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-ノベルゲーム・タイピング-

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【15】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

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-神崎 萌 編-

 

 

……。


それは、本来なら聞き逃してしまう微かな音。

靴下が床を擦る摩擦音。

まずい。

眠っていたオレの意識は急激に目を覚まし、横になっていた身体は瞬く間に飛び起きた。



 

「もう5時じゃぞ、いい加減起き──とる?」

「ったり前だバカ野郎。毎朝毎朝鬼のように来やがって」



 

「なにを憤慨しておる。ワシは寝坊させぬために海斗を起こす天使じゃて」
「その手に持ってるカナヅチはなんだ」
「寝てる頭を叩いたら起きるかと思ってのぅ」
「起きるっつーか、頭が割れるな」
「で、今起きたんじゃろ?」
「起きてたっつったろ。気配を殺して忍び寄って来てんだ。そんなヤツに熟睡してるオレが気づくわけないだろ」
「ふむ……」


考え込む仕草。


ぶんっ。


「危なっ!?」


何気なく考え込む仕草をしながら、じじいはなにを思ったかカナヅチを振りかざした。

 

 

「おお、回転して避けおった」
「テメェ避けなかったら脳天直撃死亡コースだろ!」
「殺気込めずに狙ったんじゃがのう」
「マジでオレのタマ狙いか……」

 

 

 

「まったく可愛げのない子供じゃわい。萌なんぞワシのハンマーで殴られたらペロッと舌先を出して『てへりっ』ってなもんじゃい」
「気持ち悪っ」


萌からは想像しがたい。


「つかハンマーで殴られたら萌でも死ぬだろ。あんたの妄想混じってんじゃねえのか」
「妄想100%じゃ」


事実無根か。


「ほれ、さっさと起きて学園に行かぬか」
「まだ5時だろうが」
「おっとそうじゃった。海斗に泣く泣くせがまれて道場で鍛錬じゃったの。あー面倒じゃわいっと」
「じゃあ寝るわ。お休み」


さっさと布団に潜りこむ。


「せにょりぃったあ!」


ぶんっ!


「だから危ねぇっての!」


容赦なくカナヅチを振るうとか、信じられん。


「ならば頭部に一発くらい食らわんかい!」
「あんたはオレに恨みでもあるのかっ!」

「神聖な道場で、淫らな行為に及んでおいて……」


見事に恨みがあった。

わなわなと震えている。

背後に黒い炎のようなものが見えるのは気のせいか。



 

「なんて羨ま──けしからん!」
「一週間も前の話を持ち出すなよ」
「反省の色が見えん!」


ひゅんっ!



「うおっ!?」

 


あろうことか、じじいはカナヅチを投げてきた。

襖を貫通して隣の部屋の壺を叩き割る。


「ちょりゃあ!」

「だから!」


「ほいの!」

「危ねぇんだよ!」


容赦ないじじいの足技を回避する。


「こ、この若造がっ」


ぎりぎり歯軋りする。

一体なんなんだ。


「雅樹め……とんでもない息子にしておってからに」
「はーだりぃ……毎朝毎朝……」


今日突発的にならまだしも、こんなやりとりが毎日続けられたらかなわない。

これじゃあっちにいた頃となにも変わらないじゃねえか。

破れた襖にもたれかかる。

すると、その襖ががらりと開けられた。


「あん?」


ぶんっ!


「なんだおっ!」


一瞬頭のてっぺんがひやりとし、思わず転がり避けた。

 

 

 

「なんだ……お?」

「萌の華麗なる一撃も避けおったお」



 

「『よ』って言おうとしたが舌が回らなかっただけだ──つーか……お前もか萌」


廊下で拾ったのか、カナヅチを持っていた。


「昨日、おじいちゃんが言ってた。朝起きたらこれで思い切り海斗を殴れって」

「おいっ」

「はて、そうじゃったかのう。歳を取ると物忘れが激しくていかんわい」

「で……孫とじじいが、なにが楽しくてこんなことをする」

「決まっておろう。ワシの個人的趣味じゃ」

「…………」

「私も、こういうノリ、嫌いじゃない」

「オレは好きじゃない」



 

「落ち着け海斗。本気でワシが個人的趣味で海斗にこんな仕打ちをするとでも思っておるのか?」


迷わず頷いた。


「喝ッ!」

「うへ、朝から息が臭っ」

「失礼な。ちゃんと磨いておるわい。のう萌や」

「う……」


さっとじじいから視線を外す。


「婆さんや、今行くからの」

「こら、オレの部屋で首を吊ろうとするな」

「庭先の大木で首を吊って死んでると、ちょっと格好いいかも」

「お、それいいな」

「最近萌が、海斗のような考え方を……おおっ」


目頭を熱くし、胴着の袖で涙を拭う。


「いわゆる恋人依存症というヤツだな」

「誰が萌の恋人かっ、調子に乗るでないわ! それにもしものとき、ワシと海斗どちらかを選ばざるを得ないとき、当然のように萌はワシを選んで……」


言いかけて萌の表情を見つめるじじい。


「……?」

「い、いや……あえて聞かんでおこう海斗が惨めになってしまうのも可哀想じゃから、うん」

「オレとじじい、どっちかを選ぶならどっちだ?」

「聞くなと言うとるに!」

「どっちも必要」

「その回答こそが、正義じゃ!」

「それでもどちらかしか無理だとしたら?」

「……難しい…………でも、少しだけ海斗がう──」


ぴたっと言葉が止まる。

激しい悲しみのオーラをじじいが放っていた。


「……やっぱり選べない」

「うむうむ。祖父思いの優しい孫娘じゃ」

「寝てるから、一通り済んだら起こしてくれや」


…………。

 



 

「やっぱりやめだ。こいつらの前で寝たら死ぬ」

「ワシらを信用しとらんとは」

「悲しい、ね」

「萌や、先に行って食事してきなさい」

「わかった」

「おじいちゃんの分、食べちゃいかんぞ」

「うん、半分は残しておく」

「じゃから食べちゃいかんと!」

「じょうだん」


……。



 

「さて……やっと本題に入れるのう」
「最初から本題に入れよ、つーか本題とかあったのか」
「海斗が言ったのではないか? ワシが毎朝心を鬼にして奇襲しておる訳を知りたいと」
「なんだ、個人的趣味じゃなかったのか」
「違うわい」


どかっと座り込む。

それでも正座なのは、習慣というヤツだろうか。


「先日萌の両親と初合わせしたことは覚えておるな?」
「え?」
「覚えとらんのか! 初対面がラスト勝負じゃというのに、どこをどう間違ったかおぬしが裏拳を叩き込んだじゃろうが!」
「ああ、そう言えば裏拳叩き込んだオヤジがいたな」


気絶したから一言も喋らなかったが。


「なーんで両親との対面で裏拳を叩き込むことになるんじゃ!」
「いや……あんたの息子ならこっちから先制するくらいが好感触かと」
「息子は義理じゃ、武術など一切知らん」
「それを先に言えよ、まったく」
「娘が到着する前に息子が病院に運ばれたせいで両親との対面はご破算になったではないか」
「そんで萌の親父は、どうだったんだ?」
「陥没骨折しとったそうじゃ」
「それはそれは…………オレ、マズイか?」
「家庭内での実権を握っておるのは、ワシでなく娘の方じゃからのう……。そろそろ娘から連絡が入る頃じゃが……」


使用人「佃吾郎さま、若奥様からお電話です」



 

「ほれ来た。最悪海斗は殺されるの」
「旦那を陥没骨折させただけで殺されんのか」
「十分やりすぎじゃわ!」


使用人から電話を受け取る。

じじいは真面目な顔をしてオレを見た。


「出来る限りフォローしてやるが、それでもどうなるかは保障出来んぞ」


どうやら、思っている以上に深刻なようだ。

オレも少し気を引き締める。


「頼むぜじいさん」


こんな呆気なく、ここを出て行くわけにはいかない。


「ワシじゃ。うむ、義理息子の様子は? そうか。なるほど……それで海斗との件なんじゃが……うむ。例の件は試しておいたが、まったく問題はなかったわい。ワシ自身ムカつくくらいじゃ……。それから、裏拳について、あやつにも悪気は……ん? ……………………」


突然黙り込む……おそらくは向こうが一方的に喋っている。

しばらくしてすっと受話器を耳元から離した。

そして黙ってオレに差し出す。

出ろってことか。

受話器を受け取ると軽快なメロディーが聞こえる。

保留音だった。


「オレが?」
「代わって欲しいそうじゃ」


すっと受話器を耳元にあてると、加齢臭がした。


「臭っ」

「うるさいわいっ!」


相手は萌の母親にして、じじいの娘。

その危ない遺伝子の母親の娘を手籠めにしただけでなく旦那に怪我をさせたことも含めるとオレの印象は最悪と言ってもいいだろう。

ここは嘘をついてでも優しい好青年をアピールしておこう。

暴力的なことを聞かれても、アリを殺すのも躊躇う健気さを見せてやるぜ。

保留を解除して、電話に出る。


「もしもし」
『あんた旦那に裏拳叩き込んだんだって?』
「…………」


予想外すぎる出だしの喋り方に、呆気に取られた。


『右手で? それとも左手でやったのかい?』
「左手だ。一応両利きでな」


しまった、普通に答えてしまった。

受話器の向こうでぶち切れるかと思ったが、母親は大声で笑った。


『気に入った! 男はそれくらいでなきゃな! もう海外に戻らなきゃならないが、次に来たら親子で酒でも飲もうじゃないか』


けらけら笑っている。

どうやら母親は脳に大きな障害を負っているらしい。


「娘は生まれて一度も病気になったことがないぞい」


健康体そのものだった。


『親父に一週間試させたけど、電話の様子じゃ、あんた相当やるみたいじゃないか? 武に関しては嘘のつけない男だからね』
「試す? 朝のことか?」


じじいを見やると一度頷いた。


『次に会うときが楽しみだ。はははは』


ひとしきり話すと、母親は勝手に通話を切った。


「なんだ……アレ」
「長い神崎家の中でも、暴れ馬の異名を持つのがワシの娘よ」


遠い目で天井を見ていた。


「んで……なんだ、電話の話をまとめると今回の件に関してはお咎めなしってことか?」
「どうやら、何故か好印象だったようじゃ」


旦那怪我させといて好印象になるのは、世界広しと言えどここくらいじゃないだろうか。

なんとなく萌にべったりなじじいの気持ちがわかった気がする。

電話の限りじゃ、あの娘にべったりは出来なさそうだ。


「ワシと出会うわ、萌と恋人になるわ、挙句の果てには娘に気に入られて……ラッキーボーイめ」
「最初の一つだけは全力で否定させてくれ。にしても、萌の母親も武術やってそうだな」
「実力は萌以上じゃ」
「へぇ」


そこまであっさり答えるってことは本物だろう。


「なにはともあれ、これでワシも海斗に襲い掛かる悲しいことをせんで済むわい」
「その割につまらなそうな顔してるのは気のせいか?」
「気のせいじゃわい」


じじいはふっと息をついて穴の開いた襖を見つめる。


「修繕しておくように」
「あんたが破いたんだろうが!」

 

…………。

 

 

……。

 

 

 

廊下に出ると、畳の匂いが鼻をついた。

二階堂にいた頃は、花のような匂いがしていたが、ここでは完全に和の香りに包まれている。

使用人たちがすれ違うたび、軽く会釈していく。

この姿も二階堂邸とは少し異なる。

メイド服ではなく、全員が着物を着ているのだ。

 

…………。

 


……。

 



 

「おい早くしろ。いつまで食ってんだ」


学園に行く時間。



 

「ん……もぐ」
「二時間以上も食い続けるやつがあるかよ」
「運動するから、いい」
「そう言う問題じゃなくてだな……。人には毎日の適したカロリー摂取があるだろ。朝食だけで一日分食ってるんじゃねえか?」


いや、ひょっとしたら一日以上だ。

こいつは食べる速度が遅いわけじゃない。

むしろ平均より早いだろう。

それで二時間以上も食べ続けるのだ。



 

「太るな、絶対」
「太らない」
「なんでわかる。あれか? 自称太らない体質とか言うつもりか?」


あんなの太ってないヤツなら誰でも言える。


「もぐ……今日も歩き?」
「食うだけ食って車で登校するな」
「歩くの好きだから、別に、いいけど」


薫がいた頃は、萌は毎日車で通学していたらしい。

まぁそれが普通なんだが。

オレも車の方が楽だが、麗華と暮らすうちに歩くことに慣れてしまった。

その麗華は、今は車で登校しているらしい。

まだ代わりのボディーガードが決まっていないためだ。


…………。

 


……。

 



 

「そう言えば……」
「どうした」


校門の前で立ち止まった萌が、なにかを思い出したように呟いた。


「忘れ物か?」
「ポケットに、飴入れてたんだった」
「…………」


ごそごそポケットから飴を取り出して、舐め始める。


「んなことで立ち止まるな」


見ているだけで腹いっぱいになりそうだった。


………。

 

 

 

「帰りはまっすぐ帰るってことでいいんだな?」
「買い食い、は?」
「道草せずにまっすぐ帰るぞ」
「しょうがない……」


残念そうな顔をしている。


「じゃあな、終礼が終わったらすぐ来いよ」
「わかった」


学年が違うオレたちは、ここでいったん別れる。

薫も、普段からこんな感じだったな。

たまに教室からその光景を見ていたことを思い出した。


……。

 



 

「おはよう」
「よう、お早い到着だな」
「彩の登校早いから」
「そうか、今は三人で登校してるんだよな」
「あの男が暑苦しいけど」


尊も色々苦労しているようだ。

席に着く。

前の席には誰も座っていない。


「結局、南条は戻って来ないのね」
「ああ」
「特に思うところはないの?」
「なんだよ、思うところって」
「オレのせいで、とか?」
「はぁ? あいつが辞めたことの理由にオレが含まれてることは事実だが、オレの責任になることはなにもないだろ」


あいつはオレに負けて出て行った、それだけだ。



 

「相変わらず冷めてるわね」
「普通だ。特別なことじゃない」
「そ。それで、神崎先輩とは上手くいってるの?」
「ぼちぼちってところだな。問題は萌よりもじじいの方だが」
「じじい? ああ、先輩のおじいさん」
「言うことやることメチャメチャだ」
「あんたと混ぜ合わせると爆発しそうね」
「危険物かよ」
「でも、ちょっと意外」
「あん?」
「神崎先輩は南条を気に入ってたと思ったけど」
「それがどうかしたのか」
「ボディーガードが一人じゃなきゃいけないなんてルールはないんだから、二人ですればいいじゃない。あんたたちになんらかの決め事があったのかも知れないけれどね。その辺、少し冷たい気がしただけ」
「どちらか一人ってのは、じじいが決めたことだからな」
「あんたはそれで納得してるの?」
「やけに食いつくな。なんなんだ?」
「別に」


そっぽを向いた麗華。

言いたかったことは、なんとなく理解出来た。

確かに、オレも萌もらしくはない。

どちらも欲しい物は手に入れるタイプだ。

あのとき、じじいの決め事に従ったことが間違いだったとは思わない。

許可なく萌に手を出した事実があり、主導権は向こう側にあったからだ。


……。

 

 

 

授業中。

淡々とした時間が流れる。

いつもは薫辺りにちょっかいを出すところだが、その相手もいなくなっては、静かなものだ。

朝考えていたこと。

オレは退屈な授業で薫とのやりとりを思い返す。

あいつはルールに従い、破れ、去った。

本来はボディーガードを続けたかったはずだ。

薫は……女でありながら、それを隠し、誰よりも努力を惜しまずに日々鍛錬に取り組んでいた。

ルームメイトだったオレは、よく知っている。

素直に諦めがついたのだろうか。

否、そんなわけがない。

女を捨ててまで希望した職を、はいそうですかと諦められるとは思えない。

あいつを、神崎の下へ引き戻せるか……。

並のヤツがオレの立場なら、もはや考えもしないだろう。

じじいは権力者であり、実力者だ。

ルールを守るふりをして味方につけておきながら薫を呼び戻そうとすればそれはルール違反だ。

じじいが再び敵に回ることもありえるだろう。

そうなれば、萌のそばにいることも出来なくなるかも知れない。


「は……」


ほんと、らしくねぇな。


……。

 



 

昼休みになると、オレは足早に食堂に向かった。


……。

 

 

 

「勝手に注文してないだろうな」


既に席に着いていた萌に詰め寄った。


「うん」
「本当か?」
「……うん?」
「どうしてお前が疑問形なんだ」
「注文はしてない」
「ならいいんだ。なら」


テーブルの上に、なにかの衣みたいなものが落ちていたのが見えたが、さっと手で払われてしまった。

既になんか食べやがったな?

時間からしてパンを一つってところか。

いや……二つかも知れないが。


「お腹すいた。早く注文しよう」
「なにを食うんだ?」
「全部食べよう」
「昼休みは一時間だ」
「じゃあ……ラーメン」
「ねぇよ。てかわざとだな?」
「海斗が頼むと、ない。私が頼むと、ある」
「意味がわからん」


食えるものなら、オレもラーメンとか食いたい。

そういうものはあまり食べた経験がない。

テーブルのボタンを押して、ウェイトレスを呼ぶ。


「ラーメンくれ」


ウェイトレス「ございません」


「……だろうな。じゃあいつもの」


ウェイトレス「いつものとか言われても……」


「使えないウェイトレスだな。じゃあハンバーグ定食」


ウェイトレス「神崎さまは?」


「ラーメン」


ウェイトレス「ラーメンですね、かしこまりました」


「おい」


ウェイトレス「痛い痛い痛いっ!」


ぐいっとお下げの髪を引っ張る。


「ラーメンは、ございませんじゃなかったのか? あ?」


ウェイトレス「い……今在庫が届きました」


「酷い逃げ口上だ」


ウェイトレス「ほ、本当なんですっ」


「じゃあオレもラーメンに変更だ」


ウェイトレス「残念ながら、一名様限定です」


「…………」

「ラーメンはなにが、あるの?」


ウェイトレス「あ、はい。読み上げます」


小さな機械(おそらくメニューを打ち込むもの)を開く。


ウェイトレス「しょうゆラーメン、味噌ラーメン、塩ラーメン、とんこつラーメン、チャンポン、ジャージャー麺がございます」


ジャージャー麺


ウェイトレス「かしこまりいいいいいいいい! 痛い痛い痛い! 髪引っ張らないで下さい!」


「一名様限定じゃなかったのか、あん? しょうゆや塩だけじゃなく、ジャージャー麺まであるじゃねえかコラ」

「落ち着いて海斗」

「落ち着けるか、明らかに差別じゃねえか」


ウェイトレス「な、なんと言われてもない物はないんです」


「くそっ」


頑ななウェイトレスだった。


「ラーメンだけじゃ足りないから、あといつもの」


ウェイトレス「はい。いつものですね、畏まりました」


「これが庶民と金持ちの違いか」


ウェイトレス「お金持ってる人は勝ち組です」


「持ってないやつは?」


ウェイトレス「負け組。敗者。地球のカス」


「……言うね、君。ちょっと口説きたくなってきたぜ」


ウェイトレス「あなた顔はいいけど、お金持ってなさそう。私、顔はブサイクでもいいけど、お金持ってない人とは付き合わない方針だから」


「…………」


"山は高ければ高いほどいい"


最初から向けられている好意など、面白くもない。

いっそここまで興味を持たれてない方が落としたときに面白いというもの。


「なあ、金ってどれくらいあればいいんだ?」


ウェイトレス「あなたには無理です。時間が勿体ないので、失礼します」


引き止めるも、ウェイトレスは去っていった。


「振られた?」
「そのようだ」
「ざん、ねん」
「いやそこは、怒るなりしろよ」
「ふふ」
「……なんだその笑いは」
「ラーメン想像したらニヤついてしまった」
「あ、そ……」


……。

 

"諦める"


金のない男には口説く権利もないようだ。


「海斗には、私がいる」


ウェイトレス「えっ!? も、もしかしてお二人って……」


「冗談に決まってるだろ」


ウェイトレス「そ、そうですよね。実力なくて性格悪いこの人に、神崎さまがときめかれるはずがありませんもんね」


「さんっざんな言いようだな……。性格の良し悪しはともかく、なんで実力があるないを知ってんだコラ」


ウェイトレス「私たちも、日々玉の輿を狙ってボディーガードの方をチェックしてますから」


「実に計算高いな」


そういう女は嫌いじゃない。

 

……。

 

その後、萌のラーメンをすする音を恨めしそうに聞きながらようやく来たハンバーグ定食を食べ始めた。


……。


「なんつーか、贅沢な材料だよな」

「ん?」


食べ終えたハンバーグ定食を見下ろす。


「ここのハンバーグ、有名産地の牛肉使ってるだろ」

「よく知らないけど、多分」

「たまには、もっと庶民的なものが食べたくなる」

「おにぎり……とか?」

「いや……」


あの動物やらこんな動物やら。

口にすると動物保護団体に怒られそうだ。


「お腹すいた」


あれやこれや動物を妄想していると、萌がなにやら怖いことを呟いた。


「今さっき食べたよな? ジャージャー麺にその他もろもろ食ったよな?」
「そう、だった気もする」
「目の前に食ったカスが散らかってんだろ」
「海斗……行儀悪い」
「どっからどう見ても、汚れてるのはお前の使用したスペースだ」
「飛ばされた、という線も」
「ねぇよ」


…………。

 


……。

 

 

 

 

放課後、足早に中庭へとやって来た。


「どうやら、オレの方が先に終わったようだな」


辺りに萌の姿はない。

他に3年の姿も見えないことから、まだ教室とみていいだろう。

すれ違う生徒たちが、オレをちらちら見ていく。

薫もこんな感じだったのだろうか。

慣れてきたとはいえ、気持ちのいいものではない。



 

「お待たせ」
「おう。思ったより早かったな」
「帰ろう」


……。



 

中庭から、学園の外へ。


「…………」


気のせい、じゃないな。

オレたちが校門をくぐった瞬間、視線を感じた。



 

「……ん?」


少し遅れて、萌もなにかを感じ取る。


「なあ今日は少し寄り道をして帰らないか?」
「私も……そうしたいと、思った、とこ」
「以心伝心ってヤツだな」


二人で並び、街の方へ。


……。



 

「誰もいない倉庫街ってのもいいかもな」
「それ、採用」
「ついでに買い食いでもしていくか」
「じゃあ、お好み焼き」
「言うと思った」


あの日お好み焼きを食べてから、萌はオッサンのところに頻繁に顔を出していた。

さすがに無銭飲食、つーかオッサンがタダで食わせてくれるのを悪いと思ったのか、最近は小銭を持ち歩くようになっていた。


「海斗の分、いる?」
「オレの分買う金あるんだろ?」
「2枚しか買えないから」
「一人で2枚食うつもりかよ」
「知ってる? 割り箸は、一つで、二つ。お好み焼きも……一人、二つ」
「…………」



 

「ね?」
「どこにも納得出来る要素がないんだが?」


お好み焼き2枚下さい」

「おいっ」


一人むなしく突っ込んだ。


…………。

 


「もぐもぐ」
「絶対太るからな、それ」
「運動するから」
「運動して消費出来るカロリーじゃねえだろ。オレが小説家で、小説にお前みたいなのがいたら、絶対に太らせて思い知らせてやるところだ」
「なんて、ファンを裏切る行為」
「リアルを追求する男だからな。体重140キロくらいにしといてやる」
「スピードは落ちそうだけど、パワーつきそう。悩む」
「こら、悩むな」


…………。

 

……。

 



 

 

「ふう……食べた食べた」
「満足そうだな。それで運動出来るのか? 見せてやれないのが残念だが、腹出てるぞ」
「出てない」
「ふん、否定したところで証明出来まい」
「なんだかちょっと、不愉快」
「それよりも口元のソース拭っておけよ」
「あとで舐めようと思って残してるの」
「そんな残し方するヤツ初めて知ったわ。んじゃ、ちょっと奥行こうぜ」
「うん。二人きりで、人気のない倉庫裏……燃える」
「ほどほどにな」


……。

 

男「おい、あいつら、あんな人気のない場所でなにを……」

男「まさかそういう関係なのか? だとしたらまずいぞ」

男「仕方ない。予定とは違うが行くぞ。万一のことがあってからでは遅いからな」


……。

 

男「確かこっちの方に……」

 

 

 

「とー」


──!


男「ぐほっ!」

男「な──」

 

 

 

「せーい」


──!


男「ぐおわっ!」


気配を殺してやって来た男を、萌が殴る蹴る。

不意をつかれた二人は地面に叩きつけられる。


「一人は意識残しておけよ」


「うん。じゃあ締める」


男「ぐあああああ、まいったまいった!」


タップする男。


男「く、くそ」


「お前はいらん」


──!


「ぐえ……」


一人を気絶させ、萌が腕を固めた相手に詰め寄る。


「オレらをつけて、なにをしようってんだ」


男「つ、つける? なんのことだっ」


「萌」

「うん」


ぎりぎりぎりっ。


男「いたたたたた、わかった、言う、言う!」


「実に口が軽くて助かるぜ」


男「べ、別に……ただ、その……」


「なに?」


男「朝霧海斗の、実力、試験で……」


「試験? オレの?」


男「くそぅ……まさかお嬢さまにしてやられたとは、上に報告出来ん……」


「まぁ……それは不運としか言いようがないな」

「今後もつけ回すなら、容赦しない」


男「わ、わかった、わかったから放してくれ……」


「どうする?」

「放してあげる、いい?」

「ま……好きにしろ」


オレは最低限相手の身分証を確認してから、頷いた。

呆気なくゲロした相手に拍子抜けしたのか、萌もそれ以上固めることなく手を離した。


「朝霧海斗の調査は先送りだ。神崎萌の方が優秀だったと記憶しておこう。お嬢さまに助けられるとは、底が知れるぞ」


なんだか知らないが、バカにされているようだ。

二人はぶつくさと言いながら目の前を立ち去っていった。



 

「帰るか」
「うん」


…………。

 

 

……。

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、オレは畳の上に寝転がった。

放課後些細なことはあったが、そのことはどうでもいい。

麗華との話を思い返していた。

あいつをこっち側に引き戻せるだろうか。

そのためには幾つかの弊害を越えなければならない。

なにより肝心なのは、萌があいつをどう思っているかだ。

この件に関して、あいつの意見をオレは知らない。

じじいがすべて決めて、それに従っているイメージしかないからだ。

この時間あいつは道場にいるはずだ。

オレは道場に向かってみることにした。


…………。

 


……。

 

 

 

 

だだっ広い道場。

その中には……



男の無数の死体が!?

 

 

 

「あ、海斗。やほぉ」


倒れた者たちに、もがき苦しむような姿はない。

全員が意識をなくしていた。


「門下生の人たち」
「見事なまでに全員伸びてるな」
「この人たちじゃ、相手にならなくて」
「化け物じみてんなホント」
「どうしたの? もしかして……」
「もしかして……ってなんだ。買い食いには付き合わんからな」
「……違う。てっきり、私と、組み手してくれるのかと」
「それはない」
「がっかり」
「ちょっとお前に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「薫のことだ」
「っ!?」

 

 

 

明らかに表情が変わった。

それはすぐに無表情に戻るが、オレはそれを見逃さなかった。


「別に、なにもないけど」


話題を避けたいのか、自ら切り出す。


「じじいが解雇したことに不満はないのか?」
「…………」
「お前とあいつ、結構仲いいと思ってたけどな」
「別に……」
「そうか。ならいい」
「そんなこと、聞いて、どうしたの」
「いいんだ。お前がなにもないならな」
「…………」
「じゃあな、殺さない程度に相手してやれよ」


オレは足早に道場をあとにする。

後ろから感じる視線は気にしないことにした。


……。

 

 

 

 

あいつにもなにか思うところはある、それはわかった。

しかしそれを話すつもりがないなら追及するつもりはない。

それだけのこと。

オレも忘れることにしよう。


──「海斗」



 

「おうじいさんか。どうした」
「萌となにを話しておったんじゃ」
「あ?」
「道場に向かっとったのが見えたからの」
「心配するようなことはなにもねぇよ。あんたに追い回されるのはもう勘弁だ。早々に寝ることにさせてもらうぜ」
「ひょっとして……薫くんの件かの?」
「…………」


オレは部屋に戻ろうとした足を止める。


「さすがに歳を取ると読みが違うな。あんたの処分を不服に思ったオレが、謀反(むほん)を企てようと萌を誘ってみたが、あいつにはそんなつもりが毛頭なかったってことだ。つまり謀反を未遂に終わったんだよ」
「萌が本当に、薫くんを必要としていないと思うか」
「さぁな。オレは超能力者じゃねえからあいつの心の中まで見ることは出来ねぇよ」
「海斗こそ、一週間もかかったではないか」
「あ?」
「謀反を企てるのが、遅いと言っておるのじゃ」
「なんだそりゃ」
「ワシが薫くんを解雇したその日、萌は海斗を見るような目でワシに詰め寄ってきたわい」
「愛情?」
「睨み殺すような目じゃよ!」


そんな目で見られたことは一度もない。


「薫くんを引き戻すようにとな」
「あいつが、そんなことを」


オレにはひと言も薫に関して喋らなかったな。



 

「ワシはあえて萌になにも言わんかったからの。おぬしの前では何事もないように振舞っておるが、実際ワシと二人きりの時にはずっと薫くんのことを話す」
「あんたなら、そうなることがわかってたんじゃないか?」
「そうじゃな。起爆剤、といったところか」
「……じいさん、あんたなに企んでる」
「ここではなんじゃ、海斗の部屋に行くぞい」


……。

 

 

 

「それで、どういうことなんだよ」
「海斗よ、おぬしの将来はどうなっておる?」
「突然なんだよ」
「学園でボディーガードの訓練を受け、卒業の後正式なボディーガードに就任する」
「……ま、そんな感じだろうな」
「うむ。では萌はどうじゃ?」
「萌?」
「今年卒業する萌はどうなる」
「どうもなにも、どうにもならんだろ。あいつには約束された未来があるんだ。のらりくらりと生きてればいいんじゃねえか?」
「甘いっ、甘いぞそれはっ!」


じじいは唾を撒き散らしながら怒る。


「ワシはそんな無職の孫娘を養うつもりはない。人生の目標をしっかり決め、自分の意思でなにかを見つけ出して欲しいのじゃ」
「そりゃまた、金持ちらしからぬ発言だな」
「人生は一度きりじゃ。萌にはやりたいことを見つけてもらいたいのよ」
「それはわかった。だが、それと薫になんの関係が?」
「萌は大切なものを失ったことがないからの。そして、自分から本当に欲しいと思ったものもない」
「……その初めての相手が薫だったってわけか」
「そうじゃ」
「で? そんな萌と薫の仲を引き裂いてどうするつもりだ」
「聞かせてやっても構わぬが、絶対に萌には言わぬと約束してくれるかの?」
「任せろ」



 

「あ、怪しいのう」
「オレの目を見てみろ。輝きに満ちてるだろうが」
「ドス黒い目ぇしとるわい。濁りきっておるな」
「ひでぇ……瞳の輝きなんて皆似たようなもんだろ」
「じゃったら自分で輝きに満ちてるとか言うでないわ」
「可愛さをアピールしておこうと思ったんだ」
「ワシにするな!」
「とにかく、約束しよう。あいつには黙っておく」
「ふむ」


じじいは一度頷くと話し始めた。


「薫くんの件に関しては手は打ってある」
「手を、打ってある?」
「ワシがあんなに優秀で健気な薫くんを容赦なく解雇にすると思うのか」
「思う」
「そんな鬼じゃないわい!」
「なら戻ってくるのか? 薫は」



 

「いや……残念ながらそれはない」
「おいおい、なんだそりゃ」
「ワシはもちろん、薫くんを引き戻すつもりじゃが、どうやら薫くんにもなにやら考えがあるようじゃ」
「考え?」
「一週間前……海斗との一騎打ちの後じゃ……」


……。

 

 

 

『え、解雇では……ないのですか?』
『うむ。この件で薫くんをクビになんぞせんわい』
『しかし、さっきの試合の決め事は……』
『萌のために、協力して欲しいんじゃ』
『協力、ですか』
『これから暫くの間、薫くんには実家に戻ってもらいたい。ワシからの連絡があるまで、萌や海斗、学園関係者とは一切連絡を取らんでもらいたい。近いうち、ワシが必ず呼び戻す』
『それは……辞めることも覚悟していた身です、ボディーガードを続けられるということであれば願ったり叶ったりではありますが……。ただ……少し考えさせていただけませんか』
『考える?』
『自分の道をどうするか……考えたいんです』
『なにか思うことが、あったかの』
『はい……今回の一件は、非常に意味のあるものでした。私自身、身の振り方を考えるために……。ですので、戻る、というお約束は出来ません』
『それは、ボディーガードの夢を捨てることに繋がるとしても……なのかのう?』
『はい。そうです』
『…………』
『…………』
『意思は固そうじゃのう。そうか、わかった。自分の道は自分で考える、それは大切なことじゃ。じゃがもし、戻りたいと思ったのなら、ワシはいつでも薫くんを迎え入れる。それだけは忘れんでくれ』
『ありがとうございます』


……。

 

 

 

「と、まぁそんなところじゃわい」
「つまり、あんた自身は一時的に薫を解雇したように見せただけだが、薫は自分の身の振り方を考えたいと」
「そういうことじゃな」
「あんたのせいで余計なことを考えさせたな」



 

「ワシのせいにするのは構わぬが、迷っておるということは、なにか理由があるのよ」
「で、薫の返答は?」
「後日道場で会うことになっておる。もちろんのこと萌には内緒での。会うのは萌のいない昼間になっておる」
「そうか。あいつ、戻ってくると思うか?」
「五分五分、といったところかのう」
「五分ね……」
「ワシに責任があるからの。なんとかして戻ってきてもらいたいものじゃ」
「あいつ、あれで頑固だからな」


オレは笑って、そう答えた。


…………。

 

……。

 



 

 

「ふう……」


「よう、今日も熱心だな。お前は」
「あ、海斗」
「わくわくしても、オレは立ち会わないからな」
「…………」


がくっと床に倒れこむ。


「いくらなんでもオーバーリアクション過ぎだ」
「どうしたの?」
「お前、今年で卒業だよな?」
「うん」
「そしたら、どうするつもりだ?」
「どうする?」
「ああ。将来の目標ってやつだ」
「なんか、おじいちゃんみたい」
「じじいにもよく言われてるのか」


それらしいことをじじいから聞いていることは黙っている。


「来年になったら、一緒に学園に行くこともなくなるだろ?」
「言われてみれば……確かに」
「彼氏としても少し気になるところなんだが」
「うん……武道家?」
「それって職業なのか?」


道家ってメシ食っていけるんだろうか。

じじいのように道場を開き門下生を採れば、大丈夫か。



 

「つまりじじいのようになるってことか?」
「ううん。一人武道家
「間違いなく無職だろうそれは」



 

「じゃあ、仙人」
「仙人?」
「山に篭って、修行する」
「それも無職だな」
「将来って、大変なんだね」
「そういうことがしたかったら、ひとまず金を稼げ」
「うーん……」


どうやら、まだ明確なものはないらしい。


「すぐ答えられないと、だめ?」
「そういうわけじゃないが、いつまでも猶予があるわけじゃないぞ?」
「考える」
「そうしてくれ」
「海斗はどうするの?」
「オレ? ボディーガード以外の選択肢はないだろうな」


それ以外でこいつのそばにいる方法が浮かばない。


「ボディーガード」
「なんだ、もしかしてなりたいのか?」
「ありかも知れない。戦えるし」
「いや、戦うための職業じゃねえぞ。それに天地がひっくり返っても無理だな。お前、立場的に守られる身だろ」
「残念……」


本当に残念そうなのが怖い。


「なにか身体を使った仕事がやりたいのか?」
「うん。武術を活かしたい」


その気持ちは汲んでやりたいが、武術を活かすとなると危険なことも多い。

それが嫌ならじじいのように道場を開くことだが、それも嫌ときてる。

ヒーローのような職業は、この世にない。

野球選手やらサッカー選手のような別角度から見たヒーローならありえるが……。


「じっくり考えていこう」
「他人事のように言うな他人事のように」
「それより、海斗暇だよね」
「暇じゃない」
「だってあくびしてる」
「眠たいだけだ」
「たまにはいっしょに汗かこう」
「寝技ならいいぜ」
「うん」
「……いや、お前の寝技は本気だからやめる」
「寝技ならいいって……」
「だって腕とか決めてくるだろ」



 

「折るくらい本気で」
「痛いの嫌だ」
「武術、楽しくない?」
「楽しくない」
「日々強くなっていく自分に、感動しない?」
「感動しない」


強さは必然で、武術は生きるための必須だ。

呼吸出来ることに感動することはない。

もちろん、場合によっては面白いときもある。

長い間水中で呼吸出来ず、必死の思いで息を吸い込めたときのように。

こういう用意された舞台、気持ちで戦うのは正直言って好きじゃない。

寝ている間の奇襲、圧倒的に強力な凶器を持った相手。

そういう相手なら本気になれるし、熱くなれるんだが。


「ねえ」
「あん?」
「私と海斗、直接戦ったことない」
「そういや、そうだな」
「海斗強いけど、私にも可能性はある」
「どっちが強いか、ってことか?」


小さく頷く。


「そういうの白黒つけておきたい」
「よし、お前の方が強いってことでいいや」
「…………」


がくっと床に倒れる。

そんでもってひっくり返って足をジタバタ。


「がっかり」
「そこまで残念がることか」
「やっぱり武道家として、手合わせしておきたい」
「また今度な」
「今度は、いつ?」
「オレの気が向いたときだ」
「いつ?」
「だから気が向いたときだ」
「何日?」
「それはわからん」
「なんだか、ずっとはぐらかされそう」
「そんなことはない」
「海斗……」


じっと物欲しそうな目で見つめてくるが、無視だ。



 

「ダメ?」
「ダメだ」
「…………」


諦めたか。


「なにか、ご褒美があったら?」
「物で釣られる男じゃない」
「なにか海斗がしたいこととか」
「…………」


したいことか。

なにか、普段じゃやれないこと……。

萌を見る。


「額に『私はスケベ女です』と書いて街中を歩かせてみるか」
「私の、額に?」
「ああ」
「いいけど……」
「その反応がつまらん。やめだ」
「ああ、しまった」
「よし……そうだな。私に武道家の誇りはありません。って書いた紙を背中に貼って1日過ごす」
「それは、激しく嫌だ」
「だからいいんだろ。その条件を呑むっていうなら、やってやろう」
「…………」
「まあ、単純に勝負しても勝つのはオレだ。それにオレ自身テンションが上がりきらない」
「どうすれば、いい?」
「今から7日間チャンスをやる。その間に一度オレの顔を殴るか蹴ることが出来たらお前の勝ちにしてやろう。なんなら武器や飛び道具を使ってもいいぜ?」
「武道家として、道具は使わない」
「それはお前の自由だ」
「勝負を申し込んだりしなくて、いいの?」
「ああ。就寝中でも食事中でも好きに仕掛けろ」
「凄い自信……」
「話術で油断を誘おうが構わないぜ」
「私が失敗したら、武道家失格の烙印を押される……。成功したら?」
「なにもねえよ。戦いたいんだろ? だから仕方なく譲歩してやったんじゃねえか」
「勝つ自信あるなら、ご褒美欲しい」
「それは交渉になってない。が……」


まぁ別にいいか。


「好きにしていい。命以外なら差し出そう」
「うん、わかった。今日から?」
「今日から7日間だ。ああ、そうだ。少し補足させてくれ」
「補足?」
「好きに攻めていいが、見境がないのも困る。仕掛けて来たときにオレも反撃する」
「うん、別に構わない」
「反撃つっても、手や足を決めにかかるだけだ。オレがお前を固めることに成功したら、それから1時間は仕掛けるのを禁止する。そうすることで戦いに緊張が生まれるだろ?」
「そうだね。仕掛け放題より、全然いい」


互いに頷き合う。



「じゃあ今日から、そのルールで。勝負」
「ああ」
「っ!」


──!


納得し合った直後、萌から拳が飛ぶ。

オレはすぐそれを回避し、右手を奪い固めた。



 

「う、そ……」


信じられないと言った声。

オレは腕を固めたまま、背中ごしに萌の尻をさっと撫でる。


「んっ……!」
「即行仕掛けてくることなんざお見通しだ」
「見通されてても、自信、あったのに……」
「甘い甘い。これで1時間オレは安全だぜ」


萌を解放し、道場をあとにする。


「じゃあな。せいぜい頑張ってみるんだな」
「俄然……燃えてきたぁ」


必要以上にやる気になっていた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「おお海斗。道場に行っておったのか?」
「白々しいなじいさん。あんた気配殺して様子うかがってたろ」
「……はて、そうじゃったかのう?」
「あの位置だと喋ってた内容も聞こえてたはずだ」
「面白いことを始めおったの。是非ワシも参加させてもらえんか?」
「あんた参加させたら無茶が増える」
「つまらんのう。あの無茶な取り決めで、一週間やりおおせるつもりか?」
「大したことじゃねえな」
「相変わらず自信たっぷりじゃのう」
「オレは恒例の読書をする。じゃあな」
「萌を舐めるでないぞ海斗。あの娘も獅子じゃて」
「獅子ね。そりゃ楽しみだ」


…………。

 

 


……。

 

 

 

 

 

「くう、うう……マイティ……頑張ったな……。ほんとお前はレスラーの鏡だ」


涙を拭って本を閉じる。


「買って正解だったな。『不屈のマスクマン』。才能を持ちながらも、先輩レスラーに悪質な虐めを受け表舞台に立つことの出来なかった覆面レスラーマイティが、活躍する話だ」


今オレの顔は情けないくらい涙でぐしゃぐしゃだろう。

やはり本はいい。

文章でこんなにも感動を得られるのだ。

現実はで自分のことだから感動もへったくれもないが、本を読んでいるとき、オレはマイティそのものなのだ。


「ちょっと予想外だったな」


萌との取り決めから2時間。

てっきり読書中に仕掛けてくるものと思っていたが。

それとも単に、不意打ちする気がないのか。

それとも……。


……。

 

 

 

「いざ、尋常に、勝負勝負!」

正々堂々戦って、俺に一撃与えるつもりなのか。


「ふう……」


何度かやらなきゃわからんのだろうな。

 

 

「いく……!」


オレを認識するのを待って、萌は一気に廊下を駆け出す。

それが本気なのは見ていてすぐにわかった。

萌からすれば、こうやって正々堂々挑みたくなる気持ちはわかる。



「あ──」


「だが、それじゃいつまでも無理だ」


──!


