*ゲームを読む*

ゲームまるごと文字起こし

《8bit》Steins;Gate 変移空間のオクテット【1】


Steins;Gate 変移空間のオクテット

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233147p:plain



 

f:id:Sleni-Rale:20201104233208p:plain




・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233221p:plain



車窓の外を、見慣れた風景が流れていく。

平凡な日常。

見えない明日。

それがどれだけ意味深く、そして大切なものか。

シュタインズゲート

ここは、未来の俺がそう呼んだ場所。

未知の世界線

誰も見たことのない明日が訪れる世界。

それは当たり前のようで、実は違う。

世界が決定論的であることを、俺は"あの戦い"で思い知った。

だからこそ、このシュタインズゲートに到着したことには、意味があるのだ。


『まもなく、秋葉原~。 秋葉原に到着です』


秋葉原は今日も、混沌としている。

家電量販店と、萌えショップと、駅前の再開発で生まれた近未来的ビル。

これらが特に境界を作るわけでもなく、渾然一体(こんぜんいったい)となっている。

この街で、ほんの1ヶ月前に、タイムマシンが生まれ、そして消えていったことは、誰も知らない。

俺――岡部倫太郎以外には。

いや、違った。

俺の名は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真なのだった!

フゥーハハハ!

できれば声とフリ付きで叫びたかったが、電車内でそれをやると迷惑になるので自重した。

直後、まるで目眩のような感覚に襲われた。

じわりと、視界が滲む。

世界がモノクロになる。

足許がおぼつかない。

電車が揺れているのかと思ったが、すぐに自分で否定した。

この感覚は、以前にも感じたことがある。


まさか、これは――


目眩はすぐにおさまった。

ほぼ同時に、俺の乗った電車が秋葉原駅のホームに滑り込む。

ズボンの尻ポケットに入れたケータイが、かすかに震動した。

着信音。

このタイミングでのメール。

イヤな予感がした。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233243p:plain



電車を降りて、メールを開く。

最初に確かめたのは、メールの送信時刻。


2025/8/21


Dメール・・・・・・!

15年後の未来から届いたメールだった。

もう二度と、受け取ることはないと思っていたのに。

いったい、なぜ。

動揺しながらメールに書かれた内容を読んでみると、かなりの長文だった。


『久しぶりだな、いや、初めましてか? 鳳凰院凶真。 俺が誰かは、お前ならなにも言わずとも分かるはずだから省く。 これは俺が2025年から送る、1度目のDメールだ。 だがお前が2025年からのDメールを受け取るのは2度目になっているはずだ。 なにしろ、お前は俺なのだから。 お前にこうしてまたメールをすることになるとは、人生とはなんて残酷なものなのだ。 神への冒涜であることは、お前以上に認識しているつもりだ。 だから逃げずに読んでほしい。 現在のダイバージェンスは1.048728%だ。 シュタインズゲート世界線から、0.000132%ズレている。 このズレの原因は、神を冒涜する人物が現れたせいだ。 2010年現在、秋葉原には幻のレトロPCであるIBN5100が、1台のみ存在している。 α世界電でラウンダーに回収されたものであり、β世界線でお前が破壊したものと同一のものだ。 渋谷に住むナイトハルトという人物が、オンライン情報網を駆使して、そのIBN5100を手に入れた。 ナイトハルトという男は先天的に超常的な能力を持っており、IBN5100にジョン・タイターをはじめとする人々が付与したシンボルイメージを結合した結果、世界中の基幹産業の全てを"萌え産業"へとすり替えてしまった。 その後の15年で訪れるのは世界恐慌であり、あらゆる国家や宗教が"萌え"の前に敗北し崩壊していくことになる。 これはもはや、ディストピア第三次世界大戦など比ではない悲劇。 まさに"カオス"だ。 というわけで、オペレーション・ラーズグリーズの概要を説明する。 ナイトハルトという男から、IBN5100を奪還せよ。 それできっと世界線のズレは修正できる。 まだIBN5100は秋葉原のどこかにあるはずだ。 ナイトハルトとIBN5100を探せ。 残念ながら、このシュタインズゲート世界線においては、タイムリープやDメールは使えない。 "あのとき"のようなチートプレイはできないから注意しろ。 成功を祈る。 エル・プサイ・コングルゥ

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233300p:plain



 

・・・。

 

"未来の俺"から届いたメールによって、俺は確信することができた。

やはりさっきの目眩のような感覚は、世界線が変動した影響なのだ。

オペレーション・ラーズグリーズか。

相変わらずの北欧神話だな。

だがそれがいい

・・・だがいったいどうすればいいんだろう。

ナイトハルトという男と、IBN5100を探せと言われても、なんの手がかりもない。


『まもなく、4番線に、軽浜東北線の電車がまいります』

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233314p:plain



ふと見ると、俺が小動物と呼ぶ少女――天王寺綯の姿ホームにあった。

我が未来ガジェット研究所が入っているビルの階下に、ブラウン管工房という閑古鳥が鳴いている店がある。

そこの店長の娘だ。

手には、懐中電灯のようなものを持っていて、それをクルクルと振り回していた。

父親の姿は見当たらない。

このガキはこんなところでなにを?

まあいい。

それより、どうするべきか。

「そこの小動物よ。 お前が持っているそのライト、俺に見せてもらおうか」

「え・・・でもこれは・・・うぅ・・・お父さん、助けて・・・」


なぜいきなり泣き出しているのだ!

周囲の人々がザワザワとし始めた。

まずい、この状況は明らかにまずい。

ひとまずこの場から戦略的撤退すべきだ!

階段を降りて改札口のあるフロアへ行こう。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233331p:plain



コンクリートの太い柱には、今、大人から子供まで、幅広い人気を見せているテレビアニメ『雷ネット翔』のポスターが貼ってあった。

"ご自由にお持ち帰り下さいな"と書いてある。

1枚だけなのに?

剥がせということか?

そんなバカな。

他のポスターがないか調べてみる。

だが、地面においてあるドクターペッパーの空き缶くらいしか見つからなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233348p:plain

なぜかこんな所にドクターペッパーの空き缶がある。

空き缶の下になにかが・・・?

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233403p:plain



空き缶をどかすと、紙片が出てきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233417p:plain



紙片を拾い上げてみる。

紙には”ロックンローラーな人。 2405”と書いてあった。

なんだこれは?

こんな紙片には興味はないので元にもどしておこう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233432p:plain



周囲の目を気にしつつ、ポスターを柱から剥ぎ取った。

意外にも、キレイに剥がせたぞ。

階段を上がってホームに行こう。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233446p:plain



ホームには山手線の電車が停まっている。

綯が電車にも乗らず、ホームをちょこまかと歩いている。


『まもなく、4番線に、京浜東北線の電車がまいります』

綯にポスターを渡す。


「わあ、ありがとー、オカリンおじさん!」
「なにを無邪気に喜んでいるのだ、小動物よ。 お前は知るべきだ、世の理は等価交換によって成り立っていると」
「・・・?」
「つまり、こういうことだ。 ポスターの代わりにその懐中電灯をよこすがいい」
「え、でも・・・」
「イヤならポスターを返してもらう」
「うぅ・・・」


綯は泣きそうな顔になって、懐中電灯とポスターとを交互に見比べた。


「・・・あげます」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233501p:plain



やがて、嗚咽をこらえて差し出してきたのは、懐中電灯。

俺はニヤリとしながら、それを受け取った。


「これが、世の理というものだ。 いい勉強になっただろう? フゥーハハハ!」


小学生を意のままに操るなど、実に容易いな!

階段を降りて改札口のあるフロアへ行こう。

 ・・・。
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233517p:plain



 
 コンクリートの太い柱には、ポスターを剥がした跡が残っている。
 
 ・・・。
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233533p:plain



 
 改札に来た。
 
 とりあえず外に出てから、オペレーション・ラーズグリーズのことを考えよう。
 
 「あれ?」
 
 ない、ないぞ!?
 
 ポケットに入れておいた財布が、ない!
 
 中には、俺のなけなしの全財産である1200円と、定期が入っているのに!
 
 
 「くっ、ふざけるなぁぁぁ・・・! これも機関の、仕業だというのかぁっ!」
 
 
 これじゃ、外に出られないだろ! どうしてくれる!
 
 咆哮していたら、駅員に白い目で見られた。
 
 ん?
 
 駅員と思ったけど、よく見たら、ブラウン管工房の店長ではないか。
 
 駅員っぽいコスプレをしていて、帽子までかぶっているから、最初は分からなかった。
 
 ヤツのことを、俺はミスターブラウンと呼んでいる。
 
 ブラウン管大好きのマッチョオヤジだ。
 
 仏頂面でうつむいている。
 
 なんか、怖い・・・。
 
 だがちょうどいい。
 
 駅から出る方法について、あのマッチョオヤジに相談してみよう。
 
 
 「ミスターブラウン、奇遇だな。 俺は今、財布を落として困っている」
 
 「あ? うるせーよ。 俺は今、忙しいんだ」
 
 「・・・・・・」
 
 
 すごく、機嫌が悪そうだ・・・。
 
 
 「ククク、読めた。 読めたぞミスターブラウン。 貴方が探しているのは、これだろう?」
 「ぬぉ! なんでおめえが持ってんだ!? さては盗みやがったな!?」
 
 
 喰らうがよい!
 
 エターナルフォースブリザード!!!
 
 と心の中だけで思って実行しない。
 
 返り討ちにされる。
 
 間違いない。
 
 
 「やっぱり盗みやがったな?」
 「ふ、ふざけるな! 人の好意を踏みにじるつもりか! 言っておくがこの懐中電灯は、貴方の娘を騙して手に入れたものだぞ!」
 「あん? 俺の娘を騙して泣かせて奪ってきた、だと・・・?」
 「あ、いや、騙したというのは言葉のあやなんですが・・・」
 
 
 あの小動物が半泣きになっていたのは事実だ。
 
 しかしそれを正直に話したら、この場でジャックハマーを決められそうなので、あえて黙っておいた。
 
 
 「まあいい。 見つけてきたことに免じて、許してやる」
 「これはただの懐中電灯ではない・・・。 そうですね?」
 「はっは。 分かるか? こいつはな、駅員ライトに見せかけた、ブラウン管テレビ型の光学迷彩ライトなんだぜ!」
 「なん・・・だと? 光学迷彩ということは、つまり、カメレオンのように透明人間になれる、ということか!?」
 
 「そういうことだ。 試してみるか?」
 
 
 そんなバカな!
 
 
 マンガの世界じゃあるまいし、そんなもの、あるわけがない!
 
 
 あったとしても、このおっさんが持っているわけがない!
 
 もっとこう偉い大学の学者とかなら、持ってるかもしれないが。
 
 いや待て・・・。
 
 α世界線では、この男には隠された素性があった。
 
 もしやこのライトはSERN製で、本当に光学迷彩が・・・?
 
 
 いやいや、だがもしそうだとして、それをミスターブラウンがおおっぴらに明かすだろうか。
 
 ましてや俺のような一般人に、そんなすごいガジェットを使わせようとするだろうか?
 
 分からない。
 
 分からないが、駅の改札をくぐり抜けるのには使えそうだ。
 
 
 「レディー・・・ゴーッ!」
 
 
 助走を付け、改札へと突進した。
 
 改札をハードルに見立てて・・・
 
 鳳凰院凶真、跳びまーす!
 
 ・・・無理だった。
 
 人が多すぎた。
 
 全力疾走は改札の20メートル前で阻まれた。
 
 社会のルールに逆らうための挑戦すらできないとは・・・。
 
 狂気のマッドサイエンティスト失格だクソッ!
 
 
 「ぜひ試させてもらおう」
 「よし、じっとしてろよ」
 
 
 ミスターブラウンは俺に懐中電灯を向けた。
 
 眩しくて、たまらず目を閉じる。
 
 
 「よし、いいぜ。 完璧だ」
 「お、おおおお!?」
 
 
 本当に、透明人間になっている!
 
 なんだかよく分からないが、SERNの科学力は世界一ィィィィィ!!
 
 
 「ま、1分間しか効果は続かねぇから、女風呂を覗くのは難しいかもな。 はっは」
 
 
 なに!?
 
 そういうことは先に言え!
 
 こうしてはいられない。
 
 急いで改札を抜けるのだ!
 
 
 ・・・。
 
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233559p:plain



 
 
 駅から脱出した俺は、ラジ館の前で一息ついた。
 
 気が付けば、光学迷彩ライトの効果は切れている。
 
 凄まじい未来ガジェットだった。
 
 この狂気のマッドサイエンティストが嫉妬するレベル。
 
 それを平然と使わせてくれたミスターブラウンは、いったいなにを考えているのか。
 
 
 「あるいは・・・世界線が変動したことが影響しているのか?」
 
 
 
 

f:id:Sleni-Rale:20201104233615p:plain



 
 「こんなところでも厨二病か」
 「おお、助手!」
 「助手じゃないと言っとろーが!」
 
 
 この仏頂面の女子は、牧瀬紅莉栖。
 
 俺の助手だ。
 
 我が未来ガジェット研究所のラボメン――ラボラトリーメンバーの略――ナンバー04。
 
 まだ18歳だと言うのに、飛び級で大学を卒業し、アメリカの有名な学術雑誌に論文が載ったほどの天才だ。
 
 この世界線において、運命石の扉(シュタインズゲート)の選択により俺はこいつと無事再開することができた。
 
 もちろん、世界線をまたいで記憶は継続されない。
 
 俺以外は。
 
 だからラボメンとしてともに過ごしたあの夏の日々のことを、紅莉栖はほとんど覚えていない。
 
 というわけで再会したときには、とてもしおらしかったのだが――
 
 
 「白衣を着た怪しい男が独り言をブツブツつぶやいているから、まさかと思ったら、案の定、岡部だったわね。 ところかまわず厨二病を発症するのはやめたら? イタいから」
 
「ぐっ・・・」


この隠れ@ちゃんねらー娘がぁっ!

上から目線の遠慮のない物言い、挑みかかるような鋭い目付き。

再会したときのしおらしさなど、見る影もない。

まあ、本性をさらけ出してくれるというのは、悪い気分はしないが。

それだけ、信頼されているということだから。


「いや、それより未来が大変なのだ、クリスティーナ!」
「はいはい大変大変」


さらっと流しやがった!

おのれ前言撤回だ!

気分が悪いにもほどがある!

助手はもっとしおらしくするべき!


「聞いてくれ、未来の俺からDメールが届いたのだ!」
「Dメール? なにそれ?」


あ、そうか・・・。

紅莉栖は、電話レンジ(仮)で実験した日々の記憶を失っているんだった。

ならば、教えない方がいいかもしれない。

巻き込んで、もしまた、以前のようなことになったら・・・。

もう、あんなことは二度とゴメンだ。

オペレーション・ラーズグリーズは、俺1人で解決しなければ。

 

「どうしたの? 岡部? ラボ行くんでしょ? しょうがないから一緒に行ってやる」
「いや、なんでもない。 俺は用事があるから、ラボには1人で行くがいい」
「用事って? なんなら付き合うけど」
「フゥーハハハ! 相変わらず好奇心旺盛だなクリスティーナ! だが少しは空気を読め! 俺は世界の運命にかかわる、超極秘作戦を遂行中なのだ! 助手ごときの手には負えん!」
「なによそれ! バカなの? 死ぬの!?」


あ、キレた・・・。


「人がせっかく一緒に行こうと・・・。 フン、もういい。 ええ、勝手にするわよ。 厨二病になんか付き合ってられるか!」

紅莉栖は肩を怒らせながら、中央通りの方へ歩いていってしまった。

後で、機嫌を取っておいた方がいいかも・・・。

だがまずはオペレーション・ラーズグリーズだ。

周囲を見回してみる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233637p:plain



目の前のラジ館は、なぜかシャッターが閉まっていた。

今日はやってないのか?

そんなはずはないのだが。

閉鎖しているラジ館のシャッター前には、広告用の大きな"うーぱ"の人形が鎮座している。

その横には、非常口らしきドアが見える。

巨大うーぱ人形は、FRP製のしっかりしたものだった。

ちなみに"うーぱ"とは、今、巷で大人気のテレビアニメ『雷ネット翔』に登場するマスコット的キャラクターだ。

この"うーぱ"の存在こそが、第三次世界大戦が起きる未来を回避した原因という事実を知っている人間は、おそらく世界中でこの俺ただ1人だろう。

そうか、ということはシュタインズゲート世界線へ戻るためには、改めて"メタルうーぱ"を手に入れておいた方がいいかもしれない。

"メタルうーぱ"をかつてまゆりがゲットしたのは、ラジ館7階にあるカプセルトイコーナーだったな。

だが、残念ながら今はラジ館の中に入れない。

俺は携帯電話を取り出した。


「俺だ。 ラジ館非常口の解錠コードを至急、衛生から俺のケータイに転送してくれ。 なに!? 衛生が反応しないだと!? くっ、機関の手がもう回っているのか。 これじゃ手詰まりだ。 ・・・バックアップを期待できないとなると、派手にやらかすしかないぞ。 ・・・なに? 回せば開く? フッ、なるほど、大したセキュリティだ。 どうやら俺たちは、機関にナメられているらしい。 それが運命石の扉の選択か。 ミッションを継続する。 エル・プサイ・コングルゥ


俺はうーぱに近付いた。


「とりあえず困ったときは回してみよう」


巨大うーぱを回してみた。

意外にもすんなりと回った。

しばらく回すと、どこかで"カチッ"とスイッチが入ったような音が聞こえて――

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233658p:plain



直後、重々しい轟音とともに、非常扉が開いた。


「え、なにこのRPGのダンジョン的展開」


細かいことを気にしてはいけないんだろうか。


・・・。


エレベータは止まっていたので、薄暗い階段を7階まで上ってきた。


「はあ、ひぃ、ひぃふ、ふひぃ、ぜい、はぁ、ふぅ・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233714p:plain



死ぬ思いで7階まで到着してみると、そのフロアだけ証明が点いていた。

それに人の気配がある。

誰かが7階の階段踊り場にいる。

まさか、機関の刺客か!?

それとも、例のナイトハルトなのか!?

そっと様子を窺ってみると、そいつは見知った顔だった。


「・・・・・・・・・」


桐生萌郁。

またの名を"閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)"。

なぜこいつがここにいる・・・?

萌郁はラボメンナンバー005であり、現在はラボの階下にあるブラウン管工房のバイトでもある。

そして、別の世界線では俺と萌郁は敵同士だった。

この閉鎖されたラジ館と、なぜかそこにいる萌郁の存在が、俺に1つの疑念をもたらす。

やはり世界線が変動したのは、SERNとラウンダーがかかわっているのではないか、ということ。

IBN5100を手に入れたナイトハルトという男も、ラウンダーの一員である可能性がある。

となると、ここで萌郁に見つかるのはまずいぞ。

そもそも、この世界線では萌郁がラウンダーなのかそうでないのか、俺は確認できていない。

くっ、すぐそこに、目的のカプセルトイがあると言うのに・・・。


正面には100円玉を入れてレバーをガチャっと回す例の装置がある。

正式名称は大人の都合上、なかなか言えない。

そして左には上にも下にも行ける階段がある。

二つの消化器が並んでいるが、使う必要はないだろう。


・・・。


萌郁はとても眠そうだ。

目がトロンとしている。

萌郁は記録的に眠そうだ。

萌郁に話しかけるか・・・?

駄目だ!そもそもの目的を忘れたのか!

今回は潜入ミッションのはずだ。

いかなる者にも気づかれてはならない。


・・・。


・・・萌郁はもう寝てるんじゃないか?


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233732p:plain



萌郁は完全に眠ってしまった。

ケータイを握りしめたまま、というのは大したものだ。

萌郁はスヤスヤと眠っている。


・・・。


抜き足差し足で、萌郁を起こさないようにカプセルトイに近付いていった。

すると――

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233748p:plain



「ハッピーメリークリスウーーーパっ?」
「ひょっ!?」


なんだこれはー!

いきなり大音量でカプセルトイの装置が喋り出したぞ!

思わず変な声を出してしまったではないか!

萌郁の様子を窺う。

幸いにも目を覚ましてはいなかった。

おのれ機関め。

こんなところにも罠を仕掛けているとは、ふざけたマネを・・・!

くっ、まだ心臓がドキドキしている。

この俺としたことが・・・。

よく見てみると、そこに並んでいるのはカプセルトイではなかった。

うーぱのボール型の身体を完全再現したその筐体は、数字のボタンで回答する、クイズゲームのようだ。

電光掲示板には、問題が出題されている。

筐体に話しかけた。

へんじがない ただの機械のようだ。

大きなうーぱがこっちを見ている。

電光掲示板には問題が映し出されている。

ロックンローラーな人といえば」と書かれているが・・・ロックンローラーな人・・・だと?

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233804p:plain



クイズゲームのボタンを押そうとして躊躇した。

とにかく落ち着いて押すのだ。

『2405』

む?

あれ?

なんの反応もない。

どうしたんだ?

正解を入力したと思ったんだが・・・。

機械の調子が悪いのか?

仕方ない、少し時間を置いて再挑戦するとして、どこかで時間を稼ごう。

屋上にでもいくとするか。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233821p:plain



屋上に出た俺は、そこにあった"あるモノ"を発見し、愕然となった。


「そんな、バカな・・・! なぜ、これがこの世界線にあるんだ・・!?」


外見は、まるで人工衛星

高さは5メートルほど。

屋上に静かに置かれているこれを、俺はかつて見たことがある。

そう、これは、2036年からやってきたタイムマシンだ!

そして俺の予想では、これに乗ってきたのは、ジョン・タイター

この世界線においても、あのタイムトラベラーが来ているとは・・・!

未来の俺からのDメールで語られていた内容に、ますます信憑性が出てきた。

だが周囲を見回してみても、肝心のジョン・タイターの姿は見当たらない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233837p:plain



とりあえずシャベルを持って行くことにした。

使う機会は・・・なさそうだが。

人工衛星の直下あたりに、バッジのようなものが落ちている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233854p:plain



バッジを拾い上げてみた。

これって、ラボメンバッジか?

だが、なにかが違う・・・。

このバッジには『O××××××× 2010』と刻まれていた。

これはなにを意味するんだろう。

タイムマシンを調べてみたが、入り口らしきものは見当たらない。

表面には継ぎ目すら見つけることはできなかった。

確かこれは、指紋認証で入り口が開くタイプだったはず。

ということは、ジョン・タイターがいなければ乗るのは絶対に不可能、ということか。


・・・まあいい、そろそろもう一度うーぱのところに戻ってみるか。


・・・。


7階の様子を探ってみる。

まだ萌郁は階段に座り、眠っているようだ。

萌郁はまだ眠っている。

よし、うーぱのクイズゲームに再挑戦だ。

『2045』

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233912p:plain



「うぅぅぅぅぅぱぁぁぁぁぁっっっっっ!」


ちょ、おい、黙れっ!


焦る俺を嘲るように、うーぱの目がカッと怪しく光った。

口の部分がガコっと開き、カプセルが落ちてきた。

カプセルをあけると、中には銀色のうーぱが入っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233927p:plain



シュタインズゲート世界線へ戻るカギ、メタルうーぱ!!

なんという引きの良さだ。

我ながらほれぼれしてしまう。


「うぅぱ・・・?」


この音と光では、さすがの萌郁も起きてしまう!

それをつかむと、俺は全速力で階段を駆け下りた。

薄暗い階段を下りていく途中、自分が着ている白衣のポケットが発光したような気がした。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233941p:plain



「はあ、ぜえ、ぜえ、ふう、ひい・・・」


中央通りまで全速力で逃げてきたところで、俺はついに力尽きた。

これ以上走れない。

膝に手を突いて、息を整える。

背後を振り返ってみるが、萌郁が追ってくる気配はなかった。

どうやら逃げ切れたようだ。

今日も秋葉原に降り立った勇者たちを見守るLAOXがまぶしい。

む・・・?

あのLAOXの看板の「X」の文字・・・曲がっているぞ。

手を伸ばして、LAOXの看板の、曲がっている「X」をつかんでみた。

と、手応えがあった。

つかんでみる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104233958p:plain



「と、取れた!?」


あんなに大きな看板が、いまや手の中に収まる程度の大きさと化してしまっている。

まさか、この世界は遠近法など存在しないとでも言うのかーっ!?

周囲を眺めてみる。

中央通りはなかなかの人だかりだ。

なのに、今の俺の行動を見て驚きの表情を浮かべた通行人は、1人もいない。

細かいことは気にするな、ということかッ!?


「こ、こここ、これぞ、『スターダスト・シェイクハンド』の亜流技、『ハンズ・オブ・グローリー』だっ、フゥーハハハ!」


混乱しているのを周囲に悟られないために、とりあえず高笑いをしておいた。

それにしてもこの『X』の文字・・・、まるで十字架みたいだな。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234015p:plain



むっ!? まずい!


正面から歩いてくるのは、およそ秋葉原に似つかわしくない"ガイアにもっと輝けと囁かれているっぽい男たち"ではないかッ!

ヴァイラルアタッカーズ

この世界線でも存在していたか。

ヤツらを殲滅するぐらい簡単だが、ここで余計なトラブルに巻き込まれて時間をロスしたくはない。

俺は急いで来た道を引き返した。


・・・。


中央通りは、買い物客などで賑わっている。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234038p:plain



万世橋へ来ると、カツサンドが食べたくなる。

この橋を渡った先は、オフィスビル街になる。

電器店や萌えショップは微塵も見られなくなる。

ちなみにルカ子の実家である柳林神社も、橋の向こうだ。

その橋の真ん中に、なぜか大きな棺桶を携えた、黒衣の男が立っていた。

男のせいで橋は通行止めになっており、車も通ろうとしない。

なんだ・・・あの男・・・・・・。

くっ、あまりの威圧感に、この俺でさえ目を合わせられない。

ヤツからは・・・異質なオーラを感じる・・・。

そーっと、男の様子を窺ってみた。

橋の真ん中に仁王立ちしている様はさながら武蔵坊弁慶であり、あまりにも現実離れしていた。

しかも、棺桶って・・・。

秋葉原に火葬場なんてあったっけ?


「いや待て。 そうか、ククク、そういうことか・・・! 他の連中は騙せても、この俺の目はごまかせんぞ! ヤツは、コスプレイヤーだッ!」


現実を突き付けてやったが、男は微動だにしなかった。


あれ・・・、もしかして、違った?

ガチで真性のヤバい人だったりする?

くっ、に、逃げるべきかもしれんっ・・・!

漆黒の棺桶には、洋風の装飾が施されていた。

蓋の部分には、十字の傷痕のようなものがある。

中には・・・さすがに誰も入ってないよな?

この十字、何かはめられるのか?


助手に電話してみた。


「助手よ! 今どこだ!」

「なによ、そんな焦った声出しても、騙されないからな」

「今すぐ万世橋まで来てくれ! 頼む、一生のお願いだ!」

「・・・・・・分かったわよ」


――数分後。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234056p:plain



「お待たせ」
「早いな。 さすが我が助手」
「助手じゃない。 で、いったいなんなの?」
「見て分からないか? ヤツだ・・・『黒騎士』だ」
「オーマイ・・・・・・、あれ、あんたの知り合い?」
「なんでだっ! 俺にはあんな珍妙な知り合いはいない! 俺をなんだと思っている!」
「珍妙な自称マッドサイエンティスト厨二病
「フッ。 それで、俺は橋を渡りたいのだが、どうすればいいと思う?」
「あ、図星を突かれてスルーした」
「どうすればいいと思う?」
「お願いして、どいてもらえばいいでしょ」
「ヤツが、話が通じるような相手だと思うのか!?」
「話してもいないうちから決めつけるのは偏見よ」
「今日のお前が言うなスレはここか」
「なんだったら、私が聞いてきてあげるけど」
「よせっ」


本当に黒衣の男に歩み寄っていこうとする紅莉栖の腕を、慌ててつかんだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234112p:plain



「ちょっ、きゅ、急に触らないでよっ・・・・・・」


なぜか顔を赤くしている。


「不用意に近付くな、バカが! ヤツの射程内に入れば、誰だろうとアレの餌食になる・・・・・・!」
「アレってなんだ?」
「『黒き地獄の門――ブラッディヘルズゲート』・・・。 棺桶の蓋が開いたとき、地獄への門が開く・・・。 そこに吸い寄せられたら二度と戻ってこられない」
「ブラッディは血だらけって意味よ。 黒はブラック。 中学生レベルの間違いだな」
「意訳だ!」
「とにかく、なんとかしてヤツを浄化させたい。 方法を教えてくれ」
「・・・はあ、まったく。 こんなのちっとも論理的じゃないわ」


紅莉栖はため息をつきつつ、遠めから黒衣の男を観察した。


「あの棺桶の傷痕。 元々はめられていた十字架の飾りが、取れたように見える」
「む? いいところに気が付いたな、さすが我が助手だ。 そこが、突破点になる」

「おのれは最初からすべて知っていて、私を試してるのか?」
「あ、いや、違います本当に困ってたんですすみません・・・・・・」
「分かればいいのよ」


ククク・・・。

これ以上、助手を怒らせても俺にとってはデメリットしかないからな。

飴と鞭をうまく使い分け、これからも大いに利用させてもらうぞ、助手よ! フゥーハハハ!


「で、橋を渡ってどこに行きたいの? なんなら付き合うけど」
「お前はよほど暇と見えるな」
「な、なによっ! 人が親切で言ってやってるのに! もう電話されたって、二度と駆けつけてやらないからな!」


紅莉栖はプンプンしながら駅の方へ歩いていってしまった。

それじゃデゼニもクリアできないと、以前、ラジオセンターに買い物に来ていたおっさんに言われた気がする。

言葉の意味は、今も分からない。

さっき手に入れた『X』の十字架を棺桶の傷痕にはめ込んでみた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234139p:plain



その瞬間、周囲がまばゆい光に包まれ、俺はたまらず目を閉じた。

気が付いたときには、棺桶も黒衣の男も目の前から消えていた。

まるで蒸発でもしてしまったかのようだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234200p:plain

「ク、ククク・・・どうやら俺は、本当に厨二ワールドに迷い込んでしまったらしい・・・」


オラワクワクして・・・こねーよ!

一刻も早くこの異常な世界から抜け出さなければ!


・・・。

 

柳林神社の鳥居をくぐると、数匹の猫が寄ってきた。

この神社には、人懐っこい猫が多く集まってくる。

そしてそんな猫たちがくつろぐ境内は、猫の額並みの狭さだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234232p:plain



「あ、岡部さん。 こんにちは」


巫女服を着た漆原るか、神事でよく使うフサフサ――正式名称は忘れた――を持って、立っていた。


「ここにいたのか。 猫の守護者よ」
「え、あの、最近は、エサを上げてないんですよ? 以前は、こっそりあげてたんですけど・・・」


猫どもが人懐っこいのは、これが原因か。


「お姉ちゃんに、怒られたんです・・・。 餌付けしたらダメだって・・・。 だから・・・」


いきなり泣きそうになっている。

唇をキュッと噛み、瞳をウルウルさせている様は、どう見ても可憐な少女。

だが男だ。


「ルカ子よ。 五月雨の素振りはどうした?」

「今日は20回やりました」
「なっ・・・・・・!?」


すでに済ませていた、だと!?

 

「成長したな。 良い心がけだぞ」
「はい。 ありがとうございます」
「ここに来た理由は他でもない。 IBN5100という古いPCについて、聞き覚えはないか?」


かつて、別の世界線において、俺がずっと探し続けたIBN5100は、この柳林神社に奉納されていたのだ。


「そう言えば最近、フェイリスさんからも、古いPCの話を聞きましたよ」
「なに!? フェイリス・ニャンニャンだと!?」


別の世界線で、この柳林神社にIBN5100を奉納したのは、そのフェイリスだった。

そうだ、あの猫娘は亡き父親がレトロPCマニアであり、しかも秋葉原再開発計画にも参加している、この街の有力者だったりするのだ。


「すごく高い、幻のPCだったんですが、なんとか手に入れたとか、なんとか・・・・・・」
「そうか。 情報提供に感謝する」


こうなったら、フェイリスに会うしかないな。


「最近、この神社に猫がよく来るようになったんですよ。 でも、みんな一ヵ所に集まって地面を引っ掻いているんです。 頼んでも頼んでもやめてくれないんです」


猫に頼み事をしているのか、ルカ子よ・・・。


「ここになにかあるんでしょうか・・・?」


このあたりは景色がいい。

神社という空間と、巫女という存在が雰囲気を盛り上げてくれているんだろう。

とくに巫女の持っている儀式具『フサフサ』はいい雰囲気を醸し出してくれている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234252p:plain



「ルカ子よ。 そのフサフサだが」
「あ、これですか? 大幣(おおぬさ)です」
「そうだ、このフサフサ・・・俺に少し貸してくれないか?」
「で、でもこれは、ボクのじゃないので・・・」
「頼む・・・。 これには、世界の未来の運命がかかっているのだ・・・!」
「せ、世界の、未来の、運命・・・」
「防人としての義務を果たせ、ルカ子。 そのフサフサを、俺に貸すのだ・・・!」
「じゃあ、えっと、ちょっとだけでしたら・・・」


ルカ子は躊躇いながらも、フサフサを俺に渡してくれた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234309p:plain



「あ、あの、大事に、扱ってくださいね? それと、後で、返してくださいね? でないと、ボクが、怒られちゃいます・・・」
「案ずるな。 八百万の神は、どこにでもいる。 つまり、そういうことだ」
「・・・?」


ルカ子と猫たちに見守られつつ、シャベルで土を掘り返してみると、お菓子の缶のようなものが出てきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234332p:plain



「あ、それ・・・ボクが、小さい時に埋めた、タイムカプセルです。 どのあたりに埋めたのか、分からなくなっちゃって・・・諦めていたんですよ」
「待て、近寄るなっ」


俺は爆弾処理班になったつもりで、ルカ子を手で制した。


「え? え?」
「罠かもしれん。 中身がすり替えられている可能性が」
「え、あの、だ、誰が・・・」
「機関だ。 他に誰がいる」
「機関・・・?」
「それでルカ子よ。 タイムカプセルの中身は?」
「あの・・・、幼い頃、父さんからもらった、男の子用と女の子用の、おもちゃです・・・。 男でも女でもどちらでもイイんだよっていう意味だと、父さんが、話していたのを・・・覚えています・・・。 お、岡部さん、中身は・・・すり替えられちゃっているんですか?」


俺は慎重にカプセルの中身を確かめた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234355p:plain



お手玉と、メンコ・・・だと・・・」
「よかった・・・。 すり変えられて、いませんでしたね・・・」


な、なんというアナクロなオモチャなのだ・・・。

いや、これはオモチャですらない。

むしろ、伝統工芸品だ!


「岡部さん、見つけてくださって、ありがとうございました。 あの・・・よかったら、メンコで、遊んでみませんか?」
「わ、悪いなルカ子よ・・・。 俺には、やらなければならない使命があるのだ。 その使命が片付いたら、きっとお前に付き合うと約束しよう」
「はい。 待ってます」

 

微笑みながらそんな言葉を告げられたら、胸がキュンとしてしまうではないかアッー!

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234414p:plain



お?

ポケットの中でまた淡い発光が。


「岡部さん、い、今の光は、なんですか・・・?」
「・・・それを知りたいと言うのか? いや、やめておけ。 知れば、お前はきっと後悔することになる」
「え・・・」 
「今見たことは、忘れるんだ。 それがお前のためだ。 分かったな?」
「は、はぃ・・・」


それと、ナイトハルトに関することで情報収集をしておいた方がいいかもな。


「ルカ子、お前はナイトハルトという男についてなにか知らないか?」
「え? ナイトハルトさん・・・ですか? ドイツの方でしょうか?」
「いや、俺も見たことはないが、おそらく日本人だろう。 かなりの危険人物だ」


なにしろ、世界を"萌え"によって支配するという、世にも恐ろしいことを成し遂げてしまう予定の男だからな。

そんなHENTAIは日本人ぐらいのものだろう。

そう、ナイトハルトはおそらく、ダルをもしのぐほどのHENTAI男だと思われる。


「今日、アキバで怪しげな男を見かけなかったか?」
「そう言えば・・・今日駅前を通ったときに、変なことを言われたんです。 "これはけしからん巫女だ"って・・・。 見た目は普通の男子高校生だったんですけど、すごく大きなダンボールを抱えていたのが、印象的でした」
「大きなダンボール・・・だと・・・!?」


その中にIBN5100を入れて、持ち歩いているということか?

だがあれは重さ25キロ近くある。

それを持ったままアキバをうろつくなど、常識的に考えて無理そうだが。


「それと、胸ポケットに、ええと、なんて言うんでしたっけ・・・、アニメの女の子の、お人形さんが入っていました・・・」
「なんというアニメだ?」
「わ、分かりません、ボク、アニメは見ないので・・・。 まゆりちゃんなら詳しいかもしれません。 ピンク色の髪をしていて、白っぽい服を着ていました」


世界を萌えで染め上げた男にはふさわしい特徴と言える。

そいつがナイトハルトである可能性は、非常に高い。


「どこへ行ったかは分からないか?」
「はい・・・。 そこまでは・・・」
「そいつに声をかけられたのはいつだ?」
「1時間ぐらい前です」


だとしたらもう駅前にはいないか・・・。


「貴重な情報感謝する、ルカ子」
「いえ、岡部さんのお役に立てたならうれしいです」
「お前の家に上がらせてもらっていいか?」
「ええっ? あ、はい、もちろんですっ。 岡部さんにはいつもお世話になっていますし、母さんも、会いたがっていました。 あんまり、大したおもてなしは、できませんけど、それでもよければ・・・」


母親を紹介される、だと?

これではまるで、カノジョの家に結婚を前提に挨拶に行くカレシのようではないかアッー!


「いや、済まない。 用事を思い出した。 あまり長居はできないから、今日は遠慮しておく」


ルカ子は俺がそう言うと、明らかにシュンとしてしまった。

だが男だ!


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234433p:plain



ガード下は、真夏の暑い時期はここだけ少し涼しい気がする。

そう言えば以前、ダルがおもむろに"ガード下って萌えるよな。 線路を支える柱の無骨さとか"と、のたまっていたな。

奴はスーパーハカーとしての腕は確かだが、人としては終わっている。

ここは昼でもライトがついている。

安全でいいことだが、組織に見つかる前になんとかしたほうがいいだろう。

・・・というか、よく見ると黄色い懐中電灯が街灯からぶら下がっているぞ?

この形、前にも見た覚えがあるな・・・。

ライトまでは、手が届かない。

どうやらここは、本気を出すしかないようだな。

リミッター解除!


「手を伸ばせば、きっと届く。 それが運命石の扉の選択だ・・・。 今! 掟破りの! 『星屑との握手――スターダスト・シェイクハンド!』 とうっ!」


手を掲げてジャンプしてみた。

届くわけがなかった。

うーん、暇そうなあの女を呼んでみるか?

助手に電話してみた。


「助手よ、今どこだ?」
ソフマップの前」
「今すぐガード下まで来てくれ。 頼みたいことがある」
「どうせまた、ふざけた頼みでしょ? お断りします」
「頼む・・・。 どうしても、お前でなければならんのだ・・・」
「・・・分かったわよ」


―――数分後。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234450p:plain



「来ましたけど? いったい私になにをやらせるつもりだ?」
「あれを見ろ」


俺は柱にぶら下がっている懐中電灯を指さした。


「なにあれ?」
「今すぐにあれを手に入れたい」
「岡部が届かないのに、私が届くわけないだろ」
「だからこそ助手よ! これよりオペレーション・アンドレを敢行するのだ! お前は! 俺に! 肩車されるがいい!」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234504p:plain



「はあ!? か、肩車って、なに言ってんのよ! このHENTAI!」
「なんだ? それとも俺を肩車してくれるのか?」
「できるわけなかろうがっ!」
「ふー・・・。 助手よ、クリスティーナよ、あまり俺を失望させるな」
「な、なによ・・・」
「肩車するだけでなぜHENTAI呼ばわりされなければならないのだ。 それをHENTAI行為と感じるお前の方がよほどHENTAIだぞ!」
うぐぅ・・・」
「分かってくれ。 これは冗談などで言っているわけではない。 本当に未来の運命がかかっているのだ」
「わ、分かったわよ・・・」
「ありがとう。 理解が早くて助かる。 では改めて――オペレーション・アンドレを敢行する! 助手よ、股を開け!」
「死ね! 腹を切って死ねぇ!」


――紅莉栖をなだめるのにさらに10分弱の時間を要した。


「いいか? 絶対にHENTAI妄想するなよ?」
「分かった分かった」


紅莉栖が遠慮がちに開いた足の間に頭を突っ込む。

そのまま一気に立ち上がった。


「ちょっ、急に立ち上がらないでよっ」
「助手よ、ライトは手に届くか?」
「というか、太ももを触るな!」
「届くのか、届かないのか!?」
「後頭部でスリスリしてくるなっ!」


紅莉栖が俺の髪をつかんで、引っ張ってくる。

あまりの痛みによろけそうになった。


「きゃあ! 私を殺す気!?」
「いいから早くしろ! どうなっても知らんぞーっ!」


――数分後。


「・・・・・・」
「ご、ご苦労。 無事、懐中電灯は手に入れた。 協力に感謝する」
「も、もう二度と、こんなのゴメンだからな」


なぜこんなに気まずくなっているのか。

それは紅莉栖が、恥じらっているかのように顔を赤くして、俺と目を合わせないせいだ!


「私以外の女の子には、こ、こんなバカなこと、するんじゃないわよ・・・」
「なに? つまり、お前にならば今後もやってもいいということか?」
「おのれのHENTAポジティブシンキング脳をミキサーでかき混ぜて液状にしてやるぞ」


ひぃ、こ、怖い・・・。

紅莉栖はすっかりいつものクールさを取り戻し、俺を置いて去っていった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234523p:plain



まあいい、懐中電灯は手に入れた。

表面に"スモール♪"と書かれてある。

ミスターブラウンが持っていた透明化ライトのことを考えれば、この懐中電灯も特殊な機能を持っているのは間違いない。

・・・。


む? 見慣れたマウンテンバイクが今、目の前を横切っていったような・・・。

いや、まさかな・・・。

秋葉原駅には用事がない。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234540p:plain



中央通りと並行する裏通り。

ここは小さな十字路になっている場所だ。

道路には、いくつかの怪しげな露天が出ている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234556p:plain



PCのパーツやら、パッケージのない怪しげなソフトなどが売られている。

秋葉原ではおなじみの風景だ。


「風のように現れ、風のように消えていく。 それが、彼らの生き様というわけか」


ちょっとアンニュイな気分になってみた。


「ハイ、ミスタ。 ルィトル、寄ってッテー」


碧眼の、モデルのような容姿をした外国人店主が、爽やかな笑みを浮かべつつ手招きしてきた。

どれどれ、と覗いてみる。

と、怪しげなパーツに隠れて、見覚えのある懐中時計が売られていた。


「これは・・・まさか、まゆりの懐中時計では? いや、見間違いか?」


よくあるデザインではあるし、名前が書いてあるわけではないので、なんとも言えないが。


「マスター、これをどこで手に入れた?」
「これはタカイタカーイ、ジョウモノだよぜ」
「俺を甘く見ない方がいい・・・。 はぐらかすならば、右腕の封印を解くまで・・・」
「今ならイチ万エンくらーいスロバキア


1万円・・・。

こんなボロっちい懐中時計が?

アンティークなんだろうか。


「トッケーはイチ万エンすることヨロシ?」
「そんな金はない」


財布を落としたせいで、今の俺は無一文だ。


「ソレカ、ワタシ古いゲーム好きダカら、何かレアなハードがあれば交換でもイイヨ」


物々交換か・・・それなら何か探してきてもいいか・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234622p:plain




メイクイーン+ニャン2は、ネコ耳メイド喫茶だ。

働いている女子は全員、メイドのくせにネコ耳をしている。

それをオリジナリティと見るか、邪道と見るかは、この店がオープンして以来数年、いまだ結論が出てない。

まあそんなことはどうでもいいといて、問題は――


「なんだこのカエルはーっ!」


一時期、渋谷の女子高生の間で流行した"ゲロカエルん"の超巨大ぬいぐるみ。

それが、店の入口を完全に塞いでしまっていた。

メイクイーン+ニャン2に巨大なカエル・・・。

とにかくなんとかせねば店内に入れない。

しかしあの質量のカエルとなると、未来の科学がない限りどうにもならない。

そう、ブラウンが持っていたあのライトのようなものが・・・。

「そのための懐中電灯だ」


ガード下で苦労して手に入れた、"スモール♪"と書かれた懐中電灯。

それを、巨大ゲロカエルんぬいぐるみへと向け、スイッチを入れた。


「お、お、おおおお・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234644p:plain



目の前で起きている、あまりにも現実離れした光景に、俺はたまらずうめき声を上げた。

ゲロカエルんの身体が、文字通り縮んでいく。

ついには小指サイズにまで縮小されてしまった。

直後、炸裂音とともに懐中電灯のライト部分が割れた。


「なっ!? 壊れたのか!? まさか、一度きりしか使えなかったとは・・・」


遊びで使わなくて正解だったぜ、ふぃ~・・・。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234701p:plain



メイクイーン+ニャン2の客入りは、6割ほどといったところだ。

あんな巨大なゲロカエルんぬいぐるみが入り口を塞いでいたというのに、こいつらはいったいどうやって入ったんだ?

客たちはいたって呑気なもので、中には雷ネットABで対戦している者もいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234715p:plain



「凶真ぁ~、凶真凶真凶真ぁ~」


と、ネコ耳にメイド服にツインテールという、萌え要素のテンプレを詰め合わせた小柄な少女が駆け寄ってきた。


「フェイリス・ニャンニャン。 このメイクイーン+ニャン2の人気ナンバーワンメイド・・・と同時に、『雷ネットAB』の現・日本チャンピオンであり、現役女子高生。 しかしてその正体は、秋葉原の元大地主にしてリアルお嬢様、秋葉留未穂――」
「なにさらっとフェイリスの秘密をカミングアウトしてるニャー!」


頬を両手の爪で引っかかれた・・・。


「フェイリスは、フェイリスニャ。 他に名前なんかないニャ」
「そ、そういうことにしておこう・・・」


ネコ耳を取ろうとした。

フェイリスが青くなってしまったら責任がとれない。

ネコ耳はいじらないでおく。


「そんなことより凶真・・・、今、フェイリスは大変なことに巻き込まれているのニャ・・・。 助けて・・・」


泣きそうな顔で、しなだれかかってくる。

他の客の殺意の波動がハンパないわけだが。


「いいだろう。 まずはお前のそのトラウマをぶち殺す」
「ニャフン・・・頼りにしてるニャン、鳳凰院凶真」
「だが交換条件があるぞ」
「ま、まさか凶真・・・。 "アレ"を求めるつもりかニャ!?」
「いかにも・・・。 幻のレトロPCをお前が持っているという情報は、すでにつかんでいる」
「ダメニャ! あれはフェイリス家の家宝であり、この秋葉原守護天使。 いくら凶真でも、渡せないニャ・・・」
「ならば、この話はなかったことにしよう。 お前は一生、"大変なこと"に巻き込まれ続けるがいい」
「凶真・・・卑劣な人ッ!」
「ククク、なんとでも言え。 だが忘れるな。 お前のトラウマをぶち殺せるのは俺だけだということを。 これも、運命石の扉の選――」
「分かったニャ。 フェイリスを助けてくれたら、差し出すニャ」
「なん、だと・・・?」


こいつ、本気で言っているのか?

IBN5100って今、手に入れようと思ったらすごく高くて、何十万もするらしいが。

そんなものを、譲ってくれるというのか?


「フェイリス、お前・・・いったいどんな"大変なこと"に巻き込まれていると言うんだ・・・?」


フェイリスの目から、一筋の涙がこぼれた。

こいつ、泣いている・・・。

厨二病の演技とは思えない。

まさか・・・本当に・・・?


「フェイリスは・・・呪われてしまったのニャ。 ゲロカエルんの呪いニャー!」
「それはひょっとしてギャクで言っているのか・・・?」
「今日は"ゲロカエルん追悼Day"をやったんニャけど・・・そのせいで呪いにかかっちゃったのニャ。 入り口のゲロカエルん見たかニャ?」
「ヤツならすでに排除した」
「あれも、元々はあんなに大きくなかったニャ。 巨大化は、呪いの影響ニャン」


もうその程度の超常現象では驚かないぞ。


「それで、お前がかかった呪いとは、具体的になんだ? 少なくとも、背は伸びていないようだが」
「それは・・・」
「それは?」
「雷ネットABに勝てなくなっちゃったニャー!」
「貴様・・・ァッ! これ以上ふざけるようなら、俺にも考えがあるぞ・・・!」
「今日1日、10人以上のご主人さまと対戦してるけど、全敗しちゃったのニャ~。 ありのまま、今起こったことを話すニャ。 "フェイリスは雷ネットABで勝っていると思っていたらいつの間にか負けていた"。 なにを言っているか分からないが以下略」
「お前、説明する気がないだろう?」
「とにかく凶真、なんとかしてほしいニャ~」


俺の腕にしがみついて、フェイリスが訴えるような視線を向けてくる。


「そもそも呪いを解くって、いったいどうすれば・・・」
「方法が1つあるニャ。 "アレ"さえあれば・・・」
「まさか、"アレ"を使えと言うのか・・・。 だが、果たして俺に使いこなせるかどうか・・・」
「信じるニャ。 凶真のことを」
「ところでフェイリス・・・"アレ"ってなんだ?」
「古来より神道に伝わる、あの神器ニャ」


神道、か・・・。

お祓いに使うようななにかか?


フサっ! フサっ! フサっ!


大幣(通称フサフサ)をフェイリスの頭の上で振ってみた。

使い方がこれで正しいのかどうかとか、俺はそもそも神職ではないが意味があるのかとか。

そういうツッコミどころはあえて目をつむった。


「・・・・・・」


瞑想するように目を閉じて頭を垂れていたフェイリスが、ゆっくりを顔を上げ――


嬉しそうに俺に抱きついてきた。


「なんだか、すっきりしたような気がするニャ! というわけで凶真! 早速だけど雷ネットで勝負ニャ」
「なん・・・だと?」


5分後。


「参りました」


コテンパンにされたのは、フェイリスの呪いが解けたからなのか、単に俺が雷ネットのルールをろくに知らないせいなのか。


「雷ネッター、フェイリス・ニャンニャン、ここに完全復活ニャ! 全部凶真のおかげニャ~!」


まあ、"フェイリスさえ満足していれば"本当に解決していようがいまいが、どうでもいい。

俺はただ、"満足したフェイリスから交換条件として幻のレアPC"を手に入れるだけだからな!


「凶真凶真、なにか飲むかニャ?」
「ではドクターペッパーを頼む」
「それはないから、いつものアイスコーヒーでいいかニャ?」
「ならばブラックで」


――数分後、フェイリスが軽い足取りでアイスコーヒーを運んできた。


フェイリスが出してくれたアイスコーヒーを、ストローを使わずにぐびりと飲む。

苦い。


「あまりはしゃぐなよ、フェイリス・ニャンニャン。 俺たちの取引は、まだ終わっていない。 忘れたとは言わせんぞ。 俺は最初にこう言った。 お祓いをする代わりに、幻のレトロPCをもらう、と。 さあ、用意してもらおう!」

「もちろんニャ! 約束通り、プレゼントするニャン」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234745p:plain



「じゃーん! これニャ! タミー製『ぴゅう丸』ニャ!」


フェイリスが出してきたのは、やたらとでかいキーボードのような"なにか"だった。


「なんだこれは!?」
「どうニャ? このゴム製キーボードがたまらないと思わないかニャ? もちろんコントローラーだって付いてるのニャ!」


なぜかキーボードにコントローラーが繋がっていた。

なにがなんだか分からなかった。


「これぞ、画期的な日本語ベーシックが動く唯一のマシンなんだニャーん!」
「ふざけるなー! 俺が欲しいのはIBN5100であって、ぽん丸ではない!」
「ぽん丸じゃなくてぴゅう丸ニャ!」
「どっちでもいい! よくも俺を騙したな!」


怒りにまかせて、一気にアイスコーヒーを飲み干す。


「でも凶真、IBN5100なんて一言も言ってないニャ。 逆ギレされても困るニャ」


え、そうだっけ・・・。

くそ、仕方ない、作戦を練り直す為にラボに戻るとしよう。


『ぴゅう丸』は正直なところいらなかったが、フェイリスがどうしてもとしつこいので、仕方なくもらっておくことにする。


「ところでフェイリスは同人CDを出したニャ。 凶真はフェイリスの命の恩人だから、特別に、1000円のところを500円にしてあげるニャ♪」


金を取るのは変わらないらしい・・・。


「ククク、残念だったな猫娘よ! 俺は! ついさっき! 財布を落とした! 故に、お前のおふざけニャンニャンCDを買う金などない。 これも運命石の扉の選択だな」
「フニャー!? ということは凶真、無銭飲食するつもりなのかニャ!?」


あ、しまった・・・。

たった今、出されたアイスコーヒーを飲み干したばかりだった。


「命の恩人に、ドリンク代をおごる気はないか、フェイリス」
「凶真・・・残念だけど、ちょっと店長呼んでくるニャ・・・」
「よ、よせっ! 今すぐなんとかするからちょっと待て!」


助手に電話してみた。


「岡部倫太郎ですけど、牧瀬紅莉栖さんにお願いがあるんです・・・」
「言ってみろ」
「かくかくしかじかで、足止め食らってまして。 大変申し訳ないんですが、1000円ほど、貸してくれませんか?」
「ふーん、それで私に頼ってきたわけか。 なんで私なの? 橋田やまゆりだっていたのに」
「それは、お前が俺の助手だからだ」
「ん? なんですって?」
「あ、いや、その・・・。 俺が頼れるのは・・・いつだって、お前だけなんだよ、紅莉栖・・・」
「・・・え、あ。 そ、そう。 それは、こ、光栄というか、悪い気は、しないけど」
「というわけで、来てくれ、紅莉栖・・・。 俺を、助けてくれ・・・」
「分かった、すぐ行く」


――数分後。


本当にすぐに来て、紅莉栖は気前よく1000円を貸してくれた。

飲食代の500円をフェイリスに支払い、おつりをきちんと貰った。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234810p:plain



「ありがとうございましたニャン。 いってらっしゃいませ、ご主人さま♪」

「この猫娘が・・・いつか、奥歯をガタガタ言わせてやる・・・」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ。 まったく・・・。 というわけで、1000円貸してあげた代わりに、ちょっと私に付き合ってよ。 ちょうどお腹がすいてて――」

「フゥーハハハ! たかが1000円で俺を買収したつもりかクリスティーナ! 俺は狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真! 誰にも縛られたりはせんのだ!」

「ほう・・・」


紅莉栖の目がスッと細められた。

あ、やばい、また怒らせたかも・・・。


「貸した1000円、倍返しな」


笑顔のままそう告げると、紅莉栖は俺のことを振り返ることなく店を出て行った。

笑顔が逆に怖かった・・・。

あ、そういえばフェイリスにナイトハルトという男について聞いておくんだった。


「フェイリスよ。 ナイトハルトという男を知っているか?」
「・・・っ!?」


フェイリスの表情がピキリと凍り付いた。


「なぜ、凶真がその名を知ってるのニャ・・・」
「知っているんだな? ならば答えろ。 ヤツはいったい何者だ?」
「どうしても、聞きたいのかニャ・・・?」
「お前に選択の余地はない。 答えられないなら、答えたくなるようにしてやるのみだ。 そうだな、例えば・・・お前の猫耳を引きちぎってでも――ハッ!? なにぃぃぃぃぃ!? フェイリスの猫耳を引きちぎろうとしていたはずが、俺が代わりに猫耳を装着させられていたーっ!?」


おのれフェイリス。

俺が話している最中にふざけた小細工をしおって。

俺は咳払いをして、怒りを必死で抑えつけた。


「真面目に答えてもらおう。 この店に、大きなダンボールを抱えた男子高校生が来なかったか?」
「あっ! 来たニャ!」
「本当か? どうも信じられんな。 今度は"フェイリスのお兄ちゃんだニャ"とか言い出す気か?」
「フェイリスの弟ニャン」
「お前とはもう二度と話さん! 帰らせてもらう!」


回れ右して出ていこうとしたが、フェイリスに腕をつかまれ引き留められた。


「ニャハハ、弟っていうのは冗談ニャ。 でも、ホントに見たニャ。 1時間ぐらい前だったかニャ。 大きなダンボール持ってて、服の胸ポケットに星来ニャンのフィギュアが入ってたニャ」
「・・・!?」


そのフィギュアの情報は、ルカ子の証言と一致する。

ということはフェイリスの話は間違いなく真実・・・!

