・・・。
『開始から6時間が経過しました。 お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』
アラームに誘われた総一がPDAを覗くと、画面にはそう表示されていた。
―――ついに、この時が来てしまったか・・・。
結局、手塚達は戻って来なかった。
総一達は素早く見切りをつけて移動するべきだったのだが、咲実と優希のショックは深くまだ2人は動かせる状態ではなかった。
そのまま時間を浪費した3人は、ホールに座ったまま戦闘禁止の解除の知らせを受けたのだった。
―――さて、どうする? このままではいずれ俺達は・・・。
そんな風に考えた総一が座りこんだままでいる2人の顔を見た時、ずっと黙ったままでいた咲実が口を開いた。
「御剣さんも、行って頂いて構わないんですよ」
「咲実さん!? 一体何を言い出すのさ!?」
咲実が口にした言葉は総一を酷く戸惑わせた。
「あの人の言う通りです。 私達は、足手まといです。 あの子が死んで、ルールが本当だって分かってるのに、足がすくんで動けないんです! このままだと首輪が作動するって分かってるのに、何もかも恐ろしくて仕方がないんです!!」
そんな咲実の言葉に、優希も同調する。
「う、うん。 咲実お姉ちゃんの言う通りだよ。 お兄ちゃんまでここにいる事はないよ。 わたしとお姉ちゃんは動けそうにないから、おいていって良いよ」
「2人とも本気で言ってるのかっ!?」
総一の驚きは小さくは無かった。
「だ、だってお兄ちゃん、これからは何人もさっきみたいに攻撃してくるんでしょ? 殺しに来るんでしょ? わたしには無理だよ! そんなのと喧嘩しても絶対負けちゃうもの!!」
「行って下さい御剣さん。 私達を連れていては、出来る事も出来なくなります」
優希も咲実も現状が良く分かっていた。
だからこそ自分達は生き残れないと判断した。
条件を満たして首輪を外す前に、殺されてしまうと考えているのだ。
だから少女達は総一に言う。
1人で行けと。
総一1人ならなんとかなるかもしれないから。
「・・・ふぅ」
そんな2人の言葉を聞いて、総一は身体から力を抜いて大きな溜め息をついた。
「じゃあ、このまま3人でずっとここにいようか」
そして総一はその場にごろりと横になった。
更に寝転がったまま大きく伸びを1つ。
ずっと緊張が続いていただけに、そうやって横になるのは気分が良かった。
―――あー、疲れたぁ・・・。
「お兄ちゃん?!」
「どうしてですか!? 私達の事なんて良いんです! 御剣さんだけでも行って下さい!!」
悲鳴じみた2人の声。
それを聞いた総一はごろごろと転がって咲実の膝に頭を乗せた。
すると丁度膝枕の要領で、咲実と上下逆に顔を合わせる事になった。
「2人ともさ、俺の事を買いかぶり過ぎなんだよ。 俺が怖がってないとか思ってるだろ?」
「だって御剣さんは、ずっと頼りがいがありましたし、余裕があるように見えますから」
「そうだよ。 お兄ちゃん強そうだもん」
優希も傍までやってきて総一を見下ろし始める。
「あっはっはっはっは!」
総一は笑いながら握りこぶしを作った。
コン、コン
そして目の前にある2人のおでこ順番に軽く叩いていく。
「そんな訳あるかぁ! 女の子の前だから見栄張ってたけど、実は俺も怖くて仕方無かったんだ!」
―――特に、誰かを置き去りにするのは怖い。
それもそのままだと死んでしまうというのなら特にそうさ。
このまま2人を残せば、あの時の繰り返しになってしまう。
それだけは・・・。
ならせめて最後まで2人と一緒にいようや、御剣君よ。
どの道首輪は外せないんだから・・・。
総一のスペードのエース。
首輪を外す為の条件は『クイーンのPDAの所有者を殺害する。 手段は問わない。』 となっている。
ルールが本当だとしても、総一には人は殺せない。
結局ルールのままに首輪を外す事は出来ないのだ。
「男だからって根性据わってるって考えは間違いだよ。 俺だって膝がカクカクしてるんだから」
そしてもちろん、膝が震えるというのも事実だった。
総一は殺されかけた上に、少年の死に様を見せつけられた。
だから置き去り云々を抜きにしても、座り込んでうずくまってしまいたい気分だった。
「だからさ、俺もここに居させてくれない? こんなとこ1人でうろうろするの嫌だよ俺。 それよりはここで3人が良い。 膝枕も気持ちいいしさ」
―――そもそも俺に"優希"を置いていく事なんて出来やしないんだ。
こうなって当然なんだ。
「御剣さん・・・」
「ふふふ、そういえば、お兄ちゃん根性なかったよね?」
咲実は表情を曇らせたが、優希は逆に小さく笑顔をこぼす。
「最初にわたしと会った時も凄く驚いてたし。 でもそうだよね。 お兄ちゃんも怖いんだよね・・・」
「実は相当にダメ男である自覚があるよ」
総一はそう言って目を閉じる。
―――あいつにも何度も尻を叩かれたっけ。
ちゃんとしろ、ズルするな、がまんしろ。
でもこればっかりは駄目さ。
死ぬと分かっててこの2人を置いていくのはどうしてもさ。
「御剣さんは、死ぬのが怖くないんですか?」
「怖いよ」
総一は目を閉じたまま答える。
「でも、俺にはそれより怖い事がある。 それに比べたら気楽なもんさ」
―――人を殺して、この2人を見捨てて、その上で戻る場所があんな日々なら、ここで死んだ方がどれだけ気楽か・・・。
総一には迷いは無かった。
「だから俺は2人に付き合うよ。 それが俺にとって一番良いやり方なんだ」
総一は目を開けた。
そして目の前で揺れる4つの瞳に向かって笑い掛ける。
そのまま少女達はしばらく黙って総一を見つめていた。
「優希ちゃん」
「・・・うん。 わたしもそれが良いと思う」
やがて少女達は総一の前で頷き合った。
しかし総一にはその意味は分からない。
「どういう事なんだい?」
「・・・すみませんでした御剣さん。 私も優希ちゃんもちょっとどうかしてました」
「うん。 やっぱり首輪を外したいなって思って。 ちょっと怖いけど」
そして2人は同時に笑顔を作り総一を見下ろす。
総一はその顔を見て身体を起こした。
「なら、俺も一緒に行こう」
首輪を外すという事は、この場所から移動するという事でもある。
「それは、1人でここに残るのが嫌だからですか?」
「ああ。 1人ってつまんないんだよ、本当にさ」
総一はひょいっと立ち上がると2人に向かって手を差し伸べる。
「そうだね。 忙しい忙しいってうちのパパはいつも遊んでくれないんだ。 それに知ってる? 1人で食べる晩御飯って美味しくないんだよ」
すぐに優希がその手に掴まって立ち上がる。
「ああ。 美味しくないよなぁ」
「でしょー?」
しかし咲実はすぐには総一の手を取らなかった。
差し伸べられた総一の手を、じっと見つめていた。
「咲実さん?」
咲実は総一の声に弾かれたようにパッと顔を上げ、彼の顔を見る。
この時の咲実の頬はほんのりと赤く染まっていた。
「な、なんでも、ありません・・・」
咲実はすぐに目を伏せ、遠慮がちに総一の手を取った。
「よっと」
―――どうしたんだろうな? 咲実さん。
総一は不思議に思いながらも咲実を立ち上がらせる。
だがこの時感じたデジャビューに、総一はすぐにその疑問を忘れてしまっていた。
―――そういや、あいつもこんな風だったなぁ・・・。
咲実が総一の手を取って立ち上がる姿。
それは総一の記憶の中の人物とよく似ていた。
―――雰囲気や言動は全然違うんだけど、時々そっくりに見えるんだよな。
「それでお兄ちゃん、これからどうするの?」
そんな優希の声で総一の考え事は打ち切られる。
―――いかんいかん、そうだったそうだった。
総一は2人から手を放すと素早くポケットの中からPDAを取り出した。
「あ・・・」
咲実は離れていく総一の手を名残惜しそうに見つめていたが、それに気付いたのは彼女を見上げていた優希だけだった。
「えへへ・・・」
その優希は総一と咲実を交互に見比べながら、とても楽しそうに笑っていた。
・・・・・・。
・・・。
総一達がエレベーターを見つける頃には、咲実も優希も最最初の頃の調子を取り戻し始めていた。
「エレベーター、こないねぇ?」
「階数表示は出てるし、電気は通ってるみたいなんだけどな、コレ」
「もしかしたら壊れているのかもしれませんね。 それとも上の階で誰かが止めてしまっているのか・・・」
2人は先の事を悲観した発言は無くなり、明るい表情を見せる頻度も増え始めている。
―――やっぱりあの死体から離れたのが良かったのかもしれないな。
総一は元気を取り戻しつつある2人に安堵していた。
「咲実さん、優希、ずっと歩きっぱなしだけど大丈夫かな? 疲れたりしてない?」
「平気だよ!!」
「私も平気です。 でも御剣さん、少し休んでから行きませんか? 優希ちゃんは歩幅も狭いですし、あまり無理はしない方が良いと思うんです」
「分かった。 そうしておこうか」
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ!」
優希が総一と咲実の間で不満そうに頬を膨らませる。
ぷっくりと膨らんだその頬はつつけば弾けてしまいそうだった。
「これは優希ちゃんだけの為じゃないのよ。 ねぇ、御剣さん」
「そうだぞ優希、大丈夫なうちだから休むんだ」
「え?」
総一はそんな優希の頭に手を置いて言葉を続ける。
総一は優希とは反対に小さく微笑んでいた。
「ルールが本当だという前提で動き回る以上、俺達はあと3日間歩き続けなきゃいけない」
「3日間・・・」
優希はそこまで考えていなかったのか、指折り数えながら小さな声で囁く。
「疲れてから休む、なんて事を繰り返していたら俺達はきっと潰れちまう。 本当に疲れ切ってしまう前にちょっとずつ休んだ方が良いのさ」
「そっか・・・うん、3日もあるんだよね。 お兄ちゃんとお姉ちゃんの言う通りにするよ」
2人の言葉に納得したのか、優希はこっくりと頭を縦に揺らした。
そしてエレベーターのあるホールに据え付けられた古ぼけたベンチに腰を下ろした。
それを見届けた咲実が総一の方を向き、笑顔を作った。
そして優しげに目を細め『良かったですね』と言わんばかりに小さく頷いた。
―――そうだね、咲実さん。
総一が笑い返すと、彼女はそのまま優希に近付いて横に腰を下ろした。
・・・。
「・・・なんだか・・・」
優希はベンチに座って足をぶらぶらさせながら、笑顔を交わす総一と咲実を不思議そうに見上げていた。
「どうしたの? 優希ちゃん」
「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって、本当にここで初めて会ったの?」
「そうですけど、それがどうかしたの?」
咲実が髪を揺らしながら首を傾げると、優希は大きな瞳で2人の事をじっと見ながら話し続ける。
「・・・うん・・・。 なんだか、お兄ちゃんとお姉ちゃんは仲が良かった頃のパパとママと同じような感じ
がして・・・」
―――仲が良かった頃・・・? 言葉通りの意味なら、今は仲が悪いって事だが・・・。
総一はその言葉に引っかかりを覚えた。
―――待てよ、そういえばさっきお父さんが忙しくて家に居ないみたいな話をしていたような・・・。
それで1人で食べる御飯がどうとか・・・。
「じゃあ私がママで、御剣さんがパパなんですか?」
「そうそう」
優希は上機嫌で咲実の腕を取り、彼女に軽く寄りかかる。
それは丁度母親に甘える娘のような仕草だった。
―――つまり御両親は不仲で、2人とも家には居ない。
お父さんは仕事。
じゃあお母さんは・・・?
その理由は総一には片手で数えられるぐらいしか思いつかなかった。
そしてそのどれもがあまり嬉しい内容ではなかった。
「俺ってそんなにおっさんくさいかなぁ?」
だから総一は陽気な声でしゃべりながら優希の隣に腰を下ろした。
そうすると総一と咲実で優希の事を左右からはさむ格好になる。
「おっさんくさいんじゃないよう」
くすくす
優希は笑い始める。
「そのくらい仲良しに見えるって事だよ」
そして咲実の腕と同じように、総一の腕も取った。
優希は嬉しそうに目尻を下げ、にこにこと笑いながら左右に座っている総一と咲実の腕を両腕で抱き抱える。
「あら、じゃあ私って子持ちに見えるんですね?」
「ちがうよぅ~!」
優希は休憩の間、終始上機嫌だった。
・・・・・・。
・・・。
カジノのメインモニターには笑顔の優希が大写しになっていた。
エレベーターのホールにあるベンチには人が座る事を見越して、正面に監視カメラが設置されている。
だからいつものように角度の悪い遠距離からの映像ではなく、真正面からのベストショットだった。
「この子はエースとクイーンのオマケだと思っていたが、ここへ来て急に注目度が上がってきたな」
コントロールルームからカジノを見下ろしているディーラー、『ゲームの責任者』は予想外の展開に笑いが止まらなかった。
総一と咲実の仲を取り持っている優希。
今になって彼女へ掛ける人間の数が急激に伸びていた。
その可憐な姿と、無邪気な言動に人気が集まりつつあったのだ。
「あの子が苦しむ姿を見たいのかな、やはり」
ディーラーは客の要求に応えるべく、早速今後の演出を検討していく。
「他の参加者に比べると子供っていう身体的なハンデがあるから、毒関連の武器を渡すのも面白いかもな」
武器の一覧表を呼びだし、優希が使えそうな武器をピックアップしていく。
「ああそうか、暗殺用の武器とかでも良いんだよな。 あの子でも使いやすいだろう」
毒に加え、暗殺用の武器もピックアップしていく。
もともと隠し易い武器という事で、優希でも使えるサイズの武器が多い。
「よし、こんな所で―――」
ディーラーがチェックを終えようとした時の事だった。
――ッッ
大きな音がコントロールルームに響き渡る。
それはコントロールルームのドアが勢い良く開いた音だった。
「せ、責任者はいるか!? お、おいっ!!」
ドアから飛び込んで来たのは初老に差し掛かったタキシード姿の紳士だった。
―――あ、あれは最高幹部会の金田さん!? おいでになっていたのか!?
