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……
「うーん……」
アイドル活動……とは言ったもの。
致命的な問題があることに、僕は今になってようやく気付いた。
これまで情強として名を馳せてきた僕だが、こればかりは素直に認めよう。
僕はアイドルについて、まったくと言っていいほど知らない!
アイドルについて、なんて、ネットでちょっと調べればわかると思ったが、その考えは甘かった。
ネットで調べても、アイドルの歴史や、それぞれのアイドルの結成理由、個々のエピソードが羅列されているだけで、何一つ有用な情報を得ることはできなかった。
アイドルプロデュース──もしかしたら僕は、甘くみていたのかもしれない。
「なんだなんだ、宮代。さっきから、有村の作った弁当でも食ったような顔して」
「あ、伊藤先輩。私、明日、お弁当作ってきてあげますね~。おかずは何がいいですか? 雑草? 石? それとも泥? 腐ったたまねぎとかでもいいですよ~。さあさあ、どれがいいです? 選んでくださーい」
「ほんの冗談なんですごめんなさい」
「華っ!」
「……伊藤先輩は……一生女子の手作りお弁当が食べられなくなる……」
「ほんっと、勘弁してください! お願いします!!」
「……かも」
そもそもここで考え事をしようというのが間違っていた。
こいつらがいると、どうにも考えに集中できない。
「で、なに悩んでるの、タク? よかったら話してみてよ。私たちでも何か力になれるかもしれないし」
……正直、そんなに力になってもらえるとも思えないけど。
まあでも、どんなアイデアでも無いよりはマシかもしれない。
「実はさ……」
………
「アイドルをプロデュース!?」
「アイドルって、あのアイドル?」
「他にどのアイドルがあるんだよ?」
「えっと……偶像とか邪神とか……」
「なんで本来の意味でとらえるんだよ……」
だいたい邪神をプロデュースって、どんなだよ。
「まあ、アイドル活動って言っても、お遊びみたいなもんだけどさ……」
「おい、宮代……お前、それ本気で言ってんのか?」
伊藤がさっきまでとは打って変わったように、真剣な表情で詰め寄って来た。
「アイドルになるために、どれだけの女の子がどれだけ努力してるかわかって言ってんのか!?」
「ま、まあそれなりには……」
「いいや、お前はぜんっぜんわかってねぇ! だからそんな無責任に"遊びみたいなもん"だなんて言えるんだよ! いいか? お前のその発言は、アイドルに対しての、そしてすべてのアイドルファンに対しての侮辱行為だ! 謝れ! アイドルの人たちに謝れぇ!」
「あ、アイドルの人たち……ごめんなさい……」
伊藤の勢いに気圧されて思わず謝ってしまったけど……そもそも、伊藤ってそんなアイドル好きだったっけ?
「ま、伊藤先輩が怒るのも無理はないですね」
「ん…………」
そう……なのか?
「宮代先輩のさっきの発言は、アイドルを舐めくさってるとしか言いようがありません。アイドルとして多くの人に見てもらうためには、想像できないくらいとてつもない努力が必要なんです! 歌ひとつにとってもそう。歌詞を覚えてダンスを覚えて、更にはそれを笑顔で歌って踊らなきゃいけない。裏でどれだけ辛く苦しい思いをしていても、それを表に出しちゃいけない! そうやって、影ならぬ努力をしていても、トップアイドルとして君臨できるのは選ばれしほんの一握りのアイドルだけなんです! それを"お遊び"だの"ままごと"だの"盆踊り"だの。舐めていると言われても仕方がありません!」
……そんなことは言ってない。
ていうか、なんで有村までこんな必死になってるんだよ。
「わ、わかったよ。僕の認識が間違ってた……。アイドル活動は、僕なんかがそう軽々しく手を出していいものじゃなかったんだ。諦めるよ」
「いや、別にやめる必要ないだろ」
「そうですよ。なんでやめるんです?」
「は? だって、お前らが言ったんじゃないか。軽々しくやるものじゃないって」
「そうは言いましたけどー」
「別に、とりあえずやってみるってなら、いんじゃね?」
「そうそう。なにより、結衣ちゃんとうきがやってみるってんなら、協力するのが兄である宮代先輩の役目でしょ」
「ん……」
……だから、最初から僕はそう言ってたじゃないか。
それに、そもそもこいつ等は勘違いしている。
「誰が結衣とうきがやるって言った?」
「え? だって青葉寮で、って話っすよね? ってことは流れからすると結衣ちゃんとうき、ってことでしょ?」
「それともまさか……副部長が、ってんじゃねーだろな?」
「いや、んなわけないだろ」
思わず、乃々がフリフリの服を着て歌い踊る様を想像してしまった。
それはそれで面白いような気がしたけど、乃々がそんなことをやるわけがない。
まあでも、こいつ等のような凡人が、僕の天才的な閃きと発想に追いつくのはやはり無理なのだ。
「ユニットを組むのは、結衣とうきじゃない。結衣と結人だ」
「な──!」
「結人って……あの結人くん!?」
僕はにやりと笑って頷いた。
「てことは、男女のユニットってことか?」
これだから伊藤は凡人だというんだ。
「もちろん、女の子のユニットだ」
「う? それって……」
「結人に女装させるってことか!?」
全員が驚きに目を見開いた。
そして平凡な彼らは言うに違いない。
そんなこと、できるわけがないと。
「ふむ……アリっすね」
「面白いかも!
