*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【22】

 


・・・。

 

『開始から6時間が経過しました。 お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』


アラームに誘われた総一がPDAを覗くと、画面にはそう表示されていた。


―――ついに、この時が来てしまったか・・・。


結局、手塚達は戻って来なかった。

総一達は素早く見切りをつけて移動するべきだったのだが、咲実と優希のショックは深くまだ2人は動かせる状態ではなかった。

そのまま時間を浪費した3人は、ホールに座ったまま戦闘禁止の解除の知らせを受けたのだった。


―――さて、どうする? このままではいずれ俺達は・・・。


そんな風に考えた総一が座りこんだままでいる2人の顔を見た時、ずっと黙ったままでいた咲実が口を開いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215092812j:plain



「御剣さんも、行って頂いて構わないんですよ」

「咲実さん!? 一体何を言い出すのさ!?」


咲実が口にした言葉は総一を酷く戸惑わせた。


「あの人の言う通りです。 私達は、足手まといです。 あの子が死んで、ルールが本当だって分かってるのに、足がすくんで動けないんです! このままだと首輪が作動するって分かってるのに、何もかも恐ろしくて仕方がないんです!!」


そんな咲実の言葉に、優希も同調する。


「う、うん。 咲実お姉ちゃんの言う通りだよ。 お兄ちゃんまでここにいる事はないよ。 わたしとお姉ちゃんは動けそうにないから、おいていって良いよ」

「2人とも本気で言ってるのかっ!?」


総一の驚きは小さくは無かった。


「だ、だってお兄ちゃん、これからは何人もさっきみたいに攻撃してくるんでしょ? 殺しに来るんでしょ? わたしには無理だよ! そんなのと喧嘩しても絶対負けちゃうもの!!」

「行って下さい御剣さん。 私達を連れていては、出来る事も出来なくなります」


優希も咲実も現状が良く分かっていた。

だからこそ自分達は生き残れないと判断した。

条件を満たして首輪を外す前に、殺されてしまうと考えているのだ。

だから少女達は総一に言う。

1人で行けと。

総一1人ならなんとかなるかもしれないから。


「・・・ふぅ」


そんな2人の言葉を聞いて、総一は身体から力を抜いて大きな溜め息をついた。


「じゃあ、このまま3人でずっとここにいようか」


そして総一はその場にごろりと横になった。

更に寝転がったまま大きく伸びを1つ。

ずっと緊張が続いていただけに、そうやって横になるのは気分が良かった。


―――あー、疲れたぁ・・・。

 

「お兄ちゃん?!」

「どうしてですか!? 私達の事なんて良いんです! 御剣さんだけでも行って下さい!!」


悲鳴じみた2人の声。

それを聞いた総一はごろごろと転がって咲実の膝に頭を乗せた。

すると丁度膝枕の要領で、咲実と上下逆に顔を合わせる事になった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215092841j:plain



「2人ともさ、俺の事を買いかぶり過ぎなんだよ。 俺が怖がってないとか思ってるだろ?」

「だって御剣さんは、ずっと頼りがいがありましたし、余裕があるように見えますから」

「そうだよ。 お兄ちゃん強そうだもん」


優希も傍までやってきて総一を見下ろし始める。


「あっはっはっはっは!」


総一は笑いながら握りこぶしを作った。


コン、コン


そして目の前にある2人のおでこ順番に軽く叩いていく。


「そんな訳あるかぁ! 女の子の前だから見栄張ってたけど、実は俺も怖くて仕方無かったんだ!」


―――特に、誰かを置き去りにするのは怖い。


それもそのままだと死んでしまうというのなら特にそうさ。

このまま2人を残せば、あの時の繰り返しになってしまう。

それだけは・・・。

ならせめて最後まで2人と一緒にいようや、御剣君よ。

どの道首輪は外せないんだから・・・。

総一のスペードのエース。

首輪を外す為の条件は『クイーンのPDAの所有者を殺害する。 手段は問わない。』 となっている。

ルールが本当だとしても、総一には人は殺せない。

結局ルールのままに首輪を外す事は出来ないのだ。


「男だからって根性据わってるって考えは間違いだよ。 俺だって膝がカクカクしてるんだから」


そしてもちろん、膝が震えるというのも事実だった。

総一は殺されかけた上に、少年の死に様を見せつけられた。

だから置き去り云々を抜きにしても、座り込んでうずくまってしまいたい気分だった。


「だからさ、俺もここに居させてくれない? こんなとこ1人でうろうろするの嫌だよ俺。 それよりはここで3人が良い。 膝枕も気持ちいいしさ」


―――そもそも俺に"優希"を置いていく事なんて出来やしないんだ。


こうなって当然なんだ。


「御剣さん・・・」

「ふふふ、そういえば、お兄ちゃん根性なかったよね?」


咲実は表情を曇らせたが、優希は逆に小さく笑顔をこぼす。


「最初にわたしと会った時も凄く驚いてたし。 でもそうだよね。 お兄ちゃんも怖いんだよね・・・」

「実は相当にダメ男である自覚があるよ」


総一はそう言って目を閉じる。


―――あいつにも何度も尻を叩かれたっけ。


ちゃんとしろ、ズルするな、がまんしろ。

でもこればっかりは駄目さ。

死ぬと分かっててこの2人を置いていくのはどうしてもさ。


「御剣さんは、死ぬのが怖くないんですか?」

「怖いよ」


総一は目を閉じたまま答える。


「でも、俺にはそれより怖い事がある。 それに比べたら気楽なもんさ」


―――人を殺して、この2人を見捨てて、その上で戻る場所があんな日々なら、ここで死んだ方がどれだけ気楽か・・・。


総一には迷いは無かった。


「だから俺は2人に付き合うよ。 それが俺にとって一番良いやり方なんだ」


総一は目を開けた。

そして目の前で揺れる4つの瞳に向かって笑い掛ける。

そのまま少女達はしばらく黙って総一を見つめていた。


「優希ちゃん」

「・・・うん。 わたしもそれが良いと思う」


やがて少女達は総一の前で頷き合った。

しかし総一にはその意味は分からない。


「どういう事なんだい?」

「・・・すみませんでした御剣さん。 私も優希ちゃんもちょっとどうかしてました」

「うん。 やっぱり首輪を外したいなって思って。 ちょっと怖いけど」


そして2人は同時に笑顔を作り総一を見下ろす。

総一はその顔を見て身体を起こした。


「なら、俺も一緒に行こう」


首輪を外すという事は、この場所から移動するという事でもある。


「それは、1人でここに残るのが嫌だからですか?」

「ああ。 1人ってつまんないんだよ、本当にさ」


総一はひょいっと立ち上がると2人に向かって手を差し伸べる。


「そうだね。 忙しい忙しいってうちのパパはいつも遊んでくれないんだ。 それに知ってる? 1人で食べる晩御飯って美味しくないんだよ」


すぐに優希がその手に掴まって立ち上がる。


「ああ。 美味しくないよなぁ」

「でしょー?」


しかし咲実はすぐには総一の手を取らなかった。

差し伸べられた総一の手を、じっと見つめていた。


「咲実さん?」


咲実は総一の声に弾かれたようにパッと顔を上げ、彼の顔を見る。

この時の咲実の頬はほんのりと赤く染まっていた。


「な、なんでも、ありません・・・」


咲実はすぐに目を伏せ、遠慮がちに総一の手を取った。


「よっと」


―――どうしたんだろうな? 咲実さん。


総一は不思議に思いながらも咲実を立ち上がらせる。

だがこの時感じたデジャビューに、総一はすぐにその疑問を忘れてしまっていた。


―――そういや、あいつもこんな風だったなぁ・・・。


咲実が総一の手を取って立ち上がる姿。

それは総一の記憶の中の人物とよく似ていた。


―――雰囲気や言動は全然違うんだけど、時々そっくりに見えるんだよな。


「それでお兄ちゃん、これからどうするの?」


そんな優希の声で総一の考え事は打ち切られる。


―――いかんいかん、そうだったそうだった。


総一は2人から手を放すと素早くポケットの中からPDAを取り出した。


「あ・・・」


咲実は離れていく総一の手を名残惜しそうに見つめていたが、それに気付いたのは彼女を見上げていた優希だけだった。


「えへへ・・・」


その優希は総一と咲実を交互に見比べながら、とても楽しそうに笑っていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

総一達がエレベーターを見つける頃には、咲実も優希も最最初の頃の調子を取り戻し始めていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215092909j:plain

 

「エレベーター、こないねぇ?」

「階数表示は出てるし、電気は通ってるみたいなんだけどな、コレ」

「もしかしたら壊れているのかもしれませんね。 それとも上の階で誰かが止めてしまっているのか・・・」


2人は先の事を悲観した発言は無くなり、明るい表情を見せる頻度も増え始めている。


―――やっぱりあの死体から離れたのが良かったのかもしれないな。


総一は元気を取り戻しつつある2人に安堵していた。


「咲実さん、優希、ずっと歩きっぱなしだけど大丈夫かな? 疲れたりしてない?」

「平気だよ!!」

「私も平気です。 でも御剣さん、少し休んでから行きませんか? 優希ちゃんは歩幅も狭いですし、あまり無理はしない方が良いと思うんです」

「分かった。 そうしておこうか」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ!」


優希が総一と咲実の間で不満そうに頬を膨らませる。

ぷっくりと膨らんだその頬はつつけば弾けてしまいそうだった。


「これは優希ちゃんだけの為じゃないのよ。 ねぇ、御剣さん」

「そうだぞ優希、大丈夫なうちだから休むんだ」

「え?」


総一はそんな優希の頭に手を置いて言葉を続ける。

総一は優希とは反対に小さく微笑んでいた。


「ルールが本当だという前提で動き回る以上、俺達はあと3日間歩き続けなきゃいけない」

「3日間・・・」


優希はそこまで考えていなかったのか、指折り数えながら小さな声で囁く。


「疲れてから休む、なんて事を繰り返していたら俺達はきっと潰れちまう。 本当に疲れ切ってしまう前にちょっとずつ休んだ方が良いのさ」

「そっか・・・うん、3日もあるんだよね。 お兄ちゃんとお姉ちゃんの言う通りにするよ」


2人の言葉に納得したのか、優希はこっくりと頭を縦に揺らした。

そしてエレベーターのあるホールに据え付けられた古ぼけたベンチに腰を下ろした。

それを見届けた咲実が総一の方を向き、笑顔を作った。

そして優しげに目を細め『良かったですね』と言わんばかりに小さく頷いた。


―――そうだね、咲実さん。


総一が笑い返すと、彼女はそのまま優希に近付いて横に腰を下ろした。


・・・。


「・・・なんだか・・・」


優希はベンチに座って足をぶらぶらさせながら、笑顔を交わす総一と咲実を不思議そうに見上げていた。


「どうしたの? 優希ちゃん」

「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって、本当にここで初めて会ったの?」

「そうですけど、それがどうかしたの?」


咲実が髪を揺らしながら首を傾げると、優希は大きな瞳で2人の事をじっと見ながら話し続ける。


「・・・うん・・・。 なんだか、お兄ちゃんとお姉ちゃんは仲が良かった頃のパパとママと同じような感じ
がして・・・」


―――仲が良かった頃・・・? 言葉通りの意味なら、今は仲が悪いって事だが・・・。


総一はその言葉に引っかかりを覚えた。


―――待てよ、そういえばさっきお父さんが忙しくて家に居ないみたいな話をしていたような・・・。


それで1人で食べる御飯がどうとか・・・。


「じゃあ私がママで、御剣さんがパパなんですか?」


「そうそう」


優希は上機嫌で咲実の腕を取り、彼女に軽く寄りかかる。

それは丁度母親に甘える娘のような仕草だった。


―――つまり御両親は不仲で、2人とも家には居ない。


お父さんは仕事。

じゃあお母さんは・・・?

その理由は総一には片手で数えられるぐらいしか思いつかなかった。

そしてそのどれもがあまり嬉しい内容ではなかった。


「俺ってそんなにおっさんくさいかなぁ?」


だから総一は陽気な声でしゃべりながら優希の隣に腰を下ろした。

そうすると総一と咲実で優希の事を左右からはさむ格好になる。


「おっさんくさいんじゃないよう」


くすくす


優希は笑い始める。


「そのくらい仲良しに見えるって事だよ」


そして咲実の腕と同じように、総一の腕も取った。

優希は嬉しそうに目尻を下げ、にこにこと笑いながら左右に座っている総一と咲実の腕を両腕で抱き抱える。


「あら、じゃあ私って子持ちに見えるんですね?」

「ちがうよぅ~!」


優希は休憩の間、終始上機嫌だった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20210215092936j:plain



カジノのメインモニターには笑顔の優希が大写しになっていた。

エレベーターのホールにあるベンチには人が座る事を見越して、正面に監視カメラが設置されている。

だからいつものように角度の悪い遠距離からの映像ではなく、真正面からのベストショットだった。


「この子はエースとクイーンのオマケだと思っていたが、ここへ来て急に注目度が上がってきたな」


コントロールルームからカジノを見下ろしているディーラー、『ゲームの責任者』は予想外の展開に笑いが止まらなかった。


総一と咲実の仲を取り持っている優希。

今になって彼女へ掛ける人間の数が急激に伸びていた。

その可憐な姿と、無邪気な言動に人気が集まりつつあったのだ。


「あの子が苦しむ姿を見たいのかな、やはり」


ディーラーは客の要求に応えるべく、早速今後の演出を検討していく。


「他の参加者に比べると子供っていう身体的なハンデがあるから、毒関連の武器を渡すのも面白いかもな」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215092956j:plain



武器の一覧表を呼びだし、優希が使えそうな武器をピックアップしていく。


「ああそうか、暗殺用の武器とかでも良いんだよな。 あの子でも使いやすいだろう」


毒に加え、暗殺用の武器もピックアップしていく。

もともと隠し易い武器という事で、優希でも使えるサイズの武器が多い。


「よし、こんな所で―――」


ディーラーがチェックを終えようとした時の事だった。


――ッッ


大きな音がコントロールルームに響き渡る。

それはコントロールルームのドアが勢い良く開いた音だった。


「せ、責任者はいるか!? お、おいっ!!」


ドアから飛び込んで来たのは初老に差し掛かったタキシード姿の紳士だった。


―――あ、あれは最高幹部会の金田さん!? おいでになっていたのか!?


最高幹部会。

それはこの『ゲーム』やカジノを運営している『組織』の実務レベルでの頂点だった。

そこに所属する9人の幹部によって『組織』は管理・運営されている。

厳密にはその上にボスが控えているのだが、今の『組織』は巨大化してたった1人の人間の意志では管理しきれない。

それゆえにボスの考えを良く理解している9人のメンバーが必要になる。

ボスも最高幹部会の決定は可能な限り尊重する。

あまり横槍を入れると『組織』が立ち行かなくなるのは明らかなのだ。


「そ、そこにいたか!」


金田という名の幹部は、ディーラーを見つけると慌てて駆け寄ってくる。


―――どうしたんだ? 一体・・・?


金田は比較的温厚な保守派として知られている。

事務周り、とりわけ出納関係の仕事を任されている人物だ。

ひとあたりも良く、落ち着いた人物の筈だったが、この時の金田はそうではなかった。

真っ青な顔、額に滲んだ汗、そして息が上がっているのも構わず無様なほどドタドタと走ってくる。


「これはこれは金田様。 このような場所へわざわざご足労―――」
「挨拶なんて良い! たっ、大変なんだ!!」


金田はディーラーの手を掴み、ガクガクと揺さぶる。

その手の力は強く、ディーラーにも彼の焦りが良く伝わってきた。


「いかがされましたか、金田様」
「あっ、あっ、あの子、あの子だっ!!」


金田はコントロールルームの窓越しに、カジノのメインモニターを指さした。


「あの子?」


メインモニターには、今も優希が大写しになっている。


「どうしてあの子が参加しているんだ?」
「どうしてと申されましても、プレイヤーですから・・・」
「お前、あれが誰なのかを知っているのか!?」
「は?」


ディーラーにはその言葉の意味が分からなかった。


―――何という事もない、ただの参加者である筈だが・・・? 騒ぐような事なのか?


「あの子はなぁ―――」


だが金田がその正体を口にした時、ディーラーはあまりに大きな驚きに、比喩や冗談ではなく本当に気が遠くなった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

「ここが2階かぁ・・・」

「こら優希、1人で行ったら危ないぞ」


軽い足取りで1人階段を登り切ってしまった優希。

総一が文句を言うと彼女は素直に階段を数段降りて戻ってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093015j:plain



「ごめん、ついいつもの調子で登っちゃった」

「優希ちゃん、怖い人もいるかもしれないから、次からは気をつけてね?」

「ごめん、気をつける」


心配そうな咲実に、優希は申し訳なさそうに眉を寄せて小さく頭を下げた。


総一達は2階への階段を見つけていた。

罠を警戒しながらなので、ここへ辿り着いたのは夕方の7時になろうかという時間だった。

『ゲーム』の開始から数えると9時間が経過してしまっていた。

ルールによると1階から順に進入禁止になるとの事だったから、すぐに総一達は2階へ上がる事に決めた。

他の人間を探したいという気持ちもあったのだが、優希を連れている以上なるべく急いで移動するような状況は避けたかった。

だから2階へ上がる事を優先したのだ。


「でも、なかなか他の人に出会わないなぁ」


ホールを見回しながら総一は呟いた。

2階のホールもこれまで同様に人影は見当たらなかった。

結局、郷田と手塚に出会って以降、総一達は誰とも出会わずにここまで来てしまっていた。


「ルールがもう1つ分からないと、困りますものね」


ルールが本当である以上、まず最初にやらなければいけないのはもちろんルールの確認だった。

まだ4番目のルールは分かっていない。

それが分からないうちは下手な行動はとれない。

総一達の心にはルール違反で死んだ少年の姿が焼きついていたから、それを確認せずに何かをしようという気にはなれなかった。


「これだけ広いとなかなか見つからないねぇ」


優希も一緒になって考え込んでいる。

しかしその姿は彼女の容姿ともあいまってコミカルだった。

そんな彼女の姿を見て小さく笑顔を浮かべていた総一だったが、すぐに真剣な表情を取り戻した。


「御剣さん?」


そんな総一の変化に気付いた咲実が問いかけると、総一は大真面目な顔を崩さずに咲実を見た。


「この建物に人間が13人。 どうやって出会えば良いんだろう?」

「え?」

「広すぎると思わないかい? 13人の人間に何かをさせるには。 本気で隠れたら逃げ切れそうだし、下手をすれば偶然誰とも出会わずに72時間が過ぎてしまう事だって有るんじゃないかな」

「そういえば・・・」


咲実の表情も真剣なものに変わる。

そして彼女は視線を総一から外して不安そうに2階のフロアを眺めた。


「地図を見る限り、この建物の一辺の長さが1キロ以下なんて事はない。 そしてそこにある複雑に絡み合った迷路状の通路。 1フロアだけでも13人の人間には大き過ぎる。 なのにこの建物は全部で6層に分かれてる」

「何かさ、また変な仕掛けでもあるのかもしれないよ。 お兄ちゃんがやられそうになった罠とか、ああいうのが」


―――例えば13人が出会うような仕掛けがあるって事か?

 

「ん?」


その時、総一の視界内で何かが動いたような気がした。

とっさにその方向に意識を向けるが、その時にはもうそこには何の姿も無かった。


「どうしたんですか、御剣さん?」

「今、あそこで何かが動いたような気がしたんだ」


総一はホールの出口から続く通路を指さした。

総一が何かを見たように感じたのは、その先の通路の角だった。


「本当に?」


心配そうな顔をしている咲実の横に並んで、優希も一緒に通路の方を見る。


「分からない。 ちらっとだから、見間違いかもしれない」

「どうしますか?」


咲実は総一の方へ向き直った。

すると優希も総一を見上げる。


「・・・よし、念のために俺が様子を見てくるよ。 2人はここで待っててくれないかい?」

「1人で大丈夫ですか?」

「咲実さん、ここから様子を見ていて危なそうだったら教えてくれないかな。 敵がいるかもしれない場所に全員で行って、いっぺんに何かが起こったら目も当てられないし」


咲実は通路をちらっと見てから頷いた。


「分かりました」

「あとは・・・」

 

総一はほんの一瞬だけ咲実から視線を外して優希を見た。


「そうですね」


咲実はすぐに総一の意図を読み、やわらかく微笑んだ。

優希は通路の奥に気を取られていたらしく、総一達のそのやり取りには気付いていなかった。


「頼むよ、咲実さん」

「はい、お任せ下さい」

「気を付けてね、お兄ちゃん」

「ああ。 優希も頼むぞ」

「うん!」


そして総一は咲実と優希をその場に残し通路へと踏み込んでいった。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093037j:plain



―――さっきの感じだと、多分この変なんだが・・・。


総一は慎重に歩を進めていく。

見間違いでなければ、総一が目にしたものは目の前の十字路のあたりに現れた筈だった。


―――だけど誰の姿もないし、物音もしない。


これは完全に見間違いだったかな?

総一は角から顔を出し、左右の通路を覗き込んだ。


「いない、な・・・」


総一が見かけたと思った時から既に何分か過ぎている。

仮に居たのだとしてもそのままどこかへ行ってしまったという可能性は濃厚だった。

通路には瓦礫が転がっていたりするだけ。


「戻るか」


総一はそう判断すると十字路に背を向けた。

そして1歩、2歩と足を踏み出した時にそれはやってきた。


「動くな」


ぎゅっ


少し高めの女の子の声。

同時に総一の背中に何か固いものが押し当てられる。


「動くとこのまま刺すよ」


その声に言われるまでもなく、驚いた総一の身体はその場で硬直していた。


「ちょ、ちょっと待った」
「そのままゆっくり手を上げて。 少しでも変な事をしたら突き刺すよ」
「待った待った、分かったってば」


総一は言われた通りにゆっくりと手を上げる。


「俺は君と喧嘩するつもりはないんだよ」
「どうだかね。 大体嘘をつく奴はそう言うんだ」


女の子の声はそっけない。


―――声からすると俺より年上って事は無さそうだが・・・。


張りがあり、しかもやや甲高い。

通路に反響していまひとつ分かりにくいが、どちらかと言えば総一自身よりも優希あたりと年が近いような雰囲気があった。


「今の俺達は情報を集めてるだけだ。 ルールが全部分からないうちにはPDAも戦いも無いだろう? 頼むからそいつを下ろしてくれないか」


―――ナイフか何か、それとも尖った棒か何か。


どっちにしろこのままじゃまずい・・・。


「・・・あたしとしてはあんたとどうにかしてから、ゆっくりあんたのPDAを調べるんでも構わないんだ。 その方が安全だしね」
「戦うつもりはないって言ってるだろう?」
「ふんっ、今がそうでも、いつ手の平を返すか分かったもんじゃないね」


女の子は頑なだった。


「あたしは妹の為にも負けられないんだ。 悪く思わないで―――」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093106j:plain



「お兄ちゃんっ!」

「御剣さんっ!!」


その時、異変を察した優希と咲実が駆け寄ってくる。


「危ないから来るなっ! そこで止まってろ!」


しかしそんな総一の厳しい声に優希も咲実も十数メートル手前で立ち竦む。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093128j:plain



「その2人はあんたの仲間?」

「ああ。 1階で会って、一緒に行動してる。 咲実さん! 優希! こっち来ちゃ駄目だ! この子は武器を持ってるんだ!」

「でも御剣さんっ!」

「お兄ちゃんを虐めるなっ!!」


総一を心配して咲実と優希は大きな声で叫ぶものの、総一の背後の人物が武器を持っている為にそこからは動く事が出来なかった。

心配そうにその場で叫ぶのがせいぜいだった。


「・・・あの子、あんたの妹なの?」

「そうじゃないけど、ああやって慕ってくれてる。 それがどうした?」

「・・・別に」


後ろの少女がポツリとそう呟いた瞬間、総一の背中から固い感触が離れた。


「・・・とりあえずはあんた達を信用する事にするよ」

「とりあえず?」

「そう。 話をする間ぐらいはね」


そしてその少女の声が離れていく。


「御剣さん!」

「お兄ちゃん!」


少女が離れたのを見て、咲実と優希が総一に駆け寄っていく。


「ふぅ・・・」


総一はひとつ溜め息をついてから背後を振り返った。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093238j:plain



そこに立っていたのは総一の予想通りの小さな少女だった。

髪をショートカットにして、服装も動きやすいもの。

優希よりもひと回り大きいくらいの、ボーイッシュな少女だった。


―――なるほどね、この子ならあの瓦礫の後ろにも隠れられそうだ。


総一は自分が少女の隠れ場所を見逃した理由がその身体の小ささである事に気付いた。

総一が誰も隠れられないと思った瓦礫に彼女は潜んでいたのだ。

これは相手が子供かもしれないと考えなかった総一の失敗だろう。


「あたしは北条かりん」

「御剣総一だ」


―――騙されたな、こりゃ・・・。


総一は名乗りながらかりんと名乗った少女の賢さに舌を巻いていた。

少女が手に持っていたのは刃物ではなく単なる木の棒だったのだ。

総一は後ろを見れないから、すっかり刃物だと信じていた。

彼女が総一に後ろを向かせなかったのにはそういう理由もあったのだ。


「姫萩咲実です」

「色条優希だよ」


咲実も優希も名乗りはしたものの、その表情は硬かった。

総一に武器を向けていたかりんの事をなかなか信用できなかったのだ。


「それで用件はなに?」


当のかりんは優希と咲実の様子など気にした風もなかった。

その幼さの残る顔に厳しい表情を乗せて総一を油断なく見つめていた。

少しでも総一がおかしなそぶりを見せれば、きっと少女は身を翻して逃げだすだろう。


「さっきも言ったけれど、俺達はここを出る為に情報を集めてるんだ。 主にPDAのルールを」

「へぇ。 ルールはどこまで集まってるの?」

「4番以外は全部分かってる」

「・・・残念だね。 あたしは4は知らない。 あたしのPDAには共通のルール以外は、賞金のと侵入禁止のヤツしか載ってなかった」

「そっか」


総一は落胆して少しだけ肩を落とした。


「用件はそれだけ? もしそうならあたしはもう行きたいんだけど」

「いや。 北条さん、俺達と手を組まないかい?」

「えっ?」

「今の状況は分かってるんだろう?」

「大体は」


かりんは頷く。

しかし総一の言葉を探るように、その視線は今なお総一の顔を睨みつけている。


「だったら話は早い。 実はもう他人を襲う人間が出始めてるんだ」

「やっぱりそうなったんだね」


かりんには動揺した様子は無い。

総一の言葉にもその表情は崩さなかった。


「だから俺は出来るだけ仲間を増やして、襲われる率を下げたいと思ってる。 固まって行動する相手は攻撃し辛いだろう?」

「あたしはまだあんた達を信用してない。 あんた達がいつ裏切るとも分からないのに、そんな危ない橋は渡れない」


しかしかりんは首を横に振った。


―――確かさっき、妹さんの為って言っていたよな・・・。


総一は彼女が首を横に振った理由がそこにあるような気がしていた。


「お兄ちゃん、この人も仲間にするの?」

「その方が良いだろ。 次の休憩では3人交替で見張り番するより、4人交替の方が長く寝てられるぞ」

「信用して大丈夫なんですか?」


咲実は総一にだけ聞こえるように耳元で囁いた。


「大丈夫だよ、この子は」


総一はかりんを危険ではないと感じていた。

その根拠はこれまでのかりんの言動だった。

彼女は『妹の為にも負けられない』と言った。

そして優希の姿を見て総一に妹なのかと問い、その後に話を聞いてくれるようになった。


―――悪い子じゃない。


それにこういう時に子供を見捨てていくようじゃ、きっとアイツに怒られちまうからな。

危険な子ではない。

見捨てるわけにはいかない。

そして妹を助けたいと言うなら、そうさせてやりたい。

総一はかりんの事情も分からないというのに、そんな事を考えていた。


―――それにそもそも、いきなり俺を殴り倒しても良かったんだ。


でもこの子はそうしなかった。

きっと大丈夫さ。

総一は彼女の妙な律儀さがそれを証明しているように思えた。


「あたしにはあんた達に協力するメリットはないよ」

「そんな事はないよ。 北条さん、ルールは全部知らないんだろう?」

「・・・そうだけど」

「仲間になってくれるなら、俺達が知っている分は全部教えてあげられる。 あとはどっちが有利かを考えてくれ。 ルールを知らないままに1人で行動し続けるのと、ルールはほとんど分かった上で俺達と行動を共にするのと」

「・・・」


かりんは総一の顔を見ながら口元に手を当て、考え込むような仕草を見せた。

即答しないのは迷っているからだろう。


「少なくとも4番目のルールがはっきりするまでは、俺達が裏切る心配はしなくて良いと思うんだけどね」


4番目のルールが分かっていない以上、総一達は積極的に何かをする事は出来ない。

そこに書かれている内容次第では首輪が作動して死んでしまう事もありうる。

下手をすれば首輪を外す行為そのものが何らかの事情でルール違反になる可能性もあるのだ。

現に総一を殴った少年はそれで死んだのだ。


「・・・分かった。 ルールが全部分かるまでは一緒に行く」


しばらく考え込んでいたかりんだったが、一度ちらりと優希を見た後にコクリと頷いた。


・・・。


最初は表情の硬かったかりんだったが、しばらくすると少しずつその硬さもとれ、僅かだが明るい表情を覗かせるようになっていた。

そのきっかけはやはり優希だった。

彼女の無邪気な明るさはここでも大きく貢献していた。


「ふぅん、かりんちゃんには妹がいるんだね。 ね、ね、どんな子? 可愛い」


かりんは目を輝かせる優希に携帯電話を差し出した。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093537j:plain



「ほら、これが妹のかれん」


携帯電話の待ち受け画面には病室のベッドの上に座っている小さな少女と、その隣に座っているかりんが写っていた。

ベッドの少女は優希より少し年下といった雰囲気だったが、その身体の細さのせいで更に年若く見えていた。


「わぁ、可愛いんだねぇ。 いいなぁ、わたし一人っ子だからうらやましい」

「でも、今は病気で入院してるんだ」

「いいなぁ、俺一人っ子だからうらやましい」

「わたしのものまね? ぷぷぷ、気持ち悪いよお兄ちゃん!」


総一の入れた茶々を、あっさりと気持ち悪いの一言で片づける優希。


「なんだとぅ!」

「そんなの良いからさ、わたしが妹になったげるよ!」


馬鹿な話を始めた総一と優希に代わって、咲実がかりんに話しかける。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093600j:plain



「じゃあ、治療の為に賞金が欲しいと仰っていたのは、妹さんの事なんですね?」

「・・・うん。 このおかしな『ゲーム』が本当なら、勝てば賞金が貰える。 もしその時の生き残りが5人以下なら、妹の治療に必要な額に届くんだ」


かりんがそう呟くと、騒いでいた総一と優希は騒ぐのを止めた。


「だから、いざとなったらあたしは妹の為に―――」

「ねえ北条さん、治療に必要な額って幾らなの?」


かりんが物騒な事を口にしかけたのに気付き、総一は慌てて別の質問で彼女の言葉を遮った。


「・・・渡航費用まで合せると3億8000万円」

「そんなに・・・」


総一はその金額を聞いて耳を疑ったが、同時にそれで納得がいった事もあった。


―――それでこの子は俺達の仲間になろうとしなかったのか。


生き残りが増えれば賞金が減るから・・・。

この子は妹を治療する為になら悪魔にだって魂を売るつもりなんだな・・・。

総一はそんな彼女の気持ちが良く分かった。

大事な人を何としても守ろうというその気持ち。

それに失敗した総一だけに、かりんには何としても妹を守り切って欲しかった。


「だからいずれあたしは、みんなとも戦う必要があるかもしれないんだ」


かりんはそう言って総一達から顔を背けた。


「戦う必要はないな。 今のままでも賞金は足りる」


総一は指折り数えながら、暗い顔をしているかりんに笑い掛ける。


「え? そんな筈は! だってまだ12人もいるじゃない! それじゃ賞金は全然足りないよ!」

「北条さん1人で払おうとするから駄目なんだよ」


総一は笑い続ける。


「賞金の20億円を12人で分けると1人当たり1億6000万円ちょっと。 合ってるよね?」


総一は自分で計算しつつも、隣にいる咲実に確認する。

すると彼女は口元に手を当てて小さく笑いながら頷いた。


「って事はだ、俺と北条さんの2人分でもう3億3000万円だ。 あとは優希と咲実さんが2500万円ずつ貸してくれたら、それで目標達成だ」

「あ・・・」


かりんは驚きに目を大きく見開く。

かりんにとって総一のこの発言はあまりに予想外だった。


「合ってるよね? 計算」


総一は再び咲実に確認する。

すると今度の咲実は笑顔のまま首を横に振った。


「その計算は間違いです」

「あれ? そうだっけ?」


総一は慌てて計算をし直すのだが、間違えたのは計算そのものではなかった。


「御剣さんとかりんさんだけでそんなに負担する必要はないです。 私の賞金ももっと使ってください」

「そうだよ! 2500万なんてケチくさい事言わないでよ! みんなで出せば良いじゃない!」

「という事らしいから、別にこのままでも・・・って北条さん、聞いてる?」


かりんは戸惑いを隠せなかった。

彼女は怪訝そうな表情で総一達の顔を順番に眺めていく。


「それ、本気で言ってるの?」

「どうして嘘だと思うんだ?」

「それは・・・」


かりんは口ごもる。

これまでかりんはたった1人で妹を守ってきた。

誰もかりん達を助けようとはしなかった。

大人達は誰もが可哀想と口にするだけ。

実際に助けようとしてくれた人間など1人も居なかった。

それだけにかりんには目の前の人間達の発言がすぐには信じられなかったのだ。


「まあ、すぐには信じられないか」


総一は何となくそれに気付いた。


―――俺も彼女の立場なら疑うんだろうな。


例えばそう、あいつの命がかかっていたりすれば・・・。

その時総一の脳裏をよぎったのは、幼馴染の面影だった。


「でもね北条さん、これは別に善意だけで言ってる訳じゃないんだ。 俺は臆病者だよ、北条さん」


だから総一は説得の切り口を変える事にした。

自分がかりんの立場なら、善意という不確かなものには妹の命は賭けられないだろうから。


「・・・どういう事?」

「俺は危ない事はしたくない。 だから敵も増やしたくない。 今ここで君に協力しなければ、下手をすると君と敵対する事にもなりかねない。 今なら味方は4人で残りは8人。 でも君が離れれば味方が3人で残りが9人。 戦力比を考えて欲しい。 1対2か、1対3か。 この差はすごく大きい」

「お兄ちゃん、そういう情けなくてカッコ悪い事は言っちゃ駄目だよぅ」


優希が呆れていた。

しかし総一はそれを敢然(かんぜん)と無視して話し続ける。


「だから君を買収するのもやぶさかではないな。 それに北条さん、君には悪いけれど、賞金だって本当に貰える保証はない。 どうしても賞金が欲しい君はともかく、俺にとっては貰えるかどうか分からないあやふやなものだよ。 それを使って身を守れるなら、俺は迷わないな。 命あってのモノダネって言うだろ?」

「御剣さん、それはあんまりでは・・・」


咲実も呆れてくすくすと笑い始める。

だが咲実の場合、瞳の奥の穏やかな光が失われていない。

もしかしたら彼女のは総一が説得の為にそう言っているという事に気付いているのかもしれない。


「無い袖は振れないと言うけど、無い袖で買収できるかもしれないならするべきだと思わない?」

「思わないよう~~~。 なにその情けない考え方は~~~」

「男らしい発言とは言えないと思いますよ、御剣さん」


優希も咲実も笑っている。

だが反対の言葉は口にしない。

2人とも賞金の扱いについてはそれで良いと思っているのだ。


「お兄ちゃん、普通そういう事は思ってても言わないもんだと思うんだけど」

「うっさいわい。 俺達の安全もかかってるんだぞ? 背に腹は代えられん」


総一は優希に言い返すとかりんに向き直った。


「それに北条さん、北条さんにとっても悪い条件ではないと思うけど」

「・・・どういう事?」

「まず、戦う相手が減る。 君は賞金の為に最大で7人と戦う必要があった訳だけど、それをしなくて済むようになる」


かりんの顔は真剣だ。

その事はかりんも考えていた。


「そしてもう1つ。 君が負けても妹さんが救える」

「御剣さん!?」

「お兄ちゃん! 何を言ってるの!?」


この総一の発言には優希も咲実も目を剥いた。


「御剣さん、それは情けないにもほどがあります!」

「みんなで帰るんだよ! かりんちゃんも一緒に!!」


これには流石の2人も怒りの表情を浮かべていた。


「ごめん2人とも。 俺もそれが一番だと思う。 でも考えてみて欲しいんだ。 あの罠や仕掛け、襲ってきた少年の事を。 ほんのちょっと巡りあわせが悪かったら、俺は死んでいたのかもしれない。 みんな無事に帰れればいいけど、そう出来ない事もあると思う。 これは北条さんだけじゃない。 酷いようだけど、みんなそうなんだ」

「御剣さん・・・」


咲実と優希の顔から怒りが抜ける。

2人ともその事は痛いほど分かっていた。

彼女達とて目の前で死んだ少年の事は今も心に深く焼き付いている。


「もし不幸にして北条さんがそうなったとしても、仲間になってくれてるなら妹さんの事は助ける。 俺が言いたいのはそういう事さ」


咲実と優希はそれ以上何も言わなかった。


「あとは北条さん、君の考え方次第だよ。 俺達に裏切られるリスクと、仲間になった時のメリット。 そのどちらを高く評価するか。 こればっかりは君が決めてくれ」

「御剣・・・」


かりんは考え込む。


「結論は急がなくても良い。 どの道4番目のルールが分かるまでは、俺達は何もできないんだから」

「分かった。 それまで少し考えてみる」


そしてかりんは神妙な面持ちで頷いた。


・・・・・・。

 


・・・。

 


「助かりました、漆山さん」


郷田は目の前の男性に優しげに微笑みかけた。

するとその男は柄にもなく照れて僅かに顔を赤らめた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093623j:plain



「こ、困った時はお互い様だ」

「そういって頂けると助かりますわ。 そのついでと言っては何なのですが、左の足首も見て頂けませんか? どうやらくじいてしまったみたいで」

「あ、ああ」


閉めた救急箱を再び開ける漆山。

そして目の前で組み替えられた郷田の脚を見てごくりと唾を飲み込むとそっと手を伸ばした。


「あんっ」


その張りのある美しい脚に触れると、彼女は切なげな吐息を漏らした。


「漆山さ、ん、もっと、下です」

「こ、この辺かい?」

「んっ」


そのまま漆山が手を滑らせると、再び郷田は小さな吐息を漏らす。


「そ、そうです。 その辺りが、さっきから・・・あぁんっ」


漆山が足首に触れると、郷田は目を閉じて頬を赤らめ身体をプルプルと震わせた。

そして再び目を開けた時、彼女の目にはうっすらと涙の膜が張り、切れ長の目が誘うようにゆらゆらと揺れていた。


「少し、ね、熱を持っているようだが・・・」
「んっ、くうっ」


漆山は熱に浮かされたような様子で郷田の脚を撫でまわしていた。

郷田はそうされても嫌な顔一つしない。


「ああっ、少し楽になってきました・・・。 あぁ、もっと、さすって下さいまし・・・」


それどころか郷田は更に漆山にその行為の続きを求めた。

こんな事は漆山にとっては初めての事だった。

水商売の女性を除けば、彼に優しい言葉をかける女性など皆無だった。

嫌われる原因が彼自身にあったとはいえ、常に嫌われ、陰口を叩かれ、疎まれ続けていたのだ。

当然、身体に触れるなどもってのほかだった。

だから郷田に優しい言葉をかけられ、その存在を肯定され、無防備に身体を差し出されると、すっかり漆山は舞い上がってしまっていた。

日頃女性達から虫けらも同然の扱いを受けてきた彼だけに、受け入れられ、頼られているこの状況は彼のプライドを満足させるのだった。


「こ、これでいいのか?」


手当てを続ける漆山の興奮は高まるばかり。

手当てが終わる頃にはその脳髄が焼き切れてしまいそうなほどだった。


「ありがとうございます漆山さん」


頬を染めたまま、信頼の眼差しで漆山を見る郷田。

その姿は漆山の求める理想の女性像を見事になぞっていた。

美しい外見みお、漆山を肯定するその言動も。


「お、俺は、と、当然の事をしたまでだ」


完全に頭に血が上った漆山は、興奮で上手く言葉がしゃべれなくなっていた。

手足は微かに震え、我慢も限界に近付いているようだった。


―――こ、この女を俺の、俺のものに出来るなら、俺は、俺は・・・!!


漆山は完全に郷田の虜となっていた。

出会ってからまだ1時間と経っていなかったが、その心は完全に郷田の事だけに染め上げられていた。


「郷田さん、い、いや真弓さん、俺は、俺はあんたの事が―――」


――ッッ


「きゃっ」


興奮した漆山は郷田を押し倒していた。

そうされても郷田は嫌がる素振りは見せない。

突然の事に驚いてはいるものの、嫌がるどころが逆に照れ臭そうに顔を背けるばかりだった。


「ありがとうございます漆山さん。 お気持ちはとても嬉しいのですけど・・・」


そして郷田は左右の手で自分と漆山の首輪に触れた。


「この首輪があるうちは、こうしている訳には参りませんの」


郷田はそう言って悲しげに目を伏せた。


「ど、どうすれば良い? どうすればあんたの首輪を外してやれるんだ?!」
「・・・こんな事、漆山さんのようなお優しい方にはお願いできませんわ」


郷田は目を背けたまま溜め息をつく。


「そんな事はない! 言ってくれ! 俺は何をすれば良い!?」
「あぁ、漆山さん・・・!!」


なおも言い募る漆山に、郷田は下から手を伸ばし抱きついた。

そして彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら漆山の耳元で囁き続ける。


「ああ、こんな罪深い事をお願いしてしまう私を許して下さいまし・・・」
「あ、あんたの為なら、俺は、俺はぁっ!!」


―――この女は俺のものだっ! その為になら、悪魔にだって魂を売るぞっ!!


漆山は郷田の言葉に従うつもりになっていた。

それが何であれ、かなえてやるつもりだった。

そしてその後に起こる事で頭が一杯だった。


「実は、漆山さん・・・。 私の首輪を外す為には―――」


だからこの時、郷田が彼には見えない角度で冷たい笑みを浮かべている事には気付く事は無かった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093652j:plain



総一は細くて見えにくいワイヤーが床一面に張り巡らされた通路を慎重に渡っていく。

ワイヤーが張り巡らされているのは通路のうちの4メートル程の範囲だ。

それがどんな仕掛けなのかは分からないが、ワイヤーに触れると何かが起きると言う事だけは誰の目にも明らかだ。

だから総一は一歩一歩慎重にワイヤーの隙間を縫って歩いていく。


「お兄ちゃん・・・」


優希は両手を組み合わせたまま総一の背中を見つめている。

優希と咲実、かりんの3人は総一がそこを渡っていくのを見守っていた。


「うわ、うわわわっ」


総一がバランスを崩して腕をくるくると回す。

ワイヤーのせいで足場は狭い。

普通とは違って歩くだけで一苦労だった。


「御剣さんっ、頑張って!」


咲実がそう叫ぶと同時に、総一の手が止まった。

総一はギリギリの所で踏み止まる事に成功していた。


「ふぅ~~、びっくりしたぁ~」

「びっくりしたのはこっちだよお兄ちゃん!!」

「面目ない」


そして総一は再び歩き始める。

その後は特に問題はなく、1分も経つ頃には総一はワイヤーの向こう側に辿り着いた。


「緊張したぁ~~」

「お疲れ様です、御剣さん」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093720j:plain



「御剣、疲れてる所を悪いけど、先にやる事をやろう」

「そうか。 ごめん北条さん。 急ごう」


そして総一は足元に転がっていた1脚のパイプ椅子を拾い上げた。

それは事前に総一が投げ込んだものだった。

咲実達の中でも、咲実がパイプ椅子を広げていた。

その横にはかりんが大きな棒を抱えて立っている。

総一達はそれで簡単な橋を作るつもりでいた。

パイプ椅子をワイヤーの手前と奥に立て、まずは棒を渡す。

そしてその棒をガイドにして今度は少し重たい板を渡す。

その上を歩いて渡れば、ワイヤーに触れる心配はなかった。


「よし、こっちはOKだ」


総一は太い縄で板を椅子に固定すると咲実達の方を見た。


「ちょっと待って、あと少し」


そこではかりんが総一同様に板を椅子に縛り付けていた。


「ん、こっちも出来たよ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093735j:plain



「じゃあ順番に渡ってきてくれ! 俺はこっちで橋が動かないように押さえてるから!」

「分かりました!」


渡る順番は咲実・優希・かりん。

年長の咲実が先に試し、優希を最後にはしない。

その為にこの順番になっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093755j:plain



「気を付けて、咲実さん」

「ありがとう、かりんさん」


咲実が橋に乗ると、僅かにパイプ椅子が軋んだ。


「間に合わせだから、あんまり急がないようにね、咲実さん」

「はい」


咲実が歩くたびにパイプ椅子が鳴る。

音がするたびに総一達は落ち着かない気持ちになったものの、特に何も起こらず咲実は無事に対岸で待つ総一のもとへと辿り着いた。


「咲実さん、ゆっくり」

「は、はい」


総一が両手を伸ばすと、咲実は総一に抱きつくようにして身体を預けた。


「よっと」


総一は椅子に負担をかけないように咲実を抱き上げると、そっと彼女を床に下ろした。


「よし。 成功だ」
「ありがとうございます、御剣さん」


総一も咲実も安堵の表情を浮かべる。

やはり橋があっても緊張は拭えないのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093813j:plain



「お兄ちゃん、今度はわたしが行くよ!」

「ああ!」


―――いかんいかん、まだ2人残ってるんだった。


総一は気合いを入れ直すと、再び椅子の背もたれを掴む。


「ちゃんとそっち持っててよ、お兄ちゃん!」

「心配するな、任せろ!」


全員が橋を渡り終えたのは、そのすぐ後だった。


「急に飛び降りるなよ、北条さん」

「平気だって」


最後に即席の橋を渡るのはかりんだった。

かりんはその見た目通りに運動能力は高く、先に渡った咲実や優希に比べると圧倒的に早く橋を渡り切った。


「渡り切ったのに、はずみで橋が倒れて罠が作動したりしたらつまんないだろ」

「それもそうか」


自力で橋を下りようとしていたかりんだったが、総一の言葉を聞いて結局咲実や優希と同様に総一に身体を預けた。


「降ろすぞ」

「うん」


総一に抱きかかえられたかりんはすぐに床へと下ろされた。


「うまくいった」

「へへっ、大成功だね?」


かりんを下ろして安堵した総一に、優希が駆け寄って笑い掛ける。

彼女も安堵しているのか、その表情には普段よりも少しだけ穏やかな雰囲気が含まれていた。


「でも御剣さん、おかしいと思いませんか?」


だが全員が安堵する中、咲実だけが真剣な表情を崩していなかった。


「おかしい? 何が?」

「2階で見つけた罠はこれで6つ目です。 1階ではこの半分も無かったのに」


咲実が気にしているのは仕掛けられていた罠の数だった。

1階では2階に登るまでに2個。

しかし今は3階への道半ばだというのに既に6個の罠と遭遇している。

この頻度が続くなら3階へ登るまでにもういくつかの罠に遭遇するのかもしれない。


「なんで2階へ来た途端、こんなに罠があるんでしょうか」


咲実は真剣な表情を崩す事無くワイヤーの罠を振り返った。

照明をあびてうっすらと輝くワイヤーが通路を縦横無尽に走っている。

咲実はその一本一本を目で追っていた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、テレビゲームとかだとさ、先に行くとどんどん難しくなるじゃない? これもそうなんじゃないかなぁ?」

「じゃあこの上はもっと罠が多いとか?」

「わたしはそう思う」


―――確かにそれはありそうだ。


その優希の意見は総一には納得のいくものだった。

家庭用のゲームソフトでは良くある話なのだ。


「私はそうじゃないような気がするんですが」


しかし咲実はそれでは納得しなかった。


「見て下さい、この罠を。 この罠も丸見えです」

「丸見え?」

「はい。 1階で見た罠は、どっちもちょっと見ただけではすぐには分からないように隠されていました。 でも2階のものは違うんです。 これまでの5つも、ここにある1つも、まるで隠そうという意志が感じられません」

「そういえば・・・」


それは咲実の指摘した通りだった。

1階の罠は床の模様に合わせて張られたワイヤーがトリガーになっていたりして一目見ただけでは分からないものだった。

そしてだからこそ総一は引っかかってしまった。

しかし2階の罠はそうではない。

誰の目にもそこにあると分かるように罠が仕掛けられていた。

だから総一達はすぐにそれに気付き、罠にかかる事も無かった。


「1階は数は少なくて回避し辛い罠。 2階は数が多いけれど分かりやすくて回避しやすい罠、か」

「どうしてそんな事をするんでしょう? この2階にあるような罠では、誰も掛からなくて時間稼ぎにしかならないんじゃないでしょうか」


実の所、この咲実の言葉はほぼ真実を言い当てていた。

とはいえ仕掛けた側の都合など誰にも分からないから、総一達はひたすら首を捻る他は無かった。


「御剣、咲実さん、それどころじゃないよ!」


角まで進んで通路の先を覗き込んでいたかりんが真剣な顔で総一達を手招きする。


「どうした?」


総一はすぐにそこへ駆け寄っていく。

咲実と優希もそれに続いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093835j:plain



「向こうからナイフを持ったおじさんが近付いてくるんだ」


総一がかりんの頭の上から通路を覗き込むと、通路の先には確かに抜き身のナイフを手にした中年男性の姿があった。


「あれは・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093853j:plain



その人物に総一は見覚えがあった。

それは小太りの中年男性で、優希と2人になったあとに初めて出会った人物だった。

彼は嫌がる優希に何度もちょっかいを出していた。

男はまだ総一達には気付いておらず、その歩みは遅い。

総一達の居る場所までやってくるのはしばらく先のようだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093916j:plain



「どうしたのお兄ちゃん・・・あっ・・・」


かりんと入れ替わるようにして通路を覗き込んだ優希だったが、彼の姿を見た瞬間にその表情を硬くした。


「あの時のおじさんだ・・・」


その声も表情同様に硬い。

優希はやはりこの男性が苦手なのだった。


「2人とも、あの人を知ってるの?」

「ああ。 咲実さんと出会う前に会った人なんだ」

「どんな奴なんだ?」

「お兄ちゃん、逃げようよ。 わたしあのおじさん嫌い」


優希はそう言うと総一の手を引っ張った。


「すごい女好きなのか、優希にさんざんちょっかいを出してね。 だからこの通り優希はあの人の事が苦手なんだ」

「へぇ・・・」


「行こう、戻ろうよお兄ちゃん!」


優希はつづけて総一の手を引っ張る。

罠の所から中年男性のいる場所までは途中に横道は無い。

逃げるとしたら再び罠を越えなければならない。

だから総一は一瞬躊躇した。


「・・・あたしも優希に賛成。 逃げる逃げないはともかく、罠の向こうまで戻っておきたい気がする」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215093939j:plain

 

「かりんさん、どうしてそう思うんですか?」


咲実は男と話をした方が良いと考えているのか、不思議そうに首を傾げる。


「あたしはあの抜いたまま持っているナイフが気になる。 いきなり攻撃されたりは無いのかもしれないけど、万が一があると困るじゃない?」


かりんは話し合いをするにしても、身を守る為に罠を挟んで話し合いたいのだ。


―――ナイフだけじゃない。


あの表情も気になる。

最初に会った時、あんなに怖い形相はしてなかったような気がするが・・・。

男の表情はまさに鬼気迫るといった雰囲気だった。

両目はカッと見開かれ、額には汗が滲み、口を半開きにして大きな呼吸を繰り返している。

そんな男が抜き身でナイフを持っているものだから、かりんの言う事ももっともだった。


「分かった、そうしよう」


だから総一はあっさりそれに同意した。


・・・。

 

総一が橋を渡るのは女性陣が渡り切った後だった。


ミシッ


総一は不安定な橋に慎重に足を踏み出した。

総一の体重に橋の土台になっているパイプ椅子が軋む。


「お兄ちゃん、気を付けて!」


橋の向こう側では咲実とかりんがパイプ椅子を支えてくれていたが、女性たちよりも重心が高くて体重も重い総一が歩くたびに橋はぐらぐらと揺れた。

だから総一は誰よりも慎重にそこを渡らなければならなかった。


―――落ち着け、ゆっくりだ・・・。


総一は両手でバランスをとりながら一歩一歩ゆっくりと進んでいく。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094010j:plain



「お、おまえたちっ!?」

 

例の中年男が姿を現したのは丁度そんな時の事だった。


「ま、待てっ! 俺にその子を渡せぇっ!!」


男は相変わらずナイフを手に持っており、興奮気味にそうまくしたてると総一を追って走り出した。

男から総一までは20メートル程の距離がある。

普通なら若い総一が追いつかれる事は無かったが、今の総一は揺れる橋の上。

男と総一の距離は一気に詰まっていく。


「御剣、早くこいっ!」


かりんは総一に手を伸ばしながらそう叫んだ。

彼女はナイフの中年男を危険だと判断していた。

男が渡せと言っている『その子』が誰なのか、そして何故渡す必要があるのかは分からなかったが、ナイフを振りかざして総一に追いすがる姿は到底友好的な人間には見えない。

そしてその表情がはっきりするからだろう、距離が近付けば近付くほど、かりんの不安は大きくなっていった。


「急いで! あいつどうかしてるよ!」

「い、急げって言われても!」


総一もちらりと背後を振り向いて状況を把握すると、僅かだが歩く速度を上げた。

まだ橋の中間地点までも辿り着いていない。

急がなければ男はすぐにやってくるだろう。


―――あのナイフが有効の証のプレゼントとも思えないし・・・。


男はナイフを振り回しながらやってくる。

総一もこれがとても危険な状況だという事が良く分かっていた。


「その子供を渡せっ! 俺の女が欲しがってるんだッ!!」


ほとんど怒号のような男の叫びが通路に木霊する。


―――子供? 優希か、かりんって事か?


「お兄ちゃん急いで! わたしあのおじさん怖いよっ! 早く逃げよう!!」


優希が震えながら総一を見つめている。

だが時折その視線が総一よりも後ろに向かうのは、彼女が男を恐れている証拠だろう。


「そうはいくかぁぁぁぁッ!!」


――ッッ


男は総一達の作った即席の橋の所までやってくると、総一に向かってナイフを振り下ろした。


――!!


ナイフは総一の背中のあたりをかすめ、服に僅かな切れ込みを作った。

切断される時の僅かに服が引っ張られるような感触に総一は背筋が寒くなった。


「御剣さんっ!」

「だ、大丈夫っ!」


そして総一は切られた時に崩れそうになったバランスを何とか立て直す。

しかし落ち着いている暇はない。

男は総一を追って橋によじ登った。


メキッ


「御剣ッ!」


―――まずい!


橋が軋む音を聞いて、総一とかりんは焦り始める。

総一1人でもギリギリだったのに、2人同時にこんなものを渡り始めたら一体どうなるか。

そんな事は火を見るよりも明らかだった。


「おっさん下りろ! 2人いっぺんには無理だ!」

「嘘だ! 俺をその子から遠ざける為の嘘なんだろう!?」


男はかりんの言葉にも耳を貸さない。

そのまま男は橋の上に足を踏み出した。

 

ミシ、ミシミシミシッ


男の強引さに、途端に橋が悲鳴を上げ始める。


「御剣ッ、橋がもちそうにないッ!」


橋にしている板の重さ、そして総一と男の体重。

それらを合わせると200キロちかい重さになる。

しかもそれは静かに乗っているのではなく、歩くたびに上下に大きく揺れる。

土台に使っている古ぼけたパイプ椅子にとって、それは手に余る荷重だった。


「咲実さん! 優希! そこどいて!」

「ハイッ!!」


咲実は心配そうにしている優希を引っ張って背後に下がる。


「どうするの!?」

「いくぞ!」


総一は優希の質問には答えなかった。


「御剣、来るぞ!」


――ッッ


男のナイフが再び振るわれる。

だが今度はそのナイフは完全に空を切った。


「御剣さんっ!!」


総一は前に向かって走り出していた。

それは橋の事など無視したかのような勢いだった。

最初の1歩でパイプ椅子が悲鳴を上げる。

2歩目の時は椅子の座面を支えるビスが1つ飛んでいた。


「こ、小僧ッ! 逃がすかぁッ!!」


3歩目は男が足を踏み出すのと同時だった。


――ッッ


同時に2人の足が下ろされた事で、椅子にかかる力はこれまでで一番大きなものとなった。


バキョッ


衝撃に耐えきれずパイプ椅子の座面が床に落ちる。

その上に乗っていた橋の踏み板も同様だ。

板はそのまま床面に張り巡らされたワイヤーの上に落ちていく。

板が落ちて来た事で床を這うワイヤーが何本も切断される。

その瞬間、天井で何かが動き始めた。

それは鋼鉄製のシャッターで、ワイヤーの張り巡らされた部分の丁度中間のあたりに降ってきた。

このワイヤーは通路を塞ぐシャッターを作動させる罠のトリガーだったのだ。


「御剣掴まれッ!」


シャッターに気付いたかりんが総一に向かって手を伸ばす。

総一の身体はまだシャッターの向こう側にあった。


「こんな事でッ!」


橋が落ちたのに倒れずに済んでいたのはほとんど奇跡と言って良かった。

だが橋が落ちたおかげで逆に足場は回復している。

そのおかげで総一は全力で飛ぶ事が出来た。


「おりゃぁぁぁっ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094032j:plain



飛んできた総一の手を掴むと、かりんは思い切り総一を引っ張った。

総一は重かったが、かりんは思い切り足を踏ん張ってその腕を引いた。


ビッ


シャッターが総一の足をかすめる。

しかしかりんの奮闘が功を奏し、間一髪の所で足はシャッターに挟まれずに済んだ。


「きゃあっ!?」


そして勢い余った総一はそのままかりんにぶつかり、絡まり合うようにして床に倒れ込んでいった。


――ッッ

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094048j:plain



シャッターが閉まる大きな音を最後に、通路に静寂が戻る。


「ハァ、ハァ、ハァ」


そこには総一の大きな呼吸だけが木霊していた。


「御剣さんっ! かりんさんっ!!」

「お兄ちゃん大丈夫っ!?」


すぐに咲実と優希がやってくる。


「だ、大丈夫」


総一はかりんを抱き締めたまま、寄って来た咲実達を見上げる。

かりんと衝突した直後、総一は彼女の身体を抱きかかえ、守るようにして体を入れ替えていた。


「ほ、北条さんは大丈夫?」


総一は腕の中のかりんに呼びかける。

するとすぐに彼女の顔が上がった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094102j:plain



「平気。 助かったよ御剣」

「それはこっちのセリフだよ。 引っ張ってくれてありがとう」


シャッターのタイミングはギリギリだった。

もし自分の力だけだったら、総一の足はシャッターと床に挟まれてしまっていただろう。


「お兄ちゃん、本当に大丈夫? すごい音がしたけど・・・」


優希が心配そうにしているので、総一は彼女に笑い掛けると手を伸ばしてその頭を撫でてやった。


「本当に大丈夫だよ。 ちょっと痛かったけどね」


2人分の体重のおかげで床に叩きつけられた時は流石に息が詰まったが、幸い怪我らしい怪我はせずに済んでいた。


「そういえばあの男はどうなった?」


総一はかりんを抱いたまま身体を起こした。

するとすぐに通路をぴったりと塞いで閉じられたシャッターが目に飛び込んでくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094121j:plain



「大丈夫です。 シャッターが私達を守ってくれています」


近くに男の姿は無い。

咲実が言うように、男は通路の向こうに置き去りになったのだった。


「そうか、良かった・・・」


―――背中を切られた時はどうなるかと思ったが・・・。


総一はシャッターの向こう側に居る筈の男の事を考えながら安堵の息を吐き出していた。


「結局、優希ちゃんやかりんさんが心配したとおりでしたね」


咲実もシャッターを見上げながら不安げに眉を寄せる。


「なんであんなに簡単に、人を傷付けようとするのか・・・」


その瞳にすっすらと涙が滲んでいる。


「お姉ちゃん・・・」


しかし心配そうに優希が咲実の手を握ると、咲実は涙を拭って笑顔を作った。


―――しっかりするのよ私。


優希ちゃんがいるんだから・・・!


咲実はともすればその場で泣き出してしまいそうな自分を必死で鼓舞する。

もしこの場に優希が居なかったのなら、咲実は泣き出していたのかもしれない。

咲実にはその自覚があった。

しかしそこに優希がいてくれた事で、咲実はなんとか自分を保つ事が出来ていたのだ。


「・・・ともかくみんな無事で良かった」

「はい」


総一の言葉に咲実はすぐに同意したのだが、優希は何故かケタケタと笑いだした。


「どうしたんだ優希?」

「ふふふ、無事に済んだんだからさ、そろそろかりんちゃんを放してあげなよお兄ちゃん」


優希は笑いながら総一を指さした。


「かりんちゃん、さっきからずっと困ってるよ」

「へっ?」


総一が視線を下げると、胸元にはまだかりんの顔があった。


総一の腕はかりんの事を強く抱きしめたままだったので、彼女は総一を見上げる以外には何一つ身体を動かす事が出来ずにいた。


「こ、困ってる訳じゃ・・・ないけど・・・」


事情はともかく男に抱き締められているのが照れくさいのか、その頬は赤く染まっていた。


「わっ、ご、ごめん」

「・・・守ってくれたんだから、別に、気にしてないけど・・・」


かりんは素早く総一から離れるとプイっとそっぽを向いた。


「あははははははっ!」


優希の陽気な声が通路に響き渡る。

するとそれに釣られて総一も笑いがこみあげてくる。

それは安堵と喜びがごったになった感情だった。

 

「うふふふっ」


咲実もそうだったのか、彼女も笑顔を覗かせていた。

彼女の涙はもう止まっているようだった。


「・・・」


当のかりんはしばらくそっぽを向いたままだったが、しばらくすると小さく笑顔を作った。


―――本当にみんな無事で済んで良かった。


笑っていられる状況ではないのは重々分かっているのだが、その笑顔がみんなの無事を象徴しているように思えて、総一は安堵の気持ちと自らの笑いを抑える事が出来なかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

総一達が3階へ辿り着いたのは、そろそろ深夜に差し掛かろうかという頃だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094141j:plain



「やっと3階段に着きましたね」


そう呟くと咲実の表情には疲労の色が色濃くにじんでいた。


しかしそれは彼女に限った事ではない。

一応これまでも少しずつの休みは取っていたものの、結局は深夜まで歩き続けの総一達は誰もが疲れ果てていた。


「しかし話せそうな人とは誰とも会わず、か」


総一達は侵入禁止エリアから逃げたいという事以外にも、誰かと会いたいからという理由でも上のフロアに登るのを急いでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094157j:plain



「流石にこの時間になると、もう移動している人も居ないんじゃないかな」

「もう夜中だもんねぇ・・・」


結局、総一達は小太りの中年男以外とは誰とも出会う事無く3階に辿り着いていた。

総一達の望むような、ルールの4番を知っていて、かつ総一達と対話しようというスタンスの人間どころか、他の誰とも出会えないという状況が続いていた。


「御剣さん、私達も少し休みませんか? もう3階ですし、当分侵入禁止のルールの心配は要らないんじゃないかと思うんです」

「それもそうだね」


総一はすぐに同意した。

そういう総一自身、身体には大分疲労が染みついていた。

恐らく少女達はもっとだろう。


―――少し焦り過ぎたかな?


総一は自分が焦り過ぎなのではないかと気付く。

少年と中年男に攻撃された事で、精神的に追い詰められていたのかもしれない。


「ごめんみんな。 休めそうなところを探そう」

「はい」


「実はわたしももうクタクタだよ。 ねえ、かりんちゃん」

「ふふ、その時は御剣におぶってもらいなよ」

「うんっ」


すると少女達の表情に少しだけ笑顔が戻った。


―――しっかりしろ総一。


もっと足元を良く見ろ。

目立つ事にばかり目が行って、同行している少女達の事を忘れてしまっては大変な事になる。

焦るあまりに無理をさせて動けなくしてしまっては意味がない。


「よしっ」


そして総一は両手で自分の頬を叩き、気合いを入れなおした。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094214j:plain



地図を見ると、3階の階段のホールからすぐに行けそうな範囲で休めそうな部屋はいくつかあった。

総一達はその中から水道やトイレがありそうな形の部屋を選び、そこを目指していた。

地図には部屋に備わった機能の説明書きなどは無いが、個室の配置などを見ればそういった機能のある部屋だという事は想像がついた。

どの部屋を目指せば良いのかという事では、総一達はあまり悩まずに済んだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094230j:plain



「へへへ、寝る前に顔とか洗いたかったんだ」


優希が自分の顔をぺたぺた触りながら微笑む。


「私もですよ、優希ちゃん」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094246j:plain



「同感同感」


咲実もかりんも異議は無いらしく、彼女達も笑顔で頷いていた。


―――やっぱり女の子なんだよな。


あいつがここにいたら、またデリカシーが無いって怒りだすんだろうなぁ・・・。


総一は懐かしい人の面影を思い出していた。

そのせいか総一の視線は自然と咲実の方を向いた。


「咲実お姉ちゃん、いつもはお化粧とかする方なの?」

「あまり化粧はしない方ですけど、大事な日とかは服に合わせてしますよ」


―――優希、そして咲実さん、か・・・。


2人は総一にとって特別の意味を備えた人間だった。

2人を無事に帰らせる事、それは総一にとって最優先の課題だった。


「彼氏とのデートの時とか?」


優希が『彼氏』と口にした直後、咲実の視線が総一の方を向いた。

総一は彼女を見ていたから、自然と違いの視線が絡み合った。


「あ・・・」


その途端、咲実の頬にパッと朱が走る。

彼女はバツが悪そうに曖昧に微笑むと総一から目を逸らした。


「か、彼氏なんか居ませんから」

「だってさ! お兄ちゃん、チャンスだよ!」


優希は無邪気に総一に話を振る。

そんな優希に総一は小さく苦笑した。


「優希、俺は前に恋人ありって言った筈だぞ」


優希は総一の頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺めたあと、ニヤッと笑う。


「その格好で、居る訳ないじゃない」


優希は自信たっぷりだった。

優希は前に総一から恋人の話を聞いていたものの、その後の言動や服装から、今現在は総一の近くに女性はいないと判断していた。


―――正解だよ優希。


近くには、いないのさ・・・。

総一は更に苦笑するしかなかった。


「だけど優希、咲実さんの気持ちもある。 あんまり茶化すなよ」

「ゴメン」


素直に謝った後、てへへ、そんな調子で優希は笑う。


「そもそもお前がニヤニヤ笑うような見た目なんだぞ」

「お兄ちゃんは素材はそんなに悪くないんだからさ、シャツとかもっとちゃんとアイロンとかかけようよ。 だからわたしみたいな子供にも彼女無しってバレるんだよ」


優希は半笑いでそう指摘する。

彼女はそのまま片目をつぶり、右手の人差し指を伸ばして空中をくるくるとかきまぜる。


『参ったか!』


彼女の表情はそんな色を湛えていた。


「・・・気をつけるよ」


総一は素直に敗北を認める他は無かった。

そしてポケットの中のハンカチを握り締める。


―――確かにそうだ。


シャツのアイロンはあいつがかけてくれてたし、このハンカチだって一体いつからポケットに入れたままなんだ?

