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光輪の町、ラベンダーの少女【4】

 

・・・。


今日の授業も淡々と過ぎていく。

 

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「ふあー。 やっと昼休みかぁ」
「お前、眠そうだな」
「うん、徹夜で剣術部のチラシ作ってたんだぁ」
「チラシ、作ったのか!?」
「可愛いチラシが出来たよ!」
「そのことなんだけどさ・・・」
「お店終わってから徹夜で作ったんだからね」


はるかはチラシを一枚取り出した。


「『集え! 女子剣術部!』」


「お! 剣術部のチラシもう作ったの!?」

「手書きだけど自信作なんだよ」

「なんだこれ?」


チラシには変なイラストが書いてある。

 

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「ほら、可愛いイラスト載せた方が、興味もってくれるかなぁって思って」

「このキャラクターなに?」

「これは、女子剣術部のマスコットキャラクター、ブドウちゃん! パンダをモチーフにしてみた」

「この、ヘドロの妖怪みたいなのが、パンダ?」

「こっからどう見てもパンダでしょ。 ねぇ水嶋くん」

「う、うん」

 

・・・はるかは底抜けに不器用だ。


「なぁ、はるか」

「何?」

「せっかく作ったところ悪いんだけどさ、撒くのやめないか?」

「どうして?」

「いや、その・・・なんとなく」

「チラシ、もう学園中に撒いちゃったよ」

「え!? 撒いたの?」

「うん! こういうのは早い方がいいでしょ?」


・・・すでに遅かったか。


「あの、撒いたなら仕方ねぇけどさ、桜木は勧誘しないでもらえないかな?」

「どうして?」

「あいつはもう剣術はやらないと思うんだ」

「だから、どうしてよ」

「やりたくないんだってさ」

「ヒカルちゃんに言われたの?」

「そうじゃねぇけど」

「ヒカルちゃんは剣術強いんでしょ?」

「・・・まぁ」

「だったらやるべきだよ」

「そうかもしんねぇけど、本人が嫌がってるからさ」

「きっと本人もやりたいと思ってるよ。 そのためにチラシ作ったんだから」

「とにかく、桜木だけは勧誘しないでくれ」

「納得できない。 私、直接ヒカルちゃん誘ってみる」

「だから、やめろって!」

「宗介は口出ししないで」


はるかは教室に戻っていった。


「はるかちゃん、なんであんなに必死なんだろ?」
「たく、頑固なやつ」


・・・困ったな。

ますます、はるかはやる気にさせちまった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


下校しようと校門の前を通りかかるとはるかがいた。

 

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「おい、何やってるんだ?」

「待ってるの」

「誰を?」

「誰でもいいでしょ。 ほら、宗介はさっさと帰ったら?」

「なんだよその言い方」

「いいから、いいから」


校門の前を桜木が通り過ぎる。

 

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「ストップ!」

「・・・鈴木さん」

「お嬢さん、ちょっと時間はありますか」

「・・・ない」

「お嬢さん、これをどうぞ」


はるかはチラシを桜木に渡す。


「集え・・・女子剣術部」


桜木は俺の方を睨む。


「違うって。 俺はちゃんと説得したんだからな」

「宗介は黙ってて」

「これはどういうことだ?」

「ねぇ、ヒカルちゃん? 剣術部に入部しない?」

「断る」

「今、入部したら特典があるんだよ」

「特典?」

「そう。 うちの八百屋から、好きな野菜をひとつだけ進呈します」

「・・・なんでもいいのか?」

「うん。 野菜ならなんでもいいよ」

「・・・キュウリはあるか?」

「キュウリ? もちろんあるよ」

「・・・いや、いらない」

「いらないの?」

「物にはつられない! 悪いが剣術部に入部するつもりは一切ない」

「どうして? ヒカルちゃんは剣術をやるべき人だよ」

「前にも言ったはずだ。 私はもう二度と竹刀は持たないと」

「そんな意地張らないでさ、やろうよ。 絶対そっちの方が楽しいって」

「楽しい? いい加減にしてくれないか?」

「才能のある人には、続けて欲しいの」

「・・・私はやらない。 それに才能などない」

「私、諦めないから」

「え?」

「ヒカルちゃんが剣術やるまで、私、諦めないから」

「はるか、ちょっと強引すぎないか?」

「私、ヒカルちゃんには剣術やって欲しいから」

「・・・どうしてだ?」

「え?」

「どうして、鈴木さんはそんなに私に剣術をやらせたがる」

「それは・・・」

「そこまでして私に固執する理由はなんだ」

「話さなきゃダメかな?」

「ここまで付きまとうからには、それなりの理由があるんだろ?」


・・・はるかが桜木に剣術をさせたい理由?


「昔ね、野球が大好きな男の子がいたんだぁ」

「野球?」

「そう。 その男の子はピッチャーだったの。 物凄い球、投げるんだよ」

「それで?」

「でもね、その男の子、ある日を堺に野球を辞めちゃったの」

「・・・・・・」

「私はその男の子がボールを投げてるところを見るのが大好きだったんだぁ。 その男の子には、才能があった。 それなのに彼は野球を辞めた」


俺はうつむいた。


「野球が大好きで、たまらないはずなのに、続けたいはずなのに、男の子は野球を辞めちゃったんだ」

「それは、好きじゃないから、辞めたんじゃないのか?」

「ううん。 大好きだったよ。 それは私が一番知ってるもん。 だから、私はもう、そういう人を二度と見たくないの」


はるかは俺の方を見た。


「その男の子と私をダブらせるのはやめてくれ。 迷惑だ」

「迷惑?」

「ああ。 迷惑だ。 勝手な私情で私を巻き込まないでくれ」

「・・・そうだね」

「そうだ」

「いけない、私、帰らなきゃ」

「・・・店か?」

「うん。 じゃあね」

 

はるかは帰って行った。


「なぁ、野球が大好きな少年はお前か?」
「・・・知らねぇよ」
「幼馴染とは、やっかいなもんだな」
「・・・ああ」
「行ってみないか?」
「どこへ?」
「鈴木さんの八百屋だよ」
「なんで?」
「はっきりさせたいんだ。 これ以上、私に剣術を勧められても困るからな」
「あいつ、頑固だからな。 まだ諦めてないと思うぞ」
「行くか・・・」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

鈴木青果店の前につく。

はるかは忙しく働いている。


「いらっしゃいませ! あ、ちょっと待ってくださいね」


はるかは同時に何人もの客を相手にしている。

 

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「ありがとうございます! あ、すいませんキャベツですね」

「鈴木さん、一人で働いてるんだな?」

「親父が調子悪いみたいでさ」

「あれだけのお客さんを一人でまわすのは大変だろ」

「仕方ねぇよ」

「そんなに調子が悪いのか?」

「ああ、最近は一人で店に立ってることが多いみたいだ」

「学園が終わった後に仕事か・・・。 頑張るな」

「あいつがいないと、店、終わっちまうよ」


店は常連客でそれなりに込んでいる。

 

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「いらっしゃいませ! ・・・お父さん」


はるかの父親が店の奥からゆっくりと出てきた。

さすがにはるか一人では大変だから、手伝うつもりなのだろうか・・・。


「具合は大丈夫なの?」
「なんとかな」
「店出れそう?」
「それは、ちょっとなぁ・・・」
「今、凄く混んでるから、手伝ってもらえると助かるんだけど・・・」
「いや、今日は無理だぁ。 一人でなんとかしてくれないか?」
「わかった」
「すまんなぁ、はるか」
「気にしなくてもいいよ」
「悪いなぁ・・・」


はるかの父はへこへこと頭を下げ、店を出て行ってしまった。


「あれが、鈴木さんの父親か?」
「そうだよ」
「生気のない父親だな」
「まだ調子が悪いんだろ」
「ただ、やる気がないだけにしか見えないが・・・」
「それは俺にはわかんねぇよ。 ただ言えることは、昔はもっとしっかりした親父だったってことだよ」
「変ったのか?」
「ああ。 あんなんじゃなかったよ」
「そうか」


「あ、ヒカルちゃん」


遠巻きに見ていた俺たちに気づき声を掛けてきた。



「忙しそうだな」

「うん。 でも大丈夫。 いつものことだから」

「親父さん、辛そうだな」

「そうなの。 だから、お父さんの分まで、私が頑張らなきゃ!」

「父親には言わないんだな」

「え?」

「お前の父親はなぜ働かないんだ?」

「お父さんは、腰の具合が悪いから」

「そういう風には見えなかったぞ。 出て行ったみたいだし」

「動けるけど、店に立つのは無理なんだよ」

「父親はどこに行ったんだ?」

「・・・お父さんのことは、いいよ」


はるかはバツの悪そうな顔をした。


「私には剣術をやれというくせに、自分の父親には働けと言わないんだな」

「・・・お父さんはまだ働けないから」

「他人に言う前に、自分の身内に言ったらどうだ? 鈴木さんだって一人で働くのは大変だろ」

「桜木、そこまで言うことないだろ。 他人の家のことだ。 ほっといてやれよ」

「・・・椿だってそうだ。 椿には野球を続けろって言わないのか?」

「俺のことはいいよ」

「なんだ、ばれちゃったのか」

「なぜ椿には野球をやれと言わない?」

「言ったよ・・・でも、ダメだったの。 どんなにやりたくても、宗介は続けられなかった。 だから、せめてヒカルちゃんには剣術やって欲しいんだよ!」

「結局、椿は野球を辞めてしまったんだろ?」

「俺のことはいいって!」

「・・・そうだね」

「私だって椿と同じだ。 もう、剣術を勧めたり、部を作るなんて話は持ち掛けないでもらえるか?」

「・・・でも、ヒカルちゃんは剣術が好きなんでしょ?」

「悪いが私は剣術が大嫌いなんだ」

「大嫌い?」

「そうだ。 大嫌いだ!」

「そうなんだ。 ・・・分かった。 もう誘ったりしないから。 ごめんね。 ヒカルちゃんの気持ちも考えないで、私、ひとりで突っ走っちゃって・・・」

 

申し訳なさそうな顔をして目を逸らした。


「・・・鈴木さんには、人を動かすだけの力がないんじゃないか?」

「え?」

「誰かを変えるだけの情熱がないんだと思う。 少なくとも、私は鈴木さんに何か言われたところで自分の気持ちを変えるつもりはない」

「・・・そうかもしれないね。 私が言ったところで、誰かを変えることなんて出来ないのかも」

「はるか・・・」

「私はやりたくてもやれない人をもう見たくないの」

「そんな、中途半端な気持ちで人をけしかけないでくれ」

「・・・ごめん」

「正直、迷惑だ・・・」

「・・・うん」


桜木は去っていった。


「ごめんね・・・」


はるかはうつむき、去っていく桜木の背中に呟いた。


「はるか・・・」
「誰も変えることなんて出来ないのに、一人で空回りしちゃって、バカみたい・・・。 私って、ほんと無力だよね・・・」


はるかの頬から静かに涙が落ちた。


「ほんと、バカみたい・・・」
「・・・・・・」


俺はかける言葉も無く、家に戻った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

こんな時間に、客か?


「はーい」


下に耳を澄ます。


「あのぉ・・・」
「誰ですか?」
「クラスメイトの佐田リコです。 宗介くん、いますか?」
「まぁ? クラスメイト? 宗介なら部屋にいると思うけど、ちょっと待っててね」
「はい」
「宗介! 佐田さんが来てるわよ」
「リコ?」


階段を降りて、玄関の外に出た。

 

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「こんばんは」
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
「フラフラしていたら、ここにたどり着いてしまったのです」
「なんだよそれ」
「暇ですか?」
「暇っちゃ暇だけど」
「リコもちょうど暇なんです。 奇遇ですね」
「何か用か?」
「元気ですか?」
「・・・元気だけど」
「昨日の追試、なんとか合格できそうな気がします」
「あ、そうだな。 発表は明日だったな」
「宗介くんはどうですか?」
「俺も、なんとかなりそうだよ」
「それは良かったです」
「うん」
「・・・」
「なんだ?」
「おかげさまでテストを乗り越えられました」
「俺は何もしてねぇよ。 礼なら沢村に言ってくれ」
「そうですね。 今度会ったら、いいます」
「ああ」
「暇ですか?」
「いや、暇だけど・・・」
「リコも暇です」
「それはさっき聞いたよ」
「宗介くんは、動物だと何が好きですか?」
「動物?」
「リコは大体好きです」
「あのさぁ、こんなに遅くに帰らなくて家族は心配しないのか?」
「え!? あ、そうですね。 でも今日は、遅くなるってお母さんに伝えておいたので」
「なんかリコっていつも家に帰るの遅いよな」
「そ、そんなことないですよ」
「家まで、送ってやるから、もう帰った方がいいぞ」
「わ、わかりました」


俺はリコを送ることにした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

大きなマンションの前に到着した。

 

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「リコの家ってここか?」
「はい。 分譲です」
「立派なマンションに住んでるんだな」
「そうですね」


高くそびえるマンションは高級感があり、リコの家はそれなりに裕福な家庭なんだと推測できた。


「じゃあな」
「あ、待ってください」
「・・・なんだよ」
「もう少しだけ、お話しませんか?」
「話なら、また明日聞くよ」
「今、話したいんです」
「どうしたんだよ。 家族が心配してるだろ。 早く帰った方がいいぞ」
「多分、大丈夫です」


リコは俺を必死で引き止める。


様子がおかしいな・・・。


「リコってさぁ、誰と暮らしてるんだっけ?」
「え?」
「家族構成だよ」
「えっと、お父さんと、お母さんと、おばあさんと、おじいさんと、妹と、弟と、お姉さんと、お兄さんと・・・知らない叔父さんと・・・」
「家族、増えてないか?」
「え!」
「前に聞いたときには、もっと少なかったような・・・」
「いえ、その増殖しました」
「増殖!?」
「リコの家族は、その、日によって増殖したり、減少したりを繰り返します」
「なんだよそれ」
「アメーバのような感じです」

 

・・・こいつ、ウソ言ってるな。


「リコの部屋ってどこ?」
「10階の一番左の部屋です」
「・・・電気消えてるぞ」
「いや、その、省エネです。 我が家はエコ家族なんです」
「真っ暗で生活してるのか?」
「た、たまにです」
「お父さんは何の仕事してるんだ?」
「父は、その、パ、パイロット」
「へぇ~・・・凄いな」
「う、ウソじゃないですよ!!」
「ウソとか思ってねぇよ」
「そ、そうですか」


・・・もしかして、リコって家族いないんじゃ・・・。


「・・・リコは大家族で楽しく暮らしてるんです」
「なぁ、なんで夜歩き回ってるんだ?」
「それは・・・」
「普通、家族がいたら夜出歩いたりしないだろ」
「グハ・・・」
「お前って、もしかして家族がさぁ・・・」
「あ、お母さんからだ!」
「え?」
「もしもし、お母さんですか? もうすぐ帰りますよ。 今ですね、友達の宗介くんと一緒に他愛もない会話をしてました」
「・・・なんだ。 いたのか」
「今日のご飯はなんですか? え? ハンバーグ牛丼ですか!?」
「ハンバーグ牛丼?」
「リコの大好物ではないですか。 楽しみです。 もうすぐ帰るので心配しないで下さい。 ではでは。 お母さんからでした」
「そうか」


どうやら、家族はいるみたいだな。


「今日の夜ご飯は、リコの大好物みたいです」
「良かったな」
「はい。 あ、そういえば剣術部作るんですか?」
「どうだろうな」
「今日、学園ではるかさんにチラシをもらいました」
「リコももらったのか」
「もし、リコが剣術部に入って、全国大会で優勝したら、お母さんやお父さんは褒めてくれますかね?」
「どうだろうな」
「兄弟達も喜んでくれるでしょうか?」
「普通は喜ぶんじゃねーか? 知らねーけど」
「ですよね・・・」
「もう、帰った方がいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。 お母さんが心配しちゃいますから。 ではでは」
「じゃあな」
「・・・今日は、リコの会話に付き合ってくれてありがとです。 それではまた、明日。 おやすみなさい」


リコはマンションの中に入っていった。


・・・もう、こんな時間か。

俺も帰るか。


・・・・・・。


・・・。

 



帰り道の途中に、大きな屋敷の前を通りかかった。

しかし、でかい家だよな。

リコの家も立派だけど、それとは比べ物にならない豪邸だ。

ん?

あれ?

イカじゃん。

イカ会の人間もいるようだな。

 

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「これは今月分の給料よ」

「ありがとうございます!」

「生徒A、あなたは今月いい働きをしたのでイロをつけておいたわ」


生徒は袋をあけ中のお金を確認している。


「こんなにもらえません」
「いいのよ。 所詮お金なんてこういう使い方しかないんですもの」


なんか見ちゃいけない場所に来たみたいだな・・・。


「これは生徒Bの分よ」

「ありがとうございます」

「なに? あなた、あまり嬉しくなさそうね」

「そんなことありません」

「額が足りないならいってちょうだい」

「そんなぁ」

「では、また明日」

「レイカ様」

「なに? 生徒A」

「今度のリサイタル、頑張ってください」

「レイカ様のピアノ、楽しみにしています」

「・・・ええ」

「では、さようなら」


生徒AとBは帰っていった。


「・・・リサイタル。 くだらないわ」

「よう!」

「椿宗介! あなたいつからいたの」

「いや、たまたま通りかかっただけだよ」

「あなたもお金が欲しいのかしら?」

「ちげーよ」

「あ、そういえばチラシ、見たわよ」

「チラシって?」

「チャンバラの部員募集のチラシ」

「ああ、はるかが配ってたやつか」

「鈴木はるかが、この私にチラシを配ってきたのよ。 許せないわ」


・・・レイカにも配ったのかよ。


「チャンバラなんてやりたい人いないと思うわよ。 野蛮ですもの」
「・・・野蛮ねぇ」
「まあ、鈴木はるかの考えそうなことだわ。 私の知り合いにもひとりチャンバラをやっている方がいますけど、それはそれは野蛮よ」
「知り合いに剣術やってるやついるの?」
「ええ。 お父様の付き合いのある会社の方。 まあ、神山グループと比べれば屁みたいな会社ですけど」
「へぇ~」
「品のない人だわ。 私、大っきらい」
「レイカは嫌いな事が多いんだな」
「そんなことないわ。 好きなものだって多いもの」
「例えば?」
「そうね、チェリーパイでしょ。 イチゴのミルフィーユでしょ。 あとマロングラッセも好きだわ」
「なんか高そうなものばっかりだな」
「椿宗介も嫌いじゃないわ」
「え?」
「あ、勘違いしないでね。 嫌いじゃないだけで、好きでもないわ」
「あっそう。 俺もレイカのこと嫌いじゃないぜ」
「なに様?」
「・・・やっぱあんま好きじゃねーな」
「ところで、あなたは、鈴木はるかのなに?」
「え? 急になんだよ」
「いつも一緒にいるみたいだから・・・」


俺は少し考えて答えた。


「幼馴染だよ」
「幼馴染っていうのはなに?」
「なにって、その小さい頃から一緒にいるやつだよ」
「そう。 許嫁ってこと?」
「結婚の約束はしてないけど」
「そのうちするの?」
「いや、それはねーだろ」
「そう」
「なんなの?」
「別に。 いけない。 これからお父様と会食でしたわ」
「今から?」
「そう。 私は忙しいのよ。 それじゃ、おやすみなさい」


イカは家の中に入っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

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俺ははるかの家を見上げた。

・・・電気、消えてるな。

大丈夫かな、あいつ。

桜木との事で、きっと落ち込んでるだろうな・・・。

俺はメールを打つ。


『マコトへ。 今日は色々ありました。 人との繋がりって、マジでめんどくさいものですね。 やっぱり友達なんて・・・いらないかも』


俺は携帯を閉じ、はるかの部屋をしばらく見つめていた。


・・・・・・。


・・・。

 

「栗林君、これはなんだね?」


大九郎は手に持ったチラシを栗林に見せた。

 

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「それは・・・」
「校門のあたりに落ちていたらしいんだが」

「なんでしょうね」

「なんでしょうではないよ」

「沢村さん、あなた知ってる?」

「・・・いいえ」


アキナは大九郎と栗林を前に、緊張している。


「集え女子剣術部!! なんだこれは」

「剣術部?」

「部活動は禁止にしたんじゃないのかね?」

「そうなのですが、勝手に一部の生徒が」

「許可などは出していないだろうね」

「もちろん出していません」

「ここに書いてあるこの変な生き物はなんだね」

「ブドウちゃん、ではないでしょうか」

「そうだね。 書いてあるもんね。 ブドウちゃんってね」

「剣術の武道とかけているのではないでしょうか」

「そうだろうね。 君、ちょっとこっちの吹き出しを読んでくれ。 私はこっちを読むから」

「分かりました」

「『ブドウちゃん、ブドウちゃん、剣術をすると、どんないいことがあるの?』」

「『とりあえず、痩せるよ!』」

「『や、痩せる? わたし、入部します!』」

「『じゃあ、ここにサインして。 拇印でもいいよ』」

「『はい!! 喜んで』」

「・・・・・・」

 

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「沢村くん、なんだこれは」

四コマ漫画だと思います」

「君たちは私を愚弄しているのか?」

「私は別に」

「不快だね。 特にこのキャラクターは不快だよ」

「安心してください。 剣術部が設立されることなど、決してありませんから」

「当たり前だよ。 しかし、誰がこんなものをばら撒いたんだ」

「沢村さん、あなた何か知ってる?」


栗林は再度、沢村に問いただす。


「・・・いいえ」

「その顔は知ってる顔ね」

「私は何も知りません」

「あなた、風紀委員長なのよ。 こんな物がばら撒かれてほっておくなんて、責任はあなたにもあるわ」

「すいません。 私がもっとちゃんとしていれば・・・」

「・・・誰がこのチラシを撒いたの?」

「・・・・・・」

「時期、生徒会長候補の君がそんなことでは困るなぁ」

「え?」

「生徒会長になりたいのなら、学園の悪に立ち向かわなきゃね」

「悪、ですか?」

「そうよ。 いちいち私情を挟んでいるようでは、生徒会長にはなれないわよ」

「生徒会長に、なれない・・・」

「沢村君、生徒会長になりたいんだろ?」

「・・・はい」

「だったら答えはおのずと出ているんじゃない? 誰がこのチラシを撒いたの?」

「そのチラシを撒いたのは・・・鈴木先輩です」

「鈴木? それは鈴木はるかの事かしら?」

「・・・はい」

「それは本当か?」

「私、見たんです。 鈴木先輩が廊下で生徒たちにそのチラシを配っているところ・・・」

「鈴木はるかといったら、君のクラスの生徒じゃないか」

「すいません」

「・・・これは問題だな」

「処分はどうしますか?」

「学園の風紀を乱すものは・・・退学してもらわないとね」

「そんなぁ、いくらなんでも退学は酷すぎます」


大九郎はアキナをにらみつける。

黙れ、と威圧していた。

・・・酷いのは、チラシをまいた鈴木はるかではないか?

アキナは不服そうに口を濁した。


「ですが・・・」

「剣術部など・・・もってのほかだ」

「沢村さん、よく話してくれたわね。 あなたのおかげでこの学園の風紀が守られたわ」

「・・・・・・」

「栗林君、鈴木はるかの退学の件、まかせたよ」


大九郎は不敵な笑みを浮かべた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

『本日の授業は、学園内の施設点検の為、午前中の授業で終了となります。 授業後は速やかに下校しましょう』

 

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「え? マジで! ラッキーじゃん。 カラオケ行く?」

「行かねぇよ。 今日は、追試の結果発表の日だろ」


『また、先日追試を受けた、3年Aクラスの椿くん、桜木さん、鈴木さん、佐田さん、水嶋くんへ連絡です』


「おっと、名指しできたぞ」


『追試の結果を職員室近くの廊下にある掲示板に張り出していますので、各自、確認してください』


「ついに、判決の時だな」

「俺、緊張して見れないかも~」

「お前はホントに緊張感ゼロだな」

 

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「合格してるといいがな」

「リコは合格していると踏んでいます」

「俺だけ不合格だったら嫌だな・・・」

 

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「・・・鈴木さん?」

「なに?」

「・・・行こう」

「うん」


・・・。


「誰かひとりでも退学になったら、みんなで全力で慰めあおうな」

「お前は変な機械使ってんだから、どうせ合格してるだろ」

「ドキドキするです」

「じゃあ、自分の点数を確認するか」


俺たちは掲示板に張り出されている結果を恐る恐る見た。

 

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「桜木ヒカル・・・。 91点、ふ、ギリギリか」

「すげー!」

「言っただろ。 私は元々、頭は悪くないと」


桜木って頭いいんだな。

 

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「俺はっと。 ・・・97点!! やった~!」

「あの機械凄いな・・・」


水嶋は機械の力か。

 

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「リコはどうだ?」

「99点です」

「リコちゃん、凄い! 沢村さんと勉強した結果がでたんだね!」

「はい。 (鳥さんと虫さんに感謝です)」

「どうなってんだよ・・・。 プレッシャーだな」

「椿、お前はどうだ?」


掲示板を見るのが怖い・・・。


椿宗介・・・。


・・・。


「ん? ・・・あれ?」

 

「宗介、もしかして・・・。 みんな! 全力で慰める準備だ!」

「はい。 徹底的に慰めます!」

「いや、その・・・」

「椿、落ち込むんじゃないぞ」

「そうじゃなくて・・・」


・・・。


「・・・100点」


「え? 今、なんて言った?」

「俺、100点ってなってるんだけど・・・」


俺は自分の目を疑った。


「なにかのミスだな」

「そうです。 これはなんらかのトラブルが起こっています」

「いや、でもここに・・・」


何度みても赤い字で、しっかりと100点と書かれている。


「・・・そうか。 やっぱりな」

「え?」

「・・・やれば出来る男なんだよ。 俺は!」


急に天狗になる俺。


「宗介、もしかしてあのノート全部覚えたの?」

「必死でな・・・」

「凄いよ宗介・・・」

「はるかの、おかげだよ」

「ううん。 よく頑張ったね」

「うん。 はるかはどうだったんだ?」

「はるかさんは頭がいいから、100点ですね」


はるかは学年でもトップクラスの成績だ。

問題ないだろう。


「・・・あれ?」

「どうしたんだ?」

「おかしいなぁ・・・」

「え?」


俺たちは掲示板を見た。


「・・・鈴木はるか。 87点・・・」

「87点ってもしかして・・・」

「合格点は90点です。 それはまずいです」

「そんなぁ・・・」

「おい、マジかよ」

 

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「マジみたいだよ。 だって、書いてあるし」

「何かの間違いだよ。 はるかが合格点を割るなんてありえねぇーよ」

「だが、どう見ても87点と書いてある」


掲示板には『鈴木はるか87点』の文字が刻まれている。


「そうだね・・・私、不合格みたい」

「はるか・・・」


はるかが不合格なんて、なにかの間違いだ。

 

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「追試の結果が出たようね」

「栗林先生!」

「椿くん、まさかあなたが100点だなんて、私感動したわ」

「・・・どういう意味だよ」

「どんな手を使ったかは知らないけど、とりあえず退学は免れたみたいね。 桜木さん、佐田さん、水嶋くんの3人も合格ね」

「・・・鈴木さんは?」

「鈴木さん、残念だったわね」


栗林は皮肉と同情の入り混じった声で言った。


「・・・はい」

「まさか、あなたみたいな優秀な生徒が不合格だなんて・・・先生、悲しいわ」

「はるかは、どうなるんだよ」


少し間をあけて、栗林は言い放った。


「もちろん、退学よ」

「退学ですか・・・」

「ええ。 残念だけど」

「待てよ」

「なにかしら?」

「本気で退学にするつもりか?」

「当然です。 約束は守るためにあるのよ」

「だけどさぁ」

「・・・・・・」

「鈴木はるかさんには今日をもって、この学園を去ってもらいます」

「・・・そんなぁ」

「分かりました」

「・・・はるか」

「退学の手続きをしたいから、日を改めてご両親と職員室に来てちょうだい」

「・・・はい」


そんな・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


はるかが不合格という事実が信じられず、俺たちは放課後、はるかの周りに、自然と集まった。

 

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「はるか、どうするんだよ」

「ちょっとミスっちゃったなぁ。 勉強にはそれなりに自信あったつもりだったんだけど。 仕方ないよ」

「仕方ないって、お前、本気で退学するつもりか?」

「しょうがないよ。 だって点数取れなかった私が悪いんだもん」

「・・・諦めるのかよ」

「え?」

「それでいいのかよ」

「うん。 大丈夫」

 

 

「鈴木さん、その、なんて言っていいか・・・」

「ヒカルちゃん、気を遣わないで。 私は平気だから」

「嫌です。 退学なんて、悲しいです。 はるかさんはリコの大切な友達です」

「ありがとう、リコちゃん。 でも、現実は受け入れなきゃね」

「学園辞めてどうするんだよ」

「私にはお店があるから! しっかり働いて、鈴木青果店を守っていく」

「・・・ほんとに辞めちゃうの? 栗林先生に交渉してみようよ」

「ううん。 ちょっと、すっきりしたかも。 私が辞めても、みんなお店に来てね! 安くするから!」

「・・・・・・」

 

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ごきげんよう、3年Aクラスの皆さん」


イカがレイカ会の人間を引き連れて現れた。


「・・・なんだレイカか」

「なんだとは何よ。 失礼な人ね」

「今、ちょっと取り込んでてさ」

「あなたたち、明日は暇かしら?」

「・・・・・・」

「どーせ暇なんでしょ? 明日、私のコンサートが向井台ホールで開催されます」

「コンサートですか?」

「ピアノコンサートよ。 無料で招待してあげるから来なさい」

「コンサートか・・・」

「あなたたちに理解できるかは分からないけど、私の華麗なるピアノテクニックを見るのも悪くないんじゃないかしら?」

「何で上から目線なんだろ・・・」

「鈴木はるか、あなたも来るのよ」

「う、うん」

「歯切れが悪いわね。 どうしたのかしら?」

「それがさ・・・」

「ごめんね。 私、お店があるから、いけないと思う」

「お店?」

「うん。 うち、八百屋だから」

「八百屋? 八百屋って何?」

「野菜を売ってるの」

「野菜? あなたそんなもの売ってるの?」

「・・・そうだけど」

「大変ね。 私、野菜は大好きだけど、売っている人には初めて出会ったわ」

「また機会があったら誘ってね」

「だったら、お店をお休みにすればいいんじゃない?」

「それは出来ないよ」

「悪いけど、今、俺たちコンサートって気分じゃないんだよ」

「なんですって!」

「それに、私はピアノなど興味はない」

「愚かね・・・。 まあいいわ。 明日だから、みなさん是非、いらしてね」

「話、聞いてた?」

「・・・あら、鈴木さん、顔色が悪いよ」

「そう?」

「何かあったの?」

「実は私・・・この学園を今日で辞めなければいけなくなったの」

「それは、どういうこと?」

「追試があったんですけど、はるかさんだけ、不合格になってしまったんです」

「鈴木さん、それは本当のことなの?」

「うん。 だから神山さんとも今日でお別れだね。 今までありがとう」

「そうなの・・・。 少し・・・寂しくなるわね」

「寂しい? そう言ってもらえると、嬉しいよ」

「ち、違うわよ。 レイカ会の宿敵がいなくなるから、その、張り合いがなくなるだけよ!」

「うん。 そうだね」

「なんでこんなことになっちまったんだろ」

「ちゃんと勉強したんだけどなぁ・・・」

「あなたが勉強でミスをするなんて変ね」

「え?」

「だってあなた、頭だけはいいじゃない。 顔は私に劣るけど」

「そんなことないよ」

「答案用紙、見せてくれない?」

「いいけど」


イカは、はるかの答案用紙を見た。


「・・・87点。 ふーん。 鈴木さんにしては低い点数ね」

「頑張ったつもりだったんだけど・・・」

「あら?」

「どうした?」


イカは答案用紙を凝視している。


「ここ、おかしいわね・・・」

「どういうことだ?」

「ここの文字だけ、変よ」


イカは答案を指差した。


「なんだか別の人が書いたような文字だわ。 明らかに他の字と違うもの」

「ほんとだ・・・はるかの字じゃない」


筆跡が違うのがすぐに分かった。


「・・・うん」

「これってもしかして・・・」

「もしかして・・・?」

「あなた、字を色々と使い分けるタイプの人かしら?」

「そんなつもりはないけど」

「・・・じゃあどうして、文字が違うのよ」

 

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「あとから、誰かが鈴木さんの答案を書き直したとしたら・・・」

「そんな・・・」

「ここも、おかしいです!! 消しゴムのあとが残っております」


誰かに消された後がある。


「椿、これはもしかして・・・」

「・・・誰だよ、こんな事したヤツは」

「これを採点したのは誰?」

「栗林先生です!」

「どうする椿?」

「もし、栗林が書き換えたんだとしたら、絶対に許せない」

「私も同感だ」


「栗林先生がそんなことするはずないよ。 もう、このことはいいから」

「いいからってなんだよ」

「え?」

「こんなことされといて、黙ってられるかよ」

「宗介」

「学園やめて、どうすんだよ」

「だから、お店を・・・」

「諦めんのかよ? 人には散々諦めるなっていったはるかが、自分の夢は簡単に諦めるのかよ?」

「だけど・・・」

「俺は、こんなことで、はるかの夢、潰すなんて絶対に嫌だし、許せねーからな」

「・・・でも」

「職員室に行くか?」

「当たり前だろ」


俺たちは栗林の元へ急いだ。

 

・・・・・・・。

 

・・・。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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「ほら、宗介! もう泣かないの」
「・・・泣いてねーよ」
「悔しいのは分かるけど、また次に頑張ればいいじゃない」
「だって、俺のせいで負けたんだぜ」
「メソメソしてても、上手くならないぞ!」
「分かってるよ」
「・・・いい球だったよ」
「・・・そうかなぁ?」
「うん、真っ直ぐで綺麗なストレート」
「真っ直ぐ過ぎて、打たれちまったけどな」
「私ね、宗介の真っ直ぐな珠、大好きなんだよね」
「俺、カーブとか無理だからさ」
「気持ちが、スカッとするんだぁ。 宗介が投げるところを見てるとね、私も頑張ろうって思うんだよ」
「負けたら意味ねーよ」
「そんなことないよ。 宗介の未来はこれから続いていくんだから」
「・・・未来?」
「そう。 もっともっと上手くなって、もっともっと真っ直ぐな珠が投げられるようになるまで、私はずっと宗介の近くにいたいんだぁ」
「・・・はるか」
「ほら、足の傷、見せてよ」
「うん」
「派手に転んじゃったね」
「俺が点数とられたんだから、俺が取り返すしかないだろ」
「いいスライディングだったんだけどなぁ。 残念、残念」
「・・・すげー痛い」
「消毒しなきゃね」
「・・・痛てっ!」
「我慢、我慢。 男の子でしょ」
「もう少し、優しく出来ないのかよ。 ほんとに不器用だな、おまえ」
「どうせ私は不器用ですよ」
「あとは自分でやるからいいよ」
「私ね、決めたんだ!」
「何を?」
「将来、看護士さんになって、宗介が野球で怪我したときに治してあげるの」
「はるかが看護士? 出来るのかよ」
「出来るよ。 少しでも宗介の力になってあげたいんだ」
「じゃあ、まずは手先を器用にしなきゃだな」
「看護士になるためには、いっぱい勉強しなきゃだなぁ・・・」
「どうやったらなれるの?」
「新山学園を卒業して、看護の勉強してみようかなぁ」
「新山学園かぁ・・・。 あんな頭いい学園、俺は無理だな」
「宗介も、一緒に入学しようよ」
「無理だよ、俺、バカだし」
「宗介はバカじゃないよ。 やれば出来る子だって私が一番知ってるもん」
「・・・そりゃどうも」
「次の試合は勝つんだよ。 絶対だからね!」
「うん。 俺は、どんなことがあっても、野球だけは辞めたりしないから、お互い、夢に向かって頑張ろうぜ!」
「うん。 私も頑張ってみる。 宗介と一緒だと心強いなぁ・・・これからも一緒にいようね」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

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「椿、これが本当だったら、私は許せない」

「俺、手が出ちゃうかもしれないな」


俺は自分をうまくコントロール出来るか心配だった。


「そんなことしたら、宗介まで退学になっちゃうよ」

「こんなことされて、黙ってられるかよ」

「安心しろ。 椿が手を出しそうになったら、私が全力で止めてやる」

「・・・頼むぜ」

「あ、沢村さんです」

 

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「椿先輩!」

「栗林って職員室にいるか?」

「いると思いますけど、何かあったんですか?」

「それが、鈴木さんの追試のことで色々とあってな」

「色々って・・・もしかして」

「沢村さん、何か知ってるですか?」

「それが・・・その・・・私が言ったって内緒にしてもらえますか?」

「どういうことだよ?」

「実は・・・あの追試の答案、書き換えたみたいなんです」

「書き換えたのは誰だ?」

「私が言ったって言わないで下さいよ」

「約束する」

「書き換えたのは栗林先生です」

「ひ、酷いです!」

「でも、書き換えろと指示を出したのは・・・」

「出したのは?」

「・・・新山大九龍・・・学園長です」

「学園長が? なぜそんなことをしたんだ」

「・・・ビラを撒いたからです」

「ビラ?」

「はい、鈴木先輩、剣術部のビラを撒いてたじゃないですか? あれがどうやらまずかったみたいで・・・」

「ビラを撒いただけで、退学なんてどういうつもりだ」

「私も、抗議したんですけど、剣術部というところが引っかかったみたいです」

「・・・剣術部か」

「今の話、信じていいんだな?」

「すいません。 私は必死で止めようとしたんだけど、やっぱりダメで・・・でも、まさか本当にこんなことになるなんて・・・」

「・・・ちゃんと止めたのか?」

「え?」

「お前、はるかのこと、かばってくれたんだよな?」

「・・・はい」


「ありがとうな」

「私・・・」

「本当のことを教えてくれて、ありがとうな」

「椿先輩」

「生徒会長になりたいんだろ? 沢村、ありがとうな」

「・・・・・・」


沢村は俺と目を合わせようとしない。


「職員室に、乗り込むぞ」

「なぁ、桜木、俺が暴走したら頼むぜ」

「・・・任せておけ」


・・・。


俺たちは職員室に入り、栗林を探した。

栗林は机で作業をしているようだ。

 

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「あの・・・」

「何か用かしら?」

「ちょっと、話あるんすけど」

「何かしら?」

「鈴木さんの追試の件なんだが」

「残念だったわね。 学園としては惜しい人材を退学させないといけなくなってしまったわ」

「・・・ふざけるな」


俺は今にもキレそうな自分を必死でコントロールした。

 

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「椿、落ち着け」


「・・・どういうつもりだよ」

「・・・どういうつもり? 何のことかしら」

「あんた、はるかの答案用紙、書き換えただろ」

「・・・意味が分からないわ」


栗林はポカンとした顔をしている。


「これ、見ろよ」


俺は栗林の机の上に、答案を突きつけた。


「・・・・・・」


栗林は表情一つ変えない。


「明らかに、ここの文字が違います!」

「なんのつもりだよ」

「言いがかりはよしてもらえるかしら」

「ビラを撒いたのは、はるかが悪いけど、それをこんなかたちで退学で追い込むなんて教師のすることかよ」

「・・・ビラ? ああ、剣術部のことね」

「汚ねぇことしやがって」

「椿くん、言葉を慎みなさい。 それが教師に対する態度ですか?」

「俺は絶対に許さないからな」

「許さない? どうするつもり?」

「・・・・・・」

「鈴木はるかも馬鹿な生徒よね。 大人しくしていれば優秀な生徒なのに、よりによって剣術部を作りたいなんて言い出すんですもの」

「バカな生徒?」

「そうよ。 愚かよ」

「もういっぺん言ってみろ」


俺は拳を握り締めた。

もうこれ以上、自分を抑えることができない・・・。


「何度でも言ってあげるわ。 鈴木はるかは愚かな生徒よ」

「・・・ぶっ殺す」


拳は栗林に向かって伸びていく。


「椿!」

「宗介! やめて!」


拳は二人の声のおかげで、当たるギリギリで止まった。

 

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「はるか・・・」

「もうやめて! そんなことしたら、宗介まで退学になちゃうんだよ」

「でもさ」


俺は手をおろし、拳をギュッと握りしめる。


「私のことはいいから。 ビラを配ったりした私が悪かったんだから。 栗林先生、すいませんでした。 剣術部を作ろうとした私が悪かったんです」

「・・・当然よ」

「だから、宗介のことは許してください。 お願いします」

「なんで謝るんだよ」

「私が悪いんだよ・・・簡単な気持ちで剣術部なんて作ろうとしたから。 そのせいで、ヒカルちゃんや、学園にまで迷惑かけちゃったし、私が辞めればそれで済むんだから」

「はるかさん・・・」

「全部私が悪いんです。 だから、みんな、もうよそうよ」


はるかは訴えるような目で俺を見た。


「・・・滑稽ね」

「え?」

「鈴木さん、あなた滑稽だわ。 自分のしたことで、どれだけ学園に迷惑がかかったか分かっているの?」

「分かっています」

「あなた、学園の風紀を乱したのよ」

「はい」

「学園は集合体なの。 誰か一人でもその輪を乱したらどうなると思う?」

「それは・・・」

「退学すればそれで終わりだと思っているのかしら?」

「そうは思っていません」

「あなた、さっき言ったわね。 簡単な気持ちで剣術部を作ろうとしたって」

「はい」

「そんな中途半端な気持ちで、他の生徒を混乱させるなんてどういうつもり? イタズラにしては悪質だわ」

「そうですね。 私のせいで、色んな人に迷惑がかかってしまいました。 すいません」

「剣術部を作るという話はウソだったのね」


「・・・」

「ウソのビラを撒くなんて、あなた最低の人間ね」

「そうです・・・私は最低です」

「退学になって当然の人間ということね。 もう話すことはないわ」

「中途半端な気持ちで、学園を混乱させてすみませんでした。 今日で、私は退学します。 今までお世話になりました」


「・・・ちょっと待てよ」

「まだ何かあるのかしら」

「本気だったら良かったのかよ」

「どういうことかしら?」

「はるかが、本気で剣術部を作る気だったら退学にならなかったのかよ?」

「そういう問題じゃないわ」

「剣術部を作れって言ったのは俺だ」

「・・・なんですって」

「俺がはるかに作らせたんだ。 退学なら俺がする」

「宗介、何言ってるのよ!」

「俺は本気で剣術部作る気だったぜ」


「冗談はやめてもらえるかしら」

「冗談じゃないぞ」

「椿くん? あなたみたいな友達もいない、友達も持てない人が本当に本気だったの?」」

「ああ。 そうだ」

「そんなはずないじゃない」

「本気で作ろうとしてたんだ。 ウソじゃない」

「だったら、あなたも同罪かしら?」

「でも、あんただって罪をおかしてるんだぜ?」

「・・・どういうこと?」

「答案用紙書き換えただろ」

「書き換えていないわ。 証拠なんてないわよね?」

「こっちには証人だっている」

「調べれば分かることだ」

「・・・私をゆする気かしら?」

「あんただって教師として、やってはいけないことをやってるよな?」

「・・・・・・」

「取引しないか? 俺が本気で剣術部を作ったら、はるかのことは退学にしないでくれ」

「あなたが本気で剣術部を作るなんてありえないわ」

「その条件を呑んでくれたら、俺はあんたの不正を公にしない」

「剣術部ねぇ・・・。 出来るわけないわ」

「言っただろ。 本気だって」

「面白いことをいうのね」

「あのビラがウソじゃなかったら、学園を混乱させたことにはならないよな」

「・・・・・・」

「宗介、もういいよ」

「はるかは黙ってろ。 これは俺の問題だ」

「道場はもうすぐ取り壊される予定よ」

「道場?」

「桜木さんは道場のこと知っているみたいだけど」

「・・・・・・」

「それまでに部を作ることが出来れば、あなたが本気だったことを認めてあげるわ。 鈴木さんの退学の件も考えてあげましょう」

「本当か?」

「そうね。 でもあなたにそんな力があるとは思えないわ」

「・・・やってやるよ」

「ただし、取り壊しの前に剣術部を作ることが出来なかったら、そのときは、わかっているわよね」

「ああ。 大人しく、この学園から出て行くよ」

「・・・楽しみだわ」


栗林は職員室を出て行ってしまった。

周りの教師達は見て見ないふりをしている。

他の教師達ですら、栗林は恐ろしい存在なんだろう。


「なんであんな約束したんだ」

「見てらんねーからだよ」

「宗介・・・」

「はるかが、あんな風に言われて、黙って見てられるわけねーだろ」


あんなこと言われて、殴らなかったことが自分にとって奇跡だった。

昔の俺なら、確実に殴っていた。

我慢できたのは桜木とはるかがとめてくれたから。

俺は暴力ではなく、違う方法ではるかをまもりたいと、強く思った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

栗林は学園長室に入り、学園長に報告する。

 

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「なぜ鈴木はるかの退学を取りやめた」
「・・・すいません」
「彼女は危険なことをしたというのに」
「退学が伸びただけに過ぎません」
「剣術部を作れなどといったそうだな。 君は何を考えてるんだ?」
「椿宗介に剣術部を作る力などありません」
「だといいんだが」
「私に考えがあるのです」
「考え?」
「学園にとって、本当に退学させたいのは誰でしょうか?」
「・・・・・・」
「鈴木はるかを利用することで、椿宗介を退学に追い込むことができそうです」
「それが君の計算だというのかね?」
「もちろんです」
「私は計算ミスだけは許さないよ」
「わかっています」
「もし、剣術部が出来たらどうするつもりだい?」
「絶対に、それはありません」
「・・・栗林君、君が変な気を起こさなければいいんだがね」
「心配はいりません」
「だといいんだが」
「もっとも、剣術を嫌ってるのはこの私ですから」
「・・・失敗は許されないよ」
「私に失敗など、ありえません」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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校門を出ると、沢村が心配そうに俺たちを待っていた。

イカも待ってくれたみたいだ。


「鈴木先輩、どうでした?」

「退学だけは、免れたよ」

「ほんとですか?」

「ただし、条件が出来ちまったけどな」

「条件? なにかしら?」

「道場がなくなる前に、剣術部を作ることになっちまった」

「どういうことですか?」

「はるかが撒いたビラを実行することだよ。 そしたら、退学だけは免除になる」

「とんでもない条件だな」

「・・・どうしよう」

「なぁ沢村。 どうやったら部として成立できるんだ?」

「部を作るには最低でも5人の部員が必要です。 それと、顧問の先生が一名必要ですね」

「なるほど。 5人と顧問か・・・」

「どうするつもりよ」

「5人か・・・集まるのかな?」

「この中で、剣術部に入部するやつ手を挙げて!」

「・・・」


誰も手を挙げない。


「おいおい、誰もやってくれなかったら、俺、退学になっちゃうんだけど」

 

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「椿、悪いがこの話だけは私は力になることは出来ない」

「桜木~。 頼むよ。 お前しか頼る人いねーんだけど」

「残念だが、他を当たってくれ」


桜木は去っていった。

 

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「リコ? お前は力になってくれるよな?」
「剣術ですか?」
「そうそう」
「・・・殴り合いはちょっと」
「有名になったら、家族も喜ぶんじゃねーか?」
「リコは貧弱なのですみませんが、別の人でお願いします」

 

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「レイカは助けてくれるよな?」
「笑わせないでよ。 なんで私がチャンバラなんてやらなきゃいけないのよ」
「やってみたら、意外とおもしろかったりして」
「野蛮なスポーツなど興味ないわ」
「そんなぁ・・・」

 

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「あのぉ・・・」
「お! 沢村は入ってくれるのか?」
「私も勉強と生徒会の活動がありますから、部活をやる時間はないんです」
「勉強時間を少しだけ削ればできるだろ」
「これ以上削れませんよ。 もっともっと勉強しなきゃ」

 

「・・・なんだよお前ら」


あっとう間に、みんな散っていった。

 

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「ごめんね」
「謝らなくていいよ」
「ううん。 私をかばってこんなことになって・・・」
「お前は剣術部に入れないよな」
「うん。 お店があるから」
「だよな・・・」
「ごめん」
「俺も、男だ。 一回決めたことは貫き通してみせるよ」
「誰もいなくても、俺は本気で剣術部を作るよ」
「・・・ありがとう宗介」
「任せとけって!」


・・・俺は一体、何をやってるのだろうか。

俺に、剣術部なんて本当に作れるのか?

俺が退学になることなんて、どうでもいい。

ただ、俺は、はるかの退学だけは許せなかったんだ。

先行き不安だが、頑張るしか・・・。

頑張るしか・・・ねぇよな。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


第二章 友

 

 

・・・。

 

 

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夢。

なつかしい夢だった。


「またメソメソしてる~」
「メソメソしてねぇ~よ」
「何があったの?」
「何にもねーよ」
「ほら、強がらないで話してよ。 はるかが聞いてあげるから」
「・・・負けた」
「負けたって、宗介、また喧嘩したの?」
「うん」
「喧嘩はダメだっていっつもいってるでしょ~」
「うるせーよ」

 

・・・。


夢は、すぐに終わった。

目覚めてすぐに、夢だとわかる夢。

どこか、暗示めいていた。

 

・・・。

 

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今日は学園が休みだ・・・。

ゆっくりできそうだな。


「宗介! 水嶋くん来てるわよ」


水嶋?

休みの日になんだよ・・・。

俺は玄関までおりていった。

 

・・・。

 

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「悪いね、朝早くに」
「せっかくの休みなんだから、ゆっくりさせろよ。 何か用か?」
「デートしない?」
「朝から気持ちの悪いことを言うな」
「てかさ、お前、剣術部作るらしいじゃん」
「あ、うん」
「本気か?」
「引き受けちまったからな。 それに、退学の件もあるしさ」
「でも、宗介に出来るの?」
「・・・どういう意味だよ」
「いや、深い意味はないけどさ」
「やれるだけ、やってみるよ」
「そっか。 でも、あんまり無茶なことしない方がいいよ」
「・・・分かってるよ」
「その辺、ちょっと聞いてみたくてさ」
「話って、それだけか?」
「まぁね。 じゃあ、明日な」
「水嶋・・・」
「なに?」
「カラオケでも・・・いや、なんでもないよ」
「じゃあ、明日ね! バイビ~」


そうだ・・・。

剣術部の部員集めないといけないんだよな・・・。

八百屋では、はるかが忙しそうに働いている。

 

 

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「今日も店やってるんだな」
「うん。 鈴木青果店は年中無休ですから」
「少しは休まねぇと、体壊すぞ」
「そうも、言ってられないから」
「親父さんは?」
「今日も、調子が悪いみたい。 まだ寝てるんじゃないかな」


・・・大丈夫かよ。


「宗介、昨日はごめんね」
「なにが?」
「剣術部のこと。 私がいい加減なことやったから、宗介にまで迷惑かけちゃって」
「気にすんなよ。 お前は悪くないよ」
「ううん。 全部、私が悪いの。 私、誰かを傷つけてばっかり」
「だからいいって」
「ごめんね。 結局、剣術部にも参加できないし、私って、ほんと勝手だよね」
「もうやめろよ」
「・・・ごめん」
「俺の知ってるはるかは、そんなに謝ってばかりの女じゃねぇよ」
「え?」
「俺の知ってるはるかは、誰からも好かれる、優しくて明るい女のはずだ」
「・・・・・・」
「もう、謝るなよ」


「あの~」


お客が俺たちの間に割り込んでくる。

 

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「いらっしゃいませ」

「あの~野菜って売ってますか~?」

「はい。 八百屋なんで」

「マジで? 超助かる」

「はぁ」

「あれ?」

「あ」

「宗ちゃん?」

「宗ちゃん?」

「確か、お前は星雲学園の・・・」

「七星樹だよ!」

「そうだそうだ! 星雲剣術部の樹!」

「久しぶりだね~。 元気だった?」

「知り合い?」

「ちょっと公園で知り合ったんだ」

「そうなんだ」

「宗ちゃんに会えて嬉しいなあ~」

「樹、お前、また裸足なのか?」

「あったりまえでしょ。 健康のためですから!」

「なんでここに来たんだ?」

「もうすぐ練習試合なの。 だからビタミン取ろうと思ってさ~」

「なるほど」

「宗ちゃん、ここでバイトしてるの?」

「そうじゃなくて、知り合いの、はるかが店やってるんだ」

「はるか?」

「はじめまして、新山学園の鈴木はるかです」

「あ、こちらこそ、はじめまして! 樹で~す! もしかして一人で店やってるの?」

「ううん。 お父さんと二人で」

「偉い! 超尊敬する」

「そんなことないよ」

「あたしなんて、部活ばっかりで家の手伝いなんて全然しないし。 店手伝うなんて凄いな~!」

「ありがとう」

「二人はどういう関係?」

「・・・ただのご近所さんだよ」

「またまた! もしかして・・・彼女!?」

「ち、違うよ!」

「ふ~ん」

「樹、野菜買いに来たんだろ?」

「そうだった。 オススメはなんですか?」

「うちにあるものはどれも新鮮だから、全部オススメかな」

「じゃあ、ニンジンと、ジャガイモと玉ねぎもらおっかな~」

「カレーでも作るのか?」

「部活のあとに、うちでパーティーやろうと思って」

「そっか」

「宗ちゃんも来る? ・・・なんちゃって」

「・・・セツナも来るのか?」

「うん。 来るよ」

「そっか。 仲がいいんだな。 星雲の剣術部は」

「どうだろう。 仲間っていうより同士って感じかな」

「同士か・・・」

「はい、これ。 玉ねぎおまけしとくね」

「ありがとう!」

「剣術部って楽しい?」

「楽しいよ。 あたし、強いから」

「そうなんだぁ」

「うん。 誰にも負けないよ。 でも、もっともっと強くならなきゃいけないんだよね~。 日々、努力って感じかな~」

「努力かぁ。 あ、これ、お釣り」


はるかは樹にお釣りを渡す。


「ちょっと待って」

「え、なに!?」


樹は、はるかの手を掴んだ。


「どうした!?」

「・・・この手」

「え? 私の手がどうしたの?」

「どうなってるのよ・・・」


樹ははるかの手をじっと見つめている。


「あの、放してもらえるかな・・・」

「ねえ、鈴木さん、何かスポーツやってた?」

「真剣にやったことはないけど、運動は好きだよ」

「・・・やったほうがいいよ」

「え?」

「鈴木さん、才能あるかもね」

「何の才能だよ」

「・・・剣術だよ」

「え? 無理だよ。 出来るわけないって」

「でも、実際やられると、面倒かもしれないけど・・・」

「どういう意味だよ」

「まぁ気が向いたら、私の試合でも観に来てよね~。 鈴木はるかさん、暗記した! それじゃ~」


樹はそのまま駆け足で去っていった。


「変な奴だな」

「剣術か・・・」

「どーせ適当に言ってんだろ。 お気楽な性格みたいだからさ」

「うん」


店先からはるかの父親が出てきた。


「やあ、宗介くん」

「どうも」

「お父さん、起きて来て大丈夫なの?」

「ああ。 なんとかな」


・・・なんとかって今、何時だよ。


「ちょっと、出かけてくるよ。 お店、頼んだよ」


・・・また出かけんのかよ。


「うん。 大丈夫だよ。 行ってらっしゃい」

「あの?」

「なんだい?」

「どこ行くんすか?」

「その、まあ、病院だよ」

「今日は休日ですよ」

「診察の予約しているから」

「そうっすか」

「それに、通院の証明書が必要でね」


証明書・・・。


「お父さん、気をつけてね」

「あ、ああ。 夕方には帰るよ」


はるかの父親は逃げるように店を出て行ってしまった。


「・・・ほんとに病院なのかよ?」
「・・・そうだよ」
「だといいんだけどな」
「ごめんね、宗介にまで心配させちゃって」
「だから、謝るなって」
「うん」


ふと、誰かの気配。

気づけばスーツ姿の男が、いつの間にか笑顔を向けていた。

 

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「久しぶりだね、椿宗介くん」

「あ、あんた確か、レイカの側近の三田さん」

「いま、大丈夫かな?」

「なんすか?」

「ちょっと一緒に来て欲しいんだが・・・」

「どこっすか?」

「レイカ様のコンサート会場だよ」

「あ、そういえば今日でしたよね」

「すぐに来てくれないか?」

「いや、いいっすよ」

「これは絶対なんだよ」

「は!?」

「レイカ様の命令なんだ」

「命令って」

「椿宗介を必ず連れて来いと言われてるんだ」

「・・・」

「車は用意している。 さ、乗ってくれ」

「でも・・・」

「手荒なマネはしたくないんだ」


げ! こいつむちゃくちゃ強いんだった・・・。


「わ、分かりましたよ・・・わぁっ」


俺は用意された高級外車に詰め込まれた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


俺は向井台駅近くの建物の前で、降ろされた。

駅前にはコンサート会場がある。

 

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「着いたよ。 これがチケットだ。 指定席を用意している。 急ぎなさい」

「わ、分かりましたよ」


俺はホールの中に入った。

 

・・・。

 

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でっかいホールだな。


「間もなく、神山レイカピアノコンサートが開催されます。 いましばらくお待ちください」


少し待つか・・・。


俺は席について、開演を待った。

 

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「偉いご身分ね」
「え?」
「もうとっくに開演時間は過ぎてるっていうのに」
「あれ? お前どっかで」
「え? あ、あなた新山学園の・・・」
「確か、星雲の・・・」
「右近シズルでございますわ」
「そうだ! 桜木に喧嘩売ってきた・・・なんでお前がここにいるんだ?」
「招待されたからに決まってるでしょ」
「招待?」


金持ち同士のコミュニティってとこか。


「神山グループと右近コンツェルンは取引相手でもあるからよ」
「そうだったんだ・・・」
「わざわざ練習を休んで来たっていうのに、早く始めてもらえないかしら」
「あ、そういや樹がカレーパーティーやるっていってたぞ」
「え? 聞いてないわよそんな話」
「そうなの? 星雲の剣術部でやるって言ってたけど」
「まさか、私を仲間はずれにしたんではないでしょうね」
「・・・さあ?」
「許せないわ・・・」
「たまたまじゃないか?」
「ふん。 どうせ、そんなパーティーあったとしても行くもんですか」
「・・・・・・」


右近のイライラはマックスに達しているようだ。


「もう、さっさとコンサート終わらないかしら・・・」


『開演時間ではありますが、もうしばらくお待ちください』


「何をやってるのよ。 私を待たせるなんて神山さん、いい度胸ね」
「何かあったのかなぁ?」
「さっさとやればいいのに。 私、ピアノなんて全く興味ないわ」
「俺もないけどさ・・・」
「私の貴重な休日を無駄にするなんて・・・」
「まぁ、落ち着けって」
「あと1分待って、始まらなかったら帰らせていただきますわ」


右近は大袈裟だが、開演時間はかなり過ぎている。

もう始まってもいい頃なんだけどな・・・。

俺は携帯の時計をチェックした。

と、ステージにスポットライトが当たる。


「お! 始まるみたいだぜ!」
「ふん。 私、眠くなっちゃうのよね、クラシックを聴いてると」


ステージに三田さんがマイクを持って現れた。


「あ、三田さんだ・・・」


三田さんはマイクをチェックし、硬い表情で話し始めた。

 

 

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『ご来場の皆様、お待たせしております、神山レイカピアノコンサートですが・・・』


「さっさとやりなさいよ」


『神山レイカ様の体調がすぐれないため、中止とさせていただきます』


「中止!?」


会場が一瞬、どよめく。


『多くの皆様にご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます』


「マジかよ」


ふと横を見ると、鬼の形相の右近がいた。


「ふざけてるのかしら」
「え?」
「中止ですって! なんて傲慢な人なの」
「まあまあ」
「体調不良なんて、絶対にウソよ。 時間を取らせるだけ取らせて、やらないなんて、まるで詐欺じゃない」
「いや、ほんとに体の調子が悪いかもしれないだろ」
「ウソに決まってるわよ! あの神山さんが体調が悪くなるわけないもの。 これは間違いなく私に対する嫌がらせ以外のなにものでもないわ」
「考えすぎだって」
「もう、付き合ってられないわ。 私、失礼します」


右近はそそくさと、会場を出て行ってしまった。

仕方ない。

俺も帰るか・・・。

 

・・・。

 

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「椿くん」
「あ、三田さん」


俺が帰ろうとすると、三田さんが追いかけてくる。


「今日は悪かったね。 無理言って来てもらったっていうのに、中止になってしまって」
「いいっすよ。 どうせ暇だし」
「いや、申し訳ないよ。 今度、ご飯でも奢らせてくれないか?」
「まじっすか?」
「高級クルーザーでのディナーでもどうだい?」
「いや、いいっす。 牛丼とかなら嬉しいけど」
「牛丼はちょっとな」
「いいっす、いいっす。 それより、レイカの体調はどうっすか?」
「それが、思いのほか重症でね」
「悪いんすか?」
「そうなんだよ。 今、控え室にいるんだが・・・」
「病院に連れて行った方がいいんじゃないっすか?」


「その必要はないわ」


ホールからレイカがゆっくりと出てきた。

 

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「あ、レイカ。 体は大丈夫なのかよ」

「当然よ」

「レイカ様、控え室にお戻りください」

「嫌よ。 あの控え室、狭いもの」


イカの様子から、体調の悪さは感じ取れない。


「おまえ、元気そうじゃん」

「もちろん、元気よ」

「レイカ様!」

「もしかして、仮病?」

「・・・違うわよ。 気分がすぐれなかったのは本当よ」

「どういうこと?」

「三田、ちょっと席をはずしてもらえるかしら?」

「ですが・・・」

「椿宗介と二人で話したいの」

「分かりました」


三田さんはすっと、ホールの中に消えていく。

 

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「今日は悪かったわね」
「びっくりしたよ。 急に中止だもん。 どうしたんだ?」
「・・・弾く気になれなかったのよ」
「は?」
「今日はピアノって気分じゃなかったの」
「おいおい」
「私ね、クラシックって大嫌い」
「え?」
「私がやりたいピアノはこんなのじゃない」
「この前いってたヘンリー・ピーターソンだっけ?」
「彼は素晴らしいピアニストだわ」
「へぇ」
「私がやりたいのは・・・ジャズなの」
「どう違うの?」
「全然違うわよ。 まあ、あなたには分からないでしょうけど」
「あ、右近シズルってやつが、怒って帰っちゃったぞ」
「あら、右近さん、いらしてたのね」
「みたいだぞ」
「あの人も暇ね。 チャンバラやってればいいのに」
「仲悪いのか?」
「眼中にないわ。 あんな野蛮な人」


金持ち同士って面倒くせぇな・・・。


「そういえば、椿宗介もチャンバラ部を作るとか言っていたわね?」
「まぁ・・・」
「やめておきなさいよ。 あんなくだらないこと」
「もうやるしかねぇんだよ」
「今日は来てくれてありがとう」
「うん」
「・・・次はちゃんとやるから、懲りずにきてちょうだい」
「ああ」
「どうせ、あなた暇でしょ」


一言多いんだよ。


「それじゃ」


イカはホールに戻っていった。

俺も帰るか。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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ふぅ・・・。

明日から剣術部を作らないとな。

入ってくれる奴、いるのかな・・・。

不安だ・・・。

というか、俺自身、剣術なんてやったことねぇしな・・・。

なんかいい方法ねぇかな。


「宗介! はるかちゃん来てるわよ」


はるか?

どうしたんだろ。

俺は家の前に出た。


・・・。

 

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「・・・宗介」
「どうしたんだよ」
「・・・宗介、どうしよう」


はるかは今にも泣きそうな顔をしている。


「なにがあったんだ?」
「お父さんが・・・」
「どうした?」
「お父さんが・・・帰ってこないの」
「なんだ。 ビックリさせんなよ」
「いつもだったら、もうとっくに帰ってくる時間なのに」
「子供じゃねーんだ。 そのうち帰ってくるだろ」
「でも、今までこんなことなかったし・・・」
「心配しすぎだって」
「でも、途中で事故にあったりしてたら・・・お父さん、体弱いから、倒れてたりしてたら・・・」
「落ち着けって」
「でも・・・」


はるかは真っ青な顔でうなだれている。


「ただいま」

「お父さん!」

「どうしたんだ?」

「もう、どこに行ってたのよ! 心配したじゃない」

「すまん、すまん・・・病院が、その、混んでてな」

「・・・良かった」


はるかは目に一杯、涙を浮かべている。


「連絡しなくてすまなかったね」


はるかの父親は手に紙袋を抱えていた。


「それ、なんすか?」

「いや、これはその・・・」

「中身、いいっすか?」

「・・・」


俺は紙袋の中を見て驚いた。


「これ・・・」


袋の中には、お菓子が大量に入っていた。


「ははは・・・」

「・・・お父さん」

「ギャンブルっすか?」

「面目ない・・・。 たまには、こういう遊びもしたくなって・・・すまん、すまん」

「あんた、何やってんだよ」

「え?」

「自分の娘がどんな思いで、店に立ってると思ってんだ」

「どんなって・・・」

「はるかが、どんな気持ちでこの店、守ってると思ってんだよ!」

「それは・・・」

「それなのに、あんたは・・・」

「宗介! やめて!」

「なんでだよ」

「お父さんにそういうこと、言わないで。 お願い・・・」

「・・・」

「いいんだよ。 たまには遊びたいよね」

「すまんね・・・」

 

はるかの父は店の中に入っていった。


「いいのかよ」
「・・・・・・」
「お前はそれでいいのかよ!」
「いいんだよ。 だって仕方ないことだもん」
「・・・納得できねぇよ」
「ごめんね」
「謝るなよ」
「もし、剣術部が作れなくて、宗介が退学することになったら、その時は私も一緒にやめるから」
「・・・何もわかってないんだな」
「・・・ごめん」
「俺がなんで、お前かばったかとか、考えないんだな・・・」
「・・・私、どうしたらいいかわかんなくて」
「・・・じゃあな」
「・・・お休み」


俺は部屋に戻った。


・・・。

 

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・・・ちくしょう。

俺はいい知れぬ、苛立ちを感じていた。

・・・優しすぎんだよ、はるかは・・・。

ちくしょう・・・。

最低の休日だ・・・。

俺は布団の中に潜った。

優しいだけじゃ・・・ダメなんだよ。

ん・・・マコトか・・・。


『宗介くん! 宗介くん! こちらマコトでございます。 至急応答願います。 応答願います』


毎回、手が込んでるな・・・。


『最近、フラワーアレンジメントに凝りはじめ、三日で挫折したマコトでございます』


早っ。


『宗介くんは、今日の休日、何をしていたでありますか? 至急連絡お願い致します』


ちょっとウザイな・・・。

俺は返信する。


『今日は、知り合いのコンサートに行ったよ。 まぁ、行ったといっても半ば強引に連れて行かれたんだけど。 でも、コンサートは中止になっちまって、結局、何も起こらない休日でした。 マコト? ひとつ聞きたいんだけどさ、優しいってどういうことだ? 優しすぎて、誰かを傷つけることなんてあるのかな・・・。 俺は、優しくないから、もしかして誰かを傷つけてるかもしんねーけどさ・・・。 まぁ、ただの愚痴だから、笑って見過ごしてくださいな。 んじゃ』


俺は携帯を机に置き、布団に潜った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「いらっしゃいませ~! 今日はキャベツが特売です~!」


ん、ふあぁ~~。

はるか、もう働いてるのか。

俺は、窓の外から聞こえてくる、はるかの声で目が覚めた。

今日も学園は休みだ。


・・・。

 

 

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「おはようございます」

「いつも元気だね」

「はい。 元気だけが取り柄ですから」

「はるかちゃん、おはよう。 今日も頑張ってね」

「ありがとうございます」


俺は遠巻きに、はるかが働いているのを観察する。

来る客の数は決して多くないが、店に立つはるかの笑顔に自然と人が集まってくるようだ。

 

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「おはよう」
「桜木か。 どうしたんだ? こんな早くに」
「ジョギングだ」
「へぇ」
「何もしないでいると、体がなまってしまうからな」
「なるほど」
「ついでに、キュウリを買いに来た」
「はるかの店にか?」
「ああ。 だが、忙しそうだな。 またの機会にするよ」


はるかは常連客の対応に追われている。


「いいのか?」
「スーパーで買って帰るよ。 じゃあな」
「んじゃ」
「・・・・・・」


桜木は立ち止まった。


「なんだ?」
「言わないんだな、剣術をやれと」
「・・・言わねぇよ」
「・・・退学がかかっているんだろ?」
「やりたくねぇ奴に、無理やりやらすのは趣味にあわねぇからさ」
「なるほど」
「それに、やりたくない事をやらされるのが辛いことくらい、俺が一番知ってるよ」
「そうみたいだな」
「いい店だろ?」
「八百屋か?」
「ああ」
「そうだな。 いいキュウリだ。 瑞々しいよ。 今すぐとって食べたいくらいだ」
「でも、昔はもっといい店だった」
「昔?」
「今は、はるか一人の声が聞こえてくるだろ? でも、昔は他に二人いたんだよ」
「二人? 鈴木さんのお父さんか?」
「そう。 それから、もう一人は、はるかの母親だよ」
「確か病気で亡くなったっていってたな」
「はるかの母親は、明るくて、みんなに好かれる、いい人だった」
「鈴木さんにそっくりだな」
「俺は3人で頑張ってる、この店が大好きだった・・・」
「・・・そうか」
「はるかの母親がいたときは、おじさんだって、全然違ったし、もっと活気に溢れてたんだ」
「・・・今は少し、寂しいな」
「でも、はるかの母親が死んで、おじさんが今みたいになっちゃってさ」
「今みたい?」
「・・・はるかは、優しいヤツなんだよ、でも全部中途半端なんだよな」
「・・・中途半端とは思うが・・・優しいかどうかは、私にはわからないな」
「どういう意味だ?」
「だから、わからん。 言ってみただけだ・・・」
「おいおい」
「優しいとは都合のいい言葉だな」
「・・・俺は優しくねぇからな」
「そんなことはないと思うぞ。 ・・・わからんが」
「わからないづくしだな」
「そろそろジョギングに戻るよ。 じゃあな」


桜木は走り去っていった。


・・・。


俺は八百屋の前から離れられずにいた。

はるかが働いている姿を、ぼーっと眺めていた。

 

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「誰か待ってるの?」
「別に」
「せっかくの休みなのに時間がもったいないぞ」
「うるせーよ」
「朝、ヒカルちゃん来てたよね?」
「ジョギングの途中に通り過ぎただけだよ」
「店に寄ってくれれば良かったのに」
「お前、接客してたから気を遣ったんだろ」
「そうかな?」
「なんだよ」
「ヒカルちゃん、私のこと嫌いなのかも」
「なんでだよ」
「嫌われちゃったのかな・・・」
「そんなことねーよ」
「いいのいいの。 私、嫌われるような事したし、仕方ないよ」


はるかは苦笑いを浮かべた。


「もう一度、聞くけど、お前、なんで、桜木に剣術やれって言ったんだ?」
「・・・才能あるから、やったほうがいいんじゃないかって、軽い気持ちで・・・私も、なにか手伝えないかなって・・・そしたら、もっと友達になれるかなって・・・」
「友達?」
「うん、友達」
「それが目的か?」
「そうかもね」
「それって、結局、自分のためなんじゃないか?」
「え?」
「はるかが誰かのために思ってやってることは、結局、自分のためにやってることだろ」
「そんなつもりないよ」
「いや、つまり、俺が退学になったらお前も辞めるっていうのは、そういうことか?」
「え、だから、どういうこと?」
「いや、俺もわかんねーけどさ」
「なにそれ・・・?」
「悪いな、俺、馬鹿だからさ。 ほら、客が来たぞ」
「あ、ごめんねっ・・・いらっしゃいませー」


・・・本当は、俺にもわかっていた。

俺と同じレベルまで落ちてきて、それでもまだお友達ごっこしたいってことだろ?

そりゃあ、優しさでもなんでもねぇよ・・・。


・・・・・・。

 

・・・。

 


とりあえず、部員集めしなきゃな・・・。

手当たり次第にかけてみるか。

俺は、クラスの連絡簿を取り出した。

誰かひとりくらい、入ってくれるかもしれない。

そういや、はるか以外の人間に電話することなんて、あんまりなかったな。


「あ、もしもし、あの、俺、同じクラスの椿ですけど・・・あれ?」


・・・電話が切れた。

もう一度かけ直してみる。


「もしもし、椿・・・」


・・・また切れた。

もしかして、避けられてる?