わずかなタイミングで入れ違いになってしまったか・・・。


「ちなみに、その星来ニャンとは?」
「『ブラチュー』のメインヒロインだニャン。 星来オルジェルっていう、ツンデレ変身魔法少女なのニャ」


フェイリスの口ぶりだと、有名なキャラらしい。

あるいは、俺もこれまで中央通りを歩いているときに偶然見かけたことがあるかもしれない。


「それでそのダンボール男について、他に情報はないか?」
「フェイリスが何度か話しかけてみたんニャけど、会話してくれなかったニャ。 で、ずっと"ふひひ"って笑ってたニャ。 オムライス食べてすぐ帰っちゃったのニャン。 ダンボールが重そうニャったけど、それ以外には変なところはなかったニャ」


目新しい情報はなしか。

いずれにせよ、ナイトハルトと思われる男が秋葉原のあちこちをうろついているのは間違いない。


「フェイリス、ナイトハルトの件は絶対に口外するな。 いいな? もし喋れば、お前のその猫耳を引きちぎる――って思ったら猫耳を引きちぎられていたのは俺だったァッーーー!」


さっき付けられた猫耳をフェイリスの手で外されてしまった俺は、頭部を警戒しつつ慌てて店から飛び出した。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234644p:plain

 

メイクイーン+ニャン2は俺も行きつけのメイド喫茶だ。

もっとも、それは純粋に食事をしに来ているからであって、メイドと話すためではない。

ダルのような動機でここに通うほど、俺は、純粋でもなければ、偏執的でもないのだ。

そう、俺は、穢れてしまっているのだよ・・・。


・・・。

 

ビュンビュンと車が行き交っている。

轢かれて死んでしまうような軽はずみな行動は自重しよう。

死は、いつでもそこにある。

いつでも手に入る。

だから、もう少しだけ、生の無駄遣いを、してみよう。

なあ、そうだろ・・・? 未来の俺よ。

たまらず俺は、半眼状態でふぁさぁっと前髪をかき上げた。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234540p:plain

 

中央通りと並行する裏通り。

ここは小さな十字路になっている場所だ。

道端には、いくつかの怪しげな露店が出ている。

 

f:id:Sleni-Rale:20201104234556p:plain

 

「トッケーはイチ万エンすることヨロシ?」
「そんな金はない」


財布を落としたせいで、今の俺は無一文だ。


「ソレカ、ワタシ古いゲーム好きダカら、ナニかレアなハードがあれば交換でもイイヨ」


物々交換か・・・それなら・・・。

俺は黙って、"ぴゅう丸"を差し出した。

途端にマスターの目の色が変わる。


「Oh! ディスイズピューマルでしょでしょ!? サムライベシク動けでしょでしょ? ゴムキーもまだまーだイケてるがな! シランがな! ホッシーなー。 コレホッシーな!」
「ほう、マスター、どうやら"ぴゅう丸"に興味があるようだな。 だが知っているか? 世界はすべて、等価交換によって成り立っているということを」
「トッカンコウジ?」
「等価交換! 俺の"ぴゅう丸"と、そこにある懐中時計、物々交換と行こうではないか」
「???」
「損はさせないぞ。 いいか、この場だけだ。 ククク、分かるだろう? このチャンスを逃せば次はない。 さあ、決断しろ。 "ぴゅう丸"か、"カイちゅ~"か」


マスターがちっとも俺の言葉を理解しようとしないので、やむなく身振り手振りで説明した。


「OK! このポーケっクロックアゲマショーソーマショ。 ブツブツのチェンジマンでハイどぞどぞ~」
「え? あ、そう? そんな簡単に? いいの?」


戸惑う俺に懐中時計を押し付けたマスターは、代わりに"ぴゅう丸"を奪っていった。

なぜだろう、すごく、損した気分になってきた。

やはりとんでもないプレミア価格が付いていたりしたのかも。


「いいか、このことは他言無用だ。 もし誰かに喋れば、裏切りと見なす。 後は、分かるな?」
「サンキュー、ごくろーさんネ!」


マスターは白い歯を見せてまた爽やかに笑った。


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【18】


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160347j:plain


「ねえ、2人がいるならどこだと思う~?」


渚はPDAを起動して地図を覗き込んでいる。

総一は歩く速度を若干緩めると渚に並んだ。


「怪我をしているんだから、その手当てが出来そうな場所だと思うんです。 水道があるとか、ベッドがあるとか、救急箱があるとか、そういう部屋はありませんか?」

「戦闘禁止エリアならその全部があるみたいだけど、ここからだと1番近いのでもちょっと距離があるよ~」


渚はPDAを操作しながら困ったような声を上げる。


「マークのある倉庫と、シャワー室と、ベッドのある警備員の詰め所みたいな所ならこの辺にあるみたいだよ~」

「そのどれかにいると思う?」

「居てくれると良いんだけど。 渚さん、全部行ってみましょう。 一番近いのはどっちですか?」

「その十字路を左だよ~。 そこから少し行った所がシャワー室」

「分かりました」


総一は頷くと再び足を早めていく。


―――無事でいて下さい、文香さん、麗佳さん!


そう祈らずにはいられない総一だった。


・・・。

 

 



f:id:Sleni-Rale:20201029160411j:plain

 

「総一、ちょっと!」


通路を歩いていく途中、かりんが突然床にしゃがみこんだ。

それはシャワー室と詰め所が無人であるのを確認した後の事だった。


「これ、血のあとなんじゃないかな?」


そしてかりんは床の1点を指さした。


「血のあと?」


行き過ぎかけていた総一は足を止め、かりんの指さしている部分を見る。


「ホラ、これだよ」

「本当だ・・・」


そこには確かに赤い染みが出来ていた。

総一は膝をつくと、その赤い染みに手を伸ばす。


「まだ乾いてない」


総一の指先には湿った感触があった。

指を見るとそこに赤い色の液体が少し付着していた。


「って事は総一!?」

「ああ、この辺に居るって事だ!」


総一は急いで立ち上がる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160423j:plain



「総一くん、倉庫があるのはこの向こうだよ」


渚は通路の壁に触れる。

今いある通路は渦巻き状になっており、少しだけ回り込んでいく必要があった。


「分かりました。 急ぎましょう! かりん!」

「うんっ!」


総一が伸ばした手に掴まり、かりんもひょいっと立ち上がる。


「走るよ、ついてきて!」

「はい~っ!」

「うんっ!」


そうして3人は走り出した。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20201029160434j:plain

 

総一がドアを思い切り開けると、中にいた人間の顔がパッとこちらを向いた。

倉庫には2人の人間の姿があった。

1人は床に寝かされており、立っているもう1人がその手当てをしているようだった。


「文香さん、麗佳さんっ! 無事でしたか!!」

 

初めは強張っていた2人の顔も、総一の姿を確認すると少しだけその表情を緩めた。


「文香さん! 麗佳ちゃん!」

「居たのっ!?」


続いて渚とかりんも部屋に飛び込んでくる。

2人はすぐに文香と麗佳のもとへと駆け寄っていく。


「みんな、ぶじ、だったのね」


床に横になっていた文香は総一達の姿を見ると笑顔を浮かべた。

その表情は時折痛みに歪むものの、彼女は安堵しているようだった。


「はい」


総一は渚とかりんの後から文香に近付いていく。


「麗佳さんも無事で良かったです」

「・・・ありがとう」


麗佳の表情も安堵の色に包まれていた。

総一達がまだ3人一緒に行動している事に安堵していたのだ。

誰が敵で誰が味方か分からない、そんな状況で怪我を負った文香と麗佳。

この時までの不安と緊張、そして恐怖は決して小さくは無かった。


「合流出来たのね、総一君・・・」


総一達と文香達は漆山が死んだホールで別れたきりだった。

あの時の総一と渚は駆け出すかりんを追うのが精一杯で、他の事を考えている余裕は無かった。


「はい。 俺達はなんとか。 でも、文香さん達はどうしたんですか? あれから何があったんですか?」


―――あの時は怪我をしていたのは麗佳さんだけだったのに、今は文香さんの方が重症みたいだ・・・・・・。


「それはね、御剣」


総一の疑問に答えたのは麗佳だった。


「途中までは高山さんと一緒に行動してたのよ。 でも途中で罠にはまってしまって・・・」

「罠?」

「ま、まだ見てないのかしら? この建物、たまに罠が仕掛けてあるのよ。 本当に、たまになんだけど」

「文香さん、まだ寝ていてください。 話なら私がしますから」


話を続けようとする文香を麗佳が止める。

総一は麗佳のその様子を見て、文香の怪我が深いという想像が間違っていない事を知った。


「ごめん。 お願いね麗佳ちゃん」

「はい」


麗佳は文香に頷くと総一達に向き直る。

その顔には少しだけ辛そうな表情が刻まれていた。


「高山さんと分断された所に長沢がやってきて、それでこの始末よ」


麗佳は自分の左手と、文香の右のふとももを示した。


「長沢にやられたんですか?」

「ええ。 クロスボウ武装していたわ」

「俺達も1度襲われました」

「そうだったの・・・・・・」


麗佳の表情が更に厳しいものになる。


「それからなんとか逃げ出してここへ。 そして文香さんの止血が終わったところで貴方達が来たって訳よ」

「そうでしたか。 無事で良かったです」


総一が麗佳に頷くと、渚が総一が背負ったままのリュックをごそごそと漁り始める。

総一は渚が中身を取り出し易いように少ししゃがんでやった。


「・・・あなた達は、相変わらず仲良しなのね?」


丁度総一と顔を見合わせる形になった文香が彼に小さく微笑みかける。


「はい。 2人ともよく頑張って助けてくれます」

「麗佳ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれる~? 麗佳ちゃんの腕の怪我を診るわ~」

「あっ、あたしも手伝う!」


渚とかりんは丁度麗佳に手当てを施そうとしていた。

総一は文香に2人の事を視線で示した。


「ほらね。 2人とも頑張り屋なんです」

「本当ね・・・」


文香は嬉しそうに頷いた。


・・・。


麗佳と文香の手当てが済む頃には、お互いの情報交換はあらかた終わっていた。


「まさか高山さんが・・・・・・」

 

麗佳は高山と手塚の話を聞くと信じられないという面持ちで首を軽く左右に振った。

彼女の頭のおさげが一緒に大きく揺れる。

彼女の動揺の大きさは見ている総一にも十分に伝わった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160449j:plain



「麗佳ちゃん、総一君達と協力しましょう」

「でも・・・・・・」

「怪我をしている私達には他に選択肢は無いでしょう? それにこの3人ならきっと大丈夫よ。 そんな事をする子達に見える?」

「・・・・・・」

「ねっ?」


文香のそんな言葉に麗佳は頷きかけたのだが、



f:id:Sleni-Rale:20201029160501j:plain

 

「ごめん、実はあたし、1度総一を裏切ろうとした事がある」


かりんがそう言うと麗佳は言葉に詰まった。


「馬鹿かりん」


ゴンッ


まとまりかけていた話を壊してしまいかねないかりんの発言に、総一は思わず手が出ていた。


「話をややこしくするな」


「ご、ごめん。 麗佳さん、今は違うんだよ、今は。 総一のこと大好きだし!」


そしてかりんはスルッと総一に抱きつく。

しかしかりんの額には冷や汗が浮かんでいた。

どうやら彼女自身も話をややこしくした事を後悔しているようだ。


「ぷっ」


そんな総一とかりんを見て、麗佳は小さくふきだした。

彼女はそのまま笑い始める。


「分かりました文香さん。 彼らと協力しましょう」


そして麗佳は笑いながら頷いた。

それを見届けると、文香は自分の荷物の中からPDAを取り出した。


「総一君、これを見て」

「これは!?」


文香が差し出したのはダイヤの6が表示されているPDAだった。


「総一君、さっきJOKERを持ってるって言ってたわね? だったらあたしの首輪を外せば、これでエクストラゲームのシャッターが開けられるわ」

「やったね! 総一!!」


総一に抱きついたままだったかりん。

その手の力がぎゅっと強まる。


「JOKERは何度使ってるのかしら?」

「さっき5回目をやったところです。 だからもう、外せる筈です」


総一はJOKERを取り出して文香に見せる。

画面では道化師が踊っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160513j:plain



「そう。 助かったわ」


すると文香は一瞬の迷いも見せず自分の首輪に6のPDAをはめ込んだ。

PDAの下部についている端子。

それは首輪の前面の端子にぴったりとはまりこんだ。


―――文香さん、本気で俺達を信用してくれてるんだな・・・。


総一は嬉しくなっていた。

いつになくやかましいアラームが鳴り響く。


『おめでとうございます! 貴方はJOKERを5回使用し、首輪を外す為の条件を満たしました!』


そんな合成音声と共に首輪が左右に別れる。

前面端子にそって刻まれていた模様のような部分に繋ぎ目があり、そのロックが外れたようだった。


「やった・・・・・・!?」

そして総一の目の前で、文香の首輪はあっさりと彼女の首から取り外された。


「総一君、この首輪も持っていきなさい。 これを集めている人もいるから」

「はいっ!」


総一は文香から首輪を受け取る。


―――首輪だ・・・。


本当に、外れるんだ・・・。

涙が出そうになる総一だった。

これならかりんを、渚を助けられる。

総一にはそれが嬉しくてたまらなかった。


「それとこれも」


文香はPDAも総一の手の上に乗せる。

首輪とPDA、全てを合わせても大した重さではない。

しかし総一には不思議とこの2つはずっしりと重く感じられていた。

そう感じられる程に総一達を悩ませたものだった。


「麗佳ちゃん、貴女のPDAもみんなに見せてあげて」

「はい」


麗佳は文香の言葉に素直に従ってPDAを取り出した。


「私のはこれよ」


それはクラブの8だった。


「って事は・・・」

「そうよ。 かりんちゃんの首輪が外れたなら、麗佳ちゃんのも外せるわ。 だから総一君、麗佳ちゃんをお願い。 一緒に連れて行ってあげて」

「それはもちろんですが、貴女はどうするんですか文香さんっ!?」


文香は『麗佳ちゃんをお願い、一緒に連れて行ってあげて』と言った。

そこには文香自身は同行しないという意味も含んでいる。


「あたしは・・・・・・この脚じゃ動けないわ。 自分で分かるの。 無理して長い距離を歩いたら、きっとすぐにまた出血して動けなくなる」

「そんな・・・だからってこんな所に置き去りには・・・」


文香は動かせない。

それは総一も重々承知の上だった。

だが手塚と高山が麗佳と文香を探しているというこの状況で、彼女をこの場所に置き去りにすればどうなるか分からない。


「仕方ないわ。 ここはあたしの強運に賭けるしかない」

 

「待ってよ、総一くん! 文香さん! 良い方法がある!」


自分のPDAを握り締め、渚が表情を輝かせる。


「文香さんは戦闘禁止エリアに連れて行けばいいのよっ!!」

「ああっ!? そうかっ!!」


総一の表情にも明るさが戻る。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160526j:plain

 

「分かるの!? 戦闘禁止エリアが?」


文香を守る方法があるかもしれないという期待に、麗佳の表情も明るくなる。


「はいっ、渚さんのPDAにはそういう機能が追加されているんです!」


戦闘禁止エリアの中に彼女を置いて行けば、首輪が外れていない人間は彼女には手を出せなくなる。

もはや殺される心配はない。

下手に同行するよりも、逆に安全かも知れないのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160547j:plain



「そうと決まったらすぐ行こうよ! こんなとこでグズグズしているよりは向こうのが安全なんだし!」


そう言うなりかりんは荷物をまとめ始める。

確かにそれはかりんの言う通りで、時間は夕刻にさしかかっていてあまり時間的な余裕もなくなっていた。


「ああそうだな、そうしようっ!」


だから総一はすぐにそれに同意すると、一緒になって移動の準備を始めた。


・・・・・・。


・・・。

 

 

戦闘禁止エリアへの移動はつつがなく終了した。

移動の間に手塚達や長沢に見つかる事はなく、特に障害もなく総一達は近くの戦闘禁止エリアまで移動する事が出来た。

これまでがこれまでだっただけに多少拍子抜けをした総一達だったが、無事である事に文句は無かった。


「文香さん、痛かったり苦しかったりしませんか?」


文香を戦闘禁止エリアのベッドに寝かせると、総一はそっと彼女に掛け布団を掛けてやった。



f:id:Sleni-Rale:20201029160605j:plain

 

「ありがとう総一君。 大丈夫よ。 私の心配はもう良いから、あとはみんなをよろしくね?」

「はい」


総一は力強く頷く。


「手塚と高山、長沢の3人は敵に回ってしまいましたが、まだ他に3人居ます。 その3人と接触できればきっとみんな無事に帰れます」


死んだのは2人。

敵は3人。

総一達は5人。

合わせて10人。

他にまだ3人居る筈だった。

文香のPDAをシャッターを開けるのに使ってしまうから、必要なPDAはあと2台。

それでかりんと麗佳の首輪を外す事が出来る。

だからわざわざ敵とまみえる必要などなかったのだ。


「残念ながらそうじゃないわ総一君。 生存者は今、9人しか居ないのよ」


しかし文香はそう言いながら首を横に振った。


「なっ!? それはどういう事ですか!?」


―――また2人死んだっていうのか?!


「私のPDAを見て」

「PDA?」

「私のPDAには生存者の数をかぞえる機能が追加されているの」


6のPDAの起動ボタンを押し込む。

するとトップメニューの所に、確かに生存者の数が表示されていた。

渚のPDAと同様に、彼女のPDAもソフトウェアが組み込まれていたのだ。


『残りの生存者 9名』


「いつから9人だったんですか?」

「昼ごろからそうだったわ」


―――じゃあ、俺達が手塚と出会った頃には既に4人死んでいたって事なのか?


総一はゾッとしていた。

総一達がまだ大丈夫だなどと考えていた間に、とっくに4人もの命が奪われていたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160620j:plain



「総一・・・・・・」

「大丈夫よ、かりんちゃん。 総一くんと私がきっと何とかするから」


不安そうにしているかりんを渚が慰める。

それを見て総一はかりんの事は渚に任せておくことに決めた。


「あたし達は今5人。 敵は3人。 他にもう1人しか居ないのよ。 だから総一君達は遅かれ早かれ、3人の敵のうちの誰かと戦う事になる」


例外は残る1人がPDAを2つ以上持っている場合だが、それに期待するのが間違いなのは誰の目にも明らかだった。


「落ち着いて、冷静に状況を見極めるの。 焦って守るべきものを見失わないように。 良いわね、総一君」


「は、はいっ」


総一の声は上ずりかけていた。


―――落ち着け総一。


かりんはまだ子供で、麗佳さんは足に怪我。

俺がしっかりしないと、渚さん1人に負担がかかってしまうぞ。

焦る頭と高鳴る鼓動を抑え込み、総一は何度も自分に落ち着けと言い聞かせる。


「渚さん、総一君をお願いね。 この子、意外と誰かの支えが必要みたいだから」

「・・・はい。 そのつもりです」


渚は真面目な顔で頷く。


「麗佳ちゃん、気を付けてね? この3人と一緒ならきっと大丈夫。 あたしはもう一緒に行けないけど、ここから貴女の無事を祈ってるわ」


「さようなら文香さん。 今までありがとうございました」

「また会いましょう、麗佳ちゃん」

「はい」


麗佳が頷くのを見届けると、文香は再び総一を見た。


「名残惜しいけど、もう行きなさい総一君。 時間が無いわ。 かりんちゃんと、妹さんを助けるんでしょう?」

「はい。 じゃあ行きます。 文香さんもどうかご無事で」

「ええ。 これでも運は良い方だから心配いらないわ。 みんな、後でまた会いましょう」


こうして総一達は後ろ髪引かれる思いで戦闘禁止エリアを後にしたのだった。


・・・。


「ふぅ~~、やぁっと行ってくれたか・・・・・・」


文香は総一達が出ていったドアを見つめながら、小さく苦笑を漏らした。

総一達は何度も振り返りながらそこから出ていった。

文香にとっては嬉しい事である半面、さっさと行って欲しくもあった。

事態はそれほどまでに切迫していたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160635j:plain



「でも、これで私の仕事はやりやすくなったのかしらね?」


文香は誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟く。

1人になったという事は、行動の自由を得たという事でもあるのだ。


「とはいえこの脚じゃ今すぐ動くのは無理、か・・・。 もう少しじっとして待ちましょうかね。 痛み止めが効き始めて、血が完全に止まるぐらいまでは・・・」


脚の調子を確かめた後、文香は布団を頭から被る。


「果報は寝て待てってね。 ・・・・・・がんばるのよみんな、どうか無事で」


そして文香はそっと目を閉じるのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160647j:plain



麗佳が足に怪我をしている事もあり、階段のホールへ入ったのは総一1人だった。

麗佳の怪我は支えてやれば歩く速度にはさほど影響は無かったのだが、走って逃げるとなると話は別だった。

そこで総一1人がホールを調べにやって来たのだ。


「良かった、誰も居ないか・・・・・・」


総一はホールを見回して大きく安堵する。

手塚や高山、長沢の姿はそこには無い。

総一達が心配していたような待ち伏せは無かった。


「・・・・・・あとは隠れられそうなのは階段の所だな」


総一はそれでも気を緩めたりはしなかった。

これまでの事で、少しでも気を抜けば命取りになるという事を嫌というほど理解していたのだ。

ホールの端に位置している階段。

そこは少し奥まった場所にあり、身を隠すには持ってこいな場所だった。


―――ここに武装した誰かが隠れているなら、大事だが・・・。


慎重に足を進める総一の脳裏に長沢のクロスボウの事がよぎる。

何度か身体をかすめていった矢を思えば、緊張は隠せなかった。


―――頼む、誰も居ないでくれよ・・・!!


総一はそう祈りながらホールの角から階段を覗き込む。

「あれ?」


しかしそこで総一が目にしたのは、予想外の光景だった。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20201029160702j:plain

 

「ほんとだ~、シャッターが開いてるね~」


「なんで?」


先に行った渚とかりんが階段を見上げている。

一応の安全を確認した総一は、そこに仲間達を連れてきていた。


「分からないんだ。 俺が来た時にはもう開いちまってた」


総一も麗佳を連れて階段へやってくる。

総一の肩に掴まって歩く麗佳も、そこへ来るとすぐに階段を見上げた。

総一がここへ来た時、階段を塞いでいた筈のシャッターは開いていた。

シャッターのパネルには1台のPDAがはめ込まれており、シャッターの半分が扉のようにホール側に向かって開いていた。

パネルにはめ込まれたPDAには何も表示されていない。

普通、操作していない時にはカードの図柄が表示されている筈なのに、そこには何も映し出されていなかった。

恐らくスミスの言っていたように、はめ込まれたPDAは壊されているのだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160713j:plain



「どういう事なのかしら? 誰かが先に上がっていったって事かしら?」


麗佳が総一を見た。

間近で見ると麗佳の美貌は際立っている。

しかしその表情は不安で歪んでいた。

対する総一も彼女の美貌に構っている余裕は無い。


「多分そういう事になるんでしょうが・・・しかしそれならどうして・・・・・・」

「手塚くん達も、長沢くんも、私達を狙ってた筈だよね~?」

「だったら、あいつらが開ける筈ないよね? あいつらはここが閉まった方があたし達を捕まえ易いんだからさ」


渚とかりんが総一と麗佳の所へ戻ってくる。


「何か、開けなきゃいけない事情でもあったのか、それとも―――」

「それとも最後の1人が開けたのか、って事になるわね」


総一の言葉を麗佳が継ぐ。

自然と全員の視線が麗佳に集まった。


「開けなきゃいけない事情・・・仲間割れでもしたのかな? 総一、手塚と高山はそんなに仲が良いってわけじゃなかったんでしょ?」

「ああ」


総一は頷く。

手塚と高山は相手を危険だと承知した上で、あえて手を組んでいるように総一には見えた。


「あの2人ならそれもあるんだろうと思うよ。 手塚はPDAを複数持ってるんだし」


手塚は自らが人殺しであると公言していた。

そして遠回しにだが少女の殺害も認めている。

つまり彼がPDAを複数持っている可能性は極めて高い。


「それで総一くん~、これからどうするの~?」

「それは・・・やっぱり元の方針のまましかないと思います。 幸いここが開いているという事は、文香さんのPDAを使わずに済みます。 最後の1人を見つければかりんの首輪を外してやれます」


総一達のPDAは全部で5代+JOKERの6台。

文香のPDAをここで失う筈だったが、開いていた以上それは必要ない。

あと1台あればかりんの首輪を外す事が出来るのだ。


「でも、ここが開いている以上、その最後の1人がもう上に行っちゃってる場合もある訳で」


総一がそう言うと、全員の視線が上を向いた。


「じゃあ総一、元の予定通りに、上に向かいながらもう1人を探すんだね?」

「ああ。 それが良いと思う」


総一がかりんに向かって頷いた時、麗佳が再び口を開いた。


「待って御剣。 それにみんなも」

「麗佳さん?」

「とりあえず3階に登るのには賛成。 でも、先に進むのは少し待って欲しい」

「何故ですか?」


総一とかりん、渚の視線が再び麗佳に集まる。


「3階のホールで、この階段を見張りたいのよ。 誰がこのシャッターを開けたのかを知っておきたいと思わない? 私はそれはこの先重要な情報だと思うの」


麗佳は順を追って説明していく。


「3階に上がって、ホールを見張っていればやがて残る人間が全員通るわ。 そして逆に、その人達はシャッターを開けた人間ではないって事になる。 開けた人は我々よりも先に行っている筈なんだから」


シャッターを開けるだけ開けて、2階に留まるような人間がいるとは思えない。

その時点なら3階は確実に誰もいない安全地帯なのだから。


「私達が探している例の1人がここへやってきたらその時点で話をすれば良い。 でももし、最後の1人がここを通らなかったら? つまりシャッターを開けたのが、私達が探している人物の仕業であったらどう?」


現状では総一達・手塚達・長沢・『最後の1人』の4組の集団がある。

だからこの階段を総一達の後に登る組み合わせは3通りだ。

1つ目は誰も通らない。

これは総一達が最後尾である場合だ。

2つ目は1組。

これは先に2組が先行している場合が当てはまる。

シャッターを開けた組ともう1組が先行している事になる。

3つ目は2組。

これは先行しているのがシャッターを開けた組だけである場合だ。

麗佳が指摘している問題は1つ目以外の条件で、総一達が探している人物が総一達の後に階段を通らなかった場合だ。


「その場合、私達が探そうとしている人間が既に誰かを殺している可能性が出てくるって事でしょう?」


特に先行しているのがその1人だけである場合がそうだ。

彼、あるいは彼女はどうやってその余分なPDAを手に入れたのだろう?


総一達が文香から貰ったように平和裏に手に入れた?

死体に遭遇してPDAだけを持っていった?

それとも自らの手で殺し、PDAを手に入れたのか?


「だから時間が減って多少危険でも、ここを監視していたいのよ。 誰が通るのかを見張れば、私達は行動の選択肢を絞り込めるようになる。 そして運が良ければかりんさんの首輪も外せるわ」


探している人間が後からくれば何の問題もない。

そうなればかりんの首輪が外せる目も出てくるだろう。

しかし事によっては、残る4人全員と敵対する覚悟を決める必要が出てくるのだ。

 

「仰る意味は分かりました。 俺もそれに賛成です。 渚さん、かりん、2人はどう思います?」

「私もそれが良いと思う~」

「あたしは総一が賛成ならそれに賛成するよ」


「決まりね。 じゃあ上に登って、しばらく階段を見張りましょう」


そして麗佳の言葉に全員が頷いた。


・・・。


そこを最初に通過したのは長沢だった。

それは2階が侵入禁止になる3時間半前、夕方の6時間半頃の事だった。


『ラッキーなんだかアンラッキーなんだか分からないけど、これはこれでいいか』


隠れて見守る総一達に気付いた様子もなく、彼はそんな言葉を残して姿を消した。

それから2時間近くそこを通る者は無かった。

2階が侵入禁止になるタイムリミットは1時間半後に近付いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160744j:plain



「誰も来ないね~?」


ホールを覗く総一。

その肩の上に顎を乗せるようにして渚も一緒にホールを覗く。

かりんは怪我をした麗佳と一緒にホールの少し手前にある部屋で待機している。

見張っていて敵対的な人間に見つかった時に、動きの鈍い麗佳が追われないようにするための処置だった。

だからホールを見張るのは総一と渚の仕事になっていた。


「そうですね」

「もう全員通ったのかな~?」

「それもあるのかもしれませんね」


だが頷きながらも、総一は反対の事を考えていた。


―――けど少なくとも、手塚達が通ったとは思えないんだけどな・・・・・・。


手塚達は文香と麗佳を探していた。

総一達は先にその2人を見つけて、その後はまっしぐらにこの場所を目指している。

それだけの時間で手塚達が捜索を諦めたとは考えにくい。

だからいくら早くても先に3階に来ている事はありえない。

総一はそんな風に考えていた。


―――だがその場合は、俺達の会った事のない最後の1人がシャッターを開けた事になるんだよな・・・。


手塚達の事もあったので、総一はシャッターを開けたのが長沢であって欲しいと願っていた。

そうでなければ最後の1人までが敵となる可能性が出てきてしまう。

しかし長沢は総一達よりも後にここに姿を現した。


「総一くん、ちょっと。 誰か上がってくるみたいだよ」


考え事に沈んでいた総一を渚の声が引き戻した。


「話し声がするよ~」


渚は声をひそめ、階段を指さした。


「話し声って事は―――」


そして3階に姿を現したのは、手塚と高山の2人だった。


「ここが既に開いているってのは予想外だったが・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160758j:plain

 

「不思議はネエよ。 長沢なら余計なPDAを持っていてもおかしくないし、御剣と女共に関してはJOKERを持っていた。 いざとなればそれで開けるさ」


3階に立った手塚と高山。

2人は余裕のある様子でホールを見渡す。


「予想外というのなら、俺達が怪我した2人の女を捕まえられなかったことの方だろうよ」

「・・・・・・違いないな」


高山は無表情に頷く。


「まあいいさ。 どうせ6階では嫌でも鉢合わせだ。 高山さんよ、上に行こうぜ。 向こうよりこっちの足が速いのは明らかだ。 急げば追いつけるし・・・」


手塚はタバコに火をつけると、ライターとタバコの箱を高山に投げ渡す。


「道が違って追いつけなくても6階に先回りできる、か」


高山はそう答えてからタバコに火を点ける。


「そういう事。 ・・・・・・って事で、行きますかい大将?」

「・・・・・・ああ」


そして2人はタバコの煙を吐き出しながらホールを後にした。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

同時刻・某所。

多くのモニターに取り囲まれた部屋。

同じだけ多くの機材が積まれ、そこはまるでテレビ局かNASAあたりの宇宙船の管制室のような風情だった。

行き交う人間の数も多い。

広い筈の部屋も多くのスタッフが動き回っているおかげで狭く感じられる。

特徴的なのは、そのモニターには2種類の映像が表示されているという事だろう。

ひとつは薄汚れた建物と、そこを動き回る男女の映像。

そしてもう1つは豪華な衣装に身を包んだ男女が集まる、高級カジノの映像だった。


「郷田さん、"姫様"の件は無事に終了。 こちらは予定通りのラインに戻りつつあります」


その部屋にいる人間の1人がコンソールのマイクに向かって話しかけている。

その姿は電話オペレーターのようにも見える。

すると部屋にある大型モニターのうちの1つに映し出されていた女性がカメラの方を向き、笑顔を作った。

彼女は薄汚れた建物の方にいる人間の1人だった。

彼女は手に持っているPDAをまるで携帯電話か何かのように頬に押し付けていた。


『ただでさえ忙しいんだから、次はこういうのは勘弁して欲しいものだわ』


モニターの脇にあるスピーカーから女性の声が流れ出る。

モニターに映る女性の声がそこから流れ出ていた。

するとその部屋に居る人間の多くが女性の声に注目する。


「そう言わないで下さいよ。 郷田さんが居てくれたからこそ、無事に済んだんですから。 いやぁ、封鎖したままの3階を使うのは良いアイデアでした」

『褒めても何も出ないわよ。 それで現状は?』

「はい。 カジノの方には用意したダミー映像を流しています。 葉月があの子を殺して、郷田さんに返討ちに遭うものです」


ちらりと男が視線を別のモニターに映すと、そこでは丁度女性が銃を構えて中年男性を撃ち殺すシーンが表示されていた。


『お客の反応は?』

「悪くないです。 こちらの事情に気付かれた様子もありません」

『じゃあ、プレイヤー達の方はどうなの?』

「現在2階が侵入禁止に。 生存者は陸島を除いて全員が3階へ上がっています」

『あら、文香さんが? 彼女はどうなったの?』

「重傷を負っていたので、首輪を外した時点で戦闘禁止エリアに残されました」

『へぇ、なかなか面白い事になってるじゃない』

「ともかくこれで一安心です」


女性と話す男はあからさまな安堵の表情を浮かべている。


『ええ。 大体分かったわ。 それじゃあそろそろ私も行くわね。 やることは沢山あるし』


モニターに映っていた女性はカメラに向かって軽く手を振る。


『終わったら食事でもおごりなさいな』

「もちろんですよ郷田さん。 今度は事が事だけに、きっと経費で落ちますし」

『・・・・・・しっかりしてる事。 まあ良いわ。 データだけ送っておいてくれる? あとは任せるから』

「分かりました」

『よろしく。 じゃあ切るわね、っと、忘れる所だった。 あれよ、大分前に言った件だけど』


女性は話を打ち切りかけたが、何かを思い出して話し続ける。


「ああ、あれですか」

『ええ。 そろそろ頃合だと思うから、進めておいてくれる? さっきの騒動ですっかり忘れてたわ』

「分かりました」

『そろそろ渚ちゃんにも働いて貰わなくちゃね。 随分あの子たちに入れ込んでるみたいだし、丁度良いわ』


女性は楽しそうに微笑んでいる。


『それじゃね~。 準備が出来たらまた連絡をちょうだい』

「分かりました」


スピーカーからの声が途切れる。

そしてモニターに大写しになっている女性はカメラに向かって二、三度手を振る。


「まったく大した人だ」


男がそう呟くと同時に、女性はカメラからフレームアウトしてモニターからその姿が消える。


「参戦回数が多いってのは、こういう事なのかね?」


別のモニターに女性の歩く姿が映っている。

男はそれを見ながら、彼女が味方で良かったと安堵するのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

状況を把握した後の総一達の動きは速かった。

彼らは一気に最上階へ向かう決断をしていた。

自分達以外が全員戦いを選んだ可能性が強まった今、先回りして戦闘禁止エリアに飛び込むのは急務だった。

そうすればどうあっても残る連中は交渉を選ばない訳にいかないからだ。

女子供、そして怪我人のいる総一達にはそれ以外に確実な方法は無かった。

また2階で時間を大きく消費してしまったという事もある。

その意味でも上層階へ急がなければならなかった。

移動の際には麗佳の怪我の事が心配されたが、もともと罠を警戒しなければならない為に速度は上げられなかった。

おかげで麗佳の事は問題になっていない。

とはいえ移動速度が遅い事にはかわりない。

それを補ったのが渚のPDAの拡張された地図だった。

戦闘禁止エリアをうまく経由して進む事が出来るようになったので、体力的にも心理的にも余裕が生まれていた。

また一方通行のドアの表示もとても役に立った。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160817j:plain



「じゃあ、みんなはここを調べていて下さい。 俺はちょっとあたりを見回ってきます」

「気を付けて、総一くん」

「ここはお願いします、渚さん」

「は~い」


渚に軽く手を振って総一が戦闘禁止エリアを飛び出していく。

そこは3階にある戦闘禁止エリアの1つだった。

4階を目指していた総一達は4階へ上がる前の最後の休憩にそこへやってきていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160828j:plain



「ねえ渚さん、あたしこっちから順番に開けていくから」

「うん。 食べ物を見つけたら教えてね、かりんちゃん」

「あは、分かった」


かりんは戦闘禁止エリア内にいくつか並んでいた木箱の1つを開ける。

そして彼女は中に入っているものを1つずつ引っ張り出していく。


「麗佳ちゃんはここに座っててね~?」


渚は麗佳を据え付けられていたソファーに下すとにっこりと笑いかけた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160841j:plain



「申し訳ありません、お手伝いできなくて。 足手まといですね、私」

「良いんだよ麗佳ちゃん~。 こんな時だしさ~、助け合わなきゃ~」


眉を寄せて謝る麗佳。

しかし渚は笑顔を崩さなかった。


「それに麗佳ちゃんが居てくれたから、最後の1人にも期待できそうにないって分かったんだし~」


そのおかげでこうして総一達は最上階を目指す決断を下したのだ。


「間違いなく信用できるのは総一くんと私達3人しかいないんだしさ~、足でまといだなんて悲しい事言わないで欲しいな~。 麗佳ちゃんが居ないと寂しいもん~」


そして渚は最後に少しだけ苦笑して見せる。


「そうそう!」


かりんもその時だけ箱から顔を出し、麗佳に向かって軽く手を振る。


「・・・・・・」


麗佳はそんな2人をじっと見つめていた。

その表情には戸惑いのようなものが浮かんでいる。


「どうしたの~麗佳ちゃん~?」

「・・・・・・」


麗佳は答えない。


「気にしないで良いよ~。 言って、麗佳ちゃん~」

「・・・・・・失礼な事を訊くことになりますけど・・・」

「構わないよ~。 ねぇ、かりんちゃん」

「うん!」


かりんは箱に顔を突っ込んだまま、手だけを出して振って同意を示している。


「貴女方は、どうしてお互いを信じているんです? 例えば、そう、今外に出ていっている御剣の事とかが心配にならないんですか?」

「ああ、そっか~。 怪我して帰ってきたりしたら大変だね~。 ついて行けば良かったな~」


麗佳に言われて、渚は総一が出ていったドアをじっと見つめている。

麗佳はその答えに一瞬呆気にとられるものの、すぐに首を横に振った。


「そうではなく、彼が貴女方を裏切るとは思わなかったんですか?」

「総一くんが? 私達を?」


今度は渚の方が呆気にとられる。

しかしすぐに彼女も首を横に振った。


「それはないよ~。 総一くんだもの~」


そして渚はすぐに普段通りの笑顔を取り戻した。


「あたしは最初疑ってたよ。 裏切られるんじゃないか、殺されるんじゃないかって」


かりんは1つ目の箱を調べ終わり、蓋を元に戻した。

そしてその上に腰掛け渚と麗佳の方を向く。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160852j:plain



「妹の事で頭がいっぱいでさ」


そしてかりんは苦笑しながら麗佳に自分の妹の事を話していった。

それを聞いた麗佳は再び驚きの表情を作った。


「それなのに彼を信じたの?」

「うん」

「どうして? 何故そんな事が出来たの?」

「あいつさ、あたしが刺そうとしても無抵抗だったんだ。 妹の所へ帰れ、大事な人の所へ帰れ、そう言って一瞬も迷わずに刺されようとしたんだ」

「無抵抗に・・・・・・」

「総一が抵抗していたら、あたしはきっと刺せたんだと思う。 でもあいつが無抵抗だったから、寸前のところで思い留まった。 あたしにはやっぱり、言い訳無しには人は殺せなかった。 そして妹を助ける為だからこそ、人は殺せないって思った。 それを総一に、真っ向から思い知らされた」


かりんは説明しながら右手のひらを見つめる。

その手に持ったナイフ。

それを総一に向けた事。

様々な事が脳裏に蘇り、駆け抜けていく。


「ふふ、人を殺せないんだもの。 あとは信じるしかないじゃない?」


そしてかりんは笑い始める。


「そう決めたら、すっごく気が楽になってさ。 あとは目の前にいた総一を素直に信じただけ。 無理に信じろとは言わず、あたしと妹の為に刺されても良いって言ったお人好しの事をさ」

「ふふふ、かりんちゃん、それはちょっと違うんだな~」


渚は笑うかりんに片目をつぶってみせる。


「どういうこと渚さん?」

「総一くんはお人好しなんかじゃないんだよ。 私にもついさっきまでは分からなかったんだけど」


いつの間にか、渚の口調はほんの少し真面目なものに変わっていた。

その瞳にも僅かに悲しみの色が浮かんでいる。


「総一くんはね、多分、大事な人を亡くしてるの。 それも多分、大好きだった恋人を」

「こ、こいびと!?」

「そうだよ。 総一くんはね、その人を守れなかったってずっと後悔してる。 だからかりんちゃんの妹のかれんちゃんをどうしても助けたいって気持ちが誰よりも良く分かったの」


これまでの総一の言動。

そして一貫した行動。

それらを全て間近で見てきた渚には分かるのだ。

彼が一体何を求めているのかを。


「そしてだからかりんちゃんを助けたい。 総一くんは自分が失敗したから、かりんちゃんには失敗させたくないって思ってる。 殺されても良いって思ったのはそのせいなの」

「総一・・・・・・」


かりんは渚から総一が出ていったドアに視線を移す。


「そして総一くんには約束があるの。 亡くなった大事な人とかわした、大事な約束が」


総一は言っていた。

約束があるからだと。


「約束?」

「うん」


渚は麗佳に向かって頷く。


「間違った事はしないって約束。 だから人を殺すなんて問題外。 裏切るつもりも毛頭ない。 恋人との約束を裏切れないから。 もうこの世に居ない人との最後の繋がりを、自分からは捨てられないから」


渚の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ始める。


「総一くんはお人好しじゃない。 そんなに強くはない。 だけど、だからこそ裏切ったりしないわ。 あの人はね、人を裏切れないほど弱いのよ」


涙は止まることなく、彼女の頬を伝っていく。


―――私は真奈美に銃を向ける事が出来た。


総一くんが出来なかった事が私には出来た。

私は人を裏切れるぐらいには強かったのだ。

そして自分に言い訳する事も上手かった。

かりんちゃんのように、言い訳だと自覚できなかった。


「だから信じて麗佳ちゃん。 あの人はあなたの敵じゃない。 そして私達も」


―――ねえ総一くん、私はあなたの信頼に応えられていますか? 人殺しの私は、あなたの横に居て良いんですか?


きっと総一は渚を信じている。

渚が誰も裏切らないと信じているだろう。

しかし渚には裏切った過去があるのだ。

親友の真奈美を殺したという、拭いされない過去が。

だから渚は悲しくてたまらない。

自分が総一やかりんの信頼に値しない人間である事が悲しくて仕方が無かった。


「・・・分かりました」


麗佳はコクリと頷く。


「私は、貴女達を信じます」

「ありがとう・・・、麗佳ちゃん」


その信頼は渚にとって無上の喜びだ。

しかし同時に、彼女の身を焼く地獄の炎でもあった。


総一が部屋に戻ってきた時、かりんと渚は最後の木箱の蓋に手をかけていた。


「ただいま」

「あっ、おかえり~、総一くん~」


総一の姿を見つけると、渚は笑顔で駆け寄っていく。


「どうしたんですか渚さん。 良い事でもありましたか?」


その不思議と無邪気な笑顔に総一の目が吸い寄せられる。


―――なんだろう? 渚さん、なんだか・・・?


「総一くんが、みんなが無事なのが嬉しいだけ」


そして渚は総一の手を引いて麗佳の座るソファーへ近付いていく。


「見て見て総一くん~、箱の中からまたあの小さな箱が出てきたよ~」


麗佳の正面の机の上には見覚えのある小さな小箱が乗っていた。

例のPDA用のソフトだった。


"Tool:Search/Collar"


真ん中にはそんな言葉が刻まれている。


「ここに書かれている文字の通りなら、首輪が探知できるみたいね」


コンコン


麗佳は綺麗に削られた指の爪の先でプラスチックの箱を軽くつつく。


「へへへ~、便利なの見つけたでしょ~?」


渚は総一に顔を向けたまま胸を張って微笑んでいた。


「もしかして渚さんが見つけたんですか?」

「あた~り~♪」

「インストールしたんですか?」

「うん。 麗佳ちゃんのにしてみたよ。 麗佳ちゃんの壊したりしないじゃない?」

「そうですね、良い判断です」


総一やかりん、渚のPDAは麗佳の首輪を外す時に壊してしまう可能性が大きかった。

だからインストールするなら自然と麗佳のものという事になる。


「見て、御剣」


麗佳のPDAの地図には、いくつかの光点が表示されていた。


「これは・・・・・・」


光点はいくつかの場所に分かれて表示されていた。

まず、今いる3階の戦闘禁止エリアに5つ。

これは総一達4人の首輪に加え、文香の首輪を外して持っているからだ。

そして3階には他に3つの光点がある。

ふたつが固まって表示されている。

距離は遠く、上への階段を目指しているようだった。

これは恐らく手塚と高山の2人だろうと思われた。


もう1つは比較的総一達の近くにある。

これは長沢だろう。

最後の光点は既に4階にあった。

総一はそれをシャッターを開けて先行した顔も知らないもう1人だと考えた。


「多分探知しているのは首輪で、作動してペナルティの対象になったものは除外されているみたいね」


麗佳が自分の推論を口にする。


「どうやらそのようですね」

「これでさ~随分逃げやすくなったでしょ~」

「そうですね」


総一が頷くと、渚は再び胸を張った。


「えらい~?」

「ぷっ、えらいえらい」


そんな彼女の仕草に総一は笑い出したしまう。

だが、次の瞬間その和やかな雰囲気は破られた。


「そういちっ!」


部屋に響いたのは深刻そうなかりんの叫び声だった。

驚いた総一は慌ててかりんの方を向いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160908j:plain



「こ、これっ!」


かりんの顔は真っ青だった。

驚きと恐怖にその顔は強張り、その歯が軽くカチカチと震えているのが分かった。

そんなかりんの様子に驚いたが、総一が一番驚いたのは彼女がその手に持っていたものだった。


「ばっ、馬鹿な!?」


総一の表情も驚愕の色に染まる。


「なんでそんなものが!?」



f:id:Sleni-Rale:20201029160920j:plain

 

かりんの手の中にあったのは、黒光りする鋼鉄製の拳銃だった。


・・・。


――!!


テレビや映画の効果音のそれとは明らかに違う鋭く大きな音が通路に木霊する。

通路の壁に何度も反響したその音は、きっと元の音の何倍も大きく聞こえていることだろう。


「そういちっ、ほ、本物なの・・・・・・?」


戦闘禁止エリアを出た総一達は見つけた拳銃の試し撃ちをした。

モデルガンとは明らかに違う、重厚な金属製の銃を見てもにわかにはしんじられなかったのだ。


「あ、ああ・・・・・・」


総一は自らの手で引き金をひき、そして缶とその後ろの木の板を撃ち抜いたのをその目で見ても、まだ自分の手の中にあるのが本物の拳銃であるという現実が信じられなかった。


―――まさか、何かの間違いじゃないのか!?


総一は煙をあげる銃口と、穴のあいた缶と板を見つめる。


―――冗談じゃないんだぞ!?


だがそれは紛れもない現実だった。

銃口からはいやな火薬の臭いが立ち上り、缶と板には大きな穴があいていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160934j:plain



「御剣、このフロアにはこんなものが幾つも置かれているのかしら?」

「えっ?」

「だって、ナイフやクロスボウは一つじゃなかったんでしょう?」

「あっ、そ、そうか!?」


総一は麗佳のその指摘に愕然とする。

ナイフは総一達以外にも手塚が手にしていた。

クロスボウを持っていたのは長沢1人だったが、彼だけで3丁持っていた。


―――これを、全員が手に入れるというのか? そしてこれで攻撃されるって事なのか?


「総一っ!」


かりんが慌てて駆け寄ってくる。

麗佳も同様に近付いてくる。

総一はすぐに麗佳の身体を支えてやった。

移動する時に麗佳に肩を貸すのは総一の役目だ。


「どうやら、悠長に構えている暇は、なくなってしまったようです」


かりんと麗佳に向かって囁く総一。

そして再び視線を銃に向ける。

自然とかりんと麗佳の視線もそこへ向かう。

黒光りする鋼鉄の塊。

人を殺すための道具。

これまでに拾ったようなものとは訳が違う。


「このままだと俺達、大変な事になるぞ・・・・・・」


長沢、手塚、高山。


あの3人は遠からず銃で武装して襲いかかってくる。

そして残ったもう1人もそうかもしれない。


―――どうしたらいい? こんな素人ばっかりなんだぞ!?


完全に3階の入り口で見張っていたのが裏目に出ていた。

先行した連中に武装する時間を与えてしまったのだ。

総一達は危険を承知で、彼らが武装して待ち受けている場所を駆け抜けなくてはならない。


―――最悪だ。


俺達にはもう・・・・・・。


不安そうにしているかりんを慰めてやりながらも、総一の頭の中はそんな不安でいっぱいになっていた。


―――総一くん・・・・・・。


渚はそんな3人の事を少し離れた場所で見守っていた。

ゲームマスターという立場上、こうなる事が最初から分かっていた渚は他の3人に比べて冷静だった。


―――大丈夫だよ。


私がみんなを守るから。

その自由は与えられている。

『ゲーム』の体裁を壊さなければ、与えられた命令を破らなければ、他は何をしても構わない事になっている。


ぶぅぅんぶぅぅん


そんな時、渚のPDAが振動する。

それは他の人間に知られずに渚にメッセージが送られて来た事を意味している。


―――なんだろう、こんな時に・・・・・・。


渚はPDAを取り出した。

『ゲーム』の構造上、彼女がそうやってPDAを見る事を怪しむ人間はいない。

誰もが地図を確認しているだろうぐらいにしか思わない。

もっともこの時に限れば誰もが銃に気を取られていて渚の事など見てなかったのだが。


「えっ!?」


思わず渚の口から声が漏れる。

表示されていたメッセージはそれほどまでに渚を驚かせるものだった。


―――こ、こんな事を私にしろっていうの?!


『御剣総一を殺害せよ。 期限はゲーム終了まで。 手段は問わず。 ただし不意打ちで即死させない事』


渚に与えられた命令はシンプルだった。

これまでにも『ゲーム』の展開をよりエキサイティングなものにする為にはしばしば課せられた命令だった。

だがその命令は、今の渚にとって安易に実行できるようなものではなかった。

この『ゲーム』を運営している『組織』は、渚がこれまで何に苦しんで来たのかを良く知っていた。

そして今の彼女が何を命じられれば一番苦しむのかという事も。

何より、それが一番お客の喜ぶ演出でもあった。

渚は裏切らなければならないのだ。

総一か『組織』のどちらかを。

それは親友の残した『裏切り者』という言葉から逃れられない渚にとって、悪夢のような命令なのだった。


―――総一くんを殺す? 信じるって、守るって決めた人を? またこの手で、大事な人を殺すの? 真奈美と同じように?


渚の身体が震え始める。

その表情も蒼白だ。


―――それとも『組織』を裏切るの? その命令に従ってもう何十人もの血でこの手を染めてしまったというのに?


そして父さんや母さん、あの子たちはどうなるの?

