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車輪の国、悠久の少年少女 璃々子シナリオ【1】


車輪の国、悠久の少年少女

璃々子シナリオ

 

 

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・・・。

 

 

 

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「私はずっと一人だった。
けれど、独りではなかった。
いつも心に弟がいてくれたから。
弟は私を自由にしてくれた。
少し寂しい気もする。
だって、彼は、弱虫でいつも私の後ろにいたのに、いまは私のはるか前方を歩いている。
強くなったわね、健・・・。
・・・ふう。
帰ってきたわ・・・。
そしてまた、旅立っていく。
道のりは遠く果てしない。
少しだけ、この田舎町を楽しむとしよう。
やがてくる新しい闘いの前に、少しだけ・・・」


・・・。


・・・・・・。

 

田舎町から法月が去って、一ヶ月がたっていた。

おれとお姉ちゃんは、出立の準備をしながら、どうでもいいような毎日を繰り返していた

いや、お姉ちゃんにとってはどうでもよくはない。

お姉ちゃんは、ずっと一人だった。

だから、遊びたい様子だったのだ。


・・・・・・。

 

 

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「ねえ、健」
「ん? 何?」
「懐かしいと思わない?」
「・・・まあね」
「あら、何・・・まあねなんて。 スカしちゃって」
「・・・別にスカしてる訳じゃないけどさ」

 

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「・・・別にスカしてる訳じゃないけどさ」


・・・。


「何よ」
「何よ」
「もういいから」
「もういいから」
「・・・・・・」
「・・・超懐かしいよ、お姉ちゃん」
「いや、言ってないから」

 

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「うぇーん、おねえぢぁーん」
「やめてよ! もうおれ、そんな歳じゃないんだから」
「なによ、じゃあどんな歳なのよ」
「お姉ちゃん、おれももう子供じゃないんだからさ」
「お姉ちゃんにとっては、いつまでも健は子供なのよ」
「なんだよそれ」
「なんだよって健、あんたいま・・・」
「何?」

 

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「なんだよてめえって、あんたお姉ちゃんに何て言葉の使い方なのよ」
「てめえとはいってないけどね」
「まったくもう、ちょっとお姉ちゃんが都会にいってる間にちっともかわいくなくなって

「・・・・・・」
「健は覚えてないかもしれないけど、ちっちゃいころの健はホントかわいかったんだから

「小さい頃はみんなそれなりにかわいいんだよ」
「またそんなこりくつ言う」
「こりくつって」
「もうあの頃が懐かしいな。 健がまだ小指くらいの大きさだったときなんか・・・」
「ちょ、ちょっとまって」
「何?」
「何じゃなくて。 小指くらいの大きさていつの話なのよ」
「いつでもいいの! とにかくすっごいかわいかったんだから」
「わかったよ。 もういいから」
「何がいいのよ!」
「ごめんごめん、ほら、お姉ちゃん行こ」
「何がごめんよ。 無意味に謝ったりしないでよ」
「いちいち言うことにつっかかってこないでよ、ごめんてば」
「かわいくないホント、至極残念」
「ふーん」
「健、この木は覚えてる?」
「え?」

 

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「この木! 覚えてるでしょ?」
「えっと、なんだっけな。 ・・・あ! 思い出した」
「思い出した!?」
「この木の前で告白するとそのカップルは結ばれるっていう・・・」
「違う! なんか違う! それ違う、怒られる」
「怒る? 誰が?」
「いいのよ! 覚えてないの、ホントに? のぼったじゃない」
「お姉ちゃんが?」
「私じゃない。 健、あなたのぼったじゃない」
「のぼってないよ。 無理矢理のぼらせた、の間違いでしょ」
「覚えてるんじゃない。
あの時、わんわん泣いて。 健、弱虫なんだから」
「昔の話でしょ。 だいたいお姉ちゃん無茶ばっかさせるから」
「無茶なんて・・・健があまりになよなよしてて、女々しくて、死んだ方がましってくら
い情けなかったから」
「そこまで言わなくても」
「特訓してあげたんでしょ」
「あんなに小さい頃にこんなでっかい木よくのぼらせようと思うよ。
もし落っこちて怪我でもしたらどうするつもりだったの、まったく」


言うと、ひょいひょいと木に登り始める。


「・・・え?」
「あれ、思ったよりも高いな」
「健」
「え? 何?」
「健、いつのぼれるようになったの?」
「え? 何いってんの。
もうあれから何年経ったと思ってるの、お姉ちゃん。 よいしょっと。
あわっ!!」
「!? 健!」
「・・・なんちゃって」
「え?」
「嘘だよ、お姉ちゃん。 わざとだって・・・ハハ」
「・・・・・・」
「よいしょ。 ふう、お姉ちゃん景色綺麗だよ」
「・・・・・・」
「あ、でもあの雲。 明日は雨降るかもな」


ずんっ ずんっ


「おわわわっ、ちょっとお姉ちゃん何すんの!」
「え? 何?」
「何じゃないでしょ? 蹴ってるでしょ!」
「蹴ってない。 地震じゃない?」
地震のわけないじゃない」
地震じゃないんだったら、地震に似た類のそれよ」


ずんっ ずんっ


「ちょ、ちょっと。 うわ、落ちる」
「何よもう。
のぼれるようになったのはお姉ちゃんのおかげでしょ、健」
「わかったから、蹴るのやめてよ! お姉ちゃん」
「なのに、何にも覚えてないし、スカしちゃって」
「ちょ、スカしてないってば」
「生意気な言葉づかいで、もう」


ずんっ ずんっ


「だから、危ないって。 うわっ」

 

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「うわっじゃないわよ。 何がカップルが結ばれるよ」
「じょ、冗談だってば」
「何が小指くらいの頃よ」
「それはお姉ちゃんが言ったんでしょ」
「うるさい! いちいちいち。
もういちいち言うことにつっかかってこないでよ。 私そういう人間が一番嫌いなの!」
「えー!」
「もうお姉ちゃん先帰るからね」
「ちょっとお姉ちゃん。 ちょっと・・・」


・・・。


「忘れるわけないじゃん。
憶えてるに決まってるよ。
・・・お姉ちゃん、おかえり」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


夕方になったので、散歩がてら川辺を歩く。

 

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「え? そうなの、うさぎって一匹二匹って数えるのかと思ってた」
「間違えやすいんだけどね、うさぎは一羽二羽って数えるんだって」
「へぇー」
「まめ知識でしょ」
トリビアだ、トリビア
「まあ、トリビアってほどのものでもないけどね」
「でもさ」
「なに?」
「なんでなの?」
「何が?」
「だから、何でうさぎは一羽二羽なの?」
「なんでってそういう決まりなんじゃない?」
「なんじゃない? ってそんな私が質問したのに質問仕返してこないでよ。
ねえなんでなの? 答えてよ」
「えっと・・・」
「健、あなたが言い出したことなのよ! ちゃんと責任とってよね!」
「そんな言わなくても・・・だから」
「だから何よ」
「えっとね」
「一羽二羽になるには何か理由があるはずでしょ?
例えば・・・まあ私は例えは浮かばない訳なんだけれども」
「えっと、じゃあ例えば・・・うさぎが宇宙だとして」

 

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「ちょ、ちょっと。 宇宙? 規模でかすぎやしないかな?」
「そうかな?」
「きっとそうよ。 だって私うさぎの話してたのよ?」
「うさぎの話聞きたいんじゃないの?」
「聞きたいけどさ。 あと質問に質問で返さないでって言ってるでしょ」
「あ、忘れてた。 ごめんお姉ちゃん」
「で、話続けて」
「そうだね。 で、その宇宙うさぎの話なんだけど」

 

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「ちょっと待って!
何? 宇宙うさぎって。 めちゃめちゃ恐ろしいんだけど!」
「もうじゃあいいよ。 宇宙の例えはやめるよ」
「そうして。 ちょっと聞きたかったけど、やっぱ怖いから」
「まあ一説には、うさぎの耳が鳥に似てるかららしいよ」
「なんだ・・・そうなんだ」
「あとはうさぎの肉が鶏肉に似てるからとか、いろいろ説はあるらしいんだけどね」
「へえ・・・随分リアルな話なのね。
宇宙の話からのギャップにお姉ちゃんちょっと適応しづらいかも」


そのときふっと、目の前を何かが飛び過ぎていった。


「うおっ」
「きゃあ何? 宇宙うさぎ?」
「ち、違うよ。 あーびっくりした」
「何?」
「カエルだね」

 

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「ぎゃー!!」
「わー」
「健! ぎゃー、食われるっ! 宇宙ガエルっ!」
「お姉ちゃん落ち着いてよ、ちょっとでかいけど、ただのカエルだから」
「ただのカエルってなによ? 余計怖いじゃない。
こんなでかいのがただのカエルなら、他のカエルはどれだけなのよ。
ましてや宇宙ガエルは・・・」
「宇宙ガエルなんていないから」
「あんたが言ったんでしょ!」
「言ってないし」
「口答えしないの! とにかくなんとかしてよ!」
「なんとかしろって・・・」
「健、早く何とかして! 早くしないとお姉ちゃん、バターになっちゃうわよ」
「・・・わ、わかったよ」


近くに落ちてる木の枝を拾う。


「ほれ、どっかいけ」
「健、目よ。 目が急所なのよ。 目をついてやりなさい」
「なんてこというのさ。 生きてるんだからこいつだって」

 

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「健、あんたがやさしいのはよくわかるわ。
でもね、それが必ずしもやさしいとは限らないのよ」
「だからって目をつくなんてできるわけないでしょ」


そのとき、カエルが勢いよくジャンプして、川に飛び込んだ。


「きゃー」
「わー」
「あぎゃー」


・・・。


「おねえちゃん大丈夫?」
「もうなんなのよ、ホント」
「あ、お姉ちゃん、帽子・・・」
「えっ?」


麦わら帽子は川に浮かんでいる。


「あ、帽子がない! ていうかあれ私の帽子・・・」


おれはすぐさま水に飛び込む。

 

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「健、あんた何してんのよ! もう泳げないでしょ!
・・・もう、しょうがないな!
・・・あ、え?」
「ふうっ、はあっ・・・。
・・・ふう。 もうお姉ちゃん、頼むよ。 はい」
「あ、ありがと」
「うわっ、もうびしゃびしゃだよ。
お姉ちゃん早く帰ろ。 風邪ひいちゃうよ」
「・・・あ、うん」
「つめてぇ」
「健、あんたいつそんな泳げるようになったのよ」
「え? そんなの随分も前だよ」
「そ、そうなの?」
「そりゃそうだよ。
もう子供じゃないんだからさ。 溺れたりしないよ」
「・・・そ、そうだよね」
「なんで?」
「え? 別になんでもないわよ」
「しかし」
「ん?」
「お姉ちゃんカエル嫌いなんだね」
「え?」
「あんなに取り乱して、バターになっちゃうよーとか言っちゃってさ」
「な、何言ってるのよ!? 怖くなんかないわよ!」
「嘘だぁ」
「嘘なんかつく訳ないでしょ!」
「じゃあさっきのは何だったのさ」
「え? ・・・あんたを試したのよ」
「嘘だぁ」
「健! お姉ちゃんが今まで嘘ついたことなんてあった?」
「お姉ちゃん、そんなこと自信もって言っていいの?」
「・・・もう! 健のバカ!
あと質問に質問で返すなって言ってるでしょ!」
「うわっ!」
「宇宙ガエルに食われちゃえばいいんだ、健なんて」
「ちょ、ちょっとぉ」
「お姉ちゃんの気持ちも知らないで」
「お姉ちゃーん」


・・・。


「はぁ、もうパンツまでぐしょぐしょだよ・・・。 うわあ」


だんだんカエルの声が多く募ってくる。


「え? ・・・集まってきてるのかな・・・。
・・・・・・帰ろ」


後ろでまたゲロゲロ聞こえる。


「・・・お、お姉ちゃん、待ってよ」


・・・・・・。


・・・。

 


そんなこんなでまた数日が過ぎた。

どうやらお姉ちゃんは、おれにかまって欲しい様子だった。

 

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「ねえ」
「何? 健」
「バッグ、重そうだから持とうか」
「健、やさしいのね。
でもお姉ちゃんこれは一人で持てるから気にしなくっていいわ」
「そう。 でさ」
「何?」
「何でそんなでっかい荷物持ってきたの」
「え? ・・・いつもの通りよ」
「ふーん」
「何、ふーんって」
「別に」
「でも健、やっぱり来るんじゃなかったね」
「そう?」
「そうよ、私達は踏み入れてはいけないところに足を踏み入れてしまったんだわ、完全に
。 そう、きっとそう」
「そうかな、ただの学校なわけだし」
「その学校だったはずのここは、ともすると地獄の入り口かもしれないのよ・・・」
「ていうか夜の学校って以外を明るいんだね」
「え? 無視? 地獄については無視?
そ、そんなことないじゃない。
暗くって仕方が無いわよ。
ほら、足下なんて真っ暗でなんていうか何だか地獄への入り口みたいよ・・・」
「でもなつかしいなぁ」
「また無視?
・・・でもあれじゃない。
夜の学校って不気味なのはやっぱりそうね。 それはホントにそうじゃない?」
「ホントにってどういう意味?」
「え、え? ホントにって・・・私ホントになんて言ってないわ」
「ふーん」
「ふーんって何よ。 言ってないって言ってるでしょ!
んもう、ホントかわいくない」


おれだってバカじゃない。

今日の昼くらいにお姉ちゃんが夜、学校に行ってみないかと言い出したときにおおよそ察
しはついていた。

で、案の定あのでかいバッグ。

そもそも昨日、大量に買ってたこんにゃくは一切晩飯には出て来なかったわけで。

たまにお姉ちゃんが何をしたいのかわからなくなるときがある。


・・・そうだ。


おれもお姉ちゃんにちょっといたずらしてみるか。

 

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「・・・ねえ、お姉ちゃん」
「なに? 怖い?」
「そうじゃなくて。 足元になんか落ちてるよ」
「え? 何もないじゃない」
「あ、そうね。 何もないよね」
「何よ。 ・・・あ! やだ。
な、なんか落ちてるのかも知れないわ。 で、で、でも見えないわ」
「なにが落ちてた?」
「・・・え? えっとだから」
「暗くて見えないから何が落ちてるかわからないか」
「そ、そうよ。 暗くて見えないんだから・・・あ、健、あんたもしかして」
「ど、どうしたの?」
「何も落ちてないのにそんなこと言ったの? いつから人騙すような子になったのよ」
「じゃあ逆に聞くけど、お姉ちゃんは今日はなんで学校に行こうなんて思ったの」
「それは・・・学校に行ってみたいなと思ったのよ」
「何で急に」
「きゅ、急にじゃないわよ。 よく思うのよ。 5分に1回はそんな風に思うのよ」
「多すぎやしないかな」
「いいのよ、うるさいな。 もうこりくつばっかり!
あんたは私の弟なんだから、うん、お姉ちゃんって言ってればいいのよ、もう」


お姉ちゃんはぷりぷり怒りながら先に歩いていった。

そのとき、お姉ちゃんが豪快に転んだ。


・・・。


案の定だ。

お姉ちゃんはまだおれのことを子供だと本気で思っているらしい。

 

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「・・・・・・」
「いったーい!」
「・・・暗いなぁ」
「え!? 無視?」
「なにさ」
「なにさじゃないじゃない! じゃないじゃないじゃない!」
「は?」
「お姉ちゃんが今、転んだの見てなかったの?」
「見てたよ」

 

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「あ、そっか。 見てたのか、良かった、私てっきり見てなかったのかと思っちゃった!
よし! じゃ帰ろうか、健!
っていうとでも思ったのかぁ! 痛ぇだろうが、お姉ちゃん転んだんだから足腰痛ぇに決
まってんだろうがぁ!」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃんキャラ変り過ぎだから」

 

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「うううURYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」
「お姉ちゃん、落ち着いて!
わかった、わかったから。
お、お姉ちゃん怪我したの。 大丈夫?」
「お、お、お姉ちゃん足くじいちゃったみたいなのよ」
「そ、そうなんだ。 じゃ、じゃあおぶってあげるから帰ろうよ、お姉ちゃん」
「うおおおおおお、そうじゃねーだろうがぁ!」
「わ、わかったよ。 どうすればいいの?」
「あのね、この学校の一番奥に何の教室があるかは知ってるでしょ?」
「お、音楽室でしょ」

 

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「そう! 正解! 音楽室に行ってこの紙に書いてあるとおりにしてみて!」
「・・・・・・」
「わかった? 健」
「・・・・・・」
「健? 聞いてる?」
「・・・お姉ちゃん、人騙すようなことしてるのはどっちなのさ」
「え?」
「お姉ちゃんの方がよっぽどタチが悪いよ。
あのさ、言っとくけどおれ、もうそんなガキじゃないんだよ」
「言ったでしょ、お姉ちゃんにとってはいつまでも子供なのよ、健は」
「だからそれももういいってば」
「いいってなによ」
「お姉ちゃんの考えてることなんて全部わかるんだって、昔みたいに驚かそうとでも思っ
てるんでしょ」
「な、なにがよ」
「なにがじゃないよ。 お見通しなんだよ。 昨日からなんだか様子がおかしいし。
しかも昔に比べて、なんだかちょっと仕掛けも雑になったんじゃない?
URYYYYYYYとかわけわかんないこと言っちゃってさ。
ウリィィィィって」
「え、お、雄叫びよ」
「誰の?」
「え、そ、それは。 あ、兄弟子よ」
「何それ」
「いいのよ別に」
「とにかくおれはもういい歳なんだから。
子供じゃないんだから、よっぽどのことじゃないと驚かないよ」
「・・・・・・」
「何黙ってんのさ」
「・・・・・・。
もう健にはお姉ちゃんはいらないか・・・」
「え?」
「・・・ううん、なんでもない。
ちぇ、健ったらせっかくお姉ちゃんがいっぱい遊んでやろうと思ったのに」
「え? え? さっきなんて言ったの?」
「いいの。 ほら健、もう帰るよ」
「あ、うん」
「ようし、今夜はこんにゃく鍋にしようかな」
「・・・え!? あのこんにゃく食べるの?」
「そうよ、なんで? 昨日いっぱい買ったでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど。 それは」


そのとき、お姉ちゃんの持ってるバッグがガサガサと動いた。


「うえ! え? 何か動かなかった?」
「え!? ・・・う、動いてないわよ」
「でもいま・・・」
「動いてないよ。 ほら帰るよー」
「あ、お姉ちゃん!」


お姉ちゃんはバッグに何やらぼそぼそと話しかけながら、先に行ってしまう。


「・・・え?
こんにゃくじゃないってことは・・・。
あれ、なんだったんだろ・・・」


果たしてお姉ちゃんは何でおれを驚かそうとしたんだろう・・・。


生き物?


考えてきただけで、恐ろしくなってきたおれはダッシュで家に帰った。

 

・・・・・・。


・・・。

 


・・・お姉ちゃんとのトリッキーな夏休みは始まったばかりだった。

 

 

それから数日後。

お姉ちゃんの横暴は止まらなかった。

 

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「ねえ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
「二人で洞窟に行くのは分かるんだけどさ・・・」
「デートだもんねっ」
「違うでしょ」

 

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「そのデートに、なんで私が入るの?」
「3Pよ。3P」


「冗談はやめてよ・・・」

 

・・・。

 

 

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お姉ちゃんの命により、灯花を連れて来いとのことだった。

だから、ここにるハズのない灯花がいる。


「なんで灯花も呼ぶの?」
精神安定剤よ」
「誰の?」
「お姉ちゃんの」


「だとよ」
「なんで私に振るのよ」
「反対意見はないのか? 今のうちに聞いておくぞ」


「私がいると、落ち着くの?」
「テンションが常にマックス状態になるわ」


精神安定剤じゃないの?」

 

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「力になってあげられるなら、ついていってもいいけど・・・」
「さすが灯花ちゃん、話しが分かるぅ~」


「どうせくだらない内容だ。 帰った方がいい」
「ちょっと健、嘘はよくないわよ」
「必殺技を開眼する・・・とか言ってたじゃん」


「開眼? 眼を開いてどうするの?」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


「な、なにっ? 私をジロジロ見たりして」
「かわいいなぁ~と思って」
「なにか間違ったこと言いました?」
「ううん。 そのままでいいわよ」
「はあ・・・」
「そろそろ行きましょうか」


「ちょっと待ってよ」
「怖いの? お姉ちゃんの胸の中で、ブルブル震えたい?」
「装備がライトだけしかないよ」
「充分じゃない」
「不十分だよ」
「心配なら、ロウソクと縄も用意する?」
「なんでロウソク・・・」


「あの・・・できれば急いでもらえませんか? 料理の特訓があるので」

「食材選びも立派な修行だ」


「洞窟産のコウモリとネズミなんか、当たりじゃない?」
「洞窟産と地上産には、違いがあるんですか?」
「どうだったかしらね~・・・」
「・・・どちらにしろ、いらないです」


「洞窟産のたこ焼きはいるか?」
「いらない! 出かけるんなら早くしてよねっ」


「ということらしいから、行こうかお姉ちゃん」
「そうね。 そろそろ行きましょうか」


おれたちはライトを片手に、洞窟の中へと足を踏み入れた。


「ったく、なんで私まで・・・」


洞窟に入る直前までグチっていた。


・・・・・・。


・・・。

 


ひんやりとした空気が、体中を包み込む。

真夏だというのに、洞窟の中は涼しい。



「一つ聞いてもいい?」
「パントマイムで答えていいのなら」
「普通に答えてよっ」
「なんだ?」
「さっき必殺技開眼って言ってたじゃない?」
「ああ。 言っていなかったような気がせんでもないが、やっぱり言ってた」
「・・・で、どんな必殺技なの?」
「デコデコデコリーンッ! ・・・だっけ?」
「このっ・・・」

 

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「あ、それなつかしーなー」


おれたちの様子を見て、『コントみたい』と最後に付け加えた。


「お姉ちゃんも、灯花に変なことを吹き込んでくれたよな」
「初めて見たとき、ウケたでしょ」
「外してたけど」

「外してないっ」


「それじゃあ、新ネタの一つでも教えてあげる」
「も、もういいです」
「私のネタ・・・そんなに面白くなかったのかしら?」
「面白かったですけど・・・きっと、私のやり方が悪かったんです」


いくら灯花がやったとしても、滑稽なだけだ。


「必殺技開眼のため、灯花を鍛えるか」
「・・・ちょっといい?」
「トイレなら、恥じらいをもって言え」
「なんてこと言うのよ、この変態ッ!」

「それと、シスコン♪」

 

「・・・で、言いたいことってなんだよ」
「必殺技は私じゃなくて、賢一が覚えるはずじゃないの?」
「予定変更して、灯花に新ネタを教え込むとしよう」
「こんな場所でっ?」


「なに勝手に決めてんのよ、健は」
「え? だってさっき、お姉ちゃんがそう言って・・・」
「今日のターゲットは健なのっ」
「はあ・・・」


さいですか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「ところで、健」
「なに?」
「なんで一番後ろにいるのよ」


先頭からお姉ちゃん、灯花、おれの順番で並んでいる。

 

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「お姉ちゃんたちをストーキングしたいの?」
「気持ち悪い。 磯野みたい」


「いいから進め。
この道を進んで行けばお前の将来にとってプラスになることが待ってるぞ」
「ホントに? 私を使ってだまそうと思ってない?」
「なんでそんなに用心深いんだよ」


「健・・・私の灯花ちゃんになにをしたのよ?」
「いつからお姉ちゃんのものに・・・」
「私が目をつけたときからよ。 ねぇ、灯花ちゃんっ」
「そこで灯花に同意を求めないでよ」


ほら、灯花もどう答えていいか困ってるじゃないか。


「そういうことだから、ドシドシ先に進むわよ」


気にした様子もなく、お姉ちゃんはどんどん先へと進んでいく。

 

・・・・・・。

 

・・・。



「璃々子さんっ。 ちょっと早いよぉ」
「ああ、ごめんなさいね」


歩幅を縮める。


「しかし灯花ちゃん、可愛いわね~・・・」
「えっ?」
「後ろをひょこひょこついて来て、まるでヒヨコみたい」


「ん? ギャグ? 今、つまんないギャク言った?」
「ちょっと健、さっきからうるさいわよ」


「璃々子さんについていかないと、不安でしょうがなくて・・・」
「これが母鳥の心境ってヤツね。
放っておけないって言うか、なんて言うのか・・・」


「おれにはついてこないのか?」
「ふざけるでしょ、賢一は」


「そうよねー、頼りないわよねー」
「ねえ璃々子さん、大丈夫? 迷わない?」
「私に任せておきなさい。
・・・それと、健も少しは当てにしてるからね」


「ん?」


しゃがみ込んでいたおれは、面を上げた。


「なにしてるの?」
「靴紐がほどけたから結んでる」


「今日は靴紐なんて、つけてなかったじゃない。
あ・・・もしかして、灯花ちゃんのパンツでものぞいてたんじゃないの?」

「痴漢! 変態! バカッ! 死んじゃえ!」

「うおっ!? あぶねッ!」


振り回されるライトをかわす。


「そもそも、暗くて見えないって」
「残念ね」
「お姉ちゃんは黙っててよ」


「こんな変態の前なんて歩いてらんないっ」


「あ~あ。 健、嫌われちゃったね」
「お姉ちゃんのせいだよ」


「賢一が前を歩いてよ」
「そうね。 健のせいでこうなった以上、責任を取ってもらわないと」


「お姉ちゃんが変なこと言うから、こんなことになったんじゃないの?」
「ブーブー文句を言わない。 この豚ッ、豚まんッ、ぶー太郎」
「うっ・・・」
「さあ、前に来てお姉ちゃんたちをガイドしなさい」
「別にいいけど、今までの道はちゃんと覚えてるんだよね」
「なに言ってるの。 それは健の仕事でしょ」
「いや、お姉ちゃんでしょ」
「そんなもの覚えてないわよ」


「灯花」
「覚えてない」

 

一瞬、場が固まった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・ドンマイ、私っ」


てへっと笑う我が姉。


「じょ、冗談じゃないですっ・・・迷子ですよっ?」
「犬のおまわりさんに、道を聞いてみましょう」


「おまわりさーん、助けてー」
「棒読み厳禁! はいっ、もう一回」
「犬のおまわりさーんッ! 助けてくれえぇーッ!」

 

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「バッカじゃないの!?」
「ぶっ殺すわよ!」


「えぇっ? な、なんでだよ・・・」


「もっと真剣に考えなさいっ」
「そうよっ、誰も来るワケないでしょ」


「言い出したのはお姉ちゃんたちなのに・・・」


「そんなことより、かなりヤバイ状況なんじゃないの? これ・・・」
「レスキュー隊に連絡すれば、きっと大丈夫」
「でもっ・・・電話持ってないよ?」


「持ってたとしても、つながらない」


「しょうがないわね・・・地道に帰りましょ」
「どうしよどうしよどうしよおぉ~」


「パニくるなっての」


「ねえねえ、どうするのっ? このままじゃ、私たち迷子になっちゃうよおぉ~・・・」


もうなってるって。


・・・・・・。


・・・。

 

迷ってから、しばらく歩き続けていた。


「ねえ、ちょっと休憩しない?」
「疲れた?」


お姉ちゃんは、黙ってうなずいた。

 

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「私も、なんだか寒い・・・」


確かに、洞窟に入ったときと比べ、さらに体温が下がっているような気がした。

かといって無闇に動けば体力は消耗するし、じっとしてても体温は下がる一方。


「あ~あ、健のせいでえらい目に遭っちゃった」
「入る前にちゃんと役割分担しといてよ」


「お姉ちゃんが全部把握してると思って・・・」


「健に気づかせようと思ってわざと黙ってたのに、これじゃ本末転倒じゃない」
「全部、賢一のせいよ」


なんだろう、この二対一の構図。


「グチ言ってもしょうがないから、どうするか考えよう」
「出口を探してきなさいよ」
「分からないから、こうして迷ってんだよ・・・」


「役に立たないわね」


おれに聞こえないように、お姉ちゃんが小さな舌打ちをする。


「まだ、お姉ちゃんが面倒みてあげないといけないの?」
「その結果が、これでしょ?」
「お黙りなさい」


「これなら、料理の修行をしてた方がまだマシだったよ」
「なら、帰ってもいいぞ」
「帰れないから、こうして迷ってるんじゃないっ」
「ごめんな、灯花」


合掌。


「謝る前に外に出せ!」


そのときお姉ちゃんが、ずいっとおれたちの前に立ちはだかった。


「テレポート」


デュワッ!!!


「・・・って、できないから」
「こんなときに隠し技を覚えるんでしょ」
「こんなときって?」
「味方のピンチじゃない」
「おれもピンチなんだけど」
「だったら効果抜群ね」


いや、もうなにを言ってるのか分からない。


「早く外に出してよっ」


「しょうがないわ、修行しましょう」
「なにがしょうがないんですか!?」
「特訓よ、灯花ちゃん」
「えぇっ? や、やですよ・・・」
「なんで?」
「だ、だって、璃々子さんに教えてもらったことって、けっきょくスベってばっかりで・
・・」
「いいから復習」
「はい?」
「なんかムカついたことがあったらどうするんだっけ?」

 

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「え、えっと・・・腕を組む?」
「そうよ、そして?」

 

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「ギラっとにらみつける?」
「ギラ、じゃなくてギロよ」
「あ、あんまり変わらないじゃないですか」
「まあいいわ。 それから?」

 

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「ぶ、ぶっ殺すぞって」
「うんうん。 やればできるじゃない」


ご満悦。


「じゃあ、気分がいいから、とっておきの一発ギャグを教えてあげるわ」
「えぇっ?」
「あのね、メガネをこう、ぐいっとおでこの上に上げて叫ぶの・・・」
「それ知ってますよ!」
「どっかんどっかんだったでしょ?」
「どっかんどっかんじゃなかったです!」
「じゃあもう一個教えてあげるわ」
「えぇ・・・」
「あのね、メガネをこうぐいっとおでこの上に・・・」
「それはもういいですから!」
「灯花ちゃんはかわいいなあ・・・」


「くー、なんでこんな急にピンチにならなきゃいけないのよ!」
「まあ落ち着け」
「だって、このまま干からびて死体になってミイラになるんでしょっ? そんなのイヤよ
!」
「人間パニックになると、いい案も思い浮かばなくなる」


「落ち着いてそうな健は、なにかいい案でも思い浮かんだの?」
「今から考えるところ」


「早くしてよね」


おまえも考えろ。

 

「はい。 一つ提案」
「はい、どうぞ」
「お腹すいたわ」
「だから?」
「食べ物ちょうだい」


「気づけば、もうおやつを食べてる時間だ」
「お前はいつも、食べ物を使って時間を計っているのか」
「これも料理人としての訓練の成果よ。 どう、見直した?」
「ただの腹時計じゃねえか」


「ねえ、健~。 お姉ちゃん、お腹減っちゃったぁ・・・」
「甘えた声を出しても無理。 ないものはないんだ」
「コウモリでも捕まえて食べましょうよ」


「そうするしかないのかなぁ?」
「いっそのこと、灯花を食べようぜ」
「はあっ!?」
「塩味としょうゆ味、好きな方を選べ」
「味付けするなっ!」


「あ~・・・お姉ちゃんは、健を食べたいんだけどな」
「なに味?」
「グッとくるような、濃厚な味付けで」


「え? えっ? 本当に食べちゃうの?」


キョロキョロと首を振り、おれとお姉ちゃんを交互に見ている。

 

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「わ、私、美味しくないっ・・・自分で作った料理の方が、まだ美味しいんだからっ」


そりゃそうだ。


「・・・ん?」


お姉ちゃんが顔をしかめる。


「ちょっと待って」
「え?」
「なんで私たち、人を食べるって話になっちゃってたの?」
「お姉ちゃんが、おれを食べたいだなんて言い出すから」

「賢一が、私を食べようだなんてふざけたこと言ったからでしょっ」


「お腹が減ったから、灯花ちゃんを食べようって話になっちゃったんだっけ?」
「共食いなんてありえないですよっ」


「SF小説の中にも書かれてあったが、人を食う人種もいるらしいぞ」
「しょせん本の中っでの出来事でしょ」


「健、その辺にしておきなさい。 今はなにをすべきなの?」
「・・・あ、そうだった」


「早く出ないと、ホントにやばいんじゃないの?」


涙声で、不安そうな表情を覗かせていた。


「そうね。 こんなところで笑ってる場合じゃないのよ」


自然と顔が引き締まる。


「あぁ、ホントにどうしよ。
健は当てにならないし、灯花ちゃんも道を覚えていないって言うし・・・」
「ちょっとお姉ちゃん。 おれが当てにならないって、いつ誰が決めたの?」
「ずっと昔から、お姉ちゃんが」
「やれやれ・・・」


おれは地面に落ちていた銀色の石を拾った。

正確には、アルミホイルに包まれた石。


「それは?」
「お姉ちゃんたちが進んでいくとき、後ろの方で所々マーキングしてたんだ」


ガサガサとアルミホイルを取り外す。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


「なんで二人とも、そんなに睨むわけ?」

 

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「そんなことは早く言いなさいよ! マジで泣きそうだったんだから!」
「そうよ! 健はお姉ちゃんなしじゃ、そこまで成長できないのよ!」


「いつまでも子供じゃないんだし、そういう考えはもう捨てようよ」
「そこのアナタ。 昔の可愛かった健に戻りなさいっ」
「いや、本人だから」


「昔の賢一って、そんなに可愛かったんですか?」
「そうなのよっ。
目に入れても痛くないほどで、プリプリのピチピチだったのよ」
「へ、へぇ・・・」


「変な説明はやめてよ。 あの灯花が引いてるじゃん」
「『あの』ってなによ!? 私が変人みたいに聞こえるじゃないっ」
「あぁ、つい・・・」


口が滑ってしまった。


「ちょっと二人をからかってみただけなんだよ」
「ま。 健のクセに生意気を言っちゃって」
「いい加減さあ、おれを認めてよ」
「認めるってなによ、いきなり偉ぶっちゃって」
「ぶっちゃってって・・・」
「しかもどこがプリプリのピチピチなのよ。 ガリガリのブチブチじゃない」
「お姉ちゃん、なにを言ってるのか分からないよ」
「ああもうっ、ムカつくわねっ!」


キレた態度が、なんとなく灯花と似ていた。


「と、とりあえず、外に出よう。 ついてきて」


二人ともブスッとした態度で、おれについてくる。

出口へと向かう間、背中に二人分の冷たい視線が感じられた。


・・・・・・。


・・・。

 


灯花は洞窟を出た後、プンスカと怒りながら帰宅した。

この借りは必ず返す、とかワケの分からない捨て台詞を残して・・・。

 

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「さぁ、お風呂に入りましょう」


妙に機嫌がよろしそうだった。

洞窟内で、頬をぷーっと膨らませて腹を立てていたお姉ちゃんは、一体どこへいったのか


「ちょ・・・背中押さないでよ」
「さちちゃんのときも、こんな感じだったんでしょ。
お姉ちゃん、ちゃ~んと知ってるんだから」
「・・・・・・」
「ふふっ。 さあ、いきましょっ」


お姉ちゃんに押されるがままに、おれは風呂場へと連れて行かれた。


・・・・・・。

 

「健ったら、すっかり大人になっちゃって・・・」
「・・・・・・」


お姉ちゃんの含み笑いが、背後から聞こえてくる。


「ほらぁ・・・前のほうも、洗ってあげる」
「え? ・・・いや、いいって・・・」


タオルを持ったまま、前の方へと移動してくる。


「お姉ちゃんの裸を見て、こんなになっちゃってるの?」


いきり立ったモノを、マジマジと見つめてきた。


「今はお預けよ。 後で楽しみましょ」


口元をクッと上げて、不気味な笑みをもらした。

この後、一体どんなことをしてくれるのやら。


・・・・・・。

 

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入浴を済ませた後、部屋でお姉ちゃんが来るのを待っていた。

心臓の音がバクバクと鳴っている。

今か今かと、そのときを待ち望んでいた。


「お・ま・た・せっ」


姿を現したお姉ちゃんの下着姿は、誘っているものとしか思えなかった。

全身黒なのはもちろん、網タイツにガーターベルトまでつけており、本格的だ。


「ウブな健には、刺激が強かったかな?」


ウブでなくとも、誰でもググッとくるものがあるほど魅力的だった。

おれは催眠術にかかったかのように、ふらふらと近づいていく。


「ぁんっ。 ヤダ・・・そんな怖い目つきで迫られると、お姉ちゃん余計に燃えちゃうじ
ゃない」


お姉ちゃんはクスクスと笑い、おれの反応を楽しむかのように観察している。

そばまで行くと、おれは当たり前のような動作で、お姉ちゃんにキスを求めていた。


「んもう・・・がっつきすぎよ」


ふふっと笑みをもらしながら、口を交わした。


「んっ・・・む、ちゅっ・・・」


ぷにぷにとした感触が唇に当たった。

温かくて、気持ちいい。


「はぁ、ん・・・健・・・」


膝立ちは疲れる。

お姉ちゃんを優しく布団に押し倒した。

 

・・・。

 

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「んん・・・健っ・・・はぁ、はぁ・・・」


小ぎれいなお姉ちゃんの口から、熱い息が漏れてくる。

おれは唇を重ね、お姉ちゃんの吐く息を受け取る。


「ホントに、もう・・・しょうのない子ね。
ちゅ、ちゅっ・・・ん、んん・・・ふふっ」


唇を使い、お姉ちゃんの唇を甘噛みした。


「ぁ・・・ん、ぅうん、ちゅぷ・・・」


仕返しとばかりに、おれにも同じことをしてくる。


おれはその後、お姉ちゃんを優しく愛撫した。


・・・・・・。


・・・。


「・・・っ」
「・・・お姉ちゃ~ん?」
「・・・うるさいわねぇ・・・」


なぜかキレていた。


「・・・お姉ちゃん、大丈夫?」


気づかう。


「さあ? どうかしら?」


怪しい笑み。


「次、いってもいいかな?」
「ダメよ。 ここまでにしときなさい」
「・・・え?」
「最後までするつもり?」
「そのつもりだけど・・・」
「ダ・メ・よっ」


鼻先をちょんっ、とつつかれた。


「おあずけ」
「・・・マジで?」
「最後までさせてあげない」


いたずらっぽく微笑んだ。


「そりゃないよ、お姉ちゃん・・・」


思わず肩を落としてしまう。


「お仕置きよ。
それと・・・お姉ちゃんをイカせるなんて、弟にあるまじき行為ね」
「そんなこと言われても・・・」
「特別に、こんなことしてあげる・・・」


妖艶な笑みをもらしながら、身体を起こした。


「横になりなさい」
「う、うん・・・」


先ほどの責めの態度とは打って変わって、すぐさま従順な態度を取るおれ。


そして・・・。

 

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お姉ちゃんにいぢられ続けた・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「ねえ、健・・・」
「え?」
「お姉ちゃんのこと好き?」
「ああ・・・」
「ああってなによ、またスカしちゃって・・・。
でも許してあげる、健がお姉ちゃんとずっと一緒にいてくれるならね」


ふっと、耳元に吐息がかかる。

体の小さなお姉ちゃんに抱きすくめられながら、おれは静かに眠りに落ちていった。


「明日も、かまってね」


・・・・・・。


・・・。

 

 

次の日の朝、おれはお姉ちゃんと朝食を取っていた。



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「昨夜ね、色々と考えてたのよ」
「うん」


自分で作った味噌汁を、ずずずっと音を立てて飲んでいた。

うん、美味い。


「健のお○んちんって、あんなにデカくなってたんだなぁ・・・って」
「ぶはっ!?」


前方にいるお姉ちゃんに、散弾汁を飛ばしてしまった。


「きゃっ!? きったな~い・・・見苦しいわよ、健っ」
「朝っぱらから、下ネタを披露するお姉ちゃんに言われたくないねっ」
「あら、やけに反抗的じゃない」
「正論を言ったと思うんだよ。 おれは」
「その、上からものを見る態度。 どうにかならないかしら?」
「今のお姉ちゃんも、似たようなものじゃん」
「・・・ああ言えばこう言う」
「お姉ちゃんだって・・・」


どうして朝から、こんな暗い話題に発展してしまうんだろ。


「あーあ、朝から鬱になっちゃったじゃない」
「じゃあさ、商店街に行ってストレス発散とかしない?」
「商店街? なにがあるのよ」
「買い物したり、ゲーセン行ったり、食事したり・・・」
「定番すぎてつまんないわよ、零点」
「夜に花火とか」
「夏の風物詩ってヤツ?」
「そうそうっ」
「スイカの種飛ばし大会の方が、よっぽど楽しいわよ」
「やっぱり花火もしたいな」
「買ってきたらいいじゃない」
「というわけで、一緒に商店街に行こう」
「一人で行かないの?」
「退屈じゃんか。 お姉ちゃんだってそうでしょ?」
「私はゲーセンに行くからいいのよ」
「零点評価だったんじゃないのっ?」
「暇だったら行くわよ」
「なにするの?」
「ゲームについては疎いから、よく分からないわ」
「じゃあさ、パチンコとかどう?」
「・・・なんて目つきでお姉ちゃんを見てんのよ」
「どんな目つき?」
「たくさんやってそう、熟練者、達人・・・みたいな」
「違うの?」
「当たり前でしょ」
「なーんだ」
「お姉ちゃんをなんだと思ってるのよ」
「遊び人の類かと」
「子供じゃないんだから、もっとマシなこと考えなさいよ」
「なにがあるのさ?」
「そうね・・・食材を探してきましょうか」
「商店街に行って・・・結局、買い物になるのか」
「違う! 健、そうじゃないのよっ」
「えっ? なにが?」
「商店街に行く必要なんて、全くないわ」
「いや・・・食材を探すんでしょ」
「それは固定概念よ、健」


久しぶりにいやーな台詞を聞いてしまった


「周りを自然に囲まれておきながら、流通に頼ってちゃダメでしょ」
「・・・え?」
「お金なんか払わなくても、すぐ近くでツクシとかゼンマイとかワラビとか、たくさん採
れるでしょ」
「ということは・・・」
「イノシシ狩りに行くわよっ!」
「山菜狩りでしょ!」
「今夜は、クマ鍋にしましょう」
「イノシシを狩るんじゃなかったの?」
「代わりにクマが出てきた、という設定で」
「物語作っちゃってるよ・・・」
「健が剣を持って戦って・・・。
ぷっ、なにそれ? ダジャレのつもり?」
「いや・・・言ったのはお姉ちゃんでしょ」
「とにかく、そういうことなのよ」
「山菜狩りに行くってことでいいの?」
「シャベルと一輪車の準備を怠らないように」
「カゴだけあれば充分でしょ」


どうやら、食材探しの旅へ出かけることになったっぽい。


「一つ、聞いてもいいかな?」
「ん? なぁに? お姉ちゃんに口答え?」


やけに嬉しそうだった。


「今は、見ての通り夏だよね」
「夏真っ盛りね」
「ツクシ、ゼンマイ、ワラビってさ、春に採れる食用植物だから、今の時期は採れないと
思う」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 

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「流通に頼ってちゃダメよっ!」
「流通、関係ない!」
「人の話聞いてなかったの?
ツクシとかゼンマイとかワラビとか・・・ってお姉ちゃん言ってたでしょっ」
「確かに言ってたけど、どうかしたの?」
「たかが言葉だからといって、舐めてかかっちゃダメよ。
舐めて、しゃぶって、しゃぶりつくして、変なアレが出てきて、最後にはピーーー!
ってなっちゃうじゃない」
「だから、やめなってそういうの」
「なになに『とか』って。
この『とか』って言葉が、どういう意味か分かってんのっ?」
「わ、わかるけど・・・」
「だったら、文句言わずについてくるのよっ」
「じゃあ、朝めし食ってからね」
「そんなんじゃ間に合わないでしょ。 今すぐ」
「間に合わない?」
「夕方のタイムサービスによっ」
「商店街には行かないって・・・」
「ママチャリをこいで行くからいいのよ」
「なんだよ、それ」
「商店街の話はおいといて・・・」


物を抱えて、床に下ろす仕草をする。


「山登りについてだけど」
「山菜狩りでしょ!」
「似たようなもんよ。
あ、そうだ・・・スコップと軍手も用意しなきゃね」
「カゴだけあれば、とりあえずなんとかなるでしょ」
「カゴだったら昨日、焚き木として使っちゃったからもうないわ」
「なんで燃やすの!?」
「薪のストックが切れてたからよ」
「拾ってくればいいじゃんか」
「めんどくさかったから、仕方ないじゃない」
「それ、仕方ないって言わないよ」
「不運の事故によりカゴがなくなった以上、買いに行くしかないのかなぁ・・・」
「お姉ちゃんが行ってよ、責任もって」
「一人で行けっていうの?」
「燃やしたの、お姉ちゃんでしょ」
「健が燃やせって・・・」
「言ってない言ってない」
「一人じゃ寂しいわよ」
「自業自得だよ」

 

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「ねぇ、健~・・・」
「甘っぽい声を出してもダメ」

 

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「健・・・お願いっ」
「悲しそうな表情をしてもダメ」

 

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「おーっほっほっほっほっほ!」
「意味分かんないよ!」


・・・。


「はあっ・・・カゴなしで、直接胃の中に納めて来いって?」
「そこまでしなくていいよ・・・」
「毒が入ってたら、許さないからっ」
「じゃあ、しなきゃいいじゃん・・・」
「食中毒に当選しないだめにも、カゴは必須ね」
「結局、商店街に行くんだ」
「健がどうしても行きたいって言うから、仕方なくね」
「朝ご飯が終わるまで、ちょっと待ってて」
「今すぐ買ってきなさい」
「なんで?」
「時間がないから」
「たっぷりあるじゃんか。 今日も明日も明後日も・・・」
「食料が尽きかけているのに、そんな悠長に構えていられないわよ」
「んな大げさな・・・」
「ということで、山菜狩りに出かけましょ」
「朝ご飯たべないと、力が出ない」
「さっきから朝ご飯朝ご飯って・・・今が美味しければ、後はどうだっていいの?」
「食料なら、当分なくならない」
「イヤ。 今すぐ山菜狩りに行きたいの。 健と」
「・・・わかったよ」


この場は、おれが折れるしかない。

かなり強引だけど、山に出かけることになった。


・・・・・・。


・・・。

 


食べかけの朝食を片づけて、そのまま外へ。

二人ともカゴを背負っている。

 

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「一体誰よ、かごを燃やしたなんて言ったの」
「お姉ちゃんだよっ」
「忘れ物はない?」
「特になし」
「迷子にならないよう、お姉ちゃんにしっかりついて来るのよ」
「洞窟じゃあるまいし、迷うことなんてないよ」
「むっ・・・過去のことをほじくり返すなんて・・・」
「多分、大丈夫だよね」
「多分じゃなくて、絶対よ」


その自信は、どこから沸いてくるのか。


「億万分の一の確率で迷ったら、一日だけお姉ちゃんの座を譲ってあげる」
「いらないから・・・」
「もし迷わなかったら、お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ」
「今でも聞いてるじゃん」
「その反抗的な口を閉じなさい、と言ってるの。 わかった?」
「うん」
「それじゃあ出発。 一攫千金を狙うのよっ」
「どうやって狙うの?」
マツタケとか」
「今は夏だよ」
「はいはい、秋にしか採れないって言うんでしょ」
「分かってるじゃん」
マツタケハンターだからね」
「なにそれ」


お姉ちゃんは、張り切った様子で山へと入って行く。

おれも遅れないように、後をついて行った。


・・・・・・。


・・・。

 

歩くこと三十分、深い森の中へと進入していく。

むわっとした熱気が、あたり一面を覆っていた。

 

 