ハンカチを取り換える者が居なければ、そしてハンカチを使えと文句を言われなければ、総一のポケットの中には綺麗なままのハンカチが眠っているのだ。


「咲実さん?」


総一が声をかけると、咲実はやや大袈裟にビクッと肩を震わせた。

そして慌てて作り笑いをする。


「なっ、なんでもないです、なんでもっ」

「おおっ、もしかして脈ありなのお姉ちゃん!?」


優希は目を輝かせて身を乗り出した。

咲実はギョッとして両目を大きく見開く。


「御剣! ちょっと来て! 何かおかしいんだ!」


話に加わらず少し先行していたかりんが叫んだのは、丁度そんな時だった。


「どうした!?」

 

かりんの声が真剣だった事で、総一は自然と顔を緊張させて彼女のもとへと走っていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094308j:plain



「見て!」


かりんは左手でPDAを握りしめ、右手をのばして通路の先を指さしていた。


「どうしたんだ?」


通路は彼女が指さす先で行き止まりになっていた。

だがそこにはとりたてて異常らしいものは見当たらない。

不思議に思った総一はかりんを見た。


「どういう事だ? 問題はないようだけど」

「じゃあ今度はこれを見て」


かりんは総一の顔の前に彼女のPDAを差し出した。

表示されているのは地図だった。

それも総一達が丁度今いるあたりのものだった。


「あっ」


総一もすぐにそれに気付く。


「ねっ? おかしいでしょ?」

「ああ」


総一はPDAから視線を外してもう一度行き止まりを見た。


―――俺達の目の前は行き止まりになっている。


だが・・・


再び総一はPDAを見る。

しかしそこには行き止まりなど表示されていなかった。

地図では通路はそのまま真っすぐに続いていた。


「どういう事だ?」

「さあ。 地図が間違っていたのか、それとも何か他に理由があるのか」


かりんにも理由など分からない。

総一よりも早くそれに気付いたというだけなのだ。


「どうしたのお兄ちゃん?」


優希がやってくる。


「大した事は無いと思うんだが、この先に地図にはない行き止まりがあるんだ」

「地図には無い行き止まり?」


優希の背後に立った咲実が首を傾げる。


「そうなんだ。 地図だとこの先にはまだ通路が続いている筈なんだけど」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094326j:plain



「行き止まり、ですね」

「そうだっ!」


ぽむっ


難しい顔をしていた優希が両手を打ち鳴らして表情を明るくする。


「ねえ、あのおじさんの時みたいに、シャッターが下りてるとかじゃないかな?」


あのおじさんの時。

優希が言っているのは中年男に襲われた時の罠の事だ。


「そうか!」


地図にない行き止まりも、館の罠や仕掛けであれば考えられない事ではない。


「御剣、とりあえず行ってみよう」

「分かった。 咲実さん、優希、離れないようについてきて」

「はい、分かりました」

「うんっ!」


そして4人はゆっくりと行き止まりへと近付いていった。


・・・。

 

「優希の言うように、シャッターみたいだね」

「ああ」


先頭はかりんと総一。

そのすぐ後ろに優希で、最後尾に咲実。

そんな隊形で総一達は行き止まりに近付いていく。

近付いて分かったのだが、それは優希が指摘したように建物に備え付けられているシャッターだった。

その鋼鉄のシャッターは、何らかの理由で下ろされ通路を塞いでいた。


「ここに罠でもあったんでしょうか?」


最後尾から咲実の声が飛ぶ。

その声に従って総一は目の前の床や壁を見回したが、そこには特に何も見当たらなかった。


「罠ではないみたいだ。 何もない」

「へこんだ床も、ワイヤーの切れはしもない、か」


総一と一緒に安全を確認したかりんは、先頭に立って更にシャッターへ近付いていく。

そして彼女の手がシャッターに触れるかという時になって、突然全員のPDAが電子音のアラームを鳴らし始めた。


「わあっ!?」


それぞれがもっている4台のPDAが一斉に電子音を鳴らしたものだから、その音は静まり返った通路に大きく響き渡った。


「な、なんだっ!? どうした?!」


総一は慌ててポケットに手を突っ込んでPDAを引っ張り出した。


「総一、画面に変な文字が出てる。 『エクストラゲーム』だって」


最初から手にPDAを持っていたかりんは既にPDAの画面を覗き込んでいた。

どうやらアラームが鳴るのと同時に画面は新しいものへと切り替わったようだった。


「『エクストラゲーム』だって?」


総一も自分のPDAの画面を覗き込む。

するとそこにはかりんの言うとおり『エクストラゲーム』の文字が大きく表示されていた。


―――何が始まるって言うんだ!?


総一が戸惑っていると、画面に新たな変化が始まった。

画面の右端から、ハロウィンで良く見かけるカボチャの怪人が姿を見せた。

その怪人は3頭身でアニメ調にデフォルメされており、まるっこい手足をくねくねと動かして踊るように画面の中央までやってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094349j:plain



『お楽しみっ! エクストラゲーィムッ!!』


カボチャの怪人は画面の中央で高らかにそう宣言した。

スピーカーからは実際に声が流れ、同時に喋った内容が漫画のように吹き出しになって表示されている。

怪人は耳障りな高い子だったから、総一には表示されている文字がありがたく思えた。


『こんにちは! ぼくの名前はジャックオーランタンのスミス!』


スミスと名乗った怪人は、画面の中央でステップを踏みながら陽気に踊りまわっている。


「何これ」

「ジャ、ジャックオーランタン?」


突然そんなものを見せられた総一達は誰もが戸惑っていた。


『うん、分かってるよみんな! いきなり出てきたぼくに戸惑っているんだね? 分かる分かるその気持ち。 ぼくだって君達の立場ならそのPDAを叩き割ってる所さ! おっと! 叩き割らないでよ! あくまでそういう気分になるだろうって話さ! そのPDAには今後も重要な役目がある。 ぞんざいに扱わないでよ?!』


スミスはCGとは思えない滑らかな動きを見せている。

どう見ても大金をつぎ込んで作ったCGモデルだった。


―――いったいどういうんだ? こんなものを俺達に見せて何の意味がある?


『さて、遊んでないで早速本題に入ろう。 ぼくは遊びが過ぎるって毎回みんなに怒られるんだ。 ・・・え? みんなって誰かって? それは言えないよ。 大人の事情って奴さ。 おっと、設定上ぼくは子供だった。 子供同士の秘密って事でOKかな?』

「なんなんだ、このふざけた奴は・・・」


かりんは文字通り開いた口が塞がらなかった。

しかし彼女はそれでもPDAの画面を見つめ続ける。

いくら下らなくても、今の所それを見続ける以外になかったのだ。


『ではさっそくエクストラゲームのルールを説明しよう』


スミスがそう言うと同時に、画面が地図に切り替わる。

地図は先程までかりんが見ていたものと同じで、今総一達がいる一体の地図だった。


『実は今、キミ達4人の居る周辺のエリアは封鎖されているんだ』


総一達が表示された地図を見つめていると、そこに表示されている通路の4ヶ所に赤い光点が表示された。

その赤い光点はチカチカと周期的な点滅を繰り返している。

そのうちの1ヶ所は総一達がいるあたりだった。


『その赤い点の表示されている場所にはそれぞれシャッターが下りている。 キミ達がこの先へ進む為にはこのシャッターを開かなければならない』


シャッターは通路の4ヶ所を塞いでいる。

地図を見る限りその4ヶ所の通路を使わずに移動できるのは、ごく狭い範囲の正方形のエリアに限られる。

だから閉ざされたシャッターを開かない限り、総一達は先へ進む事が出来ないのだ。


『まあ、ずっとこの狭い所に居たいって言うなら開けなくても良いんだけど、そんな訳はないよねぇ? はははははは~』


スミスの耳障りな笑い声が通路に木霊する。


『でも安心して。 開ける方法はキチンとある。 ぼくらも鬼じゃない。 クリア不能のゲームなんて作らない。 これはプロ意識って奴さ!!』


ガキン


スミスの言葉が終るか終らないかのタイミングで、目の前のシャッターの一部が開いた。

そして金属製の小さな箱状のパーツがゆっくりとそこからせり出してくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094417j:plain



「お兄ちゃん、なんだか計算機みたいのが出てきたよ」


丁度その前にいた優希はまじまじとそれを見つめ、総一に説明する。


「それとその隣に鍵穴がある。 おうちの鍵とおんなじような感じ」


―――鍵穴だって?


それは鍵穴の付いた、シャッターを操作するパネルだった。


『そう! 鍵穴だ! 実は君達の閉じ込められているエリアには4つの鍵が隠されている。 それを全て見つけ出し、4つのシャッターの前にそれぞれにある鍵穴に差し込んで同時に回せばシャッターは開く! けれど同時じゃないと駄目なんだ。 誤差の許容範囲は5秒。 順番に回って開けようなんて無理だからね!』


―――4人バラバラにシャッターの前に立って、鍵を回せって事か?


『面倒な事をって思うだろう? でも安心していい。 面倒を片付ければ報酬がある。 実はこのエリアには鍵以外にも武器や防具、食料や医薬品が置かれている。 キミ達はそれを好きなだけ持っていく事が出来るんだ。 スゴイだろう!? このエクストラゲームは1着でここまでたどり着いたキミ達へのご褒美なのさ!』


地図は消え再びスミスが現れる。


『いやー、キミ達はラッキーだよ! 本来ならもっと上のフロアでしか手に入らないようなものをこのフロアで手に入れる事が出来るんだ。 是非頑張ってこのエクストラゲームをクリアしてよ!』


―――いったいどういう事だ? 何のためにこんな事をさせる? これに一体どんな意味がある?


総一には分からない事ばかりだった。

だがその疑問に答えてくれる人間はいない。

咲実も優希もかりんも、同じように疑問に思うだけ。

そして唯一理由を知るスミスはその疑問には答えない。


『それと誰もキミ達を邪魔しないから安心して良いよ! そこは完全に独立している。 他の連中は迂回する他はない。 もっともそこに行かなくても上のフロアには上がれるんだけどね。 クククク』


くぐもったような奇妙な声で笑いながら、スミスは画面端に向かって歩いていく。

その足の運びは相変わらず踊るようで、見ていると妙に腹立たしい気分にさせられる。


『それじゃ、また後で! エクストラゲーム"開けゴマ!×4"よ~いど~~ん!』


そしてそんなふざけた言葉を残し、スミスは姿を消した。

スミスが姿を消しPDAが通常の状態に戻った後、すぐに総一達は4つのシャッターを確認しに出かけた。

本当なのかどうかを確かめたかったのだ。

辛いと言って良いのかは分からないが、シャッターはスミスの説明した通りの場所にあった。

もちろん鍵穴を備えた操作パネルもそこにあった。

そしてそれは同時に、総一達がこの狭い領域に閉じ込められてしまった事を意味していた。

シャッターが塞いでいる通路を使う以外に他の場所へ行く方法は無い。

そんな致命的な通路をシャッターは塞いでいたのだ。

 

「どうしましょう・・・」


咲実は4つ目のシャッターを見上げながらポツリと呟く。

そしてすぐに総一の顔を見る。

総一が彼女に目を向けると、その顔は不安そうだった。


―――無理もないよなぁ、こりゃあ・・・。

 

総一だってどうしたものか分からないのだ。


「4つのシャッター、4つのカギ。 なんとかしないとここに閉じ込められたままになる。 御剣、どう思う?」

「そうだなぁ・・・」


総一は頭の中で考えをまとめる。

混乱しかけている頭をなんとか働かせていく。


―――シャッターは閉まってる。


4つの鍵がなければシャッターは開かず、誰も通れない。

上へ行くにはやはり開ける必要があるんだが・・・、待てよ? 誰も通れない?


「ヘヘッ」


そこまで考えた時、総一は思わず笑みを漏らした。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「あのさ、俺達って最初、安全で休めそうな場所を探してたよね?」


総一は笑いながら説明を続ける。


「それがどうかしましたか?」


咲実は笑い続ける総一を不思議そうに見つめている。


「ここって今、安全で休めそうな場所なんじゃないかなーって思って」


咲実は驚いた顔を作った後、シャッターを見上げた。


「そうですそうです! このシャッターが開かない限り誰もここを通れないんですから、逆に言えばシャッターが開かない限り誰もここには入ってこれません!」


そして振り向いた彼女は顔を輝かせる。


「でしょう? とりあえずは当初の予定通り休めば良いと思うんだ。 せっかく安全な場所が確保できたのに、わざわざ急いで開ける必要はないよ」


―――焦ることは無い。


冷静さを欠いたらおしまいだ。

休まずに行動し続けるのは無理だし、シャッターを開けてから改めて休めそうな場所を探すのは意味がない。

だったらここで休む。

これで良い筈だ。


「・・・御剣ってさ。 アホなのか頭良いのか、時々分からなくなるよ」


かりんは苦笑している。


「普通、罠にはまったままで休もうなんて思わないでしょ」

「じゃあ北条さんは反対?」

「いいや。 あたしも疲れたから、そろそろ休みたい」

「優希は・・・訊くまでもないか」

「ん~?」


この時優希は眠そうに目をこすっていた。

名前を呼ばれて総一を見るが、その動きはどことなく鈍く、いつもの元気な表情もない。

疲れて今にも眠ってしまいそうだった。


「・・・優希、ほら」


総一は優希に背を向けてしゃがみこむ。


「ん~~」


すると優希はのろのろと総一の背中にしがみついた。

顔を総一の肩に乗せ、そのままぐったりと身体から力を抜く。


「よし」


総一は優希をおぶって立ち上がった。

総一の行動に鈍さはない。

体重の軽い優希は、背負っても総一にはあまり苦にならなかった。


「ありがと~、ぱぱ~」

「ああ。 ゆっくりお休み、優希」


―――パパねえ。


眠くて寝ぼけているからか、優希は総一を自分の父親と取り違えていた。


―――まだ甘えたい盛りなんだろうな、やっぱり。


そんな優希だから、総一は彼女を無事に帰してやりたいという気持ちを新たにする。

ちゃんと本当の父親に甘えさせてやりたかった。


「それじゃ行こう。 どこで休んでも良いんだけど、寝やすい場所を探そう。

「優希ちゃんの為に?」

「俺、寝床が硬いと寝られないんだ」


総一は軽く微笑むと先に立って歩き始める。


「ふ、ふふ、あはははははっ」


そんな総一と、その背中に背負われた優希を見て、突然かりんが笑い始める。

総一は気付かずにそのまま先へ進んでいたが、かりんの隣にいた咲実はぎょっとして彼女の顔を覗き込んだ。


「どうしたんですか、いきなり?」

「どうしたもこうしたもないよ。 あたし、自分の馬鹿さ加減がおかしくってさ」


かりんはなおも笑い続ける。


「馬鹿さ加減?」

「だってそうでしょ? あたし、あの2人に裏切られるかもって思ってたんだ」


かりんはお腹を押さえて爆笑しながら、先に行く総一達を指さした。

信頼しきった表情で総一に身体を預ける優希。

そしてそれを嫌な顔ひとつせずに背負っている総一。

2人の穏やかな信頼関係は後ろから見ているだけでも十分に伝わってくる。


「わははっ、あの2人があたしを裏切って殺すとか、ありえないでしょ。 ふふふふふっ、まったく、あたしってば一体何を敵だと思っていたのか。 ドンキホーテじゃないっつーの」


かりんはおかしくて仕方がなかった。

風車を怪物だと信じて戦いを挑んだドンキホーテ

昔はそれを滑稽だと思っていたが、いざという時は結局かりん自身も無害なものに戦いを挑もうとしていたのだ。


「じゃあ、御剣さんは風車なんですか?」


咲実も笑い始める。


「でっかくて小汚いあたり、イメージぴったりじゃない?」

「でも風車って、生活の必需品なんですよ?」

「知ってる。 あいつそんな感じもするじゃない?」

「まぁ」

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094449j:plain



2人は顔を見合わせて笑い合う。


「お~い、2人とも、そんなとこに居ないで手伝ってくれ。 1人じゃドアが開けられない!」


そんな時、先を行く総一が咲実とかりんを呼んだ。

総一は少し先のドアの所で立ち往生していた。


「行きましょうか、かりんさん」

「うん。 風車が止まっちまってるからね」

「あははははっ」


そして咲実とかりんは総一を追って走り出したのだった。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094507j:plain



「優希、無理して食べてないで寝て良いんだぞ。 起きてから食べれば良いんだから」

「・・・だいじょうぶ」


総一の隣に座った優希。

彼女は眠そうに目を瞬かせながら、もぐもぐと口を動かしている。


「ふふふ、優希ちゃんには辛い時間ですものね?」


咲実は腕時計を見ながら微笑む。

彼女は総一から見て優希の向こう側に座っている。


「さ、優希ちゃん」

「・・・うん」


彼女は本格的に眠ってしまいそうな優希の手から食事の皿を取り上げる。

今の時間は深夜に差し掛かったところ。

小学生の優希は本来ならとっくに眠っている筈の時間だった。


「そうだ。 子供はもう寝る時間だぞ」

「わかった」


優希は安心しきった様子でふにゃりと笑う。

強い眠気から優希の表情は曖昧で、ぼんやりとした視線が総一と咲実の顔を1度ずつ撫でていく。


「おやすみ、優希ちゃん」

「おやすみ」

「・・・おやすみなしゃい」


そして優希は身体を倒した。

しかし彼女が身体を倒したのは胡座(あぐら)をかいていた総一の膝の上。

優希は総一の膝に寄りかかるようにして目を閉じた。


「お、おい、優希」

「すぅ、すぅ、すぅ」


総一は優希をきちんと寝かせたかったのだが、既に彼女は寝息を立て始めていた。


「御剣さん、ちゃんと寝付くまでそのままにさせてあげてください」

「・・・そうだね。 そうしよう」


だから総一は優希に伸ばしかけた手を下ろした。


―――可愛い寝顔だ・・・。


鋭い事を言って俺達を驚かせたり、おませな事を考えたりしていても、やっぱりまだまだ子供なんだよな・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094529j:plain



「優希はさ」


かりんは食べ終わった食事の皿を床に置くと、総一に寄りかかって眠る優希を穏やかな目で見つめる。


「・・・優希はさ、誰のそばが一番安全かってちゃんと知ってるんだよね」

「俺の傍はそう安全じゃないだろ」


―――俺は弱いし馬鹿だ。


だからあいつは今、俺の傍に居ない・・・。

総一にとって最もつらい記憶が呼び起こされる。

だからその表情は渋い。

そんな総一に笑いかけながら、咲実がかりんの言葉を継いだ。


「・・・御剣さんはそう思うのかもしれませんけど、私達にとっては、身体の安全はあまり重要じゃない時があるんです」


―――身体の安全だって?


「だってそうじゃありませんか。 身体の安全だけなら、私達は戦車や大砲の傍で暮せば良い。 でも私達はそれじゃ駄目なんです」


そして咲実の指先が優希の頬に触れる。

その指先は優しく優希の頬を撫でた。


「こうやって眠る為には、安心して眠る為には、身体の安全より大切な事がある。 優希ちゃんはどこでそれが手に入るのかきちんと分かっているんです」

「・・・あたしには全然分かってなかったね、ちっとも。 なにせ御剣に裏切られるかもしれないとか思ってたんだ」


かりんはクククと喉の奥で笑う。

過去の自分の行いを振り返り、おかしくてたまらなくなっていた。


「御剣があたしを裏切って殺すかもとか思ってたんだ。 この御剣がだよ?」

「そりゃそうだ。 俺だって何かの拍子に裏切るかもしれないだろ」


―――俺は大事なひとを守りきれなかったんだぞ? またそうならない保証がどこにある?


「御剣、それ本気で言ってる?」

「ああ」

「だとするとあんた、相当のお馬鹿さんだよ」


かりんの言葉は辛辣だ。


「どこの世界に女子供連れて逃げ回る悪党がいるのさ。 悪党なら、そんなの速攻で見捨てて行くに決まってるじゃない。 くくくくっ」

「私も御剣さんが優希ちゃんを連れていたから、すぐに信じる事が出来たんです。 もし優希ちゃんを連れていなかったら、私はもう少し御剣さんを疑っていたのかもしれませんよ?」


咲実はそう言いながら再び眠る優希の頬を撫でる。


「御剣さんと一緒の時の優希ちゃんはいつも元気な笑顔だったんです。 私はそれを見て、ああ、この人を疑う必要はないんだなって思ったんです」


「あたしは妹の事で少し目が曇ってたかな。 気付いたのはついさっきだよ」

「優希が・・・?」


眠り続ける優希。

彼女は今もうっすらと笑っているような、安心しきった表情で眠り続けている。


「でも、1つだけ例外がありますけどね?」


咲実にしては珍しく、悪戯っぽい顔を作って目を細める。


「例外?」

「御剣さんが、あの、何でしたっけ、そうだ、ロリコンだったら、って話です」

「ブッ」


総一は予想外のその言葉に思わず吹き出した。


「ロ、ロリコン!?」

「ああ、それはありそうな話だね! あっはっはっはっはっはっは!」


かりんはさもおかしそうに笑い始める。


「弱い者に優しいんじゃなくて、小さな女の子が好きなだけ。 御機嫌を取りたいってか。 プクククク、わっはっはっはっはっは!」


かりんはそのあたりの床を叩きながら笑い転げる。


「お、おいっ」

「ん~~~」


優希が騒動に反応する。

すると全員の動きがピタリと止まった。


「ぱぱ、まま、どうしたの~?」


優希は目をしょぼしょぼさせながら総一と咲実の顔を見る。

だがその瞳は今にも眠気でとろけそうだった。


「何でもないの。 うるさくしてごめんなさいね、優希ちゃん」

「ごめん優希。 もううるさくしないから。 ゆっくりおやすみ」

「ん~~~」


そして優希は再び目を閉じた。

するといくらもしないうちに規則正しい寝息が戻ってくる。

総一達はしばらくそのまま黙って優希を見つめていたが、やがて会話を再開した。


「・・・勘弁してくれよ」


総一の反論に勢いはなかった。

勢いよく話して優希を再び起こしてしまいたくなかった。


「ごめん」

「すみません、御剣さん」


女性陣2人も小声で詫びるが、その顔は笑ったままだった。

反省したのは大声を出した事だけらしい。


「優希のやつ、御剣達をパパとママって呼んでたね」

「やっぱり会いたいんでしょうね」


咲実は少しだけ悲しげに優希を見つめる。

その理由は総一にもすぐに分かった。

会えないでいる事それ自体も悲しい事だが、もしかすると彼女は永久に父母には会えないかもしれないのだ。


「そうだな」

「それもあるんだろうけどさ、あたしには御剣と咲実さんの子供になりたいって言ってるようにも聞こえたけど」

「まさか・・・」


総一は膝の上で眠る優希をそっと撫で、顔にかかっていた髪の毛をどけてやった。


「御剣、娘に手を出すの犯罪だよ」

「出すか!」

「知ってる? それに本当にロリコンだったら2人連れの時に、もうどうにかなってる筈なんだよね」

「・・・分かってるなら言うなよ」

「へへん、あたしが言いだしたんじゃないもの」

「まったくこれだよ」


総一は苦笑交じりに頭を掻く。


「ん?」


そんな時、総一は咲実の目尻に光るものを見つけていた。


「咲実さんどうしたの? どこか怪我してる?」


総一は立ち上がって傍へ行こうかと思ったが、優希がまだ膝の上にいた。

だから総一の行動は咲実に向かって手を伸ばして、その涙を拭ってやるだけに留まった。


「い、いえ・・・」


咲実は無抵抗に涙を拭われながら、ほんの少し頬を赤らめる。


「ただ、私達が笑えてるなって思ったら、気が緩んでしまって。 それで・・・」

「そっか」


総一はその答えを聞いてホッと胸を撫で下ろした。


―――やっぱりその顔で、そんな表情をされると、ちょっとな・・・。


「・・・ねえ、御剣」

「ん?」

「あんた、優希だけじゃなくて咲実さんも狙ってるの?」


今度のかりんは大真面目だった。


「ハァ?」

「だって随分簡単に涙なんて拭ってやってるし。 あたしには一瞬、こう、ただならぬ関係に見えたさ。 咲実さんも嫌がってないし


そしてかりんは咲実の事を指さした。


―――なんだって?


総一はかりんの指先を追うようにして視線を咲実に戻す。


「わぁ!」


その時になって総一は初めて自分の手が咲実の頬に当てられたままである事に気が付いた。

驚いた総一は慌てて彼女の頬から手を引き剥がす。


「ご、ごめん」

「・・・」


しかし咲実は頬を赤らめてうつむくだけで、総一の言葉には答えなかった。


―――まずいな、どうもいつもの調子でやっちまう。


おかしな奴だって思われてないだろうか・・・。

総一は頭では目の前の咲実が自分の知る人物とは別人だと分かっているのだが、感情まではそんな風には割り切れていなかった。

だからふとした拍子に、かつてその人物に対してやっていたのと同じ行動が出てきてしまうのだ。


「本当にごめん。 気をつけるよ」


―――しっかりしろ。


咲実さんはあいつとは違うんだから。


「べ、別に謝って頂く必要はありませんから・・・」


俯いたままの咲実の目がちらりと総一の顔を見る。

しかし彼女はすぐに総一から視線を外して再び床を見つめ始める。


「ふふふふふっ」


そんな2人に、かりんは再び笑い始める。


「そんな訳だからさ、あたしも御剣達の事を信用する事にした。 あたし1人だけバカみたいなんだもん。 それにいくらなんでも私には優希の事は攻撃できないしさ。 だから仲間になるよ」

「えっ?!」


その言葉に、今度は総一が驚く番だった。


「そうだったの?! 北条さん!」

「どういう意味?」

「・・・俺、もうだいぶ前から北条さんは仲間になってくれてると思ってた」


そしてバツが悪そうに頭を掻く。


「・・・」


かりんはしばらくきょとんとした後、声を殺して笑い始める。


「く、くくっ、くくくくくっ」

「だ、だってほら、もう何度も助けてくれたしさ。 あのおっさんの時とか」


優希に気を遣って必死に声を抑えている為に、笑い続けるかりんはとても苦しそうだった。


・・・。

 

かりんが笑い終えたのはそれからしばらく経ってからの事だった。

彼女は真面目な顔を取り出すと、ポケットからPDAを取り出した。


「見て、御剣」


かりんが取り出したPDAに表示されているのはダイヤのキングだった。


「これが私のPDA」

「良いのかい? これを俺に見せてしまって」

「馬鹿だね御剣は。 仲間になるってのはそういう事でしょうが」


かりんは楽しそうだった。

弾むような調子で話し続ける。


本当は4番目のルールが分かってからと思ってたんだけど、分からないまま1日目が終わっちゃったじゃない? だからそろそろ少しは首輪を外す為の心配をしておいた方が良いんじゃないかと思って」

「・・・そうだな。 この広さの建物だと4番目のルールを知っている人間と出会えないまま終わるって事も有り得るんだよな」


知っていても教えて貰えない場合もあるだろう。

何か特別なルールだったりすればそれも十分考えられる事なのだ。


「あたしのはダイヤのキング。 首輪を外す為には自分の以外にPDAを5台集めなきゃいけないの。 御剣達は?」

「俺のは―――」


総一が一瞬口籠っている間に、咲実が自分のPDAを取り出した。


「私のはこれです」


咲実が取り出したPDAの画面に映し出されていたのはハートのクイーンだった。

彼女はそれを総一達に見易いように、目の前の床の上にそっと置いた。


「なっ、なんだと!?」


それを見た瞬間、優希が眠っているのにも拘わらず総一は大きな声を上げた。

そんな事に気が回らないほど総一は驚いていたのだ。


「どうしたんですか?」


咲実はチラッと優希が目覚めていない事を確認してから総一を見た。

彼女には総一が驚く理由が理解できず、僅かに表情を曇らせていた。


「それは・・・」


総一は真実を告げても良いのかどうか迷っていた。


「御剣さん?」


しかし心配そうな咲実の顔に、総一は観念して自分のPDAを差し出した。


―――最悪の場合、俺だけ仲間から抜ければ良いさ・・・。


この時総一はその覚悟を固めていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094604j:plain

 

「それって!?」


総一のPDAを見た瞬間、かりんはカッと目を見開き酷く驚いた。

あまりの驚きに彼女は慌てて立ち上がって総一の前までやってくる。


「ま、間違いない、ス、スペードのエースだよ、これ!」


そして続けてかりんは咲実の前に置かれているハートのクイーンのPDAを凝視する。


「そうですか。 困りましたね」


しかし総一やかりんに比べ、咲実には何の動揺も見られなかった。

これまで通りの穏やかな表情のまま、食後のコーヒーに口を付けている。


「咲実さんちゃんと分かってるの!? 御剣のPDAがエースって事は、御剣が首輪を外す為には咲実さんを―――」

「殺す訳ないじゃないですか」


咲実は微笑んだままそう言ってのけた。


「御剣さんには人を殺せない。 そう言ったのはかりんさんでしょうに」


クスリ


咲実は笑い続ける。


「だけどさぁ、普通は少しぐらい心配したって・・・」

「心配はしてますよ。 何か他の方法を見つけないと、御剣さんが危ないんですから」


咲実はそう言って心配そうに総一を見る。

だが心配しているのは本当に総一の首輪の事だけで、咲実は彼が自分をどうこうするとはかけらも考えていなかった。


「咲実さん・・・」


そんな咲実に比べ、総一の驚きは小さくなかった。

咲実は総一を恐れるどころか、逆に心配してくれている。

総一が想像していた彼女の反応とは正反対の姿だった。


「何を驚いているんですか、御剣さん」

「だって、そりゃあ・・・」

「ふふふ。 あなたに他人を傷付けるなんて出来るもんですか。 それが出来るような人なら、優希ちゃんも私も今ここには居ません。 まるっきり足手まといなんですから」


咲実の脳裏には1階で少年が死んだ直後の事が思い出されていた。

1人で行けという咲実達に、総一はこう言って首を横に振った。

ひとりぼっちが嫌だ、と。

そして咲実達と一緒にそこに残ろうとした。

1階にいれば首輪が作動してしまうと分かっているのに。


―――きっとこの人には人は傷付けられない。


そして人を見捨てられない理由がある。

それが何故なのかは分からない。

でも信じられる人なんだもの。

理由なんて関係ないわ・・・。

咲実の脳裏には続けて次々とこれまでの事が思い出されていく。

その全ての状況で、御剣総一という人物は例外なく咲実と優希の事を守っていた。

そしてかりんが一緒になってからは、かりんの事も。


「しかし・・・」

「まだ信じられませんか?」


―――仕方のない人だなぁ・・・。


ここまで心配してくれなくても良いだろうに・・・。

咲実は思わず苦笑する。


「ふふふ、御剣さん、少しだけ自惚れさせて貰っても良いですか?」

「自惚れ?」

「はいっ。 ・・・御剣さん、あなたは私が殺せないぐらいには私の事が好きです」

「そいつは・・・。 その通りだよ、咲実さん。 ・・・ふふふ、あははははっ」


総一も笑いだす。


―――結局、咲実さんの方が俺の事を良く分かってたって事か。


毎度の事ながら、女性に主導権を握られている事に呆れるしかない総一だった。


・・・。


「優希のPDAは9か・・・」


「結局咲実さんの言う通りになりそうだね」


かりんは優希のPDAを優希の手の中に戻しながらそう呟く。


「どういう事だ?」

「だって優希に皆殺しなんて無理だし、させられないじゃない? だとすると御剣総一君としては、首輪を何とかする方法を見つけない訳にはいかない。 違う?」


優希のPDAはスペードの9だった。

条件に従って首輪を外そうとするなら、彼女以外の参加者が全て死ななければならない。


「・・・その通りだよ」


―――北条さんにまで考えは筒抜けか・・・。


しかし優希には人殺しなんて無理だし、そんな事はさせられない。

だからといってこのまま放置して彼女を死なせる訳にはいかない。

何らかの手を打たなければならない。

総一は苦笑しながらも頭の中で状況を整理する。


「当面の目標は4番目のルールの確認。 それと並行して協力してくれる人を更に2人確保して北条さんの首輪を外す。 咲実さんの首輪をほっといても外れるから良いとして、あとは俺と優希の首輪を何とかすれば良い。 これで問題ないかな?」

「はい、大丈夫です」


咲実は頷いたが、かりんは真剣な顔で首を横に振った。


異議あり!」

「なんだい?」

「ずっと気になってたんだけど、どうしてあたしだけ『北条さん』なの?」

「はぁ?」


かりんのその言葉に、総一は思わずずっこけそうになる。


「なんだそりゃ?」

「あたしも仲間になったんだし、かりんで良いよ。 『北条さん』なんて呼ばれると何だかくすぐったいし」

「分かった分かった。 それなら俺の事も総一で良いぞ」

「へへ、分かった。 アリガト、総一」

「・・・他に問題は?」


―――俺って女性に振り回される運命なのか?


総一は少し情けない気分を味わっていた。


「ありませ~ん」


対するかりんは上機嫌だった。

しかし今度は咲実が大真面目な顔で考え込んでいる。


―――なんだ? 今度はなんなんだ?


その咲実の顔は、何故か総一に微妙に不安を感じさせるのだった。


「み、御剣さん、ためしになんですけど、わ、私の事を『咲実ちゃん』って呼んでもらう訳には・・・」


その瞬間、総一の頭の中は空っぽになった。


・・・。


優希を古びたマットの上に寝かせると、総一はそっと立ち上がった。


「じゃあ、あとは頼む」

「はい、御剣さん」

「まかしとけって」


そこは小さな寝室だった。

ベッドはどれも壊れていて使えなかったが、マットや毛布といったものは使えるものも多かった。

だから総一達は休息を取る部屋をここに決めていた。


「俺は向こうの部屋にいるから、何かあったらすぐに言ってくれ」

「はい。 4時間だけお願いしますね」

「ああ」


総一は軽く手を振って寝室を後にする。

通路がシャッターに封鎖されているため、危険はほとんど無いように思われた。

しかし誘拐犯の存在を思うと、全員で一斉に眠ってしまう事には抵抗があった。

だから総一達は交替で休むことにしたのだ。

総一は寝室を出ると後ろ手にドアを閉めた。

総一がいる部屋はさっきまでみんなで食事をしていた部屋だった。

だからそこにはランプや小型のコンロが置かれている。

ランプやコンロは食料と一緒にこの部屋に置かれていたものだった。


「静かになったな・・・」


これからの4時間、総一はこの部屋に1人ぼっちだった。

最初に優希と出会って以来、ずっと騒がしかった。

これほどに静かになったのは久しぶりの事だった。


―――つい昨日までは、俺はこんな静寂の中に生きていたってのに・・・。


優希と出会い、あの中年男と出会った。

咲実を見つけ、その後に罠にはまりかけた。

見知らぬ少年が襲いかかってきたが、この建物の仕掛けが彼を殺した。

手塚と郷田を名乗る2人と出会って別れ、2階ではかりんと出会った。

その後に中年男から逃げて3階へ。

そして今、この建物の仕掛けに囚われている。

昨日までは学校から戻れば自分の部屋で膝を抱えている毎日だった。

1人きりでは、どうやって過ごせば良いか分からなかった。


「それが今日になった途端これとは・・・」


驚く事、恐ろしい事。

そんな事が次々起こり、総一には静かにじっとしている暇なんてなかった。

なんとしても咲実と優希、かりんを守り抜かなければならなかった。


「でも実際驚いたよな。 優希と咲実さん。 まさかその名前と顔に出逢うとは・・・」


総一はランプの前に腰をおろし、揺らめくその炎を見つめ続ける。

風はなかったから、炎は揺らめく事無く静かに燃え続けている。


「これが運命って言うのかな」


もしこの2人がいなければ、総一は何もせずに首輪が作動するその時を待ったのかもしれない。

しかし2人は奇跡のように総一の前に現れた。

懐かしい顔と、懐かしい名前を持った、そんな2人が。


―――今度こそ守り切るんだ。


最後の最後まで。

今度こそ、あんな事にならないように・・・。

それはかつて大敗を喫した総一に与えられた、2度目のチャンスだった。

 

・・・。

 

マットに横になり毛布をかぶった咲実だったが、疲れているのに目が冴えて眠れなかった。

仕方なく何度目かの寝返りを打つと、隣に横になっていたかりんと目が合った。

彼女も眠れずにいたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20210215094634j:plain



「・・・咲実さんも眠れないの?」
「はい。 なんだか頭がごちゃごちゃとしてしまって」
「色々あったもんね、今日は・・・」
「はい」


2人の頭の中には今日の出来事が次々と蘇っていた。

そのどれもが本来の生活とは無縁のものばかり。

慣れない事の連続は彼女達の神経を昂らせていた。


「正直、良くここまで来れたなって思います。 私1人では、どうにもならなかったような気がします」
「あたしは1人だったらきっと恐ろしい事に手を染めていたような気がするなぁ。 賞金のルールを知った時から、妹の為、妹の為って、他の事が見えてなかったから」
「御剣さんと優希ちゃんのおかげですね?」


咲実は小さく笑う。


「そうだね。 あの2人がいてくれたおかげで、あたし達はこうして呑気に話をしていられる。 優希が妹と同じぐらいの年齢じゃなかったら、あたしはきっと馬鹿な事をしていたんだと思う」


さすがのかりんも、妹と同じような年齢の優希をどうこうしようと考える事が出来なかった。

優希の顔を見ていると、ところどころで妹の顔がちらついた。

そうなってくると、優希と敵対しようという考えは浮かばなかった。


「総一かぁ・・・」


かりんも笑顔で咲実に頷き返したのだが、すぐにすっと表情を引き締めた。


「どうしたんですか?」
「うん。 優希やあたし達はともかく、総一はどうしてあたし達を助けてくれるのかなって思って」


かりんや咲実、優希が総一を信用するのはある程度当たり前の事ではある。

これまでの出来事の積み重ねがあったし、総一が優希を連れている事で信用しやすかったという側面もあった。

しかし総一にはそれはない。

常に足手まといの優希や咲実を見捨てる事は無く、敵対しそうだったかりんだって平気で仲間に引き入れようとした。

総一が3人を信用するきっかけなど、どこにも見当たらないのだ。


「そういえば、確かにそれは不思議ですね・・・」


それはかりんだけでなく、咲実にも心当たりのない事だった。


「本当に総一が女好きやロリコン―――つまり下心があるからってんなら話は簡単だったんだけど」
「・・・それは・・・無さそうですもんね・・・」


これまで咲実達が見て来たものは、下心だけでできるような事ではない。

下心という欲求に根ざしたものでは、別の欲求の為に咲実達に見切りをつけた筈なのだ。

特に生存の欲求はその強い動機になる。

しかし咲実とかりんには、総一の行動の端々にそれとは全く違う何かが見え隠れしているような気がしていたのだ。

欲求ではない原動力が。


―――言うなれば、後悔のような・・・。


しかし咲実に分かっていたのはそこまでだった。


「知りたい? その理由」


咲実とかりんの会話が途切れた時、眠っていた筈の優希が口を開いた。

優希は咲実から見てかりんとは反対側の隣で身体を横たえていた。

咲実がそちらを向くと優希の目がぱっちりと開き、咲実の顔をまっすぐに見つめていた。


「眠っていたんじゃなかったの? 優希ちゃん」

「寝てたよ。 でも、何だかすぐに目が覚めちゃって」

「そうですか・・・」


―――優希ちゃんも私達と一緒なのね・・・。


優希も疲れてはいても、神経は張り詰めているのだ。


「お兄ちゃんは?」

「総一なら隣の部屋にいるよ。 そこで見張りをしてくれてる」

「そっか。 よかった」


優希はそれを確かめると、ホッと安堵の表情を見せる。


「それで優希、理由って何のこと?」


そしてかりんはそれをかけていた話を修正する。

すると優希はそうだった、という感じで小さく笑顔を作った。


「多分だけど、お兄ちゃんはね、優しいからとか正義の為とか、そんな事の為にわたし達を助けてくれてるんじゃないんだよ」


優希は少しだけ残念そうだった。


「わたしは最初、お兄ちゃんがわたしの事を好きになってくれたのかなって思ってちょっとだけ嬉しかったんだけど。 ずっと見てたら違う気がしてきたの」


優希としては、総一が自分に下心を持ってくれた方が嬉しかったのかもしれない。

しかし現実はそうではなかった。

優希の敏感な感性は、その僅かな違いを感じ取っていたのだ。


「咲実お姉ちゃんと会った時もそう。 お姉ちゃんの事が好きなのかなって思った。 でもそれも違うの。 お姉ちゃんはそれを感じなかった?」

「・・・少しだけ、そんな気がしていました」


咲実も最初から総一が自分に友好的だったのは、少なからず行為を持ってくれたからだと思っていた。

しかししばらく行動を共にするうち、それは違うのだという事に気付いた。

確かに総一が咲実を見る目には温かさがこもっている。

けれど総一の視線はピンボケの写真のように、焦点がほんの僅かに咲実よりも後ろにあった。

まるで咲実のすぐ後ろに立っている誰かを見つめているかのように。


「お兄ちゃんにはきっと大事な人がいるんだと思う。 誰よりも大切で、裏切りたくない誰かが。 わたしとお姉ちゃんはその人に似てるんだと思う。 それがどのくらいなのかは分からないけれど」


その優希の言葉は、咲実の実感を正確になぞっていた。


―――そうだ、それならつじつまは合う・・・!


出会った時から優しかった事も、命を失うかもしれないのに見捨てなかった事も、そして問題が起きても真っ先に守ってくれていた事も。


「お兄ちゃんには多分、わたし達を守ってるつもりなんてないんだと思う。 わたし達を守る事はそのままその人を守る事。 だからお兄ちゃんはわたし達を決して裏切らない。 見返りも求めない」


優希が初めて総一と出会った時、総一は優希の名前を聞いて酷く驚いていた。

そして咲実を見つけた時、咲実の顔を見て総一は酷く動揺していた。

だから"ゆうき"という名前と咲実の容姿、その2つを兼ね備えた人間がいても不思議はない。

そしてもしそうなら、それは総一にとって何か特別な意味を持った人間である筈なのだ。


「じゃあ、あたしはそれのおこぼれで仲間にしてもらってるんだね」


かりんがしみじみとそう呟く。


「それは違うよかりんちゃん。 かりんちゃんの場合は、お兄ちゃんと同じように守るものがあるからだと思う。 誰よりも大切で、裏切りたくない誰か。 かりんちゃんの場合はそれは妹のかれんちゃんなんでしょう?」

「うん」

「だからお兄ちゃんはかりんちゃんの事を裏切らない。 かりんちゃんがかれんちゃんを守るのは、そのままお兄ちゃんが大事な人を守る事なんだもの」


優希はそこで苦笑する。


「・・・でも、ちょっとだけ残念だよね。 もし本当にわたしの想像した通りなら、お兄ちゃんはわたし達の事は見てくれないって事なんだもの。 優しいのも、頑張るのも、みんなわたし達じゃない人の為なんだもの」

「そうですね・・・」


咲実も微笑む。

しかしそれは優希と同じく、ひと握りの寂しさが宿る、特別な笑顔だった。

そのまま部屋はしばらく静寂に包まれる。

誰も一言も発しなかった。

3人はそれぞれに天井を見上げ、何事かを考えていた。


「ねえ、お姉ちゃん、かりんちゃん」


最初に口を開いたのは優希だった。


「もし本当にそうだったらさ、その時は、わたし達3人でお兄ちゃんをその人から奪い取っちゃおうよ」

「う、奪う!?」


優希の口から飛び出した過激な発言に、咲実の顔が真っ赤に染まる。

それは顔だけにとどまらず、首筋や耳まで真っ赤になっていく。


―――う、奪うって・・・!?


その意味を想像しただけで冷静ではいられなくなる咲実だった。


「うん。 わたし達を助けるならさ、せめてわたし達の為に助けてほしいなって思うんだ」

「な、なんだ。 奪うってそういう意味か」


かりんも動揺していたのか、あからさまに安堵した様子で溜め息をつく。


「えっ、他に何か意味があるの?」


優希は訳が分からない様子で、きょとんとした表情を作り咲実とかりんを交互に見比べ始める。


「な、ないよ! ねえ、咲実さん!」

「え、ええ、ありませんとも! 何も!」

「うそだぁ! その顔は絶対何かあるもん! 言って! 奪うって何の意味なの?!」

「何もないですってば!」


少女達はきゃいきゃいと騒ぎ始める。

その声は総一の所まで届いていた程だった。


「おしえてよ~、良いじゃないかりんちゃん! お姉ちゃんってばぁ!」

「だ、駄目ですっ! こ、子供にはまだ早すぎますっ!!」

「あっ、そういう内容なんだ!?!?」


その騒ぎはしばらく続いたものの、おかげで緊張もほぐれ3人は心安らかに眠る事が出来たのだった。

 

 
・・・。

 

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【21】


Episode Ⅳ
-The only neat thing to do-

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092013j:plain



「ねえ総一。 明日はアンタの誕生日よね?」
「あれ、もうそんな時期だっけ?」


夕焼けの光に包まれた遊歩道。

そこを2人は歩いていく。

2人はこの遊歩道を通学に使っていたから、朝と夕方には決まって2人でこの道を歩いていた。


「んも~~! しっかりしてよね!? アンタの誕生日でしょうが!」
「悪い。 でも祝ってくれるのはお前なんだから、俺が覚えてる必要はないだろ」


幼馴染の少女の剣幕にも臆する事はなく、総一は呑気な声を出した。

その表情は穏やかで、目の前の少女以外には滅多に見せない表情だった。

総一と彼女との関係は長い。

それだけに彼女がちょっと怒っているぐらいでは動じない総一だった。


「それに俺がお前に『明日俺の誕生日なんだ!』なんて言うのは何だか妙な感じがするし。 祝ってくれ! って要求してるみたいでおかしいだろ」
「それはそうなんだけどさ、だって、ホラ・・・。 アタシだって、その、誕生日は、ある訳で・・・」


彼女はそう言うと顔を赤くして俯かせ、上目遣いに総一を見上げてくる。

それはまるで子供がおねだりをしているような姿だった。


「バーカ。 変な心配するなよ。 わはは、俺がお前の誕生日を忘れる訳ないだろ」
「だ、だってさ、自分の誕生日わすれてるなら、アタシのだってちゃんと覚えてるかどうか・・・」


彼女は両手の指先をつんつん合わせながら頬を更に赤らめる。


「俺はお前のだけ覚えてれば良いんだ。 別に俺のまで気にしてる必要はないだろ」
「・・・ちゃんとアタシの誕生日覚えてる?」
「桜の盛りの3月18日。 ちゃんと覚えてるよ」
「あ・・・」

 

すると途端に彼女の表情が明るくなる。


「うん。 ごめん、総一」


詫びの言葉を口にする彼女だが、実際には嬉しくてならないようだった。

少し照れながらのその笑顔は、総一にはいつも以上に魅力的に見えた。


―――この顔に騙されてるんだろうな、俺・・・。


この顔を見る度にそう感じるものの、いつだってそれで良いと思う総一だった。

 

「そ、それでさ、総一。 プレゼントはどんなのが良い?」


照れ隠しなのか、彼女は少し早口だった。

それに気付いた総一は小さく笑い始める。


「なんだって良いよ」


総一は笑いながら彼女の頭を軽くトントンと叩く。


「もう・・・ハッキリしてよね、ハッキリ。 そんなんじゃ何買ってきたら良いか分からないじゃない」


先程までの話の手前、あまり語気を強められない彼女。

普段の彼女だったらここで怒りだしていたかもしれない。


「いつまでもそんな調子じゃ、誰もアンタの事を分かってくれないわよ?」
「俺はお前が分かってくれりゃ良い」
「え・・・」


すると彼女は一度その表情を硬直させ総一を見つめる。

そしてすぐに笑顔に戻ると僅かに涙を滲ませる。


「・・・ア、アタシはさ」


彼女はそこで総一の腕を捕まえると、そこへ彼女自身の腕をからめる。


「アタシはそんなの嫌だな」
「なんでさ」


総一が訊き返すと、彼女はぎゅっと総一の腕を抱き締めた。


「アタシはみんなに自慢したい。 みんなにアンタがどれだけ良い男なのかを分かって貰って、それを自慢したい」
「ふふ、なんでそんな事をしたがるかなぁ、お前は・・・。 ふふふっ」


総一は笑いながら再び彼女の頭をとんとんと叩く。


「嫌なんだもん」
「何が?」
「アタシの大好きなアンタが、みんなに勘違いされてるのが」


彼女はずっと総一の腕を抱き締めている。

その表情はうかがい知れないが、総一からもその頬が紅潮しているのだけは見て取れた。


「俺はお前がそう思ってくれれば良いんだけど、それじゃお前は嫌なのか」
「・・・うん。 特別カッコ良くなくても良いから。 勘違いとかは駄目」
「そっか。 分かった」


総一は頷く。


―――この程度の小さなわがままぐらい、聞いてやった方が良いだろうさ。


「何か食べられる物が良い。 俺が食った事ないやつが良いな」
「食べられる物? 何か形に残るものじゃなくていいの? せっかくの誕生日プレゼントなんだよ?」


彼女の顔が上がる。


「お前と一緒に食べるんだから、それで構わない」
「・・・うん」


総一の答えに、彼女は嬉しそうに頷いた。

だが総一は後に後悔する事になる。

形に残るものにしておけば良かったと。


「それじゃアタシはここで。 それこそプレゼントを買いに行ってくるわ」


遊歩道を抜け、公園を出た所で彼女が立ち止まる。


総一と彼女の家は隣同士なのだが、この場所からだと彼らの家は、彼女が買い物に行こうとしている商店街とは反対方向にあった。


「俺も一緒に行くよ」
「ばか。 一応プレゼントなのよ? アタシ1人で買いに行かせて。 何を買ったのか分かってたら、つまらないじゃない」
「それはそうだな」


総一が頷くと彼女は彼から手を放し、くるりと身体を回転させる。

夕日の赤い光の中、彼女の長い髪とスカートの裾が僅かに宙を舞う。


「分かったら大人しく帰るのよ、総一」
「ああ。 1人寂しく帰るさ」
「よろしい」


2人の笑顔は輝いていた。

生まれてからずっと繰り返されてきた光景。

そして今後もずっと続く筈だった光景。

2人は幸せだった。


「また明日ね、総一」
「ああ」
「プレゼント楽しみにしてて?」
「分かった。 楽しみに待ってる」
「それじゃ、いってきます」


ばいばい、そんな風に手を動かすと彼女は総一に背を向ける。


「・・・いってらっしゃい」


彼女の背中に小さくそう呼び掛けると、総一も彼女に背を向けた。

この時の総一はこれが彼女との永遠の別れだとは気付いていなかった。

総一は明日の事を思い描きながら、ただ家路を歩いていくだけ。

総一は明日も彼女と会えるのだという事を欠片も疑っていなかった。


・・・。

 

だからそのしばらく後に、一台の救急車が彼の横を駆け抜けていっても、それに気を止めたりしなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

最初に目覚めた時、総一は何かの夢を見ていたように感じていた。

見慣れない場所で目覚めた事もその印象を強める原因となっているのだろうが、実際に総一は何かの夢を見ていたように思った。

そうでなければ目元に涙が滲んでいたりはしないだろう。

総一は目元と頬を拭い、身体を起こした。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092032j:plain



「なんだ? ここは・・・」


身体を起こしてはみたものの、総一には訳がわからなかった。

毎朝の目覚めとしてはありえない光景がそこに広がっていた。


「俺は・・・」


そこは近代的なコンクリート造りの部屋だった。

そこにカーペットが敷かれ、高級そうな洋風の家具類が置かれている。

だが部屋は全体的に薄汚れており、いたる所に埃がへばりついていた。

それは備え付けられた家具も同じで、総一の寝かされていたベッドに至っては汚れだけでなくスプリングが飛び出してしまっていた。

元が高級そうな木目の家具であるだけに、その異様さが引き立った。

廃墟になった病院のVIP用の病室。

それが総一の第一印象だった。


「一体何がどうなってる?」


ズキリ


総一が記憶に集中しようとすると、頭の芯がズキリと鈍く痛んだ。

未成年の総一は二日酔いになった事は無かったが、それに近い状態だった。

頭の中にもやがかかったような感覚。

しかしもはや次第に薄れて消えていく。

それにつれて記憶が鮮明になっていった。


「・・・昨日、部活が終わって」


いつもの通りに、学校で授業を受け、放課後には部活動。


「それで・・・」


しかし総一の記憶はそこで途切れていた。


「それでどうした?」


友達と別れ、家への道のりを1人で歩いていた所までは覚えている。

だがそこで記憶は途切れ、その次の記憶はここのベッドから見上げた見知らぬ天井だった。

総一は現実がまるで映画かなにかのように編集されてしまったかのような、そんな不思議な感覚を味わっていた。

実際に夢を見ていた事を差し引いても、そこには本当に突然夢から覚めたような非現実感があった。


「何があったんだろう?」


―――事故?


一番初めに総一の脳裏に浮かんだのはその言葉だった。

総一にとってそれは酷く印象深い言葉だったので真っ先に飛び出してきたのだが、ここはどう見てもまっとうな病室ではなかった。

家具類だけなら病室にも見えるのかもしれないが、こんなに汚れていては失格だろう。

また身体に怪我を負っている様子もなく、服装も学校帰りの時のままだった。


「じゃあ、誘拐、とか・・・」


記憶にない場所。

総一には自分で来た覚えもなければ、こんな部屋に居る理由もない。

とすると意識がない間に誰かに連れ込まれた事になるが、それは医療行為を除けば一般に誘拐と呼ばれる行為だった。


「でも誘拐だぞ? 俺を?」


総一には誘拐される覚えなどなかった。

ごく普通の家庭に生まれ育ち、特別に金銭的に恵まれているとは言えない。

営利誘拐で総一を連れ去っても、なんのメリットもないのだ。

誘拐されるほどのトラブルも無かった筈だ。


「どうなってるんだ、一体・・・」


未だに僅かに痛む頭を軽く振った時、総一はそれに気付いた。


「なんだ?」


頭を振った時に、首を引っ張られるかのような軽い違和感があった。


カチ、カチ


総一が指先を伸ばすと、そこには硬く滑らかでひんやりとした金属の感触があった。

今度は総一は両手を首のまわりに這わせた。

するとそこにはぐるりと首のまわりを一周する、金属の輪がはめられていた。


―――首輪?


直径は1センチから2センチといったところだろうか?

かまぼこ型の金属棒を輪にした構造を想像すると良いだろう。

かまぼこ型の底面の平面が首に密着した状態で首をぐるりと一周取り巻いている。

その構造のおかげで首輪には指先を滑り込ませる隙間もない。

また弧を描いている表面には取っ掛かりらしいものはほとんどなく、触った感じでは継ぎ目はみつからなかった。

誘拐、そして首輪。

その2つの言葉から昨今多発している倒錯者による誘拐・監禁事件が脳裏をよぎる。

誘拐された人達は首輪をはめられて監禁されていた。

そして誘拐犯に主従関係を強要されるのだ。


「・・・まさか、そんな事は・・・」


総一は思わずゴクリと喉を鳴らした。

考えられない事ではない。

総一は既に廃屋へ連れ込まれている。

そんな時、部屋の中に電子音が鳴り響いた。


「うわっ、な、なんだっ!?」


驚いた総一が慌てて部屋を見回すと、ベッドの近くに木製のテーブルが置かれており、そこで何かがチカチカと光っていた。


電子音はそこから鳴っていた。

電子音はそれほど大きな音ではなく、携帯電話の呼び出し音程度のものだった。


「あ、俺の荷物もある・・・」


携帯電話の着信よろしくチカチカと光る何かの向こう側に、総一が通学に使っているスポーツタイプのリュックサックがあった。

総一は見知ったものを見つけて少しだけ落ち着くと、ベッドを下りてテーブルに近付いていった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092049j:plain



「なんだこれ」


テーブルの上に乗っていたのは1台のPDAだった。

しかしメーカーを示すような刻印は一切なく、目を引くものといえばディスプレイに大写しになっているトランプのカードだった。


「スペードのエース・・・」


総一が手に取ると、PDAは見た目から想像する以上に軽かった。

PDAは縦10センチ、横6センチ程の大きさで、トランプをモチーフにしているだけあって極めて薄かった。

ディスプレイはPDAのほぼ全面を埋め尽くしており、その下に小さなボタンが据え付けられていた。

また裏側はトランプの背中側のデザインを踏襲しており、白枠の中に格子模様が描かれていた。

このトランプのデザインへのこだわりは相当のものだった。

逆に奇妙だったのが、PDAの側面と底面に用意された2つのコネクターだった。

そのコネクターは明らかにPDAそのものよりも厚みがあり、総一にはその2つだけがトランプの意匠を崩しているように思えた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092103j:plain



総一がPDAに備えられたボタンを押しこむと、バックライトが点灯して画面が明るくなった。

そして次の瞬間、PDAの画面は新しい表示に切り替わる。


『ルール・機能・解除条件


「なんだって? 解除条件?」


総一が指先で文面を追うと画面が切り替わった。

どうやら操作はタッチパネル式らしい。


『貴方の首輪を外すための条件』 


首輪を外す?


『A:クイーンのPDAの所有者を殺害する。 手段は問わない』


何だこれは?

総一が表示されているものに呆気にとられていた時、そのPDAの画面に影が射した。


「お兄ちゃん、何やってるの?」


突然の高い声は、総一を酷く驚かせた。


うわっ?! なんだっ!?」


総一は驚いて顔を上げる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092114j:plain



すると総一の目の前には1人の少女の姿があった。

彼女の身長は総一の胸の下ぐらいまで、大きな目とおさげが印象的な10歳ぐらいの少女だった。

どうやらその少女は総一がPDAに気を取られている間に部屋へ入ってきたようだった。

彼女は総一の目の前に立ち、PDAの画面を覗き込んでいる。

画面に射した影は彼女のものだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092124j:plain



「え、なになに!?」


少女は総一のあまりの慌てぶりに、逆に不安になってきょろきょろと部屋を見回し始める。


「ねえ、何が起こったの?! 教えてお兄ちゃん!」


その少女の真剣なまなざしを感じて、総一は少しだけ冷静さを取り戻した。


「ご、ごめん。 いきなり君に声をかけられたものだから、ちょっとびっくりしてさ」
「なーだぁ~。 びっくりさせないでよお兄ちゃん。 何か恐い事でも起こったのかと思ったじゃない。 心臓止まりそうだったよ」


少女は自分が総一を驚かしたとは考えておらず、すっかり何か別の事が起こったと勘違いしていたのだ。


「悪かったよ。 誰か他の人が来るなんて思ってもみなかったからさ。 すっかり油断してた」
「ふふふ、お兄ちゃん根性ないね?」


少女は楽しそうに笑い始める。

総一の申し訳なさそうな顔が面白かったのだろう。


「確かに気は小さい方だな」


―――だけど最初に会ったのがこの子で良かったかもな。


こんな小さな子だ。

この子が誘拐犯の一味って事はないだろうし。

この時になってようやく総一は安堵していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092135j:plain



「あはははっ」


少女の屈託のない笑顔は、不思議と総一の不安を吹き払ってくれる。


「君はここが―――っと待った、そういや自己紹介がまだだったな」
「お兄ちゃんが大袈裟に驚くからいけないんだよ。 そうじゃなきゃすぐに名乗ったよ」


くすくす


少女は少しだけ総一をからかうようなニュアンスを込める。


「そう言うなよ。 俺は総一。 御剣総一」
「ふぅん。 総一お兄ちゃんか。 わたしは優希っていうの。 色条優希(しきじょう ゆうき)。 優希は優しいに――――ってお兄ちゃん、どうしたの?」


自己紹介をしていた優希だったが、総一の表情が固まってしまっている事に気付いて途中で止めた。


「大丈夫? 顔真っ青だよ?」
「あ、ああ、うん。 ごめん、何度も心配かけて。 そうか、君も優希っていうのか」


―――偶然同じ名前ってだけだ。


落ち着けよ御剣総一・・・。


そうしながら、自分を落ち着かせようとする総一だった。


―――きみも?


優希の方は総一がそう言った事に軽く疑問を持っていたのだが、彼に笑顔が戻った事でその事はすぐに忘れてしまった。

 

「うんっ。 お兄ちゃんは優希って呼んでいいよ」
「そうか・・・優希、優希か・・・」


総一は呼んだ感触を確かめるかのように何度かその名を呟く。


「はい、何ですか総一お兄ちゃん」


呼ばれた優希は澄ました顔で答える。

しかしそういう表情に向いていないのか、すぐにその顔は笑顔にもどってしまう。


「なにでもありません」


―――良く笑う子だな・・・。


動揺が収まった総一も彼女に笑いかけた。


「ごめん。 何度も心配させて。 俺さ、ここへ誘拐されてきたんじゃないかって心配してたんだ。 それでちょっと・・・」


カリカ


総一は照れ隠しに頭を掻く。


「誘拐?」


すると優希はきょとんとした表情を作り、不思議そうに総一を見上げる。


「誘拐ってアレ? 誰か捕まえて、その家族にお金をちょうだいって電話するやつ?」
「ああ、それそれ。 俺自分でここに来た訳じゃないんだ。 優希は」
「わたしもここには自分で来たんじゃないよ。 でもさ、わたしの場合は寝てたら場所が変わってる事って良くあるんだ」


優希はケタケタと笑い始める。


「お出かけした時とかに途中で寝ちゃってさ。 目を覚ましたら家に帰ってたとかあるんだ。 ママ達が連れ帰ってくれてるんだけどね」
「そっか」


―――それでこの子は無警戒だったのか。


妙に納得する総一だった。


「・・・でもよく考えてみたら誘拐なのかもしれないね。 こんな場所に連れてこられた事なんてないもん」


ごくり

優希の喉が鳴り、その表情が真剣なものに変わる。


「わたしもお兄ちゃんも、同じ犯人に誘拐されちゃったのかもね」
「ん? 君は俺が誘拐犯だとは思わないのかい?」


総一は多少それもあって動揺していた事情もある。

ここで会う人間が誘拐犯人である可能性は極めて高いのだ。

たまたま相手があからさまに無害そうな優希であっただけで、本来はその心配をしなければならない筈だった。


「犯人? お兄ちゃんが?」


優希は再び目を大きく開けてきょとんとする。

そしてそのすぐ後に大声で笑い始める。


「あははははっ! お兄ちゃんが犯人!? あははははっ、そんな訳ないよぅ!」
「な、なんでだい?」


総一は笑い始めた優希に、逆に面食らってしまっていた。


「だ、だってさ、お兄ちゃんわたしに本気で驚いてたじゃない! もしお兄ちゃんが誘拐の犯人だったら、そんな面白い事にはならないようっ! あはははははっ!」


彼女はお腹を押さえて笑い続ける。

すると彼女の着けたリボンと、それがまとめている彼女の髪がぴょこぴょこと揺れる。


「なるほど・・・」


再び妙に納得する総一。


―――確かに犯人にしちゃ無様な所を彼女に見せ過ぎてるな。


でも、そうでなくとも無様は無様、か。

優希が総一を怖がっていないというのはそういう事なのだ。


「それにさ、そんな制服着てるし。 同じのしてるし」
「同じの?」


総一は『制服』の意味はすぐに分かったが『同じの』の意味は分からなかった。


「ホラ、首輪だよ。 これこれ!」


優希はそう言いながら顎を持ち上げる。

そうするとこれまで彼女の頭に隠れて見えていなかった首輪が総一にも見えた。

見たところ彼女の首輪も総一のものと同じのようだ。

つるっとした外見の金属製の首輪だ。


「同じような首輪してたからさ、なんとな~く同じかな~って思ってたんだ」
「へぇ・・・」


思わず感心する総一。


「君は小さいのに賢いんだなぁ・・・。 大したもんだ」


優希は小さな手掛かりを繋げて総一は犯人ではないと判断していた。


―――間抜けな姿、同じ首輪。


確かに犯人にしては間抜けだな。

それに誘拐の犯人がわざわざこんな首輪をする理由もないし。


「でもね、今になるとちょっとだけ心配があるよ」
「ん?」
「あのね、これ、本当に同じ首輪かなって。 だってほら、触れるけど、自分では見えないじゃない? だからもしかしたら勘違いもあるなぁって、今になって気付いたの」


優希はそう言って小さく笑うと、ちょろっと舌を出してみせる。

失敗しちゃったかなぁ、そんな声が聞こえてきそうな顔だった。

そして優希は背伸びして総一の首輪に触れる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092152j:plain



「触った感じは一緒だね。 わたしの首輪ってちゃんと銀色してる?」
「ああ。 銀色だよ」


総一が頷き返すと、優希はすぐに笑顔に戻った。

 

「ならやっぱり一緒だね。 えへへ」


優希が近寄って来た事で、総一にも彼女の首輪のディティールが良く見えるようになる。

銀色のつるっとしたかまぼこ型の胴体、そして正面に付いている何かのコネクター

そしてその隣にはインジケーターらしきLEDが取り付けられている。


―――これが俺の首にも付いているのか・・・。


思ったよりメカメカしいんだな・・・。


総一は単なる金属の輪だと思っていたのだが、それだけではないようだ。


「だけど本当の事を言うとね? わたしがお兄ちゃんの事を犯人じゃないって思ってるのは、それが理由じゃないんだ」
「ん? どういう事だい?」
「えへへ、最初に見た時から優しそうな感じがしてたんだ」


優希はスッと目を細める。


「女の勘ってやつかな?」


そしてちっちっちと指を左右に振りながら、再び笑い始める。


「勘、ね・・・」


―――でも確かにそんなもんかもしれないな。


パッと見で恐いと思わなかったから、俺だって冷静に彼女を見て犯人じゃないって思った訳だし。

誘拐を別にしても、彼女も俺の第一印象が悪けりゃ話しかけたりしないで逃げてたんだろうな。

俺だてて見るからにヤクザ風のお兄ちゃんがいたりしたら、話したいとは思わないし。


「あれ? って事は、俺が男前だったって事?」


総一も笑い始める。

彼も優希の事を完全に信用出来たのか、冗談が出てくる余裕があった。


「ん~、どっちかというと頼りない感じかな?」


優希もそうらしく、無邪気な顔でケタケタと笑い続ける。


「意外ときっついなぁ、君は」
「君じゃないよ」


そして優希は気取ってくるりとその場で一回転する。

スカートの裾と彼女の髪がふわりと広がる。


「ゆ・う・き♪ 優希って呼んでよ、お兄ちゃん」
「・・・かなわないなぁ、君―――優希には」
「ハイ、良くできました♪」


優希は腰に両手を当て、満足そうに頷いた。

 

・・・。


「良く分からないね、これも」
「う~~ん、いきなりこんな事言われてもなぁ・・・」


自己紹介の済んだ2人は現状で唯一の手掛かりとも言えるPDAを調べていた。

優希が総一と同じだったのは首輪だけではなく、PDAもだった。

彼女が目覚めた場所にもPDAは置かれていた。

彼女は初めそれに気付かずに部屋を出ようとしたのだが、ドアノブに手をかけた所でアラームが鳴った。

それで彼女はPDAを見つけて持ってきたのだ。


「ねえお兄ちゃん、この『ルール』の所に書いてある、条件を満たして外す首輪ってのは、やっぱりこれの事なのかな?」


2人は今もそれぞれ自分の見つけたPDAを覗き込んでいる。

そこにはいくつもの項目が記されていた。

まずは『ルール』という項目。

そこには奇妙な事が書き込まれていた。

ルールには違反すると首輪が作動してこの建物の警備システムに殺されてしまう。

また、首輪を外す為には特定の条件を満たす必要がある。

更には72時間以内に首輪を外さなければ、ルール違反と同じように殺される。

他にもいくつか補足的な内容が書かれていたが、主な内容はそんなものだった。

次の項目は『機能』というもの。

そこを参照すると更にサブ項目が表示された。

サブ項目にあったのは『地図』の項目1つだけ、呼びだしてみると複雑怪奇な迷路の地図が記されていた。

総一達にはそれがどこの地図なのかは分からなかったが、おそろしい広さなのは見ただけで分かった。

最後の項目は『解除条件』だ。

総一のものは『A:クイーンのPDAの所有者を殺害する。 手段は問わない』となっている。


どうやらこれが『ルール』の所で言及されている条件らしい。


「そうなんだろうけど、これはどうも担がれたかなぁ・・・」
「担がれた?」


総一の言葉を聞いて、優希が顔を上げる。


「うん。 これさ、誰かの冗談なんじゃないかって思って」


そう言いつつ総一は自分の首輪を指さし、PDAを軽く上下に振った。


「冗談・・・」
「あんまりに書いてある事が無茶苦茶だろう?」
「そうだねねぇ。 殺せとか死ぬとか言われても困っちゃうよね?」


優希がクスクスと笑い始める。

彼女も総一の意見に賛成であるようだ。


「でもさ、こういうの漫画とかでは良く見るだろ?」
「あ! わたしそういう映画見た! ママが途中からチャンネル変えて見せてくれなかったけど!」


優希は目を輝かせて身を乗り出す。


「だからさ、そういうのをモチーフにした冗談を誰かがやってるんじゃないかな」
「うんうん! 確かにそれならありそうだよね!」
「そもそもこんなに広い建物が本当にあるのか怪しいもんだ」


総一はPDAの画面を指さす。

そこには例の地図が表示されていた。


「そうだよねぇ・・・。 これ野球場とかが何個も入りそうだよね~。 幾ら位するんだろう、こういう大きさの建物を作っちゃうと。 それにこれ、6階建てだよ」
「うわ、本当だ」


優希の指さした部分には階数表示があった。

そこには1から6までの数字が書き込まれている。

地図に記された建物は6階建てなのだった。


「何十億か、下手をしたら何百億円だろうな、こんな建物・・・」


総一は東京都庁は1600億円近くかかっていると聞いた事があった。

高層ビルではないからそこまでお金はかかっていないのかもしれないが、だからって何ケタも違わない筈だ。

敷地面積だけなら明らかにこの地図の建物の方が広いのだ。


「俺達のいるこの建物の事だよって言いたいんだろうけど、きっと俺達がいるのはもっと小さい、どこかの安いビルとかだったりするんだと思うな」
「ドッキリさせるだけならそれで十分だもんね。 流石に現実でこんな建物作る人はいないよ~、映画じゃないんだからさー。 あははははっ」
「映画だとさ、老い先短い大富豪とかが良く作るんだよね、こういう迷惑なヤツ」
「何かみんな、お金持ちに偏見があるよね?」
「あるある」


総一も優希も、すっかり緊張がほぐれていた。

誘拐だとばかり思って少し心配していたのだが、PDAに記された内容があまりにも荒唐無稽過ぎて、現実の事件だとは思えなくなってしまっていたのだ。


「でもどうしてわたしたちこんなとこに連れてこられたんだろうね? 単なる誘拐ではなさそうだけど」
「映画やアニメとかのプロモーションのイベントに間違って参加させられてるとかじゃないのかな」
「でもそんな事の為に誘拐なんてするかなぁ?」


総一と優希はこんな風に冗談だと考えていたのだが、誘拐の事だけがひっかかっていた。

そこだけがどうしても冗談であるという考えに似合わないのだ。


「よし、じゃあ優希、ちょっと調べてみようか。 じっとしていても始まらないし」


総一は立ち上がる。


「でも誘拐犯がいるかもしれないんだよね?」


優希は座ったまま不安そうに総一を見上げていた。


「それはそうなんだけどさ、俺達を連れ込んだのはその誘拐犯なんだから、じっとしててもいずれ誘拐犯はやってくるんじゃないかな」
「あ、そっか。 寝かされてた部屋に残ってれば真っ先に来るよね、犯人は」


総一の言わんとしている事を理解したのか、優希はコクリと頷き同意する。


「じゃあ行こう。 何か手掛かりが欲しい。 できれば出口を見つけて帰りたいよ」
「そうだね」


総一が手を差し伸べると、優希は迷わずそれを掴む。


「困っちゃうよね、こんなの」


そう言いながら優希は総一の手に掴まって立ち上がる。


「まったくだ」


そして2人は苦笑気味に頷き合うと、部屋を後にした。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092226j:plain



「気になってるんだけどさ」


総一の前方を軽やかなステップで歩く優希が振り返る。


「なんだかどこもかしこも汚れ放題だよね?」
「そうだなぁ」


総一も彼女の意見に同意する。

部屋から出るとそこは長い通路だった。

その通路には埃や小さなゴミが堆積(たいせき)していて、歩くたびに僅かだが埃が舞った。


「なんだか体育倉庫みたい」


優希は分かりやすい例えを使った。


総一もまだ学校に通っている年齢だから、彼女のその表現は総一の感性によくフィットした。


「確かにこんな感じだなぁ」
「でしょ? あそこもあんまり掃除してないんだよねっ。 えへへ」


優希は総一の同意が得られて嬉しいのか表情を明るくする。

そして小さく頷いた後に彼女は正面に向き直って再び通路を進み始める。


「先生があんまり来ないし、もともと汚れたものとかがしまってあるから、多少部屋が汚れててもそんなものかなって思う。 だからみんな手を抜く」
「そうそう。 わたしも掃除サボった事があるよ」


優希は歩く速度を落として総一の横に並ぶ。


「俺はサボらせてもらえなかった。 相方が厳しくてさぁ。 ズルは駄目だっていつだって尻を叩かれたさ」
「へぇ、大変だねぇ」
「ああ。 大変、だった」


総一は懐かしくなって目を細める。


―――もう随分前の気がするけど、そんなに前じゃないんだよな。


つい3ヶ月前まではそうだったんだもんな。


「ねえお兄ちゃん、その人って今も厳しいの?」
「ん? ああ。 きっと厳しいと思うぞ」
「あれ、今は一緒じゃないんだ?」
「一緒のような、一緒じゃないような」


―――今の俺達は、そういう表現しかできないよな?


