的に考えて!?


僕がそういう目をして来栖を見ると、彼女は少しだけ肩をすくめて、『にぎやかなのはいいことよ』ともう一回、口にした。


「………。有村の件は分かった。だが! とにかく編集会議だけはするからな。全員、真面目に僕の話を聞け」


僕は、壁に貼りつけてある巨大なボードをビシッと指差した。

 

 

 

「さてみんな、このボードを見てくれ。ここ最近、渋谷で発生した有名な事件をまとめてみた。この中から、記事に出来そうなものを選ぼうと思う」


ボードは、渋谷周辺の地図を拡大したもので、いつ、どこで、どんな事件が発生したか、分かりやすくピンを刺したり、メモを貼りつけたりできるようにしてある。

 

 






「まずは、『こっち見んなー!事件』。被害者は、ニコニヤ動画で『俺氏、未来が見えてしまう件について』という生放送をしていた21歳のフリーターだ。名前と顔写真は──」



 

「そう。被害者は、この大谷悠馬だったな。次に、『音漏れてん!事件』。その被害者は──」



 

「うん、そうだ。高柳桃寧だったな。そして、三番目『回転ジェット事件』。この事件で被害にあったのは──」



 

「そうだ。柿田広宣だったな。確か、有村は柿田の知り合いじゃなかったか?」



 

「あー、でも、詳しくは知らないですよ。兄と同じ会社の人ってだけで」

「そっか。あんまり情報はあてに出来ないな……。じゃあ、次。これはつい最近起こった事件だ」



 

「有名ネット記者の渡部が巻き込まれた『ごっつァンデス事件』」



 

「この四つのうち、どれを取材すべきか検討したいんだが……。それぞれどんな事件だったか? みんな覚えてるか? どうだ尾上?」



 

「う? んーと……なんだっけ?」

「おいおい、事件からまだそれほど経ってないぞ? いいか? どんな事件だったかというと──」



 

「まず、『こっち見んなー!事件は──』



 

「そうだ。これが『こっち見んなー!事件』の概要だな」



 

ニコニヤ動画の人気実況屋がいたが、実況中にかじったチーズが消費期限切れのためにカビが生えていたのに気づかなかったため、途中で気分が悪くなって、実況中に大リバースする姿をさらしてしまった件。

リバースしながら『こっち見んなー!』と怒鳴ったことから、この事件名になった。


「次に、『音漏れてん事件』」



 

「うん。これが『音漏れてん事件』を言われているものだ」



 

『歌ってみた』の人気アイドル的な歌い手が路上ライブを決行。

途中まではよかったが、とある曲の難しいパート部分がうまく歌えず、口も開いていなかった……にも関わらず伴奏には見事に歌が乗っていたため、彼女の路上ライブが全て口パクだったことが知れ渡ってしまった。

事件の名前は、その時彼女が口走った『ちゃうねん、ちゃうねん! どっかから違う曲の音が漏れてん!』という言葉からである。


「そして、『回転ジェット事件』」



 

「うん、これがいわゆる『回転ジェット事件』だな」



 

事件当日、他にホテルの空きがなく、ラブホに宿泊していた青年がいたが、彼が座っていた回転ベッドが故障しており、スイッチもいじっていないのにいきなり超高速回転を始めてしまったというアホな事件。

ベッドの上から激しい勢いでふっとばされた青年は壁に激突して全治3週間の怪我をおった。

この恐怖の回転ベッド事件は、当時、某遊園地で人気だった大回転ジェットコースターにちなんで『回転ジェット』と名付けられた。

 

 

 

「そして、最新の事件がこれだ。『ごっつァンデス事件』」



 

有名ネット記者が、アンデス地方出身のとある若手人気力士のスクープをつかみ、相撲部屋に忍び込んだはいいが……若手の弟子たちに見つかり、アンデス風ちゃんこ鍋(?)を白目をむくほど強引に食べさせられて、ダウンした事件。

裁判で、原告側は監禁および強要を主張しているが、相撲部屋としては、ただ単に『客人を、部屋名物のアンデス風大盛りちゃんこでおもてなししただけだ』と言い張っている。

この事件はネット民の間で『ごっつぁんです』とかけて、『ごっつァンデス』事件と名付けられている。

 

 

 

「ということで。まとめは以上だ。で、さっきも言ったが、この四つのうち、どれを記事にしたらいいか迷ってる。そこで、みんなの意見を聞かせて欲しい。忌憚(きたん)なく言ってくれ」



 

 

「「「「「「………」」」」」」

 

 


部室内に、妙に冷めた空気が流れた。

室内の温度まで1~2度下がった気さえする。

 

 

 

「ん、ん~……」

 

 

 

「えっと……そうね。どの事件も、その……とっても興味深いわ」



 

「ね、姉さんの言う通りです」

 

 

「すっごいニュースばっかで迷っちゃうな~」


「………」


……いや、本当は分かってるんだ、僕だって。

どの事件も、使える使えない以前の問題というか……。

 

 

 

「どの事件もくだらねーなぁ!」


「ぐはーーっ」



 