「だな」
「ん!」
「え……?」
「女装男子がもてはやされる昨今、女の子としてアイドルデビューする男の子ってのも、悪くないかもですね」
「結人くん、カワイイ顔してるもんねぇ」
「万一バレた場合も、話題にはなるしな! いや、むしろ途中でバラシて話題にするってのもあるぞ」
香月もこくこくと大きく頷いて同意を示していた。
なんていうか……。
「でも、どうせやるなら、人気いっぱい出たほうが嬉しいよねぇ」
「そのあたりのことは俺たちに任せとけ!」
「そうっすよ。私たちのアドバイスに従えば、きっと人気アイドルになれること間違いなし」
「……かも」
ものわかりが良すぎだろ、お前たち。
少しは反対するとかしたらどうだ?
これじゃあ、僕の天才的な閃きが、普通に思えちゃうじゃないか。
しかも──。
「そうだな。まずは俺が俺流にプロデュースしてやる」
なんか違う方向に話が進み始めてるし!
「そんな顔するなって。まあ騙されたと思って任せてくれりゃいいから」
ふむ……。
行き詰まっていたのは事実だし、それに僕ひとりで考えたところで、出て来るアイデアなんてしれてる。
となると今は信じてみるのも悪くはないのかもしれない。
………
……
「うー……」
結衣や結人を部室に連れ込んだりしたら、乃々が来た時に誤魔化しきれないかもしれないということで、僕たちは場所をトレーラーハウスに移した……はいいんだけど……。
「狭い……かも……」
「ほんとにね。宮代先輩、もちっと広いところに引っ越してくれません?」
「無茶言うな。そもそも、こんなこと想定してないんだから」
「ていうか、拓留兄、こんなところで暮らしてたんだ」
「車の中で、なんていいなー」
そういえば、ふたりをここに入れたのは初めてだったな。
「おほん。つーわけで、まずは俺が君たちのプロデュースを担当することになった」
「え……伊藤さんがですかぁ?」
「う……結衣ちゃんまで宮代みたいな反応……」
「あー、いえ、すみません。お願いします、伊藤プロデューサー」
「お願いします、伊藤プロデューサー」
む……。
「プロデューサー……う~ん、いい響き!」
「………」
「あれ? タク、どうしたの? もしかして真ちゃんがプロデューサーって呼ばれて、ちょっと嫉妬してる?」
「な、なんで僕が伊藤に嫉妬なんかしなくちゃいけないんだ……」
「まあまあ、照れなくてもいいじゃーん」
「別に照れてないし!」
そうだよ。僕が伊藤に嫉妬なんて……。
「さてと、それじゃ早速これからの計画を……と行きたいところだが、まず最初に確認しておかなければならないことがある。わかるな?」
「てーことは、アレですな?」
「おう、アレだ」
伊藤と有村は目くばせをして頷き合った。
「う? アレ?」
「そう! 結人が女の子として通用するかどうかの確認だ!」
……そういえばそうだ。
結人の普段の姿から、僕は勝手に大丈夫なんて思ってたけど、実際に女装してみたら……なんてことはよくある。
前に学祭で、カワイイ系だって言われてる男子が女装させられたら、やっぱりどう見ても男で、皆から失望された……ということもあった。
「結衣ちゃん、例のもの、持ってきた?」
「あ、はい。一応……」
そう言って、結衣は手に持っていた紙袋を差し出した。
どうやら有村のヤツ、事前に結衣に連絡して服を持ってこさせていたらしい。
ていうか、いつの間にか結衣の連絡先聞いてたんだよ?
ほんと、抜け目ないヤツ。
「オッケーオッケー。そんじゃま、男子の皆さんはいったん出てってもらいましょうかね」
「は? なんで?」
「着替えるからに決まってるでしょ」
「なんだよ? 別に男同士なんだからいいだろ?」
「はぁ……そういう意識がもうダメなんすよねー。これから女の子として売っていくんでしょ? だったら、女の子として扱わなきゃ」
……そういうものなのか?
「はいはい。わかったら出てく。伊藤先輩も」
「ん-!」
「お、おう……」
……
僕たちは香月に押し出されるように外に出されてしまった。
「………」
「………」
……
それからたっぷり15分ほど……僕の部屋の中からキャーキャー黄色い声が上がる中、僕たちはただひたすら待たされ。
そして──。
「タクー。真ちゃーん、用意できたよー」
ようやく中に入ることが許された。
……
「んふふー」
中に入ると、有村をはじめ女子連中が作った壁の後ろに、結人は隠れているようだった。
まったく、勿体ぶっちゃって。
言っとくけど、相手は結人だぞ?
