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リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【21】

 

Episode C -Secret Game;Code Revise-

 

 

・・・。

 


――彼は、夢を見ていた。


いつの頃なのかわからない、靄がかかるほど遠い記憶――。



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誰かが自分の頭を撫でている。

隣を見れば、同じように頭を撫でられている妹の姿もある。

その手は大きく、温かかった。

妹も心地よさそうに目を細めている。

そして自分も、その手を嫌がってはいなかった。

だが不意に、手の平から熱が消えていく。

氷のように冷たくなる。

不安に思って見上げると、逆光の中で、その男が口元に浮かべていた笑みを消していた。


「・・・人殺しの血か・・・。 お前たちにも、呪われた血が流れていない事を祈っているよ・・・」


その声にはどこか、恐ろしげな響きがあり――


修平は、背筋を震わせた。


――夢はそこで終わる。

どうして今さらになってこんな記憶を・・・?


彼はまどろみの中で、その記憶を再び忘却の彼方へ追いやろうとした。

今の自分には、必要のない記憶だから。

と、そこまで考えた時――


――どこかで、鳥がけたたましく鳴く声が聞こえた。


―1日目―


「ん・・・?」


断末魔じみたその声に、藤田修平は瞼をゆっくり押し上げた。

すぐに気付いたのは、自分が倒れているという事だ。

そして、辺り一面が闇に覆われているという事も。

 

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「あ・・・れ・・・」


頬に当たる感触はやけにザラザラしていて、とても寝具のものとは思えない。

上半身を起こすと、頬からパラパラと砂粒が落ちた。

立ち上がり、その残りを手で払いながら闇に目を凝らしてみると、そこには土と落ち葉が広がっていた。


「どこだ、ここ? 今は・・・夜か?」


暗闇の中に響く、虫の音や鳥の声や草葉のさざめき――。

どこかの森の中らしい。

しかし、どうしてこんなところに・・・。

その思考に思い至ったところで、ずきりと右脇腹が疼く。

そしてそこに当てられたモノの痛みが、徐々に記憶の中に蘇る。


「・・・あ」

 

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――何者かに突如襲われたのはアルバイトを終えた帰り、自転車を取りに駅の駐輪場へ向かった時の事だった。

相手は3人。

後ろから羽交い締めにされ、脇腹にスタンガンを押し当てられ、あげく口元に何かをあてがわれた。

修平の記憶はそこで途切れ――


――気付けば、この森の中にいた。


「拉致・・・されたんだよな、普通に考えて・・・俺を攫うメリットなんて、なにもないはずだけど。 あ、そうだ。 俺の携帯・・・ん? なんだこれ? ひょっとしてこれ、PDAってヤツか・・・?」

 

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携帯の代わりに入れられていたその機会に首を傾げながら、修平はとりあえず、電源スイッチを指で押した。

ディスプレイに表示されているのは、『人』と『旗』と『地図』という3つのアイコンだった。

修平はそれらを一つ一つ開き、おぼろげながら状況を把握する。


「俺が拉致されてきたのも、このゲームに参加させられるため・・・か?・・・とりあえず、現状は分かった。 これからやるべきことは・・・」


誰がこんな事を企画して、何のためにこんなゲームをやらせようとしているのかは、いまいち想像ができない。

明るくなるのを待って、他のプレイヤーを探しに行こう。
まずは情報を増やした方がいいだろう。

修平はそう判断してPDAをポケットに押し込めると、夜が明けるのじっと待つことにした。

今頃彼女はどうしているだろうかと、そんな事を思いながら――。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――その頃、彼が想う少女――

 

 

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吹石琴美は、独り呆然と、立ち尽くしていた。


「ここは・・・どこなの? どうして私、こんなところに・・・?」


先ほど目覚めたら、見知らぬ場所にいた。

彼女の問いに、答える声はない。

微かに残る記憶を辿ると、背中に冷たい汗が流れていった。


「そうだ、私、男の人に声をかけられて・・・」


口元に手を当てて、琴美がぶるりと身を震わせる。

彼女の脳裏には、昨日の出来事が浮かんでいた。


――それは、平穏な日常の1ページだった。

 

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「ねぇねぇ修ちゃん。 次のお休みにさ、買い物に付き合ってもらえない?」
「ああ、別にいいけど。 急にどうしたんだ?」
「来週ね、部活の先輩の誕生日なんだけど、それをみんなでお祝いすることになったの。 だけど私、男の人が喜びそうなものってよくわからないから」


学園からの帰り道、修平と琴美が談笑しながら並んで歩く。

同じ学園に通い、幼馴染でもある2人の関係は、クラスメイトの間では半ば公然のものだった。

入学当初は、何人もの男子が琴美にアプローチしたものだが、今となってはそれも遠い話。

2人の関係に入り込む隙間などないと思われているのか、琴美にチャレンジする男はいなくなった。

修平にとっては、それが嬉しいような、申し訳ないような・・・複雑な心境だ。


「わかったよ。 いつにする?」
「今度の土曜日なんてどうかな?」
「あー・・・っと、悪い。 その日はバイトが入ってるんだ。 日曜は?」
「うん、大丈夫。 それじゃ、日曜日ね」


いつも一緒にいる癖に、琴美は初めてのデートに誘われたかのようなご機嫌な笑顔を見せる。

傍から見れば、付き合い始めたばかりの彼氏彼女にでも見えるだろうが、2人は正式に男女として交際しているわけではない。

それには、幾つかの事情があるのだが――

現実的な面として、修平と琴美の間には複雑な事情があった。


「じゃあ、俺はバイトだから」
「うん。 頑張ってね、修ちゃん」
「ああ。 琴美も気をつけて帰れよ」
「うん」
「人気のある道を選んで帰れよ」
「うん、大丈夫」
「知らない奴に声をかけられても迂闊に――」
「修ちゃん、心配しすぎ。 子供じゃないんだから、大丈夫だよ」
「・・・まあ、でもお前、いつも危なっかしいからさ」
「大丈夫。 ちゃんと気をつけて帰るから」
「そうか・・・、わかった」
「それじゃ、また明日ね――」


また明日――と手を上げ返して、修平がバイト先へと向かっていく。

そんな彼の後ろ姿を見送りながら、琴美が小さく溜め息をついた。


「修ちゃん・・・」


親が早くに亡くなり、施設で育った彼は、金銭的に苦しい生活を送っている。

学園に入学してからは、さらに金のかかる場面も増え、バイトを掛け持ちしなければやっていけない状態らしい。


――対する琴美の家庭はというと、一般的な水準からすれば相当に裕福といって差し支えない。

敏腕と名高い代議士の父と、一流企業の社長令嬢であった母。

テレビの中でしか名前を聞かない各所の著名人が、頻繁に父を訪ねてくる・・・そんな家で生まれ育った。

金銭的には何一つ不自由のない、恵まれた生活環境。

手に入らないものがない暮らし。

琴美は親が用意したレールを辿り、エリート街道をひた走ってきた。

そんな彼女が一度だけ、両親に反抗したことがある。


『付き合う友人は選べ』


――ある日、父が言い放った一言に、琴美の頭は真っ白になった。

その言葉が誰を指しているのか、あまりにも容易に想像がつく。

いい意味でなく、あまりにも有名だった『藤田』の姓・・・

温室栽培の高嶺の花に、余分な雑草が寄り添っている様は、親としていい気はしないのだろう。


だが、それはあくまで、部外者の事情である。

当の琴美は、さも知ったかのような言葉に生まれて初めて激情を露にし、父親へ食って掛かった。

従順で穏やかな性格だった一人娘が泣きながら激昂する姿に、さすがの父も強くは言えなかったのだろう。

学業も習い事も一切手を抜かないことを条件に、修平との関係を許された。

それから琴美は親の言いつけを守り、一層の努力を重ねた。

結果、都内でも有数の名門進学校だった西扇学園に合格。

彼女の父親にとって誤算があるとすれば、完全に選り分ける予定だった雑草が、この学園にまでついてきたことだ。

私立であり、尋常でない学費がかかるその学園に、貧乏な雑草が紛れ込む隙間などないはずだった。

しかし、修平はその予測を裏切って、西扇学園への進学を決める。

血の滲むような努力を重ね、学費免除の特待生枠を手に入れたのだ。

全ては、琴美と同じ道を歩くために――


「・・・・・・」


そんなことがあってから、父親が修平に関してなにかを言う事はなくなった。

内心では不満もあるのだろうが、一応の理解を得たのだと琴美は思っている。

それは素直に喜ばしいことだったが、現実はやはり厳しかった。

学業とアルバイトの二足の草鞋は、修平に想像以上の負担を強いている。

そのせいで、2人が一緒にいられる時間も、年々短くなっていった。

彼の並々ならぬ努力を知っているだけに、寂しいなどと泣き言は言っていられない。

代わりに口にできるのは、励ましの言葉以外になかった。

今の彼女にできることは、修平を全力で応援することだけだ。


「修ちゃん・・・頑張ってね」


黒い背中が見えなくなる直前に、琴美は祈るように呟く。

修平の姿が見えなくなった時――


「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「・・・あ、はいっ」

背後から呼びかけられた声に振り向くと、そこにはスーツ姿の若い男が立っていた。


・・・。

 

――その男を見てから空白となっている記憶は、自身が拉致されてきたのだと思考するには十分だった。

しかし、こんな場所に放置されているというのは、どういう意図なのだろうか。



「何かされたりしてないよね・・・?」


念のため、体のあちこちを触ってみるも、どこにも違和感はない。

他に拉致の可能性を考えるとすれば、身代金目的だったが、それにしては周囲に人がいないのは不自然だ。


「何で、こんな・・・」


考えてみても、一向に答えは出ない。

ただ周囲を取り巻く闇に、不安が湧き上がってくる。


「修ちゃん・・・」


琴美は夜空を見上げ、途方に暮れる事しかできなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

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「・・・ふん、ふん・・・なるほど・・・。 どうやら前回と、ルールは変わってないみたいね」


――藤堂悠奈が目覚めたのは、つい10分ほど前の事だった。

すでにPDAの電源を入れ、クリア条件と特殊機能を確認し、直後に運営が送って来たメールを見て、基本ルールも把握している。

ゲームの内容は、前回参加させられた時と何ひとつ変わっていない。

先ほど首輪を引っ張ってみたが、その仕組みも同様だった。

そして今、悠奈は武器を求めて森の中を歩いている。

悠奈のクリア条件は『最終日までの生存』――。

それは悠奈がリピーターとしてこのゲームに参加した経緯を考えれば、あまりに簡単過ぎるものだった。


「・・・『どうぞ、ご自由に』ってか。 ったく、舐めてくれちゃって。 絶対にセカンドへの移行を阻止して、連中に吠え面かかせてやるわ」


その声をまるで聞いたいたかのようなタイミングで――

PDAが電子音を、鳴り響かせた。


「ん?」


取り出して確認すると、また1通のメールが届いている。

それを開くと、そこにはこんな文言が記されていた。


〈R:CODE〉

【プレイヤーナンバー4と遭遇し、以後24時間共に行動せよ】
【プレイヤーナンバー4は、現在このエリアにいる】
【なおゲーム終了までに、この条件を達成できなかった場合、首輪を爆破する】


「『プレイヤーナンバー4と遭遇し、以後24時間共に行動せよ』・・・? 前回は、こんなメールなかったのに・・・リピーターは、特別扱いって事かしら」


リピーターは他のプレイヤーに比べ、大幅に有利になる。

その分、ちょっとしたハンデが与えられているという事だろうか。

となると『R:CODE』のRは、『リピーター』のRではないかと推察できたが――


「やれやれ、なんかあんまりいい予感はしないわね・・・」


悠奈はそう毒づきつつ、『プレイヤーナンバー4』を探して歩き出した。


・・・。


そうしてしばらくあてどなく歩き、やがて空が白々と明け始めた頃――


不意に背後で物音がした。

 

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「なっ――!」


振り向けば草むらから飛び出してきた女が、すでに悠奈の間合いに入っていた。

彼女の右足が、しなりを生んで跳ね上がる。


――ッッ


「い――づっ!」


脇腹に、重い一撃――!

だが悠奈の鍛え上げられた肉体は、その程度では屈しない。


「づ・・・こ、このぉ!!」

「っ!?」

「うらぁああっ!!」


――ッッ


女の二の腕を目がけ、お返しの回し蹴りを放つ。

だが狙った場所にヒットしたはずなのに、悠奈の足に生じた感触は、期待外れなほど軽い。

女は悠奈の蹴りの威力に逆らわず、そのまま後ろへ跳んでいた。

そして、次の瞬間――


「えっ!? ちょっと!?」


女は一足飛びに藪の中に飛び込むと、そのまま森の奥へ走り出していた。


「ああもうっ、何なのよアイツ!? ――でも、逃がすかってーのッッ!!」



女を追って森に入る。

彼女がプレイヤーナンバー4であれば、逃げられるわけにはいかない。

それにいきなり攻撃をしかけるような、危険なプレイヤーを野放しにしたくなかった。

ここで逃してしまえば、もう一度遭遇するのは難しくなるだろう。

だから今すぐにでも、彼女を捕まえたいのだが――


「っ・・・ちっくしょう、どこに行ったのよ・・・!」


女は闇に紛れ、どこかに姿を消してしまった。

どこかに潜んでいるのだろうか?

そう思って視線を巡らせると――


――見つけた!


視界の端に据えたその人影の下へ、悠奈は全速力で駆けた。

そして、間に鬱蒼と生い茂る草むらを一気に飛び越える。


だが、そこに立っていたのは――

 

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「っ!?」

「あ、あれ!? 人違い!?」

「・・・なんだ、お前は?」


長身の男がそう言って、悠奈から適度に距離を取る。

どうやらこの男も、素人ではないらしい。

悠奈は何となく運営の底意地の悪さを感じながら、追っていた女の事はいったん忘れ、目の前の男に集中した。


「なんだ、と聞いている」
「あぁ、私は藤堂悠奈よ。 君は?」
「・・・・・・」
「あら、ダンマリ? 人に名乗らせといて、それはないんじゃない?」
「・・・別に頼んでない。 それより『人違い』とはなんの事だ」
「いや、それは別に・・・単にさっき、何者かに襲われてね。 追いかけてきたら、君がいたから驚いただけよ」
「・・・?」


悠奈の言葉に、男は警戒の表情を浮かべた。


「・・・妙な事を言うな。 何者かに襲われた、だと?」
「それはもういいのよ。 それより君、名前は?」
「・・・怪しい者に名乗る名はない」
「ご、強情ねぇ・・・どーしても教えてもらいたいんだけど、駄目かな?」


悠奈が詰め寄ると、男が顔をしかめた。


「・・・つきあってられんな」


男はそう言うと、いきなり真横へ向きを変え、歩き出した。


「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ」
「・・・!」


悠奈が追いかけると、男が足を速める。


「ちょっと待ってったら!」


悠奈が足を速めると、男も足を速める。

よほど警戒されてしまったらしい。

彼がプレイヤーナンバー4だったら、非常にまずい事になる。

やがて2人の歩調は速まり、ついには追いかけっこのような形になってしまった。


「くっ、くそ! 足速ッ!」


悠奈も脚力には自信があるのだが、男はそれを上回るようだ。

徐々に遠ざかっていく男を、必死に追いかける。

そして森を抜けた、次の瞬間――

 

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「っ!?」


唐突に、視界が開けていた。

体を襲う猛烈な浮遊感――!

気付けば山道を通り過ぎ、体が崖の向こうへ放り出されていた。


「うわっ!」


――落ちる!?


と思ったが、地面までは3m――。


大した高さじゃない。


「はっ!」


足のバネを活かし、ダメージなく着地を決める。

 

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「・・・はー、びっくりしたぁ。 もう少し高さがあったら、さすがに危なかったわねー・・・ん?」


見ると立ち上がった悠奈の真正面に、こちらを見て目を丸くしている少年がいた。



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「・・・あんた、今どこから?」
「・・・まぁ、それは当然の疑問よね。 私が忍者だって言ったら、あんた信じる?」
「まさか、冗談で言ってるんだろ?」
「あちゃー、バレたか」
「まぁ、そりゃバレるさ」


――つかみはオッケーって感じかしらね?


そんな事を思いながら、その少年を観察する。

見た感じ、先に遭遇した2人のプレイヤーと違い、身のこなしも素人くさい。

先ほど会った男にいきなり逃げられてしまった教訓を活かし、悠奈はなるべく自然に会話を運ぶ事にした。


「ね、君。 このゲームに参加させられたプレイヤーよね?」
「ああ。 ってことは、君もか」
「そう、名前は藤堂悠奈」
「俺は藤田修平だ」
「じゃあ『修平』って呼んでいい? 私も『悠奈』って呼び捨てにしてくれていいから」
「いいよ。 俺も堅苦しいのは好きじゃない」
「それは奇遇ね。 ところで修平、あんた今のこの状況ってどのくらいまで把握してる?」
「あんまりだな。 良ければ情報交換しないか? 誰か他の参加者を見たとかでもいいし、気になるものを見つけたとかでもいい。 と言っても、俺の方は交換できる情報なんてほとんどないんだけどさ」
「そうね・・・キミのプレイヤーナンバーを教えてくれるなら、その情報を提供してもいいわよ」
「・・・プレイヤーナンバー?」
「あれ? どうしたの?」
「・・・いや、悠奈の情報に、そこまでの価値があるのかと思ってさ」
「プレイヤーナンバーとの交換じゃ、見合わないってこと?」
「まだ全容をつかんでるわけじゃないけど、このゲームにとって、パーソナルデータは重要なモノのはずなんだ」
「ふぅん・・・」


確かにこのゲームにおいて、自分のパーソナルデータに関する情報の扱いは、慎重になった方がいい。

誰がどんなクリア条件で、何を対象としているのか、知れたものではないからだ。

そして修平は、何故プレイヤー1人1人にナンバーが割り振られているのか、その意味をすでに理解しているようだった。

だが修平のような用心深いプレイヤーの信用を得られないようでは、セカンドへの移行を阻止する事など不可能に違いない。


「・・・オッケー、わかったわ」


悠奈はそう呟いて腹をくくると、ポケットからPDAを取り出し、修平に手渡した。


「はい、これ」
「え・・・?」
「私のPDAよ。 これを見れば私が危険なプレイヤーじゃないってわかるはずだから。 そして私がナンバーを聞いた理由もね」
「っ・・・本当にいいのか? 逆にこっちが危険なプレイヤーだったら、悠奈はどうするつもりだ?」
「ふふっ、忠告ありがとう。 でも相手に信用してもらいたければ、まずこっちが先に信用しなきゃ。 じゃないと話が前に進まないでしょ?」
「そこまでして、俺のプレイヤーナンバーを知りたいのか?」
「まぁね」
「・・・わかった。 じゃあ遠慮なく見させてもらうぞ」
「どうぞ。 気になるものがあれば、全部見てくれてかまわないわよ。 変に疑われるくらいなら、そっちの方がマシだから」


リピーターは、リピーター及びセカンドステージに関する情報を、他プレイヤーに伝えてはならない。

だがリピーターに関する情報は、このゲームに参加させられる前に聞かされており、PDAには何の情報も入っていない。

先ほどのメールが『リピーターズコード』ではなく『R:CODE』となっていて助かった。

そして修平の信用を得られるなら、クリア条件だろうと特殊機能だろうと、他の情報は何ひとつ隠すつもりなどなかった。

修平がPDAを受け取って、悠奈のパーソナルデータをチェックし、やがて例のメールに反応する。


「『プレイヤーナンバー4と遭遇し、以後24時間共に行動せよ』・・・? そうか・・・だから悠奈は、俺のプレイヤーナンバーが知りたかったのか」
「ええ。 そういうこと」
「・・・でも、どうしてなんだ?」
「なにが?」
「俺にはこんなメールは来ていない。 それに悠奈のクリア条件は『最終日までの生存』のはずだろ? なのになぜ悠奈にだけ、クリア条件と全く関係ない、こんな指令が送られて来ているんだ? それに、『R:CODE』って・・・?」
「さぁ、その辺は私にもわからないんだけど・・・。 怖すぎるじゃない。 ゲーム終了までに達成できなきゃ、首輪を爆破されるなんてさ」
「そりゃまぁな・・・」
「・・・それともやっぱり、私にプレイヤーナンバーは教えられない?」
「いや、ここまで情報を見せてもらっておいて、さすがにそれはないよ。 それに、このまま悠奈にナンバーを告げずに去ったりしたら、悠奈の身に何が起こるかわからないからな」
「え? ってことは・・・?」
「ああ、俺が悠奈の探していたナンバー4のプレイヤーだ」
「本当に?」
「この期に及んで、嘘なんかつかないよ」


修平がそう言って、苦笑いを浮かべた――その時。


ピー

ピー


「え? なに?」
「・・・主催者からの連絡みたいだ」
「なんて書いてあるの?」
「・・・ああ、これを見てくれ」


修平の手から戻ってきた、自分のPDAに視線を落とす。

そこに送られて来たのは、どうやら説明会の案内のようだった。

文面は、前回と何ら変わっていない。


「俺はこれに参加しようと思う。 新しい情報は必要だし、何より他の参加者との顔合わせもできるだろうし」
「そうね・・・」


本当は、危険なプレイヤーを制するための武器を手に入れておきたいところなのだが――

ここでそんな事を主張すれば、また修平を警戒させてしまう事になるだろう。


「・・・どうした? 何か用事でもあるのか?」
「ううん、まさか。 どっちにしろ私は修平と24時間一緒に行動しなきゃなんないし、それまでは修平の行動に従うわ」
「・・・わかった。 それじゃあ、行こうか」
「了解」


頷いて悠奈が歩き出すと、修平もその少し後ろをついてくる。

はたから見れば信用してくれたように見えるかもしれないが、実際はその逆だ。

たぶん、悠奈にだけ運営から直接指示が来ているという事に、違和感を覚えているのだろう。

だから修平は、悠奈を視界から外そうとしないのだ。


――そういやあの人は、セカンドステージに入っても、平気で私の前を歩いていたっけ・・・。


悠奈は口元に寂しい笑みが浮かぶのを感じながら、上着の内ポケットに入れてある、ある物の重みを意識した。

それは運営が唯一、悠奈に個人所持を許した物だった。

それさえも、連中にとってみればゲームを盛り上げるための、小道具の一つなのかもしれない。

だが悠奈にとってそれは、悠奈の意志そのものだった。


――今度こそ、あんな事は繰り返させない。


銀の弾丸を胸に、悠奈は修平の前を歩きながら、忌まわしいゲームフィールドを踏みしめた。


・・・。

 

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やがて森を抜け、人里らしきところに出ると、太陽はすっかり昇っていた。

 

 

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修平と共に、中央管理施設に向かい――

 

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廊下を抜けて、会議室に辿り着く。

 

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するとそこには、他の参加者たちが集まっていた。

その中の1人が、修平を見るなり声を上げる。


「修ちゃん!?」

「え!? こ、琴美!?」


修平も彼女を見て、驚きの表情を浮かべる。

 

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「あれ? 修平、この子と知り合いなの?」

「あ、ああ・・・琴美は俺の、幼馴染で・・・」


聞けば修平と琴美は、仲のいい幼馴染らしかった。


そして他にも、同年代の少年少女がいる。

 

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委員長キャラの『まり子』。

現役アイドルの『初音』。

軟派男の『大祐』。

そして腹に一物ありそうな美少年、『司』――。

 

それらのプレイヤーと自己紹介を交わしているうち、説明会が始まった。


そのようにして悠奈の2回目のゲームは、幕を開けたのだった・・・。


・・・。

 

―― 一方、その頃。

悠奈から逃れて1人で行動していた真島章則は――


黒河と名乗る男に因縁を付けられ、戦いへと発展していた。

 

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「だらッ! ボケがっ!! 当たれやゴラアアアッ!!!」


だがそれも、もうそろそろ終わりだろう。


「ひらひら避けてんじゃねぇクソったれがッッ!!」


しょせん素人の拳など、自分が食らうはずがないのだ。


「――舐めてんじゃねぇぞコラァアアァッッッ!!!」


――ッッ

 

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「ハァッ!」


全身で殴りかかってきた黒河の顔面に、真正面から拳を叩き込む。


――!!


「ぶっ――がぁっ!!」


黒河の巨体が吹き飛び、後方の藪の中へと転がり込む。

嫌気がさすほどのしつこさだったが、さすがにもう起き上がっては来ないだろう。

そう思い、真島が藪に背を向けた――その時。


――『うわぁああぁっっ!!』

 

「・・・?」


とても黒河のものとは思えない、情けないほど甲高い悲鳴――。

 

 

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振り向くと、黒河が草を掻き分けて姿を現す。

その右手には、襟首を掴まれた眼鏡の男。

そして左手には、リボルバーを持っている。


「くっくっく・・・いいもの持ってるじゃねぇかよ、コイツはよぉ」


「っ・・・!」


「おい先に言っといてやるが、コイツはオモチャなんかじゃねぇぞ? なんせズッシリしてやがるからなぁ。 嘘だと思うか? ならかかってこいよ。 カハハハハッ、すーぐぶっ殺してやるからよぉ」

「貴様・・・」

「・・・ま、てめぇはどっちにしろぶっ殺すけどな。 じゃあな真島。 てめぇはここであっさり死ねや。 今度は俺が、てめぇの事を忘れてやるよ」

「くっ・・・!」


ここまで1人で行動していた真島を、守ってくれるモノは何もない。


――このまま殺されるくらいなら!


真島は一か八か行動しようと、爪先に力を込める。

 

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「バーカ、無理だっつーんだよ」


黒河の猛禽を思わせる目と、黒々とした銃口が、真島の胸をピタリと据え続けている。


――ダメなのか?


真島の諦めを読み取ったかのように、黒河が口元に笑みを浮かべ、引き金に力を込める。

そして今にも、銃弾が放たれようとした――その時。


――!!


1本の矢が、黒河の足元に突き刺さった。


「なっ――んだぁっ!?」


黒河の人差し指から力が抜け、視線が矢の飛来した方向に向けられる。


「っ!?」


その隙に、真島は動いた。

多くの遮蔽物がある森の中へ――!


「あっ、くそっ! 待てやコラ真島ぁあああっ!」


――!!


黒河が放った銃弾が、真島の耳元を行き過ぎる。


――!!


真島はできるだけ狙いを定められないように、フットワークを活かし、何本もの木々の間をすり抜けた。

背後で黒河が何かを叫んでいたが、それを聞いている余裕はない。


――しかし、いったい誰が俺を助けてくれたんだ・・・?


真島の脳裏にそんな疑問が過ったが、といって確認しに戻るわけにもいかず、そのまま森の奥へと走って行った。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

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――細谷春菜は、森の中からクロスボウの矢を放ち終えると、茂みの中に身を潜めた。


すると川原の方から、殺意に満ちた怒声が聞こえてくる。

 

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『て、テメー誰だコラァ! 出て来いやこの野郎ォ! せっかく真島のクソを殺せると思ったのに、邪魔してくれやがってよォ!』

 

「・・・馬鹿ね、出ていくわけないのに」


春菜はそう嘆息し、静かにその場から離脱した。


・・・。

 

「それにしても危なかったわ・・・まだ1つもノルマをこなせてないって言うのに・・・」


ファーストステージのクリア条件は、通常セカンド移行時にキャンセルされるが、リピーターはその限りではない。

セカンド移行時にそのクリア条件を満たせてなければ、首輪が爆破されるのだ。

そして春菜のクリア条件は、『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』。

つまり金髪の男の殺人を阻止していなければ、春菜はクリア未達成となり、死んでしまうところだった。

本当はセカンドステージの事も考えて、もう少し慎重に行動するつもりだったのだが――


「あんな短絡的な男がいたんじゃ、なるべく急いだ方が良さそうね」


春菜がこのゲームに参加するのは、今回で最後になる。

無事に生き残る事ができれば、義父が作ってしまった借金は完済され、運営との関係もようやく切る事ができるのだ。


「だから、何としても私は・・・!」


たとえ両手を血と罪に染めようと、家族の幸せを守りたい。

そしてできるなら、春菜自身も、以前のような日常に戻りたい。


――そのために、私はこれまで人を殺して来たのだから・・・。


春菜は自分の望みを叶えるためだけに、リピーターとしての行動を開始する。

そうして気配を殺しつつ歩き回っているうち――


春菜は、次なるターゲットを発見した。


・・・。

 

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「うぅ・・・もう、何がなんだか・・・」


弱々しい声が、荻原結衣の口から漏れた。

彼女は目覚めてから今までずっと、1人で森の中をさまよい続けていた。

自分の置かれた状況が、まるでわからない。

学校帰りのバスの中で、うたた寝していただけのはずなのに、どうして目覚めたらこんな森にいたのか?

起きない自分に腹を立てた運転手さんに、置き去りにされたのかと思ったが、さすがにそれはないだろう。

それに首にはめられている、首輪の存在も謎だった。


「たぶん、これが使えれば色々わかるんだろうけど・・・あたし、なんか壊しちゃったみたいだし・・・。 こんなのポケットに入ってるなんて、ちゃんと言っておいてくれないと・・・」


とは言えPDAを地面に落してしまったのは、結衣が不注意だったからに他ならない。


――あんたって、いつもそうだよね?


そう言ってたしなめてくれる母親も、友達も、いつも笑って許してくれる人たちが、今は結衣の傍に誰もいない。

途端に1人が嫌になり、結衣は声を出してみる事にした。


「あのぉー、近くに誰かいませんかぁー? もしもーし、誰かいたら返事して下さーい!」


・・・。


「・・・はぁ、やっぱり誰もいないんだ。 もしかして、今この世界に生きているのってあたしだけだったりして・・・って、そんなわけないよね? うん、ないない。 だよね?あははははっ・・・はぁ・・・」


心細すぎて、自分でも情緒不安定になっているのがわかる。


と、その時――


――!!


気が付けば、足元に何かが突き刺さっていた。


「へ?」


見るとそれは、細い棒のようなものだった。

でも普通、棒は宙を飛んできたりしない。


「っていう事は、これってもしかして・・・? ――う、うわっ!」


数拍遅れの驚きに、思わず尻餅を付いてしまう。

そしてすぐ、頭がパニック状態になる。


矢で狙われてる?

私が!?

な、なんで!?


彼女がそう思った直後――!


――!!


再び飛来した矢が、ついさっきまで結衣の足があった場所に突き刺さった。


「う、ひぐっ・・・な、なにこれ・・・?」


頭から血の気がサーっと引いていく。


全身をガタガタ震わせながら、矢が来た方向に目を向けると――

 

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クロスボウを構えた女が、そこにいた。

殺し屋のように冷たい目で、結衣の事を見つめている。


「あ、あの・・・誰、なんですか・・・?」

「・・・」

「なんであたしを・・・ね、狙ってるんですか・・・?」


殺し屋女は、何も答えない。

ただ無言のまま、クロスボウに次の矢を装填する。


「だから・・・何で、なんですか・・・? あ、あたし・・・何も悪いこと、してないじゃないですか・・・?」


わけがわからず、目に涙が溢れてくる。

まるでホラー映画の、オープニングで殺される人の心境だった。


――ってことは、あたし、ここで死んじゃうの?

――うそでしょ? そ、そんなの嫌だよ!


女がクロスボウを構え、こちらに矢を向ける。


「・・・動かないで。 動くと余計危ないわよ」


女はわけのわからない事を言った。

それで結衣は余計パニックになる。


「うっ・・・ひ、うぅ・・・! だ、誰か・・・――誰か助けて下さいよぅッッ!!」


結衣が心から、そう願った時――


背後の草むらから、金髪の男が飛び出してきた。

 

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「このクソがっ、見つけたぞオラァッッ!!」


――!!!!


男はそう言うや、殺し屋女に向けて、銃を乱射した。


「っ!?」


――!!!!


「ちっ――当たれや、この野郎ぉおおおっ!」


そう叫びながら、闇雲に男が発砲する。


「っ・・・!」


すぐに男の銃が弾切れを起こした。

その隙に殺し屋女が、身を翻してどこかへ逃げて行く。


「クソッタレが! なんであれだけ撃って、1発も当たりやがらねぇんだよっ!? おい充、さっさと弾を――」


そう言って後ろを振り向いた男が、地面にへたり込んでいる結衣を見つけて動きを止める。

 

「・・・あ? 誰だ、てめぇ?」

「あっ、あの、あたし――」


命の恩人にそう問われて、結衣はあたふたと名乗ろうとした。

その時、また背後の草むらが揺れ――


今度は眼鏡をかけた、もやしっ子然とした男が、肩で息をしながら現れた。

 

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「はぁ、はぁ・・・」

「んだとコラ、充てめぇ! てめぇがチンタラやってるから、またあの女に逃げられちまっただろーがよ!」

「そっ、そんなこと言われても・・・僕は、体を動かすのは苦手だから・・・」


そこで眼鏡のもやしっ子も、結衣に気付いて動きを止める。


「・・・?」

「あ、えーと・・・お、おはようございまーす・・・」

「お、おはよう・・・って黒河くん、この人は?」

「ああ? 俺が知るかっつーんだよ?」

「いや、でもさ」

「あっ、あの、あたし――荻原結衣って言います」

「荻原さん・・・?」

「はい・・・えと、あたしはそのっ、危ないところを助けてもらっちゃいまして・・・」

「助けたって、黒河くんが?」

「は、はい。 ですよね、黒河さん?」


同意がほしくて、結衣が黒河と呼ばれた男を見ると――


「はあ? 何言ってんだ、てめぇ?」

「え・・・?」

「なんで俺がてめぇみたいな、ユルそうな女を助けなきゃなんねぇんだよ?」

「えっ、でも・・・あたしが矢で撃たれそうになってるところに、黒河さんがバーンって現れて、あの女の人を追い払ってくれて・・・これって全部、事実ですよね?」


でも冷静に考えてみると、状況は確かに非現実的だった。

――じゃあ、これは夢?

――でも、それにしてはリアル過ぎるような・・・?

 

そう思っていると、男2人が痛々しげな表情を浮かべ、顔を見合わせる。


「黒河くん、この人って・・・」

「・・・ちっ、面倒臭ぇ。 おい女、てめぇPDA見てねぇのかよ? オメーも配られてんだろ?」

「あっ、いやそれが・・・あたし、これを壊しちゃったみたいで・・・」

「壊しただぁっ!? オイてめぇ、それちょっと見せろオラ!」

「は、はいぃ・・・」

「ちっ、トロトロしてんじゃねぇっつーんだよ」


結衣が恐る恐る差し出したPDAが、黒河にひったくられる。

 

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だが黒河が電源を入れても、画面に光が灯る事はなかった。


「オメーどーすんだコレ?」

「あは、あははっ・・・どうしましょう?」

「笑いごとじゃねーんだよ!」

「ご、ごめんなさいっ」

「ちっ・・・たくよぉ。 おい充、てめぇコレなんとかしろ」

「え? なんで僕が?」

「んだコラァ、文句あんのか!? てめぇ、こういうの得意そうな面してんじゃねーかよ!」

「わ、わかったよぉ・・・」

「オラよ」

「うわっ――とと」


黒河が放り投げたPDAを、充と呼ばれたもやしっ子が、慌ててキャッチする。

そしてすぐに、ある事に気付いて声を上げた。


「・・・あれ? 電源は入ってるんだね?」

「え? どうしてわかるんですか?」

「いやほら、電源ランプの色が変わってるでしょ?」

「あっ、本当だ。 そう言えば音も鳴ってました。 何回かピーピーって」

「ん? という事は、死んでるのは画面だけってことか・・・」

「・・・あの、直りそうですか?」

「いや、さすがにそれは工具がないと無理だけど。 僕のPDAの特殊機能を使えば、パーソナルデータはわかるかもしれない」

「特殊機能・・・?」

「説明は長くなるから後でするよ。 今はとりあえず――」


充はそう言って、ポケットから別のPDAを取り出すと、素早くそれを操作した。


「――うん、やっぱりだ」

「おい、もしかしてコピーできたのかよ?」

「うん。 荻原さんのプレイヤーナンバーは『5』。 クリア条件は『メモリーチップを使用して食料を8つ以上確保する』。 そして特殊機能は・・・すごい。 『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』だって」

「おいおいマジかよ? ってことはだ。 てめぇのPDAを組み合わせれば、食料も武器も取り放題って事じゃねーか?」

「・・・あのー、あたしには全然意味がわかんないんですけど。 メモリーチップとか、キューブとか、武器とか、あと食料とか、何のこと言ってるんですか?」

「っ・・・充、てめぇ10分やるからコイツに全部説明しろ」

「え? また僕が?」

「あぁあん!?」

「わ、わかったって。 そんなに凄まないでくれよ」

「・・・・・・」


さっきから見ていると、どうやら黒河が兄貴分で、充が弟分のような関係らしい。


――兄貴かぁ・・・。


1度そう思ってしまえば、態度も言葉も乱暴な黒河が、何となく微笑ましく見えてくる。


「おいてめぇ、なにいきなりニヤついてやがんだコラ?」

「あっ、何でもないです兄貴」

「はあ?」

「あっ、いや何でもないです。 えとそのっ、それじゃあもやしさん、教えてもらってもいいですか?」

「もっ、もやし・・・!?」

「ああっ、こっちも間違えちゃいました。 えーと、確か『充』さんでしたよね?」

「・・・いや、別にいいけどさ。 じゃあ、このゲームについて説明するよ」

「はい。 よろしくお願いします」


――そして、10分後――

 

「――というわけなんだけど、どう? わかった?」

「はい、大体は」

「それじゃ黒河くん、荻原さんへの説明は終わったけど?」

「よーし。 つーわけで女、今からてめぇは俺の奴隷だ」

「奴隷・・・ですか?」

「そうだ。 てめぇのPDAはクリア条件も特殊機能も、なかなか都合がいいからな。 奴隷として俺に従うっつーんなら、俺のクリアのついでにてめぇもクリアさせてやる。 だが逆らいやがったら、そん時は――」


そう言って黒河が、まるでギャング映画の登場人物みたいに、銃口を結衣の額に向けた。

 

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「――そのカルそーな頭、ブチ抜くぞ」

「・・・・・・」


結衣はそのままの体勢で、命の恩人をじっと観察した。

もう夏も終わって久しいというのに、肌が妙に浅黒い。

そういうポリシーなのか、上にはタンクトップしか着ていない。

こちらを睨みつけているその顔は、そこそこ男前と言って良さそうだ。

そして性格は――わりと面倒見が良さそうなのに、いちいち悪ぶっているところを見ると、どうやらかなりシャイらしい。


「・・・オイてめぇ、だからなにさっきから人のこと見てニヤついてやがんだ? マジで弾くぞコラ?」

「・・・大丈夫ですよ、黒河さんは撃ちません」

「あ?」

「あたし、そういうのわかっちゃうんですよ。 黒河さんは絶対に、そういうことする人じゃないですもん」

「はあぁあっ?」

「あたし、黒河さんのこと気に入っちゃいました! だからあたしも奴隷じゃなくて、黒河さんの弟分にして下さい」

 

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「・・・ダメだ、こいつが何言ってんのか全然わからねぇ」

「黒河くん、たぶん荻原さんって、何か勘違いしてんじゃないのかな? だってほら、黒河くんは結果的に彼女のこと――」


そう言って、充が黒革に何か耳打ちする。


勘違いとは失礼な、と思って2人のやり取りを見ていると、黒河が舌打ちしながら銃を下ろす。


「ちっ・・・」

「ほら、やっぱり」

「っ! 何がやっぱりだコラ!」

「黒河くん、だから落ち着いて」

「うっせーんだよ、ボケ! 充てめぇ、俺に指図してんじゃねぇぞコラ!」

「そうだぞ、コラ!」

「なっ、なんで荻原さんまで!?」

「えへへっ、つい」

「っ・・・もういい、何もかもが面倒臭ぇ。 おい充、てめぇはさっさとコイツの特殊機能を使って、メモリーチップを探せ。 じゃねーと、わかってんな?」

「わかってんな?」

「て、てめぇコノ・・・っ!」

「ちょっと荻原さん、黒河くんの物真似はもうやめてってば。 じゃないと結局、僕の方に全部くるんだから」

「はぁい」


充はたぶん、黒河の事をよくわかっていないのだろう。

結衣はもう1度、黒河の顔を見た。

命の恩人の兄貴。

そしてその弟分と、あたし――。


ちょっと前まで感じていた心細さは、もうどこかへ消えていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

――そうして結衣が黒河たちと出逢い、メモリーチップの捜索に専念し始めた頃――


藤田修平を含む7名のプレイヤーは、中央管理施設にて、説明会を終えていた。

7名とは、修平・琴美・司・初音・大祐・まり子、そして――悠奈だ。

 

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前回のゲームのプレイヤーの死体もすでに見た。

悠奈と司は比較的平然としていたが、他のプレイヤーたちは震え上がった。

修平は怯える琴美を見て、『彼女を護らねば』と誓った。


そして、説明会が終わった後――


修平は会議室に1人で戻り、運営の男に追加の確認をしていた。

 

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「つまりゲームを盛り上げるための演出として、参加者にあえて伏せらているルールがあるってことだな?」

『・・・はい。 先ほどの説明が、このゲームにおける全てのルールではありません。 秘められたルールをプレイヤーが考察するのも、ゲームの醍醐味と考えています』

「・・・なるほどな。 あんたのお陰でいくつかの疑問に確証が得られた。 質問は以上だ」


そう言って修平は、会議室の出口へ向かう。

報酬目当てで自らゲームに参加しているプレイヤーがいる可能性と、クリア条件が途中で変更される可能性について考えながら。

すると天井側のスピーカーが、運営者の声を伝播する。


『今後の活躍に期待しています、どうかご健闘を』


修平は何か含みのあるその声に背筋をぞっとさせながら、会議室を後にした。


すると、廊下に出た途端――

 

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「お疲れさまでした。 藤田先輩」


団体行動を拒否して出て行ったはずの司が、壁に寄りかかって拍手を送ってくる。

修平は内心で驚きつつ、それを表情に出さないようにしながら、司に問いかけた。


「何の用だ?」
「僕も、藤田先輩と同じことを考えていたんですよ。 だから、誰もいなくなったところで、こうして戻ってきたというわけです」
「そうしたら、俺がいた、と。 ・・・都合の悪いところを見られたな」

「あはは、へたすれば、立場が逆になったかもしれませんね」

司が心底楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべる。

修平のことを『藤田先輩』と呼んでいるのに加え、この態度を見るに、他の人間と修平の扱いには明らかな差が見て取れた。

 

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「まあいい・・・で、何か用か?」
「単刀直入に言います。 僕と手を組みませんか?」
「お前と・・・? 大祐の誘いは断ったのに、俺には誘いを持ちかけるのか?」
「あの人と組むなんて論外ですよ。 まず、信用できない。 どうしてあの集団の中に藤田先輩が留まっているのか、全く理解できません」


司はそう言って、修平を見つめた。


「僕はね、藤田先輩。 あなたのような人がいることに心底驚いているんですよ。 このゲームについて僕並みに理解している人なんて、まずいないと思っていた。 説明会が始まる前に、僕が上野って女に話したことを覚えていますか?」
「これが組織的な犯罪行為で、主催者の連中はそれを実行するだけの資金や力を持ち合わせている・・・って話だったな」
「そうです。 このゲームの主催者は、おそらく財界や宗教、裏社会の重鎮、もしかしたら政界にまで力が及ぶ連中かもしれない。 そんな連中が組み上げたゲームなんです。 だからこそ僕らは、慎重に行動をしなければならない」
「・・・・・・」


確かに司の言う通り、このゲームでは慎重に行動しなければ命を落とすことになるだろう。

そして仲間選びは、特に重要な要素だった。

団体としての行動を選ぶのか、それとも自分と共通認識を持つ仲間を選ぶのか?

琴美の望みは明らかに前者だろうが、修平の望みはむしろ――

そこまで考えた時、不意に背後から声をかけられた。

 

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「ちょっと修平? アンタまさか、私を置いていくつもりじゃないでしょうね?

「っ!? 悠奈、いつからそこに!?」

「ずっとよ。 あんたが不自然な行動を取るから、後を尾けてきたのよ。 そうしたらもう1人いるから驚いたわ」

「へぇ、尾けてきたですって・・・? 僕はちゃんと、気をつけていたはずなんですがね」

「自信過剰はよくないわね。 他人のことを安く見積もってばかりいると、そのうち痛い目を見るわよ?」

「・・・なるほど、確かに『藤堂先輩』の言う通りみたいですね。 反省しました」

「うん、素直でよろしい」

「で、あなたは何者なんですか?」

「何者って、私はただのプレイヤーよ」

「まぁ、そう言うと思いましたけど・・・でも僕は間違っても、あなたみたいな得体の知れない人とは、手を組みたくありませんね。 藤田先輩も、その本心は僕と近いんじゃありませんか?」

「・・・・・・どうかな?」

「・・・へぇ、意外な返答ですね」

「だろうな」


悠奈が、運営が何らかの意図を持ってゲームに送り込んできたプレイヤーである可能性は、はっきり言ってかなり高い。

その証拠に彼女のPDAには、修平には来ていない『行動を直接指示する内容』のメールが送られて来ていたのだ。

だが仮にそうだとすると、初めて出会ったあの時点で、PDAの全情報を公開する意味がわからなかった。

いくらナンバー4のプレイヤーを見つける事が急務だったとは言え、他にやりようはいくらでもあったはずなのだ。


悠奈は確かに、怪しい。


しかし、修平の中にある彼女に対する評価は、まだ司ほどには定まっていなかった。


「・・・まぁ、今のところはとりあえず、悠奈と行動するつもりだ」

「・・・理解できませんね。 これでも人を見る目はあるつもりなんですけど。 となれば残念ですが、藤田先輩と組むのは諦めるしかなさそうですね」


そう言って、司が立ち去ろうとする。

だがその背を悠奈が呼び止める。


「待って。 司、別れる前に1つ確認させて」

「・・・なんでしょう?」

「アンタ、このゲームに勝つつもりよね?」

「ええ、当然です。 こんな所で死にたくありませんからね」

「じゃあアンタ、クリアするためなら人を殺しても構わないと思ってる?」

「そうですね、それ以外に方法がなければ」

「っ・・・」

「ああ、誤解しないで下さいね。 あくまで『それ以外に方法がなければ』ですから。 藤田先輩と運営の方とのやり取りを聞く限りは、殺人を犯す事には大きなデメリットがありそうですからね」

「それじゃあアンタはよっぽどの事がなきゃ、人殺しはしないって考えてもいいのよね?」

「そうですね、今のところは」

「・・・信じるわよ、その言葉?」

「どうぞ、ご自由に。 一応、僕は嘘をつくこともいとわない人間だという事だけは、先に言っておきますけど」

「・・・いいわ。 それでも信じてあげる。 だから、もし助けが必要な時は遠慮なく言って来て。 少なくとも私は絶対に、アンタを助けに行ってあげるから」

「それはどうも。 でも、そんな状況にならない事を祈っていますよ。 では藤田先輩、気が変わったら僕のところに来て下さい。 藤田先輩と大祐が一緒じゃなければ、いつでも歓迎しますから」

「ああ、考えておくよ」

「それじゃ、僕はこれで」


司はそう言って片手を上げ、静かに廊下を去って行った。


すると悠奈が、修平に笑みを向けてくる。


「・・・修平、ありがとね。 私の事を信じてくれて」
「やめてくれ。 心境的には、俺も司と大差はないんだ」
「あちゃ~、やっぱり? でも、だったらどうして司と一緒に行かなかったの? 私の事なんて、放っておけばよかったのに」
「単に、このゲームを生き残りたいだけなら、迷わず司と手を組んでいたさ。 だが、俺には他にやらなければいけないことがある。 司の誘いを断ったのは、そのためだ」
「やらなければいけないこと?」


悠奈が探るような目を向けてくる。

だが、そこまで胸の内を明かしたくないと、修平が告げようとした――その時。

司が去った方向とは反対側の廊下から、琴美が息を切らしながら駆けて来た。

 

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「し、修ちゃん大変だよ! 大祐くんが!」

「大祐が・・・どうかしたのか?」

「それが、玄関を出たところで――」

「・・・修平、とにかく行きましょう」

「ああ」


修平は頷いて、2人と一緒に走り出した。


やがて、たどり着いたその場所で見た光景は――


「なっ・・・!」

 

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「ど、どうにかなりそうですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。 上手くいきそうな気がしてきた」

「そうなのですか? 外れそうなのですか?」

「大丈夫、いい感じいい感じ」


大祐が生返事をしながら、初音の首輪にドライバーを突き立て、その尖端が震えるほどの力をこめている。

あまりに軽率なその行動を、修平が咎めようとした――その時。

 

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「アンタ、なに馬鹿な事やってんのッッ!!」

「ぐえっ」


悠奈が素早く大祐の襟首をつかみ、そのまま後ろへ引き倒した。

 

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「あ、いっつー・・・――おい! いきなり、何すんだよ!」

「それはこっちの台詞よ! アンタの方こそ、何やってるのよ! 頭どうかしてるんじゃないの!」

「・・・はあ? んなこと言ったって、ちょっと首輪をバラそうとしただけじゃねーか?」

「あのね、これはただの遊びじゃないのよ! 命がかかってるゲームなのよ!」


悠奈はぴしゃりと言い放つ。

さらにそれを遠巻きに見ていたまり子にも、鋭い視線を向けた。

 

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「まり子、アンタもよ」

「え・・・? わっ、私はちゃんと止めたわよ? それなのに伊藤くんが勝手に――」

「あのね、それは止めたって言わないの。 琴美は私たちを呼びに来たけど、結局アンタは何もしてないじゃない?」

「そ、それは・・・」

 

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「悠奈さん・・・!」

「悠奈、それは少し言いすぎなんじゃないのか?」


まり子に非があるとは思えず、修平も琴美に続いて口を挟む。

だが悠奈から返って来たのは、呆れたような嘆息だった。


「はぁ・・・ったく、修平までなにそんな甘いこと言ってるの。 いい? もう一度言うけど、このゲームには人の命がかかっているのよ? それに、これから何が起こるかもわからない。 私たしは、協力してクリアを目指すって決めたんでしょう? だったら、誰かが危険に晒されている時は助けなきゃ。 そうじゃなきゃ、私たちは何のためにこうしてチームを組んだのよ?」


そう言って、悠奈が修平を見つめてくる。

まるで何かを期待しているかのような目で――。


それをうけて修平は、クリア条件が、何かのきっかけで変わってしまう可能性がある事を思い出し、悠奈の言葉に頷いた。


「・・・そうだな。 確かに、悠奈の言う通りだ」

「うん。 私も、悠奈さんの考えに賛成します」

「そう。 大祐やまり子は反論ある?」

「・・・別に、ないわ」

 

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「ああ、わかったよ。 初音ちゃん、さっきは変なコトして悪かったな?」

「そんな、さっきのは初音も悪かったのです。 初音も考えが足りなかったのです」

「初音。 大祐を甘やかすと、後で痛い目を見ることになるかもしれないわよ?」

「おいおい、だからもうさっきみたいな事はしないっつーの」

「そうね。 そうしてくれると助かるわ。 さてと、それじゃあそろそろお腹も空いたし、皆で手分けしてキューブ探しを始めよっか?」


悠奈がそう音頭を取ると、修平を含む全員がそれに頷いた。


――少々強引なところはあるけど、このチームのリーダーは、しばらく悠奈に任せても良さそうだな・・・。

修平が胸中でそう独り言を呟いていると、琴美が嬉しそうに笑いながら傍に寄ってくる。



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「ねぇ修ちゃん。 悠奈さんって厳しいけど、なんか頼りになりそうな人だね?」
「・・・ああ、そうだな」


