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-ノベルゲーム・タイピング-

CHAOS;CHILD らぶCHU☆CHU!!【10】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


--------------------

 

 

 

 

 

……


~『YESーNO』心理診断から~

 

……

 

 

 

僕は、いかにも『尾上に言われてしぶしぶ』……という姿勢を装いながら、『YESーNO』心理診断をやりはじめた。

 

 



 

 

 

 

"彼女がいたことがある"


──NO




 

"初デートは渋谷より秋葉原"


──NO




 

"人徳はあるほうだ"


──NO




 

"お姉さんにぐっと来ない"


──YES




 

"甘いものに目がない"


──NO




 

"妹みたいな後輩タイプ"
『面倒見のいいあなたは妹みたいな後輩タイプがぴったり!かわいがっているうちに頼られることも増えてきて…?』

 



 

 

「えー、タクって妹みたいな子が好みだったの? 確かに青葉寮の結衣ちゃんのこともすっごく可愛がってるし……。はっ!? まさかシスコンなの!?」


尾上が、『クールキャットプレス』を見ながら盛んにはしゃいでいる。

ううーむ、出来ればやめて欲しいんだけどなぁ。

男性誌だし、きわどいページとかあるし…気まずいこと、この上ない。


「ほら、もういいだろ?」


僕は尾上から『クールキャットプレス』を取り上げると、棚の下にこっそりしまいこんだ。


………

 


……

 

 

 


~学級新聞の『YESーNO心理テスト』から~

 

 

 

僕は来栖たちに一通りいいわけをし、伊藤にはその数倍の悪態をつくと、その『YESーNO心理テスト』とやらをテーブルの上に広げてみた。





 

 

 

 

 

"幼馴染という言葉にあこがれる"


──NO




 

"巨乳派です"


──NO




 

"小さな嘘も絶対許さない"


──NO




 

"自分はロリコンじゃない"


──NO




 

"貴方はかわいがられ上手タイプ"
『童顔なうえ穏健でひっこみ思案な君はかわいがられ上手タイプ。かわいがられるってのはいいことだな!』

 

 

 

「はずかしいですね」



 

「これ、遊び気分で作ったわりに、結構、面白いですね」

「ん」


………

 

……

 

 

 

 

-結衣&結人編-

 

……

 



 

「それで、だ。次の新聞の特集をどうするか、だが……」


川原くんとの男と男の勝負が霧消したはいいものの、となると今後の活動の指針を決めなきゃいけないわけで。

とはいえ、切り出したはいいものの、僕にもこれといったアイデアはなく、結果再び皆の意見を聞いてるわけだけど。



 

「ミスコンってのはどうだ?」

「……ミスコンって、あのミスコンか?」

「他にどのミスコンがあるんだよ?」


伊藤が何故か胸を張って言った。



 

「ほら、この前のYESーNO判定が結構評判だっただろ? やっぱさ、民衆はああいうノリを求めてると思うんだよな」


伊藤の言うとり、甚だ不本意ではあるが、あのお茶を濁したような馬鹿馬鹿しい企画は、これまでの記事に比べても何故か上々の反応だった。


「だからさ。学内で美人だと思う人に投票してもらって──」


でも、だからと言ってそんな企画はきっと……。



 

「却下です」


こうなるに決まってるんだ。



 

「えー、なんでだよ?」

「知ってますか、伊藤先輩。そういうの、最近ではセクハラに該当するんすよ」

「出た! 優勝できない奴の僻(ひが)み。そんな狭い了見だから、選ばれない──」

 

 

 

 

──!



 

 

 

「…………」

「うわあああああ! 冗談だよ、冗談! 見てないで止めてくれよ、宮代ぉ!」

「自業自得だろ」

「そんなぁ」



 

「さあて、どうして差し上げようかしら、おほほほほ」

「ひぃぃ!」



 

「まあまあ、ひなちゃんも、そのくらいにしておきなよー」

「……ちぇっ、しゃーない。せりがそういうなら……」


──!


有村が両手を下ろすと、それまで見えていた巨大なディソードが瞬時に消えた。



 

 

「ほっ……」

「その代わり、華に呪いの言葉でも吐いてもらいましょうか」

「ん、わかった……かも」

「いやいや! それ、シャレになんねーから!!」


やれやれ、相変わらず煩いったらない。

いったいどうして、この部にはこんな連中ばっかりが集まったのか。

この中で、唯一まともなのといえば……。



 

「はい、どうぞ。マウンテンビューです」

「あ、ああ。サンキュ」



 

「尾上さんはグレープフルーツジュースで良かったですよね?」

「おっけい。ありがと、うきちゃん」



 

「有村さんのアップルティーと姉さんのダージリンは、いま淹れますね」

「うぃー。グラッチェ」

「いつも悪いわね。うき」

「いえ。好きでやってることですから」


表情も変えず言うと、うきは再び淡々と紅茶を淹れ始めた。

このいつも騒がしい新聞部内にあって、唯一の癒しは彼女くらいだ。

もっとも、うきは高等部の生徒じゃないから、正確には部員じゃないんだけど、それに関していえば、完全に部員じゃないのもいるから問題ないだろう。



 

「ねー、うきは、今何か興味があることはないの?」

「私、ですか?」

「ええ。こういう記事が読みたい、とか、こんな特集あると面白い、とか」

「私は……特に……」



 

「てかさー、うきって趣味とかあるの?」

「趣味、ですか? そうですね……お手伝いとか」

「そういうのは趣味って言わないっての」



 