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セミがやかましいったらありゃしないわ」


手でパタパタと扇ぎながら、グチをこぼした。


「健。 今すぐ黙らせて」
「ムリだって」
「やる前から無理って言うから無理なのよ」
「別にできなくてもいいよ」
「消極的ねえ・・・」
「これだけのセミの数を、どうやって黙らせようっていうの?」


人間ならともかく。


「自分で考えることに意味があるのよ」
「もっともらしいこと言ってるし・・・」
「お姉ちゃん待っててあげるから、考えてみなさい」
「でも、さっき時間がないって・・・」
「山菜狩りだったら、明日でも明後日でも行けるじゃない」
「それ、おれが今朝言ったセリフなんだけど・・・」
「いいから答えなさい」


言われて、仕方なく真面目に考えてみる。


・・・。


「やっぱり、どう考えても無理だよ」
「殺虫剤をばら撒いても?」
「彼らだって生きてるんだし・・・」
「彼女たちもいるわよ」
「そんな細かいことはどうでもいいの」
「お姉ちゃん、真面目に聞いてるのよ」
「うん」
セミの鳴き声が苦痛で苦痛でしょうがないって言う人が来て、今すぐなんとかして下さ
いって頼まれたら、健は助けたいって思うでしょ」
「思う思わない以前に、ホントにムリでしょ。
あれだけのセミをどうやって黙らせるの?」
「まだ頭が足りてないわね・・・嘆かわしい」
「ほっといてよ」
「いいわ。 そこまで言うなら教えてあげる」
「なにも言ってないよ・・・」
「殺虫剤をばら撒きなさい。 簡単でしょ」
「だからダメだって!」
「一番手っ取り早い方法じゃない」
「かわいそうだよ。
一週間限りの命だとしても、生きてることに変わりはないんだから」
「ガチャガチャ騒がないの。
健もミジンコくらいは、お姉ちゃんの大胆さを見習ってほしいものだわ」
「今言ったような蛮行は、とてもできないけど」
「お姉ちゃんの選択肢が間違っているとでも言うの?」
「道徳的に間違ってるというか、強引すぎる」

 

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「立派なおちん○んつけてるのに、いつまで小心者を気取ってるの?」
「気取るて・・・」
「いい、健。
私たちは社会の変革を目指す、いわば野心家なのよ。
これくらいのことでイヤイヤ言ってたら、ガキ大将すらなれやしないわよ」
「ならなくていい・・・」
「そういうことだから、今から健を試してあげる」
「・・・また?」
「不満でもあるの?」
「今、山菜狩りしてるんだけど・・・」
「じゃ、それで行きましょ」
「なにするの?」
「キノコ探して食べる」
「それだけ?」
「? それだけよ」


悪意なき眼差しで、きょとんとしていた。


・・・なにはともあれ、無事に今日が終わることを祈る。


・・・・・・。


・・・。

 


キノコを中心に狩り始めて、数時間が経った。

正午を目前に、日光が真上から大地に降り注ぐ。

作業の進捗状況を語るかのように、背負っているカゴに少しずつ重みが加わっていく気が
した。


「さーってと、健はどんな感じかしらね・・・」
「っとと・・・」


お姉ちゃんは素早く背後に回ると、おれの背負っているカゴをぐいっと引っ張り、中を覗
く。

突然の出来事に、おれはその場で尻餅をついた。



「・・・まあまあ、かな」
「お姉ちゃんの方はどう?」
「すごいの見ちゃう?」


背負っていたカゴを地面に置き、得意げな表情でおれを見る。

中を覗いてみると、大量の山菜やらキノコが入っていた。

カゴの四分の一しか獲物が入っていないおれに対し、お姉ちゃんのカゴは半分ほど埋まっ
ている。


「へえ・・・凄いんだね、お姉ちゃん」
「当然」


機嫌よさげ。


「食べられるかどうかは別としてね」
「・・・食べられるものを選ぼうよ」
「鍋にしてしまえば、なんでも食べられるなじゃない?」
「なんでも?」
「例えば・・・そうっ、竹。
元々は竹の子なんだから、長時間煮たら食べられるようになるわ」
「どこをどう考えたら、その結論に行き着くわけ?」
「とにかくっ、鍋が偉大っていうことは証明されたわ」
「されてないし、竹を煮ても食べられないよ・・・」
「根性ないわね~。
ホンットにミジンコなんだから、ミジンコっ! このミジンコ!」
「え? ミジンコなんだ?」
「ミジンコな健には、ちょうどいい冒険よ」
「冒険?」
「お姉ちゃんが採ってきた得体の知れない食材を、健が食べるのよ」
「自分で、得体の知れない・・・なんて言わないでよっ」
「大丈夫よ・・・たぶん」
「ものすごく心配だ・・・」
「日が暮れるまでに、カゴいっぱいの食材を集めましょ。
この勢いだと・・・そうね、健は一人残業になるかもね」
「まともな食材した探してないから」
「むっ・・・お姉ちゃんの採った食材が、そんなに信用できない?」
「大いに、ね」
「鍋は偉大なのよ」
「だから、なんでよ?」
「健は知らないだろうけど、これ格言だから」
「だから、鍋奉行だなんて言葉が生まれたんでしょ?」

 

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「よく分かってるじゃない。 少しは成長したようね・・・お姉ちゃんのお陰だけど」


適当に結論をこじつけたお姉ちゃんは、それはもう、満面の笑みだった。


「一回自宅に戻るわよ。 お腹すいたし」
「そういうことだったら・・・」


持ってきた手提げを、お姉ちゃんの目の前に掲げて見せた。


「昼食を持ってきたから、一緒に食べよう」
「お姉ちゃんとピクニック気分でも味わいたいの?」
「まあ、そんなところかな」
「ふふっ・・・じゃあ、一緒にランチしましょっか」


おれとお姉ちゃんはカゴを下ろし、向かい合う形で地面に座る。

そして、二人の間におにぎりの入った手提げを置いた。


「おにぎりかぁ・・・今朝出てくるときに作ったの?」
「うん。 ふと思いついたから、勢いでね」
「よくもまあ、あんな短時間でこれだけのもの作れるわね」
「ご飯を握るだけだからね。 簡単だよ」


お姉ちゃんは感心しながら、ラップに包まれたおにぎりに手を伸ばす。

ペリペリとラップをはがし、中身のおにぎりにパクつく。


「あら、おいしい。 ちとビックリ感」
「よほどお腹減ってたんだね」
「高菜、おから、鮭・・・あ、梅はいらないからあげる」


見ていて嬉しくなるくらいに、いい食べっぷりだった。


「お姉ちゃんも、おにぎりくらい作ってみたら?」


受け取った梅入りおにぎりをほおばりながら、料理を勧めてみた。


「んーーーーー・・・・・・健が作れるんだから、お姉ちゃんは必要ないでふ」
「でふって・・・。
きっと楽しいからさ、一緒に作ろうよ」
「楽しむのは、健だけでしょ」
「お姉ちゃんは楽しくないの?」
「ご飯を握るだけじゃない」
「微笑ましくない?」
「あのね、二人でご飯をニギニギするのよ」
「肩を並べてね」
「なんか、ムナしくない?
気をつけ姿勢で、手だけ動かしてるのよっ」
「なら、体全体動かせばいいじゃん」
「ヤ! ヤダ! イヤダ!」
「なに、その三段構え」
「その点、やっぱり鍋は最強武器なワケよ。
お湯張って食材ぶち込めば・・・ほら、もう終わりじゃない」
「便利だね」
「ついでに食器も入れれば、洗う手間も省けるわ」
「入れちゃダメでしょ」
「あ、洗剤もいれないと」
「食べ物を入れようよ!」
「食べ物を入れようって、あんた・・・。
お姉ちゃんの採った山の幸が、食べられないですって?」
「話、飛びすぎ・・・」

 

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「しかも、ゲテモノですって?」
「いや、言ってない言ってない」
「健はいつからグルメ出身になっちゃったのかしら?」
「うーん・・・」
「困ったものねぇ」
「はは・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・」
「答えなさいよ」
「えっ? 答えるの?」
「投げてるんだから、返しなさいよ。
それともなに? お姉ちゃんに、一人で壁とキャッチボールしてろって?」
「ゴメン、気づかなかった」
「・・・もういいわ、続きをしましょ」


立ち上がり、お尻をパンパンとはたく。


「りょーかい」


おれもゴミを片付け、立ち上がる。


「今度は、自宅に帰りながら狩りましょ」
「もう充分だと思うんだけどな・・・」
「兵糧は溜めておけば安心でしょ」
「まあね・・・んっしょ」


カゴを背負い、来た道を戻る。

セミの鳴き声が、更にやかましくなっていた。


・・・・・・。


・・・。

 

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「これだけあれば、数ヶ月はもつわ」
「ムリムリ」


今日の収穫は、二人合わせてカゴ一つが満タンになる程度。


「さっ、帰ってこれを調理するのよ」
「・・・おれだけで?」
「当たり前よ」


さも、当然のように言い放つ。


「手伝って欲しいの?」
「できれば・・・」
「こだわるわねぇ」
「一人でやっててもつまんないんだもん」
「お姉ちゃんには、やることがあるのよ」
「なに?」
「夏休みの宿題」
「・・・・・・」
「絵日記よっ」
「聞いてないから」
「毎日のように日記をつけてるの、偉いでしょ」
「毎日つけるから、日記でしょ」
「健もつけてみなさいよ」
「え~っ?」
「露骨に嬉しそうな顔しないでよ」
「・・・嫌がってるんだけどなぁ」
「日が暮れる前に帰りましょ」
「ういーっす・・・」
「一服盛ろう、とか考えてないでしょうね」
「お姉ちゃんが採ってきたものを使えば、盛る必要もないよ」
「あははっ・・・そうかも!」


ケタケタと笑いながら、お姉ちゃんは帰路に着く。

おれもその後に続いた。

慎重にご飯の準備をしないと・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ねえ、健見て見て」


樋口家の食卓に、美味しそうな匂いが立ち込めていた。

収穫された大量の山の幸が、鍋の中でぐつぐつと音を立てている。


「いただきま~すつ」
「いただきます」


お姉ちゃんの号令で、おれも鍋に手をつける。


「んん~、グッドテイスト」
「だね」

 

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「じゃなくて見てってば!」
「なにを?」
「なにをじゃないでしょ! スーツでしょ! お姉ちゃんスーツでしょうが!」
「スーツだね」
「なんか感想ないの!?」
「なんでスーツなの?」
「なんでって、これから都会に行くわけじゃない?」
「ああ、新調したんだね」
「そうよ。 お姉ちゃん仕事できそうでしょ?」
「じゃあ、お茶汲んできて」
「お姉ちゃんにOLまがいのことさせようだなんて、いい度胸してるわね」
「怒んないでよ。
ていうか、家の中でスーツ着る必要ないでしょ?」
「いいの! お姉ちゃんこのかっこが気に入ったの!」


まあ、なんでもいいか。


「ところで、お肉が入ってないわよ」
「山菜だけで鍋してるからね」
「作るとき、入れなかったの?」
「切れてた」
「なんで今日のうちに買ってこなかったのよ」
「山菜狩りに連れて行かれたから」
「キノコ狩りでしょ」
「・・・とにかく、肉はない」
「鍋といったら肉、肉といったら鍋でしょ」
「そうなのかなぁ」
「テストに出るから、覚えておきなさいっ」


なんのテストだろ。


「それと・・・私の採ってきたものが入ってないんだけど」
「ヤバそうだったから、野に返した」
「はあっ!? なんでよ?」
「明らかに、毒が入ってる食べ物だったから」
「そっ、そんなことない!」
「そんなことあるんだよ」
「ないったら、ないんだもん!」
「・・・とにかく危なかったよ」
「加熱すれば毒は抜けるわ」
「万が一できたとしても、食べる気は起きないでしょ」

 

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「食べるのは健だから、私には関係ないもーん」
「もーん、じゃないよ。 もーん、じゃ・・・」


お姉ちゃんは軽くため息をつき、少しだけ肩を落とした。


「お姉ちゃん、頑張ったのに・・・」
「食べられるものもあったから、そう落ち込まないで」
「どのくらいあったの?」
「一割くらいかな?」
「じゃあ、この中に入ってる食材の残り九割は・・・」
「おれのっていうことになるかな」
「お姉ちゃんのは、必要なかったわけだ」


今度は、重いため息を漏らした。


「寂しいな」
「次っ、次から気をつけようよ」
「また狩りに行くの?」
「お姉ちゃんが行くならね」
「ん~・・・」


鍋の中を凝視し、なにやら考え込んでいた。


「美味しいから全部たべちゃいましょ」


箸を手早く動かし、今日の獲物を次々と消化していく。

おれも鍋の中身に手をつけ、本日の収穫の手応えを感じることにした。


・・・結構なお手前。

 

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「健、食べさせてあげようか?」
「え? どしたの急に?」
「新婚さんみたいでいいじゃないの。
アツアツの夫婦みたいじゃないの」
「家の中でスーツ着られてるわけで・・・接待みたいだよ」
「いいからいいから」


箸をつかむお姉ちゃん。

 

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「ほら、あーん」
「あーん、て・・・お姉ちゃん、橋の先に何もないよ?」
「あらそうね、お姉ちゃん箸使いがなってないみたいね」


ひょいひょいと鍋のなかに箸を突っ込む。


「くっ、ふっ!」


テンパってる。


「こ、このっ、ちょこまかと!」


かきまぜられ、ぐちゃぐちゃにされていく野菜の群れ。


「うわー、鍋のなかが、なんか惨劇に満ち溢れてきたよ」


そしてようやく・・・。


「はい、健・・・あーんして」
「あーん、て・・・シイタケの房がないんだけど? 茎の部分だけなんだけど?」
「いいのっ! お姉ちゃんがあーんて言ったらあーんするの!」
「わかったよ・・・あーん」
「あーん・・・」
「もぐもぐ・・・ごっくん」
「どう? おいしい?」
「おいしいっす。
すっげおいしいっす。
お姉ちゃんのシイタケおいしいっす」

 

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「三回も棒読みしやがって、てめえ!」


お姉ちゃんが怒った。


「なによ、なんなのよ! わたしなんかずっと孤独だったんだからね!
箸使いくらいわかんなくて当然じゃないの!
食事中にスーツ着たっていいじゃないの!」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、暴れないで。
わかった、わかったから。 おれもスーツ着るから」
「うおおおわけわかんねえだろうが!
二人して食事中にスーツ着たらお見合いみたいになっちゃうだろうが!」
「わわっ、汁っ! 鍋の汁がかかるって!」
「くうっ・・・ホントにかわいくないっ!」
「どうしたら怒りを鎮めてくれるのさ」


するとお姉ちゃんはしばらく黙り込んで言った。


「目、閉じなさい」
「目?」
「いいから早く。 そしてあーんしなさい」
「・・・・・・」


言われたとおりにする。


「・・・しょうがないわね」


なにがしょうがないのか聞き返そうとしたときだった。


「むっ・・・!?」
「んっ、ちゅっ・・・」

 

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「わわっ!」
「ふふふっ、どう?
口移し・・・どう?」


目の前で、お姉ちゃんの唇が艶やかに濡れていた。

頭が沸騰して、なにを食べさせられたのかもわからなかった。


「かわいいわねっ・・・気持ち、良かった?」
「よかったっす。
気持ち、よかったっす。
お姉ちゃんの唇、きもちよかったっす」


放心していたのか、また三回くらい棒読みになってしまった。


「健をしつけるくらいわけないわね」


お姉ちゃんはご満悦だった。


「じゃあ、もう寝ようか」
「う、うん」
「お姉ちゃんのスーツ似合ってる?」
「う、うん、似合ってる・・・」


けっきょく、その日は夜が明けるまで、お姉ちゃんに逆らえなかった。


・・・・・・。


・・・。

 

車輪の国、悠久の少年少女 夏咲シナリオ【4】(終)

 

・・・


今日は朝から忙しかった。

なぜならば、宝探しという名目で大掃除をしているからだ。


「くっそーっ、結局こうなんのかよ!」


書斎に積まれているゴミを外へ運んでいた。

 

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「掃除と宝探しが一緒におわるんだから、一石二鳥だよっ」


夏咲は前向きに掃除に取りかかっている。

昨日の夜から少しずつ整理をしていたが、まだまだゴミ山は片付かない。


「やっぱ二人じゃきついか・・・」
「でも、気遣ってくれたみんなの気持ちを無駄にしちゃダメだよっ」
「くっ・・・掃除って楽しいときもあれば、面倒くさいときもあるな。
これもこっち・・・これは、あっち・・・」


何度も書斎と外を往復している。

運動による発熱と夏の暑さが相まって、余計に喉が渇いてきた。


「ケンちゃん、頑張れっ」


書斎の本を廊下に出している夏咲も、おれと同じ状況だった。

室内にこもった熱気のせいで、汗をかいてきている。


なっちゃんっ・・・ちょっと休まない?」
「もう休むの?」
「もう、昼前だよ?」
「でも、宝物も目の前だよ」
「暑すぎないかい?」
「夏だからしょうがないよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いじっぱりだね」
「ふふっ、ごめんね。
でも、ケンちゃんがそこまで言うなら、ちょっとくらい休もうか?」


・・・・・・。


・・・。

 

そうめんと麦茶が昼飯である。

 

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「体の熱が引いていって気持ちいいなあ・・・」
「すずし~・・・」


口をすぼめて、ちゅるちゅると吸っている。


「三郎さんの部屋もきれいになったね」


大量のほこりと本を処理し、書斎の荷物も半分以上は片付いていた。


「もうそろそろ床とか調べてみない?」


暗号の解読の結果、床を調べるということになったからだ。


「そうだね。 床が見えない部分といったら、あとは机と本棚のある場所くらいだし」
「本棚の下にあったらやだなあ・・・」
「そのときはしょうがないよ。
また本を片付けて、本棚を移動させて・・・」
「もしかして親父は、自分の部屋をおれたちに掃除させることが目的だったのか?」
「そんな子供の夢を壊すようなことはしないと思うよ」
「宝箱の中に『掃除、ご苦労さん』と書かれた紙が入っていたりしてね」
「ケンちゃん、暗いよぉ?」
「ごめんごめん。
・・・とにかく、全ては午後の探索にかかっているんだな」
「頑張ろうね」


おれは残っていたそうめんを全て平らげた。


午後からも、本腰を入れて作業をすることにしよう。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「始めよっか」
「本棚を移動させるんだよね」
「・・・だから、最初は見える部分だけ探すんだよ」
「あっ・・・そだったね」


仲良く床を見つめる二人。


「今更何を言ってるんだ、ってのはなしだけど・・・ホントに床にあんのかな?」
「地価倉庫みたいに空間ができてるかもしれないよ」
「畳の下・・・それって家の下ってことだよな?」


家の柱が地中に埋まっている様子が見え、ネズミが徘徊しているような場所に宝を埋めた
と?


「いちいち家の下に潜り込んで埋めたとしたら、大変な物好きだな、親父も」
「一応調べてみる?」
「いやだ。 親父と同じ道を辿りたくない」


意地でも、この部屋で宝物を見つけてやる。


「何か仕掛けがあって、それを操作すると地下に下りるための扉が出現したりするとか」

「本棚に並べてある本を押すと開く・・・っていうのは?」
「・・・シュールだね」
「電気スタンドのボタンを押す」
「つけるたびに開いちゃうね・・・」
「ううん。 ダミーっていうものなんだと思うよ、そのボタンは」
「へえ・・・」


試しに、机に置いてある電気スタンドのボタンを押してみる。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


反応なし。


「実際、そんなのありえるワケないか」
「・・・そうだね」
「その代わり、庭から戦艦が出てこないかな」
「なんで戦艦なの?」
「さあ?」


おれたち、好き勝手に想像してるなあ・・・。


「・・・真面目に探そうか」
「違うよぉっ、楽しく探すんだよ」
「あ、うん・・・そうだね」

 

・・・・・・。


・・・。

 

見える範囲、全ての床を調べてみた。

しかし、怪しい点は何一つ見つからない。


「ないねえ~・・・」
「あとは机と本棚だけか」
「どっちから調べる?」
「机」


本棚をどかして調べるよりも、早く終わるからだ。

運がよければ、それで終わり。


なっちゃんは下がってて。 机をどかすから」
「わたしも手伝うよ」
「ちゃぶ台と変わらない大きさの机だし、一人で充分だって」


机の上に山積みにされている本を適当に放り投げ、机を空いたスペースへと動かす。


「本は大事にしないとダメだよ・・・」


丁寧に本を片付け、隅に並べて置いた。


「いっしょ、気合入れてやりますか」


畳同士の縫い目まで、目を凝らしながら仕掛けが設置されていないかを調べ回る。


「・・・・・・」
「どう、ケンちゃん?」
「ダメだ。 見つからない」


立ち上がり、凝った首辺りの筋肉をほぐした。


「最後に厄介なものが残ったか」
「頑張ろうねっ」
「まずは、並んでいる本をどかそう」
「どうして?」
「動かすとき少しは軽くなるでしょ?」
「あっ、そうだね。 ケンちゃん頭いい~っ」


二人で本を取り、空いているスペースに置いていく。


「・・・・・・」


つんつん、つんつん・・・。


「・・・何で本の背表紙を押してるの?」
「押したら開くのかな・・・って思って」
なっちゃんも、そういうの好きだね」
「宝探しなんだし、ちょっとしたミステリアスでもいいから体験してみたいんだよ」
「同感だよ。 ミステリアスの『ミ』の字も体験してない上に、出てくるのは暗号文ばか
りだもんね」
「謎を解いていくのも、なかなか楽しかったよー」
「おれにとっちゃ、退屈そのものだったけど」
「ケンちゃんが賢すぎたんだよ。
そうでないと、こんなにスムーズに宝探しは進んでいなかったと思う」
「どうだろ・・・ガキの頃と、あまり変わっていないような気もするけど」
「そんなことないよ。
前と比べてかっこよくなってるし、たくましくなってる。 わたしは嬉しいよ」
「面を向かって言われると、恥ずかしいな・・・」


ほんの少しだけ、顔が熱くなってきた。


「そう言うなっちゃんだって綺麗になってるし、昔みたいな明るい笑顔も見せてくれるし
・・・たまにドキッとさせられるときがあるよ」
「そ、そおなんだ・・・わたしは、普通にしてるだけなんだけどな・・・」


まあ、そんなこんなで、本棚に置いてあったものは全てどかした。


「もう動かせるかな」
「本棚の下が接着剤で貼り付けてあったらどうしよう・・・」
「・・・そんなことをする意味が分からないよ」
「最後の謎、みたいな感じで」
「謎でも何でもなく、ただの嫌がらせに過ぎないよ」


おれと夏咲で本棚の両端に陣取り、掛け声と同時に本棚を持ち上げた。


「あっ、かるーいっ。 ホントに軽いよ、ケンちゃん」


作業通りに事が進んで、喜んでいるようだ。

輝いてる笑顔が、全てを物語っていた。


・・・。

 

「んっしょ・・・んっしょ・・・」


本棚に隠れていた場所が、徐々に見えてきた。


「そろそろ下ろすから、足元に注意してね」
「んん~~・・・っと、ふぅ・・・」


無事に本棚の移動を終了。


「あはっ。 畳がへこんでるよ」


本棚の枠どおりに凹んでいる部分が、長年の重みでうっすらと黒ずんでいた。


「さーて、気になるところは・・・っと」
「おかしなところはないかなぁ・・・」


二人同時に屈み込み・・・。


ゴツンッ。


「あたっ」
「あうっ・・・いたたっ」


ごっつんこ。


「ごめん。 大丈夫?」
「うん、平気だよ」


おでこさすりながら、笑顔で答えた。


「ケンちゃんって、ドジなところがあるんだね」
なっちゃんだって、同じようなものじゃないか」


互いのしでかしたことがあまりにも滑稽だったので、二人でくすくすと笑い合った。


・・・。


再度、調査開始。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・」
「ない、ね」
「やっぱり、本を押さないとだめなのかなあ?」
「本自体に仕掛けはなかったでしょ・・・」
「うーん・・・」


解読の手法が間違っていたのか?

しかし、あれ以外の方法でどうやって解けと・・・。

いや、文の解釈の仕方が違うのかもしれない。


「あっ、ケンちゃん! これっ!」


夏咲が、本棚に隠れていた部分の壁を指差した。

その先に、ぽつんと鍵穴だけが見える。

一発で怪しいと判断。


「いかにも開けて下さいって感じだよね、あれは」
「うん・・・すごく怪しいよ」


床を調べろって言ったのは、つまりこういうことか?

床を調べるために本棚をどかす。

偶然にも壁に鍵穴を見つける。


以上。


・・・・・・ま、見つけたんだからどうでもいい問題か。

壁を探せという内容でも、結果は同じだっただろうし。


「でも、鍵がない・・・」
「これは?」


夏咲がひょいっと鍵を取り出した。


「なんでそんなタイミングよく持ってるの!?」
「ケンちゃんが、わたしに鍵預けたでしょ?」


覚えてる? と首を傾げた。


「・・・・・・いつの話?」
「最初に三郎さんの手紙を見たとき。 この鍵も一緒にあったんだよ」
「・・・・・・?」
「自分が持ってるとなくすかもって言って、わたしに預けたんだよ」
「ああっ、確かそうだった!」


やっとのことで思い出し、手をぽんっと打った。


「良かった良かった。
おれが持ってたら本当に忘れるか失くすところだった」
「もう・・・ケンちゃんはこういうところがあるから、わたしが面倒見てあげないといけ
ないのかな?」
「コホンッ。 とにかく、開けてみようか、なっちゃんやってみる?」


話を無理やり先に進めよう。


「うん、やるやるっ」


はしゃぎながら鍵穴の前へと移動し、鍵を差し込んだ。

緊張した面持ちで鍵を回すと、カチャッと音がして扉らしきものが現れる。

それを開くと、三十センチ四方の空間があった。

そして中から出てきたのは、お土産などでよく見かける、お菓子の入っている鉄製の箱だ
った。


「やった。 ケンちゃん、二人で食べよっ」
「違う! 絶対に違う!
どう見てもお菓子が入っているように見えないよ、これは!」


そもそも、こんな場所に置いてあるのがおかしい。


「んー・・・ここじゃよく見えないから、居間に戻ろっ」


夏咲は箱を大事そうに抱えて、居間へと向かった。


「ちょっ、待ってってば!」


おれも後を追う。

 

・・・・・・。

 


書斎の外に出て気がついたが、もう夕暮れ時だった。

 

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「キャンディっ、キャンディっ、ペロペロキャンディっ!」
「だから、キャンディじゃないって!」
「そうかなあ? こういう大事なものは普通、隠したりするものだよね」
「親父がそんなにお菓子好きだったなんて、聞いたことないよ・・・」
「ケンちゃんが知らなかっただけだよ」
「とにかく! これはお宝なんだと思う」
「ペロペロキャンディがお宝なの?」
「だーかーらー、どうしてそうなるの?」


夏咲の頭を軽く叩いた。


「うぅ~ん・・・だって、お菓子の箱に入ってるのはお菓子だよ?
ビックリ箱のことがトラウマになってるから、そうやって疑っちゃうんだよ」
「ビックリ箱くらいじゃ、トラウマにならないから」


手を横に振って、やんわりと否定。


「開けてみれば分かるよね」


難なくふたを開け、中身を見てみる。

箱の中には、数枚の写真と手紙が入っていた。


「ってこれは、おれのガキの頃の写真!?」

 

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「見たい見たいっ!」
「ダメだ! これだけは、なっちゃんでもダメだ!」
「そんなに恥ずかしがることないよ。
昔のケンちゃんとは、もう何万回って顔を合わせてるんだし」
「それでも今見ると恥ずかしいんだって、分かってよっ。
なっちゃんだって、昔の写真を他人に見せたら恥ずかしいでしょっ?」
「ううん。 全然」


即答。


「だからって見せてあげることは・・・」
「それがお宝だったら、今、ケンちゃんは独り占めしてるんだよ?」


上目遣いでおれの目を捉えていた。



「じーっ」
「ぐっ・・・そんな可愛いものを見るような目で見ないでくれ!」
「ケンちゃん・・・」


近づいてきた。


「ケンちゃぁん・・・」


甘えた声で瞳を震わせていた。

 

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「見せて」
「くっ・・・」
「みせてぇ・・・」
「わかりました」

 

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「えへへっ、やったぁ。 ケンちゃんの写真ゲット~。
夏咲、ケンちゃんの写真ゲットだぞっ!」


Vである。


両手で大事そうに持ちながら、一枚一枚じっくりと鑑賞していった。


「あはっ、見てこれ。
ケンちゃんって、昔からこんなに凛々しい顔してたんだよ。 ほらっ、ほらっ」


顔をほころばせながら、写真を見せつけてきた。

写真の中にいるおれは、緊張した面持ちで『気を付け』の姿勢をとっている。


「これって、わたしと知り合いになる前だよね?
顔が真っ赤だよぉ・・・そんなに恥ずかしかったの?」
「そーなんじゃない?」
「あははっ、今も恥ずかしがってるねっ」


可笑しくてたまらないといった様子で、懸命に笑っていた。


「あー、可愛いよ・・・今も昔もホンットに可愛いよ、ケンちゃんはっ」
「わかったからさ、もう次のステップに・・・」
「あーっ! これもいいねっ」


なぜかは分からないが、おれが泣いている写真だ。


「・・・どこがいいの?」
「大きく口を開けて泣いてるでしょ? そこがね、とーっても可愛いのっ」
「泣いてる姿が可愛いの?」
「うんっ。 ぎゅっと抱きしめてあげたいくらい」


夏咲の物の見方がよく分からない・・・。


「これは・・・ケンちゃんと一緒のやつだねっ」


確か、夏咲がうちに遊びに来たときに撮ったものだ。

写真の中の夏咲はおれの腕を掴んで寄り添っており、それからできるだけ離れようとして
いるおれがいる。


「こんなに近い距離から写されてたんだね。
後ろにある向日葵畑があまり見えてないよ」
「・・・ズーム機能を使って撮ったんだよ、きっと」


親父め、変な構図のものばかり用意してるんじゃねえよ・・・。


「これ、ケンちゃんちの家宝にしようよ」
「だめだって、そんなものっ」
「じゃあ、わたしがもらってもいい?」
「・・・どうぞ、好きなだけ」

 

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「やったっ」


あれだけ喜ばれたら、渡さないわけにはいかない。


「写真も堪能したし、最後に残ってる手紙を読んでしまおうよっ」
「そうそう。 それが一番だと思うよ」


写真の話題から遠のいてくれればなんでも大歓迎。


「『ケンと夏咲ちゃんへ。 おめでとう、これがお宝だよ。 よく頑張ったね』・・・だ
って。 やっぱりあれがお宝だったんだよっ」


・・・どう考えても、夏咲のためだけのお宝だ。


「『始めから夏咲ちゃんだけにお宝をあげようと思ってたからな、ケン坊のものは無しだ
。 悲しいからって泣いてんじゃないぞ。 その代わり、大好きな夏咲ちゃんと一緒にい
ることができたんだ、お父さんに少なからず感謝しろ』」
「ずいぶん偉そうだな」

 

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「ケンちゃんって、この頃からわたしのことが大好きだったの?」
「親父が勝手に決めてただけ」
「・・・そっかあ・・・」


夏咲には分かっていたらしい。


「でも、ケンちゃんもわたしのこと気にかけてくれてたんだね。
昔のことだけどほっとしたよ」
「あの頃のおれは、なっちゃんと釣り合わないって思ってたし、告白する勇気もないほど
情けないガキだったし・・・」
「そんなことないよ。 ケンちゃんにはケンちゃんの良さがあったよ」
「けど八年前、おれはみんなを見捨てたんだ・・・最低だよ」
「子供だったからだよ」
「子供の約束っていうのは、純粋なものなんだ。
破っただけで、信頼関係が崩れ落ちそうなくらいにね」


・・・。


「それでも、ケンちゃんは戻ってきてくれた」
なっちゃんは待っててくれた」
「いろいろあったけど、戻ってきてくれた」
「いろいろあったけど、待っててくれた」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


ごく自然に見つめ合っていた。


「もう過去の話は終わり。 次に進もっ」
「うん」


続けて夏咲が手紙を読み進めていく。


「『その代わり、大好きな夏咲ちゃんと一緒に・・・』」
「そこ、読んだよね」
「もう一回言わせてくれたっていいのに・・・」


拗ねていた。


「えーっと・・・『しかし、悲しいかな、これで宝探しは終わりだ。 存分に楽しんだか
?』」


ひたすらめんどくさかった、けど・・・。


「『たまには暗号が解けなくてムシャクシャしたときもいあったろう。 そんなときは、
もしかしたらどっか外に出て遊びにでも行ってたんじゃないか? 子供だったらそんなも
んさ。 退屈になったら遊ぶ。 遊んで疲れたら寝る。 寝て起きた後はまた考える。 
それでたいていのことは解決するもんだ』」


もしかして宝を探している間、おれたちって子供っぽかったってことか?


「『だが、大人になったときには忘れてしまうんだ。 今回の宝探しみたいに、あちこち
を駆け回ることに楽しさを感じるという感覚を・・・』」
「まあ、楽しかったと言えば楽しかったけどな」
「うん。久しぶりに騒いじゃったりしたもんね」


夏咲も、今までにないくらいにははしゃいでいた。


「『人生を楽しく生きるために必要なもの、それは遊びだ。 遊んで感性を磨けば、いろ
んなものが見えてきて楽しいぞ。 おっと、お父さんのように遊んでばかりの人間にはな
るなよ』」
「ならねえよ」
「三郎さんは、どんなことをしてたの?」
「それは・・・まあ、言えないよ。 おれにもよく分からなかったし」
「ふーん・・・そうなんだ」


ため息一つをついて、再び手紙に視線を落とした。


「『今回の舞台は、宝を探すということを楽しんでもらうために用意しただけで、その過
程で互いのいい所も見えてきただろう。 最後になるが、これを機に二人とも仲良くやっ
ていくように。 PS・・・みんなの樋口三郎より』」
「・・・PSのところに名前を書くなよ」


しかし、想い出作りの舞台を用意してくれたことについては感謝。


「もう宝探しは終わっちゃったけど、とっても楽しかったよ」
「久しぶりに童心に戻ったって感じかな?
ガキっぽいことやってたようで恥ずかしいよ」
「別にいいんじゃないかな。 それに・・・」
「それに?」
「昔のケンちゃんと遊んでいたみたいで嬉しかったよ」
「昔のねえ・・・」


あまりいい想い出はないが、夏咲との想い出だけはこれからも大切にしていこう。

そして、心のアルバムを埋めていきたい。


・・・・・・。


・・・。

 

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やはり昼間は暑い。

特に、二時辺りが一番暑い。

それでも、おれたち二人は来ていた。

この向日葵畑へ・・・。

 

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「もうすぐ夏休みが終わるね」
「うん、あと一週間だったかな?」


そう・・・もうすぐで学園最後の夏が終わる。


「散歩っていうのも、たまにはいいよなあ」
「ゆっくり景色を見て回れるもんね」
「この暑い中、向日葵もよく咲いていられるよな」
「芯が強いからだよ、きっと」
「太陽の光を浴びてるからじゃないの?」
「他の植物も浴びてるよ」
「うーん・・・・・・」
「それとも、太陽のある方向に伸びていく元気があるからかな。
力強さを感じるよね」


自分たちが向日葵に囲まれているからか、自然と向日葵の話題が出てくる。


「あと一年は見れなくなっちゃうんだ・・・ちょっと寂しいよね」


一年後というと、すでに学園は卒業している。

その後は一体どうするのだろうか?


なっちゃんは、ずっと田舎町にいるの?」
「んー、どうしよっかな・・・ケンちゃんは?」
なっちゃんについて行こうかな」

 

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「ずるいよぅ。 わたしもケンちゃんについて行こうと思ってたのに・・・」
「でも正直な話、外に出たいと思ってない?」
「思ってるよ。
でも、この町に住み続けていきたいような気もするし・・・」
「そんなに迷わなくても、何度か田舎町と都会を行き来して決めればいいことじゃないか

「じゃあ・・・外に出てみようかな」
エスコートは任せてよ」
「どんなところかなあ・・・」
「とりあえず、車と高層ビルが立ち並んで、空気が悪いし、夜も星が見えない」
「聞いてると、いい場所って感じがしないよ」
「ははっ・・・都会には都会のいいところもあるって。
一緒に観光スポットとか見て回ろうよ」
「綺麗なところがいいかな・・・向日葵畑とかはある?」
「田舎町ほどじゃないけど、あるにはあるかもしれないね。 他の花畑もあるし」
「川はあるのかな? また二人で遊びたいなあ・・・」
「川よりも海がいいよ。
広いし泳げるし、魚釣りも普通にできる」
「海は初めてだから、楽しみだな」


ずいぶん先のことなのに、嬉しそうに目を輝かせていた。

歩いていると、向日葵たちに囲まれながら絵を描いている、さちの姿が見えてくる。

見慣れた光景だ。


「おっ、さちじゃねーか」
「毎日こうして、絵を描いてるんだよね」


おれたちの会話に気がついたさちは、絵を描く作業を中断した。

 

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「おーいっ! なにやってんの、こんなところでっ」


手をぶんぶんと振り回しながら、こちらにやって来た。


「二人とも制服じゃん。 どしたの?」
「学園に行ってきて、その帰り」
「学園? 何しに行ってたの?」


「例の退寮の件だ」
「あー・・・夏咲、やっぱ出てくんだ」


「今日からはケンちゃんの家が、わたしの家にもなるの」
「うん、二人の家」

 

「ラブラブだねっ。 いい感じだよ」


親指を立てて、おれたちを祝福した。


「はっ、まさか・・・今、学園帰りのデート中?」
「確かに、軽いデートに見えないこともないな」
「デートに軽いも重いもないって。 ボクシングじゃあるまいし」


「ケンちゃんと一緒にいることに変わりはないよ」

 

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「うっわ~・・・平然と熱いこと言っちゃってるよ・・・」
「すみません。 それ多分、おれのせいです」
「あっははははっ! 出たよ、自意識過剰者!」


「ケンちゃんは、いつだって自信満々だもんね」
「完全超人ですから」


三人で笑い合う。


「んで、デート中にあたしのところに来てなんの用?」
「特に用はない」
「なにそれ」


「散歩してたら、偶然さっちゃんを見かけたんだよ」
「せっかく来たんだからさ、あたしの絵、見てく?」


「描いてる最中だろ。 今見たら楽しみがなくなる」


「完成品を楽しみにしてるから、また見せてね」
「あーいっ。 そういうことだったら、数日内に完成させて見せてあげるよ」


「もう夏も終わるし、今年最後の向日葵ってやつか?」
「そういうことになるね。
あと数日で向日葵も見れなくなっちゃうから、今のうちにたくさん描いておきたいんだよ


「さっちゃんの描いた絵を見てると元気になるから、これからも、もっと描いていってほ
しいな」
「頼まれなくてもそのつもりだから、心配しなさんなって」


言いながら、明るい笑顔を見せてくれた。


「さて、あたし戻るわ。 今からいいトコだし」
「邪魔しちゃった?」
「今は小休憩みたいなものだし、これで気合入れていけるってもんだよ」

 

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「そっか、なら宇宙一を目指して頑張れ」
「オッケーッ、任して!」


「またね」
「うん。 あたしなんか気にしてないで、二人っきりのデートを楽しんできなよ」


からかうように言うと、さちは定位置に戻っていった。


「よーしっ、今日もビリッと頑張るぞーっ!」


さちの元気な声が、向日葵畑に響き渡る。

さちは、まなを探している。

夏咲との幸せも大事だが、おれもできる限り助力するつもりだった。


「散歩の続きでもしようか」
「そだね」


再び歩き続ける。


・・・・・・。


・・・。

 

さちと別れてから小一時間ほど歩いたときだった。

 

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「目の前にいる料理番長は、灯花じゃないか」
「本人の目の前で、よくもそんな悪口を言えるわね・・・」


いきなり睨んできやがった。


「眉間にしわを寄せてると、近い将来、眉がつながっちまうぞ」
「んなワケあるか!」


「ケンちゃぁん、からかっちゃだめだよう・・・」
「条件反射で、つい・・・」

 

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「夏咲ちゃん、こいつをどうにかしてちょーだいっ」
「ケンちゃん、めっ」


子供に叱る母親のようだった。


「わたしたちは散歩してるんだけど、灯花ちゃんも一緒にどうかな?」
「ごめん・・・今の街の入り口まで行かないといけないんだ。 また、今度ね」

 

 

「街を出るのか?」

 

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「お父さんとお母さんが来る日だから、お出迎えするんだ」
「・・・そうか、やっと会えるんだな」
「うんっ! 私の作った料理をたっくさん食べてもらうんだからっ」


「自宅の方では、もう準備ができてるの?」
「まあね。 あとは家に案内するだけ」
「いいなあ。 お父さんとお母さんかぁ・・・」


「緊張しすぎて失敗なんかするなよ、恥ずかしいから」
「け、賢一には関係ないじゃないっ」


「心配してるんだよ。
灯花ちゃんってわたしと同じくらいおっちょこちょいさんだから、なんとなく分かるんだ

「夏咲ちゃんは、自覚してるんだ・・・」


なっちゃんの場合は自覚してないと思う。
多分、周囲からそういうふうに聞かされてるだけ」
「・・・・・・」
「要するに、今日も向日葵が綺麗に咲いてるねってことだよ」

 

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「え? そうなの?」


「賢一って、いつもそんな感じで日向さんをからかってるの?」
「一種のスキンシップ。 ね、なっちゃん?」


「あ・・・えっと、うん・・・」


「まぁいっか。
二人とも付き合ってるんだし、私が口出しすることじゃないよね」
「それより、ご両親と会う時間は大丈夫なのか?」
「余裕だよっ。 到着の一時間前から待ってる予定なんだから」
「その間に、挨拶の練習でもしておけよ」
「だからそっちの方は問題ないって言ってるでしょっ。
それと、この町についても色々と教えてあげるんだっ。
特にこの向日葵畑とかね。
もう少しで旬が終わりそうだから、その前に一目見て説明してあげたいんだ」
「おいおい、食べられもしないのに旬って言うのはどうよ。
これだから根っからの料理人は・・・」
「うっ、うるさいわねっ。
向日葵だって食べようと思えば食べられるんだから・・・種とか」
「ご両親に種を食わせる気かよ・・・」
「だからそんな意味で言ったんじゃないって。
夏で一番見所がある花って言いたかったのよ」


「そうだよねっ。 きれいだよね」


うんうんと賛同していた。


「すると灯花は、州境の検問所に行くのか・・・」
「それがどうかした?」
「親子水入らずでの会話を楽しんでもらおうと思ってな」
「あ・・・」


「今日はどこに行くという当てもないし、たまには違うところにでも行ってみようよ」
「そうだね」


「・・・なんか、気を遣わせちゃったみたいで悪いな」
「そのぶん、ちゃんとおもてなしをして、楽しんで来い」


「灯花ちゃんの料理は美味しいから、ご両親も喜んで食べてくれるよ」
「うん、ありがとっ。 じゃあねっ」

 

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「おいおい、髪のリボンがほつれてるぞ」
「あ、わ、わかってるわよ!」


・・・。


おれたちは、街の入り口と反対側に歩き始めた。


「・・・灯花ちゃんって、天然さんなのかな?」
「・・・なっちゃんもね」


散歩を再開した。

相変わらず、太陽は眩しく輝いている。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「本日はお日柄もよく・・・」
「・・・次は磯野か・・・」


今日は、友人たちによく会う日だ。

 

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「磯野くんも散歩かな?」
「向日葵に棲んでいる妖精さんたちと、交信中さ」


「電波でも使ってんのかよ」


「今日の天気は晴れ」
「うんっ。 快晴だよ」
「湿度、ゼロパーセント」
「・・・まるで砂漠だね」


確かにこの地域は湿度が低いが、ありえない。


「気温、三十・・・は暑いから、十度くらいでいいや」
「適当だな。 しかも寒いし」
「ところで、僕に何か用かな?」


「散歩の途中で、偶然、磯野くんに会っただけだから、特に用というものはないんだけど
・・・」
「そうか・・・ただの冷やかしだったのか」
「だから、普通にお話でもできればいいかなぁーって」
「僕に普通を求められてもね」
「さっきは交信中って言ってたけど、具体的にはどんな内容を話してたの?」
「日向ぼっこは気持ちいいねえ、とか」
「うんうん、いいよね日向ぼっこ」


「こんな暑い日にやっても、つらいだけなのに・・・」
「君に、日向ぼっこの何が分かるって言うんだ?」
「普通に日に当たっているだけだろ?」
光合成もするんだぞ」
「できねえだろッ」
「ちなみにいま、僕も酸素を吸って二酸化炭素を出していたところなんだ」


「普通だね・・・」
「たまに鼻血も出す」

 

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「なぜだ!?」
「のぼせてるからさ」


磯野が体全体をふらふらと動かし始めた。


「ああ、目の前がくらくらする・・・足元もおぼつかないし、体中に力が入らない」
「ただの眩暈じゃねえか」


「向日葵の影で休む?」
「いや、僕は家に帰る。 かれこれ六時間はここにいたからね」


「どれだけヒマ人なんだよ」
「夏休みの宿題をやっていたんだ」


「わかった! 朝顔の観察日記だよねっ」
「惜しいっ。 ここには向日葵しかないよ」
「向日葵の観察日記かあ・・・見せて見せてっ」
「登校日に見せてあげるよ。 まだ途中だし」


そんな宿題なんてなかったはずだが・・・。


「確か来週だったね。 登校日は」
「うん・・・もうすぐ夏休みも終わっちゃうよ」
「充実した夏休みは過ごせたかな?」
「もちろんだよ。 ねえケンちゃん!」


「ああ。 最高の夏休みだった」


「宝探しも、うまくいったみたいだしね」


宝が見つかった後は一応みんなに報告し、それから磯野たちも含め五人で充実した夏を過
ごしていた。

さちの絵、灯花の料理、磯野が用意した変なイベントの数々・・・。

色んなことがあって、気がついたらもう夏が終わる時期にさしかかっていた。


「仲良くやっていくんだよ。
僕は草葉の陰から君たちのことを見守っているよ・・・」


聞いたことのあるセリフを言った後、磯野はふらふらと歩きながらこの場を去った。


「・・・もうちょっと歩いて回る?」
「うんっ。 まだまだ時間はあるからね」


しばらく歩くことにする。


・・・・・・。


・・・。

 

「・・・・・・」
「・・・・・・」


沈黙が続いていた。

 

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「・・・黙ってると退屈だね」
「熱い。 脱皮したくなるほどに熱い」
「無理だから、頑張って耐えてみようよ」


陽光がさんさんと大地に降り注いでいた。

地域特性の湿度の低さも相まって、地面もからからに乾いている。

そんな場所に根付いている黄色い花は、太陽の光に反射し、明るく輝いていた。


「・・・こんな場所で遊んだりしたら、迷子になっちゃうかもね」
「確かに・・・」
「それでも、ケンちゃんなら見つけられるよね」
「え?」

 

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『何を?』と聞く前に、肩に手を置かれた。


「タッチ。 ケンちゃんの鬼ね」


すぐさま、向日葵畑の中へと入っていった。


「ちょっ・・・なっちゃんっ」


慌てて後を追いかける。


「ケンちゃんのさっきの顔、ぽかーん、ってしてて面白かったよ。
昔のケンちゃんみたいっ」
「そりゃあないだろっ!」
「早く見つけないと、どこかに行っちゃうよーっ!」
「だったらすぐに見つけるまでだっ!」
「待ってるよぉーっ!」


わけの分からないまま始まった鬼ごっこ・・・。

突然の出来事だったけど、なぜか楽しかった。

正義の象徴である向日葵・・・。

その色を受け継いだかのような黄色いリボンで髪を結っている一人の少女。

その少女が、おれに優しく微笑みかけてくれているからだ。


「ケンちゃんはまだかなぁ?」
「もう少しだよっ!」


目の前にいた。

あと数歩前に出れば抱きしめられる距離に・・・。


「・・・っと」


急に進行方向を変えられた。


「わっとと!」


つかもうと手を伸ばしたが、体勢を崩し向日葵の茎を掴んでいた。


「それは、わたしじゃないよーっ」


再び駆け出す。

おれも追いかける。


「相変わらず元気がいいよねっ、なっちゃんは!」


走りながら声を張り上げた。


「こっちだよっ」


すばしっこく動き回る夏咲を見失いそうになる。

向日葵がおれの走行を邪魔している。


「・・・くっ・・・」


視界を確保しつつ、夏咲の姿を確認する。

またもや方向を変え、向日葵畑から出たようだ。

おれもそれに倣い、外に出た。


「よしっ・・・ここならっ」


夏咲の姿を確認したが、そこには誰もいなかった。


「あれ?」


「ふふっ・・・」


背後にある向日葵畑から、微かに笑い声が聞こえてきた。

後ろを振り向く。


「ケンちゃーんっ!」


太陽にも負けないほどの輝きを見せながら・・・。

 

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「わたしはぁっ・・・ケンちゃんのことがぁ・・・」


夏咲がこちらへと走ってきた。


そして・・・。

 

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「だぁいすきっ!!!」


力一杯におれの胸に飛び込んできた。


「おれもだよ、なっちゃん!」


おれはそれを抱きしめる。

二度と離れることがないように、しっかりと・・・。


ケーンちゃんっ」
「ん?」
「えへへっ・・・ケンちゃんだぁ・・・」


すりすりと頬を寄せてきた。

お返しに、夏咲の小さい頭を撫でてやる。


「もっともっと・・・」
「甘えん坊だな、なっちゃんは・・・」


そのまま撫で続ける。


「もう離れたくないよ・・・。
これからも、ずっと・・・ずーっと一緒にいたい。
だから、ケンちゃんについて行くよっ」
なっちゃん・・・」


愛しいと感じた。


この少女だけは、おれが守っていかなきゃと思った。


「なーんか、難しい顔してるよ?」
「・・・今までのことを振り返ってたんだよ」
「わたしのリボンを褒めてくれたときから?」
「うん、まあね・・・」
「ケンちゃんが似合うって言ってくれなかったら、今ごろわたしたちはどうなっていたか
な?」
「今と変わらなかったと思うよ。 だって・・・」
「好きだし」
「・・・うん、そう」


言おうと思っていたことを先に言われると、どうも恥ずかしい。


「ケンちゃんも言うんだよっ」
「なんて?」
「大好きだって」
「おれは・・・」
「うんうん」
なっちゃんのことが・・・」
「うんうんっ!」
「だぁいすきだあっ!!!」


空に向かって、吠えるように叫んだ。


エコーがかかり、自分の耳に同じ言葉が返ってくる。


「凄いボリュームだねっ。 さすがケンちゃんだよ」
「なんでも褒められているような気がする・・・」
「完全超人なんでしょっ」
「まあね。 んでもって、なっちゃんを幸せにしてみせるんだ」
「ふふっ・・・嬉しいなあ、楽しみだなあ・・・」


にこにこと、尽きることのない笑顔を輝かせていた。


「・・・・・・」
「どうしたの? わたしの顔に何かついてるの?」
「うん・・・おれの大好きな笑顔がついてる」
「あはっ・・・ケンちゃんかわいいーっ」
「はあっ?」
「顔を真っ赤にしてそんなこというんだもんっ、かわいいよぉっ」
「それを言うなら、なっちゃんの方が・・・」
「ん? わたしがなに?」
「・・・かわいい・・・」


顔がより熱くなるのがわかった。


「ケンちゃん、おもしろーい」


かわかわれていた。


やりとりが昔と同じような気がする。


・・・・・・。


・・・。

 


「はあっ、疲れた・・・。
もう夏休みは終わりか・・・」


久々に外で騒いだからか、疲労がたまっていた。

布団に横になって体を休める。


なっちゃんは、いつまでもなっちゃんのままでいてくれる・・・」


もう、つらい目には合わせない。

そのとき、ふすまが静かに開いた。

 

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「ケンちゃん、起きてる?」
「うん」


風呂上りの夏咲が寝室にやってきた。

離れていても、シャンプーの香りがこちらまで漂ってくる。


「んー・・・ちょっと暑いよね」


手でパタパタと扇いでいた。

その仕草、かすかに上気した頬、さらりと流れる髪のライン。

どうして風呂上りの女性は、こんなにも色っぽく変わってしまうのだろう。


「♪~~・・・♪~~・・・」


鼻歌を歌いながら、髪の手入れをしていた。

その姿に心臓が高鳴る。


「髪、なかなか乾かないなー・・・」


長い髪を手ですくった。


「ちょっとは落ち着いてきたかな」


おれは夏咲に近づき、後ろから抱きしめた。

 

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「えっ? け、ケンちゃん?」
「・・・・・・」
「ど、どうしたのっ?」
「い、いや・・・」


シャンプーの甘い香りが、おれの思考を奪っていた。

興奮が高まってくる・・・抑えることができない。


「あ・・・」
「うん・・・」
「いいよ・・・お願い・・・」


その言葉を合図に夏咲の後ろに座り、衣服をずらした。


・・・・・・。


・・・。

 

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背後から抱いたまま、夏咲の体に触れる。

風呂上がりのせいか、とても熱かった。


「んん・・・恥ずかしいな・・・」


服を乱され、背後からさわられて興奮しているようだった。


おれたちはお互いを求め合った・・・。


・・・・・・。


・・・。

 

おれたちは、いつまでもじゃれあった。

悠久に、人と人との営みを続ける。

いつか、子供を作ろう。

夏咲が、そう、笑った。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

 

 

 

ずいぶんと長い年月が経っていた。

今では幸せとも呼べる段階にきている。

学園を卒業し、職について、結婚して、子供ができて、学園に通わせて・・・。

色んな出来事が重なったせいで、時間が矢のように過ぎていった気分だ。

周りの親友たちもそれぞれの道を進んでいった。

さちは、世界規模の絵画展にてもっとも権威ある賞を受賞し、まなとの再会を果たしたと
いう。

灯花は、念願の料理人になることができてからというもの、故郷である田舎町で料理講座
を開いて色んな人たちに料理を教えているそうだ。

磯野に至っては、田舎町に残って何かをやっているらしいが、詳しい話は聞いていない・
・・相変わらず行動が読めないヤツだ。

おれと夏咲はといえば・・・人を教える立場についていた。

教員とでも言えばいいのか?