最高幹部会。
それはこの『ゲーム』やカジノを運営している『組織』の実務レベルでの頂点だった。
そこに所属する9人の幹部によって『組織』は管理・運営されている。
厳密にはその上にボスが控えているのだが、今の『組織』は巨大化してたった1人の人間の意志では管理しきれない。
それゆえにボスの考えを良く理解している9人のメンバーが必要になる。
ボスも最高幹部会の決定は可能な限り尊重する。
あまり横槍を入れると『組織』が立ち行かなくなるのは明らかなのだ。
「そ、そこにいたか!」
金田という名の幹部は、ディーラーを見つけると慌てて駆け寄ってくる。
―――どうしたんだ? 一体・・・?
金田は比較的温厚な保守派として知られている。
事務周り、とりわけ出納関係の仕事を任されている人物だ。
ひとあたりも良く、落ち着いた人物の筈だったが、この時の金田はそうではなかった。
真っ青な顔、額に滲んだ汗、そして息が上がっているのも構わず無様なほどドタドタと走ってくる。
「これはこれは金田様。 このような場所へわざわざご足労―――」
「挨拶なんて良い! たっ、大変なんだ!!」
金田はディーラーの手を掴み、ガクガクと揺さぶる。
その手の力は強く、ディーラーにも彼の焦りが良く伝わってきた。
「いかがされましたか、金田様」
「あっ、あっ、あの子、あの子だっ!!」
金田はコントロールルームの窓越しに、カジノのメインモニターを指さした。
「あの子?」
メインモニターには、今も優希が大写しになっている。
「どうしてあの子が参加しているんだ?」
「どうしてと申されましても、プレイヤーですから・・・」
「お前、あれが誰なのかを知っているのか!?」
「は?」
ディーラーにはその言葉の意味が分からなかった。
―――何という事もない、ただの参加者である筈だが・・・? 騒ぐような事なのか?
「あの子はなぁ―――」
だが金田がその正体を口にした時、ディーラーはあまりに大きな驚きに、比喩や冗談ではなく本当に気が遠くなった。
・・・・・・。
・・・。
「ここが2階かぁ・・・」
「こら優希、1人で行ったら危ないぞ」
軽い足取りで1人階段を登り切ってしまった優希。
総一が文句を言うと彼女は素直に階段を数段降りて戻ってきた。
「ごめん、ついいつもの調子で登っちゃった」
「優希ちゃん、怖い人もいるかもしれないから、次からは気をつけてね?」
「ごめん、気をつける」
心配そうな咲実に、優希は申し訳なさそうに眉を寄せて小さく頭を下げた。
総一達は2階への階段を見つけていた。
罠を警戒しながらなので、ここへ辿り着いたのは夕方の7時になろうかという時間だった。
『ゲーム』の開始から数えると9時間が経過してしまっていた。
ルールによると1階から順に進入禁止になるとの事だったから、すぐに総一達は2階へ上がる事に決めた。
他の人間を探したいという気持ちもあったのだが、優希を連れている以上なるべく急いで移動するような状況は避けたかった。
だから2階へ上がる事を優先したのだ。
「でも、なかなか他の人に出会わないなぁ」
ホールを見回しながら総一は呟いた。
2階のホールもこれまで同様に人影は見当たらなかった。
結局、郷田と手塚に出会って以降、総一達は誰とも出会わずにここまで来てしまっていた。
「ルールがもう1つ分からないと、困りますものね」
ルールが本当である以上、まず最初にやらなければいけないのはもちろんルールの確認だった。
まだ4番目のルールは分かっていない。
それが分からないうちは下手な行動はとれない。
総一達の心にはルール違反で死んだ少年の姿が焼きついていたから、それを確認せずに何かをしようという気にはなれなかった。
「これだけ広いとなかなか見つからないねぇ」
優希も一緒になって考え込んでいる。
しかしその姿は彼女の容姿ともあいまってコミカルだった。
そんな彼女の姿を見て小さく笑顔を浮かべていた総一だったが、すぐに真剣な表情を取り戻した。
「御剣さん?」
そんな総一の変化に気付いた咲実が問いかけると、総一は大真面目な顔を崩さずに咲実を見た。
「この建物に人間が13人。 どうやって出会えば良いんだろう?」
「え?」
「広すぎると思わないかい? 13人の人間に何かをさせるには。 本気で隠れたら逃げ切れそうだし、下手をすれば偶然誰とも出会わずに72時間が過ぎてしまう事だって有るんじゃないかな」
「そういえば・・・」
咲実の表情も真剣なものに変わる。
そして彼女は視線を総一から外して不安そうに2階のフロアを眺めた。
「地図を見る限り、この建物の一辺の長さが1キロ以下なんて事はない。 そしてそこにある複雑に絡み合った迷路状の通路。 1フロアだけでも13人の人間には大き過ぎる。 なのにこの建物は全部で6層に分かれてる」
「何かさ、また変な仕掛けでもあるのかもしれないよ。 お兄ちゃんがやられそうになった罠とか、ああいうのが」
―――例えば13人が出会うような仕掛けがあるって事か?
「ん?」
その時、総一の視界内で何かが動いたような気がした。
とっさにその方向に意識を向けるが、その時にはもうそこには何の姿も無かった。
「どうしたんですか、御剣さん?」
「今、あそこで何かが動いたような気がしたんだ」
総一はホールの出口から続く通路を指さした。
総一が何かを見たように感じたのは、その先の通路の角だった。
「本当に?」
心配そうな顔をしている咲実の横に並んで、優希も一緒に通路の方を見る。
「分からない。 ちらっとだから、見間違いかもしれない」
「どうしますか?」
咲実は総一の方へ向き直った。
すると優希も総一を見上げる。
「・・・よし、念のために俺が様子を見てくるよ。 2人はここで待っててくれないかい?」
「1人で大丈夫ですか?」
「咲実さん、ここから様子を見ていて危なそうだったら教えてくれないかな。 敵がいるかもしれない場所に全員で行って、いっぺんに何かが起こったら目も当てられないし」
咲実は通路をちらっと見てから頷いた。
「分かりました」
「あとは・・・」
総一はほんの一瞬だけ咲実から視線を外して優希を見た。
「そうですね」
咲実はすぐに総一の意図を読み、やわらかく微笑んだ。
優希は通路の奥に気を取られていたらしく、総一達のそのやり取りには気付いていなかった。
「頼むよ、咲実さん」
「はい、お任せ下さい」
「気を付けてね、お兄ちゃん」
「ああ。 優希も頼むぞ」
「うん!」
そして総一は咲実と優希をその場に残し通路へと踏み込んでいった。
・・・。
―――さっきの感じだと、多分この変なんだが・・・。
総一は慎重に歩を進めていく。
見間違いでなければ、総一が目にしたものは目の前の十字路のあたりに現れた筈だった。
―――だけど誰の姿もないし、物音もしない。
これは完全に見間違いだったかな?
総一は角から顔を出し、左右の通路を覗き込んだ。
「いない、な・・・」
総一が見かけたと思った時から既に何分か過ぎている。
仮に居たのだとしてもそのままどこかへ行ってしまったという可能性は濃厚だった。
通路には瓦礫が転がっていたりするだけ。
「戻るか」
総一はそう判断すると十字路に背を向けた。
そして1歩、2歩と足を踏み出した時にそれはやってきた。
「動くな」
ぎゅっ
少し高めの女の子の声。
同時に総一の背中に何か固いものが押し当てられる。
「動くとこのまま刺すよ」
その声に言われるまでもなく、驚いた総一の身体はその場で硬直していた。
「ちょ、ちょっと待った」
「そのままゆっくり手を上げて。 少しでも変な事をしたら突き刺すよ」
「待った待った、分かったってば」
総一は言われた通りにゆっくりと手を上げる。
「俺は君と喧嘩するつもりはないんだよ」
「どうだかね。 大体嘘をつく奴はそう言うんだ」
女の子の声はそっけない。
―――声からすると俺より年上って事は無さそうだが・・・。
張りがあり、しかもやや甲高い。
通路に反響していまひとつ分かりにくいが、どちらかと言えば総一自身よりも優希あたりと年が近いような雰囲気があった。
「今の俺達は情報を集めてるだけだ。 ルールが全部分からないうちにはPDAも戦いも無いだろう? 頼むからそいつを下ろしてくれないか」
―――ナイフか何か、それとも尖った棒か何か。
どっちにしろこのままじゃまずい・・・。
「・・・あたしとしてはあんたとどうにかしてから、ゆっくりあんたのPDAを調べるんでも構わないんだ。 その方が安全だしね」
「戦うつもりはないって言ってるだろう?」
「ふんっ、今がそうでも、いつ手の平を返すか分かったもんじゃないね」
女の子は頑なだった。
「あたしは妹の為にも負けられないんだ。 悪く思わないで―――」
「お兄ちゃんっ!」
「御剣さんっ!!」
その時、異変を察した優希と咲実が駆け寄ってくる。
「危ないから来るなっ! そこで止まってろ!」
しかしそんな総一の厳しい声に優希も咲実も十数メートル手前で立ち竦む。
「その2人はあんたの仲間?」
「ああ。 1階で会って、一緒に行動してる。 咲実さん! 優希! こっち来ちゃ駄目だ! この子は武器を持ってるんだ!」
「でも御剣さんっ!」
「お兄ちゃんを虐めるなっ!!」
総一を心配して咲実と優希は大きな声で叫ぶものの、総一の背後の人物が武器を持っている為にそこからは動く事が出来なかった。
心配そうにその場で叫ぶのがせいぜいだった。
「・・・あの子、あんたの妹なの?」
「そうじゃないけど、ああやって慕ってくれてる。 それがどうした?」
「・・・別に」
後ろの少女がポツリとそう呟いた瞬間、総一の背中から固い感触が離れた。
「・・・とりあえずはあんた達を信用する事にするよ」
「とりあえず?」
「そう。 話をする間ぐらいはね」
そしてその少女の声が離れていく。
「御剣さん!」
「お兄ちゃん!」
少女が離れたのを見て、咲実と優希が総一に駆け寄っていく。
「ふぅ・・・」
総一はひとつ溜め息をついてから背後を振り返った。
そこに立っていたのは総一の予想通りの小さな少女だった。
髪をショートカットにして、服装も動きやすいもの。
優希よりもひと回り大きいくらいの、ボーイッシュな少女だった。
―――なるほどね、この子ならあの瓦礫の後ろにも隠れられそうだ。
総一は自分が少女の隠れ場所を見逃した理由がその身体の小ささである事に気付いた。
総一が誰も隠れられないと思った瓦礫に彼女は潜んでいたのだ。
これは相手が子供かもしれないと考えなかった総一の失敗だろう。
「あたしは北条かりん」
「御剣総一だ」
―――騙されたな、こりゃ・・・。
総一は名乗りながらかりんと名乗った少女の賢さに舌を巻いていた。
少女が手に持っていたのは刃物ではなく単なる木の棒だったのだ。
総一は後ろを見れないから、すっかり刃物だと信じていた。
彼女が総一に後ろを向かせなかったのにはそういう理由もあったのだ。
「姫萩咲実です」
「色条優希だよ」
咲実も優希も名乗りはしたものの、その表情は硬かった。
総一に武器を向けていたかりんの事をなかなか信用できなかったのだ。
「それで用件はなに?」
当のかりんは優希と咲実の様子など気にした風もなかった。
その幼さの残る顔に厳しい表情を乗せて総一を油断なく見つめていた。
少しでも総一がおかしなそぶりを見せれば、きっと少女は身を翻して逃げだすだろう。
「さっきも言ったけれど、俺達はここを出る為に情報を集めてるんだ。 主にPDAのルールを」
「へぇ。 ルールはどこまで集まってるの?」
「4番以外は全部分かってる」
「・・・残念だね。 あたしは4は知らない。 あたしのPDAには共通のルール以外は、賞金のと侵入禁止のヤツしか載ってなかった」
「そっか」
総一は落胆して少しだけ肩を落とした。
「用件はそれだけ? もしそうならあたしはもう行きたいんだけど」
「いや。 北条さん、俺達と手を組まないかい?」
「えっ?」
「今の状況は分かってるんだろう?」
「大体は」
かりんは頷く。
しかし総一の言葉を探るように、その視線は今なお総一の顔を睨みつけている。
「だったら話は早い。 実はもう他人を襲う人間が出始めてるんだ」
「やっぱりそうなったんだね」
かりんには動揺した様子は無い。
総一の言葉にもその表情は崩さなかった。
「だから俺は出来るだけ仲間を増やして、襲われる率を下げたいと思ってる。 固まって行動する相手は攻撃し辛いだろう?」
「あたしはまだあんた達を信用してない。 あんた達がいつ裏切るとも分からないのに、そんな危ない橋は渡れない」
しかしかりんは首を横に振った。
―――確かさっき、妹さんの為って言っていたよな・・・。
総一は彼女が首を横に振った理由がそこにあるような気がしていた。
「お兄ちゃん、この人も仲間にするの?」
「その方が良いだろ。 次の休憩では3人交替で見張り番するより、4人交替の方が長く寝てられるぞ」
「信用して大丈夫なんですか?」
咲実は総一にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、この子は」
総一はかりんを危険ではないと感じていた。
その根拠はこれまでのかりんの言動だった。
彼女は『妹の為にも負けられない』と言った。
そして優希の姿を見て総一に妹なのかと問い、その後に話を聞いてくれるようになった。
―――悪い子じゃない。
それにこういう時に子供を見捨てていくようじゃ、きっとアイツに怒られちまうからな。
危険な子ではない。
見捨てるわけにはいかない。
そして妹を助けたいと言うなら、そうさせてやりたい。
総一はかりんの事情も分からないというのに、そんな事を考えていた。
―――それにそもそも、いきなり俺を殴り倒しても良かったんだ。
でもこの子はそうしなかった。
きっと大丈夫さ。
総一は彼女の妙な律儀さがそれを証明しているように思えた。
