ゲームを読む。

-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD らぶCHU☆CHU!!【7】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


--------------------

 

 

 


~『YESーNO』心理診断から~

 

……

 

 

 

僕は、いかにも『尾上に言われてしぶしぶ』……という姿勢を装いながら、『YESーNO』心理診断をやりはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

"彼女がいたことがある"


──NO


 

 

 

"初デートは渋谷より秋葉原"


──YES




 

"パソコン通信なんて興味ないぜ"


──NO


 

 


"おしゃべりは好きじゃない"


──YES


 

 

 

"イヤホンよりヘッドホンがいい"


──YES


 

 

 

 

"無口な後輩タイプ"
『落ち着いているあなたには無口な後輩タイプがぴったり!会話がなくても一緒にいるだけで落ち着ける関係が築いていけば…?』

 

 

 

「無口な後輩かあ……新聞部だと、やっぱり華ちゃんってことになるのかなあ」


尾上が、『クールキャットプレス』を見ながら盛んにはしゃいでいる。

ううーむ、出来ればやめて欲しいんだけどなぁ。

男性誌だし、きわどいページとかあるし……気まずいこと、この上ない。


「ほら、もういいだろ?」


僕は尾上から『クールキャットプレス』を取り上げると、棚の下にこっそりしまいこんだ。

………

 


……

 

 

 

~学校新聞の『YESーNO心理テスト』から~



 

僕は来栖たちに一通りいいわけをし、伊藤にはその数倍の悪態をつくと、その『YESーNO心理テスト』とやらをテーブルの上に広げてみた。





 

 

 

 

"幼馴染という言葉にあこがれる"


──YES


 

 

 

"同い年と年下だったら当然年下が好き"


──NO




 

"学食よりも家弁がいい"


──NO




 

"意外と読書家"


──YES




 

"休日は家でゲーム"


──YES




 

 

"貴方は自由形マイペースタイプ"
『極端に無口で、おとなしい君は、自由形マイペースタイプ。自由行動も度がすぎると孤立しちゃうぞ!』

 



 

「……んーーー」



 

「これ、遊び気分で作ったわりに、結構、面白いですね」

「ん」


………

 

……

 

 

 

 

-香月華編-

 


……。


…………。


………………。


(ん……)


……。


…………。


………………。


(ううん……)



 

「…………」


ベッドの上で目を醒ます。

冷蔵庫の上に置かれた目覚まし時計が、起床時刻を告げるアラームを鳴らしている。


「……………今日は、月曜日……」


麗しき休日は何時間も前に終わりを告げ、今日からまた5日間は学校に通わなければならない。


「………………起きなきゃ……」


目覚ましは、朝食を食べながら制服に着替えてかつネットの定期巡回した後に登校しても遅刻しないギリギリの時刻に設定してある。

つまり、すぐに起きなければいけない。

それは僕の体に既に刻み込まれているルーチンワークだった。

が、しかし。


「…………?」


体が、思うように動かない。

頭がとてもぼんやりしている。

まだ眠っていたい。


「……いや、ダメだ。起きよう」


一人暮らしなので、どこかでサボったらあとはズルズルさぼってしまう。

なのでズル休みだけはしないと決めていた。

ひとまず起きよう。


「よいしょっ────っと」


上半身を起こした、その時。


──!


「がっ!?」


突然、頭の中に刺すような痛みが走った。


「な、なんだっ!? あ、頭が……痛い!」


反射的に両手で頭を押さえる。


「……」


頭を動かさないでいると、徐々に痛みが引いていく。


「なんなんだ……」


と、その時。

僕は今頭を押さえた自分の両腕の異変に気付いた。


「……なんで僕、制服を着たまま寝てたんだ?」


思わず立ち上がる。


──!


「っと、うわっ!」


体を起こした途端、また頭がぐわんぐわんと痛みだす。


けれど、それを気にしている余裕はなかった。自分の身体を見直す。


「制服……」


どうやら、昨日は制服のまま寝ていたようだ。ズボンに跡がついてしまっている。


「昨日は日曜日なのに……」


日曜日だから制服を着る必要はない筈だ。


「いや、待てよ」


頭の中はいまだにぼんやりともやがかっていたが、その中にぼんやりとうっすらとしたイメージが現れてくる。


「確か、昨日は………新聞部のメンバーと一緒に行動した、ような……」


断片的に、渋谷の街中を伊藤や来栖、そして尾上、有村と歩いている記憶が浮かんでくる。


「昨日、僕はあいつらと……」


──!


「ウウッ!」


昨夜の事を思い出そうとしたその時、まるでそれを拒否するみたいに今まで以上に大きな頭痛が襲ってきた。

思わずふらついて足を一歩前に出すと──


──カラン、カラン……。



 

「え?」


靴下を履いたままの右足がなにかに当たった。

下を見ると、マウンテンビューのペットボトルが転がっていた。

フタはなく、空のようだ。


「あれ、捨ててなかったか──」


ペットボトルを拾おうと、頭を押さえながらかがむと、床には他にも色々落ちていることに気付いた。

空になったポテチの袋。食べ終わっているコンビニ弁当。破れたアイスの袋。ティッシュが放り込まれているコンビニ袋。

そう言った物が乱雑に転がっている。


「なんなんだよこれ……。まるで、宴会の後みたいだな………………ん? 宴会? そういえば……」


じわじわと伝わってくる頭痛の波を越えて、ようやく記憶の扉が開きそうになった。


「昨日は、みんなが──」


あと少しで全部思いだせる気がした、その瞬間。


「え?」


右ポケットから音が鳴った。ポケットを探ると、スマホが入っていた。



 

スマホもポケットに入れっぱなしで寝てたのか……」


メールが来たようだ。相手を確認する。


「ん? 誰からだこれ?」


送信者の欄に見知らぬメールアドレスが表示されている。少なくとも、スマホの住所録に登録してない人からだ。

まあ、住所録と言っても、元々大した人数は登録されていないのだが。


「このドメイン……。フリーの捨てアカウントだな。件名、宮代拓留様……? 絨毯爆撃のスパムメールじゃないみたいだな」


少なくとも僕の本名を知っている誰かだ。


「件名も本文も無し、画像の添付ファイルが一個だけ……」


怪しい。やっぱりスパムメールか?


「いやでも、僕の名前を知っているわけだし……」


一応ウィルススキャンをしておこう。


「……ウィルス、無し」


いつの間にか頭痛の事は忘れていた。

何故か、予感があった。

このメールから、なにかが始まりそうな、そんな予感が。


「……さて、と」


車内には僕以外に誰もいないのに、冷静なフリをして、添付ファイルを開く。


「………………………ええええっ!?」


その画像は、この謎の頭痛や、謎の制服や、謎の車内風景を、遙かに凌駕する謎を僕に突きつけた。


「こ、こここここっこ、これはっ!?」


それは、ネットやマンガや雑誌記事ではいくらでも取り上げられるが、現実で見たことはほとんど無い物だった。

もしかしたら実在するのかもしれないし、実在してくれたら人生に多少の彩りを与える可能性があるので、ほんの少しは実在して欲しいと思っている物だった。

とはいえ、仮に実在しているとしても、自分には無縁の物だと思っていたし、ましてや僕のスマホに送られて来るなんて想像もしていなかった物だった。


「こ……! これ、が……! あの……! 伝説の──」



 

 

 

「──『エロい自撮り写真』って奴なんじゃないか!?」


………

 


……

 

 

 

 

放課後。僕はいつものように新聞部の部室にやってきた。



 

「ん、僕が一番乗りか……?」


部室には誰もいなかった。


「いや違うな。鍵が開いていた」


それに明かりも点いている。先に来た誰かがトイレにでも行ってるのだろうか。


「不用心だな……。いつ何時誰がやって来るのかわからないのに」


自分でそう言いながらも、そんな心配は皆無だった。

新聞部の部室は校舎の端っこにあり、前の廊下を一般の生徒が歩くことはまずない。

そして、我らが新聞部自身、今の所人気も知名度も皆無だった。

つまり、新聞部員以外の生徒がこの部屋に入る可能性はあり得ない。


「いやいやいやいや」


どんどん寂しくなっていく思考を慌てて打ち消す。


「人気も知名度も皆無ってのは、いくらなんでも酷いだろう」


そう考えたのは僕自身なわけだが、それはそれで悔しい。


「新聞部は碧朋学園における最先端の情報収集基地だぞ? ここには他の部が喉から手が出るほど欲しがっている情報が集まってるんだ。不用心に鍵を開けていたりしたら、どこからどんな輩がそれらの情報を盗みに来るか分からないじゃないか。例えばだな……………………………」