いくら女の子の格好したからって、そうそう驚くわけないじゃないか。
「それでは、結人くん改め、ユウちゃんの登場です。どぞー!」
号令に従って女子連中が一斉に両サイドに避けると、その奥で後ろを向いていた結人が、くるりと振り返った。
「な……」
「ほ……」
一瞬、僕のトレーラーハウス内に可憐な花びらが舞ったような気がした。
「う~……」
恥ずかしそうにモジモジと両膝をこすり合わせる結人。
その様がさらに可愛らしさを強調していた。
「どっすかどっすか?」
「これは……」
「予想以上だな……」
「だよねぇ。どこからどう見ても、女の子だよ~」
「……ん!」
「あ、あんまり、ジロジロ見ないでよ~。恥ずかしいよ~」
「ていうか、ウィッグなんてどこから持ってきたんだよ?」
「もち、演劇部の子から借りてきました」
いつの間に……ほんと、抜け目ないヤツ。
でも、まさか髪型と服を替えただけで、ここまで女の子っぽく見えるとは……。
やっぱり僕の目のつけどころは間違ってなかった。
「えっと……大丈夫かな、僕?」
「大丈夫も大丈夫。大大大丈夫だよっ」
「そういえばさー、やっぱり自分のこと呼ぶときは、女の子っぽく"私"って言ったほうがいいのかな?」
「ええっ? そんなの僕、できないよー」
「いや、"僕"でいいんじゃないか?」
「だな。無理するより、僕っ子で貫き通したほうがいい」
「良かったぁ……」
それにしても、慣れとは恐ろしいものだ。
見た瞬間は、結人が女の子の格好をしていることに違和感を覚えたものの、僅か数分ですでに馴染みつつあった。
「そういやさ、ふたりのユニット名は、もう決めてんの?」
「えへへ……それに関しては、昨日寝る前に一生懸命考えたんだ。ね?」
「う、うん」
ふたりで考えたように言ってはいるけど、おそらくは結衣が決めたんだろう。
「私たちのユニット名は~。せーのっ」
「『ミルフィーユ』です」
「みるふぃーゆ、です」
「『ミルフィーユ』か。へえ……悪くない名前じゃないか」
「でしょでしょ?」
結衣の考えた名前が褒められたからか、結人もなんだか嬉しそうに見えた。
やっぱり、ふたりをユニットにしたのは正解だったかもしれない。
「オッケー。そんじゃまあ、『ミルフィーユ』のおふたりさんにまず質問。アイドルに一番大切なのはなんだと思う?」
「大切なもの……歌唱力とか……」
「笑顔……とかかな?」
「ノンノンノン。いいか? アイドルに最も大切なもの。それはズバリ──! サービス精神だ!」
「サービス精神?」
「そう。どうすれば皆に喜んでもらえるか。楽しんでもらえるか。それらはすべて、サービス精神から生まれるものだ。サービスされて悪く思う奴はいない。サービスで喜んでもらえるなら、それに越したことはない。サービス過多? 結構じゃないか。それで人気が上がるならな。特に出始めの頃は、まず人の目に触れなきゃ話にならない。そのためには、ある程度のサービスは必要最低条件ともいえる」
「ふむふむ」
「えっと……」
「おっと、結人には難しかったか。要するに、みんなに喜んでもらうためには、なんだってしなきゃいけないってことだ」
「なるほど……」
伊藤の言ってることは極端だが、一理あるといえばある。
今や世の中はアイドル戦国時代と言ってもいい……らしい。
数多のアイドル達がしのぎを削る中、まず記憶してもらうことが重要なのだ。
そのためには、最初は過多と思えるサービスも必要なのかもしれない。
「言いたいことはわかったかも、だけど……」
「真ちゃんとしては……」
「伊藤プロデューサー!」
「い、伊藤プロデューサーとしては、具体的に何をすればいいと思うの?」
「ふふーん……それについては、ちょっとばかり準備が必要だから、しばらく待ってもらえるか?」
さすがにさっき話したばっかりだし、今日の今日じゃ用意も何もできないのは仕方ない。
「ま、この伊藤プロデューサーに任せておけば、何も心配はない。必ずや君たちを、日本一のアイドルに育ててあげてみせようじゃないか!」
「はい、お願いします、プロデューサーさんっ!」
「お、おねがいします」
話が広がり始めたせいか、これまでは戸惑いばかりが強かった結人の顔にも、真剣なものが見え始めた。
その時……そのやり取りを、何故か不敵な笑みを浮かべて聞いていた有村が、腕組みをして伊藤の前に立ちはだかった。
「ふふふ、いいでしょう。まずは伊藤先輩プロデューサーのお手並み拝見と行こうじゃありませんか」
「有村プロデューサーには負けないぜ」
「その台詞、そっくりそのままお返ししますよ」
「はははははははは」
「おーっほっほっほっほ」
いつの間にそうなったのか、状況は伊藤と有村、ふたりのプロデューサー対決という様相をとっていた。
が、ちょっと待て。
そもそもプロデューサーは僕だったはずなのに……。
「…………」
……まあいいか。
最初は、伊藤がプロデューサーというのが不安でもあったが、今日の様子を見ていると、意外と悪くないのかもしれない。
あとはそれこそお手並み拝見……ってところだ。
………
……
「ふむ……よし。みんな揃ってるな?」
伊藤が僕たちを呼びつけたのは、その次の日曜日のことだった。
「いよいよ、これから俺、伊藤真二プロデュースによるアイドルユニット『ミルフィーユ』のアイドル活動を開始する!」
思ったよりも時間がかかったが、確かに準備やらなにやらを考えると、これくらいはかかるものなのかもしれない。