「でもさ、実際、山添がいてくれると便利だよな」

「え……」

「ほら。お茶だってこうして、全員の好みを把握して淹れてくれるし、部室の整頓も掃除もぜーんぶやってくれるし」


「…………」
「…………」
「…………」



 

「俺ん家にもひとり、山添がいてくれたら便利でいいんだけどな」


「…………」
「…………」
「…………」

 


あーあ。

 

このバカ、気づいてないな。

 


「おい、伊藤……」

「そうだ、山添。こんど家に来て、部屋片付けてくんね?」

「伊藤」



 

「あ? なんだよ?」

 

 

 

 


「…………!」
「…………!」
「…………!」
「…………!」

 


「あ、あれ? 俺、なんか変なこと言った?」

「言った? じゃないよ、真ちゃん」

「ものには言い方ってものがあるでしょう」

「そうだそうだー。"便利"だなんて失礼でしょーが」

「サイテー……かも……」



 

「ち、違うって、別に俺は悪意があっていったわけじゃ……」


まあ、悪意がないってのは本当だろう。

ただバカなだけで。

それに……。



 

「…………」


「てか、なんで照れてんのよ、うきー」

「いえ……なんていうかその……そういうこと、あまり言われたことないので……」

「ほらみろ。山添だって悪い気はしてねーんだから、いいじゃんかー」



 

「い と う く ん」

「ごめんなさい」


まあ、アホ伊藤の言い方は別として、僕からしてみれば別に強要しているわけじゃないんだし、いいんじゃないかと思うんだけど。

それに、うきだってイヤイヤやってるわけじゃないし、むしろ好んでやっている気もする。

現に──。



 

「いえ。気にしないでください。私が好きでやってることなので」


うきだって、こう言ってるわけだし。


「まあ……うきがそれでいいならいいけど」
「はい。私は、こうして皆さんの役に立てて、嬉しいです」

 



 

「うきー! あんたってば、ほんと良い子ねぇ!」

「ん……!」



 

「あれ? ちょっと待て! つーことは、俺、怒られ損ってことじゃね!?」

 

 

 

「そんなこと言って。ホントは悪くないって思ってるくせにー」

「いやぁ、まあ……」

「真ちゃん、それヘンタイっぽいよ?」


ま、本人が好きにやるのが一番だよな。

でも、この話の流れだとたぶん、来栖のやつ……。


………

 


……

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、今日のところは帰るとすっかね」

 

 

 

結局、今後の部の活動は特に決まることなく、なんとなくお開きになってしまった。

学校行事としてもこれから何かがあるわけでもなし。

そうこう言ってるうちに期末が始まるだろうし、この時期の部活はこんなものといえばこんなものだ。

それはそれで、物足りなくはあるが。



 

「ね、タク。タクは真っ直ぐ帰るの?」

「いや、特に何も考えてないけど」

「それじゃ、これから甘いもの、一緒にどう?」

「甘いものか……」


別にこの後やることがあるわけでもないし、断る理由はないんだけど……。



 

「拓留。悪いんだけど、この後、ちょっと良いかしら?」


ほらきた。



 

「ごめんね、世莉架。拓留、借りるわね」

「うー……そっか。それじゃあ、甘いものはまたこんどにしよっかな」


ちょっと、待て。

僕の意見をよそに、話は勝手に進んでしまっているぞ。



 

「なあ、来栖。僕はまだ行くとは……」
「話があるの……お願い」


やっぱり。

どうせうきのことって言うんだろう?



 

「実は、結衣のことなんだけど……」
「結衣のこと?」
「どうかした?」



 

「あ、いや……さっきの流れだと、てっきりうきのことかと思ってさ」



 

「うきの? どうして?」
「だってさ。うきが人のことばっかり考えてるのが……とかそういう話かと……」



 

「……そうねぇ……でも、あれはあれで、うきがやりたくてやってることだから……」


なるほど。てことはうきに関しては来栖も同じ意見ってことか。

てっきり、おせっかいな乃々が、人のことばっかり考えてるうきを心配して僕に……って話なのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。

でも、だからって結衣のことで相談って……なんだ?



 

あの年頃の女の子の相談事ってのは、十中八九、まず男子には聞かないものと相場が決まっている。

男子である僕に相談して、どうにかなることがあるとは思えない。



 

……待てよ。

もしかしたら、男子だからこそできる相談ってのが……。

……そんなものがあるだろうか?

 

 

 

まあ、考えるよりも聞いた方が早いな。



 

「あの、姉さん。私……」

「あ、うきも先に帰っておいてくれるかしら?」

「はい。では私は、戻ってお父さんの手伝いしておきます」

「悪いわね。お願い」


うきと一緒に、他の連中もそれぞれ帰ってしまい、部室には僕と乃々だけが残された。


「それで、話って?」


落ち着くのを見計らって僕は尋ねた。



 

「あのね……結衣の相談にのってあげて欲しいの」
「相談?」
「ええ。あの子、最近いろいろと悩みがあるみたいで……」


結衣が悩み、ね……。


「ほら、拓留が出ていく前は、父さんの手伝いとかやってくれてたのは知ってるでしょ?」
「まあ……」


あまり進んで、という感じではなかったけど、それでも青葉寮の一員として一生懸命手伝おうとしている姿勢は見えた。


「でも、今はうきがいるじゃない? 父さんの手伝いも、家の手伝いもあの子が進んでやってくれるようになって……」
「居場所がとられちゃったってわけか……」


乃々は小さく頷いた。



 