思いつかない。

そもそもそんな重要な情報は、この部屋のどのPCにも記録されていない。

友好関係にある部活なんかもないから、内通者を通じて情報を集めるなんてこともできない。

どちらかというと学校中の生徒から等しく一歩分の距離を置かれているのが、今の新聞部だ。


「いやいやいやいやまてまてまてまて」


どんどんネガティブになっていく思考に慌ててツッコミを入れる。

気分を落ち着けるために深呼吸して、目を閉じた。


「新聞部が無価値なんてことはない。情報なんかなくても部室に訪れる人はいる筈だ」


そもそも、そんな人が存在する必要は特にないのだが、いつの間にか意地になっていた。


「例えばだな、部員の友達が来ることはあるんじゃないか? 用事があるとか、単に遊びに来たとか。…………ないな。うちの部員に限って、そういう状況が発生することが全く想像できない」


新聞部の部員が嫌われているという事はない筈だ。乃々や世莉架は普通に友達が沢山いるし。

けれど、印象レベルの話だが、乃々や世莉架の友達は、用事があっても新聞部のドアをノックしようとは思わない気がする。

友達が遊びに来る説はボツだ。心の中のゴミ箱に放り込んで別の手を考える。


「新聞部は嫌われているわけじゃない。みんな人付き合いがあんまり上手くないだけだ」


もはや誰に対しての言い訳なのかも良く分からなくなってきた。


「でも、誰かいてくれる筈だ。新聞部に来てくれる部員以外の誰かが……」


既にそれは祈りに似た何かで、しかもなんの為に祈っているのかさっぱり分からなくなっていた。


「誰か、誰か……! 誰か……っ!」


自分の思考の情けなさを無視して、僕は必死に考えた。


「……そうだ! いるじゃないか!」

 

 

 

 

「川原くんが! ………………………はあ……」


虚しい。

今日の所は負けを認めよう。

新聞部は人気も知名度もゼロだ。

部員には部室まで遊びに来るような友達はいないし、せいぜい顔を出すのは来栖目当ての川原くんだけだ。


「まあいいさ。客観的に状況を捉えることも情報強者に必要な素質だからな」


そう呟きながら目を開けた。


と、その時。

 

 

 

「ん?」


目の前に香月がいた。

僅か30センチ前くらいに立っていて、下から覗き込んでいた。


「うわあああっ!」


──!


反射的にのけぞり、バランスを崩して床に座り込んでしまう。


「ん!?」


香月が驚いた声を上げてしゃがみ込んだ。



 

「ん-?」


膝を畳んだまま身を乗り出して、大きな目で覗き込んで来る。

僕が立ちくらみでもしたのかと、心配してくれているのだろうか。

しかし、女子がこんな至近距離にいることなんて滅多にないので、それだけで焦る。



 

 

「んん?」


唐突になんだか甘い香りが香月から漂ってきて、鼻をくすぐる。

なんだろう、シャンプーの匂いだろうか。頭がふらふらしてくる。


「あ、あ、あ」


思考は既にショートしていて、自分でも意味が分からない声が漏れる。


「ん? ん?」


僕がどこかぶつけたと思ったのだろうか。香月はしゃがんだまま更に身を乗り出して更に近づいて来た。

すると、新聞部員女子随一とも言えるかもしれないこともなくはないかもしれない香月の豊満なバストが、水平方向にこちらに追ってきた。

ブラウスの襟元の僅かな隙間から眩しい肌色が覗き、更にその奥にあるピンク色の──

 


「あああっ! ち、近い近い近い! 離れてくれ! 離れてくださいお願いします」


突然頭の中に今朝の写真が浮かび、僕は慌てて香月の肩を掴んで押し出した。



 

「ん!?」


驚く香月を気にせず立ち上がる。


「んー」


立ち上がって不満げな顔をする香月から、慎重に一歩離れて距離を作った。

そして状況を確認すべく、勤めて落ち着いた口調で尋ねた。


「かかかっ、かっ、香月!!??」



 

「ん!?」


名前を呼んだだけのつもりが、自分でも驚く程声が上ずっている。

香月も驚いて目を見開いてこちらを見ている。

落ち着け、僕。

冷静に喋るんだ。


「いいいっ、今っ、来たのかっ!?」


まったく落ち着いていなかった。



 

「んーん」


唇を閉じたまま首を横に振る。


「ちっ、違う、のか?」


僕は心臓がバクバクしたまま開くと、今度はこくりと頷いた。


「ん」
「僕が入った時、誰もいなかったと思うけど」
「ん」



 

香月は首を僅かに動かし、口にくわえている棒付きキャンディー、ロリポップの棒で窓際を示した。

窓際の隅の席には、ほぼ香月専用となっているパソコンが一台置かれている。

衝立(ついたて)に隠れてディスプレイの画面はこちらからは見えないが、ぼんやりと点灯していることは分かった。


「ずっとエンスーしてたのか?」
「ん」


謎は全て解けた。


「悪い。気付かなかった」
「ん-」



 

無言のジト目で睨んでくる。

とはいえ、どちらかというと僕の方が被害者だ。変な独り言を聞かれてしまったではないか。


「みんなは? 来てないのか?」
「ん」


香月は作業机を指さす。学生鞄が幾つも置かれていた。


「ああ、出かけてるのか」
「ん」


しかし、そうなると、困った事になる。

実は僕は、ここで一人で考え事をしたかったのだ。

香月がいるとなると、ここでは無理だ。


「ええと、うん」
「ん?」
「伊藤に用があるんだ。探してくるよ」


適当に嘘をつく。


「ん」


香月は特に気にもせず、そのままいつもの席に戻った。



 

そして黙々とエンスーを始めた。

僕は邪魔をしないようにそっと部室を出た。


……



 

「……ふう」


心臓に手を当てる。


「……まだ、ドキドキしてるな」

 

 

 

さすがに、目を開けた目の前に香月が立っているのは焦った。

しかも、普段はほぼ会話のない香月と、触れ合わんばかりに接近したのだ。

存在感が薄いから見過ごされがちだが、香月のスタイルは新聞部随一と言っても過言無いくらいなのだ。

健全な男子高校生として、ドキドキしない方がおかしいだろう。


「…………さて。一人になれる場所を探そう」


後で怪しまれても困るから、伊藤を捜しつつ丁度良い場所を探そう。


「じっくり考えなければいけない」


僕は歩き出しながら、ポケットからスマホを取り出した。


「冷静に、かつ論理的に、結論を出さなければならない」


そして、今朝捨てアカから送られてきた『あの画像』を表示させる。

 

 

 

「──この自撮りに映っているのが、一体、誰なのかということを」

 

 

──数分後。僕はようやく最適な場所を見つけた。


誰にも邪魔されずに一人で考えられる場所といえば、ここしかない。

 

 

 

 

トイレだ。

5階の一番奥にあるこの男子トイレは利便性が悪く、普通の生徒は滅多に使うことはない。

正直言って、普段は僕と伊藤しか使っていないんじゃないかと思う。

身を潜めるのに絶好の場所だった。


「──さて。改めて考えてみよう。写真に写っているこの女の子が、誰なのかについて」



 

「正しい答えを導き出す為には、正しい推論を立てなければならない。正しい推論を立てる為には、正しいデータ、つまり事実を積み重ねなければならない。──よし、まずはこの写真から読み取れる事実を集めていこう。まず、周囲の背景から確認しよう。べ、べつに、いきなり半裸の女の子を直視するのにびびっているわけじゃないからな。……誰に言い訳してるんだ、僕は? ……よし」



 