他にも義務に関する仕事をしているから、はたから見ればちょっと変わった存在に見えな
いこともないだろう。

当然、毎日のように忙しい。

全国各地から相談を受け、対応しているからだ。

その忙しい合間を縫って、今日は娘の授業参観日に行くということになっている。


季節は春。


またあの暑い季節が、あと数ヶ月もすればやってくる。

 

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「ケンちゃん。 またブツブツ言ってるよ」
「クセだから、もう治らない」
「今、わたしたちのそばを通った人に、変な目で見られちゃったよ」
「過去のことは、気にしない気にしない」
「過去・・・かあ」


軽いため息を一つついた。


「ん? どしたの?」
「・・・前に言ってたよね。
他人と過去は変えることができないけど、自分と未来は変えることができる・・・って。
その言葉で、自分に自信が持てたような気がするんだよ。
変わろうという意思があれば、自分の弱点を克服することもできるっていうことに気がつ
いたんだよ。 だから、今の私があるんだ」
「そっか。 なら良かった」


昔と変わらないことと言えば・・・。


「相変わらずそのリボンつけてるね」
「言葉では説明できないくらい、大切なものなんだよ」
「そこまで大切にしてくれると、褒めたこっちも嬉しくなってくるな」
「・・・また、褒めてもいいんだよ」
「あー・・・またの機会に、ということで。 今は恥ずかしい」
「私だって恥ずかしいよ」


笑い合った後に、しばしの沈黙。


「今日の授業参観、興味ある?」


唐突に、今日のことを聞いてきた。


「どんなことを教えているのかは興味あるし、娘の授業態度も気になる」
「チェックが厳しいね」
「あの娘はなっちゃんに似て真面目だから、心配はしてないけどね」
「違うよ。 ケンちゃんみたいに利発な子だから大丈夫なんだよ」


確かに昔のおれに似ている。

しかし、芯の強さは昔の夏咲並みに強い。


「家ではきちんと教育しているつもりだけど、学園ではどうなのかな?」
「しっかりしているらしいよ。
この前、連絡簿を受け取ったときに色々と書いてあったよ」
「どんな?」
「えーっと・・・クラスをまとめるみんなの中心的存在で、いつも仲良く友達と遊んでる
って」
「へえ・・・」


夏咲に似て明るい子だから、自然と友達もできているらしかった。

とりあえずは安心。


「もう一つあった。
ちょっとクラスから身を引いている子がいるんだけど、その子を引っ張り出してきてクラ
スに馴染ませようとしてるみたい」
「・・・それって、昔のなっちゃんみたい」
「そうかなぁっ?」


ふふふっ、と頬を緩ませながら笑っていた。

母親としてのその笑顔には、常に優しさが伴い、消えることはないだろう。


「おれたちが、守っていってやらないとな」
「うん・・・あんな辛い思いをするのは、わたしだけでいいよ・・・」
「・・・・・・」


昔の感傷に浸っていた。


あまりネガティブな雰囲気でいるのはよろしくない。


今日一日は、娘のために笑顔で振る舞わなければ・・・。


「後ろを振り向かずに、常に前を向いて歩こう」
「・・・うんっ!」


短く、はきはきとした力強い返事。


それを聞いて、こちらの方も一安心。


「ねえねえケンちゃん」
「ん?」
「・・・私たちの目標、覚えてる?」
「教育を徹底し、義務を負う人をできる限り出さない」
「そんな堅いことじゃなくて、わたしたちのことだよぉ・・・」
「幸せな家庭を築く」
「そうそう」
「いきなりどうしたの?」
「頑張ろうね、って言いたかったの」
「ああ、もちろんだっ」


おれたちを照らす春の暖かい日差しが、今日も穏やかに降り注いでいる。


田舎町で過ごしてきた頃の想い出が、自然と蘇ってきた。


しかし、後ろを振り向くのはたまにでいい。


今は・・・新たな未来へと突き進むのみだ。


「ケンちゃんっ」
「なに?」


顔を向ける。


そこには、いつもの少女がいた。


黄色いリボンを太陽の光に反射させ、向日葵のように明るく輝いていた。


少女が口を開く。


そして、昔と変わらぬあどけない表情を携え、告白するのだった。

 

「私、幸せだよっ」

 

・・・・・・。


・・・。

 


END

 

車輪の国 悠久の少年少女 夏咲シナリオ【3】


・・・

いつもどおりの朝がやってきた。

 

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「ケンちゃん、おっはよーっ!」


しかし、夏咲は違っていた。

いつもより睡眠時間を多めに取ったからか、元気バリバリだ。


「ケンちゃん、昨日はごめんね。 一人で勝手に寝ちゃって・・・」
「寝顔をバッチリ見ちゃったよ」
「は、恥ずかしいよ・・・」
「毎日一緒に寝てるのに恥ずかしいもないじゃない?」
「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいよ・・・」
「へえ・・・」
「むうっ、からかってるのぉっ?」
「ははっ・・・」
「怒った。 今日は、キスしてあげないっ!」


あらら・・・。

今日はお預けらしい。


・・・・・・。


・・・。

 

「今日も元気に宝探しだよねっ」
「それなんだけど・・・」
「ん? どうしたの?」
「実は、こんなものを見つけたんだけど」


夏咲が書き留めていたもの。


「あれ? それって・・・」
なっちゃんが書いて、部屋の隅に置いてたんだよね?」


言いながら、紙が置いてあった場所を指差す。

 

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「あ、見つかったちゃった・・・」
「・・・普通にあんな場所に置いてたら分かるって」
「だよね・・・」
「解けてないのが残念だね」
「それを言われると、ちょっとしょんぼりだよ・・・」
「ははは・・・でもこうやって頑張っていれば、いつかは答えも出てくるさ」
「うん、そうだね。 頑張るよ。
よーし、今日もびりっとがんばっちゃうぞーっ!」
「おお、さちっぽい」
「えへへ、ぶっ殺すぞっ」
「灯花っぽい」
「どもどもですっ!」
「まんま、なっちゃんだ」
「わーい」


おれたちはバカだった。


「じゃあ、早速始めようか」


夏咲が書き残した数十枚のメモをちゃぶ台の上に並べて置いた。


「こうして並べられると、なんだか恥ずかしいね」
「この中から得られるものがあるかもしれないね」
「ええっ、ないよ・・・」
「まあまあ、最初の一枚目」
「・・・・・・」
「『直感で、三郎さんの部屋』」


・・・。


「・・・なにこれ?」
「直感は直感だよ、あまり気にしないで」
「暗号を解いてもいないのに、いきなり直感だなんて・・・」
「・・・ごめんね」
「気を取り直して、二枚目」
「・・・・・・」
「『直感でひまわり畑』って、また直感じゃん!」
「直感は直感だよ、気にしないで」
「暗号を解くときには、もちろん直感は大事だよ。
でもね、これはちょっと違う気がするよ」

 

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「ただの、当てずっぽう?」
「・・・そういうことになるね」
「わたしも、そう思ってたところなんだよ・・・」
「今日はなかなか素直じゃないね・・・」


朝から怒りっぽかったしな。


「えっと・・・他には・・・。
おっ、一回目の暗号のときと同じ方法で解いてみてるね」
「・・・ダメだったけどね」
「次は・・・二回目の暗号で使った解読法か・・・」
「・・・これもダメだったね」
「もう一回、今やっている暗号文を確認してみよう」


『15 10 26 ○6 44 7 25 36 31 ○19 1 43。 ○15 
0 ○6 2 12 41 44 19 2 43 15 25 ○26 12 40 2
2、 27 20 12 44 ○13 16 6 41 26 3 35 44 199 2 43。 16 6 25 34 50 35 18 19 12 19 35 32 18 9 43 10 20 26 ○19 7 ○13、 17 50 26 2 18 8 ○26 43 35 25 22 25 32 16 6 41 26 27 6 42 6 ○6 36 8』


む・・・。


なっちゃんの苦労が、ここで報われたよ」
「どんなことで?」
「紙に書いてある通りの区切り方で、暗号を解いていかなきゃいけないってことがわかったから」
「それじゃあわたし、少しはケンちゃんの役に立ったのかな?」
「大いに役立ってるよ」

 

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「そうかあ・・・やった」


うれしそうに微笑んでいた。


「また暗号文を見てみると、ご丁寧にも『、』や『。』が書いてある。
つまり、『、』や『。』の場所で一区切りということで考えやすくなっているんだと思う」
「へえー」
「それともう一つ気になるのが『○』記号」
「なんだろうね?」
「これはもう、大体分かってるんだけどね」
「えっ? そうなの?」
「二回目の暗号文の解き方に、ちょっと似てるかな」
「二回目? なにかあったっけ?」
「文字に濁音がついてたでしょ」
「ああ・・・『が』とか『だ』とか、そんな感じ?」
「そうそう。
だから『○』記号は、濁音を意味するんじゃないかなって思う」
「『ぱ』とか『ぴ』とか、そんな言葉はないのかな?」
「多分、他の記号で代用するんだと思うよ」
「そっか・・・うーんと、あとは・・・」
「数字の一つ一つがどんな文字を表しているか、だね」


二人で暗号文とにらめっこしてみる。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ねえケンちゃん、ちょっといいかな?」
「何かわかった?」
「気づいたことなんだけど・・・」


紙に書かれている文字を指差しながら、説明を始めた。


「何度も暗号文を見てて思ったんだけどね、一桁だけの数字もあるよね」
「うんうん」
「でね、二桁の数字で一番大きい数字は『50』みたいなんだよ。
区切りがいい数字だよね、『50』って・・・」
「・・・・・・」


夏咲の言葉で、ピンときた。


「これまた単純な作業だな」
「あれれ? もう分かっちゃったの?」
「ちょっと待ってて、解いてみるから」


別の紙に、解読した文を書いていく。


・・・・・・。


・・・。

 

「どうだった?」
「やっぱり、今の考え方で正解だった」
「凄いんだねケンちゃんは・・・なんでもできるんだから」
「いやいや、なっちゃんのお手柄だよこれは」
「そうなんだ・・・ちょっと嬉しいかも」
「また例によって、自分で解いてみる?」
「うん」
「ヒントは?」
「ちょうだいっ」


にこっ。


「・・・わかった」


新しい紙を用意し、それにヒントを書いていく。


「まず一つ。 『○』記号はやっぱり濁点で当ってるよ」
「音がにごるんだね。 わかった」
「そしてもう一つ。 なっちゃんの言う通り、一番大きな数字は『50』であってる。
ここが重要なんだけど、五十通りの文字列があるっていうことに気がつけばOK」
「五十通り・・・」
「そして『0』っていう数字があるよね」
「うん、なんだろ・・・」
「もう答えを教えちゃうけど、これは『ん』っていう文字を表してるんだ」
「へぇ・・・」
「・・・以上でヒントは終わり」
「わかった! 今回は自信があるよ」
「期待していいのかな?」
「もっちろん!」


意気込んで暗号文の答えを紙に書いていく夏咲。

今回は期待できそうだ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「できたーっ!」
「じゃあ、説明してくれるかな?」
「うんっ」


自分の解答内容を、おれの方に向けて説明を始めた。


「もう一度、暗号の内容を確認するねっ」


『15 10 26 ○6 44 7 25 36 31 ○19 1 43。 ○15 
0 ○6 2 12 41 44 19 2 43 15 25 ○26 12 40 2
2、 27 20 12 44 ○13 16 6 41 26 3 35 44 199 2 43。 16 6 25 34 50 35 18 19 12 19 35 32 18 9 43 10 20 26 ○19 7 ○13、 17 50 26 2 18 8 ○26 43 35 25 22 25 32 16 6 41 26 27 6 42 6 ○6 36 8』


「最初の『15』っていう数字だけど、これは五十音順で15番目の数字ってことなんだよね。 だから『15』は、『そ』っていう文字になるんだっ」


夏咲は説明をした後、おれの顔をうかがった。


「うん。 続けて」
「えっと・・・次に『6』っていう数字に丸記号がついてるよね?
これは六番目の数字に濁音がつくから、答えは『が』。
あとは、ケンちゃんが言ってたとおりに『0』を『ん』に置き換えて考えていくと・・・こうなるんだよっ」


夏咲が紙に書いた暗号文の解答は、こんな感じだ。


『そこはガレキの山である。 存外知られているその場所に、人知れず宝は埋もれている。
鷹の目を以てしても見つけることはできず、地を這いつくばる者のみに宝は光り輝く』。

 

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「大正解! なっちゃんやるじゃないか!」
「ヒントもらってなんだけどね・・・」
「でも、なんとなく気づいてたんじゃないの?」
「まあ、その・・・そんな気がしただけだから、確信が持てなかったんだけどね」
「とりあえず、解けたことは解けた」


もう一度、解読された文を読んでみた。


「この問題ってさあ、おれたちがガキの頃に解くことを前提として親父が出した問題だよね?」
「多分・・・」
「・・・ガキ相手にこの文面はないよ・・・」
「うーん・・・三郎さんって、こういうのは結構ノリノリだったりするのかもね」


本当におれらが解けると思ってたのか、親父は・・・。


「暗号を解いて、また暗号が出てきたね」
「それでも、解くしかないか、なんだけど」


二人で、謎解きに挑戦してみる。


「そこはガレキの山である・・・だって」
なっちゃんはこの文をどう思う?」
「ガレキの山って言うくらいだから、多分ゴミ捨て場のことかな?」
「ゴミ捨て場ね」
「ゴミ箱かな?」
「毎日捨ててるから、多分ないと思うよ」
「じゃあ、町にあるゴミ捨て場?」
「もっとありえないと思う・・・ていうかゴミ捨て場と宝って関係あるのかな?」
「でもでも、『存外知られているその場所に、人知れず宝は埋もれている』って書いてあるよ?
見慣れているゴミ捨て場に、案外お宝があるのかもしれないよ」
「うーん・・・」
「掘り出し物が見つかる、とか?」
「もしそれがお宝だとしたら、なんと悲しいことか・・・」
「お宝探しは、お宝にたどり着くまでの過程が大切なんじゃないかな」
「・・・というと?」
「過程こそが、お宝なんだよ」
「ああ、そういうアレ?」
「うんうん、過程で芽生えた努力とか友情とか。
・・・愛情とか」
「・・・・・・えーと・・・次に行こうか」

照れ隠しのために、話題をそらす。


「二つ目の文だけど・・・」
「さっきの文よりも、宝の場所が丁寧に書かれているような気がする」
「やっぱりそう思う?」
「ちょっと言葉が乱暴だけどね」


確かに『地を這いつくばる者』って、あまりいいイメージは浮かばないし。


「鷹の目だって。 鳥さんだよ」
「鳥かあ・・・」


空を飛んでいるイメージだな。


「鳥さんには見えないのかな?」
「鳥目だから・・・とか?」
「だとしたら、夜には見つけることができないってことかな?」
「かもね、いいセンいってるんじゃない?」
「地を這いつくばるって、ほふく前進する人のことかなあ?」
「低いところにあるってことかな?」
「全部、整理してみるよ」


メモった内容を見つめながら考える。

そして、自信ありげに答えた。


「ゴミ捨て場をあさる鳥さんだから、カラスだよっ」
「カラスが今回お目当てのもの?」
「カラスさんってね、きれいなものを集めるのが好きなんだよ」
なっちゃんの推理だと、カラスが集めたきれいなものが宝だってこと?」
「違うかな?」
「なぞなぞみたいだなあ。 解釈の仕方が違うんじゃないかな」
「ケンちゃんはどう思う?」
「ちょっと待ってね。 今整理するから」


・・・・・・。


・・・。

 

「うーむ・・・」


十分ほど考察。

 

 

「どう? わかった?」
「大体はね。 でも、確信が持てない」
「もう解けちゃったんだ。 ケンちゃん、探偵になれるよ」
「いや・・・」
「ちょっぴり悔しいなぁ・・・ケンちゃん賢いから、こういう問題は楽勝なのかもね」
なっちゃんも解いてみる?」
「えっと・・・できれば自分の力で解いてみたいかな」
「ヒントなしに?」
「できればだからね。
どうしようもなくなったときには、ケンちゃんに助けを求めるかもしれないけど・・・。
今まで頼ってきたぶん、自分でも少しはやれるんだぞ、ってところを見せつけたいんだよね」
「そんなに難しく考えることないのに・・・甘えてもらった方がおれ的には嬉しいんだけど」
「んー・・・」


けれど夏咲は首を振った。


「早く暗号を解いて、ケンちゃんを驚かせてあげるっ」
「まあまあ、おれも完全に解いたわけじゃないからさ・・・」
「そうなの? ケンちゃんはわかってると思うんだけどな」
「そうかな」


・・・。


「さて、と・・・」
「ん?」
「ケンちゃん、お散歩に行こっ」
「どこに?」
「ちょっと、やりたいことあるの」
「なになに?」
「内緒だよ・・・えへへっ」
「えー」
「夜までのお楽しみだよ」

 

・・・・・・。


・・・。

 

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「早くやろっ、花火」
「花火か・・・」


商店街で花火を買った。

待ちきれない様子で、花火の袋を開けた。


「こういうときって、どれからしようか迷うよね。
んー、やっぱり十六連発の打ち上げ花火からかな」
「それは最後がいいんじゃないかな?」
「じゃあ、ロケット花火だよ。
くふふっ、ケンちゃんに向かって投げてやるぅっ」
「花火を人に向けちゃいけません」


適当に花火を選び、火をつける。


パラパラ、ジューッ・・・。


「おぉぉっ・・・」


目を丸くしている。

 

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「くおぉぉぉっ・・・」
「こ、興奮してる?」
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「な、なっちゃんなっちゃん! 帰ってきて!」
「え、あ、ごめんごめん。 つい興奮しちゃって」


・・・。


危ない子なのかな・・・。


「・・・綺麗だね」


うっとりとした表情で花火を眺めていた。

花火遊びには、眺める者もいれば振り回す者もいる。

夏咲は前者のようだ。

男であるおれは、情緒関係なく振り回すのみ。


「ほらなっちゃん、見てみっ」


ぐるんぐるんと花火を円形に振り回す。


「花火はそうして遊ぶものじゃないよ」
「はは・・・でもさ、よーく見てみ」


ぐるんぐるんぐるんぐるん・・・。


「うっ・・・」
「え?」


・・・。

 

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「ぼーっ・・・」
「い、いかん」


花火の回転を止める。


「あ、もう終わっちゃった。 もう一回」
「花火は振り回して遊ぶものじゃないんだよ?」
「・・・むぅ」
「・・・それじゃ、もう一回だよ。
あんまり回しすぎると、なっちゃん帰ってこないから」
「帰ってくるからっ」


ホントかな・・・。


「わくわく・・・ドキドキ・・・」
「そらっ!」


ぐるんぐるんぐるんぐるん・・・。


「・・・ぼおおおおぉぉぉーーーっ・・・」


しばらくそんな感じで遊んでいた。


・・・・・・。


・・・。

 

「あれ? いつの間にか花火無くなってるよ」
「むっ、ホントだ・・・」
「あと残っているのは、おっきな花火が一つと・・・線香花火」


最後に残しておいた線香花火。


「あ、なっちゃん、昨日言ってたヤツしよっか?」
「ヨガ?」
「言ってない」
「ああ、線香花火ね」
「そうそう」
「先に火の玉が落ちたほうが脱ぐんだっけ?」
「違う違う」

 

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「ケンちゃんのエッチ」
「違うっての」


夏咲は、くふふと笑う。


「はいっ、これがケンちゃんのね」


線香花火を手渡される。


「火の玉が落ちなかったほうの願い事がかなうんだよね?」
「そうだよ、おれが勝つんだよ」
「それはどうかなぁー」


おれたちは同時に火をつける。


・・・。


「願い事はもう決めた?」
「うん、もちろん」
「線香花火はなんだか趣があるよね」
「わびさびだね」
「質素だけど、静かでいい雰囲気・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


それから、互いに無言になってしまった。

おれも夏咲も、自分の手に持っている花火をじっと見つめていた。


「がんばれ~、がんばれ~っ」


エールを送っている。


「あ、あんまり揺らすと落ちちゃうよ?」
「で、でもっ、成せば成るよっ!」


ポトッ。


「・・・あっ・・・」
「あ・・・」
「・・・ガーン・・・」
「ごめん、言っておけばよかったね。
線香花火は四十五度の角度で持っていると長持ちするらしいんだよ・・・」
「あー、願い事がかなわなくて残念だよ」
「どんな願い事だったの?」
「ケンちゃんが、幸せでありますように・・・って」
「・・・・・・」


そうして、おれの火の玉も地面に落下した。


「じゃあ、次はケンちゃんの番だよね」
「えっ? 何が?」
「とぼけちゃダメだよ。 願い事」
なっちゃんと似たようなものなんだけど・・・」
「うんうん」


深呼吸をして、間を置いた。


なっちゃんが、いつまでも末永く元気でありますようにって。
なっちゃんがいつも笑顔でありますようにって、なっちゃんが・・・」
「・・・いっぱいだね」
「いっぱい幸せになって欲しいんだよ」
「嬉しいけど、欲張りだよ」
なっちゃんの欲が足りないだけだよ」
「願い事は一つだけしか叶えられないから、情緒があっていいんだよ」
「実現できる夢があるのなら、できるだけ多く頼むべきだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ケンちゃん、強情だよ」
なっちゃんも相変わらず、自分の主張を譲らないね」


お互い、似たもの同士なのかもしれない。


「線香花火・・・まだたくさんあるね」
「また勝負しようよ」
「受けて立つよっ」


花火がなくなるまで、ずっとこんな勝負を続けていた。

いい夏休みを過ごしたい、宝を見つけたい、ケンちゃんと一緒に過ごしたい、クラスのみんなといい想い出を作りたい・・・。

夏咲の願い事は、尽きることがなかった。


・・・。

 

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「もう、終わっちゃったね・・・」
「最後に、残しておいた一本で終わらせようか」


このために残しておいた、打ち上げ用の花火。


「私が火をつけてもいい?」
「いいけど、つけたらすぐに離れないと危ないからね」


花火を設置して、夏咲が導火線に火を灯す。

シューッと音を立てながら、打ち上げのときがやってくる。


「・・・・・・」


二人で緊張して見守っていた。

しばらく経ってバァンッと火薬が弾ける音がした。

直後、空高くへ舞い上がった火の玉が勢いよく散り、夜空に大きな花を咲かせた。


「これで、本当に終わっちゃったね」
「またやりたいな」
「今度は、みんなで一緒にね」


花火の余韻を噛み締めながら、火の始末やゴミの処理をして自宅へ帰った。

まだ夏は長い。

想い出作りは、まだまだこれからだ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「はぁむっ、ちゅっ・・・あぁ」
「んっ・・・」
「んあ、ちゅっ、はあぁっ、あっ、はあっ・・・」
「な、なっちゃん・・・」
「ん? あっ、はぁっ、ちゅっ、ちゅぷっ・・・」
「きょ、今日はまた、一段と激しいね・・・」
「あっ、そ、そうかなっ・・・んちゅっ、ちゅぱっ・・・」


艶かしい吐息。


「あぁん、んっ、あふっ、ちゅっ・・・」
「そ、そんなに体おしつけて・・・」
「はあっ、あぁ・・・あ、頭がぼーっとしてきたよ・・・。
け、ケンちゃん、あ、あのね・・・。
んっ、ちゅっ・・・はあ、あの、あのね・・・」
「なに?」
「お願いがあるの・・・」


消え入りそうな声。


「んちゅっ、も、もし、い、いやじゃなかったら・・・。
うぅ・・・、きょ、今日の夜・・・あ、ん・・・。 し・・・」


ごくりと唾を飲み込んだ。


「して、欲しいの・・・」
「・・・・・・」
「ご、ごめんっ! わたし・・・え、エッチなこと言ってる・・・!」


あたふたしだす。


「は、恥ずかしい・・・ごめん、ごめんっ・・・」


おれはそっと頭を撫でる。

 

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「わかったよ・・・」
「え?」
「夜、ね」
「う、うん・・・ありがとう・・・。
んちゅっ、ちゅっ・・・。
よ、夜まで、我慢するねっ・・・ほんとにごめん、ヘンなこと言って・・・」


そそくさと、体を離す夏咲だった。


・・・・・・。


・・・。

 


暗号解読再び。

宝探しと聞いたから、普通は体を動かしてあちこちに行きそうなものを想像してたのに・・・。

これはもう、オヤジの嫌がらせとしか思えない。

 

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「こうして昼前まで頭を悩ませてるのって、夏休みの宿題をしてるのとなんら変わらないよ」
「二人で一緒にお勉強してるって思えばいいんだよ」
「外に行って遊びたいなあ」
「わたしも行きたいけど、もうちょっと頑張ってからにしようよ」
「健全な男女が家の中に閉じこもっていても、いいことなんてあまりないのに・・・」
「健全な男女・・・」


じっと見つめてくる。


「うん?」
「あ、なんでもないよ。 ごめん、朝から調子おかしくて・・・」
「み、水浴びでもしようか?」
「そ、それいいねっ。 夏はやっぱり川で泳ぐに限るよね」


ぎこちない。


「どれだけ遠くまで泳げるか勝負だね」
「川で遠泳なんて聞いたことないよ・・・」
「川は浅いって言うけど、膝辺りまでつかる所もあるし、足が川底に着かない場所だってあるんだから」
「それ、危険地帯だよ。 溺れちゃうよ?」
「海にいけないから、川で楽しみたいんだよ」
なっちゃんは、海に行ったことがなかったんだっけ?」
「一回もないよ」
「それはかわいそうに・・・よし、学園を卒業したら、ちょっと旅行でもしようか?」
「海の水って、塩辛いんだよね」
「うん。 飲んでみたら辛かった」
「えぇっ!? 飲めるんだ?」
「・・・間違って飲んじゃっただけだよ。 間違えても、なっちゃんは飲んじゃダメだよ」
「お魚さんも一緒に飲んじゃったらどうしよう・・・」
「多分、そんなことはないと思うよ」
「お腹の中で騒がれたら、きっとくすぐったいんだろうなあ・・・。
あっ・・・なんか、想像しただけでくすぐったくなってきちゃったよっ・・・くっ、くくっ、あははっ・・・」


お腹を押さえて笑いをこらえていた。


なっちゃん? 大丈夫?」
「うっ、うん・・・ぷっ・・・くくっ・・・」


一人でウケてる。


「あははっ・・・ケンちゃん、どうにかして・・・笑いすぎて、お腹が痛いの・・・」
「そ、そう? そんなに面白かった?」
「ふふっ、子供欲しいなって・・・」
「え?」
「ううん、ケンちゃんとケンちゃんの赤ちゃんと一緒に遊んでるとこ想像したら楽しくなっちゃって」
「子供、か」


考えたこともなかったな。


「ケンちゃん大変だね」
「なにが?」
「赤ちゃんができたら、家に子供が二人になっちゃうよ?」


自分を指差している。


なっちゃんはお子様?」
「お子様だよ・・・ふふっ」
「とにかく、遊びに行こうかっ」


川辺へ。


・・・・・・。


・・・。

 

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「えぇーいっ!」


バッシャーンッ!


こんな天気には泳がなきゃ損だ。

しかし、田舎町の川では満足に遊べるほどの深さはないので、仕方なく・・・。


「うわっ!」


こうして水のかけ合いしかできない。


「倍返しだ!」


水底まで手を下ろし、夏咲めがけて一気に水をかき上げた。


バッシャーンッ!

 

「きゃっ、つ、冷たいぞー!」
「はははっ・・・」


ムキになって倍返ししてくる。


「くーっ!
ケンちゃんは手の平が大きいから、こういうの有利なんだよね」
「はっはっは。
だったらなっちゃんも頭を使って対抗するんだね」
「ケンちゃんが量で勝負するなら、こっちは数だよっ」


バシャッ、バシャッ、バシャーンッ。


「うおおっ・・・こ、これは・・・」


意外ときつい・・・。

休む間もなく水が襲ってくるため、なかなか反撃することができない。


「このっ、このっ、このっ!」
「うわっ? わわわっ、わわっ!」


夏の暑さが吹き飛ぶ。


「おりゃおりゃおりゃっ!」


手の回転数を上げ、先ほどよりも多くの水を夏咲にかけ続けた。


「あうっ・・・っと、わわっ!」


おれの攻めに屈したのか、川底にしりもちをついていた。


「ありゃ、やりすぎちまったかな・・・なっちゃん、大丈夫?」


水をかけるのをやめ、そばに近寄った。


「ケンちゃんったら、張り切りすぎだよお~・・・」
「ああ、ごめっ・・・」


生地の薄い服が水に濡れて、夏咲のきれいな肌が透けて見えてしまっていた。

しなやかな曲線を描いた夏咲の体に、思わず見とれてしまう。


「うっ・・・」


一瞬たじろいだ。


「すきアリっ!」
「おわっ!」


不意打ちをくらってしまい、今度はおれがしりもちをつく羽目になってしまった。

 

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「仕返しだよおっ!」


怒涛の勢いで水をかけまくる夏咲。


「わっ、ちょ・・・タンマタンマッ!」
「ダーメッ! えいっ、えいっ!」


体勢が悪いため、うまく反撃することができない。


「に、逃げろー」
「逃げちゃダメだって、ケンちゃんっ」
「だあーっ! そんなに水をかけられたら、誰でも逃げるって!」


手で必死にガードをするが、襲いかかってくる大量の水を防ぐことができない。

叫んで口を開けたとき、ここぞといわんばかりのタイミングで水が押し寄せてくる。


「ごぼっ・・・けほっ、けほっ・・・」
「まだまだだよおっ」


勢いに乗って夏咲が追い討ちをかける。


「がっ!? 鼻の中にっ!?」


情けなくパニくっているおれ。


「あははっ。 ケンちゃん、大丈夫?」
「だいじょうぶといいながら、水をかけないでくれっ!」
「えへへへっ、えいえいっ!」
「こうなったら、最後の手段!」


ひたすら闘争!


「逃げるが勝ち、ってね!」
「あーっ、ずるーいっ!」


夏咲がすぐさま追いかけてくる。

水と川底にある石の抵抗で、前に進むことが困難だった。

それは夏咲にもいえることで、おれとの間合いがなかなか縮まらないでいた。


「おーにさーんこーちらっ」
「くぅっ! 逃がさないよーっ!」


おれと夏咲の鬼ごっこが始まった。


・・・つもりだったが、石につまずく!


「うわっぷ!?」


顔面から着水。

手をついて起き上がろうとした矢先・・・。


ケーンちゃんっ」


おれの背中に抱きついてくる夏咲。


ドンッ!


「ぐわっ!?」


バッシャーンッ!


二人一緒に川の中へダイビングしてしまった。


・・・・・・。


・・・。

 

「はあっ・・・けっこう疲れたね」
なっちゃんの元気のよさには恐れ入ったよ」


さっきの鬼ごっこでいつの間にか背後にいたもんなあ・・・あれにはビックリだ。


「涼しくて気持ちいいねっ」
「毎日こんなことしていたら、夏の暑さなんて気にならないよ」


水のかけ合いで疲れたおれたちは、しばし休憩を挟んでいた。


「何か面白いもの、ないかなー・・・」


川底を見つめながら歩き回る夏咲。


「おっさかーなさーんっ・・・。
・・・んー・・・いないなあ・・・」


水深の浅い場所へ移動した。


「あっ、カニだっ。 ケンちゃん、カニがいるよ!」


早く早く、と手招きしてはしゃいでいた。

そばによって見てみると、そこには手の平に納まるほどの小さなカニがいた。


「えいっ」


夏咲はカニ素手でつかみ、おれの目の前に持ってきた。


「えへへっ・・・ほらっ」
「ちっちゃくて可愛いね」
「いかにも、かにかにって感じで動いてるよね」


かにかに?


「ケンちゃんに攻撃っ」


カニにおれの鼻を挟ませようとしていた。


「あぶねっ!」
「怖いの?」
「そういうことじゃないでしょ」
「えへへ・・・」


わきわきとはさみを動かすカニの向こうで、不敵に笑う。


「ちょ、ちょっと、やめてよ」
「ごめんね、ちょっとした冗談だよ」


ザクッ!


・・・が、指を刺された。


「イテェッ!」
「あわわっ! おいたしちゃダメだよ」


夏咲は再び指を挟ませて、カニとじゃれていた。


「ばいばい、カニさん。 また遊ぼうね」


そそくさと退場するカニ


「あんなに小さいのにシャキシャキ動かれると、あまりの可愛さにペットにしたくなっちゃうよ」


カニをペットにして楽しいのかな?


「もう一回、お魚さんを探すよっ」


再び川の中へ。


「あっ、よく見たら、ちっちゃいのがたくさんいるっ」


夏咲が指差した方向に目を凝らしてみた。

川底にある石の色と似ていて分かりにくかったが、何とか見える。

小指ほどの大きさの魚が、一定の場所に留まっていた。


「お魚さんは素早いからね・・・慎重に、慎重に・・・」


気づかれないように、ゆっくりとした足取りで近づいていく。

そして、素早く川底を手ですくった。

水が跳ね、視界が水で覆われる。


「あんっ・・・逃げられちゃったよぉ~」


夏咲の手の平には、何もなかった。


素手で捕まえられたら、多分達人の域だよ」
「・・・わたし、魚取りの名人じゃなくてもいいよ」


ちょっと拗ねていた。


「あーあ、今ので全部逃げちゃったんだろうなあ、苦労して見つけたのに・・・。
他に面白いものはないかなー?」


再三、川底を見ながら歩き回っている。

夏咲とは対照的に、おれは空を見てみた。

青空が際限なく広がっており、眺めが大変よろしい。

青々とした空を見ていると、涼しくも爽やかな気分で心が満たされる。


「ケンちゃん。 これ見てっ」


夏咲の方に視線を戻す。


「この石、丸くてきれいだね」


凹凸が全く見られない、丸みを帯びた直径数センチの石をおれに見せてきた。


下流でよく見られる石だね。
探してみたら、もっと見つかるかもしれないよ」
「もっと探してみようよ。 もちろん、ケンちゃんも一緒にねっ」


しばらく、石を探し回ることになった。


・・・・・・。


・・・。

 


しばらく経ってから、二人で取った石を見せ合った。


「ほらほら。 こんなに可愛い石が、一杯あったよっ」


小さい石やら光沢のある石などが、夏咲の手の平にたくさん納まっていた。


「おれのは、こんな感じ」


小指の爪サイズの黒曜石ばかり取ってきた。


「うわぁ・・・黒くてきれいだね。 つやつやってしてるよ」
「まあ、こんなものかな」
「これは、全部おみやげとして持ち帰ろうね」


集めた石をまとめて、河原にある自分たちの靴のそばに置いた。


「まだまだ遊べるよねっ」


お天道様は、川辺に遊びに来たときと比べてわずかしか傾いていない。

時間はたっぷりと残っているようだ。


「えいっ」


また水をかけられた。


「うわっぷ!? ・・・やったな、そらっ!」
「きゃっ、つめたーいっ」


遊ぶ内容がループしていた。

それでも、夏咲と遊べるだけで楽しい一時を過ごせた。


・・・・・・。


・・・。

 

気づいた頃には夕方になっていた。


「もうそろそろ帰らない?」

 

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「そうだね・・・っくしゅん!」
「大丈夫? 体とか冷えてない?」
「んんーっ・・・ちょっと風が冷たいかな」
「水に長い間つかっていたからね・・・」
「早くお風呂に入らないと風邪引いちゃうよ」
「一緒に入る?」

 

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「うん・・・ケンちゃんとなら、いくらでも入ってあげるよ」


ちょっと恥ずかしいけど・・・。

 

・・・・・・。


・・・。

 

「今日も一日お疲れさ~ん、っと」


風呂場に入って身体を洗っていた。


「やっぱり風呂はいいなあ」


今日はたくさん汗をかいたから、念入りに洗っておく必要がある。


なっちゃんは、まだ夕食の片付けをしてるのか・・・」


あとで一緒にお風呂に入ろうと話をしていた。


「ゆっくり身体を洗うか・・・」


首筋から肩、腕、胸、腹、そして下半身へ・・・と。


「ケンちゃん・・・来たよ」


ドア越しに夏咲の声が聞こえてきた。


「待ってたよ。 どうぞ」
「・・・お邪魔するね・・・」


恥ずかしがっているのか、ドアをそろそろと開けていった。

おれは振り向いて言ってやった。


「そんなに恥ずかしがることもない、の・・・に?」


夏咲の姿を見て驚いた。

裸だったからではない・・・それは予想の範囲内だ、いや、むしろ裸だと思っていた。



しかし、目の前にいるのは水着姿の夏咲だった。


「なぜだぁっ!?」


思わず絶叫。


「えっとぉ・・・まだ夏になって一回も着てないから・・・」
「言いたいことは分かるけど、何で水着があるの?」
「着替えを探そうと思ってタンスを探してたら、あったんだよぅ・・・」
「あらかじめ買ってたとか?」
「ううん。 知らないうちに入ってたの」
「その水着、新しいわけ?」
「うん。 今日買って持ってきたみたい」
「誰が?」
「磯野くんが」
「磯野ォッ!」


感謝すべきところなのか、怒るところなのか微妙だった。


「どうして磯野なんだっ!」
「今日、わたしの水着を送ったって、電話で直接聞いたよ」


全くもって意味が分からん。


「着たらケンちゃんが喜ぶって言ってたから、着てみたんだけど・・・」
「まあ、可愛いし似合ってるから、嬉しいといえば嬉しいんだけど・・・」
「ホント? よかったぁ・・・」
「でも、恥ずかしくないの? 風呂場にその、水着姿って・・・」
「なにが?」
「・・・・・・」


素で分かっていないらしい。


「いいんじゃないかな・・・。
これで裸を見られずにケンちゃんの身体を洗ってあげられるし」


裸を見られないって・・・。


なっちゃん、今日は一緒にお風呂に入ろうって言ってたじゃないか。
それって、裸を見せ合うってことなんだよ」


自分で言ってて恥ずかしかった。

裸を見せ合うって・・・夜の運動じゃあるまいし。


「この水着があったからだよぅ・・・だって、裸ってやっぱり恥ずかしいんだもん」


このシチュエーション自体が恥ずかしいと思っていないようだ。


「というわけでケンちゃん。 身体洗った?」
「今、洗ってる最中なんだけど・・・」
「じゃあ、始めから洗ってあげるねっ」


有無を言わさず、おれの手から泡だらけのタオルを奪っていく夏咲。


「あっ・・・」
「首から洗うよっ」


おれの背後に回り、タオルを身体にこすりつけた。

 

 

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ゴシゴシ・・・。


ちょうどいい力加減で、首筋から肩にかけて身体を洗ってくれていた。


まあ・・・いっか。


「ゴシゴシ・・・ゴシゴシ・・・っと」


肩の辺りをタオルでゴシゴシとされている。

肩叩きみたいで気持ち良かった。


「次は腕だねっ」


右腕から左腕・・・指先から指の付け根まで丹念にタオルでこすってくれた。


「次は胸とお腹。 ケンちゃん、ばんざいして」
「ば・・・ばんざーい・・・」


両手を上げて万歳のポーズを取る。

わき腹から腕を回され、胸、腹、と丁寧に洗ってくれた。


「ケンちゃんの身体って、固いよね。 さすが男の子って感じだよ・・・」


胸、腹、と丁寧に洗ってくれた。


「カッコいいよ・・・」


丁寧に洗ってくれた。


なっちゃん。 さっきから同じところを洗ってるよ?」
「ああっ、ごめん。 ついケンちゃんの身体に見とれてて・・・」


わたわたと慌てていた。

その反動で、おれの背中に柔らかい感触が押し付けられた。


むにゅっ。


「・・・っ!」


その正体がなんなのか分かってしまった。


「次は背中だねっ。 ケンちゃんも、もう腕を下ろしてもいいよ」
「う、うん・・・」


びっくりしたあ・・・。


今度は背中をゴシゴシとされる。


「ケンちゃんの背中って、おっきいよねぇ~・・・」


上下にタオルをこすり、洗い残しがないように隅々まで洗ってくれる。


ゴシゴシ・・・ゴシゴシ・・・。


ゴシゴシゴシ・・・ゴシゴシゴシ・・・。


「・・・・・・」
「・・・なっちゃん?」


さっきから同じところばかり洗っている。

・・・ああ、これから先は洗いづらいよな。


「ありがと、なっちゃん。 後はもう自分でできるから・・・」


ぴとっ。


「・・・・・・」


夏咲がおんぶされるような体勢になり、おれの首に腕を回した。


「ケンちゃん・・・」


切なそうにおれの名前を呼んだ。


「ケンちゃんだあ・・・」


きゅっと腕を締めてきた。

中越しに、夏咲の心臓の鼓動が伝わってくる。

ドキドキと早く脈打っているということに気づき、おれもそれにつられて心臓が高鳴ってきた。


「・・・なっちゃん・・・」


背中に押し付けられる柔らかい感触が、おれの興奮を昂ぶらせる。


「あっ、ごめんね・・・またぼーっとしてたみたい」


てへっと笑いながら、おれの下半身にタオルを持っていった。


「あっ、ちょっと待って・・・」


止める暇なく、おれの股間に夏咲の手が添えられた。


「あれ? これって・・・」


硬い肉棒に手が触れて、戸惑っているようだ。


「ケンちゃん・・・」
「・・・ごめん。 さっき背中洗ってたときに、その・・・」
「わたしも・・・ケンちゃんの背中を見たときに・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


再び沈黙。


「ケンちゃん・・・わたし・・・。
え、えっと・・・朝、お願いしたよね・・・。
ご、ごめんね、朝、ヘンなこと言って・・・。
わ、わたし、ほ、ホントに、どうかしてたよ・・・。
で、でも、なんだか、ドキドキして・・・我慢できなくなってきてて・・・。
今日もね、水をかけて遊んでるときから、ずっと我慢してて、でも我慢できなくなってきて・・・。
は、早く、ぎゅってして欲しいって、思っちゃって・・・」


背後から、きゅっと抱きしめられる。

言いたいことが自然と伝わってきた。


「・・・ん・・・」


おれは振り向いて、夏咲を優しく押し倒した。


「ケンちゃ・・・んっ・・・ぅんっ・・・」


静かに、唇を重ね合う。


「あっ・・・ケンちゃんの・・・当たってるよ。
ケンちゃん、欲しいなあ・・・」
なっちゃん・・・」


おれたちはお互いを求め合った・・・。

 

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・・・・・・。


・・・。

 

 


「ケンちゃんっ」


優しく微笑んだ。


「ずっと・・・一緒だねっ・・・」


手にぐっと力が入る。

おれも握り返した。

夏咲の体温を身近に感じる。

もう二度と、この少女を手放すことはしない。


絶対に・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


「うぅ~ん・・・」


布団の中でごろごろしていた。

顔を横に向けるとそこには・・・。


「・・・く~っ・・・」


夏咲の優しい寝顔があった。

枕元に置いてある時計を確認してみる。


午前十一時。


・・・今日は夏咲もねぼすけさんのようだ。


「んん~・・・ケンちゃん?」


起きたようだ。


「おはよう」
「ん・・・おはよう~・・・」


コテッ。


「くー・・・くー・・・」


寝た。


「よく寝れるなあ・・・」
「・・・って、今何時!?」


夏咲が急に飛び起きた。


「十一時」
「ああうっ・・・」


布団から飛び起きて、私服に着替える。


・・・。

 

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「えぇっと・・・おはようっ」
「おはよう。 それと、何を慌ててるの?」
「ご飯、作らなきゃ」


ピューッと台所へ急ぐ夏咲。


「そんなに慌てて走ると転んじゃ・・・」


「きゃっ・・・」


ズッテーンッ!


