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シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【6】


・・・。


ぜっぜっ、ぜっぜっ


走り続けた総一は完全に息が上がっていた。

一度足を止めると動く事が出来ない。

壁に寄りかかって立つのでやっとだった。

そして口を開けても出てくるのは荒い呼吸のみ。

それは咲実も渚も同じであるらしく、聞こえてくるのは彼女達の大きな呼吸だけだった。

総一のPDAのアラームが鳴る。

総一には画面を見なくてもそれが何を意味する音であるのかが分かった。

残してきた高山が死んだのだ。


――ッッ


総一は腹立ちをぶつけるように寄りかかっていた壁を叩く。


―――また人が死んだ。


そんな必要はないっていうのに………。

おかしな機械による奇襲。

そしてガス。

無事に逃げ延びたとはいえ、郷田の時に続き一方的に攻撃されたのは総一達だった。

おかしいのは私なのか。

かつて咲実はそう言った。

この時の総一には、そう言った時の咲実の気持ちがよく分かった。

おかしいのは自分ではない筈なのに。


『残りの生存者 5名』


そしてその無味乾燥な表示がなおのこと総一の心を逆撫でる。

呼吸は収まっていったが、この腹立ちは収まりそうもなかった。

だから総一はそのままPDAに向かって叫んでいた。


「麗佳さんっ! 聞こえてるんだろ麗佳さん! こんな事をする必要なんて無いんだっ! こんな事をしたって、自分の命しか守れないだろうにっ!!」


高山のPDAの"Network Phone"のチャンネルは2番。

通信状態は良好。

聞こえていない筈はない。


「俺達を皆殺しにした後、それであんたはどこへ帰るっ! 他人を全て排除し続ける人生にかっ! 俺達を信じないあんたが帰って誰を信じる! それじゃああんたはいつまでたってもひとりぼっちだっ!! いつまでも1人で、騙されない私は偉いと笑おうってのか!?」


しかし総一の叫びにも返答はない。

総一のPDAは沈黙を保ったままだった。


「それで本当に生きて帰った事になるのか!? 答えろ麗佳さんっ!!」


――ッッ


総一の手が再び壁を叩く。

彼は怒っていた。

結局のところ麗佳は生き延びる為に人間を辞めたのだ。

他人と対話するリスクを排除し、自分に対して僅かでも危険な要素は全て排除する。

確かにそれで生きて帰れるのかもしれない。

しかしそんな彼女が人間社会に戻って一体どうするというのだろう?

そこへ帰れば再び他人を信じられるようになる?

本当に?

そこで心安らげる?

 

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「御剣さん………」


総一の声に応えたのは麗佳ではなく咲実だった。

総一のPDAは相変わらず沈黙を続けている。


「ちくしょう、なんでこうなるんだ………」


肩を落とした総一は沈黙を続けるPDAを胸のポケットにしまいこんだ。

そして顔を伏せる。


「御剣さん」


もう一度総一を呼ぶと、咲実は両手で彼の手を取った。

そして包み込むように優しく撫でる。


「大丈夫、御剣さんは間違ってない。 貴方が信じているものは正しいんだって私は知っていますから」

「咲実さん………」


咲実にそう言われると、総一は心の中の憤りが僅かに引くのを感じていた。

それはいつか総一が咲実に聞かせた言葉だった。

あの時彼女を支えた言葉が、今は逆に総一を支えていた。


――『いいえ、間違ってるわ2人とも。 信じられるのは自分とお金だけよ』


通路に響いたその声の主は渚ではない。

総一達はその声を聞いた瞬間、身体の緊張を抑えられなかった。

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声の主は郷田。

彼女は総一達の前に忽然と姿を現していた。


「郷田さんっ!?」

「どうやって近付いてきたんだ!? さっきまではあんなに遠くに―――」


言いかけた総一は、そこで彼女の首には首輪が巻きついていない事に気がついた。

郷田は首輪をしていない。

つまり首輪を探知しても無駄という事だ。

郷田は首輪ばかりに注目している総一達に悠々近付いて来たのだ。

 

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そして郷田の銃口が総一を狙う。

彼女にとって危険なのは総一だけだった。


「い、いったいあんたは何が望みなんだ? こんな事をして何の得がある?」


首輪が外れた今、郷田に戦う意味があるとは思えない。

いや、それ以前に行動が矛盾している。

総一達を襲い葉月を殺した筈なのに、それ以降誰と戦ったという訳でもないのに首輪が外れている。

総一達を襲ったのが首輪を外す為であるとすると、その後誰とも接触を持たずに首輪が外れているこの状況は矛盾しているのだ。


「まあ、仕事だから、かしらね? 強いて言えばお金の為になるのかしら」

 

郷田は銃口を総一に向けたままにこやかに答える。

その時に彼女の身に付けたアクセサリー類がきらりと輝く。

見るからに高価そうなその輝きが総一を不愉快にさせた。


「あなたたち2人はちょっと本気さが足りないようだから、少し削ってこいってお達しでね。 私がここまでやって来たって訳」

「えっ………?」


一瞬、総一には郷田が何を言っているのかが分からなかった。

言葉の意味を理解するのに数秒を要した。


―――仕事、お達し。


削ってこい。

それって事はつまり!?


「あ、あんたはまさか、犯人の一味だって事なのか?!」


郷田の言葉が確かなら、彼女は総一達をここに押し込めて妙な『ゲーム』をやらせている連中の仲間だという事なのだ。

総一の驚きと疑問は小さく無かった。

それは咲実も同じで、目を大きく見開き、唖然とした表情で立ち尽くしていた。


「くすくすくす、おかしな子ねえ。 そう言ってるじゃないの」


うろたえる総一に郷田は楽しそうな表情を見せる。


「そうよ御剣さん。 貴方達11人を閉じ込めたのは私達。 ごめんなさいね、これが私達のお仕事なの」


郷田は口では詫ていたが、その表情は申し訳なさそうには見えない。

どちらかといえば出来の悪い教え子をたしなめる教師のような雰囲気に見える。


―――犯人?! 郷田さんがか?!


いや待て、それなら辻褄が合う!

行動の矛盾も、首輪が外れているのにこうしてやって来た事も。

犯人の一味としてそれが必要だったなら!


「11人?」


驚きで黙り込んだ総一に代わって咲実が口を開いた。

咲実は郷田の言葉に疑問を感じていた。

郷田が犯人の一味である事は分かる。

だとすると閉じ込められた被害者は12人の筈だった。

だが彼女は今『11人』と言ったのだ。


「そう。 11人で合ってるわよ」


郷田は本当に楽しそうだった。


「そうよね? 渚ちゃん」

 

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―――え………。


総一と咲実の視線が同時に渚の方を向く。

総一と咲実のすぐ後ろにいた渚。

彼女の表情はすっかり青ざめてしまっていた。

そして落ち着きなく総一と咲実の顔を見つめている。

彼女の頭の飾りがふらふらと不安そうに揺れていた。

総一達が背後の渚に気を取られた瞬間、郷田の指が拳銃の引き金に掛かる。

狙いは変わらず総一のまま。

そしてそれに気付いている人間は渚1人きり。


「総一くん!」


――!!


銃声は一度きりだった。

 

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「馬鹿な子ねぇ………。 一緒に居て情でも移った?」


銃弾を受け床に倒れた渚を郷田が冷ややかに見下ろしていた。


「身体を盾にして守っても、この子達は感謝なんかしてくれないわよ? 自分を何様だと思っているの? 自分が何十人殺したのか覚えてないの?」


郷田は呆れた調子で苦笑し続ける。

郷田が引き金を引いたとき、渚は総一の前に立ちはだかった。

そして総一の代わりに弾を受けて倒れたのだ。


「渚さんっ!?」

「郷田っ! あんたっ!!」

「そんなに怖い顔しないで御剣さん。 私だって彼女の事を撃とうだなんて思ってなかったわ。 貴方にちょっと怪我をしてもらいたいだけだったんだもの」


くすくす


郷田は笑い続ける。


「でも、この結果は予想外ね。 渚ちゃんが司令通りに動かないっていうから無線機の故障かと思ったけど、まさか貴方達を守ろうとしていたなんてね」

「に、にげ、にげなさい、そういち、くん………」

「渚さんっ!」

「は、やく………」


渚は必死に総一達に向かって手を伸ばす。

彼女の服に広がる血の染みはどんどん大きくなり、その怪我が簡単なものではない事が伺われた。

そして息も絶え絶えのその声。

その苦痛が大きい事は明らかだ。

 

「ふふ。 苦しそうね、渚ちゃん。 まあ良いでしょ。 同僚のよしみよ。 苦しまないように殺してあげるわ」


郷田の銃口が渚に向く。


―――いけない!


その瞬間、総一の身体が動き出した。

総一は何もかも分かっていた。

郷田が言っていた事も、そして渚が犯人の一味であるかも知れないという事も。

しかしそれでも倒れている渚を見捨てられなかった。

出会った時の呑気な渚。

楽しそうに料理をする渚。

咲実と一緒に笑い合う渚。

郷田が渚に銃を向けた瞬間それらが頭の中を駆け巡り、総一の身体を突き動かした。

距離は数メートル。

郷田はすぐに総一に気付いて銃を総一の方へ向けようとしていた。


―――なんとしても郷田を取り押さえるっ!


この時の総一は自分が撃たれる事を覚悟していた。

総一が死ねば咲実は1人で生き延びなければならなくなる。

しかしそれでも、今目の前で撃たれようとする渚を見捨てる事が出来なかった。

たとえ彼女が助からないのだとしても、総一にはこんなゴミ屑のような殺され方は容認できなかった。

郷田の銃口が渚から離れて総一に向く。

郷田には正確な狙いを定める暇はない。

自然と最も的の大きな胴体の中央に銃口を向ける事になる。

これならどこに当たってもおおよそ致命傷になる。


―――なんとか捕まえれば!


総一は止まらなかった。

まっすぐにその手を郷田に伸ばす。

弾を受けても郷田を捕まえるつもりでいた。

無理にでもそうしなくては渚も咲実も守れないのだ。


「麗佳さんっ!?」


しかしそんな咲実の悲鳴が、誰にとっても予想外の結果を呼び込んだ。


――!!!!


最初に撃ったのは姿を見せたばかりの麗佳だった。

彼女のサブマシンガンが連射した弾は郷田と渚に当たった。

弾を受けた郷田は大きくよろけ、渚は更なる傷を負った。

同時に郷田の拳銃からも銃弾が吐き出されたが、それは総一の肩をかすめただけで終わった。

郷田はその場に倒れ、彼女を掴む筈だった総一の手は空を切った。

 

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それは一瞬の出来事だった。

麗佳の攻撃で郷田は倒れたものの、総一の危機は続いていた。


「麗佳さんっ、もうやめて下さい麗佳さんっ!!」


咲実の声を無視して麗佳は総一に銃口を向けた。

郷田の次は麗佳。

狙っている人間こそ変わったが、総一は変わらず狙われ続けていた。

しかも状況は悪い。

麗佳の居る場所は総一からも咲実からも遠い。

郷田を取り押さえようとした時のように強引に取り押さえに向かったとしても蜂の巣にされるのは目に見えていた。


―――駄目か………?


さしもの総一も覚悟をしない訳にはいかなかった。

麗佳が狙いを外すのに期待するにはあまりに状況が悪かった。

だから総一は咲実に向かって声を張り上げた。


「逃げて、咲実さんっ!!」

「でも御剣さんはっ!?」

「俺の事は良いっ! どの道助かりはしないんだっ!!」

「でもっ!」


どうせ助からないなら咲実を逃がす。

それが総一の狙いだった。

そのためにじりじりと咲実を麗佳から隠すように移動していく。

死ぬのは怖くない。

しかし咲実が傷つくのは恐ろしかった。


「早くいって咲実さんっ! 俺を無駄死にさせたいのかっ!!」

「そうはいかない」

 

麗佳は引き金に指をかけて総一を狙う。

咲実が逃げないように総一を殺し、咲実も殺す。

それで『ゲーム』はおしまい。

全員が死んだ後で、悠々とPDAを集めれば良い。

しかし何故かすぐには引き金は引かれなかった。


――この御剣と咲実が私を騙そうとしているっていうの?


もう何人も殺してしまった今になって、麗佳の胸の中には迷いが生じていた。

先程PDAから聞こえていた総一の言葉。

そしてこの危機に際しても相手を思いやっている2人。

本当に2人は信じられないのか?

総一の言葉ではないが、たとえ全員を殺して帰れたとしても、本当の意味では元の生活には戻れないのではないだろうか?


―――でも殺さないと。


でないとこれまでに殺してきた人の命が無駄になってしまう。

それが麗佳が後に引けない理由だった。

既に人を殺めてしまった彼女には、もはや殺人者として勝利する道しか残されていなかった。

もしここで他人を信じて戦いを放棄するなら、何故最初にそうしなかったのかという事になる。

麗佳は殺してしまった命の為に、他人を信じる事が出来なくなっていたのだ。


――!!


しかし結局、麗佳の銃が総一に向かって火を噴く事は無かった。

その前に倒れた筈の郷田が麗佳を撃ってしまったからだ。

 

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「こ、んな、こと、で………っ」


――!!!!


それに対して、ふらつきながらも麗佳が反撃する。

彼女のサブマシンガンからは多くの銃弾が吐きだされて郷田に殺到した。

傷を負って動けない郷田は麗佳の反撃をまともに浴びた。

そして郷田は自らが作った血の池に顔から突っ込み、そのまま動かなくなった。

動いているのは彼女が握っている拳銃の銃口があげる煙だけだった。

麗佳はそのまま壁に寄りかかった。

しかし負った傷の為に立っている事が出来ず、そのまますぐにその場に座り込んでしまった。


ごぼっ


そして麗佳はすぐに口から血の塊を吐き出す。

彼女の内臓は深く傷ついていた。


「因果応報、とでも………いう……、わけ? 認めない………。 認める、もんですか……。 だったら私は、どうやって、生きれば良かったというの?」


座っている事も出来なくなった麗佳は身体が横倒しになる。

白かった彼女のワンピースは出血で真っ赤に染まっていく。

それはまるで真紅のドレスであるかのようだ。


「わ、私は、間違ってない、おかしくなんか―――」


しかし彼女の言葉は途中で途切れてしまった。

もはやその喉が震える事はなく、瞳も力を失ったように濁っていく。

そして、静寂が訪れた。


・・・。


「ごほっ、ごほっ」


2度繰り返されたアラーム、そして苦しげな渚の咳が静まり返った通路に響く。

それを聞いて総一と咲実は我に返った。


「渚さん!」

「生きてるんですね!!」


2人は焦りながら渚に駆け寄っていく。

 

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「生きてるっていうか、死んでないというか」


渚は落ち着いた声でそう言う。

彼女は仰向けに倒れた姿勢のまま、総一と咲実は見上げていた。


―――これは………。


郷田から受けた銃撃。

麗佳から受けた銃撃。

その傷は深い。

渚はまだ死んでいないというだけで、すぐに死んでしまいそうな状態だった。

銃弾は彼女の胴体をまんべんなく傷つけていて、即死していないのが不思議なくらいだった。


「ふたりとも、ぶじ?」


渚は立ち尽くす2人に向かってその手を伸ばした。

差しのべられた血まみれの手を見ると、咲実は慌ててしゃがみその手をとった。

総一も咲実を追うようにして渚の傍にしゃがみこむ。

2人とも流れ出す渚の血液で汚れてしまったが、そんな事は気にしなかった。

2人にとって大事だったのはあくまで目の前の女性だった。


「渚さんっ!」

「無事です、渚さんが守ってくれたから!」

「そう、よかった………」


ずっと心配そうだった渚の表情が緩む。

時折苦痛で歪んだが、その表情には明らかな安堵の色が浮かんでいた。


「へ、へへ、ごめんね、ずっと騙してて」


渚が心底申し訳なさそうに囁く。

傷の苦痛とはまた違う、辛そうな表情を浮かべて。

瞳には涙が滲み、悲しみで目は伏せられている。


「そんな事どうだって良いんですよ、渚さんっ」

「そうですっ、渚さんは何度も私達を助けて下さいました! 危険な目に遭わされた事なんて無いじゃないですか!!」


渚は犯人の仲間だという。

しかし総一も咲実も忘れていない。

出会ってからの渚がどういう人間だったのかを。

いつも笑顔を振り撒き、料理が好きで、へそ曲げると子供っぽくて。

たとえそれが演技だったのだとしても、彼女は総一達を傷つけるような事はしなかった。

そして危機に際しては総一と咲実を守ってくれた。

麗佳のガスから、そして郷田の銃撃から。


「………そういってくれると、嬉しいけど、さ。 じぶんから、ちゃんと、謝っておきたくって」


渚は荒い息をしながらも嬉しそうな表情を浮かべる。

それは何かから救われたような穏やかな表情で、不思議なくらい幸せそうだった。

総一にも咲実にも、彼女がその表情を浮かべる理由は分からなかった。

しかしその顔を見ていると感じるのだ。

彼女は何かを成し遂げたのではないか、と。


「もう良いですから、喋らないで下さい渚さん」


喋っているだけで苦痛だろう。

息をするのだって精一杯の筈だ。

そんな彼女に無理をさせたくない。

総一は彼女に出来るだけ安らかに眠って欲しかった。


「そうですよ、渚さん。 もう全部分かってますから」


咲実も総一の意図を汲んで笑顔を浮かべる。

咲実が泣いている姿を渚は望まないだろうから。


「じゃ、じゃあ、ひとつ、お願いしても、いい、かな?」

「はい、何でも仰ってください」

「何ですか、渚さん?」


総一と咲実が頷くと、渚は辛そうな表情を浮かべて囁いた。


「とどめ、さして、もらえない、かな。 たすからない、し、とっても、くるしい、から………」


はぁ、はぁ、はぁ


渚の荒い呼吸。

そして額に滲む脂汗。

痛みに歪む顔。

彼女が感じている苦痛は大きく、そしてその間隔は狭まってきている。


「わ、わかりまし、た」


カチャッ


総一は結局ここまで一度も使わなかった拳銃を腰の後ろから引き抜いた。

別に大口径の銃という訳ではない。

たかだか9mm口径のハンドガンだ。

しかしそれを握ると、ずっしりとした重みが手にかかった。


―――こんなにも重いものなのか………。


それは初めて人を殺す為に引き抜かれた。

渚の苦痛を取り除いてやる為であっても、それは避け難い事実だった。

総一は自分が人を殺すのだという事実に震えていた。


―――お、俺は………、守る筈だった人を殺すのか………。


それは大きなジレンマだった。

咲実と渚を守ってやるつもりでここまでやってきた。

しかし渚が重傷を負い、生き延びる見込みが無くなった。

そしてその苦痛を取り除く為には撃ち殺さなければならない。

痛みから救ってやるため。

渚がそう望んでいるから。

しかしどれだけ言葉を繕っても、総一が渚を殺すという事実は動かなかった。


「お、俺は………」


総一は両手で銃を支えると、ゆっくりと銃口を渚に向けた。

 

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「ごめん、ね、総一くん。 こんな事を、お願いしてしまって」


総一に銃を向けられても渚は動じたりしなかった。

苦痛に表情を歪める事はあっても、それはあくまで苦痛によるもので、総一に向けられたものではなかった。

むしろ銃を向ける総一に感謝していた。


―――苦痛から救ってやる為なら良いのか? 彼女が望んでいればいいのか?


だが撃ってやらなければ彼女は自然な死が訪れるまでずっと酷い苦痛に苛まれる事になる。

人を殺すのは罪悪だが、この場合は仕方がないのではないか?

引き金に掛かった指が震える。

総一はまだ迷っていた。


「………その罪を貴方だけに背負わせはしません」


咲実の手が震える総一の手を包み込む。

そして彼女のほっそりとした指も総一の指の上から引き金に掛かった。


「咲実さん………」

「ずっと一緒です」

「………ありがとう、咲実さん」


結局ここでも総一を救ったのは咲実だった。

彼女の小さな手が総一の震えを止めてくれた。

その罪を半分、引き受けてくれようとしていた。


「………」

「………っ」


しかし、

それでも総一達は撃つ事が出来なかった。

咲実の呼吸が早まっていた。

短く切羽詰まったような呼吸が繰り返されている。

総一に寄り添うようにして手を重ねる咲実の呼吸は総一の耳に良く届いていた。

そして総一の手に重ねられている彼女の手も体温が上がっている。

総一には彼女の動揺が良く分かった。

咲実だって本当に渚を殺したいだなんて思っていないのだ。

そしてそれは総一も同じだった。

咲実が半分引き受けてくれるようになった今も、指は動いてくれなかった。

何度引き金を引こうとしても、指は凍りついたように動かないのだ。


――何故出来ない? やるならすぐにやらないと、無駄に渚さんが苦しむだけなんだぞ!?


総一と咲実の顔が苦しげに歪む。

もしかしたらこの時2人は渚以上に苦しんでいるのかもしれなかった。


「………やっぱり、無理なんだね、2人には………」


そんな2人を見上げる渚の声は優しかった。

まるでそうなる事が最初から分かっていたかのような、優しげな声だった。


「ごめんっ、渚さんっ」

「わ、私達はっ!」


結局、総一達は弱かったのだ。

人を裏切らないという事は、誰も傷つけずに済むという事でもある。

人を傷つける事を恐れる2人には、それをする事が出来なかっただけなのだ。


「ううん、良いの。 それで良いのよ。 強いっていう事は、それだけで残酷なのかもしれないから」


渚はつくづくそう思っていた。

彼女は自分の為に他人を踏みつけにする事が出来た。

だから彼女は今もここにいるのだから。

渚の手が持ち上がる。

その血にまみれた手は、ゆっくりと総一と咲実の手を包み込む。

 

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「私は今日まで分からなかった。 信頼や優しさは強さなのか、弱さなのか。 でも、貴方達を見ていて分かった気がするの」


その時、渚は微笑んだ。

その手にしたぬくもりこそが全てであるかのように。

それだけあれば満足であるかのように。

その笑顔は総一と咲実の視線を釘付けにした。


「そんな事どうだって良い事なのよ。 大事なのは――――」


だから2人は、渚の指が自分達の指の上に重なっている事に気付かなかった。


「ここへ来た時のままの貴方達が、今もここにいるって事だと思うから」


――!!


銃声。

総一と咲実はその音で何かが起こった事に気付く。

そして銃口から立ち上る煙と、渚の胸に広がっていく鮮血とで、渚が自分達の指の上から引き金を引いてしまったという事を知った。


「渚さんっ!」

「どうしてっ!!」

「ふふ、さあ、どうしてでしょうね………」


渚の顔からはどんどん血の気が引いていく。

彼女の胸を貫いた銃弾は心臓を突き破り、彼女からあらゆる力を奪っていった。


ぱたり


総一達の手を包んでいた渚の手が落ちる。

総一と咲実は慌てて拳銃を投げ捨てると渚の手を取った。

総一達も思っているのだ。

その手にしたぬくもりこそが全てであると。


「渚さんっ」

「なぁに、咲実さん………。 よくきこえない………。 ああ、そっか、そうだよね、わたし、死ぬんだもんね………」


渚の耳はもう聞こえなくなっていた。

次第に視界も暗く、狭くなっていく。


「総一くん、咲実さん」

「はいっ」

「はいっ!」


もはや聞こえていないと分かっていても、総一達は力の限り彼女の声にこたえる。

そしてその手を強く握りしめる。


「最後まで、私と、麗佳ちゃんを信じてくれて、ありが、と、………」


・・・。


それが渚の最期の言葉だった。

その言葉に前後して彼女の身体から力が抜けていく。

胸は息を吐き出したまま再び吸い込むことはせず、総一達を見ていた瞳は焦点を失い、まぶたが力を失い半分だけ下がった。


「渚さんっ! 渚さんっ!!」

「目をあけて下さい渚さんっ、ここまでみんなで頑張ってきたんじゃないですか!」


彼女の最期の言葉の意味は総一達には分からなかった。

しかし彼らにはそんな事よりも渚が死んだ事の方が大事だった。

だから彼らは無意味である事を知りつつも、渚に呼びかける事をやめる事が出来なかった。


・・・。


いつものふざけたアラーム。

総一達にはもはやそれを確認する気も起きない。

今の彼らには生存者が残り2名になったという事実には少しも価値を見出せなかった。

彼らはその現実を認めたくないのだから。


「ちくしょうっ! なんでこんな事ばかり起こるんだっ!!」


そうやって総一が叫んだ時だった。


聞いた事のない電子音、そして総一の首輪に取り付けられた緑色の発光ダイオードがチカチカと点滅を繰り返している。

 

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「御剣さんっ、首輪がっ!」
「首輪っ!?」


そして首輪とPDAから合成音声と思しき妙に不自然な声が流れ出した。


『おめでとうございます! 貴方は見事にクイーンのPDAの持ち主を殺し、首輪を外す為の条件を満たしました』


「何ぃ!?」

「どうしてっ!?」

「そんな馬鹿なっ、咲実さんはまだ生きてるんだぞっ!?」


総一も咲実も何が起こっているのか分からなかった。

クイーンのPDAの持ち主を殺せば首輪が外れる事は知っている。

しかし持ち主である咲実は今も彼の隣で生きている。

条件は満たされていない筈だった。


「今死んだのは渚さんで、咲実さ―――」


その時、総一の脳裏に閃くものがあった。


―――咲実さんのPDAはどこにいった?


「御剣さんっ、私のPDAですっ! 私のPDA、渚さんに渡したままなんですっ!!」
「!!」


あまりの事に総一は言葉が出てこなかった。

咲実のPDAは、彼女が総一の手伝いをする為に渚に渡した。

渚はそれでずっと敵の動きを探ってくれていた。

それが咲実に返される前に、総一達の銃は火を噴き、渚の命は絶たれた。

確かに総一達はクイーンのPDAを持っている人間の命を絶っていたのだ。

2人とも総一の首輪を外す為には、彼が咲実を殺す以外にないと思っていた。

完全にそう思い込んでいた。

クイーンのPDAを今現在持っている人間を殺せば良いなどとは想像もしなかったのだ。


「じゃ、じゃあ、渚さんは、この為に………」
「あっ………」


自分の死期を悟った渚は、どうせ死ぬなら総一の首輪を外そうと考えた。

幸い咲実のPDAは彼女の手元にあった。

あとはとどめをさしてくれと言えば良い。

首輪を外す為に殺せと言っても総一達は頑として受け入れなかったろう。

きっと銃すら抜かなかったに違いない。

だからとどめをさしてくれと願った。

やがて彼女の目論見は成功し、総一の条件は満たされた。


「渚さんっ、貴女って人はっ」


――ッッ


総一は思い切り床を殴りつける。

総一は怒っていた。

しかしそれが何に対する怒りなのかが分からない。

自分? それとも犯人? ルール?

渚を撃った郷田と麗佳?

それとも最後の最後で自分を騙した渚?

何に怒ったらいいのかが分からない。

胸の中の憤りにやり場がない。

総一は混乱の極地にあった。


「渚さん、ありがとう………」


ぽつ、ぽつぽつ


咲実の涙が物言わぬ渚の頬にこぼれ落ちる。

渚は咲実と総一を一緒に帰れるようにしてくれた。

それは咲実が決して出来ないと思っていた事。

何度も夢想しては諦めてきた、儚い夢だった。

咲実は悲しかった。

その理由は総一の怒りと同じだ。

だから何に悲しんでいいのかが分からない。

しかし咲実は感謝する事が出来た。

自分の大切な人を守ってくれた渚に。

そしてその死だけは、確実に悲しいと思える事だった。

咲実は自分の涙をぬぐう事も忘れて、半開きになっていた渚のまぶたに手を伸ばしてそっと閉じた。


「おやすみなさい、渚さん」


そうすると渚の死に顔はまるでいつもの表情で微笑んでいるかのようだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「ごはん、もうすぐできますから」
「何か手伝うよ」


キッチンに立ち総一の方を振り向いた咲実。

しかし彼女は総一の申し出に首を横に振った。


「御剣さんはそこに座っていてください。 これぐらいは私にやらせて頂かないと、最後まで私は役立たたずで終わります」


――最後まで。


「そんな事気にしなくて良いのに」
「少しぐらいわがままを言ってくださっても良いじゃありませんか」


くすくすくす


咲実が背中を向けたまま声に出して笑う。

そんな楽しげな様子の彼女の背中を見て、総一も口元に笑みを浮かべる。


「女は家事ができれば良いんじゃ。 学問なぞいらん!」


昭和の頑固おやじの決まり文句を口にする総一。

すると鈴を鳴らすような笑い声が聞こえてきた。


「ふふふふっ、それは差別発言ですよ?」
「さじ加減が難しいやね」


そして2人は笑い合った。

ここは6階にある戦闘禁止エリア。

2人は数時間前にここにやってきていた。

生存者数は2人。

この建物の中で動いているのは総一と咲実の2人きりだった。

この状況では戦闘禁止もなにもないのだが、ここは生活環境が良かった。

食料もあれば、風呂もベッドもあった。

もちろん咲実が今料理しているのはここのキッチンユニットだった。


「出来ましたよ」
「おっ、待ってました」


咲実は出来上がった料理をお盆に載せて持ってきた。

ここには生鮮食料品は少なかったが、そこは咲実の工夫でカバーしたらしく何種類かの料理が並んでいた。


「大したものは作れませんでしたけど」
「上出来上出来、文句はないよ」


腹が空いていた事もあり、咲実が目の前に並べてくれる料理はどれも美味そうに見えた。

ソーセージとじゃがいもを使ったスープ、保存食を手直ししたらしき雑炊、とうもろこしやコンビーフを使った炒め物などなど。

この不自由な環境なのになかなかに食欲をそそるメニューだった。

 

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「………渚さんならもうちょっと巧く作ってくださったんでしょうけど」
「そんな事ない。 十分だ」


一瞬暗くなりかけた雰囲気を吹き飛ばすように、総一は力強く断言した。


「………はい」


ほんの少しだけ目元をぬぐうと、咲実も笑顔を浮かべる。


「ほら、せっかく咲実さんが作ってくれたんだから食べよう食べよう!」
「そうですね」
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」


言うなり総一は食事に手を伸ばした。

そしてがつがつと忙しく食べ始める。


「なにもそんなに急いで食べなくても、誰も取ったりしませんよ」
「そうなんだけどさ」


―――誰も取ったりしない。


総一の頭の中にその単語が何度も木霊する。

渚、文香。

総一の食べてる物を横から取っていった人達。

彼女達はもうどこにも居なかった。

総一と咲実が隣り合って座り、その向かい側に渚と文香。

そして葉月がその2組を繋ぐようにして座る。

かつてはそうやって5人で座っていた。

しかし今は2人。

総一と咲実の2人だけなのだ。


―――本当に、2人になっちまったんだな、俺達………。


思わず無人の席を見つめる総一。

気がつくと咲実も総一と同じように無人の席を見つめていた。


「こんな事、言っちゃ駄目なのは分かるんですけど、やっぱり、わたし、2人は悲しいです」


彼女はそのまま顔を伏せ、声を殺して泣き始めた。

すぐにポタリ、ポタリとその顔から涙がこぼれおちていく。


「俺もだ、咲実さん」


総一の視界も涙で滲んでいく。

この数時間というもの、ずっとこんな事の繰り返しだった。

何をしてもすぐに死んでいった人間の姿が思い出され、2人きりだという現実が彼らを苛む。

一緒に帰ろうと力を合わせた人達。

敵対した人達。

そして言葉を交わす事も無く死んでいった人達。

総一と咲実以外の11人。

いくら避けようとしても、どうしてもその話題に行きあたってしまう。


「御剣さんの首輪が外れて、私の首輪ももうすぐ外せて、生きて帰れるっていうのに、喜んで良い筈なのに、どうしてこんなに悲しいのか。 どうしてこんなに寂しいのか」


そしてとりわけ色濃く思い出されるのが、総一の首輪を外す為に死んでいった渚。

その最後の笑顔と、穏やかな死に顔。

それを思い出すたびに思うのだ。

もっと別の運命があったのではないだろうかと。

みんなで一緒に帰れるような運命が。

馬鹿な事もあったもんだと笑い合えるような穏やかな結末が。

しかしそれも意味のない夢物語。

現実は総一と咲実の2人きり。

誰もが『死ぬかもしれない』という不確かな恐怖に駆り立てられて行動し、そして死んでいったのだ。

「俺達13人はさ」


総一は涙をぬぐう。


「ここに入れられた時点で負けは確定だったんだ」


ここから帰っても幸せになれる人間なんて居ない。

普通の人間はきっと何かしら心に傷を負う。

そしてそうでない人間はもともと幸せからは縁遠い人生を歩んでいる。

ルール上の勝利など見せかけに過ぎない。

ここに入れられた時点で負けなのだ。


「でも俺には咲実さんがいた」


総一は泣き続ける咲実の手を取る。


「咲実さんがいたおかげで、俺は俺のままここにいる」


総一が崩れそうになった時に彼を守ったのはいつも咲実だった。

そして咲実の危機は必ず総一が救ってきた。

彼らは死んでいった人間の事を引きずって、これからも長い間悲しむのかもしれない。

しかしそれでも総一と咲実は元の生活へ帰る事ができるのだ。

彼らは彼らのままここにいた。

麗佳が道を踏み外したようにはならなかった。

 

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「私にも、御剣さんが、居てくれました………。 だから私は、ここにいます」


咲実も顔を上げて涙を拭う。


「………1人じゃなくて、良かったです」
「………ああ、俺もそう思う」


そして互いの手を強く握りあう。

その手から伝わってくる温もり、確かな鼓動。

総一はそこに居る。

そして咲実もそこに居る。

彼らは1人ではないのだ。

それは2人にとって、この奇妙な3日間で得た唯一のものだった。


・・・・・・。


・・・。

 

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木々の緑と、雲ひとつない青空が輝いていた。

風は穏やかで、春先に芽生えた蕾を静かに揺らしている。

その日の公園は家族連れでにぎわっていた。

大きな敷地を持つ自然公園。

冬が終わり春を迎え、休日に家族と過ごすにはもってこいの場所だった。


「………いい天気だ」


そう呟く総一の横を3歳くらいの男の子が駆け抜けていく。

彼はその先に待つ母親に向かって全力で走っていった。

男の子も母親も笑顔で、その表情は今日の太陽のように輝いていた。


「風も収まってくれてよかったです。 春一番は酷かったじゃないですか?」


咲実も男の子を目で追いながらそう答える。

咲実は総一の腕に自分のそれを絡め、寄り添うように歩いていた。

浮かべている笑顔と相まって、2人は恋人同士のようだった。


「そうだね………。 うちでは洗濯物が飛んで大騒ぎだったよ」
「ふふふ、私は去年お気に入りが飛んで行ってしまいました」


2人はそんな風に言葉を交わしながら公園内を走る遊歩道を歩いていく。

2人が向かっていたのは自然公園の奥で、彼らが歩くにつれて人通りは減っていった。


「ここらでいいかな」
「………はい」


彼らが足を止めたのは完全に人通りの無くなったあたりでの事だった。

その場所は自然公園の一番奥のあたりで、その先は未整備の山林だった。

そこは小高い丘の天辺で、特に見晴らしの良い場所だった。


「申し訳ないけど、ここで我慢して下さいね」


総一は何故か咲実の肩からかかっていた鞄に向かってそう声をかけた。

咲実はその鞄を肩からおろした。

そして中から小さな包みを取り出した。

総一が話し掛けていたもののようだ。


「うし、始めようか」


それを見届けると総一は自分の鞄の中に入っていた小さなスコップで穴を掘り始めた。


ザック、ザック、ザック


総一は手を動かし続ける。

人通りが無く踏み固められていない土は大した抵抗は見せず、総一はすぐに深さ数十センチの穴を掘る事が出来た。

 

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「良いですか?」
「ああ、このぐらいの深さで十分だと思う」


総一が腰を上げて場所をあけると、代わりに例の包みを抱きしめていた咲実が前に進み出てきた。


ガササッ


そして咲実は包みを開けた。


「ずっとこんな袋の中ですみませんでした、皆さん」


老眼鏡、リボン、ハンカチ、携帯電話のストラップ、ライター。

 

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全部で5つ。

咲実はそれらを順番に穴の中に納めていく。


「墓石はこれでいいかな」


そこへ総一が大きな石を抱えて戻ってきた。


「ありがとうございます」


総一は穴の傍に置くと、咲実の横に控えた。

そう、総一達が作っていたのはお墓だったのだ。


総一と咲実が解放されたのは一月ほど前の事だった。

彼らが目を覚ましたのはビジネスホテルの一室だった。

意識が戻った2人は抱き合って泣いた。

生きて無事に解放された安堵と、多くの人が無残に死んだ事に。

その部屋には総一達の荷物が全て揃っていた。

咲実が集めていた"死んでいった者達の遺品"もそこにあった。

しかしあの建物の証拠になるようなものや、死んだ人間の身元が確認できるようなものは全て抜き取られていた。

だから葉月の老眼鏡がそこにあっても、北条かりんの学生証はそこには無かった。

その代りに彼女の携帯電話に付けられていたストラップが置かれていた。

総一達は遺品を家族に届けてやるつもりでいた。

しかしその試みは全て徒労に終わった。

名前だけではそれぞれの人間を特定するには至らなかったのだ。

そもそも総一と咲実の住んでいる場所自体も遠く離れており、全員が日本全国バラバラの場所から連れてこられていたのも特定を難しくする要素の1つだった。



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「ご家族に会わせてあげられなかったのが申し訳ないですね」
「………仕方ないさ。 俺達の事でさえああだったんだ。 どの道、見つけられなかったんじゃないかな」


総一達が行方不明になっていた4日間。

彼らが行方不明になっていたとう事自体がうやむやになっていた。

通っていた学校には正式な欠席届が出されており、また家族にも友達の家に泊まっているという旨の電話が入っていた。

かかってきた電話の番号が総一達の携帯に一致しており、家族はそれを総一達の電話だと信じて疑わなかった。

そして問題の4日間の間、数度の電話のやり取りがあったのだという。


「誰も信じてくれませんでしたね」
「内容が内容だからだろうね」


作られた現実がそこにあった。

だから総一達が何を言っても誰も信じなかった。

友達の家に泊まっていたのではなく、殺し合いをさせられていたんだ等と言っても誰も信じてくれなかった。

それは建物に閉じ込められた彼らが最初に信じなかったのと同じ。

あまりに荒唐無稽な内容に、総一達の言葉が現実だとは思えなかった。

誰もが冗談だと思って笑った。

また、それが真実だと証明する方法も無い。

総一達の時のように、首輪とつけられた人間が目の前で死んでくれる訳ではないのだ。

だからせめてお墓を。

周りに信じてもらう事を諦めた2人はそんな風に考えてここへやって来た。

誰も信じなくても11人もの人間が死んでいったのは事実。

なのに誰にも知られる事無く、弔ってもらえないのは総一達には悲しく思えたのだ。


「皆さんをひとつのお墓で良いんでしょうか?」
「1人で埋まっているのは寂しい気がするんだ」
「………そうですね」


咲実が遺品を穴に納め終わると、総一がそこに土を被せていく。

埋められた遺品は5つ。

仲間達のものが4つに、北条かりんのものが1つ。

総一達が回収してこれたのはそれだけだった。

土を被せていると、総一の脳裏をあの4日間がよぎっていく。

 

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渚、高山、文香、葉月。


手を取り合った人達の記憶。



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郷田、麗佳、手塚、長沢。

襲ってくる恐ろしい姿。

無残に死んだ北条かりんという少女。

そして名前も分からない少女と中年男性。

記憶も一緒に埋めてしまえれば楽だっただろう。

しかしそんな事は無理だし、してはいけない事でもある。

もはや彼らの最後を知る者は総一達2人だけなのだから。

埋め終わると総一はスコップの腹の部分で土を押し固め、用意してあった墓石をその上に据えた。

 

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そして咲実が墓石の前に小さな花を供える。


「今はこれだけですけど、そのうちお供え物をいっぱい持って来ますから」


立ち上がった咲実は滲んでいた涙を拭う。

これが本当の意味での、仲間達との別れだった。


「次はお盆かな」


そう言って総一は顔を上げた。


青い空。

今日の空には雲はほとんどない。

しかし八月のお盆の頃にはきっとモクモクと入道雲でいっぱいになっている事だろう。


「………そうですね」


咲実は総一の腕をとり寄り添うと一緒に空を見上げる。

咲実が気を抜くと、すぐに青空がゆらゆらと滲んでしまいそうになる。

だから咲実はもう一度目元をぬぐうと、総一の手をぎゅっと握り締めた。

しばらくそうやって空を見上げていた2人だったが、やがて総一は口元に笑みを浮かべて目を閉じた。

そして少ししてから目を開けると、咲実に向かって元気に声をかけた。


「よしっ、行こうか、咲実さん」


そして咲実の手を強く握りしめる。


「はいっ」


咲実も笑顔を見せる。

彼らには帰るべき場所があった。

取り立てて素晴らしいものは無いけれど、あの4日間、必死にそこへ帰る事を目指した。

死んでいった人達もそれを望んでいた。

みんなで帰ろうと。

だから帰ってこれた総一達は、悲しんでばかりいては駄目なのだ。

ここに座って泣いているだけでは、帰った事にはならないだろうから。


「また会いに来ます」
「さようなら、皆さん」


そして2人は墓石に背中を向けた。


・・・。

 

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「御剣さん」


歩き始めてすぐ咲実は総一を呼んだ。

総一が顔を向けると、咲実はまっすぐに彼を見上げていた。


「ん?」
「私は、御剣さんと同じお墓に入れますか?」

 

総一はその言葉に笑顔を浮かべると大きく頷いた。


「うん。 咲実さんが俺を1人にしないでくれるならそうなるよ」
「それは………、寂しいからですか?」
「えっ?」


思わぬ問いに瞬きを繰り返す総一。

その間も咲実は真剣な表情を崩さず、総一を見上げている。


「そんな筈はないだろ」


気を取り直した総一はそう言うとそっぽを向いた。

彼が続けて言おうとしている言葉は、あまり面と向かって言える言葉ではないのだ。


「………咲実さんが大事だからだよ」
「ふふっ」


すると咲実の表情がぱぁっと明るくなる。

一瞬前までの真剣な瞳は消え、穏やかで優しげな、いつもの彼女の瞳がもどってきていた。


「でも何十年先だろうかね、そんなこと」
「くす、くすくすくす」
「そんな先の事心配する事無いって」
「くす、あら、大事な事ですよ?」
「そうかなぁ………」


総一は苦笑気味に頭を掻く。


「私は、貴方がいれば何があっても大丈夫なんですから」


辛い事も、悲しい事も。


「………」
「御剣さんはそうじゃないんですか?」


そんな咲実のまっすぐな物言いに総一が思わず無言で彼女を見ていると、彼女は心配そうな表情を作る。


「………俺はそうでもないかな」
「えっ?」
「一緒にいるだけじゃ駄目だろ、やっぱり」


そして総一は咲実の手を握り締める。

最初は意味が分からずきょとんとしていた咲実だったが、すぐに笑顔を作ると総一の手を握り返してくる。


「くすくす、やっぱり、貴方がいれば何があっても大丈夫だと思います」
「強情だよ、咲実さんは」


総一も笑い始める。

笑いながら総一はちらりと背後を振り返った。

お墓はもうずいぶん遠くにあったが、辛うじて視界の端に引っ掛かっていた。


―――渚さん、俺達は大丈夫です。


なんとかやっていけそうな気がします。


「ん?」


咲実も振り返るが、総一より頭一つ小さい彼女にはもうお墓は見えないらしく、すぐに不思議そうな表情を作って総一を見上げる。


「何かありましたか?」
「いやぁ、何にもないけど。 ただ他の女の人の事を考えてた」


彼が考えていたのは渚の事だ。


「………知ってますか?」
「何を?」
「私って、結構嫉妬深いんです」


にこにこ


咲実は奇妙なくらい明るく笑い始める。


「女の嫉妬は鬼より怖いんです」
「おーこわ」


―――この子に人を憎んだり恨んだりできるもんか。


言葉とは裏腹に、総一は胸の中でそんな風に思っていた。

彼女の嫉妬どうこうはそれこそ言葉だけだ。

人を恨み、憎めるようなら、咲実には総一の心を守り切れはしなかったのだから。


「参考までに教えてほしいんだけど、浮気したりするとどうなるの?」
「………ええと」


咲実は考え込む。

やっぱりその辺は考えていなかったらしい。

困ったような顔でああでもない、こうでもないと考えている。


「駄目じゃん」


総一は笑い始める。


「そもそも御剣さんがそんな事を言うからいけないんですっ!」


総一はむくれる咲実を見ながら最後にもう一度背後を振り返った。

しかしお墓はもう見えなかった。


―――じゃあ行きます。


またいずれ、みなさん。


「聞いてますか? 御剣さんっ」
「聞いてる聞いてる」


そして総一は怒りだした咲実を前に、どうやってなだめようかと真剣に考え始めるのだった。


・・・・・・。

 

 

・・・。

 

 

 

 

 

こうして、ひとつの物語は終わりを告げた。

…だが『ゲーム』はまだ、続いている……。

 

 

・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【5】

 

・・・。

 

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時間には余裕が無かったものの、結果的に彼らの移動は楽になっていた。

手塚の遺した9のPDAには建物に仕掛けられた罠を地図上に投影する機能が追加されており、咲実のPDAの首輪の検索機能と合わせて使う事で総一達の負担を大幅に減じていた。

罠にはまる心配がなくなり、他の人間の位置が分かる。

つまり危険の殆どを事前に察知する事が出来るようになったのだ。

しかしこの建物に閉じ込められてから3日目である上に、緊張状態で朝から休みなし。

彼らの疲労はピークにさしかかっていた。


「ふぅ……、間に合ったみたいね」


5階へ上がる階段を見つけた時、文香は両手を腰に当てて思わず胸を撫で下ろしていた。

その表情には疲労の色が濃く、また階段を見上げる目にはあからさまな安堵が滲んでいた。

 

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「大丈夫だっていってるのに~」

「ごめんごめん、渚さん。 あたしこれで結構臆病でさ」


以前渚が指摘したように9時間おきにフロアが進入禁止になるのだとすれば、まだもう少し時間には余裕がある。

しかし本当にそうである保証はない。

これまでの事から類推しただけで、別にそういう風にルールに記載されている訳ではなかった。

それだけに総一達は移動している最中も切りのいい時間になるたびに緊張せずにはいられなかったのだ。


「またこういう目に遭わないように、一気に6階まで行ってしまいたいわね」


階段に足をかけた文香が少し前を登る総一に提案する。


「そうですね、咲実さんも渚さんも最後の最後まで首輪が外せない訳ですし」


総一もそう答えながら階段を上がっていく。

咲実も渚も首輪さえ外れれば下のフロアに逃した方が良い。

だが不幸にして彼女達は終了直前になるまで首輪を外す事が出来ない条件なのだ。

 

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「今なら9番とこれが使えるから安全ですしね?」


咲実が自分のPDAを軽く振りながら、横の総一の手元にある9のPDAを指さした。

どちらも安全確認の為に今しがた使ったばかり。

5階の階段周辺には首輪の反応は無く、罠も見当たらない。

一番階段の近くにいる人間でも数ブロックは向こうだ。

彼らが呑気に話をしながら階段を登っていられるのも危険がない事を知っているからなのだ。


「ええ。 それに使える回数に限りがあるから、残っているうちに行ってしまいたいし」


ここに来るまでに既に数回咲実のPDAで首輪の所在を検索している。

おかげで彼女のPDAのバッテリーの減りは早く、既に1割は余計にバッテリーを消耗してしまっていた。

このペースでいけば、そう遠くないうちに彼女のPDAはバッテリー不足で起動できなくなるだろう。


「そろそろ休みたいところですけど、6階まで行ってからの方がゆっくり休めるのかもしれませんね」


・・・。


「おなかすきましたよね?」


階段を登り切り、5階へ辿り着いた総一と咲実。

 

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「そういや腹減ったなぁ」

「じゃあじゃあ、6階にいったら私がなんかつくるよ~」


渚がはしゃぎ気味にそれを追う。

文香はそれを微笑ましいと思いながら最後の数段を登っていった。

 

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「なら決まりね。 ずっと休みなしで大変だけど、もうひと頑張り―――」


―――対人地雷!?


だが階段を登りきった文香の目がそれを捉える。

楽しげに笑い合う3人は気付いていない。

彼らのすぐ横にある対人地雷。

階段の手すりの影に隠すようにして置かれていた。

そして点灯していたシグナルが緑から赤に変わる。


「あぶない、みんな伏せて!!!」


文香は3人に向かって飛ぶと、思い切り突き飛ばした。

 

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――!!!


・・・。


「やったか?」


響いてくる地鳴りを聞きながら長沢はそう呟く。

彼はそう言いながらもPDAを忙しそうに操作していた。

彼のPDAの画面には先程からいくつかの光点が表示されていた。

特に長沢が注目したのは彼の居る5階よりも1つ下のフロア、4階を移動する光点だった。

反応が大きかったので、彼はそれを総一達だろうと踏んでいた。

彼のPDAには新たな機能が2つ追加されていた。

1つ目は館に張り巡らされた振動センサーの反応を地図上に投影するというものだった。

その性質上、何人なのかまでは正確には分からなかったのだが、反応の大きさから人数を想像する事が出来た。

人数が増えれば足音も喋る声も大きくなるのだ。

2つ目の機能は、一緒に見つかった対人地雷を遠隔操作できるというもの。

彼はそれを階段の出口に設置し、振動センサーを見ながら爆破したのだった。

 

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「はやく戻れ、このポンコツっ!」


しかし今は画面にエラーが表示されていた。

彼が頼るのが振動センサーである為、地雷が爆発した爆音によりセンサーがシャットダウンしてしまっているようだった。


「おっ」


しばらくするとエラー表示が消え画面に光点が戻った。

ようやくセンサーが再起動したらしい。


「ちっ、しぶといな」


反応は1人のものよりも大きかった。

それはつまりまだ複数人がそこで行動しているという事だった。


「仕留め損ねたか。 面倒くさいけど………」

 

長沢は一言そう呟くと立ち上がる。

そして荷物を、とりわけ武器を慎重に確認すると移動を開始した。


・・・・・・。

 

・・・。

 

総一達にとって幸運だったのは、振動センサーが総一達の5階到着を検知してから、実際に対人地雷が爆発するまでには若干のタイムラグがあった事だろう。

2つのソフト、2つの通信、そして長沢自身を経由して実行されたそれは、検知直後の爆発とはならなかった。

その刹那の差のおかげで、文香は総一達を守り切る事が出来たのだった。


「文香さん!?」


突き飛ばされて倒れた総一は慌てて飛び起きると、爆音で痛む耳もそのままに文香を抱き起した。

 

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「そう、ち、くん、無事…?」


横向きに倒れていた文香は弱々しい口調でそう呟いた。

そして彼女を抱く総一の手に、ぬるりとした生温かい嫌な感触が広がっていく。


ポタ、ポタポタ


総一の指の隙間を抜け、その生温かい何かは床にこぼれ落ちていく。

初めは小さな点だったそれも、すぐに大きな染みになって広がっていく。


「無事です、無事ですよ文香さん! 貴女が守ってくれたから!!」

「そ、よかった………」


文香の顔からどんどん血の気が引いていく。

彼女の中にあった血液は、今は総一の足元に広がっている。


「文香さんっ!」

「大丈夫? 文香さん~」


咲実と渚も文香に姿を見せる。

2人とも心配そうな表情ではあったが、五体満足のようだった。


―――良かった、間に合って。


文香は安堵すると、口元に小さく笑みを浮かべた。

彼女は満足だった。

総一達を守る事が出来たのだ。


「これじゃもう………」


総一は文香の負った傷を見て愕然としていた。

彼女の身体に刻まれていた傷は大小様々。

本来総一達が負う筈だった傷の全てを彼女が引き受けたような有様だった。

特に右の脇腹から背中にかけての傷は酷く、そこからは目に見える勢いで血があふれ出していた。

誰にでも分かる程に手の施しようが無かった。


「あ、ハハ。 ちょっと、気を抜きすぎた、わね」

「文香さんっ!」


その明るい性格で、ともすれば暗くなりがちな総一達を支えてくれていた文香。

その彼女が死んでいく。

総一にはそれは大きなショックだった。


「ふふ、どうせあたし、キミと同じ、ごほっ、だからこれで、よかっ」


文香は痛みに顔をしかめながら件名に言葉を紡ぐ。


「き、気を付けるの、よ、総一、君。 ここからは、キミが、やらなきゃ駄目なんだから」

「は、はいっ」


抱いている総一には文香に近付く死の足音が良く分かった。

身体からは力が抜け、両手にかかる重さが増えていく。

それなのに何かが軽くなっているように感じるのは、命が失われていると分かっているからだろう。


「文香さん、もう喋らないで」


咲実が泣きながらそう言った。

文香の有様を見れば、喋るだけで苦痛である事は明らかだ。

わざわざ喋って苦痛に晒される必要なんてない、咲実はそう考えていた。


「そうは、いかないわ………。 あたし、おしゃべり、好きだから………」


文香は泣き続ける咲実に笑いかけると、視線を渚に向けた。


「渚さん、2人をお願いします。 これからは、貴女の力も、必要になる筈だから」

「わか、分かりました、文香さん~!」


頷く渚に満足すると、文香は総一に向き直った。


「………ずっと、キミが何を思っていたか不思議だったけど、ふふふ、こうなってみると、良く分かるわ」


その死を覚悟した透明な視線が総一の目を射る。

優しいけれど力強いそれは総一の心の深いところを揺さぶる。


「こうなったら、意地でもやり遂げなさい。 守る筈のものを、今度こそ守り抜きなさい」

「え………」


総一は文香が何を言っているのかが分かった。

そして分かったからこそ戸惑った。

何故、この人はそれを知っているのだろう、と。


「文香さん、どうして―――」

「ごめん、総一君。 キミの声が、もう、きこえない。 そ、うだ、もし、咲実ちゃんを、最後まで守り切ったら、お姉さんが、御褒美に、デートしてあげる」


そして震える手が総一の顔に伸びる。


「ボウヤ、お返事は?」


文香には聞こえない。

だから総一は大きく頷いてみせた。

すると文香は弱々しいながらも、満足げに微笑んだ。


「頑張りなさい、何十年かは、待っていて、あげるから―――」

 

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その直後、上がりかけていた文香の手がぱたりと落ちる。

彼女の目がふっと閉じられ、身体から完全に力が抜けた。

そして大きなため息をつくかのように息を吐き出すと、それっきり文香は動かなくなった。


「………文香さん………」


結局、彼女の手は総一の顔まで、届かなかった。


――!!