琴美の笑顔を見る限り、どうやら悠奈の事が気に入ったらしい。

おそらく修平もこのゲーム以外で出会っていたならば、琴美と同じ印象を抱いていただろう。

だが修平は口では同意しつつも、悠奈に対する疑問が晴れるまでは、信用するのはよそうと心に決めていた。


全ては、琴美を守るために――。


・・・。

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【20】

 

・・・。

 

 

 

―6日目―

 


――運営から『終了24時間前のお知らせ』という通知が届いた、30分後――

 

 

「オイオイ・・・さすがに、そりゃやり過ぎだろーが・・・」


黒河正規は今、廃村を一望できるその場所に立ち、眼下に広がるその光景を見つめていた。

轟々と唸り声を上げる炎の渦が、これから黒河たちが向かわなければいけない廃村を、どんどん覆い尽くしていく。

恐らく、あのメイドの仕業だろう。

だが黒河はメイドが火を放った理由について、初めから考えようとも思わなかった。

あの手の頭のネジが何本も抜け落ちたような人間のやる事は、ハナから理解できるわけがないのだ。

理由がわかったところで、あの火が消える事はないし、メイドがまともに戻る事もないだろう。

 

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「本当なら、ああいう壊れた手合いとは関わり合いになりたくねーってのに・・・クソッタレが。 つーか、マジでなんだっつーんだよこのゲームはよぉ? 開始早々、真島のクソにはボコボコに殴られるわ、わけのわかんねぇ女にPDAで爆殺されかけるわ。 充のアホは、俺の事を裏切りやがるしよぉ? 玲のボケは、人のことをポンポンポンポン投げやがるし。 真島のクソをようやく殺せると思ったら、あの女にサブマシンガンで脅されてかぁ? おまけに、あれから銃は一丁も手に入らねーし。 気付けば真島のクソを殺す事だって、もうできなくなっちまってるしよぉ! んでもって極めつけは、あの化け物みてぇなメイドを殺さずに捕獲しろってか!? ハッ! 運営だか何だか知らねーが、この俺を奴隷どころかオモチャにしやがってよぉッ! はー・・・・・・てめぇらマジで、今すぐぶち殺してやりてぇぜぇっ、このちくしょうがあああああ! アアアッッ!!」


ついに怒りが爆発し、感情のままに吠え上げる。


それが負け犬の遠吠えに過ぎない事は、黒河自身にもわかっていた。

だがそれでも黒河は、カメラの向こう側にいるであろう連中に、自分の怒りを見せつけないわけにはいかなかった。

すると背後の森から、玲が顔を顰めながら現れる。

 

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「黒河、うるさいです。 何を1人で騒いでいるのですか?」
「ちっ、俺の勝手だっつ-んだよ。 それより、あいつらはまだ終わんねぇのかよ? いつまでやってんだ、真島とあの女はよぉ?」
「そんな事を言っても、仕方ないではありませんか。 彼らはあなたの銃より、はるかに多くの弾をこめなければなりませんし、着替える必要だってあるのですから」
「だから、急げっつーんだよ。 だいたいてめぇ、なんであいつらの肩ばっか持つんだ? 食料なら俺の方が、いっぱいやってるっつーのによ?」
「黒河・・・私は、その辺のノラ猫ではありません」
「ああ? じゃあ何でなんだよ?」
「それは・・・彼らが私にはない、強さを持っているように見えるからでしょうね」
「んだよオイ、またそういう話かよ? 確かに俺らはあのバカ女がいなければ、あの時メイドにぶっ殺されていたかもしれねぇ。 だがそれは、あのバカが軽機関銃っつー力を持ってたからだろーが。 それは力であって強さじゃねぇ。 てめぇの考えは、そういう事だったはずじゃねーのかよ?」
「・・・これは驚きました。 てっきり黒河には、その区別がつかないものだと思っていたのですが」
「ちっ、うるせぇつーんだよ」
「ですが、惜しいですね」

「あ?」
「黒河はまだ1つ、勘違いしている事があります」
「ああ?」
「人の強さとは1種類ではなく、様々な形があるのです。 そしてある側面をみれば、結衣は非常に強いのです。 私や黒河なんかよりも、たぶんずっと。 そしてあなたが毛嫌いしている真島も、自分の持つ強さに気付きつつあるように思えます。 黒河はどうですか? 自分の強さの形がわかりますか?」
「けっ、知るかボケ」
「そう言うと思いました。 ですがそういう所が、黒河の強さに繋がっているのでしょう。 そして黒河の持っている強さは、私にはないものでした。 だから私は、思い出す事ができたのです」
「あ・・・?」
「メイドに敗れた私に、黒河は『力を持て』と言いました。 でも私はあの時、力と強さは別物だと思い、黒河の言葉を聞き入れる事ができませんでした。 ですが刀を見つけた時、私はようやく思い出したのです。 蒔岡流剣術の真髄は、強くなる事でも、力を得る事でもなく、力を扱うための強さを身に着ける事にあったのです。 そして私の強さとは、刀という力が共になければ、決して成り立たないものだったのです」
「・・・はっ、くだらねぇことゴチャゴチャと。 てめぇは足りねぇくせに、複雑に考えようとするから、すぐにわけわかんなくなるんじゃねーか」
「そうですね。 私は黒河のシンプルさを、もう少し見習わなければなりません。 もっともあまり感化され過ぎると、黒河みたいなただのゴリラに成り果ててしまいますが」
「んだとコラァ!?――ったく、あいかわらず気に食わねぇ女だぜ」
「そうですか? 私は結構、黒河の事を気に入っていますが。 なにせ、ひねりがいがありますし」
「けっ、俺は蛇口かっつーんだよ。 ま、何があろうとてめぇとのクソ面倒臭ぇ関係は、あと24時間でおしまいだ」
「そうですね。 と言っても、黒河の首輪はもっと早くに爆発するかもしれませんが」
「おいてめぇ、まさかあのメイドを殺すつもりじゃねーだろうな?」
「それは――」
「オイ、また十中八九とか言うつもりじゃねーだろうな?」
「うっ、バレましたか」
「ちっ」


その時、背後の森から真島と結衣がやってくる。

黒河はそこで玲との会話を打ち切ると、4人全員で、炎が燃え盛る廃村へと足を向けた。

 

・・・。

 

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燃え盛る廃村に入る前から、熱気で肌を焼かれていた。

そこは空さえも焦がすような灼熱と、乱暴に揺らめき続ける橙色の光と、全てを灰燼(はいじん)に帰す暴力が支配する世界だった。

そしてメイドはその中心に立ち、到着した黒河たちに向けて、優雅に一礼して見せた。

 

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「ようこそおこし下さいました。 皆様を心より歓迎致します」

 

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「けっ。 イタい目ぇしやがって」

「あなた、どうしてこのような真似を?」

 

「これは、司様への送り火です」



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送り火だと・・・?」


「オイオイ、てめぇら聞くなよバカ。 あのメイド様はなぁ、頭が大変な事になっていらっしゃるんだよ」


一目見て、黒河はそこに死の臭いを感じていた。

アイツはヤバいと素直に思う。


と、その時――


真島の背中に隠れていた女が、意を決した顔で前に出る。


「あ、あの・・・あたしたち、PDAとメモリーチップを貰いに来たんですけど・・・」

「はい。 もしあなた方が私に勝つ事ができたら、その時はご自由にお持ち帰り下さい」

「あの、あなたのクリア条件って何なんですか? もしあたしたちと競合していないんだったら、戦うのはやめにしませんか?」

「お断り致します」

「どうしてですか? こっちは4人なんですよ? あなたの方が絶対に不利じゃないですか?」

「いいえ、私は1人ではありません。 司様と共におります」

「何言ってるんですか? どこからどう見ても1人じゃないですか?」


「おい女、だからやめとけっつってんだろーが!」

「でもぉ・・・」

「うっせーぞ、このタコ! あのメイドは、ハナから俺らを殺す事しか考えてねーんだよ!」

「結衣、あのメイドに対話を持ちかけた、あなたの純粋さは素晴らしいと思います。 ですがここは、力を持つ者だけの世界なのです。 力を持たない人間は、結局何もできません」

「っ・・・」

「クククッ、おい玲、てめぇずいぶんわかってきたみてぇじゃねぇか? ええオイ!?」

「黒河、人を野蛮人みたいに言うのは止めて下さい。 私自身は清廉潔白で、なおかつ品行方正な人間です」

「嘘こけコノ! それがダンビラ手にした途端に、目の色を変えやがった人間の言う事かっつーんだよ!」

「むっ・・・」


「・・・真島さぁん、みんなのこと止めて下さいよ」

「荻原・・・悪いがそれは、俺には無理だ。 俺にそこまでの力はない」


「そうだぜ、真島。 素手のてめぇは、俺らの中じゃ一番弱ぇんだ。 その事を忘れんな」


「っ・・・わかっている」

「そんなぁ・・・!」


「だから、てめぇはうっせぇっつってんだろーが。 情けねぇ声出してねーで、てめぇは後ろに引っ込んでろよ。 間違っても、あん時みてぇに乱射すんじゃねーぞ。 あのメイドを殺しちまったら、元も子もねーからな」


「う、うぅ・・・」


「それでは時間も限られておりますので、そろそろ鎮魂歌といきましょうか? あなた方の断末魔を、司様に捧げて頂きます」


そう言って、メイドがすっと姿勢を正す。

その仕草の1つ1つが、いちいち芝居がかって見える。


「ちっ、浸りやがってよぉ。 オイてめぇら、間違っても死ぬんじゃねぇぞ?」

「ほう。 黒河にしては、ずいぶんと心遣いのある言葉ですね?」

「バーカ。 俺のクリアのためだっつーんだ――行くぞオラッッ!!」


そして廃村に銃声が鳴り響き、戦いの火蓋が切って落とされた。


――!!!


――黒河が引き金を引いたコルト・パイソンから、メイドの足を狙って2発の弾丸が放たれる。

真島章則はその音を合図に、玲と共に、メイドに向かって突進した。


「ふふっ」


メイドが怪しく笑いながら、スカートの裾をひるがえす。

直後、彼女の直下にあった地面がむき出しになり、小さな土煙が2つ上がる。

 

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「おおおおおおおおおおおっ!」


いとも容易く弾道を見きったメイドに迫りながら、真島はたまらず雄叫びを上げた。

その横を、玲がピッタリとついて来る。

メイドは今、なぜか例のチェーンソーを手にしていない。

それがなぜなのか、真島に考えている余裕はなかった。


「それでは司様、私と共に戦いましょう」


微笑みを浮かべながら、メイドが輪舞を踊る。

 

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そうして振り向いた時――彼女の手には、1丁の拳銃が握られていた。

それは彼女が付き従っていた男が、手にしていた銃だろう。


「なっ!?」

「っ!?」


想定していなかった事態に、全身の血が凍り付く。


「――てめぇら、散れッッ!!」


「ちぃっ!」

「くっ!」

後方の黒河からの声を聞き、真島と玲が左右へ飛ぶ。

だが、その直後――


――!!!!


銃声と共に弾丸がばら撒かれ、回避が遅れた真島の右足首に、焼きつくような痛みが走る。


「――ぐあっ!」

「ふふっ、まずは1人目ですね」


嬉しそうに笑い、動きを止めた真島に、メイドが銃を向けてくる。

すると、後方から怒号が聞こえ――

 

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「――このクソッタレがぁああああっ!」


――!!!


「おっと」


メイドがそう言って軽く、斜め後ろへ3mほど跳躍する。

黒河の放った弾丸が、虚しく空を切る。

 

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「真島さん! 玲ちゃん! 早く物陰に隠れて!」


今度は結衣が、スコーピオンを腰溜めで構え持つ。

だがその時には、メイドは建物の陰へ消えていた。

そして悦に入った声だけが、その向こうから響いてくる。


「もっとです! 皆様、もっと激しく燃え上がるのです! 足掻いて、足掻いて、足掻ききって下さいませ! ああっ、ご覧になられておりますか司様! すぐに彼らの血と肉と魂を、赤く輝かせてみせましょう!」


「っ・・・!」


恐怖で全身の関節が軋んだ。

やはりメイドは真島にとって、理解不能な何かだった。


「――真島、何を止まっているのです!」


その叱咤を受けて我に返れば、玲はすでに建物の陰に隠れている。

真島は全身に冷たい汗を掻きながら、玲とは反対方向にある建物の陰へと逃げ込んだ。


すると、背後から足音が聞こえ――

隣にスコーピオンを首から下げた結衣がやってくる。


「荻原、お前・・・」

「はぁ、はぁ・・・黒河さんが、玲ちゃんの方に行ったんで・・・あたしは、こっちに来ちゃいました・・・」

「ッ――!? お前は何を考えているんだ!? 俺はお前を守れるような武器を、何ひとつ持っていないんだぞ!?」


「で、でも・・・真島さんに、銃を渡さないって決めたのはあたしだし・・・それにあたしたち・・・ずっと、パートナーだったじゃないですか・・・」

「馬鹿な、そんな理由で・・・!」


他にも言いたい事が、頭の中にいくつも浮かぶ。


だが、その思考を遮って――


「――おい真島っ、そっち行ったぞッッ!!」


黒河の警告を聞き、真島は物陰の向こうを覗き見た。

だがそこに、メイドの姿はない。


「真島、違います! 建物の中です!」


――建物の中?


意味がわからないながら、真島が後ろを振り向いた――その時。


――ッッ


身を潜めていた建物の壁が、突如、内から外へと吹き飛んだ。

そして瓦礫と火の粉が飛び散る中に、脆くなった壁を蹴破ったメイドが出現する。


「ふふふっ、あはははははっ!」

「きゃあああっ!」

「ッッ――うおおおおおおおおおおおっ!」


メイドが結衣に銃口を向けた直後――


真島は両腕で頭部をガードしながら、メイドに向けて突進した。

すると真島の狙い通り、メイドが嬉しそうに笑う。


「おや、お腹ががら空きですよ?」


――!!


「ッ――!」


腹部に銃弾を受け、激痛とともに内臓が痙攣を起こしかける。

だが銃弾は、結衣から譲り受けた防弾チョッキで止まっていた。

そうして真島は、メイドの銃撃に踏みこたえ――

 

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「はああああああああっ!」


――ッッ


渾身の右ストレートを、メイドの右頬に叩き込む。

砕けた拳に激痛が走ったが、それでも右腕を振り抜いていた。

拳の骨がグシャリとひしゃげた感触が、肩まで伝わって来る。

だが、その捨て身の攻撃にもかかわらず――


メイドはその場で、一歩二歩とたたらを踏んだだけだった。


「な、に・・・っ!」

 

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「ふふっ、今のはなかなか効きましたよ?」


そう言ってメイドが笑ったかと思うと――


――ッッ


お返しとばかりにメイドの強烈なミドルキックが、真島の脇腹に炸裂した。

先ほどの銃撃よりも遥かに重い衝撃に、真島の体が宙に浮く。


「がっ・・・!」


一瞬視界が白み、成す術もなく地面に膝をつく。


見上げると、そこにはメイドの冷たい目があった。

その時、玲が背後から斬り掛かる。

 

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「はぁっ!」

 

――!!


だがその斬撃を、メイドは服の裾を切らしただけで避けていた。

まるで玲の攻撃を、完全に予測していたというように。


「なっ!?」


――!!!!


メイドが微笑みを浮かべて引き金を引いた瞬間、玲は、とっさに横へ飛んでいた。

だがばら撒かれた弾丸の数発が、彼女の小さな体に着弾する。


「ぎっ・・・、くぅ・・・ッッ!」


「おやおや、もっと頑張っていただきませんと」

 

「――てんめえええぇッッ!!」

「ああ、もうお一方いたのでしたね?」


――!!!


メイドが振り向き様に引き金を引き――

物陰から飛び出して来た黒河の脇腹に穴を開け、さらにはその手からコルト・パイソンを弾き飛ばす。


「いっ・・・ぐおぉああぁ・・・! ま・・・マジかよ、くそ・・・ッッ!!」

 

玲が、黒河が、そして真島が、地面に膝をついている。

立っているのは、もはや結衣だけになっていた。

するとメイドが微笑みながら、顔を青ざめさせる結衣に銃口をつきつけようとして――


「おや? これは・・・弾切れのようですね」


スライドが下がったままになっている銃に気付き、メイドがぴたりと動きを止める。

そしてその銃を大切そうに懐に仕舞い、慈しむように笑う。


「お疲れ様でした、司様・・・ここからは私1人で十分です。 どうぞ、ごゆるりとお休み下さい」


「・・・?」


真島には、メイドの言葉の意味がわからなかった。


するとメイドが、真島たちに一礼し――


「それでは皆様、しばしの間ご歓談を」


そう告げて、何処かへゆっくりと歩み去って行く。

真島は今の内にと思い、すぐに立ち上がろうとした。

だが肋骨が数本折れているらしく、痛みで足に力が入らない。

見ると玲も、自分と似たような状態だった。

 

「いっ・・・んぐ・・・!」

「真島さん! それに玲ちゃんも!」

 

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「ちっ・・・どいつもこいつも、ザマァねーなぁオイ・・・」


そう言って黒河も、よたよたと歩み寄ってくる。

玲がそれを見て、力ない笑みを浮かべる。


「腹を撃たれて動けるなんて・・・黒河は、本当にゴリラですね・・・」

「っせーな、この・・・! にしてもあの野郎ォ・・・どこに行きやがったんだ・・・?」

「くっ・・・恐らくだが――」


と、真島がその予測を口にしようとした時――


――ッッ


轟々と燃え盛る炎の音に、例のエンジン音が加わる。


「ちっ・・・本命のおでましってわけかよ・・・! 最初っからアレで来てくれりゃあ・・・もうちょっと、何とかなったかも知れねぇっつーのによ・・・」


それは、黒河にしては珍しく弱気な声だった。

 

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「黒河、どうする・・・いったん退くか・・・?」

「けっ、バカ言うな・・・退いてどうすっつーんだよ・・・。 アイツはPDAもメモリーチップもぶっ壊すっつってんだぞ・・・4人全員で、ゲームオーバーになりてぇのかよ・・・?」

「・・・いや、2人だ」

「ああ・・・?」

「玲のクリア条件は『JOKERのPDAの破壊』だ・・・つまり彼女は、放っていてもクリアできるだろう・・・。 そして、荻原の条件は『メモリーチップを16個以上破棄する』・・・必要なメモリーチップは、もう彼女に渡してある・・・」

「なっ!? てめぇら、いつの間に!?」


「・・・・・・」


「悪いが俺は・・・お前を信じていたわけではない・・・」


真島は武器を捜索する傍らで、密かに結衣にメモリーチップを探させておいたのだ。


「ちっ・・・このフェミニスト野郎が・・・。 わかってたんなら・・・先に言っとけっつーんだよ・・・」

「ふっ、こんな状況にでもならなければ・・・お前が納得しそうになかったんでな・・・」

「くそっ・・・あいかわらずスカした野郎だぜ、てめえは・・・」

 

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そう言って黒河が、玲と結衣に目を向ける。

被弾した玲の息は荒く、結衣は恐怖のためか全身を震わせている。


「いいぜ・・・行けよ、玲・・・」

「ああ・・・荻原も行ってくれ・・・」

「黒河・・・」

「真島さん・・・!」


――「いいえ、行かせるわけには参りません。 私がそのお二方を、行かせるとでもお思いですか?」


「っ・・・!」

「ちっ・・・地獄耳が・・・」

「行け、2人とも・・・時間は俺と黒河で稼ぐ・・・!」


歯を食いしばり、痛みをこらえて立ち上がる。


頑丈な黒河と2人なら――。


そう思っていると、それを見透かしたように黒河が言う。


「オイオイ、真島サンよ・・・まさかてめぇ、死ぬつもりじゃねーだろうな・・・?」

「・・・!」

「だったら・・・俺は、付き合わねーぜ・・・」

「な、に・・・?」

「バカが・・・俺が、簡単に諦めるかっつーんだよ・・・。 だから真島ァ、てめぇそのつもりでやりやがれ・・・じゃねーと、てめぇから先にぶっ殺すぞ・・・!」


黒河がそう言って、ギラギラとした目で睨んでくる。

その生命力の高さに、真島は素直に感心した。


エンジン音と共に、メイドが徐々に近づいてくる。

勝てる見込みは、正直皆無と言っていいだろう。

だが真島は、それについて考えない事にした。


「ふっ・・・行くぞ、黒河」

「うるせぇ! 俺に指図すんなっつーんだ、このクソが!」

 

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「まったく、無駄だと申し上げてますのに・・・。 ですが――それでこそですっ!」


――ッッ


メイドが嬉しそうに笑い、チェーンソーを手にこちらへ向けて、すさまじい突進を開始する。

足を撃たれたせいで、フットワークは使えない。

右拳が壊れている以上、頼りになるのは右拳だけだ。


――果たして、どこまで通用するか・・・。


恐らく自分と同じ事を思ったのだろう、黒河の口元には苦笑が浮かんでいた。

黒河とて、今は銃すら手にしていないのだ。

そして真島の口元にも、苦笑が浮かびかけた――その時。

 

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「あたしだって・・・あたしだってぇええええええーっ!」


「っ!?」


――!!!!


結衣が乱射したスコーピオンの弾丸が、真島らとメイドの間に砂塵を舞い上げる。


そして、メイドが動きを止めたその隙に――

 

玲が刀を手に、その砂塵の中を突っ切った。



「ハァアアアアアアアアッ!」


――ッッ


「ちぃっ」

 

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「――黒河っ! 弱いあなたが私を守ろうなどと、百年早いですよっ!」


――!!!!

 


「っ・・・!」

「おい真島ァ、ボケっとすんな!」

「ああっ!」


黒河の言葉に頷いて、真島は改めて拳を握り締めた。


そして傷ついた足で、黒河と並んで走り出す。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「オッラァアアアアアアアアッ!」


――行ける!

そのとき真島の目には、四人でメイドを組み伏す、勝利の絵図が見えていた。

だが、メイドがそれを拒絶するかのように絶叫し――


「うああああああああああああッ!!!」


――!!!


「ッ――!?」


――凄まじい斬撃で、玲の刀を弾き飛ばし――


――ッッ


「――ぐおぁっ!」


――チェーンソーを放り投げて、黒河に激突させ――

 

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「なっ――!? ッッ!!!」


――気付けば真島の腹部に、瞬時に距離を詰めてきたメイドの膝が、深々と突き刺さっていた。

肺から全ての空気が漏れ出し、真島の両足から力が抜ける。


「がっ・・・は・・・!」


全ては一瞬の出来事だった。

たった数秒で3人の人間が、再び戦闘不能に陥っていた。

そしてメイドの手が、地面に転がったチェーンソーへと伸びる。


――や、やられる!?


苦痛の中で、真島は塗り替えられてしまったその未来に絶望した。


だが、その時――

 

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「――もう止めて下さいっ!」


「っ・・・!」

「ぐっ・・・あ、あぁ・・・?」

「お、荻原・・・!」


銃を構えることなくメイドの前に立ちふさがった結衣に、全員の視線が集中する。


そしてメイドもまた、不思議そうな目を彼女に向ける。

 

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「あなたは・・・いったい、どういうつもりですか?」

「・・・!」

「あなたはなぜ、銃を構えようとしないのですか?」

「だって・・・だって、こんなの間違ってるじゃないですか!」

「は・・・?」

「やっぱり、こんなの間違ってますよ! どうしてあたしたちが、殺し合いなんかしなくちゃいけないんですか?」

「それは、これがそういうゲームだからです」

「だから、それが間違ってるんですってば! 誰だって殴られたら痛いはずなのに・・・! 誰だって、殺されたくなんかないはずなのに・・・!」

「・・・あなたは、何を言っているのですか?」


「バカ、てめぇ何やってんだ・・・ぶっ殺されんぞ・・・!?」

「荻原・・・やめろ、下がるんだ・・・!」


「嫌です! あたし、嫌なんです! どんな理由があっても、誰かが傷つくところなんて見たくないんですよ! だから――お願いですから、もう戦うのは止めて下さいッッ!!!」


結衣の涙ながらの訴えが、燃え盛る廃村に響く。


そして――彼女と対峙するメイドに、急激な変化が起こる。


メイドの目にあった、全ての光が消え失せる。


「そうですか・・・。 あなたは、この戦いを否定するというのですね・・・?」

「はい・・・あたしはもう、戦いたくありません・・・」

「なるほど・・・」

「わかって、もらえますか・・・?」


結衣の問い掛けに、瞳の肩がぴくりと震える。

感情を失っていた目に、どんどん光がみなぎっていく。

だがそれは――周囲で燃え盛る炎と同じ、凶暴な光だった。


「・・・ゆるせない」

「え・・・?」

「許せませんね、あなたは・・・! あなたのその言葉、その態度は――戦いの中で散った、司様への冒涜です!」


憤怒の言葉を吐きながら、メイドが手に取ったチェーンソーを振り上げる。

そうしてチェーンソーの刃が、揺らめく炎の光を映しながら、凶悪な回転を開始する。


「な、何でなんですか・・・!? どうして、わかってくれないんですか!?」

「問答無用です!」


「――荻原、危ない!」


刹那、真島の体はそれまでの鈍さが嘘のように動いていた。


――!!!


「ッッ――!!!」


受け止めた真島の肩の上で、チェーンソーが容赦無く回転する。

服が破け、皮膚が弾け、肉が抉れ、骨が削られる。

あまりの激痛に神経回路がショートしたように、目の中でパチパチと白い火花が散る。


だが――それでも真島は倒れなかった。


「う、ぐぉおおおおおおおおーっ!」


倒れれば、結衣が襲われる。


倒れないで耐えてさえいれば、黒河か玲が動いてくれる。

こんな時になって初めて、真島はこれまでの人生の中で一度として考えた事のなかった、『仲間』という存在を意識した。


そして、その期待に応えるように――


「はああああああああああっ!」


――!!!


「くっ!」


刀を拾い上げた玲の斬撃を受けるため、メイドがチェーンソーをひるがえす。


――!!


「はあっ!」

「っ!」

――!!!!


玲の連続攻撃が、メイドの体を後方へと下がらせる。

真島はそれを見つめながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。


だがその体が、地面に倒れる前に止まる。

 

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見ると結衣が泣きながら、自分の体を抱きしめていた。


「真島さぁん・・・真島さぁん・・・!」

「荻、原・・・」


チェーンソーで抉られた肩から血があふれ出し、ぼたぼたと地面に落ちていく。

その度に失われてゆく体温に、真島は死を意識した。


「真島さぁん・・・しっかりして下さいよぅ、真島さぁん・・・! 真島さんが・・・真島さんが・・・あたしのせいで・・・あたしのせいでぇ・・・!」

「いいんだ、荻原・・・いいんだよ・・・」

「何がいいんですかぁ・・・? こんなの、全然よくないじゃないですかぁ・・・? あたしが、あんな事しなければぁ・・・! あたしが、余計な事したせいでぇ・・・!」

「いいんだ、荻原・・・お前は、何も間違ったことはしていない・・・だから・・・お前が泣くことは、ないんだ・・・」

「でもぉ・・・でもぉ・・・」

「荻原、俺は思い出したんだ・・・俺がどうして、強くなろうと思ったのか・・・」

「え・・・?」

「俺は・・・守りたかったんだ・・・。 自分だって、弱いクセに・・・俺の事を、いつも必死に守ってくれた、姉さんを・・・。 だから、俺は・・・」

「あたし・・・わかってましたよ、そんなこと・・・! 真島さんは、本当は優しい人だって・・・! あたしぃ・・・そんなの、わかってたんですよぉ・・・! だからぁ・・・だから死なないで下さいよぉ・・・! 真島さぁん・・・だからぁ、死んじゃ嫌ですよぉ・・・!」


結衣の言う『だから』の意味がわからない。

出会った時から、結衣は真島にとって不可解な女だった。

初めは、ただ鬱陶しいだけの女だった。

愚かだと呆れていた事もある。

勝手な事ばかり言われ、腹を立てた事もある。

わかったような事をよく口にしていたが、彼女がどこまで真島を理解しているのかは、実のところよくわからない。

やはり結衣は最後まで、真島にとって不可解な女だった。


だが、それでも――


彼女を守れてよかったと、真島は素直にそう思った。


だが一方で、こうも思う。

また、ボクシングを始めたい――と。


『誰かが傷つく姿は見たくない』


結衣の言った言葉が、今なら理解できるから。

だから真島は、また強くなりたいと思った。


最後の最後に。


死の直前に。

 

終了のゴングが鳴り止む、その瞬間まで――。

 

・・・。

 

「う、うぇ・・・真島さぁん・・・うぅ・・・真島さぁん・・・! 真島さぁあああぁああぁぁぁんっっ!!」


「あ・・・」


――真島が死んだ。


慟哭(どうこく)する女に抱かれながら死んでいる真島を見た瞬間――


黒河正規が胸に抱いたのは悲しみではなく、もっと煮えたぎるような感情だった。


「真島ァ・・・! クソが・・・てめぇ、あれほど死ぬなっつったじゃねーかよ・・・! 真島ァアアアァァッ、オイ起きろコラァアアァッ!」

「きゃ!?」


怒号しながら歩み寄り、女を押しのけ、真島の胸倉をつかんで引き起こす。

 

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「てんめぇえええええッッ! 起きろつってんだろーがっ、この野郎ォオオオオォォッッ!」

「な、なに言ってるんですかぁ、黒河さぁん・・・? うぅ、ひぐっ・・・真島さんはぁ、もう死んじゃってるんですよぉ・・・?」

「ああぁああァっ! うっせーんだよっ、このクソアマがぁああぁっ! てめぇのせいだろうがよぉおおっ!? てめぇが何もしねぇから、このクソがくたばっちまったんじゃねぇかよぉおおっ!?」

「う、うぐっ、うぅ・・・そうですけどぉ・・・ひぐっ、ひっ・・・じゃあ、あたしぃどうすればいいんですか・・・?」

「んなこと俺が、知るかっつーんだこの野郎ォオオオッッ!! だっから嫌なんだよっ! だからてめぇみてぇな、クソ弱ぇくせに口ばっかの野郎はムカつくんだよォオオオォォッッ! 真島っ、てめぇもだッッ!! こんなところでくたばって、なに満足そうに笑ってんだこの野郎ォオオオオオッッ!!」


真島が死んだ以上、黒河のクリアはもはやあり得ない。

だが黒河の怒りの源泉は、そんなところにはない。

黒河は、ただただ真島が死んだという事実にムカついていた。

なぜそんなにムカつくのか、自身でもわからないほどに――。


そのとき横で続いていた玲とメイドの剣戟に、大きな変化が訪れる。

「あぁああぁぁっっ!!!」


――!!!


メイドが渾身の力で振るったチェーンソーの威力に負け、それを防ごうとした玲の刀が、大きく上にカチあがる。


「くっ、しまっ――」

「――これで、終わりですっっ!!」

 

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とっさに後ろへ跳び退ろうとした玲に目がけ、メイドがチェーンソーを振り下ろす。


――!!!


「がっ!!!」


胸を斜めに切り裂かれた玲が、その場に倒れ伏す。


「なっ――こんのヤロォォオオオォォォォオオオォッッ!!」


気が付けば結衣からスコーピオンをむしり取り、黒河は引き金を引きながら、メイドに向かって突進していた。

脇目もふらず、ただガムシャラに。


――!!!!


「くっ!」


メイドがチェーンソーを盾にする。

だが、それでも覆い切れない部位に、弾が次々に命中していく。


――!!!!!!


メイドが死のうが何だろうが、もはや黒河には関係ない。

撃たれた腹の痛みも、もう一切気にならない。


「――オオオオォォオオオオォォォオオオッッ!!」


弾が尽き、途中でスコーピオンを放り出す。

それでも突進を止めない黒河に、メイドがついに驚愕する。


「なっ!? ――こんのぉおおっ!」


メイドが力まかせに、チェーンソーを横薙ぎに振るおうとする。

だが、それが遠心力を得る前に――


黒河はその懐に入り、チェーンソーを握るメイドの手を掴んでいた。


「っ、くっ・・・!」


メリメリと、黒河の両腕の筋肉が肥大する。

大腿から血が噴出したが、気にならない。

対するメイドも、スロットルレバーを目一杯握り締めながら、回転する刃を黒河に押し当てようとする。

 

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「力比べなら、負けませんよぉおおおおっ!」

「ちっ、くっ、っのやろーーッッッ!!!」


一回り以上も小さいというのに、メイドの力は互角以上だった。

徐々にチェーンソーの刃が、黒河の背中に迫る。


「ちっくしょ・・・ッッッ!!!」


――このまま終わりなのか?


――このまま俺は、このメイドに切り殺されちまうのかよ?


――っんなわけがねぇ!


――っんな事は絶対にありえねぇっっ!!


その時、黒河の目にそれが映った。


地面に切り伏せられた墨色の髪の女――。

その肩が、ぴくりとわずかに動いたのだ。

 

「起きろよ玲っっ!! てめぇいつまで寝てやがるんだっっ!! てめぇまで、真島と同じだっつーのかよっっ!! てめぇも、クソ弱ぇ人間だっつーのかよっっ!!」

「無駄ですっ! あの傷では、彼女は――」

 

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そのとき玲が、ぱちりと目を開ける。

そして刀の切っ先を地面に突き立て、よろよろと起き上がる。


「そんな、馬鹿なっ――させません。 させてたまるものですかぁあああっ!」


そう言ってメイドが、さらにチェーンソーを近づけてくる。

回転する刃が背中に触れ、ヂリヂリとした痛みが背筋を伝ってくる。


「ぐっ、おぉ――玲、てんめぇ早くしやがれっっっ!!! 精神力とやらは、どーしたんだよこのクソボケがぁぁぁっ!!!」

「くっ・・・うるさいですよ、黒河・・・!」

「ヘラず口はいいからさっさとしやがれっつーんだよ、てめぇっっっ!!!」


そのとき玲が立ち上がり――

刀の切っ先を、メイドの背中に向ける。


「ふー・・・黒河、お待たせしました・・・」


そして玲は、驚くほど静かにスッと刀を突き出した。

白く輝く切っ先が、メイドの胸まで突き抜ける。

そして一瞬にして、それは玲の手元に引き戻されていた。


「いっ・・・あ、あぁ・・・!」


メイドの口から空気が漏れ、チェーンソーを押し込もうとしていた腕から力が抜ける。

黒河は、そのとき勝利を確信した。

だがその瞬間、メイドの両腕に信じられない膂力(りょりょく)がこめられ――

 

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「くっ、あぁあああああああああああーっ!」

「う、おっ――」


黒河の体を押し退けて、チェーンソーが旋回する。

だが――結局、それだけだった。


――ッッ


握力すら失ったメイドの手からチェーンソーがすっぽ抜け、燃え盛る家屋の壁を突き破って、炎の向こう側へ消える。


そして、メイドは――


「か、はっ――」


口から血を吐いて、前のめりに倒れていた。

そして生気を失いつつある目を、虚空へ向け――

 

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「あ・・・そこにいらっしゃるのは・・・ご主人様ですか・・・? よかった・・・ようやく、会う事ができました・・・私は・・・どれほど、この日を・・・はい・・・私も、ご主人様と共に参ります・・・いつも・・・あなたのお側に・・・」


微笑みながら涙を流し――


そうして、メイドは絶命した。


・・・。

 

 

「やり、ましたね・・・黒河・・・」

「はっ、何言ってやがる。 やったのは俺じゃねぇ、てめぇだろ?」

「いえ・・・私たちが、倒したのです・・・。 私1人では・・・とても、敵いませんでした・・・」

「まぁな。 しっかし、さすがに疲れたぜ。 つーか、これで俺は生き残れねぇっつーんだから、マジで嫌になるぜ」

「え・・・?」

「仕方ねーだろ。 真島がくたばっちまったせぇで、俺のクリア条件は、もう達成不可能なんだからよ」

「そう、でしたね・・・真島は、もう・・・」

「ああ。 ったくよぉ、あの世で真島の野郎をぶっ殺さねぇ事には、俺の気が収まらねぇっつーんだよ」

「ふっ・・・黒河らしい、言葉ですね・・・」

「だな」


そう言って、黒河は口元に笑みを浮かべた。

何だかわからないが、妙にスカっとした気分だった。

――そう言えば俺は、いつの間にこのガキのことを、『玲』と名前で呼ぶようになってたんだっけか?

いつもなら忌々しいとさえ思うはずのそんな疑問も、なぜか相手が玲なら受け入れられる気がしてきてしまう。


「ちっ・・・俺もヤキがまわったもんだぜ」

「何が、ですか・・・?」

「うっせーな。 てめぇには関係ねぇよ。 しっかし、俺の首輪はいつになったら爆発すんだ? まさかゲーム終了まで時間潰せっつーのか? まぁ、別にいいけどよ。 さて――そんじゃあ、てめぇはボロボロみたいだから、代わりに充のPDAでも探してやるか? なんせ、俺は暇だからな」


いつになくペラペラと余計な事まで喋っている自分に気持ち悪さを覚えながら、黒河はメイドの遺体を調べに行った。

炎が周囲でパチパチと音を立て、それがやけに耳につく。


6台のPDAと、10個のメモリーチップは、メイド服やエプロンの中からすぐに見つかった。

幸いそれらは、あの戦いの中でも奇跡的に壊れていなかった。

 

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「真島の野郎にもう少し根性がありゃあ、これでクリアできたっつーのによ」

 

 

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そんな事を呟きながらふと見ると、バカ女が、まだ真島にすがりついて泣いている。

だが黒河はそれを見ても、特に感想は持たなかった。

ただ『ああ、アイツは生き残んのか』と思うだけで――。


「で? この中のどれが『JOKER』だ?」

そう言って黒河は、玲のためにそれを探した。


すると――その内1台のPDAが、なぜかピカピカと赤いLEDを灯している。


「ん? なんだこりゃ?」


そう呟いて、念のためそのPDAを確認する。

どうせ関係ないだろうが、死ぬまでの暇つぶしのつもりだった。

だが、ディスプレイを覗いた途端――

そこに映し出されている文字に、黒河は思わず目を見張った。


「こ、こいつは・・・!?」

 

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ナンバー:『A』
クリア条件:『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』
『クリア条件が達成されました。 おめでとうございます』


「あ・・・なんだ、こりゃ・・・? 『A』fのプレイヤーって言えば、もうとっくに死んでるはずじゃねーか・・・なのに、なんで・・・?」


そして、その答えがすぐに思い浮かぶ。

それはなぜ黒河の首輪がなかなか爆発しないのか、その問いの答えでもあった。


「そうかよ・・・つまりプレイヤーがくたばってても、クリア条件さえ満たしていればいいっつーことなのかよ・・・! つーことは・・・玲とあの女のクリアは、もう確定してるわけだから・・・。 あとは真島に、メイドが持ってたメモリーチップを持たせでもすりゃあ・・・!」


これでクリア条件を満たせるPDAは、4台になる。

だから黒河の首輪は爆発していないのだろう。

まだ、クリアの可能性が残されていたから――!


「クハハハハッ、なんだよオイ! どうりで俺の首輪が、爆発しねーわけだぜ! おい、やったぜ玲! どうやら俺も――あ?」

振り向くと、玲は地面に倒れていた。

その小さな体の下に、おびただしい量の血が流れ出している。


「――玲、てめぇっ!? 馬鹿野郎、なに倒れてやがんだよ?」


駆け寄って、笑いながらだらしない玲を抱き上げる。

すると玲が口元に、力無い微笑みを浮かべて言う。

 

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「よかったですね、黒河・・・。 これで私が死んでも・・・あなたは生き残る事ができますね・・・」
「バカかてめぇ、こんな時になに笑えねぇ冗談言ってんだ。 てめぇが死ぬわけねーだろうが。 こんな傷なんでもねーよ」
「無理ですね・・・私は十中八九助かりません・・・」
「はっ。 てめぇの十中八九なら、当てになんねーから大丈夫だよ」
「だと、いいのですが・・・」
「はっ。 ぜってー大丈夫だって。 俺たちはあのメイドを倒したんだぜ? なんでそれで、てめぇが死ななきゃならねーんだよ?」
「その理屈は・・・よく、わかりませんが・・・」
「うっせーな。 いいんだよ、そういう事で。 それより玲。 てめぇ、このゲームが終わったらどうするつもりよ?」
「どうする、とは・・・?」
「バーカ。 あのメイドがてめぇの仇だったかどうかは知らねーが、もう俺ら以外には誰も生き残っちゃいねーんだ。 つーことは、てめぇの仇は死んでるっつーことだろ? じゃあ、てめぇの目的は達成じゃねーか」
「なるほど・・・確かに、言われてみれば、そうですね・・・」
「なぁオイ、てめぇはこのゲームが終わったら俺と一緒に来いよ」
「なんですか、それは・・・こんな時に、愛の告白ですか・・・?」
「やめろよ、バカ。 だから、てめぇのまな板には興味ねぇっつってんだろーが」
「そう、ですね・・・私も金髪ゴリラには、興味ありません・・・」
「ちっ、この減らず口が。 オイ、いいだろ? てめぇとなら、俺も何かやっていけそーな気がすんだよ。 それにダンビラ振り回すしか能がねぇてめぇは、どう考えたって、こっちの世界の住人だろ? 俺と一緒にくりゃあ、思う存分振り回せるぜ?」
「黒河・・・」
「あ・・・?」
「申しわけ、ありませんが・・・その申し出は・・・どうやら、受けられ、そうに、ありません・・・」
「ちっ、そうかよ」
「黒河・・・」
「あ? なんだよ?」
「私は、強かった、ですか・・・?」
「ああ? んなもん当たり前だろーが? なんせ俺は、てめぇにだけは一度も勝ってねーんだからな」
「ふふっ・・・確かに、そう、でしたね・・・」
「なぁ玲、やっぱ俺たち組もうぜ? 普通の世界に戻ったって、てめぇがダンビラを振る場所なんかねーんだからよ。 それに、俺たち2人が組めばよ・・・っておい玲、てめぇ聞いてんのか? あ? 玲・・・?・・・おい、てめぇ、何だまってんだ? 何か言えよ?」


だが彼女は何も答えない。

 

黒河に何の断りもなく、彼女は静かに息を引き取っていた。

 

・・・。

 

 

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「玲・・・て、てめぇ・・・くっそ・・・なんでだよ・・・なんで・・・俺より強いはずの、てめぇが・・・!」


そのとき背後で、PDAの電子音が鳴った。

恐らくバカ女が、真島に渡されていた16個のメモリーチップを破棄したのだろう。

 

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その音を聞きながら、黒河は空を見上げた。

だがそこに、生き残れるという喜びはなく――


黒河は自分を見下ろす月を、怒りを込めて、ただ呪った。


――【ゲーム終了時刻前ですが、勝利プレイヤー確定につき、只今を以ちましてゲームを終了させて頂きます。 参加者の皆様は、大変お疲れ様でした。 今回のゲームの勝者を発表いたします。 ナンバー5 荻原結衣。 ナンバー8 黒河正規。 以上、2名の方となります。 壮絶な死闘を戦い抜いた勇敢なるプレイヤーたちに盛大な拍手を。 この6日間の経験が、プレイヤーの皆様の人生の糧になりますことを、切にお祈り申し上げます】


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 

 

あの悪夢のようなゲームから1年――。

 

荻原結衣はあらゆる手を尽くして、あのゲームを告発しようとし続けた。

マスコミに情報を持ち込んだり、ネット上に情報を流したり、街頭でのビラまきなどもやった。

しかし多くの人にとって、それは信じられない出来事らしく、結衣の活動に興味を持ってくれる人などほとんどいない。

だが、結衣は諦めたくなかった。

あのとき真島が言ってくれた『お前は何も間違ったことはしていない』という優しい言葉を、今も彼女は忘れていない。

そして『彼』が言った、『てめぇが何もしねぇから、このクソがくたばっちまったんじゃねぇか』という厳しい言葉も覚えている。


・・・『彼』の噂を聞くようになったのは、最近になってからの事だった。


彼は今、世間ではテロリストのように呼ばれている。

マスコミ曰く、『罪もない人を襲撃したり、善良な企業のビルを爆破したりする、極めて凶暴な犯罪者』であると。

だが結衣には、そうではないとわかっていた。

なぜなら彼が潰して回っている企業は、ゲームを運営している例の組織と、関係がありそうな所ばかりだったから。

そしてやがて結衣の所に、一通の手紙が届き――


彼女は一大決心をして、手紙に指定された場所に向かう事にした。


・・・。

 

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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」


追われている事に気付いたのは、ついさっきの事だった。

絶対に気のせいなどではない。

この感覚は、あのゲームに参加させられていた時の、あの肌がビリビリするような感覚に似ていたのだ。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」


彼と合流する前に、敵に見つかってしまったようだ。

振り向くと、3人の黒服の男が追いかけて来ているのがわかる。

きっと運営の関係者に間違いないだろう。

あの手紙にもそう書いてあった。

そして――黒服の1人が、懐から何かを取り出す。

それを見た瞬間、結衣の身は強張った。

暗くてよく見えないが、きっと銃に違いない。


――撃たれる!?


彼女がそう思い、悲鳴を上げかけた時――


――!!!!


「うっ・・・がは・・・!」


銃を手に持った黒服が、3発の弾丸を食らって地面に倒れた。

それを見て、残りの2人が緊迫した表情で足を止める。


「よぉ・・・おとり役、ご苦労だったな・・・」


その懐かしい声を聞き、結衣は声のした方に振り返った。

するとそこに、彼の姿が・・・。


「もー、遅いじゃないですか!? あたし、もうちょっとでやられちゃうところだったじゃないですか!?」
「ああ? うっせーんだよ、このタコ。 獲物が餌に食いつく前に、竿を上げるバカがどこにいるっつーんだよ。 チンタラやってるてめぇを、誘ってやっただけでもありがたいと思いやがれコノ野郎」
「チンタラなんてやってないですよ! あたしは、あたしなりに必死に――」

 

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「バーカ。 てめぇ如きに運営が倒せるかよ。 あの連中を倒すの必要なのは、言葉や行動じゃねぇ。 ――圧倒的な暴力だ」


その言葉に結衣は、恐れを逡巡を覚えながらも――


やがて意を決し、うなずきを返した。


――そうして結衣は、硝煙の臭いが立ち込める暗い路地で、黒河正規と再会した。


それから彼女は彼と共に、戦いの日々を送っている。


真島や玲や、その他にも多くの人々の命を奪った、運営組織を倒すための戦い――。


・・・。

 


――その結末から遡ること、数日。


あのゲームが行われていたエリアの外。

とある場所にて――

 

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男が独り、薄暗い部屋で、朗々と語っていた。


「――さぁ! いかがでしたか皆さん、今回のゲームは? 意外に次ぐ意外な展開に、皆様もさぞ驚かれたのではと思います」


男の周りには、エリア内で行われていたゲームを監視するための無数のモニターと、彼自身を映すカメラがある。

彼はそのカメラの向こう、どこかでゲームを見ていた者たちに向け、明るく口上を述べる。


「それにしても今回のゲームは、人間関係に焦点が当たりましたね。 見知らぬ他人同士が不可思議な絆を結び、またあらかじめ繋がりのある者たちが、失われた絆を取り戻したりと。 しかし結果としては、わずか2名しか残らなかった・・・果たしてこの結末を回避することはできたのでしょうか? ほんのちょっとの歯車のズレで、ゲームの展開は大きく変わっていたのかもしれません」


彼がそう言った時――


不意に、部屋に備えられていたスピーカーから、声が漏れ出た。

『ほう。 では君はどのような要素を加えたら、ゲームの展開が変わっていたと思うね?』

「はっ・・・?」


それはモニターの向こうに無数に存在する、普通の『客』の声ではなかった。

このゲームに出資し、ゲームそのものの運営にも発言権を持つ、有力者の1人の声だった。


『聞かせてくれたまえ、君の考えを。 どうすればこのゲームは、さらに盛り上がっただろうか』

「ふーむ・・・ではこんなのはいかがでしょう?」


男は少し考え、問いに答えた。


「たとえば妹と恋人を大事にする廉価な彼と、唯一セカンドステージへの移行を止めようとしているリピーターの彼女・・・。 その2人が、ゲーム開始時点から、一緒に行動していたとしたら、いかがでしょう? 彼らが互いに力を合わせ、ゲームそのものの方向性を変えようとしていたら――。 過去のゲームよりも、大いに盛り上がっていたかもしれませんよ」

『なるほど。 それは我々としても望むところだな。 そうしてこそ、我々が仕込んだ要素の全てが、最大限に機能したというものだ』


運営者が愉快そうな笑い声を上げる。

男は苦笑を返して続けた。


「まぁ全ては過ぎ去ってしまった事ですから、別の展開を望むなど無理なことですが――。 あるいは別の世界では、全く別の展開と、美しい結末が待っていたのかもしれませんね」


それを聞く『客』たちのいったい何人が、そんな結末を望んでいるだろう。

さらなる血を欲する物ばかりである事を重々承知しつつも、男は微笑んで続ける。


「・・・もしそのような展開をお望みの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご意見をお寄せください。 私共はユーザーの皆様が望む展開を実現するよう、最大限の努力を惜しまないものであります。 それではまた、次のゲームで!」


・・・。

 


――繰り返される惨劇と、築かれる亡骸の山。


――私たちは、そんな世界にずっと身を置いてきた。


――いつか、この血塗られた道が終わる事を、心の隅で願いながら。


――とは言え、それが叶わない望みである事も私にはわかっていた。


――プレイヤーたちは所詮、ゲームの駒に過ぎない。 ルールの枠組みからは外れる事は出来ない。


――自分の行動原理も、運命さえも、変えることなんて出来やしない。


――それが現実というもののはずだった。


――だけど、それでも諦めず信念を貫き続ければ・・・。


――いつか全てを変えられる日が来るかもしれない。


――私はそう信じ、戦場に戻ってきた。


――この手で、一人でも多くの人を救うために。


――それが私が、生かされた意味だから・・・。


【Secret Game;Code Revise】


――私たちは駒じゃない、生きている人間なのよ!


――To Next Rebellion――

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【19】

 

・・・。


「司様・・・しっかりして下さい・・・! お願いです・・・! どうか、目を開けて下さい・・・!」


・・・。

 

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誰かの必死な声を聞きながら、三ツ林司はうっすらと目を開けた。

見ると視界一杯に、美しい顔が映っている。


「・・・ひと、み・・・?」
「司様! ああ、良かった!」


そう言って、瞳が目に涙を浮かべて安堵する。

だが司には、事情がよくわからなかった。

全身が妙にダルく、そのせいか頭もボーっとしている。


「・・・ここは・・・?」
「前にも滞在した事がある用具小屋です」
「用具小屋・・・――痛ッ・・・くぅ・・・!」


体を起こそうとした途端、脇腹と肩に激痛が走る。

その痛みの中で思い出したのは、敗北の記憶だった。


「そうか・・・僕は、撃たれたんだったね・・・。 まいったな・・・万全を期したはずだったのに・・・」
「司様、申し訳ございません! 私が至らないばかりに!」
「いや・・・さっきのは僕のせいだよ・・・」


恐らくあの女は、防弾チョッキか何かを着込んでいたのだろう。

誤算だったと言えばそれまでだが、きちんと彼女の死亡を確認しなかったのは、明らかに司のミスだった。


「瞳、礼を言うよ・・・。 お前がいなければ・・・僕は、あそこで死んでいた・・・」
「司様・・・!」
「ところで・・・時間はちゃんと確認している?」
「はい。 このエリアには、あと30分ほど滞在できます。 ギリギリまで、司様のお側にいさせて下さい」
「ああ・・・わかったよ・・・」


司はそこで安堵の息をもらしたが――

もしあのまま自分が目を覚まさなかったとしたら、瞳はどうしていただろうかと考えて、思わず背筋がぞっとした。

だいたいあの川原から、瞳はどうやって自分を連れ出したのだろう?