殴りと見せかけた蹴りを回避し、そのまま押し倒すように行動を封じ込める。


「……速い……」


押し倒されたまま、ぽつりとそう呟く。


「これでまた1時間、安息ってわけだ」

「次こそ……」

「期待して待つことにしよう」


オレはさっさと風呂でゆっくりすることにした。


…………。

 


……。

 



 

深夜、日付も変わろうかという頃。

あれから萌が仕掛けてくることはなかった。


「それならそれでいいさ」


オレは早々に眠ることにしよう。


…………。

 


……。

 



 

「色々考えてみたんだが」
「なんじゃ」
「オレの部屋にテレビを置いてもいいと思わないか?」
「朝一ワシを呼び出しておいて、テレビじゃと?」
「二階堂にも置かれてなかったんだが、オレとしては世界情勢を知りたいわけだ」
「うそつけい。どうせアニメばっかり見るんじゃろうが」
「どこの子供だよそれは」


二階堂で支給されていた携帯ではテレビを見ることが出来たが……。

オレは机の上に携帯を置く。


「この通話専用の携帯じゃあなあ。今時よく見つけたって褒めてやりたいくらいだ」
「電話なんじゃから電話出来ればいいじゃろう」
「……じいさん、あんたの携帯最新型だろ」



 

「携帯は最新機種に限るわい、わははは」
「言ってることとやってること違うじゃねえか」
「あくまでワシ自身のことじゃから当然よ。海斗のような捻くれた若者には通話機能だけで十分じゃわ」
「ならテレビを置いてくれ」
「検討しよう。3年くらい」
「長っ!」

 

……。



 

「ほれほれ、もうすぐ学園じゃろ」
「ったく。金持ちのクセにケチだな」
「金持ちがケチじゃいかん理由はあるまい」



 

「おはよう」

「おお萌。今日もプリチーじゃのう」

「よう」

「朝の挨拶も済んだところで……」


ぐっと構えを取る。



 

「尋常に、勝負勝負」

「おお? なんじゃなんじゃ?」

「おじいちゃんは、少し、下がってて」

「いったいなにを始める気じゃい」


知ってるくせに、知らないフリをするじじい。

うそが微塵も見えない。

とんだ狸じじいだ。


「いくよ」


昨日と同じように宣言してかかってくる。

もちろん昨日返り討ちにあったあと、自分の中で何度もシミュレーションはしただろう。

だが、それだけ。

シミュレーションして実力が向上するわけじゃない。

2度3度、フェイントをかけた攻撃をかわし……

正面から萌の身体を拘束した。

 

──!

 

 

「うっ!」

「これで、また1時間もらいだ」

 

 

 

「これ海斗、萌にハレンチな!」

「いやいや、ちょっと固めただけだろ」

「ええいワシの目が黒いうちは許さん!」


ぐいぐいとオレと萌を引き離す。

 

「また負けた……」

「次頑張るんだな」

「ほれほれ、二人とも学園に行かぬか」


オレたちはじじいに催促されるまま神崎家を出た。


……。

 

 

 

「ふむ……やりおるわ」

 

…………。

 


……。

 

 

 

朝の教室。

1限目が終わると、教室の扉が開いた。


「…………」


尊だ。

まっすぐ麗華の席に向かって……来ると思いきや、オレの席の前で立ち止まった。



 

「…………」
「なんだ?」
「いや、特別貴様に用はないから気にするな」


そう言う目線は、完全に麗華を盗み見ていた。



 

「要するに……オレはフェイクか」
「うるさい話しかけるな。最高の待遇で迎えられた二階堂を見限った男め。僕は護衛役をそばに置かぬ麗華お嬢さまを心配しやって来ているんだ」
「休み時間にかよ」
「なにが起こるかわからないからな」
「なら別の教室で一人取り残されている彩にはなにが起こってもいいってことか?」

 

 

 

「そそ、そう言うわけじゃないっ! つまりは……心の心配をだな」
「なんだよ、心の心配って……」

 

侑祈「尊のヤツ海斗とあんなに近くで、なに話してるんだ?」

妙「男同士で……ほら、あれよ」

侑祈「うげ、アレか……モ、ホ」

 

「聞こえるような声で言うな」


妙「ひゃあああ、こっち見られたわよ侑祈!」

侑祈「俺のケツの穴は、妙ちんを犠牲にしても守る!」

妙「私犠牲にしてまで守るなぁ! さしだせぇ!」



 

「…………」


そんな周りの騒ぎもどこへやら、尊は不気味なほどの横目で麗華を見ていた。

その麗華は持ち込んだ本を読んでいる。


「本を読む姿……可憐だ」

「お、なんかちっちゃいテントが」

「ない!」

「そんなムキになって否定するなよ」

「屈辱を受けて冷静に否定するのも変だろう」

「それより、あいついつまで一人なんだ?」

「部外者の貴様に話せることじゃないな」

「単純に教えてもらってないだけだったりして」

「…………」


図星かよ。


「それより、もうすぐ休み時間終わるぞ」
「なに? もうそんな時間なのか。貴様との無駄話のせいで時間を無駄にした」
「楽しい時間はアッと言う間らしいからな」
「全然楽しくない!」

 

 

 

「相変わらず仲いいのか悪いのか」


「聞いてたんなら話題に参加しろよ」

「あんたたちの話題に興味ないし。第一なに言ってたかまではわかんないわよ」

「そう言えば、この学園について思ったことがある」

「なによ」

「普通学園と言えば、宿題があるよな? オレたち訓練生にはたまに課題が出る。だが生徒としてお嬢さまに宿題とかは出ないよな」
「学園外まで束縛されちゃたまらないわよ」
「勉強は好きなんじゃないのか?」
「勉強が出来るってだけで、好きじゃないわ」
「…………」


ふと、じじいが萌に対し心配していることを思い出した。

こいつは、将来のこととか考えてるんだろうか。



 

「なあ、お前って将来のこととか考えてるのか?」
「将来?」
「SMの女王になりたいとか、そう言うの」
「なんで例えるのが女王なのよ」
「お前っぽいかと」
「ま、色々考えてはいるけどね。なにか企業でも立ち上げるんじゃない?」
「さらっとすげぇこと言うんだな」


しかもなまじ冗談には聞こえない。


「私の道は私が決める。それだけは間違いない事実よ」
「親の敷いたレールは拒絶する、か」


こいつなら、源蔵のオッサンが反対しても抵抗するだけの決断力を持っていそうだ。



 

「あんた、上手くやれてる?」
「神崎か?」
「傍若無人な振る舞いで歓迎されてんのかしら」
「そりゃもう全員歌って踊る喜びようだな」
「そう。それは良かったわね」


バカにしたように笑う。


「ま、もしクビにされたらそのときは拾ってあげる」
「そりゃお優しいことで」
「あんたみたいな護衛、もらい手がないでしょ」
「なんだか幼馴染みたいなやりとりだな。幾つになってもお嫁さんが見つからなかったら、みたいな」
「なに言ってるんだか」

 

…………。

 


……。

 


女生徒「あの、神崎先輩?」



 

「?」


昼食を終え、二人で食堂をあとにした直後。


女生徒「こんなものを、受け取ったんですけど」


お嬢さまが1枚の紙を差し出す。

白い封筒だ。


「いらない。紙は食べない」

「紙は読むものだ」


女生徒「えっと……」


「ああ悪いな。受け取っておく」


そう言って手を伸ばすと、隣にいた男が間に割って腕が入った。


男生徒「朝霧海斗、お嬢さまに触れるな」


「……あれ、オレ嫌われてる? 会ったこともない男に、警戒されてる?」


男生徒「同級生だろっ」


「おお、そうだったのか。名も無き友人よ」


差し出した手は軽く無視された。


男生徒「神崎さま、こちらを」


「うん……」


とりあえず、といった感じで受け取った。

お嬢さまはぺこりと頭を下げ、同級生らしい男を連れて去って行った。


「なんだろう?」
「あれじゃね、ラブレター」


なんか前にも、そんなやり取りがあった気がする。

あのときは諸事情から破り捨ててやったが。


「開けてみる」
「ああ待て待て」


オレは封筒を取りあげる。


「?」
「こういうとき、カミソリが仕込まれてる可能性があるかも知れないだろ?」
「どうして?」
「恨んでるヤツに手紙を送るときには、そういうことをするヤツがいるんだ」
「じゃあ、ハサミで切れば?」
「ああ、ハサミで切れば簡単だが……」


気にせず、びりっとオレは破くことにした。


「その方が面白いだろ?」


──!


びり、しゅぱっ!



 

 

「……あ」
「うわ、どぱって、血が……」


廊下に血液が垂れる。


「ほんとに仕込んでやがった」


思い切り破いたせいで、深々と指が切れた。


「今時カミソリレターなんてやるかね」
「手当て……」
「こんなもん傷のうちに入らん。それより手紙が入ってるぞ。読んでやろう。オレの朗読で感動するなよ。『死ね』…………以上だ」
「朗読、聴けなかった……」
「もっとユーモアに富んだ文章書けってんだよ」


死ね、だと?


萌にそんな手紙を送りつけるヤツがいるとは。


「……ありえるな」


記憶にないところで、反感を沢山買ってそうだ。


「誰が、死ぬの?」
「この手紙の主は、お前に恨みがあるらしい」
「どうして?」
「それをオレが知ってるわけないだろ」
「どうするの?」
「どうもしない。指定場所でもあれば別だが」


カミソリの刃と、死ねと書かれた紙以外はなにもない。


「道場の連中を除いて、最近ぶっ飛ばしたヤツは?」
「うーん…………いる」


少し考えたあと、思い当たるフシがあると頷いた。


「じゃあそいつが犯人の可能性が高いな」



 

「20人くらいいるけど……」



「多っ!」

 

「お前、どこでそんなにぶっ飛ばすんだよ」
「道」
「…………」


いったい、なにがあったんだ薫。

オレは遠い目で、いない友人に語りかけた。


「なにはともかく、この一件オレが預かろう」
「え?」
「お前はなにも考えずいつもどおり過ごせ」
「うん。そうする、つもり」


どうせ四六時中一緒なんだ、心配ないだろう。


「それじゃあ……」
「おう、また放課後な」
「ううん、違う」
「まだなにか用事か?」
「勝負」
「……ああ」


まだ宣言して突っかかってくるのか。


その後、軽くあしらい教室に戻った。

 

……。

 

 

 

「おいっ、なんか廊下に血の跡が残ってる! しかもこの教室に繋がってんだぜ!!」



 

「なにか事件!? 麗華が刺されたとか!」

 

「違うわよ」

 

「うわ元気だ」


「あれはオレの血だ」


くいっと指先を見せる。


「うええ、真っ赤ぁ……」

「あんた、なにしたらそんなに怪我するの」

「ちょっとカミソリでな」

「絆創膏……じゃダメそうね。保健室、行って来なさいよ」

「こんなもん適当に紙で包んでおけばいい」


オレはノートを破り、それで指を包む。


「痛い痛い痛いっ。なんか手当てが痛い!」

「見てるだけで痛がるな」

「相変わらず無茶なヤツ」

「お前に言われたかない。それよりもお前ら、ちょっと聞きたいことがある」


さっきの話をするには、適任の相手だろう。


「なに? またくだらないこと?」

「割と真面目な話だ」

「なんだよ改まって。珍しいな」

「普段から人に恨まれてそうなお前らに質問だ」



 

「なんだか失礼な言い方だね」

「ほんとだ。オレや妙ちんはともかく、麗華お嬢さまが恨まれることなんてないって」

「私も入れないでよっ!」

「いや、妙ちんは恨まれまくりっしょ」

「誰に恨まれるのよぉ!」

「谷川さんとか、南丘さんとか」

「う……」


どうやら身に覚えがあるらしい。


「まぁ人に恨まれるのも、人徳者の宿命ね」

「さすが麗華、ポジティブ思考だ」

「それでなによ」

「例えば、お前らを恨んでるヤツがいたとしよう。そいつらはなにかしら復讐したくて仕方ないはずだ」

「そうね」

「どんな仕返しを考える?」

「見つけ出してボコる」

「実にシンプルだな。だが、オレもそれだ」

「私もそんな感じね」

「ま、やっぱ肉体を痛めつけるか」

「そうだね。黒服に拉致させて地下に閉じ込めて、ぼっこぼこだね」

「ひぃ!」

「おっそろしいことを考えるチビだな」

「チビ言うな!」

「一体なんなのよ、そんなこと聞いて」

「なに、さっき手紙を受け取ったわけだ」


すっと真っ赤に染まった封筒を見せる。


「もしかして、カミソリレター?」

「ああ。オレ宛だったんだがな……」


実際は萌だったが、そこは伏せておこう。


「あんた恨まれてそうね。それもかなり」

「オレや薫以外の同級生には、ほぼ全員からね。それ以外にも沢山敵がいそうだけど」

「間違いない。世の中敵だらけでまいるぜ」

「あんたが故意に敵を増やしてんでしょうが」

「まるでオレのことを知ったかのような口ぶりだな」

「少しでも一緒に生活すればわかるわよ」

「それで、カミソリ以外にはなにかあったのか?」

「死ねと書かれた紙が1枚。以上だ」

「それだけ?」

「それだけ」

「普通なら、どこどこに来いとか……あるいは普段から気をつけろとか書いてそうなものね」

「ああ。脅すには少し勢いが弱い」


ある意味シンプルで不気味とも言えるが。


「死んでみれば?」

「さらっと凄いことを言うな」

「ああごめん。深く考えなかった」

「なんとかして差出人を特定したいんだが」

「鑑定してみたら?」

「鑑定?」

指紋鑑定。頼むとこ頼めば出来るわよ」

「そりゃ、お前には可能かも知れんが、他のヤツは無理だろ」

「私も出来るよ?」

「……金持ちめ」

「狙われてるのがお嬢さまってわけでもないんだから、あんたが頑張ればいいじゃない」

「そうだよな。俺もそう思う」

「いつ襲われるともわからない恐怖に怯えながら暮らすのは嫌なんだ」

「全然嫌そうに聞こえないわよ」

「ちょっと演技力が足りなかったか」

「あんた程度だったら、軽い不意打ちで死にそう」

「ほんと容赦ないな……」

「泣くな海斗。妙ちんはこんなもんだ」

「お前も大変だなぁ侑祈」

「うう、わかり合えて嬉しいぜ海斗」


手紙の解決はしなかったが、侑祈を友情を分かち合った。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

放課後だ。

いつもより少し早く終礼が終わったな。


……。



 

廊下から中庭を見下ろすと、萌の姿がない。

3年はまだ授業中かも知れない。

 

"廊下をうろつく"


少し時間がありそうだな。

スキンシップ大好きフレンドリーなオレとしては、誰かと時間を共に過ごし仲を深めることにしよう。


──「うんうん。じゃあまた明日ね。ばいばーい」


「お、いい相手を見つけた」


麗華や妙を除くと、話しかけられる相手は限られる。

大抵知らない顔だったり、他の訓練生と一緒だからだ。


「よう」

 

 

 

「あら朝霧くんじゃない。どうしたの?」
「ちょっと暇だから、話し相手になってくれ」
「私は暇潰しの道具ってわけ?」


笑いながらも、いいわよと頷いた。


「ねえ、ちょっと気になってたんだけど、右手の人差し指どうしたの?」
「これか?」


ポケットに突っ込んでいた右手を出す。



 

「酷い血じゃない」
「ちょっとした諸事情でな」
「ちゃんと手当てしなきゃ、バイ菌はいるわよぉ」
「心配いらん」


それより、こいつはいつオレの怪我を見たんだ?

別に見せびらかした覚えはない。

かと言って、怪我をした直後を見ていたわけでもない。

まさか放課後の終礼で、オレの指先を見た?

偶然だろうか……。


「は……バカらしい」
「どうしたの?」
「なんでもない。つい勘ぐるクセがあるだけだ。それよりも、あんた人に恨まれるタイプか?」
「やだ、こんな可愛くて美人でスレンダーで野球が上手くてスケートも出来る私が恨まれるの?」
「間違いなく敵がいるタイプだな」
「ごめん、後者二つはうそ」
「自分が可愛くて美人でスレンダーだと言いたげだな」
「違う?」
「違う違わないの前に、可愛くて美人ってどういうことだ」


普通どっちか一つじゃないか?



 

「可愛い一面を持つ美人のスレンダー教師」
「なるほど……」


妙な説得力で納得させられた。


「朝霧くんこそ恨まれそうなタイプね」
「オレ? イケメンで格好よくて逞しく博識で優しくボランティア精神溢れるオレが恨まれるだと?」
「あははは、全部うそじゃない」
「いやいやいや、半分くらいはホントだ」
「そもそもイケメンで格好いいって、意味被ってる」
「イケメンな一面もあるが格好いいんだ」
「……わからない……」
「奇遇だな、オレもだ」


説得力はなかった。


「オレは帰ることにする」
「ええっ、もう?」
「暇潰しが済んだからな」


窓の外を見下ろす。

そこには葉っぱをツンツンする萌の姿があった。


「なるほどぉ」


同じように見下ろして頷く。


「お嬢さまを待たせるのは、マイナスよね」
「そう言うことだ」
「また明日ね。朝霧くん」
「じゃあな」


……。


"中庭で待つ"


「そうだな、早めに行っておくか」

 

…………。

 


……。

 



 

「帰ろう」
「そうだな」

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

──!


「これで……7回目……」


押さえつけられた萌が、意気消沈して呟いた。


「そろそろ、正々堂々戦うのはやめたらどうだ?」

 

帰宅直後、またオレは勝負を挑まれた。



 

「…………」


頷こうとはしない。

頑固なヤツだな。


「そんじゃま、オレは風呂に入ってくるわ」


「…………」


…………。

 

 

……。

 



 

「次」


門下生「こ、これ、以上は……ぜぇ、ぜぇ……」


「次は?」


門下生「もう動けませんっ……はぁはぁ」


「誰かいないの、立って」


門下生「僕たちじゃ、束になっても無理ですっ」


「立たないと蹴る」


門下生「そんな、殺生なぁっ」



 

「騒々しいのう、何事じゃ」

「……おじいちゃん、相手になって」

「なんじゃなんじゃ、いきなり」

「もっと強くなりたいから、練習、する」

「鍛錬は一日にして成らず。毎日こつこつ積み上げたその先に強さがある。こんなこと、幼い頃から知っておろう」

「じゃあ……なんで海斗に敵わないの?」

「む?」

「ずっと毎日毎日、鍛錬してきた。サボったこと、なかった。なのに、全然海斗に勝てない。歳も同じなのに……」

「ふむ……確かにそうじゃの。じゃが、海斗以外であれば、おそらく萌に敵う同い年は簡単にはおるまい。それでは満足出来んかのう」

「海斗に、勝ちたい」

「…………」

「おじいちゃんなら、勝てるよね?」

「無論じゃ。ワシが負けると思うか?」

「思わない。でも、海斗強い」

「まず、がむしゃらになってみい」

「がむしゃら?」

「どんな手段を使ってでも、海斗に一発叩き込んでみよと言っとるんじゃ」

「でも、卑怯」

「萌よ。その卑怯と呼ばれる手段を取って尚、しのいでくるのが海斗と思え」

「……っ」

「あやつの本質、実力、それを見てみよ。さすれば、さらに強くもなれよう」

 

 

 

「…………やって、みる」

「うむ」

「さっそく、海斗に仕掛けてみる。色んな手段で」

「そうじゃ、やってやれい」

「行ってくるね」

「む!? 待て萌よ!」

「なに?」

「色気を使うのだけは許さんぞい!」

「うん、心配ない。それは、切り札」

「切り札としてもいかーん!!」

 

……。



 

「やれやれ……。お前たち、ご苦労だったの」


門下生「い、いえ……いつものことですから」

門下生「しかし師範、そんなに強いんですか?」


「む? 海斗のことかのう」


門下生「訓練生と手合わせならしたことがありますが、さしたるレベルでない相手ばかりでした」

 

「ふむ。大半はそんなものじゃろう。しかし……海斗だけは別よ。あやつの実力は、間違いなく若かりし頃の雅樹を遥かに凌ぎおる」


門下生「雅樹……とは?」


「……」


門下生「師範?」


「ワシなら勝てる……か。どうかのう」

 

…………。

 

 

……。

 

 

 

 

「なんとも共感出来る一冊だった」


オレは読破した小説を閉じる。

タイトル『タイムイズアライブ』。

締め切りに追われるシナリオライターの奮闘を描いた作品だ。

時間が足りない、時間が欲しいと呟くクセのある主人公がもがき苦しみながら作品を作り上げていく物語になっている。

中盤では時間が戻ればいいのに、とか、実は締め切りは来月だったと思い込むようになったりする。

そして物語のラスト、執筆を終えたライターが宇宙へ旅立つのは斬新なオチだった。

現実と空想が見事に組み合わされた名作と呼べる作品だ。


──突然、声や合図なく部屋の扉が開いた。


眼前に萌の足が見えた。


──!


オレは素早く避けると、その足を掴みそのまま倒す。


「え───?」


仕掛けた萌は、なにが起こったかわからないと言った顔で、そのままオレに押し倒された。


「夜の運動でもしに来たってか?」


互いの息がかかる距離で呟く。


「……なんで、避けられたの?」
「襖の向こうに気配があったから。って言ったら信じるか?」
「…………」
「ついでに言うなら、襖を開けてから攻撃まで1秒ほど時間があって全然余裕だった、って言ったらどうする?」
「そ、そこまで?」
「さらにもう一つだけ付け加えるなら、いつ攻撃されてもいいような体勢で構えていたって言ったら、さぁ大変だな」
「……凄すぎて、なんて言えばいいか、わからない」
「もちろんあとから付け足した出任せってこともあるぞ?」
「でも、本当なんでしょ?」
「さぁな……でだ……このまま抱かれたくなったか?」
「それも、悪くなさそう……。だけどなんか悔しい」
「そうか。だが、やり方に手段を選ばなくなったのは正解だ」


解放し、オレは本を片付ける。


「次頑張るんだな」

 

 

 

「頑張る……」


すごすごと萌は部屋をあとにした。


「さて、風呂に入って寝るか」


じじいと鉢合わせしてサウナにつき合わされるのはごめんだ。

早めに入ることにしよう。

 

……。

 

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【14】

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……。

 


~亜希子の髪の毛集めの依頼から~

 

 

 

"麗華の部屋"


……。

 

 

 

──コン、コン……。


オレは妙を除く一番近しい人物を思い浮かべ、やはり、と言うか必然的に麗華の部屋に来ていた。


「………………留守か」


部屋にはいないようだ。

屋敷から外出していることは考えにくいことから、どこかで散歩でもしているのだろう。


……。


"麗華の部屋"


……。



 

「……待てよ」


立ち去ろうとして、思いとどまる。

麗華はよく、室内にこもって音楽を聴いている。

今もヘッドホンをしているとしたら、ノックが聞こえていない可能性もあるな。


──コン、コン……。


念のため、もう少し大きくノックをしてみる。


「…………」


──コン、コン……。


「…………」


やっぱり留守だったか……。

踵を返そうとしたとき、ドアのノブが回った。

 

 

 

「誰よ」

「麗華、いたのか」
「いちゃ悪い?」


室内からしゃかしゃかと音が聞こえる。

オレの読みは当たっていたようだ。


「髪の毛を一本くれ」
「…………」


──バタン……。


「……おい」


──コン、コン……。


「別に変態な意味じゃない、ちょっと必要なんだ」


──コン、コン……。


…………。


完全に無視するつもりらしい。

くそ、諦めるか……。

と足元を見ると、床に光る髪の毛。

からして、麗華の髪の毛みたいだ。

さっきは落ちてなかったよな?

ということは、扉を開けたときに抜け落ちたものだろうか。


「これで我慢するか」


……。

 

 

 

 

…………。

 

 

……。

 

 

 

 

頼まれた本数の髪の毛を集めたオレは、亜希子さんに電話することにした。


『もしもし、海斗くん?』
「ああ、頼まれた例の件、ちゃんと集めたぞ」
『ほんと? ありがとう』
「それでどうすればいい?」
『申し訳ないんだけど、今から研究室に持って来てくれないかな?』
「今から?」


時刻は11時を回ろうとしていた。

もうすぐ妙もやって来る。

亜希子さんの頼みだし行くべきなんだろうが、かと言って妙の勉強がここで途切れてしまったら、あいつの意欲がなくなっていく可能性がある。

亜希子さんに応えるべきか、それとも妙を優先するべきか……。


"持って行かない"


「悪いが、今から妙の勉強を見なきゃならん」
『そうだったわね』
「なにか他の手はないか?」
『そうね、誰か回収係を向かわせるから、その人に髪の毛を渡してもらっていいかしら』
「わかった」
『30分くらいで着くと思うから、よろしく』
「それじゃあ、またな」
『またね。手伝ってくれてありがとう』


通話を終え、机の上に勉強道具を並べる。

 

……。

 

 





 

 

"持って行く"


「わかった、今から持って行こう」
『助かるわ。さっすが海斗くんね。ビルの前に着いたら、左側に小さい入り口があるんだけど、そこにパスワードを打ち込んでね。もう正面玄関は閉じられちゃってるから。あ、パスワードはメールで送るわね』
「わかった。20分くらいで着くと思う」
『はーい。お待ちしてまーす』


──電話を切る。


「よし、行くか」


……。

 

 

 

「あれ、どこか行くの? そんな格好して」
「ああちょっと亜……」
「あ?」


ここで亜希子さんのところへ行くと言ったら、こいつが怒り出す可能性はないだろうか。


……ある。


「あ……あれだ、コンビニに行って来る」
「なにが欲しいの?」
「雑誌だ」

 

 

「ほんとに本が好きだねぇ。あれ、そしたら勉強は? ひょっとしてなし!?」


期待に満ちた目でオレを見ている。

堂々と休めるかも知れないからだな。


「自習だ。自習。部屋にちゃんと、今日やる場所を指示してあるから、それに従って学習しろ」



 

「はーい」
「……わかってるのか? 寝るなよ?」
「はーい」
「…………」


絶対勉強しないな。


「ごゆっくりー」


ひらひら手を振って、オレは妙と別れた。

なにもやってなかったら明日ゲンコツだな。

 

……。

 

 

 

本来なら麗華に許可をもらうところだが、別に黙って出て行ってもいいだろう。

すぐに戻れば問題も起きまい。


……。



 

思えば、夜中に一人で外出することなんか、ここ最近まったくなかった気がする。

大抵は麗華がそばにいるか、夜中に出歩くことがないかだった。

空は漆黒の闇に包まれているにも関わらず、街の光は消えきっていない。

むしろその人工的な光が、昼間の太陽よりも眩しく感じられるから不思議だ。


……。


少し急ぎ足で、倉屋敷ビルへと向かう。

ビルの前に着くと、携帯を開き着信していたメールでパスワードを確認する。


「12桁もあるのか」


当然と言えば、当然の警備か。

数字を見ながら、素早くパスワードを打ち込んだ。

電子ロックの外れる音がしてから、扉を開く。


…………。

 

……。

 



 

「来たぞ」


深夜のオフィスはフロア一面に電気がついていて昼間と同じくらいの明るさになっている。

誰もいないのにまったくの無駄だ。

それにしても呼び出した当人が見当たらない。

トイレか?

そう思っていると、奥から姿を現した。


「ごめんごめん、ちょっとコレ探してたの」


スッとワインを持ち上げた。


「酒臭っ……今から呑むんじゃなくて、もう呑んでたのか」
「ちょっとらけよ、あははは」


ころっと転がってきたビンを拾い上げる。

机の上では、何本もの酒が空き瓶となって転がっていた。


「……どれも半端なくアルコールが強いな……」
「いいじゃないの、もう仕事の時間じゃないんだし。それに今日はめでたく新製品の試作が出来上がったんだしぃ」
「ま、飲むのは勝手だからな。ほら持って来たぞ」
「ありがとう。こっちに持って来てくれる?」
「ああ」

場所を少し移動し、亜希子さんの待つ場所へ。

すると、なにやらドライヤーのようなものを手にしていた。



 

「なんだそれ。ドライヤーじゃないよな?」
「これは試作品の『本音クン一号』よ」
「微妙なネーミングだ」
「あはは、そう? 結構気に入ってるんだけどね。これが完成したら、また一歩この世界から犯罪が減ることになるんだから」
「犯罪が?」



 

「使い方は簡単。このドライヤーに、ターゲットとなる相手の髪の毛を投入するの。そして、この先端をターゲットに向けて……」


髪の毛を入れるフリをして、オレに先端を向ける。


「そしてトリガーを引く」


カチッ。


電源が入っていないのか、反応はまったくない。


「それで、どうなるんだ?」
「トリガーを引いた相手の脳波を刺激して、うそをつけない状態にさせることが出来るの」
「…………」



 

「あ、信じてない!」
「そんな便利なものがあれば、そりゃさぞ警察機関が喜ぶだろうな……」


黙秘を続ける犯罪者から自白が取れる。


「うそ発見器はいろいろあるだろうが、実際のところまだ実用レベルとは言えないだろ」
「だから、倉屋敷重工が抜け出すんじゃない。まだ試してないから、ちょっと不安だけど」
「つーか、女である必要あったのか?」


髪の毛を入れた小瓶を取り出して言う。


「そこはほら、海斗くんも楽しめるようにサービスしてあげようと思ったんじゃなーい」


じゃなーい、ではない。


「ほんとに使えるのかね……」


怪しいもんだ。

亜希子さんから、うそ発見器? を受け取る。


「ドライヤーにしか見えねぇ……」
「じゃあ持って帰って試してみてよ」
「こんなもん、知らない相手に向けたらアホみたいだろ」
「そこはほら、海斗くんだし。ね?」


ドサドサドサッ。


と、亜希子さんがオレの肩をポンと叩いた拍子に机に積み上げていた本に腕が当たり、崩れ落ちた。



 

「ああ、もうっ……」


床に落ちた本を拾う。

手伝おうとして、机の上に髪の毛が落ちているのを見つけた。

金色。

長さからして亜希子さんのものだろう。


「ここで本人に試してやるのが一番良さそうだな」


オレは先ほど見せてもらったようにドライヤー……

ではなく、うそ発見器のフタを開け、髪の毛を入れる。


「なあ」

「ん、なぁに?」


声をかけ、顔を上げたところで……

オレはトリガーを引いた。


──!



 

「あ……あああああーーー! ちょ、ちょっとなにしてるのっ!?」
「いや、わざわざ帰って試すより早いと思って」
「脳に障害とか出たらどうするつもりよっ! 世界遺産登録されるかも知れない私の脳にっ!」
「……あんた、そんな危険なものを二階堂の住人に試させるつもりだったのか……」


ほんと、アホとは違うが、妙と似たところがあるな……さすが親子。


「第一、本音を聞きだす装置だから、私のこと深く知らなかったらわからないじゃないっ」
「言われてみれば、確かに……。じゃああれだ。あんたが普段人には話さないことってなんだ?」
「……そうね……」


考え込む仕草を見せ、すぐに頷いた。


「旦那のことかな。親しい人にも、私絶対話さないから」
「ほう……。ならオレから聞いてみよう。旦那のことについて、詳しく教えてくれ」

 

 

「いくら海斗くんでも、それは───それ──は───え、あ、あれ……その……」
「ん?」
「やだ、なんか、言っちゃいそう……っ」
「…………」



 

「旦那は、妙が産まれる前に、事故で、死んだの。うわイヤっ、話したくないのに!?」


なんか面白ぇな。

わざとっぽく思えるのが、逆に本当にも見えたりする。


「産まれる前……じゃあ、あいつは父親の顔を知らないのか」
「そう……私だって、殆ど知らなかったのに……あああ、こんなこと人に話したくないっ! と、止めて! 海斗くんストップ!」
「殆ど知らない? 旦那だろ?」
閨閥(けいばつ)結婚だったから……お見合いして、すぐ結婚、妙を授かるまでの間なんて、線香花火みたいに一瞬だけのことだったの。うわああ、これ効果てき面すぎるっ!」


だんだんと机を叩く。


「また凄いの作っちゃったなぁっ」


嫌そうだが嬉しそうという摩訶不思議な表情だった。

酒が回っていることもあって、随分浮き沈みが激しい。


「どうやら、本当に効果があるようだな」


閨閥やら、旦那の死やら、普通に考えれば簡単に聞かせるような話じゃない。

面白くなってきたな。

退屈を嫌うオレの中に住む悪魔が、もっと悪さをしろと囁いてくる。


「それじゃ、旦那との肉体関係はどうだったんだ?」
「なんてこと聞くのよっ! いくら海斗くんだからって、絶対そんなこと言わない……数回しかしなかったの……って言ってるし!」
「お、おいおい……マジかよ。まさか、人生で数回なんて言わないよな?」
「そんなわけないでしょ! イケメンにモテモテで何人付き合ったか……そうなの、人生で数回……人には言えないわね、ってこれも軽々しく答えちゃってるし!」
「…………」


本物だ。

オレは改めて亜希子さんの凄さに感嘆していた。


「ああもう、これヤダぁ……お酒飲まなきゃやってられないわよ……ぐびっ」
「ワインをビンのまま飲むなよ……」



 

「ぷはぁっ。あー美味しっ……」
「ちなみにコレの効果持続時間は?」
「大体2時間くらい……」
「そうか……」


まだまだ効果は続くようだ。


「で、あんたはそのままでいいのか?」
「そのまま?」
「妙も十分大きくなったし、そろそろ次の恋を探してもいいんじゃないかってことだ」

 

 

 

「そんなの考える余裕なかったし……今は、気になる相手なんて……海斗くんくらいかな。うっわ! 私なんて恥ずかしいことを!?」
「いや、いつも言っとるがな」
「あれはほら、ノリじゃない! 今なんか心の内をさらけだしてるから恥ずいのよ!」
「…………」



 

「ああ、こんなオバサンが妙と同い年の子に惹かれてるなんて最低、死にたい……」


喚く亜希子さん。


「ま、でも……あんたも妙に劣ってねえよ。正直とても母親に思えないくらい魅力的だ」
「うっわ、やめて! なんか心がキュンてするから! うへへへへへ、あー恥ずかしっ!」


こんなに慌てふためく亜希子さんを見ることは、今後一生ないかも知れない。

気が付けば、オレは亜希子さんの頬に手を触れていた。


「ひゃっ、ちょっと、冗談もその辺にしないとっ」
「このままアンタを押し倒したら、どうする?」
「ば……バカ……妙の彼氏でしょ。冗談でそんなこと言っちゃダメよ……」
「冗談じゃなかったらいいのか?」
「ダメ! 冗談じゃないのもっとダメ! ……そりゃ、私も嬉しい気持ちもあるけど……あああああ、もう、こんなこと言いたくないのに! 海斗くんも私も、妙を裏切ることになる……」
「かもな……。だけど、無意味に感情を抑えつける必要はないだろ」


弾力のある顔を撫でながら、顔を近づける。



 

「ダメだって、お願い……」
「なら一回だけ確認させてくれ……。あんたの本音が聞ける今、一度だけ聞いてみたい。……キスしていいか?」
「し……して欲しい、けど……あ、あああ!」


隠すべき本音は、容赦なく露呈される。

オレは最後の留め金が外れ、唇を奪った。


「んっ!?」


それは、下手をすると処女以上に敏感な反応だった。

20年近く、忘れていた感触だったんだろう。


「ああ……ほんとに、ダメよっ……」


言葉ではそう拒みながらも、オレを跳ね除けようとはしなかった。


…………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

亜希子さんとの一度切りの夜から、ずいぶん経った。

オレと妙の関係は万事上手くいき、妙もまた少しずつ勉強に対する集中力が生まれてきていた。


「喜ばしいことだ、本当に」


僅かに開いていた窓から入り込む風でノートのページがパラパラとめくれ上がる。

びっしりと書き込まれた妙の文字。


「もう一眠り、するかな……」


今日の休日は、妙が久々に亜希子さんと二人きりで会うことになっている。

一人でのんびりとさせてもらうとするか。


──キィィィィイ……!


「なんだなんだ?」


庭先で凄い音がしたぞ。


「海斗! 聞いて大変なの!」


「あ?」


下からの大声に、何事かと窓から覗き込む。


「どうした」


「お母さんが、お母さんがっ!」


切羽詰った声。

なにかあったのだろうか。


「とにかく来てっ!」


「あ、ああ。ちょっと待ってろ」


オレは慌てて部屋を出る。


……。

 

 

 

 

「どうした!?」



 

 

「おお、お母さんが病院にっ!」
「おいおい、過労で倒れたんじゃないだろうな、それとももっと酷いのかっ……?」
「もっともっと大変なの!」


この間から、ずっと研究室に篭りっぱなしだったからな。



 

「かかりつけの先生も驚いた顔して……」
「とにかく急いで病院に……」


慌てて駆け寄ると、車の中から人が降りてきた。

亜希子さんだった。


「あ、え……無事……なのか?」



 

「無事?」

「病院に行ったなんていうから、焦ったんだが。また妙の狂言病が発生したってことか」

狂言病ってなに!?」

「大変じゃないのに、大変なんて言うからだ。見たトコ全然顔色もいいし、平気そうじゃねえか」



 

「……あー……」

「どうした、気まずそうな顔して」

「それがね、聞いて聞いて! お母さん妊娠したの!」

「……えっ?」

「私が気づかないうちに、いい人が出来てたみたい!」


ニンシン?


イイヒト?


「ほ、ほう……そうか、それは、良かった……」


ちらりと亜希子さんを見る。

オレではない。

オレではないはずだ。

確かに一度そういう関係にはなったが、おそらく別の『いい人』に違いない。

まさかあの一回であるはずがない。


「…………」


あれ、なんで目を合わせてくれないスか……。


「それでそれで、もっと嬉しいことがあるの!」

「ほ、ほう……? 今の一つだけで、これ以上なく心に負荷がかかったんだが、さらにか……」


とにかくオレとしては、事の真相を確かめたいところだ。


「私もね、その……生理がこなくって……お母さんに相談に行ったついでに、一緒に病院行ったの」

「…………」



 

「そしたら……妊娠、したって……」

「…………」


オレは一歩後ろに下がる。

下がったつもりはなかったが、下がっていた。


「喜んでくれないの?」

「い、いや……嬉しすぎて、リアクションに困ったんだ」

「だよねっ、えへへへ、ここにパパがいますよー」


お腹を撫でながら、笑顔を見せる。

オレは精一杯笑っていたと思う。

笑顔を見せていなければ、泣いてしまいそうだった。

……もちろん、嬉し泣きなどではない。


「た、妙のことは、その、実に喜ばしい」

「うんうん、海斗ならそう言ってくれると思ってたよ!」

「亜希子さんも、ですよね? ああ、妊娠相手がどうとか、あの一時の勢いが原因だとか、そういうことじゃなくて、妙とオレの子供が出来たことを喜んでくれてるのかと」

「正直、学生の身分だからまだ早いとも思ったけど……私としては、あなたたちがいいなら、言うことはないわ」



 

「賢い子に育てようね」

「それは無謀だ……オレとお前の子だぞ……」

「良かったわね妙。格好いいパパで」

「うんうんっ。でもお母さんにはあげないもんね~」


「それで、あの……こっちの子は……?」

「えっ?」


亜希子さんのお腹を見る。

当然まだ、いつもどおりで膨らんでなどいないが……。


「そうだよ。お母さん恋なんてしてたんだ。私そういうの全然気づかなかったから、想像出来ない」

「ねえ妙。ちょっといい?」

「ん?」

「海斗くんなら、いいお父さんになるわよね?」

「当たり前だよぉ。だって私の選んだ人だよ?」

「そうね……だから……もう一人くらい子供が増えても困らないわよね。ねえパパ?」

「¥~ (・。・) ¥~」


「わっ、海斗の顔がなんか顔文字みたいになってる!?」

「じ……人生のゲームオーバーか……?」


いや、きっと亜希子さんの悪い冗談だ。

妙が嬉しそうにオレの腕に掴まってくる。

なぜか亜希子さんも反対の腕に掴まってきた。

そっと耳打ちしてくる。



 

「……海斗くんが、パパよ……」


その声は、オレを絶望へと運びかけたが、悲しそうな色を含んだ声に、オレは踏み留まった。


「あんたまさか……」

「この子に罪はないけど、あなたたちの関係を壊すつもりはないの」

「…………笑え」

「えつ……?」

「笑って産んでくれ」

「でも……」

「責任はオレが取る」

「…………」

「ま……金もなけりゃ地位もねえんだけどな」


全部持ってるのはこの二人だ。

 

 

「うん……海斗っ……」


ぐっと二人がオレの腕を握りこむ。

どちらも笑顔だった。

もっとも……オレが笑っていたかは、定かではない。

これから、多分、いや、間違いなく試練が待ち受けている。

なるようになれ……と強く願った。


「大好き!」
「大好き!」

 

……。

 

 

 

倉屋敷 妙 After~¥~ (・。・) ¥~~亜希子&妙END

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【13】

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──プルルルル……。


「ん?」


学園から帰宅すると、不意に携帯が鳴った。

着信番号を見ても、見覚えがない。


「…………」


出ない選択肢もあったが、別に出ない理由はない。


「もしもし」
『お疲れのとこ悪いわね』
「亜希子さんか」
『ぴんぽーん』
「携帯の番号を教えた覚えはないんだがな」
『世の中、調べようと思ったらなんでも調べられちゃう怖い世の中なのよねぇ』
「ほんとそうだな……」
『あはは、本当は妙に聞いたの』
「それで用件は?」
『うん、ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれちゃったりするかなぁ』
「断るとあとが怖そうだからな」
『ありがと。そういう優しいとこ好きよ』
「わかったから用件は」
『えっと、出来る限り女の子の髪の毛を集めて欲しいの』
「……は?」


なんとも突拍子もない話だった。


『今度の実験でね、女の子の髪の毛がどうしても必要なのよ』
「そんなもん自分の使うとか、会社の人間からもらえばいいだろ」
『私のじゃちょっと不都合があるし、かといってウチの人間も無理があるのよ。今まで散々実験に付き合わせてきたから、変な警戒心とか持たれちゃってて』


酷い雇い主だ。


「だとしても、髪の毛くらいいくらでも集めようがありそうなものだ。なにか裏があるんじゃないのか?」
『やだ、少しは信用してよ』


亜希子さんの喋り方に、普通に聞いていてはわからない含みを感じた。

なにかあるな。


「ま……付き合ってやらんこともない」
『ほんと? ありがと』
「ただし、今度またあの本について教えてくれ」
『ええ、いくらでも付き合うわ』
「それで具体的な指示はあるか?」
『さすがに見ず知らずの人から髪の毛を採取しても意味ないから、二階堂の屋敷で働いてる女の子にしてくれる?』
「年齢、その他特徴の指定は?」
『ないわ。性別が女性であれば。可能な限り海斗くんが深く知ってる人だとわかりやすいわね』
「そりゃそうだな」
『あと、出来れば抜けて間もないものがいいかな』
「なるほど……」


となると、少し難しそうだな。


『最低3人くらいのがあればいいから。明日までにお願い出来る?』


随分と急だった。


「善処してみよう」
『ありがとう。それじゃよろしくね』


通話を切る。

怪しい実験臭かったが、まぁ割愛しよう。


「さて、明日までとなればさっそく行動するか」


立ち上がり髪の毛を探すことにした。


"1階廊下"


……。

 

 

1階の廊下にやって来た。

いつもこの辺りでツキを見かけることが多い。

あいつがいればさっさと入手出来るんだが……。

残念ながら今はいないようだ。

そこら辺にツキの髪の毛でも落ちてないだろうか。



 

「どうした、そんなところで床を這いずり回って」


「ちょっとツキを捜してるんだ。おーい」
「さすがに棚の下の隙間には入れんだろう」
「いやツキのことだ、隠し穴を掘っていてそこに潜んでいてもおかしくないだろう?」
「十分におかしいだろう。ツキなら先ほどこのあたりの清掃を終え、2階の廊下に向かっていたはずだったような」
「本当か」
「なんだ? ツキの尻でも追いかけているのか」
「尻というより、頭をな」
「……?」


貴重な情報を手に入れたオレは、急ぎ足でこの場をあとにした。


……。


"2階廊下"

 

 

……。

 

 

 

オレはツキを追って2階廊下へとやって来た。

すると……


ツキがいた。



 

「ビンゴ」
「どうしたか、こんなところで」
「髪の毛一本くれ」


ツキ相手にコソコソしても仕方ないので、堂々と言って、もらうことにした。


「…………」


動きが止まる。



 

「変態?」
「近代科学発展のためだ」
「…………変態?」
「かくかくしかじか」
「ほほほう、ほほほほ、ほうほう」


手っ取り早く説明してやる。


「信憑性は50%程とみた」
「また微妙なラインだ」
「まぁ、髪の毛一本だけなら、恵んであげなくもない」
「さっさと汚いお前の髪の毛をよこせ」
「失礼な。タワシで磨いた私の髪の毛は、それはもうテカテカのテカテカ」
「じょりじょりしそうだな」
「では……」


すっと指で自分の髪の毛を挟む。

 

 

 

「…………」
「どうした、早くやれ」
「海斗が抜いて」
「は?」
「別に怖いわけじゃありませんが、痛いかも知れないので、任せることにします」
「怖いのか」
「怖くない、と言ったはず」


怖いようだ。

くれるというなら、別にオレが引っこ抜く役目でも問題ない。


「こういうのは、さっさとやるに限る。素早く引き抜けば痛みはないだろう」
「やるなら早く。仕事が残ってる」
「ああ」


指先をツキの髪の毛に伸ばした。


サッ。


「逃げるな」
「おっと、あまりにも鈍い動きだったので私のあり余る反射神経で回避してしまったか」
「どうでもいいから動くなよ?」
「わかったから早く」


もう一度手を伸ばす。


サッ。


「動くなっつったろ」
「ああ、運動神経が良すぎるのも問題」
「うるせぇ」


これ以上遊びに付き合うのも面倒なので、全力で腕を伸ばし……

逃げる隙を与えず一本髪の毛を引き抜いた。


「うわ、抜かれた!?」
「そんな驚くことかよ。公言どおりだろ」
「避けようと思ったのに、わからなかった」
「お前のトロイ動きじゃ無理無理」
「これから部屋に戻って私の髪を舐めたりアソコに巻きつけたりして悪いことするくせに」
「アソコってどこだよ。しねぇよ気持ち悪ぃな」



 

「『ツキちゅわーん、ツキちゅわーん』とか言ってしまうに違いない……あ、キモッ」
「一人でやってろ。とにかくもらっていくぞ」
「あ、まだ続きが半分……」


そんな残りの半分を聞くつもりはない。


……。


"庭"


……。

 

 

 

庭先まで下りてきた。

辺りには何人か姿もあるが、見知らぬ顔か男ばかり。

「移動するか」


……。


"その他・食堂"


……。



 

黒髪の人間が、食堂にいた。


「髪の毛一本……いや、やっぱいらんわ」



 

「なんだいきなり。貴様に髪の毛をやる理由はない」
「だから、やっぱりいらんと言っただろ」
「欲しいと言われても、断るがな」
「残念だ。ホレ薬の完成まであと少しだったのに」



 

「……ホレ薬?」
「オレが今試作で作ってる薬に、惚れさせる対象の髪の毛を溶け込ませれば、飲んだ者はたちまちその人物に惚れるんだが……。麗華に飲ませようと思ったが、失敗か」


ぶちぶちぶちぶちっ!