総一は思わず苦笑する。


「・・・ふられたの?」


そんな総一の感情に気付いたのか、優希は訊きにくそうに少し口ごもる。


「ふられてはいないけど、どうだろうな、実際には俺にもよく分からない」


だが明るく答える総一に、彼女もすぐに笑顔を取り戻した。


―――笑ってろよ。


これ以上子供に心配させるな、総一。


総一は自分にそう言い聞かせる。


「じゃあ今は彼女募集中?」
「当分募集の予定はないよ」


総一が肩をすくめてそう言うと、優希が難しそうな顔をして考え込む。


「なんだったらわたしがなってあげよっか?」


しかしすぐに優希は明るくそう言い、無邪気に笑った。


「ふられてないんだってば」


総一も笑い始める。


「でも、大人なフォローをありがとうな、優希」
「あはは」


―――賢くて、無邪気で、明るい子。


今時にしては、珍しいタイプの子だな。

総一はそう感じながら優希の頭を撫でる。

優希はまんざらでもない様子で、笑顔のまま撫でられている。

丁度そんな時の事だった。


「あれ? お兄ちゃん、前に誰かいるよ?」


通路の角を曲った時、優希がまっすぐに前を指さした。

優希の頭を撫でてやっていた総一は、すぐに彼女の指差した方向を見た。


「本当だ・・・」


30メートルほど先に1人の男性の姿があった。

身長はそれほど高くなく、小太りの中年男性。

彼も首には首輪を着けていた。

彼は総一と優希の姿に気付くと、ゆっくりと総一達に近付いてくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092242j:plain



「よう」


男は手をあげてにこやかに近付いて来た。

そこに敵対的な意図は見えない。


「どうも」


総一もすぐに返事を返した。


―――わざわざ自分から首輪を着けるような誘拐犯も居ないだろうし、この人が誘拐犯って訳ではないようだけど・・・。


「・・・」


だが優希は何も答えなかった。


―――優希?


彼女は無言ですすすっと総一の影に隠れてしまう。

まるで男から逃れようとするかのようだった。


―――どうしたんだ?


改めて男を見ると、その視線が優希を追っているように見えた。


―――どういう事だ。


「お嬢ちゃんには嫌われちまったようだなぁ。 でも大丈夫だよ、おじさんは怖くはないさ」


近付いて来た男は猫なで声を出しながら優希に笑いかける。

しかしそれでも優希は答えない。

総一の背後で身体を硬くしていた。


「優希?」


総一が声をかけると、優希は不安そうな様子で総一を見上げてくる。


―――苦手なのかな? こういう人が・・・。


「可愛らしいお嬢ちゃん、出ておいで。 おじさんと遊ばないかい?」


心配になった総一が男の様子を観察すると、彼は好色そうな視線で優希の身体をなめ回すように見ている。


―――あんまり気分の良い視線じゃないな、これは。


状況が分かってるのか、この人は?

総一は呆れていた。


「痛かったり怖かったりもしない。 出てきて可愛い姿を見せてくれないかい?」


ぎゅっ


男の言葉と同時に、優希の手が総一の服の背中の部分を握り締める。


「名前を教えてくれないか? かわりにおじさんが気持ちのイイ事を教えて―――」
「あの、御用件はなんでしょうか?」


怖がっている優希の様子を見かねて、総一が助け舟を出す。


「ちっ」


すると男はあからさまに不機嫌そうに舌打ちして総一に目を向けた。

すると男の注意が剥がれたからか総一の服を握り締めていた優希の力が少しだけ緩む。


「おい坊主、出口を知らんか?」


不機嫌で乱暴な声。

優希に話しかけていた時の優しさのかけらもない。

男は総一に対しては一転して乱暴な言葉を投げかけてくる。


「くそっ、どうして俺がこんな場所に・・・。 また何かの嫌がらせか?」
「実は、俺達も出口を探しているんです」
「ちっ、役に立たない小僧だ・・・。 そうだ、おい小僧、俺がその子を見ていてやるから、お前1人で出口を探してこい」

「ひっ」


ぎゅっ


優希が息を呑む声。

そして再び総一の服が強く握り締められる。

優希は完全にこの男に怯えていた。


「そういう訳にはいきません。 この子の事は御両親からよろしく頼むと言われているんです」


総一が首を横に降ると、男は不機嫌そうに総一を睨みつける。

総一もそれに負けないように睨み返す。


―――優希が怯えてるんだ。


弱気になるなよ・・・。


「チッ。 本当に役に立たないガキだ」


先に目を逸らしたのは男の方だった。


「お嬢ちゃん、こんな頼りない小僧じゃなく、俺と一緒に行かないかい?」


男は再び猫なで声で優希に話しかける。

しかし優希はぶんぶんと首を横に振る。

それを見た男はもう一度舌打ちをすると、総一達に背を向けた。


「じゃあな」


そして不機嫌そうな声を残して去っていく。


「あの・・・」


総一は呼び止めようかと思ったのだが、優希が総一の手を握って引っ張った。

総一は言葉を途中で切り、優希を見る。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092258j:plain



「お兄ちゃん」


優希は何度も首を横に振り、何かを訴えかけるように総一を見上げている。


―――やっぱり怖いんだな。


「・・・うん、分かった」


だから総一は男を呼び止めるのを止めたのだった。


「はぁ~~」


男の姿が見えなくなると、優希はあからさまな安堵の溜め息をついた。


「大丈夫だったか? 優希」
「うん・・・。 でもわたしあの人嫌い」


優希は男の去った方を見ながら総一の手を握り締める。


「わたしの事をずっと変な目で見てたし・・・、それにお兄ちゃんとは違っていやな感じがするんだもん」


―――そういや、優希は最初から怯えてたっけ。


確かに声をかけられる前から優希の様子はおかしかった。

子供の直観からか、見た時から男の事が怖かったのだろう。


「それにしてもあの人、誰だったんだろう」


結局男は一方的に言いたい言だけを言って、優希を怯えさせただけで勝手に去っていった。

名前すら名乗らなかった。


「そんなのどうでも良いよ。 あの人が誘拐犯だったのかもしれないし・・・」
「首輪もしてたし、あの調子だし、流石にそれは無いんじゃないかなぁ・・・」


総一は男が犯人の一味だとは考えていなかった。

確かに優希を怯えさせるような勝手な言動をして、大人としてはどうなのかとは思ったが、とりたてて誘拐犯を思わせるような事は言っていなかった。

逆にこの状況に困惑しているような様子が伺えたくらいなのだ。


「・・・ともかく最初に会ったのがあのおじさんじゃなくて良かった」


優希はもう一度総一の手を握る力を強める。


「俺もそう思う」


総一も優希の意見に賛成だった。

優希を1人にしたくないのはもちろんだし、もし最初に出会ったのが彼だったら、総一だって真っ先に彼を誘拐の犯人ではないかと疑ったような気がするのだ。


「運が良かったのかな、わたし達」
「・・・きっとそうだろうね」


―――出会ったのが優希で良かった。


少なくとも間違いなく犯人じゃない、信用して平気な相手だもんな。


「こんな所に1人きりじゃないってだけで随分気が楽だよ」
「えへへ、そうだね。 よく考えたら、お兄ちゃんを見つける前はちょっと不安だったもん」


そこで優希がようやく小さな笑顔を零した。


―――良かった、笑ってくれて。


やっぱりしっかりして見えても、こんな場所に入れられて不安じゃない訳は無いんだよな。

もうちょっと気を付けてやらないと駄目だな・・・。


「けど、そういうの差し引いても、ああいうセクハラおじさんは嫌い。 お兄ちゃんの事は脅かそうとするのに、わたしだけあんな声で呼ばれても気味が悪いんだもん」
「気味が悪いかぁ・・・。 あのおじさんも随分嫌われたもんだなぁ・・・」


総一は少しだけ彼の事が哀れに思えた。


「女の敵ってやつだよ、ぜったい」


調子が戻ってきたのか、優希は語気を強める。


「ヨシ、俺も優希にセクハラ発言してみよう」
「へっ?」
「おじょうちゃん、おにいさんと遊ばないかい~」


そして手を彼女の顔の前でワキワキと動かしてみせる。

もちろんこれは総一の冗談だった。

総一は優希を笑わせてやりたかったのだ。

総一はそこで優希笑ってくれると思ったのだが、予想に反してそうはならなかった。


「・・・本気? だったら・・・良い、けど・・・」


優希はしばらく無言で総一を見上げたあと、少しだけ頬を赤らめてコクリと頷く。

そして総一の手をもう一度握りしめると、恥ずかしそうに顔を背ける。

そして横目でちらちらと総一の表情をうかがっている。


「な、なに?」


驚いたのは総一だった。

まさかそんな反応が返ってくるとは考えていなかったのだ。


「ちょ、ちょっと優希、そこはヤダーっていってくれないと―――」


慌ててそこまで言った時、総一は優希がニヤニヤと笑っている事に気付いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092311j:plain



「冗談だよお兄ちゃん♪」


そして彼女はペロッと手を出した。


「じょ、じょう?」


総一は呆気にとられる。

しかしすぐに自分が担がれていた事に気付き、一緒に笑い始める。


「なんだそうかぁ、ああ、びっくりした~」


―――元気になったんなら別に何でも良いんだ。


俺が冗談を言おうが、彼女が言おうが、どっちだってさ。


「優希にはかなわんなぁ~。 わっはっはっはっは」


総一は笑い続ける。


「わたしはそんなに簡単に落ちる女じゃないんだよ」


優希は右目を閉じ、気取ったしぐさで総一に向かってキスを投げる。

子供の彼女がそうするとアンバランスだったが、総一にはそれが可愛らしくも思えた。


「あははははっ、そんな気がするよ」


こうしてようやく2人の顔に笑顔が戻った。


―――やっぱりこの子は元気に笑ってるのが似合うな。


優希に笑顔が戻り、胸を撫で下ろす総一だった。


「んじゃ行くか優希。 早く出口を見つけなきゃ。 優希にふられたから、早く帰って女の子ナンパしに行かなきゃ」
「うんっ! 頑張って! ナンパ手伝うよ!」
「・・・降参だ優希。 もう勘弁してくれ」
「えへへへっ」


そうして2人は再び出口を探して歩きだした。


・・・・・・。

 

・・・。


総一は通り抜けた部屋のドアを閉じる。

丁度それは総一達が通り抜けた10個目の部屋だった。


「う~ん、思ったより広いんだねぇ」


通路で待っていた優希が両腕を組んで考え込んでいた。

彼女は眉毛をへの字に曲げてぶつぶつと何事かを呟いている。


「すぐ出られるかとも思ったんだけどなぁ」
「・・・ねえお兄ちゃん、もしかしたらこの建物、本当にこの機械の地図に書いてある通りだったりするんじゃないかな?」
「書いてある通りって?」
「うん。 私達が本当にこの地図の建物にいるんじゃないかって事」


優希は彼女のPDAの地図を総一に見せる。


「まさか・・・こんなに馬鹿でかい建物が本当にあるとは思えないけど・・・」


本当にあるのだとすれば、話題になっていてもおかしくない広さなのだ。


「でもお兄ちゃん、本当に首輪をつけた他の人も居た訳じゃない? だったら建物もある程度本当かも知れないよ」
「あっ、そうか!」


総一も優希の言っている事の意味が分かった。

地図に記されている通りの建物は無くても、その一部を再現した建物はあるかもしれない。

あるいは逆に、特定の建物の地図を元にして、そこに現実には無い通路を追加してこの地図を作っている場合もあるだろう。


「・・・優希は本当に賢いなぁ」
「えへへ」


総一は感心していた。


―――やっぱり優希の頭の回転の速さは相当なものだな。


総一が思いもしなかった事に気付く優希。

年下ながらも頼もしい子だと感じる総一だった。


「優希、これからは闇雲に歩かずに、どう歩いたか覚えておこう」
「どうして?」
「さっき優希の言った通りだったら、そうやって建物の構造を覚えておけば、地図と比べる事で現在位置を見つけられるかもしれないだろう?」

地図が全て本物かは分からない。

だがもし地図の中に真実が含まれているなら、現在位置を特定すれば出口を見つける手掛かりになるかもしれないのだ。


「そっか。 この地図には出口っぽいのが書いてあるもんね。 わたし達のいる場所さえわかれば出口にまっしぐらだよね」


地図には注釈は無く、形から部屋の用途を推し量るかなかったが、優希の言うように出口らしい形をしたホールはいくつか存在していた。


「あとはこの地図がどこまで本物か、だな」
「うん。 ちょっとだけ本当が一番楽だね?」


くすくす


優希はPDAを軽く振りながら小さく笑い始める。

総一達のいるこの建物は本当は地図ほど広くはないが、地図の一部がこの建物の地図になっている。

という具合が一番早くこの建物から出られるだろう。


「まったくの偽物が一番困るな」
「そうだねぇ。 手掛かりがまったく無くなっちゃうって事だもんね。 でも頑張ろうよお兄ちゃん。 ナンパしに行くんでしょ?」
「そうだったそうだった。 行くか、優希」
「うん!」


そして2人は再び通路を歩き始めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「13個目の部屋は~~っと」


優希はドアから部屋の中を覗き込む。


「この部屋は行き止まりみたいだね? 奥にはドア無いみたいだし」
「そうみたいだな」


総一は優希の背後に立ち、その頭越しに部屋の中を覗き込む。

その部屋はこれまでの部屋よりも小さく、総一達が寝かされていた部屋と同じような大きさだった。

優希の言うとおりで、部屋には今総一達が開けているもの以外にドアはない。


―――行き止まりにあたったみたいだな・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092330j:plain



「ここをこう来て行き止まりなんだから・・・、えっと」


優希はピンク色の可愛らしいペンを取り出して、これまた可愛らしいノートに何事かを書き込んでいる。

それは先程から彼女が描き始めたお手製の地図だった。


「ねえ、そろそろ本物の地図と比べてみて――――」


優希がそう言いかけた時、総一は部屋の中で何かが動くのを目にした。


「優希、待った!」


総一は小声でそう囁くと、素早く優希の口をふさいだ。

初めはびっくりして目を白黒させていた優希だったが、すぐに総一が部屋の中に注目している様子に気付いて静かになった。


「優希、ここにいて」


再び総一が囁くと、優希は口をふさがれたままの体勢で首を縦に動かした。

それを確認すると総一は彼女の事を解放した。


「・・・気を付けてね、お兄ちゃん」


総一は優希に軽く手を振るとそのままゆっくりと部屋の中へ入っていく。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092344j:plain



―――動いたのは何だ・・・? 暗くてよく分からないが・・・。


部屋は薄暗いが、歩いていくうちに目が慣れてぼんやりと周囲が見えるようになり始める。

総一は慎重に足を進めながら部屋の奥に目をこらした。

先程そこで何かが動いたような気がしたのだ。


―――誰かいるのか? それとも・・・。


パサ


その時再び部屋の奥で何かが動いた。


―――人間?


部屋の中に入ってそこを注目していたため、今度は総一にははっきりと見えた。

部屋の奥にはベッドが1つ置かれており、そこに誰かが横たわっている。

総一が見た動くものというのはどうやらその人物の寝返りであったようだ。


―――眠っているのか?


総一は息を殺してゆっくりと静かに近づいていく。

その間もその人物が動く様子は無い。

総一の背後の優希も無言のまま彼の背中を見守っている。

だから部屋は酷く静かだった。

総一がベッドに横たわる人物の顔を、覗き込むその瞬間までは。

総一は足元をふらつかせて床に転がっていたガラクタをいくつか蹴り飛ばした。

バランスを崩しかけた総一だったが、近くの壁に手をついてなんとかその身体を支える。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092400j:plain



「そ、そんな馬鹿なっ!?」


総一は酷く動揺していた。

ベッドに寝ていた人物の顔。

それが総一の良く知る人間の顔にそっくりだったのだ。


「だ、だがそんな筈はない、あいつは、あいつはもう―――」

「お兄ちゃんっ!」


そこへ総一の様子を心配した優希が駆け寄ってくる。


「ゆ、優希・・・?」


総一はそう呟くと同時に再びベッドを見る。

そこには1人の少女が眠っていた。

歳の頃は総一と同じくらい。

白い制服を身にまとい、頭にはリボンを着けた少女だった。

そしてこれまでの例に漏れず、その首には銀色の首輪が巻きついていた。

総一は優希という名前を呟きながら、その少女と駆け寄ってきた優希とを交互に見比べていた。


「大丈夫? お兄ちゃん! 何があったの!?」
「ゆ、優希が、こんな事がっ!?」


―――ゆ、夢だっ、これはいつもの夢の続きなんだっ! こんな馬鹿な事がある筈がない! こんな馬鹿な事が!!


俺はまた未練たらしくあいつの夢を―――


「お兄ちゃんっ!!」


優希の手が総一の胸を叩く。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092412j:plain



「しっかりしてお兄ちゃん! 一体どうしたの!?」

「ゆ、優希・・・?」


叩かれたおかげで、総一はそこでようやく目の前の優希をきちんと認識する。


「大丈夫お兄ちゃん?! その人に何かされたの?!」


優希はベッドの人物と総一とを交互に見ながらそう叫ぶ。


「い、いや、そんな事は、無い。 ただ・・・」


総一は優希の叫び声を聞いて少し冷静になった。


―――これは夢じゃない。


現実だ。


しっかりしろ総一。


それにこの子は違う。


服装も髪型も違う。


別人なんだ。


あいつの筈がないじゃないか。


しっかりしろ!


総一は自分にそう言い聞かせると一度深呼吸する。


「ただ?」

「ただちょっと、知っている人にそっくりだったから、それで、凄く驚いたんだ」


総一は腕に力を込めて身体を引き起こした。

壁から離れ、背筋を伸ばす。


「そ、そうなんだ・・・。 びっくりさせないでよお兄ちゃん」


安堵した優希が肩を落としたその時だった。


「ん、んんん~っ」


眠っていた少女が小さく声を上げた。

続けて彼女の右腕が動き、目元を拭う。

彼女は総一と優希の騒ぎを聞きつけて目を覚まそうとしていた。


「お兄ちゃん」


いち早くそれに気付いた優希が総一の服を引っ張った。


「あ、ああ」


総一と優希は2人でベッドに近付いていく。

そして2人がベッドの真横まで来た時、少女の目がうっすらと開いた。


「・・・ん・・・」


その唇から吐息が漏れる。

彼女はぼんやりとした視線で総一と優希の姿をなぞっていく。

そしてその視線が再び総一へと戻ってきた時、彼女の目が大きく見開かれた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092423j:plain



「きゃあっ!? え、え? あ!?」


彼女は飛び起きるとベッドの上をずるずると後ずさった。


「え、な、なんで? こ、ここは? わたしは?!」


少女は総一の顔を怯えた瞳で見つめながらベッドの端まで下がり、身を硬くする。

彼女は両腕で自分の身体を抱き締めるようにしながら、総一に怯えていた。


―――こうやってみると、本当によく似てるな・・・。


総一は少女の姿をしみじみと見つめる。


―――でもこの怯えっぷり。


似てはいるけど、やっぱり別人なんだよな・・・。

もしあいつなら、俺にこんな顔はしないもの。

そう認識すると、総一の混乱気味の頭はようやく普段の調子を取り戻していた。


「あ、あなたは誰? わ、私をどうするつもりなんですか?!」


少女は今にも泣き出しそうな顔で、必死に総一に問いかける。


「こ、こんな所に連れ込んで、わ、わたし、わたしを、あ、あぁっ」


少女は完全に総一を誘拐犯人だと勘違いしていた。

その目にいっぱいに涙を溜め、震える声で泣き叫び、ガタガタと身体を震わせる。

その姿は哀れでさえあった。


―――仕方ないか。


年頃の女の子がいきなりこんな事になって、目が覚めたら目の前に見知らぬ男だもんな。

身の危険を感じて当然だよな。

けどこの調子だと、この子が誘拐犯の一味って事もなさそうだな。

総一は目の前の少女を見てそう感じた。

だから総一は可能な限り優しい声で少女に語りかける。


「落ち着いて。 俺達は誘拐犯人じゃない。 大丈夫だから」

「お、おれ、たち?」


少女は総一の言葉をオウム返しに繰り返す。

そしてようやくその目が、総一の隣にいる優希を捉える。


「あ・・・」


少女はこの時になってようやく、目の前にいるのが総一だけではないのだと理解した。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092434j:plain



「大丈夫? お姉ちゃん」


優希が進み出てベッドによじ登る。

そして呆然と座り込んでいる少女の震える手を取った。


「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。 わたし達は歩き回ってて偶然寝てるお姉ちゃんを見つけただけ」

「わたしもお兄ちゃんも酷い事したりしないから大丈夫だよ」

「・・・あ・・・あ・・・?」


少女は優希の顔をじっと見つめていたが、やがてその視線を総一へ向ける。


「本当だよ。 俺達はここから帰りたいんだけど、出口が見つからなくて。 君は出口を知らないかい?」

「そ、そう、ですか・・・」


そして総一のその言葉を聞いて、ようやく少女は身体から少しだけ力を抜いた。


「俺は御剣総一」

「わたしは色条優希っていうの」


少女が落ち着くのを待ち、総一と優希は自己紹介をした。


「・・・姫萩、咲実です」


咲実と名乗った少女は、総一と優希をじっと見つめながら言葉を選ぶようにゆっくりとそう答える。

咲実はさしあたっての危険はないと判断していたが、総一達の事を完全に信用した訳でもなかった。

だから多少落ち着いたとはいえ、その表情からは緊張は抜けきっていない。


―――まだ疑っているんだろうな、やっぱり。


目覚めてすぐ理解不能の状態だったら誰だって混乱するよなぁ、やっぱり。

立場が逆で、例えば目覚めてすぐにさっきの男が目の前にいたら俺だってこうなりそうだ。

総一は未だに怯えられている事が残念ではあったが、仕方のない事だと考えていた。


「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃんもやっぱり、どこかで記憶がぶっつり途切れてて、目が覚めたらここにいたって感じなのかな?」

「・・・はい」


咲実はゆっくりと頷く。

 

「やっぱりそうなんだね・・・」

「やっぱり、とは?」

「俺も優希もそうなんだ。 突然意識を失って、気付けばこの建物で寝かされてた。 俺にはいつの間にか首輪が着けられてて、近くにはPDA。 俺達にも訳が分からないんだよ」


咲実は総一の言葉を聞いて自分の首に手を伸ばした。


「首輪、あ・・・」


その指先に強固な金属の手触りを感じ、咲実は初めてそこで自分の首に首輪が取り付けられている事に気が付いた。


「お姉ちゃんのPDAはこれみたいだね。 ハイ」


彼女のPDAはベッドの横のサイドテーブルに置かれていた。


優希はそれを手に取ると咲実に手渡した。


「これは・・・?」

「俺達も同じのを持たされてるんだけど、正直俺達にも意味が分からないんだ」


総一は1度自分のPDAを取り出して咲実に示してから話し続ける。


「首輪を外す方法だの、死ぬだの殺すだの、良く分からない事がいっぱい書いてあるんだ。 唯一役に立ちそうな内容は地図なんだけど、まだその地図がここのものかどうかも分からないんだ」


咲実の指がPDAのボタンを押し込む。

画面が切り替わるが、彼女の操作はそこで止まった。

これ以上の操作が咲実には分からなかったのだ。


「画面の字に触ると、その項目が見れるよ」


その様子を察して優希がアドバイスする。

すると咲実はおそるおそるといった様子で画面の文字に触れた。


「地図・・・」


咲実のPDAには地図が表示されていた。


―――ほんとうだ・・・。


咲実はそれを見てようやく総一の言葉に納得していた。


「ずいぶん広いんですね、この地図・・・。 それに入り組んで・・・」


咲実は地図を見ながらぽつりと呟く。


「それなんだけど、咲実さん、実は俺たちもう30分は歩き回ってるんだ。 だからこの建物はかなり広い」

「部屋もこの部屋で13個目だよ」

「じゃあこれ、ここの地図なんですか?」

「それはまだ分からない。 仮にこれがここの地図だとしても、広すぎて現在位置が分かってない状況でね。 似た形の通路も多くてさ」

「・・・そう、みたいですね・・・」


咲実は再びPDAに視線を落とした。


「早く帰りたいのにね、お兄ちゃん」

「ああ」

「早く帰って、女の子ナンパしに行くんだもんね?」

「またそれを言うか」

「ナンパ?」


思わぬ言葉が出てきた事で、咲実は目を大きく瞬かせる。

そして彼女は怪訝そうな顔で立っている総一を見上げた。


「あ、いや咲実さん、そういう冗談を少し前に話したというだけで―――」

「お兄ちゃんは女好きの危険人物なの。 咲実お姉ちゃんも気を付けてね? きっとすぐにお兄ちゃんはお姉ちゃんにもちょっかい出し始めるから」

「出すか!」


総一は慌てて優希に抗議する。

ただでさえ咲実には警戒されているのに、更に話をややこしくされてはたまったものではなかった。


「わたしにお嬢さんあそばな~いとか言ったくせに~!」


だが優希はどこ吹く風。

にやにやと笑いながら総一を2度3度と肘でつつく。


「そんな事本気で言ってる訳ないだろ! それは優希に元気が無かったから何とかしようとだな―――」


総一は咲実を刺激しないように慌てて否定しようとしたのだが、この事は逆に事態を好転させる結果となった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092453j:plain



「ふふ、ふふふふふっ」


鈴の鳴るような笑い声。

総一と優希が顔を向けると、そこでは咲実が笑っていた。


「咲実さん?」

「ふふふ、あはははっ、御剣さんは女好きなんですね。 くすくすくす」


咲実はこの時の総一達のやり取りを見て、2人が間違いなく誘拐犯ではなく、自分に悪意を持っていないと感じ取っていた。

そして2人のやりとりの珍妙さと、深い安堵感から、咲実は笑い出してしまったのだ。


―――良かった、怖い人たちじゃなくて・・・。


咲実はこの時ね心底そう思っていた。

 

・・・。

 

「すみませんでした御剣さん、優希ちゃん」


ひとしきり笑った咲実は、しっかりした調子で総一達に頭を下げた。


「ちょっとお2人が怖い人かもしれないって疑ってました」


そして笑い過ぎで滲んだ涙を拭う。


「怖いのは女好きのお兄ちゃんだけだよ」

「こら優希! まだいうか!」

「えへへ、ごめん! 本当はお兄ちゃんはちゃんとした人だよ! 勘違いしないであげてね、咲実お姉ちゃん!」


優希のその言葉に、咲実はこっくりと頷いた。


「はい。 分かってます。 御剣さんはちゃんとした人です」


咲実はそこまで言って言葉を切り、ちょっとだけ考えるような仕草を見せた。


「・・・女好きなのかもしれませんけど」


そしてすぐに大きな笑顔を作る。


「だあっ」


総一はがっくりと肩を落とす。


「・・・もう良いです、女好きで」


―――すっかり遊ばれているな、俺・・・。


観念した総一は遂に反論を諦めた。


「それで、御剣さんと優希ちゃんは出口を探しているんですよね?」

「うん、そうだよ。 こんな埃っぽい所に長居したくないもん。 それに総一お兄ちゃんのナンパの為にも早く帰りたいもの」

「分かった。 帰ったら俺ナンパに行くよ」


総一は諦めムードで溜め息を漏らす。

そんな総一に一度笑い掛けてから、咲実はすっと表情を引き締めた。

すると自然とその場の空気も真面目なものへと変わっていた。


「だったら私もご一緒させてもらって良いでしょうか? ここから出たいのは私も同じですから」

「それが良いよお姉ちゃん。 さっき本当の女好きのおじさんと会って、大変だったんだぁ。 1人じゃ危ないもん。 ねえ、お兄ちゃん!」

「うん。 俺もそれが良いと思う」


総一はすぐに咲実と優希に同意した。


「得体のしれない状況だし、確実に誘拐犯は居る訳だから、固まって行動するのがお互いの為なんじゃないかな」

「女の子が一緒だと嬉しいし?」

「そうそう」


思わず頷きかけた総一だったが、すぐに慌てて首を横に振った。


「こ、こら優希! 真面目な話をしてたんじゃないか」

「ゴメン。 でも私はお姉ちゃんが一緒だと嬉しいよ」

「私もです」


優希の言葉に、咲実は笑顔で同意する。


―――まあ・・・良いか。


2人はうまくいっているようだし。

そんな2人の楽しそうな様子を見て、総一は自分の不満はどこかへしまっておく事にしたのだった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

同時刻・某所。

大きなモニターに総一達3人の映像が映し出されていた。

それは建物に据え付けられた監視カメラの映像なのであまり大きく拡大はできなかったが、人の顔は鮮明に映し出されており、それが誰なのかはモニターを見る誰の目にも明らかだった。


『素晴らしい! エースとクイーンが同居したぞ!』

『知らぬが仏とはこの事ですな!』

『あの2人、今後どうなるのかしらね?! 考えただけでもゾクゾクしてくるわ!』


そのモニターが備え付けられているカジノでは、客達が興奮した様子でそれを見上げていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092505j:plain



「客の食いつきは上々、っと」


その言葉を呟いた男はコントロールルームの窓からカジノの様子を見下ろしていた。

カジノは華やかな衣装を身にまとった多くの人々で賑わっていた。

ルーレット、スロット、ダイスやカードのゲーム。

そこには多くの賭博や遊戯施設、ショーが用意され、訪れる客達を楽しませていた。

訪れる客の数は多く、その誰もが世界でも指折りの資産家だった。

このカジノで用いられているコイン1枚の値段を聞いたら、普通の人間はきっと卒倒する事だろう。

そんなカジノの中でも特に人を集めていたのが、このカジノで定期的に開催している『ゲーム』だった。

多くの客達がその映像にかじりつき、そしてその顛末がどうなるのかを予想して賭けていた。

『ゲーム』は決着まで73時間かかるから、客達はその間にも他のギャンブルに時間と金を費やしていく。

目玉である『ゲーム』で集客してカジノ全体で儲ける。

ここはそういう形態で営業する非合法のカジノだった。


―――接続数も上がってきてる。


これなら総ベット額の記録更新もありうるな・・・。

コンピューターのコンソールを覗き込み、男はほくそ笑む。

実はこのカジノはオンラインでも賭けを受け付けている。

もちろん誰でもという訳ではないのだが、専用のクライアントソフトさえあれば世界中からログインして賭けに参加できる。

カジノに招待されていないような資産の少ない客はもっぱらこの参加方法になるのだが、オンラインで欠けられる金額の合計は決して少なくない。

出回っているクライアントソフトは相当数に及んでいるのだ。


「予想外にうまく立ち回ってくれてるな、エースの坊やは・・・」


男は今回開催されている『ゲーム』の責任者だった。

13人のプレイヤーを選んだのも彼ならば、そのスタート地点を決めたのも彼だ。

スタート地点は開始前のオッズを参考に決めるのだが、誰をどこに配置するのかは責任者の男の自由だった。

要は多くの客が喜びそうな展開になるように考えて配置するという事だ。


「しかしはて・・・何かがおかしい気がするんだが、何だろう?」


男は首を傾げていた。

展開は予定通りだし、客達の反応も上々。

掛け金はぐんぐん伸びているし、システムに異常がある訳でもない。

しかし何故か男は軽い違和感を感じていた。


「ん~、すぐに気付かないんだから大した事じゃないんだろうが・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092515j:plain



男はモニターに目を向ける。

そこには咲実のスタート地点の部屋を出ていく総一達の姿が映っていた。

そこにも特に問題は見受けられない。


「気のせいだろうな、きっと」


男は総一達がモニターから消えると同時にその考えごとを打ち切った。

どうせ気のせいなのだろうし、仮にそうでなくても男にはトラブルに対応する自信があった。

油断ではない。

それは多くの『ゲーム』を管理してきたベテランの余裕と言うべきものだった。


「さぁて、次はどうしようか・・・」


だから男は深く考えずに自分の仕事へと戻っていった。

『ゲーム』は始まった。

やらなければいけない事は山ほどあり、そして今後それはどんどん増えていく。

答えの出ない考え事に費やせる時間は多くないのだ。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20210214092525j:plain



「なるほど、確かにこれじゃあ冗談としか思えませんね」


総一達と一緒に通路を歩きながら、咲実はPDAを触っていた。


「でしょ? そんな事言われても駄目だよねぇ! もっともらしい嘘を書かなきゃ!」


先程から優希はそんな咲実の傍をちょろちょろしながら、しきりに彼女に話しかけていた。


―――やっぱり女の子同士の方が良いんだろうな。


良かった良かった・・・。


総一はそんな2人の様子を見ながら少しだけ安堵していた。

いくら優希がフレンドリーだと言っても、そこはやっぱり女の子。

総一ではついていけない話題もあるし、年上の女性がいれば不安も少ない筈だった。


「はい、そうですね」


咲実も優希に笑顔で対応している。


―――咲実さんの事だって、優希がいてくれて助かってるよなぁ・・・。


逆に咲実についても似たような事が言えた。

きっと総一1人だったなら、咲実はまだ怯えていたのかもしれないのだ。


「そうだ咲実お姉ちゃん、こんなのより、教えてほしい事があるんだけど」


優希は胡散臭そうな目で咲実のPDAを見ながら2、3度指先でつつく。

そしてすぐに大きく目を見開いて咲実に向かって身を乗り出す。


「なんですか?」

「お姉ちゃんって、恋人とかいるの?」

「え、えっ!?」


その瞬間、咲実の笑顔が強張った。

 

「あ、え、えっとぉ・・・」

「ねえねえ、教えてよお姉ちゃん! 良いでしょう?!」


優希は興味津々といった様子で目を輝かせている。


「ど、どうしてそんな事を訊くんですか?」

「だってぇ、咲実お姉ちゃん美人だし、恋人の1人や2人いるんじゃないかなーって」


咲実は優希の元気に圧倒されてしまっていた。

彼女は困ったような表情で頬に手を当てて苦笑していた。

 

「お兄ちゃんだって知りたいよねっ?」

「え、お、俺?!」


突然話を振られて驚く総一。


楽しそうだからそっとしておこうと、完全に油断していたのだ。


「だってさっきからお兄ちゃん、咲実お姉ちゃんの事を気にしてるんだもん!」

「ええっ?」


驚いた咲実の大きな目が総一の方を向く。


―――まずい。


やっぱりこれだけ似ていると目が行っちまうんだよな・・・。


「そら当たり前だよ優希。 ここには俺達3人しかいないんだから。 周りに危ない事がないか見張ってると、普通は君らの事も見るの」


総一はそう言ってごまかした。

すると優希の頬がぷくっと膨れる。


「つまんない」

「つまんないって何だよ」

「答えが優等生過ぎるよお兄ちゃん」


優希は総一を指さしながら不満そうに口を尖らせる。


「本当なんだから仕方ないだろ」

「本当っぽいからつまんないの!」

「ふふふ」


そんな総一と優希を見て咲実が笑い始める。


「じゃあ優希ちゃん、御剣さんがもっとちゃんと私を見て下さるように頑張ります」

「って事はお姉ちゃん、恋人とかは居ないんだ?」

「はい」


驚きから立ち直り、余裕を取り戻していた咲実はあっさりと肯定する。


「私は女子校に通っているので、そもそもそういう出会いがあまり多くないんです」


そして笑い続ける。


「ふぅん、もったいないねぇ・・・」

「そういう優希はどうなんだ?」

「わたし? わたしはまだそんなの良いんだよ。 まだ子供だし」

「じゃあ優希ちゃんは、人の恋愛話には興味があるけど、自分はまだなのね?」

「・・・う、うん。 実はそう」


優希は頭でカリカリと掻きながら照れ臭そうに笑う。


「じゃ、じゃあさ、お兄ちゃんはどうなの? 恋人いるの?」


優希のそんな照れ隠しの慌てた言葉。


「・・・・・・」


しかし総一はその言葉に咄嗟には答えられなかった。

そしてその視線が無意識のうちに咲実へと向く。


「・・・?」


その視線を不思議に思った咲実が首を傾げる。

そんな咲実の表情を見て、総一は答えを考え始める。


「・・・・さっきも話しだろ。 今は恋人はいないって」

「そ、そっか。 そういやふられたって言ってたもんね? てへへ、失敗」


優希は再び頭を掻いた。


―――優希の奴・・・。


総一は少し呆れていたが、同時に不思議な気分も味わっていた。


―――あいつにそっくりな咲実さん。


そして優希という名前。

まさかその両方が俺の前に揃ってるなんてなぁ・・・。

それはとても不思議な運命のめぐりあわせだった。


「だったら優希ちゃんが御剣さんの恋人に―――」

「危ないお兄ちゃんっ!!」


咲実が口を開きかけた時、同時に優希の叫び声があたりに響き渡った。


優希がそれに気付いたのはひとえに偶然だった。

総一の足が床に下ろされた瞬間、僅かに床に沈み込む。

総一の足の下にある床のパネルが僅かに地面に沈んでいた。

総一はほんの少しバランスを崩し、膝と上半身をうまく使ってバランスを取ろうとする。

その次の瞬間総一の頭の横のあたりの壁が開いた。

身体のバランスを回復しようとしている総一はそれに気付いていない。


気付いていたのは総一に注目していた優希だけだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093110j:plain



「危ないお兄ちゃん!!」


優希は迷わず飛んだ。

総一の頭の横の壁から顔を出していたのは大型の刃物だった。

それを目にした優希は考えるよりも早く身体が動いていた。

彼女の胸によぎった嫌な予感に、身体が瞬時に反応したのだ。


刃物が総一の首のあった場所を薙ぐ。


しかし刃物は空を切り、勢い余ってそのまま壁に激突する。

刃先は壁のコンクリートを僅かに砕き、壁の中にめり込んでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093122j:plain



「御剣さんっ! 優希ちゃん!」


総一は優希によって床に引き倒されていた。

バランスを崩しかけていたのが幸いして、優希の力でもそれが出来たのだった。


「い、一体何が・・・」


総一は頭を振りながら身体を起こした。


―――床が沈んで転びそうになって、優希が飛んできて、最後に見えたアレは何だ?


総一は優希を抱いたまま首を巡らせる。


「・・・あっ!?」


すると壁にめり込んでいる刃物が目にとまる。

その瞬間、総一の背筋に寒気が走った。


―――ゆ、優希はあれから俺を助けてくれたのか!?


総一の心臓は恐ろしい勢いで脈打ち始める。


落ち着いてなどいられなかった。

刃物は正確に総一の首の高さを薙いでいる。

それは壁にめり込んだ刃物の高さを見れば明らかだった。

壁にめり混んでいる威力からして、優希が気付いていなければ総一は大変な事になっていたのは間違いなかった。

首が飛んだりは流石にないのかもしれないが、大怪我を免れない事は明白だった。


「大丈夫ですか、御剣さん、優希ちゃん」


そこへ咲実が駆け寄ってくる。

その表情は総一と同じく蒼白だった。


「俺は平気だけど・・・。 優希、優希、大丈夫か?」

「あいたたたたぁ・・・」


総一が抱き起こすと同時に、優希が顔を上げる。


「そ、そうだ、お兄ちゃん、お兄ちゃんの方は大丈夫なの!?」


優希は総一の顔が視界に入ると、すぐに心配そうな表情を作って総一の身体をぺたぺたと触って確かめていく。


「大丈夫だ優希。 お前のおかげで助かった」

「そっかぁ、良かったぁ」


優希は安堵の表情を作った。

そして大きく息を吐きだしながら大袈裟に肩を落とした。


「うっ」


しかし優希はすぐに顔をしかめて鼻を押さえる。

安心して痛みを思い出したのだ。


「お兄ちゃん、ホネ固いよお。 鼻思い切り打っちゃったぁ~~」


優希は鼻を押さえながら目に涙を滲ませている。

彼女の鼻は総一とぶつかった事で少し赤くなってしまっていた。

しかしそれ以外には怪我は無いらしく、総一と咲実はホッと胸を撫で下ろした。


「ふぅ、びっくりしましたぁ~~。 2人とも無事で良かったですぅ」


咲実は疲れたような表情でペタリとその場に座り込む。


「俺もです」

「わたしも~。 まさかいきなりあんなのが出てくるなんて思わないじゃない」


優希は身体から力を抜いてクタッと総一に寄りかかる。


「冗談にしては酷過ぎるよ~。 下手したら総一お兄ちゃん死んじゃってたかもしれないよ」


死んじゃってたかもしれない。


優希のその言葉に、総一の背筋は再び寒くなった。


「本当にありがとう優希。 お前のおかげで助かったよ」


総一は礼を繰り返す。


―――冗談じゃないぞ・・・。


こいつはひょっとして・・・。


総一は急に不安になってしまっていた。

何もかもが冗談ではない可能性。

それこそこれは冗談でしかけるレベルの罠ではない。

明らかに人が死んでも良いと考えている、危険な罠だった。


―――まさかとは思うが、少し、真面目に考えておいた方が良いんじゃないのか? PDAに書かれているルールが、本当である可能性を・・・。


殺されかけたという現実が、総一にそんな不安を吹き込んでいた。


「誘拐犯、そして罠・・・。 み、御剣さん、私達は少し、気を抜き過ぎていたのかも、しれません、ね」


咲実も同じ意見なのか、真っ青な表情で総一を見つめていた。

胸の前で組み合わされたその手が僅かに震えている。


そう、だね・・・。 咲実さん、俺達はやっぱり犯罪者の手の内にあるんだ。 それを、忘れるべきじゃなかった」


この罠は総一達にその事を思い知らせた。

彼らが、実は非常に危険な場所にいるのかもしれないという事を。


「なんて事だ・・・」


総一は優希を抱いたまま咲実の震える手を握り締める。

だが、その手の震えは止まらない。

止まらない理由は簡単だ。

総一も震えているからなのだ。


・・・。


罠が存在している事が分かると、総一達の移動速度は極端に下がっていた。


罠の有無を調べながら歩いていると、これまでのようなスピードでは歩けなかった。


「ふぅ、疲れるなぁ・・・」


総一は通路の途中に座り込んでいた。

優希も咲実も似たようなもので、総一と向かい合うようにして座っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093157j:plain



「これは疲れるよねぇ」

「一瞬も気が抜けない訳ですからね・・・」

 

3人は休憩の最中だった。

これも罠の影響で、総一達は休憩する頻度も上がっていた。

命にかかわる罠があり、それを探しながら歩くというのは総一達に精神的に疲労させていたのだ。

咲実の言葉ではないが、彼らは移動している間中、一瞬も気を抜く事が出来ないのだ。


「これだけ頑張っても、1個しか見つからないってのも問題だよね」


優希はノートにこれまでの移動経路を書き込みながらそう言った。

彼女の手描きの地図には罠は2つしか書き込まれていない。

総一がはまりそうになったものが1つ。

そしてこの休憩の直前に見つけたものが1つ。

合わせて2つだった。


「罠はほぼ無いと言って良い。 探しても全然見つからない。 これじゃ、集中力が続かないんだよなぁ・・・」


罠の仕掛けられている頻度は極めて低い。

総一と優希が通路を彷徨い始めて既に3時間以上が経過している。

それなのに罠はたったの2つしか遭遇していないのだ。


「でも、無視すると大変な事になるんですよね・・・」


総一の言葉に咲実も表情を曇らせる。

ほとんど見つからないものを高い集中力を維持して探し続けるのは苦痛だった。

しかしそれを怠れば死にかねない。

だから彼らはすぐに消耗してしまうのだ。


「せめて出口の場所が分かればなぁ・・・」


これも総一達を消耗させる材料の1つだった。

どこまで移動すれば終わりなのかという目標が無い。

この苦労をいつまで続ければ良いのかが皆目見当がつかないのだ。

それだけに総一達のやる気を削いでしまっていた。


「調べてみようよ、総一お兄ちゃん」


優希がPDAをノートを両手に持って交互に振る。

これまで総一達は休憩のたびに移動経路とPDAの地図を見比べるという事を繰り返していた。


「そうしよう。 ノートを貸してくれ、優希」

「うん」


優希は総一の言葉に従って素直にノートを差し出した。

総一はノートを受け取ると自分のPDAを引っ張り出してスイッチを入れた。


「大分絞り込めてきたな、これは・・・」


広げたノートにはかなりの、量の地図が描きこまれていた。


「さっきの所までは候補がいっぱいあったけど、これならいくつかに絞れそうだ」


PDAの地図の中で、優希の手製の地図と矛盾しない場所。

結構な距離を移動したおかげでそれほど数は多くない。


「こことここ、それとこれとこれ。 全部で4ヶ所ぐらいかな」

「こことこっちは違うんじゃないでしょうか?」

「うん。 この2つは手前の部屋の形がちょっと違うと思う。 ごめん、わたしの絵が下手だったね」

「とするとこの2つだけ、か」


最終的に残った現在位置の候補は2つだけだった。

PDAに記されている地図は似た地形が多く、なかなか1つには絞り込めない。

しかし2つになったのは大きな進歩ではあった。


「どっちなんだろうね?」

「う~ん・・・」

「あれ、御剣さん、こっちって近くに出口みたいなのがありますよね?」


その時咲実が候補のうちの1つを指さした。


「本当だ・・・」


地図を見てみると咲実の言う通りで、そう遠くない場所に出口のようなものがあるホールが記されている。


「こっちの候補が正しいとして、試しに行ってみませんか? 駄目なら駄目でもう1つの候補が正しいって分かる訳ですから」

「そうしようよ、お兄ちゃん!」


優希がパッと表情を明るくして、右手に持ったPDAを振る。

総一はしばらく考えてから頷いた。


「・・・そうしようか。 それで外に出られれば恩の字だし」


―――特に問題は・・・ないよな?


罠の事もあって、総一は少し慎重になっていた。

総一は優希にも咲実にも危ない目には遭って欲しくなかったのだ。


「じゃあ、もう少し休んでから出発しましょうか」

「うん!」

「そうしよう」


咲実の提案に、2人は大きく頷いた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093215j:plain



そのホールは地図で見て予想していたものよりも大分広かった。

そしてそれは同時に、地図が正しいなら、この建物全体がとてつもなく大きいという意味でもある。

だからこそ、そこへやってきた時の総一の驚きは大きかった。


「本当にあったね・・・」


その広いホールを見回して、優希が溜め息をつく。

背の小さい彼女にとってこのホールの大きさは誰よりも大きく感じられるのだ。


「咲実さん! 優希! ちょっと来てくれ!」


そんな時、出入り口らしき部分を調べに行っていた総一が彼女の事を呼ぶ。


「優希ちゃん、御剣さんが呼んでます」

「うん」


優希は傍らの咲実に頷くと、2人で総一のもとへと向かった。


「お姉ちゃんの言う通りだったね?」


その途中で優希は咲実に話しかける。


「ええ。 でもこの暗さ、本当に出られるのかどうか・・・」


そう言って咲実はホールを見回した。

ホールは咲実の言うように大分暗かった。

腕時計によればまだ午後の1時を回ったあたりの筈だ。

それなのに出入り口のある筈のこの場所には外からの光は入っていなかった。

他の場所と同じように電灯の明かりがホールを照らしてはいたが、その広さのおかげで目立った明るさにはなっていない。


「窓ぐらいあったっておかしくない筈なのに・・・」


「窓・・・そうだお姉ちゃん、今までわたし達、1個も窓を見ていないよね?」

「そういえば・・・!」


咲実は優希の指摘に目を見張った。


―――これだけの建物で、窓一つ無いなんて・・・!!


もしかしたらこの場所も・・・!?


「2人とも落ち着いてこれを見てくれ。 どうやらここからは出られそうにないんだ」


咲実の心配は、総一のその言葉で現実のものとなった。


「どうしたんですか?」


咲実と優希が総一に駆け寄ると、彼は真横の壁面を指さした。

そこには壁一面にガラスの大きな扉が据え付けられていたのだが、その向こう側は見えず、光も入ってきていなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093228j:plain



「お姉ちゃん、シャッターが下りてるよ」


優希がすぐにそれに気付いた。


「本当だ・・・」


ガラス扉の向こう側には重そうな金属製のシャッターが下ろされていた。

ホールの薄明かりのもとではよく見えにくいのだが、咲実には鋼鉄製のシャッターのように見えた。


優希が割れたガラス扉の隙間から手を突っ込み、シャッターを揺らす。

するとシャッターの音は大きく重く、咲実の予想通り鋼鉄製である事がうかがわれた。


「こんなものが降りていては、外には出られそうにありませんね」


咲実は予想が現実のものとなった事に軽いショックを受けていた。


「・・・こっちを見てくれ」


だが総一が渋い顔をしている理由はそれではなかった。


「なぁに? お兄ちゃん」


優希は素直に総一に従う。


―――御剣さん?


咲実は総一の様子に多少不安を感じていたが、他に出来る事も無いので優希の後を追った。


「ここだよ」


総一の指さした場所には、シャッターに大きな穴があいていた。

もちろん手前のガラス扉にも同じ大きさの穴があいている。


穴は一ヶ所ではなく、大小様々な大きさの穴があいていた。


「あ!?」


そしてその穴の向こう側には、コンクリートの壁があった。


「御剣さん、これ!!」

「ああ」


咲実の声に、総一は渋い顔のまま頷く。


「どうやら俺達をここに入れた連中は、俺たちをここから出すつもりはないようだな」

「そんな・・・!」


シャッターだけでなくコンクリートの壁。

叩いても微動だにしない。

びくともしない手応えが返ってくるだけ。

総一はこの事をこの建物に総一達を入れた連中の意思のように感じていたのだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ちょっと!」


その時、穴の向こうのコンクリートの壁を触っていた優希が総一達を呼ぶ。


「どうした?」

「これ! 誰かが掘った穴があるよ」


優希はシャッターにあいた穴の1つを指さしていた。

駆け寄った総一が覗き込むと、そこには優希の言うようにコンクリートの壁に1メートル近い深さのくぼみがあった。


「なんて事だ・・・」


総一は穴を見て愕然となった。


「御剣さん?」

「ここまで、やっても、出られなかったのか・・・」


総一はくぼみに触れながら絞り出すようにそう呟いた。

そしてその事は別の事をも意味していた。


「出られなかったって、まさか、私達よりも前にここへやってきた人がいると? そして私達と同じようにここから出ようとした?!」

「多分」


くぼみは深い。

これを何時間かで簡単に掘れるとも思えない。

しかもそこには分厚い埃が堆積している。

掘られた時期はずっと前の事なのだ。


「でも出られなかった。 そして一番恐ろしい事は、このくぼみが修復されていない事だと思う」


総一はその事に背筋が凍る思いだった。

しかし咲実も優希もすぐにはその意味に辿り着かなかったようで、顔を見合わせて疑問の表情を作った。


「ここに俺達を入れた連中にとっては、こんなくぼみは全く問題にならないんだ。 だからくぼみは埋める必要が無い。 きっと、こんなくぼみなんて問題にならないほどこのコンクリートは分厚いんだ」


もしコンクリートの壁が1メートルの厚さなら、穴は修復されていたに違いない。

ここから出したくないからこその封鎖なのだから。

しかしもしこの壁が5メートルの厚さだったならどうだろう? それでもわざわざ修復しに来るだろうか?


「じゃあ私達は―――」

「まず、確実にここから出られない」


総一は自分で言っている言葉なのに寒気が止まらなかった。

 

この時、総一達を見つめる目があった。


「へへっ、こんなにすぐにチャンスが巡ってくるなんてな」

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093243j:plain



長沢勇治という少年にとって、この『ゲーム』の実行には首輪を外して生き延びる以上の意味があった。


―――俺は口先だけじゃない! 実際に戦っても強いんだ!


長沢を突き動かしていたのは、日頃溜め込んでいた鬱屈した感情だった。

体格にも腕力にも恵まれず、誰も彼の言葉に耳を貸さない。

誰もが口先だけの根性なしだと彼を嘲笑った。


―――見てろよ、すぐに証明してやる! 俺を馬鹿にした凡人共を見返してやるんだ!


長沢は証明したかったのだ。

自らの力を。

そして自らの存在を。

どうしても自分の弱さを認められなかったから。

そしてそんな彼の歪んだ感情を、この『ゲーム』が後押しした。

この『ゲーム』は一般には知られていない。

これだけの建物が普通に建造されればどうあっても注目を集める筈だ。

しかし長沢はそれを聞いた事が無かった。

ネット上でもそんな噂を見かけた事はない。

また、ここで行われている事の内容からしても秘密裏に建造された可能性は高かった。

だから長沢はここで何をしても外に漏れる心配は無いとあっさり看破した。

きっとこの場所でなかったら、彼は自分の力を証明しようなどとは考えなかっただろう。

これまでがそうだったように、様々な理由を持ち出して、自分が力を発揮出来ないのは周囲が悪いのいだと自らを慰めるに留まっただろう。

この場所の特殊性が、彼に自分の力を誇示する機会を与えたのだ。

目の前にはおあつらえ向きに3人。

しかも敵になりそうなのは男が1人だけ。

あとは弱そうな女や子供。

それはまるで彼の為に用意されたような状況だった。

しかも彼らは入口の封鎖に気を取られ、忍び寄る長沢に気付きもしない。

だから長沢はいとも簡単に総一に忍び寄ると、その頭に向かって全力で鉄パイプを振り下ろした。


「死ねぇェェェェェ!!」


長沢は雄叫びをあげた。

その声に気付いても、もはやかわすだけの余裕はない。

目の前の男は鉄パイプを食らって長沢の前に倒れる筈だった。


―――!!


その雄叫びと同時に、総一は頭に激しい衝撃を感じた。

その途端に視界が真っ暗になってホールの床に崩れ落ちる。

この時総一に幸運だった事は2つ。

1つ目はコンクリートのくぼみが意味するものに驚き、愕然として総一の身体から力が抜けていた事。

2つ目は長沢が喧嘩慣れしていなかった為に、パイプの一番ダメージの大きい部分が頭に当たらなかった事だ。


「ハハハハハッ! 『ゲーム』ったって簡単じゃないかぁっ! 見ろよこのざまを! こんなもの速攻でクリアしてやらあっ!!」


長沢は思惑通り床に倒れた総一に向かって再びパイプを振り上げる。


―――1発では倒し損ねたけど、もう同じ事だッ!


長沢は自らの勝利を確信して笑いが止まらなかった。

傍には咲実と優希が居たものの、驚きのあまり何も出来ずにいた。

この2人には長沢は止められない。

彼はそれをよく知っているのだ。


「今度こそ死ねェェェェェッ!!」


だが結局、彼は勝てなかった。

長沢の不幸は3つ。

1つ目は、彼の予想に反して、ルールが総一達を守っていたという事。

2つ目は、そのルールを彼が知らなかったという事。

そして3つ目は、確かにそれは彼の為に用意された状況だという事だった。


・・・。

 

『貴方はルールに違反しました』


突然長沢の首輪で小さな赤い光が点滅し始める。

同時に彼のPDAと首輪から合成音声が流れ出始める。


『貴方はルールに違反しました。 15秒後にペナルティが実行されます』


その声を聞いて、長沢の動きが止まった。


「そんな馬鹿な!? 俺はルール違反なんかしてないぞ!? ルールに書いてある通り、3人殺せって言うからやってるんだぞ!?」


長沢の顔は蒼白だった。

彼は鉄パイプを投げ捨てると慌ててPDAを取り出した。


『開始から6時間が経過するまで、全てのエリアは例外なく戦闘禁止です。 貴方はルールに違反しました・・・』


PDAの画面に表示されているのと同じ文章を合成音声が読み上げていく。


「そんな馬鹿な!? そんなルール俺は知らないぞ!?」


長沢のPDAに記録されていたルールは1と2の他に3と5。

ずっと1人きりだった彼は序盤で最も重要なルールである8を知らずにいたのだ。

もし彼が殺人を決断する前に誰かが8番目のルールを教えていたらこうはならなかったかも知れない。

しかし初期配置は彼にとって不利だった。

8のルールを記録したPDAの持ち主は彼の周りには意図的に配置されていなかった。

つまり彼は何者かの手によって意図的にこの状況に追い込まれていたのだ。


「なんだ!? 何が起こる!?」


長沢はPDAを持ったままあたりをきょろきょろと見回した。

その間も首輪は点滅を繰り返し、合成音声は同じメッセージを繰り返している。


「ペナルティって何なんだ!?」


その瞬間、ホールの暗がりの中から何かが飛んできた。


「・・・な、何が?」


頭を殴られた総一が身体を起こした。

総一の頭はズキズキ痛んだが、じっとしてはいられなかった。

殴りかかってた人間がいるなら、寝ていればもっと危険な目に遭うのだ。


――ッッ


「うわあぁぁぁっ!?」


顔を上げた総一の目の前で、暗がりから飛んできた何かは長沢の腕に突き刺さった。


「何!?」


しかもそれは1つではない。


――!!!


「ウワアァァァァッ!? な、なんだ、これ・・・!?」


最初の1つに加えてさらに3本。

長沢の身体に刺さったものは合計で4つだった。

長沢はその痛みでPDAを取り落とした。


「ワイヤー? どういうんだ?」


長沢の身体の4ヶ所に突き刺さったのは、小さなモリのようなものだった。

その尻尾の部分からはワイヤーが伸びており、それは暗がりの奥へと消えていた。


「ぐあぁぁっ、ぬ、抜けない!?」


長沢はとりあえずワイヤーの事は忘れてモリのようなものを引き抜きにかかった。

しかしモリのようなものの穂先には釣り針のような返しがついていて、肉ごと引きちぎらない事には抜けそうもなかった。

そして引き抜こうとした時の激痛で、長沢はモリを引き抜くことはできなかった。


『さようなら長沢勇治様。 またのご利用をお待ちしています』


「待ってくれ、一体―――」


――!!!

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093300j:plain



その瞬間、高圧電流が長沢の身体を貫いた。

身体に電流が流れても、アニメのように身体が透けて骨が見えたりはしない。

突然身体が痙攣しはじめるだけだ。

続いて肉の焼ける臭い。

そしてすぐにその身体が黒ずんで焦げ始める。

長沢はもう絶命していただろう。

まだ立っていたし、身体は僅かに動いていたが、そのどちらもが電流による筋肉の痙攣で支えられていた。

もはやそこに彼の意識は存在していない。

彼の身体が黒焦げになるのは殆ど一瞬だった。

何秒もかかってはいない。

ものすごい高電圧で彼の身体は一気に焼かれた。

しかしそれを見つめる総一達にとって、それは永遠にも匹敵する時間だった。

総一達はその時間の中で、彼が無残に焼かれていく姿を延々と見つめ続けた。

肉は弾け、血管が破裂し、全身から何とも知れない体液を撒き散らしながら長沢は痙攣し続ける。

やがてそれが終わると、長沢はゆっくりと床に倒れていく。


――ッッ


感電して焼け焦げ、筋肉から水分が失われると絶縁されて電気は流れにくくなる。

だから筋肉の痙攣が治まり、彼はようやく床に倒れる事が出来た。

真っ黒になった長沢は、それっきりぴくりとも動かなかった。

そして動かなかったのは総一達も同じだった。

全く突然に、あまりにも壮絶な人間の最後を見せられた総一達は長沢を見つめる以外に何も出来なくなってしまっていた。

頭の中は真っ白、黒焦げの死体からいつまでも視線を剥がす事が出来ない。

身体は極度に緊張し、自分の意志では動かせない。

だから騒ぎを聞きつけて他の人間がホールにやってきても、総一達は全くそれには気付かなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

ビシ


総一が我に返ったのは、頬に感じた軽い痛みがきっかけだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093312j:plain



「おい、しっかりしろ! 聞こえないのか?!」


聞き覚えのない男の声が総一の耳朶(みみたぶ)を叩く。

そして目の前には見知らぬ男の顔。

男は総一の上着の襟を掴むと軽く揺すった。

その時の息苦しさで、総一の意識はようやく目の前の男に集中する。


「あ・・・」

「ん? おい、俺の声が聞こえるか?」

「あ、は、はい」


状況が良く理解できない総一はその問いに曖昧に頷いた。


「あんな死体を見て混乱するのは分かるが、気をしっかり持て! 一体ここで何があった?」


男の年齢は20歳か、あるいはもう少し上か。

その物腰からして総一とそう離れているとは思えない。

服装は派手で、悪く言えばチンピラ風。

サングラスでもかければヤクザで通ったかもしれない。

だがこの時の総一はそんな事は全く気にならなかった。

どちらかと言えばその力強い声がありがたいと思えたくらいだった。


「死体・・・」


その言葉を聞いた瞬間、総一の頭の中に先刻の出来事が呼び起こされる。


「うぐっ」


その途端、総一の胃の腑から猛烈な吐き気がこみ上げてくる。


「う、うあぁぁ、うあぁぁぁぁぁぁぁん!!」


だが少し離れた場所から聞き覚えのある幼い少女の泣き声が聞こえてきた瞬間、総一はその吐き気を忘れていた。


「そ、そうだ、優希! 咲実さんは!?」

「落ち着けって言ってるだろう」


男は立ち上がりかけた総一の襟を引いて強引にその場に座らせる。


「お前の連れの女2人なら、俺の連れが向こうで面倒見てる。 無事だから心配いらない」


総一が首を巡らせると、ホールの端の方に咲実と優希の姿があった。

その傍には妙齢の婦人がいて、男の言うように2人の面倒を見ていた。


「でも・・・」

「仲間の所へ行く前に俺達にも教えろ。 ここで一体何があったのかを。 あの女達の前で話せない内容かもしれないと思ったから、お前だけここに残してるんだ。 俺は向こうで女達に話を訊いても良いんだぜ?」

「あ・・・」


男の鋭い視線が総一の目を覗き込む。

その目は真剣だった。

男には総一が持つ情報が自分の命を左右すると重々分かっているのだ。


―――咲実さんと優希・・・。


あの2人にさっきの話はさせられないし、出来れば聞かせたくない・・・。

ショックがない筈がない・・・!