また瞳を命の危険に晒したのではと思い、口元に苦い笑みが浮かぶ。


「・・・僕は、瞳の主人にふさわしくないのかもしれないな・・・」


そう呟いた途端、弱い自分がどんどん嫌になっていく。


「そんな事はございません! 司様は私にとって、最高の――」
「最高か・・・僕には、とてもそうは思えないな・・・。 だって、僕が瞳を命の危険に晒したのは・・・さっきので2度目じゃないか・・・。 僕が瞳なら・・・こんな使えない主人なんて、とっくに見限ってるんじゃないかな・・・」
「つ、司様・・・?」
「いいんだよ、瞳・・・僕の事を見捨てても・・・。 僕は、瞳の主人が務まる器じゃない・・・今回の事で、それがよくわかったよ・・・」
「いいえ、そんな事おっしゃらないで下さい!」
「いや、でもさ・・・」
「嫌です! 私は絶対に、そんな事は致しません!」
「瞳・・・」
「私は司様のメイドでいたいのです! ですからどうか、そのような気弱な事を言うのはおやめ下さい!」


そう言いながら、瞳は目に涙を浮かべていた。

まるで幼い子どものように――。

その姿は司の好きなシクラメンとは、似ても似つかないものだった。


「・・・わかったよ、瞳。 もう・・・変な事は言わないからさ・・・。 だから・・・そんな、悲しい顔をしないでくれよ・・・。 僕はこんな時、どうしたらいいのかよくわからないんだ・・・。 だからさ・・・ほら・・・」
「はい・・・申し訳ありません・・・」


そしてほんの少しの沈黙が、2人の間に訪れる。

するとある欲求が、司の中に沸き起こる。

それは好奇心というよりも、もっと必然的な何かだった。


「ねぇ、瞳・・・」
「はい?」
「お前にまた1つ・・・聞きたいことがあるんだけど・・・」
「ええ、何でしょうか?」
「教えて欲しいんだ・・・どうして瞳が、今の瞳になったのか・・・」
「・・・?」
「瞳はどうして、メイドになろうと思ったんだ・・・?」
「それは・・・しかし、司様・・・」
「頼むよ、瞳・・・。 僕はお前の主として、もっとお前の事を知っておきたいんだ・・・」
「司様・・・!・・・かしこまりました。 ですが私は過去の記憶が曖昧で、正確にお伝えできるかどうかわからないのですが――それでもよろしいでしょうか?」
「ああ・・・俺は、それで構わない・・・」
「そうですか。 では・・・」


瞳がそう言って、静かに深呼吸をする。

そして遠い目をしながら、過去について語り出す。

 

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「・・・私が初めて仕えさせて頂いた方は、今では顔も覚えていない男の方でした。 その方の家には、私と似たような境遇の人間が何人もいて、私たちはその方から、様々な奉仕を命じられておりました。 私が初めて人を殺したのも、その方の命令でした。 理由は確か『規律を乱した者への制裁』だったかと思います。 泣きながら鉈を振り上げている記憶がありますので、恐らくその頃の私は、殺人に抵抗があったのではないかと思います。 ですがその方に命じられて何人も殺していく内に、私はいつしか人を殺す事に、何の躊躇いも感じなくなっていきました。 そしてそんな日々を過ごしていたある日、私はついにある運命的な本と出会ってしまったのです。 『ジョンブル・ブラッド』。 そのマンガの登場人物の1人に、私がいたのです。 悪の組織と戦うヒーローの傍らで、一振りの巨大なチェーンソーを振るうそのメイドは、他ならぬ私自身だったのです。 それから私は男の命令を、喜んで引き受けるようになりました。 いつの日か本当のご主人様に仕えるために、それまでの全てが必要だったのだと、ようやく理解する事ができたのです。 やがてその男が死を迎えた時、黒服の男が私の前に現れて、私に次のように言いました。 『なにか、キミの望むものはないか』と。 だから私は、彼に本を手渡しました。 そこに描かれている未来を、私は心から望んだのです。 すると彼は、私に何でも与えてくれました。 この服も、チェーンソーも、力も。 そして私は彼の言葉に従って、このゲームの中で理想のご主人様が現れる時を、ずっと待ち望んでいたのです」
「そうか・・・瞳、お前は・・・」


泣きながら鉈を振り上げる少女――。

今朝、司の夢に現れたあの少女は、心の中で、何度も繰り返し『ごめんなさい』と謝っていた。

もちろんあの夢の少女が、瞳だという確証はない。

だが瞳が物語の中の登場人物に自分を投影するようになったのは、人を殺した罪悪感から逃れるためだったに違いない。

きっとそうしなければ死んでしまいたくなるような、想像を絶する状況に、瞳は置かれ続けていたのだろう。


「あの、司様・・・?」
「なに?」
「どうして、泣いていらっしゃるのですか・・・?」
「僕が、泣いている・・・?」
「はい・・・」
「そうか・・・僕は、泣いているのか・・・」
「・・・?」
「僕にも、こんな感情があったなんてね・・・」


涙を流した事なんて、もう何年も無かったというのに――

たぶん、感情のない人間なんてこの世には1人もいないのだろう。

司にも瞳にも例外なく、人には感情がある。


「・・・ねぇ、瞳」
「はい、なんでしょう?」
「もう一度聞くけど・・・本当に、僕がお前の『ご主人様』でいいのかい・・・?」
「はい。 司様以外には考えられません」
「そうか・・・それじゃあ、今、約束するよ・・・。 お前が、僕のメイドでいたいと望む限り・・・僕はずっと、お前のご主人様でありつづけるよ・・・。 瞳は・・・それでいいんだよね・・・?」

 

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「・・・はい。 もちろんでございます、ご主人様」


そう言って、瞳が嬉しそうに笑う。

でも司には、もう悲しいくらいにわかっていた。

瞳が本当に望んでいるものは、『ご主人様』などではなかったのだ。

彼女が本当に望んでいるもの、それは――

悪夢のような世界から、彼女を救い出してくれる誰かなのだ。

そしてその人こそが、彼女が求めている『ご主人様』なのだ。

だから司はこの先、どんな事をしてでも彼女の『ご主人様』であり続けようと――

自らの心に、そう誓った。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


――そして陽が高くなり、暖気が溜まり始めた森の中で――


阿刀田初音は、ボロボロになった充と共に、1本の丸い木の根本にへたり込んでいた。

 

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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「んくっ・・・ぜー、ぜー・・・。 は、初音ちゃん・・・だ、大丈夫かい・・・?」
「は・・・はいです・・・。 でも・・・初音の事より、充の方が・・・!」
「僕の事なら・・・心配ないよ・・・」
「でも・・・でも・・・!」


午前中に春菜と琴美に遭遇してしまってから、いったいどのくらいの間、初音と充は森の中を追い回され続けているのだろう?

あれから何本の矢が放たれ、初音をかばう充の体に、深々と突き刺さったのだろう?

そして――初音はいつから、充の事を演技ではなく、心から案じるようになったのだろう?

わからない事が多すぎて、どうすればいいのかわからなくて、初音の目には涙が浮かんでいた。


「どうして、なのですか・・・? どうして充が、こんなに傷だらけにならなければ・・・いけないのですか・・・?」
「初音、ちゃん・・・?」
「やっぱり、初音がいけなかったのですか・・・? 初音が、大祐と修平を殺したから・・・だから初音は・・・初音と充は、今、こんな怖い目に遭わされているのですか・・・?」
「違うよ、初音ちゃん・・・。 初音ちゃんは・・・何も悪い事なんかしていないんだ・・・。 悪いのは、全部・・・僕らをこのゲームに無理やり参加させた、運営の連中なんだ・・・」
「でも・・・でも初音は・・・っ!」


そのとき初音のPDAが、またあの警告音を響かせる。


「ま・・・また、なのですか・・・?」
「くそっ・・・せっかく撒けたと思ったのに・・・!」


すると森のどこかから、もう聞き慣れた音が鳴り――


「――初音ちゃん、危ないっ!」


――!!


「いぎゃっ!」
「み、充っ!?」


見ると初音をかばった充の背中に、深々と矢が突き刺さっている。

その根本から、じわりと血が滲み出す。


「ぅ・・・うぅ・・・っ!」
「充ぅ・・・充ぅ・・・!」


初音はすぐに矢を引き抜くと、その傷口を手で押さえた。

でも、血は止まらない。

すると背後で、草むらが揺れ――

 

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冷たい目をした、春菜がそこに現れる。


「は・・・春菜・・・っ! あうぅ・・・こっちに来ないで、なのです・・・! 初音たちの事は・・・もう、許して下さいなのです・・・!」

「だめよ、そんなの。 お兄ちゃんを殺したクセに、何を虫のいい事を言ってるの?」

「じゃあ、充だけでも許して下さいなのです・・・! 修平を殺したのは初音で、充は関係ないのです・・・!」

「そうね。 確かに、それはそうだったわね。 それに私のクリア対象にも、彼は今のところ入ってないし」

「じゃ、じゃあ・・・!?」

「ううん。 それでもダメ。 そんなに彼の事が大切なら、彼があなたの目の前で死ぬ事には意味があるもの。 だってあなたにも、私と琴美が感じた悲しみを、少しでも味わわせてあげたいから」


そう言って春菜が笑い、クロスボウに新たな矢を装填する。


――このままでは充が殺されてしまう!


そう思った直後には、初音は走り出していた。

充を1人、その場所に放置して――。


「・・・? 初音、どこへ行くの? 彼が死ぬ瞬間を見なくていいの?」

「――初音は充の事なんて、別に何とも思っていないのですっ! 殺したいのなら、そんなの好きにすればいいのですっ!」

「そう・・・」

「でっ、でもそんな事していたら、初音はその間に遠くへ逃げてしまうのですっ! そして、そんな事になったら・・・そんな事になったら――春菜は、修平と同じお間抜けさんになるのですっ!」

「っ・・・お兄ちゃんが、間抜け・・・」


春菜の顔色に変化が起こる。

初音はそれを見逃さない。


「そっ、そうなのですっ! 初音なんかに殺された修平は、とんだお間抜け野郎だったのですっ!」


そう言って初音は、再び背を向けて走り出す。

挑発に、成功した事を確信しながら――。

 


・・・。

 

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「初音・・・。 ――初音ぇええええぇえええっ!」


お兄ちゃんを侮辱された――!

それだけで細谷春菜は、もう周りが見えなくなっていた。

逃げて行く初音の背中に、全神経が集中する。


――許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せないッッ!!!!!


「あああああああああああっ!」


手に持ったクロスボウを、大きく前へと伸ばす。

照準なんてどうでもいい。

次に放つ矢で、初音を殺せさえすればそれで良かった。

だが、そのとき背後でガチャリという金属音が鳴り――


――!!!


「ッ――――!?」

 

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「あ、ぅ・・・ごほっ、ごほごほっ・・・!」


――撃たれた? 私が?


背中と胸がひどく熱い。

肺が破け、そこに血が流れ込んできているのがわかる。


「何で・・・こんな・・・?」


すると、その疑問に答えるように――

 

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「ごめん・・・でも僕は、約束したんだ・・・僕が・・・初音ちゃんを、守るって・・・」


「――み、充ぅっ!」


春菜の横を駆け抜けて、初音が充の下へと舞い戻る。

だが春菜はその姿を、目で追う事さえできなかった。

喘ぐように酸素を取り込もうと思うものの、息苦しさがいつまで経っても消えてくれない。

息を吸い込むたび、胸に激痛が走る。


「くっ・・・は、はっ、はっ・・・。 っ・・・あ、ぐ――」


だんだんと、意識が朦朧とし始める。

全身が、寒気と虚脱感に支配されていく。

こんな事で終わりなのだろうか?

こんな終わりを迎えるために、今まで必死にこのゲームを生き延びてきたのだろうか?

手を血で真っ赤に染めて――

ようやく再会できた兄を、目の前で殺されて――

その仇を討つ事さえ叶わずに――


「お・・・お兄ちゃん・・・酷いよ・・・酷いよ、こんなの・・・」


だが同じ事を、春菜は何人ものプレイヤーに対して行ったのだ。

春菜は何人ものプレイヤーを、その手で殺したのだ。

そして冷たい暗闇が、春菜の意識を包み込んでいく。


お兄ちゃん、ごめんなさい・・・。

ごめんね、琴美・・・。

私ね・・・。

せめて2人には・・・幸せになってほしいと思っていたんだよ・・・。

でも・・・私じゃ、どうする事もできなくて・・・。

ごめんね・・・ごめんね、2人とも・・・。

春菜は死の間際まで、修平と琴美に謝り続けた。


――そして、今まで春菜が殺めてしまった人たちにも――


だが、やがてその時が訪れ――

 

春菜の意識は闇に消えた。

 

・・・。

 


阿刀田初音が見下ろす中で、春菜は静かに息絶えた。


――ごめんなさい――


彼女が声なく口にしたその言葉が、誰に向けられたものなのかはわからない。

だが少なくとも、初音に向けられたものではない事だけは確かだった。

すると初音に支えられながら立つ充が、今にも消え入りそうな声で話しかけてくる。

 

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「・・・行こうか、初音ちゃん」
「・・・はいです」


だがその時、誰かの駆け足の音が聞こえ――

 

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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


「琴美・・・!」

「初音ちゃん、僕の後ろへ」


充がそう言って、銃を持って前に出る。

だが琴美は前回のように、銃をこちらへ向けたりはしなかった。

琴美の目が見つめているのは、ただ春菜の亡骸だけだった。


「は・・・春菜、ちゃん・・・? そんな・・・どうして・・・。 うっ・・・うぅっ・・・どうして・・・どうして、こんな事に・・・!」


「っ・・・」


春菜の死を悲しむ琴美から、初音は目を逸らしていた。

だが初音のクリア条件が『自分以外のプレイヤー全員の死亡』である以上、琴美をこのままにはできない。


――でも、もう初音は・・・。


「大丈夫。 彼女も僕がやる」

「え・・・?」


驚いてそちらを見ると、充は眉を八の字に曲げていた。

それでも躊躇することなく、銃を手に、琴美の方へ歩いて行く。

当然、琴美は充の接近に気付いてるはずだった。

なのに、何もしようとしない。

ただ春菜を見つめ、涙を流し続けている。

 

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「ねぇ君、いいの? 君だって銃を持ってるはずだよね?」

「・・・・・・」

「別に抵抗して欲しいってわけじゃないけど――このままだと君は、藤田くんの仇も、そこに倒れている彼女の仇も、討てなくなってしまうんだよ?」

「・・・・・・は・・・しない・・・」


「ん・・・?」

「私は・・・修ちゃんと春菜ちゃんの命を奪った、このゲームになんか参加しない・・・。 それに私・・・もう、誰かが死ぬところなんか見たくない・・・」


「・・・!」

「そっか・・・君はそれを選ぶんだね?」

「・・・うん・・・」

「わかった。 じゃあ悪いけど、僕は君を撃たせてもらうよ」

「うん・・・私を修ちゃんと春菜ちゃんの所へ逝かせて・・・。 私は絶対に、あなたの事を恨んだりしないから・・・」

「・・・!」


「こ・・・琴美ぃ・・・」

「ねぇ初音ちゃん・・・あの時、銃を向けたりしてごめんね・・・」

「っ!?」

「・・・・・・それじゃあ、いくよ」


そう言って、充が琴美の眉間に銃口を突き付ける。

刹那、初音の中に様々な感情が渦巻いて――


「や、め――」


――!!

 

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「ッッ!!――――っ・・・!・・・・琴美・・・」


初音は倒れた彼女の亡骸を、それ以上見るのを止めた。

そして充が、初音の下へ戻って来る。

青ざめた顔で。

やはり眉を八の字に曲げたままで。


「行こう、初音ちゃん・・・」


よく見ると、充の膝は震えていた。

その目は眼鏡の下で、情けないくらい揺れ動いていた。


「・・・・・・」


ゲームを否定し、琴美は死んだ――。

そして充はゲームを肯定し、初音のために、その罪の一部を肩代わりしてくれている――。

そんな2人に比べ、殺人者を演じる事で自分を保とうとしていた初音は、あまりに弱すぎる存在だった。

そしてその演技さえ、今ではできなくなってしまっている。


――初音は本当に、今のままでいいのですか?


だがその答えを見つけられぬまま、初音は充と共に、琴美と春菜が折り重なって眠る、その森を後にした。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――黒河正規が新たな武器の捜索を始めてから、すでに5時間が経っていた。

その間に消費したメモリーチップは、5つ――。

だが食料や弾薬は潤沢になったものの、目当ての物は見つかっていない。

 

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今は6つ目のメモリーチップを使った真島と女を先頭に、ほぼ一列になって原っぱを歩いている。

 

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そして最後尾を歩く玲は、相変わらず沈んだ顔のままだった。


「ちっ・・・予定が狂うっつーんだよ」


あのやたら連射が利く拳銃を持った小僧と、例の化け物メイドに対抗するためには、銃器と、それを扱える頭数が必要なのだ。

だが今の玲では、戦いになっても恐らく使い物にならないだろう。

バカ女の軽機関銃を奪うことができれば、もう少し状況も変わるのだろうが、真島がそれを許すとも思えない。


――くそっ、面白くねぇ・・・。


黒河は胸中でそう毒づきながらPDAを取り出し、現状を確認しようと特殊機能を作動させた。


【死亡情報】

3日目。

AM5:59

プレイヤーナンバー『10』伊藤大祐。

8エリアにて死亡。


・・・・・・・・・

 

5日目。

PM0:10。

プレイヤーナンバー『3』細谷春菜。

24エリアにて死亡。


5日目。

PM0:16.

プレイヤーナンバー『6』吹石琴美。

24エリアにて死亡。


死亡者数6名。

生存者数8名。

 

「おいおい、もう残り8人かよ・・・。 このままチンタラやってたんじゃ、マジで真島のクソと仲良くクリアしなきゃいけねーハメになっちまうぜ――おい、女! 次のポイントはまだなのかよ!」

「うひゃっ・・・もー、どうして急にそういう大声を出すんですか? あたし、びっくりするじゃないですか?」

「うるせぇんだよ、このタコ! まだ着かねーのかって聞いてんだ!」

「うぅ・・・だから、怒鳴らないで下さいよぅ・・・」

「荻原、あの男をまともに相手にするな」

「ああ? んだとコラてめぇ、左拳の骨もぐしゃぐしゃにされてぇのかコノ野郎ォ!?」

「ふっ。 一度俺に勝ったぐらいで」

「んだオラァ、ずいぶんむかつく言い方してくれるじゃねーか? てめぇ、俺がいま銃持ってんの忘れてんじゃねーだろうな?」

「お前の方こそ、今は俺を殺せば不利になるという事を忘れているんじゃないのか?」

「――っんだとコノ野郎ォ!」

「ああ、もう2人とも! どうしてすぐそうやって、喧嘩しようとするんですか! 玲ちゃんも、黒河さんを止めて下さいよ? 黒河さんの扱いには慣れてるって言ってたじゃないですか?」


「・・・黒河、静かにしなさい・・・」

「ああ!? んだそのテキトーな止め方はよ!?」

「・・・・・・」

 

「もー、だから仲良くしましょうってば!――あっ、ほら! もうポイントに着きましたよ!」

「ちっ、それを早く言えっつーんだよ!」


見ると女が指差したその先に、何の変哲もない草むらがある。


黒河はすぐにその場にしゃがみ込み、手早く地面を掘り返した。

すると土の中から、食料や水が入ったアルミ缶の他に――

やけに細長い木箱も現れる。


「んだこりゃ? どー考えても、銃じゃねーな?」

「だろうな」

「・・・みたいですね」

「くそっ、ここも外れかよ――オイ、次だ次っ!」

「うぅ、そろそろメモリーチップが心配になってきましたね」

「黒河、こちらから提供するのはあと2枚だ」

「ああ? なにケチ臭ぇこと言ってやがんだ、てめぇは?」


そう言って真島を睨みつけながら、黒河が率先してその場から離れようとした――その時。


墨色の影が、黒河の横を駆け抜けた。

 

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「あ?」

「玲ちゃん?」

「なんだ? どうしたというんだ?」


すると玲は、掘り返した地面の前にしゃがみ込み――


「こ、この箱の形状は・・・!・・・お、おおっ!」


「・・・?」


不思議に思って玲の頭の上から覗き込むと、彼女が蓋を開けた箱の中に、一振りの日本刀が収まっている。


「けっ、ただのポン刀じゃねーか。 俺たちに必要なのは、銃だっつーんだよ」

「・・・ふっ、ふふふふ」

「あ? なにいきなりわらってんだ、てめぇ?」

「黒河、これが私の力です」

「ああ?」

「黒河が言ったのですよ。 私に力を持てと。 そして私は、蒔岡流剣術の後継者です。 私が扱える刀の中で、これ以上のモノはありません」

「なっ・・・この、バカ野郎がっ! 俺があのとき言った力っつーのは、銃の事だっつーんだよ! 今さらそんなダンビラありがたがってどーするよ!? 向こうも銃を持ってるっつーのに、なに考えてんだてめぇはよォ!?」

「・・・勝てます」

「ああぁあ!?」

「勝てると言ったのです。 3メートル以内なら確実です」

「3メートルだぁっ!? んな近くから銃持つバカが、どこにいるっ!? 最低10メートルは、必要だっつーんだよっ!」

「では、8メートルならどうですか?」

「なんで5メートルも急に伸びるんだよ!? てめぇの距離感は、四次元かコラァ!? だいたい、2メートル足りてねぇっつーんだ!」

「むっ・・・」

「そういうトコだぞ、てめぇはよォ!」

 

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「っ・・・!! せいやっ――ハッ!!!」


「んなっ!? ぐはっ――ぅぐぉおおっ・・・て、てめぇ・・・いきなり何してくれてんだコラァアアッ!」

「私より弱いクセに、生意気な事を言うからです」

「くっ、この野郎ぉ・・・!」


黒河はすぐに起き上がり、玲を拳銃で黙らせようとした。

だが、その刹那――

 

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「なっ・・・!?」


気付けば冷たい刀身が、黒河の首筋に当てられている。


「っ!?」

「・・・!」


「どうします黒河? これでもまだ不服ですか?」

「っ・・・!」


黒河の全身から、血がサァっと引いていく。

初めて出会ったあの時と同じ、1匹の凶暴な獣がそこにいる。


「てめぇ・・・ダンビラ持った途端に、それかよ・・・!」

「何がですか? 言っている意味がわかりませんね?」

「っざけんな! てめぇはさっきまで、ふ抜けていやがっただろーがよ!」

「それは当然です。 さっきまでの私は、刀を持っていませんでしたから」

「んだそりゃてめぇ!? じゃあメイドに負けた事は、もういいっつーのかよ!?」

「あんなもの、敗北して当然です。 なぜならあの時の私は、刀を持っていませんでしたから」


「刀々うるせぇーんだよ! てめぇどんだけ単純だコラ!」

「単純なのではありません。 私は根が素直なだけです。 だいたい黒河に、アレコレ言われる筋合いはありません。 だから誰が何と言おうと、私はこの刀を手放しません」


そう言って玲が、黒河の目を見つめてくる。

遮るもののない頭上からの陽光を受け、さっきまで淀んでいた玲の目が、やけに強く輝いている。


「てめぇ・・・!」


いくら剣術にこだわっていたからと言って、刀を手にした途端に、果たしてここまで人間が変わるものだろうか?


だが――他人の心根を探ろうなどというガラにもない事をしている自分に気付き、黒河はすぐに玲を見るのをやめた。


「ちっ・・・勝手にしろ、このクソガキが」

「もちろんです。 私は別に、黒河の奴隷ではありませんので」


そう言って、玲が刀を鞘に納める。

黒河がその小気味の良い音を聞きながら、なぜか腹の底におかしみのようなモノを感じていた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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夕日を浴びて燃えるように輝く麦穂を、初秋に吹く優しい風が何度も何度も撫でている。

それは信じられないほどの、静けさに満ちた光景だった。


城咲充は眼鏡のレンズを通してその光景を眺めながら、ゆるやかに、自らに死期が近づいている事を実感した。

さっきまであんなに疼いていた背中の矢傷が、今では嘘みたいに気にならなくなっている。

充が今はっきりと感じ取れるのは、自分の体を支えて歩く初音の体温だけだった。

 

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ふと気付くと彼女の目が、じっと自分を見つめている。


「・・・どうしたの、初音ちゃん?」
「充・・・本当に治療しなくていいのですか?」
「・・・ああ、大丈夫だよ」
「でもでも、廃村まで行けば昔診療所だった建物があるですよ? そこなら薬とか包帯とか、色々そろっているのですよ?」
「ありがとう初音ちゃん・・・でも、いいんだ」


きっとそんな所まで、自分の体は持たないだろう。

そんな事よりも、充が今心配しなければいけないのは、昨日からずっと元気がない初音の事だった。

たぶん、彼女が殺してしまった2人のプレイヤーや、充が殺したプレイヤーたちの事で、胸を痛め始めているのだろう。

こんなゲームにさえ参加させられていなければ、本当は心優しい女の子だという事を、充はよく知っていた。

ファンに対する態度が丁寧な事も、どんな仕事にも一生懸命な事も、プリンが大好きで蜘蛛が大嫌いな事も――


「・・・なんか、こうしていると夢みたいだよ」
「え?」
「だって僕んちって、小さな町工場でさ・・・外見や性格もそうだけど、僕って人生そのものが、本当に地味なものだったんだ・・・。 だから、こんな風にアイドルの初音ちゃんと歩けるなんて、普通じゃ考えられない事だと思うんだ・・・」
「充・・・こんな時に何を言っているのですか?」


そう言って初音が、少しだけ恥ずかしそうに笑う。

でもそれも、いつもの彼女の笑顔じゃない。


「・・・ねぇ、初音ちゃん? 初音ちゃんはさ、どうしてアイドルになろうと思ったの?」
「え・・・?」
「もちろんファンサイトとかで見て知ってるんだけど、せっかくだから初音ちゃんから直接聞いてみたくてさ。 ダメ、だったかな?」
「・・・もちろん、ダメではないのです。 初音がアイドルになりたいと思ったのは、初音のママが、初音の生まれる前に芸能界にいたからなのです。 初音のママはそんなに有名ではなかったですが、それでも当時の映像や写真を見たりすると、すごく幸せそうにしていたのです。 それは初音のママだけじゃなくて、ファンの人たちもそうだったのです。 今でも時々、ママにファンレターが届くのです」
「へぇ、すごいね」
「はいです。 だから初音も、ママみたいにファンに愛されるアイドルになりたかったのです。 それより充こそ、どうして今も『安藤初音』のファンなのですか? 『安藤初音』は、もう落ち目のアイドルだったですのに」
「そんなの、僕には関係ないんだ。 だって僕がファンなのは、アイドルの初音ちゃんじゃなく、初音ちゃん自身なんだから」
「初音自身、ですか・・・?」
「うん。 実はさ、僕――」


そう言いかけた時、充は麦畑の向こうに彼の姿を据えていた。


「っ!?  ――危ない初音ちゃんッッ!!」


――!!!


銃声が鳴り響き、無数の銃弾が、麦穂を散らして殺到する。


――!!!


初音の前に出て、充はそれを全身に浴びた。

失われつつあった体の感覚が、激しい痛みで無理やり起こされ、筋肉と神経が、電流を浴びたように硬直する。

膝から力が抜け、地面が迫る。

でも今倒れれば、もう2度と起き上がれはしないだろう。


「ふぅ・・・、くぅ・・・っ!」


歯を食いしばり、何とか膝をつくに留める。

気を抜けば、意識なんてすぐに消し飛んでしまいそうだった。

だがそんな時、温かいものが充に触れた。

見ると初音が充の体を支え、胸や腹からあふれる血を、手で押さえようとしてくれている。

 

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「充ぅ! 充ぅ!」
「うぅ・・・は、初音ちゃん・・・無事、かい・・・?」
「はい、初音は大丈夫だったのですぅ! 充がかばってくれたから、初音は大丈夫だったのですぅ! でも充がぁっ! 血が、こんなにぃっ!」
「いいんだよ、初音ちゃん・・・僕は初音ちゃんが無事なら、それでいいんだ・・・」


充は、泣きじゃくる初音の頭をそっと撫でようとした。

 

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そのとき麦穂の向こうから、メイドと司のやり取りが聞こえてくる。


「司様、それではとどめは私が」

「待て瞳、これ以上は彼らに近づかない方がいい」


「・・・!」


――なぜ?


そう思った次の瞬間には、その答えは頭に浮かんでいた。

――そうか!


そして充は一気に行動した。

痛みで焼け付きそうになる意識の中で、『JOKER』のPDAを取り出し、特殊機能を起動する。

そしてこれまでずっと禁忌にしてきた、ある行為を行った。

銃を撃っても、あのメイドには通用しない。

下手に逃げようとすれば、銃の的にされてしまうだろう。


だったら――


彼らが、それを恐れているというのなら――


どっちにしろ僕の命は、もう燃え尽きてしまうのだから――


「充・・・そんな事をして、何をするつもりなのですか・・・? 充はまさか・・・死ぬ、つもりなのですか・・・?」

「ああ、ごめんね初音ちゃん・・・本当は、最後まで一緒にいたかったんだけど・・・」

「イヤなのです! 初音は、充と離れたくないのです!」

「もう泣かないでくれよ、初音ちゃん・・・初音ちゃんのチャームポイントは、『笑顔』だったはずじゃないか・・・」

「充ぅ・・・充ぅ、違うのですよぉ・・・! 今の初音は、ただの人殺しなのですよぉ・・・! だから充が今の初音のために、こんなにまでなる事はなかったですよぉ・・・!」

「初音ちゃん・・・」


――ああ僕は、最後まで初音ちゃんを笑顔にできなかったな――


「・・・初音ちゃん、バイバイ」


充はその場に立ち上がり、麦畑の中を走った。


PDAを握り締め――


予想外の出来事に目を見開いている、司とメイドの方へ向かって――

 

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「おおおおおおおおおおおおおおーっ!」


そして、司が手にした銃の引き金を引いた。

銃口からはじき出された銃弾が、次々と充の体を貫いていく。

だがその時には、充の世界から音も痛みも消えていた。

 

 

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ねぇ、初音ちゃん。


さっきは言えなかった事だけど――。


僕は昔、初音ちゃんに、命を救われた事があるんだよ。


初音ちゃんがついに歌手デビューを果たした、あの年なんだ。


僕がどうしようもなく、この世界にとって、自分は不必要な人間なんじゃないかって、そう思い詰めた事があったのは。


弱い自分が嫌で、情けない自分が嫌で、この世から消えてしまおうかと、僕は本気で、そう思った事があったんだ。


でもそんな時、僕はたまたまテレビに映っている、初音ちゃんを見たんだよ。


そこにはさ、自分と一つしか歳が離れていないのに、必死に歌っている初音ちゃんの姿があったんだ。


正直、歌はそんな上手くはなかったけど――


でも初音ちゃんの笑顔と歌声は、確かに僕の心に届いたんだ。


もう少しだけ、僕も初音ちゃんみたいに頑張ってみよう。


僕にそう思わせる力が、確かにそこにはあったんだ。


それから僕は必死に勉強して、好きな物だってたくさん見つけて、眼鏡とかオタクとか言われながら、それでも今まで生きて来たんだ。


だから僕は、ずっと初音ちゃんを応援していたんだよ。


だって僕が好きなのは、アイドルの『安藤初音』なんかじゃなく、いつもいつも、一生懸命にがんばっている君だから。


だからさ――


――だから僕は、初音ちゃんのためなら死ねるんだ。


「ッッ――!!

 

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14m、13m、12m、11m――。


三ツ林司はすでに、人ひとりの命を奪うのに必要な数の銃弾で、充の体を撃ち抜いているはずだった。


そのはずなのに――


――!!!


充が身体中を血塗れにしながら、猛然とこちらへ突き進んでくる。


段数がゼロになり、M93Rから反動が不意に消え失せる。


それほどの銃弾を撃ったのに――


それでも充の足は止まらない。


「――おおおおおおおおおおおっ!」


――どうして!?


司は初め、充が自棄を起こして破れかぶれの行動に出たのかと思った。

次に初音を逃がすための捨て身の陽動なのかと思った。

だがどちらにしろ、銃を使おうともしない意味がわからない。


――まさか!?


そこでようやく思いつき、司はM93Rを放り投げながら、自分のPDAを取り出した。


万が一に備え、その特殊機能はすでに起動させてある。


8m、7m、6m――。


そのときPDAのディスプレイ上に、傍らにいる瞳の特殊機能とは別に、使用可能な特殊機能が表示された。

 

 

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『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』
『プレイヤー同士の接触情報を閲覧出来る』
『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』
『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』
『半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』
『半径1m以内にあるPDAを操作不能にする』


――「っ!?」


これは、初音のPDAの――?


だとすれば、今、城咲先輩が使っている特殊機能は――!

背筋が震えた。


充の雄叫びは、いつの間にか止んでいた。


なのに、彼の足は止まっていない。


4m、3m、2m――!

 

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「――司様に近づくなぁああぁッッ!!」


瞳がチェーンソーを振り上げ、充を切り払おうとする。


それは一瞬で、充の命を奪うだろう。


その時、充がかすかに笑った。


『半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』


充が起動させているのは、その機能に他ならない。


「――ダメだ、瞳! 彼を殺すな!」

「えっ!?」


主人の命令を受け、従順なメイドが動きを止める。


直後、司の脳内に対抗策が思い浮かぶ。


それは現在司が使用可能な、特殊機能の中にあった。


『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』


それさえ起動させてしまえば――!


だがその思考を遮って、充の絶え絶えの声が、司の鼓膜を震わせた。


充が体を預けるように、司の体に抱き付いた。


「初音、ちゃんは・・・僕が、護るんだ・・・」


そのまま倒れ込みながら、司に体を預けてくる。

充は同時に、司が手にしていたPDAを払い落とした。


「ッ――!」


「司様ッ!」

「――瞳、こっちへ来るなッ!」


とっさにそう叫び、司は充を引きずって瞳の反対側へ体を動かした。

そうさせまいと、充が体重をかけてくる。


「くッッ!」


傷口が開いたのか、脇腹に激しい痛みが起こる。

だが今は、そんなことはどうでもいい。

PDAを拾っている暇はない。

その前に、充の命は尽きるだろう。


――だから、離れるんだ!


―― 一刻も早く瞳から!


2m、、、

3m、、、

4m――。


そのとき司にしがみついていた、充の腕から力が抜けた。

 

 

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「ぼく、の・・・かち、だ・・・」

「くっ――――うっ、うああああああああああっ!」


――させない――


――こんな所で――


――かわいそうな瞳は、死なせない――


司は声を上げ、力を振り絞りながら、また数歩、大股で地面を踏みしめた。


そして永遠とも思える、その一瞬を越えた時――


司にしがみついていた、充の体がずるりと落ちた。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


充が死んだ。


司のすぐ側で。


そして死の宣告が、司の耳元で鳴り響き――


赤い点滅が、司の首輪で始まった。


「・・・瞳は!?」


呟き、慌てて瞳に目を向ける。

見ると、瞳の首輪は――点滅していない。


「良かった・・・間に合っていたんだね・・・良かったよ・・・本当に・・・」


そのとき麦畑に、秋風が吹き抜けた。



「つ・・・司、さ、ま・・・? 司様・・・そんな・・・!」

「ごめんね、瞳・・・。 ずっと瞳のご主人様でいるって・・・ついさっき、約束したばっかりだったのに・・・。 僕は、瞳のご主人様として・・・やっぱり相応しくなかったみたいだよ・・・」

「いいえ・・・いいえ、そんな事はございません! だから・・・だから、どうか・・・!」

「無理だよ、瞳・・・さすがにこうなっちゃったら、もうどうする事もできないよ・・・」

「いやです・・・いやです司様!」

「あはは・・・ほんと、瞳って意外とわがままだよね・・・。 まあ、それは僕もそうだけど・・・。 だからさ、瞳・・・最後に1つだけ、命令させてもらうよ・・・。 瞳・・・お前は、このゲームで勝ち続けるんだ・・・。 そして、お前を救ってくれる本当のご主人様が現れるまで・・・お前は、最後まで行き続けるんだ・・・」

「いやです! 私は司様のメイドです! 司様は私のご主人様なのです! だからどうか、どうか私を置いて行かないで下さい!」

「ごめんね、瞳・・・本当に、ごめん・・・」


謝る以外に、司にはどうしていいかわからなかった。

この残酷な世界で行き続けろという命令は、もしかすると彼女が一番望んでいないものなのかもしれない。

それでも司は、瞳に死んでほしくなかった。

だからもう1度、司は瞳に念を押した。


「いいね、瞳・・・僕の命令を、絶対に守り通すんだよ・・・」


その時タイムリミットを告げる、警告音が鳴り――


――!!!!


耳をつんざく音と共に、司の首輪は爆発した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


阿刀田初音がその場所に向かうと、倒れて動かなくなった司の傍らに、チェーンソーを手にしたそのメイドが立っていた。

そして充も、彼女の足元に倒れている。

もともとボロボロだった体を、さらに無数の銃弾で撃ち抜かれ、司と共に、地面に血溜まりを作って死んでいる。


「今度こそ・・・今度こそは、理想のご主人様に出会えたと思いましたのに・・・。 司様も・・・私を置いて逝ってしまうとは・・・。 私は・・・いったい、いつになったら・・・」


そのときメイドが、ふと初音に視線を向けてくる。


そして何か合点がいったように、彼女はか細い声で呟いた。


「ああ・・・あなたは、確かキラークイーンでしたね・・・。 そうですか・・・だから、彼は・・・」

「・・・・・・?」


メイドの目がふらふらと、今度は足元の充の遺体へと落ちる。


そして口元に正体不明の怪しげな笑みを浮かべながら、また独り言を呟いた。


「彼は・・・クイーンの従者だったのですね・・・。 だから・・・彼も、あんなに必死に・・・」
「・・・・・・」
「ねぇ、クイーン・・・もし可能ならば、もう戦いは止めに致しませんか・・・?」
「え・・・?」
「私は、司様から最後の命令として・・・生き続けるように仰せつかったのです・・・・・・ですから・・・」


まるで懇願するように、瞳がそっと目を伏せる。

その時また風が吹き、麦畑の上に朱を帯びたさざ波が立つ。

初音はその光景に目を奪われ、素直に『綺麗だな』と思った。


――そして頭の中で、悲しいカチンコの音が鳴った。


「・・・いいですよ」
「・・・本当でしょうか・・・?」
「はい、なのです・・・。 初音ももう、殺し合いはうんざりだったのです・・・。 本当は初音だって、もう誰とも戦いたくはなかったのです・・・充だって、死なせたくはなかったのです・・・」


すると不意に、初音の頬を涙が伝った。

せめてその涙だけは本物であってほしいと願いながら、初音はPDAを取り出すと、その画面をメイドへ向けた。


「これが初音のクリア条件なのです。 たぶん、あなたとは競合していないはずなのですが」
「それは・・・申し訳ありませんが、光に反射してよく見えないのですが・・・?」
「え? そうですか? ではもう少し、初音の方に近づいて欲しいのです」
「そうですね。 わかりました」


頷いて、メイドがゆっくりと初音の方へ歩み出す。


――あと少し。


初音はそっと指を、PDAの操作ボタンに触れさせた。

もちろんディスプレイに映っているのは、クリア条件などではない。

そこに表示されているのは、『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』という、まり子の特殊機能だった。

まり子がいつどこで、誰に殺されたのか、初音は知らない。

でも初音は充の想いを無駄にしないため、それを使う事に躊躇いはなかった。

彼女を殺せば、あと4人――。

手に入れた特殊機能の数から、初音にはそれがわかっていた。

そしてメイドのスカートに覆われた足が、初音の2m以内に踏み込もうとした――その時。


「・・・?」


怪訝そうに首を傾げながら、瞳の足が停止する。

だが初音は冷静に、自ら足を一歩前に踏み出しながら、PDAを操作した。

ディスプレイに現れたメイドのプレイヤーナンバーの『2』にカーソルを合わせ、操作ボタンを押す指先に力をこめる。

だが、メイドはそれより早く地面を蹴り――


「・・・え・・・?」


気が付けば初音の視界から、メイドの姿が消えていた。

ディスプレイ上からも、ナンバー『2』が消えている。

そして初音の視野の外で、不吉な駆動音が鳴り響き――


「残念です・・・さきほどの涙は、本物かと思いましたのに・・・」


「っ・・・!?」

 

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その音と声のする方向へ初音が目を向けた時、メイドはすでにチェーンソーを真横に構え、スロットルレバーを握り締めていた。

そして回転を始めた刃を引っさげて、2m外からゼロ距離まで、一気に飛び込んでくる。

そのとき初音にできたのは、驚き声を上げる事だけだった。


――!!!



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「あ・・・!」


脇腹から肩にかけて、凄まじい摩擦が駆け抜ける。

それだけで、全身から力が抜けた。


そして倒れた初音の耳に、メイドの声が聞こえてくる。


「・・・少々、危ないところでしたね。 さすがはキラークイーン、と言ったところでしょうか? よもやこの私が、殺されかけてしまうとは・・・申し訳ありません、司様。 ですが私は、もう油断は致しません。 お詫びに私1人で、残り4人のプレイヤーを全員殺してご覧にいれましょう。 ふふっ、お喜び下さいますか・・・?」


メイドは、死んだはずの司に話しかけているようだった。

死に向かう初音のことなど、もう眼中にないらしい。


「ああ、そう言えば・・・確かあの方たちの中に、クリア条件のPDAが関係している方がいたのでしたね? では、全て集めていきましょう。 ついでにメモリーチップも。 武器は、破壊した方がよさそうですね」


そう言って、メイドが初音の手からPDAを奪っていく。

メイドが口にした『あの方たち』というのが誰のことなのか?

おそらくメイドには、彼らのクリア条件を耳にする機会があったのだろうが――

だが初音は、その先を考えようとは思わなかった。

考えたところで、何の意味もないことに気づいたから・・・。

やがて、幾つかの物音が聞こえ――


「ふふっ、司様は私と一緒に参りましょう。 それではクイーン、御機嫌よう」


そう言い残し、メイドがどこかへ去って行く。

 

・・・。

 

――命が消える。


だが初音は、ただその時を待つだけなんて嫌だった。

 

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「う・・・、うぅ・・・みつ、る・・・みつる・・・充・・・充ぅぅぅっ!」


1人でなんか死にたくない。

その一心で、一足先に逝ってしまった充の下へ這って行く。

そして初音の手が、充まであと少しのところまで迫った時――

 

 

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初音の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、在りし日の記憶だった。

歌手デビューを果たし、初めて握手会をしたあの日――。

列の先頭に立っていた少年は、慌てて手の平の汗を拭い、すっかり興奮し、感涙さえしながらも、手を差し出してくれたのだ。

あの温かい手を、初音は今でも覚えている。

仕事でどんなに辛い事があっても、その時の事を思い出して、初音は芸能界で一生懸命がんばってきたのだ。

そして自分とほぼ同年代だったあの少年が誰だったのか、今ならハッキリと思い出せる。


『がんばってね、初音ちゃん! これからどんな事があっても、僕は一生、初音ちゃんのファンでいるからね!』

 


「思い・・・出したのです・・・あの時のファンは・・・充、だったのですね・・・!」


やがてまばゆい光が、初音の上に降り注ぎ――


そこはライブ会場だろうか?


たくさんのスポットライトが、初音1人に向けられていた。


観客席を見ると、そこには笑顔があふれている。


初音はその中に、彼の姿を探した。


すると観客席の最前列から、一際大きな声で、初音を呼ぶ声が聞こえてくる。


「初音ちゃーんっ! 初音ちゃん、頑張れーっ! 初音ちゃーんっ!」


――見るとそこには初音公式ファンクラブのハッピを着た、眼鏡をかけた彼がいた。

 


・・・・・・。

 

 

・・・。

 

 

 

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――空では月が、煌々と青白い光を放っていた。

夜だと言うのに木の陰影がくっきりしており、それが風で度に人影に見えるのか、結衣が腕をつかんでくる。

だが真島章則は、それについて文句を言おうとは思わなかった。


黒河がPDAで死亡情報を確認した限り――


今日だけで、もう5人のプレイヤーが命を落としている。


――生き残っているのは、あと5人――


その時、玲と共に先頭を歩いていた黒河が、前方を見て足を止めた。

 

「お? 着いたか?」


見ると森が急に開け、その先が麦畑になっている。

真島はざっと周囲の様子をうかがった。

見たところ、人の気配はないようだが――

 

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「おい玲、どうだ?」

「・・・いませんね、恐らく」

「恐らくだぁ?」

「はい。 十中八九、大丈夫です」

「何が『十中八九』だよ? イエスかノーで答えやがれっつーんだ、この野郎。 気に入ってんのか、その言葉?」

「むっ・・・世の中に、100パーセントなどという事はありえません。 私は嘘が嫌いです」

「ちっ、面倒臭ェ野郎だな」

「野郎ではありません。 私はれっきとしたレディです。 黒河こそ、何でも語尾に『野郎』をつければ良いというものではありません」

「このヤっ・・・うるせぇんだよ、てめぇはよ」

 

「・・・・・・」


どうして今の状況でそんな軽口を叩き合えるのか、真島は少し2人の神経の太さが羨ましかった。

すると隣の結衣が、心配そうに見つめてくる。

 

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「真島さん・・・?」

「・・・ああ、大丈夫だ」


そう答えはしたものの、自分でも何が大丈夫なのかはわからない。

この場所で3人の人間が死んでいるという事は、すでに黒河の特殊機能で確認済みなのだ。


「――おい、行くぞてめぇら」

「ああ・・・」

 

黒河の号令に頷いて、全員でその場所へ足を踏み入れる。


そして――彼らの遺体は、すぐに見つかった。

首輪が爆発して死亡した男の遺体と、手を取り合って死んでいる男女の遺体――


「・・・!」

「っ・・・」


ここで壮絶な戦いが行われたであろう事は、状況を見れば一目瞭然だった。

結衣が震える手で腕をつかんできたが、真島自身の体が震えていないという保証は何もない。


「・・・黒河、『JOKER』のPDAの持ち主は?」

「ああ? おお、そこで女と一緒にくたばってる眼鏡だ」

「そうですか・・・」


そう言って玲は、その遺体に手を合わせると、すぐに男の遺体を調べ始めた。


「しっかし、まさか充の野郎が女と一緒に死んでるとはな? 何があったか知らねぇが、仲良さそうで結構なこったぜぇ」

「・・・どい・・・」

「ああ?」

 

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「――ひどいって言ったんですよ! 仲間だった人が死んだのに、どうしてそんな風に笑ってられるんですか!?」

「はあ? 充が俺の仲間だぁ? オイオイ、冗談じゃねぇぞコラァ? コイツはな、俺の『奴隷』だったんだよ。 なのにコイツは俺の所から逃げ出して、んで、こんな所で女とくたばってやがったんだぜ? コメディかっつーんだよ」

「どこがコメディなんですか!? みんな無理やりこのゲームに参加させられて、必死に生きて来たんじゃないですか!? 黒河さんだって、その被害者の1人じゃないですか!?」

「ああ!? 俺が被害者だ、てめぇ!?」

「ち、違うっていうんですか!?」

「あのなぁ女、こんなもんで被害者がどうの、加害者がどうのっつってたら、キリがねぇっつーんだ。 てめぇが普段ノウノウと生きてる『日常』とか言う世界だってな、一皮むきゃあこのゲームと大差ねぇド汚ねぇ世界なんだよ。 んなもんに文句言ったからって、何が変わるっつーんだよ!? ああ!?」


「・・・・・・ではお前は、このゲームを認めると言うのか?」

「んだぁ、てめぇまで真島コラ? 認めるもクソもあるかっつーんだ。 現にこのゲームは、こうして存在してんじゃねーか? いいか真島? 俺たちがこのゲームに参加させられたのはな、俺らに力がなかったからだ。 んで、このゲームを運営している連中には力があった。 つまりはそういう事じゃねぇか」

「・・・・・・」

「このゲームが気に入らねぇっつーんなら、このゲームで生き残って、運営の連中を皆殺しにしてやればいいんだよ」

「・・・!」

「けっ、なに驚いた顔してやがんだ? んなこったから、てめぇはダメだっつーんだよ。 銃を女に預けっぱなしの腰抜けが」

「なん、だと・・・!」


言いたい放題言われ、思わず肩に力がこもる。

だが現に、真島は銃を結衣に持たせている。

そして最も頼りにしていた右拳も、すでに砕けてしまっている。


「っ・・・」


――やはり俺は、銃を持った方がいいのか・・・?


真島の頭に、一瞬そんな考えがよぎった時――


「――ダメですよ、真島さん!」

「・・・?」

「今、あたしが持ってるこの銃を見てましたよね? でもあたし、この銃を真島さんに渡すつもりなんてないですからね!」

「荻原・・・」

「あたし、わかってますから。 真島さんは、こんな武器なんて必要ない人だって」

「・・・!」


結衣の発言には、いつも論理というものがない。

そして、正直言って意味もよくわからないことがほとんどだった。

だが結衣の言葉にはいつも、真島の心を原点は導く力があった。


「・・・ああ、そうだな。 荻原、お前の言う通りだ」

「はい! だと思いました!」

 

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「んだてめぇらは? けっ、一生やってろボケが」

「なんですか黒河? 彼らが羨ましいのですか?」

「ああ? うっせーぞバカ つーか――んなことより、てめぇ『JOKER』のPDAは手に入ったのかよ?」

「いえ、まだです」

「じゃあ、さっさと探せコラ!」

「私はちゃんと探しました。 ですが、どこにもなかったのです」

「ああ?」

「他の2人についても調べて見ましたが、PDAはおろかメモリーチップも所持していませんでした」


「なに・・・?」

「玲ちゃん、本当に?」

「てめぇ、また十中八九とか言わねぇだろな?」

「むっ・・・今度は十中9.9は確実です」

「オイオイ、1パーセント残ってんじゃねーかよ!?」

「そう言うのならば、黒河が探せば良いのです。 私は1パーセントの可能性に、かけるつもりはありません」

「ああ!? てめぇのクリア条件じゃねーかよ!?」

「私のクリア条件は、黒河のクリア条件でもあります!」


「まぁまぁ、2人とも・・・。 でも真島さん、どう思いますか?」

「そうだな・・・。 すでに9人のプレイヤーが死亡し、残っているプレイヤーは5人だ。 つまり俺たち以外に、もう1人プレイヤーがいる事になる」

「じゃあ、そのプレイヤーさんが持ってっちゃったんですかね?」

「ああ、その可能性が高いだろうな」

「となると――もしや黒河のクリア条件の達成は、すでに不可能なのではありませんか?」

「ああ!? なんでそうなるんだよ!?」

「だって、考えてもみて下さい。 そのプレイヤーのクリア条件が、我々の内のいずれかと競合していた場合、4人が同時にクリア達成するなど不可能です。 というわけで、黒河はもう詰んでいるのです」

「っ・・・アホか! だったらゲームオーバーで、とっくの昔に首輪が爆発してるっつーんだよ!」

「それは、確かに・・・」

「・・・だが、どちらにしろあまり良い予感はしないな」

「まあな」

「ですね」

「え? どうしてですか?」


真島の呟きに、結衣だけが疑問を口にした――その時。


ピー

ピー

ピー

ピー


「――うわっ、びっくりした!」

「ああ?」

「なんの音ですか?」

「これは・・・PDAの音か?」


真島たちが所持しているPDAが、4台同時に鳴っていた。

すぐにPDAを取り出して、ディスプレイを確認する。

するとそこに、一通のメールが届いている。


「メール・・・?」

「運営からの、ですかね?」

「かもしれんな・・・」


そして全員が、それぞれのPDAでメールの内容を確認した。

 

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【今夜午前1時に、村の広場でお待ちしております。 PDA6台、メモリーチップ10枚をご用意しておりますので、ぜひ】

 

「これは・・・?」

「うわあっ、良かったじゃないですか! ほら、なんかPDAもメモリーチップも貰えそうじゃないですか!」

「・・・そう読み取って、良いのでしょうか?」

「バーカ、んなわけあるかよ? この文面見てわかんねぇのか? こいつはあのメイドからだぜ?」


黒河がそう言った時――


まるで、それに応じるかのようなタイミングで――


ピー

ピー
  
ピー
  
ピー
   
「え? また?」

「っ・・・」
   
   
悪い予感が強くなる。

だが、そのメールを確認せずにはいられない。


【追伸:もしいらっしゃらないようでしたら、PDAもメモリーチップも破壊致しますので、よろしくお願い致します】
   
   
「・・・!」

「ちっ、ほら見やがれ。 どう考えたって、俺らを招き寄せるための餌じゃねーかよ」

「で、でも・・・あたしたちのクリア条件って、競合してないはずなんですよね?」

「俺が知るかよ。 あのメイドの考える事なんて」

「私も、黒河の意見に同意ですね。 あのメイドは明らかに異常な精神構造をしているに違いありません」

「それより、2人とも」

「ええ」

「わかってるっつーんだ」



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真島の声を受け、3人で同時に3方向に視線を送る。

すると森の何処かから、何者かが遠ざかる、かすかな音が聞こえてくる。


「・・・行ったか?」

「はい。 そのようですね」

「ちっ、だからてめぇの十中八九は当てにならねぇっつーんだよ」

「え!? もしかして、今近くにいたんですか!?」

「ああ・・・しかし、なぜ・・・?」


――なぜ、今攻撃してこなかったのか?