 

「これで足りるか!!」


もさっと、数えるに数十本引き抜く。


「遠慮せずに使うんだ」
「泣いてるぞ。相当痛かったんだな」


とりあえず一本受け取る。


「完成したら真っ先に教えるんだ、いいな?」
「あ、ああ……」


オレはなんだか怖くなって、その場を逃げ出した。


……。

 

"その他・彩の部屋"


……。

 

 

 

大抵学園以外では部屋にいることの多い人物。

見つけやすさという意味では彩が一番ではないだろうか。


──コン、コン……。


部屋の前までやって来たオレは、ノックする。



 

「はい?」


案の定、部屋の中にいた。


「悪いんだが、少し頼みを聞いてくれるか?」
「頼み……ですか」

オレは簡単に亜希子さんからの話を聞かせた。


「なるほど、その程度で良ければ、ご協力します。ん……えいっ」


目を閉じて、ぴんと髪の毛を一本引き抜いた。



 

「これでよろしいですか」
「悪いな」
「いえ、頑張ってください」
「ああ」


協力者に別れを告げ、オレはその場をあとにした。


……。

 

"食堂"

 

 

「どうした海斗。まだ足りなかったのか?」
「ああ、どうもそうらしい」

 

ぶちぶち、ぶちぃっ!

 

 

「くほぉ! こ、これで足りるかっ……」
「だから引き抜きすぎだ……」


オレはもう一本尊徳から髪の毛を受け取った。

合計2本の髪の毛を手に入れた。


……。

 

"食堂"



 

「どうした海斗。まだ足りなかったのか?」
「ああ、どうもそうらしい」


ぶちぶち、ぶちぃっ!

 

 

「くほぉ! こ、これで足りるかっ……」
「だから引き抜きすぎだ……」


オレはもう一本尊徳から髪の毛を受け取った。

合計3本の髪の毛を手に入れた。


……。


"食堂"



 

「どうした海斗。まだ足りなかったのか?」
「ああ、そうもそうらしい」


ぶちぶち、ぶちぃっ!

 

 

「くほぉ! こ、これで足りるかっ……」
「だから引き抜きすぎだ……」


オレはもう一本尊徳から髪の毛を受け取った。

合計4本の髪の毛を手に入れた。


……。

 

"食堂"

 

……。

 

 

 

「ま、まだ足りないのか……」
「随分髪型が変わったな、イメチェンか?」



 

「く……足りないなら今までに抜いた中から持っていってくれ。ざっと百はある」
「残念だが、抜けたてホヤホヤじゃないとダメなんだ」
「な、なんだと!?」
「これで最後だから頼む」
「し……仕方ない……これも、愛っ!!」


ぶちっ!

百うん本目の髪の毛。


「大切に使わせてもらうぜ」


合計5本の髪の毛を手に入れた。


……。

 

 

 

「女の髪の毛じゃなく、男の髪の毛が……それも5本も集まったな」


全て同一人物から。


…………。

 


……。

 



 

結局、オレは亜希子さんの要望に応えることが出来なかった。


『そう、集まらなかったみたいね』
「悪いな」
『ううん、頑張ってくれたことはわかるから』
「またなにかあったら言ってくれ。そのときは応えられるように善処してみる」
『ありがとう。それじゃ、またね』


通話を切った。


「なんの実験だったんだろうな」


集められなかった手前、聞くに聞けなかった。


……。

 

しばらくノートや本に目を通していると、部屋のノブが回される音が聞こえてきた。

 

 

 

「来たよー」
「ちょっと遅いな」
「お風呂でちょっとうとうとしちゃった」


風呂上りか。

シャンプーの香りがそっと鼻をかすめた。

「それじゃあ、すぐ始めるぞ」
「はーい」


毎日続けること、学ぶことが大切だ。

その日に出来るだけ疑問を残さず、嫌な気持ちを引きずらない終わり方が望ましい。

それを心がけ忘れないようにしよう。

 

今日もまた、妙との勉強が続く。


…………。

 

 

……。

 

 

禁止区域と、こちら側の世界。

二つに共通点は殆どないが、どちらにも同じものがある。

人間だ。

もちろん、血統書のついた人間と、雑種の違いはある。

だが、どちらも人間であることに変わりはない。

だから共通点は必ず存在する。

例えば、今の状況だ。


「うう、わかんない……」
「落ち着いて、ゆっくり考えればいい。いいか、よく見て式の流れを理解するんだ」
「う、うん……」


人には個人差がある。

理解力、対応力の違い。

運動神経、反射神経の違い。

100人に同じ教え方をしても、100人が同じように理解するとは限らない。

普段の学園を見ていても、それは明らかだ。

100点に近い者もいれば、0点に近い者もいる。

どんな教え方をしようとも必ず優劣の差は生まれてしまう。

確実に同じ成果を得ようと思ったら、DNAの時点で同じにしておかなければならない。

誰でも同じになれるなら、誰もが有名な選手や政治家になれてしまう。

目指す領域にたどり着けるのは、本当に限られた人間だけなのだ。


「ギブアップ~」


ぐたっと机に倒れこむ。

数日目にして、妙は一つの壁にぶち当たった。


「基礎はある程度理解出来ただろ?


書きかけのノートを手に取って確認する。


「だと……思うけど……」


少し文字や数値を変更した問題になると、途端に考えこんでしまい解けなくなっていた。

まだ始めて数日だと言ってしまえば、それまでだ。

これからも長い歳月をかけて学習していくと思えば、取るに足らない些細な躓きかも知れない。

しかし、まだ一歩を踏み出した時点で何度も転んでいて、大丈夫なのだろうか。

起き上がれない、さらには立ち直れなくなる日がいつかくる。


「もう一度基礎を───」
「……うん」
「…………」


携帯の時刻は、午前2時になろうとしていた。


「今日はここまでにするか」
「いいの? 私、全然出来てない……」


眠さもそうだろうが、自分の不出来さを痛感しているようだ。

元気がなかった。


「いや、無理に詰め込んでも意味ないからな。また明日、やることにしよう」
「うん……」


ぱたりと本を閉じる。


「ねえ」
「ん?」
「ここで寝ても、いいかな……?」
「いいが、オレはもう少しやることがあるぞ」
「わかった」


もそっと布団に入り込む。


「電気つけっぱなしになるが、平気か?」
「海斗といるとき、いつもそうだから、平気」
「……そうだったな」
「おやすみ、海斗」
「ああ」


妙はすぐに眠りに落ちた。

それを確認して、オレは机に向かう。

本を開き、ノートにメモを取る。

オレはここ数日で、妙の何倍ものスピードで進んでいた。

機械工学は奥が深く、とても興味深い。

しかし根底は妙に学習させるため。

いつかオレという補助輪を外して、一人で走り出すための役割でしかない。

もう少し効率よく教えられるよう、なんとか改善策を立てなければ……。


…………。

 


……。

 

 

 

3週間程が経過した。

妙はしっかりと毎日勉強に取り組んでいるが、相変わらずペースは遅い。

本人の取り組む姿勢は真面目だが、意思ではない。

オレに言われ仕方なくといったところか。

一方のオレは、亜希子さんの本を半分程まで読み進め、自室での勉強に飽きたらず研究室にまで押しかけてしまっていた。

 

 

「迷惑じゃないか?」
「ん-ん、全然」


ニコニコしながら、オレを間近で見守る亜希子さん。

オレは資料に目を通しながら、一台のロボットを作ろうとしていた。



 

「一ヶ月も経ってないのに、もうここまで来たんだなぁと思って感心してるの」
「早い方なのか?」
「早いもなにも、驚異的って感じ。成長の早い子を見守るのって、いいわね」



 

「むぅ、それは私に対する当てつけ?」

「あらいたの?」

「いるよっ!」


手遊びをしながらつまらなそうにしていた妙が、亜希子さんにツッコミを入れてくる。

 

「悪いな、暇な時間作らせて」

「いいよ。海斗勉強したいんでしょ? 海斗が頑張ってるとこ見るの嫌いじゃないよ」

「あんたも頑張ったら?」

「精一杯やってるもん。……自分のペースで」

「自分のペースねぇ。あ、そろそろ終礼の時間みたい」

「閉めるのか?」

「今日はそのつもりだったけど、中途半端な状態で終わるの嫌でしょ」

「ああ、出来ればひと段落するまでやりたいところだ」

「じゃあ、妙を連れて食事してきていいかな?」

「お腹すいたー」

「そうしてくれると助かるが……」

「じゃ、鍵を預けておくわね」

「オレ一人研究室に残していいのか?」


普通は、心配なはずだ。


「私はあなたに全幅の信頼を寄せている。その本を渡したのがなによりの証拠よ。今さら留守を預けることくらい、なんてことはないわ」
「……そうか」


鍵を受け取る。



 

「一時間程で戻ると思うから」

「お土産買って来るね」


しばらくしてオフィスはオレ一人になった。

誰もオレがいることを疑う者はいなかったのは、きっと亜希子さんが説明してくれていたからだろう。


……。



 

「ふう……これでよし」


パソコンのキーボードから手を離す。

プログラムを打ち終わり、ひと段落した。

明日には起動の確認に移れるだろう。


「食事から戻るまでまだ少し時間があるな。…………」


オレは、なんとなく、研究室の奥に足を運んだ。


……。

 

 

 

普段、研究室に立ち寄った妙が、絶対に寄り付かない場所。

抜け殻となった侑祈がいる場所。

横になった侑祈が、目を閉じてそこにいた。

まるで眠っているようだ。

今は起動していないのだろうか。

そう思い近づくと、ゆっくりと目を開いた。

そして人間らしい動きで、立ち上がる。



 

「なにか御用ですか」

「……いや……」


無機質なその声を聞くと、侑祈が倒れた直後を思い出す。


「…………」


余計なことは一切話さない。

感情のない瞳がジッとオレを見ていた。

これが人間だったなら、奇跡が起きることもあるだろう。

なにかの偶然で、記憶が蘇るかも知れない。

それが、侑祈に限っては絶対に起こらない。

100%……と言ってしまいたくなるほど、限りなく。


「オレが誰だかわかるか?」


「いえ、存じません」
「あんたの、大切な者は?」
「倉屋敷亜希子さまと、倉屋敷妙さまです」
「……そうか。今、なにしてたんだ?」
「現在メンテナンス中です。指示があるまで、ここで待機せよとの命令です」


オレには想像もつかない。

機械工学を学ぶ前は、凄いと思いながらも特にそれ以上の感情はなく侑祈を見ていた。

今の技術力でここまで人間に近いロボットが作れるのだと、ただ感心していた。

今は違う。

少しでも学んだからこそ、わからない領域。

ここまで精巧な外見も然ることながら、独自で学び学習していくプログラム。

それも半端な人工知能じゃない、ほぼ完璧に人間と同じだ。

打ち込んだ命令を実行させるだけでもまだ簡単にとはいかない現代技術の中で、どうすれば侑祈のような存在を作り上げられるのか、まったく想像出来ない。


オレは、そこに近づけるのだろうか。

学べば亜希子さんのように、なれるだろうか。


「……は」


それはオレの役目じゃない。

そうとわかっていながらも、欲求を抑えられない自分がいた。

亜希子さんの知識と技術だったら、退屈することはないんじゃないかと。

生涯を通してもやり続ける価値と面白さが、秘められている気がした。


……。



 

「ただいまー」

「帰ったよー」


倉屋敷親子が、満足そうな顔で戻って来た。


「なに食ったんだ?」

「中華料理だよ」

「さぞ高級な店だったんだろうな」

「餃子の金将

「すげえ庶民的だなおい! っていうかそんな店あんのかよ! 知らんかったわ!」


……高級店だろうがそうでなかろうが、二人がいつも以上に楽しそうなので良しとしよう。


「勉強終わった?」

「ああ、プログラムは一通りな。明日起動確認したいと思ってるんだが」

「いつでも来てくれていいわよ。所員たちも歓迎してるから」

「そう言ってくれると助かる」

「じゃあ帰ろっか」


三人で研究室をあとにした。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「お帰りなさいませ」

「ただいまー」

「よう、こんな時間までご苦労なことだな」

「海斗さまも、本当、遊びまくってご苦労です」

「遊びまくってねぇよ」

「陽が暮れるまで堤防で子供たちと殺人野球してたとか。ノックと称してボールの代わりにウニを打ち返して、子供たちに手でキャッチさせてるんですよね?」

「痛そうだな」

「食事はどうされますか? 妙お嬢さま」

「いきなり話を戻した上に、オレには聞かねえのかよ」

「ご飯食べてきたからいらない」

「かしこまりました。では───」

「待て待て! 妙は食ったがオレは食ってない」



 

「海斗おじいちゃん、さっきご飯食べたでしょ」

「わしゃ食べとらんぞツキさんや」

「いいえ、先ほど確かにサンマの皮を食べました」

「皮だけかよっ」

「それはもう焦げたところをもしゃもしゃと」

「…………」

「海斗さま、妙お嬢さまが引いてますよ」

「お前が変なこと言うからだ」

「失礼なのは顔と体臭と性格だけにして下さい」

「本当に失礼なヤツだ」



 

「なんか、二人いつも変だね」

「ああ……海斗さまと一緒にされた」


がくっと倒れるツキと同時に、オレも倒れた。

「ツキと同類とか、もう外出て歩けねぇ」

「ほんと二人とも仲いいなぁ……はっ!?」


ぎょろっと目をひんむいて、オレたちを交互に見る。

 

 


「愛人!?」

 


「天地がひっくり返ってもありえません」

「こいつを愛人にするくらいなら、まだ尊を愛人にする方がマシだな」



 

「…………」

「…………」

「ちょっそこの二人、なに想像してる」

「バラ……」

「薔薇……」


女ってヤツは、どうにも男同士というのが好きらしい。


…………。

 

……。

 

 

 

 

「よし、今日はここまで」

「やっと終わったぁあああ」

「予定の半分しか進まなかったけどな」


昨日わからないまま終わっていた部分に時間を取り過ぎてしまった。

やっとのこと理解させたものの、残った時間では少ししか出来なかった。


「今日もここで寝ていい?」

「それはいいが、オレは勉強してるからな」

「勉強……」


オレが椅子に座るとすすっと後ろから覗き込んできた。


「わ……なんか、もう文も読めない」
「早くここまで追いついて欲しいんだけどな」
「研究室でもそうだったけどさ、ひょっとして海斗って天才なんじゃない?」
「あ?」
「だってだって、お母さんって厳しいんだよ。特に仕事に関してはもう鬼ババァなんだから」

ババァて……。


「なのに、海斗のこと褒めてばっかだし。プログラム組んだり、夜にちょこっとしか勉強してないのに凄く先まで進んでたり。私がやるより、海斗がやった方がいい気がしてきた」
「そんなことでいいのか」
「私が治してあげるのが一番だけどさ、その役目が海斗でもいいと思うんだ」
「……おい」


ペシッ。

 

 

「あうっ」


額をデコピンする。


「お前が治してやらないでどうする。あいつはお前を待ってんだよ」
「でも……私じゃいつになるかわかんないし」
「あと5年経ったらその泣き言も聞いてやる」
「5年とか、私お婆ちゃんになってる」
「まぁそこそこの美人にはなってるんじゃねえか?」



 

「ぼん、きゅっ、ぼん、だね」
「ないない」
「なんで決めつけんの!?」
「今のお前の体型からは想像出来ん」



 

「絶対そんなお色気お姉さんになってやるんだから。海斗メロメロなんだからね」
「はいはい、お色気はいいから勉強してくれ」
「寝るー」


逃げやがった。

ぼふっとベッドに倒れこむ。


「なんだか、このまま海斗が先に行っちゃって、私なんかが追いつけないところまで行っちゃいそう」
「本当にそう思うか?」
「うん」
「……そうか……」


オレはそれ以上なにも言わず、勉強を始めた。


…………。

 

 

……。

 



 

「うう……眠い……」

「ほらしっかり起きろ」
「もうちょっと寝かせてぇ……」
「それ10分前にも聞いたぞ」
「ううう……目が開かないよう」


もにょもにょと瞼の裏で眼球を動かしているが、一向に目が開く気配はない。


「起きなかったらキスするぞ」
「くぅーっ」


逆効果だった。


「王子様が、眠れるお姫様にキスをすると……」
「キスをすると?」


そっと唇を近づける。


「寝る……くー」


パシッ。


「寝るな」



 

「寝不足だから、眠いぃ……」


頭を撫でながらのそっと起きた。


「近頃、1日4時間くらいしか寝てないよぉ」
「オレはその半分くらいだ」

厳密に言えば、もっと短い。

隣に誰かいると……それが妙でも浅い眠りになる。

実際オレも相当疲れが溜まっていて眠かったが、妙が眠そうにしている手前、一緒にはなれない。


「どうせ寝るなら教室で寝ろ」
「そうするぅ」


けして良くはないが、寝坊させるよりはマシだ。

 

…………。

 


……。

 



 

「ほら頑張れ、もう少しで学園だ」
「うぅ~……」


腕を引っ張って、半分寝ているまま連れて行く。



 

「子供とその保護者ね」

「オレもそんな気がしてきた」

「彼氏兼護衛兼家庭教師兼保護者……不気味ね」

「漢字が並びすぎてなにがなんだかわからんぞ」

「なら平仮名にしてみましょうか? かれしけんごえいけんかていきょうしけんほごしゃ」

「素直に漢字でいい」

「ほら保護者、また妙が立ち止まってるわよ」

「あーこら、しっかり手を握ってろ」

「ふぁぁあい」


寝てるくせに、しっかりと握り返してきた。


「あんたいい旦那になるかもね」

「本当にそう思うか?」

「…………訂正させてもらっていい?」

「訂正時間は終了しました」


……。



 

「おやすみ」


教室に着くなり第一声がそれか。

止める間もなく、妙は席に座ると眠りについた。



 

「まったく……学園が寝る場所になってるわね」
「普段のあいつからしたら、寝不足かもな」



 

「なに、そんなに激しかったの?」
「そんなつもりはないんだがな……。一応3時間くらいだ」



 

「一回のプレイにしちゃ長いわね……多分」
「……は?」



 

「えっ?」
「いや、変な言い方をされた気がしてな。オレの勘違いだろう」


お嬢さまがプレイだの激しいだの、そんな下ネタを言うはずが……。


「なによ、人の顔見て」
「お前なら、十分ありえるな」
「失礼なこと考えてない?」
「むしろ尊敬してるくらいだ」
「当然じゃない」


誇らしげな顔して、自分の席に着いた。

妙のヤツも、麗華ほどとは言わないが、もう少し自信を持って取り組んでくれればいいんだがな。


…………。

 


……。

 


昼休みになった。

一限目から眠りこけた妙は、今現在も眠り続けている。


「ほんと、学園になにしに来てるんだか」

「おい、起きろ、妙」


肩を揺さぶる。


「うじゅ……」

「うじゅ?」



 

「怪獣の鳴き声みたいね」


「はう……あれ、もう、お昼ぅ?」

「昼だ。起きろアホの子」

「うん」


ごしごし目をこすりながら立ち上がった。


……。



 

オレたちが三人で行動することも、大分目立たなくなってきた。

最初は好奇の目で見られたものだが、侑祈がいなくなったことが知れ渡ると、その視線も殆ど感じなくなっていた。



 

「学園ってさ、不思議と気持ちよく眠れるよね」

「なにそれ」

「ベッドの中はふわふわだから気持ちいいけど、机ってすごく硬いじゃない」

「まぁそうだな」

「でも、ベッドと同じくらい気持ちよく眠れるから不思議だなって」

「単純に眠たいからだろ。どこでも一緒だと思うが」

「私にもわからないわね。学園で寝るとか」

「イビキがうるさいもんな」



 

「ぐごーぐごー……誰がイビキかくって?」

「歯軋りでしょ麗華の場合」

「ぎりぎりぎり、ぎり……ん、んんっ」

「さすがにどっちも慣れてるだけあって起きててもマネが上手いな」

「んなわけないでしょうが!」


──!


…………。

 


……。

 



 

放課後。


今日も麗華を屋敷まで送り届け、妙を連れて倉屋敷ビルまでやって来た。


ガードマン「今日もお勤めご苦労様ですお坊ちゃま」

「よう」


オレはガードマンに挨拶する。

最初は変なヤツだと思っていたが、頻繁に通うに連れて会話も増えてきていた。


「そうだ、いい物手に入れたぞ」


ガードマン「いい物、ですか?」


「あんた先日子供が産まれたばっかりだったよな?」


ガードマン「はい、お坊ちゃまのお陰で!」


オレはなにもしていない。


「子供にプレゼントしたいって言ってた例のおもちゃ、手に入れることが出来たぜ」


鞄から包みを取り出し、渡す。


ガードマン「こ、これを、私に?」


「ああ。この前駅前のデパートで再入荷しててな」


ガードマン「あ、ありがとうございますっ! お代を───」


「いらねぇよ。子供に渡してやってくれ」


ガードマン「お、お坊ちゃまっ……」


「泣くなよ、これくらいのことで」


ガードマン「自分は一生ついて行きます!」


「オレについて来ないで倉屋敷について来い」


ガードマン「はい、倉屋敷海斗お坊ちゃま!」


「…………」

 

 

 

「倉屋敷海斗……ほわぁ」

「おいこら、変な妄想で悶えるな」


……。

 

 

 

 

「お疲れ」


働く社員に言葉をかけ、昨日の続きを再開する。


「ふんふーん」


鼻歌を歌いながら、オレの隣に腰を下ろす。


「なにもしないのか? 勉強する道具なら、ここに沢山あるぞ」

「勉強なら海斗が教えてくれるし、海斗が勉強するとこ見てるの楽しいからいいの」


人の勉強を見るのが楽しいって……。

まぁ、今はこっちを優先させてもらおう。

パソコンを起動し、プログラムの確認をする。

そして実験用の汎用機ロボットを繋ぐ。

作ったプログラムをUSBで転送。


「よし……」

「このリモコン使うの?」

「ああ」


遠隔用のリモコンで指示を送り、オレが用意したパターンを実行させる。


「押してみていい?」

「ああ、押すボタンだけ教えてくれ。ちゃんとそれで合ってるか知りたいから」

「じゃあ、この①ボタンを押すねぇ」


妙がリモコンを持って、①ボタンを押した。


うぃんうぃん。


ロボットは床にうつ伏せになる。

そして両腕を曲げたり伸ばしたりしだした。


「お、成功だ」

「……なにしてるの? このロボット」

「見てわからんのか、腕立て伏せだ」

「ほぇぇ……あれっ? なんかボタン押してるのに止まっちゃった!?」


10回ほど腕立て伏せを連続してやると、ロボットはボタンを押し続けてるにも関らず停止してぐったりと床に倒れこんだ。


「それは仕様だ。10回で疲れて限界になる」

「なんかリアルっ!?」

「②番のボタンを押してみてくれ。それはロボットがうつ伏せになってるときに出来る限定仕様だ」

「わかった」


ボタンを押すと、両脚をばたつかせ、両手をかくように前に出し始めた。


「わ……なんか泳いでる」

「クロールだ」

「水中を泳げるの!?」

「いや、その機体が防水加工じゃない上に、もしそうだったとしても泳ぐ保証なない」

「す、凄く意味ないね」

 

「ここまでは成功だ。最後に③の数字を押してくれ」

「うん」


一番苦労した③のボタンを押す。

するとロボットは起き上がり走り出した。

「えっ、えっ? なんかコントロール効かないっ」

「暴走モード突入」

「えええっ、暴走っ!?」

「バッテリーが切れるか壊れるまで予測不能な行動をするようになっている」

「なんか凄いけどダメな機能じゃないっ!?」

「その名を妙システム」

「なんで私の名前がっ!?」

「ぽいだろ?」

「ぽくないよっ!」


おたおた妙がロボットを追いかける。

 

 

 

「なんだか面白いことしてるわねぇ」

「よう」

「あんな気持ち悪い動きするロボット始めて見た」

「お、最大の褒め言葉だな」

世界屈指の技術屋が見たことない動きを簡単にやってしまうとは……自分が怖いな。


「あとはパソコンから直接稼働させるプログラムと機能を追加して、部屋にいても操作出来るようにしたいな」

「はは、ほんと海斗くん凄いわぁ」



 

 

「ちょっと海斗に近づきすぎだよぉ」

「あらいいじゃない。減るものじゃなし」

「オレは気にしてないから」

「でしょ? うふふふ」

「私が気にするのーっ! 海斗だって私が他の人にべたべたされたら嫌でしょ!」

「……え?」

「全然嫌そうじゃないし!?」


頭を抱えたり慌てたり怒ったり。


「楽しい娘だな」

「海斗くんの前だけ……じゃないか」


複雑そうだった。

その後、亜希子さんにアドバイスを受けてからオレたちは帰宅することとなった。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

帰り道。

妙のゆったりとしたペースに合わせて歩いていると、突然妙が立ち止まった。


「……?」


妙はショーウィンドウを見ているようだった。

そこは、平たく言えば模型店

展示ロボットたちがめまぐるしく動いてる。



 

「…………」


そう言えば、研究室にこんなロボットはあまりない。

オレが一台所持しているだけで、あとは書類や細かい部品と立ち向かう所員たちばかりだ。


「…………」


無意識のうちに見つけ、立ち止まったのか。

呆然とそのロボットを見つめている。

刺激を受けてると思っていいのか?

オレは持ち帰る自分のロボットを一度見て思う。

これが発破になれば、言うことはない。


…………。

 

……。

 

 

 

「最終テスト、動作……オーケー。カメラアングル、感度、オーケー」


ノートパソコンのキーボードを打ち終え、得意げにオレは微笑んだ。

オレはUSBを取り外し、ロボットを起動させる。

ここ数日、妙を放ったらかしてロボットに没頭した成果を見せるときがやって来た。


「行け、ヘルブレイズ号ッ」


キーボードの『W』を押すと、前進を始めた。

二足歩行ロボ、ヘルブレイズ号発進の瞬間だった。


……。



 

廊下に出る。


「視界良好。周囲の音声……」


ロボットの腕で、壁をノックさせる。

コンコン。

 

「周囲の音声、クリア」


長い廊下だ、ブーストシステムも試しておくか。

PageUpキーを押し、走る速度を上げる。

3段階の速度調整が可能だ。

最速モードでは自足10キロで走行する。

電波の受信範囲も、屋敷の中なら十分に操作可能。

これで普段屋敷で生活している連中の私生活をばっちり盗み見てやろうじゃないか。


『ふんふーん。ふーん』


鼻歌が聞こえる。

オレは音声周波数を画面で確認し、どこから聞こえているかを探り当てる。


「この先の廊下だ」


ロボットに前進させ、角を曲がらせる。


……。

 

「ふんふふーん、ふぅーん」


彩を発見。

すぐさまPrintScreenを押して録画を開始。

ロボットに内蔵されたメモリがその場を鮮明に記録する。


「あーいい天気」


独り言を言いながら、窓の外を見ている。

相変わらず散歩をするのが好きなやつだ。

彩からは特別な場面を見ることは出来そうにない。

他の場所に移動することにしよう。


……。


このロボットの弱点は、一人で扉を開けられないことだ。

そして段差を越えることが出来ないこと。

つまり平地しか移動出来ない。


……。



 

「おっと、これは?」


なにかの影がカメラに映された。

かなり近いぞ。

ロボットの視点を操作し、上を向く。



 

鮮明に映し出されたのは、誰かの下着だった。

どうやら窓の清掃をしているメイドらしい。

ふりふりとお尻が揺れているが、足元のロボットには気づいていないらしい。

「一歩間違えば犯罪だな」


既に犯罪だとどこからか聞こえてきた気がする。


「これを録画しておいて、あとで尊に見せてやれば喜ぶか」

懸命に二階堂で働くメイドの下着姿。

メイドが窓を拭き終え、移動する。


「…………」


恐ろしいほどモンスターな顔をしたメイドだった。


「録画した動画を消去できるキーも用意してけば良かったか……」


……。


さて、気を取り直してロボットのテストを再開することにしよう。


『……あら?』


「なんてことだ」


見つからずにいようと思った矢先、見つかりたくない人物に見つかってしまった。

オレは咄嗟に動きを止める。


『こんなところに、ロボ人形?』


どうやら人形と思っているらしい。

変にロボットだと気づかれると、良からぬ疑いをかけられる可能性がある。

ここは録画モードだけ作動させ、動作は一切させないようにする。

なんとかやり過ごすしかない……。

しかし……麗華はロボットに手を伸ばした。

当たり前と言えば、当たり前か。

屋敷の廊下に、ぽつんとロボットが落ちていれば手を伸ばしてみたくなるのが心情だ。


『重っ』


総重量3キロある。


「なにこれ、人形じゃないの? 機械?」


顔の部分を覗きこまれる。

パソコンに大きく麗華の顔が映し出された。

 

「鼻毛でも映れば面白い映像が盗れそうなんだが」


それはともかく、これはまずい。


『……海斗、かしら』


なんだその名探偵ぶり……。

ずばり当たっている。

屋敷の中でロボットを動かしてそうな人間などあちこちにいそうなものなのに。

四の五の言わずオレに白羽の矢を立てるとは、少し信頼関係を疑ってしまうところである。


「これでも食らえ」


疑われたせいで、心が傷ついたオレはロボットの腕をロケットのように飛ばす。


ベシッ!


『痛っ!』


腕は見事、不意をつき麗華の鼻に直撃。


「完全撃破!」


『海斗ぉ!』


ロボットを握り締め鬼のように叫ぶ。


「ひぃ!」


思わず恐怖したオレは、またもロボットの腕を飛ばしてしまった。


ベシッ!


『痛っ!』


「あわわわ……今のは不可抗力だ……」


『海斗おおおおおおお』


メキメキロボットが握り締められる音が聞こえる。

赤くなった鼻と、アップの顔が鬼の形相に見えて怖い。

こうなったら逃走するしかない。

オレはロボットを動かす賭けに出た。


『きゃっ!』


「逃走しろ、ヘルブレイズ号!」


スピードをマックスまで上げ、全力疾走。


『に、逃がすとでも思ってないでしょうね。二階堂家メイド全員に告ぐ、朝霧海斗を見つけ次第確保し、私の前に引きずり出しなさい。それから小型ロボットは見つけ次第撃破せよ』


携帯で指示を出している音声が聞こえた。

 

 

 

「ヤバイ、ここにいれば殺られる!」


オレはすぐさまノートPCをコンセントから抜くと、窓を開けて外へ飛び出した。

そして誰にも見られないよう、屋根の上へ。


……。



 

「ここなら簡単には見つかるまい」


とにかくロボットを安全な場所へ移動させよう。

バッテリー残量は、5時間程。

その間に、オレはこのロボット一台で麗華率いる暇なメイド軍団を制圧しなければならない。


……。



 

二階堂家、2階廊下。


メイド『あっ、謎のロボット発見、攻撃に入ります!』


バトル開始!


「くらえ、ロケット攻撃!」


ヘルブレイズはメイドにロケット攻撃!


メイド『きゃぁっ!』


メイドに23のダメージ!


メイド『やりましたね、メイドキック!』


ロボットに43のダメージ!


「くそっ、体格差が圧倒的過ぎて、威力が違う」


女と言えどロボットにとっては致命傷だ。

ヘルブレイズは身構えてる。


メイド『メイドキック!』


ヘルブレイズは録画を始めた。


メイド『やだ、パンツ見えちゃう!』


メイドは戸惑っている。

ヘルブレイズは逃走した!


……。

 

ツキ『あ、ロボット発見』


強敵に出くわした!

ヘルブレイズは逃走した!


ツキ『どこ行くか』


しかし回り込まれて逃げられない!


「くそ、この淫乱メイドがあああ」


ロケット攻撃を食らえ!


ベシッ!


ツキ『こ、これが快感っ……!?』


ひいい、ヘルブレイズは恐怖した。

ヘルブレイズは逃走した!


ツキ『まあまあ、そんなに急がなくても』


しかし回り込まれて逃げられない!


ツキ『これ、どこから操作してるか』


ツキはロボを両手で押さえつけ、動けなくして辺りを見渡した。


ツキ『姿がない。随分遠い遠隔操作?』


残念、距離にして数メートルだ。

ただ屋根の上という見つけにくいポイントなだけだ。

ツキから逃げるには……。

仕方ない、秘密兵器を使うことにしよう。

オレはボリュームレバーを上げる。

そして起動ボタンを押した。

びいいいいいいいいいいいいいい!!


ツキ『っっっ!!』


屋敷の廊下に鳴り響く防犯ブザー。

思わぬ大音量に、ツキはロボットを手放した。


「今だ逃げろ!」


ツキ『み、耳が……』


……。

 

人は等しく音に敏感だ。

大音量となれば否が応でも反応してしまう。

予期していた音でない場合、大抵呆気にとられる。

防犯に使われていたりすることかもわかるだろう。

細かな仕掛けと違って手軽に使用出来るのも魅力だ。

欠点があるとすれば……。


メイド『凄い音で逃げるロボットを発見しました!』


発信源がすぐにバレるということ。

すぐに音を切り、再び逃走を図る。


麗華『見つけた!』


くそ、また厄介な麗華に遭遇してしまった!

秘密兵器を使った直後、同じ手は通じにくい。

ここは素早く逃げるしかないだろう。


……。


麗華『待ちなさい!』


早っ!

動きにくい格好をしてるくせに、凄い速度で追いかけてくる。

あいつ、運動神経も良かったんだよな。


……。


麗華『この、捕まえる!』


「ロケット攻撃だ、ヘルブレイズ!」


ベシッ!


麗華『あうっ!』


見事顔に命中させたところで、再び逃走。


『ふ、ふふふ……いい度胸じゃないの海斗。──現在屋敷にいる使用人各員に告ぐ。進行中の仕事を一時中断し、朝霧海斗を確保せよ。繰り返す。朝霧海斗を確保せよ』


……。

 

 

 

「麗華のヤツ本気だな……くそっ」


庭先から見えないよう、もう少し裏側に行っておこう。

取り返しのつかない事態になってきたな……。


……。



 

メイド『ロボットを発見、破壊します!』


掃除機を持ったメイドが現れた!


メイド『てい、掃除機で吸いこめぇえ!』


ぶおおおおおおお!


しかしロボットは吸いこまれなかった。

ヘルブレイズは様子を見ている。


メイド『てい、掃除機で吸い込めぇえ!』


ぶおおおおおおお!

しかしロボットは吸い込まれなかった。

ヘルブレイズはロケット攻撃を繰り出した!


ペシッ!!!

会心の一撃


メイド『はわっ!』


メイドに26のダメージ!

メイドを倒した!

ヘルブレイズは102の経験値を手に入れた。

ヘルブレイズはレベルアップ!

なんとなく操作性が1上がった。

俊敏性が微妙に向上した可能性がある。

耐久性が3上がったと思い込む。

メイドはなにかを落としたようだ。

チョコレートの包み紙を手に入れた。

しかしヘルブレイズは包み紙を拾えない。

放置していこう。

ずだだだだだだだ!


ツキ『今包み紙を捨てたか!』


バキッ!



 

「うおっ、なんだ!?」


視界が急に揺れ、壁に激突したような音がした。



 

ツキ『ちょっと遊んでるだけならまだしも、ロボットでもポイ捨てなんて許せない』


「くそう、オレじゃない」


弁明の機会も与えられず、ぶっ飛ばされた。

ロボットには音声機能がついていないのが残念だ。


ツキ『ちゃんと拾う』


「だから拾えねーよ」


とにかくこの場を逃げ出さなければ、ヘルブレイズ号は破壊されてしまうだろう。

各部異常、損害……なし。

なんとか無事だったようだ。

とにかくすぐにここを逃げ出そう。


ツキ『どこ行くか』


「お前のいないどこかさ」


捨て台詞を残し、とんずら。


……。



 

「さて次は……」


──「次は?」


「…………」


「どうしたの? 次は? 言ってみなさい」

「落ち着け、落ち着いて話し合おう」

「珍しく取り乱してるわね。私は冷静よ?」

「……、そ、そうか。冷静じゃないのはオレの方か」

「はは、よく見つけたな」

「ほんと、私の勘もバカに出来ないわね」

「つか、よく屋根の上までやって来れたな」

「運動神経の成せる業ね」

「と言うわけで……さらば!」


ノートPCを持ったまま、庭先に飛び降りた。


「さすがに飛び降りれんだ───」


逃げようとした矢先、多くの使用人たちに囲まれる。


「ここまでね」

「くっ……!」


観念するしかない。

オレは両手を挙げて降伏、投降を申し出た。


「そうだ、念のため言っておくが、条約で捕虜への暴行は禁止されて───」


──!


──!


──!