くそ、他の奴に電話してみるか。


「もしもし! え? ああ、俺、椿宗介だけどさ、剣術部に入らないか? ・・・おい、何かしゃべれよ! ・・・聞こえてますか~?」


・・・。


切られた・・・。


俺って、自分で思っている以上に嫌われてるのかも・・・。

・・・心が折れそうだ。

いや、これくらいでめげてちゃ、剣術部なんて作れねー。


「もしもし!」
『どちらさま?』
「レイカか?」
『そうだけど。 私を呼び捨てにするってことはお父様?』
「・・・違うけど」
『お父様でしょ? 声が変よ』
「お父様じゃなくて、椿ですが」
『椿! なぜあなた、私の番号を知っているのよ!』
「いや、連絡簿があってさ」
『あなた、何を企んでいるの!』
「企んでねーよ」
『今、私、ティータイムなの。 何の用かしら?』
「あのさ、剣術部に入らないかなって思って」
『剣術部? どうして?』
「前にもいったけど、人が足りなくてさ」
『チャンバラには興味ないっていったはずだけど』
「そうなんだけど・・・」
『そんなことより、デパートでケーキを買ってきてもらえる?』
「は?」
『私としたことが、ティータイムに似合うケーキを用意しわすれたのよ』
「で?」
『あなた、ちょっと買ってきてちょうだい。 お金は立て替えといてもらえる? あとで払うから』
「なんで俺が・・・」
『あなた、レイカ会の人間でしょ? 少しは役に立つ努力をした方がいいわね』
「・・・違うし」
『あーケーキが食べたいわ。 あー食べたい』
「・・・やだ」
『早くしてよ!』
「俺は、パシリじゃねー!!」


・・・レイカに電話した俺がバカだった。

次はもっとまともな人間を誘うか。


「あ、もしもし・・・」
『はい。 こちらは佐田でございますか?』
「・・・」
『佐田でございますか?』
「多分・・・」
『はい。 佐田です』
「・・・椿だけど」
『宗介くんですか? どうしました、こんな昼間に』


なんか、会話がやっかいそうだぞ・・・。


「あのさ、剣術部のことなんだけど」
『剣術部ですか?』
「そう。 学園でも話したけど、リコは入る気ないかな?」
『・・・どうでしょうか?』
「出来れば入部してくれると助かるんだけど」
『ほぅ』
「猫の手も借りたいくらいでさ」
『ね、猫さん!』
「う、うん」
『リコは猫さんが好きです』
「う、うん」
『猫さんの手は肉球がプニプニして可愛いですよ』
「う、うん」
『そうですね』
「で、入ってくれるのか?」
『なんにですか?』
「いや、だから剣術部なんだけど・・・」
『さあ、それが問題でもありますね』
「・・・」
『わかりました。 入りますん』
「・・・どっち」
『リコは入ったとしても、やる気はないと思います』
「どうして?」
『剣術は出来ません。 リコは弱いので』
「練習すれば強くなれるかもしれないぞ」
『練習も出来ません。 リコは思いのほか、ダメな子ですから』
「・・・だよな」
『諦めるですか?』
「他の奴に頼むよ」
『それは、大変ですね。 応援しております』
「んじゃな」
『はいです』

 

・・・・・・。


・・・リコに電話した俺がバカだった。


もうだめだー・・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


はるかまだ頑張ってるな。

ちゃんとメシとか食えてるんだろうか。

 

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「椿くん?」
「栗林! ・・・先生」
「まるで鬼に出会ったようなリアクションね」
「・・・鬼の方がまだましだったりして」
「あなた、笑いのセンス低いわね」
「・・・すんませんね」
「部員集めの方は順調かしら?」
「・・・もう、バンバンっすよ。 ははは・・・」
「あなた、嘘をつくのが苦手のようね」

 

・・・す、鋭い。


「まあ、正直に言うとまだゼロって感じっすね」
「ゼロ?・・・一人も集まっていないのね。 椿くんらしいわ」
「これからっすから」
「せいぜし悪あがきすればいいわ」


・・・こいつ、それでも教師かよ。


「あら?」
「なんすか?」
「ここ、鈴木さんのご実家なのね」
「そうっすよ」
「・・・それにしても、随分と寂れたお店ね」
「・・・どういう意味だよ」
「そのままよ。 これで、ちゃんとやっていけてるのかしら」「見れば分かるだろ。 はるかがちゃんとやってるよ」
「・・・時間の問題ね」
「あ?」
「・・・無くなるのも」
「ざけんなよ」
「・・・相変わらず、乱暴ね」
「あんたに、この店の何が分かんだよ」
「何も分からないけど」
「家族三人で、必死で守ってきたこの店の何が分かんだよ」
「だから、分からないって言ってるじゃない」
「母親がいなくなって、どんな気持ちではるかがこの店盛り立ててきたかも知らないで、気安く無くなるなんて言うな」
「・・・お客には分からないわ。 経営者の思い出なんて」
「・・・・・・」
「ほら、お客だって余りいないじゃない。 それが何よりの証拠よ。 この店は必要とされてないのよ」
「てめぇ・・・」


俺は拳を握り締めた。


「・・・暴力で解決する気かしら? 椿宗介くん?」
「・・・しねぇ」
「え?」
「俺は、退学しねぇ。 部員集めて、あんたを見返すまではな」
「・・・随分と冷静になったのね」
「・・・・・・」
「ここ・・・昔はいい店だったわ」
「え?」
「今でも覚えているわ。 ここは商店街でも有名なお店だった・・・」
「知ってたのかよ」
「・・・なんだか寂しいわね」


栗林は遠い目をして、去っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

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栗林と別れ、俺は家でぼーっとしていた。

夜の8時くらいになって、不意に呼び出された。


・・・。


「どうした」


はるかだった。

 

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「宗介に・・・大事な話があるんだ・・・」
「なんだよ改まって」
「私、もうどうしたらいいかわかんないよ・・・」


困り果てた顔だった。


「何があったんだよ」
「お父さんがね・・・お店をたたむって言い出したの」


意を決したように言った。


「それ、本当か?」
「うん。 さっき店の片づけが終わったあとに、言われたの」
「なんでそんな話になったんだよ」
「儲けも少ないし、このまま続けても、先は見えてるから、店と家を売りに出すんだって・・・」
「お前らどうなるんだよ」
「田舎に帰ることになりそうなの」
「田舎?」
「お婆ちゃんが住んでる田舎に引っ越すって」
「学園は?」
「転校することになるよね」
「・・・転校」
「ごめんね。 私を退学させないために宗介がせっかくかばってくれたのに、無駄になっちゃって」
「そんな・・・」
「ほんとうに、ごめんなさい」
「そんなもんなのかよ」
「え?」
「お前ら家族にとって、お前にとって、あの八百屋はそんなものなのかよ」
「でも・・・」
「家族三人で必死で繋いできた、大切な場所なんじゃねーのかよ」
「でも、もうお母さんもいないし・・・」
「はるかの母さん、何て思ってるだろうな」
「・・・・・・」
「こんな現状見て、天国でなんて思ってるだろうな」
「しょうがないよって、笑ってくれてるかな」


笑っているのははるかの方だった。

力のない、どこか媚びた笑み。


「笑うなよ」
「・・・笑うしかないよ」


煮え切らない態度に、どこか辟易とさせられる。


「だいじょぶだよ、田舎に帰ったとしても、宗介には会いに来るから・・・」
「会いたくねーよ」
「そんなこと、言わないでよ。 だって私たち友・・・」
「それ以上言うな」
「・・・宗介にも嫌われちゃったかな」
「俺は最初から、友達なんて、いねーよ」
「・・・うん」
「なぁ、いやなんだろ?」
「い、いやだけど・・・しょうがないよ」
「何でもそうやって、しょうがないしょうがないか?」
「だって・・・」
「いやなら、親父さんに言えよ。 お前の気持ち伝えろよ」
「お父さんにはそんなこと言えないよ」
「なんでだよ」
「・・・お父さんだって、つらいだろうし。 仕方ないよ」
「・・・」
「・・・」


この空気がたまらなく歯がゆかった。


「じゃあな」
「私、なにやってるんだろうね」


涙が溢れていた。

思わず目をそらし、はるかを見捨てるようにその場をあとにした。

 

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「私・・・私が、悪いんだよね・・・」


耳に尾を引く声。

・・・ほんと、なにやってるんだよ。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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・・・どうなってんだよ。

気持ちがとまらない。

はるか・・・。

がらがらと、自分の中のはるかが音を立てて崩れていくのを感じた。

壊れて、なくなってしまいそうだった。


『ひゃほ~! マコトだよ。 いま宗介くん、何してますか? 落ち込んでたりする?』


・・・マコトか。


『もしも、辛いことがあったら、マコトに相談してよ。 マコトはいつだって、宗介くんの近くにいるよ(笑)』


宗介くんの近くにいるか・・・。

返す気力もない中、メールを無造作に作る。


『今日の俺は一人ぼっちです。 誰とも会っていません。 ずっと部屋で寝てました。 誰かと話したり、遊んだりすることは体力がいるし、このままずっと誰とも交わらずに・・・誰とも交わらずに、ひっそりと沈没したように生活していきたいんだ・・・。 そうだ。 一人で・・・いたいんだ。 また明日、メールするよ。 おやすみ・・・マコト・・・』


送信・・・。


・・・。


うまく寝付けない夜がきそうで、怖かった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

f:id:Sleni-Rale:20210501191416j:plain



「またメソメソしてる~」
「メソメソしてねぇ~よ」
「何があったの?」
「何にもねーよ」
「ほら、強がらないで話してよ。 はるかが聞いてあげるから」
「・・・負けた」
「負けたって、宗介、また喧嘩したの?」
「うん」
「喧嘩はダメだっていっつもいってるでしょ~」
「うるせーよ」
「でも、宗介が負けるなんて、相手はどんな強者だ~?」
「・・・水嶋」
「え! 水嶋くん?」
「うん」
「なんで喧嘩したの? 二人は親友でしょ?」
「あんな奴、親友でも何でもねーよ」
「どうして喧嘩したの?」
「あいつがいけないんだよ。 俺が大事にしてたプラモデル壊したりするから」
「わざとやったの?」
「それは分かんねーけどさ」
「きっとわざとじゃないよ」
「・・・」
「殴られたの?」
「・・・うん」
「だから、メソメソしてたの?」
「殴られたからメソメソしてんじゃねーよ」
「じゃあ、どうして?」
「悔しいからだよ」
「悔しい?」
「・・・負けたことが、悔しいんだよ」
「そっか」
「・・・次は負けないからな」
「うん。 宗介、それって」
「・・・」


俺はポケットから煙草を取り出した。


「・・・宗介?」


はるかの抗議の視線が怖くて、そっぽを向いた。

黙って、口に咥える。

はるかは・・・。

はるかは・・・その直後、はるかは・・・俺に・・・。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 


・・・。

 

 

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「椿先輩!」
「あ、沢村」
「おはようございます。 どうしたんですか? 遠い目をして。 先輩らしくないですよ」
「最近、色々とうまくいってなくってさ」
「剣術部、人は集まりましたか?」
「それが、なかなかやりたい奴、いないんだ」
「私は入部できませんけど、少しでも力になりたいんで、何かあったら言ってください」
「ありがとな」

 

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「あら、椿宗介」

「レイカか」

「あなた、昨日のイタズラ電話はなんのつもりかしら」

「イタズラじゃなくて、本気だよ」

「先輩、そんなことしてるんですか」

「そうよ。 この人、私の家に変な電話をしてきたのよ」

「先輩・・・」

「違うよ。 部員を集めるために電話しただけだろ」

「ケーキは買ってきたの?」

「は?」

「電話で頼んだでしょ?」

「・・・」

「もう少し、いい働きをしないとレイカ会から追放されるわよ」

「むしろ、追放してくれ」

「おっと、こんな所で時間を無駄にしている場合じゃないわ」

「どこかにいくんですか?」

「これから、神山グループ主催のお食事会に参加するの」

「あの、授業は?」

「授業?」

「はい」

「そんなものは私には必要ないわ」

「でも勉強しないと困りますよ」

「困る? なにも困らないわよ」

「卒業できなくなりますよ」

「何を言ってるの? うちのお父様と、新山学園長は古くからの付きあいなのよ。 卒業できないわけないじゃない」

「コ、コネだ・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

朝のホームルームが終わった。

 

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「宗介くん、おはようです」
「ああ、リコおはよう」
「どうしたんですか? ボーっとしてますよ」
「昨日は電話して悪かったな」
「気にしないで下さい。 リコは基本的に暇ですから」
「入部する気になったりしてないよな」
「全然です」
「そっか」
「ところで、昨日のミルティーchanみましたか?」
「ミルティーchan? ああ、あのアニメか」
「みてないですか?」
「忙しくてみれなかったよ」
「それは残念です」
「あーあ。 現実にミルティーchanがいてくれたら助かるんだけどな」


俺ははるかのことを思い出した。


「来週は最終回です」
「え? そうなの?」
「はい。 だから寂しいです」
「ずっとみてた番組がなくなるって悲しいよな」
「はい。 でも、スーパー魔法少女ミルティーchanネクストアゲインとして来月また復活するらしいです」
「・・・そうなんだ」
「さらにパワーアップします。 楽しみです」
「じゃあ、いいじゃん」
「・・・宗介くん、元気が無いです」
「そんなことねーよ」

 

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「椿、リコ、おはよう」

「おはようです」

「ああ。 おはよう」

「なんだ? 椿、元気がないな?」

「そんなことねーって」

「鈴木さん、休みみたいだな?」

「そういえば・・・」


俺は、はるかの席をみた。


「どうしたんだろう」

「鈴木さんが休むなんて珍しいな。 家でなにかあったのか?」

「まあ、話せば長い話なんだけどさ」

 

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「ねえ、聞いてよ。 クエクエでSSクラスになったよ」

「良かったな」


こいつはいいな・・・悩みがなさそうで。


「あれ? 宗介、元気ない?」

「そんなに俺、元気ないように見える?」

「うん。 生気がまったくないよ」

「はぁ・・・はるかの店にあとで行ってみるか」


栗林が教室に入ってくる。

 

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「それでは授業をはじめます」


栗林は教壇に立った。


「それでは昨日の続きからはじめます」

「先生・・・」

「なんですか?」

「はるかが休んでるけど、どうしてですか?」

「風邪です」

「でも、昨日はそんな感じしなかったんだけど」

「風邪という報告を受けているわ」

「そうっすか」

「では教科書の39ページを開いて」

「先生!」

「なんです? 椿くん」

「その・・・」

「あなた、授業を妨害するつもり?」

「いや、そうじゃなくて・・・お腹が痛いんですけど」


苦痛の表情で、腹を大袈裟にさする。


「腹痛?」

「はい。 朝からヤバイんすよね」

「何か変なものでも食べたのかしら? トイレに行って来なさい」

「それが、落ちてたアイスクリーム食っちゃって」

「・・・どういうつもり?」

「なんで、病院に行ってもいいですか?」

「・・・仕方ないわね」

「はい!」


俺は席を立ち教室を出た。

・・・ふぅ。

なんとか誤魔化せたな。

俺もなかなかの演技派だ。


・・・。


「桜木さん」

「なんだ?」

「椿くんはどこに行ったの?」

「病院じゃないのか?」

「・・・そうかしら?」

「私は知らない」

「・・・まあいいわ。 どうせもうすぐ退学になる生徒ですものね」

「・・・ニャー」

「なんです? 佐田さん」

「ニャー! ニャー!」

「ニャーニャー言うのはやめなさい」

「ニャ-!」

「・・・・・・」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

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俺は、はるかが気になり鈴木青果店に来た。

店はやっているようだが、店先に誰もいない・・・。


「やあ、宗介くん」
「・・・おじさん、いたんですね」


奥のほうに力なく座っている。


「なにか買っていくかい?」
「・・・・・・」
「なかなかお客が来なくてね」
「あの・・・」
「なんだい?」
「この店、締めるって本当ですか?」
「・・・誰から聞いたんだ?」
「誰でもいいでしょ。 たたむんですか?」
「・・・はるかがそう言ったのか?」
「答えてくださいよ」

 

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「宗介」

「はるか、具合はいいのか?」

「少し、きついけど、なんとか店には立てそう」

「病院にはいったのか?」

「ううん。 大丈夫だから。 それより学園は?」

「抜け出してきた」

「え! どうしてよ。 ダメじゃないサボったら」

「いいんだよ」

「良くないよ」

「いいって! ・・・はるか、ちょっとツラかしてくんねーかな?」

「ツラって、ガラが悪いなぁ~」

「冗談で言ってるわけじゃないから」

「・・・分かったよ。 お父さん、すぐに戻るから」

「え、おい・・・」

「すぐ済みますから」


どこか酷薄な声が出た。

親父さんが怯えたように目をそらした。


「行くぞ」
「・・・うん」


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「・・・・・・」
「話ってなに?」
「・・・・・・」
「もう、なんで喋らないのよ?」
「・・・・・・」


俺は、はるかを睨んだ。


「そんな怖い顔しないで」
「・・・・・・」
「・・・どうしたの?」


俺はポケットからタバコを取り出した。


「それ・・・」
「吸ったら悪いか?」
「・・・・・・」
「俺、不良だからさ・・・」
「・・・うん」
「なんかムシャクシャすっから、こいつでもやんねーと、やってられなくてさ」
「・・・そう」


俺はタバコに火を点けようとした。

はるかの目が、戸惑いに揺れる。

けれど、抗議の言葉はなかった。


「なにも言わないんだな」


はるかはうつむいたままだ。


「・・・俺、タバコ吸おうとしてんだぜ?」
「・・・・・・」
「なんか言えよ・・・」
「・・・・・・」
「こんな俺が、友達とか語る資格なんてねーけどさ・・・」
「え?」
「はるかは、ただ、誰かとの関係が崩れるのが怖いだけだろ」
「・・・どういうこと?」
「桜木に嫌われるのが怖くて、父親に嫌われるのが怖くて・・・」
「・・・え?」
「今度は俺に嫌われるのが、怖いのか?」
「・・・っ」
「なんで、何も言ってくれないんだよ」
「・・・宗介」
「もう剣術部とか、退学とか、そんなんどーでもいいよ。 そんなことよりさ、今のお前見てる方が、よっぽど辛れーよ」
「・・・ごめん」


卑屈そうに頭を垂れている。


「これ、チョコレートだよ、馬鹿」


はるかが顔を上げる。


「タバコなんて吸うかよ・・・」


はるかが何か言いかけたとき、俺はすでに踵を返していた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

もう、何を言っても無駄なのか・・・。

・・・どうして、変わってしまったのか。

はるかは、優しかった。

いまは、違う。

表面的に優しいだけの、普通の女の子だ。

俺のせいだろうか。

俺が、変わってしまったからなのか。


・・・。


ぼんやりと家路についていたときだった。

 

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「宗介じゃん!」
「水嶋・・・」
「あらら、顔色悪いよ」
「・・・そうか?」
「うん。 すっごく辛そう」
「お前、学園は?」
「宗介が帰ったあとにね、無性に俺も帰りたくなって、抜け出してきちゃった!」
「いいのかよ?」
「だって学園って退屈なんだもん!」
「そうだけどさ」
「宗介はこんなところで何してたの?」
「・・・はるかと」
「はるかちゃん!?」
「いや、そうじゃなくて、腹痛いから病院に行ってきたよ」
「ふーん。 で、どうだった?」
「食あたりだってさ。 薬飲んだから、もう平気だけど」
「なーんだ。 本当に腹痛だったんだね」
「どういう意味だよ」
「いや、宗介が腹痛になるなんて思えないからさ」
「は?」
「だって丈夫そうだし」
「俺は案外、繊細なのだよ」
「てっきり、はるかちゃんの店に行ったんだと思っちゃった」
「え?」
「だって、最近、宗介とはるかちゃん、様子変だからさ、もしかして・・・って思って」
「そんなわけないだろ。 はるかとか、どうでもいいよ」
「ほんとに?」
「ああ。 関係ない・・・」
「ならいいんだけどさ」
「お前はなんでサボったんだ?」
「もう少しで試験だからさ、帰って勉強するんだよね~」
「お前が、勉強!?」
「・・・なんだ、そのリアクションは」
「ごめん、少しショック」
「こう見えても俺、天才肌だからさ!」
「・・・そっか」
「学園の授業とかかったるいから、家で勉強するのであります」
「・・・がんばれ」
「サンキュー! 宗介も退学しなくていいように、がんばれよ」
「そうだな」
「バイビ~」


水嶋は去っていった。

・・・いや、そうだよな。

あいつと俺は違う。

俺は何やってんだろ。

なにか、一人だけ、取り残されたような空しさに襲われた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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俺はタバコを取り出した。

いつから吸わなくなったのだろう。

昔はカッコつけて、よく吸っていた。

吸うことで俺は自分の存在を大きく見せていた。

自分を大きく見せることに必死だった。

でも、あの日、俺はタバコをやめた。

あいつが、やめろと言ったから。

あいつが、本気で怒ってくれたから・・・。

なのに・・・。

タバコを一本取り出した。

・・・甘い匂いがした。

俺は、ちゃんと約束は守ってるんだぜ・・・。


・・・電話だ。


『もしもし・・・』
「・・・なに?」
『さっきは、ごめんね』
「・・・俺こそ、ごめん。 なんかイラついててさ」


幼馴染だった。


『具合はいいのか?』


どれだけ失望しても、はるかは俺の幼馴染だった。


『うん。 もう平気だよ』
「風邪引いてたのに、俺、感じ悪かったな。 すまん」


だから、見捨てられない。


『いいよ』
「うん・・・」
『あのね・・・私、宗介の気持ちは凄く分かった』
「うん」


だから、期待してしまう。


『でも、ごめん・・・』


期待はすぐに裏切られる。


『お父さんさ・・・変わったよね?』
「ああ」
『でも、しょうがないよ。 お母さんが死んじゃって、もうどうしていいかわかんないみたいなの』


・・・どうしていいかわかんないのは、お前だろう?


『きっと、居場所がないんだと思うの。 私しか、頼れる人いないから。 私、そんな人を裏切れないよ』


裏切るってなんだよ?

言いたいことも言えないような親子関係なんて、初めからなかったも同然じゃねえか。


『・・・おやすみ』


電話は、不意に打ち切られた。


・・・ごめん、か・・・。


謝るなってあれほど言っただろ。

俺はベッドに大の字になった。

はるか・・・。

俺・・・。

中途半端で、ダメで、クズ呼ばわりされてきた俺だけど・・・。

今回は、今回だけは・・・。

譲れねぇんだ。

譲っちゃダメなんだ・・・。

もう、後悔だけはしたくない・・・。

俺ははるかのことが・・・。

だから・・・。

あきらめたり、しないんだ・・・。

 

・・・。

 

 

光輪の町、ラベンダーの少女【3】

 

・・・。

 

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「みなさん、おはようございます」


いつにもまして教室に緊張が走る。


「テストは無事終了しましたが、今後も気を引き締めて勉強に力を入れてください。 卒業まであとわずかです。 悔いの残らない学園生活を送ってくださいね」

「はーい」

「元気がいいわね。 椿くん」

「今日は遅刻してないんで堂々としてていいっすよね?」

「そうね。 だけど、残念なお知らせがあるわ」

「なんすか?」

「このクラスでカンニングがあったことは知っていますね?」

「わー感じ悪い。 今の言い方」

「何か言いましたか? 水嶋くん」

「なんでもないっす! ただの独り言っす~」

「独り言は家に帰ってからにしてくださいね」

「あの・・・私たちの処分はどうなるんですか?」

「処分についてですが、あなたたち4人は追試を受けてもらうことになりました」

「追試・・・グハッ」

「良かった・・・停学じゃなくて。 ね、宗介!」

「・・・別に」

「別にって何よ」

「俺が辞めた方が色々と学園的にはいいんだろ?」

「・・・そうね」

「宗介。 そういう悲しいこと、言わないでよ」

「・・・はるか」

「追試、頑張ろう!」

「喜ぶのはまだ、早いわ。 そのテストで90点以上を取れなかったものは、即、退学という条件付きです」

「おいおい・・・」

「あのーぶっちゃけムリっす!」

「ググッ・・・」

「そのぐらいのペナルティーは当然です。 あなたたちはズルイ事をやったのですから」

「私も追試を受けるのか?」

「そうね。 桜木さんも追試を受けてもらうわ。 風邪で休んだ、あなたには悪いんだけど、同じ条件でやってもらえるかしら?」

「私も、90点以上取らなければ退学?」

「そう。 本当に申し訳ないんだけど」

「・・・どうやら、私にも学園を去って欲しいようだな」

「おい! ちょっと待てよ、桜木は風邪で休んだだけなのに、なんで俺らと同じ条件なんだよ」

「仕方ないでしょ。 風邪で休む方にだって問題があります」

「先生、それはあんまりです」

「鈴木さん、大丈夫だ。 その条件、のもう」

「テストの日程は明後日の授業終了後、行います」

「明後日って・・・」

「しっかり勉強して臨んでくださいね。 このクラスから誰も脱落者を出したくないですから」

「ダメです・・・」

「あと、これは皆さんに連絡です。 新山学園は本日より、野球部、サッカー部、水泳部、ならびに文化系の部活以外の活動を当面、中止とします」

「え~マジで!?」

「・・・部活なんか入ってねぇし、どーでもいいだろ」

「俺、実はサッカー部に入ってるんだよね」

「え? お前、部活入ってたの?」

「うん。 でもぜんぜん行ってない~!」

「幽霊部員ってやつか」

「二人とも静かにしなさい。 連絡事項は以上です」


栗林は教室を出た。

 

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「追試か・・・ヒカルちゃん、大丈夫?」

「90点か・・・なかなか無茶な担任だな」

「・・・退学になったっていいさ。 学園だけが全てじゃない」

「椿、何を弱気になってる」

「そういうわけじゃねーけど」

「退学と決まったわけじゃない。 点数と取ればいいだけのことだ」

「それが一番むずかしいよ~」

「退学・・・こわいです。 まるで地獄です」

「私にいい考えがあるわ。 誰も退学せずに済む方法」

「そんな都合のいい方法があるわけないだろ」

「私に付いてきて」


俺たちは、はるかに付いて教室を出た。


・・・。

 

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「私が、ですか?」

「そう、沢村さんしか頼める人、いないの」

「でも、私、まだ2年ですし、先輩達の問題が解けるかどうか」

「沢村さんなら大丈夫! はい、これが教科書と問題集。 追試の科目は外国語・国語・生物の3科目、テストは明後日。 合格ラインはオール90点以上。 それ以下なら私たちは退学」


はるかは次々と本を差し出していく。


「・・・退学ですか」

「そうなの。 酷い話でしょ」

「そんな条件、出してくるなんて栗林先生、何を考えてるんでしょうね」

「うん。 だけど、カンニングしちゃったから、私たちにも非があるし、これは試練とおもって、頑張ることにしたの」

「やる気あるのは、はるかだけだけどな・・・」

 

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「沢村さんはこの学園で一番頭がいいんだよ。 きっと大丈夫」

「そんなことないですよ」

 

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「俺はどっちでもいいんだけど、楽して点数が欲しいな~」

「リコは退学してしまったら、路頭に迷いますし、大家族のみなさんも悲しみます」


沢村は問題集をめくっている。


「どう? 解けそう?」

「・・・外国語はなんとかなりますね。 そんなに難しくないかも。 私、留学した時にある程度、喋れるようになりましたから」

「留学か・・・凄いな」

「え? みなさんは留学したことないんですか?」

「してないと思うぞ。 誰も」

「他の科目はどう?」

「生物に関しては基本的に暗記すればいいと思いますから、とにかく覚えてください」

「生物は大丈夫です!」

「生物だけ良い点数を取っても駄目なんだぞ」

「ありゃ」

 

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「で、どうするんだ?」

「宗介、水嶋くん、リコちゃん、ヒカルちゃんは、私と沢村さんで徹夜で教えます」

「えー! 徹夜はムリだって。 だったら退学でいいって」

「だめ! 退学だけは私がさせないから」

「じゃあ、放課後に図書室で勉強しますか」

「賛成。 じゃあみんな、放課後、集まってね」

「あのさ、俺、パスしてもいいかな?」

「どうしてよ」

「誰かと勉強なんて、ガラじゃねーからさ」

「・・・ガラじゃねーか。 宗介は一匹狼だからね」

「そんなんじゃねーよ」

「・・・待ってるから」

「気が向いたら参加するよ」


・・・・・・。

 

・・・。

 


俺は、少しだけ勉強に参加することにした。

ぶっちゃけ、退学なんてどうでもいい。

ただ、はるかがあまりにも必死だったから・・・。

少しくらいなら大丈夫だろ。

 

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「良かった! 来たんだね」

「椿先輩、頑張りましょうね」

「あ、ああ」

 

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「なんだぁ。 てっきり来ないかと思っちゃったよ~」

「・・・ちょっとだけな」

「はるかさん、沢村さん、リコにどしどし勉強を教えてください!」

「あれ? ヒカルちゃんが来てない」

「帰ったんでしょうか?」


・・・桜木、逃げたな。


「仕方ないか。 じゃあ、いるメンバーだけで勉強しよう」

「そうですね。 私は誰を教えましょうか?」

「宗介は私が教えるから、沢村さんはリコちゃんと水嶋くんをお願い!」

「分かりました」

「沢村さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。 分かりにくかったら言ってくださいね」

「宗介は私がしっかり教えてあげるから。 覚悟してね」

「はいはい」


・・・。


「では、この例文を訳してください」

「はい!」

「I am alive hard.」

「あたしはアライブハードです」

「・・・間違ってはいませんが、もう少し訳してもらえませんか?」

「あたしはアライブハードですか?」

「そうじゃなくて、アライブハードの訳をしてください」

「アライブなハードです」

「だから・・・訳してください」

「NO!」

「分からないっって事ですよね」

「沢村さん、質問いいですか?」

「なんですか?」

「この問題に出てくる、マイクは男ですか?」

「多分、男です」

「そうですか。 男ですか」

「それは問題に関係ないですよ」

「沢村さんは教え方が上手いです! って外国語でなんていいますか?」


「・・・リコちゃん、先に進めようよ」

「YES!」

「・・・鈴木先輩、私、教える自信が無くなりつつあります」

「頑張って、沢村さん。 そのうち慣れるから」

「・・・はい」

「宗介はどの教科が苦手」

「・・・全部」

「だよね~。 徹底的にやるしかないね」


「ちょっと、佐田先輩、寝ないでください!」

「は! 今、リコはドリームにインしてました。 リコ イズ ドリーム イン」

「あのですね、やる気ありますか?」

「YES」

 

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「はぁ・・・いい加減にしいや、自分」

「え?」

「なんでもボケればいいとおもっとるやろ?」

「そ、そんなことないです」


「沢村さん!?」

「え!? あれ? 私、何言ってるんだろ・・・すいません」

「・・・な、なんでやねん・・・」


「あのさぁ・・・」

「何?」

「俺、やっぱいいや」

「え?」

「せっかく教えてくれてるところわりーけどさ、一人で頑張ってみるよ」

「一人で出来るわけないでしょ」

「やれるだけやってみるよ。 んじゃ」

「・・・宗介」


俺は図書室を出た。


・・・・・・。

 

・・・。


やっぱダメだ。

俺が誰かと勉強なんて・・・だりぃよ。


校門をくぐり抜ける。

 

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「おい、どこに行くんだ」
「え?」
「図書室はあっちだぞ」
「あいにく俺は図書室が嫌いでね」
「私と同じだな。 図書室の静か過ぎる感じがどうも性にあわないんだ」
「お前も帰るの?」
「大人数で勉強っていうのも性にあわなくてな」
「奇遇だな。 俺もだよ」
「鈴木さんには悪いが、家で一人でやることにした」
「悪かったな。 俺のせいでお前も巻き添え食らっちまって」
「心配するな。 私はもともと頭は悪くない」
「体は大丈夫なのか?」
「キュウリを食べたおかげで、完全回復だ」
「キュウリのおかげじゃないと思うぞ」
「キュウリのおかげだ」
「・・・そうか。 あ、あのさ、この前沢村がいってただろ? お前が学園で噂になってるって」
「ああ、言ってたな」
「お前さぁ、前の学園でなにかやったのか?」
「・・・なにもない」
「前の学園でも剣術やってたんだろ?」
「もう辞めたって言っただろ?」
「まあそうなんだけどさ」
「私は普通だ。 普通の学園生だ」
「普通のやつはあんまり普通って事を強調しないんだけどな」


・・・。


桜木は無言で歩いている。


「なに? 気に障ることでも言ったか?」
「・・・別に」
「じゃあなんで無言なんだよ」
「私はもともとお喋りじゃないからな」


更に桜木は足を速める。

・・・何怒ってんだよ。

 

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「あの・・・」

「え?」

「この辺に新山学園っていうところがあるって聞いたんですけど」

「ああ、新山学園ならこの坂道を登った先だ」


桜木はどうやら道を訪ねたらしい。


「え? この坂道ですか? 傾斜角は45度未満っていったとこでしょうか?」

「それは知らないが」

「あなたは、その制服からして新山学園の生徒ですか?」

「ああそうだよ。 新山になんか用?」

「あ、そうなんですか。 良かった。 道を間違ってしまったのかと思いました。 どうも地図だけは苦手なんですよね、私」

「あんた、星雲学園の生徒だろ?」

「えーなんで分かったんですか? 私、星雲学園2年、桐生小梅と申します」

「だって俺、星雲に知り合い多いからさ。 その制服で、ピーンときたよ」


といってもこの前知り合った、暁セツナと七星樹だけだが。


「洞察力が鋭いんですね。 制服で分かったんでしょ?」

「まあね!」

「バカらしい。 誰が見たって分かるだろ。 星雲の制服は全国でも人気だからな」

「え? そうなの?」

「でも、私は新山学園の制服も可愛いと思います。 あなたは新山の制服じゃないみたいですね」

「・・・転入してきたばかりだからな」

「その制服・・・」

「なんだ?」

「どこかで見たような・・・」

「桐生小梅っていったっけ?」

「はい。 小梅って名前、おばあちゃんみたいで気に入ってないんですけどね」

「確かにな」

「私は先に行く。 じゃあな」

「なんだよ。 何怒ってんの? あー分かったぞ。 俺が他の女の子と仲良くしてるからヤキモチやいてんのか?」

「幸せなやつだな」

「ちょっと待てよ!」

「新山学園って剣術部ってあるんですよね?」

「え? なんで?」

「新山学園に物凄く強い人がいるって聞いたから」

「・・・・・・」

「え? それなんて奴?」

「都築さんっていうんですけど知ってます?」

「知らないな」

「おい、都築って・・・」


あの竹刀の持ち主。

セツナは桜木のことを都築って呼んでいたな・・・。


「知ってるんですか?」

「知らない」


俺は小梅の背中に竹刀があるのが分かった。


「あんた剣術やってるの?」

「はい。 星雲学園剣術部、期待のルーキーです」


星雲学園剣術部・・・。


「わざわざ来てもらって悪いんだが、新山には剣術部すら存在しない。 それどころか、運動部の活動停止命令までだされている有様だ」

「剣術部ないんですか? でも先輩が新山の剣術部の人に会ったって言ってたんだけどな」


先輩ってもしかしてあの二人か・・・。


「剣術部もないのにどうやって部員に会うんだ?」

「先輩に騙されたのかな。 でもあの人たちウソをついてなかったしなあ。 これも反応しなかったし」


そういうと小梅は変てこな機械を取り出した。


「なんだそれ?」

「これ、私が発明したウソ発見器、通称『ミヌク君8号』です」

 

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その機械は筒状でランプが4つ付いている。


「なにそれ、おもしろそう。 どうやんの?」

「あ、試してみます?」

「ああ」

「でも、ちょっとここじゃ危険かも」

「え? 爆発でもするのか?」

「爆発は滅多にしませんけど、煙はたまにでます」

「その機械、大丈夫か?」

「煙の出る確率は0.999999% 爆発する確率は30%です」

「三回に一回爆発してんじゃんかよ!」

「だから、8号なんです」

「要は7回も爆発してるってことだな」

「はい。 基本的にはカエルを使って実験してますから」

「酷いな・・・」

「でも大丈夫です。 今回は色々と改良を加えてますから。 先輩にも試したし」

「じゃあ、あっちに公園あるからそこで試してみるか」

「私は帰るぞ。 こんなところで道草くってるわけにはいかないからな」

「怖いんだ?」

「爆発ごとき私が怖いとおもうか?」

「そうじゃなくて、ウソがばれるのがさ。 おまえ、なにかと秘密が多いもんな」

「・・・秘密なんかない」

「じゃあ、行こうぜ」


俺は桜木を試してみたくなった。


・・・。

 

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「このくらいの広さがあれば爆発に耐えられますね」

「あのな、公園は耐えられても俺らは耐えられるんだろうな?」

「大丈夫です。 私の発明でまだ死人はでてませんから。 じゃあ、この中に手を入れてください」


俺は筒状の物に手を入れた。


「なんかヌルヌルするな」

「このランプはなんだ」


桜木は機械についてある4つのランプをさしていった。


「えっと、この青いランプがつけば、本当のことを言ってます。 それから、この赤いランプがついたらウソをついてるってことになります」

「青が本当で、赤がウソというわけか」

「なるほど。 じゃあ、この緑のランプは?」

「緑のランプがついたら、大気汚染が進んでる地域ということになります」

「ん?」

「緑を大切にしようということを、私たちに警告します」

「このランプいるか?」

「さあ?」

「じゃあ、こっちの黒いランプは?」

「このランプが光ると爆発します」

「じゃあ、これが光ったら、逃げないとな」

「でも、この黒いランプは爆発したあとに光るようにプログラムしてますので、実際に光った時にはこのランプ自体消滅してますね」

「じゃあ意味ねぇじゃん!」

「これも警告の意味があります。 爆発しないようにするために。 でもいまだかつてこのランプが光ったのを見た者はいません。 なぜなら、光る前に爆発してるから」

「だろうな」

「なので、この黒いランプは、別名、幻のランプといわれています」

「だから、そのランプいらねえんじゃないのか?」

「警告の意味があるんだろ」

「警告になってねぇよ」

「グダグダいってないで早くやったらどうだ? 帰って追試の勉強がしたいんだが」

「わかったよ」

「じゃあ、私が質問するので正直に答えてくださいね」

「おっけー。l なんか緊張するな」

「あなたの性別は?」

「俺は、男です」


機械が反応した。


「緑だ・・・」

「どういうことだよ」

「どうやら、この公園も大気汚染が進んでいるようですね」

「おい! 俺の答えはどうなったんだよ!」

「あ、青がついてますね」

「正解だな」

「じゃあ、次の質問。 あなたは将来に不安を感じている」

「なんでそんなダークな質問するかな。 不安なんか感じてねぇーよ」

「あ、赤のランプがついたぞ!」

「あなたは将来に不安を感じてるようですね」

「くだらねぇ・・・」

「あなたは大きな悩みを抱えている・・・」

「・・・大きな悩み? 抱えて・・・ねぇよ」


赤いランプがつく。

俺はミヌク君8号から手を抜いた。


「当たってるんじゃないか?」

「じゃあ、次、お前な」

「ああ、ここに手を突っ込めばいいのか?」

「奥までお願いします」


桜木はミヌク君8号に手を入れる。


「では質問します。 新山学園には剣術部はありますか?」

「剣術部なんてない」


青のランプが光る。


「いっただろ?」

「うーん、やっぱりないのか。 じゃあ、別の質問します」

「もういいだろ」

「あなたは、都築さんを知っていますか」

「そんなやつ、知らない」


赤のランプが光る。


「赤・・・知ってるんですね?」

「機械の故障じゃないか?」

「質問を続けます。 あなたは剣術をやっている」

「剣術? なぜそんなものを私がやらないといけないのだ?」


赤のランプが光る。


「あなた、やってるんですか!」

「完全に壊れてるな」


桜木はそういっているが、小梅の質問は全部当たっている。

桜木は剣術をやっていた。

俺は目の前でみたんだ。

桜木が20人もの不良を一瞬で倒すところを・・・。


「もういいか? 壊れてる玩具で遊んでも楽しくない」

「いいえ、故障なんてしてないし、むしろ絶好調って感じですよ。 煙だって出てないし、爆発する気配すらないんですから」

「おまえは、キュウリが好きだ!」

「もちろん、大好物だ」


青のランプが光る。


「おお凄い! めちゃくちゃ光ってる!」

「これは相当、好きだということになりますね」

「くだらん」


ピピピピピ


「あ、私です。 すいません」


小梅は携帯にでた。

 

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「あの機械すごいな」

「まあな」

「もしもし? いまどこですか? 坂道? なんだ右近先輩も坂道にいるんですか? 結局、私と同じ方向に来たんだ・・・」


どうやら先輩のようだ。


「あんなに、こっちですっていったのに! 私の『ミチスパート4号』を信じないからですよ」


どうやら道がわかる発明品もあるようだ。


「なあ?」

「なんだ?」

「質問していいか?」

「お前もしつこい男だな」

「桜木は・・・もう一度竹刀を握りたいと思っている」

「・・・ふざけるな。 握りたいわけないだろ」

「答えは?」

「・・・いいえ、だ」

「いま新山学園の生徒2名を発見しました。 ええ。 いまから来れますか? その辺に公園あるでしょ? いや、だから公園だって」


俺は機械をみる。


「あれ? 反応しない?」

「椿が変な質問するからだろ」

「おっかしいなぁ? ・・・ん?」


うっすらと煙が出ている。


「おい、これ?」

「わぁ! 煙だ! 桜木、手を抜け!」

「わぁ!」


桜木は慌てて手を抜く。


「だから公園だって! ん? わぁ! 煙! 離れてください! それ、爆発しちゃいます!」

「爆発!? 桜木、投げろ!」

「分かった!」


桜木はミヌク君8号を公園の隅に向かって投げた。


――!!!


ミヌクくんは木っ端微塵に吹き飛んだ。


「・・・あぶねぇ」


「・・・私の発明が」

「椿が変な質問をするからだ!」

「しらねぇよ!」

「・・・爆発しちゃいました」

「・・・私は帰るぞ」

「ちょっと待って下さいよ~」


俺たちは公園を出た。


・・・・・・。


・・・。

 

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「あ、小梅!」

「右近先輩! 遅いですよ~!」

「小梅、探したわよ。 あなた、私をまこうと思ってたんでしょ?」

「思ってませんよ。 この人、剣術部の先輩の右近シズルさんです」

「星雲学園剣術部、最強の女、右近シズルでございます」

「そして、こちらが新山学園の生徒さん2名です。 あ、名前聞いてなかった」

「椿宗介だ」

「椿宗介さん、あなたは?」

 

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「私は・・・」

「あなた・・・都築ヒカル!」

「え?」

「どういうことですか? この人が都築さん?」

「人違いじゃないか? 私は桜木ヒカルだ」

「小梅、ビンゴよ。 稽古抜け出してきたかい、大有りよ」

「この人がセツナ先輩がいってた、都築ヒカル・・・」

「・・・都築は死んだ。 もういない」

「ちょっとあなた何いってるの? 私の目の前にいるあなたは誰? 忘れないわ、あなたの小憎らしい顔」

「申し訳ないが、私はお前など知らない」

「嘘いうんじゃないわ。 この美しき私の顔を忘れる人なんていやしないわ」

「どこにでもありそうな顔だけどな」

「相変わらず、口が減らないわね。 私は特別よ」

「特別ねぇ。 普通が一番だぞ」

「うるさい。 都築ヒカル、ここで勝負しなさい」


右近シズルは背中に背負っていた、竹刀を構える。


「おいおい、勝負って、こんなところでかよ!?」

「ちょっと右近先輩! 勝手なことしたら怒られちゃいますよ」

「こんなとこでやりあったら、警察くんじゃねぇーの?」

「これは試合です。 喧嘩じゃないわ」

「棒振り回して、喧嘩よりタチが悪いぞ」

「小梅、あなた審判ね」

「・・・私に構うな」

「そうはいかないわ。 誰が最強かはっきりさせてあげる」

「もう私は竹刀は捨てたんだ。 もう二度とな」

「・・・なんですって?」


桜木はそそくさと帰って行った。


「ちょっと待ちなさいよ!」


俺は桜木の後を追った。

 

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「ちょっといいかしら?」

「な、なにかしら?」

「それは何?」

「竹刀よ。 それがどうしたの?」

「ここは通学路ですよ。 しまいなさい」

「す、すいません」

「どいてくださる? 都築が逃げてしまうわ」

「都築? ・・・桜木さんのことね」

「桜木?」

「そう。 彼女、今、桜木って名前なの」

「あなた、誰ですか?」

「誰でもいいでしょ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210427145820j:plain



「お前はどこまで付いてくるんだ?」

「さっきの右近ってやつは知り合いか?」

「・・・昔、あったような気がするが、忘れた」

「都築ってお前のことみたいだな」

「・・・・・・」

「桜木って色んな奴に狙われてるんだな? あいつも同じ道場のやつか?」

「もう、もう構わないでくれないか?」

「・・・すまん」

「お前だって、構われたくないことぐらいあるだろ」

「・・・そうだな」

「じゃあな」


俺は桜木と別れた。


・・・・・・。


・・・。

 

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俺は部屋に戻ると、メールをチェックする。

・・・マコトからか。


『どうも! マコトだよ~。 最近ね、魔法少女ミルティchanってアニメが流行ってるの知ってる~? 毎週必ず録画してるんだ~。 宗介くんもそういう番組ってあるのかな~? あったら教えて欲しいな~。 あとね、飼っていたインコが窓から逃げちゃいました。 もし見つけたらメールで教えてね。 ではでは、返信待ってまーす! あなたのマコトより~』


マコトもミルティchanにハマってるのか・・・。

インコねぇ・・・。

俺はメールを打つ。


『今日は、先日カンニングをしてしまった罰として、追試を受けることになりました。 その為に、クラスメイトと図書室で・・・』


・・・違うな。


『その為に、一人で勉強に励むことにしました。 これから、徹夜で勉強します。 あと、インコ見つけたらメールするね~。 おやすみ』


メールを送信する。

勉強か・・・。

俺も今回の件で退学かもしれないな・・・。

教科書を開くが、眠気しかしない。

いかん、ネットでもやるか。

パソコンをつけインターネットに接続する。

検索ワード・・・。

俺は不意に『桜木ヒカル』と入力する。

ヒット件数1334件。

適当にクリックする。

桜木ヒカル・・・。

超巨乳グラビアアイドル・・・桜木ヒカルちゃん、衝撃の大胆ヌード・・・。

同姓同名の別人だな。

今度は、『都築ヒカル』と入力してみた。

ヒット件数113件か・・・。

俺は一番上のサイトをクリックしてみる。

これ・・・桜木か?

桜木の顔写真の載った記事が表示された。

間違いない・・・。

俺は記事に目を通す。

『全国女子剣術大会、5連覇、都築ヒカル 前人未到の偉業を成し遂げた、天才剣術少女! 他を寄せ付けない圧倒的な勝利・・・』


やっぱり桜木ってすげー有名だったんだな。

桜木=都築・・・か。

なんで名前まで変えてるんだろ。

・・・俺は紙とペンを取り出しメモした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「おはようございます学園長」
「おはよう。 栗林君」
「先日のちょっとした騒ぎはご存知でしょうか?」
「騒ぎ? ああ、そういえばもうすぐ祭りがはじまるらしいな」
「祭りですか?」
「私はいつもあの祭りには参加しているんだが、君も参加するかね?」
「私は遠慮します」
「そうか。 じゃあ、祭りのあとの踊りには参加するかね?」
「踊りですか?」
「なんだね、ヘロヘロ踊りを知らないのか?」
「どんな踊りでしょうか?」
「どんな踊りってヘロヘロするに決まってるだろ。 ヘロヘロ踊りというくらいなんだから」
「そうですか。 その踊りにも参加いたしません」
「君、浴衣など着ると似合うと思うんだがね」
「騒ぎはご存知でしょうか?」
「君はつれないねぇ。 眉間にしわを寄せすぎると体に良くないよ。 もっと私みたいに堂々としていなきゃ、小物のまま終わってしまうよ」
「時間があまりないもので」
「この前、話したタイムマシーンのことはおぼえているかい?」
「ネットオークションで落札されたという」
「先日、妻が勝手に使ったみたいなんだよ」
「奥様が?」
「欲しかったブレスレットを買うためにタイムスリップしたそうだ」
「どういうことでしょう?」
「どうやら三日前に売れてしまったといわれたみたいで、それ以前にさかのぼり、購入してきたようだ」
「面白いお話ですね」
「作り話ではないよ。 タイムマシーン・・・。 いい買い物をしたよ」
「そうですか」
「信じていないようだね。 だったら君自身で試してみるか? 8年前あたりに戻ってみたらどうだい?」
「戻って清算してこい? そうおっしゃるのですか?」
「そんなことは言っていないよ。 騒ぎの話だったね。 聞かせてもらえないか?」
「はい。 先日、学園の近くの公園で新山学園の生徒が他校の生徒と揉め事を起こしたようです」
「ほう。 元気なことだね」
「竹刀を持ち出し、路上で、剣術の試合を始めようとしました」
「他校というのはどこかね」
「私立星雲学園です」
「星雲学園。 あの三流学園か。 で、揉め事を起こした不良は誰だ? 椿宗介か?」
「いいえ。 桜木ヒカルです」
「桜木ヒカルか。 お転婆な子だね」
「揉めた相手は、星雲学園剣術部、右近シズル」
「右近シズル・・・。 ほう、なかなかの好敵手じゃないか。 で、桜木君にケガはないのかね?」
「ありません。 桜木ヒカルは逃走しました」
「逃走・・・彼女らしくないね。 転入早々、不良を一掃した彼女にしては」
「どうなさいますか? 彼女は追試を控えています。 退学させることは容易ですが」
「そうだねぇ。 私は野蛮なスポーツは嫌いなんだよ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「宗介、ちゃんと追試の勉強したの?」
「も、もちろんだよ」
「ほんとに? 宗介が一人で勉強できるとは思えないんだけどなぁ」
「まぁ、なるようになるだろ」


俺は、はるかから逃げるように中庭に行った。


・・・。



正直、追試なんてどうでもいい。

昨日書いたメモを取り出した。


『全国女子剣術大会、5連覇、都築ヒカル』


なんだか無性にタバコが吸いたい気分になった。

俺はポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。

 

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「タバコはだめです!」
「あ、リコ」
「タバコは百害あって一利なしです」
「難しい言葉、知ってるんだな。 心配すんな。 これはダミーだ」
「ダミー?」
「そう。 ほらよく見てみろ」

一本取り出して、リコに渡した。


「これは・・・いい匂いがします」
「だろ? それ、中身チョコレートだから」
「おお! まさにです」
「食っていいぞ」


リコは不思議そうにタバコ型チョコを口に頬張った。


「あ、甘い。 この甘さは、アメンボと同じくらいです」
「アメンボ? アメンボって甘いのか?」
「はい。 アメンボは甘い匂いがします。 I am alive hard.」
「どうした急に」
「外国語の勉強です。 だいぶ喋れるようになりました。 これも沢村アキナさんのおかげです」
「そうか。 沢村に追試の家庭教師してもらってるんだっけか」
「はい。 沢村さんもリコの友達になってくれました。 これで5人目」
「そこに、俺を含めるなよ。 まあ、友達増えたのはいいけどさ」
「だから、学園を辞めたりしたくないです」
「そうか」
「だから追試頑張らないと」
「・・・・・・」
「宗介くんも頑張りましょう。 為せば成るです」
「為せば成るか・・・あ、さっきの外国語、あれなんて意味なんだ?」
「I am alive hard. ・・・私は一生懸命に生きています」
「・・・誰もが一生懸命になんか・・・生きられねぇよ・・・教室に戻るか」
「はい」


・・・。

 

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「あら、椿宗介、奇遇ね」
「げ、面倒くさいヤツが来た」
「あなた今暇?」
「暇じゃねーよ」
「そう、暇なの?」
「おまえ、人の話を聞いてるか?」
「ポスター、ちゃんと桜木ヒカルに渡してくれた?」
「ああ。 しっかりとな」
「彼女喜んでいたかしら?」
「ああ。 レイカ様と一緒にポスターに写れるなんて夢のようだって、泣いて喜んでたぞ」
「当然ね。 正しい反応だわ」
「感無量だってさ」
「かんむりょう? よくわからない言葉だけど、無料って言葉はあまり好きじゃないわ」
「あっそう」

 

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「三田、例のものを」

「かしこまりました」

「三田さん、いたんだ」

「ああ。 私はレイカ様のそばにいつもいる」

「まさか、授業中はいないよな?」

「どうだろうね」


・・・こいつと同じクラスじゃなくて良かった。


「この前は手荒なまねをしてすまなかったね」

「別にいいっすけど」

「そのお詫びと言ってはなんだが、レイカ様からプレゼントがある」

「プレゼント?」

「受け取りなさい。 ヘンリー・ピーターソンのCDよ。 これを聴いて心を豊かにすることね」

「ああ、この前いってたジャズのCDか」

「受け取りなさい」

「どうも。 で、いつ返せばいい?」

「返す? なにを言ってるの? 支給するのよ。 返さなくていいわ」

「支給・・・」

「ポスターを届けるという任務を無事にこなしたご褒美よ」


よし、速攻で中古のCD屋に売りに行くか。


「三田、これからの予定は?」

「はい。 17時よりピアノのお稽古、19時よりファッションショーの打ち合わせ、15分休憩した後、22時よりお父様との食事です」

「ああ。 多忙」

「いちいち俺に予定を報告しなくていいから」

「あー暇になりたい。 それじゃ、椿宗介、さらばよ」

「あ、椿くん・・・」

「なんですか?」

「あまり派手なことは、やめておきなさい」

「え?」

「ただでさえ目立つ存在なんだから」

「俺はなにもしてないっすよ」

「個人的な忠告だと思ってくれ」


イカと三田さんは去っていった。

 

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「あ、椿先輩」
「今度は沢村か」
「先輩、追試の勉強大丈夫ですか?」
「あ、悪いな」
「それはいいんですけど、鈴木先輩と、佐田先輩しか参加してないから心配で」
「水嶋は?」
「水嶋先輩は、もっと楽な方法があるとかいって参加してません」
「楽な方法ねぇ・・・」
「先輩は大丈夫ですか?」
「心配するな。 俺はなんとかするよ」
「でも、90点なんてそんなに簡単にとれないし」
「そうだ! 替え玉ってどうだ?」
「替え玉ですか?」
「そう。 お前が男装して俺のかわりに追試を受ける」
「先輩、本気で言ってます?」
「・・・冗談だよ。 沢村はもう少しお笑い番組とか観たほうがいいな」
「お笑いですか。 苦手かな。 だって芸人? っていうんですか? あの人たちふざけた事ばかりするでしょ?」
「ふざけるのが仕事なんだけどな」
「私が先輩の代わりにテストを受けてあげれたらいいけど、無理な話ですよね」
「俺が学園辞めるのそんなに寂しいの?」
「はい」
「意外と素直だな」
「あ、先輩、あんまり目立つ行動はやめてくださいね」
「なんで?」
「本当に辞めなきゃいけなくなったら、私、悲しいですから」
「・・・ありがとな」


沢村は良く出来た後輩だ。


「先輩は先生たちがいうみたいに、悪い人だと思わないし」
「・・・俺は最低最悪の不良だよ」
「不良は自分のこと不良なんていわないですよ」
「かもな」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「先日も話しましたが、運動部は例外の部を除いて活動中止になっています。 ですが、放課後にこそこそと部活動を続けている生徒がいます。 女子バレーボール部、数名です。 立ちなさい」


クラスのバレー部の女子がパラパラと立つ。


「学園の規則が守れないのですか?」

「あの、私たち夏の大会で引退なんです。 それなのに急に活動中止って言われても・・・」

「それがどうしたの?」

「私たち今まで大会に向けて一生懸命やってきたんです」

「一生懸命? そんなことは問題ではありません。 学園の会議で決まったことです」

「でも、急に理由もなく辞めろと言われても、諦めがつきません」

「諦めがつかないのなら、バレーボールが出来る学園に編入することをお勧めします」

「そんな・・・」

「いいですか? 私立新山学園は名門校としてのプライドと誇りを失ってはならないのです。 勉学に励むことがこの学園のモットーであり、部活は二の次です」

「でも、野球部や水泳部、サッカー部はどうして活動停止にならないんですか?」

「野球部は昨年、地区大会準優勝、水泳部は自由形で全国記録保持者が在籍、サッカー部はプロリーグから数名に声がかかっています。 バレー部の成績はどうだったかしら?」

「地区大会2回戦、敗退です」

「もう、言わなくてもわかりますね。 座りなさい」


バレー部員は力なく席に座った。


「バレー部だけではありません。 隠れて部活動を続ける生徒は厳しい処分がまっています。 ルールは守るためにあるんですからね」

 

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「あの、栗林先生いいですか?」

「なんですか? 鈴木さん」

「私は、部活には所属してませんが今回のやり方は、状況説明もないまま、一方的に押し切っていると思います」

「あなたは部活に所属していないんですから関係ないことでしょ?」

「私はたまに、バレー部の助っ人を頼まれてやることがあるから知ってるけど、バレー部のみんなは必死に練習してるんです」

「それで?」

「それなのにこんなやり方、大人がすることじゃないと思います」

「はるか・・・」

「そうだそうだ! 強引だよこんなやり方」


水嶋が援護した。


「水嶋くん、サッカー部には行ってるの?」

「行ってません!」

「話にならないわ」

「成績が良ければ続けられるんですか?」

「そうね。 学園にとって有益ならば。 だったら鈴木さんがバレー部に入部していい成績をとるっていうの? あなたが入部すれば、地区大会くらいまでいけるんじゃない?」

「私は・・・」

「お店、忙しいんでしょ?」

「・・・・・・」

「はるか、もういいよ。 ありがとう」

 

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「くだらんな」

「なんですか、桜木さん」

「部活などくだらない。 やってどうするんだ? その先になにかあるのか?」

「ヒカルちゃん・・・」

「ただの自己満足にすぎない」

「桜木さんの言う通りよ。 成績を出せない部は、ただのお遊びにすぎないわ」

「部活など、ろくなことはない」

「いいですか。 規則を守って秩序ある学園生活を送りましょう。 それから、明日、追試を受けるものは放課後、第三視聴覚教室にて行いますので遅刻しないように。 以上。 ホームルームを終わります」


栗林は教室を出て行った。


・・・。

 

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「ヒカルちゃん・・・」
「別に私は、鈴木さんをその、否定したつもりじゃない。 自分の思ったことを言っただけだ」
「うん・・・」
「鈴木さん、すまない。 私は少なくともそう思うんだ」
「あの、鈴木さん、じゃなくて、はるかでいいよ」
「そういうことを強制的に決められるのは、あまり好きじゃないんだ。 すまない」
「ヒカルちゃん、すまない、ばっかりだね」


桜木は無言で教室を出た。


「どうしちゃったんだろ・・・ヒカルちゃん」

 

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「でも、はるかちゃんのいう通りだよ。 栗林のやつ酷いよな。 俺、幽霊部員だけど、はるかちゃんの気持ち分かるもん。 なぁ宗介」

「ん? ああ・・・」

 

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「部活はくだらないですか?」

「・・・そんなことないよ。 みんな一生懸命にやってるんだし」

「I am alive hard. ですね」

「なんか空気重くない? みんなカリカリしちゃって~。 もーシリアスとか一番嫌いだよ。 あ、昨日俺が考えた、すげーネタを披露してやるよ。 そしたら空気変わるよ」

「あ、それはまた今度で」

「今日のヒカルちゃん、絶対変だよ」

「実はさ・・・」

「なに?」

「桜木って前の学園で、剣術やってたんだよ」


俺はつい、口が滑ってしまった。


「剣術?」

「ああ。 それで、昨日、ちょっとインターネットで調べたんだけど、実は凄い実力でさ」

「どういうこと?」


俺はメモを取り出して、はるかに渡した。


「全国女子剣術大会、5連覇!? 前人未到の偉業を成し遂げた、天才剣術少女! 他を寄せ付けない圧倒的な勝利・・・って」

「おい、それ本当かよ!?」

「ほんとうだ。 ネットには桜木の顔写真も載ってた」

「す、すごいです」

「5連覇って、凄すぎ・・・」

「今はやってないみたいなんだけどさ」

「そんなに強いのにどうしてやってないの?」

「それは分かんねぇーけどさ」

「うちって、剣術部ないもんね」


「・・・おしゃべりな奴だな」

「桜木!? 帰ったんじゃなかったの!?」

「忘れ物を取りに戻っただけだ」

「そ、そっか」

「剣術のことは言わない約束だったはずだ」

「いや、その・・・」

「人は信じるものではないな」

「ヒカルちゃん、5連覇ってほんとなの?」

「・・・昔のことだ」

「凄い!」

「凄くなどない!」

「凄いよ! 全国で5連覇だよ! そんなの普通の人には絶対できないよ!」

「・・・普通?」

「私、ちょっとテンション上がっちゃった! おかしいと思ったんだよ。 ヒカルちゃんって普通の子とちょっと雰囲気違うな~って思ってたんだけど、そういう事だったんだね」

「おい、はるか!」

「ヒカルちゃん、もう剣術やらないの?」

「やらない」

「え? どうして? 強いんでしょ? だったらやった方がいいよ! 私、ヒカルちゃんが試合してるところ観てみたい!」

 

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「・・・ふざけるな」

「え? どうしたの?」

「・・・・・・」


桜木は教室を出た。


「ヒカルちゃん?」

「桜木さん、なんだか怒ってました・・・」

「私、変なこと言ったかな?」

「そういうんじゃないんだけどさ、あいつ、もう剣術はやりたくないみたいでさ」

「そうなの?」

「良く分かんないけど、色々あったみたいなんだ」

「そうなんだ・・・もしかして、私、悪いこと言っちゃったかな?」

「わかんね。 俺も桜木に口止めされてたのに、喋っちゃったしな」

「・・・謝った方がいいかな」

「そうだな」

「ヒカルちゃんの家、知ってる?」

「知ってるよ」

「じゃあ、謝りに行こう」

「その方がいいかもな」


俺とはるかは桜木のアパートに向かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「ヒカルちゃん、怒ってるかな」
「多分な。 あ、お前、店は?」
「そうだった・・・ちょっと電話するね」
「ああ」


はるかは携帯から八百屋に電話する。


「もしもし、お父さん? 私。 今日、ちょっと帰りが遅くなるから・・・ごめんね。 お店、なんとかなりそう? そっか。 うん。 辛かったら無理しなくていいから。 じゃあね」
「大丈夫か?」
「うん」
「桜木の家は2階なんだ」
「行こう」
「あ、この階段気をつけろよ」
「わぁ! 古い・・・」


俺たちは桜木の部屋の前まで来た。


「インターホンないんだね」
「ありそうに見えるか?」
「ノックするね」


コンコン・・・


「誰だ」

「鈴木です。 鈴木はるかです」

「鈴木さんか」


桜木はドアを開けた。

 

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「俺もいるぞ」

「椿・・・何の用だ」

「さっきはごめんなさい。 怒らせたみたいで」

「気にしなくていい」

「私、ヒカルちゃんが剣術が凄いって聞いて嬉しくなっちゃって、つい」

「嬉しい? なぜ私が強いと鈴木さんが嬉しいんだ?」

「嬉しいよ。 だって友達だもん」

「友達・・・」

「もう、剣術はやらないの?」

「やらない。 剣術などくだらない」

「そうかなぁ? 強いってカッコいいと思うけどなぁ」

「カッコいいか・・・」

「はるかたちにお前のこと話して悪かったな」

「口の軽い男は嫌いだ」

「・・・すまん」

「用が済んだなら帰ってくれ」

「うん・・・」

「なぁ? なんでそんなに剣術を嫌うんだ?」

「・・・話したら、帰ってくれるのか?」

「何か嫌なことでもあったの?」

「・・・そうだな」

「あ、分かった! 剣術のせいで腕が太くなったとか!」

「・・・違う」

「じゃあ足が太くなったんだ」

「別に太くなってはいない」

「じゃあ、どうしたの?」


桜木はため息をついた。


「しつこいぞ」


うんざりしたように言った。

嫌悪感がひしひしと伝わってくる。


「いい加減しつこいから、一つだけ教えておいてやる」


息を呑んだ。


「私は、剣術が原因で、いま一人で暮らしているんだ」

「だから、なにがあったんだよ」


空気を読まない俺だった。


「もう、帰れ。 これ以上つきまとうなら、国家権力を呼ぶぞ」

「・・・なんだよ、それ」

「宗介、行こう・・・」


桜木は、一方的に会話を打ち切ってドアを締めた。

ドアの向こうから、なんの音も伝わってこない。

気配すら殺して、俺たちを拒絶していた。

 

「ヒカルちゃん、本気だね・・・」

「ああ・・・」


お互い無言になって、桜木の部屋をあとにした。


・・・・・・。


・・・。

 


商店街には、もう夜が訪れていた。

 

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「店、閉まってるな」
「お父さん、大丈夫だったかな」
「大変だな・・・お前も」
「そんなことないよ。 このお店は、お母さんが残してくれたものだから」
「そうだな」
「でもね、たまに潰れちゃえばいいのにって思うこともあるんだよ」
「冗談でもそういうこというなよ」
「分かってるよ。 もしうちが八百屋じゃなかったら、もっと好きなことできるのになぁって」
「好きなこと?」
「うん。 学校帰りに喫茶店とかでおしゃべりしたり、みんなでアイスクリーム食べて昨日見たドラマの話したり、そういう些細なことができるかなって」
「些細なことか」
「ねぇ、ヒカルちゃん、大丈夫かな?」
「あいつ、かなり思いつめてるよな」
「私、ヒカルちゃんは剣術やったほうがいいと思うんだ」
「どうして?」
「好きなことはやったほうがいいよ。 出来るだけで幸せなことなんだから」
「でもなあ・・・」
「私ね、ほら忙しいじゃない? だからせめてヒカルちゃんには好きなことやって欲しいんだよね。 せっかく才能があるんだし、もったいないよ」
「才能か」
「ヒカルちゃんのために、私に出来ることないかな」
「はるかに出来ること?」
「そう。 ヒカルちゃんがもう一回、剣術をやりたくなるようにしてあげたいんだ」
「なんで他人のことなのに、そういう風に思えるんだ?」
「他人じゃないよ。 友達だもん」

「友達?」

「友達が幸せになったら、一緒に涙流して喜べる人間に私はなりたいんだ」


目を輝かせて言った。

 

「一緒にか・・・」
「ヒカルちゃんが、もし剣術始めて優勝したら、多分、嬉しくて泣いちゃうと思うから」
「はるか」
「なに?」
「おまえは世界で一番いいやつだな」
「なによそれ」
「まあ、俺の知ってる世界は相当、狭いんだけどさ」


俺は、少しうつむいた。


「あ、そうだ! これ、使って!」


はるかは俺にノートを渡した。


「これなんだ?」
「はるか流、追試必勝ノート」
「おお!」
「追試に出ると思う問題と答えをノートに書いておいたから、それを明日の朝までに必死で暗記すること」
「暗記か」
「時間がないから、内容までは考えなくていいよ。 とにかく覚える。 覚えるのみ」
「・・・わかったよ。 やってみる」
「退学とか、いやだよ」
「・・・ありがとな」
「感謝してよね。 出来のいい幼馴染に!」
「ありがとう。 俺、徹夜で暗記してみるよ」
「うん」


俺は家に入った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

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俺は遅い夕食をすませ、机にむかった。

はるか流、追試必勝ノートねぇ。

ペラペラとめくる。

結構、量あるな。


「宗介? いるのね?」

「なんだよ」


母さんが部屋のドアごしに話しかけてきた。


「あら? あんたまさか勉強してるの?」
「わりぃーかよ」
「アイスコーヒーもってきたんだけど、このグラス、ちょっと落としてもいい?」
「どーいうことだよ」
「いや、衝撃を出すために」
「くだらねぇーよ。 邪魔するな」
「まさか、我が息子が勉強をするなんて奇跡だわ」
「なあ、母さん。 俺の父さんってどんな人だった?」
「どうしたの? 急に?」
「いや、小さかったからあんまり記憶がなくってさ」
「今でいうところのイケメンって感じね」
「ふーん」
「珍しいわね。 宗介がお父さんのこときくなんて」
「まわりのやつの親父にろくなやつがいないからさ、俺の親父はどうだったんだろって思ってさ」
「お父さんは芯の強い人だったわ」
「いい親父だった?」
「子供思いの、優しい父親よ」
「・・・子供思いか」
「でもね、どんなにろくでもない親でも、子供のことを考えてない親はいないと思うわよ」
「そうかな」
「親っていうのは、そういうものよ。 コーヒーここに置いとくね。 じゃ、勉強頑張って」


母さんは部屋を出ていった。

子供のことを考えてない親はいない・・・そうでもないよな。


俺はノートの暗記を始めた。


う、さっそく眠い・・・。


だめだ・・・眠い。


コーヒーを飲む。


ゴク、ゴク・・・。


カフェイン効果、俺にこい!


ゴク、ゴク・・・。


ダメだ。


眠い・・・。


とりあえず、ノートを見つめ、ページをめくった。


ん?


ノートの端に女の子の絵が書いてある。

よくみると女の子からフキダシが出ていた。


「がんばれ、そーすけ!! 睡魔は敵だ!!」


女の子の隣に『睡魔』とかかれたモンスターが槍をもっていた。

・・・はるかのやつ落書きしてんじゃねーよ。

俺は、眠い目をこすり、ノートの暗記をはじめた。


がんばれ、俺。


負けるな、俺。


夜は徐々に、更けていく。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


授業が終わり追試場所である、第三視聴覚教室に集まった。

 

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「いよいよ追試だね」
「やるだけのことはやった。 これでダメだったとしても悔いはねーよ」
「秘伝の書は役立ちましたかな?」
「ばっちりだよ・・・絵は余計だったけどな」

 

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「秘伝の書ってなに?」

「なんでもねぇーよ。 それより水嶋、ちゃんと勉強したか?」

「ふふふ。 俺、本当は天才だからさ」

「やけに自信ありげだな」

「とっておきの秘策を考え付いたのだよ」

「おまえってさ、頭がいいのか悪いのか分からない時あるよな」

「能ある鷹は、爪を隠すってな」

 

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「タカさんの爪は必要以上に鋭いです。 そして、リコは爪が必要以上に短いです。 そして、緊張します」

「大丈夫だよ。 リコちゃんならきっとできる」

「沢村さんに教えてもらったことを存分に生かします」

「ヒカルちゃんはなんとかなりそう?」

 

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「・・・・・・」

「ヒカルちゃん?」

「あ、ああ。 私はもともと頭は悪くない」


桜木のやつ、ボーっとしてるな。


「じゃあ、みなさん、気合入れていきますか!」


・・・。

 

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「間もなく始まりますよ。 席について」


栗林が教室に入ってくる。


「あのぉ、席は?」

「席に名前が書いてあるわ。 自分の名前を探して着席しなさい」

「名前・・・これか。 ここには、水嶋って書いてあるぞ」

「そこが俺の席か~。 って一番前・・・」

「私に一番近い席よ」

「わぁ、うれしいなぁ・・・」

「リコはここです。 窓際、鳥さんがいっぱいみれます」

「佐田さん? バードウォッチングではないですからね」

「はい」

「宗介、席あった?」

「・・・一番後ろだ」

「私はここか」


それぞれ名前の書かれた通りに、着席する。

広い教室に、計算されたようにバラバラに座らされた。


「外国語、国語、生物、3教科をまとめたテストを行ないます。 合計点数は100点、時間は50分です。 ここまでで質問のある人はいる?」


みんな、黙っている。

栗林は一人一人にテスト用紙を配りながら、続けた。


「合格ラインは90点。 もしそれ以下の場合は退学となります。 もちろん問題は標準的なものを用意したわ。 わざと難しい問題を用意することもできたけど、せめてもの情けよ」

「わかったから、さっさとやろーぜ。 覚えたこと忘れちゃうからさ」

「またカンニングする人はいないと思うけど、もし見付けた場合は即刻退学ですから、気をつけるように」


・・・これだけ離れててどうやってカンニングするんだよ。


「あ、鳥さんだぁ」

「それでは、始め!」


ざっと問題をみる。

見たことのある問題がたくさんあった。

昨日、はるかのノートに書いてあったやつだ。

すげぇ・・・。

・・・分かる!

俺は忘れる前に暗記した答えを、急いで記入していく。

ふと、周りの様子を見た。

はるかは冷静に問題を解いているようだ。

桜木は黙々とペンを走らせている。

この二人は大丈夫か。

リコはどうだろう。

・・・問題も解かずに、窓の外の鳥を眺めている。

リコのやつ、やる気あんのかな。

水嶋はペンをカチカチやっている。

なにやってんだ、あいつ。

俺はテストに戻った。


・・・。

 

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(鳥さん、リコ、この問題、分からない。 ・・・そっかぁ~。 この外国語は、こう訳せばいいのか、鳥さん、ありがとう。 じゃあ、この字はなんて読むの? ・・・『蠶』で、かいこって読むの? 鳥さんすごいです!)


「さっきから、鳥がうるさいわね」


栗林は窓を閉めた。


「あ!」

「佐田さん、なんですか?」

「なんでもないです」


・・・。

 

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(ふふふ。 このペンすげーな。 小遣い全部使い果たしてネットオークションで落札したかい、大有りだよ)


水嶋はまたペンをカチカチしている。


・・・。


栗林はゆっくりと教室の後ろから俺たちを監視する。


・・・隙がないな。


・・・ん?


虫が飛んできて、リコの肩にとまった。


(てんとう虫さん、この問題、○と×どっちですか?)


虫はリコの肩から離れ、テスト用紙にとまった。


(なるほど。 ×ですね。 ありがとうです)

 

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(みんな、ちゃんとできてるかなぁ)

 

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(・・・このくらいの問題なら、なんとかなりそうだな)

 

そうこうしているうちに、時計は回る。

 

・・・。


「そこまで! ペンを置きなさい」


俺はペンを置いた。


「テスト用紙を回収します。 結果は、明後日に伝えます。 結果が楽しみね」


栗林は出て行った。

緊張の糸が解けた。


・・・。

 

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「ふ~テストどうだった?」

「うん。 私は大丈夫」

「私も問題ない」

「リコもできました。 鳥さんと虫さんのおかげです」


リコは手のひらにのってる、てんとう虫をみた。


「それ、せこいよな。 ・・・水嶋は?」

「じゃーん。 このペンのおかげでばっちり!」

「なんだそれは」


水嶋は自慢げにペンを振りかざした。

 

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「名付けて、ヌスミミペン2号」

「盗み見?」

「このペンの先に、センサーがついてるんだ」

「センサー?」

「そう。 で、このペンで問題をなぞると、そのセンサーが問題を感知して、この液晶に答えを写してくれるんだ」

「ペンにあるこれは、液晶か?」

「実際、やってみる? はるかちゃん問題持ってる?」

「うん。 さっきのだけど」

「例えばこの問題とか。 すべての細胞は1個の核を含んでいる。 この文章は正解か誤りか」


水嶋は問題をペンでなぞった。

液晶には『誤りです』と表示される。


「凄い! 正解! こんな便利な道具どこで買ったの?」

「ネットオークションでゲットしたんだよね」

「ネットオークション?」

「そう。 マジでいい買い物したよ」

「なあ、このランプはなんだ?」

「あ、ほんとだ。 黒いランプがある」

「ん? 説明書には書いてなかったけど」

「おい、桜木? このランプどっかで見たことないか?」

「・・・あるな」

「え? これ知ってるの? 有名?」

 

――ッッ


ペンから音がして、黒いランプが点灯した。


「おい、黒いランプがついてるぞ」

「みんな、水嶋から離れろ!」

「え? なになに」

「鈴木さん、リコ、離れるぞ」

「どういうこと!?」

「離れるです!」

 

俺たちは水嶋から離れる。


「なんだよ。 どーしたの?」


――!!


「わぁ!」


ペンは小さく爆発した。

 

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「なんだよこれー!」

「おーい! 無事か?」

「無事じゃねーよ。 ゲホ、ゲホ」


「なんで爆発したの?」

「前に似たような機械を見たことがあってな、それも爆発した」

「爆発、怖いです」

「ゲホ、ゲホ・・・なんでこうなるかな」

「そんな機械に頼るからだよ。 自業自得だな」


・・・でも水嶋ってこう見えて、意外に頭よかったはずだよな。

 

・・・。

 

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「水嶋? 具合はどうだ?」

「最悪~。 見てよここ火傷しちゃってんじゃん」

「そんくらいですんで良かったな」

「ほんとだよ。 これが顔だったら終わってたよ」

「なんで?」

「こんなカッコいい顔に傷でもついたら、お婿にいけなくなるだろ」

「リコはお嫁にいきたいです」

「あ、そう。 いけばいいんじゃない?」

 

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「はるか、時間、平気なのか?」

「うん。 平気」

「そろそろ、八百屋のピークだろ?」

「今日はいいんだ。 私、みんなに話したいことがあって」

「話したいことですか?」

「うん。 もう学園生活も今年1年でしょ? みんなで何かやりたいと思って」

「・・・何するんだよ」

「剣術部を作りたいと思って!」

「・・・剣術部?」

「そう。 それも女子剣術部」

「いきなり何言い出すんだよ」

「昨日、考えたんだよね」


はるかは桜木を見た。

 

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「・・・・・・」

「・・・素人がいきなり始めるには敷居が高すぎるだろ」

 

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「たしかにねぇ~。 汗臭いし、女の子はやりたがらなそうだよね」

「それに、部活は禁止だと栗林先生が言っていました」

「全国で活躍できる部なら続けてもいいはずだよ」

「全国で優勝なんて無理でしょ」

「それが、無理じゃないんだよね。 ね、ヒカルちゃん」

「・・・どういう意味だ?」

「ヒカルちゃん、作ってみない?」

「断る」

「もったいないよ。 ヒカルちゃんなら出来るって」

「どういうことですか?」

「・・・やろうよ。 ヒカルちゃん。 部にするには顧問の先生と、最低5人の部員が集まればいいんだって!」

「・・・私は、帰る」


桜木は教室を出た。


「桜木、怒って帰っちゃったぞ」

「・・・ヒカルちゃんには好きなことやって欲しいんだ。 私、諦めないから」

「なぁ、もう店に帰ったほうがいいんじゃないか?」

「実は、昨日、お父さんと喧嘩しちゃった」

「マジで?」

「うん。 だから今日はボイコットって感じかな」

「親父さん、困ってんじゃないか?」

「・・・たまには困ればいいのよ」

「帰ったほうがいいです。 お父さん心配してます」

「はるか、戻れよ」

「・・・いいって」

「電話、鳴ってます」


はるかは、電源を切った。


「明日、剣術部のチラシ作ってくるね。 かわいいイラスト付きで女の子が入りたくなるように工夫してみる」

「おい、はるか」

「リコちゃん!」

「なんですか?」

「剣術に興味はある?」

「剣術ですか・・・?」

「そう。 やってみない?」

「興味があるかなしかでいったら、なしです」

「だろうな」

「やってみようよ。 部にするには5人必要だから」

「・・・剣術は、人を棒で叩きます。 リコは叩くのは嫌です」

「叩くけど、それはスポーツだから」

「しかも、リコは多分、弱いので、逆にめっためたに叩かれると思います。 怖いです」

「叩かれても、そんなに痛くないとは思うけどな。 防具つけてるし」

「痛いのはムリです! さようなら」


リコは走り去っていった。


「おい! リコ!」

「行っちゃった」

「そりゃそうだよな。 リコが出来るわけないよな」

「部、作りたいな」

「どうしたんだよ」

「・・・部が出来たら、ヒカルちゃんはもう一回、剣術やるでしょ? 私、見てみたいんだ。 ヒカルちゃんが戦うところ」

「だけどさ」

「まだ、諦めたわけじゃないから。 宗介も手伝ってくれない?」

「・・・俺は、できねぇよ」

「ちょっとだけでいいからさ」

「・・・・・・」

「さっきの電話いいの?」

「・・・そうだね。 やっぱり店に戻るね。 バイバイ」


はるかは教室を出た。


「ねぇ? なんで、はるかちゃんはヒカルちゃんに剣術やらせたいの?」

「桜木ってさ、むちゃくちゃ強いんだよ」


水嶋は、一度うなずき、それからすぐにちょっと怪訝そうな顔をした。

俺は取り繕うように言った。


「でも、色々あって、今は竹刀が握れないんだ」

「そうなんだ」

「だから、部を作れば、桜木がもう一回、竹刀を握ると踏んだんだろ。 安直だよな」

「はるかちゃんらしいね」

「自分のことより、人のことだもんな。 はるかは・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

剣術部か・・・。

まさかそうくるとは思わなかった・・・。

俺はひとり公園のベンチに座っていた。

野良犬か。


ん?

 

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「犬さん、牛乳です」


よく見ると、リコが犬に牛乳を与えている。


「犬さん、どっからきたですか? え? 北国ですか? わざわざ遠くからご苦労様です。 これはなんですか?」


犬は咥えていた花をリコに渡している。


「リコにくれるですか? この綺麗な花はなんていう名前ですか? ラベンダー? いい匂いです」


犬は牛乳をペロペロと美味しそうに飲んでいる。


「犬さんは、一人でここまで来ましたか? リコはいつも一人です。 今日は一緒にご飯食べますか?」


リコはカバンからパンを取り出した。


「誰かと食べるパンは、一人のパンよりおいしいです」


リコはパンを食べはじめる。

俺はリコに近づいた。


「よぉ。 こんなところで何やってんだ?」
「あ、宗介くん」
「公園で晩飯か?」


俺を見て、リコは逃げようとした。


「待てって」
「リコは剣術はしませんよ」


リコは少しおびえている。


「俺にもなんかくれよ」
「あ、はい。 何がいいですか?」
「なにがあんの?」
「プリンと柿と栄養ドリンクと、おふがあります」
「ふ?」
「はい。 味噌汁に入れるとおいしいです」
「ふを単体でもってるヤツなんているんだ」
「はい。 ふです」
「じゃあ、プリン貰おうかな」
「どうぞ」
「これは美味そうだ。 あ、でもスプーンがないな」
「スプーンあります」
「お前、なんでもカバンに入れてるんだな」
「はい。 リコのカバンは魔法の袋です」
「そっか」
「どうですか? おいしいですか?」
「ああ。 うまい。 俺、実はプリン嫌いだったんだけど、これは美味いよ」
「このプリンは特別です」
「特別?」
「はい。 じっくりと寝かせたプリンです」
「寝かせたって・・・」


俺はプリンのラベルを見る。


「げ、賞味期限3日も過ぎてんじゃん!」
「大丈夫です。 犬さんは喜んで食べます」
「ぺっぺっ。 おえっおえっ」


俺はプリンを吐き出した。


「もったいないです」


ワンッ


犬は俺の吐き出したプリンを美味しそうに食べている。


「犬さんは好き嫌いなくて偉いですね」
「好き嫌いとかの問題じゃねぇーよ」
「犬さん、今日はみんなで食事で楽しいですよ」


ワンッ


「いま、なんて言ったんだ?」
「食事はみんなでした方が楽しいって」
「リコは、いつも一人で飯食ってんのか?」
「・・・そんなことないですよ」
「大家族と食わねえのか?」
「今日はたまたま、お父さんもお母さんも仕事で帰ってくるのが遅いから、お弁当を買ってきて、一人で食べます」
「兄弟や、じいちゃん、ばあちゃんは?」
「そ、その、旅行に行ったんです」
「リコだけおいて旅行?」
「宗介くんは、誰とご飯を食べますか?」
「俺は母親とかな」
「一人では食べないですか?」
「うちの母親、よく喋るから、いつもは一人で食ってるよ。 一緒に食ってるとうるさくてしょうがなくてさ」
「・・・うらやましいです」
「おまえだって普段はみんなで食ってるんだろ?」
「・・・もちろんです。 今日はたまたまです」
「親が帰ってくんの待ってから食えばいいじゃん」
「そうですね。 でも今日は遅いから・・・」
「そういえば、前も公園で会ったな」
「はて?」
「まぁいいや。 さっきのはるかが言ってた話なんだけどさ、剣術部ってどう思う?」
「剣術のこと、リコ、あまり詳しくないですけど、叩いたり、叩かれたりはいやです」
「だよな」
「・・・リコは多分できないです」
「俺、ここで桜木と会ったんだ」
「ここでですか?」
「そう。 俺、桜木に助けてもらったんだよ。 あいつスゲー強くてさ。 不良を竹刀でやっつけてくれたんだ」
「ヒカルさん、剣術強いですか?」


リコは俺に確認を求めるように言った。


「強いよ。 でも、本人に言っちゃダメだぞ? 約束してるから」
「ヒカルさんは剣術が好きですか?」
「好きだと思うぞ。 だから、はるかは桜木に剣術をやらせたくて部を作るなんて言い出したんだと思うんだ」
「そうですか・・・でも、リコは力になれません」


ワンッ


「そうか。 やっぱり、剣術は無理だよな・・・」
「はい」


ワンッ


「犬さん、どうしたですか?」


犬が何かの気配を感じたように吠え始めた。

強い風が吹く。


「なんだ?」


風が竜巻のように立ち昇る。


「うぁ、目に砂が入ります!」
「リコ、目をつぶれ!」


風は次第におさまっていく。


「ムニュー!」


俺は目に入った砂をとりながら、視界を取り戻す。


「お前・・・誰だ?」


変な物体が目の前に現れた。

 

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「サシミ!」

「・・・刺身?」


星雲学園の制服?