「あたしにはあんた達に協力するメリットはないよ」
「そんな事はないよ。 北条さん、ルールは全部知らないんだろう?」
「・・・そうだけど」
「仲間になってくれるなら、俺達が知っている分は全部教えてあげられる。 あとはどっちが有利かを考えてくれ。 ルールを知らないままに1人で行動し続けるのと、ルールはほとんど分かった上で俺達と行動を共にするのと」
「・・・」
かりんは総一の顔を見ながら口元に手を当て、考え込むような仕草を見せた。
即答しないのは迷っているからだろう。
「少なくとも4番目のルールがはっきりするまでは、俺達が裏切る心配はしなくて良いと思うんだけどね」
4番目のルールが分かっていない以上、総一達は積極的に何かをする事は出来ない。
そこに書かれている内容次第では首輪が作動して死んでしまう事もありうる。
下手をすれば首輪を外す行為そのものが何らかの事情でルール違反になる可能性もあるのだ。
現に総一を殴った少年はそれで死んだのだ。
「・・・分かった。 ルールが全部分かるまでは一緒に行く」
しばらく考え込んでいたかりんだったが、一度ちらりと優希を見た後にコクリと頷いた。
・・・。
最初は表情の硬かったかりんだったが、しばらくすると少しずつその硬さもとれ、僅かだが明るい表情を覗かせるようになっていた。
そのきっかけはやはり優希だった。
彼女の無邪気な明るさはここでも大きく貢献していた。
「ふぅん、かりんちゃんには妹がいるんだね。 ね、ね、どんな子? 可愛い」
かりんは目を輝かせる優希に携帯電話を差し出した。
「ほら、これが妹のかれん」
携帯電話の待ち受け画面には病室のベッドの上に座っている小さな少女と、その隣に座っているかりんが写っていた。
ベッドの少女は優希より少し年下といった雰囲気だったが、その身体の細さのせいで更に年若く見えていた。
「わぁ、可愛いんだねぇ。 いいなぁ、わたし一人っ子だからうらやましい」
「でも、今は病気で入院してるんだ」
「いいなぁ、俺一人っ子だからうらやましい」
「わたしのものまね? ぷぷぷ、気持ち悪いよお兄ちゃん!」
総一の入れた茶々を、あっさりと気持ち悪いの一言で片づける優希。
「なんだとぅ!」
「そんなの良いからさ、わたしが妹になったげるよ!」
馬鹿な話を始めた総一と優希に代わって、咲実がかりんに話しかける。
「じゃあ、治療の為に賞金が欲しいと仰っていたのは、妹さんの事なんですね?」
「・・・うん。 このおかしな『ゲーム』が本当なら、勝てば賞金が貰える。 もしその時の生き残りが5人以下なら、妹の治療に必要な額に届くんだ」
かりんがそう呟くと、騒いでいた総一と優希は騒ぐのを止めた。
「だから、いざとなったらあたしは妹の為に―――」
「ねえ北条さん、治療に必要な額って幾らなの?」
かりんが物騒な事を口にしかけたのに気付き、総一は慌てて別の質問で彼女の言葉を遮った。
「・・・渡航費用まで合せると3億8000万円」
「そんなに・・・」
総一はその金額を聞いて耳を疑ったが、同時にそれで納得がいった事もあった。
―――それでこの子は俺達の仲間になろうとしなかったのか。
生き残りが増えれば賞金が減るから・・・。
この子は妹を治療する為になら悪魔にだって魂を売るつもりなんだな・・・。
総一はそんな彼女の気持ちが良く分かった。
大事な人を何としても守ろうというその気持ち。
それに失敗した総一だけに、かりんには何としても妹を守り切って欲しかった。
「だからいずれあたしは、みんなとも戦う必要があるかもしれないんだ」
かりんはそう言って総一達から顔を背けた。
「戦う必要はないな。 今のままでも賞金は足りる」
総一は指折り数えながら、暗い顔をしているかりんに笑い掛ける。
「え? そんな筈は! だってまだ12人もいるじゃない! それじゃ賞金は全然足りないよ!」
「北条さん1人で払おうとするから駄目なんだよ」
総一は笑い続ける。
「賞金の20億円を12人で分けると1人当たり1億6000万円ちょっと。 合ってるよね?」
総一は自分で計算しつつも、隣にいる咲実に確認する。
すると彼女は口元に手を当てて小さく笑いながら頷いた。
「って事はだ、俺と北条さんの2人分でもう3億3000万円だ。 あとは優希と咲実さんが2500万円ずつ貸してくれたら、それで目標達成だ」
「あ・・・」
かりんは驚きに目を大きく見開く。
かりんにとって総一のこの発言はあまりに予想外だった。
「合ってるよね? 計算」
総一は再び咲実に確認する。
すると今度の咲実は笑顔のまま首を横に振った。
「その計算は間違いです」
「あれ? そうだっけ?」
総一は慌てて計算をし直すのだが、間違えたのは計算そのものではなかった。
「御剣さんとかりんさんだけでそんなに負担する必要はないです。 私の賞金ももっと使ってください」
「そうだよ! 2500万なんてケチくさい事言わないでよ! みんなで出せば良いじゃない!」
「という事らしいから、別にこのままでも・・・って北条さん、聞いてる?」
かりんは戸惑いを隠せなかった。
彼女は怪訝そうな表情で総一達の顔を順番に眺めていく。
「それ、本気で言ってるの?」
「どうして嘘だと思うんだ?」
「それは・・・」
かりんは口ごもる。
これまでかりんはたった1人で妹を守ってきた。
誰もかりん達を助けようとはしなかった。
大人達は誰もが可哀想と口にするだけ。
実際に助けようとしてくれた人間など1人も居なかった。
それだけにかりんには目の前の人間達の発言がすぐには信じられなかったのだ。
「まあ、すぐには信じられないか」
総一は何となくそれに気付いた。
―――俺も彼女の立場なら疑うんだろうな。
例えばそう、あいつの命がかかっていたりすれば・・・。
その時総一の脳裏をよぎったのは、幼馴染の面影だった。
「でもね北条さん、これは別に善意だけで言ってる訳じゃないんだ。 俺は臆病者だよ、北条さん」
だから総一は説得の切り口を変える事にした。
自分がかりんの立場なら、善意という不確かなものには妹の命は賭けられないだろうから。
「・・・どういう事?」
「俺は危ない事はしたくない。 だから敵も増やしたくない。 今ここで君に協力しなければ、下手をすると君と敵対する事にもなりかねない。 今なら味方は4人で残りは8人。 でも君が離れれば味方が3人で残りが9人。 戦力比を考えて欲しい。 1対2か、1対3か。 この差はすごく大きい」
「お兄ちゃん、そういう情けなくてカッコ悪い事は言っちゃ駄目だよぅ」
優希が呆れていた。
しかし総一はそれを敢然(かんぜん)と無視して話し続ける。
「だから君を買収するのもやぶさかではないな。 それに北条さん、君には悪いけれど、賞金だって本当に貰える保証はない。 どうしても賞金が欲しい君はともかく、俺にとっては貰えるかどうか分からないあやふやなものだよ。 それを使って身を守れるなら、俺は迷わないな。 命あってのモノダネって言うだろ?」
「御剣さん、それはあんまりでは・・・」
咲実も呆れてくすくすと笑い始める。
だが咲実の場合、瞳の奥の穏やかな光が失われていない。
もしかしたら彼女のは総一が説得の為にそう言っているという事に気付いているのかもしれない。
「無い袖は振れないと言うけど、無い袖で買収できるかもしれないならするべきだと思わない?」
「思わないよう~~~。 なにその情けない考え方は~~~」
「男らしい発言とは言えないと思いますよ、御剣さん」
優希も咲実も笑っている。
だが反対の言葉は口にしない。
2人とも賞金の扱いについてはそれで良いと思っているのだ。
「お兄ちゃん、普通そういう事は思ってても言わないもんだと思うんだけど」
「うっさいわい。 俺達の安全もかかってるんだぞ? 背に腹は代えられん」
総一は優希に言い返すとかりんに向き直った。
「それに北条さん、北条さんにとっても悪い条件ではないと思うけど」
「・・・どういう事?」
「まず、戦う相手が減る。 君は賞金の為に最大で7人と戦う必要があった訳だけど、それをしなくて済むようになる」
かりんの顔は真剣だ。
その事はかりんも考えていた。
「そしてもう1つ。 君が負けても妹さんが救える」
「御剣さん!?」
「お兄ちゃん! 何を言ってるの!?」
この総一の発言には優希も咲実も目を剥いた。
「御剣さん、それは情けないにもほどがあります!」
「みんなで帰るんだよ! かりんちゃんも一緒に!!」
これには流石の2人も怒りの表情を浮かべていた。
「ごめん2人とも。 俺もそれが一番だと思う。 でも考えてみて欲しいんだ。 あの罠や仕掛け、襲ってきた少年の事を。 ほんのちょっと巡りあわせが悪かったら、俺は死んでいたのかもしれない。 みんな無事に帰れればいいけど、そう出来ない事もあると思う。 これは北条さんだけじゃない。 酷いようだけど、みんなそうなんだ」
「御剣さん・・・」
咲実と優希の顔から怒りが抜ける。
2人ともその事は痛いほど分かっていた。
彼女達とて目の前で死んだ少年の事は今も心に深く焼き付いている。
「もし不幸にして北条さんがそうなったとしても、仲間になってくれてるなら妹さんの事は助ける。 俺が言いたいのはそういう事さ」
咲実と優希はそれ以上何も言わなかった。
「あとは北条さん、君の考え方次第だよ。 俺達に裏切られるリスクと、仲間になった時のメリット。 そのどちらを高く評価するか。 こればっかりは君が決めてくれ」
「御剣・・・」
かりんは考え込む。
「結論は急がなくても良い。 どの道4番目のルールが分かるまでは、俺達は何もできないんだから」
「分かった。 それまで少し考えてみる」
そしてかりんは神妙な面持ちで頷いた。
・・・・・・。
・・・。
「助かりました、漆山さん」
郷田は目の前の男性に優しげに微笑みかけた。
するとその男は柄にもなく照れて僅かに顔を赤らめた。
「こ、困った時はお互い様だ」
「そういって頂けると助かりますわ。 そのついでと言っては何なのですが、左の足首も見て頂けませんか? どうやらくじいてしまったみたいで」
「あ、ああ」
閉めた救急箱を再び開ける漆山。
そして目の前で組み替えられた郷田の脚を見てごくりと唾を飲み込むとそっと手を伸ばした。
「あんっ」
その張りのある美しい脚に触れると、彼女は切なげな吐息を漏らした。
「漆山さ、ん、もっと、下です」
「こ、この辺かい?」
「んっ」
そのまま漆山が手を滑らせると、再び郷田は小さな吐息を漏らす。
「そ、そうです。 その辺りが、さっきから・・・あぁんっ」
漆山が足首に触れると、郷田は目を閉じて頬を赤らめ身体をプルプルと震わせた。
そして再び目を開けた時、彼女の目にはうっすらと涙の膜が張り、切れ長の目が誘うようにゆらゆらと揺れていた。
「少し、ね、熱を持っているようだが・・・」
「んっ、くうっ」
漆山は熱に浮かされたような様子で郷田の脚を撫でまわしていた。
郷田はそうされても嫌な顔一つしない。
「ああっ、少し楽になってきました・・・。 あぁ、もっと、さすって下さいまし・・・」
それどころか郷田は更に漆山にその行為の続きを求めた。
こんな事は漆山にとっては初めての事だった。
水商売の女性を除けば、彼に優しい言葉をかける女性など皆無だった。
嫌われる原因が彼自身にあったとはいえ、常に嫌われ、陰口を叩かれ、疎まれ続けていたのだ。
当然、身体に触れるなどもってのほかだった。
だから郷田に優しい言葉をかけられ、その存在を肯定され、無防備に身体を差し出されると、すっかり漆山は舞い上がってしまっていた。
日頃女性達から虫けらも同然の扱いを受けてきた彼だけに、受け入れられ、頼られているこの状況は彼のプライドを満足させるのだった。
「こ、これでいいのか?」
手当てを続ける漆山の興奮は高まるばかり。
手当てが終わる頃にはその脳髄が焼き切れてしまいそうなほどだった。
「ありがとうございます漆山さん」
頬を染めたまま、信頼の眼差しで漆山を見る郷田。
その姿は漆山の求める理想の女性像を見事になぞっていた。
美しい外見みお、漆山を肯定するその言動も。
「お、俺は、と、当然の事をしたまでだ」
完全に頭に血が上った漆山は、興奮で上手く言葉がしゃべれなくなっていた。
手足は微かに震え、我慢も限界に近付いているようだった。
―――こ、この女を俺の、俺のものに出来るなら、俺は、俺は・・・!!
漆山は完全に郷田の虜となっていた。
出会ってからまだ1時間と経っていなかったが、その心は完全に郷田の事だけに染め上げられていた。
「郷田さん、い、いや真弓さん、俺は、俺はあんたの事が―――」
――ッッ
「きゃっ」
興奮した漆山は郷田を押し倒していた。
そうされても郷田は嫌がる素振りは見せない。
突然の事に驚いてはいるものの、嫌がるどころが逆に照れ臭そうに顔を背けるばかりだった。
「ありがとうございます漆山さん。 お気持ちはとても嬉しいのですけど・・・」
そして郷田は左右の手で自分と漆山の首輪に触れた。
「この首輪があるうちは、こうしている訳には参りませんの」
郷田はそう言って悲しげに目を伏せた。
「ど、どうすれば良い? どうすればあんたの首輪を外してやれるんだ?!」
「・・・こんな事、漆山さんのようなお優しい方にはお願いできませんわ」
郷田は目を背けたまま溜め息をつく。
「そんな事はない! 言ってくれ! 俺は何をすれば良い!?」
「あぁ、漆山さん・・・!!」
なおも言い募る漆山に、郷田は下から手を伸ばし抱きついた。
そして彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら漆山の耳元で囁き続ける。
「ああ、こんな罪深い事をお願いしてしまう私を許して下さいまし・・・」
「あ、あんたの為なら、俺は、俺はぁっ!!」
―――この女は俺のものだっ! その為になら、悪魔にだって魂を売るぞっ!!