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「はい、これでおしまい」


ペシッ。



 

「痛っ。傷口を叩くな、傷口を」
「なんか凄いことしたんだって?」
「ちょっとロボット使って遊んでただけだ」
「これ?」


既にスクラップになってしまったガラクタを指差して言う。


「なんか、随分姿変えたねぇ」
「あのクソアマがぶっ壊しやがって」
「あははは、麗華は悪魔だもんね」


お前も結構いい勝負してるけどな。


「でも、海斗凄いね。私には無理だよ」


ロボットのことを言ってるんだろうか。


「こんなもん時間をかければ誰だって出来る」
「うう、どうせ私はバカですよ」
「個人差の範疇だろ。お前もすぐだ」
「だといいけど。もう本当に海斗が頑張ってくれた方が、侑祈も喜ぶんじゃないかな」
「アホ」
「あ、アホってなによ! 私は真剣に言ってるのに」
「そんなこと言ってる暇があったら、やるぞ勉強」
「私なんかに教えるより、海斗が一人で勉強した方がいいのに」
「ぶつぶつ言ってないで、ほらやるぞ」
「はぁい」


……。

 

 

 

「んぅ……すぅ……すぅ……」


深夜3時。

妙との勉強を終わらせて、一人の時間。

オレは腕を組んで唸っていた。

どうしても、理解出来ない問題があった。

それは、亜希子さんの本を読んでいく中でも、少し異質の問題と言っていい。

小等部の問題の中に、高等部の問題が一問突然混ざりこんでいるような印象。

普通、教科書の中にそんな問題があってはならない。

順序良く、階段を一段ずつ上がっていくのが定石だ。

少し先のページを読んでみても、解ける可能性が見えない。

当然、先のページを読んでから解くものではないはず。

この段階で解くことが可能だから亜希子さんも書いているんだろう。


「…………」


だが、幾ら考えても答えは出てこなかった。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

「海斗ーっ」
「…………」
「今日、帰りにデパート寄って帰ろうよ」
「…………」
「海斗の服とか見たり、映画とか見たりぃ」
「悪い、今度な」
「ええ、どうしてぇ?」
「今ちょっと忙しい」


今までに学んだことを振り返るため、机の上には書き留めたメモが散乱していた。



 

「授業に聞く耳もたず、ずっとこれよ」

「そ、そうなの?」

「ちょっとわからないことがあってな」

「でも……ほら、ちょっとくらい遊んでもいいじゃない」

「悪いな。どうしても解いておきたい。とりあえず学園じゃ落ち着かないから、帰ろうぜ」

「え、あ……うん……」

「根詰めすぎないようにしなさいよ」


…………。

 


……。

 

 

 

 

「ねえ海斗。ちょっとは遊ぼうよ」
「遊ぶって、なにして」
「学園でも机でも、机に向かいっぱなしじゃ疲れない?」
「疲れない」
「でもさでもさ……」
「…………」



 

「……なんでもない」
「なら、悪いけど静かにしててくれ」
「うん……ごめん」


妙が部屋から出て行く。



 

「悪いな妙」


毎日教えていれば、いつかこの問題にぶつかる。

その前にオレが理解していないと教えることが出来ない。


「…………」


…………。

 


……。

 

 

 

 

「くそダメだ」


本を閉じる。

何度読んでも、解けない。

惜しむらくは……オレが、禁止区域出身だということ。

一年間で詰め込んだこっちの知識では、文脈一つ理解することも簡単じゃない。

もっと常識を学び理解力を持っていれば、ひょっとすると解けている問題なのかも知れない。


「言い訳なんて、見苦しいだけか」

なんとかして、解くしかない。

オレは本を持つと足早に自室をあとにした。


……。



 

 

「どこ行くか?」
「ちょっと風俗街に」



 

「いてら」
「男の方なら自然なことかと思って」
「いや、彼女持ちでそれは色々問題あるだろ」
「それでどこへ?」
「亜希子さんとこだ」
「……ほう。人妻ですか。さすがですね」
「お前は泥沼な展開を希望か?」
「それはもう、大いに楽しませていただけそうで」
「勉強だよ勉強」
「べんきょう? 美味しい? それ」
「お前とは無縁の物だ」
「失礼な。博士号取得寸前までいった私ですぞ」
「誰だよお前」



 

「ツキちゃん最高理論を発表しました。ツキちゃん最高理論とはそもそも」
「行ってくる」
「あ、こら待つ。これから──」


……。



 

「ちょっと出掛けに挨拶しただけで時間を食ったな。あいつが風俗街とか言い出すから無駄にボケの応酬になってしまった。あれ、あいつが言ったんだよな?」


…………。

 

 

……。

 



 

「よう、やっぱり残ってたか」
「こんばんは。今日はどうしたの?」


不思議な笑みを浮かべて出迎える亜希子さん。


「あ、ああ。ちょっと聞きたいことがあってな」
「なにかしら?」
「一問、どうしても理解出来ない問題がある」
「うん。それで?」
「ちょっと解き方を教えてもらおうと思って来た」
「海斗くんにしては、随分と焦ってるのね」
「焦ってる?」
「昨日の今日でしょ? その問題で詰まったの」
「……ああ、まぁな。よくわかったな」
「先日までのペースを見てれば、一日にあなたがどれくらい勉強してるかわかるもの」
「オレ一人なら焦って解く必要はないのかも知れない。だが、妙のことがある」


そのためには、少しでも多く知識を得ておきたい。



 

「ねえ海斗くん」
「ん?」
「前に侑祈が壊れた直後、ここに来たこと覚えてる?」
「最近のことだからな。一通りは」
「もしかしたら、薄々気づいてるんじゃない?」
「気づいてる? なにを」
「私にとって、一番大切なものはなんだと思う?」
「普通に考えるなら、妙だな」
「そう。倉屋敷の名でも、財力でもなく、そして私自身でも、侑祈でもない。あの子のためなら、私はなんでもしてあげる。例え最初から侑祈が壊れることが、はっきりとわかっていたとしてもね」
「…………」
「あなたに与えたその本。それもその一つ。不自然よね、その問題。明らかにレベルが違う」
「ああ……」
「それにも、私なりの意味をこめているの。すべてはあの子のために。海斗くんが、いつかここに、その問題が解けないって言いに来るのもわかってた。予定より随分早かったけど」
「あのとき……あんたに侑祈の話を聞きに行ったとき、なんとなく、侑祈が壊れることを予期していたのは感じた」
「うん。そのとおり」
「しかし、今回の件に関してはわからねぇな。オレが理解出来なきゃ、あいつに教えてやれないぜ?」
「ふふ」


なにか、意味ありげな笑みをこぼす亜希子さん。



 

「天才の子は天才。ってことよ。あなたが、お父さんに負けず劣らずなようにね」
「…………」

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

 

結局、オレは亜希子さんから答えを教えてもらわなかった。

おそらくしつこく聞けば聞き出せただろうが、なにか……聞いてはならない気がしたのだ。

今問題を解けないことには、なにか深い意味がある気がして。

オレは机に向かう。

悩んでいても、解けない問題に向かう。

向かうしか方法がない。



 

「海斗、ずっと悩んでるね……」
「ああ。どうしても解けないんだ」
「どんな問題?」


問題を覗き込んだ妙の顔がしかめっ面になった。


「人間の読める文字?」
「そう言いたくなる気持ちはわかる。オレにも見慣れぬ記号があるくらいだ」
「こんなの無理だよ……」


イヤーッと顔を背ける。


「今日は寝るか。これ以上やっても解けるとは思えん」
「寝よう寝よう」


一晩放置した方が、解決したりすることもある。



 

「明日はデパートに行こうね」
「問題が解けたらな」
「ええーっ、そんなぁ……」
「あの問題だけは、解いておきたい」
「いつ解けるの?」
「さぁな。明日か、明後日か……もっと先か」


正直、想像がつかない。



 

「……ぶぅ……」


「とにかく、今夜はもう寝る」


ベッドへ入ると、妙が隣にもぐりこんできた。

オレの顔を見つめて、妙が微笑む。

そのまま、オレたちは眠りにつくことにした。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「トイレ……」


ごそごそ。

たとたと。


…………。

 

「……ふわ……あ、海斗寝てる。可愛い…………」



 

「あーあ、デパート、行きたかったな……。お母さんが難しい問題用意するからだよ。これだっけ……」

 

 

 

「うう、やっぱ全然わかんない…………」



 

「あれ……でも……。どっかで、見たことある気がする。……どこ、だっけ……。ずっと昔…………………」



 

「どこか……で………………………」

 


…………。

 


……。

 

 

 

 

目が覚めた。

嫌な目覚めだった。


「…………はあ」


あの問題が解けない状態が続いたら、寝不足程度じゃすまないな。

夢の中でも問題に取り組んでた気がするぜ。


「…………」


休日を利用し、勉強に取り組もうと机に向かうと、綺麗に閉じておいたはずのノートが開かれていた。


「くーっ……すぴーっ……」


「こいつか」


オレに解けない問題があるせいで、腹を立ててたからな。

夜中にごそごそしてるとは思ってたが、これだったか。

ひょっとすると問題のページを破り捨てた可能性もある。


「ったく」


椅子に座り、乱雑になった机を整理する。


「落書きだらけにされてるな」


ノートには汚い字(オレも同じくらいだが)がいっぱい書かれてある。

どれもこれも意味不明な数字や記号ばかりだった。


「…………」


沢山の記号の中、一箇所目立つ丸で囲まれたものがあった。

まるでそれが、答えだと主張せんばかりの。


「バカな……」


そう思いながら、オレはその答えと解けない問題とを照らし合わせる。

どうしてだろうか。

オレは答えを導き出せないのだから、いくらその答えを見ても納得出来る可能性はない。

それなのに、その答えが、何故か正解でならないように思えた。


「まさか……」

 

 

 

携帯電話を引っつかみ、今か今かとコールを鳴らす。


『ふぁい、もしもしぃ……』
「寝てるとこ悪いな……どうしても確認したいことがある」



 

冷静に話してたつもりだが、そのときのオレが慌てていたのは、自他共に認めるところだろう。


「……そうか……合ってるか」
『海斗くんが解いたの?』
「あんたなら、わかるんじゃないのか?」
『……あの子が、解いてくれたのね』
「ああ、ばっちりだ……数式は汚くて読めないけどな」
『そう……』
「このカラクリは、どこに答えがあるんだ?」
『あの本……ずっと読んで聞かせてたのよ。問題から数式……何度も何度も。絵本みたいに』
「技術書が、子守唄代わりだったわけか」
『普段じゃ使い物にならないだろうけどね。だけど、解ける感覚を、あの子なら研ぎ澄ませていける。それを確かめるための、難題だったの』
「初めからオレには、無理だったわけか」
『……怒ってる?』
「なんで」
『全部……あの子を中心に考えてる私に』
「怒るわけないだろ。親として、当たり前のことだ。むしろ、もっとあんたを気に入った。さすがだよ」


通話を切ったあと、オレはずっと空を見上げていた。


「なにを焦ってたんだろうな、オレは……」


これは、オレの役目じゃなかった。

当たり前のことを、勝手に先走っていた。

机に置かれた閉じられた技術書。


……。

 

「おい、起きろ妙。朝だぞ」

 

 

 

「ふええ……っ?」


枕を抱きかかえぐーすか眠る妙を叩き起こす。


「なに、なにぃ?」
「もう10時だ。そろそろ出かける準備しろ」
「ど、どこに出かけるのよぉ……眠いぃ」
「お前、デパート行きたいって言ってたじゃないか」
「デパート!? 行く! 行くけどなんでっ!?」
「あ?」
「だってダメだって言ってたじゃない!」
「いいんだよ。もう」
「もう?」
「焦る必要なんて、どこにもなかったってことだ。お前なら、オレが放っておいても、いつかたどり着く」


それを確信出来ただけで、十分だった。

もう、オレが率先して無理にやつ必要はないだろう。

道を外さぬよう、そっと背中を後押ししてやるだけでいい。



 

「ん-よくわかんないけど、デパート!」


にんまりと笑顔で笑う妙を見て、オレもまた笑った。

 

……。

 

 

 

 

倉屋敷 妙 After~優しい難題~END

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【12】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

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……。


「ふわぁ……ねみぃ」


休日の朝。

午前10時過ぎ。

休みを満喫する若者なら、まだ布団の中のはずだ。

朝っぱらから出かけるのはアウトドアな人間かパチンコする人間くらいのもの。

なにが悲しくて働かなきゃならんのか。



 

「あ、あの人形可愛い」
「口の中に詰め込んで窒息させるのに丁度いい大きさだな」
「手とかかわいいよ~」
「あの手が絶妙な位置にあるから、喉に引っかかってくれそうだよな」
「そういう変なこと言わないでよぉ」
「愚痴ってもいいだろ、休日に連れ回しやがって」

「お嬢さまのお出かけに付き合うのも仕事。それに、デートじゃない」
「デートねぇ……」


ちらりと横を見る。



 

「なに?」

「なんでも……」


睨まれたので視線を反対に逸らす。

 

 

 

「なにか?」


反対にはもう一人いた。


「なんでもねぇよ」


こいつら二人もついてきてちゃ、どう考えてもデートじゃないわな。


「ったく……」


どうせなら麗華を連れて帰れよとツキを睨みつける。


「ああ」


なにかを悟ったように頷く。


「ピーンときました」

「きたか」

「私がそばにいて嬉しいとか、ちょっとキモイです」

「全然ちげぇよ!」

「なにジャレてんの?」

「海斗さまがキスしろと迫ってくるんです」



 

「あ、磯部? ちょっと海斗を調教したいんだけど。うん、浮気性を改善する方法ならなんでもいいよ」

「こらこら、携帯片手にどこに電話してる」

「メイドと近いよっ!」


にゅっと割って入ってくる。


「こまけぇな」

「なんでも独占出来ると思ってる典型的なお嬢の思考回路ね」

「お前も十分独占出来ると思ってるだろ」

「無理なのは人の命くらいかしら」


いや、お前なら一つ二つの命くらい独占出来る。


「それよりもこのメンツ連れ出してどうしようってんだ?」

「私も暇じゃないのよ。今日も本当はやることがあったんだから」

「貧乳改善のためのエクササイズだろ?」


歩いていた麗華の歩幅が小さくなり、止まる。



 

「……なんで知ってんのよ」

「……そうだったのか……適当に言っただけなんだが」

「貧乳を馬鹿にすると痛い目に遭うんだから!」

「まだ恐ろしさを知らないようですね、ふふ」


しまった。

いつの間にかツキまで貧乳コンビに加わっていたか。

迂闊な発言をしたことに気づき、身を震わせた。


「あんたってほんとタチが悪いわね」


殴りかかってくるでも、噛み付いてくるでもなく言う。


「ついうっかりじゃなくて、反感買うこと前提で言ってるでしょ」

「そんなチャレンジャーだと思うか? オレが」

「下衆野郎だとは思いますが……」

「はいそこ、さりげなく酷いこと言うな」

「そうよそうよ。私の海斗を虐めていいのは世界で私だけなんだからね」

「何様だお前は」

「倉屋敷さま」


超一流のお嬢さまでした。

下々の身分であるオレは黙り込むしかない。


……。

 

さて、そろそろ本題に戻そう。

このメンツなのは、まぁ偶然だが今日は街に遊びにやって来たのである。

特別な目的があるわけじゃない。

簡単に言えばウィンドウショッピングだ。

普段は引き篭もりで好きなものばかり食べ、欲しい物は通販なりで届けさせるのに、たまにこうして出かけたくなるようだ。

 

 

 

「あれ? ねえねえ、あれなに?」


突然はしゃぎ出した妙が、一人の女を指差した。

頭を下げては歩行者に近づきなにかを見せようとする。

ティッシュ配りかと思ったが少し違うようだった。



 

「アンケート調査だな」

「みたいね」

「あんけーと調査?」

「そんなことも知らないの?」

「む……行ってみよう」

「やめとけ時間の無駄だ」

「行くの!」

「じゃあオレたち三人はカフェで休むか」

「そうね」

「皆も来なきゃダメなんだから!」


ぐっと腕を引っ張る。



 

「ふぬ……ふんぬ、ふぬふぬう!」


もちろんちょっと力を入れて踏ん張れば、妙の力じゃ動かすことは出来ない。


「動いてよ!」

「ったく……」



 

「まぁまぁそう言わず、ちょっと付き合ってあげればいいじゃないですか」

「いいこと言う! そうだよ、付き合ってよ」

「半コート調査ってなんだか興味あります」

「えっ?」

「……えっ?」

「お前も知らんだけかい」


……。

 

女性「あ、すみません、少しよろしいでしょうか?」



 

「なぁに?」


明らかに寄ってきていた妙を絶好のターゲットだと思ったのか、女性はすぐさま話しかけてきた。


女性「今ちょっとアンケートを行っておりまして。是非ご協力をお願いしたいんですけれども」


そう言ってクリップボードを差し出す。

ボールペンと、幾つかの質問事項が記載された紙。


「これを書けばいいの?」


女性「はい、よろしくお願いします」


興味津々に食い入るように文字に目を通す。


「この繁華街は、よく利用しますか?」


最初の質問事項。

〇で答えていく形式であり、よく利用する、たまに利用する、ほとんど利用しない、とあった。


「たまに利用するかな」


どうやら調査内容は、繁華街の使用頻度が中心らしい。

どのような店に来店するか、何時頃繁華街にやって来るかなどだ。



 

「ほうほう。ほほー。私なら2番です、ほほーほうほう」


ちょっと距離を置いて、アンケートを妙と同じくらい興味を示していたツキが覗き込む。

それを確認した女はツキにも当然のように勧めてきた。


「やれやれ、本当はお答えしたくないのですが」

「めちゃめちゃ興味津々じゃねえか」


女性は次のターゲットへと、麗華を見る。


「嫌」


一刀両断。

しかし女性も手慣れたもの、爽やかに微笑み返した。

不思議なことにオレに対してアンケートを勧めてはこない。

ひょっとして女だけか?

そうなると化粧品関連の企業が実施してるのかもな。

黙って突っ立ってるのも暇なので、麗華でもからかって時間を潰すことにするか。



 

「卒業したら、なんかしたいこととかあるのか?」
「なに? そのアンケート調査みたいなの」
「いや、前に妙に対しても同じようなことを聞いた。コイツの場合は、案の定なにも考えてなかった」
「でしょうね」
「お前はどうなのかと思ってな。妙と同じで一生遊んでいくだけの財力は余裕だろうが」
「個人的には、社会に飛び出してみるのも悪くないわね。あるいはどこか遠くを旅したりとか」


意外や意外な返答。


「オッサンの跡を継ぐとかじゃなくてか」
「そ。どこか一般企業でもいいわね」
「安い給料で働くってか」
「お金なんてどうでもいいわよ。退屈なだけ。それと、従うってのは私の性に合わないの」
「一般企業なんて従う縦社会じゃねえか」



 

「そういう従うじゃないわ。誰かの決めた通りの人生を歩くのが嫌ってこと」
「そんなもんかね」
「あんただって縛られるのは嫌でしょ?」
「おもっくそオレを縛ってるヤツが言うな」
「私が縛るのはいいのよ」
「なんつーやつだ」

 

「縛るってなに!? どんな危ないプレイ!?」


「お前は一々反応するな」



 

「亀甲縛り」

「うるせぇよ」


げしっ。


「メイドを蹴るとは何事さね」

「さねってなにさね」


大人しくアンケート書いてろっての。


「休日ってのは、やっぱり人だかりが凄いわね」

「そりゃそうだろ。当たり前だ」

「たまに考えるけど、結構危ないわよね、それって」

「危ない?」

「犯罪者なんてどこに紛れ込んでるかわからないじゃない」


ガシャン!


「ん?」


女性「あ、ご、ごめんなさい」


アンケートのボードを落としたのか。

いそいそと拾い上げる。


「確かにな。いくら安全の高いこの付近でも、0ってわけじゃない。ニコニコしてても、羊の皮を被った犯罪者ってこともある」


女性「げほ、げほげほっ!」



 

「ん?」


女性「ちょ、ちょっと咳が……」


「まぁ心配するな。もしなにかしらの事件に巻き込まれそうになったら、一応助けてやる」

「一応ってなによ。でも頼りにしてるわ。自衛隊員を半殺しにしたとこ私も見たいし」


女性「…………」


「まだ引っ張ってたのかそれ」


「あれ……ねえちょっと」


女性「は、はい?」


「この『利用規約に同意しますか?』ってなに?」


「契約金とか書いてますね」

「…………」

「…………」


オレと麗華はほぼ同時に女を見た。


女性「ほ、ほほほほほ、さよならっ!」


「あっ!」


ものすごい勢いで二人のボードを回収すると、足早に立ち去っていった。



 

「まだ最後〇してなかったのに」

「私もです」

「…………」

「犯罪ってのは、どこに潜んでるかわからんから怖いよな」

「そうね」


首を傾げる妙とツキを他所に、オレたちはシミジミと納得した。

 

…………。

 


……。

 



 

怪しげなアンケート調査を終え、気が付けば駅前まで足を進めていた。

屋敷から駅前までの距離は、学園よりちょっと遠い。



 

「もうダメ、歩けない……」


案の定、妙がぐずり始めた。

もちろんオレも麗華も、帰宅時出迎えるツキもそんなことは百も承知だった。



 

「ほら、そこのオープンカフェで休むわよ」

「う、うん。もう足が針のようだよぉ」

「……棒、な」


一応突っ込んでおいた。



 

「麗華お嬢さまはキリマンジャロ。妙お嬢さまがイチゴフロートでよろしかったですね?」


二人が迷いなく頷く。

この辺り、飲みたい物を把握しているのはさすがとしか言いようがない。


「海斗さまは水ですね」

「なんでだよ! あと一歩で全問正解だろうが!」

「失礼しました。カルキ入り水道水ですね」


にこっと爽やかな笑顔。


「その毒舌にプール用のカルキを放り込んで消毒してやろうか? あ?」


「そんなにバナナジュースが飲みたいか」

「別にバナナジュースである必要はないが……」

「じゃあ水で」

「バナナジュースでお願いします」

「よろしいですか、麗華お嬢さま。このみすぼらしい顔をした男にジュースを飲ませても」

「うーん」

「悩むなよ!」

「苦渋の決断とはこのことね……いいわ、許可する」

「畏まりました。良かったですね、お嬢さまが慈悲深くて」

「ほんと泣きそうだよ。嬉しさのあまりカフェのパラソルを振り回して大道芸を披露してやりたいくらいだ」

「…………」


ツキはカウンターへ注文をしに行った。


「あー……突っ込みもなくて寂しい」


……。


オレたちは空いた席に腰を下ろし、戻って来るのを待つ。



 

「このあと本屋に寄ってくれ」

「あんたの本屋、長いから却下」

「待てよ、オレがいつ長居したってんだ」

「この間本屋で2時間粘ったでしょうが。立ち読みどころか寝読みしてたじゃないの。それも床じゃなくて本の上で」

「寝ながら読むと落ちつくんだよ。つーか床で寝たら汚れるから当然だろ」

 

 

 

「凡人とは発想が違うよね海斗は。ふふ」

「そこ、変な褒め方しない」

「悪い子は褒めて育てなきゃいけないんだよ。海斗の悪いとこばかり見てる麗華はまだまだ子供なんだから」

首位打者がなにを言うか」


顔面スレスレのボール球もヒットにするだろ。


「妙に子供って言われたら、人としてお終いね」

「ふーん。まだ大人にもなれてないじゃないの」

「なにそれ」



 

「ほら、私は、その……大人の女なわけで」


「…………」


なにやら良からぬ方向へ話が向かう気がした。


「ちょっとトイレ」



 

「ゆっくりしてくるといいわ、海斗」

「あ、ああ。程々に戻ってくるわ」


ほんとは逃げ出したいところだが……。

 

……。

 

 

 

「それで、大人って? あんたなんて子供じゃない」
「ふふふーん、麗華なんてキスだってまだのクセに」
「やっぱりそういうことか」
「だってそうじゃない」
「そういうのは自慢するとこじゃないでしょ」
「自慢じゃないよ。ただ大人ってそういうんだなって」



「それが自慢だってのよ」

 


「とにかく、軽々しく言うことじゃないの。仮にも倉屋敷のお嬢でしょうが。どこで良からぬ噂が立つとも知れないわ」
「別に海斗だからいいもん」
「ったくこのおバカは……。相手が誰だとか関係ないことくらいわかりなさいよ。いくら亜希子さんが許してるからって言っても、世の中そんな単純に出来てないんだから」
「そうなの?」
「そうなのって、そうに決まってんでしょうが! 何度言っても理解しないわねぇ」
「偉そうに言わないでよね」



 

「お待たせしました」

 

「わ、待ってた待ってた!」

「イチゴフロートとキリマンジャロです。それとほれ、バナナジュースならぬバナナ。あれ。ここの猿はどちらへ? せっかくリアルバナナを買ってきたと言うのに」

「催してもないのにトイレみたいよ」

「ほう……イケナイ一人遊びでしょうか」

「こらこら、トイレに行かない」

「劇的なシーンをスナップすれば面白いかと」

「いいからあんたも座りなさい」

 

 

 

「よろしいのですか」

「ついでに自分の飲み物も買えばいいのに」

 

「いえ、そういうわけには」

「喉乾いてないの?」



 

「それは……まあ……ではこのバナナを頂くことにします」

「よけい喉乾くんじゃない?」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。むしゃむしゃ」

「わ、皮が一瞬で……」

「バナナの皮を剥く速度には定評があります」

「嬉しくない定評ね……」

「海斗のは最初から剥けてるから意味ないねぇ」

「…………」

「…………」

「…………あ……」

「あんた、天然でそんなこと言わないでよ」

「周囲にじろじろ見られてますね」

「だ、だって……うう……」

「はー、しかし……やはりですか」

「なにがやはりなのよ」

「海斗さまはそんな気がしてました」

「むぅ、海斗で変なこと考えちゃダメだよ!」

「いいわ、私が許可する」

「なんで麗華が許可出来るのよ!」

「今はまだ、私に所有権があるから」

「ないないなーい!」

「あの生意気な海斗のが小さいとか、そういう弱点になりそうなことはないわけ?」

「海斗のは、可愛げないくらいモンスター……」

「…………」

「…………」

「…………」

「そういうこと、何気なく言うのね」

「あああ! ついいい!」

「単純」

「こらぁ、私に向かって生意気だぞぉ!」

「申し訳ありません」

「ツキも妙の扱いが上手くなったわね」

「それほどでもあります。えっへん」


……。


10分ほど時間を潰し戻ってくると、三人は仲睦まじく和気藹々としていた。


「よう盛り上がってるな」



 

 

「あ、スーパー巨大きのこ怪人」



 

「絶倫魔獣」


「…………オレの椅子の上に乱雑に放置されたバナナの皮も気にかかるが、お前らの発言の方がもっと気になるな。なあ妙?」



 

「う……ううん……私は、気にならないかなー」

「ほー。オレの目を見て言ってくれるか?」


ぐぐっと頭を押さえてこっちを向かせる。


「き、気にならないー」


目線が泳いでた。


「しっかり聞いたわ。あんたの身体的特徴」

「そうかそうか。こいつの口が滑ったんだな」

「それはもう自慢げに」

「ほほー」

「あ、あはは。彼氏を褒めただけぇ……なんて」

「つまり、オレがお前のことを話しても当然文句は言わないんだよな? ん?」

「わ、私のこと? 可愛いって?」

「さーそれはどうかな。お前も知らない部分のことかも知れん」


「興味あるわね」

「そうか? なら聞かせてやるとするか。こいつの胸なんだけどな───」


「だっだめえええええ!」


べしっ、べしっ!


「バナナの皮を鞭代わりに使うな」



 

「余計なこと、絶対言っちゃダメ!」

「お前、オレのこと話してたんだろうが」

「ちょっとだけだよ! ほんのちょっと!」



 

「長さ、固さ、太さ、色、角度、それくらいです」



「ほとんどじゃねえかよ」

 


「そ、そう? まだほら、その……味とか」


──!


「痛っ!」

「そろそろ大人になれ」



 

「真理ね」



 

「まだまだ子供ですね。皆さん」

「心配するなツキ。お前もだ」


……。


「それじゃ、デパートにでも行こうかしら」

「デパートで何買うつもりだ?」

「行ってから決めるわ。庶民らしく」

「庶民はなにを買うか決めてから行くだろ……」


……。

 

 

 

 

最近のデパート、と言うのは案外バカにできない。

特にこの街での警備体制は厳重で、過去とは比べ物にならない程の人員が配置されている。

このフロアだけでも、数人の警備員が見て取れる。

この中には私服警官も混じっているだろうから、当然その数は視認できるもの以上ということだ。

人が多く集まるところには、それだけ厳重な警備が必要なのは当然だが……。


「ま……オレには関係ねぇか」



 

「なにが?」

「なんでもねぇよ。それよりどうするんだ?」



 

「私たちはそこのお店で服でも見てるから、あんたは軽く時間でも潰してなさい」


見ると、このデパートの中でも一番有名なアパレルショップだった。


「へいへい。ちょっとデパートの子供たちと上りエスカレーターで競争してくるわ。もちろん途中でスイッチを切り替えて下りにしてやるぜ」



 

「面白そうですね。私も行っていいですか」

「あんたもこっち」

「がーん」



 

「海斗と二人きりなんて危険すぎるんだから」

「一応どれくらいで戻るか教えてくれ」

「そうね……2時間くらいかしら」

「長っ」

「じゃあ行ってくるね海斗」

「ああ、私のエスカレーター遊びがっ!」


ツキはずるずる引きずられ三人とも店の中へ入っていった。


……。



 

一人きりになったデパート。

2時間も手持ち無沙汰だ。

好奇心旺盛なオレは、誰かに話しかけてみることにした。

"ジャンプしてる子供"


目の前の広場で嬉しそうにぴょんぴょんと飛び続けてる子供が気になったオレは、話しかけることにした。


「なにがそんなに嬉しいんだ?」


子供「お母さんに捨てられたの! っしゃあ!」


「…………」


意味もなくジャンプを続ける子供が只者ではないことは、一目見てわかっていたが、ちょっと頭のイカれたクレイジーボーイだった。


子供「じゃあねおにいちゃん。ほほーっ」


元気に飛び跳ねながら、デパートを出て行った。


「よくわからんガキだが、立派な大人になれよ」


……。

 

"人形"


このデパートのマスコットキャラ、デパ子だ。

キモ可愛いフェイスで客を案内している。


「お前も大変だよな。年中笑顔で客の相手をしてるわけだから」


デパ子「すべてはお客様のためです」


「…………」


喋った?

いや、まさかな。


「食料品がどこに売ってるか知ってるか?」


デパ子「地下一階フロアで御座います。右手のエスカレーターをご利用くださいませ」


「…………」


喋った。


間違いなく喋りやがった。

パニック寸前のオレだったが、そばに書かれてあった案内を見て落ち着きを取り戻す。


『デパ子には人工知能が付いています』


なるほど、そういうカラクリか。

劣化版侑祈と言ったところだろう。

だが侑祈とは明らかに違い、自分の意思では動くことも出来そうになかった。

おそらくは人の発した言葉を解読し、それに応対するパターンが組み込まれているんだろう。

侑祈とは言わずとも、近い将来妙もこれくらいの領域までたどり着けるのだろうか。


「想像出来ねぇっ」

「趣味は?」


デパ子「男漁り」


「…………」


ああ、そうか、一瞬引いたが、これはアレだ。

前に話しかけたヤツが余計なことを吹き込んだんだな。


「暁東建設のモットーは?」


デパ子「すべてはお客様のためです」


「知ってんのかよ!?」


こんな地域限定のことまで知っているとは……

恐るべしデパ子。

次はなんて言ってみてやろうか。

オレは子供のようにワクワクし始めていた。


デパ子「いい加減にしろよ? こっちだって仕事なんだよ」


「…………」


デパ子「いつも明るく丁寧親切にご案内するデパ子でございます」


「いやいやいやいや! 今物騒なこと言ったよな!?」


デパ子「いつも明るく丁寧親切にご案内するデパ子でございます」


「オレの、勘違いか……?」


無機質な顔を覗き込むと、眼球がギョロッとオレを睨んだ。


「ひっ!」


オレはたまらず後退した。


「お、おトイレは、どこですか?」


子供のように怯えた声で確認する。


デパ子「2階に上がられまして、右手でございます」


「ど、どうも……」


足早に立ち去る。


デパ子「二度とくんじゃねえぞ、ボケが」


「は、はいっ!」


……。

 


"歩いてる女性"


アクセサリーショップを見て回る30代前半くらいの女性が目に留まった。

一つ一つ商品を見ている。

しかし、どこか上の空な気がした。

商品を見ているようで見ていない。

むしろ、周囲の人間を観察するかのような動きだった。

なんとなしに、オレは話しかけてみる。


「あんた警官だろ」


女性「えっ!? ど、どうしてそれを!?」


「…………」


まさか本当にそうだったとは。

もしやと思っただけだったが、当たってしまった。

そして、そんなオレたちのやり取りを聞いていたのか、学生服の女生徒数人が慌てたようにこの場をあとにした。


女性「ああ、今の子たち万引きしそうだったのに! 君が話しかけるから!」


「感謝しろよ。犯罪を未然に防いだんだからな」


女性「なにを言ってるの君は、公務執行妨害で逮捕するわよ!」


「んなこと知るかよ。私服警官なんて知らなかったんだ」


女性「まったくもう」


ふんふんと怒りながら立ち去ってしまった。


……。

 

女性「……あの子は……」


ゲームショップを訪れた私服警官は、さっと棚に隠れて、隙間から様子をうかがう。

視線の先には怪しげな挙動をする少年がいた。


「万引きの常習犯か?」


女性「ええ、何度注意しても直らなくて……ってなんで君がいるの!?」


「なんとなくあとをつけて来た」


女性「つけて来ないでよ!」


「実はオレも私服警官なんだ」


女性「スーツ着てるじゃないの」


「しまった、うそだとバレたか」


女性「ほら、もういいから向こうに行きなさい。私に気づいたら逃げちゃうでしょ」


「わかったよ。おっと」


棚に肩をぶつけてしまう。


がしゃ、がしゃがちゃん。

棚に並んでいたゲームソフトが数本床に落ちて高い音を響かせる。

その音に反応した少年がこちらを向き、私服警官の顔を見てすぐさま逃げ出した。


「ミスは誰にでもある、自分を責めるな。人は反省することで成長していくのだ」


女性「は、はい課長……頑張りますぅ……ずっとヒラのままですけど、夫と娘のためにぃ…………違うでしょ!」


「近頃の警官も、なかなかノリがいいな」


女性「お願いだから仕事の邪魔しないで頂戴」


「手伝ってるつもりだったんだがな」


女性「手伝ってないわよ!」


「じゃあオレが万引きするから、お前がそれを逮捕する自作自演で行こうぜ」


女性「どうして、どうして私ばっかりこんな目に遭うの……」


がくっとその場に泣き崩れる。


女性「娘の入学式でスカートが破れて大恥かいたり、新しい服を着て外に出たら突然の通り雨に襲われたり、上司のズボンにお茶を零して出世がパァになったり……」


「最後のは自分のミスだろ」


女性「挙句の果てにはこんな子にもてあそばれてえええ!」


ざわざわ……


周囲がざわめきだした。


『もてあそんだんだってよ』


『可愛い顔して、人妻を誘惑したんだって』


『うわさいてー』

 

「…………」


なにやら雲行きが怪しくなっていた。


……。


「落ち着いたか?」


女性「ええ……」


缶コーヒー片手に、女性はホッと一息ついた。

オレもクイッと缶コーヒーを飲み干す。

普通オレが金を出すべきなんだろうが、この女が買ったものだ。

オレは一円も金を持っていない。


女性「君、新卒の社会人? ……にしてはちょっと若すぎる感じね」


「憐桜学園の2年だ」


女性「れんおうって……もしかして、ボディーガード候補生?」


「ああ」


女性「やだ……そうなの。エリートじゃない」


「エリート?」


女性「入学の倍率は全然みたいだけど、進級出来る子はほんの一部って話じゃない」


「確かに訓練校へ入る人間は多いようだがな。オレはまぁ補欠繰り上がりみたいなもんだ」


女性「それでもよ。将来有望ね」


「あんたは?」


女性「見てのとおり、万引きの取り締まりよ。これでも昔は、捜査課を目指してたんだけどね」


「諦めたのか」


女性「世の中、上には上がいるって知ったから。そう思って諦めたとき、私は生涯上には行けないんだと思ったわ」


「……そうか」


女性「やだ、初対面の……それも倍近く歳の離れてる子に、私ったらなに話してるのかしら。なんか君って、不思議と話しやすいわ」


「なぜか、そう言われることが多い」


女性「そういう魅力、大切にしなきゃだめよ」


大切にと言われても特別なにかを意識したことはない。


女性「ごめんなさい。仕事みたい」


携帯のメールを見て顔が引き締まったように見える。

休憩は終わりのようだ。


「悪かったな、邪魔して」


女性「そう思うならしないでよ」


笑いながらそう言った。

女はオレから空き缶を取り上げると、それをゴミ箱に捨て仕事へ戻って行った。


「オレも戻るとするか」


…………。

 


……。

 

 

 

 

約束の2時間に差しかかろうかという頃、三人が店内から姿を現した。

しかし三人ともなにかを買った様子はない。

全員が手ぶらだった。


「2時間見といて、なにも買わなかったのか?」

 

 

 

「買ったよ。送ってもらうの」

「手で持って帰るなんて、面倒なだけじゃない」

「海斗さまに持たせるのがいいと私が強く激しく推薦しましたが、一応護衛の仕事に差し支えるとのことで……」

「残念そうだな」

「それはもう。つんつくしてやろうと思ったのに」

「海斗に似合うかっちょいい服買ったからあとで渡すね」

「そりゃどうも」


着る機会なんぞ、なかなかないだろうけどな。


「それで? 他に行きたい場所はあるのか?」


時刻はまだ夕方前。

もう一、二件寄り道しても構わないだろう。


「そうね……ペットショップでも覗いていこうかしら」

「ペットショップ?」


麗華に食いつく。



 

「今すぐ行こう。ワンちゃんとかネコちゃんとか見たい!」

「はいはい、わかったから騒がない」

「今夜は豪勢なお肉が出そうです。じゅるり」

「なんでやねん」


一人反応の違うメイドに、突っ込んでおく。

 

…………。

 


……。

 

 

 

 

「こんにちは」


店員「二階堂さま、いらっしゃいませ」


いつものペットショップにたどり着くと、麗華は慣れたように奥へと進んでいく。



 

「いっぱいいる! 可愛いの!」

「おい見てみろ妙。ここにも可愛いヨーロッパヒキガエルがいるぞ」

「うげええええ」


ずざざっと後退りする。



 

「全然可愛くない!」

「バカな。この愛くるしさがわからんとは……」



 

「ふむふむ、実に芸術ですね」

「だろ? 思わず握り潰したくなるよな」

「私は鍋の隠し味に───」

「あ、あんたたちの感性、なんだか不気味ぃ」

「その二人の戯言に、本気で付き合うと頭がおかしくなるから。奥に珍種もいるわよ、妙」

 

「行く行く!」



 

「ツキこれを見ろ、カメレオンだ。こいつらは周囲の環境で体色を変えられるんだよな?」

「そうです。しかし、周囲の環境を完全に映し出すまでの変化は出来ないんですよ? テレビなんかは大げさに言ってるんです」

「お前にそんな知識があったとは……」

「ふふ、動物ゴロウとお呼びください」

「……よく見ると、隅っこに一語一句違わずツキが言ったことと同じこと書いてるな」

「バレたか」


ただのインチキ知識だった。


……。


妙の様子を見に奥までやってくると、一人ケースの中をジッと見つめていた。


「なんか欲しいものがあるのか?」

 

 

 

「うん、この子犬すっごく可愛い」


ため息をつくように魅入っている。

ケースには生後2ヶ月ほどの子犬が、尻尾を振って妙を見ていた。

その潤んだ子犬の瞳は、『僕を飼ってよ』と言ってる気がしないでもない。

無論人間の勝手な想像であって、本当はそんなこと思ってもいないだろう。



 

「どうする? 妙ちんー」


なにを突然言い出してるんだこいつは。



 

「くぅーん可愛いよーっ」

「お前なら飼えるだろ」


金持ちなんだ、ペットショップごと買い占めてもおかしくない。


「それはそうだけど……」

「ん?」


思ったような返答とは違った。

『そうだね。じゃあケースごと頂戴』とか平気で言い出しかねないヤツなんだが。



 

「うちでね、ポチって犬飼ってるの」

「ほう」

「その子は、私が生まれたときから家にいた家族みたいなものなんだけど……。動物とは、お別れしなきゃならないでしょ?」

「お別れ?」


聞き返してしまったが、妙の言いたいことはすぐに理解出来た。

人間よりも遥かに寿命の短い動物。

それを好意で飼えば、当然近い将来死別するときは来る。

自然界の摂理とは言え、妙にとっては苦しいのだろう。


「生き物じゃなくても、別れは辛いもんね……」


座り込んでいたその場から立ち上がる。

侑祈のことを思い出したのだろうか。


「飼いたいけど、やめとく」

「それも一つの選択だ」


ぽんと妙の頭に手を置くと、こそばゆそうに目を細めた。

なにか、もう一つきっかけがあれば、妙はしっかりと前を向いて歩けそうな気がする。

そのキッカケは、簡単には見つからないだろうけどな。

 

…………。

 


……。

 



 

ペットショップを出て、屋敷の近くまで戻ったときにはすでに陽が沈もうとしているところだった。



 

「もう足が針のようだよ」


だから針じゃなくて棒な。



 

「あんただけね」


どうやら疲れているのは妙だけらしい。

一日中外にいたとはいえ、座ったり休んだりする時間も結構あったからな。


……。



 

「それでは、私はここで失礼します」

「仕事か?」

「はい」

 

 

 

「今日くらい他の子にやらせてもいいのよ?」

「いえ、自分の仕事は自分でやる主義ですから」

「ちょっとかっちょいいな」

「ふ」


親指をぴこっと立てて屋敷の中に足早に入っていった。



 

「私も部屋に戻るから、後始末よろしく」

「このまま妙を黒いゴミ袋に詰め込んで山中深くに埋めてくればいいんだろ?」

「ばっちり」



 

「ちょっと! ばっちり、じゃない! 麗華に合わせて変なこと言わないでよぉ」

「いや、後始末って言うからてっきりだな」

「私はゴミじゃないもん」

「昔の家具とか、邪魔なんだけど使い込んでるから捨てられないっていうな」

「なにそれ……」

「なんにせよ、今晩から本当に勉強だ。いいな」



 

「はいはーい。わかってるよ」


わかってるように聞こえないから不思議だ。


「さ、私たちの愛の巣窟に帰ろっ」

「お前はちゃんと自分の部屋に戻れ」

「ぶーっ」


オレは晩飯までの間、少し勉強するとするか。

少しでもわかりやすく教えらえるように。


…………。

 


……。

 



 

 

「よし、今日はこれで終わりだ」


「つ~か~れ~た~~~~」


ぐでっと机の上に突っ伏して倒れる。


「よく頑張ったじゃねえか」

「一年分頑張ったぁ」


それはダメだろ。


「これを毎日続けられるようになればいいな」
「こんな頑張りを毎日続けたら天才になっちゃうよ」
「天才で結構じゃねえか」
「可愛い上に天才になったら、モテモテだよ私。そしたら、海斗困っちゃうかも」
「心配するな。頭が良くなってもまだまだ欠点はあるから」
「内心じゃちょっと熱くなってたりする?」
「冷製スープのようにひんやりしてる」
「にしても、海斗機械のこと詳しくなってる」
「まだ一夜漬け状態だ。すぐ忘れちまうよ」
「でもでも、私に教えるために勉強してるんでしょ?」
「まぁな」
「毎日続けたら、海斗の方が賢くなったりして」
「お前と違って天才の血筋じゃねえよ」


親父は、悪って意味じゃ天才だったかも知れねぇが、どこの馬の骨とも知れないきたねぇ血筋だろうさ。

まして母親に関してはなにも知らない。



 

「私のお母さんって、海斗のお父さんが好きだったんだよね」
「遺憾なことに、そのようだ」



 

「海斗のお父さんってどんな人?」
「聞いてもつまらん」
「聞きたいな。海斗のこと」
「ならオレのことにしろ。親父は無関係だ」
「そんなことないよ。どんな家庭だったのかなって。やっぱり庶民?」
「庶民とか言うな」
「お父さんはボディーガードだったって言うから、ちょっとは才能があったってことなのかな」
「知らねぇよ。そんなこと」
「お母さんもあれでミーハーだから、きっとイケメンだったに違いないね。海斗にそっくりってことは……うん、間違いなく」


親父に似てるなんて思ったこともない。

仮にそうだとしても、自分では思いたくないものだ。

鏡を見るたびに死んだ親父を思い出したくなどない。

あんなクソみたいな……。


「そろそろ時間も遅い、部屋に戻れ」

「……くー……」


寝ていた。


「机で寝る姿が美しすぎるぜ」


顔がとかじゃなくて、寝る姿勢が完璧過ぎる。

よくもまぁ座ったまま眠れるもんだ……。

日頃学園で磨かれたテクニックが惜しげもなくさらされていた。

このままの体勢で朝まで放置していても、すっきりした顔で目覚めそうだから怖い。

とは言え、放置するわけにもいかんな。

なるべく刺激を与えないように抱きかかえる。

部屋まで運んでやるか。


……。



 

「ほうほう、お嬢さまをお嬢さま抱っことはさすが。これからナニをなさるおつもりで?」
「ナニってなんだナニって。なんもするつもりねぇよ」
「残念」
「残念がるな。スケベメイドめ」

手には箒。

それからそばにはバケツと雑巾もあった。


「今何時か知ってるのか?」
「間もなく午前2時ですね」
「見回りの人間ならともかく、掃除する時間じゃねえよ。お前、今日は麗華たちの準備でいつもより朝早かったんだろ?」
「そうですが、昼間になにも出来なかったので」
「この屋敷には腐るほどメイドがいるだろ。そいつら代わりにやってないのかよ」
「いえ、そう言うわけではないですが、やはり自分で掃除しないと落ち着かない。ああ、燃え上がるソウル。凍えるキミの心に火をつけるぜ。僕のソウル包み込むファイア。感じて突き抜ける衝動と共にゴーイェア」


なんか知らんが、ラップ? みたいな歌になっていた。


「とにかくそう言うことなんです」
「そうか。程ほどにな」
「海斗もさりげなく胸とか揉まないように」
「ガキかオレは」


……。


妙を自分の部屋のベッドに運び、オレも自分の部屋に戻る。


……。



 

机の上に散らばったノートと本を整理し、ベッドの上で横になった。

明日も勉強だ。

眠れるうちに眠っておこう。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

あれは、入学して暫く経ったときのことだ。

薫とは多少会話するようになっていたが、まだまだ他者と接することに抵抗を持っていたオレ。

刺々しい態度のオレに、いつも明るく話しかけていたのが侑祈だった。

 

 

『さっきみたいな授業っていいよな。あーまたサッカーやりてぇ』

『……てめぇ、マジでロボットなんだな』

『へっ? ロボット? なにが?』



 

『言っただろう海斗。侑祈には自分のことがロボットだと理解出来ないんだ』

『…………』


さっきの授業、オレたちはサッカーをやらされた。

オレは適当にやっていたが(ルールがわからない)、このロボットは楽しそうに遊んでやがった。

ボールを蹴り上げると、その勢いは弾丸の如く凄まじく、ネットを突き破っていった。

あんな芸当はオレにも出来ねぇ。

結局このロボットの参加したチームが24対2で大勝。

ゴールキーパーをさせられた生徒は弾丸シュートを受け止め病院に運ばれて行った。


『将来侑祈のような存在が大量に作られたら、私たちはお払い箱だな』

『どうせなら今そうであってほしかったぜ』



 

『貴様の場合、侑祈がいてもいなくても関係ないだろう』

『またテメェか、話しかけてくんな』

『ふ、落ちこぼれの僻みは鬱陶しいな』

『…………』

『なんだその目は。僕に腹が立つのか?』

『ああ、殺すぞ』

『やめておけ。怪我をするだけだ』

『試してやろうか?』

『なに険悪な雰囲気になってるんだよ。それよりオレたちでメシでも食いに行かない?』

『この男を除くなら構わないぞ、僕は』

『いいじゃん四人で。大勢の方が楽しいって』

『もっとも、この二人の場合は例外かも知れないけれどな』

『なんで二人仲が悪いんだ?』

『こいつがけしかけて来なきゃいいんだよ』

『貴様がもう少し態度を改めれば、僕としても助かるんだがな』

『…………』

『…………』

『また嫌な雰囲気』

『まさに犬猿の仲、と言うことか』

『なにか一致団結出来ることってないかな』

『この男が学園を去る』

『団結してないって、それ』

『手と手を取り合い、握手する』

『この軟弱な男の手を握り潰しても構わないなら』

『握手なんてしたら手が腐る』

『貴様の汚れた手と一緒にしないでもらおうか』

『はっ、イカくせぇテメェと一緒にするな』

 



 

『なに?』

『だーもう! 口を開けばすぐ喧嘩じゃん!』

『やれやれ……』


……。



 

『いい加減オレに話しかけるのはやめろ』

『なんで?』

『邪魔なんだよ』

『一人だと学園面白くなくない?』

『面白くしたくているわけじゃねえ』

『ボディーガードになりたいから?』

『……別に』


オレはただ、親父の見た世界を知りたかったことと、あのまま杏子のそばにいるわけにはいかないこと、その二つのためにこの場所にいるだけだ。

他に術を知っているなら、とうの昔に出て行ってる。


『お前さぁ、友だちとかいるの?』

『なんだそりゃ。そんなもんがいるのか?』

『そりゃいるさ。別にさ、今までいなくたっていいと思うわけよ。これから、そう呼べる存在が作れればさ』

『いらねぇ』

『それって友だちがいなかったからだろ? 一回友だちが出来れば、そんなこと言わなくなるって』

『…………』


友だちだと?