「アタシ、サシミ!」

「刺身? お前、そんな名前なの?」


「ムニュー!」

「お前、どっから来たんだよ」

「カゼ、キタ」

「どーなってんだ?」

 

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「宗介くんの友達ですか?」

「友達じゃねぇーよ」

「ムニュー、ポケット、ポケット」


サシミはポケットから携帯電話を取り出した。


「ケータイ! ケータイ!」

「はて?」

「・・・その携帯!」

「ケータイ! ケータイ!」

「どうしたんですか?」

「俺の携帯じゃん!」

「ピコピコ・・・ソースケケータイ!」

「返せよ!」

「ホイ!」


サシミは携帯を俺に投げつけた。


「わぁ!」


俺は慌ててキャッチする。


「おまえなぁ、人の携帯を投げるな」

「ギーニュウ」


サシミはポケットからまた何かを取り出した。


「あ、牛乳です」

「ムニュー」

「なんで牛乳持ってんだよ」


俺はリコの手元にある牛乳を見た。


「リコの持ってるやつを盗んだわけじゃないんだな」

「ヌスミ、カッコワルイ」

「さっき盗んだだろ? 俺の携帯」

「ゾンジナイ」

「あたしはリコです。 あなたはサシミさんですか?」

「ムニュ?」

「友達になりますか?」

「ム、ム、ム」

「え?」

「リコ、こいつはうまく喋れないみたいだ」

「はあ」

「イヌ、ギーニュウ、スキか?」

「はい、大好きです」

「あげるです」

 

サシミはコップを取り出し、それに牛乳を注ぎ犬に与えはじめた。


ワンッ


犬はリコの元を離れ、サシミの牛乳の方へ寄っていく。


「あ、待って犬さん!」


犬はリコの言葉を無視する。


「イヌ、ノム」


犬はサシミの牛乳を飲んでいる。


「くふ・・・」

「イヌ、ノム、タイリョウニ」

「犬さん、リコの牛乳の方が美味しいです。 熟成してます」

「牛乳も賞味期限切れてるのかよ・・・」


「犬さん、戻ってくるです」

「サシミ、ギュウニュウ、イチバン」

「あーあ。 完全にサシミになついちゃった」

「犬さん・・・」


ワンッ


「なんていったんだ?」

「リコの牛乳はちょっと臭いけど、サシミの牛乳は新鮮といってます」

「犬は正直だな」

「負けた・・・」


リコは愕然としている。


「リコ、クヤシイ、サシミ、ウレシイ。 ソースケ、フメイ」


ワンッ


「なんて?」

「サシミの牛乳は、コーヒーの味がして、すごく美味しいって」

「あ、ほんとだ。 色が茶色だもんな」

「完敗です・・・」

「ムニュー!」


サシミはリコに近づいてくる。


「なんですか?」

「サシミ、リコ、キライ」

「え?」

「ムニュー」


二人は対峙する。


「ムニュー!」

「ムムム!」

「モモモ!!」

「ムムムーソ!!」

「モモモーロ!!!!」

「ピポレポットパパポッピ」

ノロルピロヘロポペパット」


「なんだこれ」


「ムニュー!!」


サシミは犬を抱えた。


「あ、犬さん!」

「ムムムムムム、ムニュー!!!」


サシミは高速回転をはじめる。

また風が大きく巻き上がった。


「グフッ!!」


次の瞬間、サシミの姿が無くなる。


「あ、消えた」
「あたしの犬さんが・・・」
「あれ、お前の犬じゃないだろ」
「ノラ犬です」
「連れて行かれちゃったな」


リコは落ち込んでいる。


「あいつ、一体、何者だ? もしかして宇宙人だったりして」
「宇宙人? なに星人ですか?」
「それはしらねぇ」


リコはショックで立ち上がれそうにない。


「なぁ、もう遅いし、帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あ、はい・・・でも」
「暗いし、家まで送ってやるよ」


・・・なに言ってんだ俺。


「・・・うちのマンションは、あっちです」
「・・・じゃあ行こうぜ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「家はどっちだ?」
「あっちです・・・いや、こっちです。 あっちこっちです」
「どっちだよ」


「あ、椿」


「桜木」

 

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「こんばんは」

「二人揃ってなにしてるんだ?」

「デートだよ」


俺は適当に答えた。


「デート? リコ、本気か?」

「ち、違います」

「椿、リコを不良にでもするつもりか?」

「ちげぇーよ。 そんなことよりお前なにやってんだ?」

「買い物ついでの、ランニングだ」

「あ、リコ、こいつもちょうど一人で飯食ってんだぜ」

「え? ヒカルさんも一人ですか?」

「ああ」

「あの・・・ヒカルさんの家にお邪魔してはいけませんか?」

「え?」

「行ってみたいです」

「構わないが・・・」

「嬉しいです!」


リコのお腹が鳴る。


「はふっ。 パンじゃ足りません」

「来るのはいいが、ろくなものはふるまえないぞ。 それでいいなら」


リコは桜木の家に行くのか・・・。


「じゃあ、俺は帰るよ」

「・・・椿も家にこい」

「いいよ」

「・・・お前に話があるんだ」

「・・・・・・」

「少しだけだから」

「みんなでヒカルさんの家にゴーです」

「・・・わかったよ」

「じゃあ、走るぞ」

「え?」

「ランニング中と言っただろう? ついて来い」


桜木は走り出す。


「おい、ちょっと待てよ。 行くぞ、リコ」

「あ、はい」


俺たちは桜木を追いかけた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

桜木はどんどんスピードをあげる。


「おい、リコ、大丈夫か?」

「はい、もう、ダメです・・・」

「バカ、頑張れ」

「はい、頑張れません」

「仕様がねぇな~」


俺はしぶしぶ、リコをおぶる。


「はっ」

「しっかり捕まってろよ」

「はい」


桜木のやつ・・・。


・・・。

 

「ゼェゼェゼェ・・・やっと着いた・・・」

 

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「遅かったじゃないか」

「お前なぁ・・・」

「宗介くん、ありがとうです」

 

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「なんだリコ、椿におぶってもらったのか?」

「はい」

「せっかく足があるのにもったいないな」

「でも運動は苦手です」

「リコが速く走れるわけないだろ」

「なぁ、リコ、お前の好きな動物のシカは、走るのが速いか?」

「シカさんは時速50kmで走ります」

「生まれたばかりの子鹿は母親から離れ、必死で立とうとする。 子鹿だって、母ジカに遅れまいと必死で走るぞ」

「はい」

「椿、やるじゃないか。 人ひとり背負って出せるスピードじゃないぞ」

「うっせーよ」

「ここがヒカルさんの家ですか?」

「ああ。 古くて悪いな」

「人が住んでるとは思えません」

「住んでてすまんな」

「リコの家はもっと近代的です。 20階建てで、分譲です」

「新しいんだな」

「20階って景色がいいんだろうな」

「はい。 タワーが見えます。 あ、このキノコ、食べれますか?」

「それは毒キノコだ。 食べるなよ」

「はい」


リコはキノコを取ろうとする。


「取るなって!」

「ウサギさんにあげます」

「お前、ウサギを殺す気か?」

「階段、気をつけろよ」

「ふ、古い・・・」

 

慎重に階段を上る。


・・・。

 

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「汚いところだが、適当に座ってくれ」

「は、狭い。 そして、古い」

「すまんな」


俺は躊躇しながら桜木の部屋に上がる。


「あ、あれ、ポスターじゃん」


桜木はレイカと映ったポスターを部屋の壁に貼っていた。


「し、しまった」


桜木は慌ててポスターを剥がす。


「そのままでいいのに」

「ち、違う。 これは、たまたまであって、その・・・」

「なに照れてんの?」

「かわいくなどない」

 

桜木はポスターを丸めて捨て屑籠へ投げ入れた。


「なんで捨てたんですか」

「あーあ。 もったいない。 せっかくいい顔してたのにな」

「今、食事を作るから待ってろ」

「お手洗いはどこですか?」

「そこの手前の扉だ」

「借ります」


リコはトイレに行った。

桜木は袋から食材を出し、冷蔵庫に入れている。

・・・へぇー、女の子らしいところもあるんだな。


「椿は嫌いなものあるか?」

「・・・メシはいいよ。 お腹いっぱいだからさ」

「そうか」

「なぁ、桜木、話ってなんだ?」

「鈴木さんのことなんだが」

「はるかのこと?」

「剣術はもうやらないと言ったはずだ」

「分かってるよ」

「それなのに鈴木さんはなぜ剣術部を作ろうなどと言うんだ」

「それは・・・」

「正直、困るんだ。 ああいうことをされると」

「分かるけどさ」

「鈴木さんのことは嫌いじゃない。 でも、ああいうことはやめて欲しいんだ」

「でもな・・・」

「お前から、鈴木さんに言ってくれないか?」

「なんて?」

「剣術部など作ろうとするな、私を巻き込むなと・・・」

「俺に言われてもなぁ」

「幼馴染なんだろ? 頼む、鈴木さんをどうにかしてくれ」

「・・・考えとくよ」


・・・。


「夕飯できたぞ」


桜木はちゃぶ台に料理を運んだ。

飾り気のない料理だが、いい匂いがした。


「うまそうだな」

「見た目は悪いが、味は確かだ」

「・・・でも、この大量のキュウリはどうにかなんねーのかよ」

「それは、はずせないな」


リコがトイレから出てくる。


「あのトイレはなんですか?」

「え?」

「うちのトイレと違います。 すごく低いところに便器がありました」

「ああ。 古いからな」

「ふ、古い・・・」

「すまんな」

「トイレの話はいいよ。 リコ、メシ、食えよ」


リコは桜木の作った料理に手をつけた。


「まずく、ないよな?」


リコはご飯を頬張りながら、うんうんと頷いている。


「よかった」

「う、うっ、うっ・・・」

「リコ、口に合わなかったか?」

「うっ、う、ぐすん、ぐすん」

「どうした?」

「そんなに不味かったか?」

「違います。 ぐすん」

「おまえ、泣いてるのか?」

「目から、汁が出ます」

「なんで泣いてるんだ?」

「ぐすん。 なんだか、とても美味しくて泣けてきます」

「だからって泣くことないだろ」

「これは、なんですか?」

「それは、キュウリだ」

「このキュウリ美味しいです。 こっちはなんですか?」

「それも、キュウリだ」

「はっ! これもですか? 美味しい」

「このハンバーグみたいなのも、もしかして・・・」

「キュウリだ」

「マジで!?」

「キュウリをふり潰し、固形状に丸めてフライパンで焼き、特性キュウリソースをかけたものだ」

「ソースもキュウリかよ。 すげーな」

「どのキュウリも美味しいです。 ぐすん」

「だから、泣くなって」

「みんなで食べるご飯は美味しいです。 ぐすん」


リコは泣いている。


「みんなで食べるご飯か。 懐かしいな」

「リコ、いつもみんなでメシ食ってんだろ?」

「あ、・・・はい」

「そんなに珍しくないだろ」

「あの、・・・今日、泊まってもいいですか?」

「別に構わないが」

「家の人が心配するじゃないか?」


「えっと、今日は大丈夫です」

「じゃあ、俺は帰るよ」

「椿は泊まらないのか?」

「その冗談、面白くないぞ」

「・・・あ、鈴木さんの件、頼んだぞ」

「・・・あいつ、一度、言い出したら聞かないくらい頑固だからな」


俺は桜木の家を出た。

 

・・・・。

 

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少し、長居しすぎたかな・・・。


――!


俺はその音にビクッとした。


・・・マコトか。


『ボンジュール! マコトだよ~。 宗介くん、元気? マコトはちょっとヘコミ気味なの。 どうしてかっていうとね、飼っていたインコが、まだ見つからないの。 もし発見したら連絡してね! よろしく~。 さてさて宗介くんは今日、なにか変った事とかあったかな?』


変った事か・・・。


『マコトへ 今日は、追試でした。 なんとか自力で勉強したんで、これで退学になっても悔いはないよ。 それから、サシミという変なヤツにあったんだ。 竜巻の中から現れて、消えた。 あれは夢だったのかな。 他には・・・』


リコと公園であったこと、桜木の家に行ったこと・・・。


俺はメールをためらった。


『他には、特に変わったことはないよ。 追試が終わったら、すぐに家に帰って、母親が準備していたハンバーグを食べて、適当にテレビを観て、これから寝るところ。 明日も学園だから、もう寝るよ。 インコ、見つかるといいね。 おやすみ・・・』


俺は携帯を閉じた。

 

・・・。

 

 

光輪の町、ラベンダーの少女【2】

 

・・・。

 

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「宗介! 起きなさい! 遅刻するわよ!」

「ん?」

「いつまで寝てるのよ。 これ以上遅刻したら大変なことになるって、はるかちゃん言ってたわよ」

「あ、朝か」


窓から差し込んでくる光がまぶしい。


「卒業できなくなるなんて、お母さん、そういうの嫌だからね!」
「今日は、はるか迎えに来なかったの?」
「はるかちゃんなら、野菜の仕入れがあるとかで自転車で朝早く出ちゃったわよ」
「・・・仕入れか。 はるか、体もつのかよ。 あ、そういや今日はテストだったな」


俺は時計をみた。

8時30分か。

ホームルームにはまだ間に合うな。

ふと部屋の片隅の竹刀を見た。

また悪夢にうなされるのはごめんだ。

桜木に返すか。

竹刀を背中に掛け、すっからかんのカバンを持つ。

部屋の前に母さんが立っていた。


「学園に竹刀持っていくの?」
「ああ」
「あんた、剣術でも始めたの?」
「ちげーよ。 知り合いに借りてたから今日、学園で返すんだよ」
「なんだ残念。 てっきり剣術はじめたのかと思っちゃったじゃない。 毎日ダラダラ生活してないで、なにか熱くなれるものでも見つけたらいいのに」

「だりーよ」

「お母さんが若い頃なんて毎日ディスコで踊りまくってたわ。 あの頃は今よりもっと美人で凄くモテたのよね」
「はいはい。 その話は何回も聞いたから」
「ああ青春だったわ。 今でも思い出すわ」
「いってきまーす」


話しだすと止まらない母さんの話を無視して家を出た。

最後まで聞いてたら遅刻はおろか、明日になってしまう。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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公園に差し掛かり、ふと足をとめた。

数日前、ここで出会った少女のことを思い出した。

・・・桜木ヒカル。

あの光景が脳裏から離れないでいた。

・・・。

どうせテストなんて受けたって、たいして点数取れないからな。

今日は体の調子が悪いってことにして、公園で昼寝でもするか・・・。

ペンキ塗りたてにだけは注意しないとな。

・・・ん?

ベンチに先客がいることに気付いた。

見覚えのない制服を着ている少女が座っている。

なにか本を読んでいるようだ。

 

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・・・何の本を読んでんだろ。


「なあ、俺も座っていいか?」
「どうぞ」
「どうも。 もしかして、おまえもサボりか?」
「サボり? いいえ」
「俺もお前もこんな時間にここにいるってことは少なからず同士だな」
「ここの公園には、よく来るの?」
「たまにな。 見ない顔だな」
「そうね。 私は初めて来たんだもの」


俺はその少女の顔をよくみた。


「私の顔、何かついてる?」
「いや、そうじゃなくて、どこの学園生? 俺はこの先にある新山学園なんだけど、その制服、うちのじゃないだろ」
「・・・星雲学園よ」
「星雲学園? すげぇじゃん」


私立星雲学園。

文武両道の精神をモットーとした、この地区でも指折りの名門校だ。

もちろん新山学園も名門といえば名門なのだが、星雲学園には及ばない。

学力はもちろんのこと、運動に関しても、どうにも一歩及ばないのだ。

去年の夏も野球部はこの星雲学園に決勝で敗れ、全国大会を逃していたりする。


「星雲の生徒もこんなとこで授業さぼったりするんだな。 わかった! おまえ落ちこぼれだろ!」
「落ちこぼれ? そうね」
「俺も落ちこぼれなんだよ。 落ちこぼれ同士、仲良くしようぜ。 俺、椿宗介」
「・・・セツナ。 暁セツナ」
「セツナか。 珍しい名前だな」
「あなたの名前、椿宗介、いい名前ね」
「だろ? 名前負けしてないところがまた凄いだろ」
「そうね。 凄いわね」
「おいおい、冗談だって」
「そうね。 冗談なのね」
「なんかおまえ面白いな」


本から目を離さず俺と会話するセツナはどこかクールな魅力があった。


「さっきからなに読んでるんだ?」
「小説よ」
「ああ、それは分かってるよ。 俺、落ちこぼれだけど、こればBOOKってことぐらいはわかるぜ」
「そうね。 これがPENには見えないものね・・・」
「おもしろいの?」
「おもしろいわ」
「俺も今日は学園に行く気にはなれねぇから、読書でもしようかな」


カバンから漫画雑誌をだした。

俺はカバンの中は教科書より漫画の割合の方がはるかに高い。


「それはなに?」
「今日発売の新刊! でも日曜の夜には売ってんだぜ」
「それは、おもしろいの?」
「セツナは読んだことないのか?」
「読んだことないわ」
「なんで読まないんだ? こんなに面白れぇのに」


俺は漫画雑誌を開いた。


「読む必要がないもの。 だって全ての物語はこの本によって語りつくされているから」
「まじで? その本書いたヤツすげえな。 尊敬するわ」
「今、読書しているから、あまり話しかけないで」
「てかさ、大丈夫なのか? こんなところでサボってて。 星雲学園ってめちゃくちゃ厳しいってきいたぞ」
「サボってないわ。 読書してるの。 あなたはいいの? こんなところにいて」
「今日、テストなんだけどさ、どーせやっても大した点数とれないしな。 俺もあんたと一緒に読書タイムにするよ」
「私は学園には行かなくていいの」
「でも星雲なんだろ? え? それってもしかしてコスプレ?」
「登校するのは午後からよ。 授業は免除されてるから」
「よくわかんねぇーけど、行かなくても卒業できるなんて羨ましすぎる」
「そうね」
「なあ、その本のタイトルなんていうんだ?」
「タイニー・アンドロニックス」
「え?」
「大昔に書かれた素晴らしい作品よ」
「それってギャグとかある?」
「ギャグはないわ。 だって悲劇だもの」
「朝からよくそんな暗いもん読めるな、やっぱり朝は漫画でしょ! テンション上がるし」


セツナは本をカバンにしまい、ベンチを立った。

 

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「どーした?」
「公園は静かだと思ったんだけど、違ったみたいね」
「もしかして、俺、うるさかった?」
「あなたのせいじゃないわ。 ただ、私がうるさいと感じただけ」


そういうとセツナは、縦長い布袋を背中に掛けた。


「それってもしかして・・・」


俺は見覚えのある布袋をみていった。


「・・・これは竹刀よ」
「剣術やってるのか?」
「そうね。 やってるわ」


俺は自分の持っている竹刀をセツナの前で構えてみせた。


「それ」
「ほら!」


俺はセツナに桜木から預かっていた竹刀を見せた。


「どう?」
「あなた、剣術部なの?」
「え? ああ、うん」


俺はとっさにウソをついた。


「新山学園に剣術部なんてあった?」
「さ、最近できたんだよね。 まだ新しいから大して実力もないけどな」
「そう」
「星雲学園って剣術強いの?」
「強いかどうかは分からないわ」
「まあ、お互い頑張ろうぜ!」
「ねえ、素振りしてみせて」
「え? ここで?」
「公園だし、十分な広さでしょ」
「・・・ああ」


俺は竹刀を構えた。

セツナは俺をじっとみている。

・・・なんだよ。

そんなに真剣にみるなよ。


「はやく、素振りをみせて」
「まあ、そんなに焦るなって」


俺は竹刀を天高く掲げ、おもいっきりスイングをした。


――ッッ


「どう?」
「そうね」
「いやぁ今度の大会でいいとこまでいっちゃうかもなぁ」
「それは野球でってこと?」
「へ?」
「もの凄くいい素振りだったわ。 ただし、剣術ではなく野球として」


・・・げ、しまった。

つい癖でバッティングセンターでやるみたいに振っちまったよ。


「あなた、剣術やったことないでしょ?」
「やったことあるよ」


俺はウソをつき通した。


「じゃあもう少し稽古したほうがいいかもね」
「へぇ~偉そうにいうんだな。 じゃあセツナは相当の達人だったりして」
「その竹刀、あなたのじゃないでしょ?」
「え? なんでわかったの?」
「竹刀をみれば、どんな人間が使っていたかくらい分かるわ」
「そんなもんなんだ」
「この竹刀・・・随分と使いこまれているわね。 それでいて、致命的な痛みは一つもない」
「ボロボロにみえるけどな」
「これを使っていた人は、とても繊細で、かつ大胆な攻撃を得意とし、芯のぶれない冷静さを持ち合わせた人物」
「それさ、友達にもらったんだよね」
「友達。 名前は?」
「え? 桜木っていうんだけど、そいつがさぁ、これまたすげー強いやつでさ・・・あ、ごめん、何でもない」


・・・言わないって、桜木との約束だったな。


「桜木? ・・・その竹刀、もう少し見せてもらっていい?」


セツナは俺の手から竹刀をとった。


「これ・・・都築・・・」


竹刀には『都築』と彫られているようだ。


「ん? どうした?」
「椿くん、あなたこの都築って人間を知ってるの?」
「都築? 知らないけど」


セツナの表情は冷静さを保っているが、どこか様子がおかしい。


「なに? この竹刀の持ち主がどうかしたの?」

 

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「タイニー・アソドロニックス。 彼はその人生をかけて、自分の娘の的に復讐を誓う」
「え? なになに?」
「タイニー・アンドロニックスは悲しい復讐の物語よ。 もしも椿くんが、この竹刀の持ち主にあったら伝えて欲しいの。 私はあなたを逃さないって」
「・・・うん。 多分、会うことないと思うけど」
「そろそろ行くわ。 私、うるさいところは苦手なの。 それじゃあ」
「まあ難しい本もいいけどさ、たまには漫画も読んだ方がいいぜ」
「じゃあ、それ貸してもらえない?」
「漫画?」
「そう」
「まだ読んでねえけど、やるよ」
「面白いのよね?」
「ああ」
「楽しみね」


「セツナ~!」


公園に誰かが走ってきた。

 

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「ああ、樹」
「ああ、樹じゃないわよ! もう何やってるのこんなところで!」
「読書よ。 樹、また裸足」
「あのねぇ! 今日はミーティングだっていったでしょ!」
「うるさい人は苦手」
「あんたが個人行動ばっかりとるからでしょーが!」
「そうね」
「もう、みんな待ってるんだからいくわよ! あ、あれ? 誰~?」
「今、知り合ったの」
「なに!? ちょっとイケメンじゃない! あんた男に興味なさそうにみえて案外やるわね! この抜け駆け女!」
「意味が分からないわ」

 

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「あの~。 はじめまして、星雲学園3年B組、七星樹でーす!」

「ああ、俺、椿宗介」

「椿さんっていうんですかぁ~? やばい、カッコいい名前!」

「どうも」

「ちょっと! あたしありかも。 ビビってきた」


セツナとは対照的に、なんか元気な子だ。


「今度、遊びません? あたし、超暇なんです!」

「あ、俺、そういうの無理なんだよね」

「・・・あ、ほんとだ! これは失礼!」

「暇なわけないでしょ。 これから夏まで稽古付け」

「はぁ~そうなんだよねぇ~。 考えただけでうんざり。 あたしたち、悪魔と契約したのよね~。 汗臭い女なんてもうやだ~」

「あんたも剣術部?」

「そうでーす! 星雲学園剣術部エース、七星樹でーす!」

「エース?」

「ミーティングは何時?」

「いや、もう始まってるっつーの」

「そう。 じゃあ急がないと」

「だから、最初っからそー言ってるから」

「樹、あなたまた裸足」

「だって、こっちのほうが超楽じゃん」

「ケガしないようにね。 道にはガラスの破片とかあるから」

「大丈夫、大丈夫! あたし鍛えてるから。 それに裸足の方がスピードでるんだよね~!」


確かに樹はものすごいスピードで公園に入ってきたな。


「あれぇ~? それなーんだ?」

「あ、これ、竹刀だけど」

「えっ!? 宗ちゃんも剣術やってるの?」


宗ちゃんって・・・。


「新山学園の剣術部」

「新山学園? え~? あの学園って剣術部あったんだ~? 超以外~」

「最近できたみたいよ」

「へぇ~。 宗ちゃんは強いの?」

「いや、はじめたばっかだからさ」

「ふ~ん。 だったらまたどこかで会うかもねぇ! 頑張ってねぇ。 セツナ行くよ」

「あの竹刀、都築のものらしいの」

「・・・都築? それってほんと?」


樹の顔色がかわった。


「名前が、書いてあったわ」

「・・・へぇ~。 都築ねぇ~。 あたしもう忘れちゃった。 誰だっけそれ」

「椿くん、漫画、ありがとう」

「なぁ? 星雲学園って剣術強いのか?」

「あ~そういう質問しちゃうんだ~。 強いよ、あたし」

「凄い自信だな」

「・・・でもセツナはもっと強いよ」

「樹、余計なこといわないで」

「だってあたし正直ものですから~。 強いものは強い!」

「私、先に行くから」


セツナは樹を置いて歩きだした。


「ちょっと待ってよ~! なに怒ってんのよ~! 無愛想だから怒ってるのか分かりにくいっつーの!」


樹はセツナの後を追いかけていく。


「あ、宗ちゃん、またねー!」


二人は公園から出ていった。


暁セツナ。


不思議な雰囲気の子だな。

どこか寂しげな目。

桜木に感じた時と別の何かを俺は感じた。

俺は竹刀をみた。

都築? ・・・誰なんだろう。

とりあえず学園にいって、桜木に聞いてみるか・・・。

俺は学園に向かった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「おはよう。 宗介くん」
「お、おはよう」
「テスト一つ、終わっちゃったよ。 どーすんのよ!」
「今から取り戻す」

 

「宗介にそれは無理な話だな」

「やってみないと、分からないだろ」

 

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「宗介くん、はるかさん、水嶋くん、おはようございます」

「リコおはよう。 おまえ、テストどうだった?」

「生物は得意だったので、なんとか出来たと思います」

「そっか。 一時間目は、生物か」

「はるかさん、キリンは昔、首が今みたいに長くなかったのをご存知でしたか?」

「え? そうなの?」

「はい。 キリンは高いところにある、リンゴをとるために、無理に首を伸ばした結果、進化したといわれています」

「進化論だっけ?」

「それは知りません。 だけど、はっきりいえることがあります」

「え? なに?」

「キリンは進化するまえは、馬と対して変らないということです」

「たしかに、区別がつかなかったかもしれないわよね」

「ところで、リコの首はのびると思いますか?」

「それはどうかな? 人間はもうじゅうぶん進化したからなあ」

「そうですか」

「うん」

「なんだこの会話は」

「この国の法律ではキリンはペットとして飼っていいことになってるんです。 でもリコには飼えません。 なぜなら、リコにはキリンの餌を買うお金がないからです」

「そうだね。 あと、土地もないよね」

「キリンって飼っていいんだ? 宗介知ってた?」

「しらねーし、興味もない」

「こんなんですが、鈴木はるかさん、友達になってください!」

「よ、よろこんで」

「ありがとうございます」

「おいリコ、もう少しナチュラルに会話できねーのかよ」

「リコは友達をつくるのが下手ですから」

「そんなことないよ。 ほらこうやって仲良くなれたじゃない」

「うれしいです。 これで友達と呼べるもの、4人」

「4人って誰?」

「はるかさん、水嶋くん、宗介くん」

「ば、ばか! 俺を数に入れるなよ」

「あとは、 ・・・桜木ヒカルさん」

「ああ、桜木か・・・」

「手に持ってる、それはなんですか?」

「ああ、これは竹刀だよ」

「なんで竹刀なんて持ってるの?」

「どこかの学園に殴りこみにでも行く気じゃないよね?」

「ち、違うよ。 これは、その、知り合いに借りてて」


・・・桜木のだとは言えないな。


「宗介って、最近、温厚になっちゃったよねぇ。 平和ボケってこわいなぁ」

「・・・・・・」

「ふたりとも、ケンカとか絶対にだめだからね。 私、絶対許さないから」

「しないよ。 はるかちゃんが怒るの見たくないし、な?」

「・・・ああ」


俺はふと、教室内の桜木の席を見た。


「桜木、来てないのか?」

「そうなの。 栗林先生が言ってたんだけど、風邪ひいて寝込んでるんだって」

「そっか」

「ヒカルちゃん、今ごろつらいんだろうなぁ。 俺、お見舞いいってこようかな」

「仮病じゃねーの? テスト受けたくないから」

「あのねぇ、そういう風にいうのは良くないよ。 宗介じゃないんだから、仮病なんて誰も使いません」

「仮病・・・リコはよく使います。 そしてバレます」

「俺もよくやってたなぁ。 ストーブに体温計あてたりさ、かーちゃんの声まねして休みの電話したり」

「ヒカルちゃんはそんな卑怯なことしません!」

「なんでわかんだよ」

「なんていうか、勘よ。 そんなに話したことあるわけじゃないけど、ヒカルちゃんってまっすぐな目をしてると思うんだよね」

「ふーん。 おまえ、随分あいつの肩もつんだな。 たかだか知り合って2、3日なのに」

「いい人か悪い人かくらい、わかるわよ。 ときどき、何考えてるか分からないところあるけど」

「桜木ヒカルさんは、リコと友達になってくれました。 こころの広い人です」

「やべ、次のテストもうすぐはじまるぞ」


・・・。

 

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「なあ? 次の科目ってなに?」

「外国語よ」

「なあ、はるか? ちょっとだけ答案用紙みせてくれよ」

「自分でなんとかしてください」

「今さらなんとかできないから、言ってんじゃん」

「ちゃんと勉強しないからこんなことになるんでしょ」

「ケチ。 ・・・なぁリコ、見せてくれないか?」

「わかりました、みせます」

「話わかんじゃん!」

「リコちゃんダメだよ」

「でも、宗介くん、困ってます。 リコ、助けたい」

「そーだリコ。 俺はいま、人生最大に困ってる」

「じゃあ、俺も人生最大に困ってる」

「分かりました。 リコ、水嶋くんにも全力でみせます」

「じゃあ俺先な。 そのあとに時間あったら回すよ」

「あんたたちね、そんなズル絶対に認めないんだから」

「いいえ、助けます」

「リコちゃん、ダメだって!」

「いいえ、助けることで友達が増えるのなら、あたしはズルでもなんでもやります」

「あのねぇ・・・」

「よし、じゃあリコが終わったら、先生が見えないスキをみはからって答案用紙をこっちによこせよ。 俺が合図するからな」

「わかりました」

「サイン決めといたほうがいいな」

「サイン?」

「そうだな、俺がグーを出したら『テスト用紙をパスしろ』の合図だ」

「グーはパス、グーはパス・・・」

「それから、パーにしたら、『待て!』の合図だ」

「パーは待て、パーは待て・・・」

「そして、チョキは『よくやった!』のVサインだ。 これはこの任務が無事遂行されたときに、俺が出す」

「チョキはVサイン、チョキはVサイン・・・」

「わかったか?」

 

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「グーはパス!」

「そうだ」

「パーは待て!」

「いいぞ!」

「チョキはVサイン!」

「完璧だ」

「じゃあ、それが終わったら、宗介が俺にパスな」

「パスがいけば・・・いいな」

「じゃあ、私はそのカンニング作戦を、全力で阻止するわ」

「はるか、どうやらおまえと俺は敵のようだな」

「そうね」

「で、それが終わったら、必ず俺にパスね」

「・・・ふっ」

「ふっ・・・じゃねぇよ。 マジでお願い!」

「グーはパス、パーは待て、チョキは・・・えっと・・・」

 

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「グーはゴリラ」

「グーはゴリラ、パーは・・・」

「パンダ」

「あ、そっかパンダ。 パンダは笹を食べるのがスキ」

「ちげーよ。 はるか! 余計なこといってんじゃねぇぞ! リコ落ち着け」

「はい」


男性教師が入ってきた。


「それでは、外国語の期末テストを開始する。 時間は50分。 なお、不正行為及び不審な行動をとったものは、いかなる点数であっても0点とみなす」


・・・ばれなきゃいいのだよ。


「では、テスト用紙を配る」


前の方から用紙がまわってきた。

・・・くそ、外国語だらけで全く読めねぇ。

 

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(こんなことなら外国人の彼女を作っとくんだった)

 

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(早く終わらせて、宗介の不正を未然に阻止)

 

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(パンダは笹を食べすぎると寝る・・・)


「では、はじめ!」


俺はリコに目をやる。

リコは俺の方を向いて、コクリとうなずいた。

リコの答案が完成するまで、教師の動きをチェックだな。

教師は前の方から教室中を見渡している。

・・・全体の様子をまんべんなくうかがっているわけか。

五分が過ぎたあたりで教師は立ち上がり、教室の真ん中の通路をまっすぐ歩きだした。

なるほど・・・今度は、生徒に近づきながら個々に注意を促すわけか。

教師は俺の横を通り過ぎ、一番最後の席までいって、繰り返す。

そして俺の横をまた通り過ぎた。

ここがチャンスのポイントだな。

俺の席は中央にある。

そして、リコの席は斜め前。

ちなみにはるかは斜め後ろ。

どーでもいいが水嶋は俺の真後ろだ。

勝負は一瞬。

教師が折り返し、俺の席を通り過ぎた後、背を向けて完全に死角になる、そのときだ。

俺は死角になる秒数を数えた。

・・・5秒か。

教師はまた一番前から教室全体を見渡し、そこから10分後に同じ行動を繰り返した。

・・・ラスト10分前の死角を狙うか。

みつかったらゲームオーバー。

まるでアクションゲームだな。

俺はリコを見た。

急げリコ! 早くテストを完成させるんだ!

リコは夢中で問題を解いている。

大したことない教師が監視役でよかった。

これが栗林だったら・・・。

栗林はテストの最中、前にはいない。

一切動かず、常に教室の一番後ろから俺たちを監視している。

それが最も厄介で、最もカンニングを防げる方法らしい。

もしかして見られているんじゃないかという不安にかられる。

栗林にしばられていると同時に、その不安が自分自身をしばり、カンニングができなくなってしまうのだ。


(宗介くん、出来ました!)


リコがこっちに合図を送った。

よし、よくやったリコ。

だが、まだ教師は前から見ている。

俺はリコにパーの合図を出す。


(パーは待て、パーは待て。 待ちます!)


リコはうなずいた。

そうだ。

作戦は教師が動き出してからだ。


(絶対にカンニングさせないんだから)


(あー、腹減った。 たしかラーメン屋、今日半額だったな)


(パーは待て、パーは待て)


教師は俺の前を通り過ぎて、教室の後ろに行った。

まだだ。

教師が戻って通り過ぎたら本当のチャンスだ。

俺はさらにパーの合図を送った。


(パーは待て、パーは待て。 パーは・・・パンダ?)


教師は折り返し、俺の前を更に通り過ぎ、背を向けた。


今だ!!


俺はついにグーをリコに出した。


(グー! グーはパス! グーはパス!)


俺はリコに手を伸ばす。


(グーはパス、グーはパス!)


リコは答案を俺にパスしようとする。

もっと手を伸ばせ・・・。

 

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(ぐふぅ・・・)


リコの手は短い。

くそっ。

あと少しなのに・・・。


・・・痛てっ!


後ろから消しゴムが飛んできて、俺の頭に当たった。

飛んできた方向を振り返る。

・・・はるか!

てめぇ、何邪魔してんだよ。

 

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(私じゃないもん・・・)

 

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(なぁ? まだ?)


水嶋が後ろから俺のイスを蹴る。

くそ。

仕方ねぇ。

俺は席を少し立ち、答案をリコから奪い取る。


(パスです!)


教師はまだ俺たちに背を向けている。


(チョキ! Vサイン!)


リコは俺にピースしてくる。

まだだよ。

この答案を写して無事におまえに返したらVサインだ。


(早くしてくれ~! 俺の写す時間がなくなるだろ!)


水嶋はガンガン蹴ってくる。


(やめろ・・・悪いが答案がおまえに回ることはない!)


俺は答案をみた。


ん?


・・・なんだよこれ!


リコから渡ってきた答案には答えが書いてない。

おい! リコ、全然終わってねぇーじゃん・・・。


(チョキはVサインです!)


もの凄い笑顔で俺にピースしてくる。

ピースじゃねぇよ。

答案用紙のいたるところに、やたらリアルな動物の絵が書いてある。


(キリン、パンダ、ライオン)


ふざけろよ・・・。


(宗介! まだかよ! 急げ!)


俺は答案を水嶋に回した。


(やっと来た! ・・・ってなんだこれ!)


水嶋は力なく俺に答案を戻す。


(カンニングさせてもらう相手を完全に間違ったみたいだな)


俺はリコに答案を戻そうとした。

すると後ろからまた消しゴムが飛んでくる。


(ぜったい、カンニングなんてさせないんだから)


細かく切り刻んだ消しゴムの欠片をマシンガンのように、次々投げてくる。

はるかのせいでリコにうまく返せない。


(喰らえ! 喰らえ!)


やめろ・・・。


消しゴムが俺の口に入る。


「やめろっつってんだろ!」


俺は立ち上がり、声を出してしまった。


「あ・・・」

「椿、どうした?」

「いや、その・・・」


教師が俺に近づき、答案をチェックする。


「これ、椿の答案用紙じゃないな? ・・・佐田リコ」

「いや、違うんすよ。 落ちてたんで拾っただけです」

「佐田? どういうことだ?

「あの、あの、カンニングじゃないです・・・」

カンニング? おまえたちまさか」

「ただ、サインをしただけです」


・・・バカ! 余計なこというな!


「佐田? 椿にカンニングさせたのか?」

「パーはパス、グーはグリンピース、チョキはハサミ・・・」

「君たち、二人、あとで職員室に来なさい」

「あの、後ろから消しゴムの破片がすげー飛んできたんですけど・・・それで、その・・・」

「消しゴム?」


教師は、はるかの机の上にある消しゴムの欠片を見た。


「鈴木、なんだこれは」

「え? その・・・」

「あと、後ろの水嶋くんも、俺のイスをガンガン蹴ってきました」

「おまえ・・・友達を売るのかよ!」

「友達? ただのクラスメートだろ。 それに、この計画を立てたのはおまえだし」

「水嶋、おまえも共犯か?」

「違いますって。 俺、関係ないっすもん」


教師は水嶋の答案を見る。


「何も書いてないじゃないか」

「・・・いや、もうちょっとしたらやろうかなぁって思って」

「四人とも職員室に来なさい」


・・・・・・。


・・・。

 

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カンニングですってね」

 

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「すいません」

「鈴木さん、あなたもなの?」

「・・・はい」

「なるほどね。 あなたが、見せる役割、そして椿くん、水嶋くんが見る役割ってことね」

「まあ、概ねそんな感じすね」

「ところで、あなたなに? なんでいるの?」


栗林はリコに聞いた。


「あたしは、カンニングさせました」

「あなたが? まさか。 だって佐田さん、あなた人に見せるほど勉強できないでしょ?」

カンニングをさせて友達を増やすんです」

「何をいっているの? それに、あなたの答案用紙をみせてもらったけど、動物の絵しか描いてなかったわよ」

カンニングは友達を増やすための近道だから」

「それは近道とはいいません」

「・・・じゃあ坂道ですか?」

「道の話はやめて。 すこし佐田さんは黙っててもらえるかしら?」

「黙ります」

「まあ、なんつーか、俺と宗介がカンニングしたつーことは間違ってないんで、あれでしょ? 処分でしょ? 停学ですかね?」

「停学で済めばいいんだけど」


栗林はニヤニヤしている。


「あの、私も同罪なんで二人と同じ処分をください」

「俺が悪かった。 はるかは関係ありません」

「鈴木さん、あなたは優秀な生徒よ。 こんなところで、人生を棒に振るつもり? あなたは二人に脅迫された? 違う?」

「そうです。 悪いのは俺と水嶋です」

「違います。 私も同じ処分にしてください」

「強情な人ね。 どんな処分が下っても文句は言わないでね」

「はい」

「処分処分って俺らは犯罪者かよ」

「・・・犯罪者」

「・・・カンニングくらい許してくださいよ」

「許せません」

「教師ってそんなに偉いのか?」

「愚問ね。 学園において教師は絶対です」

「だったらこんな学園、俺からやめてやるよ」

「それは学園としても喜ばしいことだわ。 犯罪者がいては迷惑だわ」

「・・・悪かったな」

 

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「ごめんなさい!」

「もう遅いわ。 これほどの屈辱を覚えたのはいつ以来かしら」

「はるか、謝ることないよ」

「宗介は黙ってて! 栗林先生、すいませんでした」

「おまえも謝れって」

「なんでだよ」

「理由なんかねぇよ。 ほら頭下げろって」


水嶋は俺の頭を押した。


「椿くん・・・いやいや謝ったところで意味はないわ。 そうねぇ、あなた一人が罰を受けるっていうのはどう? そうすれば他の人は見逃すことにしましょう」

「・・・罰ってなんだよ」

「あなたがこの学園を去る。 それが条件よ」

「それは、許してください。 罰はみんなで受けます」

「あなたたちに選ぶ権利はないわ。 どうするの? 椿くん?」

「宗介・・・」

「俺は・・・」

「ピースはVサイン」

「佐田さん? それはなに?」

「友達の証です」

「友達? ・・・やめなさい」

「Vサインです」

「あなた状況理解しているの?」

「友達が欲しかった」

「そして、できた」

「あ、そう」

「だから、椿くんが学園をやめたらリコの少ない友達が減ります。 それは嫌です」

「それは、残念ね。 佐田さん、友達はよく選んだほうがいいわよ。 だって彼は・・・」

「わかりました。 でも友達は選べるけど、担任の先生は選べません」

 

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「どういう意味かしら?」

「特に意味はないです」

「意味のないことは言わないで!」


栗林はリコのペースに飲まれ始めている。


「もう、私あなたを無視します」

「はい」


栗林は動揺している。


「とにかく、椿くんは退学も覚悟しておいてね」

 

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「入りますわ。 ぜんぜんクーラーがきいてないわね。 設備費は充分過ぎるほど援助してるはずなんだけど」

「げ! レイカ様だ!」

「あら? 椿宗介、こんなところで何をしてるの?」

カンニングで捕まって・・・」

「あ、鈴木はるか・・・」

 

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「神山さん。 昨日はどうも」

「昨日? な、なんのことかしら?」

「電話で話したじゃない?」

「話してないわ。 あなた、誰かと勘違いしてるんじゃないかしら? 例えば亀田みゆきとか」

「え? それ誰?」


はるかはレイカの思惑とは裏腹に亀田みゆきの存在をすっかり忘れてしまっている。

 

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「こんにちは」

「こんにちは。 ってあなた誰?」

「佐田リコです。 動物は好きですか?」

「別に。 お金の方が好きだわ」

コガネムシは好きですか?」

「そんなムシ聞いたこともないわ」

「そうですか」

「桜木ヒカルはいる? 私、彼女に用があって来たんだけど」

「今日は、風邪で休んでるの」

「風邪か。 せっかくポスターが完成したというのに運の悪い人」

 

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「神山さん、おはようございます」

「栗林先生、おはようございます」

「話しているとこ悪いんだけど、いま、私がこの子たちに指導している最中よ。 邪魔しないでもらえる?」

「邪魔ですって? この私に指図しないで」

「指図? 違うわ。 教育よ」

「あなた、ただの教師のくせに私に文句いわないで。 レイカ会を敵に回すつもり?」

「レイカ会? ああ、あのわけのわからない組織のことね」

「私は桜木ヒカルに会いたいの。 このポスターを渡したいの」

「今日は欠席よ。 日を改めることね」

「じゃあ、住所を教えて」

「無理です。 個人情報ですから」

「もーなんなのよ! 私は神山レイカよ。 私のいうことに従って」

「・・・」


栗林は住所を紙に書き始めた。


「最初から素直に教えればいいのよ」

「これが住所よ。 今、話の途中だから席をはずしてもらえるかしら?」

「椿宗介、これが桜木ヒカルの住所だから、ポスターを届けること。 いい?」

「え? 俺?」

「そうよ。 ちゃんと届けるのよ。 あなたレイカ会の人間でしょ?」

「ちげーよ」

「素直になりなさい。 このポスターを無事に届けることがレイカ会に入会したあなたの初めての任務よ。 頼んだわ」

「でも無理だな。 俺、今日で退学になるかもしれないし」


俺は白々しくいった。


「退学? どうして?」

「いや、俺たちカンニングしちゃってさあ、いま説教されてる最中なんだよね」

カンニング? 間抜けね」

「だからさ、レイカ会も引退だな。 入会早々悪いんだけどさ」

「栗林先生、椿宗介を退学にするつもり?」

「あなたには関係ないわ」

「レイカ会の人間を、私の判断なしにやめさせることは認めないわ」

「どういうことかしら?」

「椿宗介が退学することを取り消しなさい」

「嫌だといったら?」

「お父様に報告します」

 

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「お父様・・・」

「私が言えば、あなたなんか教師を続けていけないんだから」

「神山グループ。 いいお父様をもったわね。 わかりました。 あなたたちの処分は保留です。 もう帰っていいわ」


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ナイスタイミング! マジで助かったわ」

 

「何が? そんなことはいいから、しっかりポスターを届けてちょうだいね。 すごくいい出来なんですもの」

 

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「神山さん、ありがとう」

「あなたにありがとうなんて言われるおぼえはないわ」

「俺もレイカ会に入ろうかな」

「入会申し込みは、神山レイカ公式WEBサイトからも出来るわ」

「神山レイカさん、リコと友達になってください」

「私、友達は作らない主義なの。 僕はいつでも募集中よ。 そっちもホームページの僕募集フォームがあるから、そこから申し込んでくださる?」

「わかりました」


「椿宗介、ちょっといい?」
「なに?」
「これも桜木ヒカルに渡しておいて。 ポスターのギャラよ」


イカは封筒を俺に渡す。


「それから桜木ヒカルに伝言をよろしく」
「伝言?」
「あなた、なかなかいい引き立て役になったわって」
「伝えとくよ」
「いけない、ピアノの時間だわ。 椿宗介とその他の人、さようなら」


イカは去っていった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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カンニング作戦、大失敗ってとこか」

「私たち、停学かな」

「でも停学になったらゲーセン行き放題じゃん!」

「お前らを停学になんてしねぇよ。 俺が退学になれば、栗林も納得するだろ」

「宗介・・・」

「まあ今そんなこと考えてもしょうがないっしょ! 前向きに考えよーぜー!」

「今日は夜から雨らしいです」

「どうして分かるの? 朝のニュースでは晴れって予報だったけど」

「つばめ・・・、つばめさんがあんなに低く飛んでます」

「ほんとだ!」

「つばめさんが、言ってます。 もうすぐ大雨が降るから早くお家に帰った方がいいって」

「こんなに晴れてんのに降らねぇだろ」

「私帰らなきゃ。 お店、混む時間だから」


俺は手に持ったポスターと竹刀を見た。


「俺、レイカに頼まれたポスター届けなきゃいけないからさ。 んじゃ、俺、行くわ」

「あ、これ、傘です」


リコは俺に折りたたみ傘を渡してきた。


「大丈夫だよ。 雨なんか降らねぇよ」

「ポスター濡れるといけないですから」

「・・・分かった。 念のために借りとくよ」


俺は桜木の家を目指した。


・・・・・・。


・・・。

 

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リコの予想どおり、雨は降り出した。

ポツポツと雨粒が頭に降りそそぐ。

俺はポスターが濡れないようにかばった。

リコの傘は小さく、ポスターをかばうとどうしても肩は濡れてしまう。

・・・この辺のはずなんだけどな。


俺は地図をみた。

タバコ屋と文房具屋のアパート。

・・・ここだ!

桜木の家は二階建てのオンボロアパートだった。

思ったより古いところに住んでるんだな。

203号か・・・

階段、階段っと。

今にも腐って抜け落ちそうな木の階段だ。

 

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「なにやってるんだ?」


振り返ると傘を差した桜木が立っていた。


「お前の家もこの辺なのか?」
「これ、神山レイカのポスターできたってさ」
「ポスター? ああ、あれか。 あまり笑顔が作れなかったんだ」
「まあ、出来栄えはあとでゆっくり見ろよ」
「悪いな」
「あと、これギャラだってさ」


俺は桜木にお金の入った封筒を渡した。


「あんなことするだけで、こんなにお金が貰えるとはな。 雨の中、悪かったな」
「風邪はもういいのか?」
「ある程度回復した。 食べるものを買ってきたところだ」
「家族は?」
「今は一人で暮らしている」
「そうか」
「風邪をひいたりするほうじゃないんだけどな。 少し寄っていくか?」
「・・・玄関でいいよ」
「・・・そうだな。 部屋は2階だ」
「この階段、やけに年季が入ってるな」
「出来たのは私たちが生まれるずっと前らしいからな」
「・・・天然記念物だな」
「戦争の空襲でも一切、被害を受けなかった奇跡のアパートだ」
「空襲ねぇ」
「あ、階段に生えてるキノコは食べるなよ」


よく見ると木で出来た階段の端にキノコが生えている。


「それはフクロツルタケといって猛毒をもっている」
「なんでそんなもんがここに生えてんだよ」
マツタケかと思って食べようとしたんだが、調べると物凄い毒キノコだった」
「普通、食べようとするか?」
「だから、椿も気をつけろ」


・・・いや、だから食わねぇって。


「やけにギシギシいうなこの階段」
「腐りかけているからな。 まあ、バランスをしっかりとっていれば落ちることはない」
「家に入るのになんでこんな苦労しなきゃいけないんだよ」
「特に雨の日なんかは、踏みどころが悪いと滑って下に落ちるぞ・・・」


――ッッ


「・・・いてぇっ!」
「・・・言うのが少し遅かったな」


俺は階段から転げ落ちた。


「もういやだ・・・こんな家」
「いいところもあるぞ」
「どこだよ」
「家賃が安い」
「だろうな」


・・・。

 

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「タオル使うか?」
「いいよ」
「でもビショビショだぞ。 畳が濡れる」
「それより絆創膏くんねぇかな? 擦りむいちゃってさ」
「軟弱だな。 ほら」


桜木の部屋はお世辞にも綺麗と呼べるものではない。

どこか物悲しい、狭い部屋だ。


「親はどうしたんだ?」
「母親はいない。 あと、父親とは訳あって別々に暮らしている」
「はるかもなんだよな。 あいつは親父と暮らしてるけど」
「鈴木さんもか」
「ああ。 うちは親父いねえしな」
「親がいないなんて、もはや特別でもなんでもねーよな」
「そうだな」
「まあ、こうやって風邪ひいたときは困るんだろうけどさ」
「まあな」
「へっくしょん!」


雨で濡れたせいで体が冷える。


「これ、着るか?」
「え?」


桜木はトレーナーとジャージを俺に渡した。


「いいのかよ」
「風邪をうつすと悪いからな」
「洗濯して返すよ。 あ、着替えるから向こうむいてろよ」
「恥ずかしがるほどのことでもないと思うが」
「可愛気のない女だな」
「後ろ、向いてるよ」


俺は服を着替えた。

服からは、ほのかにラベンダーの香りがした。


「サイズはちょうど良さそうだな」
「何買って来たんだ?」


桜木はスーパーの袋から緑の物体を大量に出した。


「キュウリだ。 少し買いすぎたかな」
「おまえ、キュウリしか買ってないの? しかもこんなに」


ざっと見た感じ、十本はある。


「キュウリって風邪にきくのか?」
「知らない」
「んじゃ、なんでこんなに買ってくんだよ」
「好きだからに決まってるだろ」
「お前、いつもそれ食べてんの?」
「そうだな。 生でも食べるし、調理もするぞ。 色々な味が楽しめる」
「まるで河童だな」
「河童か。 椿は面白いことを言うんだな」
「賞金、何に使うんだ?」
「生活費の足しにしようと思う」


お金に汚い奴だと思ったが、桜木の生活をみて俺はその考えを改めた。


「ポスター見てみるか?」
「・・・いいよ」
「なに? お前照れてるの?」
「別に、照れてない」
「どれどれ、いい感じに撮れてるかなぁ?」


俺はポスターを広げた。

 

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水着の神山レイカが中央で満面の笑顔。

イカは抜群のプロポーションで、まるで雑誌のモデルのように輝いている。

背景は合成の海と砂浜とホテル。

バックにはヤシの木やらなんやらあり、リゾート気分満載の海の雰囲気。

『夏とレイカのピアノコンサート』

というキャッチコピーがプリントされている。


「これ、桜木か?」
「多分」


イカの隣に水着の桜木がいた。

イカのような派手さはないが、しっかりとした存在感と美しさがあった。


「へぇ。 結構ちゃんと写ってんじゃん」
「おかしくないか?」
「おかしい? なにが?」
「いや、この顔、普通かなと思って」
「普通だよ。 変じゃない」


むしろ、凄く可愛い。


「こういうの、やったことないから不安だったんだ。 そうか。 普通か」
「笑えるんだな?」
「え?」
「いや、このポスターの顔、けっこう笑ってると思うぞ」
「そうか?」
「ああ。 こっちの方がいい。 まあ本人知らないやつは騙せるんじゃねぇの?」
「騙せるってどういう意味だ?」
「あ、これ返すよ」


俺は竹刀を渡した。


「これ・・・」
「俺、やっぱり使わないからさ」
「それは困る」
「大事なもんなんだろ?」
「・・・いらないなら、処分してくれ。 もう私には必要ないからな」
「それ、すげーいい竹刀なんだってな。 それ使ってた奴は、手入れとかもちゃんと出来てて、相当の達人だっていってたぞ」
「その竹刀、誰かに見せたのか?」
「・・・・・・」
「椿のような腑抜けに、この竹刀のことはわからないだろ。 誰に聞いた?」
「公園で星雲学園の剣術部員にあってさ、そいつらが教えてくれたんだよ」
「星雲学園・・・」
「なあ、都築って誰? お前の知り合い?」
「・・・竹刀の持ち主だ」
「だよな。 そこに名前あるもんな」
「星雲学園の剣術部員の名前は?」
「ああ、確か暁セツナとかなんとか、知ってる?」
「暁セツナ・・・知らない」
「そいつがさ、その都築ってやつを探してるんだって」
「・・・都築などいない!」
「どうしたんだよ」
「都築は・・・死んだ!」
「・・・お前、死んだ奴の形見なんか、俺に渡すなよ」
「・・・この竹刀、処分してはくれないんだな」
「悪いけど」
「・・・そうか。 下まで送るよ」
「・・・うん」


・・・。

 

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「やっぱり、竹刀は椿が持っていてくれないか」
「なんでそんなに、こだわってんだよ」
「それは・・・これがあると、自分が自分で無くなるんだ」
「・・・でもさ」
「お願いだ・・・もう、見たくない」


「・・・やっと、見つけたわ」


「え?」

 

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そこには、少女が立っていた。


「おまえ・・・」

「ごめんなさい。 あなたの後を付けさせてもらったの」

「・・・おまえは」

「こんな形で会うことになるなんて、夢にも思ってなかった」

「・・・俺が竹刀を見せた星雲の剣術部員って、こいつだよ」

「・・・・・・」

 

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「もう、あなたは逃げられない」

「・・・・・・」

「ここで、決着をつけましょう」

「決着!?」

「都築・・・ヒカル」

「都築って、どういうことだよ?」

「都築は・・・死んだ」

「じゃあ、私の目の前にいる、あなたは誰? 亡霊?」

「そうだ。 私は亡霊だ」

「・・・私はあなたをずっと探していた」

 

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セツナは背中にある竹刀を構えた。


「さあ、あなたも、そこにある竹刀を構えて」

「・・・いやだ」

「あなたに拒否権はないわ」

「おい、どういうことだよ!」

「これは、私の都築ヒカルの戦いの物語よ。 あなたには関係ないの」

「関係ないかもしんねーけど、桜木、嫌がってるだろ」

「桜木?」

「そうだよ。 いきなり現れて勝負しろって、不良じゃあるまいし」

「・・・早く、竹刀を握りなさい」

「嫌だ・・・都築はあの日、死んだんだ」

「いいえ。 簡単に死なせたりはしない。 早く構えなさい」


桜木はガクガクと震えている。


「おい、いい加減にしろよ! 桜木は風邪引いてるんだぞ」

「・・・風邪?」

「そうだよ。 決着だかなんだかしらねーけど、そういうのはせめて元気な時にやれよ」

「・・・・・・」

「桜木、大丈夫か?」

「私は、あの日・・・」

「さあ、竹刀を持ちなさい」


桜木は、ゆっくりと竹刀に手を伸ばす。


「そうよ。 あなたには戦う義務があるもの」


桜木は竹刀を持ち、立ち上がる。


「・・・そうよ。 さあ、構えて」

「・・・・・・」

「・・・構えるのよ」


雨は強さを増していく。

 

「・・・できない」

「どうして?」

「もう、私には竹刀を振る資格なんてないんだ・・・」

「どうして?」

「・・・もう、誰も傷つけたくないんだ」

「・・・あなたは誰を傷つけたの?」

「もう・・・やめてくれ」

「・・・どうして?」

 

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桜木は竹刀を払い捨て、その場にしゃがみ込む。


「桜木!」

「・・・なぜ、戦うことを拒むの?」

「・・・・・・」

「・・・どうして、逃げ続けるの?」

「・・・私は」

「・・・何?」

「私は・・・普通になりたいんだ」

「・・・普通?」

「・・・普通の女の子になるんだ」

「・・・あなたは普通になんてなれない」

「・・・・・・」

「あなたは竹刀を持つために生まれてきたのよ」

「・・・違う」

「・・・何を迷っているの?」

「・・・・・・」

「やめろよ!」

「・・・何?」

「桜木、そいつの言うことなんか聞かなくていいよ」

「・・・椿」

「桜木がやりたくないんなら、やんなくていいよ」

「・・・それは出来ないわ」


雨は激しさを増していく。


・・・・・。


・・・。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

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その日は晴れていた。


「ねぇお父さん、見てよ。 晴れてきたよ」

「ほんとだ!」

「そうだな。 2人がいい子にしてたから、神様晴れにしてくれたんだろうな」

「そっか~、いい子にしてると神様はちゃんと見てるんだね」

「うん」

「あそこに浮かんでるのが、お父さんの船?」

「そうだよ」

「宗介くんのお父さんは、あれに乗っていつも仕事をしているの?」

「そうだよ」

「すごいだろ~? 羨ましい?」

「うん」

「でも、今日は特別に会社の人に許可をもらったから、2人とも乗せてあげるよ」

「わぁーい。 マコト、良かったね」

「うん。 おじさん、ありがとう」


目の前に大きな船が浮かんでいる。

今になって思えば、そんなに大きな船じゃなかったのかもしれない。

子供には何でも大きく見えてしまうのだ。


「カッコいいなぁ~。 この船、名前はなんていうの?」

「宗介丸だよ」

「宗介丸?」

「宗介くんと、同じ名前だ~」

「この船はね、宗介が生まれた日に出来たんだ」

「僕が生まれた日?」

「そうだよ。 だから、宗介とこの船は兄弟だな」

「船と兄弟なんて変なの~」

「早く乗ろうよ」


俺たちは船に乗り込んだ。

船は水しぶきを上げながら港から離れていく。


「すっご~い! 速いね」

「見て! どんどん町が小さくなっていくよ」

「しっかり捕まってるんだぞ」

「お父さんの船、速いだろ~」

「うん。 車なんかよりずっと速いよ」

「どう? 羨ましい?」

「うん。 すっごく、羨ましい」

「僕のお父さんは、凄いんだ」

「でも、宗介くん、船から落っこちたら大変だね」

「どうして?」

「だって、宗介くん、泳げないもん」

「そんなことないよ。 少しくらいなら泳げるもん」

「うっそだ~」

「落ちたりしないもん」


・・・。


「ほら、2人とも、あんまり騒いでると、海に放り投げられちまうぞ?」


操縦席から顔をだす。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


俺は甲板から身を乗り出して景色を見ていた。

潮風が顔に当たった。


「海の匂いがするね」

「うん」


――ッッ


「・・・あれ? 雨かな?」


潮風に混じって、水滴が頬に触れる。

 

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さっきまでの晴天が嘘のように、空は顔色を変えた。

雨は徐々に振り出し、次第に大きく波が揺れた。


「宗介、マコト。 2人とも、中に入りなさい」


・・・。


「まずいな。 そろそろ戻ろう」

「え~、もう終わり?」

「わぁ!」


船は大きく揺れた。

船を取る父の額にうっすらと汗が見えた。

雨と波は激しさを増していく。

小さな宗介丸は波に押し上げられ、上下に激しくうねる。


「・・・お父さん、大丈夫だよね?」

「・・・酔ってきた」

「・・・心配ない。 大丈夫だから」


・・・心配ない大丈夫だから。

父の言葉とは裏腹に事態は深刻化していく。

波は荒れくるい、海は凶暴性をあらわにする。


「お父さん!」

「よく聞くんだ。 何があっても、これにしがみ付いていろ」


父は浮き輪を俺たちにくれた。


「おじさんはどうするの?」

「おじさんのことは心配要らないよ。 マコト、君も宗介と一緒にこれにしっかりと捕まっているんだよ」

「うん。 わかった」


やがて、海は小さな宗介丸を飲み込んだ・・・。

・・・お父さん。

 

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海の中へ俺たちは放り出された。


「わぁ!! 宗介くん!」

「捕まって!!」


必死に浮き輪にしがみ付く。


「・・・怖いよぉ」

「大丈夫だよ。 これに捕まってたら平気だって、おじさん言ってたでしょ?」

「・・・うん。 でも、お父さんが・・・」

「おじさん・・・どこに行ったんだろ」

「お父さん!!」


叫ぶが波と雨の音に、声は消されていく。


・・・。


・・・それから数時間。

体も心も衰弱しきったまま、荒れる海の中を2人は彷徨った。

・・・もう、助からない。


「・・・ねぇ、これは僕の浮き輪なんだ」
「え?」


震えて、青くなっていた。

たぶん、俺も、海と同じくらい暗い顔をしていただろう。

・・・だから、仕方なかった。


「これは、お父さんが、僕を助けるためにくれた浮き輪なんだ」
「・・・どういうこと?」
「・・・さっき君、言ったよね。 僕は泳げるから平気だって」
「・・・だけど」
「僕、泳げないからさ・・・」
「・・・宗介くん?」
「このままだったら、二人とも沈んじゃうよ」


小さな手を、ゆっくりと放そうとした。


「ごめんね・・・だってこれは、僕の浮き輪なんだ」
「や、やめてよ・・・」
「大丈夫だよ。 君は僕と違って泳げるだろ?」


手は力なく浮き輪から外れていく。


「わぁ!」
「ごめんね・・・」


それから、ずっと海を漂い続けた。


・・・・・・。

 

・・・。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

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「桜木がやりたくないんなら、やんなくていいよ」

「・・・それは出来ないわ」

「なんで」

「・・・あなたはきっと、もう一度、竹刀を持つ日が来るわ」

「・・・もう、二度と、剣術はやらない」

「・・・そうね。 そうやって、あなたは私たちの前から姿を消した」

「・・・・・・」

「・・・私は、あなたがいなくなった日からずっと、あなたを探していたわ」

「・・・もう、探さないでくれ」

「どうして?」

「・・・もう、静かで平穏な日々を、ゆっくりと送りたいんだ」

「・・・静かで平穏な日々」

「・・・ああ」

「もういいだろ。 これ以上、こんなとこにいたら、風邪が酷くなるだろ」

「・・・そうね」

「・・・っ・・・っ・・・」」

「・・・わかったわ」

「早く、家の中に入ったほうがいいぜ」


桜木はうなだれている。


「都築ヒカル、私はあなたと戦う日が来るまで、いつまでも、あなたを追うわ」

「・・・・・・」

「・・・さようなら」


セツナは雨の中、消えていった。


「・・・私は、私は普通だ」

「ああ。 普通だよ・・・。 もう大丈夫だ」
「・・・・・・」
「立てるか?」
「・・・ああ。 ありがとう」
「・・・あいつ、一体なんなんだよ」


俺は道端に転がってる竹刀を見た。


「この竹刀、やっぱり俺が処分しとくよ」
「本当か?」
「まかせとけ」
「すまない」
「今日は、ゆっくり休めよ。 風邪治して、学園で会おうな」
「・・・ああ」
「あと、・・・悩みあるなら、聞くぜ。 人の事とか考えるのは得意じゃねーけど」
「・・・大丈夫だ。 椿に迷惑をかけるわけにはいかない」
「そうか」
「ああ」
「なぁ? あいつは誰なんだ?」
「星雲学園3年、暁セツナ」
「それは知ってる。 桜木との関係だよ」
「セツナは、私と同じ道場にいたんだ」
「道場?」
「ああ。 その道場で、私たちは互いに力を競い合ったんだ」
「そうだったのか」
「あいつと私は・・・仲間だった」
「・・・仲間?」
「同じ釜の飯を食って育った。 同じ苦労を共にした」
「その仲間がなんでお前を執拗に狙うんだよ」
「私は、その道場を辞めたんだ。 それ以来、セツナは私を追っている」
「なんで辞めたんだ?」
「・・・言わないとダメか?」
「・・・別にいいけどさ」
「私とセツナはもう、なんの関係もない赤の他人だ。 今日のことは忘れてくれ」


桜木は階段を上り、部屋の中へ入っていった。

雨はまだ、止まずにいる。

 


・・・。

 

光輪の町、ラベンダーの少女【1】


・・・。


まずは自己紹介をしようか・・・。

俺は・・・えっと、とりあえず学園生だ。

名前は椿宗介(つばき そうすけ)。

母親と二人暮らし。

趣味はなし。

一人でいることが多い。

友達はいない。

母親も部屋には入ってこない。

でも、引きこもりというわけでもない。

退屈な町で退屈な毎日を過ごしている。

学園はちょっとした坂道を登ったところにある。

私立新山学園。

坂道というのが曲者で、遅刻しそうになった日なんかはちょっとした地獄だ。

全力で坂道をダッシュする。

もう、それだけで一日分の体力は使い果たし、授業なんか聞いてられない。

俺はいわゆる不良だと、自分では思っている。

自称不良。

やばい、カッコ悪い。

なので自称逆境無頼ということにした。

やばい、果てしなくカッコ悪い。

俺はいわゆる人間のクズだと思う。

これがたとえば小説か漫画だったとしたら、俺は間違いなくダメ主人公の部類に入る。

それくらいのクズだ。

いや、クズは言い過ぎか。

ゴミくらいか。

だって、毎日何をやっても楽しくない。

だからって、何かをやる気力も特にない。

テレビから、お涙頂戴のスポ根ドラマなんかが流れてくると、ソッコーでチャンネルを変える。

くだらねぇ、とテレビの出演者をなじって、五秒後には忘れる。

なんの意見も主張もないから、世の中のいろんなことに責任だって感じない。

ほら、つまんないヤツだろう?

どうせどいつもこいつも俺をゴミ扱いするんだ。

俺だって人間の心くらい持ってるんだけどな。

は?

人間の心・・・って?

・・・あ、わかんねえや、バカだし、俺・・・。

やめようやめよう、考えたって無駄だ。

さて、今日も今日とて、とりあえず生きてみるか。

いいや、生かされてみるか。

死んだように、この車輪の下で――。


・・・。


「宗介! 早く起きなさい!」

 

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目覚まし時計が鳴った。

時計を見ると8時10分ジャスト。

毎日、寸分の狂いもなく母は鳴る。

ちょっと前は、目覚ましのアラームに大好きなロックバンドの曲を設定していた。

朝が来ると大好きな曲が鳴る。

だが朝はつらい。

曲が流れる。

だが朝はつらい。

曲が流れる。

キレる俺。

曲が嫌いになる。

という正しい過程を経て、目覚ましは母に変わった。


「宗介。 はるかちゃん来てるわよ」


はるかとは、隣で八百屋を営む鈴木青果店の一人娘だ。

嫌がらせのように俺を起こしに来る、お節介な幼馴染。

学園に入って遅刻が多くなりはじめたころ、突如として現れた。

どうやら、俺の母となんらかの契約をしているらしい。


「おーいバカ息子。 あんたはるかちゃん待たせて悪いとは思わないの? ごめんね」


待ってくれなんて頼んだ覚えはない。


「気にしないでください、おばさん。 私、慣れてますから」

「あんた、こんな美人待たせて罰が当たるんだからね」


はるかは物心ついたときから、近くにいた。

頭がよくて、運動ができて、優しくて、みんなから好かれていて、こんな美人・・・。

美人。

たぶん近くにいすぎてピンとこなかったけど、はるかは美人だ。

商店街一、いや学園一、いやこの街で一番、かわいい。

・・・多分。


「おばさん、私、起こしてきます」

「でも・・・」

「心配しないでください。 とっておきの作戦ありますから」


まさか、はるかのやつ、部屋に入ってくる気じゃないよな・・・。

部屋には鍵がかけてある。

入ってくることは出来ない。

突然、部屋の窓が開いた。

 

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「おはようございます。 朝ですよ」
「わぁっ!」
「おぼっちゃま、残念なお知らせですが、朝なんです!」


窓から、はるかが顔を出す。


「・・・お前、どうなってんだよ! ここ、二階だぞ!」
「どうなってるって、はしごを使ったんだよ」
「はしごって・・・」
「宗介おぼっちゃま、今日はこんなに晴れてますよ」
「まぶしいよ」
「当たり前でしょ。 朝なんだから」
「はしごなんか使ったら、あぶねーだろ」
「平気平気。 私高いところ好きだもん。 ほら、早く準備して」
「・・・俺にかまうなよ」
「だめ。 おばさんと約束してるんだから」
「約束ってなんだよ」
「近所の人にね、鈴木青果店の野菜は他の店とは鮮度が違うって、さりげなく宣伝してもらってるの」
「人の母親を広告塔に使うな」
「おかげで何とかやっていけてます」
「涙ぐましい話だな」
「企業努力っていってほしいなあ。 ほら早く制服に着替えなさいよ」
「・・・とりあえず、はしごから降りろ」
「宗介が学園をサボらないって約束したら降りるよ」
「あのさぁ」
「なに?」
「お前がいると着替えられないんだけど」
「そっかそっか。 じゃあ、目つぶってるから着替えていいよ」


はるかは、はしごに乗ったまま両手で目を覆おうとする。


「危ないって!」
「大丈夫だよ。 私、高いところ好きだから」
「そういう問題じゃねーだろ」
「着替えた?」
「まだだよ」
「着替えた?」
「だからまだだって!」
「こういうのってさ、普通じゃないんだよね。 多分」
「普通じゃねーよ。 はしご使って人を起こす奴なんていねーよ」
「そうじゃなくて、付き合ってもないのにこういう会話することがよ」
「しらねぇーよ」


俺は制服に着替えた。


「うん。 いいと思う」
「なにが」
「顔、悪くない。 スタイル、中肉中背。 足は、まあまあ長い」
「は?」
「これで性格がもう少しピリッとしてたら、いわゆるイケメンって部類に入るんだろうけどね、非常に残念だな」
「うっせーよ。 いいから先に行ってろよ」
「ちゃんと学園に来るんだよ。 遅刻したらダメだからね」
「だしたい、どっから持ってきたんだよ、そのはしご・・・」
「うちのお店にあったの。 明日もう使うかもしれないから、とりあえず、このままでいっか」
「よくねーよ。 泥棒とか入るだろ!」
「その時は、その時よ」
「あー、朝から最悪・・・」
「先に行ってるね!! とう!!」
「おい!!」


はるかは、はしごから飛び降り、地面に無事着地する。


「どんな運動神経してんだよ」

「ちゃんと学園来るんだよ~。 さぼっちゃダメだからね~」


はるかは学園の方に消えていった。


「はぁ・・・、学園なんてくだらねぇよ・・・」


俺はカバンを持ち、しぶしぶ家を出た。


・・・・・・。

 

・・・。

 

学園までは徒歩で10分くらいだ。

ダッシュで5分。

坂道は後半に襲ってくる。

今日はまだ十分に時間があるから徒歩で間に合う。

はるかは父親と二人で暮らしている。

はるかの母親は、はるかがまだ小学生の頃に死んだ。

はるかの母親が死んだ日、いつも明るいはるかが、別人のように暗い顔をしていたのを、今でもはっきり覚えている。

はるかにとってその日は「世界で一番、悲しい日」だったに違いない。

それ以来、はるかは学園が終わると、父親の経営する八百屋を手伝っている。

俺は緑ヶ丘公園の前で立ち止まった。

 

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ちょっと休憩でもするか。

確かこの公園には、さぼるのにぴったりなベンチがあったはず。

頭の中ではるかの言葉がリフレインされる。


「ちゃんと学園来るんだよ~。 さぼっちゃダメだからね~」


・・・知ったこっちゃない。

俺は白いベンチを探す。

あれ?

ベンチはなぜか、真っ赤な色をしている。

おかしいなぁ。

色変わった?

確か、この前までは白かったのに・・・。

まあいいや。

 

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俺はベンチに寝転んだ。


・・・ん!?


体にグニャッとした感覚をおぼえた。

これってもしかして・・・。

俺は慌ててベンチから立ち上がった。


おいおい・・・。


制服が真っ赤に染まっている。

ち、血だ・・・。

ってバカ。

鼻を突く強い臭いがした。

ペンキじゃん・・・。

んだよ、最悪・・・。

ベンチを見たが、どこにも「ペンキ塗りたて」の文字がない。

乾いてないんだったら、ちゃんと書いとけよな。

俺は手にべっとりと付いた赤いペンキをみてため息をついた。

これは本格的に休む方向になりそうだ。

物陰から音がする。

ん?


「ぎゃはははは」


男の笑い声がした。


「ふざけんなよー。 座るやつがいるなんて、ありえねーよ」
「でも、現に座ったじゃん。 俺の勝ちだな」
「分かったよ。 ほら」


男は金を渡している。


「賭けは賭けだからな。 悪く思うなよ」
「たく、バカのせいで大損喰らっちまったよ」
「じゃあ、この金でゲーセンでもいくか」


二人は公園を去ろうとした。


「ちょっと待て」

「あん?」

「このペンキ塗ったのは誰だ?」

「はあ? 誰でもいいだろ」

「お前らか?」

「だったらなんだよ」

「お前らなんだな?」

「ああ、俺らだよ。 それがどうした?」

「わかった」

「わかったじゃねーよ」

「てか、お前のせいで小遣いとんじまったじゃねーかよ」

「・・・殺すぞ」

「やれるもんならやってみろよ、俺らはな、ジャガー・・・ぐは!」


――ッッ


俺は男が喋り終わる前に腹に一発ぶち込んだ。


「がはっ・・・」


男はそのまましゃがみ込む。


「おい! 大丈夫かよ! てめぇ何すんだよ!」

「何すんだだと? そりゃこっちのセリフだよ。 なにペンキ塗りたてにしてんだよ」

「賭けだよ。 賭け。 ペンキ塗って、3分以内に人が座るかどうか賭けてたんだよ」

「んで? そこにまんまと俺が座ったと」

「ああ。 まんまとアホヅラしたお前がな」

「こんな赤くなっちまって、どうすんだよ」


俺は真っ赤に染まった制服をみて言った。


「お前、新山学園生か?」

「みりゃわかんだろ」

「お前、とんでもねーチームに手足してんの分かってんの?」

「チーム? しらねーよそんなの」


俺はファイティングポーズをとった。

瞬間、後ろに無数の殺気を感じた。


「お前、終わったな」


俺が振り返ると、鉄パイプを構えたやつや、風邪でもないのにマスクを付けたやつがざっと数えて20人はいる。


・・・おいおい。


「つかぬことを聞くけどさ、これってお前の仲間?」

「もちろん」

「そっか」


俺は逃げる体制をとる。

が、回りこまれた。


「諦めな。 ちょっとボコられるだけだからさ」


ちょっとって・・・。

死ぬかも、俺。

男たちはジリジリと俺に近づいてくる。

くそ・・・。

さすがにこの人数は無理だよな・・・どうする。

俺はあらゆる方法を考えた。


――ッッ


「うっ・・・」


俺は背後から強い衝撃を受けた。

竹の割れるような音が鼓膜をつんざいた。

意識が少しずつ薄れていく・・・。

おかしい・・・。

後ろはそれなりに警戒していたつもりだった。

なのに、もの凄いスピードで何かが近づき、俺の後頭部を一撃したのだ。


「・・・寝てろ」

「え? 誰?」


俺は薄れていく意識の中で微かに女の声を聞いた。


・・・。


ダメだ。

力が入らない。

お、おやすみなさい・・・。

俺は深い眠りについた・・・。

俺は眠りの中で、夢を見た。

少女がテキサスの荒野で数十人のギャングと戦っている夢。

少女の手には一本の日本刀が握られていた。

テキサスなのに日本刀・・・。

さすが夢だ。

少女はバッタバッタとギャングを斬っていく。

さ、サムライか・・・。

ギャングのひとりがピストルを少女に向ける。

危ない!

ピストルから銃弾が放たれる。

よけろ!!

え?

少女は刀で銃弾を弾き返した。


・・・。


漫画だ。

俺のみる夢はまるで漫画だ。

漫画ばっかり読んでるからだ。

くだらない。

もう寝よう。

いや、すでに寝てるのか。

夢見てるんだもんな。

どっちでもいいや・・・。


・・・。


「おい、大丈夫か?」


耳元で声がした。


「え? うん?」
「意識はあるか?」
「あ、ああ。 朝か?」
「そうだ。 朝だ」
「ギャングは?」
「ギャング? なんのことだ?」
「いや、こっちの話」


俺は意識がもどり、辺りを見渡した・・・。


第一章 退屈な街


・・・。


「おい、これどうなってんだよ!!」

 

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少女の周りには、さっき絡んできた連中が倒れている。


「まさか、これお前がやったのか?」
「なんの話だ?」
「いや、その、え?」


華奢な女が20人の男を相手に出来るはずがない。

一体どうなってんだ?


「私が来た時にはもう倒れていたぞ」
「マジかよ・・・誰がやったんだ?」


ふと、俺は少女の手に握られている物に気付いた。


「それって、竹刀か?」
「ち、違う!」


少女は握っているものを隠した。


「それ、竹刀だろ!」
「だとしたらなんだ?」
「やっぱりお前がやったのか!?」
「・・・・・・」
「お前、もしかしてサムライか?」
「サムライ? どうやら打ちどころが悪かったみたいだな」


俺は後頭部をさすった。

突然、衝撃が走って倒れたんだった。

衝撃・・・。

もしかして、俺を殴ったのって・・・。

俺は少女の隠した竹刀をみた。


「私がたまたま通りかかったら、お前がガラの悪そうな奴に絡まれていた」
「ああ」
「あまりにも可哀想だったんでちょっとだけ力を貸したまでだ」
「力を貸したって・・・」
「人が袋叩きにあっているのを見るのは、気持ちのいいものじゃないだろ。 安心しろみね打ちだ。 本気は出していない」
「竹刀にみね打ちとかあるのかよ・・・」
「何があったかは知らないが、勝てないケンカは買うな」
「勝てないケンカ?」


俺は少しムッとした。


「おまえ・・・」
「なんだ?」
「いや・・・何でもない。 助けて悪かったな」
「どういう意味だよ」


少女は俺から目をそらす。


「・・・弱い奴は戦うな」
「は? 俺が弱いだって? 一応、勝つ予定だったんだけど」
「勝つ予定か・・・物はいいようだな」
「てかさ、お前、俺の頭殴ったろ?」
「ほう、気づいたか。 なかなか鋭いじゃないか」
「なんで殴るんだよ!」
「邪魔だからだ。 ちょろちょとろ動かれたら、足でまといになるからな」


・・・なんだよ、こいつ。


「そんなことより、血が出てるぞ」
「血じゃねーよ、これはペンキだよ」
「ペンキ? なんでそんなものがついてるんだ? 紛らわしい」
「話せば長くなるからさ」
「私はてっきり、こいつらにやられてるのかと思ったんだが」
「わりぃけど、一発も殴られてねーよ。 お前以外にはな」
「そうか。 ところで、その制服、新山学園の生徒か?」
「そうだよ」
「そんな格好じゃ、学園に行けないだろ」


俺の制服はペンキで真っ赤に染まっている。


「どーせ行かないし」
「さぼりは良くないぞ」


そう言うと少女は、倒れている男の服を剥ぎ取った。


「おい! なにやってんだよ!」
「これを着ろ。 何気に制服っぽいぞ」
「山賊かお前は!」
「早くしろ」
「・・・わかったよ」


俺は仕方なく服を着替えた。


・・・。

 

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「しまった!」
「今度は、なんだよ」
「今何時だ?」
「え? えっと8時44分」


俺は携帯の時計をみた。


「まずい、走るぞ!」


少女はそういうとものすごいスピードで走りはじめた。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


俺もその後を追いかける。


・・・。


俺は少女のスピードに負けないように必死で食らいつく。


・・・速えぇ。


一応言っておくが、俺は確かにだらしない男だが運動神経が悪いわけじゃない。

昔の話だが、リトルリーグでは、エースで四番。

足だってそこら辺のやつよりは確実に速い自信がある。


・・・くそ。


俺は急な坂道を必死で登る。

少女の綺麗な髪が近づいてくる。

風になびき、彼女の髪の匂いが流れてくる。

あ、いいにおい。

・・・ラベンダーのにおいだ。

ちょっと気持ちがひるんだが、なんとか少女の隣に並んだ。

 

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「おまえ、なかなかやるな」
「え?」
「この坂で私についてこれるなんてな」
「必死だよ」
「名前は?」
「宗介、椿宗介」
「椿宗介。 変な名前だな」
「どこがだよ」
「あと9秒、8、7、6、5・・・」


カウントダウンと共に速度を上げていく。


やっぱり、速えぇ・・・。


俺は体力が完全に無くなり、どんどんと離されていく。

校門が見えてきた。

もう少し、あと少し。

少女は校門をくぐり抜け、一気に校舎の中に消えていった。

どうやら間に合ったようだ。

おめでとう、もうすぐ俺もゴールだぜ。

感動のフィナーレ。

俺は門をくぐり抜けた。


ピィィィィ!!!