漆山は郷田の言葉に従うつもりになっていた。
それが何であれ、かなえてやるつもりだった。
そしてその後に起こる事で頭が一杯だった。
「実は、漆山さん・・・。 私の首輪を外す為には―――」
だからこの時、郷田が彼には見えない角度で冷たい笑みを浮かべている事には気付く事は無かった。
・・・・・・。
・・・。
総一は細くて見えにくいワイヤーが床一面に張り巡らされた通路を慎重に渡っていく。
ワイヤーが張り巡らされているのは通路のうちの4メートル程の範囲だ。
それがどんな仕掛けなのかは分からないが、ワイヤーに触れると何かが起きると言う事だけは誰の目にも明らかだ。
だから総一は一歩一歩慎重にワイヤーの隙間を縫って歩いていく。
「お兄ちゃん・・・」
優希は両手を組み合わせたまま総一の背中を見つめている。
優希と咲実、かりんの3人は総一がそこを渡っていくのを見守っていた。
「うわ、うわわわっ」
総一がバランスを崩して腕をくるくると回す。
ワイヤーのせいで足場は狭い。
普通とは違って歩くだけで一苦労だった。
「御剣さんっ、頑張って!」
咲実がそう叫ぶと同時に、総一の手が止まった。
総一はギリギリの所で踏み止まる事に成功していた。
「ふぅ~~、びっくりしたぁ~」
「びっくりしたのはこっちだよお兄ちゃん!!」
「面目ない」
そして総一は再び歩き始める。
その後は特に問題はなく、1分も経つ頃には総一はワイヤーの向こう側に辿り着いた。
「緊張したぁ~~」
「お疲れ様です、御剣さん」
「御剣、疲れてる所を悪いけど、先にやる事をやろう」
「そうか。 ごめん北条さん。 急ごう」
そして総一は足元に転がっていた1脚のパイプ椅子を拾い上げた。
それは事前に総一が投げ込んだものだった。
咲実達の中でも、咲実がパイプ椅子を広げていた。
その横にはかりんが大きな棒を抱えて立っている。
総一達はそれで簡単な橋を作るつもりでいた。
パイプ椅子をワイヤーの手前と奥に立て、まずは棒を渡す。
そしてその棒をガイドにして今度は少し重たい板を渡す。
その上を歩いて渡れば、ワイヤーに触れる心配はなかった。
「よし、こっちはOKだ」
総一は太い縄で板を椅子に固定すると咲実達の方を見た。
「ちょっと待って、あと少し」
そこではかりんが総一同様に板を椅子に縛り付けていた。
「ん、こっちも出来たよ!」
「じゃあ順番に渡ってきてくれ! 俺はこっちで橋が動かないように押さえてるから!」
「分かりました!」
渡る順番は咲実・優希・かりん。
年長の咲実が先に試し、優希を最後にはしない。
その為にこの順番になっていた。
「気を付けて、咲実さん」
「ありがとう、かりんさん」
咲実が橋に乗ると、僅かにパイプ椅子が軋んだ。
「間に合わせだから、あんまり急がないようにね、咲実さん」
「はい」
咲実が歩くたびにパイプ椅子が鳴る。
音がするたびに総一達は落ち着かない気持ちになったものの、特に何も起こらず咲実は無事に対岸で待つ総一のもとへと辿り着いた。
「咲実さん、ゆっくり」
「は、はい」
総一が両手を伸ばすと、咲実は総一に抱きつくようにして身体を預けた。
「よっと」
総一は椅子に負担をかけないように咲実を抱き上げると、そっと彼女を床に下ろした。
「よし。 成功だ」
「ありがとうございます、御剣さん」
総一も咲実も安堵の表情を浮かべる。
やはり橋があっても緊張は拭えないのだ。
「お兄ちゃん、今度はわたしが行くよ!」
「ああ!」
―――いかんいかん、まだ2人残ってるんだった。
総一は気合いを入れ直すと、再び椅子の背もたれを掴む。
「ちゃんとそっち持っててよ、お兄ちゃん!」
「心配するな、任せろ!」
全員が橋を渡り終えたのは、そのすぐ後だった。
「急に飛び降りるなよ、北条さん」
「平気だって」
最後に即席の橋を渡るのはかりんだった。
かりんはその見た目通りに運動能力は高く、先に渡った咲実や優希に比べると圧倒的に早く橋を渡り切った。
「渡り切ったのに、はずみで橋が倒れて罠が作動したりしたらつまんないだろ」
「それもそうか」
自力で橋を下りようとしていたかりんだったが、総一の言葉を聞いて結局咲実や優希と同様に総一に身体を預けた。
「降ろすぞ」
「うん」
総一に抱きかかえられたかりんはすぐに床へと下ろされた。
「うまくいった」
「へへっ、大成功だね?」
かりんを下ろして安堵した総一に、優希が駆け寄って笑い掛ける。
彼女も安堵しているのか、その表情には普段よりも少しだけ穏やかな雰囲気が含まれていた。
「でも御剣さん、おかしいと思いませんか?」
だが全員が安堵する中、咲実だけが真剣な表情を崩していなかった。
「おかしい? 何が?」
「2階で見つけた罠はこれで6つ目です。 1階ではこの半分も無かったのに」
咲実が気にしているのは仕掛けられていた罠の数だった。
1階では2階に登るまでに2個。
しかし今は3階への道半ばだというのに既に6個の罠と遭遇している。
この頻度が続くなら3階へ登るまでにもういくつかの罠に遭遇するのかもしれない。
「なんで2階へ来た途端、こんなに罠があるんでしょうか」
咲実は真剣な表情を崩す事無くワイヤーの罠を振り返った。
照明をあびてうっすらと輝くワイヤーが通路を縦横無尽に走っている。
咲実はその一本一本を目で追っていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、テレビゲームとかだとさ、先に行くとどんどん難しくなるじゃない? これもそうなんじゃないかなぁ?」
「じゃあこの上はもっと罠が多いとか?」
「わたしはそう思う」
―――確かにそれはありそうだ。
その優希の意見は総一には納得のいくものだった。
家庭用のゲームソフトでは良くある話なのだ。
「私はそうじゃないような気がするんですが」
しかし咲実はそれでは納得しなかった。
「見て下さい、この罠を。 この罠も丸見えです」
「丸見え?」
「はい。 1階で見た罠は、どっちもちょっと見ただけではすぐには分からないように隠されていました。 でも2階のものは違うんです。 これまでの5つも、ここにある1つも、まるで隠そうという意志が感じられません」
「そういえば・・・」
それは咲実の指摘した通りだった。
1階の罠は床の模様に合わせて張られたワイヤーがトリガーになっていたりして一目見ただけでは分からないものだった。
そしてだからこそ総一は引っかかってしまった。
しかし2階の罠はそうではない。
誰の目にもそこにあると分かるように罠が仕掛けられていた。
だから総一達はすぐにそれに気付き、罠にかかる事も無かった。
「1階は数は少なくて回避し辛い罠。 2階は数が多いけれど分かりやすくて回避しやすい罠、か」
「どうしてそんな事をするんでしょう? この2階にあるような罠では、誰も掛からなくて時間稼ぎにしかならないんじゃないでしょうか」
実の所、この咲実の言葉はほぼ真実を言い当てていた。
とはいえ仕掛けた側の都合など誰にも分からないから、総一達はひたすら首を捻る他は無かった。
「御剣、咲実さん、それどころじゃないよ!」
角まで進んで通路の先を覗き込んでいたかりんが真剣な顔で総一達を手招きする。
「どうした?」
総一はすぐにそこへ駆け寄っていく。
咲実と優希もそれに続いた。
「向こうからナイフを持ったおじさんが近付いてくるんだ」
総一がかりんの頭の上から通路を覗き込むと、通路の先には確かに抜き身のナイフを手にした中年男性の姿があった。
「あれは・・・」
その人物に総一は見覚えがあった。
それは小太りの中年男性で、優希と2人になったあとに初めて出会った人物だった。
彼は嫌がる優希に何度もちょっかいを出していた。
男はまだ総一達には気付いておらず、その歩みは遅い。
総一達の居る場所までやってくるのはしばらく先のようだった。
「どうしたのお兄ちゃん・・・あっ・・・」
かりんと入れ替わるようにして通路を覗き込んだ優希だったが、彼の姿を見た瞬間にその表情を硬くした。
「あの時のおじさんだ・・・」
その声も表情同様に硬い。
優希はやはりこの男性が苦手なのだった。
「2人とも、あの人を知ってるの?」
「ああ。 咲実さんと出会う前に会った人なんだ」
「どんな奴なんだ?」
「お兄ちゃん、逃げようよ。 わたしあのおじさん嫌い」
優希はそう言うと総一の手を引っ張った。
「すごい女好きなのか、優希にさんざんちょっかいを出してね。 だからこの通り優希はあの人の事が苦手なんだ」
「へぇ・・・」
「行こう、戻ろうよお兄ちゃん!」
優希はつづけて総一の手を引っ張る。
罠の所から中年男性のいる場所までは途中に横道は無い。
逃げるとしたら再び罠を越えなければならない。
だから総一は一瞬躊躇した。
「・・・あたしも優希に賛成。 逃げる逃げないはともかく、罠の向こうまで戻っておきたい気がする」
「かりんさん、どうしてそう思うんですか?」
咲実は男と話をした方が良いと考えているのか、不思議そうに首を傾げる。
「あたしはあの抜いたまま持っているナイフが気になる。 いきなり攻撃されたりは無いのかもしれないけど、万が一があると困るじゃない?」
かりんは話し合いをするにしても、身を守る為に罠を挟んで話し合いたいのだ。
―――ナイフだけじゃない。
あの表情も気になる。
最初に会った時、あんなに怖い形相はしてなかったような気がするが・・・。
男の表情はまさに鬼気迫るといった雰囲気だった。
両目はカッと見開かれ、額には汗が滲み、口を半開きにして大きな呼吸を繰り返している。
そんな男が抜き身でナイフを持っているものだから、かりんの言う事ももっともだった。
「分かった、そうしよう」
だから総一はあっさりそれに同意した。
・・・。
総一が橋を渡るのは女性陣が渡り切った後だった。
ミシッ
総一は不安定な橋に慎重に足を踏み出した。
総一の体重に橋の土台になっているパイプ椅子が軋む。
「お兄ちゃん、気を付けて!」
橋の向こう側では咲実とかりんがパイプ椅子を支えてくれていたが、女性たちよりも重心が高くて体重も重い総一が歩くたびに橋はぐらぐらと揺れた。
だから総一は誰よりも慎重にそこを渡らなければならなかった。
―――落ち着け、ゆっくりだ・・・。
総一は両手でバランスをとりながら一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
「お、おまえたちっ!?」
例の中年男が姿を現したのは丁度そんな時の事だった。
「ま、待てっ! 俺にその子を渡せぇっ!!」
男は相変わらずナイフを手に持っており、興奮気味にそうまくしたてると総一を追って走り出した。
男から総一までは20メートル程の距離がある。
普通なら若い総一が追いつかれる事は無かったが、今の総一は揺れる橋の上。
男と総一の距離は一気に詰まっていく。
「御剣、早くこいっ!」
かりんは総一に手を伸ばしながらそう叫んだ。
彼女はナイフの中年男を危険だと判断していた。
男が渡せと言っている『その子』が誰なのか、そして何故渡す必要があるのかは分からなかったが、ナイフを振りかざして総一に追いすがる姿は到底友好的な人間には見えない。
そしてその表情がはっきりするからだろう、距離が近付けば近付くほど、かりんの不安は大きくなっていった。
「急いで! あいつどうかしてるよ!」
「い、急げって言われても!」
総一もちらりと背後を振り向いて状況を把握すると、僅かだが歩く速度を上げた。
まだ橋の中間地点までも辿り着いていない。
急がなければ男はすぐにやってくるだろう。
―――あのナイフが有効の証のプレゼントとも思えないし・・・。
男はナイフを振り回しながらやってくる。
総一もこれがとても危険な状況だという事が良く分かっていた。
「その子供を渡せっ! 俺の女が欲しがってるんだッ!!」
ほとんど怒号のような男の叫びが通路に木霊する。
―――子供? 優希か、かりんって事か?
「お兄ちゃん急いで! わたしあのおじさん怖いよっ! 早く逃げよう!!」
優希が震えながら総一を見つめている。
だが時折その視線が総一よりも後ろに向かうのは、彼女が男を恐れている証拠だろう。
「そうはいくかぁぁぁぁッ!!」
――ッッ
男は総一達の作った即席の橋の所までやってくると、総一に向かってナイフを振り下ろした。
――!!
ナイフは総一の背中のあたりをかすめ、服に僅かな切れ込みを作った。
切断される時の僅かに服が引っ張られるような感触に総一は背筋が寒くなった。
「御剣さんっ!」
「だ、大丈夫っ!」
そして総一は切られた時に崩れそうになったバランスを何とか立て直す。
しかし落ち着いている暇はない。
男は総一を追って橋によじ登った。
メキッ
「御剣ッ!」
―――まずい!