「分かりました、お話します」


総一は目の前の男をとりあえず信用する事に決めた。

男の言い分は正しかったし、総一達が見たものを話して聞かせてやらないと大変な事になるかもしれない。


―――知らせてやらなきゃ。


PDAのルールに冗談なんて書かれていないんだって。

ルールを破れば、あっさりゴミのように殺されてしまうんだって・・・。


「実は―――」

「待った」


話し始めた総一を男が止める。


「お前、名前は? 俺は手塚。 手塚義光」

「御剣総一です」

「よし。 じゃあ御剣、教えてくれ。 ここで何があったのかをな」

「はい、手塚さん」


そして総一はこの場所で起こった事を、手塚と名乗った男に順番に話し始めた。


・・・。


総一が話し終わると、黙って聞いていた手塚は1度大きく頷いてから口を開いた。


「罠にルールに殴りかかってきた坊主ね・・・。 状況は大体分かった。 それで、お前を殴った坊主のPDAはどうなった?」

「さあ、その辺に落ちてるんじゃないでしょうか。 ・・・でもどうしてそんなものを?」

「気付いていなかったのか? このPDA、ルールがバラバラに記録されていて1台じゃ全てをカバーしていねえんだ。 PDAの数は多ければ多いほど良い。 そういう事さ」


手塚はそう言い残して、黒焦げの死体へ近付いていく。

総一はその背中を見ながら思わず感心していた。


―――タフな人だな・・・。


俺は、あんな風に近付けそうもない・・・。

それに頭が良くて冷静だ。

俺はPDAの事なんてすっかり忘れちまってた・・・。


「あった」


手塚は腰をかがめてPDAを拾い上げる。

総一を殴りつけた少年が取り落したPDAは電気の洗礼を免れていた。


「なるほどな、こんな条件じゃ殴りたくもなるか。 ・・・早まったな、小僧」


手塚は顔も分からないほど黒焦げになった少年を見下ろしていた。

その表情は冷静そのもので、動揺しているようには見えない。


―――本当に何も感じてない筈はないんだろうけど、大した人だ。


「御剣、とりあえずはもう良いぜ。 向こうが落ち着いたら今後の事を全員で話そう」


手塚は振り返ると総一に顎をしゃくってみせる。

彼の示す先には優希と咲実の姿があった。

彼女達は身を寄せ合って震えていた。


「手塚さん!」


その時、総一と手塚の所に優希と咲実の傍にいた婦人が近付いてくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093327j:plain



「どうだったの?」

「郷田さんよぅ、どうやら予想通り厄介な事になりそうだぜ」


手塚は顔をしかめる。


「手塚さん、俺2人の所へ行きます」

「ああ。 なんとかしてくれ。 冷たいようだがよ、そうしないと話も出来ねえ」

「・・・分かりました」


総一は手塚の言う事はもっともだと思った。

ルールが本当だというのなら、時間の猶予は72時間。

既に数時間が過ぎているから、どんどんその余裕はなくなっているのだ。


「じゃあ」


総一は2人に軽く頭を下げると咲実と優希に向かって走っていく。


「それで手塚さん、彼は何て?」


手塚が郷田と呼んだ婦人は総一の背中を眺めながら手塚に訊ねる。


「そこで黒焦げになってるヤツは、ルール違反でこの建物の仕掛けに殺された、と」

「本当なの?」


郷田は驚きの表情を作って手塚の方を見る。

その手塚は郷田に向かって頷くと話し続ける。


「ああ。 さっきの坊主―――御剣を鉄パイプで殴ったらしいんだが、全域の戦闘禁止が解除されていなかったせいで首輪が作動しちまったらしい」


「という事は・・・」

「・・・冗談じゃあねえぞ。 コイツに記されている事は全部真実と考えるしかない。 嘘が混じってるかもしれねえが、それを試して死ぬのは御免だからな」


手塚は凄味のある視線で手の中にあるPDAを睨みつけている。

忌々しい、そんな表情だった。


「手塚さん・・・?」


だが不思議な事に、郷田には何故か手塚の横顔が楽しそうにも見えた。


―――あの目ね。


ギラギラと輝くあの生命力に満ちた目。

あれのせいで手塚さんが生き生きとして見えるんだわ。


「危険がないと生きられない男、か・・・」

「なんか言ったかい?」

「いいえ、何も。 他に何か情報は?」

「あるぜ。 あいつが言うにゃ―――」


そして手塚は総一から聞いた情報を郷田に伝えていった。

優希と咲実が泣き止んだあと、総一達は車座になってルールの確認を始めた。

幸いといって良いのかは分からないが、死んだ少年の分と合わせるとPDAは6台。

9つあるというルールは殆ど明らかになっていた。


「最悪だ・・・。 こんなものを本当にやるのだとしたら、俺達は殆どが死ぬぞ・・・」


手塚の左手の中でPDAが軋む。

彼は右手に持った優希のノートを睨みつけて小さく震えていた。

この男に限って恐怖からの震えではなかったが、驚きの大きさは如実に現れていた。

優希のノートにはルールが全てメモされている。

ルールを確認しながら、総一がメモを取ったものだった。

チンピラ風のファッションの男がピンク色のキャラクターもののノートを握り締めている様は本来なら物笑いの種だが、この場では誰もそんな事を思う暇は無かった。

誰もが明らかとなった今の状況に驚き、恐怖していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20210214093339j:plain



「この最初の6時間は戦闘禁止っていうルールが終わったらどうなるか・・・。 残りの12人のうちの何人が、そこで死んでいる子のように戦いだす事か・・・。 困ったわね・・・」


郷田が『そこで死んでいる子』と言った瞬間、優希と咲実の表情が強張る。

2人は一時の混乱状態から立ち直り泣き止んではいたものの、まだ目の前で展開された壮絶な事件のショックからは完全に抜け出せていなかった。


―――2人とも、参ってるみたいだな・・・。


それに気付いた総一は2人の手を取るとそっと握り締める。

2人はそれに気付いていない様子だったが、総一はしばらくそうしていてやるつもりでいた。


「それと、問題は4番目のルールですね」


総一は2人の手を握ったまま口を開く。


「そのルールが分からない以上、あまり思い切った行動はとれそうもありません」


6台のPDAを突き合わせても、4番目のルールだけは明らかにはならなかった。

だから優希のノートのメモでもそこは空欄になっている。

それがはっきりしない事には下手な行動はとれない。

黒焦げになった少年の二の舞になってしまうからだ。

しかし総一はそこまでは説明しなかった。

今の優希と咲実を刺激したくなかったのだ。


「でも、大体内容の想像はつくわ」

「どういうことだい、郷田さん」


すると郷田は手塚の持つノートの一番最後の項目を指で示した。


「9番目のルール、解除条件の一覧の所に何度かJOKERって文字が出てきてるでしょう?」

「そういえば・・・」


郷田の言う通りだった。

その事はメモをとった総一も疑問だった。

2と6の首輪を外す為の条件にはJOKERというものが必要なのだが、その事に関しての記述はどこにもないのだ。


「でもJOKERについての説明はどこにもない。 だからね? 4番目のルールがそれなんじゃないかって思うの」

「4番目のルールにはJOKERの説明がされていると?」

「私はそう思うわ」

「なるほどな、郷田さんそいつはありそうな話だ」


手塚は4番目のルールの空白を睨みつける。

その横顔には、先ほどからうっすらと笑顔が浮かぶようになっていた。


「仮にそうだとすると、書き込まれてそうな情報はJOKERの使い方、あるいはそれを持っているとどうなるのか、その辺の事だな」


―――この人はこの状況を楽しんでいるっていうのか?


そんな手塚の表情を見て、総一は微かな不安を覚え始めていた。


「だからおおよその所では、今分かっている8つのルールだけを指針にして行動しても問題はないように思うんだけど。 手塚さんと御剣さんはどう思うかしら?」


郷田は手塚の様子に気付いていないのか、それとも気付いていて無視しているのか、表情を変えることなく話を続けている。


―――いや、人の死を見たり、ルールが本当かもしれないって事で、俺が疑り深くなっているのかもな?


「その辺はある程度賭けになるんだろうが、俺はその意見に賛成だぜ。 少なくともじっとしている訳にはいかないんだからな」

「俺もそう思います。 少なくとも上へは向かわなくちゃまずいようですね」


ルールが本当である場合、いずれ1階から順番に侵入禁止になるのだ。


「とはいえまだ万が一って事はあるから、軽率な行動はとれない。 仮にルールを全部把握してる奴が戦いを仕掛けてきたとして、俺達は反撃できるのかって心配もある。 俺達は4が分かってないんだからな。 推測だけで行動して、うっかり死んじまいたくはない」

「そうね。 出来るだけ早く、4つ目のルールを把握しなくてはならないわ」


郷田が頷いた時、手塚は立ち上った。


「という事だ。 俺は行くぜ」


そしてホールの出口へ向かって歩き始める。


「手塚さん?!」

「じっとしていたらマズい。 そう言った筈だぜ、俺は」

「待って手塚さん、この子達を置いていくっていうの!?」


しかしそんな郷田の言葉にも手塚は脚を止めなかった。


「・・・俺はこんな訳の分からない状況で他人の心配なんてしていられないね。 自分の事で精一杯だ」


手塚は振り返ってにやりと笑う。

その笑顔を見て総一は本能的にゾッとした。

それぐらい寒々しい、しかし心に迫る笑顔だった。


「恐怖にすくんで動けない女子供を連れていても足手まといだ。 そんな事は分かってるんだろう郷田さん? それに考えてもみろよ。 単なる足手まといならまだしも、裏切りの可能性だけは一人前にありやがる。 ククク、俺はそんな連中を連れ回すほどの楽天家じゃねえ」


優希も咲実も顔を伏せたまま座り込んでいる。

手塚は今も動けないでいる2人を足手まといと呼び、切り捨てようとしている。

手塚はホールの出口に差し掛かった時、足を止めて総一達の方を振り返った。


「御剣、てめえはどうする? そのままおてて繋いでなかよしごっごか?」

「お、俺は・・・」


総一にも手塚の言う理屈は分かっている。

今は何をおいても行動しなければならない。

ルールは本物で、じっとしていては危険が増すばかりなのだ。

しかしそれが分かっていても総一は立ち上がれなかった。

そして今も震え続ける2つの手を放す事が出来なかった。


―――置いていけるもん!! 優希と、咲実さんなんだぞ?!


総一は逆に2人の手を強く握り締める。


「・・・クク、まあ好きにすれば良いさ。 俺には関係ねえことだしな」


手塚は言葉どおり興味がないのか、あっさりと総一から視線を切って再び歩き始める。


「待って、手塚さん!」


今にもホールを出てしまいかねない勢いの手塚に、郷田は慌てて立ち上った。


「御剣さん、私は手塚さんを連れて戻るから、あなたはしばらく2人をお願いね?」

「分かりました!」


そして郷田は足早に手塚を追っていく。

彼女が走り出した時には、もう手塚はホールの外へと姿を消してしまっていた。

郷田は最後にちらりと総一達を振り返った後、手塚を追ってホールを出ていった。

ホールには静寂が戻り、総一達は久しぶりに3人に戻った。

 


・・・。

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【20】


・・・。


「中央制御室? ここの?」
「そう。 恐らく今『ゲームマスター』が潜んでいる筈の場所よ」


渚は長い髪をまとめながら返事をする。

彼女は戦いに不向きな衣服を改めていた。

それでもカメラとマイクは外す訳にはいかず、彼女の頭と胸にはリボンと飾りが残っている。

ショーの体裁を壊す行為はペナルティの対象になるからだった。


「どんな部屋なんです? なぜそこへ?」
「中央制御室はこの建物の設備をコントロールしている部屋よ。 そこへ向かう理由は2つ。 まず、今そこに潜んでいる『ゲームマスター』を追い出したいの」
「なるほど。 高山さんの時みたいな横槍は入る場合があるんですもんね」
「ええ」


総一達を直接狙い撃ちにした攻撃は無いにせよ、このまま『ゲームマスター』を放置すると手塚もろとも何かの仕掛けに巻き込まれる事はあるだろう。


「そしてもう1つは、総一くんの安全を確保する事」
「俺の?」


総一は胸に手を当てながら訊き返す。


「そうよ。 中央制御室では館の仕掛けをコントロールできる。 それはつまり、仕掛けを働かせない事も出来るって事」
「って事は、そこの機能をいじくれば首輪を外せると?」
「外せなくても、罠や仕掛けの無力化は出来るはずだわ」


渚は服装を整えると総一の方へ向き直る。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104732j:plain



「でも、そんなところに行って大丈夫なんですか? ショーの体裁を壊す行為になりませんか?」
「いいえ、大丈夫よ」


総一は心配していたが、渚はゆっくりと首を横に振る。


「そうやって参加者が『ゲームマスター』、つまり事件の黒幕と対決する。 それすらもショーの一部と考えられてるの」
「なっ・・・」


総一は開いた口が塞がらない。


―――正気か!?


「これがたった1度しか開かれない『ゲーム』であれば、おそらくそれは許されない行為だったでしょうね。 でもこれは違う。 何十回、何百回と繰り返されてきたゲームショー。 そういったアクシデントは歓迎すべき一大イベントなのよ」
「まさか、そんな事を本気で?」
「多くの『ゲーム』の中で、時折『ゲームマスター』の存在に気付き、それと対決するヒロイックなエピソードがある。 総一くん、これが映画やドラマだったら、あなたはどう感じた?」


渚の言葉は衝撃的だ。

なかなかすぐには信じられない。

しかし彼女は真剣だった。

そこには普段の彼女の余裕や優しさは見えない。

それだけに総一には次第にそれが真実なのだろうという気がし始めていた。


「それは・・・、多分面白そうな展開だって思ったんじゃないかと・・・」
「つまりは、そういう事なの」


この『ゲーム』は『組織』が総一達を弄ぶ為や、何か特別な目的の為にやっている事ではない。

カジノに集まっている客を満足させる為のショーなのだ。

参加者や『ゲームマスター』がどうなるのかは二の次。

まずはなんとしても客を満足させるショーに仕立てる事が大事なのだった。


「ただし、そう簡単にはいかないわよ」


渚の表情は硬いままだ。


「・・・そうなんでしょうね」


総一の表情も硬い。

ボスとの戦いが簡単に済むようなショーでは客が満足しないだろう。


「でも、やるしかないですね」


言いながら総一は目の前の渚の硬い表情に気付く。


―――渚さん、随分恐い顔してるな・・・。


それはいつも見てきた渚の表情ではない。

らしくない表情だった。


「ええ」


渚はこっくりと頷く。

そんな渚の背中を、笑顔を作った総一が叩いた。


「きゃんっ」


完全に油断していた渚は、奇妙に高い声で子犬のような悲鳴をあげた。


「気楽に行きましょう渚さん。 駄目でも良いじゃないですか。 俺達は最初、2人で死ぬつもりだったんですから」


総一は、渚に言った事を胸の中で自分自身にも言い聞かせた。

そして総一は渚の頬を両手ではさむと、ぐにぐにと揉み解す。


「そ、総一くん・・・?」


渚は一瞬戸惑ったものの、すぐに笑顔を作って頷く。


「そうだね。 駄目でもさっきの私達に戻るだけだもんね?」
「はい」
「ふふふ、おかしいね総一くん。 ついさっきまで覚悟してた事なのに、ちょっと希望が見えるとすっかり忘れちゃう」


こつん


渚は背伸びして総一の額に自分の額を合わせる。

同時に目を細め、小さく苦笑してみせる。


「気楽にいきましょう。 でも、全力は尽くしましょう。 それで良いじゃないですか。 さっきまでよりはずっと良いんですから」
「うん。 私ね、総一くんと一緒ならどんな終わり方でも良いような気がする」


ちゅっ


渚は素早く総一に口付ける。


「なんだか私、今、すごく気持ちが楽なんだ。 ふふ、おかしいでしょ? 総一くんとは、どんな結果になってもずっと一緒なんだなって思ったら、結末なんて何だって良いように思えて」
「俺は、実はちょっとだけ結末が気になります」
「どうして?」
「借金を盾に、渚さんにあんな事やこんな事ができるかどうかの瀬戸際ですから」


すると渚は突然大声で笑い出した。


「あははははははっ! それは男子の本懐ってやつだね? あははははっ!」


彼女の目元に滲んだ涙はこれまでのものなのか、それとも今笑いすぎのためのものなのか。

それは総一にも渚自身にも分からなかった。


「・・・不思議な人ですね、渚さんは」


そして総一は笑い続ける渚を抱き締める。


「いつの間にか、貴女は俺の心の中に入り込んでる。 もうそんな事はないと思ってたのに」
「私もそう。 もう誰の事も好きにならないと思ってた。 そして、誰からも愛されないって思ってた」


渚の手が総一の背中に回る。

そして総一の服の背中の部分をぎゅっと握り締める。


「ここへ来てからは驚く事ばかりです」
「ふふふ、私の体重とか?」


渚は笑いながら総一の首に手を回し、総一に身体を預ける。

渚の本来の体重、そして撮影機材。

合わせると70キロ近い重さがあった。


「あ~、これも驚きでしたね」


総一もくすくすと笑い始める。

彼女の重量を支えてやる為に、総一は両腕の力を強めた。


「でも総一くん、もう少し頑張ってこのまま支えてて」
「渚さん?」
「せめてカメラが止まってる今だけは、こうやって、甘えていたいから」


この時に彼女が見せた照れ臭そうな笑顔を、総一は生涯忘れないことだろう。


・・・・・・。

 


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104807j:plain



「総一くんは足を止める事だけを考えて! 他は私がやるからっ!」
「は、はいっ!!」


連続する銃声と叫び声が薄暗い通路に響いていた。

総一は渚の声に従って、通路を前進してくる小型の機械のキャタピラを狙う。


――!!!


使った事など殆どない軍用ライフルだから、狙いがなかなか定まらない。

多くの銃弾が狙いを逸れ、床や壁に傷跡を残していく。


―――やった!


しかしそれでも撃っているうちに何発かがキャタピラに当たってくれる。


キャタピラが壊れた機械は、銃弾を浴びたショックでそのまま横倒しになった。

そこへ後続の機械がぶつかり、移動速度が僅かに落ちた。

総一は今度は速度の落ちた1台を狙う。


――!!!


2台目は比較的簡単にキャタピラを撃ち抜く事が出来た。

移動がゆっくりになっていた事、そして2度目で少し落ち着いていたのもプラスに働いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104816j:plain



「その調子よ、総一くん!」


――!!!


渚は総一の使っているものよりも大きなサイズのライフルを構え、壁から覗いている銃座や総一が動けなくした機械の本体を撃ち抜いていく。

その狙いは正確で、動作にも迷いがない。

彼女の攻撃に合わせ、次々と通路の防衛装置は沈黙していった。

総一達が中央制御室への隠し通路にやってきた時、そこに姿を見せたのは大量の防衛装置群だった。

動くものに反応して壁から射撃してくるマシンガン、キャタピラと複数の武器を構えた小型のロボット、壁や床に埋め込まれた地雷や火炎放射器

もちろんそれらは1つだけではない。

これまでに2人が壊した分だけに限っても、それぞれ10以上はあった。

それなのに、まだまだ数は多いのだ。


「きりがないな」


――!!!


総一はまた1台ロボットのキャタピラを撃ち抜く。

口径の小さいマシンガンとロケットランチャーを備えたロボットは接近を許すと危険だ。

もともとそれほど足は速くなかったが、数が多いだけに油断するとすぐに傍までやってきてしまう。

ただ、この防衛装置類は奇妙だった。

それらが備えたどの武器も、総一達を即死させるだけの力は持っていない。

銃なら口径が小さく防弾チョッキで間違いなく防ぐ事が出来、爆発物でも思い火傷で済む程度。

ロボットたちも反応は鈍く、素人の総一でも何とか相手ができる。

これらに比べたら、首輪が作動した時に襲ってくる装置の方が圧倒的に強い殺傷力を備えているのだ。


「わざわざ弱い装置で守ってるなんて・・・」


総一は呆れてそれ以上の言葉が出なかった。

つまりここの防衛装置群は、入ってきた連中に突破させる為のものなのだ。


―――これがショーだからって事なのか? こんなバカみたいなお金をかけて?


ロボット1台だけでも、それが高級車並みの値段がするのは明らかだ。

ここを作った連中は、それをふんだんに用意して、誰かがこの場所に気付くのを待っていたのだ。


「油断しちゃ駄目よ総一くん。 だんだん強力なのが出てくるのよ、ここは!」


射撃を繰り返しながら、渚が総一の疑問に答えてくれる。


――!!!


渚の攻撃でまたいくつかの兵器が沈黙する。

おそらく彼女が壊した分だけで既に1億円以上がスクラップになっていることだろう。

 

「その方が見ている方が楽しいでしょ?」
「なんて悪趣味な」


――!!!


総一もロボットを撃ちながら返事を返す。

最初は弱く倒し易いもの。

次第に敵は強くなり、ボスのいる部屋の手前ではその強さは極限に高まる。


―――家庭用のゲームではよくある設定だけど、こうやって現実に作られると呆れるしかないよな・・・。


主人公の住んでいる村を出れば一番弱いゴブリン。

でも悪の親玉が住んでいる城の周辺には、凶悪なドラゴンが口を開けて待っている。

主人公の成長と旅の順序に合わせて強くなる敵。

緊張感を保ちつつも倒せなくはない手ごろな敵。

『ゲーム』とはそんな風に不条理なものなのだ。


「だがそんな訳はないんだ! これは現実なんだから!」


―――結局、遊ばれてるんだ俺達は!


そう悪態をつきながら、冒険初心者の総一は次々と姿を消すゴブリンを倒していくのだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104830j:plain



「その部屋の、むこう、が、中央制御室、の、筈よ」


渚が肩で息をしながら壁に寄りかかる。

彼女は少し先にあるドアを見つめていた。


「渚さん!」


渚は傷だらけだった。

最深部に近付き苛烈さを増していく攻撃に、戦いに慣れている筈の彼女も少しずつ傷を負っていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104842j:plain

 

全ての阻止装置を破壊した頃には渚は自らの血でところどころ赤く染まっていた。

だが幸いにも動けなくなるほどの怪我は1つも負っていない。

それだけが救いだった。


「ちょっとじっとしてて下さい、すぐに手当てしますから」


救急箱を手に渚に駆け寄る総一も似たようなものだった。

とはいえ総一は前に出ず渚を後ろから援護していたので、怪我は彼女よりも軽い。

また比較的疲労も少なく、まだその動きには余裕があった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104855j:plain



「あ、ありがとう、総一、くん」


だが渚の体力は限界に近付いていた。

その表情は僅かに青ざめ、額には汗が滲んでいる。

呼吸は荒く、身体を壁に預けたままで肩での呼吸を繰り返している。


「ごめんね渚さん。 俺、あんまり役に立たなくて」


総一は彼女の腕の傷の血を拭っていく。

その傷は深くはないが、この分だと傷が残ってしまいそうだった。


「いい、んだよ、そういち、くん・・・。 総一くんが、一緒じゃないと、私、こんな、に、がんばらないし・・・。 それに、武器の、扱いがうまい、そういちくんなんて、わたし、キライだよ」


渚は苦しそうな表情を歪めて、なんとか笑顔を作ろうとする。

そんな彼女の様子に、総一の胸は痛んだ。


「でも、渚さんこんなにボロボロで・・・」


包帯を巻いても、すぐにうっすらと血が滲んでしまう。

止血剤を塗ってはいるものの、そんなに簡単な怪我ではないのだ。


「大丈夫。 こんなの、総一くんがすぐに治してくれるから」


渚の呼吸はようやく落ち着き始めていた。

声がしっかりしはじめ、若干だが表情が明るくなる。


「すぐに元気になるよ。 総一くんが元気なんだもん」
「渚さん・・・」


少し血色の良くなった表情、そしていつもの明るさが戻りつつある声。

それらを感じた総一は安堵のあまり涙が出そうだった。


「ともかく、無事に済んで良かったね~」
「はい」


総一も心底そう思っていた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

手当てを終えた総一達が部屋に入ると、そこには1人の女性の姿があった。

首輪をしているので『ゲーム』の参加者には違いないが、総一には見覚えのない人物だった。

彼女はがらんとした何もない部屋の中央で、手にPDAを1台持っただけの姿で立っていた。

渚はその人物に銃を向けて叫ぶ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104909j:plain



「動かないで」


しかし銃を向けられた方の女性は余裕の表情を崩さなかった。


「分かってるわよ。 あまり興奮しないで」


その声にも怯えや動揺の様子は見えない。

総一と渚はその女性に銃を向けたまま慎重に部屋に中へ進んでいく。

緊張や動揺は、逆に総一達の方が濃いようだった。

総一達は女性に近付くと足を止め、数メートルの距離を残して女性と向かい合った。


「やっと来たわね、2人とも」


女性が笑顔でそう言うと、同時に総一達の背後でドアが勝手に閉まった。

すぐにドアには小さな赤いランプが点灯し、鍵がかかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104921j:plain



総一達がドアに気を取られていると、今度は床や壁が開いた。

そしてそこからこれまでに見て来たものと同じような防衛装置が顔を出す。

彼女を取り巻くように現れた6台のロボット。

床に固定された2基の機関砲。

総一達は一気に危機へと追い込まれてしまっていた。


「ご、郷田、さん」

 

渚には相手に見覚えがあった。

直接の面識はなかったが、事前に渡された資料を見て知っていた。

彼女は10を超す『ゲーム』のマスタリングを行ってきたベテランで、その美貌とユーモアのセンスも手伝って非常に高い人気を誇る『ゲームマスター』だった。

そろそろ40にさしかかる年齢の筈だが、その美貌にはいささかの衰えも感じられない。

怪我1つなく、清楚で高級な衣服で身を固めたその姿は、この異様な建物の中では逆に浮いて見えた。

それは傷を負い、疲れ果てた総一達とは正反対の姿だった。


「・・・いつも思うんだけど」


渚が郷田と呼んだ女性は、やわらかい笑顔を浮かべて2人に話しかける。


「どうして映画やなんかでは、最後の戦いの前に敵の親玉と主人公が呑気に話してるのかしらね? あれ、どちらにとっても相当無駄だと思わない?」


彼女は何もしていなかったが、彼女の周りに並んでいる6台のロボットと、床に固定された2基の機関砲が総一達を狙い始める。


「総一君、渚ちゃん、入ってきてすぐ私を撃てば良かったのよ。 だからあなた達は負ける。 身を隠すものの何もないこの部屋では、この子たちの攻撃を防ぐ事は出来ない」


ゴンゴン


郷田は機関砲のボディを叩く。

その重たい金属の音は防衛装置のモーターにかき消され、総一にはほんの僅かしか聞こえなかった。


「一方的な殺戮は性に合わないけど、これもお仕事だしね。 ごめんなさい、2人とも」
「じゃあやっぱり、貴女が・・・」


総一が訊ねると、女性は優雅に頷く。


「そう。 私は郷田真弓。 総一君達がお探しの『ゲームマスター』よ」


郷田はそのままにこやかに話し続ける。


「会ったばかりで残念だけど、総一君達には死んで貰うわね? せっかくここまで頑張ったのに、残念だったわ。 あとほんのちょっとだったのに」


―――け、結局、奴らの手の平の上で踊らされてただけっていう事なのか?


総一は黒光りする機関砲の銃口を見ながら、絶望的な思いを抱えていた。


「総一くんっ!」


その瞬間、渚は全ての持ち物を投げ捨てて総一に飛びついた。


「うわっ!?」


飛び付かれた総一はバランスを崩してそのまま渚に押し倒される。


「麗しき恋人たち、ってね」


郷田は少しも気にせずにPDAに指を伸ばした。

もはや身を伏せたぐらいではどうにもならない。

一瞬後には総一も渚もボロ屑のようになる。

どんな姿でいようとも、今更何の違いもないのだ。

だが、それが総一達と郷田の運命を分ける事となった。


――!!


総一達の入ってきたドアが、聞き覚えのない音を出していた。

 

「ぐ、ぐあっ・・・、な、なんなの、これは・・・?!」


そして郷田の声。

ずっと余裕満々だったその声は、苦痛と驚きに震えていた。

攻撃されると思って身を硬くしていた総一と渚だが、その郷田の声に顔を上げた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104935j:plain

 

「なにが・・・」


郷田は部屋の中央にそれまでと同じように立っていた。

しかし1つだけ違う事があった。

それは彼女の身体に出来た、ふたつの赤い大きな染みだった。


――!!


その時もう1度ドアが鳴る。

すると今度は郷田の身体が後ろへ吹き飛んでいく。


ギュイーン


そのすぐ後、さっきから奇妙な音を立てていたドアが開いた。

ドアの赤いランプは切れており、鍵は開いているようだった。

開く時のけたたましい音からすると、ドアは壊れてしまっているのだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231104954j:plain



「チッ、やれたのは一匹だけかよ」


ドアから姿を現したのは手塚義満だった。

その手には銃身が物干し竿のような長さのライフルが抱えられている。


「せっかく思いの我慢して持って来たってのに、これじゃ意味ねーだろうが」


手塚は倒れた郷田を見ても驚いたりはせず、忌々しそうに舌打ちするだけだった。


そして手塚は迷わずライフルを投げ捨てる。


「ス、スナイパー、ライ、フル・・・。 そう、か、て、手塚さ、ん・・・」


ドアを貫通し、郷田を撃ち抜いた銃弾。

それは以前郷田が『ゲーム』のバランスを取ろうと手塚と高山に与えた筈の、スナイパーライフルによるものだった。


・・・。


手塚義満がスナイパーライフルを拾ったのはまだ高山が健在である頃だった。

しかし総一達を追いかけるという状況では大型のライフルは使い難い。

その結果、持ち切れなくなった装備と共に拠点として使っていた部屋に置き去りとなった。

高山が死んだあと、手塚はPDAのソフトウェアで総一達の動きを追っていたのだが、総一達の反応がある場所で突然消えてなくなった。

しかし生存者数は減らない。

不審に思った手塚はその周辺を調べに行く事に決めた。

この時思い出したのが、仕舞ったままになっていたスナイパーライフルだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105008j:plain



「鍵を一撃でぶっ壊せるのは助かったが、重すぎるぜコイツは」


ガキン


手塚はそう言いながら自分が投げ捨てたスナイパーライフルを踏みつける。


「総一くん、立って!」


渚は総一の上からどくと慌てて総一の手を取って立ち上がらせようとする。


「は、はいっ!」


総一も状況は分かっている。

郷田は倒れたが、今は手塚がいる。

敵が入れ替わっただけで、状況は何も変わっていない。

さっきの口ぶりだと彼は総一達を殺す気でいるらしい。


「・・・おっとっと、まだ2人いたんだっけな?」


この手塚に限っては忘れていた筈もないだろうに、彼はそう言いながらゆっくりと総一達に目を向ける。


「手塚・・・!」

「ククク、もう『手塚さん』とは言ってくれないのかい、御剣君よ?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105038j:plain



口ではそんな呑気な事を言っていたが、彼は素早い動きで拳銃を引き抜き総一達へ向けた。


―――なっ!?


総一はそれに反応する事が出来ない。

そこに立ち竦むだけだ。


「はははっ、怖い怖い。 綺堂とか言ったっけ? ・・・オマエ、ずっと猫を被ってやがったな?」


だが手塚は総一達を撃たなかった。


「手塚君に言われたくはないけど」

「ククク、違いねえな」


手塚の動きを止めたのは渚だった。

渚は手塚の動きに反応して彼に銃を向けていた。

手塚と渚は互いに銃を向けあったまま動きを止めていた。


「手塚、銃を下ろせ! 俺達はこの先の部屋で首輪を外したいだけなんだ!」

「下ろしたら撃つのか? そこの化け物姉ちゃんが。 冗談じゃねえぞ御剣。 オマエ分かってるのか? その女、一体何者だ?」


総一の言葉にも手塚は首を横に振る。

渚に銃を向け、そして向けられている手塚には良く分かった。

渚は正規の訓練を受けた様子はないが、明らかに銃の扱いには精通している。


「お前これまでに一体どれだけの人間を殺してきやがった? その目、その銃さばき、ここで1人や2人殺しただけの女とは次元が違うぞ!?」


―――首輪を外したいだけ? 確かに御剣、お前はそうなのかもしれないが、この女はどうだ? こいつは間違いなく俺の同類だ。


この女はいざとなれば迷わず俺を殺すぞ!? とんだJOKERが混じっていたって訳だ!!


手塚には渚の微妙な胸の内は分からない。

彼女はもう人なんて殺したくないと考えている事までは分からないのだ。

だから身のこなしや覚悟を感じさせる鋭い瞳を見て、彼女を恐れた。

それにもし手塚が総一を撃ち殺そうとしたなら、彼女がそれを止める為に手塚を撃つ事だけは間違いない事実なのだ。


「総一くん、先に行くのよ! その扉を抜けて、階段を降りればそこが中央制御室よ!」


渚は額に汗をにじませながら叫ぶ。

手の中にある銃はもちろん手塚を狙ったまま。


「でも、渚さんは!?」

「私はここで手塚君を食い止める! 総一くんが首輪を無力化するか、防衛装置を全て止めれば良いのよ! 私まで制御室に行く必要はないわ!」


―――手塚君が私を狙ってるならそれで良いわ。


総一くんだけでも逃してあげられれば・・・。


渚にとって重要なのは総一だけ。

家族に累が及ぶことが無くなった今、渚は総一を守って死ねるなら本望だった。


「わ、分かりました!」


総一は銃撃戦の手伝いが出来る訳ではない。

この場に残っても渚の役には立たない。

だったら制御室へ向かい、根本的に問題を解決させてしまうのが一番良いように思えた。

総一は頷くと部屋の壁際を進むような形で中央制御室へ続くドアへ向かって走った。

渚はそんな総一をかばうように、銃を構えたまま手塚とドアの間に移動しようとする。


「させるかぁっ!!」


総一達は単に首輪を外すか建物の攻撃装置そのものを止めるつもりだった。

だが手塚はそうは考えない。

もし総一達が言う制御室が扉の向こうにあるのだというのなら、総一はボタン1つで手塚を殺す事が出来る。

そうなれば今は目の前で沈黙しているロボット達が一斉に手塚を襲う事になるだろう。

手塚は総一が好戦的ではないという事は理解していたが、仲間を守る為にならそれをやるに違いないと考えていた。


―――御剣をあのドアの向こうにやるわけにはいかない!


「チイィィィッ!」


手塚は銃口を渚から外して総一に向けた。

渚は総一を庇おうと移動していたが、渚には総一が見えていない為に完全に総一への射線を遮っている訳ではない。


「総一くんっ!!」


その瞬間、渚が引き金を引いた。


――!!!


だがこの時部屋に響いた銃声は3つ。

それらはほぼ同時で、まるで1つの銃声のように重なって聞こえた。


手塚の放った銃弾は丁度ドアを開けて中に飛び込もうとしていた総一の左の肩を撃ち抜いた。


「うわぁっ!?」


総一はそのままつんのめってドアの中に倒れ込んでいった。


2発目、渚の放った銃弾は彼女の狙い通りに手塚の拳銃に命中した。

手塚の右手は銃弾の大きな衝撃を殺し切れず、拳銃は手の中から弾け飛んだ。

そして最後の1発は意外な所から発射された。

それは渚と手塚の間ぐらいに倒れていた郷田によって発射されていた。

郷田はスナイパーライフルにより重傷を負っていたが、まだ生きていたのだ。

郷田が対して狙いを付けずに撃った銃弾は渚の左足を撃ち抜いた。


「あっ!?」


渚はその衝撃で足を取られて大きくバランスを崩した。


――!!


そして彼女は右肩を下にした危険な体勢で床に叩きつけられた。


「へっ、勝利の女神は俺の味方のようだぜぇっ!!」


状況は手塚にとってもっとも有利に働いていた。

渚とのこう着状態は解け、総一は弾を受けて倒れている。

渚は倒れ伏したまま動かない。

唯一郷田が懸命に身体を動かして手塚を狙おうとしていたが、


ゴキンッ


総一に止めを刺しに向かった手塚がすり抜けざまに踏みつけると、郷田はそれっきり動かなくなった。


「クククッ、アハハハハハッ! 俺はどうしてこうついてるんだ! 賞金には興味無かったってのに、勝手に20億が手に届く所まできやがったぜぇぇっ!!」


手塚は高笑いしながら腰の後ろにさしたままのコンバットナイフを引き抜いた。

ナイフには固まった血がこびりついている。

それは手塚が殺してきた少女の、そして長沢の血液だった。


「待ってろ御剣、今コイツでとどめを刺してやる!」


銃弾が総一に当たったとはいえ、撃ち抜いたのは肩。

手塚は一刻も早く総一の息の根を止めるつもりでいた。

渚と郷田の倒れた今、手塚の障害は総一ただ1人だった。

その総一はようやく立ち上がった所だった。

総一はギリギリの所で階段からは転げ落ちずに済んでいた。

階段の最上段の少し広くなった所で立ち上がった総一。

自分の傷も傷んだが、背後からの何発もの銃声が気になっていた総一は慌てて背後を振り返った。


「渚さん、無事ですか!?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105109j:plain



しかしそんな総一の視界に飛び込んできたのは、右手でナイフを振りかざして総一に突っ込んでくる手塚の姿だった。


「さあ、どうだかね!!」


手塚は思い切り総一へ向ってナイフを突き出してきた。

そこにはためらいや遠慮は無い。

彼は本気で総一をしとめるつもりで攻撃していた。


「手塚っ!?」


総一は身体をひねりながら痛む左腕を持ち上げる。

すると胴体と左腕の間にできた隙間をナイフが通り過ぎていく。


―――こんな所でやられてたまるかっ! あとちょっとなんだぞっ!?


総一はそのまま手塚の右腕を左腕と胴体で挟んでロックする。


「ハッ、全くの無能じゃない訳だなっ」


手塚は自由な左腕で総一の顔を殴りつける。

ダメージを与える事で総一にナイフを持った右腕を解放させるのが目的だった。

しかし近過ぎる為か、決定的なダメージにはならず、総一の左腕は緩まなかった。


―――これを放したら死ぬぞ!!


総一は逆に手塚の腕を捕まえる力を強めた。


―――死ぬのは俺だけじゃない。


向こうで倒れている渚さんだってやられてしまう!

総一の場所からは倒れている渚の姿も見えていた。

だから何があっても手塚の腕を解放する事は出来ない。

総一にとっても、渚こそが何よりも大事だったのだ。


「手塚っ! あんたは勘違いしているぞ!」


総一の拳も手塚の顔に炸裂する。

不本意だが総一の左手と手塚の右腕は繋がっている。


「いいや、していないねぇ!」

「俺達は首輪を外したいだけなんだ! 何故それを信じない!?」


だから2人とも互いの攻撃を避ける事が出来ない。


「ヘッ、何を信じる?! あの化け物女を連れてるってだけで十分すぎるほどお前は驚異なんだよ! お前達を制御室とやらに行かせたら、ついでに俺を殺さない保証なんてねえんだよ!」


しかし間合いが近過ぎて決定的なダメージにもならない。

2人はそのままの状態で互いを殴り続ける。


「俺にはそんつもりはない! 手塚ッ! あんたを殺して何の得がある!?」

「そうかい! 俺にお前達を生かしておいて得な事なんてないね!」

「この分からず屋めッ!」


――!!


殴り合いのさなか、総一は目の前の手塚の顔に向かって思い切り頭突きを繰り出した。


「ぐっ、ガッ」


総一の頭突きは手塚の口と鼻のあたりに激突し、手塚は大きくダメージを受けた。

そして手塚は右手のナイフを取り落した。


「て、てんめぇっ!!」


手塚はショックから立ち直ると凄まじい怒りを込めて総一を睨みつける。

だが総一はそれに臆する事無く、手塚の隙をついて右手で手塚の左腕を捕まえた。


「落ち着け手塚ッ! 俺達はこれ以上何もせずに帰れるんだぞ!? なのにまだ戦おうってのか!?」


――!!


総一の叫びへの返答は手塚の頭突きだった。

それは互いに両手を塞がれた状態で繰り出せる唯一の攻撃だった。


「うわっ!?」


手塚は総一よりも背が高いため、彼の頭突きは総一の眉間に激突する。


―――手を、放すなっ!!


総一は揺れる視界とぐわんぐわんと鳴り響く耳鳴り、そして気が遠くなるほどの衝撃を受けながらも両腕の力は緩めなかった。


「落ち着いてるさ! 少なくともお前よりはなぁっ! 俺は何もせずにいて死にたくないだけだ! 俺の運命は俺が決めるっ!! 小僧と化け物じみた女に任せられると思うのかッ!?」


――!!


再び手塚の頭突きが総一の眉間に炸裂する。

連続した2度の頭突きに、総一はショックで一瞬左腕の拘束が緩んでしまった。

左腕を撃たれていなければ大丈夫だったのかもしれない。

しかし流石に腕に傷を負った状態では手塚の右腕を引き止めておくことは出来なかった。


「勝った!」


手塚は自由になった右手で、素早く2本目のナイフを引き抜いた。


―――まずいっ!


「手塚ァァァァッ!!」


総一の目が手塚の引き抜いたナイフを捉える。


そのぬめぬめと輝く銀色の刃は今にも総一に向かって振り下ろされようとしている。


「死ィィねぇぇぇェェェェェッ!!」


手塚は酷薄な笑みを浮かべてナイフを振り下ろす。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105138j:plain



しかし総一は痛む左腕で手塚の腕を受け止める。


「頑張るじゃねえかッ、御剣ィィ!」

「くっ、こっ、こんな、こと、でぇぇっ!」


総一は必死に手塚の左腕を押し返そうとする。


「だがその腕でどこまで頑張れるかなッ!?」


だが手塚は余裕だった。

手塚のナイフは少しずつ総一の首筋に近付いている。

総一の左腕の状態は限界に近く、手塚の腕を押し留めるほどの力は残されていなかった。


「これで、終わり、だぁぁぁぁぁっ!」


手塚は更に力を強める。

総一はさらに押し込まれ、ナイフの切っ先が総一の首に触れた。


―――このままだと、やられるっ!?


総一は打開策を求めて必死に考えを巡らせた。

腕が使えない以上武器を使う事はできない。

手塚の腕を押し返すほどの力は残っていない。

頭突きをしようと首を動かせばナイフが刺さる距離。


―――駄目から!? もう駄目なのか!?


総一は僅かに首を動かして渚を見ようとした。

しかしその途中で総一は動きを止めた。


―――これならッ!?


総一はこの時に目に飛び込んできたものに全てを賭ける覚悟を決めた。


―――これは一か八かだけど、今よりはマシだッ!!


「手塚ァァァァッ!!」


そして総一は最後の力を振り絞ってもう一度手塚の右腕を押す。


「無駄な足掻きだぜぇッ!!」


―――頼む、今だけで良い、今の一瞬だけで良いから、こいつを押し戻してくれッ!!


総一は必死にそう念じながら手塚の腕を押し続ける。

すると僅かずつだがナイフが押し戻されていく。

だが左手の痛みと出血は激しさを増し、それが長く持たない事は明らかだった。


「ククク、そろそろ限界だろう御剣よう?」


手塚は余裕だった。

総一が最後の力を振り絞っているという事が分かっていたのだ。

だから手塚はわざわざ力を抜いてすらいた。


「―――ああ」


総一が頷いた瞬間、彼の腕の力が緩んだ。

その途端逆に手塚の腕に力がこもり、総一に押し戻された距離まで利用して身体全体の力で総一に向かってナイフを突き出した。


「終わりだ御剣ィィィ!!」


その瞬間、総一は僅かに腕の力を残して上半身から力を抜いた。

そして手塚の勢いに任せる。

すると総一は手塚の勢いに押されて身体が傾いた。


「何ィ!?」


手塚はそれに驚いたが、このタイミングではもう総一を止める事は出来なかった。

手塚の叫び声が消える前に、総一の両足が思い切り床を蹴る。

すると総一と手塚の身体が完全に宙に投げ出された。


「付き合って貰うぞ手塚ァッ!!」
「御剣ィィィィッ!!」


だがもはや全てが手遅れ。

宙に投げ出された総一達の身体の下には床は無い。


「一番下までなぁぁぁぁッ!!」


あるものといえば、中央制御室へと向かう30段の下り階段だけ。


―――渚さんっ! どうか無事で!!


そして総一と手塚は、絡まり合うようにして階段を転がり落ちていった。


・・・。

 

「総一くんッ!!」


渚が脚を引きずりながら階段へやってきた時、総一も手塚も階段の下に転がっていて身動き1つしなかった。

気を失っているのか、2人とも目を閉じたまま渚の声には反応しない。


「総一くん! 総一くんっ!!」


渚は手すりにつかまって身体を支えながら、半狂乱になって階段を降りていく。


―――2人で階段から落ちたんだ! どうか無事でいて、総一くんっ!!

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105210j:plain



「総一くんっ!!」


階段を降り切った渚は倒れている手塚には目もくれず、そのまままっしぐらに総一に駆け寄っていく。

手塚がいる事などもう完全に頭の中から抜け落ちていた。

自分にとってもっとも大切なものの事だけが渚の心を占めていた。

他の事など考えている暇は無かった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105224j:plain



「死んでいたりしたら許さないんだからっ、起きてっ、総一くんっ!!」


渚は涙を流しながら総一に飛びついた。

そしてすぐに総一の呼吸と脈とを確かめる。


すー、すー、すー


とくん、とくん、とくん


右手には総一の呼吸が、左手には鼓動が、それぞれハッキリと伝わってくる。


「い、生きて、いる・・・」


渚はそれを確認した途端、完全に腰が抜け、その場にペタリと腰を落としてしまった。


「よ、よかった、そういち、いきて・・・いきて・・・」


そして両目からはボロボロと涙が流れていく。

渚は自分の涙をそのままに総一の手を握り締める。

すると彼女の涙は総一の頬にこぼれ落ちた。


「ん、んん~」


頬に触れた涙に反応して、総一が顔をしかめる。


「総一くん、総一くんっ!」


渚はぎゅっと手を握ったまま何度も総一を呼ぶ。

すると総一は軽く首を左右に振ってから、ゆっくりと目を開いた。


「・・・・・・」


最初は状況が分からず、総一はボーっと宙を見上げていた。


しかしすぐに目の前で涙を流している渚に気付いた。


「・・・渚さん」


総一はゆっくりと渚の顔に手を伸ばした。

そして指先で彼女の涙を拭う。


「なんで泣いてるの?」
「・・・総一くんを愛してるからよ」


渚は涙をこぼしながら笑顔を作る。

総一の無事を確認したというのに彼女の涙は止まらない。

逆にその量を増してすらいた。


「だったら泣くことないじゃない」
「総一くんのばか。 今泣かないでいつ泣くのよ。 私にこんなに心配させて・・・」


渚はそのまま泣き続ける。


「あれ? 俺ってなんでここにいるんだっけ? いったい何があったんだっけ?」


目が覚めたばかりである事と、大きな衝撃を受けた事で総一は一時的に記憶が混乱していた。

それほどまでに階段から転げ落ちたダメージは大きかったのだ。


「総一くんはね、手塚君と一緒に階段から落ちたの」


渚はようやくそこで涙を拭った。


「手塚・・・」


考え込む総一。


「そうだ手塚はっ!!」
「そこに倒れてるけど、分からないわ」


渚の言葉が終るか終らないかぐらいのタイミングで総一は跳ね起きる。

記憶はすっかり元に戻っていた。


「いたたっ」


だが飛び起きた総一は身体に走った痛みに顔をしかめた。

その全身に走る痛みは、階段を転がり落ちた時に出来た打ち身によるものだった。


「総一くん、そんなに動いちゃ駄目! 階段から落ちたんだよ!?」


すぐに渚がその身体を支える。

だが総一は動きを止めなかった。


「手塚をほっといたら何をしでかすか!」


総一は身体を引きずるようにして慌てて手塚に近付いていく。

総一は焦っていた。

手塚が目覚めたらすぐにも総一と渚を殺そうとするだろう。

そうなるまえに彼の自由を奪っておかなければならなかった。


だが結局、それは総一の杞憂に終わった。



f:id:Sleni-Rale:20201231105303j:plain

 

「て、手塚・・・?」


手塚に駆け寄った時、総一は一目でそれに気付いた。


「おい、手塚っ」


しかし総一にはその事が信じられなかった。

だから彼が自分の命を狙っていた事も忘れて、その腕を揺すった。


「なんで答えないんだ、お前、俺を殺すんじゃなかったのか!?」


だが手塚は動かない。

一方的に総一に揺すられ続けるだけだった。


「総一くん、やめてあげなよ」


そんな総一を止めたのは渚だった。


「だって、手塚が・・・」

「もう、死んでるんだよ、総一くん」


そう。

手塚義満は、階段から落ちた事で、その命を失っていた。


「死んだ・・・手塚が死んだ・・・?」


総一は呆然と手塚を見つめていた。

渚は白目を剥いたままになっている手塚の目を閉じてやった。


手塚は階段を転がり落ちる際に頭を打ったようだった。

倒れている彼の頭の周りには僅かに血溜まりができている。

それは頭の傷からの出血によるものだった。

 


「うん。 死んじゃったね・・・」
「死んじまったのか、おまえ・・・」


総一は手塚を見つめ続ける。

手塚はもう動かない。

もう、死んでしまっていた。

総一には手塚を殺そうなんて気はなかった。

自分と渚の身を守る為に、あの時点で総一に出来る唯一の攻撃と防御だった。


動きを止められれば良いと思っていた。

逆に自分がそうなる可能性もあった。

しかし結果はこの通り。

打ち所が悪く、落ちた時点で手塚は死んでしまっていた。


「あと、ドア1枚だったんだぞ、手塚っ!」


――ッ


総一は手塚の身体の向こう側にあるドアを叩く。


『中央制御室』


ドアにはそう書かれていた。

そこに行ければ、誰も死なずに済んだ筈だった。

なのに手塚は死んだ。

総一と手塚には、たった1枚のドアが越えられなかったのだ。


総一のポケットの中から響く、いつになくやかましいアラーム。

やがてそれは首輪にも伝播した。

かましいアラームが総一の首輪とPDAから溢れだした。


「なんだ? どうしたんだ!?」


総一は慌ててPDAを取り出す。


「なっ、なんだって!?」


画面に表示されていたもの。

それは総一を驚愕させるものだった。


『おめでとうございます! 貴方はクイーンのPDAの持ち主を殺害し、首輪を外す為の条件を満たしました!』


表示されているのと同じ文章をPDAと首輪が読み上げていく。

その合成音声は酷く無機質で優しさの欠如した声だった。


「馬鹿な!? 俺は誰も殺しちゃいないんだぞ!? なのになぜ!?」


総一には納得がいかなかった。

総一の首輪を外す為にはクイーンのPDAの持ち主を殺さなければならない。

だがこれまで総一の前には一度もクイーンのPDAの持ち主は現れていなかった。

強いて言えば郷田にその可能性があったが、総一は彼女を殺したりしていない。


「こんな事はありえない! 一体どういう事なんだ、これは!?」


総一は思わぬ状況にすっかり動転してしまっていた。


「そ、総一くんっ、これっ!!」


渚が総一を呼ぶ。

その声は上ずり、焦っていて、ほとんど叫び声のような代物だった。


「総一くん、これを見てっ!」


総一の驚きは深く、渚の声にも反応しない。

仕方なく渚は強引に総一の手を引っ張った。

そうされてようやく総一の注意は渚に向いた。


「これ、このPDAは!!」


渚は横たわっている手塚の胸を指さした。

彼の胸のポケットからは1台のPDAが顔を出している。

総一の目がそのPDAを捉えると、更なる驚きに両目がカッと見開かれる。


「ハートのクイーンだとッ!?」


それを見た瞬間、総一は全てを理解した。

手塚が殺したうちの誰かが持っていたクイーン。

彼はそれを自分のものにした。

その手塚を総一は死なせた。

だから総一の首輪が外れる。

本来の持ち主である必要はない。

そんな事はルールには一言も書かれていない。

クイーンは確かに手塚義光が所有していたのだ。


「無駄な努力をしたってのか!? 俺は!! 俺達はッ!!」


――ッ


総一は再び『中央制御室』のドアを叩く。

たったドア1枚。

そこで外す筈だった首輪。

皮肉な事にその首輪は結局、そこへ行く事なく外す事が出来るようになった。


「結局、俺は人を殺して首輪を外したって言いたいのか、スミスッ!!」


――ッ


自分の命の為とはいえ、誰も殺さない筈だった。

誰も犠牲にしない筈だった。

なのに手塚は死んでいて、そのおかげで総一の首輪は外れるのだ。


『中央制御室』には、行く必要はなくなっていた。


「答えろスミス! 聞いてるんだろう!? これで満足かっ!? これを望んでいたんだろう! なんとか言え!! スミス!!」


絶叫。


それは総一の血を吐くような叫びだった。

怒りと後悔と。

どうしようもなかった事への絶望と。

そして何より尽きせぬ悲しみが総一を叫ばせる。


―――手塚と殺し合いをしたのと同じだ! 俺は、結局手塚と命の取り合いをして首輪を外した!!


それは総一にとって何より悲しい現実だった。


「そういち、くん・・・」


渚には総一にかけてやれる言葉が何もなかった。

全てが偶然の産物だった。

手塚が死んだ事も、クイーンを持っていた事も。

それを総一に言ってやる事は出来るだろう。

だが総一もそんな事は分かっているのだ。

分かっていて、納得が出来ない。

たとえそれが偶然であろうとも、自分の命が他人の命で購われた事はゆるぎない事実だったから。


「答えろスミスッ!! 俺が人を殺したのが嬉しくてたまらないんだろうっ!! いいから出てこい! 出てきて、そして笑ってみせろ!!」


総一の声が木霊する。

だがそれに応えるものはない。

いくら待とうともスミスは現れない。

PDAは、いつまでも沈黙したままだった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105322j:plain



総一が目覚めたのは、見覚えのない部屋だった。

寝かされていたベッドはやわらかく清潔。

部屋は明るく、きちんと整理と掃除が施されていた。

部屋の内装にはあまり高級感は無い。

良く言えば近代的、悪く言えば安っぽかった。


「どこかのホテル・・・なのか・・・?」


部屋を見回した総一の目に、枕元の電話やそこに置かれたマッチやライター、灰皿といったものが飛び込んでくる。

それらにはホテルの名前と電話番号が刻まれていて、この部屋がホテルの一室であるという事を示していた。

そして次に総一が目にしたのは、大きな窓。

そしてその向こうに広がる都市の夜景だった。


「どういう事なんだ・・・? 俺はいったい・・・? ここは・・・?」


そうやって総一が首をかしげた時だった。


「ん、んん~~」


総一のすぐ近くでかすかな人の声がした。

その声に誘われて総一が顔を向けると、そこには1人の女性が眠っていた。


ふわふわと長い髪。

整った顔立ち。

頭に付いた大きなリボン。


「な、渚、さん・・・?」


それは総一にとって大きな意味を持った女性、綺堂渚だった。


「ん~~?」


眠っていた渚だったが、総一の声に反応してもぞもぞと身体を動かした。

そしてまぶたがぴくぴくと動き、うっすらとその目が開く。


「へへ、そういちくんだ」


渚は寝起きの舌足らずな声で総一を呼び、その手をのろのろと総一に伸ばした。

手はそのまま見下ろしている総一の頬に押し当てられ、ゆっくりと優しく撫でていく。


「あったかいね?」
「はい」


渚は微笑む。


それは渚の言う通りで、頬を撫でる彼女の手は総一にも温かく感じられていた。


「総一くんがいるって事は、地獄じゃなさそうだね?」
「地獄にしてはずいぶん安っぽい部屋ですよ、ここ」


総一が視線で部屋を示すと、渚はひょいっと上半身を起こした。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105344j:plain



「ほんとだ、ずいぶんと安いホテルだねぇ?」


部屋を見回した渚はすぐにそこがどこなのかに気付いたらしく、不満そうに頬を膨らませる。


「どうせ解放してくれるならさ、もっと大きな、豪華ロイヤルスイートにしてくれれば良いのにね~」


渚はそう言うと再び笑顔を作った。


「解放・・・?」


総一は渚の発した言葉のうちのひとつに戸惑う。


「・・・そうよ総一くん。 私達は・・・解放されたのよ」


渚は静かにそう答えた。


「解放された? 俺達が・・・?」
「そうよ。 もう、全部終わったの。 首輪もない。 PDAもない」
「首輪・・・」


総一は渚の首を見る。

総一達を苦しめ続けた首輪は、もうそこにははまっていなかった。


―――そうだ、俺達はあの後・・・。


総一の脳裏にはあの場所での出来事が次々と蘇り始める。

そしてのその顛末も。


「武器を持って走りまわる事もない。 追われる事も。 そして、戦う事も。 全部終わったのよ、総一くん」


手塚が死んだあと、総一は首輪を外した。

渚の首輪が外れたのはそのもう少し後の事だった。

その間、総一達には何も起こらなかった。

敵対する人間が全て命を落とした。

だから総一達のまわりでは物音一つ無かった。

渚の首輪を外したしばらく後に、PDAは『ゲーム』の終了を宣言した。

総一の記憶はそこで途切れている。

きっと誘拐された時と同じように、意識を失わされたのだろう。


「終わり・・・そうなんでしょうか・・・」


総一にはまだその実感が無かった。

なんとなく、まだ誰かに追われているような気がしてならない。

唐突に示された終わりに、総一は戸惑っていた。


「あのドアを開けたら、まだそこに誰かがいて、俺達を撃ってきそうな、そんな気がして・・・」
「大丈夫だよ、もう大丈夫だよ総一くん」


ぐっ


その瞬間、渚は総一を引き寄せた。

渚は両腕で総一の頭を抱き、自分の胸に押しつける。


「ごめんね総一くん。 怖かったね? 私達のせいで、そんな風に追い込まれて・・・」


渚の声は震えている。

渚は泣いていた。

もう全てが終わったというのに、総一はまだ追われていると感じている。

敵が現れるかもしれないと思っている。

総一自身と渚の身を案じている。

渚にはそれが悲しくてならなかった。

そして渚は、総一をそういう風にした連中の仲間だった。

それだけに渚の悲しみは深かった。


「ごめん、ごめんね・・・。 謝ったって何にもならないけど、本当にごめん、総一くん」


ぽと、ぽと


涙がこぼれる。

それは渚の頬を伝い、顎からしずくとなって総一の所までやってくる。


―――渚さん・・・。


どくん、どくん


そして鼓動。

渚のぬくもりと、命のリズム。

それらを感じて、総一はゆっくりと『ゲーム』が終わった事を実感し始める。


「終わった、そうか、終わったんですね・・・」


―――もう、敵は来ない。


撃たれる事もない。


ルールも首輪も、もうないんだ・・・。


総一は身体から力を抜いた。

そして総一を抱きしめている渚に身を任せる。


「ええ、そうよ。 もう何も心配いらないわ。 総一くんは勝った。 勝って、現実の世界へ戻って来たの」


総一の様子を感じ、渚はようやく涙を止め、ささやかな笑顔を見せた。


しばらくして、調子を取り戻した総一は苦笑しながら渚に頭を下げる。


「すみません渚さん、カッコ悪い所を見せてしまって」
「ううん、そんな事はないわ。 それで良いのよ総一くん。 普通はそうなって当たり前」


だが渚は穏やかな表情で首を横に振った。


「しばらく時間が経てば大丈夫。 総一くんは強い子だもの」
「はい」


総一は頷く。

他でもない渚の言葉だから、総一は素直にそうなのだろうと感じていた。


「今は無事に帰って来れたって事を、素直に喜べばいいの」
「・・・・・・」


しかしそれに限っては、総一は素直に喜ぶ事は出来なかった。


―――手塚・・・。


脳裏をよぎるのは手塚。

そしてその最期。

総一の命は、彼の死によってもたらされたものだった。


「どうしたの総一くん?」
「・・・結局」


総一の声は弱弱しい。

その表情も酷く疲れて見える。


「結局、何もかもスミスやカジノの客達の思い通りになってしまいました」


渚はそんな総一を見て胸が潰れる思いがしていた。


―――総一くん・・・。


そして渚は自らの罪を再認識する。

自分が総一を苦しめた連中の仲間であった事。

それが再び渚を苦しめていく。


「誰も殺さない筈でした。 制御室へ行って、仕掛けを止めて。 それで終わる筈でした。 でもそうはならなかった」
「総一くん・・・」
「戦いの中で『ゲームマスター』が死んだ。 そのうえ俺は手塚を殺した。 結局俺は、人の屍を踏み越えて生き残った。 スミスや、カジノの客とやらが望んだ通りに」


総一の視界が歪む。

同時に笑いがこみ上げる。

あふれる涙と笑い声。

相反する2つが総一の中に同居していた。


「はは、あはははっ、お笑いだ。 誰も殺さない? 誰かを助ける? 結局みんな死んだ。 それどころか逆に俺は人を殺した。 ははははっ、何もできてやしない。 俺は結局口先だけで何もいできない馬鹿だったんだ」


ボスッ


総一は座っていたベッドを殴りつける。

やわらかなベッドは殆ど手応えを返さず、すぐに元の形に戻ってしまう。


「総一くん。 仕方ないよ。 それで仕方がないんだよ」


渚はベッドを殴り続ける総一の手を取り、両手で包み込む。


「仕方がない!? そんな訳ないじゃないですか! 人が、人が死んでるんですよ!? 人を殺してしまったんですよ?」


総一は興奮気味に叫んでいた。

顔を紅潮させ、涙がはじけ飛ぶ。

自分の無力さと、人を殺めてしまったという後悔が総一を責め立てていた。


―――また助けられなかった。


優希のように死んでしまった。

俺はまた失敗しちまったんだ!!


「総一くん、もう許してあげようよ」


しかし渚はその正反対で、穏やかに話し続ける。


「どうか総一くん自身を、許してあげて。 総一くんはヒーローじゃない。 願った全てを叶える事なんてできないんだよ」


そう言った瞬間、渚の手の力が強まる。


「総一くんはどれだけ頑張ったって普通の人間なのよ。 出来ない事があったって仕方ないじゃない」


渚の目にも涙がにじむ。


「それに総一くんが本物のヒーローだったら、きっと私は総一くんの事を信じなかった。 総一くんがただの人だったから、私は今ここにいる。 何でも出来れば、強ければ良いって訳じゃないんだよ、総一くん!」


そんな渚の必死の言葉が総一の心に染み込んでいく。


「渚さん・・・」


―――そうだ、渚さんは・・・。


渚は総一と同じ苦しみを抱えている。

しかも総一とは違い親友をその手にかけている。

その苦しみの深さはそれ以上の筈だった。


―――きっと彼女はこんな苦しみを乗り越えて・・・いや、今も抱えて生きている。


その事に気付き、総一は少しだけ冷静さを取り戻していた。


「あれっ!? 2人とも目が覚めたのっ!?」


その声が部屋に響いたのは、丁度そんな時の事だった。



f:id:Sleni-Rale:20201231105406j:plain

 

「ねっ、ねっ! 総一っ! 渚さんっ! 見てよこの通帳! 今そこのコンビニで確かめてきたんだけどさ、すごいよ! 本当にお金が入ってた!」


北条かりんは満面の笑顔でベッドの総一と渚の所へ駆け寄ってきた。

その手には通帳とキャッシュカードが握られている。

かりんは興奮しながら何度もそれを振っていた。


「どうも税金で取られる分が割り増しになってるみたいでさ、なんか倍ぐらい入ってたよ! 信じられないケタ数だった!!」

「か、かりん・・・?」


総一は驚いていた。

失礼な話だったが、総一は今この瞬間までかりんの事を完全に失念していた。


「どうしたの総一っ、そんな変な顔をして!」


かりんは弾ける笑顔をたたえ、呆気にとられている総一の肩を何度も叩いた。


「いけるよっそういちっ! これならかれんを助けてやれる! あたし、あたし、あの子を、あの子をっ!」


感極まったのか、かりんはその目から涙をあふれさせる。


「あ、あの子を、助けてやれるっ! 総一っ、ありがとっ、本当にありがとうっ!!」


そしてかりんはその場に座り込んで泣き始めた。

総一と渚が無事だった事。

そして妹を助けられるという喜び、安堵感。

言葉に出来ないほどの感謝。

そういったものが全てがぐちゃぐちゃに混じり合い、かりんの涙を作っていた。


「かりんちゃん!」


渚は慌ててベッドを飛び降りた。

そして総一にしていたのと同じようにかりんをぎゅっと抱きしめる。


「うわぁぁぁぁぁん、ああ、あぁぁぁぁぁんっ!! なぎささんっ、なぎささぁんっ!!」

「良かったね、かりんちゃん、よかったねぇっ!!」


渚は泣き続けるかりんを抱きしめながら、自らも涙を流していた。

しかし渚は涙を流しながらも、明らかにそれと分かる笑顔で微笑んでいた。


「かりん・・・渚さん・・・」


総一はそんな2人をじっと見つめていた。


―――かりんを、渚さんを助ける事が出来た・・・。


泣き続ける2人を見ていると、総一の胸にそんな思いが湧き上がってくる。

総一は渚を助ける事が出来た。

ここへ連れ帰ってくる事が出来た。

かりんも助ける事が出来た。

彼女も無事にここにいる。

そしてきっと、かりんの妹であるかれんも助ける事が出来るだろう。


「俺はヒーローじゃない、か・・・」


―――3人も助けられれば、上出来なんじゃないか? 御剣総一はヒーローじゃない。


ただの人間の出した結果としては、上出来だろう?

この時総一はようやく自分を許す事が出来た。

完璧を求め、いつまでも後悔にとりつかれている必要はないんだと認める事が出来た。


「そうだよな・・・。 俺は、ただの人間だ・・・。 何もかも、思った通りにできるもんか・・・」


総一の口元には笑顔が戻っていた。

沈んでいた気持ちはどこかへ消えさった。

おかげで目の前の少女達と、自分の無事を喜ぶ余裕が生まれていた。


「・・・総一くん」


総一の呟きが聞こえたのか、渚が総一の方を向いた。

そして総一が笑っている事に気付き、彼女も笑顔を作った。

かりんは相変わらず泣き続けている。

渚は笑顔で総一を見つめながら、かりんの背中を撫で続けている。


―――渚さん、か・・・。


その時ふと、総一の脳裏に閃くものがあった。

総一はその閃きを素直に口にしてみる事にした。


「渚さん」

「・・・なぁに? 総一くん」


渚の穏やかな視線が総一を見上げる。

穏やかで優しいその瞳。

総一はもうその瞳を悲しみと孤独とに染めたくはなかった。

 

「渚さんは、何でもできるスーパーヒロインですか?」

「・・・え・・・?」


その瞬間、渚の表情が強張った。

そして渚は表情のないまま、何度もまばたきを繰り返す。


―――俺だけじゃない。


渚さんだってそうなんですよ? 出来ない事は
あるんですから。

総一は渚を見つめながら、心の中でそう呟く。


「時々ね、総一くん」

「はい?」

「私にはあなたがヒーローどころか、白馬の王子様に見える時がある」


しかし渚の答えは総一の質問への答えではなかった。

けれど総一はそれでもいいと思っていた。

 

「今がそう」

「そんな訳はないんですけどね」


そんな総一の答えに、渚はくすくすと笑い始める。


「うん。 でもね? 綺堂渚って女の子にとってはそれが一番重要なんだ。 普通の人だけど、そういう風に見える時もある」

「随分少女趣味なんですね?」


総一も笑い始める。


「私はまだ少女ですっ」


渚はぷくっと頬を膨らませる。


「一体総一くんは私の事なんだと思ってるの?!」

「少女趣味の年増」

 

だが答えたのはかりんだった。

彼女はいつの間にか泣き止んでいて、2人を見上げていた。


「こら、かりんちゃん!」

「へへ、ごめん。 本当はそんな事思ってない。 渚さんはあたしのお姉さん」


かりんも楽しそうに笑っていた。


「実はあたしも渚さんみたいなヒラヒラした服着てみたい」

「かりんは男の子みたいだもんな?」

「うるさいなっ! 黙っててよ総一!!」


やがて3人で笑い合う。


「それで総一、総一にとって渚さんってどんな人?」

「いつも笑ってる人かな」

「なんだかアホって言ってるみたいに聞こえるけど」

「かりんちゃんっ!」

「はははっ、そう聞こえるのかもしれないけど、御剣総一には一番重要な事なんだよ」


―――普通の人だけど、いつも幸せそうに見えればそれでいい。


無意味に自分を罰しようとしないで良いんですよ、渚さん・・・。


「でも総一くん~、それは外れなのだ~」


ちっちっち


渚は人差し指を立て、舌を鳴らしながらそれを左右に振る。


「私は総一くんに借金があるから、いろいろされちゃう人なのだ~。 一生可愛がって貰うの~~♪ きゃ~~~、えっち~~~♪」

「い、いろいろ・・・?!」


意味が分からないのか、かりんは目を白黒させて総一と渚を見上げる。


「プッ」


総一はすぐに渚の言葉の意味が分かった。

それはあの最後の日、総一と渚が口にした冗談だった。


「一生ですか」

「駄目~?」


渚は首を傾げる。

その表情は笑顔だったが、総一には分かった。

その瞳の奥には懇願のようなものが滲んでいる。

質問それ自体は全くの冗談なのだが、渚はその裏で別の事を総一に問うていた。


「良いでしょ、一生面倒見ます」


―――貴女が何者であったかなんて、どうだって良いんですよ渚さん。


「うんっ!」


すると渚は幸せそうに大きく頷いた。

今度はさっきとは違う。

その表情も、その瞳も、確かに笑顔を浮かべている。


「じゃあ妻の座は空いてるんだ?」

「かりんちゃん~、チャンスだね~! 2人で御剣家を乗っ取ろう~!」

「あはは! それいいね! ・・・でもさ、総一はかれんを狙ってんだ。 このロリコンめ」

「ばーか。 そんな訳ないだろ?」


総一が呆れると2人は声を合わせて笑いだした。

それは底抜けに明るい、元気な笑い声だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201231105432j:plain



「私は総一くんがロリコンでも良いよ~、別に~」

「駄目だよ渚さん、そんなのゆるしちゃ」

「なんだって許すわ~。 総一くんだもの~」


―――そうよ。


何もかも思い通りにはならない。


スーパーヒロインじゃないんだもの・・・。


ね? 総一くん?