 

「え?」

 

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「椿先輩・・・遅刻です!!」
「遅刻じゃねえだろ!」


俺は時計をみた。

8時45分。


「1秒遅かったみたいですね」
「1秒って」
「惜しかったなあ先輩。 あと1秒早かったらセーフだったのに。 ふふっ」


風紀委員の沢村アキナは悪戯っぽく笑った。


「なあ、沢村、お願いがあるんだけどさ」
「なんですか?」
「あのな、俺さ、頑張ったでしょ? ここまで全力で走ってきたわけじゃん。 努力してるよな? だからさ、1秒くらい大目にみてよ」
「それは出来ないですね。 ごめんなさい」
「なんでだよ。 ケチ!」
「先輩だけを特別扱いにはできません。 例外を出してしまうと、この先、面倒だし。 せれに先輩、今月に入ってもう9回目ですよ。 一回くらい増えたってどうって事ないですって」


沢村アキナは融通の利かない女だ。

まだ2年で後輩だが、生徒会の一員で、風紀委員も兼任しており、留学経験もあり、成績優秀。

まあ要するに学園の模範生徒というわけだ。

先生たちからの信頼も厚く、俺とは正反対だ。


「遅刻は3回で欠席1回の扱いだから、椿先輩は今月9回遅刻してるので、3回は学園を休んだって計算になりますね。 ふふっ」
「笑うな」
「あれ? 先輩、学生服おかしくないですか?」
「え? ああ」
「決まった服じゃなきゃ校則違反ですよ」
「違うよ。 新型だよ。 新型」
「新型? 意味がわかりません。 あ、ホームルーム始まっちゃいますよ。 早く教室に行ってください」
「お前、おぼえてろよ」
「すみません、規則ですから」
「あ、沢村、さっき俺の前に校門を全速力で走りぬけていった女いただろ?」
「女の人ですか?」
「そう、髪が長くて、スラっとした、あとラベンダーの香り・・・まあそれはいいや」
「え? 私、見てないです」
「いただろ。 あれ誰だ? お前なら知ってるだろ」
「髪の長くて、スラっとした。 うーん。 誰だろう。 全生徒の名前は把握してるつもりなんですけど」


どうやら、スピードが速すぎて沢村の目では認識不可能だったらしい。

ということは遅刻しても、あのくらいのスピードをだせば、沢村に気付かれないということか。

「あ、先輩! ほら教室に行ってください! あと、髪の毛長すぎ! 耳にピアスしてません? それからその新型の制服のボタンもとめてください!」
「わかったわかった」


沢村の生活指導が始まりそうになったので俺は逃げるように教室へ向かった。


・・・・・・。

 

・・・。


なんとかホームルームに間に合ったな。

 

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「みなさん、おはようございます」


担任の栗林夏美が入ってきた。

どこかミステリアスで教師っぽくない雰囲気をかもしだしている。


「今日は、ホームルームを始める前に、転入生を紹介します」


転入生。

6月という、また中途半端な時期に来たものだ。


「桜木さん、入って」


男か? 女か?

まあどっちにしろ俺には関係ない話だ。

教室の扉が開いて転入生とおぼしき女が入ってきた。

 

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「桜木さん、自己紹介してもらってもいい?」

「はい」


げ! こいつ、さっきの暴力女だ。

よりによってこいつが転入生とは、お決まりのパターンすぎる・・・。


「はじめまして、桜木ヒカルです。 父の仕事の都合で先週この街に引っ越してきました。 みなさん、よろしくお願いします」


ん? さっきと感じがちょっと違うな。


「先生、桜木さんの趣味とか知りたいわ」

「趣味ですか? そうですね、CDを聞いたり、お菓子を作ったり、あ、犬の散歩とか好きです」

「桜木さんは女の子っぽいのね」

「そんなことないです」

「まあいいわ。 じゃあ鈴木はるかさんの隣に座ってもらっていい?」

「はい」

 

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「桜木さん、よろしくね」
「こっちこそ、よろしく」


「この学園のこととか、授業のことで分からないことがあったら鈴木さんに聞いてね。 よろしく頼むわよ、鈴木さん」

「分かりました。 桜木さん! 何でも聞いてね」

「あ、うん。 ありがとう」


おかしい、公園で会った時とはまるで別人だ。 人違いか?


「最近、遅刻する生徒が増えてきています。 このクラスにも頻繁に、遅刻をする生徒が約1名いますね」


・・・。


「誰でしょうか? クラスのみんなは分かる?」


クラスの空気が少し重くなる。


「じゃあクイズ形式にしましょうか? だれが遅刻しているのか分かったら先生に教えてくれるかな? 早押しでいきましょ」


人をクイズにしやがって、このクソ教師・・・


「分かる人いない? じゃあ三択にする?」

「なんすか? 遅刻したら悪いんすかね?」

「正解。 答えは椿宗介、あなたよ!」

「やべー! 正解した」

「あなた、今月に入ってもう9回目よ。 今日で記念すべき10回目。 このままだと出席日数が足りなくて卒業できなくなるわよ」


・・・いちいちうるせぇよ。


「わかってるの?」

「はいはい」


栗林夏美は特に小うるさく、冷血で恐れられる、学園内では有名な女教師だ。

 

「・・・のろま」


ボソッと呟く声が聞こえた。


「あ?」

「・・・・・・」


・・・こいつ、やっぱりさっきの暴力女だ。 間違いない!


・・・・・・。

 

・・・。

 

・・・むにゃむにゃ。



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「宗介」


・・・むにゃむにゃ。


「おーい宗介くん」
「もう、おなかいっぱい」
「そうかそうか。 良かったな」
「うん、良かった」
「おいこら」
「ん?」
「ね~いつまで寝てんの?」
「あ、水嶋? 昼休み?」
「もうとっくに終わったよ。 ったくお前、ホームルームの後からずっと寝てたよ」
「朝からランニングしたから体が疲れはてちゃってさ」
「早朝ランニング? へぇ~、なんで?」


この、いかにもチャラそうな男は、水嶋だ。

残念なことに本当にチャラい。

学園ではなんの因果かずっと同じクラスという腐れ縁の仲である。

親友・・・。

いや、そういった類のものではない。

そもそも親友なんて必要だろうか。

俺にとっては楽で都合のいい遊び相手にすぎない。

水嶋にとっても、俺はそういう位置づけだろう。


「駅前にさ、新しいゲーセン出来たらしいよ~」
「ゲーセンか。 新しいっていうけどさ、中にあるゲームはどこも同じだろ」
「なに? あんまりノル気じゃない系?」
「ノル気じゃない系」
「じゃあカラオケ行く? 俺、歌いたい新曲があんだよね」
「やだよ。 お前、同じ歌を何回も歌うだろ? あれなんで?」
「え? 好きだからに決まってんじゃん」
「あれ、やめたほうがいいよ。 聴かされてる方はたまったもんじゃないから」
「あれあれ? 今日機嫌悪い系?」
「そうそう。 悪い系だよ」


俺の視線の先にはあの転入生、桜木ヒカルがいた。

はるかが、いろいろと学園のことを教えているようだ。


「あれ? もしかして気になっちゃう感じ?」
「なにがだよ」
「噂の転校生だよ」
「別に・・・」
「ヒカルちゃん、結構可愛いと思うんだよね。 お前、もしかしてタイプ?」
「んなわけねーだろ」
「あーゆうタイプは絶対、純粋だと思うんだよね。 俺の経験上」
「なに? 水嶋って、ああいうのがいいのか?」
「うん、俺、好きかも」
「やめとけ」
「なんで? あ、お前、俺がヒカルちゃんに取られるから嫉妬してるんだろ。 かわいいやつ」
「ばーか、ちがうよ」
「じゃあなんだよ」
「あいつと付き合ったら殺されるぞ」

 

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「へぇーヒカルちゃんって一人っ子なんだ」
「うん。 弟が昔いたんだけど、病気で死んじゃった」
「え? 死んだの?」
「そう」
「ごめん」
「うそ」
「なんだ! もうビックリさせないでよ!」
「ごめん、ごめん」
「ヒカルちゃんっておもしろいね。 前の学園でも人気あったでしょ?」
「ないない。 私、前の学園でいじめられてたから」
「え? いじめられてたの?」
「うん」
「ごめん」
「うそ」
「なんだもうビックリするじゃん」
「ごめんごめん」
「ヒカルちゃんやっぱり面白いよ。 芸人になったら?」


はるかはお人よしなところがある。


「ヒカルちゃんって、犬飼ってるんだよね?」
「え?」
「ほら、さっき犬の散歩が趣味だって」
「あ、うん。 飼ってるよ」
「どんな犬?」
「どんな犬?・・・普通の犬だよ」
「そっか」
「うん」
「あ、お菓子が得意だっていってたけど、どんなお菓子作るの?」
「え? ああ。 ケーキとかかな」
「そうなんだぁ!! 私もケーキ作るんだけど、なかなか美味しくできなくて・・・。 ヒカルちゃんはどんなケーキ作るの?」
「えっと、私は・・・スポンジ」
「え? スポンジ?」
「そう。 スポンジケーキを作るかな」
「そうなんだぁ・・・凄いね!」


話がかみ合っていないようだ。


「ねえ鈴木さん、この学園って部活は盛んなの?」
「部活かあ。 運動も文化系も両方ともそれなりじゃないかな」
「・・・ちなみに、剣術部ってある?」
「あったかなあ? え? ヒカルちゃんって剣術やってるの?」
「やってないよ。 どんな部があるのかなあって思って。 鈴木さんは部活に入ってる?」
「私は、色々あって入れないんだよね。 あ、それから、はるかでいいよ」
「あ、うん」


女子というのはどうしてこうも連帯感を持とうとするのか。

下の名前で呼ばれることが一種のステータスっていうか、仲良しの印みたいになっているのか。


「少しだけなら時間あるから、学園を案内しようか?」
「ほんとに? あ、嬉しいんだけど、また今度案内してもらおうかな」
「そっかそっか。 学園のことで分かんないことがあったら、この鈴木はるかに遠慮なく聞いてくださいな」
「ありがとう、鈴木さん」


その会話に無理矢理、水嶋が割り込む。


「チョリッス~」

「あ、水嶋くん」

「2人ともこの後、予定ある?」

「おい! 水嶋やめろよ」

「暇ならどっか遊びいかない? ビリヤードとかどう? ヒカルちゃんの転入祝いにさあ」

「ヒカルちゃん? ・・・お前は誰だ?」

「え? 俺? 俺はこのクラスで、一番かっこいいって言われてる水嶋で~す!! んでこっちがクラスで一番の問題児の椿宗介!」

「一番カッコイイの? これが?」

「え? そうだよ。 どっからどうみてもイケメンでしょ?」

「こういうのがイケメンっていうんだね。 難しいなぁ」

「ヒカルちゃんどうしたの?」

「いや、何でもないよ。 こっちの人はイケメンじゃないの?」


俺を指差した。


「はじめまして、桜木ヒカルさん。 椿宗介です。 趣味はゴルフ、血液型はB型、好きな色は赤、あと嫌いな女は暴力を振るう奴、よろしく」

「はじめまして、椿宗介さん。 桜木ヒカルです」

「・・・はじめましてじゃ、ないよな?」

「え? はじめまして、ですが・・・」

「朝会っただろ?」

「・・・さあ。 何の話ですか?」

「とぼけるなよ。 公園で会ったじゃないかよ」

「おい宗介、そのナンパのやり方、もう古いから」

「ナンパじゃねーよ」

「あ、宗介、なんで遅刻したのよ」

「なんでって・・・その」

「どうしてすぐにサボろうとするかな。 寄り道でもしたんでしょ?」

「し、してねえよ」

「寄り道? そういえば、ちょうど寄り道に最適な公園があるよね」


こいつ・・・。


「あれ? 宗介、制服がおかしいね」

「そうか? これ、新型だぞ」

「新型? いつもと違うような・・・」」

「気のせいだろ」

「2人はなんだか仲がよさそうだね」

「ああ、こいつら幼馴染なんだよ。 将来結婚するんだっけ?」

「馬鹿、誰がこんな奴と」

「こんな奴ってほんと失礼ね。 結婚とかそういう関係じゃないから。 ただのご近所さん」

「またまた。 隠さなくていいって。 ほんとは付き合ってんだろ? 毎朝、はるかちゃんが総介を起こしてるらしいじゃん」

「付き合ってねーよ。 それに部屋には入れたことないし・・・」

「それは、宗介のおばさんに頼まれてるからだよ。 それに小さいころから一緒だからそういう感情じゃなくて兄弟みたいな感じかな」

「てかさあ、はるかちゃんはこいつのどこがいいわけ?」

「だから、お前、話聞いてた?」

「あーあ。 世の中、不公平だよな。 お前みたいなブサイクには、はるかちゃんみたいな可愛い子がいるっていうのに、俺にはいないっておかしくねえ?」

「おまえ、今ブサイクっていったろ?」

「私、帰るね」

「あ、ちょっと待ってよ! ヒカルちゃんは幼馴染っている?」

「いないよ」

「だよね。 普通いないよね」

「あのなあ、言っとくけど、こいつは顔はまあまあかもしれないけどなあ、料理とか全然できないし、掃除もできないし、野菜売るくらいしか取り柄のない女だよ」

「ちょっと、宗介! それどういう意味?」

「ほんとのこと言っただけじゃん」

「おまえ、何てこと言うんだよ、はるかちゃんに謝れ! 土下座しろ!」

「ねえヒカルちゃんどう思う? この態度」

「・・・仲がいいんだね」

「え? どこが?」

「そんなことよりお前、時間大丈夫か?」

「あ、いっけない! こんな時間だ! ヒカルちゃん、水嶋くん、また明日ね。 バイバイ」


はるかは教室を出ていった。


「鈴木さん、この後、何かあるの?」

「ああ、毎日毎日ご苦労なこった」

「はるかちゃん偉いよな。 親父さんの店手伝って」

「店?」

「鈴木青果店、あそこの野菜は新鮮だからぜひ利用してやってくれ」

「ヒカルちゃんは暇でしょ? 遊びに行こうぜー!」

「・・・私、帰る」

「えーいいじゃん。 ダーツいこうぜ」

「・・・馴れ馴れしいぞ」

「え? キャラ変わった?」

「あ、ごめんなさい。 私も色々と用事があるから」

「お前も八百屋の娘かなんかか?」

「椿くんって、面白いこというんですね」

「なあ、教室にはあれ、持ってこないんだな」

「あれって何の事?」

「何の事ってあれだよあれ、凶器」

「凶器? え? ヒカルちゃん凶器持ってるの?」

「言ってる意味がよくわからないんだけど・・・」

「隠さなくていいって、朝、チンピラを一掃してたなんてこと」

「それ、どういうこと?」

「なんで私がチンピラと・・・」

「朝さ、緑ヶ丘公園でこいつがさ、チンピラ相手にケンカしてたんだよ。 相手は20人ぐらいだったかな」

「20人!? 冗談でしょ」

「あの・・・夢でも見てたんじゃない? あなたと会うの初めてだし」

「初めてって、朝、公園で会ったじゃねーかよ」

「公園? 私、そんな所に寄ってないよ」

「うそつけよ。 その制服、覚えてるもん」

「・・・人違いだよ」

「ねぇそんなことよりダーツ行こうよぉ。 クリケットやろうよぉ」

「じゃあね」


桜木はカバンを持ち、立ち去ろうとした。


「なんで隠すんだよ?」

「隠してないよ」

「そんなにダメか? 強い女って?」


「私は普通の女子生徒よ。 チンピラなんか相手に出来るわけがないでしょ? それに、こんなか弱い腕でどうやって戦うっていうの?」

「か弱い?」

「こんな華奢な腕でどうやって戦うの」


桜木はそういって俺に手を差し出した。


・・・確かに細い。


「宗介? お前、人違いしてるんじゃない?」

「誰にだって間違いはあるし、それに私みたいな女の子はたくさんいるし、別に怒ってないから」


・・・やっぱり人違いだったのかな。


「それじゃ」


桜木が俺の前を通った瞬間、髪の毛からいい香りがした。

ラベンダーの香り。


・・・いや、絶対に人違いなんかじゃねえ。


「あーあ。 ヒカルちゃん行っちゃったじゃんかよ! どうするよこれから」
「ダーツ行くんじゃねえの?」
「お前と二人でダーツ行って何が楽しいんだよ。 何に向かって俺はダーツをなげればいいんだよ。 じゃあ、あれやっちゃう? 対戦型クイズゲーム"クエッション×クエッション"!」


クエッション×クエッション、通常クエクエというのは、通信で全国のクイズ好きと戦える早押しゲームだ。


「いいや。 遠慮しとくよ」
「・・・そうだな」


教室の隅から変な声がした。


「おい、今、ニャ~っていったか?」
「いや」
「いま、確かに聞こえたよな?」
「あ、ああ。 まただ」


聞こえた方を見ると1人の生徒が座っている。


「なあ、あっちの方から聞こえたよな」
「ああ」


その生徒に近づいた。

 

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「なあ、猫飼ってるか?」

「え? 猫、ですか?」

「そう、猫」


こいつの名前は佐田リコ。

クラスでは特に目立った存在ではない。

何度席替えをしてもいつも、前の席になるという強運の持ち主だ。

もちろん、ちゃんと話したこともない。


「猫さん飼ってないです」


・・・こいつ動物にさん付けかよ。


「今ここら辺から、猫の鳴き声らしきものが聞こえたんだけどなぁ。 俺の勘違いかな? 水嶋も聞こえたっていってんだけど」

「か、飼ってない・・・ニャー・・・」

「お前、そんなしゃべり方なの?」

「そうニャー、こんなしゃべり方ニャー」


明らかに今の声は本物の猫の声だ。


「ニャー・・・」

「なあ、そのカバン開けてもいい?」

「だ、ダメです。 これだけは、ダメです。 じゃなかった、ダメニャー」


俺はカバンを開けた。

 

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中から真っ白い猫が飛び出してくる。


「わぁ!」


白い猫は一目散に教室を飛び出し廊下を駆け抜けていった。


「待って! ミュウちゃん!! 待って!!」


その猫を追う佐田。


「あ!」


佐田はつまずいた。


「ぐ・・・いたいですぅ・・・猫さん・・・」

「佐田、大丈夫か?」

「ミュウちゃん、いなくなりました」

「あれってリコちゃんの猫だったの?」

「そうです。 あたしの猫です。 白猫のミュウちゃん」

「悪かったな。 でも学園に猫なんかもってくるか普通」

「でも、あたししかお世話する人いないから」

「家族に面倒みてもらえばいいじゃねーかよ」

「お母さもお父さんも飼っちゃダメっていうんです」

「じゃあどうやって飼ってんだよ」

「まあ飼ってるっていっても昨日、公園で見つけただけですけど。 それをカバンに無理矢理つめこんで、持って帰ったんです」

「おい」

「そして、お母さんに飼っていい? ってきいたら戻して来なさいっていわれたから、返すフリをしてそのまま学園に持ってきました」

「それって誘拐じゃね?」

「違います。 あの猫さん、ミュウちゃんはあたしにいったんです。 リコちゃんミュウを飼ってって」

「そのわりには、すげースピードで逃げていったけどな」

「いいえ。 ひとりぼっちでずっと寂しかったって、ミュウちゃんいいました」

「なんでわかんだよ。 ほんとは、ほっといて欲しかったんじゃないのか?」

「あたし、動物とお話することが出来るんです」

「へぇ~・・・ってウソつけ」

「本当です。 でも誰も信じてくれないんです」

「普通は信じないよね、そんな話」

「まあなんでもいいけどさ、野良猫でも勝手に拾ったら犯罪だからね」

「そうなんですか?」

「しらねーけど、そうなんじゃないの?」

「まあそうだよね。 俺がコンビニでオニギリみてさ、『このオニギリさん、俺に食って欲しいっていってるぅ~』ってパクッたら即、交番行きだもんな」

「それいい例えだな」

「分かりました。 今度はもっとうまくやります。 もっと素早くカバンにつめます」

「なんもわかってねえだろ」

「あ! ミュウちゃん探しにいかなきゃ! では、さようならです」

「おい!」


・・・。


「なんかうちのクラスって変なヤツ多くね?」


お前を含めてな。


「みなさん、こんにちは。 わたくしが通りますよ」


突然、教室の扉が開くと、とてつもない光景が飛び込んできた。

 

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二人の生徒が、ソファーを抱えている。

そのソファーの上に少女が寝そべっていた。

なんだこれは・・・。


「やべ、レイカ様だ! 俺、先に帰るわ!」


水嶋は逃げるように教室を出ていった。


「おい、待てよ!」


・・・レイカ様?

気付けば教室には俺一人だ。


「あら? あなた一人?」


隣のクラスの神山レイカ

うちの学園ではその名を知らない者はいない。

神山家といえば代々この街の地主であり資産家で、あらゆる事業を展開するKAMIYAMAグループの創始者の一族だ。

近年、この街にやたらとショッピングモールができたり、駅ビルが巨大化したり、急行が止まるようになったりしたのはKAMIYAMAグループの力らしい。

イカはその神山グループの令嬢だ。


「今日はこのクラスの方々にチャンスを与えに来ました」

「チャンス?」

「そうチャンス。 私、今度、ピアノコンサートを開催することになったの」

「あ、そう。 そんなことより、なんでソファーに乗ってんだよ」

「どうしてソファーに乗ってるかですって? 楽だからに決まってるでしょ」

「下の奴らつらそうだけど」


ソファーを抱えている二人の生徒の手がプルプルと震えている。


「そんなことはどうでもいいのよ。 今重要なのは、私がピアノコンサートを開催するってことでしょ?」

「ああ、そうですね」

「そのコンサートのポスター撮りが今週の日曜にあるのよ」

「へえ~」

「ひとりで映ってもいいんだけど、やっぱり引き立て役が必要でしょ?」

「引き立て役?」

「私の引き立て役オーディションを開催しようと思っているの。 この方に、あれをお渡しして」


イカのソファーを支えている生徒がビラのようなものを渡してきた。

イカにはいつも取り巻きの生徒が数名いる。

学園では『レイカ会』と呼ばれ恐れられているのだ。

イカ会の活動内容は不明だが、敵に回すとこの学園ではやっていけないという噂があるのでレイカ会に逆らおうとする者は誰もいない。


「・・・レイカの引き立て役オーディション開催のお知らせ」

「あなた、確か、椿宗介くんよね?」

「そうだけど」

「やっぱり。 あなたの噂は聞いてるわ。 なんでも学園一の遅刻王として君臨してるそうね。 まあ、他にいろいろとあるみたいだけど?」

「遅刻王って・・・まあ光栄だね。 俺みたいな生徒おぼえてくれてて」

「興味があるわ」


イカは寝そべっている体を少しだけ起こした。


「それはどうも。 てか人と話すときに寝て話すかよ、普通」

「あなた、今度のオーディション受けてみない?」

「やだよ」

「あなた、きっといいところまでいけると思うわよ。 いいところまでいって落ちるかもしれないけど、それはあなたの努力次第ね」

「俺はパスするよ」


なにが楽しくてこんな奴の引き立て役にならなきゃいけねーんだよ。


「私の誘いを断る気?」

「オーディションとか興味ないから」

「オーディションは今週の日曜日、10時からよ。 気が向いたらきてちょうだい。 場所はその紙に書いてあるわ」


ビラをみると確かに地図がある。

金持ちのくせに手書きの汚いビラ。

地図もグチャグチャだ。


「俺、絶対にいかないよ」

「優勝賞金も大量に用意するわ。 悪い話じゃないと思うんだけど。 庶民のあなたにとっては手から喉がでるほど欲しい大金でしょ」

「手から喉が出たらこえーよ」

 

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「わ、わざとよ!」


どうやらレイカは国語が苦手らしい。


「金で俺に恥をさらせってか?」

「恥? なにを言ってるの? 意味がわからないわ」

「『レイカ会』だっけ? なんかしょーもないことやってないで、バイトでもしたら?」

「バ、バイト?バイトってあの一時間いくらとかそういう、はした金の為に、汗びっしょりになるっていう行為のこと?」

「かわいそうなヤツ」

「椿宗介、あなたレイカ会を敵に回そうっていうの?」

「いや、そんなつもり全然ないから」

「くっ・・・椿宗介、あなたの名前『レイカ会危険人物リスト』に追加させてもらうわ」

「なんじゃそりゃ」

「ほら! 生徒A、今すぐに追加しなさい! 危険人物リスト003椿宗介よ」


後ろにいた生徒があわててノートとペンをだした。

003?

他に2人いるのか・・・


「何やってるのよ椿宗介よ。 え? 漢字? あなた、つばきってどういう字書くの?」

「木へんに春だよ」

「木へんに春よ! 早く書きなさい!」


イカは漢字もあまり得意じゃないらしい。


「ソウスケはどう書くの!」

「ひらがなでいいよ。 めんどくせぇ」

「ひ、ひらがなよ! ひらがなで書きなさい!」

「書いた?」

「書いたわ。 このリストに名前を書かれたらどうなるかわかっているわね」

「どうなんの?」

「なにか嫌なことがおこるわ。 すごく嫌~なことよ」

「なんだよ嫌なことって」

「靴が無くなったり、お弁当箱がなくなったり、変なあだ名をつけられたり、つまりそういう、ささいな嫌なことがおこるわ」

「小せぇよ」

「このノートにはボールペンで書いたから消せないんだからね! このリストの恐ろしさ思い知るがいいわ」

「わかんねぇよ!」

「それからオーディションには必ず来るのよ。 来なかったらイスに画鋲とか仕掛けることになるんだから!」

「だから、小せぇよ」

「私をここまで馬鹿にした男はあなたがはじめてよ。 さすが、噂になっている男だけあるわね」

「あ、俺、遅刻王だからさ、そのオーディションだっけ? それも多分遅刻すると思うよ」

「ふん、そうやって強がっていられるのも今のうちよ。 今に私の虜にしてみせるんだから」

「虜ねえ・・・」

「行くわよ。 生徒A、生徒B!」


そういうとレイカを乗せたソファーは教室を出ていった。


・・・。


オーディション・・・行くわけねぇじゃん。

ていうか、怖いもの知らずだ。

さすが神山グループの令嬢だ。

・・・どうなったって、知らねえぞ。

やっぱりこの学園は変なヤツが多すぎる。

窓から外を見ると、空も暗くなり始めていた。


「そろそろ帰るか」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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6月といっても少し肌寒い日が続いている。

俺は自称不良だから、タバコも酒もやる。

・・・というのはウソでタバコは苦くて吸えたもんじゃないし、酒だって苦くて飲めたもんじゃない。

街は相変わらず楽しそうな人たちで溢れかえっている。

手を繋いで必要以上に寄り添っているカップル。

買物袋をたくさんぶら下げた仲のよさそうな家族。

どーでもいい会話ではしゃいでいる学生の群。

俺はというと、なにをするでもなく、ひとりポツンと街にいる。

毎日、この時間は憂鬱になる。

俺はこの先なにになるんだろう。

進学するほど頭もよくないし、かといって特別な才能があるわけでもない。

昔はよく行っていたバッティングセンターがみえてきた。

野球なんてくだらねえよ。


・・・。


「椿くん、なにニャーニャーしてるんですか~?」

「わぁ!」

 

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「こんばんニャー」
「・・・お前は、佐田リコ」
「はい、リコです。 リコと呼んでください。 なにしてるんですか?」
「なんもしてねーよ。 てかお前、猫みつかったか?」
「それがミュウちゃん、みつからないんです」
「だろうな」
「リコは、ミュウちゃんと約束したんです」
「なんて?」
「リコが育ててあげるからねって」
「それはお前が勝手にしただけで、向こうには伝わってないと思うぞ」
「そしたらミュウちゃんが『ありがとう佐田さん』っていったんです」
「佐田さんって呼ぶんだ? あの猫」
「ミュウちゃん意外と礼儀正しい猫です」
「礼儀正しい猫ってどんな猫だよ」
「あたしとミュウちゃんは運命で結ばれてるんだって思って、カバンに詰めました」
「おいおい」
「あたし、小さい頃から動物と話せるんです。 そういう能力があって」
「いや、水を差すようで悪いんだけどさ、それ勘違いだと思うよ」
「違います。 本当なんです。 でも誰も信じてくれないけど」
「そりゃそうだろ」
「椿くんは信じてくれますか?」
「信じるもなにも、そういうことは科学的に不可能だから」
「科学では無理でも、リコには無理じゃないんです」
「じゃあ証拠見せてみろよ。 リコが動物としゃべれるって証拠」


俺はいたずらっぽくいった。


「ぐぅぐぅ・・・わかりました。 あたしが動物たちとしゃべれるってことを証明します」
「じゃあさあ、あそこにカラスがとまってるだろ」


電線にカラスさんが2羽とまっている。


「あ、カラスさんかわいい。 もって帰りたい」
「あのカラスが今なんていってるか教えてくれよ」
「わかりました」


リコはカラスをじっとみている。


「ほら、なんていったんだ?」
「静かにしてください! 集中できません」
「すまん・・・」
「は、腹へった。 なんか食いもんねーかなぁ。 三日も飯食ってねぇもんなぁ。 最近じゃ都会も残飯が減ってきたよなぁ。 これが不景気ってやつか」
「おまえ、適当にいってるだろ。 カラスが不景気とか気にするか」
「お腹すきました」
「お前がいいたいこといっただけかよ・・・」
「でも、あのカラスさんもお腹すいてるみたいです。 本当にそういってます」
「そんなんだったら俺でも出来るわ」
「やっぱり信じてもらえない。 誰にも信じてもらえないならこんな能力なんて最初からなかったらよかったのに」


今にも泣きそうな顔をした。


「わかったよ。 信じるよ」
「ほんとうですか!!」
「信じる信じる。 リコは動物と話せるよ。 これでいいか?」
「うれしいです。 椿くんって壊そうだから、もっといじわるな人だと思ってたけど、いい人だったんですね」


リコと話していると調子が狂ってしまう。


「猫はもういいのか?」
「大丈夫です。 新しい猫さん探します」
「勝手にさらったりするなよ」
「友達、いっぱい欲しいです」
「え?」
「友達いっぱいだと、リコはもっと楽しくなると思います」
「お前、クラスに友達いないのか?」
「います。 飼育小屋のうさぎさんとか、たまにグランドにくる犬さんとか、窓からみえる木の枝にとまってる鳩さんとか、ナメクジさんとか」
「いや、動物とか虫とかじゃなくて、人間の友達はいないのかってこと」
「人間の友達?」
「そうだよ」
「います」
「誰?」
「椿宗介くんです」


いつから俺がお前の友達になったんだよ。


「リコと宗介くんは友達です」
「お前、バカじゃねえの?」


・・・友達なんてくだんねぇよ。


「カラスさん~! あたし~! 今日~! 椿宗介くんと~友達になったよ~! 人間ではじめての友達ができたよ~!」
「おい! 大きな声で変なこというな! 誰かに聞かれたらどうすんだよ!」
「カラスさんバイバイ~!」
「いま、カラスのやつなんていったんだ?」
「人間はあんまり信用するなって」
「そうか」
「人間は怖いです。 おそろしいです」
「なあ、俺なんかよりさ、女子と仲良くなれよ」
「あたし、クラスの女の子と話したことありません」
「誰とも話したことないのか?」
「はい。 飼育小屋のうさぎさんとはよく話します。 うさぎさんはもうニンジンはコリゴリだとよくいいます」
「ニンジンやっとけばオッケーみたいになってるもんな」
「あたし、人間の女の子となにを話せばいいかわかんないんです。 宗介くん、教えてくれませんか?」
「自分の好きな話するのが一番だ。 相手に合わせてると疲れるからな」
「うさぎさんは、寂しくなると死ぬといわれてますが、そんなに簡単には死にません」
「死なないんだ・・・」
「金魚は死んですぐに、塩水につけると生き返ることもありますが、たいてい死にます」
「あ、今度は死ぬんだ」
バーバリーライオンは絶滅しました。 残念です」
「絶滅したんだ・・・あのさ、絶滅とか死んだとかそういう不吉な話じゃなくてもっと明るい話ないの?」
「明るい話・・・あ、あります」
「お、なんだ??」
「夜、口笛を吹くと蛇がでるといいますが、あたしは口笛が吹けません」
「・・・そうなんだ。 で?」
「つまらないですか?」
「つまらないっつうか、なんていっていいか困るな。 てか明るい話しろっていってんじゃん」
「提灯あんこうの光は、いうほど明るくありません」
「だから、明るい話しろっていってんだろ!」
「・・・こわい。 やっぱり友達できません」
「はるかとかどうだ? 鈴木はるか」
「鈴木はるかさん?」
「あいつはまぁ、いい奴だから仲良くなれるとおもうぞ」
「鈴木はるかさん。 わかりました。 明日から挑戦してみます」
「あ、あとな、こいつは友達になるなって奴がいるよ」
「誰ですか?」
「桜木ヒカル」
「桜木ヒカルさんって今日、転入してきた桜木さんですか?」
「絶対に友達になったらダメだぞ。 近づいてもいけないぞ」
「どうしてですか?」
「今からいうこと誰にもしゃべっちゃダメだぞ」
「わかりました。 リコ誰にもいいません」
「あの桜木って女な、とんでもない暴力女なんだよ」
「暴力?」
「あいつな、金属バットで人をボコボコにするんだ」
「ボコボコ・・・」
「朝、公園でみたんだよ。 あいつがチンピラを血が出るまで殴り続けてたのをさ」
「血っ~!!」
「だから、あいつとは絶対に友達になるなよ」
「桜木ヒカルさんは、動物もボコボコにしますか?」
「当たり前じゃん。 人をボコボコにするやつが、動物をボコボコにしないわけねーだろ」
「ひどいです。 許せません」
「金属バットでゴリラとか熊とかを滅多打ちだからね」
「ゴリラを・・・」
「そうだよ」
「ゴリラは抵抗しないんですか?」
「してたよ。 だけどゴリラより強いんだよあの女」
「なんでそんな人がうちの学園にきたんだろう」
「前の学園で生徒を50人くらいボコボコにして居場所がなくなったんだってさ」
「そ、そんなぁ。 50人ってクラス壊滅の危機です」
「だから桜木ヒカルにだけは気をつけろよ」
「近づきません。 あたしボコボコにだけはなりたくないです」
「よしよし」


「だれがゴリラと格闘したんだ?」


「いや、だから桜木ヒカルだって・・・あっ」

 

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そこにはクールな表情の桜木がいた。


「あ・・・、あ・・・」

「椿宗介だったよな」

「桜木ヒカル!?」

「あ・・・、あ・・・」


リコは桜木におびえている。


「名前は?」


桜木はリコに尋ねた。


「佐田リコです」

「佐田リコ。 変な名前だな」

「は、はい」

「佐田も同じクラスか?」

「違います」

「じゃあ隣のクラスか?」

「違います」


リコは桜木のいう質問を完全に拒絶している。


「おまえとは話したくないってさ」

「椿、おまえ私に恨みでもあるのか?」

「動物をいじめないでください」

「いじめてない」

「宗介くんがゴリラや熊をいじめたって」

「誤解しないでほしいんだけど、動物をいじめたりしないから」

「それ! その背中にあるのはなんですか!」

「これは、なんでもない」

「いいえ、それは例の血まみれの金属バットでしょ!」

「それでボコボコにしますか?」

「動物にそんなことはしない。 動物は好きだ」

「じゃあ誰をボコボコにしますか?」

「・・・誰もしないよ」

「よくいうよ。 朝、公園でチンピラを殴ってたのは事実だもんな」

「まだそんなこと言ってるのか?」

「お前に間違いねーだろ。 なんで隠してるかしらねーけど、認めろよ」

「しつこい男だな」

「あ! 猫さん」


リコが指差した先には、学園から逃げ出した真っ白な猫がいた。


「あ、まってミュウちゃん!!」


リコは猫を追いかけて去っていった。


「あれは佐田の猫か?」
「野良猫みたいだぞ」
「そうか、野良猫か」
「動物と話せるんだってさ」
「動物と話せるなんて本気でいってるのか?」
「ああ、さっきあのカラスと会話してたぞ」
「カラスと会話か。 頭、大丈夫か?」
「俺はまともだよ」
「鳥は自由でいいな」
「そうだな」
「なあ、ちょっとついてきてくれないか。 一つ頼みがあるんだ」
「さあどうだろうね。 おまえ次第じゃね」
「頼む」


桜木が少し悲しい目をしたのを、見逃さなかった。


「分かったよ、ちょっとだけだからな? 分かってんだろ?」
「分かっているさ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「頼みってなんだ?」
「もう隠すのも面倒になってしまってな」
「やっと認めたか」
「もう、二度と会うことはないと思っていたんだが、まさか同じクラスになってしまうとは予定外だった」
「最初から、素直に話せばいいんだよ」
「・・・今朝あったこと、誰にも言わないで欲しいんだ」
「チンピラと公園で乱闘したことか?」
「そうだ」
「てかさぁ、なんでしゃべっちゃだめなの? いいじゃん、女が20人のチンピラを倒すなんてニュースになるぜ!」
「やめてくれ!」
「え!?」
「もう、その話をするのはやめてくれないか」
「どうしたんだよ」
「あれはきまぐれだったんだ。 あれは、私の意志じゃない」
「おい、大丈夫か?」
「お前が、あんな連中に絡まれたりしなければ、これを使うことなんて、もう、無かったんだ」
「落ち着けって」
「あの時、私はこれを処分するつもりだったのに・・・」
「処分?」
「私にとってこれは、もってはいけない呪いなんだ」


桜木は袋から竹刀を抜いた。


「どうする気だよ」
「こんなもの!」


――ッッ


桜木は竹刀を真っ二つに折ろうとする、


「おいやめろって!」


俺は桜木を止める。


「離してくれ、こいつの、こいつのせいで・・・」


桜木は竹刀を膝で折ろうとしている。

 

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「守るためだ。 こいつは何かを守るためにあるはずなのに!」
「わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
「止めないでくれ!!」
「竹刀なんて折るもんじゃねーだろ!」
「お願いだ。 誰にも今日のことは話さないでくれ」
「分かったよ! 話さない! だから落ち着けって」
「・・・・・・」
「何があったんだよ」
「もう私は、竹刀を握ってはいけないんだ。 公園で使ったのが本当に最後だ」
「なんで使っちゃだめなんだよ?」
「それは・・・」
「・・・まあ、理由はわかんねーけど、今日のことは誰にも言わねーから。 約束する」
「本当か?」
「もちろんだ。 俺、不良だけどさ、口は堅いから」
「ありがとう」
「でも、なんでそこまで隠すかね~」
「私は、その、普通でいたいんだ」
「普通? 大丈夫だって。 見た目は普通だから」
「普通の女の子はやっぱり化粧とか、そういうのが好きだろ。 あと占いとか好きじゃないか? 誰が何型で性格がどうだとか、昨日のドラマに出てたあの俳優がカッコイイとか、そういうのが好きだろ」
「まあ、そんな感じだろうな」
「私もそういう風になりたいって思うんだ」
「なろうと思ってなるものじゃないぞ」
「この竹刀、もらってくれないか?」
「え? 俺が?」
「もらってやってくれ。 私の一番大切だったものだ」
「いや、そんな風にいわれると余計にいらねえんだけど」
「・・・もう、見たくないんだ」
「分かったよ。 これは俺が預かっとくよ」
「ありがとう」
「これ振ったら、筋肉つくかな?」
「一日100回振れば、そのふぬけた顔もしまると思うぞ」
「ふぬけってお前なぁ・・・」
「じゃあ、さよなら」


桜木は去って行った。

この竹刀どうすっかな・・・。

ここに捨てるわけにはいかねぇしなぁ。

とりあえず家に持って帰るか。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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俺にとって今日はいつもより長い一日だった。

桜木ヒカル。

チンピラをぶっとばすスーパー女子学生。

とんでもないヤツが転入してきたものだ。

桜木のいった言葉を思い出した。


『私は、その、普通でいたいんだ』


普通は退屈だ。

それは俺が一番よく知っている。

俺は部屋の隅の姿見をみた。

ふぬけ・・・いやそんなことねぇよな。

それなりにカッコイイと自分では思っている。

鏡の前でキメ顔を作ってみる。

この右斜35度くらいが一番カッコイイ。

だから写メやプリクラをとるときはいつもこの角度を作り出す。

右斜35度の男。

ああ、俺ってナルシスト的な部分があるなあ。

きもちわりぃ。

もう一度鏡をみる。

ふぬけた顔。

どーせ俺はふぬけだよ。

あ~あなんかテンション落ちたからゲームでもやろっと。

俺は超大作RPGの新作をカバンから取りだした。

所詮はゲーム。

この世界でレベルが上がっても、リアルではなんの役にもたたないのだ。

・・・といっても、おれはこれくらいしかやることないしな。

俺はゲーム機の電源をONにした。

最近のゲームはやたらとグラフィックがすごいな。

オープニングムービーが流れる。

『剣と勇気のファンタジー ソード オブ ブレイブⅧ』

通称SOB、ソーブレとも呼ばれている。

ゲームやってるやつなら大概の人間がプレイしてるほどの有名な作品の最新作だ。

もう8作目か・・・これどんどん面白くなくなってるんだよなあ。

剣と勇気。

剣・・・。

ん? メールか。

受信ボックスを開く。

差出人はマコトだ。


『今日も一日、お疲れ様で~す! 宗介くんはどんな一日だったかな?』


相変わらず気楽なメールだな。


『マコトはね、今日、ワイハにいるんだよ~!』


ワイハ?


『スキューバしたり、サンゴ礁とたわむれたりしたのだ! 宗介くんは今日は何かあったかなぁ? マコト、知りたいなぁ。 ハート 返信、待ってます!』


俺はマコトに返信メールを打つ。


『今日は、特に変わったことは無かったよ。 いつもと変わらない平凡な一日ってとこかな ハワイか~。 いいなぁ~。 俺も一度は行ってみたいです』


こんなもんでいいだろ。

俺はマコトにメールを返信する。

ゲーム画面をボーっと見つめた。

・・・今日はやめとくか。

俺はゲームのスイッチをOFFにした。

もう寝よう。


・・・・・・。

 

・・・。

 

第一章 ヒカル編

 

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「宗介~、宗介!」
「ん?」
「いつまで寝てるの~。 ほんとに寝るのが仕事みたいになってるよ~。 起きてくださ~い!」
「あ、ああ」
「もう昼休みだよ」


俺は熟睡していたらしい。

本を読んでいる桜木と目が合いそうになり俺は視線をはずした。


「お弁当は持ってきたの?」
「ああ」
「そっか。 ちゃんと食べないと体に毒だよ」
「わかってるよ」

 

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「ねぇヒカルちゃん! なに読んでるの?」
「・・・小説」
「お昼ご飯、一緒に食べない?」
「別に、構わないが」
「じゃあ、中庭で一緒に食べようよ」
「そうだな。 まだ学園のことも良く分かってないから、助かるな」
「あれ? ヒカルちゃんなんか、ちょっと雰囲気変わった?」
「そ、そう? 私は普通だよ」
「う~ん。 なんか違う気がするんだよね~。 昨日はもっと女の子っぽい感じだったんだけどなぁ~」
「え~やだ~鈴木さん何いってるの~。 勘違いだって~」

「大変だなおまえも」

「え~なにいってるの? 椿くんまで~あはは~」

「疲れないか?」

「少し」

「なんかヒカルちゃん、そっちの方がいいよ」

「そっちって?」

「さっぱりしてるほうが、ヒカルちゃんにあってる。 なんかかっこいいなぁ」

「かっこいいか。 鈴木さんは女の私から見ても可愛いと思うぞ」

「そんな事ないよ。 私、案外ズボラだったりするし」

「そうは見えないけどな」

「はるかは、ズボラだよな~」

「宗介には言われたくないけどな~」


俺は教室を出た。


・・・。

 

学園には噴水があって、その周りには綺麗に整備された中庭がある。

新山学園は無駄に綺麗で、校舎や体育館、ロッカールーム、教室の机やイスに至るまで新品のような美しさを徹底している。

スポーツ施設などは、まるで会員制の高級ジムのようなクオリティだ。

どうやら神山レイカの父が社長を務める、神山グループが学園に多額の寄付をしているらしい。

 

「一緒には食べないんだな?」

「そういうの、苦手なんだよ」

「そうか」


俺は、はるかと桜木から離れて座り弁当を食べる。

 

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「鈴木さん、この学園のこと教えてもらえないか?」
「え? う~ん。 なにが知りたい?」
「そうだな、学問のこととか、部活のこととかかな」
「勉強にはうるさい学園かなぁ。 進学率もいいみたいだし」
編入テストはかなり難しかったからな」
「部活はどうだろう。 野球部とかは凄いみたいだけど、あんまり盛んって感じじゃないかも」
「そうか」
「ヒカルちゃんは休みの日とかは何してるの?」
「休みの日は、普通のことをしている」
「普通?」
「ああ」
「そっかぁ」


相変わらず会話がはずんでない様子だ。


「お腹もいっぱいになったし、そろそろ教室に戻ろっか」
「なあ、あれはなんだ?」


桜木が指差した方向に、近代的なこの学園にしては珍しい建物があった。


「あれ? あれはなんだろう」
「あそこは授業で使ったりしないのか?」
「私は使ったことないけど、使ったことある人いるのかなあ」

「昔使ってた教室とかなんじゃねえの?」


俺は弁当をたいらげ、話に混じる。


「教室というよりは、体育館のようにみえるけどな」

「でも、うちの体育館はあっちだよ。 屋上にはプールがあるんだよね。 雨が降っても大丈夫なように天井が開閉式なの」

「じゃあ体育館でもないのか」

「それにしても不気味じゃね? 幽霊とか出てきそうな感じだしさ」

「・・・行ってみないか」

「やめとけよ。 行ったところでなんもねーよ」

「あそこって誰も近づかないんだよね。 ほら、よくみてよ。 鉄の柵がしてあるでしょ?」

「あ、ほんとだ。 トゲトゲしてるな。 中に入れないようにしてるんだな」


古ぼけた建物は近代的な学園の中で異質の空気を放っていた。

まるで何かを封じ込めたかのように。


「なにか、臭いものにフタをしてるみたいだな」

「考えすぎだよ。 そのうち取り壊すんだと思うよ。 鉄の柵とかしなきゃ不良のたまり場とかになっちゃうんじゃない?」


はるかは俺をチラッとみた。


「ばーか。 最近の不良はあんな汚いとこにはたまんねーんだよ」

「ヒカルちゃん、なんでそんなに気にしてんの?」

「いや、別に」


ピー!!


「そろそろ昼休み終わりますよ!」

 

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笛の音に振り向くと、そこには風紀員の沢村アキナが立っていた。


「沢村さん!」

「もうすぐ授業はじまっちゃいますので、先輩方、教室に戻ってください」

「ごめんなさい。 みんな戻ろう!」

 

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「なあ、沢村? あの建物ってなにか知ってる?」

「あれですか? えっと・・・」

「風紀委員なら知ってると思ってさ」

「詳しくは知りませんが、今はもう使ってなくて、来月に取り壊しが決定したみたいです」

「あれってなんだったの?」

「あそこを壊して別の建物を造るみたいですよ。 なんに使ってたかまでは聞いたことないですが」

「だってよ」


気にしている桜木に俺はいった。


「あの、あなたはうちの学園の生徒ですか?」


アキナは桜木を不思議そうな目でみた。


「ああ、そうだ」

「そうなんですか? 見たことなかったもので」

「無理もない。 私は昨日転入してきたばかりだからな」

「昨日? もしかして、あなたが桜木ヒカルさんですか?」

「私を知ってるのか?」

「ちょっと小耳に挟んだもので」

「どういうことだ?」

「いえ、なんでもないです。 忘れてください」

「え? ヒカルちゃんって有名なの?」

「・・・私は普通だ」

「あ! もう授業はじまりますよ」

「いっけない! もうこんな時間だ!」

「鈴木さん、先に行っててくれないか? 私寄るとこあるから」

「え? でも授業はじまっちゃうよ!」

「悪い、すぐに戻るから」

「ちょっと、ヒカルちゃん!」


そういうと桜木は教室とは逆の方向に向かって走っていった。


「おい、はるか! 先に行っててくれ」

「おい、どうしたんだ?」


水嶋が寄ってくる。

 

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「俺もちょっと寄りたいとこあるからさ」

「ちょっと宗介どこいくのよ! 授業どうするのよ~」

「先生は上手くごまかしといて~。 よろしくな!」

「栗林先生に怒られても知らないからね~」


俺は桜木の後を追った。


・・・。

 

 

桜木はあの怪しい建物の近くに立っていた。

俺は気付かれないように後ろから様子を伺う。

 

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「出てこいよ。 それともコソコソするのが趣味なのか?」
「別に隠れてねーよ」
「あとをつけるならもっと忍者のように気配を消すべきだな」
「いつの時代だよ」
「ふーん」


桜木は俺の全身をくまなく見た。


「なんだよ」
「おまえ、全身スキだらけだな」
「・・・」
「いくぞ」
「いくって、この柵こえんのかよ」


俺は桜木の後からその建物に入る。

柵は3メートル近くあり、上には有刺鉄線のようなトゲが張り巡らされている。


「くそ、この柵、思った以上に高いな。 だからスカートはいやなんだ」


桜木は鉄の柵をみるみるよじ登っていく。


「おい、 ・・・パンツ見えてるぞ」
「え? み、見るな!」


明らかに動揺している。


「ふーん、そんなパンツはいてるんだ・・・意外」
「きさま、殺すぞ」
「・・・すまん」


桜木は鉄の向こうに無事、着地する。

俺は後につづいて柵を登っていく。

運動不足がたたってか、かなりきつい。


「おーい大丈夫か?」


桜木が下で腕組みをして、俺を見上げている。


「大丈夫だよ」


なんとか、柵の上までやって来れたな。


「おまえってどんくさい奴だな。 早く飛び降りろ」
「こんな高さから飛び降りたら骨折するだろ。 ばーか」
「軟弱なやつだな」
「いいよわかったよ。 飛び降りてやるよ」


俺は下を見た。

・・・た、たけぇー。

いや、ここでやらなきゃ一生こいつになめられたままだ。

俺は、南の島でバンジージャンプをした時のことを思い出した。

・・・あのときは余裕だったじゃん。

あれに比べればたいした高さじゃねえ。

目をつぶって俺は空に舞った。

そして後悔する。

・・・バンジーにはロープがあるが、今はないじゃん・・・。

・・・。


――ッッ


俺は尻もちをついた。


「いてぇ・・・」


なんとか、怪我はないようだ。

 

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「やっぱり鈍くさいな」


・・・くそう、いつかこの女をギャフンといわせてやる。

くすんだ茶色の木でできたお城の蔵のような建物。

その空間だけ、まるで過去にタイムスリップしたかのような風格と趣があった。


「あれ、見てみろ」
「え?」


建物の入口付近に違和感を感じた。

 

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「あそこだけ他に比べて色が違うな」
「そうだな。 あの形からして本来は看板かなにかが掛っていたんだろ」
「ああ。 きれいな長方形だもんな」
「入ってみるか」
「マジで?」
「なんだ? びびってるのか? 足が震えてるぞ」
「びびってねーし」
「教師にみつかったらきっと怒られるな」
「教師が怖くて不良やってられっかよ」
「お前は不良なのか?」
「今さら気付いたのかよ。 どっからどうみても不良だろ」
「不良というのはなにをするんだ?」
「え? なにって」
「活動内容だ」


活動内容・・・。


「ひ、秘密だよ」
守秘義務ってやつか? そういうのは不良の世界にもあるんだな」
「そうだな。 一般人には教えられないな」
「じゃあ、私も仲間に入れてくれないか?」
「え? なんだって?」
「いや、やってみると案外楽しそうかなあと思ってな」
「ふふふ。 仲間になるか? じゃあ桜木はスケバンだな」
「スケバン。 今も存在してるのか?」
「まずはその黒髪を金髪に染めちゃおうぜ」
「じゃあ、明日、金髪にしてくるよ。 椿もパンチパーマのほうがいいんじゃないか?」
「リーゼントのほうがいいかな。 おまえ、話わかんじゃん」
「ふ。 疲れるな、おまえに合わせるのも」
「は?」
「何が楽しくて不良なんかにならなければ行けないんだ? そんな間抜けな顔にはなりたくない」
「おまえ、騙したな!」
「不良っていうのは暇な生き物だな」
「暇じゃねーよ」
「週何回くらいそういう活動してるんだ?」
「数えてねーよ。 部活じゃないんだし」
「会費とかはあるのか?」
「会費? 現場で徴収だよ」
「やっぱり暇そうだな」
「なに? おまえケンカ売ってんの?」
「いや、そういうつもりじゃない。 気にするな」
「どうすんだよ。 入んのか? 入らないのか?」
「入ろう」
「ああ」


俺たちは入口の扉の方へ入った。


「入るぞ」
「ちょっと待て」
「なんだよ」
「鍵が開いてる」
「なんだラッキーじゃん」
「どうやら先客がいるらしい」
「先客?」


入口の鍵は南京錠だった。

その南京錠は、今まさに開けられたといった感じだ。


「裏口に回るか」
「ああ」


裏口を探すため、建物のうしろに回った。

そこには小さな窓があった。

俺たちはその窓から中を覗いた。

 

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「あれ・・・?」
「女がいるな。 背が高く、髪が綺麗な、歳でいうと26くらいだな。 誰だろう」
「おまえ、それ本気で言ってる?」
「本気だが」
「うちの担任だろ」
「担任って、栗林先生か?」
「そうだよ栗林。 ・・・あいつこんなところで、何やってんだろ」


栗林はなにをするでもなく、その場に正座していた。


「・・・やはりな」
「どうした?」
「いや、そうだと思ったんだが、ここは剣術場だな」
「剣術場?」
「ああ。 あそこ見てみろ。 あの棚は剣術の防具を入れる棚だ。 それから神棚がある。 道場には必ずあるものだ」
「柔道場かもしれないぜ」
「下を見てみろ。 畳じゃない柔道場があるか?」
「あるかもしれないだろ」
一本背負いとかされたら、痛いだろうな」
「そうだな」
「この学園に剣術部はあるのか?」
「剣術も柔道もないぞ。 スポーツには力入れてねーみたい」
「その割に野球部は全国大会、手前までいったらしいじゃないか」
「よく知ってるな」
「ニュースで見たことあるぞ」
「メジャーなスポーツは特別だよ。 うちの学園長、ミーハーなんだよ」
「剣術なんてマイナーなスポーツだもんな」
「おまえ、前の学園で剣術やってたのか?」
「・・・やってない」
「へぇー。 竹刀持ってたのにやってないって言われてもねぇ」
「あれは護身用だ。 剣術はちゃんと習ったことない」
「護身用で20人も倒せるのか?」
「・・・それは言わない約束だったはずだろ?」
「すまん」
「剣術部はいつなくなったんだ?」
「知らねぇ。 俺がここに入学したときには、もうなかったかな」
「これだけ厳重に柵を張り巡らせるってことは、何かあるのかな」
「もう行こうぜ。 栗林に見つかったらめんどくせぇーからさ」
「先生はここで何をしてるんだろうな」
「知らねぇーよ。 気になるなら自分で聞いてこいよ」
「分かった。 聞いてくる」
「バカ! 見つかったら説教くらうだろ!」
「説教が恐くて不良やってられるか、だろ?」
「不良だって説教はできるだけ避けてぇーんだよ」
「大丈夫だ。 ちょっと授業サボったくらい」
「おまえなぁ!」


俺は行こうとする桜木の手を取った。


「触るな!」
「なんだよ」
「手を離せといってるだろ!」
「バカ! 声がでかいぞ!」

 

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「誰? 誰かいるの?」


「やばい見つかった」
「逃げるぞ!」


俺たちは道場から出る。

桜木は光のスピードで柵を飛び越えていった。


なんて身の軽い女だ・・・。


俺も慌てて柵にしがみつく。

くそっ、こんなことならもっと運動しておけばよかったな。


「あ・・・」


俺のポケットからタバコが落ちた。

いっておくが、俺はタバコは吸わない。

これはダミーだ。

不良っぽさを出すために、常に忍ばせている。

・・・くそ、今、タバコを拾っている時間ねーよ。

俺は柵のてっぺんからタバコを見捨て、飛び降りた。

今度はなんとか着地成功だ。

俺は教室へ戻った。


・・・・・・。


・・・。

 

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「ホームルームを始めます」


俺は少し焦っていた。

授業をサボったことがバレやしないか、内心ハラハラしている。

ふと、桜木を見ると、平然な顔をしていた。

図太い女だな。


「連絡事項を伝えます。 来週からテスト期間に入りますので、各自しっかりと準備をするようにしてください。 今年は学園生活最後の年です。 進学を考えてる人もたくさんいると思うけど、このまなの成績では、誰も進学できませんよ」


栗林はいつもそうだ。

いちいち言うことが大げさだ。

はるかは一流大学に余裕で合格できるほど頭がいいのに。


「日々なにも考えないでいたら卒業式の日、泣くことになりますよ。 そんな悲しいことにならないように、しっかりと勉強に励んでください。 以上です」


こいつの話は本当につまらない。

カンペでもあるかのように、決まったことを繰り返す。


「それでは、ホームルーム終わります」


どうやら俺と桜木のことは気づかなかったようだ。


「・・・あ、椿くん、この後残ってくれる?」
「え!?」
「少し話したいことがあるから、ほら、進路のこととか、色々とね」
「・・・課外授業ってやつですか?」


俺は内心焦ったが、あえて冷静をよそおった。


「そうね、課外授業。 先生、椿くんにはとっても期待しているから」
「それはそれは」
「今日はゆっくりお話しましょうね」


「先生! それはひいきだと思います」


俺に助け舟を出したのははるかだった。

 

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「ずるいなぁ~。 椿くんだけ進路指導って」

「だから、椿くんだけ個別っていいんですか? みんな色々進路に悩んだりしているのに、椿くんだけって。 私も先生に色々指導されたいのに」

「鈴木さんは大丈夫よ。 私がいわなくてもちゃんとやれる生徒ですもの」

「え? じゃあ、私には先生がいらないってことですか?」


はるかはお人よしだが、変に強情なところがある。


「どうしたの鈴木さん? あなたらしくない」

「私らしくないってどういうことですか?」

「分かったわ。 鈴木さんとは来週ゆっくりとお話します。 あと、他の人も一人ずつ個人面談をやります。 今日は椿くんの日、これで納得できる?」

「先生、椿くんは確かにダメな生徒だけど、ちゃんとやればできるし、ダメって決めつけて、そうやってレッテルをはるのは、良くないと思います」

「それは、友情かしら?」

「・・・どういうことですか」

「それとも個人的な感情かしら?」

「・・・違います」

「あなたみたいに素晴らしい生徒が、感情的に取り乱すなんて珍しいわね」


クラスに沈黙が走った。


「私は教師なの。 あなたたちを一人の大人として、立派にすることが私の仕事なの。 わかるでしょ」

 

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「・・・くだらない」


ぼそりと呟くようにいったのは桜木だった。


「誰? 今くだらないっていったのは」


またクラスに沈黙が走る。


「誰よ、今くだらないっていったのは。 手を挙げなさい!」


誰も手を挙げない。

桜木はあたかも自分じゃないという顔をしている。


「手を挙げなさい。 挙げないとホームルーム終わりませんからね」


クラスがどよめく。


「そうね。 みんなの前では挙げられないのよね。 分かった。 クラス全員、目をつぶりなさい。 はやく、めをつぶって。 ・・・つぶったわね。 もう一度聞きます。 今、私にくだらないといったのは誰? 手を挙げて」


俺は薄めを開けていた。

クラス中を見渡す。

桜木は全く、手を挙げるそぶりを見せない。


「手を挙げなさい。 挙げないとあなたたち、1時間でも2時間でもこのままよ 嫌でしょ? このまま深夜になったら。 先生は何時間でも待ちますからね」


・・・俺は手を挙げようとした。


「あなたなの!?」


ひと足早く誰かが手を挙げたようだ。

 

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「あ、あたしです」


手を挙げた主は、佐田リコだった。


「佐田さん、本当にあなたなの?」

「あ、あたしです」

「誰かをかばったって、しょうがないんだからね」

「くだらないニャ~」

「なんですって!」

「くだらないニャ~」

「ニャーってなによ。 ふざけてるの?」

「ふざけてないニャ~」

「ニャーニャーいうのやめなさい!」

「ニャー。 ニャー」

「なんなの。 あなた、どういうつもりよ」

「早く帰らないと、猫さん、お腹すかしてるから」

「・・・だからなに?」

「猫さんはキャットフードが好きです」

「だからなによ」

「でもドッグフードも食べます」

「だからなんなのよ」


完全にリコのペースに飲まれている。


「猫さんはなんでも食べます。 あたしはハンバーグが好きです」

「意味の分からないことばかりいってんじゃないわよ!」

「先生はハンバーグ好きですか?」

「答えません」

「そうですか」

「も、もういいわ。 とにかく、先生に『くだらない』なんてもう二度といわないこと、いい? 佐田さん」

「すみませんです」

「いいですか、来週からひとりひとり個人面談をします。 どうやらこのクラスには徹底した指導が必要のようですからね」

「あのさぁ、俺が残ればいいんすよね? 他の奴らは関係ないっすよ。 個別に面談する必要ないっすよ」

「いいえ、ひいきはよくないですからね」

「ちっ」

「今日は終わりにします。 椿くんはこの後、残ってね」


そう言い放ち、栗林は教室を出て行った。

はるかが寄ってくる。


「ごめんね宗介」

「おまえが謝ることねぇよ」

「でも、私が余計なこといったから、みんなにも迷惑かかっちゃって」

「気にすんな。 もとはといえば俺が悪いんだからさ」


桜木をみると、さっさと帰り支度をして、教室を出て行こうとしている。


「おい」

「なんだ」

「おまえ、なんで手挙げねぇんだよ」

「なんのことだ?」

「くだらねぇっていったの、おまえだろ?」

「・・・」

「俺は聞こえてたんだぞ。 おまえがくだらねぇっていったの」

「くだらないから、くだらないっていったまでだ」

「ヒカルちゃんだったの?」

「ああ。 私だ」

「おまえ、案外、卑怯なんだな」

「・・・」

「宗介、やめなって。 ヒカルちゃん、宗介かばおうとしたんでしょ」

「かばってなんて頼んだおぼえないし」


桜木はリコの方へ行った。



「すまない」

「え? どうしたんですか」

「いや、悪かったな」

「ああ、大丈夫です。 友達です」

「友達?」

「そう、桜木さんとリコ、友達になりたいです」

 

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「私と、佐田が友達か・・・」


桜木はリコに笑みを浮かべ、教室を出て行った。


「ヒカルちゃんって、笑うんだ」

「え?」

「いや、笑うんだなぁって。 笑ってる方が可愛いよね」

「そうだな」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

俺はケータイをいじりながら栗林が来るのを待った。

話ってなんだろう。

ただの遅刻に対する文句か、それとも本当に進路についてか、はたまた、今日の昼にあの建物に入ったことがばれたか、もしくは、本当に課外授業か。

栗林は、性格さえよければ魅力的な大人の女性だ。

変な妄想が頭の中を駆け巡る。

いかん。

教師と生徒の間にそんな関係があっては。

ドラマじゃない、これは現実の世界だ。

 

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「ごめんなさいね。 待たせてしまって」
「いいっすよ別に」


俺はあらゆる妄想を打ち払った。

栗林は手で体を仰いでいる。

着込んだスーツをパタパタと揺らす。

その隙間から、チラチラと胸の膨らみが確認できた。


「思ったより、今日、暑かったじゃない?」
「そ、そうっすね・・・」


つい、ブラウスの下を想像してしまう・・・。

・・・教師にしておくにはもったいない。


「あの、話ってなんですか?」
「あなたにみせたいものがあるのよ」
「みせたいもの?」
「そう」
「なんですか?」


ドキドキ・・・。


「みたい? みたいの?」
「み、みたいです」


ドキドキ・・・。


「じゃあ、みせてあげるわ」


栗林が上着のポケットから取り出したのは、見覚えのある銘柄のタバコだった。


「これに見覚えはないかしら?」
「さ、さあ?」
「あら、そう?」
「それは先生のですか?」

 

俺は悟られないようにとぼけてみせた。


「私、タバコは吸わないのよ」
「意外ですね」
「タバコの似合う女って感じかしら?」
「ええ」
「教師をからかうと卒業させないわよ」
「またまた」
「で、これ、あなたのじゃないの?」
「違います」
「ウソついたってすぐにばれるわよ」
「ウソとかついてないっすよ。 俺タバコ吸いませんもん」
「もしタバコを吸っていたら、どうなると思う?」
「停学ですか?」
「退学よ」
「ああ・・・」
「この学園は一応進学校なのよ。 将来のこの国を支える立派な人材を育成することが、この学園の目的であり、私たち教師の使命だと思っているの」
「ご立派ですね」
「どうしてあなたみたいな落ちこぼれ、いや失礼、ゴミくず、いや失礼、素行の悪い生徒がうちにいるのか、私は疑問でならないわ」
「試験に合格したからじゃないですか?」
「ミスね。 なんらかのミスが生じたのよ。 試験番号のミス、採点のミス、もしくはカンニング、替え玉、あらゆる偶然が重なって、あなたのようなろくでもない生徒が入学してしまったの」
「いってくれますね」
「私としては、あなたにはもっとい学園があるんじゃないかって思うのよ」


・・・どうやら俺をこの学園から追い出したいらしい。


「それに、 ・・・他にも色々と問題があるみたいだし」
「どういう意味ですか?」
編入届は私が用意してあげたわ」


栗林は俺の前に書類を出した。


「ここにね、サインをすればいいの。 ああ、ハンコ持ってないわよね。 じゃあ、拇印でいいから」
「・・・嫌です」


この学園に愛着など一切ない。

だが、こういう強引なやり方に応じる気も一切ない。

俺は書類を突き返した。


「悪いですけど、俺、この学園辞める気ありませんから」
「あなたの気持ちは分かったわ。 どうやら自分から辞める気はないようね」
「ええ。 ありません」
「そう。 せっかく人が善意で編入ということにしてあげようと思ったのに、こうなったら強制退学という形を取るしかなさそうね」
「そんなことできるんですか? 学園が俺を強制的に辞めさせることなんて」
「その為の、これなんでしょ」


栗林はニヤニヤしながらタバコをいじっている。


「俺のじゃないですって」
「あなた以外にこんな物を学園に持ってくる生徒いないわ」
「それって憶測っすよね? これっていう証拠みせてくださいよ」
「あなた以外、考えられないわ」


どうやら栗林には決定的な証拠がないらしい。

俺はタバコを手に取った。


「あなた昼休みの後、授業に遅刻したそうね。 なにをしてたの?」
「ああ、中庭で昼寝してたら、起きれなくて」


俺は平然と嘘をついた。


「昼寝? それは本当なの?」
「てか、これってどこに落ちてたんですか?」
「それはいえないわ」
「どうしてですか?」
「もし、これがどこに落ちてたかをいったら、あなた、そこには行ってないっていうでしょ? だからよ」
「このタバコ、まだ一本も吸ってないっすね」
「そうね」
「もし、これが俺のだったとしても、吸ってないわけだから、喫煙にはなりませんよね?」
「所持しているだけで十分、退学にできるわ」
「仮の話ですけど、俺の家族に頼まれたものを、渡しそびれて持っていたっていう可能性もありますしね」
「嫌なやり方かもしれないけど、警察に連絡して、指紋をとることだってできるのよ」
「あ、すいません。 触っちゃいました。 これ、俺の指紋べったりっすね」
「くっ・・・」


なんとか俺ペースで進んでいる。


「あなたが授業に遅れたとき、もう一人遅れた生徒がいるのよ」
「誰ですか?」
「桜木ヒカルよ。 一緒にいたんじゃない?」
「桜木ヒカル・・・。 ああ、転入生の」


俺はわざとらしく言った。


「桜木さんと一緒にいたんじゃないの?」
「いいえ。 俺、一人で寝てたんで。 それに桜木でしたっけ? 話したこともないし、ぶっちゃけタイプじゃないんすよね」
「これ以上話しても無駄のようね」


そういうと栗林は俺に顔を近づけてきた。


「うわ! なにするんですか?」


俺は動揺した。


「目をつぶって。 ほら、いいから目をつぶって」


栗林にいわれるままに俺はゆっくりと目をつぶる。


「目を開けちゃだめよ」


栗林の顔が俺のすぐ前にあるのを吐息で感じた。


「ゆっくり息を吐いて」


俺は言われるがままに息を吐く。


「なるほど。 わかったわ」
「え?」

 

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「タバコを吸っていないのは本当のようね」
「なんでわかるんですか」
「タバコのニオイは強いから、そう簡単に消えないわ。 だけど椿くんの息からはタバコのニオイが全然しないもの」
「詳しいんですね」
「そうね。 タバコのニオイには嫌な思い出があるのよ」
「へぇー」
「まあいいわ。 今回は見逃してあげる。 でも、次からは容赦しないから。 ちょっとしたことでも退学になるということを肝に銘じておくことね。 今日は遅いからもう帰りなさい」


俺は教室を出た。


・・・。

 



もうすっかり日が暮れている。

タバコの件はいいとして、栗林の態度が気になった。

栗林は昼休みにあの建物の中にいた。

俺と桜木があそこにいたと感づいたのか。

栗林は自分をみられたかどうかを確かめたかったのか。

なんにせよ、どこか腑に落ちない。

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「宗介!」
「・・・水嶋」
「お勤めご苦労様です」
「うるせぇよ。 てかお前、まだいたの?」
「あ、その、ナンパしてたんだけどさ、全然うまくいかなくて、んで、ここ通りかかったら、ちょうどおまえが出てきたからさ。 まあ、偶然だよ偶然」
「たまたまってことにしといてやるよ」
「栗林、なんだって?」
「いや、それがさぁ」


俺は水嶋にさっきの出来事を話した。


「なに? あいつ退学とかいってきたわけ?」
「ああ」
「めちゃくちゃだな。 栗林のやつ」
「まあ、何とかなったから、いいよ別に」


水嶋はどうやら怒っているようだが、なんでこいつが怒っているのか俺にはわからない。


「俺さ、おまえが学園辞めたら楽しさ4分の1カットって感じだと思うんだよね」
「おまえ、女がいればそれでいいタイプだろ」
「まあそうなんだけどさ、おまえがいて、女がいて、完璧って感じなんだよ」
「やめろよ。 そういうの」
「ダチは大事ってこと。 こんな俺でもさ。 そう思うわけ」
「気持ち悪り~こというなって」
「なんだよ。 どうした?」
「ダチとか親友とか、そういうのいいから・・・。 じゃあな」


俺は水嶋と別れ、家に戻った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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携帯をチェックする。

・・・受信、二件か。

一件はレンタルショップTUKIYAの割引クーポンのお知らせだった。

こういうメールは、がっかりする。

誰だ誰だと期待して見ると、大概、こういう広告メールだ。

もう一件はと・・・。

マコトだ。

 

「こんばんは。 今日も一日天気が良かったですね。 マコトで~す!! ワイハからも無事帰国しましたのだ! 昨日はメール、サンキューです。 でもちょっぴり寂しいかも・・・。 なぜかって? それはね、宗介くんの日常があんまり伝わってこないからなのです! 私はもっと宗介くんのこと知りたいのに。 シクシク。 今日は色々ありましたか? いっぱい、いっぱい知りたいなぁ~。 ラブリーマコトより~! ハート」


いっぱい知りたいって言われてもな・・・。

俺は返信メールを打つ。


「今日も特に変わったことはありませんでしたよ。  あるとすれば、学園にある、古い建物に侵入してしまったことです。 それから、担任の教師に呼び出しをくらったことくらいだね」


・・・こんなもんだろ。

メールを送信した瞬間、携帯が鳴った。


・・・誰だ?


ディスプレイには「鈴木はるか」の文字。


「もしもし、どうした?」
「今、大丈夫?」
「ああ、ちょうど暇なところだ」
「栗林先生の件、大丈夫だった?」
「なんとか乗り切ったよ」
「栗林先生ってちょっと私、好きになれないな。 少しやり方が酷いと思う」
「俺も同感だな」
「ごめんね。 私が余計なこといって」
「いいよ。 用件ってそれか?」
「うん。 ちょっと心配だったから」
「・・・ありがと」
「ううん。 こっちこそ、ごめんね」
「んじゃ、そろそろ寝るから」
「あ、そうだよね。 うん。 おやすみ」


俺は携帯を切った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「私と、勝負しろ」


桜木が竹刀を構えている。


「え?」
「私と勝負しろ。 さっさと刀を抜くんだ」
「いや、刀なんて持ってないし」
「お前の背中にかかっている、そのたいそうな大剣は飾りだというのか?」
「え?」


俺は背中に大剣があるのに気がついた。


「さあ、はやく刀を抜け。 おまえとはここで決着をつけなければならない」
「なんの決着だよ」
「貴様が私と戦う気がないということなら、こっちから行かせてもらう」


――ッッ


桜木の持っていた刀が閃光をあげた。


「この刀は桜木家に代々伝わる名刀、電光石火。 光のスピードで敵を切り、その太刀筋は雷のごとく美しい」
「そんな物騒なもん振り回してんじゃねぇーよ!」
「秘儀、電光剣!」


桜木は竹刀を振った。


――ッッ


「うわっ!」


俺は間一髪のところでかわした。


「ふ、さすが椿宗介。 椿流伝承者の肩書きは伊達じゃないな」
「椿流? いや、俺のおふくろ、親父の保険金で生活してるし、そんなご立派な家柄じゃないんだけど」
「ここまで追い詰められてもまだ刀を抜かないというのか?」
「はいはい抜きますよ。 だからちょっとタンマな。 今攻撃してくるのナシな」


俺は大剣に手をかけた。


「私はそんな卑怯者ではない」


・・・ぐっ、これ、案外重てぇな。

俺は剣を抜いて構えた。


「ほぉ・・・・それが椿流に伝わるという『珍剣なまくら』か。 おそろしいほどの脱力感だな」
「なんじゃこれ!」


剣先がこんにゃくみたいにフニャフニャだ。


「珍剣なまくらに切られたものは、どんなにやる気があっても、一気にやる気をなくす真の剣」
「最低の剣だな」
「次の一発で勝負が決まる」


俺は仕方なく構えた。


「いざ、参る!」
「ど、どっからでもかかってきやがれ!」


こうなったら、やけくそだ。


「椿宗介、敗れたり!」


――ッッ


桜木の竹刀が俺の頭に突き刺さった。

ふっ、どうやら俺の負けのようだ。

そもそもなんで俺が桜木と戦わなきゃならんのだ・・・。

分からん。

分からんが、俺は自分の手にある珍剣を呪った。

なんだよ珍剣なまくらって。


――ッッ


・・・痛てっ!


――ッッ


・・・だから、痛てぇよ


――ッッ


もう死んでるんだから、何度も殴るなよ・・・。


・・・ん?

 

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なんだ・・・夢か・・・。

俺の顔には竹刀が乗っかっている。

・・・こいつかよ。

桜木からもらった竹刀を顔からどけた。

てか、この竹刀どうすっかな・・・。

・・・九時か。

今日は学園休みなんだよな・・・。

せっかくの休みだというのに、最悪の目覚めだ。

予定もないが、少し散歩でもするか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「宗介! おはよう!」


はるかが、八百屋から出てくる。

鈴木青果店は俺の家の向かいにある。


「今日は休みなのに早起きなんだね」
「嫌な夢、見ちゃってさ」
「へぇ~。 そうなんだ。 どんな夢?」
「俺の刀がフニャフニャで・・・いや、なんでもない」
「どこかに出かけるの?」
「散歩だよ」
「いいなぁ。 私も行きたいけど、無理なんだよね」
「店か?」
「鈴木青果店は年中無休で営業しておりますから」
「大変だな」
「お散歩、いってらっしゃい!」
「おう」


・・・さて、どこに行くかな。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

俺はでかい屋敷の前にたどり着いた。

芸能人でも住んでんのかな・・・。


「間もなく、開始されますのでお屋敷の方へお入りください」


俺の後方から声がした。

 

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「ささ、中へどうぞ」
「え? 俺?」


振り向くと黒いスーツを着た若い男がいた。


「傘下の締め切りは間もなくですので、お急ぎください」
「参加?」
「参りましょう!」


そういうと男は俺の手をとった。


「ちょっと何すんだよ!」


俺は手を振り払った。


「おとなしくしていただけませんか? 手荒なまねはしたくない」
「・・・おまえ面白いこというね?」


俺は素早くファイティングポーズをとった。


「なかなかいい構えですね」
「へぇ分かるんだ? じゃあなんで俺とケンカしようなんて思うわけ?」
「いえ、ケンカなどする気はありません」


はやけに冷静だ。


「誰だよお前」
「あなたを会場にお連れするのが、私の仕事ですから」
「は? 会場? 意味わかんねーよ」


男は俺の手を引っ張る。


「やめろって!」


俺は、反射的にストレートをくりだした。


――ッッ


・・・なにっ!


俺のストレートは男の手でしっかりとガードされている。


「いいストレートです。 身体能力が非常に高い。 まともにあたっていれば危ないところだった」
「おまえ・・・」
「ただ、スタミナがあまりないようだ」
「ああ、不良なもんでね。 体力には自信がねーんだよ!」


俺は男から一歩下がり、回し蹴りをする。


――ッッ


男は上体を反らし綺麗にかわす。


「椿宗介くんで間違いありまえんよね?」
「・・・なんで俺の名前知ってんだよ」
「写真を拝見させてもらいましたから」
「どういうことだよ」
「それにしても写真より随分とイケメンなもので、間違えたのかと思いましたよ」
「イケメンねぇ。 光栄なこった」
「人違いでもないみたいですし、では心おきなく、眠ってもらいます」
「あ?」


――!!


・・・え?


ぐっ・・・。


視界が揺れた。

男が放ったなにかをくらい、俺はゆっくりとその場にへたりこむ。


・・・こいつ、強えぇ。


「彼を中へ。 丁重に扱うんだ」


屋敷からスーツの男達が出てくる。


・・・なんなんだよこれ。


だんだんと意識が薄れていく中で、俺は数名の男たちに抱えられ屋敷の中へと連れていかれた。


・・・。


「お嬢様、エントリーした者、全て揃いました」

「ごくろうさま。 では、電気を点けて」

「かしこまりました」


男は部屋のスイッチを点けた。

 

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「いつまで寝てるの?」
「・・・おまえは、神山レイカ!」


電気がつくと、そこには神山グループの令嬢、神山レイカがいた。


「あなたは確か椿宗介でしたわね。 覚えているわ」


俺はイスに座らされ、体はロープでグルグル巻きにされている。


「なんだよこれ」
「やっぱり来たのね。 遅刻もしなかったなんて褒めてあげるわ」
「来たんじゃなくて、連れて来られたんだろ」
「写真を用意しておいて良かったわ」
「ここどこだよ」
「三田、今何時かしら」


イカは黒服の男を三田と呼び捨てにした。

 

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「はい、10時ちょうどでございます」

「おまえ、さっきの!」

「よかったよ。 ちゃんと目を覚ましてくれて。 少し強くやってしまったからな」

「くそ・・・」

「ではそろそろ始めましょうか、三田!! マイクを用意して」


始める? なにが始まるんだよ。

三田はレイカにマイクを渡す。


「ただいまより、『神山レイカコンサート』宣伝用ポスターの引き立て役オーディションを開催いたします」


オーディション!?