その理由を考えてみてもよくわからず、真島はメイドの意図不明の行動に当惑し、全身に嫌な汗を掻いていた。

 

やがて、時刻が午前0時を回り――


生き残っている全プレイヤーに、『終了24時間前のお知らせ』が通知された。


――そしてその1分後――


赤々とした業火が、ゲームフィールドの中央に灯された。

 


・・・。

 

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【18】

 

・・・。


男が放った弾丸は、細谷春菜の大腿をかすっただけで終わっていた。

だが初音が放った弾丸は、修平の胸骨と肺を貫いていた。

 

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「春菜ちゃん、私どうすればいいの!? 修ちゃんの血、全然止まらないんだよ! このままじゃ修ちゃんが・・・修ちゃんがっ!」


修平の胸を押さえる琴美の両手は、すでに真っ赤に染まっていた。

溢れ出た血液が、地面に黒い染みを作っている。

修平は、恐らく助からないだろう。

琴美が代わりに取り乱してくれてるせいなのか、春菜は自分でも嫌になるくらい冷静に、その現実を見つめていた。

そして修平も、春菜と同じように冷静だった。

 

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「琴美・・・もう、いいんだ・・・。 この傷じゃ・・・どうせ、助かりっこない・・・」

「いやぁ、嫌だよ修ちゃんっ! そんなの嫌だよぅっ!」

「琴美・・・」

「お願いだから、諦めないでよ・・・! 修ちゃんがいなくなったら・・・私、生きていけないよ・・・」

「琴美・・・そんな事を言って、お兄ちゃんをそれ以上苦しめないで・・・」

「でも・・・ダメだよ、私・・・ダメだよ、修ちゃん・・・」

「大丈夫・・・大丈夫だよ、琴美・・・」


そう言いながら心配そうに、修平が琴美の髪を撫でる。

だからきっと、春菜は冷静でいられるのだろう。

これから死ぬ修平に、それ以上心配を増やさないようにするために。


「なぁ、春菜・・・」

「なに、お兄ちゃん?」

「琴美のこと・・・お前に頼んでも、いいか・・・?」

「うん、わかってる」

「悪いな・・・」

「ううん。 私も琴美のこと好きだから。 それにお兄ちゃんには、ずっと恩返ししなきゃって思ってたし」

「恩返し・・・?」

「うん。 だって私・・・お兄ちゃんがあのとき幸せを願ってくれたから、今まで生きてこれたんだもの・・・」

「そうか、ありがとな・・・」


修平はそう呟いて、琴美の髪をまた撫でた。

修平の命の炎は、もうすぐ消えてしまうだろう。

多くの死を見てきた春菜には、悲しいまでにそれがわかった。


「ねぇお兄ちゃん・・・他には、もう言い残す事はない?」

「そう、だな・・・。 琴美と、春菜と、3人で・・・一度でいいから・・・街を、歩いてみたかった、かな・・・?」

「そうね、私もよ」

「春菜・・・」

「なに、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん・・・もう、いかなきゃ・・・」

「え・・・?」


修平の目から、急速に光が失われていく。

琴美の髪を撫でていた手が、どんどん遅くなっていく。


春菜が自分の命よりも優先したかった人が。

何よりも失いたくなかった人が。


春菜のお兄ちゃんが。


だが、春菜が偽りの冷静さを捨て去ろうとした時には――

 

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修平はもう動かなくなっていた。


「お兄、ちゃん・・・?」

「――修ちゃんっ! 修ちゃんってば! いや・・・いやあああああああああああーっ!」

 

琴美の悲痛な叫び声が、切り開かれた山道に響く。

春菜の頬にも、涙が止め処なく流れていた。

だが春菜はクロスボウを握り締め、決して鳴き声を上げなかった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ・・・」


黄昏に染まる森に、阿刀田初音の息遣いが響く。


だが、どんなに速く走ろうと――

その男が執拗に、初音の後を追ってくる。


「初音ちゃん、待ってくれよっ! 僕は君を守りたいんだっ!」


「――く、来るなですっ!」

――!!


「うわっ! うぅ撃たないでくれよ、初音ちゃんっ!」

「だから来ないでと言っているのです! 今度は本当に当てるですよっ!?」

「どうしてだよっ!? どうして1人になろうとするんだよ、初音ちゃんっ!?」

「――うるさいのですっ! 初音の後を追ってくる、充の方がおかしいのですっ!」


初音のクリア条件は『自分以外のプレイヤー全員の死亡』だ。

それを知りながら追ってくる、充の真意がわからない。

 

「充っ! お願いだから、何処かに行ってなのですっ! 初音はもう、充の知っている『安藤初音』じゃないのですっ!」

「嫌だっ! 僕は絶対に、初音ちゃんから離れないっ!」


そう言って、充が猛然と向かってくる。

初音はもう1度、小さなデリンジャーを構えた。

だが引き金を引いても――


「っ・・・!? た、弾切れですか!?」

「ッ――初音ちゃああああぁんっ!」

「ッッ!?」


その雄叫びに顔を上げた瞬間――

初音は飛びかかってきた充に押し倒され――

気が付けば両手首をつかまれ、地面に押さえ付けられていた。


「あぅぅっ・・・はっ、放すのですぅ・・・!」


激しく身をよじりながら、充から逃げようとする。

そのとき初音の頬に、ぽたりと熱い何かが当たった。

しかもそれは1度だけではなく、ポタポタと頬を濡らしていく。


「ッ・・・!?」

 

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見上げると、充が初音の上で泣いていた。

さっきの衝撃で外れたのか、その顔に眼鏡はない。


「どうして・・・どうしてなんだよ、初音ちゃん・・・? どうして初音ちゃんが、人殺しなんか・・・?」
「っ・・・! し、仕方なかったのですっ! だって、初音のクリア条件は――」
「――違うっ! 違うんだよ、初音ちゃんっ! 僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだよっ!」
「え・・・?」
「僕が言いたいのはさ、初音ちゃんがやらなくても、良かったって事なんだっ! 初音ちゃんがやらなくても、言ってくれれば、僕が代わりにやったんだ! 初音ちゃんは、もう傷つかなくていいっ! 初音ちゃんは、もう誰も殺さなくていいんだよっ! あの時、僕が言った言葉は本当なんだっ! 初音ちゃんは僕が守るっ! 頼りないかもしれないけど、初音ちゃんのためになら僕は死ねるんだっ! だから初音ちゃん、僕のことを信じてよっ!」


充の熱い涙が、際限無く初音の頬に降ってくる。

初音には、その涙の意味がわからなかった。

アイドルの『安藤初音』は、もうどこにもいないはずなのに――。


「・・・充は、そんなに初音の事が好きなのですか?」
「あぁ・・・大好きだよ、初音ちゃん・・・」
「でも、初音はもう2人も殺しているのですよ? それでも初音が好きなのですか?」
「もちろんだよ・・・だって初音ちゃんは、いつだって僕らの初音ちゃんじゃないか・・・」
「そう、なのですか・・・?」
「あぁ・・・そうなんだよ、初音ちゃん・・・」
「・・・・・・」


初音はわけもわからぬまま、泣きじゃくる充の顔を見上げた。

おかしいのは充なのか、それとも初音の方なのか――?

今の混乱する初音の頭では、それさえも、よくわからなくなっていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 


――そのとき朦朧とする意識の中で、上野まり子は確かに何者かの気配を感じ、重い瞼を持ち上げた。

 

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すると目の前に広がっていたのは、何もかもが歪んだ異様な世界だった。


「・・・!?」


どうして自分がこんな所にいるのか、光熱のせいか、記憶が混濁していてわからない。

目覚めたつもりでも、まだ夢を見ているのだろうか?

だが、体を襲う凄まじい悪寒は本物だった。

そして目の前に、わけのわからないモノがいる。

血の臭いがする化け物だ。

それがよろよろと、まり子の方へ近づいてくる。


「・・・――子・・・――いて・・・――」

「いや・・・来ないで・・・」

「――・・・うぶ――・・・く――・・・たの・・・」

「来ないで・・・来ないでよぉ・・・」

「――・・・ら――・・・き――・・・って・・・」

「来ないでって言ってるのにぃぃぃっ!」


――!!!


何かを言いながら近づいてくるそれに、まり子は、いつの間にか手にしていた銃を乱射した。

だが――瞬く間に、その銃を奪われる。

そして手首をがっしりと掴まれ、体の自由さえも奪われる。


「ッ――!!! いや・・・止めて・・・! 離して・・・お願いだから、殺さないで・・・!」

「こら、まり子・・・ だから、私だって言ってるでしょーが・・・」


耳元で囁かれたその声に――


「え・・・?」


曇っていた、まり子の目も一気に晴れる。

 

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「あ・・・ゆ・・・悠奈、さん・・・!?」
「そうよ・・・まったく、気付くのが遅いんだから・・・」
「じゃあ・・・さっき、私が撃ったのは・・・!?」
「ほら、そんな事はいいから・・・さ、腕出して・・・」
「え・・・?」


見ると悠奈は、その手に注射器と液体の入った小瓶を持っていた。


「これ・・・私の、ために・・・?」
「そうよ・・・。 でも、ごめんね・・・遅くなっちゃって・・・」
「そんな・・・悠奈さんの方こそ、傷だらでじゃないですか・・・!?」
「いいって、いいって・・・。 ほら、私が打ってあげるから・・・じっとしてるのよ・・・」


悠奈はそう言って、手早く注射の準備を終えると、それをまり子の腕に打った。


「よし・・・これで、もう安心ね・・・」
「あ・・・ありがとう、ございます・・・」
「だから、いいってば・・・」
「でも悠奈さん・・・本当に、大丈夫なんですか・・・?」
「うん・・・。 でも・・・さすがに、ちょっと疲れたかな・・・」


直後、悠奈の体が横に傾き――


倒れた彼女を中心に、見る間に血溜まりが広がっていく。

 

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「ゆ・・・悠奈、さん・・・? もしかして・・・さっき、私が撃った弾が・・・っ!?」
「ああ・・・いいのよ、まり子・・・」
「――いっ、いいわけないじゃないですかっ!? 確か、包帯がこっちに――」
「まり子・・・だから、いいんだってば・・・。 ちょっとヘマやっちゃってさ・・・私ってばもともと、助かりっこなかったのよ・・・。 だから、いいのよ・・・私は、これで・・・。 これでようやく・・・私も、あいつの所に行けるんだから・・・」
「そんな・・・そんな・・・!」
「まり子・・・あんた・・・ちゃんと、生き延びるんだよ・・・。 じゃないと、私・・・なんのために頑張ったのか、わからなくなっちゃうからさ・・・。 だから・・・まり子、生きて・・・。 ね・・・良い子、だから・・・」


その言葉を最後に、悠奈は静かに息を引き取った。

気付けばまり子の膝は、悠奈の流した血で真っ赤に濡れていた。

そして静寂に沈む室内に、軽快な電子音が鳴り響く。


【クリア条件が達成されました。 おめでとうございます】


「そんな・・・悠奈さん、どうして・・・。 私、何もしてないのに・・・。 いつも、ただ怯えているだけで・・・死にたくないって、そればっかりで・・・。 悠奈さんなら、もっと沢山の人を救えたはずなのに・・・。 なのに・・・どうして・・・」


傷だらけになって眠る悠奈の上に、涙がポタポタと落ちる。


「・・・間違ってる・・・。 こんなの・・・絶対に間違ってる・・・。 悠奈さんが、私のために死ぬ事なんてなかったのに・・・。 私が・・・私が、悠奈さんを殺したんだ・・・。 本当は私が・・・私が、死ねば良かったのに・・・」

 

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その言葉が、悠奈の願いを無にするものである事はわかっていた。

でも、自分の命と引き換えに時間を戻す事ができるなら――。

そんな事はあり得ないと知りながら、まり子はそれを願っていた。

するとその後悔を、すくい取るように――



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「・・・じゃあ、そうしてあげようか瞳」

「はい。 お望み通りに」


「え・・・?」


見上げると、そこにはいつの間にか、冷たい目をした司と、1人の美しい死神が立っていた。

そして、チェーンソーの音が鳴り響き――

それが振り下ろされた時――

 

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まり子の意識は決して叶わぬ願いと共に、虚無の彼方へと消えた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――真島章則はその薄闇の中で、自分の拳を見つめていた。


かつて一日に何百何千とサンドバッグを叩いていた拳には、まだその時の名残りとして硬い皮膚が残っている。

何の技術も持たない素人が相手なら、それは十分に、武器として成立するだろう。

だが相手が武装していれば、その前提はもう通用しない。


「なのに、俺はなぜ・・・?」


すると首からスコーピオンをぶら下げた結衣が、横から真島の顔を覗き込んでくる。

 

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「あのー、どうしたんですか真島さん? さっきからじーっと拳を見つめてたりして、なんか気持ち悪いですよ?」
「・・・別に、気持ち悪くはないだろう」
「いやでもー、もう1時間くらいやってますけど?」
「・・・うるさい。 俺の勝手だろう」
「あ、いやっ、それはそうなんですけど・・・何て言うか、横でずっとしかめっ面されると、なんか気になるじゃないですか?」
「・・・悪かったな」
「別に、悪いとかは思わないですけど――良かったら、あたしが相談に乗りますよって事なんです。 こう見えてもあたし、そういうの得意なんですから」
「そんな風には見えないがな」
「あー、人を見かけで判断しないでくださいよ。 あたし、自分のことは全然だけど、他人の事はよくわかっちゃうんですから。 例えば真島さんが今考えていたのって、自分がサブマシンガンを持ちたがらない理由が、よくわからないって事ですよね?」
「・・・!」
「ほら、当たりましたよね?」
「っ・・・」
「それであたし、ちょっと思ったんですけど――」
「・・・なんだ?」
「あっ、ところで真島さんって、どうしてボクシングをやめちゃったんですか?」
「っ・・・荻原、なぜ途中で話を変える?」
「えー、別にいいじゃないですか? それにこれ、すっごく重要な事だと思うんですよ。 というか、できれば真島さんがボクシングを始めた理由も聞きたいんですけど?」
「・・・・・・話さなければ、ダメか?」
「はいっ! 絶対ダメだと思いますっ!」
「っ・・・わかったよ」
「えへへっ。 じゃあ、ボクシングを始めた理由からお願いします!」
「ああ・・・と言っても、大した話じゃない。 俺がボクシングを始めたのは、単純に、強くなりたかったからだ。 俺には1つ年上の姉がいたんだが、小さな頃から、俺たちはいつも同年代の人間から、バカにされて生きてきたんだ」
「それって、いじめられたって事ですか?」
「まぁそうだ。 中学に上がった頃、それが本格的に酷くなって――ボクシングジムに通うようになった理由は、そんな所だ。 どうやら俺には才能があったらしくてな。 その日から俺は強くなる実感と共に、めきめきと実力をつけていったんだ」
「えーと・・・いじめは、どうなったんですか?」
「ああ。 気付けば誰も、俺たちには手出ししなくなっていたよ。 それまでずっと反対していた姉が、ボクシングをする俺を応援してくれるようになったのも、確かその頃だったと思う。 それから俺は、ますますボクシングにのめり込んでいったんだ」
「へぇ・・・。 それじゃあ真島さんって、もしかしてプロボクサーだったんですか?」
「いや、プロテストはまだ受けていない。 だがスパーリングでは、ライセンスを持っている先輩にも、負けないくらいにはなっていた」
「じゃあ、プロ並って事ですよね?」
「そうなるな」
「でも、それならどうしてボクシングをやめちゃったんですか? お姉さんだって、応援してくれていたんですよね?」
「ああ、去年まではな・・・」
「え・・・?」
「俺の姉は――去年、交通事故に遭って死んだんだ」
「っ・・・!」
「それから俺は、全てがどうでもよくなって・・・だから、その日からボクシングジムには通っていない」


それからは誰とも関わりを持つ事なく、ただ淡々と生きているだけの日々だった。

そして姉を失って半年を経った頃から、真島は父親の下を離れ、今は1人で暮らしていた。


「そうか・・・そう言えば、あの頃だったな・・・」
「え? 何がですか?」
「1人暮らしを始めてすぐの頃、繁華街で俺に妙なものを売りつけようとした男に絡まれ、そいつを殴った事があったんだ」
「えーと、それってもしかして・・・?」
「ああ、黒河だ。 そう・・・確かにあそこは、神明通りの脇道だったな」


真島はそう呟いて、己の拳をまた見つめた。

あの時も黒河は何度もしつこく食い下がってきて、結果的に、黒河が動けなくなるまで殴るハメになったのだ。

そして全てが終わった時、そこに雨が降り始め――

あまりに後味が悪すぎたその出来事を、真島は今の今まで、あえて忘れたフリをしていたらしい。


「・・・あのーそれで真島さんは、その後どうしたんですか?」
「その後? 別にどうもしないが?」
「ええぇっ!? じゃあ黒河さんをボコボコにして、そのまま帰っちゃったんですかっ!?」
「そうだが・・・それがどうかしたのか?」
「どうしたのかって――真島さん、それってなんか無責任じゃないですか!?」
「無責任? なぜだ?」
「だって、他人にボコボコにされてそのままにされるなんて、なんか惨めじゃないですか?」
「それは・・・負けたのだから当然だろう。 ボクシングの試合でも同じだ。 勝者が敗者にかける言葉などありはしない」
「でも、その時の喧嘩はあくまで喧嘩で、ボクシングの試合ってわけじゃないんですよね?」
「それは、そうだが・・・」
「じゃあやっぱりあたし、真島さんのした事って、無責任だと思いますっ! 真島さんがボクシングを身につけたのって、別にそういう事のためじゃなかったはずですよね?」
「っ・・・!」


そのとき不意に、昔の記憶が甦る。


――そんなのは本当の強さじゃないよ。


姉にそう言われたのは、いつの事だっただろう?


「――わかりました、真島さんっ!」
「っ!? ・・・な、何がだ?」
「あたし、真島さんって、黒河さんともう1回向き合ってみるべきなんだと思いますっ!」
「・・・荻原、お前は何を言っているんだ? だいたい論点がずれているだろう? その事と、俺が銃を持ちたがらない理由と、何の繋がりがあると言うんだ?」
「繋がりならありますよ。 たぶんですけど」
「たぶんだと?」
「だって真島さんと黒河さんって、なんかちょっと似たところがあるじゃないですか?」
「俺と黒河が似ている?」
「はい。 2人とも何かにこだわっちゃってるところなんか、結構そっくりだと思いますけど。 真島さんは『ボクシング』で、黒河さんは『真島さん』で。 それに黒河さんだって、真島さんを倒すために特訓してたじゃないですか?」
「しかし、あれは・・・」
「――誰がなんと言おうと、あれは特訓ですっ!」
「っ・・・」
「という事はですよ、黒河さんも真島さんが昔そう思っていたように、強くなりたいって思ってるって事じゃないですか?」
「それは、そうかもしれんが・・・」
「ほら似てる。 絶対似てますよ。 なんかもう、兄弟みたいじゃないですか?」
「っ・・・」
「だからあたし、真島さんはもう1度黒河さんと向き合えば、きっと何か得るものがあると思うんです。 ほら、あるじゃないですか? 男の人ってそういうの」
「・・・・・・」


はっきり言って真島には、結衣の言っている言葉の意味が、半分も理解できていなかった。


だが――


「黒河と向き合う、か・・・」


まるで狐に摘まれているかのような気分だが――

真島は洞窟の入り口から差し込む月明かりに拳を照らしながら、真剣にその事について考え始めていた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――焚火からの放射熱によって、地肌がジリジリと炙られる。

黒河正規はそうして乱暴に暖を取りながら、信じられないほどクソ不味い豆の缶詰を、大口を開けてあおり続けていた。

噛めば噛むほど口内の水分を奪われ、ザラザラとした食感はひたすら不快で、紙でも食ってるのかと思うほど味がない。

これだけ腹が減っていてそう感じるのだから、なかなか大したクソ不味さだ。

黒河はついには豆を丸呑みにし始めながら、焚火を挟んで座っている、墨色の髪をしたクソガキに目を向けた。

 

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「はぐっ、もぐもぐもぐ。 はぐっ、んぐんぐんぐ」


黒河が手に入れたコンビーフと魚肉ソーセージが、次々にガキの胃袋に収まっていく。

そして黒河の拳銃は、そんなガキの足元に転がっている。


「・・・・・・」
「・・・黒河、もの欲しそうに見ていても無駄ですよ」
「ちっ、気づいてやがったか」
「当たり前です。 このコンビーフと魚肉ソーセージは、絶対に譲りません」
「っ・・・そっちじゃねぇよ、バーカ」
「むうっ、では私の体が目当てだというのですか?」
「はあ? オイオイ、誰がてめぇみてぇなションベン臭ぇガキに欲情するっつーんだよ?」
「なっ、何を言うのです! 私はさっき水浴びを済ませました! だから臭いはありません! ほぼ無臭状態です!」
「うっせーぞ、このバカ! んなことは、どーでも良いっつーんだよ! だいたいてめぇ、何時まで俺にまとわりついてるつもりだ!? つーかオイ、使わねぇんだったら銃返せオラ!」
「それは、お断りです。 あなたが蒔岡流剣術の真髄を理解するまで、この銃を渡すわけにはいきません」
「そーかよ。 そいつはいつになったら終わるんだよ?」
「どうでしょう? 少なくとも私は、それを理解するのに10年の時を要しましたが」
「――ふざけんなっ! このゲームがそんな長く続くわけねーだろうが! てめぇも一緒に爆死してーのかこの野郎ォ!」
「む、それは困ります。 今は黒河があまりに弱すぎるので力を貸していますが、私は目的があってこのゲームに参加しているのです。 ですから、その目的を遂げずに爆死するわけにはいきません」
「じゃあ俺の事はもういいから、その目的とやらのためにとっとと行動してくれや。 武器は奪うわ、人のことわけのわかんねぇ事言ってぶん投げまくるわ、食料は奪うわ、てめぇは疫病神かっつーんだ」
「何を言うのです。 それもこれも、黒河が弱いからいけないのではありませんか」
「だから、んなこと言うんならさっさと俺に銃を返せっつーんだよ! あん時だって、そいつがありゃあ真島のクソをぶっ殺してやる事ができたんだ。 それを、てめぇが――」
「ふっ、愚かですね黒河は」
「ああ?」
「銃を使って真島に勝ったところで、それが何になると言うのです? それで本当に、強くなったと言えるのですか?」
「『本当に、強く』だァ!? ハッ! てめぇ、なにくだらねーこと言ってやがんだよ!」


黒河はそう言って、ガキに侮蔑の目を向けた。

するとガキから、思いのほか鋭い視線が返される。


「・・・くだらない? 何がくだらないというのですか? 返答次第では、ただでは済ませませんよ!」
「おお、上等だコラァ! 俺はなァ、11で親に見捨てられてから、この歳になるまでずっと1人で生きて来たんだ。 ドブさらいみてぇな事ばっかりやらされて、クソ野郎どもに散々カモにされて――それでも俺が、ここまで生きてこれたのは何でだと思う? 『力』だろうがっ! 力があったから、俺は、俺をクソ舐めやがった連中を、どいつもこいつも捻じ伏せる事ができたんだ! いいかクソガキ、てめぇ自身にとっての他人ってのはなァ、所詮は『奴隷』か『敵』かの区別しかねぇんだよ! 『敵』はいつも俺らを『奴隷』にしようとしやがるし、『奴隷』はいつも隙を見て、俺らの『敵』に回ろうとしていやがる! だから俺たちは常に、自分が力を持ってる事を、連中に分からせなきゃならねぇんだ! それが力だって言うんなら、武器だろうが、財力だろうが、使えるもんならどんなもんだって構わねぇ! てめぇの言う強さがどんなものかは知らねぇが、んなもんがいくらあったって、力がなきゃあ意味ねぇっつーんだよ!」
「っ・・・なるほど・・・それが黒河の考え方ですか・・・」
「ああ? てめぇ、なにいきなりしおらしくなってやがんだコラ?」
「・・・私には、双子の弟がいました」
「オイオイてめぇ、何いきなり身の上話とか始めてんだァ? んなこと誰も聞いてねぇっつーんだよ!」
「いいから黙って聞きなさい。 聞かないと、その目をえぐり出しますよ」
「なっ!・・・ちっ、好きにしてくれや」
「そうです。 黒河は私の言う事を、ハイハイ黙って聞いていればいいのです」
「っ・・・」
「弟は、名前を『彰』と言いました。 そして私と彰は姉弟であると同時に、共に蒔岡流剣術を盛り立てていこうと誓い合った、同志でもありました。 黒河は『剣道』と『剣術』の違いはわかりますか?」
「けっ、知らねぇよ」
「でしょうね。 剣道とは読んで字の如く、『剣』の理法の修得を通じて人間形成を行う『道』の事を言います。 対する剣術は、どうすれば『剣』で人を斬れるのか、それをとことんまで追求した『技術』の事です。 つまり剣術とは、人殺しのための技術なのです」
「人殺しのための技術って――オイオイ、んなもんこのご時世にどうやって盛り立てるっつーんだよ?」
「それは・・・正直言って、私にもよくわかりません。 当代の継承者である私の父は、技術を受け継いでいく事にこそ、意味があると考えていたようです。 しかし実戦剣術の存在意義など、もはや失われていると言って過言ではないでしょう。 私たちの母でさえ、父の考えを理解できず、家を出て行きました。 ですが私と彰は、父が人生をかけて守ってきたものを、無駄にはしたくありませんでした。 だから私たちは父から剣術を学び、互いに切磋琢磨し、これまで心身を鍛えあげてきたのです。 もちろん、周囲からは奇異な目で見られましたが――それでも私たちは、自分たちが身に付けた強さには、意味があると信じていたのです」
「信じていた? じゃあ今は信じてねぇのかよ?」
「・・・わかりません」
「ああ?」
「彰が自殺の名所として名高い県境の海岸で、遺体で見つかったのは、今から1年前になります。 そして先日、私は彰の死の真相を、このゲームを運営している人間から知らされたのです」
「あ? つーことは・・・?」
「はい。 彰はこのゲームの中で何者かと戦い、そして命を落としたというのです。 だから私は、わからなくなってしまいました。 私たちは、何のために強くなったのか? 彰の命さえ守れなかった剣術に、何の意味があるというのか?」
「・・・・・・」
「今回のゲームには、彰を殺した仇も参加しているそうです。 私は、彰を殺したその仇が憎い。 ですがそれだけではなく、彰の仇を討てた時に初めて、蒔岡流剣術が現代に存在する意義が、見えてくるように思うのです」
「けっ、んだよそりゃ? 意義だか何だか知らねぇが、だから何だっつーんだよ? それが飯のタネに、何かつながるっつーのかよ?」
「そうですね・・・私も黒河のように、シンプルに考えられればいいのですが・・・。 ですが私は、この問いをやめるわけにはいきません。 それをやめてしまえば、即ちそれは、蒔岡流剣術そのものを否定する事につながります」
「けっ、だから知らねぇっつーんだよ」
「いいえ、それは認めません」
「ああ?」
「もしかすると黒河に、蒔岡流剣術の理念を理解させる事ができれば、その時に答えが見つかるかもしれません」
「っんだそりゃ!? てめぇ、思いつきで行動するのも大概にしろよコラ!?」
「問答無用です。 もう私の決定は覆りません」


そう言ってガキが、足元の拳銃を拾って立ち上がる。


「あ? てめぇ何するつもりだ?」
「お腹が一杯になったので、黒河に見つからない場所で寝てきます。 貞操は守らなければなりませんから」
「ああ!? だから興味ねぇっつってんだろーが。 まな板みてぇな胸しやがって!」
「なっ・・・あなたは、そんな事だから女性にモテないのです!」
「モテない? 俺が? くっ、ははははっ、馬鹿言うな。 俺みたいな男にはなぁ、女なんて腐るほど寄ってくるんだよ。 てめぇみたいに乳も尻も貧相じゃねぇ女がな」
「失礼な! 私の胸や尻は貧相ではありません! 発展途上なだけです! それに、寄せて上げれば私だってそれなりです! ほら、こうしてこうすれば――」


ガキはそう言って胸を寄せて上げたが、まな板は所詮まな板だった。


「・・・・・・で? 何を寄せて上げたって? 空気か?」
「む、むぅ・・・どうやら、少々無理があったようですね・・・。 と、とにかくっ! 黒河、私が目覚めたらすぐに特訓開始ですっ! 先に言っておきますが、逃げたら地の果てまで追いますからねっ!」
「ちっ、誰が逃げるかよバーカ。 てめぇこそ、明日はボコボコにしてやるからな」
「ふっ、それは楽しみです」


そう言い残し、ガキが焚火が照らす明かりの外へ歩き出す。


黒河は残りのクソ不味い豆を一気に流し込むと、どうすれば玲を屈服させる事ができるのか、その方法について考え始めた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

―5日目―

 

―それは奇妙な悪夢だった。

 

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見知らぬ少女が泣きながら、鉈を振り下ろしてくるという夢だ。

当然、夢だから痛みはない。

そのせいか、恐怖もあまり感じなかった。

少女が鉈を振り下ろす度に、身体は血溜まりの中へ沈んでいった。

その血は熱くもなく、冷たくもなく――

ああ、僕は彼女に殺されたんだと、そう思うだけで――

そんな中、少女はずっと泣いていた。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

血溜まりの中に、少女の心が伝わってくる。

いいんだよ別に、君はそんなに悲しまなくたって・・・。

そう伝えてあげたくて、少女に静かな目を向ける。

だが彼女の顔を見つめた時、ふいに見覚えがある事に気付く。

瞳・・・?

 

――そしてその疑問を最後に、司は目覚めの時を迎えた。

 

身体に深く根を張るような疲労感――。

三ツ林司はそれに呻きながら目を開けると、やけに重く感じられる頭を動かして、その廃屋の中を見回した。

だが瞳の姿は見当たらず、もちろん血溜まりなんてものもない。

 

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「・・・・・・瞳に殺される、夢か・・・。 はぁ・・・知りたくはなかったかな・・・。 まさか僕が、こんなナイーブな人間だったなんて・・・」


司は溜め息と共に呟いて、自分の両手を見下ろした。

たちまちその手が地で染まっているかのような幻覚が、まり子の死に様を伴って、脳裏に襲いかかってくる。

まり子に直接手を下したのは瞳だ。

でも瞳に、それを命令したのは司だった。

そう思えば思うほど、喉の奥から吐き気が這い上がってくる。

司という人格の中から、何かがぽっかりと失われているのがわかる。

そのせいで司そのものが、今にも崩れてしまいそうだった。

 

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「・・・これが、瞳の住んでいる世界か・・・」


司がそう呟いて、朝の冷たい空気と共に、吐き気を飲み下した時――


食料を取りに行っていたのか、室内に入ってきたのは、数個の缶詰を大事そうに抱えた瞳だった。

そして目覚めている司に気づき、微笑みを浮かべて頭を下げる。



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「・・・おはようございます、司様」
「ああ。 おはよう」
「・・・?」
「なに? どうしたの?」
「い、いえっ。 司様の雰囲気が、以前よりもさらに凛々しくなられたように思いまして・・・。 はっ!? 私はご主人様に対して、なんと失礼な事をっ!?」
「・・・・・・そうか・・・どうやら僕は少しだけ、瞳に近づけたみたいだね・・・」
「司様・・・今のは、どういった・・・?」
「何でもないよ。 それより瞳、1つお願いがあるんだけど?」
「はい。 何なりとお申し付け下さいませ」
「今日は瞳も、僕と一緒に食事を摂らないか? ずっと別々だったろ?」
「しかしそれでは、メイドとしての規範が――」
「瞳、これは命令だ。 いいね?」
「っ・・・・・・はい、かしこまりました」


・・・。



司はそうして、瞳と行動を共にするようになって以来、初めて2人で食事をした。

慣れない出来事に戸惑うメイドを、密かに慈しみながら――。

 

 

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「さてと、それじゃあ行こうか?」
「はい。 ですが司様、その前にこちらを」


そう言って瞳が差し出してきたのは、2つの弾倉だ。


「これは・・・?」
「司様がお休みの間に、弾を詰めておきました。 どちらもM93Rで使えます」
「・・・そうか、ありがとう」


司は礼を言い、その弾倉を受け取った。

そして自分が今、瞳と同じ世界に立っている事を、また強く認識した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――気付けば森は朝の陽光を受け、森らしい彩りを取り戻していた。


その光景を見つめながら、細谷春菜は静かに深呼吸した。

ずっと春菜の感情を昂ぶらせ続けていた悲しみと怒りは、今はもう胸の奥底に沈んでいる。

 

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「・・・そろそろ、動き出さなきゃね」


そう呟き、クロスボウと修平が使っていた拳銃を手に立ち上がる。

一晩中泣き続けていた琴美は、泣きつかれてしまったのか、修平を埋葬したその場所に、すがりつくようにして眠っていた。


「・・・琴美」

「ん・・・」

「琴美、お願い起きて」

 

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「ぅ・・・、・・・春菜、ちゃん・・・? ねぇ、春菜ちゃん・・・修ちゃんは・・・?」
「・・・・・・琴美、寝惚けているの?」
「・・・?・・・あ・・・そっか・・・修ちゃんは・・・」
「・・・・・・琴美、悲しむのはもうやめて」
「え・・・?」
「どんなに悲しんだって、その事実は消えたりしない。 そして――このゲームは今も、終わりに向かって進んでいる。 だから私たちは、何時までも悲しんでいるわけにはいかないの」
「でも、私・・・」
「なに? お兄ちゃんの後を追いたいとか思ってる?」


春菜が尋ねると、琴美は土の中で眠る修平の方へ目を向けた。

そして見る間に、抜け殻のようになっていく。


「・・・・・・」
「・・・呆れた」
「・・・・・・」
「じゃあお兄ちゃんは、何のために死んだの?」
「・・・・・・」
「お兄ちゃんは、私と琴美をかばって撃たれたのよ?」
「・・・・・・」
「そ、別にいいわ。 お兄ちゃんが死んでしまった以上、私のクリアを妨げるものは何もないわ。 どうせ多くのプレイヤーを殺す事になるだろうから、ついでに琴美のクリア条件も私が達成しておいてあげる」
「・・・・・・」
「じゃあね、琴美。 あなたは中央管理施設の地下にでも隠れてて。 あそこなら、そう簡単には見つからないはずだから」


春菜は冷たくそう言って、琴美に背を向けた。

だが、春菜が歩き去ろうとした――その時。


「・・・待って・・・っ・・・」


背後からかけられた琴美の声に、春菜は応じるべきか逡巡した。

このまま一緒にいると、春菜まで悲しみに押し潰されてしまいそうだったから――。

だが結局は立ち止まり、後ろを振り向いてしまう。


「なに、琴美?」
「・・・・・・私も、春菜ちゃんと一緒に行く・・・。 だから・・・」


そう言って、琴美が手の平を向けてくる。


「琴美・・・?」
「大丈夫・・・修ちゃんの銃で、死んだりなんかしないから・・・」
「・・・わかった。 琴美、信じるわよ?」
「うん・・・」


春菜の頷きを見届けて、春菜は銃を差し出した。

そのとき強い秋風が吹き、森がざわめきに包まれる。

だが、それも直に止み――

銃は、琴美の手の中に収まっていた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

水が流れの中で互いにぶつかり合う音が、周囲には満ちていた。

秋にしては薄着の黒河正規にとっては、川辺はやや肌寒さを感じる場所だったが、といって動きが鈍るほどじゃない。

普段であればストレスにしかならない砂利の足場も、今に限って言えばむしろ好ましい。


「・・・さて黒河、そろそろ特訓を始めましょうか?」


その声に後ろを振り向くと、墨色の髪をしたガキは、すでに両腕をだらりと下げ、全身を脱力させている。

隙があるように見えなくもないが、その姿勢が持つ危険性を、黒河はもう嫌というほど理解していた。

 

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「・・・おいクソガキ、その前に1つ聞かせろ」
「なんですか?」
「てめぇのクリア条件はなんだ?」
「むっ・・・どうして私が、黒河にそんな事を話さなければならないのですか?」
「オイオイまさかてめぇ、まだPDAの使い方がわからねぇっつーんじゃねぇだろうな?」
「ふっ、愚かな。 私はすでに、この『てくのろじー』を攻略しています」
「ハッ。 なら、証拠を見せてみろよ?」
「いいでしょう。 耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい。 私のクリア条件は『JOKERのPDAの破壊』です。 それ以上でも以下でもありません」
「けっ。 んなもんに、以上も以下もあるかっつーんだよ。 だが、『JOKERのPDAの破壊』とはな――クハハハハッ、こいつはいいぜぇ」
「っ? 何がおかしいのです? その理由如何では、ただでは済ませませんよ」
「っせぇなバカ。 別にてめぇの事を笑ったわけじゃねーよ。 俺はそいつの持ち主を知ってんだよ。 ずいぶんとまぁ、チョロイ相手だと思ってな」
「ほう、それは誰なんですか?」
「知りてぇか?」
「はい。 知りたいです」
「ダメだ。 ただじゃ教えねぇ」
「っ・・・やはり黒河は、私の身体が目的だったのですね。 なんと汚らわしい」
「ああ!? てめぇは、何ですぐそーなるんだよ!? まな板には興味ねぇっつってんのが、わかんねーのかコノ野郎ォ!?」
「むっ・・・」
「俺が言いてぇのはな、交換条件があるって事だ」
「交換条件?」
「俺のクリア条件『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』だ。 だから、クリア対象を教える代わりに、てめぇは俺の奴隷として働いてもらう」
「お断りします。 私が黒河のような弱い人間に、従う意味がわかりません」
「なっ、てめぇ・・・! じゃあてめぇは、俺がてめぇをブチのめす事ができたら、俺に従うっつーんだな?」
「ええ。 万が一にも黒河が私に勝つ事ができるのなら、その時は黒河の言う通りにしましょう」


それを聞き、黒河は口角を引き上げた。

とっさの思いつきではあったが、この状況はなかなか悪くない。

黒河が再び、靴底の砂利の感触を意識した――その時。


「・・・しかし黒河も、相変わらず浅はかな男ですね」
「あ?」
「こんな風に足場の悪い場所に誘い込めば、私に勝てるとでも思ったのですか?」
「・・・!」
「・・・図星、ですか」
「っ・・・」
「だから前にも言ったではありませんか? あなたは負けることを恐れすぎているのだと。 そして精神力が弱いから、こんな小賢しい手に頼ろうとするのです」
「て、てんめぇ・・・!」
「残念ですが、蒔岡流剣術は全状況対応型の実戦剣術です。 この程度の事では、私の優位は揺るぎません。 さあ、来なさい黒河。 強さなき力が如何に無力なものであるか、身をもって思い知らせてあげます」
「――じょ、上等だコノ野郎ォおおおおぉおおっ!」


目論見を看破されていようと関係ない。

黒河は砂利を蹴散らしながら、玲を目掛けて突進した。

対するガキが、いつもの自然体で身構える。

そして2人の間にあった距離が、一気に縮まった時――


――『あ、いたいた! いましたよ、真島さん!』

 

「あ?」


場にそぐわない能天気な声を聞き、黒河の体が急停止する。


そして声がした方向に目を向けると、河原脇に並ぶ木々の間に、その人物の姿があった。


「ああっ!? 真島だぁっ!?――てんめぇえっ、ここに何しに来やがった!?」

 

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「・・・・・・」

「何しに来やがったって聞いてんだろうがよぉっ!?」

「・・・・・・」

「ほら真島さん、ちゃんと言わないと」

「あぁああっ!?」

「・・・・・・黒河、俺と勝負しろ」

「は、はぁっ?」

「『下さい』が抜けてますよ、真島さん」

「っ・・・・・・黒河、俺と勝負して・・・下さい」

「はぁあああああっ!? っんだてめぇ? 脳にウジでもわいたのか?」


するとガキが、横から真島に応対する。


「お断りします」

「あっ――おいクソてめぇ、なに勝手に答えてやがんだ?」

「ですが黒河、今のあなたでは絶対にあの男に勝てませんよ?」

「っるせえんだよ、クソガキが! おい真島、やってやるよ。 ただし、俺が勝ったらてめぇは殺す。 それでいいな?」

「なっ、なに言ってるんですか!? そんなの、ダメに決まってるじゃないですか!」

「ああ!? んだてめぇは、さっきからよぉ!?」

「ひ、ひぃっ・・・」

「で? どうなんだ、真島サンよ?」

「・・・ああ、好きにしろ」

「フッ、ククククククッ、おいおい、お前マジでどういうつもりだ? わざわざてめぇから、勝負を持ちかけてくるなんてよ?」

「それは・・・俺にもよくわからん。 この口うるさい女と行動している内に、どうしてかお前ともう一度戦っておきたくなってな」

「けっ、てめぇも疫病神に取り憑かれた口かよ?」

「黒河、私は疫病神ではありません。 むしろ、勝利の女神ですっ」

「はい! あたしもそれに立候補します!」

「っ・・・」

「っ・・・おい真島、とっとと始めるぞ。 早くしねぇと、バカどものせいで気分がそがれちまう」

「・・・ああ、そうだな。 こっちから持ちかけておいて悪いが、手加減はしないぞ」

「手加減だぁ!? てめぇそんなクソ舐めた真似しやがったら、マジでぶっ殺すぞコラァ!」

「ふっ、面白い男だ」


その余裕のある笑みを目にした瞬間――

黒河の脳内で、アドレナリンが一気に分泌された。


「なに・・・笑ってんだコラァ・・・! てめぇが笑っていいのはっ、あの世に行った時だけだコノ野郎ぉおおおおおおおおっ!」


砂利を蹴散らしながら突進し、そのまま拳を振り下ろす。

だがその瞬間に、真島は視界から消えていた。


「っ!」


――来るっ!?


それだけを理解し、また一撃で意識を飛ばされないように奥歯を噛み締める。


その直後――


「シッ」


――ッッ


右から放たれた鋭いジャブに、顔面を後ろへ跳ね飛ばされる。

だが、何とか倒れずにたたらを踏むと――


「ハッ!」


――ッッ


――ッッッ


「ぶえっ、がはっ、ぐっ――っの野郎があああああっ!」


痛みを堪えながら、とにかく腕を振り回す。

だが拳は空を切り、真島はステップバックを使い、黒河から距離を取っていた。

遅れて、右頬、腹、左頬、右脇腹の順に熱を持ち始める。

黒河はそのコンビネーションを、1つも視認できていなかった。


「黒河っ、自分から向かうなど何を考えているのですか! 相手をよく見て、腕の振りはコンパクトにです!」

「っるせぇんだよ、クソガキ!」

「真島さん! 負けちゃだめですからね!」

「ああ、元よりそのつもりだ」


真島が言いながら、懐に潜り込んでくる。

何でもいいから動きを止めようと、黒河の両手が反応する。


だが――


――ッッ


――ッッッ


腹、腹、顎の順番で、重い衝撃が炸裂し――

黒河の両手が真島のいた場所に辿り着いた時には、空気以外につかむものがない。


「シッ! シッ!」


――ッ


――ッッ


「おっ、がっ」


「――フッ!」


――ッッ


ジャブから踏み込んでストレートが、黒河の頭蓋骨に突き刺さる。


「ぐおっ・・・ぉ、おおっ、お・・・!」


真島の猛攻に、黒河は踏み止まるのがやっとだった。

もうすでに、何発もらったのかわからない。

ゲーム初日の時と違い、真島はすでにギアとトップに入れている。

そしてそのスピードは、まるで悪夢のようだった。



「ハァアアアッ!」


――ッッッ


「黒河、下がってはいけません! 気迫で負けては呑まれます! 黒河、精神力です! 精神力!」

「っ・・・」


すでに意識が朦朧とし、もう玲に言葉を返す気力すらない。

あまりに重いパンチを受けすぎて、どこが痛いのかもわからない。


――ち、ちくしょう・・・。


――やっぱ、真島は強ぇぜ・・・。


――このままじゃ、俺はあの時みたいに・・・。


真島にブチのめされたあの日から、黒河はひたすら体を鍛えてきた。

いつの日か、真島にリベンジするために。


――いや、それとも俺は・・・。


――ただ、真島の事が・・・。

 

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「黒河、何を恐れているのです! 負けるのを恐れていては、本当に負けてしまいますよ!」


恐れている?


俺が?


真島を?


――認めねえっ!


――そんなのは、ゼッテー認めねえッッ!!


「あ、あぁ・・・ああおおおおおおおおおおっ!」


途切れかけていた自分の意識を、雄叫びを上げて呼び戻す。

目の前の真島が、一瞬ひるんだのがわかる。


「っ・・・!」


――ひるんだ?


――なぜだ?


――クッ、ハハハハッ! そうか!


――この野郎ォ、打ち疲れやがったな!


「まっ、じまぁあああああああっ!」


錯覚ではなく、無尽蔵に力が湧いてくる。

それは黒河が、この半年で溜め続けてきた力だった。


「ま、真島さん!」

「くっ――終わらせてやるッッ!!」


それまでコンパクトだった、真島の体が大きく開く。

 

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渾身の右ストレートが突き出される。

拳が黒河の顔面に迫る。

だがそれは、その瞬間まで見る事すらかなわなかった拳だった。


――怖かねぇんだよ、んなもんはよぉッッ!!


黒河は小さく息を吸いながら、その拳へ向けて踏み出した。


――!!


額で何かが砕ける音がした。

額で受けた、真島の拳が砕ける音だった。


「ぐあッッ!!」


真島の動きが一瞬止まる。

黒河はそれを見逃しはしなかった。

素早く真島にタックルし、腰に両腕を回す。

あとは、力任せに真島を持ち上げながら――


「――くたばれやあああああああっ!」


そのまま体を背後に反らし、地面に叩きつけていた。


――ッッ


両腕に確かな衝撃が伝わってくる。

直後、真島の体からだらりと力が抜けていた。


「ぶはっ・・・、はぁ・・・はぁ・・・んっ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


荒い息をつきながら、真島を横に押し退ける。

いつもスカしていた真島は、完全に失神しているようだった。

だが角度が甘かったのか、胸がかすかに上下しているのがわかる。


「真島さん!? 大丈夫ですか、真島さん!?」

「・・・・・・」


駆けつけて来た女が揺さぶっても、真島は目を覚まさない。

黒河は河原に落ちているソフトボール程度の石を手に持つと、立ち上がって女の体を足蹴にした。


「オラ、どけよ」

「きゃっ。 え・・・? あ、あの・・・そんな物持って、何するつもりなんですか!?」

「何するって、真島を殺すつもりに決まってんじゃねーか? ハナからそういう約束だっただろーが?」

「だ、ダメですよ! もう勝負は付いてるじゃないですか!」

「クッ、カハハハハッ――バカかてめぇ? 勝負が付いたから、だろーがよ。 負けた人間は、勝った人間に何されたって文句は言えねぇ。 それがこの世のルールってもんじゃねーか。 なぁクソガキ、てめぇもそう思うよな?」

「・・・確かに、そういう側面はあるかもしれませんね」

「な? だから勝った俺には、真島を殺す権利があるんだよ」

「違いますっ! そんなの絶対に間違ってますっ!」

「んだてめぇ? これ以上グダグダ言ってやがると、まずはてめぇから頭かち割るぞ、このクソアマがぁ!」

「――い、嫌ですっ!」

「ああぁあっ!? てめぇいい加減にしねぇと――」


女のキンキンした声が気に入らず、黒河は女に石を振り上げた。


だが――

 

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「あ・・・? てっ・・・てめぇ・・・!」

「――撃ちますよっ! あたし嫌だったけど、撃つ練習は真島さんにさせられてるんですからっ! あたしが撃ったら、黒河さん死んじゃうんですからねっ!」

「こ、この・・・!」


どうせ虚勢だろうと思ったが、安全装置はすでに外されている。


――これだから女って連中は。


ゲーム2日目にも、別の女に殺されかけた事を思い出す。

そして目の前にいる女も、あの時の女と似たような目をしていた。


「は、早くその石を捨てて下さいよぉっ! あたし、本当に撃っちゃいそうなんですからぁっ!」

「っのヤロォ・・・!」


だが女の指は、すでに引き金にかかっていた。

パンパンに張り詰めた風船のように、ほんのちょっと刺激を与えただけで、恐らく簡単に弾けるだろう。


――くそっ! なんで俺がこんなクソアマにっ!