かりんは悪戯っぽい顔で笑っている。

総一は呆れている。

そして渚は、ようやく自分の事を赦すのだった。


・・・。

 

 

 


こうして、ひとつの物語は幕を下ろした。

だが『ゲーム』はまだ続いている。


・・・。

 

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【19】


・・・。


渚が目を覚ました時、目に入る風景は通路から戦闘禁止エリアへと変わっていた。


―――私は・・・?


直前にあった事を思い出す。

指令、長沢の襲撃、麗佳の死、そして怒る総一。


―――そうだ総一くんは?


そう思って渚が首を巡らせると、求める人物は彼女のすぐ近くに座っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165418j:plain



「総一くん」

「渚さん、目が覚めましたか?」

「うん」


渚は頷きながら身体を起こす。


「まだ寝てなきゃ駄目ですよ。 頭打ってるかもしれませんし」

「あ、うん」


しかし総一に止められると、渚は素直に身体を横に倒した。


「私、どれぐらい気絶してた?」

「ほんの30分ほどです」


そう答えながら総一は1度視線を部屋の奥へと移し、そこにいる人物に呼び掛けた。


「かりん! 渚さんが目を覚ましたぞ!」

「本当!?」


かりんの声は戦闘禁止エリアにあるキッチンユニットから聞こえてきた。


「じゃあごはん3人分にするね!」

「頼んだ!」


かりんはそこで食事の準備をしていた。

渚が目を覚ました知らせを聞いたおかげで、かりんの声は随分明るくなっていた。


「・・・・・・かりんちゃんも無事なんだね~」

「はい。 ・・・さっきはすみませんでした、取り乱したりして」


総一は渚に向かって頭を下げる。


「ううん、あそこで怒るのは当たり前だよ総一くん」

 

渚は静かに微笑む。


「渚さん、どこか痛いとか、おかしい部分はありませんか?」

「大丈夫~。 心配いらないよ~」

「そうですか」


総一は渚の笑顔を見てホッと胸を撫で下ろした。

しかしすぐに総一は表情を引き締めた。

総一には渚に訊きたい事があった。


「それで渚さん」


この時の総一の様子は渚には見覚えのないものだった。

申し訳なさそうで、それでいて困惑していて、そして少し悲しげで。

それは渚の大好きな総一の表情ではなかった。


「こんな質問はどうなのかと思うのですが・・・」


だから渚は悟った。

遂に総一に知られてしまったのだ、と。


「良いよ、総一くん。 何でも訊いて」


―――総一くんに知られたら、私はもっと取り乱してしまうかと思ってたけど、意外とそうでもなかったな・・・。

渚の心は穏やかだった。


「貴女は一体、何者なんですか?」

 

―――ああ、やっぱり・・・。


総一の口から飛び出したのは、やはり渚の思っていた通りの言葉だった。


「服の中の機材は、一体・・・・・・」


総一は興奮して声が大きくならないように慎重に喋っていた。

それは内容次第ではかりんには聞かせられないものだったから。


「そっか・・・見たんだね、総一くん」

「失礼かとは思いましたが、渚さんを運ぶ時にあんまり重かったので、それで・・・」

「ふふ、女の子の体重じゃないよね、これじゃ」


渚は静かに微笑んでいた。

動揺した様子はない。

それを見た総一は、全てが自分の思い違いなのかもしれないと希望的な観測を持った。

彼女の身に付けていた機材は、ただの趣味かなにかで、そこに特別な意味などこもっていないのだと。


「総一くん、私はね?」


しかし渚の答えは違った。


「総一くん達を誘拐した連中の一味なの」


それは総一が想像していた答えのうち、最悪のものだった。


「なっ」


だから渚の答えを聞いた瞬間、総一は立っている足場が崩れるかのようなショックに襲われた。


「まさか!? じゃあ服の中の機会は!?」


総一は驚きで大きくなりかけた声を必死に抑え込む。


「これはね、総一くん達の映像と音声を記録する為のもの。 私の仕事はね、総一くん達を追い続けるカメラマンなの」
「カメラマン?!」
「そう。 カメラはここ」


渚はそう言いながら頭のリボンに触れた。

良く見るとその大きなリボンの金具に紛れるようにして小型のレンズが取り付けられていた。

レンズから伸びたコードは彼女の豊富な髪の中にまぎれ、襟から服の中へと続いていた。


「マイクはこっち」


続けて彼女は胸元の飾りにも触れる。

そこには服の内側を通してマイクが設置されていた。


「この格好をしていればカメラもマイクも隠し易いでしょ? それにボーっとした女の子なら、どこを見ていても怪しまれない。 何もかもが、総一くん達に内緒で撮影を続ける為の仕掛けなの」
「そ、そんなっ」


総一の驚きは大きかった。

しかしその反面、納得もしていた。

総位はこれまで時折彼女が見せる行動力が不思議でならなかった。

PDAを触った事がなかった筈の彼女。

その彼女も一度危機に陥れば素早く適切にPDAを操って総一達を導いた。

そんな事がこれまでに複数回あった。

それだけに渚のこの告白を聞いた総一は、納得せざるを得なかった。


「けれど分からないっ、何故渚さん、貴女がこんな事を? そして俺達を撮影する事に一体どんな意味があるって言うんです?!」
「私もね、最初は総一くん達と同じで、これに強制的に参加させられたの。 もう、何年も前の事だけど」


渚は動揺して興奮する総一とは反対に、穏やかな調子で話し始めた。


「私の家は借金まみれで、丁度今のかりんちゃんと同じように、いえ、もっと沢山のお金が必要だった」
「家族・・・じゃあその為に?」
「そう。 一度の『ゲーム』じゃ足りなかった。 家族を救うにはもっと沢山のお金が必要だったから。 だから私は・・・」


渚は1度言葉を切った。

そしてその視線も総一から外れる。


「だから私は、彼らの仲間になった。 高額の報酬と引き換えに」


その言葉だけは、渚は総一を見ては喋らなかった。


「そ、そんな・・・」


―――家族を守る為に、悪魔と取引きをしたってのか? 渚さんは?


だがその気持ちは総一にも良く分かった。

大事なものを守る為なら、悪魔に魂を売り渡してもおかしくはない。

総一だって過去の過ちをそそぐ事が出来るなら同じ事をしたのかもしれない。

かりんがそうしようとしたのと同じように。


「じゃあ彼らがこんな事をするのは何故です? そして何故、貴女が撮影なんてする必要があるんです?」
「ショーだからよ」


それは一番総一を戸惑わせる言葉だった。


「ショー? ショーって、見て楽しむショーですか?」
「そうよ総一くん。 これは人を争わせてその姿を見て楽しむ、大がかりなショーなのよ」


衝撃的な内容の言葉。

渚の声は、それでも穏やかだった。


「ば、馬鹿な・・・・・・これがショーだって・・・・・・?」


驚く総一をよそに、渚は身体を起こした。

そして総一の視線を真っ向から受け止める。


「そうよ。 お金が使いきれないほどの金持ち達が集まって始めたカジノ。 その中で1番人気のあるコンテンツ。 だから撮影する必要があるのよ。 監視カメラの映像だけじゃ足りないから」


監視カメラだけでも確かに撮影はできる。

しかし臨場感のある映像が取りたかったらそれだけでは駄目なのだ。


「私がここに居るのはね? あなたの人気が高かったから。 あなたに大金を賭け、あなたの映像を望む人達がカジノに沢山いるから。 だから私は、あなたの撮影をしているの」


これはスポーツの中継と同じだ。

試合を撮るだけならカメラは高い所に1台で良い。

しかしそれだけではショービジネスにはならない。

注目されている選手1人1人の顔を映せるカメラが必要になる。


「だから総一くん、私は、あなたの仲間なんかじゃないの」


渚の声は相変わらず静かだった。

その表情もやわらかな笑顔のまま。


「麗佳ちゃんを、多くの人を死に追いやった、あなたの敵なの」


ぽた、ぽたたっ


しかしその両目からは涙が溢れていた。

それはすぐに筋となって頬を流れ落ちていく。


「そして総一くん、今はあなたを殺せって命令を受けている。 私を信用している総一くんを襲って、殺せって。 そういう映像が見たいって」


その姿はひどくアンバランスだった。

穏やかな声と笑顔。

そしてその頬を伝う涙。


―――苦しんでいるのか、渚さんは・・・?


悲しくて悲しくて仕方がない。

しかし笑っているしかない。

悲しみと絶望を越えた先では、笑っている事しか出来なかったのかもしれない。

そんな渚の姿を見ていると、不思議と頭の中の混乱が治まっていく総一だった。


「私が彼らを裏切れば真っ先に家族が制裁を受ける。 私はあなたを殺すしかない。 これまで何度もやってきたように、仲間を裏切って殺すの。 お金の為に・・・」


―――だが、それでも渚さんが泣いているのは現実だ。


そうだろう?


いつの間にか総一の心は穏やかさを取り戻していた。

そして総一の心には、不思議と渚が敵だという感覚は浮かんでこない。

彼女の流す涙と、これまでの彼女の姿が総一からその感覚を奪っていた。

楽しそうに料理をする姿。

自慢げに笑うその笑顔。

総一を心配する泣きそうな顔。

ちょっと起こった膨れっ面。

かりんと姉妹のように過ごす姿。

その全てが嘘だったとは総一にはどうしても思えなかった。


―――甘いんだろうけどな、こんな事を考えてしまうのは。


全てが演技だったのかもしれない。

これまでの事は総一達と一緒にいる為の方便で、そして今流している涙も全て嘘。

もちろんその可能性は十分にあった。


―――でも、もし本当に泣いてるんだったら、俺は・・・・・・。


しかし総一はそれらを全て承知の上で、渚という人間を信じた。

万が一にも渚という女性を傷付けたくはなかったのだ。


「良いですよ渚さん。 それで」


首輪が外せないのだから、初めから助からない命だった。

そして1度はかりんに差し出そうとした命でもある。

もともとこの世に留まる理由もない。

渚が家族の為に総一の命が必要だというのなら、拒む理由はなかった。


「総一くん!?」


これまでずっと穏やかだった渚の声。

それがここへきて初めて大きく乱れる。

渚は総一に糾弾されると思っていた。

総一は裏切り者の彼女を責めるのだと。

だが総一は笑っていた。

これまで渚に笑いかけていたのと変わらない表情で。

いつの間にか渚を虜にしてしまった、あの表情で。


「かりんを殺せとまでは言われてないんでしょう?」
「そうだけどっ、でも総一くんっ!」
「だったら良いですよ渚さん。 大丈夫です」


渚の動揺は広がる一方だった。

それに対して総一は落ち着いていた。

話し始めた頃の2人とはちょうど正反対だった。


「実を言うと意味もなく死ぬのは恐かったんです。 どうせなら、知ってる人の為が良いです」


総一は無意味に死んでいくのは嫌だった。

首輪が外れないとはいえ、結局そこに何か理由がある訳ではない。

だが渚の家族の足しになるというのなら話は変わってくる。

まったくの無意味ではない。

それは総一にとって心の休まる事実だった。


「あと渚さんがやってくれるなら恐くないですし」


首輪を外せない以上、総一には死ぬ覚悟はあった。

しかし死は恐れていなくても、その殺され方には一抹の不安があった。

漆山や名も知らぬ少女の非業の死を見た後では、どうしても不安はつきまとった。

無機質な機械がわざわざ長く苦しむように殺す。

それは総一ではなくても恐れている事だった。


「それにひとりぼっちは寂しいでしょう?」


もしかしたら、総一にとってはこれが一番重要だったのかもしれない。

館のシステムに殺されるなら、仲間が巻き添えになるのを避ける為に総一は1人になろうとするだろう。

その場合、誰にも看取られずにこの世を去る事になる。

しかしそれが渚の手によるというのなら、少なくとも傍には渚がいる。



「総一くん、あなたは、私があなたを殺す為の嘘を言っているとは思わないの? ショーを盛り上げる為の演出だとは思わないの?」


泣き続ける渚は涙を拭う事も忘れて総一の手を取り、強く握り締める。


「もしそうでも、今より悪くはなりませんから。 それに、それが出来るような貴女じゃないでしょう?」


総一は渚の手を握り返した。


「そんなことはないわ! 私はもう何十人と殺してる! あなたの想像もできないような酷い事も沢山してる! 総一くんは知らないのよ! 私がどんなに酷い女なのかを!」
「そう言われても、俺は優しい貴女しか・・・、知りませんから・・・」
「私は、あなたを裏切って殺そうとしているのに・・・」


渚は総一の腕を抱き締めるようにして泣き続ける。


「それを俺が望んでいるんですから、裏切りにはなりませんよ。 渚さん、あなたは俺を裏切ってなんかいない。 ずっと、俺の仲間です」


トントン


そう言いながら総一は自由な方の手で渚の肩を軽く叩く。


「だから何も気にする必要なんて――」


それが合図だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165458j:plain



「そういちくんっ」


トサッ


その瞬間、渚は総一に向かって身体を投げ出した。

そしてそのまま彼女は総一の首に手を回して、声を上げて泣き続ける。


「どうしてしんじるのっ、し、親友でさえ、この手に掛けた私を、どうしてっ!!」


その泣き声は様々な感情に彩られていた。


後悔、悲哀、絶望。


それに限らず、あらゆる負の感情がそこにあった。

それは自分を許す事が出来ずに苦しみ続ける、渚の心そのものだった。


「どうしてでしょうね、俺にも・・・良く分かりません・・・」


総一はそんな渚の身体を抱き締めた。

そして総一はそのまま彼女の背中を撫で続ける。

総一は彼女の身体の震えを止めてやりたかった。

自分を許せずにいる女性を、許してやりたかった。


「あなたには、大事なものは無いの? 帰りたい場所は無いの? 待っている人は?」
「ちょっと前までは、あったんですけどね、そういうの・・・」


そう言った時だけ、総一は悲しげだった。


―――やっぱり、そうなんだね、総一くん・・・。


渚はこの時、自分の想像が間違っていなかった事を確信していた。


「でも今は、渚さんやかりんほど大事なものはないです。 だから、これで良いんです」


総一には迷いはなかった。

渚とかりんを生きて帰らせる、それ以上の事は望んでいなかった。


―――だけど、これを見ている連中はきっと喜んでるんだろうな。


総一はその事だけが悔しくてならなかった。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165511j:plain



「ご、ごめんね、総一くん。 取り乱したりして」


渚が泣き止んだのはしばらく経ってからの事だった。


「女性に触る機会なんて滅多にないので、ちょっと役得でした」
「馬鹿ね」


総一を抱き締める渚の手の力が強まる。


「総一くんは、まだ、私を仲間だと思ってくれてる?」


渚はそう言うとじっと総一の瞳を見つめる。

彼女の大きな瞳は何かを訴えかけるようにして揺れていた。


「さっき仲間だって言った筈ですけど」
「女ってね? 確信できるまで何度でも言葉にしてもらわないと不安になる生き物なのよ」


渚はそう言って苦笑する。

しかしその瞳は総一を見つめたままだった。


「・・・渚さんは俺達の仲間です」
「ありがとう総一くん」


頷いた渚の目尻に涙の粒が光る。


―――これは悲しいからの涙じゃないんだよな?


だから総一はその涙は気にしない事にした。


「それで総一くん、これからどうしたら良いと思う?」
「・・・そうですね」


総一は渚を抱いたまま少し考える。


「これまで通りでいいと思います。 あ、でも渚さん、俺の事以外で命令ってあるんですか?」
「・・・総一くんの事以外は、撮影しか命じられてないわ。 それ以外は何をやっても良い事になっているの」
「何をしても、ですか?」
「ええ。 誰かに肩入れする事だって許されてる。 私達『ゲームマスター』のそういった自由行動も、ショーの一部として扱われているの」


―――そして彼女が俺に肩入れしているのが分かったら、彼女の反応が見たくて俺を殺せと命令してくるわけか。


なるほどね、どんな奴がこんな事を考えてるんだか・・・・・・。

総一はこの時軽い吐き気すら感じていた。


「例外はショーの体裁を壊すような行為。 これだけはペナルティの対象になるわ」


―――結局、一味になったとはいえ、渚さんは俺達同様に弄ばれてるって事か・・・。


「どうしたの総一くん?」


渚が心配そうに総一の顔を覗き込む。

それで総一は自分が酷い顔をしているのだという事に気が付いた。


「ちょっと考え事をしてました。 すみません」
「そう?」


だが渚の心配そうな表情は変わらなかった。

仕方なく総一はそのまま話を先に進める。


「・・・・・・話を戻しますけど、何をしても良いというなら、このままかりんの首輪を外せば良いと思います。 それで渚さんの首輪も外して、そして最後は―――」


総一は最後までは言わなかった。


「・・・・・・」


ぎゅっ

渚も無言だった。

そして彼女は再び総一を抱く腕の力を強める。

お互いにその話題には触れない。

しかしそれなのに2人は互いの存在に強く惹かれあっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165533j:plain



「おっと!? これはお邪魔だったか!?」


そんな時、料理を抱えてかりんが2人の所へ戻ってきた。

その表情からすると総一達の会話の内容に気付いた様子はない。

かりんは近くまでやってくると抱きあう総一と渚を見てニヤリと笑った。


「意外と手が早いですなぁ、御剣総一くん~」

「ば~か。 そんな上等なもんじゃないよ」


総一は苦笑しながら渚を解放する。


「本当に~~?」


多少乱雑でも、かりんも女の子。

この手の話題には興味があるようだ。


「ええ。 本当よ~」


かりんの笑顔を見て気を取り直したのか、渚は笑顔で自分の頬の涙を拭う。


「手を出したのは私の方だから」


そしてそんな渚の言葉に驚いた総一が彼女の方に顔を向けた瞬間、渚は総一の唇に自らの唇を押し当てた。


ちゅっ


目を丸くして驚く総一とかりん。

特に総一の驚きは大きく、呼吸と思考は完全に止まってしまっていた。


「・・・子供には、ちょぉっと刺激が強かったかな~?」


そして渚は固まったままの2人ににっこりと笑いかけるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165550j:plain



「よーし、4階到着、っと」

「あんまり先に行くなよかりん。 首輪の反応が無いからって、油断しちゃ駄目だ」

「はいよっ」


総一に叱られると、ホールを覗き込んでいたかりんはすぐに戻ってくる。


「でも総一、なかなか追いつかないね?」

「ああ。 会えれば助かるんだがな」


総一達は出会った事のない最後の1人を追っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165602j:plain

 

「総一くん」


渚が囁く。


「なんですか?」

「多分、十中八九その1人はもう1人のゲームマスターよ」


その声はかりんに聞こえないように加減されていた。


「確かですか?」

「その人と直接同じゲームに参加したのはこれが初めてだけど、プロフィールを見た限りではやられているとは思えないし」
「という事は、仮に追いつけたとしても?」


総一の声も低い。


渚にだけ届くように気を遣っていた。


「多分、私達と協力はしない。 このまま私達を勝たせてしまうと面白いショーは作れないもの」


渚の言う『ゲームマスター』とは、この『ゲーム』を管理運営する為のスタッフだった。


13人の中に最初からこの『ゲーム』を運営している人間が混じっているのだ。

いくらルールや武器を与えられたとしても、人間はなかなかそれだけでは殺し合いを始めない。

フィクションの作品で良くあるように、いきなりルール通りに行動する人間は現実ではほとんど現れない。

これは実際に総一達もそうだった。

だから何とかしてそれを参加者達に信じさせる必要があった。

ゲームマスター』の仕事の半分はそこに尽きた。

渚によれば、漆山の死は『ゲームマスター』によるものだった。

ルール違反で人が死んだりするのを見れば残りの人間は嫌でも現実を理解する。

しかし不運な偶然が起こらなければルール違反は起こらず、誰も現実に気付かないまま時間だけが過ぎてしまう。

だからルール違反が起こらずに一定期間が過ぎてしまった場合、それを避ける為に『ゲームマスター』はカジノで人気の低い1人を見せしめに殺して見せるのだ。

そして『ゲームマスター』のもう1つの仕事はゲームバランスの管理だった。

特定メンバーに有利な道具や人材が集まり過ぎた場合や、極めて初期に特定の人間の一方的な勝利や敗北が確定してしまわないように『ゲーム』に介入していくのだ。

多くの場合『エクストラゲーム』はその為に用いられる。

基本的に『ゲーム』には2人の『ゲームマスター』が投入される。

1人は『ゲーム』の管理を行う為の『ゲームマスター』。

そしてもう1人は渚のようなカメラ撮影が主な仕事の『サブマスター』だ。

『サブマスター』は基本的に本部とは連絡を取り合わず、完全に参加者の1人のふりをして撮影を行う。

撮影対象は『ゲーム』開始前に伝えられ、その人物のすぐ傍でスタートする。

だが『サブマスター』は撮影の他にも重大な仕事があった。

それはメインの『ゲームマスター』にアクシデントが起こった場合に『ゲーム』の管理を代行する事だった。

その時は本部からの連絡があり、彼女は撮影を中断して『ゲームマスター』として行動を開始する事になる。

だが総一達が4階に到着した今でも、渚に『ゲーム』の管理をしろという指令は届いていなかった。


「手塚や高山、それか長沢が『ゲームマスター』って事は無いんですか?」

「それは無いわ。 今回の『マスター』は40歳くらいの女性なのよ。 ともかく私に権限が回ってきていない以上、残りの1人が『ゲームマスター』である可能性は濃厚だわ」


例外はこれ以上の管理が不要であると運営側が判断した場合だ。

この場合は『ゲームマスター』が行動不能に陥っても『サブマスター』に指令が下される事は無い。

しかしそれはあくまで終盤での出来事だ。

まだ殆どの人間が中層階にいる現状でそれが起こるとは渚は考えていなかった。


「なにか『エクストラゲーム』を仕掛けてくるかもしれないし、考えなしに追い続けるのはまずいかもしれないわ」

「厄介ですね・・・」


2人がそこまで話した時、かりんがすぐ近くまでやってくる。


「さっきから2人で何コソコソ話してんの?」

「えへへ~、かりんちゃんには内緒の大人のハ・ナ・シ♪」


そして渚はウィンクしながら総一に投げキッスをしてみせる。



f:id:Sleni-Rale:20201227165628j:plain

「うわっ、大胆」


かりんが笑い始めたのを見て、総一と渚は頷き合う。

その時だけ2人は大真面目な表情を作っていた。


「とりあえずさ~総一くん~、先の事より追って来るこの3人をどうするか考えないとね~?」


渚は麗佳の遺したPDAを総一に見せながらのんびりとした声を出した。

そこに表示された地図には総一達を追いかけるようにして3つの光点が映し出されている。


―――正体不明の敵よりも、今は現実の敵、か。


「そうですね」


総一は渚に向かってもう1度頷いた。


・・・・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165641j:plain



「へっ、見ろよ高山さん」
「・・・どうした?」


手塚は後ろからやってくる高山を手招きする。

手塚は開いたまま放置されている救急箱と、そこにあった血まみれのタオルを見ながら笑っていた。

タオルの血はまだ乾き切っていない。

どうやら少し前にそこで誰かが傷の手当てをしたようだった。


「長沢の奴、やっぱり怪我をしてるらしいぜ? クククッ」


手塚と高山は総一達ではなく長沢の事を追跡していた。

長沢は総一達を追っていたから、結果的に全員が総一達を追っているように見えていたが、現段階では手塚達は総一達の事を追ってはいなかった。


「お前の狙い通りになったって事だな、手塚」
「ああ。 笑いが止まらねえぜ」


総一達と長沢が交戦に入りそうだという状況で、放置を提案したのは手塚だった。

高山はそれを了承し、手塚達は介入せずにそのまま長沢と総一達をぶつけた。

そして再び総一達と長沢が移動を始めた後になって追跡を再開していた。


「長沢の首輪を作動させればそれで作動した首輪は4つ目だ。 もうすぐこの忌々しい首輪ともおさらばだ」


漆山、名も知らぬ少女、麗佳。

ここまでに手塚が作動させた首輪はその3つ。

あと2つ作動させれば手塚は自分の首輪を外す事が出来る。


「・・・長沢を殺した後、俺を殺せば丁度だな」
「冗談きついぜ大将。 あんたがそんなに簡単に俺に殺されるタマかよ。 あんたを殺すより、まだ残りの全員を皆殺しにする方が勝算が高そうだ」


手塚はお手上げと言わんばかりだった。


「どうだかな」


だが手塚のそんな言葉にも高山は表情を変えたりしなかった。

冷静な瞳で笑い続ける手塚を見つめている。


「ホラな、大将。 あんたは少しも油断してくれねえ」


―――本当に怖いのは俺を平気で飼っておけるあんただよ、高山さん。


手塚は口だけではなく、心底目の前の男を敵にせずに良かったと思っていたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165700j:plain



「総一くん、まずいよ」


麗佳のPDAを見ていた渚が血相を変えた。

 

「後ろの3つのうち、1つの反応が消えてる!」
「本当ですか?!」
「うん! それと同時に、何でか分からないけど私達の前に居る筈の人の反応も消えたの!」


―――って事は、2人とも死んだって事か?


総一がそう考えた時、ポケットにしまったままになっていた文香のPDAがアラームを鳴らす。

総一がPDAを取り出すと、生存者数を示すカウントが1つ減っていた。


『残りの生存者 7名』


―――どういう事だ、これは!?


総一は驚きを隠せなかった。


「渚さん、1人死んだって! 本当に首輪の反応は2つ減ったんですか?」


麗佳のPDAにインストールされていたのは首輪の現在位置を表示するものだった。

そこから2つ反応が消えたというのに、生存者のカウントは1つしか減っていない。

2つの首輪が作動したというのなら、生存者は6名でなければならない。

後ろは怪我をした長沢がやられたという解釈で良いだろう。

しかし前方で消えた1つの意味が分からないのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165718j:plain



「どういう事かな? 1人は首輪を外して、自分で首輪を壊したって事?」


かりんが首をかしげるが、総一はその疑問に答えてやる事ができなかった。

首輪を外しただけなら、総一達の持っている文香のそれのようにPDAに反応する筈だ。

しかしPDAからは反応が消えてしまっている。

だとすると首輪を壊したという解釈になるのだが・・・。

総一が答えを求めて渚を見ると、彼女は深刻そうな表情で首を横に振った。


―――単純に首輪を外して壊したってわけじゃないのか?


渚の深刻な表情は総一にはそう言っているように思えた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165729j:plain



「先に首輪を外したい気もするけど、ちょぉっとここで見張っていた方が良い気がするわね」


中央制御室に辿り着いた郷田はモニターを見ながら笑っていた。

モニターには郷田以外の6人の生存者が表示されている。

少しずつ武装が進み、その誰もが簡単に他人を殺せるだけの力を備え始めている。

今後の展開を気を付けてやれば、激しい戦いが期待できそうだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165741j:plain



「手塚さんは長沢君の首輪を作動させたんだから、あと1つでクリアーか・・・。 気をつけないと、ろくに総一君達と戦わずに終わっちゃいそうね。 要注意だわ」


郷田は手塚の動向に注目していた。

手塚の出方次第では、総一達と手塚達は戦わずに終わってしまいかねない。

エキサイティングな展開を望む客の要求に応えるのが仕事の『ゲームマスター』にとっては、それは望む展開ではなかった。


「長沢君のPDAが手塚さん達に渡ったんだから、総一君達の追跡に関しては問題ないわね・・・。 ちょっと強力な武器を渡してみましょうかね。 そうすれば安易に戦ってくれるだろうし」


郷田はまるでピアノでも弾くかのように、楽しげにコンソールを叩いていく。

その迷いの無いなめらかな指の動きは郷田の熟練の深さを伺わせる。


「4階の武器だけじゃちょっと押しが弱いか・・・」


彼女の手元の小さなモニターに4階にある武器の一覧表が表示されていた。

郷田はそれを見ながら不満そうに眉を寄せる。


「もうちょっと良いものを用意してあげないと、手塚さんと高山さんが可哀想よね・・・よーし」


再び彼女の指がコンソール上を踊り始める。


「ここにある予備のぶ・き・はっと・・・」


中央制御室にも武器庫がある。

郷田はそこから手塚と高山の為に武器を見繕ってやるつもりだった。


「スナイパーライフル・・・これなんか良いわね。 戦闘禁止エリアの外からでも余裕で攻撃できそうだし。 総一君達を驚かすには良いかもね」


郷田は一覧の中にあった大型ライフルの写真を指先でつんつんとつつく。


「待っててね2人とも。 もう少ししたら、良いおもちゃをあげるから・・・」


彼女の横顔はあくまで楽しげで、そこには他人に人殺しを誘導、あるいは強要しているという自覚があるようには見えなかった。

だが厳密には自覚が無いわけではない。

郷田真弓はそこまで鈍感な女性ではない。

ただ単に、慣れているだけなのだ。


・・・・・・。

 

・・・。

 


総一がこの部屋で見つけたライフルを担ぎ直していると、麗佳のPDAを覗き込んでいたかりんが総一の手を揺すった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165802j:plain



「総一っ、やっぱりあいつらまっすぐにあたし達を追って来てる! このままだとすぐに追いつかれるよ!」

「総一くん!」


渚はやはりこの部屋にあったサブマシンガンを抱えて駆け寄ってくる。

その扱いに迷いはない。

総一はそんな渚の姿を見て、改めて彼女が『ゲームマスター』なのだという事を再認識していた。


「結局あの2人とは接触しない訳にはいかないのか・・・」


PDAで探知できる人間は既に高山と手塚の2人だけしかいなかった。

長沢らしき光点と先行していた人物の光点が消え、生存者が1人減った。

どちらが死んだのかは分からなかったが、探知できる人間が2人に絞られた事だけは間違いなく、高山達にとっても総一達にとっても選択肢は無かった。


「でも総一、あの2人って・・・」


黒焦げになった少女を殺したのは恐らく手塚。

そして今、長沢と接触して彼を殺した可能性が極めて高い。

交渉の余地など残っていないのではないか、それがかりんの心配だった。


「向こうの方が早いわ総一くん。 逃げ切るのは無理よ」

 

総一達は4階から5階へ上がる階段を目指して移動していた。

しかしそこまではまだ距離があり、途中には戦闘禁止エリアも見当たらない。

とはいえ仮に途中に戦闘禁止エリアがあっても簡単には中には入れなかっただろう。

出口を固められては困るし、いずれこの4階も侵入禁止になってしまう。

すぐ殺される事は無くても、あまり賢い選択ではない。


「となると、迎え撃つしかない?」

「そうなるわね」

「戦うの?」


真剣な表情で話し合う総一と渚。

かりんはそんな2人の顔を見上げて不安そうにしている。


「こっちにはそのつもりはないけど、向こうがそう考えてくれるかどうか分からない。 準備だけはしないと」


―――無防備でいて一方的に殺されるのだけは勘弁してほしいな・・・。


総一は冷や汗が止まらなかった。


「渚さん、この先に比較的大きな部屋があります。 どうせならそこにしましょう」

「うん。 後ろに逃げ道もあるし、いざとなればそこから逃げましょ。 この分だと、あと30分もしないで来るよ」


かりんはPDAを見つめている。


「分かった。 2人とも急ごう」


そして総一達は足早に目的地へと向かった。

その部屋は広く、いくつかあった家具以外には視界を遮るものは無い。

そこを身を隠して通り抜けるのは不可能だった。

総一達は部屋にあった家具類を、2つある部屋の出入り口のうち、一方の周辺に集めた。

総一達はその影に身を隠して、もう一方の出入り口からやってきた手塚達と対峙するつもりだった。

かりんも渚も仕事向きではなかったので時間的にはギリギリだったが、なんとか手塚達のやってくる前に身を守る準備は整っていた。


「総一くん、あの2人がもうそろそろ来るわ」

「間に合ってよかったですね。 これでいきなり撃たれる心配はありません。 ひと安心ってところです」


総一は寄せ集めの家具で作ったバリケードに寄り掛かりながら麗佳の事を思い出していた。

見つけた銃に気を取られていた総一達をいきなり長沢が襲った。

そして麗佳は総一を守って死んでいった。


―――あんな事はもう2度と御免だからな・・・。


「総一も渚さんも、麗佳さんみたいになったら嫌だよ」


かりんも同じ気持ちだったのか、総一と渚を見上げながらそんな事を言った。


「はは、そうならない為にこれを作ったんじゃないか」


総一は後ろ手でバリケードを叩く。


「それは・・・そうなんだけどさ・・・」

「総一くん、かりんちゃんは総一くんが私達の為に死んじゃうんじゃないかって心配してくれてるのよ」


渚がそうやって助け舟を出すと、かりんは遠慮がちにコクリと頷いた。


「今まではナイフとか拳銃だったから大丈夫だったけど、今はこんなライフルまである訳でしょう?」

 

カチン


渚の手が総一の抱えているライフルに触れる。


「これまでと同じノリで総一くんが私達を守ったら、次は死んでしまうかもしれないわ」

「でも・・・」


―――だからって守らない訳にもいかないだろう・・・?


総一は困惑する。


「だからそうならないように、もっと前から用心深くしてればいいのよ。 危険な事に近付かなきゃ良いだけなんだから」


そんな総一に渚が笑いかける。


「分かりました。 今後は気をつけます」

「ん、よろしい」


総一と渚のやり取りをじっと聞いていたかりんは少しだけ笑顔をこぼした。


―――だけどかりん、今度がだけはそういう訳にもいかないよ。


多分この『ゲーム』で一番危険な2人がやってくるんだから。

総一は立ち上がって手塚達のやってくる筈のドアを睨みつける。

そのドアからやってくる2人は、半分以上の人間を手にかけているかもしれない危険人物。

バリケードがあるからといって身を守れる保証はなかった。


―――だが戦わずに済むかもしれないんだ。


あまり焦り過ぎるなよ・・・。

総一はそう自分を叱咤する。


・・・。


「麗佳ちゃん、か・・・」


渚はかりんの言葉を聞いた時から1つの考えが頭の中に浮かんでいた。

それは総一も『組織』も裏切らずに済む、唯一の方法だった。


―――もし、私が麗佳ちゃんのように死んだら・・・。


渚には総一達を見捨てる気など毛頭なかった。

だが『組織』は『ゲーム』の終了前に総一を殺せと命じている。

その両方を満足する唯一の方法はこの『ゲーム』が終わるよりも前に、渚が命を落としてしまう事だった。

これなら渚は総一も『組織』も裏切らずに済む。

総一を殺さずに済み、家族に危害が及ぶ恐れもない。

文香が協力すればかりんの妹だって救える。

全てが丸く収まるのだ。


―――でも、総一くんには言えないな・・・。


こんな事を言ったら、総一くんは絶対に怒るもん。

きっと家族の所へ帰れって、えらい剣幕なんだろうな・・・。

渚は総一がそう言うであろうことがすぐに想像できた。

そしてそんな風に思える自分が、少しだけ誇らしくもあった。

 

「渚さん」


考え事に沈んでいた渚は、1度目の総一の呼びかけには気付かなかった。


「渚さん」

「ん? なに?」


2度目の声に顔を上げる。


「俺だけじゃなく、渚さんも死んだら駄目ですよ? 御家族が待ってるんですから」


それは総一にとっては話の続きに出た、何気ない言葉だっただろう。

しかしこの時、この瞬間の渚にとって、その一言は奇跡のような一言となった。


「うん。 大丈夫だよ総一くん。 大丈夫だから・・・」


―――総一くん、本当に、あなたって子は・・・。


渚は涙が溢れそうになるのをこらえるのに必死だった。

渚の真実を知ってなお、渚を心配してくれる総一の事が愛おしくてたまらない。


―――ねえ総一くん、もし私がただの女の子だったら、こんな血まみれじゃなかったら、あなたは私を愛してくれましたか?


そんな口に出来ない想いが胸の奥に広がっていく。

渚にとって、総一は唯一無二の存在になろうとしていた。

しかしそれは同時に、とても悲しい結果を招くものでもあった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


手塚達が姿を現したのは、総一達の準備が整ったすぐ後の事だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165823j:plain



「おっ、いるいる、逃げるのは諦めたのかい御剣君よ?」


最初に部屋に姿を見せたのは手塚からだった。

そしてそのすぐ後に高山が姿を見せる。

2人とも銃やナイフで武装しており、遠くからでもその手に抱えたライフルが嫌でも目についた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165846j:plain



「・・・・・・」


高山は無言で部屋を見回した後、手塚の横に並んで立った。


「俺達は争うつもりはありません」

「奇遇だねぇ、俺達もさ」


手塚はにやにやと笑い続けている。

その笑顔からは、本気でそう思っているのかどうかが読み取れない。

総一の不安はぬぐえなかった。


「総一」


総一の横にしゃがんでいたかりんが心配そうな表情を浮かべ、そっと小声で総一の名を呼ぶ。

総一は手塚達から見えない角度でかりんの頭をぽんぽんと叩くと話を続ける。


「俺達はPDAがあと1台必要なんです。 それさえ一時的に貸して貰えたら、余っているPDAも、外れた首輪も、それにJOKERだって渡してあげる事が出来るんです。 俺達は戦う必要なんて無いんですよ!」


総一が口にしたJOKERという言葉を聞いて、これまで無言・無表情を貫いていた高山が口を開いた。


「お前達はJOKERを持っているのか?」

「はい」


総一は高山の低い声に慎重に頷く。


「確かか?」

「はい。 間違いありません」


そんな総一と高山のやり取りを聞いて、手塚が呆れたような声を上げる。

 

「おいおい高山さんよ、あいつらが持ってるってのはもう言ってあっただろうが?」

「これで裏付けが取れた」

「かーっ、これだよ。 あんた俺の事を欠片も信用してねーだろ?」


手塚は大袈裟に頭を抱える。


「それはお互い様だろう?」

「ククク、まぁな」


しかし手塚の目は少しも笑っていない。

2人とも互いには気を許していないのだ。


―――なんなんだ、この2人は・・・? こんな関係で一緒に行動できるものなのか?


総一は目の前の2人の関係を見て、背筋が寒くなっていた。


―――こんな2人と交渉できるのか? して大丈夫なのか?


新たな不安が募る。


「俺はJOKERを渡してもらえれば問題ない」

「じゃあ高山さん、あなたのPDAは2なんですね?」

「そういう事だ」


高山は総一の問いに迷わず頷く。


「俺は首輪で構わないぜ。 首ごとくれてもいいし、外れたのでも構わないぞ」

「外れた首輪も1つ手元にあります」

「ハッ、こいつはおあつらえ向きじゃねえか」


手塚はまた大袈裟に笑顔をつくる。


「俺達はここで全員、戦わずとも首輪を外す事が出来る訳だ。 そういう事だろう、御剣?」

「その通りです。 わざわざ、銃を撃ち合う必要なんて、ありません」


総一は額に汗を滲ませながら慎重に言葉を紡いでいく。

気を抜く訳にはいかない。

目の前にいるのは何人もの命を奪った殺人者なのだ。

正確にはそうではない可能性もあったのだが、そのつもりでいないと手酷いしっぺ返しを食らう事になる。

総一にとっては彼らはやはり殺人者だった。


「だが、俺は賞金にも興味があるんだ。 お前らをやっちまってそれを増やすなんて事もできるんだよなぁ?」


手塚は総一達を見ながら笑っている。


「俺達にはおよそ4億の賞金が必要です。 それだけ残してくれるなら、あとの賞金はお渡しする用意があります」

「4億・・・。 今の生存者は7人。 1人あたりが2億8500万。 お前らは3人だから8億5000万。 4億引けば4億5000万。 それを俺と高山さんで割れば―――」

「俺はその分前は良い」

「って事はぁ、俺の取り分は7億と4000万ちょっとか。 ヘッ、だがお前ら、本気で差し出す気があるのか? そもそもその4億は何に使う?」


手塚はポケットに手を突っ込んだままにやりと笑う。


「4億あれば、連れの女の子の妹の治療費が出せるんです」


その総一の答えに、手塚は目を細める。

総一の真意を伺っているようだった。


―――頼む、この条件を呑むと言ってくれ!


総一は胸の内でそう祈り続ける。


「ククク、4億よこせって言わなかったら、信じてなかったかも知れねえがな」


手塚はパッと両手を挙げる。

総一にはほんの少しだが、手塚からの圧迫感が緩んだように感じられた。


「それじゃあ・・・」

「良いぜ。 その条件を呑もう。 高山さんもそれで良いかい?」

「・・・ああ。 問題ない」


ずっと黙っていた高山も頷く。


「総一!」


かりんの顔がパッと明るくなる。

渚も総一に向かって頷いてみせる。

その場の誰もが一瞬だけ気を緩ませた。

高山も手塚も、この時ばかりは例外ではなかった。


「でもね、そういう終わり方をしてもらっちゃ困るのよ」


その直後、思いがけない事が起こった。

突然部屋の壁の一部がまるで窓のように開いた。

それは1つではない。

総一と手塚達の近くでそれぞれ4つずつ壁が開いた。


「なんだ!?」


一番最初にそれに反応したのは高山だった。

下ろしかけていたアサルトライフルを胸元に引き上げる。

それとほぼ同時に壁に開いた穴から大口径のマシンガンが顔を出した。

マシンガンは自動制御らしく、一糸乱れぬ統一した動きでその場の人間を狙った。

残りの人間が動き出したのは丁度のあたりからの事だった。

総一達の側にある4基のマシンガンは、バリケードから上半身を出していた総一を狙っていた。

そしてマシンガンのモーターが猛然と回転し始める。


―――麗佳ちゃんみたいに・・・!!


それを目にした瞬間、渚の身体は弾かれたように動きだした。


「そういちくんっっっ!!」


そして総一を守るように立ち塞がる。


「なぎ―――」


自分の前に渚が割り込んできた瞬間、総一の金縛りが解けた。


―――麗佳さんみたいに・・・!!


総一の前に立つ渚は満足そうだった。

彼女はまるで憑き物が落ちたかのように、安らかな表情を浮かべていた。

ずっと悩み、苦しみ続けてきた渚。

遂にそこから解放される時がやって来たのだ。


「バッ、馬鹿―――」


総一は渚に向かって必死に手を伸ばした。

いや、それどころではない。

それはまるで身体ごとぶつかっていくかのような勢いだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165903j:plain



「そういちっ!」


総一の手が渚にかかった瞬間、総一の下半身にかりんが飛びついた。


「―――――野郎っ!!」


総一の引く力、しがみついたかりんの重量。

その両方が重なり合って、渚はその場に引き倒されてゆく。


―――!!!!


それとほぼ同時にマシンガンが火を噴いた。

そのうちの何発かが渚の髪をかすめたが、倒れていく渚には当たらない。


――ッッ


そして総一達3人は折り重なるようにしてバリケードの内側に倒れた。

タイミングはまさに紙一重だった。

もし麗佳の事が頭の中に無かったら、もしもの警戒をしていなかったら、きっと誰かがマシンガンでうち倒されていた事だろう。


「ぐぁぁぁっ!?」


その幸運に恵まれなかったのが高山だった。

誰よりも早くに反応していたものの、流石にこれは予想外だった。

高山はとっさにライフルでマシンガンを狙撃したものの、破壊出来たのはそのうちの1基だけだった。

そして不幸にして手塚達の側に現れたマシンガンは全て高山を狙っていた。


――!!!!


3基のマシンガンは、身を守るものの無い場所に立つ高山を正確に撃ち抜いていった。

その威力は凄まじく、持っていたライフルも身に付けていた首輪もあっさりと打ち砕いていく。

ほんの一呼吸の間に、高山は全身から真っ赤な血を噴き出してあっさりと絶命した。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165918j:plain



「くそっ、騙し討ちかっ!? やるじゃねえか御剣っ!!」


手塚はこの状況を総一達の仕業だと考えた。

この時同時に総一達も攻撃を受けていたのだが、目の前で高山ばボロ屑のように死んでいく状況ではそれに気付く余裕はなかった。


「悪いな、高山さんっ!」


手塚は一瞬高山を見ただけで手遅れだと判断すると、少しも迷わず身を翻した。

そして手に持っていたもの全てを投げ捨てる。

この状況では何をおいても逃げるのが最優先だった。


――!!!!


その素早い判断が功を奏し、マシンガンが手塚の方を向いた時には彼の姿は部屋からは消え去っていた。

手塚が部屋から姿を消すと、マシンガンを駆動するモーターが動きを止めた。

やがてマシンガンは何事もなかったかのように壁の中へと戻っていく。


壁が閉まる音を最後に、部屋は静寂に包まれる。


「ど、どうなったんだ?」


しばらくはバリケードの中でじっとしていた総一だったが、やがて何も起こらない事にしびれを切らしてバリケードの向こう側を覗き見しようとした。


「危ないよ、総一くん」


渚の手が総一の首に回りそれを阻止しようとしたが、総一はそのままバリケードから頭を出した。


「大丈夫みたいです。 壁から出てたヤツも引っ込んでます」

「また出てくるかもしれないよ?」


かりんは渚の隣に横になったまま、総一を見上げている。


「出てきたらすぐに引っ込むから平気だ」


そのまま総一は部屋を見回した。


―――あれは・・・高山さん、だよな・・・?


すぐにもう1つの出口のあたりに倒れている人間の姿を発見する。

そしてその周辺には彼のものと思われる荷物が散乱している。

彼の持っていた荷物入れは銃弾によって引き裂かれ、中身をあたりに撒き散らしてしまっていた。


「話がまとまりかけてたっていうのに・・・」


総一は高山のなれの果てを呆然と見つめながら肩を落とした。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165933j:plain



「総一くん、どうなってる?」


そんな総一の様子に、渚が身体を起こしてバリケードから顔を出した。


「高山さんが・・・」


総一が指をさす前に、渚はすぐそれに気付いた。


「残念だわ。 もう少しだったのに」

「一体、何が起こったんでしょう?」

「多分ね残る1人の横槍ね」


渚はそう答えると厳しい表情を見せる。


―――ゲームマスターか!?


総一はすぐにそれに気付いた。

罠と首輪で人を殺せるなら、手動で攻撃してくる事ももちろんできるのだ。


―――俺達が戦わずに終わるのを阻止するつもりだったんだな・・・。


だからこそ、手塚が去った時点で攻撃が止んだのだ。


「これで、厳しくなったわね」

「はい。 手塚―――さんはもう、俺達を話そうとはしないでしょう」


それが誰のせいであっても同じ事。

総一達であろうが、他の人間であろうが、対話しようというタイミングで攻撃を受けたのなら、次もまた同じになるかもしれない。

その危険をあの手塚が冒すとも思えない。

きっともっと単純で手軽な方法で解決しようとするだろう。


「総一くん、気は進まないけれど、少し調べてみましょう」

「はい」


そして総一達は警戒しながらも倒れている高山に近付いていった。


分かっていた事だが、高山は死んでいた。

彼の身体中に撒き散らされた銃弾はあっさりと彼の命を奪っていた。


「首輪、外れたんですね・・・」


皮肉な事に、銃弾は高山の首輪も破壊していた。

高山が外そうと躍起になっていた首輪は、彼の命と引き換えにその首から取り除かれたのだった。


「総一くん、ちょっと!」


総一が高山の目を閉じてやっていると、荷物の方を調べていた渚達が総一を呼んだ。


「どうしました?」


総一はすぐに2人の方へ駆け寄っていく。

高山自身の事はもう調べ終わっていた。


「PDAよ! 高山さんか、手塚君のどちらの物かは分からないんだけど」


そこには2つのPDAがあった。

うち1つは銃弾を浴びて動かなかったが、もう1つには傷一つなく、動く状態で残されていた。

表示されているのはクラブの2。

高山自身のPDAだった。


「これで5台、やったぞかりん! お前の首輪、外せるぞ!!」


「え・・・」


気付いていなかったのか、かりんは目を丸くして動きを止めた。


「はず、れる・・・?」


そしてかりんは呆然とした表情で自らの首輪に触れた。

総一のエース、渚のジャック、文香の6、麗佳の8。

そして今手に入れた高山の2。

総一達の手には、遂に5台のPDAが揃っていた。


「そうよ、かりんちゃん!」


渚が笑顔満面でかりんの手を取る。

渚は我が事のようにかりんの首輪が外れる事を喜んでいた。

それは総一も同じだった。

かりんを救い、かりんの妹のかれんを救う。

それだけを目標に走り続けてきた総一だった。

それが遂に報われようとしている。

総一の喜びは小さくなかった。


「そうだかりん。 お前は妹を助けてやれるんだ」


総一は嬉しくて思わずかりんの背中を強く叩いていた。

驚いていたかりんも、妹の名前が出るとその表情が変化する。


「う、うんっ!」


そしてかりんは明るい笑顔で頷いた。


「かりん、これで首輪を外したら、下のフロアに降りるんだ」

「えっ!?」


しかし総一のその言葉を聞くと、かりんの表情が強張った。


「どうして!? あたしも一緒に最後まで行くよ! ここまで一緒にやってきたんじゃない!」

「お前1人の命じゃないんだ。 妹さんの為にも、かりんは安全な下へ行くんだ」

「で、でも!」


だがかりんは納得がいかないらしく、戸惑った様子で総一とPDAとを比べていた。

妹は確実に助けたい。

しかし総一達を手伝いたい。

かりんはそんな思いの板挟みになっていた。


「かりんちゃん、かりんちゃんは下に行ってくれないかな?」

「渚さんまで! あたしってそんなに足手まとい!?」


かりんの目には僅かに涙が浮いていた。

いきなり総一達と別れるという状況にすっかり困惑してしまっていた。


「違うのよかりんちゃん。 下には文香さんがいる。 私達はあの人を置いてきてしまった。 だからかりんちゃんに文香さんの事をお願いしたいの」

「あ・・・」

「文香さんも、私達の大事な仲間でしょう?」


渚にそう言われてしまうと、かりんには返す言葉が無かった。

かりん自身もずっと気になっていたのだ。

2階に置き去りにしてきた文香の事が。

かりんは思わず助けを求めるように総一を見た。

しかし総一はかりんの望むように、そばに残って良いとは言わなかった。


「かりん、行ってくれ。 俺達の為に行ってくれ。 俺達の心配はいらない。 お前は文香さんの面倒を見てくれ。 それは俺達には出来ない仕事だ。 そして信頼できるお前にしか頼めない仕事なんだ」


そして総一はかりんに向かって高山のPDAを差し出した。


「・・・・・・」


かりんはしばらくそのPDAを見つめたまま考えていた。


「・・・・・・うん、分かった」


しかし1分近く過ぎた頃、彼女は頷き、高山のPDAを受け取った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201227165951j:plain



「総一も、渚さんも、きっとまた会おう? 死んだら嫌だからね?」


かりんは何度も振り返りながら3階へ続く階段を降りていく。

かりんの首輪は外れており、彼女のほっそりとした首が4階に立つ総一達の所からも良く見えていた。


「ああ。 きっとまた会える。 妹さんも一緒にな」

「かりんちゃん、罠があるかもしれないから通った道をそのまま戻って」

「うん。 総一も渚さんも気を付けて」


既に3階は侵入禁止エリアとなっている。

首輪が外れていない総一達はかりんを追う事が出来ない。

そしてそれは敵も同じだ。

かりんはもう、敵に追われる心配はほとんど無くなっていた。


「ねえ総一、帰ったらさ、あたしと妹に何かして欲しい事は無い?」


かりんは踊り場に立ち止まって総一達を見上げていた。


「して欲しい事?」

「何でも良いよ。 それだけの事をしてもらったし。 妹の病気が治ったら総一のとこに行くよ」


かりんの目は真剣だった。

総一が口にした事を本当にやってやりたいという真摯な思いがそこにあった。


「さてなぁ・・・」


総一は首をかしげるが、すぐに悪戯を思いついた。


「そうだかりん、お前の妹は可愛いか?」

「うん。 あたしより美人になりそうな感じ。 それがどうしたの?」

「よし。 それなら妹さんを嫁にくれ」


総一がそう言うと、かりんは驚いて目を丸くする。


「よ、よめっ!?」

「ああ。 1人寝が寂しい夜もあるのだかりん君」


しかし総一がそこまで言った時、かりんは大きな声で笑い始める。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170011j:plain



「あははははははっ!」


それは久しぶりに見た、かりんの元気な笑顔だった。


―――そうだった。


かりんはこういう笑い方をする子だった。


「じゃあさ、総一。 次に会うまでに何か考えておいてよ。 冗談じゃなくて、真面目な奴を」


かりんは総一の冗談に気付いていた。


「片付ける人間がいなくて部屋が散らかったままだから、きっと最初は掃除だぞかりん」

「・・・それはさ、渚さんにやって貰いなよ、総一」


かりんは小さく微笑みながら渚を見た。

その表情はほんの少しだけ残念そうにも見えた。


「かりんちゃん・・・」


渚がかりんを見つめ返すと、かりんはほんの少しだけ笑顔を楽しそうなものへと変えた。


「じゃ、もう行くね。 このまま話してたら、いつまでも行けそうにないから」


そしてかりんは身を翻した。

そのまま彼女は小走りに踊り場を走る。


「またね! 総一! 渚さん!」


そんな声と共に、かりんは総一達の前から姿を消す。


「頑張れよ! かりん!」

「・・・さようなら、かりんちゃん」


だから総一と渚の最後の言葉を、かりんがどんな顔で聞いていたのかは2人には分からなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

積極的な敵が減った事もあり、総一達はあっさりと6階へたどり着いていた。

手塚は総一達を追う様子はなく、残ったもう1人も姿を現さない。

建物はこれまでの喧騒が嘘のように静寂に包まれていた。


「やっと着きましたね・・・」


先に戦闘禁止エリアに入った総一は、後ろにいた渚を振り返ると笑顔を見せた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170031j:plain



「長かったね、総一くん」


渚も顔を綻ばせて頷き返す。

時間は3日目の午後6時を過ぎたあたり。

開始から56時間が経過していた。

総一はその場にある荷物を投げ捨てると、そのまま部屋に据え付けられているソファーへと向かった。

そして総一はソファーに座り込むと、ぐったりと背もたれに寄りかかる。


「渚さん、『ゲームマスター』が、この建物の仕掛けでかりんを殺そうとする可能性は考えなくて良いんですよね?」


総一はだらしなく天井を見上げながら渚に訊ねる。


「ええ。 それは大丈夫」


渚は頷く。


「そうする事で新たな展開が生まれるならともかく、今かりんちゃんを攻撃してもただあの子が死んでしまうだけでしょう? 単に勝たせない為だけに『ゲームマスター』権限を使った一方的な殺戮は認められていないわ。 ショーの前提を崩してしまうもの」


公平さとルールの尊重はショーとカジノの大前提だ。

いくら『ゲームマスター』に多くの権限が与えられているとはいえ、カジノの客の公平さを奪うようなやり口は許されない。

ここで意味もなくかりんを殺せば、彼女に賭けた客が大損する事になる。

ゲームマスター』に許されているのは、あくまでゲームバランスの管理とつまらない決着を防ぐ事なのだ。


「実力行使はさっきのような無差別な横槍が限界。 だから仮にかりんちゃんを追うとしても、あくまで通常のルールの枠内で追う筈よ。 首輪を外して、自分の足であの子を追うわ」


トスッ


渚も答えながら総一の隣に座る。


「だけどそんな効率の悪い事をするよりも、今は私達と手塚君の方をどうにかしようとしているんでしょうね。 だから心配はいらないわ」


訳もなくかりん1人を追い回すよりも、総一達を手塚とぶつかり合せる方がよりエキサイティングな展開が望める。

それにかりんを追うならその後でも構わないのだ。


「つまり俺達が無事なうちはかりんが追われる事は無いって事ですね」
「正確には、総一くんと手塚君が無事なうちは、ね。 『サブマスター』の私は、きっと勘定には入っていないわ」
「はははっ、もうどっちでも同じですよ」


総一は笑いながら身体を起こし、渚に笑いかける。


「俺達の勝ちです」
「・・・・・・うん」
「長かった・・・、本当に長かった・・・」


―――随分かかったけど、俺はやったんだ・・・。


総一はそれを嬉しく感じていた。

それは総一の死を意味しているというのに。


「これで俺のやる事はみんな終わった。 かりんと妹さんを助けた。 渚さんを安全な場所まで連れてきた。 これで全部・・・」


総一は安堵のあまり、その目に涙を浮かべていた。

これまでずっと、緊張や恐怖、そして焦りと過去への後悔、そんなものが心を締め付けていた。

しかしそれも渚をここへ連れて来た事で全て終わった。


「あとは何もせず、ここでその時を待てばいい。 ふふ、ふふふふふっ」


―――そしてその時が来たら、渚さんが俺を殺してくれる。


それで、本当に終わりになるんだ・・・。

それを邪魔するものなどもうない。

誰も総一達の勝利を阻む事はできないのだ。


―――俺はやった。


やれたんだ・・・。


優希、見ているか? 俺はやったんだ・・・。

全てのしがらみから解放された総一には、もはや何の後悔も無かった。


「そうだね。 もう・・・何もする必要ないね・・・」


渚は微笑む。

そのまま彼女はとても幸せそうな表情を作ると、そっと総一の肩に寄りかかった。


「ここに総一くんと2人で居れば良いんだもん」


そしてそのまま両の目を閉じる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170049j:plain



「そうしたら、きっとここの仕掛けが私達を殺してくれる。 それで、全部終わるわ」
「え・・・?」


初め総一はそれを聞き間違いだと思った。


「私ね、総一くん。 総一くんとの約束を破って、総一くんと裏切って、あなたと一緒にここで死ぬの」


だが渚は確かにそう言って笑った。

その、幸せそうな笑顔を崩さずに。


「冗談はやめてください、そんな事をしたら貴女の家族はどうなるんです? かりんは? あの子の妹の治療費はどうなるんです!?」

「大丈夫。 私と総一くんが死んだら、その時点で生存者の数は4人。 賞金は1人あたり5億に上がる。 かりんちゃんの必要な額に届くわ」


渚は小さく笑いながら首を横に振る。

そして総一を諭すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。


「そして私の家族も殺されない。 指令は『ゲーム』の終了までにあなたを殺す事。 終わる前に私が死ぬんだもの、指令に反する事にはならないわ」

「渚さん、あなたまで無駄に死ぬ事なんて無いですよ! どうしてそんな事を言うんです? 御家族のもとへ帰りたくはないんですか?」


ずっと穏やかだった渚。

しかし総一がそう言った瞬間から、その瞳から涙がこぼれ始める。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170102j:plain



「・・・かえりたいよ、総一くん。 家族の所に帰りたい。 お父さんやお母さん、姉さんや弟の所に帰りたい」
「だったら!」
「でもね」


渚は流れる涙を拭う事もせず、そのまま間近で総一を見上げる。


「でも、わたし、総一くんの事、好きだから。 だから、総一くんを殺すのなんて無理なの!」


彼女の叫び声と共に、涙の粒がきらきらとこぼれ落ちる。


「今まで何十人も殺した。 罵られようと、泣かれようと、迷わず撃った。 でも総一くん、総一くんだけは駄目なの! 総一くんを殺すんだと思ったら、気が変になりそうだった!」


渚は一度涙を拭ったが、そんな事では彼女の涙は止まらない。


「それに総一くん、私、総一くんが居ない所で、生きていく自信なんて、ない。 私、総一くんに出会って、こんなに弱くなった。 親友だって、真奈美だって、犠牲にして生きてる私なのにっ!!」


渚は総一にしがみついた。

そして総一の事を強く抱き締め、号泣する。

それはまるで母親に置き去りにされる子供のようで。

その泣き声は総一を強く揺さぶるのだった。


「だ、だからお願い。 最後まで一緒に居させて。 もう誰も騙したくないの。 もう誰も殺したくないの。 総一くんと出会った時の私のままでいさせてほしいのっ!」


無邪気で、能天気で、いつも笑っていて、何が起きてもマイペースで。

総一が出会った綺堂渚という女性は、そういう女性の筈だった。

しかし今、総一の腕の中で彼女は泣いている。

自らの過去を悔い、罪を重ねる事を恐れ、そして1人にしないでくれと泣き叫んでいる。


「私には総一くんだけだった。 私を分かってくれるのも、私を赦してくれるのも。 だからどうか、私1人に生きろなんて、あなたを殺して生きろだなんて、言わないで・・・」


いつの間にか、総一も渚の事を抱き返していた。

その身体は細く、そして折れてしまいそうに震えていた。


「おねがい・・・」


その懇願が総一の胸の奥に染み込んでいく。

すると今まで渚と一緒に過ごしてきた時間が次々と思い出されていく。

出会った時の事。

一緒に通路を走った事。

料理をしてもらった事。

2人でかりんを追った事。

ずっと支え合ってきた。

全部2人でやってきた。

1人でやった事なんて1つも見当たらなかった。

だからその言葉はあっさりと口から零れ落ちた。


「はい。 ずっと2人で、やってきたんですもんね・・・」


考えてた事ではない。

それは自然と心の底から溢れた言葉だった。


「そういちくん・・・」


渚の瞳に再び涙が溢れる。

しかしそれはこれまでのものとは違う。

迷子の子供が両親を見つけた時のような、安堵の涙だった。


「すみません渚さん。 俺がどうかしてました。 あの呑気でおバカな渚さんに、てっぽーを撃てだなんて。 ウッカリ間違えて自分を撃ったりしたらどうするんですかね?」


総一は泣き続ける渚の頬を撫でながら笑いかける。


「うん~。 わたしああいうのにがて~」


渚は総一の手に自分の手を重ねながらにっこりと微笑む。

穏やかな笑顔と、その手の温かなぬくもりが総一に染み込んでくる。


「もう、何もしないで良いですから、そのままの渚さんでいて下さい」

 

―――そうだよな・・・。


俺がかりんに言ったんじゃないか。

こんな場所が似合う人じゃないんだって・・・。


「・・・うん」


そして2人はどちらからともなく口付けを交わした。

 

・・・。

 


・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170120j:plain



それからの数時間、2人はただ寄り添ったまま何もせずに過ごした。

した事といえば互いの話だけだった。


「私ね、総一くん~。 真奈美って名前の親友がいたの~」
「真奈美さん? たしか・・・」

 

総一にはその名前に聞き覚えがあった。

これまで時折彼女が口にしてきたその名前。

それはある特別な話題の時に彼女が口にする名前だった。


「うん。 私が殺しちゃった、最初の人」


その瞬間だけ、渚は悲しげに眉を寄せる。

その時の渚の顔には深い後悔が刻まれていた。

しかし全てを受け入れた彼女はすぐに元の笑顔に戻った。


「この服とか、こういう口調とか、真奈美のなんだ~。 私はがさつで、ずっとあの子に憧れてた。 あんな穏やかに優しくなれたらいいなって、ずっと思ってたんだ~」
「じゃあ渚さんは昔、かりんみたいだったんですか?」
「あはは、かりんちゃんに怒られるよ~、そんな事言ったら~。 でもそう。 かりんちゃんみたいだった。 髪も短めで、元気だけどちょっと荒っぽくて・・・」


ちゅ


脈絡のないタイミングで渚が総一の頬に軽く口付ける。

総一に甘え続ける渚は、先ほどからそんな事を繰り返していた。


―――また、ちょっと不安になる事を話そうとしてるな?


総一は彼女がそうやってキスをする理由が分かっていた。

彼女がキスをするのは、決まって何か彼女にとって悲しい事や辛い事を口に出す時だったのだ。


「だから分からなかった。 あの子が私に銃を向けた時、あの子が何を感じていたのか」


だから総一はそっと渚を抱き寄せた。

そうすると渚は甘えるように総一に頬を擦りつけてくる。


「あの子はずっと怖がってた。 総一くんがやってくれてるように誰かに抱き締めて欲しかったの。 銃なんて撃ちたくなかった。 銃だって怖くて仕方がないんだもの。 なのに、私はそれに気付いてあげれなかった」


総一の頬に感じる濡れた感触。

渚は再び泣いていた。


「おかしいね? 今はこんなに簡単に分かるのに。 でも気付かなかった。 総一くんとかりんちゃんに出逢うまでは、気付きもしなかった」


そして渚の両腕は総一の首に回る。

そして優しく総一の事を抱き締める。


「ただ、こうしてあげれば良かった。 銃なんて持ってるから出来なかった。 銃なんて投げ捨てて、あの子を抱き締めれば良かった。 それなのに私は、結局銃を放せなかった」
「でも、それは渚さんだって怖かったんでしょう?」


銃が。

そして自身を取り巻く全てが。


「・・・うん。 だから私はあの子を撃ってしまった。 でも総一くん、やっぱり私はあの子を裏切ったんだよ。 あの子はずっと私に助けを求めていただけだったのに」


それを認める事が出来たからだろう。

少しだけ総一から身体を離した時、渚の表情には小さいながら笑顔が浮かんでいた。

 

「助けてって、泣いていたのに。 私は銃だけを見て、あの子の叫びに耳を貸さなかった。 自分の事しか考えなかった。 ・・・総一くんみたいには、出来なかった」


その悲しげな笑顔を見ていると、総一の胸にはふつふつとある感情が湧き上がり始めていた。


―――この人を、このままにしておいてはいけない・・・。


それは全く突然現れた、使命感だった。


「俺は・・・別にそんな大層な事を考えていた訳じゃないんです」
「約束が、あるんだよね? 恋人と」


渚は申し訳なさそうに目を細める。


「それなのにごめんね、こんな頼り方をして」
「ふふ、今の渚さんをほったらかしにしたら、逆に怒られますよ」


総一は肩をすくめる。


―――だがこのまま2人で死ぬのも、ほったらかしじゃないのか?


同時にそんな考えが総一の頭の中をよぎった。


―――彼女を何とかしてやる方法を、考えるべきなんじゃないのか? 本当にこのまま死んで良いのか?


再び総一の胸に、少し前に感じた使命感が戻ってくる。


「総一くん?」


突然考え込んだ総一を不思議に思った渚が首を傾げる。

すると頭で彼女の髪と大きなリボンが揺れる。

同時にリボンの所で何かが光る。


―――あれは確か・・・。


って事は、俺達の話は例のカジノとやらに届いている訳で・・・。


そしてカジノには大金持ちが何人もいて、俺達を見ている。

そして運営している連中も、その人達の意向には逆らえない。


「へ、へへへ」


総一は笑い始める。


―――そうだ、いける。


試してみる価値はある。


「どうしたの総一くん? 何か変だった?」


渚は自分が何か失敗したのではないかと心配していた。


「違うんですよ渚さん。 これは大掛かりなゲームショーだったって事を思い出しただけです」


―――おい、そこで見てる連中、俺とゲームをしようぜ。


そして総一の一世一代の大勝負が始まった。



f:id:Sleni-Rale:20201227170139j:plain

「おい、そこの連中! 分かってるんだ、聞こえてるんだろ!?」


総一は必死に思い出していた。

スミスの口調。

その表情。

そのノリと姿を必死で真似ていく。


「そ、総一くん?」


渚は総一の行動の意味が分からず戸惑う。

しかし総一の手が渚の手をきゅっと握り締めた事、そしてその総一の手が震えている事に気付き、渚はすぐに口をつぐんだ。


―――何か、理由があるんだね? 総一くん。


だから渚は総一を信じ、総一を力付ける様にその手を握り返した。


「そうだ! この映像を見ているあんた達だよ!」


総一はニヤリと笑ってみせる。

しかし内心では冷や汗が止まらなかった。

勝算なんて殆どなかった。

総一の考えている事に相手が乗ってくる保証なんてない。

だが、これが残虐で冷酷なショーであるなら、万に一つの可能性がそこにあった。


「そろそろこのスローペースな展開に飽きてきてるんじゃないか? もっと激しい戦いが繰り広げられた方が良いんじゃないか? だが俺も鬼じゃない。 あんた達にも選択肢をやろうと思うんだ」


―――総一くん、あなたまさかカジノにいる連中に話しかけてるの? そんな事を!?