確かに、うきは他人のために尽くすことが生きがいみたいなところがある。

今まで結衣がやっていたようなことも、本人が気づくよりも先にやってしまうのだそうだ。

しかも、非のつけようのないクオリティで……。



 

そんな状況だから、自然と青葉医院に来る患者さんの覚えも良くなる。


となると──。

 

 

 

「自分でもダメってわかってても、どうしても比較しちゃうみたいなの……。それで最近、いろいろと悩むようになって……」


なるほどね。

結衣は以前、大人になったら看護師さんになって、父さんの手伝いをしようかな……なんて言っていたこともある。

もちろん、それは会話の中でふと出てきた言葉だったし、父さんを喜ばせるためでもあったとは思うけど……。

それでも、あの年頃の女の子を悩ませるには充分な状況であるのかもしれない。



 

「話はわかったよ。でもなんで僕なんだ? 相談なら来栖が乗ってやればいいだろ?」
「……私もそれとなく訊いてみようとしたことはあったの。でも、はぐらかされちゃって……」


となると、家にいて話が聞けるのは、父さんと結人とうきくらいか。

その中でうきは原因でもあるわけで、結人も相談できる年でもない。

父さんは……あのとおりの人だから。



 

「私ってほら、少し口うるさいところがあるでしょ? だから言いにくいのかもしれないし、その点、拓留ならって……。結衣(あのこ)、拓留に懐いてるところもあるし……」


なんだよ。そんなこと言ってるけど、結局は消去法じゃないか。


「でも、そういう悩みなら誰だってあるもんじゃないのか」
「それはそうだけど……」
「だいいち、悩みが深刻なら、そのうち自分から言ってくるだろ。それに僕にあの年頃の女の子の相談に乗れるとも思えないし、そもそも僕には関係な──」



 

「拓留~……?」
「あ……」


ヤバイ。乃々の声のトーンが上がった。

これはまた……踏んじゃったか?



 

「関係ない? 今、関係ないって言ったわよね?」
「あ、いや、今のはそれこそ、言葉のあやというやつで……」
「家族の将来の話をしているのに関係ないですって? まさか、本気で言ったんじゃないでしょうね!」
「あー! そういや、ちょうど久しぶりに顔出そうかと思ってたんだよな! せっかくだからしばらくの間、家で結衣の様子でもみてみようかと思うんだけど、どうだろ?」

 

 

 

「……そう。だったらいいんだけど」
「…………」


頭の中で尾上の声が聞こえた。



 

『ほんと、タクはのんちゃんには弱いねぇ……』

 

大きなお世話だ。自分でもわかってるよ。

 

………

 


……

 

 

 

 

 

 


……



 

「ただいま」

 

 

 

 

「あれぇ? 拓留兄ちゃん!?」


伺うように家に上がると、僕の姿を見た結人が目を丸くした。


「久しぶり」
「どうしたの? 帰って来たの?」
「まあ、しばらく……」
「どうして?」
「たまには結人たちの顔が見たくなってさ」



 

「ほんと! やった! 僕も拓留兄ちゃんに会いたかったよ」


乃々に脅されて、なんて本当のことは言えない。

それ、帰る道すがら、僕の中では少しだけ思考に変化があった。

もしも──ここで僕が結衣の悩みとやらを見事に解決してやれば……そうすれば、乃々も少しは僕を見直すことだろう。

今までみたいに、頼りない弟扱いしなくなるかもしれないし、そうなれば僕のやることなすこと、いちいち口出ししなくなるかもしれない。

それは、これからの僕の人生において、大変なプラスになるんじゃないだろうか──。



 

「あら? 結人だけ? うきや結衣は?」

「ふたりとも、お父さんのところでお手伝いしてるんじゃないかな」


父さんのところってことは、病院のほうか。


「ちょっと見てくる」


僕はこっそりと自宅に併設している、青葉医院を覗いてみることにした。


……

 



 

「うき。これ、頼む」

「はい」



 

女「うきちゃんはいつもお手伝いして、小さいのに偉いねぇ」


「いえ。好きでやってることですから」


女「ほら、飴ちゃんあげる。あとでお食べ」



 

「……ありがとうございます」



 

「おーい、うき。アレ、どこやったっけな? えーっと、ほら、アレだ!」

「聴診器なら首にかかってます」

 

 

 

「ん? ああ、ほんとだ。年取ると、すぐこれだ。イヤんなるぜ。それにしても、うき。お前、よくわかったな」

「お父さんの様子を見てたらなんとなく」

「ははっ、さすがだな」

 

……



 

「どうだった?」


青葉寮に戻ると、夕飯の準備に取り掛かろうとしていた乃々が訊いてきた。


「うきしかいなかったよ」


少し見ただけだけど、あの調子だと確かに、うきひとりで事足りているように見えた。

となると、結衣が所在なく感じてしまうのも無理はない。



 

「じゃあ、お姉ちゃんは部屋かも」

「部屋ね……」


僕は結衣の部屋へと足を運ぼうとして、その前にふと思い立ち、結人のそばに近寄った。



 

「なあ、結人。最近、結衣に変わったことはないか?」
「変わったことって?」
「そうだな……何か悩んでるとか……」



 

「うーん……悩んでるかどうかはわかんないけど……最近、いっつもノートに一生懸命なにか書いてるみたい」
「ノートに? なにを?」
「さあ。お姉ちゃん、見ようとしたら怒るし」


……それが、結衣の悩みに関係あることだろうか?