渚の精神には『組織』というものが深い心の傷となって食い込んでいた。

渚にとって『組織』は絶対的なもの。

渚自身の運命を操り、真奈美を死に追いやり、多くの人間を弄ぶ絶対者。

裏切ればその責がどこまで及ぶか見当もつかない。

渚自身が死んで済むならそれもいい。

しかし『組織』は間違いなく渚の前に彼女の家族に手をかけるだろう。

『組織』を裏切るという事はそういう事なのだ。


「わ、わたし・・・・・・」


渚の視線がPDAを総一とを往復する。

渚の動揺は深い。

混乱する頭と震える身体が渚をさらに追い詰めていく。


「ど、どうしたら・・・・・・」


―――総一くんっ!!


渚は無意識に総一に助けを求めていた。

もはや彼女自身には決められなかった。

大事な仲間と愛する家族。

どちらを選べばいいのか、そして選んで正しいのか、その答えを求めていたのだ。


総一達は銃に。

渚は命令に。

それぞれ気を取られていた。

互いを思いやる余裕はない。

誰もが混乱し答えを求めていた。

そした最大の問題は、そこに敵がやってきたという事だろう。

普段の渚ならすぐに気付いただろう。

だが渚は完全に冷静さを失っていた。

だから接近してくるその敵を完全に見落した。

あるいはその為にこのタイミングで命令が下されたのかもしれない。

そして総一達もそうだった。

自分達が銃を撃った事で敵を呼び寄せるかもしれないとは想像できなかった。

結局、日常からかけ離れたものを与えられて冷静でいるのは難しいという事だろう。


「御剣ッ!!」


だから敵の接近に気付いた時には、もうどうにもならない状況だった。

そして気付いたのも偶然そちらを向いていた麗佳1人。

彼女が叫んだのと同時にその敵の握っていた拳銃が火を噴いた。


――!!!


銃声は素早く3回。

銃口は総一の方を向いていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029160957j:plain



「ひゃはははははっ! 俺の勝ちだァッ!!」


撃ったのは長沢。

総一の他には女性しか居ないのだから、彼が総一を狙うのは至極当選の成り行きだった。

しかし。

「きゃうっ!!」


総一に当たる筈だった3発の銃弾は麗佳の身体に突き刺さる。

麗佳は長沢の姿に気付いた瞬間、総一の身体を抱き締めて総一を守ったのだ。


「くそっ!!」


思い通りにいかなかった長沢は、再び銃口を総一と麗佳に向けた。


「良いさ、守りきれないほどブチ込んでやれば!!」


長沢は今度こそ総一を殺し、麗佳にもとどめを刺すつもりでいた。


――!!


しかし行動は麗佳の方が早かった。

その身体に銃弾を受けながらも、総一の腰にささっていた拳銃を引き抜いて迷わず長沢を撃った。


――!!!


続けて2回。


「ぐわっ!? 何がっ!?」


長沢は銃弾を受けた衝撃で銃を取り落していた。

麗佳の撃った弾は1発はそれたものの、残りの2発が長沢の肩とすねを撃ち抜いていた。


「くっ、くそっ!」


出血した身体を引きずるようにして長沢が総一達に背を向ける。

麗佳はその背に向かって更に銃を向けたものの、そこで彼女に限界が訪れた。


「ぐっ、げほっ」


麗佳の口から大量の血が吐き出される。


「麗佳さん!?」


1歩も動けずにいた総一がそこでようやく麗佳の身体を抱きとめる。


「み、みつるぎっ、な、ながさわ、をっ・・・・・・!」


麗佳は血だらけの身体を無理やり動かして総一の手に拳銃を押しつける。

拳銃は彼女の温かな鮮血に染まって真っ赤になっていた。


「長沢!?」


総一は襲撃者が長沢であった事をそこで初めて知った。

そして慌てて逃げていく長沢の方を見る。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161009j:plain



「総一ッ、あいつ逃げるよ!!」


総一がその姿を視界に収めた時、長沢は足を引きずりながらも通路の角に姿を消す所だった。

通路には点々と彼の血液が残されていて、その怪我が浅くない事が容易に想像できた。

その他に人影はない。

襲撃者は長沢1人だったようだ。


「追わなくて良いかりん! 今は麗佳さんだ! 手を貸してくれ!」


だが総一はあっさりとその追撃を諦めた。

その理由は彼の言う通り麗佳だった。

彼女の受けていた傷は長沢のそれどころではなかった。

総一の手にビチャリとそのワンピースが張り付くほどに大量の血が彼女の身体から溢れだしていた。


「うん、わ、分かった!」


総一は麗佳をしっかりと抱きかかえると慎重にその身体を通路に横たえる。

かりんはすぐにそれを支えて手伝ってくれる。


「渚さんっ、救急箱を!」


総一は傍に居る筈の渚を呼ぶ。

しかし渚は答えない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161018j:plain



「あ、あぁ、あ・・・・・・」


渚は血を流して倒れている麗佳を見て、立ち尽くしていた。


―――麗佳ちゃんは、総一くんを裏切らなかった・・・・・・。


総一を見を呈して守った麗佳。

それを見た渚は心中穏やかではなかった。

総一を裏切るのかもしれない自分を糾弾しているように思えたのだ。


―――私はどうするの? 総一くんを裏切るの? それともこのまま助けるの?


でも麗佳ちゃんのように総一くんを裏切らずにいれるの!?

真奈美のように撃ってしまうんじゃないの?!

渚は総一が渚を信じるほどには自分を信じていなかった。

麻生真奈美を殺した時のように、口では色々な事を言っても最終的には撃ってしまうのではないかと疑っていたのだ。


「渚さんっ! しっかりして下さいっ!」


ビクッ


総一の大きな声が渚の金縛りを解いた。


「総一くん!?」

「渚さん、救急箱を! 部屋の中に置きっぱなしになっていますから!!」

「わ、わかった!」


渚はすぐに駆け出そうとするのだが、重傷を負った当の麗佳がそれを止めた。


「もう良い。 手当てなんて、意味がないわ」


ゴフッ

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161031j:plain



そして麗佳はもう1度血の塊を吐き出した。


「しかし―――」

「いいのよ。 ・・・・・・御剣、おまえは無事なの?」


麗佳はそう言いながら首を巡らせる。


―――俺を探しているのか? 目の前にいる俺を?!


「麗佳さん、もう目が・・・・・・」


かりんもそれに気付き、麗佳の傍にしゃがみこんだ。


「・・・・・・無事です。 麗佳さんが守ってくれましたから」

「そう・・・・・・。 銃なんて初めてだったから、上手くいくか分からなかったけど・・・・・・、そっか、御剣は無事か・・・・・・」

「麗佳さんっ」


総一は麗佳の手を取って握り締める。

しかし握り返してくる麗佳の手の力は驚くほど弱い。

そしてそれはみるみるうちに弱まっていく。


「麗佳ちゃん、しっかり!」


渚もやってくる。

渚は総一の手ごと麗佳の手を取り、強く握り締める。


「な、なぎさ、さん。 救急箱は今後の為に、とっておいて、くださ、い・・・・・・」

「麗佳ちゃんっ!」

「わた、しのPDAは、忘れずに持っていって。 か、かりんちゃんに、いもうとさんに、ひつよ、う、だからっ、ごほごほっ」

「麗佳さんっ、PDAなんていいからしっかりしてよっ!!」


かりんの声が木霊する。

しかし無情にも麗佳の身体からは命の力は失われていく一方だった。


「・・・・・・ね、ねえ、御剣。 ひとつだけ、教えて欲しいんだけど・・・・・・


かりんの声が聞こえていないのか、それとも答えている余裕がないのか、麗佳はかりんには答えず総一に向かって言葉を紡いだ。


「は、はいっ」

「おまえは、私の事を信じていてくれた・・・・・・?」


その瞬間、麗佳の手の力が僅かだけ強まった。


「み、みじかい間だったけど、わた、しは、貴方達の仲間、だった・・・・・・?」

「あたりまえでしょうっ、麗佳さんっ!!」


総一は大声で叫びながら、彼女の手を思い切り握り返した。

すると苦しげだった麗佳の表情はほんの少しだけ笑顔に包まれた。


「・・・・・・そっか・・・・・・よかった・・・・・・」


そしてその瞳が閉じられる。


「駄目だ麗佳さん、目を開けて!」


麗佳の腕から力が抜ける。

総一の握る手を、握り返さなくなった。


「ごめん、みんな・・・・・・。 わたしだけ、さきに、かえってる・・・・・・わ、ね・・・・・・」


最期に麗佳は囁くようにそう言うと、眠るように息を引き取った。


・・・。


「馬鹿野郎っ!」


――ッッ


総一の手が通路の壁を思い切り叩く。


「戻ってこい長沢っ! 出て来いスミスッ! 俺が、俺がお前達を叩き殺してやるっ!」


総一はその場になれば決して殺せやしないだろう。

しかしそれでもそれを口にせずにはいられない。

総一はそれほどまでに怒っていた。


「お前達は自分が何をやっているのか分かっているのかぁぁっ!?」


その絶叫は通路に響き渡る。

その時文香のPDAがアラームを鳴らす。

参加者が死んだ事を告げるものだろう。

しかしそれを聞いても誰もそのPDAを見ようとしない。

それどころか総一は逆にさらに怒りを募らせた。


「ちくしょうっ!!」


――ッッ


総一は何度も壁を殴りつける。

その手がすりむけて血が流れ出してもやめようとしない。

守ると決めた相手の死。

信頼してくれていた人間の死。

しかも麗佳を守る筈の自分を、逆に守って死んでいった。

それゆえ怒りは総一自身にも向けられていた。


―――銃ぐらいに取り乱すからだ、御剣総一っ!!


――ッッ


―――それで誰かが死んでちゃ意味ねえだろうがよっ!!


――ッッ



f:id:Sleni-Rale:20201029161052j:plain

 

「駄目だよ総一くん、総一くんっ!」


壁を殴り続ける総一の腕に、渚がしがみつく。


「ほっといてくれっ!」


しかし総一はそんな渚を振り払おうとする。


「もうやめて総一くんっ! あなたのせいじゃないんだよっ!!」

「俺のせいじゃない!? 麗佳さんは死んでるんだぞ!?」

「きゃあっ!?」


総一に弾き飛ばされた渚は足を滑らせて壁に叩きつけられる。


「渚さんっ!!」


かりんの悲鳴。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161102j:plain



「総一っ! 八つ当たりは駄目だよっ! 渚さんに当たってどうするのさ!!」


「あ・・・・・・」


そんなかりんの絶叫と、力なく床に倒れた渚の姿を見て総一はようやく冷静さを取り戻していた。


「渚さん、渚さんっ!」


渚に駆け寄ったかりんが倒れた渚に覆い被さるようにして慌てて渚の様子を確かめる。


「ふぅ・・・・・・よ、良かったぁ・・・・・・。 気絶してるだけみたい」

「ぶ、無事なのか!?」


慌てて総一も渚の横にしゃがみこむ。


「無事じゃないよっ! 気持ちは分かるけど、こんなの酷いよ総一っ!!」

「わ、悪い」

「お詫びは渚さんが起きてから直接言って」


かりんは真剣に怒っていた。

いつも総一に向けていた表情ではない。

純粋に総一の行為に怒りを向けていた。

そしてその表情をさせているのが自分なのだと気付いた総一は、酷く自己嫌悪に襲われていた。


「ああ、分かった」

「総一、深呼吸」


かりんに乞われるまま、総一は何度か深呼吸を繰り返す。

そうしていると胸の奥にくすぶっている様々な激しい感情が少しだけ和らぐ気がした。


「大丈夫?」


かりんが深呼吸を終えた総一の顔を覗き込む。


「助かった。 ありがとうかりん」


この時総一は心底自分が1人でなくて良かったと思った。

総一にはもし1人きりだったら、数ヶ月前の自分に逆戻りして膝を抱えていじけていただろうと思えた。


「よし。 冷静になったらまずは渚さんを部屋に運ぼう」

「分かった」


総一は頷きながらちらりと麗佳を見る。


―――すみません麗佳さん。


すぐに貴女もお連れしますから。


「かりん、部屋のドアを開けててくれるか?」

「了解」


かりんはひょいっと立ち上がると数メートル先にあるドアに手をかけた。

そのドアは戦闘禁止エリアに続くドアだった。

運び込むならこれほど安全な場所もないだろう。


―――よし。



f:id:Sleni-Rale:20201029161114j:plain

 

かりんがドアを開けるのを見届けると、総一は気絶した渚の身体に手をかけた。

そしていわゆるお姫様だっこで持ち上げようとした。


―――なんだ、この重さは?!


総一は渚を持ち上げる事は出来たものの、その予想外の重さに驚いていた。

背が高い訳でもなく、全体的に女性らしく華奢な渚。

その体重が50キロを越えている事は無いだろう。

着ている服はゴテゴテと飾りは多いが、だからといって何キロもある筈がない。

それなのに、この時総一が腕に感じる重さは明らかに男性1人分と変わらない重さがあったのだ。


「どうしてこんなに重いんだ・・・・・・?」


総一が首をかしげた時、彼女の脚の方を抱えていた左腕に当たっている奇妙な感触に気付いた。


―――なんだこれ・・・・・・?


それは奇妙に固いものだった。

そしてかなり大きい。

金属かプラスチックでできた大きな何かが、彼女のスカートの中にあるようだ。


―――思いのはこれのせいなのか?


総一は渚の身体を1度床に下ろした。

わざわざ重いものまで一緒に運ぶことはない。

総一は彼女のスカートの中にあるものを外してしまうつもりでいた。


「手伝おうか?」

「いや、大丈夫。 余計な荷物を外すだけだから。 かりんはそこでドアを開けててくれ」

「ん、分かった」


―――ごめん、渚さん。


ちょっとスカートの中覗かせてもらいますよ?


パラッ

 

f:id:Sleni-Rale:20201029161127j:plain



総一は心の中で詫びながら、渚のスカートをまくりあげる。


「えっ?」


一瞬、総一の思考が止まる。

そこにあるものの意味が分からなかったのだ。

あまりにも渚のイメージからかけ離れたものがそこにあった。


―――これは一体なんなんだ?


渚のスカートの中にはいくつもの電子機器があった。

腰に取り付けられたハーネスからいくつもの機材がぶら下がっていて、それらを沢山のケーブルが繋いでいる。


―――無線機? それとこっちは・・・・・・テレビカメラかなにかか?


スカートの中には大きく分けて3つのものがあった。

1つ目はパッと見で分かる高価なビデオカメラ。

しかもそれは明らかに家庭用のものではなく、プロ用の機材だった。

もう1つはアンテナの付いた箱だった。

大きさはカメラと同じくらいの大きさで、多くのスイッチがついている。

カメラから伸びた映像と音声のケーブルがそこに繋がっていた。

3つ目は大型のバッテリーだった。

これはかなりの大きさがあり、彼女の腰から背中にかけて取り付けられていた。

その位置にあるのは動きそ阻害しない為だろう。

そしてこの大型のバッテリーには最初の2つが接続されている。


「・・・・・・なんなんだこれは、一体どういう事なんだ?」


―――カメラで撮影したものを、この無線機らしいものでどこかに送っているのか?


それでこのバッテリーは、この2つを長時間動かしておくためのものか?

その総一の疑問に答えられる唯一の人間はまだ意識を失っている。


―――このまま運ぶか? どんな事情か分からないんだし・・・・・・・。


総一は渚のスカートを元に戻した。

そして渚の身体を抱きあげる。

 

―――だが何を撮影していたんだ? それに一体何の意味がある?


疑問は尽きない。

だがそれは渚に尋ねなければ分からない。

今のままではどうしようもなかった。


「かりん、今行くぞ」

「はいよ」


だから総一は疑問を飲み込み、渚を戦闘禁止エリアへと運び込んだ。


・・・。

 

水平線まで何マイル? -ORIGINAL FLIGHT-【2】

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084226j:plain



「聞いたか、平山。 いや、聞いているよな。 聞いているに違いない」


なにやら一人で納得したようだ。

ならば問題はないだろう。


「やはりおれの情報網は素晴らしいとは思わないかね」
「まったくだ」
「……我が親友よ。 なぜだかバカにされている気がするのだが、実際のところはどうなのだろうか」
「はっはっは。 何を言うのかね、我が親友。 馬鹿にしているに決まっているじゃないか」


上村の体がオーバーリアクション気味にぐらりと傾いた。


「しかしいつものことながら、おまえはどういうルートで情報をゲットしているんだ」
「ハッ! それはおまえといえども教えられないな。 情報というのは独占してこそ価値があるもの。 情報源を自ら公開してのけるなど愚の骨頂」


先ほど受けたショックなど最初からなかったかのようにケロリとしている。


「ったく、どっかのスパイさんかおまえは」
「いやな、おれはただ人間というものを観察していたいだけなんだ」


実際、こいつは妙な知り合いがたくさんいる。

わけのわからない人脈を持った男なのだ。

トボけたところもあるけど、交渉能力も高くて、締めるところはきっちり締めてくれる。

会社組織だとスルスルと出世しそうなタイプだった。


「それってさ、悪の美形幹部あたりが口にしそうだよな」
「ふむ、そのポジションは魅力的だな。 特に『美形幹部』のくだりが素晴らしい」
「調子にのるな!」


――ッッ


我ながら、ほれぼれとするほどのキレのある手首の返しだった。


「だがしかし、今一番ホットなのはおまえだ。 おまえは、俺を熱くさせてくれる」
「近寄りすぎて火傷するなよ」
「安心しろ。 見てるだけだ」
「本当に、見てるだけで満足できるのか?」
「今はまだ、な」


そんなある種危険な会話をしている俺たちの横を通りかかった女子が露骨に避けていった。

そんな冷たい目で見ないでください、お願いします。


「で、そんな情報通のおれのところに、また耳寄りなニュースが飛び込んできた」
「ほほう、そいつはどんな?」
「なんでも、執行委員長殿と宇宙科学会が全面対決したそうじゃないか」


昨日の一件のことか。

多少事実と相違があるニュアンスだけど、こいつの情報収集能力は本気で高いな。


「だからさ、どこでそんな情報を拾ってくるんだよ」
「ふふふ、それは秘密だと先ほどもいったではないか。 こればかりはいくら相手がおまえであっても譲ることはできんぞ」
「この瞬間、俺の中でおまえの危険度がゲージレッドまでランクアップした」
「それはそれは、光栄の極み。 それはさておき、あの委員長殿が宇宙科学会の部室へ赴き強制排除を敢行。 該当会員らと激しいもみ合いになったというが、実際のところはどうなんだ?」
「残念だが、そいつはかなり脚色が入ってるな。 宇宙科学会の解散について話し合っただけだよ」
「ほう、では宇宙科学会は解散か?」
「と思いきや、最後の一線で踏みとどまった」
「なんと」


上村に部室での一件を話してやった。


「つまり、チャンスをもらえたわけか?」
「ああ。 執行委員長は案外いい人だったぞ。 確かにちょっとおっかないところもあったけど」
「うむ、そうらしいな。 見る目がある人間から見れば、実に人間味のある御仁というわけだ」
「確かにそんな感じだったな。 だって宇宙科学会を潰せば、その分の予算と部室が空くわけだろ? そっちのが委員会としても得っていうか、いいことだと思うんだよ」


もっとも、その潰されるかどうかの瀬戸際にある宇宙科学会に所属している俺が言うことではないんだろうけど。


「うむ、もともと宇宙科学会には解散が通告されているわけだしな」
「そこへもってきて、いわば温情措置ってんだからな。 学生の自主性を重んじるこの学園ならではの展開だな」
「本来的には学校の課外活動というのは須くそういうものであるべきだが、あくまで建前。 むしろ厳しく対応せねば責任者が責められる」
「だよなぁ。 やっぱりあの委員長っていい人だわ。 ……俺は嫌われちゃったみたいだけど」
「基本的には、執行委員長は怠惰な者を嫌っているそうだからな」
「まぁ、それはいいさ。 提示された存続条件をなんとかしたら少しぐらいは見直してくれるだろ。 あれはなかなか厳し内容だったからな」
「そうそう、そっちの件だ。 宇宙科学会としてはどうするつもりなんだ」
「さぁな。 今のところは特に考えてないけど」
「そうなのか? ……ふっ、そういうことか」
「なんだよ、どういうことだって?」
「いやなに、事ここに至った割にスロースタートだなと思ったんだが、どうやらまだ機は熟していないようだな。 おまえはやる時にはやる男だが、そこに至るまでが長い」
「……なんだよそりゃ。 勝手に言ってろ。 それよりアイディア募集中だから、おまえなんか思いついたら教えてくれ」
「まことに遺憾ではあるが、おれは宇宙科学会の会員ではないのでな」
「所属は関係ないだろ。 宇宙科学会では広く一般からの意見を募集中なんだよ。 パブリックコメントってやつだ。 むしろこの機会にちゃんと入会したらどうだ。 半分、会員みたいなものだろう」
「おまえは、北斗七星のかたわらに輝く星を見たことはあるか?」
「……は? 今度はどういうボケだ?」
「ならばおれの出る幕はないということだ」
「……そうか」
「あまり動じないな」
「もう慣れたよ」


実はこういう会話自体はじめてではない。

たまに俺を訪ねて宇宙科学会の部室に顔を出してはくだらない会話をしていくから、実質的にはメンバーみたいなものだと認識している。

時々こうやって入会してみないかと勧誘しているんだけど、頑として首を縦に振ろうとしない。

まぁ、所属なんてどうだっていいんだけど。


「おっと、そろそろ教室行こうぜ」
「ここまで来ておいていまさら遅刻というのもいささか格好が悪いな。 よかろう、教室まで競争だ!」


「小学生かよ、おまえは」


結局、俺たちは並んで校舎に入っていった。


・・・・・・。


・・・。

 

放課後になって部室に顔を出すと、待ち構えていたかのように湖景ちゃんが駆け寄ってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084409j:plain



「平山先輩っ」
「おお? そんなに慌ててどうしたの」
「わたし、できることないかと思って……その」


湖景ちゃんがしっかりと握っているものを見る。

どう見ても雑巾だな、それは。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084425j:plain



「で、掃除してたの?」
「は、はい」
「自分のできる範囲で頑張ってみたんだ」
「はい……あの、他になにも思いつかなくて」
「まぁ、掃除じゃなにひとつ解決しないけど、その気概は評価するよ」


心の中にある『よくできたで表』を広げて、湖景ちゃんの名前の横にシールをひとつ貼っておいた。

俺以外は誰も見られないのが些細な問題点だな。


「ありがとうございますっ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084438j:plain



「おはよーござーす」

「おーす」

「空太、解決した?」

「だから、教室で何度も言っただろ。 解散の件がいきなり解決するわけないんだって。 というか、なんでそれを俺に聞くんだよ」

「……だって」

「…………」

 

気がつけば湖景ちゃんまでが心配そうな目で俺を見つめている。


「なんか期待されてるみたいなんですけど?」


「だって――」

「唯一の男子じゃん」

「だ、男女同権! そういうのはセクハラで訴えられるのですよ?」

「…………せくはら」

「女の子から男の子へのセクハラは成立しないの!」


ひどいことを力いっぱい言い切りやがったな。

思わず勢いでうなずきそうになったじゃないか。


「あの、平山先輩。 わたしにもできることはないでしょうか?」

「そう聞かれてもねぇ」


湖景ちゃんのやる気は買うけど、そう簡単に妙案が出てくるものなら初めからこんな事態になっていない。


「うーん、いい手かー……」


「なにかないでしょうか?」

「そうだなぁ。 まずは活動の正常化……」

「ほうほう……それは具体的には?」

「天体観測は宇宙科学会って名前にもマッチしてるだろ。 まずこれを定期的にやって、記録もちゃんとつける。 逆に海で遊んだりスキーなんかはあまり関係ないから、これはメニューから外す。 マラソン大会は遊びのイメージはないから残しでいいか」


そもそも、そういった娯楽系のイベントが宇宙科学会の活動に関係しているとは俺をはじめとして全員が思っていないはずだ……たった一人を除いて。


「なるほど……」

「あとは天文学的な研究をしていくとか? そういうのをまとめて発表する。 ……思いつくのはそんなところだ」

「うーん……」

「さ、俺は意見を出したぞ。 朋夏や湖景ちゃんも案を出すように」

「わ、わたしですか?」

 

何故か立ち上がる湖景ちゃん。


「あの……学会の名前にもありますし、"ロケット"を使って飛ばす、とかは?」

「宇宙、だもんな」


やはり出たか、その意見。


「あのね、湖景ちゃん。 ロケットはさすがに無理だと思うよ」

「……そ、そうですよね」

「最近はツアーで宇宙っぽいところまで行って無重量体験とかできるようになったけど、自作ロケットを飛ばすのはさすがにちょっとね」


おそらく湖景ちゃんが思い描いているような有人ロケットを飛ばすというのはどう考えたって無理だ。


「…………ぅぅ」


ああ、ますますしゅんとさせてしまったか。

ごめんな、湖景ちゃん。


「じゃあさ、模型の飛行機を飛ばしてみるとかはどう?」

「そんなものを飛ばしているところをあの委員長閣下に見てもらったとして、遊んでると思われるのが関の山だと思うぞ」

「だ、だよね……あは、あはは」

「あれも奥深い世界だっていうけど、執行委員会には通じないだろうな」


俺たちがこれまでに積み上げてきた輝かしい信用の実績も加味すると、なおさらだ。


「うーーーん…………」

「ふぅ……」


三人揃って黙り込んでしまった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084503j:plain



「はいはい、ちゅうもーく!」


威勢よく入ってきた会長は小脇に丸めた紙の筒を抱えていた。


「会長……それは?」

「よくぞ聞いてくれました。 みんな、これを見るといいよー」


会長が楽しそうに広げたのは一枚のポスターだった。

一番大きな字を朋夏が読み上げる。


「えるえむじー?」

「"ライトモーターグライダー"で、LMGね。 簡単に言うと、"モグラ"のひとまわり小さい版」

「つまり、"ヒコーキ"ですか?」

「んー、ちょっと違うかも」

「まぁ、自力で離陸できるあたりは飛行機っぽいのかな。 動力付滑空機(モーターグライダー)っていうぐらいだから」

「さすがソラくん。 モグラも基本はあくまでグライダーなんだけどね」

「そういえば、ちょうどさっき、模型の飛行機を飛ばしたらどうかなって話してたんですよ」

「まさかそれで執行委員会を説得しようと思ったとか?」

「ちょっとだけ……」

「ぷっ」

「あ、ひどいですよ」

「ごめんごめん。 さすがにそれはないかなって思って、つい――」

「もうー」

「でも会長さん、ロケットが作れないなら飛行機も無理だと思うんですけど……」

「ちょっとっ」


会長は腹を抱えて笑い出した。


「コ、コカゲちゃんは、活動にロケット作りを提案しちゃったんだ……」

「はい、しちゃいました……」

「はいはい、会長もそこまでにしてください。 そんなに笑うことないじゃないですか。 宇宙に関する何かという発想自体は別に悪くないと思いますよ」

"軌道エレベーター"が完成すれば俺たちだって宇宙に行けるようになるかも知れないんですし。


「だって、梅雨時に雪が降ったりしたらみんな笑うよね」

「それは置いといて話を先に進めてください。 で、そのグライダーがどうしたんですか」

「えっとね、見ればわかると思うけど、コンテストが開催されるようになったわけ」


ポスターをよく見ると、「LMG」より一回り小さな字で「純電気飛行コンテスト」、その左肩に「第一回」とある。


「あの、まさか……」

「これに参加するよー」

「それって本気で言ってるんですか?」

「うん。 飛ぶよ。 ひゅーんと水平線まで、ね」


朋夏と湖景ちゃんが目を見開いて固まる。
俺も顔を覆った。

またとんでもないことを思いついたもんだ……。

確かに"スカイスポーツ"は部活動の花形だし、"モーターパラグライダー"なんて小中学校の遠足でも体験できるくらいだ。


「一口にグライダーといっても、いろいろな種類があるけどね。 大きく分けて三種類になったんだけど……はい、ソラくん、答えて」

「えーと、モグラ、つまりモーターグライダーあたりが有名ですかね。 エンジンを使って空高く舞い上がり、ある程度まで上昇をしたら滑空飛行に移るタイプの」

「そう、機体重量850キロ以内のレシプロエンジンを搭載した滑空機。 まさにスカイレジャーの王様だね」


モグラもいまや家族と楽しむレジャーになっている。

全国の"滑空場"はフル稼働中だ。

まぁ、ちょっと高級な趣味ってところか。


「いやいや、スカイレジャーの基本、王道と言ったら、やはり"ライトグライダー"でしょう。 簡単に言えば、モグラはこいつにエンジンを載せたものなんですし」

「無動力の滑空機のことね。 動力なしで風の力を借りて滑空飛行を楽しむ機体。 その次は?」

「あとは超小型の飛行機がありますよね。 滑空場に行くとレンタル機がいくつか置いてあるあれです」


「"ウルトラライトプレーン"――つまり超軽量動力機だね。 レジャー産業では大人気だけど、厳密にいうとこの種類は"航空機"の分類になるからグライダーとは呼べません。 ハズレだねー」


え、そうだったんですか。


「はい、みっつめはなにかな~」

「そう言われても、もう他に思いつかないんですけど」

「これこれ」


会長の指先を追って、ポスターにもう一度目をやる。


「ライトモーターグライダー? それってモグラの一種じゃないんですか?」

「んー、ちょっと違うよ。 動力が軽量で小型なタイプだからね。 さっきいってたウルトラライトプレーンに近い感覚だけど、飛び方はグライダーと一緒」

「すみません、聞いたことがないです。 そもそも、そんなにスカイスポーツに詳しいわけじゃないですし」

「うん、世界初だもん」


なんてこったい。

そりゃ俺が知っているはずがない。


「それで、そのコンテストっていうのは?」

「ライトモーターグライダーを作って、その飛距離を競うってコンテスト」


今、なんとおっしゃいました?

『飛距離を競う』の直前なんですけど。


「コンテストに参加するのはいいんですけど……その、グライダーはどうするんですか? 新しいカテゴリーってことになると、費用とかいるような気がするんですけど……」


聞き違いであってくれ。

だが、その祈りは会長のダメ押しによって見事に粉砕された。


「作るっていったはずだよ」

「作るって、つまりグライダーの自作をするってことですよね? そしてそれに乗る? 誰が? ……もしかして俺たちが?」

「そうだよ。 上昇気流に乗って、どーんと優勝を狙うよー」

「む、無謀すぎる……」


さすがにその発想はなかった。

前から思っていたけど、一度会長の頭を外して、常識のネジがゆるんでいないか確かめておきたい。


「参加するからね。 もう申し込み資料も、ほら」

「はやっ!」


思い立ったら吉日の会長は、こういったことに対する行動力は抜群だった。


しかし、いざ作業が始まったら、会長はまったく手を貸してくれないだろう。

そして面倒事はすべて俺に回ってくるわけで……今度こそ破綻コース確定だな。


「あのー、会長。 それはさすがに無謀だと思いますよ」

「わたしも……無理じゃないかと思うんですけど」

「んー、でも参加は決定なの。 おーけー?」

「予算とか知識とか……っていうか俺たちにそんな技能はないわけですよ。 思い立ってすぐできるようなものではないと思いますけど」


"航空部"がやるような本格的なスカイスポーツのためには、小さなエンジンを背負って舞い上がるモーパラみたいなお気楽なレジャーと違って厳しい訓練が必要だ。

装備や施設使用料もそれなりにかかる。

要するに何もないところから準備を始めて参加するには、敷居が高すぎるってことだ。


「うん。 きっとソラくんががんばってくれるよー」

「……それ、ちょっといい加減じゃないですか」

「人が乗るものを適当に作って、もし落ちたら大変なことになりますよ」

「えー? ソラくんなら平気でしょ」


しかも、俺がパイロットなんだ……ひでぇ。 マジで手伝う気ゼロでやんの。


「あの、さすがに冗談でもそういうことは……」

「それにその手のやつって、パイロットは軽い人のが有利なんじゃないですか?」

「会長、言いにくいですけど俺も無理だと思います」


別に飛行機が怖いとかそういうことじゃない。

技術はない、準備もろくにできなていない俺たちが手を出せば痛い目を見るのは明らかだ。

下手をすれば命にかかわりかねない。


「決定事項っていったよー」

「でも素人がいきなりモーターグライダーとかありえないですよ」

「こらこら。 説明はちゃんと聞かないとダメ。 モグラじゃなくてライトモーターグライダー」

「でも、どっちにしても……」

「構造はだいたい同じだけど、このふたつはまったくの別物。 台風と竜巻くらいの差だよー」


どっちもたいそう危険そうですけど。


「モーターを使った小型グライダーでしたっけ?」

「普通のモグラよりだいぶ小さいし、この大会ではたいして高度も取らないから。 安全はばっちり保証。 なにしろこれから盛り上がっていく分野だから、とにかく楽しいと思うなー」

「……あ」


何か考えるような表情でやりとりを聞いていた湖景ちゃんが、口を開いた。


「でも今までその『ライト』のクラスがなかったのは、きっとなにかその……危険とかがあったからでは?」


おお、湖景ちゃん、いいことを言う。

シールもう一枚追加だ。

つまり小型ではうまく飛ばない理由があったから、今まで存在してなかったってことだよな。

 

「そうそう、あたしもそこのところが引っかかってました!」


話を合わせやがったな。

で、どうなんですか、会長?


「それは小さな機体と小さな翼では、重い重い発動機(エンジン)を持ち上げられなかったからだねー」


ほらほらほら!

いかにも危なそうな香りがするじゃないですか。


「だから世界初になるんだよ。 ほら、ここ見て」


会長が指差したポスターの大きな文字のところを確認する。


――純電気飛行コンテスト。


それは、つまり?


「そう、電池と電動機(モーター)でプロペラを回して飛ぶってこと。 クリーンでパワフル、おまけに軽量といいこと尽くめ」

「す、すごいです! そのバッテリー、いったいどこが開発したんですか?」


会長の言葉と湖景ちゃんの反応とで、都合二度びっくりした。


「それ、もう市販されてるんでしょうか……?」


湖景ちゃんはポスターに食いついて小さな文字を追っている。

……なんていい表情をするんだ、湖景ちゃん。

湖景ちゃんに続いてポスターに寄ってみる。

そこにはカタカナと英語がたくさん踊っていて、最後の数行には『特許出願中』という文字がいくつも並んでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084529j:plain



「そんな高密度デバイスがもう実用化されるなんて……思いもしませんでした。 これが出回ったら、きっと世界が変わりますよ」


湖景ちゃんがそう言うんだから、きっとすごいことなのだろう。


「電池一本でどこまで飛べるか勝負ってとこだねー」


会長が得意げな顔をしているのは、なんか違うと思うけど。

どこかの電機メーカーが自社の新技術をスカイスポーツ業界に売り込むためのベンチマーク

つまるところの大会はそういう趣旨らしい。


「コンピューターのメーカーが、円周率計算とか暗号解読のコンテストをやるのと同じですね」

「そういうのもあるのか」


どっちの業界のこともよく知らない俺には、なんというか勉強になることばっかりだ。


「これが本当なら……飛べますよ。 どこまででも」

「ホントに飛べたらすごいとは思うけどさ」

「というわけで、この大会がとても安全だということについては納得できたかなー」

「安全性と言われても、自分たちで作るとなると途端に不安に襲われますけどね」


ポスターをもう一度眺めてみる。

キャパシタだかバッテリーだかの新技術が信頼に値するかどうかっていうところはそれほど問題じゃない。

正直、わからないから判断のしようがない。

ただ確実に、そして決定的に足りないのは俺たち自身の知識、技量、そして経験だ。


「それは錯覚だよ。 安全なように作ればおーけー。 その程度はやる気を出せばできることだから」

「……会長は率先して手伝ってくれますか?」

「んー、きっとソラくんががんばってくれるよー」


どこの世界の平山空太が頑張れば、その世界初のグライダーで好成績をあげられると言うんですか。

少なくともここにいる平山空太はそんなハイスペックを要求しても無駄ですからね……自分で言うのは悲しいので口にはしませんけど。


「せめてもっとこう……現実的な案というか……」

「現実的、ね。 ふぅん」


会長は、ポンとばかりに手を打った。


「そうだ。 運動神経が良くて小柄なトモちゃんが搭乗者をやるってのもいいかなー」

「小型飛行機なら乗ったことありますけどね。 なんとかウルトラスペシャルでしたっけ?」


それはウルトラライトプレーンのことを言っているのか。


「きっと楽しいと思うよ。 自由に空を飛ぶのは。 自分たちで作ったグライダーならなおさらねー」


あ、その説得は体育会系の朋夏には効果は抜群だ。

こいつは熱血とか結束とか努力とか友情とか勝利とか、そのあたりのキーワードが好きだからな。


「ううーん」


げ、迷ってる。


「……いや、やっぱ無理ですよ。 まともに飛ぶようなものを作れるとは思えませんもん」

「でかしたぞ、朋夏」

「え?」

「良識的な判断をありがとう」


「湖景ちゃんはどう? 味方してくれたらパイロットやってもいいよー?」


すると湖景ちゃんは風を起こすほどにぶんぶんと首を振った。


「高いところに行くなんて無理です!」


おお、これは会長の暴虐を阻止する流れだ。

この機を逃してはいけない。


「俺は反対です! うおー、反対です!」

「あらら。 こうまで反対されとは予想外。 なら、執行委員会のほうはどうするのかなー」

「ぐ……」

「じゃ、こうしよっか。 各自、明日までに改めて代案を考えてくる。 で、いいのがなかったら会長権限でこれ」


と、ポスターを持ち上げた。


「――だって。 どうする?」

「真剣に考えるしかないだろ。 さもないと、ホントにこの中の誰かがグライダーに乗せられることになるからな」


俺の言葉に、朋夏と湖景ちゃんの顔から血の気がさーっと引いていった。


「か、考える!」

「わたしも、知恵をしぼってみます」

「俺ももっと気の利いたこと考えてくるよ。 グライダー作りなんて俺たちの手に余るしな」

「いい若者がサボることばかり考えるのは、どうかと思うけどー」

「あなたも立派な若者ですよ、会長」


それも、どちらかというとサボる部類のね。


「……おやま」


腹の底から響くような俺の言葉に会長は軽く肩をすくめてみせた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084544j:plain



「お、どうやら本日の活動は無事に終了したようだな」
「なんだよ、用事があるのなら部室に入ってくればよかったじゃないか」


いつもだったら断りもせずに部室に入るだけじゃなく、お茶の一杯でも飲んでいくくせに。


「おぬしの時間をしばらく借りたいと思ってな。 これからどうだ?」


ああ、そういえば前に約束したんだっけか。

仕方ない、交わした約束を反故にするのもよくないし、時間を割いてやるとするか。


「いいけど、何をしたらいいんだ」
「では、ついてきたまえ」


・・・。


約束だからと黙って上村に従ってついてきたんだけど、なんでこんなところにいるんだ……。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084620j:plain



「ここは某(それがし)がおごってやるから好きなものを注文するといい。 特にドリンクバーなどがおすすめだ」
「せめてピザとかパスタにドリンクをセットにしろ。 そんなことより他に俺に話しておくことはないのか?」
「悪いが初めて入った店だから、味については俺にもわからんぞ」
「いや、そんなことを聞いているのではないことぐらい聡明な上村くんならわかっていると思うのだが」
「平山よ、おれの名は上村だ。 植村ではないと何度もいっておるではないか」
「いや、お前の名前のことなどどうでもいい」
「では某が適当に注文を取っておいてやろう。 なに、おごりだからお主は気にすることはないぞ――そこな店員!」


俺の希望など聞こうともせず、本当に適当に注文をすませてくれた。


「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ。 もちろん、おれのおごりだ」
「おごりおごり繰り返すなよ。 そもそも俺が甘いものを苦手にしているのを知っているくせに、なんでパイなんて注文するんだ」
「それはおれが好きだからに決まっておろう」


くそう、おごりなのにこんなに嬉しくないのは初めてのことだ。


「よりにもよってクリームたっぷりじゃないぁ。 こんなの食べたら絶対に胸やけするぞ」
「そうかね? その甘さがよいと思うが」
「甘いものが好きならそれでいいのかも知れないけどさ、俺みたいな苦手な奴には拷問レベルだろ」
「ふむ、このパイはなかなかいけるな。 生地のサクサクとした感じが実にいい。 お土産として買っていくのもありかも知れん。 なんだ平山、せっかくのおごりだというのに食べんのか。 なんだったらおれがもらってやるぞ」
「好きにしろよ。 どうせ俺が注文したのじゃないし」
「そうか、ではそちらもいただくとしよう……ほほう、舌触りも上品なクリームの味わいは中々のものだ。 シェフを呼ぶべきかも知れんな」
「やめてくれ。 ファミレスでいちいち厨房の人を呼び出すような真似は迷惑以外の何ものでもない」


ガリガリとアイスコーヒーの氷をかみ砕きながら諭す。

こいつの場合は本当に呼びかねないから釘を刺しておくに越したことはない。


「結局、おごりっていってもドリンクだけじゃねぇか。 もっと腹にたまるものを注文させろよ」


メニューを取って普段ならば注文しないようなステーキなどのページを開く。

せっかくのおごりなんだ、高いものを食べさせてもらおう。


「よし、そろそろ時間だな。 移動をするぞ」


上村が伝票に手を伸ばす。

どうやら本当におごってくれるらしい。


「ちょっと待て、俺はまだ何も食べてない」
「時間なのだから仕方なかろう。 ほら、立った立った。 某が会計をすませてすくから外で待っていたまえ」


座っていても仕方がないので、渋々席を立つ。

そもそも、こんなおごりってありなのかよ。


・・・。


結局、俺が連れてこられた場所は――



f:id:Sleni-Rale:20201029084637j:plain

 

「だから空港にどんな用事があるっていうんだよ!」
「ここにきて第一声がそれか。 要するに、随分とその台詞を口にするのを我慢していたようだな」
「約束だったからな、ここまで付き合ってはやったが、まさか空港とは思ってなかったぞ」


途中でファミレスに寄ったのは、飛行機の到着時間を考えて調整したのだろう。

こんなことならサンドウィッチでもいいからさっさと注文をしておくんだった。


「それで、どんなお偉いさんのお出迎えだよ」


まさか有名人の姿を一目みたいということはないだろう。

こいつの顔を見るに、心の底から大歓迎をしているようではないみたいだけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084708j:plain



「実はだな、おれの従姉殿が帰国する予定なのだよ。 その出迎えの命を受けてここまで来たわけだ」


それだけを言うと、上村は口をつぐんでしまった。

待っていても話が続く様子はない。

上村のイトコがやってくるのはいい、その出迎えに俺が付き合うのは……まぁ、百歩譲ってそれもよしとしよう。

しかしこの流れならばどんな奴なのかぐらいの話はあってしかるべきだと思うのだが。


「それだけか?」
「他になにか話して欲しいことでもあるのか」
「ほほぅ?」


下から覗き込むようにして上村の顔を見る。

明らかにバツが悪そうな顔をしていた。


「上村くん、僕たちはお友達でしたよね?」
「う、うむ、そうだな。 何故、いまさらそのようなことを聞くのだね、マイフレンド」
「だったら隠し事なんてするなよ。 俺は約束を守っておまえに付き合った、だったらおまえは俺に事情を説明する必要があるんじゃないか」
「……一理あるな」


一理どころじゃないだろ。

どう考えたって俺の言っていることのが正しいだろうに。


「小さいころにご両親と一緒に海上都市開発のために日本を離れてだな、一段落がついたので一時的に帰国することになったらしい。 もっとも、ご両親は手続きやら引き継ぎやらで本人よりも遅れるそうなのだが。 ちなみにおれたちと同学年で、内浜学園編入することもすでに決まっている」
海上都市ってあれか、日本が中心になって進めてるフロートアイランドだろ。 確か赤道のあたりでやってるんじゃなかったっけ」


海の上に多様な生態系を形成し、ある程度の食料などは自給自足できるように植物プラントを併設した都市を造り、そこから宇宙への架け橋を作る計画だったはずだ。


海上都市の生活ってどんなものなのかちょっと興味あるな。 落ち着いたらその辺の話とか聞かせてもらえるといいな」
「それは……おそらく大丈夫だと思うが」
「なんだよ、煮え切らない言い方だな。 あ、もしかして日本語に不自由してるとか? だったら仕方ないけど」
「いえ、日本語にはそれほど問題はないはずだ。 おれとのやり取りは基本的にメールだったが怪しいところはなかったし、向こうでも日本語は通じるらしいしな」


その割には表情が冴えないようだった。

何か隠していることがあるようだ。


「ご両親が帰国されるまで、おれの家族で面倒を見ることになっていてな。 面倒を見るといってもこちらの家はすでに確保してあるから、しばらくひとり暮らしになるのだが」
「そりゃ、あっちとは生活習慣とかが違うかも知れないけど、もともと日本で生活してたんだろ。 そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないのか」


でもまぁ、上村の心配もわかる気がする。

ちょっとした違いを見つけて仲間から外すなんてことは人間社会においてよくあることだし。

しかしそのあたりは置いておくとしても、なんだか上村の態度がいつもと違っているのが気になった。

もしかしたら、そのイトコに苦手意識でも持っているんだろうか。

同年代のイトコとなると、一緒に遊ぶぐらい仲がいいか、それともほとんど連絡を取らないパターンが多いような気もする。

これまでの発言からすると、上村の場合は後者というところか。


「おまえ、そのイトコと仲が悪いのか?」
「む、そのようなことは……おそらくはないと思うのだが」
「その言い回しだと、苦手意識があるようにしか思えないぞ。 珍しいな、おまえのそういうの」


友達付き合いなどはそつなくこなすタイプだと思っていたけど、それは過大評価だったのだろうか。


「実はだな、小さいころにちょっとしたことがあって泣かしてしまってな。 それが某の心に暗い影を落としておるわけだ」
「自分で暗い影とか言うなよ。 でも、ガキの自分ならそんなの普通のことじゃないか」


俺だって今思えばどうでもいいことで取っ組み合いの喧嘩をしたことはあるし、それで泣かされたり泣かしたりしたものだ。 男同士ならそれもまたコミュニケーションのひとつだと思うけど。


「でも、おかげでおまえの態度の理由がわかったよ。 俺からのアドバイスとしては、そんな小さいことは忘れてしまえってところだな」
「そんなものかね?」
「下手したら向こうだって覚えてないんじゃないのか。 でなきゃ、嫌いな相手を出迎えに選ばないだろ」


もっとも、他に知り合いがいなくて仕方なくという可能性もないわけではない。


「やはり、おまえに声をかけてよかったよ。 拙者としては今日この日をどうやって演出しようかと散々考えてきたのだが、平山のアドバイスのおかげで良好な再会を果たすことができそうだ」
「もっとも、相手が泣かされたことをずっと恨んでいて、今日ここで百年の恨みを晴らすという展開もなきにしもあらず、だけどな」
「……っ」


おーおー、上村のひきつった顔なんて滅多に見られないぞ。 こいつは貴重なものを拝ませてもらった。


「み、見返りはなんだ」
「そうだな、昼飯のおごり10回でどうだ?」
「三回が妥当だろう」
「七回で」
「くっ……五回だ」
「そのあたりで妥協してやるか。 楽しみにしてるぞ」
「はー……そのかわり、この場は見事に仕切ってもらうぞ」
「任せておけって」


男同士の再会なんてそんな面倒な事にはならないだろうし、お安い御用ってね。


「む、どうやら来たようだな」


ゲートを抜ける人々の流れが一段落したと思ったら、そこに小柄な人影がぽつりと立っていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084734j:plain



 

「……え?」


きょろきょろとあたりを見回している姿はまるで小動物のようでひどく弱々しい。

赤道直下にある人工島からやってきたという割にはそれほど日に焼けているようには見えなかった。 むしろ肌の色は白い方だろう。

すらりとした細い手足、ふわふわと柔らかそうな髪。

耳にはヘッドフォンをつけている。

手にした荷物の方が大きいのではないだろうか。

外見的な特徴をあげるとすれば、それは間違いなく大きな胸だろう。

あのスタイルであのサイズはちょっとした驚きだ。

朋夏あたりが見たら羨ましがること間違いない。


「おまえ……イトコって女の子だったのかよ」
「そうだが? いってなかったか」


言ってない。

てっきり男だとばかり……しかもあの様子だと「昔のことなんてきれいさっぱり忘れちゃいました」ってタイプじゃなさそうだ。


「おーい、こっちだ、こっち!」


上村が大きな声で呼びかけて手を振ると、ようやく俺たちに気がついたらしい。

荷物を文字通り引きずってこちらへやってくる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084835j:plain



「ど、どうも……」


ヘッドフォンを外してぺこりと頭を下げると、短い髪が踊る。


「ミノルちゃん、だよね?」

「いかにも」

「なんだか、ミノルちゃんは小さいころからあんまり変わらないね」


こいつは小さい頃からこうだったということか。

そいつはまた随分とこまっしゃくれてたんだな。

しかし『ミノルちゃん』って……いや、イトコ同士だからそういうのもありかも知れないけど『ちゃん』付ってのもギャップがあるなぁ。


「こちらは、香椎真澄(かしい ますみ)さん。 俺の従姉殿だ」


上村が紹介をすると、何故だか香椎さんはびくりと肩をすくめた。


「は、はじめまして」

「真澄です。 よ、よろしくおねがいします……」


一瞬だけ目があったけれど、挨拶のために頭を下げると再び視線が絡むことはなかった。

どこかでこのしぐさを見たことがあるように思ったけどなんのことはない、出会ったばかりの頃の湖景ちゃんに似ているのだ。


きょどきょどと視線が泳ぐさまも、落ち着きがなく指先が動くところもそっくりだった。

イトコの紹介をして人仕事終えたと言いたげな表情の友人の肘をちょいちょいとつつく。

 

「うん?」

「本当にこの子なのか」

「先ほどのやり取りを聞いてなかったのかね。 直接会うのはそれこそ10ねんぶりになるが、写真も送ってもらっていたし間違いはなかろう」


それにしたってこいつの説明してくれたキャラとイメージが随分と違うような……って、具体的な説明をしてもらってなかった。


「上村、悪いが昼飯おごりの件はなかったことにしてくれ。 これはどう考えてもお前を恨んでいるタイプだ」

「おいおい、いまさらそのようなことが通ると思っているのかね。 約束を交わした以上、最後までその責任を果たしてもらうぞ」


くそう、だって女の子なんて想定してなかったんだよ。

はてさて、この場をどう切り抜けるか……。


改めて見直してみると、瞳は大きくて黒目がちだし、鼻筋はすっとしてるし、なかなかの美形だと思う。

上村はこんなかわいい子を小さい頃に泣かしたというのか。

どんだけいじめっ子だったんだよ、こいつは。


「こちらがおれの級友たる平山空太だ。 今日は君が帰国すると聞いて喜んで出迎えを買って出てくれたのだよ」


……なんだと?