橋が軋む音を聞いて、総一とかりんは焦り始める。
総一1人でもギリギリだったのに、2人同時にこんなものを渡り始めたら一体どうなるか。
そんな事は火を見るよりも明らかだった。
「おっさん下りろ! 2人いっぺんには無理だ!」
「嘘だ! 俺をその子から遠ざける為の嘘なんだろう!?」
男はかりんの言葉にも耳を貸さない。
そのまま男は橋の上に足を踏み出した。
ミシ、ミシミシミシッ
男の強引さに、途端に橋が悲鳴を上げ始める。
「御剣ッ、橋がもちそうにないッ!」
橋にしている板の重さ、そして総一と男の体重。
それらを合わせると200キロちかい重さになる。
しかもそれは静かに乗っているのではなく、歩くたびに上下に大きく揺れる。
土台に使っている古ぼけたパイプ椅子にとって、それは手に余る荷重だった。
「咲実さん! 優希! そこどいて!」
「ハイッ!!」
咲実は心配そうにしている優希を引っ張って背後に下がる。
「どうするの!?」
「いくぞ!」
総一は優希の質問には答えなかった。
「御剣、来るぞ!」
――ッッ
男のナイフが再び振るわれる。
だが今度はそのナイフは完全に空を切った。
「御剣さんっ!!」
総一は前に向かって走り出していた。
それは橋の事など無視したかのような勢いだった。
最初の1歩でパイプ椅子が悲鳴を上げる。
2歩目の時は椅子の座面を支えるビスが1つ飛んでいた。
「こ、小僧ッ! 逃がすかぁッ!!」
3歩目は男が足を踏み出すのと同時だった。
――ッッ
同時に2人の足が下ろされた事で、椅子にかかる力はこれまでで一番大きなものとなった。
バキョッ
衝撃に耐えきれずパイプ椅子の座面が床に落ちる。
その上に乗っていた橋の踏み板も同様だ。
板はそのまま床面に張り巡らされたワイヤーの上に落ちていく。
板が落ちて来た事で床を這うワイヤーが何本も切断される。
その瞬間、天井で何かが動き始めた。
それは鋼鉄製のシャッターで、ワイヤーの張り巡らされた部分の丁度中間のあたりに降ってきた。
このワイヤーは通路を塞ぐシャッターを作動させる罠のトリガーだったのだ。
「御剣掴まれッ!」
シャッターに気付いたかりんが総一に向かって手を伸ばす。
総一の身体はまだシャッターの向こう側にあった。
「こんな事でッ!」
橋が落ちたのに倒れずに済んでいたのはほとんど奇跡と言って良かった。
だが橋が落ちたおかげで逆に足場は回復している。
そのおかげで総一は全力で飛ぶ事が出来た。
「おりゃぁぁぁっ!」
飛んできた総一の手を掴むと、かりんは思い切り総一を引っ張った。
総一は重かったが、かりんは思い切り足を踏ん張ってその腕を引いた。
ビッ
シャッターが総一の足をかすめる。
しかしかりんの奮闘が功を奏し、間一髪の所で足はシャッターに挟まれずに済んだ。
「きゃあっ!?」
そして勢い余った総一はそのままかりんにぶつかり、絡まり合うようにして床に倒れ込んでいった。
――ッッ
シャッターが閉まる大きな音を最後に、通路に静寂が戻る。
「ハァ、ハァ、ハァ」
そこには総一の大きな呼吸だけが木霊していた。
「御剣さんっ! かりんさんっ!!」
「お兄ちゃん大丈夫っ!?」
すぐに咲実と優希がやってくる。
「だ、大丈夫」
総一はかりんを抱き締めたまま、寄って来た咲実達を見上げる。
かりんと衝突した直後、総一は彼女の身体を抱きかかえ、守るようにして体を入れ替えていた。
「ほ、北条さんは大丈夫?」
総一は腕の中のかりんに呼びかける。
するとすぐに彼女の顔が上がった。
「平気。 助かったよ御剣」
「それはこっちのセリフだよ。 引っ張ってくれてありがとう」
シャッターのタイミングはギリギリだった。
もし自分の力だけだったら、総一の足はシャッターと床に挟まれてしまっていただろう。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫? すごい音がしたけど・・・」
優希が心配そうにしているので、総一は彼女に笑い掛けると手を伸ばしてその頭を撫でてやった。
「本当に大丈夫だよ。 ちょっと痛かったけどね」
2人分の体重のおかげで床に叩きつけられた時は流石に息が詰まったが、幸い怪我らしい怪我はせずに済んでいた。
「そういえばあの男はどうなった?」
総一はかりんを抱いたまま身体を起こした。
するとすぐに通路をぴったりと塞いで閉じられたシャッターが目に飛び込んでくる。
「大丈夫です。 シャッターが私達を守ってくれています」
近くに男の姿は無い。
咲実が言うように、男は通路の向こうに置き去りになったのだった。
「そうか、良かった・・・」
―――背中を切られた時はどうなるかと思ったが・・・。
総一はシャッターの向こう側に居る筈の男の事を考えながら安堵の息を吐き出していた。
「結局、優希ちゃんやかりんさんが心配したとおりでしたね」
咲実もシャッターを見上げながら不安げに眉を寄せる。
「なんであんなに簡単に、人を傷付けようとするのか・・・」
その瞳にすっすらと涙が滲んでいる。
「お姉ちゃん・・・」
しかし心配そうに優希が咲実の手を握ると、咲実は涙を拭って笑顔を作った。
―――しっかりするのよ私。
優希ちゃんがいるんだから・・・!
咲実はともすればその場で泣き出してしまいそうな自分を必死で鼓舞する。
もしこの場に優希が居なかったのなら、咲実は泣き出していたのかもしれない。
咲実にはその自覚があった。
しかしそこに優希がいてくれた事で、咲実はなんとか自分を保つ事が出来ていたのだ。
「・・・ともかくみんな無事で良かった」
「はい」
総一の言葉に咲実はすぐに同意したのだが、優希は何故かケタケタと笑いだした。
「どうしたんだ優希?」
「ふふふ、無事に済んだんだからさ、そろそろかりんちゃんを放してあげなよお兄ちゃん」
優希は笑いながら総一を指さした。
「かりんちゃん、さっきからずっと困ってるよ」
「へっ?」
総一が視線を下げると、胸元にはまだかりんの顔があった。
総一の腕はかりんの事を強く抱きしめたままだったので、彼女は総一を見上げる以外には何一つ身体を動かす事が出来ずにいた。
「こ、困ってる訳じゃ・・・ないけど・・・」
事情はともかく男に抱き締められているのが照れくさいのか、その頬は赤く染まっていた。
「わっ、ご、ごめん」
「・・・守ってくれたんだから、別に、気にしてないけど・・・」
かりんは素早く総一から離れるとプイっとそっぽを向いた。
「あははははははっ!」
優希の陽気な声が通路に響き渡る。
するとそれに釣られて総一も笑いがこみあげてくる。
それは安堵と喜びがごったになった感情だった。
「うふふふっ」
咲実もそうだったのか、彼女も笑顔を覗かせていた。
彼女の涙はもう止まっているようだった。
「・・・」
当のかりんはしばらくそっぽを向いたままだったが、しばらくすると小さく笑顔を作った。
―――本当にみんな無事で済んで良かった。
笑っていられる状況ではないのは重々分かっているのだが、その笑顔がみんなの無事を象徴しているように思えて、総一は安堵の気持ちと自らの笑いを抑える事が出来なかった。
・・・・・・。
・・・。
総一達が3階へ辿り着いたのは、そろそろ深夜に差し掛かろうかという頃だった。
「やっと3階段に着きましたね」
そう呟くと咲実の表情には疲労の色が色濃くにじんでいた。
しかしそれは彼女に限った事ではない。
一応これまでも少しずつの休みは取っていたものの、結局は深夜まで歩き続けの総一達は誰もが疲れ果てていた。
「しかし話せそうな人とは誰とも会わず、か」
総一達は侵入禁止エリアから逃げたいという事以外にも、誰かと会いたいからという理由でも上のフロアに登るのを急いでいた。
「流石にこの時間になると、もう移動している人も居ないんじゃないかな」
「もう夜中だもんねぇ・・・」
結局、総一達は小太りの中年男以外とは誰とも出会う事無く3階に辿り着いていた。
総一達の望むような、ルールの4番を知っていて、かつ総一達と対話しようというスタンスの人間どころか、他の誰とも出会えないという状況が続いていた。
「御剣さん、私達も少し休みませんか? もう3階ですし、当分侵入禁止のルールの心配は要らないんじゃないかと思うんです」
「それもそうだね」
総一はすぐに同意した。
そういう総一自身、身体には大分疲労が染みついていた。
恐らく少女達はもっとだろう。
―――少し焦り過ぎたかな?
総一は自分が焦り過ぎなのではないかと気付く。
少年と中年男に攻撃された事で、精神的に追い詰められていたのかもしれない。
「ごめんみんな。 休めそうなところを探そう」
「はい」
「実はわたしももうクタクタだよ。 ねえ、かりんちゃん」
「ふふ、その時は御剣におぶってもらいなよ」
「うんっ」
すると少女達の表情に少しだけ笑顔が戻った。
―――しっかりしろ総一。
もっと足元を良く見ろ。
目立つ事にばかり目が行って、同行している少女達の事を忘れてしまっては大変な事になる。
焦るあまりに無理をさせて動けなくしてしまっては意味がない。
「よしっ」
そして総一は両手で自分の頬を叩き、気合いを入れなおした。
・・・。
地図を見ると、3階の階段のホールからすぐに行けそうな範囲で休めそうな部屋はいくつかあった。
総一達はその中から水道やトイレがありそうな形の部屋を選び、そこを目指していた。
地図には部屋に備わった機能の説明書きなどは無いが、個室の配置などを見ればそういった機能のある部屋だという事は想像がついた。
どの部屋を目指せば良いのかという事では、総一達はあまり悩まずに済んだ。
「へへへ、寝る前に顔とか洗いたかったんだ」
優希が自分の顔をぺたぺた触りながら微笑む。
「私もですよ、優希ちゃん」
「同感同感」
咲実もかりんも異議は無いらしく、彼女達も笑顔で頷いていた。
―――やっぱり女の子なんだよな。
あいつがここにいたら、またデリカシーが無いって怒りだすんだろうなぁ・・・。
総一は懐かしい人の面影を思い出していた。
そのせいか総一の視線は自然と咲実の方を向いた。
「咲実お姉ちゃん、いつもはお化粧とかする方なの?」
「あまり化粧はしない方ですけど、大事な日とかは服に合わせてしますよ」
―――優希、そして咲実さん、か・・・。
2人は総一にとって特別の意味を備えた人間だった。
2人を無事に帰らせる事、それは総一にとって最優先の課題だった。
「彼氏とのデートの時とか?」
優希が『彼氏』と口にした直後、咲実の視線が総一の方を向いた。
総一は彼女を見ていたから、自然と違いの視線が絡み合った。
「あ・・・」
その途端、咲実の頬にパッと朱が走る。
彼女はバツが悪そうに曖昧に微笑むと総一から目を逸らした。
「か、彼氏なんか居ませんから」
「だってさ! お兄ちゃん、チャンスだよ!」
優希は無邪気に総一に話を振る。
そんな優希に総一は小さく苦笑した。
「優希、俺は前に恋人ありって言った筈だぞ」
優希は総一の頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺めたあと、ニヤッと笑う。
「その格好で、居る訳ないじゃない」
優希は自信たっぷりだった。
優希は前に総一から恋人の話を聞いていたものの、その後の言動や服装から、今現在は総一の近くに女性はいないと判断していた。
―――正解だよ優希。
近くには、いないのさ・・・。
総一は更に苦笑するしかなかった。
「だけど優希、咲実さんの気持ちもある。 あんまり茶化すなよ」
「ゴメン」
素直に謝った後、てへへ、そんな調子で優希は笑う。
「そもそもお前がニヤニヤ笑うような見た目なんだぞ」
「お兄ちゃんは素材はそんなに悪くないんだからさ、シャツとかもっとちゃんとアイロンとかかけようよ。 だからわたしみたいな子供にも彼女無しってバレるんだよ」
優希は半笑いでそう指摘する。
彼女はそのまま片目をつぶり、右手の人差し指を伸ばして空中をくるくるとかきまぜる。
『参ったか!』
彼女の表情はそんな色を湛えていた。
「・・・気をつけるよ」
総一は素直に敗北を認める他は無かった。
そしてポケットの中のハンカチを握り締める。
―――確かにそうだ。
シャツのアイロンはあいつがかけてくれてたし、このハンカチだって一体いつからポケットに入れたままなんだ?
ハンカチを取り換える者が居なければ、そしてハンカチを使えと文句を言われなければ、総一のポケットの中には綺麗なままのハンカチが眠っているのだ。
「咲実さん?」
総一が声をかけると、咲実はやや大袈裟にビクッと肩を震わせた。
そして慌てて作り笑いをする。
「なっ、なんでもないです、なんでもっ」
「おおっ、もしかして脈ありなのお姉ちゃん!?」
優希は目を輝かせて身を乗り出した。
咲実はギョッとして両目を大きく見開く。
「御剣! ちょっと来て! 何かおかしいんだ!」
話に加わらず少し先行していたかりんが叫んだのは、丁度そんな時だった。
「どうした!?」
かりんの声が真剣だった事で、総一は自然と顔を緊張させて彼女のもとへと走っていく。
「見て!」
かりんは左手でPDAを握りしめ、右手をのばして通路の先を指さしていた。
「どうしたんだ?」
通路は彼女が指さす先で行き止まりになっていた。
だがそこにはとりたてて異常らしいものは見当たらない。
不思議に思った総一はかりんを見た。
「どういう事だ? 問題はないようだけど」
「じゃあ今度はこれを見て」
かりんは総一の顔の前に彼女のPDAを差し出した。
表示されているのは地図だった。
それも総一達が丁度今いるあたりのものだった。
「あっ」
総一もすぐにそれに気付く。
「ねっ? おかしいでしょ?」
「ああ」
総一はPDAから視線を外してもう一度行き止まりを見た。
―――俺達の目の前は行き止まりになっている。
だが・・・
再び総一はPDAを見る。
しかしそこには行き止まりなど表示されていなかった。
地図では通路はそのまま真っすぐに続いていた。
「どういう事だ?」
「さあ。 地図が間違っていたのか、それとも何か他に理由があるのか」
かりんにも理由など分からない。
総一よりも早くそれに気付いたというだけなのだ。
「どうしたのお兄ちゃん?」
優希がやってくる。
「大した事は無いと思うんだが、この先に地図にはない行き止まりがあるんだ」
「地図には無い行き止まり?」
優希の背後に立った咲実が首を傾げる。
「そうなんだ。 地図だとこの先にはまだ通路が続いている筈なんだけど」
「行き止まり、ですね」
「そうだっ!」
ぽむっ
難しい顔をしていた優希が両手を打ち鳴らして表情を明るくする。
「ねえ、あのおじさんの時みたいに、シャッターが下りてるとかじゃないかな?」
あのおじさんの時。
優希が言っているのは中年男に襲われた時の罠の事だ。
「そうか!」
地図にない行き止まりも、館の罠や仕掛けであれば考えられない事ではない。
「御剣、とりあえず行ってみよう」
「分かった。 咲実さん、優希、離れないようについてきて」
「はい、分かりました」
「うんっ!」
そして4人はゆっくりと行き止まりへと近付いていった。
・・・。
「優希の言うように、シャッターみたいだね」
「ああ」
先頭はかりんと総一。
そのすぐ後ろに優希で、最後尾に咲実。
そんな隊形で総一達は行き止まりに近付いていく。
近付いて分かったのだが、それは優希が指摘したように建物に備え付けられているシャッターだった。
その鋼鉄のシャッターは、何らかの理由で下ろされ通路を塞いでいた。
「ここに罠でもあったんでしょうか?」
最後尾から咲実の声が飛ぶ。
その声に従って総一は目の前の床や壁を見回したが、そこには特に何も見当たらなかった。
「罠ではないみたいだ。 何もない」
「へこんだ床も、ワイヤーの切れはしもない、か」
総一と一緒に安全を確認したかりんは、先頭に立って更にシャッターへ近付いていく。
そして彼女の手がシャッターに触れるかという時になって、突然全員のPDAが電子音のアラームを鳴らし始めた。
「わあっ!?」
それぞれがもっている4台のPDAが一斉に電子音を鳴らしたものだから、その音は静まり返った通路に大きく響き渡った。
「な、なんだっ!? どうした?!」
総一は慌ててポケットに手を突っ込んでPDAを引っ張り出した。
「総一、画面に変な文字が出てる。 『エクストラゲーム』だって」
最初から手にPDAを持っていたかりんは既にPDAの画面を覗き込んでいた。
どうやらアラームが鳴るのと同時に画面は新しいものへと切り替わったようだった。
「『エクストラゲーム』だって?」
総一も自分のPDAの画面を覗き込む。
するとそこにはかりんの言うとおり『エクストラゲーム』の文字が大きく表示されていた。
―――何が始まるって言うんだ!?