「まず言っておくが、アイドル活動とはいっても、最初から歌ったり踊ったりができるわけじゃない」
「え? そうなの?」
「ごめんな、結衣ちゃん。でも考えてもみてくれ。歌を歌ったり踊ったりするには、曲が必要だろ? 曲を作るためには、作曲者には報酬だってかかるし、踊るにせよ振付けが必要で、それにもお金がかかる」
「そっかぁ……」
「アイドル活動にもお金がかかるんですね……」
「そう! だから、まずやるべきことは、ニヤ動でカウントを稼いで有名になり、それによって報酬を得ることだ。そうすりゃ、そのお金を元手に曲を作ることだってできるし、もしかしたら善意で作ってくれるファンだって出て来るかもしれない。だろ?」
「真ちゃんにしては、まともな意見だねぇ」
「ほんと、ビックリ」
「いいかい、キミタチ。この僕に任せておけば『ミルフィーユ』は人気爆発間違いなしさ!」
「お願いします。伊藤プロデューサー!」
「お願いします!」
「ハハハ、大船に乗ったつもりで任せたまえ」
鼻息荒く言う伊藤の背中に、僕は胡散臭いピンク色のトレーナーが見えたような気がした。
「そんじゃ、行こうか」
「え? 行くってどこへ?」
「もちろん、撮影にだよ。ニヤ動で動画流すなら、まずは素材とらなきゃだろ?」
確かにその通りだ。
「諸々の手配は俺の方でやっといたからさ」
……こいつ、思ったよりもずっと、プロデューサーとしての能力があるのかもしれない。
僕はサムアップをしながら、爽やかな笑顔をのぞかせる伊藤に、そんな思いを抱き始めていた。
………
「みなさんこんにちは。『ミルフィーユ』のユイです」
「えっと……ミルフィーユのユウです……」
これは……。
「うーん。まだぎこちないな。ほら、もっと笑顔笑顔」
「笑顔……こうかな? にこっ」
「お、いいねいいねー。ほら、結人……じゃなくて、ユウちゃんも!」
「えっと……にこっ」
「うーん、まだ固いなぁ。結衣ちゃん。ちょっとくすぐってみようか」
「くすぐる? わかった! え~い」
「え? え? え?」
「それっ。こちょこちょこちょ~」
「わ! わ! 待って、お姉ちゃん。そこ、くすぐった……んっ」
結衣のくすぐり攻撃に、最初こそ戸惑っていた結人も次第に身もだえしはじめる。
「こちょこちょこちょこちょ~」
「あはっ……あははっ、あはははは」
「………」
い、いや……間違えるな、宮代拓留。
あれはお前の妹と弟だ。
結衣だけならまだしも、結人にまでドキドキなんてしたら、それこそ危険な道へ進むことになるぞ!
「っ……」
僕は何度も頭を振って、邪念を追い払って伊藤に向き合った。
「おい、伊藤! これは……」
「宮代、今、いいところだから静かにしてくれ!」
「あ……はい……って、そうじゃなくて! おい、伊藤! なんだよこれは!?」
「なにって、なにがだよ?」
「いきなり水着とか、ちょっとやり過ぎじゃないのか?」
しかも結人まで!
「は? なに言ってんだよ? 今どき、こんくらいやんないと、山ほどあるネットの動画ん中じゃ埋もれてくだけだろ。目立ってなんぼ。そのためには多少過激に、ってのはお前がいつも言ってたことだろうが」
「そ、それはそうだけどさ……だ、だからっていうか……その、ちょっと布地が……小さすぎないか」
あれじゃあ、結人には危険すぎる。
しかも、このプール……時々、ネットでみかける、有名なプールだし。
「そういうのも含めて話題性なんだろ」
っ……確かに、伊藤の言うとおりだ。
言うとおりなんだけど……。
「こ、こんどは僕が……それっ」
「え? あ、きゃっ!」
「ほら、こちょこちょこちょこちょ~」
「あっ、こら、ユウ! ダメっ、そこは……あんっ!」
「ほらほらほら~」
「ふふっ、ふふふっ……あはははは、ダメ! ダメだってば~!」
「香月。もっとカメラ寄って!」
「ん……いい表情……かも」
「っ……」
「お、いいねいいねー。もっとアップにしてみようか」
「ん………」
「そうそう。そんで、結衣ちゃんとユウちゃんは前かがみに」
「前かがみ?」
「こう……ですか?」
「そう! カメラ今度は後ろから──」
「ストップ!! ダメだダメだ! カメラ止めろ!」
「あ? なんだよ、宮代。今いいところなんだから──」
「いいからとにかく止めろ!」
「あ……」
………
……
「伊藤にはプロデューサーを降りてもらう」
撮影を中止して僕の部屋に戻るなりそう言い渡すと、伊藤は当然のように、不満を顔に表した。
「は? なんでだよ?」
「これ以上お前には任せておけないと僕が判断したからだ。いくらなんでも、あれはやり過ぎだ」
結衣たちがやりたいのは、あくまでもアイドル活動であって、さっきの撮影はそこから逸脱していると言っていい。
それにあのまま行ったら、いきなり結人が危険だ。
「わかってねぇなぁ。わかってねえよ、宮代。今どき、あれくらいのことやんないと、人気アイドルにはなれねえんだって」
「いや、他にも方法はあるはずだ。それが思いつかないというなら、やっぱり伊藤には降りてもらうしかない」
「えー、なんだよー。俺だって一生懸命やったのにさー」
「そもそもあそこ借りるお金はどうしたんだよ? 水着だって金かかっただろ」
「え? もちろん新聞部の部費から出す予定だけど?」
さも当然とでもいうように、伊藤はあっさりと恐ろしいことを言ってのけた。
「お前な……これは部活じゃないんだから、そんなことできるわけないだろ?」