そもそも俺は何も知らされずにこの場まで連れてこられたはずだぞ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084849j:plain



「あ……空太くんって、いつもミノルちゃんがメールに書いてた、あの空太くん?」

「おまえ、俺のことをこの――香椎さんだっけ? どんなふうに伝えてたんだよ」

「ぅー、その……私のことは真澄で、いいです、から」

「そう? じゃあ、真澄さんにどういうことを伝えたのかこの場で明らかにしてもらおうか」


場合によっては、昼飯のおごりの回数を増やしてもらうことだって厭(いと)わないからな。


「どんなことを問われても、ありきたりなことしか伝えていないと思うが」


「その……宇宙科学会っていう部活に所属しているんですよね? そこの偉い人だって聞いてます」

「いやぁ、別に偉いわけじゃないけど。 そもそも俺を入れて四人しか会員がいないような弱小学会だし」


しかも現在進行系で解散の危機に立たされているし。

 

「そういえば宇宙科学会は得になにもしてないんですよね。 もったいないです……」


ははは……その通りなので乾いた笑いしか出てこない。


「空太くんはいつでもぐーたらしてるってミノルちゃんがメールに書いてましたけど本当ですか?」


「上村くん、ちょっと話をさせてもらってもいいかな」

「よかろう。 なにかね」

「おまえ、あることないことを勝手に教えるとはどういうことだ!」


俺の右ストレートが唸りをあげて上村に迫る。


「なにをいうか。 某は確たる真実しか伝えておらぬわっ」


上村の左が俺の右にかぶさるようにして打ち出される。

これぞまさにクロスカウンター。

そして互いの頬にそれぞれの拳をグリグリと押し付け合った。


「個人情報を勝手に流すな。 しかもマイナス方向ばっかりじゃないか」

「自分のこれまでの行いを省みてみたまえ。 プラス方向の活躍をしたことがあったのかね」

「うるさい、せめて親友としてちょっとはカッコいいところを宣伝してしかるべきだろうが」

「残念だが情報はいつも正確にをモットーとしているのだよ。 虚偽情報など流せるか」


クロスカウンターのポーズでお互いを罵り合う。

どう考えたって傍から見たらただの危ない奴らにしか見えないだろう。

どちらからともなく互いの拳を引いた。


「おごり、10回な」

「5回だ。 先ほど交わした条件ではないか、健忘症にでもなったのかね」

「いらぬ情報を流した罪を上乗せしただけだ。 妥当なところだろうが」


と、ここまでやれば、そろそろツッコミでも入るだろうかと思っていたけど、一向にその気配がない。


はてどうしたものかと思って真澄さんを見ると、何故だかこの世の終わりを目撃したかのような顔をして俺たちの事を見ていた。


「どうかしたの?」

「ぅー、その……け、けんかはよくない、です……」

「別にただじゃれ合っていただけだよ。 こんなの喧嘩じゃないし。 なぁ」

「うむ。 このようなことは平山と過ごしていると日に10回はあるな」

「そ、そうなの? よかった……」


ほっとしたように胸をなでおろしている。

むぅ、南国の人工島では日本式(ジャパニーズスタイル)は通用しないものらしい。


「さて、いつまでもここで時間をつぶすのもよろしくないし、そろそろ出発するか」


加えて、さっきまでのじゃれ合いのおかげで微妙に視線を集めているしな。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084934j:plain



「荷物、持つよ」

「ぅー、でもその……」

「重いでしょ、ここまでの移動で疲れただろうし、持つから貸して」

「あの……ありがとう、ございます……」


なんかペースがつかみにくいというか、おどおどしすぎというか。

この子は本当に上村のイトコなのだろうか。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029084948j:plain



電車に乗って移動中、真澄さんはずっと窓の外を見ていた。

けれど、久しぶりに見る日本の風景を楽しんでいるようには見えなかった。

どことなく落ち着かないというか、すべてに対して警戒をしているようだ。

ご両親の帰国がしばらく遅れるから、それを気にして緊張しているのかも知れない。


・・・。

 

電車を降りる頃にはすっかり日は傾いて、空が赤く染まりつつあった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085026j:plain



「そういえば、真澄さんも俺たちと同じ内浜学園に通うんだよね」

「は、はい……」

「じゃあ、同じクラスになれたらいいね」


けれど、真澄さんはどこか浮かない表情で笑っているような顔をしている。

何か変なことを言ったかな。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085040j:plain



「では、おれはこのまま彼女を家まで送っていくよ。 今日は悪かったな」

「いいって、気にするな。 ついでに近所のお店とかも紹介してあげろよ」

「そのあたりに抜かりはない。 ただそれは明日だな。 今日は疲れているだろうし」

「じゃあ、また明日」

「うむ」

「失礼します……」


雑踏に二人の背中が消えるまで見送った。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

これも天の配剤なのだろうか、真澄さんは俺たちと同じクラスに編入されることになった。

挨拶の際にクラスメイトの視線を一身に集めると昨日以上に体を竦(すく)めていたのは少し可哀想な気がしたけど、こればかりは仕方がない。

どうにも彼女は注目を集めるのが苦手なタイプのようだ。

まぁ、よほどの目立ちたがり屋でなければその気持ちはわからないでもないけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085110j:plain



「ねーねー、真澄ちゃんって英語とかフランス語とかも話せるの?」

 

そして休み時間なればこうして個別の質問者によってさらに問い詰められることになる。


「え、っと・・・フランス語は話せないです、ごめんなさい」

「ふーん。 じゃあさ、あっちのおいしい食べ物とかってなにがあるの? やっぱり南国のフルーツとか? あたしさー、まだドリアンって食べたことないんだよねー」


おまけにこうして質問をする側に悪意なんてこれっぽっちもないものだから、質問される側の困惑なんてお構いなしに続いていく。


「ドリアンってやっぱりくさいのかな? くさいのはちょっとイヤだよねー。 あとねマンゴーとかも好き。 甘いよね、あれ。 真澄ちゃんは食べたことある?」


「おいおい、さっきから質問攻めじゃないか。 少しは自重しろよ。 真澄さんはまだこっちの生活に慣れてないんだからさ」


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

「い、いいえ・・・」

「ははは。 宮前さんは面倒見もいいし、わからないことがあったら彼女にいろいろと聞いてみるといい」

「そういうのなら任せて! なんだって相談に乗っちゃうよ」


体育会系のノリというか、実際、朋夏は面倒見がいい。

ただこいつのテンションについていけるかどうかは別の問題だ。


もっとも、朋夏の場合は質問より自分の好きなものを語っている時間のが長かったかも知れないけど。


「あー、そうだね。 ごめんね」

 

「は、はい・・・よろしくお願いします、宮前さん」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085127j:plain



「は、はい・・・よろしくおねがいします、宮前さん」

「あはは、そんな固くならないでもいいからさ。 あたしのことは朋夏って呼んでね」

「わかりました・・・と、朋夏、さん」

「べつにさん付けじゃなくてもいいし」

「は、はい・・・」


うん、完全に朋夏の勢いに飲まれているな。

これはいいことなのか悪いことなのか判断に困るところだ。


「とりあえず、どこかの部活か委員会に入った方がいいだろうな」


というか、この学園では必ずどこかの組織に所属しなければならないことになっている。


「上村のところはどうなんだ? おまえが副代表をしているんだから融通がきくだろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085141j:plain



「できなくはないが、なにかと忙しい部署だからな。 学園生活どころか日本での生活に慣れていない彼女にはいささか大変かも知れぬぞ」

「じゃあ、あたしたちのところにこない? "宇宙科学会"っていうんだけどさ」

「宇宙科学会って、空太くんと同じところなの?」

「うん、そうだよ。 って、どうして空太くんが宇宙科学会にいるって真澄ちゃんが知ってるの?」

「答えは簡単だ。 すべて上村の差し金だからな」

「はっはっは。 おれの知っている情報の多くはメールを通じて彼女に教えてあるのだよ。 たとえば――宮前嬢は79のBとかな!」

「うん? それってまさか・・・こんのぉ!」


唸りをあげて朋夏の右フックが上村のアゴに炸裂した。


「どぅほぉう!」


綺麗に吹っ飛んだ。

うむ、腰の入った実にいいパンチだった。

この右があれば世界だって狙えるだろう。

と、このやり取りを見ていた真澄さんは半分涙目になっていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085157j:plain



「け、けんかはだめです・・・」

「へ? ああ、こんなのケンカじゃないし。 上村くんと一緒にいると一日に10回ぐらいあるよね」

「うむり、このようなことが日常茶飯事なのは事実だが――そんなことよりも宮前さん、おれは上村だとこれまでも何度か言っているではないか」

「上村のことはどうでもいいとして、宇宙科学会に誘うのはどうかと思うぞ。 いつ解散するかも分からないってところに」

「あ、あははは・・・そうだったねー」


俺と朋夏は二人して力のない笑顔をしてみせた。


「宇宙科学会は本当に解散してしまうんですか?」

「まぁ、このまま何もしなかったらそうなることになるのかな」

「して、解散を免れるための案はどうなっているのだね」


「あ、一応、考えてきたよ」


「ほほう、そいつはぜひとも聞かせてもらいたいな

「うんとね、近々、"流星群"があることは知ってる?」

「知ってます!」

 

おおう、思わぬところから特大の反応が。


「夏にあるペルセウス座流星群と時期が重なるから、かなりの流星が見られるんですよ」

「え、そうなの?」

「知らなかったのかよ」


「だって・・・ねえ」


『ねぇ』じゃないだろ。

自分でネタを振っておいて。


「それでね、もし流星雨が降ってきたら地表は大ダメージを受けて大変だと思うんだよ」


「・・・え?」

「そこで考えたんだけどさ、災害対策レポートをまとめて発表したらどうかな?」


真澄さんの表情が面白い具合に固まっていた。

題して、『驚愕する少女』ってところだろうか。


「・・・おまえはアホか?」

「むー、なんでよー」

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかったぞ。 とりあえず、これを読めサイエンスブレイカー」


携帯で検索した情報サイトを朋夏に突きつける。


「えーと、なになに・・・」


携帯に表示された内容を読み進めていくと、自分の大いなる勘違いに納得がいったらしい。


「へー、そうだったんだー」

「流星雨と大災害との直接的な因果関係はありませんよ」

「もー、知ってたのなら先に教えてよー」

「す、すみません・・・」

「馬鹿。 おまえが勘違いで変なことを言い出しただけだろ。 他人のせいにするなよ」


勘違いというカテゴリーに入れてもいいものかと悩みたくなるほどだったけどな。

あれが素だったのが本当に恐ろしいわ。


「そうなんだけど・・・ごめんね、真澄ちゃん」

「い、いいえ。 気にしないでください。 ただ、さすがにびっくりしましたけど・・・」


世の中の広さを思い知らされたという顔をしてたもんな。

朋夏の成績を知ったらさらに驚くことだろう。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085226j:plain



「だったらどうする? もうこうなると流星雨の観測くらいしかやれることないと思うんだけど」

「それだけだと地味だな。 満場一致で没だろう。 間違いない」

「残念だが、ここは平山に一票と投じるしかあるまい。 それにたった一度、流星雨を観測したところで会の解散が免れるとは思えんな」

「そうなんだよなぁ。 結局、部活としてずっと活動していく方針にならないといけないわけだからさ」

「だったらさ、新しい星を発見とかしちゃえばいいんじゃないの」

「それは面白そうだけど、そう簡単に見つかるものなのか」

「かつてはアマチュアでも新しい"小惑星"を発見して名前を付けていたようだが、今はコンピューターが自動的に探索をしているから難しいかも知れないな」


「え、星の名前って勝手につけてもいいのかよ」


「新惑星だと正式に確認された場合は発見者が好きな名前を付けられることになっているぞ。 地名や人名、神話の登場人物などが多いがな」

「でも、とてもいいアイディアだと思います。 宇宙にはいくつもの小惑星帯があるし、もしかしたらまだ発見されていない小惑星だってあるかも・・・」

「おお、真澄ちゃんは賛成ね。 じゃあ、やってみる価値はあるんじゃない? 見つけたら宇宙科学会の名前を付けちゃえば永久に残るんだし、それなら誰も文句のつけようがないでしょ」


そういうことになったらすごいとは思うけど、新しく小惑星を発見するのって砂浜に落ちた特定の砂粒を探すようなものなんじゃないだろうか。


「なによ、そんないかにもめんどくさそーみたいな顔して。 だったら空太が意見だしてよ」

「そんなことを言われても、これといってないな・・・」

「なんでよー。 ひとつぐらいあるでしょ。 ここでがんばらないと本当に解散になっちゃうんだよ」

「そうなんだけどさぁ」


そりゃ青春を部活動に捧げて何かに打ち込むっていうのも理解はできるけど・・・なんていうか、そこまでの熱量が俺にはないって感じか。


「どうしてそうやる気がないの。 自分たちの乗ってる船が今にも沈みそうなのに」

「そういうのは会長に言ってくれよ。 あの人ならなんとかしてくれるんじゃないか。 もっとも、面倒事は全部こっちに押し付けられるかもしれないけどさ」


面倒なのは勘弁なんだよ。

宇宙科学会の解散を撤回させるために、今まで以上の苦労を背負い込むのもゴメンだった。


「空太くんって、本当にめんどくさがり屋なんだね」

「うむ、おれの情報に誤りなどはないとこれで証明されたな」

「はは、ははは・・・」


まったくもって事実なので言い返す気にもなれなかった。


「でもさー、宇宙科学会がなくなっちゃったら、空太はどうするつもりなの?」

「うーん、どうするかな・・・」


宇宙科学会がなくなれば困りはするけど――


「おまえが考えてることをおれがズヴァリ当ててやろう! 宇宙科学会がお取りつぶしになったら、また別の活発ではない学会に入ろうと思ってるな?」

「う、上村くん! い、いったいなんの根拠があって!」

「くくく、このおれに見抜けぬ謎などがあるだろうか、いやあるはずがない! 正直にいいたまえ、面倒なんだろう?」

「ぎく」

「この学園では必ずどこかの部や会に所属しなければならないと数少ない校則が定められているからな。 さしずめ、部活内容の自由と引き換えのささやかな束縛といったところか。 ここで平山の思考をトレースしてみるとしよう。 下手に活発に活動しているとことに入って苦労を強いられるのなら、幽霊部員を許している会に籍だけ置いて安穏と過ごしたほうが楽だと考えないだろうか」

「ああ、空太だったらそう考えてそうだよねー」

「おい、俺がいつそんなことを考えていると言った」

「だって、日ごろの空太を見てたら誰だってそう思うでしょ。 ねえ、真澄ちゃん」

「ぅー、その・・・会ったばかりだからよくわからないけど。 空太くんは星の観測って面倒だと思ってるの?」

「それはやってみなくちゃわからないというか、その準備が大変そうかなーとは思うけど。 あとずっと続けるのかどうかとかさ」

「ほらね、面倒だって言ってるようなもんじゃん」

「そんなこと言ってないだろ、大変そうだってだけでさ。 いいよ、そんなに言うなら朋夏の案でいこうぜ」

「宮前さんの案とはどちらのことなのだね? 新小惑星の発見か、それとも流星雨の観測か」

「とりあえず両方ともやればいいよ。 要するに当面のやる気を見せればいいわけだし。 その先のことはまた考えればいい」

「でもさ、そんな妥協するみたいに決めないでも・・・せっかくみんなでやることなんだし」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085243j:plain

 

「でも楽しいと思いますよ。 たくさんの星を眺めているだけでも時間なんてあっという
間に過ぎていきますし」

「真澄さんは星関係が本当に好きなんだね」

「両親がそういうお仕事をしているから自然に、かな」


そういえば、ご両親は海上都市で"軌道エレベーター"の開発に携わっているんだっけ。

俺も同じ環境にあったら星に興味を持っていたんだろうか。


「じゃあ、これに決めたちゃっていいの? とりあえず結果がすぐ出る流星雨メインってことでいい?」

「ああ、それでいこうぜ。 宇宙にまつわることなら宇宙科学会らしいし、悪くないんじゃないか」


もっとも、これまでは一度たりとも宇宙科学会という名称に相応しい活動をしたことはなかったんだけど。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

待ちに待った放課後。

部室にはすでに湖景ちゃんが待機中だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085302j:plain



「平山先輩!」


ほとんど抱きつくくらいに駆け寄ってくる。

近いね、眼前15センチ。


「おおっと・・・なんかここんとこ、このパターン多いね」


つくづく近い。

しかし、うっかり抱きしめたりしてはいけない。

この距離は湖景ちゃんの信頼の証なのだから。

俺の笑顔に対して今にも横槍が入りそうな空気を無視しつつ、湖景ちゃんに優しく声をかける。


「どうしたのだね、可愛い我が後輩よ」

「フンだ、嬉しいくせに」

「いやぁ、そんなことはないですぞ?」

「へー、どーだかねー」


宇宙科学会において湖景ちゃんは唯一の後輩なんだ。

多少ひいき目になるのは当然だろう。


「宮前先輩も」

「うん。 おつかれさま、湖景ちゃん」

「なんだかいつにもまして早いみたいだね」

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085315j:plain

 

「はい・・・あの、実は・・・いてもたってもいられなくて・・・」

「どーしたの?」

「それは、もちろん解散の件です」

「あー、そうそう、聞いてよ湖景ちゃん。 朋夏が解散の件を超ヘビィに考えちゃってさ。 休み時間中、その話ばっかりするんだよ。 笑っちゃうよなー」

「あ・・・わたしも重く考えてしまっています。 ご、ごめんなさい・・・・・・」

「ぐわ」


この子の性格を考えたら真剣に考え込むのはわからなくもないけど。



f:id:Sleni-Rale:20201029085329j:plain

 

「ふーん。 誰が、なんだって?」

「いえ、なんでもありません。 ボクが言い過ぎました」

「わかればよろしい」

「あの・・・それで、どうにか解散せずにすむ活動内容はないだろうかと思って、いろいろ考えたんですけど、一晩悩んだだけでは、結局、なにも思いつかなくて・・・すみません」

「そりゃまぁ難題だからさ、一晩ぐらいで思い浮かばなくても仕方ないよ」

「ご、ごめんなさい。 わたし、なにもできないし、ぜんぜん協力できなくて・・・」

「そんなことはないって。 湖景ちゃんのその気持ちが嬉しいんだからさ」

「おーい。 なんかさー、あたしのときとえらい対応違うじゃないの?」

「いや、だって考えてみろよ。 湖景ちゃんはかけがえのない可愛い後輩だぞ?」


その湖景ちゃんが流す涙を見て喜ぶような輩など、男の風上にも置けないじゃないか。


「・・・・・・」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085344j:plain



「かわいいクラスメイト」


朋夏はこれでもかとアピールするように自分を指さして言った。


「えー?」


「こらこらこら!」

「冗談だよ」

「まー、いいけどさ。 ねーねー、湖景ちゃん。 あたしたちも生き残り案、考えてたんだよ」

「本当ですか? よかった。 それで、その・・・どんな?」

「んー、独創的なアイディアってわけでもないんだけどさ」

「うるさいなー。 あんたは意見出さなかったくせに」

「それはそれ、これはこれ、アレはアレだ」

「アレ?」

「湖景ちゃん・・・そうやって改めて聞かれると恥ずかしいかも?」

「えっ、それって、あの・・・わたし・・・ごめんなさい!」

「こらこら、やめなさいってセクハラは」

「・・・ハイ」

「あの、それで・・・その、案というのはどういう?」

「今度、流星雨があるって知ってた?」

「あ、そういえば彗星の最接近と流星雨って、もうすぐでしたね。 わたし、なんだか不安で・・・」

「それそれ。 朋夏ってばなかなかケッサクな勘違いをしてたんだけどさ。 大災害になるとか非常用の酸素がいるとか。 上村にそそのかされて、しまいにはタイヤのチューブを買いに行こうと――」

「あ、はは・・・」


あらら、湖景ちゃんが目をそらしたぞ。

また何かマズいことでも口にしちゃったか?」


「あの、すいません!」


湖景ちゃんは、トトトと部室の隅にまで走っていき、無造作に置いてあるダンボール箱をごそごそしていたかと思うと、蓋を締めてこっちに戻ってきた。


「なに探してたの?」


どっちかというと隠したような感じだったけど。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085404j:plain



「いえ、探してたんじゃなくて、むしろ逆で・・・あああ、ダメですダメです」


容赦なくさっきのダンボール箱に取りついた朋夏は、がばっと蓋を開けた。


「・・・これって?」


あっけに取られている俺と、慌てふためく湖景ちゃんのもとに、黒くて細長い物体が届けられた。


「チューブ・・・だよな。 おそらくは自転車のタイヤの」

「なんか、ガスマスクみたいなのも入ってたけど?」

「違うんです、本気で彗星のガスとか衝突とかに備えていたわけじゃなくて・・・でもあちこちでそんなふうにいわれるから、もしかして、もしかしたらって念のために・・・」


顔を真っ赤にして主張する湖景ちゃんに優しく告げた。


「そうだよな。 湖景ちゃんがそんなサイエンスブレイカーな考えを信じるわけがないって。 湖景ちゃんはいつも夢いっぱいなんだねぇ」

「また、あたしのときと対応が違う!」

「はわ・・・」


っていうか、なんでこの部室にはゴムチューブなんてものが平然と置いてあるんだろうか。 ・・・どうせ会長が持ち込んだに決まってるんだけど。


「それで、その流星雨の観測記録を取ってレポート化して提出しようって話でさ」

「ああ、それはいいですね!」

「おお、さっすが湖景ちゃん! 見る目アリーナ」

「夢があってイベント性があって、すごくいいと思います! これなら委員会の人も納得してくれますよね」


そうか、湖景ちゃんはこの案を倍プッシュなのか。

ふーむ・・・。


流星雨レポートなんてその場しのぎの凡作かと思ってたけど、意外と女の子受けがいいってことか?

観測レポートまでまとめようとしたら、時間も手間もかかってしょうがないんだけど。

存続の希望が出てきたせいか、朋夏と湖景ちゃんがやけに盛り上がっているものだから、そういうネガディブなことは口に出しにくい。


「レポート作成って手間はかかるだろうけど、"モグラ"を作るよりはマシだよね」

「そ、それは確かにな」


気を遣われてしまったか。

こいつとも長い付き合いだしな。

思考パターンを読まれているというか、お互いに手の内がバレているというか。

俺が内心で面倒そうに思っていることを察していたんだろう。


「どうせ手間なしには解決しないんだし、ひとつ腹を決めてこれで押し切っちゃおうよ」

「んー、そうだなぁ」


どうせ面倒ごとは全部こっちに回ってきて、最後は俺がボロ雑巾状態になるんだけどな。

言い出しっぺである朋夏はアシスタントとしてさんざん使い倒してくれよう。


「わかった、それでいいよ」

「やった。 さすが空太」

「で、観測の計画について、どうするつもりなのか聞こうか」

「・・・え?」

「やることはわかった。 あとは計画の立案だ。 流星雨なんて自然現象を観測するんだから、計画ってものがいるだろ?」

「う・・・それは、そうだけど」

「そいつを聞かせてくれよ」

「だから・・・写真を・・・」

「写真を?」

「とる?」


おいおい、なんで疑問形なんだよ。


「ごめん、詳しいことはわからない。 そのへん、空太にお願いできない?」


朋夏は手を合わせて頭を下げた。

ったく、開き直るのが早すぎだ。


「そういうことになるんじゃないかと思ってはいたんだよ、俺は」

「できる限り、空太に協力するからさ!」


いやいや、よく考えないとな。

この決断に学期の残りと楽しい夏休みの計画がかかっているわけだし。

安請け合いをして、あとで地獄を見るようなことはなんとしても――


「わたしからもお願いです」

「わかった、任せろ」


そりゃ、可愛い後輩にそんな顔で頼まれたら、こう返事するしかないじゃないか。


「あのあの、わたしたちにお手伝いできることってありませんか?」


「できることはもちろんだけど、好きなだけ率先してやってくれていいからね。 なにしろ、みんなでやることだからさ」

「そうだね、うん、がんばるっ」

「とにかくまずは計画・・・いや企画書だな」

「企画書、ですか?」

「はーい、質問! どうしてそんなものがいるんですか? っていうか、企画書ってなんですかー?」

「とにかく俺たちがこれを本気でやる気だって意思を見せないといけないんだよ、会長に。 活動内容の決定権は会長が持ってるからな」

「なるほどー。 地味だからNGなんて可能性もあるもんね」

「そういうこと。 もっとも、駄目だしされても会長からは代案は出てこないだろうけどな。 それが会長イズムだから諦めるしかない」


その結果として、俺たちは"ライトモーターグライダー"なる代物で空に挑戦させられることになるわけだ。


「うーむむむ・・・。 でも企画書ってなに書けばいいのかなあ」

「実は俺も書いたことはない。 湖景ちゃんは?」

「ありません・・・あの、ごめんなさい」

「謝らないでよ。 言ってみただけだしさ。 まぁ、書類の体裁とかはともかくとして、それなりに詰めた計画にしてこっちでどんどん進めていかないとな。 ぐずぐず検討ばかりしてると、権力にものをいわせてひっくり返される可能性も高くなるし」

「うぅ、それは恐ろしい」

「あの、今度の流星雨についてなんですけど・・・」


端末をいじりながら話していた湖景ちゃんが画面をこちらに向けてくれた。

どうやらネットを検索していたらしい。

表示されていたのは流星観測の手引きとなるサイトだった。


「へー、結構まとめられてるもんなんだ」

「みたいだな。 天体観測の世界じゃ大イベントだって話だし」

「なるほどね。 このくらいだったらあたしでもなんとか・・・・・・」


うむうむ、朋夏がやる気を出すのはいいことだ。

何故ならば――俺の仕事が減るからな!


「望遠鏡とかの機材は屋上にあるのを使わせてもらえばいいだろ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085422j:plain

 

立派な天体望遠鏡が校舎の屋上に設置されているけど、俺たちは今まで一度として使ったことがない。

なんでも昔、星の好きな先生の強い主張によって作られたものらしいけど、これだけ見事な無用の長物も珍しいような気がする。

もっとも利用してない俺たちが胸を張って言うことじゃないけど。


「なんとかなりそうな雰囲気ですね」

「日程的にも問題ないみたいだし、これだったらものすごく現実的だ」

「ねーねー、夜遅くに学校入るのって、ちゃんと許可取るにはどうするのかな?」

「ああ、そりゃ確か――」


どうするんだっけ。

許可を取らずに忍び込む方法については熟知しているのにな、俺たちは。


・・・・・・。


・・・。

 


それから話し合いを進め、個々の具体案を検討することにした。

まったくこんな面倒事なんて誰も期待してないっていうのに。


「Nobody expects the Spanish inquisition!」



f:id:Sleni-Rale:20201029085455j:plain

 

さてこれからというまさにその時、怪しげな発音の英語らしき台詞とともに部室のドアが勢いよく開かれる。

何事かと振り返ると、そこには見知った奴が偉そうな態度で立っていた。


「あれー、水面ちゃんじゃない、久しぶりー。 いきなりどうしたの?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085522j:plain



「朋夏センパイ! ご無沙汰してました! 相変わらずお元気そうでなによりですっ」

「あはは。 あたしは元気だけが取り柄だからさ」

「そんなことないです! 体操をしてた時の朋夏センパイはすっごくステキでした!」

「そ、そう? そういわれるとなんだか照れちゃうなあ」


朋夏はポリポリと後ろ頭をかいている。

実際にかゆいわけではないだろう。

部室のドアを壊れてしまえ! とばかりに力いっぱい開けたのは千鳥水面(ちどり みなも)――俺と朋夏の後輩だった。


「で、なんでおまえがここに来るんだよ。 部外者以外は立入禁止だぞ」


もっとも部外者であるところの上村は何度か部室に顔を出し、時にはコーヒーなどを飲んでいくわけだけど。



「うっさいわね、平山空太! あんたこそなんでこんなところにいるのよっ」


ビシッと指をつきつけられる。

どうでもいいけど、それが上級生に対する態度なのか。

まったく、こいつは初めて会った頃からそうだったけど、なんだってこうつっかかってくるんだか。


「いいか、ここは宇宙科学会の部室で、俺はその部員だ。 ちなみに朋夏も湖景ちゃんも部員だ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「はぁ? シツレイな質問するんじゃないわよ。 そんなの三人に決まってるじゃない」

「・・・もう一度聞くぞ。 果たしてこの部屋には何人いるでしょう?」

「だから三人・・・あ、ウチを入れたら四人だ」


どうやら数をかぞえる能力はまだあったようだな。

このやり取りをもう一度最初からやらされるなんてゴメンだぞ。


「宇宙科学会に用があるなら、会長もいないし俺が代理で聞いてやるが」

「HA! HA! HA! HA! なるほど、なんの活動もしていない架空学会にはお似合いの部員だものね」


悪魔的な嘲笑をされた。

まったく、口だけが達者なのは相変わらずか。


「そもそも朋夏センパイみたいな優秀な人がこんなお気楽極楽――もとい、悪の枢軸たる宇宙科学会にいるのが間違いなのよ」


悪の枢軸って・・・ひどい言われようだなぁ。

 

「見たわよ、聞いたわよ、宇宙科学会が解散するって!」

「はわわ・・・なんだかすごい迫力です・・・」

「それもこれも、日ごろの怠惰な活動のせい! 言わば自業自得! 天網恢恢祖(てんもうかいかいそ)にして漏らさずってやつよ!」


そして再びズビシと俺に向けて指を指す。

だからそれをやめろと。


「言っておくがまだ解散って決まったわけじゃない。 これからそれを回避するための活動をしていくんだから邪魔をするな」


しっしとばかりに手を振って追い返す。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085551j:plain



「シツレイね。 人を犬や猫みたいに扱わないでくれる」


きゃんきゃん吠える子犬みたいなおまえにぴったりな対処法だと思うんだが。


「ウチは"報道委員会"として広くこの問題を知らしめる義務があるのよ! ここが年貢の納め時、さあ、覚悟しなさい!」

「ほうどういいんかい?」

「えっと、『うちはまプレス』や『うちはまタイムス』を発行している委員会のことです」

「ああ、なんかそんなのもあったな」


定期的に携帯へ情報が届くらしいんだけど、今まで一度も見たことはない。

そもそもプレスとタイムスがある理由もよく知らないし。


「そうよ、この内浜学園が誇る報道委員会は、世の正義を守るために日夜努力を続けているんだから!」

「この場合、誰が正義で誰が悪になるんだ?」

「決まってるでしょ。 ウチが正義で平山空太が悪よ。 すぐにあんたを改心させてやるんだから!」

「俺個人が悪なのかよ!」


悪の枢軸とやらはどこへ行った。

それから、そのうねうねとした奇妙な動きをやめろ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085616j:plain



「まったく、そんなだから堕落するのよ。 『うちはまプレス』を読まないでいたら時代に置いていかれるに決まってるじゃない。 いいこと、学内の情報については『うちはまプレス』が一番詳しく載っているんだからね。 部活動で活躍した人の紹介や参加する大会の告知、ウチがこれはと認めた人には特別インタビューも敢行して、その雄姿をより多くの人に知ってもらっているよのよ! 内浜学園周辺のイベントやお買い得情報といった地域密着情報は『うちはまタイムス』を見ればバッチリ! 情報化社会を賢く生きる人の強い味方――それが内浜学園報道委員会なのよ!」

「悪いが、興味ない」

「あは、あはははは・・・」


どうやら朋夏もろくに目を通していないようだな。


「ダメダメ星人であるところの平山空太は置いておくとしても、朋夏センパイも読んでくれてないんですか?」

「ごめんねー、あたし、ああいうの苦手でさー」

「わ、わたしは読んでます、けど・・・ごめんなさい」

「えーと、あなたが津屋崎湖景さんよね? ありがとう! きっと内浜学園の大半はあなたみたいな心が綺麗な人なのよ。 これからも読者でいてね」

「は、はい・・・ごめんなさい」


つまり俺や朋夏はその大半から外れるってことか。

そうやって自分の価値観を無理に押し付けるなよ。

ほら、湖景ちゃんも困った顔をしているじゃないか。


「でも朋夏センパイだったら、スイーツ食べ放題の話題とか好きなんじゃないですか?」

「それ、どこでやってるの!?」

「おいおい、そんな血相を変えるような情報なのかよ」

「当たり前でしょ! 限られたお小遣いを上手にやりくりしないと一ヶ月の生活が成り立たないんだし」


そりゃそうかも知れないけど、甘いものを食べ放題ってどんな拷問なんだよ。


「近くの商店街で季節に一度ぐらいのペースでやってますよ。 クーポンもついているので、お店で携帯の画面を提示したら割り引きもききますから」

「わかった。 次の号からは欠かさずチェックするから」


朋夏の目の色が変わっていた。

一応、読者を一人獲得ってことでいいんだろうか。


「でも相変わらず水面ちゃんってそういうのを追いかけてるんだ」

「そうですねー、ウチの場合のこれは、もう趣味みたいなものですから。 だから報道委員会に入ったわけですし。 実は内浜学園に入学する前から外部スタッフとして『うちはまタイムス』に参加させてもらってたんですけどね」

「あれ? 最初にあたしのところへ取材に来たころって新聞部じゃなかったっけ?」

「ええ、そうですよ。 内浜学園は新聞部がなくて、その代わりに報道委員会があったから、今はそっちに所属してるんです」

「へー、そうなんだ。 報道委員会って面白いの?」

「写真を撮ったり記事を書いたりっていうのは前と同じですけど、やれることが増えた分、楽しいですね」

「俺も聞いたことがあるぞ。 確か内浜学園のパパラッチって名前で――ぐほっ」

「うるさい! 今度ウチのことその名前で呼んだらただじゃおかないんだから!」


いや、もうすでに一発殴られているんですが・・・。


「ところで、どうして朋夏センパイともあろうお方がこんなところにいるんですか? センパイだったらどの運動部に行っても歓迎されると思うんですけど・・・」

「まあ、それはいいじゃない。 今のあたしはこういうので案外満足できてるし。 それに、空太と一緒に馬鹿なことやってるのもそれなりに楽しいんだよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085630j:plain



「そう、なんですか・・・朋夏センパイがそうおっしゃるのならいいんですけど」

「うん、心配してくれてありがとうね」

「そんな、ウチこそあれからあんまり会えなくて・・・すみませんでした」

「いいのいいの。 こうしてまたお話しできてるんだからさ」

「おまえのことだから、どうせまた取材と称して誰かにべったりくっついてるんだろ」


それこそ、中学時代の朋夏の時のように。


「いいじゃない。 ウチはすっごいがんばってる人たちを応援するためにこうして取材をしているんだもの。 言っとくけど、平山空太、あんたみたいなぐーたら男だけは絶対に取材対象にはならないんだからね!」


そんなことを力いっぱい本人に向かって宣言するなよ。

俺の繊細なガラスのハートにヒビが入るじゃないか。


「俺を取材対象にしないのはいいとして、どうしてここに来たんだよ。 こう見えて宇宙科学会の幹部なんだぞ? のんびり会話してていいのかよ」


もっとも幹部とはいっても会長のオモチャになるぐらいしか役割はないわけだけど。


「あ、そうだった。 貴重な時間を無駄に・・・もう、それもこれも平山空太がみーんな悪いんだからね!」

「ちょっと待て。 おまえに何をしたっていうんだ」


あと、いちいちフルネームで呼ぶのはやめてくれ。


「いいわ、今日のところは予定があるから引き上げてあげる。 でも次に会った時には一切合財まるっと全部白状してもらうんだから覚悟しておきなさい!」


そう言い残すと、来た時と同じようにすごい勢いでドアを閉め去っていった。


「・・・結局、あいつは何をしたかったんだ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201029085717j:plain



「あはは。 まあ、いつものことだから気にしないほうがいいんじゃない」

「あ、あは、あははは・・・」


・・・。

 

水平線まで何マイル? -ORIGINAL FLIGHT-【1】

 


当ブログは、私個人の趣味でゲームを"ほぼ全文"文字起こししています。

ローマ字入力・かな入力・親指シフト等、タイピング練習も兼ねています。

※誤字・脱字が多々あるかと思われます。 【○少女 ✕処女 etc...】

最初の頃は頑張ってひとりで校正をしていましたが、横着な性格のせいで挫折。

その時間をゲームに充てたいので止めました。(開き直り)

これは趣味であって、お金貰ってるライターさんのお仕事とかじゃないのだぜ!

もし、このブログ?を読んで面白いと思った方は、そのゲームを購入してプレイしましょう。

ゲームは自分でやった方が楽しいよね!

 



・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061320j:plain

 

「くあぁ~~」

 

盛大なあくびを飲み込むことなく大口を開ける。

大きく伸びをしたその勢いのまま、ごろんと横になった。

空はどこまでも高く蒼い。


「昼寝にはもってこいのシチュエーションだよなぁ」


ホントにいい天気だ。

授業をサボって出てきたのは正解だったな。

音の方向にのんびりと視線を向けると、空に浮かぶ"モーターパラグライダー"が見えた。

地面に寝転がっている俺に気がついただろうか。

このあたりは風がいいので、パラグライダーのようなレジャー系の"スカイスポーツ"を楽しむ人が多いらしい。

空港への航路から離れているので利用しやすいっていう利用もあるんだったか。

実は小さい頃にやったことがある。

そういえばあの時は危うく遭難しかけたんだっけ。

パラグライダーと思って馬鹿にしちゃいけない。

エンジンを背負って自由に飛べるから行く先を自分で選ぶことができるし、高度だってやろうと思えば結構出せる。

上手くやれば富士山よりもずっと高いところまでだっていけるぐらいだ。

あの時、必死に無線で呼びかけられなかったら、そのまま空の彼方にあるという楽園まで一足飛びでたどり着いていたかも知れない。

まぁ、今になって考えてみればあれもいい経験ってやつだ。


ゆっくりと遠ざかっていくプロペラ音を子守唄に昼寝を決め込むことにした。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061340j:plain



「こんなところで寝てると、踏んじゃうよ?」

「そこは『風邪を引くよ』とかが定番だろ」

「えー、定番なんてつまんないじゃない。 それとも、本当に踏んだほうがよかった?」


ニヤニヤ笑いながら足を上げてみせる。


「・・・なによ?」

「いや、別に」

「こんなところでお昼寝なんてぜーたくだよね」

「まぁな・・・なんだよ?」

「べっつにー」


ニヤニヤ笑ってやがる。

ヨダレでもついているのかと口の周りをぬぐってみるけど濡れている様子はなかった。


「そんなところに突っ立ってるのなら俺の枕になれ。 余は膝枕を所望いたす」

「なによ、えらそーに」

「俺は横になっている。 だが枕がない。 だから適当な枕を欲している。 そこでお前の膝を希望したい」

「ほうほう。 キミ流のやりかたでは、それが人にモノを頼むときの態度なわけですか。 親御さんのお顔をぜひとも拝見したいものですねー」


こいつめ。

俺の親の顔なんて見飽きているだろうに。

ガキの自分からの付き合いだから、かれこれ10年以上になるのか。

まぁ、腐れ縁ってやつだよな。


「・・・膝枕をしてください」

「んー、どうしよっかなー」

「人が下手に出れば、いい根性してるじゃないか」

「あはは、冗談冗談。 いいよ、膝枕ぐらい」

「え? まじで?」


むしろ頼んだ俺の方がびっくりだ。

どういう風の吹き回しだ?


「ほら、頭上げて」

「お、おう」


おお、柔らかな感触が後頭部にぃぃ。

これは・・・クセになりそうだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061358j:plain



「これ、膝枕をするほうはあんまり楽しくないね」


それはそうだろう。

楽しめるのはどう考えても一方的に膝枕をしてもらっている俺の方だ。

世の男子が膝枕を潜在意識のうちで求める気持ちが俺にはわかった気がする。

俺は今、喝破した。


「ふむ。 もっと硬いものかと思ってたけど意外に・・・ふががっ。 鼻をつまむな!」

「あはは。 おもしろーい」


俺は面白くない。


宮前朋夏(みやまえ ともか)は俺の幼なじみだ。

物心ついた頃から、朋夏は俺の後ろか横か前にいた。

ちなみに、『前』にもいたところがポイントだ。

おそらく世にあまねく存在するパブリックイメージにおいて、幼なじみの占めるポジションは『守られるべき存在』だろう。

具体的には、いじめっ子やらガキ大将から守られる存在。

それが幼なじみの、あるべき役割だと言える。

だが、朋夏の場合は少々そのイメージから外れる。

いや、少々というのは語弊があった。

かなり外れると言った方が正しい。

いじめっ子やらガキ大将をこいつが返り討ちにした武勇伝は、ひとつやふたつではない。

むしろ朋夏の方が彼らに恐れられていたぐらいだ。

『ボウクントモカ』の二つ名はしばらく近隣に轟き響いていた。

まさに触らぬ神にたたりなし。


「なによ、人の顔をジロジロ見て」


クラスの男子の大半より足が速かったし、器械体操ではオリンピックの強化選手に選ばれたぐらいだもんな。


「いや・・・アレを見ててさ。 小さい頃のことを思い出してた」


俺の指先を追うように朋夏の視線があがる。


「"モーパラ"? そういえば、小さいころに一緒にやったよね。 あのときは・・・ふふ」


調子に乗って4000メートルまであがった時にはさすがにヤバかった。

まさに後悔先に立たず。

夏場の、しかも地上で快適に過ごすための格好でそんなところまであがれば凍える。

そりゃもうすごい勢いで。

とにかく寒かった。

なにより怖かったのは寒さで指先がかじかんで動かなくなることだ。

当然、操作だってままならない。

真面目な話、あの時ばかりは幼いながら俺も死を覚悟した。

必死に俺の名前を呼び続けてくれなければ、ここで空を見上げていることはなかっただろう。

あの時の涙まじりの声を、俺は今も忘れてはいない。


「その最後の含み笑いが気になるところだが、あえて言及はせずにすませておく」

「お気遣いどーも」

「ふん」


・・・。


「あのさ・・・授業サボってよかったのかな?」
「なんだよ、いまさら」
「だって気になるじゃない。 先生とか怒ってないかなーとか。 単位大丈夫かなーって」
「お前、今までちゃんと授業出てたんだろ? なら大丈夫だって」


むしろ危ないのは俺の方だ。

去年に比べると、会長に誘われて授業をサボることが格段に増えたもんな。


「そうなの? じゃー、いっか」


お気楽な奴だな、ホント。


「でも、そろそろ戻らない? 授業終わるころだし」


もうそんな時間になるのか。

幸せな時間ほど短く感じられるっていうのは、どうやら本当のことらしい。


「戻るのはいいけど、会長たちがどこに行ったか聞いてるか?」
「知らない。 そういえば集合時間とかも聞いてなかったね」


普段は縛りが少なくてテキトーにやっていられるから気楽なんだけど、こういう時のてんでバラバラ加減はいささか面倒だ。


「携帯で位置確認ぐらいできたっけ」


俺は脇に置いてあった端末を手に取ると、二人の居場所を検索した。


「湖景(こかげ)ちゃんはそこの海辺にいるみたいだな。 よし、合流するか」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061436j:plain



「夏になったらさ、みんなで水着もって泳ぎに来ようよ。 この辺って人もいないし、穴場だと思うよ」

「そいつはいいな。 早速、会長に提案してみるか」


お祭り好きな会長ならこの手の提案には絶対にノッてくれるはずだ。


・・・。


ん? これ、鼻歌か?

歌の聞こえてくる方へ足を運んでいく。


「お、いたいた」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061457j:plain

 

女の子が無心に磯遊びをしている姿っていうのは、なんだか心が和むなぁ。

麦わら帽子が制服姿に微妙にマッチしてなくて、それがなんだか可愛らしく見える。


「おーい、湖景ちゃーん」


たっと軽快に朋夏が走り出す。

こうした赴きある風情を解しない奴だ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061517j:plain



俺たちの声に気がついたのか、津屋崎湖影(つやざき こかげ)ちゃんが顔をあげてにっこりと微笑んでくれた。

湖景ちゃんは下級生という素敵属性に加えて小柄で気が弱いという追加ボーナスを所持している。

その奇跡的な存在価値が俺の保護欲をほどよく刺激してくれるのだ。

もっとも外見や年齢や性格なんて関係なく、湖景ちゃんは俺にとって面倒を見てあげたくなる可愛い後輩であることにかわりはない。

出会った頃から薄っすらと感じていたことだけど、湖景ちゃんは男子と話をするのをちょっと苦手にしているようだった。

しかし、この数ヶ月の間に俺にだけはどうやら慣れてきてくれたらしい。

湖景ちゃんのクラスメイトの男子どもよりよほど打ち解けられているのだ。

これを誇らずに何を誇るというのかっ。

ここまで来るのにはかなり苦労をしたわけだけど、この達成感に比べればそれまでの苦難の道のりなんてどうということはないだろう。

何よりあれだ、褒めてあげる時に頭をなでなでしてあげられる女子が身近にいるっていうのが実にいいのだ。

主に俺の精神的に。


「なにしてるの?」

「あの・・・カニさんがいたので。 あと、おさかなさんとか」


カニとか魚にさん付けしちゃうところもまた湖景ちゃんの可愛いところのひとつだろう。

どこかの誰かにも見習ってもらいたいものだ。


「え、ホントに? 食べられるかな?」

「どうでしょう。 イソガニとかオウギガニって食べられるんでしょうか?」

「んー、ちっちゃいねー。 お味噌汁の出汁ぐらいにしか使えないかも」

「あの、このオウギガニさんがかわいいんですよ。 ほらっ」


湖景ちゃんの小さな手が水面にかざされると、驚いたカニがピタリと動きを止めた。

もしかして死んだフリか?


「えー、なになに。 おもしろーい」


バシャバシャと朋夏が水面を叩くと、ぱっと小魚やら蟹たちが逃げていく。

まさにボウクントモカにふさわしい行動といえよう。


「やめとけって。 彼らの平和な生活を脅かすなよ」

「はーい」


困ったような表情をしていた湖景ちゃんもいほっとしたようだった。

湖景ちゃんは本当に優しい子なんだな。


「このカニって珍しいの?」

「そんなことはないと思います。 データベースにも載ってましたし。 あ、あの・・・ごめんなさい、よくわかりません」

「いいよ、謝らないでも。 もしかして、海に来るの初めてとか?」

「はいっ」


うーん、いい笑顔だ。

まぶしすぎる。


「磯の香りってこんな感じだったんですね。 あと風も気持ちいいです。 水面に反射した光も眩しくて、波の音とかも聞いていると穏やかな気持ちになります。 こうして磯だまりでおさなかさんとか見ているだけでもとっても楽しいです。 こんなにたくさんの生き物がいるんだなぁって」

「そっか」


湖景ちゃんがいつになく饒舌だ。

それだけでもここに来てよかったと思う。


「あはは。 この調子だと、真剣に眺めすぎて日射病になっちゃいそうだよね」

「大丈夫ですよ。 会長さんが麦わら帽子を貸してくれましたから」

「そういえばさ、なんでそんなのが"宇宙科学会"の部室にあったんだろ。 宇宙科学会と麦わら帽子に接点なんかないよね」

「そういえば、そうですね・・・」


あの人の真意とか、宇宙科学会の存在理由というのを考えるだけ無駄あと思うけどな。

意外性とう点についていえば、会長の右に出る奴なんてこの"学園"にいないだろうし。

まぁ、それ以外にもあの人の右に出る奴なんて滅多に存在しないだろうけど。


「そういや、夏になったら泳ぎに来ようかって朋夏と話してたんだ。 その時は湖景ちゃんも一緒に来ような」


当然、その時は水着だ。

・・・いや、別に深い意味はないけど。

泳ぐのならば水着が当たり前というただそれだけのことだ。


「はいっ」

「湖景ちゃん、泳げる?」

「あ・・・いいえ。 泳げないとダメ、ですか?」

「ううん、大丈夫だよ。 あたしが泳ぎ方を教えてあげるからさっ」


運動神経抜群な朋夏の指導があれば、湖景ちゃんもすぐに泳げるようになるだろう。

体育会系の部活をやっていたせいか朋夏は後輩の面倒見もいいからな。


「実は、あたしも泳ぎ方は空太に教えてもらったんだけどね」


そういや、そんなこともあったなぁ。

随分と昔の話ではあるんだけど。


「すごいです、平山先輩っ」


いや、尊敬するような目で見ないでください。

今じゃ朋夏にはとてもかなわないし。


「あ、いっけない。 そろそろ帰ろうかって空太と話してて、湖景ちゃんたちを探してたんだった」


おっと、そうだったそうだった。

思わず湖景ちゃんとの素敵トークを楽しんでしまった。


「もうそんな時間ですか」

「電車の時間もあるしね。 湖景ちゃんは会長がどこにいるか知ってる?」

「いえ・・・ごめんなさい」

「いいっていいって。 携帯で探すから。 朋夏とここで待っててよ。 俺が呼んでくる」

「おっけー。 よろしくね」

「おう」


・・・。


朋夏と二人で歩いた道を今度は一人で歩いていく。

会長はこの先にある灯台にいるらしい。

湖景ちゃんじゃないけど、こうして波の音を聞き、海風を受けているだけで気持ちよくなるんだな。

こいつは新たな発見だった。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061536j:plain



世界はとても穏やかで、とても綺麗だ。

海も空も空気も、親父たちの頃に比べればずっと綺麗になったらしい。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061549j:plain



坂の途中にある"旧校舎"の校門前を通り過ぎる。

俺たちの通っている学園はもともとこの場所にあった。

さっきまで俺が寝転んでいたところが当時のグラウンドだ。

都会の空気が文字どおり息苦しかった時代、内浜学園は自然環境をウリに学生を集めていたそうだ。

それが40年ほど前、海を埋め立てて広大な工場用地が作られ、山を削って住宅地が作られた。

もっとも開発によって環境が悪くなったせいで学園が転移したわけじゃない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061602j:plain



工業地帯の開発が不振に終わり、埋め立て地が空き地だらけになると、もとからあった港町は前にもまして寂れていったらしい。

20年あまり前にとうとう学園のすぐそばを通っていたローカル線が廃止されてしまった。

住宅地の方の大きな駅からだと旧校舎までのんびり歩いたら20分はかかってしまう。

そのため土地が広いだけがとりえの不便きわまりない立地に耐えかねて、学園ごと都心よりに引っ越した次第だそうだ。

そうした事情を知っているせいなのか校舎はやけに古びて見え、20年という月日以上のものを感じさせた。

会長の気まぐれがなければ、こんなところまでくることはなかっただろう。

ただ、ほとんど忘れられたこの場所に漠然とした懐かしさを覚える。

俺自身が通ったことはないというのに不思議なものだ。

古びた校舎のせいなのか、かつてここを学び舎としていた人たちの息遣いが残っていると感じてしまうせいだろうか。

ともかく懐かしいと思う。

何か大切なものをここに忘れている気がする。

それを探し出すまでここにいたいと思う。

爺さんや親父の世代の人たちが通っていたであろうここに郷愁を覚えてしまうのは何故なのだろう。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061615j:plain



それは心を打つ美しい一枚の絵画を見た時のような印象で――。

夏を間近に控えた暑いといっても差し支えのない日差しにもかかわらず、何故だか冷たさを感じさせ――。
なにより、たまらない孤独感に満ちていた――。


「かい、ちょう・・・」


かすれた俺の声は灯台まで届かない。

だから行き先を見失った言葉は途中で解けて霧散する。

一年前に宇宙科学会という何が活動目的なのかよくわからない部活へ俺を引き入れた人。

勉強も運動だってできて、トボケているようで意外に頼りになって、それなのに何を考えているのかよくわからなくて・・・。

この一年ちょっと、ただただ俺はこの人の言動に翻弄され、でもそれが決して嫌ではなくて。

むしろ一緒にいる時を楽しく感じさせてくれて。

何故だろう。

いつだって楽しそうにしているのに、ほんの少しの寂しさを同時に感じさせる人だった。

やけに海鳥の鳴き声がうるさい。

まるでこの声が会長の姿をかき消そうとしているなんてことまで夢想させる。

まったく、どうかしている。

ただ海を眺めているだけだというのに。


「会長!」


自分の中にある不安をかき消すために、いつもより大きな声で呼びかけた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201027061830j:plain



にっこり微笑んでくれたのを見て不思議と安心する。

まったく何を不安に思っていたんだ俺は。


「そこから何か見えるんですか?」
アメリカ?」
「いや、それは無理ですから」
「じゃ、富士山?」


なんですか、その「じゃ」っていうのは。


「海、かなー」
「・・・なるほど」


やっぱり会長のことはよくわからない。

何故だか理解できないことに安心をしてしまった。


会長――古賀沙夜子(こが さよこ)先輩は俺たちの所属する宇宙科学会の代表であり、学園でも指折りの有名人だ。

この場合の有名ってのは「よい」意味でも「わるい」意味でもある。

「よい」意味で会長をあらわそうと思ったら一言ではとても足りない。

まず会長は美人だ。

俺だって初めて見た時は驚いた。

アイドルより美人ってホントにいるんだと思ったものだ。

加えて頭もいい。

入学してからこっち、学力考査で学年一位の座を誰にも譲ったことがないらしい。

こりゃマジですごいことだろう。

そして宇宙科学会なんていう宇宙を観測するんだか科学するんだかよくわからない文化系部活動の会長でありながら、実はスポーツもそつなくこなす。

宇宙科学会主催で強制参加させられたスキー合宿では、それこそプロスキーヤーばりの滑りを見せられて度肝を抜かれた。

スキーだけじゃない。

後にKIXの悪夢と個人的に呼んでいるハーフマラソンの時だってすごかった。

神様は生きてはいるけど実に不公平だ。

天は三物も四物も与えるべき人には与えている。

「わるい」意味で会長を表現するならば、控えめに言って「変わって」いる。

まず会話が成り立たないことがある・・・ような気がする。

なんとなく言わんとすることはわかるんだけど、真意がつかめないことが多い。

そこに独特の専門用語がところどころに挟まれると、もうわけがわからない。

会長として自然な例えのつもりらしいけど、残念なことに周囲でそれについていける奴は俺を含めていないのだった。

そんなわけで、我らが会長は学園内でもいろんな意味で有名だ。


「風、強いですね」


耳元を過ぎていく音は大きく、目を細めないと前を向いているのもつらいぐらいだった。


「でも気持ちいいよ」


確かにこいつは爽快だ。

強い風を受けて会長の長い黒髪がひっきりなしに踊っている。


「授業をサボって海を見るっていうのもいいですけどね、会長は単位とか大丈夫なんですか?」


聞いてはみたものの会長と湖景ちゃんは成績優秀だし、いつもの朋夏は真面目に授業へ出ているのを思い出した。

客観的に考えて一番やばいのは俺だ。


「テストでいい点を取ればいいんだよー」


そうはおっしゃいますけど、凡人はテストでいい点を取れないから苦労をしているわけで。


「テストはまるで自信ないです。 そうだ、よかったら今度、勉強をみてくださいよ」


何故だか、きょとんとした表情をする。


「あれ? ソラくんはテスト嫌い?」
「賭けてもいいですけど、テストが好きだって奴は少ないでしょうね」
「そっか。 うん、べつにいいけど・・・スパルタ式?」
「えー・・・」
「あはは。 低気圧発生。 雨になる前に帰ろっか」


会長がくるりと踵を返すと黒髪もあわせてゆれる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062001j:plain



「では、毎秒一メートルの速度で西南西へ移動を開始」
「秒速一メートルってあんまり速くないですよね」
「んー、ちょっと違ったかも。 じゃ、毎秒二メートルに修正」
「それは速すぎますって」


まぁ、この人の突飛な行動は今に始まったことじゃない。

今日だっていきなり俺たちを呼び出して授業をサボる宣言をしたと思ったらこんなところまで連れてくるし。

かれこれ一年以上の付き合いになるけど、いつもこの調子で会長の真意はわからないままだ。

この人が何を考えて行動しているのか理解できる日なんて訪れるのだろうか?