「三田、太鼓を鳴らしてちょうだい」

「かしこまりました」


三田は狂ったように太鼓を叩き出す。


「エントリーナンバー1番、椿宗介。 ・・・返事がないわね。 私がエントリーナンバー1といったら、ハイッといって手を挙げるの。 いい?」

「は? なんでだよ」

「ハイっていえばいいのよ。 段取りがあるんだから」

「ロープで縛られてるから、手、挙げられねーんだけど」

「知らないわそんな事。 あと、これはアドバイスなんだけど、オーディションはもう始まっているのよ」

「いや、そんなこといわれても俺、オーディションなんて受ける気ないし。 このロープ、ほどいてくれないかな」

「三田、彼の体を調べなさい」

「かしこまりました」


三田が近づいてくる。


「おい、なにすんだよ」

「悪く思うなよ」


見たは俺の体をさぐる。


「ちょ、やめろって。 くすぐったい・・・」

「レイカ様、椿宗介の体内からこんなものが出てまいりました」

「体内じゃなくて、ポケットな!」

 

「これは、オーディションの案内チラシじゃない! どういうことかしら?」

「どういうこともなにも、おまえがこの前、俺にくれた紙クズだろ」

「あなた、オーディションに対して、やる気まんまんじゃない!」

「やる気ねぇーよ」


くそ、おふくろのやつ、制服洗うとき、捨てりゃーいいものを、わざわざ私服なんかに入れ替えやがって・・・。


「その心意気、悪くないわ」
「あのなぁ、それただの案内のチラシだろ? そんなもの持ってるからって俺がやる気あると思うなよ」
「それは、どうかしら? このチラシにはオーディション参加券が付いていたのよ! この角の部分の三角形がその参加券にほかならないわ!」


よく見ると、汚い字で、『オーディションに参加できるよ!』と書いてある。


「三田、椿宗介の参加券をミシン目に沿って切り取りなさい」

「かしこまりました」


三田はチラシの参加券の部分を丁寧にハサミで切り抜く。


「これで君も晴れて、オーディションの参加資格を得たのだよ。 おめでとう」

「おめでとうじゃねぇーよ」

「さあ、参加券だ。 早く受け取りなさい。 光栄なことだろ?」

「手が使えねーって言ってるだろ」

「レイカ様、ロープを外しますか?」

「だめよ。 そんなことをしたら逃げられてしまうわ。 そうねぇ、手が使えないなら、口を使えばいいんじゃない?」

「ふざけろよ」

「レイカ様の命令だ。 さぁ、口を開けて」

「やだよ」

「早く、口を開けて、この参加券をくわえるんだ」

「だからいやだって」

「歯医者に来たと思えばいいじゃないか。 でなければ、次に進めないからね」

「あんたさぁ、レイカのいいなりでいいの?」

「仕事だ。 しょうがないだろ。 私にも色々立場というものがあるんだよ」


俺の携帯が鳴った。


「レイカ様、彼の携帯が鳴っております。 どういたしますか」

「誰からか調べなさい」

「・・・ディスプレイには、鈴木はるかと出ております」

「勝手に人の携帯、見てんじゃねーよ」

「鈴木はるか・・・三田、それは本当なの?」

「間違いありません」

「私が出るわ。 携帯を貸しなさい」

「おい、やめろよ」


三田はレイカに携帯を渡した。


「椿宗介、あなたに質問です。 この鈴木はるかとはどういう関係?」

「は? 腐れ縁ってとこだよ」

「くされえん? くされ? 三田、くされえんっていうのはなに?」

「腐れ縁というのは、たいして好きでも嫌いでもないが、なんとなく流れ上、付き合いが続いている、中途半端に切れない関係といったところでしょうか」

「中途半端な関係・・・。 不思議ね。 なぜそんな関係が存在するの? 人は利害関係なしに付き合わない生き物だと、お父様はいつも言っているわ」

「はい。 その中途半端が心地良いと申しますか、なあなあな関係の中に癒しを求めているといいますか・・・」

「わかったわ。 ありがとう三田。 あなたはなんでも知っているわね。 まるで辞書だわ。 三田は今、良い働きをしたので、臨時ボーナスとして、口座の方に多額のお金を振り込んでおきます」

「ありがとうございます。 レイカ様」


・・・なんだこいつら。


「腐れ縁の鈴木はるか・・・もしもし」

「出るなっていってるだろ。 はやく切れ」

「静かに、いまレイカ様がお話し中だ」


電話の向こうから微かにはるかの声がした。


「あ、出た。 宗介? 今どこにいるの?」

「こんにちは」

「え? あれ? 間違ったかな? あの、椿さんのケータイですよね?」

「いかにも椿宗介の携帯ですけれど。 なにかご用ですか?」

「あ、そうですか。 えっと、あなたは誰ですか?」

「私、誰でしょうね」

「あの宗介に代わってもらえますか?」

「それは無理ですわ。 今、椿宗介は取り込み中ですから、代わることを拒否します」

「取り込み中?」

「鈴木はるかさんに椿宗介から伝言を預かっているわ」

「伝言? なんですか?」

「じゃあ、伝言を伝えるわね。 俺、椿宗介は、本日付けで『レイカ会』に入会することを決意した。 ですってよ」

「レイカ会? レイカ会ってあの、新山学園にある変な組織に宗介が入るっていってるんですか?」

「変じゃないわよ! レイカ会は気高いのよ。 そして椿宗介を新メンバーに加えることにしたそうよ」

「あの、 ・・・もしかして神山さん?」

「ち、違うわ。 な、なにをいってるの!」


イカは明らかに動揺し始めた。


「あの、声が似てるなぁって。 神山さんでしょ?」

「ち、違うわよ。 私が神山レイカなわけないじゃない。 なんでレイカ様があんたなんかと電話で話すのよ」

「あの神山さん、私、宗介に用があって・・・代わってもらえませんか?」

「ダメよ。 それに、神山でもないわ。 違うって本人がいってるんだから素直に信じればいいのよ!」

「じゃあ、誰ですか?」

「え? 私は、その、か、亀田よ。 そう、亀田みゆきよ」

「亀田みゆき? え? 誰ですか?」

「隣のクラスの亀田みゆきよ。 わるいの?」

「私、会ったことありますか?」

「とにかく、レイカ会に歯向かったらどんどん嫌なことになっていくんだから! 挙句の果てには、学園に来ることが、嫌になって、そのとにかく嫌になって家でごろごろして、太ればいいのよ。 バカ。 もうかけてこないで」


・・・。


「い、いってやったわ。 いい様ね鈴木はるか」

「おまえなにがやりたいわけ?」

「鈴木はるか、 ・・・恐ろしい女だわ。 でも、そうやっていい気になっていられるのも今のうち。 きっと私の前にひざまずくことになるんだから」

「おまえ、はるかのこと知ってるんだ?」

「知っているもなにも鈴木はるかは危険人物ファイル002ですもの」

「なんで、はるかが危険人物ファイルに入ってるんだよ。 あいつお前になにかしたのか?」

「ふん。 三田、説明してあげて」

「鈴木はるかは学園でも屈指の美少女として有名なんだ。 2カ月ほど前、道で倒れていた老婦人を助け、病院まで運んだという事件が起こったのだ」

「ああ、そういやそんなこといってたな」

「彼女のおかげで老婦人は一命をとりとめた。 その助けたという老婦人が学園にお礼の電話をいれたらしく、学園長から表彰されたんだ」


「学園町って新山大九郎のことか?」

「学園長を知っているとは意外だな。 あまり表に出てこない方なんでな」


・・・三田のやつ、なんで学園生でもないのに学園長のこと知ってんだろ?


「まだまだあるわ。 鈴木はるかは、テニス部員が怪我で入院し、困っていたところ、突然の助っ人要請のオファーを心よく引き受け、あろうことか、優勝したのよ」

「ああ、あの試合か。 俺、見に行ったよ。 あいつテニスやったことないのによくやるなぁって思ってたけど、あれ優勝してたんだ」

「その他、近所の小学生に無料で勉強を教えたり、公園のゴミ拾い運動に無料で参加したりと、学園内外での評判もすこぶる良い生徒だ」

「無料でそんなことをしでかすなんて、危険だわ」

「それのどこが危険なんだよ」

「まあ、要するに嫉妬だな。 もしくは逆恨みだ。 つまり自分より目立つ人間がしゃくに障ると。 そういう理論だ」

「ただのいいがかりじゃん!」

「危険すぎるわ、鈴木はるか。 この神山レイカおよび、その精鋭が結集した『レイカ会』がギャフンといわせてあげるんだから。 あなたも協力してちょうだいね」

「断る」

「レイカ会に入ったらいろいろと特典があるというのに。 今なら特製のレイカ巾着袋がもらえるわ。 どう? 欲しいでしょ? 巾着袋になんでも詰めるがいいわ」

「俺、グループに入るとか、できねーから」

「・・・そうだったわね。 でも、私、自分の思い通りにならない人は気に入らないわ。 あなたはそのうち私に服従することになるのよ」

「するかよ」

「危険ファイル003、椿宗介、しっかりと私の頭の中に記憶したわ」

「そのファイルに俺のこと書いてあるんだよな?」

「こと細かく記載しているよ」

「そっか。 じゃあ、俺のところに追加しといて、優しくていい男だって」

「・・・しょうがない。 追加しといてやろう」

「サンキュー。 あんた、結構、いい人じゃん。 ねえ、ついでにこのロープもほどいてよ」

「それはダメだ」

「ちっ」

「鈴木はるかは、さっきの電話で怖気づいているはずよ。 謎の亀田みゆきという女に『レイカ会』の恐ろしさを嫌というほど忠告されたんですもの」

「お前ばれてたじゃん」


「ば、ばれてないわ! 鈴木はるかは私のことを亀田だと思い込んでたもの。 そして今頃必死になってインターネットを使って亀田みゆきを検索しているはずよ。 でも、亀田みゆきはいくら探しても、出てこない。 誰? 誰なの亀田みゆき! 気になる。 気になるわ。 そしてノイローゼになって、引きこもりがちになり、お菓子ばっかり食べて、どんどん太るのよ」

「亀田みゆきだっけ? もうそんな名前、忘れていると思うぞ」

「いいえ、亀田みゆきを探しまくっているはずよ。 なのに出てこない。 どうしてかしら、教えてあげるわ。 なぜなら亀田みゆきなど存在しないからよ!」

「いや、そんな自信たっぷりにいわれても」

「これが私が考えだした『謎の亀田みゆきちゃん、いないいない作戦』よ!」

「今考えただろ?」

「お菓子ばかり食べて、どんどん太るがいいわ」

「レイカ様、さすがです。 卑怯という言葉が、これほどまでに似合う女性に私はかつて出会ったことがありません」

「三田、私、さらに凄いアイデアが浮かびましたわ。 明日の朝までにパイを用意しなさい」

「パイですか? パテスリーミラブルのパイを用意できますが」

「ミラブルはだめよ。 もっと不味くて、安いものでいいわ。 クリームがたくさんのった安いパイを用意するのよ」

「では、さっそく注文いたします・・・あ、もしもし三田だ。 明日の朝までにパイを用意しろ。 そうだ。 不味くて、クリームいっぱいのものを頼んだぞ」

「パイなんか用意してどうすんだ?」

「教えてあげるわ。 そのパイを家庭科の授業中に、事故と見せかけて、鈴木はるかに投げつけるのよ」

「おまえ、クラスが違うからその作戦できないじゃん」

「レイカ会の人間が、あなたのクラスにいないとでも思ってるのかしら」

「パイなんか持ち込んだらばれると思うぞ」

「うるさいわね。 私の『パイで顔がクリームまみれになるぞ作戦』の邪魔をしないで!」

「レイカ会の人間とかいってるけど、今日はいないのか? 取り巻きの姿が見えないけど」

「今日はオフなのよ」

「へぇー。 バイトみたいなんだなレイカ会って」

「バイト? そんなものとは違うけど、一応、時給でやってもらっているの」

「なに? あいつら金もらってやってるんだ」

「当然でしょ? お金をもらわないで動く人間なんていやしないわ」

「なあ、おまえ、友達いないだろ?」

「友達? それはどういう意味? レイカ会の人間がいるじゃない」

「いや、そういうのじゃなくてさ、お金払わなくても、自然に集まってくる仲間みたいなやつらだよ」

「仲間? そんなものがなぜ必要なの? だって利害関係があるから人は寄り合うのでしょ? お父様はいつもそう言うわ」

「・・・そうだよな。 仲間なんて」

「レイカ様、オーディションを進めましょう。 時間があまりありませんので」

「三田、この後のスケジュールはどうなっているの?」

「はい。 このあと12時15分からスポーツジムでのエクササイズ。 15時30分から新作コスメの発表会に出席。 18時20分よりピアノのお稽古。 20時より神山社長とのディナーとなっております」

「多忙だわ。 なんで私ってこんなにスケジュールに追われているのかしら。 お暇なあなたが羨ましいわ。 あ、今日のピアノのお稽古はキャンセルしといてちょうだい」

「またですか? 今月に入ってもう10回目ですよ」

「今日は弾く気になれないの。 気分が乗らないのにお稽古するなんて、先生にも悪いでしょ」

「・・・わかりました。 先生の方に連絡を入れておきます」


三田は連絡を取っている。


「もうすぐ、コンサートなんだろ? 練習しなくていいのかよ」

「お稽古なんてしなくても問題ないわ。 ピアノなんて簡単よ。 黒と白の鍵盤があるでしょ? それを適当に叩けば音が鳴るもの」

「へぇー。 そんなもんなのか。 曲とか弾けたらモテそうだな」

「あなたもやってみたら? 2、3日もやればヘンリー・ピーターソンみたいに弾けるようになるんじゃないかしら?」


俺はレイカに質問した。


「え? あのヘンリー・ピーターソンだって?」

「あなた、知ってるの?」

「知ってるよ。 有名なピアニストだろ? 2,3日でヘンリー・ピーターソンみたいになれたら幸せだよな」


俺は適当に言った。


「そうね。 ピーターソンの演奏を聴いてるとハッピーな気持ちになれるわ。 あなたもそうかしら?」

「そうだね。 楽しくなっちゃうよな。 マジ最高だよ。 ピーター」


俺は調子に乗った。


「あなたみたいな庶民にも、あの感覚は伝わるのね、音楽だけは平等だと思うわ。 素敵なことよね」

「うん、なんかバカにされてる気分」

「レイカ様、先生の方には今日はお休みすると伝えておきました」

「三田、悪いんだけど、今日は少しだけお稽古するわ」

「分かりました。 先生にもう一度、お電話いたします」


三田は心なしか、嬉しそうにみえる。


「あなた、運がいいわね」

「なにがだよ」

「会場を見渡して、なにか気付かないかしら?」

「え?」


俺は会場を見渡した。

そこにいるのは2、3人の黒い服を着た男、神山レイカ、三田と呼ばれている側近の男、そして、椅子に縛り付けられた俺だけだった。


「あれ? 他にオーディション受けにきたやつはいないのか?」

「だから運がいいっていってるじゃない、オーディション参加者は、あなた一人よ」

「は? 俺だけ?」

「そう。 どうやら皆さん、あまりに私のオーラが強すぎるせいで、オーディションに来ることさえ、怖気づいてしまったようだわ」


・・・単に誰も行きたくなかっただけだろ。


「カメラテストをするから、そこに立ってもらってもいいかしら。 三田、彼のロープを外してあげて」


・・・やべぇーラッキー、これで開放される。

三田は俺のロープを外し始めた。

外れた瞬間がチャンスだ。

出口はあそこか。

一気にダッシュしてやる・・・。


「逃げるなんて気は起こすなよ。 また眠ってしまうことになるからね」


・・・。


三田は俺のロープをほどく。


「大人しくカメラに撮られていればいい。 すぐに終わるから」

「カメラチェックが終われば、すぐに印刷の手配に入るわ。 来週には、私のポスターが学園中に貼られることになるの。 しっかり私を引き立ててちょうだい」


学園中に貼られるのかよ!

こんな屈辱、味わったこと無い・・・。


「あの・・・」

「誰だ?」

 

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「オーディションはまだやっているか?」

「桜木・・・」

「オーディションは絶賛開催中ですわ」

「そうか。 あの、私も受けてもいいだろうか?」

「あなたは誰? 新山学園の生徒かしら?」

「転入して、まだ日が浅いんだが、オーディションを受ける権利はあるか?」

「ふーん。 転入生なのね。 見たことない顔だと思ったわ。 今、ちょうど椿宗介に決まりかけたところだったんだけど」

「なんだ椿じゃないか。 こんなところで会うなんて奇遇だな」

「あら、お二人はお知り合い?」

「知り合いというほどではないが、クラスメイトだ」

「私のことは当然知っているんでしょ?」

「ああ、なんでも学園一の金持ちのお嬢様らしいな」

「さすが、私。 聞きました三田? 昨日今日、転入してきた生徒まで知っているんですって」

「さすがです、レイカ様の存在感は群を抜いている」

「なんでオーディションなんて受けにきてんの?」

「いや、廊下で、このチラシを拾ってな。 今日だって書いてあったもんだから、試しに来てみたんだ。 地図が汚すぎて無事にたどり着けるか不安だったんだがな。 そのせいで少し遅れてしまった」

「ばっかじゃねぇの。 せっかくの休みをこんなくだらん茶番に使ってさ」

「なあ、ここに書いてある、多額の賞金っていうのは本当か?」

「本当よ。 引き立て役に選ばれた者には、賞金を後日、進呈するわ。 三田、財布から賞金を桜木ヒカルにみせてあげなさい」


三田は財布から札束を取り出し、桜木にみせつけた。


「椿、私は絶対に負けない」

「は? おまえ金目当て? 案外えげつない性格してんだな」

「椿と私のどちらか一方を選ぶということか?」

「そうね。 引き立て役は2人もいらないでしょ。 今からカメラテストをやるの。 じゃあ、あなたも一緒にやってみる?」

「カメラテスト? 写真を撮られればいいのか? わかった。 ただちゃんと笑えるかわからないぞ」

「笑わなくていいわ。 笑うのは私の仕事。 引き立て役は、ボーっとしてたらいいのよ。 ポスターではピントを私に合わせるから、あなたたち引き立て役はボケてよく見えないかもしれないしね」

「ならば安心だ。 無愛想とよくいわれるからな」

「三田、彼女もエントリーしといてちょうだい」

「すみません、一言よろしいですか・・・美しい」

「え?」

 

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「失礼ですが、あなた、お名前は?」

「桜木ヒカルだ」

「私はレイカ様の側近の三田と申します。 レイカ様、私から提案があるのですが、今回のオーディション、この桜木ヒカルさんに決めてはいかがでしょうか?」

「どうして? 椿宗介はダメなの?」

「もちろん、椿宗介も悪くないのですが、桜木ヒカルさんは素晴らしいものを持っている。 きっとレイカ様の良い引き立て役になると私は思います」

「本当か?」

「はい。 あなたはいい目をしている。 そして・・・美しい」

「まあ三田がそこまでいうのなら、桜木ヒカル? あなたでいいわ。 第1回神山レイカ引き立て役オーディション、合格者は・・・エントリーナンバー2、桜木ヒカル! おめでとう!」

「これで賞金が貰えるんだな・・・」

「じゃあ、そこの椿宗介はもう用なしだから、つまみ出してちょうだい。 悪く思わないでね。 オーディションは過酷なものなの。 まあ、これに懲りず、また受けてちょうだい」


・・・二度と受けるかよ。

オーディションとかどうでもいいが、すげーむかつくのは気のせいか。


「椿宗介くん、不合格者の出口はあちらです」

「おまえら、覚えとけよ!」

「あ、椿宗介、鈴木はるかにいっておいてちょうだい。 パイには気をつけろって」

「はいはい」

「椿すまないな。 後から来た私のせいでオーディションに落ちてしまって」

「うっせーよ。 だいたいオーディションなんて受けたくもねぇーし、無理矢理連れてこられただけだっつーの」

「負け惜しみか。 潔い男になれよ」


こいつ・・・。


「ささ、桜木ヒカルさん、衣装を用意していますので、試着室へどうぞ」

「なあ、三田っていったかな?」

「はい。 三田でございます。 なにがご質問でもございますか?」

「その、派手な服は来たことがないんだ、だから、赤とかピンクとかそういうのはあんまり似合わないと思う」

「そんなことですか。 心配なさらずに。 あなたは何でも似合うと思いますよ。 あまり自分を自分で決めつけない方がいい」

「わかった。 出来るだけ普通の女の子みたいな感じが好ましい」

「十分、普通の女の子ですが・・・」

「そうか。 あ、それともうひとつ・・・」

「なんでしょう?」

「あんた・・・強いだろ?」

「何のことでしょう?」

「長年培った殺気はなかなか消せないもんだ」

「・・・殺気など出ていますか?」

「スキをみせるのが怖いくらいにな」

「全く、好きなどないくせによくいいますよ。 あなたとは・・・そういう関係になりたくありませんね」

「そうだな・・・私はただの女の子になると決めたんだ」

「なにをブツブツいっているの。 はやくしないとお父様との食事に間に合わなくなるわよ!」


三田は桜木を衣装部屋へ連れていった。


・・・・・・。


・・・。

 

そこは学園の中でも最も目立たないところにある。

生徒の中でその部屋に入った者は数えるほどしかいない。

いったいその部屋は校舎のどこにあるのか、何階に存在するのか。

新山学園長、新山大九郎の部屋。

10畳ほどの部屋には爬虫類の剥製や、海外の民族衣装など悪趣味なオブジェがたくさん飾られている。

壁には賞状が張り詰められており、棚の上には、数々のトロフィーが置かれている。

 

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「日曜日に呼び出して、悪いね」

「いえ。 教師というものは、プライベートなどありません。 常に教師という仮面を被って生活しておりますので」

「君は相変わらず固い人間だね。私のようにもっと柔軟に物事を考えなければ疲れてしまうぞ。 そうそう、最近、ネットオークションというものに夢中になってしまってな。 先日、タイムマシーンが出品されていて、つい落札してしまったよ。 これがまた面白い代物でな・・・」

「お話というのはなんでしょう」

「タイムマシーンの話には興味ないのか? 非常に興味深い話だと思うんがだね」

「その話は、また今度ゆっくり聞かせてもらいます」

「学園の様子で変わったことなどはないか?」

「特にございません。 新山学園はいたって平和です。 ただ・・・」

「ただ・・・なんだね?」

「気になる生徒がおりまして」

「ほう。 それは桜木ヒカルのことかね?」

「いえ、桜木は今のところ目立った行動はとっていませんので」

「じゃあ、椿宗介かな」

「彼が先日、例の場所にいたという情報を耳にしたもので」

「例の場所か。 早く取り壊してしまわねばならんな」

「そうですね、間もなく工事に入るとのことですので心配はないのですが」

「あれがあるうちは君も色々と大変だろ」

「私は・・・別に」

「椿宗介はなぜあそこにいたんだ?」

「それは分かりませんが、何か良からぬことを考えてはいないかと思いまして」

「風紀委員の方にも私が直々に話しているから、そう心配することもないだろ」

「だといいのですが」

「学園としてはこの先、教育方針を変えようと思っているんだ」

進学校としての側面を強化していくということでしょうか?」

「そういうことだね。 もうスポーツなどは学園のウリにはならんのだよ。 少子化に伴い、学園の経営も決して良くないのでね。 この状況下において一番大切なのは学力だ。 世間はゆとり教育などといって、やたらと個性を伸ばす教育に着手しているようだが、我が学園はその逆を目指す」

「逆? といいますと」

「『無個性教育』だ。 徹底した管理の元、将来、国を動かす有能な人間を育てるプロジェクトだ」

「それは学園のためですか? それとも、学園長の今後のためでしょうか?」

「まるで私利私欲のためにやっているようにいうんだね。 いち学園長などに興味なはいのだよ。 教育といのはね、簡単に変わるものではない。 もっと大きな力が必要なのだ。 そのための足場なんだよこの学園は」

「分かっています。 有害な生徒は徹底的に排除しろ、そういうことですよね」

「エリートだけが存在すれば、それでいい。 少なくともうちの学園はね。 それが嫌ならよそに行けばいいだけだ。 学園はうちだけではないからね」

「分かりました。 私も学園長に同意します。 学園は楽園ではないですからね」

「そこでだ。 早い話で悪いんだが、野球部、サッカー部、水泳部、及び文化系の部活以外の活動を全面的に禁止しようと思う」

「ですが反発するものが現れるのでは?」

「出たら出たときだ。 切れば良い」

「分かりました」

「スポーツなどろくなことにならない。 君が一番わかっているはずだが」

「・・・」

「君は優秀な教師だ。 期待しているよ」

「ありがとうございます」

「椿宗介・・・。 ただでさえ、やっかいな生徒を受け入れてしまったんだ。 その上、桜木ヒカルまでとなると・・・」

「私が・・・排除します」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

くそ、せっかくの休みを無駄にしちまった・・・。

 

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「あ、宗介!」
「はるか! さっき電話悪かったな」
「ううん。 神山さんといたんだね」
「拉致られちゃってさ。 それより、なんか用か?」
「それが、どうしても買わなきゃいけないものがあったから店番を宗介に頼みたかったんだよね」
「親父さんは?」
「・・・お父さんは、色々と疲れてるみたいだから」
「店、お前一人でやってるのか?」
「うん。 でも、平気だよ。 もう慣れたから」
「一人でやること、最近多くないか?」
「大丈夫。 何とかなってるから」
「お前、体もつのかよ?」
「あの店を守るのは、私の仕事だから」
「でもさ・・・」
「私が頑張ればなんとかなるからいいの! ごめんね、電話して。 店、戻らないと行けないから」
「あ、パイには気をつけろよ!」
「パイ?」
「じゃあな」


はるかは店に戻って行った。

はるかのやつ、大丈夫かよ・・・。

なんか腹減ったな。

ハンバーガーでも食うか。


・・・。


ここの絶賛バーガーはマジで美味いんだよなぁ。

 

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「あの~、この辺でコンタクトレンズ見ませんでした?」
「え? コンタクト?」
「さっき、ここの席に座ってたんですけど、コンタクト落としちゃったみたいで」
「沢村!」
「え? 誰ですか?」


どうやら沢村はものすごく目が悪いらしい。


「俺だよ。 椿宗介」
「椿先輩ですか?」
「どうしたの?」
「コンタクトを落としたみたいで。 すいません、探してもらってもいいですか?」
「わかった」


コンタクトを踏み潰さないように慎重にテーブルの下を探す。


「すいません、食事中に迷惑かけてしまって」
「・・・別にいいけど」
「ずっと探してるんですけど、見つからなくて・・・」
「おまえは探さなくていいから、座ってろ」
「はい」


ーーッッ


その嫌な音に俺は動揺した。


「今、パリンって音しませんでした?」
「もしかして・・・」


俺は恐る恐るスニーカーの裏を見た。

ビンゴ。

バラバラになったコンタクトが、スニーカーの裏にぴったりと張り付いていた。


「どうしたんですか?」
「いや、その・・・踏んじゃった」
「・・・そうですか」
「ごめんな。 悪気はなかったんだよ」
「先輩。 私、怒ってませんから。 一緒に探してくれて、ありがとうございました」
「いや、ほんとにすまん。 弁償するよ」
「大丈夫ですよ。 そのコンタクト、そんなに高いものじゃないから」


沢村は俺の方ではなく、別の客に向かってしゃべっている。


「俺は、こっちだよ」
「あ、すいません。 私、超ド近眼なんです。 コンタクトがなかったらすごく近づかないと見えないんです」
「いや、俺はこっちだって」


沢村は、ファーストフード店のマスコット人形、ケロリンパにしゃべりかけている。


「こっちこっち」
「すいません」
「おまえ、そんなんで家まで帰れるか?」
「はい。 携帯のGPS機能使えば、家まで帰れます・・・あ、見えない」
「お前、ひとりでいたのか?」
「こんなこと言うとマジメみたいに思われそうで嫌なんですけど明日からはじまる、定期テストの勉強をしてたんです」


・・・やべ、そういや来週からテストって栗林も言ってたな。

 

「私、成績落ちちゃって。 こっそり勉強してたんです」
「え? 沢村って頭いいんじゃないの?」
「それが、ここのところ思うように勉強がはかどらなくって」
「成績が落ちたっていうけどさ、どのくらい落ちたんだよ」
「今まで、ずっと学年で1番だったんですけど、この前のテストで・・・2番になったんです」


嫌味か!


「はぁ、何がいけなかったんだろ。 一日15時間も勉強してるのに」
「15時間って一日の半分以上勉強してんの?」
「え? はい。 勉強してるか、寝てるかのどっちかですけど」
「成績なんてそんなに気にすることないって。 俺なんて下から数えた方が早いしな」
「椿先輩にはすごく悪いんですけど、下の人と比べても意味ないんです。 それに、私、ずっといい成績キープしなきゃだめだし。 風紀委員として学園の模範にならなきゃ」
「なあ沢村、そんなに肩ひじはって息苦しくならないか?」
「え?」
「いや、なんか沢村みてるとさ、こっちまで勉強しなきゃって気になって、だりーんだけど」
「生徒会長を決める選挙があること知ってますよね?」
「やってるような、やってないような」


新山学園では毎年夏に、次の年度の生徒会長を決める選挙を大々的に開催している。

『学園は学生の為に』をスローガンに生徒が一人一票をもち、投票するシステムらしい。

候補者は推薦人を集めなければいけなかったり、しっかりとしたマニフェストを掲げなければならなかったり、なにやら本格的なものだ。


「私、それに立候補しようと思ってるんです。 だから、その選挙で勝つためにも今から勉強して一番を取り続けなければいけないんです」
「沢村が立候補するときには、言ってくれ。 俺が清き一票を入れてやるから」
「ありがとうございます。 私の政策に賛同してもらえたら、そのときは私に投票してください」
「沢村はほんとに真面目だな。 まあ俺も遅刻大歓迎みたいな候補者がいたら絶対に入れるんだけどな」
「生徒会長になって、この学園のために役立ちたいんです。 これからの後輩たちのためにも」
「それも大事だけどさ、今は目をどうにかしないといけないんじゃね?」


沢村はさっきから全然違う方向に向かってしゃべりかけている。


・・・。

 

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「実は、メガネあるんです」


赤いフレームのいかにも度の強そうなメガネを取り出した。


「そんないいもんあるんだったら、さっさとかけろよ」
「でも、これかけたくないんですよね」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。 まあコンタクト踏んづけた俺がいえたことじゃねーけどさ」
「でも、ちょっと問題がありまして」
「問題ってなんだよ」


沢村はメガネを持ったままかけることをためらっている。


「私、メガネ苦手なんです」
「苦手とか言ってる場合じゃねーだろ」


俺は強引に沢村の手からメガネを奪い取りかけさせる。


「椿先輩! ちょっと、ぐ、ぐああ、ぐぬうっ・・・」
「変な声だしてんじゃねーよ」
「ぐっ・・・うぐ・・・」
「ん? どうした?」


沢村はうつむいたままモゴモゴしている。


「気分でも悪いのか?」

 

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「・・・なんやの」
「え?」
「あんた、なんやの?」


沢村の様子が明らかにおかしい。


「お前しゃべり方、変だぞ」
「うちのコンタクトどないしてん?」
「どないしてん? っていやだから・・・沢村?」
「沢村? 沢村って誰のこと? うちは沢村やけど」
「うん。 じゃあ、あってんじゃん」
「おもろないわ」
「は?」
「これやから、笑いの偏差値が低いやつは嫌いやねん」
「お前、大丈夫か?」
「うちが、『沢村さんって誰のこと? うちは沢村やけど』ゆーたら、『一緒やん』ゆーて突っ込むのが当然やろーもん!」
「なにいってんだおまえ?」
「なんや、笑いのいろはから話さなあかんの?」
「なあ、沢村、なんの冗談?」
「冗談やないわ。 椿先輩、コンタクト代、学園で次あった時にきっちり清算させてもらいますわ」
「さっき弁償しなくていいっていったじゃん!」
「そーはいきまへん。 こういうのはちゃんと生産しとかな、あとあと癖になりますねん」
「癖ってなんだよ」
「それに、払わんでえーゆうたのはアキナやろ? うちはアキナほどお人よしやないしな」
「なんだよアキナってお前じゃん。 いいよ、わかったよ! 今払ってやるよ!」
「今はええよ。 うちだってそんなアコギな商売してませんがな。 それやったらまるえでうちが当たり屋みたいになりまっしゃろ?」
「なあ、そのニセの方言っていうの? なんなの?」
「ニセ? ニセちゃいますがな。 コテコテやっちゅーねん!」
「これって、多重人格障害ってやつ?」
「自分、感じ悪いな」
「俺、用事あるからそろそろ行くな」
「なんや、貧乏暇なしちゅーことやな。 うちもそうや。 これから勉強せなあかんねん。 2位なんてみっとものーて、学園堂々と歩けまへんやろ?」


沢村はどんどんコテコテのニセ方言になっていく。


「コンタクト代はちゃんと返すからさ。 じゃあな」
「ちょっと待ち」
「まだなんかあんのかよ」
「椿先輩、遅刻はもーせんほうがええよ」
「うん。 しない」
「あんたんとこの担任の栗林先生、あんたを目の敵にしとるみたいやな。 どーやら裏でなんらかの動きがあるみたいやで」
「どーいうことだよ?」
「まあ、詳しくは、よー知らんけど、椿先輩と、先日転入してきはった、桜木ヒカルっちゅー生徒がどうやら目をつけられとるみたいなんや」
「桜木がなんで?」
「だから、詳しくは知らんて。 うちら風紀委員は定期的に集まりがあるんよ。 今月は誰が遅刻したーとか、女子の誰々の髪が長いとかそーゆう報告会ちゅーんかね。 そういうのや。 その報告会に、新山学園理事長がじきじきに来はったんや」
「新山学園理事長?」
「そうや。 新山学園長、新山大九郎。 泣く子も黙る、学園のボスやな。 そのボスがたかだか風紀委員のどーでもいい報告会にお出まししたんや」
「新山学園長・・・」
「新山大九郎はめったに学生の前にはあらわれん。 まあボスキャラでもありながら、レアキャラでもあるんよ」
「へーその学園長様がなんだって?」
「学園の風紀とそれを乱す者の取り締まりを強化しろ、落ちこぼれは排除していけ、ガンは取り除けゆーてな」
「まるで警察だな」
「そのときに、気をつける生徒をいうてはって、桜木ヒカルっちゅー名前が入っとってビックリしたんよ。 転入してきたばっかりやのになんでやろって」
「まあ、俺の名前があるのはわかるけど、桜木はなんでだろ」
「あんたの名前があるのは・・・当然よね」
「・・・そうだな」
「でも桜木ちゅー先輩、前の学園でなんか問題でもおこしたんやろか?」


あいつ、何やったんだよ・・・。


「まあ、栗林先生と、新山大九郎には十分気をつけることやな」
「ああ。 沢村、わざわざサンキューな」
「ちゃうよ。 椿先輩がおらんことなったら取り締まる相手がおらんことなって、その、うちの仕事が減るのが、いやなだけやん」
「へーそうかそうか」
「あー。 うち、なにこんなことベラベラしゃべっとんのやろ。 お喋りやと思われたらかなわんわー」
「あ!!!!!」


俺は大声を出した。


「なんやの!? どないしはったん!」
「メガネにナメクジついてるぞ!」
「ナ、ナメクジ!? どこ? どこなん!」


アキナはあわててメガネを外した。

 

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「うぐっ・・・ぐあ・・・」
「沢村? 大丈夫か?」


沢村の顔色が徐々に戻っていく。


「・・・あ、椿先輩、私、あれ? どうしたんだろ?」


アキナは自分の手にあるメガネをみた。


「あの、もしかして、私、変なこといってませんでしたか?」
「いや、別にいってなかったぞ」
「私、メガネもってぼーっとしてること多いんですよ。 だから、メガネに苦手意識もっちゃって」


・・・こういう面倒くさいことは、本人には言わない方がよさそうだな。


「・・・このメガネかけて帰ります」


沢村はメガネを再びかけようとした。


「ちょっと待った!」
「え? なんですか?」
「あの、俺が、この店を出て、見えなくなったらメガネをかけてくれないかな?」
「え? 何でですか?」
「じゃあな! って言ってから10秒数えてからかける。 いいな?」
「わかりました。 なにかのおまじないなんですね? 私、あんまりそういう非科学的なことに興味ないけど、今日はそうします」
「そうそう。 おまじないだからさ。 ・・・じゃあな!」
「あ、十秒数えなきゃ。 10、9、8、7・・・」


俺は逃げるようにしてファーストフード店を出た。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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まさか沢村があんな性格だったなんて。

・・・日が暮れちまったな。

まだ、家に戻りたくない。

日が暮れると、なぜだか寂しさがこみ上げてくる。

公園にでも行くか。


・・・。


ん?

あれはリコか・・・。

 

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「おい、リコ!」
「あ、椿宗介くん」
「フルネームで呼ぶな」
「友達の宗介くんじゃないですか」
「・・・友達じゃねーって言ってるだろ。 何やってるんだ?」
「鳥を集めていたんです」
「こんな夜にか?」
「でも、鳥さんたち、誰も集まってくれませんでした」
「なんで?」
「巣に帰ったみたいです」
「もう、夜だしな。 お前は帰らないのか?」
「・・・帰りますん」
「どっちだよ!」
「・・・もうすぐ帰ります」
「リコは、家族は?」
「お父さんと、お母さんと、妹と、弟と、おじいさんと、おばあさんが、います」
「大家族だな」
「そうですね。 賑やかな家族です」
「うらやましいな。 俺なんて母親と二人暮らしだぜ」
「お父さんはいないですか?」
「俺が小さい頃に海に消えた」
「海に? 魚ですか?」
「いや、船に乗ってたんだけど、遭難しちゃって」
「そうなんですか」
「お前って悩みなさそうでいいよな」
「宗介くんは悩みあるですか?」
「・・・お前だって、わかるだろ」
「良く分かりません」
「そうか」
「あ、そろそろ戻らないと、大家族のみんながリコを捜索しはじめますので、この辺で」
「おう。 じゃあな」
「・・・さようならです」


リコは動こうとしない。


「どうした?」
「な、なんでもないです。 ・・・では、また」


リコは公園を出て行った。

・・・変なやつ。

俺も帰るか。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「ふぅ~。 やっと終わった」
「はるか、まだ店やてたのか?」
「今、片づけが終わったところ」
「こんな遅くまで、大変だな」
「うん。 でも、今日はすっごくお客さんが来てくれたんだ」
「・・・親父さんは?」
「今日は、お父さん、お休みなの」
「寝てるのか?」
「調子、悪いみたいだから」
「病気なのか?」
「・・・そういうわけじゃないけど」
「そっか」
「あ~。 たまには、お休みの日に映画でも観に行きたいなぁ~」
「映画か」
「うん。 今、魔法少女ミルティーchanの劇場版やってんだよね」
「なんだそれ?」
「え? ミルティーchan知らないの? すっごく流行ってんだよ」
「子供向け?」
「大人向けだよ。 テレビシリーズが人気あるの」
「へぇ~」
「でも、魔法少女ミルティーchanってタイトルなのに、ミルティーchan、魔法を一切使わないんだよね」
「使わないの!?」
「ミルティーchan、魔物と戦うときも、崖から飛び降りるシーンでも、絶対に魔法は使わないの」
「てか、魔法使えないんじゃなくて?」
「それは分からないけど、ミルティーchan、魔法の代わりにお金使うの。 なんか、色々買収したりするんだよ」
「買収!?」
「うん、魔物にこっそり現金つかませて、魔界に帰ってもらったりするの」
「ある意味、魔法より効果あるかもな」
「決めゼリフとかすごいんだよ! 『お金を払ってんだからさっさと魔界にかえりなさいよ!』だもん」
「ミルティーchan、おそるべしだな」
「うん、大人向けなの」
魔法少女ミルティーchan、気になるな。 暇だったらテレビシリーズ見てみるよ」
「店させ休めたら、劇場版、観にいけるんだけどな~」
「休めばいいじゃん」
「・・・簡単に休めるもんじゃないよ。 死んだお母さんにも悪いし」
「お前だけが頑張ることないって」
「私がこの店守らないで、誰が守るのよ」
「・・・・・・」
「でも、いつか・・・映画行きたいな・・・おやすみ」


はるかは、店に入っていった。


・・・。

 

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・・・マコトからか。


「はーい! 今日も一日、ご苦労様でございました!」


テンション高いな。


「マコトは日曜日だったんで、ジェットコースターに乗ったよ! でも、相手がいないから一人で乗りました」


・・・遊園地にいったのかな。


「でもね、でもね、ジェットコースターよりも、一人で遊園地に行くことの方が、ずっと怖いんだよね~。 一人でコーヒーカップに乗ったのが、一番怖かったかも! だけど・・・一緒に行く相手いないんだもん! グスン! いつか、宗介くんと一緒に遊園地デートできたらいいなぁ~なんちゃって! さてさて、今日は宗介くん、何してたの?」


俺はメールを返す。


「今日は、よく分からないオーディションで不合格になりました。 それから、多重人格のニセ方言の女に絡まれたという一日だったよ。 特別変わったことは無かったです!」


メールを送る。

明日からテストか・・・。

どうせまた、赤点なんだろうなぁ・・・。

やっても変わらないよな・・・。

本棚から漫画雑誌を取り出す。

なるようにしか、なんねーよ。

俺は漫画を持ったまま、布団に潜った。


・・・。

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【28】(終)

 


・・・。

 

 

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郷田が6階から屋上へ出た時、ちょうど大型のヘリがそこへ着陸した所だった。

そのヘリには文香に倒された部隊の代わりの部隊が乗り込んでいる。

特別に呼び寄せられた部隊だから、もちろんその強さは先の部隊の比ではない。


ヒュンヒュンヒュン


大型のローターが勢い良く回転し、郷田に強い風を吹き付ける。

彼女はその中を目を細めて屋上をヘリに向かって進んでいった。

それと同時にヘリの中からは灰色の都市迷彩服を身に着けた完全武装の男達が続々と姿を見せる。

 

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「私は今回の『ゲーム』を担当しているゲームマスターの郷田よ! 協力するわ!」


―――巻き込まれて怪我をするのは御免だわ。


郷田がいち早く彼らに接触したのはそういった打算的な理由からだった。

 

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「聞いている。 だが不要だ」


先頭の男は郷田に向かって首を横に振ると、何故か彼女に銃口を向けた。


「な、何のつもり!?」
「我々の任務は少女を無傷で保護するだけではない」


そして男は無造作に引き金を引く。


「少女を除く、エクストラゲームの参加者7名を例外なく殺害する事も任務だ」


――!!!


その音はすぐにヘリのローター音にかき消される。


「例外はない」


―――私は詰め腹にされたのか!


最後の瞬間、郷田は自分が今回の事件の全ての責任を着せられたのだという事を理解した。

彼女はその事が悔しくてたまらなかったが、額を撃ち抜かれた以上どうする事も出来ない。

郷田にはそのまま力なく倒れてゆくことしか出来なかった。


「さあ行くぞ野郎共! ショーの始まりだ!」

『ウォォォォッ!』


死にゆく彼女が最期に耳にしたのは、そんな男達の雄叫びだった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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「文香さん、よくこんなに見つけてきましたね」

「備えあれば憂いなしって言うでしょ?」


呆れ気味の総一の言葉に、文香は何かの装置を組み立てる手を止めて笑顔を作った。

そしてその続きの言葉は、すぐ隣の総一にだけ聞こえるように囁かれる。


「・・・あたしの派閥が所在を把握しているものは全部持って来たわ」


文香が組み立てているのは、彼女の仲間達が長い時間をかけてこの建物に隠した道具だった。

参加者として、あるいはスパイとして『組織』に入り込んだ『エース』の情報員達は、来るべき戦いに備えてこの建物で2つの事を行ってきた。

1つは文香が以前戦いに用いていたような仕掛け。

カメラに偽映像を仕掛けたり、センサーを一時的に止めたりする工作だ。

2つ目は、戦いが起こった時に備えて武器や道具を隠しておく事。

文香が今組み立てているのは、彼らがこの建物の6階にバラバラに隠しておいた装備なのだった。

基本的に『ゲーム』では上の階へ行けば強力な武器が手に入るのだが、もし『組織』と『エース』の最終的な戦いが起こった場合は、この場で従来通りに武器や道具が得られる可能性は無い。

もちろんPDAについても同じ事が言える。

ソフトが追加される事はありえないだろうし、ソフトは有効に機能しないだろう。

今回もそのケースにあたり、5階や6階には全くと言って良いほど武器や道具は置かれていなかった。

そこで文香はこれまでに仲間達が少しずつ運びこんでおいた武装を回収してきたのだ。


―――コロンブスの卵って奴だよな。


総一は優希が文香の組み立てた何かの探知機をツンツンとつつく姿を見ながらそんな事を思う。


―――『組織』の連中もまさか武器が貰える場所で、自分から新たに武器を隠す奴が居るだなんて思わないんだろうし・・・。


文香の周りに並んでいる物は1つや2つではなかった。

拳銃、マシンガン、ライフル、小型のロケットランチャー。

武器以外にも監視カメラや温度センサー、暗視スコープなどなど。

それはさながら武器の見本市の様相を呈していた。


「下から上がってくる時に拾った武器とこれで何とかなれば良いんだけど・・・」


沢山の装備に囲まれていながらも、文香の表情は暗い。

横で手伝う総一にしてみれば、これだけの武器があれば1人で戦争が出来そうな気さえしてくるのだが、文香はなおも不足だと考えているようだった。

 

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「・・・そんなにすごい相手なんですか?」


咲実はそれに不安を覚えたようだった。

すると文香は迷わず頷く。


「そうよ咲実ちゃん。 次は最初の男達みたいなアマチュアじゃない。 まず間違いなくプロを送り込んでくる筈よ。 それだけの時間はあったでしょうし」


そして彼女は作業を再開する。


「向こうの装備は変わらないだろうけど、きちんと訓練を受けた人間が使えば道具の効果は何倍にもなる。 心してかからないと、すぐにやられてしまうでしょうね」


文香は新たに組み上がった銃を無造作に投げ捨てる。

 

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「そんなの相手に、勝てるのかなぁ~」

「文香さん、まぜっかえすつもりはないんですが、俺達は早まったんじゃありませんかね?」

「総一くん、このエクストラゲームに乗らなくても、どの道あたし達は1度は連中と戦う事になったわ。 どうせそうなら相手がルールに従っている間の方がなんぼかマシよ」

「・・・でもその前に文香さんの仲間達が攻撃を始めたら、戦わずに済むのでは?」


総一はその部分だけ声をひそめる。

すると文香もささやき声で答える。


「そうでなかった場合のリスクが高すぎだわ。 ゲーム終了まで攻撃が始まらない場合だってあったんだもの」


―――そういえば文香さん、正体を話してくれた時にそんな事を言ってたっけ・・・。


「こうなったら腹をくくるしかないわ。 もうあたし達には戦って勝つ以外に生き延びる方法はない」


―――そしれそれ以外に、このふざけた『ゲーム』を終わりにさせる方法もない、か・・・。


「分かりました。 それでこれからどうします?」


すると全ての組み立て作業を終えた文香は立ち上がった。


「罠とセンサー類を配置しに行くわ。 総一君も手伝ってくれる?」

「はい、もちろんです」


頷くと総一も立ち上がる。

総一達の最後の戦いは、もう目の前に迫っていた。


・・・。


交代で見張っていた監視装置のモニターに反応が出たのは、総一達が全ての準備を終えた20分ほど後。

時計の針が夜の8時半にさしかかった時の事だった。

総一達のいる部屋の防御を固める作業は終わっていた。

しかしそれでも敵が近付いてくる気配は総一を緊張させた。


「ふ、文香さん、3番の反応が消えました」


うろたえ気味の総一の報告に、文香は落ち着いた様子で頷く。

 

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「やっぱり南周りで来たわね。 思った通りだわ」

「でもそれにしては向こうのレーダーとかに反応がありませんけど」

「向こうもしっかりした準備はあるって事よ。 3番の罠は特別だからどうしても駄目だったみたいだけど、こっちの電子装備は端から順に潰して進んできてるようね」


3番の罠というのは手榴弾にワイヤーを繋いだものを幾つか用意して通路を塞いだものだ。

しかしその罠は実は囮で、本命は手榴弾のトリガーワイヤーをレーザー測定器で見張る事で敵の接近を知る為の仕掛けだった。

ワイヤーを切断すればもちろんのこと、触れただけでも測定器は反応する。

電波が出ている訳でもないし、遠くから飛んで来ている可視光ではないレーザー光を目視で見つけるのは不可能だ。

最初からそれを想定した装備を持っていれば別だろうが、総一達は本来この建物には無い筈の道具を使っている。

流石に敵にはそこまでの備えは無いようだった。


「咲実ちゃん、コントローラーのファンクションの1を押しながらAのトリガーを引いて」

 

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「あ、は、はいっ!」


咲実は『エース』が事前にこの建物に施した仕掛けの操作を担当している。

今文香が指示した操作は、彼女が以前に戦いで不意打ちに使ったものと同じだ。

このスイッチを入れると6階の監視カメラに割り込んで、ループする偽映像を流す事が出来る。

敵は監視カメラの映像で総一達の様子を見張っている筈だ。

だからどうしても見られたくない行動をする時や、今回のように本格的な戦いが始まる時には目潰しをしておく必要があった。

これまではカメラの映像が総一達を守ってくれていたが、敵がルールの枠の中に入ってきたおかげでカメラは敵へ情報を流す役割しか果たさない。

身を守る為にはこういった細工は必要だった。

咲実は家庭用のゲーム機の銃型のコントローラーにも見える、建物の仕掛けのコントローラーを慎重に操作する。

するとその動作状況を伝えるインジケーターがチカチカと点滅する。


「入れました」

「これで何分間かは時間が稼げるわ。 咲実ちゃん、LEDが赤になったら今度はファンクション1でトリガーはB」

「分かりました」


ファンクション1でトリガーがBの操作だと、周辺の監視カメラがシャットダウンする。

コントローラーのインジケーターのLEDが赤に変わるのは、カメラの制御が取り戻されそうになっている事を意味する警告だ。

その場合は制御を奪われる前に先手を打ってシャットダウンする事になる。

そうすれば制御を取り上げられたとしてもシステムの再起動が必要になり、更に何分か時間が稼げるのだ。


「咲実ちゃんがシャットダウンしたら連絡をお願いね、渚さん」

 

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「うん~、分かった~!」


渚は小型の無線機を握り締めてこっくりと頷く。

それは文香が耳に漬けているものに直通のデジタル通信機だった。


「あとは総一君、君とあたしの頑張り次第よ」

「わ、分かりました」

「慣れないとは思うけど、冷静に敵の動きを見て無駄弾は撃たないように。 あたしを攻撃しようとするヤツをターゲットに指定してくれるだけで構わないから」

「はい」


総一の担当は先制攻撃と牽制だった。

といっても実際に銃を持って攻撃する訳ではない。

総一が担当するのは事前に『エース』が細工して乗っ取った建物の防衛装置や、先程文香と仕掛けてきた自動兵器のい操作だった。

文香達『エース』が乗っ取っているのは監視装置だけではない。

それほど数は多くはないものの、建物内の装置もいくつか管理下に置いている。

今総一達がいる部屋のあたりだと『スタングレネード投射装置』と『緊急閉鎖システム』の2点が利用できる。

前者は壁が開いてそこから相手を気絶させる爆弾を射出する兵器。

後者は防火壁をコントロールするものだが、PDAのソフトウェアによるものよりも高度な操作が可能になる。

どちらも今の総一達には有り難いものだった。

それらに加え、先程文香が組み立てた自動攻撃装置付きのマシンガンなども設置されている。

総一の担当はそういった攻撃装置のコントロール

この部屋から小型のパソコンやコントローラーを使って装置を遠隔操作し、敵を牽制するのだ。

 

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「文香さん、頑張ってね」

「ありがとう優希ちゃん。 優希ちゃんは見つからないように隠れてるのよ?」


優希は文香が武器や防具を身に着けるのを手伝っていた。

文香の担当はオフェンス。

唯一の戦闘要員である彼女は総一達のバックアップを受けて前に出るのだ。


「わたしも何かやった方が良くないかなぁ?」


優希には仕事が割り当てられていない。

その事が少しだけ気になっている優希だった。


「わたしだけ守られてるだけじゃ、なんか悪い気がする」

「そんな事はないぞ優希。 敵の目的は優希なんだから、隠れるのも立派な仕事だ。 俺達がいくら頑張っても優希が捕まっちまえば元も子も無いんだ」

「うん・・・」


総一の言葉にも優希の表情は晴れない。

そこで総一は少し考える。


「よし、優希。 そしたら優希にも任務を与える」

「ほんと!?」

「これで麗佳さん達を守ってて。 それと苦しそうだったら看病」

「分かった!」


優希は総一から1丁の拳銃を受け取ると、嬉しそうに意識の無い麗佳達の方へと走っていく。


「敵が来たら隠れるのだけは忘れるなよ!?」

「うん! だいじょぶ!」


そして優希は救急箱を引っ張り出して麗佳の枕元に座り込んだ。


「・・・良いんですか? 優希ちゃんに銃なんて持たせて」


咲実の表情は総一を暗に非難していた。

そんな咲実に苦笑すると、総一は片目を閉じてみせる。


「・・・実はあの銃、弾入ってないんだ」


そして優希に聞こえないようにそっと囁く。


「そうでしたか」


すると咲実はホッとしたように笑い始めた。


「よしっ」


そんな時、文香が準備を終えた。

防弾チョッキや武器、その他のツール類を身に着けた文香。

彼女は最後に大型のマシンガンをその手にとった。


「それじゃ行ってくるわね。 ・・・あたし達がチームを組むのは初めてだけど、役割を忘れずに落ち着いて頑張りましょ?」


総一は武器や装置の操作。

咲実は敵の監視と総一の手伝い。

渚は通信と優希を守る。

文香は直接攻撃を仕掛ける。

素人ばかりの即席チームだったが、それを言い訳には出来ない。

敵は彼らの都合など気にしない。

むしろ歓迎する事だろう。

だからこそ、それぞれに最善を尽くさなければならないのだ。


「頑張ります」

「任せて文香さん~~」


頷く咲実と渚。

2人の横顔には迷いや恐怖は感じられない。

総一がちらりと視線を移すと、優希は意識の無い3人を甲斐甲斐しく世話していた。

そして最も危険な場所へ赴く文香は、落ち着いた様子で微笑んでいる。


「・・・はい」


そんな仲間達を見て、総一も頷く。


―――今度こそ守り切る。


みんなの為に。

そして俺自身の為に。

みんなで生きて帰るんだ・・・!

仲間と共に生きようという決意は、不思議と恐怖からくる手の震えを止めてくれるのだった。

 

・・・。


エクストラゲームが発動した時点で生存者は11名。

発動時点で意識が無い者は不参加となるので、参加者は8名。

だからエクストラゲームで送り込まれてくる敵の数は同数の8名となる。

総一達は通路に姿を現すのはその8人だと考えていた。

しかし総一が見守る監視装置の映像に最初に姿を見せたのは彼らではなかった。


「文香さん、先頭にいるのはロボットです! 連中はその15メートルぐらい後ろをついてきています!」


総一は見たとおりの事を無線で文香に報告する。

総一は通信機を右耳に着けている。

文香が身に着けているのと同じものだった。

 

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総一の見ているモニターには見覚えのある小型のロボットが映っていた。

それは4階で総一達を襲ったものと同じものだった。

ただし今回はあの時のように1台だけではなく、4台のロボットが編隊を組んで通路を前進していた。


「数は4台。 そのままだと1分ほどでロボットが文香さんの所からも見えるようになると思います」


文香は男達の進行方向の先に身を潜めている。

このまま何もしなければ、すぐに彼女は敵と遭遇する事となる。


『・・・今度の連中は手強いわね・・・』


無線の向こうで文香が黙考する気配が伝わってくる。

その間にも画面の中ではロボットと男達が移動を続けていた。

男達はロボットを囮に使うつもりなのだ。


「予定通りに先頭を攻撃しますか?」


もう何秒かするとロボットがスタングレネードの射程に入る。

元々それで先制攻撃を仕掛ける手筈だったのだ。


『待って総一君。 ロボットはあたしの方で何とかするから、総一君はロボットを無視して後ろの連中を狙って。 ロボットにはスタングレネードの効果は期待できないから』


無線から聞こえてきたその声で、総一はグレネードの操作パネルから1度手を離した。


「わ、分かりました」


―――やっぱり人間を攻撃しなきゃいけないんだな・・・。


そんな総一の迷いを感じ取ったのか、通信機のレシーバーから文香の気遣うような声が流れ出る。


『落ち着いて総一君。 その武器では誰も傷ついたりしない。 酷くても明日いっぱい頭痛がするぐらいだわ。 あたしが保証する。 訓練で何回も食らった事があるもの』


戦闘において最も重要な事は、戦場で標的に向かって撃てるかという事だった。

自転車と同じで1度やれるようになれば2度目は問題ない。

重要なのは最初の1発だった。

実際の過去の戦争でも、大半の兵士が初戦では敵を撃つ事が出来なかった。

正確には敵がいる方向に銃を向けて引き金を引く事は出来ても、弾が当たるように狙いを付けて撃つ事ができないという事だ。

やはり戦争であっても殺人への抵抗感は根強かった。

近代化に伴う精神科学分野の発達により、最近の兵士は最初から撃てる傾向は強くなってきているものの、根本的な問題は今も変わっていない。

だから文香は総一のこの反応を当然のことと考えている。

彼女自身だってかつてはそうだったのだ。

それに総一の場合は何の訓練もしていない一般人でもある。

いきなり撃てと言われても、はいそうですかとはいかないのが普通だ。


「だ、大丈夫ですよ文香さん。 やれます!」


―――しっかりしろ。


俺が撃たなきゃ文香さんが死ぬ。

誰も死なない武器ぐらい、初めてでもちゃんと使ってみせろ御剣総一!

しかし幸いな事に総一は今の状況をきちんと把握していた。

それは先程咲実に現実を直視させられていたからだろう。

そこに自分に都合の良い勝手な解釈や言い訳は含まれなかった。


――ッッ


総一は両手で自分の頬を叩くと気合いを入れなおした。


「御剣さん、ロボットが」


そんな時、カメラの前を1代目のロボットが通過する。


―――おっと、いけない。


「文香さん、カメラの前をロボットが通過。 すぐにそっちでも見える筈です!」

『分かった。 こちらで目視したら始めるわよ。 あたしの合図で攻撃して』

「分かりました!」


総一の返事と同時に2台目のロボットがカメラの前を通過する。

そして3台目と4台目も続く。

男達の姿もいぐんぐん近づいて来ている。


『こっちでもロボットが見えたわ!』


その声と同時に総一はグレネードの操作パネルに手を伸ばした。


『2台目も来たわ。 ・・・3台目、・・・4台目! 始めるわよ総一君!』

「はいっ!」


そして総一はパネルのボタンを押し込んだ。

 

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―――!!!


文香の銃撃と総一のスタングレネードの攻撃はほぼ同時に行われた。

このため文香の射撃の音はグレネードの炸裂する音にかき消され、その周辺はただグレネードの作る轟音と震動に満たされた。

文香のサブマシンガンが吐き出した銃弾は通路の角で方向転換中のロボット達に襲いかかった。

元々動きが鈍いロボット達はそれをまともに浴びてスクラップとなった。

その直後にグレネードの閃光が通路を満たした。

文香はその光が消え去るよりも早く、ロボットの残骸のある通路の角へと走っていった。


・・・。

 

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「やっぱりそう上手くはいかないか!」


文香が角から先をうかがった時、確かにそこでは『組織』の兵達の大半がスタングレネードの影響で動きを止めていた。

しかし2人が既に立ち上がりかけていた。


――!!!


文香は通路の角に隠れたまま、近い方の1人に狙いを定めサブマシンガンを連射する。


「ぐあっ」


グレネードの影響で攻撃に気付かなかった彼はそれで動かなくなった。

しかしその時の文香に気付いてもう1人が行動を起こした。

その男は何故か文香に向かって攻撃をしようとしなかった。

彼はすぐ傍で倒れている仲間に取りつくと、仲間が握っている黒い小さな箱を取り上げた。

そしてそれを文香の方へ向ける。

しかしそれは攻撃のようには見えない。


―――何かする気だわ!!


だが嫌な予感がした文香は咄嗟に銃を引き射撃姿勢を解いた。

それと同時に男の指が黒い小さな箱に付いたスイッチを押し込む。

だがやはりそれは文香への攻撃ではなく、男からは攻撃らしい攻撃はやって来なかった。

しかし文香はこの時、男がニヤッと笑うのを見た。


「そうかッ! しまったっ!!」


その嫌な笑顔で男が何をしたのかを悟った文香は全力で通路を戻っていった。

そしてその全力疾走の勢いを殺す事無く思い切りジャンプすると、頭を守るようにして床に身体を投げ出した。

 

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――!!!!

ロボットの残骸が爆発したのは、丁度その時の事だった。

ロボットには2つの役目があった。

1つは兵隊よりも先に行かせて囮に使う為。

罠があればロボットがかかるだろうし、敵がいるなら代わりに攻撃したりされたりしてくれる。

無人兵器ならではの使い方だった。

そしてもう1つ。

それは敵の近くまで爆発物を運ぶという役目だった。

ロボットの車体の下、車輪と車輪の間にその爆薬は取り付けられている。

こうしておけばロボットがやられたとしても、その後に兵達を攻撃しようとのこのこロボットのあたりまで近付いてきた敵を吹き飛ばす事が出来る。

これもまた、無人兵器ならではの使い方だった。

流石に人間で同じ事はできない。

 

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「あいたたたぁ」


文香にとって幸運だったのは爆発したのが4つの爆薬全てではなかったという事だろう。

文香の攻撃によりアンテナや起爆装置を破損したものがあり、爆発したのは半数の2つだけだったのだ。

加えて『組織』の兵達自身を傷付けないように、元々爆薬の威力は加減されている。

そのおかげで文香は危うい所で難を逃れていた。


『文香さん、答えてください文香さんっ!! 無事ですか!?』

「だ、大丈夫。 生きてるわ」


―――やられた。


やっぱり一筋縄ではいかないわ!

文香は総一に返事をしながら、爆発の衝撃で痛む身体を無理やり引き起こした。

すぐにも爆薬を起爆した男がとどめを刺しにくる。

寝ている暇などないのだ。


「総一君、もう1度グレネード! それとあたしと奴らの間で隔壁を下ろして!」

『はいっ!』


――!!!


文香が立ち上がった時、再び通路は閃光と轟音に満たされる。

その場所は文香の背後、通路の角を折れた先だ。

2度目の総一の攻撃だった。


――ッッ

 

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しかしそれはすぐに隔壁によって遮られる。


「甘かった・・・。 アマチュアはあたしの方ね・・・」


―――思った以上に奴らはここでの戦い方を知り尽くしてる・・・!


危うい所で難を逃れたものの、文香は自分の予測がなお甘かった事を痛感していた。


『文香さん、今監視カメラをシャットダウンしました! 向こうはこの建物の装置の制御を取り戻しつつあるようです!』

「参ったわね・・・。 踏んだり蹴ったりだわ」


壁に手をついた文香は頭をぶるっと振った。


―――左の足首と左肩、それと頭が痛む。


足は挫いただけ、この感じだと肩は破片でも刺さってるのかしら。

頭は・・・、爆発の衝撃だけだと良いけど・・・。


「すぐにそこから逃げなさい総一君!」

『でも!』

「攻撃は失敗よ! 1人しか倒せなかった!」


戦いは長引けば長引くほど不利だ。

素人だらけの総一達では、プロを長時間相手にするのは無理だ。

だからこそ文香としてはこの攻撃で決着をつけたいと考えていたのだ。

しかし結果はこの通り。

1人しか倒す事が出来ず、逆に文香は傷を負った。


「あたしがやられた時の事は言ってあるでしょう!? その通りになさいっ!」

『文香さん、待って!』

「何とかみんなで逃げ切るのよ、総一君! あたしが何人か道連れにするから!」

『文香さんっ!!』


総一の声はまだ続いていたが、文香は強引に通信を切った。

そして彼女は怪我した身体を引きずって歩き始める。

『組織』の兵達がこれからどうするのかは分かり切っていた。

だから文香はそこに先回りして、再び攻撃を仕掛けるつもりでいた。

だが文香は怪我を負っているうえ、総一達のバックアップもない。

それがどういう結果をもたらすのかは彼女にも良く分かっていた。

だがこのまま総一達の所へ逃げ帰る訳にもいかないし、そもそもこの怪我の状態で敵よりも早く帰れるかどうかも怪しい。

文香にはこうする他は無かったのだ。

しかし文香には恐怖は無い。

文香の所属する『エース』の仲間達は、何人も彼女と同じようにここで命を落としている。

最初から生きて帰る保証が殆ど無い事を覚悟してやって来たのだ。


「結局、ヒーローには成り切れないのよね、あたし達は・・・」


文香はそれが『エース』の宿命なのだろうと感じていた。


・・・。


「文香さんっ、文香さんっ! くそっ!」


総一は焦った様子で通信機を頭から外した。

文香からの通信は途切れてしまっていた。

監視カメラの映像も途切れており、文香の姿は見えなかった。


「お兄ちゃん、文香さんはどうなったの?!」

「1人は倒したけど攻撃は失敗、文香さんは怪我をしたらしい! それでそのまま文香さんは俺達が逃げる時間稼ぎをするつもりだ!」


総一は優希の方を振り返ってそう言った。

するとすぐに優希が駆け寄ってくる。

咲実や渚も同様だった。

 

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「でも御剣さん、それじゃあ文香さんは・・・!?」

「ああっ! 文香さんは相打ち覚悟だった! 事前の取り決めに従って逃げろって言われた!」


6階には物理的に監視装置や攻撃装置を全て取り除いた部屋がある。

ダミー情報が流してあるので、そこに隠れればかなりの時間を稼げるだろうとの事だった。

万一の時はそこに逃げ込む手筈になっていた。

 

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「どうするの~、総一君~~」

「どうもこうもないでしょう!」


総一は慌てて拳銃やらライフルといった装備を身につけ始める。


「俺は文香さんを助けに行って来る! みんなは手筈通りに例の部屋へ!」

「危険だよ~、総一君~」

「危険でもなんでも、今さらあの人だけ置いていける訳ないでしょう!? みんなで帰るって約束したじゃないですか! 誰も欠けずに帰るって!」


総一の意志は固い。

そしてだからこそ総一は咲実の説得にも応じた。

総一の取るべき道は1つだった。


「御剣さん、私も手伝います」


咲実も武器や防弾チョッキの準備を始める。

彼女が総一を説得した時の言葉はでまかせではない。


「頼むよ咲実さん」


それが分かっているから総一は咲実を止めようとはしない。

そして逆に、そう言ってくれる彼女の事が嬉しくもあった。


「渚さん、優希をお願いします。 2人で例の部屋へ行っていて下さい」

「お兄ちゃん! わたしも行くよ!」

「駄目だ優希。 優希は隠れるのも仕事だって言っただろう?」

「でも・・・」

「私と御剣さんで必ず文香さんを連れて帰ります。 だから優希ちゃんは例の場所で待っていて下さい」

「約束できる?」

「ああ。 俺が約束を破る男に見えるか?」

「・・・見えない」


優希は不安そうだったが、渋々といった雰囲気で首を縦に振る。


―――ごめんな優希。


今度ばっかりは約束は守れないと思う・・・。

総一は現実が良く分かっている。

だから優希と約束を交わしながらも、内心で詫びていた。


「行くのね、総一くん」


準備を終えた総一に、渚がいつになく静かな声で話しかける。


「はい。 また後で会いましょう、渚さん」


総一は頷くと彼女に笑い掛ける。


「行こう咲実さん、時間が無い」


そして間髪入れずに部屋の出口へと向かう。


「はいっ!」


咲実もすぐにその後を追う。


「総一くん! 1つだけ教えてほしいの!」

「なんです?」


渚の声に、総一はドアに手をかけた状態で振り返った。


「もし・・・、もし総一くんが『組織』の回し者だったとして・・・それなのに文香さんを、みんなを助けたいと感じていたら、総一くんならどうする?」


それは奇妙な質問だった。

しかし急いでいた総一はそれを深くは考えず、素直に答えを口にした。


「俺はもう約束をしてるんですよ、渚さん。 みんなで生きて帰るって。 だから例え俺が何者であっても、やる事は今と変わらないでしょう」

「そっか・・・。 そうよね・・・。 そういう約束、なんだもんね・・・。 ありがとう総一くん。 よく分かったわ」


総一の答えを聞くと、渚はその両目からポロポロと涙をこぼし始める。

その涙はどんどん量が増え、やがて長い筋となって彼女の頬を伝う。


「じゃあ行きます。 後は頼みます、渚さん。 行くよ、咲実さん」

「はいっ」


そして総一はドアノブを回し、ドアを押し開ける。


「待って総一くん! もっと良い方法があるわ。 みんなで生きて帰る為の方法が!」

「えっ?」


その声に、総一は再び動きを止めた。

 

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「やっと来たのよ、私の運命の時が。 私はこの為に、ここに居たんだわ・・・」


渚はそう言いながら軽くうつむいて涙を拭った。


「渚さん・・・?」


そんな渚の姿に総一は戸惑っていた。

隣にいた咲実も同様だ。


「大丈夫よ、みんな。 私がみんなを勝たせてあげる。 絶対に!」


渚が再び顔を上げた時、彼女の瞳には強い決意の光が漲っていた。

そしてその光は、彼女自身が見出した希望でもあるのだった。

 

・・・。

 

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通路の先に『組織』の兵士7人が姿を現した時、文香は自分の最後の時を悟った。

敵は7人。

文香は1人。

仕掛けの制御は『組織』に取り返され、総一達のバックアップも受けられない。

その上怪我まで負っている。

文香にも勝負にならないのは分かっていた。

しかし何もせずこのまま行かせては、総一達が皆殺しにされる。

少しでも敵を減らす。

少しでも時間を稼ぐ。

それが今の彼女の目的だった。

男達は文香を見つけると熟練を伺わせる隊列を崩す事無く距離を詰め始める。

文香が1人だからといって、怪我をしているからといって、行動に変化はない。

彼らは純然たるシステムとして文香を殲滅しようとしている。

そこには隙など全くなかった。

文香は壁に寄りかかったままサブマシンガンを構える。


―――総一君達、ちゃんと逃げたかしら・・・。


ほんの一瞬後に銃撃戦が始まるという時だったが、彼女が考えていたのは自分の事ではなく年若い仲間達の事だった。

だがここで思いがけない事が起こった。


――ッッ


文香の目の前で隔壁がゆっくりと下り始める。


「文香さんっ! 下がって!!」


そして背後から総一の声。

それとほぼ同時に銃撃が始まった。

しかしそれは文香が思っていたように前にいる男達からではなく、背後、つまりは総一の居る方向からだった。


――!!!


銃弾が文香を追い越して前に飛んでいく。

その銃撃は男達を狙ったものだった。

だが銃弾は攻撃に気付いて散開していた男達には命中しない。


――!!!


とはいえ命中しないまでも、その連続した射撃は男達を物陰に押し込め一時的にだがそこに釘付けにした。


「文香さん、立って! あいつらが立て直す前に逃げますよ!」


振り返った文香の目に、総一と咲実の姿が飛び込んでくる。

 

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「えっ!?」


文香は驚いて目を剥いた。

しかしこの時彼女が驚いたのは総一達が来た事にではなかった。


――!!!

 

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文香を何よりも驚かせたのは、大型のライフルを慣れた手つきで扱う渚の姿だった。


――!!!


渚の放った銃弾は的確に撒き散らされ、反撃しようとする男達を何度となく遮蔽物の向こうに押し戻していく。


「なっ、渚さんが!? どういう事なの!?」


それはどう見ても素人の手腕ではない。

普段の渚のイメージとはあまりにかけ離れた姿だった。


「文香さん、話は後で!」


――!!


総一の言葉と同時に男達からの反撃がやってきた。

渚の隙を突き、男の1人が発砲したのだ。


「うわっ」


その銃弾は総一の頬をかすめて飛んでいく。

ほんの僅かでもずれていれば総一の頭には大きな穴があいていた事だろう。

 

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「総一くん、姿勢を下げて!」

「は、はいっ!」


――!!!


驚く暇もなく総一が頭を下げると、すぐさま渚が攻撃してきた男のあたりを銃弾で薙ぎ払う。


「うわあッ」


すると銃弾は男の腕に命中し、その手が握っていた拳銃を弾き飛ばした。


「弾が残り少ないわ! 早くこっちへ!」


射撃しながら渚が叫ぶ。

それを聞いた総一は下げていた姿勢を上げる。


「行きましょう、文香さん!」

「ええ!」


総一と咲実は文香を連れてやってきた通路を戻っていく。

その間も渚は器用にライフルを操って相手の動きを封じ続ける。


「うまくいったわ!」


――ッッ

 

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総一達が渚のところまでやってきた時、はじめに渚が居たあたりで動いていた隔壁が床まで下りた。

渚によって足止めを受けた男達は分厚い鋼鉄の隔壁の向こう側に取り残された。

ゆっくり動く分だけ強固なその隔壁は、爆薬などで突破される恐れはない。

化学火災用の隔壁なのだ。

おかげでさしあたっての危機は回避されていた。


「さ、咲実さん、文香さん、無事?」

 

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「私は大丈夫です。 文香さんは?」

「あたしは最初からの怪我だけよ。 新しい怪我はしてないわ」


総一と咲実の息は荒い。

慣れない銃撃戦の中で走り回ったのだから無理もない。

あべこべに助けられた文香の方が余裕があった。


「逃げろって言ったでしょうに」

「すみません、全会一致で助けに来ちゃいました」

「・・・みんな馬鹿なんだから。 死んじゃったらどうするのよ」


文香は口ではそうやって文句を言っていたが、その表情はどことなく嬉しそうだった。


「ふぅ」


小さく溜め息をついた渚は弾を撃ち尽くしたライフルを投げ捨て、安堵して笑顔が見え始めた総一達に近付いていく。

 

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「みんな、これで一安心なんだけど、カジノのコントロールルームからならあの隔壁はすぐに開けられるの。 ぐずぐずしていないで優希ちゃん達の所へ戻りましょ?」

「そうね。 それがいいわ」


渚の提案に文香はすぐに頷いた。

文香には疑問は多かったが、それを解決している余裕がない事は文香にも十分に分かっていたのだ。


「みんなこっちへ。 案内するわ!」


そして総一達は渚に先導されて通路を移動し始めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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渚が総一達を案内したのは、地図にも載っていない不思議な通路の先にある部屋だった。


―――中央制御室?


総一が扉に書かれている文字を読んだ時、先頭の渚がその扉を開けた。


「こっちよ総一くん。 奥に医務室もあるから、麗佳ちゃん達はそこへ連れて行ってあげて」


部屋の中から渚が呼ぶ。

総一は意識の無い麗佳を背負って部屋の中に入っていく。


・・・。

 

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―――なんだ、この部屋は・・。


その部屋は奇妙な部屋だった。

埃だらけだった建物とは違い、清潔で手入れの行き届いた部屋。

壁には大きなモニターが幾つも並んでおり、1台の大型のワークステーションと、それと繋がるいくつかの端末が置かれていた。

そのどれもが稼働中で、小さな冷却用のファンの音が部屋を満たしていた。


―――これ、この建物の映像なのか?


モニターに映っていたのは見覚えのある通路や部屋。

そして歩きまわる武装した男達。

どうやらこのモニターには建物の監視カメラの映像が映し出されているらしい。


「お兄ちゃん、止まってないで入ってよ」

「おお、すまん」


思わず立ち止まっていた総一は慌てて部屋の中に入っていく。

すると総一の後からかりんを支えて歩く優希と、文香を支えて歩く咲実が続く。

 

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「変な部屋だね、総一」

「ああ」


部屋に入ったかりんは総一と同じような感想を持ったのか、困ったような様子でそう呟いた。

総一がちらりと振り返ると、彼女の手足に巻いた包帯に血が滲んで痛々しかった。

かりんは文香を救出した直後ぐらいに薬が切れて目を覚ました。

傷は痛むようだったが、彼女は自分の足で歩く事が出来た。

おかげで総一は葉月と麗佳を運ぶだけで済んでいた。


「そうだ、葉月さんも運ばなきゃいけないんだった」


それを思い出した総一は麗佳を背負い直して足早に部屋の奥へと向かう。

総一は彼女をそこにある医務室に連れて行ったあと、すぐに葉月を迎えに行くつもりだった。

葉月はこの部屋の少し手前にある階段の所に置き去りになっている。

流石にこの状況で意識の無い葉月と麗佳を同時に運ぶのは不可能だったのだ。


「渚さん、医務室は?」

「そこの扉を抜けて左側よ」

「分かりました」


総一は急いで扉をくぐり、医務室へと向かう。

時間はあまり無かったし、葉月をいつまでもそんな所で寝かせておきたくはなかったのだ。


―――しかし、ここは一体・・・?


総一はその疑問を呑み込んで、医務室へと入っていった。


・・・。


総一が葉月を医務室のベッドに寝かせて始めの部屋に戻ると、そこでは咲実達が総一の帰りを持っていた。

 

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「御苦労様です、御剣さん」


総一の姿を見ると真っ先に咲実が立ち上がる。

この時の彼女は最近総一だけに向けられるようになった特別の笑顔を浮かべていた。

咲実はそのまま総一に近付いて行く。

しかし最初に総一の傍までやって来たのは優希だった。

 

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「お兄ちゃん、重かったでしょ?」

「葉月さんはな」


総一は傍までやってきた優希の頭を撫でてやる。

すると彼女は満足そうに目を細めた。


「麗佳さんは?」

「それは秘密だ」

「あは、そうだね」


渚はそんな優希の姿を穏やかな瞳で見守っていた。

彼女は今も全員が無事である事が嬉しいようで、終始笑顔だった。

その横にはかりんの姿もある。

かりんは怪我の事もあって、端末の置かれているデスクの椅子に腰を下ろしていた。

総一達はここに来るまでの間に、彼女が薬を飲んで眠りについてからの経緯を話してあった。

この為かりんも今の状況はよく理解している。

 

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「・・・・・・」


そんな中、1人だけ難しい表情をしていたのは文香だった。

彼女はデスクの1つに寄りかかり両腕を組んで何事かを考え込んでいる。

彼女は総一が戻ってきたのを確認すると、視線を渚に向けて口を開いた。


「それで早速なんだけど、事情を説明してくれないかしら、渚さん」


―――どうしたんだ? 文香さんは・・・。


文香は厳しい表情を崩さない。

総一はそれが不思議だった。


―――そりゃあ、渚さんが強かったり、こんな場所を知っていたりしてびっくりしたけど、あんな風に敵でも見るようにする必要なんてあるのか・・・?