「ちょっと、伊藤くんっ」

「ハッキリ言っちゃダメだよぉー。少しは遠慮してあげなきゃー」


「お、尾上も来栖も、遠慮とかいらないぞ……」

「う? そうなの?」

「なんか、ごめんなさい……」

「い、いや、いいんだ。逆に言えば、最近の渋谷が平和ってことだからな。ははは……」


そう。

ここ最近渋谷で起こっている事件は、どれもこれも、ほんとにどうでもいい。

というか、平和すぎて、まるで誰かにそう仕組まれているかのような気さえしてくる。


「なぁ、宮代? これならさ、『渋谷の新しい隠れスポット』とか『これから流行するファッション』とか、そういう特集の方が受けるんじゃねーの? 尾上とかにメインの記事、書いてもらってさ」



 

「えー、いいの!? やるやる! のんちゃんも一緒に書くでしょ!?」

「でも……」


来栖が、チラっとこっちを見た。

明らかに、まだ僕に気を遣っている。


「だから、気にするなよ来栖。とりあえず伊藤のプランで進めておいて──で、僕はその間にもスクープを探すよ。何か大きなネタをつかんだら、改めて紙面を練り直す。こんな感じでどうだろう?」

「え、ええ。拓留さえよければ、それで構わないけど」

「賛成ー」

「じゃあ、来栖や尾上たちは先行して取材を頼む。ファッションのこととか、僕にはさっぱりだ」

「ええ」

「りょうかーい」



 

「ん」



 

「ちなみに、取材費とか、部費から出るんすか!?」

「それはもちろん──って、有村! お前はダメに決まってるだろ!」

「え~~? ひど~~い」

「そう思うんなら、さっさと文芸部へ戻れよっ」


こうして、新聞部はとりあえず一般ウケしそうな記事を先行させつつ、僕は、何か大きなスクープを探すことになった。


(というより、絶対に、大きなスクープを探さなくちゃいけないんだ)


そこには、実は理由があった。

 

……

 

あれは、数日前のことだ。

 

 

 

「おい、おぬしら。いい加減、追加注文をしてもバチは当たらぬ頃だぞ?」

 

「えっ? あ、すみません」



 

時計を見ると、入店してすでに2時間ほどが過ぎていた。

その間、僕、伊藤、尾上、有村そして香月も、ドリンク一杯でねばってしまったことになる。


(いくらなんでも、これはまずいな)


少し、話に夢中になり過ぎた。



 

このカフェは、碧朋学園から少し離れていて、他の生徒たちが来ることもないので、放課後、部室で話し足りない時には、僕ら新聞部プラスおまけ(有村のことだ)の秘密のたまり場になっていた。

こんな居心地のいい場所、出入り禁止にでもなったら困ってしまう。

僕ら5人は、慌てて追加オーダーをする。

しかも、ちょっと贅沢めのメニューを混ぜて。



 

「うむ、了解した。ゆっくりしていくがよい」


機嫌を直したらしい店員さんが厨房へと引っ込むと、僕らはホッとして、話の続きを始めようとした。

ところが。


──カラン……。


──「おい、宮代」


「え?」


突然、店の入り口から声がかかった。

驚いて振り返ると、そこにいたのは──



 

「あ、川原くん……」

「やっぱりここだったか」


生徒会の副会長が、文字通り"上から目線"で立っていた。


「……えと……何か?」


僕は、彼が少し……いや、かなり苦手だ。

生徒会の会長である来栖のサポートを完璧にこなす優等生。

また、彼女の幼馴染でもある。

そんな彼にしてみれば、来栖の生徒会活動を削る僕ら新聞部は邪魔以外の何者でもなくて、なにかというと、目のかたきにしてくるのだ。


「何か用、ですか?」


僕はもう一回、おずおずと尋ねた。

彼がこういう態度とともに現れる時は、ロクな話じゃないことが多い。

しかも、

 

 

 

「よく来たな。まぁ、ゆっくりとしていくがよい」


店員さんが厨房から顔を出し、いつもの調子で言ったのに対し、よりにもよって彼は『いや、結構。彼に用件だけ伝えてすぐに帰りますから』と言い放ちやがった。

 

 

 

途端に店員さんは、明らかにムスッとした顔になる。


(バカ川原! 今のは、『そんな所に突っ立ってないで、さっさと座って注文しろ』って意味だから)


こんなことで店員さんの機嫌を損ねて、僕らまで出入り禁止になったらどうすんだよ?


しかも、僕の目線だけでの抗議など気づかない様子で、川原くんは店内をジロジロと見回した。

 

 

 

「うん? 生徒会長がいないな」

「来栖なら、先に帰りましたよ。今日は、青葉寮の食事当番だとか……」

 

「そうか。会長の前では話しづらいことだったからな。ちょうどいい」

「………」


うわあ! なんて白々しい!

今ここに来栖がいないのを知ってて──それで来たくせに!