理解できたらそれはそれでどうかと思わないでもないんだけど。


「置いてっちゃうよー?」
「はいはい・・・」


・・・。


坂道を降りていく会長に小走りであっさり追いつく。



f:id:Sleni-Rale:20201027062023j:plain

 

「ふむふむ、追いついたら"閉塞前線"だねー。 実によく発達した低気圧」
「いや、別に不機嫌とかそういうつもりはないんですけど、そう見えました?」
「んー、ちょっと違うよ。 ソラくんは足が長いねってほめてるんだよ。 じゃ、改めて出発進行~」


・・・。


「おーい、平山ー!」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062037j:plain



ちょうど校門の前あたりで見飽きた――もとい見慣れた男が声をかけてきた。


「なんだ、上村か」


こいつは男のクラスメイトの中でも一番――改めて確認すると癪な気もしてくるけど、一番親しくしている奴だ。

少なくとも言葉を交わす数はダントツに多い。

一見してイケメンのメガネ君と言えなくもない風貌を備えるものの、その裏で何をやっているかは定かではない。


「その発音では『植村(ウエムラ)』になってしまうと常々いっているはずだが、いくら指摘しても変わらないのは、直すつもりはないということなのかね。 それともなにかそれは私に与えられた二つ名なのかね? にしても『越後の虎』や『学園の暴走特急』なら迫力があっていいが、『植村(ウエムラ)』ではまるで迫るものがないではないか」
「まぁ、そんなことは置いておくとしてだ」
「友人の話を聞かないところは、我が友の108ある悪い癖のひとつであるな」


人を煩悩の塊みたいに言うひどい奴だ。

こんな時は、こう切り替えしてやるのがいい。


「ところで、おまえ、メガネ割れてるぞ」
「割れてなどいない!」
「ったく、朝から無駄に元気だな、おまえは」
「誰が無駄なことをいわせているのだね」
「まぁ、いつものことだから気にするな。 というわけで改めて。 おっす、今日もいつも通りの時間だな」
「・・・ごきげんよう、我が友よ」

上村は疲れたようにため息をついた。


「それよりもだ、平山のところは平気なのかね?」
「平気って、何がだよ」
「なんたることだ、聞いていないのかね!? 今まさに"宇宙科学会"が存続の危機に瀕しているというのに」
「ソンゾクノキキ、だと?」


上村の言っている言葉の意味がなかなか理解できなかった。

あまり好ましくない内容なのはなんとなくわかるけど。


「そりゃ、なんの冗談だ。 エイプリルフールはとっくに過ぎたぞ」
「ふう、やはり把握していなかったか。 まさかとは思ったが、のんきにもほどがあるぞ。 所属学会の危機だというのに知らないとは、我が友人ながら将来が思いやられるな」


やれやれ――と言わんばかりに肩をすくめやがった。

ったく、そういうポーズすらいちいちサマになっているからムカつく奴だ。


「そもそも、そんな掲示なんて見てる奴がいるのかよ」
「いるのだろうな。 現におれは知っていたし、おそらく学内のほとんどの者が目を通しているだろう」


なんだその目は。

まるで俺だけが見ていないのを責めているみたいじゃないか。


――と俺が考えていることを読み取ったかのように上村は深々とため息をつく。

ったく、そんなのすらカッコよく決めてくれるから神様は不公平だと言いたくなるんだよ。


「せっかくのシステムも利用していない者にとっては無用の長物でしかないわけだ」
「で、いったい何事なんだ」
「実はな、宇宙科学会に解散命令が出たのだよ。 所属会員の卒業によるやむなき休部や休会はあっても、お取り潰しというのは、おれが記憶しているだけでもここ10年はなかったことだぞ」


あー……なるほど。

さすがに深夜に全館停電させたのはマズかったか。


「学内は今、その話題で持ちきりなのだがね。 もっとも解散通知を当事者が知らないというのが、なんとも宇宙科学会らしいといえるのかも知れんが」
「いや、そんなに褒めるなよ。 照れるじゃないか」
「なに、おぬしにとってみればこの程度のことなぞ気にするまでもないということだな。 さすが我が親友殿はできていらっしゃる」
「……あの、いろいろとすみません」
「うむ、気にするな」


上村は鷹揚(おうよう)にうなずいてみせた。

これまた決まっているから神様というヤツは―――


「時に、このことはおまえも含めて全員が知らなかったということか?」
「いや、さすがに会長ぐらいは知ってる……」
「と、思うのかな?」
「……わからん」


あの人ならこの一件について関知していない可能性がありえる。

なにしろ俺以上の自由人だし。

 

「宇宙科学会に副会長はいないのだったかな」
「人数も少ないし、まともに活動してないからな。 副会長なんてご大層な役職は必要ないんだよ」


学会なんて仰々しい呼び方をしても所詮は部活動……というか同好会だ。

"内浜学園"では、運動部は普通に○○部なのに、文化系は△△学会とか□□研究学会とか、大仰に命名する習慣になっている。


「実質、平山がそうなるのではないのか?」
「どうだろう。 俺なんて会長のオモチャみたいなものだぞ」
「なるほど、いいえて妙だ。 おまえのところの会長はなかなか興味深い人物だからな」
「なんだ、会長のこと詳しいみたいな口ぶりだな」
「なにをいう。 この学園において古賀嬢といえば、入学三日目の新入生でも知っていよう」


そういや俺も入学して三日目に勧誘された気がするな。

なんで俺なんかを誘ったのか理由は知らないけど。

それで入会する俺も俺だが。


「そもそも宇宙科学会がどのような活動をしているのか寡聞(かぶん)にして知らないのだが、普段はなにをやっているのかね」
「そうだな……部室でダベったり、授業を抜け出してブラブラしたり、遊びという名のレクリエーション活動をしたり。 そういったところかな」
「それはそれは、なかなか有意義そうな活動内容だな。 屋上に鎮座しているアレは使ってないのか?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062054j:plain



ああ、そういや校舎の屋上に天体望遠鏡があったなぁ。

入学して以来、一度として使ったことはないけど。


「あー、あれは使ってないんだ。 むしろ宇宙科学会では目視を重要視しているからな」
「ほほう。 後学のためになんの観測をしているか伺いたいものだね」


空を指差すと、上村の視線が上へ向いた。


「……なにもないようだが」
「おまえ、メガネでも割れているんじゃないのか?」
「割れてなどいない!」
「そうか、ならいい眼科を知っているから紹介してやろう。 ついでに視力の矯正でもしてきたらどうだ」
「なに、それには及ばない。 いきつけの病院があるからな」


『いきつけ』って……それを言うなら『かかりつけ』なんじゃないのか。


「それで、なにを観測しているというのだね」
「太陽だよ。 毎日、高度を記録してる。 たまに月とかもやるけど」
「……それはそれは、実に大変なことで」


大げさな身振りで肩をすくめた。

こういう演劇めいた振る舞いが板に付いた男だ。


「それにしても解散とは、またいきなりな話だな」
「たしかにな。 しかし過去の宇宙科学会における悪名と悪行の数々を耳にするにつけ、おれはこの学園の懐の深さに感心をしてきていたのだがね。 さすがに異常な電力消費による全館停電は許しがたい、ということではないかと想像しているのだが」


ってことは、あの騒ぎを引き起こした実行犯が宇宙科学会であるという情報が上村の耳にまで届いているのか。

やはり無理にでも会長を止めておくべきだったか……いまさらだけど。


「言っておくけど、さすがに夜中の校舎で焼き肉はやばいって意見は表明したんだからな」
「なるほど。 つまりあの一部校舎に残された芳香の原因は焼き肉ということか。 ますます宇宙科学会が解散になる理由がわかった気がするのだが?」


くそ、墓穴を掘ったか。


「そもそも宇宙科学会が活発に活動しようと思っても、もとが抽象的で地味な分野なんだよ。 会長が突飛な活動を思いつきがちなのもそのせいだ。 だから温情措置があってもいいと思うんだけどなぁ」
「それをおれに主張されても困るのだが、そう思っているのならば"中央執行委員会"に掛け合ってみたらどうだ?」


確かに上村に愚痴をこぼしても仕方がない。

それが筋なんだろうとは思うけど――


「で、平山よ。 この難局、どうするんだ?」


正直、面倒なことは他の人にお願いしたいところだ。

まぁ、会長がきっとなんとかするだろ。 俺は重鎮らしくどんと構えているよ」
「重鎮、か」
「なんといっても俺はあの会長直々にスカウトされたくらいの逸材だ。 参ったか」
「別に参る理由はないがな。 ふっ、まあいいさ。 おれはそんなおまえの振る舞いをしかと観察させてもらうだけだ」
「またかよ。 たまには他の奴を観察したらどうなんだ」


上村曰く、人間観察は趣味であるらしい。

その対象がもっぱら俺だというのが気になるところだけど。


「おまえは見ていて飽きないからな。 ともすれば退屈になりがちな学園生活というものを彩るには、おまえのような人材が必要なのだよ」
「いいけどさ。 おまえまさか……じゃないよな?」
「うん?」
「ほら、あるじゃないか。 びーえるっての? 美少年同士でアレレしちゃうとかいうのがさ。 まさか、おまえそのクチだったりしないよな?」
「愚かなり平山空太。 たしかにおれは美形だが、おまえのほうは腐女子の皆様にお披露目し、かつ妄想をかき立てていただくには今少し物足りない」
「うるせぇ、どーせ俺は平均的な人間だよ」
「案ずるな。 おまえは背が高いから、それなりに整って見えることもあるぞ」
「『それなり』とか『こともある』ってなんだよ」
「平山にはムラがあるのさ。 だからこそ見ていて飽きないわけだが」
「なんだよそりゃ。 まぁ、おまえに変な趣味がなけりゃどーだっていいけどな。 そんなことより、そっちはどうなんだよ」
「おれが、どうだと?」
「いや、おまえのところの学会だよ」


上村はどこかで副代表をしているらしい。

らしいけど、どこでやっているのか全く教えてくれようとしない。


「ノープロブレム」


そう断言すると、上村は堂々と胸を張った。


「このおれが所属する、ありとあらゆる組織は公明正大かつ品行方正に活動している。 この学園に奇跡のように存在する我らが組織になんの問題があろうか、いやない!」


役者みたいに両腕を広げ、通学してくる連中全てにアピールする勢いで叫んだ。


――ッッ

「痛っ!」
「いきなり叫ぶな」
「う、青いな平山。 豊かな感情表現は人間として当然のことであり、真なる知性というものもまた機械的な算術だけでは成立しないのだよ」
「もういいから行くぞ!」


一人演劇を続ける勢いの上村の背を押して、俺は校舎へと足を向けた。


・・・。


教室につくと、待ちわびていたように朋夏が俺のところにやってきた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062145j:plain



「どうしたんだよ」
「ねー、大変なんだけど!」
「もしかして解散の件だったりするか?」
「あ、見た?」
「いや、聞いた。 上村から」
「上村くんから……そう」
「おまえは見たのか?」
「うん。 この目で確認したよ。 宇宙科学会は解散しろって書いてあった。 ねー、どうしよう空太ぁ」
「そんな心配することもないんじゃないか」
「なんでよ、解散だよ解散!? ああ、やっぱりあのときあたしがちゃんと反対しておけばよかったのかなー」


さすがにあの焼き肉を思い出すか。

率先して参加していたんだけどな、我が幼なじみ殿は。

ゴツくてデカイ鉄板を運ばされた時はなんの嫌がらせかと思ったものだ。


「やっちまったことはいまさら後悔したって遅いだろ。 解散したくなきゃ、これからどうすればいいのか考えるしかないって」
「つまり真面目にやってますってアピールするわけ? なんかそれっていまさらじゃないかな」
「確かにな。 じゃあ、解散しかないか」
「簡単にあきらめないでよ! あたしたちの居場所がなくなっちゃうかも知れないんだから、なんとかしないとダメじゃない! 空太もなんか考えてよ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062159j:plain



近い、近いって!

鼻息がかかるまで顔を近づけるなよ。

どことなく甘酸っぱいような朋夏の匂いが鼻腔をくすぐる。


「もっと真剣にやろうよ。 あんまりヌルいところにいると人間ダメになっちゃうんだからね」


そんなこと言われても、俺はそういった宇宙科学会のヌルいところを気に入っているわけなんだけど。

しかし朋夏の奴はなんだか真剣に悩んでいるみたいだし、俺も何か考えてみるか。


「とりあえず、だ。 なんらかの実績を提示すればいいんじゃないか。 それで解散させるのはもったいないと思わせることができたら、もしかするかも知れないぞ」


「実績かー……でも、あたしたちってなんかやってきたことあったっけ?」
「太陽高度の観測」
「それ、実際に測って記録したことなんて、あったっけ?」
「もちろん過程は省略して結果だけ記録しているさ」


誰が観測しても結果は同じだからな。

あとは会長の思いつきによる突発的な課外活動ぐらいか。

それを執行委員会が実績としてカウントしてくれるかどうかだけど……難しそうだな、さすがに。


「発表会に向けて研究したり、記録をつけたり、会誌作ったりすればいいのかな。 それとも他になんかある?」
「うーん、ぱっとは思いつかないな」


というか、そんなことで解散命令が撤回されるかどうかは俺にもわからない。

あえてそのことを口にする朋夏を落ち込ませるだけなので言わないでおこう。

でも朋夏を見ていると、案外、あっさり命令が覆るかも知れないなんて思えてくる。

なんだかんだで学生の自主性を重んじるのが学園の方針だし、やる気と反省の色を見せればあるいはいけるかも知れない。

授業が単位制だったり、文化部のことを学会だなんて呼んでたりするのも学生主動をよしとする校風のあらわれなんだろうけど、逆にそれが隙を生んだりするわけで。


「……うん、やっぱりさ、もうちょっと真面目に活動をしてますってアピールすればいいんだよ。 そうすればきっと考え直してくれるって」
「おまえってすげぇな。 その真面目なところを少しわけてもらいたいぐらいだよ」
「空太、目つむって」
「なんでだよ」
「いいからつむってっ」


あんまりに真剣なので、仕方なく目をつむってやる。

まったく何をするつもりなんだか。


「せーのーでっ!」


――ッッ


いい音をたてて、朋夏は俺の頭をはたいた。


「痛ぇなぁ」
「おかげで目がさめたでしょ。 ちょっとは真面目にやろうよ。 あたしらが置かれている状況も、もう少し危機感をもって理解してよね」
「そりゃわかるけど、こういうのってさ、ぶっちゃけた話、会長の力でなんとかできるんじゃないのか」


上村から解散を知らされてなお俺がさほど取り乱さなかった理由――それが会長の存在だ。

あの大物が頭(トップ)にいてくれる以上、そういう宇宙科学会が揺らぐことはないと考えてしまう。


「そりゃ、会長がすごい人だとは知ってるけどさ、ちゃんと動いてくれるのかな?」
「危機感を持ってくれればあるいは」
「持ってくれてると思う?」
「…………わからん」
「ね? 放っておいたらあっさり解散とかしそうじゃない」


それは考えられる。

美人で文武両道という完璧超人のくせして、油断のできないレベルで変な人だからなぁ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062221j:plain



「ありそうな話だな、それって」
「でしょ?」


急に不安になってくる。

あの会長のことだ。

もし本気で宇宙科学会を大事に思っているのなら、執行委員会や学園側に見とがめられない程度の活動実績を捏造するぐらいのことは造作もなかったはずだ。


「でも今の段階で俺たちにできることもないわけだ。 どのみち会長に確認してみないとな」
「うん、そうだね。 放課後、みんなとも相談してみよ」
「ああ、そうだな」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062258j:plain



「こんにちは」


教室に入ると湖景ちゃんが近寄ってくる。

どうやら俺たちが来るのを待っていたらしい。


「湖景ちゃん、早いね」

「は、はい……あの、気になってしまって……」


湖景ちゃんの表情を見るだけで何を考えているのがわかってしまう。

これぞまさに以心伝心……なわけないか。

誰にだってわかる。

要するに不安なんだ。

この先、宇宙科学会がどうなってしまうのか、どうすれば解散せずにすませられるのか、と。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062311j:plain



「なんかさ、それらしいことをやればいいんじゃないかなって思うんだよね」

「そう、なんでしょうか」

「でしょ? はっきりいってさ、今までなにもやってなかったじゃない」

「そんなことはないぞ。 走ったり滑ったりしたじゃないか」

「そうなんですか?」


どれも湖景ちゃんが入る前のことだから、知らないのも無理はない。

そういえば、湖景ちゃんはなんで宇宙科学会に入ったんだっけ。


「あれって、会長の趣味っていうか、全部その場の思いつきじゃない」

「なんだ、ちゃんとわかってたのか。 その割に楽しんでたみたいだけど」

「わかってたよ。 楽しかったのも否定しないけどさ。 でもね、それじゃダメってことでしょ? 宇宙科学会としてなにをするかってのが大事で」

「まぁ、そうだろうな」

かといって俺も宇宙科学会が具体的に何をするところなのか知らないんだけど。

下手をすると会長すら知らないかもしれないし。

何をするところなのかはっきりしないのに、部室だけは立派なのがまずかったのか。

それ以前に、これまで積み上げてきた悪行の数々のツケが回って来たと考えるべきか。


一応、屋上にある大きな天体望遠鏡は宇宙科学会が使用できるらしいけど、俺の知る限りにおいて利用したことはない。

そういえば一度だけ星の観測をするという名目で夜の屋上に集まったことがあったな――コンロと鍋を囲むのが本当の目的だったわけだけど。

鍋で満足してればいいのに、誰だよ鉄板まで持ち込んだ奴は。


「だからさ、会長にどうすればいいか聞けばいいだろ」


ぷぅーと朋夏のほっぺたが風船のように膨らんだ。

なんだ、なんか悪いことでも言ったか?


「それでいいの? 本当に?」

「本当も何も決定権を持ってるのは会長だしさ。 俺たちがあれこれ気に病んだって仕方ないってことだよ。 多分、会長がなんとかしてくれるさ」


まずはそこからだ。

何も考えてないとか、なんのアクションも起こさないという可能性も否定できないけど。

ますます朋夏が不機嫌になる。

だからなんでそんな不機嫌そうな顔をするんだよ。

どうせ俺たちがここで話し合ったって、何も変わらないだろうに。


「空太は……それでいいの? 解散になっちゃうかも知れないんだよ」

「だから、解散するってまだ決まったわけじゃないだろ」

「でも、このままなにもしなかったら本当にそうなっちゃうかも知れないんだよ? あたしたちの居場所がなくなるってことなんだよ?」


そんな大げさな。

そうなったらそうなったで、他の学会に籍を移せばいいだけのことだろうに。

その時は上村のところに入るってのも悪くないかも知れない。

上村がどこに所属しているのか知らないけど、あいつが副代表でまわってるぐらいのところだし、そんな堅苦しいところじゃなさそうだ。

俺としては、のんべんだらりと居心地のいいヌルさが感じられるところならどこだっていい。

その点で宇宙科学会は最適な場所だったんだけどな。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062327j:plain



「あれ? なんか気圧低い?」

「それつまり雰囲気が悪いってことですか」

「んー、ちょっと違うかもー」

「あ、会長! あの話、どうするんですか?」

「あのってどの? 泳ぎに行くなら水着の用意するけど、時期的にはちょっと早くない?」


泳ぎに行くことは会長の中ではすでに決定事項のようだ。

いや、この人の生き方はまことにもって楽しそうだ。

うらやましい。


「そうじゃなくて! 宇宙科学会に解散しろって命令が出てるじゃないですか」

「それは大変。 でも、ソラくんがなんとかするよー」

「うわ、まるで他人事のようにさらりと流して、しかもそれが俺へのスルーパスですか」

「そのお話はまた今度~」

「でも……」

「トモちゃん、もうお話は変わってるよ。 わかるかなー?」


こうなったら朋夏が何を言っても無駄だ。

テコを持ってきても、赤ん坊が泣いたって会長が意見を変えることはない。


「……はい」

「それで、今日はお掃除をするから」

「お掃除、ですか」

「うん。 衣替え?」

「なるほど、夏も近いですし」


切り替え早いな。

それよりもだ、何故おまえは会長のネタ振りに対して普通に受け答えしているのか。


「でしたら、いつもはやれないところまできれいにしましょう」


ホント、湖景ちゃんはいい子だ。

発言から察するに、俺たちの知らないところで普段から掃除をしてくれていたらしい。


「あの蛍光灯がそろそろ切れそうだから、交換しちゃおうか」

「……そこでなんで俺を見る」

「だってさ、役割分担とか考えた最適でしょ? 男だし、一番大きいし」

「ソラくんは宇宙科学会の積乱雲だねー」


積乱雲って、入道雲のことか。

イメージとしては間違っていないかも知れない。


「あはは……」


湖景ちゃんに力なく笑みかけられては仕方あるまい。

椅子を寿命間近な蛍光灯の下へ持って行く。


「よっと……」

 

「足りないのは根性?」

「やる気じゃないですかね?」

「平山先輩でも届かないですね」


二名ほどが好き放題を言ってくれる。

根性ややる気でどうにかなる問題に見えますかね、これが。


「あんまり言ってると、積乱雲からカミナリが落ちちゃうかもー」

「部室に脚立ってあった?」

「さすがに見たことないなぁ」


何に使うかわからないものはゴロゴロ転がっているのに、脚立なりその代わりに使えそうなものは見たことがない。


「んじゃ、借りてきてね。 その間に、あたしたちは掃除しちゃうから」


部室にいたら他にも押し付けられそうだから、ここは大人しく脚立を探しに行くか。


「いい、サボったら承知しないからね!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062347j:plain



サボるなと言われてサボらないのは人としてどうかしている。

適当に時間をつぶして部室に戻るプランを考える。

そもそも好き好んで掃除をする必要なんてないだろう。

どうせ会長の思いつきで始まったものなんだし。

もっとも、これまで部室が快適に使えていたのは湖景ちゃんの陰の努力によるところが大きかったみたいだけど。

あとで頭をなでなでして褒めてあげなければ。

うむ。

などと余計なことを考えながら歩いていると、"美化委員会"やら"報道委員会"やら、ナントカ委員会の部室が集まっているフロアにたどり着いた。


――ッッ


「いった~」


なんかすげぇでかい音がしたみたいだけど……こっちか?

半開きになったドアから中を覗いてみると、女子が尻餅をついていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062413j:plain



奥に積まれていたダンボールが一部崩れている。

どうやら荷崩れを起こして、中に入っていたものが散らばったらしい。

これは――紙の束か。


「ケガはないか?」
「うん、大丈夫だとおも、いたたた……」
「おいおい、ホントに大丈夫かよ」
「ちょっとひねっただけだと思うから。 大丈夫よ」
「ならいいけどさ。 しかし派手にやったなぁ」


今どきこんなにたくさんの紙なんて見たことない。

ある意味、貴重なものを見せてもらったな。

足元の紙を一枚拾い上げる。

どうやら報告書のようなものらしい。

日付を見て納得した。

20年近く前のものだ。


「――って、ヤベっ」


崩れきっていなかったらしいダンボールが、今まさに次の崩壊を起こそうとしていた。


「何?」


慌てて部屋に踏み込んで落下寸前のダンボール支える。

支える、けど……重いぞ、これ。


「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……助けてくれ」


このままだとつぶされてしまう。

紙ってこんなに重いのかよ。

利用されなくなった理由がわかる気がする。


「ちょ、ちょっと待ってて……いいわよ」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062427j:plain



「……ところで、ひとつ質問があるんだけどさ」
「いいわよ、何?」
「どうしてドアの方に行くんだよ! 一緒に荷物を支えてくれないと、俺がつぶれるって!」
「男子なんだからそれぐらいなんとかしなさいよ。 頑張ってね」


頑張れるか、ボケー!


――ッッ


・・・。

 

「まったくなんで崩しちゃうのよ。 おかげで片付けるのが大変になったじゃない」


ブツクサ文句を言われる。

理不尽だ。

そもそもこの荷物が崩れたのは俺のせいじゃない。


「ちょっと待った。 俺がいなきゃ、あんたの頭の上に落ちていたかも知れないんだぜ。 感謝の言葉ぐらいあってもいいんじゃないか?」
「なるほど、それもそうね。 どうもありがとう。 さっきは助かったわ」
「……いや、別にいいけどさ」


なんだよ、今度は素直にお礼を言ったりして。

最初の感じと全然違うじゃないか。

こうも素直になられると、なんでか俺が悪かったみたいな感じでやりにくい。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062437j:plain



「私は名香野陽向(なかの ひなた)。 三年よ。 貴方は?」


よくよく制服を見ると、確かに三年生の赤いタイをしていた。


「ひ、平山空太。 二年です」
「そう、平山君ね。 改めてお礼を言うわ。 ありがとう」
「腰をさすってたみたいですけど大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。 最初に支えようとした時に無理な体勢だったから、ちょっとひねったみたいだけど。 それより貴方の方こそ大丈夫なの?」


上体を左右にひねってみる。

まったく問題はない。


「その分だと大丈夫そうね」


おしゃべりはこれで終わりってことなんだろう。

名香野先輩は黙って紙を拾い始めた。


「貴方も何か用事があったんでしょう? 引き止めてしまって悪かったわね」


用事――

確かに脚立を探しに来たんだけど、このまま立ち去るのもバツが悪いな。 仕方がない。

少しだけでも手伝っておくか。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062449j:plain



「時間をとらせてしまってごめんなさいね」
「いや、ただ紙を集めるのを手伝っただけですし、別にいいですよ」
「でも貴方も何か用事があったんでしょう? 私でよければ手伝うわよ」
「ああ、そういえば。 でも脚立を借りたくて探してただけなんで」
「脚立だったらそこにあるわよ。 しばらく使う予定はないから持って行っていいわ」
「まじですか。 助かります」
「他に何か手伝えそうなことがあれば言って。 なんでもいいわよ」
「大丈夫です。 お気持ちだけで」
「そう……」
「じゃあ、脚立はお借りしていきます」
「ええ、またね、平山君」


・・・・・・。

 

・・・。

 

「うぃーす」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062504j:plain



「おっそーい!」


――!!


「いってーな! いきなりなんだよ」
「どうせサボってたんでしょ。 脚立を持ってくるだけで、どうしてこんなに時間がかかるのよっ」
「しょうがないだろ。 ちょっとした頼まれごとをされちゃったんだから」

 

正確には見捨てておけなくて手伝っただけだけど。


「よいことをしたのなら、ほめてあげるよー」


いえ、結構です。

対価として大事なものを差し出さなければならなくなりそうなので。


「ふーん……どうせ女の子に頼まれたとかそういうのでしょ」

「ひ、ひねたこと言ってるとモテないぞ」

「べーだ」


・・・・・・。

 

・・・。

 

今日は早めに教室にやって来ていた。

クラスメイトがまだほとんどいない教室でぼんやりと時間を潰すのはそれなりに好きだ。

時間の経過とともに少しずつ人は増えていく。

特に運動部の朝練が終わる頃合いになると、どっと賑やかになる。

朝特有の喧噪を感じながら、ぼんやりと自分の椅子に座っていた。

だが断じてダラけているのではない。

ふふふ……これは一種の特訓!

忙しい現代を生きる者たちには到底理解することのかなわない深遠なるライフスタイルなのだ。

途方もないこの行為に秘められた意味を一言で説明するのは難しい――というか無理。

つまり俺だけが俺を理解するのであり、なんだか哲学的だ。

静かな教室に身を置けば、少しずつうるさくなっていく周囲の情景を受け入れざるを得ない。

このように静寂から騒然とする教室の空気に身をひたしながら、少しずつ始業に向けての気力を練りあげることは、とても崇高な修行なのだ。

やばい、自分で自分に惚れそうだ。

参ったねどーも。

出会い頭に人に惚れられないように注意せねば。

そうだ、これから会う奴すべてに『惚れるんじゃないぜ』と警告してやろう。

俺、親切すぎる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062520j:plain



「おお我が親愛なる友よ、今朝もまた無事に通学を果たしたことまずはお祝い申し上げるぞ」

「俺に惚れるんじゃないぜ」

「……な、に……?」


上村がうろたえる。

奴が見せる珍しい態度にほくそ笑んだ。


「どういう意図で口にしたのかはわからんが、大丈夫であると返答させてもらおう」


メガネをずらしながら上村はそう言った。

気分的に勝ったという印象だな。


「それじゃ重畳(ちょうじょう)」

「うむ……それよりも、だ。 時にこのやうな話を聞いたのであるが事実なのかね、マイフレンド」
「ん、どのやうな?」
「"執行委員会"のい委員長閣下が平山のこといをいたく称賛していたということなのだが。 それは事実なのか?」
「はぁ?」


なんだそりゃ。

見に覚えがないというのを通り越して、ほとんど他人事に近いような話だぞ。


「大げさに噂することを金棒を引くなどというが、話半分であっても委員長の信頼を得るというのは誉れあること」

「いや、心当たりがないぞ。 わけがわからん」

「ふむ。 恍けるのかね。 空太だけに『そらとぼける』などということでもあるまいに」
「くだらないことを言うなよ。 本当に知らないと俺はおおせなんだ」
「むう、こう見えて、貴兄なかなかの曲者だな」
「だいたい仮にそれが事実だとして、どうしておまえが知ってるんだよ」
「ふっ、いい質問、ナイスクエスチョンであるな。 その答えはただひとつなりけり」
「もったいぶるなよ」


奴はその場でくるくると三回転を決め、フィギュアスケートを思わせる動きで俺に指を突きつけた。

どうでもいいけど、他人に指を突きつけるのはやめろ。


「それは、平山と委員長との仲が街中で噂になっているからである!」
「なななんだってー!」


衝撃の事実だ。

さすがの俺ものけぞらざるを得ない。


「いまやこのホットニュースが街を席巻しているといっても過言ではなかった――のだった」
「マジかよ! しかも過去形かよ!」
「ああ、そうだとも! 本気と書いてマジ! だが注意せよ我が友よ。 『セッケン』といっても体を洗うやつではない!」
「当たり前だろ。 『セッケン』というのは体育祭の時につけるやつに決まっている!」
「む、それは『ゼッケン』なのではないのか?」
「ぐおっ、しまった!」
「ふっ、おれの勝ちだな、平山」


ぬかったぜ。

上村はこう見えてなかなかのボケキャラ。

今のようにハイレベルのボケを披露してくれるとことも多い。

まぁ、最後のところでは俺の笑いのセンスがものをいうだろうが……それまでは苦しい戦いを強いられることになるだろう。

いずれ来るであろう奴との決戦の時を密かに心待ちにしている――のだった。


「それにしても街全体で噂されているとはな…‥」
「いや、正確には委員長のおまけとしての噂だ。 やはり知名度という点では執行委員長のほうが格段にアッパー気味であることは万民の認めところ」
「やはりそうか。 最初からおかしな話だと思ってたんだよ」
「まだまだだな、平山」
「街中ってのも嘘だろ?」
「うむ」


うなずく上村を見て、笑いの神に導かれるままズッコケた。


「"学園"内ではそれなりに話題になっているがな」
「やれやれ。 やっぱり執行委員長ってのはメジャーなんだな」
「当然だ。 そんな話題の人物に関するエピソードがおれの耳に入らないなんてことはないからな」
「侮れない奴……」
「だが委員長に褒められたといっても、宇宙科学会解散の危機が去ったわけではない」
「む」


痛いところを突かれた。

上村の言う通りだ。


「噂の出所なんて気にしている暇があったら、自分の所属する"太陽系占星術学会"のことを考えた方がよいのではないかな?」
「宇宙科学会だ。 そんななんとかいう怪しげな集団じゃない」
「宇宙科学会だって、十分怪しい響きだと思うが」
「いやいや、そんなおかしなことはしてないぞ。 実際の宇宙に、実際の技術に……そう、つまり地球科学を愛する学会なんだ」
「その真面目な会の行く末をだな、もう少し心配したらどうかなという話だ」
「……そうだね」
「ところで、おぬしが忙しいのを承知の上でひとつ頼み事があるのだが」
「金ならないぞ」
「それは最初からアテにはしていないから大丈夫だ」
「彼氏のいない女の子も紹介できないぞ」
「そっちも期待してはいないから心配するな」


だったら何を頼むと言いたいのだ、おまえは。


「近いうちに平山の時間を借りたいのだが」
「ほほう、そいつは構わんが、高くつくぞ。 何しろ俺の時間はかなり貴重だからな」


やれやれと言いたげに上村が肩をひょいとあげてみせた。

これがまた様になっているからむかつくわけだが。


「この際、それは致し方なかろう。 それで、どうなのだ」
「仕方がない、おまえに貸しを作っておくのも悪くないから貴重な時間を割いてやるとするか。 それで、いつなんだ」
「悪いな。 そのあたりの予定がわかったら改めて話をさせてもらう」
「わかったよ。 でも急ぎの用事が入ってる場合は付き合えないから、その時は勘弁な」
「うむり、その場合は仕方なかろうて」


はてさて、こいつに付き合って何をさせられることになるんだか。

まぁ、今はそれを心配するよりも宇宙科学会の件を優先しないとな。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「はい?」


ここの会員にノックして入ってくるような奴はいない。

そもそも会長をはじめ全員がそろっている。

つまりこれは来客か。

この部室に来るなんて珍しいな。


「ちょっとソラくん、出てくれる?」

へいへい、おおせのままに。

いじっていた携帯を机の上において扉の前へと向かう。


「はーい」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062537j:plain



「失礼いたします」


その人は俺の前を通り過ぎて、ずいと室内に踏み込んできた。

はて、どこかで見たような。

お客さんは部屋の真ん中に置いてある机の前にばーんと立ち、どう見ても一番偉そうな会長に目を向けた。


「"中央執行委員会"委員長の名香野陽向です。 本日は通告するためにやってまいりました」


あー、思い出した。

この人、脚立を借りた時に会った三年生の人だ。

書類に埋もれてたから書紀かなにかだと思ったらこの人が委員長だったとはね。

ということは上村の言っていたことは一部とはいえ事実だったのか。

相変わらずあいつは侮れない。


「へー、通告~?」

「そうです。 これまで執行委員会は活動が滞っている学会に対し解散も視野に含めた警告を定期的に行ってまいりました」

「あわわ……」

「そしてつい先日、なんら活動状況に改善の見られないいくつかの学会に対し最後通牒を送達したのですがっ!」

「はうう……」


朋夏と湖景ちゃんが『!』のタイミングでびくっと身を震わせた。

試合は完全に委員長閣下のペースだ。


「これは確認なのですが、掲示板はご覧になったのですか」

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062555j:plain



「えーと、どうだっけ? トモちゃん」

「はい、見ましたけど……あたしは」

「見たのですね」

「いや、ですから、あたしが、あたしは、あたし個人が……」


朋夏の手が猫のようにもどかしく宙をかいていた。

そこに壁があればカリカリと乾いた音がしたことだろう。


「あの解散候補を掲示したリストにありながら、まったく反応を示さない団体がひとつだけ存在します。 前代未聞のことです!」

「あらあら……そんな不届きな学会が?」

「貴女がたのところです!」


怒りすぎて頭のてっぺんから湯気でも出すんじゃないかと思った。


「あ、そうだったの。 ふーん」

「……まさか認識していないのではないかと思い、こうして直接口頭で伝えにきた次第です」

「ほうほう、それはまたご丁寧にありがとうございます」


会長はまるで相手にしていないようだった。

あれは完全にからかい対象にしている態度だ。

わかるぞ、よくわかる。

俺もさんざんああしてからかわれてきたからな。


「あの委員長……質問よろしいでしょうか、オス」


おずおずと挙手しつつ朋夏。

なにゆえ体育会系ノリなのかは謎ではある。


「……なんです?」

「そういうのって、わざわざトップが自ら通達するものなんですか?」

「いいえ。 本来なら通知を掲示したらそれで解決する問題なのですが」

「で、ですよね」

「まさか確認にも来ない学会があるなんて想定外でしたから、誰かが様子を見に来なければならなかったんです」

「そんなの部下に任せればよかったと思うよ~?」

「委員たちには彼らの仕事がありますから」


きっぱりと委員長は言う。

かっこいいんだけど、どこか強がってるみたいな印象もあるような。


「ヒナちゃんさ、それって手下に見くびられてるんじゃないのかな~?」

「な、なんですって? それにヒナちゃんって……」

「だって、普通は部下が率先してやるべき仕事だと思うけどなー、こういうのって」

「頼めそうな人が他にいれば、ちゃんと頼みました!」

「つまり、いなかった、と」


会長が楽しそうにニヤリと笑う。

いいオモチャを見つけたぞって感じの邪悪な笑みだ。

これも俺にはわかる。

この笑みを見て何度覚悟を決めたことか。


「それはたまたまです!」


しかし委員長、根はすごくいい人なんだろうな。

権力を笠にきて威張り散らしているという感じはしないし。


「そうなんだ。 もしかして、いつも貧乏クジをひいてるんじゃないかな~」

「え?」

「いろんな雑務を押し付けられたりとか~」

「そ、そんなことは……」

「委員会で使っている部屋、自分一人で掃除してたりとか」

「……そんなの当然のことですから」

「書類の電子化を自力でずっとやってたりとかー」

「………っ」


正解だけに沈黙するしかないのだろう。

見ていたわけではないはずだけど……会長、恐ろしい人。


「ヒナちゃん、かわいい。 "豆台風"って感じ?」

「だ、だからそのヒナちゃんっていうのはやめてください! からかっているんですか!?」

「うん」

「なっ――!」


うわ、ここぞというところで胸元をえぐるような直球を投げてきた。

鬼だよな、これ。


「なんて失礼な!」

「どうして怒るの?」


それはですね、あなたが怒らせているからです。

 

「き、きぃ、きぃぃっ」


初対面でこれをやられると、キレるかヘコむか呆れるかしかないんだよなぁ。

しかも会長ってこれを計算した上でやっているみたいだし。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062634j:plain



「……ごほん」


おお! 自力で、しかもこの短時間で立ち直った。

さすが執行委員会のトップだけのことはある。

 

「ええと、つまりですね。 今日はこの宇宙科学会の解散指示の件で説明に来たんです」

「いいわよ。 じゃ、話し合いましょ。 適当に座ってくれるー。 あと湖景ちゃんはお茶をいれるといいよー」

「は、はい」


はらはらと成り行きを見守って、結局、最後まで見守ることしかできなかった湖景ちゃんは、両手で顔を覆ったままふらりとお茶を淹れに行った。

思い思いの場所にパイプ椅子を広げ机を囲む。

必然、俺たち宇宙科学会の面々と委員長は差し向かいになる。


「あ、貴方……!」

「ども」

 

ようやく俺の存在に気付いたようだ。

これは委員長が鈍いのではなく、彼女の意識をこれまで独占していた会長がすごかったと言うべきだろう。


「平山君、でしたね」

「はい、ご無沙汰しております」


「一日しか経っていません!」


うぉ、怒鳴られた。

つい茶化すようなことを口にしてしまった俺が悪いのかな、今のは。


「ぷっ……クク……ッ!」


あ、会長がウケてる。


「くぅ……!」


うわ、また怒ってるし。

話し合いを荒れさせる気はない。

のに、今の俺って会長(悪)の手下みたいなポジションに立ってるよな、絶対。


「貴方はいい人だと思っていたのに……そうですか、そういう態度を……」

「いや、俺はそんなんじゃなくてですね」

「こんな何もしていない自堕落な会に属している時点で、どう言い訳しようと説得力なんてありません!」

「す、すみません!」


つい謝罪してしまった。

これでは俺に非があると認めたみたいじゃないか。

というか、そこまで怒られることか?


「信じた私が莫迦(ばか)でした」

「信じたって……俺のことを?」


昨日の一件だけで?


「もう信じていません!」

「は、はい、すみません」


ってことは、さっきまでは信じていたのか。

こりゃ会長の言う通り、損な役回りばかり押し付けられてもおかしくないタイプみたいだな。


「ふんっ」


「おーい」

「ん?」

「なになに、空太って委員長と知り合いなの?」

「昨日、脚立を借りた時に知り合った」

「でもさ……なんか、すごく嫌われてない」

「昨日はそうでもなかったんだけどな」


というか評価とい意味では昨日と今とでひっくり返っているっぽい。

それも俺の意志はまったく関係のないところで。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062652j:plain



「あ、あの、すみません………粗茶をお持ちしました……」

「ありがと」

「俺は後でいいから、お客さんから配ってあげて」

「あ、そうですよね。 ごめんなさい」


慌ててテーブルを回り込んで、委員長のもとへお茶を運んでいく。


「粗茶です……」

差し出した湖景ちゃんの顔をしばらく見つめたのち、何故だか委員著の両目がまたも驚きに見開かれる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062704j:plain



「貴女……?」

「え?」


一方、湖景ちゃんはきょとんとした様子。

顔見知りってわけじゃなさそうだけど。


「……いえ、なんでもないわ。 ごめんなさい」


かすかに委員長がため息をついていたのがわかる。

なんだっていうんだろうな、この人は。


「いえ、こちらこそ……ごめんなさいです」


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062733j:plain



お茶を配り終えた湖景ちゃんが席に付き、いよいよ話し合いという雰囲気になった。


「それでは、お話をうかがいましょうかね」

「まずこの宇宙科学会の活動内容について、申し開きする点はありますか?」


いきなり本題から来た。

ここが宇宙科学会の存続を決める最大のチャンスだ。

うまく言いくるめることができれば生存に向けて大きく一歩前進になる。

会長なら……会長なら絶対になんとかしてくれるはずだ!

固唾をのんで会長の神対応を待つ。


「ん~……………なし?」

「ないのかよっ」
「ないんですかっ」


ツッコミが委員長と被ってしまった。


「うん、気持ちいいくらいにありません」

「いくらなんでも、少しくらいあるでしょう」


お取りつぶしの話を持ってきた委員長のが焦っているというのも変な話だ。


「んー、ないかもー」

「ああ、会長――あなたはあまりにも大物すぎて、呆れてものも言えません」

「ありがと」


褒めてません。

今のは呆れていたんです。


「つ、つまり、言い逃れする気は――」

「まったくナシ」


「そ、そうですか……」


委員長の額を一筋の汗がつたい落ちた。

これはもしかすると行くところまで行ってしまいそうな雲行きだぞ。


「か、かいちょー……」


朋夏が隣でどんよりと沈んでいる。

こいつは根っこが熱血だけどまっすぐ過ぎるから、この手の話には弱い。


「それでは解散の手続きを開始する前に、その理由を述べさせていただきます」

「どうぞどうぞ」

「まず宇宙科学会というのは歴とした学会として登録されていて部室と部費の配分を受けているにもかかわらず、活動の形跡がありません。 活動報告も出てこないし、たまに提出されたものもまったく要領を得ません」

「ちょっといいですか。 それって登録時に問題にならなかったんですか?」

「もともとなにやってたのかさっぱりわからない会だったみたいだし、いいかなって」

「えっ、ちょっと待ってください。 宇宙科学会って、会長が立ち上げたんじゃなかったんですか?」


「んー、ちょっと違うかもー。 だいたいあってるけどね」


「履歴を確認したところ、長らく休会状態だった宇宙科学会の活動再開申請をしたのは確かに古賀沙夜子さんです」

「そんな大事なこと、今の今まで知りませんでしたよ」

「んー、でも別に説明をして面白くなることでもないし」


面白い面白くないって判断基準、そろそろやめませんか。

ほら、見てくださいよ、朋夏と湖景ちゃんが微妙な顔してるじゃないですか。


「では話を続けます。 それでこの学会の活動方針や内容についてなのですが、内容不明というのでは他に示しがつきません。 この場で改めて説明していただけますか?」

「いいけど、ヒナちゃんはどんなのだと思うか言ってみるといいと思うよ」

「そうですね……たとえば天体観測とかが適切ではないかしら」

「んー、天体観測だけじゃ宇宙科学とは呼べないでしょ。 他にもこのカテゴリーでいろんなことができると思うし」

「たとえばどんな」


「近海に実際に赴いて海洋について研究するとか、氷期に関する体験学習とか――」


海遊びとスキー合宿のことだな。


「人体の耐久力を調べる実験を行って、ヒトという種の環境適応力について研究したり――」


……それはもしかして、ハーフマラソン大会のことか?

 

「このように枠に収まらない広範な分野を扱うのが宇宙科学会の趣旨なわけ。 おーけー?」

「そ、それはグレートだと思いますが……」


委員長は煙に巻かれたような顔をしていた。

いや、実際、煙に巻いてるんだけどな。


「……とは名ばかりで、遊んでばっかり」

「ちょっと!」

「活動再開申請が通らなかったら、適当な体裁を整えようと思ってたんだけど、受理されちゃったからいいかなーって」


あえて言いませんけど、今は『あはは』と爽やかに笑っていいタイミングじゃないですから!


「要するに地球と宇宙の自然について研究するということでは?」

「んー、ちょっと違うかも。 もっとこう大らかな感じ? いい加減な感触でニュアンス勝負。 というか、適当ってうのが一番的確?」

「……真面目に活動していないということを認める発言になりますよ、それ」

「そう?」

「わかりました、そういう認識で話を進めます」


流れを切り替えるためか、改めて背筋を伸ばした委員長は俺たちを順番に見やってから再度口を開いた。

 

「宇宙科学会は活動していない――これはつまり実質、幽霊学会もしくは架空学会と見なされます」

「架空学会というと」

「活動をせず、予算と部室を私物化することを目的に登録されている学会のことです」


ぎゅんと俺をにらみつけながら委員長は仰る。


「あはは、それ近いかもー」

「明確な処分対象なんですよ! それから、これは言わないでおこうと思ったんですが、学園内で頻発している迷惑事件と関係があるのではないかという話も上がっています!」

「へー、具体的には?」

「夜の間に一教室分の机が屋上に並べられていた件、グラウンドに意味不明の巨大模様が描かれていた件、打ち上げ花火の件、入学式の日に白昼堂々行われた仮装パーティーの件などです!」


うーむ、どれもこれも見に覚えのあることばかりだから返す言葉もない。

 

f:id:Sleni-Rale:20201027062749j:plain



「あの……これまで本当にそんなことを?」


おずおずと湖景ちゃんが声を上げた。

まぁ、どれも湖景ちゃんが入る前にやったことだから知らないのも当然なんだけど。


「やったなんて一言もいってないけど?」


湖景ちゃんは俺と朋夏の微妙な表情を一通り確認して事実であったことを認識してくれたらしい。

さすが、この前の焼き肉を一緒にやった仲間だった。


「本来なら、とっくに学園側から処分が下っているところです。 自主的な改善の機会を与えたいからしばらく存続させられないかと、執行委員会から願い入れを続けてきたんです!」


そうだったのか……俺たちが知らないところで守ってくれていたんだな。


「ですが、この先も改善が見られないのであれば、解散させざるを得ません!」

「……改善」

「たいして活動してないってのは事実だよー」


それを会長が言ったら駄目なんですってば!