「うぅ・・・いたい・・・」


健気に立ち上がり、再び走り出した。


「朝から頑張るなあ・・・」


ゆっくりと起きて、服に着替えた。


・・・・・・。


・・・。

 

寝起きで頭がボーっとしている状態で、居間に入った。


「んんっ!?」


昼食の準備がされているのかと思いきや、ちゃぶ台の前に夏咲がぽつーんと座っていた。

ちなみに、食事は何も用意されていない。

 

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「おはよ~、けんちゃぁん・・・にゃむにゃむ」
「・・・なっちゃん、起きてる?」
「うん。 サンドイッチ」


・・・サンドイッチ・・・?


はぐはぐ・・・」
「それで朝食は? ・・・いや、昼食かな?」
「はんばーぐかれー」
「用意されてないみたいだけど?」
「おいしー」
「うん、そりゃ美味しいだろうけど・・・。
なっちゃん、とりあえず目を覚まして。 しっかりしてもらわないと話が進まないよ」
「う~ん・・・てんこもり」


さっきから意味不明な発言だ・・・しかも食べ物関連ばかり。


なっちゃん! 起きて!」


猫だましをかけた。


「はぁうっ!?」


バッチリ目が覚めているようだ。

・・・いつもこれで起きるよな。


「今、寝てたよね?」
「えっ? 寝てたって・・・わたしが?」
「そう」
「そっ、そんなことないよう・・・」
「じゃあ、何してたの?」
「ケンちゃんと一緒にご飯食べてたんだよっ」
「でも、何も用意してないよね」


夏咲がちゃぶ台を眺めた。


「・・・・・・」
「ねっ?」
「ケンちゃんが片付けてくれたの? ありがとう」
「違うって!」


・・・・・・。


・・・。

 

とりあえず昼食をすませ、一服中・・・。

 

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「ご、ごめんね・・・寝ぼけてたみたい・・・」
「そんなに申し訳なさそうにしなくていいよ。
見ているこっちとしては、なかなか面白かったし」
「はあ・・・寝起きはあまり騒ぐものじゃないって教訓になったよ」
「慌てて準備しなくても、今日くらいはゆっくりしてればよかったのに」
「ケンちゃんのためにご飯を作ることが日課だから、これだけは譲れないよ」
日課ねえ・・・」
「他にも家事はもちろんだけど、シャツのアイロンがけとか、その日の体調に気を遣ったりとか、どんなことをしたらケンちゃんが喜んでくれるかなとか、いろいろ・・・」
「気を遣いすぎじゃないかな?」
「もしかして、迷惑だった?」
「全然。 嬉しいくらいだけど、なっちゃんは毎日そんなことやって疲れないの?」
「疲れないし、苦にもならないよ。
逆に、やらないと落ち着かなくなっちゃうし」
「そこまで言うなら無理して止めないけど、きつくなったら遠慮なく言ってね」

「そうやってわたしのことを気遣ってくれる優しいケンちゃんだから、なんでもしてあげられるんだよ」


ここまで想ってくれているとは・・・。


「えへへっ・・・」


照れながら、ほんわかした笑みをこぼしていた。


なっちゃんの気持ちはわかったよ」


視線をそらし、別の話題を持ち出した。


「宝探しの件なんだけど・・・なっちゃんの方はどんな感じ?」
「全く分からないよ・・・でも、解いてみせるね」
「じゃ、準備でもしよっか」


テーブルの上をテキパキと片付け、メモ用の紙と鉛筆と暗号文を用意。


「やる気満々だね」
なっちゃんだってそうだろ?」
「もちろんっ。 ケンちゃんをあっと驚かせて上げるよ」


再び暗号文と睨めっこ。


『そこはガレキの山である。 存外知られているその場所に、人知れず宝は埋もれている。 鷹の目を以てしても見つけることはできず、地を這いつくばる者にのみ宝は光り輝く』。


「おれはもう一回、この内容を確認してみよう」
「わたしは自分の力で解いてみるね」

 

ピンポーンッ!

 

「あっ、お客さんだ」


夏咲が玄関へと歩いていった。


「この家に来るやつなんて、始めから分かってるんだがな」


・・・ウチに呼び鈴ってあったっけ?

 

 

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「やっほー」

 


さちだ。

 

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「元気?」


灯花だ。

 

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「おはようぐると」


アホか。

 

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「おはようぐると!」


・・・。

 

「ちなみに、呼び鈴の真似したのも磯野くんだから」


「相変わらず、すごい特技でしょ?」
「なにしにきたんだ?」
「僕がみんなを誘ってきたんだ。 協力してやろうと思ってね」
「協力?」
「みんな、友達想いなんだぞ」

 

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「お宝」

「ジュースとアイス」


「友達想いだろう?」
「てめえら・・・」


「夏咲、今ってどんな感じなの?」
「また暗号が出てきちゃってね、それを解いてるの。
ケンちゃんは解けたみたいなんだけど、わたしはまだ一人で解いてるよ」

 

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「おら森田! 夏咲ちゃんに手ぇ貸してやらんか!」
「自分の力だけで解いてみたいなあと思ったの。 最後の謎みたいだし」
鎖国?」
「うん、ごめんね」


「じゃあ、あたしらはあたしらでやってみようよ。
夏咲は一人でやりたいって言ってるし」
「三人寄れば文殊の知恵、か」
「あたしには期待しないでね」


「わたしは磯野が一緒だと、いい考えが浮かばない気がする」


各自、作業開始。


・・・・・・。


・・・。

 

半日ほど経過し、いつの間にか夕方になっていた。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


おれと夏咲は、静かに作業をこなしている。

 

 

「おおーっ! よく見れば、二つとも同じ文字数じゃん!」
「それくらい、誰でも分かるって」


「さすがさちさん。 僕でも分からなかったというのに・・・」
「うそばっか・・・他に気づいたことないの?」
「三郎さんは賢いということだ」
「いや・・・どうでもいいじゃない」


「灯花はなにか気づいた?」
「えっ・・・うーん・・・。
なんだかこの文章、暗号みたいだなあって・・・」


「・・・・・・」
「・・・・・・」


「ご、ごめん・・・」


そのときだった。


「地上にいる人・・・」


夏咲が小声で呟く。


「しかし、ガレキの山って言うのは、さちさんの部屋みたいなものかな・・・」
「ああ、あんな感じか・・・って普通に散らかってるだけじゃないっ」


「散らかってる部屋・・・。 うぅ~ん・・・」


夏咲が考え始めた。

これだけのキーワードがそろえば解けるはずだが・・・。


「でもさあ、鷹と宝って関係あんの?」
「ら、違いだろう」


「だから?」
「さあ」


こいつらホントなにしに来たんだ?


対する夏咲は。


「・・・できたかも」


解読を終了させたようだ。


「えっ? ・・・もう?」

「ほお、早いな」

「私、まだ半分も解けてないのに・・・」


全く解けてないの間違いだろ。


なっちゃんから説明してほしいな」
「ケンちゃんと一緒の答えだったらいいのかな?」
「たぶんね。 おれの答えが正解なら」
「じゃあ、暗号内容の確認からするね」


『そこはガレキの山である。 存外知られているその場所に、人知れず宝は埋もれている。 鷹の目を以てしても見つけることはできず、地を這いつくばる者にのみ宝は光り輝く』。


「最初から解いていくけど、まずは『ガレキの山』。
これって、散らかってる場所のことだと思うんだ」
「やっぱりあたしの部屋のことじゃん!
って、もしかしたら、前に見つけた宝のこと言ってんのかもね。 まだ部屋に置いてあるし」


んなワケないって・・・。


「でもね、さっちゃん。 もっと散らかってる場所があるんだよ。
しかも、意外と知られている場所に宝はあるって書いてあるし。
ここかなあって思うところが一ヶ所だけあるんだ」
「えっ、マジ!? もっと汚いトコあるんだ」


「さちの部屋より汚いとこって・・・一体どこにあるのかしら、そんなもの」
「三郎さんの部屋」


・・・・・・。


「ああ、納得」


「そんなに散らかっているのか?」
「廃棄処理場みたいな感じだった」


「ケンちゃん、前はゴミ捨て場って言ってたのに・・・」


「えーっと、三郎さんの部屋に宝が置いてあるってことでいいの?」
「多分だけどね」


「次の文章はどうなるのかな?
『地上に這いつくばって』っていうところ」
「うん。 これって、ほふく前進してる人みたいじゃない?」


「ちと言い方があれだけど、確かにそうだよね。
ほふく前進って地面を眺めながら進んでるって感じだし」
「さっちゃん、それだよ」
「へっ? なにが?」


きょとん、とした表情で夏咲を見つめ返していた。


「地面に注意しなさいって言いたいんだよ、この文は。
つまり、空にいる人には難しいことでも、地上にいる人なら簡単にできるってことなんだよ」
「いままでの話をまとめると・・・三郎さんの部屋にある床を調べろ、ってことになるの?」
「うんっ」


夏咲が自信ありげに頷いた。


「ケンちゃん、どうかな? 今のは結構自信があるんだよ」


みんなの視線がおれに集まった。


「ん? どした?」
「だから、判定だって。 これであってるのかって聞いてるのっ」
「・・・ああ、確かにおれと一緒の解き方だよ」

 

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「じゃあ、正解なんだね」
「うん。 おめでとう」
「やったやった! やっと解けたよ!」

 

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「あーあ・・・先を越されちゃったね」

「三人寄ればもんじゃの知恵って言ってたのに・・・」

「ふむ・・・知恵が働いたのは夏咲ちゃんの方だったか」


「・・・灯花、勝手に食い物にするなよ」


・・・。

 

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「・・・ふうっ・・・」
なっちゃんもよく頑張ったよ。 疲れたでしょ」
「あ、うん・・・疲れたね・・・」
「? せっかく暗号が解けたのに、何だか浮かない顔してるね」
「けっきょくみんなの力を借りちゃった気がするよ・・・。
わたしって、自分一人じゃ何もできないのかな?」
なっちゃん、自分の力だけで物事を考えて行動するということは確かに大事だよ。
だけど、一人でやっててどうしようもなくなったときくらい、助けを借りてもいいんじゃないかな?」
「・・・うん・・・」


「うんうん、森田も僕もいいこと言った」

「言ってないよ、磯野は」


なっちゃんも言ってたよね。
宝を見つけることが目的でも、そこにたどり着くまでの過程が一番大切なんだって」


「まあまあ、一人は寂しいじゃん!」
「さっちゃん・・・」


「ごはんはみんなで食べた方がおいしいんだよ」
「灯花ちゃん・・・」


・・・。


「そうだよねっ。 みんなと一緒にいれば、楽しいことばっかりだもん!」


ぱあっと顔を輝かせていた。


「さっちゃんがいれば、自然と元気になれるし・・・。
磯野くんがいれば、面白い話で場を和ませてくれるし・・・。
灯花ちゃんがいれば、優しい笑顔を振りまいてくれるし・・・」


夏咲がおれの方を向いた。


「ケンちゃんがいれば・・・何だって楽しいしねっ!」


一言づつ、かみ締めるように宣言した。


みんな、大切な仲間だ・・・親友だと。


「元気ねえ・・・別にあたしは普通にしてるだけなんだけどね」

「僕もだよ」

「そんな面と向かって言われると・・・なんだか照れるね・・・」


「よーしっ、じゃあオジサンの部屋に直行しよっ。
最後のお宝を見つけるために!」


さちの呼びかけに、この場にいるおれ以外の全員が歓声を上げた。


「・・・・・・」
「賢一、さっきからやる気なさそうなんだけど、どしたの?」
「あの部屋を片付けなきゃいけないと考えただけで、めんどくさくなってきた」


「最後なんでしょ。
ここまで来たらめんどくさいなんて言っちゃいけないと思うのよね」
「もちろん。 やるといえばやるんだけど・・・」


「だったら、今すぐ行こうじゃないか」

 

「えっ? でもみんなは早く帰らないと、夜遅くなっちゃうかもしれないよ」


今は夕方だ。

オヤジの部屋を片付けてから床を調べてたら、夜が明けてしまいそうだ。


「片付けなんてしないでそのまま探そうよ。 時間の無駄だし」
「さちの考えも一理あるが、まだ部屋を見たことないだろ?」


「僕も見たことないぞ」
「じゃあ二人にも見せてやる。 とても今日だけじゃ終わりそうもないぞ」


磯野とさちを、親父の部屋へ案内した。


・・・・・・。

 

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「ううむ・・・あれではちょっと無理があるか?」
「だろ?」


「あたしの方が、まだ几帳面じゃん!」
「どっちもどっちだ。
これでわかったろ。 片付けるのは明日にしよう」


「それがいいと思う。
今日はゆっくり休んで、明日からみんなで探そうよ」


「・・・・・・」

「さんせーっ」

「私もそれで構わないよ」


三人からOKをもらった。


「・・・ケン」
「何だ?」
「話がある、ちょっとついて来てくれ」


「なになに? 密談?」
「男同士のね」


「気持ち悪いこと言うなよ・・・」


おれと磯野は外に出た。


・・・・・・。

 

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「ふう・・・いい夕焼けだな」
「何の話だ?」
「もちろん。 宝探しのことについてだよ」
「分け前が欲しいのか?」
「分け前なんてどうでもいい。
今回のお宝はそんなものじゃない、と僕は思う」
「宝をみんなと一緒に探そうとは言ってるけど、財宝と名のつくものじゃないことは確かだぞ」
「そこでだ」


磯野が、真剣な表情でおれの顔を見た。


「大変だろうが、明日から二人だけで頑張って宝を探してみたらどうだ」
「なぜ?」
「恐らく三郎さんは、ケンと夏咲ちゃんの二人だけに、特別な何かを用意していると思うんだ。
そんな雰囲気の中で、僕たち三人がお邪魔するわけにはいかないだろう?」
「最初の手紙にもそういうニュアンスがあったが、別にみんなと一緒でも・・・」
「ケン・・・ここまで誰と一緒に宝を探してきたんだ」
なっちゃんを含めて、みんなとだよ」
「その中で、誰の顔を最初に思い浮かべる?」
なっちゃん
「・・・どんな物語でも、ハッピーエンドは二人だけで静かに暮らすものさ」
「そうか?」
「間違いない」


断言された。


「最後くらい、二人だけで楽しむといいよ。
あの二人には僕から言っておくから」
「うぅむ・・・。
最後くらいは二人きりで、か・・・」
「じゃあな、ケン。 これは友情だ。
けっしてあの部屋を片付けるなんてごめんだ、なんて思ったわけじゃない」
「・・・・・・」


磯野は去っていった。

何となく、夕焼けを見てみた。

つまり、みんな、おれと夏咲の仲を祝福してくれているわけか。

その期待に、応えなければな。


・・・・・・。


・・・。

 

車輪の国、悠久の少年少女 夏咲シナリオ【2】

 

・・・


「うーん・・・」
「くーっ・・・」


夏咲は寝ていた。

おれは暗号とにらめっこしている。


「くぅーっ・・・すぴーっ・・・」


座ったままの姿勢で、こっくりこっくりと頭を上下に振っている。


なっちゃん!」


猫だましをかけてみた。

 

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「はぁうっ!?」


後方によろめきながら手をつく夏咲。


「おはよう」
「あっ、ケンちゃん早いね・・・」
「何が早いの?」
「だから、起きるのが・・・」
なっちゃんが居眠りしてただけだよ」

 

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「そっか・・・ごめんね。 どこまで進んだの?」
「全く進んでない。 ていうか、思い出せない」


解き方が。


「うーん・・・わたし思ったんだけどね・・・寝起きでいきなり思ったんだけどね」
「うんうん」
「あ、なんだっけ。 忘れちゃった」
「おいおい」
「とりあえず、くっついてもいい?」
「とりあえずって・・・」


おれの返事を待たず、近づいてくる。

 

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「えへへ・・・ケンちゃんだ・・・。
目を覚ましたらケンちゃんがいつでもそばにいるよ・・・」
「・・・・・・」

 

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「んっ、ちゅっ・・・」


首筋をついばむようにキスされた。


「な、なっちゃん・・・」


頭がぼんやりとしてくる。

そっと、夏咲の腰に腕を回す。


「あ、思い出した」
「え?」


とろんとした瞳が、急にクリアになる。


「この暗号文ね、全部で十四文字あるでしょ。
だから、二文字ずつ考えてみたらどうかなって思ったんだよね」
「二文字・・・」


夏咲が紙に書きながら説明していく。


『15 94 55 32 85 31 12』


「ここがこんなんなって、全部で七文字かなあって思ったんだけど。
あはっ・・・やっぱ違うよね、変なこと言っちゃったよ。
ケンちゃんも気づいてたんでしょ、実は?」
「いや、気づいてなかったけど・・・」
「えっ? そうなんだ」
「なんか思い出しそうだな・・・」


あごに指先を沿え、夏咲が書いた数字を見つめた。


・・・・・・。


・・・。

 

「あ・・・確かにそんなだった気がする」
「わかったの?」
「ああ」
「すごいなあ・・・ねえ、教えてっ、教えてっ」
「おれだけ解けても楽しくないだろうし・・・なっちゃんもどうせなら解いてみたくない?

「解いてみたいけど・・・難しいよ。 こういうに苦手だし・・・」
「ヒントを上げるから考えてみてよ」
「ヒントありなら・・・うん、やってみるっ」
「まず一つ。 なっちゃんの今の考え方は間違ってないよ」



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「二つの数字で一つの文字を表してるの?」
「そうそう、んでもう一つのヒントは、分けた二つの数字を片方づつ別々に考えてみたら分
かるかも。 五十音順で」
「んー?」
「左側の数字は1から9までで、9の次は0が入って計十通り。
右側の数字は1から5までの五通りまでしか変わらないんだ」
「うーん・・・?」
「時間をあげるから考えてみて」
「・・・うん・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

なっちゃん、どう? わかった?」
「え・・・えーっと・・・」
「・・・・・・」


夏咲ならおそらく、こう言うだろう・・・。


「三郎さんの部屋・・・かな?」
「・・・・・・」
「ケン、ちゃん?」
「正解! よくわかったね」
「あっ・・・そうなんだ・・・ほっ」
「ちなみに聞いてみるけど、解き方は分かるかな?」
「それが・・・あんまり・・・」
「じゃあ説明してあげるから、聞いてなよ」
「・・・うん・・・」
「数字の並び方はこんな感じ」


『15 94 55 32 85 31 12』。


「さっき私が並べ替えたとおりだね」
「そう。 まず『15』っていう数字に注目してみよう。
この『1』って数字は、五十音順でいう『あ行』になるんだ」
「『あ行』って、『あいうえお』だよね?」
「そうそう。
ちなみにこの数字が『2』だと『か行』、『3』だと『さ行』になるんだ。
ちなみに『0』は『わ行』。
次に『5』って数字は、母音である『お』になる。
詳細はこんな感じ」


おれは紙に、1から5の数字を示す母音を書いた。


『1=あ』『2=い』『3=う』『4=え』『5=お』。


「じゃあこの『15』は、あ行の5番目の文字だから・・・『お』っていう文字?」
「その通り。 その法則に基づいてこの暗号を解いていくと・・・」


紙に答えを書いていく。


「あ、わかったよ、ケンちゃん」
「わかったかい?」
「『おれのしょさい』でしょ?」
「おおー」
「うんっ、三郎さんの書斎だよねっ」
「しかし、またゴミ捨て場をあされってのか・・・」
「昨日ケンちゃんが引っかかった、びっくり人形さんがお宝かな?」
「だったらマジでつまんない。 それで夏休み終了って気分だよ・・・」
「とにかく、それらしきものを探してみようよ」
「・・・ここまできたら最後までやるか。 少しは暇つぶしができたし」
「お宝を見つけたら、次はいつもどおりの夏休みだよ」
「まったりと過ごしたいね」


おれと夏咲は、再び書斎を訪れることになった。

意外にもあっけない結末だったが、まあいいだろう・・・。

所詮こんなものだったのかもしれないし。


・・・・・・。


・・・。

 

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「・・・なかなか見つからないね」


小一時間ほど調べまわっているが、それらしきものは今のところ見当たらない。


「あの暗号文といい、宝の地図といい・・・。
ただのいたずらで書いたものなんじゃないかな?」
「わたしは、そう思わないけどなぁ・・・」
「どうして?」
「字が生き生きしてて、楽しそうだったから」
「おれたちを困らせようとしてたから、そんな字が書けるんじゃないかな?」
「三郎さんの手紙を読んでたら、なんだか楽しい気分になってきちゃったんだよ」


そんなとき、足に何かが引っかかった。


「何だろ?」


足元を見てみると、金物の箱があった。


「・・・開けてみる?」


おれは頷き、箱のふたに手を伸ばした。

ゆっくりと開かれる金属製のふた、そして箱の中には・・・。

 

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「やったねケンちゃんっ、また紙が入ってるよ」
「・・・そんなに嬉しいの?」
「こんなお宝もアリかなー、ってこと」
「とりあえず見てみよう」


・・・。


「『暗号を解けたみたいだな、おめでとう』・・・三郎さん?」
「・・・みたいだね」
「『冒険はまだまだこれからだ。 もう一度暗号文を渡しておく。 ここまでたどり着いた
二人ならば、きっと楽に解けるだろう』」
「まだ何かやらせるつもりかよ」
「『暗号の指し示す場所に、幸福の黄色い布切れを結んでおいた。 その辺りを掘れば、な
にかいいもん見つかるぞっと。 二人で知恵を絞って頑張ってくれ。 楽しい時間が過ごせ
るよう草葉の陰から見守っているぞ』」


草葉の陰、ね。

死んじまったくせに。


「また暗号文だって・・・ふんふん」


夏咲と一緒に、暗号文らしき文字列を見てみた。


『524111225117194』。


「また数字だけかよ・・・」
「さっきと同じ方法で解けるかもね。 居間に戻って考えてみようよっ」


・・・・・・。


・・・。

 

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「私が解いてみてもいいかな?」
「うん。 いいよ」


夏咲が紙と鉛筆を持ち出し、解読を試みた。


・・・。

 

 

「・・・・・・。
いきなり分かんないよう・・・」


早っ!


「二文字づつ区切ってみたんだけど・・・」


『52 41 11 22 51 17 19 4』。


「こうして、最後に一文字残っちゃうの・・・。
しかも、最初の暗号と同じ解き方をしても変になっちゃうの」


『にたあきな17194』。


「・・・こんな感じ」
「前の解き方と考え方は似てるんだろうが・・・」
「あっ、もしかしたら『にたあきな』っていう場所の17194っていうところにあるんじ
ゃないかな?」
「それ、どこ?」
「住所知らない?」
「いや、おれに聞かれても」
「ごめんね」
「いや、謝られても・・・」


しかし、言葉は五十個の文字だけでできているわけではない。

濁る音もあれば、そうでないものもあるわけだ。


「逆かな?」


再び紙に書き出す。


『49 17 11 52 21 14 15 2』


「・・・最初でダメになっちゃったね」
「逆ねえ・・・」


確か、そんなのもあった。


「単純な方法だよ」
「もう分かっちゃったの?」


黙って頷く。


「ケンちゃんはや~いっ、どうして? どうして?」
「始めの暗号と解き方が似てるし、それにアレンジが加わっただけだから」
「わたしにも解けるかな?」
「前回の暗号をベースに考えればね」


おれは紙にヒントを書きながら、夏咲に解き方を説明していった。


「今回は逆の視点から考えるんだ」
「・・・逆?」
「五十音順の表を見てみれば分かりやすいよ」


紙に五十音図を書いて、説明していった。


「前回は『や』という文字を『81』で表してたけど、今回は『31』で表すんだ」
「そうなると、今回『わ』は『11』として考えるってこと?」
「うん。 考え方は間違ってないよ」
「でもこの暗号は、二文字ずつ区切っていったら最後に一文字余っちゃうよ?」
「ある文字にもう一つ数字を加えることによって、別の文字を表しているんだ。
今回の暗号に用意された、引っかけ問題みたいなものかな。
二文字の数字の後に『0』がついていれば半濁音、『1』がついていれば濁音になる」
「じゃあ、『510』だったら『511』だったら『ば』になるの?」
「そういうこと」
「分かってきたかも・・・わたし、頑張ってみるねっ」


新しいメモ用紙に解読をしていく夏咲。


「・・・ケンちゃん・・・わかったよ」


不安そうに見つめてくる。


きっと夏咲は・・・。


「向日葵畑、とか?」
「おおっ! そのとおりだよ、正解!」
「今回は頭を使ったよ・・・」
「また、解説しよっか?」
「うんっ」
「『524111225117194』だね。
『わ』は『11』、『ら』は『21』・・・。
この法則で考えた場合の『52』は『ひ』」
「最初は『ひ』だね」
「次は『41』。 これは『ま』だけど、その後に『1』という文字がついてる。
これはどういう意味だったっけ?」
「濁音・・・だよね?」
「正解。 けど『ま』っていう文字に濁音はつかないから、この際、無視しよう」
「・・・となると、次は『11』っていう数字を考えて・・・『わ』?」
「だいぶ分かってきたね」
「次から、わたしが解いてみてもいいかな?」
「うん、いいよ」
「えーっと・・・次は『22』で『り』・・・『51』で『は』、でも次に『1』があるか
ら『ば』だよね・・・。
『71』で『た』・・・『94』で『け』・・・」


そうして浮かび上がってきた文字列は『ひまわりばたけ』。


「だから正解は、『向日葵畑』になるんだよね」
「正解だね」
「ケンちゃんのおかげだよ」
「場所はわかった。 向日葵畑だね」
「うんっ」
「って、広すぎるから」

 

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「広すぎるねっ、あははっ」
「・・・暗号の解読が間違っているのかな・・・」
「いいから、探してみよっ」
「夏休みが終わっちゃうよ」
「それでもいいよっ」
「いいのかよ・・・」


ぐうぅぅーっ・・・。


「ごめん。 腹減った」
「そういえば、もうお昼だよね」
「久しぶりに外食でもする?」
「んー? わたし作るよ?」
「でも、ちょっと遅い時間じゃない?」
「そっかー、残念だな・・・。
じゃあ、手つないでねっ」


とことこ寄ってくる。


「ついでに、買い物してこようね」


・・・・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20190909130820p:plain



「あら、森田君に日向さんじゃない」
「こんにちはー」


「奇遇ですね。 買い物ですか?」
「ええ、そうよ」


「日向さんも、元気そうで何よりね」
「どもどもです」


「灯花は、相変わらずヒマしてるんですか?」
「そうね。 料理の本とかたくさん買い込んでたわ」
「また食べさせてもらえるように頼んで下さいよ。
あっ、しまった。 外食しないで灯花の家に押しかければよかった」


「ちょっと急すぎじゃないかなぁ?」
「電話をかければ、きっと用意してくれると思うわ」
「予約制のレストランみたいだ・・・」


「日向さんも、お料理するんでしょ?」
「おれが保障しますよ。 なかなかいい感じです」

 

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「そんなことないよぉ」


恥ずかしそうに、けれど、ぎゅっと手を握ってくる。


「日向さんは何かしたいことでもあるの?」
「えと・・・とくに決めてないです」
「そう、自分の進みたい道を選びなさいね」
「うーん・・・」


「そういえば、なっちゃん、将来どうするの?」
「将来は、ケンちゃんのお嫁さんだよっ」
「うお・・・」


「ノータイムで言ったわね」


咳払い。


「それじゃあね、デートの最中に邪魔してもしょうがないし」


言いながら、おれの肩に手を置く。

 

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「・・・彼女、明るくなったわね」


耳打ちしてくる。


「しっかり、支えてあげるのよ」


去っていった。


・・・。

 

「なんだか、先生とは久しぶりに会った気がするね」
「そう?」
「宝探しに熱中してたからかなあ・・・時間の感覚がおかしくなっちゃったのかも。
いや、ケンちゃんと一緒にいるからかなっ」


また、笑っていた。


おれたちは手をつなぎ、歩き出す。


「甘えてばっかりで、ごめんねっ」


夏咲は、七年間の空白を埋めるように、肌を沿わせてくるのだった。


平和な夏休みはまだまだ続く。


・・・・・・。


・・・。

 

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「あむっ、ちゅっ・・・ちゅっ」
「っ・・・」
「朝だよっ、ちゅっ、ちゅぱっ・・・」


目覚めのキス。

頭がもうろうとする。


「んっ、好きっ、ケンちゃん、だぁいすきぃ・・・ちゅっ」
「お、おきようか?」
「もういいの?」
「う、うん・・・」
「ほんとにぃ? ほんとにもういい? あむっ、ちゅっ」
「・・・あ、あんまりそういうことしてると・・・」
「なぁにぃ?」
「おれだって男なわけで・・・」


・・・。

 

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「あ、ごはん炊けたぁっ」


「・・・・・・」


そんなこんなで一日が始まった。


・・・・・・。


・・・。

 

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「なんだかんだで、来ちゃったね」


向日葵畑にやって来た。


「広いねっ。 どこをどう探せばいいんだろうねっ?」


ぶっちゃけ探しようがない。


「ケンちゃんだけが頼りだよっ、頑張って!」
「うーん・・・」


・・・目印は幸せの黄色い布切れ、か。

 

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「おっ、賢一と夏咲じゃん! 珍しいね、こんなとこで」
「さちか・・・お疲れさん」


いつもながら、絵の練習をしているようだ。


「お宝どうなったの? 見つかった?」
「あのね、あのね、また暗号が出てきてわからなくなっちゃったの」


「向日葵畑にあるらしいから、探しに来たんだ」
「で、あたしに助けてほしいと、こういうわけね」
「いや、無理しないでいいぞ。 こっちは遊び半分だから」
「いいよいいよ。 いまちょっと絵を乾かしてるところだから」
「そうか・・・じゃあ聞くけど・・・。
お前って、いつもこの辺にいるだろ?
幸せの黄色い布切れを見かけたりしなかったか?」
「え? 幸せ? 黄色い布切れ? ハンカチじゃなくて?」
「違う、ぽいけど違う」
「うーん・・・ずっと前に見かけたような気もする」

 

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「ほんとっ?」
「場所は覚えているか?」


「えっとね・・・あの辺りだったかな?」
「右のほう?」


「そんなアバウトな」


「じゃあ、あっち」
「左?」


「どっちなんだよ」


「うははっ! 連れてってあげよっか?」
「いいのっ?」
「任せときっ」


さちのあとを追った。


・・・・・・。


「この辺りだったと思うんだけど・・・」
「お前、てきとーなこと言ってるんじゃないだろうな?」
「失礼なっ。
あたしは一度見た風景は忘れないというレア特技を持ってんのよ?」


・・・ホントかね。

 

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「んー、でもやっぱ忘れたかも」
「ええぇっ?」


「おいおい、そりゃねえだろうが」
「ちょっと待ってよ・・・思い出すからさ。
んーっ・・・・あー・・・。 ぐーっ・・・」


「寝ちゃダメだよ!」
「あははっ、忘れたもんはしょうがないじゃん」


「お前なあ・・・」
「いいじゃん、明日探せばいいじゃん。 明日からがんばればいいじゃん」
「ダメ人間だなぁ・・・」
「あ、思い出した!」


「おおお?」


「忙しいやつだな」


「なんか棒、木の棒が立ってんのよ。 卒塔婆みたいに。 それに結びつけてあったのよ」
「棒? 向日葵畑に?」
「そそ。 あのあの、ほら、かかし? かかしの服を着せる前の棒みたいな・・・」
「なに言ってるのか、ぜんぜんわからん」


「とにかく、探してみようよ。 けっこう目立ってるんじゃないかな?」
「自然物のなかに人工物が混じっているわけだから、目についたんだよ」


「で、方角的にこっちの方で間違いないんだな?」
「間違いないよ」


信じるしかなさそうだった。

おれたちはさちの案内で道を進んだ。


・・・・・・。

 

「あ、あった!」
「おおっ、ホントだ」


さちの言うとおり、木の棒が地面からひょろりと伸びていた。


「・・・でも、ハンカチは結ばれてないね」
「そりゃそうだよ、だってあたしが見たのは十年前くらいだもん」
「ええっ? 十年前?」

 

「ウソだろ? いくらなんでもそんな昔のこと覚えてるはずがない」
「だからレア特技だって」


「じゃあ、ケンちゃん。 ここ掘れ、わんわんっ」
「わんわんって・・・ホントにここを掘ればいいのかな?」
「じゃあ、にゃんにゃんっ」
「・・・わ、わかったよ、掘ればいいんでしょ」


木の棒の真下の土を手で漁ってみる。


・・・。


「む・・・」


なかなかに骨が折れそうだ。


「・・・やっぱ道具を持ってきた方がいいかな」
「近くの家の人に借りてくれば?」
「そうしよう。 ここで待っててくれる?」


「わたしのぶんもお願いしていい?」
「わかった・・・」

 

・・・・・・。


・・・。

 

最終試験での出来事によって、田舎町でおれたちを知らない人間はいないくらいだった。

樋口三郎の息子。

ほとんどの人は好意的に接してくれていた。


・・・・・・。

 

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スコップを二つ持ってきて、元の場所へと戻ってきた。


「おかえりっ、早かったね」


スコップを一つ持ち、もう一つを夏咲に手渡す。

 

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「あれ? あたしの分は?」
「さちも掘るつもりだったのか?」
「なんであたしだけハブられるのよ?」
「ハブるつもりはなかったけど、三人で掘るにはせますぎると思ってさ」
「・・・それもそっか」
「絵を描きに戻ってもいいぞ。 見てても退屈だろ」
「いやいや、お宝発掘の瞬間を見たいし」


「じゃあ、掘るよー、掘っちゃうよー」
「元気いっぱいだねっ」


さちの目に昔を懐かしむような光が宿っていた。

 

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「変わったね、夏咲も・・・」


・・・。



「おらおらぁーっ、お宝カモーンっ」
「・・・・・・」

 

 

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スコップを持つと人が変わるようだ。


ザック、ザック・・・。


「地中深く埋められてるんだろうな」


・・・と、思っていた矢先、カツンと何かにぶつかった。


「も、もしかして・・・?」

「ついに・・・」

「お宝? 出ちゃった?」


「ちょ、ちょっと待って! ここからはっ、ここからはわたしが掘るよっ!
慎重にっ! 慎重にっ! 花を愛でるように静かに冷静にっ!」


ちく、ちく、ちく・・・。


「そーっと・・・そーっとぉ・・・」


ちく、ちく、ちく・・・。


なっちゃんなっちゃん、それ、つついてるだけだよ」
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


汗だくだった。

少しずつ、地中から金属製の箱が姿を現していく。


そしてついに・・・。


「おぉぉっ! 夏咲、一番乗りっ! 夏咲、一番乗りだぞっ」


Vである。


・・・でも、夏咲は周りの向日葵の根を傷つけないように慎重に掘ってたんじゃないだろう
か。


「早速開けてみよーよっ」


「開けてみてもいいかな?」
「うんうん、なっちゃんが発見したんだからね」
「それじゃ・・・えいっ」


力を込めて箱のふたを開く。


「くっ・・・」


つかむ。


「・・・ぬんんん~~~・・・!」


引っ張る。


「ぬうぅぅぅーっ・・・!」


引っ張る。


「ヌウゥゥゥーーン・・・」


脱力。


「だ、ダメだった。 ダメだったよ、ケンちゃん・・・」


「どれどれ、あたしに貸してみ」


夏咲にかわって箱の前に腰を下ろす。


「ぬっ・・・、無理っ」


「あきらめるの早すぎ」


仕方ない、おれが・・・。


「・・・・・・」


何となく箱を揺さぶってみる。


ユサユサユサ・・・。


「・・・・・・」
「ケンちゃん、どうしたの? 箱に耳を当てたりして」
「・・・箱の中には、何も入ってないんじゃないかな・・・」


「えぇーっ! そんなオチやだよ」


「やだよ、やだよ」


じたばたしだす。


「また開けてないから、何とも言えん」


ふたに手をかけ、力をこめる。


「ふんっ!」


ググググググググッ!


「はあっ、はあっ・・・くっそー、開かねえ!」


何度も試してみるが、それでも開かない。


「あ、わかった!」
「え?」
「ケンちゃんが箱を引っ張って、ケンちゃんをわたしが引っ張って、わたしをさっちゃんが
引っ張れば開くんじゃない?」
「そういうカブの話はあったけどさ・・・」


「それで開いたら苦労しないよねー」
「どうなってやがる・・・錆びてるのか?」
「それとも、箱自体に仕掛けがあって、変わった開け方をしなきゃいけないとか」
「野生の勘?」
「箱を調べてみようよ」


「あ、鍵穴発見!」
「んなあっさり・・・ってマジすか!?」


「よかったじゃん。 鍵があれば開くんでしょ?」
「鍵?」

 

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「えっ? もしかして、もってないの?」


「これは違うのかな?」


夏咲が、さびかけている鍵をおれたちに見せた。


「その鍵は、どこにあったの?」
「箱の下にくっついてたよ」
「鍵の意味ねえよ・・・」


「とりあえず、開けてみようよっ」
「うんっ、わたしに任せて」


鍵を差し込んで、ゆっくりと回す。


ボキッ!


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・折れちゃった・・・」


「折れた、ね・・・」

「いやあ、まいったまいったぁっ!」

「まいった、まいったぁっ!」


・・・。

 

「お前ら最高だな・・・」


「いっそのこと、箱をぶっ壊しちゃえば?」
「その方法しかないのか・・・」


「ごめんね、ケンちゃん・・・わたしのせいで」


「鍵がボロかったんだから、しょうがないって」


箱を再度調べる。

長年、土の中に入っていたせいか全体的に錆びついている。


「でもでも、乱暴なことをすると、中身が壊れちゃうよ」
「中身は、そういう割れ物じゃないと思う。
入ってたにしても、恐らく紙か何かだろう」


自分でそんなことを言ってから気づいた。


「また暗号じゃねえだろうな」
「もう暗号はこりごりだよ・・・」


「こりごりって・・・あんたたち何回解いたの?」
「二回」
「難しかった?」


「難しかったけど、ケンちゃんが解いてくれたよ」
「さっすが賢一じゃん」


「時間はあるから暗号なんか何回でも解いてやれるが・・・だんだんメンドくさくなってき
た」
「とりあえず、壊す?」
「そうだね。 どこか、固い地面を探そう」


向日葵畑を歩き回り、それらしいところを見つける。


・・・・・・。


・・・。

 

「土ばっかだな」


「当たり前じゃん。 コンクリートから向日葵が生えるかっての」

「小さな草とか生えてるのは見かけるけどね」


「とにかく、ここじゃどうにもならない。 自宅に持って帰って何とかしよう」
「中身が気になるなあ・・・」
「一緒に来るか?」
「ううん。 もう絵を描きに戻らないといけないから、ここでお別れ」
「そりゃ、残念だな」


「でも、さっちゃんのおかげで助かったよ」
「ホントだな。
さちの記憶力がなかったら、あてもなく向日葵畑を放浪するところだった」

 

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「金目のもんだったら山分けなんだからね」
「はいはい、わかってるって」


おれたちはさちと別れ、家路に着いた。


・・・・・・。


・・・。

 

山道を登り、自宅へと向かっていた。

 

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「でもケンちゃん、この箱どうやって開けるの?」
「力任せに地面に叩きつける。 あるいは、斧か何かで叩き切る」
「強引だね」
「オヤジが錆びた鍵なんか渡すからいけないんだ」


「それは違うな」


・・・!


「磯野か? どこだ?」


どこからともなく、磯野の声が聞こえてきた。


「磯野くん、なにやってるの?」
「木の上で瞑想をしてたんだ」


頭上の枝から飛び降りた磯野は、おれたちの目の前に華麗に着地した。

さちの宝探しのときと同じだ。

 

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ごきげんよう。 二人とも、宝探しは順調かな?」
「順調なんだけど、困ってるの」


「こいつを見やがれ」


先ほど手に入れた箱を磯野に手渡す。

もちろん鍵穴には、折れた鍵が詰まったままだ。


「誰だ、鍵を折ったボケは?」
「ご、ごめん、わたし・・・」
「じゃあ許してやろう」


「けっきょく、自宅に帰って箱を壊すことにしたんだ」
「そういうことなら僕に任せろ」
「なんで?」
「僕、黒帯、空手」
「嘘つけよ」


「ほんとに?」
「ホントホント」


「ケンちゃん、疑うのは良くないよ」
「こいつは爽やかな笑顔で嘘をつけるヤツなんだよ」


「いいから黙って見てろや」
「・・・・・・」
「おら、箱持て」
「・・・・・・」
「僕の前に突き出す」
「・・・わかったよ、こうか」


蹴るのか殴るのかわからんが、箱を両手で持って差し出す格好になる。

 

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「・・・はあぁぁっ・・・」


怪しげな動き。


「思い知るがいい・・・我が究極奥義・・・奥義・・・奥義・・・」


一人エコー。


「はああああぁぁぁあっぁああっぁっ!
ぬああああぁぁあぁああああっっ!
くうぅぅああああああああああああああっ!」


・・・。


「じゃ、いきまーす」
「なんだよ! いまのタメは!?」
「心の準備」
「心の中でやれ!」
「あたぁっ!」
「いでえっ!
てめえ、どこ蹴ってんだ!」
「すまん、足が逸れた」
「ふざけんな!」
「あたぁっ!」
「い、いだっ! バカっ!
や、やめっ・・・! お、おいっ、やめっ、やめろって・・・!」

 

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「アタタタタタタタタ!」
「い、い、いい加減にしろっての・・・おれはサンドバックか!」
「は?」
「サンドバックか!」
「え? なんだって?」
「まるでサンドバックかっての! サンドバックですかっての!」
「そんなはしゃがれても・・・」

 

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「け、ケンちゃん・・・?」
「・・・・・・え、なんで? なんでおれが寒いヤツみたいになってんの?」


「まあ、箱は割れたんだから別にいいじゃないか」
「んなわけねー・・・って、あれっ!?」


割れてる!