 

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「文香さんは、もう想像がついているんじゃないですか?」


渚は文香の厳しい視線にも穏やかな表情を崩さない。

そして穏やかな声で話し続ける。


―――でも渚さんも渚さんで様子が変なんだよな・・・。


あんなに落ち着いて、まるで別人みたいだけど・・・。

総一はその事も疑問に感じていた。


「ええ。 貴女、ゲームマスターなんでしょう?」

「はい」

「やっぱりそうなのね・・・」


総一の知らない単語が飛び出してくる。


ゲームマスター? 何ですかそれは?」

「総一くん、ゲームマスターっていうのは、一言でいえばこの『ゲーム』の管理人」


渚は笑顔を崩さなかった。

そして次の一言も、笑顔のままに口にした。


「つまりね、私は総一君達の敵。 『組織』の回し者なの」


渚が何事もなかったかのように口にしたその言葉。

その一言は、一瞬で部屋の空気を凍り付かせた。

 


「渚さんが敵の回し者!?」


総一はその告白がまるで信じられなかった。


「じょ、冗談でしょう!? だって渚さんが? 嘘ですよそんなの!」


総一の記憶の中にある渚は、いつだって呑気な笑顔と行動を繰り返していた。

いつだってのんびりとして優しげだった彼女。

そんな彼女が居てくれたからこそ、殺伐とした状況でもめげずに済んでいたのだ。


「でも、それが真実なのよ」

「ほ、本当なんですか渚さん? 私にはとても信じられません!」


咲実の表情も強張っている。

その声は悲鳴じみていた。


「本当よ。 信じてくれていたのは嬉しいけれど、そもそも疑われているようじゃ仕事にならないもの」

「仕事?」


再び総一の気になる言葉が現れる。


「仕事って何です?」

「私の仕事はね、総一くん」


そして渚は端末の1つを操作し始める。

すると建物内のどこかを映していたモニターの1つの映像が切り替わった。

切り替わった映像は、何故かコンピューターの端末の画面を映し出していた。


「今回の私の仕事は、参加者の様子を至近距離から撮影する事」


渚は真っ直ぐに総一を見た。

すると同時にモニターの映像が回転する。


「ば、馬鹿なっ!?」


コンピューターの端末が映っていた筈のモニター。

そこには総一の姿が大写しになっていた。


「この頭の飾りの所にカメラが、胸の飾りの所にマイクが仕込んであるの。 それで『ゲーム』の参加者の生の姿を至近距離から撮影するの」


渚が頭の飾りのあたりに手をかざすと、総一が映っている映像に大きく手が映し出される。

そのほっそりとした指は、間違いなく渚自身のものだった。


カチン


そして渚は頭の飾りに手を触れ、そこから小さなパーツを外した。

するとモニターの映像が消える。


「これが撮影用のカメラ。 小さいけど綺麗な映像が取れるのよ。 なんでもこれ1個で家が建つぐらいの値段なんだって」


渚は両手でそれを捧げ持ち、総一に近付いてくる。


「これが・・・」


渚が持っているのはマッチ箱よりも小さなカメラだった。

レンズ部分と本体は離れており、それを光ファイバーが接続している。

レンズはとても小さなもので、髪飾りに付ければ飾りの1つと見間違うだろう。

そして本体は髪の中、あるいは服の中に隠してしまえば誰にも分からない。

流石にこの証拠は決定的だった。

総一としても納得せざるを得ない。

綺堂渚という女性は、信じ難い事に『組織』の仲間なのだ。


「馬鹿な・・・」


―――この人が、俺達に殺し合いをさせようとした連中の、仲間、だって・・・?


頭では間違いないと分かっている。

しかしどうしても総一の感情が納得しない。

総一にとって、綺堂渚という人物はもう随分前から絶対に信じられる仲間の地位にあったのだ。


「だ、だったらどうして俺達を助けたんです!? 敵だっていうならどうして!? こんな事をしたって、何一つ貴女の得にはならないでしょうに!!」


総一は否定して欲しかったのだ。

敵の一味だというのは間違いだと。

そして渚は総一達の仲間なのだと言って欲しかった。


「実は私ね・・・昔、『ゲーム』で親友を殺したの。 あの子は私を信じきれず、私に銃を向けた。 だから私も彼女に銃を向けた。 どっちが先に撃ったのかも分からない。 気付いた時にはあの子は血まみれで倒れてた」


ずっと微笑んでいた渚。

彼女はここで初めてその笑顔を消した。


「それ以降は誰の事も信じられなかった。 信じていたのは誰だって裏切るんだって事。 だから誰が苦しんでも、誰が死んでも、何も感じなかった。 ゲームマスターになってからもそう。 初めて総一くん達と会った時だってそう思ってたの」

「そ、そんな・・・」


思わぬ渚の告白に、総一には言葉もなかった。

それは他の4人も同じで、彼女達も固唾を呑んで渚の言葉の続きを待っていた。


「でもね、総一くん達はそうじゃなかった。 あなた達は何があっても裏切らなかった。 誰も見捨てたりしなかった。 いつまでたっても私達のようにはならなかった」


そして彼女の表情は笑顔に戻った。


「だから総一くん達には死んで欲しくないなって思ったの。 みんなで帰って欲しいなって思った。 ただ、それだけなのよ」


―――あ・・・。


だが渚のその笑顔は、総一には泣いているように思えた。

涙なんて流れていない。

しかし総一にはどうしてもそれが泣き顔に見えるのだ。

そしてそれを泣き顔だと捉えた瞬間、脳裏に蘇る記憶があった。


『もし・・・、もし総一くんが"組織"の回し者だったとして・・・それなのに文香さんを、みんなを助けたいと感じていたら、総一くんならどうする?』


それは以前、渚が言った言葉だった。


―――そうか・・・、あれはそういう意味だったのか・・・。


そしてそれに対して総一がどう答えたのかも。

それに気付いた総一はようやく混乱から立ち直っていた。


「はぁぁぁぁ・・・」


ガリガリ


総一は頭を掻きながら大きく息を吐きだす。


「何を言い出したかと思えばもう・・・」


渚の想いを理解した総一は緊張を解き苦笑し始める。


「びっくりさせないでよ、渚さん」


そして総一は笑いながらデスクの1つに腰掛ける。

そんな総一の様子に全員の視線が彼に集まった。

中でも当の渚は特に戸惑っているようで、眉を寄せて不思議そうに首を傾げている。


「別に今から渚さんが敵になるとか、そういう話じゃないんでしょう? まったく・・・。 要するにこういう事ですよね? 昔は悪い事もしたけど、今は俺達の味方なんだって」

「ああ、なぁんだそっか~!」


すると暗かった優希の顔が一気に明るくなる。

優希は難しい話が続いて頭が混乱しつつあった事もあり、総一のその単純は説明を素直に受け入れた。

また大好きな総一の言葉でもあるから、優希としては疑う理由はなかった。


「渚ちゃんと喧嘩するなら困っちゃうけどさ。 別にこれまで通りで良いんでしょ、ねぇ、お兄ちゃん?」

「ふふっ、そうだよ優希」


総一は小さく笑いながら優希の頭を撫で続ける。


「何の事はない、たったそれだけの話なんだ」

「わたし、もったいぶるのは大人の悪いところだと思う」

「プッ」


総一は優希の物言いに思わず吹き出した。


「アッハッハッハッハッハ、そうだ優希、本当にそうさ! 俺達はなんて馬鹿なんだ! クックック、アーッハッハッハッハ!!」


総一の笑いは爆笑へと変わる。


―――そうさ。


俺達は何をやってるんだ。

俺が咲実さんに怒られた時もそう。

渚さんがこうして告白した時もそう。

どうしてこんなにもって回ったやり方をしているんだか。

話はもっと単純だろうに!!


「ったく、どうして仲良くしようの一言が言えないかな、俺達はさ!」


総一は額をおさえながら、やれやれといった様子で顔を伏せる。

そしてそれこそが、唯一無二の問題だった。


「御剣さん・・・」

「総一・・・」


そんな総一を見て、咲実とかりんは顔を見合わせて頷き合う。


「・・・渚さん、これからも仲良くしましょうね?」

「そうそう。 あたしとも仲良くしてね! あたし、渚さんの作るごはん好きだからさ!」


そうして2人とも笑顔を作る。

咲実とかりんも渚を信じる気になったのだ。


「・・・みんな、許してくれるの? 信じてくれるの?」


渚は目元に滲んでいた涙を拭う。

彼女は総一達の反応が信じられないといった様子だった。

しかしそう言って貰えた事も嬉しくて。

その2つの感情が混じり合い、彼女は微妙な表情を作り上げていた。


「信じるも何も、疑う理由なんてないでしょ」


これまでの渚の行動には何もおかしな所は無かった。

最初こそ敵意を持っていたそうだが、総一の記憶の中ではいつだって渚はちょっととぼけた可愛らしい女性だったのだ。


クックックック


だから総一は笑い続ける。

彼が時折顔をゆがませるのは、笑い過ぎでお腹が痛いから。

渚の事を疑っているからではない。


「はぁ~~。 みんな呑気ねぇ・・・」


文香も小さく笑い始める。

どうやら完全に気合いが抜けてしまったらしかった。


「でも、あたしもみんなの言う通りだと思うわ。 大人になるって嫌よねぇ・・・」


文香は頬に手を当てて溜め息をつく。

実のところ文香にもいくつか心当たりがあるのだ。

渚が総一達を見て発したいくつかの言葉。

そしてその時の態度。

それらは今の渚の言葉を裏付けている。


―――意地っ張りなんだな、文香さんは・・・。


文香の言葉は呆れ気味だ。

しかしそのどことなく優しげな横顔を見て、総一は彼女も渚を信じているのだろうと思った。


「みんな・・・」


渚の瞳に再び涙がにじむ。


「渚さん、あとは渚さん次第だよ。 渚さんは俺達とどうしたい?」


そこでようやく総一は笑いを収めた。

すると自然と全員の視線が渚に注がれる。

部屋はいつの間にか静寂に包まれていた。


「私は・・・」


渚は1度言葉を切り、両手を胸に当てて目を閉じる。

そしてじっくり何十秒か考えた後、再び口を開いた。


「仲良くしたい、な。 今までと、同じ、ように」


その遠慮がちな声は、静かな部屋に響き渡る。


「はい、大変良くできました!」


すると優希が大仰な仕草でウンウンと頷く。


「まあ、優希ちゃんったら・・・」

「エヘヘ」


そんな優希の姿に、部屋は再び笑い声に包まれる。

しかし1つだけさっきまでとは違う事があった。


「ふ、ふふ、あははははっ」


そこには渚の笑い声も混じっていたのだった。

 

・・・。


少し時間をおき、全員の感情が落ち着くのを見計らって文香が再び口を開いた。

 

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「渚さんの件はそれで良いとして、ここはどんな場所なの?」

「ええと~、ここは中央制御室といって~、ゲームマスターがこの建物を直接コントロールする為の場所なんです~。 だから監視装置とかも付けられていません~」


渚の口調はいつものそれに戻っていた。

しかし服装は少し変わっていた。

カメラとマイク、そして映像を中継するための通信装置を外した彼女は少し身軽になっていた。


「じゃあ渚さんなら操作出来るって事?」

「はい~。 先程、私に権限が回ってきた時にPDAからログインしておきましたので~、全部コントロールできます~」

「ちょっと待って、権限が回ってきたってどういう意味なの?」


疑問を感じた文香が質問する。

もちろん彼女だけでなく、総一もその部分が気になっていた。


「それはですね~、本来撮影係のサブマスターにはこの建物は不完全にしかコントロールできません。 例外はメインのゲームマスターが行動不能になった場合です。 その時点からサブマスターは撮影よりも『ゲーム』の管理が優先されるようになり、メインマスターのアクセル権限が継承されるんです~」

「つまり今は、一時的により上位の管理者に昇格したって事なのね?」

「はい~、そうです~」

「って事は渚さん、本来のゲームマスターに何かがあったって事だよね?」


かりんがそれを指摘する。


―――そうか、その筈だよな・・・。


総一はかりんのその指摘に思わずうなる。


「はい~。 怪我をしたか、それとも亡くなったか。 それで私がゲームマスターに昇格したんだと思います」

「それはいつの事なのかしら?」

「このエクストラゲームが始まってすぐぐらいです」

「でも何があったんだろう? 参加者に殺されるようなヘマはやらないだろうし・・・」

「それが総一くん~、さっきからゲームマスターの所在を探しているんだけど~、何でか見つからないんだ~。 多分~、センサーやカメラに映らない場所に居るんだと思う~」

「・・・う~ん・・・」


―――怪我でもしてそこで動けなくなってるとかだろうか?


「でも御剣さん、私達運が良かったんですね?」


考え込んだ総一に、それまで黙って聞いていた咲実が呼び掛ける。

総一が目を向けると、咲実はその続きを話し始めた。


「渚さんの権限が昇格してなかったら、私達は誰も助からなかったんですから」

「そういやそうだな・・・」


改めてそう言われると、総一は背筋が寒くなった。

文香を助けに行った時も、その後の敵の追跡を振り切るのにも、どちらも渚がこの建物を完全に掌握しているからこそ出来た事だった。

そうでなかった時の事を思うとあまり冷静ではいられない。


「でも『組織』を裏切ったのがばれたら、コントロール出来なくなるんじゃなくて?」

「だから裏切る前にあらかじめログインしておきました~。 こうすればシステムを全てシャットダウンしない限り、私のアクセスは有効です~」

「その辺の抜かりはない訳ね」

「でもそろそろ私の裏切りがばれて、向こうから手だししてくるのではないかと思います~。 今はそれに備えて、色々細工を、しているところです~」


説明しながらも渚の指がコントロールパネルの上を忙しそうに動き回っている。


「カジノにある制御室からのコントロールゲームマスターと同格の権限を持っているので、私が閉じたドアとかも簡単に開けられるんです~。 だから今は敵の部隊の侵入を防げていますけど~、いずれ彼らもここに入ってくる筈です~」

「どのくらい時間が稼げそう?」

「この中央制御室はシェルター構造になっていて隔壁を全部封鎖してしまえばロックを外されたとしても開けるのには時間がかかります。 多分15分か、長くて20分ってところだと思います」

「ギリギリね・・・」


文香は腕時計を見ながらそう呟く。

今の時間は9時を回ったところ。

最新の情報では『エース』の攻撃は9時30分に予定されている。

ボスの身柄の確保に数分かかるとすると、9時40分頃までは持ちこたえなければならない。


「文香さんって~、『エース』の方なんですよね~?」

「ええ、そうよ」

「やっぱり~。 ずっとそうなんじゃないかって思ってました~」


渚は隔壁を封鎖するコマンドを打ち込みながら小さく笑う。


「もしあなたがそれを報告してたら、あたし達の完敗だったと思うわ」

「って事は~、わたしはずいぶん早い時期に裏切ってたんですねぇ~」


渚は楽しそうに目尻を下げる。

すると彼女の笑顔はほんの少し大きくなった。


「おかげで勝ち目が出てきたわ」

「えっ・・・、もしかして攻撃があるんですか~?」

「そうよ。 何も問題がなければ30分から」

「そっか、それでギリギリって言ってたんですね・・・」

「待って、貴女それを知らないで裏切ったの? それじゃあ勝ち目なんて無いって分かったでしょう?」


渚の言葉の意味に気付き、文香は驚きに目を剥いた。


「だってしょうがないじゃないですか~。 総一くん達の事が大好きなんですから~」

「・・・それじゃあ仕方無いわね」

「はい~」


渚と文香は顔を見合わせて笑い合う。


・・・。


「・・・よし、シェルター内の隔壁の封鎖が完了。 文香さん、総一くん、奥に武器庫があるから戦いの準備をしてください~」

「分かったわ。 やっぱり敵は来るのね?」

「はい~。 まっすぐこっちに向かってます~。 ここへ来る時に閉じておいた通路の隔壁も次々開けられています~」


渚は次々とモニターの映像を切り替えながら総一と文香に向かって頷いてみせる。

モニターには隔壁を開けながら進む7人の兵士の姿が映っている。

まだ距離はあったが、彼らは着実に総一達へ近付いていた。


「分かりました。 ここはお願いします渚さん」

「うん~」

「手伝います」


総一の後に咲実が続く。


「わたしも!」

「優希はかりんや麗佳さん達を頼む」


優希も総一に続こうとしたが、総一は首を横に振った。


「あたしは大丈夫だよ」

「馬鹿。 包帯が真っ赤だぞ。 優規に替えて貰え。 優希、頼むぞ」

「わかった! いこ、かりんちゃん!」

「あ、うん」


優希はかりんを連れて総一達から離れていく。


「・・・あんまり時間はないわよ、総一君。 その先の時間は長そうだけど」

 

準備に使える時間は短い。

しかし身を守って戦わなければならない時間は長い。

わずか数十分という時間が、これほど問題になる事は珍しいだろう。

しかし泣き言を言っている暇はない。

今は戦う時なのだ。


「はい。 急ぎましょう」


そして総一達は武器庫へと踏み込んでいった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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総一が手にしている熱感知センサーは隔壁の向こうにある僅かな熱源を捉えていた。

それを確認した総一は頭に装着していた通信機のマイクに向かって囁く。


「文香さん、隔壁の向こう側に連中が来てるみたいです。 レーダーには反応してませんけど、音響と熱源のセンサーに反応があります」


今総一が居る場所は、中央制御室に一番近い所にある隔壁の前だった。

ここから先には総一達を守るものはない。

敵がここを突破すれば戦いが始まる事になる。

総一達はこの隔壁の外側に文香が持ち込んだセンサー類を配置していた。

この建物自体にも監視装置が備わっていたものの、『組織』側からの横槍でうまく情報が得られない状況にあった。

この状況で偽情報を掴まされては目も当てられない。

コンピューターを経由している情報は当てにできなかったのだ。

レーダーに関しては反応が無かった。

ジャミングされているのか、それとも彼らの着ているものが電波の吸収素材なのか。

ともかく対人用レーダーでは彼らの動きを捉えられなかった。

しかし他の2つ、音響センサーと熱源センサーは彼らの動きをとらえていた。

ただしその性質上、レーダーよりも近距離でなければ探知できないという欠点もあった。

だから総一が気付いた時には、敵はもうすぐそこまでやってきていたのだった。


「数は7、いや、6か? そちらのカメラはどうですか? 映ってます?」

『今確認したわ。 隔壁の外に6人』


最初は8人。

そこから文香が1人倒し、渚に撃たれた1人が戦線を離脱。

彼らは現在、6人で総一達を追っていた。


『渚さんが言うには、もうすぐその隔壁の閉鎖コードが破られるって。 爆薬の設置は済んでる? 終わってたらすぐに戻ってきて』

「今やってるところです」


文香と話しながらも、総一の作業は続いていた。

彼がここでやっていたのは爆薬を使った罠の設置作業。

といっても罠自体は文香が準備したので、総一はそれを壁に貼り付けてスイッチを入れるだけだ。

用意した罠は2つ。

総一は文香に返事をした後、2つ目の罠のスイッチを入れた。


「終わりました。 今からそちらへ戻ります」

『良かった。 何とか間に合ったわね』


無線のレシーバーからは文香の安堵の息が伝わってくる。

総一はそれを聞きながら通路を逆行して中央制御室へと向かっていく。

最後の隔壁から中央制御室までは少し距離がある。

長い直線通路、そして部屋が1つあり、その奥にある階段を降りた先が中央制御室だ。

総一が戻っていくと、通路や部屋に仕掛けられたいくつもの阻止装置の横を通り抜けていく事になる。

総一相手には沈黙しているそれらも、敵が侵入して来た時には牙を剥くだろう。

動く敵を自動的に攻撃する設置型のマシンガンや対人地雷をはじめ、かつて総一達を攻撃してきた事のあるロボットなども用意されている。

それらは全て中央制御室の武器庫にあったものだ。

もともとこの建物にはこういった攻撃装置が取り付けられている。

渚がボタンを押せばどの場所からも武器が顔を出し、敵を攻撃するだろう。

しかしそれらは建物のコンピューターを経由して制御されている為、センサー類と同じで信用ならないものだった。

だからコンピューターから独立した阻止装置が必要だったのだ。

ちなみにこの建物の管理システムは敵が最後の隔壁を開放した時点で物理的にシャットダウンする予定になっている。

結局、外からのおかしな横槍を阻止する為にはコンピューター自体を止めてしまうのが1番だ。

特に『組織』は後発のチームを出撃させた時点では渚の裏切りを想定していないから、電子装備は基本的にこの建物の機能に頼っている。

その意味でもシャットダウンは効果的な作戦と思われた。


―――だが、おかしな話だな、本当に。


阻止装置の数々を横目に走りながら、総一はそんな事を思う。


―――俺達がこんなものを使っているなんて信じられない。


まるで俺達が『ゲーム』を仕掛けてるみたいじゃないか・・・。

奇妙な事に、制御室を占拠して建物をコントロールしているのは総一達だった。

そして攻めてくるのは本来は制御室に居る筈の『組織』の連中。

それを待ち構えているのは元は総一達を攻撃する筈だった装置の数々。

 

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「何がどうして、こんな事になったんだか・・・」

『どうしたの総一君。 何か言った?』


レシーバーからは文香の声。

総一はそれに小さく苦笑を漏らした。


「いいえ、ただの独り言です。 それと、そろそろ着きます」


総一は制御室の手前の階段にさしかかっていた。


ブルルルルルルッ


その時、総一のポケットに入ったままになっていた携帯電話が振動する。

それは時間が来た事を告げるアラームだった。


『総一君、時間よ』


文香も同じ事に気付いたのだろう。

レシーバーからはそんな彼女の声が聞こえてくる。


「はい」


時間は夜の9時30分。

総一の携帯のアラームはそこで鳴るようになっていた。

それは以前文香が言っていた通りなら、『エース』が各地で攻撃を開始する筈の時間だ。


―――遂に始まるか・・・!!


総一は階段を駆け降りた勢いをそのままに制御室へと飛び込んでいく。

 

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「お帰り、お兄ちゃん!」

「御苦労様です、御剣さん」

 

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「総一くんっ、あいつらが隔壁を開けたよ!」


総一が部屋に入るなり、優希と咲実はねぎらいの言葉を、渚は切羽詰まった報告を投げかけてくる。

かりんは制御室には姿が無かった。

彼女は大分前に医務室へと移動している。

彼女は怪我人だったし、エクストラゲームの参加者ではない。

下手に手を出すと何が起こるのかは分からないのだ。

 

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「咲実ちゃん、防衛装置類を全て起動! 渚さんはコンピューターをシャットダウン! 総一君はあたしと一緒にここへ!」


渚の報告に反応して、すぐさま文香が早口で命令を伝える。


「は、はいっ!」

「わかった~!」


するとすぐさま咲実と渚は所定の作業へ移った。


「分かりました!」


総一も返事をすると部屋を横断して、壁寄りに築かれたバリケードを飛び越える。

そのバリケードは急ごしらえのものだったが、意外にしっかりとしたものだ。

これからの何分間かの間、総一達の命を守る最後の防壁だった。

文香はそこで総一を待っていた。

総一達はそこで敵を迎え撃つ事になる。

その総一を追うようにして、自分の作業を終えた咲実達もバリケードへとやってくる。


―――あとはただ、みんなで生きていれば良い。


それだけで良いんだ!

そうやって自分を鼓舞すると、総一は文香の差し出すライフルを受け取る。

みんなで生きている為には、今は戦わなければならないのだ。


総一達、『組織』、『エース』


誰にとっても最後となる戦いは、こうして幕を開けたのだった。


・・・。

 

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最初に作動した防衛装置は総一が設置した爆薬だった。


――!!!


敵の侵入に反応して、隔壁のすぐ内側で炸裂する。

 

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「フン、古典的な手だ」

「隊長、相手は大半が素人なんでしょ? 古典的な手を選んできただけ、評価を上げてやらないと」

「・・・確かにな」


侵入者である6人の兵達はまるっきりの無傷だった。

この攻撃を予測していた彼らは、手持ちの小型ロボットの1つを先行させた。

罠はロボットに反応して爆発、男達を傷付ける事は無かった。

男達は余裕の会話をしながら隔壁のハッチをくぐる。


「だが油断は禁物だ」

「そうですね。 その油断で2人もゲームオーバーですからね」


油断や隙の無い彼らだったものの、流石にゲームマスターの1人が裏切っているという事は想定外の事だった。

それにより2人の人員を失ってしまった。

実際には1人目は文香と『エース』の工作のせいで倒されたものだが、彼らはその両方をゲームマスターの裏切りによるものだと考えている。

更に別の侵入者がいるというよりは、その方が自然な考え方だった。


「俺達の前に送り込まれてたチームも、その裏切り者のせいで全滅したのかもしれませんね」

「ありうる話だな。 だがそうと分かっていれば負ける相手じゃない。 装備も経験もこちらが圧倒している」


それは油断でも傲慢でもない。

純然たる事実だ。

そして彼らはその事実を事実として認識するだけの冷静さも持ち合わせている。


「いくぞ! 『ゲーム』は始まったばかりだ!」


総一達の敵は、そういうレベルの相手なのだった。


・・・。


爆発の衝撃は中央制御室まで届いた。

総一達5人はバリケードの内側でその音を耳にした。

総一は遠くから響くその音に耳を傾けながら、じっと制御室の入り口の扉を見つめていた。

爆発の起こった場所はその先にあるのだ。


「やっつけたんでしょうか?」


ポツリと呟いた咲実の言葉に、文香はすぐに首を横に振る。

 

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「これで倒せるような相手ばかりなら、あたし達は大分前に奴らの『組織』を根こそぎ倒してたと思うわ」

「映画とかで言う所の、これが挨拶代わりだってヤツですか?」

「・・・挨拶にしかならないのがこちらの辛いところだわね、総一君」


文香は総一に向かって苦笑する。

 

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「みんな~、音響センサーが復活したよ~」


音響センサーは爆発の時の大きな音で許容量を超え、一時的に機能を凍結していた。

しばらくたった今になってようやくその機能が回復したのだ。


「・・・うん、やっぱりあの人達無事みたい~」


渚もそれを予想していたからか、いつもの調子を崩さずにそう告げる。

総一が彼女の手元を覗き込むと、確かにセンサーの画面には周期的に6つの光点が表示されていた。

その光点はゆっくりとだがセンサーのある場所から離れていく。

中央制御室へと向かっているのだ。


「そろそろスマートガンの感知範囲に入るよ~。 咲実ちゃん、監視カメラの視界に入らないかな~?」


スマートガンとは、光学センサーで敵を識別して自動的に攻撃する設置型のマシンガンだ。

これは本来建物の壁の中に設置してルール違反者を処罰する為に使われているものだが、今回は制御室の武器庫にあったそれを通路の途中に設置している。


「あっ、今姿が見えました! すぐに来ますよ!」


そしてスマートガンが設置しているあたりに、一緒に監視カメラもとりつけてあった。

咲実が見ている小型モニターはそこからの中継映像を映していた。

すぐにモニターの中央、通路の奥のあたりに見覚えのある6人の男達が姿を現した。

すると画面の下側、つまり通路の手前に置かれている2基のスマートガンが同時に銃口をそちらに向ける。

その首を振る時のタイミングの合った動きは餌をねだる水族館のペンギンのようで、ユーモラスですらあった。

しかし笑い事ではない。

その目的は近付いてくる男達を攻撃する事なのだ。


キィィィィィィィン


監視カメラに取り付けられているマイクがモーターの回転音を拾う。

スマートガンが男達の接近を感知して攻撃の準備を始めたのだ。

このモーターの回転音はスマートガンの装弾システムが発する音だった。


「ロボットの方も動き出したよ~」


モニターのスマートガンが映っているあたりに、新たに4台の機械が姿を現した。

小さな4輪駆道のボディに小型のマシンガンとロケット砲を備えた自動攻撃兵器。

総一達を攻撃した事もあるあのロボット兵器だった。

ロボットは固定式のスマートガンと比べると攻撃力は劣るものの、機動力がある上に背が低く、戦い難い相手だった。


「頑張ってるね~、ロボット君達~」


実の所、固定式のスマートガンはそのスペックを知っている『組織』の兵達にはあまり効果が無い。

設定された攻撃範囲の外側から狙撃されたり、手榴弾で攻撃されて終わるだろう。

スマートガンはどの場所にも埋め込まれているからこそ意味のある攻撃システムであって、1ヶ所にしかない現状ではあまり有効な攻撃手段とは言えない。

だからその欠点を補う為にロボットが配置されたのだった。

ロボットはスマートガンの攻撃範囲の中をちょろちょろと動き回り、敵を攻撃するように設定されている。

つまりスマートガンを攻撃する為に距離をとっても射程の長いロボットが攻撃し、そのロボットを倒そうと近付けばスマートガンの攻撃範囲に入らざるを得ない。

この場所ではロボットが小型である事と比較的射程の長いロケット砲を装備している事が役に立つのだ。

男達は距離を保ったままライフルでロボットを攻撃する。

しかしその距離ではロボットに対して決定打を与える事が出来ない。

すぐにそれを見てとった男達は、素早く後退していった。


「やった!」

「随分簡単に退いたわね・・・」


男達を撃退し、思わず喜びの声をあげる総一。

しかし横の文香は真面目な顔を崩さなかった。


「あれ、総一くん、文香さん、敵の数が増えたよ!?」


画面から姿を消した男達の様子を音響センサーで追っていた渚が驚きの声を上げる。


「なんですって!?」


文香が振り返ると、渚はモニターを文香が見易いように差し出した。


「本当だわ・・・」


総一が一緒になって画面を覗き込むと、そこには確かに先程の倍以上の光点が映し出されていた。

 

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「いちにいさん・・・、14個になってるねぇ?」


優希が総一の下から顔を出し、指折り光点を数えていく。


「どういう事かしら? 増援が来た? いえ、ルールがある以上、増援って事は無いはず・・・」


文香は男達の人数が増えて、力押ししてくる事を想像していた。

だがルール上そんな事はありえない。

文香は戸惑っていた。

しかしその文香の言葉を聞いて、総一の脳裏にはその疑問への答えが閃いていた。


「増援はルール違反・・・。 ・・・!! そうかっ、その手があったか!!」

「御剣さん?」


全員の視線が一斉に総一に集まる。


「あいつらロボットを使う気なんですよ! 俺達が使ってるのと同じ奴! ロボットが増援なら、ルールに違反しない!!」

「そうかっ、それであんなに簡単に退いていったのねっ!」


文香は総一の言葉を聞いて目を見張った。

そしてすぐにその意味を理解する。

ロボットを増援にして手数を増やす。

彼らの目的はそれだけではない。

総一達と同型のロボットを使えば、スマートガンの標的にはならない。

あとはロボット同士の戦いになる。

そうなれば数の多い方が勝つが、増えた光点が8つある以上、恐らくは・・・。


「あ、戻って来ました! えっ・・・、8台! ロボットは8台です!!」


監視カメラを見ていた咲実が悲鳴じみた声で報告する。

男達は8台のロボットを前面に押し立てて戻ってきたのだ。


―――やられた・・・。


やっぱりここでは向こうの方が1枚も2枚もうわ手か・・・。

総一は整然と進んでくるロボットと男達の映像を見た瞬間、この仕掛けが突破されると直感した。

そしてその直感は、すぐに現実のものとなるのだった。

ロボットとスマートガンが排除されてからは、彼らの動きは1度も止まらなかった。

8台あるロボットを文字通り使い捨てにして前進してきたのだ。

その後の地雷や火炎放射器をはじめとする攻撃も役に立たなかった訳ではない。

現に8台のロボットは殆どがスクラップとなり、男達にも多少の手傷を負わせていた。

しかし彼らの戦闘能力を奪うまでには至らず、6人揃っての前進は止められなかった。


「来たよ。 階段のすぐ上に居る。 攻撃の準備をしてるみたい」


こうなると流石の渚もいつもの雰囲気とは違っていた。

声は少し硬く緊張していて、いつもの間延びした声ではない。


「結局、何分もかからなかったわね」


文香のその言葉に、総一は携帯電話で時間を確認する。

時間はちょうど9時35分になったところ。

男達が隔壁を抜けてから5分とかかっていない計算になる。


「向こうではどうなってるんでしょうね・・・」


咲実の言う『向こう』とは、カジノ船を始めとする『組織』の拠点への攻撃の事だ。


「始まったって報告はあったけど、続報は無いわ。 あたし達と似たような事をしてるんじゃないかしら」


―――似たような事か・・・。


でも攻守は逆なんだろうな・・・。

総一はゴクリと唾を飲み込んだ。

『組織』は総一達を攻めていながら、同時に『エース』に攻められている。

本当に突入作戦が始まったというのなら、今頃向こうは大混乱の筈だった。


「それでも、あの人達は攻めてくるんでしょうか?」


カジノ船が攻撃されているなら、その報告はここを攻撃しようという兵士達にも伝わっている筈だ。

咲実にはそれでなお彼らが攻撃してくるとは思えなかったのだ。


「ボスが逃げ切ればどうとでもなるわ。 組織と拠点だけが『組織』の全てじゃないもの」


仮に人と拠点を失おうとも、資金源や人脈、政財界への脅しの材料等は依然健在だ。

彼らが本気になれば、国の1つや2つはかんたんに傾くのだ。

ボスや重要な地位を占める幹部を全て同時に押さえなければ『エース』に勝ちは回って来ない。


「それに相手はプロよ。 戦況を見て勝手に任務を放棄したりはしないわ」


兵にとって任務は絶対だ。

上から中止命令が出たならともかく、それを勝手に放棄してしまっては話にならない。

その性質上、どんな仕事よりも信用第一の仕事と言えるだろう。


「って事は、やっぱり俺達はここで撃ち合いをするって事ですね・・・」


銃を握る総一の手が微かに震える。

総一は何もかも分かっている。

そうするしか無いという事も、そうしなければ何を失うのかという事も。

しかしそれが分かっていても、自分が人を殺そうとしているのだという事はなかなか納得がいくものではない。

だからといって文香や渚だけにそれをやらせるのも間違いないのだ。

その事も総一は分かっている。

 

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「怖いですか? 御剣さん」


そして咲実も分かっている。

総一の怯えも、その意味も。

総一は仲間と自分の命を守る為に、他の誰かの命を犠牲にしようとしている。

正当防衛と言い繕う事は出来るだろうが、どんなに繕っても現実は動かない。

総一はその現実に苦しんでいるのだ。


「怖いさ。 みんなが死ぬのも、俺が死ぬのも、そして敵が死ぬのも。 ここへ奴らがやってくれば誰かが死ぬ」

「許せませんか? それに対して何もできない御自分が。 甘んじて誰かの死を見つめなければいけない事が」

「・・・ああ」


幼馴染の死。

拭いきれないそのイメージ。

今もなお、何かが出来た筈だと思わずにはいられない過去。

それが再び目の前で繰り返されようとしている。

理屈では仕方ないと分かっているし、納得もしている。

しかし感情はなかなかそれに従わない。

ずっと総一を悩ませてきただけに、簡単な事ではなかった。


「私は構いませんよ。 御剣さんが何百人殺しても。 世間から殺人鬼と罵られても。 そして御剣さん自身が、ご自分を罪人だと思っていても」


だから咲実は両手で総一の手を優しく包み込むと、同じぐらい優しげに微笑むのだ。

彼女はそれが、それだけが必要なのだと知っているから。


「私は今ここで悩んでいるあなたを知っています。 私と優希ちゃんを守ってくれたあなたを知っています。 そしてあなたが人を殺したという人間を赦せる事も知っています」


咲実のその言葉に渚が小さく微笑みを浮かべる。

それこそが、渚の見出した救いでもあったから。


「だから私は赦します。 たとえあなたが誰を殺しても。 あなたが守りたいものを守りきれなくても。 そしてあなたがあなた自身を赦せなくても」


咲実は知っている。

総一に必要なのは、彼を赦してやれる人間だという事を。

失敗したって構わないと、言ってやれる人間だという事を。


「そのくらいのズルは、したって構わないんですよ?」


そして咲実はもう1度微笑むと、総一の手を握る力をほんの少しだけ強めた。


「・・・咲実さんはさ、ズルいんだよね」


総一は咲実を見ながらポツリとそう呟く。


「俺にズルするなって言って自殺させてくれなかったのに、こんな時ばっかり赦すとか言い出すんだ」

「・・・理不尽は女の子の特権だと思います」


そして咲実は少しだけ笑顔に悪戯っぽい感情を混ぜ、僅かに首を傾げてみせる。


「俺の周りには昔からその特権を振りかざす奴が多いんだ」


するとようやく総一の顔にも笑顔が戻る。

小さくはあったが、確かにそれは笑顔だった。


「こういう時に、他の女性の話を持ち出すのはどうかと思いますけど」


咲実はさっきまで以上に悪戯っぽい表情を作る。

彼女は総一の和らいだ表情を見た事で安堵していた。

そしてそれだけに彼女の作る笑顔は華やかだった。

少し悪戯っぽい顔なのは形式的な抗議であるだけだ。


「悪い。 この手の話題には慣れてなくてさ」


そして総一は咲実の手を力強く握り返す。

この時にはもう、総一の手の震えは止まっていた。


「気を付けてくださいね、御剣さん。 さっき気が付いたんですけど、私って独占欲と嫉妬心が激しいみたいなんです。 あんまりデリカシーに欠ける事をすると、何をするか分かりませんよ?」


―――独占欲と嫉妬心、何をするか分からない、ねええ・・・。


その言葉に総一は苦笑する。


―――この子にそんな事が出来るもんか。


俺を赦すって言ってくれる子なんだから・・・。


咲実という少女は、今も総一の勇気を守り続けている。


「ああ。 気を付ける」


しかし心では反対の事を思っていても、口では同意する総一だった。

彼女が嫌いな訳ではないし、不快な思いをさせたい訳でもないから。

そんな時、優希がひょっこりと顔を出した。

彼女は右手の人差し指を総一に向けて左右に揺らしながら片目をつぶった。

 

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「お兄ちゃん、浮気ならわたしにすれば良いんだよ。 咲実お姉ちゃんはわたしには手出しできないもん」


そして彼女は自信満々にそう言い切った。


「・・・まあ」


咲実は1度目を丸くして驚いてから、とても楽しそうにクスクスと笑い始める。


「検討しとくよ、優希」

「うんっ!」


―――何とかやれそう、だな・・・?


総一は2人のおかげで何とか戦えそうな気分になっていた。


―――ありがとう、2人とも。


俺、やってみるよ。

だから総一はライフルを握り直しながら、心の中でそう呟くのだった。


・・・。


敵が待ち受けている封鎖された空間に突入していく場合、基本的に相手の目と耳を塞ぐ必要がある。

特に銃が主兵装の相手には目を使わせない事が重要だ。

それゆえ多くの場合、突入前に相手の居る場所の電源を落とす事になる。

しかし今回は突入する場所は中央制御室で、独立した電源を持っている。

電源を落とす事は不可能だ。

そこで攻撃側の取り得る方法は大きく分けて2つ。

煙幕や閃光弾といった視界を奪う武器を投げ込んでくるか、薬物を使用して無力化するかだ。

しかしながら優希の重要度からして薬物やスタングレネードといった、後遺症が懸念されるような攻撃は無い。

ここまで分かっていれば総一達にはそれを防ぐ事は簡単だった。


――ッッ

 

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ドアが開いた瞬間、凄まじい閃光が中央制御室に満ちた。


「やっぱり閃光弾で正解ッ!」


――!!!

 

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文香はそう叫びながら発砲する。

すると閃光弾と同時に部屋に侵入してきた男にあっさりと銃弾は命中した。


「うわぁっ!?」


男は入り口の所で倒れるが、すぐに傍にいた仲間によって部屋の外へと引っ張り出された。

文香はそれを狙撃しようとしたが、いかに色付きのゴーグルをかけていたとしても閃光弾が近過ぎて上手く狙えなかった。

そのおかげで初手で複数人を同時に倒すチャンスは失われてしまっていた。


「ちっ、・・・でもまあ、1人倒したので満足しておくべきかしらね」


文香は消えていく閃光を見守りながら、ずれていたゴーグルの位置を直した。

結局、閉鎖空間で煙幕を張ってしまうと空気の流れがなく、いつまでも周りが見渡せない。

そこで文香は閃光弾と読んだ。

結果は文香の読み通りで、上手い具合に敵の1人に怪我を負わせる事に成功していた。


「みんな、もう目を開けて大丈夫よ!」


文香は閃光が弱まった所で総一達に合図をする。


「渚さん、手榴弾投げて! あいつら入り口の外に固まってる筈だから!」


――!!!


そう言いながら文香は部屋の入口に向かって発砲する。

それで部屋の中を伺っていた敵の1人が顔を引っ込めた。


「了解ッ!」


総一達のいるバリケードから部屋の入り口までは十数メートルの距離がある。

渚の投げた手榴弾はその十数メートルを使って綺麗な弧を描き、大きく開いたドアの枠に飛び込んでいった。


――!!!!


その直後に爆発が起こった。

真っ赤な炎が総一達のいるバリケードからも見え、続けて爆風が部屋の中にも飛び込んでくる。


「うわっぷ」


――ッッ


爆風に飛ばされて、何かの金属の破片がバリケードに当たり大きな音を立てる。

それと同時に身を乗り出していた文香が慌ててバリケードの内側に逃げ込んできた。


「今は敵が突っ込んできそうだったから仕方ないけど、手榴弾はもう止めた方が良いわね。 こっちが火傷しそう」


爆風が収まった後、文香はそう言いつつ再びバリケードから顔を出す。

総一と渚もライフルを手にしてバリケードから入り口の方を覗き見た。


「・・・やったと思う?」

「それは希望的な観測だと思いますよ」

「私もそう思う。 外には隠れるところ結構あるし」


渚は部屋の外の構造を思い出しながら答える。

元々中央制御室は舞台裏の性質が強い。

そのためにメンテナンス用の通路や配管のたぐいが部屋のすぐ外を這い回っているのだ。


「そうだ、工事用の通路だ!!」


渚がそう叫んだ時の事だった。


――ッッ


全員の注意が入口に集まっていたその時、総一達のすぐ近く、バリケードの内側のあたりの天井が大きな音を立てて開いた。

そしてそこから1人の兵士が飛び降りてくる。

 

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「お兄ちゃんっ!」


最初にそれに気付いたのは後ろにいた優希だった。

彼女の居る場所からなら飛び降りてくる男の姿がちょうど視界の端にかかった。

だがこの時、総一は動く事が出来なかった。

何故なら正面からも敵が4人突入してきていたのだ。

中央制御室は一見難攻不落の要塞に見えるのだが、それはあくまで見た目だけの話だ。

実のところ、その反対に攻撃側が攻撃しやすい作りになっている。

メンテナンス用の通路が制御室の周辺に張り巡らされているのはその為でもあるのだ。

設計の段階からこの場所を要塞化するのはたやすかった。

だが『ゲーム』をあやつる悪役が潜んでいる場所なので、本当に攻略不能にしてしまうと演出上の問題になる。

何回か『ゲーム』が行われれば、1回ぐらいは参加者側に謎を解かせて、『ゲーム』の悪の親玉と対決するシチュエーションが欲しい。

その方がカジノの客達も喜ぶのだ。

要するに『ゲーム』のボスは勝てる相手にしておくべき、という事だ。

それはコンピューターゲームであろうと、この『ゲーム』であろうと事情は同じだ。

この事はゲームマスターの中でも知っているものは少ない。

渚が知らなかったのも無理のない話だ。

この事を知っている者は中央制御室ではなく、その1つ手前にある部屋で戦おうとする。

そこの方がかえって守りやすく、安全な作りなのだ。

だがもちろん攻撃する『組織』の兵士達はこの部屋が攻めやすいように作られている事を知っている。

結局のところ、何から何まで向こうの手の平の上だった、という事になるだろう。

男達はまず正面から突入するふりをした。

閃光弾を投げ込み、1度やられてみせる。

それで総一達の気が緩んだ所でメンテナンス用の通路を通って奇襲をかける。

そして2度の陽動で足並みが乱れた所で、本体が正面から突入する。

作戦は3段構え。

それは素人の多い総一達に対するには、不必要な程に慎重で油断のない攻撃だった。


――!!!


「きゃあぁぁっ!!」


天井から降りた男は真っ先に渚を銃撃した。

男達の持っている情報では、一番危険なのは裏切ったゲームマスターである彼女なのだ。

渚は発射された弾のうち2発を身体に受けた。

彼女は防弾チョッキを着てはいたものの、ライフルの口径が大きかった事から1発がチョッキを貫通して身体の中に食い込んだ。

もう1発は角度が良かった為にチョッキで防いだものの、その衝撃で肋骨を数本居られてしまっていた。

 

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「渚ちゃんっ!」


目の前で渚が倒れるのを目撃した優希が大きく悲鳴をあげる。

するとぎらついた男の目が優希を見た。


「優希ちゃんっ!!」


男の手が優希に伸びかけた所で、咲実の手が優希を引き寄せた。

おかげで男の手は空を切る。


――!!!


これと同時に総一の銃が正面の敵に向かって火を噴いた。

正面から来た男達は、先頭の1人が機動隊が使うような大きな盾を構え、残る3人が1人目の背後に隠れるようにして突っ込んできていた。

総一は先頭の男の盾がカバーしきれてない右半身を狙って引き金を絞った。

スタングレネードで敵を攻撃した経験と、背後にいる咲実と優希の存在がそうさせるのか、総一は抵抗感を感じつつもなんとか引き金を引く事が出来ていた。

もしここで総一が戸惑っていれば、この時点で決着はついていただろう。


―――う、うおぉ、ね、狙いが、さ、定められない!?


敵が来るまでの間に多少の練習はしたものの、焦って連射してしまうと途端に銃口が暴れて弾は狙った場所には飛んでくれない。

だが今回はその事が逆に幸いした。

先頭の1人を狙った筈の攻撃は広範囲に弾を撒き散らし、男のうちの1人に手傷を負わせ、ほんの僅かだが男達の事を怯ませていた。


「総一君ッ、その調子で頑張って!」

「は、はいっ!」


文香は後ろの様子に気付き、正面を総一に任せて背後を振り返った。

するとそこでは男がちょうど咲実に銃口をつきつけた所だった。

咲実の背後には優希の姿があり、男は優希を確保する為に咲実を排除するつもりなのだ。


「咲実ちゃんっ!!」


しかし男は銃を構えて振り返った文香に気付くと目標を彼女へと移した。

ほぼ同時に文香も銃口をそちらへ向ける。


――!!!


銃声は同時。


「きゃあっ!?」


間近での発砲劇に咲実は悲鳴をあげ、優希は身体を硬くしてその咲実にしがみつく。


「ぐうっ」


男は文香からの銃弾を腹のあたりに浴びて膝をついていた。


「しまった!?」


対する文香は右肩を撃ち抜かれ、構えていたライフルを取り落した。

男はそれを目にするや銃口を再び文香へと向ける。


―――やられる!?


文香は訓練通りの動きで腰の拳銃を引き抜こうとしていた。

しかし男の銃が火を噴く方が早い事は文香自身にも良く分かっていた。

文香の視界の真ん中で男の表情が醜く歪む。

文香を撃ち殺す事に喜びを感じているのかもしれない。


――!!


しかし男の銃よりも先に火を噴いた銃があった。


「文香さんっ!!」


――!!

 

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その少し高い銃声は、咲実が両手で構えた小さなリボルバーが発したものだった。

咲実は至近距離から1番的の広い男の胴の中央を狙って引き金を引いていた。

これだけの好条件が揃えば、全くの素人である咲実でも外しようがない。

吐き出された3発の銃弾は全て男の身体に命中した。

しかし非力な彼女でも扱えるようにと選ばれた口径の小さなリボルバーでは男の着ているボディアーマーを撃ち抜く事が出来ず、決定的なダメージにはならない。

男は銃弾を浴びて僅かによろけたものの、その動きを完全に止めるまでには至らなかった。

だが文香にはその一瞬の隙で十分だった。


「ナイス咲実ちゃんッ!!」


――!!!


咲実の銃とは違う、太く低い銃声。

彼女は流れるような動作で引き抜いた拳銃の引き金を迷わず引いた。

その大型のオートマチックピストルは易々と男のボディアーマーを撃ち抜いていく。

そして合計3発の弾を浴びた男は、力なくその場に崩れ落ちた。

後ろの戦いが決着がつく少し前から、総一は狙いのつかない連射をやめて一発ずつの発砲へと切り替えていた。

狙いはやはり先頭の男で、盾が覆いきれていない右半身だった。


――!!!


落ち着いて狙った総一が発砲する。


ギィンッ


しかし銃弾は狙いを逸れ、金属製の盾に当たって跳ね返った。

金属板と合成樹脂、そして強化繊維を複合的に用いた盾は軽いながらも強固だった。

真正面からの命中弾ならともかく、少しでも角度が悪ければライフル弾でさえ完全に受け流されてしまう。

もちろん盾は斜めに構えられているから、総一の居る場所からでは撃ち抜く事は不可能だった。


――!!!


そして総一が撃つごとに、反撃は何倍もやってきた。

だがバリケードがあるおかげでこちらも防御は万全だった。

敵の弾はバリケードに当たって弾け飛び、総一を傷付ける事はなかった。


―――まずい、このままじゃまずい!


――!!!


しかし総一は発砲を繰り返しながらも焦っていた。

互いに相手を倒せないままに、敵との距離だけが詰まって来ている。

男達がバリケードの所にやってくるまでにもう何秒もない。


―――敵は4人。


なんとかしないと俺達は・・・ッ!!


――!!!


総一はなおも発砲する。

すると偶然、そのうちの1発が先頭の男ではなく、その背後にいた男の足へと命中した。

足も比較的防御しにくい部分だった。


ドサッ


弾を受けた男は床に倒れる。


「やった・・・」


1人を倒したという現実に、高揚感と不快感が入り混じった何とも言えない気分が湧き上がってくる。


――!!!


しかし男達は仲間がやられても動きを止めなかった。

男達は前進を続けながら、逆に僅かに動きが止まった総一に発砲する。


「うわっ!?」


やはりその弾の多くはバリケードによって受け止められたが、そのうちの1発が総一のこめかみをかすめていった。

大きな衝撃と痛み。

総一のこめかみの所の皮が裂け、そこから大量に出血する。

総一はこのダメージでよろけ、尻餅をついてしまいそうになる。


「総一君ッ!」


後ろの敵を排除し終えた文香が再び正面に向き直る。


――!!!


銃撃を受けて大きくバランスを崩した総一に代わり、すぐに文香は手に持っていた拳銃で攻撃を開始する。


「これで終わりだ素人ども!!」


だが文香が攻撃出来たのはほんの僅かな時間だけだった。

残った3人の男達はもうバリケードの目の前に迫っていた。

ここまで来れば盾は必要ない。

先頭の男は盾を投げ捨てると右手で持っていた拳銃を両手で構える。

後ろの2人はライフル。

それが全て文香を狙っていた。


「文香さんっ!!」


それに気付いた総一がくらくらする頭と身体に鞭打って、横にいた文香を思い切り突き飛ばした。


――ッッ


「そ、総一君!?」


――!!!


その瞬間、文香の居た場所を何発もの銃弾が通り過ぎる。


「ぐあっ!!」


文香を突き飛ばした総一の手はその場所にあったから、うち2発が総一の左腕に命中した。

1発は総一の腕の肉を削ぎ取り、もう1発は腕の中にもぐりこんで突き抜ける。

だが痛みは感じない。

感じている余裕など総一には無かった。


「うおぉぉぉっ!!」

 

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総一は懸命に銃口を男達の方へと向けた。

だがその時にはもう男達の銃は総一を狙っていた。


―――くそうっ! まだだぁっ!!


それでも総一は諦めなかった。

ここでやめれば死ぬのは自分だけではない。

自分は死んだとしても、なんとしても後ろの人達を守らなければならなかった。

そしてそれは彼らの為だけではない。

彼らとの未来を選択した総一自身の為でもあったから。


――!!!


1人目の男の拳銃が火を噴く。

それは総一の左の脇腹に命中する。

弾は当たった角度が浅かったおかげで防弾チョッキにより弾かれたが、総一はその衝撃に息が詰まった。

そしてその直後、総一は2人目と3人目の男の引き金にかかった指が動き出すのを見た。


―――だ、駄目か!?


流石の総一もここで覚悟を決めた。

弾を受けた衝撃に身体は硬直し、攻撃は間に合わず、逃げる事も出来ない。

盾を使っていた1人目とは違い、この2人の武器はライフルだ。

引き金が引かれてしまえば、吐き出されたライフル弾は防弾チョッキをものともせずに総一を引き裂くだろう。

だがここで思いがけない事が起こった。


「だめぇぇぇぇぇぇっ!!」


その高い声と共に、小さな影が総一と男達の間に割って入った。


――ッッ

 

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「お兄ちゃんを殺したら許さないんだからぁっ!!」

「優希!?」


まさに間一髪というタイミングだった。

総一の危機を察した優希は今まさに攻撃されようというタイミングで総一と男達の間に割って入った。


「くそっ!!」


――!!


男達は慌てて銃口を別の方向へと向けた。

幸い発射された弾は優希をかすめただけで明後日の方向に向かって飛んでいく。


「お兄ちゃんっ!!」


そして優希は総一の首へとしがみついた。


「お兄ちゃんはわたしが守るんだぁっ!!」


それは誰もが考えもしなかった防御方法だった。

優希は総一達にとっては守るべき相手、兵士達にとっては回収すべき相手。

その優希を盾にしようなどとは誰も思わなかった。

優希を回収したい兵士達にとって、彼女は何があっても傷付けてはならない相手だ。

だから確かにそうすれば誰も総一を攻撃する事は出来ない。


「―――ずっと、ずっと守ってもらってばっかりだった! 咲実お姉ちゃんみたいにお兄ちゃんの支えになってあげたりもしてない! だから最後ぐらい、わたしがお兄ちゃんを守る!! 守ってみせる!!」


だが総一を守ろうとした優希自身は、彼らのそんな事情は知らない。

彼女はただ、湧き上がる総一への感情によって突き動かされて飛び出してきただけだ。

彼女がそうした理由はシンプルだ。

総一が死んでいくのを見ていられなかっただけなのだ。


「優希!?」

「お兄ちゃんっ!」


優希は震える身体を総一に押し付け、ぎゅっとしがみつく。

その瞬間、その場にいた全ての人間の動きが止まった。

咲実は何も出来なかった自分を責めた。

優希を止められなかった事、自分が今総一に何もしてやれない事、そういった想いで彼女の胸は潰れてしまいそうだった。

文香は身体を起こした所だった。

そして彼女は総一と優希の姿を見て絶句する。

彼らは文香の目の前で男達に銃を向けられたまま身動きが取れなくなっていた。

優希はもはや何も考えていなかった。

総一にぎゅっとしがみつき、固く目を閉じている。

総一はこの状況に驚いていたが、どうしていいのかは分からなかった。

仕方なく震えている優希の身体をそっと抱き締める。

対する男達も優希の行動に対応を決めかねていた。

だがその迷いはほんの数秒の事だ。

すぐに優希の身体が覆いきれていない総一の頭に狙いを定め、発砲する事だろう。

結局のところ、この近距離では優希の行動はそれほどの意味はない。

だがその数秒の迷いが勝敗を分けた。


――ッッ

 

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「ヘッ、待った甲斐があったってなァ!


このエクストラゲームにはまだ参加者がいる。

それはこの場にいる誰もが忘れていた、2人の参加者だ。


「陽動作戦っていうのはよ、こうやってやるんだよな、高山の旦那」

「口を動かす前に手を動かせ」

「ヘイヘイ」


――!!!!


――!!!!


その場の雰囲気を無視したような、何気ない男達の会話。

そして連続した銃声。


「ま、俺達に勝負を挑もうなんてな、10年はええんだよ10年」


総一の目の前で倒れていく3人の兵士達。

彼らが倒れたその向こう側には、2人の人間が立っていた。

チンピラ風の男と、寡黙そうで意志の強そうな男。


――!!!!


2人は倒れた兵達に無造作に止めを刺すと、そのまま総一達に近付いてくる。

 

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「はい、おしまい」


優希を抱いて立ち尽くす総一の前に現れた2人の男達。

2人とも首輪を着けており大型のライフルで武装している。

そして総一には片方の男には見覚えがあった。


「あんた、確か・・・」


総一の脳裏に記憶が蘇る。

彼は初日に情報を交換した、手塚という男だった。


「よう。 確か御剣って言ったよな、お前」


人を殺した直後だというのに、その男―――手塚は全く気にした様子はなかった。

彼はそのままごく自然な動作でライフルの銃口を総一に向ける。


「それでお前達はどうなんだ? 俺と遊ぶ気はあるかい?」


そして彼は奇妙なほど陽気な表情を作ると、口の端を持ち上げる。

それは間違いなく笑顔なのだが、総一には威嚇する猛獣にしか見えなかった。


「・・・冗談でしょ、せっかく生き残ったってのに。 戦争なら1人でやって頂戴」


そう言いながら文香が立ち上がる。


「まぁな」


クックックック


喉の奥を鳴らしながら手塚はあっさりと銃を引いた。


「手塚、悪趣味だぞ」


もう1人の男が手塚にそう言いながら煙草に火を点ける。


「そう言うなよ高山のおっさん。 いいじゃねえか。 俺の数少ない趣味なんだからよ」


手塚も男―――高山の点けたライターの火に自分のタバコを近付ける。

どうやら目の前の2人は総一達と戦うつもりはないようだ。


―――なんだか分からないけど、た、助かった、のか?


その瞬間、総一は全身から力が抜け、その場に座り込んでいた。

 

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「お兄ちゃん・・・?」


総一が座り込んだ事に気付き、彼の腕の中にいる優希が顔を上げる。

どうなったのか状況を掴みかねている彼女は、総一を見たり周囲を見たりという事を繰り返していた。


「そこにいる人達が助けてくれたんだ」


総一が示すと、優希は背後にいる手塚と高山をまじまじと見つめる。


「・・・」

「なんだ?」


優希の無言の視線に、手塚がタバコの煙と一緒に疑問を吐き出した。


「・・・おじさん達、良い人? 悪い人?」

「お、おじ・・・? ・・・。 もちろん良い人さ、お嬢ちゃん」

「ゴホゴホッ、ゲホホッ」


そう手塚がにこやかに答えた時、何故か横にいる高山がむせた。

どうやらタバコの煙が変な所に入ったらしい。

 

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「優希ちゃん~、この人は趣味が悪い人だよ~」


そこへ文香に支えられて渚がやってくる。

渚の怪我は決して浅くはないが、命には別状はなかった。


「・・・1度はあたし達を襲ったってのに、どういう風の吹きまわしなの?」


にこやかな渚に対し、文香の表情は厳しかった。


「えっ?!」


文香の言葉は総一の身体を再び緊張させた。


「総一君、この2人なのよ。 4階の戦闘禁止エリアであたし達を襲ったのは」

「ま、まさか!?」


総一が手塚を見ると、彼は楽しそうに慌てる総一を見ていた。

そこに悪びれた様子は微塵も感じられない。


―――この人達があの時、俺達にロボットをけしかけてきたってのか!? だったら今度は!?


「お前達を助けたつもりはねえよ。 楽して楽して勝ちたいだけさ。 ・・・今も昔もな」


そう言った瞬間だけ、手塚の目が剣呑(けんのん)な光を放った。

しかしそれはすぐにシニカルな笑みの向こう側に消えていく。

勝ちたいだけ。

総一達の事なんてどうだって良い。

それが彼らの論理だ。

だからこそ、彼らは総一達の危機をぎりぎりまで放っておいた。

敵の全員の意識が緩むか、逆に1点に集中するその瞬間を待って。

総一達が死んだって構わないのだ。


「じゃあ今あたし達と戦わないのは?」

「その方が楽だからに決まってるじゃねえか。 知らねえのか? 窮鼠猫を噛むってサ」


―――猫どころか、ライオンが良く言う・・・。


総一は笑い続ける手塚と、むっつりと黙りこんだ高山を見てそう思っていた。

4階で総一達を襲った手腕、そして今の彼らの様子。

どうみても総一には、自分達と彼らでは生き物としての水準が異なっているように思えた。


「それに俺はこう見えて平和主義者なんだ」

「嘘つきなさいよ。 真顔で良くそんな事を言うわね」


―――だけどどうやら、本当に戦う気はないようだな・・・。


彼らの真意はよく分からなかったが、それだけは間違いないようだった。

総一はもう1度安堵すると、ようやく優希を抱く力を緩めた。

本当なら警戒した方がいいのかもしれないが、総一は戦いはもう沢山だと思っていた。

だから戦わずに済むなら、過去の事なんて目を瞑ったって良い、そんな気分だった。

 

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「御剣さん、優希ちゃん」


そこへ咲実が近付いてくる。


彼女は総一の横までやってくるとぺたりと腰を下ろした。


「さ、咲実さん。 ・・・無事で良かった・・・」


脱力してうなだれていた総一だったが、咲実の顔を見ると僅かに笑顔が戻った。


「うんうん!」


それは優希も同じだ。


「御剣さん達も」


そんな2人の笑顔を見た咲実も涙の滲んだ顔で小さく笑顔を見せる。

それと同時に彼女は抱えていた救急箱の蓋を開く。


「御剣さん、左腕を見せて下さい。 ・・・酷い怪我ですよ?」

「ん? ああ」


そこで総一はようやく、自分が酷い怪我をしている事を思い出した。


「い、いて、いてててっ」


緊張と興奮で忘れていた痛み。

しかし1度思い出してしまうと再び忘れる事は出来なかった。

それまで感じていなかった痛みが一斉に押し寄せてくる。


「手伝うよ、咲実お姉ちゃん」
「お願いします、優希ちゃん」
「うんっ!」


優希は素早く総一の上からどくと、咲実と向かい合うようにして座った。

咲実を手伝って総一の傷の手当てをするつもりだった。

総一は痛みをこらえながら赤く染まった左腕を彼女達の方へ差し出した。

怪我は痛かったが、そうしてくれる2人の姿が嬉しくもあった。

生きていればこそ。

守り切ったからこそ。

その代償がこの程度の怪我ならば、我慢するべきなのだ。

2人の姿を見ていると、じわじわと胸の奥にみんな生きているんだというあたたかな実感が湧き上がってくる総一だった。


「・・・それにしてもおかしいな。 スミスの野郎、出てきやがらねえ」


手塚はPDAの画面を覗きながら、2度3度と画面を小突く。

 

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「手塚くんが嫌いなんじゃないの~?」

「うるせえよ」


「・・・出て来れないのよ。 もう」


そう言いながら文香は耳から通信機を外した。


「今連絡があったわ。 すぐに助けが来るって」

「それじゃあ!?」

 

総一の顔に驚きの色が浮かぶ。

しかしそれはこれまでのような悪い驚きではない。


「そうよ総一君」


文香は微笑んだ。

そしてほんの少し溜め息を吐く。

 

 

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「この『ゲームは』、あたし達の勝ちよ」

 


長く続いてきた『ゲーム』。

そのラストゲームはこんな風に幕を閉じたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


深夜の住宅地を1台の黒いバンが走っていく。

そのバンは狭い路地をすり抜け、ある民家の前で停車した。

すると停車したバンの中から数人の黒ずくめの男達が姿を現した。

最初に降りた1人が手で合図すると、彼らは音もなく散開して夜の暗闇の中へと消えていく。

その場に残ったのは合図を出した男だけだった。

そしてそれを待っていたように、車の中からもう1人の男が姿を現した。


「鴻上隊長、配置につきました」


その場に残っていた黒ずくめの男が、最後に車から降りてきた男に向かってそう報告する。


「そうか。 逃がすなよ」


鴻上と呼ばれたその中年の男性は言葉少なに頷く。

彼は背が高く、がっしりと体格の良い男だった。

だがその大きな身体にも拘わらず、乱雑な雰囲気はない。

逆に穏やかで繊細なイメージを持った人物だった。


「逃しませんよ。 相手は素人じゃないですか」

「確かにな。 だが、それでも『組織』の資金源の1つである事には変わりはない」

「ここまでやる必要があるんですかね? ここの奴はオンラインで賭けていただけなんでしょう?」


黒ずくめの男はそう言いながら窓の1つを見上げる。

その窓には明かりがついており、彼らが狙う相手はそこにいるようだった。


「・・・例外は無い。 そういう事だ」


ここに住んでいるのは例のカジノの客の1人だった。

とはいえカジノ船に招待されるほどの大物ではない。

『組織』が作った専用のクライアントソフトを使って、オンラインで『ゲーム』の賭けに参加していた人物だ。

黒ずくめの男達はログやアクセスの経路をトレースしてこの人物を特定した。

ダミー情報でない事も既に確認されている。


「まあ、別に俺も不満があるわけじゃないんですけどね。 安全な所から人の生き死にに金を賭けてたんだ。 自分も危険な事に手を染めていたんだって自覚してもらわないと」


黒ずくめの男は口元を歪めると安全装置を解除して弾を薬室へ送り込む。

戦いに勝利した『エース』は捜査の範囲を広げていた。

『ゲーム』に金を賭けた人間は例外なくその対象となった。

誰がどこで、何者と繋がっているのか分ったものではない。

その時、男の通信機が小さくアラームを鳴らした。

それは全ての準備が整ったという合図だった。

電話線を始めとする通信用のケーブルはカットされ、携帯電話の周波数帯にはジャミングがかけられている。

そしてたった今、男達の見ている前で部屋の電気が消えた。

送電もカットされたのだ。


「体調、準備完了です」

「うむ。 気付かれないうちにすぐにかかれ。 抵抗するようなら容赦はいらない。 民間人といえども立派に『組織』の一員なんだからな」

「了解。 ・・・突入!」


黒ずくめの男は鴻上の言葉が終わるなり通信機にそう告げ、自らも現場へと向かっていった。

残された鴻上は、黒ずくめの男が闇の中に消えるのを見届けるとバンの中へと戻っていく。


『・・・!? ・・・!!』


――!!!


微かな悲鳴と銃声。

しかし鴻上がバンのドアを閉じると何も聞こえなくなる。

元々それほど大きな音ではない。


「さて、次はどこだったか・・・?」


鴻上は既にこの場所に住む人間からは興味を失っていた。

彼らが今夜襲撃しなければならないのはここだけではない。

いちいち1人1人の事になど構っていられなかった。

黒ずくめの男達が戻って来たのはその数分後の事だ。

誰も怪我などしていないし、疲れた様子もない。

相手は所詮ただの素人。

多少抵抗した所で苦戦するような相手ではない。

そして再び彼らを乗せたバンは、何事もなかったかのように静かに去っていくのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

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季節は春。

雪解けの時期も過ぎ、あたたかな日差しが戻ってきていた。

3月に入った事もあり、時折の寒さに耐えて桜がピンクの花をつけている。

その小さくも優しい花は、卒業式、そして入学式と新たなスタートが続くこの時期の代名詞とも言うべきものだった。

そんな満開の桜でいっぱいの公園に2人の少女の姿があった。

どちらもあまり背は高くない。

ショートカットの健康そうな少女と、彼女よりもひと回り小さな線の細い少女。

どことなく似通ったその容姿からすると、2人は姉妹なのかもしれない。

周囲の桜に負けない華やかな衣装で着飾った2人の姿は、それこそ卒業式の帰りといった雰囲気だった。

 

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「ねえかれん、これおかしくないかな? 大丈夫?」


ショートカットの少女がスカートのすそを持ち上げて不安そうな表情を作る。

いつも健康的で明るい彼女にしては珍しい表情だった。


「だから大丈夫よ。 何度も訊かないで、かりん姉さん」


すると隣に立っている小柄な少女は眉を寄せて苦笑する。

この質問は朝から5回目だった。

かりん、そしてかれん。

2人の苗字は北条という。


「だ、だって、もう待ち合わせの時間だし・・・」
「だったら手遅れでしょう、お姉ちゃん。 駄目でみおもう直してる暇なんてないから」


2人にはそこで、誰かと待ち合わせがあるようだった。


かれんはこの日のかりんの様子を見て、ここ数ヶ月の間に姉が時折見せていたおかしな行動の謎が解けるのではないかという気がしていた。

 

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「ちょ、ちょっとかれん、って事はどっかおかしいの!?」
「くすくす、そんな事は無いけど」


―――今日は特におかしいのよね。


もしかしたら、もしかするかも・・・?


元々彼女の姉のかりんは着飾ったりする方ではない。

それなのにこの日に限っては新しい服を引っ張り出し、朝から熱心に化粧をしていた。

それに昨日は美容室にも出かけていたのだ。

いつも髪なんてほったらかしだった体育会系のかりんが、だ。


「でもおかしいって言えばおかしいんじゃないかな」
「どっ、どこがっ!?」


かれんは姉がこの日に賭ける意気込みを感じ取っていた。

だからかれんは思っている。

もしかしたら、今日は姉の好きになった男の人に会えるのではないか、と。


「おかしいよ。 姉さんがちゃんと女の子に見えるんだもの」
「か、からかわないでかれん! 怒るよ!?」


―――間違いない。


きっと姉さんにとって特別な人が会いに来るんだ。

かれんは慌てる姉の姿を見ながら、それを確信するのだった。


・・・。


「おーい、2人とも~!」


そこへ姉妹の連れの人物がやってくる。


「あっ、おじさんが帰ってきたよ!」


かれんはすぐにそれに気付き、未練がましく前髪を弄っている姉の服の袖を引っ張った。

 

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「意外とゴミ箱って無いもんだねぇ」


近付いてきたのは1人の中年男性だった。

彼の名前は葉月克己。

背が高く、細身で穏やかな風貌の持ち主で、その外見の通りに穏やかな性格の人物だった。


「ゴミ捨てぐらい、私が行っても良かったのに」

「かれんさんはまだ病み上がりだろう? 病気が完治したからって、まだ無理はしない方が良いさ」

「もう平気ですよ。 お姉ちゃんと一緒で心配性なんだからぁ・・・」


かれんは再び苦笑する。

この葉月という人物は、去年から何かと姉妹の力になっていた。

姉妹とは縁もゆかりもない人物なのだが、不思議と救いの手を伸ばしてくれていた。

苦労続きのかれんは最初はそれが信じられなかったのだが、必要以上になかなか他人を信用しない姉が彼の事を信用していた。

だからすぐにかれんも彼の事を信用するようになった。

かれんの手術も、その後の事も、手配してくれたのは全て葉月だった。

今では彼は2人の身元引受人でもあった。


「ところで2人とも、例の件は考えてくれたかい?」

「あ、は、はいっ」


葉月のその言葉を聞くと、上の空だったかりんは慌てて姿勢を正した。

それはかりんにとってもかれんにとっても重大な話題だった。


「急な話だとは思うけど、前々からかれんさんが退院したらって思ってたんだ。 それでどうだろう、2人でうちの娘になってはくれないかい?」


葉月は先月かれんが病院を退院した時、養子にならないかと2人に持ち掛けていた。

姉妹が彼を慕うように、彼もまた姉妹の事を実の娘のように思っていたのだ。

葉月にも実の娘達がいる。

しかし彼女達はもう結婚して独立し、家には葉月の妻しか残っていない。

だから少しだけ人生に張り合いが無くなってきた時期だった。

だからもし2人が娘になってくれるのなら、自分の人生はもう1度活力を取り戻すのではないか、葉月はそんな風に考えていたのだ。

無論、全ての事情を知る彼の妻もこの事には乗り気だった。


「あ、あの、本当に宜しいんですか?」


かりんは慣れない敬語を使って遠慮がちにそう訊ねる。

実の所、この問題の答えはとっくに出ていた。

かりんにしろ、かれんにしろ、葉月を父と呼ぶ事に抵抗は無かった。

この半年、まさしく父親として2人を支えてきたのは彼なのだから。

だがそう思えばこそ、かりん達は逆に思うのだ。

自分達が葉月達の重荷になったりはしないだろうかと。

何年も2人で苦労してきただけに、姉妹にとっては軽い気持ちでは答えられなかったのだ。


「なんでだい?」

「だってそお、養子にするって言ったって、簡単な事じゃないし・・・。 お、お金だって、その・・・」

「あははは、馬鹿だなぁかりんさんは。 カジノの勝ち分がまだ山のように残っている。 それに僕もまだ働き盛りなんだ。 金銭的な心配ならいらないよ。 だから気持ちだけで良いんだ。 僕達と、君達の気持ちだけで」

「・・・はい」


かりんは真面目な顔で頷くと隣のかれんを見た。

するとかれんは大きな笑顔を作って頷いた。

その笑顔を見て、かりんは小さく溜め息をついた。

そして彼女もまた笑顔を作る。


「あたし達を、葉月さんの家族にしてください」

「おねがいします」


そして姉妹は2人そろって頭を下げた。


・・・。


麗佳がそこへやって来たのはその少し後の事だった。

 

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「あら? どうしたのみんな。 何かあったのかしら?」

麗佳は葉月達3人が泣いている事に気付き、少しだけ心配そうに首を傾げる。


「い、いや、違うんだ。 これはちょっと、そう、とっても良い事があってね!」

 

だが葉月が涙を拭いながら明るい表情を見せると、麗佳は安心したように肩の力を抜いた。


「詳しい話はみんなが揃ったらするよ」

「・・・ええ、分かった」


微笑む麗佳が頷くと、その手入れの行き届いた長い髪がばさりと風に流れていく。


「・・・すっごい綺麗な人だねぇ・・・」


麗佳と初めて会ったかれんは目を丸くする。

すらっと高いその背、整った顔立ち、強い意志を感じさせる切れ長の目。

その品の良いファッションセンスともあいまって、かれんはまるでモデルか何かのように見えた。


「・・・・・・」


それはかりんも同じなのか、彼女も麗佳をじっと見つめていた。

ただし彼女の場合は妹とは違い、そこに感心以外の微妙な感情が混じっていた。

姉の顔を見たかれんはそれに気付き、悪戯そうな表情を作るとその頬をつんつんとつつく。


「姉さん、もしかしてあの人、ライバルなの?」

「っ!? ち、ちがっ!」


そんなかりんの慌てた声に、問題の麗佳の声が2人の方を向いた。

 

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「あなたが噂の妹さんね?」

「はい。 初めまして、北条かれんです。 姉がいつもお世話になっています」


そして激しく動揺するかりんをよそに、麗佳とかれんは挨拶を交わす。


「矢幡麗佳よ。 お姉さんや葉月さんとはお友達なの。 これからよろしく、かれん」

「はい!」

「麗佳君、大学の方は順調かね?」

「はい、おかげ様で」

「ははっ、頭の良い君にそんな心配は無用だったかねぇ」

「麗佳さんは大学生なんですか?」


かれんが口を挟むと、麗佳は嫌な顔一つせず口元に穏やかな微笑みを浮かべながら頷いた。


「そうよ。 数学と論理学を勉強しているの」

「そうなんですか~。 お姉ちゃんとは正反対ですね」

「こ、こらかれん!」


かれんはこの麗佳という女性が気に入っていた。

美人であるというだけでなく、物腰にも嫌味な所がない。

かれんには素直にこういう女性になれたらと思えた。


・・・。


「おじさまー!」


その時、遠くから張りのある高い女性の声が聞こえてくる。


「みんな~、久しぶり~~」


そのすぐ後にのんびりとした声が続く。


「お、文香君達も来たぞ」


言われてかりん達が目を向けると、公園の入口の方から2人の女性が大きく手を振っていた。


「文香さん! 渚さん!」


かりんは顔を綻ばせると彼女達に手を振り返した。


「あれ、あの人達は確か・・・」


かれんにはその2人の女性に見覚えがあった。

元気な方が陸島文香、のんびりとした方が綺堂渚。

2人ともかれんの手術の時に1度だけ病院で会っている。

葉月の説明では、病院の手配をしてくれたのがその2人なのだという事だった。

 

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「はぁいみんな、お久しぶり。 かれんちゃんも元気そうで良かったわ」

「こんにちは~~! 天気も良くて気分が良いね~~」


2人はそれぞれに挨拶を口にしながら近寄ってくる。


「2人ともお変わりなく」

「お久しぶりです。 その節はお世話になりました」


かれんは姉の挨拶に合わせて頭を下げる。


「固い事言いっこ無しよ、2人とも」

「あれ~~、かりんちゃん、今日はずいぶん気合入ってるねぇ~~!」

 

 

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「あらいやだ、本当だわ! 珍しいじゃない、かりんちゃんがおめかししてるなんて」


文香達はすぐにかりんの姿に気付いた。

するとかりんは頬を赤くして俯く。


「ちょ、ちょっと、大人っぽくしてみようかな、なんて・・・」

「か~~~わいい~~~!」


照れて俯いていたかりんを渚がぎゅっと抱きしめる。


「な、なぎささんっ!?」

「この子は渚お姉さんがおうちに持って帰る~~~~!」


かりんは何とか逃げだそうともがいたが、渚の腕の力は強く、なかなかうまくいかない。

やがてかりんは諦めて身体から力を抜いた。

すると興奮した渚はかりんに頬擦りを繰り返した。


「あはははっ」


いつものしっかりものの姉らしくない姿を見て、かれんは嬉しくなっていた。

姉から子供らしさを引き出す事が出来るという事は、それだけでかれんにとっては好意に値する事なのだ。


「ところで文香君、その格好はなんなんだい?」

「これの事?」


その声に誘われてかれんがそちらを向くと、そこでは文香が自分の服を指さしながら軽くポーズを取っていた。


「これはね、今の派遣先の制服。 今はキャビンアテンダント、いわゆるスチュワーデスをやってるの。 ・・・お客様、搭乗の際には携帯電話の電源はお切りください」

「はっはっは、なるほどねぇ~」

「フライトが終わってからそのまま来たから、着替えてる暇がなかったのよ」


かれんは文香の職業は派遣社員だと聞かされている。

どこにでも派遣されて、完璧に仕事をこなすスーパー派遣社員なのだという触れ込みだった。

ちなみに渚も同じ職場で働いているという話だ。


「渚さんもキャビンアテンダントを?」

「渚ちゃんはね、今メイド喫茶

メイド喫茶ぁ!?」


文香の答えに麗佳は目を剥いた。

冷静な彼女にしては珍しい事だった。


「お帰りなさいませ~! ご主人さま~~!」


話題が自分に向いた事に気付いたのか、かりんと遊んでいた渚がその手を休めて麗佳に向かって手を振る。


「・・・な、なんでまたメイド喫茶に?」

「それがね、そこに来る客に紛れて取引してるらしいのよ」


文香はそう言って肩を竦める。

そのほんの一瞬だけ、彼女の表情から笑顔が消えた。


「なるほど、そうでしたか」


それを聞くと麗佳の表情は元の冷静な彼女の表情に戻った。


「何のお話ですか?」


けれど麗佳とは違ってかれんにはそれだけでは何の事なのかさっぱりわからない。


「ふっふっふ、実はね、あたし達って派遣社員というのは名ばかりで、本当は女スパイなの! 社会の闇に潜む悪と日夜戦っているのよ!」

「うそですよそんなの! あはははははっ」


かれんは文香の言葉を聞くとすぐに笑いだした。


「信じてよ~、かれんちゃ~~ん」

「あははは、文香さんって楽しい方なんですね?」


かれんはもう子供ではない。

自分のような普通の少女の前にスパイなどというものが現れる筈がない事をよく理解していた。

それにもしそうだとしても、自分からスパイを名乗るような馬鹿なスパイは居ない。

だからかれんはすぐにそれを文香の冗談だと判断したのだ。


「嘘じゃないのにぃ~」

「あは、そういう設定なんですね?」


そしてかれんは肩を落とす文香の横でしばらく笑い続けた。


・・・。


「総一さんっ、もっとちゃんと走って下さい! もう大分待ち合わせの時間に遅れてるんですから!」

「ちょ、ちょっと待って、俺は家からも走ってきたから、も、もう限界で・・・」

「お兄ちゃんもっと頑張ってよぉ、ヘタレ返上するんじゃなかったの?」

「そ、そうは言ってもだなぁ・・・」


やがてそんな賑やかな声が聞こえてくる。

声の主達の姿はまだ見えなかったが、その元気そうな声だけは遠くからも聞こえてきていた。


「総一くん達だ!」


真っ先に反応したのが渚だった。

渚のその声を聞くとかりんは身体を強張らせて頬を染める。


「これで全員そろうね~~!」

「そ、総一が、きた・・・!」


―――姉さんがあんな顔をするって事は、やっと来たかな、問題の人が。


姉さんにおめかしさせて、こんな顔をさせる人が・・・。

かれんは期待に胸を膨らませてその声が聞こえてきた方向を見る。

しかしそこにはまだ誰の姿も見えない。

公園の植え込みの木々のせいでその姿が隠れてしまっているのだ。


「なんで私が仕掛けておいた目覚ましを止めて寝ちゃうんですか! あれほど言っておいたのに!」

「止めてないって! 起きたら止まってたんだってば!」

「お兄ちゃんが寝ながら止めたんだね、きっと」


3人の穏やかな声は次第に大きくなっている。

彼らが姿を見せるのはもうすぐだ。


「相変わらずみたいだなぁ総一君達は。 優希ちゃんも元気そうだ」

「ふふふっ、すっかり咲実ちゃんの尻に敷かれてるわね、あれは」

「総一もあの扱いに耐えてないで、私に乗り換えれば良いのに」

「おおっ、麗佳ちゃん大胆発言~~!」


姿こそ見えていないが、彼らの元気そうな様子はここまで伝わってきていた。


―――あれ・・・。


その時、かれんはある事に気が付いた。


―――みんな、楽しそうだな・・・。


かれんの周りにいる大人達の表情、それが明らかに変わっていた。

誰の笑顔もワンランク上のものへと変わっていたのだ。


「へぇ・・・」


―――それほどの3人なのか、それとも全員揃う事に意味があるのか。


・・・ううん、きっとその両方なんだろうな・・・。


かれんはそんな風に考えた。

そして彼女のその想像は間違っていなかった。


「そんなに言うなら咲実、これからはお前が起こしに来い!」

「朝時間通りに起きるぐらいは御自分の力でやって下さい! どうして総一さんはそうやってすぐに人に頼ろうとするんですか!」

「お兄ちゃん、わたしが毎朝優しく起こしてあげるよ」

「よし、頼む、優希」

「うん!」

「優希ちゃん、あまり総一さんを甘やかさないでください!」

「いいじゃないちょっとくらい」

「駄目です! 総一さんなんですから!」


やがてその騒々しい3人が植え込みの向こうから姿を現した。


「総一く~~ん! 咲実ちゃ~ん! 優希ちゃ~ん!」

「おーい!」


渚と葉月が呼びかける。

すると総一達はそれで言い合いを止めた。


「皆さん、お久しぶりです!」

「御無沙汰してました!」

「こんちはー! ・・・うわっ、お兄ちゃん、もうみんな揃ってるよ!?」

「総一さんのせいですからね」

「うっ、悪かったよ」

「走ろう! みんな待ってる!」


そして3人はかれん達に向かって走り出した。


―――この人達が・・・。


かれんは走ってくる3人を観察する。

1人目は少年。

歳の頃はかりんの幾つか上といったところ。

それに続くのは髪の長い少女。

年齢は少年と同じくらい。

最後の1人はかれんと同じくらいの歳格好の少女だ。

言い合いをしていた筈の3人。

しかし彼らは時折顔を見合せて笑い合う。

かれんの見たところ、あの言い合いは形式的なものであるようだ。

今の3人にはさっきまでの言い合いの影響は微塵も感じられない。


「んもう、遅いわよ総一君」

「すみません文香さん。 寝坊しました」

「総一くんは相変わらずヘタレなんだね~」

 

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「はぁ・・・。 苦労してます」

「お姉ちゃん毎日怒ってるの」


総一達がやってくると、その場の雰囲気は一気に華やかになった。

総一、咲実、優希、葉月、文香、麗佳、渚、かりん。

全部で8人。

かれんも含めると9人。


―――この人達が私を助けてくれたのね・・・。


かれんは旅先のカジノで大勝ちした彼らがお金を寄付してくれたと聞いている。

手術を受けられたのは、ひとえにその時のお金のおかげなのだと。

だが見れば見る程不思議な8人だった。

姉のかりんは友人だと言っていたが、性別も年齢もバラバラ。

かれんには彼らが友人になるきっかけが全く想像できなかった。

それでもかれんの目の前の8人は確かに友人同士なのだ。

今楽しげに言葉を交わすその姿は、固く友情で結ばれているとしか思えないのだ。


―――良いか、そんな事。


不思議ではあったが、かれんは考えるのを止めた。


―――今友達なんだもの。


理由なんてどうでもいいじゃない!