それにただでさえ乃々に内緒で始めたことなのに、そんなことに部費を使ったなんて知られたら、それこそ恐ろしいことになるに違いない。
「は? じゃあ、どうすんだよ、あそこの金!?」
「知らないよ。お前が勝手にやったんだろ。自分でなんとかしろ」
「いや、無理無理! 無理だって! そんな金ねえって!」
だいたい、アイドル活動にはお金がかかると言っていたのは伊藤本人だったはずだ。
まさか、そこまで考え無しにやっていたとは……。
「しょうがない……こうなったら、さっきの水着をオークションで……」
「うわー……」
「真ちゃん……」
伊藤のひと言に、女性陣がゴミ虫でも見るような視線を送った。
「いや、んなこと言ったってさ……」
「最低……かも」
「ち、違うんだよ! 俺だって良かれと思ってだな……。それにしょうがないだろ? じゃあどうやってあの金払うってんだよ?」
完全に自己責任だというのに、それでもなお言いつのる伊藤に、結衣がゆっくりと近づいた。
「伊藤さん……」
「え?」
「わかってます。伊藤さんは私たちのためにしてくれたんですよね……」
結衣はぽかんとした顔のまま固まった伊藤の手を取った。
「う……」
「ありがとうございます、伊藤さん」
「お、俺は……俺はなんてクソやろうなんだぁぁぁ!」
人を改悛させるのは、厳罰にあらず。情にあり。
「ゴメン、結衣ちゃん! ゴメン、結人! 俺、もうプロデューサー降りるよ!」
かくして伊藤は、『ミルフィーユ』のプロデューサーをクビになった。
………
……
「そんじゃ、次は私の番ですね」
いつの間にかプロデューサーとして手を挙げていた有村が僕たちに集合をかけたのは、それから2日後のことだった。
「よろしくお願いします、有村プロデューサー」
「お願いします」
「不甲斐ない伊藤先輩と違って、この私に任せておけば大丈夫だから」
自信満々に胸を張る有村だが、その自信がかえって不安を煽ることもある。
だが、有村とはいえ女の子であるという点で、きっと伊藤に比べてもアドバンテージがあるに違いない。
少なくとも、伊藤が考えたような方向へは行かないはずだ。
「それじゃ、今日は外ロケを行いまーす。その前に、ふたりはこれに着替えて」
有村が持参していた大きな紙袋をふたりに手渡した。
「えっと……これは?」
「もっちろん、衣装だよ。どんなアイドルにだって、制服は必要でしょ? それがアイドルのトレードマークにもなるんだし、ちゃんとしたものが無いと」
「制服!?」
アイドルの命ともいえる制服と聞いて、結衣の目が輝いた。
「やった! 制服だって、ユウ!」
「う、うん」
「早く着替えよ! ほらっ!」
なるほど。結人はともかくとして、制服がこれほどまでに結衣のテンションを上げるとは。
有村もなかなかやるのかもしれない。
「華、それからうきちゃんも、手伝ってあげて」
「は、はい」
「ん……」
結衣と結人、そして香月たちは、有村から手渡された紙袋を抱えて着替えのためにトレーラーハウスの中に入っていった。
確かに有村の言うとおり、アイドルといえば、各々固有の制服に身を包んでいるイメージがあるだろう。
ふたりにそんな制服があるというのは、ありがたい話ではあるけど……。
「おい、有村。大丈夫なのか、あれ……」
「ん? 何がっすか?」
「制服なんて作る金、無かっただろ」
「そうだぞ。部費をあてになんてしてたら、痛い目にあうぞ」
ちなみに伊藤は絶賛、アルバイトを探している最中らしい。
気の毒な気もするが、そもそもは早まった伊藤が悪いのだから同情の余地はない。
「あー、それなら大丈夫っすよ。私のは、お金、ほとんどかかってないんで」
「そうなのか? でも制服だろ? 材料費だけでも、それなりにいくんじゃないか?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。その辺のところはうまくやってるんで、心配しなくても平気ですって」
「あ、ふたりとも着替え終わったみたいだよ~」
僕たちがそんな話をしているうちにも、ふたりの準備は着々と進んでいたらしく、尾上の声とともに、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「お待たせしました」
「ん……」
香月たちに促されて、ふたりの姿がゆっくりと現れる。
「じゃーん」
「えっと……こんな感じで大丈夫かな?」
「「「「おおぉ、これは──!」」」」
………
……
「おっけいおっけい。そのままゆっくり顔を出して」
「えっと……こう?」
「うーん、いい感じいい感じ。次、結衣ちゃん」
「えへっ」
「おお、ファンタスティック!」
有村の提供してくれた制服はなかなかに可愛らしいデザインで、結衣と結人をはじめ、尾上や香月の評判も上々だった。
僕も悪くないんじゃないかと思う。
が……問題はそこじゃなく。
「そう! そこでひと言、はいっ! 『大好きだよっ』!」
「だ、大好きだよ……?」
「うーん、戸惑った感じも悪くはないけど、もっと思い切って言ってみよう! さん、はいっ」
「大好きだよーっ」
「いいねいいねー。じゃ、今度はユウちゃん! はいっ!」
「だ、大好きだよー」
「もっと笑顔で!」
「だいすき……だよぉ……?」
「まだ固いなー。もいっちょ!」
「っ……だいすきだよーっ!」
「うーん、私もだいすきだよっ!!」
「…………」
「それじゃ、次はどうしよっかなー……そうね、ふたりこう、向かい合ったまま両手を取り合って、楽しそうに笑いながらぐるぐる回っちゃおうか」