渚は驚いていた。

これまで数限りなく繰り返されてきた『ゲーム』。

幾度か『ゲームマスター』の存在が参加者に知られた事はあった。

だが、その『ゲームマスター』を利用してカジノの人間に語りかけようとした人間がいたという前例はない。

総一が行っているのはそんな特別な出来事だった。


―――良いわ総一くん。


私はあなたを信じるって決めたんだもの。

ずっと一緒って決めたんだもの。

思ったとおりにやってごらんなさい。

私は、どんな結果でもあなたと行くわ!


総一の意図を察した渚は、総一の顔がカメラのセンターに来るように調整した。

きっと今、カジノのモニターには総一の事が大写しになっていることだろう。

そしてきっと客たちはざわついているだろう。

それを思うと渚は少し笑えた。


「俺達はこのまま終わっても良いんだ。 だけどこのまま更に何時間もなんにもしない男女の映像を見てるのは大変な苦痛だ。 そこで1つ提案だ。 もし俺達に勝って欲しいなら、俺のPDAのアラームを1回鳴らしてくれ」


総一がそう言いながらPDAを取り出すと、渚は今度はそのエースのPDAにピントを合わせた。


「なに? 方法が分からないって?」


総一はわざとらしく耳に手を当てる。


「馬鹿だね、その辺のスタッフどつけば、スミスに繋ぎを取ってくれるって。 あとはあんたらの熱意次第さ。 ま、俺は別にこのまま終わりでも良いんだ。 既に目標は達した訳だしね」


総一は両手を大きく叩く。

 


「あ、もしあんた達が終わりでも良いって考えた時はさ、スミスの野郎にあまり痛くないのにしてくれって頼んでおいてくれる? それだけヨロシク頼むぜ。 じゃあな―――」


そして話を終えた総一が1度カメラに手を振って渚に背を向けかけた時、

まるで総一を呼び止めるかのようなタイミングで、彼のPDAのアラームが1度だけ鳴った。


―――やった!


総一は内心の喜びを必死に押し隠しながら、渚に向き直る。


「あんた達がそんなに言うなら仕方ない。 続けるとしよう。 俺もあんた達みたいなのと遊べて楽しいぜ。 よぉし。 俺は彼女を連れて帰りたい。 だが、今の状況ではそれはほぼ不可能だ。 なにせスミスの奴が彼女に俺を殺せって言ってるらしいんだ。 あんた達その辺聞いてる? 聞いてない? どっち? 聞いてるなら1回鳴らして。 聞いてないなら2回だ。 ・・・ああ、聞いてるんだ? じゃあ話は早いね。 その指令が撤回されない事には俺は動きようがない。 分かるだろ? 必死こいて勝ったって、彼女が裏切り者として処分されちゃ意味がないんだ。 だから―――」


その時、総一のPDAがけたたましいBGMを鳴らし始める。


―――ようやくおいでになったな、カボチャの旦那?


画面の中をスミスが歩いてくる。

そしてスミスの声は、PDAからだけでなく総一達のいる部屋のスピーカーからも流れ始めた。

そして同じく部屋にあったモニターにひとりで電源が入り、そこにもスミスの姿が映し出された。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170152j:plain



『やあ久し振り! ぼくの名前はスミス!』

「だからさ、まずはその命令を引っ込めさせて欲しいんだ。 もうその指令があんまり意味ないの分かってるでしょ? 渚さんが俺を殺すように見える? ・・・だよねぇ?」


だが総一はスミスを無視して話し続ける。


『ちょ、ちょっと! ぼくを無視して話を進めないでよっ! ちょっとぉ! 総一君っ!』

「でもまあ、取り下げてくれればまた新たな賭けが出来るようになると思うよ。 だから指令を取り下げさせて、掛け金を払い戻しさせてくれない?」

『わー! わー! わー! 総一君っ! キミねえ、ちょっと大胆過ぎるよ! ぼくの立場ってものを考えてよ!』

「俺はお前となんて話をしていない。 呼んでもいないのに勝手に出てきて、偉そうなことを言うな。 ・・・それでだ、あんた達が乗り気ならまたアラームを1回鳴らしてくれ。 うるさいのが出てきたけど、あくまで俺の話し相手はあんた達だ。 あんた達が決めてくれ」


総一の言葉が終るか終らないかのタイミングでアラームが1度鳴る。


―――口では色々言うが、実は乗り気じゃないかスミス。


どうせアラーム鳴らしてんのもお前なんだろう?


『わかった! わかったよ総一君! あの命令は取り下げるよ! だから頼むからぼくの頭越しにお客さんと喋んないで! もう、こっちの迷惑も少しは考えてよ! 会場大騒ぎだよ! 分かってる!?』

「お前がそれを言うか、スミス。 お前、俺達の迷惑なんて考えた事無かっただろう?」

『ウッ』


ブゥゥゥンブゥゥゥン


その時、渚のPDAが震える。

ちらりと画面を見た渚は、すぐに総一に向かって軽く頷いてみせた。


―――正式に指令が取り消されたか。


それなら!


「だがな、スミス。 良い所に来てくれた。 俺は1つだけお前に聞きたい事があるんだ」

『ヘッ?』

「俺と渚さんの同時勝利の目が出来ただろ? その掛け率はナンボなんだ?」


渚は以前総一に言っていた。

カジノでは競馬よろしくオッズが付いているのだと。


『そうだねぇ、まだ出来たばかりの枠だから300対1ぐらいだよ。 流石に君達が2人とも勝つって賭ける人は少ないみたいだね』

「ホウ。 なるほどネ」


総一は腕を組んだ。


「じゃあ俺が言えるのは1つだけだ。 カジノにいる連中、誰か俺にカネかしてくれない?」

『ハァ?』


スミスが驚きの声を上げる。

しかし画面の中のスミスの表情はいつものままだ。

予想外の展開にCGモデルの表情の変更の入力が遅れているのだろう。


「誰かが貸してくれたら、俺はそれを全額俺と彼女の同時勝利に賭ける」

『ちょ、ちょっと総一君、キミ何を言ってるのさ!? キミが賭けに参加するだって!?』

「ああ。 それで俺が勝てば、その賞金で借金を返済して彼女を買って帰る。 身請けぐらい出来るんだろ?」

『そ、それはそうなんだけどさ、今だと彼女の値段は15億ぐらいするよ? 人気あるし、家族の借金の残りを足すとそんなもんだよ?』

「じゃあ15億の300分の1の500万円もありゃ足りる訳だな。 どうする? 俺に500万ばかり出せば俺は行動を開始するが、このままだと何も起こらず終わる。 あんた達にとっちゃ500万ぐらい、はした金だと思うがね。 どうだい?」

『うわぁぁっ!? ちょ、ちょっとっ!? なんだこりゃっ!?』


スミスが上ずった声を上げる。

だが表情を変えている暇がないのか、画面に映った彼はいつもの上機嫌で笑ったままだった。


「どうした騒々しい」

『総一君にお金を貸したいって申し出が一気に来て・・・。 全部で25億ぐらいあるよ・・・君、ものすごい人気があるみたいだよ。 もともとオッズは低めで人気はあったんだけどさ、これはそれどころじゃないよ?』

「びびんなスミス。 そいつを全部俺と彼女の勝利に賭けな」

『分かった。 流石にこれだけの額ベットするとオッズがさが―――らないみたい。 今、凄い勢いで君達の負けの方にベットされてる』

「良いじゃないかスミス。 『ゲーム』ってもんは、本来そういうもんだろう?」


総一がそう言うと、ようやく画面のスミスの表情が変わった。

スミスは大袈裟に肩を落とし、溜め息をつく。


『総一君・・・、ぼく達は君をみくびっていたよ。 とんでもない少年だったね、君は』

「お前に言われたかないよ、スミス」


総一はわざとらしく肩をすくめてみせる。


『まったくこれだよ。 最近の若者はどうなってるんだ・・・。 だけど今回は君のショーに乗るとするよ。 ・・・しかしこの長いゲームの歴史でも、賭けの胴元になったプレイヤーは君が初めてだよ。 まっ、こんな事があるからゲームはやめられないんだけどね! ぼくらがこんな事を言うのもなんだけど、健闘を祈るよ!!』


そしてスミスは画面の中から立ち去りかけたが、画面の端で立ち止まり総一の方を見る。


『そこで相談なんだけどさ、これが済んだらうちに就職しない? 君みたいなエンターティナーが仲間になってくれるととってもありがたいんだけど♪』

「そこはスミス、お前の心がけ次第だな」

『しっかりしてる事。 じゃあサービス。 これから30分間、渚ちゃんのヘッドカメラを含めた全ての監視カメラを切る。 その間に作戦を練ったり装備を整えるんだ。 こっちも準備をしておくからさ』

「良いのか?」

『賭けに参加している人間には公平であるべし。 君はプレイヤーでもあり、同時にカジノのお客の1人でもあるんだよ』


スミスは楽しそうに笑っている。

が、その笑いがピタリと止まる。


『・・・ねえ総一君、本当にウチに就職しない?』

「・・・そんなにすごい額が動いてるのか?」

『うん。 ・・・今年一番、かな』

「それじゃ、とりあえず俺達の勝ちを祈ってくれ」

『そうするよ。 ほんじゃ、またね♪』


そしてスミスは画面から姿を消し、その直後にモニターの電源が切れる。

BGMが流れていたスピーカーも沈黙した。


「ハァ~~~~」


その瞬間、総一は腰が抜けてその場に座り込んだ。


「総一君ッ!」
「ぜ、絶対何年か寿命が縮まった気がする・・・」


総一はそのまま床に大の字に寝転がる。

心臓はドキドキと脈打っており、緊張のしすぎで頭の中がズキズキと痛んだ。


「やっぱ向いてないよ、ショービジネスは・・・」


総一は身体から力を抜いて苦笑した。

今になって恐ろしくてたまらない総一だった。


「総一君の馬鹿っ!」


渚はそんな総一に飛びつくようにして顔を覗き込む。


「あんな危ない事して! 『組織』に目を付けられたらどうするつもりだったの!?」
「駄目なら最初の予定通りになるだけだもの。 そんな心配はいりませんよ」
「だからって、私に心配させないで!」


渚はすっかり涙目になっていた。

総一の手を両手でつかむとゆさゆさと揺する。


「渚さんを連れて帰る為だもの。 無理もしますって」


総一は上半身を起こし、渚に笑いかける。

 

f:id:Sleni-Rale:20201227170207j:plain



「・・・私、総一君に買われるんだね?」
「形としては」
「ふふ、きっと借金のカタに連れていかれて酷い目に遭わされるんだわ」
「あははっ」


総一は一度笑ったが、すぐに表情を引き締めた。

あまり笑っている暇はないのだ。


「あと少しです。 がんばりましょう渚さん」
「・・・なかなか簡単には終わらないね?」
「何事もそんなもんですよ」
「んっ。 そうだね」


そして2人は手を取り合って立ち上がる。


「これからどうしましょうか」
「正攻法は無理だと思う。 ちょっと変化球になるけど、手がない事はないわ」
「じゃあ、それにしましょう」
「総一くん、内容も聞かずに決めて良いの?」


渚は笑う。


「俺はもう、貴女に賭けてしまいましたから」
「ふふ、ありがと~」


そして2人は戦いの準備を始めるのだった。

 

 

・・・。

 

 

《8bit》Steins;Gate 変移空間のオクテット【1】


Steins;Gate 変移空間のオクテット

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233147p:plain



 

f:id:Sleni-Rale:20201104233208p:plain




・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233221p:plain



車窓の外を、見慣れた風景が流れていく。

平凡な日常。

見えない明日。

それがどれだけ意味深く、そして大切なものか。

シュタインズゲート

ここは、未来の俺がそう呼んだ場所。

未知の世界線

誰も見たことのない明日が訪れる世界。

それは当たり前のようで、実は違う。

世界が決定論的であることを、俺は"あの戦い"で思い知った。

だからこそ、このシュタインズゲートに到着したことには、意味があるのだ。


『まもなく、秋葉原~。 秋葉原に到着です』


秋葉原は今日も、混沌としている。

家電量販店と、萌えショップと、駅前の再開発で生まれた近未来的ビル。

これらが特に境界を作るわけでもなく、渾然一体(こんぜんいったい)となっている。

この街で、ほんの1ヶ月前に、タイムマシンが生まれ、そして消えていったことは、誰も知らない。

俺――岡部倫太郎以外には。

いや、違った。

俺の名は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真なのだった!

フゥーハハハ!

できれば声とフリ付きで叫びたかったが、電車内でそれをやると迷惑になるので自重した。

直後、まるで目眩のような感覚に襲われた。

じわりと、視界が滲む。

世界がモノクロになる。

足許がおぼつかない。

電車が揺れているのかと思ったが、すぐに自分で否定した。

この感覚は、以前にも感じたことがある。


まさか、これは――


目眩はすぐにおさまった。

ほぼ同時に、俺の乗った電車が秋葉原駅のホームに滑り込む。

ズボンの尻ポケットに入れたケータイが、かすかに震動した。

着信音。

このタイミングでのメール。

イヤな予感がした。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233243p:plain



電車を降りて、メールを開く。

最初に確かめたのは、メールの送信時刻。


2025/8/21


Dメール・・・・・・!

15年後の未来から届いたメールだった。

もう二度と、受け取ることはないと思っていたのに。

いったい、なぜ。

動揺しながらメールに書かれた内容を読んでみると、かなりの長文だった。


『久しぶりだな、いや、初めましてか? 鳳凰院凶真。 俺が誰かは、お前ならなにも言わずとも分かるはずだから省く。 これは俺が2025年から送る、1度目のDメールだ。 だがお前が2025年からのDメールを受け取るのは2度目になっているはずだ。 なにしろ、お前は俺なのだから。 お前にこうしてまたメールをすることになるとは、人生とはなんて残酷なものなのだ。 神への冒涜であることは、お前以上に認識しているつもりだ。 だから逃げずに読んでほしい。 現在のダイバージェンスは1.048728%だ。 シュタインズゲート世界線から、0.000132%ズレている。 このズレの原因は、神を冒涜する人物が現れたせいだ。 2010年現在、秋葉原には幻のレトロPCであるIBN5100が、1台のみ存在している。 α世界電でラウンダーに回収されたものであり、β世界線でお前が破壊したものと同一のものだ。 渋谷に住むナイトハルトという人物が、オンライン情報網を駆使して、そのIBN5100を手に入れた。 ナイトハルトという男は先天的に超常的な能力を持っており、IBN5100にジョン・タイターをはじめとする人々が付与したシンボルイメージを結合した結果、世界中の基幹産業の全てを"萌え産業"へとすり替えてしまった。 その後の15年で訪れるのは世界恐慌であり、あらゆる国家や宗教が"萌え"の前に敗北し崩壊していくことになる。 これはもはや、ディストピア第三次世界大戦など比ではない悲劇。 まさに"カオス"だ。 というわけで、オペレーション・ラーズグリーズの概要を説明する。 ナイトハルトという男から、IBN5100を奪還せよ。 それできっと世界線のズレは修正できる。 まだIBN5100は秋葉原のどこかにあるはずだ。 ナイトハルトとIBN5100を探せ。 残念ながら、このシュタインズゲート世界線においては、タイムリープやDメールは使えない。 "あのとき"のようなチートプレイはできないから注意しろ。 成功を祈る。 エル・プサイ・コングルゥ

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233300p:plain



 

・・・。

 

"未来の俺"から届いたメールによって、俺は確信することができた。

やはりさっきの目眩のような感覚は、世界線が変動した影響なのだ。

オペレーション・ラーズグリーズか。

相変わらずの北欧神話だな。

だがそれがいい

・・・だがいったいどうすればいいんだろう。

ナイトハルトという男と、IBN5100を探せと言われても、なんの手がかりもない。


『まもなく、4番線に、軽浜東北線の電車がまいります』

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233314p:plain



ふと見ると、俺が小動物と呼ぶ少女――天王寺綯の姿ホームにあった。

我が未来ガジェット研究所が入っているビルの階下に、ブラウン管工房という閑古鳥が鳴いている店がある。

そこの店長の娘だ。

手には、懐中電灯のようなものを持っていて、それをクルクルと振り回していた。

父親の姿は見当たらない。

このガキはこんなところでなにを?

まあいい。

それより、どうするべきか。

「そこの小動物よ。 お前が持っているそのライト、俺に見せてもらおうか」

「え・・・でもこれは・・・うぅ・・・お父さん、助けて・・・」


なぜいきなり泣き出しているのだ!

周囲の人々がザワザワとし始めた。

まずい、この状況は明らかにまずい。

ひとまずこの場から戦略的撤退すべきだ!

階段を降りて改札口のあるフロアへ行こう。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233331p:plain



コンクリートの太い柱には、今、大人から子供まで、幅広い人気を見せているテレビアニメ『雷ネット翔』のポスターが貼ってあった。

"ご自由にお持ち帰り下さいな"と書いてある。

1枚だけなのに?

剥がせということか?

そんなバカな。

他のポスターがないか調べてみる。

だが、地面においてあるドクターペッパーの空き缶くらいしか見つからなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233348p:plain

なぜかこんな所にドクターペッパーの空き缶がある。

空き缶の下になにかが・・・?

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233403p:plain



空き缶をどかすと、紙片が出てきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233417p:plain



紙片を拾い上げてみる。

紙には”ロックンローラーな人。 2405”と書いてあった。

なんだこれは?

こんな紙片には興味はないので元にもどしておこう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233432p:plain



周囲の目を気にしつつ、ポスターを柱から剥ぎ取った。

意外にも、キレイに剥がせたぞ。

階段を上がってホームに行こう。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233446p:plain



ホームには山手線の電車が停まっている。

綯が電車にも乗らず、ホームをちょこまかと歩いている。


『まもなく、4番線に、京浜東北線の電車がまいります』

綯にポスターを渡す。


「わあ、ありがとー、オカリンおじさん!」
「なにを無邪気に喜んでいるのだ、小動物よ。 お前は知るべきだ、世の理は等価交換によって成り立っていると」
「・・・?」
「つまり、こういうことだ。 ポスターの代わりにその懐中電灯をよこすがいい」
「え、でも・・・」
「イヤならポスターを返してもらう」
「うぅ・・・」


綯は泣きそうな顔になって、懐中電灯とポスターとを交互に見比べた。


「・・・あげます」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233501p:plain



やがて、嗚咽をこらえて差し出してきたのは、懐中電灯。

俺はニヤリとしながら、それを受け取った。


「これが、世の理というものだ。 いい勉強になっただろう? フゥーハハハ!」


小学生を意のままに操るなど、実に容易いな!

階段を降りて改札口のあるフロアへ行こう。

 ・・・。
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233517p:plain



 
 コンクリートの太い柱には、ポスターを剥がした跡が残っている。
 
 ・・・。
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233533p:plain



 
 改札に来た。
 
 とりあえず外に出てから、オペレーション・ラーズグリーズのことを考えよう。
 
 「あれ?」
 
 ない、ないぞ!?
 
 ポケットに入れておいた財布が、ない!
 
 中には、俺のなけなしの全財産である1200円と、定期が入っているのに!
 
 
 「くっ、ふざけるなぁぁぁ・・・! これも機関の、仕業だというのかぁっ!」
 
 
 これじゃ、外に出られないだろ! どうしてくれる!
 
 咆哮していたら、駅員に白い目で見られた。
 
 ん?
 
 駅員と思ったけど、よく見たら、ブラウン管工房の店長ではないか。
 
 駅員っぽいコスプレをしていて、帽子までかぶっているから、最初は分からなかった。
 
 ヤツのことを、俺はミスターブラウンと呼んでいる。
 
 ブラウン管大好きのマッチョオヤジだ。
 
 仏頂面でうつむいている。
 
 なんか、怖い・・・。
 
 だがちょうどいい。
 
 駅から出る方法について、あのマッチョオヤジに相談してみよう。
 
 
 「ミスターブラウン、奇遇だな。 俺は今、財布を落として困っている」
 
 「あ? うるせーよ。 俺は今、忙しいんだ」
 
 「・・・・・・」
 
 
 すごく、機嫌が悪そうだ・・・。
 
 
 「ククク、読めた。 読めたぞミスターブラウン。 貴方が探しているのは、これだろう?」
 「ぬぉ! なんでおめえが持ってんだ!? さては盗みやがったな!?」
 
 
 喰らうがよい!
 
 エターナルフォースブリザード!!!
 
 と心の中だけで思って実行しない。
 
 返り討ちにされる。
 
 間違いない。
 
 
 「やっぱり盗みやがったな?」
 「ふ、ふざけるな! 人の好意を踏みにじるつもりか! 言っておくがこの懐中電灯は、貴方の娘を騙して手に入れたものだぞ!」
 「あん? 俺の娘を騙して泣かせて奪ってきた、だと・・・?」
 「あ、いや、騙したというのは言葉のあやなんですが・・・」
 
 
 あの小動物が半泣きになっていたのは事実だ。
 
 しかしそれを正直に話したら、この場でジャックハマーを決められそうなので、あえて黙っておいた。
 
 
 「まあいい。 見つけてきたことに免じて、許してやる」
 「これはただの懐中電灯ではない・・・。 そうですね?」
 「はっは。 分かるか? こいつはな、駅員ライトに見せかけた、ブラウン管テレビ型の光学迷彩ライトなんだぜ!」
 「なん・・・だと? 光学迷彩ということは、つまり、カメレオンのように透明人間になれる、ということか!?」
 
 「そういうことだ。 試してみるか?」
 
 
 そんなバカな!
 
 
 マンガの世界じゃあるまいし、そんなもの、あるわけがない!
 
 
 あったとしても、このおっさんが持っているわけがない!
 
 もっとこう偉い大学の学者とかなら、持ってるかもしれないが。
 
 いや待て・・・。
 
 α世界線では、この男には隠された素性があった。
 
 もしやこのライトはSERN製で、本当に光学迷彩が・・・?
 
 
 いやいや、だがもしそうだとして、それをミスターブラウンがおおっぴらに明かすだろうか。
 
 ましてや俺のような一般人に、そんなすごいガジェットを使わせようとするだろうか?
 
 分からない。
 
 分からないが、駅の改札をくぐり抜けるのには使えそうだ。
 
 
 「レディー・・・ゴーッ!」
 
 
 助走を付け、改札へと突進した。
 
 改札をハードルに見立てて・・・
 
 鳳凰院凶真、跳びまーす!
 
 ・・・無理だった。
 
 人が多すぎた。
 
 全力疾走は改札の20メートル前で阻まれた。
 
 社会のルールに逆らうための挑戦すらできないとは・・・。
 
 狂気のマッドサイエンティスト失格だクソッ!
 
 
 「ぜひ試させてもらおう」
 「よし、じっとしてろよ」
 
 
 ミスターブラウンは俺に懐中電灯を向けた。
 
 眩しくて、たまらず目を閉じる。
 
 
 「よし、いいぜ。 完璧だ」
 「お、おおおお!?」
 
 
 本当に、透明人間になっている!
 
 なんだかよく分からないが、SERNの科学力は世界一ィィィィィ!!
 
 
 「ま、1分間しか効果は続かねぇから、女風呂を覗くのは難しいかもな。 はっは」
 
 
 なに!?
 
 そういうことは先に言え!
 
 こうしてはいられない。
 
 急いで改札を抜けるのだ!
 
 
 ・・・。
 
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233559p:plain



 
 
 駅から脱出した俺は、ラジ館の前で一息ついた。
 
 気が付けば、光学迷彩ライトの効果は切れている。
 
 凄まじい未来ガジェットだった。
 
 この狂気のマッドサイエンティストが嫉妬するレベル。
 
 それを平然と使わせてくれたミスターブラウンは、いったいなにを考えているのか。
 
 
 「あるいは・・・世界線が変動したことが影響しているのか?」
 
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233615p:plain



 
 「こんなところでも厨二病か」
 「おお、助手!」
 「助手じゃないと言っとろーが!」
 
 
 この仏頂面の女子は、牧瀬紅莉栖。
 
 俺の助手だ。
 
 我が未来ガジェット研究所のラボメン――ラボラトリーメンバーの略――ナンバー04。
 
 まだ18歳だと言うのに、飛び級で大学を卒業し、アメリカの有名な学術雑誌に論文が載ったほどの天才だ。
 
 この世界線において、運命石の扉(シュタインズゲート)の選択により俺はこいつと無事再開することができた。
 
 もちろん、世界線をまたいで記憶は継続されない。
 
 俺以外は。
 
 だからラボメンとしてともに過ごしたあの夏の日々のことを、紅莉栖はほとんど覚えていない。
 
 というわけで再会したときには、とてもしおらしかったのだが――
 
 
 「白衣を着た怪しい男が独り言をブツブツつぶやいているから、まさかと思ったら、案の定、岡部だったわね。 ところかまわず厨二病を発症するのはやめたら? イタいから」
 
「ぐっ・・・」


この隠れ@ちゃんねらー娘がぁっ!

上から目線の遠慮のない物言い、挑みかかるような鋭い目付き。

再会したときのしおらしさなど、見る影もない。

まあ、本性をさらけ出してくれるというのは、悪い気分はしないが。

それだけ、信頼されているということだから。


「いや、それより未来が大変なのだ、クリスティーナ!」
「はいはい大変大変」


さらっと流しやがった!

おのれ前言撤回だ!

気分が悪いにもほどがある!

助手はもっとしおらしくするべき!


「聞いてくれ、未来の俺からDメールが届いたのだ!」
「Dメール? なにそれ?」


あ、そうか・・・。

紅莉栖は、電話レンジ(仮)で実験した日々の記憶を失っているんだった。

ならば、教えない方がいいかもしれない。

巻き込んで、もしまた、以前のようなことになったら・・・。

もう、あんなことは二度とゴメンだ。

オペレーション・ラーズグリーズは、俺1人で解決しなければ。

 

「どうしたの? 岡部? ラボ行くんでしょ? しょうがないから一緒に行ってやる」
「いや、なんでもない。 俺は用事があるから、ラボには1人で行くがいい」
「用事って? なんなら付き合うけど」
「フゥーハハハ! 相変わらず好奇心旺盛だなクリスティーナ! だが少しは空気を読め! 俺は世界の運命にかかわる、超極秘作戦を遂行中なのだ! 助手ごときの手には負えん!」
「なによそれ! バカなの? 死ぬの!?」


あ、キレた・・・。


「人がせっかく一緒に行こうと・・・。 フン、もういい。 ええ、勝手にするわよ。 厨二病になんか付き合ってられるか!」

紅莉栖は肩を怒らせながら、中央通りの方へ歩いていってしまった。

後で、機嫌を取っておいた方がいいかも・・・。

だがまずはオペレーション・ラーズグリーズだ。

周囲を見回してみる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233637p:plain



目の前のラジ館は、なぜかシャッターが閉まっていた。

今日はやってないのか?

そんなはずはないのだが。

閉鎖しているラジ館のシャッター前には、広告用の大きな"うーぱ"の人形が鎮座している。

その横には、非常口らしきドアが見える。

巨大うーぱ人形は、FRP製のしっかりしたものだった。

ちなみに"うーぱ"とは、今、巷で大人気のテレビアニメ『雷ネット翔』に登場するマスコット的キャラクターだ。

この"うーぱ"の存在こそが、第三次世界大戦が起きる未来を回避した原因という事実を知っている人間は、おそらく世界中でこの俺ただ1人だろう。

そうか、ということはシュタインズゲート世界線へ戻るためには、改めて"メタルうーぱ"を手に入れておいた方がいいかもしれない。

"メタルうーぱ"をかつてまゆりがゲットしたのは、ラジ館7階にあるカプセルトイコーナーだったな。

だが、残念ながら今はラジ館の中に入れない。

俺は携帯電話を取り出した。


「俺だ。 ラジ館非常口の解錠コードを至急、衛生から俺のケータイに転送してくれ。 なに!? 衛生が反応しないだと!? くっ、機関の手がもう回っているのか。 これじゃ手詰まりだ。 ・・・バックアップを期待できないとなると、派手にやらかすしかないぞ。 ・・・なに? 回せば開く? フッ、なるほど、大したセキュリティだ。 どうやら俺たちは、機関にナメられているらしい。 それが運命石の扉の選択か。 ミッションを継続する。 エル・プサイ・コングルゥ


俺はうーぱに近付いた。


「とりあえず困ったときは回してみよう」


巨大うーぱを回してみた。

意外にもすんなりと回った。

しばらく回すと、どこかで"カチッ"とスイッチが入ったような音が聞こえて――

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233658p:plain



直後、重々しい轟音とともに、非常扉が開いた。


「え、なにこのRPGのダンジョン的展開」


細かいことを気にしてはいけないんだろうか。


・・・。


エレベータは止まっていたので、薄暗い階段を7階まで上ってきた。


「はあ、ひぃ、ひぃふ、ふひぃ、ぜい、はぁ、ふぅ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233714p:plain



死ぬ思いで7階まで到着してみると、そのフロアだけ証明が点いていた。

それに人の気配がある。

誰かが7階の階段踊り場にいる。

まさか、機関の刺客か!?

それとも、例のナイトハルトなのか!?

そっと様子を窺ってみると、そいつは見知った顔だった。


「・・・・・・・・・」


桐生萌郁。

またの名を"閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)"。

なぜこいつがここにいる・・・?

萌郁はラボメンナンバー005であり、現在はラボの階下にあるブラウン管工房のバイトでもある。

そして、別の世界線では俺と萌郁は敵同士だった。

この閉鎖されたラジ館と、なぜかそこにいる萌郁の存在が、俺に1つの疑念をもたらす。

やはり世界線が変動したのは、SERNとラウンダーがかかわっているのではないか、ということ。

IBN5100を手に入れたナイトハルトという男も、ラウンダーの一員である可能性がある。

となると、ここで萌郁に見つかるのはまずいぞ。

そもそも、この世界線では萌郁がラウンダーなのかそうでないのか、俺は確認できていない。

くっ、すぐそこに、目的のカプセルトイがあると言うのに・・・。


正面には100円玉を入れてレバーをガチャっと回す例の装置がある。

正式名称は大人の都合上、なかなか言えない。

そして左には上にも下にも行ける階段がある。

二つの消化器が並んでいるが、使う必要はないだろう。


・・・。


萌郁はとても眠そうだ。

目がトロンとしている。

萌郁は記録的に眠そうだ。

萌郁に話しかけるか・・・?

駄目だ!そもそもの目的を忘れたのか!

今回は潜入ミッションのはずだ。

いかなる者にも気づかれてはならない。


・・・。


・・・萌郁はもう寝てるんじゃないか?


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233732p:plain



萌郁は完全に眠ってしまった。

ケータイを握りしめたまま、というのは大したものだ。

萌郁はスヤスヤと眠っている。


・・・。


抜き足差し足で、萌郁を起こさないようにカプセルトイに近付いていった。

すると――

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233748p:plain



「ハッピーメリークリスウーーーパっ?」
「ひょっ!?」


なんだこれはー!

いきなり大音量でカプセルトイの装置が喋り出したぞ!

思わず変な声を出してしまったではないか!

萌郁の様子を窺う。

幸いにも目を覚ましてはいなかった。

おのれ機関め。

こんなところにも罠を仕掛けているとは、ふざけたマネを・・・!

くっ、まだ心臓がドキドキしている。

この俺としたことが・・・。

よく見てみると、そこに並んでいるのはカプセルトイではなかった。

うーぱのボール型の身体を完全再現したその筐体は、数字のボタンで回答する、クイズゲームのようだ。

電光掲示板には、問題が出題されている。

筐体に話しかけた。

へんじがない ただの機械のようだ。

大きなうーぱがこっちを見ている。

電光掲示板には問題が映し出されている。

ロックンローラーな人といえば」と書かれているが・・・ロックンローラーな人・・・だと?

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233804p:plain



クイズゲームのボタンを押そうとして躊躇した。

とにかく落ち着いて押すのだ。

『2405』

む?

あれ?

なんの反応もない。

どうしたんだ?

正解を入力したと思ったんだが・・・。

機械の調子が悪いのか?

仕方ない、少し時間を置いて再挑戦するとして、どこかで時間を稼ごう。

屋上にでもいくとするか。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233821p:plain



屋上に出た俺は、そこにあった"あるモノ"を発見し、愕然となった。


「そんな、バカな・・・! なぜ、これがこの世界線にあるんだ・・!?」


外見は、まるで人工衛星

高さは5メートルほど。

屋上に静かに置かれているこれを、俺はかつて見たことがある。

そう、これは、2036年からやってきたタイムマシンだ!

そして俺の予想では、これに乗ってきたのは、ジョン・タイター

この世界線においても、あのタイムトラベラーが来ているとは・・・!

未来の俺からのDメールで語られていた内容に、ますます信憑性が出てきた。

だが周囲を見回してみても、肝心のジョン・タイターの姿は見当たらない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233837p:plain



とりあえずシャベルを持って行くことにした。

使う機会は・・・なさそうだが。

人工衛星の直下あたりに、バッジのようなものが落ちている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233854p:plain



バッジを拾い上げてみた。

これって、ラボメンバッジか?

だが、なにかが違う・・・。

このバッジには『O××××××× 2010』と刻まれていた。

これはなにを意味するんだろう。

タイムマシンを調べてみたが、入り口らしきものは見当たらない。

表面には継ぎ目すら見つけることはできなかった。

確かこれは、指紋認証で入り口が開くタイプだったはず。

ということは、ジョン・タイターがいなければ乗るのは絶対に不可能、ということか。


・・・まあいい、そろそろもう一度うーぱのところに戻ってみるか。


・・・。


7階の様子を探ってみる。

まだ萌郁は階段に座り、眠っているようだ。

萌郁はまだ眠っている。

よし、うーぱのクイズゲームに再挑戦だ。

『2045』

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233912p:plain



「うぅぅぅぅぅぱぁぁぁぁぁっっっっっ!」


ちょ、おい、黙れっ!


焦る俺を嘲るように、うーぱの目がカッと怪しく光った。

口の部分がガコっと開き、カプセルが落ちてきた。

カプセルをあけると、中には銀色のうーぱが入っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233927p:plain



シュタインズゲート世界線へ戻るカギ、メタルうーぱ!!

なんという引きの良さだ。

我ながらほれぼれしてしまう。


「うぅぱ・・・?」


この音と光では、さすがの萌郁も起きてしまう!

それをつかむと、俺は全速力で階段を駆け下りた。

薄暗い階段を下りていく途中、自分が着ている白衣のポケットが発光したような気がした。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233941p:plain



「はあ、ぜえ、ぜえ、ふう、ひい・・・」


中央通りまで全速力で逃げてきたところで、俺はついに力尽きた。

これ以上走れない。

膝に手を突いて、息を整える。

背後を振り返ってみるが、萌郁が追ってくる気配はなかった。

どうやら逃げ切れたようだ。

今日も秋葉原に降り立った勇者たちを見守るLAOXがまぶしい。

む・・・?

あのLAOXの看板の「X」の文字・・・曲がっているぞ。

手を伸ばして、LAOXの看板の、曲がっている「X」をつかんでみた。

と、手応えがあった。

つかんでみる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233958p:plain



「と、取れた!?」


あんなに大きな看板が、いまや手の中に収まる程度の大きさと化してしまっている。

まさか、この世界は遠近法など存在しないとでも言うのかーっ!?

周囲を眺めてみる。

中央通りはなかなかの人だかりだ。

なのに、今の俺の行動を見て驚きの表情を浮かべた通行人は、1人もいない。

細かいことは気にするな、ということかッ!?


「こ、こここ、これぞ、『スターダスト・シェイクハンド』の亜流技、『ハンズ・オブ・グローリー』だっ、フゥーハハハ!」


混乱しているのを周囲に悟られないために、とりあえず高笑いをしておいた。

それにしてもこの『X』の文字・・・、まるで十字架みたいだな。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234015p:plain



むっ!? まずい!


正面から歩いてくるのは、およそ秋葉原に似つかわしくない"ガイアにもっと輝けと囁かれているっぽい男たち"ではないかッ!

ヴァイラルアタッカーズ

この世界線でも存在していたか。

ヤツらを殲滅するぐらい簡単だが、ここで余計なトラブルに巻き込まれて時間をロスしたくはない。

俺は急いで来た道を引き返した。


・・・。


中央通りは、買い物客などで賑わっている。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234038p:plain



万世橋へ来ると、カツサンドが食べたくなる。

この橋を渡った先は、オフィスビル街になる。

電器店や萌えショップは微塵も見られなくなる。

ちなみにルカ子の実家である柳林神社も、橋の向こうだ。

その橋の真ん中に、なぜか大きな棺桶を携えた、黒衣の男が立っていた。

男のせいで橋は通行止めになっており、車も通ろうとしない。

なんだ・・・あの男・・・・・・。

くっ、あまりの威圧感に、この俺でさえ目を合わせられない。

ヤツからは・・・異質なオーラを感じる・・・。

そーっと、男の様子を窺ってみた。

橋の真ん中に仁王立ちしている様はさながら武蔵坊弁慶であり、あまりにも現実離れしていた。

しかも、棺桶って・・・。

秋葉原に火葬場なんてあったっけ?


「いや待て。 そうか、ククク、そういうことか・・・! 他の連中は騙せても、この俺の目はごまかせんぞ! ヤツは、コスプレイヤーだッ!」


現実を突き付けてやったが、男は微動だにしなかった。


あれ・・・、もしかして、違った?

ガチで真性のヤバい人だったりする?

くっ、に、逃げるべきかもしれんっ・・・!

漆黒の棺桶には、洋風の装飾が施されていた。

蓋の部分には、十字の傷痕のようなものがある。

中には・・・さすがに誰も入ってないよな?

この十字、何かはめられるのか?


助手に電話してみた。


「助手よ! 今どこだ!」

「なによ、そんな焦った声出しても、騙されないからな」

「今すぐ万世橋まで来てくれ! 頼む、一生のお願いだ!」

「・・・・・・分かったわよ」


――数分後。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234056p:plain



「お待たせ」
「早いな。 さすが我が助手」
「助手じゃない。 で、いったいなんなの?」
「見て分からないか? ヤツだ・・・『黒騎士』だ」
「オーマイ・・・・・・、あれ、あんたの知り合い?」
「なんでだっ! 俺にはあんな珍妙な知り合いはいない! 俺をなんだと思っている!」
「珍妙な自称マッドサイエンティスト厨二病
「フッ。 それで、俺は橋を渡りたいのだが、どうすればいいと思う?」
「あ、図星を突かれてスルーした」
「どうすればいいと思う?」
「お願いして、どいてもらえばいいでしょ」
「ヤツが、話が通じるような相手だと思うのか!?」
「話してもいないうちから決めつけるのは偏見よ」
「今日のお前が言うなスレはここか」
「なんだったら、私が聞いてきてあげるけど」
「よせっ」


本当に黒衣の男に歩み寄っていこうとする紅莉栖の腕を、慌ててつかんだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234112p:plain



「ちょっ、きゅ、急に触らないでよっ・・・・・・」


なぜか顔を赤くしている。


「不用意に近付くな、バカが! ヤツの射程内に入れば、誰だろうとアレの餌食になる・・・・・・!」
「アレってなんだ?」
「『黒き地獄の門――ブラッディヘルズゲート』・・・。 棺桶の蓋が開いたとき、地獄への門が開く・・・。 そこに吸い寄せられたら二度と戻ってこられない」
「ブラッディは血だらけって意味よ。 黒はブラック。 中学生レベルの間違いだな」
「意訳だ!」
「とにかく、なんとかしてヤツを浄化させたい。 方法を教えてくれ」
「・・・はあ、まったく。 こんなのちっとも論理的じゃないわ」


紅莉栖はため息をつきつつ、遠めから黒衣の男を観察した。


「あの棺桶の傷痕。 元々はめられていた十字架の飾りが、取れたように見える」
「む? いいところに気が付いたな、さすが我が助手だ。 そこが、突破点になる」

「おのれは最初からすべて知っていて、私を試してるのか?」
「あ、いや、違います本当に困ってたんですすみません・・・・・・」
「分かればいいのよ」


ククク・・・。

これ以上、助手を怒らせても俺にとってはデメリットしかないからな。

飴と鞭をうまく使い分け、これからも大いに利用させてもらうぞ、助手よ! フゥーハハハ!


「で、橋を渡ってどこに行きたいの? なんなら付き合うけど」
「お前はよほど暇と見えるな」
「な、なによっ! 人が親切で言ってやってるのに! もう電話されたって、二度と駆けつけてやらないからな!」


紅莉栖はプンプンしながら駅の方へ歩いていってしまった。

それじゃデゼニもクリアできないと、以前、ラジオセンターに買い物に来ていたおっさんに言われた気がする。

言葉の意味は、今も分からない。

さっき手に入れた『X』の十字架を棺桶の傷痕にはめ込んでみた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234139p:plain



その瞬間、周囲がまばゆい光に包まれ、俺はたまらず目を閉じた。

気が付いたときには、棺桶も黒衣の男も目の前から消えていた。

まるで蒸発でもしてしまったかのようだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234200p:plain

「ク、ククク・・・どうやら俺は、本当に厨二ワールドに迷い込んでしまったらしい・・・」


オラワクワクして・・・こねーよ!

一刻も早くこの異常な世界から抜け出さなければ!


・・・。

 

柳林神社の鳥居をくぐると、数匹の猫が寄ってきた。

この神社には、人懐っこい猫が多く集まってくる。

そしてそんな猫たちがくつろぐ境内は、猫の額並みの狭さだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234232p:plain



「あ、岡部さん。 こんにちは」


巫女服を着た漆原るか、神事でよく使うフサフサ――正式名称は忘れた――を持って、立っていた。


「ここにいたのか。 猫の守護者よ」
「え、あの、最近は、エサを上げてないんですよ? 以前は、こっそりあげてたんですけど・・・」


猫どもが人懐っこいのは、これが原因か。


「お姉ちゃんに、怒られたんです・・・。 餌付けしたらダメだって・・・。 だから・・・」


いきなり泣きそうになっている。

唇をキュッと噛み、瞳をウルウルさせている様は、どう見ても可憐な少女。

だが男だ。


「ルカ子よ。 五月雨の素振りはどうした?」

「今日は20回やりました」
「なっ・・・・・・!?」


すでに済ませていた、だと!?

 

「成長したな。 良い心がけだぞ」
「はい。 ありがとうございます」
「ここに来た理由は他でもない。 IBN5100という古いPCについて、聞き覚えはないか?」


かつて、別の世界線において、俺がずっと探し続けたIBN5100は、この柳林神社に奉納されていたのだ。


「そう言えば最近、フェイリスさんからも、古いPCの話を聞きましたよ」
「なに!? フェイリス・ニャンニャンだと!?」


別の世界線で、この柳林神社にIBN5100を奉納したのは、そのフェイリスだった。

そうだ、あの猫娘は亡き父親がレトロPCマニアであり、しかも秋葉原再開発計画にも参加している、この街の有力者だったりするのだ。


「すごく高い、幻のPCだったんですが、なんとか手に入れたとか、なんとか・・・・・・」
「そうか。 情報提供に感謝する」


こうなったら、フェイリスに会うしかないな。


「最近、この神社に猫がよく来るようになったんですよ。 でも、みんな一ヵ所に集まって地面を引っ掻いているんです。 頼んでも頼んでもやめてくれないんです」


猫に頼み事をしているのか、ルカ子よ・・・。


「ここになにかあるんでしょうか・・・?」


このあたりは景色がいい。

神社という空間と、巫女という存在が雰囲気を盛り上げてくれているんだろう。

とくに巫女の持っている儀式具『フサフサ』はいい雰囲気を醸し出してくれている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234252p:plain



「ルカ子よ。 そのフサフサだが」
「あ、これですか? 大幣(おおぬさ)です」
「そうだ、このフサフサ・・・俺に少し貸してくれないか?」
「で、でもこれは、ボクのじゃないので・・・」
「頼む・・・。 これには、世界の未来の運命がかかっているのだ・・・!」
「せ、世界の、未来の、運命・・・」
「防人としての義務を果たせ、ルカ子。 そのフサフサを、俺に貸すのだ・・・!」
「じゃあ、えっと、ちょっとだけでしたら・・・」


ルカ子は躊躇いながらも、フサフサを俺に渡してくれた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234309p:plain



「あ、あの、大事に、扱ってくださいね? それと、後で、返してくださいね? でないと、ボクが、怒られちゃいます・・・」
「案ずるな。 八百万の神は、どこにでもいる。 つまり、そういうことだ」
「・・・?」


ルカ子と猫たちに見守られつつ、シャベルで土を掘り返してみると、お菓子の缶のようなものが出てきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234332p:plain



「あ、それ・・・ボクが、小さい時に埋めた、タイムカプセルです。 どのあたりに埋めたのか、分からなくなっちゃって・・・諦めていたんですよ」
「待て、近寄るなっ」


俺は爆弾処理班になったつもりで、ルカ子を手で制した。


「え? え?」
「罠かもしれん。 中身がすり替えられている可能性が」
「え、あの、だ、誰が・・・」
「機関だ。 他に誰がいる」
「機関・・・?」
「それでルカ子よ。 タイムカプセルの中身は?」
「あの・・・、幼い頃、父さんからもらった、男の子用と女の子用の、おもちゃです・・・。 男でも女でもどちらでもイイんだよっていう意味だと、父さんが、話していたのを・・・覚えています・・・。 お、岡部さん、中身は・・・すり替えられちゃっているんですか?」


俺は慎重にカプセルの中身を確かめた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234355p:plain



お手玉と、メンコ・・・だと・・・」
「よかった・・・。 すり変えられて、いませんでしたね・・・」


な、なんというアナクロなオモチャなのだ・・・。

いや、これはオモチャですらない。

むしろ、伝統工芸品だ!


「岡部さん、見つけてくださって、ありがとうございました。 あの・・・よかったら、メンコで、遊んでみませんか?」
「わ、悪いなルカ子よ・・・。 俺には、やらなければならない使命があるのだ。 その使命が片付いたら、きっとお前に付き合うと約束しよう」
「はい。 待ってます」

 

微笑みながらそんな言葉を告げられたら、胸がキュンとしてしまうではないかアッー!

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234414p:plain



お?

ポケットの中でまた淡い発光が。


「岡部さん、い、今の光は、なんですか・・・?」
「・・・それを知りたいと言うのか? いや、やめておけ。 知れば、お前はきっと後悔することになる」
「え・・・」 
「今見たことは、忘れるんだ。 それがお前のためだ。 分かったな?」
「は、はぃ・・・」


それと、ナイトハルトに関することで情報収集をしておいた方がいいかもな。


「ルカ子、お前はナイトハルトという男についてなにか知らないか?」
「え? ナイトハルトさん・・・ですか? ドイツの方でしょうか?」
「いや、俺も見たことはないが、おそらく日本人だろう。 かなりの危険人物だ」


なにしろ、世界を"萌え"によって支配するという、世にも恐ろしいことを成し遂げてしまう予定の男だからな。

そんなHENTAIは日本人ぐらいのものだろう。

そう、ナイトハルトはおそらく、ダルをもしのぐほどのHENTAI男だと思われる。


「今日、アキバで怪しげな男を見かけなかったか?」
「そう言えば・・・今日駅前を通ったときに、変なことを言われたんです。 "これはけしからん巫女だ"って・・・。 見た目は普通の男子高校生だったんですけど、すごく大きなダンボールを抱えていたのが、印象的でした」
「大きなダンボール・・・だと・・・!?」


その中にIBN5100を入れて、持ち歩いているということか?

だがあれは重さ25キロ近くある。

それを持ったままアキバをうろつくなど、常識的に考えて無理そうだが。


「それと、胸ポケットに、ええと、なんて言うんでしたっけ・・・、アニメの女の子の、お人形さんが入っていました・・・」
「なんというアニメだ?」
「わ、分かりません、ボク、アニメは見ないので・・・。 まゆりちゃんなら詳しいかもしれません。 ピンク色の髪をしていて、白っぽい服を着ていました」


世界を萌えで染め上げた男にはふさわしい特徴と言える。

そいつがナイトハルトである可能性は、非常に高い。


「どこへ行ったかは分からないか?」
「はい・・・。 そこまでは・・・」
「そいつに声をかけられたのはいつだ?」
「1時間ぐらい前です」


だとしたらもう駅前にはいないか・・・。


「貴重な情報感謝する、ルカ子」
「いえ、岡部さんのお役に立てたならうれしいです」
「お前の家に上がらせてもらっていいか?」
「ええっ? あ、はい、もちろんですっ。 岡部さんにはいつもお世話になっていますし、母さんも、会いたがっていました。 あんまり、大したおもてなしは、できませんけど、それでもよければ・・・」


母親を紹介される、だと?

これではまるで、カノジョの家に結婚を前提に挨拶に行くカレシのようではないかアッー!


「いや、済まない。 用事を思い出した。 あまり長居はできないから、今日は遠慮しておく」


ルカ子は俺がそう言うと、明らかにシュンとしてしまった。

だが男だ!


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234433p:plain



ガード下は、真夏の暑い時期はここだけ少し涼しい気がする。

そう言えば以前、ダルがおもむろに"ガード下って萌えるよな。 線路を支える柱の無骨さとか"と、のたまっていたな。

奴はスーパーハカーとしての腕は確かだが、人としては終わっている。

ここは昼でもライトがついている。

安全でいいことだが、組織に見つかる前になんとかしたほうがいいだろう。

・・・というか、よく見ると黄色い懐中電灯が街灯からぶら下がっているぞ?

この形、前にも見た覚えがあるな・・・。

ライトまでは、手が届かない。

どうやらここは、本気を出すしかないようだな。

リミッター解除!


「手を伸ばせば、きっと届く。 それが運命石の扉の選択だ・・・。 今! 掟破りの! 『星屑との握手――スターダスト・シェイクハンド!』 とうっ!」


手を掲げてジャンプしてみた。

届くわけがなかった。

うーん、暇そうなあの女を呼んでみるか?

助手に電話してみた。


「助手よ、今どこだ?」
ソフマップの前」
「今すぐガード下まで来てくれ。 頼みたいことがある」
「どうせまた、ふざけた頼みでしょ? お断りします」
「頼む・・・。 どうしても、お前でなければならんのだ・・・」
「・・・分かったわよ」


―――数分後。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234450p:plain



「来ましたけど? いったい私になにをやらせるつもりだ?」
「あれを見ろ」


俺は柱にぶら下がっている懐中電灯を指さした。


「なにあれ?」
「今すぐにあれを手に入れたい」
「岡部が届かないのに、私が届くわけないだろ」
「だからこそ助手よ! これよりオペレーション・アンドレを敢行するのだ! お前は! 俺に! 肩車されるがいい!」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234504p:plain



「はあ!? か、肩車って、なに言ってんのよ! このHENTAI!」
「なんだ? それとも俺を肩車してくれるのか?」
「できるわけなかろうがっ!」
「ふー・・・。 助手よ、クリスティーナよ、あまり俺を失望させるな」
「な、なによ・・・」
「肩車するだけでなぜHENTAI呼ばわりされなければならないのだ。 それをHENTAI行為と感じるお前の方がよほどHENTAIだぞ!」
うぐぅ・・・」
「分かってくれ。 これは冗談などで言っているわけではない。 本当に未来の運命がかかっているのだ」
「わ、分かったわよ・・・」
「ありがとう。 理解が早くて助かる。 では改めて――オペレーション・アンドレを敢行する! 助手よ、股を開け!」
「死ね! 腹を切って死ねぇ!」


――紅莉栖をなだめるのにさらに10分弱の時間を要した。


「いいか? 絶対にHENTAI妄想するなよ?」
「分かった分かった」


紅莉栖が遠慮がちに開いた足の間に頭を突っ込む。

そのまま一気に立ち上がった。


「ちょっ、急に立ち上がらないでよっ」
「助手よ、ライトは手に届くか?」
「というか、太ももを触るな!」
「届くのか、届かないのか!?」
「後頭部でスリスリしてくるなっ!」


紅莉栖が俺の髪をつかんで、引っ張ってくる。

あまりの痛みによろけそうになった。


「きゃあ! 私を殺す気!?」
「いいから早くしろ! どうなっても知らんぞーっ!」


――数分後。


「・・・・・・」
「ご、ご苦労。 無事、懐中電灯は手に入れた。 協力に感謝する」
「も、もう二度と、こんなのゴメンだからな」


なぜこんなに気まずくなっているのか。

それは紅莉栖が、恥じらっているかのように顔を赤くして、俺と目を合わせないせいだ!


「私以外の女の子には、こ、こんなバカなこと、するんじゃないわよ・・・」
「なに? つまり、お前にならば今後もやってもいいということか?」
「おのれのHENTAポジティブシンキング脳をミキサーでかき混ぜて液状にしてやるぞ」


ひぃ、こ、怖い・・・。

紅莉栖はすっかりいつものクールさを取り戻し、俺を置いて去っていった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234523p:plain



まあいい、懐中電灯は手に入れた。

表面に"スモール♪"と書かれてある。

ミスターブラウンが持っていた透明化ライトのことを考えれば、この懐中電灯も特殊な機能を持っているのは間違いない。

・・・。


む? 見慣れたマウンテンバイクが今、目の前を横切っていったような・・・。

いや、まさかな・・・。

秋葉原駅には用事がない。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234540p:plain



中央通りと並行する裏通り。

ここは小さな十字路になっている場所だ。

道路には、いくつかの怪しげな露天が出ている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234556p:plain



PCのパーツやら、パッケージのない怪しげなソフトなどが売られている。

秋葉原ではおなじみの風景だ。


「風のように現れ、風のように消えていく。 それが、彼らの生き様というわけか」


ちょっとアンニュイな気分になってみた。


「ハイ、ミスタ。 ルィトル、寄ってッテー」


碧眼の、モデルのような容姿をした外国人店主が、爽やかな笑みを浮かべつつ手招きしてきた。

どれどれ、と覗いてみる。

と、怪しげなパーツに隠れて、見覚えのある懐中時計が売られていた。


「これは・・・まさか、まゆりの懐中時計では? いや、見間違いか?」


よくあるデザインではあるし、名前が書いてあるわけではないので、なんとも言えないが。


「マスター、これをどこで手に入れた?」
「これはタカイタカーイ、ジョウモノだよぜ」
「俺を甘く見ない方がいい・・・。 はぐらかすならば、右腕の封印を解くまで・・・」
「今ならイチ万エンくらーいスロバキア


1万円・・・。

こんなボロっちい懐中時計が?

アンティークなんだろうか。


「トッケーはイチ万エンすることヨロシ?」
「そんな金はない」


財布を落としたせいで、今の俺は無一文だ。


「ソレカ、ワタシ古いゲーム好きダカら、何かレアなハードがあれば交換でもイイヨ」


物々交換か・・・それなら何か探してきてもいいか・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234622p:plain




メイクイーン+ニャン2は、ネコ耳メイド喫茶だ。

働いている女子は全員、メイドのくせにネコ耳をしている。

それをオリジナリティと見るか、邪道と見るかは、この店がオープンして以来数年、いまだ結論が出てない。

まあそんなことはどうでもいいといて、問題は――


「なんだこのカエルはーっ!」


一時期、渋谷の女子高生の間で流行した"ゲロカエルん"の超巨大ぬいぐるみ。

それが、店の入口を完全に塞いでしまっていた。

メイクイーン+ニャン2に巨大なカエル・・・。

とにかくなんとかせねば店内に入れない。

しかしあの質量のカエルとなると、未来の科学がない限りどうにもならない。

そう、ブラウンが持っていたあのライトのようなものが・・・。

「そのための懐中電灯だ」


ガード下で苦労して手に入れた、"スモール♪"と書かれた懐中電灯。

それを、巨大ゲロカエルんぬいぐるみへと向け、スイッチを入れた。


「お、お、おおおお・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234644p:plain



目の前で起きている、あまりにも現実離れした光景に、俺はたまらずうめき声を上げた。

ゲロカエルんの身体が、文字通り縮んでいく。

ついには小指サイズにまで縮小されてしまった。

直後、炸裂音とともに懐中電灯のライト部分が割れた。


「なっ!? 壊れたのか!? まさか、一度きりしか使えなかったとは・・・」


遊びで使わなくて正解だったぜ、ふぃ~・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234701p:plain



メイクイーン+ニャン2の客入りは、6割ほどといったところだ。

あんな巨大なゲロカエルんぬいぐるみが入り口を塞いでいたというのに、こいつらはいったいどうやって入ったんだ?

客たちはいたって呑気なもので、中には雷ネットABで対戦している者もいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234715p:plain



「凶真ぁ~、凶真凶真凶真ぁ~」


と、ネコ耳にメイド服にツインテールという、萌え要素のテンプレを詰め合わせた小柄な少女が駆け寄ってきた。


「フェイリス・ニャンニャン。 このメイクイーン+ニャン2の人気ナンバーワンメイド・・・と同時に、『雷ネットAB』の現・日本チャンピオンであり、現役女子高生。 しかしてその正体は、秋葉原の元大地主にしてリアルお嬢様、秋葉留未穂――」
「なにさらっとフェイリスの秘密をカミングアウトしてるニャー!」


頬を両手の爪で引っかかれた・・・。


「フェイリスは、フェイリスニャ。 他に名前なんかないニャ」
「そ、そういうことにしておこう・・・」


ネコ耳を取ろうとした。

フェイリスが青くなってしまったら責任がとれない。

ネコ耳はいじらないでおく。


「そんなことより凶真・・・、今、フェイリスは大変なことに巻き込まれているのニャ・・・。 助けて・・・」


泣きそうな顔で、しなだれかかってくる。

他の客の殺意の波動がハンパないわけだが。


「いいだろう。 まずはお前のそのトラウマをぶち殺す」
「ニャフン・・・頼りにしてるニャン、鳳凰院凶真」
「だが交換条件があるぞ」
「ま、まさか凶真・・・。 "アレ"を求めるつもりかニャ!?」
「いかにも・・・。 幻のレトロPCをお前が持っているという情報は、すでにつかんでいる」
「ダメニャ! あれはフェイリス家の家宝であり、この秋葉原守護天使。 いくら凶真でも、渡せないニャ・・・」
「ならば、この話はなかったことにしよう。 お前は一生、"大変なこと"に巻き込まれ続けるがいい」
「凶真・・・卑劣な人ッ!」
「ククク、なんとでも言え。 だが忘れるな。 お前のトラウマをぶち殺せるのは俺だけだということを。 これも、運命石の扉の選――」
「分かったニャ。 フェイリスを助けてくれたら、差し出すニャ」
「なん、だと・・・?」


こいつ、本気で言っているのか?

IBN5100って今、手に入れようと思ったらすごく高くて、何十万もするらしいが。

そんなものを、譲ってくれるというのか?


「フェイリス、お前・・・いったいどんな"大変なこと"に巻き込まれていると言うんだ・・・?」


フェイリスの目から、一筋の涙がこぼれた。

こいつ、泣いている・・・。

厨二病の演技とは思えない。

まさか・・・本当に・・・?


「フェイリスは・・・呪われてしまったのニャ。 ゲロカエルんの呪いニャー!」
「それはひょっとしてギャクで言っているのか・・・?」
「今日は"ゲロカエルん追悼Day"をやったんニャけど・・・そのせいで呪いにかかっちゃったのニャ。 入り口のゲロカエルん見たかニャ?」
「ヤツならすでに排除した」
「あれも、元々はあんなに大きくなかったニャ。 巨大化は、呪いの影響ニャン」


もうその程度の超常現象では驚かないぞ。


「それで、お前がかかった呪いとは、具体的になんだ? 少なくとも、背は伸びていないようだが」
「それは・・・」
「それは?」
「雷ネットABに勝てなくなっちゃったニャー!」
「貴様・・・ァッ! これ以上ふざけるようなら、俺にも考えがあるぞ・・・!」
「今日1日、10人以上のご主人さまと対戦してるけど、全敗しちゃったのニャ~。 ありのまま、今起こったことを話すニャ。 "フェイリスは雷ネットABで勝っていると思っていたらいつの間にか負けていた"。 なにを言っているか分からないが以下略」
「お前、説明する気がないだろう?」
「とにかく凶真、なんとかしてほしいニャ~」


俺の腕にしがみついて、フェイリスが訴えるような視線を向けてくる。


「そもそも呪いを解くって、いったいどうすれば・・・」
「方法が1つあるニャ。 "アレ"さえあれば・・・」
「まさか、"アレ"を使えと言うのか・・・。 だが、果たして俺に使いこなせるかどうか・・・」
「信じるニャ。 凶真のことを」
「ところでフェイリス・・・"アレ"ってなんだ?」
「古来より神道に伝わる、あの神器ニャ」


神道、か・・・。

お祓いに使うようななにかか?


フサっ! フサっ! フサっ!


大幣(通称フサフサ)をフェイリスの頭の上で振ってみた。

使い方がこれで正しいのかどうかとか、俺はそもそも神職ではないが意味があるのかとか。

そういうツッコミどころはあえて目をつむった。


「・・・・・・」


瞑想するように目を閉じて頭を垂れていたフェイリスが、ゆっくりを顔を上げ――


嬉しそうに俺に抱きついてきた。


「なんだか、すっきりしたような気がするニャ! というわけで凶真! 早速だけど雷ネットで勝負ニャ」
「なん・・・だと?」


5分後。


「参りました」


コテンパンにされたのは、フェイリスの呪いが解けたからなのか、単に俺が雷ネットのルールをろくに知らないせいなのか。


「雷ネッター、フェイリス・ニャンニャン、ここに完全復活ニャ! 全部凶真のおかげニャ~!」


まあ、"フェイリスさえ満足していれば"本当に解決していようがいまいが、どうでもいい。

俺はただ、"満足したフェイリスから交換条件として幻のレアPC"を手に入れるだけだからな!


「凶真凶真、なにか飲むかニャ?」
「ではドクターペッパーを頼む」
「それはないから、いつものアイスコーヒーでいいかニャ?」
「ならばブラックで」


――数分後、フェイリスが軽い足取りでアイスコーヒーを運んできた。


フェイリスが出してくれたアイスコーヒーを、ストローを使わずにぐびりと飲む。

苦い。


「あまりはしゃぐなよ、フェイリス・ニャンニャン。 俺たちの取引は、まだ終わっていない。 忘れたとは言わせんぞ。 俺は最初にこう言った。 お祓いをする代わりに、幻のレトロPCをもらう、と。 さあ、用意してもらおう!」

「もちろんニャ! 約束通り、プレゼントするニャン」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234745p:plain



「じゃーん! これニャ! タミー製『ぴゅう丸』ニャ!」


フェイリスが出してきたのは、やたらとでかいキーボードのような"なにか"だった。


「なんだこれは!?」
「どうニャ? このゴム製キーボードがたまらないと思わないかニャ? もちろんコントローラーだって付いてるのニャ!」


なぜかキーボードにコントローラーが繋がっていた。

なにがなんだか分からなかった。


「これぞ、画期的な日本語ベーシックが動く唯一のマシンなんだニャーん!」
「ふざけるなー! 俺が欲しいのはIBN5100であって、ぽん丸ではない!」
「ぽん丸じゃなくてぴゅう丸ニャ!」
「どっちでもいい! よくも俺を騙したな!」


怒りにまかせて、一気にアイスコーヒーを飲み干す。


「でも凶真、IBN5100なんて一言も言ってないニャ。 逆ギレされても困るニャ」


え、そうだっけ・・・。

くそ、仕方ない、作戦を練り直す為にラボに戻るとしよう。


『ぴゅう丸』は正直なところいらなかったが、フェイリスがどうしてもとしつこいので、仕方なくもらっておくことにする。


「ところでフェイリスは同人CDを出したニャ。 凶真はフェイリスの命の恩人だから、特別に、1000円のところを500円にしてあげるニャ♪」


金を取るのは変わらないらしい・・・。


「ククク、残念だったな猫娘よ! 俺は! ついさっき! 財布を落とした! 故に、お前のおふざけニャンニャンCDを買う金などない。 これも運命石の扉の選択だな」
「フニャー!? ということは凶真、無銭飲食するつもりなのかニャ!?」


あ、しまった・・・。

たった今、出されたアイスコーヒーを飲み干したばかりだった。


「命の恩人に、ドリンク代をおごる気はないか、フェイリス」
「凶真・・・残念だけど、ちょっと店長呼んでくるニャ・・・」
「よ、よせっ! 今すぐなんとかするからちょっと待て!」


助手に電話してみた。


「岡部倫太郎ですけど、牧瀬紅莉栖さんにお願いがあるんです・・・」
「言ってみろ」
「かくかくしかじかで、足止め食らってまして。 大変申し訳ないんですが、1000円ほど、貸してくれませんか?」
「ふーん、それで私に頼ってきたわけか。 なんで私なの? 橋田やまゆりだっていたのに」
「それは、お前が俺の助手だからだ」
「ん? なんですって?」
「あ、いや、その・・・。 俺が頼れるのは・・・いつだって、お前だけなんだよ、紅莉栖・・・」
「・・・え、あ。 そ、そう。 それは、こ、光栄というか、悪い気は、しないけど」
「というわけで、来てくれ、紅莉栖・・・。 俺を、助けてくれ・・・」
「分かった、すぐ行く」


――数分後。


本当にすぐに来て、紅莉栖は気前よく1000円を貸してくれた。

飲食代の500円をフェイリスに支払い、おつりをきちんと貰った。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234810p:plain



「ありがとうございましたニャン。 いってらっしゃいませ、ご主人さま♪」

「この猫娘が・・・いつか、奥歯をガタガタ言わせてやる・・・」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ。 まったく・・・。 というわけで、1000円貸してあげた代わりに、ちょっと私に付き合ってよ。 ちょうどお腹がすいてて――」

「フゥーハハハ! たかが1000円で俺を買収したつもりかクリスティーナ! 俺は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真! 誰にも縛られたりはせんのだ!」

「ほう・・・」


紅莉栖の目がスッと細められた。

あ、やばい、また怒らせたかも・・・。


「貸した1000円、倍返しな」


笑顔のままそう告げると、紅莉栖は俺のことを振り返ることなく店を出て行った。

笑顔が逆に怖かった・・・。

あ、そういえばフェイリスにナイトハルトという男について聞いておくんだった。


「フェイリスよ。 ナイトハルトという男を知っているか?」
「・・・っ!?」


フェイリスの表情がピキリと凍り付いた。


「なぜ、凶真がその名を知ってるのニャ・・・」
「知っているんだな? ならば答えろ。 ヤツはいったい何者だ?」
「どうしても、聞きたいのかニャ・・・?」
「お前に選択の余地はない。 答えられないなら、答えたくなるようにしてやるのみだ。 そうだな、例えば・・・お前の猫耳を引きちぎってでも――ハッ!? なにぃぃぃぃぃ!? フェイリスの猫耳を引きちぎろうとしていたはずが、俺が代わりに猫耳を装着させられていたーっ!?」


おのれフェイリス。

俺が話している最中にふざけた小細工をしおって。

俺は咳払いをして、怒りを必死で抑えつけた。


「真面目に答えてもらおう。 この店に、大きなダンボールを抱えた男子高校生が来なかったか?」
「あっ! 来たニャ!」
「本当か? どうも信じられんな。 今度は"フェイリスのお兄ちゃんだニャ"とか言い出す気か?」
「フェイリスの弟ニャン」
「お前とはもう二度と話さん! 帰らせてもらう!」


回れ右して出ていこうとしたが、フェイリスに腕をつかまれ引き留められた。


「ニャハハ、弟っていうのは冗談ニャ。 でも、ホントに見たニャ。 1時間ぐらい前だったかニャ。 大きなダンボール持ってて、服の胸ポケットに星来ニャンのフィギュアが入ってたニャ」
「・・・!?」


そのフィギュアの情報は、ルカ子の証言と一致する。

ということはフェイリスの話は間違いなく真実・・・!