総一のすぐ傍で銃弾が跳ねる。

しかし総一はそれでも動く事が出来なかった。

 

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「くそっ、死んだのは1匹だけかよ!」


しかし続いて聞こえてきた長沢の声と総一のPDAのアラームに、彼は強く反応した。


「お前か、長沢………」


それは咲実も渚も聞いた事のないほど、低く恐ろしい声だった。


「さっきの爆発はお前がやったのか………」

「だったら何だってんだよ、バーカ!!」


――!!!


長沢の嘲笑と共に、その手の中のオートマチックの拳銃が火を噴く。

そのうちの1発が総一をかすめたが、彼は気にしなかった。

今の彼を衝き動かしていたのは怒りだった。

その目も眩むような怒りは、彼から恐怖や悲しみといった感情を完全に駆逐していた。


写真を握ったまま死んだ葉月。

蜂の巣になって死んだ北条かりん。

相討ちになった手塚と名前も分からない少女。

そして、今腕の中で眠るように死んだ文香。


不条理な現実。


おかしな『ゲーム』とそれに乗って他人を殺し始めた連中。

そして繰り返される無意味な死。

総一は怒っていた。

その全てに。

総一はサブマシンガンの撃ち方は知っていた。

安全装置の外し方も、構え方も、映画やドラマではお馴染みだ。

それをただ真似すればいい。

銃口を長沢に向け、後は引き金を引くだけだ。

 

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「御剣さんっ!!」


しかしそんな総一を止めたのは咲実だった。

彼女は横から総一に向かって身体を投げ出すようにして飛びついた。

咲実に飛びつかれた総一はバランスを崩して倒れた。

そして総一が立っていたあたりを長沢の発射した銃弾が通り過ぎていく。

2人が倒れ込んだ場所は階段を上がってすぐの所にある僅かなスペースで、長沢の居る通路からは死角になっていて銃弾は飛んでこなかった。

そしてすぐに渚もそこへ飛び込んでくる。


「咲実さんっ、邪魔しないでくれっ!」


咲実に飛びつかれて命を救われた事にも気付かず、総一は咲実を押しのけようとした。


「駄目です、御剣さんっ!!」


しかし咲実はどかなかった。

彼女は必死だった。

彼女の想いはただひとつ。

総一を守りたい、それだけだった。

それは長沢の銃弾から命を守りたいというだけの単純なものではない。

咲実は怒りに駆られて銃を撃とうとした総一が、その後どれだけ後悔するかを想像すると…いても立ってもいられなかった。


―――撃たせちゃいけない。


今のこの人に人を殺させてはいけない。

咲実が総一を傷つけると考えたもの。

それは彼自身の抱える怒りだった。

いつもの総一が仕方ないと判断して銃を撃つなら良いだろう。

しかし激情に駆られている今、総一にそれをさせる訳にはいかなかった。


「あいつが文香さんを殺したんだぞ!」

「落ち着いて下さい、御剣さんっ!」


総一は咲実の下で暴れ続ける。

非力な咲実にはしがみついているだけで精一杯だった。

このままでは総一はすぐに咲実を振り払い、再び銃を構えるだろう。


―――いったいどうしたら?! どうやったらいつもの御剣さんに戻ってくれるの!?


御剣さんを驚かせればいいかもしれない。

でもどうやって?!


ばっ


総一の腕が咲実の下から抜け出した。

そしてそれが咲実にかかる。


「御剣さんっ!」

「どいてっ、咲実さんっ!!」


―――もう駄目っ!!

 

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追い詰められた咲実は思い切った行動に出た。

両手を総一の首に回すと、ぎゅっと総一を抱き寄せる。

そして目の前にやってきた総一の唇に向かって自分の唇を押しつけた。


「――――!?!?」


咲実の目の前で総一の両目が大きく見開かれた。

そして同時に総一の身体がぴたりと止まる。

それを確認すると咲実はゆっくりと総一から唇を離した。


「さ、咲実、さん? いったい、何を………」

「落ち着きましたか? 御剣さん」


そして咲実は頬を真っ赤に染めたまま総一の瞳を覗き込む。

―――あ………。


そこでようやく、総一は自分が文香の死に混乱して取り乱していた事に気付いた。

冷静になるのは一瞬だった。

それほど咲実のキスは総一にとって予想外の出来事だった。

そしてやはり、それには咲実が総一の『友人』に似ているという事も力を貸していた。


「ご、ごめん咲実さん、俺、どうかしてたよ」


総一は自分を落ち着かせるためとはいえ、咲実にキスまでさせてしまった事を申し訳なく感じていた。

 

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「いいえ。 冷静になって頂けたなら構いません」

 

―――良かった、本当に良かった………。


そんな風に安堵する咲実だったが、視線は総一の口元から目が離せなくなってしまっていた。


「でも、どうしたものか」


総一が長沢の方を覗くと、彼はそれに気付いて銃撃してきた。

幸い銃弾は壁に阻まれて当たらなかったが、総一達もそこから動けなかった。

階段前のホールを駆け抜けて長沢の居ない方の通路に逃げれば良いのだが、遮蔽物の無いホールを抜けるあいだ彼の銃から身を守る方法が無い。

彼の狙いは意外に正確だった。

また、いつ進入禁止になるか分からないので下には降りられない。


「いつまでそうしてるつもりだい? 御剣の兄ちゃん? こっちも暇じゃないんだ、雑魚なら雑魚らしくさっさと出てきて撃たれてくれよ!」


長沢の声が飛んでくるが、今度は総一はそれには反応しなかった。


―――だが手はないのは確かだ。


いっそ、撃ち返してみるか?

総一は手の中のサブマシンガンに目を落とした。

先程は怒りにまかせて撃とうとしたそれ。

冷静になるとその使用はためらわれた。

そこで総一は咲実に止められた事を思い出し、彼女へと目を向けた。


「………」


咲実は赤い頬のままボーっと総一を見つめていた。

しかし総一の視線に気付くと慌てて表情を取り繕った。


「なんですか?」
「ちょっと牽制で撃ってみようかと思ってさ。 このまま一方的に撃たれてたら、向こう側につく前に怪我しそうだし」
「………御剣さんにお任せします」


そして咲実はいつもの顔で微笑んだ。

もう自分が止める必要はない、そんな顔だった。


「総一くん、大変!」

「どうしたんです?!」


珍しく緊張した声を上げた渚。

 

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総一が問い返すと彼女は真剣な眼差しで一度こちらを振り向いた。


「向こうからも誰か来たよ!」


そして渚はまさに総一達が逃げようとしていた方向を指差した。


「えっ!?」


慌てて総一が目を向けると、そこには予想だにしない人物の姿があった。

 

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「高山さん!!」


それは下のフロアで出会い、後の再会を約束した高山だった。


・・・。

 

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――ッッ


「ちっ」


長沢は白煙に視界が奪われると同時に後退を開始した。

その白煙は見た事のない大男が撃ってきた煙幕弾によるものだった。


――!!!


後退した長沢が通路の角に飛び込むか飛び込まないかぐらいのタイミングで、煙幕の向こうからマシンガンと思しき一斉射撃がやってくる。

長沢が警戒した通りの展開だった。

後退していなければ今頃あそこで銃弾を受けていたに違いない。


「………一体何なんだ、あの男は?」


長沢は圧倒的に有利な状況をぶち壊しにされて怒っていた。

総一達は銃の使い方が分からないのか、それとも単なる腰抜けなのか、全く反撃してくる様子が無かった。

そして彼らは逃げ場を失い、あとはじっくりと止めを刺せば良いだけという状況だった。


「あと2人だってのにっ」


長沢は首輪を外す為には3人をその手で殺さなければならない。

彼のPDAは3だった。

しかしあの大男の登場で全てはぶち壊しになってしまった。

大男は総一達の逃走を助けるべく長沢の前に煙幕を焚いた。

直後の銃撃も恐らく大男によるものだろう。

結局殺す事ができたのは対人地雷で1人だけ。

残りは取り逃がしてしまった。


「………けどまあ、いいか。 残り2人で良いんだから、無理して戦う事なんてないんだよな」


総一達には大男が合流した。

という事は総一達が腰抜けでもあの大男は攻撃してくるだろう。

4人に増えた分、大男を倒すのは難しい。

だとすると単独でうろついている連中を相手にする方が何倍も簡単の筈だ。


「同感ね」


そんな女の声と共に、足元に金属の塊が転がってくる。

 

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「えっ?」


長沢が足元に転がってきたものが手榴弾だと気付く前にそれは爆発した。

 

――!!!!


「私も無理してあなたと戦う必要はないと思う」


だから女のその言葉は長沢には聞こえなかった。


・・・。


「やっぱり壊れてしまっているわね」


倒れた長沢に弾を撃ち込んでとどめを刺した後、女―――麗佳は彼の荷物からPDAを見つけ出していた。

けれど彼女はさして残念には思っていなかった。

彼女は距離をおいたままPDAを壊さないように気を付けながら長沢と戦うのは危険だと思った。

だから彼のPDAの事は無視して、殺せるうちに長沢を殺してしまう事にしたのだ。

 

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「今回の戦利品は1台だけか。 慣れないうちは仕方ないわね」


そう言いながら壊れていた長沢のPDAを投げ捨てる。

玲佳は既に文香のPDAを回収していた。

文香も爆発に巻き込まれたという意味では長沢と同じだったが、彼女の場合爆風が背中側から来たおかげで身体が盾になってPDAは無事だったのだ。


「これで2台。 この調子で無理せず慎重にやるのよ麗佳。 もう2人殺してるんだもの、絶対勝って帰らなきゃいけないわ」


麗佳は怖い目をして笑い始める。

目は血走り、口は半開きになり、強張った形相をより一層薄気味悪いものへと変貌させていた。

総一ではないが、もはや麗佳は初日の彼女とは別人だった。

心のどこかが壊れてしまい完全に暴走していた。

 

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「ふ、ふふふ、ふふふふふっ」


麗佳は笑い続ける。

その声は無人の通路に反響し、奇妙なぐらい大きな声となってあたりに響き渡るのだった。


・・・・・・。


・・・。

 

 

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高山が総一達を案内したのは、階段からも戦闘禁止エリアからもある程度距離がある建物の片隅だった。

そこはもとも通路の行き止まりにある小部屋だったのだが、高山がフロアから様々なものを集めてきて要塞化していた。

ドアの前には家具を積み上げたバリケード

その内側に設置された大型の機関砲が異様な雰囲気を放っている。

またそれ以外にも武器は色んな種類が集められていた。

爆発物をはじめとする軍用の兵器もある。

他にも食料や医薬品など、様々な道具がそこにあった。


「こんなものまで………」


総一は目の当たりにしたロケットランチャーや機関砲に唖然としていた。

長沢が使ってきた地雷にも驚かされたが、ここにあるものはそれ以上だった。

 

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「上のフロアで見つけたものだ」

「え………、行ったんですか? 6階に?!」

「ああ」


高山はあっさりと頷いた。


「だから武器だけ持って降りてきた」

「何故です?」

「………君の言葉がそのまま答えだよ御剣。 上にはこんなものがあるからだ」


高山の答えはシンプルだった。


「6階ではこの種類の武器を使った消耗戦になる。 だから俺は持ち運べるレベルの武器を1フロア下へおろして陣地を作った。 ここなら俺だけが使える分、有利だ」


6階には破滅的な武器が散在している。

爆発物にしろ機関砲にしろ、人間同士の戦いでは大げさすぎる代物だった。

6階に留まればそれで戦い合う事になる。

それを避けるために高山は1フロア下に降りて来たのだ。


「エレベーターは昨日吹っ飛ばした。 もうこのフロアに6階にある武器を運ぶ方法は無い」


機関砲にしろロケットランチャーにしろ、人間1人で運ぶには重すぎる。

高山はエレベーターを使ったが、それ無しに上から運びおろすのはほぼ不可能に近い。

それぐらいならこのフロアで手に入る携行武器を使おうと考えるだろう。


「そしてこのフロアの武器だけでは、このバリケードを抜く事は出来ん」


そう言いながら高山は設置された機関砲の胴体を叩いた。

その重く分厚い金属の音はそれだけで総一に機関砲の威力が強いだろう事を想像させた。

確かに人間1人が抱えられる武器だけではこの機関砲やロケット砲はどうにもならないだろう。


「だからここに?」

「そうだ。 ここが進入禁止になるまでの残り時間が9時間と少し――――」


その時、全員のPDAのアラームが鳴った。


『4階が進入禁止になりました!』


画面にはそう表示されていた。


「このフロアに居られる残り時間は9時間。 とはいえそれまではここは安全という事になるな」

「でも本当に9時間かどうか分からないんじゃ?」


総一達も9時間刻みでフロアが進入禁止になっていく事に気付いていた。

しかしその確証が無い。

だから総一達は急いでいたのだ。


「いや、大丈夫だ」


そう言って高山は総一に自分のPDAを見せた。


「残りは9時間で間違い無い」

「あ………」


高山のPDAの画面は総一のものとは少しだけ違っていた。


『4階が進入禁止になりました! 5階が進入禁止になるのは8時間59分後です』


彼のPDAには進入禁止になるまでのカウントダウン表示が追加されていたのだ。


「敵は残り2人。 例の少年か、あのワンピースの女性か、どちらかが死んだ筈だ。 そして我々は4人。 ここなら守るにはたやすい。 後になって6階へ上がる事もな」


高山は総一達を助ける前に麗佳の姿を見かけていたらしい。

つまりあの場所には郷田を除くすべての人間が集結していた事になる。

そして文香が死んで残りが7人になり、総一達があの場所を離れた後に6人となった。

従って郷田が別の場所で罠にかかって死んだという場合を除けば、麗佳と長沢のうちのどちらかが死んだ事になるのだ。


「安心していい。 ここは安全だ」

「はい………」


焦って上の階に登る事ばかりを考えていた総一だったが、高山の言葉に納得すると大きく安堵の息を吐き出した。

高山に力強く安全だと断言されると不思議と安心できた総一だった。


「御剣さん、高山さん、そろそろ食事の準備ができますよ」


その時、咲実が部屋の中からバリケードの方に顔を出した。

彼女と渚は奥の部屋に入って食事の準備をしてくれていた。


「すまない、こっちに持ってきてくれるか? 一応見張りはしなければならないからな」

「あ、そうですね。 分かりました。 用意できたら持ってきます」


そして最後に咲実はちらりと総一を見て笑顔を零すと、部屋の中に姿を消した。


「君は心配性だが、女性陣はタフなようだな」


咲実が姿を消したドアを見ながら高山が笑う。


「結局、女性が強いって事なんでしょうね。 昔からそう言うじゃないですか?」

 

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「………まったくだ」


高山と総一は顔を見合わせると苦笑するのだった。


・・・。


「すると、JOKERは既に壊れている可能性が高いという事か?」

「はい。 そう思います」


総一達と高山の情報交換が続いていた。

総一は高山にこれまでの経緯を順番に話して聞かせていた。

今は丁度手塚と少女が相打ちになったあたりの話だった。

そこまでの死亡者の数と、手塚が持っていたPDAの数が合わない。

それを理由に総一達はJOKERが既に壊れていると考えていた。


「とはいえ残る2人とは会わねばならんな。 君達の言う通りだとしても、この時点で博打は打てん」


残る郷田ともう1人と会い、PDAを確認しない事には高山としては首輪を外す事は出来なかった。

JOKERが確実に壊れている保証がない。

それに危ない橋を渡るなら終了ギリギリでも同じなのだ。


「そうですね………。 残る人間が誰であるにせよ、これまでの事からすると攻撃してくるのは間違いないでしょうし」


郷田、麗佳、長沢。


その誰もがこれまでに総一達を攻撃してきたり、他の誰かを殺すのを見た事がある相手だ。

首輪を外す為に必要なのだろうから、そう遠くないうちに向こうから姿を現すだろう。


「戦わずに済むといいですね」


総一の隣に座っていた咲実が食事の手を止めてそう呟く。


「俺も銃で撃たれるのは好きじゃないな」


高山がそれに同意する。

総一も渚も同じ気持ちだった。

しかしそれを期待するのは難しいという事も十分に分かっていた。


「とすると、俺達は身を守るついでに、高山さんに協力するのが良いかな」

 

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「分かりました」

「はぁ~い~」


咲実と渚がすぐに頷く。


「この先は守ってやれる保証は無いぞ? 俺も自分の心配で手一杯だ。 お前達の場合、どこかに隠れていた方が安全かもしれん」


総一の首輪は外しようが無く、渚と咲実は時間の問題。

ならば危ない橋を渡る必要はない筈なのだ。


「どの道彼らは追ってきます。 それなら固まっていた方が安心です」

「そうか………」


それは高山としても願っても無い事だった。

最初に出会った頃なら総一達は単なる足手まといだったが、こうして武器やPDAの機能が充実してきている今、人手は多くて邪魔になる事は無い。

言い方は悪いが、最悪でも弾よけにはなるのだから。


「ならば仲間として言っておく」

「はい?」

「これを食べ終わったら、少し休んでおけ。 フラフラのお前達と行動を共にする気にはなれん」


高山は咲実と渚が用意した食事を示しながら真面目な顔でそう言った。


「時間は十分にある」

「………分かりました、そうさせてもらいます」

「はい」

「はぁい~」


こうして総一達はようやく一息つく事になったのだった。


・・・。

 

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食事を終えると総一達は交替で休む事になった。

体力に余裕のある高山が最初に見張りに立ってくれる事になったので、総一達3人は奥の部屋に引っ込んでいた。

見張りの交代は2時間後。

それまで3人は休んでいる事が出来る。

5階が進入禁止になるまでまだ6時間以上ある。

そう長い間休んではいられないが、休みを取った方が良い事は確かだった。

総一・咲実・渚の3人は今朝からノンストップ。

しかもその間に起きた事件は多く、心の休まる暇もない。

そろそろ彼らも限界に近かった。

 

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「………高山さん、信じて大丈夫でしょうか?」


咲実がポツリと呟く。

近くにいるのは総一だけ。

渚は少し離れた場所で食事の後片付けをしていた。


「ああやってはっきり言う人の方が大丈夫だよ。 ふふふ、その意味では危険なのは俺の方かもしれないよ、咲実さん。 裏で何考えてるか分からないじゃない?」

「あら、そんなに隠しごとが得意なつもりなんですか?」


総一の言葉にも咲実は動じた風もない。


「私にはちゃんと分かってるんですよ。 貴方が他人を裏切れるほど強くないって事」


彼女は膝を抱えたままそこに顎を乗せ、総一を見ながら微笑んでいる。


「………かなわないな、咲実さんには」


咲実は総一が何故彼女を守ろうとしているのかを薄々感じ取っているのだ。


「それに私、御剣さんになら………殺されても構わないんですよ?」

「いきなり何を言い出すんだ咲実さん。 そんなの駄目だよ」


咲実はその総一の答えすら予想していたかのように微笑み続ける。


「初めは貴方に怯えていた筈なのに。 貴方に殺されるんじゃないかって疑っていた筈なのに。 それなのに今、貴方の手にかかる事を望んでる。 こんなのおかしいですよね。 私も………そう思います」

「だったら!」


しかし咲実は首を横に振る。


「………御剣さんには無事に帰って欲しいんです。 貴方は私の信じた事を同じように信じて下さいました。 だから私が帰るのも、貴方が帰るのも、同じ事のような気がするんです」

「それだけでは俺が君を殺す理由にはならない」

 

このままでも咲実が生きて帰る。

どちらが生きるのも等価であるなら、総一が彼女を手に掛ける理由にはならない。


「私には生きて帰ることを望んでくれている人はいません。 御剣さんのように会いたい人もいません。 だから貴方が帰るべきだと思うんです。 私に似ているという、その人の所に」


咲実の人生は孤独だった。

家族は離散し、親戚を転々として育った。

おかげで長い付き合いの友達もいない。

総一のように、赤の他人を助ける原動力になる程の相手はいなかったのだ。


「咲実さん、それは矛盾している」

「矛盾、ですか?」


笑い出した総一に、咲実の表情がきょとんとする。


「咲実さんが俺を信じてくれたのは、俺が咲実さんを裏切らなかったからだろう?」

「はい。 それも理由の一つです」

「でも俺が生きて帰るって事は、君を裏切って殺すって事なんだよ。 それはつまり君が思うような俺じゃないって事だ」


すると咲実は再び笑いだした。


「ふふ。 私が望まない事をする事が裏切りなんです。 私が御剣さんにそう望む以上、裏切りにはなりません」

「それにさ、ひとつ間違いがあるよ」

「間違い?」

「ああ。 咲実さんには誰も帰って欲しいと望む人はいないって言っただろう?」

「はい。 それは事実です」


咲実は神妙な面持ちで頷く。

家族はおらず、親戚たちには疎まれ、定住しない為に友達もいない。

咲実を待っている者が居ないのは事実だった。


「それが大きな間違い」


照れくさいのか、総一は天井を見ながら続けた。


「たとえ他に誰も居ないんだとしても、俺は咲実さんに生きて帰って欲しいって思ってる」

「………」


一度目を見張った咲実。


彼女はしばらくそうして驚いた後、顔を伏せた。

そして小さく肩を震わせ始める。


「あ………、あは………」

「誰も望んでないなんて、咲実さんの勝手な思い込みだよ」


―――それにきっと俺だけじゃない。


咲実さんの知らない所で、きっと彼女の帰りを待っている人が居るに違いないから。


ポタリ、ポタリ


伏せられた咲実の顔から水滴がこぼれ落ちる。

その水滴はコンクリの床と彼女の手の甲に落ちていく。


「どうして………」


囁かれる声は弱々しく、悲しげだった。


「私達はどうして、こんな出逢い方をしてしまったのか………」


両方同時に助かりはしない。


「2人で帰る事が出来たなら、どれだけ、どれだけ………、幸せだったでしょう………」


生きて帰る為にはどうしても片方の死が必要になる。

彼女の望む未来は、決して訪れないのだ。


「そうだな………。 それが出来れば、どれだけ………」


総一の脳裏をよぎるのは数ヶ月前の出来事。

それが今の状況と混じり合う。


「へっ、へへっ」


そして総一の瞳からも涙が溢れ始める。


「でも、御剣さん」


咲実の顔が上がる。

その顔は涙で濡れ、目は赤く腫れ、頬は軽く紅潮し、決して美しいものではなかった。

しかししれでも、それを見ている総一は彼女の事を美しいと感じていた。


「私は、それでも、ここで貴方と出逢えて良かったと思います」


そして彼女は涙を拭い大きな笑顔を作った。

彼女の視線はまっすぐに総一を見つめている。

 

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「………私は、貴方が好きです」


それはとても美しく、幸せそうな表情だった。

 

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「総一くん………咲実さん………」


食事の後片付けはずっと前に終わっていた。

渚は片付けを続けるふりをしながら、ずっと2人の言葉を聞いていた。


「真奈美……」


渚の頬を幾筋もの涙が伝う。

それは後から後から溢れ続け、彼女の優しげな表情を濡らしていく。


「わたしは………」


涙と共に溢れてくる嗚咽に、呟きは上手く言葉にならない。

渚は総一達に悟られないように声を押し殺すので精一杯だった。


―――私も、あの子も、総一くん達のように信じ合えたら、今も一緒に生きられたのだろうか?


お互いの強さだけでなく、弱さも晒し合って、それでなお手を取り合えたなら………。

渚がちらりと背後を振り返ると総一も咲実も泣いていた。

その涙はきっと2人の信頼の証だ。


―――あの2人はきっと最後まで互いを信じ続ける。


私達には出来なかったけど、あの2人はきっとやり遂げる。

渚は涙を拭うと自分の頬を両手で叩く。


―――私も信じよう。


あの2人を。

そうすればきっと………。


「よしっ!」


すると彼女の表情はいつもの彼女の笑顔に戻った。

 

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「総一く~ん! な~に咲実さん泣かしてんの~♪」


そして大声でそう叫ぶと、今も泣いている2人に向かって飛びついていくのだった。


・・・。


背後の部屋はドタバタと大騒ぎだった。

その楽しげな様子は見張りを続ける高山の所にも届いていた。

 

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「………まったく」


高山は背後を振り向く事無くそう呟いた。

今の状況が分かっているのかいないのか。

あるいは分かっているからこそなのか。

背後から聞こえてくる少年少女達の声は、高山にはこの状況に似つかわしいものとは思えなかった。


「調子が狂う………」


高山は困ったようにそう呟く。

しかしその顔からは本当に困っている様子は感じられない。

その証拠に彼の口元には薄くだが笑顔が浮かんでいた。

初めは総一達をドライに使い捨てるつもりでいた高山だったが、彼らに触れているうちに不思議とそんな気持ちが薄れ始めていた。


「戦場ではこんな事は一度も思わなかったんだが………」


高山自身、不思議だった。

しかしそれを不快な事だとは思わない。

それも不思議な事のうちの一つだった。


『な、なんですか渚さん、いきなりっ!?』

『だぁってぇ、総一くんも咲実さんも大好きなんだも~ん!』

『それは理由じゃねー!』


騒ぎは続いている。

高山は一瞬、注意して休ませた方が良いのかとも思ったが、すぐに思い直した。


―――こういう休ませ方もあるさ。


高山はもう一度笑みを浮かべると、取り出したタバコに火を点けた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

「麗佳さんが来たんですか?!」

「ああ」


総一が見張りの交代の為にやってくると、高山は最初にそれを総一に伝えた。


「通路の角にちらっと見ただけだが、間違いない」


総一達を除けば残りの人間は2人。

文香が命を落としたあ場所に長沢と麗佳が姿を現していた以上、タイミング的に死んだのはあの2人のどちらかだ。

そして姿を見せなかった郷田はもちろん生きているのだから、それでつじつまは合う。


「麗佳さんが姿を見せたという事は………」

「死んだのはあの坊主で間違いないな」

「それで麗佳さんはどうしたんですか?」


総一が勢い込んで詰め寄ると、高山は渋い表情で首を横に振った。


「威嚇射撃でもしようかと思った矢先に姿を消した」

「………そうですか………。 よかった………」


総一はそうやって安堵の息を漏らしたが、対する高山は渋い表情を崩さなかった。


「正直なところ、喜んではいられない」

「何故です?」

「威嚇というものは本来危険を理解しない者に対して、理解を促す為に行われるものだ。 だがあの子はその前に姿を消した。 この意味が分かるか?」


そこまで言われると総一にも高山の言わんとしている事が分かってきた。


「彼女はこちらの事がよく分かっている?」

「そうだ。 ここに敷かれているバリケードの事も、据え付けられた銃の事も、きちんと分かっている。 その上で彼女は姿を消した。 彼女は冷静だ」

「どういう事です?」

「彼女はこちらと接触する前に6階を調べるつもりだ」

「6階を?」

「ああ。 そのために退いたんだ。 これが普通の戦争なら補給は簡単じゃないし、我々もこの拠点を捨てたりはしない。 だが上のフロアには強力な武器がごろごろしてるし、俺達はいずれ上に上がっていかなければならん」

「あ………」


総一にもようやく高山が渋い表情を崩さない理由が理解できた。

麗佳は戦うつもりなのだ。

そしてここで戦う事が不利だと一目で看破して上へいった。

決して投げやりになったりせず、冷静にそれを選んだ。

総一達はいずれこの場を動く必要があるし、無理してここで戦う必要はない。

上に行ってもっと強力な武器を手に入れて、総一達を待ち受ければ良いのだから。


「厄介な敵だ。 あるいは、手塚といったか? あの若者よりも手強いかもしれん」


敵にしない方が良いのは、無意味に玉砕攻撃を仕掛けてくる敵と冷静な敵。

高山は長い戦場暮らしでそれをよく知っていた。


「だが、逆にいえばこれでしばらく安全だ。 もう1人も6階に上がったまま降りてくる気配はない。 しばらく休ませてもらうさ」


高山は総一に向かってニヤリと笑うと立ち上がる。


「しばらくここを頼む。 俺は少し休んでくる」


そう言って高山は咲実のPDAを総一に投げ渡した。

インストールされている機能から、見張りをする人間には必要なものだった。

そんな時、身支度を整えた咲実と渚が奥の部屋から姿を見せる。


「お疲れ様です、高山さん」

「おはようございます~、そしておやすみなさい~」

「ああ」


高山はそんな2人に軽く手を振ると、入れ替わりに奥の部屋に姿を消した。


・・・。



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「そうですか………麗佳さんが………」

「じゃあ長沢くんは、死んじゃったのかな~?」


見張りを続けながら総一が高山に聞いた話をすると、咲実も渚も一様に表情を曇らせた。

そしてゆっくりと総一のいる場所に近付いてくる。


「姿を見せなかった郷田さんがっていうよりも、あの場所で2人が戦ってどっちかが、っていう方が自然だと思うし、多分………」

「そうだね~」


場の空気が重くなる。

そんな空気を押しのけるかのように、総一が明るい声を出した。


「そういや咲実さんも渚さんも、料理とかする方なの?」


総一はあまり目の前の2人に暗い顔をさせておきたくなかったのだ。


「えっ?」

「こんな場所で保存食や缶詰ばかりだと思ってたけど、さっきは意外に普通の見栄えのものが出てきたなぁって思って」


すると表情を緩めた渚が自慢げに指を立てて左右に振る。


「ちっちっち~、それがお料理の奥の深いところなのです~」

「私は、お料理はいつもやってました」


咲実もほんの少しだけ表情を緩める。

しかし何故か、そこには一握りの悲しみのようなものが見え隠れしていた。


「でもこんな風に、大好きな人達に食べて頂くのは初めてです」

「どういうこと~?」

「………私は両親と音信不通で、親戚を転々として育ったんです。 だからそこで料理係とか、掃除係とか。 家事だけはうまくなりました」


そう苦笑して言う咲実に、何故か仁王立ちになった渚がビシっと指先をつきつけた。


「甘~い!」


咲実はそう言われてきょとんとしてしまう。


「お料理の世界はそんなに甘いものじゃないのよ~!!」

「はぁ………」

「そんな心の籠もっていない料理ばかり作っていたら、技術まで籠もらなくなっていくのよ~! いずれおいしいごはんが食べられなくなっちゃうんだから~!」


渚にしては珍しく興奮気味だった。

それだけに彼女の食へのこだわりがよく伝わってくる。


「いい~咲実さん? 帰ったら私と猛特訓よ~? 総一くんも大食い魂で協力するんだからねっ!?」

「………ふふ、ふふふっ、はいっ、分かりました。 一生懸命練習します」


すると咲実の表情も明るくなる。

どうやら渚のおかげで気分が切り替わったらしい。


「なんすか、その大食い魂ってのは………」


だが逆に総一の顔が困惑顔に変わる。


「大食い魂は大食い魂よ~。 私達が作ったそばから全部食べていくのよ~」

 

―――味見の事か。


ようやく意味が分かった総一はぽりぽりと頬を掻きながら笑う。

そんな時、総一の目に笑いながらも目元をぬぐう咲実の姿が飛び込んできた。


「ふふ、ふふ………」

「咲実さん、大丈夫?」

「はい。 大丈夫です。 でも」


そこで一度言葉を切った咲実は、総一と渚の顔を一度ずつ順番に見つめてから話を続けた。


「でも、麗佳さんともこんな時間が持てたなら、私達は争わずに済んだんじゃないかって…」

「咲実さん………」

「私も出会ってすぐのころに銃を渡されていたら、御剣さんに銃を向けていたかもしれないって思うんです。 だから麗佳さんもそうなんじゃないかって思って」


―――私には御剣さんを知る時間があった。


渚さんの事もそう。

でも麗佳さんは始めから1人で行動する事が出来てしまったから、逆に他人を知る前に引き返せないところまで入り込んでしまったんだ。

そんな思いが、咲実の瞳を強く輝かせている。

それを見た総一は、やはりここで咲実と出会った事は運命であるという気持ちを強くするのだった。


「御剣さん、なんとか麗佳さんと話が出来ないでしょうか? お話さえできれば、いずれ分かってくれる筈だと思うんです」


それは危険な理想論だっただろう。

麗佳は引き返せないところまで踏み込んでしまった、咲実自身でさえそう考えている。

しかしそれでも咲実は対話を望む。

彼女に引き返せと望んでいる。


―――残念だけど、それは無理なのよ咲実さん。


渚は胸の内でそう呟く。

渚は引き返す事が出来なかった。

そして渚にとって大切だった人も。

だから渚は麗佳の事を諦めていた。


「………じゃあ話してみようか、麗佳さんと」


けれど総一は諦めなかった。

咲実と同じように、もう一度話してみようという気になっていた。


「御剣さん!」

「総一くん!?」


喜ぶ咲実。

驚く渚。

その心情は正反対だ。


「危険よ総一くん!! 相手が完全武装なのは分かってるでしょ!?」

「はい」


総一にもそれは重々分かっていた。


「でも、俺ももう一度麗佳さんと話がしてみたいんです。 それに俺1人なら被害は無い訳ですし」

「駄目です」


咲実がそんな総一の手を取る。


「私も一緒に行きます」

「咲実さん、危険だよ」


しかし咲実は総一の言葉にきっぱりと首を横に振った。


「説得に失敗して死んでもいいなんて、いい加減な気持ちで行ってもらっては困ります。 説得するからには絶対に成功させるつもりで行って貰わなくては。 貴方1人には任せられません」


手を握ったまままっすぐに総一の目を見る咲実。

その強い視線に晒されて総一は思わず苦笑した。


「厳しいなぁ、咲実さんは………」


しかしそう言ってくれる咲実が頼もしく思える総一だった。


「貴方がずるいだけです。 でも、そうはいきません」


咲実は総一の手を握る力を強めると、にっこりと微笑む。


「わかった。 私も協力する~」


ずっと心配そうにしていた渚だったが、総一と咲実のやり取りを見て表情を崩した。

そして半ば呆れ気味に笑い始める。


―――そうだった。


そういう子達だった。

渚は笑いながら胸の内でそうこぼした。


「じゃああとで高山さんにお願いしてみよう。 もう一回説得する機会が欲しいって」

「はい」


頷き合う総一と咲実。

2人の表情は明るい。

それは渚にとって、何にかえても守らなければならないものになりつつあった。


・・・。


「それでは行くとしようか」

「はい」


高山の言葉に総一が頷く。

休息の時間を終え、遂に彼らが6階へ登る時がやってきた。


「麗佳ちゃん、話を聞いてくれるといいねぇ~」

「そうですね……」


結局、高山は麗佳と話したいという総一達の意見を聞き入れた。

しかし彼が同意した理由は総一達の望みに賛同したというよりも、その方が有利だと踏んでの事だった。

説得出来ればよし。

説得出来なくても、総一達がおとりをしている間に高山がライフルで狙撃して倒す。

仮に麗佳が戦うつもりでも、話しかけようとする総一達に注意を向けない筈が無い。

高山は冷静にそう計算したのだ。


「俺は話が全く通じないとは思わんよ」


計算高い計画を練っておきながら、高山はそんな風に言った。

しかしこれも確かに事実ではあった。

意図も目的も読めない郷田と比べれば、目的がある程度想像できる麗佳は話が通じる可能性が残されていた。

彼女は倒した相手のPDAを持ち去っている。

しかし相手の首輪には関心を払っていない。

このため彼女の目的はPDAの収集か破壊であるという事がおぼろげに想像できていたのだ。


「こちらは余計なPDAを手放す事も可能である訳だし」


高山にはJOKERが必要だが、手持ちには無い。

渚も咲実も特に首輪の解除の為に必要なものは無い。

強いて言えば時間が必要になるというだけだ。

このため葉月と手塚のPDAはもちろんのこと、時間さえあれば咲実や渚のPDAすら彼女に渡してやる事が出来るのだ。

いざとなれば総一は自分のPDAまで差し出すつもりでいた。


「問題は俺達が無事に6階に上がれるかどうか、だけど」


エレベーターは昨日の段階で高山が爆発物で吹き飛ばしたという。

つまり現状では上に登る方法は階段しかない。

使える階段は例によって1つきりだから、そこに文香が死んだ時のように待ち伏せされては、話をするしない以前の問題だった。


「大丈夫だ」


しかし高山の表情には不思議と余裕のようなものが浮かんでいた。


「何か突破する方法があるんですか?」

「ああ。 多少荒っぽいかな」


そう言ってのけた高山の横顔は楽しそうだった。


・・・。


―――!!!!


建物を揺らすほどの激震。

そしてつんざくような轟音。

爆風にあおられ、総一達が身を隠したあたりでも激しく埃が巻きあがり視界が奪われた。


「ごほっ、げほほっ、けっ、煙吸っちゃった。 ケホケホ」


渚の情けない声が聞こえてくる。


「大丈夫ですか?」

「もうだめ~」


咲実の声も聞こえている。

彼女の方には問題はないらしい。

2人の無事を確認すると総一は高山の姿を探した。


「高山さんー?」

「こっちだ」


もうもうと立ち込める真っ白な埃の向こう側に高山の姿がかすかに見えた。

総一は転ばないように足元に気をつけながらそちらへ近付いていく。

足元にはバラバラになった石材や木材、金属片などが散乱していた。


「どうやら成功したようだ」


総一が高山の所まで辿り着くと、彼は顎をしゃくってその先を見るように示した。

その頃には埃は大半が床に舞い落ち、視界がはっきりし始めていた。


「あ………」

 

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そして総一が見上げた先にはほぼ半壊した階段があった。

エレベーターは使えない。

使える階段は待ち伏せがあるかもしれない。

そこで高山は手に入れた爆発物を使って、階段に施されていた封鎖を吹き飛ばした。

それは総一達にとって予想外の方法であり、それだけに上にいる郷田や麗佳にとっても予想外の方法だっただろう。

まさに文字通りの意味での驚天動地の方法だったのだ。

 

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「しかし、こんな事しちゃって良いんですか?」

「ルールには駄目とは書かれていなかったな」


高山は大真面目に答えたが、総一がそう言いたくなるのももっともな話だった。

封鎖が吹き飛ばされて人が通れる隙間は出来ていたものの、通路も床も階段そのものもひび割れだらけだった。

そのうえひとつ間違えばこのあたり一帯がフロアごと崩れてしまっていたかもしれないのだ。


「駄目だったら爆薬の量を減らして別の場所を吹き飛ばせば良い」

「確かにルールでは禁じられていませんけど、これは流石にやり過ぎでは………」


総一はそう言いながらひび割れて黒焦げになっている通路を示した。


「俺達の命には変えられん。 それともあの子らの方が黒焦げになっていた方が良かったか?」


高山が背後を指さす。

そこには丁度咲実と渚の姿があった。


『けほけほっ、あ、なんだか息が楽になった気がする~。 咲実さんありがと~』

『いいえ、無事で何よりです』


―――この方法じゃなければ、俺達も文香さんのようになっていたのかもしれない………。


「そうですね………。 我々の無事には、代えられませんね」


命に代えは無い。

文香は帰ってはこないのだ。

 

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「御剣さん」

「どう~? 登れそう~?」


咲実達が傍までやってくる。


「ああ、巧くいった。 これで登れそうだ」

「登れなかったら埃だけ吸わされて大損よ~」


渚は大げさに息を吸い込むジェスチャーをしてから笑う。


「これで6階に登れるって訳ですね?」

「そうだね」


咲実は総一の横に立ち並んで上を見上げる。


「………もうすぐ、終わりって事なんですね?」

「そうか。 ずっと続くような気がしてたけど、そうだったよね」


もうしばらくすれば5階が進入禁止になる。

それはつまり、残り時間が10時間を切るという事でもあった。

この『ゲーム』は全部で73時間。

5階が進入禁止になるのは63時間が経過した時点。

ちょうど残りが10時間になる時だ。

72時間目には6階も進入禁止になり、首輪が外れていなければその時点で作動してしまう。

そしてその1時間後に『ゲーム』は終わる。


―――御剣さんはあと半日で死んでしまう。


6階を見上げる咲実の胸に去来するのはそんな思いだった。

これまで60時間以上一緒に過ごしてきた総一。

その彼がもういくらもしないうちに死んでいってしまうのだ。


「あとちょっとだ。 あとちょっとで終わる」


しかしその総一に悲壮感は無かった。

それはまるで誕生日を待ち侘びる子供のように、彼は終わりの時を待っているように見えた。


―――どうして………。


咲実は不思議でならなかった。

死を恐怖以外に感じさせる理由など、彼女には想像がつかないのだ。


「さあ行くぞ。 あまり呑気にしていては、上にいる連中がやってきてここに穴をあけた意味が無くなる」


咲実の考え事はそこで断ち切られる。

みんな移動を始めていた。

 

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「咲実さん、手を」

「あ、はいっ」


ボーっと立っていた咲実は差し伸べられた総一の手を反射的に握った。

そして握った後に、その手が咲実が瓦礫に足を取られて転んだりしない為のものである事に気付く。


「ゆっくりで良いから、慌てずに登って咲実さん」


崩れかけた階段に足をかけた所で、咲実はもう1つの事に気付いた。

もう半日したら、この手は冷たくなるのだ、と。


「………はい」


だから咲実は、今は温かなその手をぎゅっと握り締めるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

もう聞き慣れた音。

しかしそれが告げるのはいつだって何か不幸な出来事だ。


「5階が進入禁止になりました」


丁度PDAを使っていた咲実がアラームの内容を教えてくれる。

以前の総一はそれを聞くと不安な気持ちに駆られたが、今は残り時間が僅かであるおかげでそういう風には感じなかった。


―――いよいよ最後だ。


これを乗り切れば、咲実さん達を帰らせてやれる。

 

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「それで麗佳さん達は?」

「1人が動き出しました。 まっすぐこちらに向かっています」


咲実がPDAを使っていたのはその為だった。

彼女のPDAにインストールされている、機能している首輪の位置を検索するソフトで周囲の警戒にあたっていたのだ。

 

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「御剣、インストールは済んだか?」

「はい、大丈夫です」


総一は高山に頷き返した。


「よし。 テストをしておこう」

「はい」


頷くと総一はPDAのスイッチを入れた。


『聞こえているか?』


新しくインストールしたソフトを起動すると、軽い電子音の後に高山の声が聞こえてきた。

その高山は少し離れた場所でPDAに向かって話しかけていた。


「聞こえています」

「大丈夫なようだな」

「はい」


総一が頷くと高山はPDAをポケットに戻した。

総一もそれに倣う。

2人のPDAには咲実達が見つけてきた"Network Phone"というソフトウェアが追加されていた。

これは館内の通信回線を経由してリアルタイムに通話できるという、携帯電話のような機能だった。


便利な機能なのだが、通話は双方にソフトがインストールされている場合に限られる。

このため今のところ通話できるのは総一と高山のPDAだけだった。


「あまり悠長に考えている暇はないな」

「そのようです。 かなりの速度でこちらに向かっています。 向こうにも私達が見えているのかもしれません」

「そうか………」


その咲実の言葉で、総一はずっと不思議だった疑問が1つ解消した。

この馬鹿みたいに広い建物の中で、総一達をどうやって戦い合わせるつもりなのかが疑問だった。

これだけ広くては本気で逃げ隠れしたら絶対に見つからないのではないか、そんな風に思っていたのだ。

しかし互いにこういうソフトウェアを持っているというのなら話は変わってくる。


「どうするの~?」

「作業続行、だな」


高山は吹っ飛ばした階段の所から剥がして持ってきた鋼板を叩く。

多少身を守る役に立つかと思って持って来たものだ。

その鋼板やこのフロアにあったものを使って、総一達は再びバリケードを作っていた。

構造は単純で、小さな部屋の扉の前に物を積み上げてバリケードを作っただけのものだ。

向こうが攻め寄せてくるまではそこで相手をし、その後扉まで後退して建物の壁を第二の防壁として使う。

こうすると相手はバリケードを乗り越える必要が出てくるので、総一達の方が有利になるのだ。

とはいえ間に合わせのバリケードでこのフロアにあった武器から身を守るのは難しい。

機関砲連射はもちろん、ライフル弾を防げるかどうかも怪しいのだ。

それにロケット砲で撃たれれば身の守りようもない。

これがあるからとはいえ油断はできなかった。


「早いところこの鋼板を取り付けてしまおう」

「分かりました」


腕まくりをした総一の背中を見ていた咲実が、隣の渚の方を向く。


「渚さん、私のPDAお願いできます?」

「いいけど、どうしたらいいの~?」

「時々見て、近付いてくる人の位置を確認してください。 私は御剣さんのお手伝いをします。 身を守る手段は一刻も早く出来た方が良いでしょうから」

「ん、わかった!」


それは渚に総一の手伝いをさせて咲実がPDAを見ているよりも、その逆の方が効率が良いと判断しての事だった。

渚には申し訳なかったが、咲実には渚は急ぎの仕事には向いていないように思えた。


「お願いします」

「がんばってね~!」

「渚さんも」


渚にPDAを渡すと、咲実はバリケードにいる総一に近付いていった。


・・・。


そこにその人物が姿を見せたのは、総一達のバリケードが完成したすぐ後の事だった。


「………いるよ。 その角のすぐ向こう。 隠れてる」


渚がPDAを片手に囁く。

やはり相手にも総一達の姿が見えているようで、迷う事無くまっすぐにやってきた。

そしてあと角1つというところで足を止めていた。

 

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「ちらっとでも良いから姿を見せてくれればどちらが相手なのかが分かるんだが………」


高山が唸る。

相手は角の向こうに身を隠したまま姿を見せようとしない。

麗佳なのか、郷田なのか、それ次第では対応は変わってくる。

郷田は明らかな敵だった。

クロスボウで撃たれた事もあるし、葉月を殺されていた。

だから郷田が相手であるなら、総一達は身を守る為に退ける事に異存はなかった。

しかし麗佳は分からない。

分かっている事は彼女がPDAを集めているらしいという事だけなのだ。

彼女が北条かりんを撃ち殺す恐ろしい姿を見たとはいえ、麗佳が攻撃を仕掛けたのかどうかは分からないし、総一達が麗佳から攻撃を受けた事も無い。

高山は麗佳を敵とみなしているようだったが、総一と咲実と渚はそう考えたくはなかったのだ。

 

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「呼びかけてみましょうか? 答えてくれればどっちなのかが分かりますし。 もともと麗佳さんとは話をするつもりでいた訳ですから………」

「そうだね。 高山さん、良いですか?」

「了解だ」


高山が頷くと、総一はほんの少しだけ姿勢を上げてバリケードから顔を出した。


「そこにいるのは誰ですか!? もし麗佳さんなら返事をしてください!! 俺達は麗佳さんとは戦う気はありません!!」


―――さて、鬼が出るか蛇が出るか?


総一の大声を聞きながら高山は胸の内で零す。

同時に彼はアサルトライフルで角を狙う。

まだライフルに取り付けられたスコープには誰の姿も映っていない。

麗佳でない人物の姿を見たらすぐに狙撃。

麗佳だったら様子見。

危なそうならやはり狙撃。


―――狙撃自体は難しい距離ではないが………。


さあ、どう出てくる?


「残念ね! 私は戦う気でいるわよ!」


角の向こうから声が帰ってくる。


「麗佳さんです!」


咲実が声を上げる。

しかしそれは話をしている総一の邪魔にならないような囁き声だった。

角の向こうにいるのは麗佳だったのだ。

総一は咲実に頷き返すと再び声を張り上げた。


「麗佳さん! 俺達は貴女にPDAを差し出す用意がある! 戦う必要なんてないんです!」

「それを信じろっていうの?! 冗談でしょう?!」


―――ん?


耳の良い咲実は麗佳の声が少しこもり気味である事に気付いた。

以前聞いた時よりもほんの僅かに声が低く、反響している声だった。

丁度風邪をひいてマスクをしているような雰囲気だ。

けれど咲実はそれについて深く考えなかったし、総一の邪魔にならないように余計な事で口を開かなかった。

もしその事を高山に話していれば別の展開も望めただろうが、不幸にしてその唯一のチャンスはここで失われる事となった。


「どうして信じてくれないんです?!」

「PDAをよこすって言ったわね?! そこにJOKERが混じっていない保証があって? そうでなくても、賞金の為に私を殺さない保証があって?」

「だから俺達と戦うっていうんですか!? 死にたくないから!?」

「そうよ! 貴方達は信用できない。 だから戦うしかない。 確実に生きて帰るにはそれしかないのよ!」

「俺は麗佳さんを騙したりしない!」


―――しかし何故だ? 戦うと言っておきながら一向に攻めてくる気配がないが………、


しまった時間稼ぎかっ!?


高山がそう思った瞬間だった。


「もしかしたら御剣、君は嘘を言っていないのかもしれないわね。 けど!!


――!!!


小口径のサブマシンガン


「貴方達全員を無条件で信じるほど、私はお人好しじゃないわ!」


その甲高い連射音が総一達の側面から聞こえてきた。

戦いは突然始まり、その大勢は最初の一瞬で決まった。

いきなり側面からきたサブマシンガンの斉射により、銃を構えていた高山が倒れた。

相手は1人だと思い、正面ばかり気にしていた総一達はあっさりとその罠にはまった。


―――あんなものまで持ち込んでいるっていうのか………。


床に倒れた高山が目にしたもの。

それは武装した小型のマシーンだった。

 

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本体から突き出したカメラやセンサーが周囲を索敵し、遠隔操作と自律制御により敵だけを識別して攻撃する。

それは世界で最初に戦場で運用された、製品としての戦闘用ロボットだった。


―――勝った。


高山が倒れていくのをPDAの画面で確認した麗佳は心の中でそう呟いた。

麗佳の所まで聞こえてきている騒ぎ声からすると総一達はロボットによる奇襲と高山が倒れた事で完全に浮足立っていた。


「これでおしまい、と」


麗佳はそう呟くと通路の角から半身だけ乗り出し、手に持っていた小さな金属の塊を総一達に向かって投げつけた。


「ここまでしなくても勝てるんでしょうけどね」


金属の塊は床を転がっていく。

総一達はそれには全く気付いていない。

つまり、ロボットによる攻撃は陽動でしかなかったのだ。

転がってきた金属の塊に最初に気付いたのは、倒れていた高山だった。

地に伏せている彼には床を転がる金属の音が聞こえていたし、すぐに彼の視界にそれが入ってきた。


―――手榴弾?! いや、これはっ!?


高山ははじめ爆発物を疑ったtが、すぐにそれが全くの別物である事に気付いた。

そしてそれによる攻撃こそが本命であるという事も。


「すぐに逃げろ御剣ッ!」


必死に叫ぶ高山。


「高山さんっ、今助けますっ!」


だが総一は高山の喋った言葉の内容には注目してくれなかった。


「逃げろっ! ガスだっ! 俺はもう助からんっ、放っておいて逃げろ!!」

「高山さ―――」


「行くよ! 総一くんっ!!」


驚いた事に最初に高山の言葉に反応したのは渚だった。

彼女は高山の傍にしゃがみかけていた総一の手を掴むと無理矢理立ち上がらせて走り出した。


「咲実さんっ、遅れずについてきてっ!!」

「は、はいっ!!」


驚きに固まっていた咲実も、渚に手を掴まれて走らされる。


「ごめん、高山さんっ!!」


渚は一言そう言い残しただけで走り去っていく。

薄れていく意識の中で、高山はそんな渚達の後ろ姿を目で追っていた。


―――そうだ、それでいい。


そうでなければ全滅だ。


………しかし意外だったな。


まさか最初に動いたのが渚とはな………。


ポシュンッ


その瞬間、高山の目の前で金属の塊が破裂した。

麗佳の攻撃は見事だった。

まず交渉で注意を引きながら、遠隔操作のロボットを総一達の側面へ回り込ませる。

鈍足なロボットを回り込ませるには時間が必要だったのだ。

そして頃合いを見計らって奇襲。

狙うのはもちろん武器を構えていた高山。

最後に奇襲により統制を失った相手に本命の攻撃を行う。

奇襲に気を取られて麗佳に注意を払っている者などいないから、この攻撃をかわすのは極めて難しかった。


・・・。



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「息を止めて全力で走って! 狭い場所で破裂したからすぐにガスが来るわ! 心臓が止まっても足は止めちゃ駄目よ! 急いで!!」


総一達がそれをかわす事が出来たのは、ひとえに渚の反応の早さのおかげだった。

総一も咲実も渚の行動の早さに驚いていた。

だが驚いてはいられない。

総一と咲実は言われた通りに全力で走った。

疑問は全て後回しにしなければならない。

今必要なのは走る事なのだから。


・・・。


「逃げられた・・・?」


総一達はあっという間に麗佳の視界から消えていた。


シュー


猛烈な勢いで広がっていくガス。

その中を悠然と麗佳が歩いていく。

ガスマスクを身に着けている彼女にはガスなどまったく問題にならないのだ。


「倒せたのは1人だけか」


そのこもり気味の声。

それはマスクに声が遮られているからに他ならない。


「のんびりして見えて、意外と抜け目がないようね」


麗佳にとってそれは予想していない結果だった。

予想外だったのはやはり渚。

見た目の印象からして麗佳には渚は鈍重そうなイメージがあったが、なかなかどうして、その正反対の能力の持ち主だったらしい。


「油断大敵よね。 私も気をつけなきゃ。 貴方みたいになってしまうものね?」


そして麗佳は死んでいる高山に笑いかける。

その狂気じみた笑い声は聞く者のいない廊下に響き渡った。



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「ふ、ふふ、ふふふふふっ、あははははははははっ」


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【4】


・・・。

 

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4階へ向かうべく封鎖されていない階段を目指して進む総一と咲実だったが、ある部屋に入ろうとしたところで突然PDAがアラームを鳴らした。


「なんだ!?」


何度となく聞いてきたアラーム。

これまでそれで良い事などひとつも無かっただけに総一は少し大袈裟に驚いてしまう。

それは咲実も同じ気持ちのようで、PDAを取り出す彼女の表情は硬く、緊張は隠せないようだった。


「御剣さん!」


しかしすぐに咲実の表情が明るくなる。

 

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「戦闘禁止エリアですって!」


咲実は笑顔でPDAを総一に見せる。


「戦闘禁止エリア?」


総一はその意味が分からず、咲実の差し出すPDAを覗き込んだ。


『あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています。 部屋の中での戦闘行為を禁じます。 違反者は例外なく処分されます』


表示されている文字を読むと、総一の表情も輝いた。


「って事はこの中は!」
「はいっ、この中にいれば安全って事です」


咲実は大きく頷いた。


・・・。

 

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「へぇ、中は他よりきれいなんだな」
「そうみたいですね」


総一と咲実は戦闘禁止エリアに入ると中をきょろきょろと見回していた。

彼らの言う通り、戦闘禁止エリアは奇麗だった。

他の部屋や通路とは違い奇麗に掃除されていて、それだけでも総一達の気分は大分違った。

部屋の構造はマンションを想像すると良いかもしれない。

備え付きのキッチン、テーブルセットやソファー。

またシャワー室やトイレ、奥には寝室も備えているようだった。


「どうもこの戦闘禁止エリアっていうのは、休憩をする為の場所らしいね」

 

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「あ、あの、み、御剣さん」
「ん?」


部屋を見回していた総一が振り返ると、そこには顔を真っ赤に染めた咲実の姿があった。


「あの、後で、その、シャワーを浴びていいでしょうか?」
「ん、ああ、いいよ。 ………ってそうか、俺が覗かないか心配してるんだ?」


顔を真っ赤にしている咲実を、総一はそんな風に解釈した。


「そうなのかぁ。 俺って信用ないんだなぁ、あははははっ」


総一は思わず笑い出した。


「ちっ、ちがうんですっ、そ、そうじゃなくてっ、そ、その、あのぉ~」


咲実は妙にそわそわし始める。

横目で総一の顔を見たり、自分の足元を見たり。

その手は通学用の鞄を強く握り締めたり緩めたりを繰り返している。

どうにも落ち着かない様子だった。


「んみっ、御剣さんもっ、い、一緒に入って頂けないかとっ!」
「へっ!?」


突然の爆弾発言に、総一の頭の中が真っ白になる。

咲実はこれまで以上に顔を真っ赤にすると顔を伏せた。


「ど、どういう、意味?」
「だ、だって、あんな場所で1人になったら、またおかしな仕掛けがあったりして、御剣さんと離れ離れになったりしたら、こ、困るなって思って」
「あ………」


咲実の心配はそこだった。

別に総一を信用していないとか、特別な意味があるとかではなく、郷田に襲われた時のようなおかしな仕掛けがあったら大変だという事なのだ。

特にシャワー室なんていう狭い閉鎖空間に仕掛けがあったら、咲実には逃げ出す余裕なんてないのだ。

だけどシャワーには入りたい。

その折衷案(せっちゅうあん)として、総一に一緒に来て欲しいという事だったのだ。


「あー、びっくりしたー。 なんだ、そういう事かぁ………」


何故か安堵の溜め息が出る総一だった。


「す、すみません………」
「何かうまい方法を考えよう。 咲実さんが恥ずかしくない方法」


かといって総一が咲実のシャワーを見てしまうようではまずい。


「あの、わたしも御剣さんも下着姿でっていうのはどうでしょう?」
「いやー、逆にそれは恥ずかしいというかドキドキするというか―――」


――ッッ


総一達の話がおかしな方向へ進み始めた時、突然奥の寝室のドアが開いた。


「御剣さんっ!」


咲実の誰何(すいか)の声に総一は思わず身構える。


―――誰かがいたのか!? 敵!? それとも!?