「女の子が座っているのはベッドだろう。彼女の後ろに伸びる影の長さから、ベッドの幅が推測できる。かなり狭い。普通のベッドじゃない。スプリングも大して良い物を使っていない。彼女の下半身の沈み込み具合からそれも明らかだ。この二つから導き出せる推論、それは、即ち────彼女が腰掛けているのは簡易ベッドだ! 更に言えば、それは僕のキャンピングカーの簡易ベッドだ!」


……。


…………。


…………むなしい。


推理や謎を解き明かすのは、読書好きの高校生なら誰しも一度は憧れる物だ。

なんとなくノリでやってしまったが、別に今の推理の組み立ては元々必要なかった。

ベッドの構造なんかに注目しなくても、もっと分かりやすい事実が写真に写っているからだ。

 

 

 

「──伊藤」


女の子の足下、バカっぽい寝顔を晒している伊藤の顔が見切れていた。


「伊藤がいるってことは、僕のキャンピングカーなんだろうな」


伊藤とこの謎の女の子はどういう関係なんだろうか。

少なくとも二人以外に写真に写り込んでいる人物はいない。

 

 

「……まさか、伊藤の彼女とか?」



 

 

「いやいやいやいやいや。ないないないないないないない。そんなそんなそんなそんな。まさかまさかまさかまさか」



 

「あってたまるか!!!!!」



 

 

……ハッ。

思わず気持ちが高ぶってしまった。

落ち着け。


「伊藤と女の子の関係についてはいったん置こう。事実としてカウントできるのは、女の子がこの自撮り写真を撮った時、そばに伊藤が眠っていた。それだけだ」


しかし、それは一体どういうシチュエーションなんだ?

少なくとも、記憶している限り、新聞部設立以来、僕のキャンピングカーに見も知らぬ女の子を連れて来た事などない。


「……? 記憶している限り? もしかして!」

 

 

 

スマホを操作して、写真を撮影した日付を確認する。


「やっぱり! 昨日だ!」


昨日の23時14分。

僕の記憶が無い時間帯だ。


「昨日の深夜、少なくともこの女の子と伊藤はあそこにいたわけだ」


写真には僕の姿は写り込んでいない。だから、その場所に僕がいたかどうかはわからない。


「ただまあ、いたと考えるのが妥当だろうな」


そして、朝に目が覚めた時、キャンピングカーには僕しかいなかった。

つまり、女の子だけではなく、伊藤も消えた事になる。


「意味がわからないな…………」



 

「さて、他に対して特徴的な物は写ってないし、風景から得られる情報はこれくらいのようだな。──いよいよ、本丸へと進もう。この、中央に写っている、女の子だが…………」


僕はようやく、これまで意識的に避けていた、写真中央の被写体の方へと視線を向けようとした。

途端に、ブラウスのはだけた胸元に強制的に吸い込まれて行く。


「ああああああああああ! い、いかんいかん! 冷静になれ! 冷静に。冷静に。事実だけを拾い上げるんだ」


深呼吸を2回してから、考察を再開する。


「まず、この女の子は碧朋学園の制服を着ている」



 

「! つ、つまり、こ、この学校の、生徒だ」



 

「!! だだだ、だから、この子が誰なのかは、顔からは判断できない。個人を特定するための身体的特徴は……」

 

 

 

「ああああああああああ!」



 

 

「む、無理だ。この写真を長時間直視することは僕にはできない。刺激が強すぎる……」



 

 

ネットで検索したら無限にでてくるようなエロ自撮り写真とはわけが違う。

この写真に写っているのはこの学園の女子生徒で、しかも僕のメアドを知っている。

つまり、僕の知っている人物の可能性が高いのだ。

僕が知っているかもしれない女の子が、制服の胸元を開き、スカートをたぐり、イタズラっぽく微笑みながら撮った写真なのだ。

しかも、僕のキャンピングカーの中で!!!

オーラのような画像から生々しさと艶っぽさが醸し出されてきて、思考がどうにもまとまらない。


「……落ち着け。まずは被写体の特定を優先するんだ。写真の他の部分から、本人を特定できる情報はないかな?」


僕は写真を拡大し、刺激の強い肌色部分を避けながらスクロールしていく。

 

 

 

「ん……んん……」



 

「んんん……! んんんん……!! んんんんん……!」



 

 

「……はあ。だめだな。必要な情報が全然足りない。この写真だけで特定するのは不可能だ。当たり前だけど、推理小説のように都合よくは行かないな。部室に戻って、伊藤が帰って来るのを待つか」


伊藤が知っているなら、それで解決だ。


………

 

………

 

 

 


……

 

 

 

「ただいま──」



 

 

「いやぁ、ここはカットするのはもったいないだろ」

「全然わかってないですね、伊藤先輩は。むしろこっちを使うべきですよ」



 

「えー、でもそれ、バスケ部の子のジャージがめくれてて、ちょっとエッチくない?」

「確かにそうねえ。元データも消しておいた方がいいわね」


部室に戻ると、伊藤、有村、尾上、来栖がいた。

僕がトイレで考察作業に勤しんでいる間に帰ってきていたようだ。

有村たちは伊藤が操作するPCを背後から覗き込みながら、なにやら議論をしている。



 

「ええー!? このほんの少しだけ腹チラしてるのがいいんじゃないですか! そう思いますよね伊藤先輩!」

「これくらいのチラリズムだったら、俺は別にあってもなくてもいいかなあ」

「そんな意識の低さだからモテないんですよ!」

「なんでナチュラルにディスられてるの俺!?」


PCのUSBコネクタから、ビデオカメラがケーブル接続されていた。どうやら、動画のチェックをしているようだ。



 

僕が近づくと尾上が気がついて、こちらに手を振った。



 

「あ、タク! やっほー!」

「おお、宮代、遅かったな。お前来なかったから、もう撮ってきちまったぞ」

「え、撮ってきた?」



 

「宮代先輩チャオっす。いやー、バスケ部女子達のしたたる汗と弾けるふともも! ちょーよかったっすよー! あれを見逃すなんて宮代先輩らしくないっすねー!」

「い、いや、ちょっと待ってくれ」



 

「遅いわよ拓留、今までなにをしてたの? あなた部長なんだから、部員に取材を任せっきりにしていいわけないでしょう?」

「待てってば! 僕はホームルームが終わってから、真っ直ぐ部室に向かったぞ。そしたら部室には香月しかいなかったんだ。それでトイレに……」



 

「えー? 今日はホームルームが終わったら体育館に集合だって、タクが言ったんじゃーん」

「そっすよ」

「へ?」

「女子バスケット部の活動を撮影するのに、練習前の5分間しか時間貰えなかったって悔しそうに言ってたじゃない」

「言ってた? ぼ、僕が?」

「そうだよ。部室に一度集まる時間ももったいないから、カメラは事前にカバンに入れとけって」

「あの時の宮代先輩、なんか使命感に燃えててかっこよかったっすよねー」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


全然覚えがない。


「いつどこでそんなことを僕が言ったんだ?」

「え? 昨日の夜に、タクのキャンピングカーでだけど?」

「僕の? もしかして、昨日の夜、みんなで僕のキャンピングカーに来ていたのか?」

「当たり前でしょ。丸一日渋谷の街を撮影して、お疲れ様会を兼ねて」

「撮影? それは、部活動としてか?」

「拓留? どうかしたの?」

「ああ、いや、ええと……」



 

心配そうに僕の顔を覗き込む来栖から目を逸らしながら、必死に頭を回転させる。

昨日一体なにがあったんだ? それはあの写真と関係があるのか?

この場で写真を見せてしまおうかとも思ったが、それはまずいだろう。

あれに写っているのが、ここにいる誰かである可能性が高いのだ。

しかし、昨日の夜になにがあったのかは、知っておかないと不味い。

……よし。


「じ、実は、な。今日、朝、目が覚めた時、僕は制服を着ていたんだ」

「なんですって!?」

「ひっ!」



 

急に眼を吊り上げた来栖が、肩を怒らせて僕の方に迫って来る。

な、なんだ!?

昨日の夜の出来事と、僕が制服を着ていたことは関係があるのか!?