総一が戸惑っていると、画面に新たな変化が始まった。
画面の右端から、ハロウィンで良く見かけるカボチャの怪人が姿を見せた。
その怪人は3頭身でアニメ調にデフォルメされており、まるっこい手足をくねくねと動かして踊るように画面の中央までやってきた。
『お楽しみっ! エクストラゲーィムッ!!』
カボチャの怪人は画面の中央で高らかにそう宣言した。
スピーカーからは実際に声が流れ、同時に喋った内容が漫画のように吹き出しになって表示されている。
怪人は耳障りな高い子だったから、総一には表示されている文字がありがたく思えた。
『こんにちは! ぼくの名前はジャックオーランタンのスミス!』
スミスと名乗った怪人は、画面の中央でステップを踏みながら陽気に踊りまわっている。
「何これ」
「ジャ、ジャックオーランタン?」
突然そんなものを見せられた総一達は誰もが戸惑っていた。
『うん、分かってるよみんな! いきなり出てきたぼくに戸惑っているんだね? 分かる分かるその気持ち。 ぼくだって君達の立場ならそのPDAを叩き割ってる所さ! おっと! 叩き割らないでよ! あくまでそういう気分になるだろうって話さ! そのPDAには今後も重要な役目がある。 ぞんざいに扱わないでよ?!』
スミスはCGとは思えない滑らかな動きを見せている。
どう見ても大金をつぎ込んで作ったCGモデルだった。
―――いったいどういうんだ? こんなものを俺達に見せて何の意味がある?
『さて、遊んでないで早速本題に入ろう。 ぼくは遊びが過ぎるって毎回みんなに怒られるんだ。 ・・・え? みんなって誰かって? それは言えないよ。 大人の事情って奴さ。 おっと、設定上ぼくは子供だった。 子供同士の秘密って事でOKかな?』
「なんなんだ、このふざけた奴は・・・」
かりんは文字通り開いた口が塞がらなかった。
しかし彼女はそれでもPDAの画面を見つめ続ける。
いくら下らなくても、今の所それを見続ける以外になかったのだ。
『ではさっそくエクストラゲームのルールを説明しよう』
スミスがそう言うと同時に、画面が地図に切り替わる。
地図は先程までかりんが見ていたものと同じで、今総一達がいる一体の地図だった。
『実は今、キミ達4人の居る周辺のエリアは封鎖されているんだ』
総一達が表示された地図を見つめていると、そこに表示されている通路の4ヶ所に赤い光点が表示された。
その赤い光点はチカチカと周期的な点滅を繰り返している。
そのうちの1ヶ所は総一達がいるあたりだった。
『その赤い点の表示されている場所にはそれぞれシャッターが下りている。 キミ達がこの先へ進む為にはこのシャッターを開かなければならない』
シャッターは通路の4ヶ所を塞いでいる。
地図を見る限りその4ヶ所の通路を使わずに移動できるのは、ごく狭い範囲の正方形のエリアに限られる。
だから閉ざされたシャッターを開かない限り、総一達は先へ進む事が出来ないのだ。
『まあ、ずっとこの狭い所に居たいって言うなら開けなくても良いんだけど、そんな訳はないよねぇ? はははははは~』
スミスの耳障りな笑い声が通路に木霊する。
『でも安心して。 開ける方法はキチンとある。 ぼくらも鬼じゃない。 クリア不能のゲームなんて作らない。 これはプロ意識って奴さ!!』
ガキン
スミスの言葉が終るか終らないかのタイミングで、目の前のシャッターの一部が開いた。
そして金属製の小さな箱状のパーツがゆっくりとそこからせり出してくる。
「お兄ちゃん、なんだか計算機みたいのが出てきたよ」
丁度その前にいた優希はまじまじとそれを見つめ、総一に説明する。
「それとその隣に鍵穴がある。 おうちの鍵とおんなじような感じ」
―――鍵穴だって?
それは鍵穴の付いた、シャッターを操作するパネルだった。
『そう! 鍵穴だ! 実は君達の閉じ込められているエリアには4つの鍵が隠されている。 それを全て見つけ出し、4つのシャッターの前にそれぞれにある鍵穴に差し込んで同時に回せばシャッターは開く! けれど同時じゃないと駄目なんだ。 誤差の許容範囲は5秒。 順番に回って開けようなんて無理だからね!』
―――4人バラバラにシャッターの前に立って、鍵を回せって事か?
『面倒な事をって思うだろう? でも安心していい。 面倒を片付ければ報酬がある。 実はこのエリアには鍵以外にも武器や防具、食料や医薬品が置かれている。 キミ達はそれを好きなだけ持っていく事が出来るんだ。 スゴイだろう!? このエクストラゲームは1着でここまでたどり着いたキミ達へのご褒美なのさ!』
地図は消え再びスミスが現れる。
『いやー、キミ達はラッキーだよ! 本来ならもっと上のフロアでしか手に入らないようなものをこのフロアで手に入れる事が出来るんだ。 是非頑張ってこのエクストラゲームをクリアしてよ!』
―――いったいどういう事だ? 何のためにこんな事をさせる? これに一体どんな意味がある?
総一には分からない事ばかりだった。
だがその疑問に答えてくれる人間はいない。
咲実も優希もかりんも、同じように疑問に思うだけ。
そして唯一理由を知るスミスはその疑問には答えない。
『それと誰もキミ達を邪魔しないから安心して良いよ! そこは完全に独立している。 他の連中は迂回する他はない。 もっともそこに行かなくても上のフロアには上がれるんだけどね。 クククク』
くぐもったような奇妙な声で笑いながら、スミスは画面端に向かって歩いていく。
その足の運びは相変わらず踊るようで、見ていると妙に腹立たしい気分にさせられる。
『それじゃ、また後で! エクストラゲーム"開けゴマ!×4"よ~いど~~ん!』
そしてそんなふざけた言葉を残し、スミスは姿を消した。
スミスが姿を消しPDAが通常の状態に戻った後、すぐに総一達は4つのシャッターを確認しに出かけた。
本当なのかどうかを確かめたかったのだ。
辛いと言って良いのかは分からないが、シャッターはスミスの説明した通りの場所にあった。
もちろん鍵穴を備えた操作パネルもそこにあった。
そしてそれは同時に、総一達がこの狭い領域に閉じ込められてしまった事を意味していた。
シャッターが塞いでいる通路を使う以外に他の場所へ行く方法は無い。
そんな致命的な通路をシャッターは塞いでいたのだ。
「どうしましょう・・・」
咲実は4つ目のシャッターを見上げながらポツリと呟く。
そしてすぐに総一の顔を見る。
総一が彼女に目を向けると、その顔は不安そうだった。
―――無理もないよなぁ、こりゃあ・・・。
総一だってどうしたものか分からないのだ。
「4つのシャッター、4つのカギ。 なんとかしないとここに閉じ込められたままになる。 御剣、どう思う?」
「そうだなぁ・・・」
総一は頭の中で考えをまとめる。
混乱しかけている頭をなんとか働かせていく。
―――シャッターは閉まってる。
4つの鍵がなければシャッターは開かず、誰も通れない。
上へ行くにはやはり開ける必要があるんだが・・・、待てよ? 誰も通れない?
「ヘヘッ」
そこまで考えた時、総一は思わず笑みを漏らした。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あのさ、俺達って最初、安全で休めそうな場所を探してたよね?」
総一は笑いながら説明を続ける。
「それがどうかしましたか?」
咲実は笑い続ける総一を不思議そうに見つめている。
「ここって今、安全で休めそうな場所なんじゃないかなーって思って」
咲実は驚いた顔を作った後、シャッターを見上げた。
「そうですそうです! このシャッターが開かない限り誰もここを通れないんですから、逆に言えばシャッターが開かない限り誰もここには入ってこれません!」
そして振り向いた彼女は顔を輝かせる。
「でしょう? とりあえずは当初の予定通り休めば良いと思うんだ。 せっかく安全な場所が確保できたのに、わざわざ急いで開ける必要はないよ」
―――焦ることは無い。
冷静さを欠いたらおしまいだ。
休まずに行動し続けるのは無理だし、シャッターを開けてから改めて休めそうな場所を探すのは意味がない。
だったらここで休む。
これで良い筈だ。
「・・・御剣ってさ。 アホなのか頭良いのか、時々分からなくなるよ」
かりんは苦笑している。
「普通、罠にはまったままで休もうなんて思わないでしょ」
「じゃあ北条さんは反対?」
「いいや。 あたしも疲れたから、そろそろ休みたい」
「優希は・・・訊くまでもないか」
「ん~?」
この時優希は眠そうに目をこすっていた。
名前を呼ばれて総一を見るが、その動きはどことなく鈍く、いつもの元気な表情もない。
疲れて今にも眠ってしまいそうだった。
「・・・優希、ほら」
総一は優希に背を向けてしゃがみこむ。
「ん~~」
すると優希はのろのろと総一の背中にしがみついた。
顔を総一の肩に乗せ、そのままぐったりと身体から力を抜く。
「よし」
総一は優希をおぶって立ち上がった。
総一の行動に鈍さはない。
体重の軽い優希は、背負っても総一にはあまり苦にならなかった。
「ありがと~、ぱぱ~」
「ああ。 ゆっくりお休み、優希」
―――パパねえ。
眠くて寝ぼけているからか、優希は総一を自分の父親と取り違えていた。
―――まだ甘えたい盛りなんだろうな、やっぱり。
そんな優希だから、総一は彼女を無事に帰してやりたいという気持ちを新たにする。
ちゃんと本当の父親に甘えさせてやりたかった。
「それじゃ行こう。 どこで休んでも良いんだけど、寝やすい場所を探そう。
「優希ちゃんの為に?」
「俺、寝床が硬いと寝られないんだ」
総一は軽く微笑むと先に立って歩き始める。
「ふ、ふふ、あはははははっ」
そんな総一と、その背中に背負われた優希を見て、突然かりんが笑い始める。
総一は気付かずにそのまま先へ進んでいたが、かりんの隣にいた咲実はぎょっとして彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたんですか、いきなり?」
「どうしたもこうしたもないよ。 あたし、自分の馬鹿さ加減がおかしくってさ」
かりんはなおも笑い続ける。
「馬鹿さ加減?」
「だってそうでしょ? あたし、あの2人に裏切られるかもって思ってたんだ」
かりんはお腹を押さえて爆笑しながら、先に行く総一達を指さした。
信頼しきった表情で総一に身体を預ける優希。
そしてそれを嫌な顔ひとつせずに背負っている総一。
2人の穏やかな信頼関係は後ろから見ているだけでも十分に伝わってくる。
「わははっ、あの2人があたしを裏切って殺すとか、ありえないでしょ。 ふふふふふっ、まったく、あたしってば一体何を敵だと思っていたのか。 ドンキホーテじゃないっつーの」
かりんはおかしくて仕方がなかった。
風車を怪物だと信じて戦いを挑んだドンキホーテ。
昔はそれを滑稽だと思っていたが、いざという時は結局かりん自身も無害なものに戦いを挑もうとしていたのだ。
「じゃあ、御剣さんは風車なんですか?」
咲実も笑い始める。
「でっかくて小汚いあたり、イメージぴったりじゃない?」
「でも風車って、生活の必需品なんですよ?」
「知ってる。 あいつそんな感じもするじゃない?」
「まぁ」
2人は顔を見合わせて笑い合う。
「お~い、2人とも、そんなとこに居ないで手伝ってくれ。 1人じゃドアが開けられない!」
そんな時、先を行く総一が咲実とかりんを呼んだ。
総一は少し先のドアの所で立ち往生していた。
「行きましょうか、かりんさん」
「うん。 風車が止まっちまってるからね」
「あははははっ」
そして咲実とかりんは総一を追って走り出したのだった。
・・・。
「優希、無理して食べてないで寝て良いんだぞ。 起きてから食べれば良いんだから」
「・・・だいじょうぶ」
総一の隣に座った優希。
彼女は眠そうに目を瞬かせながら、もぐもぐと口を動かしている。
「ふふふ、優希ちゃんには辛い時間ですものね?」
咲実は腕時計を見ながら微笑む。
彼女は総一から見て優希の向こう側に座っている。
「さ、優希ちゃん」
「・・・うん」
彼女は本格的に眠ってしまいそうな優希の手から食事の皿を取り上げる。
今の時間は深夜に差し掛かったところ。
小学生の優希は本来ならとっくに眠っている筈の時間だった。
「そうだ。 子供はもう寝る時間だぞ」
「わかった」
優希は安心しきった様子でふにゃりと笑う。
強い眠気から優希の表情は曖昧で、ぼんやりとした視線が総一と咲実の顔を1度ずつ撫でていく。
「おやすみ、優希ちゃん」
「おやすみ」
「・・・おやすみなしゃい」
そして優希は身体を倒した。
しかし彼女が身体を倒したのは胡座(あぐら)をかいていた総一の膝の上。
優希は総一の膝に寄りかかるようにして目を閉じた。
「お、おい、優希」
「すぅ、すぅ、すぅ」
総一は優希をきちんと寝かせたかったのだが、既に彼女は寝息を立て始めていた。
「御剣さん、ちゃんと寝付くまでそのままにさせてあげてください」
「・・・そうだね。 そうしよう」
だから総一は優希に伸ばしかけた手を下ろした。
―――可愛い寝顔だ・・・。
鋭い事を言って俺達を驚かせたり、おませな事を考えたりしていても、やっぱりまだまだ子供なんだよな・・・。
「優希はさ」
かりんは食べ終わった食事の皿を床に置くと、総一に寄りかかって眠る優希を穏やかな目で見つめる。
「・・・優希はさ、誰のそばが一番安全かってちゃんと知ってるんだよね」
「俺の傍はそう安全じゃないだろ」
―――俺は弱いし馬鹿だ。
だからあいつは今、俺の傍に居ない・・・。
総一にとって最もつらい記憶が呼び起こされる。
だからその表情は渋い。
そんな総一に笑いかけながら、咲実がかりんの言葉を継いだ。
「・・・御剣さんはそう思うのかもしれませんけど、私達にとっては、身体の安全はあまり重要じゃない時があるんです」
―――身体の安全だって?