「どうやら話が出来そうなタイプだったらしいな」


総一には聞き覚えのない声。

しかしその直後にドアから姿を現した男には見覚えがあった。


「あ、あんたは………!」

 

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「気をつけろ少年。 ここは戦闘禁止エリアだ」


そう言って総一を制したのは、以前手塚と戦っていた大男だった。


「こんな場所に閉じ込められて焦る気持ちも分かるが、まずは落ち着け。 俺は高山」


高山と名乗った男は敵意が無い事を示す為に両手を挙げた。

彼の首にも首輪が付いている。

それを確認した総一は構えを解いた。


―――この高山という男が仮に襲って来ても、ルール違反で倒される。


大丈夫だ。


「御剣さん………」

「大丈夫だよ、咲実さん。 ここで喧嘩したら、お互い死んじまう」

 

総一は緊張気味の咲実の肩に手を置いて笑いかける。

そんな総一の顔を見て、咲実もホッと安堵の息を漏らした。


「すまない。 驚かせるつもりはなかったんだが」

 

高山の声に、総一は彼の方に向き直った。


「………どうして隠れていたんですか?」


そもそもそれで総一も咲実も驚いたのだ。


「お前達がどんな人間か知りたかった。 話ができそうにないなら、隠れたままやり過ごすつもりだった」


いきなり姿を見せては、総一達は誰かと出会った時の為に事前に打ち合わせをした通りの行動をとるかもしれない。

それでは総一達の人間像が見えてこない。

高山は誰も居ない状況での自然な総一達を見たかったのだ。


「という事は、話をしに出てきたという事ですか?」

「そういう事になる」


頷くと高山は挙げたままだった手を下した。


「信用してもらえたと?」

「ここで話をするレベルでは問題ないと判断した」


どうやら高山は全面的に総一達を信じた訳ではないものの、戦闘禁止エリアという場所の中でなら話をしても何ら問題はないという結論に達したようだった。


「ここなら確かに、お互いに危害は加えられませんしね」

「そういう事だ。 お前達だって、ここ以外で俺と出会っていたら逃げ出したんじゃないか?」

「………かもしれません」


見かけてもやり過ごすか、あるいは声をかけられても逃げ出すか。

麗佳の殺人現場を見た後とあっては、確かに総一達もあまり簡単に他人を信用できない気分だった。


「俺も流石にお前達と一緒に行動する気までは起こらん。 お互い様だな、これは」


高山は苦笑した。


「それで、話というのは?」

「ん。 単刀直入に言おう。 JOKERを持っていたら渡してもらいたい」

「JOKER、ですか? 何かに使うのでしょうか?」


ここまで黙って聞いていた咲実が問い返した。


「そうだお嬢さん。 俺の首輪を外すのに必要でな」


―――って事は、この人のPDAは2か6って事になるな。


いや、8もか?


総一はとっさに頭の中でルールを思い返す。

2:JOKERのPDAの破壊。

6:JOKERの機能が5回以上使用。

8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊。

『8』の条件は必ずしもJOKERは必要ではない。

しかし破壊する時にJOKERが混じっていると困るから、あらかじめJOKERを入手しておけば安全だ。


「咲実さん、JOKERって持ってる?」

 

咲実は首を横に振る。


「いいえ。 自分の1台だけです」

「高山さん、俺達は持っていません」

「そうか………。 それは残念だ」


高山は軽く表情を曇らせたが、すぐに元の真面目な表情に戻った。

あまり残念そうに見えないのは、高山は総一達が持っていないであろうことを最初から見越していたのだろう。

参加者は残り10人。

JOKERは1枚。

もともと持っていない可能性の方が高かったのだ。


「では次だ」

「次?」

「そうだ。 もう1つ提案がある」

「提案、ですか」


総一はゴクリと唾を飲み込む。


「ああ。 明日、6階でもう一度会えないだろうか?」

「明日、ですか?」


総一は意味が分からず問い返した。


「そうだ。 これは保険なんだが、お互いの首輪がそのタイミングで外れていない場合もあると思う」

「はい………」


というよりも、恐らく外れていない場合の方が多いかもしれない。


「その時に互いの手持ちのPDAや道具を交換し合えれば、場合によっては首輪が外れるかもしれないだろう?」

「なるほど………」


それは確かに悪い取り引きではなかった。

別行動する高山が総一達の為に道具を集め、逆に総一達も高山の為に道具を集めておく。

そうすれば明日合流できた時には、首輪を外せる可能性は大きく増す。

心配しなければいけない危険は唯一、高山と再開する時だけだ。


「御剣さん………」


咲実も同じ事を心配しているのか、総一の服の袖を引っ張って眉を寄せた。


「大丈夫だよ、咲実さん。 また戦闘禁止エリアに集まれば良いだけだもの」


それにいざとなったら総一ひとり高山に会いに行けばいい。

もともと首輪を外しようがない総一だけなら、裏切られても痛くもなんともないのだから。


「よし。 なら、合流地点はここだ」


高山は自分のPDAを操作して6階の地図を表示させると、総一に画面を向けた。


「ここが6階の戦闘禁止エリアだ」

「分かるんですか?」

「ああ」


高山がもう一度操作すると、地図に重なるようにして部屋ごとに文字表示が追加される。

倉庫・トイレ・食堂など。

彼の地図にはこの建物の部屋の詳細な説明が追加されていた。

そして彼が最初に示した部屋には確かに『戦闘禁止エリア』の文字が表示されている。


「PDAに追加したソフトに、地図を拡張するものがあってな。 俺がここに隠れていたのも、この地図のおかげだ」

「なるほど………」


確かにこんな風に地図が強化されているなら、先回りして戦闘禁止エリアに潜む事も可能だろう。


「集合は『ゲーム』終了まで残り2時間になったらで良いか?」

「はい、分かりました」


―――どうせ戦闘禁止エリアだ。


首輪が外れていようがいまいが、そこで待っているのが安全かもしれないな。


「ついでだ、他の戦闘禁止エリアも教えてやろう」

「良いんですか?」

 

それは願ったり叶ったりだった。

敵に追われた時に逃げ込むにはこれほどよい場所も無いだろう。


「ああ。 代わりにこちらも教えて欲しい事がある」

「ルールだったら全て分かっていますけど」

「それはもちろん教えてほしいが、最初に聞きたいのは別の事だ」


そして高山は最後に口元に軽く笑みを浮かべた。

高山はずっと真面目な表情を作っていただけに、その笑顔は印象的だった。


「少年、君の名前は?」

「あっ」


こうして総一はようやく自己紹介を始めるのだった。


・・・。


ひとしきり情報を交換すると高山は去って行った。

彼が言うには休憩はもう十分にしたらしい。

高山は休める時に休んでおけと言い残していた。

総一達は元々休憩するつもりでいたので、素直にそれに従っていた。

 

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「はぁ~、ちょっと緊張しましたぁ~」


高山がいなくなったしばらく後、咲実が少し気の抜けた声を出した。

気が抜けているのは声だけではなく、彼女はソファーに寄りかかるようにしてだらりと身体から力を抜いていた。


「お行儀が悪いよ、咲実さん」
「だって本当に緊張したんですもの」


彼女はころりと寝返りをうつと、そのままの姿勢で総一を見上げる。


「悪い人じゃなさそうだったけどな」
「けど、良い人でもないんです」
「そうかな?」


咲実はそっと頷く。


「はい。 きっと私達の事を信用できるけれど、足手まといだと思っているのではないかと。 そうでなければあんな提案はしないでしょう」


残り2時間になった時に再会する。

首輪が外れなかった時の保険。

彼はそう言った。

つまり裏を返せば総一達の事を非常時の保険としてしか役に立たないと思っているとも言える。

連れ歩くメリットよりもデメリットの方が多い。

つまりはそう言う事なのだ。


「厳しいんだね、咲実さんは」
「………ここ以外でも、悪い人は沢山見てきましたから」


咲実の生い立ちはあまり幸せとは言えないものだった。


「それじゃあなかなか咲実さんの眼鏡に適う人って居ないんじゃない?」
「そうでもありませんよ」


咲実は寝転がったまま微笑む。


「良い人もいます」
「ふぅん?」


首を傾げる総一に、彼女は楽しそうに笑う。


「ねえ、御剣さん」
「ん?」
「例えばなんですけど、もし御剣さんが高山さんだったらどうしますか?」


そこまで浮かべていた笑顔を消した咲実が、まっすぐに総一の顔を見つめていた。

その表情に不思議な気配を感じたものの、総一は深く考えずに答えた。


「同じ提案はするんじゃないかな」
「するんですか?」
「ああ」


すると咲実の目がすっと細められて厳しくなったが、考え込んでいた総一は気付かなかった。


「でも、咲実さん達が仲間と合流できるまではついていく気がする」
「………ふふ、ふふふふっ」


だが最後まで総一の答えを聞くと咲実は突然笑いだした。

それも底抜けに楽しげに。

あるいはとても嬉しそうに。

一瞬前の鋭い表情は跡形もなく消し飛んでいた。


「ん? どうしたの咲実さん、なんか変だった??」


笑っている咲実に気付き、ここでようやく総一が彼女に目を向ける。


「いいえ、そんな事は。 ふふふ、ふふふふっ」


目が合うと咲実は総一に向かって手を伸ばした。

総一が何気なくその手を取ると、咲実は総一の手をぎゅっと握り締める。

 

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「………? 変な咲実さん」
「あははははははっ」


総一は笑い続ける咲実を不思議に思いながらも、彼女の遠慮のない笑い声は不思議と心地よく耳に響くのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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「4階、か」
「なんだか長かった気がします」
「俺もだ」


総一と咲実は4階へ登る階段を見上げて思わずそう呟いていた。

葉月の死体のあった階段を登り切り、銃声を聞き、銃を見つけ、麗佳の銃撃戦を見た。

休憩しようとしたら高山とも出会った。


「でも高山さんと出会って、これで12人ですよね?」

 

咲実は階段を登りながら指折り数えていく。

総一と咲実。

仲間である文香と渚。

一応協力する事になった高山、敵になった手塚・郷田・長沢。

事情は分からないが女の子を撃ち殺していた麗佳。

そして死んでしまった人間が3人。

合わせて12人。


「そっか。 まだ1人だけ出会えていない訳だね」
「どんな人なんでしょうね………」


怖い人じゃなければ良いけれど。

2人ともそんな事を考えていた。

しかしこれまで良い事など1つも無かっただけに不安は大きかった。


「咲実さん、ちょっとここでじっとしてて」


長い階段の踊り場まで来ると総一は咲実を止めた。


「ちょっと先を見てくるから」
「危ないですよ」
「危ないから1人で見に行くんだよ」
「私も一緒に―――」
「良いから。 咲実さんはそこで後ろを見張ってて欲しいんだ」
「後ろを?」
「上を気にしてる時に、後ろから手塚とか来たら怖いじゃない」
「は、はいっ」


咲実はそれで納得したらしく、それ以上は一緒に行くとは言わなかった。


「それじゃ頼むよ、咲実さん」
「御剣さんも気を付けて」

 

総一は咲実に小さく笑いかけると慎重に階段を登っていく。


―――なんだか咲実さんが危ない事にも加わろうとしているような?


「いかんいかん」


総一は余計な事を頭の中から追い出す。

総一と咲実の命がかかっている状況なのだ。

呑気な事を考えている余裕はない。


―――誰もいませんように………。


総一は手すりの影に隠れるようにして4階のフロアを覗き込む。


「あ」


しかし総一の願いに反して、そこには人間の姿があった。


だが。


「文香さん!!」


幸いな事にその人物は総一の味方だった。

 

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「良かった、やっと会えたわね総一君、咲実ちゃん。 怪我はない?」

「はい!」

「文香さんも無事で何よりです」

「ともかく2人ともついてきて! ここじゃおちおち話も出来ないわ!」


・・・。


再会を喜び合う3人だったが、そこで呑気におしゃべりをしている暇はなかった。

すぐに総一達は文香を先頭にして移動を開始した。

銃が出回っている状況では、階段の前のホールは身を守るには向かない場所なのだ。

 

「………やっぱり文香さんも持ってるんですね?」

 

後を追いながら、咲実が文香の腰にある拳銃に目を止めた。

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不本意だけどね。 ………そこらじゅうにあるわよ、鉄砲」


文香はちらりとこちらを振り返ると眉をひそめる。


「そこらじゅうに………」


そういう状況では武装せざるを得ない。

郷田のクロスボウの時のように一方的に攻撃されるような状況は誰も望まないのだ。


「それにこの階は拳銃だけじゃないのよ。 もっと危ないものも一杯あったわ。 マシンガンっていうんだっけ? いっぱい弾が出るヤツ。 他にも日本刀とかチェーンソーなんてのもあったわよ」

「まさか………」


総一と咲実は顔を見合わせる。


「2階は簡単な武器、3階には拳銃、そしてこの4階にはいろんな武器。 だんだんとエスカレートしてるみたいね」

「って事は―――」


総一は思わず天井を見上げた。

上にはまだ5階と6階がある。


「あたしもそれが心配よ」


文香の横顔は厳しかった。


・・・。

 

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「咲実さん! 総一くん!」


総一達がその部屋に入ると渚の顔がぱあっと明るくなった。

そしてのんびり屋の彼女にしては珍しく、総一達の方へ駆け寄ってくる。


「ふえぇぇ、よかったぁぁ~~。 葉月さんが亡くなって、わたし、わたしぃ~」


再会した事でよほど安堵したのか、渚はぽろぽろと涙を零し始める。

 

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「渚さんもお元気そうでなによりです」

「でもぉ、葉月さんがね~、葉月さんがぁ~~」


咲実が慰めても渚は泣き止まない。

葉月の死が相当ショックだったらしい。


「渚さん………」

 

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「ずっとあんな調子なのよ。 でも、私も葉月さんが亡くなった時はショックだったわ」


文香は総一にこれまでの経緯をかいつまんで教えてくれた。

2階で郷田に襲われた時、文香は1人3階に登らされてしまっていた。

残りのメンバーは2階にいるので、文香は急いで下に降りる階段を探したのだという。

しかし文香が居たのは3階の奥まったところだったようで、下への階段に辿り着くのは相当苦労した。

武器を持った手塚とのニアミスも余計な手間を増やしていた。

夜半を回った頃、文香は2階へ降りる階段へ到着。

するとそこには渚と重傷の葉月の姿があった。


「じゃあ、その時にはもう………」

「ええ。 ………もう手の施しようが無かったわ」


渚によって応急手当は施されていたものの、葉月の傷は深く、それ以上はどうしようもなかった。

文香も渚もどんどん弱っていく葉月を見ている事しか出来なかったのだ。


「それで明け方に………、亡くなったわ………」


文香の表情は沈痛だ。

その文香の言葉を聞いて、渚の泣き声が少しだけ大きくなった。


「でも、そうですか」


総一は軽く微笑む。

とても悲しかったけれど。


「総一君?」

「葉月さん、1人で亡くなったんじゃないんですね」

 

もし葉月が1人きりで、家族の写真を眺めて死んだのだというのならどれだけ寂しい最後だったのだろう?

しかしそこに文香と渚が居たというのなら。

見送る人が居たというのなら。


「ええ。 私達の前で、眠るように、亡くなったわ」


少しは心安らかに、逝けたのではないだろうか?


「葉月さん………」


総一はそうであるように祈らずにはいられなかった。


・・・。

 

「その後は私達は迷ったのよ」


しばらくして全員の気持ちが落ち着いた頃、文香は続きを話し始めた。


「迷った?」

「ええ。 幸か不幸か明け方まで階段で待ったけど、総一君達が現れる気配はない。 だからもしかして総一君達は、渚さん達が来るよりも早く、3階へ登ってしまったんじゃないかって」

「それで4階へ?」

「ええ。 結果的には、そのまま待っていた方が合流は早かったみたいなんだけどね?」


文香は軽く苦笑する。

総一達がそこへ辿り着いたのは、文香と渚が姿を消した後の事だった。


「すみません、もっと急いでいれば」

「違うわ総一君。 何もかも思い通りにはいきっこないってだけよ」


文香は総一に笑いかけた後、表情を引き締めた。


「でも、これで残りが11人になったわ。 葉月さんの遺体を見て、行動を起こす―――」

「残りは10人です、文香さん」

 

文香の言葉を訂正する総一の表情も硬かった。

事情を知っている咲実の表情にもさっと影が差す。


「何かあったのね?」

「はい。 実は―――」


総一は麗佳とかりんという少女の一件を話した。

咲実も鞄の中からかりんの学生証を取り出して文香に見せる。


「まさか麗佳さんがそんな事を………」

「事情はよく分からないんです。 俺達が行った時にはもう撃ち合いの最中だったから………」


最終的に相手を撃ち殺したのは麗佳だったが、そうなった経緯までは分からない。

最初に手を出したのがどっちなのかは見ていない。

総一達が見たのは互いに銃を向け合う2人の姿だけだ。


「参ったわね、それは………」


総一の話を聞き終わった文香は唇を噛み締める。

そして北条かりんの学生証を咲実に返すと、文香は両腕を組んで考え込む。


「その時の事情はどうあれ、麗佳さん、次は危ないかもしれないわね」

「えっ?」

「戦争のドキュメンタリーでインタビューされた兵隊さんが言ってたわ。 1人殺した後は、それほど迷わなかったって」


―――麗佳さんが、問答無用で俺達を攻撃してくるかもしれないって事か?


「まさか………」

「あの子がそれを考えていない事を祈りたい気分ね」


誰の表情も厳しい。

楽観できない事は誰もが分かっていたのだ。


・・・。


「それで、今後の事なんだけど」


文香は全員の顔を見回す。


「上に登るのを先にしようと思ってたけど、やっぱり先に首輪を外してしまおうと思うの。 郷田さんや麗佳さんが人を殺してしまった以上、そうした方が安全だと思う」

「俺もそう思います」

 

さっさと首輪を外して、進入禁止になったフロアに逃げ込んでしまえば危険はぐっと減る。


「それに上はもっと危険だと思った方が良いでしょうし」


総一が一番心配しているのは武器の事だった。

1階には何にもなかったが、フロアを上がるにつれて危険なものが増えていた。

総一達はまだ見ていなかったが、この4階段にはマシンガンや日本刀まであるらしい。

この分だと上がここよりも安全だとは考えにくい筈だ。


「あたしのPDAはこれ。 6だから、首輪を外すにはJOKERを見つける必要があるの」


文香は自分のPDAを取り出した。

その画面には彼女の言うとおり大きくダイヤの6が表示されている。

総一の記憶では、6はJOKERの機能を5回使う必要がある。

文香はPDAを総一達にも見やすいように自分の前に置いた。


「JOKER………。 そういえば高山さんが探してるみたいだったな」

「高山?」

「ああ、ホラ、覚えてませんか? 1階の階段で手塚と喧嘩してた………」

「あの人か」

「実は彼と3階で話をする機会があったんです」


総一は文香に高山との出会いの顛末を話した。


「ふぅん、その人も何を考えてるのかよく分からないわねぇ」

「でも喧嘩しなくて済んで良かったじゃないですか~」


文香は渋い顔だったが、渚はいつもの笑顔を浮かべていた。


「それはそうなんですけどね」

「文香さん、葉月さんはJOKERを持ってなかったんですか?」


渚に笑いかけていた総一は、咲実のその声と共に顔を正面の文香に戻した。


「ええ。 おじ様は御自分のものしか持っていなかったわ」


文香はそう答えると自分のPDAの隣にもう1台のPDAを並べた。

そこに表示されている数字はクラブの4だった。


―――なに!?


それを見た瞬間、総一の思考が止まる。

驚きのあまり言葉が出てこない。


「総一くん~? どうしたの~?」

 

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「御剣さ―――!?」


そして同じものを見た咲実も絶句する。


「ちょっと、どうしたのよ2人とも」

「ば、馬鹿な………だって、咲実さん、自分のPDAは4だって………」


驚きの表情のまま、総一は咲実の方を向く。

 

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「あ、あ、あのっ」

 

咲実の顔は真っ青だった。


「確かなの?! 総一君!!」


文香の声と表情が厳しくなる。

思わず彼女の手が腰の拳銃に伸びる。

文香とて葉月のような事は2度と御免だった。


「はい、彼女自身がそう言って―――」


―――そうだ、俺は彼女のPDAを確認していない!!


総一は愕然とする。

そうなのだ。

総一は咲実に数字を教えられただけで、実際に彼女のPDAの画面を見て確認した訳ではないのだ。

 

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「答えなさい咲実ちゃん、総一君を騙してどうするつもりだったの?!」

「あ、あの、わ、わたしっ!」


気が動転したのか、咲実は真っ青な顔のまま言いよどむ。

だが逆にその咲実の顔を見て総一は冷静になった。

それは咲実の本当に困った時の顔だった。

続いて総一の脳裏にこれまでの彼女の事が思い出される。


―――人を騙して、利益を得ようなんて思う子に見えたのか? あの涙が、あの笑顔が、全て演技だと?


「事と次第によっては咲実ちゃんでも―――」

「待った。 文香さん、それ以上咲実さんを虐めると貴女でも酷いですよ」


そして総一は文香の手を取った。

その手は今にも拳銃を引き抜きそうになっていたのだ。


「総一君! 状況が分かってるの!? 事によっては危なかったのは貴方なのよ?!」

「ええ、事によっては、ね」


―――そんな事が出来る子じゃないんだ。


心配する必要なんかない。


「み、御剣、さん………?」


咲実はさっきからずっと総一の顔色をうかがうようにして怯えていた。

総一を怒らせたのではないかと思っているのかもしれない。


「ふふ、そんなに心配しなくたっていいんだよ咲実さん」


総一は文香の手を取ったまま咲実に笑いかける。


「咲実さんに俺を騙してどうこうしようなんて度胸があるもんか。 どうせ何か別の理由があるんでしょう? たとえ理由が無くても、もののはずみが関の山だよ」

「みつるぎ、さん………」


咲実の瞳に涙が滲む。

だがその瞳に滲むのは涙だけではない。

そこには安堵と、そして確かな信頼が滲んでいた。


「あの時の私が馬鹿だったんです。 気が動転して、思わず嘘を言ってしまったんです」


そう前置きして咲実はポケットに手を入れた。

そしてそこからPDAを取り出すと、咲実はそれを総一に差し出した。


「ごめんなさい、御剣さん」

「なっ」


総一は目の前に示されたPDAに思わず絶句する。

だが同時に全てを理解した。

何故彼女がPDAを偽ったのか。

そしてその時の彼女の意図。

その全てを。


「確かにこれは仕方がないなぁ、咲実さん」


くくくくっ


総一の喉の奥から笑いが漏れる。


―――こればっかりはどうしようもないよ。

 

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「どういう事なの?」

「総一くん?」


文香と渚も総一の手の中の咲実のPDAを覗き込む。


「ハートのクイーンだね~?」

「1人で笑ってないで、分かるように説明して頂戴、総一君!」


「あっはっはっはっは、すみません、これだけではお2人には分かりませんよね」


笑い続ける総一は自分のポケットに手を突っ込んだ。

そして総一自身のPDAを引っ張り出す。


「これを見ればお2人にも分かって貰えるかと」

「スペードのエース………? って、ああっ! そうかっ!!」

「どういう事ですか~?」


文香はすぐに理解したようだったが、渚は良く分かっていないようだった。


「俺の首輪を外す為には、咲実さんを殺さなきゃいけないんですよ」


彼女がPDAを偽った理由。

それは身を守る為だったのだ。

 

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「ごめんなさい、ずっと騙していて」

「良いって。 気にしないで良いよこんなの」


総一は咲実に頷き返してやる。


「許して、くださるんですか?」

「許すも何もないでしょ。 あのタイミングじゃ嘘を言うしかなかったさ」


総一が自身のPDAを明かした時。

あの時点で咲実が総一の事を信じられるかどうか。

そして仮に信じられたとしても、総一の気持ちを思えば咲実には言えなかっただろう。

今の総一にはあの時の咲実の気持ちが手に取るように分かった。


「あ~あ、驚いて損した」


そして総一はPDAを2台とも咲実に差し出した。


「はい、咲実さん」

「御剣さん?」


咲実は自分のPDAに手を伸ばしたものの、一緒に差し出されている総一のPDAの意味が分からず、そこで手が止まってしまっていた。


「あげるよ、俺のPDA。 咲実さんの手で叩き壊しちゃってくれ」

「え………」


「総一くん~!?」

「ちょっと何を言い出すの!?」


戸惑う咲実。

渚や文香も同様だった。

特に渚はそれが顕著で、表情は強張り、鋭い目は怖いぐらいだった。

しかし咲実に目を向けていた総一は渚の様子には気付かなかった。

 

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「きみは自分を騙してた人の為に、そこまでしてあげるの?」


そしてそう言った時の渚の声がいつもとは全く違う調子であった事にも気付く者は無かった。


「それが誰であっても、俺は殺すつもりなんてなかったんです。 だから相手が誰かは関係ないですよ」

「御剣さん………」

「それにホラ、咲実さんも不安だと思うんですよ。 このPDAがある限り、いつ俺が豹変して彼女を襲うか分かったもんじゃないでしょ」


そして総一は咲実の手を取ると自身のPDAをそこに押し込んだ。


「どうせ俺は誰も殺さないんだから、これは無くたって同じです。 違いますか?」

「………そんな事はありません」


しかし咲実はそんな総一に向かって首を振る。

そして同時に総一の手にPDAを戻してしまった。


「同じなんて事はありません。 貴方がこれを持っていれば、私達の生きて帰る可能性が上がります。 私達の想像もつかない使い方があるかもしれませんし。 それに私を殺す以外に御剣さんが生きて帰る方法だってあるかもしれないんです。 その時にこれが必要だったらどうするんですか?」

「でも咲実さん―――」


それでも言い募ろうとする総一の唇を咲実の細い指先が塞ぐ。


「ありえません、そんな事」


そして咲実は笑った。

深い確信に満ちた瞳で。

 

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「御剣総一という人に限って、私を殺すだなんて事はありえません」


信頼に満ちた咲実の笑顔が眩しくて、総一は馬鹿みたいに彼女の笑顔を見つめていた。


「こんなおもちゃが無くったって、私は貴方を信じます」


姫萩咲実という少女は、心の底から総一を信じていたのだ。

真実を口に出来たおかげで咲実の心は軽くなっていた。

ずっと付いて回っていた罪悪感はすっかり拭われていた。


―――これでいい。


総一の手にPDAが戻ると咲実は思わず安堵していた。

こうしておけば万が一の時に総一を救う事が出来る。

それは咲実が葉月のように手の施しようがない重傷を負った時。

この場所ではそうなってもおかしくはない。

その時に咲実は総一を救ってやる事が出来るのだ。


―――馬鹿だよね、私って。


こんな事なら嘘をつく意味なんてなかったのに。

結局、彼女はPDAを総一に返すことで殺される為の準備をしたのだった。


・・・。


遅めの食事の後、自分で淹れたコーヒーを飲みながら、咲実はずっと気になっていた事を総一に尋ねてみる事に決めた。


「あの、御剣さん、訊いても良いですか?」
「うん? 構わないけど………」


渚と文香は食事が済むと横になっていた。

彼女達が見張りの交代の為に起きるのはもう少し先の事。

それまでは総一と咲実の2人きりだった。


「どうして貴方は、私を助けてくれる気になったんですか?」


咲実はそれがずっと疑問だった。

縁もゆかりもない総一と咲実。

しかも咲実は明らかな足手まといであった筈だ。

咲実が総一を信じる理由ならある。

ずっと守って貰ったし、それだけのものを見てきた。

だが総一が咲実を信じる理由など、どこを探しても見当たらないのだ。


「1人が嫌だからってのは、理由にならないかな」
「………途中からはそれでも良いんですが………」


だがそれは最初のきっかけとしてはおかしいのだ。

咲実は最初、膝を抱えて泣いているだけの役立たずだったのだから。

総一は咲実のまっすぐな視線に苦笑すると、ゆっくりと口を開いた。


「………実はね、咲実さん」
「はい?」
「咲実さんって、俺の友達にそっくりなんだよ」
「お友達に?」
「ああ」


総一は頷いてコーヒーを口に含む。


「だから咲実さんを置いていけなかった。 なんというか、咲実さんを残していくと、友達を置いていく気がしてさ」
「それで一緒に連れて行ってくださったんですか?」
「最初は、ね」


総一はそう言って微笑んだ。

最初は『友達』を見捨てるようで嫌だった。

だが次第に、咲実が居てくれると勇気付けられるような気がしていた。


「ふふ、やっと納得しました」
「そんな事気にしてたんだ」
「ええ。 でもそうですか、私がお友達に………」


咲実は笑いながら頬に手を当てる。

 

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「それは運が良かったのか、悪かったのか………」
「ん?」
「いいえ、こっちの話です」
「そう?」


咲実は誤魔化すように両手でカップを掴んでコーヒーを飲む。

その姿がどうにもユーモラスで、総一は小さくふきだしてしまった。


「ぷっ、くくくくっ」
「なんですか?」
「い、いや、こっちの話。 くくっ、ぷくくくくっ」
「………変な御剣さん」


咲実も笑いだした。

そんな屈託のない咲実の笑顔を見ながら総一は思う。


―――この人を見捨てて、そして、殺して帰ったとしたら。


きっと俺は彼女の前に立つ事など出来なくなっていることだろう。

彼女の前に立つたびに思い出す筈だ。

俺が咲実さんを殺してきたんだって。

それは運が良かったのか、悪かったのか。


「俺は運が良かったと思うよ」
「なんですか?」
「いや、こっちの話」


そして総一は再び笑い始めるのだった。


・・・。


総一達4人が注目している前で、それぞれのPDAが鳴った。


「ホラ~、絶対そうだって言ったでしょう~?」


画面には3階が進入禁止になったと表示されている。

それを総一達に見せながら渚は頬を膨らませた。

 

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「ごめん渚さん。 でも本当に9時間おきなのね」


文香は少し焦りの表情を浮かべながら両手を合わせて詫びる。


「も~、そう言ったでしょ~」


渚の怒りは収まらなかった。

朝になって総一達が行動を再開しようとした時、渚がそろそろ3階が進入禁止になると言い出した。

1階と2階が進入禁止になった時の時間を見ていたというのだ。

その時間差は9時間だったらしい。

そして2階が進入禁止になってからそろそろ9時間。

だから3階が、という事だった。

だが、それいつもボーっとしている渚の言葉だった為に、文香は半信半疑だったのだ。


「まぁまぁ、渚さん抑えて抑えて」

「ぷんぷ~んです~!」

 

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「そうすると、今私達がいる4階が進入禁止になるのも9時間後って事なんでしょうか?」


咲実がそう呟くと、文香は頷いた。


「多分そうだと思うわ。 ただ、あたし達がルールを決めてるわけじゃないから、実は次からは6時間でしたって場合もある気がするわ」

「あまり楽観は出来ないって事ですね」


総一は覗いていたPDAをポケットにしまい込む。


「登らないと危ない。 でも登ると危ないから先に首輪は外したい。 困ったジレンマね」


首輪の解除の為の条件を明かし合った総一達。

総一がエース、咲実がクイーン、そして文香が6。


「私は咲実ちゃんとはぐれない様に一緒にいればいいんですよね~?」


渚がPDAを両手で持って首を傾げる。


「そうよ。 それを失敗すると大変な事になるから気を付けて」

「はい~」


そして最後。

渚のPDAはジャックだった。

24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間の時点で生存している事。

それが渚の首輪を外す為の条件だった。

だから自然と渚と咲実がペアを組んで行動する事に決まっていた。

どうしようもない総一を除くと、咲実と渚を24時間以上一緒にいさせるのと平行して、文香の為にJOKERを見つけ出せばいい。

咲実はもともと2日と23時間経てば自然と外す事が出来るようになる。

進入禁止に追われながらJOKERを探す。

文香ではないが、総一にはなかなかに厳しい条件に思えた。

加えて上のフロアはもっと危険な場所の筈だ。

フロアを登るたびに武器は増えている。


「頑張りましょう、みなさん」


しかし咲実のその力強い笑顔を見ていると、不思議とやる気がわいてくる総一だった。


・・・。


「手塚君、よね?」


手塚を先に見つける事が出来たのは、文香のPDAに新たにインストールされていた疑似GPS機能のおかげだった。

この機能は地図上に進行方向と現在位置を投影するものだった。

この機能により地図を読む手間が大幅に減った。

地図を見れば現在位置が一目で分かったし、いちいちどう移動したのかを覚えておく必要もない。

その分の手間を他に振り分ける事が出来るようになっていたのだ。

結果的に総一達が手塚に先に気付く事が出来たのだ。

 

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「何を呟いているんでしょう~?」


その手塚は通路の壁に寄りかかり、何か独り言をぶつぶつと呟いていた。

手塚までの距離は結構あり、向こうがこちらに気付いた様子はない。

 

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「女の子がどうとか言ってるみたいです」

「聞こえるの? 咲実さん!」

「はい。 でもちょっとだけ静かにお願いします」


咲実は耳に手を当てて目を閉じる。

総一達はそんな彼女の邪魔にならないように口を閉じた。


「………分かりました」


しばらく黙ったままだった咲実が目を開けた。

その表情は少し困ったような雰囲気に彩られている。


「どうしたの?」

「それが………、実はこのフロアに小さな女の子がいるみたいなんです」

「小さな女の子?」

「はい。 手塚さんは狙いやすいからその子を捕まえるつもりでいるみたいなんです。 他にも殺してやるとか、なんとか………」

「その子も参加者なの? 首輪を付けた?」

「手塚さんの独り言からするとそのようです」


咲実は神妙な表情で頷く。

そこまで聞くと、総一は先程から咲実が微妙な表情を浮かべていた理由が分かった気がした。


「………そっか。 咲実さん、助けに行きたいんだね?」


すると咲実の顔が総一の方を向き、僅かに笑顔を浮かべる。


「はいっ」


咲実が心配していたのは少女を探せばこのフロアに長居しなければならなくなるという事だった。

次に進入禁止になるのはこのフロアで、それがいつなのかがはっきりしない。

これまでと同じならまだ8時間以上猶予があるものの、本当にそうなのかは分からない。

また、手塚もその少女を探す為にこのフロアをうろつく筈だ。

このフロアに長居すれば危険は少なくない。

それに上のフロアに上がる為の階段はもうすぐそこだ。

総一達の場所から見て、階段は丁度手塚の居る場所とは正反対の場所にある。

少女を探しに戻るという事は、階段から遠ざかるという事だ。

しかし咲実は助けに行きたかった。

自分が総一にしてもらったように、誰かを助けてやりたかったのだ。


「あたしも賛成よ。 水臭いわよ、咲実ちゃん」

「私も助けに行きたいです~」


文香も渚もすぐに賛同する。


「皆さん、よろしいんですか?」

「私、いじめっこ嫌いです~」

 

渚はキッと表情を引き締めると、通路の先に居る手塚を睨みつける。


「そうね。 それに咲実ちゃん、その小さな女の子がJOKERを持ってるかもしれないっていう打算的な理由もあるの。 だからあまり気にしなくて良いわ」


文香はにっこりと微笑む。


「………ウソでしょ、文香さん」


その文香の笑顔を見ていた総一がボソリと呟く。

総一も笑っていた。


「貴女はただ助けに行きたいだけだ」


―――そんなにドライな人じゃないさ。


出会ってから総一が見てきた文香という人は、そういう人だったのだ。


「クールなお姉さん像を壊そうとする総一君はキライ」

 

そんな文香のふくれっ面に、全員が笑顔を零す。

だが、


「あ、手塚さんが………」


咲実の声に全員の表情が引き締まった。

総一が手塚に視線を戻すと、彼は荷物を担ぎ上げて総一達から離れる方向へと歩いていく。

 

―――山歩き用の大ナタ、サブマシンガン、拳銃、大型ナイフ。


こりゃあカチ合ったら大変だぞ………。

彼の担いでいる武器を見て総一は緊張を隠せなかった。

しかしこのまま放置する事も出来ない。

彼はあの武器を使って、その幼い少女を追い詰めるつもりでいるのだから。


「んじゃ、また後で来るわね、階段君」


文香は上へ登る階段の方に向かって軽く手を振ると、先頭に立って歩き始める。

彼女の隣にいた渚も歩き出す。


「行こう、咲実さん」

「はいっ」


そして総一と咲実。

2人は大きく頷き合うと先を行く文香と渚の後を追うのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「今日の俺はついてるぜぇ………」


手塚は口元にあの冷たい笑みを浮かべていた。


「獲物が次々と向こうからやってきやがる」


獲物。

それは彼の必要なものを提供してくれる『ゲーム』の参加者の事だった。

手塚のPDAには10の数字が表示されている。

首輪を外す為の条件は首輪を5個作動させる事。

つまり5人の人間の死が必要な厳しい条件だった。


「ククク、ツキがあり過ぎて怖いぐらいだ」


しかし手塚は自分からは何一つ手を下していないというのに、既にその条件の半分が満たされていた。

 

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初めは太った男。

最初にルール違反で死んだあの男だ。

手塚がルールの全貌に気付く前に、条件は1つ満たされていた。

 

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次は細身の中年男。

彼は2階の階段に腰をおろした状態で死んでいた。

手塚が自分のPDAを彼の首輪に差し込むと、あっさりと首輪が点滅するランプと声でルール違反を宣告した。

 

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3番目は誰かとの銃撃戦の末に死んだらしい少女。

死んでいたのでまるで無抵抗。

これもあっさりと首輪を作動させる事が出来た。


「あとはあのガキを捕まえれば、もう4つ目って事だな」


手塚は笑いが止まらなかった。

作動した首輪は3つ。

4階に上がってきてすぐに見かけた少女は意外にすばしっこく、一度は見失ってしまったものの、相手はやはり子供。

彼女は袋小路の区画へ逃げ込んでしまっていた。

もはや捕まえるのも時間の問題だった。

大した苦労も無く4つ目の首輪が作動する事だろう。


「最後は長沢の小僧だな。 あのデカイ男を相手にするのは面倒だし、御剣達は数が多い。 烏合の衆でも武器を持った今は厄介だ」


この時の手塚は自分の勝利を確信していた。


・・・。

 

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「ここが運命の分かれ道、って事かしらね」


手塚の後を追ってきた総一位達だったが、そこで分かれ道にぶつかっていた。

進行方向に現れたT字路。

手塚はそこを右に曲がっていった。

総一達は手塚を追うか、それとも反対側へ進むかの選択を迫られていた。

T字路はどちらに進もうと最終的には行き止まりになっている。

迷路状になって複雑なのだが、逃げ道は無かった。

それだけに間違った方を選べば、女の子を救えずに終わる恐れがあった。

 

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「手塚さんも問題の女の子が何処にいるのかなんて分からないんですよね?」

「多分、その筈だけど………」

「だったら手塚さんを追いましょう。 そうすれば女の子が襲われていても助けられるかも知れません」


咲実はそう速断する。


「でも、そうすると手塚君と出くわす可能性は大きくなるし、女の子が反対側にいたらどこかへ行ってしまってふりだしに戻るかもしれないわ」

「けれど、今その子は危険なのかもしれないんです」


文香は総一達が手塚と出会ってしまう事を心配していた。

咲実は今にも問題の女の子が手塚に捕まるのではないかと心配していた。

どちらにしろ決断は急がなければならなかった。


「もう1つ手があります。 こっちは手塚より数が多いんだ。 二手に別れましょう」


総一の提案は両者の折衷案だった。

手塚を追う組と、反対へ向かう組の二手に別れる。

罠や手塚以外の敵への備えとしてはあまり良い選択ではない。

しかし今この時、手塚よりも早く女の子を確保したい総一達にとっては有効な選択肢となりうるのだ。


「二手に別れるって言っても、組み合わせはどうするの総一君?」

「俺と文香さんで手塚を追います。 反対側には咲実さんと渚さんを。 渚さんは首輪の条件の事もありますから、咲実さんと一緒に行って貰うのが良いと思います」


―――なるほど、もともと戦いに不向きな2人は向こう側に行かせるって事なのね、総一君。


確かにそれならみんなで追うよりもリスクは低く抑えられるけど………。


「あとは麗佳さん達がこの辺に居ないかどうかよね?」

「………そればかりは祈るしかありません。 でもこの先は待ち伏せには不向きな場所です。 麗佳さんや長沢ならもっと良い場所で待ち伏せする筈です」


こんな地図の端の誰も来ないかもしれない場所までわざわざやってきて、探索したり待ち伏せしたりするメリットは無い。

麗佳や長沢ならもっと合理的な判断をする筈。

総一はそう考えていた。


―――確かにそうね。


それにそんなに長く別れている訳じゃない。

文香も決断する。


「そうしましょう総一君。 それで良いわね? 咲実ちゃん、渚さん」

 

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「はいっ」

「はぁい~」


「咲実さん、渚さん、探索が済んだら、女の子が居ようが居まいが少し手前のこの部屋へ移動して待ってて。 俺達も済んだらそこに向かうから」


総一はPDAの地図の一角を咲実に示した。


「分かりました」


咲実が頷くのを見て文香は早速手塚が姿を消した通路へと向かう。


「急ぎましょう総一君。 早ければ早いほどいいわ」

「総一くん、文香さん、気を付けてね」

「渚さん達も」


そして総一達は話もそこそこに二手に分かれた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「これ、御剣さん達に持たせてあげたかったですね………」


咲実は手の平の上に小さなプラスチックの箱を3つ乗せていた。

それはいつか見たものと同じ、PDAに機能を追加するツールボックスだった。

 

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「仕方無いよ~、咲実さん~。 急いでたんだし~」


渚は頭を突っ込んでいた段ボール箱から顔を出して苦笑する。

咲実と渚は問題の女の子を探す傍ら、何か役に立ちそうなものがないかどうかも調べていた。

彼女達の担当している区画は総一達の向かった区画よりも若干狭かった。

だからそうやって調べている余裕があったのだ。

もちろん詳細に調べている余裕はなかったのだが、部屋に置いてある段ボール箱を開けるぐらいの事は出来た。

その結果、見つけ出したのが例のツールボックスだった。


「咲実さん、大変~」


渚が彼女にしては深刻そうな声を上げる。

彼女は新たな箱に頭を突っ込んでいた。


「どうしたんですか?」


咲実は渚に駆け寄っていく。

渚の声に不安が掻き立てられる。


「こっちからはこんなのが出てきた~」


渚は泣きそうな顔で箱から金属の塊を引っ張り出した。

床に触れ、金属の重たい音を立てたのは一丁のサブマシンガンだった。


「………これ………」


咲実にも渚がすぐに手を離してしまった気持ちが分かった。

馴染みのものではないし、映画やアニメで主人公が軽々しく振り回している事から想像していた重さよりも随分と重い。

そして銃自体が放つ威圧感。

それは拳銃どころの騒ぎではない。

拳銃なら身を守る為の道具と思う事も出来た。

しかしこれは違う。

効率良く人間を傷付け、殺す為の道具なのだ。


「これもあったよ」


渚はサブマシンガンの隣に金属製の斧を並べる。

その斧はもともと災害現場で使われるようなもので、白と赤で奇麗に塗り分けられた。

全長は50センチもないコンパクトなもので、グリップは真っ黒なゴムで出来ており思い切り振ってもすっぽ抜けないようにデザインされている。


―――これで戦えって事なのね………。


並んでいる2つの武器を前に不安になる咲実だった。


「どうする~? 咲実さん~」
「これも持って行きましょう。 御剣さんならこんなものでもきっとうまく使ってくれる筈です」


しかし最終的に咲実は何の心配もしていなかった。


―――使い方なんてあの人に任せればいい。


「………ねぇ、咲実さん」


渚が大真面目な顔で切り出す。

よほど言いにくい事なのか、咲実の顔色をうかがいながら慎重に言葉を選んでいる様子だった。


「怒らないで欲しいんだけど、総一くんが、それで襲ってくるかもしれないとか、思わないの?」
「え?」
「これまで総一くんは協力的だったけど、追い詰められたら手の平を返して、自分だけ生き残ろうとするんじゃないかとか。 実はあのエースがJOKERで私達を騙してるとか、そういう事なんだけど………」


渚は言葉を切ると咲実の顔をじっと見つめる。


「………」
「………やっぱり怒った?」


黙ったままの咲実に不安になったのか、渚は申し訳なさそうな表情を作った。


「いいえ」


しかし咲実は首を横に振る。


「どうやって説明したら良いかと思いまして」


咲実は笑顔だった。


「多分、渚さんの言うような事もあるんだと思いますよ」
「だったら………」
「でも、そんな事はないって信じているんですよ、私は………」


不安と不満。

渚の表情に刻まれているのはそんなものだ。

しかし咲実にはひとかけらもそんな感情は無かった。


「御剣総一という人は私の信頼を裏切るような人じゃありませんから」
「どうしてそんなに信じられるの? この世界はそんなに優しくない。 誰だって裏切るのよ?」


渚が初めて見せる激しい感情。

しかし咲実はそれにも動じなかった。


「そうですね。 私もそう思います。 生まれてこの方、人を信じて良い事なんて1つもありませんでした」


咲実は話しながらそっと胸に手を当てる。


「両親の事業はだまし取られて、家族はバラバラになって。 親戚の家を転々としながら育ちましたけど、どこでも私は邪魔者で。 私に僅かに残されていたお金を取った後は用済みと言わんばかりでした」
「じゃあ何故そんなに………?」


渚の質問に、咲実は笑顔で顔を上げた。


「御剣さんはずっと私を見捨てないで下さいました。 怯えて逃げ惑うばかりの私を、ずっと守って下さいました」
「でも………」
「はい。 演技かもしれませんね。 彼にとって何か特別な意味のある行為なのかもしれません。 けれど、多分あの人は弱い人です。 私と同じように弱い人です」


咲実には迷いはなかった。

その時彼女が思い出していたのは総一の言葉だ。

総一は言っていた。

咲実が友達に似ているから、置いていけなかったと。

自分の事だけ考えるなら咲実を見捨てて帰り、その友達の前に何食わぬ顔で立てば良かった。

だが総一にはそれが出来なかった。

総一が咲実の手を取ったのは強いからではない。

渚はそんな彼女をじっと見つめている。

まるで迷っているのは渚であるかのようだ。


「あの人は私を裏切れるほど強くはありません。 だから守ってあげないといけないんです。 私が怯えたり疑ったりしたら、あの人はきっと深く傷つくでしょうから」


その咲実の言葉は渚を深く揺さぶった。

驚いた渚は両手を組み合わせて立ち尽くしていた。


―――じゃあ、あの子も傷ついたの? 私が怯えて疑ったから?


それは渚の心の奥底に今も澱む記憶。

今の彼女を作った直接の過去。

咲実の言葉はそれを呼び起こし、渚にその意味を問い直すのだった。


「そうだ渚さん、この武器はともかく、PDAに付ける箱の方は今使った方が良いんじゃないかと―――」
「………」
「あの、渚さん? 聞いてますか?」


咲実が2度目に呼びかけると、ようやく渚は咲実の方を向いた。

身体をビクリと震わせていた所を見ると、まるで呼びかけに気付いていなかったのだろう。


「ご、ごめんね咲実さん~、なに~?」
「あのですね、このPDAに使う箱は、今私達が使った方が良いんじゃないかって思ったんです」


咲実は苦笑しながら繰り返した。

すると渚はやや慌て気味にコクコクと頷く。


「なにか便利なものだったら、女の子を探しやすくなるかもね~」
「はい。 じゃあやってみますね?」


そして咲実は自分が持ったままになっていた小さな箱に目を落とした。

"Tool:Network Phone 01"

"Tool:Network Phone 02"

"Tool:Collar search"


同じものが2つ。

しかし01と02と書かれている事から、咲実はそれは2つ1組で使う物だと考えた。

だから咲実は3つ目の、単独で使うと思しき箱に手を伸ばした。


―――ええとCollar searchだから『首輪』『検索』?


どういう事?


咲実はその意味が分からず戸惑ったが、迷っているよりは使った方が早いと判断してそれをPDAに取り付けた。


『カラーサーチ 機能:機能している首輪の現在位置を検索して地図上に投影する。 バッテリー追加消費:極めて大、ただし検索実行時のみ。 インストールしますか? YES/NO』


表示されたのは総一が生存者数を数える機能をインストールする時にも見た画面だった。

しかしその説明内容が違っている。


―――首輪の現在位置を検索? だったら!


咲実はYESに触れながらこのソフトが自分達の大きな力になる事を直感した。


『インストールしています。 しばらくそのままでお待ちください。 *注意*インストール中はコネクターを外さないで下さい。 故障の原因となります』

 

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「はやく、はやく」


インストールの状況を表すバーが伸びていく。

これが終われば何もかもうまくいくかもしれないのだ。

このソフトが説明通りの力を発揮してくれれば、手塚をかわして女の子だけを見つける事も出来る筈なのだ。


『インストールが完了しました。 ツールボックスをコネクターから外してください』


咲実はその表示が出ると共に小箱をPDAから引き抜いた。

そしてPDAを操作してインストールされた新しい機能を探す。

新しい機能にはガイド用の星印が付けられており、すぐにそれを起動する事が出来た。

おなじみの地図が表示され、そこに重なるようにして文字が現れる。


『サーチを実行しますか? YES/NO *注意*サーチを実行するとバッテリーを大きく消費します。 使い過ぎに御注意下さい』


しかしここでも咲実は迷わなかった。

その細い指先がYESに触れると『サーチ実行中』の文字が表示され、そしてバッテリーの残量を示すバーが僅かだが目に見えて減った。


「どう~? 咲実さん~」
「待って下さい、今―――」


そして画面にいくつかの光点が表示された。


「出た!」


咲実は地図を指先で辿りながら光点の位置を確かめていく。


「これが私達。 そしてこっちの2つの御剣さんと文香さん。 って事はこれは――――」
「咲実さん~?」
「駄目だわ! 急いで御剣さんっ!! 手塚さんがもう女の子の傍まで辿り着いてる!!」


単独の光点は2つ。

総一達の前を行くものが1つ。

そしてその先にいるもう1つ。

その2つはもう接触する寸前だった。


「渚さん、戻りましょう! 女の子は向こうです!」

「あう~、待って~咲実さん~~」


――!!!!