「っ・・・!」

「・・・黒河、ここはあなたの負けですね」

「ああっ!? 何言ってくれてんだ、このクソガキがっ!?」

「では勝てるのですか? そんな浅漬けぐらいしか作れなさそうな石コロで。 相手は機関銃なのですよ?」

「っ・・・」

「はぁ・・・まったく少しは見直そうかと思っていたのに、やっぱり黒河は愚かですね」

「んだとぉ・・・!?」

「力なんですよね? 黒河が信じているものは。 そして、力さえあれば何をしても構わないと、黒河は昨日言いました。 ならば黒河は、力を持った彼女に従うべきです。 それがあなたの信じている、世界の姿ではないのですか?」

「っ・・・・・・そうかよ。 そういやてめぇは、最初から俺の敵だったよな? ハッ、くだらねえ。 つまりてめぇも、俺を見下そうとする連中の1人ってわけだ? なあオイ?」

「・・・・・・いえ、それは違います」

「あ?」

「私は、あなたの敵でも奴隷でもありません。 ましてクソガキでも、まな板でも、チンチクリンでもありません。 私は蒔岡玲です。 それ以上でも以下でもありません」

「っ・・・」


なぜか怒ったように言う玲に、黒河は言葉を失くした。

そして全身から、ゆるゆると力が抜けていく。

石を握り締めた手が、ゆっくりと下がっていく。

そして全てがアホらしくなり、黒河はぽつりと呟いた。


「けっ・・・チンチクリンは、俺の言葉じゃねぇっつーんだよ・・・」


そうして黒河は、手にした石を川に捨てた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――そんなのは本当の強さじゃないよ。


姉が真島章則の頬を叩いてそう言ったのは、真島が小さな果物ナイフを手に、家を飛び出して行こうとした日の事だった。

弱い自分が許せなくなったあの日、真島は安易な力を求めたのだ。

恐らくだが、もしあの時姉が止めてくれていなければ、真島がボクシングに出会う事はなかっただろう。

安易な力がダメだと言うのなら――。

真島がボクシングを始めた理由は、そんな単純なものだった。

そんな気持ちを見抜いていたのか、姉は当初、真島がボクシングを習うことにも反対していた。

でもいつの頃からか、真島を応援してくれるようになっていた。

姉がどうして心変わりをしたのか、真島はその理由を知らない。

そして姉はそれを語る事なく、この世に別れを告げてしまった。

でも、今ならほんの少しだけ――


「――・・・ぅ、・・・」

 

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後頭部に鈍痛を覚えながら、真島はうっすらと目を開けた。

すると目の前に、目に涙を浮かべた女がいる。


「真島さんっ! 良かった、気がついたんですねっ!」
「・・・荻原・・・?」


どうやら真島は、川原に倒れているらしかった。

結衣の向こう側には玲と、冷めた目をした黒河がいる。


「俺は・・・そうか、負けたのか・・・」


右拳に視線を向けると、赤々と腫れあがり、小刻みに震えている。

指を内側に動かそうとしただけで、電流のような痛みが走る。


「ッ・・・!」

「真島さん!?」

「あ、ああ・・・大丈夫だ・・・しかし、どうして俺は生きているんだ・・・? 黒河、どうしてお前は・・・?」

 

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「ちっ、こっち見んじゃねぇぞコラ」

「・・・?」

「真島、結衣に感謝するのです。 彼女がいなければ、あなたは本当に黒河に殺されているところでした。 ですが彼女が、身を呈してあなたを守ったのです」

「荻原が・・・?」


すると結衣が、泣きながらすがりついて来る。


「ごめんな、真島さん・・・あたしが黒河さんと向き合えばなんて、勝手なこと言ったせいで・・・。 あたし・・・あたし、こんな事になるだなんて思ってなくて・・・」

「・・・いいんだ、荻原。 いいんだ」

「でもぉ・・・でもぉ・・・」


真島は無事な左手で、泣きじゃくる結衣の背中を優しく撫でた。


「・・・けっ、胸クソわりぃぜ。 真島てめぇ、いったい何がイイっつーんだよ? てめぇは俺に負けたんだぞ? ちっとは悔しいとか思わねぇのか、ああ?」

「悔しいか・・・確かにな」

「だからよぉ、その顔の、どこが悔しそうだっつーんだよ!?」

「黒河・・・俺はわかったんだ」

「ああ?」

「俺がボクシングを始めたのは、力が欲しかったからじゃない。 ただ、強くなりたかったからなんだ。 そしてこの拳は、誰かを傷つけるためのモノではなかったんだ」

「はあぁあ!? てめぇ、強く頭打ちすぎてマジでおかしくなっちまったんじゃねーだろうな!? 人のことを散々サンドバッグにしておいて、そりゃあねぇだろうが真島サンよぉ!? それだけじゃねぇぞ、この! 俺はあの時てめぇが絡んでこなきゃなあ、もっと楽に稼ぐ事ができたんだ! なのにてめぇのせいで、舐められるわ、裏切られるわ・・・連中をブチのめすのに、どれだけ苦労したと思ってやがんだ!?」

「でもそれって、黒河さんに人望がなかったせいじゃ・・・?」

「そうですね。 結衣の言う通りです」

「ああ!? っんだとコラァ!?」

「ひっ」

「黒河、うるさいです。 意趣返しはもう済んだのですから、過去の事は良いではありませんか? 真島も、素直に敗北は認めますね?」


玲の問いを受け、真島はもう一度拳を見つけた。

真島はあの時黒河の気迫に押され、黒河を殺しても構わないという気持ちで、その拳を放ってしまったのだ。


「ああ・・・ボクサーが、拳を砕かれてしまってはな」

「あぁああ!? 拳ぐらいでなんだっつーんだよ!? その程度で、俺の気が収まるとでも――」

「だから、うるさいと言っています」


そう言って玲が音もなく動き、黒河の腕をひどくねじる。


「ぐ、おっ・・・玲、てめぇコノ・・・っ!――いぎッッ!!」

「うわぁー、痛そうですね・・・?」

「良いのです。 黒河は丈夫にできていますから。 このくらいはなんとも」

「おがっッッ!!」


「・・・さて、とりあえずこれで黒河と真島の遺恨は解消されたわけですが、あなたたちに2つほど質問をしてもよいでしょうか?」

「質問、ですか・・・?」

「どんな事だ?」

「1つは『JOKER』のPDAについて。 もう1つは『リピーター』についてです。 この2つに、聞き覚えはありますか?」

「『JOKER』に、『リピーター』・・・?」

「いや、どちらも聞いた事がないな」

「そうですか・・・」

「なんだ? もしかして、それが玲のクリア条件に関係しているのか?」

「はい。 『リピーター』については別ですが、『JOKER』についてはそうです。 黒河はその持ち主について知っているようなのですが、なにぶん口を割ろうとしないものなので、こうして――苦労しています」

「あッッ!!」

「おい、そろそろ折れるんじゃないのか?」

「大丈夫です。 これでも手加減はしています。 それによしんば折れたとしても、もう1本あるから平気です」

「そうか、ならいいのだが」

「あ、あはははっ・・・全然良くはないと思いますけど・・・。 ――あの、ところで玲ちゃん?」

「なんでしょうか?」

「ちなみに、黒河さんのクリア条件って知ってますか?」
「知っていますが、それを聞いてどうするのですか?」

「いや、だってほらー、黒河さんと真島さんって、もう争う理由はなくなったんですよね?」

「ええ、理論上は」

「だったら、もしクリア条件が競合してなかったらですけど、あたしたち、これからみんなで協力しませんか?」

「・・・!」

「良いのですか? 真島が変な顔をしていますが?」

「ええっ!? もしかしてダメでしたっ!?」

「いや、ダメというわけではないが・・・」


気になるのは、黒河の反応だが――

今は苦痛に悶えているため、よくわからない。


「・・・・・・」

「もー、なに気にしてるんですか? 黒河さんの事なら大丈夫ですよ。 玲ちゃんがいれば、きっと安心ですってば。 ねっ、玲ちゃん!」

「はい。 黒河の扱いには慣れていますから――ねっ」

「ッ!」

「ちなみに、黒河のクリア条件は『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』です」

「あっ、てめ――」

「うるさいです」

「ッッ!!」

「・・・!」


――疫病神。


真島はふと、黒河が玲のことをそう呼んでいた事を思い出した。

そして不意に、正体不明のおかしみが腹の底から込み上げて来る。


「ふっ、なんだこの状況は」


あの黒河を仲間に引き入れる――。

そんな馬鹿下駄発想は、真島にはとてもできないものだった。


「荻原・・・」

「はい? なんですか?」

「俺にはもう、お前が良いのか悪いのか判断できん」

「へ・・・?」

「だから、お前の好きなようにしろ」

「い、いいんですか?」

「ああ」

「本当の本当ですか?」

「ああ、本当だ」


真島の返答を聞き、結衣がにっこりと笑う。

真島はその笑顔を見つめながら、砕けた拳の痛みを忘れていた。


だが、その刹那――


――!!


「ッッ!!」


空気をつんざくドラムのような音と共に、結衣の体が痙攣する。

同時に彼女の周りにだけ、無数の黄色い火花が散っていた。


「――荻原っ!?」

「っ!?」

「ッ!?」


「・・・え?」


結衣自身が一番状況を理解できていないというように、そっと自分の胸に目を向ける。

数発の弾丸が、そこにめり込んでいる。


「あっ・・・なに・・・こ、れ・・・――」


「――荻原ぁッッ!!」


最後まで不思議そうにしながら崩れ落ちた結衣の下へ、真島は慌てて駆け寄ろうとした。

だが――その刹那にも、さっきと同じ音が鳴り響く。


――!!


「ぐあっ!」


――!!


「くっ!」


――!!


「がっ!」


真島が右大腿と脇腹に熱い痛みを感じたのとほぼ同時に、黒河と玲からも苦痛の呻き声が上がる。

見ると黒河は脇腹と腕に、玲も体の数箇所に、それぞれ銃弾を浴びていた。

 

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そして森の中から、川原に2つの人影が現れる。


「さすがに3人を同時に狙うのは、僕じゃ無理だったみたいだね」

「いいえ、あれだけ手傷を負わせる事ができれば十分です。 向こうの第一戦力も、沈黙できている事ですし」

「そうだね。 あとは焦らずに、1人ずつ潰していこうか?」

「はい。 ご主人様のご命令の通りに」


メイドが手にしたチェーンソーに火を入れる。

そのメイドに『ご主人様』と呼ばれた男も、全弾を撃ち尽くして白煙をあげる拳銃に、新たな弾倉を装填する。


そうしてこちらに前進する、2人の足並みは揃っていた。


「あ・・・あの2人は・・・!」

「知っているのか?」

「はい。 少年の方はともかく、あのメイドは恐ろしい相手です」

「ああ!? 危ねぇのはどう考えたって、銃を持ってる小僧の方だろーがよ!?」

「それは・・・やればわかります」


玲の実力は間違いなく、真島や黒河よりも上だ。

彼女の緊迫した呼気を肌で感じ、真島の背筋が冷たくなる。

メイドと男の態度を見る限り、戦闘を避けるのは不可能だろう。

右大腿と脇腹の傷は、かすり傷と言っていい。

だが黒河に砕かれた右拳が、やけに重く感じられた。


「おい真島、なにボケッと突っ立ってんだ!? てめぇはあの小僧の的になりてぇのかよ!? それと玲、てめぇはあの銃を俺に返しやがれ! 俺みたいな素人に、丸腰で戦えっつーのかよ!」

「・・・仕方ありませんね」


そう言って玲が差し出したリボルバーを、黒河がすぐにひったくる。

 

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「カハハッ、久しぶりにずしっ来るぜぇ――オラ真島ぁっ、ボケっとすんなっつっただろーが!? てめぇはあそこでくたばってる、女の銃を早く取りに行きやがれ!」

「っ・・・」


砂利の上に倒れた結衣――。

軽機関銃のベルトは、まだ彼女の首にかかったままだ。


「てめぇ、早く行けっつーんだよ!」

「・・・わかっている」


「いや、させるわけないでしょ?」


――!!


「おわっ!」

「っ!?」

「てんめぇ、調子コイてんじゃねぇぞこの野郎ぉおおおおっ!」


――!!!

 

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「――ハァッ!」


「あ・・・?」

「・・・司様、あの方から殺して良いでしょうか?」

「そうだね。 1人だけ銃を持ってるし」

「オ、オイオイ・・・冗談じゃねぇぞ!? あの女、あんなクソ重たそうなもんで弾丸を防ぎやがったぞ!?」

「っ・・・!」

「だから言ったのです。 やればわかると」

「あの女は何者なんだ?」

「わかりません。 ですが――」


玲はそこで言葉を区切り、メイドに鋭い視線を向ける。


「そこのメイド! あなたに1つ質問があります!」

「・・・・・・」

「その強さ――あなたはリピーターですね?」

「・・・・・・」

「答えないという事は、肯定と受け取りますよ?」

「・・・・・・」

「くっ・・・。 答えて下さい。 あなたは1年前に、『蒔岡彰』という名前のプレイヤーを殺しましたか?」

「・・・・・・」


「瞳、いいよ? 彼女に答えてあげても」

「いえ、私は殺した相手の事などいちいち覚えておりませんので。 どちらにしろ、このゲームの敗者になど興味はありません」

「・・・き、貴様ぁ・・・っ!」

「むろん、これから死ぬ彼らの事も私の記憶には残りません。 これから私の中に残るのは、司様との思い出だけです」

「そっか、じゃあ仕方ないね」


「ちっ、マジでイカれた連中だぜ・・・!」

「ああ、別にそれは否定しないよ」


黒河と男が銃口を向け合い、玲がメイドを睨みつける中――

ただ1人真島だけが、別の事に気を取られていた。

だがそれでも戦いの火蓋は、そのとき切って落とされた。


「――うおらああっ!」


――!!!


黒河が、男に弾丸を放ちながら横に走る。

それを合図に、真島と玲も動いていた。


「――フゥッ!」


メイドが銃弾を弾く音を聞きながら、結衣の下へと向かう。


「させないよ」


――!!


「くっ!」


真島は寸前でサイドステップを踏み、その弾道から逃れていた。

弾丸が、空気を焼き焦がしながら鼻先を過ぎる。

死の香りに肌を粟立たせながら、真島は上体を左右に振った。


――!!


風切り音が耳元を過ぎる。

どうやら男は、真島の動きを予測し切れていないようだった。

銃の腕前も、黒河よりも数段劣る。

だが男の顔に焦りの色はない。


――厄介な事だ。


恐らく男は、真島を結衣に近づけさせなければそれで良いと思っているのだろう。

その証拠に残弾数を気にしてか、単発でしか撃ってこない。


――!!


「ッ――!」


今の真島にできるのは、ひたすら男の銃口が他へ向かないようにするために、男の注意を引き続ける事だけだった。

そしてこの局面を打開できるのは、真島ではなく黒河と玲だ。

2人がメイドを制する事ができれば、形勢は逆転する。

だが、真島がそう思った――その矢先。


――!!


「おがぁっ!」

「黒河っ!?――このぉおおおおおおっ!」


「フッ、邪魔ですね」


――!!


「がッッ!!」


「っ!?」


それらの音に戦慄し、とっさに振り向いた真島が目にしたのは――

川原で膝をつく黒河と――

チェーンソーの駆動部で殴られ、凄まじい勢いでこちらに吹き飛ばされてくる、墨色の少女の体だった。


「ぐおっ! くっ・・・!」

「はい。 動かないで」


見ると男が、真島の胸に銃口を向けている。

玲はすでに気を失い、ぐったりとしたまま動かない。

そして黒河の手からは、すでにリボルバーは失われていた。


「司様、この方に止めを刺しても?」

「ああ。 こっちの2人は僕が引き受けるよ」


川原に倒れた真島たち3人を、無傷の男とメイドが冷たく見据える。


――ダメだ。

――やられる。


メイドが黒河に向けてチェーンソーを振り上げる中、男が真島に向けて銃の引き金を引き絞る。

その時、真島は死を覚悟した。

銃口から放たれた弾丸が、自分の胸を貫く光景が目に浮かぶ。

だが、真島の視界の端で誰かが起き上がり――

 

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「やめてええええええええっ!」


――!!!


結衣が泣き叫びながら引き金を引いたスコーピオンから、超高速の弾丸が、横殴りの五月雨となって吐き出される。

――!!!


ばらついたその雨が、近距離にいた男の体をかすって通り抜け、ほとんどの弾丸が川原に着弾し、石を砕き、火花を上げる。

 

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「うっ・・・、く・・・どう・・・して・・・?」


「つ、司様ぁあああっ!?」


倒れた男の脇腹と肩から流れ出した血が、川原をじわりと染めていく。

メイドが半狂乱になって、男の下へ走り寄る。

 

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「おいバカ女! アイツらをしとめろ!」

「・・・!」

「ああ!? 何ボケッとしてやがるんだ!? 撃てって言ってるんだろーが、このタコ!」


だが結衣は、黒河からどんなに罵倒されようと、微動だにしない。

その隙に、女が男を抱えて走り出し――

とても人ひとりを抱えているとは思えない速さで、木々の向こうに姿を消した。


・・・。

 

「・・・・・・」

「ちっ――このバカがっ! なんだっつーんだよ、てめぇはよぉッッ!」

「よせ、黒河」


結衣に詰め寄った黒河を、慌てて間に入って押し留める。

昨日からずっと服の下に着させていた防弾チョッキのお陰で、結衣は一見すると無傷に見えた。

だが結衣は、その目に見る見る涙を溜めていく。


「ま・・・真島さぁん・・・あたし・・・あたしぃ・・・」

「どうした? 撃たれた所が痛むのか?」

「違うんですよぉ、真島さん・・・撃たれた所は痛いけど、そういう事じゃないんですよぉ・・・」

「・・・?」

「あたし、銃なんて撃ちたくなかったのにぃ・・・あんな事、本当はしたくなかったのにぃ・・・。 どうしよう、真島さぁん・・・! あたし・・・あたしぃ、人を撃っちゃいましたぁ・・・! この手で、人を撃っちゃったんですよぉ・・・!」


そう言って、結衣がその場で号泣した。

結衣自身が薬莢を撒き散らした、その場所で。

真島はそんな彼女に、何も答えてやれず――

砕けた右拳を、きつく握り締める事しかできなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――川原のほど近くにある草むらの中。


細谷春菜は、その場所から川原で行われた戦いの一部始終を見届け、そしてひっそりと呟いた。

 

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「両者、痛み分けか・・・そう、都合よくはいかないものね・・・」


ひそかに司とメイドが、琴美のクリア対象である『5』『7』『8』のプレイヤーを、排除してくれる事を望んでいたのだが――


どうやらその3人は、春菜が直接殺さなければならないらしい。


「・・・琴美、移動するわ」


後ろで待っていた琴美に、そう声をかけて歩き出す。

すると無言のまま、琴美もついてくる。

 

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「・・・・・・」

「・・・・・・」


琴美と言葉を交わしたのは、たぶん修平の銃を彼女に手渡した、あの時が最後になるだろう。

琴美があの時、どうして修平の銃を欲したのか?

春菜は今も、その理由を聞いていない。

そして――沈黙を続ける琴美の胸の内がどうなっているのか、春菜は知りたくないと思っていた。

恐らく知ってしまえば、自分は引き返せなくなるだろう。

だから今は、琴美のクリア条件を達成する事だけを考えていればいい。

春菜はそう自分に言い聞かせながら、琴美からあえて目を逸らしていた。


と、その時――


ふと視線を向けた木々の向こうから、誰かの話し声が聞こえてくる。

 

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――『初音ちゃん、特殊機能は変更した?』

――『・・・はいです。 ちゃんと大祐のにしたのです。 でも、本当に大丈夫なのですか・・・?』

――『ああ、黒河くんは僕の事をただの臆病者としか見ていなかったからね。 それに今は疲れてるだろうし、きっと油断してくれるはずさ』


「っ・・・!」


初音と充――!

その2人に気付いた瞬間、春菜の中に破滅的な何かが湧き起こる。

だが春菜が行動に移ろうとした――その矢先。


「ッ――!」


気付けば琴美が、2人の声がした方へ駆け出していた。


「っ!?」


声を出すわけにもいかず、慌ててその後を追う。

だが琴美の足音が、彼らにこちらの存在を知らせてしまう。


――『この音って――誰か来る!?』

――『ど、どこからなのですか!?』


――その直後。


琴美が拳銃を構えながら、彼らの前に飛び出していた。

 

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「っ!?」

「こ、琴美っ!?」

「ッッ――!!」


「――琴美、やめて!」


琴美が初音を殺せば、その時から琴美は、春菜の殺害対象になってしまう。

春菜は琴美を止めるため、森の中を疾駆した。

だが、とても間に合いそうもない。

琴美の指は、すでに引き金にかかっていた。

そして次の瞬間には、銃声が鳴り響くかと思った時――


「っ・・・!」


突如として苦悶の表情を浮かべ、琴美がぴたりと動きを止める。

正体不明の葛藤が、その顔には渦巻いていた。

だが、それに触発されたように――

 

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「う、あ――あああああああおおおおっ!」


充が雄叫びを上げながら、取り出した銃で琴美を狙う。


――!!


「琴美ッッ!!」


その刹那、春菜は琴美を押し倒す。


間に合った――!

 

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そう安堵しながらも、春菜はとっさに充へ向けて、クロスボウの引き金を引いた。


――!!

 

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狙いも付けずに放った矢が、充の左腕に突き刺さる。


「ぎゃっ!」

「――み、充っ!?」

「う、くっ・・・は、初音ちゃん逃げよう・・・!」

「は、はいですっ!」


2人が森の向こうへ逃走する。

その背中にクロスボウを構えてはみたものの、矢を再装填している暇はない。


「くっ・・・!」


2人の背中は、瞬く間に木々の向こうへと消えていた。

と同時に、行き場を失った春菜の感情が――無謀な行動を取った、琴美に向かって爆発する。


「琴美っ! あなたは何を考えて――!? こ・・・琴美・・・!?」

 

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見ると琴美は、目から涙をこぼしていた。


「あなた・・・いったい・・・?」
「う・・・うぅ・・・わからない・・・わからないよ、私にも・・・」
「・・・?」
「私・・・こんな事、するつもりなかったのに・・・。 本当は、修ちゃんの代わりに春菜ちゃんを守りたいって・・・そう思って、春菜ちゃんについて来たはずなのに・・・なのに・・・うぅ・・・私、怖い・・・。 私・・・今の自分が怖くてたまらないよ、春菜ちゃん・・・」
「琴美・・・!」


その時、春菜は『ああ、ダメだ』と思った。

胸の奥にどうにか押し込めていたモノを、もう抑えられそうにない。


――お兄ちゃん、ごめんなさい・・・。


――私、やっぱり初音が許せない・・・。


――お兄ちゃんを殺すなんて・・・!


――琴美まで、こんなに苦しめるなんて・・・!


その時、春菜の中の何かが砕けた。

そして冷たい感情が、どっと流れ込んで来る。


「・・・・・・わかったわ、琴美・・・」
「え・・・?」
「・・・初音は、私が殺してあげる・・・」
「は・・・春菜、ちゃん・・・?」
「・・・いいのよ、琴美・・・私の手は、もう血で真っ赤に染まっているんだから・・・」


だからあの2人は、私が殺す――。

春菜はクロスボウに矢を装填し、即座に行動を開始した。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――『うわああっ! く、来るなああっ!』


絶叫と銃声――。


近くの森から聞こえてきた2度目となるその音を聞き、黒河正規は思わず笑い声を上げていた。

 

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「クハハッ、何だよずいぶん派手にやってるじゃねぇか。 5日目ともなると、さすがに煮詰まってきたっつーことかよ――なぁ、おい?」


そう言って3人の方を見る。

だがそこに、黒河が求める表情は1つもなかった。

 

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「うぅ・・・ひっく、ひっく・・・」

「っ・・・」

「・・・・・・」


「ああ? んだてめぇらは? つーか玲、てめぇまでなにシケた面してんだコラ?」

「それは・・・だってあのメイドは、彰の仇だったのかもしれないのですよ? なのに私は、完膚なきまでに負けてしまいました」

「はあ? だからなんだっつーんだよ? じゃあ一度負けただけで、もう尻尾巻いて逃げるっつーのかよ?」

「・・・・・・」

「ハッ! 大したことねぇなオイ、何とか流ってのもよぉ?」

「・・・蒔岡流、剣術です」

「ッッ・・・だから、その面をやめろっつってんだろーがっ!」


黒河が玲に銃口を向ける。


「く、黒河さん・・・!?」

「黒河・・・!」


「うるせぇ! てめぇらはすっこんでろ! ――オラ玲、どうしたてめぇ? かかって来いよ?」

「・・・・・・撃ちたければ、撃ちなさい」

「あ?」

「今の私にはもう、黒河に教えられる事は何もありません」

「っ・・・おいおい、おいオイオイオイオイっ! んだよてめぇは、さんざん偉そうな口叩いたクセしやがって!? 何なんだそのクソくだらねぇザマはよォ!?」

「・・・ですが、あのメイドは化け物です。 今の私では、とても太刀打ちできません」

「アホか! だったら力を持てっつーんだよ! あんな化け物に素手で挑んで、勝てるわきゃねぇだろうが!」

「・・・・・・」

「っ・・・! ――おい真島ァ、それに女もだ! てめぇら俺にクリア条件を教えやがれ!」

「・・・?」

「あの・・・どうして、ですか・・・?」

「ああ!? いいから教えろっつーんだよ!」

「ひぃっ・・・あ、あたしのクリア条件は『未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』です・・・」

「真島はッ!」

「・・・『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、他プレイヤーの所持数を同数未満にする』だ」

「けっ、つまりどっちもメモリーチップが条件ってわけかよ・・・しかもマジで、俺の条件と競合していやがらねぇとはな。 で? 今のところ何こ持っていやがるんだ?」

「・・・えと、18枚です」

「じゅ、18枚だぁ!? なんでそんなに溜め込んでやがんだよ!? こっちは1枚も持ってねぇってのによ!」

「それは、その・・・あたしの能力が『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』だから・・・」

「んだよそりゃ!? てめぇ、その条件と特殊機能はちょっと楽過ぎるんじゃねぇか!? ああ!?」

「そ・・・そんなこと、あたしに言われてもぉ・・・」

「ちっ、オイ真島、てめぇらの持ってるメモリーチップを何枚か俺によこしやがれ!」

「え・・・? まさか、こんな時にカツアゲ・・・?」

「黒河、貴様という男はこの期に及んで――」

「ちげーよバカ! あのメイドをぶっ殺すのに必要なもんを、4人分そろえるんだよ!」

「4人分、だと・・・?」

「え? それって、もしかして――」


――真島と女が、『まさか』という顔をする。


そうだろう。

黒河自身ももちろん、望むところではなかったが――


「ああ。 仕方ねぇから、しばらくてめぇらと手を組んでやる」

「っ・・・!?」


意を決して発した言葉に、真島たちが目を見開いた。


「本当ですか? さっきはあんな不満そうだったのに?」

「良いも悪いもありません・・・どちらにしろ黒河のクリア条件は、2人と組んだ方が良いのですから・・・」

「うっせーぞ、玲! てめぇは気持ち悪ぃから、そんな口調で喋るんじゃねぇ!」

「・・・・・・」

「ったく――おい真島、てめぇも文句はねぇだろうな?」

「そうだな。 荻原が、今もそれを望んでいるならな」

「え? あたしですか? あたしはもちろん、協力できるならしたいですけど・・・」

「・・・わかった。 ならば俺もそれに従おう」

「ちっ、やっぱてめぇは気に入らねぇぜ。 てめぇの意見はねぇのかよ? まぁいい。 とりあえずてめぇとは、あのメイドをぶっ殺すまでは休戦だ。 いいな?」

「ああ、わかった」

「それと玲、てめぇは今から俺の奴隷だ。 文句はねぇな?」

「・・・・・・」

「このっ・・・!」


逃げるように目を伏せた玲を見て、黒河の頭にカッと血が上る。

だが今の玲に、何を言ったところで無駄だろう。


「――行くぞオラッッ!」


黒河はそう言うと、さっさとその場に背を向けた。

『JOKERのPDAの破壊』と『未使用のメモリーチップを16個以上破壊する』――。


その2つは、恐らく順当にクリアさせる事ができるだろう。

 

つまり黒河がクリアに必要なPDAは、あと2つ――。

 

黒河は当然のように、自分と一緒にクリアする4人のプレイヤーの中に、真島を含めてはいなかった。


・・・。

 

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【17】

 

・・・。

 

――三ツ林司の頬に最初の雨が当たったのは、今から30分前になる。

それからずっと木陰で雨宿りをしているのだが、今のところ天気が回復する気配はない。

すると傍らに控えている瞳が、気遣わしげに司を見つめてくる。

 

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「・・・司様、今回は中止に致しましょうか?」
「・・・・・・いや、このまま決行しよう」
「しかし、お体を冷やされては――」
「だからだよ」
「は?」
「瞳と同じように、今の彼には気遣い相手が2人いる。 だから彼は僕らの接近に気付いたとしても、あの場所を捨てる事ができないはずなんだ。 だから――彼らが絶対に移動しないという保証がある今こそが、彼らを襲う絶好の機会なんだよ」
「・・・確かに、司様のおっしゃる通りですね。 申し訳ありません。 私はまた差し出がましい真似を」
「いいさ」
「それでは、司様」
「ああ。 瞳の時間も限られているし、そろそろ行こう」


――それから司は、瞳に罠を解除させながら山を登り――

 

・・・。


「・・・瞳、真正面から一気に攻めるよ」
「はい。 仰せの通りに」


瞳は嬉しそうに微笑むと、手にしたチェーンソーに火を入れた。

本降りになり始めた雨の中に、排気ガスがもやもやと煙る。



そのとき山小屋のドアが開き、修平と琴美が姿を見せる。

 

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「司・・・っ!」

「――司くんっ!?」

「ま、さすがに気付くよね」


そして修平は、その手に銃を握っていた。

 

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「瞳、向こうは銃で武装しているみたいだけどいけるかい?」

「もちろんでございます。 私が盾になりますので、司様は私の後ろからお出にならないようにご注意下さい」

「ああ、わかった」

「では、私と一緒に」


そう言って、瞳が悠然と前進を開始する。

司もsteyr gbの安全装置を外しながら、彼女の真後ろに続いた。

山小屋までの距離は15m――。

昨日の内に試射をしてみてわかったのだが、司の銃の命中精度はせいぜい7~8mと言ったところだろう。

そして司には、無駄弾を使うつもりなどなかった。

やがて山小屋までの距離が、10mほどに縮まった時――

 

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「止まるんだ、2人とも! 止まらなければ発砲する!」

 

 

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「ふふっ、望むところです」

「くっ、この――ッ!」


――!!!


修平が発砲した弾を受け、瞳のチェーンソーが火花を散らす。


「なっ・・・!」

「これはこれは・・・素人にしては、なかなかの腕前ですね」

「みたいだね。 藤田先輩なら確かに体もしっかりしているし、僕より筋が良さそうだ」

「っ・・・く、くそぉおおおっ!」


――!!!


「ふふふっ、いくら撃っても無駄ですよ。 私は司様の盾、そしてあなたを殺す矛なのですから」


嬉しそうに笑いながら、瞳がさらに前へと進む。

だが司は銃弾が飛び交う中を歩きながらも、さほどの興奮は感じていなかった。

逆に『こんなものか』という感想が、司の思考を冷たくする。

だがやはり、何かがおかしくなっていたのだろうか?

そのとき不意に、頭の中にある疑問が浮かび――


――春菜がいない?


直後、どこかで何かが放たれた。


「はっ――司様っ!!!」

「ッッ!?」


――!!

 

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「ぐっ」

「っ・・・!? 瞳、お前・・・」

「っ・・・ご心配には及びません。 こんなのはかすり傷です」


そう言って瞳が苦痛に顔を歪めながら、司をかばって肩に受けた矢を、片手で引き抜いて地面に捨てる。

その矢じりに付着している赤い血に、司は思わず硬直した。

だがその一瞬の停滞さえ、状況が許さない。


「っ――!」


――!!!


「くっ!」


修平の容赦ない銃撃を、瞳が辛うじてチェーンソーで防ぐ。

彼女の顔からは、もう先ほどまでの余裕は消えていた。

司はすぐに矢が飛んできたであろう方向を見やったが、森の中にそれらしい影は見当たらない。


「くそっ!」


三人とも山小屋にいるものとばかり思っていたのだが、完全に裏をかかれてしまっている。

いくら瞳が超人的な感覚と身体能力を持っていようと、司をかばいながらでは、2方向からの攻撃を防ぐ事など不可能だろう。


――このままでは2人ともやられる!?


司の脳が、その答えをはじき出した――その時。


「司様、彼らの攻撃は私が引き受けます! どうぞ、お先にお逃げ下さい!」

「っ!? だけど、それじゃあ瞳は――」

「――行って下さいっ! さあ早くっ!」


短くそう告げて、瞳が山小屋に向けて突進する。

 

 

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「はぁあああああぁあああーっ!」


――!!!


山小屋と森――

2方向からの攻撃が、修平の命を狙う瞳へと殺到する。

だが司には、どうする事もできず――


「っ・・・!」


その壮絶な光景に背を向けて、山道を駆け下りた。


・・・・・・。

 


・・・。

 

――それからどれくらい時が経っただろう。

ふと見るとPDAが示す時刻は、14時を回っていた。

 

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「瞳は・・・やられてしまったのか・・・?」


耳を澄ませても、山に銃声は響いていない。

そんな事は、しばらく前からわかっていたはずなのに・・・。

勢いを増す雨が、容赦無く司の体を打ち据える。

 

「くっ・・・僕は、何をやっているんだ・・・。 裏をかいたつもりが、まさか行動を読まれていたなんて・・・」


いや、違う。

司は瞳を手なずけた事で、慢心してしまっていたのだ。

恐らく最強のプレイヤーである瞳さえいれば、自分は確実にゲームの勝者になれると、短絡的に考えて――。

だが、その瞳はもういない。

全ては司の、失策が招いた事だった。


「・・・瞳・・・っ」


司の苦渋の呻きが、雨音の中に弱々しく響く。


だが、その時――

 

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「はい・・・私は、こちらに・・・」

「っ!?」


弾かれたように振り向くと、そこに弱々しく笑う瞳がいた。


「瞳・・・お前、無事だったのか・・・!?」
「もちろん、ですとも・・・ご主人様よりも先に、メイドが倒れるなど・・・あり得ない、ことですから・・・。 ですが・・・さすがに、少々疲れました・・・。 うっ・・・」
「――瞳っ!?」


瞳がよろめくのを見た途端、司は彼女の下へ駆け寄って、その体を支えていた。

 

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「も・・・申し訳、ありません・・・」
「いや、謝るのは僕の方だ。 僕の考えの甘さが、この事態を招いたんだ」
「いえ・・・そのような事は・・・。 ですが、安心致しました・・・司様が、こうしてご無事で・・・」
「っ・・・」


瞳が血に濡れた手で、司の頬を愛しげに撫でる。

だが彼女の虚ろな目に映るのは、司本人ではなく、司の姿をかたどった別の何かに違いない。


「・・・行こう。 すぐにお前を治療しないと」
「はい・・・お手数を、お掛けします・・・」


そして、2人寄り添いながら歩き出す。


――僕らのこの関係は何なんだろう?


司は冷たい雨にさらされながら、今自分が支えている瞳の温もりを、意識せずにはいられなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――そして山小屋で、激しい戦闘があった2時間後――

 

細谷春名がベランダに出て空を見上げると、曇天ではあるものの、雨はもうすっかり止んでいた。

まだ気が早いのではと思うのだが、木陰や葉裏で羽を休めていた虫たちが、1匹また1匹と空中に飛び立ち始めている。

 

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「・・・・・・」


春菜はそんな虫たちから視線を逸らしてPDAを取り出すと、各プレイヤーの行動を把握するために、特殊機能を起動させた。

 

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まず赤髪の女――『J』は、『A』と共にほぼ1つのエリアに留まり続けているようだ。

次に墨色の髪の女――『9』は、【8】【5】【7】と接触した後に【8】と行動しているらしく、今はフィールドの南西にいる。

『5』と『7』も同じく南西にいるが、『9』『8』とは別のエリアにいるようだ。

『JOKER』と『Q』は、まるで他のプレイヤーとの接触をさけるかのように、北西のエリアへ向かっている。

そして『2』と『K』――瞳と司は、2時間ごとに廃村エリアを移動しているものの、こちらに向かってくる気配はない。


「しばらく接触情報に現れてないって事は、『10』が最初に死亡したプレイヤーと考えて、まず間違いなさそうね・・・。 と言うことは、セカンドのトリガを引いたのは、『10』と最後まで一緒にいた『Q』のプレイヤー・・・?」


春菜はこれまでに得た情報から、『A』『10』『Q』が、まり子、大祐、初音の3人だという事は把握していた。

だが、誰がどのナンバーなのかまでは特定できていない。


「いずれにせよ、注意した方がよさそうね・・・」


すると、背後でドアが開く音が聞こえ――

振り向くと、そこに琴美がいる。

 

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「春菜ちゃん、修ちゃんが呼んでるよ?」
「・・・わかった。 今行く」


小屋に入るとベッドで寝ていたはずの修平が、もう起き上がっている。

 

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「修平・・・脳震盪はもういいの?」

「ああ、まだ多少はクラクラするけどな」

「ごめんね、修ちゃん・・・。 私が余計なこと言ったばっかりに・・・」

「琴美、そんなこと気にするな。 仕方なく戦いにはなったが、できれば俺だって誰も殺したくはなかったんだ。 春菜には、甘いと言われるだろうけどな」

「当たり前よ。 まさか、あの瞳を捕えようとするなんて」


思い出しただけでもゾッとする。

動きが止まったところを組み伏せようとした修平は、春菜が駆けつけなければ、もう少しで真っ二つにされるところだったのだ。

春菜のきつい視線を受けて、修平と琴美が押し黙る。


「・・・でも、2人ともこれでわかったでしょ? このゲームが、ただの殺し合いに過ぎないって事が」

「・・・ああ、そうだな」

「し、修ちゃん・・・?」

「もちろん、このゲームを肯定するつもりはないさ。 だけど――このままじゃ俺たちは、きっと生き残れない」

「っ・・・」

「・・・なぁ春菜、司と瞳が今どうしているかわかるか?」

「大丈夫。 かなり離れたエリアにいるわ。 でも雨も上がったし、きっとまたここに来るはずよ」

「だろうな」

「え? どうして2人とも、そう思うの?」

「司はきっと、このゲームに乗ることを選んだんだ。 さっきは俺の特殊機能を使っていたから、琴美の特殊機能で司のクリア条件を確認する事はできなかったけど――たぶん司のクリア条件には俺たちの内の誰かの死亡か、もしくは不特定多数のプレイヤーの死亡が、入っているんだと思う」

「じゃあ、ここはもう安全じゃないってこと?」

「ああ。 さっきは春菜の特殊機能のお陰で、たまたま裏をかくことができたけど――たぶんあの2人に、同じ手はもう通用しない」

「でしょうね。 私の経験から言っても、瞳は最強クラスのプレイヤーよ。 今度襲われたら、正直撃退できる自信はないわ」

「でも、それじゃあどうすればいいの?」

「別の隠れ場所を見つけるしかないな。 春菜、ここの他にどこか良い場所はないか?」

「そうね・・・」


春菜はPDAを取り出すと、『地図』を開いた。

候補地は、すでに思いついている。


「・・・ここ、なんてどう?」

「え!? そこって!?」

「・・・!」


春菜が指差したその場所を見て、2人の顔色が変わる。

やがて修平がにやりと笑う。


「・・・なるほど、その場所は盲点だったな」


――それから春菜たちは身支度を整えると、すぐに移動を開始した。

 

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外に出ると、空はいつの間にか秋晴れに変わっている。


「よし、行くか」

「うんっ」


そう声を掛け合いながら、修平と琴美が山を下りて行く。

春菜はその後に続いて歩きながら、何気なく後ろを振り向いた。

 

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修平と2日間だけ過ごした山小屋――。

ベランダで修平と語り合ったのが、遠い昔の出来事のようだった。


「・・・・・・」

「春菜、どうした?」

「・・・ううん、何でもない」


恐らくあの場所へ帰る事は、もう一生ないだろう。

春菜はその感傷を胸の奥へ押し込みながら、少し離れてしまった修平の背中を追って、小走りに山を駆け下りた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

――やがてゲームフィールドに、3度目の夜が訪れ――

昼間に降り始めた雨は、今ではもう止んでいた。

そして、湿気が立ち込める夜の森の中を、藤堂悠奈は神妙な顔で、まり子が待つ小屋を目指して歩いていた。

 

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「はぁ・・・私、何やってんのかしら・・・。 あの彼だって・・・ファーストステージの内に会えていれば、あんな風に死なせずに済んだかもしれないのに・・・」


山道を進んだその先で、悠奈が一軒の家屋を見つけたのは、まだ森がオレンジ色に染まっていた頃の事だった。

そこで見つけてしまったあの彼が、恐らくセカンドステージのトリガとなったプレイヤーだったのだろう。

あの家屋に立ち込めていた血の臭いを思い出し、たちまち胸が悪くなる。

とは言っても、いつまでも沈んでばかりはいられない。


「・・・私も見習わなくっちゃね、あいつの強さを」


やがて前方に、目的地が見えてくる。

悠奈は暗い表情を改めると、うしっと気合を入れてから、辿り着いたその小屋のドアをノックした。

するとすぐに、中から緊張した声が聞こえてくる。


「だ・・・誰・・・っ!?」
「ああ。 私よ、まり子」
「・・・悠奈、さん?」
「そ。 今から入るけど、間違っても私を撃ったりしないでね?」


そう声をかけながらドアを開けると――

 

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小屋の中では布団から起き上がったまり子が、護身用に残しておいた銃を、ちょうど下ろしているところだった。


「お・・・おかえりなさい、悠奈さん・・・」
「ただいま。 まり子、調子はどう? ってか、その顔色からするとあんまりよくはなさそうね?」
「はい・・・すいません・・・」
「いいのよ、別に謝らなくても。 まり子は怪我人なんだから。 それより、食事はちゃんと食べたの?」
「それが・・・食欲がなくて・・・」
「ダメよ。 弱っている時こそちゃんと食べないと」
「は、はい・・・」
「ほら、私が缶詰開けてあげるから」


そう言いながら、悠奈がまり子の枕元にある桃缶を拾い上げ表とした時――

 

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「っ・・・!」
「ん? どうしたの?」
「ゆっ、悠奈さん・・・それ、何ですか・・・!?」
「え?」


まり子が青ざめた顔で指差した先に目をやると、スカートの裾に、血が付着しているのがわかる。


「あ、そっか・・・。 さっき、死体を調べた時に付いたのね」
「しっ・・・死体って・・・!?」
「そう、実は見つけちゃったのよ・・・たぶん彼が、セカンドステージのトリガだったと思うんだけど・・・。 茶髪で青っぽい制服を着た男だったんだけど――まり子は、心当たりあったりする?」
「茶髪で・・・青っぽい制服って、言ったら・・・!」
「ん? もしかして、知ってるの?」
「・・・いと、う・・・」
「ん? えーと、よく聞こえなかったんだけど?」
「・・・・・・」
「あれ? どうしたの?」


改めてまり子を見ると、知り合いの死にショックを受けているのか、その顔がさっきよりもさらに青ざめている。

すると、急にその体が傾いていき――


「・・・ぅ、・・・」
「え!? ちょっとまり子!? アツっ――なにこれ、すごい熱じゃない!」
「・・・・・・」


触れた瞬間にわかるほど、まり子の体は高熱を発していた。

だがそれだけではない。

全身がガタガタと、激しく震えている。


――全身性痙攣!?


矢傷でこんな風になるものなの!?

確かに深い傷を負う事で組織反応が起こり、発熱や震えが起こる事はある。

だがこれは、ただの発熱による震えではなさそうだ。

手や足、胸元や顔の筋肉にまで痙攣が起こっている。

そんな症状を引き起こす病を、悠奈は1つだけ知っていた。


「じゃあ・・・もしかして、これって・・・!?」


――破傷風


状況から考えて、それに罹った疑いがある。

それは、傷口から細菌が入ることによって発症する死の病――。

そしてその症状を抑えるためには、こんな山の中では手に入るかどうかもわからない、抗生物質が必要だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―4日目―

 

――室内には、スースーという規則的な音が、慎ましやかに続いていた。

三ツ林司は傍らで眠る瞳の寝顔を見下ろしながら、PDAで現在の時刻を確認した。

 

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「4時30分・・・このエリアに入ってから、そろそろ1時間半か」


瞳のクリア条件は『2時間以上同じエリアに留まらない』――。

本当は傷を負って寝ている彼女を運べる力があればいいのだが、どう考えても司の細腕では、そんな事は不可能だ。

だから司にできる事と言えば、せめて自分は眠らずに、制限時間ギリギリまで瞳を寝かせておいてあげる事だけだった。

やがて朽ちた壁の隙間から、白い靄のような光が差し込んでくる。


「・・・朝か・・・」


宙を舞う埃がキラキラと輝き、どこか幻想的だった。

光の中で浮き彫りになった瞳の寝顔を見て、司は素直に綺麗だなと感心した。


「そう言えばどうしてるかな? 僕のシクラメンたちは」


ふと部屋で育てている植木の事を思い出しながら、司は改めて瞳の寝姿に目を向けた。

シクラメンは、小まめな世話を欠かしさえしなければ、毎年必ず美しい花を咲かせてくれる。

司に絶対服従を誓い、ただただ献身的に尽くしてくれる瞳は、そんなシクラメンと何処か似ていた。


「・・・本当に綺麗だな。 こうして見ると、嘘みたいに・・・」

 

そしてシクラメンにもそうしていたように、瞳の頬をそっと撫でる。

すると彼女は、ぴくりと反応し――

 

「・・・ぅ、・・・つ・・・司、様・・・?」


「・・・おはよう、瞳。 そろそろ時間だよ」

 

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「もしかして・・・ずっとそうしていらっしゃったのですか・・・?」
「ああ。 瞳があんまり綺麗だったから」
「っ・・・ご、ご冗談はおやめ下さい!」
「そうかな? 僕は本気で言ってるつもりだけど?」
「お、お戯れを!」


瞳が頬を赤らめながら立ち上がると、そそくさと襟を正す。

詰襟を立て直し、エプロンの腰帯を締め、皮手袋を手首側へ引く。

最後に髪のほつれを直し、優雅な一礼を司に向けた。


「・・・それでは私は、一度隣のエリアに行って参ります」
「待って。 ここからは僕も一緒に行動するよ。 瞳の怪我の具合が心配だからね」
「いいえ。 こんなものは、もう何でもありません」
「いや、それじゃあ僕の立場がないでしょ? 僕の考えが甘かったせいで、瞳に怪我をさせてしまったんだから」
「何をおっしゃいます。 昨日の事は、全て私がいけなかったのです。 私がもっと周囲を警戒していれば、司様をあのような危険な目に遭わせることもありませんでした。 ですから私は、何とお詫び申し上げればいいか――」
「瞳・・・・・・わかったよ。 お前がそう言うなら、僕もこれ以上は言わない事にするよ。 でもその代わり、1つ教えてくれないかな?」
「何を、でございましょうか?」


そう言って、瞳が不思議そうに見つめてくる。

司はその目を見つめ返しながら、静かに問いかけた。


「――お前は、どうして僕にここまで尽くしてくれるんだ?」
「それはもちろん、司様が私のご主人様だからです」
「いや、そういう事じゃなくってさ」
「・・・?」
「じゃあ質問を少し変えるよ、瞳が僕のメイドでいることに、何かメリットはあるのかい?」
「いいえ。 ご主人様を心より慕い、敬服し、そして護る。 それが私の唯一にして絶対の存在意義なのです。 そこにメリットなどはございません」
「・・・・・・つまり僕のメイドでいる事が、瞳の一番の望みだと?」
「もちろんでございます」
「じゃあ瞳は――僕に、あくまで主人としての振る舞いを望むんだね?」
「はい。 ご主人様」


そう言って、瞳が司に恭しく頭を下げる。


「・・・わかった」


それが彼女に必要な水と肥料だと言うなら、喜んで与えよう。

司は短く息を吸うと、瞳に向けて冷たく告げた。

 

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「それじゃあ命令だ。 僕は、今よりも強力な武器が欲しい。 手に入れて来てくれるね?」
「はい。 お任せ下さいませ、ご主人様。 どうぞ、こちらでお待ち下さい。 すぐに目的を遂げて戻って参りますので」


瞳が嬉しそうに微笑みながら一礼し、壁に立てかけてあったチェーンソーを取り上げる。

そして昨日の怪我の影響を全く感じさせない足取りで、廃屋の外へと歩き出す。

司は黙ってその背中を見送った。

得体の知れない苛立ちを感じている自分に、多少の戸惑いを覚えながら――。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――中央管理施設。


細谷春菜がこの場所を新たな拠点に選んだのは、多くのプレイヤーにとってこの場所が、盲点になっていると考えたからだった。

ここで運営が主催する説明会が行われた以上、ここは今回のゲームのスタート地点と言っていいだろう。

そして春菜の経験上、スタート地点に戻ろうとするゲームプレイヤーは、実はそれほど多くない。

とは言えやはり不安はあり、春菜がカーテンの隙間から外の様子をうかがっていると――


「・・・あ、あのさ春菜ちゃん」


部屋の隅でずっと黙っていた琴美が、急に話し掛けてくる。

修平は今、施設内の散策に向かっていていない。

会議室に残っているのは春菜と、山歩きに疲れた琴美だけだった。

 

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「・・・なに?」
「ずっと黙ってるのも何だし、何かお喋りとかしない?」
「お喋り?」
「えーと、ほらっ、最近見たテレビの事とか?」
「私、テレビってほとんど見ないから」
「じゃあ、よく聞く音楽とか?」
「・・・・・・」
「あれ、もしかして興味ない?」
「正直。 それに、今はそんな事を話している場合じゃないと思うし」
「あっ、うん・・・それも、そうだよね」
「それよりお兄ちゃんがいない内に、琴美に聞いておきたい事があるんだけど――いい?」
「えっ!? ど、どんな事っ!?」


修平との関係について言及されるとでも思ったのか、琴美が恥ずかしそうに声音を上げる。

だが春菜が聞きたいのは、そんな事ではない。

水を差すようで申し訳ないと思いつつ、それでも春菜は質問した。


「このままゲームが進行したとして、もしクリア条件を達成する以外に生き残る方法がないとしたら、琴美はどうするの?」
「えっ・・・どうって・・・?」
「琴美のクリア条件には、お兄ちゃんの死亡が含まれていた。 だから聞かせてほしいの。 もしその時が来たら、あなたは生き残る事を選ぶのか、それとも死ぬ事を選ぶのか」
「は、春菜ちゃんっ!?」
「・・・考えたくないというのはわかるわ。 本当は、私だってそうだから。 でも、選択の時は確実に迫ってきているの。 その時が来たら私もあなたも、きっとどちらかを選ばなきゃならない。 そして私はそんな時、いつも自分が生き残る事を選んできた。 そうして、手を血で赤く染めてきたのよ・・・。 でも今回は、私にもどうしたらいいかわからないの。 お兄ちゃんは私にとって、特別すぎる人だから。 だから聞かせて。 あなたの答えを。 あなたにとってもお兄ちゃんは、特別な人のはずだから」
「っ・・・・・・私は・・・私は、修ちゃんのいない世界なんて・・・考え、られないよ・・・」
「それが、あなたの答え?」
「・・・うん・・・」
「そう・・・」
「・・・な、ちゃんは?」
「ん?」
「春菜ちゃんは、どっちを選ぶつもりなの・・・?」
「私は・・・・・・私も、たぶん琴美と同じだと思う・・・」


それが今の今まで考え続け、春菜が導き出した答えだった。


「・・・そっか。 じゃあ、私たちは仲間だね?」
「そうね・・・」
「ねぇ、春菜ちゃん?」
「ん?」
「この事は、修ちゃんには内緒にしようね?」
「・・・ええ、わかってる」


そう言って春菜と琴美は、弱々しい笑みを見せ合った。

やがて廊下から、修平の足音が聞こえてくる。


「あっ、修ちゃんが戻ってきたみたい・・・! 春菜ちゃん、いつも通りにね?」
「え、ええ・・・」
「・・・・・・」

 

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「ん・・・?」

「――あっ、修ちゃんお帰り!」

「あ、ああ・・・なんだ、2人とも? 何か話してたんじゃなかったのか?」

「ううん。 ねっ、春菜ちゃん?」

「ええ。 そうね」

「・・・?」

「もー、修ちゃん! だから、何でもないんだってば!」

「おいおい、別に怒る事はないだろう?」

「だって修ちゃんが、私たちに疑いの目を向けるから!」


どうやら琴美は、シラを切るのが苦手らしい。

そう判断し、春菜はすかさず琴美の役目を引き受けた。

自然に切り替えられそうな話題を選び――


「お兄ちゃん、施設の捜索はどうだった?」

「ああ、それなんだが・・・春菜、ちょっとお前のPDAを貸してくれないか?」

「いいけど、どうして?」

「ちょっとな」

「?」


春菜はその物言いに違和感を覚えつつ、とにかくPDAを手渡した。

すると修平がさっそく特殊機能を起動させ、プレイヤー接触情報を確認し始める。


「ねぇ修ちゃん? 何か気になる事でもあるの?」

「いや、大したことじゃないんだ」

「・・・?」

 

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口にした言葉とは裏腹に、修平の目は真剣だ。

だが何を考えているのかわからない。

その内に操作を終え、春菜にPDAを返してくれる。


「ありがとう」

「ううん。 それより、何だったの?」

「だから、大したことじゃないよ。 司と瞳が今どこにいるのか、ちょっと気になっただけさ。 でも、ここには向かってないみたいで安心したよ」

「・・・そう?」


とりあえず頷きはしたものの、どうも腑に落ちないモノがある。

すると修平は、春菜の視線から逃れるかのように――


「じゃあ俺、またちょっと施設内を回ってくるから」

「え?」

「待ってお兄ちゃん。 さっきから何か様子が変よ。 施設内はもう充分時間をかけて、捜索したはずなのに、これ以上何を調べるつもりなの?」

「いや、それは・・・」


春菜の厳しい言及を受け、修平が急に口ごもる。

だがやがて観念したように、口元に苦笑を浮かべて言う。


「・・・実はもう少しで、ずっと考えていた事の答えが見つかりそうなんだ」

「ずっと考えていたこと?」

「もしかして、それって今後の事とか・・・?」

「まあ、そんなところだ。 だからもうしばらくの間、1人で考えさせてくれないか? その答えが見つかったら、その時に全て話すからさ」

「うん。 そういう事なら・・・。 ね? 春菜ちゃん?」

「・・・・・・」


今後の事については、ついさっき春菜も琴美と話したばかりだ。

確かに修平の立場を思えば、1人で考えたいという気持ちはわからなくもなかった。


「・・・そうね。 わかったわ」

「ありがとう、2人とも。 じゃあ悪いけど、またぐるっと施設を回ってくるよ。 ちょっと時間はかかるかもしれないけど、それまで2人はこの部屋で待っていてくれないか?」

「――うん。 わかったよ」

「私も了解」

「そっか、本当に悪いな。 じゃあ、行ってくる」


そう言って、修平が会議室を後にする。


――でもお兄ちゃんは、どんな答えを出すのだろう?