「拓留!」

「な、なんだよ!?」

「あなたね、いつも言ってるでしょ! 制服はシワになるから着たまま寝ちゃダメって!」

「……はあ?」


どうやら来栖は、単に姉として、弟の日頃の素行不良について怒っているようだ。


「い、いや、今大事なのはそこじゃなくて──」

「なんですって!? これはとても大事なことよ! 一人暮らしなんかしてるから、身だしなみがおろそかになっちゃうのよ! 拓留、あなたやっぱり青葉寮に戻って来るべきよ!」


話が変な方向に進みつつある。


「その前に、僕がどうして昨日制服を着ていたのかを、誰か教えてくれないか」



 

「へ? そりゃー、みんなで部活動してたからですよ」

「ホントは日曜日に制服なんか着たくなかったけどな。生徒会長様が強硬に主張しなさったから」

「伊藤くん、我が碧朋学園の校則について、言いたい事があるのかしら? それとも、私個人にたいして、言いたい事があるのかしら?」

「ひっ! 滅相もない!」

「そう、いい心がけね。部活動を行う以上、休日でも制服を着用するのが基本原則よ」

「まあ、制服着てた方が安心ではありましたね。街中でカメラ回してたら、変な難癖つけられることもあるでしょうし」


「なるほど……」

 

僕が考え込むと、来栖がまた心配そうな顔になった。



 

「拓留? ホントにどうしたの? 気分でも悪いの?」

「いや、実は……」

「実は?」


正直、記憶がないことを言うのは少し恥ずかしかった。

けれど、今は情報が必要だ。

聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とも言うしな。

僕は、思い切ってみんなに言った。


「昨日あったことを、まるで覚えてないんだ」



 

すると、きゅうにみんなが僕を見つめたまま黙り込んだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「な、なんだよ?」



 

「拓留……覚えてないの? 昨日のこと」

「あ、ああ……」

「本当に? なんにも? 昨日の夜のことも?」

「夜って、お疲れ様会ってやつのことか? うん。それも覚えてない」

「そんな……」


なんだ、どうなってる? なにか深刻な事態なのか?


「な、なあ、一体なにが──」


と、その時、

 

 

 

「「「「あっはっはっは!」」」」

 

 


四人が一斉に爆笑した。


「な、なんだよ!」

「アッハッハ! タクったら、忘れちゃう、なんて!」

「み、宮代先輩! お、覚えて、無いって、う、うそ、でしょ!」

「み、みんな、わ、笑い過ぎ、よ!? 拓、留に、失礼、じゃない。ね、ねえ? うふ、うふふふ……」


「み、みんな一体どうしたんだよ!」


「い、ひーっひっひ! 宮代、らしいぜ! そりゃあ、忘れたくもなるよな! あの時のお前は、輝いてたんだけどな」


「忘れたくなる? 輝いてた? なんのことだ伊藤、僕は昨日、なにをしたんだ!?」


「有村、教えてやれよ」

 

 

 

「先輩……。本当に、覚えてないんですね……ひどい……」

「……え?」

「昨日の夜は、私をあんなに愛してくれたのに……! 私、先輩の気持ち、嬉しかったから……。宮代先輩になら、私の初めて、あげてもいいって思って……。だから……宮代先輩が望んだこと、全部してあげたんですよ。私、死んじゃうくらいに恥ずかしかったけど、これで先輩が気持ち良くなってくれるならいいかなって、頑張ったんです。なのに、全部忘れちゃうなんて……私をお嫁に行けない身体にしたくせに!」


「はああっ!?」



 

「ちょっと拓留!? あなた、有村さんに何をしたの!?」

「タク~!? 女の子を虐めちゃダメなんだよ!?」


「ちょっと待てっ! 確かに覚えてはいないけど……」



 

「ひどいっ!」

「拓留~!?」
「タク~!!」


「いやまて! 僕は覚えていないけど、お前たちはみんな一緒にいたんだろ!? 僕が有村になにかしたのかどうか、お前たちの方が分かってる筈だ!」

 

 

 

「あ、そっか」

「そういえば、そうね」

「……ちっ。もう少しで莫大な慰謝料を獲得できたのに」


「あああ、有村!?」


「冗談ですよ、宮代先輩。確かに、昨日の夜の先輩は、あくまで紳士的でしたよ」


「そ、そうか……」


「まあ、言動はド変態でしたけど」


「はあっ!?」



 

「それについては同感だわ……。拓留があんな言葉使うなんて」


「あんな言葉!?」


「顔真っ赤にして演説してたよね~」


「演説!? 僕が!?」



 

「オリジナルの歌は、結構はまってたぞ」


「う、うたっ!?」


「でも、さすがにあの踊りは、私は下品だと思ったわ」


「おおおおおどりいいいいっ!? 一体、どんな醜態をさらしたんだ、昨日の僕は!?」


「だから、忘れたままの方がお前の為だって」


「余計に気になるだろそれ!?」


「だってさあ、あの時のお前ほんっとに面白くて、ひっひっひ!」


……ダメだ、こりゃ。


「わかったもういい。もう僕のことは聞かないから。昨日、なにがあったのかを教えてくれ」

 

「拓留、冗談じゃなくて、本当になにも覚えてないのね?」

「ああ」

 

 

 

「分かったわ。まあ確かに、あれは忘れた方がいい記憶かも、くっ、ふふ……」


「来栖」



 

「ご、ごめんなさい。つい……オホン。昨日はね、朝から新聞部員が全員集まって、渋谷の取材をしたの」



 

「文化祭用の記事のネタ集めで、渋谷の歴史を辿れる場所を巡ったのよ。暗渠(あんきょ)に隠れてる渋谷川とか、渋谷地震復興の象徴であるヒカリヲとかね」



 

「とはいえ、伊藤くんはずっとお忍びで来てるアイドルがいないか探してて、まともに写真撮ってくれないし」

「わりいわりい。せっかくの休日だから、ちょっと楽しみが欲しかったのよ」



 

「有村さんは地図を見間違えたフリをしてラブホテルの通りに行こうとするしで、大変だったけどね」

「まあまあ、楽しかったからいいじゃないですか」



 

「まあ、それでもなんとか取材が終わって、宮下公園に帰ってきたのは夕方頃だったわね。でも帰るには早いから、自然にお疲れ様会をやろうって話になって」



 

「適当にお菓子や飲み物を買って、宮代の車の中で宴会したんだよ」



 

「そしたら、最初は元気に喋ってたタクが、だんだん口数が減っていって、最後に目をつむって黙り込んじゃって。眠ったのかなって思ったら──」

 

 

 

「突然目を見開いて、別人みたいに喋りだしたんです! 顔が真っ赤だったし、飲み物のどれかに未成年が飲んじゃいけない的な、なにかしらがあったんですかねえ。いやーそんな酷いことをしたのは誰なのかなー。けしからんなー」


……どう考えてもこいつだな。



 

「そんでさ、宮代はエンジン全開八面六腑の大活躍だったんだけど。しばらくしたらベッドに倒れて寝ちまってさ。そのまま解散ムードになったんだよ」



 

「最初に帰ったのは、有村さんだったかしら?」

「録画予約を忘れた番組があったもんで」



 

「私と世莉架は一緒に帰ったのよね?」

「うん。タク心配だったけど、一人にするわけじゃないから」

 

 

 

「伊藤くんが残ってくれたのよ。拓留、伊藤くんに感謝しなさいよ」

「そうだったのか。すまん、伊藤」

「気にすんな」


「こ、これはまさかそういうルートなんですか!? ついに禁断の扉開いちゃいます!?」

「アホか」

「宮代のPC借りてゲームしてたんだよ。うちだと親がうるさいからさ。とはいえ、俺もすぐ寝ちまった。朝、目が覚めたら宮代は一応息してたから、家に帰ったんだ」

 

 

 

「…………それで?」

「え? なにが?」

「いやだから、その後は?」



 

「その後って、別になんもねえよ」

「そんなわけないだろ! あそこには、他にもう一人いた筈だ!」

「タク、何言ってるの?」

「まだ寝ぼけてるのかしら。他には誰もいなかったわよ。そこまで言う根拠が、なにかあるわけ?」

「それはこの──!」


僕はポケットに手を入れ、スマホを握りしめた。


「この、なんです?」

「……っ!」


だ、だめだ。写真を見せるわけにはいかない!

この中の誰かのあられもない姿なのかもしれないんだから!