「ここはひとつ宇宙科学会としての活動方針をビシッと決めたらいいんじゃないですかね。 ですよね?」

「ええ。 それは誠意ある態度だと判断できます。 ただ貴方がたの場合、口約束や文書一通だけで何もかも信用するわけにはいきませんので、条件付きでの存続ということになりますが」

「条件……ですか?」

「一例としては、一定期間内になにがしかの成果を出すなどですね。 大会に参加するとか、発表会で賞を取るとか」

「もし大会が宇宙とかで開催されてたら……」

「こらこら」


どこの銀河連邦なんだよ。

宇宙が身近になっているとはいえ、さすがに学生の課外活動で気楽に行ける場所ではない。


「古賀さん、部の方針を決め、なんらかの成果を出すという態度を示してくださいませんか?」


ぷっと会長が吹いた。

きょとんとしている名香野先輩は、どうして会長が笑ったのか理由がわからないみたいだ。


「なんかさ、ヒナちゃんってば、うちの会を助けにきたみたいだよ?」

「これまでも助けてきたし、これからも助けるのが私の仕事です! 別に趣味で潰してるわけじゃないんです!」


ホント、いい加減な部活ですみません……。


「態度ねー。 うーん……」

「何故なんです? どうして解散の通知に対してノーリアクションだったんですか? ここは貴女たちにとって、大切な場所なんじゃないんですか?」


大切な場所、か。

どうなんだろう……そう突き詰めて考えたことはなかったな。

確かに楽しい場所だった。

のんびりして、たまに面白くて、居心地がよくて。

みんなで昼寝でもしているみたいな場所――


――けれど、体を張って守るべき場所なのかどうなのか。

会長をはじめとして、みんなどう思っているんだろうか。


「大切なのは、場所や形なんかじゃない。 人の気持ちなんだよ」


会長が今、いいことを言った。


「おおっ!」


体育会系文化人見習いの朋夏が感動していた。


「……っ」


あの大人しい湖景ちゃんが血潮を燃やしていた。


「え……潰していいってこと?」

「あ、違う違う! それまずいです、会長!」

「はぁ……綺麗事すぎて流されかけたな」

「あははは」

「会長さん……」


俺たちのコントみたいなやり取りが、委員長にはふざけているように見えたのだろう。


「活動はしてない……部室は私物化する……告知も無視する……所属しているのはいい加減な人ばかり……」


最後のは八つ当たりって気もするけど、とにかく委員長、怒り心頭に発した。

多分それは義憤に近いものだろう。

つまり俺たち悪い方。

イェー。


「その態度を改めないと、問答無用で会を潰しますよ!」

「……できるかなー?」


とんでもなく挑発的なことを会長が呟く。

さすがにひやっとした。

幸い小声だったので委員長の耳には届かなかったようだけど。

 

「……事態を把握できていないようなので、今日は引き上げさせてもらいます。 ただし、次はこちらから伺うことはしません。 もしやる気があるのなら、そちらから委員会に出頭なさい」

「出頭って、それはまた大げさな……」

「出頭であってます、貴方たちのような人には!」


会長以外の三人が同時にぴーんと直立した。


「ぷはっ」


そんな俺たちを見て、会長がお茶を吹く。


「我々が納得できるような活動内容の改善案を提出すること。 これ以外に宇宙科学会が生き残る道はないと思ってください」


背筋を立てながらも委員長は言葉を続けた。


「期限は一週間以内。 それ以上は待ちません。 もちろん、ふざけた案を出すようならその時点で宇宙科学会の登録は失効します。 規則第五条の但し書きにより、元構成員については以後一年間、新たな学会の登録申請をする権利が保留されます」

うわ、厳しいな。

期間限定、しかも一発勝負かよ。


「……以上です。 皆さんの誠意に期待します」


・・・。


委員長が出て行くと、一気に空気が弛緩した。


「……会長」

「豆台風ちゃん、思ったより勢力強いね。  どうしよっか、ソラくん?」

「俺に聞かないでくださいよ。 こういう時はハイスペックな会長がスペシャルなテクニックで華麗にフィニッシュするもんでしょう」

「フィニッシュね……じゃ、爆竹大量持参して委員会に特攻して派手に散る?」

「そういう意味のフィニッシュで言ったんじゃありません。 お願いですから、そのより混沌とした方に流れる性格をなんとかしていただけませんかね」

「んー、無理無理。 だってエントロピーは増大するからー」

「なんかみんなで考えよう!」

「そ、そうですよね……」

「ま、なんとかなるでしょ。 幸い時間は一週間もあるんだし」


会長はもう座っていることに飽きたのか、そわそわとした様子でそう言った。

今回の一件について特別気にしている様子はまるでない。

一方、朋夏と湖景ちゃんは不安そうな顔をしていた。

そして俺――俺は正直なところ会長と近い意見だったりする。

なんとかなる。

時間はある。

会長みたいに、いざという時に力任せにどうにかできるほどスペシャルじゃない俺が、どうしてこうも楽観的なのか。

その理由はなんとなくだけどわかっている。

ここがかけがえのない場所なんだって心の底から信じることができていないからなのだろう。

遊び場としては最高の場所。


だけど――


ここを守りたいって強く願うため、どんな思い入れを持てばいいのか――俺はまだ知らないからなのだと思う。

 

・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【17】


・・・。



「総一くん~、逃げちゃって良かったのかなぁ~?」


渚は懸命に走りながら、隣を走る総一に訊ねる。

手塚からある程度距離を取るまでは静かに歩いていた総一達だったが、今は一刻も早く手塚から離れようと全力疾走だった。


「もしこれが勘違いなら後で謝れば済みます。 でももし俺達の想像の通りだったら、あのまま残っていたら大変な事になります」

「そ、そうだね」


走りにくそうな格好で、しかもどことなく運動が苦手そうな印象のある渚だったが、その足は速かった。

もちろん総一ほどではなかったのだが、普通の女の子と比べても随分速かった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145238j:plain



「で、でもさっ、こ、これからどうするのっ?!」


そんな2人に必死に追いすがるのがかりん。

流石に中学生の彼女にはこの程度はきついらしく、その声は途切れ途切れになってしまっていた。


「それなんだけどさ」


かりんの様子を察して総一が足を緩める。

階段前のホールからは随分離れていた。

角もいくつか曲がっているし、手塚がすぐに追跡してこれるとも思えない。

そろそろ止まっても大丈夫な距離だった。


「手塚にあの血痕が付いた場所を探してみようと思うんだ」

「けっこん、ついたばしょ?」


かりんも足を止めるが、呼吸は荒く上手く喋る事が出来ない。

彼女は両ひざに手を当てて何度も深呼吸を繰り返している。


「ああ。 仮に彼が誰かを襲ったんだとするだろ?」

「う、うん」

「だとすると、誰かがああやって彼のズボンにべったりと血が付くほどの出血をしてるって事だろ? だからきっと、その現場にも血が残ってると思うんだ」

「なるほど」

「それに上手くすればその怪我をした人に会って話が聞けるかもしれない。 話を聞ければ、ちゃんとした手掛かりにもなるだろう?」


―――それだけの怪我なら、襲われる心配もないだろうしな。


あるいは、もう・・・・・・。


総一はそんな風に考えていたが、その事は口には出さなかった。


「そうだね~。 その辺をはっきりしない事には謝りにも行けないもんね~?」

「ええ。 あの人がどういう人なのかを知る為にも、探しておきたいんです」

「でも総一、どうするの? 探すったってこの広さじゃ見つからないんじゃないかな?」


かりんはPDAの地図を総一に見せながら心配そうな表情を作る。

だが総一は首を横に振った。


「いや、大丈夫。 思い出してかりん。 あの人のズボンの血、まだ乾いてなかっただろ?」

「うん。 そう言えばそうだったね」

 

「って事はさ、そんなに遠い所じゃないんだよ。 あの血が付いたのは」

「ああ! そうか!!」


もしもそれが遠くで付いた血なら、総一達と出会うまでの時間と、出会った後の時間で完全に乾いてしまっていただろう。

人間の体温に触れていれば物が乾くのは早い。

しかしズボンの血は乾いていなかった。

という事は、血がズボンに付いた現場はそう遠くではないという事になる。


「俺達を一緒に居た時間を差し引けば、30分かそこいらで行ける範囲だと思うんだ」


トントン


総一はかりんのPDAの画面を指さした。


「その範囲で、俺達が通ってない部屋や通路。 そこをあたっていけば必ず見つかるはずだよ」

「そうだね。 探してみよう。 そんなに多くもないし」

「うん~」


しかしそこで総一達が見付ける事になるのは、彼らの想像を大きく上回るものだった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145254j:plain

 

「ま、まさか・・・こんな事が・・・・・・」


総一はそこに立ち尽くす。

自分の目で見ているものがまだ信じられない。


「いやぁぁぁぁぁっ!!」


かりんの絶叫。

近くに敵が潜んでいるのかもしれないというのに、その声には全く加減がされていなかった。

それが出来ないほどにかりんの受けたショックは大きかった。


「そっ、総一くんっ!」


渚が総一に駆け寄ってくる。

いつもマイペースの彼女も、流石にこの光景には驚きを隠せなかった。

いつもののんびりした声はなりをひそめ、切羽詰まったような早口がその口から溢れ出していた。


「死、死体って言ったってこれじゃあ・・・」


総一はそこに死体があるかもしれないという事は覚悟していた。

漆山の死体を見た事で少しだけ抵抗力も付いたつもりだった。

しかしそんなものなどまるで問題にならないようなモノがそこにあった。

死体。

それは確かに死体なのだが、あまりにも無残な姿だったのだ。

手塚のズボンに血が付いた場所を探していた3人。

その3人が最初に異変に気付いたのは、通路に漂う何かが焦げたような臭いだった。

その臭いを辿った3人はそこで見つけた。

常軌を逸した、その死体を。


「お、女の子、なんだよね?」


かりんの震える声がその部屋に響く。


「た、多分な」


答える総一の声も震えている。

普通なら一目で分かったであろう男女の違い。

しかしそれも分からないほどにその遺体は焼けただれていた。

小柄な身体とそこに僅かに残ったセーラー服の名残。

彼女の性別を示すものはたったそれだけだった。

皮膚は真っ黒に焼けただれ、髪は焼け残りが僅かに頭皮に張り付いているだけ。

髪は長かったのか、短かったのか、それすらも今の状況からは想像ができなかった。


「こ、こっちで、刺されて、あ、あるいていったのかな。 そ、そこまで」


渚が少し離れた所に立っていた。

彼女の足元には大きな赤い水溜まりがあり、そこから赤い液体が筋になって黒焦げの死体に向かって伸びていた。

しかし液体の筋は死体の傍まで来ると床の模様に変化している。

その身体を燃やした炎の熱に晒されて蒸発したのだろう。

死体の手は助けを求めるように前に伸ばされていた。

誰なのかも区別がつかないほど燃えたその顔は大きく口を開けており、そこから大きな叫び声が上がっていた事は想像に難しくなかった。


―――刺されて、逃げられなくなって、ここに倒れて燃やされたんだ。


それも、生きてるうちに。

総一はその状況を想像した途端、強い吐き気を感じた。


「うぐっ」


しかし先にかりんが膝をついて口元に手を当てた姿を見ると、必死に吐き気を抑え込んで慌てて彼女に駆け寄っていった。


「かりんっ!」
「そ、そういちっ」


かりんは涙を流しながら総一を見上げた。

総一はそんな彼女の事を抱きとめる。

放っておけばかりんは倒れてしまいそうだった。


「あ、あたし、あたしっ! あ、ああっ!」


激しい感情が空回りし、かりんの口からはなかなか意味のある言葉が出てこない。

しかし総一がその背を撫でていてやるとやがて彼女はなんとか続きを話し始める。

 

「こ、こんなに、酷い事だなんて」

「え?」

「ひ、ひとを、こ、ころすって、こんなに、こんなにっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」


そして大きな声をあげて泣き始める。


「ごめん総一っ、あたし知らなかったっ! こんなに酷い事になるだなんて知らなかった! ひとをころすって、こういう事なんだって知らなかったからっ!! だから、だからぁっ!!」


かりんは絶叫する。

彼女は凄まじい後悔に襲われていた。

誰かに殺された遺体。

それは彼女自身がやろうとしていた事の結果を鮮やかに示した。

自分がこういったものを幾つも作り出そうとしていたのだという事に気付いたかりんは、自分の愚かしさと残酷さを知り、冗談や比喩ではなく眩暈を感じていた。

それは過去の自分を恥じるという言葉では足りないくらいに、深く、激しい後悔だった。


「う、うぇぇっ、おぐぅぅっ」


その場にうずくまったかりんは胃の中にあるものを一気に吐き出してしまう。


「かりんっ」

「うげぇぇっ」


吐き出すものが無くなってからも、かりんは何度も繰り返しその場で何かを吐き出そうと身体を震わせ続けた。


「かりん、もう良いんだかりんっ」


見ていられなくなった総一はかりんを抱きかかえるとその部屋を飛び出していく。


―――このままこんなものの傍にかりんを置いておいたら、かりんが壊れてしまう。


そして総一は死体の焼け焦げた臭いがしなくなる場所まで走ってかりんを連れていく。


「総一、総一っ」


その間中かりんは泣き続けていた。

かりんが殺すつもりでいた総一を、両腕で力一杯抱きしめながら。


・・・。


かりんが落ち着いたのは、それから十数分後の事だった。

いや、落ち着いたのはかりんだけではない。

総一達もまた、それだけの時間をかけてなんとか気を取り直していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145318j:plain



「かりんちゃん、お水」

「・・・・・・ありがとう」


渚が差し出した飲料水のボトルを受け取ったかりんだったが、それには少ししか口をつけなかった。


「もっと飲んだ方が良いよ、かりんちゃん」

「まだ、たくさん飲んだら吐き出しちゃいそうだから、後にする」

「そっか。 でも飲めるようになったら飲むんだよ?」

「うん」


かりんは渚に向かって頷くと、すぐ傍にいた総一を見上げて囁いた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145347j:plain



「ごめん、総一」

「良いんだよそんな事は」


総一はかりんの頭に手を伸ばし、軽く何度か撫でてやった。

しかしかりんは首を横に振る。


「あたしが馬鹿だったんだ・・・。 人を殺す、人が死ぬって事が、本当に何も分かってなかったんだ。 映画やドラマなんかじゃ簡単に人って死んでくからさ、きっと感覚が麻痺してたんだ思う」


その両目からはぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。


「だから簡単にあんな事を考えて、実行しようなんて思ったんだ。 あんな、あんな事が・・・」


かりんの身体が小刻みに震え始める。

その震えを止めてやりたくて、総一はそっと彼女の事を抱き寄せた。


「良いんだかりん。 結局お前はやらなかったじゃないか。 やっぱり駄目だって思って、やめてくれたじゃないか」

「でも総一、もし相手が総一じゃなかったら、あたしきっと殺してた! だっ、誰かをこの手で、この手で、さっきの人みたいに、さっきの人みたいにぃぃぃっ!!」


再びかりんの声が高くなっていく。

だから総一は思い切りかりんを抱き締めた。


「あ、ああっ、ああぁぁっ」

「しっかりしろ、かりん! お前は何もやってやしないんだ!」

「ああっ、でもっ、でもぉっ! あたし、自分が恐いっ! どうして、どうしてあんな事をやろうだなんて思えたんだろう? どうしてっ、どうしてあんな残酷な事をっ!」

「もう良いんだかりん。 自分を許してやるんだ。 悪い事が重なって心が弱ってたんだ。 もう、あんな事はおこりゃしないよ」


実際に誰も殺していなくても、かりんにとってはあの死体こそが自分の罪そのものに思えた。

そして持って生まれた彼女の正義感が、自分自身を徹底的に責め続ける。


「ほんとうに?」

「ああ。 俺が保証するよ。 それにかりん、もしそれでまたお前がおかしくなるような事があったら、俺がもう一度止めてやる」

「・・・・・・総一・・・・・・」

「一度それでやめてくれたんだ。 きっとかりん、お前はもう一度やめてくれるさ」


かりんの顔が上がる。

その目からはぽろぽろと涙がこぼれ続ける。

その涙を総一は指先で拭ってやった。


「だから大丈夫だ。 心配するな」

「じゃあ総一、ずっと一緒にいてくれる?」

「最初に言っただろ」


パチン


総一は不安そうに総一の顔を見上げているかりんの顎を指先で弾いた。


「俺はお前を妹の所へ返してやるって」

「・・・・・・うん」


総一が弾いた部分に手を当てると、かりんはようやくだが泣き顔を少しだけゆるめた。

それを見た総一は心底安堵した。

あるいはこのままかりんが押し潰されてしまうんじゃないかと心配していたのだ。


「こう見えても、俺は約束は守る男だ」

「・・・・・・ちょっと頼りない気もするけどね」

「言ったな、こいつっ!」

パチン


再び総一がかりんの顎を弾く。


「へへっ」


するとかりんは小さな笑顔を見せた。


「大丈夫か? かりん」

「うん。 何度もごめんね、総一」


大きく頷いたかりんは自分の手で涙を拭う。


「気にすんなよかりん。 お前はまだ子供なんだし、それに俺達友達だろう?」

「・・・・・・友達・・・・・・」


その言葉に、かりんは一瞬だけきょとんとする。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145412j:plain



「うんっ! 友達っ!」


しかしすぐに笑顔になると、かりんは大きく頷いた。


―――良かった、本当に。


一時はどうなるかと心配していた総一だったが、そんなかりんの笑顔を見ているともう大丈夫なように思えてくる。


「ところでかりん、元気になったらしがみついてないで降りろ。 実はさっきから結構重い」

「あ、ごめんっ! でも、重いとか言うな! 友達相手でもそれはデリカシーが無さすぎ! 総一ってモテないでしょ?」

「すまんすまん」


総一が腕から力を抜くと、かりんはぴょんっと床に飛び降りていく。


「でも今日は許す。 友達になった記念に!」


身軽にくるりと回転して向き直ると、かりんは総一に向かって右手を差し出した。

総一もそれに応えて右手を差し出す。


「ああ、ありがとうかりん」

「へへ、こちらこそアリガトね、総一」


そして2人は握手を交わすのだった。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145425j:plain



「まさか、こんな事が・・・・・・」


渚は目の前で展開している現実が信じられなかった。

渚は自分と真奈美が辿った道を、総一とかりんも辿ると信じていた。

これまでの多くの『ゲーム』の参加者達もそうだったのだ。

誰もが他人を最後まで信じる事は出来なかった。

途中に現れた敵に、そしてエクストラゲームに。

その信頼は粉砕され、互いに武器を向けた。

しかし目の前の2人は違っていた。

一度相手に武器を向けた相手の筈なのに、今の2人はまるでずっと一緒だった兄妹のように見える。

そして何より渚が驚いていたのは、渚自身が、目の前の総一とかりんの事を信用し始めているという事実だった。


――ーどうして、私は・・・?


自分で自分の心が分からない。

総一が、かりんが、自分を裏切らないと信じ始めている。

信頼など幻想だと、固くそう信じてきたというのに。


―――親友すら手に掛けた私が、どうして・・・?


しかしそれを安易に認められない渚も確かに存在していた。

渚が総一とかりんを信頼するという事は、これまでの自分の間違いと弱さを、認めるという事でもあったからだ。


―――私は間違っていない筈よ。


そうでしょう、真奈美!

誰だって裏切るのよ!

絶対に!


そう自分に言い聞かせる渚。

同時に彼女の脳裏には真奈美の最後の姿が思い出されていた。


2つの銃声。

それは渚と真奈美の立つ部屋に大きく響き渡った。

渚と真奈美、それぞれの銃からほぼ同時に銃弾が発射されていた。


「ま、真奈美っ!!」


しかし、倒れていくのは真奈美1人だけだった。

真奈美は驚いた表情のまま、ゆっくりと倒れていく。

まるで素人の真奈美の撃った銃弾は渚に当たる事はなく、逆にこれまで何度か銃を撃った事のある渚の銃弾は狙いを外さなかった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145442j:plain



「真奈美、真奈美っ!」


渚が駆け寄ると、真奈美の左胸には真っ赤な染みが出来上がっていた。

その染みはみるみるとその大きさを広げていく。


「げほっ、げほげほっ」
「真奈美っ! 生きてるの!?」


しかしそれでも、真奈美はまだ生きていた。

彼女は時折苦痛に顔をゆがまさえながらも、近寄って来た渚に顔を向けた。


「は、はははっ、ははっ、や、やっぱりね」


肺に穴があいている為か、真奈美は喋りにくそうだった。


「待ってて真奈美、すぐに手当てするから!」
「け、結局撃ったわね、渚」


ごふっ


真奈美はそんな呪いの言葉と同時に、気管に流れ込んでいた血の塊を吐き出した。


「真奈美!?」
「う、裏切り・・・もの。 ずっと、友達だって、思ってたのに。 結局、お金の為に、私を撃つのね、あなたは・・・」
「そんなつもりなんてなかったのよ、真奈美っ!!」


何もかもが悪い方へ悪い方へと転がっていた。

偶然、勘違い、思い込み、そして身を守ろうとした事。

あらゆる事が重なって、互いに相手に銃を向けた。


「アハ、アハハハハハッ、滑稽だわ、わたしは、ずっと、こんな、お金の為に人を殺す奴を、ともだち、だ、なんて・・・・・・」
「違う、違うのよ真奈美、真奈美っ!!」

しかし真奈美にはもう、渚の声は聞こえていなかった。

目も耳も、出血の酷さからもはや機能していなかったのだ。

だから真奈美は頭の中にあった渚のイメージに向かって呪いの言葉を吐き続けていただけだった。


「違うのよっ!」
「お金、お金だけ抱いて、ひとりぼっちで生きるが良いわ、な、渚・・・・・・」
「真奈美っ!!」
「・・・・・・こ、この・・・。 ひとごろしめ」


それが麻生真奈美の、最期の言葉だった。

 

「私は間違ってなんかいない。 そうよ、誰だって、裏切るわ」


渚は総一とかりんに気付かれないように、声を殺して泣き続ける。


「裏切らない人なんていないのよ! 私は、私は真奈美を、真奈美をこの手で殺したんだからっ!」


涙は後から後から溢れてくる。

脚はがくがくと震え、渚はそこに立っているのだけでも精一杯だった。


「私は・・・・・・」


そんな渚に総一とかりんが気付かなかったのは、幸運だったのか不運だったのか。
そしてそれは、誰にとっての幸運と不運だったのか。


「私は間違ってなんか、いない・・・・・・」


それは神ならぬ身には、分からない事だった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145500j:plain



PDAがアラームを鳴らす。

すると食事をとっていた3人の手が止まった。


『1階が侵入禁止になりました!』


PDAが告げたのは1階が侵入禁止になったというメッセージだった。


3時間前に1度警告があったし、最初のエクストラゲームでみんな2階に登っていたので、誰もこれで首輪が作動したりはしない。

この警告は単なる手続き上のものだ。

現在の時間は午後1時。

PDAの表示では開始から27時間が経過したという事になっている。

ここから数時間おきにワンフロアずつ侵入禁止エリアが広がっていくという事だ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145514j:plain



「総一、上に上がった方がいいんだよね、やっぱり」

「ああ」


2つ目のエクストラゲームのおかげで総一達は2階に立ち往生している。

このまま放置すれば、総一達が3階へ上がれるのは夜の9時。

スミスは2階が侵入禁止になるのは10時だと言っていたので、余裕はたったの1時間。

そこで何かトラブルがあれば取り返しがつかない結果になる。


「早くこいつを食っちまって、なんとか他の人を見つけよう」


総一は手に持った皿を示した。

しかしそう言った総一の食事はあまり進んでいなかった。


「うん」


かりんもそれは同じで、まだ食事の大半が残されていた。

渚も似たような状態だ。


―――手塚の事もあるし、急ぎたいのは山々なんだがな・・・。


すると途端に総一の脳裏に先程見かけた死体の事が蘇り、少し気分が悪くなる。

食事をしている総一達の手がなかなか進まないのはやはりそれが原因だった。

ふとした拍子に何度もそれが思い出されてしまうのだ。


総一達が見つけた少女の死体。

PDAに新たに追加された情報からすると、彼女は漆山と同じように首輪が作動した事によるペナルティが直接の原因であるようだった。


火炎放射器:可燃性の液体を噴射して着火する、ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す装置の1つ。 液体の燃焼温度は低く即死はしないが、1度火がつくと消火は極めて困難。 頑張れば生き延びれるかも?!』


少女はナイフで刺された後首輪を作動させられ、生きながらに燃やされたのだ。

それもナパームのような高温の炎で一瞬で焼かれて死んだのではなく、自らの身体が焼かれていくのを感じ取れるような低い温度の炎で長時間焼かれたのだ。

ナイフで刺された痛み。

全身を炎で焼かれる苦しみ。

そして驚きと激しい絶望の中、その少女は息絶えた。

それが想像できた時、総一は目も眩むような激しい怒りを感じると共に、同じくらい深い恐怖に襲われた。

だから総一達はすぐにそこから離れた。

他に血痕の残されている場所はなかったから、それを手塚がやったであろうことは想像に難くない。

そして仮にそうでなくても、彼女をそんな風にした人間は確実に存在している。

その場にじっとしているのは危険すぎた。

その途中で偶然見つけた戦闘禁止エリアに逃げ込んだ総一達は、ようやく一息つく事が出来た。

手塚から逃げ出してから数時間。

3人とも心身ともに疲れていた。

戦闘禁止エリアには保存食よりも上等な食糧がそろっていた。

すぐに渚がそれを料理したのだが、なかなか食事は進まなかった。

やはり直前に見たものがショッキング過ぎたのだ。


―――まずいよなぁ、こりゃあ・・・。


総一はかりんと渚の表情を見ると、このまま放っておいてはいけない気がした。

2人とも表面上はある程度ショックが回復していたが、心の深い所にさっきの光景が食い込んでしまっているように思えた。


「そういえばさ、俺の幼馴染も結構料理が得意でね」


総一は明るい声で切り出した。

しかし2人の顔は伏せられたまま。


「暇を見ては俺にいろんなものを作って食わしてくれたんだ」


―――聞いてはいるんだろうさ。


顔を伏せたままの2人だったが、総一はそのまま話し続ける。


「でもさ、あいつ意地悪なんだよ」


総一がそう言うと、かりんの目が総一を見る。


「あいつ必ず、俺の嫌いなものをこっそり混ぜやがるんだ。 混ぜてもすぐに分かるってーの」

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145603j:plain



「ふふ」


かりんが小さく笑う。

するとその声に誘われたのか渚の顔も上がった。


「・・・きっと総一くんの事、心配してたんじゃないかな」

「いーや、あれは絶対に嫌がらせだった。 オクラなんて食えなくても生きていけるもの」

「オクラだったんだ」


かりんも渚も笑顔を見せる。

彼女達の笑顔に、総一は少しホッとしていた。


「そうだぞ。 あとなんたらいう変なハーブとかな。 俺は日本人なんだから、そういうのは要らないんだ」

「なんだぁ、単に総一が好き嫌い多いだけじゃん。 苦労してんだ、その幼馴染の人」

「やかましい。 だからかりん、お前ももたもた食ってないでとっとと食え。 俺も結局食わされたんだぞ」

「はいはい」


かりんは笑顔でスプーンを咥えている。

こころなしか彼女が食事を口に運ぶ速度は早くなっていた。


・・・。



f:id:Sleni-Rale:20201026145625j:plain

 

「総一くんが頑張るのは、その人の為?」


しかし明るくなりかけていた渚の表情は、何故か再び硬いものへと変わっていた。


―――渚さん?


総一はその訳が気になった。

しかし総一はそのまま素直に答えた。


「そうですね。 約束もありますし」

「・・・じゃあ、とっても大事な人なんだ?」


その問いは、渚が総一を理解する上で避けて通れない一言だった。

それだけにその言葉に詰まった渚の思いは深かった。


「はい。 ずっと一緒に育ってきた、俺にとって一番大事な人でした」

「そうなのね、やっぱり」


そして渚の瞳からポロリと涙がこぼれた。


「渚さん、どうしたんですか!?」

「ごめん、総一くん。 ちょっと、私の幼馴染の事を思い出したら、なんだか涙が・・・・・・」


―――真奈美・・・・・・、私は・・・・・・。


渚は涙を拭う事もなく総一を見つめている。


―――そうなのね、総一くん。


それで貴方はあんなに・・・・・・。


渚はここでようやく総一がかりんを受け入れた理由、死を恐れない理由、そして渚とかりんを裏切らないでいる理由に辿り着いていた。


―――その人との約束があったからなのね。


その、亡くなった幼馴染さんとの約束が・・・・・・。


総一はかつて言っていた。

総一は大事な人を守れなかった。

だからかりんを代わりに、彼女の大事な人である妹の所へ帰らせたいと。

そして総一は幼馴染についてこう言った。


『はい。 ずっと一緒に育ってきた、俺にとって一番大事な人でした』と。


渚はそれで全てを悟った。


―――だからかりんちゃんに殺されるのも怖くなかった。


総一くんにとって一番大事な人はもうこの世にいなかったから。

貴方がこの世に踏み止まっている理由なんて、その人との約束以外には無かったから。


「総一くん、ごめんね・・・・・・」

「な、なんで謝るんですか? 泣いたからって怒ったりはしませんよ」


―――だから裏切らない。


だから信じる。


守るものも、帰りたい場所も無いから。

その人との約束いがい、残ってないから。


「総一くん、教えて」

「なんですか?」

「その幼馴染の事、好きだった?」


渚はようやく自分の思い違いに気付いていた。

総一が人を信じるのは誰かの為とか、彼自身が強いからではない。

御剣総一という男が、誰よりも弱いからだったのだ。


―――私と同じなのね、総一くん・・・・・・。


渚もその弱さゆえに、麻生真奈美という幻影を振り切れずにいる。


「ええ。 大好きでしたよ」

「世界で一番?」


一瞬だけ、総一は戸惑ったかのように答えに詰まる。


「・・・・・・はい」


しかしすぐに総一は笑顔を作ると、大きく頷いた。


「そう・・・・・・。 私もよ。 私も幼馴染の事が世界で一番大好きだった」


―――ごめんね、総一くん。


私が馬鹿だった。

貴方にはもう、人を裏切る必要なんて無かったんだものね?

渚はそれに気付くと、涙が止まらなくなってしまっていた。

自分と似たような悩みを抱えた少年を、無意味に疑い続けていた事が悲しくてたまらない。


―――あなたは、ただ頑なに約束を守っている。


死に別れてしまった幼馴染と交わした約束を。


「でもね、総一くん」


だから渚は遂に認めた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145646j:plain



「私は総一くんとかりんちゃんの事も大好きだよ」


目の前の2人は、決して互いを裏切らないのだと。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 


食事と休憩を終えた3人が行動を再開したのは午後3時になってからの事だった。

3人は顔を見合わせて今後の事を相談していた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145658j:plain



「今は午後3時。 居るフロアは2階。 7時間後に侵入禁止になるので、それまでに3階に上がりたい。 でも今は階段にシャッターが下りていて、6時間後までは開かない。 その前に開けるには、PDAを1つ壊さなきゃいけない。 総一、これで合ってる?」


かりんが指を一本ずつ折りながら現状を確認する。

総一はかりんに頷き返すと、彼女の言葉を継いで話し始める。


「ああ、それでいいよかりん。 でもギリギリまで待ちたくないから、俺達としてはシャッターを開けたい」

「でも~、総一くん~、PDAには余裕がないよ? JOKERだってまだ壊す訳にはいかないんでしょう~?」

「はい」


JOKERは一度偽装機能を使うと1時間経たないと再度偽装機能を使う事が出来ない。

手塚との一件、そして死んでいた少女の事もあって、機能はまだ合計で3回しか使われていない。

現状ではJOKERでシャッターを開けてしまうと6のPDAの持ち主を間接的に殺してしまう結果となる。


「それに仮にJOKERを5回使ってから壊しましたって言われても、なかなか信じられないかもしれないね? あの、あたしみたいに疑り深いのもいるからさ」


かりんは最後に少しだけ口籠る。

まだ総一達と戦おうとしていた事を気にしているようだった。

総一はかりんの頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。

するとかりんはホッとしたように微笑んだ。

それを見届けると総一は話を続ける。


「うん。 だから渚さん、仲間を増やすしかないと思います。 仲間を増やして首輪を外し、浮いたPDAをシャッターを開ける為に使う。 JOKERは6のPDAの持ち主に渡してやるのが良いと思います」

「そうだね~。 すぐ信じて貰うのって難しいかもしれないね~」


渚も笑顔を見せる。


「でもさ、総一くん」


しかし渚はすぐに笑顔を消して総一位を手招きする。


「どうしました?」

「PDA、余裕があるかもしれないよ~?」

「余裕?」

「だ、だってほら~、そのぉ、死んじゃった2人のやつ~・・・・・・」


渚はとても言い難そうだった。

語尾はかすれて消えてしまう。

その時の彼女の表情は申し訳なさそうに眉が寄せられていた。


「なるほど・・・・・・」


言われて総一はその事を失念していた事に気付いた。

しかし少し考え込んだ後、総一は残念そうに首を横に振った。


「渚さん、残念だけど多分それは駄目だと思います」

「どうして~?」

「多分、それ両方とも手塚さんが持ってるんじゃないかと・・・・・・」

「手塚くんが?」

「はい・・・・・・」


総一は渚に乞われるままに説明を始めた。

例の少女はPDAを持っていなかった。

正確には総一達に調べられる範囲では持っていなかったというのが正しい。

3人の気分が落ち着くのを待って、総一達は1度少女の所へ戻っていた。

だが少女の死体の惨たらしさにその身体に触れるのがためらわれ、総一達は近くに落ちていた彼女の私物らしき通学カバンだけを調べた。

だがそこにPDAは無かった。

既に持ち去られたか、少女の遺体の方にあるかのどちらかだ。

しかし死体と一緒にあるというのなら、彼女と一緒に火に巻かれたという事でもある。

その状態でPDAが正常に動作するとも思えなかった。

だから総一達はそれ以上少女に触れる事無く彼女の傍を後にしていた。

そして恐らく、少女を殺したのは手塚で間違いない。

手塚のズボンに付いた血液と、その乾き具合、更には階段のホールまでの距離と移動に必要な所要時間。

そのどれもが手塚が犯人だと言っていた。

しかし手塚が犯人だとするとここで奇妙な問題が持ち上がる。

それは彼が総一達に見せたPDAが7だったという事だ。

7のPDAの首輪を外す為の条件は参加者全員と出会う事。

別に殺す必要なんてないのだ。

仮にお金が欲しいからという理由があったのだとしても、首輪が外れる前にわざわざリスクを冒す必要はない。

更には彼女の首輪を作動させた形跡があった。

唯一の可能性はあの少女の方が手塚を襲ったという場合だが、返討ちなら首輪を作動させる必要はない。

それに総一達に隠していたのもおかしな話だ。

総一が長沢の話を振った時に、教えてくれていた良い筈だ。


「じゃあ私達に見せてくれた手塚くんのPDAが嘘だったって事~?」

「はい。 多分そういう事になるんじゃないかと」

「じゃあ総一、あの7はどこから来たの?」

「それは無くなった2人のもののどっちかだと思う」


手塚が少女を殺しているというのなら、彼のPDAは7ではなく何か別のもので、総一達に見せたのだと考えるしかない。


「そっか・・・・・・でも、他に血の痕がある場所もなかったし、手塚さんがあの子を刺したのは間違いなさそうだよね?」

「ああ」


―――この話の例外は刺した奴と首輪を作動させた奴が別の人間である場合だけど・・・・・・、それにしたって手塚はあの子を刺してるんだ。

死体を燃やしただけならあんなところに血は付かない。

どっちにしろ手塚さんが人を刺しているだろう事はほぼ間違いないんだ。


「単に殺す必要があったか、PDAが欲しかったか、首輪を作動させたかったか。 どれかの理由であの子を刺した所までは手塚さんで間違いないと思う」


そこから先は手塚のPDA次第。

彼に課せられた条件で変わってくる。


「って事は~、あの子を・・・その、燃やしたもう1人が、居るかもしれないって事だよね~?」

「そうなりますね」


総一は渋い表情で渚に向かって頷く。

手塚が首輪を作動させる条件であれば、首輪を作動させて少女を燃やしたのも手塚だ。

刺したのはきっと抵抗を封じる為だろう。

しかしそうでない場合は刺し殺してPDAを奪った時点でその手は止まる筈だ。


―――だが待て、あの頭の良い手塚さんだぞ? 偽装の為にあえて首輪を作動させていったなんて事は無いだろうか?


彼が犯人だったなら、俺達をあそこまで信じさせる完璧な演技をしていたんだぞ?

犯人が手塚であった場合、その後に何食わぬ顔で総一達に接していた事になる。

しかも人を殺した動揺もなく、総一達を完全に信用させていた。

かりんが彼のズボンに付いた血痕を見つけなければ、総一達は今も彼の傍にいるか、あるいは殺されていたかもしれない。


―――しかし、今は考えても仕方ないか。


敵の数が1人なのか2人なのかって差でしかないんだからな。


総一はそこまで考えると頭を振って気持ちを切り替えた。


「それで元の話に戻る訳です。 俺達はギリギリまでは待ちたくない。 敵がこの近所をうろうろしているかもしれないし、夜の10時にあの場所で待ち構えられても厄介です」

「じゃあ、多少危険でも他の人を探すって事だよね?」

「ああ。 でもエクストラゲームの事を説明すれば、少なくともいきなり襲われたりはしないと思うんだ」


しかし総一の説明を聞いてもかりんは不安そうだった。

総一は再び手を伸ばしてかりんの頭を撫でてやる。


「あっ」


総一に頭を撫でられた時、かりんは突然表情を明るくした。


「ねえ総一! 良い方法があるよ!」

「良い方法?」


かりんは背伸びして総一に顔を近付ける。


「あいつ、手塚さんを殴り倒すんだよ!」

「なに!?」

「どういうこと~?」

「あの人をぶっ飛ばして気絶させるかなんかすれば、あの人のPDAが調べられる。 持っている数が幾つなのかであの人が犯人なのかどうかがはっきりするよ!」


1から3台。

1なのか3なのかは大きな違いだ。

2は漆山の物が混じっている場合があるので多少微妙ではあったが、それでも手掛かりにはなる。


だが―――


「駄目だよかりん。 もし3台だった時、俺達はあの人に返討ちにされてるかもしれないぞ?」


3であるという事は、イコール彼が血も涙もない殺人者であるという証明でもある。

しかも頭も良い。

下手に近寄りたくないというのが本音だった。


「で、でもさ、3台だったらあたしの首輪を外せるから、上に行けるようになるよ?」

「それでかりんや渚さんに怪我されちゃたまらん。 ちょっと落ち着け、かりん」

「ううっ」


かりんの中ではもう、少女を殺したのは手塚という事になっていた。

それで少し彼に対して攻撃的になっているのだった。


―――あの人が犯人なら騙されていた事になるんだし、かりんはそれが悔しいのかな?


実は総一のその想像は正しかった。


「仲間を増やして、かりんちゃんの首輪を外した方が良いよ~。 少なくとも2と6の人とは確実に取引が出来るんだしさ~」


JOKERが条件になっている2人とは有利に交渉が進められる。

文字通り切り札は手の中にあった。


「その2人以外にもう1人仲間にできれば、かりんの首輪は外れる。 焦らずにそれでいこうやかりん」

「・・・うん。 分かった。 総一の言う通りで良い」


かりんはそれでようやく納得してくれた。


「あとは手塚くんがどう出るか、だね~」


渚は背後の壁を振り返った。

階段のあるホールはその壁の向こう側、何十メートルか先に位置している。

通路が曲がりくねっているおかげで移動すると遠いのだが、実際の距離はそんなものだった。


「それを心配しても始まりません。 とりあえず他の人達を探してみましょう」

「分かった~」


こうして3人は戦闘禁止エリアを後にしたのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145733j:plain



「救急箱と、これは何だ? 工具セット?」


総一が開けた箱の中には、いくつか別の箱が入っていた。


「う~ん、こっちの箱はなんか物騒なのが入ってるよ。 木刀みたい」

「2人とも、何か食べられそうなものとかな~い~? こっちは大きなバッグとか寝袋しか入ってないよ」


3人は移動の最中に見つけた倉庫にあったいくつかの木箱をそれぞれに覗き込んでいた。

箱の中にはこの建物の中でやっていく上で役に立ちそうな物が納められていた。

救急箱や寝袋などは総一達にも純粋にありがたいものだった。


「食べ物は・・・・・・無いみたいですね」


「あうぅ~、ほんとに~?」


目に見えて落胆する渚。


「これまで見つけた分で我慢しましょうよ」

「もっといろいろ作りたいのに~」


彼女の落胆っぷりに総一は思わず苦笑を漏らした。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145747j:plain



「残念だね、渚さん」


肩を落とす渚をかりんが笑顔で慰める。


「ありがと~かりんちゃん。 分かってくれるのは貴女だけよ~」


そんなかりんを渚はぎゅっと抱きしめる。


「そこにいるぬぼ~んと背の高い人は~、人間が生きてくのに食べ物がどれだけ大事か分かってくれないのよ~かりんちゃん~~」

「ぬ、ぬぼ~んって」

「あははっ、渚さん、ここから帰ったらいろいろ作ってよ。 妹と一緒に食べに行くから」

「あっ、いいよ~~。 お姉さん頑張って作っちゃう~~」

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145800j:plain



どことなく距離があったかりんと渚。

そんな2人も、ここへきて打ち解け始めていた。


―――これまでは渚さんが俺達と微妙に距離を取っていたように見えてたんだけど・・・・・・。


何か思うところでもあったのかな?

それとも単に俺の勘違いだろうか?


「ぬぼ~んは好き嫌いがあるって言ってたけど、かりんちゃん達は大丈夫?」

「はいっ、あたしもかれんも何でも食べれるから大丈夫」


―――何にせよ、仲が良いのは良い事さ。


さて・・・・・・。


総一は楽しそうにやっている2人をそのままにして木箱に向き直った。

そして箱の中に手を突っ込んで工具箱と救急箱を引っ張り出した時、そこに奇妙なものを見つけた。


―――なんだ? このマッチ箱みたいなのは・・・。


総一が見つけたのはマッチ箱程度の大きさのプラスチック製の箱だった。

数は2つ。

その箱からは金属製の端子が覗いており、電子機器に取り付けて使うもののようだ。


『Tool:Enhance Map』
『Tool:Controller Door』


―――拡張地図と、ドアのコントローラー? 一体どういう事だ?


総一が戸惑っていると、


「どうしたの総一」


かりんが手元を覗き込んでくる。


「ああ、こんなものを見つけたんだけど、何だろうなって思って」


「なにこれ」

「どうしたの~?」


そこへ渚も顔を出す。


「こんなの見つけました」

「どれどれ~」


渚の手が総一の手のひらの上からプラスチックの箱を1つ取り上げた。

渚はそれを顔の前まで持っていくとしげしげと眺める。


「なんか~、ゲーム機のソフトみたい~」

「ゲームソフト?」


そう言われて総一は、自分がゲーム機によく似たものを持っている事に気が付いた。


「そうか、もしかして!」


総一は上着のポケットからPDAを取り出した。


―――PDAには2つの端子があった。


下の端子は首輪との接続に使う。

なら側面の端子は!


「やっぱりこれだ!」


PDAの側面に付いていた端子。

それは発見したプラスチック製の小箱の端子と接続できるものだった。


「付けられそうなのは分かったけど、そんなもの取り付けて大丈夫なのかな?」

 

総一が今まさにPDAに小箱をはめ込もうとした時、かりんがポツリとそう呟いた。

おかげで総一の手はそこで止まった。


「そうか、そういう心配もあったな・・・・・・」


そう言って考え込んだ総一だったが、


「えっ?! 付けちゃ駄目なの!?」


渚は驚いた様子で総一とかりんを見る。

そのPDAには既に小箱が取り付けられてしまっていた。

総一のように端子を見比べるなんて事はせず、渚はいきなり取り付けてしまったのだ。


「ちょっと見せて下さい」

「う、うん~」


渚はそれを迷わず総一へ差し出した。


「インストール中、か・・・・・・」

「大丈夫なの?」


かりんも総一と一緒になって画面を見る。

画面には少しずつ伸びていく棒グラフとインストール中という文字が表示されていた。

そのすぐ下には誤作動を防ぐためにインストールが終わるまで箱を外すなとの警告もある。

総一達が見ている間にも棒グラフは伸びていく。

恐らくそれが100%に達するとインストールが終了するのだろう。


「どうやら本当に何かのソフトウェアをインストールしてるみたいだけど・・・・・・」


罠ならとっくに何かおかしな事になっていただろう。

しかしその様子はなく、総一も何度かやった事のあるパソコンソフトのインストール画面によく似たものが表示され続けている。

その時、総一とかりんのPDAがアラームを鳴らした。


「なに? どうしたの?」


かりんは慌てて自分のPDAを取り出した。

総一も反対側の手で持っていた自分のPDAを見る。


起動してすぐに表示される3つのカテゴリのうち『機能』の文字がちかちかと点滅している。

そこに新規の項目が追加されたらしい。

総一が画面に触れてその情報を呼び出すと、それはまさに総一達の手の中にある小箱の説明だった。


『このツールボックスをPDAの側面コネクターに接続することで、PDAに新たな機能を持ったソフトウェアを組み込み、カスタマイズすることが可能です。 ソフトウェアを組み込めば他のプレーヤーに対して大きなアドバンテージとなりますが、強力なソフトウェアは起動するとバッテリー消費が早まるように設定されています。 使い過ぎてPDAが起動できなくなり、首輪を外せなくなる事がないように注意しましょう。 なお、ひとつのツールボックスでインストール可能なPDAは1台のみです。 どのPDAにインストールするかは慎重に選びましょう』


―――なるほどね、PDAにはこんな機能もあったって訳だ。


参加者が未知のものに遭遇した時に適切に情報を与えるという基本的な機能に加え、ソフトを組み込む事で能力を拡張して参加者に新たな力を与える。


―――ソフトがこの2つだけって事はないだろう。


PDAだって14種類あるんだ。

どんな事が起こるか分かったもんじゃないぞ・・・・・・。


総一は寒気を感じながら、渚のPDAの中で伸びていく棒グラフを眺め続けた。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145818j:plain



「へぇ~、地図が随分見易くなったねぇ~」


渚は自分のPDAを見ながら上機嫌だった。


「それにこれも結構楽しいしね~~」


渚が画面に触れる度に、総一達の歩いている通路の先にあるドアが勝手に開閉する。

ドアまでは30メートル程の距離があった。

ドアの所には誰もおらず、人の手によって開閉している訳ではなかった。


「渚さん、使い過ぎると早くバッテリーが切れるって言うから気を付けて」

「あ、ご、ごめん」


総一に咎められると、渚は申し訳なさそうに苦笑する。

総一達が見つけたソフトウェアは2つ。

1つは地図に情報を追加するもので、もう1つはドアのリモートコントローラーだった。

総一達はその両方を渚のPDAにインストールしていた。

理由は彼女のPDAだけは確実に最後まで持っている必要があったからだ。

かりんや総一のPDAは状況次第では放棄や破壊される場合もあった。

しかし渚の場合は首輪の条件のせいで最後の最後まで手放す事が出来ない。

だから渚のPDAに2つ目もインストールしたのだ。

拡張された地図には、全ての部屋の名前とそこにある施設が表示されていた。

これまではただの真白い地図だったので結局は闇雲に歩き回っていた訳なのだが、これのおかげで必要に応じて目標を定める事が出来るようになっていた。

もう1つの機能、ドアのリモートコントローラーはもう少し積極的な機能だった。

このソフトウェアを使えば手を触れずにドアを開閉する事が出来た。

その上ドアにロックをかける事ができる。

しかし電子式でないドアには使えないし、同じソフトがあればロックも解除されてしまう。

またこの機能を使うたびにバッテリーをある程度消耗するようになっていて、あんまり何度も使っているとそのうちPDA自体が起動しなくなってしまう。

使いどころは難しいようだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145830j:plain



「でも総一、戦闘禁止エリアが全部分かるようになったのは大きいよね~」


総一達に一番ありがたかったのは、戦闘禁止エリアの情報まで表示されていた事だろう。


「そうだな。 身を潜めるにはうってつけの場所だからな」

「きっとそこで他の人とも会えるよ。 どうせみんな考える事は一緒だもの」

「俺もそう思うよ」

「でしょう?」


戦闘禁止エリアが見分けられるようになった事で、総一達はそれらを見て回る事に決めた。

総一達がそこに隠れたいと思うように、他の人間もそこへ隠れると思ったからだ。

目標もなくただ歩き回るよりは、誰かと出会う可能性は高い。

総一達はそう踏んでいる。


「えいっ」


渚はちょこちょこと総一の目の前まで走ってくると、PDAを総一に向けて画面を操作する。


「・・・・・・何をやってるんですか?」

「総一くんが私の言う事を聞いてくれるようにならないかと思って。 えいっ」

「あははははっ」


かりんが大笑いしながら総一の肩を叩く。


「渚さん、それでぬぼ~んの好き嫌いを直すんだ?」

「うん。 渚お姉さんにお任せなのだ~っ!」

「何をやってんだか」


総一は笑いかけたのだが、その笑顔は途中で固まってしまった。


「長沢!?」


長沢は少し前まで渚が開閉して遊んでいたドアの所に忽然と姿を現していた。

彼は開いているドアに半分身を隠したまま総一達の様子を伺っていた。


―――それとなんだ? あいつが手に構えているのは・・・?


――!!


総一がそんな疑問を感じるのと同時に長沢はその引き金を引いた。


―――クロスボウ!?


「きゃあっ!? な、なんなのっ!?」


クロスボウの矢はかりんの耳元をかすめてそのまま飛び去っていく。

そうなってかりんはようやくドアの所に長沢の姿がある事に気付いた。


――!!

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145900j:plain

 

 

「長沢っ!?」

 

 

かりんは思わず立ちすくむ。

そしてかりんが驚いて見つめる中、長沢はクロスボウを取り替えて再び総一達を狙う。

どうやら彼は装填済みのクロスボウをもう1つ持っていたようだ。


「かりんっ!」

「きゃあっ!?」


総一は棒立ちのかりんを抱いて押し倒す。

それと同時に直前までかりんの頭があった場所をクロスボウの矢が通り過ぎていく。


「総一くん、まずいよ、あの子まだ新しいの持ってる!」


長沢はさらにクロスボウを取り替え、総一達を狙っていた。


―――2つだけじゃないのか!? いったいいくつ持ってるんだあいつは!?


総一は焦っていた。

総一達がいるのは長い真っ直ぐな通路の途中。

身を隠せそうなものは長沢が使っているドアぐらしいかない。

だからクロスボウから身を守る方法は何もなかった。


―――しかしクロスボウとは! このフロアにはそんなものがあったのか!?


総一は自分の甘さを痛感する。


―――ナイフを見つけた時点で他の武器の心配もしておくべきだった!


「そうか、ナイフだ!」


かりんの頭を抱き抱えたまま、総一は腰の後ろに吊ってあったナイフに手をかける。


―――だがここから投げて届くか? 当たるのか? たった1本だけの武器なんだぞ!?


それに、当たってしまったら長沢に大怪我をさせるんじゃないか!?


総一はそんな風にためらったが、長沢はためらわなかった。


――!!

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145939j:plain



長沢の矢が3度放たれる。


「うわっ!?」


「総一くんっ!」


矢は総一の髪の毛をかすめた。

渚の位置からは当たったように見えたらしく、彼女は慌てて総一の所へ駆け寄ってくる。


「渚さんっ、駄目だっ! 狙われてるのはこっちなんですよ!」


総一は焦って渚を止めようとする。

3人が固まってしまえば的が大きくなるばかりだ。


「平気なのっ!? 総一くんっ!」


渚はスカートとリボンをなびかせながら、意外に身軽に総一の横に滑り込んでくる。

幸い新しい矢は飛んでこない。

流石にさらに装填済みのクロスボウは現れず、長沢はドアの陰で矢を込め直しているようだった。


「逃げよう、総一くん!」

「逃げるったってどうやって!? 3人で立って走ったら良い的ですよ!?」

「こうやるのよっ!」


渚はPDAを長沢の方に向けた。

そして彼女の細長い指が画面の上を這う。


「そうかっ!?」


長沢が身を隠すのに使っていたドア。

それは直前まで渚が開閉して遊んでいたドアだった。

電子式のそのドアは驚きの表情を浮かべている長沢の顔を一気に隠してしまう。


「そしてこれでっ!」


もう1度渚がPDAを操作すると、ドアの取っ手の所に赤いランプが点る。


「鍵をかけたわ! 行きましょう総一くん! 今のうちに!」

「は、はいっ、かりん、起きて!!」

「うんっ!!」


飛び起きた総一は、かりんの両手を掴むと強引に立ち上がらせる。


「急いで! 長沢君ならまたすぐに来るわ!」


そして総一達は一目散にその場から逃げ出したのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


「助かりました渚さん。 あの時は流石に駄目かと思いました」

「うん。 ありがとう渚さん」


総一とかりんが礼を言うと、渚は顔を赤くして照れる。

長沢の攻撃から逃げのびた総一達は、息を切らせながらもホッとした表情を覗かせていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026145954j:plain



「えへ、えへへ、必死だったから・・・。 頑張ればできるもんだね~?」


―――のんびりした人だとばっかり思ってたけど、そうでもないんだな・・・。


それがこの時の総一の素直な感想だった。


「でも長沢くんにはびっくりしたねぇ~。 前にも殴られかけたけど、今度は弓矢の鉄砲みたいなやつだったよね?」


その正式名称を知らないのか、渚はクロスボウを弓矢の鉄砲と表した。

 

「あんな武器が結構あるんなら問題ですね」

「そういえばあいつ、結構沢山持ってたよね? 3つぐらい持ってなかった?」

 

かりんは順番に思い出していく。

最初にかりんの耳元をかすめたのが1つ。

総一に押し倒された時のものが1つ。

そして最後に総一を狙ったのが1つ。

合計3丁の装填済みのクロスボウがあった。


「ナイフや木刀だけだと思ってたけど、あんなものがあるんじゃもっと気を付けないといけないなぁ」


総一は腕組みをして考え込む。

初めから飛び道具があると分かっていれば、もっと移動にも気を遣っていただろう。

それを怠ったからこそ、今回は慌てて逃げ出す羽目になったのだ。


「気を付けないと駄目だね~?」

「はい。 もうちょっと前後に気を配って、慎重に行きましょう」


―――地図が拡張されたおかげで、少し良い気になって行動し過ぎたのかもしれないな。


気を付けないとかりんや渚さんが危ない目に遭う。

少し落ち着くんだ、御剣総一・・・・・・。


・・・。

 

そのおかげか、次に他の参加者達に遭遇した時に、相手を先に見つけたのは総一達の方だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026150006j:plain



「手塚くんと・・・あれは確か、長沢くんと一緒に来た高山さん、だったっけ?」

「その筈です」


通路の角に身を隠したまま、総一達はその先にある小さなホールを覗いていた。

そこには2人の人間がいて、総一達にはどちらにも見覚えがあった。

疑惑の男・手塚と、未だに謎の多い男・高山だ。

2人はそのホールで向かい合ってタバコを吸っているようだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026150019j:plain



「どうするの総一? 手塚さん―――いや、手塚だよ?」


総一の耳元でかりんが囁く。


「高山さんとは話がしてみたいけど・・・手塚が一緒だとなぁ・・・」


総一としては手塚が一緒となると慎重にならざるを得ない。

例の少女を殺したのはほぼ彼で間違いないのだから。


「高山って人、手塚に騙されてたりするんじゃないかな? ほっといて大丈夫なの?」

「待ったかりん、あの2人何か話してる」


総一はかりんの言葉を遮ると耳を澄ます。


『・・・・・・』


しかし距離が遠いのか、総一達の所までは話し声は届かなかった。


「・・・2人ともここにいて下さい。 俺、もうちょっとだけ近付いて話を聞いてきます」


―――あのホールの入口の手前に転がってるソファーの所まで行ければ・・・・・・。


総一は手塚達の話を盗み聞きする為に前に出る決心を固めていた。

 

「危ないよ総一」

「でもこのままじゃ何にもならないだろ? 行ってみるしかないんだ」

「でも・・・」

「心配するな。 見つかったら何にもしないですぐに逃げてくるからさ。 渚さん、かりんを連れて1つ前の部屋の所で待っていてくれませんか?」

 

f:id:Sleni-Rale:20201026150035j:plain



「それは良いけど、どうするの~?」

「見つかった時にはまっしぐらにそこへ逃げていきますから、例のリモコンで鍵を。 うまくすればあの部屋に2人をしばらく閉じ込めておけるでしょう」


もし総一が見つかって追われた場合、総一は手塚と高山を渚達のいる部屋まで誘導する。

そして手塚と高山が部屋に入った時点でその背後のドアを締め、総一達はそのまま反対側のドアで脱出。

総一達が逃げ出した後にそのドアにも鍵をかければ2人をその部屋に閉じ込める事が出来る。

大人2人だからそう長くは閉じ込めておけないだろうが、逃げ切るだけの時間は稼げるだろう。


「あ、そうか~! 分かった、気を付けてね総一くん」


渚も総一の意図に気付いたらしくすぐに同意してくれる。


「・・・総一、気を付けて」

「ああ。 すぐ戻る」


そう言い残し、総一は身体を低くして通路を進んでいった。


・・・。


手塚と高山は総一達の存在にはまるで気付いていなかった。

その理由は、お互いの事に集中していたからだった。

2人は一緒にいて話をしていたが、互いには欠片も心を許していなかったのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201026150046j:plain



「そろそろ芝居は止めにしてくれないか」
「芝居だって? 何を言ってんだ高山さんよ?」


手塚は吸っていたタバコを吐き出して踏みつけながら、驚いたような表情を作った。


「手塚、お前があの少女を殺したという事は分かっているんだ」
「どうしてそんな事が言えるんだ? 俺はそんな事はやっちゃいない! 大体なんなんだ、その少女ってのは!?」

 

高山の静かな追求に、少しイラついた様子で声高に応じる手塚。


「そうか、やっぱりお前が殺したんだな」


フー


高山は大きくタバコの煙を吐き出した。

手塚の返答はどうやら高山に確信を与えたようだった。


「何ィ!?」
「お前の靴だよ。 その特徴的な足跡があの子の死体の傍に残っていた。 埃の残った足跡だから、お前が気付かないのも無理はない。 お前はあの場にいた。 それなのにシラを切る。 そして決定打は」


そして高山は再びタバコを口にくわえた。


「その血の臭いがするナイフだ。 もう少しナイフの手入れはした方が良い」
「・・・だったらどうする? 高山さんよ?」


その瞬間、手塚の雰囲気が変わった。

それまでの慌てた様子や興奮した様子はなりをひそめ、鋭く冷たい表情がその顔に宿る。

これまでの言動の全てが演技だったのだ。


「俺と戦うのかい?」
「いや」


しかし高山はそんな手塚の気迫をあっさりと受け流す。


「俺はお前と取引がしたいのさ。 お前が何者であるかなんて興味はない。 ただ、お前に一方的に騙されるつもりもない。 それだけの話だ」


高山には余裕があった。

戦っても負けないという自身がそれを後押ししていた。

戦場暮らし長かった高山にはそれだけの技術と経験があった。


「ハッ」


その瞬間、手塚はさもおかしそうに笑い始める。


「クククククッ、大したオッサンだな、アンタは。 漆山なんかとは比べ物にならねえ。 気に入ったぜ」


手塚の顔は笑顔に変わっていた。

しかしその目は少しも笑っていない。

相変わらず鋭く冷たい光がそこに宿っていた。


「言いなよ高山さん。 アンタのしたい取引って奴を。 事と次第によっては乗っても良い」
「簡単だ。 お前が俺に手を貸す。 逆に俺がお前に手を貸す。 それだけの事だ」
「具体的には?」
「俺はJOKERを探している。 俺はそれが欲しい」
「ほぅ、JOKERをね。 それで? 俺はそれに協力するとどんな得がある?」
「お前の殺しの手伝いをしよう」


高山は至極あっさりそう言ってのける。


「クックックックック、アーッハッハッハッハッ! アンタ正気かい? 俺が人殺しだって言ったのはアンタだろう? その俺の手伝いをしようってのか?」


手塚は笑い始める。

今度はその瞳の奥も一緒に笑っていた。

どうやら彼のユーモアのセンスがいたく刺激されたらしい。


「何か問題でも?」


対する高山の調子は相変わらずだった。

表情ひとつ変えようとしない。

ただタバコをふかしているだけだ。


「・・・・・・なるほどそうか、アンタ・・・・・・俺以上の人殺しだな?」


高山の様子から何かを感じ取ったのか、手塚はその表情を元の鋭いものへと戻した。

しかしどことなく楽しげな雰囲気がそこにあった。


「何か問題でも?」


高山は否定しなかった。


「ククク。 負けたよ高山さん。 俺もアンタとは戦いたくない。 負ける戦いはしない主義なんだ」
「俺は無駄な戦いはしない主義だ」
「だが必要なら迷わず殺すか。 いいぜおっさん、俺はアンタが気に入った」


手塚は高山に向かって右手を差し出した。


「何のつもりかは知らんが・・・・・・」


高山は手塚の手を握り握手するとそのまま手塚の手を強く握りしめる。


「そのナイフは抜かない方が良いぞ」


すると手塚の身体が強張った。

そしてその表情も。


「・・・・・・本当に大したおっさんだ、アンタは」


手塚は腰の後ろに回していた左手を下ろし、苦笑する。


「そういう手合いは多かったんでな。 よくあるパターンだ」


高山は手塚のその表情を見ると彼の右手を解放した。


「ハッ。 それでこれからどうするんだ?」
「お前の欲しがりそうな情報がある」
「あん?」


高山は新しいタバコに火をつけると、タバコとライターを手塚に投げ渡した。


「お前の連れが死んだ時ホールにいた女の2人連れがこの辺に逃げ込んだ。 しかも2人とも怪我をしている」
「いいね、そいつはありがたい」


手塚もタバコに火をつけ、にやりと笑う。


「まずはその2人からいきますか」


その手塚の笑いは見れば誰もがゾッとするような種類のものだったが、高山にはどうという事もないようで、結局表情は変わらなかった。


・・・。


総一は1人で無事に帰ってきたが、その表情は蒼白だった。

だからそれを見た時、渚は思わず彼に駆け寄っていた。



f:id:Sleni-Rale:20201026150108j:plain

 

「どうしたの総一くん、いったい何があったの!?」

「総一っ!」


かりんもすぐに駆けつける。


「かりん、渚さん、すぐに出発しましょう。 放っておいたら大変な事になる!」

「どうしたの?!」


渚とかりんと合流すると総一はすぐに踵を返した。

渚もかりんもすぐにその横に並ぶ。


「どうも怪我をした女の人が2人、この近辺に居るみたいなんです。 多分、文香さんと麗佳さんです。 漆山の時にホールに来ていたと言っていましたから。 それをあの2人が狙っています」

「・・・・・・ほ、本当なの!?」

 

驚いたかりんの声が高くなる。


「ああ。 それとやっぱりあの子を殺したのは手塚で間違いなかった。 そんな話もしてた」

「じゃあ、高山さんはそれを承知で手塚くんと手を組んでるの?」


渚が急ぎ気味にそう訊ねると総一は早足で歩きながら首を縦に振った。


「はい。 だから急がないと。 文香さんと麗佳さんならきっと仲間になってくれます。 あの2人に見つかる前に何とかしないと!」

「うん、分かった」

「急ぎましょう!」


――長沢だけでも厄介だというのに、手塚と高山、新たに2人の敵か!!