わずかなタイミングで入れ違いになってしまったか・・・。


「ちなみに、その星来ニャンとは?」
「『ブラチュー』のメインヒロインだニャン。 星来オルジェルっていう、ツンデレ変身魔法少女なのニャ」


フェイリスの口ぶりだと、有名なキャラらしい。

あるいは、俺もこれまで中央通りを歩いているときに偶然見かけたことがあるかもしれない。


「それでそのダンボール男について、他に情報はないか?」
「フェイリスが何度か話しかけてみたんニャけど、会話してくれなかったニャ。 で、ずっと"ふひひ"って笑ってたニャ。 オムライス食べてすぐ帰っちゃったのニャン。 ダンボールが重そうニャったけど、それ以外には変なところはなかったニャ」


目新しい情報はなしか。

いずれにせよ、ナイトハルトと思われる男が秋葉原のあちこちをうろついているのは間違いない。


「フェイリス、ナイトハルトの件は絶対に口外するな。 いいな? もし喋れば、お前のその猫耳を引きちぎる――って思ったら猫耳を引きちぎられていたのは俺だったァッーーー!」


さっき付けられた猫耳をフェイリスの手で外されてしまった俺は、頭部を警戒しつつ慌てて店から飛び出した。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234644p:plain

 

メイクイーン+ニャン2は俺も行きつけのメイド喫茶だ。

もっとも、それは純粋に食事をしに来ているからであって、メイドと話すためではない。

ダルのような動機でここに通うほど、俺は、純粋でもなければ、偏執的でもないのだ。

そう、俺は、穢れてしまっているのだよ・・・。


・・・。

 

ビュンビュンと車が行き交っている。

轢かれて死んでしまうような軽はずみな行動は自重しよう。

死は、いつでもそこにある。

いつでも手に入る。

だから、もう少しだけ、生の無駄遣いを、してみよう。

なあ、そうだろ・・・? 未来の俺よ。

たまらず俺は、半眼状態でふぁさぁっと前髪をかき上げた。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234540p:plain

 

中央通りと並行する裏通り。

ここは小さな十字路になっている場所だ。

道端には、いくつかの怪しげな露店が出ている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234556p:plain

 

「トッケーはイチ万エンすることヨロシ?」
「そんな金はない」


財布を落としたせいで、今の俺は無一文だ。


「ソレカ、ワタシ古いゲーム好きダカら、ナニかレアなハードがあれば交換でもイイヨ」


物々交換か・・・それなら・・・。

俺は黙って、"ぴゅう丸"を差し出した。

途端にマスターの目の色が変わる。


「Oh! ディスイズピューマルでしょでしょ!? サムライベシク動けでしょでしょ? ゴムキーもまだまーだイケてるがな! シランがな! ホッシーなー。 コレホッシーな!」
「ほう、マスター、どうやら"ぴゅう丸"に興味があるようだな。 だが知っているか? 世界はすべて、等価交換によって成り立っているということを」
「トッカンコウジ?」
「等価交換! 俺の"ぴゅう丸"と、そこにある懐中時計、物々交換と行こうではないか」
「???」
「損はさせないぞ。 いいか、この場だけだ。 ククク、分かるだろう? このチャンスを逃せば次はない。 さあ、決断しろ。 "ぴゅう丸"か、"カイちゅ~"か」


マスターがちっとも俺の言葉を理解しようとしないので、やむなく身振り手振りで説明した。


「OK! このポーケっクロックアゲマショーソーマショ。 ブツブツのチェンジマンでハイどぞどぞ~」
「え? あ、そう? そんな簡単に? いいの?」


戸惑う俺に懐中時計を押し付けたマスターは、代わりに"ぴゅう丸"を奪っていった。

なぜだろう、すごく、損した気分になってきた。

やはりとんでもないプレミア価格が付いていたりしたのかも。


「いいか、このことは他言無用だ。 もし誰かに喋れば、裏切りと見なす。 後は、分かるな?」
「サンキュー、ごくろーさんネ!」


マスターは白い歯を見せてまた爽やかに笑った。


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【18】


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160347j:plain


「ねえ、2人がいるならどこだと思う~?」


渚はPDAを起動して地図を覗き込んでいる。

総一は歩く速度を若干緩めると渚に並んだ。


「怪我をしているんだから、その手当てが出来そうな場所だと思うんです。 水道があるとか、ベッドがあるとか、救急箱があるとか、そういう部屋はありませんか?」

「戦闘禁止エリアならその全部があるみたいだけど、ここからだと1番近いのでもちょっと距離があるよ~」


渚はPDAを操作しながら困ったような声を上げる。


「マークのある倉庫と、シャワー室と、ベッドのある警備員の詰め所みたいな所ならこの辺にあるみたいだよ~」

「そのどれかにいると思う?」

「居てくれると良いんだけど。 渚さん、全部行ってみましょう。 一番近いのはどっちですか?」

「その十字路を左だよ~。 そこから少し行った所がシャワー室」

「分かりました」


総一は頷くと再び足を早めていく。


―――無事でいて下さい、文香さん、麗佳さん!


そう祈らずにはいられない総一だった。


・・・。

 

 



f:id:Sleni-Rale:20201029160411j:plain

 

「総一、ちょっと!」


通路を歩いていく途中、かりんが突然床にしゃがみこんだ。

それはシャワー室と詰め所が無人であるのを確認した後の事だった。


「これ、血のあとなんじゃないかな?」


そしてかりんは床の1点を指さした。


「血のあと?」


行き過ぎかけていた総一は足を止め、かりんの指さしている部分を見る。


「ホラ、これだよ」

「本当だ・・・」


そこには確かに赤い染みが出来ていた。

総一は膝をつくと、その赤い染みに手を伸ばす。


「まだ乾いてない」


総一の指先には湿った感触があった。

指を見るとそこに赤い色の液体が少し付着していた。


「って事は総一!?」

「ああ、この辺に居るって事だ!」


総一は急いで立ち上がる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160423j:plain



「総一くん、倉庫があるのはこの向こうだよ」


渚は通路の壁に触れる。

今いある通路は渦巻き状になっており、少しだけ回り込んでいく必要があった。


「分かりました。 急ぎましょう! かりん!」

「うんっ!」


総一が伸ばした手に掴まり、かりんもひょいっと立ち上がる。


「走るよ、ついてきて!」

「はい~っ!」

「うんっ!」


そうして3人は走り出した。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20201029160434j:plain

 

総一がドアを思い切り開けると、中にいた人間の顔がパッとこちらを向いた。

倉庫には2人の人間の姿があった。

1人は床に寝かされており、立っているもう1人がその手当てをしているようだった。


「文香さん、麗佳さんっ! 無事でしたか!!」

 

初めは強張っていた2人の顔も、総一の姿を確認すると少しだけその表情を緩めた。


「文香さん! 麗佳ちゃん!」

「居たのっ!?」


続いて渚とかりんも部屋に飛び込んでくる。

2人はすぐに文香と麗佳のもとへと駆け寄っていく。


「みんな、ぶじ、だったのね」


床に横になっていた文香は総一達の姿を見ると笑顔を浮かべた。

その表情は時折痛みに歪むものの、彼女は安堵しているようだった。


「はい」


総一は渚とかりんの後から文香に近付いていく。


「麗佳さんも無事で良かったです」

「・・・ありがとう」


麗佳の表情も安堵の色に包まれていた。

総一達がまだ3人一緒に行動している事に安堵していたのだ。

誰が敵で誰が味方か分からない、そんな状況で怪我を負った文香と麗佳。

この時までの不安と緊張、そして恐怖は決して小さくは無かった。


「合流出来たのね、総一君・・・」


総一達と文香達は漆山が死んだホールで別れたきりだった。

あの時の総一と渚は駆け出すかりんを追うのが精一杯で、他の事を考えている余裕は無かった。


「はい。 俺達はなんとか。 でも、文香さん達はどうしたんですか? あれから何があったんですか?」


―――あの時は怪我をしていたのは麗佳さんだけだったのに、今は文香さんの方が重症みたいだ・・・・・・。


「それはね、御剣」


総一の疑問に答えたのは麗佳だった。


「途中までは高山さんと一緒に行動してたのよ。 でも途中で罠にはまってしまって・・・」

「罠?」

「ま、まだ見てないのかしら? この建物、たまに罠が仕掛けてあるのよ。 本当に、たまになんだけど」

「文香さん、まだ寝ていてください。 話なら私がしますから」


話を続けようとする文香を麗佳が止める。

総一は麗佳のその様子を見て、文香の怪我が深いという想像が間違っていない事を知った。


「ごめん。 お願いね麗佳ちゃん」

「はい」


麗佳は文香に頷くと総一達に向き直る。

その顔には少しだけ辛そうな表情が刻まれていた。


「高山さんと分断された所に長沢がやってきて、それでこの始末よ」


麗佳は自分の左手と、文香の右のふとももを示した。


「長沢にやられたんですか?」

「ええ。 クロスボウ武装していたわ」

「俺達も1度襲われました」

「そうだったの・・・・・・」


麗佳の表情が更に厳しいものになる。


「それからなんとか逃げ出してここへ。 そして文香さんの止血が終わったところで貴方達が来たって訳よ」

「そうでしたか。 無事で良かったです」


総一が麗佳に頷くと、渚が総一が背負ったままのリュックをごそごそと漁り始める。

総一は渚が中身を取り出し易いように少ししゃがんでやった。


「・・・あなた達は、相変わらず仲良しなのね?」


丁度総一と顔を見合わせる形になった文香が彼に小さく微笑みかける。


「はい。 2人ともよく頑張って助けてくれます」

「麗佳ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれる~? 麗佳ちゃんの腕の怪我を診るわ~」

「あっ、あたしも手伝う!」


渚とかりんは丁度麗佳に手当てを施そうとしていた。

総一は文香に2人の事を視線で示した。


「ほらね。 2人とも頑張り屋なんです」

「本当ね・・・」


文香は嬉しそうに頷いた。


・・・。


麗佳と文香の手当てが済む頃には、お互いの情報交換はあらかた終わっていた。


「まさか高山さんが・・・・・・」

 

麗佳は高山と手塚の話を聞くと信じられないという面持ちで首を軽く左右に振った。

彼女の頭のおさげが一緒に大きく揺れる。

彼女の動揺の大きさは見ている総一にも十分に伝わった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160449j:plain



「麗佳ちゃん、総一君達と協力しましょう」

「でも・・・・・・」

「怪我をしている私達には他に選択肢は無いでしょう? それにこの3人ならきっと大丈夫よ。 そんな事をする子達に見える?」

「・・・・・・」

「ねっ?」


文香のそんな言葉に麗佳は頷きかけたのだが、



f:id:Sleni-Rale:20201029160501j:plain

 

「ごめん、実はあたし、1度総一を裏切ろうとした事がある」


かりんがそう言うと麗佳は言葉に詰まった。


「馬鹿かりん」


ゴンッ


まとまりかけていた話を壊してしまいかねないかりんの発言に、総一は思わず手が出ていた。


「話をややこしくするな」


「ご、ごめん。 麗佳さん、今は違うんだよ、今は。 総一のこと大好きだし!」


そしてかりんはスルッと総一に抱きつく。

しかしかりんの額には冷や汗が浮かんでいた。

どうやら彼女自身も話をややこしくした事を後悔しているようだ。


「ぷっ」


そんな総一とかりんを見て、麗佳は小さくふきだした。

彼女はそのまま笑い始める。


「分かりました文香さん。 彼らと協力しましょう」


そして麗佳は笑いながら頷いた。

それを見届けると、文香は自分の荷物の中からPDAを取り出した。


「総一君、これを見て」

「これは!?」


文香が差し出したのはダイヤの6が表示されているPDAだった。


「総一君、さっきJOKERを持ってるって言ってたわね? だったらあたしの首輪を外せば、これでエクストラゲームのシャッターが開けられるわ」

「やったね! 総一!!」


総一に抱きついたままだったかりん。

その手の力がぎゅっと強まる。


「JOKERは何度使ってるのかしら?」

「さっき5回目をやったところです。 だからもう、外せる筈です」


総一はJOKERを取り出して文香に見せる。

画面では道化師が踊っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160513j:plain



「そう。 助かったわ」


すると文香は一瞬の迷いも見せず自分の首輪に6のPDAをはめ込んだ。

PDAの下部についている端子。

それは首輪の前面の端子にぴったりとはまりこんだ。


―――文香さん、本気で俺達を信用してくれてるんだな・・・。


総一は嬉しくなっていた。

いつになくやかましいアラームが鳴り響く。


『おめでとうございます! 貴方はJOKERを5回使用し、首輪を外す為の条件を満たしました!』


そんな合成音声と共に首輪が左右に別れる。

前面端子にそって刻まれていた模様のような部分に繋ぎ目があり、そのロックが外れたようだった。


「やった・・・・・・!?」

そして総一の目の前で、文香の首輪はあっさりと彼女の首から取り外された。


「総一君、この首輪も持っていきなさい。 これを集めている人もいるから」

「はいっ!」


総一は文香から首輪を受け取る。


―――首輪だ・・・。


本当に、外れるんだ・・・。

涙が出そうになる総一だった。

これならかりんを、渚を助けられる。

総一にはそれが嬉しくてたまらなかった。


「それとこれも」


文香はPDAも総一の手の上に乗せる。

首輪とPDA、全てを合わせても大した重さではない。

しかし総一には不思議とこの2つはずっしりと重く感じられていた。

そう感じられる程に総一達を悩ませたものだった。


「麗佳ちゃん、貴女のPDAもみんなに見せてあげて」

「はい」


麗佳は文香の言葉に素直に従ってPDAを取り出した。


「私のはこれよ」


それはクラブの8だった。


「って事は・・・」

「そうよ。 かりんちゃんの首輪が外れたなら、麗佳ちゃんのも外せるわ。 だから総一君、麗佳ちゃんをお願い。 一緒に連れて行ってあげて」

「それはもちろんですが、貴女はどうするんですか文香さんっ!?」


文香は『麗佳ちゃんをお願い、一緒に連れて行ってあげて』と言った。

そこには文香自身は同行しないという意味も含んでいる。


「あたしは・・・・・・この脚じゃ動けないわ。 自分で分かるの。 無理して長い距離を歩いたら、きっとすぐにまた出血して動けなくなる」

「そんな・・・だからってこんな所に置き去りには・・・」


文香は動かせない。

それは総一も重々承知の上だった。

だが手塚と高山が麗佳と文香を探しているというこの状況で、彼女をこの場所に置き去りにすればどうなるか分からない。


「仕方ないわ。 ここはあたしの強運に賭けるしかない」

 

「待ってよ、総一くん! 文香さん! 良い方法がある!」


自分のPDAを握り締め、渚が表情を輝かせる。


「文香さんは戦闘禁止エリアに連れて行けばいいのよっ!!」

「ああっ!? そうかっ!!」


総一の表情にも明るさが戻る。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160526j:plain

 

「分かるの!? 戦闘禁止エリアが?」


文香を守る方法があるかもしれないという期待に、麗佳の表情も明るくなる。


「はいっ、渚さんのPDAにはそういう機能が追加されているんです!」


戦闘禁止エリアの中に彼女を置いて行けば、首輪が外れていない人間は彼女には手を出せなくなる。

もはや殺される心配はない。

下手に同行するよりも、逆に安全かも知れないのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160547j:plain



「そうと決まったらすぐ行こうよ! こんなとこでグズグズしているよりは向こうのが安全なんだし!」


そう言うなりかりんは荷物をまとめ始める。

確かにそれはかりんの言う通りで、時間は夕刻にさしかかっていてあまり時間的な余裕もなくなっていた。


「ああそうだな、そうしようっ!」


だから総一はすぐにそれに同意すると、一緒になって移動の準備を始めた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

戦闘禁止エリアへの移動はつつがなく終了した。

移動の間に手塚達や長沢に見つかる事はなく、特に障害もなく総一達は近くの戦闘禁止エリアまで移動する事が出来た。

これまでがこれまでだっただけに多少拍子抜けをした総一達だったが、無事である事に文句は無かった。


「文香さん、痛かったり苦しかったりしませんか?」


文香を戦闘禁止エリアのベッドに寝かせると、総一はそっと彼女に掛け布団を掛けてやった。



f:id:Sleni-Rale:20201029160605j:plain

 

「ありがとう総一君。 大丈夫よ。 私の心配はもう良いから、あとはみんなをよろしくね?」

「はい」


総一は力強く頷く。


「手塚と高山、長沢の3人は敵に回ってしまいましたが、まだ他に3人居ます。 その3人と接触できればきっとみんな無事に帰れます」


死んだのは2人。

敵は3人。

総一達は5人。

合わせて10人。

他にまだ3人居る筈だった。

文香のPDAをシャッターを開けるのに使ってしまうから、必要なPDAはあと2台。

それでかりんと麗佳の首輪を外す事が出来る。

だからわざわざ敵とまみえる必要などなかったのだ。


「残念ながらそうじゃないわ総一君。 生存者は今、9人しか居ないのよ」


しかし文香はそう言いながら首を横に振った。


「なっ!? それはどういう事ですか!?」


―――また2人死んだっていうのか?!


「私のPDAを見て」

「PDA?」

「私のPDAには生存者の数をかぞえる機能が追加されているの」


6のPDAの起動ボタンを押し込む。

するとトップメニューの所に、確かに生存者の数が表示されていた。

渚のPDAと同様に、彼女のPDAもソフトウェアが組み込まれていたのだ。


『残りの生存者 9名』


「いつから9人だったんですか?」

「昼ごろからそうだったわ」


―――じゃあ、俺達が手塚と出会った頃には既に4人死んでいたって事なのか?


総一はゾッとしていた。

総一達がまだ大丈夫だなどと考えていた間に、とっくに4人もの命が奪われていたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160620j:plain



「総一・・・・・・」

「大丈夫よ、かりんちゃん。 総一くんと私がきっと何とかするから」


不安そうにしているかりんを渚が慰める。

それを見て総一はかりんの事は渚に任せておくことに決めた。


「あたし達は今5人。 敵は3人。 他にもう1人しか居ないのよ。 だから総一君達は遅かれ早かれ、3人の敵のうちの誰かと戦う事になる」


例外は残る1人がPDAを2つ以上持っている場合だが、それに期待するのが間違いなのは誰の目にも明らかだった。


「落ち着いて、冷静に状況を見極めるの。 焦って守るべきものを見失わないように。 良いわね、総一君」


「は、はいっ」


総一の声は上ずりかけていた。


―――落ち着け総一。


かりんはまだ子供で、麗佳さんは足に怪我。

俺がしっかりしないと、渚さん1人に負担がかかってしまうぞ。

焦る頭と高鳴る鼓動を抑え込み、総一は何度も自分に落ち着けと言い聞かせる。


「渚さん、総一君をお願いね。 この子、意外と誰かの支えが必要みたいだから」

「・・・はい。 そのつもりです」


渚は真面目な顔で頷く。


「麗佳ちゃん、気を付けてね? この3人と一緒ならきっと大丈夫。 あたしはもう一緒に行けないけど、ここから貴女の無事を祈ってるわ」


「さようなら文香さん。 今までありがとうございました」

「また会いましょう、麗佳ちゃん」

「はい」


麗佳が頷くのを見届けると、文香は再び総一を見た。


「名残惜しいけど、もう行きなさい総一君。 時間が無いわ。 かりんちゃんと、妹さんを助けるんでしょう?」

「はい。 じゃあ行きます。 文香さんもどうかご無事で」

「ええ。 これでも運は良い方だから心配いらないわ。 みんな、後でまた会いましょう」


こうして総一達は後ろ髪引かれる思いで戦闘禁止エリアを後にしたのだった。


・・・。


「ふぅ~~、やぁっと行ってくれたか・・・・・・」


文香は総一達が出ていったドアを見つめながら、小さく苦笑を漏らした。

総一達は何度も振り返りながらそこから出ていった。

文香にとっては嬉しい事である半面、さっさと行って欲しくもあった。

事態はそれほどまでに切迫していたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160635j:plain



「でも、これで私の仕事はやりやすくなったのかしらね?」


文香は誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟く。

1人になったという事は、行動の自由を得たという事でもあるのだ。


「とはいえこの脚じゃ今すぐ動くのは無理、か・・・。 もう少しじっとして待ちましょうかね。 痛み止めが効き始めて、血が完全に止まるぐらいまでは・・・」


脚の調子を確かめた後、文香は布団を頭から被る。


「果報は寝て待てってね。 ・・・・・・がんばるのよみんな、どうか無事で」


そして文香はそっと目を閉じるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160647j:plain



麗佳が足に怪我をしている事もあり、階段のホールへ入ったのは総一1人だった。

麗佳の怪我は支えてやれば歩く速度にはさほど影響は無かったのだが、走って逃げるとなると話は別だった。

そこで総一1人がホールを調べにやって来たのだ。


「良かった、誰も居ないか・・・・・・」


総一はホールを見回して大きく安堵する。

手塚や高山、長沢の姿はそこには無い。

総一達が心配していたような待ち伏せは無かった。


「・・・・・・あとは隠れられそうなのは階段の所だな」


総一はそれでも気を緩めたりはしなかった。

これまでの事で、少しでも気を抜けば命取りになるという事を嫌というほど理解していたのだ。

ホールの端に位置している階段。

そこは少し奥まった場所にあり、身を隠すには持ってこいな場所だった。


―――ここに武装した誰かが隠れているなら、大事だが・・・。


慎重に足を進める総一の脳裏に長沢のクロスボウの事がよぎる。

何度か身体をかすめていった矢を思えば、緊張は隠せなかった。


―――頼む、誰も居ないでくれよ・・・!!


総一はそう祈りながらホールの角から階段を覗き込む。

「あれ?」


しかしそこで総一が目にしたのは、予想外の光景だった。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20201029160702j:plain

 

「ほんとだ~、シャッターが開いてるね~」


「なんで?」


先に行った渚とかりんが階段を見上げている。

一応の安全を確認した総一は、そこに仲間達を連れてきていた。


「分からないんだ。 俺が来た時にはもう開いちまってた」


総一も麗佳を連れて階段へやってくる。

総一の肩に掴まって歩く麗佳も、そこへ来るとすぐに階段を見上げた。

総一がここへ来た時、階段を塞いでいた筈のシャッターは開いていた。

シャッターのパネルには1台のPDAがはめ込まれており、シャッターの半分が扉のようにホール側に向かって開いていた。

パネルにはめ込まれたPDAには何も表示されていない。

普通、操作していない時にはカードの図柄が表示されている筈なのに、そこには何も映し出されていなかった。

恐らくスミスの言っていたように、はめ込まれたPDAは壊されているのだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160713j:plain



「どういう事なのかしら? 誰かが先に上がっていったって事かしら?」


麗佳が総一を見た。

間近で見ると麗佳の美貌は際立っている。

しかしその表情は不安で歪んでいた。

対する総一も彼女の美貌に構っている余裕は無い。


「多分そういう事になるんでしょうが・・・しかしそれならどうして・・・・・・」

「手塚くん達も、長沢くんも、私達を狙ってた筈だよね~?」

「だったら、あいつらが開ける筈ないよね? あいつらはここが閉まった方があたし達を捕まえ易いんだからさ」


渚とかりんが総一と麗佳の所へ戻ってくる。


「何か、開けなきゃいけない事情でもあったのか、それとも―――」

「それとも最後の1人が開けたのか、って事になるわね」


総一の言葉を麗佳が継ぐ。

自然と全員の視線が麗佳に集まった。


「開けなきゃいけない事情・・・仲間割れでもしたのかな? 総一、手塚と高山はそんなに仲が良いってわけじゃなかったんでしょ?」

「ああ」


総一は頷く。

手塚と高山は相手を危険だと承知した上で、あえて手を組んでいるように総一には見えた。


「あの2人ならそれもあるんだろうと思うよ。 手塚はPDAを複数持ってるんだし」


手塚は自らが人殺しであると公言していた。

そして遠回しにだが少女の殺害も認めている。

つまり彼がPDAを複数持っている可能性は極めて高い。


「それで総一くん~、これからどうするの~?」

「それは・・・やっぱり元の方針のまましかないと思います。 幸いここが開いているという事は、文香さんのPDAを使わずに済みます。 最後の1人を見つければかりんの首輪を外してやれます」


総一達のPDAは全部で5代+JOKERの6台。

文香のPDAをここで失う筈だったが、開いていた以上それは必要ない。

あと1台あればかりんの首輪を外す事が出来るのだ。


「でも、ここが開いている以上、その最後の1人がもう上に行っちゃってる場合もある訳で」


総一がそう言うと、全員の視線が上を向いた。


「じゃあ総一、元の予定通りに、上に向かいながらもう1人を探すんだね?」

「ああ。 それが良いと思う」


総一がかりんに向かって頷いた時、麗佳が再び口を開いた。


「待って御剣。 それにみんなも」

「麗佳さん?」

「とりあえず3階に登るのには賛成。 でも、先に進むのは少し待って欲しい」

「何故ですか?」


総一とかりん、渚の視線が再び麗佳に集まる。


「3階のホールで、この階段を見張りたいのよ。 誰がこのシャッターを開けたのかを知っておきたいと思わない? 私はそれはこの先重要な情報だと思うの」


麗佳は順を追って説明していく。


「3階に上がって、ホールを見張っていればやがて残る人間が全員通るわ。 そして逆に、その人達はシャッターを開けた人間ではないって事になる。 開けた人は我々よりも先に行っている筈なんだから」


シャッターを開けるだけ開けて、2階に留まるような人間がいるとは思えない。

その時点なら3階は確実に誰もいない安全地帯なのだから。


「私達が探している例の1人がここへやってきたらその時点で話をすれば良い。 でももし、最後の1人がここを通らなかったら? つまりシャッターを開けたのが、私達が探している人物の仕業であったらどう?」


現状では総一達・手塚達・長沢・『最後の1人』の4組の集団がある。

だからこの階段を総一達の後に登る組み合わせは3通りだ。

1つ目は誰も通らない。

これは総一達が最後尾である場合だ。

2つ目は1組。

これは先に2組が先行している場合が当てはまる。

シャッターを開けた組ともう1組が先行している事になる。

3つ目は2組。

これは先行しているのがシャッターを開けた組だけである場合だ。

麗佳が指摘している問題は1つ目以外の条件で、総一達が探している人物が総一達の後に階段を通らなかった場合だ。


「その場合、私達が探そうとしている人間が既に誰かを殺している可能性が出てくるって事でしょう?」


特に先行しているのがその1人だけである場合がそうだ。

彼、あるいは彼女はどうやってその余分なPDAを手に入れたのだろう?


総一達が文香から貰ったように平和裏に手に入れた?

死体に遭遇してPDAだけを持っていった?

それとも自らの手で殺し、PDAを手に入れたのか?


「だから時間が減って多少危険でも、ここを監視していたいのよ。 誰が通るのかを見張れば、私達は行動の選択肢を絞り込めるようになる。 そして運が良ければかりんさんの首輪も外せるわ」


探している人間が後からくれば何の問題もない。

そうなればかりんの首輪が外せる目も出てくるだろう。

しかし事によっては、残る4人全員と敵対する覚悟を決める必要が出てくるのだ。

 

「仰る意味は分かりました。 俺もそれに賛成です。 渚さん、かりん、2人はどう思います?」

「私もそれが良いと思う~」

「あたしは総一が賛成ならそれに賛成するよ」


「決まりね。 じゃあ上に登って、しばらく階段を見張りましょう」


そして麗佳の言葉に全員が頷いた。


・・・。


そこを最初に通過したのは長沢だった。

それは2階が侵入禁止になる3時間半前、夕方の6時間半頃の事だった。


『ラッキーなんだかアンラッキーなんだか分からないけど、これはこれでいいか』


隠れて見守る総一達に気付いた様子もなく、彼はそんな言葉を残して姿を消した。

それから2時間近くそこを通る者は無かった。

2階が侵入禁止になるタイムリミットは1時間半後に近付いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160744j:plain



「誰も来ないね~?」


ホールを覗く総一。

その肩の上に顎を乗せるようにして渚も一緒にホールを覗く。

かりんは怪我をした麗佳と一緒にホールの少し手前にある部屋で待機している。

見張っていて敵対的な人間に見つかった時に、動きの鈍い麗佳が追われないようにするための処置だった。

だからホールを見張るのは総一と渚の仕事になっていた。


「そうですね」

「もう全員通ったのかな~?」

「それもあるのかもしれませんね」


だが頷きながらも、総一は反対の事を考えていた。


―――けど少なくとも、手塚達が通ったとは思えないんだけどな・・・・・・。


手塚達は文香と麗佳を探していた。

総一達は先にその2人を見つけて、その後はまっしぐらにこの場所を目指している。

それだけの時間で手塚達が捜索を諦めたとは考えにくい。

だからいくら早くても先に3階に来ている事はありえない。

総一はそんな風に考えていた。


―――だがその場合は、俺達の会った事のない最後の1人がシャッターを開けた事になるんだよな・・・。


手塚達の事もあったので、総一はシャッターを開けたのが長沢であって欲しいと願っていた。

そうでなければ最後の1人までが敵となる可能性が出てきてしまう。

しかし長沢は総一達よりも後にここに姿を現した。


「総一くん、ちょっと。 誰か上がってくるみたいだよ」


考え事に沈んでいた総一を渚の声が引き戻した。


「話し声がするよ~」


渚は声をひそめ、階段を指さした。


「話し声って事は―――」


そして3階に姿を現したのは、手塚と高山の2人だった。


「ここが既に開いているってのは予想外だったが・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160758j:plain

 

「不思議はネエよ。 長沢なら余計なPDAを持っていてもおかしくないし、御剣と女共に関してはJOKERを持っていた。 いざとなればそれで開けるさ」


3階に立った手塚と高山。

2人は余裕のある様子でホールを見渡す。


「予想外というのなら、俺達が怪我した2人の女を捕まえられなかったことの方だろうよ」

「・・・・・・違いないな」


高山は無表情に頷く。


「まあいいさ。 どうせ6階では嫌でも鉢合わせだ。 高山さんよ、上に行こうぜ。 向こうよりこっちの足が速いのは明らかだ。 急げば追いつけるし・・・」


手塚はタバコに火をつけると、ライターとタバコの箱を高山に投げ渡す。


「道が違って追いつけなくても6階に先回りできる、か」


高山はそう答えてからタバコに火を点ける。


「そういう事。 ・・・・・・って事で、行きますかい大将?」

「・・・・・・ああ」


そして2人はタバコの煙を吐き出しながらホールを後にした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

同時刻・某所。

多くのモニターに取り囲まれた部屋。

同じだけ多くの機材が積まれ、そこはまるでテレビ局かNASAあたりの宇宙船の管制室のような風情だった。

行き交う人間の数も多い。

広い筈の部屋も多くのスタッフが動き回っているおかげで狭く感じられる。

特徴的なのは、そのモニターには2種類の映像が表示されているという事だろう。

ひとつは薄汚れた建物と、そこを動き回る男女の映像。

そしてもう1つは豪華な衣装に身を包んだ男女が集まる、高級カジノの映像だった。


「郷田さん、"姫様"の件は無事に終了。 こちらは予定通りのラインに戻りつつあります」


その部屋にいる人間の1人がコンソールのマイクに向かって話しかけている。

その姿は電話オペレーターのようにも見える。

すると部屋にある大型モニターのうちの1つに映し出されていた女性がカメラの方を向き、笑顔を作った。

彼女は薄汚れた建物の方にいる人間の1人だった。

彼女は手に持っているPDAをまるで携帯電話か何かのように頬に押し付けていた。


『ただでさえ忙しいんだから、次はこういうのは勘弁して欲しいものだわ』


モニターの脇にあるスピーカーから女性の声が流れ出る。

モニターに映る女性の声がそこから流れ出ていた。

するとその部屋に居る人間の多くが女性の声に注目する。


「そう言わないで下さいよ。 郷田さんが居てくれたからこそ、無事に済んだんですから。 いやぁ、封鎖したままの3階を使うのは良いアイデアでした」

『褒めても何も出ないわよ。 それで現状は?』

「はい。 カジノの方には用意したダミー映像を流しています。 葉月があの子を殺して、郷田さんに返討ちに遭うものです」


ちらりと男が視線を別のモニターに映すと、そこでは丁度女性が銃を構えて中年男性を撃ち殺すシーンが表示されていた。


『お客の反応は?』

「悪くないです。 こちらの事情に気付かれた様子もありません」

『じゃあ、プレイヤー達の方はどうなの?』

「現在2階が侵入禁止に。 生存者は陸島を除いて全員が3階へ上がっています」

『あら、文香さんが? 彼女はどうなったの?』

「重傷を負っていたので、首輪を外した時点で戦闘禁止エリアに残されました」

『へぇ、なかなか面白い事になってるじゃない』

「ともかくこれで一安心です」


女性と話す男はあからさまな安堵の表情を浮かべている。


『ええ。 大体分かったわ。 それじゃあそろそろ私も行くわね。 やることは沢山あるし』


モニターに映っていた女性はカメラに向かって軽く手を振る。


『終わったら食事でもおごりなさいな』

「もちろんですよ郷田さん。 今度は事が事だけに、きっと経費で落ちますし」

『・・・・・・しっかりしてる事。 まあ良いわ。 データだけ送っておいてくれる? あとは任せるから』

「分かりました」

『よろしく。 じゃあ切るわね、っと、忘れる所だった。 あれよ、大分前に言った件だけど』


女性は話を打ち切りかけたが、何かを思い出して話し続ける。


「ああ、あれですか」

『ええ。 そろそろ頃合だと思うから、進めておいてくれる? さっきの騒動ですっかり忘れてたわ』

「分かりました」

『そろそろ渚ちゃんにも働いて貰わなくちゃね。 随分あの子たちに入れ込んでるみたいだし、丁度良いわ』


女性は楽しそうに微笑んでいる。


『それじゃね~。 準備が出来たらまた連絡をちょうだい』

「分かりました」


スピーカーからの声が途切れる。

そしてモニターに大写しになっている女性はカメラに向かって二、三度手を振る。


「まったく大した人だ」


男がそう呟くと同時に、女性はカメラからフレームアウトしてモニターからその姿が消える。


「参戦回数が多いってのは、こういう事なのかね?」


別のモニターに女性の歩く姿が映っている。

男はそれを見ながら、彼女が味方で良かったと安堵するのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

状況を把握した後の総一達の動きは速かった。

彼らは一気に最上階へ向かう決断をしていた。

自分達以外が全員戦いを選んだ可能性が強まった今、先回りして戦闘禁止エリアに飛び込むのは急務だった。

そうすればどうあっても残る連中は交渉を選ばない訳にいかないからだ。

女子供、そして怪我人のいる総一達にはそれ以外に確実な方法は無かった。

また2階で時間を大きく消費してしまったという事もある。

その意味でも上層階へ急がなければならなかった。

移動の際には麗佳の怪我の事が心配されたが、もともと罠を警戒しなければならない為に速度は上げられなかった。

おかげで麗佳の事は問題になっていない。

とはいえ移動速度が遅い事にはかわりない。

それを補ったのが渚のPDAの拡張された地図だった。

戦闘禁止エリアをうまく経由して進む事が出来るようになったので、体力的にも心理的にも余裕が生まれていた。

また一方通行のドアの表示もとても役に立った。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160817j:plain



「じゃあ、みんなはここを調べていて下さい。 俺はちょっとあたりを見回ってきます」

「気を付けて、総一くん」

「ここはお願いします、渚さん」

「は~い」


渚に軽く手を振って総一が戦闘禁止エリアを飛び出していく。

そこは3階にある戦闘禁止エリアの1つだった。

4階を目指していた総一達は4階へ上がる前の最後の休憩にそこへやってきていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160828j:plain



「ねえ渚さん、あたしこっちから順番に開けていくから」

「うん。 食べ物を見つけたら教えてね、かりんちゃん」

「あは、分かった」


かりんは戦闘禁止エリア内にいくつか並んでいた木箱の1つを開ける。

そして彼女は中に入っているものを1つずつ引っ張り出していく。


「麗佳ちゃんはここに座っててね~?」


渚は麗佳を据え付けられていたソファーに下すとにっこりと笑いかけた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160841j:plain



「申し訳ありません、お手伝いできなくて。 足手まといですね、私」

「良いんだよ麗佳ちゃん~。 こんな時だしさ~、助け合わなきゃ~」


眉を寄せて謝る麗佳。

しかし渚は笑顔を崩さなかった。


「それに麗佳ちゃんが居てくれたから、最後の1人にも期待できそうにないって分かったんだし~」


そのおかげでこうして総一達は最上階を目指す決断を下したのだ。


「間違いなく信用できるのは総一くんと私達3人しかいないんだしさ~、足でまといだなんて悲しい事言わないで欲しいな~。 麗佳ちゃんが居ないと寂しいもん~」


そして渚は最後に少しだけ苦笑して見せる。


「そうそう!」


かりんもその時だけ箱から顔を出し、麗佳に向かって軽く手を振る。


「・・・・・・」


麗佳はそんな2人をじっと見つめていた。

その表情には戸惑いのようなものが浮かんでいる。


「どうしたの~麗佳ちゃん~?」

「・・・・・・」


麗佳は答えない。


「気にしないで良いよ~。 言って、麗佳ちゃん~」

「・・・・・・失礼な事を訊くことになりますけど・・・」

「構わないよ~。 ねぇ、かりんちゃん」

「うん!」


かりんは箱に顔を突っ込んだまま、手だけを出して振って同意を示している。


「貴女方は、どうしてお互いを信じているんです? 例えば、そう、今外に出ていっている御剣の事とかが心配にならないんですか?」

「ああ、そっか~。 怪我して帰ってきたりしたら大変だね~。 ついて行けば良かったな~」


麗佳に言われて、渚は総一が出ていったドアをじっと見つめている。

麗佳はその答えに一瞬呆気にとられるものの、すぐに首を横に振った。


「そうではなく、彼が貴女方を裏切るとは思わなかったんですか?」

「総一くんが? 私達を?」


今度は渚の方が呆気にとられる。

しかしすぐに彼女も首を横に振った。


「それはないよ~。 総一くんだもの~」


そして渚はすぐに普段通りの笑顔を取り戻した。


「あたしは最初疑ってたよ。 裏切られるんじゃないか、殺されるんじゃないかって」


かりんは1つ目の箱を調べ終わり、蓋を元に戻した。

そしてその上に腰掛け渚と麗佳の方を向く。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160852j:plain



「妹の事で頭がいっぱいでさ」


そしてかりんは苦笑しながら麗佳に自分の妹の事を話していった。

それを聞いた麗佳は再び驚きの表情を作った。


「それなのに彼を信じたの?」

「うん」

「どうして? 何故そんな事が出来たの?」

「あいつさ、あたしが刺そうとしても無抵抗だったんだ。 妹の所へ帰れ、大事な人の所へ帰れ、そう言って一瞬も迷わずに刺されようとしたんだ」

「無抵抗に・・・・・・」

「総一が抵抗していたら、あたしはきっと刺せたんだと思う。 でもあいつが無抵抗だったから、寸前のところで思い留まった。 あたしにはやっぱり、言い訳無しには人は殺せなかった。 そして妹を助ける為だからこそ、人は殺せないって思った。 それを総一に、真っ向から思い知らされた」


かりんは説明しながら右手のひらを見つめる。

その手に持ったナイフ。

それを総一に向けた事。

様々な事が脳裏に蘇り、駆け抜けていく。


「ふふ、人を殺せないんだもの。 あとは信じるしかないじゃない?」


そしてかりんは笑い始める。


「そう決めたら、すっごく気が楽になってさ。 あとは目の前にいた総一を素直に信じただけ。 無理に信じろとは言わず、あたしと妹の為に刺されても良いって言ったお人好しの事をさ」

「ふふふ、かりんちゃん、それはちょっと違うんだな~」


渚は笑うかりんに片目をつぶってみせる。


「どういうこと渚さん?」

「総一くんはお人好しなんかじゃないんだよ。 私にもついさっきまでは分からなかったんだけど」


いつの間にか、渚の口調はほんの少し真面目なものに変わっていた。

その瞳にも僅かに悲しみの色が浮かんでいる。


「総一くんはね、多分、大事な人を亡くしてるの。 それも多分、大好きだった恋人を」

「こ、こいびと!?」

「そうだよ。 総一くんはね、その人を守れなかったってずっと後悔してる。 だからかりんちゃんの妹のかれんちゃんをどうしても助けたいって気持ちが誰よりも良く分かったの」


これまでの総一の言動。

そして一貫した行動。

それらを全て間近で見てきた渚には分かるのだ。

彼が一体何を求めているのかを。


「そしてだからかりんちゃんを助けたい。 総一くんは自分が失敗したから、かりんちゃんには失敗させたくないって思ってる。 殺されても良いって思ったのはそのせいなの」

「総一・・・・・・」


かりんは渚から総一が出ていったドアに視線を移す。


「そして総一くんには約束があるの。 亡くなった大事な人とかわした、大事な約束が」


総一は言っていた。

約束があるからだと。


「約束?」

「うん」


渚は麗佳に向かって頷く。


「間違った事はしないって約束。 だから人を殺すなんて問題外。 裏切るつもりも毛頭ない。 恋人との約束を裏切れないから。 もうこの世に居ない人との最後の繋がりを、自分からは捨てられないから」


渚の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ始める。


「総一くんはお人好しじゃない。 そんなに強くはない。 だけど、だからこそ裏切ったりしないわ。 あの人はね、人を裏切れないほど弱いのよ」


涙は止まることなく、彼女の頬を伝っていく。


―――私は真奈美に銃を向ける事が出来た。


総一くんが出来なかった事が私には出来た。

私は人を裏切れるぐらいには強かったのだ。

そして自分に言い訳する事も上手かった。

かりんちゃんのように、言い訳だと自覚できなかった。


「だから信じて麗佳ちゃん。 あの人はあなたの敵じゃない。 そして私達も」


―――ねえ総一くん、私はあなたの信頼に応えられていますか? 人殺しの私は、あなたの横に居て良いんですか?


きっと総一は渚を信じている。

渚が誰も裏切らないと信じているだろう。

しかし渚には裏切った過去があるのだ。

親友の真奈美を殺したという、拭いされない過去が。

だから渚は悲しくてたまらない。

自分が総一やかりんの信頼に値しない人間である事が悲しくて仕方が無かった。


「・・・分かりました」


麗佳はコクリと頷く。


「私は、貴女達を信じます」

「ありがとう・・・、麗佳ちゃん」


その信頼は渚にとって無上の喜びだ。

しかし同時に、彼女の身を焼く地獄の炎でもあった。


総一が部屋に戻ってきた時、かりんと渚は最後の木箱の蓋に手をかけていた。


「ただいま」

「あっ、おかえり~、総一くん~」


総一の姿を見つけると、渚は笑顔で駆け寄っていく。


「どうしたんですか渚さん。 良い事でもありましたか?」


その不思議と無邪気な笑顔に総一の目が吸い寄せられる。


―――なんだろう? 渚さん、なんだか・・・?


「総一くんが、みんなが無事なのが嬉しいだけ」


そして渚は総一の手を引いて麗佳の座るソファーへ近付いていく。


「見て見て総一くん~、箱の中からまたあの小さな箱が出てきたよ~」


麗佳の正面の机の上には見覚えのある小さな小箱が乗っていた。

例のPDA用のソフトだった。


"Tool:Search/Collar"


真ん中にはそんな言葉が刻まれている。


「ここに書かれている文字の通りなら、首輪が探知できるみたいね」


コンコン


麗佳は綺麗に削られた指の爪の先でプラスチックの箱を軽くつつく。


「へへへ~、便利なの見つけたでしょ~?」


渚は総一に顔を向けたまま胸を張って微笑んでいた。


「もしかして渚さんが見つけたんですか?」

「あた~り~♪」

「インストールしたんですか?」

「うん。 麗佳ちゃんのにしてみたよ。 麗佳ちゃんの壊したりしないじゃない?」

「そうですね、良い判断です」


総一やかりん、渚のPDAは麗佳の首輪を外す時に壊してしまう可能性が大きかった。

だからインストールするなら自然と麗佳のものという事になる。


「見て、御剣」


麗佳のPDAの地図には、いくつかの光点が表示されていた。


「これは・・・・・・」


光点はいくつかの場所に分かれて表示されていた。

まず、今いる3階の戦闘禁止エリアに5つ。

これは総一達4人の首輪に加え、文香の首輪を外して持っているからだ。

そして3階には他に3つの光点がある。

ふたつが固まって表示されている。

距離は遠く、上への階段を目指しているようだった。

これは恐らく手塚と高山の2人だろうと思われた。


もう1つは比較的総一達の近くにある。

これは長沢だろう。

最後の光点は既に4階にあった。

総一はそれをシャッターを開けて先行した顔も知らないもう1人だと考えた。


「多分探知しているのは首輪で、作動してペナルティの対象になったものは除外されているみたいね」


麗佳が自分の推論を口にする。


「どうやらそのようですね」

「これでさ~随分逃げやすくなったでしょ~」

「そうですね」


総一が頷くと、渚は再び胸を張った。


「えらい~?」

「ぷっ、えらいえらい」


そんな彼女の仕草に総一は笑い出したしまう。

だが、次の瞬間その和やかな雰囲気は破られた。


「そういちっ!」


部屋に響いたのは深刻そうなかりんの叫び声だった。

驚いた総一は慌ててかりんの方を向いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160908j:plain



「こ、これっ!」


かりんの顔は真っ青だった。

驚きと恐怖にその顔は強張り、その歯が軽くカチカチと震えているのが分かった。

そんなかりんの様子に驚いたが、総一が一番驚いたのは彼女がその手に持っていたものだった。


「ばっ、馬鹿な!?」


総一の表情も驚愕の色に染まる。


「なんでそんなものが!?」



f:id:Sleni-Rale:20201029160920j:plain

 

かりんの手の中にあったのは、黒光りする鋼鉄製の拳銃だった。


・・・。


――!!


テレビや映画の効果音のそれとは明らかに違う鋭く大きな音が通路に木霊する。

通路の壁に何度も反響したその音は、きっと元の音の何倍も大きく聞こえていることだろう。


「そういちっ、ほ、本物なの・・・・・・?」


戦闘禁止エリアを出た総一達は見つけた拳銃の試し撃ちをした。

モデルガンとは明らかに違う、重厚な金属製の銃を見てもにわかにはしんじられなかったのだ。


「あ、ああ・・・・・・」


総一は自らの手で引き金をひき、そして缶とその後ろの木の板を撃ち抜いたのをその目で見ても、まだ自分の手の中にあるのが本物の拳銃であるという現実が信じられなかった。


―――まさか、何かの間違いじゃないのか!?


総一は煙をあげる銃口と、穴のあいた缶と板を見つめる。


―――冗談じゃないんだぞ!?


だがそれは紛れもない現実だった。

銃口からはいやな火薬の臭いが立ち上り、缶と板には大きな穴があいていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160934j:plain



「御剣、このフロアにはこんなものが幾つも置かれているのかしら?」

「えっ?」

「だって、ナイフやクロスボウは一つじゃなかったんでしょう?」

「あっ、そ、そうか!?」


総一は麗佳のその指摘に愕然とする。

ナイフは総一達以外にも手塚が手にしていた。

クロスボウを持っていたのは長沢1人だったが、彼だけで3丁持っていた。


―――これを、全員が手に入れるというのか? そしてこれで攻撃されるって事なのか?


「総一っ!」


かりんが慌てて駆け寄ってくる。

麗佳も同様に近付いてくる。

総一はすぐに麗佳の身体を支えてやった。

移動する時に麗佳に肩を貸すのは総一の役目だ。


「どうやら、悠長に構えている暇は、なくなってしまったようです」


かりんと麗佳に向かって囁く総一。

そして再び視線を銃に向ける。

自然とかりんと麗佳の視線もそこへ向かう。

黒光りする鋼鉄の塊。

人を殺すための道具。

これまでに拾ったようなものとは訳が違う。


「このままだと俺達、大変な事になるぞ・・・・・・」


長沢、手塚、高山。


あの3人は遠からず銃で武装して襲いかかってくる。

そして残ったもう1人もそうかもしれない。


―――どうしたらいい? こんな素人ばっかりなんだぞ!?


完全に3階の入り口で見張っていたのが裏目に出ていた。

先行した連中に武装する時間を与えてしまったのだ。

総一達は危険を承知で、彼らが武装して待ち受けている場所を駆け抜けなくてはならない。


―――最悪だ。


俺達にはもう・・・・・・。


不安そうにしているかりんを慰めてやりながらも、総一の頭の中はそんな不安でいっぱいになっていた。


―――総一くん・・・・・・。


渚はそんな3人の事を少し離れた場所で見守っていた。

ゲームマスターという立場上、こうなる事が最初から分かっていた渚は他の3人に比べて冷静だった。


―――大丈夫だよ。


私がみんなを守るから。

その自由は与えられている。

『ゲーム』の体裁を壊さなければ、与えられた命令を破らなければ、他は何をしても構わない事になっている。


ぶぅぅんぶぅぅん


そんな時、渚のPDAが振動する。

それは他の人間に知られずに渚にメッセージが送られて来た事を意味している。


―――なんだろう、こんな時に・・・・・・。


渚はPDAを取り出した。

『ゲーム』の構造上、彼女がそうやってPDAを見る事を怪しむ人間はいない。

誰もが地図を確認しているだろうぐらいにしか思わない。

もっともこの時に限れば誰もが銃に気を取られていて渚の事など見てなかったのだが。


「えっ!?」


思わず渚の口から声が漏れる。

表示されていたメッセージはそれほどまでに渚を驚かせるものだった。


―――こ、こんな事を私にしろっていうの?!


『御剣総一を殺害せよ。 期限はゲーム終了まで。 手段は問わず。 ただし不意打ちで即死させない事』


渚に与えられた命令はシンプルだった。

これまでにも『ゲーム』の展開をよりエキサイティングなものにする為にはしばしば課せられた命令だった。

だがその命令は、今の渚にとって安易に実行できるようなものではなかった。

この『ゲーム』を運営している『組織』は、渚がこれまで何に苦しんで来たのかを良く知っていた。

そして今の彼女が何を命じられれば一番苦しむのかという事も。

何より、それが一番お客の喜ぶ演出でもあった。

渚は裏切らなければならないのだ。

総一か『組織』のどちらかを。

それは親友の残した『裏切り者』という言葉から逃れられない渚にとって、悪夢のような命令なのだった。


―――総一くんを殺す? 信じるって、守るって決めた人を? またこの手で、大事な人を殺すの? 真奈美と同じように?


渚の身体が震え始める。

その表情も蒼白だ。


―――それとも『組織』を裏切るの? その命令に従ってもう何十人もの血でこの手を染めてしまったというのに?


そして父さんや母さん、あの子たちはどうなるの?

渚の精神には『組織』というものが深い心の傷となって食い込んでいた。

渚にとって『組織』は絶対的なもの。

渚自身の運命を操り、真奈美を死に追いやり、多くの人間を弄ぶ絶対者。

裏切ればその責がどこまで及ぶか見当もつかない。

渚自身が死んで済むならそれもいい。

しかし『組織』は間違いなく渚の前に彼女の家族に手をかけるだろう。

『組織』を裏切るという事はそういう事なのだ。


「わ、わたし・・・・・・」


渚の視線がPDAを総一とを往復する。

渚の動揺は深い。

混乱する頭と震える身体が渚をさらに追い詰めていく。


「ど、どうしたら・・・・・・」


―――総一くんっ!!


渚は無意識に総一に助けを求めていた。

もはや彼女自身には決められなかった。

大事な仲間と愛する家族。

どちらを選べばいいのか、そして選んで正しいのか、その答えを求めていたのだ。


総一達は銃に。

渚は命令に。

それぞれ気を取られていた。

互いを思いやる余裕はない。

誰もが混乱し答えを求めていた。

そした最大の問題は、そこに敵がやってきたという事だろう。

普段の渚ならすぐに気付いただろう。

だが渚は完全に冷静さを失っていた。

だから接近してくるその敵を完全に見落した。

あるいはその為にこのタイミングで命令が下されたのかもしれない。

そして総一達もそうだった。

自分達が銃を撃った事で敵を呼び寄せるかもしれないとは想像できなかった。

結局、日常からかけ離れたものを与えられて冷静でいるのは難しいという事だろう。


「御剣ッ!!」


だから敵の接近に気付いた時には、もうどうにもならない状況だった。

そして気付いたのも偶然そちらを向いていた麗佳1人。

彼女が叫んだのと同時にその敵の握っていた拳銃が火を噴いた。


――!!!


銃声は素早く3回。

銃口は総一の方を向いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160957j:plain



「ひゃはははははっ! 俺の勝ちだァッ!!」


撃ったのは長沢。

総一の他には女性しか居ないのだから、彼が総一を狙うのは至極当選の成り行きだった。

しかし。

「きゃうっ!!」


総一に当たる筈だった3発の銃弾は麗佳の身体に突き刺さる。

麗佳は長沢の姿に気付いた瞬間、総一の身体を抱き締めて総一を守ったのだ。


「くそっ!!」


思い通りにいかなかった長沢は、再び銃口を総一と麗佳に向けた。


「良いさ、守りきれないほどブチ込んでやれば!!」


長沢は今度こそ総一を殺し、麗佳にもとどめを刺すつもりでいた。


――!!


しかし行動は麗佳の方が早かった。

その身体に銃弾を受けながらも、総一の腰にささっていた拳銃を引き抜いて迷わず長沢を撃った。


――!!!


続けて2回。


「ぐわっ!? 何がっ!?」


長沢は銃弾を受けた衝撃で銃を取り落していた。

麗佳の撃った弾は1発はそれたものの、残りの2発が長沢の肩とすねを撃ち抜いていた。


「くっ、くそっ!」


出血した身体を引きずるようにして長沢が総一達に背を向ける。

麗佳はその背に向かって更に銃を向けたものの、そこで彼女に限界が訪れた。


「ぐっ、げほっ」


麗佳の口から大量の血が吐き出される。


「麗佳さん!?」


1歩も動けずにいた総一がそこでようやく麗佳の身体を抱きとめる。


「み、みつるぎっ、な、ながさわ、をっ・・・・・・!」


麗佳は血だらけの身体を無理やり動かして総一の手に拳銃を押しつける。

拳銃は彼女の温かな鮮血に染まって真っ赤になっていた。


「長沢!?」


総一は襲撃者が長沢であった事をそこで初めて知った。

そして慌てて逃げていく長沢の方を見る。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161009j:plain



「総一ッ、あいつ逃げるよ!!」


総一がその姿を視界に収めた時、長沢は足を引きずりながらも通路の角に姿を消す所だった。

通路には点々と彼の血液が残されていて、その怪我が浅くない事が容易に想像できた。

その他に人影はない。

襲撃者は長沢1人だったようだ。


「追わなくて良いかりん! 今は麗佳さんだ! 手を貸してくれ!」


だが総一はあっさりとその追撃を諦めた。

その理由は彼の言う通り麗佳だった。

彼女の受けていた傷は長沢のそれどころではなかった。

総一の手にビチャリとそのワンピースが張り付くほどに大量の血が彼女の身体から溢れだしていた。


「うん、わ、分かった!」


総一は麗佳をしっかりと抱きかかえると慎重にその身体を通路に横たえる。

かりんはすぐにそれを支えて手伝ってくれる。


「渚さんっ、救急箱を!」


総一は傍に居る筈の渚を呼ぶ。

しかし渚は答えない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161018j:plain



「あ、あぁ、あ・・・・・・」


渚は血を流して倒れている麗佳を見て、立ち尽くしていた。


―――麗佳ちゃんは、総一くんを裏切らなかった・・・・・・。


総一を見を呈して守った麗佳。

それを見た渚は心中穏やかではなかった。

総一を裏切るのかもしれない自分を糾弾しているように思えたのだ。


―――私はどうするの? 総一くんを裏切るの? それともこのまま助けるの?


でも麗佳ちゃんのように総一くんを裏切らずにいれるの!?

真奈美のように撃ってしまうんじゃないの?!

渚は総一が渚を信じるほどには自分を信じていなかった。

麻生真奈美を殺した時のように、口では色々な事を言っても最終的には撃ってしまうのではないかと疑っていたのだ。


「渚さんっ! しっかりして下さいっ!」


ビクッ


総一の大きな声が渚の金縛りを解いた。


「総一くん!?」

「渚さん、救急箱を! 部屋の中に置きっぱなしになっていますから!!」

「わ、わかった!」


渚はすぐに駆け出そうとするのだが、重傷を負った当の麗佳がそれを止めた。


「もう良い。 手当てなんて、意味がないわ」


ゴフッ

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161031j:plain



そして麗佳はもう1度血の塊を吐き出した。


「しかし―――」

「いいのよ。 ・・・・・・御剣、おまえは無事なの?」


麗佳はそう言いながら首を巡らせる。


―――俺を探しているのか? 目の前にいる俺を?!


「麗佳さん、もう目が・・・・・・」


かりんもそれに気付き、麗佳の傍にしゃがみこんだ。


「・・・・・・無事です。 麗佳さんが守ってくれましたから」

「そう・・・・・・。 銃なんて初めてだったから、上手くいくか分からなかったけど・・・・・・、そっか、御剣は無事か・・・・・・」

「麗佳さんっ」


総一は麗佳の手を取って握り締める。

しかし握り返してくる麗佳の手の力は驚くほど弱い。

そしてそれはみるみるうちに弱まっていく。


「麗佳ちゃん、しっかり!」


渚もやってくる。

渚は総一の手ごと麗佳の手を取り、強く握り締める。


「な、なぎさ、さん。 救急箱は今後の為に、とっておいて、くださ、い・・・・・・」

「麗佳ちゃんっ!」

「わた、しのPDAは、忘れずに持っていって。 か、かりんちゃんに、いもうとさんに、ひつよ、う、だからっ、ごほごほっ」

「麗佳さんっ、PDAなんていいからしっかりしてよっ!!」


かりんの声が木霊する。

しかし無情にも麗佳の身体からは命の力は失われていく一方だった。


「・・・・・・ね、ねえ、御剣。 ひとつだけ、教えて欲しいんだけど・・・・・・


かりんの声が聞こえていないのか、それとも答えている余裕がないのか、麗佳はかりんには答えず総一に向かって言葉を紡いだ。


「は、はいっ」

「おまえは、私の事を信じていてくれた・・・・・・?」


その瞬間、麗佳の手の力が僅かだけ強まった。


「み、みじかい間だったけど、わた、しは、貴方達の仲間、だった・・・・・・?」

「あたりまえでしょうっ、麗佳さんっ!!」


総一は大声で叫びながら、彼女の手を思い切り握り返した。

すると苦しげだった麗佳の表情はほんの少しだけ笑顔に包まれた。


「・・・・・・そっか・・・・・・よかった・・・・・・」


そしてその瞳が閉じられる。


「駄目だ麗佳さん、目を開けて!」


麗佳の腕から力が抜ける。

総一の握る手を、握り返さなくなった。


「ごめん、みんな・・・・・・。 わたしだけ、さきに、かえってる・・・・・・わ、ね・・・・・・」


最期に麗佳は囁くようにそう言うと、眠るように息を引き取った。


・・・。


「馬鹿野郎っ!」


――ッッ


総一の手が通路の壁を思い切り叩く。


「戻ってこい長沢っ! 出て来いスミスッ! 俺が、俺がお前達を叩き殺してやるっ!」


総一はその場になれば決して殺せやしないだろう。

しかしそれでもそれを口にせずにはいられない。

総一はそれほどまでに怒っていた。


「お前達は自分が何をやっているのか分かっているのかぁぁっ!?」


その絶叫は通路に響き渡る。

その時文香のPDAがアラームを鳴らす。

参加者が死んだ事を告げるものだろう。

しかしそれを聞いても誰もそのPDAを見ようとしない。

それどころか総一は逆にさらに怒りを募らせた。


「ちくしょうっ!!」


――ッッ


総一は何度も壁を殴りつける。

その手がすりむけて血が流れ出してもやめようとしない。

守ると決めた相手の死。

信頼してくれていた人間の死。

しかも麗佳を守る筈の自分を、逆に守って死んでいった。

それゆえ怒りは総一自身にも向けられていた。


―――銃ぐらいに取り乱すからだ、御剣総一っ!!


――ッッ


―――それで誰かが死んでちゃ意味ねえだろうがよっ!!


――ッッ



f:id:Sleni-Rale:20201029161052j:plain

 

「駄目だよ総一くん、総一くんっ!」


壁を殴り続ける総一の腕に、渚がしがみつく。


「ほっといてくれっ!」


しかし総一はそんな渚を振り払おうとする。


「もうやめて総一くんっ! あなたのせいじゃないんだよっ!!」

「俺のせいじゃない!? 麗佳さんは死んでるんだぞ!?」

「きゃあっ!?」


総一に弾き飛ばされた渚は足を滑らせて壁に叩きつけられる。


「渚さんっ!!」


かりんの悲鳴。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161102j:plain



「総一っ! 八つ当たりは駄目だよっ! 渚さんに当たってどうするのさ!!」


「あ・・・・・・」


そんなかりんの絶叫と、力なく床に倒れた渚の姿を見て総一はようやく冷静さを取り戻していた。


「渚さん、渚さんっ!」


渚に駆け寄ったかりんが倒れた渚に覆い被さるようにして慌てて渚の様子を確かめる。


「ふぅ・・・・・・よ、良かったぁ・・・・・・。 気絶してるだけみたい」

「ぶ、無事なのか!?」


慌てて総一も渚の横にしゃがみこむ。


「無事じゃないよっ! 気持ちは分かるけど、こんなの酷いよ総一っ!!」

「わ、悪い」

「お詫びは渚さんが起きてから直接言って」


かりんは真剣に怒っていた。

いつも総一に向けていた表情ではない。

純粋に総一の行為に怒りを向けていた。

そしてその表情をさせているのが自分なのだと気付いた総一は、酷く自己嫌悪に襲われていた。


「ああ、分かった」

「総一、深呼吸」


かりんに乞われるまま、総一は何度か深呼吸を繰り返す。

そうしていると胸の奥にくすぶっている様々な激しい感情が少しだけ和らぐ気がした。


「大丈夫?」


かりんが深呼吸を終えた総一の顔を覗き込む。


「助かった。 ありがとうかりん」


この時総一は心底自分が1人でなくて良かったと思った。

総一にはもし1人きりだったら、数ヶ月前の自分に逆戻りして膝を抱えていじけていただろうと思えた。


「よし。 冷静になったらまずは渚さんを部屋に運ぼう」

「分かった」


総一は頷きながらちらりと麗佳を見る。


―――すみません麗佳さん。


すぐに貴女もお連れしますから。


「かりん、部屋のドアを開けててくれるか?」

「了解」


かりんはひょいっと立ち上がると数メートル先にあるドアに手をかけた。

そのドアは戦闘禁止エリアに続くドアだった。

運び込むならこれほど安全な場所もないだろう。


―――よし。



f:id:Sleni-Rale:20201029161114j:plain

 

かりんがドアを開けるのを見届けると、総一は気絶した渚の身体に手をかけた。

そしていわゆるお姫様だっこで持ち上げようとした。


―――なんだ、この重さは?!


総一は渚を持ち上げる事は出来たものの、その予想外の重さに驚いていた。

背が高い訳でもなく、全体的に女性らしく華奢な渚。

その体重が50キロを越えている事は無いだろう。

着ている服はゴテゴテと飾りは多いが、だからといって何キロもある筈がない。

それなのに、この時総一が腕に感じる重さは明らかに男性1人分と変わらない重さがあったのだ。


「どうしてこんなに重いんだ・・・・・・?」


総一が首をかしげた時、彼女の脚の方を抱えていた左腕に当たっている奇妙な感触に気付いた。


―――なんだこれ・・・・・・?


それは奇妙に固いものだった。

そしてかなり大きい。

金属かプラスチックでできた大きな何かが、彼女のスカートの中にあるようだ。


―――思いのはこれのせいなのか?


総一は渚の身体を1度床に下ろした。

わざわざ重いものまで一緒に運ぶことはない。

総一は彼女のスカートの中にあるものを外してしまうつもりでいた。


「手伝おうか?」

「いや、大丈夫。 余計な荷物を外すだけだから。 かりんはそこでドアを開けててくれ」

「ん、分かった」


―――ごめん、渚さん。


ちょっとスカートの中覗かせてもらいますよ?


パラッ

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161127j:plain



総一は心の中で詫びながら、渚のスカートをまくりあげる。


「えっ?」


一瞬、総一の思考が止まる。

そこにあるものの意味が分からなかったのだ。

あまりにも渚のイメージからかけ離れたものがそこにあった。


―――これは一体なんなんだ?


渚のスカートの中にはいくつもの電子機器があった。

腰に取り付けられたハーネスからいくつもの機材がぶら下がっていて、それらを沢山のケーブルが繋いでいる。


―――無線機? それとこっちは・・・・・・テレビカメラかなにかか?


スカートの中には大きく分けて3つのものがあった。

1つ目はパッと見で分かる高価なビデオカメラ。

しかもそれは明らかに家庭用のものではなく、プロ用の機材だった。

もう1つはアンテナの付いた箱だった。

大きさはカメラと同じくらいの大きさで、多くのスイッチがついている。

カメラから伸びた映像と音声のケーブルがそこに繋がっていた。

3つ目は大型のバッテリーだった。

これはかなりの大きさがあり、彼女の腰から背中にかけて取り付けられていた。

その位置にあるのは動きそ阻害しない為だろう。

そしてこの大型のバッテリーには最初の2つが接続されている。


「・・・・・・なんなんだこれは、一体どういう事なんだ?」


―――カメラで撮影したものを、この無線機らしいものでどこかに送っているのか?


それでこのバッテリーは、この2つを長時間動かしておくためのものか?

その総一の疑問に答えられる唯一の人間はまだ意識を失っている。


―――このまま運ぶか? どんな事情か分からないんだし・・・・・・・。


総一は渚のスカートを元に戻した。

そして渚の身体を抱きあげる。

 

―――だが何を撮影していたんだ? それに一体何の意味がある?