「な、なんでもない。ホントに、他には誰もいなかったんだな?」

「他に新聞部員はいねーしな。香月はお疲れ様会が終わる前に帰っちまったし」

「え? 香月? 香月も来てたのか?」


伊藤が言うまで、香月の存在が頭から抜けていた。

あいつは完全インドアだし、常にエンスーをプレイしている姿しか浮かばないので、日曜の部活動に参加してるイメージがない。


「華ちゃんにはベースキャンプから後方支援してもらったんだよ」

「ベースキャンプ?」

「ここだよ。お前のキャンピングカー。香月は体力なさそうだし、歩いている最中にバテられるよりはいいと思ってな」

「ここから指示を飛ばしてもらってたの。取材組も、途中で2班にわかれて別行動になったりもしたしね」

「中々の統率能力でしたよ」


確かに、香月は普段はほとんど喋らないし、この部室にもほぼエンスーをしに来ているだけな所はあるが、パソコンの使いこなし力は僕に匹敵する。

PCとスマホのメールを活用して、さぞ上手く連絡役を務めたのだろう。

香月の新たな才能が垣間見えたようだ。覚えてないけど。


「それで、香月はなんでお疲れ様会に参加しなかったんだ?」

「いや、知らない。俺達が車に戻って来たら、入れ替わりに外に出て、そのまま」

「いつものことじゃないっすか」


確かに、香月はドがつくほどの無口で、気配も薄い所がある。

さっきみたいにいても気付かない事もあるし、いつの間にかいなくなっている事も多い。

それこそ有村のように、録画予約を忘れていた番組があったのかもしれない。


(写真の件とは無関係っぽいけど、一応確認しておくか)


窓際に向けて呼びかける。


「なあ、香月。なんで先に帰ったんだ?」


……。


…………。


……………返事が無い。


「香月?」


窓際のPCを見る。エンスー専用PCであり、香月の指定席でもあるそこには、しかし、誰も座っていなかった。


「あれ?」

「香月なら、宮代が戻るちょっと前に出て行ったぞ」

「え、そうなのか?」


ふむ。まあ、いいか。

今は写真の送り主を捜す方が先だ。

 

 

 

「そういえば、部屋を出て行くときの華、いつもとちょっと雰囲気違くなかったですか?」

「そうかあ? いつもの無口無表情だったぜ?」

「先輩はほんと鈍いですねえ。乙女の醸し出すオーラを読み取ってくださいよ」

 

 

 

「確かに、いつもとはちょっと違ってたかな。なんていうのかな、楽しそうに見えたわ」


と、その時。


スマホにメールが着信した。

僕はさりげなくポケットからスマホを取り出し、新着メールを確認する。



 

 

====================

 

--相談がある--


<香月華>


体育倉庫に来て。必ず一人で。他の人には秘密。



■添付あり 


==================

 


………

 


……

 



 

 

 

……

 

「失礼しまーす……」


体育倉庫の中は真っ暗で、よく見えなかった。

外にいると目立つので、ひとまず中に入ってしまおう。


「香月、いる、のか……?」


──バタン……。


「ヒッ!」


扉が勝手に閉まったらしい。


「……おちつけ。別に閉じ込められたわけじゃない」



 

徐々に目が慣れて、倉庫の中に雑多に積まれた物が見えてきた。


「うわあ、汗臭い……」


校庭の隅にある体育倉庫は、文字通り体育で使う備品の倉庫だった。

とはいえ、入っているのは綱引きの綱とか、大玉とか、体育祭みたいな特別な行事でしか見た事の無い道具ばかり。

運動部が使う備品はそれぞれの部活が保管しているから、ここに訪れるひとは滅多にいない。

僕はわざわざ、事務室から鍵を借りてきたのだ。

あのメールに従って。

 



 

『拓留、どうかしたの?』

『誰かからメールすか? もしかして告白とか!? やりますねえこのこの!』

『い、いや、間違い電話じゃないかな? すぐ切れたみたいだ』

『……ふうん? まあ、いいですけど』


『そ、そうだなあ。ちょっと香月を捜してくるよ。詳しく話を聞きたいし』



 

『あ、なら私も──』

『いいいいやっ、ぼ、ぼく一人で行くから! みみみんなはここで待っていてくれ!』



 

『あからさまに声が上ずってるぞ。どうかしたのか?』

『なんでもないっ! なんでもないからっ! いいか!? ついてくるなよ!?』



 

『ちょっと、拓留!』


………

 

 

 

 

「大丈夫。平静を装ってたから、みんなには怪しまれていない筈だ」


さっきは、我ながら自分の演技力に驚いてしまったほどだ。

俳優を目指す手もあるかもしれない。


「さて……」


改めて、スマホに届いたメールを確認する。

 

 

 

「こんな所に呼びだして、なんの用だ?」

 


香月が、わざわざ二人っきりになってする必要がある話。


……。

 

…………。

 

…………………。

 

ふむ。まったく想像がつかない。


「……いや、まてよ? もしかして……! まさか!」

 

 

 

「ここに写っているこの女の子が──!」


……

 


「──香月の友達、とか?」


有り得るな。

この女の子は新聞部員の誰かである可能性が高いのだ。

そして、香月の友達イコール新聞部員の誰か。

完璧な方程式だ!


「いやでも、それだったら部室で教えてくれてもいいよな。まあ、この写真を人前に出せないのは確かだし、香月がそれについて配慮したのかもしれない。いずれにせよ、本人に聞けばはっきりするだろう。……しかし、遅いな──」


と、その時、


突然、跳び箱の影から誰かが現れ、僕に飛びかかって来た!


「なななななっ!?」


突然現れた誰かは僕の両肩を掴み、そのまま床に押し倒した。


──!


「ぐあっ!?」


相手はそのまま僕の体に覆い被さった。

突然の事に混乱していた僕は、正直超びびりながらも、組み伏せた相手を見上げる。


と──



 

 

 

「か、香月!?」
「……」

 

 

 

 

香月は僕の腰のあたりにまたがって、さらに両肩をしっかりと押さえつけていた。


「……」


いつもの無表情で、じっと僕を見下ろしている。


「か、香月? と、とりあえず離れてくれないか?」


身をよじって離れようとすると、意外にも力強く掴まれた香月の手のせいで、上手く抜けられない。


「……」


これは一体、どういう状況なんだ?

なにが起きている?

一体香月は、なにをしようとしているんだ?


「か、香月、お前の目的は、なんだ──」

「……」


香月は、なにか決意を秘めた瞳で、僕を見下ろしていた。


「香月……?」
「……た」


香月の真一文字に閉じていた唇が、小さく開いた。


「……拓留……拓留、先輩」

 

 

 

──!

-NEGATIVE TRIGGER ON-

 

 

 

「か、香月? どうしたんだ一体!?」
「……」



 

「……あら? 驚きだわ」
「え?」


香月は、今まで聞いたことのない、大人びたというか、艶のある口調で呟いた。


「子羊ちゃんたら、いつから私の許可も無しに口を開くようになったのかしら?」
「子羊、ちゃん?」


僕は改めて、香月の姿を見直した。

 

 

 

驚くべきことに、香月の服装がいつの間にか制服から、上下共に光沢のある黒い服に変わっていた。



 

下は黒色のビニールで出来た短いショートパンツを履いている。

一つめのボタンが外れていて、なにか見えてはいけない物が見えてしまいそうだ。

股の付け根から丸見えのふとももには網タイツが食い込んでいて、健康的なむちむちさが強調されている。

膝下まであるレザーのブーツは、本当に歩けるのかってくらいヒールが長い。

上に着ているのはビキニのトップのように見えるけど、こちらも黒のビニール。

当然お腹はだっしだしで、細いウェストにおへその筋がちょこんと置かれている。

 

 

 

 

そしてなにより。

おっぱい。

おっぱい。

おっぱいである。

黒のビキニからこぼれんばかりのおっぱいが目の前で大胆にぷるんぷるん揺れている。

健康な男子であれば、そこに目を奪われずにいることは不可能の筈だ。



 

けれど僕は、そこに注目できなかった。

何故なら、その不思議でエロい格好で僕の腰あたりで馬乗りになっている香月が、左手に掴んでいる物に気付いたからだ。

それは、ムチだった。

ようやく、僕は、香月の格好が意味する事に気づいた。


「……それっ、て……女王、様?」


すると香月はニッコリと微笑んだ。


「そうよ子羊ちゃん♪」


そして微笑んだまま、そのムチを僕のお腹に振り下ろした。


──ビシッ!!