そんなふうに言ってきたヤツに、ろくなのはいない。

あの男だって、すぐオレの前から去って行った。

友だちになろうと言ってきておいて……。


『とにかく、必要ねぇ。これ以上しつこくするようなら、本気でテメェをぶっ殺すぞ』

『成績悪いのに、言うこと格好いいよな。やっぱ俺、海斗みたいなヤツ好きだぜ』

『きもちわりぃ』



 

『俺、尊と同室だからさ、今度四人で遊べるようにセッティングしてみるよ』

『やめろ』


腕を伸ばし胸倉を掴む。

佐竹には実力を隠せと釘を刺されちゃいるが、そんな約束をいつまでも守るつもりはない。


『いい加減にしろと、言っただろ』

『そんなに怒るなよぉ』


へらへらしてやがる。

睨み、威圧感を与えようとしたが、こいつがロボットのせいか効果がない。

一発本気でボディーを殴りつけてやるか。

内部を破壊すれば、機械といえど無事じゃ済まないはず。


教官『おい朝霧なにをしている。もう授業だぞ』


「ちっ」


胸倉を離し、どかりと椅子に座る。

こっちの世界は、親父の言ったとおりろくなとこじゃねえな。



 

『なあ、海斗』

『…………』

『侑祈じゃないが、もう少し他人と仲良くするのも悪くないんじゃないかと、私は思う。男同士、親睦を深めることで見えてくることも沢山あるんじゃないだろうか』

『女のテメェが言うかよ』

『…………』

『ち、今のは忘れろ』

『私に対しては、少しは心を開いてくれている、そう解釈しても構わないのだろうか』

『他の連中と大差ねぇよ』

『しかし、侑祈や、特に宮川には厳しいな』

『生理的に受け付けねぇんだよ』

『生理的に?』

『他に理由を聞かれても困るんだよ』


読みかけていた国語の教科書を閉じる。



 

『そうか……』

『余計なことすんなよ?』

『余計なこと?』

『オレは一人の方が気が楽でいいんだ』

『わかってるさ。私も人を気遣ってる余裕はない』

『ならいいけどな』


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

「なんだよ尊、朝っぱらからこんなとこに呼び出しやがって」

「今朝は随分と遅い登場だな」

「ああ、オレがちょっと寝坊しちまってな」

「貴様一人が乱れると、他の者にも迷惑をかけることを自覚して欲しいものだ」

「悪ぅござんした」

「それより、少し小耳に挟んだことなんだが。機械工学を勉強しているそうだな」

「ほんとどこから聞きつけた」

「情報源などどこでも構わんだろう。それよりも、ボディーガードも満足に取り組めないヤツが機械とは一体どういう風の吹き回しだ」

「悪いか」

「むしろ良かったんじゃないかと、僕は嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「実力はないが、小手先の技術だけは僕も貴様に対して一目を置いていたんだ。ピッキングのような技術を、もっと正義の行いとして利用出来ないものかとな。機械学に興味を示したのなら丁度いい。ボディーガードは無理でも学者にならばなれるだろう」


褒められてんだか、貶されてんだか……。


「自分の為じゃねえ」

「倉屋敷お嬢さまか。動機はなんでもいいさ。なにか困ったことがあれば相談するといい。僕なりに出来る範囲で助けてやろうじゃないか」

「そりゃ頼もしいぜ」

「だろう?」

「…………」

「なんだ、僕の顔になにかついてるか?」

「お前も変わらないようで、変わったのか?」



 

「なんだ突然」


入学した当初、ここまで尊と親しくなるとは正直言って誰も想像していなかったんじゃないだろうか。


「いや……別に仲良くはないか」


単純に同じ屋敷で寝泊りして、近しい人物を護衛してるってだけだ。

偶然席が隣でもなければ、話すことはなかったかもな。

そう考えると、やっぱり変わっていないのか?

出会ったときから尊はオレを嫌っている。

今でも言われることだ。

なら、なにがオレたちをそうさせたんだ?

少なくともあの頃よりも会話するし、いちいち腹を立てることは少なくなった。

思い返してみると、薫の顔が浮かび……

それから侑祈の顔が思い浮かんだ。

あいつはいつも、オレたちを気にかけてたっけか。

楽しくやりたいと、口癖のように言っていた。

オレも尊も、話半分にしか聞いてなくて、それでもあいつは笑っていた。


……。

 

 

 

 

 

教室に戻り席に着くと、薫が話しかけてきた。


「どうだった?」
「なにが」
「簡単な問題を出す作戦。気になっていたんだ」
「ああ……あれか」

スッと指をバツの字にクロスさせる。


「ダメだったのか」
「簡単な問題すら解いてもらえなかった」
「は、はは……そうか」
「だが、昨日は上手く勉強させられた。あいつにしては、だけどな」
「良かったじゃないか。少しずつ努力が報われてるんだ」
「だといいけどな」
「不謹慎な言い方かも知れないが、彼女にとって、海斗だったからこそなんだろう。もし海斗と彼女がそういう関係でないまま侑祈を失っていたら、立ち直れなかったかもしれない」
「どうだかな。そうも言えるような言えないような」
「なにか大切なものが出来れば、人は変わるものさ」
「そんなもんかね」
「友だちにしろ、恋人にしろ、そういうものだと思う」
「お前が言うとみょうに当たってそうだな。オレが言うと薄っぺらく聞かれそうだ」
「日頃の行いの違い、かな」
「随分言うな」
「はははは、すまない。妙お嬢さまが頑張るのなら、いいことじゃないか。これからの授業に対してももっと真剣に取り組むようになるかも知れない。護衛すること以上に、妙お嬢さまに良い影響を与えてるのかも」
「そんなものがあるかはわからんが、一つだけ確かなことがある。あいつが勉強を好きになることはない」


くいっとあごで合図を送る。

薫が視線をやった先、机に突っ伏して寝る妙の姿があった。

既に爆睡しているのが、遠くからでもよくわかる。


「はは、は……」
「ありゃ昼まで寝るな」


…………。

 


……。

 

 

 

 

「今日はお昼になるのが早く感じられるね」

「1限目から寝てたら、そうでしょ」

「結局注意されても起きなかったからな」

「昨日勉強し過ぎたから。えへへ」

「照れるところじゃないだろ、それ」

「柊先生の授業が午前になくて良かったわね。あの先生くらいじゃない? 寝てるお嬢さまの頭を平気でポコポコ叩いてくるのは」

「そう言えばそうだな」


大抵の教師は、見て見ぬフリしたりするもんだ。

起こして不機嫌にでもなられて、お嬢さまの気まぐれでクビなんてこともありうる。


「つーか、授業中に寝るお嬢さまは妙くらいだ」

「私も二年目になるけど、妙しか見たことないわ」

「特別って解釈していいのかな?」

「誇らしげな顔をするな」


……。


一通り頼んだメニューが揃い、食事に移る。

麗華は自分のバランスを考えた食事。

オレはなんとなく適当に。

妙は好きな物だけを食べる。

嫌いなものは遠慮なく端っこに追いやっていた。


「そんなことで、成長出来ると思ってるのか?」

「ふぇ?」

「好き嫌いせず食べないと、心も身体も成長出来ないって言ってるんだ」

「海斗にしては珍しく正しいわね」

「ええ、嫌いな物食べたって仕方ないじゃない。無理するのは身体に良くないんだよ」

「だから背が低いし胸が小さいんだ」


「ぴくっ」


「そ、そうかも知れないけど……」

「お前は好き嫌いが激し過ぎる。麗華のようになんでも食べれば……食べ、れば……」


「…………」


麗華と目が合った。


「いや……好き嫌いは、関係がないかもな」

「哀れんだ目で見るなっ!」

「麗華、可哀想……」

「私だって好き好んでチビやってないのよ! 可能性を追求する努力が肝心なのよ」

「そ、そうだ。大切なのは努力だ」

「努力って言うと?」

「毎日コソコソ牛乳を飲んだり」


「ぴくっ……」


「自分で胸を揉んで大きくしようとしたり」


「ぴくぴくっ」


「涙ぐましい努力だね、うんうん」

「実際にそんな女がいるかも怪しいけどな。すべて個人的な想像だ」


「海斗……」


「どうした」

「あとひと言でも余計なこと喋れば……」


ざすっ。


フォークがコロッケに突き刺さった。


「あんたもコロッケのようにしてやるわ」


そしてコロッケにかぶりついた。

さも、野生に生きる獣のように。


「……わかりました」


命の大切さを学んだ。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「こくっ、こくっ……」


「寝るな、起きろ」


「寝てな───ぐー……」


ばしっ。


「十分に寝とるわ」
「うう、まだでありますか……」
「まだだ」
「もう限界でありますぅ……」
「勉強を始めて1時間くらいしか経ってないぞ」
「1日に学園以外でそれだけ勉強すれば十分だよぉ。ゆっくりマイペースが信条なのに」

「お前はババアになってから侑祈を治すつもりか」


しわしわの貧弱な妙婆さんを見たら、侑祈もぶっ倒れてしまうだろう。


「ああ、あの日の決意はどこに……ぐー」


自分で突っ込みつつ、また寝やがった。


「はぁ……ったく」


何度か起こしてみたが、結局今教えても明日の朝には忘れているだろう。

本を開き、オレは自分の勉強を始めた。

もう少し言葉を砕き、説明をわかりやすくして、こいつが眠たくならないように教えられないか。

オレの勉強はこれからだ。

 

……。

 

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【11】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
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Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


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-倉屋敷 妙 編-

 

 

 

 

「あ、悪いんだけどそこの書類取ってくれる?」


…………。


「悪いんだけど、そこのペン取ってくれる?」


…………。


「定規取ってくれる?」


…………。


「コーヒー」

 

…………。

 

「…………」

 

…………。


「ふうっ」


「気は済んだか?」



 

「あら海斗くん。こんなところでなにやってるの?」
「帰る」
「うっそ! 冗談だって! 私が呼んだのよね!」
「さっきからパシリに使っといてそりゃないぜ」


こっちはわざわざ学園から帰宅して研究室まで足を運んだってのに。

 

 

 

「あははは、どんまい!」
「でなんだよ。こっちは麗華に文句言われてんだぜ? ここんとこ妙に付きっ切りで迷惑してるとこに、あんたからの呼び出しもあって不在が多すぎるってよ」

「早くうちの娘の専属ボディーガードになってよ」
「それは麗華に言ってくれ。あいつが次の後任を決めかねてるんだ」
「それは、無理ないかも知れないわね。海斗くん以上の逸材は、あと100年は現れないだろうし」
「どんな逸材だ、どんな」

 

 

「女を垂らしこむテクとか?」
「まず侑祈を治す前にあんたを治した方が良さそうだな」
「怖いこと言うなぁ。はい」
「……なんだこれは」

分厚い本。


「まず最初の一冊。これを妙に読ませて」
「妙に?」


ぺらぺらとめくってみる。


バタム。


すぐに閉じた。


「絶対無理だ」
「えーっ」
「あいつがこんなの読めるわけないだろ。最初の一行を解読するのに何時間費やすつもりだ」
「我が娘ながら、学力の低さは恐ろしいのよねぇ」
「狙っても狙わなくても0点取れるからな」
「あははははは!」
「笑うところじゃねえよ」
「もう笑うしかないかなぁと」
「で、なんの本なんだよ」


カバーは単色でタイトルも著者も書いていない。


「私が書きまとめた技術書の一冊」
「……おいおい……」


世界を代表する技術やのトップ直筆の技術書かよ。

気のせいか、重量以上にずっしりと重たい。

 

「いつあの子がこっちの世界に来てもいいように、簡単なところから書いてはいるんだけどねぇ」
「猿にもわかるように書いておくんだったな」
「家庭教師でもつけてけば良かった」
「まぁ、幸いあいつも今やる気だけはあるからな」
「そうね。空回りだけどね」


研究室に足を運んでは、それとなく勉強している。

しかし、まだまだ頭の方は悪い。

特に本を読む力が備わっていないのが致命的だ。

人に説明されることに対してはある程度頑張っているが自分一人だとすぐに投げ出す。


「あなたが読んであげれば、あの子も少しは違うんじゃないかしら」
「オレが?」
「ダメ?」
「嫌とは、言えんけどな。オレが目を通してもいいのか?」
「どういうこと?」
「ここに書いてる技術は、言わばあんたの結晶だろう? 何年何十年の知識が詰め込まれてるんだろ? そんなもん、他人に見せんな」

 

 

「娘の彼氏が他人なわけないじゃない」
「他人じゃなくてもだ」
「これは私が書いたの。誰に見せるのも私の自由よ。それこそ、海斗くんがこの本を誰かに売ってもね。私はその可能性も含め、あなたに渡しておくわ」


どこまで本気か図りかねるぜ。


「ったく色々大物だよあんたは」
「いい褒め言葉ね。とにかく侑祈を直すことは、妙に話したいの。ほらあの子って色んな問題があるじゃない?」
「ほんと色々あるな」
「特に友人関係なんて、シビアでしょ?」
「腐っても親だな、よくわかってる」
「なんでか友だちが作れないのよねぇ。私なんて学生時代凄くいたんだけどなぁ」
「あんたはそうだろうよ」
「なんでだと思う? 親バカするわけじゃないけど、あの子も負けず劣らず可愛いじゃない?」
「否定はしない」
「だからって、頭が悪いこともそんなに関係ないと思うのよ」
「まぁオレが見てきた限りの話だが……」
「なにか気づいたことがあった?」
「あいつは内側にはとことん強いが、外側には弱い」
「どういうこと?」
「仲良くなったヤツに対してはとことん仲良くするが、仲の悪いヤツには、とことんぶっきらぼうになるってことだ」
「それ、当たってるかも」
「大人数で騒ぐことを嫌って黙り込み、仲の良い少人数では騒ぐタイプだろうさ」
「そんな性格ってのは、簡単に変えられないからな」
「なら、どうするべきだと思う?」
「どうにも。今のままでいいんじゃねえか? あいつの場合ははっきりしてるが、実際のところお嬢さまってのは大抵そんなもんだ」


麗華にしろ彩にしろ、神崎にしろ大差はない。



「時代も変われば変わるのねぇ。だけど、さすが海斗くん」


ぽんぽんと背中を叩く。


「あの人の息子なだけはあるわね」
「やめてくれ。オレは親父が嫌いなんだよ」

「そうなの?」
「ああ」
「どうしてどうして?」
「悪いが、親父について話すことはなにもない」
「私は聞きたいけどなぁ……。もう随分、会ってないのよね」


うっとりとした顔で、親父のことを話す。


「一緒にお酒でも飲めたら最高だと思うのよ」
「まさかまだ親父のことが好きなのか?」
「あははは、やだ変なこと聞かないでよぉ。そりゃあ昔は凄く好きだったし、今でも好意を抱いてるのはそうだけど、昔は昔。今は旧友として会いたいってのが本音かな。ほんと、何度も迷惑かけたっけ」


想像できねぇ。

あの親父が、亜希子さんたちと仲良くやってたってのが。


「海斗くんは、私たちのこと、お父さんから聞いてる?」
「なにも……なに一つ知らねぇよ。過去のことを語らない男だったからな」
「そう……強いからね、海斗くんのお父さんは」
「…………」


懐かしむような、悲しむような瞳だった。


「さて、と。そろそろいいかな。私はこれから、やらなきゃいけないこともあるし」
「やること?」
「気乗りはしないけどね。これも、この世界が平和になるための一歩よ」
「なんだそれ?」
「一応企業秘密ってことで。とにかく、わからないことがあればいつでも相談に乗るし、いつでも訪ねてくれていいから」
「やれるだけ、やってみるさ」


本を持って、研究室をあとにする。

 

「源蔵くんによろしくね」
「伝え……るかは微妙だ」


…………。

 

……。

 



 

 

「遅い!」

「屋敷に戻るなりなんだよ」

 

 

 

「ちょっと出かけてくるって言って、2時間も放ったらかしだった!」
「2時間くらいでガタガタ抜かすな」
「2時間『も』!」
「…………」
「どこ行ってたの!?」
「言ったろ?」
「聞いてない!」
「絶対に言ったぞ」
「絶対に聞いてない!」
「もし聞いてたら?」
「裸になって逆立ちで校庭一周する!」
「逆立ち出来んだろ。校庭とかないし」
「じゃあ中庭を裸で一周する!」
「約束だ」



 

 

「うんっ。絶対に聞いてないもん! だから聞いてなかったら海斗が裸で一周だから!」
「……まぁいいけどな」


オレはちゃんと伝えた。


「オレは学園の帰り、亜希子さんの研究室に呼ばれたから行ってくるとお前と麗華にちゃんと伝えたはずだ」



 

「あ………………聞いてない!」
「今の『あ』と怪しげな間はなんだコラ!」
「き、聞いてないもんね!」
「思い出したのに思い出してないフリしてるんだろ?」

「違うもん!」
「思い出してるだろ」
「お、思い出してない! じゃなくて、聞いてない!」
「…………」
「ということで、海斗は裸で一周だからね」
「そうか。お前はうそをついてでもオレに罰を与えたいんだな」
「う……うそじゃないもん」
「そうか……そうだな」


オレは制服に手をかけた。


「か、海斗?」
「裸で中庭を一周すればいいんだろ?」
「そ……そうよ」
「約束を果たさないとな」


上着を脱ぎ、シャツを脱いだ。



 

「うう……」
「気にするな。言ってなかったオレが悪いんだ」

ズボンのベルトを外す。


「ううう……」


ズボンを脱ぐ。


下着一枚だけになった。



 

「どどどど、どうしても、って言うなら、許してあげてもいいよっ」
「いやいい。オレが悪いからな」


下着に手をかける。



「わ、わかった。下着だけはつけてていいよ! うん。それくらいで勘弁してあげるっ」
「いや……それじゃフェアじゃないだろ。妙はうそをつく女じゃないし、約束は守らないとな」


オレは構わず下着を脱いだ。



 

「うわあああ、うわああああ!!」


顔を真っ赤にして慌てる妙。

オレは淡々とした表情で歩き出す。



 

「大根が、揺れてるううううううう!」


どんな表現だと思ったが、放っておこう。


「この屈辱的な姿を麗華や彩に見られるのか」
「えっ……」
「悔しいが仕方がないな。これも罰だからな」
「麗華や彩が……」
「そりゃそうだ。屋敷の中庭でフルチンなんだ。当然あいつらに凝視されてしまうだろうな」
「だだだ、ダメ! そんなの絶対ダメ! 海斗のを見ていいのは私だけなんだから!」
「妙……」
「私が悪かったから、そんなことやめてよっ……」


"飛び出す"


「……すまんっ、お前だけのオレでいたかったッ!」


ダッ!


オレはモノがぶるんぶるんと回転するほどの勢いで部屋を飛び出した。

 

 

 

「ははははははは!」


メイド「きゃああああああ!!!! たけのこーーー!」


「ふははっははははっはあああああ!!」


メイド「いやああああああああ、巨大生物うううう!!!!」


執事「わ、私のはシメジだったのですねええええ!!」

 



 

その後、朝霧海斗はもれなく解雇された。

 

……。

 






 

 

 

 

 


"やめる"



 

「悪かったと思ってるのか?」
「思ってるよぉ」
「オレに申し訳ないと思ってるんだな?」
「うん……」
「なら、これからオレの言うことも、ちゃんと聞けるな?」
「うん、聞くよぉ……」


普通なら、どうして言うことを聞かなきゃならんのかと軽く突っ込まれかねないところだが、さすが妙。

よくわかってないが聞いてくれるらしい。


「そうか。なら……」


と、言う前に下着は履いておこう。

 

 

「あっ」
「なんだ、そのちょっと残念そうな顔は」
「そそ、そんな顔してないっ!」
「勘違いか」
「勘違い勘違い」
「それでだ……」


オレは机の上に置いてあった本を差し出す。


「なにこれ」
「本だ」
「それはわかるけど、どうして私に渡すの?」
「この本をお前が読んで勉強するんだ」
「勉強?」
「勉強」
「あの退屈で意味わかんなくて眠い、あの勉強?」
「将来のためになって自身の成長に役立つ、あの勉強だ」

 

 

「やだ」
「こら、本を突き返すな」
「じゃあ焼く」
「焼くな!」


さっと妙から本を遠ざける。

 

「これは、侑祈を治すために必要なことが書いてある」
「侑祈を……? もしかして、技術の本?」
「そうだ。投げ出すわけにはいかないだろ?」
「うん。それは、そうだね……ちょっと見せて」
「燃やすなよ?」
「燃やさないよ」
「食べるなよ」
「本なんか食べないから!」
「よし……」
「えっと、だいいっしょう……いりもんへん」
「入門編だ」
「にゅうもんへん……まず最初に心構える……あ、ダメ、目が痛くなってきた」
「頭も痛くなってきただろ?」
「うん。熱かも」
「……一人じゃ1ページも読めんか」
「ううう……」
「まあ、なんとかなるさ」
「なんとかって……」
「オレも本を読むの手伝ってやるから」
「ほんとっ?」
「ああ。幸いオレは本を読むのが好きだからな。それが技術だろうとお笑いの本だろうと関係ない」
「関係ねぇ?」
「いや、関係ない、だ」
「海斗が読んでくれるんだ」
「ああ」

 

 

「耳元で囁くように?」
「なんでだよ。普通に読むんだよ机で」
「えーっ。ぶーっ」
「不満そうにするな。侑祈のためにも」
「そだね……頑張る」
「よし、ならさっそくやるぞ」
「えーっ」


一発殴っておいた方がいいだろうか。


「そういうのは夜にしようよ。学園から帰ってきてすぐ勉強なんて嫌だよ」
「3日前は、学園が終わったらすぐ勉強した方が効率がいいとか言ってなかったか?」
「あのときはあのとき。今は今だよ」


侑祈、お前がかわいそうになってきたぜ。

ひょっとして、こいつダメなんじゃないか?

みたいな雰囲気を一度持つと、その印象が消えなくなるからな。

オレとしても、妙ならやれると信じたいが。

如何せんやる気を維持するのが下手と言うか、努力することを嫌う傾向があるからな。



 

「わかったわかった。なら夜やるからな」
「うんっ」


ひとまずは、やりやすいように歩幅を合わせてやろう。


「で……思ったんだが、お前はいつ屋敷を出て行くんだ?」
「海斗が私の正式なボディーガードになって、一緒に屋敷を出て行くときかな」
「それまでは寄生虫のように二階堂に居座るんだな」
「海斗も私が一緒じゃないと寂しいでしょ?」
「いや全然。むしろ───」

 


「むしろ? (にこっ)」

 


「お前がいると、安らぐんだ」
「だよねーっ。えへへへへへ」
「…………」
「遠い目線で窓の外見てどうしたの?」
「ちょっと自分の選んだ選択が正しかったのか問うてだな」
「よくわかんないけど、ぎゅーっ」
「腕に抱きつくな」
「海斗のそばにいると安心するね。それでそれで、胸がドキドキする」
「オレはヒヤッとするけどな」
「むー、なんか海斗の私に対する態度が冷たい気がする」
「クールなオレの方がいいだろ?」
「そうだけど……でも、たまには違う海斗も見たいな」
「例えば?」
「妙タン、妙タァン。はぁはぁ。オレたまらないよぉ。もうぎゅってしてちゅーってしてずっとずっと一緒にいたいよぉ、とか?」
「そんなオレがホントに見たいのか?」
「や、やっぱ見たくないかも」
「なら言うな」
「私のこと好き?」
「んなこと聞いてくるな」
「聞きたい」
「好きじゃなきゃ、こんなことさせん」


抱きついている妙を見て言う。

 

「うはぁ……」
「なんだよ」
「なんか、こう……キュンとすること、はっきり言うから」
「お前がそう言わせようとしたんだろ」
「だってさ、そこは普通……『バカ、そんなこと今言えるかよ』とかさ」
「ベタなドラマの見過ぎだ」
「今日も一緒にご飯食べようね」
「それはいいが、また勝手に二階堂のコックをクビにするなよ?」
「私そんなことしないもん」
「つい昨日、お前の嫌いなニンジンを出してきたコックにぶち切れて源蔵のオッサン使ってクビにしただろ!」
「ああ、あのコックかぁ」
「悪魔だな」
「ニンジン出すなんて最低だよね」
「オレはコックに同情する。とにかく、そういう真似はやめるように」
「はぁーい」


ほんとかよ。

間延びした返事はもらったものの、不安は多く残っていた。

興味のないことに集中させることは非常に難しい。

侑祈のことだ、妙の興味がないはずはないか。


だが、元々好きじゃなかった機械関連だというのがネックだ。

侑祈を失った日には強い意思を持っていたんだろうが、時間が経つにつれていつもの妙に戻りつつある。

それを如何にやる気を出させるか。

勿論、オレは方法を知っている。

昔親父にされたように、強制させればいい。

反抗すれば暴力を与えることがもっとも効率的だ。


……アホか。


妙に暴力を振るうのはどうかと思うし、その暴力に妙の心が耐えうるとも思えない。


「どしたの? おバカな顔してるよ」
「お前にだけは言われたくない」
「あーまた私のことバカにしてるー」
「実際バカだからな。脳みそ一回り小さいんじゃないか?」


ガッと頭を掴む。


「なにするのよっ」
「ちょっと気合を注入してやろうと思ってな」


ぴたっと額と額をくっつける。


「顔……近いよぉ……」
「妙……」
「か、かいとぉ……」
「ちょっと廊下を散歩してくる」


パッと妙から離れる。



 

「ええっ!? そこは熱いキスの展開じゃないの!?」
「そんなつもりはまったく」
「むきーっ! バカー!」


ぶんっ、ぶんぶんっ。


「枕を振り回すな」
「二度と帰ってくるな!」
「ここはオレの部屋な。そのまま食堂に行くから、メシになった来いよ」
「ふーんだ!」


……。



 

「…………」

 

…………。

 

「待てや!」



 

「あー暑い暑い。お? これは海斗、偶然」


しゅたっと手を挙げるツキ。


「どこが偶然だ。今扉の隙間から覗いてただろ」
「いいえなにも。暑い暑い」
「まだ春だ」



 

「これからお嬢さまを押し倒して一発しけ込むとこだったなんて全然知りませんでしたよ」
「めっちゃ知ってんじゃねえか。押し倒すつもりはなかったけどな」
「ええ、信用してます」
「そう言いながら逃げられる体勢をとるな」



 

「孕まされるぅぅ」
「……で、なんか用があったんじゃないのか?」
「お嬢さまはいいか」
「ああ。部屋で拗ねてるだろうけどな」
「麗華お嬢さまが呼んでる」
「麗華が?」
「私室まで来て欲しいそうです」
「連れてってくれ」
「自分で行く。子供じゃないんだから」
「足が重いんだ。背中を押してくれるだけでいいから」
「まったく、怠慢過ぎる」


そう言いつつ、ツキは後ろに回りこむ。


「すーぱーぱわー」
「やる気の抜ける声だな」


中越しに、ツキの両掌が押し付けられる。


ぐぐっ。


ぐぐぐ、ぐぐっ。


「…………」


一歩も進まない。

情けないくらいにノーパワーだった。


「ふう、まるで岩のよう。これが朝霧海斗かっ」
「どんなリアクションだそれは」
「あ、いい方法を思いつきました。ふふ」
「ちょっと待て、実行する前に言ってくれないか」
「聞いたら逃げる」
「逃げねぇよ」
「浣腸すれば動くかなと」
「んなことしたらお前のケツにも指突っ込むからな」
「わかりました。じゃあ行きますよ」
「待て待て!」


振り返ると、両手の人差し指を突き刺そうとしていた。


「テメェマジでやろうとすんな!」
「一度やってみたかった乙女心がわからないか」
「そんな乙女心は知らん。麗華の部屋に行きゃいいんだろうが」



 

「最初から素直にそうする」
「ったく」
「……うーん……」
「なんだよ、行くっつったろ」
「海斗の将来が不安になってきた」
「はぁ?」



 

「じゃ、そう言うことで」


……。


「なんなんだよ」



 

「おい麗華、来てやったぞ」


──コン、コン……。


…………。


「おい麗華っ」


──コン、コン……。


…………。


「なんだよいないのか? 仕方のないヤツめ。人を呼びつけておいて留守とは何様のつもりだ」


──ガチャ……。



 

「こほんっ」


「おお麗華、どうして隣の部屋から出てくる」


「あんたこそなんで隣の空き部屋ノックしてんのよ」
「そうか、お前の部屋は隣だったな」
「ワザとでしょ」
「どうかな」
「はぁ、いいから入って」


ノッっこなかった。


……。



 

「他でもない、妙のことよ」
「あいつがまた迷惑かけたか?」
「迷惑は毎日かけられてる」
「だな」
「あんたも、妙についてくつもりなんでしょ?」
「そうだな。お前には悪いと思うが、そうさせてもらう」
「全然悪いと思ってないでしょうが。一応その件は認めたわけだけど。もう少しの間は、私の護衛も務めてもらうわよ」
「それはわかってる。お前が認めるまではいるつもりだ」

 

 

「違うのよ、別に意地悪してるんじゃないわ」
「違うのか? ネチネチ引き伸ばしてオレと妙を困らせる算段なんじゃないのか?」


──!


「痛って! 相変わらず手癖悪いな……」
「後任のボディーガード着任待ちよ」
「麗華の眼鏡に敵うヤツが見つかったのか?」
「まさか」


両手を広げて呆れたジェスチャーをする。


「でもこのまま、ずるずるってわけにはいかないでしょ」
「まぁな」
「前にお父さまが決めてたボディーガードがいるの」
「源蔵のオッサンが? 沢山いそうだな」
「本命ってのがいたらしいのよ」
「はぁん」
「そいつを引っ張ってくるみたい」
「どんな男なんだ? オレのように真面目なんだろうな」
「あんたと比べたら、猿でも真面目よ」
「左様か……」
「私も知らないわ。優秀だとは聞いてるけど」
「憐桜学園の人間じゃないんだよな?」
「ええ。みたい」
「名前は?」
「聞いても意味ないでしょ」
「興味本位だ。麗華の護衛なんて可哀想だしな。せめて名前だけでも覚えてやろうと思ったんだ」
「うっさいわね。一応資料には目を通したけど、はっきりと名前なんて覚えてないわよ。なんとか亮。それしか覚えてないわ」
「パッとしない名前だな」
「知らないわよ」
「んで、その亮ってヤツはいつ来ることになってるんだ?」
「夏までには来るみたいだけどね」
「また随分アバウトだな。バトンタッチするときには、しっかりアドバイスしてやらんとな。猛獣を扱うようにしないと怪我するってよ」
「すぐクビにする予定だけど」
「会ってもないのにか」
「会わなくたって想像くらいつくわよ。とにかく、そういうことだから。あんたとしては一日も早く出て行きたいでしょうけど、その後任がやって来るまでは働いてもらうわ」
「ああ、そうさせてもらう」
「話はそれだけよ」
「……悪いな」
「悪いなんて思ってないでしょうが」
「社交辞令ってヤツだ」
「そういうのは社交辞令って言わないわよ。ほら、それだけ。早く戻らないと妙が怒るわよ」
「ああ」


少し寂しそうに見えたが、これ以上オレが声をかけてやれることはない。


……。

 

 

 

さて、話を戻そう。

夜になれば勉強すると言ってたがどうだろうか。

あいつ根本的に努力出来ないヤツだからな。

……とりあえず、あいつを信じてみるか。

侑祈を直し……治したいって想いを。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「あーきーたーーーー!」


「二度と信じねえよバカ野郎っ!」


本を開いて数分後、ばさっとベッドに倒れ込んだ。


「字を読んでると頭が痛くなるの」
「そんなのはお前だけだ。まだ最初のページだろ、しっかりしろよ」
「うー……わからないものはわからないよぉ。それよりも、こう……ごろごろーってした方がいいと思っちゃったりなんかしない?」
「しない。やれ。さっさと」
「鬼ぃ、悪魔ぁ、サバ味噌ー」
「なんでサバ味噌」
「嫌いなの」
「お嬢さまがサバ味噌食うイメージねぇな」
「とにかく、もうちょっと、こう……。楽しくやれる方法とかないかな?」
「例えば?」



 

「ん-……睡眠学習?」
「アレはまだ実現可能になってないだろ」
「ん-……ゲームで学習するとか?」
「一部そういうものもあるが、普段から勉強出来ないヤツは結局投げ出す」
「もう、勉強って難しいねぇ」
「まだ1ページ目だろうがっ。それに……」


ぺらっとめくって流し読みしてみる。


「どう考えても最初の方は小学生が理科の授業で習うようなことが書いてるぞ」
「むー……」
「それに凄くわかりやすい解説だ。真剣に取り組めばこの辺りなら簡単に理解出来る」
「ほんと?」
「ああ。だからやるぞ」
「うん。もう少し頑張ってみるね」
「じゃあまた最初から読み直すぞ」
「わかった。じゃあ横になって目を閉じたまま聞いてもいい?」


──!



 

「はわ!」
「寝るだろ?」
「寝ないよ! 失礼な!」
「せめて勉強する体勢をとれ。ほら椅子に座れ」
「海斗先生厳しすぎますっ」
「まだなにも始めちゃいないけどな……」
「わかった! やる! でも眠いから1時間だけ寝させて!」
「…………」
「や……50分! 50分ならどう!?」


一体こいつは、なんの交渉をしているんだ。


「妙。侑祈を治すんだろ?」
「うっ……それは、そうだけど……。簡単にはいかないって言うか。じっくり時間をかけて、やろうって言うか」


やはり、あの日の決意は薄れてしまったか。

オレは本を閉じ、妙に向き直る。

 

「わかった。今日は終わりだ」
「え……でも……」
「やりたくないんだろ?」
「やりたいか、やりたくないかと聞かれたら、やっぱりやりたくはないかな……でも……。その、別に侑祈を治したくないわけじゃないよ。でもでも、今日は気分が乗らないというか」
「そうか。なら仕方ないな」
「うう……機嫌悪くなった?」
「んなことはない。もう部屋に戻っていいぞ」
「ここで一緒に寝ちゃダメ?」
「ダメだ」
「色々、その、してもいいって言っても?」
「ダメだな」
「やっぱり機嫌悪い!」
「ちょっとやりたいことがある」

 

 

「なに?」
「秘密だ」
「き、気になるじゃないのぉ」
「ほら戻れ。明日からはちゃんとやるからな」
「わかったよぅ」


しぶる妙の背中を押して追い出す。



 

「やれやれ……」


結局なにも出来なかったな。

過ぎたことは仕方ないとして、明日以降のことを考えなければならない。

亜希子さんから受け取った本を開く。

この本には、天才が書いた知識が詰まっている。

把握することが出来れば、少なくとも一介の技術屋になることは難しくない。

やってみるか……。

本の中身を、理解してみよう。

内容に興味がないと言ったらうそだが、だからと言って私利私欲のために勉強しようというのではない。

よく考えてみれば、ある種当たり前のことだった。

誰かになにかを教えるには、教える側の人間が正しく理解していなければならない。

難易度を理解していなければ、ただ一方的な押し付けにしかならないのだ。

然るべく意味を理解した上で、教えてやる。

その為に、寝る時間を削ってでも覚えなければならない。


「やってみるか」


一人でどこまで理解出来るか、そこが勝負だな。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「…………」


──コン、コン……。

 

「海斗ーっ、朝だよ、起きてー」


「あ? 開いてるから入って来いよ」



 

 

「おはよう海斗。起きてたんだ」
「ああ、つーかもう朝か」
「えっ? なにかしてたの?」


近づいてきた妙が、机を覗き込んで嫌そうな顔をした。



 

「勉強の臭いがする……」


どんな臭いだ。


「昨日、あれからあの本を読んでてな」


散らばった紙には、覚えたい語句や計算式。


「最初はなんてことなく読んでたんだが、奥が深い。人間とロボットの共存、なぜ、なんのためにロボットを作るのか。そんな初歩的なところからこの本は始まっている」
「?  ?」
「そして制御ソフトウェア、センサー技術の基礎、それらを動かすプログラムや、自律型マイコンの設計。あの人にとっては遊びのようなものだろう」


この本には、最低限の量で最高にわかりやすい説明が順序良く書かれている。


「せいぎょ? せんさ、まいこん?」
「……ほんとにあの人の娘かよ」


本を閉じる。



 

「まあいい。今夜から教えていくからな」
「う、うん。でも熱くなり過ぎないでね。ゆっくりが信条だから」
「サボりたいだけだろうが」
「ほら学園行こ学園」
「麗華は?」
「もう準備出来てるって」
「わかった。すぐに行くから下で待ってろ」
「わかった」


……。


「さて着替えるか」


シャツに手をかけ、上を脱ぐ。



 

 

「乙女の前で、突然裸にならないで欲しい」

「お前は、いつオレの部屋に入り込んだ」

「妙お嬢さまと入れ替わりで」

「気持ち悪ぃな」


妙のヤツは気づかずすれ違ったんだろうな。



 

「傷つきました」
「うそつけや。で、用件は?」
「朝食を抜いたようなので、様子を見に」
「悪いな。今日は抜きだ」


飯食ってる時間はない。


「そんなの当たり前。お嬢さまを待たせて食事とか、なっちんぐ」
「ナッシングだ、ナッシング」

「なっすぃんぐ」
「……もういい……」
「これ」
「これは?」
「え、これがなにかも知らないのか。アホか」
「直接的表現をするなら『パン』だな。食パン」
「はい」
「はい、てお前、食えってのか?」
「ありがたく食べるといい」
「ぺらっぺらの食パン1枚、しかもトッピングなしじゃねえか」
「贅沢は敵」
「……ま、くれるだけもらっとくか。」


口の中に入れる。


「うえ……」
「…………」


オレは一口かじって、パンを口から離す。


「なんだ今の『うえ』は」
「なにも」


あからさまに視線を逸らす。


「素直に食っちまったが、あれか。一回地面に落としたヤツとかそんなオチか」
「…………そんなところです」




「おいそれ以上なのかよ!」

 

 

 

「気にしちゃダメ。どんつまいんど」
「ぜんっぜん英語の意味が成り立ってねぇよ」


この食パンは、それはもう悲惨な運命を辿ってきたのだろう。

ツキに踏みつけられ、尿をかけられ、牛乳を拭いた雑巾で磨かれたのかもしれない。


「ツキの尿入り食パンと名づけよう」
「世界中の変態が歓喜して喜ぶ姿が思い浮かぶ」
「浮かばねえよ!」


ふふ、と笑みを浮かべる危ないヤツに注意しておく。


「腹壊したら訴えてやるからな」


……。



 

 

相変わらずとんでもないメイドだ。

普通に食事を運んできてたなら、さぞ気のきくメイドだろうが、こんな怪しげな食パンじゃ褒める気にもなれん。

捨てるのは言語道断なので、我慢して食べる。


「……一応、味は普通なんだがな」


変なことをされてるだろうことを考えると、美味しく感じるはずもなかった。


……。

 

 

 

「あ、来た来た」

「遅いわよ、なにぐずぐずしてんのよ」

「時間的にはいつもと変わらんだろ」

「主より先に着いてるのが僕の役目でしょうが」

「奴隷扱いかよ」

「酷い扱いはやめてよね麗華」

「そうだ妙、もっと言ってやれ」

「海斗は私の奴隷なんだから!」

「誰がお前の奴隷じゃ」


──!