疑問は尽きない。

だがそれは渚に尋ねなければ分からない。

今のままではどうしようもなかった。


「かりん、今行くぞ」

「はいよ」


だから総一は疑問を飲み込み、渚を戦闘禁止エリアへと運び込んだ。


・・・。

 

水平線まで何マイル? -ORIGINAL FLIGHT-【2】

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084226j:plain



「聞いたか、平山。 いや、聞いているよな。 聞いているに違いない」


なにやら一人で納得したようだ。

ならば問題はないだろう。


「やはりおれの情報網は素晴らしいとは思わないかね」
「まったくだ」
「……我が親友よ。 なぜだかバカにされている気がするのだが、実際のところはどうなのだろうか」
「はっはっは。 何を言うのかね、我が親友。 馬鹿にしているに決まっているじゃないか」


上村の体がオーバーリアクション気味にぐらりと傾いた。


「しかしいつものことながら、おまえはどういうルートで情報をゲットしているんだ」
「ハッ! それはおまえといえども教えられないな。 情報というのは独占してこそ価値があるもの。 情報源を自ら公開してのけるなど愚の骨頂」


先ほど受けたショックなど最初からなかったかのようにケロリとしている。


「ったく、どっかのスパイさんかおまえは」
「いやな、おれはただ人間というものを観察していたいだけなんだ」


実際、こいつは妙な知り合いがたくさんいる。

わけのわからない人脈を持った男なのだ。

トボけたところもあるけど、交渉能力も高くて、締めるところはきっちり締めてくれる。

会社組織だとスルスルと出世しそうなタイプだった。


「それってさ、悪の美形幹部あたりが口にしそうだよな」
「ふむ、そのポジションは魅力的だな。 特に『美形幹部』のくだりが素晴らしい」
「調子にのるな!」


――ッッ


我ながら、ほれぼれとするほどのキレのある手首の返しだった。


「だがしかし、今一番ホットなのはおまえだ。 おまえは、俺を熱くさせてくれる」
「近寄りすぎて火傷するなよ」
「安心しろ。 見てるだけだ」
「本当に、見てるだけで満足できるのか?」
「今はまだ、な」


そんなある種危険な会話をしている俺たちの横を通りかかった女子が露骨に避けていった。

そんな冷たい目で見ないでください、お願いします。


「で、そんな情報通のおれのところに、また耳寄りなニュースが飛び込んできた」
「ほほう、そいつはどんな?」
「なんでも、執行委員長殿と宇宙科学会が全面対決したそうじゃないか」


昨日の一件のことか。

多少事実と相違があるニュアンスだけど、こいつの情報収集能力は本気で高いな。


「だからさ、どこでそんな情報を拾ってくるんだよ」
「ふふふ、それは秘密だと先ほどもいったではないか。 こればかりはいくら相手がおまえであっても譲ることはできんぞ」
「この瞬間、俺の中でおまえの危険度がゲージレッドまでランクアップした」
「それはそれは、光栄の極み。 それはさておき、あの委員長殿が宇宙科学会の部室へ赴き強制排除を敢行。 該当会員らと激しいもみ合いになったというが、実際のところはどうなんだ?」
「残念だが、そいつはかなり脚色が入ってるな。 宇宙科学会の解散について話し合っただけだよ」
「ほう、では宇宙科学会は解散か?」
「と思いきや、最後の一線で踏みとどまった」
「なんと」


上村に部室での一件を話してやった。


「つまり、チャンスをもらえたわけか?」
「ああ。 執行委員長は案外いい人だったぞ。 確かにちょっとおっかないところもあったけど」
「うむ、そうらしいな。 見る目がある人間から見れば、実に人間味のある御仁というわけだ」
「確かにそんな感じだったな。 だって宇宙科学会を潰せば、その分の予算と部室が空くわけだろ? そっちのが委員会としても得っていうか、いいことだと思うんだよ」


もっとも、その潰されるかどうかの瀬戸際にある宇宙科学会に所属している俺が言うことではないんだろうけど。


「うむ、もともと宇宙科学会には解散が通告されているわけだしな」
「そこへもってきて、いわば温情措置ってんだからな。 学生の自主性を重んじるこの学園ならではの展開だな」
「本来的には学校の課外活動というのは須くそういうものであるべきだが、あくまで建前。 むしろ厳しく対応せねば責任者が責められる」
「だよなぁ。 やっぱりあの委員長っていい人だわ。 ……俺は嫌われちゃったみたいだけど」
「基本的には、執行委員長は怠惰な者を嫌っているそうだからな」
「まぁ、それはいいさ。 提示された存続条件をなんとかしたら少しぐらいは見直してくれるだろ。 あれはなかなか厳し内容だったからな」
「そうそう、そっちの件だ。 宇宙科学会としてはどうするつもりなんだ」
「さぁな。 今のところは特に考えてないけど」
「そうなのか? ……ふっ、そういうことか」
「なんだよ、どういうことだって?」
「いやなに、事ここに至った割にスロースタートだなと思ったんだが、どうやらまだ機は熟していないようだな。 おまえはやる時にはやる男だが、そこに至るまでが長い」
「……なんだよそりゃ。 勝手に言ってろ。 それよりアイディア募集中だから、おまえなんか思いついたら教えてくれ」
「まことに遺憾ではあるが、おれは宇宙科学会の会員ではないのでな」
「所属は関係ないだろ。 宇宙科学会では広く一般からの意見を募集中なんだよ。 パブリックコメントってやつだ。 むしろこの機会にちゃんと入会したらどうだ。 半分、会員みたいなものだろう」
「おまえは、北斗七星のかたわらに輝く星を見たことはあるか?」
「……は? 今度はどういうボケだ?」
「ならばおれの出る幕はないということだ」
「……そうか」
「あまり動じないな」
「もう慣れたよ」


実はこういう会話自体はじめてではない。

たまに俺を訪ねて宇宙科学会の部室に顔を出してはくだらない会話をしていくから、実質的にはメンバーみたいなものだと認識している。

時々こうやって入会してみないかと勧誘しているんだけど、頑として首を縦に振ろうとしない。

まぁ、所属なんてどうだっていいんだけど。


「おっと、そろそろ教室行こうぜ」
「ここまで来ておいていまさら遅刻というのもいささか格好が悪いな。 よかろう、教室まで競争だ!」


「小学生かよ、おまえは」


結局、俺たちは並んで校舎に入っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

放課後になって部室に顔を出すと、待ち構えていたかのように湖景ちゃんが駆け寄ってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084409j:plain



「平山先輩っ」
「おお? そんなに慌ててどうしたの」
「わたし、できることないかと思って……その」


湖景ちゃんがしっかりと握っているものを見る。

どう見ても雑巾だな、それは。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084425j:plain



「で、掃除してたの?」
「は、はい」
「自分のできる範囲で頑張ってみたんだ」
「はい……あの、他になにも思いつかなくて」
「まぁ、掃除じゃなにひとつ解決しないけど、その気概は評価するよ」


心の中にある『よくできたで表』を広げて、湖景ちゃんの名前の横にシールをひとつ貼っておいた。

俺以外は誰も見られないのが些細な問題点だな。


「ありがとうございますっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084438j:plain



「おはよーござーす」

「おーす」

「空太、解決した?」

「だから、教室で何度も言っただろ。 解散の件がいきなり解決するわけないんだって。 というか、なんでそれを俺に聞くんだよ」

「……だって」

「…………」

 

気がつけば湖景ちゃんまでが心配そうな目で俺を見つめている。


「なんか期待されてるみたいなんですけど?」


「だって――」

「唯一の男子じゃん」

「だ、男女同権! そういうのはセクハラで訴えられるのですよ?」

「…………せくはら」

「女の子から男の子へのセクハラは成立しないの!」


ひどいことを力いっぱい言い切りやがったな。

思わず勢いでうなずきそうになったじゃないか。


「あの、平山先輩。 わたしにもできることはないでしょうか?」

「そう聞かれてもねぇ」


湖景ちゃんのやる気は買うけど、そう簡単に妙案が出てくるものなら初めからこんな事態になっていない。


「うーん、いい手かー……」


「なにかないでしょうか?」

「そうだなぁ。 まずは活動の正常化……」

「ほうほう……それは具体的には?」

「天体観測は宇宙科学会って名前にもマッチしてるだろ。 まずこれを定期的にやって、記録もちゃんとつける。 逆に海で遊んだりスキーなんかはあまり関係ないから、これはメニューから外す。 マラソン大会は遊びのイメージはないから残しでいいか」


そもそも、そういった娯楽系のイベントが宇宙科学会の活動に関係しているとは俺をはじめとして全員が思っていないはずだ……たった一人を除いて。


「なるほど……」

「あとは天文学的な研究をしていくとか? そういうのをまとめて発表する。 ……思いつくのはそんなところだ」

「うーん……」

「さ、俺は意見を出したぞ。 朋夏や湖景ちゃんも案を出すように」

「わ、わたしですか?」

 

何故か立ち上がる湖景ちゃん。


「あの……学会の名前にもありますし、"ロケット"を使って飛ばす、とかは?」

「宇宙、だもんな」


やはり出たか、その意見。


「あのね、湖景ちゃん。 ロケットはさすがに無理だと思うよ」

「……そ、そうですよね」

「最近はツアーで宇宙っぽいところまで行って無重量体験とかできるようになったけど、自作ロケットを飛ばすのはさすがにちょっとね」


おそらく湖景ちゃんが思い描いているような有人ロケットを飛ばすというのはどう考えたって無理だ。


「…………ぅぅ」


ああ、ますますしゅんとさせてしまったか。

ごめんな、湖景ちゃん。


「じゃあさ、模型の飛行機を飛ばしてみるとかはどう?」

「そんなものを飛ばしているところをあの委員長閣下に見てもらったとして、遊んでると思われるのが関の山だと思うぞ」

「だ、だよね……あは、あはは」

「あれも奥深い世界だっていうけど、執行委員会には通じないだろうな」


俺たちがこれまでに積み上げてきた輝かしい信用の実績も加味すると、なおさらだ。


「うーーーん…………」

「ふぅ……」


三人揃って黙り込んでしまった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084503j:plain



「はいはい、ちゅうもーく!」


威勢よく入ってきた会長は小脇に丸めた紙の筒を抱えていた。


「会長……それは?」

「よくぞ聞いてくれました。 みんな、これを見るといいよー」


会長が楽しそうに広げたのは一枚のポスターだった。

一番大きな字を朋夏が読み上げる。


「えるえむじー?」

「"ライトモーターグライダー"で、LMGね。 簡単に言うと、"モグラ"のひとまわり小さい版」

「つまり、"ヒコーキ"ですか?」

「んー、ちょっと違うかも」

「まぁ、自力で離陸できるあたりは飛行機っぽいのかな。 動力付滑空機(モーターグライダー)っていうぐらいだから」

「さすがソラくん。 モグラも基本はあくまでグライダーなんだけどね」

「そういえば、ちょうどさっき、模型の飛行機を飛ばしたらどうかなって話してたんですよ」

「まさかそれで執行委員会を説得しようと思ったとか?」

「ちょっとだけ……」

「ぷっ」

「あ、ひどいですよ」

「ごめんごめん。 さすがにそれはないかなって思って、つい――」

「もうー」

「でも会長さん、ロケットが作れないなら飛行機も無理だと思うんですけど……」

「ちょっとっ」


会長は腹を抱えて笑い出した。


「コ、コカゲちゃんは、活動にロケット作りを提案しちゃったんだ……」

「はい、しちゃいました……」

「はいはい、会長もそこまでにしてください。 そんなに笑うことないじゃないですか。 宇宙に関する何かという発想自体は別に悪くないと思いますよ」

"軌道エレベーター"が完成すれば俺たちだって宇宙に行けるようになるかも知れないんですし。


「だって、梅雨時に雪が降ったりしたらみんな笑うよね」

「それは置いといて話を先に進めてください。 で、そのグライダーがどうしたんですか」

「えっとね、見ればわかると思うけど、コンテストが開催されるようになったわけ」


ポスターをよく見ると、「LMG」より一回り小さな字で「純電気飛行コンテスト」、その左肩に「第一回」とある。


「あの、まさか……」

「これに参加するよー」

「それって本気で言ってるんですか?」

「うん。 飛ぶよ。 ひゅーんと水平線まで、ね」


朋夏と湖景ちゃんが目を見開いて固まる。
俺も顔を覆った。

またとんでもないことを思いついたもんだ……。

確かに"スカイスポーツ"は部活動の花形だし、"モーターパラグライダー"なんて小中学校の遠足でも体験できるくらいだ。


「一口にグライダーといっても、いろいろな種類があるけどね。 大きく分けて三種類になったんだけど……はい、ソラくん、答えて」

「えーと、モグラ、つまりモーターグライダーあたりが有名ですかね。 エンジンを使って空高く舞い上がり、ある程度まで上昇をしたら滑空飛行に移るタイプの」

「そう、機体重量850キロ以内のレシプロエンジンを搭載した滑空機。 まさにスカイレジャーの王様だね」


モグラもいまや家族と楽しむレジャーになっている。

全国の"滑空場"はフル稼働中だ。

まぁ、ちょっと高級な趣味ってところか。


「いやいや、スカイレジャーの基本、王道と言ったら、やはり"ライトグライダー"でしょう。 簡単に言えば、モグラはこいつにエンジンを載せたものなんですし」

「無動力の滑空機のことね。 動力なしで風の力を借りて滑空飛行を楽しむ機体。 その次は?」

「あとは超小型の飛行機がありますよね。 滑空場に行くとレンタル機がいくつか置いてあるあれです」


「"ウルトラライトプレーン"――つまり超軽量動力機だね。 レジャー産業では大人気だけど、厳密にいうとこの種類は"航空機"の分類になるからグライダーとは呼べません。 ハズレだねー」


え、そうだったんですか。


「はい、みっつめはなにかな~」

「そう言われても、もう他に思いつかないんですけど」

「これこれ」


会長の指先を追って、ポスターにもう一度目をやる。


「ライトモーターグライダー? それってモグラの一種じゃないんですか?」

「んー、ちょっと違うよ。 動力が軽量で小型なタイプだからね。 さっきいってたウルトラライトプレーンに近い感覚だけど、飛び方はグライダーと一緒」

「すみません、聞いたことがないです。 そもそも、そんなにスカイスポーツに詳しいわけじゃないですし」

「うん、世界初だもん」


なんてこったい。

そりゃ俺が知っているはずがない。


「それで、そのコンテストっていうのは?」

「ライトモーターグライダーを作って、その飛距離を競うってコンテスト」


今、なんとおっしゃいました?

『飛距離を競う』の直前なんですけど。


「コンテストに参加するのはいいんですけど……その、グライダーはどうするんですか? 新しいカテゴリーってことになると、費用とかいるような気がするんですけど……」


聞き違いであってくれ。

だが、その祈りは会長のダメ押しによって見事に粉砕された。


「作るっていったはずだよ」

「作るって、つまりグライダーの自作をするってことですよね? そしてそれに乗る? 誰が? ……もしかして俺たちが?」

「そうだよ。 上昇気流に乗って、どーんと優勝を狙うよー」

「む、無謀すぎる……」


さすがにその発想はなかった。

前から思っていたけど、一度会長の頭を外して、常識のネジがゆるんでいないか確かめておきたい。


「参加するからね。 もう申し込み資料も、ほら」

「はやっ!」


思い立ったら吉日の会長は、こういったことに対する行動力は抜群だった。


しかし、いざ作業が始まったら、会長はまったく手を貸してくれないだろう。

そして面倒事はすべて俺に回ってくるわけで……今度こそ破綻コース確定だな。


「あのー、会長。 それはさすがに無謀だと思いますよ」

「わたしも……無理じゃないかと思うんですけど」

「んー、でも参加は決定なの。 おーけー?」

「予算とか知識とか……っていうか俺たちにそんな技能はないわけですよ。 思い立ってすぐできるようなものではないと思いますけど」


"航空部"がやるような本格的なスカイスポーツのためには、小さなエンジンを背負って舞い上がるモーパラみたいなお気楽なレジャーと違って厳しい訓練が必要だ。

装備や施設使用料もそれなりにかかる。

要するに何もないところから準備を始めて参加するには、敷居が高すぎるってことだ。


「うん。 きっとソラくんががんばってくれるよー」

「……それ、ちょっといい加減じゃないですか」

「人が乗るものを適当に作って、もし落ちたら大変なことになりますよ」

「えー? ソラくんなら平気でしょ」


しかも、俺がパイロットなんだ……ひでぇ。 マジで手伝う気ゼロでやんの。


「あの、さすがに冗談でもそういうことは……」

「それにその手のやつって、パイロットは軽い人のが有利なんじゃないですか?」

「会長、言いにくいですけど俺も無理だと思います」


別に飛行機が怖いとかそういうことじゃない。

技術はない、準備もろくにできなていない俺たちが手を出せば痛い目を見るのは明らかだ。

下手をすれば命にかかわりかねない。


「決定事項っていったよー」

「でも素人がいきなりモーターグライダーとかありえないですよ」

「こらこら。 説明はちゃんと聞かないとダメ。 モグラじゃなくてライトモーターグライダー」

「でも、どっちにしても……」

「構造はだいたい同じだけど、このふたつはまったくの別物。 台風と竜巻くらいの差だよー」


どっちもたいそう危険そうですけど。


「モーターを使った小型グライダーでしたっけ?」

「普通のモグラよりだいぶ小さいし、この大会ではたいして高度も取らないから。 安全はばっちり保証。 なにしろこれから盛り上がっていく分野だから、とにかく楽しいと思うなー」

「……あ」


何か考えるような表情でやりとりを聞いていた湖景ちゃんが、口を開いた。


「でも今までその『ライト』のクラスがなかったのは、きっとなにかその……危険とかがあったからでは?」


おお、湖景ちゃん、いいことを言う。

シールもう一枚追加だ。

つまり小型ではうまく飛ばない理由があったから、今まで存在してなかったってことだよな。

 

「そうそう、あたしもそこのところが引っかかってました!」


話を合わせやがったな。

で、どうなんですか、会長?


「それは小さな機体と小さな翼では、重い重い発動機(エンジン)を持ち上げられなかったからだねー」


ほらほらほら!

いかにも危なそうな香りがするじゃないですか。


「だから世界初になるんだよ。 ほら、ここ見て」


会長が指差したポスターの大きな文字のところを確認する。


――純電気飛行コンテスト。


それは、つまり?


「そう、電池と電動機(モーター)でプロペラを回して飛ぶってこと。 クリーンでパワフル、おまけに軽量といいこと尽くめ」

「す、すごいです! そのバッテリー、いったいどこが開発したんですか?」


会長の言葉と湖景ちゃんの反応とで、都合二度びっくりした。


「それ、もう市販されてるんでしょうか……?」


湖景ちゃんはポスターに食いついて小さな文字を追っている。

……なんていい表情をするんだ、湖景ちゃん。

湖景ちゃんに続いてポスターに寄ってみる。

そこにはカタカナと英語がたくさん踊っていて、最後の数行には『特許出願中』という文字がいくつも並んでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084529j:plain



「そんな高密度デバイスがもう実用化されるなんて……思いもしませんでした。 これが出回ったら、きっと世界が変わりますよ」


湖景ちゃんがそう言うんだから、きっとすごいことなのだろう。


「電池一本でどこまで飛べるか勝負ってとこだねー」


会長が得意げな顔をしているのは、なんか違うと思うけど。

どこかの電機メーカーが自社の新技術をスカイスポーツ業界に売り込むためのベンチマーク

つまるところの大会はそういう趣旨らしい。


「コンピューターのメーカーが、円周率計算とか暗号解読のコンテストをやるのと同じですね」

「そういうのもあるのか」


どっちの業界のこともよく知らない俺には、なんというか勉強になることばっかりだ。


「これが本当なら……飛べますよ。 どこまででも」

「ホントに飛べたらすごいとは思うけどさ」

「というわけで、この大会がとても安全だということについては納得できたかなー」

「安全性と言われても、自分たちで作るとなると途端に不安に襲われますけどね」


ポスターをもう一度眺めてみる。

キャパシタだかバッテリーだかの新技術が信頼に値するかどうかっていうところはそれほど問題じゃない。

正直、わからないから判断のしようがない。

ただ確実に、そして決定的に足りないのは俺たち自身の知識、技量、そして経験だ。


「それは錯覚だよ。 安全なように作ればおーけー。 その程度はやる気を出せばできることだから」

「……会長は率先して手伝ってくれますか?」

「んー、きっとソラくんががんばってくれるよー」


どこの世界の平山空太が頑張れば、その世界初のグライダーで好成績をあげられると言うんですか。

少なくともここにいる平山空太はそんなハイスペックを要求しても無駄ですからね……自分で言うのは悲しいので口にはしませんけど。


「せめてもっとこう……現実的な案というか……」

「現実的、ね。 ふぅん」


会長は、ポンとばかりに手を打った。


「そうだ。 運動神経が良くて小柄なトモちゃんが搭乗者をやるってのもいいかなー」

「小型飛行機なら乗ったことありますけどね。 なんとかウルトラスペシャルでしたっけ?」


それはウルトラライトプレーンのことを言っているのか。


「きっと楽しいと思うよ。 自由に空を飛ぶのは。 自分たちで作ったグライダーならなおさらねー」


あ、その説得は体育会系の朋夏には効果は抜群だ。

こいつは熱血とか結束とか努力とか友情とか勝利とか、そのあたりのキーワードが好きだからな。


「ううーん」


げ、迷ってる。


「……いや、やっぱ無理ですよ。 まともに飛ぶようなものを作れるとは思えませんもん」

「でかしたぞ、朋夏」

「え?」

「良識的な判断をありがとう」


「湖景ちゃんはどう? 味方してくれたらパイロットやってもいいよー?」


すると湖景ちゃんは風を起こすほどにぶんぶんと首を振った。


「高いところに行くなんて無理です!」


おお、これは会長の暴虐を阻止する流れだ。

この機を逃してはいけない。


「俺は反対です! うおー、反対です!」

「あらら。 こうまで反対されとは予想外。 なら、執行委員会のほうはどうするのかなー」

「ぐ……」

「じゃ、こうしよっか。 各自、明日までに改めて代案を考えてくる。 で、いいのがなかったら会長権限でこれ」


と、ポスターを持ち上げた。


「――だって。 どうする?」

「真剣に考えるしかないだろ。 さもないと、ホントにこの中の誰かがグライダーに乗せられることになるからな」


俺の言葉に、朋夏と湖景ちゃんの顔から血の気がさーっと引いていった。


「か、考える!」

「わたしも、知恵をしぼってみます」

「俺ももっと気の利いたこと考えてくるよ。 グライダー作りなんて俺たちの手に余るしな」

「いい若者がサボることばかり考えるのは、どうかと思うけどー」

「あなたも立派な若者ですよ、会長」


それも、どちらかというとサボる部類のね。


「……おやま」


腹の底から響くような俺の言葉に会長は軽く肩をすくめてみせた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084544j:plain



「お、どうやら本日の活動は無事に終了したようだな」
「なんだよ、用事があるのなら部室に入ってくればよかったじゃないか」


いつもだったら断りもせずに部室に入るだけじゃなく、お茶の一杯でも飲んでいくくせに。


「おぬしの時間をしばらく借りたいと思ってな。 これからどうだ?」


ああ、そういえば前に約束したんだっけか。

仕方ない、交わした約束を反故にするのもよくないし、時間を割いてやるとするか。


「いいけど、何をしたらいいんだ」
「では、ついてきたまえ」


・・・。


約束だからと黙って上村に従ってついてきたんだけど、なんでこんなところにいるんだ……。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084620j:plain



「ここは某(それがし)がおごってやるから好きなものを注文するといい。 特にドリンクバーなどがおすすめだ」
「せめてピザとかパスタにドリンクをセットにしろ。 そんなことより他に俺に話しておくことはないのか?」
「悪いが初めて入った店だから、味については俺にもわからんぞ」
「いや、そんなことを聞いているのではないことぐらい聡明な上村くんならわかっていると思うのだが」
「平山よ、おれの名は上村だ。 植村ではないと何度もいっておるではないか」
「いや、お前の名前のことなどどうでもいい」
「では某が適当に注文を取っておいてやろう。 なに、おごりだからお主は気にすることはないぞ――そこな店員!」


俺の希望など聞こうともせず、本当に適当に注文をすませてくれた。


「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ。 もちろん、おれのおごりだ」
「おごりおごり繰り返すなよ。 そもそも俺が甘いものを苦手にしているのを知っているくせに、なんでパイなんて注文するんだ」
「それはおれが好きだからに決まっておろう」


くそう、おごりなのにこんなに嬉しくないのは初めてのことだ。


「よりにもよってクリームたっぷりじゃないぁ。 こんなの食べたら絶対に胸やけするぞ」
「そうかね? その甘さがよいと思うが」
「甘いものが好きならそれでいいのかも知れないけどさ、俺みたいな苦手な奴には拷問レベルだろ」
「ふむ、このパイはなかなかいけるな。 生地のサクサクとした感じが実にいい。 お土産として買っていくのもありかも知れん。 なんだ平山、せっかくのおごりだというのに食べんのか。 なんだったらおれがもらってやるぞ」
「好きにしろよ。 どうせ俺が注文したのじゃないし」
「そうか、ではそちらもいただくとしよう……ほほう、舌触りも上品なクリームの味わいは中々のものだ。 シェフを呼ぶべきかも知れんな」
「やめてくれ。 ファミレスでいちいち厨房の人を呼び出すような真似は迷惑以外の何ものでもない」


ガリガリとアイスコーヒーの氷をかみ砕きながら諭す。

こいつの場合は本当に呼びかねないから釘を刺しておくに越したことはない。


「結局、おごりっていってもドリンクだけじゃねぇか。 もっと腹にたまるものを注文させろよ」


メニューを取って普段ならば注文しないようなステーキなどのページを開く。

せっかくのおごりなんだ、高いものを食べさせてもらおう。


「よし、そろそろ時間だな。 移動をするぞ」


上村が伝票に手を伸ばす。

どうやら本当におごってくれるらしい。


「ちょっと待て、俺はまだ何も食べてない」
「時間なのだから仕方なかろう。 ほら、立った立った。 某が会計をすませてすくから外で待っていたまえ」


座っていても仕方がないので、渋々席を立つ。

そもそも、こんなおごりってありなのかよ。


・・・。


結局、俺が連れてこられた場所は――



f:id:Sleni-Rale:20201029084637j:plain

 

「だから空港にどんな用事があるっていうんだよ!」
「ここにきて第一声がそれか。 要するに、随分とその台詞を口にするのを我慢していたようだな」
「約束だったからな、ここまで付き合ってはやったが、まさか空港とは思ってなかったぞ」


途中でファミレスに寄ったのは、飛行機の到着時間を考えて調整したのだろう。

こんなことならサンドウィッチでもいいからさっさと注文をしておくんだった。


「それで、どんなお偉いさんのお出迎えだよ」


まさか有名人の姿を一目みたいということはないだろう。

こいつの顔を見るに、心の底から大歓迎をしているようではないみたいだけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084708j:plain



「実はだな、おれの従姉殿が帰国する予定なのだよ。 その出迎えの命を受けてここまで来たわけだ」


それだけを言うと、上村は口をつぐんでしまった。

待っていても話が続く様子はない。

上村のイトコがやってくるのはいい、その出迎えに俺が付き合うのは……まぁ、百歩譲ってそれもよしとしよう。

しかしこの流れならばどんな奴なのかぐらいの話はあってしかるべきだと思うのだが。


「それだけか?」
「他になにか話して欲しいことでもあるのか」
「ほほぅ?」


下から覗き込むようにして上村の顔を見る。

明らかにバツが悪そうな顔をしていた。


「上村くん、僕たちはお友達でしたよね?」
「う、うむ、そうだな。 何故、いまさらそのようなことを聞くのだね、マイフレンド」
「だったら隠し事なんてするなよ。 俺は約束を守っておまえに付き合った、だったらおまえは俺に事情を説明する必要があるんじゃないか」
「……一理あるな」


一理どころじゃないだろ。

どう考えたって俺の言っていることのが正しいだろうに。


「小さいころにご両親と一緒に海上都市開発のために日本を離れてだな、一段落がついたので一時的に帰国することになったらしい。 もっとも、ご両親は手続きやら引き継ぎやらで本人よりも遅れるそうなのだが。 ちなみにおれたちと同学年で、内浜学園編入することもすでに決まっている」
海上都市ってあれか、日本が中心になって進めてるフロートアイランドだろ。 確か赤道のあたりでやってるんじゃなかったっけ」


海の上に多様な生態系を形成し、ある程度の食料などは自給自足できるように植物プラントを併設した都市を造り、そこから宇宙への架け橋を作る計画だったはずだ。


海上都市の生活ってどんなものなのかちょっと興味あるな。 落ち着いたらその辺の話とか聞かせてもらえるといいな」
「それは……おそらく大丈夫だと思うが」
「なんだよ、煮え切らない言い方だな。 あ、もしかして日本語に不自由してるとか? だったら仕方ないけど」
「いえ、日本語にはそれほど問題はないはずだ。 おれとのやり取りは基本的にメールだったが怪しいところはなかったし、向こうでも日本語は通じるらしいしな」


その割には表情が冴えないようだった。

何か隠していることがあるようだ。


「ご両親が帰国されるまで、おれの家族で面倒を見ることになっていてな。 面倒を見るといってもこちらの家はすでに確保してあるから、しばらくひとり暮らしになるのだが」
「そりゃ、あっちとは生活習慣とかが違うかも知れないけど、もともと日本で生活してたんだろ。 そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないのか」


でもまぁ、上村の心配もわかる気がする。

ちょっとした違いを見つけて仲間から外すなんてことは人間社会においてよくあることだし。

しかしそのあたりは置いておくとしても、なんだか上村の態度がいつもと違っているのが気になった。

もしかしたら、そのイトコに苦手意識でも持っているんだろうか。

同年代のイトコとなると、一緒に遊ぶぐらい仲がいいか、それともほとんど連絡を取らないパターンが多いような気もする。

これまでの発言からすると、上村の場合は後者というところか。


「おまえ、そのイトコと仲が悪いのか?」
「む、そのようなことは……おそらくはないと思うのだが」
「その言い回しだと、苦手意識があるようにしか思えないぞ。 珍しいな、おまえのそういうの」


友達付き合いなどはそつなくこなすタイプだと思っていたけど、それは過大評価だったのだろうか。


「実はだな、小さいころにちょっとしたことがあって泣かしてしまってな。 それが某の心に暗い影を落としておるわけだ」
「自分で暗い影とか言うなよ。 でも、ガキの自分ならそんなの普通のことじゃないか」


俺だって今思えばどうでもいいことで取っ組み合いの喧嘩をしたことはあるし、それで泣かされたり泣かしたりしたものだ。 男同士ならそれもまたコミュニケーションのひとつだと思うけど。


「でも、おかげでおまえの態度の理由がわかったよ。 俺からのアドバイスとしては、そんな小さいことは忘れてしまえってところだな」
「そんなものかね?」
「下手したら向こうだって覚えてないんじゃないのか。 でなきゃ、嫌いな相手を出迎えに選ばないだろ」


もっとも、他に知り合いがいなくて仕方なくという可能性もないわけではない。


「やはり、おまえに声をかけてよかったよ。 拙者としては今日この日をどうやって演出しようかと散々考えてきたのだが、平山のアドバイスのおかげで良好な再会を果たすことができそうだ」
「もっとも、相手が泣かされたことをずっと恨んでいて、今日ここで百年の恨みを晴らすという展開もなきにしもあらず、だけどな」
「……っ」


おーおー、上村のひきつった顔なんて滅多に見られないぞ。 こいつは貴重なものを拝ませてもらった。


「み、見返りはなんだ」
「そうだな、昼飯のおごり10回でどうだ?」
「三回が妥当だろう」
「七回で」
「くっ……五回だ」
「そのあたりで妥協してやるか。 楽しみにしてるぞ」
「はー……そのかわり、この場は見事に仕切ってもらうぞ」
「任せておけって」


男同士の再会なんてそんな面倒な事にはならないだろうし、お安い御用ってね。


「む、どうやら来たようだな」


ゲートを抜ける人々の流れが一段落したと思ったら、そこに小柄な人影がぽつりと立っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084734j:plain



 

「……え?」


きょろきょろとあたりを見回している姿はまるで小動物のようでひどく弱々しい。

赤道直下にある人工島からやってきたという割にはそれほど日に焼けているようには見えなかった。 むしろ肌の色は白い方だろう。

すらりとした細い手足、ふわふわと柔らかそうな髪。

耳にはヘッドフォンをつけている。

手にした荷物の方が大きいのではないだろうか。

外見的な特徴をあげるとすれば、それは間違いなく大きな胸だろう。

あのスタイルであのサイズはちょっとした驚きだ。

朋夏あたりが見たら羨ましがること間違いない。


「おまえ……イトコって女の子だったのかよ」
「そうだが? いってなかったか」


言ってない。

てっきり男だとばかり……しかもあの様子だと「昔のことなんてきれいさっぱり忘れちゃいました」ってタイプじゃなさそうだ。


「おーい、こっちだ、こっち!」


上村が大きな声で呼びかけて手を振ると、ようやく俺たちに気がついたらしい。

荷物を文字通り引きずってこちらへやってくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084835j:plain



「ど、どうも……」


ヘッドフォンを外してぺこりと頭を下げると、短い髪が踊る。


「ミノルちゃん、だよね?」

「いかにも」

「なんだか、ミノルちゃんは小さいころからあんまり変わらないね」


こいつは小さい頃からこうだったということか。

そいつはまた随分とこまっしゃくれてたんだな。

しかし『ミノルちゃん』って……いや、イトコ同士だからそういうのもありかも知れないけど『ちゃん』付ってのもギャップがあるなぁ。


「こちらは、香椎真澄(かしい ますみ)さん。 俺の従姉殿だ」


上村が紹介をすると、何故だか香椎さんはびくりと肩をすくめた。


「は、はじめまして」

「真澄です。 よ、よろしくおねがいします……」


一瞬だけ目があったけれど、挨拶のために頭を下げると再び視線が絡むことはなかった。

どこかでこのしぐさを見たことがあるように思ったけどなんのことはない、出会ったばかりの頃の湖景ちゃんに似ているのだ。


きょどきょどと視線が泳ぐさまも、落ち着きがなく指先が動くところもそっくりだった。

イトコの紹介をして人仕事終えたと言いたげな表情の友人の肘をちょいちょいとつつく。

 

「うん?」

「本当にこの子なのか」

「先ほどのやり取りを聞いてなかったのかね。 直接会うのはそれこそ10ねんぶりになるが、写真も送ってもらっていたし間違いはなかろう」


それにしたってこいつの説明してくれたキャラとイメージが随分と違うような……って、具体的な説明をしてもらってなかった。


「上村、悪いが昼飯おごりの件はなかったことにしてくれ。 これはどう考えてもお前を恨んでいるタイプだ」

「おいおい、いまさらそのようなことが通ると思っているのかね。 約束を交わした以上、最後までその責任を果たしてもらうぞ」


くそう、だって女の子なんて想定してなかったんだよ。

はてさて、この場をどう切り抜けるか……。


改めて見直してみると、瞳は大きくて黒目がちだし、鼻筋はすっとしてるし、なかなかの美形だと思う。

上村はこんなかわいい子を小さい頃に泣かしたというのか。

どんだけいじめっ子だったんだよ、こいつは。


「こちらがおれの級友たる平山空太だ。 今日は君が帰国すると聞いて喜んで出迎えを買って出てくれたのだよ」


……なんだと?

そもそも俺は何も知らされずにこの場まで連れてこられたはずだぞ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084849j:plain



「あ……空太くんって、いつもミノルちゃんがメールに書いてた、あの空太くん?」

「おまえ、俺のことをこの――香椎さんだっけ? どんなふうに伝えてたんだよ」

「ぅー、その……私のことは真澄で、いいです、から」

「そう? じゃあ、真澄さんにどういうことを伝えたのかこの場で明らかにしてもらおうか」


場合によっては、昼飯のおごりの回数を増やしてもらうことだって厭(いと)わないからな。


「どんなことを問われても、ありきたりなことしか伝えていないと思うが」


「その……宇宙科学会っていう部活に所属しているんですよね? そこの偉い人だって聞いてます」

「いやぁ、別に偉いわけじゃないけど。 そもそも俺を入れて四人しか会員がいないような弱小学会だし」


しかも現在進行系で解散の危機に立たされているし。

 

「そういえば宇宙科学会は得になにもしてないんですよね。 もったいないです……」


ははは……その通りなので乾いた笑いしか出てこない。


「空太くんはいつでもぐーたらしてるってミノルちゃんがメールに書いてましたけど本当ですか?」


「上村くん、ちょっと話をさせてもらってもいいかな」

「よかろう。 なにかね」

「おまえ、あることないことを勝手に教えるとはどういうことだ!」


俺の右ストレートが唸りをあげて上村に迫る。


「なにをいうか。 某は確たる真実しか伝えておらぬわっ」


上村の左が俺の右にかぶさるようにして打ち出される。

これぞまさにクロスカウンター。

そして互いの頬にそれぞれの拳をグリグリと押し付け合った。


「個人情報を勝手に流すな。 しかもマイナス方向ばっかりじゃないか」

「自分のこれまでの行いを省みてみたまえ。 プラス方向の活躍をしたことがあったのかね」

「うるさい、せめて親友としてちょっとはカッコいいところを宣伝してしかるべきだろうが」

「残念だが情報はいつも正確にをモットーとしているのだよ。 虚偽情報など流せるか」


クロスカウンターのポーズでお互いを罵り合う。

どう考えたって傍から見たらただの危ない奴らにしか見えないだろう。

どちらからともなく互いの拳を引いた。


「おごり、10回な」

「5回だ。 先ほど交わした条件ではないか、健忘症にでもなったのかね」

「いらぬ情報を流した罪を上乗せしただけだ。 妥当なところだろうが」


と、ここまでやれば、そろそろツッコミでも入るだろうかと思っていたけど、一向にその気配がない。


はてどうしたものかと思って真澄さんを見ると、何故だかこの世の終わりを目撃したかのような顔をして俺たちの事を見ていた。


「どうかしたの?」

「ぅー、その……け、けんかはよくない、です……」

「別にただじゃれ合っていただけだよ。 こんなの喧嘩じゃないし。 なぁ」

「うむ。 このようなことは平山と過ごしていると日に10回はあるな」

「そ、そうなの? よかった……」


ほっとしたように胸をなでおろしている。

むぅ、南国の人工島では日本式(ジャパニーズスタイル)は通用しないものらしい。


「さて、いつまでもここで時間をつぶすのもよろしくないし、そろそろ出発するか」


加えて、さっきまでのじゃれ合いのおかげで微妙に視線を集めているしな。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084934j:plain



「荷物、持つよ」

「ぅー、でもその……」

「重いでしょ、ここまでの移動で疲れただろうし、持つから貸して」

「あの……ありがとう、ございます……」


なんかペースがつかみにくいというか、おどおどしすぎというか。

この子は本当に上村のイトコなのだろうか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084948j:plain



電車に乗って移動中、真澄さんはずっと窓の外を見ていた。

けれど、久しぶりに見る日本の風景を楽しんでいるようには見えなかった。

どことなく落ち着かないというか、すべてに対して警戒をしているようだ。

ご両親の帰国がしばらく遅れるから、それを気にして緊張しているのかも知れない。


・・・。

 

電車を降りる頃にはすっかり日は傾いて、空が赤く染まりつつあった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085026j:plain



「そういえば、真澄さんも俺たちと同じ内浜学園に通うんだよね」

「は、はい……」

「じゃあ、同じクラスになれたらいいね」


けれど、真澄さんはどこか浮かない表情で笑っているような顔をしている。

何か変なことを言ったかな。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085040j:plain



「では、おれはこのまま彼女を家まで送っていくよ。 今日は悪かったな」

「いいって、気にするな。 ついでに近所のお店とかも紹介してあげろよ」

「そのあたりに抜かりはない。 ただそれは明日だな。 今日は疲れているだろうし」

「じゃあ、また明日」

「うむ」

「失礼します……」


雑踏に二人の背中が消えるまで見送った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

これも天の配剤なのだろうか、真澄さんは俺たちと同じクラスに編入されることになった。

挨拶の際にクラスメイトの視線を一身に集めると昨日以上に体を竦(すく)めていたのは少し可哀想な気がしたけど、こればかりは仕方がない。

どうにも彼女は注目を集めるのが苦手なタイプのようだ。

まぁ、よほどの目立ちたがり屋でなければその気持ちはわからないでもないけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085110j:plain



「ねーねー、真澄ちゃんって英語とかフランス語とかも話せるの?」

 

そして休み時間なればこうして個別の質問者によってさらに問い詰められることになる。


「え、っと・・・フランス語は話せないです、ごめんなさい」

「ふーん。 じゃあさ、あっちのおいしい食べ物とかってなにがあるの? やっぱり南国のフルーツとか? あたしさー、まだドリアンって食べたことないんだよねー」


おまけにこうして質問をする側に悪意なんてこれっぽっちもないものだから、質問される側の困惑なんてお構いなしに続いていく。


「ドリアンってやっぱりくさいのかな? くさいのはちょっとイヤだよねー。 あとねマンゴーとかも好き。 甘いよね、あれ。 真澄ちゃんは食べたことある?」


「おいおい、さっきから質問攻めじゃないか。 少しは自重しろよ。 真澄さんはまだこっちの生活に慣れてないんだからさ」


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

「い、いいえ・・・」

「ははは。 宮前さんは面倒見もいいし、わからないことがあったら彼女にいろいろと聞いてみるといい」

「そういうのなら任せて! なんだって相談に乗っちゃうよ」


体育会系のノリというか、実際、朋夏は面倒見がいい。

ただこいつのテンションについていけるかどうかは別の問題だ。


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

 

「は、はい・・・よろしくお願いします、宮前さん」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085127j:plain



「は、はい・・・よろしくおねがいします、宮前さん」

「あはは、そんな固くならないでもいいからさ。 あたしのことは朋夏って呼んでね」

「わかりました・・・と、朋夏、さん」

「べつにさん付けじゃなくてもいいし」

「は、はい・・・」


うん、完全に朋夏の勢いに飲まれているな。

これはいいことなのか悪いことなのか判断に困るところだ。


「とりあえず、どこかの部活か委員会に入った方がいいだろうな」


というか、この学園では必ずどこかの組織に所属しなければならないことになっている。


「上村のところはどうなんだ? おまえが副代表をしているんだから融通がきくだろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085141j:plain



「できなくはないが、なにかと忙しい部署だからな。 学園生活どころか日本での生活に慣れていない彼女にはいささか大変かも知れぬぞ」

「じゃあ、あたしたちのところにこない? "宇宙科学会"っていうんだけどさ」

「宇宙科学会って、空太くんと同じところなの?」

「うん、そうだよ。 って、どうして空太くんが宇宙科学会にいるって真澄ちゃんが知ってるの?」

「答えは簡単だ。 すべて上村の差し金だからな」

「はっはっは。 おれの知っている情報の多くはメールを通じて彼女に教えてあるのだよ。 たとえば――宮前嬢は79のBとかな!」

「うん? それってまさか・・・こんのぉ!」


唸りをあげて朋夏の右フックが上村のアゴに炸裂した。


「どぅほぉう!」


綺麗に吹っ飛んだ。

うむ、腰の入った実にいいパンチだった。

この右があれば世界だって狙えるだろう。

と、このやり取りを見ていた真澄さんは半分涙目になっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085157j:plain



「け、けんかはだめです・・・」

「へ? ああ、こんなのケンカじゃないし。 上村くんと一緒にいると一日に10回ぐらいあるよね」

「うむり、このようなことが日常茶飯事なのは事実だが――そんなことよりも宮前さん、おれは上村だとこれまでも何度か言っているではないか」

「上村のことはどうでもいいとして、宇宙科学会に誘うのはどうかと思うぞ。 いつ解散するかも分からないってところに」

「あ、あははは・・・そうだったねー」


俺と朋夏は二人して力のない笑顔をしてみせた。


「宇宙科学会は本当に解散してしまうんですか?」

「まぁ、このまま何もしなかったらそうなることになるのかな」

「して、解散を免れるための案はどうなっているのだね」


「あ、一応、考えてきたよ」


「ほほう、そいつはぜひとも聞かせてもらいたいな

「うんとね、近々、"流星群"があることは知ってる?」

「知ってます!」

 

おおう、思わぬところから特大の反応が。


「夏にあるペルセウス座流星群と時期が重なるから、かなりの流星が見られるんですよ」

「え、そうなの?」

「知らなかったのかよ」


「だって・・・ねえ」


『ねぇ』じゃないだろ。

自分でネタを振っておいて。


「それでね、もし流星雨が降ってきたら地表は大ダメージを受けて大変だと思うんだよ」


「・・・え?」

「そこで考えたんだけどさ、災害対策レポートをまとめて発表したらどうかな?」


真澄さんの表情が面白い具合に固まっていた。

題して、『驚愕する少女』ってところだろうか。


「・・・おまえはアホか?」

「むー、なんでよー」

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかったぞ。 とりあえず、これを読めサイエンスブレイカー」


携帯で検索した情報サイトを朋夏に突きつける。


「えーと、なになに・・・」


携帯に表示された内容を読み進めていくと、自分の大いなる勘違いに納得がいったらしい。


「へー、そうだったんだー」

「流星雨と大災害との直接的な因果関係はありませんよ」

「もー、知ってたのなら先に教えてよー」

「す、すみません・・・」

「馬鹿。 おまえが勘違いで変なことを言い出しただけだろ。 他人のせいにするなよ」


勘違いというカテゴリーに入れてもいいものかと悩みたくなるほどだったけどな。

あれが素だったのが本当に恐ろしいわ。


「そうなんだけど・・・ごめんね、真澄ちゃん」

「い、いいえ。 気にしないでください。 ただ、さすがにびっくりしましたけど・・・」


世の中の広さを思い知らされたという顔をしてたもんな。

朋夏の成績を知ったらさらに驚くことだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085226j:plain



「だったらどうする? もうこうなると流星雨の観測くらいしかやれることないと思うんだけど」

「それだけだと地味だな。 満場一致で没だろう。 間違いない」

「残念だが、ここは平山に一票と投じるしかあるまい。 それにたった一度、流星雨を観測したところで会の解散が免れるとは思えんな」

「そうなんだよなぁ。 結局、部活としてずっと活動していく方針にならないといけないわけだからさ」

「だったらさ、新しい星を発見とかしちゃえばいいんじゃないの」

「それは面白そうだけど、そう簡単に見つかるものなのか」

「かつてはアマチュアでも新しい"小惑星"を発見して名前を付けていたようだが、今はコンピューターが自動的に探索をしているから難しいかも知れないな」


「え、星の名前って勝手につけてもいいのかよ」


「新惑星だと正式に確認された場合は発見者が好きな名前を付けられることになっているぞ。 地名や人名、神話の登場人物などが多いがな」

「でも、とてもいいアイディアだと思います。 宇宙にはいくつもの小惑星帯があるし、もしかしたらまだ発見されていない小惑星だってあるかも・・・」

「おお、真澄ちゃんは賛成ね。 じゃあ、やってみる価値はあるんじゃない? 見つけたら宇宙科学会の名前を付けちゃえば永久に残るんだし、それなら誰も文句のつけようがないでしょ」


そういうことになったらすごいとは思うけど、新しく小惑星を発見するのって砂浜に落ちた特定の砂粒を探すようなものなんじゃないだろうか。


「なによ、そんないかにもめんどくさそーみたいな顔して。 だったら空太が意見だしてよ」

「そんなことを言われても、これといってないな・・・」

「なんでよー。 ひとつぐらいあるでしょ。 ここでがんばらないと本当に解散になっちゃうんだよ」

「そうなんだけどさぁ」


そりゃ青春を部活動に捧げて何かに打ち込むっていうのも理解はできるけど・・・なんていうか、そこまでの熱量が俺にはないって感じか。


「どうしてそうやる気がないの。 自分たちの乗ってる船が今にも沈みそうなのに」

「そういうのは会長に言ってくれよ。 あの人ならなんとかしてくれるんじゃないか。 もっとも、面倒事は全部こっちに押し付けられるかもしれないけどさ」


面倒なのは勘弁なんだよ。

宇宙科学会の解散を撤回させるために、今まで以上の苦労を背負い込むのもゴメンだった。


「空太くんって、本当にめんどくさがり屋なんだね」

「うむ、おれの情報に誤りなどはないとこれで証明されたな」

「はは、ははは・・・」


まったくもって事実なので言い返す気にもなれなかった。


「でもさー、宇宙科学会がなくなっちゃったら、空太はどうするつもりなの?」

「うーん、どうするかな・・・」


宇宙科学会がなくなれば困りはするけど――


「おまえが考えてることをおれがズヴァリ当ててやろう! 宇宙科学会がお取りつぶしになったら、また別の活発ではない学会に入ろうと思ってるな?」

「う、上村くん! い、いったいなんの根拠があって!」

「くくく、このおれに見抜けぬ謎などがあるだろうか、いやあるはずがない! 正直にいいたまえ、面倒なんだろう?」

「ぎく」

「この学園では必ずどこかの部や会に所属しなければならないと数少ない校則が定められているからな。 さしずめ、部活内容の自由と引き換えのささやかな束縛といったところか。 ここで平山の思考をトレースしてみるとしよう。 下手に活発に活動しているとことに入って苦労を強いられるのなら、幽霊部員を許している会に籍だけ置いて安穏と過ごしたほうが楽だと考えないだろうか」

「ああ、空太だったらそう考えてそうだよねー」

「おい、俺がいつそんなことを考えていると言った」

「だって、日ごろの空太を見てたら誰だってそう思うでしょ。 ねえ、真澄ちゃん」

「ぅー、その・・・会ったばかりだからよくわからないけど。 空太くんは星の観測って面倒だと思ってるの?」

「それはやってみなくちゃわからないというか、その準備が大変そうかなーとは思うけど。 あとずっと続けるのかどうかとかさ」

「ほらね、面倒だって言ってるようなもんじゃん」

「そんなこと言ってないだろ、大変そうだってだけでさ。 いいよ、そんなに言うなら朋夏の案でいこうぜ」

「宮前さんの案とはどちらのことなのだね? 新小惑星の発見か、それとも流星雨の観測か」

「とりあえず両方ともやればいいよ。 要するに当面のやる気を見せればいいわけだし。 その先のことはまた考えればいい」

「でもさ、そんな妥協するみたいに決めないでも・・・せっかくみんなでやることなんだし」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085243j:plain

 

「でも楽しいと思いますよ。 たくさんの星を眺めているだけでも時間なんてあっという
間に過ぎていきますし」

「真澄さんは星関係が本当に好きなんだね」

「両親がそういうお仕事をしているから自然に、かな」


そういえば、ご両親は海上都市で"軌道エレベーター"の開発に携わっているんだっけ。

俺も同じ環境にあったら星に興味を持っていたんだろうか。


「じゃあ、これに決めたちゃっていいの? とりあえず結果がすぐ出る流星雨メインってことでいい?」

「ああ、それでいこうぜ。 宇宙にまつわることなら宇宙科学会らしいし、悪くないんじゃないか」


もっとも、これまでは一度たりとも宇宙科学会という名称に相応しい活動をしたことはなかったんだけど。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

待ちに待った放課後。

部室にはすでに湖景ちゃんが待機中だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085302j:plain



「平山先輩!」


ほとんど抱きつくくらいに駆け寄ってくる。

近いね、眼前15センチ。


「おおっと・・・なんかここんとこ、このパターン多いね」


つくづく近い。

しかし、うっかり抱きしめたりしてはいけない。

この距離は湖景ちゃんの信頼の証なのだから。

俺の笑顔に対して今にも横槍が入りそうな空気を無視しつつ、湖景ちゃんに優しく声をかける。


「どうしたのだね、可愛い我が後輩よ」

「フンだ、嬉しいくせに」

「いやぁ、そんなことはないですぞ?」

「へー、どーだかねー」


宇宙科学会において湖景ちゃんは唯一の後輩なんだ。

多少ひいき目になるのは当然だろう。


「宮前先輩も」

「うん。 おつかれさま、湖景ちゃん」

「なんだかいつにもまして早いみたいだね」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085315j:plain

 

「はい・・・あの、実は・・・いてもたってもいられなくて・・・」

「どーしたの?」

「それは、もちろん解散の件です」

「あー、そうそう、聞いてよ湖景ちゃん。 朋夏が解散の件を超ヘビィに考えちゃってさ。 休み時間中、その話ばっかりするんだよ。 笑っちゃうよなー」

「あ・・・わたしも重く考えてしまっています。 ご、ごめんなさい・・・・・・」

「ぐわ」


この子の性格を考えたら真剣に考え込むのはわからなくもないけど。



f:id:Sleni-Rale:20201029085329j:plain

 

「ふーん。 誰が、なんだって?」

「いえ、なんでもありません。 ボクが言い過ぎました」

「わかればよろしい」

「あの・・・それで、どうにか解散せずにすむ活動内容はないだろうかと思って、いろいろ考えたんですけど、一晩悩んだだけでは、結局、なにも思いつかなくて・・・すみません」

「そりゃまぁ難題だからさ、一晩ぐらいで思い浮かばなくても仕方ないよ」

「ご、ごめんなさい。 わたし、なにもできないし、ぜんぜん協力できなくて・・・」

「そんなことはないって。 湖景ちゃんのその気持ちが嬉しいんだからさ」

「おーい。 なんかさー、あたしのときとえらい対応違うじゃないの?」

「いや、だって考えてみろよ。 湖景ちゃんはかけがえのない可愛い後輩だぞ?」


その湖景ちゃんが流す涙を見て喜ぶような輩など、男の風上にも置けないじゃないか。


「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085344j:plain



「かわいいクラスメイト」


朋夏はこれでもかとアピールするように自分を指さして言った。


「えー?」


「こらこらこら!」

「冗談だよ」

「まー、いいけどさ。 ねーねー、湖景ちゃん。 あたしたちも生き残り案、考えてたんだよ」

「本当ですか? よかった。 それで、その・・・どんな?」

「んー、独創的なアイディアってわけでもないんだけどさ」

「うるさいなー。 あんたは意見出さなかったくせに」

「それはそれ、これはこれ、アレはアレだ」

「アレ?」

「湖景ちゃん・・・そうやって改めて聞かれると恥ずかしいかも?」

「えっ、それって、あの・・・わたし・・・ごめんなさい!」

「こらこら、やめなさいってセクハラは」

「・・・ハイ」

「あの、それで・・・その、案というのはどういう?」

「今度、流星雨があるって知ってた?」

「あ、そういえば彗星の最接近と流星雨って、もうすぐでしたね。 わたし、なんだか不安で・・・」

「それそれ。 朋夏ってばなかなかケッサクな勘違いをしてたんだけどさ。 大災害になるとか非常用の酸素がいるとか。 上村にそそのかされて、しまいにはタイヤのチューブを買いに行こうと――」

「あ、はは・・・」


あらら、湖景ちゃんが目をそらしたぞ。

また何かマズいことでも口にしちゃったか?」


「あの、すいません!」


湖景ちゃんは、トトトと部室の隅にまで走っていき、無造作に置いてあるダンボール箱をごそごそしていたかと思うと、蓋を締めてこっちに戻ってきた。


「なに探してたの?」


どっちかというと隠したような感じだったけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085404j:plain



「いえ、探してたんじゃなくて、むしろ逆で・・・あああ、ダメですダメです」


容赦なくさっきのダンボール箱に取りついた朋夏は、がばっと蓋を開けた。


「・・・これって?」


あっけに取られている俺と、慌てふためく湖景ちゃんのもとに、黒くて細長い物体が届けられた。


「チューブ・・・だよな。 おそらくは自転車のタイヤの」

「なんか、ガスマスクみたいなのも入ってたけど?」

「違うんです、本気で彗星のガスとか衝突とかに備えていたわけじゃなくて・・・でもあちこちでそんなふうにいわれるから、もしかして、もしかしたらって念のために・・・」


顔を真っ赤にして主張する湖景ちゃんに優しく告げた。


「そうだよな。 湖景ちゃんがそんなサイエンスブレイカーな考えを信じるわけがないって。 湖景ちゃんはいつも夢いっぱいなんだねぇ」

「また、あたしのときと対応が違う!」

「はわ・・・」


っていうか、なんでこの部室にはゴムチューブなんてものが平然と置いてあるんだろうか。 ・・・どうせ会長が持ち込んだに決まってるんだけど。


「それで、その流星雨の観測記録を取ってレポート化して提出しようって話でさ」

「ああ、それはいいですね!」

「おお、さっすが湖景ちゃん! 見る目アリーナ」

「夢があってイベント性があって、すごくいいと思います! これなら委員会の人も納得してくれますよね」


そうか、湖景ちゃんはこの案を倍プッシュなのか。

ふーむ・・・。


流星雨レポートなんてその場しのぎの凡作かと思ってたけど、意外と女の子受けがいいってことか?

観測レポートまでまとめようとしたら、時間も手間もかかってしょうがないんだけど。

存続の希望が出てきたせいか、朋夏と湖景ちゃんがやけに盛り上がっているものだから、そういうネガディブなことは口に出しにくい。


「レポート作成って手間はかかるだろうけど、"モグラ"を作るよりはマシだよね」

「そ、それは確かにな」


気を遣われてしまったか。

こいつとも長い付き合いだしな。

思考パターンを読まれているというか、お互いに手の内がバレているというか。

俺が内心で面倒そうに思っていることを察していたんだろう。


「どうせ手間なしには解決しないんだし、ひとつ腹を決めてこれで押し切っちゃおうよ」

「んー、そうだなぁ」


どうせ面倒ごとは全部こっちに回ってきて、最後は俺がボロ雑巾状態になるんだけどな。

言い出しっぺである朋夏はアシスタントとしてさんざん使い倒してくれよう。


「わかった、それでいいよ」

「やった。 さすが空太」

「で、観測の計画について、どうするつもりなのか聞こうか」

「・・・え?」

「やることはわかった。 あとは計画の立案だ。 流星雨なんて自然現象を観測するんだから、計画ってものがいるだろ?」

「う・・・それは、そうだけど」

「そいつを聞かせてくれよ」

「だから・・・写真を・・・」

「写真を?」

「とる?」


おいおい、なんで疑問形なんだよ。


「ごめん、詳しいことはわからない。 そのへん、空太にお願いできない?」


朋夏は手を合わせて頭を下げた。

ったく、開き直るのが早すぎだ。


「そういうことになるんじゃないかと思ってはいたんだよ、俺は」

「できる限り、空太に協力するからさ!」


いやいや、よく考えないとな。

この決断に学期の残りと楽しい夏休みの計画がかかっているわけだし。

安請け合いをして、あとで地獄を見るようなことはなんとしても――


「わたしからもお願いです」

「わかった、任せろ」


そりゃ、可愛い後輩にそんな顔で頼まれたら、こう返事するしかないじゃないか。


「あのあの、わたしたちにお手伝いできることってありませんか?」


「できることはもちろんだけど、好きなだけ率先してやってくれていいからね。 なにしろ、みんなでやることだからさ」

「そうだね、うん、がんばるっ」

「とにかくまずは計画・・・いや企画書だな」

「企画書、ですか?」

「はーい、質問! どうしてそんなものがいるんですか? っていうか、企画書ってなんですかー?」

「とにかく俺たちがこれを本気でやる気だって意思を見せないといけないんだよ、会長に。 活動内容の決定権は会長が持ってるからな」

「なるほどー。 地味だからNGなんて可能性もあるもんね」

「そういうこと。 もっとも、駄目だしされても会長からは代案は出てこないだろうけどな。 それが会長イズムだから諦めるしかない」


その結果として、俺たちは"ライトモーターグライダー"なる代物で空に挑戦させられることになるわけだ。


「うーむむむ・・・。 でも企画書ってなに書けばいいのかなあ」

「実は俺も書いたことはない。 湖景ちゃんは?」

「ありません・・・あの、ごめんなさい」

「謝らないでよ。 言ってみただけだしさ。 まぁ、書類の体裁とかはともかくとして、それなりに詰めた計画にしてこっちでどんどん進めていかないとな。 ぐずぐず検討ばかりしてると、権力にものをいわせてひっくり返される可能性も高くなるし」

「うぅ、それは恐ろしい」

「あの、今度の流星雨についてなんですけど・・・」


端末をいじりながら話していた湖景ちゃんが画面をこちらに向けてくれた。

どうやらネットを検索していたらしい。

表示されていたのは流星観測の手引きとなるサイトだった。


「へー、結構まとめられてるもんなんだ」

「みたいだな。 天体観測の世界じゃ大イベントだって話だし」

「なるほどね。 このくらいだったらあたしでもなんとか・・・・・・」


うむうむ、朋夏がやる気を出すのはいいことだ。

何故ならば――俺の仕事が減るからな!


「望遠鏡とかの機材は屋上にあるのを使わせてもらえばいいだろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085422j:plain

 

立派な天体望遠鏡が校舎の屋上に設置されているけど、俺たちは今まで一度として使ったことがない。

なんでも昔、星の好きな先生の強い主張によって作られたものらしいけど、これだけ見事な無用の長物も珍しいような気がする。

もっとも利用してない俺たちが胸を張って言うことじゃないけど。


「なんとかなりそうな雰囲気ですね」

「日程的にも問題ないみたいだし、これだったらものすごく現実的だ」

「ねーねー、夜遅くに学校入るのって、ちゃんと許可取るにはどうするのかな?」

「ああ、そりゃ確か――」


どうするんだっけ。

許可を取らずに忍び込む方法については熟知しているのにな、俺たちは。


・・・・・・。


・・・。

 


それから話し合いを進め、個々の具体案を検討することにした。

まったくこんな面倒事なんて誰も期待してないっていうのに。


「Nobody expects the Spanish inquisition!」



f:id:Sleni-Rale:20201029085455j:plain

 

さてこれからというまさにその時、怪しげな発音の英語らしき台詞とともに部室のドアが勢いよく開かれる。

何事かと振り返ると、そこには見知った奴が偉そうな態度で立っていた。


「あれー、水面ちゃんじゃない、久しぶりー。 いきなりどうしたの?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085522j:plain



「朋夏センパイ! ご無沙汰してました! 相変わらずお元気そうでなによりですっ」

「あはは。 あたしは元気だけが取り柄だからさ」

「そんなことないです! 体操をしてた時の朋夏センパイはすっごくステキでした!」

「そ、そう? そういわれるとなんだか照れちゃうなあ」


朋夏はポリポリと後ろ頭をかいている。

実際にかゆいわけではないだろう。

部室のドアを壊れてしまえ! とばかりに力いっぱい開けたのは千鳥水面(ちどり みなも)――俺と朋夏の後輩だった。


「で、なんでおまえがここに来るんだよ。 部外者以外は立入禁止だぞ」


もっとも部外者であるところの上村は何度か部室に顔を出し、時にはコーヒーなどを飲んでいくわけだけど。



「うっさいわね、平山空太! あんたこそなんでこんなところにいるのよっ」


ビシッと指をつきつけられる。

どうでもいいけど、それが上級生に対する態度なのか。

まったく、こいつは初めて会った頃からそうだったけど、なんだってこうつっかかってくるんだか。


「いいか、ここは宇宙科学会の部室で、俺はその部員だ。 ちなみに朋夏も湖景ちゃんも部員だ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「はぁ? シツレイな質問するんじゃないわよ。 そんなの三人に決まってるじゃない」

「・・・もう一度聞くぞ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「だから三人・・・あ、ウチを入れたら四人だ」


どうやら数をかぞえる能力はまだあったようだな。

このやり取りをもう一度最初からやらされるなんてゴメンだぞ。


「宇宙科学会に用があるなら、会長もいないし俺が代理で聞いてやるが」

「HA! HA! HA! HA! なるほど、なんの活動もしていない架空学会にはお似合いの部員だものね」


悪魔的な嘲笑をされた。

まったく、口だけが達者なのは相変わらずか。


「そもそも朋夏センパイみたいな優秀な人がこんなお気楽極楽――もとい、悪の枢軸たる宇宙科学会にいるのが間違いなのよ」


悪の枢軸って・・・ひどい言われようだなぁ。

 

「見たわよ、聞いたわよ、宇宙科学会が解散するって!」

「はわわ・・・なんだかすごい迫力です・・・」

「それもこれも、日ごろの怠惰な活動のせい! 言わば自業自得! 天網恢恢祖(てんもうかいかいそ)にして漏らさずってやつよ!」


そして再びズビシと俺に向けて指を指す。

だからそれをやめろと。


「言っておくがまだ解散って決まったわけじゃない。 これからそれを回避するための活動をしていくんだから邪魔をするな」


しっしとばかりに手を振って追い返す。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085551j:plain



「シツレイね。 人を犬や猫みたいに扱わないでくれる」


きゃんきゃん吠える子犬みたいなおまえにぴったりな対処法だと思うんだが。


「ウチは"報道委員会"として広くこの問題を知らしめる義務があるのよ! ここが年貢の納め時、さあ、覚悟しなさい!」

「ほうどういいんかい?」

「えっと、『うちはまプレス』や『うちはまタイムス』を発行している委員会のことです」

「ああ、なんかそんなのもあったな」


定期的に携帯へ情報が届くらしいんだけど、今まで一度も見たことはない。

そもそもプレスとタイムスがある理由もよく知らないし。


「そうよ、この内浜学園が誇る報道委員会は、世の正義を守るために日夜努力を続けているんだから!」

「この場合、誰が正義で誰が悪になるんだ?」

「決まってるでしょ。 ウチが正義で平山空太が悪よ。 すぐにあんたを改心させてやるんだから!」

「俺個人が悪なのかよ!」


悪の枢軸とやらはどこへ行った。

それから、そのうねうねとした奇妙な動きをやめろ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085616j:plain



「まったく、そんなだから堕落するのよ。 『うちはまプレス』を読まないでいたら時代に置いていかれるに決まってるじゃない。 いいこと、学内の情報については『うちはまプレス』が一番詳しく載っているんだからね。 部活動で活躍した人の紹介や参加する大会の告知、ウチがこれはと認めた人には特別インタビューも敢行して、その雄姿をより多くの人に知ってもらっているよのよ! 内浜学園周辺のイベントやお買い得情報といった地域密着情報は『うちはまタイムス』を見ればバッチリ! 情報化社会を賢く生きる人の強い味方――それが内浜学園報道委員会なのよ!」

「悪いが、興味ない」

「あは、あはははは・・・」


どうやら朋夏もろくに目を通していないようだな。


「ダメダメ星人であるところの平山空太は置いておくとしても、朋夏センパイも読んでくれてないんですか?」

「ごめんねー、あたし、ああいうの苦手でさー」

「わ、わたしは読んでます、けど・・・ごめんなさい」

「えーと、あなたが津屋崎湖景さんよね? ありがとう! きっと内浜学園の大半はあなたみたいな心が綺麗な人なのよ。 これからも読者でいてね」

「は、はい・・・ごめんなさい」


つまり俺や朋夏はその大半から外れるってことか。

そうやって自分の価値観を無理に押し付けるなよ。

ほら、湖景ちゃんも困った顔をしているじゃないか。


「でも朋夏センパイだったら、スイーツ食べ放題の話題とか好きなんじゃないですか?」

「それ、どこでやってるの!?」

「おいおい、そんな血相を変えるような情報なのかよ」

「当たり前でしょ! 限られたお小遣いを上手にやりくりしないと一ヶ月の生活が成り立たないんだし」


そりゃそうかも知れないけど、甘いものを食べ放題ってどんな拷問なんだよ。


「近くの商店街で季節に一度ぐらいのペースでやってますよ。 クーポンもついているので、お店で携帯の画面を提示したら割り引きもききますから」

「わかった。 次の号からは欠かさずチェックするから」


朋夏の目の色が変わっていた。

一応、読者を一人獲得ってことでいいんだろうか。


「でも相変わらず水面ちゃんってそういうのを追いかけてるんだ」

「そうですねー、ウチの場合のこれは、もう趣味みたいなものですから。 だから報道委員会に入ったわけですし。 実は内浜学園に入学する前から外部スタッフとして『うちはまタイムス』に参加させてもらってたんですけどね」

「あれ? 最初にあたしのところへ取材に来たころって新聞部じゃなかったっけ?」

「ええ、そうですよ。 内浜学園は新聞部がなくて、その代わりに報道委員会があったから、今はそっちに所属してるんです」

「へー、そうなんだ。 報道委員会って面白いの?」

「写真を撮ったり記事を書いたりっていうのは前と同じですけど、やれることが増えた分、楽しいですね」

「俺も聞いたことがあるぞ。 確か内浜学園のパパラッチって名前で――ぐほっ」

「うるさい! 今度ウチのことその名前で呼んだらただじゃおかないんだから!」


いや、もうすでに一発殴られているんですが・・・。


「ところで、どうして朋夏センパイともあろうお方がこんなところにいるんですか? センパイだったらどの運動部に行っても歓迎されると思うんですけど・・・」

「まあ、それはいいじゃない。 今のあたしはこういうので案外満足できてるし。 それに、空太と一緒に馬鹿なことやってるのもそれなりに楽しいんだよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085630j:plain



「そう、なんですか・・・朋夏センパイがそうおっしゃるのならいいんですけど」

「うん、心配してくれてありがとうね」

「そんな、ウチこそあれからあんまり会えなくて・・・すみませんでした」

「いいのいいの。 こうしてまたお話しできてるんだからさ」

「おまえのことだから、どうせまた取材と称して誰かにべったりくっついてるんだろ」


それこそ、中学時代の朋夏の時のように。


「いいじゃない。 ウチはすっごいがんばってる人たちを応援するためにこうして取材をしているんだもの。 言っとくけど、平山空太、あんたみたいなぐーたら男だけは絶対に取材対象にはならないんだからね!」


そんなことを力いっぱい本人に向かって宣言するなよ。

俺の繊細なガラスのハートにヒビが入るじゃないか。


「俺を取材対象にしないのはいいとして、どうしてここに来たんだよ。 こう見えて宇宙科学会の幹部なんだぞ? のんびり会話してていいのかよ」


もっとも幹部とはいっても会長のオモチャになるぐらいしか役割はないわけだけど。


「あ、そうだった。 貴重な時間を無駄に・・・もう、それもこれも平山空太がみーんな悪いんだからね!」

「ちょっと待て。 おまえに何をしたっていうんだ」


あと、いちいちフルネームで呼ぶのはやめてくれ。


「いいわ、今日のところは予定があるから引き上げてあげる。 でも次に会った時には一切合財まるっと全部白状してもらうんだから覚悟しておきなさい!」


そう言い残すと、来た時と同じようにすごい勢いでドアを閉め去っていった。


「・・・結局、あいつは何をしたかったんだ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085717j:plain



「あはは。 まあ、いつものことだから気にしないほうがいいんじゃない」

「あ、あは、あははは・・・」


・・・。