僕ら全員、思いっきり冷めた目をしたが、彼は全く意に介することもなく話し始めた。

このふてぶてしさだけは、ちょっとうらやましい。


「実は生徒会の話なんだけどな。今の季節は学校行事も多くて、結構忙しいんだ」

「はぁ……」

「当然、生徒会長の負担もかなり大きくなっている。そのせいで来栖は、休みの日まで仕事をしてくれてるんだ」


それは、確かにその通りだった。

休日に青葉寮を訪ねていくと、来栖が、生徒会主催の行事の計画表やら、予算の計算やら、道具の手配やらをしているのを見かける。


「しかも、勉強も欠かさず、テストの成績は常にトップクラスだ。彼女がどれだけ大変な思いをしてるか分かるよな?」
「………」


あー、なるほど。

その後に続く言葉が分かった。


『だから、新聞部なんかの活動で、来栖を引っ張り回すな』だ。



 

「今の新聞部は、集まってもただ遊んでいるだけ。何の役にも立ってないじゃないか。そんな活動に、彼女の貴重な時間を浪費させないでくれないか」

「待ってよ、川原くん。僕らは別に遊んでるわけじゃない……」

「全くだ。色々と取材したり、結構ハードなんだからな」

「取材だって? そもそも、他の学校の、健全な新聞部というものを知っているのか? 彼らは、学校行事の特集をしたり、インターハイを目指している部活や生徒をピックアップしたり……学校にとって有意義な紙面を作ってる。それに対して、キミたちは──なんだか分からない都市伝説だの、あやしいウワサの調査だの。そういうのは、学校新聞のやることなのか?」

「う……」


痛い所を、ストレートに突かれてしまった。

これは確かに言い返せない。


「生徒会としては、そんな部に貴重な部費など配分出来ない。そう思わないか?」


「「「「ええっ?」」」」


ちょ、ちょっと待て。

もしかして部費を削減するって話か?

それは困る。今でも少なくて困ってるのに。

川原くんは、生徒会の意図を僕が察したとみて、さらに偉そうにひとつうなずいた。


「もちろん、すぐに部費を減らすような横暴な真似はしない。キミたち含めて、活動実態の怪しい部の活動を、これからしばらくチェックさせてもらう。そういう話だ」

「あ、あの、来栖も──生徒会長も承知してるんですか、そのこと?」

「ふっ。来栖に泣きつこうとしても無駄だ。そもそも俺の言ってることは正論なんだからな、いくら来栖にすがりついても……あー、ダメなものはダメに決まってる」


……ん?

川原くん、なんかいきなり弱腰になったな……。



 

「そう。これは生徒会として正しい行為なんだ。来栖に言いつけるとか、そういう卑怯なことはするな。というか、来栖には絶対に言うなよ。俺と宮代──男と男の勝負なんだからな!」


え? 男と男の勝負って、

いつからそういう話になったんだ?


「えと、あの──」

「それじゃあな、宮代!」


僕が尋ねる間もなく一方的にまくしたてると、川原くんはさっさとカフェを出て言ってしまった。



 

「客ではない者は、もう来るでないぞ」


そんな川原くんの背中を、店員さんのイヤミな声だけが追いかけた。


(なるほど、これはつまり……)

 

 

 

 

来栖は、たとえどんな部であろうと、部員が楽しく、そして仲良く活動出来てさえいればいいと、いつも言っている。

だから、いきなり部費を削るとか、そういう暴挙に出るわけがないんだ。

たとえ『女帝』と恐れられていようと、彼女はいきなりそんなことはしない。



 

要するに、今回の件は川原くんが勝手に主導していて、来栖には秘密になってるってわけだ。

けれど、川原くんも来栖には頭が上がらない……というより、鬼の女帝様を怖がっている。

だから、わざわざ僕に口止めをしたんだ。



 

「……よし」


いいだろうっ。

来栖抜きの『男と男の勝負』、受けて立とうじゃないかっ。

それで、もし負けそうになったら……川原くんの約束を守る義理なんてないし、来栖に言いつけてやればいいだけだ。ふはははは!


(………。いま尾上に思考盗撮されてたら、『タクってばサイテー』とか言われそうだな)


だが、まあいい!

部費の削減──とにかくそれだけは、なんとしても阻止しなくてはならない!

 

………

 

……

 

 

 

 

 

 



 

そして、次の日曜日──



 

「………」

「ねーねー! タク! こっちとこっち、どっちの服が可愛いと思うー?」

「こっちよね、拓留?」

「………」

「えー? こっちの方が絶対にいいってー! でしょ、うきちゃん?」



 

「あ、あの、私はえっと……どちらも素敵だと……ですよね、拓留さん?」

「………」



 

 

「拓留? うき? 別におねーちゃんに気なんか遣わなくていいのよ? 素直な意見を聞かせて?」

「えっ? ええっと、その……」



 

「うわぁ! 今のは絶対に脅しだー! 『おねーちゃんの言う事を聞かなかったら、後でものすごいおしおきよ?』って意味だー!」

「ちょっ! そんなことしないわ。私をなんだと思ってるの? ねえ、拓留?」

「………」



 

「??? 拓留?」


「おほん。……はっきり言っていいか、お前たち?」

「はい?」

「なになに?」

「なぜこんな所に僕がいる!? 流行の服の取材とか、お前たちに任せたろ!?」

「別にいいじゃないの。拓留とお買い物なんて、なかなか出来ないんだし」

「だから、買い物じゃないだろ、来栖!」


それに、ぶっちゃけて言えば、僕は、とにかく女の子ばかりの店内にいるのが苦手なのだ。

この、なんとも居心地の悪い感じ、男子諸君なら分かってもらえると思う。

特に、やたら派手な化粧とかした子が、『なにアンタ? もしかしてアタシが露出の多い服を買うとか思ってニヤニヤしてんじゃないの? やらしー』的な視線でチロチロ見てくるのが耐えられない。


「とにかく、僕はもう帰るから。それじゃあな」



 

「ちょっと待ってタク。ねぇ、タク」

「あ? なんだよっ」

「ここで帰ったらもったいないよ。このあと、もんのすごいイベントが待ってるんだから」

「もんのすごいイベント?」


って、なんだそれ?