大事なのは今あらわされているもの。

その原因を追求する必要なんてどこにも無かった。

だからかれんも笑顔を作ると大きく口を開いた。


「改めて御挨拶させていただきます。 北条かりんの妹の、北条かれんです! 皆さん、その節は大変お世話になりました!」


そしてかれんは満面の笑顔と共に、ようやくそろった8人の命の恩人達に頭を下げるのだった。


結局、総一達は優希には今も真実を伝えていなかった。

父親が人殺しの『ゲーム』の主催者で、1000人以上の人間を死に追いやり、優希自身が死にそうな目に遭ったのもそのせいで、そして彼はもうすぐその罪を命であがなう事になる。

そんな残酷極まりない真実を、総一達はまだ幼い彼女にはどうしても伝える事が出来なかったのだ。

伝える事が正しいのは分かっていたが、その正しさは彼女の未熟な心を壊しかねない。

だから総一達は彼女の心の成長を待つべきだと判断した。

総一はこの真実を彼女が大人になった時に話そうと考えている。

だから優希は今も父親は仕事で不在だと考えている。

そしてその帰りを待っている。

2度と戻る事のない、父親の事を。

総一と咲実はそんな優希を支えていこうと考えている。

2人にとって優希は、なくてはならない存在になっていたのだ。

総一達9人は公園の遊歩道を進んでいた。

目的地はこの遊歩道の先にある小さな霊園だ。

そこにはある人物が眠っている。

それはかつて総一の恋人であり、咲実とよく似た容姿と、優希という名前を持つ少女だ。

今日は彼女の命日なのだった。

かれんの退院と前後していたため、退院祝いと兼ねて墓参りとなった。

墓参りが済めば9人で宴会へなだれ込む予定になっている。


「良い天気だ・・・」


総一は一団の最後尾を歩いていた。

そこから前を行く8人の背中を眺めながら、のんびりと歩き続ける。

満開の桜の並木道。

その間を歩いて行く仲間たち。

そしてその向こうに広がる青い空。

今日は絶好の行楽日和だった。

 

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「わたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんとは血は繋がってないけど、2人はわたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだよ」

「2人も家族が増えたんですね。 うらやましいです」

「へへ~、あげないよ? かれんちゃんにはかりんちゃんがいるんだから」

「あはは、はい」


優希はかれんと何かを話し合っている。

時折振り返って総一や咲実、かりんの顔を見ている所からすると、話題は家族の事なのかもしれない。


「でも~、かりんちゃんの場合は~、お化粧は多過ぎない方が良いと思うな~~」

「いいえ、男心をくすぐるには、従来のイメージの打破が必要だわ!」

「え、あ、ちょ、ちょっとぉ!?」


渚と文香はかりんを捕まえて遊んでいる。

人の良いかりんは遊ばれていると分かっているのかいないのか、目を白黒させている。


「私は、あそこで誰かを傷つけていたらと思うと、たまにゾッとします」

「特に総一君を、かい?」

「ふふ、それが無いとは言いませんが」


麗佳と葉月は真面目に何かを話し合っている。

だがあまり深刻な話題ではないらしく、時折笑顔がのぞいていた。

 

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「総一さん」


最後は咲実。

彼女は麗佳と葉月と話をしていたのだが、総一の視線に気付くと彼の所へとやってきた。


「俺の事は放っておいて良いぞ。 別に用事があって見てた訳じゃないし」

「私も別に用事があって来た訳じゃありません」

「・・・そうか」


そして咲実は総一の横に並んで一緒に歩き始めた。

しばらく黙って歩いていた2人だが、霊園が見えてきたあたりで咲実が口を開いた。


「総一さん」

「うん?」

「こうしてると、あそこであった事が何もかも嘘みたいですね」


そして咲実は総一を見上げて微笑む。


「ああ。 そうだな・・・」


総一も同感だった。

こんな風に仲間達と穏やかな時間の中にいると、半年前の出来事が何もかも嘘に思えてくる。


「そういう風に思えるようになったって事は、終わったって事なんだろうな」

「・・・私もそう思います」


現実へと帰ってきた最初の頃は、時折まだ『ゲーム』が続いているような感覚が蘇り、意味もなく不安に駆られる事があった。

そんな時は総一、咲実、優希の3人で集まって、互いに励まし合った。

しかしここ最近はそんな事はない。

事あるごとに3人で集まっていたが、それはあくまで純粋に3人が楽しいからだ。

不安だからとか、励ますとか、そんな事の為ではない。


―――これで良いんだろう? 優希・・・。


総一は胸の奥で幼馴染の少女に語りかける。

総一はこの時、彼女なら今の自分を褒めてくれるに違いないと思っていた。

きっといつもの見慣れたあの顔で、笑ってくれるに違いないのだ。

今総一の目の前で咲実がそうしてくれているように。


―――それとも優希、お前は俺の浮気を責めるかい?


それもまた、ありそうな気がする総一だった。


「あ、またお兄ちゃん別の女の人の事考えてる!」


もう1人の優希が見咎める。


不思議な事に、この少女は総一が咲実と自分以外の女性の事を考えている時の表情を見分けてしまう。


「どうしてお兄ちゃんは他の女の人の事を考えるかなぁ。 お姉ちゃんがいるじゃない。 こんなにお兄ちゃんを好きになってくれる人って、なかなかいないよ?」

「・・・俺は君らの相手だけで精一杯だよ。 他の女の人の事なんて考えてる暇なんてないよ」


見破られる度にそうして誤魔化す総一だ。

今回も他の女性の事を考えていたのは確かなのだが、別に優希や咲実をないがしろにしているつもりはない。

今の総一にとって何よりも大切なのは咲実であり、優希なのだから。


「失礼しちゃう。 ・・・お姉ちゃん、こんな事言ってるよ」


優希は少しだけ頬を膨らませながら咲実を見上げる。

しかし当の咲実は穏やかに微笑んだままだった。


「優希ちゃん、今日ぐらいは許してあげて?」

「えっ?」


咲実は優希から視線を外し、ほんの一瞬だけ霊園の門を見た。

優希の目がそれを追うのを確認すると、咲実は再び視線を優希に戻し、にっこりとほほ笑む。


「・・・そうだね。 うん。 ごめん、お兄ちゃん」


優希はそれだけで咲実の言いたい事に気付き、形の良い眉を寄せて申し訳なさそうな表情を作り、小さく頭を下げた。


「えらいわ、優希ちゃん」


咲実は優規の頭を撫でながら、再び視線を霊園へと向ける。


―――今日だけは、総一さんを貴女にお返しします・・・。


そこに眠るという、咲実と同じ顔の少女。

咲実は総一が彼女へのこだわりを捨てきれていない事を知っている。

その事が気にならないと言えば嘘になる。

しかし誰かが死ぬという事をそんなに簡単に割り切れるような男であれば、咲実はこんなに好きになったりはしなかっただろう。


―――いつか、私の事もこんな風に思って貰えるようにすればいい。


今は生きてこの人の横にいられる事で満足しよう。

そしてこの人を1人にせずに済んだ事で満足しよう。

それ以上は望み過ぎですよね、優希さん・・・?


間違いなく、それを誰よりも望んでいた少女の筈なのだ。

そこに眠る桜姫優希という少女は。


「咲実・・・」


―――相変わらず俺の考えてる事は筒抜けか・・・。


総一にはその事が情けなくもあり、同時に嬉しくもあった。

新しく他人とそこまで深い繋がりを持てるとは思っていなかったのだ。

そう思えばこそ、安易に自殺などという考えが出てしまった。

今の総一には、咲実や優希を置いて死のうなどという考えは無い。

だから総一は小さく微笑むと、先ほどと同じ言葉を口に乗せた。


「・・・俺は君らの相手だけで精一杯だよ」

「ふふふ、信じます。 あなたはいまも、出会った時と変わらず御剣総一でいてくれていますから」


それは咲実の言葉であったが、同時に桜姫優希の望みでもあった。

2人の望みは一致している。

そしてそれこそが、あの日の総一の優希を支えていたのだ。


「結局さ、お姉ちゃんが一番甘いんだと思うよ」

「あら、どうしてですか?」

「普通は好きになった男の人が他の女の人の事を考えてたら、もっと怒るもんだよ」

「私はそういう部分も総一さんらしくていいと思うんですけど」


―――俺はお前との約束を果たして帰ってきたんだな、優希。


陽気に話し合う2人の姿を見ながら、総一はそう感じていた。

ズルをするな、真っ直ぐに生きろ。

それが彼女との約束。

だったら彼女が望んでいたのは、きっとこういう風に総一が彼女に会いに来る事だろう。

諦めず、ただ真っ直ぐ、精一杯に生きて。

そして多くの仲間達と手を取り合って。


―――約束だけじゃなく、お前の日頃の言動を思い出すべきだったんだ。


そうだろう? 優希・・・。


『いつまでもそんな調子じゃ、誰もアンタの事を分かってくれないわよ? 嫌なんだもん。 ・・・アタシの大好きなアンタが、みんなに勘違いされてるのが』


約束だけを見て、その意味を曲解して都合の良い判断をした。

咲実達だけではない。

結局総一は、桜姫優希の事も自殺の道具にしようとしていたのだ。

そして彼女との想い出も。


「そんな事じゃ、麗佳さんやかりんちゃんにお兄ちゃんを取られても知らないから」

「大丈夫ですよ。 そんなに簡単に割り切って他の人とお付き合いできるような人じゃありませんから」

「・・・俺ってそんなに信用ないか?」

「うん、ないよ。 朝1人で起きてこないし」

「私は信じていますよ。 総一さんの強い所も、弱い所も」


咲実のその言葉を聞くと、優希は笑い出した。


「それってぇ、結局何一つ信じてないって事じゃないの?」

「俺にもそう聞こえた」


つられて総一も笑い出した。

そんな2人の反応に咲実は一瞬だけきょとんとする。


「おかしいですね、大好きだって言ったつもりだったんですが」


最後に咲実も一緒になって笑い始める。

それは総一が総一のままであれば構わないという咲実のささやかな宣言だったのだが、残念ながら優希には伝わらなかったようだ。


「総一く~~ん! 咲実ちゃ~~ん! 優希ちゃ~~ん!」

「遅ーい! おいてくわよー!!」


そんな時、先行していた渚と文香が総一達を呼んだ。

のんびり歩いていた総一達は、他の6人と随分距離が離れてしまっていた。


「ほらお兄ちゃん、お姉ちゃん、みんなが待ってるよ。 ・・・は~~~いっ! いまいくよー!!」


優希はそう言うが早いか走り始める。

完全に出遅れた総一と咲実はその場に取り残された。


「・・・元気だなぁ、優希は」

「ふふふ、私達も行きましょうか」

「ああ。 ・・・咲実」


総一は咲実に向かって右手を差し伸べる。

すると咲実の顔から表情が消え、総一の意図を探るかのようにその視線が総一の顔を彷徨う。


「・・・・・・」


咲実は、今日このタイミングでは総一はそんな事は望まないだろうと思っていた。

死んだ恋人の墓参りをしようという、このタイミングでは。


「・・・大好きだって言っているつもりなんだけど」


その言葉を聞いた途端、咲実は驚きの表情と共に涙をこぼし始める。

やがてそれは泣き笑いへと変わっていく。


「・・・はいっ」


そして咲実は総一の手を掴み、しっかりと握り締める。

2度と放してしまわないように、強く、強く。


「・・・時々、総一さんってこういう意地悪をなさいますね?」

「ん? そうだったかい?」


総一も同じように咲実の手を握り返す。

その手のぬくもりを、幸せだと感じながら。


「んもうっ! 2人ともなにやってるの!!」


そこへ先に行った筈の優希が戻ってくる。


「みんな待ってるんだから!」

 

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そして優希は総一の左手を掴むとぐいぐいと引っ張り始める。

手を取ろうか悩んだ咲実とは違い、随分とあっさりしたものだった。


「お、おい優希?」

「そんな事良いから、ダッシュ!」


優希を先頭にして総一、咲実。

手を繋いだ3人は優希の勢いに引きずられるようにして走っていく。


「ほんとにもう、肝心な時は2人とも駄目なんだからっ」


優希の鼻息は荒い。


「すまん」

「ごめんなさいね、優希ちゃん」


続く総一と咲実は苦笑しながら顔を見合わせる。


「・・・ふふ、結局、私達には優希ちゃんが必要なんですね?」


そして咲実は総一にだけ聞こえるように囁く。


「ああ。 しっかり者だからな、優希は」


足が止まりそうな時、2人を走らせるのは常にこの少女だった。

今までも、きっとこれからも。


「ごちゃごちゃ喋ってないで、ちゃんと走る!」


優希の声は厳しい。


総一と咲実はもう一度頷き合うと走るスピードを上げる。


そうして総一達は穏やかな風に揺れる桜の木々の間を、先で待つ仲間達に向かって走っていったのだった。


・・・。

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-  END

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【27】


・・・。

 


仲間達との合流を目指す途中、文香に乞われるまま総一は彼女らと別れてからこれまでにあった事を話していた。


「・・・それで優希があの男の死体を見つけたんです。 その後は文香さんと会っただけで、何もありませんでした」

「そう・・・大変だったわね」


葉月や文香達とはぐれた後、総一達は問題の武装集団に追い回された。

散々走らされてクタクタになった後、彼らは姿を消した。

おかげで総一達は休憩する事が出来たのだが、朝になって出発すると武装集団の1人と思われる人間の死体を見つけた。

総一はその全てを素直に全て文香に話していた。

 

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「あの男の人は誰かと戦っていたようなんですけど」


総一が総一の言葉を補足する。


「それについてはあたしに―――」


文香はそう言い掛けて途中で言葉を切った。

そして彼女は大真面目な顔できょろきょろとあたりを見回す。


「文香さん?」

「・・・・・・」


不思議に思った総一が訊き返すと、彼女は自分の唇に右手の人差し指を当て、静かにするように総一達に伝えてきた。

文香は何者かの気配を察知したのだ。


―――なんだろう? ・・・もしかしてまたあいつらか!?


総一の脳裏にはすぐに例の武装集団の事が思い出された。


「ここにいて」


文香は耳を澄ませばぎりぎり聞こえるくらいの声量で囁く。


「でももしあいつらなら・・・」

「良いから」


文香は総一を後ろ手に制して、低い姿勢で少し先にある十字路に近付いていく。

角まではおよそ20メートル程の距離があった。


―――文香さん・・・?


1人で行かせて大丈夫なのか心配になる総一だったが、妙に迫力のある彼女の言葉に足を止めていた。

 

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「お兄ちゃん」


優希も不安なのか、横までやってきて総一の手を取った。

そして文香は総一達の見守る中、腰から拳銃を引き抜いた。

奇妙にぬめぬめと黒光りして見えるオートマチックの拳銃。

総一には銃の名前すら分からないそれを、文香は手慣れた様子で素早く両手で構えた。

そしてそのまま十字路の右側の角に背を当てた。


『・・・・・・』


文香が耳を澄ますと大勢の人間の歩く気配が聞こえてくる。

文香は慎重に通路の先を覗き込む。


―――いた。

 

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そこには問題の武装集団の姿があった。

距離はまだ数十メートル。

人数は見えているだけで5人だが、その向こうにまだ何人かいるようだ。

文香はそれを一瞬で確認するとすぐに顔を引っ込めた。

幸い相手は文香に気付いた様子はなく、そのままのペースでこちらに向かって来ているようだった。

文香は再び壁に背を向け、胸の中で数字をカウントしていく。

それは男達との距離を測る為のものだった。


「文香さん、何をなさっているんでしょう?」


動きを止めた文香の姿に、咲実は疑問を感じていた。

見張っている様子はなく、こちらに逃げてくる訳でもない。


「わたし達も行ってみようか?」

「駄目だ優希。 文香さんは待ってろって―――」


総一が優希にそう言いかけた瞬間、文香は突然顔を上げて動き始めた。


「あっ」


その文香の動きは咲実の驚きの声が消えるまでの僅かな間に連続して起こった。


―――先手必勝!


キンッ


文香は受付嬢の制服の懐に手を突っ込むと、軽い金属音と共にテニスボール大のサイズの濃緑色の塊を取り出した。

そして通路の角から身を乗り出した武装した男達の方へ投げつける。


カラン、カラカラン


それは通路を進んでくる男達に向かって転がっていき、その数メートル前でピタリと止まった。


「てっ、敵襲ッ!」

「みんなさがれぇっ! いや、伏せろぉぉおォッ!!」


通路に男達の悲鳴が響く。

その声は総一達の所まで届いていた。


「なぁに? お兄ちゃん、文香さん何を投げたの?」


その優希の疑問に総一が答えるよりも早く、それはやってきた。


――!!!


爆音。


そしてそれに続く建物を大きく揺らす激震。

同時に炎の柱が十字路を横切っていく。

それは角に隠れている文香を焼きそうなほどのものだった。

しかし総一達に見えていたのは通路を一瞬で埋め尽くした光だけ。

目が慣れる頃にはその炎の柱は十字路を駆け抜けていた。


「しゅ、手榴弾?!」


驚いている総一の目の前で文香は再び行動を起こした。

懐に手を入れると今度はジュースの缶のようなものを引っ張り出し、それを再び通路に投げ込んだ。

今度文香が投げたのは手榴弾ではなく、煙幕弾だった。

通路には直前の手榴弾の煙が残っており、男達の中で文香がそれを投げた事に気付くものは居なかった。

それにもしその事に気付く者がいても、通路に身を伏せていた男達にはどうする事も出来なかっただろう。


――!


煙幕弾は男達の居るあたりで炸裂した。

すると狭い通路に一気に大量の煙が充満していく。


「どっ、どこだっ?! 敵はどっちに居る!?」

「隊長ッ、隊長ッ!!」

「うあぁぁぁっ、足がぁ、俺の足がぁっ!?」

 

最初の手榴弾の攻撃をかわす為に慌てて身を伏せた男達は、完全に視界を奪われた事で自分達が今どちらを向いているのかも分からなくなってしまっていた。

加えて敵の数も武装も分からない。

彼らは手探りで必死に逃げ道を探すので精一杯だった。


「練度が低いとは思ってたけど」


――!!


ごつごつした黒い大きな赤外線スコープを身に着けた文香は、ぶつぶつと呟きながら煙に向かって引き金を絞り続ける。

 

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「センサーに頼り過ぎなのよ、プロの癖に。 こっちにもジャマーが有るだなんて考えもしなかったでしょ」


文香の銃撃は簡単に男達を打ち倒していく。

男達の混乱は激しく、視界の無い煙の中で同士討ちすら始めているようだった。


「こんなもんかな?」


文香は3人目を倒した所で銃撃を止めた。


―――最初の爆発で1人、銃で3人。


元気なのは何人か。

これ以上追い詰めるとこっちが噛まれるわね。

完全に殺してしまうと撤退してくれない。

怪我をさせただけで逃してやる。

そうすれば相手は怪我人を連れて帰る為に人手を割く必要が出る。

その分文香や総一達への対応が甘くなるのだ。


「よしっ」


素早く決断すると文香は再び煙幕弾を投げ込んだ。

そして赤外線スコープを跳ね上げると総一達に向かって呼びかける。


「行くわよ3人とも! 今のうちにここを抜けるわ!」


――!


文香は煙幕弾の炸裂と同時に立ちあがる。


「文香さん・・・?」


しかし総一は呼びかけられても動く事が出来なかった。


―――なんだ? どういうんだ? この人は一体何者なんだ!?


総一の頭の中には数多くの疑問が渦巻いていた。

文香の手慣れた戦いぶりは、とうていただの受付嬢には見えない。

そんな彼女や立て続けに起こった爆発に混乱した総一は、呆気に取られて立ち尽くしていた。

 

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「お、お姉ちゃん」

「・・・・・・」


それは優希や咲実も同じで、彼女達2人は抱き合うように身を寄せて身体を震わせていた。


「急いで! そう何度も出来る不意打ちじゃないのよ! しっかりしなさい3人とも! ここで奴らに殺されたいの!?」


しかし文香の2度目の声に総一は我を取り戻した。


―――迷ってる暇はない!


「咲実さん、優希っ、いくぞっ!!」


そして総一は立ち尽くす2人の手を取ると強引に走り始めた。

そうやって総一に手を引かれる事で、2人もようやく元の調子を取り戻し、自分の足で走り始める。

 

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「急いでみんな! 煙が消えたらあいつらが追ってくるわ! その前に!」


角のあたりまで来ると文香は先導するようにして走り始める。


―――す、すごい・・・。


十字路を通り過ぎる時、総一は一瞬だけ右側の通路を見た。

そこには少し先から真っ白い煙が充満しておりはっきりとは見通せなかったが、通路の壁がところどころ焼け焦げて居るうえ、床に倒れている人間の足が総一の所からも見えていた。


「文香さん、貴女は・・・」

「それについては後で説明するわ。 この近くに身を隠すにはいい場所があるの。 とりあえずそこまで黙ってついてきて欲しいの!!」


文香の真剣な声。

そこには普段の彼女の軽いノリは微塵も含まれていない。


―――まさか、これが本来の文香さん、なのか?


その戦いの手腕。

そしてその真剣なまなざし。

そこにいる文香は、総一の良く知る陸島文香とはまったくの別人だった。

 

・・・。

 


文香が総一達を案内したのは、仲間と合流する為の最短ルートから大分外れた所にある小さな倉庫だった。

ここに来るまではずっと厳しい表情を崩さなかった文香だが、この部屋に入ってからはほんの少しだけその表情を緩めていた。

 

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「ここまで来ればもう大丈夫よ。 この部屋は安全だから」


文香は肩で息をする総一達を安心させようと、穏やかな声でそう告げた。

その声を聞いて総一は顔を上げたが、咲実と優希はその場に座り込んだまま動く事が出来なかった。


―――安全だって?


文香は安全だと言ったが、総一の方はすぐにはそれで安心はできなかった。


「どうしてそんな事が言えるんですか?」

「・・・見て、総一君」


文香はクスリと笑うと部屋の隅にある監視カメラを指さした。


「あのカメラ、実はちゃんと機能してないの。 同じ映像をループして流すように細工がしてあるわ。 カメラ以外にも、この部屋を監視している装置は全て潰してあるの。 だからしばらくは安全よ」

「細工って・・・、そんな事をする暇があったんですか?」


これも総一には信じられなかった。

敵に気取られずに、この部屋にそんな細工を施すのはどう考えても不可能に近い。

時間だってそう沢山あった訳ではない。


「もちろんあたしにはそんな暇は無かったわよ。 これをやったのはあたしの仲間」

「な、かま・・・?」

「そうよ。 この部屋に細工をしたのもそうだし、さっき不意打ち出来たのもそう。 そしてここまで逃げてくる間、奴らの目を誤魔化したのもそう。 この建物には『ゲーム』の仕掛け以外に、あたし達の作った仕掛けもあるのよ」


その文香の言葉に、咲実と優希の顔も上がる。


「じゃ、じゃあ文香さん、貴女は一体、何者なんですか?」


総一の声が途切れ途切れなのは走って息が乱れているからだけではない。

文香の話に大きく驚いていたからだった。


「あたしはテロリストよ」


その文香の答えは総一を更に驚かせた。

あまりの驚きに総一の心臓は早鐘のように打ち鳴らされる。


「て、テロリスト、だって?」


信じ難い話だった。

総一には目の前の陸島文香という人物とテロリストという言葉が結び付かなかった。


―――ハイジャックとか、自爆テロとかの、あのテロリストか?!


「対テロ戦闘用・組織テロリズム。 その英語の頭文字のAから取って、あたし達はエースと呼ばれているわ」

「エース・・・」

「そうよ総一君。 あたし達はテロと戦うテロ組織なの」


そうして文香はにっこりと微笑んだ。

対テロ戦闘用・組織テロリズム、通称エース。

その最初の1人が戦いを決意したのは30年程前の事だった。

当時から既に『ゲーム』は存在していた。

エースを起こしたのは、家族を『ゲーム』によって奪われた人物だった。

しかし戦前から連綿(れんめん)と続く『ゲーム』と『組織』は政府や警察に根深く蔓延っていた。

これまで『ゲーム』が明るみに出なかったのは、誰も知らないからではなかった。

彼らは知っていて放置していたのだ。

それは我が身や家族を守るためであったり、単に『組織』の一員だったから。

このため『組織』と戦う事は容易な事ではなかった。

周りにある全てが敵になる事を覚悟しなければならなかったのだ。

それでも少しずつ仲間を集め、次第に彼らはその数を増やしていった。

何度も裏切りや全滅の危機はあったが、なんとかそれも乗り越えてきた。

そして戦闘集団『エース』としての活動を開始したのがおよそ10年前。

その頃には非合法ながらも数カ国から援助が得られるようになっていた。

『ゲーム』の被害は日本国内だけには留まらなかったのだ。

それから10年。

長い雌伏と準備の果てに、遂に彼らは行動を起こしたのだった。


「身分証でもあれば良いんだけど、こんな場所には持ち込めないし・・・。 ごめんなさいね、こんな事を言われてもなかなか信じられないでしょう?」

「いいえ。 確かにテロリストって言われたときは驚きましたけど、冷静になって考えてみればその方が納得できます」

「信じてくれるの?」


文香は少し驚いているようだった。


「ええ」


文香の話を聞くうち、落ち着いてきた総一はそう判断していた。

武装した男達と戦っていた以上、文香が彼らの敵である事は確かだった。

その上で『理由もなく高い戦闘力を持つただの受付嬢』と『任務で潜入した、どこかで正規に訓練を受けた兵士』という考え方を比べれば、総一には選択の余地はなかった。

文香がどこかの部隊の一員ではないならば、さっきの戦いは全て彼女の独力によるものだと考えなければならなくなる。

だとすると訓練もしていないのに高い戦闘能力を持ったただの受付嬢という事になってしまう。

それはあまりに現実的ではなかった。


「第一、犯罪秘密結社の悪徳ゲームに比べたら、非合法の警察組織のスパイの方がよっぽど現実的です」


総一はテロリストという表現には驚いていたものの、政府や警察も敵であるならそうなっても仕方がないと考えていた。

警察を名乗れない警察、総一は『エース』をそう考えていた。

 

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「咲実お姉ちゃん、文香さん女スパイなんだって。 カッコイイねぇ?」

「優希ちゃん、スパイなんてそんなに簡単な事じゃないんですよ」

「そっちの2人も信じてくれるの?」


そんな文香の声に、優希と喋っていた咲実は1度総一を見てから文香に頷いて見せた。


「はい。 御剣さんが信じるなら私も信じます。 それに確かにその方が自然だと思いますし」

「そうだよ文香さん、女スパイ、カッコイイじゃない!」


優希はスパイに興味があるのか、きらきらした大きな瞳で文香を見つめて何度も頷いていた。


「そっか・・・ありがとうみんな」


文香は小さく微笑むと軽く頭を下げる。


「それで文香さんは何の為にここへ?」

「それはね、総一君。 今あたし達を守っているような仕掛けを、もっと沢山増やす為だったの」

「仕掛けを、増やす?」

「ええ。 あたし達の仲間は『組織』に逆に潜入しているの。 そんな彼らの手引きで時折、あたしのように身分を偽って『ゲーム』に潜入するの。 そしていろいろ細工をしてくわけ」


そうやって説明しながら文香は部屋を見回した。


「1度に『ゲーム』に持ち込める物の数なんてたかが知れてる。 この部屋に限っても、1回の潜入で何とかできるような事ではないわ。 あたし達はこんな事を何年も繰り返して準備を進めて来たの」


―――そうか。


敵に、『組織』とやらに気付かれずに準備するのは簡単じゃないよな・・・。


総一にも文香達は途方もない時間をかけて戦いの準備を進めているのだという事が理解できていた。


「あの、文香さん。 ひとつよろしいでしょうか?」

「なぁに、咲実ちゃん」

「文香さんの事は分かりましたけど、そもそもこの建物、そして『ゲーム』ってなんなんですか?」

「ああ、そうだったそうだった。 ごめんなさい、それも話す必要があったわね」


そして文香は再び説明を始めた。


そもそも『組織』の成立は江戸時代まで遡るらしかった。

当時から賭博を仕切っていた彼らは、やがて人と人との戦いを売り物にした新たな賭博を発明した。

初めは単に賭けストリートファイト程度のものだったが、賭場の拡大と共に規模は大きくなり、何人もの人間を1つの部屋に閉じ込めたバトルロイヤルへと変化した。

その上で客は誰が生き残るのかを予想する。

賭博としてより複雑に、高い配当が出るシステムへと移行していった。

大規模化するに従い、客はより過激な展開を求め始めた。

するとそれに応えて『組織』は戦いの参加者にローマ時代の剣闘士のように殺し合いを求めるようになった。

やがて時代の移り変わりと共に、よりショーアップされていく。

舞台は大きな建物となり、PDAや首輪をはじめとする多くの仕掛けが華を添えた。

またゲームマスターを代表する特殊なシステムも確率され、よりドラマチックな演出も見せられるようになった。

客達はこれに狂喜した。

やがて多くの著名な人物もこのカジノに押しかけるようになり、天文学的な金額が飛び交うようになった。

そしてその事が更に『ゲーム』を過激に進化させていく。

こうして『ゲーム』は完成し、『組織』は多くの地位のある客を抱えてその地位を不動のものとした。


「ショー!? これがカジノの賭博の為のショーだっていうんですか!?」


総一はそれを聞かされた時、この日1番驚いていた。

総一にもこれが組織犯罪だという事は薄々分かっていた。

どう考えても数人でやれる事ではない。

しかしそれでも、これが全てショーであるという考え方は総一の想像の範囲を超えてしまっていた。


「そうよ。 その為にこの建物は造られた。 そしてその為に総一君は誘拐されてここへ閉じ込められている。 全てはカジノの客を満足させる為なのよ」

「ばっ、馬鹿な!?」

 

総一は背筋が凍るような思いを味わっていた。

人が人を殺し合わせ、そこに金を賭けて楽しむ。

そんな事が現実に行われているという事が恐ろしくてならない。

だが確かにそれが一番つじつまが合う。

文香のこの説明で、総一の抱えていた疑問の多くが氷解していた。

一見無駄とも思えるこの巨大建造物。

首輪とPDA。

謎のルール。

そしてエクストラゲーム。

確かに総一達だけの視点で考えればまったくの無駄なのだが、これに観客が居るのだとしたら話は違う。


「弄ばれてるってのか、俺達は!?」


その瞬間、総一は更に恐ろしい事に気が付いた。

自然とその視線が咲実へと向く。

咲実は総一と同様に大きなショックを受けていた。

だから彼女はこの時、青い顔で助けを求めるように総一を見つめていた。


「じゃ、じゃあもしかして、俺の首輪を外す為に咲実さんを殺す必要があるのもひょっとして・・・」

「・・・その通りよ総一君。 総一君と咲実ちゃんが出会ったのもショーを盛り上げる演出の1つよ」


文香は事前に内部情報を得ていたのでそれを詳しく知っていた。


「えっ・・・」


総一を見つめていた咲実の視線が文香へと移る。


「そ、それはどういう事、なんですか・・・?」

「『組織』の連中はね? 総一君に死んだ恋人とそっくりの咲実ちゃんを殺させたいのよ。 ショーを盛り上げる演出の為に。 まったくへどが出るわ・・・」


その文香の吐き捨てるような言葉を聞いた瞬間、咲実は頭の中が真っ白になっていた。

同時に足場がガラガラと崩れるかのような激しい衝撃が身体を襲う。

その大き過ぎるショックに、咲実は立っていられなくなっていた。

だが彼女が受けていたショックは、演出の為に自分が総一のターゲットになった事によるものではなかった。


―――死んだ・・・? 御剣さんの恋人は死んでしまっているの?!


咲実はその場にへたり込んだ。

膝からは力が抜け、両手で身体を支えていないと今にも倒れてしまいそうだった。


「咲実お姉ちゃん、大丈夫?」


心配した優希がそばに駆けつけたが、深いショックを受けていた咲実はそれに気付かなかった。


―――そうなんですね。


だから御剣さん、あなたはそこまで約束に拘るんですね・・・。

もはや、約束しか残されていないから。

約束を守る以外に、彼女との絆を感じられる方法が無いから・・・。

咲実への愛情ではない事は分かっていた。

約束があるという話も聞いていた。

だが、これほどまでとは思っていなかった。


―――だからあなたは私を見てくださらない。


私は所詮、死んだ恋人の代用品でしかないから・・・。

まさか自分が総一にとって、何の価値も持っていないとまでは思っていなかったのだ。


ポタリ


咲実の涙が床にこぼれ落ち床に小さな円を作った。

それは1つだけでは終わらず、円は次から次へと増えてまだら模様を描いていく。


「咲実お姉ちゃん」


泣き続ける咲実を心配した優希がもう一度声をかける。

すると咲実はようやく目の前にいる優希に気付き、その身体を引き寄せて強く抱き締める。

 

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「みっ、みつる、ぎ、さんっ、う、うぅぅっ、うわぁぁぁぁぁっ」

「お姉ちゃん、どうしたのお姉ちゃん!」


咲実は大声で泣き続ける。

優希はそんな咲実に抱きしめられたまま、すっかり困ってしまっていた。

そして問題の総一はというと、泣いている咲実の事を気にしている余裕はなかった。

この『ゲーム』がショーである事、更には誰が生き残るのかに賭ける賭博である事。

それらから大きな衝撃を受けていたのだ。


「で、では文香さん、貴女達は、このふざけたショーを潰す為に行動しているんですね?」

「そうよ。 あたし達はその為に存在している」

「だったら何故俺達を助けるんです? 俺達を助けたって何にもならないし、貴女の任務の妨げにしかならない筈です!」


総一はこれまで文香は味方だと考えていた。

しかし『組織』と文香の立ち位置がはっきりした今、総一には文香が本当に味方なのかどうかが分からなくなってしまっていた。

こうやって総一達を助ける事は、彼女の立場を危うくし、その正体が発覚する原因となってしまうかもしれない。

そして正体の発覚は、これまで積み上げてきた戦いの準備までも危うくしてしまうだろう。


「確かにそうね。 この任務は正体が発覚しない事が最優先よ。 その為になら作業を進めるのを諦めたり、他の参加者を見殺しにする事が許されているわ」

「だったらどうして?!」

「事情が変わったのよ。 戦いを始めるのはずっと先の筈だったのに、我々は今すぐに勝負に出なければならなくなった。 だから総一君、貴方達に協力して欲しいの」


文香は真剣な眼差しでまっすぐに総一を見つめてそう言いきった。

その落ち着いた声からは迷いは感じられない。

総一はそれを嘘ではないと感じていたが、疑問は増すばかりだった。


「協力って・・・? 一体どういう事です?」

「・・・始まりはタカ派の派閥の暴走からだったわ」


文香は近くの木箱に寄りかかると静かに話し始める。


タカ派?」

「ええ。 あたし達も一枚岩ではないの。 『エース』を手動しているのはあたしの所属する穏健派だったのだけれど、強攻路線を主張する人間も多いわ。 あたし達は関係者を『組織』に殺されている場合が多いから、そうなってしまうのは仕方のない事なんだけど・・・」


そう呟いた時、彼女の顔は痛々しく歪んでいた。


「彼らはあたし達の計画する最終作戦を待ちきれなかった。 だから彼らは独自に『組織』のボスに対して報復しようと考えたの」

「報復・・・」

「それを主導したのはタカ派で実験を握っていた森という男。 彼は『組織』に家族を奪われたわ。 数年前に奥さんを殺され、去年は娘さんを『ゲーム』に参加させられて殺されたの」

「うっ・・・」


総一は言葉が出なかった。

『組織』と戦うという事がどんな事なのか、それがおぼろげながらに想像できたのだ。


「その時の映像が自宅に送り付けられてきた時、彼は覚悟を決めたそうよ。 『組織』のボスにも、同じ気持ちを思い知らせてやろうって」

「ひ、ひでえ・・・」


そのタカ派のリーダーである森という人物は、その映像をどんな思いで見たのだろう? それを想像すると総一は胸が潰れる思いだった。


「だから彼らは『それ』を『ゲーム』に紛れ込ませたのよ」

「『それ』?」


何故か文香はその言葉だけ直接の表現を控えた。

疑問に思った総一が訊ねると、彼女はほんの一瞬だけ総一の背後に視線を向けた。

その先には咲実と、彼女に抱き締められて困っている優希の姿があった。


―――咲実さん? いや、優希か!!


文香の視線を追った総一が顔を正面に戻すと、文香は大真面目な顔でコクリと頷く。

文香が見ていたのは優希で間違いなかった。


「まさか、そんな・・・」

「ボスに比べて『それ』のガードは甘かったらしいわ。 捕らえるのにはさほど苦労はなかったようね」


その優希はこの時の総一達のやりとりが自分の事だとは気付かなかったらしく、今も咲実を慰める為に何事かを話しかけていた。

だがその咲実は総一達のやり取りの意味に気付いたらしく、伏せたままだった顔を上げて総一達の会話に耳を傾け始める。


「しかもその時『ゲーム』にも丁度良い具合に欠員が出ていた。 本来はね、総一君。 桜姫優希という人物が参加する筈だった。 けれどその子は少し前に事故で亡くなり、欠員が出た」

「なっ」


総一は絶句する。


「彼らの最初の筋書きでは、総一君に咲実ちゃんを殺させ、その様子を桜姫さんに見せるつもりだったらしいわ。 自分と同じ顔の女の子が総一君に殺されるのを見たら、きっと桜姫さんは総一君を信じなくなる。 彼らはそういう展開を狙っていたのよ」


―――だっ、だから優希のPDAが9だったのか! 生き延びる為には俺を含めた皆殺しが必要になるように!


「ねじ込むのは簡単だったそうよ。 『組織』はもともと欠員の補充を考えていた。 プロフィールを少し弄ったらあっさりと成功したらしいわ。 『それ』が誰なのかなんて、幹部だって殆ど知らないんだもの」


ボスの娘の顔なんて誰も知らない。

『組織』の秘密主義がそうさせていた。

知っているのはボスのごく近くにいる側近だけ。

それも最高幹部会に参加しているような、地位の高い側近だ。

森という男の思惑通り、優希という名前の補充人員が欲しかった『組織』は、新たにやってきた優希という名の幼い少女に飛びついた。

総一の恋人は運悪く死んだが、恋人の名を持つ少女を総一の敵にするのは悪くない演出なのだ。


「そして『ゲーム』の開始からしばらく経ってから、『組織』は運良く『それ』がそこにいる事に気付いたわ。 彼らは慌てた。 そして何としても回収しようとした。 これだけは森の誤算だったわ」


優希の存在に気付かずにそのまま『ゲーム』が進んでいれば、やがて森の思惑通りに優希は死んでいただろう。

しかし偶然カジノに顔を出した側近の1人が優希に気付いたのだ。


「でも1度『ゲーム』が始まってしまえば、『組織』としては『ゲーム』は止められない。 カジノのお客は地位のある人間ばかりだから、信用問題もあるし、そんな不手際は教えられない。 全ては秘密裏に行われなければならなかった」


カジノのお客の気分を害するという事は大きな損失を生む。

彼らは日本の政治や経済の要に存在しているから、その信用を失うのは由々しき問題だった。

だから優希の回収はあくまで秘密裏に、しかも彼女には一切傷を付けないように細心の注意を払って行われなければならなかったのだ。


―――そうか、だから優希の首輪は作動しなかった! 強攻してこれなかった!


万が一にも傷つけてはまずいから! そしてだからこそあの男達は秘密裏に行動せざるを得なかったのか!

それに気付くと、総一は冷静ではいられなかった。


「正気の沙汰じゃない!!」

「その通りよ。 あたし達もそう思った。 だからあたしの任務が変わった。 建物への工作から『それ』の保護に、ね」

「保護?! 渡してしまえば良いじゃないですか!」


そうすれば優希は親元へ戻る。

優希にとっては何の不都合もない。


「・・・そうするのが『それ』にとっては一番良いのかもしれないわね」

「だったらどうして!?」

「幸か不幸か『それ』がそこにあるおかげで、この10年間どうしても掴めなかった『組織』のボスの居場所が分かったのよ。 今、彼はここへ向かってる。 ・・・これは千載一遇チャンスなのよ、総一君」


優希がここにいる事で、ずっと所在がつかめなかった『組織』のボスがようやく姿を現した。

しかし彼がここへ着く前に優希が回収されてしまえば、彼はここへ来ることなく途中で帰ってしまうかも知れない。

文香達は優希をここに釘付ける事で、ボスをここへおびき寄せようとしているのだった。


「貴方も結局、『それ』を利用するんですか?」

「厳しいのね、総一君。 でもみんな貴方のように真っ直ぐには生きられない」

「俺には納得できません」


総一にも事情は理解できていた。

しかし優希という少女と深く関わってしまった総一には納得できる事ではなかった。

父母が不仲だと嘆き、しかしそれでも笑顔を浮かべた優希。

そんな彼女を利用しようとする事はどうしても許せなかった。


「総一君、ここであたしの仲間達が何人死んだか想像できる? そして何人の民間人が、ここで殺し合いをさせられたか想像できる?」


興奮する総一に対し、文香の声は穏やかで落ち着いていた。

総一の感じている怒りは、文香自身も何度も自問してきた事だった。

そして彼女は彼を諭すように話し続ける。


「あたし達はそれを止められる。 きっかけややり方はまずいのかも知れないけど、これで死んでいく人を見殺しにしなくて済むと思えば、あたしはやるわ」


優希をここに連れてきたのは『エース』の本意ではない。

しかしそれでも、今優希がここにいるという事実を使えば、全てに決着を付けられるのかもしれない。


「あたし達はテロリストなんだから」


文香達は自分達が間違っている事を良く知っている。

自らをテロリストと認識しているのはその為だ。

だからこれですべてが片付くなら、それをする覚悟は初めから備わっている。


「・・・・・・」


―――最善の解決策なんてない。


そういう事か・・・。


文香の真剣な声と眼差しは、ようやく総一にそれを理解させた。

優希を利用するのは間違いだ。

しかし安易に優希を返せば今後も『ゲーム』は繰り返される。

最善の方法は優希を返した上で『組織』を今すぐ倒す事だ。

しかしそれは現実には不可能に近い。

優希に限らず、似たような事は他にもたくさんあった。

『エース』はこんなジレンマを幾つも抱えて戦い続けているのだ。


「・・・貴方方の作戦の為に協力するんじゃありませんよ?」


そう言って総一は大きく息を吐きだした。


―――仕方ないとは思わない。


しかし他にどうしようもない。

文香さんもそれを分かっているようだし・・・。

だったら俺はこれまで通り優希を守るだけだ。

そして総一は腹をくくった。

すると混乱は収まり、その表情に強い意志の力が戻ってくる。

それを見た文香は小さく笑顔を浮かべて頷いた。


「君はそう言ってくれると思ったから、総一君に協力してくれって頼んでるのよ。 絶対に大丈夫だとあたしが信じてるのは貴方と咲実ちゃん、そして優希ちゃんだけなんだもの」


多くの人間と一緒に行動してきても、文香が正体を明かして大丈夫だと思えたのはたったの3人。

総一にはそれで彼女の任務の厳しさが想像できた。


「それで俺達はどうすれば良いんです?」

「とりあえず今ここで話した事は秘密にしてほしいの。 それの上でこれまで通りに『ゲーム』に参加して、あたしをフォローしてくれないかしら? あたしの仲間達が『組織』のボスを捕まえて、カジノを制圧し終わる時まで」

「それはいつです?」

「分からないわ。 もしかしたら『ゲーム』の終了後も続くかもしれない」


文香は全てを正直に口にした。

その方がかえって総一達に信頼してもらえるだろうと考えての事だった。


「・・・1つだけ条件があります」


総一には彼女の提案には大筋では異論はなかった。

だがそうされては困る事が1つだけあった。


「何かしら?」


文香の表情に僅かに不安の色がよぎる。

彼女にとって協力者がいるかどうかは今後を左右する大きな問題だったのだ。


「どうしてもかりんの妹の治療費が必要なんです」

「ふぅ・・・脅かさないでよ総一君」


総一が何を言うか心配していた文香の表情が笑顔に戻る。


「それで協力してもらえるなら、あたし達は喜んでその額を払う。 あたしはその為の権限を持っているの」

「だったら俺は協力します。 咲実さん、優希、2人もそれで良いかい?」


総一はちらりと背後を振り返った。

 

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「うん! わたしも女スパイってことだよね!?」


優希は元気にそう返事する。

自分がこの事件の中心人物だとは気付いていないのだ。

もちろん総一はその事を彼女に伝えるつもりはない。

それは優希にとってあまりに残酷な内容だ。


「・・・・・・御剣さんが、そう仰るなら・・・」


咲実は頷くと同時に再び涙を零し始める。

咲実は事情を全て理解していた。

総一の事も、優希の事も、その全てを。

だから彼女の涙は止まらなかった。


「また泣いてるの? 大丈夫、お姉ちゃん?」


優希はそんな咲実を心配している。

その小さな手が咲実の背中を優しくさする。


「大丈夫、大丈夫ですから」


自らの不幸を知らず、咲実を心配している優希。

そんな優希だからこそ、咲実の涙は止まらないのだった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

文香がドアを開けた。

そして銃を構えたまま部屋の中を素早く確認する。


「・・・やっぱりいないか」


その部屋はガランとして家具は無く、そして誰の姿もなかった。


「葉月さん達、まだ来てないんですか?」


文香のすぐ後から総一もやってくる。

もちろん咲実と優希も一緒だった。


「ええ」


文香は頷くと総一に手招きする。


―――そうか、『組織』の連中に聞かれたくない話か。


総一が文香の意図に気付き近付くと、彼女は総一の耳元に口を寄せた。

 

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「実はこっそり葉月のおじ様に付けておいた発信機の反応が上のフロアからあるの。 おじ様達は何かの理由で上に登ったんだわ」

「発信機? ならなんでここに来たんです?」


総一も口元を隠すようにして囁き返す。

文香の正体に直結するような話題の時は監視カメラと集音マイクには気をつけなければならない。


「万が一って事もあるでしょ。 誰か残ってたら大変だもの」

「なるほど」

「総一君はこの事を咲実ちゃん達にも伝えて。 さりげなくあたし達も上のフロアに行くから、話を合わせて欲しいの」

「分かりました」


総一は頷くと文香から離れて入り口の近くにいる咲実達に近付いていった。


「さて・・・」


総一の背中を見送った文香は、部屋の中央に立って周囲を見回した。


―――何かがあったのは間違いなさそうね。


火薬の臭いと、そこの染みは多分血痕だわ・・・。

そうか、連中はあたし達と合流させないように先におじ様達を襲ったんだわ!

様々な制約により、総一達と葉月達が合流するのは『組織』の連中にとって都合が悪い。

しかし昨夜から今朝にかけては文香が秘密裏に総一達を守っていたおかげで、彼らは直接総一達を襲う事が出来なかった。

だから先回りをしてここにいた葉月達を追い散らしたのだろう。

そうすれば総一達と合流する心配も無くなるのだ。


―――でも、その帰りにあたしと出会ったのは失敗だった。


彼らにとって誤算だったのは、総一達を襲う為に戻ってきたところを文香に攻撃された事だろう。

文香の仲間達が用意した仕掛けは有効に作用し、男達はあっさりと打ち倒されてしまったのだ。


「となれば、連中が増援を送ってくる前におじ様達と合流するしかないわね」

「文香さん!」


文香が結論を出した時、入り口から総一が彼女を呼んだ。


「今行くわ! ねえみんな、おじ様達が来るまでに、少し上のフロアを偵察してこない? ただ待ってるのも時間の無駄だと思うのよ!」


入り口の方に戻りながら、文香はマイクに聞こえるように大きな声で総一達に話しかける。


「良いですね、そうしましょう」



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「はい!」

「行こう行こう!」


すると打ち合わせ通りに総一達が同意する。

こうして総一達はすぐ近くにある階段を使って6階へと登っていった。


・・・・・・。

 


・・・。

 


その総一達の様子をうかがっている者達が居た。

それは残る3人の参加者のうちの2人、手塚と高山だった。

彼らは総一達に見つからないように距離を置いたまま、その動きをPDAにインストールされているソフトで追っていた。


「おやおや、連中6階へ上がっていくぜ」
「仲間と合流出来なかったんだ。 妥当な判断だ」


PDAに映る光点は、階段の所に近付くと次々と消えていく。

手塚が地図を6階に切り替えると、今度は逆に次々と光点が現れていく。

手塚が使っているのは外れていない首輪の位置を表示するソフトウェアだった。

 

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「しかし連中も遂に腹を括ったのかねェ?」
「窮鼠猫を噛むとも言うだろう?」
「そうだな。 だが見たところありゃあ素人の手口じゃないぜ? ネズミどころかライオンが混じってても俺は驚かないがねェ」


手塚が問題にしているのは、文香が単独で撃破した例の男達の事だった。

手塚達は戦闘を直接見た訳ではないので総一達がどのように男達を倒したのかまでは分からなかったが、ぼろぼろになった男達の姿を見てそう判断していた。


「立ち回り方を考えた方が良い、か。 ・・・手塚、お前の言う通りになったな」
「クククッ、あの小僧どもに手を出していたら、今頃やられてたのは俺達だったのかもしれねえな」


手塚は肩を震わせて笑っていた。

高山にはそんな手塚の姿はまるで新しいおもちゃを手に入れた時の子供のように見えた。


「だが泡食ってるのは俺達だけじゃねえ筈だ。 ここを作った連中は今頃大慌てだ。 きっと誤算もいい所だろうぜ。 ククククッ」
「お前のような奴が、ここを作った連中の仲間には居ないんだろう」
「おいおい高山のダンナそりゃぁないぜ。 俺ならもっとうまくやるよ」
「・・・だろうな」
「それにそれを言うなら、あんたならもっとうまくあの小僧どもを襲うだろう?」
「・・・まあな」


手塚の軽妙な声に高山がむっつりとした顔で頷く。


「それでこれからの事だけどよ」
「監視の継続だろう?」
「ラブアンドピースってな。 俺は争い事が嫌いなんだ」


手塚は片目をつぶって口の端を上げる。


「だが面白い争い事は好きなんだろう?」
「いや」


手塚は首を横に振る。


「好きなんじゃなくて、生きがいなだけさ」
「・・・お前は本当に騒動の申し子だよ」


笑い続ける手塚に、高山はため息交じりにそう言ってのける。


「なんだよ、人を悪魔かなんかみたいに」
「お前が悪魔なら、悪魔はみんな聖人君子だ」
「おっ、高山のオッサンでも冗談を言うんだな」
「・・・冗談?」


そう言われて高山はほんの一瞬だけきょとんとした表情を作る。


「ハッハッハッハッハッ、そうか、冗談か。 アッハッハッハッハ」


そして高山は爆笑し始める。

それはこれまだ高山が1度も見せた事のない、心からの大笑いだった。


「・・・なんだ? どういう意味だよオッサン?」


そうやって笑い続ける高山に、この時ばかりは意味が分からず困惑する手塚だった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


文香の持つ追跡装置は優秀で、4階が侵入禁止になる午後4時頃には総一達を葉月達の居る部屋まで導いていた。

スタートからおよそ54時間。

首輪の作動までは残り18時間となっていた。


「総一! 咲実さんも!」


部屋に入っていった総一達を出迎えたのは、かりんの大きな声だった。

 

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「無事だったんだ!」

「うわぁ、優希ちゃんも文香さんも一緒だねぇ~~!」


渚の声もそれに続く。

かりんは部屋の真ん中で渚から手当てを受けていた。

かりんは左腕に怪我を負っているらしく、渚がそこに巻いている包帯は微かに血に染まっていた。

そのかりんに手当てを施している渚の方には怪我はないようで、彼女は総一達に以前と変わらない姿を見せていた。


「かりん! 渚さん!」

「うわぁ、良かったねぇ!」


2人に呼びかける総一の横を優希が駆け抜けていく。

優希は2人に駆け寄ると彼女達の手を取り、満面の笑顔を堪えてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「いつつ」


すると腕に怪我をしていたかりんは顔を歪ませる。


「あ、ご、ごめんかりんちゃん。 嬉しくてつい・・・」

「良いよ、別に」


かりんもすぐに笑顔を作ると優希に笑いかけた。


「それで渚さん、おじ様達は?」


総一の横までやってきた文香がそう訊ねると、明るかった渚の顔はパッと火が消えたように暗くなった。


「それが~~」


そして渚は泣きそうな顔で部屋の隅を指さした。

 

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「葉月さん! 麗佳さんっ!」


そこには葉月と麗佳が寝かされていた。

2人には意識が無いらしく、この騒ぎにも反応していない。

そして頭や腕、おなかに包帯が巻かれており、2人の怪我が浅くない事は明らかだった。


「・・・はぁ、良かったぁ・・・。 御剣さん、お2人とも生きてます」


寝かされていた2人を見た途端にいち早く駆け寄っていた咲実は、2人の脈を確認して大きく息を吐き出した。

あるいは死んでいるのかもしれないと心配していたのだ。


―――咲実さんのあの感じなら、さしあたっては心配なさそうだな・・・。


咲実の表情は明るい。

それを見た総一は、葉月と麗佳が見た目ほど酷い状況ではなさそうだと思った。

もし酷い状態なら咲実が笑っていられる訳がないからだ。

その事がすぐに分かるぐらいには咲実を理解し始めていた総一だったが、この時の彼にはその自覚はなかった。


「何があったんですか、渚さん」

「実は~、総一くんと約束した場所で待ってたら~、武器を持った男の人達がきたの~」


渚は暗い表情を作って話し始めた。

いつも明るい彼女だけに、それだけで事の深刻さは伺われた。


「そいつら何人くらいだったんですか?」

「うんと~、多分8人か、9人ぐらいだったと思うよ~。 わたし達は慌てて逃げたから良く分からないんだけど~」


渚は申し訳なさそうに頭を下げ、1度口をつぐんだ。


「それでどうなったの?」


黙り込んだ渚を文香が促すと、彼女は再び話し始める。


「えっとぉ~、その人達は正面から入ってきたからぁ~、わたし達は後ろの出口から逃げ出したの~。 わたしは平気だったんだけど、その時他のみんなは撃たれちゃって~」


渚はそう言って眠る2人とかりんを指し示した。


「だからわたし達は命からがら逃げ出して、ここまで来たんです~」

「追って来なかったんですか?」

「うん~。 5階にいる間は追って来てたみたいなんだけどぉ、6階に上がってからは追って来てなかったみたいだったよ~」

 

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―――なるほどね。


やり口はあたしと同じって事ね。

文香は渚の話を聞いて納得する。

文香が男達を全滅させなかったのと同じだ。

手傷を追わせて行動力を削ぐ。

そうすれば総一達と合流されたとしても足かせとして機能する。

下手に殺してしまうと多くのカメラが総一達を追うようになるので、これが一番効率の良いやり方だった。


―――とはいえやられたわね。


これであたし達に逃げ場はなくなった。

何か身を守る方法を考えなくては・・・。

文香が心配していたのは、4階の戦闘禁止エリアでロボットを使って攻撃してきた2人組の事だった。

文香はあの2人がいずれまた攻撃を仕掛けてくるに違いないと考えていたのだ。


「ともかくさ、みんなまた会えて良かったよね」


かりんは腕の傷を押さえながらにっこりと笑う。

彼女は本当に総一達との再会を喜んでいた。


「あった~。 かりんちゃん、これ化膿止めと痛み止め~。 飲んだら少し寝て~、かりんちゃん~」

「大丈夫だよ、このぐらい」


かりんは渚の差し出した薬を前に、首を横に振った。

 

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「渚さんの言う通りですよかりんさん。 私達がここへきたんですから、少し任せて休んでください」

「でも・・・」

「起きたらこき使うから気にすんな、かりん」


かりんはまだ未練があるようだったが、総一のその言葉に渋々頷いた。


「・・・分かった。 そうする。 総一、そこに大型のライフルがあるから、戦いになったら使って」

「ああ」

「あとはよろしく、総一。 みんなも」

 

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「うんっ!」


優希が大きく頷く。

かりんはそれを見届けると、渚の手を借りて薬を飲んだ。

かりんが薬を飲む様子を眺めていた総一だったが、彼女が水を口に含むのと同時に口を開いた。

 

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「それで文香さん、これからどうしましょうか?」

「とりあえずこの場所で身を守れるようにしましょう。 まずは家具を積み上げて、入口から直接あたし達を攻撃できないようにするわ」

「分かりました。 咲実さん、手伝ってくれるかい?」

「はい、分かりました」


咲実は頷くとすぐに立ち上がる。

彼女は壁際の大きな棚に近付いていく総一位の後を追った。


「わたしも手伝う!」


優希も軽い足取りでそれに続く。

3人になった総一達は力を合わせて棚を動かし始める。


「・・・・・・」


そんな総一達3人の姿を、渚はかりんの枕もとに座ったまま黙って見つめていた。


「どうしたの?」


渚の様子に気付いた文香が声をかける。


「あの子達~、ずぅっとああなんだなぁ~って思って~」


渚はそう呟くと優しげに微笑み、総一達の姿を目で追い続ける。

しかし文香には何故か、微笑むその横顔が少しだけ悲しげに見えた。


「うらやましい?」

「・・・少しだけ~。 わたしにはあんな風にやれなかったから~」


その言葉に滲む後悔。

寂しげな声。


―――渚さんには何か、辛い過去でもあるのかもしれないわね・・・。


文香は渚の様子をそんな風に解釈していた。

だから文香は出来るだけ明るい笑顔を作ると渚に向かって手を差し伸べた。


「じゃあ渚さん、あたし達もあの子達に混ざりに行きましょ?」

「えっ・・・」


渚はきょとんとした様子で差し伸べられた文香の手を見る。

そして1度総一達の姿に目をやってから文香の顔を見上げる。


「ねっ?」


文香がもう1度そう言うと、渚はようやく頷いた。


「・・・分かりました~。 そうする事にします~」


そうして渚は大きな笑顔を浮かべると、文香の手を取り立ち上がるのだった。

 

・・・・・・。

 

 

・・・。

 

 

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総一達が防御を固め始めた頃、カジノの上にあるメインコントロールルームは混乱の極地にあった。


「どうする!? 奴ら合流してしまったぞ!」
「落ち着いて下さい金田様。 彼らはもう逃げられません」


今回の『ゲーム』のディーラーは、先程から興奮している最高幹部の金田を必死になだめようとしていた。

しかしその試みはうまくいかず、金田はヒートアップするばかりだった。


「落ち着いてなどいられるか! 早く優希様をお助けせねば大変な事になるぞ! あの2番と10番の強さは見ただろう!? 女子供ばかりで太刀打ちできるはずがない!」
「とはいえ回収チームもやられてしまいましたし、強襲チームが着くのはもう少し先の事です」


ディーラーも内心では焦っていた。

回収の為に送り込んだチームは何者かの不意打ちを受けて壊滅していた。

ちなみにディーラーはその不意打ちを金田の言う2番と10番、つまり高山と手塚によるものだと考えていた。

回収チームが壊滅したおかげで優希の回収は完全に手詰まりとなっていた。

代役を呼び寄せているものの、それが現地に到着するまではまだ1時間はかかる。

それまでは全く手出しが出来ないという事なのだ。


「そ、そうだ! ゲームマスター! ゲームマスターがいるだろう!?」
「居るには居ますが、1人だけで回収にあたるのは無理です」


確かに郷田の手腕は飛びぬけて優れている。

しかしそれはあくまでゲームマスターとしてのものであり、戦闘力はそれほど高くはない。


「せめて2番と10番だけでも動きを抑えられんのか?」
「あの2人の実力は御存知でしょう? 1人で向かっても殺されに行くようなものです」
「サブマスターがいるだろう? サブマスターにも協力させろ!」
「それが呼び出しをかけているのですが、一向に反応が無くて・・・」
「何故答えん?!」
「知りませんよ!」


遂にはディーラーも怒鳴り始めていた。

そこまで彼らは追い詰められていたのだ。

彼らの大きな声に、コントロールルームに詰めている他のスタッフの目が集まる。

彼らも不安なのだ。


―――まさかこのタイミングでサブマスが裏切るなんて事は無いだろうが・・・。


カツカツカツ


焦ったディーラーは苛立ち紛れに革靴のかかとを床に何度も打ちつける。


「『エース』の連中も動いてるという。 色条の坊やがやってくる前にカタをつけなくては、取り返しのつかない事にもなりかねんぞ!」


色条の坊や。

『組織』のボスをそう呼ぶ事が出来るのは、付き合いが長い金田以外には居ない。

娘の窮状(きゅうじょう)を知ったボスは全てを投げ売って『ゲーム』の会場へと向かっていた。

『エース』が何やら暗躍しているという情報が入ってきている今、金田にはボスの会場入りが事態を好転させるとは思えなかった。


「なんとか、なんとかしなくては・・・。 坊やがやってきてしまう前に!」


金田にとってそれが最優先だった。

ボスの事は子供の頃から知っている。

結婚式にも呼ばれたし、娘が生まれた時には2人で一晩中飲み明かした。

彼の事も、娘の優希の事も、何としても守りたかった。


「なんという事だ・・・。 我々が『ゲーム』に振り回されているとは!!」


それは前代未聞の珍事。

そしてそれはゆっくりと、前代未聞の危機へと変わりつつあった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


「基本はこのバリケードで身を守って反撃。 けれどどうしても駄目そうなら、麗佳ちゃん達を担いでそっちの出口から逃げる」


文香は家具を積み上げて作った防壁を指さしながら計画を説明する。


「敵が逆から来たら?」


総一が質問すると、文香はにっこりと笑いながら振り返った。

 

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「反撃なんて考えないで、迷わず逃げる」

「逃げ切れますかね?」

「大丈夫よ。 ねぇ、優希ちゃん」



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「うん! 逃げるのは得意だよ!」


話を振られた優希は、文香の意図を知らずに元気にそう答える。


―――なるほど、優希を傷付けない為に強引な攻撃は出来ない、か。


それにショーの体裁も守る必要があるもんな・・・。


文香の話では敵はダミーの映像でカジノの客を誤魔化しながら総一達を攻撃する事も出来るらしいのだが、だからといってあまりダミーの映像が現実離れしてしまっては困る。

現状では総一達以外には3人しか残っていないから、基本的にその3人のうちの誰かが総一達を攻撃する映像を用意する事になる。

現状に合わせて映像を用意するのは大変だし、下手な事をするとその後のつじつま合わせにも苦労する事になる。

そうそう何度も出来る事ではないし、時間にも余裕はない。


―――つまりパッと見では追い詰められてるのが俺達に見えていても、実際には『組織』の連中の方が攻めあぐねて追い詰められているって事だよな・・・。


何か根本的な手を打たないと、奴らとしては身動きがとれない訳だし・・・。


「例の男達はそれで良いとして、俺達以外の『ゲーム』の参加者が来た時はどうするんです? ロボットで攻撃されたりしてるし、やっぱり反撃した方が良いんですかね?」

「あれだけ攻撃された手前、感情的にはそうしたいんだけど・・・。 やっぱり戦いは避けた方が良いと思うわ。 あの2人は手強いし、彼らは本気で攻撃してくるわよ」


本気の攻撃。

それはつまり優希が居ても気にしないし、ショーの体裁にこだわる必要が無いので遠慮なく攻撃してくるという事だ。

『ゲーム』の参加者はきちんとルールの枠の中にいるから、例の武装した男達のように行動に制限はかからない。


―――現状で警戒すべきはその2人という事か。


4階で襲われた時にその姿を見ている文香と渚が言うには、それは2人連れの男だったという。

総一は1日目に手塚という男と会っている。

残りの人数から考えて2人のうちの1人は手塚である筈だった。


―――もう1人は俺達が会った事が無い男の人。


という事は、残った最後の生存者は1日目に手塚と一緒にいたあの女の人だな。


総一が手塚と会った時、彼は郷田という名前の女性を連れていた。


―――悪い感じのする人じゃなかったし、あの人とは話が出来るだろうなぁ・・・。

 

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「その2人と、交渉する余地があれば良いんですけど」


だが咲実は表情を曇らせる。

咲実はこれまでの事から、その2人とは交渉する余地はないと考えていた。

首輪の解除条件が特別なものであれば交渉などできない。

首輪の作動、あるいは何者かの殺害。

そういった条件だったからこそ、彼らはロボットを使って攻撃してきた。

咲実はそんな風に考えていたのだ。


「何であれやってみるしかないさ」

「・・・はい」


総一の言葉に、咲実は一応頷いた。


咲実が頷いた直後、PDAがアラームを発する。

そのアラームは、総一達への最大の試練の到来を告げるものにしては、いささか間の抜けた音だった。

 

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見覚えのあるカボチャの怪人がPDAの画面の右端から軽快なステップで姿を見せる。

そして彼の姿が全て画面に入ると、スピーカーからは底抜けに明るい音楽が流れ始める。

それはまるでおとぎの国をモチーフにしたテーマパークのパレードで使っている音楽のようだった。


「相変わらず悪趣味だ・・・」


総一がカボチャの怪人を見るのはこれで2度目。

前回見たのは2階に閉じ込められた時だった。

呆れた総一が画面を見つめていると、カボチャの怪人はそのまま画面の中央に向かって踊るような足取りで歩いていく。


「今、あたし達全員が一斉に電源を切って見るのをやめたら、わざわざこれを作った連中はへこむんでしょうね」

「かもしれませんね」


総一はシニカルな笑みを浮かべる文香に同意したものの、実際には画面から目を離せせずにいた。

それは総一以外の全員もそうであるようで、誰もがPDAをその手に握って成り行きを見守っていた。

PDAを見ているのは総一、咲実、優希、文香、渚の5人。

葉月と麗佳は意識が無く、かりんは薬を飲んだおかげで今しがた眠りについたところだった。


『やあみんな、久しぶりっ! でも今回は全員に話しかけてるから、初めての人もいるよね! だから改めて自己紹介をするね。 ぼくの名前はスミス!』


そしてスミスは画面を見ている人間に向かって手を振り始める。


『今回も良い話を持ってきたから、ツッコミとか嫌だよ!?』


―――良い話だって?


スミスの言葉を聞いた総一は画面を見直した。

そこにはスミスの喋った内容がそのまま文字となって表示されている。

聞き違いではないようだった。


―――言葉通りとも思えないけれど・・・。


『あんまりダラダラやってると怒られるからさ、早速本題に入るね?』


するとスミスの前に大きな長方形の板が現れ、そこに大きく『エクストラゲーム』と表示された。


―――エクストラゲーム? このタイミングでまたあんな事が起こるっていうのか?


総一は2階での事を思い出していた。

あの時はごく狭いエリアに閉じ込められ、外に出る為に鐘を探す必要があった。

その鍵を開ける段階で、優希がさらわれた。


―――今にして思えば、あれも優希をさらう為の仕掛けの1つだったのかもしれないな・・・。


そして今、再びエクストラゲームが始まろうとしている。

それだけに戸惑いと嫌な予感が拭いきれない総一だった。


『おたのしみ! エクストラゲイーンムッ!』


ぱきーん


スミスが文字の表示されていた板を叩き割って再び姿を現した。


『今回ぼくらが提案するエクストラゲームは、お互いの利益の為なんだ。 ぼくらと参加者の君達。 お互いに幸せになれれば最高じゃない?!』


―――良く言う・・・。


総一はすぐにもスミスを黙らせたかった。

総一達をこんな状況に追い込んだのはスミス、ひいては『組織』の連中なのだ。


『いやあ、ぼくらも誤算だったんだよぉ。 君達がまさかここまで戦ってくれないなんてちっとも思わなくってさぁ! おかげで今回のゲームって不評なんだよねッ』


―――不評・・・? そうか、例のカジノの事か!


この『ゲーム』はどこかのカジノで行われている賭博ショーの1つ。

恐らく参加者同士で戦わない総一達の姿に客達が文句を言い始めているのだろう。

総一はちらりと背後を見る。

そこには怪我をして眠る3人の仲間の姿があった。


―――実際には幾つも戦いが起こっているというのに、カジノのお客は知らされていない。


どうやら本当に文香さんの言う通りみたいだな・・・。


『だからといって、今更みんな戦い合う気はしないよねぇ? これまでの道のりを共に分かち合った、大切な仲間なんだからさ!』


「御剣さん、何か様子がおかしいです」


咲実がPDAから顔を上げる。


「ああ」


総一も同感だった。


「これじゃあ『ゲーム』の前提がおかしくなってしまう。 俺達を戦わせるのが『ゲーム』なんじゃなかったのか?」

 

総一達が戸惑う中、スミスは何食わぬ顔で説明を続ける。


『お疑いはごもっとも! ぼくも自分で言ってて気持ち悪いよ! 友情とか信頼とかさ、そういうのと無縁で生きてきたからね! ・・・ゲームのキャラだけど』


そしてスミスはニヤリと笑った。


『でも、だからこその提案なんだ。 だってそうでしょ? 君達が仲良くやってるって事はさ、首輪が外れない人が出るって事なんだもの。 だからぼくらだけでなく、君達も困っている筈なのさ!』


スミスはさらに身を乗り出してくる。

前に出過ぎたおかげで、画面には彼の顔しか映っていなかった。


『君達は首輪を外したい。 ぼくらは盛り上がって貰いたい。 そこでこのエクストラゲーム"戦って首輪を外そう!"を紹介したいのさ!』

 

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「お兄ちゃんッ!!」


優希の驚きの声。


「お兄ちゃんの首輪を外す為のゲームをしようって事だよね!? それと文香さんのも!!」


優希は笑顔をいっぱいに浮かべて総一の所に駆け寄ってくる。

彼女の背後では咲実も総一の事を見つめていた。

彼女の表情もこころなしか明るい。

だが総一が彼女達に返事を返す前にスミスは説明を始めた。

PDAからスミスの声が流れ始めると優希は慌てて画面に視線を戻した。


『このエクストラゲームの最大の特徴は、君達が勝てば、君達11人全員の首輪が外れるって事なんだ』


―――なんだと!?


『逆に負けても特にペナルティは無いよ。 そもそも君達にとっては不要な戦いな訳だから、ペナルティまでつけたら酷過ぎるもんね♪』


その有利すぎる条件に、総一は思わず耳を疑った。

これまでの事を思えばありえないほどの好条件だった。


『じゃあルールを説明するよ。 今、君達11人のうち行動可能なのは8人。 ぼくらはそれと同じ人数の兵隊を用意する。 彼らは君らのうちの1人を誘拐しようとするから、君達は連れ去られないようにその1人を守るんだ。 ゲームの本来の終了時刻まで守り切ったら君達の勝ち。 連れ去られたり、その1人が死んだりしたら負け。 簡単だろう?』


ついさっき4階が侵入禁止になった。

残りの時間は17時間ちょっと。

それは丸1日近い時間だった。


『武器の使用は自由。 その代り、こっちも使う。 でも守るべき相手を傷付けないように気を付けて! 死んだら元も子も無いんだからさ! じゃあ、標的となる人物を決めるとしよう!』


スミスがそう宣言すると画面の右側から大きなスロットマシンが現れる。

スロットのドラムにはトランプのカードが描かれていた。


『このスロットを回して、出た絵柄のPDAを持っている人がぼくらの標的となる。 要はこのスロットを使ってランダムに決めようって事さ。 平等だろう? よし。 それじゃあスタート!』


スミスが大きく手を振ると、軽い電子音と共にスロットのドラムが回転し始める。

しばらくスロットはそのまま回転し続ける。


『はい、止めてー!』


そしてスミスがそう叫ぶと、チン・チン・チンと3回ベルが鳴り、スロットはピタリと止まった。

スロットの窓には、スペードの9が3つ並んでいた。


「わ、わたしだ!」


優希がそう叫んだ瞬間、総一は全てを理解した。


―――このエクストラゲームの目的は、はなからこれだったんだ!!


エクストラゲームという形で『ゲーム』の枠の中に直接兵隊を送り込む。

そして偶然を装って優希をターゲットに据える。

こうすればカジノのお客はなんの疑問も感じない。

あくまで『ゲーム』と『ショー』の枠を壊さずに、優希を回収しようというのだ。


『という訳で、ターゲットは9のPDAの持ち主に大けってーい!』


どんどんどん、ぱふぱふぱふ


スミスはどこからか取り出した太鼓と笛を鳴らしながら、紙吹雪を周囲に振り撒いていく。


『っていうのが、ぼくらが提案するエクストラゲーム。 でもぼくらも鬼じゃない。 一方的な押し付けはしないよ。 事は命に関わる問題だからねぇ。 一部の人間を救う為にわざわざ危険を冒せとは言えないさ』


そんな彼の言葉と共に画面には『賛成』と『反対』と書かれたプレートがそれぞれ1枚ずつ表示される。


『今画面に表示されているのは投票画面なんだ。 どちらかの文字に触れれば投票した事になる。 賛成票が半数を越えたらエクストラゲームが始まる。 越えなければこの話は無かった事になる。 民主的でしょ?』


そしてスミスはプレートの間から顔を出した。


『投票の締め切りは今から10分後。 大事な事だから、それまでよぉ~く考えて。 あ、そうそう、仮にエクストラゲームをするって決まっても、今意識の無い3人の命は保証するから心配しなくて良いよ。 自分の心配だけすれば良いんだ。 何度も言うようだけど、ぼくらも鬼じゃない。 アンフェアな押し付けは嫌いなのさっ♪』


最後にスミスは画面の中から総一達に向かって手を振った。

そこには人の命を左右しているという雰囲気は微塵も感じられない。

スポーツでも観戦しているかのような気安さがそこにあった。


『じゃあ、10分したらまた来るから! それまでバイバイ!』


そしてスミスは至極あっさりと姿を消し、画面には投票の為の2枚のプレートだけが残された。


・・・・・・。

 

・・・。

 

スミスが姿を消したPDAを握りしめ、郷田真弓は怒っていた。

 

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「私に一言の相談もなくこんな事をして。 きっと金田様ね・・・。 こんな苦し紛れの策がうまくいくとでも思っているのかしら・・・」


そして郷田は画面に触れ投票を終える。


「とはいえ、おかげで私の責任問題にはならないって事よね」


郷田に相談なく発動されたエクストラゲーム。

郷田はそれを最高幹部会の金田の命令だと考えていた。

今コントロールルームに詰めているディーラーは郷田とは付き合いが長く、彼が勝手にそんな事をするとは思えない。

そして金田の命令なら、ディーラーには反対する事は出来ない。

そしてもちろん郷田にも金田に反対する権限はない。

彼が決めたならそれに従わなければならない。

つまりこの時点から『ゲーム』の管理責任は金田に移った事になる。


「これで肩の荷が下りたわ。 一時はどうなるかとヒヤヒヤものだったけど、これでお嬢様が死んでも私の責任は問われない。 ホント、助かったわ金田様」


―――あとは我が身を守ればよし、と。


郷田は緊張から解放されてすっきりとした表情を見せていた。

場馴れした郷田でも、この3日間は目が回りそうに忙しかったのだ。


「巻き込まれたくないから、エクストラゲームなんて発動して欲しくないものだわねぇ・・・」


責任から解放された郷田。

彼女がため息混じりに投じた票は反対票だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「アッーハッハッハ、高山のオッサン、えらい事になってきたなぁ!?」


手塚はおかしくてたまらないといった調子で身体を折り曲げて笑い続ける。

そのせいでタバコを吸っていられなくなり、彼は火のついたままのそれを無造作に投げ捨てた。


「やっぱりあの小娘だったか。 あの子を無事に取り返したくて、しかしショーの体裁は守りたくて、ここまで話がこじれちまったんだ。 クククククッ、まったくばかげた話だ! 素直に中止にすりゃあ良かったのに!」
「それで手塚、どうするつもりなんだ?」
「どうもこうもあるかよ。 どっちに投票しても俺達には同じ結果になる」
「なら適当に投票しよう。 いつまでもPDAがこの画面のままでは困る」


高山は大真面目な顔でPDAの画面にその太めの指を伸ばす。

高山にとっては投票の結果よりも今現在PDAが使えない事の方が問題だった。

さっさと投票を済ませて元の画面に戻したかったのだ。


「待った」


だが手塚がその手を掴んで止める。


「どうした?」
「どうせ同じなら、ここを作った連中に嫌がらせをしてやろうぜ。 ・・・高山の旦那、反対に入れてくんな」


そう言った時の手塚の顔は凄みのある笑顔だった。


「反対票が増えれば、奴らは困った事になる。 それとも自らルールを破って票を操作するのかな? 何にせよ反対に入れりゃあ破綻する可能性が出てくる訳だ。 奴らの思惑か『ゲーム』のどちらかがさ」


そして手塚は再び喉の奥を鳴らして笑う。


「・・・・・・」


そんな手塚を高山がじっと見つめていた。


「あん? なんだよ?」


その視線に気付いた手塚が疑問を口にすると、高山はむっつりと閉ざしていた口を開く。


「お前を相手に『ゲーム』はするもんじゃないって思っただけだ」
「あれま・・・。 そんなつれない事言うなよぉ、高山のオッサン。 俺が負けてやるからさ、今度ポーカーでもしようぜ」
「で、それは誰から金を巻き上げる計画なんだ?」
「ヤクザの賭場の大金庫。 ・・・ククク、これが終わったらやっぱり俺と組めよ高山のオッサン。 あんたなら俺とやっていける」
「俺は殺伐とした暮らしは苦手でね」
「奇遇だね、俺もそうさ」


そして手塚は悪びれた様子もなく、楽しげに笑い続けるのだった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

スミスが姿を消してから5分が過ぎていた。

この時点で総一達以外の3人の投票は済み、その全てが反対に投じられていた。

その証拠にPDAの画面には反対の所に3という数字が表示されている。

総一達は投票こそ済ませていなかったが、その意見は固まりつつあった。

 

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「これは罠だ! 奴らの目的は明らかだ!!」

「罠でもなんでも、御剣さんや文香さん、優希ちゃんの首輪が外せるかもしれないんですよ!?」

「その為にわざわざ新しい危険を呼び込む必要なんてないさ!」


総一はこのエクストラゲームに反対していた。

逆に咲実、文香、渚は賛成。

優希はどちらに入れたものか迷い、総一達の議論の行方を見守っていた。


「だいたい優希の首輪は壊れているんだし、文香さんだってJOKERを見つければ大丈夫だ! 俺1人の為に全員を危険にさらす必要なんてないだろう!?」


総一は敵がルールの枠の中に入ってくる事を警戒していた。

その状況では敵は時間の制限なく襲いかかってくる。

またこれまでのように戦闘の前後でつじつまを合わせる必要もないから、派手な攻撃もしてくる。

総一は自分1人の為にその危険は冒せないと考えていた。


「でも御剣さんの命がかかってるんですよ!? 結局、今まで首輪を外す方法なんて見つからなかったじゃないですか! それにこれが本当にショーだっていうなら、ここを作った人達はその方法を今後も私達に与えてはくれません!」


それに対し、咲実達はあくまで全員で生きて帰る方法を求めていた。

このエクストラゲームを受けないという事は、総一を見殺しにするのと同義だった。

ショーである以上、この方法以外に首輪を外す方法を『組織』が与えてくれるとは考えにくい。

つまりこのエクストラゲームは総一を助ける事が出来る最後のチャンスなのだ。


「分からず屋! なんで危険だって分からないんだ!」

「分かっていないのはあなたです! どうして私達の気持ちが分からないんですか!」


総一がエクストラゲームに反対した時、それに真っ向から反論したのは意外にも咲実だった。

いつも控え目だった彼女も、今回ばかりは引き下がれなかった。

咲実は『組織』側からこのエクストラゲームが提案された時、それが逆に他には首輪を外す手立ては無いという宣言でもある事に気付いていた。

もしそれが存在しているのなら、そもそもこんなエクストラゲームを提案してもまるで意味がない。

これは逃げ道を断っているからこそ意味のある提案なのだ。

そしてもちろんショーである以上、彼らは面白みのない首輪の外し方は容認しない。


―――このままでは御剣さんは助からない!! 私の、だいじな、御剣さんが!!