総一は焦っていた。

それは渚やかりんも同様だ。

手塚達に先を越されれば色々と厄介な事になる。

だから総一達には手塚達のような余裕はなかった。

3人とも厳しい顔で通路を進んでいく。


・・・。

 

シークレットゲーム -KILLER QUEEN-【16】


・・・。


「眠ったみたい~」
「そうですか。 ありがとう渚さん」


泣き続けるかりんを連れ歩く訳にもいかず、総一と渚は近くに身を隠せそうな場所がないか探した。

幸いな事にそう遠くない場所に休めそうな小部屋が見つかり、2人はかりんを連れてそこに身を隠していた。

小部屋に移ってもかりんはしばらく泣き続けた。

しかし泣き疲れたのか、やがて彼女は眠り込んでしまっていた。


「んじゃこれを」


総一は傍に置いてあった毛布を掴むと立ち上がり、渚の近くで眠っているかりんに近付いていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012249j:plain



―――無理もないか。


緊張しっ放しだったんだろうし・・・・・・。


かりんは気絶しているかのように深い眠りの中にあった。

その頬にはまだ涙の跡が残っている。

眠る直前まで泣いていたのだろう。

かりんはいきなりおかしな『ゲーム』に参加させられた。

その上で賞金を餌に戦いを選ばされた。

妹を助けたい彼女には選択肢などなかっただろう。

悪い事と分かっていながらそれを選ばずにはいられなかったのだ。

やがて他の人間に襲われ、腕を顔に怪我を負った。

彼女にはずっと強いストレスがかかっていたのだ。

そして総一と対峙した事で、それが遂に限界を越えた。


「ゆっくり休みな、北条さん」


総一はポツリとそう呟くと、眠り続けるかりんにそっと毛布をかけてやった。


―――少し休めば冷静に考えられるようになるさ。


そうしたらもう一度話をしよう、北条さん。


「優しいんだね、総一くん」
「え?」
「その子、総一くんを殺そうとしたんだよ?」


渚の声。

それはいつになく静かで真面目な声だった。

しかしいつもの調子でするような話でもなかったので、総一はそれにはあまり頓着しなかった。


「何とも思わないの?」


渚の指摘は手厳しい。


「でも、殺さなかった」

「それは結果論よ」
「俺は、結果が全てだと思います」


―――大事なのは結果だ。


結果だとも。

総一は大切な人を守れなかった。

どう言い繕ってもそれが現実。

その人は生き返らないし、喪失感を誤魔化す事も出来ない。

ならばかりんについてもそうだろう。

総一は生きているし、かりんは誰も殺していない。


―――なのに誰が彼女を誰が彼女を責められる? 彼女はただ、怯えていただけだっていうのに。

妹を愛していただけだっていうのに。

総一はかりんの毛布の位置を直してやると、最初に座っていた場所に戻っていく。


「俺は責められるべき相手は彼女じゃないと思うんです」


トサッ


総一は床に腰を下ろすと、その場に両足を投げ出した。


「妹さんが病気で、彼女が必死なのを知っていて、その上でここへ連れてきた連中。 責めるなら彼らですよ」
「・・・・・・そうなのかな」


じっと床を見つめていた渚の目が上がり総一を見た。

そんな彼女の瞳には、ほんの少しの戸惑いと安堵のような感情が滲んでいた。

総一はそれに気付いていたが、彼女がそんな瞳をする理由は分からなかった。


「もう後が無い状態の人間に、見せかけの救いをちらつかせる。 どんな連中がそんな事を考えるんでしょうね? それにどんな意味が有るって言うんでしょう?」
「・・・うん・・・・・・」


渚は頷くと座る姿勢を変えた。

両手で膝を抱え、膝の上に頬を乗せる。

彼女はその姿勢のまま、総一の顔を見つめる。


「渚さん、俺決めましたよ」
「何を?」
「俺、北条さんを絶対に妹さんの所へ帰します」


―――人を殺すほど帰りたい場所があるんだというのなら。


待っていてくれる人がいるというのなら。

総一はそこへかりんを帰してやりたかった。

彼女に誰も殺させずに、帰りつかせてやりたかった。


「総一くん・・・・・・」


そして総一は眠り続けるかりんに笑いかける。


―――俺は失敗したけど、彼女にはまだチャンスはある・・・・・・。


俺の代わりに帰るんだ北条さん。

大事な人の所に。

待っていてくれている人の所に。

俺が帰りつかなかった場所に・・・・・・。


「本当にお人好しなんだね、総一位くんは」
「お人好しというのとは、違うと思いますよ」


総一には自覚があった。

彼がかりんを助けようとしているのは純粋な善意ではない。

自分が失敗した事を彼女に成功させる事で、自身の失敗の後悔の念を少しでも打ち消したいのだ。


「きっと、人並み以上に弱くて駄目な奴なんですよ、俺は」


しかし理由はどうあれ、総一は目的を得た。

それはこの数ヶ月の間、ただ流されるままに生活してきた総一の生きる原動力となった。


「・・・・・・不思議な人だね、総一くんは」


そして渚にとっても、総一とかりんの行く末は無視できないものとなり始めていた。

渚の予想に反して、総一とかりんは戦いの手を止めていた。

それが最後まで続くのか、それともやはり殺し合いを始めるのか。

そのどちらになるのかを渚は見極めたいと思っていた。


建物に閉じ込められた最初の日は、こんな風に終わった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

2日目の朝は穏やかだった。

見張りをしていた総一が眠くなるほど建物は静かで、朝になるまで誰かが彼らの隠れている小部屋に近付いてくるような気配は一度も感じられなかった。

だからこの日最初に総一が聞いた物音は、目を覚ましたかりんの身体から落ちる毛布の音だった。


「あ・・・・・・?」


目を覚ましたばかりのかりんは、自分が今どんな状況にいるのかが分からずきょろきょろと周囲を見回していた。

そしてその途中で、かりんの目は部屋の入り口の近くに座っている総一の姿を捉えた。


「おはよう、北条さん」

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012314j:plain



「お・・・・・・おは・・・よう・・・」


総一は何事もなかったかのように挨拶したが、挨拶されたかりんはそうもいかなかった。

総一の顔を見た瞬間、前日の自分の行動が一気に思い出される。

総一を殺そうとした事や、殺せなかった事まで全て。


「あ、ああ・・・・・・」


そしてかりんは怯えた。

目の前の総一に、そして総一を殺そうとしていた自分自身に。

一晩眠ったかりんは、すっかり元の調子を取り戻していた。

冷静さを取り戻した彼女は自分が一体何をしようとしていたのかに思い至り、後悔の念に囚われていた。

総一からどう責められるか。

仮にそうでなくとも、彼女自身が自分の行いを許せそうになかった。


「北条さん、コーヒーでも飲むかい?」

「え?」


しかし総一の口から飛び出したのは恨み言でも叱責でもなかった。

それは何気ない朝の一言だった。


「といっても、この部屋に転がってた賞味期限ギリギリのインスタントコーヒーなんだけどさ」

 

総一は笑顔でコーヒーの詰まった缶を振る。

するとその小さな缶に詰まったコーヒーが、缶の外壁に当たって特徴的な高い音を立てた。


「え・・・・・・?」


かりんは戸惑っていた。

すっかり責められると思っていただけに、そのあまりにも普通な一言は逆に彼女の心を掻き回していた。


「あれ? どうしたの北条さん、もしかしてコーヒー嫌い?」

「あ、いえ、そ、そんな事は・・・・・・」


かりんは戸惑ったまま、慌てて首をぶんぶんと左右に振った。


「じゃあ2人分淹れるよ」


総一はカップを並べると缶の蓋を開け、中から慎重にインスタントコーヒーの粒をカップに移していく。

慣れていないのか、それともスプーンが無いので苦労しているのか、ともかくそれはかりんには不器用そうに見えた。


コト、コトコトコト


その小さな音に誘われてかりんが目を向けると、総一の前には小さなコンロとその上に乗ったポットがあった。

ポットは既に湯気を上げており、どうやらお湯が湧いているようだった。


―――いったい・・・・・・?


かりんには不可解だった。

総一の様子を見ていると、昨日の出来事がまるまる無くなってしまったかのようだった。

いや、それどころかかりんには総一が少し上機嫌にすら見えるのだ。


「あ、あの」


その宙ぶらりんの状況に耐えかね、かりんは思い切って口を開いた。


「き、昨日はあの、すみませんでした」


それはかりんにとっては決死の一言だったと言って良い。


「別に良いよ、そんな事」


コポコポコポ


しかし総一は対して気にした風もなく、どうでも良い事のようにそう答えるとポットからカップへお湯を注いでいく。


「俺も北条さんもいまだ生きてるじゃない。 何も問題ないよ」

「でも―――」

「はい、熱いから気をつけてね」


そして総一は戸惑うかりんの手の中にコーヒーの入ったカップを押し込んだ。

かりんは一瞬カップに目をやるが、すぐに総一に視線を戻して更なる疑問の言葉を投げかけた。


「どうして怒らないんですか? あたしは、み、御剣―――さんを、こ、殺そうと、したんですよ?」

「殺さなかったじゃない、結局」


ズズズズ


総一はコーヒーをすする。


「まだ熱いな、これ」

「でも・・・・・・、何か文句の1つも言って貰えないと、あ、あたしの方が、納得できなくて。 それに今になってあたし、急に怖くなって。 自分が人を殺そうとしてたんだなって、怖くなって。 だから・・・・・・」


彼女が握り締めているコーヒーの液面がプルプルと揺れている。

それを見た時、総一はかりんがナイフを握っていた時も同じように震えていた事を思い出していた。


―――怒られたいのか。


それでその上で、許して欲しいんだな。

自分の事が許せないし、恐ろしいから。

そこでようやく総一は彼女がどうしてそんな事を言っているのかを理解した。

かりんは何の罰もなく自分が許されるのが納得いかなかったのだ。


―――不器用な子だな、まったく・・・・・・。


でも、だからこそ妹の為に人を殺そうなんて思い詰めちゃうんだろうな・・・・・・。


「よし。 じゃあ北条さん、カップを置いてこっちおいで」

「は、はいっ」

 

かりんは素直に頷くとカップを床に置き、小走りに総一に近付いていく。


「ちょっと痛いぞ、覚悟しとけ」

「はい」


かりんは神妙な面持ちで頷く。

総一が右手を挙げても彼女の表情は変わらない。


「思いっきり叩くぞ。 舌噛むなよ」

「覚悟は、できてる」


かりんはそう言って頷くと、ぎゅっと歯を食いしばった。


「いくぞ」


そして総一は思い切り右手を彼女の頬に振り下ろした。


――ッッ


そのあまりに大きな衝撃に、かりんの顔は勢いよく左側に向いた。


「ん~~? 何~~? どうしたの~?」


音が大きかったのか、眠っていた筈の渚ももぞもぞと動き出す。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012336j:plain



「これで許してやる」
「・・・・・・うん」


かりんは頬を押さえて総一を見上げる。

その両の瞳からはぽろぽろと涙が溢れている。

涙の原因は痛みなのか、後悔からか、それとも安堵感からか。

それは泣いているかりん自身にも良く分かってはいなかった。


「北条さんはまだ子供なんだから良いんだよ。 そんな余計な心配なんかしないでさ」


そんなかりんを見ていられなくなった総一は、泣き続けるかりんをそっと抱き寄せた。

するとかりんは抵抗する事無く総一を抱き返す。


「・・・・・・ご、ごめん、ごめんなさい」

「もう良いんだ北条さん。 これまで1人でよく頑張った」


総一はかりんの細い身体を抱き締めると、その背中を優しくとんとんと叩いてやる。

その小さな少女は長い長い間、たった1人で病気の妹を守って来たのだ。

大人は誰も助けてくれず、その小さな肩に全てを背負って歩いて来たのだ。


―――そうか。


そのせいもあって誰も信じられなかったんだな。

これまで誰も自分達を助けてくれなかったから。

まったく、なんて子を連れてきたんだ、ここを作った連中は・・・。


その事に気付いた総一は、ここを作った連中への怒りを新たにするのだった。


「うっ、ううっ、うあっ、うあぁぁぁぁぁぁっ。 ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ!」


やがてかりんは本格的に泣き始めた。

その両腕でしっかりと総一を抱き締めたまま。

その大きく響く泣き声は、両腕を見つけて安堵する迷子の声のようだった。


―――しっかりやれよ総一。


この子は妹の所へ送り返すんだ。


何としても・・・・・・!


総一はそんな決意を胸に、泣き続けるかりんの背を撫で続けるのだった。


・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012349j:plain



「ふぅん、そうだったんだ~。 目が覚めたらぁ~、総一くんとかりんちゃんが抱き合ってたじゃない? だからおね~さんは心配してしまったのです~」


かりんから成り行きを説明されると、渚は納得した様子で首を何度か縦に振った。

寝ていた渚が完全に目を覚ました時、かりんはまだ総一の腕の中で泣いている真っ最中だった。

すぐに渚はそれを見咎めて騒ぎ出した。

総一が事情を説明しても渚は全く納得せず、泣き止んだかりんが説明するまで総一の事を疑惑の視線で見つめていた。


「でも私は最初から総一くんを信じてたよ~、悪い事する子じゃないって」


ぽむぽむ


笑顔に戻った渚は総一の背中を軽く叩く。


「嘘ですよ、そんなの。 さっきまで女の敵とか児童虐待とか犯罪者とか、色々言ってたじゃないですか」

「言ってないよ~」

「でも、御剣―――さんがあたしの頬を叩いたのは事実だよね?」


そんな総一と渚のやり取りに、かりんは小さく笑顔を見せた。


「やっぱり児童虐待だ~」

「違いますって」

「あたしは頼んだ気付けの1発だから、虐待じゃないケド」

「むぅ、なんか納得がいかない~」


渚はその頬を膨らませて総一とかりんを交互に見つめる。


「そんな事は良いですから、今後の事を考えましょう渚さん」

「ぶ~」

「御剣さん、上に登るのは―――」

「待った」


話しはじめたかりんを総一が止める。


「どうしたの? 御剣さん」

「それだ。 その御剣さんは勘弁してくれ。 北条さんみたいな元気な子にそういう風に言われてるとくすぐったい」

「じゃあ・・・・・・」


かりんは頬に指先をあてて小首を傾げる。


「総一さんで良いかな?」

「さんもいらない。 総一で良いよ北条さん」

「なら、あたしもかりんで良い」

「分かった。 そうしよう」


総一とかりんはそこで頷き合ったのだが、


「・・・・・・」


何故か渚は憮然とした表情で2人を見つめていた。


「なんですかその顔は」

「ねえ~、総一くん~」

「はい?」


すつと突然、渚の瞳がきらきらと輝き始める。


「やっぱりかりんちゃんと何かあったんでしょ~? イケナイ感じの、濃厚な奴が~!」


総一の方に身を乗り出した渚は、すっかりその手の展開を期待して妙に興奮していた。


「ありませんよっ!」

「そっかなぁ~」


結局、渚が納得したのはもうしばらく後の事だった。


・・・。


「今後の方針を決める前に、確認しておかなくちゃいけない事があります」

「なぁに~?」

「PDAですよ、渚さん。 それも首輪を外す条件です。 条件次第ではいきなり6階を目指して籠城するのもアリでしょうし、逆に登るより先に他の人を見つける方が良い場合も出てくると思うんです」

「なるほど」


渚は頷くとPDAを取り出した。


「前にも見せたと思うけど、私のはこれだよ~」


渚はあっさりとPDAを総一達の方へ差し出した。

表示されているのはスペードのジャック。

ルールの一覧によれば24時間以上同行した相手が最後まで生き残っている事が首輪を外す為の条件だった。


「俺はこれだ」


総一も特に気にした様子もなく、PDAを2人に見せる。

スペードのエースだ。


「かりんは?」

「・・・・・・」


しかしかりんは総一のPDAの画面を見つめたまま答えなかった。


「おい、かりん? どうした?」

「あ、えと、ごめん。 あたしのはこれ」


総一の2度目の呼びかけに反応し、かりんもPDAを取り出した。

以前の彼女とは違い、ためらったり嫌がったりというような事はなかった。

かりんのPDAはダイヤのキングだった。


「キングか・・・・・・。 確か5台PDAが必要な奴だったよね?」

「うん」


総一が確認すると、かりんは素直に頷く。


『K:PDAを5台以上収集する。 手段は問わない』


ルールにはそう書かれている。


「となると、上に登ってばっかりじゃ駄目って事か・・・・・・」

「どうするの~?」


考え込んだ総一に渚が呼びかける。

すると総一は顔を上げ、2人に向き直った。


「最初に決めたいのは、俺と渚さんが買ったら、賞金はかりんの妹のかれんを助ける為に使うって事です」

「えっ!?」


その言葉が予想外だったのか、かりんが目を見張る。


「わかった~。 私もそれがいいと思うよ~」

「じゃあ次」

「ちょ、ちょっと待って! 待って待って! そんな大事な事をさらっと流さないでよっ!!」


当たり前のように提案した総一。

全く悩まず同意した渚。

逆に慌てたのはかりんの方だった。


「だって仕方無いだろ。 俺達は誰も殺す気なんてないんだ。 12人全員生き残った場合にもかれんちゃんが助かるようにする他に手はないだろ」


現在の生存者数は12人。

全員が生き残ると1人あたりの賞金は1億6666万円。

かりんの話によれば治療に必要な金額は3億8000万円。

かりん1人分では到底足りない。

2人分でも3億3333万円。

これでもまだ不足だ。

どうしても総一と渚の両方の協力が必要だったのだ。


―――まあ、仲間が増えればその限りではないんだが、そうならなかった場合の事は考えおくべきだよな、やっぱり。


「だ、だって、良いの? 命を狙われる代わりに貰えるお金なんだよ?」


ビシッ


総一は興奮気味のかりんの頬を思い切り指先で弾いた。


「かりん少し冷静になれ。 本当に賞金が出るかどうかも分からないんだ。 俺達をここに放り込んだ連中の目的次第では、賞金なんて嘘なのかもしれないぞ」

「そ、そっか。 すっかり貰えるつもりで考えてたけど、考えてみたらあたしたちを誘拐した犯人たちがわざわざお金をくれる必要なんてないんだよね」


―――見せ餌の場合もあるのさ、かりん。


残念ながらね。


「だがもし本当に貰えたら、かりん、俺は絶対にお前の妹の為に使う。 これは約束する」

「そうそう~。 それで余った分でさ~、みんなで美味しいもの食べに行こうよ~! 海外とか~! それぐらいは余るよね~?」


渚は心配そうに総一を見上げる。

その首の動きに合わせて、頭のリボンがふわふわと揺れている。


「ええ。 何カ国か回ってもお釣りが出ますよ」

「じゃあそれでいこう~!」


渚は上機嫌で腕を上げる。


「・・・・・・2人とも、ありがとう」


かりんは思わず涙ぐんでいた。


「な、泣くなよかりん」

「だ、だってさ」

「あ~、総一くんまた泣かしてる~!」

「今度は渚さんのせいでもあるでしょうが」

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012417j:plain

 

―――こんなに簡単な事だったんだ・・・・・・。


それなのに、あたしは・・・・・・!

どう考えたって生存者が5人以下になるまでかりんが他の参加者を殺し続けるよりも、2人を信じた方がリスクは低い。

焦りと疑心暗鬼で凝り固まった心におはそれすら分からなかったのだ。


―――それに総一はあたしを裏切ったりしない。


きっと渚さんも。

殺すならかりんが寝てる間にとっくにやってる筈だ。

そしてPDAも無事。

それらを抜きにしても、今のかりんにはこの2人が裏切るようには思えなかった。


―――つまりはよっぽど追い詰められてたって事なんだよね。


それかあたしが馬鹿だったか。

いや、その両方かな・・・・・・。


ちょっと照れている総一と笑っている渚を見ながら、かりんはしみじみとそう思うのだった。

 

「おほんっ。 ともかくだ」


総一は横道にそれていた話題を修正する。


「かりんの首輪を外すのに重点を置いて行動しようと思う」

「あたしの? ちょっと待ってよ、総一と渚さんのは?」


かりんは心配そうに総一と渚の首輪を見比べる。


「渚さんのは俺達と一緒にいるだけで外れるから問題はない」


渚のPDAはジャック。

同行者が最後まで生きていれば何も問題はない。


「総一のは?」

「俺のは・・・・・・外しようがないから考えなくて良い」


総一は誰も殺すつもりがない。

それだけに総一の首輪は外す事が出来ないのだ。


「そんな!」

「待ってよ総一くん~、それじゃ総一くんが死んじゃうんじゃないの~?」

「そんな事はありません」

「どうして?」

「首輪が俺を直接殺すような仕組みになってるなら、きっとどうしようもなかったと思います。 でも、この首輪じゃなくて建物の警備システムとやらが攻撃してましたよね?」

「・・・・・・確かにそうだったけど」


かりんは頷きながら漆山の事を思い出していた。

俺を殺したのは首輪ではなく、壁から出てきた仕掛けだった。


「だからかりんの首輪を外してしまったら、どこかの狭い部屋を選んで、そこにある仕掛けを全部外してしまおうかと思うんです」

「あ! そっか!」


かりんはパッと目を輝かせる。


「全部潰しておけば、首輪が作動しても問題ないよね!」

「そう。 その為にもかりんの首輪を急いで外したいんだ」

「分かった、急ごう! 仕掛けを外すのに時間は多い方が良いもの」


総一が生き残る方法があると知り、かりんの表情は一気に明るくなった。

きっと彼女なりに総一の事は気にかけていたのだろう。


―――これでよし。


そのまま信じててくれ、かりん。


しかし実際の所、総一はそれが可能だとは考えていなかった。

この建物も人間が作ったものである以上、全くの不可能ではないのだろう。

しかしエントランスホールの封鎖の徹底ぶりや、エクストラゲームやその他の仕掛けの丁寧さを見ると、総一にはそれが用意な事ではないと思えるのだ。


―――しかしどうする? 俺が死ねば賞金は2人合わせても3億6363万円。


僅かに足りないが・・・・・・。


仲間を増やすか、それとも―――


「・・・・・・」


その時、総一は自分をじっと見つめる視線に気が付いた。


―――渚さん?

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012436j:plain

 

視線の主は渚だった。

彼女は真剣な表情でまっすぐに総一を見つめていた。

その視線は鋭く厳しい。


―――参ったな。


この人は、見た目や言動よりも遥かに賢いんじゃないのか?

彼女のその表情を見て、総一は自分の考えが彼女に筒抜けである事を悟った。


「・・・・・・」


渚は総一を見たまま僅かに首を傾げる。

どうするつもりなのかを問いかけているようだった。


―――気付かないふりをしてください、渚さん。


総一はかりんに気付かれないように渚に向かって小さく頷き、片目をつぶってみせた。

すると渚は悲しげにふいっと目を逸らし、そのまま顔を伏せた。

どうやら彼女は黙っていてくれるつもりのようだ。


―――ありがとう、渚さん。


・・・・・・かりんの首輪を外すのに必要なPDAはあと3台。


俺がJOKERを持っているんだから偽物を掴まされる心配もない。

きっとやれる。

大丈夫だ。


「おーし、じゃあ行くかぁ!」

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012451j:plain



「うんっ」


大きく頷くかりんの表情は、渚とは反対に明るく輝いていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012504j:plain



郷田真由美は困っていた。


「思ったよりJOKERがうまく機能してないのよねぇ・・・・・・。 やっぱりあの坊やに持たせたのが問題だったかしら」


彼女が問題にしていたのは、JOKERが争いの種になっていないという事だった。

本来それは騙し合いをさせ、互いの信頼を損なわせる為のものだ。

しかし総一の手の中にある限り、その効果は望めそうもないのだ。


「私達の考えていた以上に平和主義なのよね、あの坊や・・・・・・。 このままアレをあの子に持たせてたら、JOKERを使って芋づる式に仲間を増やしかねないわね」


これまでの展開からすると恐らく総一はJOKERをJOKERのままにしておく事で、逆に総一達の持っているPDAは本物であって交渉時に疑う必要が無いという形を作るだろう。

PDAに関わる条件の参加者達はこの方法で根こそぎ味方にする事が出来る筈だ。


「かりんちゃんとのやりとりは盛り上がったけど、そもそもスロースタートだった訳だし、このまま仲間を増やされると後半ぐだぐだよねぇ・・・」


さんざんぼやいた郷田はハンドバッグに手を突っ込んだ。


「何か手を打たないと、参った事になりそうだわ」


そう言いながら彼女はハンドバッグからPDAを取り出すと、起動して自らの頬に押し当てた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012517j:plain



「・・・・・・聞こえる? 私よ」


そして彼女はいずこかと連絡を取り合い始めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012533j:plain



「ねえ総一」


3人の歩く通路にかりんの声が響く。

細長い通路は相変わらずの無表情だ。

反響する彼らの足音とかりんの声だけが唯一の変化だった。


「やっぱりもう戦ってる人っているのかな?」


かりんはそう言いながら総一に鞘に入ったままの大型ナイフを手渡した。

総一はそれを受け取ると、歩く速度を変えずにそのまま腰の後ろに吊る。

そのナイフは昨日、かりんが総一に向けた代物だった。

かりんにとってはそんなものを総一に手渡すのはとても辛い事なのだが、総一は特に気にした風もない。

彼は全く表情を変えずにかりんの言葉に答えた。


「そうだな・・・・・・そうじゃない事を祈りたいけど、長沢みたいなのも居るからな。 あいつが他の誰かと出会ったら、戦いになってるかもしれないな」

「うん・・・・・・」

 

総一もかりんも、それぞれ別に長沢に襲われた経験があった。

その経験からすると、少なくとも長沢は誰かをつけ狙っているような気がしていた。


―――もっともルールの真偽が分かった以上、長沢だけには限らないんだろうけど・・・・・・。


直接3人の殺害を要求している3番。

自分以外の参加者全員の死亡を要求している9番。

総一はこの2つに関しては確実に行動を開始していると考えていた。

他にも総一は首輪を集めなければいけない4番や、首輪を5個作動させる必要がある10番あたりも怪しいと踏んでいる。


―――あまり呑気に構えている暇は無さそうだな。


妹さんの事もあるし、油断をしてこの子が傷つくような事だけは避けなくては・・・・・・。


「・・・・・・ん? どうしたの総一」


自分を見つめる総一の視線に気付き、かりんが少し心配そうな声を上げる。


―――やっぱり、あたしに刺されそうになったのを気にしてるのかな?


すぐにかりんの胸の中にはそんな不安が湧き上がる。


「んー、今日のかりんは妙に可愛いから、ふと妹さんも可愛いのかなーって思って」

「なっ!?」


予想外の言葉にかりんは唖然となる。

そしてすぐに顔が真っ赤に染まっていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012554j:plain



「あ、あわ、あわわっ!」


歳も若く、誰にも頼らずに生きてきたかりんだけに可愛いだなんて言葉をかけられた事はない。

免疫のないかりんはすっかり慌ててしまっていた。


ぽん


そんなかりんの頭に総一の手が乗った。


「そうだ、それで良い。 あんまり心配ばっかりしてるなかりん。 もうちょっと子供らしく年上を頼れ・・・っていっても、大して違わないんだけどさ」

「か、からかったな総一!?」

「そうそう、その調子」


ぽんぽん


―――根本的な所で子供っぽくないんだよな、かりんの奴は・・・・・・。


やっぱり苦労が多かったからなんだろうな。

総一はその事がずっと気になっていた。

しかし今のかりんはきちんと子供らしく見える。

それが総一には嬉しかった。


「大丈夫だって。 ちゃんとみんな無事に帰れるさ」

「う~~~」


かりんはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

そして自分がそういった子供の面を他人に見せている事にも驚いていた。


―――でも・・・・・・これでいいんだよね?


しかしそれが不思議と心地良いかりんだった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012607j:plain



「総一くん、誰かがいるみたい~」


そんな時、総一の横を歩いていた渚が通路の先を指さした。


「えっ?」


総一が視線を前に戻すと、渚が指さす先には大きなホールが広がっていた。

ようやく辿り着いた3階へ続く階段のあるホールだった。


「ほんとだ、誰か居る」


総一の後ろにいたかりんが総一に寄りかかるようにして通路の先を覗く。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012618j:plain



ホールには1人の男の姿があった。

総一にはそれには見覚えがあった。

目つきが鋭く、背の高い若者。

漆山と一緒に行動していたあの男だった。


「確か、手塚さん、だったっけ。 でもあの人、あそこで何をしているんだ?」


手塚は総一達に気付いた様子もなく、3階へ続く階段を見上げて立ち尽くしていた。

その手にはPDAが握られており、時折それに目を落としている。


―――あの人もナイフを持ってるんだな・・・・・・。


総一の居る場所からだと彼が腰に吊っているナイフが見える。

彼も総一達と同じように武器を備え始めていた。


「どうするの総一くん~?」


渚が総一を見る。

彼女はその判断を総一に任せるつもりのようだった。


―――手塚さん、あの人は一体どういうつもりなんだろう?


総一は手塚の事を思い出していた。

最初に見かけた時は漆山と物騒な話をしていた。

だが実際にそれを行った訳ではないらしい。

次に見たのはエクストラゲームの時だ。

あの時は特に問題のある行動はしていなかった。

すぐに立ち去ってしまった事だけが不安だったが、先に長沢が姿を消していたし、あの場に姿を見せなかった人間の事も考えると何とも言えない部分だった。


「総一、話をしてみようよ」


かりんは通路の先を見ながらそう提案する。


「いずれはそうしなきゃいけないんだからさ、ちょっとでも知った顔の方が良くない?」

「・・・・・・そうだったな」


総一はかりんに向かって頷いた。

かりんの首輪は今のままでは外せない。

多少危険を冒してでも、誰かと接触は持たなければならないのだ。


―――どことなく不安を感じる人だけど、それならなおのことを余裕のある今、だな。


「話をしてみましょう、渚さん」

「うん~、わかった~」


渚にも異論はないようだった。


・・・。


「手塚さん!」


渚とかりんをホールの入り口に残し、総一はゆっくりと手塚に近付いていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012651j:plain



「ん? おお! あの時の!」


手塚はすぐに声に気付き総一の方を見た。

そして総一の顔を確認すると少しだけ表情を明るくする。

手塚はそのまま両手を挙げて敵意が無い事を総一に示した。

手塚の出方が分からず緊張していた総一はそれを見てホッと胸をなでおろした。


「お前1人か?」

「いいえ。 まだ向こうに2人連れがいます。 何か問題があるみたいなんで、俺だけ先に」


さしあたっての危険はないと判断した総一は、少しだけ足を速めた。


「良い判断だよ」


手塚は笑顔のまま頷くと、顎をしゃくって総一にそれまで彼が見上げていた階段を示した。


「またろくでもない事が始まったみたいだぜ」
「どういう事です?」

 

手塚の手前までやってくると、総一にも階段の様子が見えた。


「またエクストラゲームなんだってよ」


そう言った時だけ、手塚は苦々しそうな表情と声を作った。

階段にはシャッターが下りていた。

それは分厚い鋼鉄製のシャッターで、化学火災にも対応する強度の高い特別な代物だった。

それは完全に階段を塞いでおり、そこを登っていく事は出来ないようだった。


「通れないの~? でもここの階段にはバツ印はついてなかったよねぇ?」


渚はそう言うと自分のPDAの地図を覗き込んだ。

かりんも一緒になって渚のPDAを覗き込む。

とりあえず危険が無いと判断した総一は2人を呼び寄せていた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012706j:plain



「本当だね。 って事は、3階へ上がれるのはこの場所じゃないって事?」


かりんは総一に訊ねるが、答えたのは手塚の方だった。


「ところがそう言う訳でもないんだな、これが」


そう言うと手塚は難しい顔をして両腕を組んだ。


「開けるには開けられるんだが、その為には必要な物があってね。 俺1人じゃどうしようもなくて、困ってたところなのさ」


手塚はそこまで言うとお手上げ、という雰囲気で両手を上げた。


「必要な物?」

ああ。 シャッターに近付いてみな。 またスミスの野郎のツラが拝めるぜ」


―――スミス?


言われて総一は視線を手塚からシャッターへ移した。

そして総一は慎重に一歩一歩シャッターへ近付いていく。

渚とかりんは一度顔を見合わせた後、総一の後に続いた。


シャッターの前に立つと3人のPDAから一斉に例のアラームが鳴った。

総一達はすぐに自分達のPDAを取り出してその画面を見た。


たったらったらったらった、たったらったたったらった


聞き覚えのある軽快な音楽に乗って、スミスが画面の端から現れる。


―――なんだ? 何が始まる?


その姿を見た時から総一は嫌な予感が止まらなくなっていた。


音楽が軽快であれば警戒であるほど、スミスの動きがコミカルであればコミカルであるほど、不安は募っていく。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012726j:plain



『お楽しみッ! エクストラゲイーンムッ! パート2!!』


PDAからはスミスの耳障りな高い声が響く。

画面には例によって彼の喋った言葉が次々と表示されていった。

以前に見たのと同じ形式の映像だった。


『やあみんな、久し振り! でもごめん! 今度のエクストラゲームはこないだほど派手じゃないんだ! 地味っ! とお~っても地味なんだよっ!』


スミスはそう言いながら画面の真ん中でくるくると踊り続ける。


『残念ながらこのシャッターが開くのは、今みんなが居る2階が侵入禁止になるちょっと前の事なんだ。 正確には今日の21時に開く。 2階が侵入禁止になるのはその1時間後の22時だ!』


―――今が朝の9時前だから、ざっと12時間後って事か?


総一は腕時計を見ながら頭の中で素早く計算する。


『でもこれを見ているお友達は、そんなに待たされたくないんじゃないかな? どう?』


―――冗談じゃない。


12時間も足止めされたら、その時点で残り時間は半分を切るぞ?!


もちろん総一はそんな事になって欲しくはなかった。


『そんなせっかちさんの為に、ぼくらはシャッターを開ける方法を用意したんだ。 これを見てよ!』


ぴぴっ


PDAが小さな音を鳴らすと同時に、画面にはシャッターの一部分のアップが映し出される。

そこには丁度PDAと同じぐらいの大きさのくぼみが映っていた。


『この部分にPDAを1台はめ込むんだ! そうするとね、そのPDAは取り上げられて壊されてしまうんだけど、代わりにここのシャッターが開くんだ! すごいだろう!? はめ込むPDAは何でも良い! 自分のでも、人のでも構わない。 ぼくらは中身には頓着しないから、好きなのをはめ込んでよ』


「総一くんっ!」


渚の切羽詰まった声が総一を呼ぶ。

総一は渚に向かって頷いてやった。

その間にもスミスの言葉は続く。


『誰か1人がPDAをはめ込めば、以降はずっと開いたままになる。 このシャッターを開けるのに必要なPDAは1つだけって事! それとエレベーターもこのシャッターに連動してるから、エレベーターで上がるのも無理!』


スミスはシャッターの画像を押しのけて再び姿を現す。


『さあ、余分なPDAを持っている人は良く考えて! どっちがお得かな? ここで1個使って先に行くか、それとも12時間待つか! 運命の分かれ道!!』


そう言い終わるとスミスは画面の中央でステップを刻みつつ、肩を落としてうなだれる。

とても器用な姿だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012740j:plain



『あぁ~、でも地味だ~。 果てしなく地味だ~。 いやだぁぁぁっ! ぼくはもっと楽しいのが良いんだっ!! こんなエクストラゲームは嫌なんだぁぁぁぁぁ!!』


そしてスミスはごろごろと転がって画面から退場する。

相変わらず丁寧な作りの映像だった。

やがてBGMも小さくなっていく。

BGMが完全にフェードアウトすると、PDAの画面は普段のものへと戻った。


「・・・・・・って事なんだな」


黙って総一達の背後に立っていた手塚がいささか大げさに溜め息をつく。

総一達3人の視線が一斉に手塚へ向く。


「そこで相談なんだが、これからどうする?」


そんな手塚の姿を見て、総一は彼がどことなくスミスに似た印象を持っていると感じていた。


「総一、このシャッターが閉まってるって事はまだ誰も3階には上がってないって事になるんだよね?」


真っ先に口を開いたのはかりんだった。


「そういう事だな。 誰のPDAもここにはめられていないから、このシャッターは閉じたままだって訳だ」


総一の代わりに手塚が答える。

かりんはまだ手塚の事を警戒しているようで、少しだけ総一に隠れるような仕草を見せた。

手塚はそれに気付いていたが、肩をすくめただけで何も言わなかった。


「でも仕方無いですよ。 みんな余分なPDAなんて持ってないんだし、ここを開けるのに使っちゃったら首輪が外せなくなります」

「俺もそれで開けられなかったんだ」


総一の言葉に手塚が同意する。


「12時間もこの階に足止めされて大丈夫かなぁ~?」


渚はシャッターを見上げながらそう呟く。


「そいつも問題だな」


手塚も同様にシャッターを睨みつける。


―――シャッターは閉じたまま。


PDAははまっていない。

誰のも。


「ちょっと待てよ、って事はここで待ってれば、今度こそ全員ここに揃うって事じゃないのかな?」

「あ」


ぱちん


すると黙って聞いていた渚が両手を打ち鳴らした。


「みんなそろったら、かりんちゃんの首輪が外せるね~!」

「はいっ」


総一と渚は顔を見合わせて笑いあったが、手塚は事情が呑み込めず首を傾げる。


「どういう事だ?」

「実は、かりんの首輪を外すのにはPDAを5台集める必要があるんです」


総一がそこまで説明しただけで手塚は頷いた。


「なるほどそういう事か。 ここで5台揃うのを待ち、その子の首輪を外し、必要無くなったその子のPDAでこのシャッターを開けるって事だな?」

「はい」

「そいつには俺も賛成だ」


頷いた手塚はポケットの中からPDAを取り出した。

そして彼は迷わず画面を総一達に見せる。

そこに表示されていたのはハートの7だった。

首輪を外す為の条件は参加者全員と遭遇する事。


「俺もここで待てば全員と会えるって寸法だ」


―――そうか、それでこの人は真っ先にホールを出たのか。


彼の差し出したPDAを見て、総一は漆山が死んだ時に手塚が急いでホールを出た理由に気が付いた。


―――いち早く先行した4人に追いつかない事には、いつまでたっても首輪を外す事が出来ないから。

なるほどな・・・・・・。


その4人に追いつければその時点で首輪が外れる。

しかし上層階まで先に行かれてしまうといつまでたっても追い付く事が出来ない。

それこそ行き止まりの6階につくまで追いつけないだろう。


「でも、そう都合良くその4人が来てくれるかなぁ~?」

「来るさ。 他に道はねえんだ」


手塚は笑いながらPDAをポケットにおさめる。


「ぎりぎりまで誰も来なかったら困るよね?」

「団子状態、いや、待てよ、問題はそれよりも長沢か」


総一はかりんに頷きかけて、自分がすっかり長沢の事を忘れていた事を思い出した。


「長沢・・・・・・あの坊主の事か?」

「ええ」

「あいつがどうかしたのか?」


手塚は長沢には会っていないらしい。


「実は、俺達もう何度かあいつに攻撃されてるんです」

「あの小僧が、見境なく暴れてるってのか」


手塚は1度驚いてから、やれやれとばかりに肩を落とした。


「大方トンデモねえ条件を引き当てたんだろうぜ。 迷惑な話だ」

「問題は、長沢みたいな連中がここへ来たらどうなるのかって事です」


―――確かにここで待つのは良い手だ。


だが、有効的な人間ばかりじゃない。

彼らだってここへやってくるんだぞ?

総一はそれを心配していた。


「俺達の時のように平和にはいかんか・・・・・・。 カネに目が眩んだアホウが居ても問題だな。 こいつはちょっとばかり厄介だぞ、御剣よぅ」

「はい・・・・・・」


渋い顔で頷いた総一だったが、その時ある事に気が付いた。


「そうだ、俺のPDA!」


総一は表情を明るくして自分のエースのPDAを取り出す。


「こいつで開けてしまえば良いんだ!」

「総一っ!?」

「どういう事だ?」

「見て下さい手塚さん。 俺のPDA、条件が酷いんで元々首輪を外すのには使えません。 だから―――」

「だからここを開けるのに使っちまおうってのか?」

「はい」


しかしかりんが総一のPDAを彼の手ごと掴んだ。


「駄目だよ総一っ、そんな簡単にこれを手放しちゃ!」

「かりん?」

「これ、今後もきっとおかしな使い道があると思う。 エクストラゲームだってあと何回あるか。 その時にこれが必要になったらどうするの!? 首輪が外れたんでもない限り、そんなの駄目だよ!」


かりんは必死にそう訴える。


「しかし・・・・・・」

「御剣、本当の非常時にやるならともかく、俺もそれには反対だな」

「手塚さん」


かりんを言い含めようと口を開きかけた総一だったが、手塚の反対に口を閉じた。


「得体の知れない状況なんだ。 あまり安易な判断は下さない方が良い。 俺達がこのPDAを持たされている本当の理由だって、よく分からないんだぜ?」

「本当の理由?」

「考えてもみろよ御剣。 奴らは俺達を監視してる。 それなのに首輪を外す条件をPDAに判断させてやがる。 その理由は何だ? 奴らが自分でやった方が安上がりで確実なんだぜ?」


―――PDAがある理由・・・?


それは総一が考えもしなかった事だった。

総一は手元にあったから何気なく使っていたが、改めてそう指摘されるとこのPDAにはあまり存在意義は無いような気がした。


「これまで見てきた以上の使い道があると?」

「俺はそう思うぜ、御剣。 後半までPDAを大事に守ってなきゃいけない理由がきっとある」


手塚は真剣な顔でそう言ったが、その後に少しだけ笑顔を見せた。


「って理由もあるがな、御剣。 実際の所はお嬢さん方にあまり心配をかけない方が良いって事さ」


そして手塚はかりんに向かって片目を閉じる。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012805j:plain



これまでかりんは手塚を軽快して硬い顔をしていたのだが、手塚のその顔を見て少しだけ表情を緩めた。


「お前1人ならそれも良いんだろうが、ここでPDAを失ったお前の顔をこの先2日も見るのはあまり良い気はしないだろうぜ。 もっと大人になりな」

「手塚さん・・・・・・。 分かりました」


総一はコクリと頷いた。


―――そうか、俺の考えはまだまだ子供か・・・・・・。


手塚に言われて、総一は初めてそれを自覚する。


「あ!」


ぱちん


黙ったまま難しい顔をして考え込んでいた渚が両手を打ち合わせる。


「総一くんっ! JOKERだよ! JOKERここにはめ込んじゃおうよ!!」

「そうかっ! それがあったのを忘れてた!」


総一は慌ててもう1つのPDAを取り出した。

総一には使い道が無かったのですっかり忘れていたが、ポケットの中にはもう1台PDAが入っていたのだ。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012818j:plain



「JOKERってオイ」

「はいっ、これです」


驚いている手塚に、総一は新たに取り出したPDAを差し出した。

そこに表示されているのは道化師。

そして角に刻まれているのは数字の代わりにJOKERの文字だった。


「これならとられたって問題はありません!」

「ほほう・・・・・・これがJOKERか・・・・・・」


手塚は目を細めてJOKERを眺めている。

興味があるのか、その視線は随分と熱心だった。


「でも総一くん、JOKERが欲しい人もいるんだよね? 大丈夫かな?」

「そうか、そうでしたね」


2と6のPDAの持ち主はJOKERを探している。

2は破壊するためで、6は偽装機能を5回使用するためだ。


「俺達でその2つの条件を満たしてやりゃ問題はないさ。 違うかい?」


手塚はあっさりと問題の答えを口にした。


「JOKERの機能とやらを5回使う。 その上でそこのくぼみにはめ込めばPDAは壊れる。 それで万事解決。 そいつらの首輪は両方とも外せるようになるって寸法だ」

「JOKERの機能は1度使うと1時間のインターバルが必要になりますから、しばらくかかってしまいますが」

「構うこたねえよ。 もともと俺はここで待って、全員と会いてえんだ。 そこのお嬢ちゃんもそうなんだろう? 一石二鳥じゃねえか」


―――JOKERの機能を使いながらここで他の連中を待つ。


5回目が済んだらシャッターを開ける。

その先は上へ行くんでもそのまま待つのでも構わない。

なるほど、これなら確かに・・・・・・。


総一は手塚の頭の回転の速さに感心していた。


「ただまあ、危険な連中もいるようだから、こんな真ん前で待つのはやめた方が良いだろうな。 少し離れた見通しの良い場所からここを見張りゃ良いだろう。 どうせみんなここで立ち止まってくれるんだからよ」


―――この人が敵じゃなくて良かった。


総一は淀みなく説明する手塚を見ながら、心底そう思うのだった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012838j:plain



手塚の提案に従い、総一達はホールに繋がっている通路の1つに移動した。

そこからだと逃げ道を確保したまま階段のあるホールを見張る事が出来る。

他の参加者を待ち構えるにはうってつけの場所だった。

明らかな危険はそのままやり過ごせば良いし、そうでなければ話しかける事も出来る。

選択肢が出来る分、階段の前で待ち構えるよりも遥かに安全だった。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012856j:plain



「それにしても助かっちゃったね~、総一くん~」


食事の用意をしていた渚が手を止め、少し先で見張りに立っている手塚の背中を見ながら笑う。


「手塚くん、初めは恐い人かなって思ったけど、話してみたらあんまり恐くなかったもんね~?」

「ええ。 ちょっと先入観が強かったのかもしれませんね」

総一も渚と同感だった。

これまでの事から想像していた手塚と、実際に話してみた手塚の印象は大分違っていた。


多少厳しい事を言ったり、過激な表現を使うものの、取り立てて偏った物の考え方をする人物ではなかったのだ。


「話してみたら意外といい人なんて、あたしと総一でも経験済みだったじゃない。 ・・・・・・渚さん、これでいいかな?」


かりんは笑いながら大きめの皿の1つを渚に見せた。

かりんは渚の手伝いで食事の準備をしており、彼女の持っている皿は見張りをしている手塚の為のものだった。

皿の上には食べられるようにした保存食が何種類か並んでいた。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012908j:plain



「うん~、全部ちゃんと揃ってるね~。 大丈夫だよ~」

「はい」

「かりん、コーヒーはもうちょっとかかりそうだから食事だけ先に持ってっちゃってくれ」

「分かった。 行ってくるね」


かりんは首を縦に振ると総一達をその場に残して手塚の方へ向かった。

 

「総一くん、コーヒーを淹れるのは出来るんだね~?」

「インスタントだけならなんとか」


総一は以前かりんにも淹れてやったコーヒーの缶を軽く振る。

食事の準備は女性陣に任せ、総一は飲み物の準備をしていた。

とはいえここで用意できる飲み物なんてたかが知れている。

倉庫で保存食と一緒に見つけたインスタントコーヒーやティーバッグがせいぜいだった。


「金属製のカップなのも減点なんですよね」


総一はコンロに乗っていたポットからカップに少しだけお湯を注いで温度を確かめながら苦笑する。

金属製のカップだとコーヒーは冷めやすいのだ。


「かりんちゃんには丁度良いんじゃない~?」

「あははは」


かりんは歳が若いせいか、それとも単なる猫舌か、熱いコーヒーが苦手だった。


「渚さんは熱いの平気なんですよね?」

「そうよ~。 熱いのは苦手なのは、私の友達の方だったわ~」


渚は懐かしそうに目を細める。

その時にほんの一瞬だけ彼女の目に悲しみの色がよぎったのだが、総一はそれには気付かなかった。


「・・・・・・総一っ」


そこへかりんが戻ってきた。

しかし彼女は何故か深刻そうな表情をしており、総一に抱きつくようにして身体を寄せると、小声で彼に話しかける。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012922j:plain



「聞いて総一、大変なの」


かりんはしきりに背後の手塚を気にしながら、押し殺した声で話し続ける。


「どうしたかりん、そんなに慌てて」

「大丈夫? かりんちゃん」

「だ、大丈夫じゃない」


かりんは小刻みに首を左右に振る。


「あの人、て、手塚さん、足に、ち、血が付いてるの」

「え?」

「右足の後ろ側の、かかとの上のあたり。 まだ乾いてない、真っ赤な血が付いてるのっ」


そう言うとかりんは総一の腕をぎゅっと抱きしめる。


「どうしよう総一、きっとあの人、どこかで誰かを殺してきたんだ!」

「ま、まさか・・・・・・」


総一は思わず背後の手塚を振り返ってしまっていた。

しかし幸いな事に手塚は総一には気付かない。


―――確かに足首の上のあたりに、何か赤い染みみたいなのがあるけれど・・・・・・。


あれが血なら、確かに大した量だが・・・・・・。


「本当に血だったの~? 間違いない~?」

「うんっ、逃げようよ総一、あいつきっとあたし達も殺す気なんだ」

「他の理由で付いたって事はないだろうか? 長沢とかに襲われた時に相手の血が付いたとかさ」

「それなら言うよ! 誰かと喧嘩してきたって! 言わないんだから、もっと酷い事なんだよ! 総一、逃げようよっ!」


かりんは顔を真っ青にして総一の手を揺する。

その真剣さに思わず頷きそうになった総一だったが、まだ確かな証拠はなく、安易に頷く事は出来なかった。


―――漆山さんは毒で死んだ。


多少出血していたが、服に付くほどじゃない。

手塚さんは長沢が人を襲っている事を知らないと言った。

だからあいつに襲われた訳じゃない。


だったら・・・・・・。


「確かめてくるよ」

「総一っ、危ないよっ!」

「大丈夫、直接訊いたりはしないよ」

「気をつけて、総一くん。 もしかりんちゃんの言う通りだったら、大変な相手だよ?」

「・・・・・・はい」


それは総一にも身に染みて分かっていた。

仮に全てがかりんの言う通りだったとしたら、これまでの彼の言動は全て総一達を油断させる為に計算されていた事になる。


―――そこまでできる人が、本当は敵だったりしたら・・・・・・。


総一は背筋が凍る思いだった。


・・・。


「手塚さん、コーヒーが入りましたよ」

「おー、こっちへ持ってきてくれー」


手塚は総一の声にも振り返らず、総一に背中を向けたまま軽く手を振った。


―――見張りを続けてくれているみたいだけど・・・・・・。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012938j:plain



近付いていくと、彼の右足のかかとの上あたりに付いた赤い染みがよく見えるようになる。

赤い染みは直径が5センチ程。

染みの外縁部は完全に乾燥して赤茶けてきているが、中心付近はまだ乾いていないのか僅かに光沢がある部分があった。


―――どうやら血なのは間違いないみたいだけど・・・・・・

 

「何か変化はありましたか?」


総一は手塚の隣に立つとコーヒーを差し出した。

 

f:id:Sleni-Rale:20201025012950j:plain



「ありがとよ。 変化と言って良いのか分からないが、さっき向こうの通路にちらっと誰かが見えたような気がしたんだ。 それっきりだったから気のせいだとは思うんだが」

「そうですか」


総一は手塚の示す方向に視線を向ける。

しかし総一が気になっていたのはやはり手塚の事だった。


「距離があるからわざわざ回り込んできたりはしないと思うんだが、一応お前達の方も注意しておけよ」

「はい、ありがとうございます」


そんな総一をチラッと見て、手塚はニヤリと笑う。


「そんなに緊張しなさんな」


総一の心臓が飛び上がる。


―――疑ってるのを見抜かれてるのか?!


「万が一万が一。 そもそも本当に居たのかどうかも分からないし、居たとしても実際に敵対するかどうか分からん。 今から緊張してたら命が幾つあっても足りないぞ」

「は、はい」


しかし手塚は総一の緊張をそんな風に解釈したらしかった。

総一は思わず安堵して大きく肩を落とした。


―――この人が、本当に? だがこの血は本物だぞ? 一体どうして付いたんだ?