さすがに気になる。


「ちょっと耳貸して、耳」



 

僕が興味を示したのを見て、尾上のピンク色の唇が僕の耳の側まで寄ってくる。


「……っ」


女の子特有の甘い匂いと、ほんのかすかな汗の香りが鼻腔を刺激しつつ、しかも、とろけるような吐息攻撃まで加わって、一瞬、僕の理性が押しつぶされそうになる。

が。いかん! ダメだ!

こんな単純なことでいちいち女の子に惚れていては、初心(うぶ)丸出しのDT野郎だ!

僕はすかさず、『クールキャットプレス』で連載中の南方謙二先生のお言葉を思い浮かべて耐えた。



 

『真の漢ってのはな、本当に惚れるべき女が現れるまで、他の女の色香になんざ惑わされないものだぜ。なぁ?』


──うむ!


こういう時、南方先生の言葉は、僕をいつも支えてくれる!

 

 

 

 

「このあとねー、のんちゃんたちと水着のお店もチェックしようって話になってるんだよー」
「なん、だと?」
「来年の夏のトレンドが、もう発表になってるんだって。私ものんちゃんもうきちゃんも、たぶん試着するよー? もちろん、タクにも見てもらうよー?」
「うあぁ……っ」


み、み、み、南方先生っ!?

この子、なんか魅力的な──じゃなかった、〇ッチっぽいことを言ってやがりますけど!?

こういう場合、僕はどうしたらいいのですかっ!?

もしかして、ちょっとくらい誘惑に負けても!?

いやいや! そんなこと先生が許すはずがない!


「ねぇねぇ、拓留ぅ? どうかしら、これ?」


僕が激しい葛藤を抱えて苦悩していると、背後から来栖の声がした。


「あ? なんだよ、来栖?」

 

 

 

 

 

「ほら、これ」


「うおわぁーっ!?」

 

 

 

僕はまるで、1960年代のマンガ映画のようにビョイーンと飛び退った。


「ちょっと? なに驚いてるの?」

「な、な、なにって、お前、それっ!」

「ただの試着じゃない」

「いやいやいや! 水着で売り場の中を歩き回るのは、ただの試着じゃないだろ!? おかしいだろ!?」


それじゃまるで露出症みたいだぞ、お前!


「んもう、タクってばひどい。のんちゃんより、私の方を見てよ~」


「はい?」


その声に振り向くと、いつの間にか尾上まで──

 

 

 

 

「えへへ! どお?」


「ぎゃーーー!」

 

 

 

 

い、いつの間に着替えたんだ!?

歌舞伎の早替えか、お前は!



 

 

「とっ、とにかく! 水着の試着はいいけど、それでウロウロするのは、ただの痴女だから──」


そこまで言いかけた僕は、はたと気がついた。

ちょっとだけアホの子な尾上はともかく……あの来栖乃々生徒会長が、こんなことをするなんてありえるだろうか?

いや、ありえるわけがない。

力強く否定した僕は、とっさに山添うきの姿を探す。

 

 

 

「………」


いた!

すぐ近くの柱の陰で、顔を真っ赤にしながらアタフタしている。


(そうか! 彼女の能力!)


「おい、うき!? もしかしてこれ、お前のせいか!?」


僕が柱の陰に声をかけると、彼女は申し訳なさそうにコクコクとうなずいた。

といっても、うきに悪気があるわけでなくて……前にも言った通り、彼女の近くにいる誰かが強い妄想を抱くと、無意識にそれを現実化(リアルブート)してしまうのだ。



 

 

「ちょっと拓留? なんで逃げちゃうの? もっとよく見て。どっちの水着が似合ってるか、決めて」

「決めてくれないと、抱きついちゃうぞー!」


「だーっ!?」


尾上が、僕の胸に思いっきり飛び込んできて、半裸の身体を押し付けてきた。

あっちとかこっちとか、"柔らかくてよろしくないモノ"が、僕の全身に当たる。


「そんなの卑怯だわ、世莉架! それなら私もっ!」

「『私も』じゃなくて! やめろー!」


必死に制止したが、今度は来栖が、僕の腕に自分の腕をからめるようにしてベッタリとくっついてきた。

これまで服の上からでは分からなかったが、実はけっこうボリュームのある膨らみが、なんとも心地良く──って、そうじゃない!