その強い気持ちが、彼女を引き下がらせなかった。


「お兄ちゃん・・・」

「総一くん~~」


優希と渚は不安そうに話の成り行きを見守っている。

そしてそれまで黙っていた文香がここで口を開いた。

 

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「総一君、君の言う事ももっともだと思うけど、それを差し引いてもあたしはこのエクストラゲームをやるべきだと思うわ」

「・・・何故です?」

「このエクストラゲームが発動しなくても、いずれ彼らは強攻してくる。 つじつま合わせを諦めてしまえば何も問題は無いわ」


文香が心配しているのは『組織』の連中が完全な『やらせ』を始めた時の事だった。

総一達に似た俳優を使って自分達に都合の良い映像を作り、それを『ゲーム』の終了まで継続する。

今まで総一達を強攻できなかったのは、優希を回収した後に総一達にそのまま『ゲーム』を継続させる為だ。

それを諦めて『やらせ』に徹するなら、彼らは強攻してくる事が出来る。

総一達を殺してしまっても、俳優達を使って『ゲーム』が続いているように見せかければ良いのだから。

だがこれは明らかにカジノの客に対する背信行為だ。

『ゲーム』の根底を覆す行為であるから、『組織』はそれを選べない場合もあるだろう。

その場合『ゲーム』を中止して、単純に優希の奪還に動くかもしれない。

そうなればやはり総一達は危険に晒される。

しかし今の時点でこれをするぐらいなら最初にやっているだろうし、この可能性は低い。


「映像がすぐに準備出来る訳ではないだろうけど、本当にそうなったら完全にお手上げだわ。 でも今エクストラゲームを受け入れれば、向こうは少なくとも『ゲーム』と『ルール』を守る。 勝てば首輪を外してくれると言っているうちに、同意した方が得策だわ」


文香もこれがベストだとは思っていない。

それだけに彼女の顔は苦々しく歪んでいた。

文字通りの意味での苦渋の選択なのだ。

こうしなければ完全に生き残る目が潰れてしまうと考えたからだ。


「御剣さん!」


文香の支援を受け、咲実が総一に決断を迫る。


「・・・駄目だ」


しかしそれでも総一は首を横に振った。


「どうしてですか!?」

「今エクストラゲームを受け入れれば、きっと奴らはすぐに攻撃を仕掛けてくる。 『ゲーム』が終わるまではまだたっぷり10時間以上あるんだ。 それだけの長い時間、素人の俺達が本気を出したプロの攻撃を防ぎきれる筈がない」

「けど!」

「いくら文香さんが強くても、今度ばかりは無理だ。 前みたいに都合良く不意打ち出来る訳じゃない」

「そ、それは・・・」


そんな総一の言葉に、咲実は言葉を失いきゅっと唇を噛み締める。


「このエクストラゲームは受け入れない方が良い。 そうしないとみんな今すぐ殺される。 いずれは攻めてくるのかもしれないけれど、それまでは確実に生きていられる。 文香さんの目的の為にもその方が良い」


文香の目的はあらゆる手を尽くして優希を守り続け、『組織』のボスに行動を強いる事。

今すぐ鎮圧される選択は本意ではない筈だった。


「俺の命なんてどうだって良い! これ以外にみんなを守る方法は無いんだから! 俺は間違っていない筈だ。 違うかい咲実さん!?」


おれのいのちなんてどうだっていい。

これいがいにみんなをまもるほうほうはない。

おれはまちがっていない。


その総一の叫びが、咲実の心にゆっくりと染み込んでいく。


おれはまちがっていない。


それは死んだ恋人との約束で。


これいがいにみんなをまもるほうほうはない。


それは恋人を守る事の出来なかった後悔で、だから総一は咲実達を守る。


おれのいのちなんてどうだっていい。


それは―――


それは―――?


―――そうか、そうなんですね!? 御剣さん、あなたはそれを望んでいるから・・・!!


「その通りです、御剣さん。 あなたは間違っていない」


そして咲実はようやく、御剣総一の真実にたどり着いた。

総一の恋人が死んだと聞かされても、咲実には疑問が残っていた。

死んだ恋人との大切な約束があるという事を差し引いても、自分の危険を省みずに他者を守ろうとする総一の姿は咲実には不思議なものに映っていた。

咲実と優希が恐怖にすくんで動けなくなったあの時。

そして優希の首輪が作動した時もそうだ。

それだけではない。

ありとあらゆる状況で、総一は迷う事無く危険に飛び込み咲実達を守って来た。

咲実にはそれがずっと不思議だったのだ。

一体どんなことが総一の優希を支えているのだろうか、と。

咲実や優希への愛情? 咲実はそれを期待していた時期もあった。

しかしそれは今も恋人を想う総一を見てありえない事だと分かった。

咲実達の信用を得て優位に立つ為? しかしそれにしては総一は危険過ぎる事を繰り返している。

何かの利益の為と見るにはあまりに不自然だった。

一体何が彼をそうさせるのか?

そんな疑問の答えを、この時の咲実はようやく確信していた。


「御剣さん、あなたの言う通りです。 その言い訳は、完璧です」


咲実は総一を前にして、静かにそう言いきった。


「言い訳だって!?」


総一は驚きに目を剥いた。


「はい。 だって・・・、だって貴方は・・・」


咲実の瞳がゆらゆらと揺れる。

咲実が顔を上げると、その目に溜まっていた涙がパッと飛び散った。

 

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「本当の貴方はそんな事は少しも思ってやしない! 違いますか!?」


鋭く強い言葉。

およそ咲実らしくない声が、総一に叩きつけられる。


「な、なに・・・?!」


予想外の言葉に総一は絶句する。


「貴方の恋人がどれだけ苦労したかよく分かります。 貴方はすぐに楽な方に流される。 ・・・貴方は卑怯者です」


優希はしばしば総一をヘタレだと言っていた。

咲実はそれを冗談として聞いていた。

しかし今になって咲実はそれが真実を言い当てていたと気付いた。


「そ、そんな事はあるもんか! 俺はズルなんてしてない! 俺はみんなの事を心配してるだけだ!」

「本当に?」


同様する総一。

それを見つめる咲実の目がスッと鋭くなる。

咲実は総一の同様を見て、自分の推測がやはり正しいのだと確信する。


「あ、ああ! 本当だとも!」

「嘘です!」

「そんな筈は無い!」


―――俺は、俺はきちんと正しい事をやっている!


総一は咲実の圧力に負けないように1歩前に出る。


「だったらどうして私達を見て下さらないんですか!? 私達の気持ちを考えてくれないんですか!?」

「考えてるさ! それに死んだら元も子もないんだ!」

「いいえ、嘘です!!」


そして咲実は自ら涙を拭うと、総一を真っ直ぐに睨みつける。

それはあらゆる言い訳を許さない、強い決意の瞳だった。


「貴方は私達の気持ちなんて考えていない!」


ぎゅっ


咲実の手が総一の服を握り締める。


「私達が貴方を見捨てて帰っても、幸せになんてなれっこない! もとの生活になんて戻れっこない! 命だけ守ってもらったって駄目なんです!!」


咲実は総一の服を引っ張り、彼に顔を近付ける。


「それが分からない貴方ではないでしょう!? 恋人を失った事で、元の生活に戻れなかった貴方なんですから!!」


かつて総一は言っていた。

1人は寂しいのだと。

1人になるぐらいなら3人で死のうと。

そして、死ぬよりも怖い事があると。

今の咲実にはその意味が良く分かっていた。

全てはそこに繋がっていたのだ。


「なのにどうして貴方は自分だけが危険を背負い込もうとするんですか!? その結果、私達が貴方と同じ思いをすると分かっているのに!!」

「そ、それは・・・」


総一は答えられなかった。

総一には自分の気持ちが分からなくなっていた。

ズルはしていない筈だった。

ちゃんと"優希"との約束の通りにみんなを守っている筈だった。

だが確かに、今咲実が口にしている言葉は真実のように思えた。

それだけの力を持って、総一の心をえぐっていたから。


「貴方は私達を守ってやしないんです! 私達を利用しているだけ! 貴方は私達を守っているという免罪符が欲しかっただけ!!」

「そんな事はない! そんな馬鹿な事があってたまるか!」


―――そうだ認める訳にはいかない! それを認めてしまっては、本来の目的を達する事が出来なくなってしまうんだぞ!?


「ッ!?」


―――本来の目的だと!?


総一はその瞬間、自分の心の奥底にある何かに気付いた。

それは巧妙に隠され、総一自身すら気付いていなかったものだった。


「認めてください御剣総一ッ!! 貴方は正しい事なんかしてやしない! あなたは私達を自殺の道具にしようとしている!!」


そんな咲実の叫びは、総一の心の奥底にあった秘かな願望を、白日のもとへとさらけ出した。


「お、俺は・・・」


あまりのショックに総一は言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。

膝はがくがくと笑い、いまにもその場に崩れ落ちてしまいそうだった。

総一にとって、恋人を失ってからの日々は地獄だった。

恋人を守れなかったという後悔は、総一に想像を絶する苦痛をもたらしていた。

流れていく日々は真綿を使って緩慢に総一の首を締め上げていく。

苦しくて死にそうだが、死ぬ事が出来ないという絶妙な力加減で。

息をしていてもまるで肺が焼かれるかのように。

目を開けていても砂をねじ込まれるかのように。

総一にとって恋人の"優希"を失った事は、楽園をそんな地獄へと変える程の出来事だった。

それからの数ヶ月というもの、自殺を考えない日は無かった。

しかし"優希"との約束が辛うじてそれを防いでいた。

総一が『ゲーム』に投げ込まれたのはそんな時だった。

そしてそこで総一は出会った。

"優希"という名前の少女と。

そして"優希"と瓜二つの少女と。

だから総一は彼女達を守った。

再び"優希"を失う事などあってはならない事だったから。

だから総一は危険を顧みなかった。

そうすれば死ぬ事ができるから。

自殺はズルだが、誰かを守って死ぬならズルではない。

それが"優希"の為であるなら尚更だった。

結局、総一は咲実や優希の事なんて少しも考えていなかった。

あくまで"優希"の為、そして自殺の免罪符が欲しかっただけなのだった。

立ち尽くす総一の前で、咲実がPDAの画面に触れて投票を済ませた。

投票したのはもちろん『賛成』だ。

そんな咲実を見て、文香と渚も投票を済ませた。

2人とも小さく笑っている。

票を入れたのは咲実と同じで『賛成』だった。

これで投票は賛成3、反対3のイーブン。

あとは総一と優希の投票次第だった。

 

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「どうするのお兄ちゃん・・・?」

「・・・・・・」


しかし総一は動く事が出来なかった。

総一の頭の中では咲実の言葉がぐるぐると回っていた。


―――どうしたらいい? 賛成? 反対? みんなの為に賛成すべきか? あるいはみんなの為に反対すべきか? どちらが正しい? どうしてやるのが一番良い?


「ふふふ、御剣さん、またよからぬ事を考えていますね?」


激しい感情を収めた咲実は、穏やかに微笑むとそう言った。


「でも駄目です。 貴方には、金輪際言い訳なんかさせませんから」


「・・・え?」


そして総一が疑問を口にするよりも早く咲実が動いた。

彼女は総一の手から彼のPDAを奪い取ると、そのまま流れるような動作で床に叩きつけた。


――ッッ


1度床に激突したPDAは再び空中に舞い上がり、砕け散ったプラスチックの破片を周囲に撒き散らした。

液晶の画面は真っ二つに割れ、それまで表示されていた画面はぷっつりと消えてしまう。


「さ、咲実さん!?」

「さあ優希ちゃん。 私達の事なんて気にせずに、好きな方に投票して下さい」

 

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総一のPDAは粉々になっていた。

表面のカバーは割れ、中の電子機器が露出し、パーツのいくつかが脱落している。

それがもう2度と動かない事は誰の目にも明らかだった。


「どうしてこんな事をするんだ咲実さんっ!?」


総一はその事にうろたえていたが、咲実はそれを無視するかのように優希に話しかける。


「大事な事ですから落ち着いて選んでください。 どちらを選んだら優希ちゃんにとって嬉しい結果になるのか、それだけを考えてください」

「・・・うん。 分かった」


優希は咲実を見上げ、真剣な眼差しでこっくりと頷く。

そして優希はPDAの画面に触れる。

優希が触れたのは賛成のパネルだった。


「みんな、これがどういう事なのか分かっているのか・・・?」


総一は壊れたPDAを見下ろしながら呟く。

総一のPDAが砕けたおかげで、彼の票は無効票となった。

この結果、投票は賛成4の反対3で確定する。

つまりエクストラゲームは発動するという事だ。


「分かっていないのは貴方ですよ、御剣さん」


優希の方を向いていた咲実が総一の方に向き直る。


「さあ、敵が来ますよ御剣さん。 逃げたければどうぞ。 自殺したいならもう止めません。 でも、もう何も言い訳はできませんよ? 全部御自分で決めて、お好きになさってください」


咲実は笑う。

咲実の顔はこれまでの連続した苦労のおかげで薄汚れていた。

埃や泥がその顔を汚し、涙の跡がその頬に筋になっている。

しかしそれでもその笑顔は美しかった。

何の後悔も気負いもなく、ただ、何かをやり遂げた喜びに表情を輝かせている。

それを見た誰もが清々しい気持ちになれる、それはそんな顔だった。


「私達はここで兵隊さんを迎え撃ちます。 そして優希ちゃんを守り切って、みんなで生きて帰ります」


咲実はそう言って背後の仲間達に目を向けた。

 

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その誰もが微笑んでおり、咲実と目が合うとこくりと頷く。

全員が咲実と同じ意見なのだった。

 

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「あなたがどうしようと同じです。 あなたの決断は私達の運命を左右しない。 もう『ゲーム』も『ルール』も関係ない。 御剣さん、貴方はどうしたいんですか?」


そして最後に咲実は再び総一に微笑みかける。

そこには総一と出会った頃の咲実のような弱々しさはない。

静かな意志と、穏やかな優しさがそこで輝いていた。


――咲実さんはこの為に俺のPDAを割ったんだな・・・。


それに総一に、総一自身の心の中を直視させる為。

総一の決定で誰かの運命が左右されないようにする為。

そしてそれは、総一が言い訳出来ないようにする為なのだ。


―――俺は、俺がどうしたいのかをはっきり示さなければならなくなったんだな・・・。


そして総一は自らの現実に直面する。

優希と咲実が居るから守る。

これは言い訳だ。

みんなの為にエクストラゲームに反対。

無論、これもそうだ。


―――そっか・・・。


結局俺は、自分のしたい事しかしてこなかったんだな・・・。

ようやくそれに気付く。

何の事はない。

咲実の言うとおりだった。

自殺したいという願望を、言い訳で覆い隠していただけの事なのだ。


「・・・ありがとう咲実さん」


だから総一は咲実に笑いかけた。

それは総一にとって久しぶりの、心の奥底からの笑顔だった。


「俺は危うくとんでもない間違いをするところだった」


嬉しかったのだ。

姫萩咲実という人物が、総一の事をこれほどまでに深く理解してくれていたから。


「俺も、みんなと帰りたい」


咲実達を自殺の道具にしてはいけない。

彼女達は首吊り用のロープではないのだから。

そして自分の弱さを受け入れ、彼女達の事を1人1人の人間として見る事が出来るようになった総一は、素直に彼女達と生きて帰りたいと思う事が出来た。

その先にある未来に、行ってみたくなった。


「あんまり自信はないけれど」

「大丈夫ですよ、御剣さん。 これからは―――」


クス


咲実は笑顔の質を変えた。

そこには深い信頼と愛情とが滲んでいた。


「貴方の勇気は私が守ります」


その咲実の顔を見た時、総一は胸の中の不安が消えていくような気がした。


「・・・ああ。 頼むよ、咲実さん。 見ての通り、俺はズルばっかりだからさ」

「はい」


そして咲実は目尻から涙をこぼしながら、力強く頷くのだった。


「そうだ」


そこで総一はある事を思い出した。


「咲実さん、これが全部済んだらさ、俺とデートしてくれない?」

「・・・あ、は、はいっ」


うろたえ気味に咲実は頷いた。

そして彼女は少し照れ臭そうに頬を赤らめる。

ついさっきまでの強気な彼女はすっかりどこかへ消えてしまっていた。


「うまいケーキ屋があるみたいなんだ」

「あ、わたしも行きたい!」


優希が駆け寄って来て、総一の目の前でぴょんぴょん飛び跳ねる。


「良いぞ優希。 みんなで行こうか」

「あれ~、お姉さん達の事は誘ってくれないのかなぁ~?」


総一が優希の頭を撫でていると、咲実の肩口のあたりから文香がにゅっと顔を出した。


「総一くん~、わたしもケーキ食べたい~」


渚も文香の反対側から顔を出した。


「駄目駄目! お兄ちゃんは咲実お姉ちゃんみたいに若い子が好きなの!」


そんな優希の言葉は一気に全員の緊張を解きほぐした。


「コラ、優希ちゃんっ!」

「ひどいよぉ~。 これでもまだ若いつもりなんだよ~~?」

「えへへ、ごめん」


やがて彼らは大声で笑い始める。

それはこの建物の中では滅多に聞く事の出来ない、底抜けに明るい大爆笑だった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

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エクストラゲームの発動が確定した頃、『エース』の司令室にある重要な情報が届けられた。

オペレーターの1人がその情報が表示された画面と、同じ情報が紙にプリントアウトされたものを何度も確認する。

それが済むと紙を握り締めて司令室の中央に向かって走り出した。

高度に電子化された今の時代、本来は情報はマイクや電子的な通信でやりとりする。

しかしこの情報だけは最優先で口頭で伝えるようにと事前に指示が出ていた。

見逃すわけにはいかない重要な情報だったのだ。


「司令! カジノ船の位置が判明! 東京―ハワイ航路から300キロ南に外れた公海上です!」


カジノ船とは『組織』の所有する大型客船だった。

この船は『ゲーム』を含む賭博施設を始め、様々なレジャー施設を備えており、船の形をしたテーマパークと呼んでも差し支えないほどの豪華さだった。

ちなみに『ゲーム』のオペレーションはこの船の中から客達の反応を見ながら行われるのが通例だ。

衛星回線を利用して『ゲーム』の会場となっている建物を遠隔操作しているのだ。


「衛星の画像はあるか?」

「チャンネル7番です」

 

司令と呼ばれた男はモニターの1つを操作した。

するとそのモニターには一隻の客船を真上から捉えた映像が映し出される。

 

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「司令、どうやら情報通りだったようですね」


隣で同じ映像を見た副司令が呟くと、司令の男は大きく頷いた。


「奴がそっちへ向かっているんだ。 そう遠くにいる筈もない」


奴とは『組織』の現在の指導者である色条良輔の事だった。

彼は今、個人所有のヘリコプターを使って問題の船へと向かっていた。


「こちらの全ての部隊が配置に付く時刻は?」

「およそ2時間半後、フタヒトサンマル時を予定」

「9時半か・・・」


司令はひとつ息を吐き出すとシートの背もたれに寄りかかった。


「それまであの少年達が持ちこたえると思うかね?」

「そうあって欲しいものですな」


攻撃は色条良輔の現地入りを待って行われる。

彼を捕まえられない状況で攻撃を仕掛けても意味はない。

ボスの捕獲、カジノ船の制圧と乗っている要人の確保、各地にある『組織』の拠点への攻撃、その全てを同時に行わなければ完全な勝利は訪れない。


「皮肉なものだ」


司令はシートに寄りかかったまま苦笑する。


「この期に及んで、我々の運命が『ゲーム』の結果に左右されようとは」


総一達がすぐにやられてしまえば、色条良輔はカジノ船に向かわないかもしれない。

そうなってしまえば攻撃のプランは水の泡になる。

色条良輔の身柄を押さえなければ政財界に食い込んでいる『組織』の影響を完全には払拭できない。

政財界の上部に手を出す以上、『エース』が非合法の組織であっても色条良輔からの証拠の提示、あるいはそれに相当する証言の確保がどうしても必要になってくる。

それなくして様々な立場の人間に『エース』の活動を黙認させる事は出来ないのだ。


「もう少し早くこちらの準備が整えば、彼らにあんなエクストラゲームをさせずに済んだのですが・・・」


総一達が投票を強いられた時、『エース』ではまだ攻撃のプランが確定していなかった。

色条良輔の目的地がどこなのかという問題もあり、投票の締め切りまでには間に合わなかったのだ。

すぐに『エース』の攻撃があると分かっていれば総一達はエクストラゲームを拒絶する事も出来ただろう。

だが現実はそうそう上手くは進まない。


「あとは鴻上君の所の、彼女の働きに期待するしかないな」

「彼女はともかく、他が素人ばかりです。 あまり勝算が高いとは言えません」

「だが勝って貰わねばな。 我々は彼らの勝ちに賭けるしかないのだから」


彼ら『エース』の30年越しの戦いは、大詰めを迎えていた。

 


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【26】

 

・・・。

 

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郷田の靴のヒールが何度も床を叩く。

いつも余裕たっぷりの彼女にしては、いささか神経質な面が現れていた。

そのため表情も硬い。


「早く出なさい・・・状況は分かってる筈よっ!」


ピロロロロッピロロロッ


彼女が頬に押し当てているPDAは携帯電話のような機能を備えている。

しかしPDAは呼び出し音が鳴るばかりで彼女が話したいと望む相手はなかなか出てくれない。

既に1分以上呼び出し音は鳴り続けている。


『はい、こちらメインコントロール


郷田が焦れて通話を諦めようとした時、PDAから聞き覚えのある男の声が流れ出た。

散々待たされた郷田は不機嫌そうに口を開く。

 

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「遅い! 一体何やってたの!?」
『す、すみません。 実は回収部隊が今の状況では目標の回収は難しいと言って来ていまして』


郷田の剣幕に圧倒され、メインコントロールのディーラーは裏返った声で言い訳を始める。


「泣き言は聞きたくないわ! そもそもあいつらは何故ナンバーセブン―――漆山を殺したの!? あとちょっとだったっていうのに!」
『そ、それが、エースの少年達の接近が思いのほか早くて強攻策を取らざるを―――』
「それで失敗してちゃ意味が無いでしょうが!」


怒った郷田は男に最後までしゃべらせなかった。


『ですが郷田さん! 監視カメラや綺堂のライブカメラだって、そう何分も切ってはおけません! こんな介入をカジノの客に気付かれれば、我々の首が飛ぶだけじゃ済みませんよ!』
「今の所はお客には気付かれてないのね?」
『は、はい。 ナンバーセブンの死は事前に用意したダミー映像を流して誤魔化しています。 おかげでお客は彼女を完全に殺人鬼だと思っていますが』

「構う事はないわ。どうせ彼女が死ぬ映像を流す事になるんだから。 それで回収部隊の連中は何て言って来てるの?」


郷田は厳しい表情を浮かべて壁に寄りかかる。

彼女は先程に輪をかけていらついているようだった。


『1度の攻撃に使える時間が1分程であるうえ、使える武器が限られる現状では即時の回収は無理だと』


エースの少年達以外の人間だけをカジノのモニターに映しておける時間はそう長くはない。

彼ら以外の参加者は郷田を含めても3人しかいないからだ。

またサブマスターのライブカメラだってずっと切れていれば客は不自然だと思うだろう。

また下手に攻撃してダミー映像とつじつまが合わない状況を作ってしまう訳にもいかない。

ダミー映像を沢山用意している時間はないのだ。

お客の信用を失う事だけは避けなければならない。

それに加えて目標を傷つけてしまう事もどうしても避けなければならなかった。


―――確かに厳しいは厳しい、か・・・。


郷田は唇を噛み締める。

彼女は先程は回収部隊の事を非難したものの、それが難しい事だという事は良く分かっていた。

しかし状況はそれを言い訳に出来るような状況では無い。

文字通り一刻を争っていた。


「彼らが8人になってしまったのがまずかったわね」
『どうしますか?』
「そうね・・・。 よしっ、エクストラゲームでも罠でも何でも良い。 ともかく8人を分断して! そうすれば攻撃に使える時間が増えるわ!」


エースの少年達が仮に4人ずつの集団に分かれてくれれば、それだけ彼らが画面に映らない時間が増える。

その時間を使って回収を進めれば良い。


「回収部隊には彼らに牽制をかけさせて罠なりエクストラゲームなりに追いこませるの。 それとナンバー2とナンバー10の2人を例の8人から遠ざけさせて! 彼らに目標を攻撃させては元も子もないわ!」
『りょ、了解!』
「あとはサブマスにも連絡して、分断した時に目標とライブカメラが離れるようにして! 正直あれが一番厄介だわ!」


―――これでなんとかなれば良いけれど・・・。


郷田は再び奥歯をギリリと噛み締める。


「良いわね?! 回収部隊にはくれぐれも早まった真似はしないように言い聞かせて!」


郷田は早口で指示を伝えながらも、一抹の不安を拭い去る事が出来なかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

イレギュラーな状況に郷田が頭を悩ませていた頃、図らずもそのイレギュラーを作り出した一団は決断の時を迎えていた。

 

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「そろそろ我々も覚悟を決めるべき時が来たのかもしれんな・・・」


大きいが薄暗い部屋。

そこを何人もの人間が忙しそうに行き交っている。

多くのコンピューター、大型のモニター、そして通信装置。

ここはある集団の作戦司令室だった。

髪に白髪が混じりだした老齢の男がその中央にある椅子に座っていた。

彼のまとう制服には多くの勲章と共に最高司令官を示す徽章(きしょう)が輝いている。

彼こそがこの場所の最高責任者だった。


「副司令、もう一度状況を報告したまえ」
「ハッ」


男の傍らに控えていた中年の男が説明を開始する。

この男も制服には多くの勲章が輝いていた。


「現地時間の昨日イチマルマルマル時をもって新規の『ゲーム』が開始。 現在開始から32時間が経過しています」


その説明の間、正面の大型スクリーンに次々と情報が表示されていく。

問題の『ゲーム』の行われている建物の位置や参加させられている人間の顔写真といったものだ。

収集された情報は膨大で、すぐにもモニターは情報によって埋め尽くされてしまう。


「参加者は2名が死亡」


続く説明を受け、13あった顔写真のうち2つが暗くなる。


「生き残っている参加者は5階へ到達しています」
「・・・5階到達時点でこれだけ生き延びているのは奇蹟だな」


司令官の男はそう呟きながら座っていた椅子に大きく寄りかかる。

その顔は険しい。

眉をよせ、口はむっつりと閉じられている。

彼は『ゲーム』を快く思っていないのだ。


「はい。 やはり向こうも状況を持て余して慌てているようで、普段通りに参加者達を戦いに誘導出来てはいないようです」
「そこだけを見るとしてやったりなのだが・・・。 喜んでばかりもいられんな。 問題の少女は押さえているのだったな?」
「はい。 色条優希は現在、参加者の中に潜入した我が方の諜報員の保護下にあります」


残る11名の顔写真の中から、一番年齢の若い少女の写真がクローズアップされる。


「確かその諜報員は、鴻上君の所の若いのだったな?」
「はい」


鴻上というのは、この男達の組織の中でも穏健派で名の知れた一派のリーダーだった。

鴻上の官職は大佐だが、彼の上に居た森という人物が更迭された為に一時的に少将扱いで任務にあたっている。

彼らは多くの人員を『ゲーム』を主催している『組織』にもぐりこませている。

今この部屋にあるのは潜入した諜報員達が命懸けで、あるいは命と引き換えにしてもたらした貴重な情報だった。


「参加者の中に諜報員がいるタイミングだったのは不幸中の幸いでした」


諜報員は常に参加者に紛れ込める訳ではない。

今回、そこに諜報員がいたのはただの偶然だ。


不本意だが、こうなってはその諜報員に期待するしかないようだ」


司令官の男がそう言って唸った時、オペレーター席に座っていた通信士官のひとりが慌てた様子で立ちあがった。

しかし彼には困った様子はない。

慌てているのは興奮しているからだった。


「司令! 暗号通信が入電! 内容はコードで『ハゲ鷹が空を舞う』!」
「確かか!?」


報告を受けた男も大きな驚きに思わずその場で立ちあがる。


「はい! 2度確認しました!」


通信や暗号が高度に複雑化した現在においても、事前に設定されたコードを使って会話する事は多い。

諜報活動もい高度化している為、通信を誰が覗き見ているか分かったものではない。

結局手段は発達しても、やっている事は第2次大戦中と大差は無いのだ。


「奴め、遂に尻尾を出したか・・・」


ドサッ


司令官は顔を手で押さえながら席に腰を落とした。

そして大きく脱力する。


「ハハハッ、10年だ。 この情報を得るまで10年かかった」


男は席に寄りかかったまま、低い声で笑い続ける。

その声は随分と疲れ果てていた。


「どれだけやっても尻尾を掴ませなかったあの男が、ついに・・・」
「結局は、あの男も人間だという事でしょうな」


副司令は真顔で呟く。

彼もその情報がどれほどの意味を持っているのかをよく知っている。

彼らが追っている男はこれまでどんな事をしてもその所在が掴めなかった。

その人物は常に慎重にも慎重を重ねて事を運び、その存在の痕跡を消してきた。

しかしそんな彼もここへ来て動き出した。

しかもなりふり構わない強引さで。

だからこそ『ハゲ鷹が空を舞う』―――つまりはその所在が明らかになったという通信が届いたのだ。


「森君の独走は非難されるべきだが、あらわれた結果については評価せざるを得ないようだ」
「はい」
「死んでいった多くの仲間達の為にも・・・、『ゲーム』の犠牲になった人達の為にも。 そして森君の娘さんの為にもな」


そして司令官の男は席を立った。

彼は胸を張り高らかに宣言する。

その姿には活力が戻っていた。


「強襲チームに出動命令を出せ! 我々は最終フェイズに移行する! 予期せぬ出来事で決行が早まったが、準備は怠りない筈だ! ここが正念場だ! 総員、最善の努力を期待する!」


そんな男の言葉に、司令室は一瞬だけわぁっと喝采の声が湧き上がる。

その喜びは深く、重い。

彼らが『組織』を追い始めて10年。

これは記憶が薄れる程の長い時間と、数え切れないほどの多くの犠牲を払って、ようやく掴んだ千載一遇のチャンスだった。

 

・・・・・・。

 


・・・。


総一達が4階から5階へ上る階段の前にやってきた時、そこには誰の姿もなかった。

少し前に総一が見た時には少なくとも3人の武装した男達がいた。

しかし全員でやって来た時、そこには誰の姿も無かった。

そのおかげで総一達は特に苦労する事無く5階へと上がる事が出来ていた。


「逃してくれたのか? 俺達を?」

 

5階の通路を移動しながらも、総一は戸惑いを隠せなかった。

 

・・・。

 

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「それにしては様子がおかしいわ。 今も距離はあるけれど追って来ているでしょう?」


その総一に肩を借りている麗佳がすぐにそう指摘する。

実は麗佳の言う通りで、10人程の男達が今もなお総一質から距離をおいてずっと追跡してきている。

5階に上がる事は出来たものの、今も総一達に対する攻撃は続いていた。

しかしそれも何故か散発的なものにとどまり、せいぜい攻撃的な追跡に留まっていた。

そのおかげで素人ばかりの総一達でなんとかしのぐ事が出来ていたのだ。

 

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「1度は逃した筈の僕達を追って来ているのか。 しかも一気に攻撃しない。 確かに妙だな。 僕らを5階に行かせる事に何か意味でもあるんだろうか?」


先頭に立って歩いていた葉月がちらりと総一達の方を振り返る。

するとその時偶然、総一達のずっと後ろに一瞬だけ問題の一団の姿が見えた。

距離を詰めてくる様子はない。


―――まったく気味が悪い連中だな。


一度は攻撃してきたというのに、何故逃がす? そしてどうして逃したのに追ってくるんだ?

その上、一向に攻撃してくる様子が無いとは・・・。

葉月もその不可解さに何とも言えない気分の悪さを感じていた。

 

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「どちらにせよ足を止める訳にはいかないわ、みんな。 攻撃してこないなら今のうちに距離を稼ぎましょ?」


文香は悩むのを止めたらしく、冷静にそう言った。

 

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「御剣さん、次の角は左です。 右へ行くとしばらく進んだ所で行き止まりになります」

「ありがとう咲実さん」


PDAの地図を見てくれていた咲実に礼を言う総一。

そんな2人を見上げながら優希は大真面目に何度かコクコクと頷いた。


「そっか。 行き止まりに行っちゃうと、あの変なのが追いついてきちゃうもんね?」

「そうよ、優希ちゃん」


咲実は不安そうにしている優希を元気付けようと笑い掛ける。


「私がちゃんと地図を見ているから大丈夫。 安心して?」

「几帳面な咲実さんが地図を見てくれてれば安心だ」

 

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「几帳面? 執念深いの間違いじゃないの?」

「もう、かりんさんっ!」


そんな3人のやり取りを見て、優希はようやく少しだけ笑顔を取り戻す。


「・・・向こうの意図が分からず、あまり良い気分はしないが、行けるうちに上に上がりたいものだね。 上でなら隠れてじっとしている事も出来るんだから」

「急ぎましょ、みんな」


葉月と文香の言葉に、残る全員はしっかりと頷いた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


総一達は地図を見ながら最短コースで6階への階段を目指していた。

この状況でエレベーターを使う気にはなれず、選択の余地は無かった。

謎の男達はその間も付かず離れず総一達を追跡しており、逆に言えば総一達は足を止める事が出来ない状況にあった。

そうして逃げ惑う総一達の行く手を塞ぐように現れたものがあった。

それは総一達を更なる混乱状態へ突き落す、新たな仕掛けだった。

 

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「特に何もない部屋だね」


総一に続いて部屋に入った優希は、一度がらんとした部屋を見回してから総一を見上げた。

その部屋はさしわたし30メートルくらいの大きな正方形の部屋で、確かに優希の言うように特にめぼしいものは見当たらなかった。


「でも出口が2つありますね」


咲実が総一の横までやってきて左右の壁を指さした。

この部屋には総一達が入って来た南側のドアに加えて、東と西に2つのドアがあった。


「咲実さん、最短コースで6階に行けるのはどっちのドア?」


かりんも顔を出してPDAを手に持ったままでいた咲実の手元を覗き込む。

 

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「ちょっと待って下さいね・・・。 えっと東側だから、右のドアですね。 右の方が近いみたいです」


咲実はそう言いながらまっすぐに東側のドアを指さした。

 

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「じゃあ、その右側に行こうか諸君」


渚と一緒に麗佳を支えて歩く葉月も部屋に入ってくる。

しんがりは文香で、彼女も葉月達から遅れて部屋に入ってきた。

 

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「急ぎましょ。 奴ら、もうすぐそこにいるわ。 大分距離を詰めてきたみたいだわ」


文香は早口にそう言うと小走りで総一達の所までやってくる。

総一達はすぐに東側のドアに向かったのだが、問題はそこで起こった。

 

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「総一、これドアって言うよりシャッターじゃない?」

「ああ。 そうみたいだな」


かりんに続いてドア――― シャッターに近付いた総一は彼女と一緒に見上げる。

すると総一はシャッターのてっぺんには赤いランプが点灯している事に気が付いた。


―――なんだろう、あれ・・・。


総一がそれを不思議に思っていると、


「よいしょっ、よいっしょっ!」


優希がシャッターに手を当てて押したり引いたりを始めた。

しかしすぐに彼女はそれをやめ、総一を見上げた。

 

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「開かないよ、お兄ちゃん。 代わりにやってみてくれない?」

「うし、ちょっとどいてくれ優希」

「うんっ」


素早く脇にどいた優希に代わり、今度は総一がシャッターに手を当てた。


―――どうやって開けるんだ、これ・・・。


シャッターの真ん前に立ち、総一は改めてシャッターを見直した。

シャッターはつるりとした表面をしており、金属製の1枚の板で出来た強固なものだった。


―――これか?


そしてタッチパネルのようなものがシャッターの右脇に取り付けられている。

総一はそこに手を伸ばした。

総一の手が触れると、パネルは小さな電子音を発した。


「あれ?」


しかしシャッターは微動だにせず、開く気配はなかった。


「開かないね?」


総一のする事をじっと見ていた優希が首を傾げる。


「このパネルじゃないのかな・・・」


パネルの操作を諦めると、総一は優希がやっていたようにシャッターを力任せに開けようとしてみる。


「ふんっ、ぬぬぬぬっ」


総一は腕に思い切り力を込めるが、結果は優希の時と同じでシャッターは微動だにしなかった。


「駄目か・・・」

「諦めるのは早い。 総一君、僕も一緒にやってみよう。 かりん君、代わって貰えるかい?」

「あ、はい!」


葉月は麗佳を支える仕事をかりんと代わると、シャッターの前までやってきた。

 

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「これでも学生時代はラグビーで鍛えてたんだ」


そして彼は自信ありげに来ていたシャツの腕をまくる。


「せーので行くぞ総一君。 横にスライドしないかどうかやってみるんだ」

「はい」


操作用のパネルは右に付いているから、普通はスライドするとしたら左方向だ。

反対向きに開くとなると通りぬけに不便なのだ。


「お兄ちゃん、おじちゃん、頑張って!」

「ああ!」

「頑張ってみよう。 それじゃいくぞ総一君。 せーのっ!」

せいやっ」


総一と葉月は思い切りシャッターを右側へと押した。

2人の腕の筋肉は緊張して張りつめ、特別に鍛えている訳ではないが腕に力こぶが出る程だった。

額には汗が滲み、その顔は真っ赤に紅潮していた。


「ぬぬぬぬっ!」

「だめかぁっ!?」


しかしそれでもシャッターは動かない。

2人の努力をあざ笑うかのように、シャッターはぴくりとも動こうとはしなかった。


「だああっ」

「くそっ、若さが足りなかったか」


そして2人は力を使い果たし、その場にへたり込んだ。

2人はそのままの姿勢でぜいぜいと肩で大きな呼吸を繰り返す。

 

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「御苦労さまです、御剣さん、葉月さん」

「開かなかったね?」


そんな2人を気遣うかのように咲実と優希が近くにやってくる。


「折角応援してもらったのに面目ない」

「僕ももう少し見せ場が欲しいんだが、なかなかうまくないね」


総一と葉月は申し訳なさそうに肩を落としたが、咲実も優希もい笑顔で首を横に振った。


「気にする事無いよ! 頑張ったじゃない、お兄ちゃん達!」

「そうですよ。 どうせ非力な私達がやったって開かないんです。 御剣さん達のせいじゃありません」

 

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「そうね。 でもまずいわよ。 もう奴らがやってくるまでいくらもないわ。 何とかしてこのシャッターをこじ開けないと、ここに追い詰められてしまうわ」


文香の手がシャッターを叩く。

その何センチかありそうな鋼鉄のシャッターは叩かれても揺れない。

まるでコンクリートを叩いたかのような手応えなのだ。


「このパネルが怪しいんだけど」


文香の指がパネルに触れる。

その瞬間、閉まったままのシャッターに寄りかかっていた総一は驚くべき光景を目にしていた。


「あっ!?」


文香がパネルに触れた時、部屋の対岸にあるドアが開いたのだ。

同時にシャッターの上についている赤いランプも青に変わっている。

どうやらランプは開閉を知らせる為のものであったらしい。


「どうしたんですか、御剣さん?」


総一の様子に気付き、咲実が声をかける。


「開いたっ!」


しかし総一は咲実の問いかけを無視して慌てて立ちあがり、開いているドアを指さす。


「ええっ!?」


総一に注目していた咲実が真っ先に反応して総一の指先を追う。

それに僅かに遅れて残る全員の目が一斉に背後を見た。

そんな彼らが目にしたのは、丁度閉まっていくシャッターの様子だった。

そしてシャッターが完全に閉まると、シャッターの上に取り付けられていたランプが赤へと変わる。


「なんと、こっちのパネルを押すと向こう側が開くのか・・・!」


葉月が唖然とした様子でこちらのパネルと向こうのシャッターを見比べている。

 

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「という事は、向こう側のパネルでこっちが開くって事かしら?」


葉月の言葉を受けて麗佳が指摘する。

彼女は左右からかりんと渚に支えられているので、顔だけを向こうのシャッターに向けていた。


「・・・ちょっと確かめてみます」


立ち上っていた総一はそのまま駆け出していく。


「わたしも行く!」


それを追って優希も走り出す。


「優希はそこで待ってるんだ!」

「わたしも行くよ! 面白そうだもの!」


しかし優希は総一の制止を聞かなかった。


「優希ちゃん!」


そんな優希の後を追って咲実も小走りに2人の後を追っていく。


「こら優希」

「ごめん、お兄ちゃん」


反対側のシャッターの前に辿り着くと、総一は追ってきてしまった優希を軽く叱った。

優希はそれに素直に頭を下げる。

しかしこのお説教はあまり効いていないようで、

 

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「御剣さん、優希ちゃん!」


そこへ咲実もやってくる。


―――時間が無い。


このままやるか。

総一は優希を向こうへと追い返すのを諦めると、パネルに手を伸ばした。


「パネルに触りますよ!」

「ああ! やってくれ!」


総一が叫ぶと、すぐに葉月の返事が戻ってくる。

それを聞くと総一はパネルに触れた。

しかしやはり目の前のシャッターは開かなかった。

 

 

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「開いたぞ総一君! やっぱりそうみたいだな!」


だが葉月の声は明るかった。


すぐに葉月の方を振り返ると、葉月達の方にあるシャッターは予想した通りに開いていた。

しかしシャッターはすぐに閉じてしまった。

時間にしてほんの数秒の事だった。


「ちょっとシャッターから離れてくれる?」


文香が叫ぶ。


「はい!」


総一は頷くと優希と咲実を連れて僅かにシャッターから距離をとった。

すると文香が向こうのパネルを何度か押し、総一達の側のシャッターの開閉を繰り返した。


―――分厚い扉だな。


挟まれたら痛そうだ・・・。

それにこの感じじゃ手でこじ開けようだなんて無理な話だったか・・・。

総一がそんな事を考えていると、やがてシャッターの動きが止まった。


「どうやら押してる間だけ開いて、押すのを止めると何秒かで閉じてしまうみたいね!」


今度は文香はパネルを押したままで動きを止めた。

するとシャッターは開いた状態で止まる。


「離すわよ!」


文香がパネルから指を離すと、数秒のタイムラグのあとシャッターは閉じていった。


「じゃあお兄ちゃん、こっちを押してすぐに向こうにダッシュすれば通れるんじゃないかな?」

「そうだな、試してみるか。 ・・・葉月さん!」

「なんだい!?」

「こっちを押して、そっちに走ったら間に合うかどうか試してみます!」

「分かった!」


総一が呼びかけると、葉月達はシャッターの前を開けてくれる。

総一がそこへ走る時に邪魔にならないようにだった。


「優希、今度はこっちにいてくれよ?」

「分かった。 すぐに戻ってきてね?」

「ああ」


総一は優希に頷くと、パネルに手を伸ばした。


「行きます!」


そしてパネルを押した。

その音を確認すると、総一は反対側のシャッターに向かって全力で走った。

振り向いてから走り出したため、初めはその足は遅い。

しかし部屋の真ん中を過ぎる頃にはかなりのスピードになっていた。


しかしあと少しという所で、シャッターは閉まってしまった。

パネルから指を離してからの数秒では、部屋を横断してシャッターを潜り抜けるのは難しいようだった。


「はぁ、はぁ」


短い距離とはいえ、全力疾走した総一は肩で大きく息をついていた。


「御苦労様、総一君。 それにしても総一君で間に合わないんじゃ、あたし達やおじ様では無理そうね」


文香は忌々しそうにシャッターとパネルを見つめていた。

そして悔しそうにシャッターを蹴りつける。

そのあたりがいかにも文香らしくて、息をつきながらも総一は少しだけ笑ってしまっていた。


「こうなると、二手に分かれるしかないのかもしれないな」


葉月も表情を曇らせる。

そして葉月は心配そうに部屋にいる全員を見回した。


「罠ね。 明らかに」


麗佳は冷静にそう分析する。


「私達を分断するつもりなのよ。 なかなかうまいやり方だわ」

「これがその為の罠だというなら、方法は1つです」

「どういうこと?」

「俺だけが向こうに行きます。 そしてこの部屋を出たら最短コースで合流します」

「本気かね総一君!?」


葉月は目を剥く。


「別に自己犠牲の精神で言ってる訳じゃないんです。 これが誰にとっても一番危険が少ないと思うんです。 俺1人なら最短ルートを全力で走る事も出来ますから」


―――他は葉月さんと女性ばかり。


この役目は俺以外には無理だ。

仮に例の武装集団に追われても、総一1人なら逃げのびられる可能性は高い。


「それに追うとしたら、俺よりも人数の多い葉月さん達の方です」


現に今、俺達は8人の総一達を追っている。

人数の少ない方を狙うというのなら今現在総一達を追っているのはおかしい。

残る3人を追う筈だ。

だとすると7対1に別れれば追いかけるのは7人の方、という事になる。


「君1人を生かせるのは相当に抵抗があるが、確かに君の言う通りかもしれんな」

葉月は腕を組んで眉を寄せる。

葉月は総一の提案に全面的に賛成という訳ではなかった。

二十歳前の総一を1人で行かせる事には納得できていない。

しかし確かにそれが一番安全なように思えるのだ。


「僕がもう少し若ければなぁ・・・」


そのまま葉月は悔しそうにシャッターとパネルを睨みつける。


「仕方ありませんよ。 それにそちらの人数が7人のままっていうのは大きいと思います。 そっちはこれまでと対して変わらずに行けるでしょう」


麗佳を連れていて素早く動けない葉月達は、人数が多いに越したことはない。

身を守る為に威嚇射撃するにしても、人手が多くて困ることは無い。


「でも総一君、合流は相当先になるわよ?」


PDAで地図を調べていた文香が総一にもその画面を見せた。

文香の言う通りだった。

この部屋で2つに別れた通路は、それ以降はそれこそ目的地の階段のあたりまで一切交わっていない。


「頑張りますよ」


それでも総一は迷わなかった。


―――他に方法が無いのは明らかだもんなぁ・・・。


「手前のこの部屋で合流しましょう」


そして総一は地図の1点を指さした。

そこは階段の近くにある小さな部屋で、大きな通路からも外れていて隠れるにはぴったりの場所だった。


「分かった。 僕らはそこで待ってるよ」

「俺のが早いかもしれませんよ?」


心配そうな葉月達に総一が笑い掛ける。


「総一」

「大丈夫、心配するなかりん。 咲実さんと優希を頼むぞ」

「うん・・・」

「けど総一君、あの2人がこの提案を納得するかしら?」

 

文香は反対側のシャッターの前にいる咲実と優希を示した。

総一がそっちを向くと、総一の視線に気付いた優希が小さく手を振った。

同時に咲実も笑顔を作る。


「納得させますよ。 今回ばかりはね」


―――ここが正念場ってやつかな・・・。


それが難しいと分かっていても、今度ばかりは総一も譲るつもりはなかった。


「じゃあ行きます。 迷ってる時間はありませんし」

「すまない、総一君」

「言いっこ無しですよ、そういうの」


そして総一は軽く手を振ると咲実達の方へと向って歩き出した。


―――とはいえ何と言って説得したものか・・・。


そんな事を考えながら部屋の中央へ差し掛かった時の事だった。

何気なく部屋の南側の入口の方を見た総一の目に、恐ろしい光景が飛び込んでくる。

これまでずっと距離を取って追跡してきていた武装集団が一気に距離を詰めてきていた。

もうこの部屋に入ってくるまでいくらも時間は無いように思えた。


「咲実さんっ! 葉月さんっ! シャッターを開けて! 奴らが来ました!!」


そう言うが早いか総一は全力で走りだした。

残る十数メートルを一気に駆け抜ける。


―――どうしてなんだ!? 何故今になって急に距離を詰める!?


「どうするつもりなんだ総一君!?」

「こっちはこっちで何とかします! だから今は逃げましょう!」


その時、総一の目の前でシャッターが開いた。

その脇では咲実がパネルを操作している。

恐らく背後でもシャッターは開いていることだろう。


「あいつら入ってきたよ、お兄ちゃん!」


優希の声に総一がちらりと背後を振り返ると、武装した男達の1人が丁度部屋に飛び込んできた所だった。

 

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「咲実さんっ! 優希っ! シャッターに入って!」

「分かりました! 優希ちゃんっ!」

「うんっ!」


咲実と優希は手を取り合って素早くシャッターをくぐった。

その直後、総一はシャッターのパネルに手を当てた。

そしてもう一度背後を振り返る。

すると部屋の反対側でも葉月達が無事にシャッターを通り抜け終わっていた。

唯一、しんがりの文香だけが部屋に残り、総一と同じようにパネルを押さえながら総一達の方を見ていた。

 

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「総一君、どうか無事で!」

「文香さん達も!」


そして総一と文香はパネルから手を離すと、シャッターに飛び込んでいく。

これと時を同じくして2階が侵入禁止となったが、その場にいる全ての人間がそんな事は気にしている余裕はなかった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

 

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「ソードワンよりタロット、応答せよ」
『こちらタロット。 どうした、兵隊さん』


総一達を追う一団のリーダーが無線でどこかと連絡を取っていた。


「2200時をもって、アルファワンの分断に成功。 以降、JOKERの所属する一団3名をアルファワン、残る5名をアルファツーと呼称を変更する」
『了解ソードワン。 引き続き報告を求む』
「了解。 現在アルファワンを追跡中。 安全性を考慮して、アルファワンが体力を消耗するのを待ってJOKERの確保にあたる。 本作戦についてアルカナの承認を求む」
『了解。 そのまま待て』


無線の向こうの人物はそう言って沈黙した。

無線が再び言葉を発したのはそれから十数秒後の事だった。


『ソードワン、アルカナから承認が下りた。 ただしアルファワンとアルファツーの合流前にJOKERを確保せよ。 繰り返す、アルファワンとアルファツーの合流前にJOKERを確保せよ』
「ソードワン了解。 タロット、これで通信を終わる」
『了解ソードワン。 幸運を祈る』
「ありがとう」


お礼の言葉を最後に男はデジタル無線の通話を終えた。

しかしその言葉とは裏腹に男の顔は苦々しく歪んでおり、1度軽く舌打ちをする。


「まったく、向こうの連中は気楽でいい。 我々がどれだけ苦労しているのか分かってるのか?」


男はぼやきながら無線機を着ているジャケットに固定する。


「しかし隊長、それでもようやく何とかなりそうですね?」


隣にいた別の男が最初の男にそう語りかける。

その場には全部で10人の人間がいた。


「あまり気を抜くなよ。 ・・・とはいえ今回ばかりは俺も同感だ」


隊長と呼ばれた最初の男はフッと肩から力を抜く。


「最初にこの任務を聞かされた時は耳を疑ったからな」

「自分もです」


もう1人の男は頷きながら苦笑する。


「しかも『ゲーム』を止めず、カジノの客に気付かれないようにしろっていうし。 目標を傷付けるな、下手に武器は使うな、攻撃に使える時間は1度に1分まで。 正直、今回ばかりは駄目かと思ったぞ」

「自分はマックとカシマが殺られた時にそう思いました」

「あの2人・・・ナンバー2とナンバー10だったか・・・。 どこから拾って来たんだあんな連中。 少なくともナンバー2は明らかに訓練を受けていたぞ?」

「もう良いじゃないですか。 やつらは追い払いましたし、通路は封鎖したのですぐには追ってこれない。 奴らが自分達に追いつく前に、自分達は任務を終えて脱出していますよ」

「そうありたいものだな」


そう言うと隊長の男は壁に立てかけてあったアサルトライフルを担ぎ直した。


「総員、移動するぞ。 先行している例の3人を引き続き追跡する」


――了解!


男の声に、残る9名が一斉に移動の準備を始める。


「適宜プレッシャーをかけつつ追いたて、向こうの体力を削いだ所で一度後退して向こうの足が止まるのを待つ」

「どうしても止まらなかったら、連中が合流する前に強攻する。 何か質問は?」


隊長の言葉が終わる前に全員が出発の準備を終えていた。

隊長はそれを見て満足すると出発の合図を出す。


「では出発する。 くれぐれも焦って撃つなよ? 万が一があったら俺達もただでは済まんからな!」


だが隊長の男は口で言うほど心配はしていなかった。

相手は素人の男女と子供が1人。

分断した事でこれまでとは違って攻撃に使える時間も増えている。

他の参加者による妨害の心配も無い。

これだけの条件が揃えば、もはや時間の問題の筈だった。

だからその場にいた誰もが少し楽観的な気分になっていた。


しかしこの時、そんな彼らを見つめる目があった。


「ふぅん・・・。 泥沼だった割には根性あるわね。 そう思いたくなるのは分かるけど」


その人物は遠くから冷静に彼らの事を分析していた。

士気、訓練度、準備、経験。

そしてその弱点。


「でもま、あたしがいるからまたすぐ泥沼に戻るのよね。 ・・・ふふ、これまでのお礼は、簡単には済まさないからね?」


自信たっぷりな言葉。

それは誰も居なくなった通路に溶けていくのだった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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「下がって咲実さん、優希」

「は、はい」

「分かった」


総一は咲実と優希をその場に待たせ、自分だけ少し通路を戻っていく。

そして突き当りの角からその先の様子をうかがう。


「・・・やっぱりいない・・・。 撒いたのか・・・?」


総一が覗き込んでいるのは長い直線の通路で、身を隠す物が無いため誰かが追って来ているならその姿が見える筈だった。


「いや、諦めてくれた、かな・・・」

 

そうして総一はそのまま壁に寄りかかって大きく溜め息をつく。

例の一団は人数の少ない方をターゲットに定めたらしく、この1時間ほど付かず離れず総一達を追い回していた。

もちろん総一達には逃げる以外に手はなく、散々追い回された結果すっかりクタクタになってしまっていた。

しかし少し前から男達の気配は何故か遠ざかっていた。

こうして総一が背後を確認してもその姿は見えなくなっていた。

それは一時的なものかも知れないが、彼らのプレッシャーから解放された事で総一は思わず全身から力が抜けてしまっていた。

ずっと緊張が続いていただけに、総一の感じている安堵は深かった。


「御剣さん」


そんな総一の様子に咲実と優希が近寄ってくる。

2人とも総一の様子が気になっていた。


「大丈夫、お兄ちゃん?」

「ああ。 心配させてごめん。 どうやら、奴ら諦めてくれたらしいんだ。 それでちょっと気が抜けてしまって」


総一がそう言って通路の角を示すと、咲実と優希は一度顔を見合わせてから角から顔を出して通路を覗き込む。


「ほんとだ・・・いないね?」


するとすぐに優希はホッとした表情を見せる。

だが咲実は無人の通路を見ても真剣な顔を崩さなかった。


「御剣さん・・・、先回りされてるとかは無いでしょうか?」

「多分それは無いよ」

「何故ですか?」

「こういう言い方はなんだけどさ、俺達を倒すのに先回りする必要なんてないだろ?」


総一は何とも形容しがたい複雑な表情でそう答えた。


―――相手は完全武装の兵士だ。


策を弄するまでもなく俺達を倒せる奴らだ。

むしろおかしいのは、それでも攻撃してこないって事だよな・・・?


「そうですね・・・」


咲実は総一の答えを聞いて、ようやくその細い肩から力を抜いた。

その表情にも顔色にも、疲労と苦痛は色濃く滲んでいる。

手足には小さな擦り傷や打撲傷が増え、真っ白く美しかった肌は所々が赤くなっていた。


―――やっぱり疲れてるみたいだな、咲実さんも・・・。


総一はそんな咲実の姿を見ていると胸が痛んだ。

やはりその姿形は総一にとって特別な意味があった。


「ともかく追って来ないなら好都合だよ。 どこかで少し休もう。 2人とも疲れてるだろ?」

「はい」

「わたしまだ元気だよ?」

 

優希は自分が足を引っ張っているのではないかと心配して元気を装っていたが、どう考えても誰よりも疲れているのは彼女だった。


「優希が元気でも俺がクタクタなの」


だから総一は渋る優希を説き伏せようとする。


―――気を遣い過ぎだぞ、優希・・・。


もっとわがままで良いんだ。

無理をさせて優希が倒れてしまうような事にはなって欲しくはなかった。


「・・・うん、分かった」


すると優希はやっと首を縦に振った。

それでも結局、優希の表情からは申し訳なさそうな雰囲気は抜けなかった。

 

・・・。


総一達が腰を落ち着けて休む事が出来たのは深夜を大分回ってからの事だった。

彼らが休息に使ったのは見通しの良い直線の通路の途中にあるホールで、逃げ道が複数ある為に追手が来てもすぐに逃げ出す事の出来る便利な場所だった。

総一達を追いかけている相手はあらゆるセンサーにかからないらしく、こんな場所でもなければ落ち着いて休む事も出来ない。

総一のPDAにインストールされている振動センサーなど、この敵には何の役にも立たなかった。


「・・・皆さん無事でしょうか」


壁に寄りかかって天井を見上げていた咲実がポツリとそう呟く。

無機質な天井を見上げていた彼女だが、その目に映っていたのはしばらく前に別れた仲間達の事だった。


「きっと無事だよ、頼もしい人達ばっかりじゃないか」


そんな咲実の様子に気付き、近くで同じように壁に寄りかかって座っていた総一が慰めの言葉をかける。

 

「さっきの男達が向こうに行ったって事は無いでしょうか?」


咲実の心配はそこに尽きた。

しばらく前から姿が見えなくなった追跡者たち。

それがもし葉月達を襲っていたなら?


「平気だよ。 さっきまでこっちを追ってたんだもの。 もし向こうに行くとしてもまだまだ先の事だよ。 明け方までは確実に葉月さん達には追いつけないんじゃないかな」


このあたりからあの仕掛け扉の部屋まで戻り、改めて葉月達を追い掛けるとしたら相当長い道のりとなる。

総一には例の男達が先行した葉月達に簡単に追いつけるとは思えなかった。


「それにかりんも向こうに行っちゃっただろ? 絶対に向こうの人達の方が強いと思うなぁ」

 

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「そうだねぇ、 子供のわたしと、いかにも女の子って感じの咲実お姉ちゃん。 そしてヘタレのお兄ちゃん。 この組み合わせでよく頑張ってるよね、わたし達」


総一と咲実の間に座っている優希も、咲実を元気付けようとそう言う。


「そんなにヘタレか? 俺」

「うん」

「やっぱりそうか。 昔からそう言われるんだ」


そんな総一と優希の少し間の抜けたやりとりは、咲実の険しい表情を僅かに和らげた。


「大丈夫、御剣さんは頑張ってますよ」

「甘やかしちゃ駄目だよお姉ちゃん。 お兄ちゃんみたいな男の人にはしゅどーけんを渡したら駄目なんだよ」

「難しい言葉を知ってるんですね、優希ちゃん」

「漫画で読んだの」

「そうですか」


くすくす


そこでようやく咲実の表情に少しだが笑顔が戻った。


「・・・きっと大丈夫だよ咲実さん。 もうあれから何時間か経ってる。 もしかしたら向こうはもう合流地点に着いてるかもしれないな」


追い立てられて逃げ惑った総一達とは違って葉月達には追っ手は無い。

まっすぐに目的地に向かっていれば、今の時点で到着していても不思議はない。


「はい。 ・・・そういえば、これで3日目なんですね」


総一の言葉を受けて時計を見ていた咲実はため息まじりにそう呟く。

深夜の0時を回り、総一達がここに閉じ込められてから3日目に入っていた。

正確には『ゲーム』の開始からは40時間あまり。

48時間を越えていないのは『ゲーム』の開始が朝の10時だったからだ。

いつの間にか『ゲーム』の残り時間は半分を切っていた。


「もうそんなになるのか・・・」


総一は驚いた様子で自らの腕時計を確認する。

総一にとってはあっという間の2日間だった。

時間の経過など気にしている余裕はない。

これまでずっと連続して起こる奇妙な事件に慌てていただけなのだ。


「・・・わたしはまだ半分あるのかって思った。 もっと経ってるかと思ったのに」

「私もです」


咲実と優希は総一と反対の印象を持っていたらしく、一度顔を見合わせてから2人で総一に向かって小さく頷いて見せる。


「いろんな事が一度に起こって、ここへ来てからもう何日も経っているような気がします」

「そうだね・・・。 ずっと一緒にいる気がするけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんと会ったのって、一昨日だったんだよね」


そう言われて、総一は出会った時の2人の事を思い出した。


PDAを見ている時に現れた優希。

その無邪気な笑顔。

ベッドで眠っていた咲実。

初めは死んでいるようだった。


「そっか・・・あれは確かに、一昨日の事なんだよな」


総一にも少しずつ、何日も経っているかのような気がし始める。

それを懐かしいと感じるのは、その後の苦労の証明なのだろう。


「あれからいろんな事がありましたね・・・」


咲実はそう言って目を細める。

彼女の脳裏にはこれまでの出来事が次々と思いだされていた。

総一達との出会い。

罠に殺されかけ、そのすぐ後に襲いかかって来た少年はルール違反の罰で黒焦げになった。

手塚と郷田という2人の出会いと別れ。

かりんとの出会い。

エクストラゲームで閉じ込められたりもした。

優希の誘拐と奪還、誘拐した男の死。

葉月達との出会い。

ロボットの襲来と優希の首輪の作動。

そして遂に姿を現した謎の敵。

扉の仕掛けと仲間達との別れ。


「私は、未だに自分が無事なのが信じられません」

「お兄ちゃんが守ってくれなかったら、きっとわたし達やられちゃってたね」


優希が笑顔で指摘すると、咲実は大きく首を縦に振った。


「そうですね・・・」


そのまま咲実の顔が総一に向き、信頼の籠った穏やかな視線が注がれる。


「私達が今も無事でいられるのは、御剣さんのおかげです」

「それを言うなら反対だよ。 俺だって2人がいなきゃここまで頑張らなかった。 きっと1階で膝を抱えて座り込んだまま、その時を待ったんだと思う」


総一は首を横に振る。

その言葉は真実だ。

総一がここまで足を止めなかったのは、この2人がいてくれればこそだった。


「・・・御剣さんは、どうして私達を守ってくださったんですか? ご自分の命が危ないっていうのに」


それは咲実がこれまでずっと知りたかった事。

訊く機会が無かった、あるいは訊く勇気が無かった事。

咲実はこの時になってようやく、それを直接総一に投げかけていた。


「・・・約束があるんだ」


ほんの少し考えてから、総一は質問の答えを口にした。


「ズルをするな。 しっかりしろ。 胸を張れ。 俺はいつもいつも楽な方楽な方に流されて生きててさ。 だからそんな事を、いくつも約束させられたんだ」

「・・・それは、ど、どなたとの約束なんですか?」


今度の質問は咲実にとって重大な意味のある質問だった。

それだけに咲実にはその答えを聞くのが恐ろしくもあった。


「幼馴染との」

「そのおさななじみって、恋人だったの?」


そんな優希のダイレクトな質問は、咲実の表情を一気に強張らせる。

総一はそんな咲実の表情の変化には気付かず、優希に向かって頷いた。


「そうだよ。 ずっと一緒に育った幼馴染でね。 ほんの少し前に俺達は恋人同士になったんだ」


―――やっぱり、そうだったんだ・・・。


咲実は総一の答えを聞いて、目の前が真っ暗になるような気分を味わっていた。

総一に恋人がいる。

それは既に総一に心奪われていた咲実にとって大きなショックだった。

しかし同時に深く納得もしていた。

これまで咲実が総一に対して感じていた疑問の殆どはこれで氷解した。

全ては恋人との約束を果たす為だったのだ。


「優希の言う通りだよ。 俺は本当にヘタレ・・・駄目な奴だった。 何かがあるとすぐに楽なやり方やズルをして解決しようとした。 だからあいつはその度に怒って、俺を正しい方向へと引き戻してくれていたんだ」


そして総一は懐かしそうに目を細める。

今も目を閉じればまざまざと彼女との想い出で蘇ってくる。

ずっと一緒だった。

彼女の全てを簡単に思い出せるようになるほどの長い時間を、2人で過ごして来たのだ。


「優希や、咲実さんを見捨てて帰る事は出来るんだと思う。 でもそんな事をしたら、あいつは決して俺を許さないだろう。 そういう奴なんだ。 融通の利かない、真っ直ぐな奴だから」


そして総一は口元に笑みを浮かべながら優希の頭を撫で続ける。


―――それに俺には見捨てられる訳がないんだ。


あいつと同じ名前の女の子と、あいつにそっくりな女の子なんだから。

恋人を守れなかったという現実は総一を苛み続けた。

そんな総一の前に現れたのが咲実と優希。

それは総一にとって失敗を帳消しにできるチャンスのように思えた。

それこそが総一に咲実と優希を守る決意をさせる原動力だったのだ。


「ずっと・・・御剣さんは私じゃない誰かを見ているんじゃないかって、思ってました・・・」


咲実は微笑みながらもぽろぽろと涙をこぼし始める。


「やっぱりいらっしゃったんですね、恋人さんが。 そしてその人の約束があるから、私達を守ってくださっていた・・・」

「咲実さん・・・?」


泣き始めた咲実。

その零れ落ちる涙は総一を酷く驚かせた。

総一には咲実がそんな風に涙する理由が想像できなかった。


「咲実お姉ちゃんはね、お兄ちゃんの事が好きなんだよ」


首を傾げる総一に優希が説明する。


「えっ・・・」


その言葉はまた別の意味で総一を驚かせた。


「だからお兄ちゃんに恋人がいて残念だったなって思ってるんだよ。 ね、お姉ちゃん」

「・・・すみません御剣さん。 私の勝手で驚かせてしまって」


彼女は申し訳なさそうにしながら自らの涙を拭う。


「誰かとの約束を守る。 素晴らしい事の筈なのに、私は、それを素直に喜べなくて・・・」


総一はその言葉に首を横に振った。


「・・・ありがとう咲実さん。 けど俺は―――」

「はい、分かっています。 ただ、私の気持ちだけは、分かっていて欲しいんです」


咲実は涙を流しながらも笑顔を作った。

だがそれは愛情と僅かな悲しみとが混じり合った、とてもせつない笑顔だった。


「こんな状況だし、言わずにいて後悔したくないんです」

「咲実さん・・・」

「教えてください御剣さん。 もしその人よりも先に私と出会っていたら、あなたは私を選んでくれていましたか?」

「・・・いや」


―――きっとどんな出会い方をしても、俺はあいつを選んでいただろう。


俺は、あいつじゃないと駄目なんだから・・・。


「ありがとうございます御剣さん。 きっとそう仰るんじゃないかと思っていました。 でも―――」


そして咲実の笑顔から悲しみが抜ける。


「でも、たとえあなたが別の誰かを愛していても、私はあなたの事が好きです」


それが今の咲実に出来る、精一杯の愛情表現だった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


咲実が何種類かの保存食が盛り付けられたカップを差し出すと、優希は笑顔でそれを受け取った。


「ありがとうお姉ちゃん」

「こんなものしかなくってごめんなさいね、優希ちゃん」

「ふふふ、そんなのお姉ちゃんのせいじゃないでしょ」


優希は気にした様子もなく、角ばった保存食を楽しそうに見つめていた。

咲実が泣き止んだ後、総一達は食事をとることに決めた。

少し座って休んだ事で食事をとる元気と食欲が戻って来たのだ。


「俺にもちょうだい、咲実さん」

「はい、少し待って下さいね」


総一の声に咲実はにこやかに答える。

そこには既に泣いていた時の名残はなく、咲実はいつもの彼女に戻っていた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


咲実は少し多めに盛られたカップを総一に差し出した。

優希や咲実自身のそれと比べると2倍ほどの量があった。


「もっとちゃんとしたお料理を出せれば良かったんですけど」

「うちのママはお料理とかしてくれなかったからわたしはこれでいいよ」


優希が何気なく口にした言葉。

総一にはそれが引っかかった。


「お料理が苦手だったのかい?」

「ううん。 ・・・ママは、あまりうちに居なかったんだ」


この時優希は笑っていたが、ほんの少しだけ悲しげに眉が寄せられていた。


「うちは多分、恵まれた家なんだと思う。 わたしが欲しいって言えばパパもママもすぐに何でも買ってくれたし、それ以外にもたくさんプレゼントをくれるの」


そして優希の顔から笑顔が消える。


「でも2人とも家には居てくれなかった。 パパはいつだってお仕事でどっかへ行っちゃってた。 ママは最初からわたしと一緒だったけど、だんだんおうちに帰ってこなくなった。 お手伝いさん達はママには外に男が居るんだって噂してた」

「優希・・・」


総一は優希の告白にショックを受けていた。

その内容は10歳の少女が語るにしてはあまりに悲しいものだった。


「パパもママも、顔を合わせれば喧嘩ばっかり。 わたしは何とか2人に仲良くなってもらおうと頑張ったけど、結局駄目だった。 パパもママも、おうちに帰ってこなくなった」


淡々と話し続ける優希。

その話を聞いて総一は気が付いた。

彼女がこんな少女である訳に。

彼女が妙に大人で賢いのも、そのくせ無邪気で甘えん坊なのも。

全てはこの家庭環境のせいだったのだ。

常に両親の顔色をうかがい、その仲を取り持とうとし、必死に家族を守ろうとした。

そんな事をしてきたから、彼女はこんな少女に育ってしまったのだ。


「それでわたしは―――」

「隙あり!」


総一は優希の言葉を遮るようにおどけた調子でそう言うと、食事の手が止まっていた優希のカップから保存食をひとかたまりちょろまかした。

そして優希と咲実が驚いている間にそれを食べてしまう。


「お兄ちゃん!?」


優希は驚いて何度も目を瞬かせる。


「修行が足りんぞ優希。 生きることは戦いだといつも言っているだろう」

「初耳だよ、そんなの」

「そうだったか?」


総一は良い具合に優希の話が途切れた事に満足していた。


―――辛い時に、辛い事を話させるもんじゃないよな、やっぱりさ。


総一は優希に笑いかけながらそんな事を思っていた。


「へんなお兄ちゃん」


そして優希は小さく笑い始める。


「隙あり!」


総一ではない。

この時あがった声は咲実の声だった。

そして咲実は総一の保存食に素早くフォークを突き刺すと、そのまま口に運ぶ。


「さ、咲実さん?」


総一が呆気に取られていると、咲実はあまりしない悪戯っぽい表情を作って横目で総一位を流し見た。


「悪の栄えた試しはありません」

「咲実さんだって同じことやってるじゃない」


総一はおかしくなって笑い始める。


「これは子供の食べ物を奪った事への正当な制裁です」


咲実も一緒になって笑い始める。

その笑い声は総一のものと混じり合い、次第に大きくなっていく。


「えいやっ」


すると今度は優希が咲実の食事に手を伸ばした。

優希が手に持っているフォークが咲実の食事に刺さる。


「隙あり!」


そう言いながら優希は手を引き戻した。


「優希ちゃん!?」


そして優希はそのままフォークを口元に運ぼうとする。


「さらに隙あり!」


ぱくっ


だが咲実の保存食が優希の口に放り込まれる前に、総一が横から顔をだしてそれを食べてしまった。


「ん~、やっぱり塩っけが足りないやね」


そして総一は口をもぐもぐと動かしながら、何食わぬ顔でそう評した。


「お兄ちゃん・・・」


驚いて動きが止まっていた優希だったが、総一がごくりと喉を鳴らす頃にはその表情は明るいものへと変わっていた。


「ふ、ふふふっ、あははははははっ、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、変だよ。 あは、あはははははっ!」


そして優希は笑い始めた。

それはとても明るく、とても子供らしい笑顔だった。


「そうですね、とっても、変ですね」


咲実は笑いながら優希の事を引き寄せる。

そして優希の事を強く強く抱き締める。


「・・・パパとママも、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいだったら良かったのに」


優希は咲実に抱かれながら小声でそう囁く。

咲実が優希を抱き寄せた理由。

それは優希がポロポロと涙を零していたからだった。

優希は悲しかった。

そして同じぐらい嬉しかった。

両親は悲しい結末を迎えたが、ここには自分を愛してくれる人達が居る。

それが悲しくて、嬉しくて。

優希は自分の感情をうまくコントロールできなかった。


「俺だけは変じゃないけどな」

「あはははははははっ」

「うふふふふふっ」


そして3人の笑い声は続く。

この時の3人が『ゲーム』の事を忘れていたのは、恐らく幸せな事なのだろう。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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―――やっぱり咲実さんとよく似ているんだよな。


その人物が目の前に現れた時、真っ先に感じたのはやはりその事だった。


「失敬ね。 似てるのはその子の方じゃない?」
「かもな」


そして同時に、総一は今見ているもの全てが夢である事に気付いていた。


「気付かずにいればもうちょっと夢見ていられたのに。 あんたって変な所が融通が利かないのよね?」


目の前の少女はそう言って笑った。


「融通が利かないのはお前だろう」

「それでずっと迷惑かけたっけね?」


少女は目を細める。

ずっとそうだったのだ。

誤魔化す事も、見逃す事も出来ない、不器用で損ばかりしている少女。

それが総一の幼馴染、桜姫優希という人物だった。


「迷惑なもんか。 お前は、大した奴だった」
「・・・ありがとう、総一」


優希はそっと首を傾げる。

咲実とはほんの少しだけ違うその仕草。

それを見て総一は改めて目の前の少女が自分にとって特別に意味のある人物であると再認識する。


「ね、総一。 そろそろあんたにも分かって来たんじゃないの?」

「何の事だ?」


すると彼女は総一の鼻先に指を伸ばしながら片目をつぶる。


「あんたがあの子達を利用しているって事が」
「・・・ああ。 俺は多分、あの2人を助ける事でお前を救えなかった事を帳消しにしようとしているんだと思う」
「そっか・・・。 そこまで分かってるなら、もう会いに来る必要も無かったのかな」
「そんな事は無い! いつだって、いつまでだって会いに来い!」


総一は懸命に叫ぶ。

しかし彼女は穏やかな表情のまま首を横に振った。


「多分、これが最後よ総一。 そんなに人間は都合良くは出来ていないから」
「俺を置いて行くな優希! 俺にはお前が必要なんだ!」
「・・・私もよ総一。 ずっと幸せだった。 最期の一瞬まであなたを想ってた。 だからもう良いのよ総一。 あたしに義理立てする必要なんて無いのよ」


そして優希は腕を腰の後ろで組、にっこりと微笑む。


「あの子達は総一を必要としてる。 そして総一もあの子達を必要としてる。 それを素直に認めなさい、総一」
「そんな事は無い! 俺にはお前が居れば良かったんだ!」
「総一はあの子達を一方的に守っていただけ? 本当にあの子達は何の役にも立たなかった? あたしの身代わり以上の価値は、あの子達には無かったの?」
「それは・・・」


総一は答えられなかった。


「そうだよね? 総一も本当は分かってるんだよね?」


そんな総一に彼女は再び笑いかける。


「なのにどうしてあの子達を見てあげないの? 意地になってあたしだけを見ているの? あの子達は、ずっと総一を見ていてくれてるっていうのに」
「・・・・・・」
「いつまでもあたしに義理立てしてないで、守ってあげなさい総一」
「守ってるさ! 守ってるとも! お前と約束した通りに!」
「ふふふ、あたしが言ってるのはそんな命だけの話じゃないわよ。 身体だけ守ったって、あの子達は元の生活になんて戻れやしない。 守るべきは命だけじゃない。 それだけじゃ足りないのよ」
「結局、俺は・・・」
「出来る筈よ総一。 あなたはあたしにはそうしてくれていた。 それを少しだけで良いから、あの子達に分けてあげて。 私を言い訳にして、あの子達を利用しないであげて」
「俺は・・・」


そして彼女は総一の事を抱き締める。

甘えるように。

包み込むように。


「本当はもう分かってるんでしょう? 今の総一は、ズルをしているんだって」
「そ、そんな事は・・・」
「ない?」
「・・・・・・」


総一はまた答えられなかった。


「強情だよね、総一は・・・。 良いわ。 別に総一を追い詰めに来た訳じゃないもの。 まだ時間はある。 ゆっくりと考えて」


徐々に彼女の姿は薄れ始めていた。

総一には以前にも経験があった。

それは目