「いたっ! な、なにをするんだ!」
「それはこっちのセリフだけど。子羊ちゃんが喋っていいのは、私が許可した時だけよ。教えたでしょ?」
「ななな、なんんことだよ!」


──ビシッ!!


「いたっ!」
「今日はよっぽど遊んで欲しいみたいね。でも嬉しい。それってこれを求めてくれるってことだものね」


香月はムチの柄を愛おしそうに手の平でさすりながら言った。


「お望み通り、今日は沢山遊んで、あ・げ・る」


──ビシッ!!


「いたっ! ま、待て! なんで僕がぶたれなきゃいけないんだ!」
「あなたは私の下僕なの。忘れちゃったかしら?」
「いいい、いつから……?」
「ずっと昔から。そして、これから先もずっと。忘れちゃったの? 悲しい……。でも大丈夫。思いださせてあげるから。ううん、ちょっと違うかな。思いだすまで、遊んであげる」


──ビシッ!!


「いたっ!」


──ビシッ!!


「あたっ!」


──ビシッ!!


「うたっ!」


──ビシッ!!


「うふふふふふふふふふふ」


──ビシッ!!


──ビシッ!!


香月は楽しげに笑いながら、ムチを振り続けた。

 

 

 

 

 

 

……

 


……我ながら、自分の妄想力に呆れてしまう。

体育倉庫内で女子生徒にのしかかられているという状況で、女王様プレイを妄想してしまうとは。

しかも相手は香月だぞ。乃々や有村ならともかく。


……いや別に乃々や有村だったら女王様が似合うと言っているわけじゃないぞ。

とにかくこの状況をなんとかしよう。

 

 

 

 

 

「か、香月?」
「………………ん」
「こここ、この状況について僕は一切の非がないからな。のしかかってきたのは、おおお、お前なんだから」


まだなにも言われてないのに弁解してしまった。我ながら責任回避のビビり根性に泣けてくる。


「………………拓留、先輩」
「と、とにかく、一旦どいてくれないか。そして、なんの為に僕をここに呼んだのかを教えてくれ」


と、その途端、香月の表情が変わった。



 

「『なんの為に』なんて、決まってるじゃん」
「え?」
「誰もいない場所で、男の子と女の子がすることなんて、ひとつだけだよ?」
「ひとつ、だけ? 香月、お前なにを──」


僕が喋り終わるよりも早く、香月は顔をぐいっと僕の耳元まで下げて、息を吹きかけるみたいに呟いた。


「え・っ・ち・な・こ・と♪」
「なっ!?」
「んふ。顔赤くなった。かわいい♪」


香月はいたずらっぽく笑うと、また顔を上げ、僕を見下ろした。


「宮代先輩ひどいんだもん。あんなにあたしがアプローチしたのに、全然気付いてくれないし。だから直接手段に訴えることにしたの。既成事実ってやつ?」


明らかにいつもの香月ではなかった。

見た目は変わっていないのに、口調や表情が一変していた。

それだけで、知らない人間を相手にしているような奇妙な気分になった。


「あ、アプローチ!? なんだよそれ!!」
「あー、まだ分かってないんだ! ショックだなー。ほら、これならどう?」


そう言って、香月は左手を持ち上げて、目元を隠した。

 

 

 

「どう? 思いだした?」
「思いだすって、一体なにを──」


と、その時、頭の中に一枚の絵がフラッシュバックした。



 

 


「も、も、も……ももももももももも……もしかして、あの自撮り写真、香月なのか!?」

 

 

 

「あったりまえじゃーん! どこからどう見てもあたしっしょー! ここまでしないとわかってくれない宮代先輩の方があたし的には驚きだよー!」


い、言われてみればその通りだ。

髪型も、

ニーソックスも、

胸の大きさも、

あの写真に写っている女の子に相違ない。


「……全然、気付かなかった」
「もー、なんでよー!」
「そもそも香月があんな写真撮るってこと自体が想像の外にあったから……」
「ひどーい。宮代先輩的には、あたしって性的対象に入ってないわけー?」
「せ、性的対象って!」
「ま、別にいいけどー。だからここに呼びだしたわけだし」
「ど、どういうことだ?」
「宮代先輩に、あたしの魅力を知ってもらうの。うーん、ちょっと違うか。知ってもらうんじゃなくて、"味わってもらう"の」
「味わう……?」
「そ」


香月はまた僕の耳元に顔を近づけて、ささやいた。


「美味しいよ? あたしのか・ら・だ」
「ひっ!」
「あはは! 宮代先輩かわいいー! じゃあ、はじめよっか」
「は、始めるって、な、なにを……?」


香月はまたがったまま、僕のネクタイをするすると抜き取った。

そしてYシャツのボタンに手をかけ、一個ずつ外していく。


「服着たままじゃヤりにくいでしょ? あ、それとも宮代先輩って着たままヤりたいタイプ?」
「いやだからヤるってなにをだよ!?」
「え、それ女の子に聞く? それとも言わせたいの? 言葉責め?」
「違う違う違う違う! 状況が理解できてないだけだ!」
「頭で考えてちゃだめだよ。もっと本能で動いている宮代先輩が見たいなー。ほら、いいからさ、触ってよ」
「さ、触るって……なにを?」
「もう、やっぱり言わせたいんだ。えっちだなあ。おっぱいだよ♪」
「はあっ!?」


香月は目に見えるほど震えている僕の右手を掴み、自分の胸にゆっくりと引っ張った。


「服の上から触った後で、生で揉ませてあげるからね」
「いや、あのっ!?」

 

 

 

絶句している間にも、右手はどんどん引き寄せられていく。


香月が引っ張っているのか、僕が腕を前に出しているのか、その感覚がわからなくなっていた。

手の平は、まるでロボットが命令を受けたみたいに『揉む』のに適した形に指が広がっていく。

まるで、男の手は、女のおっぱいを前にすると、こういう形にするのだと、何億年も前から決まっているかのようだった。


(ああ、これが本能に従うということなのか!!)


遺伝子の記憶が機能していく様に心の中で感動する。

そしてついに僕の右手は、香月が持つ美しい双丘の片方にゆっくりと着地──


──!


──する直前、体育倉庫の扉が開き、ドタドタと何人かが入って来た。



 

 

「拓留! 香月!」



 

 

入って来たのは、来栖たち新聞部のメンバーだった。


「川原くんが、香月がここに入っていくのを見たって教えてくれたの」


来栖は心配そうな顔で話しているが、倉庫が暗い為か、僕たちの方がよく見えていないようだった。


「思い詰めた顔で中に入っていったから、様子を見た方がいいかもって。なにか心配事があるなら、いつでも相談に──」


ようやく目が慣れたのか、来栖は僕と香月の姿を見て、ポカンとしている。



 

「……あなたたち、なにをしているの?」


「なにって……」


僕は床に寝転がり、ネクタイをほどかれYシャツのボタンが全て外されていた。

その僕の上に香月が馬乗りになり、僕の右手を自分の胸に押しつけようとしている。

状況だけを見れば明白だろう。

とても人には言えないことをしている。



 

 

「いやあ、これはお邪魔しちゃったみたいですねえ」

「タク、ばれないようにやんなよー」

「た、たくる……あなた、まさか……!」

 

「ま、待ってくれ来栖! これには事情がある! 香月! お前からも説明してくれ!」


僕は香月に向かって叫んだ。

すると。

 

 

 

「……」


さっきまでの積極性はどこへやら。

香月はいつものぼんやりとした表情で、僕を見返していた。


「香月?」
「ん?」


パチクリと瞬きする香月。


「おい! 知らんぷりするなよ! 元はといえばお前が──!」


僕は慌てて身体を起こした。

すると、その加減で、前に伸びていた手が、そのまま香月の胸を鷲づかみにした。



 

「……」


香月は掴まれた自分の胸を暫く見つめていた。

一瞬の沈黙の後。

 

 

 

「ん-っ!」


──ッ!!