 

「うき!? いったい誰の妄想だ、これ!?」

「………」

「おい、うき!?」



 

僕がうきを強く促すと、彼女は頬を真っ赤に染めながら、おずおずと指差した。


──僕のことを。


「って、僕ぅ!?」

「は、はい……残念ながら」

「残念ってなんだよ、残念って!?」

「私、拓留さんのこと、素敵なお兄ちゃんだと思っていたのに……えっちなお兄ちゃんだったのですね」

「悲しそうに言わないでくれ! こういうのは健全な男子高校生なら誰でも持っちゃう妄想なの!」



 

 

「ちょっとタク! 水着の私たちより、うきちゃんとばっかり話して! もしかして、〇リコンなの~!?」

「違うわ! お前はお前で、人聞きの悪いこと言うなーっ」



 

「じゃあ、もしかして……拓留は私の身体になんて興味がないってことなの? ううっ、ひどい。"ここ"も"あそこ"も、拓留の好きにしていいのにっ」


「って、来栖がそんなこと言うかーっ!」

 

「やっぱりえっちです……」

「だから、そんな悲しそうな目はよしてくれぇ」



 

「で、でもっ、私にとって拓留さんは大事なお兄ちゃん! 私、我慢しますからっ!」

「我慢とかしなくていい! この妄想をなんとかしろ!」



 

「えっ? せっかくなのに、なんとかしちゃっていいんですか?」

「いいから! 早く!」

「でしたら簡単です。私からなるべく離れて下さい。そうすれば、解除出来ると思います」

「そっか分かった! あとは任せる!」



 

 

 

僕は、煽情的にまとわりついて来る尾上と来栖のなまめかしい身体をひっぺがすと、後ろ髪をものすごく引かれつつ、脱兎のごとく逃げ出した。


「あ!」

「ちょっと待ってよ、タクぅ!」


………

 

 

 

 

二人の声が追いかけてきたが、それを振り切って僕は渋谷PARKUのビルから逃げ出した。

 

………



 

………

 

 

 

「はぁはぁはぁ…………はぁ……はぁ。すごくいい目──じゃなくって、ひどい目にあった」


結局、碧朋学園まで逃げて来てしまった。

でも、これだけ距離をとれば、さすがにうきの能力も解除されているだろう。

僕は額の汗をぬぐうと、ホッと息をついた。

せっかくここまで来たんだ。

部室のPCで、何か新聞のヒントがないか、探すことにするか。

 

………

 

 

 

と……。


「ん、ん……んんっ……」


(え? 誰かいる?)


「ん、んんっ……やめて欲しい、かも……」

「なに言ってるの? 本当はもっとして欲しいくせに。分かるのよ、私の能力を使えば」


(香月? 有村?)


そう。

耳を澄ましてみると、なにやら香月と有村の怪しげな声が、部室の中でかすかに響いていた。


「???」

 

 

 

「だ、ダメ。そんなの、恥ずかし……あ、ん、ん……」

「んふふ。また嘘ついてる。本当はこの大きな胸……こうやって見られて、触られて、いじられるの、大好きなのよね?」

「ん、あ、んん……」

 

 

 

「あと、この柔らかいふともも……こっちも好きよね? なでてもらうのが」

「あ、あん……そ、そんなの違う、かも……」

 

 


って、おいこらーーーーーーーーーーーーーっ!?

 


お前たちは、ナニをしてるんだ、ナニを!?


──じゃなかった! 何をしてるんだ、何を!?


香月はともかく、有村はどうも香月にベタベタしすぎてるし……そもそも、有村がいつもウチの部室に入り浸っている理由がどうも曖昧で、おかしいとは思ってたんだ。

だが、ついに確信した。

あいつ、香月狙いだったのか!


「ほんと、嘘つきな子。ふふふ……知ってるのよ? 普段から、先輩たちがこのおっきな胸とか、短いスカートのスソとか、チラチラ見るたびに実は興奮してるってこともね」


な、なにぃぃぃ!?

僕や伊藤が、ついついチラ見してしまうことに気づいてる!?

しかもっ……興奮してる、だと!?


「だから、違……」

「また嘘ばっかり。ゲーム画面を横から覗きこんでくる先輩に、偶然のふりをして、胸とかふとももを押しつけたりするじゃない、あなた」


うあぁぁあぁーーーーっ!!


マジか!?


あれは、わざとだったのかっ!?


僕や伊藤の密かなトキメキが、実は仕組まれたものだったなんてっ!


「うう、そんなこと……私……してな……」

「いい加減、本当のこと言いなさいよ? あなた、そういうのにドキドキしちゃう、変態さんのくせに」

「う、くっ、ううう……」


ついに、香月が泣き出す声が聞こえた。



 

「うふふ……あなたの可愛い泣き顔、だーい好き……キスしちゃお……」

 


いかーん!

これはいっかーん!

新聞部部長として、我が部員へのこれ以上の狼藉を許すわけにはいかない! 助けにいかなくては!



 

たとえ扉を開けた瞬間、香月のボリューミーな胸がしどけなく露わにされていて、それが偶然、僕の目に入ってしまうとしても!

もしかしたら、有村も一緒になってそういう不埒(ふらち)な格好になっていて、色々見えてしまうとしても!

それでもやはり、新聞部部長として、我が部員への狼藉を許すわけにはいかない! 助けにいかなくては!

大事なことだから、二度言わせてもらった!


僕はササササーッと足音を忍ばせて部室の前まで行くと、音を立てないように数センチほどドアを開き──


(ごくり……)


──中をこっそり覗き込んだ。



 

「……あ、あの……もうやめたい、かも」
「なんでよー。ここからが大事なところじゃない」


(あれっ?)