「ふははっ、僕のゴールデンエクスペリエンスはどうだったかな?」


よくわからないが、とりあえず目的は達成されたようだ。


「何が入ってたのかな?」


箱の残骸に紛れて・・・一枚の紙。


「また暗号かよ!」


いい加減、飽きてきた。


「読んでみないと分からないよ」


声に出して読んだ。


「『ケンへ』・・・わたしが読んでもいいのかな?」
「読みたいなら読んでもいいよ」
「うんっ。 えーっと・・・『この手紙を読んだ者は、一週間以内に他の人に手紙を送らな
いと不幸になる』」
「・・・・・・」


「・・・・・・」


「ケンちゃぁん・・・どうしよお・・・」


涙目でおれに頼ってきた。


なっちゃん、これはただの冗談だから、気にしないでいいよ」
「そんなこと言われても、やっぱり心配だよぉ・・・」
「大丈夫。 おれが必ずなっちゃんを幸せにしてみせるから、心配しないで」
「ケンちゃん・・・」

 

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「うわっ、キモサブ」
「ほっとけ」
「それでも、君たちの幸福を願っているよ」


「ありがとう」


おれが続きを読む。


「『・・・というのは冗談だ。 決して夏咲ちゃんに、この内容を読ませてはいけない。 
信じてしまいそうだからね』」


あの野郎・・・。


「『さて・・・もう暗号はこりごりだと思っているケン坊は、なかなかに飽き症みたいだな

「うるせえよ」
「おれのセリフ。 磯野は黙ってろ。
『次が最後の暗号となる。 頑張って探してみるといい』」


「やっと最後なんだね・・・」
「疲れるな・・・」


手紙を読み進めていき、最後の方に書いてある暗号文に目をつけた。


・・・またもや、数字だらけの暗号文だった。


『15 10 26 ○6 44 7 25 36 31 ○19 1 43。 ○15 
0 ○6 2 12 41 44 19 2 43 15 25 ○26 12 40 2
2、 27 20 12 44 ○13 16 6 41 26 3 35 44 199 2 43。 16 6 25 34 50 35 18 19 12 19 35 32 18 9 43 10 20 26 ○19 7 ○13、 17 50 26 2 18 8 ○26 43 35 25 22 25 32 16 6 41 26 27 6 42 6 ○6 36 8』


・・・・・・。


・・・。


「急にハードル、高くなってないか?」
「・・・今までのと比べると、全然違うね・・・」

「僕は帰るぞ。 あとは君らでがんばりな」
「なんだよ、逃げんなよ」
「いやいや、お役に立ててなにより」


「ありがとうね、磯野くん」
「・・・・・・」


急に、夏咲をじっと見つめた。



「フッ・・・」
「なんだよ、気味悪いな」
「しっかりしろよ、ケン坊」
「は?」


去っていった。


「なんだ、アイツ・・・」
「とりあえず、家に戻って暗号を考えてみようよ」
「そうだね。 まずは帰って一息つこう・・・」


・・・・・・。


・・・。

 


夕方になるまで悩んだが、暗号が解ける兆しもない。

 

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「いままでのやり方とは全然違うね。 もうなにがなんだかわからないよ」
「そう凝ったものじゃないと思うんだけどなあ・・・」
「数字だけじゃなくて、記号もあるんだよ。 難しいよ」
「あーっ、もー疲れた。 今日はこれまで」


畳に仰向けに倒れる。

繰り返される暗号の数々に、嫌気が差してきた。

今日はこれ以上考えられそうにない。


「わたしも頭が働かないよ・・・」


思わずため息。

ふたりして寄り添って、見つめ合う。

 

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「ねえ、ケンちゃん・・・」
「うん?」
「いっぱい思い出作ろうねっ。
わたし、ケンちゃんに会えない間、ずっと、寂しくて・・・。
わたしの時間は、子供のころからずっと止まったままなんだよ。
ケンちゃんじゃなきゃ、ヤなんだよ・・・」


吐息が感じられるほどの距離。

夏咲は小さく震えていた。


なっちゃん・・・」


おれたちは口づけを交わす。


「ケンちゃん、あったかいよ・・・とても、あったかいよ・・・」


もう寒いのは嫌なんだろう。


「んっ、ちゅっ、はむっ・・・」


手と手を合わせながら、いつまでも唇を重ねあった。


・・・・・・。


・・・。

 


強い陽射しを感じる。


「・・・んっ」


「あっ」


目を覚ますと夏咲の顔がすぐ近くにあった。

 

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「起きちゃった?」
「うん・・・」
「じゃあ、今日は、いい?」


キスのことか。


「・・・・・・」
「いい?」


寂しそうだった。

そっと、抱き寄せる。


「えへへっ・・・」


頭を撫でてやる。

 

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「くすぐったいよ・・・ごろごろしたくなるよ・・・」


・・・。


「・・・はむっ、ちゅっ、ちゅるっ・・・」
「んっ、なっちゃんは、キスが好きだね・・・」
「ダメぇっ?」


ダメなわけもなく・・・。


「こうしてると、優しい気持ちになれるんだよ・・・」
「ていうことは、普段は優しくないの?」
「んっ?
くふふっ、そうだよっ、ちゅっ・・・。
はむっ、ちゅっ、ちゅぷっ・・・ん、は、あっ・・・んちゅうぅっ」


ムキになって唇を這わせてくるのだった。


・・・・・・。


・・・。

 

正午、おれと夏咲は商店街へ来ていた。

 

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「暗号、ほったらかしてきちゃったね」
「まあ、いいんじゃない? 夏休みはまだまだ長いし」
「そうだね、のんびり、ゆったりでいいねっ。
焦らなくても、急がなくても、楽しいことはたくさんあるもんねっ」


底なしに明るかった。


「今日は、人がたくさんいるね」
「迷子にならないようにね。
なっちゃんはぼーっとしてるから、ちょっと心配だよ」
「手・・・つないでるからだいじょぶだよっ」


ほんのりと暖かい夏咲の体温が、手を通して伝わってくる。


「落ち着くなあ、ケンちゃんと一緒にいると・・・」
「おれだって・・・」


自分の心臓が、トクントクンと優しく動いているのが分かる。


「普通に、デートみたいになっちゃったね」
「よく考えてみれば、デートって久しぶりだね」


最終試験が終わり、法月先生が去ってから一年がたった。


ドンッ。


「あっ・・・」


夏咲の体が揺れ、こちらに寄りかかってきた。

 

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「あ、ごめん」
「いえ、わたしも不注意でした」


おっさんは去っていく。

夏咲に異変はない。

以前だったら、震え上がっていただろう。


なっちゃん?」
「どおしたのぉっ?」
「いや、なんでもないよ・・・」
「ふふっ・・・ケーンちゃんっ」
「ん?」
「大好きだよ」


腕を絡ませてきた。


「心配してくれたんだよね?」
「・・・・・・」
「でも、もう平気だよ。 ケンちゃんがそばにいてくれるから」


腕を組んで、商店街を歩くことになった。


・・・・・・。

 

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「あっ、賢一・・・」
「灯花じゃねえか、ようっ」


片手を上げて、軽く挨拶をする。


「買い物?」
「そんなところかな・・・本当は、宝探しに疲れたから気分転換してるんだけど」
「宝探しって、まだ見つけてないの?」


「いくつも暗号が出てきたかと思えば、今度は難しくて混乱しちゃって・・・」
「もう最後なんだ。 あと一押し」

 

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「私に手伝えっての?」
「手伝いたいなら手伝ってもいいぞ」
「人に物を頼む態度じゃないね」


「あ、いいよいいよ。 ごめんね、お料理の練習で忙しいんでしょ?」
「・・・む、夏咲ちゃんに言われると・・・」


「手伝いたくなるだろ?」
「・・・・・・」


すっとポケットから何かを出した。


「いま、ちょっと手が放せないからあれだけど・・・。
かわりといっちゃなんだけど・・・。
ペロペロキャンディ、あげる」


しぶしぶ、といった様子で差し出した。



「えっ?」
「好きでしょ?」
「う、うんっ、見てるだけで幸せっ!」


「ま、待て、灯花!」
「なに?」
「バカやろう、お前、なっちゃんに渦巻きを見せちゃダメだろ!」
「え? そうだっけ?」
「一時間は帰ってこなくなるんだぞ!」
「うそっ? なにその裏設定!」
「裏じゃない!」


はっ、としたときには遅かった。

 

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「・・・ぼおぉー」


「やばっ!」
「どうすればいいのっ!?」
「と、とにかく、なっちゃんとキャンディを引き離すんだ!」
「わ、わかった、えいっ!」


振りかぶった。


「・・・くっ」
「投げろよ!」
「お菓子を粗末にするなんて、私にはできない」


「はあっ、はあっ、渦巻き・・・渦巻き・・・」
「ちょ、ちょっと! にじり寄ってくるんだけど!」


「か、貸せ!」


キャンディをひったくる。


「ちょっと! 投げ捨てたりしたらダメなんだからねっ!」
「わーってる!」


包装のビニール袋を破く。

渦巻きを破壊すべく、キャンディにがぶりついた。


「がりっ!」

 

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「あ・・・」


ゾンビのような足取りがぴたりと止まった。


「正気に戻った?」
「ワタシ、キオク、ソウシツ」
「悪化してる!」


がりがりっと、ぜんぶ食う。


・・・。

 

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「あれ? わたし・・・」
「ふー、一時はどうなるかと・・・ってか、思いっきり噛んだから歯いてぇわ」


「なんて危ない裏設定なのよ」
「だから裏じゃねえっての」


・・・・・・。


・・・。

 

灯花と別れ、おれたちは川辺に遊びに来ていた。

水辺が近いせいか、夏の暑さをあまり感じなかった。

川も澄み切っていて、底にある石の数まではっきりをわかる。

 

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「思ったとおりだよ。 涼しくて気持ちいいなあ」


夏咲は両手を大きく広げた。

気持ちよさそうに目を閉じ、吹きすさぶ風を一身に受けている。


「ケンちゃんも、同じようにやってみて」


夏咲と同じように、両手を大きく広げて目を閉じた。

田舎町独特のにおいが、風に乗ってここまでやってきているようだ。

隣にいる夏咲の髪が風になびき、さらりと流れる。


「気持ちいいね・・・」
「ねえケンちゃん。 そこに一緒に座らない?」


夏咲が、背丈の低い草むらを指差していた。


「そうしよっか」


夏咲に促され、腰を下ろした。


「一年前、ここで恩赦際をやったよね。 覚えてる?」
「あれか・・・」


あのときは、夏咲を無理に誘ってしまった記憶がある。


「またみんなで集まって、わいわい騒いで、料理を作って食べたいなあ・・・」
「夏休みは始まったばかりだし、予定を立てれば近いうちにできるんじゃないかな」
「花火とかもいいよね」
「線香花火とか?」
「線香花火かあ・・・ケンちゃんは知ってるかな?」
「なにを?」
「二人で線香花火を同時に灯して、先端についてる火が先に落ちた方の負け」
「なんか普通だね」
「でもこの勝負をする前にね、お互い願い事をかけるの。
そして、勝った方の願いは実現するとかなんとか・・・」
「なんとかって・・・自信なさそうに言われてもなぁ」
「今度やってみようよ。 叶えたい願い事があるから」
「願い事? 聞かせてよ」
「ダメに決まってるよぉ・・・恥ずかしいし、聞かれたら意味ないもん」
「うーん、手厳しいなあ」
「そういうケンちゃんだって、聞いても教えてくれないだろうし」
「あ、やっぱり分かる?」


それからしばらく、談笑を楽しむ。


「ふあーっ・・・あふぅ・・・」
「眠いの? そんな大きなあくびをして」
「ちょっとね、うとうとしてきちゃった。 ぼーっとしてていい?」
「ぼーっとするの?」
「ケンちゃんも一緒にやってみる?」
「適度にやってみようかな・・・」


ただジーっとしてるだけなんだろうけど。

 

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「・・・・・・」


夏咲は川の流れを見ている。

おれも同じように、川を眺める。


「・・・・・・」


ふむ・・・確かにぼーっとするな、これは。


「・・・・・・」
「あれ? なっちゃん?」
「・・・くーっ・・・」
「・・・寝ちゃってるよ」


夏咲の頭が、こっくりこっくりと上下に動いた。

そんなに眠いのなら、我慢しなくてもいいのに。

おれは夏咲の肩に手をかけ、静かに抱き寄せた。


なっちゃんの寝顔か・・・かわいいな」
「んー・・・むにゅむにゅ・・・」


見ているこちらも幸せになりそうだった。


「んん~・・・ケンちゃん・・・」


ぼーっとするのも悪くはないな。


「ケンちゃん・・・お手・・・おかわり・・・」


・・・聞いてはいけないことも、聞けちゃうし。


・・・。


「それはそうと、もう帰らないと夜になっちゃうじゃないか」
「・・・すーっ・・・すーっ・・・」


しかし、起こそうと思っても起こせないのが現状。

おんぶすればいいか。


「よし・・・よっこらしょっと」


簡単におれの背中に乗る夏咲の体は、とても軽かった。

寝息も定期的に聞こえてくる。


「熟睡してるのかな。
じゃ、じゃあ、こっそりいたずらを・・・。
って、あんたも知っての通り、おれにそんなことをする度胸もなく・・・。
・・・誰に言ってるんだ、おれ」


そういえばケムリをやめてしばらくになるな。

味に飽きてやめたんだよな。


帰ろう。

 

・・・・・・。


・・・。

 

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日も完全に暮れた夜ごろ、ようやく自宅にたどり着いた。

夏咲はというと、未だに熟睡中。


「よくそんなに眠れるなあ」


タオルケットをかけてあげた。

ちょっくら風呂にでも入ってくるとしよう。


・・・・・・。


・・・。

 

「ふぅ・・・長風呂しちまったぜ」


蜂蜜ジュースを一気飲みし、ほっと一息。


「ん? なんだ、あの紙の束は」


居間の隅に、見覚えのない白い紙の束が置いてあった。

なにやらたくさんの文字が書かれているようだ。


「数字ばかり・・・って、これは」


よく見れば、暗号文を解いていく過程が、きれいな文字で書かれていた。


なっちゃんめ・・・さては手柄を独り占めにしようとしてたな」


いやいや、絶対そんなことはない。

一人で解いてみせようと頑張ってみたのだろう。


なっちゃんは、こっそり隠れて努力するタイプなのかな。
たかが宝探しだなんて思ってたけど、ちょっくら真剣にやるかね・・・」


夏咲は童心に戻って、この宝探しを楽しんでいるのかもしれない。

七年間の空白を埋めるように・・・。


「なら、おれも童心に戻るか」


夏咲が残したメモを見る。


「ふむ・・・頑張ったのはいいけど・・・答えには結びついてないな。
参考にはなるかもしれないから、起きたら聞いてみよう」


・・・。


「・・・むにゅむにゅ・・・ケンちゃん・・・。
たくさん、遊ぼうねっ・・・ずっと、いっしょだよ・・・もう、どこにもいかないでね・・
・」


そっと手を握る。

幾度となく握った手のひら。


・・・。

 

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あの牢獄で、おれをかばってくれた手のひら。

おれは夏咲の体に寄り添うようにして、眠りについた。


・・・・・・。


・・・。

 

車輪の国、悠久の少年少女 夏咲シナリオ【1】

 車輪の国、悠久の少年少女

 夏咲シナリオ

 

 

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「もう、会えないのかと思っていた・・・。
もう、ケンちゃんと会うことはないと思っていた・・・。
もう、わたしは人を好きになることはできないと思っていた・・・。
そうしてあの日も、やっぱりわたしは向日葵畑でケンちゃんを待っていた。
義務を負い、どれだけ自分が堕ちても・・・。
ケンちゃんに会いたいという気持ちは変わらなかった」


・・・・・・。


・・・。

 

「田舎町での出来事。 たいへんな出来事。
あれから一年経って、また一緒に暮らせるようになった。
昔のケンちゃんみたいに、オドオドしていないのが惜しいなぁ・・・。
あの頃はけっこう可愛かったのに、ちょっともったいない気もする。
けど、今のカッコいいケンちゃんも好き。
これからも、ずっと一緒にいようね。
空白のできたこの七年間を、楽しい思い出で埋めていこうね。
ケンちゃんっ・・・」


・・・・・・。


・・・。

 

今日も夏咲を自宅に誘った。

毎日のように、こんなことをしているような気がする。


・・・。


「ケンちゃんっ・・・ケンちゃあん!」


かまってやれなかった七年分の空白を、これから埋めていくことにしよう。

夏咲は、おれが絶対に幸せにするんだ。


・・・。

 

おれたちは今日も、お互いを求め合った・・・。

 

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・・・・・・。


・・・。

 

「えへ、今日もいっぱいケンちゃんを感じたよぉ」
「おれもだよ、なっちゃん


夏咲はぽーっとした表情で、おれを見つめている。

倒れ込むように、夏咲に覆いかぶさった。


なっちゃん・・・」


すぐ目の前にある、火照ったからだを抱きしめる。

しばらく息を整え、だいぶ落ち着いてきた。


「ケンちゃぁん・・・」


夏咲はふり向き、そっと唇を重ねてきた。


「ん、ちゅっ・・・」


熱い吐息が、おれの意識を朦朧とさせる。


「熱いよぉ、ケンちゃん・・・」


とろんとした大きな瞳に、これ以上ないくらいに幸せそうな笑顔。

おれは微笑み返し、幸福感を抱きながら眠りに落ちた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

ケーンちゃんっ! あっさでーすよぉ~・・・」



・・・。

 

「ふふっ、寝顔が可愛いんだね・・・ずっと見ていたいなあ」

 

・・・・・・。



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ちゅっ。

 

柔らかい感触が、唇に優しく押し当てられた。

 

・・・。

 

 

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「おはよっ、ケンちゃん」


夏咲の顔が目の前にあった。

心臓、ドキドキ。


「お、おおう」
「まだ眠いの? ふふっ・・・ねぼすけさんだなあ」
「・・・おはよう・・・」
「おはようのキスしてあげるね」
「・・・うぉっ!」
「はむっ、ちゅっ」


ぷにぷにとしていて気持ちのいい、夏咲の唇の感触・・・。

最近はこれがないと、一日が始まらない。

 

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「毎朝、こんな感じだよね」


すでに恒例行事と化していた。


「まだ大丈夫だよね?」
「なにが?」
「・・・学園」
「散歩しながらでも間に合うよっ」


普通に歩くってことね。


「眠いとは思うけど・・・ここはこらえて起きて、ほらっ」


掛け布団をバサァッと剥ぎ取られる。

そして、さらされるおれの裸。


「・・・ぁ・・・」


昨日はあのまま眠ったんだから、当然の結果だ。

朝起きた夏咲も、気づいているはずなのに。


「な、なっちゃんっ」
「・・・ご、ごめんねっ」


こけそうになりながらも、慌てて寝室を飛び出していった。


「きゃあぁあっ!?」


コテッ、ドッシーンッ!


「あいたたた・・・」
なっちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよぉ・・・ぐすんっ」


何だか・・・おれが悪いことをした気分だ。


・・・・・・。


・・・。

 


今日は朝から熱かった。

学園に着くまでに、日焼けしてしまいそう。

 

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「日傘でも差して学園に行きたいよね・・・」
「いいね。 なっちゃんが日傘を差して歩く姿、見てみたい」
「そんなの見たいの? 変わってるなぁ」


首をかしげていた。


「次から持って行こ。 ケンちゃんとおそろいで」
「次からって言っても、今日で学園は終わりだよ?」
「あっ、そっか・・・明日から夏休みなんだよね。
日傘で登校っていうのも、やってみたかったんだけどなぁ・・・」
「なんか、セレブだね」

 

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「せれぶ? それって美味しいのかなっ?」
「・・・どうして食べ物に結びつくの?」
「んー。 ねえねえケンちゃん、『せれぶ』ってなあに?」
「・・・お金持ちのお嬢様のことだよ」

 

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「やだなあケンちゃん。 わたし、お金持ちじゃないよぉ」
「日傘を差して歩いている女性って、何となくそんな気がするんだ」

 

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「別にわたしはお金なんていらないよ、ケンちゃんだけでじゅうぶんっ」
「お、おう・・・」


恥ずかしいな。


「それより、夏休みはどこに行こっか?」
「そだね。 どこで遊ぼうか?」
「川で泳ぐとか、山に食べ物探しに行くとか、洞窟を探検するとか・・・色々あるよ」
「クーラーのある部屋で、のんびりと過ごしたい」
「そんなことさせないよ。 不健康すぎるもん」
「そうかなあ?」
「そうだよっ。
冷蔵庫の中に、ずっといるようなものじゃない?
あ、そんなことより、ねえねえ、ケンちゃん」
「なぁに?」
「冷蔵庫と冷凍庫の違いってなに?」
「本気? 本気で知りたいの?」
「本気だよ。 ケンちゃんの口から聞きたいの」


わからん子だな・・・。

 

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「はっきり言って。 心の準備はできてるよ」


なんか、別れ話でも切り出すかのよう・・・。


「冷蔵庫は、冷やしたいものを入れる場所。
冷凍庫は、凍らせたいものを入れる場所」


真面目に語ってみた。


「あ、見て見て、珍しいチョウチョだよー」
「ちょっと、無視しないで」
「んんーっ・・・?
じゃあついでに、賞味期限と消費期限の違いってなあに?
教えてっ、ケンちゃん」
「ええ? なんでそんなこと気になるの?」
「知りたいの。
ケンちゃんの口から聞きたいの。 心の準備はできてるの」
「・・・賞味期限は美味しく食べられる期間で、消費期限は、ギリギリ食べられる期間っていう意味だよ」

 

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「どっちにしろ急げオラってことだね」
「オラって・・・」
「賢くなった。 夏咲、また一つ賢くなったぞっ」


Vである。


そんなこんなで学園にたどり着く。


・・・・・・。


・・・。

 


「みんな、おっはよーっ」

 

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「はよーっす。 今日もラブだね、賢一っ」
「からかうなよ」
「なんか出てんだって、そういうオーラがむわ~んと」
「何か、やなオーラだな・・・」


「むわ~ん、か・・・なんとなく分かる気がするよ」
「おれには全然分からないけど」

 

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「僕には分かるな」


「私、わかんない」

 

なんか全員集合した。


「なんだか、二組に分かれたわね。 理性派の賢一と私」

「感覚派のわたしと、さっちゃんっ」

 

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「そして野生派の僕!」


そういう図式である。


・・・。

 

「みんな席に着きなさい。 HRを始めるわよ」

 

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「がおーっ!」
「うわっ!?」


「なにしてんだてめえ!」


首根っこをつかむ。


「ちょ、ちょっと、いいかげんになさいね」


いつものようにくだらない朝が始まった。


・・・・・・。


・・・。

 


午前中の授業が全て終わった。


「ところで、明日から凡人どもは夏休みみたいだけど・・・」
「凡人?」
「みんなは何をするのかな?」

 

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「絵を描く」

「料理の特訓」

「ケンちゃんと一緒にいる」

なっちゃんと一緒にいる」


・・・。


「何だかんだでみんな、平和な過ごし方しかしないんだねえ」
「平和でいいじゃねえかよ・・・」
「時間があるからこそ、もっと冒険をしないとダメだ」
「じゃあ聞くが、磯野は何をするんだよ」
「盆栽の手入れ」
「冒険をしろよな」
「僕の盆栽の腕前は、凡才だからね」


「磯野君、おもしろーい」


夏咲はきゃっきゃしてる。


「どうしてそんなにくだらないことを、平気で言えるのかしら?」


灯花も似たようなもんだが・・・。


「それで、明日から凡人は休みだけど、みんなはなにするの?」
「凡人って」


「だから、絵を描くって」

「だから、料理を作るって」

「ケンちゃんと一緒にいる」

「まあ・・・なっちゃんと一緒にいる」


「庭の草むしり」
「まったりしてんなお前」
「平和で何が悪い?」
「さっきは冒険するっつーたろうが」
「君もやってみるといいよ。 健康にいいからさ」


「でも、ぼーっとしてておもしろいかも」
「何もしないのに面白いんだ?」
「日向ぼっことかも健康にいいんだよ。 ぽかぽかしてて気持ちいいし」
「どっか出かけるのも悪くないでしょ?」
「そだね、どこいこっか?」


くふふ、と笑っている。


「ねえ、ケンちゃんどこ連れてってくれるの?」


ぐいっと腕をひっぱってくる。

 

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「うわ、なんかラブってる」

「・・・まったく、しょうがないなぁ」


しかし、みんな、おれたちを祝福してくれている。

 

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「あー、殺してぇ」


コイツ以外は。


・・・・・・。


・・・。

 


なんでもない一日が終わった。

太陽は西に傾き、真っ赤に燃えている。

 

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「ケンちゃんどうしたの? 窓の外をボーっと見て」
「太陽を見てたんだ。 なっちゃんもやってみる?」
「うん」


二人で太陽を眺めてみた。


「・・・・・・」

 

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「ぼーっ」


「・・・・・・」


「ぼおぉーっ・・・」
「楽しい?」
「楽しいよ。 ケンちゃんは?」
「ちょっと退屈かも・・・」
「・・・帰ろっか?」


結局何をするでもなく、おれたちは学園を後にすることにした。

明日からは夏休みだ。


・・・・・・。


・・・。

 

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なっちゃんてさ、毎日うちに来るよね」
「・・・来ちゃいけなかった?」
「そんなことないよ。
ただ、大変じゃないかなって思ってさ」


学園から帰り、夕食が食べ終わるまで家にいてくれる。

それから寮へ戻るわけだ。


「全然大変じゃないよ」
「いっそのこと、うちに来ちゃいなよ」
「毎日来てるけど?」
「寝泊まりすれば?」

 

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「同棲ってこと?」
「そうなるね」
「は、恥ずかしいね・・・」
「あ、そ、そうだね・・・」
「・・・うぅ」
「や、やっぱりやめておく?」
「い、いいの?」
なっちゃんが、いやじゃなきゃ」
「わたし、よく寝るし、寝たと思ったら起きるし、落ち着かない子だよ?」
「うん、知ってる」
「カレーは一晩寝かさないとぜったい食べないよ?」
「・・・そうなんだ」

 

「ぜったいなんだよ?」


そんなにカレー好きだったか?


「でも、いっしょにいたいな・・・」


上目づかいで見つめられる。


「じゃあ決まりだね。 今日から同棲よろしく」
「う、うん・・・同棲よろしくね」


なんだか、感涙。

同棲という響き。

おれクラスのへたれには、たまらない。


「ケンちゃん、嬉しそうだね」
なっちゃんだって・・・」
「明日から、ずーっとケンちゃんと一緒なんだ・・・。
なにして遊ぼっかなー」
「今日の発言だけ聞いてると、遊ぶことしか頭にないような気がするんだけど・・・」
「ダメなの?」
「うーん・・・まあいいや。
思いっきり遊ぼうか。 たまには、冒険もしてみたい」

 

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「冒険、冒険っ!」
「おもしろそうだね」
「人生は冒険の連続だからねっ」
「うわっ、なっちゃんが難しいこと言ってる」
「ケンちゃん・・・今の発言はどうかと思うよ?」
「いや、なっちゃんていつもぽーっとしてるから」
「確かにぽーっとしてるけど、色々考えてるんだよ」
「へえー・・・どんなこと考えてるの?」
「ケンちゃんのこととかぁ、ケンちゃんのこととか、ケンちゃんのこととかっ」
「・・・ちょっとだけ、なっちゃんの頭の中を見たくなってきた」


少しだけ夏咲に近づいた。

 

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「だめだよぉ・・・恥ずかしいよお」


ちょっと離れた。

少しだけ視線を下げ、頬を赤く染めていた。


「そうして照れてるなっちゃんも可愛いよ」
「うぅ~・・・」


指先をモジモジさせて、おれと目を合わせようとしてくれない。


「ケンちゃぁん・・・いまそれを言うのは卑怯だと思うよ?」
「あまりにも可愛かったから、つい・・・」
「・・・また言ってるぅ・・・」


リンゴのように真っ赤になってしまった。


「っと、ゆっくり歩いてたら日が暮れちゃうな・・・急ごうか」
「別にゆっくりでもいいんじゃないかな?
今日からは一緒の家に寝泊まりするわけだし・・・」
「早く、なっちゃんの作ったご飯が食べたいなあ」
「ケンちゃんは甘えん坊だよね。 今日はちょっとだけ豪勢にしちゃおっか」
「お腹が減ってるから、あまり時間はかけて欲しくないな・・・」
「今日は何を食べたい?」
なっちゃんが作るものだったら、何でもいい」
「そういう曖昧な返事は困るんだけど・・・」
「夏だから、あっさりしたものがいいかな」
「じゃあそうめんとか、うどんとかの麺類・・・あとデザートにスイカとかどうかな?」
「いいねえ。 でも、スイカってあったっけ?」
「ケンちゃんと一緒に食べようと思って、買ってきておいたんだ。
水につけてケンちゃんの家に置いてあるよ」
「用意がいいね」
「縁側に座って、一緒に食べたいよ」
「種飛ばしとかもいいよね。
畑にまけば、来年生えてくるかもしれない」
「育ちがいいものは、雲の上まで伸びちゃったりしてね」


おれの隣に並んだ。

そして軽い足取りで帰宅する。

他愛のない会話。

他愛のない毎日。


・・・明日からは、もっと楽しい日が続けばいいな。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「んっちゅっ・・・」


翌朝。


「ちゅっ、ちゅっ・・・」


夏咲の甘い口づけで目を覚ます。

 

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「えへへ、起きたー?」
「お、おはよう・・・」
「もっと、してあげようか?」
「い、いや・・・」


けっこう、だいたんな子なんだよな。


「くふふっ、ケンちゃんにくっついちゃえっ・・・」
「おわわっ・・・」
「はむっ、ちゅっ、ちゅぱっ・・・」


大変な朝だった。


・・・・・・。

 

ちゃぶ台に向かい合うように座り、夏咲と一緒に朝食を取る。

今日もヘルシーなおかずの数々だった。


「おかわりもあるよ」
「じゃあ、もう一杯」


ご飯はふっくらと炊けており、おかずなしでもご飯が進む。


「朝起きたらね、せみが大きな声で鳴いてて、すっごくうるさかったんだよ。
あんなに騒いで疲れないのかな?」
「毎日ああやって鍛えてるから大丈夫なんだよ、きっと」
「私だったらすぐに疲れちゃうもん。 せみって凄いね」
「夏の虫はたくましいよね。 蚊とか」
「刺されたら痛いよね」
なっちゃんは蚊に刺されたら痛いの?」
「うん。 チクッとしたら、その瞬間に気づくよ」
「ほう、すごいね。 普通気づかないと思うんだけど」
「みんな、生きるために必死なんだよね」
なっちゃんも蚊を叩いたことくらいはあるでしょ?」
「ううん。 私の血でよかったらどうぞ、って毎回見逃してるよ」
「虫に対してそこまで献身的にならなくても・・・あとでかゆくなったら、いやじゃない
?」
「かゆいのは嫌だけど、かわいそうなのはやなんだよ」
なっちゃんは優しいなぁ」
「そういうケンちゃんだって、すごく優しいよね」
「おれは下等生物には容赦しないよ?」
「ううん、ケンちゃんは優しいのっ。 優しいったら優しいのっ」
「・・・無理やり優しいキャラを押しつけてない?」
「わたしのケンちゃんは、優しいんだよっ」
「おれって、なっちゃんのものだったんだ」
「わたしも、ケンちゃんのものだよ?」


分かってる? と視線で尋ねてきた。

正直、照れる。


「あっ・・・ご飯粒ついてるよ」


おれの唇からご飯粒をつまみ、そのまま自分の口の中へ持っていった。


「・・・ありがと」
「赤くなってるよ?」
なっちゃん・・・もしかしておれでからかって遊んでる?」
「んー?」
「ぽけーっとしてもダメだよ?」
「男の子は小さいことにこだわってちゃダメだよ?」


まいったね・・・。


「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」


朝食を終え、お茶を飲んで一息つくことにした。


「ねえケンちゃん」
「ん?」
「今日は、お掃除をしない?」
「お掃除?」
「家の中が汚れてるなって思ってるんだけど?」
「そうかね?」
「気にならない?」


きょろきょろと辺りを見渡す。


「磯野め、掃除をして出ていけってんだ」
「そんなことないよ。

磯野くんが出て行った直後はきれいだったし」
「へえ・・・」
「この一年間掃除してなかったからだよ、きっと」
「うーむ・・・」
「今日から長い休みに入るけど、最初の一日くらいは掃除をして、清々しい気分で夏休みをスタートさせるのもいいかなあと思ったんだけど・・・」
「おっけー、わかったよ」


夏咲はおれの返事に満足したのか、元気に頷いた。


「お掃除、おそうじっ!」


ずいぶんと嬉しそうだった。


「あとでバケツとか雑巾とか持ってくるから、それまでゆっくりしててね」
「畳にごろ寝してていいの?」
「そのまま寝ちゃったら、膝枕してあげられるよね。
ケンちゃんの寝顔がまた見れるから、わたしは大歓迎だよ。
また、朝みたいに、してあげるねっ」
「朝みたいにって・・・」


また、恥ずかしい目に遭わせる気か。


「それじゃ、お片付けするから待っててね」
「おれも手伝う」
「いいよお。 ケンちゃんは休んでてよ」
「歯も磨かなくちゃいけないし、そのついでだよ」
「歯ブラシとコップも持ってきてあげるよ」
「うがいできない」
「流し台も持ってきてあげるよ」
「ムリだろ。
・・・何か、いまのおれって、とっても堕落していっているような気がするんだけど」
「そういうケンちゃんも、見ていて可愛いよ」
「やっぱり、おれってなっちゃんにからかわれてるのかな?」
「んー?」


小首をかしげる


「とにかく自分の茶碗は持っていく。 これだけは譲れない」


強制的に流し台の所へと持っていく。


・・・・・・。

 

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「わたしの仕事を取られちゃった・・・」


当たり前のことをしたはずなのに、良心が痛むのはなぜだろう?


「歯を磨いた後は、ちゃんと歯磨き帳に印をつけるんだよ」
「・・・う、うん」


特別高等人候補生・森田賢一は、すでに死んだのか?


・・・・・・。


・・・。

 

 

洗い物を全て片付けてから、夏咲が掃除用具を持ってきた。

バケツ、雑巾、ホウキ、ちり取り、はたき、掃除用の洗剤など・・・。

本格的だ。


「ケンちゃんの家には、掃除機は無いのかな?」
「金はあるけど買わない」
「むぅっ、けちぃっ」


頬をプーッと膨らませる。


「じゃあ、ハエたたきは?」
「・・・ハエたたき? なんでそんなもんいるの?
ていうか、なっちゃん蚊も殺さないんじゃ?」

 

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「あ、ヤバ・・・」
「あんっ!?」
「掃除の途中にいろんなムカデさんとか出てくるでしょ?
ゴキブリさんとか、そういうのにあっちいってってするんだよ」
「・・・ねえ、ヤバって言ったよね? なに? なんなの?」
「んーっ?」


なんかごまかされた。


「まあ、生理的にダメだよね。 ああいうのは」
「うん・・・ちょろちょろ動き回るし、キーキー鳴くし・・・」
「キーキー言うかね?
それともう一つ、新聞紙って必要なの?」
「窓を拭くんだよ。 意外にも汚れが取れちゃうんだから」
「へぇー、それは知らなかったな」
「主婦の知恵だよ。 えっへん」
「主婦って凄いんだ・・・」
「ケンちゃんの知らない知識だから、ちょっと優越感を感じちゃったぞっ。
夏咲、ちょっと優越感だぞっ!」


Vである。


「もうそろそろ始めちゃおうか」
「そだね」

 

・・・・・・。

 

二人だけの大掃除が始まった。

天気もいいので、布団は洗濯物もついでに干しておく。

始めに取り掛かったのは、新聞紙を使っての窓拭き。

あらかじめ水に浸した新聞紙を絞って使うのだが、これを使って窓をこするたびに、キュッキュキュッキュと軽やかなステップが聞こえてくる。


「おおっ! 本当に取れてる!」
「すごいでしょっ?」


新聞紙の新たな使い道に感心しつつ、おれと夏咲は作業を進めていった。


「楽しいよねっ、ケンちゃん。
新聞がたくさん残ってるけど、磯野くんが取ってたのかな?」
「どうだろ。 あいつ、新聞読まなそうだし」
「でもこの日付、一年とちょっと前のものだよ」


過去の田舎町の新聞に興味津々なおれは、ペラペラと紙をめくっていった。


「わたしも気になるなあ・・・」


二人で新聞を見ることになった。


「って、掃除しようよ」
「あ、そうだね。
でも、こういうのよくあるよね。
お掃除してて読まなくなった本とか出てくると、いつの間にか読みふけっちゃうの」
「あるある」
「そしてそのままぼーっと寝ちゃうの」
「だめだめ」
「ふふふっ、早く終わらせようねっ」


テキパキと手を動かしていく。


・・・・・・。


・・・。

 


「予期せぬアクシデントはあったが、無事終わったぞ」
「結構、きれいになったよね」


何とか窓拭きは終了。

窓にも透明感が戻っていた。


「次は、廊下の雑巾がけだよ~」
「なつかしいなあ。
みんなで横一列に並んで、誰が早く奥まで拭けるか競ったよね」
「それをやったのは男子だけだよ」
なっちゃんもやってたんじゃなかったっけ?」
「・・・女子はもっぱらホウキ組だよ」


ちょっと間があったな。


「ホウキ組の中でただ一人、なっちゃんだけは雑巾がけを率先してやってたような記憶があるんだけどな・・・」
「そっ、そんなことないよぉ・・・わたしもホウキ組だよっ」
「そっか・・・何かうろ覚えだな」
「・・・ほっ・・・」
「じゃあ、久しぶりにやるかっ」


雑巾を水に浸し、ぎゅっと力強く絞る。


「次、わたしっ」


おれと同じように雑巾を絞る夏咲。


「・・・きゅっ・・・とね」
「お・・・」
「さーて、ケンちゃん・・・って、なにぼーっとしてるの?
もしかして、立ちながら寝てるとか?」
「あ、いや今の仕草が、何となくかわいかった・・・」
「今のって・・・こう?」


再び雑巾を絞ってみせた。


きゅっ。


「おお・・・」
「またぼーっとしてるよ? 今度は貧血で立っていられるの? ケンちゃんって凄いね」
「・・・とりあえず雑巾がけだね。 競争してみる?」
「うん、いいよっ。
久しぶりだなあ、こうしてまた雑巾がけを競争するなんて・・・」
「また?」

 

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「あっあぁ~・・・なんでもないよ。 ほらっ、早く位置に着こっ」
「? うん・・・」


おれは廊下の端に着くことにした。


「ふう・・・女の子で雑巾がけの競争をしてただなんて知られたら、恥ずかしいもんね」


夏咲がブツブツと独り言をもらしていたけど、おれにはよく聞き取れなかった。


・・・・・・。


・・・。

 


雑巾がけも難なく終わったが、一つ問題が・・・。


「また勝っちゃったねっ」
「また?」
「いまさっき、何回も勝負したじゃない」
なっちゃん、今日は一回しか勝ってないのに、おれにまた勝ったっていうのは・・・」
「きっ、気分の問題だよ! また勝ったっていった方が、なんとなく得した気分になるかなーとか・・・あ、あはははっ」
「・・・・・・」


夏咲に雑巾がけで勝てなかったトラウマが、いままさに蘇ってきたような気がする。


「えっと・・・今思ったんだけど、書斎の方も掃除しなくていいのかな?」
「親父の?」


夏咲は黙って頷いた。


「しなくていいんじゃないかな・・・と言いたいところだけど、時間が余りそうだし、やってやるか」
「どんな所なんだろな・・・ちょっとワクワクしてきたよ」
「・・・散らかってて汚いだけだよ」


夏咲を親父の書斎へ案内することにした。


・・・・・・。

 


親父の書斎に入ったとたん、古臭いにおいが鼻をつく。

約八年ほどほったらかしにしていたせいか、物という物にほこりが高く積もっていた。

その辺にある本を試しに叩けば、小麦粉の袋をぶちまけたようにほこりが舞うことだろう。

書斎は昼間なのにもかかわらず薄暗かった。


「・・・ちょっと怖い雰囲気だね・・・」


夏咲のか細い声が室内に響き渡り、次第に聞こえなくなる。

同じ家なのに、別の場所としか思えない空間・・・忘れ去られた物置小屋を思わせる。


「幽霊が出たら、どうしよっかな・・・」


夏咲の華奢な指が、力強くおれの服を握っていた。


「んなもの出ないって」


このままでは暗くて作業ができないため、室内の電気をつける。


「わぁーっ・・・何だか図書館みたいだよ」


所狭しと並んでいる本の数々。

本棚に入りきらなかった書物は、畳の上に適当に投げ出されていた。

本気で掃除するとなると、ほこりを取り除く作業だけで半日は使ってしまいそうだ。


「親父の部屋って、ゴミ捨て場だったんだなー・・・」
「そんなこと言っちゃだめだよぉ」
なっちゃん、やっぱりやめよっか? やる気が出ないし」
「汚れてるからこそ、掃除のしがいがあると思うんだけどな・・・」
「だってこれ、今日中に終わらないよ、絶対」
「次の日も掃除すればいいんだよ」
「明日からは、なっちゃんと遊びたいんだけどな」
「たまにはいいんじゃないかな、こういうの」
「掃除が?」
「うん。 しかも二人きりっていうところがポイントだよ」


ぴとっと肌を寄せてくる。


「しょうがないなあ・・・」
「早く終わらせれば、早く遊べるよっ」


夏咲はノリノリのご様子だった。


・・・・・・。

 

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「こほっ・・・こほっ・・・すんごいほこりだよお~」


ほこりにまみれながらも、懸命に掃除をしている。


「掃除機があれば楽なのに・・・」


掃除機すらない自宅の設備が腹立たしい。


「これをこっちに運んで・・・これはこっち・・・」


テキパキと作業をこなしていく夏咲の顔は真剣だった。


「ケンちゃん、さっきからぼーっとしてるけど、どうしたの?」
「よく他人の家の掃除を頑張れるなあって感心してたんだ」
「ケンちゃんの家だもんね。
これからお世話になるところでもあるし、三郎さんの部屋でもあるし」
「親父がどうかしたの?」

 

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「ケンちゃんのお父さんだったからかな・・・。
親近感が沸いちゃって、世話の一つでもしてあげたいなあって思ったんだ」
「あ、何かいま、凄い嫉妬感が・・・」
「んー?」
「はは、冗談だよ」
「この本はこっちにやって・・・っと」


夏咲が高く積まれた本を数冊手に取り、別の場所へと移動させる。

そのとき、本の隙間から数枚の紙が落ちてきた。


「なんだろ」


紙を拾って、内容に目を通してみた。


「ケンちゃん、それなあに?」
なっちゃんが持ってる本の隙間から落ちてきたやつ。 手紙みたいだ」


一緒に封筒も落ちてきた。

宛名を見てみた。



『夏咲ちゃんへのラブレター』



「・・・・・・」
「ああ~っ。 破いちゃダメだよッ」
「クソ親父が・・・」
「ダメだよ、見せて見せてっ!」
「あっ・・・」
「なになに、『夏咲ちゃんへのラブレター』?」
「・・・・・・」
「・・・け、ケンちゃん・・・」
「うん?」
「い、いつ、書いたの?」
「おれじゃないおれじゃない」
「あ、違うんだ。 なんだ、恥ずかしいよっ」
「クソ親父め・・・」
「でも気になるなあ。 読んでみてもいい?」
「ダメだ! 絶対ロクなこと書いてないから」
「ケンちゃんはもう読んだの?」
「まだ読んでないけど、あの親父のことだったら大体のことは想像つくんだ」
「読んでみないと、どういう内容なのか分からないよ」
「だけど・・・」
「人の話は、最後まで聞かないと分からないでしょ」


また身を寄せてくる。


「ねえ、一緒に見よっ」
「むぅっ・・・。
・・・わかったよ。 気は進まないけど読んでみよう」
「やったっ」
「でも、途中で変な内容だったら捨てちゃうからね」


二人で隣り合うようにして手紙を読んだ。


「えっと・・・『おれの愛しの夏咲ちゃん、今日も可愛いね』
「誰がお前のだよ、エロ親父」


一行目で、怒りのメーターが吹っ切れそうだった。


「気持ちは嬉しいんだけど、わたしはケンちゃんのものだから・・・」
「・・・さり気なく恥ずかしいこと言わないでくれる?」
「えーっと・・・。

『そばにケンがいるのならば話は早いが、アイツは知っての通り奥手だ、臆病だ、チキンまみれだ。

まあ、それはおいといて。

夏咲ちゃんは、さっちゃんのことは知ってるな? 実は彼女に、ケンと一緒に宝探しをするように言っておいた。

夏咲ちゃんにも、同じことをしてケンと遊んで欲しい。 要するに、宝探しだ』」

「また、洞窟にでも行けって話じゃねえだろうな」


運動神経がそこそこいい夏咲でも、洞窟は危険すぎる。


「『まずは、宝のありかが描いてある地図をあげよう。

・・・と言いたいところだが、そう簡単にあげてちゃつまらないだろう。

そう思って、手紙の最後に簡単な暗号文を残して
置いた。

ケンのヤツなら解くこともできるだろうから、一緒に考えて暗号の示す場所に行ってみてくれ。 そこに、宝の地図があるはずだ』」
「暗号・・・これか」


紙面の下のほうを見てみる。


「いや、これ・・・暗号か?」
「『そいじゃ、宝探しの醍醐味というものを存分に味わってくれ。

鍵も渡しておこう。 

最後の方で必要になるだろう』」


どこでも見かけるような、普通の鍵が同封されていた。


「これはなっちゃんが持っていてくれるかな? おれが持ってたら失くしそうだし」
「うん。いいよ」


夏咲が鍵を持つことになった。


「もう一行なにか書いてある。

えーっと・・・。

『PS・・・プレイス○ーション』?」

「もういいよ、それ・・・」


・・・。



「宝探しかあ・・・なんだか、楽しそうだね」


・・・さちのときみたいに、危険なのはやだな。


「洞窟に行ったんだよね? さすがに同じところに置いてあるとは思えないけど・・・」
「たとえあったとしても行かない。
なっちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
「ケンちゃんって、やっぱり頼もしいよね」


にこにこと、安心しきった笑顔でこちらを見ている。


「もう夏休みのテーマはこれしかないよねっ?」
「えっ? テーマ?」
「これしかないよっ。 楽しそうじゃない?」
「おれたちがガキの頃に書かれたやつだから、子供でも解けるようなものなんじゃないか
な?」
「それでもいんじゃない? ねっ、やろ? ケンちゃんっ」

 

・・・。


おれはしばらく目を閉じた。


「・・・まあ、ハードな内容ではなさそうだしな」
「うんうんっ。 意外な物が見つかるかもしれないよ」
「意外なものねえ・・・」


親父のステテコとかそういうオチじゃあるまいな。

それとも、親父の隠された遺産とか?