春菜は残された琴美と一緒に、どこか空虚な空気に満ちた会議室の中で、その時が来るのをじっと待つ事しかできなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 


――昨日降った雨の湿気はもはやなく、森に心地好い風が吹いている。

だがそれとは対照的に、真島章則の心は、決して晴れやかとは言えない状態だった。


「・・・・・・」


――やはり俺は、おかしくなっているのか?


黙って歩いているだけで、そんな疑問が湧いて来る。

いつの間にか自分がこのゲームを肯定していた事に気付いたあの時から、正体不明の違和感がずっと付きまとっていた。

と、その時――真島にその事を指摘した張本人が、後ろで情けない声を上げた。

 

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「ふえぇっ、真島さーん。 やっぱりさっきのこれぇ、脱いじゃダメですかぁ? あたしぃ、もう重くって暑くって汗だくでぇ」


結衣の言う『さっきのこれ』とは、メモリーチップを使って食料を手に入れた際に、一緒に見つけた物の事だろう。

しかしそれは、脱いでしまってはまったく意味を成さないものだった。


「・・・ダメに決まっているだろう? お前は何を言っているんだ?」
「で、でもぉ」
「我慢しろ。 昨日言った事を忘れたのか?」
「あうぅ・・・はぁい」


そう言って結衣が力なくうなだれる。

朝から歩き通しだった事もあり、そろそろ疲れてきたのだろう。


「次のポイントはすぐそこだ。 もう1つの食料を手に入れたら、2人で食事にしよう」
「ええっ? いいんですかっ?」
「いいも何も、そのために俺たちは貴重なメモリーチップを使っているんだろ?」
「それは、そうですけど・・・・・・真島さんがなんかちょっと、昨日より優しいような・・・」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、別にその――な、何でもないですよっ、あははっ」
「・・・まぁいい。 行くぞ」
「はっ、はぁ~い」


結衣を連れ、メモリーチップを差したPDAを持って歩く。


・・・。


やがて辿り着いたのは、何の変哲もない腐葉土の上だった。

 

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「・・・どうやら、ここらしい」
「了解です。 それじゃあ穴掘り開始ですね」


その言葉に頷いて、2人で地面にしゃがみこむ。

穴を掘るのに必要な枝は、すぐ側に2人分落ちていた。


「真島さん、今度もまた食料以外に何か入ってるといいですね?」
「そうだな」
「真島さんだったら、次は何が欲しいですか? グローブとかですか?」
「っ・・・なぜ俺がそんなものを」
「あれ? でも真島さんって、ボクシング習ってるんですよね?」
「いや、今はやってない」
「え? やめちゃってるんですか?」
「・・・・・・荻原、いいから手を動かせ」
「あー、なんか話を逸らそうとしていませんか?」
「荻原。 悪いが俺は、お前に身の上話をするつもりはない。 だいたい、そう何度も食料以外の物が手に入るわけが――ん?」


見ると掘り出した缶詰の横に、また何かが埋まっている。

さきほどの物よりは大きくないが――取り出してその包みを解いてみると、それは予想もしていなかったものだった。


「これは・・・!」

 

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「うわー、なんか強そうな銃ですね?」
「ああ・・・俺も、詳しくはわからんが・・・形からすると、恐らくサブマシンガンの一種だろう・・・」
「さぶましんがん、ですか?」
「・・・軽機関銃の事だ」
「えええっ!? 機関銃って言ったら、『ダダダダダッ』ってヤツの事ですよね!? でもこれっ、すごい小さいですよ!?」
「確か『スコーピオン』とかいう銃だ。 マンガで読んだ知識だから、当てにはならんがな」
「ひえぇー、どっちにしろ凄いじゃないですか! でっ、でも――これ、どうするんですか? これって、つまりそのっ、人殺しの武器なんですよね?」
「そうだな・・・」


真島は頷いて、改めてその軽機関銃をじっと見た。


人殺しの武器――。


恐らくこのゲームに参加している人間の中で、その事を知らない人間はいないだろう。


「・・・・・・荻原、これはお前が持て」
「え? あ、ちょっと――うわわっ、ほ、本物だぁっ!?」


結衣に持たせておくだけでも、戦いを抑止する力はあるだろう。

真島はそう判断し、その軽機関銃を、自分の体から遠ざけていた。


・・・。

 


――そして、昼食を済ませた後――


2人は昨日と同じく、メモリーチップ探しを再開した。

すると首から下げた軽機関銃の重さに顔をしかめつつ、結衣が、PDAの特殊機能をONにしながら言う。

 

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「でも変ですよね、真島さん」
「何がだ?」
「だってあたしたち、もう12個もメモリーチップを集めているのに、真島さんのクリアってまだみたいじゃないですか?」
「確かにな・・・」


これまで手に入れたメモリーチップは、一応真島が全て所持しているのだが、PDAにそれらしい変化は現れていないのだ。


「・・・恐らく俺たちよりも多い数を所持しているプレイヤーがいるのだろう。 仕方ないさ。 俺たちは、動き出すのが遅かったからな」
「それって・・・あたしのPDAが、壊れてたせいですよね・・・」
「いや、それは関係ないだろう。 むしろ悪いのは俺の方だ。 荻原がメモリーチップを探そうと言った時にも、俺は別の事に気を取られていたからな。 もっと早い段階から荻原の言葉に耳を傾けていれば、今頃もう少しは楽になっていただろうに・・・」
「・・・・・・あのー、真島さん?」
「なんだ?」
「なんかあたしに隠れて、変なものでも食べたりしました?」
「・・・それはどういう意味だ?」
「いやなんか、また昨日と様子が違うなーと思いまして」
「・・・やはり変か?」
「変、とかではないんですけど・・・。 なんて言うか、あたしの方の調子が狂うって言うか、その・・・。 いやでもっ、今の真島さんの方が絶対に良いんですけどね」
「今の方が良い・・・? そんなはずはないと思うが・・・?」


自分の変化を自覚しているだけに、真島には、結衣の言葉の意味が余計に理解できなかった。

と、その時――木立ちの向こうから奇妙な物音が聞こえてくる。


――『ぐっ、こ、このぉ・・・っ!』

――『甘いです』

――『ッッ・・・ち、くしょ・・・!』

 

「・・・?」
「真島さん、この音って・・・?」
「わからん。 荻原、物音を立てるなよ?」
「は、はい・・・!」


そうして、2人して木の陰からそちらを覗くと――

 

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――『てめぇいい加減に俺の銃を返しやがれっつってんだろーが!』
――『不許可です。 あなたはあの真島という男を超えたいのでしょう? ならば素手で挑まなければ意味がありません』
――『あぁああっ!?』
――『わからないのですか? だからあなたはダメなのです』
――『っの野郎ォ、てめぇナニわけわかんねぇ事ばっか言ってんだコラァ、このクソガキがぁああああっ!』
――『だから甘いと言っていますっ』


――ッッ


――『おがっ・・・ぐ、う・・・っ!』
――『そしてこれは、私をガキと呼んだペナルティですっ』


――ッッ


――『がっ・・・は・・・!』


少女の細い足が、容赦無く黒河の腹部を踏みつける。

あれだけ体格差があるというのに、少女は黒河を圧倒していた。


「・・・なんか、あの子すごいですねぇ」
「ああ。 あれで手を抜いているんだから、大したものだ」
「へ? そんなの、わかるんですか?」
「彼女は黒河が攻撃するのを、待っている節があるからな」
「それって、稽古でもつけてるんですかね?」
「かもしれん。 黒河がそれを望んでいるようには見えないが」
「ふぅん、やっぱりすごいんですねぇ」


確かに彼女の技術は素晴らしい。

真島でもやりあえば、勝てるかどうかわからないだろう。

だが――


「なんにせよあんな技術も、このゲームでは役に立たんがな」
「え? どういうことですか?」
「考えてもみろ。 サブマシンガンを持っている今の荻原なら、彼女を殺す事なんて簡単だろう?」
「ちょ――なに物騒なこと言ってるんですか!? あたしがそんな事するわけないじゃないですか!?」
「あくまで仮定の話だ。 だが、どんな技術を身につけていても、銃を持った人間には敵わない。 それがまぎれもない現実だ」
「現実、ですか・・・。 でも、だったらどうしてなんですか?」
「ん? なにがだ?」
「だってそれが現実だって言うんなら、どうして真島さんはさっき、あたしにサブマシンガンを渡したりしたんですか? どんくさいあたしなんかが持つより、絶対真島さんが持った方がいいはずなのに。 それって、なんか矛盾してないですか?」
「それは・・・」


確かに結衣の言う通りだった。

真島は昨日、このゲームに乗ると決めたのだ。

にもかかわらず、真島の行動はその決定に反していた。

真島がこれまでボクシングに頼ってきたのは、それが一番信頼できる武器だったからに他ならない。

だが強力な武器が手に入った今、その理屈は通用しない。


『どんなに技術があっても、銃を持った人間には敵わない』


――なのに俺は、いったいなぜ・・・?


その時、一発の渇いた銃声が森の中に木霊した。


――その音が鼓膜を震わせた時――

黒河正規はそれを気にかけつつも、『今だ』と思っていた。



クソガキの視線が、その音が鳴った方向へそれたのだ。

これでようやく、わけのわからない事ばかり言うクソガキの顔に、思い切り拳をぶち込んでやれる。

黒河の口元に、歓喜の笑みが浮かぶ。


――ッッ


だが――振り下ろした黒河の拳は、なぜか大きく右にそれる。


「あ・・・?」

「――黒河っ!?」


膨張していたはずの全身の筋肉が、一気に萎んでいく。

黒河の腹部が焼けるように痛んだのは、体がガキの横を通り抜け、地面に倒れた後だった。

その拍子に木の枝に引っかかり、腕にも浅い痛みが走る。

「ッッッ・・・!! まっ・・・マジかよ、オイ・・・!? 撃たれたのは・・・俺だった、ってぇのかよ・・・っ!?」

「――黒河、こっちです!」


ガキに手首をつかまれ、無様に木の陰まで引きずられる。

だが幸い、次の銃声は鳴らなかった。

姿の見えぬ狙撃者が逃走を始めたのか、草を掻き分ける音が急速に遠ざかって行く。


「ち、くしょ・・・!」
「――黒河、死んではいけませんっ! お前が死んでしまったら、私はこれからどうやって食料を確保すればいいのですかっ! だから黒河っ! 私のために死なないで下さいっ!」


耳元でガキが、勝手なことを口走る。


――そんなにひでぇ傷なのか!?


黒河は青ざめながら撃たれた腹に手をやった。

だが出血は思ったほどではなく、体に穴が空いているというわけでもない。


「あ・・・か、かすっただけ、じゃねぇのかコレ・・・?」
「え・・・?」
「オイ、てめぇ大袈裟なんだよ・・・!」
「っ・・・わ、私は悪くありません!」
「ああっ!?」
「その程度の傷で、倒れる黒川が悪いのです! まったく心配して損しました! 私の心配を返して下さい!」
「っるせぇよ、このガキ! 顔の真ん中に、でっけぇ節穴を2つも付けやがってよぉ!」
「せいっ」


――ッッ


「痛づッッッ! ――っの野郎ォ、傷口殴ってんじゃねーぞコラ!」
「黙りなさい! 一言多いのがいけないのです!」

 

 

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「ちっ・・・にしても、どこのバカが俺を弾きやがったんだ? オイ、面は拝んだのか?」
「いえ、まったく見えませんでした。 しかし、陰からこそこそ狙撃するなど所詮はただの臆病者です。 大した相手ではありません」
「臆病者ね・・・ま、確かにそうかもしれねぇが。 場所を特定される前に引いたって事は、なかなか頭が使える野郎だって事だぜ、クソッタレが」
「・・・意外ですね」
「ああ?」
「あなたはもっと、短絡的な行動を好む人間かと思っていましたが」
「アホか。 命のやり取りなんてもんはなぁ、どんな手を使おうが最後に勝ちゃあいーんだよっ」
「確かに、それには私も同意ですが――ですが未熟な者がその考えに頼るのは、ただの甘えでしかありません。 そして黒河、あなたには明確に足りないものがあります」
「ああっ!?」
「それは、精神力です。 恐らくあなたは、常に負けることを恐れているのでしょう。 だから相手を恫喝し、体格差や武器に頼り、戦いをすぐに終わらせようとする。 自分を律し、恐怖を克服し、勝利のためにのみ行動する。 そのために必要な精神力が、あなたには圧倒的に不足しているのです」
「っ・・・このクソガキが、やっぱてめぇは気にいらねぇぜ」
「これは奇遇ですね。 私もあなたの事が好きではありません。 目がチカチカする金髪も、無駄にゴツゴツしたゴリラみたいな身体も、その軟弱な精神も」
「っ・・・てめぇ、ゼッテーぶっ殺してやるからな」
「無理ですね、それは。 私は黒河に負けるなど、万に一つもありません」


――いや、ゼッテーぶっ殺す。


黒河は腹の痛みも忘れ、ありったけの殺意を込めて、墨色の髪をしたガキを睨みつけた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


―― 一方、その頃――



「はっ・・・はっ・・・はっ・・・! 待っててね、まり子・・・これさえ打てば、もう大丈夫なはずだから・・・!」


そうして山道を走る藤堂悠奈の手には、小さな瓶に入った抗生物質と注射器が握られていた。

廃村で見つけた診療所跡を捜索した結果、運よくそれを手に入れる事ができたのだ。

できるだけ多くのプレイヤーを救いたい。

まり子を無事に、日常の世界へ戻してあげたい。

だが、強くそう願っていた悠奈は――

その時、周囲への警戒を怠っていた。


――『司様、今です』

――『ああ』


「っ!? しまっ――」


――!!!!


刹那、悠奈の体は凄まじい衝撃に包まれていた。


右腕、右肩、左脇腹、左大腿――。


体の至る所から、バラバラに痛みが伝わってくる。

そして気が付けば、山道の上に倒れていた。


「あっ・・・、いぃっ、う・・・ッ」


自分はいったい、どんな攻撃をされたのだろう?

確かなのは、それが連射性の高い銃器だという事だ。


――『瞳、彼女にとどめを』

――『はい』


「ッ――!?」


――この声って、あの時の・・・ッ!?


それはゲーム初日に遭遇した事がある、線の細い男と、あのメイドの声に違いない。

だが体が言う事を聞かず、その声の方向を確認する事もままならない。

そして奇妙な音が、悠奈の方へ近づいてくる。


――ま、まずい・・・!

 

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「ぎっ・・・、うぅ・・・!」


「おや、まだ動けるとは驚きですね。 でもご安心下さい。 今、楽にして差し上げます」


メイドと思しき足音と共に、その音も悠奈に近づいてくる。

だが、悠奈は歯を食いしばり――


「・・・ね、ない・・・」

「は?」

「こ・・・んなところで・・・! こんな所で、死んで――ら、れるかぁあああああっ!」


「なっ!?」


気合と共に起き上がり、全身に鞭を打って走り出す。

だがこんな穴だらけの体で走ったところで、恐らくメイドから逃げ切る事は不可能だろう。

だから悠奈は、一か八か――

まり子の命をつなぐための、抗生物質が入った小瓶と注射器を胸に抱きながら――


「うあああぁああああああああああーっ!!!」


崖の向こう側にある引力の世界へ、その身を投げ出していた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

三ツ林司がその崖の下を覗いた時には、彼女の姿はそこになかった。


「・・・逃げられた、みたいだね」


すると傍らに控えていた瞳が、顔に痛恨の念を浮かべてうなだれる。

 

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「・・・申し訳、ありません・・・」
「・・・いや、いいさ。 ここから飛び降りるなんて、僕だって予想してなかったからね。 さ、下に降りて彼女を追うよ」
「しかし・・・よろしいのですか?」
「何が?」
「我々の標的は、あの者たちだったはずでは・・・?」
「ああ、もしかして藤田先輩たちの事を言ってる?」
「はい」
「そうか。 でも、それはもういいんだ。 僕はもう、彼らにこだわらない。 だいたい今からあの山小屋に行ったところで、彼らはもう別の場所に移動しているだろうしね。 だからさ、確実に1人ずつ始末していこうよ。 瞳の今の体力を考えれば、きっとその方が、このゲームを早く終わらせられる」
「ですが司様、私の事はどうか・・・」
「・・・わかってるよ。 僕は別に、お前のことを案じてるわけじゃない。 合理的に考えて、その方がいいって判断したんだ。 だからお前は僕のメイドとして、僕の命令に従っていればいい」
「はい。 かしこまりました、ご主人様」


そう言って、瞳が恭しく頭を下げる。

だが彼女が本当に慕っているのは、司自身ではないだろう。

彼女がいま目にしているのは司ではなく、あくまで『ご主人様』という偶像なのだ。

司はその事に確かな歯痒さを感じながら、手にした拳銃を握りしめた。



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M93R――。

瞳と並び立つために、新たに手に入れた力――。

それは連射性の高い3点バースト機能を備えた、最強の拳銃だった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

――そこは、カーテンが締め切られた会議室の中――


細谷春菜はその一室で、15分ほど前から1人きりになっていた。

琴美は今、なかなか戻って来ない修平を探しに行っているためにいない。

 

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そのうち春菜は暇になり、またPDAを取り出して、プレイヤーの接触情報を確認した。


11時13分:『2』及び『J』及び『K』。 12エリアにて接触
11時14分:『2』及び『K』。 12エリアにて接触


新たな接触情報は、その2つ――。

どうやら瞳と司が、あの赤い髪の女と接触したらしい。

だが、両者がどうなったかまではわからない。


「はぁ・・・遅いな、お兄ちゃんも琴美も・・・」


思わずそんな溜め息をつき、ドアの方へ目を向ける。

だが、2人の足音さえも聞こえない。


「もしかして私・・・お兄ちゃんが、何とかしてくれるって思ってる・・・?」


そんな言葉が口から漏れる。

殺すのか、殺されるのか?

春菜には、その2択しか与えられていないはずなのに。


「でも、お兄ちゃんなら・・・もしかしたら・・・」


現実を忘れ、春菜がぽつりと呟いた――その時。

 

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「春菜ちゃんっ! 大変だよ、修ちゃんがっ!」
「え・・・? お兄ちゃんが、どうかしたの・・・?」
「いいから早く! こっちに来て!」


琴美が春菜の手を引いて、そのまま廊下へ走り出す。

彼女の様子は、とても只事ではなかった。


そうして春菜が連れて来られたのは、1階にある施設のロビーだった。

 

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「春菜ちゃん、あそこ!」
「・・・?」


琴美が指差したその場所を見ると、リノリウム張りの床の一部が開いている。

近づいて中を覗くと、地下に続く縦長の空間と、金属製の鉄格子が見える。


「地下室・・・? この施設に、こんな場所が・・・? もしかしてお兄ちゃんは、この下に・・・?」
「ううん、違うの! でも、急いで!」


そう言って琴美が、その空間に身を躍らせる。

予想外の展開に戸惑いながら、春菜も慌ててその後を追った。


そして、辿り着いたその場所で見たものは――

 

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「な・・・によ、この部屋・・・!?」


壁一面に並んだモニターに、フィールド内の映像が映し出されている。

その中には、春菜も見知ったプレイヤーたちの姿も見て取れた。


「春菜ちゃん、これを見て!」


そう言って、琴美が機材に手を触れる。

するとモニターに、『四日目/8エリア・03/11:00』と表示された映像が映し出され――


「――お、お兄ちゃんっ!?」


その直後、画面の中で修平の銃が煙を上げる。

そして悔しげに銃を下ろし、その場から走り去って行く。


「ッ!!??」
「ねぇ春菜ちゃん、これって修ちゃんなんだよね? 別にCGとか、そういう事じゃないんだよね?」
「・・・わ、わからないわ」


とりあえずそう答えたが、運営がこんな映像を捏造するメリットがあるとは思えない。

という事は――


「琴美っ! このときお兄ちゃんが誰を狙っていたのか知りたいんだけど、すぐ探せる!?」
「う、うんっ! やってみるっ!」


だが春菜の中に、答えはもうすでに出ていると言って良かった。

なぜ修平はあの時、春菜のPDAを借りに来たのか?

なぜ春菜と琴美に、あの会議室で待っているように言ったのか?


「あったよ! ほらこれ!」


見ると『四日目/8エリア・06/11:00』という映像の中に、墨色の髪の少女と、金髪の男が映っている。

やがてモニターの中で、金髪の男の方が狙撃を受ける。

春菜はそれを確認すると、すぐにPDAを取り出し、彼らのものと思しき接触情報を探した。

そうして判明した、男のプレイヤーナンバーは――


「や・・・やっぱり・・・っ!」
「春菜ちゃん、どういう事なの?」
「琴美・・・お兄ちゃんが狙撃した、その男のプレイヤーナンバーは『8』・・・あなたの、クリア対象の1人よ・・・」
「え・・・?」
「きっとお兄ちゃんも、この場所を見つけてたのよ・・・。 そしてここの映像と、私のPDAから得た情報を合わせて、琴美のクリア対象を特定したんだわ・・・」
「そんな・・・それじゃあ、修ちゃんは・・・!?」
「ええ・・・お兄ちゃんは、選んでしまったのよ・・・。 自分が殺人者になって、琴美をクリアさせるって・・・。 それに・・・たぶん、私のことも・・・。 そして、お兄ちゃん自身は最後に・・・」


――じゃあ、行ってくる。


そう言って部屋を出て行った時、修平はどんな顔をしていたのだろうか?


「修ちゃん・・・なんで・・・!? 私たち・・・修ちゃんに、そんなこと望んでないのに・・・!」
「っ・・・」


単独行動をしている修平を、春菜のPDAで補足するのは不可能だった。

先ほどの情報がPDAに現れなかったのは、修平が接触と見なされないほどの距離から狙撃したからだろう。

どちらにしろ接触情報を見てから行動したのでは、とても間に合わない。


――このままでは、お兄ちゃんが人を殺してしまう。

――自分と同じ世界に堕ちてしまう。


「・・・・・・」
「・・・探そう、春菜ちゃん」
「え・・・?」
「私・・・修ちゃんに、人殺しなんてさせたくない・・・! だから、探そうよ春菜ちゃん! ここの機材を使えば、きっと修ちゃんの行き先だって!」
「琴美・・・! そうね、すぐにお兄ちゃんを探しましょう! 2人で手分けすれば、きっと、まだ間に合うはずだから!」
「うんっ!」


春菜はそうして琴美と頷き合い、モニターの映像を次々に切り替えながら、その中に修平の姿を探し求めた。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――いま自分は、カメラにどんな風に映っているのだろうか?


阿刀田初音は、前を行く充の背中を見つめて歩きながら、ついついそんな事を考えていた。

 

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「・・・あの、充」
「なんだい、初音ちゃん?」
「充のPDAの事を、お尋ねしてもいいですか?」
「うん、もちろん。 僕のPDAは『JOKER』。 特殊機能は『半径10m以内にあるPDAに変化できる』だよ」
「えっ・・・それじゃあ、もしかして初音のPDAにも・・・!?」
「もちろん変化できるけど――でも、そんな事しないから安心してよ。 僕のセカンドステージのクリア条件は、『変化したことがあるPDAの持ち主全員の死亡』なんだ。 そんな事しちゃったら、初音ちゃんは僕のクリア対象になっちゃうからね。 だから僕は、初音ちゃんのPDAをコピーしたりなんかしない。 約束するよ」
「充・・・! はいです! 初音も充を信用するのです!」


そう言って満面の笑顔を浮かべながら、初音はまた森に仕掛けられている無数のカメラを意識した。

これだけ1人の男を騙せているのだから、見ている人もきっと喜んでいる事だろう。


――本当に、充は馬鹿な男なのです。


そうして初音が、内心で邪悪な笑みを浮かべていると――

突如として鳴り響いたその音に、充が即座に反応する。


「――初音ちゃん、この音って!?」
「えと、これは・・・初音のPDAが、初音たちの20m以内に誰かが近づいた事を知らせている音なのです・・・!」
「な、なんだって!? い、いったい何処に!?」


充がそう言って取り乱し、周囲に忙しない視線を送る。

その間に初音は万が一に備え、素早くPDAの特殊能力を『例のモノ』に切り替えた。

すると充が、ある方向を指差し――


「初音ちゃん、あそこ・・・!」
「え・・・?」


初音もそちらに目を向けると、木々の向こうに見える山道を、誰かが1人で歩いている。

 

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「あれは・・・修平?」
「え? もしかして知ってる人なの?」
「はいです。 最初の説明会を一緒に受けた人なのです」
「どんなプレイヤーだったか覚えてる?」
「ええと、途中ではるなってプレイヤーを追いかけて出て行ってしまったですが、わりと優しい感じの人だったです」
「そっか・・・でも、どうする初音ちゃん? このまま隠れてる? それとも彼に接触した方がいい?」
「えっ・・・初音が決めるですか・・・?」
「だってほら、初音ちゃんのクリア条件は初音ちゃんしか知らないから」
「あ、そうだったですね・・・」


クリア条件を他人に知られてはいけない――。

そうした内容があたかもクリア条件に含まれているかのように話していた事を思い出し、初音は急いで考えた。

修平をどうするのか?

だが初音のクリア条件が『自分以外のプレイヤー全員が死亡する』である事を考えれば、答えは自ずと決まっていた。


「・・・初音は、ちょっと修平と話してみるです」
「え? でも、それって危険なんじゃ――」
「大丈夫なのです。 初音が1人だけで行った方が、きっと警戒されにくいはずなのです。 だから充は、ここで待っててほしいのです」
「――あっ、初音ちゃん!?」


だが初音は充の制止を無視し、草むらから飛び出した。

初めから他人に冷たかった司ならいざ知らず、修平ならば初音に油断してくれるに違いない。

いきなり修平を殺したりすれば充は驚くだろうが、初音にはどうとでも言い繕える自信があった。

すでに修平は物音に気付き、こちらに意識を向けている。

頭の中で、新しいシーン撮影を告げるカチンコの音を鳴り響かせながら、初音は森から山道へ抜けた。


・・・。

 

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「――修平っ!」
「っ!? ・・・なんだ、初音か」
「はいなのです! まさか修平ともう一度会えるなんて、初音は思ってもみなかったのです!」
「そうだな。 説明会以来だな」


そう言って、修平が構えかけていた銃を下ろす。

初音はしっかりそれを見届けてから、次の言葉を口にした。


「ところで修平は、あれからどうしてたのですか? はるなとは無事に会えたですか?」
「ああ、なんとかな」
「それは何よりだったです! でも、今はどうして1人なのですか? 琴美の姿も見当たらないようですが?」
「2人とも、今は別の場所にいるよ。 こっちのエリアに用事があるのは、俺だけだったからな。 それより初音こそ、まり子さんや大祐と一緒じゃなかったのか?」


――来た。


待っていたその問いを受け、初音は演技に熱を入れた。


「それが・・・まり子とは途中ではぐれてしまって・・・・・・大祐は・・・大祐は誰かに殺されちゃったのです・・・」
「殺された?」
「はい・・・だから初音は・・・初音は・・・とても怖かったのです・・・!」


そうして目に涙を溜めながら、修平との距離を一気に詰める。


と同時に、上着のポケットに手を忍ばせる。

あとは修平の胸に飛び込んで、その引き金を引けばいい。

初音は、そう思っていたのだが――

 

 

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「え・・・?」


気付けば初音の額に、銃口が突き付けられていた。

見上げると、そこに氷のような視線がある。


「修・・・平・・・?」
「初音、『誰か』じゃないだろう?」
「え・・・?」
「大祐は、お前がその手で殺したはずだよな?」
「ッ――!?」


――どうしてその事を!?


そのとき横手の草むらを割って、誰かが山道に飛び出して来る。



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「――初音ちゃんっ!?」

「っ・・・!」


待っていてと言ったはずなのに――!

でも今は、充のその行動がありがたかった。


「おい、お前っ! その銃を今すぐ下ろせっ!」

「・・・・・・」

「――お、おおっ、下ろせって言ってるじゃないかっ!?」

「・・・・・・」


だが充のヒステリックな命令にも、修平はまったく動じない。

それどころか、落ち着き払った声を充に向ける。


「・・・なあ、あんたは知ってるのか?」

「し、知ってるって何をさ?」

「初音のクリア条件だ」

 

 

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「っ!?」


「いや、知らないけど――だから何だって言うんだよ!」

「やっぱりな。 本当のことを知っている人間が、初音と一緒に行動できるはずはない。 そうだろ、初音?」

「修平・・・何を言うですか・・・?」

「『初音が生き残るためには、他の船員を、1人残らず溺死させなきゃいけない』。 これはお前の台詞だったよな?」

「っ・・・!?」


「さ、さっきから、何の話をしているんだ?」

「まだ、わからないのか? つまり初音がクリアするためには、初音以外の全プレイヤーの死亡が必要だっていう事さ」

「え・・・!? ってことは、僕もその中に・・・!?」

「そうだ」

「で、デタラメなのです! 修平が嘘をついているのです!」

「・・・いいのか初音? そんな事を言っても?」

「え?」

「お前が身の潔白を証明したければ、ここで彼に、お前のPDAを見せる必要がある。 そんなこと、お前にできるのか?」

「っ・・・」


挑発的な修平の言葉――。

何があったのか知らないが、今の修平は初音の知る彼ではなかった。

だが、付け入る隙がないわけではない。


「・・・・・・わかったです。 見せればいいのですね?」

「・・・?」

「どうするのですか? 見ないのですか?」

「いいだろう。 ゆっくりPDAを取り出すんだ。 そっちの彼も、それでいいな?」


「・・・ああ」


「初音、妙な真似はするなよ?」

「しないのです。 初音はただPDAを取り出すだけなのです」


初音はそう言って薄く笑い、別のポケットからPDAを取り出した。

そしてそこに書かれている文言を、修平に突き付ける。


【半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる】


それを見て、修平の顔色がさすがに変わる。

 

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「っ・・!」

「さあ修平、もう銃を下ろすのです! もし初音が死にでもしたら、首輪が爆発してしまうのですよ!」


「うぅ・・・嘘だろ、初音ちゃん・・・!? どうして僕がここにいるのに、そんな機能を・・・!?」

「は・・・はははははっ。 初音は最初から、充のことなんてどうでもよかったのです! そのうち使い捨てにするつもりだったのですよ!」

「じ、じゃあ・・・!?」

「ですです! 修平の言った事は、全部正しいのです! 初音の本当のクリア条件は『自分以外のプレイヤー全員の死亡』だったのです!」

「そんな・・・初音ちゃん・・・」


充の哀しそうな眼が、初音の顔を見つめて歪む。

初音はそれを突っぱねようと、さらに声を荒げて笑った。


「あはははははっ、さあ2人とも銃を地面に捨てるです! この距離なら、2人は初音の言うことを聞くしかないのです!」

「・・・いや、それはどうかな」

「はあ!? この状況で、修平に何ができるというのですか!?」

「悪いな、初音。 俺のPDAの特殊機能は『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』なんだ。 だからここでお前を殺しても、俺と彼の首輪は爆発しない」

「え・・・!?」

 

 

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何処までも冷たい修平の目――。


初音はとても、そこに嘘があるとは思えなかった。

初音のような演技とは違う。

それはあのメイドと同じ、簡単に人を殺す事ができる者の目だった。


「さあ、そっちの彼もわかっただろ? あんたは初音に、利用されてただけなんだ。 初音が大祐を殺している以上、俺は初音を殺さなきゃならない。 だがあんたは、俺の殺害対象じゃない。 だからもう、俺に向けているその銃を下ろすんだ」

「っ・・・」

「もし俺と利害が一致するなら、あんたと協力関係を結んでやってもいい。 だから――」

「い、いやなのです・・・初音は・・・初音は死にたくないのです・・・」

「・・・悪いな、初音。 俺はもうすでに、1度プレイヤーの殺害に失敗しているんだ。 だから今度こそ、しくじるわけにはいかない。 なぁ、あんた? 手出しはしないでくれるんだよな?」

「・・・・・・」


修平の声を聞き、充がそのままの姿勢で硬直する。


「み・・・充ぅ・・・」


あれだけ酷い事を言ったのだ。

たぶん充は、もう初音を助けようとはしてくれないだろう。

すると同じ事を思ったのか、修平も充を見るのをやめた。


「初音、俺を恨んでくれて構わない。 だが俺もすぐ後を追うから、その時は俺を好きにしてくれ」


そう言って修平が、改めて狙いを定める。


「い、いやぁ・・・!」


消える。


これまで培って来た、初音の全てが消えてしまう。


だったら何のために、初音はこんなに努力してきたのだろう。


嫌だ。


こんな所で死にたくない。


でも大祐だって、あの時はそう思っていたはずだった。


だとすればあの時、初音がしてしまった事は――


これから修平がしようとしている事も――


きっと――


修平の指が、引き金を引き絞る。


初音には、もうどうする事もできなかった。


だが――その時。

 

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「――お兄ちゃん、ダメっ!」

「修ちゃん、止めてっ!」


「っ!?」


初音との間に割り込んできた2人を見て、修平の動きが止まる。


「春菜・・・それに琴美も・・・。 どいてくれ、2人とも! 俺はもう決めたんだ! こうする以外に、お前たちを救う方法は――」

「――ダメ! 絶対にさせない!」

「そうだよ修ちゃん! 修ちゃんが人殺しになる必要なんてないんだから!」

「だったら2人とも、どうやって生き残るつもりなんだ?」

「――生き残らなくてもいいよっ! 修ちゃんにこんな事させるぐらいなら、私、生き残らなくてもいいっ!」

「琴美・・・!?」

「私もお兄ちゃんのためなら、命を捨てても構わない! でもお兄ちゃんが、私たちのために死ぬのだけは絶対にイヤ!」

「春菜・・・どうして、お前まで・・・!?」


「あ・・・ああぁ・・・」


人は誰だって死にたくなんかない。

だから人は、それ以外にどうしようもないという状況に陥った時は、他人を殺しても構わないはずだった。

なのに修平たちは、誰もが誰かのために死のうとしている。


カルネアデスの板を譲り合っている。


彼らは初音と――

苦しみから逃れるために、大祐を殺した初音と――

その罪の意識から逃れるために、仮面を被る事にした初音と――


――あまりに違い過ぎていた――

 

「ああああああああああっ!」

 

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気が付けば初音は、ポケットからそれを抜いていた。


――デリンジャー


全長123・8mmのその銃を、震える手で3人に向ける。


「っ――!」


琴美と春菜を押し退けて、修平が前に飛び出してくる。

初音は、無我夢中で引き金を引いていた。


――!!!


森に銃声が鳴り響き、修平の胸の中心に大きな穴が穿たれる。

爆ぜた白いシャツが、見る間に鮮血で染まっていく。


「ぐ・・・かは・・・っ!」


「――修ちゃん!?」

 

 

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「お兄ちゃんっ!? よくも・・・よくもお兄ちゃんを・・・っ!」



「・・・?」


春菜の構えたクロスボウが、ぴたりと初音の胸に向けられる。

初音はそれを、まるで他人事のように見つめた。

衝動的な殺意が去った後の虚脱感――。

その最中で、初音はぼんやりと自分は死ぬのだろうと思った。


だが――

 

 

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「う、動くなぁっ!」


――!!


「っ!?」


充が放った威嚇射撃が、春菜の足元を2度えぐる。


「うぅ動かないでっ! 動くと、次は当てるからねっ!」

「っ・・・!」


「み・・・つ、る・・・? なんで・・・なの、ですか・・・? なんで充が・・・初音を助けようと、するですか・・・?」

「だ、だって・・・だって、初音ちゃんは僕の――」


それは今、初音が一番聞きたくない言葉だろう。

そう思った直後には、初音は大声を出してそれを掻き消した。


「ああああああああああーっ!」

「っ・・・!?」


充の目が、初音を見て驚いている。

充の目が、初音をとらえて離さない。

初音は充の目が怖くなり、とっさにその場に背を向けた。


「えっ!? 初音ちゃんっ!?」

「逃さないッッ!!」

「――や、やめろっ!」


――!!


「きゃあっ!」

「――春菜ちゃんっ!?」

 


銃声と悲鳴が、走り出した初音の背後から聞こえてくる。
どうやら初音に矢を放とうとした春菜に、充が発砲したらしい。

そしてすぐに、充が初音を追いかけて来る。

 

「待って! 初音ちゃん、待ってよ!」

「ッ――!」


初音は全速力で走った。

走りながら、口元に残忍な笑みを浮かべようとした。

だが初音はどうしても、その演技を続ける事ができなくなっていた。


・・・。

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【16】

 

・・・。

 

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「なっ・・・嘘、でしょ・・・? ッッ――何でよ、もうっ!!」


【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します】


PDAに表示されていたその通知を目にした途端、藤堂悠奈の全身の血は沸騰した。

このゲームを主催する運営への怒りが――

殺人を犯したプレイヤーへの怒りが――

何より、それを未然に防げなかった自分への怒りが――

悠奈の目の奥を、ヂリヂリと震わせる。

だが引かれてしまったトリガを、元に戻す事はできない。


「っ・・・!・・・仕方ない、なんて思いたくないけど、でも・・・」


一度は振り切れてしまった感情を何とか抑え込みながら、悠奈はPDAを操作し、セカンドステージのクリア条件を確認した。


「『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』か・・・。 つまり運営の連中は・・・私に、できるだけ多くのプレイヤーと接触して、彼らに殺されろって言ってるわけね・・・」


確かに悠奈のPDAには、『PDAを操作不能にする』特殊機能が与えられている。

だが、その有効距離は『半径1m以内』だ。

誰もが殺気立つセカンドステージで、全プレイヤーの半径1m以内に近づくなど、不可能と言って良いだろう。

すると小屋の奥で寝ていたまり子が、うっすらと目を開けた。

 

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「ぅ・・・ゆ・・・悠奈、さん・・・?」
「あ、ごめん・・・起こしちゃったね」
「いえ・・・それは、いいんですけど・・・。 あの・・・何か、あったんですか・・・?」
「あっ、えーと、その・・・――」


足の治療を終えたとは言え、昨日もほとんど寝たきりだったまり子の顔には、まだ血の気が戻っていない。

だが隠しているわけにもいかず、悠奈はセカンドステージの存在をまり子に告げた。


「セカンドステージ・・・?」
「そう・・・だからまり子も、今すぐ新しいクリア条件を確認して」
「でも・・・私のPDAは、悠奈さんに・・・」
「たぶん大丈夫よ」
「え?」
「確かクリア条件の画面が出たままになってたはずだから、電源を入れるだけで確認はできるはずよ。 いいから、ちょっと確認してみて?」
「は、はい・・・」


神妙な顔でうなずいて、まり子がPDAの電源を入れる。

そして案の定、まり子はすぐに顔色を変えた。


「ッ――!? そんな・・・どうして、こんな・・・っ!」

――やっぱりね・・・。

殺し合いを見たがっている運営が、それを助長させるセカンドステージの条件を、見れないようにするわけがないのだ。


「ぃ・・・、いやぁ・・・。 ――どうしてっ、どうしてこんなクリア条件にっ!」


錯乱気味に叫ぶまり子の手元を覗き、悠奈はそこに表示されているセカンドステージのクリア条件を確認した。

すると、そこに記されていたのは『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』という一文だった。


「悠奈さん・・・わ、私・・・っ」
「大丈夫・・・まり子は何も心配しなくていいわ。 まり子にはちゃんと、私の命をあげるから」
「え・・・? 悠奈さん・・・いったい、何を・・・?」


まり子が怪訝そうな目で見つめてくる。

悠奈はただでさえ弱っているまり子を、できるだけ不安がらせないように、あっけらかんとした口調で言った。


「実を言うとさ、私このゲームって2度目なんだ」
「に、2度目・・・?」
「そ。 運営の連中は『リピーター』って呼んでるみたいなんだけど――つまり、私がそれなわけ。 いやー、前回のゲームで私の代わりに死んでくれたプレイヤーが、すっごいイイ奴でさ。 本当はそいつの敵討ちをしたかったんだけど、運営の関係者を探して暴れまわってる内に、逆に連中に捕まっちゃってね。 で、もう少しで殺されるところを運営と取り引きして、このゲームに舞い戻って来たっていうわけなのよ。 もちろん、今度こそセカンドステージへの移行を阻止して、プレイヤー全員を生還させるためにね。 ま、私なりのささやかな反抗ってところかな。 でも今回も、またセカンドステージは始まってしまった。 だから私、まり子には私の命をあげてもいいと思ってるの。 やけになってるとかそういうんじゃなく、もともとそのつもりだったから」
「そっ、そんな・・・そんなのダメよ、悠奈さん・・・。 悠奈さんは・・・何も間違ったことは、していないはずなのに・・・。 悠奈さんは・・・私を助けてくれたのに・・・。 悠奈さんが思うように動けなかったのは・・・私が倒れちゃってたせいなのに・・・。 だから・・・だから・・・」
「あー、だからいいんだってば――」

 

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「・・・!」
「ほら、静かなもんでしょ? 私の心臓って。 私はさ、もともと死人みたいなものなのよ。 本当は死んでたはずの人間なの。 だから、死ぬことなんて全然怖くない。 でも悪いんだけど、私が死ぬのはもう少しだけ待っててくれるとありがたいかな? まり子以外にも救える命があるなら、私その人たちの事も救ってあげたいからさ」
「悠奈さん・・・。 悠奈さん、ごめんなさい・・・私、すごく怖くて・・・! 死にたくないって・・・そればっかりで・・・! 結局・・・何もできなくって・・・!」


そう言ってまり子が、胸にすがりついてくる。

悠奈はもう一度『だからいいんだってば』と言いながら、震えるまり子の頭を優しく撫でた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

―そして別の場所で、PDAを確認する男が1人―

 

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「『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、他プレ
イヤーの所持数を同数未満にする』か・・・ずいぶんとまた、面倒になったものだな」


しばらく前に更新されたそのクリア条件を確認し、真島章則はうんざりと嘆息した。

真島が昨日、偶然にも森の中で黒い箱を発見したのは、もう日も落ちかけようとしている頃だった。

だがその時に得たメモリーチップは、すでに食料を得るのに使ってしまっており、所持数は未だにゼロのままになっている。


「それにしても・・・さっきの通知にあった、『参加者の死亡』というのは本当なのか?」


この目で見ていない以上実感は持てないが、黒河のようなプレイヤーがいる事を考えれば、少し落ち着かない気分になってくる。

ゲームなどくだらないと思っていたが、もうそんな事も言っていられないのだろうか?