二人ともごくごく普通だった。

テーブルを間にはさんで座り、プリントアウトした原稿らしきものを手にしている。



 

「な、なんか、身の危険を感じてきた。ひなさん……本気っぽい、かもだから」

「なっ、なに言ってんの!? 誰が誰に本気!?」

「そう怒りつつ、私の胸を凝視するのはやめて欲しい、かも」

「凝視なんてしとらんわ!」


香月に食ってかかりながら、有村のやつ、なんで顔を真っ赤にしてんだよ!?

それが、本気っぽいって言われてんだよ!


──!


(わ、しまった!)


ドアにべったり顔をつけていたものだから、ツッコミをいれた拍子に、つい頭をぶつけてしまった。



 

「ん?」

「誰?」

 

まずい、バレた!

ど、どうやって逃げよう!?


(……ん?)


……あ、いや。

別にまずくないのか?

二人とも裸になってるわけじゃないし、変なことしてたようにも見えないし。

そもそも、僕はこの部の部長だし。


「げふんげふん!」


僕は、なるべくわざとらしくならないように咳払いをすると、隠れていたドアの陰から立ち上がった。



 

「ああ、僕だ。日曜なのに部活か。ご苦労」


さりげなく挨拶をしながら、扉を開いて中へ入る。


「あ……拓留先輩」

「ど、ど、どうしたんすか、先輩こそ?」


香月はいつも通りだが、有村の方はまだなんとなく動揺している感じが、ちょっとだけ可愛い。

普段はどこか斜に構えていて、大人びたことばかり言っているが、こうしていると年相応の後輩にちゃんと見える。


「情報収集に来たんだよ。っていうか、有村こそ何してたんだ? ここは文芸部じゃないと何回言ったら……」

「まぁまぁ、いいじゃないすか。今度、テレビの新人シナリオ大賞に応募しようと思ってるんで、華に、一緒に読んでもらってたんすよー、あはは」


有村は、手にしていた例の原稿の束をパラパラとめくってみせた。


「ええっ!? それ、出すのか!? テレビのシナリオ賞に!? 僕はてっきり、『ラフランス書房』とかに応募するのかと思ったぞ。その……む、胸とかふとももとか……」



 

「ん-っ?」

「や、やだなぁ! もしかして聞いてたんすか、先輩!? 恥ずかしー」


二人とも照れて真っ赤になったが、恥ずかしい思いをしたのはこっちだ!

おかげで、ものすごい勘違いをしてしまったじゃないか。


「でもですね、今の時代、まずはインパクト勝負なんすよ。で、ただのエロティシズムかと思いきや、思いもよらない展開と内容で審査員を惹きつける、と。ホントは、もっと過激でもいいくらいだと思うんですよねー」

「そ、そんなものなのか?」


なんか、インパクトが間違った方向に向かってるんじゃ?

これで落選したら──というか、落選間違いなしのような気がする──こいつは更におかしな方向へインパクトを求めそうで、ちょっと怖い。



 

「あ! マズイ、かも!」


僕が、有村の手にしている原稿の束をうろんな目で眺めていると、突然、香月が時計を見て声を上げた。


「ん? どしたの?」

「イベント。大事な。もう時間」

「イベント?」



 

僕と有村がポカンとしていると、香月は、ダダダと小走りに部屋の隅のPCの前、いつもの定位置に座った。

そして、PCのスイッチを入れると、なにやらファンタジー系のネトゲを立ち上げ、慌ててログインする。



 

「ああ、イベントって……ネトゲのギルドの……」

「……ん。してた。約束」

「ちょ、ちょっと! 私のシナリオ、まだ途中なんだけど!?」

「ん? んー? ん-」


香月は、ものすごいスピードで自分のギルドメンバーに向けたメッセージを打ち込みつつ、ちょっと考えて、



 

 

「拓留先輩にバトンタッチすればいい、かも」

「うぁー!?」


僕に続きをやれってのか!? アレの!?



 

「いやぁ、照れちゃうなぁ」

「照れちゃうなー、じゃないだろ、お前! いいのか、アレの相手が僕で!?」

「私をなめないで下さい。作品のためならなんでも出来ますから。さぁ先輩、台本のここからです。すみませんが、続き、付き合ってください。お願いしますっ」

「………」


おい本気か? 本気なのか?

さっきの続きのセリフって……これだぞ?


「ああ、だめ。私、変になっちゃう。これ以上されたら……本当に気持ちよくなっちゃう~」



 

「………」
「………」
「う……」



 

「おえ……」
「かかか帰るっ!」


僕は有村に台本を突き返すと、問答無用で立ち上がり、部室を後にした。


──!