香月は顔を真っ赤にして僕を突き飛ばし、横に飛び退いた。


「ん-っ! ん-っ!」


両手で胸を隠した香月は、抗議の意志を示すみたいに声を上げた。

口は閉じているが怒り顔で、目尻には涙が浮かんでいる。



 

「ちょっと待て! お前が揉んでいいって言ったんだろ!」
「んんんん!」


ぶんぶんと首を横に振る。

 

 

 

「……拓留」

「はっ! く、来栖!?」

 

 

 

「拓留。覚悟は、できてるんでしょうね?」


………

 


15分後。

 

 

 

 

「いい加減にしなさーいっ!!!!!!」

 

 

 

 


……

 



 

「ほ、本当だってば! 僕は無実だ!」

「まだそんな見え透いた嘘をつくの!?」



 

 

「拓留……そんなケダモノに育っちゃったなんて、悲しい……。父さんになんて言えばいいのかしら……」

「いやだから誤解だって!」

 

 

 

「もう! いい加減にしなさーいっ!!!!!」


……さっきからこの繰り返しだった。

 

 

 

『覚悟は、できてるんでしょうね?』

 


あの言葉の後、来栖は瞬間的に怒りを爆発させた。

あんなに怒っている来栖を見るのは久しぶりだった。

あげくスマホを取り出して『今すぐ警察を呼ぶ』とまで言い出して、伊藤と有村が無理矢理とりなして部室に戻ってきたのだ。

 

 

それから約10分。僕はなんとか来栖に状況を説明しようとして、その挑戦に失敗し続けていた。

 

 

 


「本当なんだって! メールで呼びだれてあそこに行ったら、突然後ろから香月に抱きつかれたんだ!」

 

「香月がそんな、ふ、ふ、ふしだらなことをするわけないでしょう!?」


『ふしだら』という言葉を使い慣れていないらしい。

僕も普段口にしたことはない。


「事実なんだ!」


僕は来栖の横に座っている香月を見た。

こちらに体を向けているが、縮こまるようにしてうつむいているので、表情が見えない。



 

「な、香月! 僕の言う通りだろ!? 来栖に言ってやってくれ! なっ!」


「ひっ!」


僕が身を乗り出すと、香月は怯えたように顔を上げた。

香月の顔は真っ赤で、目尻に大きく涙の粒が浮かんでいた。

 

 

「んんんっ!!」


大きく首を振って、またうつむいてしまう。



 

 

「ほらご覧なさい! 香月、すっかり怖がってるじゃない! 悪いのはあなたの方よ! 拓留!」

「そんなバカな!? おい、伊藤、尾上、有村! お前たちもなんとか言ってくれよ!」

 

 

 

「いやー、お前みたいなタイプは、いつかどこかでこうなるって思ってたんだよね」

「なっ!?」

「宮代って、絵に描いたようなむっつりスケベだもんな。普段溜めに溜めていたエロパワーが、ついに爆発しちまったわけか。まあ、月一回くらいは面談に入ってやるから、心配すんな」

「どういう意味だよ!」



 

「タク、がっかりだよ。女の子と遊びたいんだったら、私に言ってくれれば良かったのに」

「お前はなにを言ってるんだ!」



 

「せり、宮代先輩は嘘は言ってないよ」

「そ、そうか! そうだよ! 有村には僕が嘘をついてないってわかるじゃないか!」

「はい。私はいつでも宮代先輩の味方ですよ。実を言えば、さっき宮代先輩が部屋を出る時、みんなにホントの理由を言ってないってわかってました」


しまった、そういえばそうだ……。

とはいえ、これはチャンスだ。

有村なら僕が嘘をついてないって分かってくれる筈だ。


「なあ、有村、みんなに言ってやってくれ。僕は嘘をついてないって」



 

「もちろん。いい? せり」

「なあに? ひなちゃん」

「宮代先輩は、せりに対しては誠実なの。だから、ダメなんだよ。せりでは、宮代先輩の既に極められたアブノーマルな性癖を満たせない。嫌がる女の子を無理矢理自分の物にする形でないと、真実の愛を感じられないんだよ」

 

 

 

「そうなの? タク」


「お前たちは僕をなんだと思ってるんだ!? っていうか有村! お前本当は分かってるのに状況を楽しんでるんだろ!」



 

「さあて、一体なんのことでしょう?」

「お前なあ!」



 

「弁解の余地はなさそうね。やっぱり警察を呼びましょう」

「冷静にスマホを取り出すな来栖!」


思わず立ち上がり、冷たい視線を送ってくる来栖達に無罪を主張する。


「本当なんだ! メールで呼びだされたんだよ! 香月から、『体育館倉庫に来て』って! ほ、ほら見てくれ!」


急いでスマホを操作してメールを表示させ、全員に見せる。


「な!? ほ、ホントだろ!?」


「……香月、このメールを出したのはあなたなの?」



 

「んんんんっ!!!!」



 

 

「違うみたいね。拓留、偽のメールまで用意して罪から逃れようとしているの?」

「待てってば! 本当なんだ!」



 

「うーん。でもよお、いつもの宮代だったら、そんなメール怪しがって無視するんじゃないか?」

「うっ……そ、それは」

「確かに、おかしいですね。宮代先輩だったら『これは誰かが僕をからかって書いた物に違いない。騙されるものか!』って感じですよね」

「『情報強者である僕が、こんな物に騙されるものか』とか言いそうだよねー」

「ううっ……」


確かに、その通りだ。

僕は自分が世間一般的なモテるタイプの男子じゃないという事を誰よりも良く知っている。

名も知らない女子からメールが来たら、舞い上がる前に警戒するのがデフォルトだ。

常に『また誰かが僕を陥れようとしているんじゃないか?』を考えながら行動している、寂しい高校生が僕だ。



 

「でも、そんなタクが信じたんだから、なにか理由があるんでしょ? タク、今朝からなんか様子が変だったし、なにかあったんじゃないの?」

「うっ……」


確かに、普段の僕だったら、たとえ香月からのメールでも警戒したに違いない。

新聞部のみんながグルになって、一人でノコノコと体育館倉庫にやって来る僕を笑うつもりだったかもしれないじゃないか。

それでも来たのは、もちろん、気になることがあったからだ。

 

 


あの写真の女の子が香月だということはまったく気がつかなかったが、それに関連する事かも知れないとは思った。

だから、誰にも知らせずに行ったんだ。

実際、おかげで、写真の送り主が誰なのかも分かったのだ。



 

「……」



 

 

 

「タク?」

「黙ってないで、なにか言いなさい、拓留。世莉架の言う通り、なにか理由があったの?」

「……」


ここで説明するのは簡単だ。あの自撮り写真を全員に見せればいい。

そうすれば、いくらこの石頭の来栖でも、一連の事態を理解してくれるだろう。

 

 

 

僕はスマホを操作しようとして──


「……」


(……しかし)

 

 

 

 

「…………」


ここでこの写真を公開して良い物なのか?