「暗号文がどうのこうのって言ってたよね、どんなものかな?」


暗号文が書かれている紙を見た。


『"書斎"と息切れするまで言ってみろ!』


ワケ分からん・・・。


「書斎! 書斎! 書斎! 書斎! 書斎!」
「言わなくていいって! どうせ意味ないから」
「はあっ・・・はあっ・・・疲れたよお・・・」
「ちなみに、何かわかった?」
「なにも・・・ケンちゃんは?」
「ごめん、わかんない」
「ふーっ、なんだか汗かいちゃった」


ぱたぱたと上着を揺さぶっている。


「とりあえず出ようか?」
「そだね。 明日から、がんばってこの暗号を解いてみようよっ」
「暗号でも何でもない、ただのお遊びだよ、これは・・・」


けれど、夏咲がやる気満々のようだった。

というわけで、夏休みのテーマは宝探しとなった。

まあ、退屈しのぎにはなるかね。


・・・・・・。


・・・。

 

翌日、おれたちは集結していた。

みんなでジュースを飲みつつ、親父の残した暗号文を解読する。

 

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「なんで僕らが呼ばれなくちゃいけないんだ?」
なっちゃんがやる気満々だし・・・」

 

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「またお宝!? 今度は、どデカイ宝石でもあんの?」
「知るか」


「要するに、この暗号文を説いたら帰っていいワケ?」
「灯花なんかに解けるわけないけどな」
「だったら呼ぶな!」


・・・。

 

『"書斎"と息切れするまで言ってみろ!』。

 

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「難しいよ、さすがに三郎さんだね」


「しかし・・・この文面はなんなんだ? 説明してくれ」

 

「賢一には分からないの? あなたのお父さんも賢一なら分かるって言ってるじゃない」
「ぜーんぜんわからんっ」
「賢一ってしょせん、その程度だったってことよね」
「どちらにしろ、灯花に解けないという事実は変わらないけどな」
「だったら呼ぶな!」


「あたしが解いてみせるよ。
えーっと・・・書斎と息切れするまで、か・・・」


立ち上がって、軽く息を吸った。


「書斎、書斎っ!」

 

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「あ、さっちゃん、わたしと同じことしてもダメだよ」
「わかんないよ、これ! あっはははははっ!」


「宝探しなんて嘘なんじゃねえか?」
「でも、一緒に遊んでくれって書いてあったし、本当なんだと思うよ」
「この暗号文じゃ、全く信憑性がない」


ただ、からかって遊んでるだけのように思える。


「三郎さんに関係することじゃないのか? 例えば、彼が残したメモリとか・・・」
「その可能性も、ないとは言い切れないな」
「というわけで、このパソコンを使って調べてみよう」
「準備よすぎだ」
「常に持ち歩いて、これで執筆をしているからね」
「え? お前、イメージ的に原稿用紙に書いてるかと思ったのに」
「イメージ的にってなんだ。 殺すぞ」


キレられた。

磯野が勝手にテーブルの上にパソコンを設置し、起動させた。


「ケン、メモリはあるか?」
「無い」
「そこは頷いてくれないと、話が先に進まないだろう」
「・・・ほらよ」


仕方なく、保管してあったメモリを磯野に手渡した。


「メモリの中の何を調べるつもりだ?」
「暗号に使えそうなもの、全部さ」


素早い手付きでパソコンをいじり、解読をしていく。


「・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・」


少しずつ、磯野の顔が切なくなってきた。


「どうした?」
「いや、意気揚々とメモリのなかをのぞいたが、なんの成果もあげられなかった!」


開始早々、脱落していた。


「賢一、飲み物ちょうだい」


灯花が空になったコップをよこしてきた。


「灯花も考えろ」
「わかんないからいいよ、賢一に任せる」
「おれたちが頼んだのに任せるだと? 何て頼りない助っ人だ」
「助けてくれって言うから何事かと思って来たのに、こんなくだらないことだとは思わな
かったのよ。
ホントなら帰ってるところだけど、仕方なく手伝ってあげてるんだからねっ」
「と言いながら、ジュースを飲んでるだけじゃないか」
「当然の報酬を受け取ってるだけじゃない」
「報酬とは仕事をするからもらえるのだ、大音ぇっ」


ちょいとっつぁん口調。


「は?」


似すぎてわからなかったようだ。


「じゃあ、何か思いついたことがあれば言えよ」
「なにも思いつかない」
「バカにしてんのか?」

 

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「まあ落ち着きなって。
要するに、この暗号文が田舎町のどこかを差してるんでしょ。 だったら簡単簡単!」
「分かるのか? 一体どこだよ」
「洞窟。 あたしの場合も、そうだったじゃん?」
「お前の場合がそうだからといって、今回も洞窟だとは限らんのだぞ、三ツ廣ぉっ!」


まだとっつぁん口調。


「は?」


似すぎてわからなかったようだ。


「まあ、おれたちが今探してるのは地図であって、仮に洞窟の中にあったとしても、ガキ
の頃のおれとなっちゃんが見つけられるわけないだろ」
「そこをなんとかするのが賢一だって」
「頼むから、ガキであることを前提に話をしようぜ」


「ガキの頃のケンは、確かに臆病だったからなあ」
「わかっていてもムカつく発言だな」
「つまり、勇敢な夏咲ちゃんが行ける場所で、びちぐそ野郎のケンには行きづらい場所で
はないだろうか」


「あ、そうかもね」


「どこだろ?」
「トイレ」
「アホか。 いくらおれがクズでもトイレくらい一人でいけたっての!」


磯野はクスクスと笑っていた。


「やだなあ・・・トイレ借りるよってことだよ」


磯野は立ち上がり、居間から出て行った。


「そのまま帰ってくんな」


「地図かあ・・・三郎さんの部屋にあったりして」
「・・・そりゃ盲点だ」

 

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「部屋を探してたら、その暗号文が出てきたんでしょ? だったらその部屋にはないんじ
ゃないの?」
「でも、全部探したってわけじゃないんだよね」


「じゃあ、探そう。 すぐ探そう」


目を輝かせながら、さちは立ち上がった。

あの目は・・・何かをやらかすときの目だ。


「荒らすなよ。 金目のものはないぞ」
「ち・・・。
じゃ、帰るわ。 そろそろ絵が乾いてるころだし」


「私も帰る。 あとは頑張って」
「お前は残業。 ジュースを飲みに来ただけで帰らすか」
「賢一が助けてっていったから来たの。
暗号の解読が終わったんなら、もう用はないでしょ」
「いや、親父の部屋な、汚いんだわ」
「汚いところに私を入れようっての!?」
「人では多い方がいいし」
「本当は私も忙しいの。 料理の練習とかしなくちゃいけないんだからっ」


「ケンちゃん、強要しちゃダメだよ」


「まあ、どうしてもっていうんなら、しょうがないけどさ・・・」


「さちは?」
「あー、悪いけど、早めに重ね塗りしないとまずいのよね」
「そうか、忙しいときに呼び出してすまないな」
「いいっていいって。 んじゃねーっ」


さちは手を振りながら、出ていった。


「・・・ほら、さっさと探すよ?」
「ん? 手伝ってくれるのか?」

 

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「灯花ちゃん、ありがとうねっ・・・」


けっきょく、おれと夏咲と灯花の三人で、親父の部屋へ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「あれ? みんなはどこに行ったのかな?
もう帰ったのかな・・・仕方がない。
ついでだから、少し休ませてもらうとしよう」

 

・・・・・・。


・・・。

 


宝の地図を探しに、再びほこりまみれの部屋へ・・・。


「うっわーっ、なにこれ! きたない!」
「言ったとおり、ゴミ捨て場だろ?」


「ケンちゃぁん・・・あまりそういうことは言っちゃダメだよぉ」


電気をつけて、作業開始。


「けほっ、けほっ・・・ほこりがたくさんだ・・・。
ジュースだけじゃ割に合わないわよ、この仕事は」
「帰るときにもう一本やるから働け」
「えらそーに・・・」
「アイスもつけるから・・・」
「くっ・・・」


買収成功。


「でも、どこを探せばいいのかな?」
「へそくりと同じ場所・・・本の隙間とか」


「だったら私、帰るわよ?」
「まあ待て、そんなことしなくても机の引き出しを調べれば一発だ」


ずぼらな親父のことだ、どうせ適当に投げ込んであるんだろう。

おれは、机にある一番上の引き出しを開けた。


ガラッ。


「うわぁっ!?」


机の中から勢いよく人形が飛び出してきた。


「あっはははははっ・・・賢一のまぬけ~っ!」


灯花はお腹を抱えて笑っている。


「ケンちゃんっ、どうしたの?」
「びっくり箱にしてやられた・・・」


不気味な表情をした人形をその辺に放り投げ、引き出しの中を探した。


「これが飛び出てきたんだ。 あはっ・・・かわいい~」


一つずつ引き出しを開けて捜してみたが、宝の地図らしきものは見当たらなかった。


「ちっ、こんなことなら、灯花に引き出しを開けさせりゃよかったな」
「はあっ!?」
「さて、次はどこを調べようか・・・」


「机の上はどうかな?」
「・・・んーっ・・・・・・ないっ!」


「机の下とかは?」
「ないっ!」
「きちんと調べなさいよ!」


机の下にある本もどけて、ガサゴソと探してみた。


「・・・ない・・・」


「どうしよう・・・めぼしいところは、これで全部探しちゃったし」
「机だけがめぼしいなんて、悲しいな・・・」


「本棚の上とかは?」
「よし灯花、肩車」
「えっ? なんで私が?」
なっちゃんに頼むのもあれだし」
「でも、その・・・お尻とか当たっちゃうし・・・恥ずかしいじゃない」
「その心配はない。 灯花が下になるんだからな」
「ぶっ殺すぞっ!」


「えと・・・じゃあ、わたしがしようか?」
「おれ一人で取るからいいよ、下がってて」


本棚によじ登っていき、頂上を目指す。


「うはぁー・・・ホンットほこりだらけだな」


文句を垂れながら、宝の地図らしきものを探す。

手を動かすたびに体がゆれ、同時に本棚もぎしぎしと音を立てる。


「ちょっと賢一、落ちないでよ?」


「ケンちゃん、大丈夫?」


心配してる二人のためにも、早く地図を探さねば。


ガサゴソガサゴソ・・・。


「おっ?」


地図のようなものが描いてある紙を見つけた。


「今から投げるからな、受け取れっ」


古くて黄ばんだ紙を、後方に向かって放り投げた。


「取ったよ、ケンちゃん」
「地図らしきものか確認して」


「えーっと・・・そうだよね?」
「うん、なんか赤色で丸印がついてるし」


「よしっ、降りるからどいてくれ」


おれは華麗にジャンプし、畳の上へ勢いよく着地した。


大量のほこりが舞い上がる。

 

「うぇっ・・・けほっ、けほっ・・・いったん出よ」


灯花が部屋から出て行った。


「居間に戻ろっ、ケンちゃん」
「うん・・・けほっ、けほっ・・・もう二度とやらねえぞ」


・・・・・・。


・・・。

 

 

「やあ、お帰り」
「まだ帰ってなかったのか」
「宝の地図とやらは見つかったのかな?」


「多分ね・・・みんなで見てみよ」

 

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ちゃぶ台の真ん中に紙を置き、みんなで囲むようにして眺めてみた。

ご丁寧に、『宝の地図(ケン・夏咲ちゃん専用)』と書いてあった。


「これっぽいな」
「どこにあったんだい?」
「本棚の上。 おれが登って取った」

 

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「・・・あれ、私たちが登ってたら、下着が見えちゃうところだったね」
「・・・恥ずかしいなぁ・・・」


二人のヒソヒソ話が聞こえてきた。

おい、くそオヤジ・・・これを狙ってあんな場所に地図を置いたんじゃないだろうな?


「それにしてもあの暗号文、全然意味がなかったんじゃないか?」
「自分の部屋にあるってことをアピールしたかったんだよ、きっと」
「真剣に考えたおれがバカみたいだ」


「宝の地図も見つかったことだし、私はもう帰るけど?」
「ああ、お疲れさん」
「・・・・・・」
「・・・何だ?」
「約束のジュースは?」
「冷蔵庫にあるから、好きなのを一本だけ持って帰れ」
「アイスは?」


「好きなのもってっていいよー」
「ありがと・・・って、夏咲ちゃん、健一の家に住んでるの?」

 

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「うんうんっ、一緒に暮らしてるんだよー」
「な、なんかこっちが恥ずかしくなるね。 それじゃあね。 ばいばい」


・・・。


「さて、三郎さんはどこに宝を置いたのかな?」


再び宝の地図に注目。


「・・・自宅?」
「みたいだね」


驚くことに、樋口家の自宅にあるらしかった。


「きっと、お宝は井戸の中にあるんだ!」
「井戸? なんで?」
「さあ」
「てきとうなことを言うな」


「はいっ、わかった!」
「え?」
「きっと、宝は床下にあるんだ!」
「床下? なんで?」
「さあ」
「てきとうなこと言わないで」


「もう一度書斎を調べてみたらどうだ?」
「またか?」


「地図にヒントとか書いてないのかな?」


再三、宝の地図を見てみる。


「数字が書いてあるな・・・どれどれ?」


磯野が数字を読み上げる。


「15945532853112」
「んー?」


「・・・・・・」


「三郎さんは、数字でものを語る人だったのか」
「・・・これは・・・」


「ケンちゃん分かるの?」
「単純な方法で解ける・・・」


「さすがケン!」
「はずなんだが・・・」

 

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「てきとうなこと言うな!」


「てきとうなこと言わないで!」


ホントにくだらない方法だった気がするのに、思い出せん。


「この家のどこかってことだよね」


「家をくまなく探すより、暗号を解いた方が早いと思うぞ」


「ケンちゃんが何かひらめきそうだから、気長に待ってみよっかなー」
なっちゃんも一緒に考えようよ・・・」


ヒントでもあればな。


ドタドタドタッ・・・。

 

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「ちょっと賢一! ジュースないじゃないのっ!」
「帰ったんじゃなかったのか?」
「約束を破ったのっ?」
「ジュースのことか? ちゃんと入れておいたぞ」
「蜂蜜ジュースのこと?」
「好きだって言ってたろ、ずいぶん前に」
「いまは甘ったるいものじゃなくて、すっきり爽やか系のものを飲みたいのっ」
「わがままなヤツ・・・」


「水で薄めちゃダメなのかな?」
「あっ・・・それでいいかも」


単純なヤツだった。


・・・。

 

「そもそも、お宝ってなんなんだろうね?」
「黄金・・・なわけないよな」


「ケンはお金持ちなんだから、黄金なんていらないだろう?」
「さちのときみたく、宝石かね?」


「まあ、楽しければなんでもいいねっ。
こういうのって想像してるときが一番楽しいのかもねっ」
「いずれにせよ僕の助力は必要ないみたいだね」
「いずれにせよ、の意味がわからん」
「もはや、貴様らに教えることなど何もないということだ」


ちゃぶ台に置いていたパソコンを閉じ、立ち上がった。


「帰るのか?」
「ああ、邪魔したね」

 

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「賢一、私も帰るねっ」
「おう。 大した用でもないのに読んで悪かったな」
「ううん、夏咲ちゃんと仲良くねっ」


「ばいばーいっ」


・・・。

 

「ふうっ・・・一段落ついたな」
「もう一回考えてみる?」
「そうだな・・・」


それから夕方まで、暗号の解読を試みた。


・・・・・・。


・・・。

 


「ダメだ、思い出せねえ・・・」
「わたしも分からないよぉ~・・・」


二人してダウン。

「もう少しでわかりそうなのに、なかなか出てこない」
「さっきは忘れたとか言ってたけど、似たような問題を解いたことがあるの?」
「ガキの頃に一回だけね。 だからって忘れることはないんだけどな」


もどかしくなり、頭をくしゃくしゃとかいた。


「あの数字が文字に変わるんだよね?」


もう一度、数字を確認してみる。


『15945532853112』。

 

・・・・・・。

 

 

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「わたし、頭痛くなってきちゃった。 知恵熱かな?」
「じゃあ、今日はここまでっ」


畳にバタンッと仰向けに倒れた。


「もうそろそろお夕飯の時間だね。 何が食べたい?」
「んー・・・魚」


魚は脳にいいのだ。


「魚はないかな・・・買いに行かなきゃ」
「じゃあ一緒に行こうよ。 今日は一日中家の中にいて、体がなまってるし」
「手、つないで歩いてもいい?」


外に出かける準備をして居間を出る。


「明日には解けるといいね」
なっちゃんに期待するから、頑張ってね」
「えぇ~っ・・・ムリだよぉ・・・でも、がんばるよぉっ・・・」


二人仲良く、商店街へと向かう。

本格的な宝探しは、始まったばかりだ。


・・・・・・。


・・・。

 

車輪の国、悠久の少年少女 灯花シナリオ【4】(終)

 

・・・。


・・・・・・。


「起きろーっ!」


「ぐふっ!?」

 

みぞおちに鈍痛が走り、息ができなくなる。


「ぐっ・・・ほっ・・・」
「もう一発っ?」


声が弾んでいた。


「アホか!?」


おれは慌てて飛び起きた。


「はあっ・・・はあっ・・・」
「そろそろ朝ご飯よ」
「だからと言ってこんなっ・・・くぅ」


腹を押さえてうずくまるオレ。


「鼻から息をすればいいでしょ?」
「息をする場所の問題じゃねえんだよ・・・」
「起きたら顔洗う、はい」
「起きたら顔洗う」


何、復唱してんだろーな。

おれはよろよろと立ち上がり、洗面台へと向かう。


・・・・・・。


「しっかりしなさい!」


バシィッ!


「・・・っつぅ・・・」


今日は体罰が多い日だな。

それに、灯花も元気すぎる。


・・・。

 

リビングに戻ってくると、灯花がいつものように朝食の準備をしていた。


「いつもと変わらないな」
「これで私の一日が始まるようなものだからねっ」
「体調の方は万全か?」
「・・・少し寝不足かも」


だろうな・・・目をシパシパさせてるし。


「何時に起きたんだ?」
「三時」
「早すぎだ!」
「問題ないわよ」
「なら、全力で灯花を倒してもいいんだな?」
「言ってなさいよ。
実力では私の方が上なんだって思い知らせてやるんだから」


やる気充分だった。

これなら灯花も、思い切って料理を作ることができるだろう。

 

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「おはよう二人とも」


「おはようございます」


「おはよう。 もう朝食ができてるけど、食べる?」
「ええ、もちろんよ」


京子さんが席に着くのを待ってから、三人で手を合わせた。


「いよいよね」
「狙うは優勝だよ」


ニコニコしながら、京子さんに優勝宣言をした。


「ちょっと待て、優勝候補はもう一人いるぞ」


おもむろに間をおき、口を開いた。


「森田賢一という、完全無欠の敵がな」


「灯花。 油断はしないで常に全力を尽くすのよ」
「わかってるって。
ライオンはウサギを倒すときも、全力を尽くすからね」


灯花もノリノリだった。


「灯花は今日、何を作ってくれるのかしら?」
「内緒っ。 最初に食べさせてあげるから待っててよ」
「できれば多めに作ってもらえるとありがたいわ」
「オッケー。 任せといて」


・・・ここの食卓、おれにとっては肩身が狭い。


「でねっ、でねっ・・・」
「へえ・・・」


おれは一人疎外感を覚えつつ、親子の会話に耳を傾けるのであった。

内容は今日の料理大会のことばかりであったが、それでも会話は弾んでいた。

平凡でまったりとした雰囲気が、新たなおかずとして大音家の食卓に並んでいた。

親と子の、和気あいあいとした笑顔と共に・・・。


・・・・・・。

・・・。

 

 

おれと灯花は一緒に登校し、待機場所である教室へと入った。

すでに半数以上の生徒が来ており、みんなワイワイガヤガヤと騒いでリラックスしている。

服装は動きやすいものが好ましいということで、私服姿の生徒がほとんどだ。

中に、エプロン姿に身を包んでお互い見せ合っている者もいた。

 

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「二人とも、おっはよーっ!」
「おう」


「おはよう。 みんなも準備できてるみたいだね」
「ちょっと緊張してるけど、楽しみだよ」


「僕の隠された才能を、みんなに見せてやるときが来たようだね」


みんなもこの日を楽しみにしていたのか、顔がほころんでいた。


「ところで、おれらって全員一人で作るわけだよな」
「あたしは一人だよ」
「食材は最終的に、きちんとした料理として出すようにな。
見てくれが悪くてもいいから、とにかく食べられるように心がけるんだ。
さちならできる!」
「応援されてるんだけど、気分が萎える言い方よね・・・」


ジト目で睨まれた。


「わたしも一人だよ」
なっちゃんなら一人で充分だろうけど・・・」
「ちょっと寂しいけどね」
「負けないよっ」
「私だって!」


「実は・・・僕も一人なんだ」
「当然の結果だな」
「あ・・・そうですか・・・」


・・・。

 

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「みんな席に着きなさい」


京子さんが教室へとやってきた。

それまで騒がしかった教室も、京子さんが入ってきたと同時に静まりかえり、椅子を引く音が次々と聞こえてきた。

京子さんは教室を見渡すと満足そうな顔を浮かべ、微笑んだ。


「・・・みんな、準備は整っているようね。
今日は待ちに待った料理大会。
実力を競い合うも良し、グループの中で楽しみながら作るも良し。
とにかく各自、今日一日を充実した日で過ごせるように、精一杯頑張ってちょうだいね。
中には優勝を狙って、毎日頑張ってきた人もいるかもしれない」


京子さんが灯花の方を見た。


「そんな人は悔いの残らないよう、全力を出してこの大会に望んでちょうだい。
質問がある人?」


「優勝すれば、京子さんをいただけるのでしょうか?」


「なければ、とりあえずこの場は解散ということにしましょう」


「・・・・・・京子さん?」


「校庭の方に出たら各自、料理を作り初めていいわよ」


 

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「行こ。 ケンちゃんっ」


「実は、あたしが優勝しちゃったりしてね!」


「全力で行くわよっ」


「手は抜かん。 ぶっちぎりで優勝してやる」


おれたちは教室を後にした。


・・・・・・。


みんなで談笑を交わしつつ、校庭へ向かっている。

 

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「委員長は大丈夫なのか?」
「あ?」
「前に落ち込んでいたと聞くが・・・」
「ああ・・・何だか昨日、自己解決したっぽいぞ」
「そうか、それは良かった」
「お前、まさか・・・」
「仕方なくヒントだけは出してやったよ」
「お前の仕業だったわけだな」
「仕業・・・とは、語呂が悪いな」
「まあいいさ。 本気モードの灯花が見れるからな」


・・・・・・。


廊下から階段を降りて一階へ、そこから玄関へと進む。


「さて・・・これからが本番だ」


校庭に出た途端、周囲が太陽の熱気に包まれた。

灯花の実力を試す、料理大会の幕開けだ。


・・・・・・。

・・・。

 

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校庭には、十数個の調理スペースが設置されている。

クラスのみんなは各自与えられた持ち場へと散り、作業に取り掛かっていた。

灯花は自宅から持ってきた食材を流し台に並べ、手際よく調理を始めている。


「よしっ、やるか」


おれが作るものはカレーだ。

他の人は何を作っているのだろう・・・。


「♪~♪~」


目の前にいる夏咲は、鼻歌を歌いながら調理をしていた。

・・・と、おれの視線に気づき、後ろに振り返った。

 

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「えへっ、ケンちゃんの近くだよぉっ」
なっちゃん見ながら頑張ろっと」
「恥ずかしいよ~・・・」
なっちゃんは、何を作るの?」
「えっ? 秘密だよっ、教えてあーげないっ」
「ケチだなあ・・・まあいいよ、楽しみにしてるから」
「ケンちゃんの料理も、楽しみにしてるからね」


それだけ言うと、夏咲は料理に戻った。

おれも料理に戻ろうとした、そのときだった・・・。

 

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「ああぁー、難しいぃーっ!」


おれの右前のスペースにいるさちが、頭を抱え唸り声を上げていた。

まな板の上を見てみると、皮が中途半端に剥けているジャガイモが置かれていた。

しかも包丁で皮を剥こうとしていることから、クラス一のチャレンジャーだと判断できてしまった。


「何やってんだか・・・」
「賢一ぃ~っ・・・乙女のピンチだよお~っ」
「皮むきを使え、目の前に置いてあるだろう」
「皮むき・・・これ?」
「そりゃ包丁だ」


しかも今まで使っていたやつ。


「これかっ?」
「それは栓抜き」
「なら・・・これかあっ?」
「それは缶切り」
「じゃあ、これか!?」
「それは鉛筆。
・・・って、何でこんな所に持ってきてるんだ!?」
「あたしの大切なものだから、肌身離さず持ってるんだよ」


自信満々に言ったのち、絵筆をポケットに隠すさち。


「あ、色つければ、見てくれだけはごまかせるんじゃない!?」
「こらこら」
「料理って難しいねえ・・・」


玉子焼きくらいは作れるだろうに。


「玉子焼きでも作って、それを出そうかな」
「問答無用で最下位だ」
「別にいいもーん。
あたしのことなんか気にしないでさ、早く作りなよ。
賢一が作った料理、久しぶりに食べてみたいからさ」


さちは再び包丁を使い、ジャガイモの皮むきに挑戦する。


「この芽が出てるヤツ、キモイなあー・・・。 そのまま入れちゃえっ」


・・・あとでさちの料理は処分せねば。

 

おれも料理に専念しようと、視線を自分の調理場へ戻す。

だが、おれの左前・・・磯野のスペースの異様な空気に気づき、そちらの方に目を向けてしまった。

 

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「うん・・・うん・・・そうそう・・・おー、アイ、スィー、ダスビダーニャ・・・・・・」


磯野は目を閉じ、腕を組んでいる。

そして、ブツブツと独り言。


「・・・何か怪しいことしてるぞ」


・・・。

 

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「磯野君、何をしているのかしら?」


さすがに不気味だと思った京子さんが、磯野に近寄る。


「ふふっ・・・」


笑って答える磯野。


「早く作業に取りかからないと、終わらないわよ」
「あと十分、時間を下さい」
「・・・昼前までには終わらせるのよ」


「京子さんの役割は、監督だったな」


ざっと周りの様子はこんな感じだ。

おれの前に夏咲、さち、磯野がいて、後ろに灯花がいる。

だから振り向かないと灯花の様子だけは見れない。


「他人の様子を見ている場合じゃないな」


早めに作り終えて、灯花の様子でも見ておきたいところだ。


なっちゃんも、まさに目の前で頑張ってるしね」


・・・・・・。


同時刻の夏咲はというと・・・。

 

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「とりあえず野菜は全部切って・・・と」


わたしは炒飯。


「ニンジン、タマネギ、ピーマン、ジャガイモも入れてみよっかな・・・」


一個づつ丁寧に野菜を切っていく。


「みんなに食べてもらうんだから、きれいに切るのは当然だもんね」


トントントントントン・・・。


・・・・・・。


・・・。


「・・・・・・んっと・・・」


最後に残ったのはタマネギ。

宿敵、タマネギさん。


「・・・大丈夫。
切れやすい包丁を使うから、そんなに目にしみないはずっ」


活を入れて、玉ねぎについている表皮を剥がしていく。


ペリペリペリ・・・・・・。

ペリペリペリペリペリペリ・・・・・・。


「ううっ、もう染みてきたよお~・・・。
皮を剥くだけで、こんなにしみたっけ?
んん~っ・・・今日のタマネギさんは、とてもイジワルだよ・・・」


目をこすっても閉じても同じこと。

ヒリヒリが止まらない・・・。

刺激が強すぎるし、とにかく痛い。


「んん~っ・・・」


どうしたらこの痛みが治るのかな、と一人悩んでみた。


「痛みと快感は似たようなもの、って聞いたことがある」


――(どこからそんな知識を!)


「だからここは、目薬をさしたときみたいに快感を感じてると思えばいいんだよっ」


わたしは、さっそく試してみた。


「気持ちいいなあー」


ジンジン。


「それに、なんだかスースーしてきたよ」


ジンジンジンジン・・・。


「ごめんなさい、タマネギさん。 やっぱり痛い・・・。
うう・・・ケンちゃん、助けてよぅ・・・」


結局、目をこすりながらの作業になった。

これもみんなに食べてもらうための試練みたいなもの・・・。

あと少し頑張ればいいだけ。


「それにしても、さっちゃんは大丈夫なのかな?
さっきから全然進んでないし・・・」


・・・・・・。

 

その頃のさちは・・・。

 

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「ぬぬぬぬぬ~・・・」


さっきから、ジャガイモの皮むきだけに苦戦しているような気がする。

野菜炒め・・・野菜を切って炒めるだけというシンプルなもの。

簡単だと思ってたのに、最初の時点でつまずいちゃってる。


「キャベツは洗うだけでいいし、ニンジンは何とか皮は剥いたし・・・。
あと他に何を切ればいいんだっけ?」


あたしは、ビニール袋に入っている材料を見てみた。

レタス、白菜、ダイコン、タマネギ、なにかの肉、キュウリ、ナス、ニラ、ジャガイモ、
トマト、カボチャ、他にもいろいろ・・・。


「・・・って、こんなに入れてよかったっけ? 鍋からあふれちゃうんだけど。
・・・あれ? 野菜炒めって普通、フライパンを使うんだよね、これでいいの?
野菜炒めなのに、肉入れていいわけ?」


疑問は尽きることなく、あたしに襲い掛かってくる。

ネットで作り方を検索すればよかったかな・・・。


「ヤバ。 あたしって、大ピンチじゃん・・・」


でも、秘策は立ててある。


「持ち前の能力を駆使して戦うってカッコいいし、なによりアガるよね!
わっはっは! あたしに敵なし!」


ちょいと、夏咲の様子を見てみた。


「な、泣いてる?」


目を必死にごしごしとこすりながら料理をしていた。


「け、けっこうシリアスってことね・・・油断ならないじゃないの・・・」


――(勘違い)


「い、磯野くんは・・・。
腕を組んで目をつむって・・・うわっ、わ、笑ってる!
余裕の笑みってこと・・・くっ・・・」


・・・・・・。


その頃の磯野は・・・。

 

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「ふふふっ・・・そうか、なるほどね」


僕は大気中の未知なるエネルギーと、交信を交わしている最中だ。


「夏咲ちゃんは炒飯、さちさんは野菜炒め、委員長はシチュー、ケンはカレー・・・ときたか。
みんな、なかなかにメジャーなものを作るじゃないか。
僕は何を作ればいいのかな・・・」


材料は適当に見繕ってきたから、何でもいいんだがねぇ・・・。


「みんなは料理を作ってるからここは意表を突いて、お菓子でも作ってみようか」


僕は材料の中を透視してみた。

運のいいことに玉子や強力粉や塩、パンを膨らませるために使うイースト、さらにはオーブンまで入っている。

正体不明のビンも入ってるし、これは使ってみる価値があるね。


「これで決まりだね」


こうなることを予測して、妖精さんが入れてくれたのかもしれない。

ああ、何て僕は果報者なんだろう。

小麦粉を取り出して、パンの生地を取り出すことから始めよう。

ボウルの中の塩、砂糖を入れて水に溶かし、それが終わったら強力粉を入れて少しの間混ぜる。

それからイーストを加えて更に混ぜ、生地がまとまったら力を入れてこね出す。


「ああ、こうやってパンをこねているとメルヘンな世界にタイムスリップしたみたいだ。
妖精の国の神秘さを感じるよ」


きっとパンを作る人たちはみんな、こんな気分なんだろうね・・・。

 

・・・・・・・。


・・・。

 



「ふう・・・」


カレーに使う材料はあらかた切り終わった。

次に鍋を使って肉、野菜と炒めていき、最後に水を入れて煮込んでルーを入れて完成。


「しかし、おれはそれで満足しようとは思わない。
なぜなら、普通に作っていては灯花に勝てないからだ」


更に香辛料を混ぜ、味を引き立てるのだ。

普通のカレーとは違うんだぞ、という点をアピールすることが重要だ。


「おれも全力を尽くさせてもらうぞ、灯花。
・・・どこまで進んでるのかな?」


背後を振り返り、灯花の様子を見てみた。

意外にも、まだ野菜を切っている最中のようだ。


「・・・ペースが遅いな?」


・・・・・・。

 

その頃の灯花は・・・。

 

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「今のうちに野菜を切っておかないと・・・」


ホワイトシチューのルーを作っていて、作業が少し遅れてしまった。

材料であるジャガイモ、ニンジン、タマネギ、鶏肉・・・ちょっとだけ凝ってマッシュルームやブロッコリーも使ってみることにした。

それぞれ食べやすいように一口サイズに切り分け、ボウルに入れておく。


「ルーはできたかな?」


小皿にルーを取り、味見をしてみる。

自分の理想の味だということを確認して、火を止めた。


「次は鶏肉を炒めないと・・・」


大きな鍋に油を引き、鶏肉を炒め始めた。

ジュージューと美味しそうな音を立てて、鶏肉に焼き色がついていく。

次に、切っておいた野菜を鍋の中に入れていく。


「そして・・・これをっ」


朝早くから仕込んでおいた鶏がらスープを入れ、野菜と肉をグツグツと煮込んだ。


「野菜が煮えたら、あとはルーを入れるだけっ」


「おーいっ、できてるか?」


「あっ、賢一・・・」


・・・・・・。

 


背後を振り返り、灯花の様子を見てみた。

意外にも、まだ野菜を切っている最中のようだ。


「・・・ペースが遅いな?」


とりあえず、自分の料理ができるまで灯花に構わないことにしよう。

牛肉にこんがりと焼き色がついたことを確認し、次に野菜を入れてしばらく炒める。

ジュージューと音を立てて、野菜に火が通っていく。


「ジャガイモに箸を通して・・・と」


野菜が全部煮えたことを確認し、鍋に水を入れて再び煮込む。

しばらくそのままでいると、灰汁が出てきた。


「おっと、コイツは取らないと痛い目を見ることになるな」


おたまを使って、それらを取っていく。

そして頃合を見計らってカレーのルーを入れる。


「ここまでは普通のカレーだが、ここからが違う」


おれは隠し味に使用する香辛料を取り出した。

まずはコショウやショウガ・・・これを使ってピリリッとした辛さを実現。

さらにハーブやその種子・・・これで香辛料独特の匂いをつけ足す。


「やはり、完全超人はやることが違うな」


自分の凝った料理法に満足しつつ、スパイスを加えていく。


・・・・・・。


・・・。


「あとは煮込むだけだな」


いい具合に完成されたカレーを見て、ほっと一息。


「さて、気になる灯花の様子を見に行くか」

 

・・・・・・。

 

「おーいっ、できてるか?」


灯花の調理スペースへと移動した。

 

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「あっ、健一・・・」


シチューを作っているようだった。

今灯花が手に持っている鍋に、ルーらしきものが入っている。


「意外と凝ってるな。 市販のものを使わず手作りのルーを使うとは・・・」
「市販のものじゃ、決まった味のものしか作れないでしょ。
今回は、私がいいと思ったルーを使って料理をするの。
本気なんだから、一から手作りは当たり前よ」


自作のルーを鍋の中に、ゆっくりと入れていく。


「おれは市販のカレー粉プラス、香辛料だな」
「なんだかそれ、アンバランスな組み合わせのような気がしてきた」
「自分なりに最後を少しだけアレンジしてみただけだ」
「ふーん・・・」
「そんなおれは自信たっぷりだが、灯花の方はどうだ?」

 

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「私も、自信はあるわよ」
「うっ・・・そうか」
「だって、賢一に食べてもらうんだもの・・・」


ぼそりと言った。


「え?」
「な、なんでもないっ!」


予想外な笑みに一瞬、驚いてしまう。

よほどの自信があるものとみた。


「期待していいんだな?」
「いいけど、賢一の料理も期待していいのよね」
「もちろんだとも」


灯花の不敵な笑みを見て、少しだけ自信を喪失した。


・・・。



「ケンちゃんっ、できたの?」
「あと煮込むだけ」
「カレーかぁ・・・美味しそうだね」
「灯花のと、どっちが美味しそうに見える?」
「えぇーっ、分からないよぉ・・・どっちも美味しそうに見えるし」



「ということは、どちらも優勝候補っていうことでいいのかな?」

「ちょっと待て灯花、なっちゃんを忘れているぞ」



「わたしは今回、ちょっとムリかな・・・」



あははっ・・・と苦笑いをしていた。


「二人みたいに凝ったものじゃないし、いつも自宅で作っているのとなんにも変わらないような気もするし・・・」
「そんなことないよ、ずいぶん美味しそうじゃないか」


夏咲の調理スペースから炒飯の美味しそうな匂いが、風に乗ってこちらへと漂ってくる。

凝ってないとは言っても、最後の味付けにこだわっているような気がした。


・・・。


「やっと終わったよ・・・」


さちがへとへとの状態でこちらへやってきた。


「お疲れさん。 さちは何を作ったんだ?」
「ヒミツ」
「見れば分かるんだがな」
「おーっと、食べるまでのお楽しみだよ」


さちが料理のときに使ったと見られる鍋は、ふたが閉まっていて見れなかった。


「一応、楽しみにしておこう」
「そーそー、楽しみにしておきなよ」


目を輝かせている時点で、少し怖かった。


・・・。


「やあやあ。 皆さんおそろいで」
「ちゃんと食べられるものを作ったんだろうな」
「自分の舌で、実際に確かめてみるといいよ」
「それが嫌だから、こうして直接聞いているんだろが」
「きちんと食べられるぞ」


「磯野くんは何を作ったの?」
「パンだ」


「料理じゃねえよ!」


「おやつ・・・だよね」


いまいちおやつでもない。


「いいんじゃない? 食べれるなら」
「その言葉。 そっくりそのまま、お前に返していいか?」
「ギロッ」
「すまん。 侮辱はダメだな」
「誰だって初めての挑戦には、失敗がつきものなんだからね」


さちの失敗宣言、出ちゃった。


「さて、灯花はもう完成か?」


しばらくシチューを煮込んでいるが、大丈夫なのだろうか?


「もう終わるわよ。 それより賢一の方は今、なにもしてないの?」
「おれはカレーに火をかけたままだ」
「あまり長い間火にかけてると、焦がすわよ」
「大丈夫大丈夫」


そう言いながら自分の調理スペースを見てみた。

鍋から煙が立ちこめ、ちょっとヤバ気な雰囲気をかもし出していた。


「うおぉっ!? おれのカレーっ!」


おれは慌てて近寄り、火を止めた。


「・・・大丈夫だろうな?」
「さあ? 味見してみれば」


おれはカレーを一口すくって舐めてみた。


「問題ないみたいだ」
「良かったねケンちゃん」


ホントに良かったよ。

灯花に勝つつもりで作ったんだからな。


・・・。


「これで全員終わったみたいね」


おれたち以外のクラスメイトもすでに作り終えて、調理道具の片付けをしていた。


「おれたちも片付けるか」


片付けた後には、クラス全体での審査が待っている。


「いよいよだねっ」

「作った後でも緊張しちゃうよ~」


「僕の自慢の料理、じっくりと堪能してくれ」
「だから、お前のは料理じゃねえっての」


「全力を出したから、悔いはないわよっ」


・・・・・・。


・・・。

 

片付けがあらかた終わり、審査――味見の時間になった。

おれたちは校庭の脇に陣取り、みんなが作った料理の評価をしていた。

メチャクチャ腹が減っていたので、たくさん食べたいところだ。

まずは夏咲の料理から。


「いただきます」

 

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「どっ、どうぞっ・・・ドキドキ」


夏咲が見守る中、おれは炒飯を口に運んだ。


「・・・・・・」


予想通り、とても美味しかった。


「どおかな?」
「文句なしに美味しいよ、なっちゃん


審査用紙に特典を記入していく。

これを一つの料理に対して記入していき、最後に合計を出していく。

言うまでもなく、一番得点の高かった料理を作った人が優勝だ。

 

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「何杯でもいけちゃうよっ」
「少しは抑えとけよ」


「真っ白のご飯より、数倍美味しいよ」
「そりゃ美味しいだろうよ・・・」

 

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「夏咲ちゃんも、けっこうやるんだぁ・・・」


灯花は感心していた。

これも新たな刺激になるだろう。

夏咲の料理を食べ終え、次は・・・。

 

「あたしのだね!」
「と言いたい所だが、何でお前の料理がここにないんだ?」


鍋のふたを開ける前に、見てほしいものがあると言っていた。


「へへーんっ・・・実は、これだよ!」
「おおっ、弁当箱の中にあるその料理は・・・」


紙があった。


「そっ、から揚げだよ。 いわゆる、から揚げ弁当ね」
「スッゲー美味しそうだよな、食わせろ」


絵だった。


「あ、あれ? このから揚げ・・・取れねえよ」
「ほらっ、頑張れ!」


「ケンちゃん、頑張ってっ」


「・・・・・・」


「ほらほら、どうした?」


・・・。


「はあっ、く、くっそ~ッ・・・!
って、食えるわけねーだろがあぁっ!」


「やっぱダメ? けっこう自信作なんだけどな・・・」
「絵は凄い上手だ、それは認める。
しかし、料理大会では料理を作れ! 絵を描くな!」

 

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「ご、ごめんね、あんまり料理うまくないもんだから、つい魔が差して・・・ごめん。
こんな不正をするつもりじゃなかったんだよ」
「いつ描いたんだ?」
「三日前からずっと」
「仕込み万端じゃねえか」
「あははははっ、ダメだったかー!」
「で、さちの作った本当の料理を食べるとするか・・・気は進まないが」
「そこ余計なこと言わない」


みんなでさちの作った料理を食べてみることにした。

 

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「・・・・・・」


・・・。


「ストレートな意見でいいよっ。 あたし何とも思ってないし」
「素材そのものの味しかしない・・・」


「なかなか真似できないよ・・・」


「ゴホッゴホッ・・・素材の味をそのまま生かすというのは、とっても大切なことだ・・・」


「まあ・・・初めてなら、これでいいんじゃない?」


・・・。


「みーんな気ぃつかいすぎっ。 本音言ってよ、ホンネ」
「マズイッ!」
「あははっ、賢一ってば正直すぎ。 まあ、そこは笑って許してっ」


そんな快活に開き直られると、文句を言う気力が失せてしまう・・・。


「さっちゃん。 料理教えてあげようか?」
「いいっていいって。 必要ないし」


「玉子焼きを普通に作った方が、得点高かったと思うんだけど」


「それは言えてるね」
「お前のパンも同様だと思うぞ」


ここは冷静に突っ込んでおくことにしよう。


・・・。


「次行こ・・・次」

 

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「僕のパンだね!?」


一応料理大会だし、怪しいものはつくっていないはずだ。


「磯野くん、赤色のビンに入ってる何かを、生地に入れてたよね」


「テメエ! 何入れやがったんだ!?」
「材料袋の中に入っていたから、とりあえず入れてみた。
原材料は一切不明だ」
「とりあえずって何だよ!? って言うか、どんな劇物だよ!」
「びみょーに、だいじょうぶな調味料だから」
「そんなアバウトなこと言われたら、余計食う気なくすだろ・・・」
「まあまあ、遠慮せずに食べてみなよ。 星が見えるからさ」
「食わねっ! 絶対食わねっ!」


首をブンブンと横に振り、絶対の拒否を示す。


「しょうがない。 夏咲ちゃん、一個どうだい?」


「食わすなっ!」


「えっと、わたしはいいよ・・・」
「そうかい・・・じゃあ、さちさん」


「いらない。 キモイし、ヤバそうだもん」


さすがはさち。

発言に遠慮というものがない。


「委員長」
「いらないっ」


ふんっ、と鼻息を鳴らした。


「コレでは評価されずのままだ・・・他の人に渡してこよう」


切なそうに自分のパンを持って、ふらふらとどこかへ歩いていった。


「止めなければっ・・・」


「いいんじゃない?」
「よくねえよ!」
「前に同じものを食べさせられたんだけど、なんともなかったよ」


「ただ、ちょっと磯野くんがすごい気になる時期があったよ」


「運動をしてないのに、体が熱くなったり・・・とか?」


伝説の惚れ薬?


「・・・とりあえず、続けて食おう」


磯野は放っておいて。


「次はおれの料理だな」



「ちょっと待って、私が先よ」
「なんでそこで灯花が先なんだよ」
「満腹になってくると、美味しいものも美味しく食べられなくなるじゃない」
「せこい! お前せこいぞ!」
「こんなことでせこいと思ってる、賢一の方がせこいのよ!」


「なあさちっ、どっちがせこいと思う!?」
「急に話題を振らないでよっ」


なっちゃんはどう思う?」
「とりあえず、一緒にたべたらいいんじゃないかな?」
「採用! それでいこうっ」


四人分のカレーを注ぎに行くため、校庭へ向かってダッシュ


「抜け駆け、せこい!」


灯花も立ち上がり、おれのあとを追ってきた。


・・・。



「なんだかんだで、あの二人仲がいいよね」


「うん・・・そうだね。 お似合いさんだよね」

 

・・・・・・。

 

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「賢一はカレーで、灯花はシチューか」

「正反対の組み合わせみたいで、面白いよね」


「このカレーの売りは、香りと辛さが違うってことだ。
自分で調味料を加えたりしたところがポイントだ」


「このシチューは、自作のルーと鶏がらスープを使って味を調整しながら作ったんだよ。
料理を作る人の腕の見せ所よね」


互いに自分の料理をアピールしまくる。


「うーん・・・どっちから食べたらいいんだろ?」

「自分の好きな方でいいんじゃない? 結局どっちも食べるんだし」


そう言ってさちはカレーの方に手を伸ばした。


「そうだね」


夏咲はカレーを選んだ。


「おれは灯花のを先に食べてみようかな」


「賢一のが気になる・・・」


おれ以外はカレーを手に取り、それぞれ食べ始めた。


「・・・・・・」


緊張の一瞬だ。


「・・・あれ? なんかイケちゃうかも」

「香りはいいんだけど、ちょっと辛いかな? でも美味しいと思う」

 

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「・・・・・・」
「どうした? 灯花」
「からいぃ~~・・・味なんて感じないし、これじゃ評価できないよぉ~」


カレーを一口食べただけで、水をゴクゴクと飲んでいた。


「灯花は甘党だったもんな」
「そういう問題じゃないぃ~・・・」


半分涙目になっていた。


「でもコレ美味しいじゃん。
ピリッとした辛さに、ふわっとした香りが効いててさ。
なんつーのかな、このアンバランスさがいいのよね」
「おおっ! この味付けの良さを、さちは分かってくれるのか!」
「オッケーもオッケー。 花丸だよっ!」


なっちゃんは?」
「ちょっと辛いと思うけど、美味しいよ!」


手応えのある評価だった。


「私は味なんてしないわよ、ただ辛いだけ・・・」


まだうめいていた。


・・・。

 

「さて・・・」


灯花の料理に向き直る。


「これが灯花の作ったシチューか」


思わず唾を飲み込んでしまった。

緊張のせいか、唾液がたまったからかは分からない。

とろりとしたスープが印象的で、食したその瞬間に口の中に溶け込みそうなほどだった。


「この辛さがいいよねー!」

「わたしは、香りがいいかな」

「からいぃ~・・・」


・・・みんなが騒いでいる間に、おれは灯花の作ったシチューをこっそり口にした。


「・・・っ!」


シチューのまろやかな味わいが、口の中で広がった。

続いて自然に胃の中へ、とろりとしたスープが押し流されていく。


「美味しい・・・」


自然とそんな言葉が口から出てきた。

シチューの味のとりこになっていたおれは、自然と手が動いていた。

スープだけではなく、味の染みこんだ野菜や肉も口にしてみる。


・・・。

 

「賢一が無言でシチュー食べてるよ」

「しかも、ものすごい勢いだね・・・」


「・・・美味しいのかな?」
「そうなんじゃない? 美味しいときは、自然に箸が進むもんでしょ」


そんなこんなで、あっという間に食べ終えてしまった。


「どうだった? 賢一?」
「正直に・・・美味しかった」


「へえー・・・良かったじゃん、灯花」

「私も食べてみよっかな」


先ほどとは逆に、灯花の料理を平らげていく三人。


「確かに美味いじゃんっ。 いいよ、これ!」

「そうだね・・・ケンちゃんのカレーと、どっちが美味しいんだろ?」

「できる限りの下準備はしてきたからね。 美味しくて当たり前だよっ」


その間、おれは自分の作ったカレーを食べてみた。


「うん・・・やっぱり自分で作ったものは美味しいなあ・・・」


灯花のシチューと張り合えるほどの出来栄えだった。

さちの言ったとおり、ピリッとした辛さに、ふわっとした香りがカレーの質を高めている。


「どっちも優勝でいいんじゃない?」
「よくない」


まあ、勝敗なんて本当はどうでもいいんだが、ここまでお膳立てしたんだし。

どちらがトップになっても、悔いの残らない勝負だったとおれは信じているし、灯花もそう思っているはず・・・。


結果が楽しみだ。


・・・・・・。


・・・。

 

 

全ての審査が終わり、結果発表の時間がやってきた。


クラスメイトは全員校庭に集まり、わいわいと騒いでいる。



「いよいよだな」
「・・・うん・・・」


灯花の表情は強張っていた。


「悔いはないよな」
「当たり前よ・・・負けたら悔しいけど」
「負けた気になるな、常に強気でいけ」

 

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「今日は暑い中ご苦労様」


簡単な言葉ではあるが、丁寧にねぎらってくれた。


「ここで長話をしてもしょうがないだろうから、みんなが気にしている結果を発表しましょうか」


得点の集計された紙を開いていった。


「三位から一位まで順番に発表するわね。
それ以外の順位については、あとで私のところまで聞きに来てちょうだい」


京子さんが紙に視線を落とす。


「三位は・・・磯野君」
「当然の結果だね」


「いや、おかしいから!」


たかがパン一つで三位だなんて・・・。


「理由を、理由を聞かせてください京子さん!」

 

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「り、理由なんてないわ・・・とにかく、磯野くんが作ったものなんだから・・・」


なぜか熱っぽい視線で磯野を見つめている。


「お前、変な薬を使ったんだろうがっ」
「ククク・・・なんのことかねぇ・・・」


外道め。


「何はともあれ、君と委員長の名前が出てこなかったのはありがたかったね」
「・・・まあな・・・」


出るとしたら、一位と二位のどちらかだ。


「次にいくけど、いいかしら?」


騒いでいた生徒が静まった。


「二位は・・・」


一呼吸おいて、その人に視線を向けた。

 

「日向さん」


「えっ?」


呼ばれた本人はビックリしていた。

 

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「えっ? 私が!?」
なっちゃんが二位なんだよ」
「えっと・・・とりあえず嬉しいよっ」


自分の料理で、ここまで高い評価を得られるとは思っていなかったのだろう。

予想外の結果に、夏咲は明るい笑顔を輝かせていた。


「さて、次はお待ちかねの一位よ」


更に静まり返る校庭。


緊張感が、この場の雰囲気が支配していた。


クラスメイト全員が息を呑んだ次の瞬間に、京子さんが口を開いた。

 

「一位は・・・」


京子さんは視線を全員に浴びせ、二人の顔を捉えた。


「・・・・・・」


おれと灯花の顔を何度も往復させていた。


そしておれと目線が合い、微笑んだ。


「ん?」

「あっ・・・」


灯花が寂しそうに声を上げた。


そして京子さんは教師としてではなく、一人の親として・・・。


「灯花。 おめでとう」


灯花の顔を見ながら、娘の名前を呼んだ。

 

「・・・えっ? 私・・・?」


その瞬間、この場にいる全員が、この大会の優勝者に温かい拍手を送っていた。


「灯花、おめでとう!」


灯花に拍手を送りながら、誠意を込めて褒め称えた。

 

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「おめでとーっ!」

「おめでとう!」

「さすが委員長だね、よくやったよ」


祝福されている灯花本人は、まだ戸惑っていた。


「私が優勝したんだよね? そうなんだよねっ?」


一瞬の間を溜め・・・。



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「やったーっ! やったよ、賢一っ!」


飛び上がって喜んだ。


「やった、やった、やったあぁ~っ!」
「おれに勝ちやがったな、このやろう!」
「最初から勝つつもりでいたんだから、当たり前でしょ!」


晴れた笑顔ではしゃぎながら、おれの体をバシバシと叩いてくる。

こちらを見ている京子さんも、満足した様子で頷いていた。


「何だかやる気が出てきたよ。 ありがとっ、賢一!」


大したことはしていないのだが、まあいいだろう。

もう一度、心の中で祝福の言葉を送った。


・・・・・・。


・・・。

 


その日の夜、大音家では・・・。

 

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「かんぱーいっ!」


パーティーが開かれていた。


「いきなりで申し訳ないが・・・」
「うんうんっ」
「なんでおれが四位なんだ!?」


というか、磯野に負けたのが悔しい。


「最下位じゃなかっただけ、ありがたく思わなきゃ」


「森田くんの料理は、高級料理店に出てくるカレーを真似てみたものかしら?」
「いやあ、庶民どもにはブルジョワ感覚が良く分からなかったみたいですね」


難しく作りすぎた・・・それが敗因らしい。


「最下位といや、さちだな」
「というか、審査対象外ね」
「絵の評価は満点だったのに・・・」


みんなでさちの絵を採点した結果だ。

本人はどうでもよかったらしいが・・・。


「料理大会なのに、何で絵の方が評価されなきゃならないの?」
「さちだけは特例なんだ。 料理はできなくても絵は描けるってね」


結果さちは、俗に言う『頑張ったで賞』を受賞していた。


「それにしても、朝早く起きてたのは仕込みのためだったのか」
「自分にできることを全部やっておかないと、全力って言えないもんね」


なかなかやるじゃねえか、完敗だ・・・。


「ところで京子さん」
「なにかしら?」
「結果発表のときにおれの顔を見て笑ってたみたいですけど、なぜです?」
「灯花をここまで引っ張ってくれてありがとう・・・って意味よ」
「紛らわしいですよ、それ・・・」


「賢一ったら、期待してたんだぁ・・・残念だったね」
「お前も、この世の終わりみたいな顔をして突っ立っていたくせに」
「そこまで大げさじゃなかったわよ!」
「そんなにチョコがおしかったか?」
「おしいよ! 私の半分は甘いものでできてるんだからねっ」
「残り半分は?」


笑いながら聞いて、直後に面食らった。


「賢一っ」
「えっ?」
「・・・ホントだよ」
「ま、マジでっ・・・」


たじたじだった。


「賢一がいるから、賢一のためにって思うから、おいしい料理ができたんだと思うよ・・・」
「・・・・・・」
「ありがとう、賢一」


「ふふっ、さすがの森田くんも今回ばかりは灯花に一本取られたわね・・・」
「まいったね・・・」

 


とまあこんな感じで、大音一家三人だけのパーティーは続いていった。


・・・・・・。

 

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「私は明日の朝が早いから、もうこの辺で寝るわね」
「えぇっ!? まだ十時だよ?」
「残していた仕事があるから、明日でその分を片付けないといけないの」


京子さんは仕事を残してまで大会の準備に時間を費やしたり、今日も色々と進行係として働いてくれたのだ。

明日からは数日間は忙しくなるらしい・・・。

おれは京子さんの大会実現への協力に、心から感謝した。


「おやすみなさい。 それと灯花」
「ん? なぁに?」
「今日は、本当におめでとう」
「うんっ、ありがとう!」


灯花の笑顔を確認してから、京子さんは自分の部屋へと戻っていった。


「ふう・・・ちょっと、外に出ない?」
「酔ったから外の空気を吸いたい・・・ということか」
「まあね・・・そんなところ。
今日は星が綺麗だからさ、一緒に見に行かないかなって・・・」


いつもの灯花から、メルヘン灯花になっていた。


「しゃーない。 付き合ってやろう」


テーブルに並んだ食材を冷蔵庫へ入れてから、家を出ることにした。


・・・・・・。


・・・。

 


そして、やって来たのは川辺。

 

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「ここが、一番きれいに星が見える場所だからねっ」


得意げにおれに言い聞かせていた。


「ふうっ・・・」


目を閉じて、夜空を仰いだ。

 

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無数の星が空に浮かんでおり、天然のプラネタリウムのようだ。


「騒ぐといっても二人じゃあな・・・」
「星を見にきたんだから、騒ぐ必要ないでしょ。
今日のこのときぐらいは・・・静かにしてよね」


灯花は真剣な様子だった。

だったら、邪魔しないでそっとしておいてやろう。


・・・・・・。


・・・。

 

灯花はずっと星を見ている。

首は疲れないのだろうか?