………

 

 

 

──コン、コン……。


結衣の部屋の前でノックをすると、中から何やら慌てたような音が聞こえた。


「誰!?」


「僕だ。開けていいか?」


「拓留兄!? ちょっと待って!!」


再びゴソゴソと音がしていたが、やがて──。

 

「いいよ。どうぞ」


……

 

 

 

声に従って扉を開けると、勉強机を背に結衣が立っていた。


「た、拓留兄……帰ってたんだ」
「ん、まあ……ちょっとな」
「それじゃ、これからずっと家にいるの?」
「いや、とりあえず今日だけで、明日になればまた帰るよ」



 

「なぁんだ。残念。またみんなで暮らせるかと思ったのにな」


結衣は口を尖らせて言った。

その口調からは、乃々が言ったような深刻な様子はうかがうことはできない。

けれど──。


「そういや、何してたんだ?」



 

「え? 何って、その……べ、勉強だよ?」


勉強ね……。

その割には、確かに目が泳いでいた……。

ノートに何か書いてるらしいって、結人が言ってたけど、やはりそれも何か関係があるのかもしれない。

とはいえ、無理に見せてはくれないだろうし、こっそり見るのもはばかられる。

特にこのくらいの女子はプライベートを見られるのを嫌うはずだ。

よくドラマなんかで、勝手に日記を見た父親が、激しく罵られるシーンなんかがある。

あんな風になるのはゴメンだ。

僕は兄として、もっと理解と包容力のある頼れる存在でなければならない。

結衣の悩みを解決すれば、乃々も僕を見直すかもしれない──その可能性に加えて、久しぶりに弟や妹に会ったことで何かスイッチでも入ったのか、僕はそんな風に考え始めていた。


「結衣」
「ん?」
「もし、何か悩みとかあったら言いなさい。いつでも相談に乗るから」
「え?」
「大丈夫、何も恥ずかしいことはないんだよ。若い時分はみんな悩むものだからね。けれど、悩んでるだけじゃ解決しない、時には誰かを頼ることで解決することだってある。そう、たとえばこの僕のような、頼れる相手にね」
「ど、どうしたの……拓留兄……いきなり……」
「なんでもないさ。兄として当然のことを言ったまでだよ」

「そ、そう……ありがと……」
「それじゃ、勉強、頑張りたまえ」
「う、うん……」


部屋を出て後ろ手に扉を閉める瞬間、戸惑った様子の結衣の顔が目に焼き付いた。


「…………」


と同時に、激しい後悔の念におされた。

もしも、すべてが乃々のとりこし苦労で、結衣に悩みなんてなかったとしたら……。

勝手に兄ぶった僕は……とても恥ずかしいことを言ったんじゃないだろうか。


………

 

 

 

 

そんな思いは、夕飯時になってますます濃厚になった。

 

 

 

 

「ん-、美味しい~」


結衣は満面の笑みで、乃々の手料理を頬張っていた。

そこには悩みの片鱗はおろか、うきに居場所をとられて哀しんでいる様子もない。

ただ、いつもの結衣の姿があった。

ということは……やっぱりすべては乃々の勘違いで、僕はそれを鵜呑みにして、兄貴風を吹かせた恥ずかしいヤツということになる。



 

 

(来栖~……)



 

 

「ほ、ほら、拓留。私のおかずもあげるから、たくさん食べなさい」


恨みがましい視線を送ると、乃々は僕の皿に豆腐で作ったハンバーグを半分よこした。

子どもじゃあるまいし、そんなもので喜ぶか!


………



 

「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末様でした」

「ね、乃々姉。パソコン、使ってもいいよね?」


使った食器を流しに持っていった後で、結衣は目を輝かせて言った。

その様子を見るに、やはり悩みなんてものは無さそうだった。



 

 

「宿題は?」

「もう終わった」

「うん……だったらいいわよ」

「やった! ほら、うきちゃんも一緒に見よ?」



 

「え?」

「ほら、ご飯、最後のひとくち、食べて食べて」



 

「こら、結衣」

「あ……んぐ、んんんっ」


促されるままに口いっぱいに頬張ったうきが、慌てて水を飲む。


「ご、ごちそうさまでした」


結衣は待ちきれないとでも言わんばかりに、うきの食器を奪うようにして流しに下げると、その手を引いてPCの前に陣取った。


「結衣のヤツ、何をあんなに慌ててんだ?」



 

「ニヤ生だって」


既に画面を注視している結衣に代わって、結人が答えてくれた。


「何か見たいものでもあるのか?」

「MOMONEっていうアイドルの配信。今お姉ちゃんたちのクラスで流行ってるみたい」

「ふぅん。アイドルの配信に、あんなに夢中になるなんて、まだまだ子どもだな」



 

「あら。拓留だって"ケイさん"に傾倒してたじゃない。それと一緒よ」

「け、ケイさんは、そういうのとは違うだろ!」



 

 

ケイさん、というのは"渋谷にうず"というネットの情報ページを運営している人で、定期的に音声による配信もしている人だ。



 

その優しい声から、僕や伊藤はちょっとしたファンだったわけだけど、その正体は実は僕たちもよく知っている人だった。



 

『みんなぁ、こーんばーんわぁー』


そうこう言っているうちに、配信が始まったらしい。

やたらと明るい声に呼応して、画面上にコメントが走る。



 

『今日はぁ[MOMONEのゆっくりしていってね]を見てくれてありがとぉ。あ、すごぉい。もぉ、こんなにたくさんの人が見てくれてるんだぁ。MOMONE、超う~れC。それじゃあ、今日もいっぱい歌って踊るから、最後までぇ[ゆっくりしていってね♪]』


やたらと甘ったるいオープニングトークのあと、音楽がかかりはじめ、MOMONEという名のネットアイドルが踊り出した。


「ん?」

 

 

 

「どうしたの?」

「これ……どう見ても、口パクじゃないのか?」

「それはそうだよ。だって、MOMONEは"口パクアイドル"だもん」

「口パク……アイドル?」


なにそれ?