 

「きゃうん! お尻を蹴らないでぇ!」

「本当なら頭を蹴り飛ばしてやるところだ。オレは誰のものでもない、オレだけのもんだ」

「なにカッコつけてんのよ。だっさいわね」

「そうだそうだ! 私のなんだから」


人間を私物化するなと誰かこいつに教えてやってくれ。


「はいはい、わかったわかった」

「お前もお前で納得するな」

「いいから行くわよ」


……。



 

「やっぱり今日も歩いていくんだ」

「嫌なら彩と一緒に車で行けばいいじゃない」

「だ、ダメだよ。海斗が暴走するかも知れないのに」

「なんの暴走だ、なんの」

「若き青春? 送り狼?」

「返り討ちにしてやるわよ」

「無理無理。海斗の強さはとんでもないんだからっ」

「余計なこと言うな」

「……へぇ。ちょっと興味あるわね」

「おい」

「あんたは黙ってなさい」

「…………」

「ふふーん、ちょえーっ、とぉーって感じ?」

「具体的に言いなさいよ」

「私が可愛さのあまり、街で襲われたことがあったの」

「なんだ作り話じゃない」

「最低のうそだな」

「うそじゃないってば! 海斗もいたでしょ!?」

「お前が襲われたことなんかあったか?」

「思い出してよ!」

「……ああ。そんなこともあったような……」



 

「でしょ!?」

「しかし、あれは可愛いからとかじゃなかったような」

「この際それはどうでもいいわ」

「よくないよ!」

「それで、その襲われたあんたをこいつが守ったわけね」

「そうそう。もう余裕のよっちんで」

「おい──」


口を挟もうとしたが、麗華に睨まれたのでやめる。

まぁある程度好きに言わせてもいいか。

妙の話だ、大げさだとわかるだろうし。

下手になにか言う方が色々思われかねない。


「何人も男の人がいたのに、倒しちゃったの」

「相手はただのチンピラだったの?」
自衛隊経験者? とか言ってたかな」


余計なことを覚えてやがる。


自衛隊経験者……ね……」

自衛隊って聞いたことあるけど、なんなの?」

「日本の防衛組織」

「ぼうえい、そしき?」

「あんたに説明しようと思ったら、一日や二日じゃ足りないんでしょうね」


オレは深々と頷く。


「とにかく、戦闘訓練を受けた人間が集まった組織よ」

「へええ。そんなの倒しちゃうなんて、さすが海斗」

「ほんとにね。そんなこと一介の学生には無理」

「でもボディーガードって強いんでしょ? もちろん海斗が一番だと思うけどさ」

「あのね、一人の人間が複数の人間を倒すなんて、普通に考えるだけでも至難なのがわからない? まして相手が自衛隊経験者となれば、強力な武器でも持ってない限り簡単にはいかないわよ」

「そうなの? らくしょーだったよね?」

「知らん」

「自分のことじゃない」

「覚えてない」

「すっとぼけることは一級品だから無駄よ」

 

 

 

「なんで隠す必要あるの? 海斗強いんだから自慢しちゃえばいいのに」

「しちゃえばいいのに」

「別に強くない。だからこの話題を終われ」

「露骨に嫌がる理由はなによ」

「真実でもない誇張表現を真に受けベラベラ語られたら恥ずかしいだろ。本当はぺーぺーなんだ。エロ本を買うとき、余計な雑誌も一緒に買ってしまうくらいな」

「…………」

「…………」

「わあああ、二人でなに見つめ合っちゃってんのよぉ!」


睨み合ってるだけだ。

間に割って入った妙が勘違いしてくれたおかげでこの話はここで打ち切りとなった。


…………。

 


……。

 



 

「はーい皆おはよーっ。今日も元気にしてるー?」


今日も元気な朱美教員が教室に入ってきた。


「私はね、今日占いで大吉だったの。やること成すことすべて上手くいくでしょうだって。別のチャンネルでは凶だったけどね、あはは」


そうやって人間都合よく生きていくんだろうな。


薫「眠たそうだな」


「ん? ああ、ちょっと徹夜してな」


薫「また読書か?」


「さすが元相方、よくわかってる」


薫「海斗は次の日が訓練でもよく本を読んでたからな。それで、今度はなんの本なんだ?」


「かずおの大冒険」


薫「そ、そうか。もういい」


「冗談だ。技術書だよ」


薫「技術書?」


「ロボット工学」


薫「倉屋敷関連か」


「そういうことだ。オレのためっつーより、あいつのためだな。教えるためにまずオレが勉強してんだよ」


薫「海斗が人にモノを教えるのか」


「変だろ?」


薫「ちょっと想像は難しいな。でも……」


ふと、薫が空白の席を見つめる。

ついこの間まで、バカで賑やかな男が座っていた席。


薫「いいことじゃないか。私としても、もう一度侑祈に会いたい」


「そうだな。そうなればいい。ノシ付けて妙を返してやるさ」


薫「はははは、海斗も手を持て余すか」



 

 

「あらぁ朝から二人で楽しそうねぇ。私の話は退屈かしら?」


薫「す、すみませんっ」


「どっちが悪いのかな。それとも両方?」


「薫」


薫「海斗っ、貴様っ!?」

 

「じゃあ朝霧くんは廊下に立ってること」

「なんでだよ。薫っつったろ」

「今の反応を見るに朝霧くんが犯人と見た」

「憶測で罰則を与えるな。訴えるぞ」


第一、もしどちらが悪いのかと言われれば薫だ。

こいつから話しかけてきた。


「廊下に立たせるのは言い過ぎたけど、ちゃんと私の話聞いてくれなきゃダメよ?」


薫「はい、申し訳ありません」


「以後気をつけろよ」

「朝霧くんは特にね」

「…………」


麗華「恥ずかしいからほどほどにしなさいよ」


「ったく、いちいち雑談くらいでやかましい連中だ」


麗華「訓練校時代にも雑談とか許されたわけ?」


「ああ。しばかれる程度だったな」


麗華「許されてないじゃないの」


……。

 

 

 

「それで、上手くやれてるのか?」
「なにを」
「なにをって、妙お嬢さまとの関係さ。侑祈のことも含め話題になってるじゃないか」


またミーハーなことを言い出す。


「上手くいかなくなったら、おそらくオレは学園にいられないんじゃないかと思うわけだが」
「どうして」
「あいつに抹消されそうだ」
「まさか……」


薫は何気なく妙を見やる。


「……ありうるな」
「だろ?」
「妙お嬢さまが海斗に飽きて捨てられるしかないな」
「どちらにしろ悲惨な末路だろ」
「ふふ」
「おい、なぜ笑う」
「いやすまん。どうしてか面白くってな。いつも規格はずれなヤツだお前は」
「規格外は侑祈の十八番だろうが」
「おっと、そうだったな」


そうだ、こいつに意見を求めるのもいいかも知れない。


「お前は勉強が好きだよな?」
「勉強が好きなわけじゃないが、なんだいきなり」
「好きじゃないにしろ、真剣に取り組むよな」
「少なくとも海斗よりはな。と言うより、勉強に対し真剣に取り組むのは当たり前だ」
「だがオレ含め当たり前じゃないヤツもいるだろ。とくに妙とか。あと、妙とか、妙とかな」
「そ、そういう名指しは困るが……」
「勉強が苦手なヤツが勉強出来るようになるにはどうすることが肝要だと思う。聞かせてくれ」
「勉強が嫌いなのには、当然理由があると思う」
「意味なく嫌いってことはないだろうな」


感情の答えには必ず意味が含まれる。


「多くの場合は、理解出来ないこと、だろうか。教える者の言っていることが理解出来ず、ついつい聞くことが散漫になり、どんどんと離される。知らない国の言葉で話されても困るのと同じだ」
「もっともだな」
「もし、妙お嬢さまになにかお教えしようと思うなら、ゆっくり、理解するまで繰り返し教えるのはどうだろう」
「それは間違いないな。だが、もっと根本を解決しないことには先に進めないような気がする」
「と言うと?」
「あいつの場合勉強イコール理解出来ない、なんつー図式が出来上がってるのはわかるだろ?」
「……肯定はしないが、聞いておこう」
「つまりわかるように教えると言っても、最初から理解出来ないと思い込んでる節があるってことだ。やるだけ無駄だと思うから、気持ちが前面に出ない。結果サボりたくなるってわけだ」
「取り組む姿勢か……」
「優しくわかるように説明すると言ったって、あいつはそんなわけがないと勝手に決めつけるだろう。こっちが言葉で説明しても、納得しない」
「なら、自然と気づかせて差し上げるのはどうだろうか」
「自然と気づかせる?」
「無論こちら側としては仕掛けを打つわけだが……」

興味深い意見に、オレは耳を傾ける。

 

 

「妙お嬢さま自身、私には才能がある、あるいは勉強が出来るんじゃないかと思い込ませるんだ。本来簡単な問題を、海斗が解けないフリをし、お嬢さまに確認を求めたところ、正解が出てくる。そして素直に褒める。それを繰り返すんだ。うそをつく、と言うには抵抗があるが、海斗の場合ならやってやれないことはないんじゃないか?」
「なるほど、思い込みの力か」


それは、思った以上に的を射ている。

やれると思ったとき、今まで無理だったことを成し遂げてしまうなんてことは十分にありうるのだ。

キャパシティーを大きく越えない限りだが。


「その手は使えるぜ薫」


ぱんぱんと肩を叩く。

すると嫌がるように距離を取った。



 

「さ、触らないでくれ!」
「…………」


「……なに? どうしたの」


気だるそうな声で麗華がこちらを向いた。


「汚いって言われた」

「ああ、そ」


興味を失い視線を戻す。


「突っ込めよ! つーかなんだ薫、差別か」

「ああ、すまない。いや……ちょっと」

「傷つくだろ」

「海斗が傷つく? まさか」


本当に傷つきそうだ。


「とにかく頑張れ海斗。応援している」

「露骨に避けられたあとでそう言われてもな……」


……。

 

 

 

授業中、オレは教師の講義を聞き流し、技術書を読んでいた。

簡単な問題を出し、解かせる。

そこから妙の興味を惹こう。


教師「おい朝霧」


「…………」


教師「朝霧っ」


麗華「呼ばれてるわよ」


「あ?」


顔を上げると、教師が憤慨して睨んでいた。


教師「今の話聞いてたか?」


「聞いてた」


麗華「うそつきなさいよ」


小声で突っ込む麗華を無視して黒板に目をやる。

数学の問題だった。


教師「じゃあ今教えた解き方でこの問題を解いてみろ。解けなかったら放課後トレーニング室で特訓してやる」


そう言ってなにやら黒板に式を書き始めた。


「なんで肉体系の罰なんだよ。第一麗華が許可しないだろ。こいつを送り届けなきゃならんからな」


麗華「許可」


教師「良かったな朝霧、これで心置きなくトレーニング出来るじゃないか」


「……おい」


麗華「ふんふーん」


白々しく鼻歌を歌って逃げやがった。

放課後トレーニングだと?

妙にどうやって教えるかで悩んでるってのに。

しぶしぶ黒板に向かう。


「…………」


黒板の問いを読む。

放射線y=3/4ーx2をy軸のまわりに回転して得られる曲面Kを、原点を通り回転軸と45°の角をなす平面Hで切る。曲面Kと平面Hで囲まれた立体の体積を求めよ。


「…………」


なんだこれ、日本語か?


教師「ニヤニヤ」


「おい、これ本当に今やってる問題か?」


教師「勿論だ」


とてもそうは見えん……。

他の問題文に目を通してみるが、難しくはない。

これだけが明らかに異質だった。


「じゃあクラスでも秀才の麗華に解かせてみろ。それで解けたらトレーニングに付き合ってやる」


教師「な、なんだと?」


教師がちらっと麗華を見る。

麗華は首を左右に振った。

どうやら麗華も解けないらしい。

「どうした、ひょっとして授業を真面目に聞いてた麗華にも解けない問題なんじゃないか?」


教師「そんなことは、ない……。ほら二階堂前に来て、おっとぉ! 足が滑る!」


どこをどう滑ったのか、黒板消しが問題を消してしまう。


「…………」


教師「いやー残念だな。さっきの問題文を忘れてしまった。仕方ないから席に戻っていいぞ朝霧。ちゃんと説明を聞け。はははは」


これが汚い大人のやり方ってやつだな。

数学の時間に社会の知識を一つ学んだ。


…………。

 


……。

 

 

 

「サバ味噌定食」


麗華「そんなのあるわけないじゃない。どれだけ庶民的なのよ」

妙「そ、そうだよ。サバ味噌なんて庶民的だよ」


おい……。

三人で昼食を食べるのは日課になっていた。

というよりも、基本この三人で行動する。

妙と麗華それだけで騒がしいのに、この中に侑祈もいたかと思うと不思議でならない。

時折思う。

なにか一つ運命が違えば、侑祈はオレたちのそばにいたのだろうかと。

オレと妙が親しくならなければ、二階堂家にやって来ることもなかった。


妙「……? なにか顔についてる?」


あいつは元気にこいつのそばにいたんじゃないだろうか。

そう思うと皮肉なものだった。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「今日もどこかに寄り道するの?」
「ああ悪いな」
「だから、悪いとも思ってないでしょ」
「……カタチくらい言わせとけよ」



 

「私も行くからね! お母さんと二人きりとか!」

「なんだよ」

「危険な臭いがするぅ」

「しねーよ」

「するわね。酷く濃い臭いが」

「でしょ!?」

「そうね」

「てめぇら好き勝手言いやがって」


本当に騒動起こしてやろうか。

もっとも、そのあとは倉屋敷を敵に回すかも知れない。

想像してみる。

 

……。

 

 

 

 

資産家の人間を食い物にしたオレは、倉屋敷という闇の巨大組織に追われていた。


逃げるオレ。


しかし戦いの中、銃弾の嵐に倒れてしまう。


このまま死ぬのか……。


意識を失い、目を覚ましたところは小さな民家だった。


生死を彷徨ったオレを介抱してくれた少女とオレはやがて恋に落ちる。


二人で生きようと誓った矢先、倉屋敷の追っ手が迫る。


……間違いなく流行るな、全米が震撼するに違いない。

 

……。

 

 

 

「ぶつぶつ言って気持ち悪い」


冷めた声によって現実に引き戻された。


「つーことで、さっさと送り届けさせてもらう」

 

…………。

 

 

……。

 



 

「なるほど、わかりました」


ツキに事情を説明し、オレは再び妙と出かけることにする。


「行くぞ……っていねぇ」


さっきまで隣にいた妙の姿がなかった。


「あちらにいますよ」


ベンチにぐったりと座っていた。

 


「なにやってんだ」

 

 

 

「あるきつかれたぁ」


「……毎回毎回下校で疲れるな」
「10分休憩しよー」
「オレ一人で行ってくる」



 

「それはダメ! 絶対!」
「なにもありゃしねえよ」
「5分、5分休憩したら行くから!」


「ったく……」


ベンチまで行き、隣に腰掛ける。


「んー」


ぽんぽんとオレの太ももを叩く。


「なんだ」
「膝枕してぇ」
「んなもん男にやらすな」
「いいじゃない」


許可も取らず、ごろんと横になる。


「えへへへ」
「えへへへじゃねえ」


払いのけようとしたが、断固として太ももから頭をどけようとしない。


「やれやれ」


「ふぅ」


「おいそこのメイド。その呆れた顔はなんだ」

「さささ、ささー」


箒で掃くような音を口で言いながら去って行った。


ぎゅむっ。


太ももがつねられる。


「なにしやがる」
「海斗ってば、ツキと仲がいいよね」
「んなバカな」
「仲いいもん……ムカつく」
「ムカつくな。あんなヤツと仲いいとか最悪だぜ」
「まんざらでもないくせに」
「なんか言ったか?」
「なにもーっ。海斗は私のなんだからねっ!」


がばっと足を抱きかかえる。


「お前、そんなにオレがいいかよ」
「うんっ!」
「……はっ……わかんねぇな」


外見はともかく、人間としちゃ救えないと思うがな。

自虐だが、事実なので仕方ない。


「海斗は私のこと好き?」
「オレは──」
「好きに決まってるか。えへへへへ」
「言ってねぇよ」
「き、嫌いなの?」
「嫌いならこんなことさせるか?」
「だよね? えへへへへ」
「はぁ……疲れる」


休んでるはずなのに疲れてきた。

 

…………。

 

……。

 



 

 

だらだらと歩く妙だったが、なんとか陽が暮れ始める前に着いた。


ガードマン「お疲れ様です、お坊ちゃま!」


「…………は?」


ガードマン「…………ああ! ご苦労様です、お坊ちゃま!」


──!


「そういうことじゃねえよ!」


お疲れ様でもご苦労様でも、一緒だろうが。


ガードマン「さすが、良い拳をしております」


「お前そんなキャラだったっけ?」


ガードマン「妙お嬢さまのお婿様なら、当然のことです」



 

「うんうん」

「お前も普通に頷いてるなよ」


ガードマン「どうぞお通りください」


気持ち悪いガードマンを避けるようにビル内に入った。


……。

 

 

 

研究室に入ると、所員が忙しくなく働いていた。

各々、妙に気づくなり頭を下げる。

その間を静かに通り亜希子さんの下へ。

 

 

 

「あら、今日は二人で来たんだ」

「海斗がお母さんに会うって言うからね」

「デートの約束だったっけ。行こっか」



 

「かいとーっ!」

「勘違いして怒り出すからやめてくれ」

「それが狙いだったりして」

「娘の恋愛を見守るどころか妨害かよ」


とんだ母親だぜ。


「それよりもだ、頼みがあって来たんだ」

「あらなにかしら」

「えっとだな……」

「…………」

「…………」

「……?」

「?」

「妙、ちょっと向こうに行ってろ」

「ええーっ、なんでよー!?」

「難しい話をするからだ。お前には理解出来ん」

「理解出来なくたっていいもん」

「…………」

「ほら話せば?」

「妙、首筋になんかついてるぞ。ちょっと後ろ向いてみろ」

「なになに? 取ってぇ」


くるっと後ろを向く妙。

オレはすかさず妙の首筋に手刀を叩き落した。

声を出すことも、まして痛みを感じることもなく意識を失う。

前に崩れる妙を後ろから抱きとめる。

 

 

 

「これでよし」
「強引ねぇ」


娘を気絶させる一部始終を目の当たりにしていながら、呑気にくすくすと笑っている。


「よっぽど聞かせたくないみたいね」
「聞かせたら本末転倒だからな」


ソファーに寝かせ、オレは亜希子さんに紙を差し出す。


「これは?」
「読んでみればわかる」
「…………」


その紙には、本の序盤に書かれてある知識に対するオレの見解や答えなどを書き記している。


「合ってるか?」
「海斗くんが?」
「言っとくが、自分の欲求のためにしたんじゃないぜ?」
「教えるには、まず自分が学ぶ必要がある。そういうことね?」
「ああ」



 

「うんバッチリ。全然余裕そうじゃない」
「本がわかりやすいんだよ」
「褒めても、キスくらいしか出ないわよ?」
「肝心なのはここからだ。正直、今は妙にやる気がない。いや……もちろん侑祈を諦めたわけじゃないだろうが、自分には勉強は無理だと思い込んでる」

 

 

「そうね」


今日思いついたことを話してみる。


「んで思ったんだが、簡単な問題を幾つか用意して、オレがその問題を解けないフリしてみようと思う」
「それを妙に解かせて自信つかせるのね」
「ちょっと協力してくれるか」
「私に出来ることなら、喜んで」


オレは鞄からノートを取り出すと、それを亜希子さんに手渡した。


「幾つか手書きの問題を頼む。簡単なヤツな」


あとは、その問題を妙に解かせればいい。


…………。

 


……。

 

 

 

 


「あれ……?」


むくりとソファーから起き上がる妙。

 


「やっと目が覚めたか」

「おはよう妙。ぐっすりだったわね」


オレと亜希子さんはコーヒーを啜りながら、きょろきょろする妙に声をかけた。


「どうして、私ソファーで寝てるの?」

「どうしてもなにも、お前が突然寝たんだろ」

「眠いーとか言ってソファーに寝転がったじゃないの」

「そ、そうだっけ……」


ぽりぽり頬をかきながら、恥ずかしそうに立ち上がる。



 

「えっと二人の話は済んだの?」

「さっき終わったところ」

「なに話したの?」

「娘の生活態度に問題がないかって話」

「ええーっ、問題なんてナイナイだよ」



いっぱいあるわっ!

 


突っ込みたいのは山々だが、抑えておく。


「つーわけだから、そろそろ屋敷に戻るぞ」

「わかったぁ」


まだ少し寝ぼけていたのか、追及されることはなかった。

亜希子さんは軽く手を振ったあと、パソコンに向き直った。


…………。

 


……。

 

 

 

「なあ、ちょっと聞いてもいいか」
「なぁに?」
「亜希子さんは、いつも遅くまであそこにいるのか?」
「そうだね。日付が変わってもしょっちゅういるよ。家に帰ってくるのは、シャワー浴びるためとか。研究室で寝泊まりもよくするし」
「はぁん……」


金持ちだからって、そういうとこ誰かに任せたりはしないんだな。

ま、一番頭いいのがトップで、そのトップが動かなきゃ成り立たないんだからそういうもんかも知れないが。

しかし、そんな亜希子さんの努力を知れば知るほど、この妙の存在に若干の疑問視をしたくもなってくる。



 

「本当に亜希子さんの娘か? 心配になってきた」
「それどーいう意味っ」
「受け取り方は任せる」
「お母さんより美人過ぎるから?」
「そういうところが心配なんだ。そんなんで本当に侑祈を助けられるんだろうな」
「や、やろうと思えば、なんでも出来る子だよ私」
「そうあってもらいたいもんだ」
「やってやる、やってやるもん。海斗を見返してやるぅ」
「期待してる期待してる」


…………。

 

 

……。

 



 

 

「ふわあ」

「開始1分で、随分と大きなあくびだな」


風呂上がり、普通に寝ようとしていた妙を引っ張ってきて椅子に座らせペンを握らせていた。


「勉強するには遅すぎる時間だと思うなぁ」
「さっき早いから風呂上りにしてくれって泣きついてきたのはどこのどいつだ」
「あのときは気づかなかったんだよ。遅すぎると眠くなっちゃうってことに。だから、ね……?」
「ダメだ。ちゃんとやれ」
「うううう、ケチ!」
「ケチで結構」
「コケコッコー」
「…………」
「くすっ」
「自分で言って自分で受けるな」
「ねえ海斗……今日はやめにしよ?」
「昨日もやらなかったのに、今日もやらないつもりか」
「そうじゃないけど……」
「侑祈」
「う……」
「ほら、やれ」



 

「……かいとぉ……」
「勉強だ」
「うううう……。だって、よくわかんないんだもん」
「そう言わずに、ほら、これをやってみろ。亜希子さんが用意した問題だ」
「お母さんが?」


手書きの問題集に目を落とす。


「オレもチャレンジしてみたが、さっぱり解けなかった」
「海斗に解けないのに、私に解けるわけないよっ」
「んなことねぇよ。オレはアホだからな」
「でも……」


そう言って、とりあえずといった感じに読み始めた。


問1.ロボットの制御を行うのは次のうちどれ?

①リモコン
②コンピュータプログラム
③ハードディスク


実に眠たくなるような問題だ。

当然、答えは②のコンピュータプログラムだ。


「うーん……」


思い切り悩んでいた。


「りもこん、じゃない、気がする。ぷろぐらむ、でぃすく……。はーどでぃすくって聞いたことあるなぁ。前にお母さんが言ってた覚えがあるよ」

「…………」


生唾を飲み込み、妙の答えに耳を傾ける。


「答えは③のはーどでぃすく!」

「……くっ」


泣きたくなる衝動を堪える。

亜希子さん、こいつダメだ……。

こんな自信満々に③と答えられては、答えを知らないことになってるオレに否定は出来ない。


「よ、よし。答えはもらってあるから一通り終わったらあとで確認してみよう」
「わかった」
「次の問題だ」


問2. C言語での繰り返しの命令文

 for (i = 0: i < 12: i++) {
 
 }

これは、処理を何回繰り返す?

①10回
②11回
③12回


なんてボーナス問題。

テストに出たら小躍りしてしまいそうだ。

答えは③の12回だ。

これくらいなら、妙にもわかるだろう。

仮に式が理解出来なくとも、問題文にある12の数字から思いついてもおかしくない。


「んと……んーと……」


またも必死に悩んでいた。

なにやらまったく意味のない算数計算を書き始める。


「③の12じゃないことは最初からわかってるんだよねぇ」


ええええええ。


がっくりとうな垂れたい気持ちを、また堪える。


「難しいなぁコレ。でも、11ってのも変だよね。奇数だし」

「…………」

「だから①の10回だと思う」

「ほ、本当に、本当に①で後悔しないか?」
「海斗もわからないんでしょ?」
「あ、ああ……まったく検討もつかん」
「なら私を信じてよ。こう見えて機械系なんだから」


うそつけや!


「さー次行くからねっ」

「あ、あぁ……」


目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


…………。

 

……。

 

 

 

 

「20問中、5問正解!?」
「そうみたいだな……」


答え合わせして、たった5問しか正解しなかった。

これじゃあ失敗か……。

自信をつけさせるつもりの超低レベル問題集でまさかの正解率25%を叩き出すとは。


「元気出せ妙」
「うん!」



 

 

すごーく爽やかな笑顔だった。


「こんなに正解出来るなんて思ってなかった!」
「……は?」
「ぬふふ、やはり私って天才?」


心底、本当に心底おめでたいヤツだ。

そんなおめでたい発言を、利用しない手はない。


「あ……ああ、そうだ。オレの解けない問題を5問も正解するとはなっ。この調子で本格的に取り組めば、ひょっとして数年で亜希子さんを越えるんじゃないか?」


かつて、オレの人生上でこれほどの大うそをついたことが今までにあっただろうか。

UFOを見た、悪の組織に改造された、そんな話が可愛いうそに思えてくる。

 

 


「やるよ、私やってやるんだからね」

 


ぐっと意気込む妙を見て、オレは涙ぐんだ。

 

これほどアホな子だったとは。

 

希望よりも絶望を見出したことは、忘れておこう。


……。

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【10】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

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ご意見・ご要望がありましたら
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……。

 

休日が終わり、また新しい週が始まる。



 

「おはよう、海斗」
「おう」


短い挨拶を交わし、ゆっくりと席に着く。


「最近、よく尊徳と話しているところを見るな」
「珍しいか?」
「それはそうだろう。訓練生のとき、私たちがそばにいなければ話すことなどなかったのに」
「最近は色々あってな。妬けるか?」
「どうして妬ける必要がある」


ちょっとムッとしたようだ。


「悪い、別に変な意味で取らないでくれ」
「私としては……いや、侑祈も含め海斗と尊徳には仲良くしてもらいたいと思っていた」
「確かにそんな感じなのは前々から感じてはいた。だが、どうしてオレと尊を仲良くさせようとしたんだ?」


明らかに対極に位置する性格だと思うんだが。



 

「不思議に思うのは私も同じだ。だけど、海斗と尊徳はどこか似ている気がする」
「全然似てねぇよ。どこが似てるのか言ってみろ」
「気がするだけさ。二人が仲良くなてくれて、良かった」
「ちょっと待て、訂正させてもらう」
「訂正?」
「話すようにはなったが、けして仲良くはなっていない」
「似たようなものじゃないか」
「違う」
「同じことを尊徳に言ったら、きっと同じように答えるんだろうな」
「さりげなく共通点が多いって言ってるつもりか?」
「バレたか」
「単純に嫌い合ってる以上、仲がいいと言われたら否定したくなるだろ」
「はははは、それもそうか」


……。


「時に薫」
「なんだ?」
「お前の好きな食べ物はなんだ」
「いきなりだな」
「いいから教えろ」
「どれか一つ、ということだろうか」
「二つ三つ答えてくれてもいいぜ」
「そうだな……」


口元に手を運び、考えこむ。


「パッパと答えろよ好きな食い物くらい」
「そう急くな。いざ好きなものを聞かれると困る。一つは、そうだな……甘い物」
「大雑把過ぎるだろ。もっと絞れ」
「手厳しいな。うーん、モンブラン、とか」
「本当に甘い物だな」
「私の好きな物なんだからいいじゃないか」
「他には?」
「大福」


──!



 

「なっなにをする海斗!」
「それも甘い物だろうがよ」
「好きな物なんだから、私の自由だっ」
「甘い物禁止」
「くっ、なら最初からそう言ってくれ。まったく、勝手に私の頭を叩くな」
「で?」
「こんな上から目線をされながらも答えなければならないのかと疑問を抱くな」
「いいから答えろ」
「……カレー」


──!



 

「ま、また叩いたな!」
「今、投げやりに答えただろ」
「国民的に人気の食べ物じゃないか」
「お前はいつから国民代表になった。いいから、他には?」
「……ふう、そうだな、個人的にパスタなんかは好きだ」
「パスタか」


携帯に記録しておこう。


「これを聞いて、なにかあるのか?」
「今度あ……」
「あ?」
「オレが料理に挑戦しようと思ってな」
「海斗が、料理を?」
「それでなにを作るかで決めかねてるんだ。出来る限りオリジナリティ溢れるものにしたいところだ」
「料理経験はないんだろう?」
「ほとんどない」
「なのに、初めからオリジナル料理に挑戦するのはハードルが高いんじゃないだろうか」
「そう思うか?」
「手堅い料理を幾つか作って慣れておいてからチャレンジする方がいいと思う」
「その辺も参考にさせてもらおう」


確かに、いくつか料理を作らせておいた方がいいかも知れない。

既存料理にしろ、突然ハードルが高いのは無理だろう。

カレーや肉じゃがといった定番料理に挑んでから、源蔵のオッサンを唸らせるものに挑戦した方がいい。


…………。

 


……。

 



 

 

「えっと……ハンバーグをお願いします」

「こっちは、この見るからに胡散臭い名前の『高級イカ墨入りパスタ』を頼む」

「確かに胡散臭いな。高級なイカを使うのは当たり前だ」

「オレとは論点が違うが……まぁ、胡散臭い」

「あんたらが一番胡散臭いわよ。彩珍しいわね、ハンバーグなんて」

「お姉さまにもお話したと思いますが、お父さまを唸らせる料理を考えるためです」

「色々食べてみる、ってこと?」

「はい」

「なら、あんたも協力しなさい宮川」

「当然です。僕でよければ、尽力は惜しみません」

「じゃあこの『みたらし団子の胡麻和え風ご飯』にしろ」

「なんだその奇妙なメニューは!?」

「ここに載ってるだろ」

「……本当だ……」

「じゃあそれ」

「……はい……」


麗華には逆らえず、尊のメニューが決定した。


……。

 

「ハンバーグも美味しいですね」

「こっちのイカ墨パスタもなかなかいける」

「でも、どちらもなにか足りないような気がしませんか」

「無理ないわね。お父さまの舌を満足させるには圧倒的にインパクトが足りない。よしんば彩に料理人レベルの腕前があったとしても、お父さまは世界各国の同じ料理を食べてきているわ」

「やはり定番に数えられるメニューからは難しいか。こんなことを言っちゃなんだが、作り方が簡単な料理は8割材料で決まる気がする」

「そうね、作り手の技術は勿論のこと、安いスーパーやデパートの食材じゃ話にならない」


二階堂なら、材料で劣ることはないだろうが、やはり一筋縄ではいかないだろう。


「…………」


オレは隣で屍と化した尊に目をやる。


「美味いか?」

「……みたらし団子を練りこんだご飯が美味しいと思うか? しかも胡麻和え」

「一口も興味をそそられんな」

インパクトだけなら、凄いものがありますよね」

「つまりアレか? 誰も考えたことのないようなメニューで美味しいものを作れってことか」

「そういうことになりますね」

「なら簡単……どころか一番難しいじゃねえか」

「それだけしなければ、納得してもらえないってこと。まぁ頑張ってみなさい。お父さまに認められるために、ね」

「くそう、なんかヒントがありゃいいんだが……」

「…………」

「どうした」

「…………」


なにかあるといった表情を浮かべる麗華だが、それ以上なにかを話すことはなかった。


…………。

 


……。

 

 

 

 

オレは、まず定番料理を作り経験を積ませるため、屋敷に戻ったと一人街に繰り出した。


……。



 

彩も行きたいと言ったが、また源蔵のオッサンや尊にとやかく言われかねないため、すぐ戻って来るからと留守番を言いつけた。


「カレーや肉じゃが、それから焼きメシ……」


書き出した材料を適当に買って戻る。


…………。

 


……。

 



 

「あっお帰りなさい海斗さん!」
「ほら、材料買ってきたぞ」


夕食の準備を始めようとしているコックが、デパ地下の袋に入った材料を見て怪訝そうな顔をする。


「多分……つかオレの夕食は」
「はい、私が作ります」
「だよな……」

屋敷の保障された美味しい晩御飯は当分お預けか。


「くれぐれも怪しい調味料は入れるなよ」
「はい。もちろんです」
「前科持ちがもちろんとか言うな」



 

「あの……」
「あん?」
「もし良かったら、隣で見ていていただけませんか」
「オレが?」
「はい。本当なら待っていてもらうのが一番なんですが、海斗さんに見てもらえればなにか見つかるかも知れません。私の悪い癖とか、ダメなところとか……。それに、いい発見があったりするかもです」
「特にやることがあるわけじゃないし、いいぜ」
「ありがとうございますっ」



 

「今日はカレーを作ってみようと思います」
「カレーも作り方一つで、大きく変わるからな」
「がんばります」


彩がいる場所は、自然と人が遠のく。

厨房はコックたちの戦場だが、この屋敷を治める人間の娘には、当然逆らえない。

自然と出来たスペースを陣取り、場に似つかわしくないビニール袋を置いた。



 

「まず、じゃがいもやニンジンを洗います」

「そうだな」


手順が間違っていないか、渡された本に目を通して頷く。

水道水で洗うところに、問題はない。


「洗うところから問題があったか深刻か。丁寧に洗う必要はないぞ」
「あ、はいっ」


あとで皮も剥くから、さっと洗うだけでいい。


「そう言えばこの屋敷の水はそのままの水道水なのか?」
「ちゃんと浄水器が使われてますよ」
「なるほど」
「それと、料理に使う水はすべて取り寄せてます」


冷蔵庫を開ける彩。

そこには多くの水が並べられていた。

どれもどこかで聞いたことのある名産水だ。


「水も美味いわけだ」
「洗い終わりました。次の工程に移ります」
「包丁を手に取り、じゃがいもを一つ手に取った。
「では……」


なんだか危なっかしい手つきに見える。

皮むき用の道具を勧めようかとも思ったが、既に真剣な顔つきになっていたのでそのまま戦況を見守ることにした。


「…………」


包丁を持った右手がぷるぷる震えている。


「はーっ、ふーっ」
「ちょっとストップストップ!」
「は、はい?」
「お前、包丁使ったことあるよな? な?」
「か、数えるほどです。極力避けていたので。それにその、手にじゃがいもを持つと……指を切ってしまいそうで、怖くて……」
「なら素直にピーラーを使え」
「ぴーらー?」
「これだ」
「これをどうするんですか?」
「なんにも知らないんだな。ちょっと貸してみろ」
「はい」


じゃがいもを受け取り、ピーラーで皮を剥いていく。

オレ自身使うのは初めてだが、こんなものなんとなくで使えるものだ。

最初こそ不器用な剥き方だったが、すぐにコツを掴めた。


「わぁ、凄く綺麗に向けてます」
「ほら彩もやってみろ。これも刃がついてるから気をつけてな」
「はい。包丁より扱いやすそうです。ふ……く、ぬ……」
「…………」


がりがり引っかくだけで、剥けない。

ぽろぽろと食べる部分がそぎ落とされる。

やがて時間をかけて皮はなくなったが……


「見事に身もなくなったな」
「ふふ、マジックみたいですね」
「シャレたこと言ってごまかすな」
「ううう、ごめんなさいっ」
「よく茶碗蒸しを美味く作れたもんだ」


どんな奇跡があったのか、見てみたかった。


「材料はたっぷりあるんだ。いくらでも練習すればいい」
「やってみます」


意気込みだけは、十分なほど伝わってきた。


……。


「ふう……これで、なんとか足りるでしょうか」


計8個のじゃがいもを使い、なんとか3個分くらいのじゃがいもを確保することに成功した。

そのうちの1つはオレが剥いたじゃがいもだ。


「さて、次にいくぞ」
「えっと……芽を取り除くんでしたっけ」
「ああ。出来るか?」
「やってみます」


何事も初体験の彩。

不安を覚えたオレは最初に手本を見せてやることにした。

「一度見せてやるから、それを真似るようにやってみろ」
「はい」


ゆっくりと、手元が見えるようにする。

無論、オレもやったことはなかった。


「なんでじゃがいもの芽って取るんでしょう」
「毒があるからだ」
「毒? じゃがいもに毒があるんですか?」
ソラニンが含まれているな」
「も……もしかして死んだりするんですか」
「頭痛や下痢になる。まぁ死ぬというのはよっぽどのことがない限り大丈夫だ」
「ホッ。なら混入しちゃっても大丈夫ですね」



「しっかり取り除けよ!」

 

 

……。

 

 

 

「ニンジンの皮を剥く。同じようにピーラーを使え」
「はい。ニンジンは剥きやすそうです」
「…………」


ジッと彩の手さばきを見守る。

口にするだけあって、じゃがいもよりペースが良い。

時間をかけず皮を剥き終えると、人参を切りはじめた。


「小さくせず、結構大きめでいいと思うぞ」
「そうですね」


それからジャガイモを適度な大きさに切り分ける。

大きさが全部ばらばらだったが、それはそれで、味があって面白い。

「たまねぎ」
「はい」


たまねぎのスライス。

彩がたまねぎをスライスしている間に、オレは次の工程を本で確認する。


「カレー一つ作るのも、色々手間なんだな」
「ですねぇ」
「で、早くたまねぎをスライスしろ」
「う……やっぱり包丁使うのは怖いですね」
「ちゃんと手順よく使えば怖がることはない。これも手本を見せてやる」
「お、お願いします」
「こういうのは落ち着いてゆっくりやればいい。怪我を恐れるから怪我をするんだ」


包丁第1刀目。


ザクッ。


   ザクッ。


      ザクッ。


「な?」
「ああ、あああの、指切れてます!」
「真っ赤なたまねぎ」


少しチクチクすると思っていたら、ずっぷりと指も切ってしまっていたようだ。


「これは悪い例だな」
「調理のことは置いておいて、手当てをっ」
「いいから、お前はたまねぎを切れ」


さっと血を洗い流し、適当にその辺のティッシュで指をくるむ。

じわっと血が染み込み赤く染まった。


「……痛そうです」


手当てをしようとする彩を制止し、引き続きたまねぎをみじん切りにさせた。

10分ほどかけてたまねぎを切り終わる。


「たまねぎ入れて……と」


その家庭的な姿を見ていると、少しムラムラしてきたのは、オレだからだろうか。

それとも、男だからだろうか。

ただ単純に無防備な後ろ姿に、興奮を覚える。

この人目の多い厨房でなにかすれば、彩は拒まないかも知れないが、明日には駅前が我が家だ。

じっくりとたまねぎを炒め、肉、そしてにんじんもそこに放りこむ。

この時点でなかなかに美味そうだ。

料理人たちも、通り過ぎるたび覗き込んでいく。


「……腹減ってきた」


それからも作業を見守り続け、彩の手際に特別問題点は見あたらなかった。


…………。

 

 

……。

 

 

 

 

「完成です!」


「……お、おお……待ちかねたぜ……」


時間の感覚も薄れ意識が飛びそうになっていた頃、ようやくカレーが出来上がった。

煮込んでいる間、彩は厨房から離れようとしなかった。

オレもなにも食べずに待っていた。

食堂にはもう誰もいない。

尊の姿もない。

まだ彩の手料理を信じきっていないようだ。

創作過程の9割を見ていたオレに言わせれば、ミスは一つもなかった。

手際の遅さは目立ったものの、素人におしては上出来だったと言えるだろう。

最後の盛り付けは任せたが、カレーを盛り付けるくらい彩一人でも出来る。

運ばれてきたカレーは、見事なまでに美味しそうだった。

屋敷でも何度かカレーは出たが、それとはまた違った輝きを見せている。

言い方は悪いが、庶民的なカレー。

しかし、屋敷で出されるよりも美味しそうに見えるから不思議だ。

もちろん、空腹という最高の調味料の存在もあるわけだが。

 

 

 

「召し上がれ」


前の席に腰を下ろす。


「彩は食べないのか」
「海斗さんが食べるのを見て、それから食べます」
「そうか。ならさっそく頂くことにしよう」


すきっ腹にカレーを流し込む。

それを想像するだけでお腹が鳴った。


「いただきます」
「はい、召し上がれ」


もぐ……。


「これは……実に庶民的で美味い」
「庶民的、ですか?」


不安げな声を漏らした彩に対し、慌ててフォローを入れる。


「訂正させてくれ。家庭的な味だ。家族がカレーを作ったらこうなる、そんな手本のような優しさを感じるぞ」
「そ、そうでしょうか。そうだと嬉しいです」


材料がなにか特別なわけじゃない。

どれも二階堂で用いられる食材に比べれば天と地ほど差がある。

それでも、作れば差を感じない料理が出来るのだ。

本当に彩の起爆剤となるかも知れない。

自信を持つことを恐れるこの少女の、希望や目標になってくれそうだ。

オレは、米粒一つ残さず綺麗に平らげた。


……。

 

 

 

「…………」

 

…………。

 


……。

 

 

 

「おはようございます」
「おう、おはよう」


先に家を出たオレたちと、車で登校して来た彩たちと偶然一緒になった。

彩が駆け寄って来て、隣に並ぶ。



 

「昨日、料理の本を読んでいて少し眠いです」


そう言って小さくあくびした。

それを見られて恥ずかしかったのか、さっと口元を隠す。



 

「今まで、夢中になったものってゲームしかなくて……。だから凄く新鮮なんです。読んでるうちに、アレもコレも作りたいって」


本当に楽しそうに話す。

それを聞いていて、オレもなんだか楽しくなった。


「今日も帰ったらやるんだな?」
「はい。海斗さんが買ってくれた材料も残ってますし。いっぱい作って、お父様を納得させてみせます」
「その調子だ。オレも頑張らないとな」
「海斗さんも、ですか?」
「ああ」
「海斗さんは私のために沢山のことをしてくれています」
「そんなことはない。なにもやってないさ。隣にいて口を挟んでるだけだし」
「そうだとしても、私にはそれが必要ですから。とても大切なことだと、思います」
「そうか……そうだな」


自分ではまったく役に立ってないと思うが、彩がそう思ってくれているのなら、今はそれでいい。


……。



 

「料理に夢中になるのはいいが、勉強はいいのか?」


中庭に差し掛かった頃、そんなことを聞いてみた。



 

「勉強ですか? ……それも、がんばります」


明るかった表情が少し沈む。

料理とは違ってやる気にはなれないらしい。


「別に頭が悪いわけじゃないだろ。ちょっとパッとしない点数だが、勉強すればそこそこの点数を取れるようになる。本当に頭が悪いヤツは、平気で赤点だ」
「これでも、その、自分では勉強しているつもりです。テスト一週間前から、自宅でもやってますから。だけど一人だと限界があって、少しずつ、どうしても離されていって……。気づいたら、テスト当日を迎えちゃってます」
「そんなもんいくらでも聞けばいいだろ」


後ろを一度振り返る。


「麗華だっているし、尊もいる。オレは……まぁちょっと無理だが、家庭教師を呼ぶことだって出来るだろう?」
「確かに、そのとおりなんですけど……」
「なにか不都合なことでもあるのか」
「いえ、そう言うわけじゃ……」


気まずそうな感じだ。

察するに、麗華や尊には頼みづらく、家庭教師を呼ぶには人見知りをし過ぎてしまう。

そんなところじゃないだろうか。



 

「えと、ひとまずはその、料理をがんばります」
「あ、逃げた」
「逃げてませんっ。両立するのは、難しいと思っただけです」


それを逃げたと言う。

ひとまずはそれで十分としようか。

楽しく学べることが、長く続けるコツだ。


「だから授業も聞かず、料理の本を読みますっ」


小さい料理の本を取り出して言った。


「授業は授業でちゃんと受けろよ?」


……。



 

昇降口から、廊下へ。

麗華たちにやや遅れ彩が駆けてきた。



 

「すみません、お待たせしました」

基本的には、何事も行動が遅いタイプだ。

 

 

 

「あれ? 彩、本はどうしたの? さっき持ってたでしょ」

「あれ? ……あ、玄関に置いてきてしまいましたっ」


慌てて取りに戻る。



 

「ほんとにお前の妹か?」
「私が完璧すぎるって言いたいの?」
「身体的特徴以外な」


──!