総一の頭の中では信頼と疑惑とがぐるぐると回っていた。

それらは酷く総一を迷わせていた。


―――よ、よし。


そして総一は意を決すると、その迷いを解決すべく口を開いた。


「実は手塚さん、折り入って御相談したい事が」

「ん? 何だ? 言ってみろ」


手塚は疑った様子もなく、総一をちらっと見ただけで見張りを続けていた。


「はい・・・・・・」


―――ふぅ・・・・・・。


なんだか、心臓が痛い・・・・・・。

敵か味方か。

この手塚という男の場合、その差は特に大きい。

それだけに総一の緊張は小さくはなかった。

心臓は大きく脈打ち、頭には血が上ってクラクラしている。


「じ、実は、あの2人には言ってないんですが、あの2人に会う前に俺、奇妙な格好をした男達を見ているんです」

「なんだと?」


手塚は総一の作り話に食いついてきた。


「それこそ遠くからちらっと見ただけなんでハッキリした事は言えなくて。 だから渚さんとかりんには黙ってたんですが・・・・・・。 だから手塚さんが、誰かおかしな連中を見かけたり、襲われたりしていないか教えて欲しいと思いまして・・・・・・」

「そうか、それでお前、そんなに緊張してんのか」


手塚は何度か頷くと総一の顔を見た。


「俺はここで目が覚めて最初に出会ったのは漆山さんだ。 それ以降はずっとあの人と一緒だった。 その後、しばらくしたら例のエクストラゲームだ。 慌てて2階へ向ったら、あの始末だ」


―――それは知ってる。


以前見たもんな。

総一達は一度手塚達を見かけていながら、そのまま声をかけずに見送っていた。


「その後は首輪を外したくて先行する4人を追いたかったんだが、残念ながら誰とも会えずじまい。 きっと先にここへ辿り着いて、みんな戻って行っちまったんだろうな」


手塚は話しながらホールと階段を指し示した。


「その後はお前達も知っての通りだ。 ここで足止めされてたらお前達がやってきた。 だから俺はお前の言うような連中には出会ってない。 襲われてもいない」
「そうですか・・・・・・」


総一は頷くが、心の中は恐怖でいっぱいだった。


―――嘘だ・・・・・・。


この人は最低でも誰かが怪我をした場所に遭遇してる筈なのに、それを言ってない。

長沢の話は聞かせてるんだから、他の参加者に襲われたなら言うだろう。

それを言わないなら、どんな状況だ?

彼が逆に誰かを襲ったからじゃないのか?

そして俺達をも?


「悪いな、役に立たなくて」
「いいえ、そんな。 他の人にも知って貰えてるだけでいくらか気が楽になりました」
「確かにあの子らじゃ伝えても不安にさせるだけだもんな」

 

くっくっく


手塚が笑う。

さっきまでは何でもない笑い声に聞こえていたのに、今の総一にはそれが恐ろしい声に聞こえて仕方が無かった。

おかげで総一には笑い返す余裕はなかった。


「じゃあ、ここはお願いします」
「おう。 任せとけ」


―――どうする? このままここに残るのか? それともかりんの言うように逃げ出すのか?


総一は決断を迫られていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


手塚としては思った通りに事が運んでいた。

3人とも手塚を疑う様子はなく、すっかり彼の事を信じ込んでいるように見えた。

漆山の残した7のPDAも役に立った。

あれのおかげで彼らはあっさりと手塚を仲間に引き入れた。



―――くくく、これでこの3人をやっちまえば勝ったも同然ってな。

こんなに簡単に進むとはな。

お人好しってのは多いんだなァ。

それとも単に馬鹿なだけか?

手塚は笑いを噛み殺すのに必死だった。

今3人は手塚の背後で眠っている。

食事を終えた彼らは少し眠ると言って毛布にくるまった。

見張りをそのまま手塚に任せたままで。


―――ゆっくりお休み3人とも。


そのまま永遠にな?


ククククッ


手塚はちらりと背後を振り返ると、腰の後ろのナイフに手を伸ばした。

3人が横になってから既に30分近くが経過している。

3人ともよく眠っているようで、身動き一つしない。

口を押さえいきなりナイフを突き刺し、悲鳴を上げる前に殺す。

他の用事は後回しにした方が安全で確実だった。


ポタ、ポタ


手塚がナイフを鞘から引き抜くと、ナイフについていた血液がぽたぽたと床にこぼれ落ちる。

どこかで誰かに振るわれたナイフ、それが今度は総一達へと向けられていた。

1歩、2歩。

手塚は足音を殺して近付いていく。

しかし3歩目を踏み出す前に彼は大きく舌打ちをして身体から力を抜いた。

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201025013027j:plain

 

「チィッ」


その顔は苦々しい表情に彩られている。


「やられた。 思ったより抜け目のない連中だったな」


そして手塚はナイフを鞘に戻した。

毛布にくるまって眠っていた筈の総一達。

しかし彼らはいつの間にかそこから姿を消していた。

毛布の中にあるのは雑貨や箱、そこらに落ちていた廃材などだ。

彼らはそれらを身代わりにして手塚を騙していたのだ。


「まどろっこしいやり方が悪かったかなぁ。 面白くはあったんだがな。 ククククク」


総一達に逃げられた筈だというのに、手塚は特に気にした様子もない。


「さあどうする総一君よ? 俺がここにいる限り、お前達は誰も上には行けないんだぜ?」


そうなのだ。

一時的に手塚の手から逃れる事が出来ても、総一達は結局はここへ戻って来ざるを得ない。

手塚が手を広げて待ち構えている、この場所に。


「楽しみだなぁオイ。 どうせ聞いてんだろスミスよぅ? てめえはどう思う?」


笑い続ける手塚は、本当に楽しそうだった。


・・・。

 

【番外編】 G線上の魔王 サウンドドラマ ―償いの章― 第一巻 【ドラマCD】

G線上の魔王 サウンドドラマ

―償いの章― 第一巻

 

 

 

f:id:Sleni-Rale:20201023230323j:plain

 

 

 


"残されたハル"


ハル「…もう一度、お願いします…。 京介くんはなんて…?」

刑事「君を利用したと供述している。 …あわよくば、君に"魔王"を殺させようとしたと」

ハル「そうですか…」

刑事「宇佐美さん。 しつこいようだが、君は…浅井京介が拳銃を所持していた事を知らなかったんだね?」

ハル「それは…はい。 知りませんでした」

刑事「同棲していたのに?」

ハル「京介くんが、捨てたと言っていたので」

刑事「それを信じていたと?」

ハル「…はい」

刑事「うん…。 浅井京介は君を…殺人に利用するくらいしか使い道が無かったと言っているが…。 それについてはどう思う?」

ハル「……っ」

刑事「君を愛してはいなかったようだが」

ハル「…そんなこと…ない…」

刑事「…ん?」

ハル「そんなことない…。 絶対に、そんなことない!」

刑事「…今日はこの辺にしておこう」

ハル「…すみません」

刑事「しかし、腑に落ちないねぇ」

ハル「はい?」

刑事「いや、独り言だよ。 浅井京介が本当に君を利用していたのだとしたら…なぜわざわざ全てを暴露したのだろうなぁ。 彼が自白したのは、結局のところ君が"拳銃を触っていない"という一点に絞られる。 …なぜかな? 青臭い小僧が自分の計画をひけらかしたかっただけなのか…。 それとも…」

 

――私をかばっているんだ…!

 

G線上の魔王 サウンドドラマ

―償いの章―


・・・・・・。

 

・・・。

 


"京介のいない学園"


・・・。


椿姫「あっ……栄一くん。 おはよう、あのねっ!」

栄一「……京介の事なんだけどよぉ……」

椿姫「うん。 私も、そのお話がしたくて」

栄一「…まったくよぉ。 数多の伊達ワルレジェンドを築き上げてきた俺ちゃんも、流石に引いちまったぜぇ・・・」

椿姫「……う、嘘だよ、ね。 浅井くんが…」

水羽「今…留置所にいるのは、事実みたいね…」

栄一「いきなりご挨拶じゃねぇか、白鳥ちゃんよぉ」

水羽「殺人、銃刀法違反……。 容疑を概ね認めてるって」

花音「そんなの嘘だよ」

椿姫「花音ちゃん……」

花音「だって兄さん、ヤクザじゃないもん。 テレビはみんな、嘘ばっかり! 私もよくテレビ出るから分かる。 面白くするために必死なの」

栄一「おっ、よく言い切ったな花音! 初めてお前を尊敬したぜ!」

花音「栄ちゃんももう、ぶりっ子するのやめたんだね」

栄一「バレちまったもんはしょうがねーからなぁ。 そうだよ、理科準備室の神とはオレのことよっ!」

水羽「……なんにしても……。 面会には行こうと思うんだけれど……」

栄一「……な、なんだよぉ。 てめぇ、良いこと言うじゃねーか」

水羽「……借りがあるから」

花音「のんちゃんは一人で行くよ」

栄一「あぁっ? なんだてめぇ!? みんなで行ったほうが盛り上がるじゃねぇかっ! なぁ、椿姫!」

椿姫「……あっ、うん。 ごめん、私も面会に行くなら一人で行くつもりだったの」

栄一「……ふーん。 なんか、訳アリってやつ

かよ。 じゃ、オレは宇佐美を誘うよ」

椿姫「そのっ、ハルちゃん、なんだけど……。 ねっ」

花音「……うん。 連絡つかないよね?」

水羽「浅井くんと同棲してたみたいだけど……」

栄一「……お、おいっ! オレを、見るなよ! オレは、なんも知らねーぞ! ……あぁ、でも京介の野郎が宇佐美にマジ惚れしてたのは間違いねぇなー……。 ったくよぉ、宇佐美のヤローも学園に来ねェで何してんだぁ? ……ちょっと様子見に行ってみっかぁ、めんどくせーけどぉ」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


"栄一とハル"


・・・。

 


コン、コン、コン


栄一「おーい、宇佐美ー!」


ピンポン

ピンポン

ピンポーン


栄一「おいコラァ! 居るんなら居るって言え! 居ないなら居ないって言え!」


ガチャ


ハル「……あ、どうも……」

栄一「……あぁ、居るじゃねーか。 居留守ぶっこいてんじゃねーよ……!」

ハル「……私の家、ご存知だったんスね……」

栄一「白鳥に聞いたよ。 ……ンな事より、オメーなにしてんだ?」

ハル「……なにって、普通に、生きてますけど?」

栄一「学園は?」

ハル「……あ、明日から、ちゃんと出ようと思ってました」

栄一「……ふーん。 なんだよ、割と元気じゃねーかよ。 心配して損したぜ」

ハル「ども、ご心配をおかけしまして……」

栄一「……まあいいよ。 京介の面会行こうぜ」

ハル「……面会、っスか……?」

栄一「そうよ。 知ってんだろ? 奴は今、あらぬ疑いをかけられて、流石にまいってる筈なんだよ」

ハル「……えぇ。 殺人は、事実のようです」

栄一「あぁ?」

ハル「浅井さんが"魔王"を撃ち殺したんです。 直接、警察の人から聞きましたから」

栄一「……マジかよ」

ハル「……私も、刑事さんにこっぴどく絞られましたから。 まず間違いはないかと……」

栄一「……ねぇ、話が見えないんだけどさ。 京介は、なんで"魔王"を殺したわけ?」

ハル「……復讐、だそうです。 養父の、浅井権三さんの……」

栄一「……拳銃持ってたってのも、マジ?」

ハル「はい……」

栄一「お前、止めなかったの?」

ハル「……すみません。 気絶してしまっていたので」

栄一「気に入らねぇなぁ」

ハル「すみません、役立たずで」

栄一「ちげーよ。 てめぇの、今のその落ち着き払った態度が気に入らねぇんだよ」

ハル「……はぁ」

栄一「はぁ、って……まぁいいや。 ホラ、とっとと支度しろよ」

ハル「……あっ、ど、どちらに行くんスか?」

栄一「だから警察署行くんだよ、面会に!」

ハル「私は、今の所は面会には行かないつもりです」

栄一「あぁっ!?」

ハル「会わないほうが良いのではないかと」

栄一「なんでだよ!?」

ハル「……っ」

栄一「おいっ!」

ハル「……実は、刑事さんから聞いたんですが。 ……浅井さんは、私を利用していただけなのだと。 夜中に私にこっそりと拳銃を握らせておいて……。 あわよくば、"魔王"を殺させようとしたのだと」

栄一「……ふーん。 それでなに? 冷めちゃったわけ?」

ハル「……っ」

栄一「京介のこと、もうどうでもいいわけ?」

ハル「どうでもいいとは、言いませんけど……」


――ッッ


栄一「痛ッ!」

ハル「ど、どうしたんスか!? いきなり、壁を蹴飛ばして!?」

栄一「……いってぇ! ざけんなコラァ!!」

ハル「……はい?」

栄一「京介がよぉ、あのテロの時によぉ……。 てめぇの為にどれだけ死にものぐるいだったのか、てめぇには分からねぇのか!!」

ハル「……っ」

栄一「お前を利用してただと!? おめー、マジでそんな話信じてんのか!? 頭悪すぎるんじゃねーの!?」

ハル「あ、あのぉ! ……エテ吉さん」

栄一「見損なったぜ、宇佐美。 てめーは切り刻んでワニの餌にしてやんよ!」

ハル「すみません、ちょっと!」

栄一「あんっ!?」

ハル「風邪を引いていましてね。 それにちょっと吐き気がして……。 今日は、この辺にしてもらえませんかね?」

栄一「……っ! 消えてほしいってか? あーそうかよ、オレもそうしたかったところだ!」


ガタン!


・・・。


ハル「……ごめんなさい、栄一さん」


・・・・・・。

 


・・・。

 


"心配する仲間たち"


・・・。


水羽「……ハルっ! ……お、おはよう…!」

ハル「……あぁ、水羽。 どうしたんだ? 朝から血相変えて」

水羽「ハルこそ大丈夫? いつも以上に鬱々とした顔、してるけど……」

ハル「……それより、なにか聞きたいことがありそうだけど」

水羽「浅井くんのことよ、ニュースで見たんだけど……。 あの人、本当に、ひ、人を……手にかけたの……?」

ハル「……だと、思う。 私も、人殺しの瞬間を見ていたわけではないけれど……」

水羽「そんな……! 一体どうして?」

ハル「昨日、栄一さんにも話したけど……。 復讐のためだって。 お義父さんを殺されたから、その敵討ちだって」

水羽「い、意味が分からないんだけど……」

ハル「私にも、よく分からないけど。 ヤクザの方には、そういう……」

花音「兄さんはヤクザじゃないよっ」

ハル「……っ! 花音……。 アメリカから帰って来てたんだな」

花音「……ウサミン。 兄さんと一緒に暮らしてたんでしょ?」

ハル「ちょっとの間だけだよ。 ……ごめん、黙ってたわけじゃないんだけど……」

花音「別にそれはいいよ。 兄さんもウサミンのこと好きだったんだろうから。 ね、シラトリンっ!」

水羽「わ、わたしは……。 浅井くんが、誰を好きでもどうでも良いけど……」

花音「私が言いたいのはね、ウサミン」

ハル「う、うん……」

花音「止めること出来なかったのかな、ってこと」

ハル「……っ」

花音「私、珍しく色々考えたんだけど……。 やっぱり、兄さんが悪者には思えないんだよ」

ハル「…‥っ! 私が悪いって!?」

水羽「ぇ……? どうしたの、ハル?」

花音「誰もそんなこと、言ってないよ……。 なんで怒るの?」

ハル「……っ。 ご、ごめん……」

花音「……私にはわかんない、どうしようもない事情があったんだろうな、って思ってたの。 だから、それをちょっとでもウサミンから聞きたかったの」

水羽「……ねぇ、ハル? 事件当日のこと、詳しく教えてくれない?」

ハル「……そんなに、知りたいの……?」

水羽「浅井くんには、助けてもらった借りがあるから……。 彼の苦悩を、少しでも理解したいの」

ハル「私にも分からないよ。 浅井さんの苦悩なんて……!」

水羽「……ハル……」

ハル「ご、ごめん……。 また、今度にして」


・・・。


花音「……ウサミンも、辛いんだよね……」


・・・・・・。

 

・・・。

 


"椿姫の想い"


・・・。


椿姫「は、ハルちゃん……待ってっ!」

ハル「……っ、なに?」

椿姫「ちょっと、お話できない?」

ハル「ごめん、ちょっと風邪気味で……」

椿姫「ちょっとで、いいからっ」

ハル「悪いけど……ここのところ、ずっと熱があって……。 頭が回らないんだ」

椿姫「……浅井くんに、会ってきたの」

ハル「……っ! なんだって…? 会ってきた? 浅井さんに!?」

椿姫「昨日、警察署に行って……面会してきたの」

ハル「げ、元気だった!? どうだった? なにか言ってた!?」

椿姫「ちょ……っ」

ハル「……あぁ、と、とにかく……。 ここじゃなんだから、私の部屋に来ないか?」


・・・・・・。


・・・。

 


椿姫「浅井くん……。 嘘だよね?」

京介「おいおい。 冗談でこんな場所に入れられるかよ」

椿姫「だって、信じられなくて……」

京介「俺は人殺しだ」

椿姫「嘘だよ。 なにか、理由があったんでしょ?」

京介「あぁ。 奴は浅井権三を、俺の養父を殺したからな。 ……その敵討ちってやつだ、カッコいいだろ?」

椿姫「……っ」

京介「そうそう。 お前の弟が誘拐された時のことだがな、今だから教えてやるが……。 俺はとっととお前たちに家から出ていって欲しかったのさ。 俺は善意でお前たち家族に協力していたんじゃない。 全て"カネ"のためだ」

椿姫「……ちょっと前にね。 お家に、小包が届いたの。 ……中身、なんだと思う? お金だよ。 五千万あるって、お父さんが言ってた。 送ってくれたのは、"魔王"だって。 今までの罪を反省してるって、添え状があったの」

京介「……ほぉ、そりゃ良かったな」

椿姫「うん……。 お父さんも、広明も……みんな喜んでた」

京介「そうかそうか! これも日頃の善行の賜物だな」

椿姫「でも、私は素直に喜べないんだよ」

京介「……なに?」

椿姫「だって、それは……そのお金は、きっと」

京介「なんだよ……。 "魔王"が反省してるって言ってたんだろ? 椿姫のくせに人を疑うなよ」

椿姫「私はあの事件で、少しだけ変わったんだよ?」

京介「ちっ……」

椿姫「いいんだよ? 浅井くん」

京介「あ……?」

椿姫「私たち、お友達だよね? だからね、殺人犯のお友達でも平気だからっ。 今日もね、お家にどこかの雑誌の人が来たよ。 学園での浅井くんの様子を聞かれたよ! それでね、私、こう答えたんだっ。 浅井くんは冷たそうだけど、本当はとっても良い人ですって!」

京介「……っ」

椿姫「だから、平気なんだよっ!」

京介「……ふんっ。 なんだよお前」

椿姫「……ぁ、なぁに?」

京介「まさか、お前俺に気があったのか?」

椿姫「ぁっ……!」

ハル「だったら残念だったな。 俺はお前みたいな女が大嫌いでね。 二度と来るな……。 お前の顔なんて見たくもない……」

椿姫「……ぁっ、浅井くん! 待って、待ってよぉ!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

ハル「……そうだったんだ。 辛かったね……」

椿姫「わたしっ、今でも信じてるよ。 ひどいこと言われたけど、あれはきっと、私のためを思ってのことだって……」

ハル「そう……」

椿姫「……浅井くん、きっと……私に迷惑かけたくないって、思ってるんだよ」

ハル「……ぅん」

椿姫「ぁっ……、ごめんねハルちゃん」

ハル「なにが?」

椿姫「……その、私の……気持ち。 浅井くんの、こと……」

ハル「……ぃや。 それは、知ってたし……。 私の方こそ、なんというか……。 ごめん」

椿姫「ううん、浅井くんがハルちゃんを選んだんだから。 私は、彼が幸せであれば……それでいいの」

ハル「幸せ……」

椿姫「だからっ、ハルちゃんも、もし良かったら面会に行ってあげて。 浅井くん、喜ぶと思う」

ハル「そ、そうかな? 逆に困らせるだけじゃないかな?」

椿姫「……きっと、私と同じように口の悪いことを言うと思うけど……。 内心は、ハルちゃんに会えて、嬉しいはずだよ」

ハル「嬉しい反面、また浅井さんを苦悩させてしまうかも……」

椿姫「どういうこと?」

ハル「椿姫の言うとおり、もし面会に行ったら……。 浅井さんは私をなじると思う。 血を吐く想いで、私を拒絶すると思う……。 分かるかな?」

椿姫「……ハルちゃん」

ハル「京介くんに、そんな思いをさせたくない。 それに、会いに行ったら私自身どうなってしまうか分からなくて……。 どうしたらいいのか……っ……! ど、どう思う……? 椿姫……」

椿姫「……。 ハルちゃんが、私に意見を求めるなんて……。 本当に悩んでるだね」

ハル「……っ、もう……頭がおかしくなりそうなんだ……。 辛くて夜も眠れないし、ご飯も食べられなくて……。 淋しくてキツすぎて……いっそ、こんなに、苦しいなら……。 いっそのこと……私も刑務所に入ったほうが良いって……」

椿姫「ハルちゃん! あんまり自分を追い込まないで!」

ハル「でもぉ、でも私のせいなんだ!」

椿姫「……ハルちゃんの、せい?」

ハル「……っ!」

椿姫「どういうこと? 浅井くんが人を殺したのは、ハルちゃんのせいなの?」

ハル「ぃ、いや……!」

椿姫「詳しく、教えてもらえないかな? やっぱり、浅井くんは復讐の為に人を殺したんじゃないよね? ニュースでやっているような、事実と違うんでしょ?」

ハル「なんでもないっ! ……今のは、忘れてくれ」

椿姫「待って! ハルちゃんを責めたいわけじゃないのっ!こんなに苦しんでるハルちゃんを見るの、初めてだから……。 なにか、力になれないかなって」

ハル「いいから忘れてくれ!」

椿姫「……っ」

ハル「……ご、ごめん……。 もう、一人にして。 勝手ばっかり言って、ごめん」

椿姫「……わかったよっ。 ……また、様子見に来るね」

ハル「……ありがとう」


・・・。


シャワーを浴びるハル。


ハル「……っ、なにをしているんだ……私は。 みんなを傷付けて……、心配させて……。 京介くんにも庇われて……。 でも、私が真実を告白したら、京介くんの決意を無にしてしまう。 ……そうなったら、京介くんは私を許さないだろうし、ひどい絶望を味わわせてしまうだろうし……。 ……っ……ぅぅ……どうしたらいいんだ……。 自分だけ、助かっていいのかな? 京介くんに守られるだけでいいのかなっ……! いや、いいわけがない! ……私が悪いんだから。 ……そう、私が京介くんを殺人犯にしてしまったんだ……! だからっだから! ……っ……ぅう!? ……ぅ……。 はぁ、はぁ……。 ち、ちが……。 私は、ただ会いたいんだ……。 一目でいい、京介くんに会いたい……! 声が聞きたい! ……また気持ち悪いって馬鹿にしてほしいっ! ……髪の毛掴んで、ぐしゃぐしゃってしてほしいっ……! ……ぅう、会いたい……! 会いたいよぉ……! きょ、すけくん……! 京介くん……!! ……ぅう……」


・・・。


ハル「……っ、誰か、来たのかな?」


部屋を調べるハル。


ハル「……っ、手紙……? ……消印がない。 誰だ!? 誰からっ」


――ッッ


ハル「っ!? 『かわいいぼうやおいでよ おもしろいあそびをしよう "魔王"より』……!!」


・・・・・・。

 

・・・。

 

"K"


・・・。


『こんばんは。 ニュースの――』


「人殺しが楽しいと思えるほど切れてはいないさ。 ………ただなんだろなァ、俺は平凡な家庭に育った。 平凡な両親がいて、平凡な学校を出て、波風の立たない毎日を繰り返していた。 友達もそれなりにいて……ま、特に持てたわけではないが、それなりに恋愛もした。 特別なことは何もなかった。 こんな商売をしている俺は確かに一般的ではないが……。 仕事ってのは例えばサラリーマンだろうがヤクザだろうが、それぞれ特殊な面があるだろ? そりゃあ修羅場はくぐったし、自ら演出 もした。 でもそんな時、俺の感想は『まぁこんなこともあるか』って程度でね。 金も欲しいが、有り余る程はいらない。 とくにワルに憧れていたわけでもない。 じゃ、"普通"を憎んでいるのかって? "普通"でありたくないと考える事自体、"普通"そのものだわな。 ……そこまで考えるとどうでも良くなってしまう。 強いて言えば……あぁ、そう。 面白そうだったから、で説明はつくか? ……はは、"魔王"もそんなこと言っていたな。 面白ければ良いじゃねぇかと。 だが"魔王"は死んだらしい。 弟の浅井京介に殺されたというが……。 正直、ショックだな。 久しぶりに面白い男に出逢ったと思っていたのに。 機会があれば俺が"魔王"を殺してやりたかったな。 動機は特にないさ。 テロの時、警官を2人殺したが……あの時も必要だから殺しただけ。 ただ、"魔王"は敵になるなら最高の存在だった。 むしろ、いつか敵になってほしかった。 つくづく俺の人生には敵が必要だと思っている。 俺が自分の人生を情熱的に生きる為には、敵であり、悪であり、そう仮託できる思い込みが思い込みが必要なんでね。 ……頭がおかしいって? いや誰だって似たようなものさ。 例えば人が誰かと繋がって恋愛して家庭を持とうってのは、自分の人生をより良く過ごしたいからだろ? 俺にとっての敵ってのは、恋人よりも尊い生涯のパートナーって意味があるんだよ。 まっ、そんな難しく考える必要はない。 人を殺すのに血の通った理由なんていらないんだよ。 それなりに暇つぶしになるし、刺激的でもある。 ……あぁ、それだけでいい」


『今朝、スイスに到着した――』


「宇佐美ハル、か。 広域封鎖事件の時、"魔王"が乗り込んだバスに必要以上に近付いていた少女……なんのバックボーンも無い、ただの学園生……。 しかし"魔王"に歯向かい、最後の最後で"魔王"の計画を狂わせた……。 お前は敵か? 敵に値するのか? ……まぁいい。 一先ず、面白い遊びをしてみようか。 "魔王"を偲んでな……」


・・・・・・。

 


・・・。

 


"勇者が生きるために必要なもの"


・・・。

 

椿姫「ハルちゃん、昨日はよく眠れた?」

ハル「あぁ、椿姫……。 少し眠れたよ。 それより、昨日はごめん。 いきなり追い返してしまって……」

椿姫「あぁ……ちょっとだけ、顔色良くなったね」

ハル「……そうかな? 私、元気になってる?」

椿姫「……元気になった、っていうより……。 なんだろう、なにかやるべき事を見つけた、みたいな……。 なにかあった?」

ハル「いいや、なにも……」

椿姫「本当に?」

ハル「……はは、椿姫もちょっと変わったなぁ。 前はそんなに疑い深くなかったのに」


???「う、宇佐美さん……ちょっといい?」

ハル「……あぁ、はぁ……ぇ、えとぉ?」

椿姫「藤島くん……おはよう。 どうしたの?」

藤島「お前に用は無ぇよ。 それより宇佐美さん、放課後ちょっと時間ある?」

ハル「へ? ……ぇ、えと……その前に、あなたは隣のクラスの人っスかね?」

藤島「藤島だよぉ、あぁ、腹を見ないでよ」

ハル「お腹? ……別に見てませんけど」

藤島「みんな僕のことデブだって思うんだよなぁ。 でも、宇佐美さんは違うよねっ」

ハル「え? ……まぁ。 で、なんでしたっけ?」

藤島「とにかく、放課後ちょっと話したいことがあるから、校舎裏に来てよ」

ハル「……えっとぉ……」

藤島「来るよね!? 待ってるからぁ。 あは、あははははっ」


・・・。


椿姫「……行っちゃったね」

ハル「……っ。 なんなんだ? あの人」

椿姫「藤島くんっていう、隣のクラスの人。 生徒会で一緒でね、真面目な良い人だよ」


栄一「良い人な訳ねーだろぉ? あいつは変態で有名だぜ」

ハル「あ……エテ吉さん」

栄一「おう、宇佐美。 この前はご挨拶だったな。 ……まぁ、俺ちゃんもちょっとは言い過ぎたかなって思ってるから。 とりあえず許してやる」

ハル「ありがとうございます」

栄一「にしても椿姫ちゃんよぉ、良い人ってのは、俺みたいな人のことを言うんだぜぇ」

椿姫「そう、かなぁ……。 ちゃんと、生徒会の集まりにも出てるし、遅くまで残って仕事してくれてるけど」

ハル「なにが変態なんですかねぇ? 美少女ゲーたくさん持ってる、とかだったら自分全然余裕の範疇ですけど?」

栄一「なんかさー、ねちっこいっつーの? てめぇで勝手に女の子に惚れておいて、フラれてもずっと女の子に付きまとうっつー噂だぜ?」

ハル「あぁ、分かります分かります。 自分も、浅井さんには十年くらいずっと粘着してましたから」

栄一「なんか、スゲー強引らしいぜ。 てめぇしか見えてねぇっつーの? 被害にあった女の子から聞いたんだけどさ、なぜか言えとか探られてて、電話とか毎日くるって」

ハル「それは、それは……」

椿姫「お家がとってもお金持ちらしいね、銀行屋さん、だっけ?」

栄一「まったく、この学園は京介を筆頭にボンボンばっかりだからなぁ」

ハル「浅井さんは、ボンボンでは……」

栄一「……悪ぃな、京介の名前出して。 で、面会は行くのか?」

ハル「まだ、考え中です。 ……それより、やる事があるので」

椿姫「なに? やっぱりなにかあったの?」

ハル「……一先ず、塞ぎ込んでいるよりはマシな状況だとだけ言っておく」

栄一「……どゆこと?」

ハル「勇者が生きるために必要な悪役が、挑戦状を叩きつけてきたんですよ」

栄一「……一先ず、藤島はスルーってことだな?」

ハル「はい」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


"行方不明のユキ"

 

・・・。

 

雨が降っている……。


(……"魔王"は死んだ。 なのに再び、私の元に手紙が届いた。 『かわいいぼうやおいでよおもしろいあそびをしよう』……。 誰だ? そしてなにが目的なんだ?)


・・・。


水羽「はぁ……、ハル……待ってっ!」

ハル「……どうした、水羽! 走ってきて、傘も差さずに……」

水羽「…はぁ、はぁ、ほんと……嫌な雨ね」

ハル「……なにかあった?」

水羽「……実は、姉さんが警察署から帰ってきたの」

ハル「ユキが!? そっか……!」

水羽「姉さん、"魔王"について警察から色々聞かれたみたい。 ハルとも話したがってた」

ハル「私も会いたい! 相談したいこともあるし……今どこに?」

水羽「……それが、私にも分からなくて」

ハル「分からない?」

水羽「電話が一本掛かってきただけなの。 ……姉さん、なにか急いでるみたいだった。 まるで、誰かに追われているような感じで……」

ハル「……っ、ユキが追われる理由が分からないけど」

水羽「昔のことでちょっと面倒な事になりそう、って言ってた」

ハル「昔……、というと?("魔王"と会っていた頃のことだろうな……) 他に、なにか言ってた?」

水羽「ううん、特には……。 しばらく会えないだろうけど元気でね、って」

ハル「わかった。 もし私に連絡があったら水羽にも伝えるから」

水羽「ぁ、ありがとうっ。 私、姉さんがいないと何も手につかなくて……」

ハル「……私もそうだったよ。 浅井さんがいなくなってから、何も出来なかったんだけど」
水羽「なにかあったの?」

ハル「まぁね……」

水羽「やっぱりね。 浅井くんから手紙でもきた?」

ハル「いいや」

水羽「あれ?」

ハル「どうしてそう思ったんだ?」

水羽「だって……。 ううん、なんだろう上手く言えないけど、どこか浮いたような、恋人でもできたような顔をしているから」

ハル「……まさか」

水羽「ごめん、変なこと言って。 ……じゃあね、姉さんを見つけたら教えて」


・・・。


ハル「……っ。 はぁ……、恋人なんかじゃない。 でも、私に必要なのは……」


『お前もそうだ、宇佐美ハル。 やっと私に巡り会えたな。 お前はただの死に損ない……。 お前に必要なのは愛でも友情でもなく、敵であり悪であり、そう仮託できる……想いだ』


ハル「……私は弱いんだ。 誰かを憎んでいないと駄目だなんて……」


・・・・・・。

 

・・・。

 


"ハル対K PART1"


・・・。


ハル「……はぁ。 家に帰って来たはいいけれど、今日は何事も無かったな。 京介くんのいない部屋。 またひとりぼっちか……」


――ッッ


ハル「――っ!? ぅうっ……ぐっ……!! ……なんなんだ。 どうしてこんなに体調がおかしいんだ……? はぁ……はぁ……、"魔王"を語る敵は、一体いつ仕掛けてくるんだ……? ……は、早く、早く来いっ! ……この不安と淋しさを紛らわせてくれるなら……っ!! なんだって相手をしてやるのにっ!」


・・・。


(――この足跡……。 雨で濡れて出来た靴の足跡……。 足跡の形から考えて、私の部屋に用があったのは間違いない。 ……サイズから考えて、男性の……)


ハル「――っ!? 郵便受けに、封筒っ! ……っ……!? きょ、京介くんからの手紙だっ! ……そんな、嬉しい!! ……ぁ、そっか……。 つまり、足跡は配達の人の……。 ……いや、待て。 おかしい……」


・・・。

 


「……はは、気付いたか。 まぁ、気付くわな。 そう……、よーしよしそうだ。 いいぞ宇佐美ハル。 手紙の文字がおかしいよな? 被疑者にワープロを貸す留置所なんて聞いたことがない。 普通に考えれば分かることだが、人間は恋をすると猿になる。 浅井京介のことで頭が茹で上がってるかと思ったが……。 まだまだ冷静じゃないか。 ……さてさて、お次はあの手紙の中に隠された、とある電話番号だ。 おれの飛ばし携帯の番号なんだが……。 ふふっ、カップラーメンが出来上がるまでに鳴ればいいなぁ……」


すぐさま男の携帯電話が鳴る。


「――っ!? おいおい、まだお湯も沸かしてないんだが……」


男は携帯電話に出る。


「……さすが"魔王"に遊んでもらっただけあるな」

ハル『……お前だな?』

「そう。 手紙を出したのは俺さ。 なかなか早いじゃないか。 晩飯を食う時間も無かった」

ハル『なるほど。 ……ということは、お前は私を監視しているんだな? それも、私のアパートからそう遠くない場所で』

「ははっ、お見事お見事。 ……そうだよなぁ。 宇佐美がその手紙のパズルを解くのが早いか遅いかなんて、それこそ双眼鏡で監視でもしていなければ分からない」

ハル『……それに、雨で出来た足跡は時間が経てばすぐに滲んで消えてしまう。 足跡がハッキリと残っていた以上、お前が私のアパートを去ってから、そう時間は経っていないはず』

「近くにホテルがあるだろう?」

ハル『……っ! あのホテルの部屋のどこかから、私を見下ろしているのか?』

「……それにしても、あの手紙のパズルは簡単過ぎたかなぁ? よくヒントに気付いたな」

ハル『……浅井さんは……。 京介くんは、助けてなんて言わない! 絶対に!!』

「ほぉ~、なるほど。 そういう男だったか。 じゃあ後は簡単か。 要所に『け』と『て』を足して、浮かび上がった単語を英語に直すだけだからな」

ハル『そしてそれを携帯電話のプッシュボタンを見ながら対応する数字に変換する』

「よしよし、とりあえず算数は得意みたいだな」

ハル『……お前は……何者だ』

「俺か? 俺は……"魔王"さ」

ハル『"魔王"は死んだ』

「じゃあ、"大魔王"でもいいかな?」

ハル『ふざけるな!』

「ははっ」

ハル『なにがおかしい!』

「いやいや……、電話越しにも伝わってくるな」

ハル『……伝わってくる?』

「憎しみだ」

ハル『……っ!』

「宇佐美は"魔王"を殺したいと思っていた。 しかし、実際に拳銃の引き金を引いたのは浅井京介だという」

ハル『……っ、随分私のことを調べ上げているようだな』

「いやぁ、腑に落ちなくてなぁ……。 "魔王"を殺したのが本当に浅井京介なのか。 京介が殺したとして、その動機がヤクザの仇討ちなんてチンケなものなのか……」

ハル『それがどうした! お前となんの関係がある?』

「ただの興味さ。 好奇心は旺盛なほうでね」

ハル『……お前は、"魔王"の関係者だな?』

「否定はしない。 あいつは良い友達だった」

ハル『私を付け狙うのは……復讐か?』

「お前を殺すかどうかはまだ決めかねている。 ……だが、こっちにも事情があってねぇ。 お前の友達は狙っているかもな」

ハル『友達……!? まさか!!』

「せいぜい頑張って俺を追ってこい。 警察を使っても構わんぞ。 もっとも俺の見立てでは、宇佐美は何やら警察に隠し事をしているようだがな」

ハル『ま、待てっ!』

「あぁ、そうだ。 俺の事は"K"と呼んでくれればいい」

ハル『けー……?』

K「アルファベットで"K"だ。 夏目漱石の心に感銘を受けていてな。 つくづく恋愛は罪悪だと思っている」

ハル『……っ!!』

K「じゃあな、また面白い遊びをしよう」

 

Kは通話を切る。


・・・。

 

K「宇佐美ハル、か……。 それなりに楽しめそうだな。 で、浅井京介についても調べてみるか」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

"憎しみは消えず"


・・・。


ハル「……K……っ!! こんな、手紙っ!!」


ハルはKからの手紙を破り捨てる。


ハル「……はぁ……はぁ、許せない……! ……よりによって、京介くんを語るなんて……!」


ピンポーン


ハル「――! 誰だ、こんな時間に……。 ……どなたですか?」

「宇佐美さぁん、僕だよ、開けて?」

ハル「……ぁあ、えと……? その声は、たしか……」

藤島「藤島だよぉ……。 どうして今日の放課後来てくれなかったのぉ?」

ハル「……あぁ。 自分、行くとはひと言も……」

藤島「とにかく開けてよぉ! 寒いんだからっ」

ハル「いえいえ、すみませんが……。 どういったご用件スか?」

藤島「……そんなもの決まってるだろう? 浅井京介が捕まって、君はひとりぼっちで淋しがってるはずなんだ。 ……だから僕が慰めてあげる」

ハル「……す、すいません。 どこからツッコんでいいのか分からないんですが……」

藤島「宇佐美さんのことは、ずっと気になってたんだっ。 ……でも浅井と仲が良いみたいだから声をかけるのはためらってたのぉ……。 だってあいつ、怖いじゃない!? ヤクザの息子でしょっ!? 僕のパパも、逆らえないみたいだしっ!」

ハル「ちょっと、ちょっと!!」

藤島「だいじょーぶ! 僕、お金ならたぁくさん持ってるからぁ……! 一先ず、将来について話し合おうじゃない――」


――ッッ


藤島「ぐはぁっ!?」

ハル「ど、どうしました!?」

「やれやれ……」

ハル「……えっ!?」

「ダメじゃない、ハル。 言葉の通じない相手には、暴力あるのみよ」

ハル「――ユキッ!」


・・・。


ユキ「ハーイ、元気してた?」

ハル「……っ! あぁ、やっぱりユキだ! よ、良かった!」

ユキ「ちょ、ちょっとちょっと! いきなり抱き付いて来ないでよ」

ハル「……心配してたんだよ。 私だけじゃない、水羽も心配してた!」

ユキ「……そうね。 ちょっと、事情があってね。 中で話せる?」

ハル「……うん、入って」


藤島「……で、デブじゃ、ないよぉ……」


ハル「……ぁ、この人どうしよう。 のびてるみたいだけど……」

ユキ「……ほっといても平気だとは思うけど、しょうがないから人通りの多いところまで運んであげましょう」

ハル「……なんなんだろね、この人……」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

"親友"


・・・。

 

ガチャン


ユキ「…………。 み、見渡す限りの、ペンギン……。 ハルの部屋は、相変わらず気持ち悪いわねぇ」

ハル「これでも数は減らしたほうなんだぞ。 何匹かは浅井さん家に移住してるんだ」

ユキ「……そっか。 あなた達、ちょっと前まで同棲してたのよね」

ハル「それで、ユキ……。 厄介なことに巻き込まれてるみたいだけど……」
 
ユキ「……水羽から聞いたのね。 そう、ちょっと困ってるのよ」

ハル「……昔のことで?」

ユキ「お察しの通り。 "魔王"と仲良くしてた時のツケを払うことになりそうなのよ」

ハル「……もしかして、"K"か?」

ユキ「……どうしてその男の名を?」

ハル「実はつい昨日、挑戦状めいたモノが届いたんだ。 今日も色々あって、その男と電話でやり取りしてたんだけど……。 会話の中で、お前の友達を狙っているって、"K"が言ってたから……」

ユキ「ハルの友達と言えば、私しかいないからねぇ……」

ハル「……本当なの?」

ユキ「一昨日のことだけど……。 私の携帯に"K"から電話があったの。 『お前の命を狙っている』、ってね」

ハル「どうしてユキが狙われるんだ!?」

ユキ「……"K"は元々、"魔王"に手を貸して武器の密輸出を手伝っていた男なの」

ハル「……一体、何者なんだ?」

ユキ「いわゆる、"殺し屋"……。 らしいわ」

ハル「殺し屋って……! そんなの、本当にいるの?」

ユキ「"魔王"から話だけ聞いたことあるの。 "K"は、警視庁の公安部に在籍していた人間で、刺激を求めて"魔王"に協力しているって。 ……確かに"魔王"の犯罪行為は、警察関係者の手引き無しには難しいことばかりだったわ」

ハル「……"魔王"は、そんな話までユキにしてたんだね……」

ユキ「ふっ……。 妙に期待されてたみたいね」

ハル「ユキが狙われるのは……、ユキは"K"の秘密を知る人間だからかな……?」

ユキ「かもしれないわね……。 父親に話したら、義理の妹を殺してやると脅してきたわ」

ハル「そう、か……。 だから、水羽とは会ってないんだな」

ユキ「えぇ……。 妙なことには巻き込みたくないし……。 あぁ、状況が落ち着いたら、顔くらい見せようとは思っているけれど」

ハル「でも、ちょっとおかしくはないかな。 本当にユキの命を狙っているのなら、わざわざユキに電話で予告してくるかな?」

ユキ「……確かにねぇ。 黙って殺しに来れば良いのよね。 ……ただ、"K"は最後にこう言ったの。 『宇佐美ハルと協力して、俺を楽しませてみろ』、って」

ハル「……不敵な男だな。 まるで"魔王"みたいだ」

ユキ「そうね……。 警察の介入を阻止しようとする所なんかも」

ハル「お義父さんを頼る気はないんだね?」

ユキ「えぇ……。 今のところはね。 義父さんも、先のテロ事件での責任を取らされて、今大変な状況なの。 ……これ以上迷惑はかけたくないわ」

ハル「……どうしても?」

ユキ「ふふ、心配してくれてありがとう。 でも……自分の火種は、自分で消さなきゃ」

ハル「……分かった。 2人でなんとかしよう」

ユキ「ありがとう……。 心強いわ。 なんというか、私は貴女を裏切ったのに」

ハル「いいんだよ。 私も"魔王"のことを黙ってたし。 何より……ユキの生い立ちの辛さを理解してあげれなかったんだし……」

ユキ「……これからはなんでも話すわ。 だからハルも……。 ふふっ、何やら悩みがあるようね」

ハル「……流石、ユキだね。 分かる?」

ユキ「私じゃなくても分かるわよ。 京介くんのことで、地獄のような毎日を送ってるって、顔に書いてある」

ハル「……それで、相談なんだけど」

ユキ「えぇ、朝までじっくり聞くわ。 京介くんには借りがあるしね」

 

・・・・・・。


・・・。

 

 

"浅井京介という男"


・・・。

 

京介「だから、何度同じ話をさせるんですか?」

刑事「宇佐美ハルは、お前のことを信じているようだったぞ」

京介「……しつこいな。 馬鹿な女が騙された、それだけの話じゃないですか」

刑事「……だろうな。 お前の"魔王"に対する殺意は固まっていた。 同棲していた女を利用しようとしていた話も分かった……」

京介「じゃあもう、いいですかね。 ……正直、あんた方の相手は疲れましたよ……」

刑事「では最後に聞くが……」

京介「はいはい、なんですかね?」

刑事「お前は、岩井裕也(いわい ゆうや)という男に手紙を出したな?」

京介「それが?」

刑事「宇佐美ハルの面倒を見てくれ、と。 そういう内容だったな」

京介「……っ……検閲ってのは怖いモンですね」

刑事「お前の行動は矛盾してないか? お前にとってあの少女はどうでもいい存在なんだろう?」

京介「ふっ……」

刑事「おい、どうした?」

京介「ふっ、ははははは……! ははははは」

刑事「……なにがおかしい?」

京介「はは、ははは……! はぁ、いえ。 刑事さんも随分なご年齢なのに、女というものが分かっていないな、と」

刑事「ぜひ教えて欲しいな」

京介「女の恨みってのは怖いものなんですよ。 特にあの宇佐美って女は、実に執念深くてね。 10年も前から、ずっと俺のことが好きだったらしいんですよ」

刑事「一途な女の子じゃないか……」

京介「……病気ですよ。 酔ってるんです、自分に。 そういう女に恨まれたら、マズいと思いませんか?」

刑事「つまりお前は、宇佐美ハルの愛が憎しみに変わるのを怖れていると?」

京介「……怖いですね。 後先考えずに、刃物でも持ち出してきそうで」

刑事「だから彼女を慮るような手紙を出した、と」

京介「ふっ、ははははは……! それぐらい察してもらいたいもんだね」

刑事「……分かった。 お前は彼女を愛していないんだな?」

京介「えぇ」

刑事「ちゃんと私の目を見て言え! ……お前は、宇佐美ハルを愛していない! そうだな?」

京介「……俺は、あの女を利用していました。 ……それだけです」

刑事「……良かろう」


・・・。


京介「………っ、……ぐ……うぅ、す、すまない……、ハル……。 すまん……傍に居てやれなくて……! 辛い思いをさせて……っ……どうか……、どうか……元気で」

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

ハル「……という訳なんだけど、どう思う?」

ユキ「難しいわねぇ」

ハル「……っ……やっぱり、私ひどいよね」

ユキ「自分を追い込まないで」

ハル「でも……。 私が悪いんだから、私のせいで京介くんが引き金を引いて……! それで!」

ユキ「だからと言って、あなたまで警察の厄介になったら彼の想いを無にしてしまうわ」

ハル「……っ、分かってるよ……。 だからこそ、どうしたら良いのか分からなくて……」

ユキ「・・・辛いわね。 かわいそうに・・・」

ハル「ごめんね・・・。 こんなこと、ユキにしか相談できなくて・・・」

ユキ「あなただけじゃなくて、京介くんも辛いでしょうね・・・。 とても厳しい道を選んだのだから」

ハル「そんな京介くんの優しさや強さが、私にとっては痛くて・・・。 申し訳なくて・・・」

ユキ「でも・・・。 京介くんは、あなたを選んだのよ?」

ハル「え・・・?」

ユキ「私・・・思うのだけれどね」

ハル「・・・うん」

ユキ「これは、"魔王"が残した最後の罠でしょう? ハルと京介くんの将来を破滅させるのが、"魔王"の目的じゃない? ・・・負けていいの?」

ハル「・・・っ・・・!」

ユキ「京介くんは、堂々と正面から立ち向かってるじゃない」

ハル「そ・・・そうだね・・・」

ユキ「だから・・・あなたも頑張らなきゃ。 ね?」

ハル「・・・うん。 そっか、そうかも知れない・・・。 "魔王"に負ける訳にはいかないもんね」

ユキ「・・・まぁ、そうね・・・」

ハル「母さんを殺して・・・。 私からバイオリンを奪った"魔王"になんか・・・。 負けてたまるか・・・」

ユキ「・・・っ」

ハル「ありがとうユキ、目が覚めてきたよ。 "魔王"は私から、京介くんすら奪おうとしてるんだね。 許せる訳が無いよ」

ユキ「・・・ちょっと、ハル?」

ハル「私・・・、絶対に負けない。 この戦いに勝って、また京介くんとやり直すんだ!」

ユキ「ハル・・・。 あなた、ひょっとして・・・まだ囚われているの?」

ハル「・・・囚われている?」

ユキ「自分の手で"魔王"を殺せなかったことに・・・」

ユキ「え・・・、いや・・・。 それは・・・」

ユキ「憎しみが心から消えないのね・・・」

ハル「・・・っ・・・! 分からない・・・」

ユキ「・・・そう」

ハル「・・・! どうしたの? 急に立ち上がって・・・」

ユキ「・・・ううん。 長期戦になりそうだな、って思ったのよ」


・・・・・・。

 

・・・。

 


"Kは嗤う"


・・・。

 

K「さてさて・・・。 問題は警察が動くかどうか、だな。 ・・・時田ユキはあの時田彰浩の義理の娘だ。 普通に殺したらしばらく日本には戻って来れんな。 ・・・やはり、事故に見せかけるか、それとも遺体が発見されないような手を使うか――」


Kの携帯電話が鳴る。


K「――ぉっとと・・・。 誰からだ?」 


『やあ、斉藤くんか』


K「これは時田警視。 ご無沙汰しております」

時田『今は一つ上がって、"警視正"だよ。 もっとも、クビになりそうだがね』

K「例のテロ事件でのご活躍は公安でも話題に上っていますよ」

時田『嘘をつきたまえ。 君はもう公安の人間ではないんだろう?』

K「・・・ははっ。 規定により、真実は申し上げられませんね」

時田「そうか・・・っ、いやぁ、いきなり電話してすまなかったね」

K「いえいえ・・・どうなさいました?」

時田「浅井権三を覚えているか?」

K「もちろん。 あの方には、刑事時代にいろんな意味でお世話になりましたから。 ・・・亡くなられて非常に残念に思っていました」

時田「葬式に出向こうと思って、君を誘ったんだ」

K「・・・しかし、ヤクザの葬式に我々が出向いて良いんですかね?」

時田「・・・構わんだろう。 あくまで、個人を偲ぶものとして、参列すればいい」

K「・・・積もる話もありますしね」

時田「日時と場所は、後でFAXで送るよ」

K「お誘いありがとうございます。 それにしても懐かしいですね」

時田「うーん・・・5年ぶりかなぁ。 僕は公安に行く前の君しか知らないが、達者でやっているかい?」

K「元気にやっていますよ。 時田さんはどうです? 娘さんお元気ですか?」

時田「・・・つい先日まで、取り調べを受けていてねぇ。 まさか娘が例の"魔王"の信奉者だとは・・・。 驚かされたよ」

K「大変でしょうねぇ・・・。 あなたの娘さんなら、口も達者なことでしょう」

時田「手が掛かるよ。 今日も、出掛けると言ったっきり帰って来てない。 まぁユキのことだから、もう2度と同じ過ちは犯さないと信じているがね」

K「・・・なるほど。 仲良くやっておいでのようで何よりです」

時田「あぁ・・・また非行に走るようなら、公安に捜索願いを出すから、その時はよろしく頼むよ」

K「・・・ふっ、ははは。 了解しました! では、失礼します」

時田「あぁ。 会う日を、楽しみにしてるよ」


携帯電話を切る。


K「・・・んー。 一先ず時田ユキは父親を巻き込まないようにはしてるようだな。 ・・・となるとターゲットは宇佐美ハルと時田ユキの二人だけか。 敵がただの女子学園生じゃ、ちょっとツマんないな。 いくら金を積まれている仕事とはいえ、いくらかつて"魔王"を出し抜いた女とはいえ・・・。 もう少し面白みが欲しいなぁ」


時田よりFAXが送られてくる。


K「・・・浅井権三の葬儀・・・。 そういえば、奴には世話になったな。 はは・・・。 いろんな意味でな。 そうだな。 怪物の葬儀に、俺なりの花を供えてやろうか。 ・・・いや、こりゃあ俄然面白くなってきたぞ」


Kは携帯電話をかける。


K「・・・あぁ、もしもし? 俺だ、"K"だ。 黒猫の"K"さ。 昔、黒猫を5匹飼っていてな。 つくづく猫は気高い生き物だと思ってる・・・」


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

"やめて!!!"


・・・。


ユキ「ハル? もう寝た?」

ハル「・・・ううん、眠れなくて」

ユキ「どこか具合でも悪いの?」

ハル「・・・ちょっとね、最近微熱が続くんだ。 でも、普段は平気だから」

ユキ「・・・そう」

ハル「・・・っ、だいじょ・・・ぅっ――」


――ッッ


ユキ「っ!? ちょ、ちょっとハル!?」


嘔吐するハル。


ハル「・・・ぅ、えぅっ! ・・・うぅっ!」

ユキ「・・・ハル・・・。 あなた――!」

ハル「・・・っ! な、なに・・・? ――っ!」

ユキ「・・・あなた、もしかして・・・」

ハル「ま、まさか・・・! やめてよ、そんな筈ないよ・・・」

ユキ「ハル、落ち着いて聞いてっ」

ハル「違うっ、そんな馬鹿な・・・! ぁ、ある筈が・・・、違うんだよユキ!」

ユキ「・・・病院に行きましょう、ハル」

ハル「・・・なんで? やめて・・・。 京介くんが嫌がる・・・。 私も、怖い・・・」

ユキ「道理で不安定だと思ったわ。 ハルらしくないって、ちょっと疑問に思ってたの」

ハル「だから違うんだって!」

ユキ「・・・ハル、あなた」

ハル「やめて! やめてったら!!」

ユキ「妊娠、してるんじゃない?」

ハル「やめて!!!」

 

・・・。

 

―償いの章― 第一巻 end