 

「ちょっと、先輩! 冗談ですって! ちゃんとやりますから!」
「ちゃんとやるって、あと何ページくらい続くんだ、あのシーン!?」
「えーと……30ページくらいすかね」
「お前、やっぱりなんか間違ってる! 絶対!」
「ああっ、だから待ってくださいよー!」


有村がさらに追いすがってきたので、それに向かって、僕はズビシッと言う。


「悪いこと言わないから、書き直せよっ。あんなの、テレビでオンエアできるわけないだろ!? 新人賞なんて取れないって!」



 

「そっかなぁ。インパクトはあると思うんすけど……」
「どう見ても、インパクトしかないだろ!」
「ううーん……じゃあ、映画賞の方にするか……」


有村は納得がいかない表情のまま、ブツブツ言い始めた。

僕はため息をつくと、その場を離れる。


………



 

「な、なんか……今日は疲れた……」


結局、僕は、トレーラーハウスに戻って、ひとりでネタ探しするのが一番だという結論に達した。


………

 


……

 

 

 

 

 

 

「……うーん」


生徒会に文句をつけさせないような紙面。

そのためには、世間をあっと言わせるようなスクープが必要……か。

僕は自分のトレーラーハウスのベッドに大の字になって、ずっと考え込んでいた。

そして、部室のボードでまとめた、数々の事件のことを考えていたのだが……。

ふと、妙な違和感にかられた。

どこがどうおかしいのか、それは全く説明できないのだけれど……。



 

たとえば、『こっち見んなー!事件』っていうのは、あんなにバカバカしい事件だったろうか?



 

『音漏れてん事件』は?



 

『回転ジェット事件』は?



 

『ごっつァンデス事件』は?

 

 


「どれも、もっとすごかったような気がするんだよなー」


──「何がすごかったの?」


「いや、どの事件ももっとこう──って、うわぁっ!?」


──!


PCが置いてあるテーブルの向こうからいきなり声がしたので、思わずベッドから転がり落ちてしまった。



 

「お、お、尾上っ! お前、いつの間に!?」

 

 

 

 

昼間見た尾上の水着姿が思いっきり脳裏によみがえってきて、あやうく顔が赤くなってしまうところだった。

あの時はひたすらビックリしてしまっただけだが、いま思い出してみると、来栖も尾上もなかなか似合っていて、可愛かっ──何を考えてるんだ、僕はっ!?



 

「う? ドアの鍵あいてたから」
「鍵があいてても、ノックくらいして入ってこいよ。いったいいつから、そこに座ってるんだ」



 

「ん-と。タクがね、ブツブツひとりごと言い始めたあたり」
「ほとんど最初からじゃないかよ、それ! 油断も隙もあったもんじゃないな……」



 

「えへへぇ」


尾上はいつものように屈託なく笑ったが、ふいに、僕に向かって手を差し出した。


「あ、そうだ。いつもの五百円」
「五百円……いつもの? って、まさか!?」


ものすごくイヤな予感がした。


「うん。そこでゲンさんに会ったんだ。そしたらね、タクが"毎月楽しみにしてる"雑誌を渡しといてくれって。はいこれ。お金は私が立て替えておいたから。五百円」



 

いちおう袋らしきものに包まれてはいるものの、『クールキャットプレス』という雑誌名や、表紙を飾っているやたら煽情的なグラビアアイドルの写真まで思いっきり透けて見えてしまっている。

「たぁー!」


──!


僕は気合とともに袋ごと雑誌をひったくると、ゴミ箱の中へ放り込んだ。



 

「えー? なんで捨てちゃうの? まだ読んでないのに」
「なぁ、尾上? この僕が、こんな程度の低い本を読むわけないだろう?」
「う? でも、こっちの棚の奥にこっそりしまってある本って、全部、『くーるきゃっとぷれす』って書いてあったような……」
「わーわーわー! お前はヒトの家を勝手にあさるな!」



 

「のんちゃんには秘密にしとくから、私にも見せてよー」



 

そう言うと尾上はゴミ箱から、捨てたばかりの『クールキャットプレス』を引っ張り出し、『うわー、すごい』とか『これはえっちだー』とか言いながらペラペラとめくり始めた。

こっちはなんともいたたまれなくなり、一刻も早く本を回収しようとするのだが──


──尾上のやつ、『こういう本を隠してるの、のんちゃんに言いつけちゃうよー』とか脅迫しつつ、興味深げに全ページ読破しやがったのである。


(な、なんてヤツだ……)


そもそも、こういう本、女の子が読んで面白いものなんだろうか?



 

「ねぇ、タク! こんな面白いのあるよ? やってみてよー」

 

世莉架が広げていたのは、『アナタが本気(マジ)でオトすべき理想のカノジョはこんな女だ!』とかなんとかそんな派手なタイトルが踊っている企画ページだった。

要するに、よくある『YESーNO』心理診断みたいなもので、設問に対してYESかNOかで線をたどっていくと、それによって、僕と相性ピッタリの女の子が分かる……という企画らしい。


「こんなの、どっかのライターがテキトーに書いてるだけだろ? 当たるわけないって」


──と、尾上の前ではカッコつけつつ、実はこの手の『YESーNO』心理診断企画があると、毎回、ちょっとドキドキしながら線をたどり、最終結果に一喜一憂しているのは内緒だ。

 

 

 

「もー、そういうことばっかり言ってるから、タクはいつまでたっても彼女が出来ないんだよー」
「なにをー?」
「こういうのってゲームみたいで楽しいよ。やろう?」
「………しょうがないな」


僕は、いかにも『尾上に言われてしぶしぶ』……という姿勢を装いながら、『YESーNO』心理診断をやりはじめた。


……



 

──YES NO TRIGGER ON!