そして2人が走り出した時、遠くからマシンガンの連射音が聞こえてきた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

マシンガンの連射音が聞こえた時、総一も文香も思わず走りだしていた。

そして彼らが走り出すのと同時に、もう一度連射音が鳴り響く。

総一が聞いた音は咲実達の聞いた音よりも大きく、反響も少ないハッキリとした音だった。

銃声は総一達からそう離れていない場所から聞こえてきているようだった。

 

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「手塚めっ、早まった真似を!」
「無事だといいけど………」


総一達は手塚が女の子を撃ったのだろうと考えていた。

相手は小さな女の子だという。

2人にはそれ以外は考えられなかった。


「あの扉の無効?!」


文香がそう言った時、総一のポケットからアラームが聞こえた。


「まさか」


総一のPDAだけが音を出した事で、彼は嫌な予感がしていた。

総一は走りながらポケットからPDAを引っ張り出した。


「やっぱり………」


そんな彼の予感は当たっていた。


『残りの生存者 9名』


画面には無情にもそう表示されていた。


「文香さん、誰か死にました…」
「………遅かったって事?!」
「残念だけど、多分」


・・・。


しかしその部屋に辿り着いた時、2人の予想だにしない光景がそこに広がっていたのだった。


――ムッとするような血の匂い。


最初に感じた異変はそれだった。

自分が怪我をした時に嗅いだ血の匂いなど問題にならないほど濃密なもので、

狭い部屋に立ちこめていたそれは吸い込むと思わず吐き気がするほどだった。

そしてすぐにそれを見つけた。

 

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「て、手塚!?」


手塚は壁に寄りかかるようにして床に座り込んでいた。


「どうして手塚君が!?」


2人の予想に反し、銃撃にさらされて血まみれだったのは手塚の方だった。

多くの傷を負った彼の身体からはドクドクと血液が流れ出しており、彼の座っているあたりには大きな水たまりが出来始めていた。


「分かりません………。 例の女の子に、やられたって事なんでしょうか?」
「かもしれないけど………。 相手は小さな女の子の筈でしょう?」


床に飛び散った血の跡を見るに、手塚はこの奥で撃たれた後、この部屋まで戻ってきたところで力尽きたようだった。

彼の足元から始まる赤い染みが半開きのドアの向こうへと続いている。

そのドアは総一達の入ってきたドアの正反対に位置していた。

そのドアのそばには彼のサブマシンガンが転がっていた。

ドアを開ける時に捨てたのだろう。

2人はそんな手塚の様子を見てもなお信じられなかった。

手塚が幼い少女に遅れをとったという事がまだ信じられないのだ。


「死んでる、んだよね?」
「その筈ですけど」


PDAは残り9人を表示している。

つまり手塚はもう死んでいる筈だった。

これだけの傷と出血で生きているとも思えない。

2人は恐る恐る手塚に近寄っていった。

死んでいると分かっていても緊張は拭えなかった。


「酷い傷ですね………」


近くに寄ると、その酷さが際立った。

胴体を薙ぐかのように銃弾の傷の列が斜めに続いている。

それも一度ではないようだ。

また銃弾があけた穴といえど小さくはなく、服にも身体にもそれと分かる位はっきりとした穴があいてしまっている。

簡単な言葉で表現すれば、蜂の巣という状態だった。


「一応確認を―――」


そう言いながら総一が手塚の口元に手を伸ばした時だった。

 

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「………御剣ィ」


手塚の両目が開き、その口から弱々しい声が漏れた。


「手塚っ! お前、生きてたのかっ!?」

「クク、ゲホッ、お前達が生きて帰る為にゃあ、死んでた方が良かったわなぁ?」

「手当てをするわっ!! 総一君は話しかけ続けてっ!!」

 

手塚は息も絶え絶えといった調子で言葉を絞り出していく。

恐らく肺に穴があいているからだろう。

言葉を出すだけでも非常につらそうだった。


「馬鹿か、お前ら。 俺は、お前らを殺そうとしてたんだぞ」

「だからって放っておけないでしょう!?」

「む、無駄だよオネーちゃん。 これだけ弾を貰っちまったら、ゴホッ」


文香が応急処置を始めたが、彼の死はもう目の前まで迫っていた。


「手塚っ! おい、しっかりしろっ!!」

「だっ、騙された、ぜ………」


手塚が総一の手を掴む。


「騙された? 一体何の話をしている?」


ゴホゴホッ


咳と共に地が飛び散る。


「止まりなさいッ! 止まりなさいったらっ!!」


文香はなんとか流れ出す血を止めようと必死だったが、何をしても止まりはしなかった。


「………お人好しめ………」


総一と文香の顔を順番に見た後、手塚は自分の真っ赤な身体を見下ろした。

そしてニヤリと笑い、最後に総一の顔を見た。


「勝ちたいか、御剣ィ」

「目を閉じるな手塚っ! おい、しっかりしろっ!!」

「いいか、勝ちたければ誰も信じるな。 何も信じるな。 ルールさえも絶対じゃない」


そしてその身体から力が抜けていく。


「俺は、ゴホッ、そこを、勘違いしていた」


総一の手を掴んでいる力が消え、手塚の腕が床に落ちる。

すると腕が血溜まりの水面を叩き小さな音を立てて飛沫が飛ぶが、誰もそれを気にしなかった。


「………絶対なのは、他の、もの、なんだから………」

 

その囁き声が最期の言葉となった。

その後、総一のポケットの中からそんな音が聞こえてきたが、総一も文香もしばらくそこを動く事ができなかった。


・・・。

 

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「やっぱり、こういう事になってる訳ね」

「………子供だと、堪えますね」


総一は乾いた喉でそう呟く。

それに文香は緊張した面持ちで頷いた。


「そうね。 咲実ちゃん達を連れてこなくて正解だったわ」


手塚の部屋を出た2人は、その奥で少女の死体を見つけていた。

身長は140センチもない少女。

その妙に可愛らしい服装から、あどけない無邪気な少女であっただろう事がうかがわれた。

彼女は身体から血を流しながらうつ伏せに倒れていた。

手塚が死んで生存者が8名になった以上、ここに何者かの死体がある事は分かっていた。

それが恐らく探していた少女のものである事も。

だがそれが実際に現実のものとして目の前に現れると、なかなか現実として受け入れる事は出来ない。

しかしそれでもその死体は現実として目の前にあるのだった。


「撃ち合いになった、んでしょうかね」
「多分、そうなんでしょうね………」


総一は少女の右手の先に落ちていたサブマシンガンに近付いていく。

この銃で手塚を撃ったが反撃を受けて倒れた。

あるいは撃たれてから撃ち返したか。

どちらにせよ、倒れた時に手からこぼれたのだろう。

そして部屋にはいくつも薬莢が落ちており、血の匂いに混じって燃えた火薬の匂いも立ち込めていた。

ここで銃撃戦があったのは明らかだった。


ぴちっ


そんな総一の見ている前で、少女の右手の指が動いた。

その僅かな動きで彼女の赤く染まった指先が指を引っ掻き軽く音を立てる。


「うわあっ!? う、動いたっ!! 文香さんっ、この子まだ生きてますよ!!」


驚いた総一は思わずそんな情けない叫び声をあげてしまったのだが、文香は冷静に首を横に振った。


「違うわ総一君。 この子はもう死んでいる。 脈は無いし息もしていない。 体温も随分低いわ。 だから落ち着いて総一君。 死んだ後にも人間の身体って動くものなのよ。 死後硬直のせいだったり、身体の中の化学反応の場合もあるわ」


そう言って文香は少女から手を離して立ち上がった。

彼女は今まで少女の身体を調べていた。


「そ、そうですか………」


説明を受けても、総一の心臓はなかなか収まらなかった。

手塚に続きこの少女までが死んでいると思ったものが動いたものだから、その驚きは小さくなかったのだ。


・・・。

 

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「名前や身元が分かるようなものは持っていなかったわ」


総一に向き直った文香は鎮痛な面持ちで言った。

言い終わると文香は悔しげに唇を噛み締めた。

少女の死を許し難いものだと考えているようだった。


「そうですか………」


"北条かりん"は、少なくとも名前を知る事が出来た。

しかし今目の前にいる少女に関してはそれすら分からなかった。

彼女が誰なのか、そしてどこから来たのか。

それを示すようなものを彼女は持っていなかった。


「それとやっぱりPDAも持っていなかったわ。 手塚君が持っていた分に彼女の分が混じってたみたいね」


少女は首輪はしていたもののPDAは持っていなかった。

どうやら手塚に取り上げられた後に銃撃戦に発展したらしい。


「じゃあ、さっきの奴のどれかがこの子のものだった訳ですか」
「彼女の持っていたPDAは何だったのかしらね。 今となっては確かめようもないけれど………」


手塚はPDAを3台持っていた。

しかし内2台は銃で撃ち抜かれていて使い物にならなかった。

残っていた1台はスペードの9。

参加者の皆殺しが条件になっていた。

総一達はその9のPDAを手塚の物だと考えていた。

これまでの彼の言動から、彼がこのPDAの持ち主である可能性が高いと考えての事だった。

総一と文香は咲実達と合流する為に来た道をそのまま戻っていた。

その間も手塚と少女についての話が続いていた。

2人の話し声が通路に木霊している。


「けど文香さん、何かおかしくありませんか?」


総一は頭の中で数えていた。


「何が?」
「PDAの数ですよ」


総一が不思議に思ったのはPDAの数の事だった。


「どういう事なの?」
「ええとですね―――」


総一は少し頭の中を整理してから話し始めた。


「これまで亡くなった方は、最初の男の人・葉月さん・北条かりんさん・さっきの女の子・手塚の5人ですよね?」
「ええ、そうね」


言われて文香も頭の中で順番に確認していくが間違いない。

総一の言う通りだった。


「それで長沢が言うには、最初の男の人のものは郷田さんが持っています」
「そう言ってたわね」


最初は半信半疑だったのだが、郷田に襲われた事がある今では総一も文香も長沢の言った事が真実であると考え始めていた。


「そして葉月さんのものは俺達が、北条さんのものは麗佳さんが持っています」

「………あっ」


そこで文香も総一の言わんとしている事が分かった。


「亡くなった人間は残り2人。 なのに俺達はさっき、3台のPDAを見つけました」
「数字が合わないわね」


文香はそこで顔をしかめた。

そして頭の中でその理由を推理する。

残る3台のうち2台が手塚と少女のものであるのは明らかだ。

では3台目のPDAは何なのか?


「考えられる可能性は2つね」
「それは?」
「1つ目は、手塚君かあの女の子が誰かから盗んだもの。 でもこれは可能性が低いと思うわ。 私達を除けば残る相手は郷田さん・麗佳さん・長沢君、そして高山という人だったわよね?」
「はい」
「その4人がおめおめとPDAを盗られると思う? あの女の子にはそれは無理だと思うの。 逆に手塚君なら、奪う段階で殺してしまおうとするんじゃないかしら? あの子を殺そうとしていた彼がそれを迷うとは思えないの」


少女があの4人から盗めたとは思えない。

そして手塚が奪ったのだとしたら、あの4人が今も健在な理由がない。


「じゃあ、文香さんはどう思うんですか?」
「だから私は、2つ目の可能性が有力だと思うの」
「それは?」


総一が訊ねると、文香は一瞬答えに詰まった後に話し始めた。


「………壊れたPDAのどちらかが、JOKERだった」
「なっ」


総一はその指摘に驚く。

しかし確かにそれなら矛盾も無理もなかった。

手塚か少女がもともとJOKERを持っていて、手塚が少女からPDAを奪った後に銃撃戦となりPDAが破壊された。

これなら何も問題は無かった。

しかし。


「それじゃあ文香さん、貴女は………!」


総一の悲鳴じみたその声にも文香は微笑むだけだった。


「あたしも総一君と一緒で、ここからは帰れなくなったのかもしれないわね」


文香のPDAは6。

首輪を外す為にはJOKERの機能が何度も使われている必要があった。

それが失われたというのなら、文香にはもうどうする事もできない。

彼女に出来る事は1つだけ。

手塚でも少女でもどちらでも構わない。

JOKERの機能を5回、利用してくれている事を祈るばかりだった。


「文香さん………」
「そんな顔しないで総一君。 キミと一緒になっただけじゃないの。 1人きりなら怖かったかもしれないけど、総一君と一緒ならそう悪くもないわ」


けれど文香の声は不思議なくらい穏やかだった。


・・・。


総一達と咲実達が再会したのは、総一達が分岐点に戻るよりも随分手前での出来事だった。


「御剣さん! ご無事でしたか!」

「咲実さん!?」


息を切らせて走ってくる咲実と渚。

迎える総一達も小走りに彼女達に駆け寄っていく。

 

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「文香さん~、総一くんも無事でよかったぁ~」

「咲実ちゃん、渚さんも! 一体どうしてここに? 待ち合わせは向こうの筈じゃ?」


そんな文香の指摘に、息を整えながら咲実が答えた。


「はぁ、はぁ、そ、その、実は、向こうでPDAのソフトを見つけたんです」


そして咲実はポケットからPDAを取り出すと総一達に向かって差し出した。


「これ、インストールしてみたら、首輪の位置を全て、地図上に投影できるようになって」

「はぁ、はぁ、だから、向こうに女の子が居ない事も、分かって。 あと、このフロアには手塚さんと、女の子以外には誰も居なかったから、それで………」

「俺達を追ってきたのか」

「はい、そうです」


咲実はコクリと頷く。


「それで、女の子と手塚さんはどうなったんですか? 銃声もしていましたけど」


そう言うと咲実は表情を曇らせる。

ここにいたのが総一と文香だけである事で、どうやら事情を薄々察しているようだった。


「残念だけれど、手遅れだったわ」

「そんな~」


渚の表情も曇る。

その変化はゆっくりでも、もともと渚は感情表現が大きい。

その顔は泣きそうになっていた。


「向こうで相打ちになっていたよ」

「………そうですか」


すると咲実は少しうつむいた。

想像していた事でも、助けたいと思っていただけにショックはショックなのだ。


「私達がもう少し早く行動していれば………」

 

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「そんな事はないわ。 直接手塚君の後を追った私達でも間に合わなかったんだもの」


うつむいて涙を堪える咲実。

それを慰める文香。


―――強い人だな、文香さんは。


総一はそんな2人を見ながら、文香の強さに感心していた。

本当なら泣きたいのは文香の方だっただろう。

首輪は外せる望みは大きく下がった。

総一も壊れたPDAのどちらかがJOKERで間違い無いと考えていた。

だとすると文香の首輪が外せるのは既に5回JOKERが使われている場合に限られる。

それに期待するのは無理のように思えた。

なのに涙を浮かべる咲実を慰めているのは文香の方なのだ。


・・・。

 

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「そうだ、総一くん~。 これを~」

「なんですか?」

 

渚が総一の前で自分の荷物を弄り始める。


「咲実さんと一緒に見つけたの~」


彼女が取り出したのは手斧とサブマシンガン、そして見覚えのある小さな箱が2つだった。

総一達は少女と手塚の持っていた武器を持ってきてはいなかった。

どれも血まみれで、総一達には手に取るのがためらわれたのだ。


「ありがとうございます」

総一は礼を言うとそれらを受け取った。


―――遂にこんなものまで手にしなければならないのか。


総一は嫌な気分でいっぱいだった。

2人の人間の死体を見て来たばかりなので特にそうだった。

渚の顔も緊張気味なのは総一の見間違いではないだろう。


「う………」


一瞬、脳裏に自分が咲実の頭をこの手斧で割る光景が浮かぶ。


「うぐっ」


すると途端に吐き気が湧き上がってくる。

そしてそこに重なるように浮かぶ、死んだ手塚と少女のイメージ。

気を抜けばその場に座り込んで吐いてしまいそうだった。

 

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「御剣さん、大丈夫ですか?」


床を見ていた総一の視界に心配そうな咲実の表情が割り込んでくる。


「だ、大丈夫。 ちょっと立ち眩みがしただけ。 心配ないよ」


総一は吐き気を抑え込んで身体を起こした。


「そうですか?」


咲実はなおも心配そうな表情を崩さなかった。


―――しっかりしろ総一。


こんな事じゃ彼女の無事に家に帰らせてやれないぞ。


「ああ。 ごめん、ちょっと緊張しすぎたみたいだ」


そして総一は笑顔を作ってみせた。

咲実は総一の笑顔を見てようやく表情を緩める。


「みんな、申し訳ないけどそろそろ行きましょう? 休むなら上のフロアで。 もう、このフロアが進入禁止になるまであまり時間が残っていないわ」


本当は渚の計算通りならまだいくらか余裕はある。

しかし今回も9時間である保証はどこにもない。

また仮に渚の言う通りであったとしても、何かトラブルが有れば時間切れになりかねない。

総一と文香が手塚達を調べるのを早々に切り上げた理由もそこにあった。


「はい、分かりました」

「はい~」

「総一君も良いわね?」


最後に文香は総一に確認する。

総一は斧を腰に吊り、サブマシンガンを両手に持つとコクリと頷いた。


―――いい加減覚悟を決めろ、御剣総一。


自分にそう言い聞かせると、総一は先頭に立って歩き始めたのだった。


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【3】


・・・。

 

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「咲実さん、この部屋へ入って」
「はいっ」


総一は咲実を小さな部屋に押し込むと、自分は通路に残ってあたりをきょろきょろと見回し始める。


―――誰も追って来ていない、か?


郷田を振りきれたかどうか。

手塚が追って来てはいないか。

それを確認しないうちは呑気に休むわけにはいかないのだ。


「御剣さん」


咲実が部屋の中から総一に呼びかける。

彼女は総一を、とりわけ左の上腕に刺さったままになっているクロスボウの矢を気にしていた。

当たり場所が良かったのか出血は多くなかったものの、まだ止まっていなかった。

彼の制服のその部分は赤く染まり、次第にその染みは広がっていた。


「ごめん咲実さん、少し静かにしていてくれるかい?」


だが総一はそんな彼女に耳を貸さず、慎重に今来た道を戻っていく。

そして角から通路の奥を覗き込むと、総一は小走りに部屋まで戻った。


「大丈夫みたいだ。 誰も追って来てないよ」


「御剣さんっ!」


少しだけ安堵の表情を見せていた総一。

そんな彼に咲実は少しだけ頬を膨らませると、怪我をしていない総一の右手を取った。


「咲実さん?」
「早く! こっちに来てください!」


そして彼女は部屋の中へ総一を引っ張り込んだ。

 

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「そこに座ってください、御剣さん」
「あ、ああ」


咲実は総一を部屋にあった木箱に座らせると、彼の左側に回り込んだ。

 

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「………痛みますか?」


刺さったままの矢を前に一瞬だけたじろいだ彼女だったが、すぐに気を取り直して総一の顔を見た。


「さっきまでは痛かったけど、今は熱い感じがするよ」
「手当てをしたいので矢を抜いて良いですか?」


そして彼女は両手で持った小さな救急箱を総一に示す。


「それはいいけど………。 救急箱なんてどうしたの?」
「今御剣さんが座ってる箱の中で見つけました。 他にもいろいろ入っていましたけど、とりあえず手当てをしたくてこれだけ出しました」
「この箱に?」


総一は思わず腰を上げかけたのだが、


「御剣さんっ!」
「………ハイ」


咲実の剣幕に再び箱に腰をおろした。


「お願いですから、手当てをさせてください」


彼女は真剣だった。

その大真面目な瞳を覗き込んでしまった総一は体の力を抜いた。


「お願いします、咲実さん」
「はい」


するとようやく彼女は小さく笑顔を見せた。


「抜きますよ?」
「ひと思いにやって」


咲実の左右の手が、それぞれ矢と左上腕に伸びる。


「つ」


咲実がそれらに触れるとかすかな痛みが走り、総一は小さく顔をしかめた。


「ちょっとだけ我慢してて下さいね」
「ああ」


そして咲実は一度深呼吸してから思い切り矢を引き抜いた。


――ッッ


「いっ、いててててっ!!」


幸い矢は一度で引き抜かれたものの、引き抜く時の激痛に総一は身体を折り曲げた。

そして傷口を服の上からぎゅっと押える。


「御剣さん、御剣さんっ!」


咲実がしゃがみ込み、下側から総一の顔を覗き込む。

心配そうな瞳が総一を見上げていた。


「だ、だい、大丈夫」


いつまでも彼女にそんな顔をさせていたくなかった総一は、痛みをこらえて顔を上げた。

強かった痛みも徐々に引き始め、我慢できないほどではなくなってきていた。


「服、脱げますか?」


立ち上がった咲実は総一の左上腕に触れる。

手当てをするには服を何とかしなければならなかった。


「ああ、多分」


総一は傷を刺激しないようにゆっくりと制服に手をかけた。



咲実に手を貸してもらって上着とシャツを脱ぎ、Tシャツ1枚になった総一。

そのTシャツの左側の袖の部分は真っ赤に染まっていた。

ちょうどTシャツの袖の部分のあたりに傷口があった。


「消毒します。 痛みますから我慢して下さいね?」
「うん」


咲実は総一のTシャツの袖をまくりあげると、救急箱の中から消毒薬を取り出した。

改めて救急箱を見ると中身は色鮮やかで、埃をかぶってすすけた印象の強いこの建物の中では異彩を放っていた。


―――これだけ新しい。


わざわざ置いたっていうのか?

総一には不可解だった。

戦うように強いておきながら、救急箱を用意して多少延命もする。

総一には矛盾があるように思えてならなかった。


―――こんな事をして、いったい何の意味があるっていうんだ?


「いてっ」


消毒薬が吹き付けられ、総一の考え事が中断する。


「じっとして下さい、さっきよりは痛くない筈です」
「そんな事言ったって痛いもんは痛いんだよ、もう………」


とっさの事だったので、無意識にその名前が出そうになる。


「え?」
「あ、いや。 痛いものは痛いんだよ。 さっきとは痛さの種類が違うしさ」


総一はそう言い直した。


「子供みたいなこと言わないでください、御剣さん」


咲実はその事には特に注意を払った様子もなく、苦笑しつつ手当てを続けていた。


「これでいいかな?」


包帯を巻き終わると、咲実はそれを包帯の固定用の小さなゴムと金属で出来たフックで止めた。


「痛むでしょうけど、少し動かしてみてください御剣さん」
「分かった」


言われて総一は左手をゆっくりと動かした。

傷口が軽くひきつるような感覚とそれに伴う痛みがあったものの、問題になるほどではない。

包帯もずれたりはしないようだ。

 

 

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「大丈夫みたいだ。 ありがとう、咲実さん」
「いいえ。 このくらいお安いご用です。 ふふ、やっとお役に立てましたね?」


救急箱を閉じた咲実は嬉しそうに目を細める。

 


「そんな事気にしなくていいのに」


総一も笑う。

咲実はずっと何もできずにいた事を気にしていたようだ。

だが総一にとって、咲実がそうしてそこにいるというのは、それだけで特別な意味があった。


「咲実さんがいてくれるおかげで、ずいぶん助かってるんだから」
「本当ですか? ………例えばどんな?」


咲実は少し不安げに総一を見上げる。

総一が気を遣ってそう言ってくれているのではないかと考えていたのだ。


「そうだねぇ」


総一は一瞬だけ答えに詰まる。

だがすぐに誤解のない言い方を思いつく。


「こんなとこにさ、1人は困るんだよ咲実さん。 怖いもん1人きりじゃ」
「怖い?」
「そ。 1人じゃ心細いしさ、しゃべる相手もなしに3日もこんな所に入れられたら頭がどうかしてしまいそうだよ」


するとほんの少しだけ咲実の表情が弛む。


「その点咲実さんがいてくれると助かるんだ」
「御剣さん………」
「今だってそうだよ。 ひとりきりで怪我して走りまわってクタクタになってここにいる自分を想像したら恐ろしくなるんだ。 俺はその時、どんな顔をしているのかってさ」


言われて咲実も考えた。

もし1人きりでここにいたら。

郷田と手塚に追われ、あるいは怪我もしていたら。

その時の自分の気持ち。

そしてその表情。


「だから無理して役に立とうなんて思わないでくれよ咲実さん。 死んだりしないで、最後までそこにいて欲しいんだ」


そして理由はもう1つ。

しかし総一はそれを口に出さなかった。

 

「はいっ、ありがとうございます」


笑顔で頷く咲実。

けれど彼女はその笑顔の裏で、だからこそ総一の役に立ちたいと思うのだった。


・・・。


「なるほど、いろいろ入ってるね」
「はい」


総一は自分が腰かけていた木箱を開け、中を覗き込んでいた。

咲実もその横に立って一緒に覗いている。

一度は木箱の中を覗いていた咲実だが、実は何が入っているのかは良く知らなかった。

総一を治療したくて、分かり易いマークがついていた救急箱を慌てて引っ張り出しただけなのだ。


「お、なんか食べ物が入ってるよ、咲実さん」


箱の中から袋をひとつ取り出してみると、そこには非常用の食糧が詰め込まれていた。

その袋の隣には携帯用のコンロや鍋も見える。


「御剣さん、これ………」


妙に緊張した様子で咲実が総一を呼んだ。


「え?」


顔をあげると、彼女は棒状の何かを総一に差し出した。


「こんなものが入ってました」
「………ナイフかこれ。 それにしてはずいぶん大きいなぁ」


咲実が持っていたのは大型のナイフだった。

そのナイフは鞘に収まっていて、鞘の分を差し引いてもなおその大きさはよく分かった。

菜切り包丁ほどもあるかもしれない。


―――まさか、コンバットナイフってやつか?


総一は咲実からナイフを受け取ると、慎重に鞘から引き抜いた。

すると思った通りの大きさの刃が現れる。

分厚い何かの合金でできたそれには鋭い刃が付けられており、そこに反射して自分の顔が見える。

オイルか何かで虹色に光る刃は鋭く、その鈍い光が不安を掻き立てた。


―――これで戦えっていう事じゃないだろうな?


総一はそんな事を思った。

もしかしたら郷田のクロスボウもこうやって箱に入っていたのかもしれない。


「す、すごいですね」


同じように不安を感じたのか、咲実の喉がゴクリと鳴った。


「ああ、でも助かったよ。 便利そうだし」
「便利?」
「ウン。 ホラ、せっかく非常食があるのに、缶切り無かったら困るなーとか思って」


総一は非常食の袋から顔を覗かせている缶詰を刃先でつついた。


「あはは、御剣さん、最近の缶詰は缶切りなんて要りませんよ」


咲実の表情から緊張が抜け、笑顔が戻った。


「でもさ、料理する時には必要だよ。 包丁とかはいってないもん、コレ」


総一はナイフを鞘に納めると、今度は箱の中を指さした。


「ああ、確かにそうですね」


くすくす


咲実は妙に楽しげだった。


―――仕方ないよな。


あんなクロスボウで追われたばかりなんだし。

総一は咲実の笑顔を見ながら少し安堵した。

咲実が武器を見て不安になる理由は総一にも良く分かる。


「咲実さん、料理は得意?」
「はい。 一通りは」


咲実は笑顔の種類を変える。

ほんの少しだけ自身ありげな雰囲気が覗いていた。


「俺が料理しても良いんだけど、毎回平均点以下になるんだ」
「ふふふ、それなら私がやります」


咲実は箱の中からコンロと鍋を取り出した。


「お願いできる?」
「はい」
「なら、この包丁は咲実さん担当という事で」
「くすくす、はいっ、くすくすくす」


総一は包丁、つまりコンバットナイフを彼女の持つコンロの箱の上に乗せた。

しかし笑い続ける彼女はもうナイフを不安には感じていないようで、笑顔は崩れなかった。

彼女にとってこのナイフは包丁という認識に改まったようだった。


「あれ?」


しかし彼女の笑い声が途切れる。


「どうしたの?」
「御剣さん、あれはなんでしょう? コンロの箱のあったところに、何かがあります」


咲実は言葉通り、箱の中のコンロがあった場所を見つめていた。


「うん?」


総一が箱の中をのぞくと、そこにはマッチ箱程の大きさと厚みのプラスチック製の板が転がっていた。

どうやらコンロがこれの上に乗っかっていたようだ。


「なんだろ」


総一はそれに手を伸ばし拾い上げた。

 

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「軽いな、これ」

 

そして手のひらに乗せてまじまじと眺める。


「何かのパーツか? これ………」


そのプラスチックの板は側面に金属製の端子が覗いていた。


「つーる、ぷれーやー・かうんたー?」
「どうしたの? 咲実さん」
「書いてあるんです。 ホラ」


咲実の細い指先が板の表面をなぞる。


"Tool:Player Counter"


板の表面に黒い角ばった文字でそう刻印されていた。

 

―――プレーヤーカウンター? 何の事だ?


「従兄弟のゲームソフトみたいです」
「あ!」


何気ない咲実の一言に、総一は慌ててPDAを取り出した。

 

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「やっぱりそうか!」


総一がPDAを横に向けると、そこには小さなコネクターがあった。

それは丁度プラスチックの板についているコネクターとはまりそうな形状だった。

PDAの下面のコネクターは首輪と接続するためのもの。

側面のコネクターはこれまで使い道が分からなかったのだが、どうやらこの為のものだったようだ。

総一は何気なくコネクターにはめ込もうとしたのだが、咲未が総一の手を取ってやめさせた。


「御剣さん、そんなもの取り付けちゃって大丈夫でしょうか? あ、あの人みたいになっちゃったりしないでしょうか?」


緊張した面持ちで総一を見つめる咲実。

彼女はこの事がルール違反に当たるのではないかと心配していた。


「うーん………」


そう言われると総一も不安になった。

これはルール上規定されたものなのだろうか?

その時、総一の手の中でPDAが例の電子音を鳴らした。


「うわっ、な、何事だ?」


PDAを取り落としそうになりながらも、総一はPDAの画面を覗き込んだ。

すると『機能』の所が点滅しており、何か項目が追加されたようだった。


「PDAの機能拡張だって?」


新たに追加された項目には、写真入りでマッチ箱の機能が解説されていた。


『このツールボックスをPDAの側面コネクターに接続することで、PDAに新たな機能を持ったソフトウェアを取り込み、カスタマイズすることが可能です。 ソフトウェアを組み込めば他のプレーヤーに対して大きなアドバンテージとなりますが、強力なソフトウェアは起動するとバッテリー消費が早まるように設定されています。 使いすぎてPDAが起動できなくなり、首輪を外せなくなる事がないように注意しましょう。 なお、ひとつのツールボックスでインストール可能なPDAは1台のみです。 どのPDAにインストールするかは慎重に選びましょう』


「どういう事ですか?」
「どうやらこれをPDAに付けると、PDAに新しい機能が追加されるらしい」
「へぇ………これが………」


咲実はピンとこないのか、不思議そうに箱を見つめていた。


「罠って訳でもなさそうだし、試しに俺のに付けてみるよ」
「大丈夫でしょうか?」


咲実はまだ心配そうだった。


「大丈夫大丈夫。 心配し過ぎだって」
「だといいんですが………」


総一も咲実の言いたい事は分からないではない。

しかし説明の書き方を見ると追加のソフトウェアの数は1つではなく、しかもかなり便利なものもあるらしい。

もしそんなものが沢山あるのなら、総一達だけ使わずにいるのは危険かもしれない。


―――郷田さんのクロスボウみたいな事になったら大変だからな。


総一は一方的にクロスボウで攻撃されたような事が再び起こるのではないかと心配していたのだ。


「こうかな?」


カチン


軽い音を立ててプラスチックの箱はPDAに接続された。

すると例の電子音と共に、新たな画面が表示される。


『プレイヤーカウンター 機能:残りの生存者数をトップ画面に追加する。 バッテリー追加消費:極小 インストールしますか? YES/NO』


―――バッテリーはそれほど食わない、か。


それなら特に問題はないな。

総一はYESに触れる。


『インストールしています。 しばらくそのままでお待ちください。 *注意* インストール中はコネクターを外さないで下さい。 故障の原因となります』


その文字の下に、ゆっくりと伸びるバーがあった。

バーには0から100までの数字が刻まれており、どうやらバーが伸びて100の所まで来るとインストールが完了するようだ。


『インストールが完了しました。 ツールボックスをコネクターから外してください』


総一が箱を外すと、PDAは起動ボタンを押してすぐの画面に戻った。


『ゲーム開始より23時間04分経過/残り時間49時間56分 ルール・機能・解除条件


おなじみの項目が並んでいる。


「おっ」


その更に下の部分に新しい項目が追加されていた。


『残りの生存者 12名』


「どうですか?」
「心配ないよ咲実さん。 書いてあった通りだった」


総一の答えに、咲実はあからさまな安堵の表情を見せた。


「それで、何が追加になったんですか?」
「残りの生存者の数だって」


総一は咲実にPDAを見せた。


「12名………。 って事は、まだみんな無事って事ですね」


画面を見た咲実はパッと顔を綻ばせた。


「そうだなね。 みんなうまく郷田さんから逃げられたんだ」

 

総一も同意して笑顔を作る。


『残りの生存者』


それをわざわざカウントする以上、この先はもっとひどい事になる筈だ。

そうでなければこんなものがある意味が無かった。

このソフトは総一達をここに閉じ込めている人間の意図を如実(にょじつ)に表しているのだった。

総一はその事に気付いていたのだが、それを咲実には告げなかった。


「心配したり安心したりしていたら、おなかがすいてきました。 そろそろごはんにしましょう御剣さん」


総一は目の前で輝くその笑顔を崩したくはなかったのだ。


・・・。


食事を終えると、総一と咲実は交代で休憩をとる事にした。

総一は部屋のドアが見える位置に座り、咲実はそんな総一の横で毛布にくるまっていた。

この毛布も木箱の中から見つけ出したものだった。

総一は警報機代わりに部屋にあった段ボールに空き缶などの金属ゴミを詰めてドアの前に置いた。

少しでもドアが開けば、箱が揺れてカラカラと音を立てる仕組みだった。

総一はじっとその段ボールを眺めていたが、音が鳴ったのは別の所からだった。


カサ、パサッ


そこへ目を向けると、ちょうど咲実が寝返りをうったところだった。

向こうを向いて眠っていた筈の彼女がこちらを向いている。

彼女は目覚めているようで、まっすぐに総一を見つめていた。

 

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「眠れないの?」
「なんだか………、今日は色々な事があり過ぎて………」


眠れないと言ってはいても、咲実の声は鼻にかかった甘い声だった。

もう身体の方はほとんど眠ってしまっているのかもしれない。


「そうだねぇ………。 俺も、未だに信じられないよ」


無人の部屋での目覚め。

咲実との出会い。

謎の男の死。

他の人達との出会いと別れ。

敵となっての再会。

襲われて傷を負い。

追い散らされて咲実と2人きりになり、今、ここでこうしている。

今日1日の事を思い出してみても、総一には未だにそれが現実とは思えなかった。

まるで映画でも見ているかのような気分だった。


ズキリ


しかしあの男は本当に死んでいた。

そして腕に負った傷は本物だ。

その事実が物語っている。

いくら信じられなかろうが、これは現実なのだと。


「ふふふ、おかしいなぁ………。 御剣さんとは今日会ったばかりの筈なのに」
「うん………?」
「今日出会ったばかりなのに、どうもそんな気がしなくって。 もっと、そう、ずぅっと前から一緒だったような、そんな気が………」


甘い声でそう囁くと、咲実は幼児のように目を細めた。


「………そうだね」


総一も同感だった。

目の前の少女が初対面の相手とは思えない。

あるいはそれこそが、総一にとって一番現実味のない真実であったかも知れない。


「ねえ、御剣さん。 御剣さんは、どうして私を、守ってくれるんですか?」


咲実の声は途切れ途切れだった。


「さあ、なんでだろうね」


それを口にするのは気がひけた。


「おしえて、くれないんですか?」


その声に混じる、甘えのようなもの。

それは総一の勘違いだろうか?


「………そんな事はないよ。 実は咲実さんに一目惚れしたんだ」


すると咲実は本当に楽しそうな笑顔を作った。

しかしそれもすぐに彼女の眠気の向こうへと消えていく。

彼女はもうすぐにも眠りに落ちるのだろう。


「それが、本当、だったら、嬉しか………」

 

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そして沈黙。


「咲実さん?」
「すぅ、すぅ」


総一の問いにも、帰ってくるのは穏やかな寝息だけ。

咲実は完全に眠りに落ちていた。

 

・・・。

 

「どうして助けてくれるのか、か………」


総一は視線を段ボールへと戻した。


「自分の為だよ、多分」


誰も聞く者の無い部屋の空気に、総一のつぶやきが溶けていく。

そんな総一の小さな声には、何故か後悔が色濃く滲んでいるのだった。


守り切るんだ


今度こそ……

 


・・・・・・。

 


・・・。

 

眠りこけていた総一を叩き起こしたのは、いつもの電子音だった。


「御剣さんっ」


跳ね起きた総一のもとへ見張りをしていた咲実が駆け寄ってくる。

鳴っているのは総一のPDAだけのようで、咲実は自分のPDAを一瞥するとポケットに戻した。


「ああっ」


総一はアラームが鳴り続けている自分のPDAを取り出した。

するとアラームに合わせて画面で何かが点滅していた。


『残りの生存者 11名』


点滅していたのは昨日インストールしたばかりの、生存者の数を表示する部分だった。


「なんだって?!」
「どうしたんですか?」

 

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咲実が顔を寄せてくる。

平和な時なら照れもする距離だが、この時の2人は何も感じていなかった。


「見て咲実さん、残りの人数が11人になってるんだ!」
「ええっ!?」


総一がPDAを咲実に向けると、彼女は総一に頭をくっつけるようにしてPDAを覗き込んだ。


「ちょ、ちょっと待ってください、こ、これってつまり………」


慌てる咲実の表情が自然と硬くなる。


「誰かが、亡くなった、んだろうね」


総一は乾いた喉で一言ずつ確かめるように呟いた。

誰かが死んだ。

最初に死んだあの男を除けば、初めての出来事だ。

そして恐らく誰かが『ゲーム』のルールに従って殺した初めての例になるだろう。

流石に総一にはこの時点で単なるルール違反で死んだとは思えなかった。


―――殺したっていうのか、本当に。


昨日郷田に殺されかけたというのに、総一はそう思わないではいられなかった。

昨日の咲実との会話ではないが、まだ信じられなかったのかもしれない。

しかしそこにドライに表示された11という数字は、奇妙なほどのリアリティを総一に感じさせるのだった。


―――『ゲーム』が始まったんだ。


きっと誰かが俺達を、咲実さんを殺しにくる………。


総一はPDAを見つめて顔を強張らせている咲実に目を向ける。

昨日の夜、総一が見た穏やかな瞳が、やわらかな唇が、優しげな目元が、恐怖と緊張に強張っている。


―――こんな顔をして良い子じゃないんだ、この子は………。


日の光の下で、幸せにならなきゃいけないんだ。

そう出来なかったあいつの―――


「咲実さん」
「えっ」


揺れる瞳がこちらを向く。


「上に登るより先に、首輪を外そう」
「え?」


咲実は戸惑った。

最初の予定では上に登りつつ首輪を外す方法を探すという事だったのだ。


「上に登りながら、みんなで首輪を外すんじゃ?」


全員で協力してそうする筈ではなかったか?


「みんなと確実に合流できるならそうだけど、今は俺達だけだ。 先に出会うのが敵と仲間、どっちになるか分からないんだよ咲実さん!」


総一が心配していたのは、仲間を探して移動しても、先に出会うのが仲間である保証が何処にもないという事だった。

昨日12人だったのが今は11人。

誰かが誰かを殺したのは間違いない。

移動する中で、その誰かと出会ってしまったら?

 

「早く咲実さんの首輪をはずして、どこかに隠れて時間切れを待った方が良い。 これだけ広いんだ、隠れるだけなら簡単だよ」
「咲実さんの首輪って…、御剣さんのはどうするんですか?」
「ああ、俺のは良いんだ。 気にする事はない。 咲実さんの分だけ考えれば良いさ」


総一は首を横に振る。

しかし咲実は引かなかった。


「どうしてですか? 外さなくては殺されてしまうんですよ?」
「咲実さん、俺の首輪は外すのは無理なんだよ」
「無理!? そんなのやってみないと分からないじゃないですか!」


興奮した咲実は総一の服の胸元をつかんで軽く揺すった。

それはこれまでの受身の彼女とは違い、不思議と力強い姿だった。

 

「無理なんだよ咲実さん、ホラ」


総一はPDAに付いているボタンを押した。

このボタンはPDAのオンとオフ両方の用途に使用される。

だから総一がそのボタンを押すと、画面は一度消え、待機画面に戻った。


「え―――」


画面を見た咲実の表情が硬くなる。

そこに表示されていたのはスペードのエース。


「俺には人は殺せない。 だから咲実さん、俺の首輪は外せないんだ」


首輪を外す為の条件はクイーンのPDAの持ち主を殺す事。

だが総一には人は殺せない。

そう出来ない理由がある。

つまり総一には首輪を外す為の方法が最初から存在していなかったのだ。

 

 

「分かったかい、咲実さん。 俺のは良いんだ。 咲実さんのを外して、どこかへ隠れよう」
「………」


咲実は何も答えなかった。

総一のPDAを凝視して、茫然と立ち尽くしていた。


「咲実さん?」


そんな咲実の様子に、総一は問いかけ直した。


「み、御剣さん、あ、あのっ!」


咲実は慌てて何かを言おうとしたが、動転していて言葉にならなかった。


「………良いんだよ咲実さん、俺の事はさ」


総一は咲実が驚いているのをそんな風に解釈した。

総一の首輪を外せないという事を知り、心配してくれているのだと。


「で、でも、あの、だけどっ!」
「どうしようもないよ。 俺には誰も殺せないし、それに誰がどのPDAを持っているかなんて分からないもの。 目的を果たそうとしたら、1人殺すだけじゃ済まないんだよ咲実さん」


誰がどのPDAを持っているのかは分からない。

この状況では訊ねても教えてはもらえないだろう。

特にクイーンの持ち主は教えない筈だ。

仲間にすら誤魔化そうとするかもしれない。

結局、実際に殺してPDAを確認する以外、その人がどのPDAを持っているかなんて分からないのだ。

つまりクイーンの持ち主を探して殺すという事は、クイーンのPDAを見つけるまで出会った全ての人間を皆殺しにするのと同義なのだ。

だがいくら生き残るためとはいえ、総一にはそれは出来ない。

道義的にもそうだし、そして彼自身の都合でもそうだった。


「だから咲実さん、俺の事は忘れてくれていい。 咲実さんの首輪を外そう」
「あ、でも、その………」

「それで咲実さんのPDAって、何番なんだい?」


総一は自分のリュックの中からルールをメモしたノートを引っ張り出した。

咲実のPDAの番号次第では、協力しなければいけない人間も出てくるかもしれない。


「わ、私は、その、私のPDAは………」


この時彼女は総一から目をそらした。

戸惑いと混乱、そして深い悲しみがその顔に張り付いていた。

しかしノートに視線を落としていた総一はその事には気付かなかった。

 

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「よ、4です、私のPDA、ハートの4です」


そして彼女は両目をギュッとつぶるとそう答えたのだった。


「4か。 4ねえ………」


総一はルールの一覧を見ながら考え込む。


―――咲実さんのPDAが4って事は、首輪を外す為には他の人の首輪を3つ集めなければならないのか。

俺のは無理なんだから、どうしてもあと3人の協力が必要、か。

3人に協力して彼らの首輪を外し、彼らから外れた首輪を貰えば咲実さんの首輪を外す事が出来る。


って事は………。


「咲実さん、合流よりも首輪を外すのを優先しようと言っておいてなんだけどさ、やっぱり葉月さん達と合流するのが一番良いみたいだ。 彼らなら信用できるし、きっと首輪が外れたらくれると思うんだ」
「………」
「咲実さん? 聞いてる?」


無言でこっちを見ている咲実に呼びかけると、彼女は驚いて身体を震わせた。


「あ、ご、ごめんなさいっ、もう一回お願いします」


どうやら聞いていなかったらしい。

総一は小さく微笑むともう一度同じ言葉を繰り返した。


「だからね、結局葉月さん達と合流するのを目指さなきゃいけなくなったって話。 残念だけど先に咲実さんの首輪を外すのは無理みたいだから」
「はい、そうですねっ、私もそう思いますっ」
「咲実さん? 大丈夫?」


少し心配になる総一。

先程から彼女の様子がおかしかった。


「大丈夫です、そんなに心配しないで下さい」


―――優しい咲実さんの事だから、また人が死んだ事や、俺のPDAの事を気に病んでくれてるのかもしれないな。

総一はそう考え、この事を深く考えたりはしなかった。


「それで咲実さん、思うんだけど、みんなと合流するなら上の階で待っているのが良いと思うんだ」
「上の階、ですか」


咲実が聞き返してくる。

その調子がいつもの彼女に戻りつつあったので、総一は内心で安堵の息を漏らした。


「そう。 みんなを探す方法ってこれといって無いじゃない?」
「………はい」

 

総一が咲実に首輪を外して隠れようと言ったのは建物が広いからだ。

隠れてしまえばこの建物の広さなら敵も総一達を簡単には見つけられない。

しかしそれは逆に仲間を見つけたい場合にはマイナスに働く事になる。


「だから急いで上の階まで上がって、階段を見張っていれば合流できると思うんだ」


その広さゆえに各フロアを探しながら上へ登るのは難しい。

特に今は仲間がどのフロアにいるのかさえ分からないから、下手をすれば無人のフロアを探す事だってありうるのだ。

だから大急ぎで上のフロアを目指す必要がある。

地図を見る限り各フロアで上にあがる為に使える階段は1つきり。

先回りさえできれば、この方法で合流できる筈だった。


「でも、文香さん達がエレベーターで上がってきてしまったらどうするんですか?」
「そうか。 それもあったね」


総一は少しだけ考える。


「そうだねぇ、どうせ登って行く途中でエレベーターの近くに行くだろうから、その時エレベーターを止めてしまうのはどうかな?」


そして咲実にウィンクする。


「止めるって、壊してしまうんですか? 良いんですか?! そんな事してしまって!!」


咲実は目を見張った。


「多少強引だけど、そうしてしまえば間違いはないよ。 それとも咲実さん、俺と二手に分かれて1人でエレベーターを見張るかい?」
「あ………」
「一緒にいようよ咲実さん。 お互い1人は危ないじゃない?」
「はい、そうですね」


咲実はゆっくりと頷いた。


「ふふ、でもエレベーターにいたずらか。 何年ぶりだろ」
「あは」


笑う総一に、咲実もようやく笑顔を見せる。


―――やっぱり咲実さんは笑ってるのが一番良いや。


総一は胸の中でそう呟くと、しばらく彼女と一緒に笑い続けるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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はじめ長沢が歩いていたのは2階から3階へ上がる為だったのだが、今では別の目的に切り替わっていた。

長沢はこのフロアでナイフを見つけた後は慎重な行動を心がけていた。

彼自身が見つけている以上、他の人間も同じように何かを手に入れている可能性は考えなければならなかった。

先ほど長沢は通路の途中で血痕を発見した。

誰かが怪我をして血を流した事になる。

血痕は通路の上に点々と続いていた。

彼は今、それをたどって歩いていた。

しばらく歩き、長沢は通路の壁際でクロスボウの矢を見つけた。

その傍には布の切れ端や血痕の付着したハンカチも落ちていた。

その様子からすると恐らくここで応急処置をしたに違いない。

そのせいか、ここから先では血の跡は少なくなっていた。

 

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「けど、生きてるのか? こいつは………」


長沢は後ろを振り返る。

ずっと続いていた血痕。

その量は少なくない。

これを全て1人の人間が流したなら、出血だけで死んでいてもおかしくはない。

生きているなら目的も果たせると思って追っていた長沢だったのだが、そこで思わず足を止めてしまっていた。


「………どっちにしろ行った方が良いか」


残りの人数を確認する為にも、死んでいようが生きていようが、確認は必要だった。

長沢は総一が手に入れたソフトウェアは持っていなかったのだ。

その総一と彼が出くわしたのは、丁度そんな時の事だった。


・・・。

 

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「へぇ、御剣の兄ちゃん、まだその人と一緒だったんだ」

「長沢か!」


総一達は角を曲ったところで、床にある何かを調べていた長沢に鉢合わせした。


「足手まといをなんで連れまわしてんのさ? あ、後でその人を殺せば首輪が外れたりする感じ?」


立ち上がった長沢は腕組みをしながら意地悪そうに口の端を持ち上げる。


「何を言ってるんだお前は! そんな訳あるか! こんな馬鹿げた『ゲーム』に乗ってどうする!」

「………でも、死ぬよ・ ふふ、ホラ、手に怪我してるし。 大方その足手まといのせいじゃないの?」


組んでいた腕を崩し、楽しげに総一の左腕の傷を指さす長沢。

お見通しだとでも言いたげだ。


「結局僕―――俺の言った通りになってるじゃんか」


言われて総一は彼が最初に出会った時の別れ際に同じ事を言っていたのを思い出した。


「御剣さん………」

「咲実さんは足手まといなんかじゃない」


総一は何かを言いかけた咲実を遮るようにして言った。


―――彼女は足手まといなんかじゃない。


居て貰わなくちゃ困るんだから。


「ま、どっちでもいいんだけどね。 兄ちゃんが認めなくても、現実に足手まといなのは変わらないし」

「長沢、どこへ行く!? 話は終わってないぞ!」

「どこだっていいじゃんか。 俺は兄ちゃんと協力するつもりなんて始めからないんだし」


言いながら長沢は一歩一歩後ずさっていく。

その視線は総一の腰に吊られているコンバットナイフに注がれていた。

彼は総一と戦う事を警戒しているようだ。


――そうか、だから長沢はそんな事を言うのか!


総一の背中に冷たいものが走る。

足手まとい。

彼がそう繰り返す本当の理由が分かったのだ。

もし攻撃してきたら、真っ先に咲実を狙う。

彼は遠回しにそう言っているのだ。

お互いに武器が同じなら不利なのは小柄な長沢だ。

協力し合う気がないと公言しているのだから、長沢は『ゲーム』に乗って戦う気でいる。

しかしわざわざ自分に不利な状況で戦う気はない。

だから長沢は総一に釘を刺す。

今襲ってくれば足手まといから殺す、と。

長沢が戦うのは、もっと彼に有利な状況で構わないのだから。

 

「俺はお前を傷つけようだなんて思っていない!」


「どうかな? 俺はその足手まといみたいに、順番に殺されるのを待つ羊じゃない。 それに他人の為に苦労してやる趣味も無いしね」


長沢はニヤニヤ笑いながら下がっていく。

もう総一達とはかなり距離が開いていた。

総一はそれを見送るしかなかった。

追えば彼は咲実を攻撃するかもしれない。

ハッタリかもしれないが、その可能性はある。

考えたくはないが先程死んだ人間を殺したのいが彼である可能性も十分にあった。

そして仮に彼を捕まえる事が出来たとしも、その後はどうなるんだろう?

縛ってこの場に放り投げておけば、彼は死んでしまう事になる。

自由を奪った上で連れ回す?

それも現実的ではない。


「じゃあね、御剣の兄ちゃん。 次はきっと挨拶する暇もないだろうから、今のうちに言っておくよ。 俺、あんたの事嫌いじゃなかったぜ」


そして長沢はにこやかに手を振り、通路の先にある角を曲がって姿を消した。

結局、彼は最後まで咲実を一人の人間とは扱わなかった。


・・・。


「ふぅ………」


話し合いすら成り立たなかった状況を残念に思いながらも、総一は安堵を隠せなかった。


――咲実さんみたいに信用できる相手ってのはなかなかいないもんだな。


つくづくそう思い知らされる総一だった。

状況は悪い。

良い出来事なんて1つもなかった。

状況は常に悪い方へ悪い方へと流れていく。

総一は互いに武器を持った事もマイナスに働いているような気がした。

正直総一も長沢もナイフを持っていなければ、もう少し話をしたに違いないのだ。


「しかしまるっきり収穫なしって訳でもなかったかな」


総一はリュックからノートを取り出した。

そこにはルールが全て書き込まれている。


「長沢があんな風に言うって事は、戦わなきゃいけない条件って事かな」


―――3名以上殺害の『3』。


4は咲実さんだから違う。

PDAを5台壊さなきゃいけない『8』もあるかもしれない。

『9』………皆殺しってか………。

まさかな………?

あとは『10』の、首輪が5個作動もあるかもな。

自分から作動させるのを待つよりは戦って捕まえて、強制的に作動の方が確実だ。

でも長沢は賞金狙いの部分もあるようだから、一概にPD――

 

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「―――さん、御剣さんっ!」
「ん?」


総一が考え込んでいると、咲実が総一の名を呼びながら彼の腕を掴んで大きく揺さぶった。


「どうかしたの、咲実さん?」
「あ、あの、えっと………」


しかし咲実はそこで口籠り、視線をそらした。

そしてちらちらと横目で総一の顔を見る。


「わ、わたし、あの、長沢君の言うとおり、御剣さんの、足手まとい、かなって………」
「咲実さん………」


昨日から何度目かの言葉。

自分は役に立っているのか、足手まといではないのか。

咲実はずっと不安だった。

自分が総一の役に立っていない事、一方的に守ってもらっている事、いたずらに総一の命を危険に晒している事。

彼女は自分が総一の仲間としてまともに機能していない事に不安を感じていたのだ。


「だから私、このままでいいのかなって。 何かもっと、私にしかできない何かが………」
「良いんだよ咲実さん。 昨日も言ったじゃないか、そのままそこに居てくれって」
「でも………」
「俺だって役に立ってないじゃないか。 そりゃあ男で多少体力もあるからその面では役に立ってるのかもしれないけどさ。 他は駄目だよ。 だって今も咲実さんを不安にさせてる訳だし」
「え………」
「葉月さんみたいに大人だったらさ、もうちょっとこう、気の利いた事を言ったりなんかしてさ。 咲実さんもそんな不安な気持ちになったりしなくて済んだんだよ」


気配りが足りない。

それはずっと総一の考えていた自分の欠点だった。

だからあんな取り返しのつかない事が起こってしまったのだ。


「でも御剣さん、私にも何かさせてください! 私だけ何もしていない気がして申し訳なくて!」
「何もやってないって事はないでしょ。 昨日の夜だって咲実さんが代わりに見張りしてくれたからこそ俺もグーグー寝てられたんだよ? 1人じゃ寝不足だよ。 それにあれもだ。 晩飯美味かったし」


昨日の夕食は彼女が作った。

缶詰や何かが中心ではあったのだが、それでも総一ができる以上の食事を用意してくれていた。


「で、でも、御剣さんばかりが危ない目に遭っています!」
「咲実さん、俺達はチームなんだからさ。 その、何というか、そうだ、ゴールキーパーがシュートしようとする事はないと思うんだ」


―――それにどの道俺の首輪は外しようがない。


危ない事をするなら俺で良いんだよ、咲実さん。

総一は口にした以外にそうも思っていたが、口には出さなかった。


「………」
「ね、咲実さん」


総一は咲実に笑いかける。

咲実は笑う総一をじっと見つめ続ける。

総一はあまり彼女に言い過ぎてもいけないと思い、それ以上何も言わずに手元のノートに目を落とした。

しかしもちろんそのためだけの行為ではない。

考えておいた方が良い事は多かったのだ。


「………」


しばらくそうして総一を見ていた咲実だったが、


「………あ」


突然その頬が紅潮する。

けれどノートを見ていた総一はそれには気付かない。


「わ、わたし………」


咲実はようやくそれに気付いた。


―――そうだったんだ、私、だから御剣さんと同じ事がしたくって。


何でも分かち合って欲しくって。

だから私………。


足手まといを嫌うのも、役に立ちたいと思うのも。


「私………」


―――この人が好きなんだ。


出会ってばかりで、ほとんど何も知らないけど、それでも好きなんだ。

この御剣総一という人が………。


咲実は頬を染めたまま総一を見つめ続けた。


―――ねぇ、御剣さん………。


私は、あなたの為に何ができますか?