「だってそうじゃありませんか。 身体の安全だけなら、私達は戦車や大砲の傍で暮せば良い。 でも私達はそれじゃ駄目なんです」
そして咲実の指先が優希の頬に触れる。
その指先は優しく優希の頬を撫でた。
「こうやって眠る為には、安心して眠る為には、身体の安全より大切な事がある。 優希ちゃんはどこでそれが手に入るのかきちんと分かっているんです」
「・・・あたしには全然分かってなかったね、ちっとも。 なにせ御剣に裏切られるかもしれないとか思ってたんだ」
かりんはクククと喉の奥で笑う。
過去の自分の行いを振り返り、おかしくてたまらなくなっていた。
「御剣があたしを裏切って殺すかもとか思ってたんだ。 この御剣がだよ?」
「そりゃそうだ。 俺だって何かの拍子に裏切るかもしれないだろ」
―――俺は大事なひとを守りきれなかったんだぞ? またそうならない保証がどこにある?
「御剣、それ本気で言ってる?」
「ああ」
「だとするとあんた、相当のお馬鹿さんだよ」
かりんの言葉は辛辣だ。
「どこの世界に女子供連れて逃げ回る悪党がいるのさ。 悪党なら、そんなの速攻で見捨てて行くに決まってるじゃない。 くくくくっ」
「私も御剣さんが優希ちゃんを連れていたから、すぐに信じる事が出来たんです。 もし優希ちゃんを連れていなかったら、私はもう少し御剣さんを疑っていたのかもしれませんよ?」
咲実はそう言いながら再び眠る優希の頬を撫でる。
「御剣さんと一緒の時の優希ちゃんはいつも元気な笑顔だったんです。 私はそれを見て、ああ、この人を疑う必要はないんだなって思ったんです」
「あたしは妹の事で少し目が曇ってたかな。 気付いたのはついさっきだよ」
「優希が・・・?」
眠り続ける優希。
彼女は今もうっすらと笑っているような、安心しきった表情で眠り続けている。
「でも、1つだけ例外がありますけどね?」
咲実にしては珍しく、悪戯っぽい顔を作って目を細める。
「例外?」
「御剣さんが、あの、何でしたっけ、そうだ、ロリコンだったら、って話です」
「ブッ」
総一は予想外のその言葉に思わず吹き出した。
「ロ、ロリコン!?」
「ああ、それはありそうな話だね! あっはっはっはっはっはっは!」
かりんはさもおかしそうに笑い始める。
「弱い者に優しいんじゃなくて、小さな女の子が好きなだけ。 御機嫌を取りたいってか。 プクククク、わっはっはっはっはっは!」
かりんはそのあたりの床を叩きながら笑い転げる。
「お、おいっ」
「ん~~~」
優希が騒動に反応する。
すると全員の動きがピタリと止まった。
「ぱぱ、まま、どうしたの~?」
優希は目をしょぼしょぼさせながら総一と咲実の顔を見る。
だがその瞳は今にも眠気でとろけそうだった。
「何でもないの。 うるさくしてごめんなさいね、優希ちゃん」
「ごめん優希。 もううるさくしないから。 ゆっくりおやすみ」
「ん~~~」
そして優希は再び目を閉じた。
するといくらもしないうちに規則正しい寝息が戻ってくる。
総一達はしばらくそのまま黙って優希を見つめていたが、やがて会話を再開した。
「・・・勘弁してくれよ」
総一の反論に勢いはなかった。
勢いよく話して優希を再び起こしてしまいたくなかった。
「ごめん」
「すみません、御剣さん」
女性陣2人も小声で詫びるが、その顔は笑ったままだった。
反省したのは大声を出した事だけらしい。
「優希のやつ、御剣達をパパとママって呼んでたね」
「やっぱり会いたいんでしょうね」
咲実は少しだけ悲しげに優希を見つめる。
その理由は総一にもすぐに分かった。
会えないでいる事それ自体も悲しい事だが、もしかすると彼女は永久に父母には会えないかもしれないのだ。
「そうだな」
「それもあるんだろうけどさ、あたしには御剣と咲実さんの子供になりたいって言ってるようにも聞こえたけど」
「まさか・・・」
総一は膝の上で眠る優希をそっと撫で、顔にかかっていた髪の毛をどけてやった。
「御剣、娘に手を出すの犯罪だよ」
「出すか!」
「知ってる? それに本当にロリコンだったら2人連れの時に、もうどうにかなってる筈なんだよね」
「・・・分かってるなら言うなよ」
「へへん、あたしが言いだしたんじゃないもの」
「まったくこれだよ」
総一は苦笑交じりに頭を掻く。
「ん?」
そんな時、総一は咲実の目尻に光るものを見つけていた。
「咲実さんどうしたの? どこか怪我してる?」
総一は立ち上がって傍へ行こうかと思ったが、優希がまだ膝の上にいた。
だから総一の行動は咲実に向かって手を伸ばして、その涙を拭ってやるだけに留まった。
「い、いえ・・・」
咲実は無抵抗に涙を拭われながら、ほんの少し頬を赤らめる。
「ただ、私達が笑えてるなって思ったら、気が緩んでしまって。 それで・・・」
「そっか」
総一はその答えを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
―――やっぱりその顔で、そんな表情をされると、ちょっとな・・・。
「・・・ねえ、御剣」
「ん?」
「あんた、優希だけじゃなくて咲実さんも狙ってるの?」
今度のかりんは大真面目だった。
「ハァ?」
「だって随分簡単に涙なんて拭ってやってるし。 あたしには一瞬、こう、ただならぬ関係に見えたさ。 咲実さんも嫌がってないし
そしてかりんは咲実の事を指さした。
―――なんだって?
総一はかりんの指先を追うようにして視線を咲実に戻す。
「わぁ!」
その時になって総一は初めて自分の手が咲実の頬に当てられたままである事に気が付いた。
驚いた総一は慌てて彼女の頬から手を引き剥がす。
「ご、ごめん」
「・・・」
しかし咲実は頬を赤らめてうつむくだけで、総一の言葉には答えなかった。
―――まずいな、どうもいつもの調子でやっちまう。
おかしな奴だって思われてないだろうか・・・。
総一は頭では目の前の咲実が自分の知る人物とは別人だと分かっているのだが、感情まではそんな風には割り切れていなかった。
だからふとした拍子に、かつてその人物に対してやっていたのと同じ行動が出てきてしまうのだ。
「本当にごめん。 気をつけるよ」
―――しっかりしろ。
咲実さんはあいつとは違うんだから。
「べ、別に謝って頂く必要はありませんから・・・」
俯いたままの咲実の目がちらりと総一の顔を見る。
しかし彼女はすぐに総一から視線を外して再び床を見つめ始める。
「ふふふふふっ」
そんな2人に、かりんは再び笑い始める。
「そんな訳だからさ、あたしも御剣達の事を信用する事にした。 あたし1人だけバカみたいなんだもん。 それにいくらなんでも私には優希の事は攻撃できないしさ。 だから仲間になるよ」
「えっ?!」
その言葉に、今度は総一が驚く番だった。
「そうだったの?! 北条さん!」
「どういう意味?」
「・・・俺、もうだいぶ前から北条さんは仲間になってくれてると思ってた」
そしてバツが悪そうに頭を掻く。
「・・・」
かりんはしばらくきょとんとした後、声を殺して笑い始める。
「く、くくっ、くくくくくっ」
「だ、だってほら、もう何度も助けてくれたしさ。 あのおっさんの時とか」
優希に気を遣って必死に声を抑えている為に、笑い続けるかりんはとても苦しそうだった。
・・・。
かりんが笑い終えたのはそれからしばらく経ってからの事だった。
彼女は真面目な顔を取り出すと、ポケットからPDAを取り出した。
「見て、御剣」
かりんが取り出したPDAに表示されているのはダイヤのキングだった。
「これが私のPDA」
「良いのかい? これを俺に見せてしまって」
「馬鹿だね御剣は。 仲間になるってのはそういう事でしょうが」
かりんは楽しそうだった。
弾むような調子で話し続ける。
本当は4番目のルールが分かってからと思ってたんだけど、分からないまま1日目が終わっちゃったじゃない? だからそろそろ少しは首輪を外す為の心配をしておいた方が良いんじゃないかと思って」
「・・・そうだな。 この広さの建物だと4番目のルールを知っている人間と出会えないまま終わるって事も有り得るんだよな」
知っていても教えて貰えない場合もあるだろう。
何か特別なルールだったりすればそれも十分考えられる事なのだ。
「あたしのはダイヤのキング。 首輪を外す為には自分の以外にPDAを5台集めなきゃいけないの。 御剣達は?」
「俺のは―――」
総一が一瞬口籠っている間に、咲実が自分のPDAを取り出した。
「私のはこれです」
咲実が取り出したPDAの画面に映し出されていたのはハートのクイーンだった。
彼女はそれを総一達に見易いように、目の前の床の上にそっと置いた。
「なっ、なんだと!?」
それを見た瞬間、優希が眠っているのにも拘わらず総一は大きな声を上げた。
そんな事に気が回らないほど総一は驚いていたのだ。
「どうしたんですか?」
咲実はチラッと優希が目覚めていない事を確認してから総一を見た。
彼女には総一が驚く理由が理解できず、僅かに表情を曇らせていた。
「それは・・・」
総一は真実を告げても良いのかどうか迷っていた。
「御剣さん?」
しかし心配そうな咲実の顔に、総一は観念して自分のPDAを差し出した。
―――最悪の場合、俺だけ仲間から抜ければ良いさ・・・。
この時総一はその覚悟を固めていた。
「それって!?」
総一のPDAを見た瞬間、かりんはカッと目を見開き酷く驚いた。
あまりの驚きに彼女は慌てて立ち上がって総一の前までやってくる。
「ま、間違いない、ス、スペードのエースだよ、これ!」
そして続けてかりんは咲実の前に置かれているハートのクイーンのPDAを凝視する。
「そうですか。 困りましたね」
しかし総一やかりんに比べ、咲実には何の動揺も見られなかった。
これまで通りの穏やかな表情のまま、食後のコーヒーに口を付けている。
「咲実さんちゃんと分かってるの!? 御剣のPDAがエースって事は、御剣が首輪を外す為には咲実さんを―――」
「殺す訳ないじゃないですか」
咲実は微笑んだままそう言ってのけた。
「御剣さんには人を殺せない。 そう言ったのはかりんさんでしょうに」
クスリ
咲実は笑い続ける。
「だけどさぁ、普通は少しぐらい心配したって・・・」
「心配はしてますよ。 何か他の方法を見つけないと、御剣さんが危ないんですから」
咲実はそう言って心配そうに総一を見る。
だが心配しているのは本当に総一の首輪の事だけで、咲実は彼が自分をどうこうするとはかけらも考えていなかった。
「咲実さん・・・」
そんな咲実に比べ、総一の驚きは小さくなかった。
咲実は総一を恐れるどころか、逆に心配してくれている。
総一が想像していた彼女の反応とは正反対の姿だった。
「何を驚いているんですか、御剣さん」
「だって、そりゃあ・・・」
「ふふふ。 あなたに他人を傷付けるなんて出来るもんですか。 それが出来るような人なら、優希ちゃんも私も今ここには居ません。 まるっきり足手まといなんですから」
咲実の脳裏には1階で少年が死んだ直後の事が思い出されていた。
1人で行けという咲実達に、総一はこう言って首を横に振った。
ひとりぼっちが嫌だ、と。
そして咲実達と一緒にそこに残ろうとした。
1階にいれば首輪が作動してしまうと分かっているのに。
―――きっとこの人には人は傷付けられない。
そして人を見捨てられない理由がある。
それが何故なのかは分からない。
でも信じられる人なんだもの。
理由なんて関係ないわ・・・。
咲実の脳裏には続けて次々とこれまでの事が思い出されていく。
その全ての状況で、御剣総一という人物は例外なく咲実と優希の事を守っていた。
そしてかりんが一緒になってからは、かりんの事も。
「しかし・・・」
「まだ信じられませんか?」
―――仕方のない人だなぁ・・・。
ここまで心配してくれなくても良いだろうに・・・。
咲実は思わず苦笑する。
「ふふふ、御剣さん、少しだけ自惚れさせて貰っても良いですか?」
「自惚れ?」
「はいっ。 ・・・御剣さん、あなたは私が殺せないぐらいには私の事が好きです」
「そいつは・・・。 その通りだよ、咲実さん。 ・・・ふふふ、あははははっ」
総一も笑いだす。
―――結局、咲実さんの方が俺の事を良く分かってたって事か。
毎度の事ながら、女性に主導権を握られている事に呆れるしかない総一だった。
・・・。
「優希のPDAは9か・・・」
「結局咲実さんの言う通りになりそうだね」
かりんは優希のPDAを優希の手の中に戻しながらそう呟く。
「どういう事だ?」
「だって優希に皆殺しなんて無理だし、させられないじゃない? だとすると御剣総一君としては、首輪を何とかする方法を見つけない訳にはいかない。 違う?」
優希のPDAはスペードの9だった。
条件に従って首輪を外そうとするなら、彼女以外の参加者が全て死ななければならない。
「・・・その通りだよ」
―――北条さんにまで考えは筒抜けか・・・。
しかし優希には人殺しなんて無理だし、そんな事はさせられない。
だからといってこのまま放置して彼女を死なせる訳にはいかない。
何らかの手を打たなければならない。
総一は苦笑しながらも頭の中で状況を整理する。
「当面の目標は4番目のルールの確認。 それと並行して協力してくれる人を更に2人確保して北条さんの首輪を外す。 咲実さんの首輪をほっといても外れるから良いとして、あとは俺と優希の首輪を何とかすれば良い。 これで問題ないかな?」
「はい、大丈夫です」
咲実は頷いたが、かりんは真剣な顔で首を横に振った。
「異議あり!」
「なんだい?」
「ずっと気になってたんだけど、どうしてあたしだけ『北条さん』なの?」
「はぁ?」
かりんのその言葉に、総一は思わずずっこけそうになる。
「なんだそりゃ?」
「あたしも仲間になったんだし、かりんで良いよ。 『北条さん』なんて呼ばれると何だかくすぐったいし」
「分かった分かった。 それなら俺の事も総一で良いぞ」
「へへ、分かった。 アリガト、総一」
「・・・他に問題は?」
―――俺って女性に振り回される運命なのか?