「待て、有村」
「は? なんすか先輩。今、いいとこなんすけど」
途中で止められて有村は露骨に嫌な顔をした。
だが、ここはやはり止めておくべきところだということは、僕だけじゃなく、伊藤や香月の表情を見ても明らかだった。
「有村……お前、全体的に古くさい……」
「な!? い、今……なんて……」
「だから、感覚が古いんだって。なんだよ、さっきの」
「ななな、何言ってんすか! アイドルといえば、木の後ろから顔を出すのは定番でしょ!」
「いつの時代のアイドルだよ、それ」
アイドルに詳しくない僕だって、それが古いってことくらいはわかる。
「そ、それは宮代先輩の感覚がおかしいだけでしょ。ね? そうだよね、みんな?」
「うー……それは……」
「わ、私はいいと思いますけど……」
「んー……」
「いや、どう考えたって古いだろ。昭和の匂いプンプンだ」
「しょ、昭和……」
「もしかして、この後、メリーゴーランドに乗って手を振ったり、草原に寝そべってタンポポの花びらを1枚1枚数えたりしないよな?」
「え? あ、あはははは……や、やだなぁ。この私がそんな古臭い演出するわけないじゃないすかー。あは、あは、あははは……」
有村は笑っていたが、僕たちは見逃さなかった。
有村の表情が一瞬、固まったのを。
その顔はまさに『どうしてそれを!?』と口走っていた。
「あのー……ところで……」
「ぼ、僕たちはどうすればいいのかな?」
………
……
「えー、非常に無念ではありますが、私、有村雛絵、プロデューサーの任を降りたいと思います」
自分のセンスが古いと指摘されたのが、よっぽど堪えたのか、有村はその日のうちに降板を申し出た。
その決断に異を唱えるものは誰一人いなかった。
伊藤もダメ、有村もダメ。
尾上や香月やうきは、最初から向いてないと思っているのか、名乗りをあげようともしない。
となると……。
「ねえ、拓留兄。渡井、やっぱり拓留兄にプロデューサー、してほしい」
「僕に……?」
「僕も拓留兄ちゃんがいいな……」
……ふたりにこんな風に懇願されたら、やるしかない。
「拓留さんなら……きっとできると思います……」
それに伊藤や有村には悪いけど、そもそも僕が頼まれたことなわけだし。
「わかったよ。そこまで言うなら、これからは僕が責任をもってふたりをプロデュースする」
………
……
なんのことはない。
この数日かけて、話はただ降り出しに戻っただけだった。
だが、それでも伊藤と有村を見ていて、得たものも幾つかはある。
まずはアプローチの仕方だ。
伊藤のアレはやり過ぎ感があったにせよ、ある程度際どいことをやって、視聴者の目を引かなければ、話題にすらならず埋もれて行ってしまうというのは、間違ってはいないだろう。
そして、物理的にも得たものがあった。
水着と制服だ。
せっかく手に入れたんだし、使わないという手はない。
特に、制服はこれから活動していくうえで必要不可欠なものだった。
有村がどこでどうやって手に入れたのかは知らないけど、重宝させてもらうことにしよう。
これらのものを使って、地道に少しずつニヤ動のカウントを稼いでいく。
結局のところ、今の僕たちにできることといえば、それくらいしかない。
………
……
「踊ってみた?」
翌日、僕がその単語を口に出すと、結人はきょとんとした顔で呟いた。
その様子を見るに、どうやら聞いたことすらないようだ。
「結衣は知ってるよな?」
「もっちろん。人気の曲に合わせて踊ってるところをアップした動画のことでしょ」
「そういうことだ」
どうやってアイドルとして知名度を上げていくか。
昨夜考えて出した答えは、結局のところ、そんな変哲もないものだった。
けれど、何の変哲もないところに真実がある!
……と、思いたい。
「というわけで、ふたりはこれから、この曲に合わせて踊ってもらう」
あらかじめスマホにダウンロードしておいた、いま巷で話題になってるらしいアニメの主題歌を流すと、結衣の表情が輝いた。
「あ、私この曲好き!」
言いながらも、結衣の身体はリズムに合わせて動き始めていた。
だが……。
「………」
どうやら、結人はピンときていないようだった。
おかしいな。
情強たる僕がリサーチして、今の子たちがみんな知ってるであろう曲の中から選んだんだけど。
「ユウは知らないの?」
「だって、これって女子が見るアニメでしょ?」
なるほど、そういうことか。
この年頃の男子は、そういうのを意識し始めて遠ざける傾向にあるものだ。
結人も御多分に漏れず、というわけだ。
まあでも、ここまではまだ想定内だ。
それに、たとえ聴いたことのない曲だったとしても、今から聴いて覚えればいいだけだし。
「でも拓留兄ちゃん……どうして今から、この格好しなきゃいけないの?」
「それは、ほら。結人もその格好に慣れとかないと、いざという時の立ち振る舞いとかに出ちゃうだろ?」
「ふーん、そっか」
そう言いながら、結人はなんとなくポーズをとったりしていた。
案外、気に入ってるのかもしれない。
「てわけで、これからさっきの曲でダンスしてもらうけど……できるよな?」
「ダンス……僕やったことない……」
大丈夫……だろうか?
……
しかし、そんな僕の不安は……別の形で現実のものとなってしまった。
「いち、に、さん、し、ごー、ろく、しち、はち」
「い、いち……に……さんっ……」
「えっと。ここでターンで……」
「た、たーん? よっ……あっ!」
──!