結局、咲実は総一の役に立ちたいのではなかった。

総一に必要として欲しかったのだ。


・・・。

 

 

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階段のホールが視界に入った時、総一と咲実のポケットの中でそれぞれに電子音が鳴った。

 

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「何でしょう?」


総一も咲実もすぐにPDAを取り出して画面を覗き込んだ。

するとそこには次のような文章が表示されていた。


『開始から24時間が経過しました! これよりこの建物は一定時間が経過するごとに1階から順に進入禁止になっていきます。 1階が進入禁止になるのは今から3時間後の午後1時を予定しています。 1階にいるプレーヤーの皆さんはただちに退去して下さい』


「始まったか………」


総一は今の時間を確認するとPDAを再びポケットに戻した。

時間は10時1分。

残り時間は3時間を切っている。


「私達はもう2階に居るから良いんですけど、まだ1階にいる人って居るんでしょうか?」
「ルールを全部把握してなかった残りの人達はそういうのもあるかもしれないね」


総一達が出会っている人間は7人。

総一・咲実に加え、郷田・麗佳・長沢・文香・手塚。

そして後で合流した葉月と渚。

総一達2人プラスこの7人の合わせて9人はルールをすべて把握している。

死んだ1人を除いた、残りの3人はルールを全ては知らずにいる筈だ。

もちろん先の7人に出会って、情報を得ていれば話は別なのだが………。


「そういえば、階段の所で手塚さんと喧嘩してたあの人はどうしたんでしょうね?」


咲実は話の流れから、2階へ上がってくる時に見かけた大柄な男を思い出していた。


「そういえば………。 でも俺達がPDAにソフトをインストールしてすぐの時は12人生きてるって表示されてたじゃない?」
「あ、そうですね!」


少しだけ安堵する咲実。

見ず知らずの人間を心配する彼女の姿に、少しだけ嬉しくなる総一だった。

彼女はきっと同じように総一を心配してくれている筈だから。


「だから小競り合い程度で済んだんだと思うよ」
「ふふ、そっか、そうですね」


咲実は笑顔を取り戻した。

しかしその笑顔も3階へ続く階段に辿り着くとたちまち掻き消えてしまうのだった。


・・・。

 

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「葉月さん!」

「良かった! 無事だったんですね!」


階段の前のホールに入った総一と咲実は長らく探していた仲間の1人・葉月を見つける事が出来た。

彼は階段の下の方の段に腰を下ろし、手すりに寄りかかった姿勢で手に持った紙を眺めていた。


「葉月さん! 渚さんも無事なんですかっ?」


総一と咲実は笑顔で駆け寄っていく。

しかし葉月は顔をあげる事なく、うつむいたまま手元の紙を眺め続けていた。


「葉月さん?」


―――寝てるのか?


不思議に思った総一がその肩を揺する。


―――なんだ!?


揺すった時のその手応えは、これまでに総一の感じた事の無いものだった。

異常なほどひんやりとした体温。

そして抵抗なく力の入っていない身体。

なのに身体は強張っていて、揺すると全体が揺れるのだ。

 

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「葉月さん!?」


そんな咲実の叫び声と共に、葉月の身体が揺すった総一の方に向かってゆっくりと倒れてくる。


「なっ」


総一は慌てて支えるが、腕の中の葉月は倒れていく人形のように、自分からはぴくりとも動かなかった。

そして再び感じる低すぎるその体温。


「ま、まさか………」


ゴトン


驚いた総一は思わず手を離してしまった。

しかしそんな扱いにも葉月は文句ひとつ言わない。

黙ったまま、階段に横たわっていた。



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そして横倒しになった事で、これまで見えていなかった部分が見えるようになる。

彼は右肩に服を裂いて作ったらしき包帯を巻いていた。

しかしそれは出血で真っ赤に染まっている。

そしてその出血は彼の服の右の背中や腰、果てはズボンのあたりまで広がっていた。

それだけでなく、彼の腰掛けている段にも赤い染みが大きく広がっていた。


「は、葉月、さん………?」


そう言いながら総一は、彼の口元に手を伸ばした。


「み、御剣さんっ」

「い、息、し、してないっっ!」


総一の手には何も感じられない。

彼が吐く筈の息も、吸い込む筈の空気も、そして何より感じる筈の体温も。


「死っ、死んでるっ、葉月さん死んじまってるぞ!!」


それは総一達にとって、最高にショッキングな出来事だった。

 

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「ま、間違いじゃ、ないんですか?」

 

咲実はそう言いながらも総一の腕を取った。

そして無意識にそれを抱きしめる。


「ま、間違いない。 息、してないし、それに、か、身体もこんなに冷たいし」


総一も自分の腕を抱きしめる咲実の手の上に自由な方の手を重ねた。

そしてぎゅっと握り締める。

2人とも人のぬくもりが欲しかった。


「ど、どうしてこんなことに………」
「きっと、血、血が止まらなかったんだ」


総一は葉月の背中の部分を指し示した。

ベッタリと血に染まったシャツ。

そしてズボン。

溢れ出た血は彼の座っていた床にも広がっていた。

軽傷だった総一とは違い葉月は動脈に傷がついていたのだろう。

出血が止まらず、葉月はここで力尽きた。


「は、葉月さん、だったのか………」


総一は今朝自分を叩き起こしたPDAの事を思い出していた。

生存者の数が減った。

そう表示されていても、まさかそれが自分の仲間だとは思わなかったのだ。

郷田からは逃げのびる事が出来たのだから、無事なんだと思っていたのだ。

しかし現実はこうだ。

葉月は郷田から逃げ出す事は出来たが、結局は郷田に殺されたのだ。


「葉月さん………」


痛かっただろう。

苦しかっただろう。

そしてこんな所で死ぬのはどれだけ寂しかっただろう?


―――何を持っているんだろう?


咲実は葉月が手に持っている紙に気付き、そっと持ち上げた。

葉月の指が軽く抵抗したが、すぐにその紙は咲実の手に渡った。

 

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「………み、御剣さんっ、こっ、これをっ、私、もうっ、もうっ、耐えられませんっ」


紙を一瞥した咲実は突然大きく嗚咽を漏らし始める。

両頬には涙があふれ、いくつもの筋を作っていた。

その声も涙に濡れ、言葉は咳き込むような声になっていく。


「もう、わたしっ! どうしてこんなっ、うっ、うぅっ、うあぁぁぁぁぁっっ」


そして彼女はその場に泣き崩れた。


「ひ、どい、こんな、こんなっ、あぁぁ、うあぁぁぁっ」


咲実はその声が辺りに響き渡る事も構わず、思い切り泣いた。


「うっ」


総一も紙切れを覗くと思わず口元を押さえた。

同時に視界がぐにゃりと歪む。

気をしっかり持たないと総一までその場にうずくまって泣き出してしまいそうだった。


「葉月さん………」


小さな家を背景に3人の人間が立っている。

葉月が真ん中で、右側には彼と同じくらいの年齢の婦人が、左側には総一達よりも少し年上くらいの女性が立っていた。

その誰の表情も明るく、幸せそうに輝いていた。

葉月が握っていた紙。

死ぬ間際の彼が最後に求めたもの。

 

 

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それは彼の家族だった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


総一達は落ち着くまでにずいぶんと長い時間を必要とした。

その間に敵対的な人間が現れなかったのは幸いだったとしか言いようがないだろう。


「咲実さん」
「すみません、もう大丈夫です」


泣き続けて赤く腫れた瞳で咲実は総一を見上げる。

その瞳に意志の力が戻っている事を確認すると、総一は彼女に向かって小さく頷いた。


「………葉月さんは?」
「ん、ああ、あんなところに横倒しだと可哀想だから、あっちにちゃんと寝かせたよ」


総一は言いながら背後を示した。


「はい」


咲実はコクリと頷くと立ち上がり、そこへと近付いていく。


「咲実さん?」
「………写真を、返してあげないといけませんから」


彼女は一度振り返り、手に持った写真を軽く振った。


「……そうだね」


家族に会いたいと願っても会えなかった葉月。

その写真まで取り上げてしまうのはあまりにも不憫だ。

総一は咲実に同意して頷き返すと、彼女の後を追って葉月のもとへと向かった。


「取り上げたりしてごめんなさい、葉月さん」


咲実は眠るように横たわる葉月のシャツのポケットに写真を入れた。

そして彼女はシャツの反対のポケットに入っていた葉月の老眼鏡を取り出した。


「咲実さん?」
「………ご家族に届けてあげようかと思って」

 

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そして咲実は小さく微笑む。

それは悲しくなるほど切ない笑顔だった。


「それにもし御家族が見つからなくても、これでお墓を作ってあげられるかなって」


咲実は老眼鏡をハンカチで包むと、そっと彼女の通学カバンにしまい込んだ。


「咲実さん………」


総一はそんな咲実を見ながら感じていた。

この人がいてくれて本当に良かったと。

総一に残された時間は2日と少し。

その先には避けられない死が待っている。

他人を殺せない以上、その覚悟はあった。

だが覚悟はあっても寂しい事にはかわりない。

こんな場所で誰にも知られずに死んでいくのは酷く寂しかった。

けれどそんな心配はいらない。

その時が来ても、総一には咲実がいる。


「咲実さん」
「はい?」


彼女は涙を拭うと立ち上がる。

振り返った彼女は本当に美しかった。


「俺、ここで咲実さんと会えて本当に良かったと思う」

 

総一の発したその一言は、咲実に再び涙を流させるのだった。


・・・。

 

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結局、総一も咲実も葉月から首輪を回収する事は出来なかった。

死んでいるとはいえ、親しく言葉を交わした人間の首を切断する事は彼らには出来なかった。

手塚や長沢あたりが聞けば、自分の命がかかっているのに甘いと笑うのかもしれない。

けれど彼らはそれが出来なかった。

しかしそれこそが、今も彼らが手を取り合える理由の一つなのだろう。

葉月はPDAを持っていなかった。

何者かが持ち去ったのだろう。

そこまで考えた時、総一と咲実は渚の事を思い出した。

彼女はここまで葉月と一緒にやってきた筈だ。

しかし彼女は今ここにはいない。

きっと1人で先に進んだに違いない。

それに気付いた総一と咲実は、なんとか3階へ登る事が出来た。

これ以上犠牲を出さないためにも、早く合流しなくては。

そんな思いが崩れかかる足を支えていた。


・・・。

 

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「渚さん、無事でしょうか?」
「大丈夫だと思う。 葉月さんの怪我を手当てしたのは彼女だろうから、多分彼女は元気な筈だよ。 それにもし襲われたのなら葉月さんを連れていたら逃げ切れてなかったと思うんだ。 だから襲われてもいない筈さ」
「そうですね………。 そしてあの場に居なかったって事は、1人でも動ける状態だったって事ですもんね」


渚を心配して表情を曇らせていた咲実は、総一の言葉にホッと胸をなでおろした。


「でも急いだ方が良いよ」
「渚さんがまだ近くにいるかもしれませんしね?」
「いや、その逆だよ」


総一は首を横に振る。


「どういう事ですか?」
「ほら、アラームが鳴った時間を思い出して咲実さん。 その、なんというか、あの時に葉月さんがあそこで亡くなったんだと思うんだ」
「あ………」


葉月の名前が出ると咲実の表情が少し強張る。


「だからきっとその時には渚さんもそこに居て、その後彼女はこのフロア、3階に登ったんだと思うんだ」
「って事は、もうずいぶん時間が経ってしまっていますね?」
「そうなんだ。 だから急がないと追いつけないかもしれない気がするんだよ」
「なるほど、確かにそうですね」


咲実が頷く。


――!!!


その時、あたりに風船が割れる時のような奇妙な音が響いた。

音は連続して3回。


「何の音でしょう?」
「なんだろう? 工事をやってる訳でもないだろうに」


工事現場で聞くような種類の音。

コンクリートを割るような音。

総一も咲実もそんな風に感じた。

実際はもっと別の音なのだが、総一達はそれを現実で聞いた事はなかった。

映画やアニメで時折耳にするその音はもっと甲高く、大げさで演出過剰だった。

だから頭の中でそれらが結び付かなくても仕方がないだろう。

総一と咲実は首をかしげながらも先を急いだ。


・・・。

 

「………あれ?」


咲実が通路の途中で立ち止まる。

 

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「御剣さん、これ、なんでしょう?」
「どうしたの?」


総一も足を止めると、咲実は壁の近くに立って見上げていた。

彼女が見ているのは壁と天井の境目ぐらいの場所。

総一も一緒になってその部分を見上げた。


「こいつは………」


それはまるで北斗七星のようだった。

薄汚れてはいても、なめらかなコンクリートの壁材。

そこに1センチ程の穴が7つあいていた。

その並びかたと、見上げるような角度があいまって星座のようにも見えるのだ。

しかしこれはそんな優しげなものではなかった。


「御剣さん?」
「これ、銃弾のあとだ………」


総一は思わずゴクリと唾を飲み込む。

それはつまり、かつてここで銃の撃ち合いがあったという事でもある。


「銃弾?! これが!?」


咲実は一度総一の顔を見てから再び頭上を見上げる。


「………映画でしか見た事がないけど、多分間違い無いよ」


海外へ行った人間以外では、現実に弾痕を見た事があるのは警察官や自衛官ぐらいだろう。

そのどちらでもない総一には映画の知識しかなかった。

しかし弾痕は映画でもただの弾痕で、現実とさほど違わなかった。


―――待て、するとさっきの音は!?


「御剣さん!!」


咲実も総一と同じ事に気付いたのか、真剣な表情で総一の方を向く。

 

「あ、ああ」


総一も厳しい顔で頷く。

そう、さっきの音が射撃の音であるのなら。

『かつて』ではなく『今』撃ち合いが行われている事なのだ。


銃撃戦。


その可能性に気付いた総一達は、より一層慎重に行動していた。

もともと総一も咲実も罠への対策に慎重な移動を心がけていた。

また郷田に襲われた時のような事になっては困るからだ。

罠に分断された所を襲われる。

今そうなったら致命的な結果をもたらしかねない。

これまで出会った罠はあの時の1つきりだったが、無視できるような状況ではなかった。

それに加えて今度は銃の心配が必要になった。

長沢や手塚、手塚と戦っていた男もそうだろう。

そういった連中が銃を持ったらどうなるだろう?

ましてやさっき発砲音が聞こえた。

既に誰かの手の中に銃があり、その引き金が引かれたのは確実なのだ。

このため総一達の移動する速度は普段の半分以下になってしまっていた。

急ぎたい総一達だったが、こればかりはどうしようもなかった。


カチ

 

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音を立てないようにそっとドアを開けた総一は部屋の中を覗き込む。

すると中は暗く静寂に包まれていた。

幸い中には誰もいないようだった。

ホッと胸を撫で下ろす総一だったが、渚や文香を探していた事を思い出して複雑な気分になった。

状況が悪くなるにつれ、他人と出会う事を恐れるようになっている自分。

気をつけないと物のはずみで渚や文香を傷つけてしまいかねない。


―――しっかりしろ、総一。


自分を知ったすると総一は背後を振り返った。

そこには同じように心配そうな咲実が立っている。



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「大丈夫そうだよ咲実さん」
「………そうですか」


咲実も同様に安堵の表情を見せる。

彼女もまた総一と似たような心理状態だった。

2人で小さく笑い合うと、総一と咲実は部屋の中へと入っていった。


ドサ


総一はドアを閉めるとその場に座り込んだ。

例によって部屋は埃まみれだったが、既に総一も相当汚れてしまっていた。

総一にはもはや僅かな埃を気にする必要はないように思えた。

咲実は部屋の中を歩き回って、比較的きれいな箱を見つけるとそこをパンパンと払ってから腰をおろした。

流石に女の子は総一のようには開き直れないらしい。



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「くたびれました………」
「同感」


咲実も総一もそう言って苦笑する。

身体が疲れているのはもちろんなのだが、2人とも一番疲れているのは心の方だった。


罠。


頻度は低くても、見逃せば危機的な状況をもたらす。

すでにかかった事のある総一達は身に染みてその事が分かっていた。


そして銃。


これから出会う人間は銃を持っている可能性がある。

直接見た訳ではないが、総一達は銃声と弾痕を確認している。

これまで状況が好転した事は一度もない。

楽観はできなかった。


「渚さんや文香さんは大丈夫でしょうか………」
「大丈夫だよ。 アラームも鳴らないし」


総一はPDAに新たにインストールされたソフトの事を人の命を数える不愉快極まりない機能だと思っていた。

しかしこの状況になると間接的にではあっても仲間の無事を教えてくれるこの機能は総一達には必要なものだった。

カウンターが減りさえしなければ、多少危機的状況であったとしても仲間は生きているのだ。


「向こうも私達をこうやって心配しているかも―――」


――ッッ


「きゃあっ!?」


咲実が少しだけ笑顔を零した時、木の乾いた音と共に彼女の身体がガクリと揺れた。


「咲実さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。 フタがはまっただけみたいです」


咲実は両手で身体を起こすと、困ったような表情を見せながら右手でトントンと自分が座っている木箱を叩いた。

彼女が綺麗だからという理由で選んで座っていた木箱。

それはどうやらフタがちゃんと閉まっていなかったようで、上に乗った彼女が身体を傾けた拍子にフタがはまったらしい。

それで彼女の身体が揺れ、フタは大きな音を立てたのだ。


「まったく人騒がせな」
「ごめんなさい、御剣さん」

 

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咲実は彼女にしては珍しく小さく舌を出して微笑んだ。

彼女も自分の様子がおかしかったのだろう。


「ふむ………」


総一が改めてみると、咲実の座っている箱は確かに奇麗だった。

他の箱と比べると明らかに浮いて見える。

咲実ではないが座るなら確かにこれが良いだろう。


―――しかし………。


総一はその奇妙な真新しさが気になっていた。


―――そういえば救急箱が入っていた箱も確か―――


「あ、あの、なんですか?」


咲実は総一の目が自分のスカートと太ももの辺りに注がれている事が気になり、思わず頬を赤らめてしまっていた。


「ああごめん、咲実さん、ちょっとどいてもらえる? その箱に何が入っているのかなって思って」
「………あっ」


すると咲実の頬がさらに赤く染まる。


「は、はいぃぃっ」


咲実は自分の大きな勘違いに気付き慌てて箱から飛び降りた。

答える声も上ずってしまっている。

咲実はてっきり総一が彼女にそういう視線を向けているのだと思っていたのだ。


「咲実さん?」
「な、なんでも、なんでもないですっ!」
「………?」


真っ赤になったまま慌てる咲実。

その意味が分からない総一。

久々に2人の間に漂っていたのどかな空気も、直後に箱の中から出て来たものを目にした途端吹き飛んでしまうのだった。


「お、おもちゃじゃ、ないんですか?」
「そ、そう思いたいけど」

 

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手に取っていた総一がそれを隣にあった木箱の上に置くと、金属の塊が木の板に当たる時の重々しい音が部屋に響き渡った。

思わず2人の視線がそこに集中する。


「鉄砲、なんですよね? これ………?」


ごくり


咲実の細い首が鳴る。

緊張していた総一にはその音がやけに大きく聞こえた。


「多分………」


2人の目の前にあるのは拳銃以外の何者でもなかった。

口径こそ小さいようだが、警察官が使っているようなリボルバー式の拳銃がそこにあった。

だが分かってはいても2人には信じられなかった。


「ひ、人を殺す、道具、なんですよね?」
「あ、ああ………」


銃声を聞いている。

弾痕も見ている。

それなのになお信じられないのは、やっぱり日本が平和だからなのかもしれない。

とはいえ奇妙な現実感もあった。

これがもっと口径の大きい、ハリウッド映画御用達の銃であったなら総一達も逆に驚かなかったのかもしれない。

しかし目の前にある銃はより小型で構造も分かりやすく、素人目にも扱いは簡単そうに見えた。

『自分にも扱えそうだ』という印象は逆に総一達をたじろがせる結果となっていた。


「やっぱり、あったんですね、拳銃」
「ああ………」


――!!!


総一が頷いた時、部屋の外から銃声が聞こえてくる。

そう、これは銃声だ。


「きゃっ!?」


銃声は以前に聞いたものよりもクリアーで、総一には距離が近いように感じられた。


「咲実さん!」


すぐに総一の脳裏には渚と文香の顔が思い浮かぶ。

もしかしたら2人が襲われているのかもしれないのだ。


「ここにじっとしてて! 渚さんと文香さんが撃たれてるのかもしれない!」


――!!!


総一は続く銃声に後押しされて目の前にあった銃を手に取った。


「私も行きます!」
「危険だよ咲実さん!」
「1人きりではどこに居ても同じです! それより急ぎましょう、御剣さん!」


葉月の死が2人を後押ししていた。

これ以上知っている人間の死体は見たくない、そんな思いが2人の恐怖を上回っていた。


「分かったっ!」


時間がない事もあり、総一は説得をあきらめると部屋のドアに向かって駆け出した。


・・・。

 

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「御剣さん、こっちです。 こっちに続いています」


周囲を警戒していた総一を咲実が呼ぶ。

その声は敵の存在を警戒してか押し殺したものだった。


「分かった」


銃のあった部屋を飛び出した総一と咲実はいくらもいかないうちに血痕を見つけていた。

2人は仲間の無事を祈りつつ、その血痕を辿っていたのだ。

総一達は血痕の続きを探していた。

この十字路に飛び込んだ所で、これまで追っていた血の跡が途切れてしまっていたのだ。


「こちらへ。 ずっと続いています!」


咲実は十字路にある道の1つを指し示す。

総一が見るとその先には確かに点々と血の跡が続いていた。


「それにこれが」


咲実が何かを総一の顔の前に差し出す。


「薬莢か?」

 

彼女の手に乗っていたのは、弾を撃った後の拳銃が吐き出す薬莢だった。


「誰かが撃たれてるのは間違いないみたいです」
「急ごう、咲実さん」
「はいっ!」


2人は頷き合うと通路を走り出した。


「無事でいてくれ、渚さんっ、文香さんっ!」


危険だと分かってはいても声が大きくなる。

PDAのアラームは鳴らない。

弾を受けた人間はまだ生きている。

しかし床に残る血を見る限りそれは簡単な怪我ではない筈だ。

怪我が軽いうちに見つけてやらなければ取り返しのつかない事になる。

葉月のようになってしまいかねないのだ。


「御剣さん、この先で大きな部屋にぶつかります!」


地図を持った咲実が道を案内する。


「分かった! 気を付けるよ!」


そこに銃を持った人間がいるかどうかは分からない。

しかし居た場合、無策に飛び込んで自分が撃たれては元も子もない。

ましてや後ろには咲実がいる。

総一達には急ぎながらも慎重さが必要とされていたのだった。


・・・。


その部屋に辿り着いた時、ドアは半開きになっていた。

総一達はドアに駆け寄ると戸口に身体を隠したままそっと中を覗き込んだ。

 

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総一が最初に目にしたのは、見覚えのない少女だった。

それはショートヘアに動きやすそうなボーイッシュな服を着た小柄な少女だ。


―――誰だ、あの子は?! それにあの怪我は!


その少女は全身が真っ赤に染まっていた。

右脇腹、それから左足。

そこからはおびただしい量の血液があふれ出していた。

総一達の追ってきた血痕は彼女の足元まで続いていたが、この部屋に入ったあたりからは明らかにその量が増えていた。

そんな少女の前に立ち塞がる者があった。

その人物には総一も見覚えがあった。


「麗佳さん!」


思わずそう声を漏らした総一だったが、中にいた麗佳はこちらには気付かなかった。


――!!


「うわっ」

 

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その瞬間、麗佳が発砲した。

麗佳が総一達の気配に気付かなかったのは、慣れない発砲に集中していたからだ。


「え………」


麗佳の拳銃から吐き出された銃弾は少女に吸い込まれていく。

少女は腹に弾を受け、軽くバランスを崩した。

しかし左足を一歩踏み出してなんとか持ちこたえる。

少女はもはやボロボロだった。

傷も出血も酷く、立っているのが不思議なくらいだった。

それに対する麗佳は全くの無傷だった。

よく目立つそのワンピースに染みひとつなく、怪我をした様子はなかった。

しかし何より総一達が気になったのは彼女の表情だった。

明らかに前日に出会った時の麗佳のそれではないのだ。

麗佳は少女を睨みつけていた。

そして今も右手に持った拳銃を少女に向けている。

その横顔はゾッとするほどに冷静で、何かを覚悟したような怖い目をしていた。

昨日別れてからの麗佳に何があったのかは分からない。

しかし今の彼女は昨日とは全くの別人だった。

そんな状況に総一は一瞬立ち竦んでしまっていた。

麗佳が少女を銃撃しているという光景は、総一には完全に予想外だった。

特に総一は麗佳とは話が通じるかもしれないと考えていただけにショックが大きかった。

 

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「こ、んな、ことでっ」


少女は右手が動かないのか、左手で銃を持ち上げた。

そしてそれを麗佳に向けるが、ふらふらと狙いが定まらなかった。


――!!


だから先に撃ったのは麗佳だった。


「きゃあっ!?」


銃声に驚いた咲実の悲鳴の直後に、少女の手の中から拳銃がこぼれおちる。

それは彼女の足元に出来ていた水溜まりの中に落ちた。

そしてそれを追うようにして少女がその場に崩れ落ちる。

彼女が水溜まりに倒れ込んだ事で、溜まっていた液体が辺りに撒き散らされた。

この時飛び散った液体で、綺麗だった麗佳の服は赤く染まった。


―――あれではもう、助からない………。


総一は自分が出遅れてしまった事に気付いた。

この部屋に入った時点で止めていれば。

そんな風に総一は後悔した。

しかし実際のところはあの時点で止めても手遅れだっただろう。


―――また間に合わなかったっ!!


だが総一は後悔で一杯だった。

自分の手が届く場所で人が死ぬ。

それは総一には耐え難い苦痛だった。


「れ、れいか、さ………」


強いショックを受けた咲実が呆然とそう呟く。

その声はさほど大きくはなかったが、静まり返った通路ではよく目立っていた。

総一はそんな咲実の声で我に返った。


―――まずい! 麗佳さんに気付かれる!


そして慌てて咲実を抱き寄せて彼女の口を塞ぐと、総一は彼女を抱えるようにして元来た道を慌てて戻っていく。

 

 

・・・。

 

 

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「………ん?」


麗佳は誰かの声が聞こえた気がして背後を振り返った。


「………気のせい?」

 

しかしそこには誰の姿もない。

耳を澄ましてみても何も聞こえない。

麗佳はそれを確認すると少女の方に向き直った。


ちゃぷ、ちゃぱ


水溜まりが揺れている。

痙攣する少女の身体に合わせて水面がゆらゆらと揺れていた。


「これで、死んだかしら………?」


麗佳はそう呟くと、ゆっくりと少女に近付いていく。

そして少女の目の前までやってくると、麗佳は冷静な表情のままそっと少女に手を伸ばした。


「………死んでる、わね」


少女はもう動かなかった。

首筋に触れても鼓動は感じない。

息もしていない。

麗佳の度重なる攻撃に少女は完全に絶命していた。

麗佳が再三に渡って銃撃を繰り返したのは、どこまでやれば人間が死ぬのかが分からなかったからだ。

銃を持ってはいても結局は素人。

訓練を受けた人間のように、一度で敵を倒すのに必要な攻撃というものが分かっている訳ではない。

麗佳にはそうするしかなかったのだ。


「………次はもっと上手くやらないといけないわね」


そう呟くと麗佳は拳銃を自分のバッグに戻した。

その姿は不思議なくらい落ち着いていた。


・・・。


総一達が麗佳達のいる部屋を離れてすぐ、生存者のカウンターは10人に減った。

 

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念のためしばらく時間をおいてから総一達が問題の部屋に戻ると、そこにはもう麗佳の姿はなかった。

あったのは部屋の真ん中に倒れてぴくりとも動かない少女だけだった。


「ごめんな、助けてやれなくて」


総一が少女の傍に寄った時、最初にしたの詫びを口にする事だった。

あの時点で総一が何をしようと、既に重傷だった彼女は死を免れなかった。

そしてもしかしたらこの少女の方が先に麗佳を襲ったのかもしれない。

総一もそれをおぼろげながらに分かってはいるのだが、なかなか割り切る事は出来なかった。

 

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「御剣さん」


同じように少女を見ていた咲実が彼女の右手を指さした。

少女の手はその先にあるものに手を伸ばす形になっていた。


「携帯電話?」


彼女が取ろうとしていたのは床に落ちている携帯電話だった。

しかしその前に力尽きてしまったようで、携帯電話までは僅かに手が届いていなかった。

総一は携帯電話を拾い上げると電源ボタンを押し込んだ。

 

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「写真………」


待ち受け画面に表示されたのは2人の少女の写真だった。

1人は今目の間で死んでいる少女。

もう1人は病院のベッドに横たわる幼い少女だった。

2人とも笑顔を浮かべており、見ていて微笑ましかった。

妹の見舞いをする姉。

総一には丁度そんな風に見えた。

総一はその写真を見て、少女が何故この携帯を取り戻そうとしたのかが分かった気がした。


「姉妹でしょうか?」
「そうかもしれないね」


例えそうでなくても写真をこうしているという事は特別に意味のある相手の筈だ。

それが親友だろうが家族だろうが同じだ。

総一はそれ以上携帯を弄ることなく電源を切り、倒れたまま動かない少女の右手の中に押し込んだ。

そして総一は開いたままになっていた少女の目と口を閉じてやる。


――最初の男、葉月さんに続き3人目ともなると、結構冷静にやれるもんだな。


総一はそんな自分が少しだけ悲しかった。

自分が人の死に慣れていくことが許せなかった。

総一はそれが悔しくて思わず固く手を握り締める。


「御剣さん………」


そんな時、背後から咲実の声がかかる。


「うん?」
「なんでもないです」


総一が振り返ると、咲実は目元を拭って小さく微笑んだ。

その顔はとても優しかった。

そしてその笑顔が自分を許すと言ってくれているような気がして、総一はほんの少しだけ心が軽くなるのだった。


「北条かりんさん、か」


総一は近くに転がっていたスポーツバッグから学生証を見つけていた。

そこに貼ってある写真は亡くなった少女のもので、着ている制服は真新しく、今年に入学したばかりという事だった。


「身元の手がかりになりそうなのはそれぐらいですね」


バッグを調べていた咲実はそう言いながら荷物を元に戻していく。


「そういえばPDAはあった?」
「ありませんでした。 きっと麗佳さんが持って行ったんじゃないかと思います」


総一達が彼女―――北条かりんの荷物を調べたのは身元の確認以外にもPDAを探すという目的があった。

首輪を外す上でPDAを探したり、壊したりという条件がある以上、持っていた方が良い筈だった。

仲間が必要とするかもしれないし、そうでなくても交渉材料に使えるかもしれない。


「………そっか。 ごめんなかりんさん。 勝手に荷物を漁っちまって。 迷惑ついでにこれだけ貰っていくよ?」


パタン


総一は近くで眠るかりんに向かって学生証を軽く振ると立ち上がった。


「咲実さん」
「はい、ありがとうございます」


咲実は総一から学生証を渡されると、葉月の老眼鏡と一緒に通学鞄にしまい込んだ。

そして咲実も立ち上がる。


「咲実さん、大丈夫かい?」
「はい。 御剣さんと一緒ですから」


総一は咲実がショックを受けていないか心配していたのだが、どうやらそうでもないようだった。

もちろん麗佳の事もかりんの事も悲しんでいるのだろうが、以前のようにうずくまってしまう事はなかった。


「それは俺も思うよ。 咲実さんと一緒で本当に良かった。 1人だったらどうなっていただろうかってさ」
「ずっと1人でいて、銃を手に入れた後に御剣さんと出会っていたら、私は御剣さんを撃とうとしたかもしれません」


―――麗佳さんはそうだったんだろうか?


総一は咲実の言葉にふとそんな事を思った。

ずっと1人で過ごし、葉月の血まみれの遺体を見た後に拳銃を手に入れ、同じように拳銃を持った相手に出会う。

その時自分は一体何を思うのか?

総一はその想像に背筋を寒くした。


「そう思うと、最初に御剣さんと出会えた幸運に感謝すべきかと思います」
「そうだね………」


目の前の人間を無条件に信用できるという事は、きっとそれだけで幸せな事なのだ。


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【2】


・・・。

 

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「戻ってませんね、郷田さんと麗佳さん…」


しばらく郷田と麗佳が出て行ったドアを見つめていた咲実がぽつりと呟く。


「そろそろあたし達も移動した方が良いのかも知れないわね」


PDAを覗き込んでいた文香が顔を上げる。


「あと残り時間はどれぐらいですか?」


残り時間、ここで総一が言っているのは戦闘禁止が解除されるまでの時間だ。


「もう1時間も無いわ」


郷田が麗佳を追って姿を消してからもう2時間以上が経過している事になる。


「そうですか……。 何かあったのか、それとも長沢が言うように本当に……」

「あの郷田さんだけにまさかとは思いたいけれど、どちらにせよそろそろ限界よね」


文香はPDAをポケットへ戻すと立ち上がる。


「文香さん、限界って?」


疑問を口にする咲実に、文香は手を差し伸べる。


「長沢君も言っていたでしょう? この『ゲーム』に乗った連中がいたら、武器になりそうなものを集めて最初にやってくるのはここだって」


咲実も文香の手に掴まって立ち上がった。

 

「じゃあ移動するのは良いとして、文香さん、咲実さん、これからどうします?」

「えっと」


咲実はその疑問に戸惑ったのだが、文香はすぐに答えた。


「あたしはまず出口を探してみるべきだと思うの」

「出口、ですか」

「ええそう」

「でも外に出たら首輪が作動するってルールに書いてありましたよね?」


咲実が総一の手の中のノートを指さしながら訊ねる。


「そうね。 でも、きっと残りの5人の多くはそれを知らないと思うの」

「あ」


総一はそこで文香の言っている事の意味が分かった。


「出口に向かえばその人達に会えるかもしれない?」


彼らはルールを全て知っている訳ではない。

またルールを信じていない場合もあるだろう。

どちらの場合も普通はこの建物から出ようとして出口を探す筈だ。


「そういう事♪ まあ、あとは軽いおせっかいね」

「おせっかい?」

「ええ。 ルールを知らずに外に出ちゃう人がいたらまずいでしょ?」


すると咲実の顔がすっと強張った。


「……このルールが本当だったら、大変ですね」

「ええ」


文香も表情は硬い。


「御剣さん、文香さん、このルールって本当だと思いますか?」


咲実は総一の手にあるノートをじっと見つめている。

そこには総一がルールの全てを書き取ってある。


「そう思った方が良いと思うわ。 実際にあの男の人は死んでしまった訳だし。 仮に全部が本当じゃなくても、中にいくつか真実が混じっていれば従わない訳にはいかないわ」


いくらルールが荒唐無稽に見えても、総一達が最初に出会った男がルール違反で死んだのは事実だった。

もしかしたらルールの全部が真実ではないのかもしれないが、ひとつひとつの真偽を判別できない以上、ルールは全て真実だと思った方が良い。


「俺もそう思います。 確かめる訳にもいかないですし」


ルールの真偽をひとつずつ試してロシアンルーレットをやるのは危険すぎる。

ルールが全て真実である場合もあるのだから。


「犯人の思い通りになるのは癪だけど、こればかりはどうしようもないわ。 ルールは全部真実。 そう思っておきましょ?」

「……はい」


咲実は大真面目な顔でコクリと頷いた。

そんな2人の姿を見ながら総一はゾッとしていた。


―――他人を殺す事を要求するPDAの持ち主は、今の論法で俺達を襲ってくるのかもしれない。


ルールは全て真実だから、生きる為には仕方がないと。

一度そう考えてしまうと、総一は恐怖を隠せなくなっていた。


「御剣さん、どうかしましたか?」

「あ、いや、ご、ごめん」


―――いけない、しっかりしなきゃ。


総一は怪訝そうな咲実の顔を見て気合いを入れ直した。


・・・。

 

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「出口を探すっていっても、なかなか難しいわね」


3人で通路を歩き始めていくらもしないうちに文香がぼやいた。

彼女がそう呟きたくなるのも無理もなかった。

通路が複雑すぎたのだ。

この建物は広大である上に、そこを走る通路は迷路状に複雑に絡み合っていた。

このため何に手掛かりも無く歩いている総一達は行っては戻るを繰り返していた。


「地図でもあれば歩きやすいんでしょうけど」

「地図ねえ…」

「地図も書いてみましょうか?」


総一はそう言うと自分のリュックの中から例のノートを取り出した。


「地図……」


黙って聞いていた咲実がきょとんとした様子で呟く。


「どこかで見たような………」

「どっ、どこで?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。 今思い出します」


思わず身を乗り出した文香を両手で制しながら、咲実は天井を見上げて考え込む。


「あ!」


そしてパッと表情を輝かせるとポケットに手を突っ込んだ。


「たしかこれの………」


起動ボタンを押し込み、画面に触れる。

咲実も慣れたのか操作に迷いは無かった。


「あ、やっぱり」


そして彼女は笑顔でPDAを総一達に向けた。


「ほら、これに地図が載ってますよ!」

「おおっ!」

「咲実ちゃん、えらいっ!!」


総一も文香もすぐに自分のPDAを覗き込んだ。


「地図なんてどこにあったの?」

「『機能』の所です。 初めに何も分からずにいじった時にそんなようなものを見たような覚えがあって」

「あ、あったあった」


総一も咲実のヒントを頼りに地図を見つけ出した。

それには何も書き込まれておらず、単に間取りを書いただけの白地図だったのだが、総一には何の手掛かりもなしに歩き回るよりは遥かにマシに思えた。


「………何これ、こんなに広いの?」


そこに表示された地図は驚くほど広いものだった。

通路の幅と地図全体の大きさを比べると、明らかに縦横が数百メートルのサイズがあった。

そこに沢山の部屋が配置されており、それらを絡み合う無数の通路が繋いでいる。


「あ」


その時総一は画面の端に表示されたフロア数の表示が6つある事に気付いた。


「どうやら6階建てみたいですね」


この広さで6階建て。

これが本当に事実なら、まるで冗談のような建物だった。


「ありえないわ、こんなの」


そのあまりの広さに呆れかえる文香。

もともと広いとは想像していたのだが、まさかここまで広いとは誰も考えていなかった。


「咲実さんが地図を見つけてくれなかったら、えらい事になっていましたね」

「まったくだわ。 ありがとう咲実ちゃん」


もしこのままPDAに入っている地図の存在に気付かずにいたら、無駄にうろうろしているだけで3日間が過ぎてしまったかも知れないのだ。


「い、いえ別にそんな大した事では………」


咲実は照れて少し頬を赤くする。


「と、ところでここはどこなんでしょう?」


そして誤魔化し半分に大きな声を出した。


「これだけ広いとなかなか分からないわねぇ」

「………やっぱり地図を書いておくべきでしたね」


そうしておけばこの地図と比べて現在位置を見つける事も出来ただろう。

今の状況は何の手掛かりも無しに街の一区画の中から指定の路地と見つけ出すのと同じくらい難しい。


「ちょっと待ってよ、確かあそこで曲がって、部屋を抜けて、それでもう一度通路で………」


文香はこれまで通ってきたルートを思い出しながら地図を睨みつけていた。


くす


その時総一は咲実の小さな笑い声に気付いた。


「咲実さん?」


声の方を見ると、咲実は額にしわを寄せて大真面目にPDAを覗き込んでいる文香を見ながら声を殺して笑っていた。

咲実は総一が自分を見ている事に気付くと文香を視線で示してさらに笑う。

確かに文香のその姿はコミカルで、総一にも笑ってしまう文香の気持ちがよく分かった。


「ぷっ」


「くすくすくす」


そして遂には2人で声をあげて笑い出してしまった。

 

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「え、なに? どうしたの?」

「あははははははっ!」

「くすくすくすっ」


状況が分からずきょとんとする文香をよそに、総一と咲実はしばらく笑い続けていた。


「まったく、2人とも真面目にやって」

「す、すみません」

「ごめんなさい文香さん」


総一と咲実は頭を下げる。

だが2人ともその姿勢のまま視線を交わし、文香にばれないように再び笑い合う。


「だからカップルにくっついていくのは嫌なのよ。 前に遊園地に行ったときがそうだったわ。 2人だけで分かり合うワンダーランドを作っちゃってさ~。 ひとりぼっちのあたしはどうすればいいのよ」


文香は完全にへそを曲げてしまっていた。


「やだなー、お姉さんだけチケットあまったから誘われた頭数合わせみたいでっ」

「変な拗ね方しないで下さいよ。 謝ってるじゃないですか」

「フンだ。 総一君なんて嫌い」


そして頬を膨らませた文香はそっぽを向いてしまう。


「それに俺と咲実さんは初対面なんですから、カップルもなにもありません」

「それが一番信じられないのよっ」


文香がそう言った時、咲実がすっと正面を指さした。


「お2人とも前を。 エントランスについたみたいですよ」

「ん」


そうやって頷いた時には文香の顔は真面目なものに戻っていた。

総一達3人は地図上で自分達の位置を確認した後、この建物の角にあった比較的大きな部屋を目指して移動していた。

その場所と大きさからデパートのエントランスホールを連想した3人は、出口を探すという当初の方針に従ってそこへ向ったのだった。

幸いと言って良いのかどうかは分からないが、ここまで誰とも出会わずに済んでいた。

とはいえまだ戦闘禁止が続いていたので、仮に戦うつもりでいる人間と出会っても危険はなかったに違いないのだが。


・・・。

 

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「ここもずいぶん荒れてるわね………」


ホールを見回していた文香がポツリと呟いた。

彼女の言うとおり、このホールもこれまでの例に漏れず廃墟同然だった。

総一にはそこが大きな病院の待合室のように見えたのだが、その名残はわずかだった。

壁はほとんどがむき出しのコンクリートで装飾も無く、並んでいたであろう椅子も多くが取り外され残っているものもクッションからスプリングが飛び出していた。

カウンターも多くが外されていて、残っているのは壊れたものばかりだった。

けれどここも証明だけは今も健在で、そんな寒々しいホールを明るく照らし出していた。


「ここが出入り口なのは間違いないみたいですね」


総一の目がホールの奥のガラスでできた大きなドアを捉えた。

 

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「でもシャッターが下りてますね?」


咲実も気付いたらしい。

彼女の言うとおり、ドアの向こう側には鈍い銀色のシャッターが見えている。


「行ってみましょう。 うまくすれば外に出られるかもしれないわ」

「はい」

「分かりました」


3人は頷き合うとドアとシャッターへ近付いていった。

総一がドアの割れたガラスの隙間からシャッターを押すと、重たいスチールの手応が返ってきた。


「随分しっかりしたシャッターだな」


本来こういった場所のシャッターはアルミ製が主流だ。


「少し前の建物なのかもしれないわね」


総一の隣では文香もシャッターを見上げていた。


「ああ、そうかも知れませんね」


広すぎる敷地、廃墟も同然の内装、そして古めかしいシャッター。

ここが廃棄された一昔前のレジャー施設やテーマパーク、郊外型のショッピングモールだったというのならそれほど不自然では無い。


「御剣さん! 文香さん! こちらへ! シャッターに穴があいています!」


総一もい文香のようにシャッター上を見上げた時、少し離れたところで同じくドアとシャッターを見ていた咲実がそう叫ぶ。


―――穴? スチール製のシャッターに?

 

「行ってみましょ」

「はい」


総一と文香はこちらを向いて待っている咲実に駆け寄って行った。


「どこ?」

「ここです」


咲実は目の前を指さした。

そこにあった筈のガラスのドアは完全に砕かれてしまっていた。

残っているのはちょうつがいとその周辺のみだ。

そしてその向こう、スチール製のシャッターには咲実が言うように大きな穴があいていた。

穴の大きさは丁度人間一人がくぐれるぐらい。

周辺の変形の仕方からすると何か尖ったもので何度も付いて無理やり作った穴のようだ。

恐らくつるはしのようなもので打ち抜き、それを広げていったのだろう。

穴の周りにも幾つかその名残のへこみがのこされていた。


「コンクリート?」


だが、その穴は外には繋がっていなかった。

穴の向こうにはコンクリートの壁があった。


「シャッターの向こうはコンクリートの壁か。 完全に塗り固められているんでしょうかね」

「だと思うわ。 見て、総一君。 コンクリにも掘った跡があるわ」


文香がコンクリートの壁を指さした。

影になっていて気付かなかったが、確かにコンクリートの壁には数十センチのくぼみができていた。

やはりつるはしか何かで叩き続けたようで、くぼみにはでこぼこが多かった。


「これね私達以外の誰かが掘ったんでしょうか?」

「多分違うわ。 咲実ちゃん、コンクリの方の穴を見て。 埃がたまってるでしょ?」


言われて咲実はコンクリートの穴の方に右手の指先を当て軽くなぞった。

そしてその手を顔の前に持って来て、指先をすり合わせる。

するとそこからぼろぼろと埃の塊が落ちていった。


「埃がたまってるって事は、昨日今日掘った穴じゃないって事ですよね?」

「そうよ咲実ちゃん。 埃のたまり方からすると、どう考えても掘られてから半年以上は経ってるのよ」

「って事は………」


総一は背筋が寒くなっていた。

この穴が示すのは恐ろしい現実だ。


「今閉じ込められている俺達以外にも、ここに閉じ込められた人間がいたって事ですよね。 大分前に」


言いながらも総一は寒気が止まらなかった。


「そうね。 最低でも一度。 場合によってはもっとだとおもうわ。 同じようにここで閉じ込められて、出ようとしてここに穴をあけたけど、コンクリが邪魔で出られなかった。 そういう人が居たのよ」


ただの廃墟をコンクリで封鎖するような酔狂な人間は居ない。

ここは誰かを閉じ込める為にコンクリで封鎖されたのだ。

そして閉じ込められた者達の逃げ出そうという試みをはじき返し続け、コンクリは今もなお壁として存在している。


「穴を直してないところをみると、この壁相当厚いんでしょうね」


総一は穴に触れる。

穴はかなりの深さになっているが、補修した様子はない。

つまりこんな穴では問題にならないほどこの壁は厚いという事になる。

きっと数メートルの厚みがあるに違いない。

そうでなければこの穴は犯人達の手によってとっくに塞がているだろう。

 

「・・・総一君、咲実ちゃん」


文香の表情は厳しい。

そうなる気持ちは総一にもよく分かった。


「どうやら、考え方を改めた方が良いわね」

「………はい」


頷く総一も気が重かった。

文香の言わんとしている事は総一にも重々分かっていた。


「ここを作ってあたし達を閉じ込めた連中は本気よ。 本気であたし達に『ゲーム』をさせるつもりなんだわ」

「御剣さん………」


咲実が不安そうな顔で総一を見上げる。

しかし総一にはどうしてやる事もできなかった。

ただ彼女の瞳を見返してやるので精いっぱいだった。


「今までみたいに呑気にしてたらあたし達、殺されてしまうわ。 『ゲーム』になのか、他の参加者になのかは、分からないけれど」


もはやルールを疑う余地は無かった。

総一達が初めてではないという事、そしてこの徹底した封鎖の様子。

総一達をここへ閉じ込めた人間の本気は十分に伝わってくる。

ルールは全て真実で、そこに書かれている事は現実に起こる事。

こんな事が最低でも一回、繰り返されているのだ。

総一はようやく初めに感じた違和感の意味を理解した。

建物、首輪、そしてPDA。

どれもたった一回、総一達に使うには豪華すぎるものだ。

総一はその事を奇妙だと思っていた。

しかしそれらも複数回繰り返し使うなら話は変わってくる。

これはドライに、システマチックに構成された『ゲーム』なのだ。


「なんてことだ………」


総一は自分の甘さを痛感する。

こんな事では誰も助からない。

これまで分かったつもりでいたが、なお理解が足りなかったのだ。


ぎゅ


不安に駆られたのか、咲実が総一の手を取り握りしめる。


総一は自然と彼女の手を握り返していた。

だがそれはこれまでのように彼女を勇気付けようとしての行為ではない。

そうやっていないと、総一自身の震えを止められなかったのだ。


・・・。

 

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ここからの総一達の行動は早かった。

3人はすぐに上層階への移動を決めた。

当初の予定ではこの場所でこれまで会えていない5人の参加者を待つ筈だった。

しかしルールを信じざるを得なくなった今、足を止める訳にはいかなかった。

ルールが正しいという前提ならこれ以上出入り口を探す意味はない。

外は進入禁止エリアなのだから。

また時間的な余裕もない。

この建物はいずれ低い階から順番に侵入禁止になる。

待つだけなら上の階で待った方が良い。

そんな先を急ぐ彼らの足を止めたのはPDAからの電子音だった。


「なんの音だ?」


携帯電話の着信音にも似た電子音が辺りに鳴り響く。


「御剣さん、またPDAです」


それは以前にも聞いたPDAの警告音だった。

前回この音が鳴った時にはPDAに情報が追加された。


「今度はなんだ?」


総一はポケットからPDAを引っ張り出した。

前回この音が鳴った時は男が死んだ時だった。

それだけに総一は少し慌てていた。

 

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「『開始から6時間が経過しました。 お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』」


同じようにPDAを取り出していた文香が画面を読み上げる。


『個別に設定された戦闘禁止エリアは現在も変わらず存在しています。 参加者の皆様はご注意ください』


文香の読んだ部分の後にはそんな言葉が続いていた。


「あの、御剣さん。 ………戦闘禁止の解除っていう事は、もう誰かが襲って来てもおかしくないって事ですよね?」


咲実は恐る恐るといった調子で確認する。


「多分そういう事になるわね」


総一に変わって文香が答える。

すると僅かに咲実の表情がこわばった。


「俺達が会った中だと、長沢や手塚あたりなら襲ってくるかもしれませんね」

「そうね。 あの2人は初めからこの『ゲーム』に乗るつもりで居たようだし」


総一は別れ際の2人の様子を思い出していた。

手塚のうすら寒い笑顔、そして楽しげな長沢。

あの様子では襲って来てもおかしくない気がする。


「でも武器になりそうなものもないし、人数はこっちが上よ。 あの2人の事だから、すぐには襲ってこないでしょう」


文香はそう言う時だけ笑顔を見せた。

実際、文香の言う通りだった。

この建物には武器になりそうなものがほとんだ無かった。

残されている家具を壊して間に合わせの武器を用意するのがせいぜいだった。


――間に合わせの武器、か。


そこまで考えた時、総一はこの建物に残されていた家具がどれも壊れていた理由が分かった気がした。

ただ古くなって壊れたというだけではなく、武器を作るために壊されたケースも多いのだろう。


「ん?」


そんな時、総一は何かの物音が聞こえた気がした。


―――なんだ? 通路の先から、か?