「星ってきれいだよねぇ・・・」
「お前には及ばないさ・・・」
「えっ?」
「って言ったら、喜ぶか?」
「だましたの!?」
「くっさい言葉だなあ・・・とか思ってくれよ」
「賢一に言われたら、信じるに決まってるじゃないっ」


頭から湯気が出そうなほど怒っていた。

 

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「っとにもう。 乙女心が分からないのかしら・・・」
「まあまあ落ち着け。
灯花は『きれい』ではなく『可愛い』の部類に入るぞ」
「そうやってご機嫌とろうとしてもダメだからね」
「信じろよ」
「うるさいうるさい! 信じて損するのは私なんだからっ!」


静寂が支配する夜に、灯花のやかましい叫び声が響き渡る。


「しょうのないヤツだな」
「ふんっ、だいっきらい・・・」
「へえ・・・」


灯花に一歩近づいた。


「な、なによっ・・・」


灯花も一歩下がる。


「言葉で信じてもらえないなら、行動で示すとするか・・・」
「行動って、なにするつも・・・んんっ!?」


抱き寄せてから、灯花の口を自分の口で塞いだ。

灯花は目を見開き、おれを見つめていた。


「んんっ・・・んっ・・・ふぅんっ・・・」


次第に目をとろんとさせ、うっとりとした表情になった。

そっと、口を離した。

 

「・・・・・・」
「・・・帰る?」


見つめ合っていたが、恥ずかしくなってきた。



・・・。


「待って・・・」


後ろを振り向いて歩き始めたとき、灯花に止められた。


「・・・今日さ、私が賢一に勝ったよね」
「ああ、確かに勝った」
「だったら、ご褒美の一つくらいもらってもいいじゃない?」
「ご褒美って・・・子供かよお前は」
「違う! さちみたいな、頑張ったで賞みたいなやつでいいから・・・。
・・・そう、副賞みたいなものよっ」


灯花はどうしても、ご褒美が欲しいらしい。


「おれにできる範囲で、一つくらいならくれてやってもいいぞ」
「言ったわね? 前言撤回とか言わないでよ」
「オーケーオーケー」
「じゃあ、今から一つ欲しい物を言うからね」
「一つでいいんだな?」
「いいの・・・いまは、それさえあれば、いいの・・・」
「なんだよ、言ってみろよ」


・・・。


「・・・けっ、賢一が欲しいなぁ・・・なんて。
今までもそうだったけど、これからもずっと私と一緒にいてほしいな・・・」


おれの方へ近づいてくる。

そして有無を言わさず、そのままキスをされる。

 

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「ダメ・・・かな?」


おれの目の前に、灯花の顔がある。

手を伸ばせば、すぐに自分のものになる愛しい女の子。

おれは笑顔で返してやった。


「初めてお前を選んだときから、そのつもりだ」
「・・・ホントに?」
「本当だ」


灯花を引き寄せ、唇を重ねた。


「ふぁん・・・うれしい・・・」


おれは灯花をぎゅっと抱きしめた。

灯花もおれに体をすりよせ、密着してきた。

灯花の甘い匂いがする。


「・・・んんっ・・・」


胸に触れるやわらかい感触から、体温と鼓動が伝わってくる。


「あっ・・・はあっ・・・けんいちっ・・・」


切なそうにおれの名前を呼んできた。

灯花の熱い吐息が、おれの唇を刺激する。


「なんか・・・変な気分だよぉ・・・」


雰囲気で、灯花の気持ちが分かってしまった。


「か、帰ろうか・・・」
「なんでぇ・・・」
「い、いや・・・ここじゃできねえだろ」
「で、でもぉ・・・あぁっ・・・はあっ、はあっ・・・」
「お、おいおい。 人が来るぜ?」
「あぁ・・・ご、ごめん、けんいちぃ、私、が、我慢できなくてぇ・・・」


・・・なんてこった。


「ま、まあ、ばれないように・・・やってみるか」
「はあっ、はあっ・・・けんいちのせいだよぉっ、けんいちが、灯花にキスしてくれたか
ら・・・あぁ・・・」
「わ、わかったわかった、こっちにこいや」


迷っている灯花の手をやさしく引っ張り、草むらへと連れ込んだ。

腰くらいの高さの草が生い茂っており、バレることはないだろう。

しかし、灯花が草負けしたりしないだろうか・・・。

 

・・・。

 

 


おれたちはお互いを求め合った・・・。

 

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・・・・・・。


・・・。

 


「けんいち・・・ずっと、いっしょだよ・・・」


一生のお願いとでも言いたそうに、おれの目を見ながら懇願していた。


「当たり前だ。 ずっと一緒だからな」


おれの返答に満足した灯花は、幸せそうな顔をしていた。


「そうだよ・・・けんいちは、私のものなんだから」
「それはおれのセリフだ。 灯花はおれのものだ」
「・・・あははっ・・・」


灯花の笑顔が、夜空に瞬く星のように輝いていた。


守り続けよう。


この優しい微笑みを、ずっと・・・。

 

・・・・・・。


・・・。

 



おれたちは川辺に集まって、みんなでバーベキューをすることになっていた。

 

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「バーベキューしたいひーと、こーのゆーびとーまれぇっ!」


「おいさち、そこにある網をこの上に置いてくれ」
「あいよーっ」


「無視しないでよ!」
「ガキめ。 一生そうしてろ」


「ケン、火打石を持ってきたぞ。 これで火をおこすんだ」


磯野は火打石をおれに手渡した。


「・・・・・・」


川に向かって勢いよく投げた。


「ああっ! 僕のコレクションがあぁ~っ」
「いや、ライターとかマッチとかあるし」
「何てことをするんだ!

バーベキューをするから、火が必要だと思って持ってきたのにっ・・・」
「そっちの準備は問題ないから、道具の設置を手伝え」
「血も涙もないとは、こういうことを言うのか・・・」


川の方を向いて、何かぶつぶつと言っていた。


「ねえケンちゃん。 材料はこれだけで足りると思う?」
「・・・灯花が五人分くらいがっつくかもしれないから、厳しいと思う」


「賢一が十人分食べるから・・・の間違いでしょ?」
「食えるわけないだろ」
「私だって無理に決まってるわよ!」
「今日のテーマは、『大食いで行こう!』だろ?」
「『みんなで楽しくバーベキューをしよう』でしょっ」

 

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「まーた始まったよ。
磯野くん、あの二人を止めてくれない? もう準備ができたからさ」
「おーい君たち。 そろそろ最後の晩餐を始めようじゃないか」
「バーベキューだから!」


「だってよ、灯花。 じゃんじゃん食うぞ」


「賢一には野菜しかあげないもんね」

 

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「火をつけるね」


夏咲がマッチを使って火をおこし始めた。


「っと、食材を焼かなくちゃ」

「バンバン食うぞーっ!」

「さあて、楽しむとするかな」


こうしてみんなで集まって食事をするのは久しぶりだ。

今日は大いに楽しむとしよう。


・・・・・・。


食べ物に火が通っていき、ジュージューと美味しそうな匂いが周りにたちこめる。

灯花が食材を配置し、夏咲はその手伝い。

さちはタイミングよく焼けた食材を口にしていき、磯野にいたっては食べ物を口にするたびに黙祷をしていた。


「ああ・・・儚き植物たちよ。
貪欲に生きる醜い人間たちの糧と成り果てるがいい・・・」


「ほら灯花。 おこげだ」


灯花の小皿に焦げた肉をパスした。


「んなものいるか!」
「よしっ、次はあの肉だ!」


ひょいっ。


「ああっ! 私が狙ってたやつ!」
「早い物勝ちさ、こういうのは」
「そういうことだったら・・・これだっ!」
「お、お前奉行に徹しろよ」
「うえぇっ・・・焼けてないじゃない」


生煮えの肉を網に戻す。


「きたねっ、戻すんじゃねえよっ」
「自分で食べるから問題ないでしょ!」


「ケンだったら、委員長の唾液がついている肉は食べるだろ?」
「それは変態のやることだ!」


「賢一の変態!」
「指差すな。 そんなことを言い出した磯野の方が変態だ」


「あっははははっ、別にどーってことないじゃん!
二人とも付き合ってんだしさっ」


「節操がないよ、ケンちゃん・・・」
「ちっ、違うんだ、なっちゃん・・・。
おれがそんなことするわけないじゃないか・・・」


「賢一ったら、うろたえちゃってるよ・・・」
「何がおかしい!? 灯花だって似たようなものだろが!」
「私は賢一みたいに、やましいことなんてしないわよっ」
「間接キスが目的で、おれの使ったあとの湯のみ茶碗を虎視眈々と狙ってるんだろ?」
「そんな馬鹿、私の知り合いの中にはいない!」
「灯花自身のことを言ってるんだ」
「だからそんなことしてないって言ってるでしょッ」


「口移し・・・かな?」
「磯野てめーっ! さっきから会話かき乱してんじゃねえよ!」


「そうよっ、さっきからあんたのせいでこんな話になってるんじゃない!」
「怒るタイミングも一緒・・・似たもの同士なんだね、君たち二人は」



「仲良しさんか・・・いいなあ」


夏咲がうらやましげに、おれと灯花を見ていた。


「おれと灯花、注目の的みたいだぞ」
「いわゆる、バカップルってやつね」
「・・・は? なんでそうなる?」
「ええっ!? バカップルって注目の的じゃないの?」
「変な意味で注目の的なんだよ」
「なんで賢一とそんな目で見られなくちゃいけないわけ?」
「だから、おれたちはバカップルじゃねえっつーてんだろが」


「おっ、この隙にいただきぃっ」


ひょいっ、ひょいっ。


「ぐあっ! おれの狙っていた肉があ!」
「早いもの勝ちでしょ」
「そこまで言うんだったら、これだーっ!」


素早く肉をゲットし、口の中へ運ぶ。


「うげっ、生煮えじゃねえかよ!」


網に戻す。


「きたないっ、戻すな」
「自分で食うからいいだろ。
いいか、お前ら。 絶対に手を出すなよっ」
「言われなくても、誰が手を出すもんかっ!」


「委員長だったら、迷うことなくケンの唾液のついたその肉を食べるんだろ」
「テメエはさっきから余計なこと言い過ぎなんだよ!」
「そんなときは無視すればいいんだよ。

いつぞやのようにね」


コイツ、空気扱いされたことを、まだ根に持っているのか?


「この隙にまたいただきっ!」


「こらっ、さち! さっきから一人で食いすぎじゃねえか?」
「おこげが出ないようにしてんじゃん」


さちは好き勝手に食材を食い荒らしていく。


「さち一人に食わせてたまるか!」


さちに負けじと、おれも食材に食らいついた。


「わわっ。 食べ物が凄い速さで無くなってくよお~」

「私たちの分まで食べる気なのっ?」


「僕の分はあげるよ。 みんなで楽しんでくれ」
「磯野くんは食べないの?」
「こうしてみんなが騒いでいる姿を見てるのが楽しくてね」
「あはは・・・そうなんだ。 実を言うと、今の私もそんな感じかな」


夏咲は食材を次々に網の中へ投入していく。


「まだたくさんあるから、おなか一杯食べてねっ」
「日向さんも、少しは食べないと損だよ」
「私は残り物を食べるからいいよ。
ケンちゃんとさっちゃんが頑張って食べても、多分余っちゃうし」
「確かに・・・この量じゃねぇ・・・」


十人分はあると思う。

各自、用意する量が多すぎた。


「今日は朝から何も食べてないからねっ。 まだまだ入るよーっ!」


およそ二人分の量をぺろりと平らげ、さちの箸は食材の並んでいる金網と口の間を何度も往復する。


「なんて不健康なやつだ・・・。
昼くらい少しでも食った方が、腹に入るに決まってるのに」


おれも二人分平らげた。


「無理して食べてると、後がつらいぞ」


磯野はスローペースで一人分平らげた。


「んー・・・凄い勢いで無くなってくよ」


「余ったら家に持ち帰って、お母さんに食べさせる予定だったのに・・・」


夏咲と灯花も普通に自分たちの分を平らげ、残り三人分にまで減った。


・・・・・・。


・・・。

 



「・・・これ以上は無理・・・」


破竹の勢いで食べ続ける予定だったが、体は正直だ。

 

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「うむむ・・・こりゃきつい・・・」


さちも同じようだった。


「ゆっくりと味わって食べれば、結構いけるものなんだよ」


磯野がもう一人分平らげた。


残り二人分。

 

・・・。



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「わたしはこれ以上、入らないかなぁ・・・」

「私も無理・・・賢一と磯野も、無理しなくていいわよ」


「見ての通りだ・・・おれは無理していない」


「僕も無理はしていない」


・・・と言いつつ、磯野はもう一人分平らげた。


残り一人分。

 

「ちょ、ちょっと磯野。
あんた大丈夫? もう三人分食べてるじゃない」
「痩せの大食いってやつさ・・・」


「コイツめ・・・それを自分で言うか」
「僕の胃袋は、底なしなんだよね」
「分かりやすい例えだな」
「実は、もう限界なんだけどね」
「ただのやせ我慢じゃねえか」
「ふふっ・・・僕の辞書を検索しても、不可能という文字列は存在しない」
「冷や汗出てるぞ」
「問題ない」
「残りの分も全部平らげてみせると?」
「・・・もちろんさ。
残った食べ物は捨てられる運命なんだから、無理してでも・・・食べないと・・・おぉぉ・・・」


腹を押さえていた。


「まだいけるっ! まだいけるはずだ!」
「物理的に限界に達してるだろ。 おなかパンパンじゃねえか」
「諦めたら・・・そこでバーベキューは終了なんだ!」
「終わりたくないなら、終わらせないぞ・・・。
だから無理すんなって、腹が膨れすぎて妊娠してるみたいだぞ」
「ケン・・・責任を取ってくれ・・・」
「微妙なニュアンスの責任だな、おい」
「頼む・・・おなかが痛いんだ・・・はひっ、はひっ・・・」
「自業自得だ」


「しばらく休んだら?
それ以上食べてると、おなかが裂けちゃうよ」
「お心遣いありがとう・・・そして、さようなら」


バタッ。


「無責任に倒れやがったな・・・」
「残った食材は捨てずに持って帰るって言ったでしょ」


「もう食べ物の話はだめぇ~~・・・」


さちもおなかを押さえ、うんうん唸っていた。


「・・・えっと、もうお開き?」

「かもね・・・」

「あっという間に平らげちゃ、お話もできないじゃない」


みんなで楽しく会話をしながら、ということでもあったので灯花は少し不満そうだった。


「少し休んでから片付けをしようか。 今動けないし」


「じゃあ、わたしが少しずつ後片付けをしておくよ」
「あっ、私もする」


灯花と夏咲が片付けに入った。

おれも手伝おうかと思ったが、体を動かせなかった。


「賢一は休んでなって。
ったく、調子こいてあんなにたくさん食べるからこうなるんじゃない」
「すまん。 はしゃぎすぎたな」
「でも・・・こうやって羽目を外すのも、たまにはいいかも」


「またやりたいね、みんなでこうして集まってお食事会とかさ」


「そうだね」


「う~~ん・・・妖精さんたちよ・・・この醜い私めを救ってくれたもう・・・」
「妖精が醜いやつを助けるとは、とても思えんが・・・」


「磯野は放っておいて、もう帰ろっ」
「一応友人だろ。 見捨てるな」


「わたしが見てるから、先に帰ってていいよ」


「あたしも見てるよ。 なんか楽しいしっ」


さちはいじめるときの、いやらしい顔をしていた。

 

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「じゃあ、またな」


「ばいばいっ」

「ばいばーいっ」

「また、学園でねっ」


「ケンめ~・・・裏切ったなあ~っ」


三人を残して、一足先に帰宅するおれと灯花。


・・・・・・。


・・・。

 

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「あと少ししたら、また学園か・・・」


名残惜しそうに呟いていた。

夏休みも残りあとわずか。

楽しい想い出作りも、これで最後となるだろう・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


「あー、腹いっぱいだわ」


おれと灯花はリビングでくつろぎ、京子さんだけが夕食を取っていた。

 

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「森田君も食べる? お肉なんだけど」
「それは、嫌がらせとして受け取ってもいいのでしょうか?」


先ほどのバーベキューで、胃袋が何も受け付けない状態に陥っていた。


「ほら賢一。 食後のお茶」


ありがたく受け取ることにする。


そのとき、電話が鳴った。


「私が出るね」


誰からの電話なのか、分かっているようだった。

おれも京子さんも止めず、灯花に任せることにした。


「もしもしっ」


張り切った声で対応をしている。

 

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「うんっ、久しぶり・・・」


やはり、ご両親からだった。


「・・・うん・・・えっ? ホント?
わかった、待ってるね・・・もちろんだよお、楽しみにしててね。
あっ、私も会えるのを楽しみにしてるけど。
うん、またね」


ガチャンッ。


「お父さんとお母さんが近いうちにくるって!
でねっ、来るのは・・・」


灯花が、ご両親が来る日付をおれたち伝えた。

数日後だ。


「前に言ってた通り、私の作った料理でおもてなしすることにしたから」
「そっか、いよいよだな」


「その日だったら、私も時間を作っておかないとね」


ご両親との再会に備え、灯花はこれから数日間、さらに料理に打ち込むことになる。


・・・・・・。


・・・。

 

 


そして、運命のときがやってきた。

 

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「ほ、本日はお日柄もよく・・・えーと・・・その・・・お二方にお会いできて・・・こ、光栄・・・です。
ささいなおもてなしではありますが・・・その、私の作った料理を・・・ぜひ、お召し上がりくだ、ください!」
「・・・何でそんな堅っ苦しい挨拶になるんだ? もっと普通に喋れ」
「普通って・・・これで普通じゃないの?」
「赤の他人がするような挨拶じゃないか、それ。
親子だったら、もっと自然に振る舞えばいいんだ」
「例えば、どんな風に?」
「自分で考えろ」
「考えてこれなのよ」
「しょうがない。 こうするんだ」


おれは灯花の声を真似て言ってやった。


「お父さんっ、お母さんっ、会いたかったよぉ~~っ!」


ガシッ!


「って、なんでそこで私に抱きつくわけ!?」
「練習だ」


離れる。


「ところで、料理の方は大丈夫なんだろうな?」
「あとは温めるだけだから、問題ないよ。
でも問題なのは、はじめの挨拶だよぉっ・・・どうしよう、どうしようっ、まとまんないよぉ~」

 

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オロオロオロオロ・・・。


「落ち着けといっても落ち着かんだろうな、こりゃ」
「まずは服装・・・問題ない!
歯は磨いた、髪もすいた、あとは挨拶っ、挨拶うぅ・・・」


余計にパニくっていた。

強制手段を取らせてもらうか。


「灯花」
「今は話しかけないで!
もうちょっとで何かが浮かびそうなんだから!
って、ああ! 賢一が話しかけたから、忘れちゃったじゃないの!」


おれは灯花の肩に手を置いた。


「なっ、なにするのよ! この大事なときにっ・・・」
「おれの目を見ろ」
「目ぇ・・・?」


じーっと灯花の瞳を見つめた。


「やっ、やめてよ・・・恥ずかしいじゃない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


おれの方から顔を近づけた。

それにつられ、灯花の方も唇を近づけてきた。


「・・・んっ・・・」


重なる唇。

軽く息を交わしてから、灯花から離れる。

 

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「はあっ・・・ドキドキしてるよ・・・」


頬を赤く染めていた。


「少しは落ち着いたか?」
「こんなことで落ち着くわけないじゃない!
・・・でも、もう一回したら大丈夫かも」
「欲張りだな」
「お願い」


やれやれ・・・。


おれは再び灯花へ近づき、キスを・・・。

 

「こほんっ!」

 

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「うっ、うわわわっ! し、死んじゃえ!」


ぶんっ!


「うおっ、危ねえじゃねえか!
あざができたら、ご両親との再会のときにこの傷をどう説明するんだ?」
「じ、自分で階段から転げ落ちたってことにしておけばいいでしょ!」
「うちに階段ねえだろ」


「二人とも静かにしなさい。 もうそろそろ来る時間でしょ」


おれたちは時計を見た。

もう約束の時間だ。


「はあっ・・・」
「こうなったら、ぶっつけ本番で行け」
「ぶっつけ本番って・・・難しいわよ」
「自分の気持ちが伝わればいいんだ。 会いたかったんだろ?」
「・・・うんっ」


そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。


「来た!」


玄関へダッシュで向かう灯花。

おれもそのあとを追い玄関へ・・・。


・・・。

 

「こ、ここっ、こんにちは!」


深々と頭を下げる灯花。


京子さんとおれも一緒に頭を下げた。


そして顔を上げる。



 

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「こんにちは。

今日は一家総出でお出迎え、誠に・・・」

「しねええぇっ!」

「ありがとうございますうぅ!?」


磯野が壁に叩きつけられた。


「はあっ・・・はあっ・・・今日の体調も万全のようだね、委員長」
「早く帰れっ! 今すぐにっ」
「もしかして、委員長のご両親が来るからかな?」
「どうして知ってんのよ?」
「田舎町の入り口から、ずっとここまで案内してたからね」


玄関の扉がすべて開かれ、そこには・・・。


そこには、優しい雰囲気をまとった灯花の両親が立っていた。

暖かなまなざしで、成長した灯花を見つめている。


「・・・あっ・・・」


灯花も、じっと両親を見つめ返していた。

京子さんが一歩前に進み出た。


「いらっしゃい、幸喜・・・待ってたわよ」


幸喜と呼ばれた男性は、笑顔を携えたまま軽く頭を下げた。

それにつられるように、灯花の母親・・・佐知代さんも頭を下げた。


「とりあえず上がって、お食事でも一緒にしませんか?」


客人を促し、リビングへと案内した。

灯花はまだぎこちない態度だったので、京子さんが二人の対応をしていた。


「おちつけっ・・・おちつけっ・・・」


手のひらに『人』という漢字を三回書いて飲み込んでいた。



玄関に、おれと磯野だけが残った。


「さて・・・」
「どうするんだ?」
「親友の大切な時間を奪うような人間じゃないんだ、僕は」


すぐに家の外へと移動する磯野。


「しっかり委員長をエスコートするんだぞ、ケン」


そう言うと、静かに玄関のドアを閉じた。


「・・・サンキュ」


磯野の心遣いに感謝し、おれもリビングへと戻る。


・・・・・・。

 

灯花が、温めた料理をテーブルの上に並べていく。


幸喜さんと佐知代さんはそれらを見て、感嘆の息を漏らした。


「これは・・・灯花が一人で作ったのか?」
「うんっ、そうだよ」


「上手にできたわね・・・」


準備が終わった灯花が席につき、おれもその隣に座った。

灯花は深呼吸して気分を落ち着け、両親に告げた。

 

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「さあっ、召し上がれ!」


食卓を囲んで、ご両親の歓迎会が始まった。


「では、いただこうか」

「ええ」


丁寧な手つきで箸を取り、灯花の作った料理を口に運ぶ。


「・・・・・・」


灯花は二人の反応を待っていた。

緊張のあまり、自分の服をぎゅっとつかんでいた。


「・・・美味しいよ、灯花」
「ほっ・・・ホントに?
よかったぁ・・・一生懸命作ったけど、もし失敗したらどうしようって思ってたから・・・」


「そんな心配することなかったのに」
「緊張してたから、なにか間違いでもあったらどうしようかと思ってたんだよぉ・・・」
「本番に弱いところを直せば、料理に関しては言うことないんだがな、灯花は」


「灯花、そちらの男性は?」


幸喜さんが不思議に思ったのか、おれのことを灯花に尋ねた。


「ええっと・・・」


おれの方に視線を向けてきた。


「灯花に任せよう」


今度は京子さんに視線を向けた。


「あなたの思っている通り、言ってみなさい」
「うぅっ・・・」


灯花は頬を赤く染め、照れながら両親に伝えた。


「わ、私が・・・その、好きで・・・で、付き合ってる人?」
「なんで疑問形になってるんだ?」
「だ、だってぇ・・・」


「ほう・・・恋人か・・・」

「あらやだ。
会いに来たばかりなのに、もう彼氏を紹介されてしまったわ」

「仲良くやっているか?」


「たまにちょっかいを出してきたりするけど、優しいところもあるから、それなりに・・・」
「仲良くさせてもらってます。 森田賢一です」


こういうことは、きちんと言っておいた方がいい。

じっと、父親を見つめた。


「・・・なにかな?」
「・・・・・・」


この人は、灯花を傷つけた過去がある。

けれど、瞳には弱々しいながらも誠実そうな光が宿っていた。


「賢一?」


灯花が不安そうにおれを見ていた。

おれの探るような態度を察したのか、幸喜さんが言った。


「いくらでも、私を責め立ててください」
「・・・・・・」
「私は一生をかけて、償うつもりです」


おれは、笑った。


「おれも、灯花のためにやれることをやらせてもらいますよ」


軽く頭を下げた。

いずれ、義理の父親になる人に。


「優しそうな人じゃないか・・・灯花も嬉しいだろう?」
「あっ、うん・・・嬉しいよ」


「どこで知り合ったのかしら?」
「一年前にね・・・こっちの学園に転入してきたんだ。
それで色々とあって、今に至るってとこかなあ」


「いやあ、灯花の押しの強さに負けてしまいましたよ」
「ちっ、違う!
賢一が私とどうしてもいたいって言うから、仕方なく付き合ってあげてるのっ」
「ムキになるな。 顔が赤いぞ」
「それは・・・この部屋が熱いからよっ、絶対そうに決まってるんだからっ。
もうっ、賢一のばかぁっ・・・」


ぽこぽことおれの頭を叩いてきた。

おれたちのやり取りを見ていた灯花のご両親は、全てを納得したかのように頷いた。


「前に言っていた料理大会・・・あれはどうなったんだい?」
「あ、あれね・・・もちろん私が優勝したよっ」


「凄いじゃない。
これだけの料理を作れるんだから、当然の結果だったのかしら?」
「もちろんだよっ」


「あなたたち二人にも食べさせてあげたかったわね、あのときの料理」

「よりスキルアップした料理が目の前にあるから、これでいいんじゃないですかね」


料理大会が終わってからというもの、灯花の腕前はさらに上がった。

当初の狙いに、新たな刺激を受ける、というものがあった。

そのおかげか、前に比べてより楽しく料理をしている姿をよく見かける。


「灯花は、料理人になりたいって言ってたね」
「うんっ。 今も頑張ってるよ」
「その気があれば、知り合いの職人さんを紹介するよ」
「えっ?」
「・・・ああ、いや、この町から離れるわけにはいかないんだったね」
「ふふっ」


灯花は、笑って誘いを受け流した・・・。


けれど。


「・・・学園を卒業したら、都会に出てもいいわよ」
「ええっ?」


京子さんが、灯花が都会に行くことを認めていた。

以前は渋ってあいまいな返事ばかりをしてきたが、今日ははっきり、都会に行ってもいいと迷うことなく伝えている。


「灯花の好きにしていいわよ。

自分の夢を掴むのであれば、それくらいはしなきゃね」
「でも・・・」
「私のことは心配いらないわ」


灯花を心配させまいと、やさしく微笑んだ。


「京子さんもこう言って下さってるし、私たちも無理強いはしないわ。
最後に決めるのは灯花よ」


「今すぐ答えを出せってわけじゃないから、この件についてはゆっくり考えようぜ」


灯花はうつむきながら自分の料理を箸でいじっていたが、しばらくたって顔を上げた。


「考えてみるよ。
自分で、考えて、自分の将来を決めてみせるよ」


自分の言葉で、はっきり宣言していた。

この場にいる灯花以外の人物は一瞬驚いた表情を見せたが、それもすぐに笑顔に変わる。


「決心がついたのなら、あとは目標に向かって頑張るのみね」


心から灯花のことを応援している。


「しっかり頑張れよ」


全員で灯花の夢を激励してやった。


「でもっ・・・!」


しかし、おれたちの声をさえぎるように灯花が叫んでいた。


「でもっ・・・たとえ、都会に行っても、料理人になったら、必ずこの家に戻ってくるよ!」
「・・・灯花・・・」
「こっちのお母さんにも、私の料理を食べてもらいたいから・・・私は、この家にまた戻ってくる!」


断言した。

向日葵が迎えてくれる、この故郷に戻ってくると・・・。


「戻ってきて、それからどうするんだ?」
「えーっと・・・んーっと・・・別に何でもいいでしょ!」
「うわっ! 怒んなよっ!」
「とにかく、私は料理人になるっていったらなるの!」


「今からでもやれることはたくさんあるだろうから、その時間を無駄に過ごさないようにしないとね」


「灯花のためならば、私はいくらでも協力するよ」


みんなが暖かく灯花の夢を応援してくれた。


「私が料理人になるまでは、もちろん賢一もサポートしてくれるのよね?」


甘ったれるなよ・・・と言ってやりたかったが、この雰囲気でとぼけることはおれにはできない。


「料理人になるまでじゃない。 ずっとサポートしてやる」


ご両親の前で、はっきりそう言ってしまった。

灯花は赤面し、ご両親はそんな灯花とおれに満面の笑みを送っていたし、京子さんも笑っていた。

この日を堺に灯花の夢は、少しずつ実現へと近づいていく。


・・・・・・。


・・・。

 

 



 

・・・。

あれから数年の歳月が流れた。

灯花は学園を卒業したあと、すぐに都会へ進出。

ご両親の元で修行に励み、ついには料理人となって田舎町へ戻ってきた。

修行中は、自宅でやっていたことろは違い、間違えればすぐに檄が飛んでくる。

それでも灯花は耐え、料理の腕前をメキメキと上達させていった。

まだまだ半人前なのだろうが、これからますます腕を磨いていくのだろう。

そして今日は・・・灯花の腕を見込まれての仕事が入っていた。


・・・



「今日も頑張るわよっ。

賢一、手が足りないところをお願いね」
「おう」


調理実習室の扉を開け、中へ進んでいく。

広い教室は、親子連れの実習生であふれかえっていた。


「先生、今日もよろしくお願いしますっ」

 

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「うんっ。 こちらこそよろしくね!」


愛想のよい笑顔を振りまきながら、灯花が壇上へと上がる。

そして、人に物を教える立場になった瞬間、料理人としてのスイッチが入る。


「本日は、私を料理の講師としてお招きいただき、ありがとうございますっ」


ぺこっ、と丁寧なお辞儀をした。

威厳あふれる態度で、実習生たちと向き合っていた。

学生時代、義務を負っていた頃とは正反対の性格をしていた。

何をするにしてもテキパキと作業をこなし・・・やっぱたまにドジるときもある。

でもそんなのはご愛嬌、灯花もその対応には慣れっ子になっていた。


「今日のメニューは・・・シチューですね」


灯花は声のトーンを落とし、しばし沈黙した。


「どうしたんですか?」
「ちょっと想い出深いメニューなの、気にしないで」
「気になりますよぉ・・・教えてくださーいっ」
「じゃあ、みんなが作った料理で、先生に美味しいって言わせたら教えてあげる」
「よーしっ、じゃあ頑張るぞ!」


・・・そんなこと言っても、灯花は結局、美味しいと言ってしまう性格をしてるわけだ。


「賢一、聞こえてるわよ」


たまーにトゲトゲしくなる一面もある。

今この場にいる人たちの中で、おれしか知らないことだ。


「まったく・・・おれよりも偉そうな身分してやがるな」
「あんたも頑張んなさいよ。
その気になれば、私の次くらいに料理人として大成するかもよ?」


さりげなく攻撃的だった。


「ヤダ、メンドくさい」
「・・・じゃあ、指くわえて私の働き振りをしっかりチェックしときなさい。 後学のためにね」
「だから、料理人にはならねーって」
「じゃあ今日当たり、役場に提出してきてくれる?」
「・・・なにを?」
「離婚届」
「自分が一番反対するくせに・・・」
「賢一が反対するんでしょっ」
「お前だって!」
「賢一よ!」


「せんせーいっ! また仲良くふうふげんかですかあー?」


「仲のいい夫婦喧嘩があるか!」
「こらっ、子供相手に叫ぶなっ」


「びええぇーんっ! あの兄ちゃん、鬼より怖いよおぉ~~・・・」
「あー・・・よしよし、泣かないで、ねっ?」


灯花が泣いている子供に近づき、頭をなでてやった。


「あんなやつ、先生があとでぎゃふんって言わせてやるんだからっ」
「・・・うん・・・ありがと、せんせえ」


その子供は灯花に見えないように、おれに向かって舌をべえっと出した。


「このっ・・・」


怒りに震えるこぶしを何とか押さえつける。


「では、始めましょうかっ。
食卓に並べる温かい料理の秘訣を、皆さんにお教えしますねっ」


丁寧な指導の下、実習生たちは料理に励んでいた。

灯花は人望が高く、特に子供からの支持が高い。


「うんうん。
そこはそうすれば、より美味しくできる。
きちんと覚えてたんだね、偉い子だよ君はっ」


頭をなでなで・・・。


なでられた子供は、嬉しそうに頬を緩めていた。


「僕もね、りょーりにんになるんだ!」
「へえ・・・そうなんだ」
「先生みたいに、かっこいい料理人になりたい!」
「いい夢を持ってるね、僕。
だけど美味しい料理を作ろうって思うことが大切だから、それだけは忘れないでね」
「うん! ぜったいに忘れないよ!」


灯花は実習室内をうろうろして回り、的確なアドバイスをしている。


そして、教壇に戻ってきたところで話しかけた。


「料理人候補生がまた一人・・・昔のお前みたいだな」
「あれだけ若いうちから料理人を目指す、っていうところは違うんだけどね」


苦笑いしながら、椅子に座る。


「はあ、最近疲れるなあ・・・」
「肩でも揉んでやろうか?」
「まあ、肩も凝ってるんだけど・・・体全体がってこと」
疲労か? 最近働きすぎたとか」
「大きな声じゃ言えないんだけどね・・・いわゆるオメデタ?」
「なにっ、ホントか!?」
「・・・って言うのは冗談。 ただの疲れ」
「はあっ、何だ・・・びっくりさせるな」
「・・・でも、覚悟だけはしておいた方がいいかもよ」
「ん? 何か言ったか?」
「なーにもっ」


いたずらに微笑んでいるところを見ると、何か仕掛けてるんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。


「まだまだ半人前だけど、料理人になれたことだし、賢一には感謝してるよ」
「灯花が頑張っただけだ。 おれは何もしていない」
「縁の下の力持ちって言葉あるでしょ。 それよ、賢一は」
「・・・お前のためになったのなら、それはそれでいいんだが・・・」
「一応プロになったんだけど、私は手を抜かないつもりだからねっ」
「当たり前のことを、いちいち言われてもなあ・・・」
「言わないよりましでしょ。
自分の考えが持ててるっていう、何よりの証拠なんだから」
「そうだな」
「賢一っ・・・」
「ん?」
「今までありがとっ・・・愛してるよ」
「くっ・・・よくもそんな恥ずかしいことを」
「ふふっ・・・」


眩しいと言わんばかりの笑顔をよこしてきた。


・・・・・・。

 

・・・。



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料理人としての仕事をする傍ら、主婦としての仕事も欠かさない灯花は、傍目から見れば立派な母親に見えないこともない。

昔は決断力に乏しく、自分の行動すらも自信が持てないほど弱かった灯花。

だが、今はその正反対だった。

自ら決めたことを精一杯やり遂げ、自信のある行動を取れるようになってきた。

子供から大人になる過程・・・それは厳しい道のりだった。

しかし、灯花は頑張った。

自分の夢を実現させるために。


「賢一。 これからは、温かい家庭を築いていこうねっ」
「ああっ」


自分の望んだ、温かい食卓を実現させるために・・・。

灯花は、今日も、おれとともに人生を歩んでいく。

向日葵の少女は、いつも明るい笑顔でおれを導いてくれていた――。


・・・・・・。


・・・。

 

END

車輪の国、悠久の少年少女 灯花シナリオ【3】

 

・・・

 

午前中のうちに灯花と買い物へ行き、昨晩の残り物で昼食を済ませた。

そして昼過ぎ、灯花は料理の特訓に明け暮れていた。

 

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「包丁を二つ使えば、作業効率は二倍っ。
そしてこの秘伝の構え。
防御力は40%アップ。 攻撃力は75%アップ」


両手に包丁を握り締め、真剣に呟いていた。

真面目なのかふざけているのかは知らないが、傍目から見れば間違いなく後者だ。


「こんな熱い中、よく頑張れるよな」


家の外では、セミがやかましく鳴いていた。

時はすでに夏休み。

料理大会まで今日を含め、あと十日だ。


・・・・・・。



「こんちゃーっ。 灯花いるー?」
「いない」
「おっ、賢一じゃん。 久しぶりー」
「いつ見ても元気だな、さち」

 

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「なになに・・・もしかして誘ってる?
別にあたしは構わないから、今からでも付き合ってあげるよっ?」
「おれにはもう、灯花しか見えないんだ」
「あたしと灯花でハーレム組んじゃおうよ」
「・・・・・・」
「あっははははっ・・・」


ケラケラケラケラ。


こいつは年中無休、元気を振りまいてるな。


「それより、灯花いるー?」
「いない」
「台所いんじゃん! おーいっ、灯花ーっ!」


家の中なのに大声を張り上げるさち。


「こらっ、そんなに大声出すな。 包丁が飛んでくるぞっ!」

 

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「そんな乱暴するか!」


代わりに灯花の平手が飛んできたが、それを軽くいなす。


「頑張ってるね!」
「さち、どうしたの?」
「灯花をスカウトしに来たんだよ。 一緒に組もっ」


「スカウトじゃなくて、灯花を頼りに来ただけだろ・・・」


「ごめん。私一人でやることにしたから」
「友達いないもんな」
「バカにしないでよね。 クラスに何百人っているんだからっ」
「そんなにいねえよ・・・」


「他の人にも断られてるんだよね。
このままじゃ、あたし一人で作らなきゃいけないじゃん」
「お前、超自己中だからじゃねえの?」
「そんなことないよ。
ちょっと、買い物行ってもらって、食器洗ってもらって、ついでに部屋の掃除もしてもらおうとしてるだけ」


「超、わがままだよ!」
「わははっ!」


「なんにせよ、お前、料理できないだろ。 どうするんだ?」
「う~ん・・・まっ。なんとかなるっしょ」


開き直りではなく、ほぼ諦めだった。


「賢一が教えてあげたらいいじゃない」
「大会の準備で忙しいんだよ」


「賢一は、今なにしてるの?」
「暇を持て余している」


「今、忙しいって言ったばかりじゃない!」
「どうやって暇を持て余そうかと考えているから忙しい」


「灯花の面倒見なくていいの?」
「近づいたら食材にするぞって言われた」


「言ってない! 邪魔したら包丁で刺しちゃうかもって言ったことはあるけど、刺し殺すなんて言ってない!」
「どちらも、初耳だぞ」


「賢一、特訓中は近づかない方がいいんじゃない?」
「近くにいないと寂しいって泣くんだよ。 だから仕方なく近くにいる」


「嘘よ! 寂しくなんてないんだから!」
「ついでに『包丁で刺しちゃうかも』って言葉も嘘だと言ってほしいなあ・・・」

 

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「賢一も大変だね。 ま、頑張んなさいよ」


激励の言葉を投げかけ、さちはリビングから姿を消した。


「・・・で、灯花は今なにをやってるんだ?」
「料理の練習に決まってるじゃない」
「台所を離れても大丈夫なのか?」
「食べ物を寝かせているだけだから、今は何もしないでいいの」
「順調か?」
「大丈夫よっ」
「・・・あまり無理するなよ」


・・・・・・。


・・・。

 



料理大会まであと九日。

灯花は飽きることなく修行を続けている。


「必殺技・・・みたいなのを編み出してみようかな」


きちんと料理の修行をしているのかは微妙ではあるが・・・。


・・・。

 

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「なんでまたお前がここにいる?」
「僕の家だからさ」


磯野が冷やかしに来ていた。


「委員長、何であんなに頑張ってるんだろうねえ」
「灯花の料理をけなしたからに決まってるだろう」
「流し目で言ったのがいけなかったのだろうか?」
「さりげないエロスを入れるな。
なんにせよ、今の灯花に近づくな。 刺身にされるぞ」
「ほう・・・委員長は刺身を作っているのか?」


そこへ、灯花がやってきた。


「またくだらない話をしてる・・・って、磯野!?
ちょっと、二人して私の邪魔をする気なの?」
「こいつだけだ」
「賢一は私のサポートをするためにここにいるんでしょ」
「居候として厄介になってるから、ここにいる」

 

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「そして僕は、君の心のオアシスだから、ここにいる」
「帰ってくれる? ハエ並みに邪魔だから」
「わかったよ。 ちぇ、せっかくチームを組もうと思ったのに」


磯野は帰って行った。

 

・・・。

 


「厄介なやつは帰った。 思う存分暴れろ」
「料理でどう暴れろって言うのよ」
「必殺技うんぬんとか言ってただろ」
「なにそれ? 知らない」
「包丁を二本持って、『これで作業効率二倍っ!』とか何とか言ってただろう」
「包丁二本も持つなんて危ないじゃないの」
「お前がやってたことじゃねえか」
「料理人が包丁を二本持って料理すると思う?」
「じゃあ、三本?」
「うるさいなぁ、邪魔ばっかりして・・・」
「怒るなよ」
「むぅ・・・」


ご機嫌ななめ。


「・・・手、貸して」
「え? 急にどした?」

「頭撫でて・・・」
「え、あ、ああ・・・」


なでなで・・・。


「えへへっ・・・」
「・・・・・・」
「落ち着くよぉ・・・」


二人っきりになって、急に甘えたくなったようだ。

 

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「けんいちのために、がんばるよぉ・・・」


とろんとした声。


「いや、おれのためじゃなくて、自分のためにな」
「おいしい料理ができたらぁ、いっぱい褒めてねぇ・・・」
「お、おう・・・」
「けんいちぃ、だぁいすきぃっ・・・。 キスしてぇ・・・」


言われるがままに、唇を寄せる。


「はむっ、ちゅっ・・・ちゅぷっ・・・」


・・・。


「ありがとう・・・これでまたがんばれるよぉっ・・・」


そんなこんなで、日が暮れていく。


・・・・・・。


・・・。

 

 

 

次の日。

 

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「刺身包丁、三刀流」
「無理だって」


天然なのかホントのおバカさんなのか・・・おれには理解できん。

 

ピンポーンッ。

 

「んっ? 誰か来たな・・・」


・・・。

 

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「やっほー、ケンちゃんっ」
なっちゃん!」


思わぬ来訪者だった。


「様子を見にきたんだ」
「灯花の?」
「それと、ケンちゃんもね。 最近暑いし」
「確かに暑いよね、毎日毎日」
「だから、梅干しを持ってきたんだよ!」
「・・・・・・え。 梅干?」
「うんっ! 夏バテにいいんだって」
「夏バテといったらウナギだと思ってたんだけどなあ」
「あの、田んぼにいるウナギのことかな?」
「・・・あれはね、どじょうって言うんだよ」

 

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「違うよお、あれはウナギだよっ。
ケンちゃんって頭いいけど、抜けてるところもあるんだねっ」
「そうだね・・・」


そうか?