「あたっ……!」
「だ、大丈夫、お姉ちゃん!?」
「う、うん。ちょっと躓いちゃっただけ……」
まさか……結衣の方がダンスが苦手だなんて……。
あんなにノリノリだったから、てっきり得意なものだとばかり思い込んでたけど……。
まだ歌の出だしの方なのに、そこの稽古だけで既に1時間近く続けているうえ、いまだそれほどの進歩が見られていない。
器用にステップを踏む結人とは対照的に、結衣は何度も何度も転んだり躓いたりよろけたり……。
これは……想像以上に厳しいかもしれない。
まさか、結衣がこれほどまでにリズム感が無いとは、僕も予想していなかった。
とはいえ、ここで投げ出すわけにはいかない。
アイドルとして活動したいのであれば、歌とダンスは必須だ。
歌わない踊らないアイドル、なんて聞いたことない。
とにかく今は、根気強く続けるしかない。
………
……
「はぁ……はっ……」
結衣は肩で息をしながらも、それでもなお稽古をやめなかった。
僕が止めても結人が止めても、大丈夫だからと首を左右に振った。
「あうっ!」
──!
「お姉ちゃん!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
さすがに疲れもピークに達したのだろう、結衣が足をもつれさせ転んだところを見かねて、僕は今日何度目かになる声をかけた。
「結衣……とりあえず今日はこれくらいにしておこうか」
「う、ううん! 私、まだできるもん」
なおも立ち上がろうとする結衣に、僕は驚きをかくせなかった。
まさか、結衣のアイドルになりたいという思いが、これほどまでに強いなんて。
けれど、さすがにこれ以上無理させることは出来ないというのは、僕だけでなく結人も感じたようだ。
「ねえ、お姉ちゃん。疲れてるみたいだし、今日はこれで終わりにしようよ? ね?」
「でも──」
──「ただいま帰りました」
結衣がまだ何か言いかけたところで、幸いにも玄関の方から乃々の声が聞こえてきて、結局それが合図となった。
「乃々も帰って来たし、今日はこれで終わりだ。な?」
「……わかった」
………
……
その夜──。
──コン、コン……。
遅くに、僕の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「……拓留兄。ちょっといい……かな?」
結衣……。
「ああ。いいよ」
「…………」
結衣がどうしてここに来たのかは、その落ち込んだ様子を見ればすぐにわかった。
昼間のダンスのことも含めた、これからの活動について話に来たのだ。
「私……ダメだよね。歌とかダンスとか、ユウよりも全然ヘタで……」
「ま、まあ、あんまり思いつめなくてもいいんじゃないか? 誰だって苦手なものはあるわけだし、少しずつ克服していけば」
歌や踊りなんて僕だってできないし、やれと言われて簡単にできるとも思わない。
だから、そう偉そうなことも言えない。
「こんなのでアイドルになりたい……なんて、笑っちゃうよね」
笑っちゃう、と言いながらも、結衣の顔は決して笑ってはいなかった。
──そんなことはない。結衣ならできる。
そう言って、結衣を甘やかすのは簡単だった。
でも、僕は……。
「じゃあ、どうする? アイドル活動をやめるか?」
「っ……!」
結衣の瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。
それを見た僕は、途端にうろたえてしまった。
「ゆ、結衣……なにも泣かなくても……」
「だって……悔しいんだもんっ……」
上手くできなくて悔しくて悲しくて。
その結果の涙だった。
いつもは元気で明るく──だから結衣はもっと強い子なんだと思ってた。
でも、まだまだ子どもなんだ。
不安にもなるし、心細くだってなる。
僕には、そんな結衣がとても意地らしく見えた。
「大丈夫……結衣ならできるよ」
結局、僕は結衣を甘やかしていた。
結衣の頭をそっと撫でてやる。
考えてみれば、結衣にこんなことしてやるのは初めてかもしれない……。
「僕がついてる」
「ほんと?」
「ああ……」
結衣はうるんだ目で僕を見上げた。
「ねえ……拓留兄。お願いがあるんだけど……」
「な、なに?」
「もうちょっとだけ、そうやって撫でててもらってもいい?」
「……ああ」
「……ありがと」
そう言うと、結衣は僕の胸に顔をうずめた。
(あ、あれ……?)
僕、なにドキドキしてるんだよ?
結衣は妹だぞ?
(でも、血は繋がってないんだよな……)
それに……。
(子どもだ子どもだと思ってたけど、意外と……)
って、だから、変なこと考えるなよ、僕!
「ねえ、拓留兄」
「ん?」
「拓留兄が出て行って、ホントはすごく寂しかったんだからね」
「ご、ゴメン……」
「でも……帰って来てくれて、嬉しい」
「そ、そっか……」
結局、僕は結衣が落ち着くまで、そうしてやっていた。
確かに、踊りにはまだまだ問題があるかもしれない。
でも、結衣がここまでやる気になってるんだ。
きっと大丈夫。
少なくとも、僕だけはそう信じてやろうと、そう思った。
………
……
そして翌日も──。
「そこのリズムは、タン、タタン、タンだよ!」
「えっと……トン、トントン、トン……?」
「だから、タン、タタン、タン、だってばー」
「うぅ……」
「それから、ここでステップだよ!」
「す、ステップ……っ……!」
………
その翌日も──。
「はい、ターン!」
「た、ターン……きゃっ!」
──!