 

「総一君?」


文香が不思議そうな顔をする。


「何か物音がした気がするんです」


総一は2人に両手で静かにするように示すと、慎重に通路を進んでいく。

すると物音はもう一度聞こえてくる。


『………』


―――あの角の向こう側、だな。


どうやら誰かの話し声らしいが………。

そして総一は角に身を隠しながら、そっと通路の先を覗き込んだ。

 

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「そうかぁ、すると渚さんは丁度うちの娘と同い年なんだなぁ」
「ああ~、そうなんですかぁ~」


渚は優しげに目を細め、穏やかな笑顔で頷いた。

そのほんわかとした声も、彼女の優しげで穏やかな印象を強める事に一役買っている。

ひらひらの多い衣装もそんな彼女によく似合っていた。


「ずっと子供だとばかり思っていたけれど、いつの間にか大人になっていてね。 先日就職して一人暮らしを始めると聞いた時はずいぶんとショックだったよ」


そうやって話す葉月もまた笑顔だった。

葉月は若い渚とは違い、初老にさしかかった中年男性だった。

細身の彼も渚と同じく穏やかな印象の人物で、見るからに良いお父さんという雰囲気だった。


「渚さんももう一人暮らしなのかい?」
「はい~。 私も仕事の都合で1人で暮らしています~」


彼女が笑うと、頭のリボンがひらひらと揺れる。


―――うちの娘とは違う意味で、ずいぶん可愛らしい娘さんだな。


葉月は胸の中で渚をそう評した。

渚は葉月の娘と同じ年の筈なのに、そんな可愛らしい服装や言動が嫌味にならない。

逆に彼女にはこの格好しかないような気さえしてくるのだ。


「でも、もうずいぶん歩いたっていうのに、なかなか出口が見つからないなぁ………」

「そうですねぇ~」


葉月と渚が出会ってからもう2時間近く経っていた。

しかしそれ以外は誰とも出会わず、そして歩けど歩けど代わり映えしない通路と部屋ばかり。

最初こそ誘拐や何かの事件を疑って緊張していた葉月だったが、渚と出会った以外には何も起こらなかったせいでその緊張感がすっかり薄れてしまっていた。


丁度そんな時PDAが電子音を鳴らした。

それはこの2時間で唯一の変化だった。


「葉月さん、また鳴ってますよ?」

「う~ん………参ったなぁ………」


渚に言われてPDAを取り出したものの、葉月は画面を見ながら途方に暮れていた。

実は渚と出会う前にも一度同じように鳴ったのだが、こういった機械に弱い葉月にはどうしたらいいのか分からず、そのままほったらかしになっていた。


「渚さん、使い方は分からないのかい?」
「すみません~、私もこういうゲームは苦手で~」


ボヤボヤっとした渚はその外見に違わず、こういった機械はからっきしだった。


「前に娘に言われた時にもうちょっとやっておけばよかったなぁ………」


葉月は何年か前に脳を鍛えるとかいう題材のゲームに触れた覚えがあった。

あの時もっとしっかりやっておけば、これの操作の仕方も分かったのかもしれない。

葉月は今更ながらに後悔していた。


『開始から6時間が経過しました。 お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』


画面にはそう表示されている。

本当はメッセージには続きがあるのだが、操作法が分からない2人はスクロールさせる事が出来ず、その画面を見つめて途方に暮れるばかりだった。


「あの」


総一達が2人に声をかけたのは、そんな時の事だった。

 

・・・・・・。


・・・。

 

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「なるほど、君達の言っている事は分かったよ」


ひとしきりシャッターの向こうにあるコンクリートの壁を調べていた葉月は振り返ると大きく頷いた。

自己紹介を終えた後、総一達はこれまでの経緯を葉月を渚に伝えていた。

PDAを調べる事ができず、誰とも出会わなかった2人は何も知らなかったのだ。

だが説明を聞いても、あまりに突飛な話だったので2人にはなかなか納得してもらえなかった。

そこでまだ距離が近かったこともあり、総一達はエントランスホールへと戻ってきていたのだ。

 

「にわかには信じ難いが、事実である事を前提に動かざるを得ないようだね」


葉月は顔は険しかった。


「この首輪が、ねぇ………」


険しい表情のまま彼は自分の首輪を撫で続ける。

総一達のように死体を見た訳ではない葉月には、完全に封鎖された出入り口を見てもなお半信半疑だった。

しかしそれを前提に動かざるを得ない事は理解していた。

そもそも『ゲーム』云々を抜きにしても、こんな広大な建物に閉じ込められて出られないというだけで十分に異常事態なのだ。


「君達の言っている事は本当だと分かっているし、出口のこの有り様を見ても、僕にはまだ信じられないよ」


葉月は苦笑する。


「俺もです」


「そうか、そうだったな」


荒唐無稽な事を並べ立てる総一達に軽い不信感を抱いていた葉月だったが、それは筋違いだと気付いた。

総一達も葉月と同じなのだ。

荒唐無稽な現実を突き付けられて困っている。

たまたまその情報を葉月よりも先に手に入れていたというだけで、彼らを疑ったり不平を零すのは筋違いなのだ。

 

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「それでおじ様、あたし達は上の階へ移動しようと思うんです。 ここはこうですし」

「ああ。 僕もそれに賛成だよ。 ここからは出られそうにないし、ルールにも下の階は進入禁止になるって書いてある。 どうせ上に登らなきゃいけないなら最初に最上階に登って、その後首輪を外す方法を探した方が良いだろう。 駄目でも屋上に出ればここがどこかぐらいは分かるだろうし」


そんな風に総一達が今後の事を話し合っていた時、咲実は渚と話をしていた。

それはどちらかといえば引っ込み思案な咲実に、渚の方が一方的に話し掛ける格好だった。

 

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「咲実さん、制服かわいいねぇ~」

「は、はい」


渚は曖昧に頷く咲実の周りをくるくると回る。

そしていろんな方向から咲実の着ている制服を眺めて興味深そうにウンウン頷いていた。


「いいなぁ、私ももう一回学生にもどりたいなぁ~」

「あ、えっと」

「とっても似合ってるよ、咲実さん~」


咲実の正面に戻ってきた渚は、そこでにっこりとほほ笑んだ。


「ありがとうございます。 ………あの、渚さんもその服お似合いですよ?」

「ほんとう~? ありがとう~」


渚はスカートの裾を持ち上げて軽く振る。

するとヒラヒラの多いスカートはふわふわと全体が揺れた。


「実はこれ、お友達とお揃いなんだ~」


笑う渚に、咲実も小さく笑顔を見せた。


「私のもお友達とお揃いです」

「制服なんだもの、あたりまえだよぅ」


そして2人で顔を見合わせ、笑い合う。

咲実はそんな渚の姿を見ていると少しだけホッとする事が出来た。

今日はずっと緊張を強いられていた。

目覚めてから今まで気が休まる暇はない。

しかし渚の優しい笑顔と穏やかな声を聞いているとそれを忘れる事が出来た。

そして彼女の話す話題も緊張するような内容ではない。

要は、渚と話していると普段友達とお喋りしている時の自分を取り戻す事が出来るのだ。

もしかすると渚は単に今の状況を分かっていないだけなのかもしれないが、咲実にはそんな彼女がとてもありがたかった。


「そうだ、咲実さんもお揃い、する?」

「え?」

「帰ったらさ、私の服を何着か見繕ってあげる。 咲実さん可愛いからきっと似合うと思うんだ~」


―――帰ったら。


咲実はその言葉を聞いた時、不覚にも涙をこぼしてしまっていた。


「咲実さん、どこか痛いの? 大丈夫?」

「へ、平気です、なんでもないです」


―――帰ったら。


それは何気ない一言だった。

いつもだったら咲実もこれには何も感じなかっただろう。

しかし誘拐され、ここへ閉じ込められ、醜い死体を見せられた後では随分印象が違っていた。


「ぜひお願いします。 私もそういうの着てみたいです」


ぽろぽろと零れる涙を拭った咲実は、大きな笑顔を見せた。


「………」

「総一君?」


黙ってよそ見をしていた総一に気付き、文香がその視線を追った。


「ああ、咲実ちゃんね。 あんまり可愛いからって見惚れてちゃ駄目よ?」


そして意地悪な笑顔を作り、肘でつんつんと総一をつつく。


「違いますって!」

「………分かってるわよ。 渚さんのお陰でちょっと余裕が出てきたみたいね、咲実ちゃん」


文香はちょろっと舌を出してから総一に詫びた。


―――分かってるなら言わないでくださいよ。


胸の内で呆れながらも総一は頷いた。


「渚さんのマイペースは才能なんだろうなぁ」


楽しそうに話す咲実と渚の様子に、葉月も人の良さそうな表情で笑っていた。


「でも良かったわ、元気が出て。 ちょっと心配してたのよ」

「仕方ないですよ、あんな死体を見せられては」


突然誘拐されてここへ閉じ込められ、醜い死体を見せられれば誰だってそうなるだろう。


「でも総一君は大丈夫そうよね。 状況は咲実ちゃんと同じでしょ?」

「俺は………、死体を見るのは初めてじゃありませんから」


すると文香の顔からパッと笑顔が引っ込んだ。


「ごめん、余計な事訊いたわ」


軽く頭を下げる文香は珍しく大真面目だった。


「いいですってそのくらい。 それにホラ、俺はこれでも男なんですよ」


華奢で自分の身を守るには不向きな咲実とは違い、総一は体格が良い。

いざという時には多少は自分の身を守れるという分だけ咲実とは状況が違うのだ。


「………その言い方にはあたしに対する敵意があるわ」


総一と同じく取り乱していない文香。

その自覚があるのか、女の子扱いされていないと思っているらしい。


「そんな気はありませんって。 文香さんは大人だからでしょうが」

「今度は年齢をあげつらうのね! もう良いわ。 あたし今から取り乱して泣き叫ぶから。 後はヨロシク」

「勘弁して下さいよ」


思わず笑ってしまう総一だった。


「はっはっはっはっは」


つられて笑う葉月。


「葉月さんまで。 勘弁して―――」


そんな葉月に総一が視線を移したその瞬間だった。


総一の目に、ものすごい速度で葉月の頭に迫る木の棒が映った。


――ッッ


警告を口にする前に総一は葉月を突き飛ばした。

突然の出来事に総一の方を向いていた葉月の目が丸くなる。


「葉月さん危ないッ!」


――!!


総一の口がその言葉を発した瞬間、葉月の居たあたりを通過した木の棒がしたたかに床を打った。


「わ、とととっ」


そして葉月が床に倒れ込んだ。

 

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「手塚君!?」


そんな文香の叫びと共に床を打った木の棒が持ち上がっていく。


「………不意打ちは失敗か」


そこには不敵な笑みを浮かべて立つ手塚の姿があった。

その手には例の木の棒が握られていた。

葉月を殴ろうとしたのは手塚だったのだ。


「手塚っ、あんた一体どういうつもりだっ!?」

「どうもこうもないな。 隙だらけだったから襲ってみたのさ」


コン、コン


手塚は右手で棒を支え、左の手の平を軽く叩いている。

その姿には不思議なほど迫力があり、総一は思わず一歩下がってしまいそうになった。


―――下がるな、後ろには咲実さんと渚さんがいるんだぞ!


総一は弱気な自分を叱咤する。


「だが御剣よう、なんでお前はこんなのと一緒にいるんだ? どいつもこいつも足手まといじゃないか」


クククッ


手塚は総一達の顔を見回して喉の奥で笑う。


―――葉月さん、早く立ってくれ。


総一は冷や汗交じりだった。

手塚は棒きれとはいえ武装しており、総一達の中で今戦えそうなのは総一ひとりだけ。

倒れている葉月が立ってくれればそれでも勝ち目はあるだろうが、全員を守るのは今のままでは難しい。


「それともアレか? 全員騙して勝とうってか? 確かに弱者につけ込むのも詐欺の基本だよなぁ」

 

「葉月さん」


そんな時、文香が倒れている葉月に手を差し伸べた。

2、3度頭を振った葉月は文香の手を取る。

その様子を横目で見ていた手塚は何故か一歩後退した。


「まあいいさ。 不意打ちは失敗、長居は無用ってね」


そして葉月が立ち上がるのとほぼ同時に、手塚は身を翻して走り出した。

その一切躊躇の無い去り際は見事だった。

一瞬だが、総一も茫然とその背中を見送ってしまっていた。


「………あ、ま、待て! 手塚!」

「いや、行かせた方が良い」


我に返った総一が手塚を追おうとするが、それを葉月が呼び止めた。


「え?」


そして葉月は総一の横までやってくる。


「僕らには手に余る相手だよ」


そして葉月は身体についた埃をパンパンと払った。


「ともかく助かったよ総一君。 危うくあの棒きれで殴られて大怪我をする所だった」

「無事で良かったです」


総一の見たところ、葉月はどこも怪我をしていないようだ。


「咲実さんも渚さんも大丈夫?」

「あの~、私は大丈夫なんですが~、咲実さんが~」


―――咲実さんが?!


総一が振り返ると、咲実はその場に座り込んでしまっていた。

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

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「………ふぅん、追ってこないか。 なるほどね」


背後を確認していた手塚は担いでいた木の棒を下した。

総一達は追ってこなかった。

もう構えている必要はない。


「慎重なのか、臆病なのか………。 あの反応だと臆病の方だろうな」


手塚は先ほどの総一達の様子を思い出していた。


「まともに反応したのは御剣だけ。 あとはあの受付嬢もだな。 しかしあの女は度胸はあっても戦力外だな」

 

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手塚が脅威に感じているのは総一だけのようだ。


「あのオッサンは不意打ちに気付いてもいなかったし、その後の反応も悪い。 喧嘩慣れしてないな、ありゃ。 あとのお嬢ちゃん2人は論外、と」


コン、コン

 

考えながら手塚は棒の先で床をつつく。


「戦うならやはり御剣からか。 あの感じなら、あいつさえ潰せば後はどうとでもなりそうだ」


手塚はうっすらと笑みを浮かべる。


「・・・ふん、どうやら予想通りの連中みたいだな。 こりゃあ確かめに行く意味がなかったか」


驚いた事に手塚が総一達を襲ったのは文字通りの意味での小手調べだったらしい。

だからこそ必要な情報がそろった時点で素早く退いたのだ。


「戦えばすぐに倒せる連中だが………。 どうしたものか」


腕組みをして考え込む。


「しばらく泳がせておく方が単独行動の俺に有利かもしれないな。 残りの連中の出方が分からない。 今は的は多い方が良い」


問題は総一達よりも、長沢や未だ出会えていない連中。

手塚はそう考えていた。


「万が一も無くはないだろうしな。 まあ、頑張ってくれや御剣君?」


手塚はもう一度視線を総一達の居る方向へ向けてニヤリと笑う。


「ともあれ、面白くなってきたのは確かだな」


そして歩き出した手塚の背中は言葉通り楽しげに揺れているのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

「総一君、行っちゃったみたいよ」


通路の先を覗いていた文香がそう言いながら戻ってくる。

 

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「………行かせて良かったのか、悪かったのか」

「仕方がないさ。 僕らも人間だよ」


肩を落とす総一を葉月がなだめる。


「………はい」


一応頷いたものの、総一はため息をついた。


・・・。


移動を再開した総一達は、通路の先で初めて見る人物を見つけた。

その人物は年齢が20代前半から30代くらいで、背丈はそれほど高くはないが全体的にがっしりとした体格で精悍(せいかん)な顔をした男だった。

初めは声をかけてみるつもりだったのだが、その男が鉄の棒を持っていた事で総一達は躊躇してしまっていた。

声をかければ平和裏に話をする事も出来たのかもしれないが、木の棒で武装していた手塚に襲われた矢先の出来事だったので、彼らが思わず躊躇したのも仕方のない事だっただろう。

そして総一達がどうするのかの結論を出す前に、男は姿を消してしまったのだ。

 

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「それに今の問題はさっきの男よりも、彼女だと思うよ」


葉月は声をひそめ総一と文香にだけ聞こえるように囁き、視線で総一の背後を示した。


「咲実さん………」


振り返った総一の視線の先には座り込んだまま力なく床を見つめ続ける咲実の姿があった。

手塚に襲われてからというもの彼女はずっとその調子だった。

『ゲーム』に乗った者がいる。

自分を殺しに来る者がいる。

その事実を突き付けられた時、渚や葉月と出会って調子を戻しつつあっただけにかえってショックは大きかったのだろう。


「咲実さん、もう大丈夫だよ~、行っちゃったって~」

「………」


そんな渚の声にも顔を上げようとしない。

今度ばかりは渚の人当たりの良さでもどうしようもないようだった。


「なんというか」


そんな咲実と渚の様子を眺めながら、再び葉月が囁いた。


「もしかしたら彼女のあの反応が一番自然なのかもしれないって気がしてきたよ」

「え?」

「きっと僕らは、心の深いところで未だに冗談だって思ってるんだよ。 だから彼女のようにならない。 氾濫するこの手の映画やなんかのせいなのかもしれないね」


葉月は苦笑する。


―――彼女が弱いのではなく、俺達が現実逃避しているだけなのかもしれない、か。


総一にもそれが正しいように思えるのだった。


「それはそれとして、立ち止まっていないで僕らも進もう。 目的の階段はもうすぐそこだ」


そして葉月は全員を促すと、先頭に立って歩き始めた。


・・・。

 

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「咲実さん、また壊れた家具があるから足元気を付けて」

「………はい」


総一に手を引かれて歩く咲実。

手を引かれているから仕方なく歩いているような状態で、その足取りも口も重い。

注意力は散漫で、先ほどから何度も足元の瓦礫につまづいていた。

だからそのたびに総一が支えてやらなければならなかった。


「総一君!」


そんな時やや先行していた葉月が、通路の先から総一を呼んでいた。

2人は総一と咲実、渚を残して少し先の様子を見に行ってくれていた。


「はい、なんでしょう!」


総一の所からは葉月と、その向こうにいる文香の姿が見える。


「ちょっと来てくれ! どうやらここの階段は使えないみたいなんだ!」


2人が見に行ったのは、地図に載っていた階段らしき場所だった。


「どういう事ですか?!」

「見てもらった方が早い。 咲実さんも渚さんも連れて一緒に来てくれ!」

「わかりました~」

「………」

呼ばれて渚はすぐに返事をしたのだが、咲実は黙ったままだった。

 

「咲実さん、向こうまで行くよ」

「………はい」


彼女は総一の言葉には辛うじて反応し、一瞬だけ目を上げて総一の顔を確認した後、再び顔を伏せてしまった。


・・・。

 

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「これは………」


先行していた葉月と文香に追いついた時、総一は思わず息を飲んだ。


「そうなのよ総一君。 ここの階段は塞がれているの」


文香は困った様子で眉を寄せた。

彼女の言うように、2階へ続く階段は完全に塞がれていた。

天井まで積み上げられた瓦礫、それを固定しているのは幾重にも巻きつけられた鉄条網だ。

この建物の出入り口の封鎖に比べれば若干の見劣りはするものの、誰も通さないという機能は十分に果たしていた。

 

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「もう1ヶ所ぐらい行ってみた方が良いんだろうが、どうやらこのバツ印が付いている階段は使えないって意味のようだね」


葉月がPDAの地図を示しながら振り返る。


「………そうみたいですね」


先程から総一達は2階へ上がるべく階段やエレベーターを探して歩き回っていた。

地図には階段らしきものが5ヶ所、エレベーターらしきものが2ヶ所に1基ずつ描かれていた。

しかし奇妙な事に階段らしきもののうち4ヶ所と、エレベーターらしきものの1基に上からバツ印が書き込まれていた。

けれどあいにく地図にはそれ以上の説明が書かれていなかったので、こうやって現地に行ってみるしかなかったのだ。


「要するに、階段1つとエレベーター1つしか使えないって事よね?」

「多分ね。 僕もそう思うよ」

「ん………」


文香の疑問に葉月が答えるが、彼女は浮かない顔でそのまま黙り込んでいた。


「どうしたんですか~、文香さん~?」


その表情に気付いた渚が訊ねると、文香はゆっくりと顔を上げた。

 

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「………ううん、多分あたしの考えすぎだと思う」


そして彼女は笑顔を見せる。

この時彼女が心配していたのは、そのたった2つだけの2階への道に誰かが先回りして待ち伏せていた場合の事だった。

しかし総一達と同じように階段やエレベーターがどうなっているのかを確かめた上で、『ゲーム』に乗って誰かを傷つけようと先回りしている人間が果たしているのかどうか。

文香はそこまで考えた上で、自分の考え過ぎだと思ったのだ。


「そうですか~」

「心配させてごめんなさいね?」


だが得てしてそういう悪い予感というものは当たるものなのだ。


・・・。


総一達がバツ印の付いていない階段へ辿り着いた時、そこには総一達の最も恐れる人物がいた。

 

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「なんてこと………、手塚君だわ」


悪い予感の当たった文香は天を仰ぐ。

幸いそっと様子を伺っている総一達には気付いていないようだが、階段前のホールに陣取った手塚はそこにあった木箱に腰掛け例の木の棒を肩に担いだ姿勢でタバコをふかしていた。

あんな真正面に居られては彼に見つからないように階段を上がっていくのは不可能だった。


―――『手塚君』


その名前が出た途端、咲実の手が緊張する。

咲実の手を引いたままだった総一には彼女の心の乱れがよく伝わってきた。


「咲実さん、落ち着いて」

「………で、でも………あ、あの人がまた………お、襲ってきたら………」


咲実は怯えた様子でカタカタと小刻みに震えだした。


「俺が何とかするよ。 これでも腕力には自信があるんだ。 それにたかだか棒っ切れ1本位でこの人数をどうこうできるもんか」


怯える咲実の為にそう言ってやったものの、実際には総一は喧嘩のド素人だった。

生まれてこのかた、総一には喧嘩らしい喧嘩の経験は無かったのだ。


「ん? なんだ、どうしたんだろう?」

「おじ様?」

「手塚君の様子がおかしい」


葉月はずっと手塚の様子を眺めていた。

葉月が見ている間中、ずっと静かにタバコをくゆらせていた手塚だったが、何故か吸いかけのタバコを投げ捨てて表情を引き締めたのだ。

その表情は厳しく、まっすぐ正面を向いている。

その方向には総一達のいる通路とは別の通路があり、彼はそこに注目しているように見えた。


「チッ、どうやら油断ならないのが来たようだな」

 

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手塚は真正面からやってきたその男から本能的に危険を感じ取っていた。

男の首には例の首輪が付いていたので境遇は手塚自身と同じであるようだが、これまでここで出会ってきた人間達とは何かが違って見えた。


カラカラ、カラン


男は手塚と同じく長めの棒で武装していた。

しかし彼が引きずっている棒は金属製だ。

そのため彼が歩くたびに棒が床に擦れる音が通路に反響していた。

男は体格がよく、筋肉質でよく鍛えられているように見える。

そして何より手塚が気になったのは、男は手塚の姿を見ても動じたりせず、歩くスピードが変わったりもしなかったという事だった。


「………妙な具合になってきたぞ」


手塚は吸いかけのタバコを投げ捨てると立ち上がった。

しかし手塚も手塚で大したものだった。

口では深刻そうな事を言っていたものの、いつものニヤニヤした笑いは消えていない。

手塚は棒を持ち直すと男に近付いていった。


「アンタ、何モンだ?」


実際に近くで見ると、手塚はより明確に危険を感じていた。


―――コイツ、俺と同じ種類の生き物だな。


「どうだろうな。 お前が俺を素直に通すかどうか次第だろう」


男の声は太く、低く、力強かった。

身のこなしにも隙は見当たらない。

首で鈍く光っている銀色の首輪が逆に不気味だった。


―――野放しにするには危険すぎるタイプだ。


ここで潰すか、それとも………。


問題はこいつがどこまで知っているのかだな。

こいつがこれまでずっと1人だったのなら、交渉は圧倒的に俺が有利だが………。


「………ん?」


その時、男が手塚の背後に視線を向けた。

男の注意は手塚から完全に離れてしまっていた。


―――御剣達か。


ちらっと背後を確認した手塚は、見知った顔がいくつも階段に向かっているのを目にした。

彼らは手塚が男に対しているうちに階段を登ってしまおうというつもりのようだ。


―――だが良くやってくれた御剣君よっ!


――ッッ


その次の瞬間、手塚は総一達に気を取られた男に向かって木の棒を全力で振り下ろしていた。

男が見せた隙。

千載一遇のチャンス。

頭の中に浮かんでいた他のプランはあっさりと捨て、手塚はここで男を打ち倒すつもりになっていた。

倒せるなら倒してしまえ、甘い相手ではない。

それは手塚流の、最大限の評価でもあった。


・・・。

 

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「いいぞ、こっちに来る様子は無い! 今のうちに登ってしまおう!」


葉月は手塚達を見ながら背後の総一達に手招きした。


「あの2人、戦ってるの?!」

「そうらしいが、こっちも気にしている暇はないな。 さっさと行かないと次は我々だ!」

「待って~、文香さん~」


文香、渚、2人が順番に葉月の横を通り抜け階段を登っていく。

 

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「咲実さん、行くよ!」

「あ、あぁ、うぅ」


総一は半ば咲実を抱きかかえるようにして走っていく。

手塚を見てからというもの、彼女の身体は完全に硬直してしまっていた。

咲実は到底自分で走れる状態には無かったのだ。


「総一君、手を貸そうか?」

「いえ、大丈夫です!」


総一は咲実を連れて階段を登っていく。

体重の軽い咲実を抱えていても総一の足はさほど遅くはない。

先を行く渚と同じくらいの速度だった。


「あの男の人を利用する格好になってしまったが、まともに手塚君とぶつかる気にもなれないし。 我々としては微妙な気分だな」


後ろを警戒していた葉月が総一達の横までやってくる。

もうすぐ定年に手が届く葉月だが、なかなかの健脚ぶりだった。


「後でもう一度会えたら謝りましょう」

「ああ、それがいいな」


こうして総一達は1階を後にしたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

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「ふぅん、思ったより早く上がってきたのね、あの5人」


郷田は2階の階段前ホールを見渡せる場所に身をひそめ、慌てた様子で2階へ上がってきた総一達を眺めていた。

 

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「臆病だけど、思ったより抜け目なかったって事なのかしら」


郷田は1人きりで、彼女が合流すると公言していた麗佳の姿はそこには無かった。

彼女は身を隠すのに使っていた大型の観葉植物のプランターに背中を預けると小さく嘆息する。

その表情は酷く冷静で、悪く言えばつまらなそうにも思えた。


「とはいえ5人は多いわねぇ。 なんとかしないと………」


郷田は持っていたハンドバッグに手を入れると、そこからPDAを取り出した。


「おっと、こっちじゃなかった」


彼女は取り出しかけたPDAをバッグに戻すと、別のPDAをバッグから引っ張り出した。


「こっちじゃないと、ま・ず・い、わね」


そしてその言葉に合わせてリズミカルに操作していく。

それはまるで使い慣れたテレビのリモコンを操作するかのような手つきだった。


・・・。


2階へ上がった総一達が最初にした事は休めそうな場所を探す事だった。

ここで目覚めてからというもの、様々な出来事が連続して起こり、休む暇もなかった。

そろそろ休みの1つも取りたいというのが彼らの正直な気分だった。

歩き続けの足は疲れ、緊張気味の心も休息を欲していた。

 

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「休めそうな場所を探すとはいえ、やっぱり階段からは少し離れた方が良いわよね?」

「近いとあの人が追って来そうで怖いです~」

「やっぱりそうよね」


文香は頷くとPDAに目を落とした。

本当なら総一達は階段でもっと上の階まで一気に登ってしまいたかった。

しかし2階へ上がった総一達は、近くにあった3階へ続く階段が1階で見た別の階段と同じように封鎖されているのを目の当たりにした。

地図で確認すると2階のここの階段にはバツ印が付けられていた。

どうやら階段は1フロア上がる為にしか使えないようだった。

結果的に彼らは2階を移動する必要に迫られ、その途中で休憩できそうな場所を探していたのだった。

 

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「ここなんかどうだろう。 階段からはそれなりに距離があるし、隅っこの方であまり人も来そうにない。 それに結構広いみたいだから休むには丁度良いと思う」


文香と同じく歩きながらPDAを弄っていた葉月が地図の映った画面を後続の総一達に向けた。

この頃になると葉月もそこそこだがPDAを操れるようになっていた。

命がかかっているかもしれない状況では、分からないから使えないなどとは言っていられなかった。

 

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「どこですか~?」

「これだよ」


葉月の隣にいた渚が画面を覗き込む。


「へぇ、ここからだと結構遠いですねぇ」

「仕方ないわよ。 階段から離れたいんだもの」


葉月と渚のすぐ後ろを歩いていた文香は思わず苦笑する。

渚はずっとこんな調子で、何が起きても自分のペースを崩さなかった。

見方によっては一番タフなのは彼女なのかもしれない。


・・・。

 

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「あれ?」


道なりに進み、角をひとつ曲がったところで何故か葉月が立ち止まった。

すると彼の隣の渚、後続の文香、総一、総一に手を引かれた咲実と次々に足を止めた。


「どうしたんですか?」

「ああ、うん。 行き止まりなんだ」


困惑したような調子で葉月が答える。


「行き止まり? そんな筈は………。 だって地図には行き止まりなんて」


総一は地図を確かめたが、そこは普通に通路が続くだけで行き止まりなんて表示されていなかった。


「そのはずなんだがね、ホラ」


葉月が先を指さす。


「行き止まりだろう?」

「あっ………」


葉月の言葉通り、通路は少し先で行き止まりになっていた。


「でも何だろう、行き止まりというよりは、シャッターかなんかに見えるんだけど」


行き止まりは通常の通路の壁とは違い、金属の光沢を帯びている。


「行ってみましょう。 何か理由があるのかもしれませんし」


総一の提案に反対する者はなく、5人は行き止まりに向かって歩き始めた。


・・・。

 

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「火事でもあったのかな」


総一がシャッターを叩くと、鈍くて重い手応えが返ってきた。

シャッターはいわゆる普通のそれではなく、化学火災の鎮火に使われるような分厚い金属で作られた継ぎ目のないものだった。


「地図には何も書いてないんだがねぇ」

「でもこれだけ広いと情報の書洩らしとか普通にありそうな気がするんですけど」


総一には両親の車につけられたナビに従ったら小さな路地にはまってしまうという経験があった。

 

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「私は~、この向こうに見られたくないものがあったりするんじゃないかな~って思います~」


渚は両手で一度シャッターを叩く。


「見られたくないもの?」

「はい~。 きっと財宝とかが置いてあるんですよ~」


そしてその両目がきらきらと輝く。


「財宝って………」


文香は思わず脱力して肩を落とす。

だが葉月は逆に渚の言葉に何度も頷いた。

 

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「いや、文香さん、案外渚さんの言う通りかもしれないよ」

「へ?」

「財宝はともかく、何か我々をここに入れた人間達に都合の悪いものがこの先にあるっていうのは十分にありうると思うんだ。 だから地図にも載ってない」

「なるほど、さすがおじ様」


文香は納得したように頷いた。

 

「都合の悪いもの、か」


総一も閉じ込められたシャッターを見上げる。

天井が高いせいもあり間近で見上げると覆い被さられるような印象があった。


「あ………」


咲実の戸惑ったような声。

 

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「どうしたの?」

「………」


声に誘われて総一が振り返ると、不安そうな表情でシャッターを見上げている咲実の姿があった。


「大丈夫だよ、ただのシャッターじゃないか」

「………はい」


総一の言葉にも咲実の表情は晴れない。

咲実は不安そうな表情のまま、シャッターを見上げ続けていた。


―――咲実さん?


「どうやら開けられそうにないし、回り道をしますかね」


開閉用の仕掛けを探していた葉月。

しかし結局そういったものは見つからなかった。


「そうしましょうか」

「財宝は探さないんですか~?」

「………。 見つかっても持っていく方法が無いでしょ?」

「ああ~、そうですね~」


葉月がシャッターに背を向けて歩き出す。

そこに渚、文香というこれまで通りの順番で続く。


「行こう、咲実さん」

「………」


総一は無言で頷く咲実の手を引き、先を行く葉月達の背中を追った。

結局彼らはシャッターが彼らの注意を引き、そこでほんの僅かに足止めする為に閉められたとは考えなかった。

その瞬間、総一は先を行く葉月の身体が僅かに沈み込んだ事に気付いた。


「ん?」


同時に葉月が驚きの声をあげる。


―――床板が?!


葉月が乗った床が数センチ下にへこんでいた。

へこんだ部分はおよそ30センチ四方で、ちょうど歩いている葉月の右足がその真ん中に乗った格好だった。

そしてあの電子音が全員のPDAから鳴り響く。


―――また何かの仕掛けか!?


総一がそう考えるのと同意に、

何かが天井から降ってきた。


「渚さんッ!」


――ッッ


いち早くそれに気付いた文香は思い切り目の前の渚を突き飛ばした。


「きゃあっ!?」


突き飛ばされた渚はつんのめるようにして尻もちをつく。

天井から降ってきたものは、それとほぼ同時に床に到達した。


――!!!


それは通路をふさぐ2枚の柵だった。

柵は金属で出来ており、見るからに頑丈そうなそれはちょっとやそっとでは壊れそうになかった。

 

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「みんな無事!?」


柵の向こうで文香が叫ぶ。

柵は視線を遮るようなものではなく、総一の側からも文香の顔を見る事が出来た。

どうやら彼女は無事なようだ。


「大丈夫です!」

「こっちも大丈夫だ!」


総一が答えると、同時に前方から葉月の声も聞こえてきた。

目を向けると2枚の柵越しでも問題なくその顔が確認できる。

葉月も渚も問題はなさそうだ。


「そう、良かったわ。 でも、安心してはいられないわね、この状況は………」


全員の無事が確認できたのに文香の表情は晴れない。

それは総一も全くの同感だった。

総一達は降ってきた柵のおかげで、三つのグループに分けられてしまっていたのだ。

第一のグループは葉月と渚。

1つ目の柵は彼らのすぐ後ろに落ちた。

第2のグループは文香1人。

彼女は1つ目と2つ目の柵に挟まれる形で、狭い範囲に閉じ込められてしまっていた。

最後のグループは総一と咲実だ。

この2人も通路に閉じ込められてしまっていた。

目の前には2つ目の柵、そして背後には閉ざされたままのシャッター。

完全に身動きが取れない状況にあった。


「どうやらこれもこの建物の仕掛けの1つみたいだね」


警告音を出していたPDA。

起動直後の画面には「罠」の項目が追加されており、そこにこの柵についての説明が書き込まれていた。


『踏み板やトリガーワイヤーで起動する罠の1つ。 参加者の殺傷よりも集団の分断を目的としたもので、直接死亡する例はまれ』


「でもどうしましょうか。 この柵、壊すの大変そうですけど」


ガシャガシャ


総一が柵に手をかけて揺らす。

するとスチールの冷たい感触と、わずかな遊びしかない柵のしっかりとした作りが手に伝わってくる。

これをどうにかするのは相当骨が折れる筈だ。


「み、御剣さん………」


咲実が不安げな声を漏らし、その場にへたり込む。

新たな仕掛けが動き出したのは丁度そんな時だった。


「今度はなに!?」


突然鳴り始めたモーターの音に驚き文香が慌てて頭上を見上げると、彼女の真上の天井が開き、そこからするすると梯子が下りてきた。


「こっちもか!」


次は総一達の番だった。

総一達の背後のシャッターがゆっくりとした速度で持ち上がっていく。


「なるほど、分断が目的ってこの事か………」

「総一くん、咲実さん、文香さん」


唯一周囲に何の変化も起こらない葉月達は総一達の様子を見守っていた。

そこに頑丈な柵がある以上、見守る以外にどうしようもなかった。

だが。


「みんな伏せて!!」


突然文香が叫ぶ。


「え?」


戸惑った葉月が思わず身体を硬くした瞬間だった。


――!!

 

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その肩の付け根に20センチ程の細い棒が生えた。

その細い棒は金属製で、先端の部分に切り込みと小さなフィンのようなものが取り付けられていた。


―――クロスボウの矢?


葉月がそれが何なのかに気付くと同時に2射目が来た。

 

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矢は葉月に向かっていたが2つある柵の2つ目と接触し、僅かに方向が変わった。


――!!


2射目は葉月の耳を掠めて飛び去る。

しかしこの時になってようやく1射目の痛みが葉月に伝わった。


「ぐあぁぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

葉月の身体に矢が突き刺さる瞬間を見てしまった咲実が絶叫する。

彼女はそのままそこへ座り込んでしまった。


「どこからだっ!?」

「総一君っ! 後ろよっ!! シャッターの向こう!!」


―――シャッターの向こうだと!?

 

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文香の声を聞き、総一は慌てて振り返る。

総一はシャッターの向こう側の事を完全に失念していた。


クロスボウで狙ってるわ!!」


シャッターはもう殆ど上がりきっていた。

だから総一からその向こうに立つ人物まで遮るものは何もない。


―――まさか!


その顔がはっきりと見えるようになっても、なお総一は信じられなかった。

 

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「郷田さんッ! なんで貴女が!!」


そこでクロスボウに次の矢を装填しているのは、ほんの少し前まで協力的だった郷田真弓その人だった。


「いや、もういやぁぁぁっ!」


郷田の姿を見て完全に取り乱した咲実はイヤイヤと首を横に振りながら後退りする。

しかしそれも頑丈な柵に阻まれてすぐに足が止まる。

咲実は柵に寄りかかるようにして首だけ左右に振り続ける。


「どうしてっ! なんでこんな事をっ! 嫌よ、こんなのもう嫌ぁぁぁぁっ!」

「現実って得てしてこんなものなのよ、咲実ちゃん」


笑いながら郷田はクロスボウの弦を金具にはめる。

あとは矢をはめ込めば撃つ準備は整うだろう。


「葉月のおじさんっ、無事ですか!?」

「ぐっ、あ、あぁ、痛むが歩けなくはないっ」


そんな渚と葉月の声に、郷田を注意深く睨みつけていた総一は内心でホッと胸をなでおろした。

葉月は怪我こそしていたものの、最悪の事態は避けられたらしい。

総一達から郷田までは10メートルほどの距離があった。

彼女はそこから棒立ちになっていた葉月を狙った。

矢は2本とも彼に命中。

郷田のクロスボウの腕は確かだった。

 

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「………総一君、咲実ちゃんを連れて逃げなさい!」

「逃げるったってどこへ?!」


すぐ後ろから文香が総一だけに聞こえるように囁く。

総一も同じように囁き返した。


―――逃げろと言われても、背後には柵、正面には郷田、逃げ場なんてどこにも………!


「落ち着いて総一君。 キミと郷田さんの間に横道が有るでしょう?」

「横道?」


言われて総一は気付いた。

確かに郷田と自分とを繋ぐ通路には、横へそれる別の通路が繋がっていた。

その横道はどちらかと言えば総一寄りにあり、確かにそこへ駆け込む事も出来なくはないように思えた。


―――でも………。

 

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「咲実ちゃん、立ちなさい咲実ちゃん!」

「いやぁぁっ、いやぁぁぁっ!」


―――しかし怯えて取り乱す彼女を連れて、果たしてそこへ逃げ―――


――!!


「咲実さんッ!」


総一が咲実を押し倒す。

そこへ咲実を狙っていた矢が飛んでくる。


「きゃあっ!」

「総一君、咲実ちゃん!」


咲実をかばった総一の上腕にクロスボウの矢が突き刺さる。

その時に溢れた鮮血が、咲実の顔に飛び散った。


「ヒッ」


すると咲実はひきつけを起こしたかのように震え始める。


「咲実ちゃん、しっかりしなさい咲実ちゃん!」

「咲実さん、無事かい!?」


総一は痛む腕を無理やり動かして咲実を抱き起した。

総一が腕を動かすたびに傷口からは大きく出血する。

 

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「あ、ああ、あぁぁぁぁぁ」


咲実はまるで自分が負った傷であるかのようにそこを凝視し、声を漏らし続けた。


「総一君、大丈夫っ!?」

「ああっ」


総一は文香の声に返事しながら立ち上った。

彼の目はその間も油断なく郷田を見つめていた。

郷田は次の矢を装填しようとしている。

もはや一刻の猶予もない。


「咲実さん、行くよ!」

「あ、うぁ、ああぁっ」


総一に言われても、咲実は身体を強張らせるばかりで自分の力で身体を支える事もできなかった。

ここへ投げ込まれてからというもの現実的ではない不条理な緊張が続いていた。

それに耐えかね、咲実の精神はもう限界だった。


―――咲実さんを担いで逃げ切れるか?!


女の子で軽いとはいえ1人は重い。

そして矢が刺さったままの腕。

不安はいくつもあったが、ここにいては狙い撃ちになる。


「もういいっ、ほっといて下さいっ! 私ここで死にますっ! こんなんじゃ、どうせ私は助かりっこないっ!!」

「咲実さんッ!」


驚いた総一の動きが止まった。

その時だった。


――ッッ


柵から伸びた文香の手が咲実の頬を叩いた。

そして腰の落ちかけている咲実の服の裾を掴んで引っ張り上げる。


「いい加減にしなさいっ! 自分で立って走りなさいっ!」

 

「駄目ですっ、もう私には無理ですっ! 放っておいてっ!」


咲実は泣いていた。

ここにいる事も、誰かに襲われるのも、そして信じていた郷田に裏切られるのも。

何もかもが悲しくてならなかった。

咲実はこれまで不幸続きの人生だったが、今日ほど酷い日は無かっただろう。


「それでも行くのよ! 立って走るの!! 分かってるの咲実ちゃん!? 貴女がそこにへたり込んでしまったら、次に死ぬのは貴女じゃない!!」

「………え?」

「貴女を守って総一君が死ぬのよ! 分かるでしょう!?」


――『貴女を守って総一君が死ぬのよ! 分かるでしょう!?』


その文香の言葉に咲実は大きな衝撃を受けた。

そして咲実の意識が彼女に背を向けて守るように立つ総一へ向かう。


―――御剣さんが私の代わりに死ぬ。


咲実の頭の中で、今朝目が覚めてからの事が次々と思い出される。

酷い事ばかりだった。

誘拐で始まり、閉じ込められ、惨い死を見せられ、裏切られ、襲われた事も一度ではない。

しかしどの記憶の中でも、咲実の傍らには例外なく総一の姿があった。

そして崩れかける咲実を常に支えてくれていた。

その総一の上腕にはクロスボウの矢が刺さったままになっている。

文香の言葉は真実だろう。

また矢が飛んで来れば、総一はこれまでと同様に迷わず咲実を庇うに違いない。

総一は咲実を見捨てて逃げたりしない。

咲実はそれを信じられるようになっていた。

そしてその事は、悪い事だらけで暗く澱んだ彼女の心にささやかな明かりを灯してくれた。

でも、それだけに咲実がここで足を止めれば総一に待っているのは確実な死でしかない。

咲実が総一を殺してしまうのだ。


「あ………」


それに気付いた時、咲実の意識がはっきりした。

目の前の郷田、横道、柵、シャッター、そして怪我をした総一。 

それらの事実が整然と頭の中に入ってくる。

心の手綱を取り戻すのは一瞬だった。

恐怖も緊張もある。

それは未だに心の中に渦を巻いている。

しかし咲実は遂にそれらを手懐ける事に成功したのだ。


「………御剣さん、すみませんでした。 もう大丈夫です」

「咲実さん!


総一は一瞬だけ咲実の顔を見る。

 

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その瞳には力が戻っており、顔色こそ青かったものの、取り乱した雰囲気は奇麗に拭われていた。

安堵した総一は視線を郷田に戻した。


「ふふふ」


そこで郷田のクロスボウの準備が整い、再びその銃口が総一と咲実の方を向く。

それは絶妙なタイミングだった。

もしかしたら咲実が調子を取り戻すのを待っていたのではないかと疑いたくなるほどだ。


「お喋りは済んだのかしら?」


そして郷田は出会ったばかりの頃のように笑う。

だがそれが見せかけである事は総一にも咲未にも身に染みて分かっていた。

これまでの彼女は何もかもが演技。

油断させるためのトリックだったのだ。


「咲実さん、今からあそこの道へ飛び込んで逃げるけど、俺の後ろから出ちゃ駄目だよ」


総一は油断なく郷田を見つめながら囁いた。


「はい。 でもこれを」


咲実は自分の学生鞄を総一に差し出す。

革で出来ている上に教科書やノートが詰まったそれは身を守るにはうってつけだった。


「気を付けてね、2人とも。 後で会いましょ」

「文香さん達も」


本当は別れた跡の合流場所も決めたかったが、そんな余裕はなかった。

この状況ではそれぞれ自分の身を守る事で精一杯だ。


「行くよ、咲実さんっ!」

「はいっ!」


咲実の元気な返事。

それと同時に彼女が足元にあった瓦礫の1つを蹴り上げた。

その瓦礫は郷田の方へと飛んでいく。


「外れよ、咲実さん」


瓦礫は郷田には当たらなかったが、郷田が瓦礫に意識を向けたせいでクロスボウ銃口が僅かに横を向いた。

それは逃げ出そうという2人には絶好のチャンスだった。


「走って!」


総一と咲実は同時に駆け出した。


――!!


そんな2人を郷田のクロスボウが狙うが、僅かに狙いがブレた矢は総一の頬を掠めただけで明後日の方向へと飛んでいく。


「咲実さんっ!」

「はいっ!」


連射の効かないクロスボウ

次の矢は当分来ない。

だから次が装填される前に逃げ切る。

総一と咲実は目的の横道へと飛び込むと後ろも振り向かずに全力で走っていった。


・・・。

 

「ふぅ。 これでよし、と」


その場に1人残された郷田は矢を込めようともせず、腰に手を当てて一息つくと共にクロスボウをその場に投げ捨てた。


「これで良い感じに散った筈だけど………」


総一と咲実はすぐそこの道を走り去った。

文香ははしごで上の階へ。

葉月と渚は来た道を戻っていった。

バラバラになった彼らが再び合流するのは相当難しい筈だ。


「あとはみんな次第かな。 ………頑張ってね、見せ場もなしに合流したりしちゃイヤよ?」


そうして郷田は満足そうに笑顔を浮かべると、その場を後にした。

 


・・・。

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【1】

当ブログは、私個人の趣味でゲームを"ほぼ全文"文字起こししています。

ローマ字入力・かな入力・親指シフト等、タイピング練習も兼ねています。

※誤字・脱字が多々あるかと思われます。 【○少女 ✕処女 etc...】

最初の頃は頑張ってひとりで校正をしていましたが、横着な性格のせいで挫折。

その時間をゲームに充てたいので止めました。(開き直り)

これは趣味であって、お金貰ってるライターさんのお仕事とかじゃないのだぜ!

もし、このブログ?を読んで面白いと思った方は、そのゲームを購入してプレイしましょう。

ゲームは自分でやった方が楽しいよね!

 

 


Secret game -KILLER QUEEN- Episode Ⅰ

 

-To be, or not to be : That is the question-

 

・・・。


最初に目覚めた時、総一は何かの夢を見ていたように感じていた。

見慣れない場所で目覚めた事もその印象を強める原因となっているのだろうが、実際に総一は何かの夢を見ていたように思えるのだった。

そうでなければ目元に涙が滲んでいたりはしないだろう。

総一は目元と頬を拭い、身体を起こした。

 

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「なんだ? ここは・・・」


身体を起こしてはみたものの、総一には訳がわからなかった。

毎朝の目覚めとしてはありえない光景がそこに広がっていた。


「俺は・・・」


そこは近代的なコンクリート造りの部屋だった。

カーペットが敷かれ、高級そうな洋風の家具類が置かれている。

だが部屋は全体的に薄汚れており、いたる所に埃がへばりついていた。

それは備え付けられた家具も同じで、総一の寝かされていたベッドに至っては汚れだけでなくスプリングが飛び出してしまっていた。

元が高級そうな木目の家具であるだけに、その異様さが引き立った。

廃墟になった病院のVIP用の病室。

それが総一の第一印象だった。


「一体何がどうなってる?」


――ッッ


ズキリ


総一が記憶に集中しようとすると、頭の芯がズキリと鈍く痛んだ。

未成年の総一は二日酔いになった事は無かったが、それに近い状態だった。

頭の中にもやがかかったような感覚。

しかしもやは次第に薄れて消えていく。

それにつれて記憶が鮮明になっていった。


「・・・昨日、部活が終わって」


いつもの通りに、学校で授業を受け、放課後には部活動。


「それで・・・」


しかし総一の記憶はそこで途切れていた。


「それでどうした?」


友達と別れ、家への道のりを1人で歩いていた所までは覚えている。

だがそこで記憶は途切れ、その次の記憶はここのベッドから見上げた見知らぬ天井だった。

総一は現実がまるで映画かなんかのように編集されてしまったかのような、そんな不思議な感覚を味わっていた。

実際に夢を見ていた事を差し引いても、そこには強い違和感があった。


「何があったんだろう?」


――事故?


一番初めに総一の脳裏に浮かんだのはその言葉だった。

総一にとってそれは酷く印象不快言葉だったので真っ先に飛び出してきたのだが、ここはどう見てもまっとうな病室ではなかった。

家具類だけなら病室にも見えるのかもしれないが、こんなに汚れていては失格だろう。

また身体に怪我を負っている様子もなく、服装も学校帰りの時のままだった。


「じゃあ、誘拐、とか・・・」


記憶にない場所。

総一には自分で来た覚えもなければ、こんな部屋に居る理由もない。

とすると意識がない間に誰かに連れ込まれた事になるが、それは医療行為を除けば一般に誘拐と呼ばれる行為だった。


「でも誘拐だぞ? 俺を?」


総一には誘拐される覚えなどなかった。

ごく普通の家庭に生まれ育ち、特別に金銭的に恵まれているとは言えない。

営利誘拐で総一を連れ去っても、なんのメリットもないのだ。

誘拐されるほどのトラブルも無かった筈だ。


「どうなってるんだ、一体・・・」


未だに僅かに痛む頭を軽く振った時、総一はそれに気付いた。


「なんだ?」


頭を振った時に引っ張られるかのような軽い違和感があった。


カチ、カチ


総一が指先を伸ばすと、そこには硬く滑らかでひんやりとした金属の感触があった。

今度は総一は両手を首のまわりに這わせた。

するとそこにはぐるりと首のまわりを一周する、金属の輪がはめられていた。


――首輪?


直径は1センチから2センチといったところだろうか?

かまぼこ型の金属棒を輪にした構造を想像すると良いだろう。

かまぼご型の底面の平面が首に密着した状態で首をぐるりと一周取り巻いている。

その構造のおかげで首輪には指先を滑り込ませる隙間もない。

また弧を描いている表面には取っ掛かりらしいものはほとんどなく、触った感じでは継ぎ目はみつからなかった。

誘拐、そして首輪。

その2つの言葉から昨今多発している倒錯者による誘拐・監禁事件が脳裏をよぎる。

誘拐された人達は首輪をはめられて監禁されていた。

そして誘拐犯に主従関係を強要されるのだ。


「・・・まさか、そんな事は・・・」


総一は思わずゴクリと喉を鳴らした。

考えられない事ではない。

総一は既に廃屋へ連れ込まれている。

そんな時、部屋の中に電子音が鳴り響いた。


「うわっ、な、なんだっ!?」


驚いた総一が慌てて部屋を見回すと、ベッドの近くの木製のテーブルの上で何かがチカチカと光っていた。

電子音はそこから鳴っていた。

電子音はそれほど大きな音ではなく、携帯電話の呼び出し音程度のものだった。


「あ、俺の荷物もある・・・」


携帯電話の着信よろしくチカチカと光る何かの向こう側に、総一が通学に使っているスポーツタイプのリュックサックがあった。

総一は見知ったものを見つけて少しだけ落ち着くと、ベッドを下りてテーブルに近づいていった。


「なんだこれ」

 

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テーブルの上に乗っていたのは1台のPDAだった。

しかしいわゆるメーカーを表すような刻印は一切なく、目を引くものといえばディスプレイに大写しになっているトランプのカードだった。


「スペードのエース・・・」


総一が手に取ると、PDAは見た目から想像する以上に軽かった。

PDAは縦10センチ、横6センチ程の大きさで、トランプをモチーフにしているだけあって極めて薄かった。

ディスプレイはPDAのほぼ全面を埋め尽くしており、その舌に小さなボタンが据え付けられていた。

また裏側はトランプの背中側のデザインを踏襲しており、白枠の中に梯子模様が描かれていた。

このトランプのデザインへのこだわりは相当のものだった。

逆に奇妙だったのが、PDAの側面と底面に用意された2つのコネクターだった。

そのコネクターは明らかにPDAそのものよりも厚みがあり、総一にはその2つだけがトランプの意匠を崩しているように思えた。

 

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総一がPDAに備えられたボタンを押し込むと、バックライトが点灯して画面が明るくなった。

そして次の瞬間、PDAの画面は新しい表示に切り替わる。

『ルール・機能・解除条件


「なんだって? 解除条件?」


総一が指先で文面を追うと画面が切り替わった。

どうやら操作はタッチパネル式らしい。


『貴方の首輪を外すための条件』


首輪を外す?


『A:クイーンのPDAの所有者を――』


その時、総一の背後から物音がした。


「!?」


総一はPDAの画面を見る事なく、思わず身体を強張らせた。


突然背後から聞こえてきた物音に、総一は緊張を隠せなかった。

――だ、誰かがいる。


総一が自分でこの建物に入った訳ではないのだから誰かがいるのは確実なのだが、それが目の前に現れるとなると恐怖は拭えなかった。

少なくとも総一を一瞬で昏倒させ、こんな場所に運び込んだ人間がいるのだから。

総一はPDAにポケットにしまうと、足音を殺して慎重に部屋のドアに近付いていく。

誘拐犯が相手なら、総一がここにいる事は知っている。

隠れても無駄なのだった。


ドアの前に立つと、ドアのノブが音を立てた。


――居る。


すぐ、そこに。


恐らく外の人物がドアノブに手をかけたのだろう。

すぐにもノブは回され、その人物は部屋へ入ってくるに違いない。

「その前にっ!」


総一は外にいる人物がドアを開ける前に、思い切りドアを開けた。


――ッッ

 


―――夢だ。


これは夢の続きだ。

そこで上目遣いで呆然と総一を見上げる少女の姿を見て、彼はそう思った。

 

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―――こんなこと、ある筈がない。


犯人なら抵抗してやろうという意気込みも、緊張も恐怖も一気に霧散した。

総一には目の前にいる少女の存在が現実のものとは思えなかったのだ。


「お、おい、お前・・・」


思わずいつものように総一が手を伸ばすと、少女は怯えた表情を作り身体を縮めた。


「あ、ああ・・・」


そして総一から遠ざかる。


――なんだ? なんでこいつはこんな顔を・・・?