今はそんなジャンルがあるのか?

いや、アイドルが口パクなんて、昔からあったはあったけど、だからって口パクを公言してもいいものなのか?


まあ……エア・バンドなんてものもあるんだから、それもそれで有りってことなんだろうか……。


「あれ? この子……」


画面の中で歌に合わせて口をパクパクさせている女の子に、僕は見覚えがあるような気がした。

この子、確か……。


「高柳桃寧じゃないか! "音漏れてん"事件の!」



 

そうだ。あれは確か、路上パフォーマンス中に口パクだったことがバレて、


『ちゃうねん、ちゃうねん! どっかから違う曲の音が漏れてん!』


と口走ったことから、のちに"音漏れてん"事件と呼ばれるようになった、あの──。



 

「そうよ。あの高柳桃寧って人、口パクだったことを逆手にとって、今や口パクアイドルとして、ニヤ生でブレイク中……って、あら? もしかして拓留、知らなかったの?」

「え? あ……ああ! もちろん知ってたよ! 当たり前じゃないか!」


「そうだよ、乃々姉ちゃん。拓留兄ちゃんは"じょうきょう"だよ? 知らないわけないよ」

 

 

 

「そうよね、拓留に限って、そんなわけないわよねぇ」

「そ、そうだよ。当然、じゃないか。あはははは……」


知らなかった。

まさかあの高柳桃寧が、そんな風にブレイクしていたなんて。

これも炎上商法というやつか。

 

 

「はぁ、いいなぁ、MOMONE。かわいいなぁ……」


「そんなに人気あるのか?」


「うちのクラスじゃ、ほとんど全員大好きだよ」

「そ、そうか……」


世の中、何が幸いするかわからないな。


それにしても……。


「…………」


思ったとおり、うきはそれほど興味がありそうにも思えない。

見るからに──結衣に誘われたから一緒に見てるだけ──といった感じだ。

要するに、うきは"クラスのほとんど全員"から外れた人間ということだろう。


……

 

 

 

 

『みんなぁ。今日はゆっくりしてもらえたかなぁ?』


そうこうしているうちに、MOMONEのニヤ生配信は終わりに差し掛かっていた。


『今日もたくさんの視聴、ありがとぉ。来週もまた見てね! MOMONEの[ゆっくりしていってね♪]でした。ばいば~い』


後ろから画面を覗き込んで視聴数を確かめてみる。


「さ、さんまんにんっ!?」


驚くべきことに、視聴者の数は3万人を超えていた。

僕たち新聞部の配信なんて、100人にも満たないというのに、あんな口パクのネットアイドルの生配信がそんなにカウントを稼ぐなんて。

世の中どうかしている。

やがて、画面はアンケート画面に変わり……。

 

 

 

「…………」


その画面を何故か結衣はぼんやりと見ていた。

もしかしたら、この後何か始まるのだろうか、と思ったけど、そういうわけでもなさそうだ。

どうしたんだろう?

しばらく見ていると、ついに画面は黒く変わり──そして、結衣がぽつりと言った。

 

 

 

「……私も……アイドルになりたいな……」


「え?」


なんだか嫌な予感がした……。

 

 

 

「そうだ!」


と、それを裏付けるように、結衣が勢いよく振り返って僕を見ると、身体を乗り出してきた。



 

「ね、拓留兄! 拓留兄はネット配信とか詳しいんだよね?」

「え? ま、まあ、そりゃ、僕に知らないことはないけど……」

「さっすが拓留兄! それじゃあ、ニヤ生とかできるよね!?」


おい、まさかこれは……。



 

「私もアイドルになりたい!!」


思ったとおり、結衣の奴はとんでもないことを言い出した。

もしかして、結衣が悩んでる風に見えてたのは……これだったのか?



 

こっそりと乃々の顔を盗み見ると、彼女もまた複雑そうな顔をしていた。

妹の悩みをなんとかしたいと思っていたら、まさかこんな悩みだったとは……といったところだろう。

この時、僕はようやく思い至った。



 

結衣が何か書いているという例のノート……あれはサインの練習なんじゃないのか?

有名人を夢見る人間なら誰しもが行うという所業。

やめろ結衣。それはいずれ黒歴史へと代わり、自らを殺すデスノートになるぞ。

 

 

 

「い、いや、でもアイドルなんて、そんな簡単になれるもんじゃないだろ」

「どうして? ネット環境があれば、MOMONEみたいに、ニヤ生の配信はできるんでしょ?」

「だからってだな……」



 

「あー、そっか。うん、でもひとりだとちょっと不安かもね」


人の話、ぜんぜん聞いてない。



 

「ね、うきちゃん! 一緒にやらない? アイドル活動!」

「え? アイドル活動……ですか?」


「うんっ」


……そう来たか。

面倒なことになってきたぞ。



 

「でも、アイドルって何をすればいいのか、私わかりません……」

「それはほら、可愛い服を着て、歌ったり踊ったり、喋ったりしてればいいんじゃないかな?」


ザックリしすぎだろう。

本物のアイドルが聞いたら怒るぞ、きっと。

 