真島が今後について真剣に考え始めた時――

川に顔を洗いに行っていた結衣が、能天気な顔で戻って来る。

 

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「はー、さっぱりしたぁ。 真島さんもどうですか? パチッと目が覚めますよ?」
「何を呑気なことを言っている。 荻原、今すぐPDAを確認しろ」
「へ? 何かあったんですか?」
「いいから早くしろ」
「いやっ、でも――あたしのPDAって、まだ壊れたままだしぃ・・・」
「ん? 確か昨日、あの茶髪の男からドライバーを奪ったはずだが?」
「それが、そのっ、あたしがいじったりしたら、余計壊しちゃいそうで・・・」
「だから、まだ使っていないと言うのか?」
「は、はい・・・」
「・・・・・・」
「うぅ、そんな怖い顔で睨まないで下さいよぅ」
「っ・・・・・・もういい、わかった」
「え?」
「PDAとドライバーをこっちによこせ」
「え? っていうことは・・・? ――やった! 真島さんがあたしのPDAを直してくれるんですね!」
「ああ。 できるかどうかは、わからんがな」
「でもでも、試してもらえるだけでも嬉しいです!」
「っ・・・・・・荻原、いいから早くよこすんだ」
「は、はいぃっ」

 

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真島は結衣からPDAとドライバーを受け取ると、とりあえずバッテリーカバーを開けてみた。


「・・・ん?」


見ると、バッテリーパックが斜めになっているのがわかる。

結衣が初日に落とした衝撃で、ずれてしまったのだろう。

はめ直してみると、それまで無反応だったディスプレイが、あっさり光を取り戻す。


「ああっ! 尽きましたね、真島さんっ!」
「っ・・・・・・荻原、わかったからくっつくな」
「もー真島さんってば、なに恥ずかしがってるんですか? 別にいいじゃないですか、このくらい」
「やめろと言っている。 いいからお前は、さっさとPDAを確認するんだ」
「・・・はぁ~い。 えーと、この『人』っていうアイコンを開けばいいんですよね?」
「そうだ」

 

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「はい、開きました。 『クリア条件:未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』って書いてますね。 あっ! という事はあたしたち、お揃いって事ですよねっ!」
「っ・・・まったく、何を喜んでいるんだ? つまり俺たちのクリア条件は、競合しているという事なんだぞ?」
「え? キョウゴウ?」
「互いに競い合えという意味だ」
「えええっ!? もしかして真島さん、あたしのこと見捨てたりしないですよね!?」
「・・・・・・今のところはな」
「今のところはって、じゃあその可能性はあるって事ですか?」
「ああ、その通りだ」
「そんなー! せっかくここまで一緒だったんですから、最後まであたしと一緒に、ゲームのクリアを目指しましょうよ?」
「いいのか、お前はそれで?」
「へ?」
「俺とお前が手を組むということは、単純計算で、必要になるメモリーチップは26個になるんだぞ」
「に、26個って――それって、すごく大変じゃないですかっ!? だってあたしたち、ゲームが始まってからまだ1個しかメモリーチップを見つけられていないんですよ? それにご飯を食べるのにだって、メモリーチップが必要だし――」
「だから、よく考えろと言っているんだ。 このままのペースでいけば、俺たちは2人とも・・・」


――ゲームオーバー。


その言葉が脳裏を過ぎり、真島は拳を握り締めた。


「・・・大丈夫ですよね、あたしたち?」
「いや、このままでは無理だな」
「っ・・・! もー、どうして気休めでも『大丈夫』って言ってくれないんですか? あたし・・・すごい不安になってきちゃったじゃないですか・・・」
「だろうな。 だが、現実を誤って認識させるわけにはいかない」


気休めの言葉など、いざという場面では何の力にもなりはしないのだ。

真島はかつてボクシングを通じて、それを嫌というほど思い知らされていた。

そして、それはこのゲームでも同じだろう。


「ところで荻原、特殊機能の方はどうなっているんだ?」
「え? 特殊機能ですか?」
「ああ、今すぐ確認したほうがいい。 何かの役に立つかもしれないからな」
「そっか・・・それも、そうですよね」


結衣はそう言うと、さっそくPDAを操作し始めた。

むろん真島は、対して期待をしていなかったのだが――


「んーと・・・・・・――あああああっ!」
「っ!? なんだ? 急にどうした?」
「みっ、見て下さいよ、真島さんっ! あたしの特殊機能、すっごいのだったんですよっ!」
「ん?」
「ほらっ、これですよ、これっ! 『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』って、なんか、そういう感じのになってるんですよっ!」
「な、に・・・!?」


結衣が突き出してきたPDAを見ると、確かに同じ文言が書いてある。

まさに、真島と結衣のためにあるような特殊機能――。

めったな事では緩まない真島の口元に、自然と笑みがうかんでくる。


「・・・荻原。 これで何とか、クリアの芽が見えてきたな」
「ですね。 もー、どうなる事かと思いましたよ。 じゃああたしと真島さんは、これからもパートナーって事でいいですよね?」
「パートナー? 俺とお前が?」
「えええっ!? もしかしてダメなんですか!?」
「いや、そうは言わんが・・・。 お前は、俺が怖くないのか?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって、それは――俺がその気になればしかるべき時にお前を殺して、メモリーチップを独り占めすることも可能なんだぞ?」
「ええっ!? 真島さんって、そんなあくどい人だったんですか!?」
「いや、もちろんそんな事をするつもりはないが・・・」
「あー、びっくりした。 だったらそんなおっかないこと、言わないでくださいよ」
「それは・・・お前が、あまりにも無防備すぎるからだ」
「違いますっ。 あたし、無防備なんかじゃありませんっ」
「なに?」
「あたしは、真島さんの事を信じてるんですよっ」
「信じてる、だと?」
「はい。 だって真島さんは、昨日あたしの事を助けに来てくれたじゃないですか? カッコ良かったですよ、あの時の真島さん。 ヒーロー見参って感じで」
「っ・・・・・・俺がヒーローなものか、バカバカしい」
「もー、どうしてそういうこと言うんですかぁ? せっかく褒めてるのにぃ? でもいいです。 真島さんがシャイなのは、よ~くわかりましたから」
「っ・・・」
「それで、パートナーの件はどうしますか?」
「・・・ああ。 それは、こちらからお願いしよう。 俺のクリア条件に、荻原のPDAの特殊機能は必須だろうからな」
「ですよねっ」


結衣がそう言って、ほっと胸を撫で下ろす。

確かに非力な結衣からすれば、真島の存在は心強いに違いない。

だが真島は、そこまで安心するつもりにはなれなかった。


「あとは、他のプレイヤーがどう動くかだな・・・」


そう呟き、真島は森の方を見た。

これまでに真島と結衣が遭遇したプレイヤーは3人――。

黒河、茶髪の弱い男、そして眼鏡の男。

だがこのフィールド内には、他にも見知らぬプレイヤーがあと9人もいるのだ。

そして彼らの中に最初の殺人を犯した人間が潜んでいるのだと思うと、真島は気を引き締めないわけにはいかなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―PDA DATA ; 2nd stage―


■上野まり子(うえの まりこ):プレイヤーナンバー『A』
クリア条件:『3時間以上離れずに指定したパートナーと行動する』→『一番長く一緒にいたパートナーの死亡』
特殊機能:『半径2m以内にいるプレイヤーの首輪を指定して爆発させる』

■粕谷瞳(かすや ひとみ):プレイヤーナンバー『2』
クリア条件:『12時間以上同じエリアに留まらない』→『2時間以上同じエリアに留まらない』
特殊機能:『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する。 一度メールを送ったPDAには範囲外からでも送信ができる』

■細谷春菜(ほそたに はるな):プレイヤーナンバー『3』
クリア条件:『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』→『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『プレイヤー同士の接触情報を閲覧出来る。 接触情報が履歴として残るのは『首輪同士の距離が10m以内のときのみ』

■藤田修平(ふじた しゅうへい):プレイヤーナンバー『4』
クリア条件:『素数ナンバーのプレイヤー全員のクリア条件を満たす』→素数ナンバーのプレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『半径10m以内にあるPDAの特殊機能を無効化する』

■荻原結衣(おぎはら ゆい):プレイヤーナンバー『5』
クリア条件:『メモリーチップを使用して食料を8つ以上確保する』→『未使用のメモリーチップを16個以上破棄する』
特殊機能:『半径10m以内にある未発見のキューブを表示する』

■吹石琴美(ふきいし ことみ):プレイヤーナンバー『6』
クリア条件:『自分を中心とした5つ並びのナンバーに危害を加えない』→『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーが死亡し、かつ、それらのPDAを自分のPDAに読み込ませる』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのナンバー、クリア条件を表示する』

■真島章則(まじま あきのり):プレイヤーナンバー『7』
クリア条件:『未使用のメモリーチップを10個以上所持する』→『未使用のメモリーチップを10個以上所持し、ゲーム終了まで他のプレイヤーには同数以上所持させない』
特殊機能:『半径10m以内にいるプレイヤーのメモリーチップの所有数を表示する』

■黒河正規(くろかわ まさき):プレイヤーナンバー『8』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを3台以上所持する。 ただしJOKERは除く』→『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』
特殊機能:『死亡したプレイヤーの名前とナンバーと死亡地点を閲覧できる』

■蒔岡玲(まきおか れい):プレイヤーナンバー『9』
クリア条件:『JOKERのPDAの所持』→『JOKERのPDAの破壊』
特殊機能:『半径50m以内にあるJOKERのPDAを初期化する』

 

――【DEATH】――
■伊藤大祐(いとう だいすけ):プレイヤーナンバー『10』
クリア条件:『10人以上のプレイヤーとの遭遇』→『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』
特殊機能:『半径1m以内にいるプレイヤーの死亡時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる』

 

■藤堂悠奈(とうどう ゆうな):プレイヤーナンバー【J】
クリア条件:『最終日までの生存』→『他の全プレイヤーのPDAを操作不能にする』
特殊機能:『半径1m以内にあるPDAを操作不能にする』

■阿刀田初音(あとうだ はつね)プレイヤーナンバー『Q』
クリア条件:『プレイヤー全員の生存』→『自分以外のプレイヤー全員の死亡』
特殊機能:『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする』→『半径20m以内に他のPDAが接近すると警告をする。 "死亡したプレイヤーPDAの特殊機能が順次追加される"

■三ツ林司(みつばやし つかさ):プレイヤーナンバー『K』
クリア条件:『クリア条件を満たしたプレイヤーが3人以上』→『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』
特殊機能:『半径6m以内にあるPDAの特殊機能を使用できる』

■城咲充(しろさき みつる):プレイヤーナンバー:『JOKER』
クリア条件:『―――(変化したPDAのクリア条件)』→『変化したことがあるPDAの持ち主全員の死亡』
特殊機能:『半径10m以内のPDAに変化。 ゲーム設定、特殊機能は変化したPDAに準拠。 コピーした機能はコピー毎に一度だけ使用可能』

 

 


――そして多くのプレイヤーが、セカンドステージという現実に直面し始めた頃――


阿刀田初音は、そこかしこにカメラが仕掛けられているその森を、自分の役どころについて考えながら歩いていた。

ドラマの収録と違い、ここには監督も脚本家も存在しない。

だがカメラの向こう側に初音を見ている視聴者がいる以上、そこには何かしらのニーズがあるはずだった。

 

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「――誤って友人を殺してしまった罪の意識から、狡猾な殺人者に変貌した少女。 きっと、そんなところなのです」


ならば初音は、求められている通りに演じればいい。

初音は少し前に手に入れ、今はポケットに忍ばせているその小道具の重みを、はっきりと意識した。

すると、突如として電子音が鳴り――

初音は気を引き締めながら、音を立てないように足を止めた。

半径20m以内に誰かがいる。

初音は素早くPDAの特殊機能をOFFにすると、何者かの接近に備え、深く息を吸い込んだ。

やがて、誰かが草むらを忙しなく走る音が聞こえ――


「あうぅ・・・だ、誰かこっちに来るのです・・・!」


初音はリハーサルとして、怯えた少女のように呟いた。

修平、琴美、まり子、司、春菜――。

初音が彼らの顔を浮かべたのは、弱々しい初音の姿を知っている彼らならば、騙すのが簡単だと思ったからだ。

音がだんだん近づいてくる。

本番を告げるカチンコが、初音の頭の中に鳴り響く。


「うぅ・・・初音は、どうすればいいのですか・・・?」


数本の木立ちの間にその声が反響し、初音の耳にも返ってくる。

それを聞く限り、わざとらしさは皆無と言っていいだろう。


直後、目の前の草むらが大きく揺れ――

 

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「っ!?」


初音の前に飛び出してきたのは、まったく見知らぬ男だった。

だが慌てずに、初音が悲鳴を上げようとした時――


「――うわぁあああっ!」
「っ・・・!」


森に男の悲鳴が響き渡り、初音は思わず息を呑んでいた。

どうやらその男にとって初音との遭遇は、まったく予期せぬ出来事だったらしい

もしかすると、誰かから逃げている途中なのかもしれない。

すると初音の小ささに気付いてか、いきなり逃げ腰になっていた男が、思い直したように急停止する。


「っ・・・! き・・・君は・・・――」
「あっ、あの・・・初音は、その・・・」


初音はあえて口ごもりながら、上目遣いに男を見た。

そうして『怯える少女』を演じながら、初音が名乗ろうとした矢先――


「――君は、安藤初音ちゃんじゃないかっ!?」
「え?」


『安藤』は、初音が芸能活動をする際に使う芸名だった。


「あ、あなたは・・・初音を、知っているですか・・・?」
「しっ、知ってるも何も・・・――ほら、公式ファンクラブの会員ナンバー38番の! ファンクラブの中じゃ、『貧弱眼鏡さん』って呼ばれててさ!」
「あ・・・初音の、ファンクラブの方だったですか・・・?」
「あれ? わからない?」


そう聞き返され、初音は急いで自分の記憶の中を探った。

だが、やはりその男に見覚えはない。


「ご、ごめんなさいです。 20番代までの方なら、わかるですが・・・」
「あ・・・そっか・・・そ、そうだよね・・・それに僕のファンクラブの中でも、特に影が薄い方だし・・・」
「・・・・・・」


落ち込んだ様子を見せる男に、初音はどんな顔をしていいのかわからなかった。

まさかこんな所で自分のファンと遭遇するなんて――。


「――それより、初音ちゃんがどうしてこんな所に?」
「そっ、それは、ですね・・・」
「もしかして初音ちゃんも、このゲームに参加させられているのかい!?」
「あ・・・はい、です・・・」
「くそっ、運営の連中め! 僕らの初音ちゃんになんて事を!」
「っ・・・あの、えと・・・ところで貧弱眼鏡さんは、どうして走っていたですか? もしかして、誰かに追われているとか・・・?」
「あっ、いや――大丈夫だから安心してよ、初音ちゃん。 あるプレイヤーの所から逃げ出してきたばかりで、ちょっと焦っていただけだから」
「あるプレイヤー、ですか?」
「ああ、黒河っていう男なんだけど。 ルールが変わったせいで、その人の所にいられなくなっちゃって」
「そう、だったですか・・・」
「それはそうと、初音ちゃんはずっと1人だったのかい?」
「いえ・・・本当は説明会で知り合った人と、一緒にいたですが・・・今朝になって、急に誰かに襲われて・・・それで・・・はぐれてしまったです・・・」
「襲われたって――それは、何時ぐらいのことなの?」
「・・・6時、くらいなのです・・・」
「えっ!? その時間って!?」
「はいです・・・セカンドステージの通知が来たのは、そのすぐ後だったです・・・。 だから殺されたのは・・・もしかすると・・・それまで一緒にいた・・・大祐っていうプレイヤーかもしれないのです・・・。 初音は・・・だから怖くて・・・ずっと・・・森の中に、隠れていたのです・・・」
「そう、だったんだ・・・」


今にも泣き出してしまいそうな初音に、男が同情の目を向けてくる。

どうやら初音の演技に、まったく気付いていないらしい。


――これなら、今すぐにでも殺せそうなのです。


初音はそう判断すると、いきなり男の胸に飛び込んだ。

 

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「――貧弱眼鏡さんっ!」
「わっ――は、初音ちゃんっ!?」
「初音はあれから、ずっと心細かったのです・・・。 だからお願いなのです・・・初音を仲間にしてほしいのです・・・」
「あ、いやっ、だから、その――」
「だめ、ですか・・・?」


初音はそう言いながら、涙を滲ませた目で男を見上げた。

眼鏡の下で頬を赤らめた男の視線が、初音の顔に釘付けになる。

その隙に、初音はポケットに手を忍ばせた。

そして初音の指先が、ゴロリとしたそれに触れた――その時。

 

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「おや、お取り込み中でしたか?」


「っ!?」

「・・・! ち、チェーンソーを持ったメイドって――もしかして『ジョンブル・ブラッド』のテキサスマリーのレイヤーさん?」

「まぁ・・・あの作品をご存知とは、なかなか高尚な趣味をお持ちの方のようですね」

「っ・・・」


美しいメイドの微笑みを受け、男が短く息を呑む。

だがそれは、彼女に心を奪われたからではないだろう。

チェーンソーを持ったメイドの笑みは、男の体を震わせるほどの禍々しいモノだった。


「・・・・・・」


空気が緊迫するのを感じ、初音は文字通り固唾を呑んだ。

森に満ちているはずの葉擦れの音が、止んでいるようにさえ思えた。

メイドの一挙手一投足から、目が離せなくなってしまう。

だが一方のメイドは、あっさりと後ろを振り向き――


「司様。 遭遇してしまいましたが、この方々はいかがいたしましょう?」



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「え・・・?・・・司がそこにいるですか?」


初音がそう呟いた時、草むらを揺らしながら、メイドの背後から司が現れる。

 

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「どうも初音。 それに城咲先輩も」

「――つ、司くん!?」

「えっ、あの・・・貧弱眼鏡さんも、司と知り合いだったですか?」

「ああ、彼と僕は同じ図書委員なんだ」

「そう、だったですか・・・」

「ええ。 まさか城咲先輩まで、このゲームに参加しているとは思いませんでしたけどね」

「それは僕だって同じだよ。 でも、知り合いに会えて良かった。 なあ司くん、僕たち組まないか? もちろん、クリア条件次第だけど」


城咲先輩と呼ばれた男が、期待を込めた目で司を見る。

初音も密かに、司がその要求を呑んでくれる事を期待したが――


「――申し訳ありません、城咲先輩。 僕の行動方針は、もう決定していますので」

「っ・・・」


それは説明会の時と変わらない、他者を切り捨てるような口調だった。

そして何かを割り切った顔で、司が傍らのメイドに告げる。


「瞳、頼んだ」

「ですが、よろしいのですか?」

「ああ。 僕にはもう、瞳以外のプレイヤーは必要ないからね」

「・・・はい。 かしこまりました」


司と短いやり取りを交わし、メイドが幸せそうに笑う。

 

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そして一気に、チェーンソーのリコイルスターターを引いた。

周囲にガソリンと灯油の入り混じった匂いを撒き散らしながら、チェーンソーの駆動部が荒々しい呼吸を開始する。


「つ、司くん!?」

「本当は僕も、こんな展開は望んでいなかったんですけどね。 まあ、ルールが変わってしまった以上、どうもこうするのが一番良いみたいなんです」

「司は・・・初音たちを、殺すつもり、なのですか・・・?」

「まあね。 だってこれは、元々そういうゲームでしょ?」

「っ・・・!」

「話し合いとか、そういうのは――」

「無理ですね。 さっきも言った通り、僕はもう行動方針を決定しています」

「そ、そんな・・・!」


「――ご安心下さい、城咲様。 苦しいのは、ほんの一瞬だけですので」


そう言ってメイドが刃を回転させながら、チェーンソーを振り上げる。


「うわわっ! は、初音ちゃん逃げようっ!」

「ッ――」


男が初音の手を握り、メイドに背を向けて走り出す。

 

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「――逃しませんよ!」



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「ひ、ひぃいいいぃっ! く、来るなっ!」


――!!!!


男がズボンのポケットから拳銃を取り出し、そのまま3度引き金を引いたが――その全弾が、メイドのチェーンソーに阻まれる。

まるで映画のワンシーン――。

だがCGでは再現できない硝煙の臭いが、事の異常性を助長する。


――この男は、きっとすぐに殺されてしまうのです。

 

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そう悟り、初音の口元に笑みが浮かぶ。

PDAは、すでにその特殊機能をONにしてあった。

司が自分たちを殺すつもりだとわかった時に、すでに片手でセットしておいたのだ。


「――はあぁああああっ!」


メイドが一気に肉薄し、男に向けてチェーンソーを振りかぶる。

そのとき初音を中心とした半径5m以内に、初音を含む4人全員が収まっていた。


「ひぃ――」

「っ!」


だが――その刹那。


「瞳、待つんだ!」

「っ!?」


司の命令を受けて、メイドの動きがぴたりと止まる。

 

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「え・・・なんで・・・!?」

「――初音ちゃん、止まっちゃダメだっ!」


驚く初音の手を引いて、男がさらにスピードを上げる。

そうして司とメイドから遠ざかりながら、初音は今起こった出来事の理由について、考えないわけにはいかなかった。


・・・・・・。

 

・・・。

 


――初音と充の背中が、森の木々の向こうに消える。

三ツ林司はその様子を、自分のPDAを手にしながら見送った。


「・・・」


不可解な出来事がいくつかあった。

 

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そのピースを頭の中で整理していると、急に静止を受けた瞳が動揺を抑え込むのに苦労しながら、主人である司の顔を見つめてくる。


「なに? どうしたの?」
「いっ・・・いえ・・・その・・・司様は、どうして私をお止めになったのかと思いまして・・・」
「わからない?」
「は、はい」
「だから、僕に説明しろと?」
「っ・・・・・・」
「・・・ま、さすがに察しろというのも無理かもね。 わかった、教えてあげる。 ほら、これを見て」


司は嘆息まじりにそう言うと、特殊機能をONにしていたPDAを瞳に見せた。


【半径1m以内にいるプレイヤーが死亡した時、このPDAのプレイヤーを除く半径5m以内のプレイヤーの首輪を爆発させる】


そこに表示されている文言に、瞳の表情が変わる。


「これは・・・! では先程あの男を殺していれば、私はおろか司様の命まで・・・!」
「ああ、そうなるね。 どう? これで納得がいった?」
「はっ、はい・・・申し訳ありませんでした。 ご主人様の命を危険に晒すなど、私はメイドとして失格です」
「いや、そこまでは気にしなくていいよ。 攻撃を命令したのは僕だしね。 でも・・・どうも腑に落ちないな」
「腑に落ちない、と申されますと?」
「初音がさっき使おうとしたこの特殊機能は、大祐のPDAに与えられていた特殊機能のはずなんだ。 それに、あっさり城咲先輩を切り捨てようとした、あの態度も気になるしね」
「そうでしたか・・・。 だとすると彼女が、今回の『キラークイーン』なのかもしれません」
キラークイーン?」


瞳が運営の用意したリピーターと呼べるプレイヤーである事は、すでに司も彼女の口から聞かされていた。

その時このゲームに関する様々な情報を聞き出していたのだが、その単語については初耳だった。

すると瞳が頷いて、その詳細を説明してくれる。


キラークイーンとは、セカンドになれば使用できる『裏機能』を持ったPDAを与えられたプレイヤーの事を言います。 その機能の詳細については、毎回内容が異なるために生憎不明なのですが――プレイヤーを殺害すればするほど、その持ち主が有利になるような機能が与えられている点は、毎回共通しています」
「なるほどね。 だからゲームを盛り上げる『キラークイーン』というわけか」
「はい」
「でもまあ、こうして分かってしまえば怖くないかな」
「は?」
「だって運営がやりたいのは『無害だと思っていたプレイヤーが、実は一番危険なプレイヤーだった』っていうギミックでしょ? でも僕は、もう彼女が『キラークイーン』だって知っている。 これまで把握している特殊機能から察するに、強力な特殊機能ほど、有効範囲が狭くなる傾向があるみたいだからね。 これから初音のPDAにどれくらい特殊機能が増えるのかは不明だけど、一定の距離を保って対処すれば問題ないよ。 それに瞳がいれば、不用意に接近される事もないし、こっちには銃もあるしね」
「・・・さすがは司様です」
「いや、別に褒めるほどの事じゃないさ。 分析力のある人間なら、即座にたどり着ける答えだよ。 例えば僕や、藤田先輩のような人なら」
「・・・ずいぶんと、藤田様のことを買っていらっしゃるのですね?」
「ま、同族嫌悪ならぬ同族贔屓ってところかな?」
「だから、危険視もしていると?」
「ああ。 僕みたいな人間の怖さは、よく知っているからね。 さてと、それじゃあ本来の目的に戻ろうか?」
「かしこまりました。 あっ」
「・・・どうしたの?」
「いえ。 忘れておりましたが、もう1人の方はよろしいのですか?」
「もう1人って・・・ああ、城咲先輩のこと?」
「はい」
「城咲先輩は――確かに頭の回転は早いけど、度胸も行動力もない人だから、そんなに警戒する必要はないんじゃないかな? もちろん油断していいってわけじゃないんだけど――特殊機能も『プレイヤーの死亡情報を閲覧できる』っていう、如何にも害のないものだったしね」
「そうでしたか。 それならば安心致しました」


そう言って瞳が、ついさっき銃弾を受けたばかりの人間とは思えない顔で、司に陶酔したような目を向けてくる。

それはまるで、殺し合いが加速するセカンドステージを、歓迎しているかのような顔だった。

だが、ゲームが殺し合いへと移行してしまった以上、超人的な力を持つ瞳は、司にとって最大の武器と言っていいだろう。

 

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「・・・さて、それじゃあ行こうか?」
「はい」


司のセカンドのクリア条件は『ゲーム終了時点でクリア条件を満たしたプレイヤーが3人未満。 ただし本人は含まない』――。


そして、瞳のセカンドのクリア条件は『2時間以上同じエリアに留まらない』――。


司は最低でも11人のプレイヤーを排除しなければならず、2時間ずつしか休めない瞳の体力は、これからどんどん低下する。

ならば早い内から、行動を起こした方がいいだろう。

それが瞳という強力な武器を期せずして入手した、三ツ林司の判断だった。

そして、従順なメイドを従えて歩き出す。

目指すは、フィールドの北東――。

そこには罠が張り巡らされた、例の山がそびえ立っていた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――やがて司と瞳が立ち去った後、そのすぐ隣のエリアでは――

 

無力な少女を演じ続けている阿刀田初音は、その眼鏡をかけた男と共に荒い息をつき、森の中で立ち止まっていた。

 

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「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ぼ、僕たち・・・逃げ切れた、のかな・・・?」
「えと・・・たぶん、追って来てないようなのです・・・」
「そっか・・・・・・それより、初音ちゃんは大丈夫だった? 怪我とかしてないかな?」
「はい・・・大丈夫だったです」
「・・・そう、良かった。 は、ははっ・・・怖かったね、初音ちゃん」
「・・・はいです」
「ごめんね・・・僕がもっと強かったら、良かったんだけど」
「ううん、そんな事はないのです。 貧弱眼鏡さんが、あの時バンバンって銃を撃ってくれたから、初音たちはこうして生き残っているのです」
「そ、そうかな・・・? まぁ、1発も当たらなかったんだけどね・・・」
「それは仕方ないのですよ。 あのメイドの人は、とても人間とは思えません。 きっと宇宙人なのですよ」
「ぷっ、あははっ。 そんなこと言うなんて、初音ちゃんらしいや。 あ、でも・・・それなら、どうしてだったのかな?」
「え? 何がですか?」
「いや、どうして司くんはさっき、あのメイドを止めたりしたのかなって思って」
「そ、それは・・・」


恐らく司があのタイミングでメイドを止めたのは、初音の特殊能力に、直前で気付いたからだろう。

そして司が持っていたPDAには、きっと、それが可能な特殊機能が備わっていたに違いない。

でも初音は、逃げている間にようやく辿り着いたその答えを、男に言うつもりはなく――


「――それはきっと、貧弱眼鏡さんの気迫に驚いたからなのです」


初音がそう断言すると、男がびっくりしたように言う。


「え!? 僕の気迫が!?」
「ですです。 あのままだと貧弱眼鏡さんにやられてしまうと思ったから、司はあのメイドを下がらせる事にしたのです」
「そ、そうかな・・・?」
「はい。 絶対そうに決まっているのです。 貧弱眼鏡さんがいなければ、初音はきっと、あの時やられてしまっていたのです。 だから貧弱眼鏡さんは、初音の命の恩人です」
「命の恩人・・・僕が、初音ちゃんの・・・!?」


そう言って、男が嬉しそうに笑う。


――これは、もう一押しですね?


初音はそう判断し、男に大きく1歩近づいた。


「あのっ――貧弱眼鏡さんは、名前はなんて言うですか?」
「え? 僕の名前?」
「ですです。 初音は貧弱眼鏡さんの事を、ちゃんと名前で呼びたいのです」
「うわっ、初音ちゃんにそんなこと言われるなんて――鳥肌が立っちゃったよっ」


そして男が興奮気味に、名前を告げてくる。


「僕は充。 城崎充って言うんだ。 ちなみに、初音ちゃんと同じ貴志田学園の生徒だよ」
「あっ、そう言えばそのベストは――すぐに気付かなかった初音は、ずいぶんなお間抜けさんだったです」
「いや、そんな事ないって。 このベストを着てるのはウチの学校でも少数派だから、仕方ないさ。 どうしてか僕ってこう、地味な方にいっちゃうんだよね」
「地味だなんて、そんな事ないのです。 初音はよく似合ってると思うですよ」
「はははっ、お気遣いありがとう初音ちゃん。 でも・・・初音ちゃんとこんな風に話せるなんて、なんか夢みたいだなぁ」
「初音も、充と学校トークができて、少しほっとしたのです」


初音はそう言いながら、それとなく充の表情を観察した。

少し上気したようなその顔は、もうかなり、初音に心を開いていると見ていいだろう。


――そろそろ、頃合と見てよさそうですね。


初音はさらに充に近づくと、その目を見つめて問いかけた。


「それで充、さっき話していた件なのですが・・・」
「えと・・・それって、何の話だっけ?」
「初音を、充の仲間にして欲しいという話なのです・・・。 事情があって初音のクリア条件は、どうしても充に教える事ができないのですが・・・」
「もしかして、それもクリア条件の内とか・・・?」
「・・・はいです。 だから、充が良ければなのですが・・・」


そう言って、初音は充の手に触れた。

途端に充の体が、電撃を食らったように硬直する。


「っ・・・!」
「だめ、ですか・・・?」

 

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「ッッ!! もっ、もちろん僕はオッケーだよっ!! 僕じゃ頼りないかもしれないけど――でも、安心してくれよ初音ちゃんっ! 初音ちゃんは何があっても、僕が命に代えても守るからさっ!」
「充・・・ありがとう、なのです・・・」


初音はそう言って目に涙を浮かべると、充の如何にも貧弱な胸に顔をうずめた。

そうして顔を隠しながら、内心で冷たく思考する。


――この男は、もう落ちたのです。

――今の初音なら、いつでも簡単に殺せるのです。

――だったら今は生かしておいて、利用してやればいいのです。


メイドや司のような好戦的なプレイヤーがいる以上、きっと捨て駒は必要だろう。

初音はそう判断し、今度はポケットの中にある武器に、手を伸ばしたりはしなかった。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――その頃、3時間ほど前に食料を取ってくると言って出て行った充を待つ黒河正規は、いい加減しびれを切らし始めていた。

 

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「ったく、どこで油売ってやがるんだあのバカは!? ちっ、まさか誰かに殺られちまったんじゃねーだろうな!」


ゲームがセカンドステージとやらに移行し、あの臆病な充が、遠くに行くような危険は冒さないと思っていたのだが――


黒河は念のためにPDAを取り出すと、ディスプレイの中にある『旗』のアイコンを押して、特殊機能を作動させた。


【死亡情報】
3日目。 AM5:59。
プレイヤーナンバー『10』。 伊藤大祐。
8エリアにて死亡。

死亡者数1名。 生存者数13名。

 

「んだぁおオイ? やっぱ死亡者数は、1のまんまじゃねーか?」


黒河の特殊機能は『プレイヤーの死亡情報を閲覧できる』だ。

だがそこに、充の死亡を告げる情報は載っていない。


「ああ? つーことは・・・もしかしてあの野郎ォ、俺の所から逃げやがったのか? ちっ、『JOKER』のクリア条件は変わってねーとか言ってやがったクセしやがって――っの野郎ぉおおおっ、ざけた真似しやがってぇえええっ!!」


黒河のセカンドステージでのクリア条件は、『クリア条件を満たしたプレイヤーのPDAを4台以上所持する』。

恐らく充の更新されたクリア条件は、それと競合するか、あるいは敵対するものに変わっていたのだろう。

 

「――これだから奴隷はクソなんだよっ! 自分に不都合な事が起こると、すぐにトンズラこきやがってっ! 何でも言うこと聞くとか言ってたクセしやがってっ! ゼッテーぶっ殺してやるよ、うおらぁあああぁあぁっ!!」


――ッッ


「フーッ、フーッ、フーッ・・・」


怒りは、まだまだおさまらない。

だがいつまでも農具を破壊しているわけにもいかず、黒河はとりあえず空腹を満たそうと、メモリーチップを探しに出掛けた。

外に出ると、少し湿った空気が頬に触れた。

どうやら雨雲が近づきつつあるらしい。

黒河はあのジメジメした、雨というヤツが嫌いだった。

 

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「そういや、あん時も・・・ちっ、くだらねぇこと思い出してんじゃねぇっつーんだよ・・・」


黒河がそう言って、忌々しい記憶を胸の奥に押し込んだ時――

すぐ脇にある森の中で、奇妙な音が鳴り響いた。


「ああ? んだぁあ?」

 

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見るとそこに、墨色の髪をしたガキが立っている。

真っ直ぐにこちらを射抜く目を見た瞬間、黒河の頬の筋肉は張り詰めた。


「オイ・・・誰だ、てめぇ?」

「私の名前は・・・蒔岡玲です・・・。 そして私は・・・とてもお腹が空いています・・・」

「ああ? 誰もんなことまで聞いてねぇっつーんだよ」

「いいえ・・・聞きなさい・・・。 私はお腹が空いています・・・もはや、一刻の猶予もなりません・・・。 だから、私に食べ物をよこしなさい・・・。 さもないと・・・あなたに襲いかかります・・・」


暗い声でそう宣言し、ガキがゆらりと森から踏み出して来る。


「なにが襲いかかりますだっ、ボケが。 やれるもんなら、やってみろっつーんだよォ!」


黒河がガキを睨みつけ、コルト・パイソンを向ける。


だが、その途端――


こちらに向かって前進するガキの体が、左右にふらふらと揺れ動き始め――


「・・・あ? んだよ、そりゃあ? 酔っ払ってんのか、てめぇ?」

 

とは言いつつも、その不規則な動きに翻弄され、なかなか照準が定まらない。

黒河が銃口を向けようとする度に、ガキの体は思わぬ方向へ揺れる。

 

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「ちっ、いい加減止まりやがれってんだこの――」


――このクソガキが!


黒河が苛立ち混じりにその言葉を口にしようとした――その刹那。


「ッ――」


鋭い呼気の音が耳に届いたかと思うと――

ガキの貧相な体が一足飛びに、黒河の腕の下に潜り込み――


「っんな!? ッ――!? ぶっ、お・・・っ!」

 

気付けば天地が逆さまになり、地面に背中を殴打されていた。

と同時に小石が背中の数カ所にめり込み、身をよじるほどの激痛が走る。


「ッッッ・・・――っのぉおお、クソガキがあぁああっ!」


黒河は脳内の血流を沸騰させながら、起き上がり様に銃を差し向ける。


――が、その手に持っているはずの銃がない。


見ると黒河のコルト・パイソンは、ガキの手に収まっていた。


「・・・・・・あ?」


間抜けな声が口から漏れた。

黒河には何から何まで、何ひとつ意味がわからなかった。

自分がどうやって投げられたのかも、クソガキがどうやって銃を奪ったのかも――。

そこにあの奇妙な音と共に、墨色のガキが歩み寄ってくる。

 

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「無駄な抵抗は止めなさい・・・。 大人しく、私に食料を差し出すのです・・・。 さもなくば・・・――」


2つの墨色の目が、静かに黒河を据える。

そこに慈悲の色はなく、あるのは獣の意思だけだ。


――このガキはヤバい!


これまでの人生で、危ないモノを色々目にしてきた黒河の眼力が、ようやく警告を告げてくる。


「――・・・ぉ、ぉお、おおおおおおおっ!」


恥も外聞もなかった。

黒河がこの世で最も恐れるモノ――。

それは事を起こすのに、全く躊躇のない人間だった。

彼らの前では、計算も、意地も、度胸も、武器も、ほとんど役に立ちはしない。

気付いた時には殺されている。

黒河はそんな体験を、我が身で体験したくはなかった。

だから黒河は、全力で、その場から逃げ出した。


だが墨色の影が、背後から執拗に追いかけて来る。


「逃しませんよ・・・。 私はもう・・・お腹と背中がくっついてしまいそうなのですから・・・」

「――く、来るんじゃねえ!」

「食料・・・食べ物・・・出来れば美味しいモノ・・・」

「なっ、何なんだよ、てめぇはよぉっ! くっそ、マジで何だっつーんだよぉおおおっ!」

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

――黒河が墨色の少女に追われながら、森へ入ったその頃――


真島章則もまた森の中で、周囲を警戒しながら歩いていた。

できるだけ物音を立てないように手足を動かし、森の中に無数に存在する木や藪の陰に、忙しない視線を送る。

脱力状態でいる方が素早く始動できるはずなのに、どうしても肩に不必要な力が入ってしまう。


【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します】


あれからだいぶ時間が経っているというのに、PDAに表示されたあの文言が、未だに真島の脳裏にこびり付いている。

このままではいけないと思いつつ、真島が呼吸を整えようとした――その時。

 

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「あっ! また反応がありましたよ、真島さんっ!」

「っ・・・」


背後で上がった結衣の能天気な声を聞き、思わず真島の眉間に力がこもる。


「・・・あれ? 真島さん、ちょっと聞こえてます?」
「ああ、聞こえている」
「もー、だったらどうして返事してくれないんですか? だからメモリーチップの反応があったんですってば?」
「・・・声が大きい」
「え?」
「物音を立てるなと、さっきも言ったばかりだろ?」
「あっ・・・そう、でしたね。 あはっ、あはははっ」
「っ・・・」
「うぅ、そんなに怒らないで下さいよぅ」
「・・・次は気をつけろ。 で、キューブがあるのはどっちなんだ?」
「はい・・・こっちです・・・」


結衣がうなだれたまま、真島をその場所に案内する。

キューブは藪の真ん中に、ぽつりと置かれていた。

藪が音を立てないように手を伸ばし、キューブ上面にあるボタンを押す。

すると蓋が開き、黒い緩衝材が詰められた中に、小さなメモリーチップが現れる。

 

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「これで9個目か・・・まだまだ先は長いな」
「そうですか? あたしは、順調にクリアに向かってると思いますけど?」
「ん?」
「だって3時間で9個も見つけられたって事は、今日1日頑張れば、あたしたちはクリア達成って事ですよね?」
「・・・そう上手くいけば、だがな」
「え? どういう意味ですか?」
「1つのエリアに隠されているキューブの数は、恐らく5~6個だろう。 となると俺たちは、最低でも5つのエリアでキューブを捜索しなければならなくなる。 今は他プレイヤーとの接触は避けられているが、今後はどうなるかわからない」
「でも――もし他のプレイヤーさんと遭遇しても、協力してクリアを目指せばいいじゃないですか?」
「お前はそれが黒河のようなプレイヤーでも、同じ事が言えるのか?」
「黒河さん、ですか・・・? それは、話し合えば何とか・・・」
「っ・・・では、お前の殺害がクリア条件になっているプレイヤーだったらどうするつもりだ? それも話し合いで何とかできると思っているのか?」
「それは、確かに困っちゃいますけど・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの真島さん?」
「なんだ?」
「どうしてさっきから、そんなに機嫌が悪いんですか?」
「っ・・・別に、機嫌が悪いわけではない」
「でもあたしには、そんな風に見えますけど?」
「・・・・・・」


――それはお前が、楽観的すぎるからだ。


その言葉を言おうか言うまいか、真島が迷った――その時。


「・・・?」
「え? 急にどうしたんですか?」
「しっ」
「・・・?」


わけがわからないというように、結衣が首を傾げた時――

それまで葉擦れにまぎれる程度だったその音が、急速に勢いを増した。

草むらを掻き分けながら、猛然と何かがこちらに向かって来る。


「なに? もしかして猪とか?」
「わからん。 とにかく荻原は、俺の後ろへ」
「――は、はいぃっ」


結衣を背後に回しながら、両拳を胸の前で軽く握る。


そのとき草むらから、日に焼けた男が姿を現し――

 

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「お前は、黒河っ!?」

「――ま、真島じゃねぇかよクソッタレがっ!」


予期していなかったというように、黒河はその場で急停止する。

素早く視線を走らせてみたが、なぜか黒河は例のリボルバーも持っていなければ、あの眼鏡の男も連れていない。


「黒河・・・俺たちにいったい何の用だ?」

「っるせぇ! 今はてめぇに構ってる暇はねぇ!」


そう言って、黒河が焦った顔で背後を気にかける。

何かに追われているのだろうか?

真島がそれを疑った時、黒河の後方から異様な音が聞こえてくる。


――ぐ~・・・


「なっ・・・なんですか、今の変な音・・・!?」

「ちっ、もう来やがったか! おい真島ァっ、てめぇそこにあるメモリーチップを俺によこしやがれ!」


黒河がハンターに追われた獣のような切羽詰まった眼で、繁みの中にある開放されたキューブを見やる。

だがどんな理由があるにせよ、メモリーチップは渡せない。


「断る」

 

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「ッッッ・・・――いいからよこせっつってんだろーがコノ野郎ォ!」


破れかぶれの勢いで、黒河が拳を振り下ろす。

それは一見派手に見えるが、少し上体をそらせばかわせる程度の、雑なテレフォンパンチだった。

だが真島はその拳に向かって、あえて体を前進させた。

黒河のうんざりするほどのタフさと、その背後から迫る何者かの存在――。

その2つの要因が、真島に一か八かの掛けを選ばせていた。


「ッ――!」


頬に摩擦を感じながら、黒河の拳をやり過ごす。

と同時に鋭い左フックを、狙ったポイントに向け打ち放つ。


――ッッ


重くも軽くもない感触が、腕から肩へと突き抜ける。

真島の拳は正確に、黒河の顎先を据えていた。


「ぅ・・・、・・・」


白目を向いた黒河が、そのまま地面に崩れ落ちる。

火傷に似た痛みを頬に感じながら、真島は静かにそれを見下ろした。

 

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「・・・・・・」
「す・・・すごい・・・!」
「いや、別に対した事ではない。 今のはこの男が、あまりに不用意過ぎただけだ」
「やっ、でも――それにしたって、一撃必殺じゃないですか!?」
「・・・・・・」


真島はそれ以上何も答えず、黒河の右手首を持ち上げた。

そうして浮かせた二の腕に、足の裏を押し当てる。


「・・・えーと、あの、真島さん?」
「なんだ?」
「それって、何をしようとしてるんですか?」
「・・・悪いが、肩を抜かせてもらう」
「肩を抜くって・・・――えっ、えええええっ!? そ、そんなのダメですよ真島さん!? だって、勝負はもう付いてるじゃないですか!?」
「いや、この男をこれ以上野放しにするのは危険だ。 ここで再起不能にしておかなければ――」


言いながら、足に体重をかけていく。

だが結衣がベルトを引っ張って、それを許そうとしない。


「――真島さんっ、やめて下さいってば!」
「断る」
「もー、どうしてそんな酷い事しようとするんですかっ!? 黒河さんの肩は、畑に生えてる大根じゃないんですよっ!?」


それでも真島は、構わず黒河の二の腕を踏み抜こうとした。

靴裏を通して、骨と筋が軋む感触が伝わってくる。


だが――その時。


黒河が飛び出してきた草むらが、再び掻き分けられたかと思うと――

 

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そこには墨色の髪をした少女が立っていた。


「・・・なんだ、お前は?」

「・・・・・・」


――ぐ~・・・

 

無言の少女を差し置いて、彼女の腹が壮絶な音を鳴らす。


「う、うわぁ・・・これって、お腹の音だったんだぁ・・・!」

「っ・・・おい女、お前は何だと聞いている」

「ま・・・き、おか・・・れ、い・・・」

「まきおか、れい? あなたは『蒔岡玲』って名前なんですか?」

「・・・・・・」


――ぐ~・・・


「・・・? 真島さん、今のって返事をしたんですかね?」

「知らん。 俺に聞くな」

「いや、それはそうですけど・・・。 えーと、あなたは『蒔岡玲』さんで間違いないですか?」


結衣が改めて尋ねると、今度こそ少女が頷いた。

どうやら結衣だけは、彼女とコンタクトが取れるらしい。


「――荻原、彼女に何の用か聞いてくれ」

「あっ、はい。 あの、蒔岡さんは、あたしたちに何の用でしょうか?」


すると少女は首を振り、気絶している黒河を指差した。


「あっ、もしかして黒河さんに用があったんですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「そうなんですか・・・でも、どうして?」

「おなか・・・すいた、ので・・・」

「え!? それじゃあもしかして、黒河さんを食べるつもりなんですか!?」


その問いに、少女がまた首を振る。


「あー、びっくりした。 それはそうですよね。 という事はもしかして、黒河さんから食べ物を貰おうとしてたとかですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「あっ、やっぱりそうだったんですか? という事は・・・黒河さんは蒔岡さんの食料を手に入れるために、メモリーチップを探してたって事になりますよね?」

「なんだ? 俺が悪いと言いたいのか?」

「だって、実際そうじゃないですか? なのに肩を引っこ抜こうとするなんて、やっぱり真島さんは間違っていたんですよ」

「っ・・・」


思わぬ非難を受け、真島は言葉を失った。

確かに結衣の言う通りかもしれないが、やはり何か腑に落ちない。

だが、結衣の事はともかく――

真島は改めて、少女に油断のない目を向けた。

するとそれに反応したかのように、少女がゆらりと身構える。

途端に空気が重くなり、背筋にじわりと汗が滲む。


――ぐ~・・・


そして考えられないほどの大きさで、彼女の腹がまた鳴った。


「・・・!」


正体不明の緊張が、真島の意識を引き締めさせる。

だがそれを無視する形で、結衣が横から話し掛けてくる。


「あの、真島さん・・・?」

「なんだ?」

「蒔岡さんに、このメモリーチップをあげませんか?」

「馬鹿な? 何を言っている?」

「じゃあ真島さんは、今度は蒔岡さんと戦うつもりなんですか?」

「・・・・・・」

「ダメですよ、真島さん。 蒔岡さんは、お腹を空かせているだけなんですから」

「っ・・・」

「もー、あたしの言う通りにして下さいってば! 争わなくて済むなら、それが一番良い方法じゃないですか!」

「っ・・・わかった――おい、そこの女!」


真島はイライラとそう声をかけ、キューブの中から取り出したメモリーチップを、彼女に向かって放り投げた。


「これ、は・・・?」

「お前はメモリーチップも知らないのか?」

「メモ・・・リ・・・?」

「っ・・・そいつの使い方は、この男にでも聞いてくれ」


真島はそう言って黒河を一瞥すると、さっさと少女に背を向ける。


「――荻原、行くぞ!」

「あっ、ちょっと真島さん!? ごめんなさい蒔岡さん、あたしも一緒に行かなくっちゃ。 これ、食べかけですけど、ビスケットの残りです。 それと、もし黒河さんが起きたら『やり過ぎてごめんなさい』って、伝言をお願いしてもいいですか?」


――ぐ~・・・


「・・・・・・」

「はい! それじゃあ、よろしくお願いしますね!」


「っ・・・!」


背後から聞こえて来たそのやり取りさえも気に入らず、真島はさらに大股になって、さっさとその場を後にした。


・・・。

 


――それからしばらくの間、真島は無言で歩き続けていた。

にもかかわらず、結衣が後ろから絶えず声をかけてくる。

 

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「真島さーん、もうちょっとゆっくり歩いて下さいよー」
「・・・・・・」
「もー、どうしてあたしを置いて行こうとするんですかー?」
「・・・・・・」
「なんだ、さっきからそんなに怒ってるんですかー? あたし、別に何も悪い事してないじゃないですかー?」
「っ・・・」
「ねー、なんでなんですかー?」
「っ・・・!」
「ねー、真島さんってばー?」
「――うるさいっ! 大声を出すなと言ったはずだっ!」
「っ・・・!?」


まさか怒鳴られると思っていなかったのか、結衣がその場で硬直する。

だが真島は結衣に対し、もう遠慮しようとは思わなかった。

 

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「荻原、お前は本当にわかっているのか? このゲームは遊びじゃない。 本当に人が死ぬゲームなんだ。 なのに、お前は――お前のような甘い考えの人間が、このゲームで生き残れると思っているのか?」
「っ・・・で、でもぉ・・・それはぁ・・・」
「まだわからないと言うのか? だとすれば、ここでお前との関係は解消だ。 仲良しクラブがやりたいのなら、さっきの妙な女の所にでも、あの黒河の所にでも行けばいい」


それが真島が結衣に対し、思っていた事の全てだった。

案の定、結衣の目に見る見る涙が溜まっていく。


「うぅ・・・酷いですよぉ、真島さん・・・。 そんなの・・・このゲームが殺し合いのゲームだって事ぐらい、あたしにだってわかってるんですよ・・・」
「なに?」
「だけどぉ・・・このゲームが怖いのは、あたしたちだけじゃなくて、みんな同じじゃないですか・・・? だからあたし、少しでもみんなが怖くないように・・・できるだけいがみ合ったりしないようにって・・・。 なのに、どうして真島さんは・・・あたしが悪いみたいに言うんですか・・・? だって悪いのはあたしじゃなくて・・・このゲームの方じゃないですかぁ・・・」
「っ・・・」


確かに結衣の言っている事は正論だった。

結衣がついに涙をこぼし、それに呼応するかのように、空からポツリポツリと滴が落ちてくる。


「うぅ・・・変ですよ、真島さん・・・。 真島さんは本当は、もっと優しい人のはずなのにぃ・・・。 変なんですよぉ、真島さんは・・・ルールが変わってから、なんかおかしくなっちゃってるんですよぉ・・・」


結衣のすすり泣く声と共に、本格的に草木を打ち付け始めた雨音が、真島を厳しく責め立てる。

だが、その雨に濡れながら――それでも真島は呟いた。


「だがな荻原・・・俺たちが生き残るためには、そのルールに乗る以外に道はないんだ・・・」


そして真島は、いつしか自分がその現実を受け入れていた事に、ようやく気付かされていた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

雨が、次から次へと顔に降りかかっていた。

木の葉から落ちた滴が、一定のリズムで鼻先を打ってくる。

顔が濡れ、目のくぼみに水が溜まっていくのがわかる。

それでも黒河正規は、目を開けようとは思わなかった。

なぜならあの日も、雨が降っていたからだ。

 

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神明通りのゲーセンの脇道で、半殺しにされたあの日――。

目覚めた時に見た、あいつらの冷めた目を思い出す。


――あんな思いは2度としたくねぇ。


だから黒河はこのまま雨が止むまで、眠り続けていようと思った。


そう、思っていたのだが――

 


「すみませんが、私はそろそろ限界です」

「ッッッ!!!」



 

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突如、顔の中心で起こった激痛に、黒河はかっと目を開けた。

見ると墨色の髪をしたガキが、黒河の鼻と口の間にある狭い箇所を、指でグリグリと押している。


「痛ッッッ――てめぇ、やめろバカこのっ!」
「ふむ。 ようやく起きてくれましたか」
「『起きてくれましたか』じゃねえっつーんだよ、このバカ! てめぇ何やってくれてんだ、ああっ!?」
「何、と言われても――今のは『人中』というツボです。 押すと激痛が走り、気絶中の人間の目を覚まさせる事ができるのです。 だから私は、そのツボを押したまでです。 私は何も悪い事はしていません。 いつまでも起きないあなたが悪いのです」
「こっ、この野郎ぉ・・・っ! 何でてめぇはちょっと前と、口調も雰囲気も全然変わってやがるんだよ!? 一貫性はねぇのか、このクソガキが!」
「それは・・・頂き物のビスケットを少し食べたので、普段の冷静さを取り戻したまでの話です。 少し前の私は、私であって私ではありませんでした。 もしそのせいで、ご迷惑をお掛けしたのであれば謝ります」
「ちっ、ペラペラとよく喋るガキだぜ」
「ガキではありません。 私はれっきとしたレディです。 ところで、あなたはこれをご存知ですか?」
「そいつは・・・んだよ、ただのメモリーチップじゃねぇか」
「ほう。 では、あなたはこれの使い方を知っていますね?」
「ああ? ったりめぇだろーが。 まさかてめぇプレイヤーのくせしやがって、そんな事も知らねぇっつーのかよ?」
「それは・・・十中八九、知りません・・・」
「ああ? じゃあ、知らねぇんじゃねーかよ?」
「・・・はい、実は知りません」
「ちっ。 知らねぇで、んなもんどうやって手に入れてたんだよ?」
「それは、さっきの男に貰いました」
「あ?」
「あなたをKOした男です」
「・・・真島の野郎か?」
「そう、確かそんな名前でした」
「くっそ、嫌な事を思い出させやがって・・・。 おい? あの野郎は、どこに行きやがったんだ?」
「それはわかりません。 ですが、あなたに伝言を預かっています」
「伝言だぁ?」
「はい。 『やり過ぎてごめんなさい』だそうです」
「なっ・・・! 『やり、過ぎてっ――ごめんな、さいっ』だぁあああぁっ! あの、野郎ォ・・・! っ・・・人を、コケにしやがってぇええええっ! ――おいクソガキ!? てめぇ、俺の銃どこやった!?」
「銃ですか? 銃ならここにありますが?」
「おいコラ!? てめぇそいつをよこせオラ!?」
「お断りします」
「あ?」
「あなたみたいな人間に銃を渡すと、ろくな事になりませんからね」
「オイ・・・オイオイオイオイオイッ! いいから寄越せっつってんだよ、このクソガキがああああっ!」


黒河は起き上がり様に、ガキの喉に手を伸ばそうとした。


だが――


「甘いですね」
「んなっ!? ぐぉっ――がはがはっ・・・ちくしょう・・・何なんだよ、てめぇはよ・・・?」
「名前はすでに名乗っているはずです。 私は蒔岡玲。 蒔岡流剣術道場の跡継ぎです。 そしてガキではなく、レディです。 だいたいあなたは、そんな無礼な事ばかり言っているから、私にもあの真島という男にも勝てないのです」
「んだとコラ!? んなこと関係ねぇだろうが!?」
「ありますね。 心・技・体。 その全てが整っていなければ、本当の強者とは言えません」
「ああ!? てめぇ俺が弱ぇっつーのかよ!?」
「はい。 弱いですね」
「あぁああぁっ!?」
「事実です」
「・・・こっ、んの野郎ぉおおおぉおおっ!」
「無駄です」
「がっ、ぐおっ・・・!」
「ほら、弱いじゃないですか?」
「くっ・・・くそ、が・・・っ!」
「悔しいですか?」
「あ・・・ああ・・・?」
「悔しいという事は、強くなりたいと願っているという事です。 どうです? 悔しいのではありませんか?」
「て・・・てめぇ、何言ってんだコラ・・・?」
「なるほど、悔しそうですね。 では、交換条件です」
「あ・・・?」
「強くなりたいと言うのなら、私が蒔岡流剣術道場の跡継ぎの名にかけて、あなたを鍛えてあげましょう」
「は?」
「だからその代わり、このメモリーチップという奴の使い方を教えて下さい」
「て、てめぇ何勝手なことばっか――」
「――残念ですが、異論は一切認めません。 私は、まだまだお腹が空いているのです。 はっきり言って、一刻の猶予もありません。 それともあなたは、また私ではない私に、森中を追いかけ回されたいのですか?」


そう言って、玲が黒河を見下ろしてくる。


――だから雨は嫌いなんだっ。


黒河は泥に塗れながら、玲の顔を睨み上げた。


・・・・・・。

 

・・・。

 

リベリオンズ -Secret Game 2nd stage-【15】

 

・・・。


細谷春菜が山小屋で目を覚ましたのは、昨日夜遅くまで見張りに立っていたせいか、気温がずいぶん暖かくなってからの事だった。

そして今は修平たちと遅めの朝食を摂りながら、春菜は目の前で起きている、不可解な現象を見つめていた。


「はむっ! はむっ!」

「っ・・・!」

「はむっ! はむっ!」


「・・・?」

 

春菜が魚の缶詰をつつき、修平がビスケットを頬張る中、なぜか琴美が非常用の炊き込みご飯を、八つ当たりのように食べている。

朝から一度も話しかけて来なかったところを見ると、どうやら琴美は、春菜に対して腹を立てているようなのだが――

その理由がわからずに首を傾げていると、そのうち琴美がのどにご飯を詰まらせる。

 

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「琴美・・・お前、もう少しゆっくり食べたらどうなんだ?」

「んんっ!!」


困惑しながら水を差し出した修平の手から、琴美はそのペットボトルを奪い取ると、勢い良くそれを傾けた。


「んくっ、んくっ、んくっ・・・ぷはっ。 アリガトウ、修ちゃん」

「お、おう」

「・・・・・・琴美、どうしてさっきから怒ってるの?」

春菜はその理由がどうしてもわからず、琴美に問いかけた。

途端に、琴美が春菜から目を逸らす。


「・・・お、怒ってなんかいないもんっ」

「いや、怒ってるだろ。 絶対に」

「もー、修ちゃんまで! だから怒ってないってば! わっ、私は、春菜ちゃんが修ちゃんの隣で寝てた事なんて、全然気にしてないんだから!」

「・・・はぁ? お前、まさかそんな事を気にしてたのか?」

「だ、だって・・・」

「あのなぁ琴美、昨日も話したが春菜は俺の――」

「――そう、修平は私のお兄ちゃん。 だから昨夜は昔が懐かしくなって、お兄ちゃんのベッドに潜り込んだだけ」

「も、潜り込んだって・・・!? 春菜ちゃん! いくら兄妹だからって許されない事があるんだからね!」

「・・・? わからない。 別にやましいことはしていないはずだけど?」

「むーっ」

「おい琴美、お前ちょっと落ち着けよ」

「なによ修ちゃんまで、春菜ちゃんの味方して!」

「いや、味方とか敵とかそういう話でもないだろう?」

「・・・・・・」


困った顔の修平と、怒った顔の琴美――。

そんな2人をじーっと見ていると、ようやく疑問の答えらしきものが、春菜の胸に浮かび上がってくる。


「ねぇ、2人とも?」

「ん?」

「な、なに?」

「2人は恋人同士なの?」

「なっ!?」

「そ、それは・・・っ!」

「いやほら、俺たちは幼馴染っていうかさ」

「う、うんっ」

「・・・じゃあ、違うってこと?」

「それは――なぁ琴美?」

「う、うん」

「そう、なの・・・・? なんだ・・・それなら琴美が怒ってる理由も理解できるし、お兄ちゃんと琴美なら、お似合いの2人だと思ったんだけど・・・」

「っ・・・!?」

「は、春菜ちゃんっ!!」

「・・・なに?」

「えとっ、私の炊き込みご飯少し分けてあげよっか?」

「・・・?」

「ほら、缶詰だけじゃお腹膨れないでしょ?」

「う、うん・・・?」

「あははっ、ごめんね、なんか変な態度取っちゃって。 ――ねえ、修ちゃんっ!!」

「お、おう・・・?」

「春菜ちゃんって、よくできた妹さんだね!!」

「あ、あぁ・・・そ、そうかもな」

「・・・?」


いきなり機嫌が直った琴美と、やはり困惑した顔の修平――。

それを見るにつけ、結局のところ2人がどういう関係なのか理解ができず、春菜が再び首を傾げた――その直後。


「ッ――!?」

「なっ!?」

「え・・・今のって、ノックだよね・・・?」


すると琴美の質問に答えるように、もう一度ドアが叩かれる。


「これって、ここに誰かが訪ねて来たってこと?」

「ああ、みたいだな・・・」

「でも、この小屋の周りには・・・修ちゃんと春菜ちゃんで、罠をたくさん仕掛けたんだったよね・・・?」

「・・・・・・」


春菜は何も答えずに、ただ静かに息を呑んだ。

この異常事態に、冷たい汗が背中を伝う。

だが、それでもノックは止まず――


「・・・春菜、扉は俺が開ける。 琴美はPDAを使って相手のクリア条件を確認してくれ。 春菜は念のため、俺の援護を頼む」

「う、うん」

「わかった・・・」


琴美が横でPDAを操作し、春菜がクロスボウを構え持つ。

 

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「・・・お兄ちゃん、気をつけて」

「ああ、分かってる。 開けるぞ」


春菜がそれにうなずきを返すと、修平は慎重に扉を開けた。


すると戸口の前に立っていたのは――

 

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「・・・はぁ?」

「え? メイドさん?」


現れたメイド姿のその女に、修平と琴美が間の抜けた声を出す。


だが春菜は油断せず、鋭く問いかける。


「・・・あなたは誰?」

「私、粕屋瞳と申します」

「・・・どうやって、ここに来たの?」

「はて? 普通に歩いて参りましたが?」

「嘘。 途中に色々あったはずよ」

「えぇ、確かに色々ありましたが――それがどうかなさいましたか?」

「っ・・・!」


女に強がった様子は微塵もない。

恐らく本当に、それくらい苦もなく、あの警戒網を突破して来たのだろう。

そのとき琴美が、PDAを見て声を上げる。


「あっ! 大丈夫だよ、2人とも! 瞳さんのクリア条件は『12時間以上同じエリアに留まらない』だから、私たちの誰とも競合していないみたい!」

「琴美、プレイヤーナンバーはどうなってる?」

「あっ、『2』ってなってる!」

「そうか・・・素数か・・・」

「お兄ちゃん。 でも、その人は――」


――危険。


だがその言葉を口にするまでもなく、修平からうなずきが返って来る。

そして慎重に、修平が瞳に問いかける。


「・・・それで粕屋さんは、俺たちに何の用なんだ?」

「ご主人様より皆様をご招待するように、仰せつかって参りました」

「ご主人様?」

「はい」

「・・・それは誰のことを言ってるんだ? もしかしてゲームの主催者か?」

「いえ、皆様と同じプレイヤーです」

「そのプレイヤーの名前は教えてもらえないのか?」

「私はその御方のメイドです。 皆様をご招待する以外のご命令を受けておりません」

「つまり聞きたい事があるなら、本人と直接会って話してくれっていうわけか」

「はい」

「お兄ちゃん・・・!」


『ご主人様』という存在に興味を抱きつつあった修平、を春菜は鋭く戒めた。

このゲームにおいて、下手な好奇心がいかに死の危険と直結しているか、春菜は嫌なくらいよく知っていた。

春菜の思いが伝わったのか、修平が表情を引き締める。


「残念だけど、瞳さん――とりあえず一旦退いてくれないか?」

「それは、なぜでしょうか?」

「名前も要件もわからないんじゃ、こっちも判断のしようがない。 戻ってそう、ご主人様に伝えてくれ」


修平の毅然とした言葉を受けて、瞳の動きが一瞬止まる。


だが、次の瞬間――


「――お断り致します」


「ッ――!?」


春菜の目にも、見えたのはその動きの残像だけで――

 

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気付けば修平の腕は瞳に取られ、骨の軋む音が聞こえてきそうなほど捻り上げられてしまっていた。


「ぐっ、うぁっ・・・!」

「修ちゃんっ!?」

「――お兄ちゃんっ!」


――!!