「あ、あなたが、わ、私をここへ、連れ込んだんですか?」


その少女が浮かべている表情が怯えなのだと理解した時、ようやく総一は目の前の少女が自分の知る人物とは全くの別人である事に気がついた。

 

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2人は互いに探るような視線で相手を眺めていた。


「わ、私はここで目が覚めてっ、何が何だか分からなくてっ、そ、それでっ、だからっ!」


その時、少女が知っている人間に良く似ていた事でいくらか冷静だった総一は、警戒しながらも必死に話す彼女の首に銀色に輝く金属の輪がはまっている事に気がついた。


「それ・・・」

「ひっ」


総一が手をあげて首輪を指さすと、初めは意味も分らず怯える少女だったが、


「それ、首輪」


続けて総一が首輪の事を口にすると彼女にもその意図が伝わった。

少女は一度自分の首輪に触れてから、総一の首に注目する。

「あ・・・」


少女の目に銀色の輪が飛び込んでくる。


「これ、同じもの、かな?」
「どうでしょう・・・」


二人とも自分の首輪を直接見る事は出来ない。

このためこの時が首輪を目にした最初の瞬間だった。

それは総一が想像していた通り光沢のある金属の輪で、断面はかまぼこ型、首にぴったりと張り付くようにして巻きついていて指の入る隙間もなかった。

その用途は不明だが、単に拘束する為のものにしてはいささか豪華すぎた。

それはファッションの一部と言われた方が納得がいく気がした。


「じゃあ、もしかして君もここで目が覚めたら、この首輪が付いていた感じなのかい?」
「は、はいっ」


総一の質問に少女は慌てて頷く。

そんな彼女の慌てっぷりに、総一は彼女を疑ったのは間違いだったと思い始めていた。


「あの、あなたも、そうなんですか?」
「うん。 俺もついさっきここで目が覚めて。 首輪とこの変な機械を見つけてさ」


総一がポケットからPDAを取り出してみせると、彼女も自分の制服のポケットを探り始めた。


「私もそれ、持ってます! でも、使い方とか良く分からなくて。 こういう道具は苦手で・・・」


そう言いながら少女は微かに眉を寄せた。


「という事は、俺たちは同じ境遇って事なのかな・・・疑ってごめん。 俺、意外と臆病でさ」


首輪、PDA、そして怯え続ける様子。

そういったものから総一は目の前の少女は犯人の仲間ではないと判断していた。

本当はそれだけではないのだが、この時の総一にはその自覚は無かった。


「・・・いいえ、私こそ、取り乱したりして申し訳ありませんでした」


そうして少女は頭を下げた。

その自然な仕草や言葉遣いは総一に彼女の育ちの良さを感じさせた。


――よく似てるけど、やっぱり別人なんだよな。


「どうかなさいましたか?」


思わず漏れた総一の笑みに少女は怪訝そうな表情を作った。


「いや、ごめん。 君のしっかりした挨拶を見ていたら、俺の両親は俺の育て方を間違ったんだなって思って」


総一の言葉を聞いた少女は一度きょとんとした表情を作ってから、小さく笑顔をこぼした。


「ふ、ふふふっ」
「そういや、まだだったっけ」


笑い出した彼女に、総一もきちんとした笑顔を作る。


「え?」
「俺は総一。 御剣総一(みつるぎ そういち)・・・まだ名乗ってなかったよね? この制服を見ての通り、学生だよ」


総一は少女に向かって右手を差しのべた。


「・・・姫萩咲実(ひめはぎ さくみ)です。 私もまだ学生の身分です」


少女は笑顔のまま、差し出された手を迷わず取った。

始めのように顔をひきつらせたりはしない。


「初めまして、咲実さん」
「はい。 ・・・・初めまして、御剣さん」


こうして握手を交わした2人は、ようやく互いの名前を知ったのだった。


・・・。

 

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「駄目です。 私の携帯も圏外です」
「やっぱ駄目かぁ」


ドアの所でずっと話し合っているのも変だったので、総一達は曲がりなりにもテーブルとチェアのある部屋の中へと戻っていた。

そこで2人はそれぞれの持ち物を調べていた。

2人とも最初に調べたのはやはり携帯電話だった。

この時代の若者に漏れず2人とも携帯は持っていた。

ここへ連れ込まれた後もなくなっていなかった。

しかしそれを幸運だと思ったのは束の間だった。

携帯電話の液晶画面にはアンテナの反応が全く無かったのだ。

圏外で通話できない。

だからこそ総一達をここへ連れ込んだ人間、あるいは人間達は、携帯を取り上げたりしなかったのかもしれない。


「あとは使えそうなものはこんなものしかない」


総一は自分のスポーツタイプのリュックサックの中からカバーに包まれた卓球のラケット2つとケースに入った卓球の玉を取り出した。


「卓球?」
「そ。 このテーブルの大きさだと丁度良いだろ?」
「ぷっ」


総一がラケットを振ってみせると、咲実は両手を口に当て笑い始めた。

 

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「あははははっ」
「似合わない?」
「ちょっと予想外でした」


咲実は大きく笑いながら目元を拭った。


「ごめんなさい、御剣さん。 最初に私達が出会った時があんな感じだったじゃないですか。 だから何というか、勝手に頭の中で御剣さんの怖そうなイメージを作ってしまっていたみたいで」


咲実は詫びの言葉を口にしながらも笑い続けていた。


「ひどいなぁ・・・。 と、冗談はこのへんにして、これからどうしようか」


総一がそう切り出すと咲実もすぐに笑みを消し、真面目な表情に戻った。


「今のところ、手がかりらしいものは首輪とこの変なゲーム機ですよね」


咲実はPDAを取り出しながら自分の首輪に触れた。

総一の側からは彼女のPDAの画面側は見えなかったが、総一自身が持っているものと同じものであるようだった。


「同じ、か」
「はい?」
「このゲーム機、いや、PDAって言うんだろうけどさ。 ともかくこのPDAが同じなんだから、首輪も俺と咲実さんのやつは同じものなんじゃないかなって思って」
「ああ、そうかもしれませんね」


咲実は頷きながら再び首輪を撫でる。

首輪は首にぴったりと巻きついているため、総一達は直接自分の首輪を見る事が出来ないのだ。

結局、首輪は外す事ができなかった。

総一は力任せに外そうとしたのだが、つるりとした表面は掴み辛く、首輪が首に密着している事もあって首輪と首の間に指をさしこむ事も出来ない。

そのお陰で総一はまともに力を入れる事が出来なかった。

また強固な金属である以上、仮に力を込める事が出来ても首輪より先に首の骨が折れてしまいそうだった。

咲実にそう指摘され、総一は強引に首輪を外すのを諦めていた。


「・・・ねえ咲実さん。 ちょっと咲実さんの首輪、見せてもらってもいい?」


咲実の首をじっと見つめていた総一。

彼にそう言われて咲実はすぐに頷いた。

その一瞬だけ彼女の顎で首輪が隠れる。


「はい。 構いませんよ。 そのあと私にも見せてくださいね?」
「うん。 そうだね、そうしよう」


総一は頷き返すと椅子から立ち上がった。

咲実もそれに倣って立ち上がろうとしたのだが、


「・・・あれっ」


一度立ち上がった筈の彼女の体はぐらりと傾き、総一の方へ向かって倒れこんでいった。


「さっ、咲実さん!」


――ッッ


総一はとっさに目の前にやってきた咲実の身体を捕まえる。


「大丈夫?! 咲実さん!」
「だ、大丈夫です。 すみません、御剣さん」


咲実は総一の腕の中から顔を上げた。


「立ち眩み?」


総一が見たところ、取り立てて顔色が悪かったりはしなかった。

思わずホッと安堵の息をつく総一。


「ええ、そうみたいです。 なんだかさっきから妙に頭の中がはっきりしなくって」


咲実は額に手を当てながら眉を寄せる。


「そういえば俺もなんだか頭が重いような・・・」


総一も首を傾げる。

総一や咲実は知る由も無かったが、彼らの頭が重たい理由はここへ連れ込まれる時に嗅がされた薬物のせいだった。

それは単に彼らを眠らせてここへ運び込む為のものなので、彼らが目覚めた今、その効果は切れつつあった。

しかし目覚めたばかりの今の時点では彼らは完全に影響から抜け出せておらず、軽い頭痛やめまいといった症状を引き起こしていた。


「寝起きだからかもしれませんね。 私、結構低血圧なんです」
「そっか。 考えてみればここは空気も悪いし、立ち眩みぐらい起こしそうだ」


自分の両足で立とうとする咲実を支えながら、総一は頷き返した。


「助かりました、御剣さん」


咲実は目の前にある総一の顔に笑いかける。


「びっくりしたよ。 でも無事でよかった」


その時ふと、咲実は目の前の少年への警戒心が薄れている事に気が付いた。

一瞬だけその事に疑問を感じたものの、咲実はすぐにその理由に思い当った。


――この瞳だ。


不思議と温かみの感じられるその瞳。

目の前にあるその瞳を見ていると何故だかこの人は信じて良いのではないかという気になってくる。


――他人なんて、あんまり信じない方だったのに。


彼女はこれまであまり幸せとは言えない人生を送ってきた。

だから彼女は安易に他人を信用したりしなかった。

けれど何故か、目の前の少年からは不安が感じられないのだ。


――どこにでもいるような人の筈なんだけど・・・。


「咲実さん?」
「あ・・・」


咲実はようやく自分が総一をじっと見つめていた事に気付いた。


「ごっ、ごめんなさいっ」


そして咲実は慌てて総一から離れると頬を赤く染めた。


「どうしたの?」
「な、なんでもないです、なんでもっ!」


咲実はそう言うと慌ててそっぽを向いた。

さっきから調子が狂いっぱなしだった。

咲実にはそんな自分が不思議でならなかった。


――いったいどういう人なんだろう?


咲実はそっぽを向いたまま、思わず横目で総一の顔を覗き見てしまうのだった。


「どうですか?」
「うーん、触った感じからすると、やっぱり同じものみたいだよ」


顎を上にあげて総一に首を差し出した咲実。

総一はそんな彼女の首輪に右手の指を這わせながら、左手で自分の首輪に触れていた。

触った感じはどちらも同じ。

ひやりとした金属の感触が指先に伝わってくる。

首の太さの差で、大きさにこそ微妙な差はあるようだが、


「これが俺の首にもはまっている訳か・・・」


総一はまじまじと目の前の首輪を見つめる。

咲実のほっそりとした首に巻きついたそれは鈍い銀色の光を放っている。

見た目だけではそれがどんな金属なのかは分からなかったが、その硬さは折り紙つきだった。


「あれ、これはなんだろう・・・」


首輪の正面に小さなくぼみがあった。

それは自分の首輪を触った時には気付かなかったものだ。

総一はそこに指を這わせると顔を近付けて覗き込んだ。


「穴と・・・中に金属の端子。 何かのコネクター、なのかな?」

総一はどこかでそのコネクターにはまりそうなものを見たような気がするのだが、それが何なのかが思い出せない。


「はうぅ・・・」


そんな時、咲実が小さく吐息をもらした。

その声につられて総一は咲実の顔を見上げる。


「咲実さん?」


すると咲実の顔は妙に紅潮しており、少しだけ呼吸が早まっているように思えた。

咲実は総一の視線が自分の顔に向いた事に気付くと、視線を横に逃がした。


「す、すみません。 なんだか男の人に首のあたりをじっと見られているんだなって思ったら、急に恥ずかしくなってしまって」
「あ・・・」


そう言われて、ようやく総一も自分が若い女性のほっそりとした首筋を触りながら、舐めるように見続けていた事に気が付いた。


「ごめんっ、咲実さんっ、お、俺無神経でっ。 あいつにもいつも言われてたんだった。 もっと気をつけなさいって」


そして慌てて彼女の首から手を離す。


「い、いえ。 その、別に下心があったりとか、そういう訳ではないのだし、あまり気にしないでください」


総一も咲実も、妙に照れ臭くなりお互いにそっぽを向いてしまっていた。


―――ま、参った。


総一は自分の無神経さを後悔していた。

早く話題を変えてこの変な雰囲気を何とかしたかったのだが、なかなか良い方法が思いつかない。


「そ、そうだ」


ようやく1つだけ思いつく。


「咲実さんも俺の首輪、見てみる?」
「あ、はい、お願いします」
「じゃあ・・・」


総一は傍にあった椅子に腰を下した。

そして顎を持ち上げる。

すると咲実が慎重な足取りで近づいてきた。

そしてすっと屈むようにして首筋に顔を近付けてくる。


―――なるほどな。


こりゃあ確かに恥ずかしいや。

首輪を弄る咲実の指先が時折首に触れていく。

そして彼女の吐息がふっ、ふっと首筋をかすめていく。

総一は自分の頬が次第に紅潮していくのを抑えることはできなかった。


「結局のところ、怪しいのはこれか」


総一は自分のPDAを覗き込みながら呟いた。


「こんなゲーム機、手がかりになるんですか?」


首輪を調べ終わり、総一達は次なる手がかりを求めてPDAを弄っていた。

ただ咲実はこういった最新技術に弱いようで、PDAの事をすっかりゲーム機だと思っていた。


「ゲーム機かどうかはともかく、さっき見た時に、なにやら書いてあった気がするんだよね。 調べてみて損は無いような気がするんだ」


総一はPDAのボタンを押し込んだ。

すると先程と同じくPDAの画面が切り替わる。

そこには画面端に時間経過を記すカウンターと3つの項目が用意されていた。


『ゲーム開始より1時間30分経過/残り時間71時間30分』
『ルール・機能・解除条件

 

「やっぱりそうだ」
「どうやるんですか?」


咲実がPDAを持って総一に問いかける。


「このボタンを押すんだよ」


総一は咲実にPDAを見せながらボタンを指し示した。


「これを、押す、と」


咲実が慎重にボタンを押し込むと、彼女のPDAからも例の電子音が響いた。


「あっ、本当です! 何か別の表示になりました!」


咲実は笑顔でPDAを総一の方へと向けた。


「そうそう。 俺のも今その画面」


総一はもう一度咲実に画面を見せた。

2人のPDAには同じ画面が映し出されていた。


「次はどうするんですか?」
「うん。 次はね、画面の方を触るんだ。 今なにか文字が浮かんでるでしょ? さっきはそれに触ったらまた別の画面になったよ」
「へぇ・・・」


咲実は感心したように頷くと慎重に画面に指を伸ばしたが、そのほっそりとした指が画面に触れる前に、再び彼女は総一の方を向いた。


「3つ出てますけど」
「上から順に見ていこうか」
「はい、わかりました」


そして咲実は画面に触れた。

総一が画面上の『ルール』という文字に触れると、これまで浮かんでいた文字よりも細かい文字で画面がいっぱいになった。


「うわ、なんだこりゃ」


総一は表示された文面を読んで絶句した。

それは次のような内容だった。


1、参加者には特別製の首輪が付けられている。
それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。
条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

2、参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。
与えられる情報はルール1と2と、残りの3~9から2つずつ。
およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。

5、侵入禁止エリアが存在する。
初期では屋外のみ。
進入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。
また、2日目になると進入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が進入禁止エリアとなる。

8、開始から6時間以内は全域を戦闘禁止とする。
違反した場合、首輪が作動する。
正当防衛は除外する。


「なんだか変な事がいっぱい書いてありますね?」


咲実も自分の分を読み終わったのか、PDAを総一の方へ向けて首を傾げる。

どうやら彼女もその文面に困惑しているようだ。


「・・・ねぇ、咲実さん」


総一は真面目な顔で言葉を選びながら話し始めた。


「はい?」
「もしかしたらさ、俺達映画や漫画のプロモーションかなんかに紛れ込んじゃてるんじゃないかな」
「プロモーション?」


咲実は総一の言葉の意味が分からず、オウム返しに問い返した。

すると総一は眉を寄せて考え込みながらPDAの文面を指さした。


「殺すとか、殺されるとか、物騒な事が書いてあるでしょう?」
「はい」
「今時の平和な日本でさ、こんなのが書いてあるのってどういうものだと思う?」


総一がそう言うと、意図を悟った咲実はパッと表情を明るくした。


「そうですよね、映画や漫画なんかではこんなの良く見かけますよね!」


咲実はPDAの画面を再び覗き込み笑顔を見せた。


「そう思うでしょ?」
「はいっ」


総一達は笑顔で笑い合った。


初めは誘拐されてきたらしいという事で緊張していた総一達。

しかし幸か不幸か、このPDAに表示された文章を読んだ時点からすっかり緊張が解けてしまっていた。

総一達がそう思ってしまったのは、その文章の内容のせいだった。

特別製の首輪がルールの違反者を殺す。

特定の時間が来ても殺す。

外す為には条件を満たす必要がある。

まるで漫画や映画の世界だった。

とても本気だとは思えない。

現実感の欠如も甚だしい。

ただの誘拐なら信じる事もできたのだろうが、これはあまりに荒唐無稽過ぎた。

今の日本で現実にこんな事が行われていると考えるよりも、偶然映画かなんかのプロモーションに紛れてしまったと考える方が余程しっくりくる。

また現代人の悪い癖で自分だけは事件に巻き込まれない、大丈夫な筈だ、という発想もその事に拍車をかけてしまっていた。


「でも、こんな小道具まで用意して、ここまで本格的なセットなんだから、きっとものすごい話題になりますよ」
「お金ってあるところにはあるんだなぁ・・・」


総一は思わずまじまじとPDAを見つめる。

トランプを模したPDA。

それを特注で用意。

少なくとも総一と咲実の分の2つ。

どこかの企業とのタイアップだとしても、ここまで薄型で用意するのは骨が折れただろう。

どう少なく見積もっても、このPDAには100万単位のお金がかかっている筈だ。


「製作費50億円邦画史上最高額とか、そういうコマーシャルが流れるんだろうね」
「ああ、そうかもしれませんね」


総一と咲実がもう一度笑顔を浮かべた、そんな時の事だった。


『うわぁぁぁぁぁっ! たっ、助けてくれぇっ!!』


野太い男の悲鳴と、何かの大きな音が辺りに響いた。


「何の音でしょう?」
「分からないけど・・・。 助けてくれって言ってるし、見に行ってみようか?」
「事故とか起きてると大変ですもんね」


そんな総一の提案に、咲実はすぐに同意する。

しかしそれに総一は横に首を振った。


「俺はプロモーション関係の、何かのイベントだと思うなぁ」


総一は笑いながらひょいっと立ち上がると咲実の方へ手を伸ばした。


「そうですね。 私もそんな気がします」


咲実は笑顔で頷くと、総一の手を取り立ち上がった。


・・・。

 

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改めて廊下に出ると、総一は自分が感じていた廃屋という印象があながち間違いではない事に気付いた。

コンクリート打ちっ放しの壁はそこかしこに蜘蛛の巣が張っていたし、壁といい床といい部屋の中以上に埃だらけだった。

しかし人の往来の気配が全く無いという訳でも無いようで、通路の中心あたりには埃はたまっていなかった。


「どっちだと思う?」


道を知らない総一は部屋を出た所で傍らの咲実に訊ねた。

部屋を出て歩いた事の無い総一とは違い、彼女は多少とはいえ通路を歩いていた。


「左の方は行き止まりです。 私はそっちから来ましたから」


答えながら咲実は左の通路の奥を指さした。

総一が視線で彼女の指先を追うと、通路はしばらく直線が続き、奥の方で左に折れ曲がっていた。

その途中の右側の壁にドアが1つ見える。


「そうなんだ」


咲実は総一に頷き、続けた。


「はい。 向こうには私の寝かされていた部屋以外にも2つの部屋があったんですけど、どちらも空っぽでした」
「そっか。 じゃあ3つ目の部屋で俺に会ったんだね」


つまり角を曲がった向こうにまだ2つの部屋があるという事になる。


「そうなります」
「よし。 じゃあ右に―――」


――ッッ


総一がそう言いかけた時、例の音が再び鳴り響いた。


「きゃっ」


部屋の中で聞いた時よりも音は大きく、音に驚いた咲実は思わず首をすくめていた。

音は右の方から聞こえていた。

どのみち右に行くしかないのだが、道はそっちで合っているようだ。


「行こう、咲実さん」


音がする方を向いていた総一の言葉に咲実が無言で頷く。

その時の彼女の顔は総一には少しだけ緊張しているように見えた。


「大丈夫だよ咲実さん。 どうせイベントか何かだって」
「でもさっきは悲鳴がしていましたし・・・」
「こういうサスペンスもので悲鳴が無かったら売れないよ」
「・・・言われてみればそうですね」


小さく笑っている総一に、咲実は顔の緊張をゆるめた。


・・・。

 

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「しかし広いな。 なんでこんなに広いんだろう」


歩きながら総一は思わず呟いていた。

建物の広さのおかげで総一達はなかなか音を出しているものや助けを求める声の主に出会う事ができずにいた。

幸いここまで分岐は殆どなかったのだが、移動した距離はかなりの長さになっている。

既に最初の部屋から100メートル以上は移動してきている筈だ。


「ショッピングモールくらいの広さはあるかもしれませんね」
「そうだろうね・・・」


総一にもここは最低でもショッピングモールくらいの広さはあるように思えた。

それというのも通路が迷路状に降り曲がっていたため、いくつもある部屋まで含めて考えるとそのくらいの広さがなければ収まりきらないように思えるのだ。


――ッッ


その時、また例の音が鳴り響いた。


「近くなってるな。 道は合ってるみたいだ」


廊下に出てから音を聞くのは2度目だったが、今回は前回に比べると音は大分大きくなっている。

恐らく音源までの距離が縮まっているのだろう。


「でも、さっきからなんなんでしょう、この変な音」


咲実は首を傾げる。

今ので都合3回目。

総一の部屋で1度、通路に出てから2度。

建物自体を微かに揺らすほどの、サンドバッグを地面に叩きつけた時のような鈍く重い音だった。


「・・・あんまり聞かない種類の音だよね」


総一は通路を歩きながら思わず唸る。


『たすけてくれぇ! 誰かいないのかー!!』


再び助けを求める声。

それは意外なほど近くからだった。

もしかすると声の主は移動しているのかもしれない。

総一の聞いた感じではもうすぐ傍のはずだった。

あと角を1つか2つくらいの、わずかな距離だった。


「御剣さん!」
「行こう!」


頷き合うと総一と咲実は走り出した。


・・・。


「居た! きっとあの人だ!」

 

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総一は通路の先に1人の中年男性を見つけた。

聞こえていた声の感じからしてその男性で間違いないように思えた。

総一達の走っている通路は少し先で別の直線通路に繋がっていた。

いわゆるT字路の形になっていて、総一達はTの縦棒にあたる場所を走っていた。

中年男性は丁度そこを通りかかった格好だ。

だが男は総一達に気付かず、すぐに通路を通り過ぎて行った。


「どうしたんでしょう、あの人」


咲実は心配そうに眉を寄せた。

まだ距離があったためパット見ただけでは分からなかったのだが、彼は右足をひきずっていたように見えた。


「ともかく追いかけよう。 何か知ってるかもしれないし!」
「はいっ!」


走る速度を上げる総一。

咲実もそれに必死で付いていく。


「おーい! そこの人! 待ってくれ!! いったいどうしたんだ!?」


総一は大声でそう叫びながらT字路に飛び込んでいった。


・・・。

 

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「お、おおっ!?」


総一の姿に気付くと、中年男性は焦りからほんの少しだけ表情を明るくした。


チカ、チカチカ


その時、総一は彼の首あたりで赤い光が点滅を繰り返している事に気付いた。


――首輪?


点滅しているのは男の付けていた首輪だった。

総一は思わず自分の首輪に手を伸ばしていた。


――けどどうして?


総一の首輪もい咲実の首輪も、これまで光った事など1度もなかった。

赤い光の点滅を見ていると妙に不安になる総一だった。


「や、やっぱり他にも人がいたのか!」


そんな総一の疑問をよそに、男は慌てて総一達の方へ近付いてきた。

さっき見た時と同じく、彼は右足を引きずっていた。

きっと怪我を負っているのだろう。

歩きにくそうだった。


「御剣さん!」


そこへ少し遅れていた咲実も追いついてきた。


「たっ、助けてくれっ!」


しかし男は咲実の登場に気をとめなかった。

男は咲実を無視して総一に助けを求めた。


「一体どうしたんですか?」

 

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近付いてきた男の姿は奇妙だった。

まず右足を引きずっていた。

これは先ほど見た通りだ。

そして全身が汗まみれだった。

きっと走り続けていた事が原因だろう。

だが何より奇妙だったのは服のあちこちが焼け焦げている事だった。

焼け焦げは右足が最も酷く、もしかしたら怪我の原因はそれになるのかもしれない。


「どうもこうもないっ! あ、あれに追われているんだっ!」

「あれ?」


総一にも咲実にも意味が分からない。

思わず顔を見合わせる2人。


「ちゃんと説明して下さい、それでは意味が――」

「きっ、きたっ、追ってきたっ!」

「え?」


男は総一の背後を指さすと後ずさりし始めた。

その恐怖に歪んだ表情と首輪の点滅が総一の不安を誘う。


――いったい何が来ているというんだ?


総一は軽い不安を感じたまま背後を振り返った。

 

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「ボ、ボール?」


それを見た時、総一は呆気にとられてしまっていた。

そこにあったのはコロコロと転がる小さめのサッカーボールほどの大きさの黒いボールだった。

数は20個ほどあるだろうか?

傾斜でもあるのか、ボールは通路の奥からこちらに向けてコロコロと転がってきていた。

転がる速度は人間があるく速度と大して変わらない。

ただボールが転がっているだけ。

別に凶悪な殺人者がいる訳でも、猛獣が襲ってくる訳でもない。

総一はそこに危険があるようには思えなかった。

ボールの数こそ異様だったが、男が何に怯えているのか総一には分からなかった。


「一体どうしたって言うんですか?」

「ひ、ひぃぃぃっ!!」


だが男は総一の疑問には答えず、悲鳴を上げると背を向けて走り出した。

足を怪我している為かその速度は遅い。

歩くよりも僅かに速い程度だ。


「あ、ちょっと、おじさん!」

「もう駄目だ! 俺は殺される!!」


総一は呼び止めようとするが、男はそのまま歩いていってしまう。

 

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「御剣さん」


咲実も総一と同じで訳が分からないようだった。

彼女は総一にどうするのかの判断を求めていた。

総一はそんな咲実に対して口を開こうとしたのだが、


――ッッ


その時、総一と咲実のポケットの中から同時に電子音が鳴った。


「今度は何だ?」


総一はポケットに手を突っ込むとPDAを引っ張り出した。

PDAはバックライトが点灯して画面が切り替わっており、何か写真のようなものと何かの文字が映し出されていた。


「御剣さん、ボールが」


咲実の声にPDAから目を上げると、ちょうどボールが総一達のいるあたりにやってきていた。


「なんなんだ、このボールは・・・」


不思議な事にボールは総一と咲実を避けるようにして転がっていく。

総一は何事もなく通り過ぎていくボールを見つめていた。

その速度は遅かったが、総一達を避けて転がるボールはまるで意志でもあるかのようだった。


「もしかして、さっきの人はこのボールから逃げていたのかな?」


――だが、何も起きなかったぞ?


総一にはそこが分からなかった。

不思議ではあるが、ボールは総一達に危害を加える事無く通り過ぎて行った。

さっきの男だけが危険であるとは思えないのだ。

もし彼にとってボールが危険だったのなら、総一達にも危険が起こった筈だ。


――それとも俺達が気付かなかっただけで、ボール以外にも誰か、それとも何か居たんだろうか?


総一は背後を振り返る。

しかしそこには何の姿も無い。

仮に誰かが、何かが居たのだとしても今はもう居なくなってしまっていた。


「みっ、御剣さん大変ですっ!! これを、これを見てくださいっ!!」


その時、咲実が総一の手を取り、PDAを総一の顔の前に差し出した。


「あのボール、さっきの男の人をずっと追いかけているんです!!」
「なんだって!?」


総一は目の前にある咲実のPDAに手を添えると画面を覗き込んだ。

PDAの画面にはさっきのボールの写真と共に、ボールについての説明が表示されていた。


「追跡ボール?!」


そこにはこんな説明が書かれていた。


『追跡ボール:体当りして自爆する、ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す自走地雷。 移動速度は時速6キロ。 爆発の威力はそれほどでもないから何個か当たらないと死なないし、走って逃げれば大丈夫かも?!』


「御剣さん、もしかしたら・・・」
「まさか、本当に・・・」


総一は男の姿を思い出していた。

汗だくの身体、全身の火傷。

足の怪我。

あの怯え振り。

そしてこれまでに何度か聞こえてきた爆発音。

長い間追い回されたうえ、何度かボールが身体のそばで爆発して足を怪我した。

そう考える事もできる。


――あの人は、ルール違反とか首輪の解除に失敗したってことなのか?


「そうか、首輪だ!」


――彼の付けていた首輪は赤く点滅していなかったか? その意味は!?


「咲実さん、あの人を追いかけよう!」
「は、はいっ!」


咲実も総一がそう言う理由が分かるのか、素直に頷いた。

だが、彼らのその判断は手遅れだった。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


――!!!!!


さっきの男の叫び声と共に連続した轟音が響き渡る。

音はこれまでのように一度きりではない。

それは轟く雷のように、連続した音だった。

その音は、PDAの情報が確かなら、男に体当たりしたボールが爆発する音なのだ。


・・・。


角を曲がって姿を消した男を追って、総一と咲実は通路を走っていく。

 

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「御剣さんっ! ボールがまた!!」


丁度通路の角までやってきた時、咲実がそれに気付いた。


「戻ってきたのか!?」


男が姿を消した方向から、ボールが4個総一達の方へ転がってきた。

その速度は何故か遅く、さっき見た時の半分もなかった。


「ボール、数が、減ってます、よね?」


緊張した咲実が切れ切れに呟く。


「あ、ああっ」


頷く総一も緊張が隠せない。

総一も咲実も、数が減っているボールを前にして思わず足を止めてしまう。

最初に見た時ボールは20個近くあった。

それが今は4個しかない。

その残りはどこに消えたのか?

総一は冷汗が止まらなかった。

これまでは冗談やイベントであると思って安心していたのだが、思わぬ展開にそんな気分は吹き飛んでしまっていた。


「ど、どうしましょうか」


咲実も同じだったのだろう、彼女は思わず総一の手を取り握り締める。


「どうしようったって・・・」


総一にもどうしていいのか分からない。

本当に爆発するのか、それとも嘘なのか。

総一には判別がつかないのだ。

さしあたって総一がした事は咲実の手を握り返す事だった。


「ともかく咲実さん、ちょ、ちょっと下がろう。 あいつらがもし本当に爆発するんだったら、大変な事になるから」
「わかり、ました」


総一達はボールを見つめながら慎重に後退りしていく。

総一はこの時、さっきの男がボールを見た時に同じように後退りしていた事を思い出していた。


――あの人も、こんな気分だったんだろうか。


後ろに下がりながら総一はそんな事を思う。

だが、ボールが自分に向かってくると分かっていたあの人物はそれどころではなかっただろう。

総一達は一度分岐点まで下がるとボールを見守った。

もしボールが総一達の方へやってくるようならすぐに逃げ出さなければならない。


「行ってくれたか・・・」


だが幸いな事にボールはそんな総一達をまるっきり無視して、最初にボールが通ってきた通路をそのまま通って帰って行く。

総一達のいる通路の方には入ってくる気配はなかった。


「・・・御剣さん、あれ、本当に爆発するんでしょうか?」
「分からない。 分からないけど、行ってくれてよかった」


総一はボールが去って行った通路を慎重にのぞき込む。

ボールはもうだいぶ先まで転がって行っており、やがて再び通路を折れて姿を消した。


「ふぅ・・・」


思わず溜め息をつく総一。

長く続いた緊張感から開放され、総一の身体からは力が抜けてしまっていた。


――あれ?


その時、総一は自分が握っている咲実の手が震えている事に気付いた。

総一は彼女の手をぎゅっと握り締めると、笑いかける。


「もう大丈夫だよ、咲実さん。 あいつら行っちまったから」
「あ、はい」


しかし咲実の震えは少しも治まらなかった。


総一と咲実が再び移動し始めたのは、ボールが見えなくなってすぐの事だった。

さっき出会った男がどうなったのか気になって仕方がなかったのだ。

2人の頭の中は嫌な想像で一杯だった。

男を追っていた筈のボールが戻ってきた事もその不安に拍車をかけていた。


――もしかしたらあの男は・・・


その想像は、すぐに現実となった。

 

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「ひっ」


それを見つけた時、咲実の喉が鳴った。

上がる筈の悲鳴は喉で咳き込む様にして止まり、目を覆いたくなるほどの惨劇を見ている筈なのに視線を離す事が出来ない。

さっきの男はそこで仰向けになって死んでいた。

だがそれは、あまりにむごい死に様だった。

最初に目についたのは下半身の焼け焦げだった。

それは火傷などというような生易しいものではなく、肉が削り取られ、傷口は炭化している。

そして身に付けていた筈のズボンは判別できないほどに焼け焦げていた。

上半身は下半身ほどではなかったが、やはり服はボロボロに燃えてしまっていた。

いくつも刻まれた傷口からは大量の出血があり、真っ黒になった彼の身体はピチャピチャと赤い液体に浸かっていた。

逆に男の顔は妙に綺麗で、その表情がしっかりと読み取れた。

圧倒的な恐怖と苦痛、理不尽さへの怒り、そんなもので彩られている。

断末魔、まさしくそんな言葉の似合う凄まじい表情だった。

そしてそんな彼の死体の周りを沢山のバラバラになった金属やプラスチックの破片が取り巻いている。

それは恐らく例のボールの成れの果てだろう。

 

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「あ、ああ・・・・・・」


咲実は大きくショックを受け涙をいっぱいに溜め、膝がガクガクと揺れていた。

総一にも彼女の気持ちはよく分かった。

咲実は男がどう死んだのか想像できてしまったのだ。

まずボールは足に体当たり。

ボールは転がっていくので最初の攻撃は足だ。

そして足にダメージを負った事で倒れ込み、そこへ再びボールが迫る。

爆発の威力が調整されていた為にその間も男には意識があり、自分の身体に群がってくるボールを見つめ続けたのだろう。

何度も繰り返される爆発、そして削り取られていく自分の命。

逃げ出そうにも足は動かず、這おうにも腕が焼かれ、どうする事も出来ない。

なすすべもなく死の時を待つ他はないのだ。


――『どうもこうもないっ! あ、あれに追われているんだっ!』


この時になって総一はようやく出会った時の男の気持ちが理解できた。

彼は一度ボールに体当たりされて、命からがら逃げる途中だった。

そこで総一達と出会い助けを乞う。

しかし状況を理解してくれない総一達に絶望し、ボールが追ってきた事に気付くと逃げ切れないと分かっていても逃げずにはいられなかった。

最後にはやはりボールに追いつかれ、意識のあるままに少しずつ爆死させられた。

その絶望感。

無力感。

恐怖。

混乱。

苦痛と理不尽さへの疑問。

ありとあらゆる負の感情を抱え、男は死んでいったのだ。

 

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「こ、こんな事って・・・・・・」


咲実は涙をこぼし、口元に手を当てながらペタリとその場に座り込んだ。

しかしその後も男の死体から目を離す事が出来ない。

震える手で口元を押さえ、なんとか意識を保っているといった状況だった。

総一もその場に膝をついてしまっていた。

身体にうまく力が入らない。

あの時点でそう考えるのは無理だと分かっていても、どうしてもっとちゃんと男の言う事を聞かなかったのかと思わずにはいられなかった。

それほどまでに目の前にある死は惨たらしい。

そして、彼がこうして死んだ事によりハッキリした事がある。


「み、御剣さん、わた、私達は・・・」


彼女の顔が上がる。

その顔は涙に濡れ、表情は青く、カチカチと歯がぶつかり合っている。

瞳は涙でいっぱいで不安そうに揺れている。


「咲実さん・・・」
「首輪を外さないと、こ、こうやって、死ぬんですね」


PDAに書かれている事は事実なのだ。


・・・・・・。

 

・・・。

 

そんな総一と咲実だったから、そこに他の人間が姿を見せた事に気付くのは、実際にその人物に肩を揺すられてからの事だった。


「・・・おい、しっかりしろ。 聞こえてないんじゃないんだろう?」


――ッッ


「うわっ」


総一は自分の身体が大きく揺れた事に気付き驚いた。

面食らった総一だったが、肩を揺さぶられたのだという事に気付き背後へと向き直った。


「やっと気付いてくれたか」

 

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そこには長身の若い男が立っていた。

服装は派手で、どちらかといえばチンピラを思わせるような品の無さを備えている。

しかしその表情は精悍(せいかん)で目つきも鋭く、その服装さえも演出なのではないかという気にさせる。

彼はようやく振り返った総一にやれやれといった表情で両腕を開いて見せた。

その時、総一は男の首にも首輪が巻き付いている事に気付いた。


「す、すいませ、い、いえ、あ、貴方達は一体?」


そこにいたのは総一の目の前の男だけではなく、他に4人の人間の姿があった。

 

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1人目はワンピースを身に纏った少女だった。

長身で落ち着いた雰囲気をもった人物なので、もしかしたら総一よりも年上なのかもしれない。

 

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2人目も女性だった。

1人目に比べるとだいぶ年上で、落ち着いた雰囲気を持つ妙齢の婦人だった。

化粧もしっかり施され、来ている服も高級そうに見える。

上流階級の出なのかもしれない。

 

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3人目は男性だ。

しかし男性と呼ぶにはいささか幼く、背も低く初めの2人よりも頭一つ小さい。

この少年の背が伸びるのはまだまだこれからの事だろう。

少年は総一の背後の死体が気になるのか、今もそちらに視線を向けていた。

 

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最後は女性。

彼女の服装は制服姿の総一達以上にこの場に似合わないものだった。

どこからどう見ても受付嬢かエレベーターガールにしか見えない。

無骨な廃屋では異彩を放っていた。

年の頃は20代半ばだろうか。


そこに総一と咲実、それと総一の目の前の男。

合わせて7人の人間が集まっていた。

その誰もが首輪を付けており、そして恐らくPDAも持っている事だろう。

男は総一の視線に気付き、ちらりと後ろの4人に目をやるとニヤリと笑った。


「実際、俺にも奴らが何者なのかは分からないのさ」


男の表情は奇妙なくらい楽しげだった。


「が、こいつのおかげで同じ境遇らしいって事だけは分かってる」


自分の首輪に触れながら男は言葉を続ける。

彼らが一緒に行動しているのは、総一と咲実が一緒に行動しているのと同じような理由であったらしい。


「そんな事より、ここで何があった? あそこで死んでいる奴は一体どうしてああなった?」


"死んでいる奴"


その言葉に反応し、咲実がピクリと身体を硬くする。

握りあったままになっていた手のおかげでそれが総一にも伝わってくる。


――俺が、何とかしなくちゃ。


総一は自分を叱咤すると背筋を伸ばした。

死体に驚いたからといって、うずくまったままではいられない。

このままじっとしていたら、死んだ男と同じように首輪に殺されてしまう。


「それが、俺にも良く分からないんです。 直接、そ、その、彼が死ぬところを見た訳ではないので・・・」


きゅ


再び咲実の手が緊張する。

それを感じたおかげで総一は逆に落ち着くことができた。


――守ってやらなくちゃいけない。


今度こそ・・・。


「でも、多分、彼は何かのルールを破ったんだと思います」

「ルールを?」


男の表情が厳しくなる。


「はい。 彼の言っていた言葉と、俺の知る限りでは」


そうして総一はこれまでの出来事を彼らに話し始めた。

ここで目覚めてから、この死体を見つけるまでの顛末を。


・・・。


「なんてことなの」


総一の話を聞き終わった後、PDAを確認していた婦人は厳しい表情を見せた。


「その子の言う事間違い無いみたいよ。 私のPDAにも項目が追加されているわ」


初めはルール・機能・解除条件の3項目しかなかった。

しかし今は更にペナルティという項目が追加されていて、そこには総一が語ったボールについての説明が記されていた。

そしてそこかしこに残る焼け焦げと金属パーツの残骸。

それらをもって彼女は総一の話を真実だと考えたようだ。


「確かですか郷田さん?」


ワンピースの女の子は婦人を郷田と呼ぶ。

彼女はこれまでPDAを細かく確認していた訳ではないようで、ペナルティの項目が最初からあったのか、追加されたのかが分からなかったのだ。


「ええ。 私がここで起きてすぐに見た時は項目は3つしか無かったわ。 ・・・わけが分からないけど、思った以上に重要なものらしいわね、このPDAは」


郷田と呼ばれた婦人はPDAをにらみつけている。

その表情は厳しいままだ。


「首輪、PDA、ルール。 冗談か悪戯だと思ってたけれど、冗談では済まないのね」


受付嬢姿の女性も表情は厳しい。


「僕、いや俺は最初から言っていたじゃないか。 これはそういう種類のゲームなんだって」


全員が厳しい表情を作る中、この小柄な少年だけが少々変わった反応を見せていた。

彼は奇妙なほど興奮しており、PDAを調べたり死んだ男の遺体を確認したりしていた。

それは凶悪な殺人現場にいる人間というよりは、新しいおもちゃ与えられた子供の姿のようだった。


「今のところ確かなのは、ルール違反すると首輪が反応してこの建物の警備システムに殺されるって事か。 他にも首輪の外し方についても心配しなければいけないみたいだが」


そこまで黙って考え込んでいた若い男が状況を整理する。

PDAを覗いていた郷田は男の声に顔を上げた。


「するとさしあたってやった方が良いのは、ルールの確認ね」

「ルールの確認ですか?」


総一が疑問を口にすると、郷田は頷いた。


「気づいてなかった? PDAにはルールが全部載っている訳じゃないのよ。 PDAごとに少しずつ別の項目が書いてあるみたいなの」

「へぇアンタ結構な歳なのに、機械に強いんだな。 見直したぜ」


自分のPDAを弄びながら男は笑う。


「失礼な子だこと」


だがそんな男の侮辱にも、郷田は眉一つ動かさなかった。


「俺は気付いてたぜ。 ルールが不完全な事ぐらい。 見れば分かるじゃないか」


少年は自慢げにうそぶく。


「テメエはすっこんでろよ。 お前が気付いてたかなんてどうだって良いんだ」

「なにぃ?!」


少年の態度が気に食わないのか、それとも単に嫌いなのか、男はそんな厳しい言い方をした。

すると少年の感情に火が付いてしまう。

彼の自尊心に傷が付いたようだ。


「お前みたいな馬鹿に言われたくはないぞ!」


少年の剣幕にも男はニヤニヤと笑うだけで何の反応も示さない。

からかって遊んでいるのだろう。


「おい、お前! 聞いてるのか!?」


そんな男と少年のやり取りを止めたのは、受付嬢姿の女性の一言だった。


「ルールの確認なんかより重要な事があるわよ」

「なんですか?」


問い返した総一の言葉に彼女は笑顔を覗かせた。

仕方ないわねぇボクたち、そんな表情だ。

 

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「・・・自己紹介よ。 いつまでもテメエとかオマエとかじゃ誰が誰だか分からないでしょ?」


そんな彼女の笑顔に毒気を抜かれたのか、少年の興奮は奇麗に収まっていた。

対する男の方も小さくため息をつくと両手を軽く上げ、ご自由にどうぞというような意思を示した。


死体のそばで呑気に話をする気になれなかった7人は近くの部屋に移動した。

最初に見つけたその部屋は幸いな事にガラクタや汚れも少なく、話をするには十分な広さもあった。


「咲実さん、大丈夫?」

 

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うつむいたままの咲実を座らせると、総一は心配そうに咲実の顔を覗きこんだ。

ショックが大きかった咲実は、移動する間も黙り込んだままだった。

彼女は総一に手をひかれてここまでやってきていた。


「・・・はい・・・」


あの死体から離れたからか、一応返事は返すようになった咲実。

しかし到底立ち直ったとは言えない。

顔色は悪く、伏せられた顔は上がらず、身体からは力が抜けてしまっていた。


―――咲実さん・・・。


総一は再び彼女の手を握る力を強める。

咲実はそういう総一に気付いている様子はなく、時折その手を震わせていた。

だが今の総一には、そうしてやる以外に彼女を勇気付ける方法が思いつかなかった。

 

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「・・・もう少し時間をあげましょ。 こんな状況だもの、仕方がないわ」


受付嬢の制服姿の女性がそう言いながら総一に笑いかける。

彼女はさきほどからしばしば総一と咲実を気遣ってくれていた。


「はい。 ありがとうございます」


総一にも咲実が立ち直るにはもう少し時間が必要に思えた。

素直に総一が頷くと、女性は満足げに頷き返してその場に立ち上がった。


「うし。 それじゃあ、まずは言い出しっぺのあたしからかな」


部屋の真ん中で車座になっていた7人。

彼女が立ち上がると自然と視線が彼女に集まった。

 

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「あたしの名前は陸島文香(りくしま ふみか)。 見たとおりの仕事をしてるわ」

「イメクラ嬢ってか?」

「あたしは高いわよ。 あんたじゃあたしにかかってる金額の1割も払えないでしょうね」

「ったくこれだ。 頭のいい女は嫌いだよ」


男の茶々も意に介さず、文香と名乗った女性は華やかな営業用の笑顔を作った。

その顔で『アポイントはございますか?』とでも言われれば、確かに受付嬢に見えることだろう。


「冗談はさておき、真面目なところ、どこぞの家電メーカーの受付に座ってるわ。 昨日、コンビニにお昼を買いに行ったところまでしか覚えてないわ。 気付けば朝で、この埃っぽい建物の中。 携帯は通じないし、今日は無断欠勤になってるでしょうね。 あぁぁ、帰ったら部長にどやされる~」

「記憶が途切れる前に、怪しい人影とかは見なかったのかしら?」


郷田が口をはさむ。

しかし文香は首を横に振った。


「残念ながら何も。 そもそも人が多いあたりだから、いても気付かなかったと思います」

「そう・・・。 なかなか都合良くはいかないようね」


郷田はそう言って肩をすくめた。


「あたしはこんなところかな。 次は・・・、と。 そうだ郷田さん、ついでにやっておきますか?」

「ええ、そうね。 そうしましょう」


文香が座ると、今度は代わりに郷田が立ち上がった。


「もう知っている人もいるかと思うけど、私の名前は郷田真由美(ごうだ まゆみ)。 有名ではないけれど、会社を経営しているわ」

「へぇ、おばさん社長だったのか。 道理で着てるものが高そうな訳だ」


少年が郷田を遠慮なくジロジロと長めながら感心したように何度も頷く。

彼にとって社長というステータスは評価に値するものらしく、さっきチンピラ風の男に食ってかかった時のような雰囲気はなかった。


「おば・・・、まあいいわ。 ここへ来た経緯は私も文香さんと似たようなものよ。 商談からの帰りに意識を失って、気が付いたらここに。 犯人達の姿も見てないわ」


そこまで言うと郷田は腰を下した。


彼女の自己紹介は終わりのようだ。


「んじゃ次は俺かな」


郷田をジロジロと見ていた少年が勢いよく立ち上がる。

改めて見ると成長期なのか、少年の身体は総一に比べるとふたまわり以上小さかった。

数年後には総一と肩を並べるのかもしれないが、今の時点では咲実や文香よりも更に小さい。

プライドが高く多感なこの時期の少年にこんな事を言うと怒られるのかもしれないが、いわゆる普通の子供だった。

 

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「俺は勇治。 長沢勇治(ながさわ ゆうじ)。 塾帰りにさらわれたらしい」

「塾通いねぇ・・・。 見た目通りのガキか」


男の言葉に長沢の目が吊り上がる。

やはり彼にとって子供という評価は無視できないものであるらしい。


「一体お前はなんなんだ! さっきから人にケチばかりつけて!」

「ガキなのは事実だろう?」


興奮する長沢に、男は嘲笑うかのような調子で口元をゆがめた。

すると長沢はすぐに我慢しきれなくなってしまった。


「お、お前、いつか殺してやるっ!」

「おーおー、怖い怖い。 ぼくちゃんの背が伸びたら殺ちにきまちょうね~」


そんな男の態度に長沢が再び口を開きかけたのだが、そこへ郷田が割って入った。


「長沢君、少し落ち着いて」

「けどそいつが―――」

「いいから落ち着いて。 それとあなたもよ。 こんな下らないやり取りで掻き回して、時間を潰したい訳じゃ無いんでしょう?」

「・・・けっ」


郷田にたしなめられ、長沢も男も口を閉ざした。

どちらもここが人殺しのテリトリーだという事はよく分かっている。


「ついでにあなたも名乗ったらどう?」

 

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「はぁ~あ。 ・・・手塚義光(てづか よしみつ)だ」


手塚と名乗った男は立ち上がらなかった。

長沢は不快そうに手塚を睨んだものの、郷田の手前なにも言わずに腰をおろした。

手塚は大げさな身振りで話し続ける。


「職業は・・・、ま、会社員って事で」


手塚は会社員と名乗っていたが、総一には彼が普通の会社員とは思えなかった。

彼の笑顔の向こうにちらつく刹那的な雰囲気がどうにも総一を不安にさせるのだ。

彼が誘拐の犯人だと言われても驚かない筈だ。


「ここへ連れて来られた状況は、仕事の出がけだな。 車に乗ったところまでは覚えてるんだが、そこからが思い出せない。 車の中で薬でも嗅がされたんだろうさ」


ずっと口元に笑みを乗せていた手塚だが、最後の薬のくだりを話す時だけ表情を苦々しくゆがめた。

手塚はそこか悔しくてならないようだった。


「とにかく楽しくやろうぜ、御同輩」


しかしすぐに彼は例の嫌な感じのする笑顔に戻り、動かしていた手を下した。

そんな彼の様子に話が終わったと判断し、郷田が再び口を開く。


「それじゃ次は、麗佳さん、お願いできる?」

「・・・はい」


郷田が麗佳と呼び掛けた女性は、大真面目な顔でこくりと頷くと立ち上がった。

埃で薄汚れてしまってはいるが、微かにすその揺れるワンピースは彼女によく似合っていた。

 

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「矢幡麗佳(やはた れいか)、大学の2回生」

「あら、大学生だったのね」


文香は目を丸くする。

麗佳は黙ったままこくりと頷く。


「落ち着いて見えるから、もう少し上かと思ってたわ」

「・・・大学のキャンパスを歩いて、研究室へ向かうところまでしか覚えていません。 途中にひと気の途切れる場所があるので、恐らくそこで拉致されてきたんだと思います」


――『拉致』


総一はその言葉を聞いてゾッとしていた。

それは麗佳によって初めて明確な言葉で表現された。

総一も自分がここへ連れ込まれた事は分かっていた。

しかし拉致という明確な言葉にされると現実感が増す。

そして不安と恐怖も。

テレビでその言葉が囁かれる時は、決まって惨事のはじまりだ。


「ここで目が覚めて、外へ出ようと少し歩いたら郷田さんと文香さんに出会って、その後に爆発音が聞こえたのでここへ。 後は皆さんの御存じの通りです」


麗佳は言葉を切ると腰を下した。

すると自己紹介を終えた5人の視線が、自然と総一とその背後の咲実に向いた。


「あ、えっと」


総一は立ち上がろうとしたが、咲実の手を握ったまま立ち上がる事は出来なかった。

咲実にはまだ自己紹介をする余裕がないようで、気が抜けたように座り込んでしまっていた。

その手は総一の手を握ったままで、総一としても離すのは気がひけた。

仕方なく総一は立ち上がるのを諦めた。


「すみません、このままで話させてもらって良いですか?」

「ええ。 気にしないで良いわよ」


郷田はすぐに事情を察してくれたらしく、総一に笑顔で頷いた。

そして咲実の負担にならないようにそれ以上余計な事は言わない。

総一はそんな郷田に、ああ、やっぱり大人なんだなという印象を抱いた。


「ありがとうございます。 俺は御剣総一(みつるぎ そういち)。 そして彼女は姫萩(ひめはぎ さくみ)。 彼女はここで初めて出会ったんですが、それ以降一緒に行動しています」

「え、恋人同士じゃなかったの?」


文香が目を丸くする。

その時、咲実の手がぴくりと動いた。


「てっきりいちゃついてる所を丸ごとさらわれてきたんだとおもってたのに」

「ちがいますよっ!!」

「ここの暗がりを良い事に、不順異性交遊に励もうとしていたんじゃないの~?」

「励む訳ないでしょっ、この非常時に!」


総一は文香に思い切り反論しつつも、これが文香流の気の遣い方なのだという事に気付いていた。

その理由は咲実だった。

相変わらず咲実は顔を伏せたままだったが、文香が妙な方向へ話を持っていってからは、総一には咲実の手から若干緊張が抜けたように感じられていた。


――それは同感だよ、咲実さん。


総一も少しだけホッとしていた。

今話している文香、さっき話した郷田。

総一はこの2人は信用しても大丈夫そうに思えた。

そしてそういう人間がいるというだけで多少気が楽になった。


「とにかく、出会った後に2人でPDAを調べていたら廊下から男の人の悲鳴と何度か爆発が聞こえてきたんです。 それでその男の人を探しに来たらそこで、っていう感じです」


ここで再び咲実の手がほんの少しだけ緊張する。


――大丈夫だよ、咲実さん。


総一は彼女の手をトントンと軽く2回たたいた。

そうしてやると咲実の手から少しだけ力が抜けた。


「なるほど・・・。 御剣さん達までが赤の他人って事になると、ここには全然関係ない人間が集められてるって事になるのかしら?」


そう指摘した郷田は難しい顔で腕組みして考え込んでいる。


「俺にはガキの知り合いは居ねえよ」

「おまえなぁっ!」


手塚の一言に律儀に反応する長沢。

この2人の相性は最悪なようだ。


「誰もお前の事だなんて言ってないだろ。 そうやってイチイチ騒いでると、自分がガキだって証明しているようなもんだぞ」

「ぐっ、お、お前、それ以上言うと―――」

「どうなるんだ? お子様ランチをおごってくれるのか?」


手塚の度重なる挑発に長沢の腰が上がりかける。

今すぐにでも飛びかかって行きそうな雰囲気だった。


「ストーップ! 2人ともいい加減にして!」


そこへ割って入ったのが文香だった。


「まったくもう、すぐに脱線するんだから! 何の話をしていたのか忘れないで!」


そんな彼女の一喝に手塚も長沢も言い合いをやめた。


「そうだったそうだった。 ありがとよネーちゃん、忘れるところだったぜ。 まだ本命の話題が残ってたな?」


そして手塚は悪びれた様子もなくPDAを取り出す。


「話し合うべきは俺達よりもコイツだ。 俺達は何をすると死ぬのか、まずそれを確かめなくちゃな?」


手塚は電源の入ったPDAをうちわのように振りながら、例の奇妙なぐらい楽しげな笑顔を見せた。


「さしあたって確認した方が良いのはルールと、首輪を外す為の条件ね」


手塚の言葉に従ってPDAを取り出した郷田はそう切り出した。

ルールはPDAに全て記入されている訳ではなかった。

それぞれのPDAに対して、いくつかずつ分けて記録されていた。

だから必然的に話し合う時間を持つ必要があった。

総一もこの郷田の提案には賛成だった。

ルールを把握してこの建物の警備システムから攻撃されないようにしつつ、ここから帰る算段をつける。

あるいは協力し合って首輪を外すのでも構わない。

首輪さえ外れてしまえば、これだけの人数がいれば誘拐犯も安易に手出しはしてこないだろう。


「ルールの確認までは賛成だが、その先は賛成できねぇな」


だが手塚はニヤニヤ笑いながらそう答えた。

手塚はルールの情報の共有には同意したが、個々の人間の首輪の解除条件の情報共有までは認めなかった。


「何でですか? 協力し合った方が外し易いんじゃ?」

「基本的にはそうなんだがな、何事も例外があるって事さ」


総一にはいまいちピンと来ない。

手塚がどうして協力を拒むのか、総一には想像できなかった。


「手塚君、協力し合った方が安全じゃないかしら?」

「1人は危ないわよ? 例のボールの事もあるんだし」


郷田と文香が手塚に協力を求めたが、


「その話は後回しにしようぜお2人さん。 ルールの確認が済めば、俺がどうしてこんな事を言うのかよく分かると思うぜ?」


手塚は自身ありげに拒むのだった。

どうやら彼は総一達の知らない事を知っているようだ。


「・・・まあ、どの道ルールの確認は必要だし、この件は保留にして先にルールを確認しましょうか」

「分かった」

「そうしてくれると助かるね」


長沢と手塚がすぐに同意する。

こんな時だけ2人の意見は一致していた。

これまでいがみ合い続ける2人の姿を見てきただけに、総一は少し不思議だった。


「他に問題はないかしら?」


郷田はそう言って全員の顔を見回した。

気落ちして顔を伏せている咲実を除けば、全員が郷田を見ていた。

しかしどうやらルールの共有に反対する者は居ないようで、誰も口を開かなかった。

その事に満足すると郷田は切り出した。


「・・・そうしたら、まずはルールの1番からかしら」


郷田はそう言いながらPDAを覗き込む。

総一もPDAを取り出し電源ボタンを押した。

総一がルールの項目を開くと、そこにはルールの1番の記述があった。

総一がその事を郷田に伝えようとするよりも早く、文香が口を開いた。


「郷田さん、ルールの1と2は全員のPDAに書かれているみたいですよ」

「そうね。 1と2は全員のPDAに書かれていて、他に2つのルールがランダムに割り振られているらしいわ。 だからこの2つに関しては省略するわね」


総一が読み進めていくと郷田の言う通りだった。

さっきもチラッと読んだ筈だったが、その後の騒動のおかげですっかり忘れてしまっていた。


1、参加者には特別性の首輪が付けられている。
それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。
条件を満たさない状態でPDAを読み込ませると首輪が作動し15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

2、参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。
与えられる情報はルール1と2と、残りの3~9から2つずつ。
およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。


「なるほどな、あらためて読むとコイツと首輪のコネクターは首輪を外す為のモノなんだな」


手塚はPDAの下部のコネクターと、首輪の正面のコネクターを指先でなぞっていた。


「条件を満たして、コイツを首輪にはめ込めばいいわけだ」

「はめてみろよ手塚。 あの太り気味のオッサンみたいになれるぜ」


長沢がこれ幸いと手塚に悪態をつく。

だが手塚は涼しい顔のままだった。


「俺はああいうダイエットには興味がないね」


爆発に少しずつ肉を削がれて死んでいった男の事を手塚はそう表現した。

その途端そこにいる人間の表情が自然と硬くなる。

それは話を振った長沢も例外ではなかった。

 

「・・・じゃ、じゃあ3はどうかしら?」


思わず走った緊張を振り払うように、文香が明るい声をあげた。


「3なら私のPDAに書いてあります」


これまでずっと黙っていた麗佳が手を上げる。


「読んでくれるかしら?」

「はい」


3、PDAは全部で13台存在する。
13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。
この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外す事は不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。

あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。


「13台って事は、全部で13人いるって事だよね?」

「そうなるんじゃないかしら」


長沢の疑問に文香が頷く。


「ここにいるヤツ以外にあと6人、いや、5人か」


PDAは13台。

1人1台なら13人居るはず。

この場にいるのは7人。

さっき1人死んだのだから、残りは5人の筈だ。

総一は周りの人間の声を聞きながら説明されたルールをノートに書き写していた。

幸い、高校から帰る時の持ち物は全てあった。

そこにはノートや筆記用具も含まれていた。


「お前何やってるんだよ?」


手塚が総一の手元を覗き込む。


「ルールを全部書いておこうと思って・・・」

「なら後で俺にもそれを写させてくれ」

「分かりました」


総一が頷くと、手塚は口元を少し持ち上げた。

珍しくその顔からは嫌な感じがしない。

総一はそれを不思議に思っていた。


「なぁ、お前。 俺と組む・・・」


だが続く手塚の言葉は途中で途切れてしまった。

そして彼の目が総一の背後の咲実をちらりとかすめる。


「なんですか?」

「・・・いや、なんでもない。 忘れてくれ」


そして手塚は手をひらひらと振って総一に背を向け、郷田の方へと向き直った。


――なんだろう?