 

……。

 

 

 

「あ、鼻血ブーがいる」

「さっきヒグマに襲われたんだ」

「クマ?」



 

「きっと愛くるしいクマを怒らせたのね」

「容赦なく顔面を殴ってきやがった」

「あははははは。鼻血ブー」

「笑うな」



 

「おはようございます、倉屋敷さん」

「おはよー」

 

侑祈「おはようございます。今日もお綺麗ですね」


「こっちの方の性格は汚いけどな」


──!



 

「……クマ……」

「え、どこにクマがいたの?」

「おかしいな、今オレを殴ったクマがいたと思ったんだが。見当たらないか?」

「見当たらないわね」

「ああ、チビ過ぎて──」


──!



 

「か、海斗さん両方から鼻血がっ!?」

「放っとけば治るわよ」

「鼻が潰れたらどうするんだ」

「逝けメンになるんじゃない?」

「そんな『逝けメン』は嫌だ」


尊徳「貴様には似合ってるじゃないか」


「なんだ2.5枚目」


尊徳「0.5余計だっ」


侑祈「なんでイケメンのことを2枚目って言うんだ?」


「3枚目とかも使われますよね」

「格好悪い男のことを3枚目って言うんだっけ?」

「いや、そういうことじゃない」


無知なこいつらに知識をひけらかしてやろう。


「2枚目3枚目ってのは、江戸時代の芝居小屋の8枚看板からきたものだ」


侑祈「そんな昔の話なのかぁ」


「看板の2枚目には、色男役や美男子役の名前や絵姿が掲げられていた。それが始まりだ」

「じゃあ3枚目は格好悪い人?」

「正確には滑稽な役や道化役だな。笑いをとったりする『おっとりハチベェ』みたいな。容姿は良くないが味のある役どころが多かったらしい」

「おっとりなんとかってわからないけど、なるほど」

「だから尊は2.5枚目。侑祈は3枚目だな」



 

「海斗さんは2枚目ですねっ」

「こいつは1枚目でしょ。主役だし」

「え、主役?」


尊徳「ははは、海斗が主役? ありえませんよ。もしも僕たちの世界がなんらかの物語だったなら、せいぜいサブキャラがいいところでしょう。時々出てきては、客に笑われるような役ですよ」



 

「…………」

「…………」

「…………」


侑祈「…………」


「…………」

 

尊徳「み、皆どうして僕を見るんですかっ!?」


「わからないけど、目じりが熱くなってきたわ」

「わたしも……どうしてだろ」

「尊……何度も言うが、がんばれ」


尊徳「僕……僕は……僕はっ!」


その後、授業が始まるまで、オレたちは泣き崩れた尊を励まし続けた。


…………。

 


……。

 



 

放課後。

 

オレと麗華が校門をくぐると、ちょうどすれ違うように佐竹がやって来た。

 

 

 

「今お帰りですか、麗華お嬢さま」

「ええ。あなたは?」

「ちょっと問題がありましてね。残業です」


「ん?」


佐竹の額に青くアザのようなものが出来ていた。


「ああこれか」


視線に気づいたのか、そっと撫でる。


「ちょっと訓練校でトラブルがあってな」

「トラブル?」

「新入生の一人がケンカ騒動を起こしたんですよ」

「へぇ、珍しいわね」

「一年前の悪ガキほどでは、ないですがね」

「一年前にも悪ガキがいたのか」



 

「あんたのことよ」
「お前のことだ」

 


「テヘッ。いや待て、今一瞬納得しかけたが否定するぞ」

「否定出来る材料はないでしょうが」

「不真面目だったのは認めるが、一度たりとも暴力で問題を起こしたことはない」

「確かに、言動こそ最低だったが、そうだな」

「暴力で問題を起こすようには見えないわね」

「だろっ? 今年の新入生は最低だな」

 

「最低ぶりでは海斗に及ばんが、多少暴れん坊な子供が多くてな。気性面で改善が出来れば、なかなか優秀なボディーガードになりそうだ」

「で、どんなケンカだったんだ?」

「訓練生同士のたわいない誹謗中傷が発端だ」

「子供みたいなヤツらだな」

「お前に言われたくはないだろう」


佐竹に笑われた。


「まだ入学して間もないからな。我が訓練校の厳しさを理解していない」


薄く笑ってから、頭を下げる。


「訓練生の処分検討がありますので、私はこれで」

「ええ、ご苦労様」


……。

 

 

 

「佐竹のヤツ、楽しそうだったわね」
「ありゃサディストだからな。これから訓練生を一年間しごき倒すんだろうぜ」
「容赦なさそうね」
「オレも何度しごかれたか」
「その割に改善されてないわね」
「ふ、ヤツでもオレは扱いきれないのさ」
「それだけどうしようもないってことね」
「呆れた顔せんでいただきたい。帰ったら、今日も彩の手料理だな」



 

「楽しみ?」
「最初は怖さ9割逃げたさ1割だったが、今では楽しみと怖さが5割ずつだな」
「……ねえ」
「ん?」
「本当にお父さまを納得させられると思う?」
「彩の手料理で、か?」
「ええ」
「まぁ娘だからといって甘くはないだろうな」
「そうね」
「正直言って厳しいだろう。正々堂々の勝負になったら、まず勝ち目はない」
「なにか、策でもあるわけ?」
「今はなにもないな。見守るだけさ」
「頼りないわね」


…………。

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の食堂。

コックはもちろん、メイドたちの姿も見えない。



 

「がんばります!」


そんな中、彩は気合十分だった。


「こんな時間に無理しなくてもいいんじゃないか?」
「どうしても、今作ってみたくて。ごめんなさい」
「いいけどな」


一応、誰かに気づかれないように扉は閉めておこう。

それから二人で厨房に入る。

オレは明け方まで料理に付き合った。


…………。

 

……。

 

 

 

 

「げっ」

「…………」


早朝。

源蔵のオッサンに出くわした。


「あー……おはようございます」

「ふん」


挨拶するも、鼻でバカにされた。


「こんな早くからなにをしている」

「別に。ちょっとトイレに起きたついでに食堂言って冷蔵庫漁ろうとしてただけだ」


「玄関先から入って来たようだが?」
「寝ぼけて外出たんだよ……ですよ」
「ランニングか」
「……知ってたのかよ」
「書斎からちょうど、貴様が戻って来るのが見えた」
「わかってたんなら聞くなよ」
「なぜ嘘をついた。後ろめたいことでもなかろう」
「わざわざ話すことじゃねえだろ」
「週に2回は、走っているようだな」
「そこまで知ってんのかよ」


案外、見られていたことに驚いた。


「成績は悪いようだが、身体は作りこんでいるようだな」
「なんなんだよ」


なにか探るような、そんな視線。


「彩に忠告しておけ。私を唸らせることは出来ないとな」
「やってみなきゃわからないだろ」
「わからない? おかしなことを言う。わかっているんじゃないか、貴様も無駄だと」
「…………」
「私を唸らせる料理など、素人に思いつくはずがない。世界各国一流のシェフや材料を用い作られた料理を食べ歩いた私だ」


オッサンは窓を開ける。

火照った身体に冷たい風があたり気持ちいい。


「彩の料理は、父親としても嬉しい。そこに魅力を感じないと言えば嘘になる。しかし、けして唸る料理を作れはしない。何年何十年と料理修行を続ければ、別だがな」
「オレとの関係は絶対に認めないってことか」
「……貴様にはなにもない。彩が貴様と関係を持つメリットがない。どうして認められる」
「それは……」
「気持ちが通じ合っていればなどと抜かすな? そんなものは一時のものでしかないのだ」
「ならあんたは、気持ちがなくても財力や地位があれば認めるってことなのかよ」
「そうだ。それが彩に必要なものなのだ。人は生まれながらにして運命を定められている。彩には手に入れる資格があるのだ。それを貴様に踏みにじる権利はない」
「最初から彩と約束をするつもりはなかったってことか」
「あれは嘘ではない。唸らせる料理を作れれば認めてやると言ったのは事実だ。可能性が限りなく0に近いだけのこと」
「あんたは……あんたからは、嫌悪感を感じる」
「当然だ。私は貴様が嫌いだからな」
「オレを嫌う理由がわからねぇな」


オレは、今まで感じていたことを話すことにした。


「確かにオレは口が悪い。成績だって悪いさ。でもな、あんたからは違う嫌悪感を感じる。そもそも……嫌悪感だけじゃねえ。殺意ってヤツを感じるのさ」
「…………」


オッサンの口元が、ぴくりと動いた。

 

「殺意? 当たり前だ。大事な娘に手を出したのだからな」
「殺意を感じたのは、初対面からなんだがな」
「……っ」
「オレの顔が気にくわなかったのか? 声か? 体型か? 匂いか、あるいは仕草か? それとも……過去か?」
「貴様……どこまで、なにを知っている」
「なにも知らねぇよ。勝手に推測して言ってみただけだ」
「…………」
「あんたがオレを嫌ってようが構わない。オレには彩が必要で、彩にはオレが必要だ。それが、今言える確かなことさ」
「そんな淡い感情など、すぐ消え失せる」
「かもな。だが、少なくとも今はある。それがすべてだ」
「子供は買い与えられたおもちゃに夢中になる。だが、やがて飽き、新しいおもちゃに感情は移る。より高いものを求める」
「人はおもちゃじゃねえからな。その日、その未来で新しく形を変えられるさ」
「なにを考えていようと、私は貴様をクビにする。彩との約束……手料理を食べたあとでな」
「…………」
「正面から私に挑んでも勝ち目はないぞ。安っぽい同情や、まして奇跡など起こらん。覚悟しておけ」

 

 

 

「…………」


源蔵のオッサンの、オレに対する嫌悪感は強い。

そして彩を思う気持ちも強い。

厳しいな……。

彩との約束を果たしたあと、オレは解雇されるだろう。

そうなれば、ここには留まり続けられない。

彩を連れ出すか?

……どこに。

オッサンの言うように、金も地位もない。

そんなオレがどこで彩を養えると言うのか。

考えなければならない。

源蔵のオッサンを納得させられる方法を……。


──「もし……」

「っ!?」


背後、それも間近からの声に、オレは慌てた。

素早く距離を取るようにして振り返る。



 

「ツキ……!」


気づかないうちに、かなりの距離まで詰められていた。


「もしも海斗が、世界で一番食べたい物を一つ選べるとしたら、なに?」
「なんだよ、いきなり」
「いいから答える」
「世界で一番食べたい物……」
「そしてそれが、もし一度だけしか食べられないとしたら? それを食べられなくなるとしたら?」
「さぁな……なんでもいいんじゃねえか? 適当に高級な物を選んでおけばいいだろ」

 

 

「私も、そんな気がします」
「なんだそりゃ」
「じゃあ、旦那さまはなんでしょうね」
「源蔵のオッサン?」
「彩お嬢さまは、なんでしょうね。麗華お嬢さまは、なんでしょうか」
「…………」
「私や海斗と同じように、高級な物を選ばれるのでしょうか。それとも……私たちが知らない……。そう、心の篭った料理、かも知れませんね」
「心が篭って満足するなら苦労しない。彩が作るだけじゃ、満足いかないってんだからな」
「今私は料理の話をしてる」
「あ?」
「作る人だけじゃなく、作る料理にも気持ちがあれば……違うんじゃないかと」
「…………」


作り手だけじゃなく、料理自体に気持ち?

なんだそれ。

オレには言っている意味がわからなかった。



 

「今と同じことを、彩お嬢さまに確認してみて下さい」
「彩に?」
「きっとわかるはずです」


……。



 

オレはすぐ彩の部屋に行き、直接尋ねてみた。


「…………」


なにか考え込むように静かに目を閉じる。



 

「でも……」
「どうした。もしかして引っかかることがあるのか?」


オレには一切ピンとこなかったが、彩にはなにか思い当たる節があるようだった。


「あの……確信はありません……。でも、もしかしたらって、可能性が……」
「言ってみろ」
「アップル、パイ」
「あっぷるぱい? あの、甘いデザート系の?」


こくりと頷く。


「まぁ料理っちゃ料理だが……」


あのオッサンが好んで食べるとは思えない。



 

「その結論に至った理由はなんだ?」
「お母さまが、よく作ってくれたんです」
「……母親か……」
「私とお姉さま、そしてお父さまも一緒に、お母さまの作ってくれたアップルパイを食べて……。私たち姉妹は勿論、お父さまもおいしいおいしいって……食べてました」
「なるほど……な……」

そりゃ、オレには思いつかない発想なわけだ。

亡き妻が作ってくれた思い出の料理か。

これに賭けてみるのは、十分価値がある。

 

 

「彩……まともに戦っても勝ち目は薄い。それなら、その思い出の味に賭けてみようじゃねえか」
「そうですね……はいっ」


そしてオレたちは、行動を開始した。


……。

 

 

 

正直言って、今から作るアップルパイに、オレは殆ど助言することが出来ない。

美味しい美味しくない程度ならともかく、母親の味を再現する際には、まったく役に立たない。


「ひとまずはアップルパイの作り方を覚えるか」
「そうですね」


本を広げ、さっそく取り掛かる。


…………。

 


……。

 

 

 

 

「一応、無事に完成はしたな」
「無事に完成しない可能性とか、海斗さんの中であったんですね……くすん」
「とにかく食ってみようぜ」
「はい」


オレたちは一口サイズに切り取ったパイを手に取る。

オレはそのままスッと口の中に放り込んだ。


「……これは……」
「ど、どうですか」


オレが食べるのを待っていた彩が息を呑む。



 

「これが……アップルパイか……」
「なにか変ですかっ!?」
「いや、初めて食ったし」
「ええっ! そうなんですかっ!」
「普段、食おうと思って食べるものじゃないしな。そうかこれがアップルパイか。美味いな」


二口三口と放り込んでいく。


「美味しいって言ってくださるのは嬉しいですが、なんだか少しだけ微妙な気持ちです……」
「とにかく食べてみろ。生命の安全は確認された」
「うう、どっちかと言うと貶されてます」


しょんぼりしながら、パイを食べる。



 

「…………」
「どうだ、お袋の味は再現出来てるか?」
「えっと、その……普通のアップルパイ、ですね。美味しく出来たことは嬉しいですけど、お母さまの作ってくれたアップルパイとは違います」
「そうか……そうだよな」


いきなり再現出来たら、それはそれで怖いものがある。

作り方の工夫はもちろん、材料も違うだろうから、それを再現するのは一苦労であるはずだ。


「こんなことを言うのは、情けないのですが……。私一人では、凄く難しいと思います」
「そうだな。確かに殺伐とし過ぎている。なら、他のヤツに協力を要請するしかないな。母親が作ってくれたアップルパイを食べたことがあるのは誰だ? もちろん源蔵のオッサンを除いて」
「お姉さまと……佐竹さんくらいでしょうか」
「麗華と佐竹か……よし」


すぐさま席を立つ。


「どうされるおつもりですか?」
「付き合わせるに決まってるだろ」


佐竹はともかく、屋敷にいる麗華ならすぐ手伝ってくれるはずだ。


「ちょっと行ってくる」
「私も行きます!」


……。


──コン、コン……。

 

 

 

「あの、お姉さま。少しよろしいですか」


やや緊張した面持ちで、麗華を呼び出す。



 

「どうしたの。二人揃って」

「お姉さまに、お願いがあって参りました」

「黙って協力しろや」

「……なんだか片割れの言い方が気に食わないけど、妹の頼みとあっちゃ断れないわね」

「アップルパイを、作ろうと思うんです」

「アップルパイ? ……そう。なるほどね」


すぐ合点がいったのか、微かにほほ笑む。


「いいアイデアじゃない。それならお父さまに斬り込めるかも知れない」

「当然だ」

「あんたの発案じゃないでしょーが」

「あ、でも海斗さんのお陰で思いついたんです」

「そうなの?」

「作る人の気持ちだけじゃなく、作る料理にも気持ちがあれば、違うんじゃないかって」

「海斗がそんなシャレたことをねぇ……」

「当然だ」


本当はツキが言ってたんだけどな。


「で、そこまでわかってて私にお願いすることって?」

「一度アップルパイを作ってみたんですが……」


持ち運んできたアップルパイを差し出す。


「味を見てくれってことね」

「数少ない味を知ってる人間だからな」

「いいわ」


指でアップルパイを摘み、お嬢さまらしくおしとやかに口の中へ。


「…………」

「どうでしょうか」

「アップルパイとしては合格ね。しっかりと要所を押さえた程よい甘さが出てる」

「ありがとうございますっ」



 

「だけど、お母さまのパイとは違うわね」

「はい……」

「味が劣ってるとか、そういうことじゃない。多分作る工程の材料や付け加える調味料のようなものが違うのね」

「もっとヒントになるようなことを思い出せないか」

「……そうね……」


昔を思い出そうとしているのか、腕を組んで考え込む。



 

「幼少期の記憶って頼りにならないから、間違ってたら悪いんだけど」

「なんでも構いませんっ。思いつくことありますか」

「全体的に、もう少し甘かった気がする。それに、舌触りが柔らかい感じがしたわね」

「柔らかい?」

クリーミー、って言えばいいかしら」

「なるほど……確かに言われてみれば……」


忘れないように彩がメモを取る。



 

「とにかく試行錯誤してみなさい。味見の必要があったら、いつでも手伝うから」

「はい。ありがとうございます」

「頑張りなさいよ」


心強い味方を手に入れ、オレたちは食堂に戻った。


……。

 

 

 

しかし、ヒントを得られたから解決するわけでもない。

本当に試行錯誤の始まりだった。


「うーん……これはちょっとないな……」


牛乳を混ぜて作ったアップルパイは、味の再現の前に少し変な味だった。


「そうですね、クリーミーにはなったと思いますが……」


アップルパイらしさがなくなってしまっている。


「次だ」


……。


「……べちょべちょだな。つか油ぎってて不味い」
「舌触りを柔らかくするためにバター1箱全部入れたのが失敗でしたね……」
「あ、なんかふらふらしてきた」
「気をしっかりして下さい! まだ始まったばかりです!」

 

 

 

「…………」
「…………」


…………。

 


……。

 

 

 

 

「全然ダメだったな」
「はい、再現するには、まだ決め手になるものが足りないです」


一番詳細を覚えてそうなのは源蔵のオッサンだが、その本人に聞くことが出来ないのだからもどかしい。


「明日佐竹に聞いて……それに賭けるしかないな」
「そうですね……」

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

「奥様のおつくりになられた、アップルパイ……か」

「あんたなら鮮明に覚えてるんじゃないかと思ってな」

「ふむ……しかし、それがどうかしたのか」

「源蔵のオッサンを納得させるためにどうしても、その味を再現したいんだよ」

「なにか企みがあるようだな。まぁいいだろう。私の記憶にある限りの話になるぞ?」

「それだけで十分だ」


オレは朝、佐竹を呼び出しアップルパイの詳細を聞いた。

佐竹は予想以上に覚えていたようで、アップルパイの命であるりんごのブランドまで覚えていた。


…………。

 


……。

 

 

 

 

 

学園の帰り、オレは彩を連れデパートにやって来た。

そのついでに麗華と尊も引っ付いてきたが、別に支障になるようなことじゃないだろう。

目的の材料を買い込み、オレたちは厨房に篭った。


…………。

 


……。

 

 



 

「それで、私に話とはなんだ麗華」

「わかってるでしょう、お父さま」

「……食堂、ということは、そういうことなのだろう」

「ええ。そのとおりです」

「しかしいつまで無駄なことを続けるつもりだ? 麗華や彩ならば、私のことはよく理解出来ているだろう」

「ええ。けれど、それでも悪あがきするんです」

「それほどまでに、彩があの男に洗脳されているのか」

「それだけ、彩にとって必要な人間ということです」

「ふん。ならその驕りをここで断つ! どれだけ高級な料理を出そうとも……あるいは食べたことがないであろう料理でも……。私は絶対に納得させられんということをな」

「じゃあ、さっそく持ってきてもらおうかしら」


麗華から厨房に合図が送られる。

オレは頷き……その料理を抱え不安そうにしている彩を呼んだ。



 

「お父さま……」

「早くしなさい。私も暇ではないのだ」

「はい」


彩は厨房から布を被せた皿を持ってくる。

目の前に置かれた皿から、焼きたての匂いが立ち上る。


「これは……この匂いは……まさか───」


彩が、ゆっくりと布を取る。


「ぬ……ぬうう!」


一度オレを睨みつけ、怒りを顔に出す。


「アップルパイ……だと……」



 

「はい。なにか問題がありますでしょうか」

「これはデザートではないかっ!」

 

 

 

「料理は料理よ、お父さま」

「ぐっ……」

「どうぞお召し上がり下さい。今の私に出来る、海斗さんと協力して作った最高の料理です」

「…………よかろう……約束は約束だ。なんであろうと料理なら食べてやる」


冷静を装うように、源蔵のオッサンはアップルパイを手に取る。


「…………」


そしてゆっくりと小さく口に含んだ。


「…………」



 

「…………」

「…………」

「…………」


オレたちは黙り込み、源蔵のオッサンの次の言葉を待つ。


「ふん……大方、妻のアップルパイを再現しようとしたのだろう」

「っ……」

「まだまだ味の再現には程遠い」


席を立つ。


「お、お父さま……私は……」

「りんごから出た水分を焦がし過ぎだ。これではせっかくの甘みを殺してしまっている」

「…………」

「今度作るときは、気をつけることだ」

「今度……それは、彩にチャンスをあげるってこと?」

 

 

 

「言っておくが私は海斗との関係を認めたわけではない」

「…………」

「しばらく、様子を見ることにしただけだ」


そう言い、源蔵のオッサンは食堂をあとにする。



 

「お父さまも素直じゃないわね」

「どうしたの、海斗」

「いや……」


思い返してみて、源蔵のオッサンに海斗、と呼ばれた記憶がなかったから驚いていた。

少なくとも、ああやって普通に呼ばれたことはなかった。



 

「私、お父さまに自分らしさを見せられたのでしょうか」

「…………」

「まだまだダメなのを見透かされて、ただ同情を買ってしまっただけなんじゃないでしょうか」

「あんたもよく知ってるでしょ。お父さまはけして、甘い決断をする人じゃないわ」

「そうだな。オレに容赦ないしな」



 

「……はい。私もっともっと勉強します。お姉さまにも、ここのコックさんたちにも負けないくらい」

「頼もしいこというじゃねえか」

「ちゃんと、そばにいてお手伝いして下さいね」

「断っても付き合わせるんだろ?」

 

 

 

「はいっ、絶対に拒否させません」

 

……。

 



 

 

二階堂 麗華 編 END

 

暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~【9】

このブログはゲームのテキストを文字起こし・画像を投稿していますので、ネタバレを多く含みます。

読んで面白いと思ったら購入し、ぜひご自身でプレイしてください。

ご意見・ご要望がありましたら
─メール─ zippydle.scarlet@gmail.com
または
Twitter─ @Zippydle_s
まで連絡下さい。

 

 

 


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「あのお話ってなんでしょう。お父さま」
「…………」
「お父さま?」
「あの男との関係を終わらせなさい」
「えっ?」
「恋愛することが悪いことだと言わん。しかし、職業の問題も勿論のこと、あの男だけは認められん」
「それって……海斗さんの、ことですか」
「そうだ。あの男だけは認めることが出来ん」
「そんなっ、そのお話は昨日解決したんじゃないんですかっ?」
「誰がそんなことを? 私は認めてなどないぞ」
「お父さまっ」
「こればかりは、いくらお前が頼み込んでもダメだ。お前はまだ学生だろう? 恋愛など早すぎる」
「そんなことありません! 私は……私はっ……」
「近い将来、必ずいい相手が見つかるだろう。今は一時の感情に流されてあの男に心を奪われているに違いない」
「私は私の意志で海斗さんを好きになったんです!」
「そうじゃない。今まで話しかける男がいなかった、たまたま最初に話しかけたのがあの男だった。それだけだ。宮川くんのように、しっかりと距離を開けお互いの関係を理解して行動していれば、今回のような騒動には発展しなかっただろう」
「そんな、そんなこと……」
「今ならまだ引き返せる。済んでしまったことをとやかく言って責めても始まらぬことだからな。一刻も早く、この悪い関係を断ち切ることが先決だ」
「悪い関係……」
「お前からあの男に、今の関係を終わらせたいと言うことが出来ないのならすべて私に任せておきなさい」
「なにを、なにをするつもりなんですかっ」
「あの男をクビにして、お前から遠ざける。麗華が引き止めるだろうが、私も折れることは出来ない」
「ですから、私には、海斗さんが必要で……」
「なにも心配する必要はない。黙って大人しくしていれば、すべて解決する」


……。

 

 

 

「はぁ……。どうして、私……上手く伝えられないんだろう」


…………。

 

 

……。

 



 

「打開するために必要なこと、だと?」
「菓子折りでも持っていけば喜ぶかな?」
「そんな姑息な作戦が通用するわけないだろう。で、どうして意見を求めるのが僕なんだ」
「首席で優等生の噂になら珍案……じゃない、良案が浮かぶかも知れないと思ってな」
「彩お嬢さまと旦那さまが関係していることか」
「そういうことになるか」
「知ったことじゃないな。僕は貴様がどうなろうと構わない」
「結果的に彩が悲しんでもか?」
「それは……だが、一時の悲しみで貴様と縁を切れるのなら考える余地もありそうだ」
「おいおい」
「と、本来ならそう考えるのも間違いじゃないだろう」
「……ま、そうだな」
「しかし僕としても二人を応援しない気持ちがないわけでもない」
「麗華の護衛を続けたいからだろ?」



 

「ぎくっ。そういう問題じゃないっ!」
「ぎくっとか声に出して言うなよ」
「なんだ、文句があるなら僕は戻ってもいいんだぞ?」
「神さま仏さま宮川さま、どうか助言をお願いします」
「最初から素直に頼み込めばいいんだ」


さっと尊の後ろに回り肩をお揉みする。


「最近凝ってて、あぁそこ……気持ちいい」
「乳揉み尻揉み肩揉みなら、このモミー朝霧に任せてもらおうか」



 

「くっ……本当にこれは、刺激がっ……」
「それで、なにか案はあるか?」
「そうだな……まず最初に、今回の件のなにが悪かったのかを考える必要がある。否定するかも知れないが、悪いのは海斗一人ということになる」
「それは認めておこう」
「ボディーガードとプリンシパルはけして交わることのない存在でなければならない。その根底から過ちを犯しているとなれば、事態を収束させる方法は非常に限られてしまうだろう」
「つまり?」

「諦めるのがいちば……あだだだだ! 思い切り肩を揉むなっ、痛いっ!」
「で、事態を収束させる方法は?」
「まっまずなにより、貴様が嫌われていることが問題だっ。いたたっ、もう肩はいいから離れてくれ」
「あんっ」
「変な声を出すな。そういうところが反感を買うんだ。なにより今回のことは、旦那さまの裁量によるものがすべてだ。つまりあらゆる数のマイナス要素があろうと、旦那さまを納得させることが出来れば、万事解決するだろう」
「そこまではわかってる。あの堅物を納得させる方法を模索してんだよ」
「そんなこと僕がわかるわけないだろう」
「同じ堅物ならわかるだろ、色々」
「僕が堅物? 僕ほど理解力がある男もそうはいない。実際、海斗を陰ながら応援しようとしているんだ、ありがたく思え」


全部私利私欲での味方だから、素直に喜べんな。


「源蔵のオッサンが納得する方法がないもんか」
「方法を考える前に、その呼び方を早急になんとかしないとな」
「オッサンじゃまずいか」
「当たり前だ。旦那さまと呼べ旦那さまと」
「昔の悪者ふうにすると?」

 

 

 

「へっへっへ、源蔵の旦那、ちょいと面白い話を耳にしましてね」
「おお、見事に昔の悪者だ。完璧にオッサンの心を鷲掴みだな」
「心じゃなく僕の心臓が鷲掴みにされる! いきなり無茶振りして変なことさせるな!」
「なら最初からやんなよ……」
「いいか、僕の助言を仰ぐつもりなら、僕が指示したことは必ず遂行してもらわなければ意味がない。今後、オッサンなんて言い方はやめて旦那さまと呼べ」
「オレが譲歩出来る最大の歩み寄りだな」
「まだ譲歩する以前の問題だ!」
「旦那さまって呼ぶだけじゃダメか」
「全然ダメだな」


と、腕を組んでなにかを考える仕草を見せる。


「確か近いうち、進級してからの総合試験があったな?」
「あの面倒臭いヤツな。近いうちと言っても、夏前だけどな」


体力やら学力やらを測定し、順位をつける試験。

今回はどこか別の場所でやるらしいが……。


「僕は当然のように3度連続のトップだったわけだが……」
「自慢したいだけなら他所でしてくれ」
「そうじゃない。貴様は何位だったんだ?」
「前回と同じく下から2番目だ」



 

「首席の僕と、下から2番目の海斗。旦那さまから見てどっちが受け入れられるかは一目瞭然だな」
「そりゃそうだろ」
「なら、そこでポイントを稼ぐことが出来るかも知れない。今の貴様は、落ちこぼれのレッテルを惜し気もなく周囲から貼り付けられている状況だ。ここで少し……いや……もしも成績が上位五人の中に食い込むことがあったらどうだ? 彩お嬢さまに少しでも相応しい人物になれるように努力していると受け取ってもらえそうじゃないか」
「そういうアピール的なのはどうかと思うんだが。もっと正々堂々と戦える手段はないのかよ」
「菓子折りを持っていこうと発想した男が言うなっ」
「試験で上位の成績を取る、か」
「それで状況がすぐ好転するわけじゃないだろうが、なにもせず毎日を過ごすよりもいいと思わないか?」
「確かにな……」
「正直な話、体術面で全力を出せば、貴様なら僕と互角……つまり2位にはなれるだろう。問題は学力だ。こればかりは……」
「なんとかやってみる」
「本気か? 毎日ろくに授業も聞かない海斗が、いきなり試験で高得点を取れるとは到底……」
「その辺に関しては、徹夜でもするさ」


実際のところ、やろうと思えばやれそうだ。

この間の試験でも、軽く90点は取れる自信があった。

今回勉強せず挑んでもそれに近い点は取れるだろう。


「仮に総合5位を取れるとして、まだ弱いな。もっと海斗の更生の兆しを見せる必要がある」
「難しそうな問題だぜ」
「日頃から礼儀正しく常識を踏まえて行動してくれ。今までのようにタメ口であれやこれやとしていれば、たちまち評価は下落する」
「今は下がりようのないところまで下がってるがな」
「余計なことは言わなくていい。しばらくの間、問題となることは絶対にしないようにするんだ」
「心配ない。オレは問題児じゃないから」
「シャンデリアの上に乗ってターザンごっこをしていたのはどこのどいつだ」
「あれはほんの茶目っ気じゃねえか」


つか、オレそんなことしたか? ……した気がする。

携帯テレビで放送していた昔のアニメを観て興奮して、思わずやっちゃったんだったな。


「それとまだある」
「まだあんのか」
「必要以上、むやみやたらと彩お嬢さまにべったりするのはやめろ。特に、旦那さまの目につく場所ではな」
「彩の寝室で夜こっそり密会とかならセーフか」

 

 

 

「夜中、二人きり、寝室、3アウトだ!」
「仕方ない。次のイニングで挽回することにしよう」
「現状が9回裏ビハインドだと気づいてくれ……」


次のイニングがない状況らしい。


「ならツーアウト満塁からホームランを打ってやるさ」
「ちなみに10点差あるから、満塁ホームランを打ってもまだ6点差ある」
「もう詰んでるとも言えそうだな……」
「これが残り1分で、競技がサッカーだったなら無理だな。時間に縛られない野球なら、まだ可能性は僅かにある」
「ほんと僅かな可能性だな」
「可能性がある限り追い求めるのが、貴様の使命だ」
「彩と必要以上にくっつかないように気をつけよう」
「それでいい。あとは……細かいところで僕もフォローしてやる」
「本当か? そう言って邪魔するんじゃないだろうな」
「僕が卑怯なことをするとでも思うのか」
「信頼させてもらうさ」


麗華のこともある、こいつなりに働いてくれるだろう。


「今やれそうなことは、それくらいか」
「思ったよりも少ないんだな」
「それだけ状況が苦しいってことだ。お嬢さまとの恋愛が、簡単に行くはずがない」
「そうだな」


本来なら、オレと彩の道が重なることなどあるはずもなければあってはならないことだ。


「一つ、思ったことがある」
「思ったこと?」
「貴様の素性だ」
「……それがどうかしたのか?」
「絶対にありえないと思うが、僕よりも優秀な家系ってことはないのか?」
「ないな」
「当然か……なら、南条ほどは?」
「それがなにか関係するのか?」
「単純に一般家庭の息子なら本当に絶望的だが、もしも多少なり権力を持っているのなら、救いがある。もっとも二階堂の前には宮川家でさえ霞んでしまうんだが」
「残念ながらないな」
「そうか、やはりか……。つまり一般家庭からの進学なのか」
「あー……そんなとこか」


もっと酷い、と言えば倒れかねない。


「少し前に、敬語を使おうと試みたことがあったな」
「すぐ諦めたけどな」
「あれをもう一度やってみるつもりはないのか」
「敬語ね……簡単にいくなら苦労しない」
「心がけ一つで、ある程度出来るものだ」
「こっちはそうもいかねぇんだよ」
「なにか理由でもあるのか?」
「ああ、ちょっとな」


幼い日のオレは、敬語を使わされていた。

だが、ある日を境に、タメ口を強要され始めた。

それから、どうも敬語を使うのが苦手になってしまった。

敬語を使うと……嫌なことを思い出す。

「なにがあったのか知らないが、敬語を使えるのと使えないのとでは印象が大きく違う」
「オレが使うと違和感ありすぎだろ」
「だとしてもだ」
「ちっ」
「彩お嬢さまのためを思うなら、やってみるんだな。せめて旦那さまの前だけでも、振舞えるようになれ」
「一応、気には留めておく」
「今僕がアドバイスしてやれるのは、これくらいか」
「全然役に立たなかったな」
「なにっ!?」
「冗談だ。悪いな、相談に乗ってもらって」
「ふんっ。優しすぎる僕に感謝するんだな」
「感謝の気持ちが一瞬で溶けて消えてしまった気がする」
「頻繁に僕に頼らないでくれよ。何度も話したり部屋に入り浸っていたら変な噂が立ちかねないからな」
「変な噂? 例えば」
「あれだ……仲がいいと勘違いされたりするだろ」
「…………」
「…………」
「…………」
「変な間はやめろ!」
「いや、考えてみたら背筋がぞっとした」
「僕は鳥肌が立ったぞ」
「どれどれ?」
「ほら見てみろ。逞しくしなやかな僕の腕に、凄い鳥肌が立っているだろう」


尊の腕を覗き込み、さっと撫でる。


「なっ?」
「ほんとだ。すげぇ鳥肌」
「…………」
「…………」
「だから変な間はやめろ! それから近い。触るな!」


自分から見せてきて、なにを言っているのか。


「男同士で気持ち悪いじゃないか!」
「そうだな。どうりでさっきから吐き気がするわけだ」
「僕はもう喉元まで来てたぞっ」
「汚っ。今口の中臭ぇのかな」
「僕に汚い部分なんてない! ああくそ、僕は自分の部屋に戻る。本当に変な噂が立てられても困るからな」
「こんな夜中に誰かが聞き耳立てるわけないだろ」


……。



 

「……触る、男同士、汚い部分なんてない…………こわっ」

 

 

…………。

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

「はーい皆、おはよーっ」

 

 

朝のホームルーム。

かったるい朝の教室に似つかわしくない元気な声が、空気をさらに重くする。


「先日言ったとおり、今日から個人面談を行います」
「個人面談?」


麗華「あんた、聞いてなかったの?」


「いつの話だよ」


麗華「十日くらい前に言ってたじゃないの」


「知らん」


麗華「話聞いてなかったのね。呆れるわ」


十日前と言ったら、彩とのことでごたごたしてたときか。

まったくもって話が頭に入ってなかったな。

「しかしお嬢さまに個人面談なんて意味あんのかね。就職なんてあってないようなもんだろ」


麗華「あのね、ボディーガードの個人面談に決まってるでしょ」


「そうなのか」



 

「しっかりしなきゃダメよ、朝霧くん」

「人の話を盗み聞きするな」

「したくもなるわよぉ。だって、個人面談一番手だもの」

「…………」

「『あ』さぎりくん」

「『あ』、そう」

「この真面目学園の中で、唯一の良心ならぬ不良じゃない」


薫「うむ、確かに」

侑祈「そうそう、学園の宝だよなぁ」


「むしろ腐ったミカン?」


麗華「綺麗なミカンまで腐らせる最悪の存在ね」

妙「捨てちゃえ捨てちゃえ」

薫「確かに、それが私たちのためか」

侑祈「悪いなぁ海斗」


自己主張が激しく他人を思いやらないクラスの連中が、今一つになろうとしていた。

互いに笑い合い、そうだそうだと頷き合いながら、オレという腐ったミカンをバカにする。

そう、その光景は単純に……。


「悪質な虐めだよな」


人は喜びや感動を共有することが出来るが、悪質な行為を共有することもまた、出来るのだ。


…………。

 


……。

 

 

 


授業が終わり、昼休みになった。

オレは彩の教室まで足を運ぶ。


……。

 

 

 

「メシ行こうぜ」
「あ……はい……」
「どうした、そんな落ち込んだ顔して。朝からずっとそんな表情してるな」
「いえ、その、あ……それとは違って……」
「違う?」
「テスト……戻ってきたじゃないですか」
「ああ、今さっきな」


オレの答案用紙は、既に机の中で丸められてぐしゃぐしゃだ。


「何点だったんだ?」


隠して手に持っていた答案用紙を覗き込む。


「あっ」
「……65点……」
「み、見ないで下さいっ」

 

確かこのテストの平均は78点だったな。


「ちょっと悪いが、それほどでもなく、かと言って印象に残る点数ではない、微妙な点だな」
「わかってるんです、頭良くないってわかってるんです」


グッタリとうな垂れる。

「麗華のヤツは憎たらしいくらい満点取るよな」
「100点以外の点数を知りません」
「……だろうな」


具体的には色々欠点があるが、それ以外の部分じゃ悪い部分が見当たらない。


「いや、性格は大いに問題ありか」
「性格もパッとしなくてごめんなさい……ごめんなさい」
「お前に言ったんじゃねえよ」


その場の空気が重くなりつつあったので、強引に彩を席から立たせる。


「メシ食いに行くぞ」
「そう……ですね」



 

「おいっ! いつまで僕を無視するつもりだ!」


「なんだ尊、いたのか」

「彩お嬢さまの隣にさっきからいただろ!