「大丈夫か、結衣? ちょっと休むか?」
「う、ううん。まだ平気! ユウ、今のところもう一回!」
「う、うん……」
………
結衣と結人の稽古は、来る日も来る日も続いた。
それは僕が想像していたよりも、ずっと真剣で過酷なものだった。
結衣だけじゃなく、結人に関してもそうだ。
最初は嫌々だっただけに、もっと早くに飽きて投げ出したりするかと思っていたけれど、決してそういうことは無かった。
そして10日もすると、その成果は目に見えて表れはじめていた。
……
「最後にここでポーズ!」
「!!!」
「………」
「はぁ……はぁ……どう……かな?」
恐る恐る僕の顔をうかがう結衣に、僕は力強く親指を立てて見せた。
「やったな、結衣! 最後まで通して、ちゃんと踊れてたぞ!」
「ほんと!?」
「うん! ちゃんとできてたよ!」
「いやっっっっっったあああああっ!!」
飛び上がって喜ぶ結衣に、僕の顔も自然にほころんでしまう。
「これも、拓留兄とユウのおかげだよ! ありがとー!」
「ううん、お姉ちゃんが頑張ったからだよ」
手を取り合って喜ぶふたりに、僕はひしひしと感じていた。
──これはいい画がとれた──と。
「ねえねえ! これで、やっと"踊ってみた"に投降できるよね?」
「それなんだけど……実はふたりに見せたいものがあるんだ」
「見せたい……もの?」
僕はふたりを手招きすると、タブレットを取り出した。
そのページを覗き込んだふたりの不思議そうな顔が、次第に驚きに変わっていった。
「拓留兄……これって……」
「そう、『ミルフィーユ』のチャンネルだ」
これまで僕は、自分たちの動きを見直せるようにという名目で、ふたりのダンスを録画していた。
そうして日々溜まっていく動画を、見やすい長さに編集し、毎日こっそりとニヤ動に投稿していたのだ。
「これ……本当に私たちの……?」
「ああ……」
「ほら、見てよ、お姉ちゃん……カウント……こんなにたくさんの人が見てるよ?」
「ほんとだ……」
動画のアップを始めた最初の2日くらいは、それこそ散々だった。
そもそもの視聴数が少ないうえ、ヘタクソだのやめろだの、そんな手厳しいコメントばかりが寄せられた。
様子が変わっていったのは、3日を過ぎた頃だった。
それまで寄せられていた罵詈や雑言が、次第に応援へと変わり始めた。
結衣の必死さと、どれだけ失敗してもへこたれない頑張りに、皆が心を動かされ始めたのだ。
それと同時に、カウントの数も段々と増えていった。
「でも、拓留兄ちゃん、いつの間に……」
「ほんとだよ。教えてくれれば良かったのに……」
「教えたら、ふたりとも意識しちゃうだろ」
「それはそうだけど……」
こういうのは、できるだけ自然体のほうがいい。
その方が、見ている人は共感できるものなのだ。
「でも、なんか嘘みたい……」
「嘘じゃない。これだけの人たちが、ふたりのことを応援してくれてる」
アイドルと胸を張って言うには、そのカウント数はまだまだかもしれない。
それでも、ふたりを勇気づけるぶんには充分だった。
「ユウ!」
「うんっ!」
「やったね!」
しっかりと手を取り合い悦びを噛みしめ合うと、結衣は僕に向き合った。
「拓留兄……」
「ん?」
「ありがとっ!」
──!
軽い衝撃とともに、柔らかな感触が僕の身体を包む。
「うわっ! こら、抱きつくなって……」
「えへへ。だって嬉しいんだもん」
「お、おい、やめろって!」
「いいじゃん、ちょっとくらい。兄妹でしょ?」
結衣は僕の胸にすりすりと頬を摺り寄せてくる。
どちらかと言えば、兄妹だから困るわけで……。
「あはは。拓留兄ちゃん、照れてる照れてる」
「べ、別に照れてなんて……」
僕が戸惑うのには、もうひとつ大きな理由があった。
もしも……。
もしも、こんなところを乃々になんか見られたりなんかしたら──。
……いや、大丈夫だ。
乃々が帰って来た気配はまだないし、もう少しくらいはこのままでも……。
「ふふっ」
それに、僕たちはいまや兄妹。
兄妹として、これくらいは許されるはずだ。
………
……
「いっただっきまーっす!」
「いただきます!」
「………」
「ぱくっ……んぐ、はむっ……んっ!」
「もぐもぐもぐ……」
「…………」
「……ふたりとも、最近、すごい食欲ね」
「ん? あはは、成長期だからね! ねー?」
「うんっ」
「それはいいけど、あんまり食べると太るわよ」
「う……」
「ははは! まあいいじゃないか。若いヤツはたくさん食べねえと」
そりゃあ、毎日あれだけ身体を動かしていれば、当然お腹も減るだろう。
今日はいいこともあったし、本当なら大々的に乾杯でもしたいところだけど、さすがに大っぴらにはできないのが哀しいところでもある。
お祝いはいずれまた改めて、何か考えるとしよう。
とはいえ、ここで気を抜くわけにはいかない。
ふたりはまだ漸(ようや)くスタートラインに立ったに過ぎないのだ。
与えられるだけの民衆は勝手なもの。
ひとまずの視聴数を獲得できたとはいえ、これから更に何か新しいモノを提供しなければ、視聴者は離れていってしまうだろう。
その為には、これからどうするべきか考えなければいけない。
僕たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!
……