・・・。

 

 

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「お邪魔しまーす」
「その辺に適当に座ってて、麦茶でも持ってくるから」


灯花のいる台所へと向かった。


「・・・火力が足りないのかな? 中華って難しいなあ・・・」


「なにしてんだ?」
「こう、火が出ないかなーって思って・・・」
「フツーにやれ、フツーに」


・・・。

 

 

「ったく、なにやってんだか・・・」
「どうしたの?」
「灯花が本格的な中華料理を作ろうとしてたから、ちょっとね・・・」
「中華? SF小説の?」
「たまに再現してるんだよ」
「へえぇーっ、凄いんだね」
なっちゃんの方は順調?」
「当日になにを作ろうかなって悩んでるだけだから、なんとも言えないなぁ」
なっちゃんのことだから、きっと美味しいんだろうね」
「あまり期待されると、失敗するかも・・・」
「失敗しても、おれはなっちゃんの手料理を食べるよ」
「だめだよ。 焦げた食べ物とか出ちゃうんだからね?」
「それでも食べるよ」
「生焼けの肉とか出ちゃうかもしれないよ?」
「それでも食べるよ」


初々しさあふれる失敗だなぁ・・・なっちゃんらしいや。

 

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「玉子焼きの中に殻が入ったり・・・」
「ありえるねー、そういうの」
「味噌汁の中にハエが入っちゃったり」
「・・・え?」
「ハンバーグ焼いてるときにゴキちゃんが混入したり」
「・・・それは、さすがにやだなぁ」
「あはは・・・やっぱり?」
「当日にそんなイベントは勘弁してね」


屋外だったら、ありえないこともないな。


「当日暑かったら、どうしようかな・・・」
「鉄板を置いておけば、熱くなってバーベキューができるかもしれないよ」


夏咲らしい解答に、思わず頬が緩んでしまう。


「鍋を置いていれば、お湯が沸騰するかもしれないよ」
「それはさすがにありえないよ」
「あら?」
「ケンちゃんって、けっこう奇抜な考え方するんだね。 おもしろーいっ」
「・・・あはは」


そうか?


「帽子とか用意した方がいいかもねっ」
なっちゃんなら、麦わら帽子とか似合いそうなものだけど」
「えっ、ホント?」


夏咲の表情が、ぱあっと明るくなった。


「じゃあじゃあ、麦わら帽子用意してくるねっ」
「うん、期待してるよ」


リボンを褒めたときと、同じ顔をしていた。

久しぶりにあの笑顔を見ることができて、心が和んだような気がする。


・・・・・・。


・・・。

 


夏咲が家を出てから数分後・・・。


「ん~、これはちょっと・・・」


消え入りそうな声が、キッチンから響いてきた。

キッチンへと足を踏み入れ、灯花に近寄った。


「どうした?」
「あっ・・・賢一、えと・・・」
「ん?」


鍋の中を覗いてみた。


「真っ黒じゃねえか!」
「焦がしたかも・・・」
「見事に焦がしたんだよ!」
「・・・・・・」
「やり過ぎだ。 何をしたかったんだ、お前は」
「鍋から火を出すトコとか・・・」


こげた臭いがひどかったので、リビングに移動する。

 

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「お前さ、火事になったらどうするんだよ」
「ご、ごめん」
「まったく、京子さんにばれる前に、片付けるぞ」


再び台所に入ろうとしたときだった。

 

「待ってよぉ」


ぐいっと、袖を引っ張られた。


「けんいちぃ・・・」
「な、なんだよ・・・?」
「夏咲ちゃんとなにお話してたのぉ?」
「・・・いや、普通の日常会話だけど・・・」
「楽しそうだったよぉ?」


・・・やきもち?

 

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「まさか、それで手元が狂って焦がしたのか?」
「ご、ごめんね。 私、子供だから・・・。
ホントにごめんね・・・夏咲ちゃんもけんいちも、何も悪くないよぉ・・・。
やきもち焼いてごめんねっ。
けんいちが灯花だけを見てくれるのは知ってるからぁ・・・。
だから、ごめんねぇ。 今度は、がんばるよぉっ」


そんなこんなで日が暮れていく。


・・・・・・。


・・・。

 


 

「そろそろ、真面目にやった方がいいんじゃないか?」
「うん・・・」


前日の反省を活かし、真面目に料理の特訓に励むことにした。


「とりあえず、今日は何をするんだ?」
「・・・・・・」
「・・・灯花っ?」

 

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「え、あっ・・・ああ、なに?」
「今日はどうするのかと聞いたんだが・・・ちょっと顔色悪くないか?」
「昨日のこともあるし、ちょっと疲れてるんだよ。きっと・・・。
大したことはないから、このまま特訓を続けるよ」


灯花はおぼつかない足取りで台所へと向かう。


そのとき、リビングの電話が鳴った。


・・・。

 


ガチャッ。

 


「はい、大音です。
はい? 私は居候のものですが・・・もしかして、灯花のご両親ですか?」


「どいてっ!」


横から体当たり。


「おわっ!?」


受話器をひったくりながら突き飛ばされてしまった。

 

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「もしもしっ・・・お父さん? 久しぶりっ」


先ほどまで沈んでいた顔が、太陽のように明るく輝いた。

灯花にとってご両親からの電話は、心の栄養剤の役割を果たしているのだろう。


「えっ? さっき電話に出たのは誰かって?
えーっと、居候! ・・・うんっ、ただの居候!
ちっ、違うよお・・・もう、からかわないでよ。
そうそう。
なんていうの? 奴隷? ペットみたいな感じだから」


・・・そこまで言うか。


「うん。 料理の方も毎日作ってるし、楽しいよ。
あっ、それと一週間後にね、料理大会があるんだぁ。
・・・ううん、クラス内での想い出作りみたいなもの、学園の行事じゃないの。
あはは・・・やだなあ、恥ずかしいよぉ」


・・・長くなりそうだな、しばらく一人にしといてやろう。

おれは一時、灯花の部屋で待機することにした。


・・・・・・。

 


時折、笑い声が聞こえてくる。

それを聞いているだけで、灯花の楽しそうな顔が目に浮かぶようだ。


・・・・・・。

・・・。

 


頃合いを見計らって、リビングへと戻ってきた。

灯花はすでに料理を作り始めている。

ご両親との会話が効いたのか、落ち着いて作業をこなしていた。


「あっ・・・どこ行ってたの?」
「灯花の部屋」
「なんで?」
「あまりにも電話で楽しそうにしゃべるもんだから、居心地が悪くなって逃げたまでだ」


ぶっきらぼうに言ってやった。

それだけで灯花はおれの意図に気づき、優しく微笑んだ。


「別にそばにいてもいいのに・・・でも、心づかいはうれしいな。 ありがと、賢一っ」


その姿がどこか愛しかったので、おれは灯花に近づきキスをした。


「ふぅっ・・・んっ・・・」


しばらくそのままの体勢でじっとし、互いが互いを感じていた。


そして、名残惜しそうに灯花の方から唇を離す。

 

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「・・・がんばろっ」


頬を赤く染め、日課に戻る灯花。

俺も正直名残惜しいが、自分の仕事に戻ることにした。

料理大会を、灯花にとって最高の舞台にするために・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


 

午前中のうちに、おれと灯花は買い物に来ていた。

料理に使う食材が無くなってしまったからである。

買い物が終わった後は、料理の特訓が待っている。

 

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「賢一は荷物持ちだからね」
「少しは持ってくれよ」
「弱音をはかないの」


灯花の買い物メモをチェックした。

『野菜、肉、玉子、魚、調味料、飲み物、思い出したもの』


「最後だけ、えらいアバウトだな」
「買い物するのは私なんだから問題ないでしょ」
「これぐらいなら、メモる必要もない」
「メモっていうのは、あった方が心強いじゃない」
「お守りみたいなものか?」
「なんのお守りよ」
「健忘症予防のお守り。 それと、財布は忘れてないか?」
「さすがに忘れないでしょ」
「・・・はあっ・・・」
「なっ、なによそのため息は!?
言いたいことがあるんだったらはっきり言いなさいよ!」
「言わなくても分かってるくせに」
「前にも財布を忘れたことがあるって言うの? この私がっ」
「もの凄く偉そうだな、今の灯花」
「賢一には負けるけどねッ」


なに張り合ってんだか。


「灯花さ、材料を選ぶときいつも真剣だよな」
「当たり前よ。
牛乳は奥から取るし、肉もグラム換算して安い方を買うし、タイムサービスのチェックを
怠ったことはたったの一度もないし、食品売場のおばちゃんたちの言葉に簡単には乗らな
いし」
「・・・主婦色に染まりすぎだ」
「主婦って、賢一の・・・とかありえるわけ?」
「おれの、何がありえるんだ?」


顔を近づけてみた。


「あっ・・・」


一歩下がった。


「言ってくれないと分からないな」
「そっ、そうやってとぼけるのは、良くないんだからね!」


顔を真っ赤にさせながら、灯花は一人で行ってしまった。


「ちゃんとついて来なさいよ! この荷物持ち!」


人使いの荒い主婦だった。


「って、財布の中にお金入ってないじゃない!」


うっかり病の主婦だった。


・・・・・・。

 

スーパーに入り、野菜コーナーへと移動中。


「なんで入ってすぐに野菜コーナーがないのよ」
「細かいところでキレるな」
「野菜、肉の順で買い物したかったのにぃ」
「ま、ゆっくり買い物でも楽しもうじゃないか」
「だって、料理の特訓が・・・っ」
「こういうときくらいゆっくりしろよ。 疲れるぞ」


気張っている灯花の頭にそっと手を置き、優しく諭す。

 

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「ぅ・・・そ、そうねっ。
確かに、このときくらいゆっくりしないと・・・っ」
「そうそう」
「賢一のお陰で無理しなくてすむよ、ありがと」
「・・・や、やめろって、そういうの」
「えへへっ・・・」


そっと腕を絡ませてきた。


「おいっ・・・歩きにくいだろ」
「だったら、ゆっくり歩けばいいじゃない?」
「お、お前、人が見てるぞ? いいのか?
かつてのお前ではありえない行動じゃないか?」
「・・・わ、わたしも、もうちょっと恋人らしくなりたいんだよ」
「そ、そうか・・・」


自然と歩調がゆるくなる。

おれと灯花はそのまま、店内を見て回った。


・・・・・・。


「・・・・・・」
「なあ、とう・・・」
「や、やっぱり無理! 死ねっ!」
「ぐあっ!」


絡んだままの腕が、後方に勢いよく引っ張られる。


「こ、こらっ・・・」
「もうっ、賢一のバカッ! 余計なこと言わないでよ」
「おれが何をしたッ!?」
「もうちょっと恋人らしくって、ガキみたいなこと言ったでしょ!」
「お前、それお前!」


過ぎた野菜コーナーへと戻り、お目当ての材料をパパパッと選んでいく灯花。


「ところで、さっき何か言いかけてたでしょ。 なんなの?」
「野菜コーナーを過ぎてる、と言いたかったんだ」
「気づいてるわよ、そんなのっ」


そうかい。


・・・・・・。


次はお肉のコーナー。

すでに買い物かご二つ分、野菜で埋め尽くされている。


「これ以上、何を買うつもりだ?」
「今日の昼ご飯と、夕ご飯。
あっ、お米も切らしてたから、ついでに買ってこ」
「おいおい」
「賢一なら、十キロくらい軽いよね」
「自宅まで持って帰らせる気か?」


この炎天下で、そんなことできるわけない。


「荷物持ちで同行してるんだから、無理だなんて言わないでよ」
「ムリなものはムリなんだよ」
「じゃあ、五キロでどう?」
「ええっ・・・」
「三キロ」
「もうちょい」
「二キロを二つ」
「さりげなく増やしてんじゃねえよ!」
「じゃあ、二キロを一つで」
「まあいいけど・・・前にけっこう大量に買ったと思うんだけどなあ・・・」
「野菜と肉もあるから、そのつもりでいてね」
「あとどれくらい買うつもりだ?」
「わーっと買う」
「わー、て」
「主に肉を大量に、わーっと」
「主に肉? わーっと?」
「そう、わーっと」
「今日は何を作るつもりだ」
「野菜炒め」
「主に野菜を買えよ、わーっと」
「肉いらないってこと?」
「野菜炒めだろ?」
「わーっとした野菜炒めには肉もいるのよ」


・・・わけがわからん。


「さあさあ・・・しっかりついてきてよ」


早足で次の場所へと向かう灯花。

しかしその途中、財布をぽとりと落とした。

もちろん、本人は気づいていない。


「・・・・・・」


財布を拾い、灯花の後を追った。


・・・。



「あああっ! もしかして、財布を落とした!?」
「ほらっ」


財布を手渡す。


「危なかったあ・・・」
「よかったな。 感謝しろよ」
「くっ・・・なかなかやるじゃないっ」

 

・・・・・・。


・・・。

 

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「らんらん♪ ふっふふーん♪」


台所からは灯花の鼻歌が聞こえてくる。


「んー、いい味付けになってきたぞー」


楽しそうだった。


「・・・けんいちぃ、元気ぃっ?」
「お、おう・・・」


くるっと振り向いて笑顔を向ける灯花。


「えへへっ、私のエプロン姿、どうかな?」
「いいんじゃねえかな」


そうして再び背を向ける。

灯花の後姿。

鼻歌のリズムに乗って、ゆらゆらとお尻が揺れている。


「・・・・・・」
「ラララー♪」


・・・い、いかん、邪な衝動が・・・。


「灯花・・・おれ、出てくるわ」
「なんでぇ?」
「いや、頭がぼーっとしてきたというかなんというか」
「んんっ? 熱でもあるの?」
「い、いや・・・」
「大事にしてねっ・・・けんいちがいないと、灯花はぜんぜんダメなんだよぉっ」


また、笑った。


「・・・・・・」


時には厳しく、時には優しく体調を気遣うことをモットーにしているおれだが・・・。

灯花の健気な姿勢に、理性が打ち砕かれることだってある。


「わ、こ、こらっ!
は、放せっ・・・わ、わわわっ!」

 

・・・。



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抵抗するが、力はない。

 

むしろ、だんだん弱々しくなっていく。

 

俺たちはお互いを求め合った・・・。

 

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 


「けんいち・・・ずっと、ず~っと一緒だよ?」
「もちろんだ」


おれの返答に即答し、灯花は太陽に負けない明るさで微笑んだ。

絶対に、灯花の夢を叶えさせてやる。

そう誓って、灯花を抱きしめた。

灯花らしい、優しく響く鼓動が聞こえ、暖かい体温が伝わってきた。


・・・・・・。

・・・。

 

 

午前中は騒々しかったが、午後は静かなものだ。

セミの鳴き声や、台所のまな板を叩く音しか聞こえてこない。

 

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「灯花、毎日あんな調子だけど、体は大丈夫かしら」
「今朝、腕立て伏せを十回やってましたよ?」
「少ないわね」
「片手で、です」
「・・・・・・」
「もちろん、冗談ですけど」
「もし本当だったら、どうしようかと思っていたところよ。
森田くんがうちの娘をたぶらかして女子プロにでも入れるつもりなのかと思ったわ」
「す、すみません。
それで、お話っていうのは?」
「え? 私は何も言ってないけれど?」
「・・・言ってみただけです」
「でも、話があるのは本当よ」
「あら、そうですか」
「ふふっ・・・料理大会についてよ。
校庭を借りることができたから、その報告ね」
「おお。これで色々と準備に取りかかれますよ」
「あの子にとって最高の夏休みになるよう、いい思い出を作ってあげてね」
「善処します」
「何だが、森田君にほとんど仕事を押し付けているようで申し訳ないわね」
「別にどうってことないですから。 それに楽しいっすよ」
「何が楽しいのかしら?」
「灯花がです。 見ているだけで癒やされます」
「・・・今、ちょっと怪しい発言じゃなかったかしら?」
「違います。 おれにはそんな怪しいコトを言えるだけの、勇気と度胸とスキルは持ち合
わせていませんから」
「磯野くんと同じくらいの肝っ玉は、持っていると思ったのだけれど・・・」
「あれはただ、何も考えていないだけです」


そんなとき灯花が顔を見せた。

 

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「あと五日で料理大会だが、自信の程はどうだ」
「今のところ、絶好調っ」
「その自身をいつまでもなくすんじゃないぞ」
「当たり前よ。 失くすわけないって」
「絶対にだぞ」
「・・・なんか今日はやけに突っかかってくるわね」
「お前はちょっと抜けてるから、念を押したまでだ」
「抜けてるのは余計だけど・・・そんなに私のことが心配?」
「当たり前だ。 油断大敵とも言うしな」


灯花はこの五日間、ずっと修行に修行を重ねてきた。

その成果が現れてきたのか、技術面・味に関しても上達してきていると思う。


「灯花の場合、うっかりと慢心とかが原因で失敗しそうな気がするんだよな」
「言ったと思うけど、私はまだ料理人候補生なの。
自慢はしちゃいけないってことくらい、分かってるわよ」
「だといいんだが・・・」


「そうならないように、森田君がサポートしてあげてね」


「しっかりしなさいよ」
「それが人にものを頼む態度か? コラ」
「つまり、我を忘れて暴走しないようにって言いたいんでしょ」
「そうそう。 中華鍋事件みたいに」
「過去のネタを持ち上げてくるな!」
「いい例だ。 失敗はあとに生かすものだろうが」

 

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「二度とあんなことはしないように。 料理ができなくなったら、嫌でしょ」
「うん、ごめんなさい・・・」


「はいはい。 暗い話はこの辺にしときましょう」


手をパチンと合わせ、場の空気を和ませる。


「灯花、今日の夕飯の支度はできたのか?」
「肉じゃがだよっ」


「肉じゃがね・・・夕飯が待ち遠しいわ」


京子さんは、灯花の作る料理を毎日楽しみにしているのだ。

食べるたびに美味しい美味しいと言って、オマケでついてくるパセリすら残さない勢いだ。

 

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「大会当日も楽しみにしててね。

今までの中で最高の料理を作ってあげるから」
「できれば、お代わりの分も作ってくれると嬉しいわ」
「うん!」


「・・・・・・」


料理大会まであと五日、今日で折り返し地点。

灯花がどう乗り切ってくれるのか見所だ。

頑張れ、灯花。


・・・・・・。

・・・。

 

 

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正午を過ぎ、外気の温度はピークに達していた。

大地を焦がすような熱線が、今日も田舎町に降り注いでいる。

そんな中、今日も灯花は特訓を続けているのだった。


「今日を含めて、あと五日で料理大会か・・・」


他のクラスメイトたちも特訓に精を出したり、いつも通りの夏休みを過ごしたりしている
のだろう。


「灯花の様子はと言えば・・・」


・・・。


《このタイミングで砂糖を入れる。 次は・・・》



「・・・大会も近いし、緊迫した雰囲気だな」


声をかけることすらためらってしまうほど、灯花は料理にのめり込んでいる。

今回の料理大会は、自分の腕前を試すチャンスだと思ってるはずだ。

それゆえに、気は抜けないのだろう。

 

「ふうっ・・・」


灯花が台所からやってきた。


「お疲れさん、もう終わったのか?」
「うん、とりあえずはね。
賢一の方は、大会の準備をしなくていいの?」
「実を言うとだな、ほとんど終わっているんだ」
「早くない? あと五日はあるのに」
「あとでゆっくりできるからな、早めに設置することにしたんだ」


大会に必要な器具の設置もほぼ終わっているし、あとは当日に用意するものが残っているだけ。


「人が頑張っているときにのんびりと・・・いいご身分よね」
「これからが、ちょっとだけ忙しくなるがな」
「まだ何か準備でもあるっていうの?」
「おれも料理の特訓をしないと、灯花に勝てないだろ」

 


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「・・・・・・・・・。 はあっ!?」


思ったとおりの反応だな。


「だから、おれも料理大会に出るんだって」
「賢一は出ないんじゃなかったの?」
「いや、最初から出る気満々だったぞ」
「で、でもっ、大会主催者は出場しないって話でしょ」
「そう言うと思ったから、大会の概要を持ってきてるぞ」


目の前で、一枚の紙をちらつかせた。

灯花はそれをひったくるように奪い取り、各項目を凝視した。


『主催者:大音京子(&ちょっとだけ森田賢一)』 。


「・・・・・・」


口をぽかんと開け、呆れていた。


「どうだ?」
「なにこの括弧!」
「おれだってクラスメイトだぞ」
「みんなに言いもしないで、こんな勝手なことしてさっ」
「クラスメイトたちに渡したプリントも、これと同じように括弧がついてる」
「出るつもりなら、最初からそう言えばいいじゃない」
「別に問題ないだろ?」
「・・・賢一ってさあ、料理上手なの?」
「どうしてそう思う?」
「賢一って何でもできるから、料理も上手なのかなって思って・・・」
「もしかして、おれの方が灯花よりも上手とか思っちゃいないか?」
「その・・・少し、ね」
「おれの料理の腕前は知ってるだろ?
夏休みに入る前から作ってきたじゃないか」
「ま、まあね・・・」
「力量の差は歴然としている。
おれの腕前は、灯花の方がよく分かっていると思うが?」
「でも・・・賢一って、なにか秘策を持ってたりするんだよね」


つまり、このおれに切り札があると?


「それはおれにも分からないし、灯花にも分からない」
「・・・磯野といい賢一といい、遠回しに私に勝負を挑んできてたんだ」


深呼吸してから、灯花は宣言した。


「わかったわよ」


おれと戦うと。


「そこまで言うなら、磯野と賢一なんか軽ーく倒してやるんだから!」
「磯野と一緒にされるのは気に食わんが、まあいいだろう。 受けて立とうじゃないか」


自分の腕前を以てしておれたちに勝つと、灯花は言った。

他人の力に頼らず、自分の力で相手を打ち負かすと宣言した。

がんばれ、灯花・・・。

料理人候補生の灯花にとっては、負けられない大会になってきた。


・・・・・・。

・・・。

 



大会まであと、三日。

昼時にクラスメイトを招き、簡単な試食会を開いた。

 

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審査員は、夏咲、さち、磯野の三人。

おれと灯花も含め、みんなでテーブルを囲んで座っていた。


「前にも言ったけど、おれと灯花が作った料理の評価をしてほしいんだ」


「任せてよっ。 二人とも純粋に評価するから」
なっちゃんの評価には期待してるよ」


「灯花の料理なんて久しぶりだなー。
賢一の作った料理も食べられるし、いいことずくめだね、今日は」
「味の方の評価も忘れんじゃねーぞ」


「今日は執筆を中断してきたんだ。
変なものを出したら承知しないからな」
「お前にはあまり評価の方は期待してないから」
「ヒドッ・・・!」


・・・。


「じゃあ早速、私の料理から食べてみてっ」


自信たっぷりに席を立ち、台所から大きな鍋を運んでくる。

灯花の作った料理は・・・肉じゃがだった。

三日前に買った食材が余っていたからだ。

 

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「美味しそうな匂いがするよ」


「やっぱ、灯花の料理は匂いからして違うね」


「さすがは委員長だ」


三人のコメントを聞かなくても、充分に美味しそうだと判断することはできた。

無駄のない調味料の配合により作られた肉じゃがの香りが、空の胃袋を刺激してくる。

例えではなく、匂いをおかずにご飯が食べれるに違いない。

 

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「よーく味わってね」


灯花が肉じゃがを人数分に取り分け、一人一人に配っていく。

湯気が立ち昇っている肉じゃがを見てみた。

見た目だけで全ての味を物語るほどの出来栄えに、思わず唾を飲み込んだ。

 

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「いただきます」


灯花の号令で食べ始める。


「あつっ・・・うまっ・・・あっつぅっ・・・うまいっ・・・」
「どっちだよ。 ってか、落ち着いて食え」
「だって・・・ほふっ、ほふっ・・・美味しいからさ・・・んぐ、箸がじゃんじゃん進むんだよ」


さちに具体的な評価は聞けないが、とにかく美味しいらしかった。

さちに対し、夏咲は少しずつ肉じゃがに手をつけていく。


「夏咲ちゃん、どう?」
「んんーっ、美味しいの一言だよっ」


その感想に、周囲が笑みを漏らした。


「さすがは委員長。 僕が作ったものよりも数段は上だよ」
「もっと具体的な意見を言わないと、参考にならねえだろ」
「ううーん。 僕の側近の料理好きな妖精さんよりも上手だねえ・・・」
「よけい、わかんねえから。
灯花も自分で作った料理を食べてみてどうだ?」


「香り良し、味付け良し、問題ないね。 自信作だよっ」


満面の笑みだった。


「次はおれの作った料理を味わってみろ」


「ケンちゃんはなにを作ったのかな?」
「肉じゃが」


「ええぇーっ! またーっ!?」
「同じ料理の方が判定しやすいからな。 無理やりにでも食べてもらう」


「ふっ・・・いいだろう。 持ってくるがいいさ、君の自慢の一品を」


空気が何かささやいているが、気のせいだろう。


・・・・・・。

 

台所から肉じゃがの入った鍋を持ってきて、テーブルの中央に置いた。

同時に、みんなの視線が鍋の中に注目する。

外見だけなら、灯花の作ったものに勝るとも劣らない出来栄えだ。


「ケンちゃんって、なんでもできるんだね」


「あーあ。 いい主夫を逃しちゃったなー」


「ふっ・・・なかなかのものだな」

 

灯花は不安そうな面持ちで、鍋の中を覗き込んでいた。


「灯花、皿に分けるからそこをどいてくれ」
「あっ・・・うん・・・」


四人分の肉じゃがを皿に分けて、一人一人に手渡していく。


「・・・あれっ? 僕の分は・・・」



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「いただきます」


各々が手を合わせ、おれの作った肉じゃがを食べ出した。


「別にいいよ、自分で取るからさ」

 

「おおーっ! 賢一もなかなかやるじゃん!」


「ケンちゃん凄いねっ」
「あはは、そんなことないって」


「・・・・・・」
「灯花はどうだ? 美味しいか?」
「正直、美味しいと思う。
ただ・・・どちらが美味しいかと言うと・・・」


一瞬の緊迫。


この場にいる全員の視線が灯花に集中する。

灯花とおれのどちらが美味しかったのか、料理人候補生の口から直接判決が下される。


「私は、自分の方が美味しかったと思う」


その言葉に、灯花を除く全員の表情がわずかに変化した。


「んー・・・そうか。
おれはどっちが美味しいか判断しかねるから、二人の意見を聞かせてくれないか?」

 

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夏咲とさちを見た。

 

「・・・あれっ? 僕は?」

 

「私はどっちかって言うと・・・ケンちゃんの方だと思うなあ」
「あたしもっ。 賢一の方が好みだったかな?」

 

「僕も、ケンの方が美味しかったと思うよ」

 

「・・・・・・そう」


「でも、私たちだけで判断したのが全てじゃないから」
「そそ。 あたしの場合はたまたま賢一の作った方が好みだったってだけ」


「もっと訓練を積めば、委員長の方が絶対に美味しいと僕は考察するね」


磯野は無視するとして、どうやら本気でおれの肉じゃがのほうがうまかったらしい。

 

「とりあえず全部食べちゃおうよ。 もったいないし」
「そうだな」


全員でおれと灯花の作った料理を平らげた。

その間、灯花はずっと無口だった。


・・・・・・。


・・・。

 


灯花はあれから、夏咲とさちにアドバイスをもらっていた。

けっこう時間がかかってしまったらしく、帰る頃にはもう日が暮れかけていた。

 

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「あんな評価でよかったのかな・・・」

「ちょっと可哀想な気がするけど・・・」

「委員長なら、きっとすぐに立ち直ってくれるさ。
ケンがしっかりサポートできればの話だけどね」


「二人とも今日はありがとう。 気をつけて帰ってくれ」


「ばいばい。 またね~!」

「またね、ケンちゃんっ」


「さようなら」


「ばいばい、なっちゃん、さち」

 

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「ぐおおぉぉっ、璃々子さん!
僕は孤独に七時間も耐えられそうにないですーっ!」


・・・そういや、お姉ちゃん元気かな。

まあ、都会でしっかりやってるんだろうな。


・・・・・・。


夏咲たちを見送り、リビングへと戻ってきた。

灯花はソファーに力なく座り、しょんぼりとしていた。

 

 

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「はぁっ・・・」


今日、何度目かのため息をついていた。


「落ち込むなっての。
今からでも頑張れば、充分追い越せるレベルだろ?」
「でも、ショックなんだ・・・。
賢一の方が料理の腕、上だったってこと。
自分でも、賢一より上なんだって思ってたところがあって、それが慢心とかいうやつだっ
たのかな。
だから、今回の結果でショックが大きかったし・・・」
「たかが一回、しかも少数意見の評価で全てを決めるのは、あまりにも早計だな。
料理人になるんだろ?
だったら、こんなところでつまずいている暇は無いぞ」
「わかってるよ。 わかってるけど・・・」


うつむいて、言葉に詰まってしまった。

そっと頭に手を置いてやる。


「・・・あ」


すぐにうっとりとした声になるかと、思っていた。


「いい・・・」


俺は、愚かだった。


「悪い・・・。
おれの作った料理が美味しかったから、落ち込んでるんだろ。
だが正直なところ、おれは灯花の方が美味しいと思った。 断言できる」
「・・・嘘ばっかり」
「おれは本音しか言わない男だってことくらい、この一年間で学んできたはずだが?」
「ふざけてるときもあったじゃない」
「遊び心があるときだけだ」
「・・・・・・」
「技術や味の面では間違いなく灯花の方が上。
これは揺るぎない事実だ。
そうと決まればあと一つだけ、お前に足らないものがあるんじゃないかとおれは考えている」
「あと一つだけ?」
「そう、たった一つだ。
それがあれば、お前は間違いなく料理大会で優勝することができる」
「今の状態で大会に出たら?」
「プレッシャーに押しつぶされて、いい結果を残せずに優勝を逃してしまうだろうな」
「私が本番に弱いところかな?」
「残念ながら、違うな。
そんな灯花の弱点すらも克服できるような、強力な武器があるんだ」
「教えて・・・って言っても教えてくれないだろうから、自分で探すことにするよ。
ううん、誰かに頼るのもなんだかいやになってきたから、自分で探すことに決めた」
「おっ、珍しいな。
あのときみたいに、おれを頼ってくるかと思っていたが・・・」


京子さんが親権者適正研修に連れて行かれそうになったあのとき、灯花はおれに頼ってきたのだ。


助けて・・・と。


自分の力が及ばなかっただけに、仕方なくおれの力を求めてきたのだ。


「あのときは仕方がなかったのよ。 なにもできない子供だったんだから」


しかし、今の灯花は違う。

大人に近づいて、自分の力で物事を成し遂げようとしていた。

 

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「私は・・・自分に足りないものを探す!
そしてそれを見つけてから、料理大会で優勝してやる!」


おれの目の前に立ちはだかるように、勢いよくソファーから立ち上がった。


・・・が。


ガツッ!


「あうっ!」


灯花が、ひざをテーブルの角にぶつけていた。


「何をやってるんだ、お前は」

 

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「立ち上がろうとしたら、このテーブルが邪魔だったのよっ」


涙目でひざをさすりながら、テーブルの角を睨みつけていた。


「ぷぷっ・・・灯花らしいうよな、そういうとこ」
「わっ、笑うなあ~っ!」


灯花がジタバタを騒ぎ出したので、とりあえず落ち着かせることにした。


「まあまあ、今日も含めてあと三日で料理大会だ。
それまで、自分に足りない何かを探せば問題ないだろ」
「今日はもう遅いから、あと二日しかないじゃないの」
「二日もあれば気づくだろ」
「あえてヒントを出すなら、料理の問題ではなく灯花自身の問題だな」
「私自身に問題が?」
「そういうこった。 ま、他人に聞いてみればそのうち見つかるんじゃね?」
「なんか投げやりな言い方だけど・・・参考にしてみる」
「頑張れ」


一言、激励の言葉を灯花に投げかけ、リビングを後にした。


・・・・・・。

 

あとは、灯花に勝手に考えてもらうとしよう。

まあ、たいしたことじゃないが、あいつはなんだかんだでおれを頼る癖が抜けきってない
しな。

本当に、たいしたことじゃないんだけどな・・・。


・・・・・・。


・・・。


 

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灯花は昼食の準備をしているが、おれはリビングでくつろいでいる。

昨日の一件から自動的に、昼食は灯花が作り、夕食はおれが作るというスケジュールにな
ったのだ。

料理大会も二日後と迫り、互いに追い込みの時期でもあった。


「あと二日で灯花は自分に足らないものを見つけることができるんだろうか?」


昨日はああ言ったが、実に心配だ。

台所からは、まな板を叩く音や調理器具同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。

リビングにまで美味しそうな匂いが漂ってきており、灯花の腕前のよさがうかがえる。

あれだけの力を持っていながら、もう一つ何かが足りないというのは致命的だ。


「・・・しかし退屈だな・・・」


・・・・・・。


・・・。



「灯花ーっ。 おれ、今から外に出かけてくる」
「うん。 いってらっしゃい」


意外にも返事が返ってきた。

そのことに安堵感を覚え、リラックスした状態で出かけることができた。

今日の天気は快晴、日傘でも持って歩きたいものだ。


・・・・・・。

・・・。

 


商店街をぶらりと歩く。

夏の太陽はじわりじわりと、地にいる者の体力を削っていく。

ただ散歩するだけではつまらないため、人々と触れ合うことにした。


「暑い日が続いてますねー」
「そうですねー」

 

・・・。

 

 

「ん? 何か聞こえたか?」

 

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「まーたシカトですかッ!? 昨日の続きですか!?」
「・・・暇だから、付き合ってやろうじゃないか」
「それは僕のセリフだね。
昨日相手にされなかった分、たっぷりといぢらせてもらうよ」
「それより、昨日止まっていた原稿を書き上げなくていいのか?」
「昨日は気まぐれ妖精さん、シャーンペーンさんが勝手に書き上げててくれたよ」
「お前の妖精って、いつも安易なネーミングだよな」
「今から、彼が書いた文章を読んであげよう」


磯野はシャツの中からボロボロになった紙を取り出し、読み上げた。


「終わり」
「題名が『終わり』なんだろ?」
「おおー、なかなかクールじゃないか。 その通りだよ」
「いいかげんお前のあしらい方はわかってきたんだよ」
「それで、続きは?」
「それ以上は教えられんな」
「お前って、ほんとに童話作家なのか?」
「ほんとだって。 今度読ませてやるから」


今度がいつになることやら。


「ところで、委員長は昨日からどんな調子なんだい?」
「別に。 今、いつものように料理を作っている」
「君も大会に出るんだろ? 練習はしないのか」
「おれは天才だから、練習とかやらない」
「ケンの方が上だと、委員長は思っているはずだ。
そんなとき君が大会に参加すると知ったら、ショックはかなり大きなものになるんじゃないか?」
「腕前は灯花の方が上だと、おれの口から直接言ってやった。
あとは灯花自身に足りない何かを、自分の手で見つけさせようと思ってる。 大会までにな」
「二日間で足りるのかい?」
「それはわからない。 あいつ次第だ」
「ヒントくらい出してあげないのか? 君は・・・」
「出したさ。 料理の技術や味に関係なく、灯花本人に関する問題だと」
「彼女に足りないものとは?」
「お前・・・絶対に言うなよ」
「言ってしまえば簡単だが、それでは委員長のためにならないんだろ?
だったら、その秘密とやら・・・墓の中まで持ち帰ってあげようじゃないか」
「大げさな・・・なら、教えてやる」


・・・・・・。


「へえ・・・なるほどね」


磯野は全てを悟ったように頷いた。


「他言無用だぞ」
「僕たち二人だけの秘密ってワケだね・・・ふふっ」
「笑うな。 気色悪い」
「ヒントを出すこともダメなのか?」
「・・・できればな・・・」
「・・・わかったよ。
君の意見を尊重しよう。 じゃあな」


哀愁漂う雰囲気をまといながら、磯野はこの場を去った。


「相変わらず寂しそうなヤツ・・・」


おれもそろそろ、大音家に帰宅することにした。

灯花の作った料理が待っている。


・・・・・・。


・・・。

 


ちょうどお昼時だった。


「ただいまー」

 

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「おかえりなさい」
「・・・・・・」
「なに黙ってるのよ。 熱で頭がイカれたの?」
「夫婦のやり取りみたいで微笑ましいなあと思って」
「お帰りなさい賢一。 ご飯にする、お風呂にする?」
「・・・・・・」

 

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「それとも・・・」
「・・・・・・」
「それとも、なんだっけ?」
「知らねえのかよ」
「・・・あまり恥ずかしいこと言わせないでよねっ」


台所へダンダン、と足音を立てながら去っていく灯花。

お盆におかずを載せ、リビングへ戻ってきた。

今日はミートソーススパゲティーだ。


「いただきます」
「・・・いただきます」


二人でぱくつき始めた。


「・・・やっぱ、美味しいな」
「そう?」
「おれよりも上手だ」
「ふーん・・・」
「・・・昨日も言ったとおり、お前の方が料理の腕は上だからな」
「わかってるわよ」
「・・・・・・」

 

会話が続かない・・・。

ちゅるちゅると麺をすする音だけが聞こえてくる。


「灯花は昼からなにをするんだ?」
「なんだっていいでしょ」
「一緒に料理でも作るか?」
「いい」
「素っ気無いぞ」
「わかってるわよ」
「相変わらず胸小さいよな」
「ぶっ殺すぞっ!」


これでちょっとは元気になったかな?


「・・・・・・」


悩んでいるだけだな、こりゃ。


「夕食は期待して待ってな。 参考になるものを作ってやるから」
「なんの参考なの?」
「今、灯花が悩んでいること」
「料理に関することじゃないって言ったくせに」
「そうだ。 そこに注意して今日の夕食を食べてくれ」
「賢一の作ったものを食べることで、何が分かるっていうのよ・・・」
「いいから作るぞ」
「勝手にすれば?」


会話があまり成立することなく、この日の昼食を終えた。


・・・・・・。


・・・。


 

夕食の時間がやってきた。

テーブルの上には、おれの作った料理が並べられている。

おかずは昼と同じでミートソーススパゲティー

 

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「えっと・・・ストーカー?」
「真似したって言えよ・・・」
「これが参考になるわけ?」
「同じ料理の方が分かりやすいと思って」
「味を強調してるみたいで、余計わけが分からないわよ」


「とりあえず、いただきましょうか?」


三人一緒に手を合わせ、食べ始めた。


「料理を作れると前から聞いていたけど、それなりに美味しいじゃない」
「ありがとうございます。 もっと褒めて下さい」


「調子に乗らないでよね」


「おれは褒められて伸びる子なんです」
「あれ? 昔は叩かれて伸びる子とか言っていたような・・・」
「まさかぁ、ほら、アレですよね。
ラブホテルには、交換日記みたいなのが置いてあるんですよね」
「ああ、童貞丸出しの発言ね」


思い出したらしい。


「っていうか、私が作ったスパゲティーの方が美味しいと思うんだけど?」
「あら、そうなの? 食べられなくて残念だわ」
「じゃあ次からは、少し余分に作っておくね」


さて、そろそろ聞いてみるか。


「さあ灯花。 何か気づいたか?」
「賢一よりも私の方が美味しい・・・手を抜いたの?」
「まあ、手を抜いたかもな・・・」


言うと、灯花はちょっとむっとしたようだった。


「これからなにを学べって言うの?」
「おれは手を抜いたといえば、手を抜いたんだ。
いや、手というよりは、念かな。 念・・・」
「そんなあいまいな表現で言われても、ピンとこないわよ」
「念だよ。
念ていうか、気持ちっていうか・・・ふっ、と沸いて出る感覚だ」
「ふっと湧いて出る? よだれ?」
「てきとーなこというな」



「二人とも、いつもと様子が違うような気がするけど」
「そ、そう?」
「ええ、ちょっと、距離を感じるかしら」


「一種の訓練です」
「そう、森田君が鍛えてくれてるのね」


「・・・・・・」
「頷いとけ」


灯花はこくんっ、と頷いた。


「でも、森田君も料理大会に出るんでしょ? ならどうして?」
「何でも、おれに勝つためらしいですよ。
灯花は本番に弱いじゃないですか。
だから今のうちにおれの料理にビビらないように耐性をつけてるんです」


「誰があんたなんかの料理にビビるのよ!」
「おっ? 自信たっぷりに言いやがったな」
「当たり前よ。 賢一なんかに負けるもんか!」


「料理大会で森田君と対決、か・・・面白そうね」


「絶対にひざまずかせてやるぅ!」
「お前、ちょっと目つき怖いぞ。
そういう気持ちじゃおれには勝てんぞーっと・・・」


明日で残り一日。

まあ、ただたんに、料理は愛情こめて作るもんだって言いたかったんだけどな。

勝つとか負けるとか考えてメシを作るもんじゃねーっての。

最近の灯花は、料理人になるってことに、ちょっと焦りみたいなのを感じてるみたいだし・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


最後の一日が始まっていた。

すでに半日が経過しており、灯花も焦っている。

昼食の後片付けをした後も、リビングをうろうろしていた。

 

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「あーっ、もう! 何がなんだか分からないっ」


頭を両手で、わしゃわしゃとかき乱していた。


「外に出て頭冷やして来い」
「こんな熱い中外に出たら、ゆでダコができあがっちゃうじゃない!
あーっ! うーっ! あーっ!」


狂ったか?


「けんいちっ、ぎゅってしてっ!」
「お、おう」


・・・。


「って、放せバカ! ノロケてる場合か!」
「あ、ああ・・・」
「んー、やっぱり頭なでなでしてぇっ!」
「・・・・・・」
「ち、違う! 騙されるな私!」


忙しいやっちゃな。


・・・・・・。

 

そして、なんの解決策も得られぬまま日が暮れていった・・・。


・・・・・・。


・・・。

 


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「はあっ・・・このままじゃ、明日は最悪なイベントになっちゃうなあ・・・」


賢一に言われたとおり、食材の買い出し以外あまり外に出ていなかったし、いい気晴らしだと思う。


「たまには、買い物をしてみるのもいいかもね」


近くのスーパーへ立ち寄り、雑貨や日用品を見て回った。


「・・・目ぼしいものはない、かな? 田舎町じゃしょうがないことよね。
私も都会に行ってみたいなあ・・・」


・・・。

 

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「おや? 委員長じゃないか」
「げっ!? 磯野?」
「『げっ!?』とはね・・・。
女の子らしい振る舞いを心がけないとケンに嫌われるよ?」
「うっ、うるさいわね! 磯野には関係ないでしょっ」
「今は委員長、一人? 一緒に茶漬け食べない?」
「それを言うなら、お茶しない、でしょ?」
「おおー、委員長も成長したなあ」
「はあっ!?」
「昔の委員長なら、私、くだらない冗談なんて嫌いなんだからねって、怒ってたところだよ」
「・・・大人になったのよ」
「へえ、大人、ね」
「な、なによ・・・」
「ふふっ、ケンから聞いたんだよ。
なんだか悩んでるみたいだから、良かったら力になってやってくれって」
「賢一が?」


ちょっとお節介すぎるけど・・・心づかいは嬉しいな。

私のことを気にかけてくれてるってことだし。


「それで、何か力になってやりたいと思って参上した次第ではありますが・・・。
さあ、僕の胸の中に飛び込んでくるがいい!」
「話が全然違うじゃないの! 帰るわよっ」
「委員長は面白いなあ・・・」


またいぢられたの? もうムッカつく~ッ。


「悩んでいるのは、料理のことについてだね?」


いきなり本題持ってきたし・・・。


「味とか技術とかは賢一よりも上なんだけど、何かが足りないせいで、明日優勝できないかもって言うのよね」
「うん。 確かに言えてるなあ・・・」
「アンタたち三人が来たときに、私は自信を持って自分の作った料理が美味しいと思ったのよね」
「うん、当たり。 確かに委員長の方が美味しかったよ」
「でも残りの二人は賢一の方が美味しいって言ってたじゃない?」
「二人とも、ケンのことが好きだからねえ」
「真面目に答えてよっ」


こっちは真剣なのに・・・ッ。


「それじゃあまた明日。 お互い、いいイベントにしようじゃないか」


磯野は言いたいことだけ言って、去っていった。


・・・なんなのよ、まったく。


・・・なにが、私の力になりたいよ・・・磯野のヤツ。


あー、なんかホント、いらいらしてきたよ・・・。


こんなんで、料理人になれるのかなぁ・・・。


――『二人とも、ケンのことが好きだからねえ』


くうっ・・・!


――『私はケンちゃんの方が美味しいと思うけどなあ』

――『あたしも賢一の方が好みかな?』


なによ・・・。


夏咲ちゃんも、さちも、賢一のことが好きだからってさあ・・・。


「・・・・・・」


って・・・。


私、いまなんかすっごい、子供だったような気がする。


ダメだよ・・・。


そういう人と争うような気持ちが、お母さんをひどい目に合わせるところだったんだから・・・。


あのとき賢一が助けてくれなかったら、私、一生後悔してた・・・。


ごめんね、さち、夏咲ちゃん・・・。

 



「そろそろ帰って、賢一にご飯食べさせてあげなきゃ・・・。
賢一にご飯・・・。
あ、でも、もしかして・・・。
みんな賢一のことが好きだもんね・・・。
好き、か・・・。
私も、賢一が、好き・・・。
これって、ひょっとして・・・そういう気持ちなんじゃ?
誰かに食べてもらいたいっていう・・・そういう気持ちが、足りないんじゃ・・・?」


・・・・・・。


「そうかも、きっとそうかも・・・。
賢一め、紛らわしいことしてくれちゃって・・・」

 

私は賢一の真意に気づいたことで、嬉しくてしょうがなかった。


思わず走って帰りそうになったところを、早足で帰ろうと我慢する。


だって、嬉しそうにしている顔を賢一に見られたら恥ずかしいし、からかわれるだろうし・・・。


「軽くぶらつくつもりだったんだけど、意外と遅くなっちゃったな・・・。
ま、いっか」


やっぱり、走って帰ることにした。


だって、賢一が私のことを心配しているかもしれないしねっ。


タッタッタッ、と夕日をバックに自宅に向かって走っていく。

 

・・・・・・。


・・・。

 


「・・・・・・ちょっと遅くないか?」


灯花の帰りを待っていたおれ。

料理はすでに作り終えており、後は温めるのみだ。


「軽くぶらつく程度だと思っていたが、やはり心配だ」


『灯花を探しに行ってくる』


そう書いたメモをテーブルの上に置き、外へ出た。


・・・・・・。


すでに日は西に傾き、夕日がきれいに見えていた。

セミも、そんなに強く鳴いて疲れないのかと言いたいくらいにやかましかった。

そんな中、背後からこちらへ走ってくる足音が聞こえてくる。

タッタッタッ、と軽快なテンポ。

 

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「はあっ、はあっ・・・あれ? 賢一、なにやってんの?」
「・・・そりゃおれのセリフだ」


汗をかき、はあはあと息を切らしながらおれの元へと駆け寄ってきた。


「何が悲しくて走り込みを・・・まさか、ダイエットにお目覚め?」
「ダイエットに目覚めるってどういう意味よ!」
「だから、太ったとか・・・」
「か、確認してみるかぁっ!?」


口論は激しいが、よく見れば顔は嬉しそうにしていた。


「顔がにやけてるぞ」
「そ、そんなことないっ! 何で賢一の前でにやける必要があるのよ!」
「おれのことが好きだから、じゃねえかな?」
「うるさいうるさい! 暑いから家の中に入らせてよね!」


灯花はおれを押しのけ、玄関の方へと歩いていった。

その後姿は、何となく生き生きとしているようにも見える。


「もしかして、悩みが晴れたのかな?」


玄関にたどり着いた灯花が、くるりとおれの方に向き直った。

おれは何事かと身構えた。

 

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「明日、絶対に賢一に勝ってやる!」

 


そして勢いよく、家の中へ入っていく。


ガンッ!

 

 

 

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「いづぅっ!?」


・・・と思ったが、玄関のドアに頭をぶつけていた。


「おーい、大丈夫か?」


頭を痛そうに押さえている灯花の元へ近づく。


「大丈夫よ!」


涙目になっていた。


「その元気があれば、明日も大丈夫だな」
「くっ・・・」


なぜかおれを睨んでいた。

しかし、灯花の頬が赤いのはきっと夕日のせいだろう。


「ばか・・・」
「ん?」
「いちいち周りくどいことさせて、何が楽しいんだか・・・」


ブツブツ言いながら家の中へ。


「・・・どうやら、本当に解決しちまったらしい」


とりあえず安心はしたが、最後まで気は抜かない。


ふっふっふ、あいつに試練を与えてやろうではないかぁ。


明日は、全力で行くぞー。


・・・・・・。


・・・。