春菜がとっさに引き金を引いたクロスボウから、矢が中空を貫いて飛ぶ。


だが、瞳の肩を狙った一撃は――

その切っ先が突き刺さる直前に、瞳につかみ取られてしまっていた。


「っ!?」


「・・・おや、これはいけませんね」


涼しい顔でそう言って、瞳が矢を放る。

矢じりがかすめていたのか、彼女は手のひらから数滴の血を滴らせたが、それを気にとめた様子はない。

直後、室内に電子音が鳴り響く。


【クリア条件が達成されました。 おめでとうございます】


春菜のクリア条件は『他のプレイヤーに対して3回以上危害を加える』――。

どうやら今のが、3回目としてカウントされたようだった。

だが今の春菜にとって、そんなアナウンスは、ただの雑音に過ぎなかった。

信じられない行為を容易く行った瞳から、一瞬たりとも目が離せない。

すると瞳が、物騒な微笑みを浮かべながら――


「そちらの方、そのクロスボウをお捨て下さい」

「くっ・・・!」

「はて? もしや逆らうおつもりですか? ならば、この方の腕をへし折りますよ?」

「がっ、あ、ぐぅ・・・っ!」

「――わっ、わかったわ」


恐らく彼女ならば、容易く修平の腕を折ってみせるだろう。

そう判断し、春菜は嫌々ながらクロスボウを捨てた。

すると瞳が一礼し、さも当然のように春菜たちに言う。


「では皆様、私と一緒に参りましょう。 私のご主人様がお待ちです」


そして瞳が、修平を連れだって歩き出す。

だが春菜達にはそれに抗う術が、もう残されてはいなかった。


・・・・・・。

 


・・・。

 

 

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「・・・さて、どうなるかな?」


三ツ林司は罠が張り巡らされているというその手前に立ち、昨日突如として自分の従者となった、瞳の帰りを待っていた。

瞳のPDAの特殊機能は『半径100m以内にあるPDAにメールを送信する』――。

その特殊機能に『藤田修平』『吹石琴美』『細谷春菜』という3名の名前が表示されたのは、今から20分前の事だ。

そして司は瞳というプレイヤーの利便性を確認するために、彼女にある命令を下していた。


――交渉したい事があるから、3人をここに連れて来てよ。


瞳の能力を考えれば、恐らく3人を連れて来ること自体は簡単だろう。

だが問題は、彼女が『どんな手段を用いるか』という事だった。


そのとき山の上から、複数の人間が下りて来る音が聞こえ――


目を向けるとそこには、司にとって好ましくない光景があった。


「はぁ・・・やっぱりね」


すると修平の腕をひねる事で、残り2人のプレイヤーも連れて来た瞳が、司に恭しく頭を下げる。

 

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「お待たせしました、ご主人様。 仰せの通り皆様を連れて参りました」

「あー、はい。 ご苦労様」

「――司っ!?」

「ええっ!? ご主人様って、もしかして司くんの事だったの!?」

「という事は・・・これは全部、あなたの差し金?」

 

「うーん、予想通りの展開だね。 確かにご主人様は僕で、命令したのも僕だけど――瞳。 今すぐその人の手を放して」

「え? ですが――」

「僕は彼らと『交渉したい』と言ったよね? それなのにどうして、彼らに不信感を持たれるような方法を選んだの? もしかして、そこまで考えが及ばなかったとか?」

「っ・・・も、申し訳ありません!」

「わかったなら、すぐに行動を」

「はっ、はい」


司の言葉に恐縮しつつ、瞳が慌てて修平の腕を解放する。


「っ・・・」

「――お兄ちゃんっ!」

「修ちゃん、大丈夫!?」

「・・・ああ、大丈夫だ」


そう言いつつも修平が、非難がましい目を司に向けてくる。

司は溜め息をつきたい気分を堪え、相手の感情を考慮して、お詫びの言葉を口にした。


「ご迷惑をおかけしました。 こちらの指示が甘かったようで」

「甘かったでは済まないわ。 もう少しでお兄ちゃんは、腕を折られるところだったのよ?」

「うん・・・だから今、謝りましたよね?」

「謝って済む問題じゃ――」

「春菜、落ち着け。 俺の事はもういいから」

「っ・・・」

「・・・・・・へぇ」

「なんだ?」

「いえ。 かなり酷い事された割には、意外に冷静なんだなと思いまして」

「感情的になってたら、話が1つも前に進まないだろ? それにお前が、俺たちと『交渉したい』と言ったんだ。 その内容も聞かずに争うなんて、そんなのは不毛な事だ」

「えぇ、その通りです。 ・・・説明会を途中で抜けたくらいだから、もっと感情的な人かと思ってましたけど――なんか、誤解だったみたいですね? そうなってしかるべき理由が、彼女との間にあったのではと勘ぐりますが?」

「ノーコメントだ」

「でしょうね。 まあ『お兄ちゃん』と呼ばれている時点で、想像はできますけど」

「っ・・・それで? お前が俺たちに交渉したい事っていうのは何なんだ?」

「そうですね・・・できればそちらの3人の、ゲームの進捗率を教えて頂けるとありがたいのですが?」

「進捗率?」

「ああ、だいたいのパーセンテージを言っていただければ結構ですよ。 別にクリア条件を聞こうって言うんじゃありませんから」

「見返りは?」

「メモリーチップ5枚でどうですか?」

「っ・・・・・・ずいぶん、こっちに有利な条件だな?」

「ええ、ご迷惑をおかけしたお詫びもかねていますので」

「さしずめ俺たちがクリア条件を達成するかどうかが、お前のクリア条件に絡んでいるといったところか?」

「どうでしょう? それは想像にお任せします。 どうです? 悪い条件ではないと思うのですが?」

「・・・・・・いや、悪いが止めておこう」

「ちなみに、その理由を聞いても良いですか?」

「お前に、こっちの情報をできるだけ渡したくないからだ」


そう言って、修平が瞳に視線を向ける。

やはり瞳を1人で行かせるべきではなかったと、司は多少なりと後悔した。


「・・・わかりました。 では、ここを去る前に1つだけ忠告を。 このゲームはルール上、何をしても構わない事になっていますが、殺人という手段だけは安易に取らないようにして下さい。 全プレイヤーにとって、好ましくない状況が発生する可能性がありますので」

「全プレイヤーにとって、好ましくない状況・・・? つまり殺人が起きたら、このゲームのルールに変化が起こるというのか・・・?」

「・・・・・・へぇ、どうしてそう思ったんですか?」

「俺はこのゲームに、ずっと違和感を覚えていたんだ。 このゲームを運営している連中が、どんな背景を持っているのかはわからない。 だが14人もの人間を拉致し、これだけのフィールドを用意しているという事は――連中が俺たちに望むのは、たぶん殺し合いだろう。 恐らくこのゲームは、俺たちの想像も及ばないような金持ちたちが楽しむための、エンターテインメントなんだろう」

「そうですね。 僕も、概ねそれに同意です。 暇と金を持て余した人間の欲求には、際限なんてないでしょうからね」

「ああ。 だがそうなると、1つおかしな事があるんだ」

「おかしな事?」

「俺たちに与えられているクリア条件さ。 プレイヤーの殺し合いを見たがっている割に、なぜか俺たちのクリア条件には他プレイヤーの殺害が入っていない」

「それは・・・まるで全てのプレイヤーのクリア条件を、把握しているかのような発言ですね。 そちらが把握しているのは、3人分のクリア条件だけのはずでは?」

「いや。 全員のクリア条件を見なくたって、その点についての推測は可能だ」

「と言いますと?」

「説明会が始まる前の雰囲気だよ。 少なくともあの時までは、俺もお前も含めて全員が、殺し合いを前提としていなかったはずだ。 じゃなかったらあんな悠長に、自己紹介なんてしていなかったはずだろ? つまりあそこに集まっていた中に『他プレイヤーの殺害』が条件に含まれていたプレイヤーは、1人もいなかったはずなんだ。 でも、このままでは運営の連中が求めている展開にはならないだろ? だから俺は、全員のクリア条件が『より殺し合いを助長する内容』にシフトする時が、いつか来るだろうと睨んでいるんだ」

「・・・・・・驚きました」

「なに・・・?」

「いえ、本当に関心しているんです。 このゲームの趣旨を理解し、そこまで論理的に考察する力を持った人間が、僕以外にもいるとは思っていませんでしたから。 もし可能なら、今からでも手を組みたいぐらいなんですが?」

「・・・悪いが、それはできない相談だ」


修平がそう答えるのに合わせ、春菜と琴美まで、警戒の眼差しを向けてくる。


「・・・そのようですね。 では藤田先輩、大変お騒がせしました――瞳、行くよ」


今回の状況を作り出してしまった瞳に対し、司の口調が自然と冷淡なものになる。

それを敏感に察し、瞳が全身で反省を示す。

 

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「・・・申し訳ありませんでした、司様・・・。 私の軽率な行動のせいで・・・大切な交渉事を、ダメにしてしまいました・・・。 ですが・・・この失態は、すぐに挽回いたします・・・」

「ああ、そうだね。 でもそれは、またの機会にお願いするよ」

「いえ――今すぐに挽回してみせますっ!」


そう言って、瞳が側にあった木陰に手を伸ばす。


――!!

 

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そして次の瞬間には、そこに忍ばせてあった物に、一挙動で火を入れていた。


「なっ・・・!?」

「司様の交渉に応じなかった以上、彼らは司様に害を成す存在です。 彼らをこのまま、生きて帰すわけには参りません」


「あ、あれって・・・チェーンソーだよね?」

「そんな、どうしてあんな物を!?」

「それは、もちろん――メイドと言えば、チェーンソーですから」


微笑み、瞳がスロットルレバーを握り込む。

途端に凶暴な駆動音が、周囲の空気を震わせた。


「や、やばいっ!?――2人とも逃げろっ!」


2人が逃げる時間を稼ぐつもりなのか、修平が瞳の前に立ちはだかる。

そこへ瞳が、容赦なくチェーンソーを振りかぶる。


「修ちゃんっ!」

「お兄ちゃんっ!」


「まずは、あなたからですっ!

「ッッ!!」


だが瞳が修平を袈裟懸けにする前に、司は叫んでいた。


「瞳ッ! 今すぐ攻撃をやめろッ!」

「っ・・・! で、ですが・・・!」


不満そうな瞳の顔――。

それでも司は、厳しい態度を崩さない。


「まさか、僕の命令が聞けないって言うの? 僕は君のご主人様なんだよね?」

「っ・・・・・・も、申し訳ありません・・・」


瞳は見る間に青ざめながら、チェーンソーのスロットルレバーから手を離す。

喧しい駆動音が止み、山が前以上に静まり返る。

司は胸中に噴き上がる思いを抑え込み、瞳から冷たく視線を逸らした。


「・・・お騒がせしました、藤田先輩。 それでは失礼します」


そう言って、今度こそ3人に背を向ける。

司はもう、瞳に言葉をかけてやろうとは思わなかった。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

真島章則が向かう先にあるのは、何の変哲もない森だった。

当然ながら、そこには境界線など引かれていない。

ただひたすら同じような景色が続き、真島を拒む物は何もない。

だが、ある程度のところまで進んだ時――


【この先はエリア外です。 ただちに引き返して下さい】

 

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「っ・・・ここもダメか」


PDAから聞こえて来た警告を聞き、真島はその場で足を止めた。

注意深く周囲を見回すと、小さな赤いLEDが至る所に点っているのがわかる。


「カメラ越しに遠隔操作しているのか、それとも首輪に反応するような装置がどこかにあるのか・・・どちらにしろ厄介な事だ」


【この先はエリア外です。 ただちに引き返して下さい】


「っ・・・」


2度目の警告が鳴り響き、真島は仕方なくエリアの内側へ戻る。

すると今度は、別の女の声が聞こえてきた。

 

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「もー真島さん、いい加減にしましょうよ。 だいたいメモリーチップを探さなくてもいいんですか? それにあたし、お腹が空きました」
「はぁ・・・まったく、うるさい女だ。 誰もついて来いなんて言っていないだろう? メモリーチップを探すのも、食料を探すのも、お前の好きにすればいい」
「でもそんなこと言ったってぇ、どこを探せばいいのかわかんないんですよぅ! それにメモリーチップを見つけたとしても、あたしのPDAは壊れてるし!」
「知らん。 自分で何とかしろ」
「もー、どうしてそんな酷い言い方するんですか? あたし昨日、あの黒河さんって人が真島さんに拳銃を向けた時に、真島さんを助けてあげたじゃないですか?」
「あれは・・・別に助けてくれと頼んだ覚えはない」
「覚えはなくたって、それが事実じゃないですか?」
「っ・・・!」
「うぅ、自分に不都合な事があると、すぐそうやって睨むんだから・・・――もういいですよっ! わかりました! 真島さんはちっともあたしの事考えてくれないし、だからあたし、ここから1人で行動する事にしますっ!」
「・・・ああ、好きにすればいい」
「うぅー、本当にいいんですか? あたしは本気なんですよ?」
「だから好きにしろと言っている」
「もー、後で寂しくなっても知りませんからねっ! 真島さんの冷血漢っ!」


・・・。


「やれやれ・・・だが、ようやくこれで静かになるな」


結衣が今後どうするつもりかは知らないが、それこそ真島の知った事ではない。

食料の問題にしても、ボクサーとして減量経験のある真島にとって、2日くらいの断食などさほどの問題ではなかった。


「さて、ペースを上げるとするか」


真島はそう呟いてPDAの地図を開くと、これから進むべき方角を確認した。

エリアの外縁を全てなぞり終えるには、ロードワークで鍛えた真島の足をもってしても、恐らくあと2日はかかるだろう。


「できればその間に、首輪が反応しない場所を見つけられればいいのだがな」


もっとも、その穴があるという保証は何処にもない。

だが真島は一度始めた事を途中でやめられるほど、器用な人間ではなかった。

もしダメだった場合は、その時にまた別の方法を考えればいい。

そう思い、真島が再び移動を始めようとした――その時。


「きゃああああああああっ!」


「っ!?――あのバカ!」


今のが結衣の悲鳴だとわかった直後には、真島はその方角へ走り出していた。

無造作に伸びる草木が真島の手足を打ち、時折頬が痛むほどに引っかかれる。

だが真島は無心で地面を蹴り続けた。


「ほらー、だから大人しくしなってば」
「やめて下さいっ! なんでこんな事するんですかっ!?」


「む? どっちからだ?」


木々に声が反響し、方角がよくわからない。


真島が慌てて立ち止まると――


森の右手にある山道から、また男の下卑た声が聞こえてくる。


「結衣ちゃんはさ、俺の持ってるドライバーがほしいんだろ? なのに、タダでってのはどうかと思うなー。 なんつーか、ちゃんとお礼をしてほしいっていうかさー」
「いっ、いやですよこのド変態っ! はっ、放して下さいってばっ!」


「ッッ!!」


真島は完全に位置を特定し、森から山道に飛び出した。

 

 

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見ると1人の男が、結衣を木の幹に押し付けている。


「やめろっ! 何をしているんだ!」

「あ? 誰だよアンタ?」

「真島さん、助けて下さいよぅっ! なんかこの人がぁっ!」

「っんだよ、結衣ちゃん男連れだったのかよ? でもま、俺ってこういうシチュエーションも、そんなに嫌いじゃないけどね。 というわけで・・・そこのアンタ、怪我したくなかったらそこで大人しく見ててくんない?」

「何をバカな事を」

「あっそぉ――じゃあ、邪魔できねーようにしてやるよっ!」

「っ!?」

 

 

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男がその手に何かを握り、いきなり体ごと突っ込んでくる。

だがそれは真島の目から見れば、無防備極まりない姿だった。

自然と男の顔面に、真島の右ストレートが伸びる。


「シッ!」


――ッッ



「ぐおっ・・・お、おぅ・・・――」


「・・・・・・なんだこの男は? これで終わりなのか?」


一応警戒しながら近づいて見たが、男は完全に失神しているようだった。

おまけに男の手元には、1本のドライバーが落ちている。


――こんなもので、俺に挑みかかってきたのか?


そのあまりのしょぼさに、真島が呆気に取られていると――


結衣がいきなり、真島の胸に飛び込んでくる。

 

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「ふぇええん、真島さーん! ありがとう真島さーん!」
「なっ――おい、やめろ。 抱きつくな」
「ふぇええん! あたし、すごい怖かったよー!」
「だから離せと言ってるだろ?」
「真島さんっ、真島さんっ、真島さんっ」
「おい、鼻水をつけるな!」
「真島さんっ、真島さんっ、真島さんっ、真島さんっ」
「っ・・・わかった。 わかったから・・・まったく」


真島は泣きじゃくる結衣に困惑しつつも、さっさと安心させて体から引き剥がそうと、その背中をぽんぽん叩いてやった。


・・・。

 

 

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――steyr gb。


確か、そんな名前の銃だったと思う。

三ツ林司は廃村の診療所の中で、しばらく前に見つけた、その鉄と機構の集合物を眺めていた。

司がこれまでの人生の中で、拳銃という物に対して特別な関心を寄せた事は一度もなかった。

だが今は、その利便性と必然性に興味がある。

銃は――それを持つ者が引き金を引かない限り、弾が発射される事はない。

そして銃口を向けない限り、誰かを殺す事もない。

 

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「・・・彼女も、このくらいシンプルだったら良かったんだけど」


瞳にはしばらく前から、廃村を巡回するように命じていた。

司が意図しない時に、意図しないプレイヤーを殺そうとした以上、彼女は司にとって、ただ暴れたがっているだけの猛獣だった。


「・・・でも、どうしようかな? 彼女を切り捨てると言っても、僕の実力じゃ絶対に敵わないし・・・。 やっぱり彼女を、上手くコントロールしていくしかないのかな? 今のところは、その糸口も見えていない感じだけど」


そのとき壁の向こうから、例のエンジン音が聞こえてくる。


「・・・やれやれ、今度はどんな理由かな?」


司はそれを想像して心底うんざりしながらも――

銃弾が詰まった拳銃を手に、彼女がいるであろう、その場所へと向かった。

 

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「・・・瞳、どうしたの?」
「侵入者です」
「侵入者?」


司はそう聞き返しながら、瞳が睨みつけている先に、自分の視線を差し向けた。

すると茂みの中から、小さな人影がふらりと現れる。

 

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「うぅ・・・お腹が、空きました・・・」

「・・・?」


一見すると、空腹に耐えかねて山を下りてきた迂闊なプレイヤーに思えるが――

少女はその手に、大ぶりの柳葉刀の柄を握り締めていた。


「そこのあなた、止まりなさい」

「・・・?」


瞳の鋭い警告を受け、少女が力ない視線をこちらに向ける。

そして瞳の格好に気付き、たちまち目を丸くした。


「っ・・・メイド・・・? なぜこのような所に、メイドがいるのですか・・・? もしかして私は空腹のあまり、幻覚を見ているのでしょうか?・・? ですが、それにしても・・・チェーンソーを持ったメイドさんとは、面妖な・・・」

「面妖ではありません。 メイドの基本装備と言えばチェーンソーが定番です」

「基本装備・・・? じゃあ隣にいる、軟弱そうな男も・・・?」

「軟弱そうな男ね。 まあ、表現としては間違ってはいないと思うけど。 でも僕はメイドの基本装備でも、まして幻覚でもないよ。 ちゃんとした人間さ」

「人間・・・? では、そのメイドも・・・?」

「そう。 君が目にしているのは全部現実だよ」

「・・・?」


司の言葉を理解しきれないのか、少女が呆けたような顔をする。

どうも様子が変だった。

もともとそういう人間なのか、それとも疲れ切っているせいなのか、どうも理解のスピードが遅過ぎる。


「・・・ねぇ君、いったいここに何しに来たの?」

「何しに・・・?」

「っ・・・君もプレイヤーなんだよね?」


少女の反応の鈍さに、多少イラつきながら司が尋ねると――


――ッ


壮絶な腹の音が、廃村の寂れた空気に鳴り響いた。


「・・・もしかして君って、本当にお腹が空いててそんな感じになってるの?」

「ッ――――はいっ、私はお腹が空いています! だから考えても上手くまとまりません!」

「うーん、なんか急に素直になったね。 で? 君がここに来た目的は?」

「お腹が空いているので、何か食べ物を分けて下さい! お願いします!」

「・・・なるほどね。 それだけ?」

「あと、日本刀があったら欲しいです! 今持っている刀は、扱いづらくてなりません!」

「あはは、本当に素直な子だね」


食料と日本刀――。


要求がその2つだけなのだとしたら、交渉次第で彼女を味方にする事は可能だろう。

そう判断し、司がそのための言葉を口にしようとした――その時。


「――司様、おさがり下さい!」

「っ!?」


唐突に、瞳が少女を目がけて疾駆する。

そして、チェーンソーのスロットルレバーを握り込みながら――

 

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少女の身体を横薙ぎにした。

とっさにそれを受けた少女の手から、柳葉刀が弾かれる。

「な、何をするのですか!? 私はただ、食料を分けてもらいたくて――」

「――問答無用です! 司様の食料を奪おうなどと、そんな不敬な真似は私が許しません!」


――!!


「ッッ!!」


瞳の攻撃を避けきれず、少女の黒髪が何mmか宙に散る。

すると少女は、そのまま大きく後方へ飛び退り――

そして身をひるがえし、森の方へ駆け出した。


「――逃しませんよッ!」


瞳が血走った目で少女の背中を睨み、そのまま駆け出そうとする。

だが司は苛立ちと共に、そんな彼女を呼び止めた。


「待った。 瞳、どこへ行くつもり?」
「それはもちろん、あの侵入者を殺害にですが・・・?」
「っ・・・そのために僕の許可は必要ないと?」


そこでようやく司の怒りに気付き、瞳の顔に動揺が走る。


「しかし、この機を逃しては――」
「そう思っているのは誰? 僕? それとも瞳?」
「そ、それは・・・」
「なに? どっちかハッキリしてよ」
「わ、私です・・・ですが・・・」
「『ですが』ね。 つまり瞳は、呼び止められた事が不満なんだね?」
「っ・・・」
「わかった。 いいよ」
「え?」
「さっきの少女を追いたければ、好きにすればいい。 でもその後は、もう僕のところに戻って来なくて構わない」
「ッ・・・!?」
「ふーん、意外だった? でも当然だと思うけどな? 主人の言う事を聞かないメイドなんて、側に置いておく意味がないからね」
「そっ、そんな・・・私は、司様のためを思って・・・」
「違うね。 お前は常に僕の命令よりも、自分が戦う事を優先しているじゃないか? 僕が一度だって、お前に戦えと命じた事があるかい? 無いはずだよね?」
「あ・・・あぁ・・・そ、そんな・・・違います、私は・・・」
「ほら、どうしたの? 早く行きなよ? メイドなんかさっさと辞めて、獣みたいに戦いを追い求めればいいじゃないか?」
「い、いやです・・・どうか、どうかそれだけは・・・! お願いです、司様。 私はメイドなのです。 メイドでなければいけないのです。 だからどうか、どうか私を、司様のお側にっ!」
「・・・・・・・・・はぁ、そこまで言うなら仕方ないね」
「では!?」
「ああ、いいよ。 お前をメイドとして、僕の側に置いてあげる。 でも2度と、今日みたいな勝手な真似は許さない。 だからルールを決めさせてもらうよ」
「はいっ! なんなりとお申しつけ下さいご主人様っ!」
「そうだね・・・。 1つ、許可無く、人を殺してはならない。 2つ、僕の生命保持を第一とし、僕の命令には絶対服従でなければならない。 3つ、前の2つに反する恐れのない限り、お前は自己を守らなければならない。 ・・・ま、こんな所かな」


司がその3カ条の参考にしたのは、とあるSF作家が提唱した、人工知能を持ったロボットを制御するための3原則だった。


「もし今の3つのルールが守れないようなら、お前は僕のメイドでも何でもない。 1つでも破ったら、お前はただの獣だ。 わかったね?」
「かっ、かしこまりましたご主人様っ! この粕屋瞳、命に代えましても破らないとお約束致しますっ!」
「ああ、そう願うよ」


瞳の過去に何があったかはわからない。

だが瞳のメイドに対する執着は、明らかに異常だった。

そして、獣という言葉に対する恐怖心も――。


「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったけど――これでようやく、落ち着いてクリアを目指すことができそうだ」


口の中でそう呟くと、傍らにかしこまる従者の姿を一瞥する。

彼女の首に繋がれている透明な鎖が、司には、今では見えるようになっていた。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 

 

――ゲーム2日目の夜が、深々と闇の堆積(たいせき)を増していく。

細谷春菜は山小屋のベランダに立ち、暗闇を内包する森をじっと睨んでいた。

夜風が森を抜け、そこかしこで草むらが揺れる。

そのいずれかにあのメイドが潜んでいるような気がして、春菜は拳を握り締めた。

昼間の出来事を思い出すと、心臓に氷を当てられたようになる。

下手をすればあの時、修平はあのメイドに殺されていた。

そしてゲームを運営している連中が、そうした悲劇を望んでいるのは間違いない。



「・・・させない・・・お兄ちゃんは、誰にも殺させない・・・」


また夜風が吹き抜け、その呟きを葉擦れの中に紛れ込ませる。

そのとき小屋の中から、誰かが出てくる気配がした。

正確なリズムを刻みながら、最短距離を着実に踏みしめる音――

春菜は昔と変わらない彼の足音を聞き、胸に湧いた感情を、静かに奥へと押し込めた。

ドアが開く音を聞いてから振り向くと、そこに修平がいた。

そして春菜の記憶にあるものと変わらない、少し硬さを残した笑顔で、そっと微笑みかけてくる。



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「・・・春菜、寒くはないか?」
「うん、平気」
「そうか、ならいいんだが・・・」
「どうしたの? 見張りの交代まで、まだ時間はあるはずだけど?」
「ああ、なんか落ち着かなくってな」
「琴美は?」
「奥でちょっと休んでるってさ」
「そう・・・難しいかもしれないけど、お兄ちゃんも休める時に休んだ方がいいわ。 このゲームは、これからどんどんキツくなるから」
「それは、ルール的にんって事か?」
「っ・・・」
「・・・ごめん。 今のはなんか、探るような言い方だったな」
「ううん、いいの。 それは仕方のない事だから」
「いや、妹のお前を疑うなんて最低だ・・・」
「気にしないで。 じゃないと私も、変に意識しちゃうから」
「わかった。 お前が言うなら、そうするよ。 ところで春菜、隣いいか?」
「う、うん・・・」


うなずくと、修平がようやく隣に寄り添ってくれる。

あの頃の修平なら、きっとそんな事は聞かずとも、側に来て頭を撫でてくれただろう。

離れて過ごした時間の長さを感じ、春菜は冷たい夜気を胸に吸い込んだ。


「・・・ねぇお兄ちゃん、聞いてもいい?」
「ん?」
「お兄ちゃんは、これまでどんな風に生きてきたの?」
「どんな風って・・・?」
「だって私、あれからお兄ちゃんがどうしてたか、全然知らないから」
「そっか、そうだよな。 でも・・・割と普通だったよ」
「普通?」
「ああ。 今じゃ考えられない事だけど――俺は春菜と離れ離れになった後、いつも誰かを殺す事ばかり考えていたんだ。 もしもこの手に銃を握っていたら、目に映るやつらをみんな撃ち殺してやるのにって。 いつもそんな風に、世界を恨みながら生きていたんだ」
「・・・・・・」
「そしてある日、俺はそれを実行に移そうとした。 公園でちょうどいい女の子を見つけて、特に理由なく
、そいつを殺してやろうと思ったんだ。 そうする事が、俺にできる唯一の復讐だと思っていた。 でも、そんな事はできなかった。 俺が目をつけた女の子は、信じられないくらい明るくて、お人好しで、俺の魂胆になんかまったく気付いていなくて――その内に、俺は毒気を抜かれてしまったんだ」
「・・・もしかして、それが琴美?」
「ああ、そうだ。 琴美と出会ってから、俺は変わった。 琴美が生きている世界を、俺も愛せるようになったんだ。 それからは、本当に普通の生活だったよ。 そりゃあ、人よりは苦労も多かったけど――普通に勉強して、普通にバイトして、たまに琴美と街に出かけたりして、俺はそうやって今まで生きて来たんだ」
「そっか。 確かにそれは、普通かもね」
「春菜は? お前の方はどうだったんだ?」
「私? 私も、普通だったかな。 新しいお父さんとお母さんは優しかったし、そりゃ最初は全然言うことを聞かない不良娘だったけど――そのうち弟と妹もできて、そんな事も言ってられなっくなって。 それからは私も、普通に勉強して、普通にバイトして、普通に弟妹たちの面倒を見てやって――」

 

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――なのにいつからか、春菜の日常は灰色に変わっていた。

かけがえのない家族と過ごしている時も、学校で同級生たちと話している時も――。

春菜が日常の中で感じられるのは、白と黒の、味気ないコントラストだけだった。

そして失われたはずの彩りを、春菜はいつしかゲームの中に見るようになっていた。

でも春菜は日常の中にこそ、その彩りを取り戻したいと願っていた。

そのために運営者たちの言いなりになって、何人ものプレイヤーの命を奪ってきた。

でもそんな彼らにだって、かけがえのない日常はあっただろう。

今の修平が、それを大切にしているのと同じように――。

春菜はふと、自分の両手を見下ろした。

 

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その手はこれまでに殺してきた人たちの血で、臭い立つほど赤く染まっていた。


「っ・・・!」
「おっ、おい、春菜・・・?」


唐突に息を呑んだ春菜の顔を、修平が心配そうに見つめてくる。

その背後に、無数の亡霊が見えた気がした。

途端に全身が震え出す。

その震えをどうする事もできず、とっさに修平の身体にしがみつく。


「春菜っ!? お前、急にどうしたんだ!?」
「お、お兄ちゃん・・・。 私、怖い・・・怖いよ・・・怖いよ、お兄ちゃん・・・!」


目の前が急に霞んでいく。

意識の輪郭があやふやになっていく。

だが修平の腕が、灰色の世界に堕ちかけた春菜を、必死に抱きとめてくれた。

 

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「春菜、大丈夫だ。 お前には俺がついている。 俺がこの悪夢のようなゲームから、必ずお前を救い出してやる」


――失いたくない。


たとえそれが、ゲームの中に意図的に加えられた彩りの1つに過ぎなくても――。

春菜は修平の温もりを感じながら、心からそう思った。

 

・・・・・・。

 


・・・。

 


――そして、夜がさらに深まった頃――


阿刀田初音はその薄暗い家屋の中で、気まぐれな大祐の思うがままに扱われていた。

 

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「ほら初音ちゃんってば、ちゃんとご主人様の言うこと聞きなって」
「や・・・も、もうやめて、下さい・・・。 初音は、もう・・・こんなの、嫌なのです・・・」
「なーに言ってんの。 ほら、アーンってしなよアーンって」


そう言って大祐が初音の顎をつかみ、土臭いそれを、無理やり指で押し込んでくる。


「うっ――ぅ、うぇっ、うぅ・・・っ・・・――かはっ! ごほごほごほっ! あうっ・・・あうぅぅぅ・・・」
「あはははっ、食べた食べた! ねぇ初音ちゃん、お味はどうだった? 美味しかっただろ?」


そう言って大祐が楽しそうに笑う。

だが大祐が森の中から採ってきた大量の茸が、本当に食用かどうかはわからない。

中には明らかに体に害のありそうな、毒々しい色のモノまで交じっている。


「うっ・・・・ひっく、うぅう・・・」
「ん? あれ? 初音ちゃん、なんで泣いてんの?」
「だって・・・ひっく、うぅ・・・こんなの酷い、です・・・」
「おいおい、別に酷かねーだろ? 俺なんて初音ちゃんのために食料を探しに行って、わけのわかんねー男に殴られちまったんだぜ? だったらもうちょっと、俺に優しくしてくれてもいいんじゃねーの? だからさ初音ちゃん、美味しいって言ってみなよ?」
「・・・・・・い、嫌なのです」
「あっそ。 じゃあ、俺も初音ちゃんに酷いことしちゃおっかなー?」
「なっ・・・なに、するですか・・・!?」
「実は俺がさっき食った食料を見つけた時にさ、一緒にこんなモンも入ってたんだよねー」

 

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大祐が腰の後ろから取り出したのは、刃渡り20cmほどのシースナイフだった。

その冷たい刀身でひたひたと頬を叩かれ、初音の全身が凍り付く。


「ッ――!?」
「ほら、どうする? 言うこと聞かないと、その綺麗な肌をナイフですーってやっちまうぜ? 芸能人は顔が命なんだろ? いいのかよ、キズモノになってもさ?」
「っ・・・」
「つーわけで、もう1回聞くぜ? 初音ちゃん、美味しかっただろ?」
「お・・・美味し、かった、です・・・」
「んー、よしよしよしよし、よくできました! つーか、落ち目とはいえ、アイドルを飼ってるなんて――俺ってマジですごくね? ねぇ、すごくね?」
「・・・・・・」
「しっかしまあ、最初はどうなる事かと思ったけど、武器も手に入ったし、なんつーかマジで楽しくなってきちゃったな? あ、そーだ。 せっかくだから、もっとペットを増やすって手もあるな。 昼間会った結衣ちゃんとか、琴美ちゃんとか、まり子はうるせぇからいらねぇけど、攫って来れたりしねーかな? あははっ、やっぱ俺って天才かもな。 いやー、こうやって色々考えてると、マジで希望が一杯だよねぇ初音ちゃん?」
「・・・・・・」
「おいおい、つれねーなぁ。 初音ちゃんに喋ってんだから、反応してくれよ。 ・・・ま、鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギスか。 ってなわけでー、次は本命のこの茸をいってみよっか?」


そう言って大祐が取り出したのは、今までで最も毒々しい色と形をした茸だった。


「い、いや・・・大祐、お願いです・・・。 初音は・・・初音は、もう・・・嫌なのです・・・。 そんなの食べたら・・・ほ、本当に・・・死んでしまうかもしれないのです・・・」
「だーいじょうぶだって、初音ちゃん。 人間って、そんなに簡単に死なないもんだからさ」
「っ――!」


大祐が、また初音の上に圧しかかってくる。

その顔に初音を気遣ってくれていた頃の面影はなく、ただ歪な欲望がドロドロと渦巻き続けていた。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

―3日目―

 

「あ・・・」


阿刀田初音が小さな声を漏らしたのは、自身を濡らす液体から温かさが消えたのを感じたからだった。

 

 

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そして目の前に、苦痛に顔を歪めた大祐が転がっている。


「え、と・・・」


こういう時に何を言えばいいのか、初音は知らなかった。

演技の稽古でこれまで様々なシチュエーションを演じてきたが、こんな役は未だかつてやった事がなかった。


「死ぬ・・・ですか?」


湧き上がるようにして出てきた台詞は、痛みに震えていた。

手に握ったナイフの感触が、やけに遠く感じられる。


「初音が・・・初音が・・・やった・・・?」


特殊な技術も、力も、何も必要なかった。

大祐がまた初音をオモチャにしようとした時に、ふと手に触れたナイフを奪い、それを喉元へ押し込むだけで良かった。

その後はもう、あっという間だった。

血があんなに熱いものだなんて、初音はその時まで知りもしなかった。

人が死に際に見せる苦悶の表情が、呻き声が、体を痙攣させる様が、あんなに不快なものだったなんて、思ってもみなかった。

でもその記憶さえ、波が引くように冷めていく。


「もう・・・終わりなのですか・・・? これで、終わり・・・?」


あまりにも、呆気なかった。

全然、苦労などなかった。

本当に、一押しして、それを横に引いただけ。

他には何もない。

それだけ。


「は・・・はは、あはは、は・・・。 なーんだ・・・って、感じです・・・。 こんな・・・こんなに、簡単に・・・終わるんですね・・・。 こんなに簡単なら・・・どうして、最初からやらなかったのか、不思議です・・・。 本当に、どうして・・・どうして、こんな、簡単に・・・。 どうして、簡単に・・・やってしまったんでしょうか、初音は・・・」


疑問を口にした途端、目から涙が溢れ出す。

堰を切ったように、次々に。


「あ、あはは、何で、涙が出てくるですか・・・? もう、嫌なのは、なくなったのに・・・。 嬉しいのに、どうして・・・。 ねぇ、大祐・・・教えてなのです。 初音は、頭悪いから、分からないのです・・・。 初音は・・・」


ピー


ピー


「・・・?・・・あっ」


PDAから鳴り響いたその音を聞く内に、初音はようやくその事を思い出していた。

初音のクリア条件が『プレイヤー全員の生存』だったという事を。


「そっか・・・忘れていたのです・・・なのに初音は・・・大祐を・・・ということは・・・ルールをやぶった初音も死ぬですか・・・」


もしそうだとしても初音は、怖くも、哀しくもなかった。
するとPDAから、途端にメッセージが流れ出す。


【参加者の死亡により、ステージがランクアップしました。 ただいまより、ゲームはセカンドステージに突入します。 クリア条件が更新されています。 各自パーソナルデータを確認してください】


「・・・? セカンド、ステージ・・・? クリア条件が更新って、なんのことを、言っているのですか・・・?」

初音はわけもわからぬままPDAを手にとって、指示された通りにパーソナルデータの画面を開いた。


「これ、は・・・? じゃあ初音は、死ななくても済む、ですか・・・? でも・・・なんで、こんな・・・初音にはこんなこと・・・無理に決まってるのです・・・。 だって、初音にはナイフしか・・・それに、特殊機能だって・・・・・・? あ、れ・・・? これは、何のアイコンなのですか・・・?」


初音の冷たくなった指が、PDAを操作する。

そして大祐の血臭が漂う家屋の中で、それを確認した。


・・・。

 

 

 

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「・・・はっ・・・は、ははっ・・・ははは、ははははははははっ・・・そうですか・・・そう言う事だったのですか・・・初音は初めから、こういう役目だったのですね・・・そう・・・そう言えば、大祐が言っていたのです。 このゲームは、そういうゲームだって。 このゲームの中では、何をしても許されるって。 だから初音は、流れて来た板に、しがみついただけなのです。 そして初音が生き残るためには――他の船員を、1人残らず溺死させなきゃいけないのです。 そうですよね、大祐? それが『カルネアデスの板』の話だったですよね?」


『自分以外のプレイヤー全員の死亡』――。


それが初音に与えられた、新たなクリア条件だった。

そして特殊機能の欄には、まるで初音の行為を肯定するかのように、大祐の特殊機能が追加されていた。


『死亡したプレイヤーの特殊機能が、順次追加される』――。


それが初音に与えられた、新たな力だったのだ。


初音の頬を、一筋の涙が伝う。

だがそれは頬を濡らす血と混じり、やがてただの水分となって蒸発した。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

それは思いつく限り、最悪の起こされ方だった。


セカンドステージへの突入――。

PDAに送られてきたその通知を目にした瞬間に、細谷春菜の体は一気に冷たくなっていた。



「私・・・わかっていた、はずなのに・・・」

 


そこへすでに行動していたらしい2人が、血相を変えて山小屋に駆け込んでくる。



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「――春菜、大変だ!」

「春菜ちゃんっ!」

「・・・・・・」


いったい何時の間に、自分は夢を見てしまっていたのだろう?

春菜は夢の終わりを感じながら、まだ少しぼんやりとする目で2人を見つめた。


「は、春菜・・・?」

「・・・2人とも、もうセカンドステージのクリア条件は確認した?」

「っ・・・・・・ああ」

「うん。 私も」

「そう・・・内容を聞いてもいい? もちろん、私も話すから」

「・・・わかった。 俺の新しいクリア条件は、『素数ナンバーのプレイヤーの全員の死亡』だ」

素数ナンバーか・・・」


春菜のプレイヤーナンバーは『3』――。

3は素数に他ならない


「琴美は?」

「私のは『自分を中心とした5つ並びのナンバーの他プレイヤーが死亡し、かつそれらのPDAを自分のPDAに読み込ませる』って内容に変わってたよ・・・」

「そうか・・・。 でもこれで、琴美のPDAにだけ、コネクタケーブルがついていた理由がわかったな・・・」

「うん・・・この時のためのものだったんだね・・・」


そう。

全プレイヤーに同じPDAが配られているはずなのに、琴美のPDAにだけ、一部おかしなところがあったのだ。

それに通常なら、対象プレイヤーが死亡した時点でクリアが確定するはずなのに、なぜか琴美のクリア条件だけ手間が多くなっている。


――運営には、何か狙いがあるの・・・?


5つ並びという事は、恐らくポーカーの役にある『ストレート』を模しているのだろうが・・・。

だが春菜の中に思い浮かんだ、その疑問は長続きしなかった。

それよりも重要な問題は、琴美のクリア対象に、プレイヤーナンバー『4』の修平が含まれている事なのだ。

そして、春菜のクリア条件には――


「・・・私のクリア条件は『プレイヤーを殺害した他プレイヤー全員の死亡』よ。 つまりお兄ちゃんは私を、琴美はお兄ちゃんを――そして、もし2人がクリアを目指そうとして誰かを殺した場合には、私が2人を殺さなきゃクリアはあり得ないって事ね・・・」


恐らく春菜たちの関係を見越して、運営は予めセカンド条件が競合するように組んでいたのだろう。

そうした方が、セカンド移行後のドラマが増すと考えて――。


「っ・・・そん、な・・・くっ・・・。 ――くっそぉおおおおっ!」

「し、修ちゃん・・・!?」

「お兄ちゃん、落ち着いて」

「落ち着け、だって? ――どうしてこれが落ち着いていられる!? 俺たちは見も知らない連中に、殺し合いをしろと言われているんだぞ!?」

「わかってる。 でも、お願いだから落ち着いて」

「春菜・・・お前、どうしてそんなに冷静でいられるんだ? どうして今この状況で、そんな冷たい眼をしていられるんだ!?」

「・・・・・・」

「修ちゃん、それは言いすぎだよ! 春菜ちゃんだって、きっと――」

「いいの、琴美。 お兄ちゃんの言ってることは、事実だから」

「え・・・?」

「お兄ちゃん、私が今どうして落ち着いていられるのか、その秘密を教えてあげる」

「・・・・・・」


修平の目が、春菜の視線から逃れるように伏せられる。

だが修平のその意思を、春菜は言葉で追いかけた。


「お兄ちゃん、聞いて。 私は最初から、こうなるって知っていたのよ。 このゲームがセカンドステージに移行するのは、毎回の事だから」

「ま、毎回って・・・?」

「っ・・・」

「お兄ちゃんはもう気付いていたと思うけど、私がこのゲームに参加するのは、今回が初めてってわけじゃないの。 私がこのゲームに参加するのは、今回で9度目よ」

「・・・どうしてだ?」

「?」

「どうして今になって、そんな事を話す気になったんだ?」

「それはセカンドステージに移行して、ルール的に話せるようになったからよ。 運営は私のようなプレイヤーのことを、『リピーター』って呼んでいるわ。 リピーターはファーストステージの間、リピーターとセカンドステージの存在を、誰にも話せないルールになっているの。 だから私は、今までこの事を話せなかった」

「でも・・・どうして春菜ちゃんが、リピーターに・・・?」

「・・・お金のためよ。 父が作ってしまった借金を返すために、私にはどうしてもお金が必要だったの。 このゲームの勝利者にはね、運営から報酬が与えられる事になっているの。 それはお金だったり、物だったり、地位だったり、プレイヤーによって色々なんだけど。 運営が支払ってくれる報酬は、私が一生働いても稼げないような金額だったの。 でも父の借金は、それでも返しきれないほどに膨大だった。 だから私はリピーターになったのよ。 そして今回の報酬があれば、父の借金はようやく完済されるはずだった」


もちろん春菜には、他の選択肢もあっただろう。

でも春菜は、自らの意思でリピーターになる事を選んだのだ。

たとえ手を血に染めてでも、家族と自分の幸せを、守りたいと思ったから――。


「そんな・・・それじゃあ、春菜ちゃんは・・・!」

「ええ、そう。 私はもう、何度も人を殺している」

「っ・・・」

「ほ、本当なの?」

「本当よ。 このゲームで生き残るっていう事は、つまりそういう事だもの。 現に誰かが人を殺したから、このゲームはセカンドステージに移行した。 そしてセカンドステージは、それまで協力し合っていたプレイヤーたちが、敵対するようにできているの。 今の私たちが、そうであるようにね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ね、お兄ちゃん? これでわかったでしょ? 私がなぜ、このゲームについて詳しかったのか。 どうして私が、リピーターとしてこのゲームに参加しているのか。 だから私は、ここで死ぬわけにはいかない。 もう、家族が離れ離れになるのは嫌だから・・・。 じゃないと何のために、人殺しをしてきたのかわからなくなってしまうから・・・だから・・・私はもう、お兄ちゃんとは一緒にいられない・・・」


そう。

やっぱりあの時に、修平とは別れておくべきだったんだ。

こうなることは初めから分かっていたのに。

でも、修平が呼び止めてくれた事が嬉しくて――

お兄ちゃんと、もっと一緒にいたくって――

だけど、もう・・・


「・・・ダメだ、春菜」

「え?」

「お前はずっと、俺たちと一緒にいるんだ」

「でも・・・私たちのクリア条件は・・・」

「クリア条件なんて関係ない。 運営の思惑なんて糞喰らえだ。 ようやく兄妹が出会う事ができたのに、どうして俺たちがまた、離れ離れにならなきゃいけないんだ」

「お兄ちゃん・・・」

「・・・・・・うん。 そうだよ、春菜ちゃん。 探そうよ、何か良い方法を。 諦めないで行動すれば、きっと何か見つかるはずだよ。 だから探そう。 私たち3人で」

「琴美・・・」


3人で生き残る――

このゲームに限って、そんな事はきっと不可能に違いない。

春菜はこれまでにも、このゲームを否定しようとして、でも結局は殺し合いに巻き込まれていった者たちを、何人も目にしてきた。

だから琴美の言う『良い方法』なんて、きっと存在しないに違いない。


なのに――


「っ・・・」

「春菜、俺は昨日お前に約束したよな? お前をこのゲームから必ず救い出してやるって。 だから、あの言葉を信じてくれ。 俺は今度こそ、お前をこの手で守るって決めたんだ。 だから――」

「・・・・・・うん。 わかったよ、お兄ちゃん。 私もお兄ちゃんと一緒にいたい。 だから最後まで、私はお兄ちゃんと一緒にいるよ。 それに、琴美ともね」

「春菜・・・!」

「うん。 私たちは、最後までずっと一緒だよ」

「ええ・・・」


でもきっと、2人にも気付く時が来るだろう。

このゲームがいかに残酷で、冷徹な意思によって縛られているのかを。


――でもせめて、その時が来るまでは一緒にいたい。

春菜はいずれ決別の時が来ることを知りながら、そうする事を自ら望んだ。

 

・・・。