 

 

「結衣ちゃんは、アイドルになりたいんですか?」

「うんっ、なりたい! 超なりたい!」

「そう……ですか……」

「ね? いいでしょー? やろーよー、アイドル活動ぉー」

「あ~あ~あ~……」


結衣に身体を前後に揺らされ、うきが悩んでるのか何なのかよくわからない声をあげた。

それにしても、困ったな、これは。

結衣は簡単に考えてるみたいだけど、アイドル活動だなんてそんな生易しいものじゃないはずだ。

かくなる上は、兄の僕がビシッと言ってやるしか──。


「あのな、結衣──」



 

「ダメよ、結衣、アイドル活動なんて」


「…………」



 

 

「どうして、乃々姉?」

「いい? 芸能活動っていうのは一見華やかに見えるけど、苦労だって多いのよ。簡単にできるように見えて、たくさんの人が協力してくれて初めてできることなの」


どうやら乃々は、妹の悩みを、諦めさせることで解決する方法を選んだようだ。



 

「それに勉強と両立するのだって大変なんだから。あなたにそれができる?」
「できるもん」
「今でも宿題いっぱいって泣き言いってるのに?」
「それは……」


乃々の正論に結衣は一瞬、言葉に窮しはしたものの、すぐにまた言い返した。


「で、でも、もし人気が出たら、お金だって稼げるようになるかもしれないよ? そうしたら、青葉寮(うち)にとってもいいことでしょ? 私知ってるよ? うち、お金ないんでしょ? 乃々姉、いっつも困った困ったって言ってるじゃない」



 

「それは……」


今度は乃々が言い淀む番だった。

実際、普段から口にしていることだけに、そこを突っ込まれると痛いのだろう。


「確かにうちはお金があるわけじゃないけど、それでも私たちみんなが食べていくくらいは、きちんと父さんが稼いでくれてるわ。それに、ネットで配信するということは、不特定多数の人が見るってことになるのよ。それがどういうことだかわかる?」



 

「……どういう……こと?」

「たくさんの知らない人が、自分の顔を知ることになるのよ。その中には、ひょっとしたらおかしな人だっているかもしれない。それでもし、何かあったらどうするつもり?」

「…………」


乃々の言うとおり、アイドル活動というものは、華やかな反面、リスクを伴うものでもあるだろう。

事務所に守られているならともかく、個人で活動するとなれば、そのリスクはすべて自らが背負うことになる。


「結衣の気持ちはわかるわ。私だって、結衣みたいにアイドルに憧れたことだってあるもの」


「え!? 乃々が……アイドル!?」


あまりの意外さに、思わず口をついて出てしまった。



 

「なに?」

「い、いえ……なんでもありません……」


怖っ!



 

「確かに、今の世の中、アイドルの真似事は簡単にできちゃうかもしれない。でもね、本気でやろうと思ったら、それこそお金だってかかるし、個人の力でそう簡単にできるものじゃないの。あなたならわかるわよね、結衣……」

「うん……」

 

乃々の説得に、結衣は肩を落として頷いた。


「それじゃあ……」

「……わかった。アイドルは諦める……」


どうやら結衣はおとなしく諦めたようだ。

ああいう華やかな世界に憧れる結衣の気持ちもわからなくはない。

けれど、言い分としては乃々のほうが圧倒的に正しい。

遊び気分で手を出して、大変なことになってからじゃ遅いんだ。


でも……。



 

「…………」


諦めたと、そう口にはしつつも、やはり哀しそうな顔をしている結衣の様子が切なかった。


………

 

 

 

 

久しぶりの自室のせいか、どうにも眠れない。

 

 

 

(とりあえず、寝る努力だけはするか)


そう思って、ベッドに潜り込んでからしばらく経った頃──。


──コン、コン……。


ノックの音がした。

 

 

 

(誰だ、こんな時間に?)

 

 

 

時計を見ると、既に日付も変わってしまっている。

この時間、普段の僕はまだ起きて、ネットで情報を漁ったりしているけれど、青葉寮の皆は違う。

たいてい、日が変わるよりも早く眠ってしまうのが普通だ。

それをこんな時間に、訪ねて来るなんて……。

もしかして来栖?

それとも父さんかな?

あるいは結衣か……。

朝まで待てないほどの、急ぎの話なんだろうか?


「…………」



 

僕がとんでも無い妄想に耽っている間に、いつの間にかドアが薄っすらと開いていた。

そこに顔をのぞかせていたのは……。

 

 

 

「…………」


うき?


すると、僕が寝ていると思ったのだろう。

うきは小さく息を吐いて、部屋を出て行こうとした。


「あ、待った」

「あ、もしかして起こしてしまいましたか? ごめんなさい」

「いや、大丈夫。起きてたから」

 

 

 

「そう……ですか。よかった」


うきはそう言ったきり、ドアの外に立ったまま何も言おうとしなかった。


「えっと……入れば?」

「あ、はい。それじゃあ、失礼します」

 

僕はベッドから起き出して腰かけると、彼女にも座るように勧めた。



 

「それで、こんな時間にどうしたんだ?」
「はい。実はその……」


言葉を選んでいるのかそれとも迷っているのか。

しばらく考えるようにしてから、うきはやっと口を開いた。



 