「悪い。無視してたんだ」

「気づいてたんじゃないか、悪質だ!」

 

「だって尊が喋ると彩の影が薄くなるだろ」



 

「薄くってごめんなさいいいい」

「あーあ、また彩が落ち込んでる」

「貴様が容赦なく現実を突きつけるからだ!」

 

 

 

「非情な現実ですううう」

「しまったぁ!?」


がっと頭を抱えて叫ぶ。


「ほんと面白いな尊。前面に出すぎだぜ」


周囲のお嬢さま方も、見慣れぬ? 尊の取り乱し方に驚いていた。


「く、貴様のせいで完璧な僕のイメージに傷がつく。さぁ行きましょう。こんな男は放っておいて」


学園では、オレたちの関係は今までどおりだ。

オレが麗華の護衛を務め、尊が彩の護衛を務める。

本当なら逆になっていてもおかしくはないが、ここでそこまで踏み切れば後戻り出来なくなる。

源蔵のオッサンとの関係もますます悪化する。


「どっちでも同じようなもんか」


一度教室に戻る。


……。



 

「あんた、私を置いてくとか何様のつもりよ」
「落ち着けよ。ちょっとトイレだったんだ」
「その割に、トイレの方角じゃなくて彩の教室の方に足が向いてたみたいだけど?」
「彩の教室で放尿してきたんだ」



 

「公然チンせつ罪で逮捕ね」
「……微妙に違うくね?」


……。



 

「ちょっと聞いたわよ。悩んでるんだって?」
「マジか……そう、不思議だよな。自販機で飲み物買うとき、たまにどっち買うかで悩んで……。迷って二つ同時に押したら、出てきた方を見てちょっぴり悲しくなるあのセンチメンタルな気持ちってなんなんだ? 結局どっちが出てきても後悔するっつーか」
「あんた、なに言ってんの?」


どうやら、その悩みのことじゃないらしい。


「他に悩みなんかあったっけか……」
「彩とのことよ。お父さまが素直に認めてくれるわけがないとは思っていたけど……」
「……知ってんのか」
「わかっててはぐらかそうとしたわね? 昨日夜、宮川がやってきたと思ったらそのことを聞かされたの。あいつも思ったより、あんたのこと考えてくれてるのね」


断言してもいい、あいつは麗華と話をするために行ったな。

共有出来る話題を手に入れて、思わず部屋を訪れたに違いない。


「今度の試験で、上位を取ってみせるみたいね」
「挑んでみるだけだ」
「別に根拠なんてないけど、あんたならやれそう」
「本当に根拠がないな」
「でも、私の勘は結構当たるのよ」
「じゃあオレの今後でも教えてもらおうか」
「勘と占いを混ぜないでよ」
「なんだ、案外大したことないな」



 

「死ね」


「……殺すな」


…………。

 

 

……。

 

 

 

 

「ふう……」


「よう。隣、空いてるか?」

「あっ海斗さん。どうぞどうぞ」

「よし」



 

「よしじゃない。なに勝手に隣に座ろうとしているんだ。彩お嬢さま、失礼します」


オレが座ろうとした場所へ割り込み、尊が座ってしまう。


「正しい判断ね」

「当然のことです」


学園内で不必要な接触を避けさせるつもりらしい。

確かに荒波の立ちそうな行為は慎むべきか。

麗華の隣に腰を下ろし、四人で昼食をとることに。


「…………」

「…………」

「なんか、びみょーにお通夜みたいな雰囲気ね」


オレもそうだが、彩も話題に富んだやつじゃないからな。

かと言って尊もこの二人の前で騒ぐわけはないし、麗華も一人でぺらぺら場を盛り上げることはしない。

……静かなメンツだ。


「あ、えっと……」


なにか話題の糸口を探そうとしているのか、ごにょごにょと口を動かす。


「今日の料理も楽しみですね」


明るく微笑んでそう言った。


「そうだな」


盛り上げようとしているので、一応オレも便乗してやろう。


「べっ別に特別な物を食べたりするわけじゃありませんけど、食事の時間は楽しいですよね」

「三大欲求の一つだしな」

「私なんて食事の時間だけが楽しみで……。食事の時間だけが楽しみな私って、一体……」


自分で言っておいて、急激に落ち込む。


「彩、いい加減その性格改善しなさい。すぐに落ち込んだりするのは良くないわよ」

「それは、わかってるんですけど……私ってなんて使えない人間なんだろうと思うと……」

「だから、そういうところを治しなさい。私のようになれなんて言わないから」

「麗華みたいに? 無理無理。麗華のような凶暴性のある性格の持ち主は100年に一人くらいなんじゃないか?」

「あんたのそのふざけ過ぎた性格を持った人間も希少価値が高いかもしれないわね。絶滅種かもしれないけど」

「ながいきがしたいです」

「なら口を慎むことね」

「まったく持ってそのとおりです」

「麗華の言うことには一々反応するんだな」

「麗華お嬢さまの発言に間違いはない。僕は麗華お嬢さまが真実しか話さないと断言出来る」

「宮川は短小」

「げほっ! ごほおっ!」

「お嬢さまが短小とか言うな。尊が苦しんでるぞ」

「く、ぐぐ……これも、海斗のバカの影響かっ」

「ほんとに否定しないのね」

「悲しくも事実だしな」

「お、お姉さまが話し出したら、場が盛り上がりました。ああ……やっぱり私ってダメですね」

「そこで落ち込むな。人にはそれぞれ役目ってのがある」

「役目?」

「場を盛り上げる者、人々を和ませる者……。なにかしらプラスのものがあるはず」

「私には、どんな役目があるでしょうか」

「そうだな………………」

「どきどき」

「…………うーん……」

「ええっ、考え込まれてますっ!?」

「こういうのは、自分で気づくものだ」


「あ、逃げた」

「逃げてない」

「目が泳いでるわよ」

「泳いでないだろ」

「面白くないわね。もっとうそっぽい反応しなさい

「ここ、こういうのは、自分で気づくものだ、ははは」

「うそっぽすぎて本当のことに聞こえてきたわね」

「なんなんだよ……」

「皆さんお話が盛り上がって、羨ましい限りです」

「く……」


慌てて尊が、こっそりサインのようなものを送ってくる。

オレは高い理解力を用い瞬時にそれを理解する。


『クッキーの、空き缶、香りがいいよね?』


「(全然違う!)」


口パクで一喝された。

くそ、オレとしたことがミスっちまった。

再度尊からのサインを理解する。


ハバネロ登場で、タバスコの存在が、薄れた?』

「(だから違う! どうしてそんな意味になる!)」

「(悪い悪い)」

「(ああもう、僕の口パクを理解出来るなら話は簡単だ。彩お嬢さまを悲しませるな!)」

「(じゃあお前が話題を振れよ)」

「(一度だけだからな! 手本を見せてやる!) ……彩お嬢さま」

「どうしましたか?」

「今日は返却されたテストについて語り合いましょう」

「あの簡単過ぎたやつ?」

「ええ、ほんと眠たくなるほどの問題でした。当然僕は100点でしたが」

「100点くらい取って当たり前だったわね」

「海斗は?」

「オレか? 70点だった気がする」

「海斗にしては高い得点じゃないか」


簡単な問題だったから、そこそこ正解しておいたのだ。


「あのテストで90点未満の点数を取る頭なら僕は恥ずかしくて穴に篭ってるだろうな」


「…………」


「あ~あ」

「はっ、しまった!?」


「そう……そうですよね……65点取る私なんて、穴に入ってるのがお似合いですよね」

「宮川、あんた最低ね」

「お前も100点取って当たり前とか言わなかったか?」

「付け忘れたけど、訓練生なら100点取って当たり前よね」

「汚ねぇ言い分だな」

「そ、そう。訓練生なら穴に篭れってことです。お嬢さま方なら、0点以外なら問題ありません!」

「疲れる生き方だよな」

「社会の仕組みを理解してる分、大人なんじゃない?」

「オレが子供ってことか」

「悪ガキね」

「純粋な少年と呼んでくれ。常に探求心と好奇心を持ち合わせてるのさ」

「確かに、探求心と好奇心は持ってるわね」

「海斗の探求心好奇心は、不純なイメージしかないな」

「不純ってなんだ不純って」

「エロティシズム?」

「オレそんなキャラじゃねえだろ」

「そうよね。ムッツリなのは宮川みたいなのか」

「ぼぼぼ、僕は違います! ほんと大仏みたいな男です、はい!」


「あ、あの……大声でそういう話は、ちょっと……」


周囲からは異様な視線で見られていた。


「食べましょうか」


……。

 

 

 

 

「私……なにか、見つけられないでしょうか」
「なにか?」
「皆さんより、ちょっとだけ凄いなにかです」



 

「さっきのこと気にしてるの?」

「なにか自慢出来ることが欲しいんです」

「…………」

「お、その目は『胸なら十分自慢出来るわよ』か?」


──!


「自慢出来ること。簡単なようで難しいわよ」



 

「僕の学生服に鼻血をつけるな」

「突然鼻血が出てきたんだ、不思議だよな」

「天罰が下ったんだろう」

「なにか探してみるのは悪いことじゃないな」

「はい」

「なにをどう手伝えるってわけじゃないが、少しくらい支えになれるように努力してやるよ」

「なんか熱いこと言ってるわね」

「まったく、身分も実力も兼ね備えず、大事ばかりです───」

「あら、もし彩の夫になれば、海斗の権威は二階堂と同じものになるわよ」



 

「僕の遥か上だと!? そんなっ……いや……将来もしも僕と麗華お嬢さまになんらかの関係が芽生えたとしたら、海斗が弟か……。冗談じゃないぞ。僕の弟が海斗なんて死んでも……。し、しかし、麗華お嬢さまが僕の花嫁だったなら、僕は死ぬほど幸せなわけで……」


「おい、ぼーっとしてないで行くぞ」

「はっ!? 麗華お嬢さまと彩お嬢さまは!?」

「とっくに前を歩いてる」


……。



 

「あんたにさ、率直に聞きたいんだけど」
「悪いな。お前のことは愛せない」


──!



 

「1回の鼻血じゃ満足出来なかった?」
「ひ、ひは……ひゅうふんれしら」


鼻の骨が折れたんじゃないかと思うくらい殴りやがって。


「ぶっちゃけ聞くけど、彩の得意そうなことってなに?」
「そんなもんがあるならオレが聞きたい」
「ああ、やっぱり?」
「あいつどんくさいし頭も良くないだろ?」


──!


「妹を悪く言ったら蹴り上げる」
「蹴ってから言うな」
「でも確かに……色々とろくさいわね」
「お前のが容赦ねえよ」
「最近私と距離を置くことが多いから、ひょっとしたらあんたの方が彩を見れてるんじゃないかって」
「まぁな……」


なにかあっただろうか。

彩が他の相手に負けてないようなもの。


「あ……」
「なに?」
「いや……アレを特技とか、そういうのはちょっとな」
「言ってみなさいよ」
「…………しかしなぁ……人として問題があるだろう」
「だからなによ。言わなきゃわかんないでしょ」
「あいつが隠れてこそこそやってること知ってるか?」
「隠れてこそこそ? ……もしかしてゲーム?」
「やっぱり知ってたか」
「あの子は隠し通せてるつもりでしょうけど、屋敷の中で知らない人はいないんじゃないかしら」
「源蔵のオッサンも?」
「知ってるわ」


どうやら、モロバレしてるようだ。


「あの子ゲーム好きみたいだけど、上手いの?」
「オレじゃ手も足も出ない」
「それ、あんたが弱いだけなんじゃない?」
「だが、オンラインだかなんだかのゲームで相当上位にいるとは聞いたな」
「へぇ……」
「ただゲームを特技として自慢するのは問題があるだろ」



 

「確かに誇れること、ではないわね。だけど、手先が器用とも取れるんじゃない?」
「ゲームと手先の器用さはそんなに関係ないだろ」
「じゃあゲームが得意だと他になにが得意なのかしら」
「……ないんじゃねえか?」
「身もフタもないこと言わないで、考えなさいよ」
「考えて出ることなら苦労しないってことだ」
「そんなことで、本当に彩を支えていけるの?」
「オレなりにやってみるだけさ」


その前にまずは勉強の方だ。

試験の範囲も知らないまま受けるのは頂けない。


…………。

 


……。

 

 

 

 

麗華を屋敷まで送り、学園に戻って来た。

もう陽が傾きかけ、空は朱に染まり始めていた。


「あいつが徒歩で帰るせいだ」


普通のお嬢さまであれば、学園に迎えに来た車に乗せて終わり。

オレは残ってすぐ個人面談に移れたはずだったんだが。


……。



 

放課後遅くの学園には人気が殆どなかった。

部活動も放課後の雑談もない学園に、無意味に残る物好きなどいないということだろう。


「教室でいいんだったな」


……。


自分の教室の前に来ると、一人の男子生徒が立っていた。

お前なにしてんだ……と思ったが、よくよく考えてみれば簡単なことだった。


男生徒「お前、最後だぜ」


「ああ。好きにしてくれ」


個人面談を、一日一人の生徒ってわけがない。

オレの他に何人かいて当たり前だった。

元々一番初めだったんだし、割り込めはしないか。

特別な会話もなく、オレは生徒の隣に立つ。

教員からは朱美教員と男子生徒の声が聞こえる。

ここにいるヤツを含めてあと二人か。


男生徒「おい」


…………。


男生徒「おいっ朝霧」


「あ? オレか」


男生徒「ここにはお前しかいないだろ」


「電波でもキャッチしてんのかと思って」


男生徒「するか! なに考えてんだ」


「知らないヤツに声かけられるとは思わないだろ」


男生徒「一年前から一緒に勉強してきただろ!」


「……そう言えば……そのタラコ唇には見覚えがあるな」


男生徒「そんなとこで覚えんなっ!」


「んで、なんだよ」


突然アホの顔になった。


男生徒「なあ……朱美先生って、美人だよな」


「…………」


男生徒「お嬢様はともかく、なんとかして、お付き合い出来ないかな」


「…………」


男生徒「やっぱりお嬢さまを守ることも大切だけど、一人の女性に……愛した女性に命を賭けるってのもいいよな。女性を口説く方法とか、あるのか?」


「オレに聞くな」


男生徒「だって、お前色々すげぇんだろ? 女関係」


「知るか」


男生徒「相変わらずつれないヤツだな」


「くだらねぇこと聞くからだ」


男生徒「あーあ、俺が悪かった。お前に話しかけたのが間違いだったよ」


「そういうことだ」


……。

 

うっとうしい隣のヤツと少し距離を取り、待つこと数分。

教室から生徒が出てきた。

隣のヤツと一言二言話すと、帰って行く。

入れ替わるようにして、そいつは教室に入っていった。


「あーだり」


……。

 

さらに待つこと十数分。

最後の生徒が帰って行った。

オレは教師の待つ教室に入っていく。


……。

 

 

 

「お待たせお待たせー。ささ座って」


くっつけられた机。

オレは用意された場所に腰を下ろした。

直前まで男子生徒が座っていたからか、生暖かい。


……。


「───と、言うことだ。じゃあな」

 

 

 

「まだなにも話してないじゃないのぉ」
「ちっ……。場転させときゃ話した気分になるかと思ったんだが」
「なんでもかんでもそうやって逃げるのはどうかしら。いい加減ご都合主義やめようと思ってるのよねぇ」
「そんな軽くも深いセリフはいらん」


色々問題が生じかねないだろうが。


「さて、それじゃあ個人面談を始めるわね」
「好きにしてくれ」


ひらひら手を振って話を促す。


「提出された中間レポート、読ませてもらったわ」
「なんだそれ」

「ちょっとちょっとぉ、冗談でしょ?」
「聞いたこともないな」
「……ほーんとなにも聞いてないのねぇ。あなたのプリンシパルが、あなたの日頃の行いをどう思ってるか書き留めたものよ」
「そんなもんがあったのか」
「あと、周りの人からの意見とかもね」
「そりゃ……」


さぞかしボロクソに書かれてあることだろう。


「殺したいだとか、殴りたいだとか、あるいは呪い殺したいだとか書いてあったか?」
「あははは、面白いなぁ朝霧くん」
「別に面白さを狙ったわけじゃないが……」
「随分頑張ってるみたいじゃない。麗華さんからの評価は上々みたいよ」
「だろうな。……なに?」

 

 

「麗華さんからは、不満点はまったくないって。大体一つや二つくらいあるものなんだけど」
「あいつが、オレに不満がないって?」


朱美教員は深く頷く。


「意外?」
「意外もなにも、信じられんな」
「周りからも二重丸押されてるしぃ」
「ほんとかよ……」
「でも、違った意味で困った子なのよねぇ、朝霧くんは」
「違った意味?」
「護衛対象側からの不満は一切ないけど、私たち教師……学園側からは不満があるってこと」
「授業に取り組む態度か? それともあんたの生徒名簿をのり付けしたことか?」

「あああっ! あの悪戯は朝霧くんだったのね!」


余計なひと言だったか。


「おかげで何枚か破れちゃったじゃない~」
「しっかり管理しておけ。教室に置き忘れる方が悪い」
「まったくもう……。授業態度でも、のり付けしたことでもないわ。試験官に選ばれた人が嘆いてるのよ。あなたに隙がないから、襲うタイミングがないって」



 

にこっと笑う朱美教員。

その笑顔が、オレは気にくわなかった。


「襲うだと?」


日頃オレたちの帰宅中に向けられる、視線のことか。


「随分腕が立つのね」
「別に。オレの成績はあんた知ってるだろ」
「下から5番目。でもね、こうして対面してるとよくわかる。試験官の人たちが、あなたを襲えない理由」
「たかだかお嬢さま学園の女教師に、知ったようなことを言えるとは思えないな」
「あははは、確かに」
「オレはただの落ちこぼれだ。首席の尊、優秀な薫に助けられて進級しただけだ」
「でも、麗華さんはあなたを選んだ」
「それはタイミングの問題だ。あいつは変り種だからな、たまたまオレだっただけのこと」
「自分の評価が随分と低いのね」
「事実を事実として話してるだけさ。それにな……あんたのその作った笑い、不愉快だ」

「ひどーい。男の子には可愛いねって言われるのに」


しくしくと泣くような仕草を見せる。

それでも、オレが不愉快に感じる理由は解消されない。


「いい加減にしてくれ」
「なに怒ってるの? 怖い顔してる」
「だったらやめろ」
「え?」


わざわざ問い返してくる。

それほど『直接オレに』言わせたいのか。



 

「言うまでもないだろ。あのたの、その吐き気のする殺気をだ」
「……あはははぁ。ごめんごめん、うん。ごめんね。これも世知辛い新米教師の役目なの」


へらへら笑ってはいるが、オレにはそれが作り笑いにしか見えない。


「ごめんなさい、ほんとごめんなさい」


手を合わせて謝る。


「うーん、ほんとさすがねぇ。表情以外からも気配を察知するなんて」
「誰にでもわかる。素人の殺気なんざバレバ──」
「わからないわよ」


即答だった。


「少なくとも今日個人面談した生徒は、全員私に対して気づくことはなかったもの」
「…………単純に言わなかっただけだろ」
「う~ん、そうだったらいいんだけど。麗華さんも幸せね、こんなに優秀な子がボディーガードなんて」
「話が嚙み合ってないな。オレが落ちこぼれだと言ったところで、あんたが勝手に持ち上げるんじゃ解決しない。こんな話をするために面談してるのか?」
「つれないなぁ、ってよく言われない?」
「つまらない話に時間を割きたくない」
「楽しい会話から、が私のモットーなんだけど」


ぽりぽりと頬をかく。


「わかりました。あなたは私たちの資料にあるとおり、技量面や学業面に不安がある。そういうことであってるのね?」
「それで?」
「えっと、朝霧くん。将来の目標はあるのかしら」
「将来の目標なんて、ここに来てるヤツなら決まってるだろ?」
「それはあなたの答えじゃないじゃない。他の子はそうかも知れない。うん。じゃあ『あなた』はどう考えているの?」
「特に変わりない」
「卒業後もボディーガードを続けていく……そう思ってると解釈しても?」
「好きにしてくれ」
「あいまいねぇ……。じゃあ、どれくらいの志を持ってるのかな? 一流企業の社長から、海外の政界人……。あるいは資産家のSPになること」
「まだわかんねぇな。ボディーガードの職を把握しきれたわけじゃない」
「まだ明確な目標はなし、と」


意味なさそうなことまでメモしていく。


「今の環境下で、なにか不満はある?」
「ないな」
「なし……と。なんだか空白の回答ばっかり。もうちょっと具体的に答えてもらえると嬉しいな」
「具体的に答えられることならな」
「そっか。じゃあ次に、今の日本についてどう考えてる? 主に治安に関することでお願いね」
「先進国。守られた治安。安全な国」


それは、思っていることとは正反対だった。

オレに言わせれば、ここは腐りかけている。

言うなら、この国は一つの部屋。

悪害を部屋の隅に追いやっている。

自分が普段使うベッドや台所は綺麗だが、隅々には埃やゴミが溜まり、見てみぬフリをしている。

その部屋はけして綺麗な部屋なんかじゃない。

確実に埃やゴミは溜まっているのだ。

いつか、それは隠しきれなくなる。

つまり……禁止区域。

日本の治安を考えたとき、殆どの人間は『平和』という答えを導き出すだろう。

それがここ数十年で日本が作り上げた政策だからだ、

事実、薫や尊を始め、多くの人間がこの国を平和の象徴として捉えている。

日本イコール『禁止区域』と真っ先に導き出すオレのような人間は、簡単に言えば通常思考の持ち主ではないことになる。

オレがここで禁止区域という名前を出せば、そこから辿っていくつもの情報を与えることになりオレの素性もバレてしまう。

日本を危険な場所だと口にするのは簡単だったが、目の前の教師にそれを話すつもりはなかった。



 

「意外ねぇ」
「そうか? オレだけか、こう考えてるの」
「ううん、皆そう答えてた」
「だったら意外でもなんでもないだろ」
「なるほど、確かに。平和な国……と」


こいつは、明らかに含みのある会話ばかり投げてくる。


「あー可愛くないなぁ朝霧くん。私の考え、全部わかってるみたいだし」
「考え?」
「そうやって疑問形で返したり、あるいは曖昧な表現で逃げられるし」
「…………」
「もしくは無言で、ね」


そう言って、くるくるとペンを回している。


「履歴書、空白だらけで困ってるって前に言ったと思うんだけど……。ご両親のこととか、教えてくれるかな?」
「その必要があるのか?」
「学園としてあるのよねぇ。血筋や資産なんかも、就職先に影響してくるし」
「心配するな。就職先は自分で決める」
「私たちだって精一杯フォローするのに」
「必要ない」
「そっか。残念だけど、仕方ないわね。個人個人で考え方が違うのは仕方のないことだし」
「で、まだ質問があるのか?」
「ううん、これだけ」
「そうか」


すぐにここを立ち去ろう。

今の状況でこいつと対面していたら、無性に殴りたくなって仕方がない。


「あ……最後に一つだけあったわ」


ぱたりと調書を閉じる。

笑顔でありながら、冷ややかな視線を向ける朱美教員。


「もしも麗華さんが……ううん、この世界で一番大切な人があなたにいたとして。海斗くんとその命、どちらかしか救えないとしたら───」
「もちろん、オレの命を投げ出してでもその大切な人間を守るさ」


教師の言葉を最後まで待たずして、そう答えた。


「……そう。ありがと、これで終わりよ」


椅子を引き、立ちあがる。


「じゃあな」


……。

 

 

 

──「朝霧くん」

 

教室を出ようとしたオレを引き留める。



 

「私の意見、一つだけ聞いてくれる?」
「なんだ」
「さっきの質問のことだけど。私は……自分の命と、他の誰か大切な命を天秤にかけたなら、そのときは迷いなく自分の命を取るわ。例え大切な人を殺すことになっても」
「…………」
「だって、大切な人はまた作ればいいけど、自分の命はたった一つしかないんだもの」
「そうか。あんたは一般人、オレはボディーガードだからな。そういう見解の違いがあって当然だろう」
「そう。さようなら」


……。

 

 

 

「ふう……疲れさせてくれる子ねぇ。朝霧海斗。朝霧、海斗。あさぎり、かいと……ふふ……ふふふ……ふふふふふふ。ほんと、個性的で面白いなぁ。強い意志、それに裏づけされた実力……。でも残念……どれだけ素質を持ち合わせていても、それが一人でしかなければ、なんの意味もないのよ。点…憐桜学園……警戒の必要なし……」


…………。

 


……。

 

 

 

 

個人面談を終えたオレは、なんとなくそのまま帰ることを嫌い、ぶらぶらと街中を歩いていた。

辺りはすっかり暗くなり仕事帰りのサラリーマンやOLと行き違う。


「本でも、買って帰るか」


ぶらっと本屋に立ち寄った。


……。



 

特に読んでいるシリーズ物で、新刊は出ていない。

新しく開拓してみるか?


「シリーズ物は、金がかかるな」


読みきれる、一巻読み切りがいいだろう。

そんなオレに、新刊コーナーの一冊が目に飛び込んできた。


『禁止区域強制退去法案可決までの秘話』。

実に長ったるいタイトルだ。

他の新刊と違い、売れ行きは芳しくないようだ。

分厚く威圧感を放つその本だけが、山積みされている。

帯には見たこともないオッサンが微笑む写真。

この本の著者のようだった。


「…………」


本を手に取り、裏を見る。


定価2800円。

高ぇ……。

ポケットに手を突っ込み、金を探す。

麗華の使いなんかで出かけたときに、おつりをちょろまかした分がある(バレてるが)。


「413円」


まったくもって足りなかった。


"本を盗む"


「…………」


現状、金のないオレには正攻法で入手する方法はない。

つまり、裏の手を使えば入手可能ということだ。

セキュリティ自体は、大したことはない。

幾つかの監視カメラにタグから感知する万引き防止ゲート。

一見難しそうに見えるが、やれないことはない。


「やる、か……」


オレは周囲の気配に、自らの気配を混ぜ──


──プルルルル……。


「…………」


ポケットに入れてあった携帯が鳴る。


「もしもし」
『なにやってるか』
「ちょっとスリリングを」
『晩御飯はいらないと見える。ビーフステーキ』
ビフテキかっ!?」
『それで、いつ帰ってくるか』
「すぐ帰る。今駅前だから……10分ほどだな」
『どうして駅前にいるかも気になりますが、駅前から10分で帰れると言う海斗に尊敬』
「走ればそんなもんだろ」
『私は30分かかります』
「体力ねーもんなお前」
『ほっとく。とにかく、早く帰って来た方がいい。麗華お嬢さまが心配されてます』
「それはない」
『悲しいけど、海斗の言うとおり。変に慰めようとしたけどバレてしまったか』
「ツキが心配してるから帰ってやるか」
『今電波が、なんて言ったか、あ、ダメ、電波──』


通話が切れた。


「電波ばっちりだっての」


ポケットに携帯をしまう。


「なに、やろうとしてんだオレは」


こっちは、禁止区域とは違う。

しっかりとしたルールと秩序がある。

どさっと本を乱雑にコーナーへ戻す。

 

"後日買いに来る"


今日無理に買う必要はないな。

金もないし、軽く見て回ってから帰るか。

本を元に戻し、出版元とタイトルだけ記憶しておく。


…………。

 


……。

 

 



……。



 

 

……。

 

 

 

 

「お風呂上り?」
「麗華か」


パジャマ姿の麗華が廊下を歩いていた。


「どうだった? 個人面談」
「別に」



 

「教師と二人きりの教室でなにかあった?」
「あるかっ」
「あんたなら押し倒しかねないと思って」
「オレはそんなスケベェキャラじゃない」
「そうだった? どっちでも変わらないでしょ」


えらい違いだ。


「お前面倒だからって、オレの評価高くしたな?」
「面倒と言うか、不満書いてボディーガードを変えられたら面倒でしょ」
「面倒なんじゃねえか」
「そうね」
「ったく……」
「湯冷めする前に寝なさい」
「そうしよう」


…………。

 

……。

 

 

 

 

「考えてみたんです、海斗さん!」


朝、呼び出されたオレは、彩とベンチに座っていた。


「考えてみた?」
「私に出来そうなことです」
「そりゃ興味深い」
「ズバリ……料理を覚えようと思うんです!」
「さて、もう一眠りするか」



 

「なんで逃げるんですかっ!?」
「お前、この間の手料理を忘れたわけじゃあるまい?」
「惜しかったです」



「全然惜しくねえよ!」

 


「でも、あれは不用意に余計な調味料を入れたのが敗因です」
「それは……一理あるな」


見た目は至って普通だったような。

その辺りの記憶が曖昧なので、断言は出来ない。

 

「ちゃんと食べれる食材を使って料理をしてみようかと」
「なんか当たり前の話だよな……」


だが、コイツの向上心は買ってやりたい。


「やってみるか、料理」


もし上手く作ることが出来て、それが自分の楽しみに繋がればいいと思う。

誰かに美味しいと言ってもらえれば彩の自信アップにも繋がるだろう。


「えっと、その……本格的にやってみたいです」
「ここの屋敷なら料亭にも負けない豪勢な台所、もとい厨房があるだろ」
「そうじゃなくて、食材から自分で買いたいです」
「なるほどな」


素材を自分の目で見て選ぶ、それも大切だ。


「せっかくの休日だし、デパートにでも行くか」
「はいっ!」


……。



 

「で……どうして尊が隣にいるんだ」

「僕が隣にいちゃなにか問題があるのか?」

「大いにある」

「監視の目がないと、不埒な行動を起こしかねないからな」

「げんぞ……旦那さまの言いつけか」

「本当は止められたんだ。僕が同行する条件でなんとか承諾を得られたんだ」

「そりゃどうも」

「頼むから問題は起こさないでくれよ」

「誰に物を言ってるんだバカモノ」

「訓練校時代毎日問題行動を起こしていただろう」

「むしろなにも起こしてなかったけどな」

「なにも起こしてないことが起こしてたんだっ」



 

「えっと、どういう意味ですか?」

「働かざるものなんとやら、です」


訓練生で訓練してないってのは最大の問題だわな。


……。

 


「デパートだ、ひゃほおおおおお!」

 

 

 

「うすくす、そんなにデパートが嬉しいですか?」

「こう開放感溢れる場所はたまらなく嫌いです」



 

「嫌いならはしゃぐな」

「睡眠不足が続くとやけにテンションが高くなるだろ? アレみたいなもんだ」

「わかるような、わからないような?」

「そのバカは放っておいて、食品売り場へ参りましょう」

「じゃあオレはエレベーターのスイッチを全部押す遊びしてくるな」

「大人しくついて来い!」

「くそう、各階止まりにして客を困らせてやろうと思ったのに」


……。

 


食品売り場。



 

「なにを作るのか決めてあるのか?」

「えっと……ちょっと待って下さい」


持っていたポシェットからなにかを取り出す。

手のひらより少し大きい本だ。


『料理の一歩』と書かれている。

料理の作り方が書いた本かと思い覗き込むと、なぜか漫画形式になっていた。


「これですか? 虐められっ子の女の子が一流の料理人になるまでの物語を描いた漫画です」

「漫画の料理本かよ」

「結構詳しく書いてあるんですよ」


受け取ってぱらぱらと読んでみる。


「…………」


ちょっと面白そうだった。


「この本に書かれてある『茶碗蒸し』という料理が美味しそうなんです」



 

「茶碗蒸し? 聞いたことないな」

「ええ、私も食べたことないです」


二人の視線がオレを見た。


「ああ、あの料理か。確か茶碗を蒸して作るんだよな」

「この男も知らないようです」


見抜かれていた。


「これなんですけど……」


広げてきたページを見る。

湯飲みほどの大きさの茶碗に、なにやらプリンのようなものが入っている。

材料を見ると、卵や鶏の肉などと書かれている。

どうやらこのプリンみたいなのは卵らしい。


「……プリンも卵か」


ちょっとアホな思考をしていた。

食品売り場は休日の人でごった返していた。


「ここで手榴弾を投げ込んだら面白いだろうな。軽く8人はぶっ飛ばせそうな気がする」

 

 

 

「HAHAHA!」



「えっ!?」

 

 

 

「えっ?」

「いや、今なんか外人っぽく笑わなかったか?」

「ああいえ、すいません。手榴弾とか言うから」

「……一体手榴弾でなにを思い描いたんだ」

「私としては機関銃で無防備な背中を撃ち抜きます」

「まだ話続いてんのか」


つかお嬢さまらしくない発言だ。

これが噂に聞くゲーム脳というものだろうか。


「えっと、まずは卵……ですね」

「何個くらい使うんだ、卵」

「あ、書いてません。一応海斗さんが食べられればいいかなと」

「オレ!?」

「なんか嫌そうです……」

「いや、尊が食べたがってるんだとよ」



 

「うそをつくなうそを!」

「お二人で嫌がってるように見えます」


なんだか涙声になっていた。


「わかった。食う。食えばいいんだろ」

「はい。たくさん食べて下さい」

「ふっ」

 

 

「宮川さまの分も作りますね」

「ぐふっ!」

「ふっ。一緒に逝こうぜ」

「胃薬、買っておこう」


「でも卵の適量とかわからんと作れんだろ」

「3パックくらい買えば足りますよね」

「多すぎるだろ、3パックは」

「じゃあ2パックにしましょう」


2パックでも明らかに多い気がしたが、オレも明確に答えられるわけではないので黙っておく。

三人(カゴは尊に押し付けた)で卵のコーナーへ。

 

 

「卵って言っても、色々種類があるんですね」

「1、2……12種類も置いてるぞ」

「一番高い物を選んでおけばまず間違いない」

「金持ち思考だな」

「でも、それが無難ですね」

「人の金だから知ったことじゃないけどな」


値段を見ていく。

1パック150円。


「わ……安いですね」

「150円、ジュースより安いのか」


10個入りの卵パックを見て二人が呟く。


「一番高いのが、これですね」


パッケージには烏骨鶏(うこっけい)の卵と書かれていた。


「おい海斗、烏骨鶏とはなんだ」

「なんでオレに聞く」

「雑学知識だけは豊富だろう」

「いくら海斗さんでもわからないと思います」

烏骨鶏ってのはニワトリの一種で、中国では霊鳥としても扱われたニワトリだ。通常のニワトリと比べ美味しいらしいな」

 

 

「…………」

「…………」


二人して変な目でオレを見る。


「貴様、本当にくだらない知識を持ってるんだな」

「読書王舐めんなよ?」

「でも美味しいなら、これで決まりですね」


高級と言われる烏骨鶏の卵パック(2500円)を2つカゴに。


「次に必要なのはなんだ?」

「えっと……やはり鶏肉でしょうか」

「まるで親子丼だな」


……。


肉コーナー。

デパートだけあって、様々な肉が取り扱われている。

 


「鶏肉より牛肉の方が美味いんじゃないか?」

「それはニワトリに対する侮辱か?」

「なんで睨むんだよ」

「牛肉でもいいんですが、一応本に従おうと思います」

「じゃあこの300グラム300円のヤツにしろよ」

「貴様、彩お嬢さまに安物の肉を使わせるつもりか! 大体こんなもの食べて体調を崩したらどう責任を取るつもりだ!」


店員「きみ、ちょっと来てもらえるかな」


「なっなんだ!?」


店員「営業妨害は困るんだよね」


「こいつ隣街デパートの店員です」


店員「なに!? くそ、こっちに来い、このクズ!」


「おいっ僕は違──!」


店員「いいから大人しくしろ!」


店員に確保され、尊はどこか店の奥へと消えた。


「悪は滅びた」

 

 

 

「あっ、これなんてどうでしょうか」


尊がいなくなったことにも気づかず、彩は見つけた鶏肉をオレに見せてきた。


「いいんじゃないか? あ、外国産か」
「なにか問題あるでしょうか」
「個人的な考えかもしれんが、国産の方が美味そうだ」
「なるほど……それは、あるかもですね」


パックを戻し、国産の鶏肉を手に取った。

どうやら卵同様に適量がわからないらしく、同じように2パック購入することになった。


「さて、残りは?」
三つ葉、ゆりね、かまごこ、しいたけ、ですね」
「かまぼこが近そうだな。そこから野菜類を買いに行くとしよう」
「はいっ」


尊が残したカゴを持ち、一緒に移動する。


……。



 

「かまぼこってなにで出来てるんでしょうか」
「かまぼこはスケトウダラ白身だな」
スケトウダラ、ですか?」
「魚だな」
「なんでも知ってるんですね、海斗さん」
「まぁこれぐらいはな」
「10本くらい買って行きましょうか」
「かまぼこなんて沢山入れるものでもないだろ」


2本だけ手に取り、かごに入れる。

ついでに、さりげなくチーズを手に取ってかごへ。

 

 

 

「チーズなんて使いませんよ?」


見られていた。


「これは個人的に食べるものだ。気にするな」
「チーズをそのまま食べて美味しいんでしょうか」
「ワインと一緒に食うと美味い。この間も屋敷のワインをこっそり……いや、料理長に言って飲ませてもらったが美味かったな」
「今度食べるとき、私も食べさせて下さい」
「覚えておこう」


……。


最後に、野菜、果物コーナーへやって来た。



 

「りんご買おうぜりんご」
「りんご……ですか」
「りんごはいいぞぉ。どんどん食えどんどん」
「海斗さんはりんごが好きなんですね」
「小さい頃、こいつは至高の一品だったな」
「一つ100円ですよ?」
「金にすればな」


だが、入手するのは難しかった。

腐ったりんごですら、手に入れられなかった。

それがこんなにも沢山あって、安い値段で手に入る。

この数すべて、売り切れるのだろうか。

いや……おそらく幾つかは廃棄処理される。

誰が食べることもなく、捨てられるのだ。


「もったいねぇ」


りんごを一つ手に取りかごに入れた。


三つ葉……しいたけ、それからゆりね」


名前を見つけ、適当に量を取ってからカゴに入れた。


……。



 

「あの、本当にいいんですか? 私も持ちます」
「このくらいオレに任せろ」
「頼もしいです、海斗さん」



 

「ぜーっ、ぜーっ……やっと見つけた」

「宮川さま、どこに行ってたんですか?」

「トイレだってさ。道に迷ったんだと」

「まあ」

「貴様のせいで、身分確認まで迫られただろ!」

「ほれ」

「っと、なんだこれは」

「買った食材に決まってるだろ」

「どうして僕に渡す」

「荷物持ちは男の役目だ」

「それは確かに……いや、なら貴様も持て!」

「分担してもらわなきゃ持てないのか? 尊の体が軟弱だって言うならそれも仕方ないか」

「なにっ?」

「いや悪い、気づいてやれなくて。この程度の荷物も一人で持てないなんてな」



 

「余裕に決まっているだろう。あと2倍3倍、楽に持つことが可能だ」

「だそうだ彩。これで服も買って帰れるな」

「なにっ!?」

「えっ、服なんて買う予定ありませんけれど……」

「ほっ……帰ったら覚えていろ」

「よし───忘れた」

「早いな!」


…………。

 


……。

 

 

 

今から戻れば、昼前には屋敷に戻れる。

それから彩が厨房に入る形になるだろう。


「ちょっと待て、てことは昼メシは茶碗蒸し?」


それも彩の手作り。

……嫌な昼メシになりそうだった。


…………。

 


……。

 

 

 

 

なぜか、聞こえもしない時計の音が聞こえる。

カチ、カチと鳴っている気がする。



 

「食堂に時計なんてあったか、海斗」
「ないはずだ。時間を忘れて楽しむように時計は置いてないって誰かに聞いた気がする」
「それに、なんだか喉が焼け付くように痛い」
「奇遇だな……オレもだ」
「これはどういうことなんだろうな」
「こんな話を聞いたことがある。携帯が振動していないにも関わらず振動しているように感じてしまう現象」
「むっ、僕にも覚えがあるぞ」
「あれは振動イコール携帯の着信だと脳が感覚を学習してしまうことが原因らしい。なんらかの衝撃で振動したとき、それを勝手に携帯が鳴ったと思ってしまうと言うことだ」
「つまり?」
「これから食べる料理に対し、オレたちが焼け付くように喉が痛いということは……」



 

「や、やめてくれ、考えたくない」
「逃げるなよ?」
「逃げられる状況だったら、とっくに逃げている」



 

「お待たせしました」


ついに、公開処刑の時間がやって来た。

二人の両足がガクガク震えているのがわかる。

オレたちはいがみ合ってきたが、今思う気持ちは同じだろう。


「死ぬなよ、海斗」

「お前もな……尊」


ことりと、茶碗が二つ目の前に置かれる。


「匂いを嗅ぐのも怖いんだが」

「遠慮せず貴様から食べていいぞ」

「やっぱり日頃から首席の尊が首席の尊が食べるべきじゃないか?」

「一応は恋人だろう。貴様が一口目を食べなくて誰が食べる」

「こんなときだけ公認にするな」



 

「海斗さん……」


真剣な顔つきでオレだけを見ている。

尊が食べることなど、ついでのことのようだ。


「まずは……香りだ」


危険そうでないか見分ける大切な役割を果たすのが香り。

この時点で異臭がするようなら、食べるのはよそう。

フタをゆっくりと持ち上げる。

ふわっと漂ってくる……ほど良い香り。

嗅いだことのない独特の匂いが空腹のオレに刺激を与える。


「くそ、この段階で凶悪な顔は見せないのか」



 

「そんなに警戒しなくても……前は変な調味料を入れたからであって、今はそういうの入れてないですから」


慌てるように補足するが、前に恐怖を経験した身としては油断出来ない。


「もっとも……不味かったわけじゃないがな」


ただ、そう……意識が飛ぶだけだ。

それで、何故か恐ろしい妄想を見る。

十分怖い。


「じゃあ……食うぞ」

「はい」


「これが朝霧海斗との最後の会話だった」


「物騒なナレーション入れるな、尊」


スプーンで、卵の部分をすくう。

プリンよりも柔らかく崩れる。

ほくほくの湯気。


「では……いざ参らん」


熱い茶碗蒸しの味が口いっぱいに広がる。

始めて食べるその味は、ただただ、単純に美味しかった。


「……美味しい!?」


信じられない言葉が、自分の口から飛び出した。


「うそをつくな海斗!」

 



「……宮川さま、酷いっ」

「ああっ、しまった!? じゃない、う、うそをつくな! 美味しいよりもっと美味しいに決まっている!」


無理やりこじつけ、尊もオレに続いた。


「くっ…………ん!」


目をひん剥いて、オレを凝視する。


「美味しいじゃないか!」

「だから言っただろ、美味いって」

「これが、本当にあの料理を作った彩お嬢さまの料理なのか……信じられない」



 

「やっぱり酷いこと言われてます?」

「昔のことは気にするな。これは美味い」


本当にそう思った。


「やるじゃないか、正直見直した」

「ほんとですかっ!」


なにもかも微妙なイメージの彩において、ここまで美味しいものが作れるとは思わなかった。

あの漫画の料理本でなら尚更だ。

オレたちは口数を減らし、空腹の腹に茶碗蒸しを流し込んだ。


「お代わりはあるのか?」

「はいっ、たっぷり作ってます!」


……。


「こりゃ美味いわ」


運ばれてきたお代わりも、すぐ平らげる。

出来れば一緒にご飯物も欲しかったくらいだ。


「んっ!? く、げほっ、げほっ!」


一緒に夢中になって食べていた尊が、突然むせる。


「どうした」

「だ、旦那さま!」

「あん?」



 

「呼ばれて来てみれば……一体なんの用だ」

「おっさ……旦那さま」

「…………」


突然現れた源蔵のオッサンは、オレを一睨みすると彩に視線をやる。



 

「それで、なんのようなのだ。彩」

「あ、はいっ。これを……」


すっと茶碗蒸しを差し出す彩。


「これは……茶碗蒸しか」

「私が作ったんです」

「あ、彩が……」


引きつったような表情に変わる。



 

「上手に出来たと思います。海斗さんや宮川さまも美味しいと言ってくれました」

「確かに匂いは問題ないが」


同じように彩の手料理を食べたことのあるオッサンは疑っているようだ。


「せっかく彩が作ってくれたのだ、私も頂こう」

「はいっ」

「…………」


僅かに震えた手で茶碗蒸しをすくう。


「…………」


無言で口の中へ運び、食べる。

オレたちのように、驚いた顔を見せることはない。


「うむ。よく出来ている」

「本当ですかっ」

「初めて作ったにしては、上出来だ」

「ありがとうございます」



 

父親の率直な賛辞に頬を赤らめる彩。

 


「問題は、周囲の人間に毒がいることか」

「…………」


オレを睨み、すぐ食堂をあとにする。


「またあとで、この男のいないところで頂こう」

「お、お父さま……」


……。

 

 

「お父さま!」


食堂を飛び出した彩のあとに、オレも続いた。



 

「まだなにか用か」
「どうしてそこまで海斗さんを避けるんですかっ」
「そのことについては、何度も説明しただろう。認めるわけにはいかんのだ。この男は、お前にとってマイナスでしかない」
「そんなことありません! 海斗さんがいるから、私は私を探すことが出来ます」
「自分を探す?」
「料理を真剣にやってみようと思ったのも、海斗さんがそばにいてくれるからです。私、もっともっと、頑張りますから!」
「彩が頑張ったところで、どうにもならん。これはそういう話ではないのだ」
「お父さま!」


「…………」


オレは口を挟めない。

ここでなにを言っても話が通じるとは思えなかった。


「諦めなさい」
「嫌、嫌です……私には海斗さんが必要なんです」
「一時の迷いにすぎん」
「どうしてっ……!」
「ふう、やれやれ」


呆れたように息を吐く。


「茶碗蒸し、確かに美味かった。しかし、だからどうしたと言うのだ」
「えっ?」
「こんなことを言いたくはないが、茶碗蒸しを作ることはそれほど難しくはない」


──「おい」


「いいから黙って聞け」


「…………」


「彩よ、お前の進歩は認める。そして、美味しく出来たことも認める。だが、この程度では話にならんのも事実。私を唸らせるだけのものを作ってみなさい」

「唸らせる……料理ですか」

「その男の知恵を借りて構わん。それで、万一にも私を納得させられれば……」

「海斗さんとの関係を、認めて……くれるんですね?」

「……約束は出来ん。言っておくが、同情は一切せん。料理に関して私はうそがつけない男だからな」



 

「やります、作ってみせます!」

「…………」


もう一度オレを睨むと、源蔵のオッサンは書斎へと戻っていった。

 

 

 

「良かったのか、あんな大見得切って」
「相手にもしてくれなかったお父さまが、条件付きで可能性を提示してくれました。私……それに賭けてみたいんです。誰かに任せるんじゃなくて、自分の手で、成し遂げてみたいです。海斗さんと、いたいから」
「……そうか……」

なら、オレは応援するだけだ。


「がんばれ。やれる限りの力は貸してやる」
「はいっ」


こうしてオレたちは、源蔵のオッサンを唸らせる料理を作る挑戦を始めることとなった。


……。