総一は少し情けない気分を味わっていた。
「ありませ~ん」
対するかりんは上機嫌だった。
しかし今度は咲実が大真面目な顔で考え込んでいる。
―――なんだ? 今度はなんなんだ?
その咲実の顔は、何故か総一に微妙に不安を感じさせるのだった。
「み、御剣さん、ためしになんですけど、わ、私の事を『咲実ちゃん』って呼んでもらう訳には・・・」
その瞬間、総一の頭の中は空っぽになった。
・・・。
優希を古びたマットの上に寝かせると、総一はそっと立ち上がった。
「じゃあ、あとは頼む」
「はい、御剣さん」
「まかしとけって」
そこは小さな寝室だった。
ベッドはどれも壊れていて使えなかったが、マットや毛布といったものは使えるものも多かった。
だから総一達は休息を取る部屋をここに決めていた。
「俺は向こうの部屋にいるから、何かあったらすぐに言ってくれ」
「はい。 4時間だけお願いしますね」
「ああ」
総一は軽く手を振って寝室を後にする。
通路がシャッターに封鎖されているため、危険はほとんど無いように思われた。
しかし誘拐犯の存在を思うと、全員で一斉に眠ってしまう事には抵抗があった。
だから総一達は交替で休むことにしたのだ。
総一は寝室を出ると後ろ手にドアを閉めた。
総一がいる部屋はさっきまでみんなで食事をしていた部屋だった。
だからそこにはランプや小型のコンロが置かれている。
ランプやコンロは食料と一緒にこの部屋に置かれていたものだった。
「静かになったな・・・」
これからの4時間、総一はこの部屋に1人ぼっちだった。
最初に優希と出会って以来、ずっと騒がしかった。
これほどに静かになったのは久しぶりの事だった。
―――つい昨日までは、俺はこんな静寂の中に生きていたってのに・・・。
優希と出会い、あの中年男と出会った。
咲実を見つけ、その後に罠にはまりかけた。
見知らぬ少年が襲いかかってきたが、この建物の仕掛けが彼を殺した。
手塚と郷田を名乗る2人と出会って別れ、2階ではかりんと出会った。
その後に中年男から逃げて3階へ。
そして今、この建物の仕掛けに囚われている。
昨日までは学校から戻れば自分の部屋で膝を抱えている毎日だった。
1人きりでは、どうやって過ごせば良いか分からなかった。
「それが今日になった途端これとは・・・」
驚く事、恐ろしい事。
そんな事が次々起こり、総一には静かにじっとしている暇なんてなかった。
なんとしても咲実と優希、かりんを守り抜かなければならなかった。
「でも実際驚いたよな。 優希と咲実さん。 まさかその名前と顔に出逢うとは・・・」
総一はランプの前に腰をおろし、揺らめくその炎を見つめ続ける。
風はなかったから、炎は揺らめく事無く静かに燃え続けている。
「これが運命って言うのかな」
もしこの2人がいなければ、総一は何もせずに首輪が作動するその時を待ったのかもしれない。
しかし2人は奇跡のように総一の前に現れた。
懐かしい顔と、懐かしい名前を持った、そんな2人が。
―――今度こそ守り切るんだ。
最後の最後まで。
今度こそ、あんな事にならないように・・・。
それはかつて大敗を喫した総一に与えられた、2度目のチャンスだった。
・・・。
マットに横になり毛布をかぶった咲実だったが、疲れているのに目が冴えて眠れなかった。
仕方なく何度目かの寝返りを打つと、隣に横になっていたかりんと目が合った。
彼女も眠れずにいたのだ。
「・・・咲実さんも眠れないの?」
「はい。 なんだか頭がごちゃごちゃとしてしまって」
「色々あったもんね、今日は・・・」
「はい」
2人の頭の中には今日の出来事が次々と蘇っていた。
そのどれもが本来の生活とは無縁のものばかり。
慣れない事の連続は彼女達の神経を昂らせていた。
「正直、良くここまで来れたなって思います。 私1人では、どうにもならなかったような気がします」
「あたしは1人だったらきっと恐ろしい事に手を染めていたような気がするなぁ。 賞金のルールを知った時から、妹の為、妹の為って、他の事が見えてなかったから」
「御剣さんと優希ちゃんのおかげですね?」
咲実は小さく笑う。
「そうだね。 あの2人がいてくれたおかげで、あたし達はこうして呑気に話をしていられる。 優希が妹と同じぐらいの年齢じゃなかったら、あたしはきっと馬鹿な事をしていたんだと思う」
さすがのかりんも、妹と同じような年齢の優希をどうこうしようと考える事が出来なかった。
優希の顔を見ていると、ところどころで妹の顔がちらついた。
そうなってくると、優希と敵対しようという考えは浮かばなかった。
「総一かぁ・・・」
かりんも笑顔で咲実に頷き返したのだが、すぐにすっと表情を引き締めた。
「どうしたんですか?」
「うん。 優希やあたし達はともかく、総一はどうしてあたし達を助けてくれるのかなって思って」
かりんや咲実、優希が総一を信用するのはある程度当たり前の事ではある。
これまでの出来事の積み重ねがあったし、総一が優希を連れている事で信用しやすかったという側面もあった。
しかし総一にはそれはない。
常に足手まといの優希や咲実を見捨てる事は無く、敵対しそうだったかりんだって平気で仲間に引き入れようとした。
総一が3人を信用するきっかけなど、どこにも見当たらないのだ。
「そういえば、確かにそれは不思議ですね・・・」
それはかりんだけでなく、咲実にも心当たりのない事だった。
「本当に総一が女好きやロリコン―――つまり下心があるからってんなら話は簡単だったんだけど」
「・・・それは・・・無さそうですもんね・・・」
これまで咲実達が見て来たものは、下心だけでできるような事ではない。
下心という欲求に根ざしたものでは、別の欲求の為に咲実達に見切りをつけた筈なのだ。
特に生存の欲求はその強い動機になる。
しかし咲実とかりんには、総一の行動の端々にそれとは全く違う何かが見え隠れしているような気がしていたのだ。
欲求ではない原動力が。
―――言うなれば、後悔のような・・・。
しかし咲実に分かっていたのはそこまでだった。
「知りたい? その理由」
咲実とかりんの会話が途切れた時、眠っていた筈の優希が口を開いた。
優希は咲実から見てかりんとは反対側の隣で身体を横たえていた。
咲実がそちらを向くと優希の目がぱっちりと開き、咲実の顔をまっすぐに見つめていた。
「眠っていたんじゃなかったの? 優希ちゃん」
「寝てたよ。 でも、何だかすぐに目が覚めちゃって」
「そうですか・・・」
―――優希ちゃんも私達と一緒なのね・・・。
優希も疲れてはいても、神経は張り詰めているのだ。
「お兄ちゃんは?」
「総一なら隣の部屋にいるよ。 そこで見張りをしてくれてる」
「そっか。 よかった」
優希はそれを確かめると、ホッと安堵の表情を見せる。
「それで優希、理由って何のこと?」
そしてかりんはそれをかけていた話を修正する。
すると優希はそうだった、という感じで小さく笑顔を作った。
「多分だけど、お兄ちゃんはね、優しいからとか正義の為とか、そんな事の為にわたし達を助けてくれてるんじゃないんだよ」
優希は少しだけ残念そうだった。
「わたしは最初、お兄ちゃんがわたしの事を好きになってくれたのかなって思ってちょっとだけ嬉しかったんだけど。 ずっと見てたら違う気がしてきたの」
優希としては、総一が自分に下心を持ってくれた方が嬉しかったのかもしれない。
しかし現実はそうではなかった。
優希の敏感な感性は、その僅かな違いを感じ取っていたのだ。
「咲実お姉ちゃんと会った時もそう。 お姉ちゃんの事が好きなのかなって思った。 でもそれも違うの。 お姉ちゃんはそれを感じなかった?」
「・・・少しだけ、そんな気がしていました」
咲実も最初から総一が自分に友好的だったのは、少なからず行為を持ってくれたからだと思っていた。
しかししばらく行動を共にするうち、それは違うのだという事に気付いた。
確かに総一が咲実を見る目には温かさがこもっている。
けれど総一の視線はピンボケの写真のように、焦点がほんの僅かに咲実よりも後ろにあった。
まるで咲実のすぐ後ろに立っている誰かを見つめているかのように。
「お兄ちゃんにはきっと大事な人がいるんだと思う。 誰よりも大切で、裏切りたくない誰かが。 わたしとお姉ちゃんはその人に似てるんだと思う。 それがどのくらいなのかは分からないけれど」
その優希の言葉は、咲実の実感を正確になぞっていた。
―――そうだ、それならつじつまは合う・・・!
出会った時から優しかった事も、命を失うかもしれないのに見捨てなかった事も、そして問題が起きても真っ先に守ってくれていた事も。
「お兄ちゃんには多分、わたし達を守ってるつもりなんてないんだと思う。 わたし達を守る事はそのままその人を守る事。 だからお兄ちゃんはわたし達を決して裏切らない。 見返りも求めない」
優希が初めて総一と出会った時、総一は優希の名前を聞いて酷く驚いていた。
そして咲実を見つけた時、咲実の顔を見て総一は酷く動揺していた。
だから"ゆうき"という名前と咲実の容姿、その2つを兼ね備えた人間がいても不思議はない。
そしてもしそうなら、それは総一にとって何か特別な意味を持った人間である筈なのだ。
「じゃあ、あたしはそれのおこぼれで仲間にしてもらってるんだね」
かりんがしみじみとそう呟く。
「それは違うよかりんちゃん。 かりんちゃんの場合は、お兄ちゃんと同じように守るものがあるからだと思う。 誰よりも大切で、裏切りたくない誰か。 かりんちゃんの場合はそれは妹のかれんちゃんなんでしょう?」
「うん」
「だからお兄ちゃんはかりんちゃんの事を裏切らない。 かりんちゃんがかれんちゃんを守るのは、そのままお兄ちゃんが大事な人を守る事なんだもの」
優希はそこで苦笑する。
「・・・でも、ちょっとだけ残念だよね。 もし本当にわたしの想像した通りなら、お兄ちゃんはわたし達の事は見てくれないって事なんだもの。 優しいのも、頑張るのも、みんなわたし達じゃない人の為なんだもの」
「そうですね・・・」
咲実も微笑む。
しかしそれは優希と同じく、ひと握りの寂しさが宿る、特別な笑顔だった。
そのまま部屋はしばらく静寂に包まれる。
誰も一言も発しなかった。
3人はそれぞれに天井を見上げ、何事かを考えていた。
「ねえ、お姉ちゃん、かりんちゃん」
最初に口を開いたのは優希だった。
「もし本当にそうだったらさ、その時は、わたし達3人でお兄ちゃんをその人から奪い取っちゃおうよ」
「う、奪う!?」
優希の口から飛び出した過激な発言に、咲実の顔が真っ赤に染まる。
それは顔だけにとどまらず、首筋や耳まで真っ赤になっていく。
―――う、奪うって・・・!?
その意味を想像しただけで冷静ではいられなくなる咲実だった。
「うん。 わたし達を助けるならさ、せめてわたし達の為に助けてほしいなって思うんだ」
「な、なんだ。 奪うってそういう意味か」
かりんも動揺していたのか、あからさまに安堵した様子で溜め息をつく。
「えっ、他に何か意味があるの?」
優希は訳が分からない様子で、きょとんとした表情を作り咲実とかりんを交互に見比べ始める。
「な、ないよ! ねえ、咲実さん!」
「え、ええ、ありませんとも! 何も!」
「うそだぁ! その顔は絶対何かあるもん! 言って! 奪うって何の意味なの?!」
「何もないですってば!」
少女達はきゃいきゃいと騒ぎ始める。
その声は総一の所まで届いていた程だった。
「おしえてよ~、良いじゃないかりんちゃん! お姉ちゃんってばぁ!」
「だ、駄目ですっ! こ、子供にはまだ早すぎますっ!!」
「あっ、そういう内容なんだ!?!?」
その騒ぎはしばらく続いたものの、おかげで緊張もほぐれ3人は心安らかに眠る事が出来たのだった。
・・・。