「……」

 

 

 

「拓留?」

「……」


僕はスマホをポケットにしまい、力無く椅子に座った。

決定的な証拠を出すことは、できない。

なるようになれだ。


「……」

「……拓留。認めるのね」

「……」


しょうがない。


僕は覚悟を決めて、うなずこうとした。


と、その時。


──「んふ」

 



 

「ん? なんだ? 有村、今笑ったか?」


「いいえ? せりでしょ?」


「違うよー。のんちゃん?」

 

 

 

「私じゃないけど……」


──「んふ」


「もしかして……香月?」

 

 

 

「んふふ」


「華ちゃん?」


どうやら声の主は、来栖の隣に座っている香月のようだった。

うつむいていて顔が見えないが、微妙に肩が震えている。

笑いを堪えているようだ。


「香月?」



 

 

「あっはっは! も、もう我慢できない!」



 

「みっ、宮代先輩、いくらなんでもいい人すぎるでしょ!! あっはっはっ!!」



 

 

「へ?」


お腹を抱えて大声で笑い始める香月。

いつもと違う口調、いつもと違う表情を見て、来栖たちはあっけに取られている。


香月は暫く椅子の上で笑い転げた。



 

 

「いーひーっひ! ……ふう。おかしすぎて笑い死ぬ所でした」


本当におかしかったのだろう。目尻に浮かんだ涙を拭いながら、香月は笑顔で言った。



 

「えっと、宮代先輩は無実です」

「え?」

「体育館倉庫に呼びだしたのはあたしです。押し倒したのもあたし」

「ちょっと、香月、それホント!?」

 

 

 

「うーん、ホントですね。華は嘘を言ってません」

「有村がそう言うなら、そうなんだな」

 


「え、でも、じゃあ、どういうことなの? どうして香月が、拓留を、えっと、その、押し倒す……なんて……」

 

 

 

「そりゃもちろん、宮代先輩に処女を捧げたかったんです」

「んなっ!?」

 


品行方正な生徒会長には刺激の強すぎる言葉だったらしく、来栖は口をパクパクさせたままそれ以上喋れなくなった。



 

「華ちゃん? あなた、華ちゃんなの? なんか、いつもと様子が違うんだけど……」

「わかりました。本当は隠したままでもいいんですけど、ちゃんと説明します。自身の尊厳を捨ててまであたしを守ろうとした宮代先輩の騎士道精神のお礼です。宮代先輩、惚れ直しましたよ」


そう言って、明らかにいつもの香月でない香月は、呆気に取られたままの僕にウィンクした。

 

香月は、まずことのいきさつを説明して、みんなの誤解を解いてくれた。

香月自身に求められたので、エロ自撮り写真もみんなに見せた。

僕は自分の尊厳を捨ててまで、香月が恥ずかしい目にあうのを避けようとしたわけで、多少はみんなに褒められるかと思ったのだが──



 

「どこからどうみても華じゃないですか。なんで一目で気付かなかったんですか? 宮代先輩の目は腐ってるんですか?」

「ええっ!? だって、顔が隠れてるし……」

「体つきとかでわかると思うけどなあ。タク、おっぱい好きでしょ?」

「い、いや確かに大きいとは思ったけど、それだけでは判別しきれないだろ!」

「いや、わかるだろ。おっぱいだけしか見えなかったとしてもわかるだろ。どこからどうみても香月だし」

「そうなの!?」

「普段、宮代先輩がいかに華のことを女の子として捉えていないかがわかりますね。最低です」

「なんで僕が袋だたきになってるんだ!?」



 

「ままま、皆さん。宮代先輩は、一応は、あたしと華を守ろうとしたわけですから、その心意気に免じて、今回は許してあげましょうよ」


……?

今、香月が変なことを言ったぞ。


「今、『あたしと華』って言ったか?」

「ええ、言いました」


華はにまっと微笑み、そして、より事態を混乱に陥れる『説明』を始めた。



 

「あたしは、華じゃありません。ああいえ、この体は確かに華の体ですが、あたしは、華じゃありません」

「どういう、こと?」

「あたしは、華が生み出したもう一つの人格です」

「人格ぅ?」

「はい。ある時、華はこう思いました。このままでは限られた学生生活をエンスーに費やして終わってしまうと」



 

「いやまあそれはそれで構わないけど。せっかくならこのもてあましているぴちぴちの体を有効に活用したいと思いました。思春期の少女であれば誰しもが思うことです。白馬の王子様の腕に抱かれたいと! ただし金持ちでイケメン限定!」

「なんか純粋なんだか歪んでんだかわかんねえな」

「けれど、華は異性どころか同性とすらまともにお喋りができません。それに、仮に意中の殿方とお喋りできるようになったとしても、華の能力は、彼女が喋る限りランダムに発動します。それは避けたかった。なので、華は、自分に代わってこのぴちぴちの体を有効に使ってくれる『もう一人の自分』を求めました。男女問わず気軽にお喋りができて、かつ、お喋りをしていても能力が発動しない『もう一人の自分』です。その願いを口にした時、華の妄想具現化能力が発動し、あたしという人格が生まれたのです。対人コミュニケーション能力ゼロの華が、バラ色の青春を謳歌する為に生み出した第2の人格。それがあたしです」

「青春時代を謳歌って、なにをするの」

 

 

 

「そりゃもちろん、男の子といやらしいことをするんですよ♪」



 

 

「やだあ、華ちゃんえっちなんだー♪」

「なに盛り上がってんですかそこ。新しい人格って、そんな物簡単にできるもんじゃないでしょうよ」


「……いえ」


さきほどのショックから来栖がようやく立ち直る。



 

「香月の能力は『口にした事が具現化する能力』よ。場合によっては新しい人格だって」

「ふむ……」



 

「んふ。とはいえまあ、期間限定です。華もあたしに無期限に体を貸すつもりはないようで、妄想が具現化した時点から、残り時間が決められてます。期限は今日一日。正確には、眠るまでの間。明日目が覚めれば、あたしは綺麗さっぱりいなくなってますんで、その辺については御心配なきよう。だから、てっとりばやく宮代先輩としちゃおうと思って、呼びだしたんです」

「てっとりばやくって、お前な……!?」

「ね、そういうわけですから」


僕の抗議を聞いてないのか、聞こえないふりをしてるのか、この香月ではない香月は、トコトコと僕の傍に歩み寄り、首を傾げて微笑んだ。



 

「華の夢を叶えてあげてくださいよ。宮代先輩。華の処女を、もらってあげてください♪」

「ふふふふ、ふざけるな!」


僕は椅子から飛び退き、更に後ずさって壁まで後退した。



 

 

「宮代先輩。女の子がここまで言ってんだから、もらってあげればいいじゃないすか」

「タクってこういう時は潔癖なんだっけ?」

「いやあ、あれは単に、突然来たモテ期にビビってるだけだな」

「そうね……。潔癖というか、臆病なのよ。拓留は」


「僕のことはどうでもいいだろ!」

 

 

 

「ね、宮代先輩」
「わっ!?」


知らぬ間に、香月ではない香月が目の前に立っていた。顔が近い。


「どうしても、ダメですか……?」


濡れた瞳が僕を貫く。シャンプーの香りがふんわりと鼻をくすぐる。


「だ……だめ、だ! お前は、香月じゃない、だから! その身体は、香月の物であって、お前の物じゃない! だから、その身体を好き勝手にするのは、許されることじゃないだろ!」


僕としては、苦し紛れに思いついたことを言っただけだった。しかし。

 

 

 

「わお」


香月でない香月は、目を大きくして、感心したようにそう言った。



 

「そう来ましたか。なるほど、一理ありますね。うーん、となると……」


香月でない香月は、腕を組んでその場で考え始めた。


「……あ、そうだ!」


何かを思いついたらしく、急に笑顔になる。

そして、サッと僕の傍に駆け寄り、耳元で小さくささやいた。



 

「さっきの写真、もう一度見てくれますか?」
「え?」
「あの写真の、"あたしの横"にある物、よく見てください」
「は?」
「ほら、早く!」
「あ、ああ……」


言われるままにスマホを取り出し、エロ自撮り写真を表示させる。

 



 

「別になにも写って…………ん?」



 

香月の横の部分をピンチでズームする。

そこには雑誌が一冊置かれていた。


「クールキャットプレスか?」


何故見落としていたのだろう。これは確かにクールキャットプレスだ。



 

 

僕のキャンピングカーにはゲンさんから買い取ったこの雑誌が結構な冊数保管されている。

それらは普段は目の届かない所にしまってある。

新聞部の誰も、その場所を知らない筈だ。

それが、何故ここにあるのだ?



 

「見覚えのある号じゃないですか?」
「……?」

 

 

 

 

おかしな気分になる。

不思議なことに、"見覚えがない"。

何故この雑誌が写っているのかも不思議だが、その写っている号を僕が知らないというのはもっと不思議な話だ。

もう一度、アップになった雑誌の表紙を観察する。

特集記事の文字が並んでいるが、さすがにスマホ画質では潰れてしまっていて良く読めない。

タイトルの一部が大きく描かれている部分が、かろうじて読み取れた。


「……『変えて』……?」
「んふ♪」


その瞬間。

僕は、開けるつもりのなかった、記憶の扉をこじ開けてしまった。

 

……