 

 

 



 

 

 

"彼女がいたことがある"

──YES




 

"部活は文化部より運動部の子がタイプ"

──NO




 

"パソコン通信なんて興味ないぜ"

──YES




 

"コギャルより天然むすめ"

──YES




 

"部活動は積極的だ"

──NO




 

"生意気な後輩タイプ"
『優しいあなたには生意気なタイプがぴったり! わがままを広い心で受け止めてあげれば生意気なあの子から甘えられちゃうかも?』


……

 

 

 

 

「う? 知らなかったー。タクって、生意気な後輩とか好きだったの? ってことは、えっと……ひなちゃんとか?」


尾上が、『クールキャットプレス』を見ながら盛んにはしゃいでいる。

ううーむ、出来ればやめて欲しいんだけどなぁ。

男性誌だし、きわどいページとかあるし……気まずいこと、この上ない。


「ほら、もういいだろ?」


僕は尾上から『クールキャットプレス』を取り上げると、棚の上にこっそりしまいこんだ。

そして、わざと難しそうな顔をしてみせると、スマホの画面に写真を表示する。


「う? なになに? 何の写真ー?」
「部室でいろんな事件をまとめたボードだよ。写真に撮っておいたんだ」

 

 

 

僕はそれをじっと眺めて、これらの事件に何か特徴がないか考えてみる。

尾上も僕の後ろに来て、画面をのぞき込んだ。

そうされると、なにやら柔らかいものが背中に当たって、しかも、フワリといい香りが鼻をくすぐったりするが、そんなことくらいで動じる僕ではないのだ。


「僕の考えだと、これらの事件には~……おほんおほん……これらの事件には、なんらかの関連性がある気がするんだ」
「うーん? そうかなぁ」
「ああ。絶対に何かあるはず。尾上は何か気づいた事とかないか?」
「ん~?」


尾上は顎に手を当ててしばらく考えたあと、おもむろに両手をパシンと打って言った。



 

「どの事件も、私たちを笑わせようとしている!」
「そんなわけあるか!」


……尾上に聞いた僕がバカだった。



 

「でもでも、面白い事件ばっかりじゃない? 何年か前に、『ニュージェなんとかのきょうき』とかいうのがあったけど、あれとは大違いだよ」
「『ニュージェネレーションの狂気』な」


そうだ。

確か6年ほど前、今回と同じように渋谷で連続事件が起きたことがあった。

ただし、『ニュージェネレーションの狂気』と呼ばれているそれは、今回と違って、どれも目を覆いたくなるような殺人事件ばかりだったけれど──


「──あっ!?」


僕はそこである事に気づき、思わず声を上げた。


「どしたのタク?」
「尾上! もしかしたら、お前、お手柄かも知れないぞ!」


急いでPCを立ち上げると、色々なサイトを検索しつつ、表計算ソフトにデータを打ち込んでいく。

 

 

 

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●2009年9月7日『ニュージェネの狂気/集団ダイブ』
●2015年9月7日『こっち見んなー!』


●2009年9月19日『ニュージェネの狂気/妊娠男』
●2015年9月19日『音漏れてん』


●2009年9月29日『ニュージェネの狂気/張り付け』
●2015年9月29日『回転ジェット』


●2009年10月10日『ニュージェネの狂気/ヴァンパイ屋』
●2015年10月10日『ごっつァンデス』

 

・2009年10月23日『ニュージェネの狂気/ノータリン』

 

・2009年10月28日『ニュージェネの狂気/美味い手』


・2009年11月4日『ニュージェネの狂気/DQNパズル』

 

 

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「……今まで、気が付かなかった……」
「なになに?」
「同じなんだ。日付が」
「日付?」
「ああ。六年前の『ニュージェネレーションの狂気』事件と、今回の一連の事件──今のところ、全部同じ日に起こってる! これって、すごいぞ! バラバラだった点と点が、線につながった!」

 

 

「………?」
「『こっち見んなー』にしても『音漏れてん』にしても『回転ジェット』にしても、関連性はゼロ。バカバカしい事件が頻発してるってだけで、なんの共通点も見えなかっただろ?」
「う、うん」
「でも、実は共通点があったんだ。いくらなんでも、こんなに偶然が重なるわけない」
「えと……つまりどういうこと?」
「一見、テキトーに発生しているように見える今回の事件の裏に──実は真犯人が潜んでる。そして、事件が起きるように仕組んであるってことさ。しかもその真犯人は、6年前の『ニュージェネレーションの狂気』と同じ日に犯行を重ねてる」
「でも、なんでそんな面倒なことしてるのかなあ? しかも、笑っちゃうような事件ばっかり」
「たぶん、ある種の挑戦状だ。事件の共通性に気づいて、自分の犯行を止めてみろ、みたいな」
「おー。なんかカッコいいねぇ」
「くっくっく、ネットのカキコミを見ても、まだこの事に気づいたヤツはいない。たぶん僕が一番乗りだ。そして、もし僕の推測したルールが正しければ、次は『10月23日』になんらかの事件が起こるわけだ。それを、いち早くスクープしてやる」



 

「なるほどー! すごいね、タクー!」


尾上が、僕を尊敬のまなざしで見ながら小さく拍手をした。

昼間の編集会議はものの見事に敗北し、『渋谷の新しい隠れスポット』とか『これから流行するファッション』とか、実に軟派な新聞になってしまうところだったけれど──

僕の手で、世間を驚かせるようなネタを絶対につかんでやる。

 

……