「拓留さん。結衣ちゃんのお願い、聞いてあげてもらえないでしょうか?」
「結衣のって……例のアイドルになりたいって話?」
「はい……」

驚いた。

結衣が言ってくるならともかく、うきがこんなことを訴えて来るなんて。


「でも、結衣は諦めるって……」
「結衣ちゃん、ああやって納得してはいましたけど、本当はやってみたいはずなんです。だから……」


──「あれ? うきちゃん?」



 

いつの間に現れたのか、開いたままのドアの外に結衣が立っていた。


「結衣ちゃん……」



 

結衣は怪訝そうな様子を隠しもせず、僕の部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

「うきちゃん、どうしたの? こんな遅くに、拓留兄の部屋で何してるの?」

「えっと、それはその……」

「結衣こそどうしたんだよ? もう夜中だぞ」

「私は、拓留兄にお願いがあって……」


お願い……それは、もしかして。



 

「私ね、やっぱりアイドル、やってみたい。だから拓留兄、力をかしてくれないかな?」


……うきの言ったとおりだった。

一度ああは言ったものの、結衣はやっぱり諦めきれなかったんだ。

僕は気づいていなかった──というかあんまり気にしてなかったけど、うきにはそれがわかっていた。


「じゃあ、用件はうきと一緒だな」



 

「え? ってことはもしかしてうきちゃんも……?」

「うん」



 

「うそ! うきちゃんもアイドルやりたかったの!?」

「え? ち、違います。そうじゃなくて、私は結衣ちゃんに……」

「私に? どういうこと?」


「うきは、結衣に一度アイドルをやらせてやってくれって……そのために協力してくれって言いに来たんだ」


「うきちゃん……そうだったんだ……」

「だって……結衣ちゃん、本当はやりたそうだったから。でも余計なことだったかな?」

「ううんっ! 嬉しいよ。ありがとう、うきちゃんっ」

「わっ」

 

 

 

感極まったのか、結衣はうきに抱きついて喜んだ。


「ふふっ。うきちゃん、大好きっ」

「そんな。私は結衣ちゃんに喜んで欲しかっただけで」


「…………」


「ね、やっぱりうきちゃんも、一緒にやろうよ! アイドル活動!」

「え? わ、私? む、無理だよ、アイドルなんて、そんなの……」

 

 

 

「そんなことないよ。うきちゃん可愛いもん。きっとできるよ」

「そんな……私なんて……」

「それに私も、うきちゃんが一緒にやってくれたら心強いし」

「…………」

「ね?」

 

(これは……)


結衣とうきの姿を見ていた僕の心の中で、これまで感じたことのないような、不思議な情動がむくむくと湧き上がってきた。

女の子同士の友情。

前を向いて歩きだそうとする、その姿。

そんな姿を見ていたいという気持ち。

応援したいという気持ち。

これまでみんな、何が楽しくてアイドルみたいなのに夢中になってるんだと、そんな風に思ってたけど、もしかしてこれがアイドルのファンになる連中の気持ちなのか?


だとしたら……。


(もしかしたら、このふたり、イケるかもしれない!)


「ううん、やっぱり私……」



 

「なあ、うき……前にテレビで言ってたんだけどさ、アイドルって、誰かを元気づけるために頑張ってるんだって」


きっとうきは迷っている。

そう思った僕は、彼女の背中を押してやることにした。



 

「え?」

「歌ったり踊ったり一生懸命な姿を見せることで、誰かが喜んでくれる。そのために自分たちは頑張れるんだ、笑顔になれるんだって──そう言ってた」


もちろん実際のところ僕は、テレビでそんな話をしているところなんて見てはいない。

けれどこの際、それが事実かどうかはどうだっていいことだ。


「だからさ。やってみたらどうだ?」


この言葉によってうきがやる気になるなら、それでいい。


「せっかくなんだ。たまには自分からチャレンジしてみなよ?」



 

「拓留さん……」

「それに、結衣だってうきを必要としてるんだ。そうだよな、結衣?」


誰かの役に立つこと──それがうきの喜びらしい。

となると、誰かに必要とされている──それはうきに対して最も効果的な言葉のはず。



 

「うんっ。私、うきちゃんと一緒がいい」

「私を? 結衣がちゃんが必要と……?」

「うん」

「私でも……役に立てる?」

「もちろんだよっ」


それでもうきは、しばらくの間考え込んではいたが、やがて……。


「えっと……ごめんなさい。やっぱり無理です」



 

「えええええええええええええっ!?」
「えええええええええええええっ!?」


「っ……」


僕と結衣が上げた声にうきは怯えたような顔をした。


「あの……私、変なこと言いましたか?」

「いや、だって、今の流れだと"わかりました! 私、やります!"って言うところだろ、ふつう」

「だ、だよね。私もそう言ってくれるものだって……」

「そう……なんですか? でも私には、そんな風に人前に出ることなんてできないので……。結衣ちゃんの足を引っ張ることになっちゃうと思いますし……」


うきは申し訳なさそうに言って、深々と頭を下げた。

これほどまで言ってもダメってことは、たぶん無理だろう。

 

 

 

「そっか……じゃあ、やっぱり諦めるしかないよね……」


結衣の哀しそうな顔に、うきの表情も沈む。

まあ、うきの性格上、確かにアイドルが務まるとは思えない気もする。

でも、結衣のアイドルになりたいという思いを後押ししてやりたい気持ちもある。

さすがにひとりで……というのは難しいと思うし……となると、やっぱり諦めるしかないんだろうか……。

そんな風に思い悩んでいた時、廊下を歩いてくる小さな足音が聞こえた。



 