総一は思わず首をかしげるが、手塚の言葉が途中で終わった為に彼が言おうとした事が何なのかは分からなかった。


――御剣の坊主は使えそうだが、あの娘がいるとどうなるか分からんからな。


手塚が考えていたのはそんな事だった。

手塚は最初、抜け目なくルールをメモしている総一を仲間にするつもりでいた。

しかし途中で総一と咲実が一緒に行動している事を思い出してやめたのだった。


「よし、郷田さんよ、御剣のメモするペースに合わせて先へ進めてくれ」

「そうね、分かったわ。 次は4番のルールね」


4、最初に配られる通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。
これは通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。
ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプの機能を他の13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。
制限時間などは無く、何度でも別のカードに変える事が可能だが、一度使うと1時間絵柄を変える事が出来ない。
さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることは出来ず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たす事が出来ない。


「JOKERだと?」


麗佳と郷田のPDAに書き込まれていたそのルールを開き、手塚は思わずうめき声を漏らす。


「・・・なるほど、こいつは・・・」


そして彼は凄みのある笑顔を浮かべる。

総一はその顔に寒気すら感じていた。

それはこれまでに彼の浮かべていたどの笑顔とも異なっている。

鋭く、冷酷で、そして恐ろしかった。


「へっ、JOKERがどうだっていうのさ」

「・・・ふふ、なんでもねえよ」


―――おや?


総一は長沢をあっさりあしらった手塚に更なる違和感を感じた。

さっきまでの彼なら長沢に反論しただろう。

だがこの時の彼は違った。

真剣な表情を崩さず、沈黙を守った。

そしてさっきの顔。

総一はそんな事はないと思いつつも、手塚が何か恐ろしい事を考えているのではないかと思わずにはいられなかった。


「御剣さん、書き終わったかしら?」


そんな総一に郷田が丁寧にメモの状況を訊ねる。

ちょうど書き終わっていた総一はこっくりと頷いた。


「大丈夫です」

「そう。 じゃあ、次へ行きましょうか。 次は5番ね」

「あ、5番なら俺のに書いてあります」


総一は続けてそう答え、PDAを読み上げていった。


5、侵入禁止エリアが存在する。
初期では屋外のみ。
侵入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。
また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。


「ちょっと待って、侵入禁止エリアがあるんなら、外へは出られないって事?」


文香が不安げな表情で首輪に触れている。

総一はPDAからルールを書き写す手を止め顔をあげた。


「このルールが真実なら、多分そういう事になるんだと思います。 首輪をつけたまま外に出たら、きっと――」


ぎゅ


咲実の手が総一の左手を握り締める。

おかげで総一はその先の言葉を言いそびれてしまった。


「困った事になったわね。 これは何としても首輪を外さなくてはいけないようね」


郷田が補足してくれる。


「でも本当に外にもああいう仕掛けがあるかどうかも問題だよね」


ああいう仕掛け。

小太りの男を殺したボールのような、総一達を攻撃する仕掛け。

それは本当にこの建物の外にも存在しているのか?

長沢がそう指摘するものの、郷田は残念そうに首を横に振った。


「・・・私はそれを自分の首輪で試したくはないわ」

「そ、それもそうか」


外に仕掛けがあるかどうかは出てみなければ分からない。

そして外に出て、もし仕掛けが本当に存在していれば首輪が作動して、その人物はアウトだ。


「他人で試す訳にもいかないし・・・。 本当に困ったわね」


郷田の表情は厳しい。

結果的に安全策をとるなら首輪を先に外すしかないという事になる。

首輪と警備システムが連動しているというのだから、外してしまえば安全な筈だ。


「写し終わりました」

「そう・・・。 あまり気は進まないけど、確認しない訳にもいかないわね。 6番のルールは私のPDAに載っていたわ。 読むわね?」


6、開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。


「20億!」


長沢はそれを聞いて目を剥く。


「ほんとかよオイ!」


思わぬ大金の話に、長沢は興奮していた。


「落ち着けよ、ガキが」

「だって20億だよ、20億!」


手塚の悪態にも気付かない。

長沢は興奮したまま郷田に近寄ると手の中のPDAを覗き込んだ。


「うっわ、マジだよ! スゲェェェ、首輪を外せば一躍金持ちってか!」

「けど、本当にお金なんてくれるんでしょうか?」


麗佳がそんな疑問を口にする。

彼女の疑問ももっともだった。

総一達をこういう状況に放り込んだ連中に、果たして賞金を出す理由があるのだろうか?

そして理由があるのだとしても、そのルールは守られるのだろうか?


「俺は、このカネについては疑わしいと思うぜ」

「なんでさ! きっとくれるって!」


手塚は否定的だったが、長澤は既に大金を貰ったかのような勢いだった。

総一も手塚と同じでこれには否定的だった。

誘拐犯がお金をくれるなんて聞いた事が無い。


「・・・私は、意外とホイっとくれそうな気がするわ」

「どうしてですか?」


郷田のつぶやきに麗佳が反応する。

総一と文香の目は郷田へと向かった。


「この建物のせいよ。 このバカみたいな広さを考えてみて? そして恐らく建物中に仕掛けが施されてると思うの。 一体くらかかっていることか・・・」

「それは・・・」


そう訊ねられても麗佳には想像がつかなかった。

これまで麗佳が歩いた距離からすると、この建物は驚くほど広い。

そしてルール5に『1階』という記述がある以上、この建物には確実に上のフロアがある。

それだけの土地と建物、そこへ張り巡らされた様々な仕掛け。

加えてそれだけのものを人の目に触れないように建てる必要もある。

広大な私有地を用意し、その中の目立たない場所に作らなければ、こんなものすぐに人の話題に上ってしまうだろう。

こうやって改めて考えると、想像がつかないほどの恐ろしい金額がかかっている筈だった。


「だからね? たかだか20億程度はこれを作った連中には、はした金だと思うのよ。 そしてルールに明記してあるワケでしょう? これを嘘だとすると、全部が信じられなくなる。 でも、あの男の人は現実に死んだわ。 なら、はした金である筈の20億程度は払うだろうってこと。 私がくれるような気がするっていうのはそれが理由よ」

「ホラ、やっぱり貰えるんだって!」


郷田の肯定を得た事で長沢の興奮はいやが上にも高まっていた。

その瞳が見た目通り、子供のように輝いている。


―――だが、それに一体何の意味があるっていうんだ?


総一の疑問はそこに尽きた。

何もかもが不条理で意味が分からない。

総一達をここへ閉じ込める理由も、ルールや首輪が存在している理由も、賞金も。

ただの誘拐ならそんな事は必要ない。

怨恨の復讐だとしても手が込みすぎている。

郷田ではないがお金がかかり過ぎなのだ。

全てが冗談かとも思ったが、既にさっき1人ルール違反で死んでいる。

全ては現実、そう考えざるを得ない気もし始めていた。


「御剣さん、先に進めてもよくって?」


考え事に沈んでいた総一を郷田が現実へと引き戻す。

ルール6のメモはまだ書き上がっていなかった。


「ちょ、ちょっとだけ待ってください。 えと、20億円の賞金を山分けする、と。 はい、OKです」

「次はルールの7だけど――」

「7なら俺のに書いてある」


長沢が左手でPDAを振りながら右手を挙げる。


「じゃあ長沢くん、お願いね」

「はい」


7、指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。


「戦闘禁止エリア、ね」


手塚が頭をカリカリと掻く。


「それは一体どこなんだ? 誰か知らないのか?」


長沢のPDAには戦闘禁止エリアがどこなのか、その情報は書かれていない。


「あっ!」


ある事を思い出し、総一はメモしていた手を止めPDAを覗き込む。

総一には戦闘禁止エリアという単語に覚えがあったのだ。


「やっぱりそうだ! 戦闘禁止についてのルールの続きがあります。 俺のに書いてある8番がそうです」

「読んでみろ」

「はい」


8、開始から6時間以内は全域を戦闘禁止とする。
違反した場合、首輪が作動する。
正当防衛は除外する。


「げっ」


総一が読み上げた瞬間、長沢の表情が変わる。


「クックック、おいガキ、そこのネーちゃんに感謝するんだな。 さっき止めて貰わずに俺に飛びかかっていたら、今頃どうなっていた事か」


手塚が長沢を嘲笑うが、今回は事実なので彼も騒ぎ立てたりしなかった。

自分が危うく死ぬところだったという事実が堪えたに違いない。


「開始から6時間、っていうのは何でしょう?」


麗佳がそう言うと、手塚は笑顔を引っ込めた。


「多分PDAだ。 電源ボタンを押し込んですぐに出てくる画面に、時間経過についての項目があった。 御剣、今の時間は?」


手塚はPDAを覗き込んだままの総一に訊ねた。


『ゲーム開始より2時間42分経過/残り時間70時間18分』


画面にはそう表示されている。


「ゲーム開始から2時間42分、残り70時間18分、だそうです」

「って事は、まだ3時間は何も起きない訳か」


手塚は再び口元に笑みを浮かべる。

その横顔を見ていると、やはり総一には彼がこの状況を楽しんでいるように思えてくる。

もしかしたら彼はこういう状況でこそ輝く人間なのかもしれない。


「それが過ぎたら何が起こるっていうの?」

「俺の読みだと、酷い事になるだろうな」


文香の疑問に答えつつ、手塚は楽しげに喉を鳴らし続ける。


「たかだかこの首輪を外すってだけで、そんな事が起こるっていうの?」

 

笑う手塚を不快に思いつつも文香は問い返した。

その手は思わず首輪に触れていた。


「あんたの首輪を解除する条件は、そう思えるモノなんだろうな。 だが俺はそんな風には思わない。 ルールの9番。 コイツを聞けばアンタの意見も変わるだろうぜ」

「何が書いてあるっていうの?」

「そうさな、さしずめ地獄の門の開き方、だな」


手塚は困惑する総一達を前に、本当に楽しげに笑い続けるのだった。


9、カードの種類は以下の13通り。

A:クイーンのPDAの所有者を殺害する。 手段は問わない。

2:JOKERのPDAの破壊。 またPDAの特殊効果で半径1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。

3:3名以上の殺害。 首輪の作動によるものは含まない。
4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。 手段を問わない。 首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。

5:館全域にある24個のチェックポイントを全て通過する。 なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントが全て記載されている。

6:JOKERの機能が5回以上使用されている。 自分でやる必要は無い。 近くで行われる必要も無い。

7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。 死亡している場合は免除。

8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。 手段は問わない。 6つ以上破壊した場合に首輪が作動して死ぬ。

9:自分以外の全プレイヤーの死亡。 手段は問わない。

10:5個の首輪が作動しており、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前で起こっていること。

J:『ゲーム』の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している。

Q:2日と23時間の生存。

K:PDAを5台以上収集する。 手段は問わない。


「な、なんです? それは・・・」


総一はすべての項目を聞いた後も、なお信じられなかった。


「正気じゃない・・・」


黙ったままでじっくり聞いていた麗佳も思わずそう漏らした。

その顔はずっと冷静だった彼女とは思えないほど蒼白だ。


「ほ、本当にそんな事が書いてあるんですか?」


総一は手塚にそう聞かずにはいられなかった。

これが手塚の冗談であってくれればいい。

だがもしこれが本当であるなら、この先に待ち受けているのは・・・。


「信じられないか? じゃあ見にこい。 俺のPDAに触れないと約束が出来るなら、この画面を直接見せてやってもいい」

「分かりました」


総一は返事もそこそこに、ノートとペンを放り出して手塚に近付いていく。

この時ずっと握っていた咲実の手すら振り払ってしまっていた。

それほどまでに総一は驚いていた。


「ホレ、ここだ」


手塚だけはずっと笑顔を崩さず、近寄ってきた総一に画面を向けた。

すると問題の文字列が総一の目に飛び込んでくる。

殺害、破壊、首を切り取る、死亡、皆殺し、他人の首輪の作動。


「こ、まさか、俺達をここに入れた連中は、こんな事を本気でやらせるつもりなのか!?」


手塚は何一つ嘘をついていなかった。

そこには手塚が読み上げてくれた通りの事が書かれていた。


「そのようだな。 もし、やらなければ俺達があの男のようになるっていう寸法だ。 残りは何時間だ? そうだそうだ、あと70時間だったな」


あと70時間。

何もしないでいれば、あとたったの3日で殺されてしまうのだ。

さっき死んだ男のように。

それが嫌ならやらなければならない。

それぞれのPDAが命じるままに、首輪を外さなければならない。


「み、御剣さん」


ずっと顔を伏せたままだった咲実。

総一は彼女のか細い声で我に返った。


―――咲実さん・・・。


そして総一は彼女の手を握ってやっていた筈の自分の手が空っぽである事を思い出した。

全てを理解した咲実はこれまで以上に青ざめていて、すっかり混乱して見える。

彼女の瞳は不安にゆらゆらと揺れていた。


―――駄目だ、これでは。


こんな事ではまた同じ事に・・・。


総一は強い後悔を感じながら、気合いを入れなおして咲実の傍へ戻っていった。


「大丈夫だよ、咲実さん。 そんな何もかも悪い方向に行くもんか」

 

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「そ、そうでしょうか・・・」

 

―――俺はこの子を絶対に生きて元の場所へ帰らせる。


絶対にだ。

総一は怯え続ける咲実を前にそう決意する。

すると総一は自分の心が次第に落ち着いていく事に気付いた。

数十秒前の慌てぶりが嘘のようだった。

そんな時、ずっと考え込んでいた郷田が口を開いた。


「こうなってくると、みんなで協力しあって早々に首輪を外した方が良いようね。 つけたままじゃ、仮に出口を見つけても安易に外へは出られないし」

「いや、それは無理だ。 俺は協力しないぜ」


しかしそれをあっさりと否定したのは手塚だった。


「私も協力するのは難しいと思います」


郷田同様に考え込んでいた麗佳も手塚の意見に賛同する。


「なぜなの? このままではみんな死んでしまうわ!」

「冷静になった方が良いぜ、郷田さんよ。 俺は仲良しごっこの果てに殺される趣味はネエよ」


手塚の言葉は辛辣だ。


「仲良しごっこですって?!」

「そうさ。 この条件を全員で同時に満たすのは不可能だ。 条件が競合しているのもあるし、中には皆殺しなんてのもある。 実際どうするつもりなんだ? 例えばホレ、そこで震えてるおじょうちゃんの首輪を外す為に皆殺しが必要だったら?」


手塚は喉の奥でクックックと笑い続ける。


「郷田さんよぅ、あんたは協力して殺されてやるのかい? それともその子にだけ諦めて死ねって言うのかい?」

「そ、それは・・・」


郷田の表情が痛々しく歪む。

そこまでは考えていなかった、そんな雰囲気だった。


「それに郷田さん、問題はそれだけではないんです」


そこに麗佳が口をはさんだ。


「ど、どういう事なの?」

「仮に協力し合える人間だけで協力し合ったとしても、JOKERなんてものがある限り、それも安全とは思えません。 最初から騙すつもりで仲間になっている人間がいるかもしれないんです」


JOKERでPDAを偽れば、簡単に仲間になる事が可能だ。

麗佳は手塚とは違い、言葉に郷田を嘲笑うようなニュアンスは含まれていなかった。

彼女の表情は郷田と同じように蒼白で、言ってみれば地獄を覗き込んだような顔をしていた。

そして不安からか麗佳は落ち着かない様子で頻繁に手を動かし、最後は自分のスカートを強く握りしめた。


「まだある。 そこのガキみたいにカネに目が眩んだ奴が出てきたら、仮に条件を偽らなくても最後に裏切るかも知れねえぜ。 ククク、最高だな。 信頼していた相手に最後の最後で裏切られるんだ。 それもカネの為に」


賞金は20億円を山分けするルールだ。

これが固定の金額、例えば賞金は1人1億円と決まっていたらこんな心配はいらなかっただろう。

しかし20億を山分けにするというなら話は違ってくる。

仮に4人が首輪を外したとして、そのまま終了すれば賞金は1人5億。

しかし目の前の人間を1人殺してしまえば残りは3人になるのだから、賞金は1人あたり6億6666万円に上がる。

2人殺せば10億。

そして自分以外が全滅していれば賞金は20億だ。

殺せば殺すほど賞金は跳ね上がっていくのだ。


「へっ、手塚、お前を殺したら賞金が上がる訳だ。 願ったり叶ったりさ」


手塚の挑発に乗った長沢がとんでもない事を口走る。


「ちょっと長沢君! 本気なの!?」


文香は慌てて長沢を止めようとするが、長沢は止まらなかった。

これまでにたまっていた手塚への不満、そしてルールと賞金が後押しした。

彼はあっさりと覚悟を決めた。


―――本気なのか!?


文香の悲鳴じみた声を聞きながら、総一は驚いていた。

彼らが言うように協力こそできなくても、流石に真っ向からの殺し合いまでは起こらないと思っていたのだ。


「ああ。 やらないと殺されるならやるしかないだろ。 だれも信用できないんだし、手塚みたいな奴を野放しにしておいて無事に済むとは思えないし」

「ククク、ガキが言うじゃないか」


手塚が煽るが、長沢は冷静さを失わなかった。


「・・・・・・」


覚悟を決めたからなのだろう、長沢は酷薄な笑みを浮かべるばかりで落ち着いていた。


「ちょ、ちょっとみんな、本当にこんな事をやるつもりなの? ここに書かれたルールに従うって事は、人を殺す事もありうるって事なのよ?」


文香は焦っていた。

彼女の思っていた以上に手塚も長沢もやる気になってしまっている。

麗佳も嫌々ながらも仕方がないと考えているようだった。

このままでは本当に実行されかねない。


「俺はカネには興味はネエが、必要ならやるぜ」


手塚の答えはシンプルだった。


「お前たちと協力し合えないのはさっき言った通りさ。 そして首輪を外す途上で誰かを殺す必要があるなら仕方がないだろう? 自分が死ぬよりはナンボかマシだ」

「手塚さん!」


パン


手塚は呼びかける郷田の声を無視して両手を打ち合わせるとひょいっと立ち上がった。

そして総一に近付いていく。


「おい、御剣、ルールの一覧は出来上がったのか?」

「あ、は、はいっ」


成り行きを見守っていた総一が慌てて答える。

必要なら人殺しをする、そう宣言した人間が近付いてきていたのだから緊張しても仕方のない事だろう。


「そう硬くなるなよ。 まだ戦闘禁止だろうが・・・。 ノートを見せろ。 それと何か書くものと紙を」


手塚は総一からそれらを受け取ると、ルールの書かれたノートを書き写し始めた。


「よし」


手塚がボールペンのペン先を引っ込めたのは数分後の事だった。


「お前ら、短い付き合いだったな」


彼は例のニヤニヤ笑いを浮かべながら立ちあがる。

そしてボールペンとルールをメモした紙をポケットにしまい込み、ノートを総一に投げ渡した。


「手塚さん、本当に行くの? 考えは変わらないかしら?」

「ああ。 あんたもしつこいな。 協力しあったってどうにもならないだろ、この状況じゃ」


手塚は郷田に答えながら部屋のドアをへ近付いていく。


『ゲーム開始より3時間15分経過/残り時間69時間45分』


開始から6時間は戦闘禁止になっている。

ルールを信じるなら、あと3時間近くは安全な筈だ。


「こんなおもちゃみたいな物に書かれた一方的なルールを本当に信じるっていうの?!」

「いや、未だに半信半疑だな」

「だったらどうして!」

「それでもあのオッサンが死んだっていう事実は動かないだろう? ああなるかも知れない、それだけで俺には十分さ」


そして手塚はドアに手をかけたところで一度こちらを振り返った。


「なあ、お前達は一体どういう根拠でそこに座ったままで居られるんだ?」

「え?」

「3時間したら周りにいる人間が一斉に襲ってくるかもしれない。 俺はそんな場所に悠長に座っている気にはなれねえ。 生まれつき臆病なもんでね。 信じる心ってやつか? それとも単に危険に鈍いだけか? どっちにせよ・・・長生きできねえぞお前達」


そして手塚は言葉が出ない総一達を残し、部屋から姿を消した。


その閉じるドアの音だけが、静まり返った部屋に大きく木霊した。

次に腰を上げたのは麗佳だった。


「麗佳さん?」

「時間があるうちに、ちょっとあたりを調べてきます」

「1人は危ないわ。 私も一緒に行くわ」


立ち上がった麗佳に郷田がそう言ったのだが、麗佳は首を横に振った。


「誰と一緒でも、安全とは言えないのでは?」

「麗佳さん!」


その言葉の意味するところは、麗佳がもはやここに戻ってくる気がないという事だった。


「貴女まで何を言い出すの!」

「良いじゃんか、行きたい連中は行かせればさ」


自分のPDAを弄りながら総一のノートを眺めていた長沢はそっけない。

総一達がそんな長沢に気を取られている間に麗佳は部屋を出て行ってしまう。

彼女が出て行ったドアは手塚が使ったものとは別のドアだった。


「そういう訳にもいかないでしょう?」


郷田は麗佳を追って立ち上がる。


「郷田さん、お、俺も手伝います!」


総一はそう言って腰を上げかけた。

廊下は迷路状になっていて分かりにくい。

追いかけるなら人手がいる。

また、できれば手塚も探して説得した方が良いに決まっている。


「御剣さん、貴方はここに残って」

「え?」

「咲実さんを1人にはできないわ。 それに長沢君や文香さんもいる。 この場を女性や子供だけには出来ないでしょう? 御剣さんはここでみんなを守って欲しいの」


総一は思わず背後を振り返った。

そこには座ったまま顔を伏せている咲実と、こちらを見ている文香、PDAとノートを熱心に見ている長沢の姿があった。

総一は年齢こそ子供のカテゴリに入るのだろうが、身体は大人並に成長していた。

この場に残って咲実や文香、長沢と行動をともにするのも間違いではない。


「で、でも郷田さんも危ないじゃないですか?」


総一の心配はそこだった。

郷田が1人きりになってしまうのだ。


「それこそ手塚さんの言い分じゃないけれど、まだ3時間は大丈夫。 それに麗佳さんとすぐに合流するんだから平気よ」


郷田は麗佳が姿を消したドアへと駆け寄っていく。


「良いわね? すぐに麗佳さんと戻ってくるから、貴方達はここで待っていて!」

「はいっ!」


そして郷田も姿を消した。


「・・・行った?」


郷田が姿を消すまで何も言わずに居た長沢が顔を上げた。


「そのようだけど」

「よし・・・」


長沢は難しい表情でPDAをポケットにしまい込む。


「このノートさんきゅー、参考になったよ」

「ああ」


総一は長沢からノートを受け取りながら頷いた。


「じゃああのおばさんが姿を消したから俺も行くわ」

「おい、長沢、ちょっと待て!」


総一は思わず長沢の手を掴む。


「放してくれよ御剣の兄ちゃん。 あのおばさんが姿を見せない間に外で何やってるのか考えたら、こんな所には居られないよ」

「え?」


長沢の言葉は総一にとっては意外だった。


―――郷田さんが何だって?


その疑問は文香も同じだったようで、近付いてきて口を開いた。


「どういう事なの長沢君、キミの言い方は郷田さんが危険な人間だって言っているように聞こえるけど」

「そうだよ・・・もしかしたら、あのおばさんが一番の食わせ者かも知れないよ」

「そんな筈ないだろう」


総一は郷田のこれまでの言動から彼女は信用できると考えていた。

だが長沢は信用できないと言う。

にわかには信じられなかった。


「兄ちゃんたち気付いて無かったんだね?」


長沢はまるで手塚がやるように笑った。


「実はあのおばさん、死んだおっさんのPDAを持ってるんだよ」

「なに!?」

「本当なの、それは!?」


それは総一も文香も想像だにしない事だった。


「ああ。 なんなら今、おっさんの死体を見に行ったって良いよ。 初めのドサクサの間にさ、あのおばさんがおっさんのPDAをバッグにしまうのを見たんだ」


長沢は驚く総一と文香に満足すると言葉を続けた。

その表情はテストの成績を自慢する子供のようだった。


「はじめはその事について深く考えてなかったんだ。 だけどあのおばさん、さも自分のPDAしか持っていなかったかのように振舞ってただろう? ルールの確認の時もPDAは1台しか出してなかったし」


長沢の言う通りだった。

総一の記憶の中では、彼女が手にしていたPDAはずっと1台だった。

もし長沢の言う事が真実であるなら、郷田は何らかの理由でもう1台を隠していた事になる。


「実際さ、僕―――いや俺達が見ていたおばさんのPDAってどれだったんだろうね? おばさん本人のやつ? それとも死んでいったおっさんのやつ?」

「まさか・・・」

「信じられないわ、長沢君」

「そうかもね。 俺も最初信じられなかった。 でもあのおばさん、結局最後の最後までそんな素振りすら見せなかっただろう? 俺は一番気をつけなきゃいけないのはあいつだと思う。 手塚は嫌な奴だけど、郷田ほど怖くはないよ」


そんな時、総一は郷田が発した言葉を思い出した。


『気付いてなかった? PDAにはルールが全部載っている訳じゃないのよ。 PDAごとに少しずつ別の項目が書いてあるみたいなの』


―――彼女はどうしてそれに気付いた?


「まさか・・・」


郷田が総一達を信用させた上で、裏でそんな事をしていたというのなら・・・。


「ま、結論が知りたければここに残ってれば良いさ。 きっと郷田は戻ってこない。 仮に帰ってくるとしても武器になりそうなものをかき集めた後の事で、もちろん6時間を回ってからだろうね」

「ま、待てよ長沢!」


総一は行こうとする長沢を再び止めようと手を伸ばしたが、彼は素早くそれをかわしてしまう。


「御剣の兄ちゃん、あんまりしつこいと攻撃ととられて首輪が作動しちまうよ?」

「なっ」


長沢の指摘に思わず総一の手が止まる。


その隙に長沢はドアの方へと向かった。

彼が向かったのは手塚の出て行ったのと同じドアだった。


「どうするの? 総一君」

「どうもこうも、追いましょう!」


いくらなんでも長沢を1人には出来ない。

何とか引き留めなくてはならなかった。

が、その時の事だった。


「み、御剣さ、きゃっ」


――ッッ


咲実の声と何かが倒れる音。

気を取られた総一が振り返ると、そこで咲実が倒れていた。

どうやら慌てて立ち上がろうとして足がもつれたらしい。


「早く足手まといは切り捨てた方が良いよ。 そんな事じゃ最初に死ぬのは御剣の兄ちゃんかもね」

「咲実さん、大丈夫?」


長沢の笑い声を背に、総一は咲実に手を伸ばした。

そして彼女が再び総一の手を握ったところでドアがしまる音が聞こえてくる。


「総一君、長沢君が行っちゃったわ!」

「しまった! 文香さん、ここお願いします!」


総一は咲実を立ち上がらせると、長沢が姿を消したドアを蹴り開ける。

 

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「長沢っ!」


廊下に飛び出した総一はきょろきょろとあたりを見回すが、そこにはもう長沢少年の姿はなかった。


左右の通路の分岐点まで行って先を覗いてみたが、やはり彼の姿は見つからなかった。


・・・。

 

「総一君、どうだった?」


部屋に戻ると文香の声が総一を出迎えた。


「駄目です。 もうどっかに行っちゃってました」

「そう・・・。 まずいわね・・・」


そんな文香の呟きに咲実の嗚咽が重なった。


「ど、どうして、こんな・・・。 みんな、どうしてこんな簡単に人を疑うんですか? どうしてこんな簡単に、ひ、人を裏切ろうなんて思うんですか?」


ポタリ、ポタリ


咲実の涙が床に落ちる。

コンクリの上にたまった埃は彼女の涙を吸い込んでいく。


「どうして・・・、どうしてっ!」


ここまで咲実が悲しむのには理由があった。

彼女の家はもともと裕福だった。

しかし両親が大掛かりな詐欺に遭い一家離散。

彼女は厄介者として親戚を転々としながら育ってきた。

 

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「おかしいのは私ですかっ!? そんなに人を信じちゃいけませんか!?」


それでも彼女はずっと誰も裏切らずにきた。

人間の真の姿はそんなものではないと思いたかった。

そしてそんな人間であろうと頑張ってきた。

そんな彼女だから、人を信じる事にも、裏切る事にも、人一倍思い入れが強かったのだ。

だが今、投げ込まれた現実は彼女にとってあまりに過酷だった。

まるで彼女の古傷をえぐるかのように、現実は咲実の周りに不信と裏切りを撒いた。

それは咲実にとって、これ以上ないほどの苦痛となった。


―――咲実さん・・・。


泣き続ける咲実の姿。

その姿が総一の記憶の中の誰かと一致する。


―――そうだ、あの時もこうだった。


その人物はいじめられていた友達を見過ごす事が出来ず、救いの手を伸ばした。

けれどその人物までもいじめの対象となり、総一に向って泣いた。

間違っているのは自分なのかと。

だから総一は記憶に逆らうこと無く咲実の手をとった。


「大丈夫、君は間違ってない。 君が信じているものは正しいんだって俺は知っているから」

「あ・・・」


咲実の顔が上がる。

その表情は驚きに彩られていた。


―――この人は・・・。


その驚きは咲実にとって決して不快なものではなかった。

だがそんな咲実の想いは、直後の文香の言葉によって遮られた。

 

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「・・・なぁんだぁ、結局恋人同士なんじゃないの」


そして文香の仏頂面が視界に割り込んでくる。


「どわあっ!?」

「きゃあっ!?」


そのあまりに絶妙なタイミングに、総一も咲実ものけぞってしまっていた。


「2人だけの世界作っちゃってさ。 お姉さんだけ居場所がなくって困っちゃうわよ」


文香がいやらしい笑顔を作って総一を肘でつつく。

 

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「ちっ、違いますよっ!! ねぇ、咲実さん」

「はっ、はいぃっ!! 御剣さんとは初対面です!!」

「ずいぶん電撃的な恋愛ね?」

「違うんですってばぁ!!」

文香の横槍のおかげで咲実はすっかりそこまでの乱れた感情を忘れていた。

あるいはこれこそが文香の狙いだったのかもしれない。


やがて文香はその笑顔を引っ込め、真面目な表情に戻った。


「けど、そうね。 君達みたいな可愛らしいカップルを一瞬でも疑った私が馬鹿だったわ。 他の人達は残念だったけど、私達は協力し合ってここからなんとか抜け出しましょ?」

「文香さん・・・」

「2人とも、それでいい?」


文香が再び笑顔を浮かべる。

それは先ほどのものとは違う、明るくて温かみのあるものだった。


「はい」


だから咲実は頷く事が出来た。

そして目尻を拭う。


―――この人達なら、もしかして・・・。


「総一君、咲実ちゃんに見惚れてないで返事!」

「あっ、は、はい! よろしくお願いします!」


そうして咲実はようやく、小さいながらも笑顔を取り戻した。


・・・。

 

探偵 神宮寺三郎 -新宿中央公園殺人事件-

探偵 神宮寺三郎 -新宿中央公園殺人事件-

 

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・・・。

 

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ようこ「おかえりなさい、せんせい。 くまのけいしがいらっしゃってますよ」

 

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くまの「じんぐうじくん。 しんじゅくのちゅうおうこうえんで みつかった こうさつしたいの みもとは たかだももこと いうところまで わかったんだが・・・。 ホシの けんとうが かいもく つかめんのだ。 すこし ちえを かしてくれよ。 たかだももこ。 21さい。 しんじゅくのバー・イーストの にんきホステス。 このじけんの ひがいしゃだ。 かのじょの したいは、こうえんの しばふを はがした つちの うえに すてられていた。 しいんは ひものようなものによる こうさつ。 しぼうすいていじこくは、12にちの 23じから、13にちの 0じ30ぷんまでの あいだ。 はっけんされたのは 6じ30ぷんごろだ。 みもとを しめすものが なかったので、みもとの はんめいに てまどったが、ゆうじんの おおつかけいこ からの そうさくねがいの とくちょうと いっちするので かくにんしてもらい、ひがいしゃが ももこに ちがいないことが わかったんだ。 12にちの よる、ももこに『そうだんが あるので、わたしの マンションに あした きてほしい』と、たのまれている。 やくそくどおり、13にちの あさ9じに ももこのへやへ いったが、ももこは おらず、みせにも すがたを あらわさなかった。 そこで、しんぱいになった けいこは14かのあさに なって、けいさつに とどけたと いうわけさ」


・・・。

 

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バー・イーストにやってきました。

 

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けいこが いました。


けいこ「そういえば、ももちゃんは さいきん かしわぎさんが おみせに こないって しんぱいしていたわ。 かしわぎさんは しんじゅくに いくつも とちを もっている ひとで、ももちゃんを きにいって とっても しんせつに してくれてたの。 ももちゃんの ほうも、おとうさんの ようだって、ずいぶん したってたみたい。 かしわぎさんの かいしゃなら、こうせいねんきんかいかんの ちかくの ビルにあるわよ」


あたりのひとに きいてみる。


「ここだけの はなしだけど、てんちょうの よよぎさんは、ももこに かなり しゃっきんが あったらしいぜ」


てんちょうの よよぎを よぶ。

 

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よよぎが やってきました。


よよぎ「12にちは みせを はやくでて、しりあいの ところに いったよ。 だれと あおうと かってじゃないか! ももこの ことは あまりくわしく しらないよ。 いそがいしんだから、かえって くれませんか!」


・・・。

 

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かしわぎの じむしょです。

 

へやの なかは がらんとしています。

じょせいが ひとり いるだけで、かしわぎらしい じんぶつは みあたりません。

 

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まちこ「わたしは かしわぎしゃちょうの ひしょで、はなぞのまちこ といいます。 どちらさまですか? えっ、たんていさん? ・・・しゃちょうは、12にちの よるに ガンが あっかして、おなくなりに なりました。 しゃちょうの ひしょだった わたしは、このじむしょの せいりを しているところです。 しゃちょうは かなりの しさんかでしたが、かぞくが いないので、そのざいさんは べんごしが かんり しています。 ・・・ももこさん? このあいだ こうえんで したいで みつかった かたですか? さあ、しりませんわ。 ・・・けいこさん? バー・イースト? さあ、しりませんわ。 12にちは あさから しゃちょうが にゅういんしていた びょういんで、しゃちょうの かんびょうを していました。 そのあと、しんじゅくの ホテルK.Oに とまりました。 きちじょうじの マンションです。」


しゃしんを とる。


まちこ「なにを なさるんですか、いきなり!」


・・・。

 

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よどばししょ です。

 

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くまのが やってきました。

くまの「ああ、ももこのへやは たちいりきんしに してあるんだ。 かたくそうさで こんなものが あったよ。 きみに わたしておこう」


それは ももこのしゃしんだった。

じんぐうじは それを しょうこひんとして かりた。


よよぎのことを きいた。


くまの「そのことで、きみに はなしが あるんだ。 じつは、われわれの そうさで、よよぎが ふうりんごうぞうという やくざのおやぶんに 500まんもの たいきんを かりていることが わかったので、じじょうを きこうと よよぎに しゅっとうを めいじたら、ゆくえを くらませて しまったんだ・・・。 えっ? なんだって! よよぎは ももこからも かねを かりていたのか! よおーしこれで わかった! はんにんは よよぎはじめだ。 よよぎは ももこに かりた かねを かえすことが おしくなり、ももこを ころしたんだ! さっそく よよぎを じゅうようさんこうにんとして、てはいしよう!」


・・・。

 

じむしょに もどってきました。


ようこ「いったい だれが ころしたのかしら?」


・・・。



めいじぐみに やってきました。

 

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「これは じんぐうじさん。 おやぶんなら へやに いますぜ」


・・・。



ごうぞうのへや です。

 

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ごうぞう「やつは おれに 500まんの しゃっきんを していたが、このまえ そのうちの 300まんを もってきたんだ。 ところが のこりを りしを つけて 12にちの よるに かえすと いうんで、まってたんだが、きやしねえ。 それいらい すがたを みせねえんで、さがしているんだ」


・・・。

 

バー・イーストにやってきました。

けいこが いました。


けいこ「はなぞのまちこ・・・ああ、かしわぎさんのひしょね。 おもいだした。 いつだったか、かしわぎさんの ようじで おみせに きたことが あって、すこし のんでかえったはずよ。 たしか、そのときは わたしと ももちゃんが いたと おもうわ。 ・・・えっ! かしわぎさんが なくなった! なんてこと・・・とっても いいひとで、ももちゃんも ずいぶん しんせつに してもらってたのに・・・。 ももちゃんが いつか、じぶんの おかあさんの はなしを したら、それから すごく やさしくなって、まるでじぶんの ほんとうの おとうさんみたいだって、いつも いってたのに・・・。


・・・。



しんじゅくの ホテルK.Oの フロントです。

 

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きょう「いらっしゃいませ。 とうホテルの フロントマン きょうたまお と、もうします。 ・・・はなぞのまちこさま、ですか? しょうしょう おまちください。 きろくを しらべて まいります」


・・・。

 

きょう「おまたせしました。 はなぞのまちこさまは たしかに、12にちの 22じから よくじつの10じまで おとまりに なっています。 おくるまで おいでになって、ここの ちかちゅうしゃじょうを おつかいになりました」


・・・。

 

めいじぐみに やってきました。

あたりのひとに きいてみました。


「ああ、このあいだ しんだ かねもちの ひとか。 なんでも むかし、うちの おやぶんと しりあいだったとか・・・」


・・・。


ごうぞうのへやに やってきました。


ごうぞう「たしかに かしわぎさんとは ふるいつきあいだ。 しかし かたぎの ひとなので めだつ つきあいは していなかった。 むかし、おれの せいで、かしわぎさんが つきあってたおんなが ゆくえしれずに なってしまったんだ。 そのとき、おんなの おなかにいた こどもが うまれていれば、もう20すぎかな・・・。 かしわぎさんは みよりが ないので、なんどか、びょういんへ みまいに いったが、ひしょの はなぞのなんか、ろくに みまいにも きてやしない。 はくじょうな やつだ。 かしわぎさんの こどものはなしは はなぞのの めぎつねも しっていたかも・・・。 かしわぎさんが しぬ すこしまえに、その こどもらしいひとを みつけて、みもとを しらべさせて いたらしい。 ところが、どういうわけか、よよぎのやつも そのこと しっているらしいんだ。


じんぐうじは タバコに ひを つけた。

そのとき、あるかんがえが じんぐうじの あたまを よぎった。


――おかしい。

ごうぞうは よよぎのことを さがしていると いいながら、それほど あせっているようすも ない・・・。 ひょっとしたら ごうぞうは、よよぎの いばしょを しっているのかも・・・。


ごうぞう「よよぎの ことを ききたいのか。 あいつには 300まんも かしていたんだ」

じんぐうじ「おかしいぞ! たしか さいしょ あんたは よよぎに かしたかねを 500まんと いったはずだ!」

ごうぞう「さ、さあ・・・。 そんなことを いったおぼえは ないぞ! ・・・ま、まて! わかった。 はくじょうするから やめてくれ! たしかに よよぎに かしたかねは 300まん だけだ」

じんぐうじ「まだ なにか かくしているな!」

ごうぞう「もうしわけない。 じつは よよぎは もう つかまえて あるんだ。 12にちの よるに かしわぎさんの びょういんへ いったんだが、そこへ よよぎが あらわれたんだ。 おれをみて、びっくりしたのか、よよぎは にげだしちまった。 なんで よよぎが くるのかと かしわぎさんに きくと、れいの こどもというのが みつかったと いうんだ。 そして、それが バー・イーストの ももこだと いうんだ。 おまけに そのことを よよぎが しっているらしい。 よよぎは そのことを ねたにして、かしわぎさんに かねを せびろうと していたらしいんだ。 ところが、そのあと かしわぎさんの ようだいが きゅうへんして しんでしまった。 そのうち、れいの こうえんで みつかった したいが ももこだと わかったんで また びっくりだ。 それで、にげようとしていた よよぎを とっつかまえてきたんだ。 ・・・まちこ? ああ、あの めぎつねか。 12にちは さっさと かえって びょういんには いやしなかったよ」


・・・。

 

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くまの「いやあ、じんぐうじくん、ありがとう。 おい、よよぎ! こんどこそ ほんとうのことを はくじょう するんだ!」

よよぎ「た、たしかに おれは ももこに かねを かりました。 でも、ももこをころしたのは おれじゃありません! 12にちの よるは かしわぎさんの にゅういんしていた びょういんへ いきました。 それは、ごうぞうおやぶんも しっています。 いぜん、かしわぎさんが みせに きたとき、しつこく ももこのことを きくので、おかしいとおもい、いろいろと きいてみると、かしわぎさんが むかし つきあっていた じょせいとの あいだに できたこどもが ももこらしいんです。 かしわぎさんは、もし ももこが じぶんの ほんとうの こどもだったら、ざいさんを のこそうと かんがえていたらしく だれか、ひとを つかって ももこのことを しらべさせていると いってました。 ももこに ははおやの ことなどを いろいろと きくと、どうも ほんとうらしい。 そこで そのことを かしわぎさんに つたえ、びょういんへ いきました。 ところが、よくじつ かしわぎさんが しんだことが わかり、そのうえ ももこも みせに でてこない・・・。 そのうち、こうえんで ころされたのが ももこだとわかり、ももこには かねを かりているし、アリバイも はっきりできない。 おまけに、たんていの せんせいや、さつのだんなが さがしていると しり、へんに うたがわれたくなかったので、すがたを かくそうと しているところを めいじぐみの こぶんに みつかって、つかまったと いうわけです。 ももこと かしわぎさんの ことで、ごうぞうおやぶんに みょうに うたがわれて つかまったと いうわけです。 ・・・それにしても ごうぞうおやぶんと かしわぎさんが したしかったとは しらなかった・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

くまの「じんぐうじくん、どうやら ももこごろしの どうきらしい ものがみえてきたね」

じんぐうじ「ああ。 やっぱり よよぎと ごうぞうは ホシじゃないよ」


・・・。

 

したいはっけんげんば です。

 

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くまの「ここが ももこの したいが はっけんされた げんばだ。 だいいち はっけんしゃの かんりにん、おおくぼさんに はなしを きこう」

 

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おおくぼ「わたしが したいを みつけたのは、13にちの あさ6じの みまわりの ときです。 12にちの よる 24じ30ぷんの ときには そこに したいは ありませんでした。 12にちは ごごから あめが ふっていて ひとけは ほとんど なかったとおもいます。 それから、いまは はりかえて ありますが、あのひ したいの あった ばしょは しばふが はりかえの ために はがされていて つちが でていました。 したいは そのうえに あったわけです。 また、あめは みまわりの すこしまえに やんでいました」


くまの「かんしきの しらべでは、しめった つちの うえに はんにんらしい あしあとは ひとつも なく、どうやって あそこに したいを おいたのかも わからんのだ」

 

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ようこ「くまのさんの おはなしだと、したいは まるで いたずらっこがほうりなげた にんぎょうのような かっこうで おかれて いたのね。 ひょっとして、ここから あそこまで なげとばしたのかしら?」

くまの「そりゃ、むりだ! どんな ちからもちでも、しばふのところから したいのあったところ までは なげられるきょりじゃ ないよ」


・・・。


じむしょに もどってきました。

きょうの そうさは おわった・・・。


・・・。

 


「あら、せんせい そうさは すすんでいますか? あら、いまから こうえんへ いくんですか? おてんきも いいし、わたしも ごいっしょ させてください」


・・・。



しんじゅく ちゅうおうこうえん です。

 

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くまのがやってきました。



 

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ちゅうおうこうえん はしゅつしょ です。

くまの「やあ、きみたち ごくろうさん」

いせ「これは、くまのさん。 いらっしゃい。 ・・・12にちは、じぶんも みつこしも、しんやきんむだったので、13にちの あさに したいが みつかったときには、ふたりとも げんばに かりだされました。 げんばは われわれの けいらの コースに はいって いなかったので、したいには まったく きがつきませんでした。 けいらは わたしが 2じで、みつこしが 4じに でかけました。 ・・・きづいたこと、さあ・・・。 2じの けいらでは あめが ふっていたので、ひとりも つうこうにんは いませんでした。 ふだんだと、アベックや よっぱらいが いるんですが・・・。 ああ、そういえば こうえんの なんせいで、しろいくるまが とまっていました。 そういえば、やねに おおきな きゃりあー みたいなものを つけてたなあ。 まるで サーフボードを のせるようなやつを・・・」


みつこしを よびました。

 

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みつこし「さあ? ぼくが とおったときには そんな くるまは いなかったよ。 ぼくも サーフィンを やるので そんな くるまが あれば きが ついたと おもうよ」

じんぐうじ「と、すると そのくるまは2じから 4じまでの あいだに いなくなったのか・・・」


・・・。


ちゅうおうこうえんを たんさくした。

くるまが もくげきされた ばしょは ちゅうしゃきんし くいき だった。


・・・。


くまの「おい、あそこは ちゅうしゃきんしの ばしょじゃ なかったのか?」

「いせ「ああ、そうだ! たしか ねりまナンバーの マーク2 だったぞ」

くまの「それじゃあ わしは しょに もどって、そうさを つづけると しよう」


・・・。


しんじゅくの ホテルK.Oのフロントです。


きょう「なにか ごようですか? くるまですか? それでしたら、ちかちゅうしゃじょうの あさがやくんに きいてください」


・・・。

 

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ホテルの ちかちゅうしゃじょう です。

あさがやが います。


あさがや「なにか ごようですか? ・・・しろいくるま ですか? そういえば、1じか、3じの みまわりのとき、やねに へんなものを つけた、しろいくるまが いました。 すきーに しては、へんな かっこうだったなあ。 あめに ぬれてたから、やっぱり 12にちだ」


・・・。


バー・イーストにやってきました。


けいこがいました。


けいこ「わたしは くるまのことは あんまり くわしく ないけど、ももちゃんが しろい くるまを もっていたわ。 ももちゃんのくるまは さいきんは つのはずが のりまわしていたわ」


・・・。

 

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まちこのへや です。

まちこが います。

はいざらタバコの すいがらが すうほん。

それいがい へやのなかに かわったものは なさそうです。


まちこ「わたしは タバコを すいません。 それは、さっきまで きていた おともだちが すっていたものです。 ・・・わたしは くるまを もっていません」

じんぐうじ「しかし、12にちは くるまで ホテルK.Oに いったんだろう?」

まちこ「あれは レンタカーです」


・・・。


よどばししょ です。


くまの「つのはずいちろう。 25さい。 じしょうKだいがくの がくせいだが、だいがくにも いかず、あそびあるいている。 ころされた ももこの こいびと だったらしい。 12にちは、ゆうじんと あって さけを のみ、ホテルK.Oに とまったといっている」


・・・。


しんじゅくの ホテルK.Oの フロントです。


きょう「つのはずいちろうさま、ですか? しょうしょう おまちください。 きろくを しらべてまいります」


・・・。

 

きょう「おまたせしました。 つのはずさまは、たしかに12にちの 21じから おとまりに なっています。 ちぇっくあうとは よくじつの 12じ。 3405ごうの スイートルームを おとりに なりました。 ひとりで おとまりに なるには、すこし ひろい おへやですね。 ・・・なにか きづいたこと ですか・・・。 とくになにも・・・。 つのはずさまが ルームサービスを おとりに なった きろくが あるだけです。 そのことなら、サービスがかりの なかのくんに きいてください」


じんぐうじは タバコに ひを つけた。

そのとき、あるかんがえが じんぐうじの あたまを よぎった。


――おかしい。

つのはずは、12にちは、よっていて すぐに ねてしまったと いっていたはずだ。 それなのに なぜ ルームサービスを・・・。

 

・・・。

 

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Kだいがく です。

あたりのひとに きいてみた。


「つのはず? しらないね!」

 

・・・。

 

 

にしぐち「くわしくは しりませんが さいきんは、としうえの おんなと つきあっているとか・・・。 このあいだ あったときは、メシを おごって くれましたよ」


・・・。


じむしょに もどってきた。


ようこ「おかえりなさい、せんせい」

くまの「じんぐうじくん、じつは まちこに どうきらしいものが うかんできてね・・・。 まあ、はなしを きいてくれ。 ・・・じつは よよぎの はなしだと、まちこは かしわぎの ざいさんを おうりょうしている らしいんだ。 まだ、しょうこは ないんだが、もし ほんとうなら、ももこに のこされた ざいさんを ねらったとも かんがえられる。 しかし、おんなの ちからで ももこを ころして、あそこに もっていけるとは おもえんのだ」

ようこ「きづいたことですか? こいびとを ころすなんて、どうきがありませんわ。 ・・・。 もし・・・、つのはずと まちこが きょうはん だったら! そういえば、つのはずが さいきん としうえの おんなと つきあって いるとか・・・!」

くまの「よし! さっそく ふたりの かんけいを あらいだそう」


・・・。


Kだいがくです。


にしぐち「つのはずは グライダーぶに はいったんだ。 グライダーと いっても、あいつのは ハンググライダーだったけどね」


・・・。



つのはずのへや です。

 

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つのはず「たしかに ももこに くるまを かりていますよ。 いったい だれに かえしたら いいんですかね。 あのひは ゆうじんに あうので さけを のむことになるとおもい、くるまに のっていきませんでした」


つのはずは タバコを すっています。 とくに かわった ところは ありません。

めいがらは がいこくタバコの ラークです。


・・・。


よどばししょ です。

くまのが やってきました。


くまの「つのはずいちろう。 25さい。 じしょうKだいがくの がくせいだが、だいがくにも いかず、あそびあるいている。 ころされた ももこの こいびとだった らしい。 12にちは、ゆうじんと あって さけを のみ、ホテルK.Oに とまったといっている」


・・・。


ホテルK.Oのフロントです。

なかのが やってきました。

 

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なかの「えーと、3405ごう・・・とーと・・・ええ、おぼえています。 じょせいの かたでしたよ」


まちこの しゃしんを なかのに みせました。


なかの「ええ、たしかに このひとです」


・・・。


よどばししょ です。

くまのに こくはつ しました。


くまの「つのはずが はんにんだと いうんだね。 よーし、わかった! さっそく れいじょうを とって つのはずを れんこうしよう!」

じんぐうじ「ちょっとまった くまさん。 きょうはんしゃの ことを わすれてないか?」

くまの「なんだって? それは、やっぱり・・・!」

じんぐうじ「・・・まちこだ」

くまの「・・・じんぐうじくん、これで じけんも かいけつだね」


・・・。



くまの「さあ そろそろ はくじょうして もらおうか」

じんぐうじ「ホテルK.Oで ももこを さつがいし、したいを ちゅうおうこうえんまで はこんだのは つのはずいちろう! きみだね?」

 

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つのはず「ハイ。 ぼくと まちことで、ももこを ころして、したいを ハンググライダーで ちゅうおうこうえんに すてました。 ホテルの おくじょうから とんだんです。 ぼくは ももこを あいしていました。 ところが さいきん ももこのほうから わかればなしを もちかけて きたんです・・・。 もう ふたりの なかは おしまいだと おもい・・・」

くまの「しりあった まちこと、ももこを ころす けいかくを たてたわけか!」

じんぐうじ「そして、かしわぎさんが ももこに のこした いさんも てにいれようとした・・・。 そうだね、まちこさん?」

 

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まちこ「ももこが かしわぎしゃちょうの こどもだとわかり、しゃちょうは ももこに 5おくえんの いさんを のこしました。 このはなしは だれもしらないはず だったので しゃちょうが びょうきで しねば、いさんは わたしのものに なるはずでした。 ところが ごうぞうや よよぎに しられてしまい、ももこが いきていると、つごうが わるくなったんです」

つのはず「まちこから かしわぎの いさんの ことをきき、さつじんを かんがえました。 12にちのよる ももこを ホテルに よびだし へやで くびをしめて ころしたんです」

じんぐうじ「ところが ひとつ てちがいが でてきた。 ももこが ルームサービスを とったことだ」

つのはず「ええ。 ももこが おなかが すいたと いうので、ルームサービスを とったんです」

まちこ「よていにない ももこの こうどうに あわてて わたしが しなものを うけとって しまったんです」

つのはず「したいを おとしたあと、ちゃくちに しっぱいし ハンググライダーを こわしてしまい、むかえにきた まちこと あうのに じかんが かかってしまいました」

くまの「そのとき はしゅつしょの みつこしに みられたんだな」

じんぐうじ「まちこのへやで タバコを わすれたのも しっぱいだったね」

つのはず「・・・やっぱり、かんぜんはんざい なんて できないものですね・・・!」

 


――じけんは かいけつした。


・・・。