「あれぇ? お姉ちゃんたち、こんな時間になにしてるの?」


トイレにでも起きてきて、さっきの僕たちの声を耳にしたのだろう。

眠そうな目を擦りながら、結人が部屋の前に立っていた。



 

「あ、ごめん、ユウ。起こしちゃったよね?」

「ううん、いいよ」



 

あどけない顔で頷く結人は、結衣に頭を撫でられ、はにかんだような笑顔を浮かべた。

その姿を見た瞬間、僕の頭の中に稲妻が落ちた。


「これだ!!!!」



 

「え?」

「な、なに?」


「ふふふ……行ける、行けるぞ、これは!! はーっはっはっは!」

「た、拓留さん……どうしたんでしょう?」

「……さあ?」


我ながら自分の閃きが恐ろしい。

もしかしたらさっきの妄想が影響していたのかもしれない。

だとしたら、僕の妄想癖も役に立つことがあるというものだ。


「結衣。今日からお前はアイドルだ!」



 

「え? なに、突然?」

「そして、結人! お前もだっ!」

「……?」

「わからないか? 今日より二人は、ユイとユウ。姉妹ユニットとしてアイドル活動を始めてもらう!!」


「しまい?」

「???」



 

「それって…………えええええええええ?」


結人とうきは理解が追い付いていないのか、きょとんとしていたが、結衣はすぐに僕の言わんとすることを理解したらしい。


「姉妹ってことは、ユウも女の子になるってこと?」

「え? 僕が女の子? そんなのヤだよ!」

「いや、結人……お前ならなれる! 僕が保証する」

「そんなこと、保証して欲しくないよぉ」

「でも、そっか……私もユウが一緒だと、心強いかも……」


結衣がぽつりとつぶやくと、結人は僕と結衣の顔を見てオロオロとうろたえた。

 

 

「ねえ、ユウ……一緒にアイドル活動……してくれる?」

「お姉ちゃん……」


いつも結人に頼みごとをするときは、強気に出る結衣も、この時ばかりは違った。

普段あまり見せない、懇願するような結衣の態度に、結人は明らかに戸惑っているようだ。

ここは……きっとあとひと押しすればオチる……はず!


「なあ、うきはどう思う? 結人には無理だと思うか?」

「わ、私ですか? えっと……私は大丈夫だと思います。少なくとも、私がやるよりは……」

「うき姉ちゃんまで……」



 

「なあ結人」


僕は結人の肩に手を回し、耳元に訴える。


「もし、アイドル活動で成功したら、欲しいもの、なんでも買えるぞ?」
「……なんでも?」
「ああ……」



 

「……プリステ4も?」
「もちろん! プリステ・ヴェーダだって買えるぞ!」
「…………」
「どうだ、結人。やってみないか?」
「う……」


結人はそれでも悩んでいるようだったが、やがて……。



 

「わかった……僕、やってみるよ! お姉ちゃんのために!」
「ほんとか!?」



 

「うんっ」



 

「ユウ!」
「い、いたいよお姉ちゃん」


結衣が結人を抱きしめると、結人は照れくさそうに言った。

それを見て僕は思った。


(これはイケる──!!)


──と。


もしもふたりのアイドル活動ができるだけ多くの人たちに支持され、その結果、動画のカウントが上がったとすれば……。

ふたりを宣伝媒体として、我が碧朋学園新聞部の名前を売り出し、僕たちの存在と活動もより多くの人たちに認められるかもしれない。


うん! いい! いいぞ!

素晴らしいビジョン! まさに一石二鳥じゃないか!


「あ、そうだ……ふたりとも。くれぐれも言っておくけど、このことは来栖にはナイショだからな」



 

「うん、わかってる」


さすがに結衣はそのあたり、理解しているようだったが……。


「乃々姉ちゃんには言っちゃダメなの?」


こちらはそうでもないようだった。


「来栖は説得するのに時間がかかるからな。ある程度結果を出してからじゃないと、絶対に反対される」

「乃々姉、固いからね」


反対されるだけなら、まだいい。

そこに僕が関わっていると乃々に知られてみろ。

いったいどんなことになるか……。


「わかったよ。乃々姉ちゃんには言わない」



 

「うきも、わかったな?」

「えっと……」


どうやらうきは、世話になっている乃々に秘密にするということに後ろめたさを感じているらしい。


「心配するな。あいつには、どこかタイミングのいいところで、僕の方からちゃんと言ってやるから」

 

 

 

「わかりました」


少し不安そうにしていたうきも、ようやく納得してくれたようだ。



 

「それじゃああらためて、よろしくお願いします。プロデューサーさんっ」


全ての話が終わると、結衣が僕を見上げて、頭を下げた。


「プロデューサー……?」

「うん。アイドルの面倒をみてくれる人を"プロデューサー"って言うんでしょ? だから、拓留兄がプロデューサー」



 

 

僕が……プロデューサー。


「お願いします、プロデューサーさん」


プロデューサー……。

うん、悪くないかもしれない。

それにもしも、この計画が順調に進んで、ふたりがアイドルとして人気が出ちゃったりしたら……。


そうしたら、僕もプロデューサーとして一躍有名人に!

い、いや。僕は別に有名になりたいわけじゃない。

ただ兄貴として、ふたりの未来のために協力してやるだけだ。

でも……。

 

 

 

よし! 明日から早速、ふたりをアイドルとして育て上げるためのプランを立てるぞ!!!!



 

 

と、まあそんなこんなで、僕はその日からしばらく、青葉寮で生活することにした。

 

……